- 486 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 01:51:05.33 ID:QvTaGtdu0
白く輝く羽が、嘘のように大きく広がり、横薙ぎに襲いかかる。
「く……ッ!」
美琴は咄嗟に足裏と地面との間に反発力を生成し、大きく飛び上がった。
羽は自分の胴があった空間を両断し、廃ビルの壁を易々と切り裂く。
「いきなり何すんのよ!」
そのまま磁力をコントロールしてビルの壁面に着地した美琴は、間髪入れずに雷撃の槍を放った。
「ん、お前……?」
白い羽が垣根を庇うように覆う。羽毛のように見えるそれ。しかし雷撃は焦げ目ひとつ付けられないまま四散した。
「な……」
美琴は瞠目する。
多少加減したとはいえ、これほど軽くいなされるとは。
「んー……」
垣根は緊張感のない声音で唸り、軽く首を傾げる。
テレビ番組のクイズでも見ているような日常的な仕草は、ひどく毒々しく思えた。
「その出力……。確か実験で生み出されたクローンってのは、レベル2か3がせいぜい、って話じゃなかったか?」- 487 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 01:51:53.68 ID:QvTaGtdu0
「やけに詳しいのね」
「そりゃな。不本意ながら俺、第二位だったし?俺が実験やる可能性だってあったらしいからな」
「………」
こともなげに、そして満更でもなさげに説明されて、美琴の眦がきつく歪む。
「おー怖、そんなに睨むなよ。っつーかさぁ……」
垣根はクイズに答える芸能人のように、ニコリと爽やかに笑った。
「お前、第三位だろ?」
「だったら何!?」
隠すつもりもなかった美琴は、間髪入れずに怒鳴り返す。
第二位は気障ったらしく肩を竦めた。
「何だよそのゴーグル、紛らわしいじゃねぇか」
「勝手に間違えたのはそっちでしょ!」
「それを言われると弱いんだけどよ……。ま、いいや。一方通行の居場所、教えてくれって」
「ふざけないで!一方通行を殺すつもりのアンタに、居場所なんか教えられるか!」
一切の迷いもなく断言する。
一方通行なんか大嫌いだが、それとこれとは別だ。
こんな、明らかに常軌を逸したヤツを見逃すなど、自分自身の信義に反する。
美琴の決意を表明するように、青空に稲妻が散った。
だが垣根は、整った目元を不思議そうに眇める。
「わかんねぇな、何でだよ。第三位なんだったら、クローンどもと違って一方通行に義理立てする理由なんかねぇだろ?」- 488 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 01:53:33.91 ID:QvTaGtdu0
「……ちょっと待ちなさいよ」
道順でも訊ねるような口調の言葉には、美琴にとって聞き捨てならないものが混じっていた。
「あの子達と違って、ですって……。あの子達には、一方通行に義理立てする理由があるって言うの?」
一方通行が、10032号が、打ち止めが何度も示唆した出来事。
一方通行自身から聞き出すと決めていたことを、しかし美琴は思わず問いただしてしまう。
言ってしまってから、ズグリと胸の奥が浮き上がるような焦燥を感じた。
「あ?何だよ、知らなかったのか第三位。あのガキ、最終信号って言ったっけ?」
ごくあっさりと、垣根は答える。
「一方通行のヤツ、ガキの命を助けた代わりに、死にかけたんだってよ」
「……!!!」
一瞬内容が飲み込めず、硬直してしまう。
「最終信号はクローンどもの管理統括個体だろ?
その脳味噌にウィルスぶち込んで、クローン全員の暴走を目論んでた研究者がいたんだとさ。
そうなってたら当然クローンどもは全員処分されてただろうし、
一方通行はそん時のイザコザで能力に制限かかったらしいから、義理立てするヤツくらいいるんじゃね?」
「…………」
ぐら、と足場が歪んだ。
一方通行の打ち止めを見下ろす顔、打ち止めの一方通行を見上げる顔、10032号の顔が、めまぐるしく脳裏に瞬く。
(打ち止めを助けて、能力に、制限……)
不意に閃く。
あの細い白い首に巻かれたチョーカー。ビルの屋上で対峙した時、入れられたスイッチ。
少し奇異に映って、印象的だったもの。あれが『制限』だと言うのだろうか。
あの一方通行が。自分が殺して殺して殺し尽くそうとした『妹達』を、自分の命を掛けて助けた、と。
ほんの一ヶ月も前だったなら、絶対に信じなかったであろう、垣根帝督の言葉。
けれど今なら。あの第一位が美琴の顔を見ては逃げ、打ち止めの言葉に頼りなく惑い、19090号のために空を飛ぶ。
上条の言葉を伝えられて目を伏せ、そして美琴と約束をする。今まで見たこともなかった顔を見た、今だから。- 489 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 01:54:36.49 ID:QvTaGtdu0
(そうか)
すとん、と当たり前のように信じた。
(そうか………)
そうだったのか、と。
だから、打ち止めはあれほどに懐いている。だから、『妹達』も悩んだ。
だから……あの少年は、「一方通行は変わったよ」と言った。
「あ」
気を取られたことで能力に揺らぎが生じ、慌てて磁力を調整するが、間に合わず地面に落下する。
ただ体勢を立て直す余裕は十分にあり、危なげなく着地した。その程度の余裕はあって、自分に少し驚く。
垣根は急に動揺を見せた美琴に、声をあげて笑う。
「な、マジ笑えるよなぁ。それまで殺しまくってたクローンをよ、どの面下げて助けたんだかなぁ?
ははっ、バカみてぇ。ホント……反吐が出る」
ぞろり、と黒い炎のような声音が舐めるように空気を焦がした。
それまで振る舞いだけは陽気だったのが、ガラリと反転する。
明るい茶色の髪、甘く整った顔立ち、洒脱な服装、なのにどうしても印象は薄暗く寒々しい。まるで白夜のように。
「クズが血迷って善人の真似事をしようが、クズはクズだ。
過去は変わらねぇ、一回こびり付いた闇の匂いは何したって消せやしねぇんだよ」
狭い路地、高い空に嘲笑が満ちていく。
その顔を塗り潰すのは憎悪だと、美琴は改めて理解した。
「くく、それなのに足掻いて、みっともねぇ」
一方通行の存在ごと吐き捨てるような声音は、焦げ付くような嘲りと苛立ちに満ちている。
「クズが惨めに未練がましい。あーうぜぇ、最ッ高に滑稽だよなぁ?はははッ……!」
先ほど戦慄を覚えたそれよりも激しい、歪んだ笑い声がただ響き渡る。- 490 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 01:55:42.46 ID:QvTaGtdu0
「……っ」
けれど今度は、不思議と悪寒を、恐怖を感じない。
代わりに目の裏に瞬いたのは、白い街灯に照らされた、祈るような細い背中。
怪物だった少女は、悲しげだった。頼りなかった。力強かった。そして、必死だった。
そう思った途端、カッと腹の底が燃え上がり、美琴は大声で叫んだ。
「笑うな!!!!」
狭い路地に響いた声は、自分で思ったよりも怒気を孕んでいる。
ぴた、と笑い声が止んで、キロリと茶色い虚のような目がこちらを見た。
「……何だよ第三位。何でお前が怒んの?意味わかんねぇな、お前だってそう思わねぇ?
一方通行の野郎、自分で殺したクローンを自分で助けて、アホらしい。今更何だ?みっともねぇっつってんだよ」
垣根は肩を竦めて苛立たしげに、けれどごく淡々と言い募る。
確かに。確かに、言葉は悪いがそんな風に思った部分もある。一方通行のすべてを肯定することなど到底無理だ。
けれど、けれど、あの必死に守ろうとする姿を見てしまったから。
「みっともなくなんかない。私だって一方通行を庇うつもりなんかないけど、アイツはあの子達を一生懸命守ろうとしてる。
……人が努力するのを笑うなんて最低ね、アンタ」
美琴は眦に力を入れ、迷いも無く決然と言い放つ。
「は……随分とわかったようなクチを。流石学園都市の広告塔は、言うことがご立派だ」
すると垣根は呆れたように肩を竦めた。その冷たい目を見ても、美琴はもう怯まない。
「バカにしてるのかしら?」
「ご理解いただけて幸いだ。どいつもこいつもおめでたい頭しやがって、本当に……虫唾が走る」
「それって、嫉妬?」
美琴は前髪から稲妻を閃かせ、両眼を眇めた。垣根がピクリと片眉を上げる。- 491 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 01:58:15.29 ID:QvTaGtdu0
「なんだと?」
「アンタは一方通行こと、勝手に『同類』だと思ってたんでしょ?
ま、アンタと一方通行って同じニオイがするから、なんとなくわかるわ。けど今、一方通行だけが変わろうとしてる。
アンタはそれが許せない、悔しい、……羨ましい」
「………」
白く輝く羽が、ざわりと大きく広がった。殺気が叩き付けるように肌を打ち、美琴は迎え撃つように掌から小さな雷鳴を鳴らす。
「女々しい男ね垣根帝督!アンタの方こそ、虫唾が走るってのよ!!」
烈火のような叫びと共に大きく手を振れば、放射状に雷撃の槍が出現した。
「アンタは私がここで止める!!」
吠え声を合図に、数本の雷が一斉に垣根へと突き刺さる。
羽が垣根を包んだと同時に磁力を使って飛び上がり、左右の壁を蹴って勢いよく右手を振りかぶる。
ジジジジ、と虫の羽音のような音が響けば、その手には漆黒の砂鉄剣が握られていた。
長身を包んだままの白い翼に思い切り叩きつけると、鋼鉄にチェーンソーを接触させたような音と、盛大な火花が散る。
通常なら人体など容易く切り裂く刃は、しかし羽毛にしか見えない白い翼を突き破れない。
「チッ…!」
予想していたとはいえ、軽く舌打ちする。だが構わない。
羽を盾にすれば、視界は当然遮られる。その数秒で十分だ。
「何なのよその羽、似合ってないっつーのよ!」
美琴は砂鉄剣の欠片でコーティングしたコインを握り締め、全力で射出した。ほぼゼロ距離での、必殺の超電磁砲。
カッ、と薄暗い路地が真っ白く照らされる。- 492 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 01:59:27.94 ID:QvTaGtdu0
間髪入れず衝撃音が炸裂し、美琴は前方に電磁シールドを展開しながら大きく飛び退いた。
粉塵が勢い良く舞い上がり、視界を遮る。
両側の古いビルには激しい亀裂が走り、路面がメチャクチャに削れているのが見て取れた。
「…………」
常人ならば、肉片になっていてもおかしくない威力。
人に向けて本気で撃ったのは、二度目だ。
一度目は、撃った瞬間反射された。だが今度は、間違いなく直撃した。
心臓が嫌な音を立てている。覚悟を決めて自分で撃った、それでも。
煙が徐々に薄れていく。美琴はただ前を凝視していた。
「……やるじゃねぇか、御坂美琴」
「……!!」
大きな翼が翻り、一気に視界が晴れる。
垣根帝督は突っ立ったまま、柔らかそうな茶色の髪をかきあげた。
「前より出力落ちてるっつても、あのクソ野郎以外に俺に傷を付けられるヤツがいるとはな」
第二位の全身を庇った白い羽が、無惨に焼け焦げている。
両翼にはいくつもの穴が空き、しかし骨や肉ではなく、ただ白い靄のようなものがふわふわと漏れていた。
滑らかな頬についた無造作に傷を拭うと、暗い茶色の目が底光りする。
「は、おもしれぇ……」
バサリと翼が羽ばたけば瞬時に穴は塞がり、焦げ跡は跡形もなく消えた。
だが、薄笑いを浮かべた顔には、明らかに疲労の色が見える。
(効いてる……!)- 493 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:00:21.14 ID:QvTaGtdu0
見た目には掠り傷程度だが、あの羽を再生するのにも消耗するのだろう。
自分にとっての電気と恐らくは同じ。無限ではない。
美琴は無言のまま、身を低くして構えた。
「あーあ、カンケーねぇヤツに手ぇ出すつもりはなかったんだがな」
「はぁ?最初に思いっきり攻撃しといて何言ってんの?」
「あんなの挨拶じゃねぇか、挨拶。まともに当たっても死にゃーしねぇよ。多分」
「あんな挨拶があってたまるか。いい年こいて常識もないのかしら?」
「いやいや、あるって、常識。俺って普段は気の良いオニーサンだぜ?これでもモテんだけどなぁ」
「普段、ねぇ……。アンタがモテるなんて、みんな見る目がないのね」
軽口のような応酬をしながら、少しずつ間合いを詰める。
張り詰めた空気が満ち、キリキリと緊迫が編み上げられていく。
垣根はギラギラした薄い笑みを浮かべ、やはり突っ立ったままだ。
(三……四メートルくらい…?)
目を眇め、見た目にも大きな羽の間合いを計る。
あのとんでもない防御力はさすがに第二位の面目躍如だが、間合いはそれほど広くはない。
超電磁袍はまだ何発か撃てる。美琴の、言うなれば『電池残量』には余裕があった。
(いける)
能力の詳細は不明だが、要はあの羽に注意さえすればいい。
垣根に動きはなかった。ただ薄笑いを浮かべる。
美琴は再び足下の磁力を操作し、体内の電気信号を操って瞬発力を高める。
あと三秒で飛び出す、と決めた瞬間だった。- 494 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:01:43.16 ID:QvTaGtdu0
それは、ただの勘。首筋がピリと逆立って、反射で真横に飛んだ。同時に、空間が爆発する。
「ぅあ……ッ!?」
爆風で壁に叩き付けられ、視界が眩む。打ち付けた右肩がジンと痺れて、半瞬後に我に返って慌てて飛び退いた。
ドォン、とまるでダイナマイトのような音を響かせ、たった今まで立っていた場所が弾け飛ぶ。
「な、何……っ!?」
「おー、よく避けたなぁ」
「なッ、ぅわッ…!!」
スポーツ観戦でもするような暢気な言葉に、美琴は飛び退きながらなんとか反応する。
(何!?何なの!?)
慌てて見回しても、何もない。
だがそれを確認した瞬間に眼前が爆発し、直撃はしなかったものの、まともに吹っ飛ばされて地に衝突した。
「ぐ…ッ、げほっガハッ……」
肺から空気の塊が漏れ、激しく咳き込む。
状況がわからず、美琴は両手をアスファルトについて、混乱と激痛にただ呆然と顔を上げた。
一体何がどうなっているのか。
爆発時にあの羽が触れたということもなく、垣根は本当に佇んでいるだけ。
だが先ほどの言葉からして、第二位の所業であることは間違いない。
ハッ、と瞠目した。
(まさか…能力は、あの羽には、関係ない…!?)
致命的な勘違いに気付く。
最初からこれ見よがしに羽で攻撃し、羽で防御していたから、てっきりあのバカみたいな翼が主体の能力だと思い込んでしまった。
何の根拠もなかったというのに。
「おらおら、ボーッとしてたら死んじゃうぜぇ?」
「くッ……!」- 495 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:03:49.13 ID:QvTaGtdu0
両手両足を使って、ようやく飛び退く。案の定それまで手をついていた地面が爆発し、爪先がジリリと焦げた。
また壁面にぶつかりそうになるのを何とか磁力で相殺し、反対側の壁面と交互に飛んで垣根の真上に飛んだ。
握り締めていた砂鉄とコインの塊を、全力で射出する。
再度白光が炸裂し、それまで響いていた爆音の数十倍もの衝撃音が響き渡った。
「これで……!!」
先ほどよりも距離がある分少しだけ威力は落ちるが、同じようにあの鉄壁の翼に穴を空けることは出来たはずだ。
美琴は舞い上がる粉塵の中を自由落下しながら、手の中に雷撃を集中させる。
一秒もしない間に垣根の脳天に肉薄し、そして瞠目した。
「えっ……?」
眼前に迫るのは、輝くような白い翼。
傷ひとつない。
「きゃあッ…!!」
唸りを上げた翼に弾き飛ばされ、美琴は壁面に叩き付けられる。
なんとか衝撃を相殺するが、喉奥から嫌な音と共に空気の塊が吐き出された。
「う、ぐ……ッ、何で…」
さっきは、あれほど翼を穴だらけにしていたのに、どうして今、傷ひとつ付いていないのか。- 496 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:05:39.50 ID:QvTaGtdu0
美琴は声もなく、ズルズルと地面に崩れ落ちる。
「はは。やっぱさっきのが全力だったか。お前、短気そうだもんな」
輝く白い羽を緩く羽ばたかせて、垣根は軽やかに薄暗く笑う。
「俺はあのクソほど解析は得意じゃねぇけど、一回食らったらさすがに対処くらい出来るさ」
「対、処……」
美琴はギリギリと歯噛みした。能力は不明だが、例えば一方通行のように、相手に合わせての自在な適応が可能だというのか。
であれば、先ほどの超電磁砲の威力を解析され、まんまと誘いに引っ掛かったわけだ。悔しい。情けない。
「ぐ…く……!」
震える足に力を入れる。奇跡的に骨や内臓には異常がなさそうだ。細かい傷はあるが、致命傷には遠い。
(まだやれる)
能力の正体も対処もわからずとも、相変わらずあの羽が脅威でも。
美琴は磁力を掌と背中に集め、壁に張り付くようにして無理矢理立ち上がった。
「何……勝ち誇ってるのアンタ?まだ終わりじゃないわよ」
いつまでも余裕ぶった笑みを絶やさない第二位を、射貫くように睨み据える。
ふと、笑みが消えた。
「お前……気に食わねぇなぁ」
始めて見る無表情はひどく冷たく、亡霊のようだ。
「もうちょっと遊んでやろうかと思ってたけど、やめた。今死ね」
翼が広がる。青空を覆い隠し、真っ白い脅威が美琴を包み込もうとしていた。- 497 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:06:14.01 ID:QvTaGtdu0
だがもう、白い闇は乗り越えた過去。身を竦ませることも、恐怖に震えることもない。
美琴はただ、目を見開いて翼を凝視していた。
硬直しているのではなく、隙を伺っているだけのこと。あの謎の爆発がいつ襲うかもわからない。
あの羽に触れたらどうなるのかもわからない。
ただ、こんなところで終わるわけには行かない。
こんなホスト崩れに殺された日には、妹にも後輩にもあのツンツン頭にも、顔向けできないというものだ。
パリパリ、と美琴の戦意に反応するように火花が散る。
(早くコイツを、叩きのめさないと)
つい先ほど、吹き飛ばされて呆然とした時に気が付いた、微弱な電波。
発信源は、自分の頭に付けているゴーグル。
借りたのは、10032号から。
以前は、こんな電波を発していたりはしなかった。
では、あのゴーグルを改造したのは。
- 498 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:07:13.38 ID:QvTaGtdu0
「かァァァァァきィィィィねェェェくゥゥゥゥゥン!!!!」
- 499 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:07:58.18 ID:QvTaGtdu0
まるで隕石が墜落したような。
それは空の真ん中を切り裂き、白い翼を突き破って、美琴と垣根の間に突き刺さり、轟音と衝撃が炸裂した。
「………ッ!!!」
美琴は思わず身を竦めるが、こちらには小石の一つすら飛んで来ない。
薄目を開ければ、白い、細い背中。
細い足を中心に、小さなクレーターが出現している。
街灯は折れ、エアコンの室外機は吹き飛び、アスファルトはところどころが捲れ剥がれていた。
その有様で、瓦礫が悲惨しないはずがない。
普通なら、爆弾が直撃したも同然で、自分も吹き飛んでしまっていたはず。
けれど美琴の周囲だけは、先ほどと何も変わりない。
そんな芸当が出来る者に、心当たりは一人しかいない。
目の前の、白い、白い。
「……あ、…」
美琴は何か声を発しようとして、喉の奥に引っ掛かってしまう。
手を伸ばせば触れられる距離に佇む、華奢な後姿。
その背は決して逞しくはないのに、身を竦ませるほどの殺気に白く燃えていた。
「何だ何だよ何ですかァ……?今更、こンなタイミングで……」- 500 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/03/20(火) 02:10:03.40 ID:QvTaGtdu0
不意に赤く輝く目がこちらを見て、ビクリと指先が震える。
美琴の全身をザッと確認し、白い顔が苛立たしげに歪み、眉根に深い皺が刻まれた。
小さな舌打ちと共に、すぐに正面の垣根に視線を戻す。
「垣根ェ……!!」
ざわり、と殺気が白い火となって吹き上がるのが、見えた気がする。
美琴はただ目を見開いて、その揺ぎ無い背中を凝視していた。
自分とそう年も変わらないはずの少女が、これほどの殺気を、威圧感を、放つことが出来るものなのか。
可能だとすれば、そうさせるのはどのような生き方なのか。
滅茶苦茶に破壊された路地、睨み合う怪物に近い者達、けれど美琴は場違いにも少しの悲しさを覚えた。
「よォおお…。くく、ははははは、久しぶりだなァ……!」
垣根は、それまでの無表情が嘘のように、整った顔を歓喜に歪めて哄笑する。
ざわざわと羽が蠢き、双眸は爛々と輝いていた。
「あァ、ホント、久しぶり……」
一方通行はそれっきり美琴を振り返ることなく、地獄の底を這うような声音で軽く首を傾げる。
風が吹いていた。それはある瞬間、嵐のような烈風と化す。何かの感情に、呼応したように。
それに応えるように、不吉に輝く白い羽が、大きく羽ばたいた。
ビキビキビキ、と地が割れていく。
「く、ははははッ!会いたかったぜ一方通行ァァアアアアアアアア!!!!」
「上等だ!!今度こそ粉々にしてやるよォ、このクソ野郎がァアアアアアアア!!!!」
- 533 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:33:22.34 ID:BugSntUi0
怪物に最も近い少女と少年が目線を合わせていたのは、恐らく数秒もない。
突如地響きを立ててアスファルトが割れ、津波のようにめくれあがって垣根を襲う。
「う、わわ……っ!」
美琴は思わず身構えるが、相変わらずこちらには小石の欠片さえ飛んで来ない。
一方通行は全く振り向こうとしないけれど、その背に庇われているのは明白で、場違いにもムッと顔をしかめる。
ちょっと、と声を掛けた時だった。
ギロリと血色の目が美琴を睨み据える。
「オマエはさっさと引っ込んでろ、この三下がァ!」
「きゃあっ……!?」
今までとは比較にならない突風が吹き荒れ、信じ難いことにふわりと身体が浮き上がる。
「えっ、な、な……」
耳元に強風の唸り。
空気の固まりに押し上げられ、ヘリで上昇でもしているかのように地面が、対峙する二人が異様な速度で遠ざかっていく。
五階建てのビルの屋上を見下ろし、第一位と第二位の人影が豆粒のような大きさになったところで、ようやく気づいた。
(……逃がされた?)
その瞬間、猛烈な怒りが腹の底から沸き上がる。
「あんまり舐めんじゃねぇぞコラァアアアアア!!!」
全力で放電し、下から上に押し上げる風に逆らって、ビルの屋上と自らの身体を強い磁力で引き寄せる。
この御坂美琴を、まるで無力な弱者のように戦場から遠ざけるなど。
いくら顔が同じだからと言って、自分は『妹達』ではない。
一方通行に守られる義理などないのだから。- 534 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:34:09.06 ID:BugSntUi0
「ぐ、っく……!」
飛行機から投げ出されてさえ、無事に着地した経験もある。
磁力のコントロールに自信はあったが、一方通行の風は強く、やけに念入りに美琴を上空に押し上げようとした。
その間にも、第一位と第二位の間では何かが爆発し、風が炸裂し、羽が閃く。
「しつっこいわねぇ、もう!!」
下っ腹に力を入れて磁力を高めれば、ようやく逆巻く風がふっと後方に抜けていく。
とりあえず手近なビルの屋上に着地した美琴は、軽く息をついて地上を見下ろした。
たった数分前までただの薄汚れた裏路地だった場所は、まるで激しい戦場のど真ん中のような有様だ。
アスファルトは吹き飛び、いくつものクレーターが生じ、路地に面していたいくつかの廃ビルは崩れかけている。
突き立って傾いだ鉄骨の天辺に、ふわりと細い足が舞い降りた。
不自然に揺らぐ風に髪を乱したまま、一方通行は大きな羽を広げて佇む垣根帝督を睥睨する。
学園都市のトップ2は、大気が熱を帯びるほどギラギラした目で互いを見据えていた。
「相変わらずムカつく目つきしてんなぁ、一方通行」
「オマエこそ相変わらずくッだらねェ手使いやがって、反吐が出るぜ」
「は、正義面すんなよ胸糞悪ィ。第三位まで守ってやるってか?お優しい第一位サマで」
「アイツは関係ねェだろ。イチイチ巻き込むなっつってンだよクソッタレ」
軽口のような応酬の間にも、緊張がキリキリと編み上げられていく。
「ふん、例の悪党の流儀ってヤツか?律儀なこったな」
「………」
だがふと、赤い目が少しだけ宙を見据え、殺気が微かに揺らいだ。
「……アレはただの言い訳だ」
「何?」
垣根が怪訝そうに目を眇める。- 535 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:35:03.05 ID:BugSntUi0
「流儀とかそンなご大層なもンじゃねェ。ただ守りたいから守る。それだけのことだ」
「はぁ?お前に御坂美琴を守る義理なんかねぇだろうが」
「……アイツは、あのクソガキどもの姉なンだとよ。理由なンざそれだけで十分だ」
遠くに見える横顔は、守ると言う割に嫌そうだ。
それはきっと自分への素直な一方通行の感情で、だからこそ美琴は変な風に胸が締め付けられる。
言葉で表現するなら、戸惑いがふさわしい。
(何よアイツ……)
バカじゃないの、と口の中だけで呟く。
こればかりは垣根帝督の言う通りで、美琴としても心外の一言だ。
複雑な思いに、ぎゅっとスカートの端を握り締めた。
「……で、オマエは」
一方通行の言葉に、垣根が瞠目する。
殺気と憎悪で破裂しそうだった空気が、微妙に揺らぐ。
「は?」
「オマエは、わざわざ何をしに来た。垣根」
「…………」
それまで饒舌だった垣根が押し黙る。
警戒を露わにしたというには、戸惑った色の表情。
つい今まで本気で対峙していた相手の心境が、美琴にはわかるような気がした。
『俺は自分の敵に理由をなンて聞こうとすら思わねェよ』
そう言っていたのはつい先日のこと。
気負いなく口にされていた一方通行の常識は、恐らく垣根にも当たり前のように共有されているものだろう。
彼らの常識とは真逆の言葉に、きっとどう反応していいかわからない。
「オマエはあの時俺がミンチにしてやったはずだ。
脳味噌分割されて能力を吐き出すための装置にされていたって聞いてるぜ」- 536 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:36:00.18 ID:BugSntUi0
「…………」
「それがそのザマだ。『上』にわざわざ蘇生されたってのか。目的は何だ?……俺に、何の用だ。垣根」
一方通行が、赤い目を細めた瞬間だった。
その小さな頭の真上で爆発が起こり、鉄骨の上から地面へと吹き飛ばされる。
「何を悠長にペラペラペラペラ……。バカにしてんのかよ」
垣根は訝しげな表情のまま軽く鼻で笑い、肩を竦めた。
「一方通行!!」
美琴は思わず叫び、慌てて地上に飛び降りた。
残ったアスファルトを砕き、細い身体が瓦礫に埋まっている。
焦って瓦礫を払いのけようとするよりも前に、がらがらと音を立て、一方通行が身を起こした。
後ずさった美琴を見上げ、赤い目が驚いたように、呆れたように見開かれる。
「オマエ……何してやがる」
「それはこっちの台詞よ!何ボーッとしてんの、あんなヤツの前で!反射は!?」
「うっせェなァ、めんどくせェンだよアイツの能力」
「おいおいまだ逃げてなかったのかよ御坂美琴。ったくどいつもこいつも、何のつもりだ」
垣根にまで呆れたように見据えられて、美琴の頭に血が上る。
「なっ……何よ!私は売られた喧嘩は買ってやる主義なの!だいたい一方通行、アンタこそ……何でさっき、垣根に、あんなこと」
「はァ?」
「……『敵に理由なんか聞かない』んじゃなかったの?」
八つ当たりのように話題転換のように先ほどの一方通行の言動に言及しかけ、少し口ごもる。
すると端の焦げた白髪をかき上げた第一位は、「何言ってンだコイツ」とでも言いたげな、怪訝そうな顔をした。- 537 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:36:41.37 ID:BugSntUi0
「オマエが言ったンだろォが。敵にも理由くらい訊くって」
「えっ……」
美琴は瞠目する。
「わ……私が言ってたから、自分もやってみようって、思ったの?」
自身の考えを曲げることなど全くない、唯我独尊の第一位。
そんな美琴のイメージとはまったくかけ離れた素直すぎる動機に、ポカンと口が開いてしまった。
それでようやく自分の行動の印象を察したのか、一方通行は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……何でもいいからオマエはさっさとどっか行けよ」
ぞんざいに手を振られ、美琴は我に返って慌てて目つきを鋭くした。
「お断りよ。私は『妹達』じゃない。アンタに守られるつもりはないわ」
眦に力を入れて白い顔を睨み据えると、聞こえよがしな舌打ちが返る。
「盗み聞きですかァ?趣味悪ィ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ!」
「事実だろ。つゥか足手まといだっつってンですけどォ?空気読めや」
「空気読めとか、アンタにだけは言われたくない!」
「チッ、いいから帰れっつってンだよ!」
「イヤよ!」
「帰れ!!」
「イヤ!!」
「……………」
「……………」
真っ赤な目が剣呑に眇められる。
赤い槍にでもなって人を貫き殺しそうな視線にも、美琴は不敵に笑いかけてやった。- 538 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:37:29.60 ID:BugSntUi0
「何よ。そんなに睨んだって全然怖くないわよ」
そして、やはり、と思った。
澄んだような濁ったような、珍しい赤い色の目。だが、ただそれだけだ。
もう怖くはない。手足が震えることもない。
「私だって戦える。いくらアンタみたいなヤツでも、一人残して逃げるなんて寝覚めが悪いっての」
逃げない理由なんか、普段通りの美琴の信念だ。ごく当たり前の、自然な選択だった。
一方通行は少し驚いたような顔をしてから、再び鋭い舌打ちをする。
『……話のわからねェガキだな』
突然おかしな風に声が聞こえて、美琴は肩を揺らした。
「………え?」
『逃げねェならボケッとしてンじゃねェよ。レーダー使え』
耳元で囁かれているような小さな声。だが実際には声の主は二メートルほど手前に佇んでいる。
『おい、聞いてンのか第三位』
「あ……一方通行?」
『あァ』
よくよく見れば、薄い唇がごく微かに動いていた。
それでようやく、能力を使って音の指向性を操作し、囁き声が自分にだけ届くようにしているのだと気付く。
『いいか、声を出すな。口もあんま動かすな、読まれる。垣根に悟られたら対処されるからな』
「……ッ」
対処って、と口に出しかけてようやく声を飲み込む。- 539 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:38:33.84 ID:BugSntUi0
(声出さないと何も話せないじゃないのよ……!)
不満を込めて強く睨みつければ、小馬鹿にしたように鼻で笑われた。
『何だその顔は。声出さないで意志疎通、出来ないンだろォが。で、逃げる気もない。なら黙って従え無能』
ムカーッ、と下っ腹から熱い怒りが込み上げる。
(誰が無能よ……!!)
この学園都市の第三位、汎用性なら右に出るものなどほとんどいないと胸を張る「電気使い」を前にして、なんという言い草。
しかし目の間の性悪がごく僅かな「右に出るもの」であることは間違いなく、ギリギリを歯軋りをした。
『おい、あンま顔に出すンじゃねェ。レーダーだ、聞いてたか?電気使いなら電波くらい使えンだろ。反射波は俺にも当たるように調整しろ』
(電波……?)
それはもちろん使えるけれど、と思って、不意に閃く。
(あ、そうだ)
美琴は電波の周波数をある数値に変調し、一方通行に向けて発信する。
すると間髪入れず、またしても舌打ちが聞こえた。
『ンだよ、出来るンなら最初からやれ』
『な、何よ、気付いてたんなら教えてくれてもいいでしょ!?』
『うるせェ』
不満げな意を電波に乗せながらも、美琴は内心舌を巻いていた。
たった今のやり取りを説明するなら、電波の周波数変調を行い、音響情報を乗せて飛ばしただけ。
要するにごく単純なラジオと同じ原理だ。
しかし、意思疎通には相手が電波を受信し、音声信号を得ることが必須。
美琴は今の今まで、この世に自分以外にそれが可能な人間がいるとは思っていなかった。
送信自体は以前遊びで試したことがあり、美琴が電波を受信させたラジオから自分の声が流れてきた時には、ちょっと得意になったものだ。
後輩などはすごいすごいと大はしゃぎしていた。- 540 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:39:43.76 ID:BugSntUi0
当時は「誰かとテレパシーみたいなことできるかも」とワクワクしたけれど、結局同系統の電気使いでも、受信した電波を解析して、音響情報を意味として認識することは出来なかった。
実験に協力してくれた研究者も「すごいけど」と困ったように笑っていた。
『電波ジャックも出来るでしょうし、工業的にも軍事的にもすごい能力だけど。あなたの言うように誰か生身の人間と意思疎通することは、難しいでしょうね』
受信には美琴と同程度に電波の解析に優れている必要があり、この学園都市内に美琴以上の電気使いは存在しないのだから、と。
まさかあのワクワクを忘れた頃に、唯一可能な人間に出会うとは。
それがこの、美琴にとって悪夢そのものだった白い第一位だとは、夢にも思わなかった。
「……おいおい、いつまで見詰め合ってんだお前ら。いい加減戦うか逃げるか決めてくんねぇ?」
溜息混じりの垣根の声に、美琴はハッと我に返った。
確かに、垣根には自分達がただ睨み合っているように見えるだろう。
「……何よ、話つくまで待ってくれるって?さっきとはえらく態度が違うじゃないの」
「まぁさっきはついカッとなっちまってな。俺は元々格下には興味ねぇんだよ」
垣根が余裕ぶった態度で肩を竦める。
「誰が格下よ。まだ勝負はついてなかったでしょ」
剣呑な目つきで第二位を見やりながら、先ほどの一方通行の言葉通りにレーダーを展開する。
そして反射波を解析し、内心驚愕した。
『何よ……これ…!!』
半壊した路地を埋め尽くすように、球状の物体が無数に浮かんでいる。
目には見えないが、これが先ほどから爆発し続けているものの正体に違いない。
『垣根の能力は「未元物質」。この世に存在しない物質を作り出せるンだとよ。ま、コレは電波は反射する性質みてェだからまだマシだな』
『はぁ?この世に存在しない物質って何よ、反則じゃないそんなの!』
『うっせェな、俺の能力ほどじゃねェだろ、対応しやがれ』
『自分で言うな!』- 541 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:40:58.16 ID:BugSntUi0
『オイ周波数もっと上げろ。解像度低いンだよ』
『そんなこと言ったって、これ以上周波数上げたらノイズ多すぎてワケわかんなくなっちゃうわよ』
『俺の演算能力をオマエのと一緒にすンな。こっちでクラッターマップくれェ作ってやるから早くしろ』
『イチイチ腹立つわねアンタ……』
苛立ちを抑えながら周波数を上げると、一方通行を経由した反射波からは地面や壁などの不要な情報がきれいに除去されていた。
見た目に似合わず器用なヤツだ。
「……あーあーもういいわ、待ちくたびれた。お前らまとめてブッ殺す、いいな?」
ついに痺れを切らしたのか、不意に垣根は大きく羽を広げた。
それに呼応するように、不可視の球体が一斉に爆発する。
「……ッく!!」
美琴は咄嗟に『未元物質』とやらが少ない場所に飛び退り、爆風や細かい瓦礫から頭を庇う。
なんとかやり過ごせた、と思った途端、球体が一斉にこちらへ向かってきた。
(げっ)
「バカがッ……!!」
舌打ちと共に宙を滑空した一方通行が、美琴の腰を片手で掴んで肩に担ぎ上げ、そのまま飛び上がる。
「きゃあっ!?」
視界がぐるりと回って耳元に風が唸る音と爆音が重なり、それでも慌ててスカートの裾を押さえた。
「短パンってオマエ、色気ねェなァ」
「アンタにだけは言われたくない!!」- 542 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:41:32.94 ID:BugSntUi0
緊張感のないやり取りをしながら、美琴を抱えた一方通行は縦横無尽に路地を飛び回る。
レーダーを駆使したおかげで、飛んだ先で爆発物質にぶち当たるということもないが、これでは垣根に近づけない。
美琴は遠慮なく一方通行の背中の布地を掴み、身体を安定させながら雷撃を飛ばすが、なんなく羽に遮られてしまった。
「チッ!!」
「無駄使いすンな、その出力じゃ通じねェ!」
「うっさいわねわかったわよ!」
「おらおらどぉしたよ第一位!!」
哄笑と共に、巨大化した羽が横凪ぎに襲う。
一方通行は咄嗟に方向転換し、その背後にあったビルが豆腐のように切り裂かれた。
「うわっ、何よアレ」
地響きを立てて崩れゆく建物に、美琴はギョッとする。
業腹だが、先ほどは本当に手加減されていたようだ。でなければ、今頃あの有様だ。
爆発と大きな羽が交互に遅い、一方通行はそれを器用に避けていく。
「ね、ねぇ一方通行、今更だけどアンタもしかして、あれ反射出来ないの?」
一方通行の代名詞とも言える「反射」があれば、こんなに必死に逃げ回る必要はない。
けれどつい先ほども爆発で吹っ飛ばされていたし、垣根の能力を「めんどくせェ」と言っていた。
それはつまり、容易に反射出来ないということだろう。
まさかこの世に、あのツンツン頭以外で一方通行の反射を無効化出来る人間がいたとは驚きだ。
さすが腐っても第二位といったところか。
「…………」
すると一方通行は美琴の方は見ないまま、眉間にこれ以上ないくらい深く皺を寄せた。- 543 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:42:30.55 ID:BugSntUi0
「言っておくがな、出来ねェわけじゃねェ。アイツの能力で作られた『この世にない物質』をイチイチ解析して反射すンのがめんどくせェんだよ。
毎度毎度対処すンのアホらしいだろォが」
決して反射が出来ないワケじゃないと強調する一方通行は、得意科目でたまたまミスしたところを指摘された子供のようだ。
美琴はまた少し状況を忘れ、不本意そうな白い横顔を見詰める。
「……アンタも負け惜しみなんて言うのね」
「あァ!?」
ギロリと赤い目に睨み下ろされるが、美琴は鼻で笑ってやった。
「別に、そんな言い訳しなくってもいいわよ。あの子達と違って、私にカッコつける必要なんてないでしょ」
「誰がだクソッタレ」
「いいんじゃないの。見栄張りたい相手くらい、誰にでもいるもんだし」
美琴の脳裏に不意にツンツン頭の少年が過ぎって、一人で少しだけ頬を染める。
それを気味悪そうに見下ろして、一方通行は大きく高度を上げた。
「きゃあっ、何よ急に!!」
「うっせェ、黙ってろ三下!」
高度約五十メートル。ここまで上がれば爆発物質は存在しなかったが、すぐに追いかけるように無数の球体が上ってくる。
「逃げんじゃねぇよ一方通行ァアア!!」
真下からの吠え声と共に、バランスの良い長身が飛び上がる。
やはり飛べるのか、と思い、次の瞬間戦慄した。- 544 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:43:31.29 ID:BugSntUi0
(レーダーが……!!)
今の今まで無数に存在を認識出来ていた球状の物体が、美琴の電波圏内から次々と消えて行く。
ここで「垣根が爆発物質を消してくれたのか」と思うほど、おめでたい頭はしていなかった。
「は、顔色変わったぜ御坂美琴。おかしいと思ったら、そうか、オマエ電気使いだもんな。
レーダーくらいお手のモンだよなぁ。音波さえ対処すりゃいいと思ってたら、俺としたことが迂闊だったぜ」
垣根はゆったりと輝くような白い翼を羽ばたかせながら、泰然と微笑んだ。
チッ、と頭の上から鋭い舌打ちが振ってくる。
「あの野郎、ステルス性能持たせやがったな」
「や、やっぱり……?」
美琴は周波数を限界まで上げるが、戻って来るのは地面や瓦礫、遠くの雲の反応くらいだ。
今まさに眼前で爆発したらと青ざめる美琴を他所に、一方通行は垣根を見据えてニヤリと唇を歪めた。
嫌な笑いだ。向けられてもいない美琴の背筋が、微かに粟立つ。
「どォでもいいが、垣根。オマエさァ……前より出力、落ちてやがるよなァ?」
美琴は(出力?)と内心首を傾げるが、そういえば先ほど垣根自身が言っていた気がする。
「…………」
垣根の笑みが消え、殺気が重苦しく青空に広がった。
それを意にも介さない素振りで、一方通行は軽く肩を竦める。
「色々と上に動きがあるってこたァ、こっちだって掴んでるンだぜ。オマエがそれと無関係だとは思えねェ。
オマエもおかしいと思っただろ?脳味噌だけにされて能力を吐き出す装置そのものになってたのが、急に生身に戻されて」- 545 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:44:09.54 ID:BugSntUi0
軽い笑いと共に吐き捨てられる言葉に、垣根の怒りがビリビリと燃え上がるのを肌で感じる。
(脳味噌だけにして、能力を吐き出す装置って……)
美琴は正気を疑うような所業に、思わず眉を顰める。
この街の連中ならやりそうなことであるだけに、余計にひどく気分が悪かった。
不意に暗い茶色の目と視線が合う。途端に殺気が膨れ上がるのを感じた。
「はッ、まァまともな人間ならこンな顔もするだろォよ。そう怒るな垣根」
奇妙に柔らかな声。少し掠れた中音は、美琴の耳にも毒のように響いた。
「俺らの掴んだ情報じゃ、『ファイブオーバー』等の新兵器の開発は一通り終わったンだってよォ。
で、オマエはおかしいと思わなかったか?出力も抑えられて、放り出されて」
「………何が言いたい、第一位」
ざわざわと、白い羽が不吉に波打つ。垣根の憎悪に呼応するように。- 546 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/05/27(日) 17:46:53.13 ID:BugSntUi0
一方通行は軽く首を傾げて、いっそ優しげに笑った。
「わかってンだろ垣根帝督。俺がオマエを殺した時の黒い羽、どォして今出さねェかわかるか?
ま、アレは俺の切り札でなァ……」
血のような赤い目が細められる。
「用 済 み の 捨 て 駒 に 見 せ る バ カ は い な い っ て こ っ た」
ぶわぁッ、と空を覆うように六枚羽が広がった。
一枚が百メートルは超えていそうなそれは、今までとは桁違いだ。
急に青空が凍りついた気がするのは、物理的に日差しを遮られたからではあるまい。
美琴は反射的に身体に力を入れる。
「……ッ一方通行……一方通行ァアアアアア!!!!」
憎悪そのものを音にしたような声、色にしたような目の色が、かつてない圧迫感を持って迫る。
一方通行は無言で表情を消し、美琴を慎重な仕草で抱えなおした。
- 571 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:41:34.21 ID:osdYYygJ0
垣根は少し前まで、自分の十数年の人生を振り返ると虚しい思いに捉われたものだった。
学園都市第二位。無能力者の学生が聞けば羨望に目を輝かせる、超能力者という存在。
だがその実態は、薬漬けの脳ミソで何とか生き延びる、死んだ目をした屑そのもの。
昔から、鏡を見るのが嫌いだった。
人から整っていると褒められることのある顔立ちは、余計に陰惨な印象を強めている気がした。
能力者のピラミッドを上がれば上がるほど、皆似たり寄ったりの雰囲気をしている。
人はそれぞれ生まれついての個性を持つと言うが、そんなものは環境が簡単に塗りつぶしてしまうのだろうと思う。
あるいは、「親」と呼ばれる人種が側にいれば、また違ったかもしれない。
昔はそう夢想することもあった。
強い能力を持つ者たちの多くと同じ、垣根も『置き去り』の子供だ。
物心ついた頃には、なんとなく怖がっていた気がする、暗い眼差しの能力者達。
一体いつから、自分がその筆頭になったのか。
仲の良かった友達が、新薬投与の結果、能力暴走で死んだ時かもしれない。
痛くて苦しい実験を、数十時間続けた時かもしれない。
実験で死に掛けたが、それも研究者達の想定通りだったと知った時かもしれない。
優しかった能力開発の担当者が、垣根のことを「所詮はモルモットだ、代わりはいくらでもいる」と言ったのを聞いた時かもしれない。
友達だと思った無能力者に、「化け物」と恐怖された時かもしれない。
学園都市に嫌気が差していた頃に出会い、「ここから逃がしてやる」と笑って連れ出してくれた人が、『外』のスパイだとわかった時かもしれない。
当のスパイを殺して逃げ出した後も、『外』では他のスパイに執拗に狙われ続けるのだと、理解した時かもしれない。
ああそうだ、あの時は必死だった。
五年前だったか、学園都市の外に出たのは初めてだったから。
心のどこかで、期待をしていたのだ。
ここではないどこか、例えば学園都市の『外』まで行けば、すべてから自由になれるのではないかと。
この深海のヘドロを吸っているような息苦しさから、解放されるのではないかと。- 572 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:42:35.79 ID:osdYYygJ0
だがそんなものは、ただの虚しい夢だった。
外には結局、学園都市と同様に屑が隅々まで蔓延っていて、垣根をどこまでも追ってくる。
結局、学園都市に戻った。
街を囲む壁。外から守る盾なのか、内を閉じ込める檻なのか。
たった五メートルほどの、物理的には問題にもならない壁を見上げたあの時、垣根の目は死んだのかもしれない。
そしてすべては、『樹形図の設計者』によって予期されていたことだと、後から知った。
学園都市の高位能力者としては、ありふれた人生だった。
皆、垣根と似たり寄ったりの経験をしていて、身の上話でもすれば「あるある」と笑いが起こる。
笑い合った奴らも、すぐに死んでいく。能力の暴走で、薬の影響で、上の判断で。
ああ虚しい、と何度思ったことか。
自分をただの実験動物だとしか思っていない奴らの下で生きるのが、他と比較して最もマシだという、この滑稽な矛盾。
成長し、暗部としての任務をこなしながら、いつかは虫のように潰されて死ぬのだろうと思っていた。
それすら、『樹形図の設計者』の予想範囲内だろうと。
そんな折に聞いたのが、とある実験の失敗。
いつもいつも垣根の上を行く成果を叩き出していた第一位『一方通行』が、無能力者に敗北したのだという。
しかしそれより垣根の興味を引いたのは、『樹形図の設計者』によって計画された実験が、失敗したということ。
垣根が知る限り、『樹形図の設計者』が主幹となった計画や予想が違えたことなど一度としてない。
(本当に全てが予期されているわけではない……?)
諦念という重い岩で蓋をしていた思いが、ぞくりと鎌首をもたげた。
一度罅が入れば、その隙間からマグマのように噴き出すもの。
統括理事長アレイスターは『樹形図の設計者』によってこの世の事象すべてを把握しているのだと思っていたが、そうではないのかもしれない。
それならば、きっと機会はある。
上を、学園都市を、出し抜くチャンスが。
すべてをひっくり返すことが出来るかもしれない。
黒く暗く冷えていた蓋を砕いて噴き出したのは、希望という名の激しい怒りだ。
やりたくもない実験をやり、殺したくもない人を殺し、この屑を屑たらしめる日々の積み重ねを、どうして続けなければならない?
この俺が。
この垣根帝督が。- 573 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:44:28.40 ID:osdYYygJ0
『樹形図の設計図』が何者かによって破壊されていたと知った時には、その怒りに拍車がかかった。
十数年分積み重なった怒りは、深く身体の内で燃え続けた。
まずアレイスターと直接交渉して奴を出し抜くためには、第一位の座が必要だと考えた。
能力者の頂点に立てば、そのチャンスを得ることが出来る。
手段を選ぶつもりはなかった。
既に屑には成り果てていて、今更善人ぶるなど滑稽の極みだろう。
だから騙し討ちもしたし、第一位が保護しているとかいう少女にも躊躇わず狙いを付けた。
第一位と対峙しても、垣根には勝てる自信があったからだ。
第一位、第二位と言ってもそれは純粋に戦闘能力だけで決められた順位ではない。
ひどく目立つ白髪と赤眼を見ても、恐れはなかった。
ただ、えも言われぬ気持ちの悪さが喉奥に這い上がったことを、鮮明に覚えている。
一方通行と面識はなかった。写真で目にしたことがある程度。
この街の高位能力者独特の尖った覇気も殺気も、腐った闇の匂いも、垣根と同じだった。
それは全くの予想通り。
一方通行も垣根とさほど変わらぬ人生を歩んできたのだろう。
ならば当然、同じような人間になる。今まで接して来た奴らと同様に、死んだような目の。
それなのに。
血色の目は、死んでなかった。
役にも立たないクローンの少女のために命を掛け、微塵の迷いも持っていない。
誇らしげに見えた。
自分は持っていない何か確かな、とても良いものを持っているように見えた。
俺はオマエとは違うと、言われた気がした。
オマエがクソ野郎なのは、オマエの境遇のせいじゃないだろう、と。
- 574 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:45:24.66 ID:osdYYygJ0
ムカつく顔してんなぁ、と言った記憶がある。
そう、あれは人生最悪のムカつきだった。
一度気付いてしまえば、気付かなかったことには出来ない。
似たような立場、似たような境遇、似たような人生、似たような雰囲気。
しかし一方通行と垣根帝督は、決定的に違う。
一体どういうことなのか。
それはもしかしたら、垣根が今とは違う在り方でいることも出来たのかもしれない、という最低の思いつき。
(俺がクソ野郎なのは、俺のせいだって?)
同時に、自分が自分の有様を周りの責任にしていたことに気付かされた。
俺がクソ野郎なのは、俺のせいじゃないと。
実験のせい、研究者のせい、育ちのせい、暗部のせい、学園都市のせい。
なんて醜悪なみっともなさ。
何が屈辱かというと、一方通行が垣根ににそんなことを言うつもりはないとわかり、それが一番の屈辱だった。
一方通行はそれほど垣根のことを気にしていない。
勝手に比較して、勝手に気付いて、勝手に憤っている。
あまりにも滑稽だった。
優しく微笑んだ警備員の女が、一方通行に手を差し伸べる。
俺にはあんな顔、誰も向けてくれなかったのに。
憤怒と屈辱で逆上した瞬間、視界に闇色が閃いた。
そして気付けば虫のように潰されていた。
何だよ結局予想通りじゃねぇか、と思ったことを覚えている。
- 575 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:46:35.62 ID:osdYYygJ0
それから気が付けば、脳味噌と臓器だけになっていた。
どういう調整をされたのか、ぼんやり意識はある。垣根は無意識下で能力を生成することは出来ない。
目も見えず、耳も聞こえず、痛くも痒くも暑くも寒くもなく、ただ宙に浮いたような感覚。
いや実際、浮いていた。培養液の中で。
気が狂わずに済んだのは、どうにも半覚醒のような状態から抜けきれなかったから、そして『未元物質』で周囲の様子を観測出来たから。
観測は得意分野ではないが、半径2、3メートル程度なら可能な範囲内。
どうやら学園都市の研究者達が自分の肉片を拾い集めたらしいと気付くまで、そう時間はかからなかった。
肉塊になった程度では、この街からは逃れられないのだ。
研究者達がその気になれば垣根の観測を遮断出来ただろうが、そこは許容している様子だった。
どうせ垣根には何も出来ない。
下手に遮断し、狂って演算が非効率化されることを恐れたからだろう。
どちらにせよ電気信号で指令を出されれば、逆らうことは出来なった。
『垣根帝督の出力ですが、生前の七十パーセント程度ですね』
数人いた研究者のうちの一人がそんな報告をしていたのは、いつだったか。
報告を受けた研究者達は訝るような反応をした。
今までの実験では、脳だけにしても出力が落ちることはなかったと。
『一方通行の黒翼顕現直前に、能力の最大出力を確認しています。
その瞬間に瀕死状態にされたことによって、トラウマとなっているのでしょう。それが能力の強い行使を妨げているのです。
無理にさせれば暴走する可能性が高いですね』
研究室には賑やかな爆笑と、呆れたような溜息とが広がった。
第二位も大したことはないな、と。
腹は立たなかった。
ただ黒々としたものに、全身が浸されていく気がした。
もっとも、その『全身』すらどこにも存在しなかったのだが。- 576 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:47:19.65 ID:osdYYygJ0
宙に浮いたようなぼんやりした意識のまま、垣根は延々能力を吐き出し続けた。
垣根の能力を使ったモノが次々と作られていく。
演算結果を元に、新たな兵器が調整されていく。
工場の一部のようだ。
いや、すでに垣根は正しく「産業用機械」だった。
でなければ現在の垣根を見て人が抱く印象は、百パーセント「標本」だろう。
人ではない。
「化け物」ですら。
ある時何の前触れもなく、放り出された。
垣根は気が付けば、どことも知れぬ裏通りに佇んでいた。
いつの間に肉体再生されたのか、ご丁寧に垣根の好むブランドの服まで着せられていた。
最初に感じたのは、埃っぽい冷たい匂い。
何も考えられぬまま通りに踏み出せば、雑踏が身を包んだ。
歩き方を忘れていてもおかしくないと思ったが、何の違和感もなかった。
ただふわふわと、綿の上でも歩いているような気がした。
つい今しがたまで脳味噌だけでぷかぷか浮いていた自分を、誰も訝しがったりしていない。
時折頬を染めた少女が振り返って、ヒソヒソと隣の少女に囁くのが見えた。
垣根はただひたすらぼんやりと人波に任せて歩いていた。
何故解放されたのかは、まぁわかる。
垣根を「素材」とした研究計画は、秘匿されていたわけではない。
ある程度が達成されたのだろう。あとは一般機械で製造出来るような工法が確立されたのだ。
要するに、用済みというワケだった。
しかしそれなら普通に廃棄すればいいものを、何故わざわざ肉体を再生したのだろうか。
わからない。
というか、なんだかどうでもよかった。- 577 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:48:14.89 ID:osdYYygJ0
行き交う人々を眺める。
皆楽しそうで、皆誰かと連れ立っている。
一人で歩いているのは自分だけのように見えた。
このまま歩いているうちに、空気に溶けて消えるのだろうかと思った。
ふと、何の変哲もない茶色の髪が視界を過ぎる。
意識を隅を引っ掻かれたような気持ちで振り返った。
常盤台の制服と、不似合いな軍用ゴーグル。
資料で見たことがある。あれは、「絶対能力進化実験」の。
一方通行の。
あの血色の目が脳裏に蘇った瞬間、ぐわっと一気に全身へと血が巡った気がした。
指先まで熱く震え、急激に肉体の感覚を取り戻す。
風穴でも空いていたかのようだった心臓が、ドクドクとうるさいほどに存在を主張した。
一方通行。そうだ、一方通行だ。
悪夢のような白髪、不吉な赤い目、ふてぶてしい顔の第一位。
この垣根帝督を人としての尊厳など根こそぎ奪われた在り様へと叩き落した、諸悪の根源。
自分と同じほどの屑の分際で、自分には決して得られないものを掴んだ身の程知らず。
思い知らせてやらなければならない、と思った。
お前の居場所など、この世のどこにもないのだと。
垣根は少し前まで、自分の十数年の人生を振り返ると虚しい思いに捉われたものだった。
今、そんなものをすべて焼き尽くすマグマが。
- 578 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:48:52.69 ID:osdYYygJ0
一体何をやっているんだろう、と垣根は思った。
『無理に最大出力を出せば暴走する危険性が』
いつだったか観測した研究者の発言が、耳の奥で再生される。
一方通行の安い挑発を我慢出来なかったのは、この上なく図星だったから。
この第一位だけではなく先ほどは第三位にまで図星を指され、結局は逆上するなど。
(俺は、俺は……何を、何も)
羽がビキビキと巨大化していく。
元々能力行使時に勝手に出現してしまうが、今までに経験したことがないほど背骨が熱かった。
止めようとしても、天を覆いつくさんばかりに青空に広がっていく。
止まらない。止められない。
血液が逆流した気がした。こめかみがドクドクと脈打ち、目の前が明滅する。
「ぐッ……あ…!!」
まずい。本当に暴走しかけている。
『未元物質』はかなり細密なコントロールを必要とする類の能力だ。
集中力を欠いては、自分の身体すら爆破しかねない。
一方通行の狙いがまさにそれだということに考えが及び、歯軋りをする。- 579 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:49:25.57 ID:osdYYygJ0
能力者の暴走など、第一位も子供の頃から腐るほど見て来ただろう。
暴走に促す方法もその結果も、当然熟知しているはずだ。
最も手っ取り早いのは、相手を逆上させること。
まんまと手に乗った自分に臍を噛みながら、なんとか、中空に浮遊させていた爆発物質を消し去る。
それを待っていたように烈風が吹き荒れ、地表から巻き上げられた砂埃が視界を遮った。
「やッすい手だなぁ第一位…!」
吐き捨てながらも舌打ちする。
第一位は音波で、第三位は電波で、周囲の観測には優れてる。
一方、垣根は周囲の観測はあまり得意ではない。
使い古されてはいるが有効な手。
垣根は勝手に発現しそうになる能力をギリギリで抑え、鎮静剤に似た物質を自身に投与しながら深呼吸を繰り返す。
六枚羽の肥大化はなんとか止まり、しかし不規則に明滅した。
自身の能力の暴走と、第一位と、第三位。
一度に相手にするには分が悪すぎたが、後には引けない。
引いたとしても、垣根には何も残らないのだから。
- 580 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:49:58.30 ID:osdYYygJ0
翼を羽ばたかせて砂埃を払おうとする。
しかし掴み所のない強風がまたすぐに視界を覆った。
埒が開かない。
垣根は舌打ちをして、肥大化した羽を動かそうとする。
常なら手足のように動く翼は、鈍い反応を返した。
頭が割れるように痛み、手足の先が痺れる。判断力の低下をまざまざと感じる。
「クソッ……!」
それでもなんとか、羽で全身を覆うようにする。
どこから来るかわからない今、防御に徹するしかない。
一方通行の攻撃は予想が付かないが、御坂美琴の超電磁砲程度ならこれでなんとかなる。
そう思った矢先、真正面の砂埃を切り裂き、見覚えのある青白い光が急襲した。
「……ッ」
第三位の必殺の一撃は全身を覆っていた羽に弾かれ、砂埃が晴れた先には一方通行に抱えられた御坂美琴の姿がある。
「効かねぇっつってんだろ!!」
垣根の吠え声に応えるように、羽が一方通行と美琴を切り裂いた。
やったのか、と思ったのは数瞬の間。
羽に裂かれたはずの身体からは血も内蔵も零れず、ただゆらりと揺らぎ、空気に溶けるように消え去った。
「な……っ!?」
息を呑み、そしてすぐに幻覚だったと気付く。
(電磁波……可視光、そうか…第三位……!)- 581 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:51:36.52 ID:osdYYygJ0
御坂美琴は電気使い。電磁波の操作もお手のもの、当然その中には光も含まれる。
光、つまり可視光も自在に操れるのなら、垣根に幻覚を見せることも容易。
しまった、と気付いたのと同時に、羽を戻そうとする。
狙われるのなら今現在翼に守られていない右半身。
反射的に右側に目をやり、予想通り二撃の超電磁砲が瞬いた。
「……ッ!!」
咄嗟に『未元物質』で盾を作り、なんとか一撃を凌ぐ。
最初にフルパワーの超電磁砲を受けていたのが幸いした。どの程度の強度のものを生成するか決まっていれば、負担は軽い。
二撃目は空を切って後方に逸れる。
安堵の息を吐きかけたその時、不吉な白が視界を掠め、咄嗟に振り返った。
二撃目の先には、一見頼りない、細身の白い影。
その実この世の誰より強固な盾を持つ、第一位。
一方通行は動かない。
超電磁砲を痩身に受け、微かに目を細めて笑っただけだった。
(くそっ……!!)
予測を寸分違わず、白い光は白い身体に反射し、再度垣根を襲う。
『ベクトル操作』を受け、威力を途方もなく引き上げられた最強の一撃が。
眩しく晴れ渡った青空を、場違いな爆発が引き裂いた。
- 582 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:53:53.13 ID:osdYYygJ0
「ぐ……、……っ」
翼から、白い靄が漏れる。『未元物質』にもなりきれない、垣根の能力の切れ端だ。
かろうじて身体に傷はついていないが、羽はほぼ原型を留めない、無惨な有様だった。
ぐらり、とバランスを崩す。
間髪入れず、一方通行が肉薄した。
翼はない。遮ることができない。
「……オマエの出番はとっくに終わってンだよ、この三下がァ!!」
細い手の、華奢な握り拳。
それが自らの腹に叩き込まれた瞬間、垣根は血反吐を巻き散らして地表に落下する。
瓦礫になりかけたビルの壁面を突き破り、アスファルトを叩き割って、地面に激突した。
「……っぐ、く……」
残った翼の部分ででなんとか身を包んだが、それで精一杯。
どこが痛いのかわからないくらい全身で激痛が暴れるが、死んでないだけ僥倖だ。
クレーターのようになった剥き出しの地面に手をつき、垣根はなんとか身を起こそうとする。
地べたについた手が、笑えるほどにガクガク震えた。
「う、がはッ、ぐぅえ……ッ」
咳き込めば、胃液と血液がびちゃびちゃと冗談のように大きな水たまりを作る。
(肋骨と内蔵がイカれてやがる)
とりあえず右肩と左足の裂傷を粘着性のアクリル材質にした『未元物質』で覆い、麻酔と強心剤に似たものを体内に投与した。
「…く、はぁ……はぁ…っ」- 583 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:54:41.17 ID:osdYYygJ0
感覚が少し茫洋とするにつれ、ようやく身体が起こせるほどに痛みが引いてくる。
吹き飛ばされてからどれくらい経ったのか。数分の気がしているけれど、数時間と言われても納得できる。
ようやく、一方通行はどうした、と気が回るようになる。
自らが守ろうとしている者に手を出されて見逃すほど、あの男は甘くない。
垣根はやっと顔を上げ、瞠目した。
「…………ッ」
最初は、やけに明るいと思った。
半壊以上の様相とはいえ、周り中を背の高いビルで囲まれた路地は、本来薄暗いはず。
カツ、と足音が響き、ひび割れたアスファルトに細い足が降り立つ。
不吉な白い影、一方通行。
その頭の上に浮かんでいるのは。
人工太陽とはよく言ったものだ、とどこか呆然と見上げる。
その白い頭の上に浮かんでいるのは、白い、様々な色にも明滅する光球。
資料で見たことがある。以前にも空気を圧縮して作り出したと。
気体を圧縮し温度を再現なく上げて行き、構成する中性分子を電離させ、結果としてイオンと電子だけで構成されてしまったもの。
高電離気体……プラズマ。
「すべて終わりにしてやるよ、垣根」
一方通行は静かに呟いた。その顔にはもう怒気も嘲笑もない。
垣根は白い光に縁取られる白い顔を、ただ見上げる。- 584 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:56:21.02 ID:osdYYygJ0
最初から一方通行の狙いはこれだったのだ。
あの黒翼を見せるつもりはない。だが『未元物質』の耐久力も攻撃力も侮れない。
だからプラズマを作るための時間を稼いだ。
最初から、あの数万度の光で、垣根の細胞一つ残らず焼き尽くすために。
「終わりか……」
だが垣根は、どこか安堵したように呟く。
自分の声に少し驚き、起き上がろうとするのをやめ、その場にすとんと腰を下ろした。
すべて終わる。何もかも。
無為なあがきも、命を搾取するのもされるのも、怒りも、虚しさも。
それはほどほどに悪くないものに思えた。
「肉片でも残ってりゃ、あのクソどもは再生しちまうぜ?」
「バァカ、この俺がそンなヘマするか。……安心しな、細胞一つ残さず焼き尽くしてやる」
一方通行は微かに頬を緩めた。
毒も狂気もない顔は、優しい子供のようにあどけない。
そこには自分への、共感のようなものが見えた気がした。
自らの能力への、自負と嫌悪。学園都市への憎悪と諦念。
「あのクソどもが二度と、手ェ出せねェとこに連れてってやるよ」
そんなところがあるものかと、長い間思ってきた。
けれど言われてみれば確かに、「そこ」までは手を伸ばせない。
「ふぅん……。まぁ確かに、流石の奴らも地獄までは追っかけて来ねぇだろうな」- 585 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:57:37.02 ID:osdYYygJ0
用済みだという烙印があっても、何かの変更があればゴミ捨て場からリサイクルする感覚で連れ戻される。
いくつも見て来た事例だが、手を伸ばせない場所もあるか。
垣根は、一方通行とプラズマを見上げる。白い、他の何もかもが見えなくなるほどに。
(終わりか)
何もかも終わり。
垣根は長く息を吐き出した。やはり、悪くない。
「お前との決着付けらんねぇのは、ちっと残念かもなぁ」
「ほざけ。二回ともオマエのボロ負けだろォが」
「色々イレギュラーあったからノーカンじゃね?」
「何がノーカンだ。……先に地獄に行って待ってろ。そっちでなら、いくらでも相手してやるよ」
一方通行が手を差し伸べるような仕草をする。
「心配すンな。多分、そンなに待たせねェさ」
すべてを焼き尽くす白い太陽が、垣根を包むために近づいてくる。
「それなら、寂しくねェだろ?」
白い手。垣根を一度殺し、二度目に殺す手だ。
けれどそれは、生まれて初めて差し伸べられた手にも思えた。
見たこともないほどに眩しく、温かな光のように思えた。
垣根は、自らも手を伸ばそうとして、腕が動かないことに苦笑する。
一方通行はそれを見て、わかっている、とでも言うように、微かに頷いた。
そしてようやく気付く。
最初から、一方通行への特別な憎悪なんてなかった。
他人のことなんか、どうでもよかった。
自分のことで、精一杯で。
確かに一度は一方通行に殺されたも同然だが、今までに似たようなことなどいくらでもあった。
大概は研究者達の実験の果てで、いちいち憎悪していたらキリがない。
誰かというよりも、この世の全てが腹立たしかっただけだ。
無為、その一言に尽きる垣根帝督の人生。
何も為さなかった、何も得られなかった、何も残すことはなかった。
そうしようとしたことはあったのかもしれないが、遠く塗り潰されてもう思い出せない。
自分に似ているように見えた一方通行に、八つ当たりをしただけで。
本当は、何かに怒りをぶつけたかっただけで。
この手の中に何もないということが、ただとても悲しくて、寂しかっただけだった。
- 586 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:58:11.47 ID:osdYYygJ0
「ダメぇええええええええ!!!!!」
絶叫と大きな雷鳴のようなものが響き渡り、垣根の目の前に華奢な少女が立ちはだかった。
「バッ……!!」
垣根はただ目を見開いただけだったが、一方通行は顔色を変える。
「……ッカ野郎がァあああああ!!!」
ゴッ、と烈風が吹き荒れ、白い光と雷と風が猛烈に交錯した。
「きゃあ……っ!」
細い悲鳴とは裏腹に、少女は一歩も動かない。
翻る茶色の髪と常盤台の制服に、ああ、第三位か、と垣根は遅まきながら思い出した。
自分で声を掛けておきながら、完全に存在を忘れていた。- 587 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 22:59:39.50 ID:osdYYygJ0
風は数秒で収まり、雷もプラズマも消え去った空間は、それまでの轟音が嘘のように静まり返る。
はぁ、はぁ、という荒い息だけが薄暗さを取り戻した路地にわだかまる。
「…ッ死にてェのかこのクソ女!!あンまり舐めた真似してっとブッ殺すぞ!!!」
真っ青な顔をした一方通行が、美琴の胸倉を掴みあげる。
額にはびっしり冷や汗が浮かび、真っ白の指先はブルブルと震えていた。
よほど焦ったのだろうということは、誰の目にも明らかだ。
たった今顔色一つ変えずに人ひとりを焼き尽くそうとした人間とは思えぬ反応にか、美琴はポカンと口を開く。
「な……なんて顔してんのよ、アンタ」
「はァ!?」
「べ、別に私だって、何の考えもなかったワケじゃないし……。私は電気使いなのよ、プラズマの分解くらい何とかなるわよ。
練習も、したし……」
確かに、プラズマは気体を構成する分子が電離し、陽イオンと電子に別れて自由に運動している状態。
それを逆に分子に結合させてやれば、プラズマとしての特性を失う。高位の電気使いにならそれも不可能ではないだろう。
「え……?…あ、……」
言われてそれにようやく思い当たったように、一方通行は赤い目を瞬いた。
気を取り直すように軽く咳払いをして、美琴の胸倉を突き放す。
「……とにかく、格下があンま出しゃばンじゃねェよ。身の程を知りやがれ」
冷たい声音に、気の強そうな第三位がムッとした気配。
「何よ偉そうに。目の前で人が殺されそうになってんだから、止めるのが当たり前でしょ」
「はァ?そいつはさっきまでオマエもついでに殺そうとしてたンだぜ?」- 588 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:00:51.26 ID:osdYYygJ0
「相手が殺そうとして来たからって、私まで相手を殺す必要はないわ。アンタの非常識を押し付けないで」
「は、ご立派なことで。……その信念がいつかオマエを殺すぜ」
「私は死なないわ。仮に死ぬことがあっても、後悔はしない」
第一位と第三位が、至近距離で睨み合う。
互いにまっすぐに目を向け合い、まっすぐに思いをぶつけ合い。
垣根は目を細めた。
遠い。ひどく遠く思える。二メートルも離れていない二人との距離は、空の星より遠く見えた。
「一方通行……」
喉奥から押し出した声は、ひどく掠れている。
地の底から湧き出たような、我ながら恨みがましい声音だった。
「垣根……」
一方通行がハッと我に返ったように、美琴の腕を引っ張り、自らの後ろに庇う。
第三位は「ちょっと!」と怒鳴っていたが意に介した素振りもない。
「終わりにしてくれんじゃ、なかったのかよ……?」
「…………」
チラリと後ろを見て、一方通行は眉間に深々と皺を寄せた。
驚いたことに、困っているような顔だった。
「ちょっと、ダメだって言ってるじゃない!何よ垣根アンタ、急にヤケクソになるんじゃないわよ!」- 589 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:02:02.16 ID:osdYYygJ0
「うるせぇな、黙れクソガキ。お前には聞いてねぇっつーの」
「誰がガキよ!?アンタ達だって私とそんなに変わんないでしょーが!」
ぎゃんぎゃん騒ぐ声に、垣根もじんわりと眉を顰める。
半壊した薄暗い路地は、垣根にも一方通行にも似合いだが、御坂美琴はひどく浮いている。
当然のように自信満々に言い放つ健全な空気に、目の前の第一位の殺気が揺れているのがわかる。
垣根は焦燥を覚えた。初めて得られるのかもしれないものを、今、奪われようとしている。
「一方通行」
すべてを終わらせるということ。
もう遠い昔に思える、「すべてを引っくり返す」と息巻いていた時に望んでいたのは、結局はそれと同じことだったのかもしれない。
もういい。もう、いい。もう、何もかもどうでもいいから、真っ白になりたい。
「一方通行……」
縋るような声音になってしまった自覚はある。
同時に咳き込んで、血液混じりの胃液がべちゃりと零れた。
「ちょ、……ちょっと、アンタ大丈夫?救急車呼ぶ?」
美琴が慌てて携帯電話を取り出す。
その表の人間特有の常識的な判断も、たった今まで戦っていた相手を本気で心配している表情も、垣根の神経をざりざりと引っ掻いた。
ひどく目障りだった。
「ホント、うぜぇなぁ……」
ざわりと、掻き消えていた殺気が喉奥からこみ上げてくる。
「垣根!!」- 590 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:03:38.46 ID:osdYYygJ0
一方通行の声は、打つように厳しい。
美琴を庇い、垣根を制止する。
たった今まで向けられていた、静かな共感に満ちた声音とは全く違っている。
ぱりぱりと、ひび割れるような音が胸の奥から聞こえた。
「んだよ……終わらせてくれんじゃねぇの?」
一瞬の期待という温もりが、凍りついた身体を壊していく。
「後から俺んとこに来てくれんじゃねぇのかよ……」
地の底に這うような溜息が漏れる。
同時に、引いていた潮が一気に津波となって押し寄せるように、真っ黒い怒りが噴き出した。
失望とも屈辱ともつかぬものだった。
「じゃあいい。死んじまえよ一方通行」
ぐしゃぐしゃになっていた羽を再構成し、大きな片翼を広げ、横凪に払う。
完全に不意を突いた形。
一方通行が何か叫び、美琴をその細い腕の中に抱き込む。固く、守るように。
茶色い目が大きく見開かれ、稲妻が走る。
(死んじまえ、お前も、御坂美琴も)
守れなかったと絶望すればいい。あの世で嘆き悲しめばいい。
守っていた少女が死んでも一方通行とは違う場所に行くだろうから、二度と会えはしない。
(ざまぁみろだ)
嘲笑おうとしたのに、ひとつも笑いは出て来なかった。
ただ虚しく、悲しく、寂しく、矮小すぎる己に絶望し、だが止められない。
御坂美琴には何の罪もない、ただのとばっちりだ。
ひどく理不尽な死、けれど垣根の人生はずっとこんなことの繰り返しだった。
誰か、止められるもんなら止めて見せればいい。
誰か。
誰か。
- 591 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:04:17.50 ID:osdYYygJ0
「やめろ!!!!!」
場違いに力強い声が響いて、垣根は目を見開いた。
今までに一度も経験したことのない感覚の正体がわからず、ひどく戸惑う。
翼が動かない。
暴走をしてさえ意のままに動いていた翼が、ピクリとも。
「あ……?」
垣根はぼんやりと後ろを振り返った。
まず初めに目に入ったのは、真っ黒い目と、真っ黒いツンツン頭。
ごく平凡な、その辺にいそうな少年。
だがその平凡なはずの日に焼けた右手が、垣根の翼を掴んでいる。
鋼鉄も軽く切り裂き人体など一瞬で消し飛ばす羽を、素手で。掴んで。動かせない。
「はぁ……?」
聞いたこともないような間抜けな声が自分のものだと、気付くのに時間がかかった。
「一方通行、大丈夫か!?あ、あれ、御坂妹……っ?」
「なっ、な、何でアンタがここにいんのよ!!」
「じゃねぇ、御坂か!?何でって…一方通行に呼ばれて。っていうか、それはこっちが聞きたいことですよ!?」
どうやらこの闖入者と御坂美琴は知り合いらしい。
賑やかなやり取りに、黒く冷えた空気が緩んでいく。
一方通行はゆっくりこちらに向き直り、美琴から腕を離す。
そして赤い目が黒い目と数秒見詰め合って、緩く細められた。
「遅ぇんだよ……ヒーロー」
- 592 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:05:26.62 ID:osdYYygJ0
一方通行の仲間か、と垣根は我に返り、全力で飛びのく。
部分麻酔じゃ殺しきれない激痛が背筋を突き刺すが、なんとか歯を食いしばった。
「ぐ、……っ」
口の中が血の味で満ちて、ペッと吐き捨てた。鬱陶しい。
足が震えるのを、なんとか気力だけで支えて立ち上がる。ひび割れた壁に背を預けた。
(何だ?あいつは何だ?なんなんだ?)
翼に感覚などないのに、掴まれた寒気が頭から突き刺さるようだ。
意味がわからない。一方通行でさえ容易には反射出来ないはずなのに、いとも簡単に素手で。
「一方通行、怪我は?大丈夫か?」
「誰に聞いてンだ三下が。もうケリ着くとこだったっつの」
「そう言うなって。これでもお前に電話貰ってから、すげー急いだんですよ?」
「あァそォ」
どこか嬉しげな少年から、一方通行はフイと顔を背ける。その赤い目の先には、満身創痍の垣根。
「上条」
一方通行に促されるよりも前に、笑みを消した真っ黒い目が垣根を見据える。
ぞわ、と経験したことのないような感覚に肌が粟立った。
(何だコイツは……)- 593 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:06:03.92 ID:osdYYygJ0
不吉な気配を感じる。動かしてもいない翼がざわざわと波打つ。
見た目は普通の高校生だ。だが普通の高校生がこの垣根帝督の翼を素手で掴めるわけはなく。
一方通行と並んで立つはずもない。
垣根はひどい違和感を覚えた。
何か違う。今までの一方通行と。
たった一人で高い塔の天辺にいるような、暴虐の王のような覇気。
誰といようが、例え二人で共同戦線を張ろうが、たった一人で戦う顔をしていた孤独の影。
一方通行が常に纏っていたそれらが、ひどく薄れている。
学園都市最強の怪物の隣に、当たり前の顔をして、誰かが立っている。
超能力者は基本的に一人で行動するものだ。
フォローが必要な場合は集団行動もするが、能力が強すぎて仲間がいても巻き込んでしまうことが多い。
結果、単独行動が一番効率的ということになる。
その超能力者の筆頭が、見たこともないような少年と並んでこちらに向かってくる。
上条と呼ばれた少年は、ひどく得体の知れない雰囲気を持っている。
裏の人間と言われても、表の人間と言われても、納得出来ない。
(なんなんだコイツは……!)
垣根はたった今あっさりと死を受け入れかけたのが嘘のように、残りの全力を振り絞って戦闘態勢に入った。
(ありえない。俺の羽を素手で、何かの間違いだ)
こみあげるような気色の悪さに、全身の毛が逆立つ。
こめかみがドクドク脈打つ音がする。
空間に『未元物質』をバラ巻く力は残っていない。残った片翼で決着をつけるしかない。- 594 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:07:27.71 ID:osdYYygJ0
「あいつがお前の敵か?」
「あァ」
「わかった。……行くぞ一方通行!!」
「俺に指図すンじゃねェ!!」
赤い目と黒い目がギロリと、真っ直ぐにこちらを見える。
白い怪物と黒いアンノウンが並んで、こちらに歩んで来る。数歩目で駆け足になり。
今まで経験したことがないほどに凄まじい威圧感だった。今にもペシャンコに潰されそうだ。
垣根の眉間を脂汗が流れる。
歯を食い縛り、指先で壁に爪を立て、片翼を大きく広げた。
「……何なんだお前はぁああ!!!」
プレッシャーへの最後の抵抗のように、焦燥が吠え声になる。
瞬間、翼が破裂したように見えたかもしれない。
実際には、羽一枚一枚を矢のように、マシンガンのように放っただけのこと。
上条という得体の知れない少年は顔色一つ変えず、右手を顔の前に突き出し、羽を薙ぎ払った。
聞いたこともないような澄んだ音だけを残し、輝く白い羽が霧散する。
「は、はぁ……っ!?」
垣根は目を剥いて硬直した。
しかし数瞬後、一方通行の反射膜に触れた羽が方向を変え、上条の頬を横腹を切り裂く。
パッ、と小さな花火のように鮮血が散った。- 595 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/12(火) 23:08:26.35 ID:osdYYygJ0
「!!!」
一方通行はそれを見て打たれたように硬直し、
「この……ッ」
だがすぐにこちらに向き直り、グンとスピードを上げる。
垣根は反射的に、翼で一方通行を切り裂こうとした。
だが、隣に並んだ少年の日に焼けた右手が、あっさりと横殴りの翼を掴む。
二度目の驚愕が垣根を襲い、その半瞬後には間近に白い顔が迫っている。
「クソッタレが!!!!」
激怒に染まった顔。
流儀に反したからでもなく、守ると決めた者を傷つけたからでもなく、ただ単にカッとなったような、ある意味ひどく幼げな表情。
垣根はふと、自分もこういう顔で怒ったこともあったのかもしれない、と思った。
遠い遠い昔、一番初めの友達が、死んでしまった時。
垣根帝督が初めて遭遇した、恐ろしい理不尽。
大事な友達がいなくなって、腹立たしかった、悲しかった。
そんな風に思い、研究者に立ち向かったこともあった。
一方通行の顔を見てそんなことを思い出し、白い拳が右頬にめり込んだ直後、意識が途切れた。
- 610 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:50:46.51 ID:4Mx1Ofdp0
「ブッ殺す!!!」
垣根が地面に激突するのを見届ける前に、一方通行は再度拳を振り上げた。
頭の芯が煮える。目の前が赤い。
何を考えるより前に、翼が消えた垣根の身体を両断するため、今度は先ほどよりも更に破壊力を加算する。
「一方通行、待て!」
しかし後ろから腕を掴まれ、例の澄んだような音と共に、込められた力が霧散した。
「ッ離せ…!ちょっと気ィ抜いたら……図に乗りやがってクソ野郎!!」
振り払おうと全身の力を振り絞るが、一方通行の手首を掴んだ腕はビクともしない。
「よく見ろ、もう気絶してる!殺す気か!?」
「殺す!!」
「殺すな!!!」
叩きつけるように怒鳴られ、一方通行はビクリと肩を竦めた。
「殺すな、一方通行!お前も、御坂も、俺も無事だ!生きてる!!」
力強い声、熱い掌。掴まれた右手首が熱い、温かい。
(生きてる……?)- 611 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:51:31.97 ID:4Mx1Ofdp0
雨が地面に染み込んで行くように、徐々に力が抜けていく。
一方通行は、ゆるゆると振り返った。
「……上条」
目の前には、見慣れはじめてしまった、真っ黒い目。
真っ黒いのに、太陽のように感じる眼差しが、相変わらずまっすぐにこちらを見据えていた。
頬がざっくりと切り裂かれている。
視線を下げれば、脇腹のシャツが裂け、真っ赤に染まっていた。
一方通行が反射した羽で、ついた傷。反射に失敗したせいで、流れた血。
急に、息が詰まった。
「だから……、だから言ったじゃねェか…ッ」
この身は『反射』の一方通行。
誰かが側にいれば、必ず傷つけてしまうのだと。
わかっていたことだ。だからあれほど拒絶した。
打ち止めのように「守りたい存在」とは違うけれど、決して傷つけたくなかったと、たった今気付かされる。
掠れた声に、しかし上条は照れたように頭を掻いた。
「あー。ごめんな、一方通行」
「は……?」
意味がわからずに目を瞬くと、小さな笑い声が返る。
自分に呆れたような声音なのに、ひどく軽やかに響いた。
「大丈夫って約束したのにな。けど考えてみたら俺もさ、誰かと協力して戦うとか、初めてだったわ」
「え」
思ってもみなかった言葉に、一方通行は驚く。- 612 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:52:16.05 ID:4Mx1Ofdp0
いつも誰かのために、誰かと共に戦っているのかと思っていた。
けれど確かに思い返してみれば、ふとすれ違った時、遭遇した時、上条はいつも一人だった。
たった一人で、誰かのために戦っていた。
「なんつーかさ……成り行きとかじゃなくて、誰かと一緒に戦いたいって思ったの、初めてなんだ。
だから俺も慣れてないし、お前も慣れてないし。お互い初心者だから、最初はちょっと息合わなくてもしょうがねぇよ」
「…………」
「な?俺とお前なら、すぐ慣れるって」
上条は何の不安も感じてない、とでも言うような、屈託のない顔で笑う。
一方通行は、ただ一心に目の前の『ヒーロー』を見詰めた。
「約束」をした。お互いのヒーローでいる、一緒に戦うと。
その不慣れな手触りの甘ったるいものを、そっと手元に返す。
掌に約束を握り締めて、一方通行はようよう唇を開いた。
「……ッ、垣根、の…」
自分でもあまり聞いたことのない、ふらふらした声音を、なんとか絞り出す。
「垣根の『未元物質』、は……解析、が…しづらい…」
「へ?ああ、そうなんだ?」
「ッから、反射が、うまく…、出来ない……」
「ふぅん。お前でも反射出来ねぇとかあるんだな。あ、こんくらい掠り傷だし、気にすん……」
「……ッ」
一方通行は無理矢理息をついて、上条の顎先に銃口を突きつけた。
「なぁ!?え、ちょ、あああくせられーたさん!?そんな怒んなって」- 613 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:52:58.97 ID:4Mx1Ofdp0
「うるせェ黙れ、右手を離しやがれ」
後ろで誰かの悲鳴が上がった気がするが、そんなことはどうでもいい。
「手?あ、ごめん痛かったか?」
上条は勘違いした様子で慌てて手を離すので、軽く舌打ちする。
「違ェよバカが。オマエが掴ンでたら能力使えねェだろォが」
だらだら景気良く流れる血を止めようと、一方通行は目の前の日に焼けた頬に手を伸ばした。
「あ……けど」
少し惑ったような表情に「動くな」とだけ返すが、数秒後にじわじわ目を眇める。
それを見て、上条は「やっぱり」と苦笑した。
「怪我治すとか、そういう異能の力は…俺には効かねぇんだ。魔術もダメだったけど、やっぱ超能力もか」
「右手に当たンなきゃいいンじゃねェのかよ」
「攻撃っつー形だったらそうなんだけどな。回復系とかダメみたいだ。やっぱ身体が右手に繋がってるせいかねぇ」
本人にとっては当たり前すぎる事実だからなのか、上条は飄々と肩を竦める。
「……チッ、バイタルサインも読めねェ」
ならばと体内の様子だけでも確認しようとしたのに、叶わない。
血が出ていて、傷ついていているのに、上条当麻の心拍数も呼吸数も血圧も体温も何も読めない。
臓器のチェックも、脳機能の確認も、何も。
「バイタルサイン?って脈とかだっけ…?そんなのもわかんの、お前」
「当然だ。打ち止めの時も常に確認して……」
ふと言葉が途切れる。- 614 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:53:47.06 ID:4Mx1Ofdp0
そうだ、エイワス顕現によって弱ってしまった打ち止めを連れてロシアに行った際にも、常にバイタルサインはチェックしていた。
打ち止めのひどく浅い呼吸、あまりに弱々しい声音や表情。見ているだけで胸が引き絞られるような。
けれど確かに小さな心臓は動いていたし、衰弱しているだけで体内に異常があるわけではないとわかっていたから、一方通行は冷静でいられたのだ。
だが目の前の少年に、同じことは出来ない。
「けどオマエのは……わかンねェ」
今は何でもなさそうに笑っていても、いつ意識を失って、そのまま二度と目を覚まさないことになるか、わからない。
「……わかンねェよ」
急に、ひどく寄る辺ない気持ちが込み上げた。
突然片足が奪われたような感覚。当たり前に出来たことが、何の前触れもなく不可能になる理不尽。
どうやって立っていればいいのか、わからない。
「俺はどうやって、オマエが生きてるのを、確かめればいいンだよ……?」
上条は不意を突かれたような顔する。少しこちらの顔を見詰めてから、笑った。
「何言ってんだよ。俺はこうして生きてるじゃんか」
「バカか?意識レベルは重要な指標だが、それだけで保証されるワケねェだろ」
「そう言われてもなぁ……。俺はインデックスがこっち見て笑ってくれたら、大丈夫だと思って来たけどな。
それが普通だろ?」
「普通……」
そんなことで、「普通」は安心するのか。何も具体的な確認が出来ていないというのに。
思えば、自分はいつも大病院の最新鋭機器を以って相手を検査しているようなものだった。
確かに「普通」なら、そんなもの持ち歩けるわけがない。
そんなものがなくても、当たり前のように目の前の相手を信じる。何の証拠もなくとも。- 615 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:54:59.80 ID:4Mx1Ofdp0
一方通行は自らの脆弱さを思い知らされ、唇を噛み締めた。
銃を突きつけていた腕が、力なく降りていく。
「そ、そんな顔すんなよ。ほら、心臓だって動いてるだろ?な?」
上条は慌てた顔で言い募って、一方通行の手を取り、自分の胸の上に当てた。
「…………」
言われるまま、掌に神経を集中する。
厚手のジャケットを通しているせいか、ごく微かに鼓動が伝わる気がするが、よくわからない。
反射的に能力を行使して、ああ、使えないんだったと軽く舌打ちをする。
一方通行は手を退けてから、上条の胸に耳元を寄せた。
「あ、一方通行……っ?」
「黙ってろ、聞こえねェだろ」
耳を押し付ければ、集中するまでもなく力強い鼓動が身体の奥まで響いた。
片頬も、布地を握った手も、じわりと温かくなる。
どこか身体が浮いたような感覚があって、一方通行は微かに眉を寄せた。変な感じだ。
しばらくして、上条に少し体重をかけているせいだと気付く。
生まれてこの方、他人に寄り掛かったことなど物理的にも精神的にも一度もなかった。
慣れない感覚。気持ちが悪い。
ただ、ガマン出来なくもない。
「……?」
脈拍を測るために鼓動を数えていた一方通行は、どんどん高鳴っていく心臓に、今度はハッキリ眉をしかめる。
心拍数が増えているということは、何らかの要因で交感神経が優位になっているということ。
確かに、出血すれば血圧が下がり、脈拍は増加する。
当然脈拍を左右するのは外傷のみではないが、と顔を上げた。- 616 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:56:24.65 ID:4Mx1Ofdp0
「オイ、心拍数がかなり上がってる。他にもどこか痛むのか」
「へ、へ……?な、何が?別に、他は怪我とかねぇけど!?」
上条は、何故だか中途半端な位置に上げられていた両手をふらふらさせる。
「……?顔が赤いぞ」
「え?あー、ホントだ。顔熱いわ……なんだろ」
ぺたぺたと不思議そうに頬を触り、戸惑ったような顔が見下ろす。
一方通行は、あまり見たことのない類の表情を見上げた。
真っ黒い目に、自分の顔が映っている。
誰かの目に映った顔は、見慣れない色をしていた。耳の奥で、風が吹いている気がする。
「……何だって、自分のことだろォが」
「そうだけどさぁ……」
上条は顔を撫でていた手を、一方通行の肩に置いた。ごく自然に、だが置いた後でパッと放す。
「あ、ごめ」
ふと見れば、血が付いた頬を撫でた手で触れた肩に、赤い跡が付いている。
「別に、血なンか今更気にしねェよ」
「血?あー…いや、そうワケじゃなくて」
「じゃあどういうワケなんじゃぁああああああ!!!!」
- 617 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:57:37.65 ID:4Mx1Ofdp0
不意に怒声が響き渡って、思い切り後ろに引っ張られる。
「……っ!?」
「いつまでイチャイチャしてんのよ!そんな場合か!!離れなさいよ!!」
見れば、美琴が顔を真っ赤にして目を吊り上げている。
今まで目にしてきた、義憤に溢れた激怒とは違う、なんだか拗ねたような顔に、一方通行は軽く首を傾げた。
「は?……あァ、心配しなくても今更コイツを殺しゃしねェよ」
そういえば、第三位にとっては、絶対能力進化実験の時に対峙した自分達の印象しかないだろう。
あの時から、随分遠くに来た。
心の奥の方で呟いてから、小さく肩を竦める。
「言っただろ、俺はもう実験をするつもりはねェし、こいつを殺しても何のメリットもねェ。
つってもオマエは俺を信じられやしねェだろォが……」
「んなこたどうでもいいのよ!!」
「は?」
「くっつき過ぎだっつってんの!!!」
片腕をむんずと掴まれ、ずるずると後ろに引っ張られる。
(どうでもいい、だと……?)
思わずされるがままになりながら、一方通行はポカンと美琴の顔を見下ろす。
きらきら輝くような茶色の目が、「何だコラァ!」とでも言いたげにガンを飛ばしてきた。
以前セブンスミストで相対した時とは異なる雰囲気に、じんわりと戸惑いが滲む。- 618 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 00:59:29.17 ID:4Mx1Ofdp0
「おい御坂、何でそんなに怒ってんだ?こないだ一方通行とは話したんだろ?」
訝しそうな上条に、美琴はキッと視線をぶつける。
「話したけど、聞いてない!聞いてないわよ、聞いてないっつーのよこんなの!!」
あのシスターの子が一番危険って思ってたのに、などと腹立たしげにブツブツ呟く。
「シスターってインデックスか?危険って、アイツは攻撃的な魔術なんかほとンど使えねェぞ」
「そ…ッ、そういう話じゃないの!!」
「じゃあどういう話なんだ?」
どうも話が見えない。一方通行と同じように、上条も不思議そうに美琴を見ている。
二対の目に見下ろされ、しかし美琴は一歩も引かない迫力でギリリと交互に睨み返した。
何度か行ったり来たりして、最後にこちらの顔を貫かんばかりに睨み上げる。
「ま……負けないんだから…っ!!」
高らかに宣言され、一方通行は軽く鼻で笑った。
「は、オマエ俺に勝てるつもりでいるのかよ」
すると美琴は脳天から噴火でもしそうな顔で肩を怒らせる。
「なっ、ぬぁっ、何ですって!?わ、私だって!!」
「オマエの超電磁砲も何もかも、俺には効かねェって知ってンだろォが。
だいたい、戦うつもりはないンじゃなかったのか?だがやるってンなら」
「……あ、ああ……。勝てるって、そういう……」- 619 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 01:01:20.88 ID:4Mx1Ofdp0
ガクリと怒っていた肩が落ちて、一方通行の頭の中は疑問符で一杯になった。
何だろう。何かひどく噛み合っていない気がする。
思わず上条を見ると、上条も不思議そうに美琴を見下ろしていて、こちらの視線に気付いて顔を上げる。
肩を竦めた仕草に、一方通行は浅い溜息をついた。
なんとも言えぬ微妙な、今まで経験したことのないような空気がわだかまる。
一方通行は一端空を見上げ、半壊したビルが目に入って、視線を下げた。
数歩先には、ボロボロになった垣根帝督が横たわっている。
あの怒鳴り声にもピクリともしなかったから、相当深く気を失っているのだろう。
一方通行の視線に気付いて、上条も垣根に目をやった。
「……そういえば一方通行、こいつって結局何者なんだ?魔術師って感じじゃなかったけど」
今更の質問に、そういえばコイツが第二位を知っているわけもなかったと、頷く。
一方通行の事実と予測を交えた説明をうんうんと聞き終えて、上条は首を捻った。
「んー…?それってつまり、敵じゃねぇってことか?」
「何でそォなる。確かに捨て駒にされた可能性が高いが、それとこれとは別問題だ。
今までインデックスや俺を襲撃して来たやつらと、何か繋がりがある可能性も捨て切れねェ」
「え、だって超能力者だろ?魔術師じゃないんだし、関係ないんじゃねぇの」
「バカが、相変わらず能天気な野郎だな。このタイミングで偶然ってことがあるか。
魔術師が科学側と手を組まないとも限らねェだろォが」
「あー、そうか。でもさぁ、やっぱりこいつ自身は関係ないじゃねぇかなぁ」
「何でだよ」
「だってさっき、こいつ……すげぇ悲しそうな顔、してただろ。ホントに敵だと思ってる奴に、そんな顔見せるかな」- 620 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 01:02:47.63 ID:4Mx1Ofdp0
上条は垣根に歩み寄り、よいしょ、と声を掛けて抱き起こした。
残ったビル壁に背を持たれかけさせてやり、傷の具合を見ている。
一方通行は舌打ちした。
「オマエはお人好し過ぎンだよ。コイツの個人的感情と立場はまた別モンだろォが」
「ああ、お前もやっぱり悲しそうだなって思った?」
言わんとしたこととは別の部分を拾われ、ぐっと言葉に詰まる。
「そうね。私も最初はすごい憎悪を感じたけど、さっきは……なんていうか、泣きそうな顔してたわよね」
いつも間にか後ろに佇んでいた美琴も、思わしげに頷く。
自分と相対した後の垣根帝督の状況は、概ね知っていた。
恐らく用済みになったから、突然蘇生されて捨て駒にされたのだろうことも。
であれば、今まで襲撃して来た魔術師側と学園都市側に、なんらかの繋がりがある可能性は高い。決して油断は出来ない。
しかし、「学園都市にありふれた悲劇」の中を生きて来たのだろう垣根の考えも自暴自棄も、少しわかるような気がしたことは確かだった。
脳や臓器だけにしてすら学園都市のために利用する、人としての尊厳などゴミのように無視する。
そんな扱いなど、きっと当たり前だった。学園都市とはそういうところだ。
「……学園都市には悲劇なンかありふれてる。コイツはそれに負けたってことだ」
「ありふれてるからって、見逃していい理由になんかならねぇよ」
上条は一方通行を振り返った。この男にとってはごく当たり前のことを言って、「一方通行」と促す。
何を求められているのかわかって、わかったこと自体にも溜息が漏れた。
「……上条。そいつは打ち止めを人質に使おうとしたし、黄泉川を殺しかけた。
さっきも、そこの第三位を殺そうとしたンだぜ」
「でも結局、殺してないんだろ」- 621 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 01:03:52.52 ID:4Mx1Ofdp0
「俺とオマエが止めたからだ」
「なら、もし次があるなら、また俺も一緒に止める」
相変わらず真っ直ぐな黒い目は、少しも揺らがない。
一方通行は苦虫を噛み潰したような顔になる。
それを見て、上条は少し苦笑した。右手を伸ばし、垣根の右肩に触れる。
「そんなに言うなら、ほら、こうしとくからさ」
「…………」
上条なりの譲歩に、再度深々と溜息を吐き出して、垣根の側に歩み寄った。
膝をつき、日に焼けた手が乗せられているのとは反対側の左肩に触れる。
「あ、俺が触ってたらダメか?」
「オマエが触れてる部分以外は問題ない。……肋骨が三本折れて、臓器にもいくつか傷付いてやがンな。
呼吸、脈拍、体温、血圧、それぞれ弱いがまァ死にはしねェよ」
「そうか……。よかった」
上条は安堵したように笑う。
これがこの男の性格だとわかっている。
こいつがこんな風だから、自分と一緒に戦うなどと、普通の人間なら理解できないであろうことを口にするのだ。
しかしわかっているからこそ、そのお人好しぶりに顔を顰めた。
「オマエ……。そンなンじゃいつか死ぬぜ」
「何でだよ、上条さんは死にませんよ」
「アンタね、すぐ人に死ぬ死ぬ言うんじゃないわよ」
「ホント、オマエら……」
上条といい美琴といい、どいつもこいつも人が好いにもほどがある。
常識的で正義感に溢れる人種は厄介だ。- 622 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 01:05:11.64 ID:4Mx1Ofdp0
そこまで考え、自分には関係ないはずの、自分に害をもたらさない行動を「厄介」と思ったことに違和感を覚える。
慣れぬそれを頭の片隅に追いやって、一方通行は何でもない顔で垣根を見下ろした。
深い裂傷は『未元物質』で覆われ、止血もそれなりに効果を為している。
一方通行は体内に溜まり掛けていた血液を小さな傷口から抜き出し、折れた骨を固定し、脳波に干渉し覚醒を促した。
「……ッ、う……」
垣根は低い声で呻き、瞼を重そうに持ち上げる。
ハッと弾かれたように頭を上げ、至近距離にある一方通行と上条、そして美琴の顔を見て、絶句した。
「……ッ!?」
「お、気が付いたか。さすが一方通行」
「ホントにチートよね」
「な…?何、だ……?」
垣根は自分の身体を見下ろし、一方通行の能力干渉を認めたのか、唖然と目を見開く。
ひどく戸惑った頼りなげな顔に、殺気も薄れるというものだ。
「何だ、一方通行…。何のつもりだ……?」
「別にどォいうつもりもねェよ。そこのバカがうるせェからな」
「バカバカひでぇよ一方通行。あ、垣根さん?ですよね。怪我大丈夫ですか?俺、上条当麻っていいます」
「オイ待てやコラ、何で俺は呼び捨てでこのクソに敬語なンだよ」
「え?だって年上っぽいしさ、なんとなく」- 623 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 01:06:15.73 ID:4Mx1Ofdp0
「アンタって意外と年上とか年下とかこだわるわね。体育会系なの?」
「いやー、そういうワケじゃないんだけど。初対面の年上相手ってやっぱ敬語使うもんだろ?」
「常識発揮すンならTPO選べや」
「っていうか、アンタの辞書にTPOなんて単語があったことが驚きだわ」
「ケンカ売ってンのかコラ」
「アンタこそ常時全方位にケンカ売ってんじゃないのよ、ふん」
「おいケンカすんなよー?」
「…………」
あまりに緊張感のないやり取りに、垣根が呆然としていることに気付き、一方通行は口を噤んだ。
気持ちはわからないでもない。
一方通行も上条と再会したばかりの頃に、打ち止めと上条があまりに緊張感のカケラもない会話をするものだから、随分毒気が抜かれたものだ。
目の前の他人が、自分を殺そうと襲い掛かってくることなど考えてもいない。
表の人間特有の無警戒な雰囲気は、殺気塗れの単一の空気に慣れきった身に、違和感だけを覚えさせる。
「……な、ん……だよ、お前ら……」
だから垣根がノロノロと右手を上げた時も、驚きはしなかった。
殺しかけた相手が自分を治療し、間近でくだらないやり取りをする事態が理解不能すぎて、限界に達したのだろう。
居心地の悪いものを払おうとするように、右の掌を一方通行に向ける。
- 624 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 01:07:01.76 ID:4Mx1Ofdp0
上条と美琴は、警戒心を緩めない一方通行は当然避けるだろうと、動かなかった。
一方通行は、垣根が『未元物質』を生成出来てないことを知っているので、動かなかった。
垣根は、『未元物質』を生成出来ていないことに気付かず、そのまま一方通行の胸元に手を伸ばした。
ふに。
「ッ!!!!!!」
「えっ……」
「……………………………………………………………………………………」
- 625 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/06/17(日) 01:08:44.68 ID:4Mx1Ofdp0
世界が丸ごと凍りついたような沈黙が流れた。
一方通行はちょうど心臓の上に触れたままの垣根の手を見下ろす。
大方、例の爆発物質でも生成しようとしたのだろう。
違わず心臓を狙っている辺り、つくづく自分と同じような類の男だ。
そう思って見たが、第一位と似た気質のはずの第二位は、見たこともない間抜け面で固まっている。
(前言撤回だな。俺はこンな間抜け面しねェ)
どうでもいいことを考えている間に、垣根は空気の抜けたような声を漏らした。
「……はぁ………?…え………??」
一度引き掛けた手を、再度押し付ける。
ふに、と僅かながら柔らかな手応えを感じたであろう瞬間。
『……ッにしてんだゴルァアアアアアア!!!!』
上条と美琴のユニゾンが響き渡り、力強い右ストレートが垣根の脳天に食い込んだ。
「ぐはァッ!?」
第二位はしまらない声をあげ、アスファルトに顔面を激突させる。
その日。
第三位と無能力者が第二位を倒したことになったのだが、驚くべき下克上は誰にも知られていない。
- 648 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:25:12.73 ID:yzLFfqiJ0
ふっと意識が浮き上がり、垣根が最初に感じたのは鈍い痛みだった。
(腹痛ぇ……)
反射で『未元物質』製の鎮痛剤のようなものを投与しながら、痛みの原因を思い出そうとする。
単なる腹痛ではなく、内蔵や骨に負傷している。
そんな傷を負うことなんか久しぶりだ、と思い至ったところで、白い怪物と黒いアンノウンの並び立つ姿
が脳裏に閃く。
「……ッ!!」
ハッ、と目を開けた。
「あ、起きた」
「いつまで寝てンだノンキな野郎だな」
「死に掛けてたんだから当たり前でしょ!」
視界に入ったのは、垣根とそう変わらない年頃の男女三人の顔と、白い天井。
軽く視線を流せば、白いカーテンと白い壁。自分が横たわる簡素なベッドと簡易チェストが一つずつの
、そう広くもない部屋だ。
「…………?」
状況がわからず、垣根は軽く眉を顰めた。
そもそも、垣根が目を覚ます時というのは、大概自分以外の全員が死んでいるか、実験後でガランと
した部屋に転がされているか。
他人が覗き込んでいるという構図は、ひどく見慣れない。- 649 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:26:52.52 ID:yzLFfqiJ0
だが、つい今しがたあった気がして、ああそういえば一度意識を取り戻した、と思い出す。
同時に掌にありえない感触があったことまで蘇り、思わず白い顔を注視してしまった。
「なンだ、まだやる気かよ。今度こそ容赦しねェぜ?」
嘲笑とわずらわしさの混じった表情は、やはり垣根の知る攻撃的な第一位のままだ。
まともな人間なら身震いするような殺気に、傍らの第三位の顔が引き攣る。
しかし隣にいた少年は、何でもない風に軽く笑った。
「やっぱ手加減してたのか、一方通行。だよな、お前が本気で殴ってたらもっとスプラッタだよなー」
「……そりゃ、そうだな」
垣根もつい頷く。自分でもあまり聞いたことのない、掠れた声だ。
この垣根帝督が手心を加えられたなど普段なら激怒するところだが、今はどうしてかそれほど腹は立たなかった。
相槌を聞いて、健康的な表情の少年は慌てたようにこちらを向く。
「あ、すんませんスプラッタとか」
「いいさ、俺もそう思う。……で、ここはどこだ?」
「第七学区の病院です。俺がいっつも世話になってるとこで。垣根さん大怪我だったから」
「はぁ……」
白い天井も自分が横たわった白いベッドも独特の匂いや雰囲気も、そうだろうとは思っていたが、実際に聞いて気の抜けた相槌が漏れる。
「上条、だったか。何を考えてんだお前……。俺は一方通行を殺そうとしたんだぜ。お前、仲間なんだろ?」
どうせ病院に連れて行くことを主張したのはこの少年だろうと見当をつけ、訝しげに問い質す。
すると上条は困ったように眉を下げた。
「仲間ですよ。だけど……垣根さん、悲しそうな顔してたから」
「……この俺を憐れんだってのか」- 650 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:27:34.08 ID:yzLFfqiJ0
反射のように目を眇めると、傍らから鋭い舌打ちが降ってくる。
「だから言っただろォが、上条。助けてやったからってこのクソ野郎が素直に感謝するワケねェって」
「感謝されたくて助けるんじゃねぇしなぁ……。あのままほっとくワケには行かねーだろ?」
「いいンだよそれで。コイツにはどンな監視が付いててもおかしくねェンだ」
「けどお前がこの一週間見てて、監視はなかったんだろ?土御門も心配すんなって言ってたし」
「あのクソグラサンの言うことなンか信用出来るか。何が隠密調査だまどろっこしいことばっかしやがって」
「あーあーそれで思い出した、俺こないだ土御門からすげー愚痴られたんだぜ?
お前が垣根さんに関わってた研究所、腹いせに三つも潰すから。フォロー大変だったって」
「何でアイツがオマエに愚痴ンだよ」
「そっ……!そうよ!コイツのことはアンタには関係ないじゃない!」
何故だか、全く関係のなさそうな御坂美琴が、おもしろくなさそうに口を挟む。
「さぁ、知らねぇよ」
上条は肩を竦めた。ただ、それほど嫌そうにも見えない。
「けどあいつ、俺からお前に言っとけっつーんだもん」
「なら土御門に『後で殺す』っつっとけ」
「だから何で俺を介して言い合うんだよ!?」
垣根は、頭の上から降ってくる緊張感皆無の会話を、ポカンと口を開けたまま聞いていた。
傍若無人、唯我独尊の第一位に、これほど遠慮なくモノを言える人間がいるとは。
高位能力者の周りというものは、大概は怯えたイエスマンかイカれた研究者で埋め尽くされるというのに。
「……土御門ってのは『グループ』の土御門元春か」
何かを言おうとして、しかし何を言っていいのかわからなかったので、結局無難な疑問に落ち着く。- 651 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:28:07.56 ID:yzLFfqiJ0
「『グループ』って何よ?バンドでもやってんのアンタ?」
「アホか。何でもねェよ、気にすンな」
「誰がアホよ。気にするなって言われたら気になって来るじゃない」
「あーあーあー鬱陶しいなオマエは。ホントあのクソガキどもの姉なだけあるわ」
「な……何よその言い方!いちいち腹立つわね!」
「うっせェ」
今度は美琴と喧々諤々言い合いを始める一方通行。今度は上条が「まぁまぁ」と宥めている。
そしてすぐにこちらを向いて、「うるさくてすいません」と苦笑した。
「おい、それ」
「それ?って、何です?」
「敬語。いらねぇよ、うぜぇ。そんな年変わらねぇし」
「あ……そうです…そうか?」
「あぁ……」
軽く呟いて、垣根は長々と溜息をついた。
説明されるでもなく、自分の状況は理解出来た。
上条によってこの病院に運び込まれた後、一週間ほど眠っていたらしい。
その間に第一位にふさわしく警戒心の強い一方通行が自分の身辺を探ったが、何も出て来なかったようだ。
土御門元春は確か『グループ』のリーダーで諜報役も兼ねていた。そいつの調べでも特に何も出て来ない。
「つまり、捨て駒は確定ってワケだな」
一方通行を見上げると、細い顎が浅く頷いた。- 652 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:28:45.18 ID:yzLFfqiJ0
驚きも絶望も安堵もない。ただ今まで星の数ほど見て来た、使い捨ての能力者の末路を確認しただけだ。
役に立って死ねば重畳、生き残ったら機密防衛のために殺す。暗部では常識的な日常だった。
「始末屋が来そうなもんだが……一週間何も無しは聞いたことねぇな」
「俺の知る限りでもねェよ。だいたい一日、二日ってとこだ」
「だよな」
垣根をわざわざ蘇生してまで、奴らのやりたかったことは何なのか。
一方通行絡みである可能性が高そうだが、考えかけてやめる。今の自分にはどうでもいいことだ。
一方通行を見ると、その背には窓、晩冬の薄い青空。
逆光に縁取られた白い髪と肌が、微かに光を帯びている。
「一方通行。面倒にならねぇうちに、お前が殺すんでもいいけど?」
「…………」
赤い目が細められる。血色の奥には、一度だけ垣間見た共感の気配はない。
いつまでも生温い情を向けているほど、センチメンタルな性格ではないのだろう。
だが垣根はもう、すべてが面倒だった。
今更生き永らえるのも、そのうち出て来るであろう始末屋と戦うのも、何より学園都市の思惑に踊らされ続けるのが。
指の先までが冷たい。本当に心臓は動いているのか。
止まっているのかもしれない。ただ惰性で息をしているだけで。
だったら今消えてもいい。そう思ったが、一方通行は動かなかった。
しかし即答で断るのでもない、逡巡するような間が意外だった。
「待てよ。何で一方通行がお前を殺さなきゃならねぇんだ。そんな理由どこにもねぇだろ」
そこに、上条が固い声で割って入る。- 653 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:29:15.97 ID:yzLFfqiJ0
それまでのどこか呑気で緊張感のなかった表情ではない、怒りを滲ませた顔。
真っ黒い目が射抜くように垣根を見据え、少し肩が強張る。
(……ホント、何だコイツ)
一方通行と並んで向かってきた時の色が、脳裏に過ぎった。
地獄の底を這いずった自分に、ぞわりと冷たい悪寒を覚えさせた黒い色。
雰囲気は明らかに表の人間なのに、裏の人間にも無いような威圧感を持っている。
けれど垣根は渦巻く疑問を押し込め、唇の端を上げた。
「一方通行が一番適任だからな。実力も、性質も」
「実力はわかるけど、性質ってどういうことだよ」
「邪魔になる可能性があれば、迷い無く俺を消せるって価値観。ゴミ掃除みてぇにな。お前らには無理だろ?」
「……勝手に決めつけんな!!」
突然怒鳴り声が響き渡り、垣根は瞠目した。
今までの十数年、誰かに怒鳴りつけられたことなどほとんどない。悲鳴ならいくらでもあるけれど。
だが目の前の少年は、何の躊躇もなくまっすぐに、垣根を睨み据えている。
「迷い無く消せるだァ!?一方通行は何の心も動かさずに人を殺せる奴じゃねぇよ!!
何もわかってねぇクセに、コイツに重荷を負わせるな!!」
「…………」
垣根は呆気にとられて、底光りする黒い目を見上げた。
そしてふとその傍らを見れば、一方通行も目を丸くして隣の少年を眺めている。
驚いた猫のような顔は、今まで目にした、張り詰めたような殺気に歪んだ表情とは別人のようだ。
上条は一方通行の視線に気付かない様子で、瞬きもせずにこちらを睨み下ろす。
垣根はマジマジと上条を観察する。- 654 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:29:49.65 ID:yzLFfqiJ0
(……庇ってるのか)
しばらくして、ようやく気付いた。
一方通行に自分を殺させたくなくて、止めようとしている。
今更自分一人殺さなかったからといって、何だというのか。
あの実験を経ているだけで、怪物の白い手は、見る影も無く血塗れだというのに。
(ま……人のこと言えねぇが)
今まで、どれだけ殺しただろうか。
記憶力には自信があるから、思い起こせば数えられる。
だが数えようとしたことすらない。数えるまでもないのだから。
けれど、初めて人に恨みの感情をぶつけられた時のことだけは、いやによく覚えていた。
暗部の仕事で殺した、『外』のスパイ。何の変哲も無い、いつも通りの殺人。
だが少し違っていたのは、数ヵ月後にやって来た殺し屋だ。
『外』の殺し屋。年端もいかぬ少女。
「お前を殺す」とわざわざ姿を現して宣言した彼女は、武器の持ち方すら覚束ない素人だった。
一体どういうツテを使ったのか、『外』の組織を使って垣根のところまで辿り着いたのだという。
素人がそこまで思いつめた理由は、復讐。
垣根が殺した『外』のスパイは、彼女の父親だった。
「お前を絶対に許さない」と見上げる少女の顔が、胸の底に焼き印のように刻まれた。
あどけない顔立ちが、火ぶくれしたように歪んでいた。人の顔がここまで捩れるのかと、単純に驚いた。
垣根が押さえ込んだ後も、彼女はひたすらに暴れた。地面を引っ掻き、爪が剥がれても。- 655 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:30:44.81 ID:yzLFfqiJ0
憎悪。恨み。怒り。大切な存在を奪われたという事実が、一人の人間の表情をここまでのものにしてしまう。
それを為したのが自分だと。
思い知った時の、凍る泥水に沈んだような感覚。忘れられない。自らを屑だと自覚した瞬間だった。
殺した、傷つけた人数を数えるまでもない。
許されないことをしている、してきた。
誰も許してはくれない。きっと一生、死んでも。
「……そうだな。理由なら、あるぜ」
垣根は一方通行に視線を移した。
「俺は最終信号を浚おうとしたし、あの警備員の女を殺しかけた。十分じゃねぇの。
実は生きていたなら、今度こそ俺を殺す。そうだろ?」
自分達より大分年上に見えた、強くて優しそうな女だった。
おおよそ暗部とは関わりのなさそうな、善良そうな。
一方通行などとは接点のなさそうな女だったが、間違いなくこの第一位の大切な人だろう。
それを傷つけ、無事でいられるはずもない。垣根が潰された直接の原因だ。
何の因果か生き残ったが、だからといって見逃すような奴じゃなかったはず。
「…………」
赤い目に濃い殺気が宿る。あの時のことを思い出したのだろうか。
白い指が首元のチョーカーに向かうのを、垣根はただ見詰めていた。
「待てよ、一方通行」
だがその真っ白い手を、日に焼けた手が握り締める。
「離せ、上条」
「嫌だ」
「望み通り殺してやるだけだ」
「お前がそんなことする理由なんてねぇだろ!」- 656 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:31:11.11 ID:yzLFfqiJ0
「理由ならある……ッ!!」
病室に響き渡った声は、熱く掠れていた。
「黄泉川は!黄泉川は、俺なンかに関わるよォな奴じゃなかった!!俺に関わったせいで死に掛けた!
コイツが……ッ、コイツのせいで!殺す……。殺してやる……!」
赤い目がギラリと輝く。けれど垣根を見下ろす顔は、母親を傷つけられた子供のように頼りなかった。
垣根のせいで、と言いながら、自分に関わったせいで、と言及する。
上条は一瞬痛ましげに目を細め、だがすぐに力強い眼差しで口を開く。
「黄泉川先生が、そんなことで喜ぶと思うか?『さすが一方通行、よくやったじゃん!』なんて、褒めてくれると思うか?」
想像してみろよ、出来るか?
迷いの無い声音に、一方通行は虚を突かれた顔をする。そして少しして、緩く苦笑した。
「……は、陳腐な台詞だな」
「けど、大事なことだ。お前が垣根さんを殺すっていうなら、それは何のためだよ?
黄泉川先生のためか?あの人は自分が怪我をしても、自分の選択の結果だって、笑う人だろ?」
「……。あのお人好しは……。まァ、俺がコイツを殺せば激怒どころじゃ済まねェだろォな……」
「なら、どうして殺すんだよ」
上条は間髪入れずに問い詰める。容赦なく、見ている方が息を詰めてしまう。
赤い目は、わずかにうろたえたように揺らいだ。
「……コイツは、打ち止めを…」
「打ち止めも同じだ」- 657 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:32:12.79 ID:yzLFfqiJ0
苦し紛れのような言葉を、ブチリと断ち切る。
上条は一方通行の手を握り締めたまま、もう片方の手でその細い肩を掴んだ。
「なぁ、一方通行。よく考えろよ。あの人たちを言い訳にするな。今お前はどう思ってる?
打ち止めでもない、黄泉川先生でもない、お前の気持ち。
垣根さんを殺したいか?本当に……?」
「……………」
赤い目が、ふらふらと垣根を見つめた。
血のようだと思っていたそれは、見たことも無いような色に見えた。
一方通行は垣根を見下ろして、情けない顔してやがる、と思った。
先日対面した時の殺気と威圧感はどこへやら、ただ縋るように見上げる垣根。
許されるわけがない、という表情。
どうせ誰にも愛されない、というイジけた顔。
どこかで見たような顔だった。
(胸ックソ悪ィ……)
少し前。10032号に頬を張られた時の痛みを、手元に返す。
あの少女の前で、自分はこんな顔をしていたのではないだろうか。
あまりに情けない、覇気のない、怯えたような。
(そりゃビンタの一つもかましてやりたくなるわ)
殺す気も失せるような、死ぬほど無様な顔だった。
殺す気も、失せる。- 658 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:32:49.53 ID:yzLFfqiJ0
「…………」
確かに垣根の言う通り、「また目の前に現れたなら、粉々にしてやる」と思っていた。ほんの最近まで。
それが当たり前だった。自分の世界の常識だった。
一方通行は、チラリと美琴の顔を見る。垣根が横たわるベッドを挟んだ、向かい側に佇んでいた。
美琴は一方通行の視線に気付き、訝しげに眉を顰め、反射のようにギッと睨まれた。
何故睨まれるのかわからなかったが、その視線に殺気が含まれて入ないことは、十分に理解出来る。
顔を合わせ、言葉を交わし、共に戦おうとする、御坂美琴という生き物。
ひどく不思議だ。上条と同じくらいに。
『アンタを殺しに来たんじゃないわ』
美琴は初めから、そう断言していた。
殺されたから、殺す。そういう一方通行の中の常識とは異なる世界を、美琴は示したのだった。
「一方通行」
促すように言われて、一方通行は視線を戻す。間近にある上条の目は、ただひたすらに真摯だ。
掴まれたままの手はひどく熱い。掴まれたままの肩は痛い。
けれどこういうのを、優しい声、というのだろうと思った。
聞いたことのある声音。打ち止めの、黄泉川の、芳川の、番外個体の、10032号の、インデックスの。
けれどその誰にも似ていない。
「…………」
一方通行は、再度垣根を見下ろした。
相変わらず、情けない顔をしていると思った。
ただ、それだけだ。- 659 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:33:30.31 ID:yzLFfqiJ0
「………ッ」
急に息苦しくなって、握られたままの指先に力を入れる。すると上条がすぐに、ぎゅっと握り締めた。
薄く唇を開けて、無理に息を吐き出す。震えていた。
何をそんなに戸惑っているのかと思い、それも仕方のないことだとも思う。
変わることは怖い。やり方を変えることは怖い。何が待っているかわからないから。
しかし、上条から、美琴から受け取ったものを、手の中に握り締める。縋るように。
「…………もォ、いい」
思ったよりも小さな声になった。
だが違わず垣根の耳に届いたのだろう、切れ長の目が大きく見開かれる。
「……え…?」
「……もォいいっつってンだよ、俺は」
虚を突かれた表情に、舌打ちを落とす。
「身体動かせるようになったら、ウチに来い。あの警備員の女の名前は黄泉川愛穂。
俺と一緒に住んでってから、詫び入れろ」
「………は?お、お前……俺を、あの人に……」
- 660 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:34:04.10 ID:yzLFfqiJ0
「会わせてやるっつってンだよ。言っておくが、余計な真似したら今度こそブッ殺す」
言い放った瞬間に、一方通行の身体の奥が、すっと軽くなった。
例えば、自覚がないままにずっと頭痛がしていて、直ってから「ああ、頭痛かったのか」とでも気付くような。
そういう感覚に似ていた。
「……はぁ………?」
自分のような人間が、守っている人に会わせる。
その意味を正しく理解したのだろう、垣根は口を開けたまま固まった。
たっぷり十秒も固まってから、ぎこちなく笑う。嘲笑しようとして、みっともなく失敗したような笑みだった。
「は……、バカじゃねぇの、第一位。お前ホント、甘っちょろく……」
吐き出しかけた悪態が、途中で揺らぐ。
垣根は少し慌てたように片手で目元を覆い、そのまま震える唇を噛み締めた。
「…………んだよ。俺は、こんなの……」
喉の奥に何かが詰まったような声。
指の隙間から、小さくて透明な雫が流れ落ちる。
一方通行も、上条も美琴も、黙ったまま静かに見下ろしていた。
冬の薄日が、白い病室に淡く射し込んでいる。
- 661 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:35:02.09 ID:yzLFfqiJ0
数分もしないうちに、垣根は目元から手を退けた。何事もなかったかのように、その瞳は乾いている。
「はぁ……。何だこれ、ビビった」
だが長い溜息を吐き出し、少し照れたように苦笑した。
その表情からは、暗い諦念の影が薄れている。
一方通行は、10032号が泣いた時のことを思い出した。
涙を流すという行為には、何かしら感情を落ち着かせる作用があるのかもしれない。
「泣くなよ、みっともねェ野郎だな」
「何だよー、しょうがねぇだろ。俺だってビックリしたっつーの」
横たわったまま器用に肩を竦める垣根に、上条が安堵したように笑った。
「垣根さん」
「ん?……ああ、わかったわかった。もう殺せとか言わねぇよ、悪かったな」
「いや、謝られるようなことじゃねぇんだけどさ」
一方通行は、ふと握られたままの手が気になって、振り払うように揺らした。
すると「あ、ごめんな。痛かったか」と慌てて離される。
熱すぎて汗ばんでいた手が、ひやりと冷えた。
「あー……しかし、どうすっかなぁ」
垣根はポツリと呟く。
「どうするって?何がよ」- 662 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:36:31.68 ID:yzLFfqiJ0
不思議そうに美琴が首を傾げると、ヒラヒラと大きな手を揺らす。
「何がっつーか、何もないのがっつーか。……俺にはもう、何も無い」
軽い調子で吐き出された言葉に、消え入りそうなほどの寂寥が滲んでいる。
美琴は訝しげだが、一方通行には想像できるような気がした。
追っ手もない。実験もない。暗部もない。
数年前には喉から出そうなほどに望んでいた状況にあって、だが実際に置かれてみれば何をすればいいかわからない。
常に何か「すべきこと」が与えられてきた人生。本当に自分で』何かを掴み取ったことなど、あったのか。
ある意味楽だったのかもしれないそれから急に解放され、途方に暮れているのだろう。
自分にも覚えがある感覚だった。
ロシアから戻って、しばらくは落ち着かない気分になったものだ。
「何も無いって?あ、お金とか住むとことか……?お、俺んち、少しなら狭いけど……。
あ、でも食い物は頑張らないとウチの暴食シスターが」
「あ?いや、金ならあるけどな……。そういうんじゃなくて、何つうか……これから何すりゃいいのか」
的外れな助け舟を出す上条に、垣根は一方通行の想像通りの言葉を吐く。
「へ……?何をすれば、いいのか?」
すると目を何度か瞬かせた上条は、パッと明るく笑った。
「そりゃ、何してもいいんじゃね?つまり垣根さん、もう自由ってことだろ?」
「………!」
垣根の目が微かに見開かれる。
一方通行も一緒に驚いて、だが美琴は「そりゃそうよね」と当然のように頷いていた。
「……自由、か」
自分と同じく、実験と暗部に塗り潰された日々を送ってきたのだろう第二位は、ポツリと呟く。
そういう考え方には、慣れないとでも言うように。- 663 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:37:49.51 ID:yzLFfqiJ0
しばらく何かを考えるように自らの掌を見詰めて、それから上条を見上げて笑った。
「……お前みたいな奴、見たことねぇよ」
「えー?そうですか?平々凡々な高校生ですよ、上条さんは」
「ぬかせ。お前みたいな平凡がいてたまるかよ」
「そりゃァ同感だわ」
「確かにそうね」
「何だよみんなしてさぁ。超能力者に言われたくないんですけど?特に御坂なんて常盤台だし」
「え、常盤台が何だっていうのよ」
「お嬢様校じゃん。すごいよな」
「別に、普通でしょ?」
上条は美琴を雑談を始めたから、気付かなかっただろう。
垣根は小さく、「少し怖いよ、お前は」と呟いた。
一方通行の耳にだけ届いたそれに、内心で頷く。
あの打算と合理性と金と欲望をぐちゃぐちゃに固めたような、学園都市の深部ではなかったような、
あまりに純粋な色の情の形。
触れたことがなくて、慣れていなくて、ひどく戸惑う。
そして、少し怖い。
- 702 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:14:42.19 ID:GiyAbW+a0
第七学区 とある病院 PM3:05
コンコン ガチャ
看護士「上条さん?先生からお話があるということですので、少々お時間よろしいですか」
上条「あ、はい。何だろ?ちょっと行ってくるわ。後よろしくな、一方通行」スタスタ
一方通行「ハイハイ」
垣根「……………」
美琴(何でコイツがよろしくされるのよ)イラッ
上条「あ、そうだ。今日、飯一緒に食うだろ?打ち止めウチに来てるし」
一方通行「あー……」
上条「最近お前あんま来ねぇからインデックスとか寂しがってんだぞー?」
一方通行「考えとく。イイから早く行け」シッシッ
上条「はは。じゃ、後でな」スタスタ カチャ パタン
一方通行「鬱陶しいヤツ」ハー…
美琴「………………」ジロジロ
垣根「………………」マジマジ
一方通行「……ンだよ?」ギロリ- 703 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:16:47.56 ID:GiyAbW+a0
垣根「その睨まれたら睨み返すお前の脊髄反射、絶対損してるぞ……」ハァ
一方通行「人聞きの悪いこと言うンじゃねェよ。別に反射じゃねェし、自分の意志でやってるし」
垣根「あーそうかい。ところでよ」
一方通行「あ?」
垣根「お前らデキてんの?」
一方通行「は?」
垣根「いやだから、お前と上条って」
美琴「はァああああ!?(ビキビキ)何言ってんのよアンタそんなことあるわけないでしょォおおお!?」ビリビリ
垣根「うお、何でお前がキレるんだよ」
美琴「切れてないわよ!全然切れてないわよ!!」ビリバリ
垣根「小力か。あー、知ってんのかと思ってたけど知らねぇのか、コイツ女」
一方通行「!」
美琴「ンなこたァあああ知ってんのよ!そういう問題じゃないの!!」ダンダン
一方通行「おい、待てよ第二位、第三位。何で俺が」
美琴「(ブチッ)アンタもねぇ!!いつまでも序列で呼ぶんじゃないわよシツレーな!
私には御坂美琴って愛らしくて優雅な名前があるんですからね!?」ビリビリ
一方通行「お、おゥ……」(何故そこでキレる)
垣根「お、おぅ……」(何故そこでキレる)
一方通行(名前で呼べ、ね……)
一方通行「…………」
美琴「あ、それで思い出したわ。一方通行、アンタ本当の名前は?」
垣根「お前の切り替えの早さなんなの?」
美琴「立ち直りが早いのは美琴センセーの長所なの。で、ほら。早く教えなさいよ」- 704 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:17:49.31 ID:GiyAbW+a0
一方通行「……ねェよ」フン
美琴「はぁ?ないわけないでしょ」
垣根「…………」
一方通行「ねェもンはねェよ。大昔に捨てた。必要ねェからな」
美琴「な……何よ、それ。そんなわけ」
垣根「まぁなー。実験中は番号か通称能力名で呼ばれること多かったし、なくても何とかなるよな。
死んでもだいたいナンバーで管理されてたし」ウンウン
美琴「え」
一方通行「余計なこと言うな垣根。俺が自分の意志で捨てた。そンだけのことだ」
美琴「……………」
一方通行「忘れろ。オマエには関わりのない世界の話だ」
美琴「……捨てたって。言っても、別に消えたわみけじゃないでしょ」
一方通行「!」
美琴「今から使ったって、いいんじゃない……。不便だし、私が」フイ
一方通行「…………はァ。ホント、お人好しの一般人ってのは……」
一方通行(あのバカと同じこと言いやがって)
一方通行「ったく、さぞかし気が合うだろォよ」
美琴「何の話よ」??
一方通行「オマエと上条。似たような考え方してっから」
美琴「えっ…………!?」カァアアッ
美琴「そ、そうかなぁ?そ、そーんなことないと思うけど!」テレテレ
垣根(あーそっか、なるほどなー。ふーん)ピーン
一方通行「何だオマエ、アイツに惚れてンの?」フーン
美琴「は、はァあああ!?そ、そそそ、そんッなことあるわけないでしょ!?」ボワッ- 705 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:19:02.92 ID:GiyAbW+a0
垣根(わかりやすいねぇ)クス
垣根「おい口に出して言ってやるなよ一方通行、デリカシーねぇな」
一方通行「何がデリカシーだ気持ち悪ィ」ペッ
垣根「お前なぁ。仮にも女なんだからそんくらい気にしとけよ」
一方通行「アーそれだそれ。オマエら何で俺が女だって知ってンだよ」
垣根「えっ」キョトン
美琴「えっ」キョトン
垣根「何でってお前……。俺、お前の胸触っちまったじゃん。
言っておきますがそんなつもりはなかったから。俺は痴漢ではない」キリッ
一方通行「ふゥん………?」ジロ
垣根「や、本当ですよ?わざとじゃないよ?俺お前が女とか全然知らなかったよ?ホントだよ?」アセッ
一方通行「そォじゃねェよ。こンなあるンだかないンだかわかンねェ胸でよく判断出来たと思っただけだ」
垣根「はいィ?」ポカーン
美琴「アンタバカなの?わかんないわけないでしょーが」
一方通行「そォか?」
垣根「そうだよ!え、何、何言ってんのお前。男と女の胸の感触の区別、つかないワケねぇだろ!」
美琴「アンタもナニ堂々と宣言してんのよ変態!!」バチコーン!!
垣根「いってェ!!」
一方通行「上条はつかなかったぜ、区別」
垣根「えっ」
美琴「えっ」
一方通行「二回くれェ触ったけど」
垣根「えっ」
美琴「えっ」
一方通行「アイツ俺が女だって気づいてねェよ?」
垣根(いや気付いてるだろアレ)
美琴(いや気付いてるわよアレ)- 706 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:19:44.26 ID:GiyAbW+a0
一方通行「だからオマエらよく気付いたなってな」
垣根(いやーー絶対気付いてるわー絶対だわーーーー全未現物質賭けてもいいわーー)
美琴(っていうか私アイツから聞いたしね!?ってか二回!?二回って何!?)
垣根「いやいや、俺がお前の胸触った時、上条もすげー怒ってたじゃん」
一方通行「オマエが俺を殺そうとしてるって思っただけだろ」
垣根「あ、あー……つーかよ、何でお前は上条が気付いてねぇって思うワケ?」
一方通行「そりゃ、オマエ……。俺に何も言って来ねェし」
垣根「で?」
一方通行「あ?そンだけだが。気付いたら言うだろ、アイツは」
垣根「……知ってるけどお前に言ってないだけかもしんねぇじゃん」
一方通行「アイツはそンな器用なヤツじゃねェよ」フン
垣根(oh……何この全幅の信頼)
美琴「…………」ビリッ
一方通行「?」キョトン
一方通行「……まァいい。なら、……御坂は?」
美琴「へ?」キョトン
一方通行「オマエは何で俺が女だって知ってた」
美琴「え、えーと……」
美琴(あ、ヤバい。アイツから聞いたってことは言わない方がいい気がする。
私のゴーストが囁く。絶対にここは誤魔化すべき、と……!)キリッ
美琴「バカじゃなければ、垣根さんの反応見たら察しが付くわよ。
胸触って呆然としてるとか、他にそんなに理由ないでしょ」
美琴(うんうん、我ながらうまいわ)
一方通行「は、嘘だね」- 707 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:20:55.92 ID:GiyAbW+a0
美琴「何でよ」ムッ
一方通行「オマエは垣根と戦っている最中、俺が『色気がない』と言ったら『アンタにだけは言われたくない』と返した。
これは俺が女だって知らないと出て来ない台詞だ」
美琴(そッ……そんなのよく覚えてるわねぇえええ……!)
垣根「お前って意外に細かいこと気にしてんだなー」フーン
一方通行「ついさっきの会話忘れる方がどォかしてる」
垣根「普通忘れると思うぞ。俺は覚えてるけど」チラ
美琴「…………」ダラダラ
美琴(その『お前もだろ』って目やめて!あー私のバカ、ついムキになって言い返すんじゃなかった!
どうしよう、一方通行ものすごい疑いの眼差しになってる!そして垣根さんは明らかに面白がってる!)チクショウ
美琴「えーと、えーとね……」
美琴(くっ……!)
美琴「い……10032号に聞いて………」
一方通行「!」
美琴(あああごめんね10032号!!今度クレープ奢るからぁああ!!)
一方通行「ふゥン…………。何考えてやがるンだか」
美琴「な、なんか……今まで散々ロリコンってからかってたけど、それ使えなくなるんだよなーとか」
美琴(言いそうよねあの子なら)
一方通行「あのクソガキ……」ハァ
美琴(よし。何とか誤魔化せたわ。ギリギリの戦いだった……)フゥ
垣根「一万……?ああ、あのクローンどもか」
美琴「(ムッ)ちょっと、そういう言い方やめてよね。確かにあの子達はクローンだけど、私の妹みたいなものなんだから」
垣根「そりゃ悪かった」- 708 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:21:45.28 ID:GiyAbW+a0
美琴「な、何よ……やけに素直じゃない」
垣根「そうか?俺は元々素直で気のいいヤツだぜ。ま、もうお前らにケンカ売る必要ねぇし」
美琴「自分で素直とか言うホスト崩れ信用ならないわー」
一方通行「あー、ホスト崩れわかるわ」ウン
美琴「あ、アンタも思った?私も第一印象『うわっ何このやさぐれホスト崩れ』でさ」
一方通行「俺もだいたいそンなもンだな。顔が無駄に整ってるのがまた」
美琴「(プッ)ねー!このハンパなイケメン面がヤバイのよねー!」キャハハハ
垣根「ハンパって何だよ!?俺はまごうことなきイケメンだろうが!!」キリッ
一方通行「自分で言うな……」
美琴「わかったわ。垣根さんみたいなのを『残念なイケメン』って言うのね」ウン
垣根「俺のどこが残念なんだよ。残念さならお前らだって大概だと思いますけど!?」
美琴「ちょっと!私のどこが残念だって言うのよ失礼ね!?」ビリビリ
垣根「それだよ!そのすぐビリビリするとこだよ!!」
一方通行「あー、そりゃ正論だな。打ち止めだって怒っても漏電しねェってのにオマエときたら」ハァ
美琴「ぐっ……!ま、まぁ…でもちょっと気が緩んでる時だけだからねこんなの!普段は違うんだから!」
一方通行(気が緩んでるだァ……?)ポカーン
垣根「…………」
美琴「だ、だいたい、私の残念さなんてアンタの比じゃないんだからね一方通行!」
一方通行「あァン?」ギロ
美琴「ほらぁ!そのすぐ凄むとことか、女らしさのカケラもないとことか!」
一方通行「女らしさだァ?ンなもン必要ねェよ」ハッ
美琴「必要性の問題じゃないでしょー?それに、こことか」フニッ- 709 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:22:57.54 ID:GiyAbW+a0
一方通行「気安く触るな」
美琴(とか言いつつ無抵抗に触られてるのね……)
美琴「………勝った」
一方通行「はァ?」
美琴「勝った……初めて勝った!し、しかも、年上に…ッ!!」プルプル
垣根「いやー?胸のサイズのこと言ってんだったら、この発育不良を年上に含めるのはちょっと」
美琴「話に入って来ないでよ変態!!」バチコーン!!
垣根「いッてぇ!!」
美琴「ふ、くくく……。見なさい、私の勝ちよ一方通行!!」ドヤァ
一方通行「お、おゥ……そォだな」
美琴「(イラッ)ちょっと、何よその顔、疑ってんじゃないでしょうね?いいわ、アンタも触ってみなさいよ!」フンス
一方通行「はいィ?」
美琴「絶対私のが大きいんだから!ほらほら」
一方通行「いや、俺はいいわ……」
美琴「(ムッ)何よ、私がいいって言ってんだから触りなさいよ、ほらぁ!」グイッ
一方通行「ゥわ?や、やめろ」グイ
美琴「アンタ非力ねー」グイグイ
一方通行「やめろって、オマエこそ……俺に触れられてもいいのかよ?」
美琴「はァー?いいっつってんじゃないのよ、何聞いてたの」
一方通行「オマエは、…………」
美琴「……何てカオしてんのよ」
美琴(『一方通行はミサカ達に許してほしくなんかないようなのです』か……。10032号に聞いた時にはちょっと半信半疑だったけど。
こんな怯えた子供みたいな顔されちゃね)
美琴「アンタさぁ。まさかとは思うけど、打ち止めに触る時もそんなカオしてるんじゃないでしょうね?」- 710 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:24:19.69 ID:GiyAbW+a0
一方通行「!」ハッ
美琴「まさか図星?」ハァ…
垣根「お前って意外と顔に出るな」
一方通行「うるせェな……」
美琴「10032号が言ってたわ。アンタを最後まで許さないのは間違いなく打ち止めだ、ってね。
それがどういう意味か、アンタにはわかってるんじゃない?」
一方通行「…………」
美琴「アンタ自身がどう思ってるかなんてどうでもいい。あの子達を守るのも、せいぜい頑張りなさいよ。
けど、あの子達が大事ならもっと『うまく』やって。打ち止めに重荷を負わせないで」
一方通行「……俺は」
美琴「そんなつもりない、なんて聞かないわよ。大事なのはあの子がどう思っているか。要するに、心配かけんなってことよ」グイ
一方通行「!」フニュ
美琴「ほら。触ったくらいじゃ、どうもなったりしないわよ」フン
一方通行「………。呼吸、脈拍、血圧、体温、共に異常なし」
美琴「誰がバイタルチェックしろって言ったの。しょーがないわねぇ」ハァ
一方通行「ガキは……体温が高ェな」
垣根「そこは素直に温かいって言っておけよ」ククッ
一方通行「うっせェよ……」ハァ
美琴(近くで見るとホントに肌白いなー。睫毛も白いし)ジー
一方通行「…………」ジー- 711 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:25:16.40 ID:GiyAbW+a0
一方通行「体内も異常ないし、顔色も髪ツヤもいい。健康体だな」
美琴「そりゃどうも。あったりまえでしょ」
一方通行「あのガキも……オマエのように成長出来るかな」ボソ
美琴「!」ハッ
一方通行「チッ……何でもねェ」(何口走ってンだ俺は)サッ
美琴「待ってよ。あの子達は、リアルゲコ太先生が治してくれてるんでしょ?大丈夫よね?」
一方通行(リアルゲコ太先生……?)
垣根(リアルゲコ太って何だ。人間?)
一方通行「当然調整は続けている。だがクローンの実証研究例自体が少ねェからな、誰にも保証は出来ねェさ」スタスタ
美琴「そんなの、アンタが保証しなきゃダメでしょ!!」
一方通行「あ?」
美琴「世界中の皆が危ないって言っても、アンタだけは絶対大丈夫って言わなきゃダメなんだから!!」ウルッ
一方通行「………言葉の問題かよ。バァーカ」フッ
美琴(あ、笑った!?)
垣根(笑うと全然印象変わるなぁ)
一方通行「俺帰るわ」カチッ ガラガラ
美琴「え、ちょっと!」
垣根「おいおい、上条が待ってろっつってたろ」- 712 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:26:08.29 ID:GiyAbW+a0
一方通行「テキトーにメールしとくし。じゃな」バッ
ゴォォオオッ
美琴「あーーー……ホントに行っちゃうとか…」
垣根「思い立ったら即行動だな」ヤレヤレ
美琴「もー。自分勝手なヤツ!」プリプリ
垣根「なぁ、美琴」
美琴「何よ。気安く名前呼ばないでよ」
垣根「じゃあ何て呼べばいいんだ。ミコっちゃん?ミコちん?ミコっち?」ン?
美琴「………美琴でいいわよ」ハァー…
垣根「お前はいいヤツだな、美琴。俺さぁ、同い年くらいのヤツとこんなフツーに話したの、初めてだ。楽しかったぜ」ニコ
美琴「……ふんだ」プイ
- 713 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:27:46.38 ID:GiyAbW+a0
高層マンションのベランダには、強い風が吹いている。
冬も終わりに近いとはいえ、夜が深まれば空気は刺すように冷たかった。
一方通行は窓に近寄り、軽くガラスを叩く。
すると小さな音を立てて鍵が外れるので、音をさせないよう静かに横にスライドさせた。
黄泉川家に戻るのは数日ぶりのことだ。最初に魔術師からの襲撃があって以来、たまに顔を出すのみに留めていた。
安全が確保されるまでは、本当にここに戻ることは躊躇われる。
明かりの消えたリビングには、まだ人の気配の名残があった。テーブルの上はきれいに片付けられている。
黄泉川がまた何かやらかしたのだろうか。
ふと、そこに一枚だけ紙切れが乗せられたままであることに気付く。
手に取れば、自分宛の伝言だった。ここにずっと置きっぱなしで、自分が帰れば目にするようにしてあったのだろう。
『こら、この不良娘!帰ってきたらちゃんとただいまって言うもんじゃん!』
黄泉川だろう。たまに顔を出さないこともないが、夜中に来て寝顔だけ見て去っていくことが多い自分に業を煮やしたらしい。
一方通行の胸の奥がふわりと温まる。言葉にするなら、安堵。現状、問題はなさそうだ。
一方通行は側にあったボールペンを手に取り、紙切れの余白に「ただいま」とだけ書き込んだ。
足音と気配を消したまま、そうっとリビングの奥に向かう。向かって右手が打ち止めの部屋だ。
音を立てないようにドアを開くが、小さめのベッドは空だった。- 714 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:30:33.80 ID:GiyAbW+a0
(いない……?)
今日は調整日ではないはずだ。一瞬ひどく焦るが、すぐに思いついて向かい合った部屋のドアを開ける。
ここは一方通行の部屋だ。ほぼ備え付けの家具がそのままの、素っ気無い内装。
最近は使っていなかったが、何もかもがそのまま。
いつもならきちんと整えられているベッドの上が、小さく膨らんでいた。
(このクソガキ)
安堵の溜息を口の中で噛み殺す。ビックリさせるんじゃない、心臓に悪い。
普段ならこのまま引き返すところだが、今日はなんとなく顔を見たかった。
『あの子に重荷を背負わせないで』
小さな光と同じ顔の、けれど全く似ているとは思えない少女が、強い目で言った。
健康的な身体や溌剌とした表情、少女らしい淡い思慕、物怖じしない眼差し。
似ていると感じたことはないけれど、あの子もこんな風に成長出来るだろうかと思ってしまった。
美琴に言った通り、クローンの研究例は少ない。長く生き延びた事例も。
学園都市内の研究は多くが秘匿されており、情報の入手も容易ではなかった。
学園都市の闇の思惑で生まれついた少女。
何も悪くないのに、何度も命の危機に晒され、それでも明るく笑っている。
『世界中の皆が危ないって言っても、アンタだけは絶対大丈夫って言わなきゃダメなんだから!!』
自分のことでもないのに必死に言い募る茶色い目に、胸の奥を貫かれた。
目つきは似ていない。けれど、そう、姉だというのだから。
(そォだな)
大丈夫にしなければならない。何があっても、自分が保証しなければならない。
決意を改めて胸に返し、すやすやと気持ちよさげな寝息を漏らす顔を見下ろした。
見れば、顔に髪がかかって少し邪魔そうだ。
ベッドの端に腰掛け、払ってやろうと指先を伸ばす。- 715 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:31:41.58 ID:GiyAbW+a0
すると、きゅっと小さな手に握られた。
「捕まえた。ってミサカはミサカはほくそ笑んでみたり!」
打ち止めの満面の笑顔が見上げていて、そこに眠気は少しも見当たらない。
一方通行は少しだけ苦笑した。
「狸寝入りばっかうまくなりやがって……」
「それはあなたがいっつもこっそりどっか行っちゃうからでしょ!ってミサカはミサカはぷんぷんしてみる!!」
「シー……。静かにしろ、夜中だ」
握られていない方の人差し指を、打ち止めの口元に近づける。
するとかぷりと指先に噛み付かれた。
「オイコラ、痛ェぞ」
「ひたくしてふんだから、ってヒハカはヒハカは」
鬱憤を晴らすようにガジガジと歯を立てた後に、一方通行の膝によじ登って来る。
「もー、今日だってシスターさんと待ってたのにあなた来ないし!ヒーローさんだって待ってたんだよ?
ってミサカはミサカはメッてしてみる」
「行けねェってメールしといたし」
「でも待ってたの!気が変わるといいなって、ミサカはミサカは」
打ち止めの小さな身体がぎゅうぎゅう抱きついて来る。
相変わらず、冷えた身体には痛いほど温かかった。
この温かさは美琴のものとよく似ている。
それだけでこの小さな光の将来に少しだけ安堵した。何の根拠にもならないとわかっていても。- 716 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:33:05.68 ID:GiyAbW+a0
「あのね、今日はミサカ、シスターさんと一緒にカレー作ったんだよ。ってミサカはミサカは意気揚々と報告してみたり!」
「オマエとインデックスの料理とか不安しかねェな……」
「むっ、しつれいな。ヒーローさんが後ろでずっとウロウロしたり悲鳴上げたりしてたけど、大丈夫だったよ?」
「………」
さぞかし危なっかしかったのだろう、と光景が目の裏に浮かぶかのようだ。上条にはまた世話を掛けてしまった。
「ちょ…ちょーっとお芋の形は変かもだけど、おいしかったんだから。まだ残っててね、明日行けばあると思うの。
ってミサカはミサカは、暗に明日一緒に食べに行こうって誘ってみるんだけど……」
上目遣いの大きな目が、期待と不安に揺れている。一方通行は乱れた柔らかな髪を整えてやりながら、しばらく逡巡した。
「……冷凍でもしとけ」
明日には行かない、というのと同様の返事に、愛らしい色が陰る。
まだ、この少女と一緒に堂々と街中を歩くのは不安だった。
断続的に、だが中途半端な形で繰り返される襲撃。繋がりも目的も不明。
グループで調査を進めているが、あまり結果は捗々しくない。
このタイミングでの垣根の登場も気にかかる。ヤツ自身にはもう危険はなさそうではあるが。
「じゃあ……今日は泊まって行けるんだよね?ってミサカはミサカは、返事はハイかイェスでしろって言ってみる」
ぎゅうぎゅうと、力いっぱいしがみつかれて、少し苦しい。温かい。
肩口にぐりぐり頭を押し付けられると、子供特有の甘ったるいような香りが鼻先を掠めた。
徐々に身体から力が抜けていく。今までは少しもなかった眠気が這い寄って来て、小さなあくびが出た。
(……明け方に出ればいいか)
了承の代わりにベッドの脇に杖を置き、打ち止めごと布団に入る。- 717 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/09/01(土) 22:34:39.19 ID:GiyAbW+a0
「出て行く前に声掛けてね?ってミサカはミサカは、でもでも久しぶりですっごい嬉しいってウキウキしてみたり!」
「オマエぜってェ起きねェだろ」
「そんなことないもん!ってミサカはミサカは」
「だから静かにしろって……」
弾んだ声で話しながら、打ち止めはもぞもぞと布団の中で身じろぎした。
一方通行の手を握ってみたり、髪の毛をぐしゃぐしゃにしてみたり、頬を触ってみたり、胸元に顔を埋めてみたりと忙しい。
「落ち着きねェな、ったく」
「あなたがまた怪我とかしてないかチェックしてたの!ってミサカはミサカはいいにおいーってうきうきしてみる」
普通なら、側でこれほど騒がれれば目が冴えるどころの話ではない。
それなのに、湯たんぽのような体温に、だんだんと瞼が重くなる。
時折玄関の外の気配に意識が引き戻されるが、何事もないとわかればまた眠くなった。
「ほら、もう寝ろ。打ち止め」
「はーい。おやすみなさい、あなた」
「あァ……おやすみ」
打ち止めは胸元の布地を握り締め、一方通行の腕を枕にして丸くなる。
丸い後頭部を、ゆっくりと一度撫でた。
実験のことを思い出せば、相変わらず触れることを躊躇ってしまう。
ただ、それは打ち止めにも悟られていて、悟られれば悲しませてしまうのだ。
美琴の言う通り、この少女が大切なら、もっと「うまく」やらなければならない。
安心して、いつも笑っていられるように。
ただ、自分が以前と少し変わったことを、たった今噛み締める。
小さな光に出会ったばかりの頃は、打ち止めの前に立つと、少し緊張していた。触れる時にも、細心の注意を払った。
気をつけていないと、傷つけてしまうから。
けれど今、体温を側に感じるだけで、緊張が解けていく。
深い安堵。この家に、この少女に想うものは、どこかで一方通行が求めてやまなかったものなのだろう。
それを言葉で表現するなら、家族というのかもしれない。
ミサカネットワークにアップされた一方通行の寝顔を見て番外個体が部屋に駆け込み、結局黄泉川にも芳川にも見つかってしまうのは、これから数時間後のことだ。
- 745 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:02:58.90 ID:0IUj18KY0
PM 1:45 ミサカネットワーク内
1.【どうしよう】最近俺のお気に入りのベンチでイケメンがアンニュイしてる件(72)
2.【求む戦友】オレらVS白シスターpart3【チェス楽しい】(412)
3.【モヤシ行方不明】一方通行を見かけたらageるスレ(22)
4.今日の上条304(91)
・
・
・
・
・
・
・
・- 746 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:03:51.37 ID:0IUj18KY0
【どうしよう】最近俺のお気に入りのベンチでイケメンがアンニュイしてる件(94)
1 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
俺がいっつも使ってるベンチ、日当たりが良くて気に入ってるのに……
2 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10201
イケメンと聞いて(ガラッ
3 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka18220
お前面食いだっけ?www >2
4 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10201
面食いじゃないけどイケメンは好きだよ
彼氏とかにしなくても、見てるだけで癒されるだろうが
5 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
俺らにイケメンで癒されるような情緒が生まれたとか、
お姉様が聞いたら感涙もんだな
6 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka17291
お姉さま………(ホロリ
7 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
お姉さまはいいからさー
このミサカの問題を解決するの手伝ってよ!(プンスカ
8 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka11203
未だかつてこれほどどうでもいい問題提起があっただろうか……
9 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12192
クソスレ乙
10 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka14889
まぁそう言うなよ
兄弟が困ってたら助けるもんだろ?
どうした ベンチってお前がいつもボケーッと座ってる病院の中庭のやつか?
11 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
うわぁあああんお姉ちゃん!!
うんそうそう、俺がいっつも日なたぼっこしてるやつ
最近たまにあったかいしさ、イヌもいたら気持ちいんだよ?
触らせてはくれないんだけどさー- 747 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:04:29.46 ID:0IUj18KY0
12 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka18273
入院患者か?いつからいんのよ
つか写真うp
13 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
ほい
http;//www.misaloda.com/ikemen-1.jpg
たぶん入院してる人ー 服とかは違うけど
見かけるの先週くらいからかな
14 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13602
っちょwwwww マジイケメンwwwwワロス
15 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12012
マジだwwwっうぇwwwwww
16 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka16911
マジイケメンwwwwwマジアンニュイwwwww
俯き加減なのがまたねwww
17 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
何で笑うのwwwwww >14-16
18 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka14889
お前も笑ってんじゃねーかww>17
釣られんなwwwつかホストみたいwwwww
19 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
お前もじゃんww >18
ミサカホスト見たことないよー?
どんな?あっ雑誌とかに載ってるのは見た あんなん?- 748 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:05:32.73 ID:0IUj18KY0
20 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
マジか?十九学区とか行けばたまに見るじゃん
21 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
一方通行が行ったらダメだって…… >十九学区
22 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
お父さんかwwwww
まーたしかにあそこちょっと柄悪いの多いもんなww
23 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
こないだの一件以来、白モヤシの過保護に拍車掛かっとる
24 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
えっみんな言われてないの?何で俺だけ?
25 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
それはお前が残念なミサカだからだ!!(ババーン
26 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
ガガーーン!!
27 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka14889
おい話逸れてんぞ
つか他のベンチに座ればいいじゃん >26
28 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
えー絶対やだ!あそこは俺の指定席だし!!
29 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
おまいは意外と我が強いよな……
30 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
ワガママとも言う
一方通行が甘やかすからこうなる- 749 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:06:38.98 ID:0IUj18KY0
31 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
わっ、ワガママじゃねーし
あの人だってあんなボーッとしてたら口の中に蠅が入るかもしれないじゃん
心配じゃん
32 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12182
ねーよwww
33 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
どういう心配だよwww
34 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
えっ…… 入るよね、たまに……
35 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka14889
…………………うん、そうだな
たまにはそういうこともあるかもしれないな
36 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12718
お前の優しさに全俺が泣いたwww >35
37 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
俺泣いてねぇしww笑ってるしwww
お前はもう軍用クローンの看板返上しろよww >34
38 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
うぐぐぐ……
い、いいもん!!
俺が自分で「ここの席ミサカのだからどいて」って言うもん!
39 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
おいやめろ
40 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
言いがかりだぞ
俺ら顔が同じなんだからお前の評判下がったら俺らまで迷惑被るんだぞ
41 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
大丈夫だし!笑顔で声かけるし!
42 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
そういう問題じゃねーよ!!
43 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
やめろ!早まるんじゃない!!
44 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka14918
クソどうでもいい- 750 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:07:14.70 ID:0IUj18KY0
45 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka18211
今日もスレは平和だな……
46 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
47 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090
あ
48 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
何だどうした
49 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
イケメンビームで死んだんじゃねーの
50 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12019
イケメンビームって何wwww
エターナルフォースブリザードかww
51 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka14889
スネーク!スネェェーーーーーク!!!
52 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka17600
こちらスネーク
悪いが現在は別の作戦行動中だ
53 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka11029
別って何だよー?また変態か?>>52
54 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka17600
いや運営のやつ>>53
55 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12837
あー…… 一方通行捜索か
56 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka17600
イェス>>55
悪いな 任務完了まで手が離せない
なかなか見つからないんだよ- 751 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:07:41.12 ID:0IUj18KY0
57 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka14889
それじゃ仕方ないな……
了解 そっちの任務を続行してくれ>>56
58 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka17600
何か困ってんならなるべく急ぐわ
59 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
気にすんな頑張れよーノシ
60 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
しょーがねーなーもう……
俺ちょうど病院いたから中庭に様子見に行くわ
61 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
いたんなら最初から行けやwww>>60
ちょーどよかったわ、俺今上条んちでシスターとチェスしてたし
62 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
めんどくせぇじゃんか
マジめんどくせぇわ
63 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka11322
それでも様子見に行く>>62
ツンデレ乙
あとチェス楽しそうだな>>61
64 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
うっせーな
なんかあったら寝覚め悪いだろうが
65 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
66 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka17661
?
67 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
どうしたwwww>>65
ちょう楽しい>>63
よかったらこのスレ来いよ
つ【求む戦友】オレらVS白シスターpart3【チェス楽しい】
68 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
ちょ え
http://www.misaloda.jp/817163.jpg- 752 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:08:09.40 ID:0IUj18KY0
69 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12817
うぉええええ!?え、何、どうした!?
え、これさっきのイケメンと19090号だよな!?
70 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
何でイケメンがあいつの胸に顔を埋めているのか
71 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12189
へ 変態だーーー!!!!!!!
72 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka16678
つか何で19090号はおとなしくしてんだよ!
はり倒せ!!!
73 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577
硬直して動けないっぽ
74 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032
バカぁあああああ!!!!
75 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka12810
上条を呼べぇええええ!!!!!!
76 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka15618
いやここはお姉さまをぉおおおお!!!!
77 :以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19182
助けて一方通行ぁああああ!!!!
・
・
・
・
・
- 753 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:08:58.40 ID:0IUj18KY0
PM 3:40 第七学区 とある病院 中庭
垣根(……はっ、考えごとしてるうちに寝ちまったか)ムニャ
垣根「……ん?なんか柔らか……」
19090号「…………………」ブルブル
垣根「……………えっ 美琴?」
19090号「…………………」ブルブルブル
垣根「……えっ………あの……」ダラダラ
垣根(あれっこのゴーグル、美琴じゃなくてクローン…じゃない妹の方か?
俺なんでこの子の胸に顔埋めてたの……)ダラダラ
垣根「あの……あのね?俺ここで居眠りしちゃっててね?この体勢はアレ、ちょっとバランス崩しちゃったんだと思うのね?」
19090号「………………」ブルブルブル ジワッ
垣根「つまりわざとじゃなくてね!?全然わざとじゃなくてね!?!?ていうか初めまして、俺垣根帝督っていいます!」
19090号「このミサカはミサカ19090号といいますぅえええええええん!!」ブワッ
垣根「うわぁあああああごめん!!ごめんな!?」ブワワッ
――……ヒュゥウウウウ… ドカァアアアン!!!
一方通行「………………」ギロリ
垣根「ぅおおっ!?一方通行!?何急に飛んで来てんだよ!」ビクッ
19090号「……ぅえ、あ、一方通行…っ?ひっく、ぐすっ……っ!!」タタタタ ササッ
垣根「うっ、そんなそいつの後ろに隠れなくても……っ!ごめん、悪かったよ。な?」アセアセ
19090号「………ぅうっ…」ギュッ- 754 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:09:37.23 ID:0IUj18KY0
一方通行「………状況を説明しろクソタラシ野郎殺すぞ」
垣根「いやいやいやいや誤解ですから!俺ちょっとここのベンチで居眠りしちゃってさ、気が付いたらちょっと体勢崩しちゃってたってただけで!」
一方通行「…………ふゥン?」
垣根「ホントです!嘘じゃねーし、悪気なかったし!あー……ホント、驚かせて悪かったって」ペコッ
19090号「………」グスッ
一方通行「だ、そォだが。ホントか?」チラッ
19090号「……ミ、ミサカが声を掛けようとしたら、急に倒れて来て、お、驚きましたが、そういうことなら…とミサカは納得します」グスッ
垣根「おー……ありがとな」ホッ
一方通行「……オマエも不用意に知らねェ奴に声掛けンな」ペシッ
19090号「いたっ。うー、気をつけます…とミサカは素直に反省します」
垣根「超過保護ー。父親か」ククッ
一方通行「っせーよ」チッ
19090号「ところで一方通行、とミサカは一方通行のコートの裾を握りしめたまま声を掛けます」
一方通行「ン?」
19090号「捕まえたー、とミサカはドヤ顔です」ドヤァ
一方通行「あ?」
垣根「どう見ても無表情」ブハッ
19090号「上位個体から捕獲命令が出ています。よってあなたを捕獲します。とミサカはミサカが残念なミサカでないことを主張します」
一方通行「はァ?」
19090号「今上位個体がこちらに向かっています。とミサカは状況を報告します」
一方通行「ンだと?……離せ、あのガキに捕まったら面倒だ」チッ
19090号「お断りです。とミサカはキリッと更に強く握りしめます」キリッ ギュッ
一方通行「おい……」
19090号「あなたがミサカの手を振り払ったり出来ないこと、もう皆知ってますよ。とミサカは指摘します」ニコ
一方通行「…………」チッ- 755 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:10:36.81 ID:0IUj18KY0
垣根「お、何だちゃんと笑えんじゃん。そっちのがかわいいぜ?」
19090号「えっ……とミサカは少女マンガのようなことを素で言うホスト面に驚きます」
垣根「結構毒舌だな」クスクス
一方通行「おい口説いてンじゃねェぞそこのホスト面」イラッ
垣根「おー怖いお姉ちゃんですねぇ」
一方通行「ぶッ殺されてェのか」
打ち止め「でかした19090号――!!ってミサカはミサカは全力で走りこんで来てみたり!!」タタタタ
上条「おい大丈夫か19090号……っ、ってあれ、一方通行!?打ち止めも、垣根さんも!?」ダダダダ
一方通行「……ッ」ギクッ
19090号「振り払えない代表格が到着ですねー、とミサカはほくそ笑みます。ミサカ出来る子です」
一方通行「何で上条まで……」チッ
19090号「10032号があの人に連絡したみたいですね、とミサカは何だかんだ心配してくれた10032号のことを報告します」
打ち止め「ああーっ!あなたは!ってミサカはミサカは驚愕してみたり!!!」タタタタ
打ち止め「あなた!この人にひどいことした人でしょ!?ってミサカはミサカはこの人を背中に庇ってみる!!」バッ
垣根「へ……俺?」ポカーン
垣根(あ、そうか。最終信号も俺が死んだ時に居合わせてたか)
垣根「あー、あのな、お嬢ちゃん……」
打ち止め「近づかないで!!ってミサカはミサカは睨みつける!」キッ
垣根「!」ピクッ
打ち止め「二度とこの人を傷つけさせないんだから……!!」ブルブル
垣根「…………」
垣根(震えてる……。そうだな、そりゃ怖いか。当たり前だな)
一方通行「おい打ち止め」
打ち止め「あなたは黙ってて!」
一方通行「…………」- 756 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:11:32.65 ID:0IUj18KY0
垣根(こんな小さい子にこんな顔をさせちまうこと、俺はしたんだな……)ズキ
上条「打ち止め、ちょっと待てよ」ポン
打ち止め「何?ってミサカはミサカは今余裕がないことを主張してみる」ギロリ
上条「どうしたんだよ、そんな顔して。垣根さんは一方通行にひどいことしたりしないぞ?」
打ち止め「……ッそんなはずない!!だってっ…!!」ギュッ
上条「打ち止め。一方通行のように、垣根さんだって変わったって思えないか」
打ち止め「……っ!だって、この人は、ミサカの一方通行を…ってミサカはミサカはションボリしてみたり…」
垣根「いいよ、上条。この子の反応は当然だろ。無理することない」
打ち止め「え……?ってミサカはミサカは驚いて見上げてみる」
垣根「あの時は悪かったな、お嬢ちゃん。俺はもう一方通行を殺そうとしたり、しねぇよ」スッ
打ち止め「……!」ビクッ
垣根「………」ピタ
垣根(…ああ、そりゃ、俺が頭撫でようとしたら、ビビるか。バカだな俺。ホント、バカだ)
垣根「……ごめんな」フッ
打ち止め「………あ」
打ち止め(見たことある表情、ってミサカはミサカはポカンとしてみたり)
打ち止め(時々あの人がする顔に似てる。ミサカを撫でていいのか迷ってる時の顔。諦めたみたいな……。
悲しそうな顔、ってミサカはミサカは)
垣根「じゃ、俺は病室に戻るわ」スッ
上条「垣根さん!」
垣根「ありがとな上条。庇ってくれて、嬉しかったぜ」フリフリ
打ち止め「………ッ」ギュッ
19090号「上位個体、とミサカは一方通行の服の裾を握りしめるあなたに声を掛けます」
打ち止め「…………」- 757 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:12:12.69 ID:0IUj18KY0
19090号「そういえばあの人は、あなたがバックアップした記憶の中にいましたね。とミサカは今更ながら思い出します」
打ち止め「……第二位。垣根帝督。ってミサカはミサカはデータを照合してみたり」
19090号「そうでしたか。とミサカは意外な気持ちで首を傾げます」
打ち止め「意外って……?」
19090号「ミサカはさっきあの人と会ったばかりですが、そんなに悪い人には見えませんでしたよ」
打ち止め「え…?ってミサカはミサカは、目を見開いてみる」
19090号「ミサカの胸に触ってしまったのをビックリするような勢いで謝って、ミサカの笑顔をかわいいって言ってくれました」
打ち止め「そんなの……」
19090号「騙そうとしていたり、誤魔化そうとしていても、殺気があればわかります。ミサカは軍用クローンなのですから。
とミサカは自分なりの矜持を示します」フンス
打ち止め「………」
打ち止め「……あなたは、どうして何も言わないの?ってミサカはミサカはあなたを見上げてみたり」
一方通行「俺が口を出すことじゃねェからな。オマエは垣根に戦いを挑むほどのバカでもねェし」
打ち止め「過保護なあなたらしくないね、ってミサカはミサカはちょっと笑ってみる」クスクス
一方通行「誰が過保護だ。ま、アイツはお前を浚おうとしたンだし、そこはフォローする気ねェよ」
打ち止め「わお、なんて素直!ってミサカはミサカはあなたのデレにビックリしてみたり!」ワオ
一方通行「うっせェガキ。バーカ」ピシッ 打ち止め「いたっ」
打ち止め「……そこは、って、そこ以外はフォローするの?ってミサカはミサカは言葉尻を捉えてみる」
一方通行「自分の感情の判断を、他人に委ねるな」
打ち止め「……ッ」ビクッ
一方通行「なンてな。そこのバカの受け売りだが……」
上条「おいおい一方通行さんよぉ、それって俺のことかな~?」
一方通行「他に誰がいンだ?」キョト
上条「そのキョトン顔やめて!確かにバカだけどね?上条さんお前に比べりゃバカだけどね?」
打ち止め「ヒーローさんが……、ってミサカはミサカは、あなたが受け売りなんて明日は雨ねって茶化してみる」
19090号「さっそくミサカネットワークに『あの一方通行が上条の言葉を受け売りしたぞ』とスレを立てたところ、
レスがさっそく200を突破しました。とミサカは状況を報告します」
上条「?」スレ?レス?
一方通行「しょーがねェなァ……」ハァ
打ち止め「ねぇ、あなた」クイクイ- 758 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:13:45.43 ID:0IUj18KY0
一方通行「ン?」
打ち止め「さっきね、垣根帝督がミサカのこと見てちょっと悲しそうに笑ったの」
一方通行「ふゥン……」
打ち止め「あなたが時々する顔に似てた、ってミサカはミサカは俯いてみる」
一方通行「…………」
打ち止め「垣根帝督は、あなたにひどいことをした人でしょ……?ってミサカはミサカは改めて確認してみたり」
一方通行「ひどいっつゥンなら俺の方だろォな。返り討ちにしただけとはいえ、アイツを一度殺したのは俺だ。
オマエも見てただろ」
打ち止め「え……?あ、じゃあどうして垣根帝督は今」
一方通行「さァな。肉片を集めた研究者共に再生されたみてェだが」
打ち止め「再生……」
一方通行「アイツは第二位、俺は第一位。ま、何となく境遇は読めるところもある」
打ち止め「…………」
打ち止め(それは、あなたが垣根帝督を許してるってこと?ってミサカはミサカは心の中で問いかけてみたり)
打ち止め「あなたは……ミサカのさっきの態度、どう思ったの?ってミサカはミサカは確認してみる」
一方通行「別にどォとも」
打ち止め「えっ」
一方通行「オマエの態度なンかどォでもいいわ。好きにすればいい。俺はオマエを守るだけだ」
上条「どうしてそこで『気になるんなら素直に声をかけて来い』って言えねーのお前?」ハァ
一方通行「っせェなンなこと思ってねェよ」チッ
打ち止め「…………」ポカン
上条「打ち止め。俺も一方通行も、お前には素直に生きてほしいと思ってるよ。
お前は前に一方通行を守るって言ってたけど、側で元気で笑ってくれだけで、十分に守られてるから」ニコ
19090号「見事なツンデレ翻訳ですね、とミサカは感心します」フムフム
一方通行「翻訳じゃねェ。勝手にこのバカが言ってるだけだ」
打ち止め「……でも否定はしないのね。ってミサカはミサカは微笑んでみる」ニコッ
一方通行「…………」フイ
打ち止め「……よぉーし!!ってミサカはミサカは奮起してみる!」フンス
打ち止め「カキネをここに呼んで来て悩みを聞いてあげるぞー!おー!!」オー
19090号「オー、とおもしろそうだからミサカも乗っかります」オー
一方通行「はァ?悩みってお前……」
上条「いいな、打ち止めの悩み相談室か?」ハハハ
打ち止め「そーと決まればレッツゴー!ゆくぞ19090号!ってミサカはミサカは駆け出してみる!」タタタタ
19090号「おー!とミサカはつられて駆け出します」タタタタ
一方通行「しょーがねェなァ……」スタスタ
上条「お前は相変わらず素直じゃないねぇ」スタスタ
一方通行「うっせェよ」チッ
- 759 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:14:16.83 ID:0IUj18KY0
PM 4:32 第七学区 とある病院 中庭
垣根「えっと……で、俺はどーすりゃいいのかな?」
打ち止め「だから!ミサカにお悩みを相談してみてよってミサカはミサカは再度主張を繰り返してみたり!」
19090号「どうもうちの上位個体がすみません、とミサカは形ばかり謝罪してみます」
垣根「形ばかりなのかよ。つかさ、えぇー…?急にどったのお嬢ちゃん。俺に怒ってんじゃねぇの?」
打ち止め「うーん、そこは保留!」
垣根「え……」ポカン
打ち止め「あの人がミサカには素直に生きてほしいって言うから、ミサカは素直に気になったあなたに話を聞きたい」
垣根「…………なぁ、一方通行…」チラ
一方通行「あァ?」
垣根「どうにかしなくていいのか、この危なっかしい子……」
一方通行「まったくだな、ったくいつも一人でフラフラしやがって」ハァ
上条「確かに、そこは直した方がいいよな」
垣根「いやいや、現在進行形のこの事態をだね?」
19090号「ミサカ思いつきました!」ピコーン!!
垣根「え?」ビクッ
19090号「こんな時はキャッチボールです!とミサカはどこからともかくボールとグローブを取り出します」サッ
打ち止め「おお~、とミサカはミサカは感心したように頷いてみたり」ウン
19090号「悩める少年と父親がキャッチボールをしながら語り合う、というのがセオリーだそうです」
上条「昔のドラマみたいだなー」ハハハ
19090号「確かに再放送だったみたいですね。とミサカは昨日見たホームドラマを思い出します」
一方通行「昨日かよ。つかオマエがやってみてェだけだろ」
19090号「う……え、ダメでしたか?」シュン
垣根「(ギクッ)い、いやー?別に、やっても構わねぇけど俺は!な?」
一方通行「俺はやンねェ」フイ- 760 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:15:11.89 ID:0IUj18KY0
打ち止め「ミサカやりたいー!ってミサカはミサカは元気よく手をあげてみたり!」
上条「ちょうどグローブも三つあるみたいだし、そっちの隅の方でやるなら邪魔にならないんじゃね?」
垣根「え、俺もやるの!?」
19090号「やりましょうよ、とミサカは逃がさないように掴みます」ガシッ
打ち止め「つかみまーす!ってミサカはミサカは捕まえてみたり!あなたはそこのベンチで見ててね!
ってミサカはミサカは注文をつけてみる!」
一方通行「へェへェ」ストン
上条「俺も見てるなー」ストン
キャーキャー ソッチイッターッテミサカハミサカハ
オー ナイスボール
ミサカハ デキルコデス
エーイ!!ッテミサカハミサカハ
オオ?ウマイジャネェカ オジョーチャン
上条「…………」
一方通行「…………」
上条「……一方通行」
一方通行「ンだよ」
上条「ズル禁止ー」ギュッ
一方通行「!」パキーン
打ち止め「あれー!?急にボールが変になっちゃった!ってミサカはミサカは大暴投を追いかけてみる!」タタッ
垣根「いやー、変になったっつーか今まで変だったっつーか。さては一方通行……」ハァ
19090号「相変わらず幼女には甘いですねぇ、とミサカは肩を竦めながらグローブを構え直します」バッチコーイ
- 761 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:16:20.69 ID:0IUj18KY0
上条「打ち止めのためにならねぇだろ」ハァ
一方通行「う……」チッ
上条「お前ってたまーに言ってることとやってること違うよな」
一方通行「………」ブンブン
上条「ダメー。離しませーん」ギュッ
一方通行「何でだよバカ離せ死ね」
上条「お前さー、こないだ何で先に帰っちゃったの?」
一方通行「こないだって?」フン
上条「わかってるクセに訊くなよ。垣根さんを病院に運んだ後。一緒に夕飯食おうっつってただろ」ジロ
一方通行「了承した覚えはありませンけどォ」
上条「そんならあの時に断ればいいじゃねぇか。戻ったらお前いないし、俺すげぇがっかりしたんですけどぉ?」
一方通行「ゥぐ…………」
上条「インデックスにもメールしてたし、あいつもちょ~ガッカリしてたし」
一方通行「…………」
上条「そんな顔すんなって」クス
上条「別に怒ってるわけじゃねぇよ。ただ理由教えてほしいだけだ。なぁ。何でだ?」
一方通行「別に……理由なンかねェ。気分だ、気分」
上条「お前ってそんなに気分屋だっけ?」
一方通行「そォいうこともある。まァ」
上条「ふーん?」
一方通行「…………」
上条「…………」
一方通行(何で、か…。何でだろォな。御坂の顔を見て、打ち止めの様子を確かめたくなったってのはあるけど、
ンなのは後でもよかった。ただ、あン時は、こいつにまた会うのが何か……)
一方通行(わかンねェな……)チラ
上条「ん?」ニコ
一方通行「っ」ビクッ
一方通行(ン?何だこれ、何で今ビビってンだおかしいだろ。危険はもォないってわかってンのに)??
上条「お前相変わらず手ぇ冷たいなぁ」
一方通行「いい加減離せよ……」
上条「お前が今日ウチに来るんなら離す」
一方通行「前向きに検討するから離せ」
上条「そんな政治家みたいな言い方してもダメでーす」
一方通行「あーもォうっぜェな……」
- 762 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:17:38.84 ID:0IUj18KY0
垣根は再び大きく逸れたボールを取りに、小走りに駆け出す。
「ごめんねー、ってミサカはミサカは何度も取りに行ってくれるカキネに謝ってみたり!」
白球を拾って振り返れば、打ち止めが笑顔で大きく手を振っていた。
それに手を上げて答えながら、先ほど視界に入った二人をちらりと横目に見る。
近くに寄ってきた19090号に、小さく声を掛けた。
「なぁ、19090号。あの二人って付き合ってんの?」
「えっ、何を言うんですかこのホスト面。とミサカは驚いて目を見開きます」
「……俺、そんなホストっぽいかなぁ」
ついカクリと力が抜けてしまう垣根を余所に、御坂美琴の妹の一人は顎に手を当てる。
「しかしまぁ、確かにいい雰囲気です。とミサカはひどくワクワクしてきました」
「なになにー?ってミサカはミサカは内緒話の二人に近寄って来てみる!」
打ち止めも駆け寄って来た。垣根の腰の辺りまでしかない少女を見下ろし、少し考える。
垣根は「ちょっと休憩しよーぜー」と聞えよがしに声を上げてから、三人して座り込んだ。
これで打ち止めの首が痛くなることもない。
「なぁなぁお嬢ちゃん。俺はさぁ、上条って一方通行に気があると思うんだけど」
「えっ、そうかなぁ!そうだったら嬉しいなってミサカはミサカは喜色満面!!」
「ミサカはちょっと複雑ですね。とミサカは考え込みます」
「そうなのか?美琴みたく、19090号も上条が好きなの?」
「このミサカはそんなでもありませんが、お姉様も他のたくさんの個体も、上条当麻を好きですから」
「あー、そうか」
確かに、好きな相手が他の子を好きなら、悲しいだろう。
ありふれてはいても、誰もその悲しみを軽んじることはできない。
同じ話題で美琴がひどく動揺していたことを思い出し、少し苦笑する。
片思いとか両思いとか、誰が誰を好きで、心配しているとか。ひどく他愛もない甘酸っぱい話題だ。
自分にはあまりに縁のないはずの。
「優しいんだな、19090号は」
自然と微笑むと、美琴と同じなのにあまり似ていないと思える顔が、呆れたように傾く。
「そういうところがホストみたいってんですよ。とミサカは溜息をつきます」
「マジか、解せぬ……俺ホストって見たこともねぇし」
「女タラシっぽいってことじゃないかな?ってミサカはミサカは的確な表現を試みたり!」- 763 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:18:55.36 ID:0IUj18KY0
「誤解ですー。女の子には優しくしてあげるべきだろ?」
「ならあの人にも優しくしてあげてね!ってミサカはミサカは意気込んでみる!」
愛らしい顔がきらきら笑い、黒髪の少年と手を繋いだまま硬直する第一位を目で示す。
そういやあいつも女の子だった……と今の今の話題も忘れて、垣根は一方通行を眺めた。
殺気と暴力に満ちていたはずの、恐怖の代名詞。
少年だとしか思えていなかったのに、今目にすれば自然と少女にも見える。
華奢な肢体も真っ白い肌も髪も赤い目も、儚げにすら思えた。
その理由があの隣にいる一見平凡な少年なのだとすれば、たいしたものだと単純に感心する。
「まぁ確かにアイツも女かもしんねぇけど、女の子扱いしたら殺されそうなんですが……」
同じ相手に二回も殺されるのは御免被りたい。
そう願ったこともあるのに、すでにひどく遠い、終わった過去に思えることに、垣根は少し驚いた。
「えー、それでも女の子扱いしてよ、ってミサカはミサカはカキネに無茶ぶりしてみたり!」
「自分で無茶ぶり言ってるし。お前ら、自分で墓穴掘りながら会話すんの趣味なの?」
「個性と言ってほしいですね。とミサカは胸を張ります」
「あの人は自分が女の子だって自覚がほとんどないの。カキネの犠牲によって自覚されれば、
ヒーローさんとの仲が進展するかも!ってミサカはミサカは期待してみる」
「俺犠牲になっちゃうの!?」
「まぁ気のない男に女子扱いされてもウザいだけですが…。とミサカはイチ女子の意見を述べます」
「ひどいなぁ、お前ら」
垣根は思わず笑った。遠慮のない物言いは美琴を思い出す。
性格は似ていないけれど、自分のことを恐れも媚びもしない態度はひどく新鮮だ。
「何嬉しそうにしてるんですか。マゾですか?とミサカは軽く引きます」
「19090号ってあの人とヒーローさん以外には強く出れるんだね。ってミサカはミサカは新たな発見をしてみる」
「そ、そんなことはありません。とミサカは内弁慶ならぬ外弁慶されたことが心外です」
「へぇ、普段は違うのか?」
「あの人の前でもヒーローさんの前でも借りて来た猫みたいだよ。他の妹達にもいつも面倒見られてるし」
「ちょっ、やめてください上位個体!とミサカはこのミサカのイメージが崩れることを恐れます!」
「面白いなぁ、お前ら」- 764 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:19:49.38 ID:0IUj18KY0
くすくす笑いが止まらない。ここしばらくずっと一人でぼんやりしていたが、人と話すということは、これほどに
新鮮なものなのだろうか。
「まぁ19090号のイメージなんてどうでもいいのよ。ってミサカはミサカは話題を戻してみる。
カキネはどうしてヒーローさんがあの人のこと好きだって思ったの?」
打ち止めが改めてこちらを見上げる。真剣な茶色い目には、この小さな子なりの想いが滲んでいた。
「そうだなぁ。一方通行を助けに飛んできたとことか、やけに必死だったとことか、あと表情とか言葉とかな。
ん?全部じゃん。でもなんつーか、自覚してなさげだけど」
あの年頃の少年が恋心のようなものを自覚すれば、もう少し照れが見えるものだろう。
と言っても垣根自身に経験があるわけでも周りにサンプルがあったわけでもないので、あくまで一般常識の印象だが。
すると打ち止めは得たりとばかりに大きく頷く。
「そうなのよね、そうなのよ。まぁミサカとしては、あの人を大事にしてくれるんなら恋愛感情だろうが友情だろうが、
何でもいいんだけど」
「何でもいいのかよオイ」
「でも一般的には、人にとって一番優先されるのは恋愛感情なんでしょう?ってミサカはミサカはインプットさてた情報を元に判断してみる」
垣根は、やけに大人びた表情の子供を見下ろす。
「それなら、やっぱりあの人に恋愛感情を持ってもらわなきゃ。ってミサカはミサカは決意を新たにする」
視線の先には一方通行。やけに切迫した表情は、どこか歪んでもいるような気がして、垣根はひとつ溜息を零した。
「んなの人に寄るんじゃねーの」
「え……?ってミサカはミサカは急に不安になってみたり」
「お前の大事な一方通行が、恋人できたからってお前のことないがしろにすると思うか?」
「…………」
「お嬢ちゃんが今言ってたのって、そういうことだぜ」
垣根は、ああそういえばこの子もクローンだったのだ、と思い出す。
十歳程度に見えても、まだ生まれて一年も経っていない、学習装置で無理矢理知識を流し込まれた存在。
少しくらい歪な判断をしてしまってもおかしいことじゃない。
もっとも、自分とそう大差があるとも思えなかったけれど。
「ミサカは、ただ……」- 765 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:20:57.55 ID:0IUj18KY0
途方に暮れたようにこちらを見る打ち止めの頭に、ゆっくりと手を伸ばす。
振り払われることを恐れるような仕草になってしまったが、今度は振り払われはしなかった。
ぽんぽん、と軽く撫でる。つるつるした、柔らかな髪の手触り。
「大丈夫だ。お前はただ、一方通行が心配だっただけなんだろ?」
最初に対峙した時も、二度目に対峙した時にも、一方通行はただ己の守る者のために、身を削るようにして戦っていた。
そう遠くもない未来には、削られて無くなってしまうことを全く厭わないような。
生まれ落ちて初めて情のようなものを注いでくれた人を、失くすかもしれない。
そんな恐怖から逃れるために、この子は一方通行を守ってくれるものを求めているのだろう。
ただ、一方通行を案じる気持ちも紛れもない真実のはずだ。
例えば自分が一方通行を憎んでいながら、一方通行にだけは理解されていると思えた時のように、人は複雑な思いを同時に抱く。
「ミサカは…間違ってる?ひどい子かな?ダメな子かなぁ……。ってミサカはミサカは、俯いてみる」
「そんなことないさ。誰かが不幸になればいいって願ったわけじゃないだろ?」
「でも……でも、今考えてみたら、あの人を守ってくれるってことは、危険な目に会うってことだもの」
打ち止めの小さな手が、スカートの裾をギュッと握りしめる。どれほどの力を込めたのか、指の先が真っ白だった。
「ミサカは上条当麻に、何度も『あの人を守って』って言った。上条当麻も『任せろよ』って笑ってくれた。
だけどミサカは、上条当麻が傷つくことを、全然考えてなかったの。ってすごく今更、気が付いてみる……」
泣きそうに歪んで、けれど必死に泣かないように我慢している顔に、胸が痛んだ。
19090号も、気遣わしげに小さな背中を撫でる。
「ミサカは上条当麻のことも好き。とっても優しいし、ミサカ達の恩人。あの人のことも、ミサカのことも助けてくれたの。
上条当麻にも、幸せになってほしいって、思ってるのに」
「大丈夫だ。大丈夫だよ、『打ち止め』」
垣根は意識して、昔資料で目にした、一方通行の呼び名に合わせた。音は同じ、けれど意味合いは異なっているのだろう。
それを察したわけでもないだろうが、大きな目がこちらを向く。- 766 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2012/11/04(日) 23:25:07.60 ID:0IUj18KY0
まっすぐな目は、くすぐったかった。
一方通行が何を犠牲にしても守りたいと願った気持ちを、ほんの少しだけ理解出来た気がする。
「お前の気持ちは上条にも伝わってるし、第一あの上条と一方通行がそう簡単にやられるかって。
俺だって第二位だけど、アイツらには勝てなかったし。あの二人が力を合わせたら誰も敵わねぇよ」
「でも……」
「うん、そうだな。なら、俺もアイツらを守るよ」
「え?」
ぱちぱち、と大きな目が驚いたように瞬く。
「上条は一方通行を守るし、俺は上条と一方通行を守る。お前も、お前の姉妹達も。そしたら俺のしたこと、許してくれるか?」
たった今思いついた、けれどごく自然に出てきた言葉だった。
すべてを失い、何の意味も理由もなく放り出され、けれどその後に結ばれた縁のようなもの。
それを守るのだと思えば、身体の中に光るような芯が生まれた。
もう一度、できる限り優しく頭を撫でて、精一杯優しく笑う。
自信はなかったけれど、打ち止めの顔が明るくなったのを見て、安堵した。
「ホントに?ってミサカはミサカは期待してみる」
「ホントにって垣根は垣根は約束してみる」
「じゃあ約束!ってミサカはミサカは小指を差し出してみたり!」
小さな小指が目の前に突き出され、垣根は頷いて自分の小指を差し出した。
ゆーびきーりげーんまーん、と知識だけで実際に歌ったことも耳にしたこともない歌を、高い声が紡いでいく。
(約束か)
契約でもない、取引でもない。甘ったるい夢見がちな響き。
ずっとぼんやりしていた世界の輪郭が、徐々に焦点を結んでくるような気がした。
一方通行のように、生きるよすがにするわけではない。その資格も権利もない。
ただ、今は、この約束があればまっすぐ立っていられる。
そう信じることが出来る自分に、自然と口元が微笑んだ。
- 802 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:38:52.94 ID:rf+Xa/wx0
PM 5:48 第七学区 とある病院 中庭
打ち止め「はー……もうへとへと、ってミサカはミサカは」ヘロヘロ
19090号「キャッチボールなかなか燃えましたね!とミサカは熱い戦いを思い起こします!」フンス
垣根「こいつが急に来て、上条と一方通行まで引っ張り込むから悪い」チラッ
美琴「なっ、何よ!19090号が大変だって言うからわざわざ来てあげたってのに!!」
美琴(来たら何かふたりっきりで話してるし、なんか……なんかーって感じだし!油断も隙もないわ!)プンスカ
垣根「もはやキャッチボールじゃなくてドッヂボールみたいだったな」
上条「しかし一方通行、能力使わなくても上手いじゃん。ボール触んの初めてってマジ?」
一方通行「あンなの簡単な力加減だろ。どォってことねェよ」フン
美琴「相変わらずエラソーねアンタって奴は……」ハァ
垣根「謙虚な一方通行とかキメーだろ」ハハッ
上条「確かにな」ハハハ
一方通行「っせェなァ」チッ
打ち止め「うぅー、もうダメ……ってミサカはミサカは座り込んでみたり……」ペタリ
一方通行「おい地べたに座ンじゃねェよ汚ねェな」カチッ ヒョイ
打ち止め「わーい肩車!ってミサカはミサカはハシャいでみたり!」キャッキャッ
上条「おいおい、んなことで能力使うなよ。打ち止め、こっち来い」ヒョイッ
打ち止め「わっ!ってミサカはミサカは急におんぶに切り替わってビックリしてみる!」キャハハッ
一方通行「落としたら殺すぞ上条ォ」カチッ
上条「落としませーんって」ハハ
打ち止め「これは楽ちんである、苦しゅうない。ヒーロー号はっしーん!」
上条「はいはいお姫様。どこに行きましょうか?」
一方通行「…………」
- 803 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:39:24.79 ID:rf+Xa/wx0
打ち止め「え?えーっとえーっと……ってミサカはミサカは何も考えてなかった!」アワワ
19090号「汗かきましたし、お風呂にでも行きますか?とミサカは提案します。地下に大浴場がありますよ」
打ち止め「あ、そだね!19090号達に話聞いて、ミサカ入ってみたいなーって思ってたんだった!」
上条「へー、地下に大浴場なんかあんのか、この病院」
垣根「ああ、そういやあったな。リハビリとかにも使うんだってよ」
美琴「へぇ、いいわねぇ。寮にあるのと同じような感じかしら?」
上条「んじゃみんなで行くかー」
垣根「いいぜ」美琴「いいわよ」19090号「賛成です」
打ち止め「わーい!ってミサカはミサカはわくわくしてみる!ねぇあなたも……」
一方通行「…………」
打ち止め「一方通行?」
一方通行(……俺はいつの間に、上条に……他人にコイツを平気で触らせるようになったンだろう)ジッ
上条「一方通行?」
一方通行(触らせるどころか近づけることさえ許さなかったのに、俺は……)
上条「おーい、一方通行?どうしたんだよ、みんなで風呂行こうって……さ……」ハッ
美琴(あっ!!)垣根(あ)19090号(あらら)打ち止め(おおー)
一方通行「あー、いいぜ、別に」
上条「いいのぉ!?!?」ガビーン!!
垣根「はァ!?」19090号「はァあ!?」美琴「はァあァ~!?」
打ち止め「おおー……ってミサカはミサカはちょっとビックリしてみたり」
一方通行「なンでそンな驚くンだよ」キョトン
打ち止め「えっ……だってあなたが他の人とお風呂なんて無防備になるとこに行くの、驚くに決まってるよ?」
一方通行「あー……」ガリガリ
- 804 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:40:23.55 ID:rf+Xa/wx0
上条(いや、それもあるけどね!?でもそれより、それよりさぁ!!)
垣根(何考えてんだろコイツ)ハァ
美琴(えっ……?どういうこと?一方通行は男だってつもりなのよね?つまり…どういうことだってばよ?)
上条「つ、つ、つ、つつまり一方通行、お、俺と風呂に」カーーッ
美琴「一方通行アンタちょっとこっち来なさいよォ!!!」グイグイズカズカ
一方通行「あー?ンだよ」チッ スタスタ
垣根「おいおい美琴……」
美琴「ついて来ないでよ!こっちの話よ!」キー!!
垣根「ミコっちゃんコワーイ」ハハハ
上条「え……えーと……」ブツブツ
19090号「これは面白くなって来ました。とミサカは野次馬根性が騒ぎます」
美琴(よし、ここまで来れば、自販機の横で音もするし話し声向こうまで聞こえないわよね!)
美琴「アンタ一体何のつもりよ!」
一方通行「はァ?何がァ?」キョトン
美琴「何がァ?じゃないわよ!アンタ、アイツに男だって言ってんでしょ!?女湯に入ったら女だってバレるじゃないの!」
一方通行「男湯に入るに決まってンだろ」
美琴「は、はァああ~!?ま、まさかホントにそんな、ば、バカじゃないの!?結局女だってバレちゃうじゃない!」
一方通行「ん~……ま、平気だろ」
美琴「平気なわけあるかァああ!!」ムキー!!
一方通行「ンだようっせェなァ……。オマエにゃ関係ねェだろォが」
美琴「そっ……そんな言い方しないでよね。アンタが風呂入らないって、言えばいいだけのことじゃないの!」
一方通行「………俺だけ?」ボソッ
- 805 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:41:25.39 ID:rf+Xa/wx0
美琴「えっ」
一方通行「…………」
美琴「…………」
一方通行「…………」
美琴「…………ねぇ、まさかとは思うけど。みんなお風呂行くのに自分だけ行かないのが、ちょっと寂しかった……とか……」
一方通行「はッ、バカじゃねェの」フン
美琴「かわいくないわねぇ、そこは真っ赤になって『ち、違う!勘違いすンなよバカ!』とか言うとこでしょ」
一方通行「俺に何を求めてンだよオマエは」
美琴「かわいげ?」
一方通行「誠に残念ながら在庫切れですお客様ァ」
美琴「ぷ、あはっ、何言ってんのよ」ケラケラ(コイツも冗談とか言うのね)
一方通行「怒ったり笑ったり忙しい奴だな」
美琴「………ねぇ。どうしてそこまでして、アイツに女だってこと隠すの?」
一方通行「別に……面倒なだけだ。今まで男だって思ってた奴が女だってわかると、色々過剰反応されてウゼェンだよ」
美琴「そんなの最初だけでしょ。ずっと隠してる方がずっと面倒だと思うけど」
一方通行「…………」
美琴「アンタだってそれくらいの計算ついてるでしょ、当然。ねぇどうして?どうして知られたくないの、一方通行」
一方通行(どうして……?)
一方通行(そンなのは、面倒だから、ウゼェから……自明の理だ。それ以外に理由なンか)
美琴「はぁ……。なんて顔してんのよ」ヤレヤレ「別に責めてるワケじゃないっつーの」
一方通行「何の話だ」チッ
美琴「前から思ってけどアンタさー、たまに顔に出るわよ?慣れてないんでしょ、こういうの。
敵とか研究者に詮索されるんじゃなくて、個人的なことを個人的な理由で話したこと、ホントーに少ないのね」
一方通行「うっせェなァ……」
美琴「ふふ、困るとすぐそれ。仕方ない奴ねぇ」クスッ「ま、いーけど。……負けないしね!!」ビリビリ
一方通行「はァ?俺に勝てる気でいンの」
美琴「それはもういいっつーの!!」
- 806 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:42:55.70 ID:rf+Xa/wx0
PM 5:48 第七学区 とある病院 1F廊下
19090号「お姉さま達、何を話しているのでしょう……。とミサカはめっちゃ気になります!」ソワソワ
打ち止め「ミサカも!ってミサカはミサカはワクワクしてみたり!!」ワクワク
19090号「ちょっとここは17600号を見習ってスニーキングミッションを試みるべきでは?とミサカは上位個体に提案します」
打ち止め「さんせー!ってミサカはミサカは早速開始してみる!」ヒソヒソ コソコソ
19090号「あっ、待ってください上位個体!」ヒソヒソ コソコソ
垣根「がんばれよー」フリフリ
打ち止め「カキネ、静かに!ってミサカはミサカはスパイ大作戦のBGMを所望する!」キリッ
垣根「静かにすんじゃねーのかよ」クスクス
垣根「上条さー」
上条「へ、え?何?」アセッ
垣根「まだ何も言ってねぇっつーの。キョドるなって」クククッ
上条「べ、別にキョドってねぇですけど!?」キョドキョド
垣根「今からその調子なら、マジで一方通行と一緒に風呂とかなったらお前死ぬんじゃね?」
上条「な、ななななな」カーーッ
垣根「ふぅん……。お前ってさ、やっぱアイツが女だって知ってんだな」
上条「へ?あ、いや、それは」ギクッ
垣根「安心しろよ。一方通行はお前が知ってるって思ってねぇみたいだぜ」
上条「そ、そっか……」ホッ
垣根「……何で知ってるって言わねーの?」
上条「一方通行が、何か知られたくないみたいなんで」
垣根「そんだけー?別に『騙したなァ!』とか怒って殺しにかかってきたりしねぇだろ」
上条「ぶは、んなこと心配してねぇよ。ただ、そうだな……ただ、一方通行が嫌がること、したくないなって」ニコ
垣根「お優しいこった。お前って一方通行に惚れてんじゃねーの?だったら、言った方がいいと思うけどねぇ」
上条「惚れ……?」キョトン「さぁ……。そうなのかなぁ。考えたことねーや」
垣根「オイオイオイオイ。それが青春真っ盛り男子高校生のセリフかよ。普通寝ても覚めても女のこと考えてるもんだろ」
- 807 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:44:04.50 ID:rf+Xa/wx0
上条「えっ、垣根さんも?」
垣根「俺フツーじゃねぇし?」フフン
上条「確かに」ウム
垣根「納得されると少し寂しい複雑な超能力者の心境を今実感している」キリッ
上条「そう言われてもなぁ。俺もあんまそんな女の子に必死になる暇なかったんだよな」ガリガリ
垣根「今までそうだったとしても、今からはちゃんと考えた方がいいと思うぜ?」
上条「え……」
垣根「お前だってわかってんだろ、上条。今日と同じ平穏が明日も続くとは限らない。
お前は一方通行をどうしたい?考えろよ、後悔したくないならな」
上条「一方通行を……」
垣根「一度死んだヤツの進言だ、説得力抜群だろ?」バチコーン
上条「はは……」
上条(……俺はただ、一方通行を一人で戦わせたくないだけだ。アイツがたった一人で傷つくなんて耐えらんねぇ)
上条(理由なんてどうでもいいって、思ってたけど)
- 808 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:44:42.26 ID:rf+Xa/wx0
PM 6:08 第七学区 とある病院 B1F 大浴場前
ゾロゾロ ワイワイ
ミサカツカレターッテミサカハミサカハ
オフロタノシミネー
美琴「あれ、19090号はどうしたの?」
打ち止め「あ、いちおーお風呂使ってもいいか訊きに行ってくれたよ。ってミサカはミサカは報告してみたり」
美琴「そうなんだ?なんだか悪かったわね」
垣根「19090号は気が効くなー」
一方通行「……手ェ出すなよクソホスト」ギロリ
垣根「だからホストじゃねーし!信用ねぇなーもう……」
一方通行「あるワケねェだろンなもン」
上条「これから作ればいいじゃん、信用。な、垣根さん」
垣根「……!望むところだ」ニコッ
一方通行「調子こかせンじゃねェよ上条。コイツが初対面で19090号に何したか忘れたのか?」
垣根「うっ、いやそれはさぁ」ギクッ
美琴「えっ、なになに、垣根さんあの子に何したの?」ズイ
一方通行「コイツ、19090号の胸に触りやがりましたァ」
美琴「はァああああ!?は、はァああああ!?!?」ビリビリビリ
垣根「うわっ美琴ちがっ、誤解だ!つ、ついウッカリ居眠りしちゃってな!?そこに19090号が声掛けて来て、バランス崩して……ッ」
美琴「はいぃ?何よそのコイツみたいなラッキースケベは」ギロッ
上条「どうしてそこに上条さんが!?」
美琴「アンタいっつもそういう偶然で女の子に触ったり裸見たりパンツ見たりしてるそうじゃないのよ!!」
上条「え、えええ!!な、何で知っ、アワワワ」
打ち止め「10032号がシスターさんから聞いて、お姉さまにも報告してるみたい!ってミサカはミサカは補足説明してみたり!」ハイハイ
美琴「ホントなのね!?あ、アンタってヤツはァ~~……」ビリビリ
- 809 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:45:22.12 ID:rf+Xa/wx0
上条「わ、わざとじゃねぇよ?悪いことしたって思ってるし、ちゃんと謝ってるからな?」
一方通行「………ふゥン……」
上条「!!!!」ビクッ
上条「ちッ、違うからな!?ホントわざとじゃねぇから、絶対違うからな!!き、気を付けるし!!」
一方通行「……?別にワザとやったなンて思ってねェっつーの」
上条「あっ……そ、そう?そっか、そっかー……うん、ならよかった」ヘニャ
一方通行「…………」
美琴「…………」ジロジロ
一方通行「ンだよ……」チッ
美琴「べっつに!べっつにぃ~~~!!」ビリビリ
垣根「微笑ましいねぇ」クックッ
一方通行「何上から言ってンだこのセクハラ野郎19090号に近づくな」イラッ
垣根「しつけーな!?ちゃんと謝ったし、19090号にもちゃんと謝ったし!」
一方通行「つゥかよォ垣根、オマエそこまで至近距離に来られても呑気に寝こけてたのかよ」
垣根「あー…そういやそーだな。前なら考えらんなかったわー。この病院すげぇ平和だからな」ハァ…
一方通行「は、平和ボケか」
垣根「順応性高いって言えよ。危険もねーのに四六時中気ィ張ってても、自分も周りも疲れるだけだろ?」
一方通行「…………」チッ
垣根「何だ、心当たりあるって顔だな?まぁお前ってその辺不器用そうだもんなぁ」
一方通行「っせェな……」
上条「え、何だ?何のこと?」
打ち止め「…………」チラッ「あのねヒーローさん、この人は寝てる時でもね」
一方通行「打ち止め」
打ち止め「……っ」ビクッ
上条「何だよ一方通行、んな顔すんなよ。打ち止めがかわいそうだろ?」
一方通行「っせェよ、ウチのことに口出しすンな」
- 810 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:47:02.74 ID:rf+Xa/wx0
上条「いーや、するね。打ち止めはお前のことが心配で、俺に何か言いたいんだろ?なら俺は聞かなきゃなんねーし、聞きたい」
一方通行「オマエにはカンケーねェ」フイ
上条「(ムカッ)関係あるって何度言やわかんだよお前は!んなテキトーな言葉で俺を拒絶できると思うなよ!」キッ
一方通行「はァ……?調子くれてンじゃねェぞコラ……」イラァ
上条「調子に乗るとか乗らないとかそういう問題じゃねーだろ!」
一方通行「…………」ギリッ
上条「…………」キッ
垣根「どう見てもチンピラに因縁つけられる男子高校生が頑張ってる呈だけど、一応これラブコメ展開なのか?」ヒソヒソ
美琴「ラブコメじゃないわよ!ラブコメじゃないわよ!!」ヒソヒソ!!
打ち止め「ミサカ的にはめっちゃシリアスだよ。ってミサカはミサカは固唾を?んで見守ってみたり」ゴクリ
19090号「おーい。先生に訊いて来ましたー。今日はリハビリの予定もないし、私達なら使っても構わないそうです。
ってあれ……?なんです、この雰囲気は。とミサカは首を傾げます」ハテナ
美琴「お、おー、わざわざありがとね!」
打ち止め「ちょっと19090号、空気読んでよね!?ってミサカはミサカは残念なミサカを嘆いてみたり!」キー!!
19090号「えぇ!?とミサカは突如としての残念なミサカ呼ばわりにショックを受けます」ガビーン
垣根「まぁまぁ、ちょっとタイミングがな。……だってよー、上条、一方通行。さっさと入らねぇ?」
上条「(ハッ)あ、ああ。ありがとな、19090号」
一方通行「…………」フン
上条「あ。じゃ、じゃ、じゃあ、入るか……」フイ
垣根「そっぽ向いてみても耳まで赤いぜ上条くーん?そんなんじゃバレちゃうぞー」ヒソヒソ
上条「うぐっ、し、深呼吸を……」スーハースーハー
垣根「くく、せいぜい頑張れや。おーい一方通行、行くぞー」スタスタ ガラガラガラ
一方通行「仕切ンじゃねーよバーカ」スタスタ ガラガラピシャリ
美琴「ほ、ホントに男湯に入ってっちゃったし……」ポカーン
19090号「あれ、何で一方通行は男湯に行ったんですか?痴女ですか?とミサカは首を傾げます」
打ち止め「むしろ複雑な乙女心だよ!ってミサカはミサカはあの人の名誉を守ってみたり!」
美琴「どーやってバレないようにするつもりかしらアイツ……」ヤレヤレ
- 811 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:47:59.61 ID:rf+Xa/wx0
上条は先ほどから、耳元に心臓が移動してしまったような、ドクドクとうるさい音を持て余している。
頬どころか手の先まで熱い。何だこれ、どうしよう。
大浴場の脱衣所は、病院らしく何の変哲もない。
清潔感のある木製の棚が中央に二つ並べられ、プラスチックの大きなカゴが無造作に置かれているだけだ。
棚の高さはちょうど上条の肩辺り。奥行の広い棚には手前と奥と両方にカゴがあり、棚を挟んで向かい合うような格好で服の脱ぎ着をするようだった。
カゴはすべて空で、今利用しているのは自分達だけのようだ。
「あ……」
ボケっとしているうちに、正面に一方通行の白い顔が目に入る。
細い指がコートのジッパーに掛かるのを見て、慌てて俯いた。
一応、棚があるので目の前の少女……そう、少女なのだ、の肩から下は見えない。けれどそういう問題じゃない。
頭が熱い。沸騰しそうだ。
「おーい上条。タオル忘れてんぞ」
不意にがしっと肩を組まれて、目の前にタオルを差し出される。
「へ?あ、ど、どうも。ってタオルとかどこに、あ、そういやタオルないとダメだよな」
「入口に積んであったっつーの。つか言ってることグチャグチャだぞー、落ち着けよ」
後半はボソボソと囁かれて、自分の状態に自覚があるだけに、口を噤むしかない。
全身で一方通行の気配を気にしながら、同じように声を潜めて返す。やばい、衣擦れの音がする。
「むしろ垣根さんは何でそんな落ち着いてるんですか。コツ教えてください」
「はは、急に敬語になんなって。だってなーお前、一方通行だぞ?」
「そ、そうだよ、一方通行なんだよ……」
何度か触ってしまった、一見とても力強く、けれど実際にはひどく細く柔らかな身体。
女の子なんだ、と時折思い返す度、胸の奥が痺れるようになる。
「いやちげーって。お前は興味深々かもしんねぇけど、俺はなぁ、別に……」
垣根は苦笑して、正面に向き直ろうとした。
そこを慌てて頭を掴んで、無理矢理こちらに向き直らせる。
「イッテ!何すんだよ」
「み、み、み、見たらダメだろ!何考えてんだよ!」
- 812 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:48:34.35 ID:rf+Xa/wx0
声を潜めながら叫ぶという我ながら器用なことをしながら、必死で垣根の視線をこちらに固定する。
やたら整った顔が、仕方ないなとでも言いたげに苦笑した。
「お前ホントにテンパってんだな。アイツもういねーよ。もう風呂行ったんじゃね?早業だよな」
えっ、とつい先ほど白い顔があった方に視線を戻すと、確かにそこには誰もいない。
耳を澄ませば、シャワーの水音が聞こえてきた。
一方通行が浴びてるんだと思えば、頬の熱が更に燃えるようだ。
再度俯いた上条に、呆れたような溜息が降ってくる。
「他のヤツがアイツ見んの嫌なんだろ?」
「え、俺が嫌っていうか、一方通行がさ、だって」
「そういうの、独占欲って言うんじゃねーのか」
こちらの言うことをまるで無視して、垣根は面白そうに笑った。
いたずらっぽい笑顔は年相応に見えて、毒気を抜かれてしまう。
「ど、どくせんよく……?って、言われても」
考えたことがないと、もう何度目かに呟く。
漫画かドラマでしか聞いたことのないような単語には、戸惑いばかりが先に立った。
「何で垣根さんはそんなとこ気にするんだよ」
「んー?だって面白いじゃん、恋バナとか。新鮮?」
「面白がらないでくれよ……」
「いやいや面白いって。それにさー、一方通行がそういう、人間みてーなことしてんだったら……」
不意に口を噤んだ垣根の、続きの言葉は想像できた。
一方通行が人間のようなことをしているのであれば、自分もと、思えるような気がすると。
そう言おうとしたのではないか。
- 813 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:49:13.71 ID:rf+Xa/wx0
「ヘンなこと言うなよ。一方通行は人間だし、垣根さんも同じに決まってんだろ」
上条は強い口調で言い切った。
垣根は一見、一方通行とは比べものにならないくらい人当たりが良い。気さくで、面倒見も良さそうだ。
けれど時折、一方通行が少し前まで見せていたような、暗いような、諦めたような目をする。
一方通行にあんな目をしてほしくはなかった。
ふいといなくなってしまう色。もしかしたらそのまま二度と姿を現さないつもりじゃないかと感じてしまう色。
ずっと気にしていて、だから今だって気付いた。
何の変哲もないきれいな茶色の目が、血色の双眸と同じ色をしていたことを。
手の届く場所にいる誰にも、こんな寂しい目はしてほしくない。
「……お前は優しいヤツだなぁ」
垣根は驚いたような顔をした後に、ぐしゃぐしゃと上条の頭を掻き回した。
「……いいか、垣根さん?開けるぞ?なるべく見ないようにするんでいいよな?」
「へーへー」
ようやっとの思いで服を脱ぎ、タオルで前を隠して大浴場に繋がるガラス戸の前に立つ。
擦りガラスの向こうは見えないが、シャワーの水音が聞こえて来ていた。
垣根と話して一旦は落ち着いていたはずの鼓動が、激しく脈打つ。
(うううう、何だ、どうしよう、み、見ちゃったら、いや見ないけど、でも見ちゃったら俺やばい絶対ヤバい)
一方通行が浴びていると思わしきシャワーの音だけでどうにかなりそうなのに、実際目にしたら一体自分がどんな反応をしてしまうのか、想像するだけで恐ろしい。
「いいからはよ開けろっつーの」
痺れを切らした垣根が後ろから手を伸ばして戸を開き、上条は危うく悲鳴をあげるところだった。
「ちょっ……垣根さん!」
何も見ないように目を瞑るが、「何やってンだオマエら。遅ェぞ」ということもなげな声に、思わず目を開く。
「服脱ぐだけで何時間掛かってンだよ。女か」
- 814 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:49:40.40 ID:rf+Xa/wx0
そりゃお前だろーが!ときっと垣根も心の中で叫んだことだろう。
当の一方通行はもう身体を洗い終わったらしく、すでに大きな湯船に身を沈めていた。
遠目で、肩から下は見えない。
けれど真っ白な細い肩が剥き出しになっているだけで、心臓が爆発してしまいそうだ。
「お前もう身体とか洗ったの?素早すぎんだろ」
「頭も洗った」
「さてはカラスの行水タイプだな。もっと丁寧に洗えよ」
「は、オマエは女みてェに念入りに洗ってそォだな垣根くゥン」
「バッカ髪と肌がキレイな男はモテるんだぜー?」
垣根は一方通行と普段通りのやり取りをしながら、「はー広い風呂もいいもんだな」などと暢気な感想を呟いている。
(垣根さんすごすぎる……)
ここからは見えないとはいえ、全裸の女子を前にこの反応。
もしかしてホモなんだろうか。言ってくれればいいのに。偏見はないつもりだ。
上条は我ながらギクシャクとした動きで身体を頭を洗う。
いつもより五倍は時間を掛けたつもりだったのに、あっと言う間に洗い終わってしまった。
(ど、ど、どうしよう……)
風呂椅子に腰掛け、蛇口の下に置いた洗面器の底を睨み据えた。
髪からの水滴に混じって、冷や汗がボタボタと膝に落ちてくる。
死ぬほど願ったら洗面器に解決方法が浮かんで来ないだろうか。そういう魔術とかないかな?インデックス助けて。- 815 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:50:27.78 ID:rf+Xa/wx0
「一方通行ぁ、湯加減どうだー?」
「まァ普通じゃねェの」
「お前って熱くても痩せ我慢して入ってそうだよな」
垣根はスタスタと何の迷いもない足取りで湯船に近付いていく。
そんなに近付いたら、もう、湯船の中の一方通行の身体が見えてしまうのではないか。
真っ白い身体がお湯の中で揺らめくのを想像してしまい、上条は思わず立ち上がった。
「かっ、か、垣根さん!そ、そうだ、もう上がろう、そうしよう!」
「はァ?このクソ寒ィのに温まンねェであがったら風邪ひくぞ」
「意外と常識的なこと言う一方通行キモい…。………あ」
目を回しそうなこちらを余所に、垣根が何かに気付いたような声を上げる。
「あーなるほどな。ふーん、考えたな一方通行」
「何のことだ」
「いやいや。さすが第一位ってね。おーい上条、いいからこっち来いよ。大丈夫だから」
「いいいや、ででででででも……」
妙な笑いを浮かべた垣根が手招きするが、上条は硬直したまま前進も後退も出来ない。
必死で目を逸らすが、あまりに洗面器ばかり見るのもおかしいとわかっている。
(垣根さんもう湯船入ってるし!てかあれ見えてるよな!?見えっ……)
グラグラ目眩がするような動揺と焼け付くマグマのようなものがこみ上げ、「独占欲か」という垣根の言葉が脳内で木霊する。
「何だオマエ。さっきから様子がヘンだぞ」
不審そうな一方通行に、このままでは怪しまれるとわかっていても、どうすればいいかわからない。
「あー……さっき聞いたんだけどさ。ちょっと前にイタリアで風呂にトラウマが出来たんだとよ。な?上条」
「えっ……?あ、そ、そう、そうなんだ!」
- 816 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:51:05.71 ID:rf+Xa/wx0
一瞬戸惑うけれど、垣根のフォローなのだということに気づき、勢い込んで頷く。
ありがとう垣根さん。ホモでも俺この友情忘れない。
「トラウマって何だよ」
「魔術師に風呂で罠かけられて死にかけたそうだぜ。災難だったなぁ上条」
「ふゥン……。そォいうことなら安心しろよ。この俺がいるンだ、罠なンかねェって保証してやる」
「あ、一方通行……」
心なしか優しい声音に、上条は思わず一方通行の顔を見た。
「ほら、来いよ上条」
来いよ。
初めて見る、赤らんだ滑らかな頬。白い髪も睫毛も濡れていて、水滴が細い首筋を伝っていく。
貴重な宝石のような赤い目が、まっすぐに上条を見ていた。
(来いって。一方通行が来いって、俺に……)
ドクッ、ドクッ、と耳元で心臓が脈打つ。
ただ風呂に入れと、促されているだけだということはわかっていた。
けれど頭は勝手にどこか深く甘い意味に履き違えそうで、もうただふらふらと湯船に歩み寄る。
(やばい、見える、見えたら俺もう)
とりあえず鼻血は出る間違いない。
しかしそうすればお湯が赤くなって垣根にも見えなくなるのでは、それはそれでいいのでは。
ぐらぐら回る視界のまま、意を決して湯船を覗き込み。
- 817 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:52:05.25 ID:rf+Xa/wx0
「えっ」
我ながら間の抜けた声を漏らした。
「しろい」
白い。目の前が、いや、風呂桶の中がすべて真っ白で、まさか一方通行が溶けてしまったのかとアホらしいことを考える。
「入浴剤でも入ってンじゃねェの。気が効いてンな」
「………は」
見えない。そりゃもう水面に白い紙でも張ってあるかのように、湯の中は何も見えない。
つまり、湯の中の一方通行の身体は全然見えなかった。
「はァあああ…………………」
上条は倒れ込むように湯船に身を沈め、「おっと」と垣根が支えてくれる。
そのまま耳元でヒソヒソと囁かれた。
「この白いお湯は一方通行の仕業だぜ。
水に含まれるカルシウムやマグネシウムを塩素と結合させて、お湯を白くしてんだよ」
「へ……?」
「最初からそのつもりだったんだろうさ。アイツはアイツで必死だねぇ」
クスクス笑う声に、全身から力が抜けてずるずると湯船にもたれ掛かる。
「な?言ったろ上条、大丈夫だってな」
「はァ~……………」
もう何だか言葉もない。
人生最大の肩透かしを食らった気分で湯船に沈みかけていると、ひょいと一方通行がこちらの顔を覗き込んだ。
「ンだよビビり過ぎだろ。らしくねェぞ上条」
「ぅぐ……っ」
例え身体が見えずとも、濡れた髪も赤らんだ頬も、脳天を激しく揺さぶる。
だいたいいくらお湯が白くても、近付けば少しだけお湯の中が見え、見え、意外と見えない!
それでも思い切り身を引けば、後頭部が壁に激突した。
「イッて!」
「何やってンだよ……」
呆れた風な溜息と共に、一方通行は湯船の反対側に寄り掛かる。
- 818 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:53:00.01 ID:rf+Xa/wx0
- そうすれば二メートルほど間隔が空いて、ようやく息をつくことが出来た。
「はー……。俺、誰かと風呂入んの初めてだわ。なかなか気に入った」
「そォか?」
「いーじゃん裸の付き合い。こんな広いと解放感あるしさ
ー」
垣根が天井を見上げるので、上条も一方通行も釣られて見上げる。
高い天井にはいくつか水滴がついていて、時折湯船に落ちてきた。
湯気で煙った静かな広い空間に、ぴちょんとのどかな音が響く。
「まァ……悪くはないかもな」
一方通行が呟いて、目元に掛かる髪を鬱陶しそうに両手でかき上げ、後ろに撫でつけて瞼を降ろす。
普段はあまり見えない額や耳元がすべて露わになり、上条は目を奪われてしまった。
滑らかな形の良い額も、細い鼻梁も、切れ長の目も、穏やかな表情をしていたなら、本当に整っているのだと気付かされる。
細いうなじに濡れた髪が張り付いていて、ぞわりと甘痒い熱が背筋を這い降りた。
目が離せない。目だけじゃなくて、例えば触れたなら、どんな手触りなのだろう。
「おーい、上条。顔!顔!」
「へ、えっ……?」
垣根の声に慌てて顔を撫で回す。
そんなに変な顔をしていただろうか。その可能性は非常に高いが。
「トラウマが限界っぽいなーお前。先に上がるか。一方通行はまだいる?」
「あァ、もォちょっとは」
「んじゃ、あんま遅くなんなよー。のぼせても介抱してやらねぇぜ?」
確かにもう限界は限界だ。色々な意味で。
上条は「じゃ、じゃあ」とだけ一方通行に言って風呂を出る。
じゃあって何だよ、と自分でも思ったが、何か声を掛けずにはいられなかった。
ガラス戸を開けて閉め、脱衣所まで戻ってから、へなへなと座り込む。
「はぁー………。死ぬかと思った」
コメカミがドクドク脈打ったまま、破裂してしまいそうだ。
この十数分で十年は寿命が縮んだ気がする。
- 819 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/01/27(日) 15:55:06.16 ID:rf+Xa/wx0
「上条、お前すげぇ顔してたぞ」
「そ、そんなヘンな顔してた?」
「ヘンっつーか……食っちまいたそうな顔?」
「へ………」
ぶわっと顔中が熱くなった。
「な、な、何言って」
「目は口ほどにモノを言うってなー」
「だ、だってそりゃ、目の前にあんな……、垣根さんはホモだから興味ねーかもしんねーけど!」
「はぁあああ!?何言ってんの!?何言っちゃってんのォおお!?」
何やら脱衣所の方から賑やかな叫び声が聞こえて来る。
耳を澄ませば聞き取れたかもしれないが、一方通行はあえてそうせずに湯船に顎先まで沈み込んだ。
温かい。
目を天井付近にやれば、湯気がもわもわとわだかまっている。
それがふわふわと降りてきて、かざした手を包み込めば、なんとなくその輪郭がボヤケて見えた。
(これ使うまでもなかったな……)
風呂にトラウマがあるとかいう上条はやたらと遅く入ってきて、早々にあがって行った。
一応、湯気を不自然じゃない程度に操作して、性別が判別出来る部位を隠そうとしていたのだが。
「………」
どうしてそこまでして隠す、とい美琴の言葉が脳裏に蘇った。
別に深い理由なんかない。
けれど確かに、こんな面倒でことをしてまで隠し通す必要があるのかと言われれば、明確な返答が出来なかった。
理論で行動を説明出来ないなどと、この俺が。
悔しいような少し泣きたくなるようなモヤモヤが込み上げて、ついに鼻の上まで湯に沈む。
上条が自分を女だと知れば、知ったなら。
今までと同じように、共に戦おうとするだろうか。
肩を並べて、拳を突き出すだろうか。
太陽みたいな顔で笑って、一緒に、と言うだろうか。
変わってしまうかもしれない。
一方通行は、湯の中で小さく丸くなった。
温かいはずなのに、上条が今までと違う態度を取ることを想像しただけで、身体の芯がひやりと冷えるようだった。
- 938 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/17(月) 23:59:04.65 ID:PpDgRI4h0
上条はほとんどただの反射で、右手を前に突き出した。
「く……ッ!」
聞き慣れた、しかしあまり聞きたくはない澄んだ音をたて、赤い炎が砕け散る。
「インデックス、敵の場所わかったか!?」
「ごめんとうま、もう少し……っ」
上条は小さな身体を腕の中に抱き込むようにして、すぐ左手の路地に飛び込む。
間髪入れず、先ほどまで立っていた場所が炎に包まれた。
火の粉やアスファルト片がこちらまで飛んで来て、慌ててインデックスの手を引いて走り出す。
無事を確かめようと振り向くと、力強く美しい碧眼が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
小さな手を握り締めると、力強く握り返された。
襲撃は突然だった。
四月を数日後に控えたある日曜日。
今年の冬は長く、寒い。晴れ渡ってはいるが、底冷えするような朝だった。
上条は普段通り寮の自室の風呂場から起き出して、台所に向かった。
朝ご飯朝ご飯と後ろを付いて来るインデックスをいなしながら、冷蔵庫を開けた時だ。
ハッとインデックスが目を見開き、「とうま!」と叫ぶ。
上条は咄嗟に小さな身体を抱き込んで、玄関から転がるように飛び出した。
ほぼ同時に、部屋の中で轟音と炎が炸裂する。- 939 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/17(月) 23:59:55.82 ID:PpDgRI4h0
火の手に一斉にスプリンクラーが作動し、火災報知器がけたたましく鳴り響いた。
『なっ、何だ、魔術師か!?』
突然の敵の襲撃は、イヤなことに初めてではない。
そうして大概、魔術の気配を察知出来るインデックスが、事前に察知して知らせてくれる。
今回は本当にぎりぎりのタイミングだったが、逃げる方向が正解で助かった。不幸中の幸いだ。
『間違いないよ!……でも、術の気配が遠い。ここじゃ敵の居場所を掴めない!』
『くそ……!とにかく逃げるぞインデックス!』
すぐ様の追撃はないようだが、この後もそうとは限らない。
上条とインデックスは立ち上がって走り出した。
何だ何だと顔を出す学生たちに「火事だ!避難しろ!」と大声で叫びながら、一刻も早くここから離れようとする。
敵の目的は明らかにインデックスか自分だ。
自分達が早々に寮を離れれば、彼らに危険が及ぶことはない。
インデックスもそれを痛いほど理解しているのだろう、二人まろぶようにして寮を飛び出した。
- 940 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:01:35.78 ID:tb1t+/W40
「クソッ、土御門の奴……!何が寮は安全だ!」
息を弾ませて走りながら、思わず悪態をつく。
以前は闇咲に襲撃されたこともあったが、基本的に寮内は安全だった。
土御門が監視の目を光らせてくれていたはずなのだ。
いつも飄々とした友人兼隣人の顔を思い浮かべ、だからこれは、あの土御門にだって予想外のことだったのだと思う。
魔術側と科学側の二重スパイという難しい立場で、いつだって涼しい顔の下、必死に考えて動いてくれているから。
第七学区の路地裏を、人気の少ない方へ少ない方へ走る。
最初の襲撃から、炎の塊が降ってくるという、言うなれば単調な攻撃。
だがチリチリと産毛を焦がすような熱は圧倒的で、敵が相当な腕前であるということを知らしめる。
(けど、ステイルのが怖かっただろうな)
ふと、すべての始まりだったのだろう戦いのこと思い返し、場違いに口が緩んだ。
ステイルとの出会いは本人や土御門に聞いて知っている。
だが自分自身の記憶にはない、最初の戦い。インデックスとの絆のきっかけ。
必死に手元に返そうとしてもただの空白。何も知らない、わからない。
それがずっと、怖かった。
今にもここから追い出され、つい昨日まで側に居てくれた人達が誰もいないところに、一人放り出されるのではないかと。
だが今、迷いはない。
インデックスは、行くぞ、と声を掛ければ絶対に付いて来てくれる。
自分を信じて、小さな身体で一生懸命に。
- 941 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:02:22.98 ID:tb1t+/W40
出会ってから半年余り、色々なことがあって、ようやくそう思えるようになった。
何より、あの一見力強く、けれどひどく儚くも思える白い髪、赤い目の少女が、側で見ていてくれるから。
オマエは俺と同じだな、と言ってくれた声を、手元に返す。
あの言葉が、凍えるようなベランダで不器用に頭を撫でようとしてくれた手が、どれだけ自分を温め、勇気づけてくれたか。
あの最強は知らないだろう。
学園都市の誰より強く、しかし時折誰よりも脆く柔らかな心を見せる。
誰にでも見せるのではないと知っている。
それがどれだけ、自分の心を。
「とうま!!」
インデックスの叫び声で、沈み掛けた物思いから引き戻される。
慌てて右手を一閃させ、魔術の炎を散らした。
(何やってんだ俺は……!)
舌打ちをして、奥歯を噛み締める。
腕の中にはインデックスがいるのだ。
守ると決めた、大切な存在。
あの最強にとっての小さな茶色い髪の女の子と同じ、亡くしては真っ直ぐに立てない、上条にとって世界の芯のような存在。
インデックスを背中に守る戦いの最中に、一体何をボーッとしているのか。
いつも戦闘に入れば目の前の敵しか頭になくなるのにこんなことは初めてで、じわじわと驚きが胸を満たしていく。
今までに経験したことのないような、不思議な高揚だった。
- 942 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:03:48.40 ID:tb1t+/W40
「インデックス、こっち!」
正面から飛んでくる火球を、左手の路地に飛び込んでかわした。
腕に抱き込んだ少女が怪我を負っていないことを確認し、再び駆け出す。
神経を研ぎ澄ませろ。
この右手に宿る、『予兆』に反応するという力。
もう使いこなせるはずだと、いつかどこかで誰かに聞いた。
意識するより前に、右手が動く。聞き慣れた音と共に、炎が砕けた。
「とうま、ルーン文字なんだよ」
インデックスは唐突に、壁の一部を指さす。
走りながらも釣られて視線をやるが、その時には後方遠くでイマイチ視認出来なかった。
すぐに諦めて視線を下ろす。
「は?何だっけ、それ」
わからないことはインデックスに聞けばいい。それで大概は何とかなる。
「もう、こないだも説明したでしょ!魔術を使うために刻む呪字で、割とポピュラーなものだよ。
ステイルが使ってるのと同じものかも」
「へー」
奇しくも先ほど思い返していた名前が出て来て、わけもなく感慨深い相槌が出た。
すると碧眼がちらりとこちらを見て、すぐに正面に向き直る。
「さっきのは壁の傷に紛れるように刻んであったけど、私の目は誤魔化せない。
あれは間違いなくルーン文字で、この炎の魔術の源なんだよ」
- 943 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:04:28.50 ID:tb1t+/W40
「で、どうすりゃいいんだ?文字に触ればいいのか?」
ルーン文字とやらに籠められているのが魔力なら、上条が触れればそれで終わりだ。
しかしインデックスは小さく頭を振った。
「それだけじゃダメかも。ルーン文字は数十個、場合によっては数千個が魔術的意味を成す集合体。
一文字だけ無力化しても発動を止めることは出来ないんだよ。
一度にまとめて無効化出来ればいいけど、さっきのは壁に刻んであったし、そう簡単には無理だね」
「おい……っつーことはさ」
上条は先ほどの文字が壁にあらかじめ刻んであったということ、だがこの路地は自分達が「偶然」逃げ込んだはずの場所であることを思い出し、渋面になった。
インデックスもひとつ頷く。
「だね。誘い出されてる。きっとここまでは敵の思惑通りに逃げ道を誘導されていて、この先には罠があるに違いないんだよ」
「マジかよ!」
「マジだよ」
大きな碧眼が真っ直ぐに上条を見据える。
罠なら引き返した方がいいだろうと後ろを振り向くが、路地の入口は燃え盛る炎に閉ざされていた。
魔術的な作用のせいか壁のように高々と荒ぶる炎を、悠長に消している暇は無さそうだ。
今まで振り返りはしなかったけれど、すべてこの調子だったのなら、どの道こちらに進むしかない。
「仮にステイルの『魔女狩りの王』クラスの魔術が仕込まれてるんだったら、それなりの大きな魔法陣が必要。
この路地じゃちょっと狭すぎるかも。次に広めの場所があったらそこが怪しいんだよ」
「けどステイルって、ウチの寮の廊下で呼び出してなかったか?イノケンティウス。この通路と変わんないくらいの狭さだけど」
「とうま」
インデックスの目が、驚いたように見開かれる。そこに微かな期待の色を見て、上条は申し訳なさげに苦笑した。
- 944 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:05:24.82 ID:tb1t+/W40
「ああ、えっと……ステイルにさ、聞いたんだ。……ごめんな」
思い出したんじゃなくて、と言外に言えば、きれいな青緑色が揺れた。
すぐに小さく笑う。「謝ることないよ」と上条に囁いた声は、ひどく優しかった。
以前なら、ロシアに行く前なら、記憶にないことを悟られまいと必死に誤魔化しただろう。
その度に、罪悪感と居心地の悪さを必死に飲み下していた。
だが今は違う。インデックスとの始まりの記憶が手元にないのは、残念だけれど、ただそれだけだ。
「ステイルは天才なんだよ。普通のルーン文字は、同じ平面上に描かれなければ術が発動しない。
でもステイルは床、壁、天井を一つの平面として扱うことが出来る。そんなの他に聞いたことがないんだよ」
「へー。すごいんだな、あいつ」
「現に今、大掛かりな魔術は発動してないでしょ。私の予想通りだと思っていいかも」
「このまま進んだらヤバいか?」
「多分ね。でも大きな魔術を発動させるには大きな魔力が必要だから、敢えて飛び込んで尻尾を掴む方法もあるよ」
言った側から、薄暗い通路の先にポッカリと開けた場所が見えた。
何のことはない、ビルの構造上の都合で出来た小さな空間。
薄汚れた室外機やゴミが纏められた、普段ならば気にも止めないような。
「インデックス、あれ……!」
「間違いないんだよ、とうま!」
- 945 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:06:18.00 ID:tb1t+/W40
魔術の気配を認めたのだろう、いつもは無邪気な碧眼が鋭く輝く。
どうするの、といつものようにこちらを見詰める眼差しは、全幅の信頼に満ちていた。
いつもなら、上条は死ぬ気で希望を探す。
それほど良くもない回転を無理矢理上げて、自分の右手とインデックスの知識のみを手札に、何とか、何とか活路を見出す。
自分しかいなかったから。
インデックスには、上条しかいなかったから。
今までは。
「大丈夫だ、インデックス」
上条は笑って、ポケットから取り出したものを見せる。
途端に、張り詰めていた碧眼が緩んだ。
掌の中には、「通話中」と表示された携帯電話。
先ほどからずっと繋げっぱなしだったことに、インデックスならすぐ気が付いただろう。
『いいから、そのまま進め』
緊迫した場面にそぐわぬ落ち着いた、低い声。
決して揺らがない、『最強』の。
やり取りには数秒も掛かっていない。
二人はスピードを緩めないまま、「罠」の空間に飛び込んだ。
カッと真っ赤な炎が輝くのと、頭上からミサイルが落下したような衝撃が襲うのが、ほぼ同時。
上条は思わず笑った。
今や希望は探さずとも、この手の中にある。
- 946 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:06:59.70 ID:tb1t+/W40
路地裏の一角に、閃光と爆音が炸裂した。
「……っ!!」
インデックスは上条に抱き込まれたまま反射的に身を竦めるけれど、痛みなんか一欠片も感じない。
ただ砂煙が視界一杯に広がって、何も見えなかった。だが恐れはない。
狭い通路をほぼ真上に噴き上がった瓦礫が、遙か遠くにパラパラ落ちる音がする。
1、2、3と癖で数をカウントしたところで、サァッと視界が晴れた。
不自然で優しい風が、頬を撫でる。
もういいぞ、と言われた気がして、インデックスはゆっくり背筋を延ばした。
ほぼ同じタイミングで上条も身を起こし、何かを……誰かを探すように首を巡らせて、パッと嬉しそうに破顔する。
釣られて笑ってしまいたくなるような、ひどく幸せそうな顔だった。
「一方通行!」
アスファルトが吹き飛んで滅茶苦茶に穴の開いた地面、窓ガラスも割れて罅の入ったビル壁、爆撃されたような薄暗い路地に佇む白く細い姿。
真っ白い髪も肌も、真っ赤な目もひどく眩しい。
まるで光そのもののようだ、とインデックスはいつも思う。
その強さも、上条と自分を一筋も傷つけなかった心遣いも、
「ありがとな、助かった」
いとおしげにすら響く声に、少し気まずそうに眉を寄せる、恐がりな仕草も。
- 947 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:10:00.06 ID:tb1t+/W40
上条がいつの間に一方通行に電話していたのか気付かなかったが、話そうとしたところに自分がルーン文字のことを切り出したらしい。
そのまま通話を繋いでいれば状況をわかってくれるだろうと放置したら、期待以上の速度で駆けつけてくれた。
インデックスが「罠」だと断じた空間では予想通り大魔術が発動したが、同時に上空から飛び込んで来た一方通行が全てを反射してしまったようだ。
「…………借りは、返したからな」
上条から礼を渡され、散々視線をウロウロさせて挙げ句、仏頂面で低く返す。
「貸しとかねぇし。だから受け取りませーん」
「ンだと?」
「一緒に戦うっつったろ。俺がお前を助けるのも、お前が俺を助けるのも、当たり前のことだ」
「……じゃあ、何で」
「ん?」
「なら、礼も……いらねェだろ」
珍しい揺らいだ声音で、言ってすぐに後悔したようにギュッと眉を寄せる。
ふわふわした柔らかな戸惑いと、緩みそうな眉間を必死に堪えるような仕草に、インデックスは小さく笑った。
ほぼ同じようなタイミングで、上条も声を上げて笑う。
「何言ってんだよ、それとこれは別だろ?」
「別って、何が」
「助かったし、お前が飛んできてくれて嬉しかったし」
「うん。私も、ありがとね、あくせられーた!」
一方通行は再び渋面になる。
数秒黙り込み、ふと白い指で携帯電話を耳元に当てた。
- 948 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:12:00.53 ID:tb1t+/W40
「土御門か」
すると上条が「あ」と口を開き、一方通行はそれを見て再度手元を操作する。
『一方通行。大丈夫だ、今回の実行犯は捕らえた。
魔力反応デカかったからな、バレバレだったよ』
「土御門!お前は大丈夫か!?」
先ほどまで文句を言っていた友人の声に、上条は反射のように案じる言葉を掛ける。
インデックスは、こういうところ大好きだなぁと思い、こっそりシャツの裾を握った。
『カミやんか!?おー、俺は大丈夫だ。悪かったな、今回のことは完全にこっちの失態だよ』
「こっちも大丈夫だし、気にすんなよ」
上条はふとこちらに目をやり、笑って手を握ってくれる。
インデックスは嬉しくなって、ギュムギュムと温かい手を握ったり離したりを繰り返した。
『気にするさ。有能な俺様の面目が丸潰れっていうかー』
「当然だ。何回失敗すりゃ気ィ済むンだよ無能」
『うッ、耳が痛いな……。まぁ、今回は返す言葉もないが』
「『今回も』の間違いだろ。もォいい、今日は俺がこいつら連れてくぞ」
『いいのか?なら任せた。けど、後で場所だけは教えてくれよ』
「っせェなわかってンよ」
『本当か?お前という奴は仕事外だといつも連絡が』
ブチン、と忌々しげに通話を終了させ、一方通行は白い顔をこちらに向ける。
「行くぞ」
「ん……?どこに?」
「どこ行くの?」
上条とインデックスは揃って首を傾げる。
まったく同じような仕草になったのがおかしかったのか、少しだけ一方通行の口元が緩んだ。
真冬のような雰囲気が解けて、柔らかな気配に自然と笑みが零れる。
何笑ってるんだ、という顔が向けられたが、咎められはしなかった。
- 949 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:13:21.55 ID:tb1t+/W40
「俺の隠れ家。寮に戻ンのは危険だからな」
上条の手を引っ張って一方通行の隣に並んで、白くて細い指をぎゅっと握りしめた。
冷たい手。けれど、すぐに自分の温もりを移して暖まる。
右手の上条の温もりが左手の一方通行に伝わったような気がして、ぽわぽわと胸の奥まで温かかった。
「隠れ家?急に行って迷惑じゃねぇか?寮に戻って無事な荷物だけでも……」
「アホが。むざむざ敵に見つかるようなことすンな」
一方通行は一度だけチラリと手元を見下ろし、けれどそのままインデックスの好きにさせてくれた。
「急に行っても、当面の生活には困ンねェくれェの物資は揃えてある」
狭い路地を、苦労して三人で並んで歩く。
誰も文句は言わなかった。
「でも、全部お前に世話んなるのもなぁ……」
「はァ?」
一方通行が訝しそうに赤い目を眇めるのに、インデックスはさもありなんと深く頷く。
「うーむ。とうまは意外とオトコの沽券に拘るタイプだからねー」
「はァ……?」
「だからー、お……人に生活の面倒全部見て貰うのは格好悪いってことかも」
あっぶね!!女の子って言いかけちゃったよね!!!
内心の冷や汗を押し隠してチラリと一方通行を見上げると、少年のような少女のような格好の人は、呆れた顔で鼻を鳴らした。
- 950 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:14:35.57 ID:tb1t+/W40
「は、バーカ。ンなこと言ってる場合かよ。いーから気にすンな」
「いやーでもなー。さすがに悪いだろ?」
「いーっつってンだろ鬱陶しィ。そンなに気になるンなら宿代替わりに炊事洗濯でもすりゃいい」
ポンポンと頭上で言い合う様子を見て、特に変には思われていないようだと、ひっそり胸を撫で下ろす。
「え?自分で炊事洗濯くらいするに決まってるだろ」
「だァから俺の分も代わりにやれってことだよ」
「え………」
ぎしっ、と上条が硬直する。
インデックスと繋いだままだった温かな手も、あからさまに強張った。
「へ?あくせられーたの分って……あなたも一緒に住むの?」
ビックリして白くて小さな顔を見上げると、「当然だろォが」と平坦な返事が降ってくる。
「土御門の監視を抜けて襲撃して来たンだ、どこに居ても安全とは言えねェ。
先に狙われてンのは俺なら何とかなるかと思ってたが、そォも行かねェようだ。なら、一緒にいるのが一番安全だろ」
「え、あ、あー。あー……」
滔々と説明する一方通行とは対照的に、上条は相槌のような呻き声のようなものを発して、半笑いのまま固まっている。
頬は微かに赤いし、繋いだままの日に焼けた手には冷や汗が滲んで来ていた。
(とうま、テンパり過ぎなんだよ)
思わず半眼のまま、ぎゅーっと力いっぱい右手を握り締めると、ようやくインデックスのヒーローは我に返ったようだ。
- 951 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:15:55.42 ID:tb1t+/W40
わざとらしくとしか思えない咳払いを幾度か繰り返し、横目で隣の白い顔を伺う。
「一緒にいるのはいいんだけどさ……お前はいいのかよ。俺と……一緒に、住むんだぞ?」
人に慣れない野生の狼のような、白い少女。
その警戒心も不器用さも十分に理解しているであろう上条は、むしろ気遣うように眉を下げた。
無理をさせているならかわいそうだと、そういう顔をしている。
(とうま……優しいのはステキだけど、そこは引いちゃダメなんだよ!!)
間に挟まれて軽く眉を寄せるが、一応口は挟まないでおく。
「別に、構わない。今更オマエに、俺を殺すメリットなんざねェだろォしな」
「そーゆーこっちゃねーんだよ…………」
怪訝そうにさらりと返され、上条は深々と溜息をついた。
やたら疲れた風情をしているけど、一方通行の反応も無理はないとインデックスは思う。
だってそもそも、上条は元々自分という「立派な少女」と同居しているのだ。
ただでさえ色々と自覚が稀薄な一方通行なのに、上条が相手では「俺、女なのにコイツと同居して大丈夫かな?」などという発想に至るはずもない。
でも、と一人で少し笑う。
「とうまと、あくせられーたと一緒かぁ。……すっごく楽しそうなんだよ!」
狼は、群れで暮らす生き物だ。夫婦や家族の絆は、とても強い。
そういうことだと思う。
「楽しんでる場合じゃねェンだぞクソガキ。自覚あンのかよ」
「あるに決まってるんだよ、私を誰だと思ってるのかな?
でもね、追われてたって、明日死ぬかもしれなくたって、今日を楽しんじゃいけないって決まりはないんだから」
満面の笑顔で見上げると、赤い目が驚いたように見開かれた。
赤い、貴重な宝石のような色。いつも眇めているけれど、本当は大きな目をしている。
「あくせられーたと一緒にいていいの、久しぶりだね。
とうまにもあくせられーたにもたくさん迷惑を掛けているのかもしれないけど、嬉しいって思うんだよ。ごめんね」
「……オマエが謝るこっちゃねェだろ」
びしっ、と脳天に軽い手刀が落ちる。
「いたっ」と反射的に言ってしまうけれど全然痛くない、一方通行のチョップは久しぶりだった。
- 952 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/18(火) 00:49:01.34 ID:tb1t+/W40
「そーだぞインデックス。お前はなんも謝ることなんかしてねぇだろ?」
今度はわしわしとちょっと乱暴な手つきで頭を撫でられた。
左右から温かな手と、冷たい手が交互に触れて行って、「うん」とだけ相槌を打って、少し俯いた。
「だいたいなー、謝るくらいなら家事の一つでも覚えろー?……りょ、料理以外の」
やけに慄いた口調で付け足された最後の言葉には解せないが、インデックスは二人の手を握ったまま、胸を張る。
「料理だって得意なんだよ!と、とうまが教えてくれれば」
「将来がメチャクチャ危ぶまれる台詞だな……」
ビクッ、と全身が竦んでしまってから、「しまった」と我に返っても遅い。
一方通行の言葉は普段通りの軽口で、大げさに反応する要素なんかどこにもなかったのに。
「インデックス?」
案の定、上条が不思議そうにこちらを覗き込む。一方通行も少し不安げに見下ろしていた。
「あっ……」
早く。早く何でもいいから言わなければ。早く、早く、笑顔で。
そうしないと、変に思われる。
「あ、あはは!今すっごいビックリするくらいお腹減ってることに気付いちゃったかも!とうま、ごはん!!」
「もうちょっと我慢しろよ。今何もねぇよ」
上条は納得したように笑ってくれた。
助かった。相変わらず肝心なところで鈍いヒーローだ。
「…………インデックス?」
だが、とインデックスはもう一人のヒーローの様子を伺う。
一方通行は不安げな、探るような顔のままだ。そりゃそうだ、あれで誤魔化せるなど上条くらいだろう。
しかも、自分の誤魔化し方は打ち止めと似ている。たった今自覚したが、もう遅い。
(どうしよう)
『将来』
一方通行が、何気なく口にした単語。
それは実は、インデックスにとっては恐怖の対象だった。
イギリス清教『必要悪の教会』の秘匿、禁書目録。それが自分の存在を表す正確な単語。
決してこんな極東の島国の片隅で、いつまでも安穏と暮らし続けられるはずがないと、わかっている。
たった今上条の側に居られるのは、あくまでもただの成り行きと、いくつか掴み取った幸運の結果。
それは例えば、イギリス清教最大主教の胸先三寸で、学園都市統括理事長のほんの気まぐれで、もしくはどこの陣営にも属さない第三者からのささいなきっかけで、脆く崩れ去るかもしれないのだった。
(とうまと、あとどれくらい一緒にいられるのかな)
時折襲ってくる、ひどい焦燥。
上条には知られてはいけない。知られれば、また苦労を掛けてしまう。
インデックスのヒーローを、疑っているわけではないのだ。
一緒にいたいと、とてもとても大切にしてくれる気持ちを、溢れるほどに注いでくれている。
でも、いつまで?一年先はこのままだろうか。五年経ったら?十年先はきっととても難しい。
- 975 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:17:54.22 ID:D5ECVx6C0
上条が打ち明けてくれた不安は、実はインデックスも密かに抱えるものと根元が同じだった。
いつか、一緒に居られなくなるのではないか、そういう不安。
ロシアで記憶がないと上条に聞いて、最初に思ったのは、そんなことはどうでもいい、ということ。
口にも出したそれは何の偽りもない本心だった。
出会ってから積み重ねた日々、手渡し手渡された思いこそが、一緒にいたい理由だったから。
次に込み上げたのは、ただひたすらの感謝。
上条は何も覚えていないのに、あんなに必死になってインデックスを守り続けてくれたのだから。
そして最後にジワジワと湧いて来たのが、安堵だったのだ。
上条も、いつまで二人でいられるのか、不安に思っていてくれた。
インデックスと、同じように。
実際のところ、上条があの『始まり』を覚えていたところで、二人の未来が保証されるワケではない。
上条には何の義務も責任もないし、逆に何の権利もない。
あれはもちろん、インデックスにとっても大切な大切な、人としての生の始まりに等しい出来事だけれど、
客観的に見れば単なるきっかけに過ぎないのだ。
例えば、「お前達はいつまでそうしているつもりだ」と誰かに聞かれたなら、すぐさま脆さが露呈してしまうような。
とてもとても曖昧な、上条と自分。
これが恋人同士だったなら、話は単純だった。
立場や境遇の違い、様々な困難を乗り越える、ありがちでわかりやすいラブロマンスだったはずだ。
だが、自分達は恋人じゃない。
そうなりたいとも互いに思っていないし、それはこの先も変わらないだろう。
恋人ほどに不安定ではなく、友達よりも密度の濃い、この思いをどう表現すればいいのか。
インデックスは長い間、密かに悩んでいた。
けれど最近、その答えが出たような気がするのだ。
「インデックス?どォした」
気遣わしげに見下ろす赤い目を、まっすぐに見上げる。
きれいな色の目。
大英帝国を動かす王族達にも負けない、気高くも聡明な眼差し。
インデックスは一方通行と出会い、その大事な少女と並ぶ姿を見て、理解した。
ああ、自分も上条と、こんな風にありたい、と。
守られるだけかもしれないけれど、いつも笑って、帰って来る場所でありたい。
一緒にいるのが当たり前で、ただひたすらに安心して、良く眠れて、明日への希望の糧となる。
名前を付けるのなら、『家族』という関係。
思えば上条は頼れる父のようであり、わがままを言える兄のようであり、時には守ってあげたくなる弟のようであった。
インデックスにはとてもしっくり来たし、ずっと昔から探していた宝物を、やっと見つけたような気持ちになった。
家族が欲しいと、想像ですら言葉にしたことはなかったけれど、心の奥底で憧れていたのだ。
そう気付いたある冬の日の昼、少しだけ泣いた。
「何でもないんだよ。おなか空いたから、ご飯くれたらうれしいな!」
インデックスはただ、心から満面の笑顔を浮かべた。
「さっきまで追っかけ回されてたってのに、お前はホント逞しいな~。
言っとくけどそんな金ねぇぞ?」
上条はしかつめらしい顔をして、けれど目が笑っている。
いつもの会話、いつものやり取り。
ああ、とうまと一緒にいるんだ、という安心感。
- 976 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:18:50.94 ID:D5ECVx6C0
家族、なんて。
一方通行と打ち止めならともかく、そう年も変わらない、生きる世界も立場も違い過ぎる『禁書目録』と『幻想殺し』が。
無理がある。
いくらなんでも、無茶というものだ。
将来、という自分達のような年頃の人間が何の気なしに口にする単語が、インデックスには怖い。
いくら十万三千冊分の知識を持とうとも、未来のことはわからない。
わからないということは、人類普遍の恐怖だ。
けれど、これ以上何かを上条に求めるつもりはなかった。
上条は、精一杯以上のことをしてくれている。
溢れるほどの思いをくれる。大事に大事にされている。
世界中探したって、自分ほどの幸せ者はそうはいない。
ただ、何年か何十年か経って、この半年間だけを心の奥底に大事にしまって、生きていくのかもしれない。
そういう覚悟だけを、ひっそり握りしめる。
「インデックス」
静かな一方通行の声に、インデックスは少しだけ笑顔を強ばらせた。
「……ん?何かな、あくせられーた」
失敗したなぁ、と思う。
上条と違って、一方通行は聡い。
いや好意のようなものには上条と同じく驚くほど鈍感だが、代わりに不安や怯えには敏感だった。
いつも研ぎ済ませているからだろう、打ち止めのために。
「…………」
じーっと赤い目が見下ろすので、インデックスは気合いを入れて笑顔を向ける。
何か悟られただろうが、一方通行は心の奥に踏み入ることを躊躇う。
こちらから話さなければ、敢えて触れて来ることはないだろう。
いつもはとてももどかしく寂しい部分だけれど、今だけは助かったと。
そんなことを思ってしまう自分がひどく厭わしい。とんだシスターもいたものだと恥ずかしくなる。
もっと強くならなければならなかった。
上条が全身全霊を掛けて守ってくれる姿に、恥じないような。
ふと白い細い指が伸びて、頬を引っ張られた。
「ふみゅっ?ふぁにふうんらお!」
「ブッサイクな顔して笑ってンじゃねーよ」
「こら一方通行。インデックスも一応女の子なんだからそんな言い方ダメだろー?」
「ひひおーっへふぁんふぁんあお!!」
「すごい伸びるな……ガキだからか?ウチのガキもすげェ伸びるし」
「はは、インデックスってほっぺた柔らかいよな」
不意に指が離されて、ぽよんと頬の肉が戻る。
「うーーッ……!あくせられーたのばか!!」
- 977 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:21:34.32 ID:D5ECVx6C0
ジンジン痛む頬を抑え、全身の毛を逆立てる勢いで抗議するが、いなすようにぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
子猫でもあしらうような仕草で、冷たい手の感触は意外と優しくて、憮然と黙り込む。
すると上条もぽんぽんと背中を宥めるように叩き、顔が勝手に緩んでしまった。
「なァ、上条」
「んー?」
「オマエって『将来』どォすんの?」
びくっ、とまた肩が震えてしまう。
誤魔化せたと思ったタイミングの不意打ちに瞠目すれば、白い顔が意地悪そうに笑って見下ろしていた。
「してやったり」とでも言いたげな表情に、茫然としてしまう。
(あくせられーた、どうして)
一方通行は優しい。
自己評価も客観的評価も知らない、自分には最初からずっと優しかった。
意地悪だって他愛ないじゃれ合いで、本当にひどいことをされたことなんて一度もないし、想像すらできなかったのに。
「将来って?高校卒業した後とかのことか?」
呑気な上条の言葉。
聞き慣れた声に背筋が冷えて、インデックスはじわじわと俯いた。
「ンー、まァ」
「お前はどうするんだ?一方通行」
「はァ?質問に質問で返すなバァカ」
「いいじゃねーか、気になるんだもんよ」
「…………研究者」
真っ直ぐで何の照れもない上条らしい言葉に、ものすごく嫌そうな声が、それでもぼそりと答えを返した。
きっとあの整った顔を盛大に歪めているのだろう。
「へぇ。何の?」
「生物学、化学、医学系。臨床もやる」
「りんしょー、って何だっけ?」
「はァ……。内科とか外科とか、直接患者に対処して治療もするってこった」
「え、それってお医者さんってことか?すげーな、一方通行」
率直に感心した上条の声音に後押しされて、インデックスはそうっと顔を上げた。
一方通行は正面を見ている。迷いのない赤い目。
繊細な作りの横顔が、路地に差し込む光に白く縁取られていた。
「別にすごかねェだろ。まだ何もしてねェし」
「決めてるってだけですげーよ。お前なら絶対すごい研究者になるだろうしな」
「当然だ」
気負いのない、誇り高い眼差しだ。
きっと随分前に決めていたのだろうと、思わせる。
「で、オマエは?」
さっさと言え、と赤い目が上条を見る。鋭い目付きを何の気なしに受け止め、少し首を傾げた。
「俺?うん。そうだなぁ……」
一方通行を見ていた黒い目が急にこちらを見下ろして、インデックスはもう少しで悲鳴をあげるところだ。
「インデックス、お前はどうなんだ?」
「……っ」
曇りのない、大好きな笑顔を向けられ、足元に穴が空いた気がした。
- 978 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:22:19.66 ID:D5ECVx6C0
もしかして、上条は思ってしまったのだろうか。
今のままでいるわけにはいかないとか、そういうとても常識的な、真っ当な現状認識をしてしまったのか。
そんな。まだ、私はとうまと。あくせられーたと、みんなと。
まだ、待ってほしい、もう少しだけ。
「わ、私は……」
あんまり考えてないかな。お腹いっぱい食べられたらとりあえず満足かも!
そんな風に誤魔化しを口に仕掛けて、唇を噛む。
上条に嘘はつきたくない。一方通行にも。
インデックスは修道服の裾を握り締めた。安全ピンの感触が掌に刺さる。
いつだったか、随分前、上条に「新しい服買ってやろうか」と言われたことがあったと、手元に返す。
断ったのは自分だ。シスターは質素倹約の生き物だから、とか、そんなお金があったらご飯、とか、返したけれど。
手放したくなかった。この服は、自分と上条が出会った証。
これを着ている限り、自分は上条の側に居てもいいような気がしていた。思い込みだとわかっていても。
(とうま)
目の奥が熱く痛む。
それでも、顔を上げて笑った。
「私は、イギリスで陛下を支えたいと思うんだよ」
上条に嘘はつかない。
たった今握り締めた覚悟に恥じぬよう、震えそうになる声を必死に堪えた。
イギリス清教『必要悪の教会』所属、魔術師「Index-Librorum-Prohibitorum」。
例え記憶がなかったとしても、インデックスは英国人だ。
そう思えるようになったのは、以前英国での事件に関わり、女王エリザードの人柄に触れたことがきっかけだった。
豪胆で鷹揚な人柄。大きな責務を負い、それでも国民のために邁進する姿を見て、感銘を受けない者などいないだろう。
どうして自分ばかり、と思ったことがなかったとは言えない。
けれど陛下を間近で見て、自分にしかできないことがあるのかもしれないと思えた。
役に立ちたいと、思ったのだった。
「だから、だからね、とうま……」
この選択は、上条との別れを意味する。
けれど後悔はしないし、撤回もしない。
インデックスが陛下を助けたいと思えたのは、上条の姿を見て来たからだ。
誰かを助けるためにいつも必死で、「助けたいから助ける」と笑う上条が、インデックスにくれた沢山の大切の一つ。
(言っちゃった)
今すぐ、ということはないだろう。
何だかまたややこしいことになっていそうだし、科学側と魔術側の駆け引きやパワーバランスもある。
しかしそう遠くない未来、確実に、イギリスに行く。いや、『戻る』。
いつか、こんな時が来ると思っていた。予想より少し、早かったけれど。
- 979 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:23:52.93 ID:D5ECVx6C0
じわりと視界が滲む。だめだ、泣くな、と必死に喉奥にこみ上げる熱い塊を飲み下した。
「おー、やっぱそうか。英語の勉強続けといて正解だったなー俺」
だが、嬉しそうなような能天気な声が降って来て、ぽかんと口を開けてしまう。
「…………へ?」
思わず間の抜けた声を漏らし、ぱちぱちと何度も瞬きをする。
「半年くらい結構頑張ったからな、日常会話位はな、何とか。お前『必要悪の教会』所属なんだよな?
やっぱイギリス行ってもそのまんまか?」
「へあ?あ、う、うん」
「『必要悪の教会』ってさー、無能力者でも雇ってくれんのかなぁ?」
「と、とうまは特別だし、えと、確か、スカウトされて来る部外者もいたかも」
「あ、そうなの?神裂とかステイルに頼めば何とかなりそうか?」
「え!?」
「ん?」
どうしたインデックス、という顔で上条がこちらを見下ろす。
インデックスは何度か口をパクパクさせ、しばらくしてようやく声を絞り出す。
「とうま……。わ、私と一緒に、イギリスに来てくれるつもりなの?」
信じられない。そんな、そんな都合の良いこと。
みっともなく掠れてしまって、「そりゃもちろん」と続けた上条が悲しげに表情を曇らせる。
「……もしかして、無理そうなのか?」
「ち、ちがう、そうじゃないんだよ、ただ、とうま、とうま……」
唇が震えた。全身も震えていて、ぎゅっと上条の服の手を握り締める。
いつもの通り、温かい手だ。
「とうま」
この手と離れなくて済むのだろうかと思ったら、勝手に涙が零れた。
「う、うわ!?どどど、どうしたインデックス!!」
ぎょっと飛び上がった上条が、泡を食ってオロオロする。
繋いだままだった手を、小さな子にするようにゆらゆらさせて、頭を撫でられた。
「はァ……。オマエさ、今までそォいう先の話をインデックスに言ったこと、あったのかよ」
黙って見ていた一方通行が、呆れた口調で目を眇める。
インデックスは率直過ぎる指摘に焦ったが、何を言えばいいのかわからない。
「え?あー、そういやないかも。って、あ、インデックス……」
急に申し訳なさげに頭を掻いて、上条はまたインデックスの頭を撫でた。
「ごめんな。もしかして、不安にさせてたのか」
「ち、違うんだよ!とうまは何も悪くないよ、とうまは」
「いや、俺が悪いだろ。気付かなくてごめん。そういえば、こういう話したことなかったなぁ……」
- 980 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:25:50.56 ID:D5ECVx6C0
静かに呟いて、足を止める。
上条は一度一方通行の顔を見た後にインデックスに向き直って、表情を引き締めた。
背の高いビルに挟まれた、狭くて暗い路地裏。それでも上から日が射し込んでいる。
真っ黒な目は輝いて、きれいだった。
「インデックス。俺はお前を守りたいし、助けたいよ。いつでも笑顔でいられるように、すっと側にいる。約束だ」
「とうま」
止まりかけていた涙が、一気に溢れて零れた。
指先まで震えて、胸が痛いほどに熱い。
『私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?』
出会った日、冗談のように口にした、縋るような本音。
誰かに助けてほしかった、けれどそんな人が現れるはずはないと諦めていた。
上条はついて来てくれるとは言わなかった。
ただ、地獄から引き上げて、光に満ちた世界に連れて来てくれた。
あの日のことを、覚えていないはずだ。
だが上条はいつもいつも、インデックスを助けてくれる。
誰よりも強くて頼りになる、優しいヒーローだ。
「とうま、とうま、あ、ありが、とう……っ、ふ、ぅぐ」
「うん」
一生懸命手を握り返せば、また強く握り締められた。
必死に涙を止めようとして、変な声が漏れる。目の前の顔が苦笑して、「泣くなよ」と涙を拭ってくれた。
「悪かった。もっと先の話くらい、しとけばよかったな」
「う、ううん、そんなことない、とうまはずっと私を大事にしてくれてたよ」
「でも不安だったんだろ?……ありがとな、一方通行」
黙って見守ってくれるもう一人のヒーローに、優しい笑顔を向ける。
「は、オマエが鈍いののツケをインデックスが払うってのも変だしな」
細い肩を竦めて皮肉げに言うけれど、声音に棘はない。
「それもだけどさ、お前と打ち止め見て、俺とインデックスもこんな風にいられたらなぁってずっと思ってたんだよ。
あとさっきの話聞いて」
インデックスは目を見開いた。上条も同じだったのだ。
「さっき?って将来がどォとかいうやつか」
「ああ。お前が研究者兼医者になるっての、打ち止めとか『妹達』のためだろ?」
「…………」
迷いのない断言に、一方通行は苦虫を噛み潰したような顔で押し黙る。
その辺のチンピラなら裸足で逃げ出しそうな表情にも、上条はひどく嬉しそうに笑った。
「俺もお前みたいに、将来はインデックスのために何かしようって思った。
お前はいつも俺に勇気をくれるよ、一方通行」
赤い目が揺らいで、一瞬泣き出しそうな顔になる。
少し俯いてしまえば頼りない少女にしか見えなくて、インデックスは焦ってしまった。
「一方通行?」
上条は不思議そうだ。
「……バカが。そンなもンは、こっちの……」
微かに呟きかけた言葉を途中で断ち切って、一方通行は顔を上げた。
既にいつもの涼しげな仏頂面で、「トロトロしてねェで行くぞ」とさっさと歩き出す。- 981 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:26:59.46 ID:D5ECVx6C0
「なぁ一方通行。俺達がイギリス行ったら、お前も来いよ」
すぐにその背に並んだ上条が、ひょいとその白い顔を覗き込む。
「はァ?何で俺がンなアウェーに行かなきゃなンねェンだ」
「だってお前いないと寂しいじゃん。なぁ?インデックス」
「うん、すごく寂しい!!」
にこにこしながら力いっぱい頷けば、素直な反応に弱い一方通行がじんわりと眉を顰める。
「アホ。俺は研究者になるって言っただろォが。学園都市に留まるのが一番に決まってンだろ」
「今は、だろ?確かに今はそうかもしれないけど、未来のことはわかんねぇじゃん。
まーお前が会いに来てくれんならそれでもいいけどさ」
未来のこと。
そう、これは未来の話。
インデックスはまた浮かびそうになった涙を、何度か瞬きして誤魔化した。
上条と一方通行の間で、顔を真っ直ぐ上げて前を向く。
「何で俺がわざわざオマエに会いに行かなきゃなンねェンだよ」
「俺もインデックスもお前に会いたいからに決まってるだろ」
「ならオマエが来いクソボケ」
「行ってもいいのか?」
パッと上条の顔が輝いて、一方通行が言葉に詰まる。
インデックスは思わず吹き出して、クスクス笑った。
「とうまの勝ち!」
路地の出口が近かった。光が射して、明るさが増していく。
- 982 : ◆lWV9WxNHV. [sage saga]:2013/06/23(日) 15:28:33.27 ID:D5ECVx6C0
- 今日はここまでで
つか前回この辺までやるつもりだったんで中途半端に短くてごめん
次スレ立てたらここに貼ります
また見に来てくれると嬉しい
- 983 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/23(日) 15:37:29.16 ID:XPBLhhe50
- 乙
インさんが可愛いすぎるぜ… - 984 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/23(日) 15:39:59.95 ID:JxX+rBqDO
- 上条さんたちの信頼関係の深さに、月並みな言い方で悪いが心が暖まった
次スレも楽しみだよー - 985 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/23(日) 15:41:21.24 ID:BVFo6FYPo
- 乙
- 986 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/23(日) 15:44:36.83 ID:Tl4PGG7OP
- うううインちゃん可愛いよ...
ほんと>>1の書く文章ほっこりするよ大好きだ
2013年12月10日火曜日
上条「なぁ。教えてくれよ。名前」一方「……忘れたっつってンだろ」 2
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とある魔術の禁書目録,
上条,
打ち止め,
百合子
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