2015年1月26日月曜日

垣根「そんな垣根は飛び越えてやる」 2

457VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/26(木) 22:47:02.32 ID:okRAAxv10


 昔、平凡な少年が居た。

 苗字は二文字、名前は三文字の極めて平凡な名前の少年。
 ただ唯一平凡でない所があるとすれば、それは生まれついての容姿。
 
 本来、何の狂いもなく全く同じ容姿で生まれてくるなどという事はありえない。
 人によって容姿が違う事など当たり前なのに。
 少年の容姿は人から忌み嫌われた。



 同年代の黒い髪の少年少女の中に一人だけ浮き出ている白い髪。
 血のように紅い瞳。
 あまりにも白い肌。

 たったそれだけ。
 色が違うだけで、少年の周りに誰かが近寄る事はなかった。
458 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 22:50:12.16 ID:okRAAxv10
 だから、少年は求めた。
 居場所を。
 異端が平凡として生きられる場所を。
 異能を開発し、異能が日常となっている学園都市を。

 そして少年は得た。
 異能を。
 他の追随を許さぬ、あまりにも絶対的な異能を。

 いつもと同じように、触れようとする物全てを少年は反射した。
 向けられた好意すら反射した。


 だが、向けられた悪意だけは、少年の心を緩やかに破壊していった。
459 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 22:52:32.61 ID:okRAAxv10


 そして少年は堕ちていった。
 深い闇の奥底へ。
 人としてではなく、実験動物として自分を受け入れてくれる唯一の居場所。
 学園都市の裏側に通じる研究施設へと。



 少年は成長した。
 身長も、体重も、能力も、思考も。
 ただ、唯一。
 倫理だけを、欠いたまま。

460 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 22:56:36.73 ID:okRAAxv10











「はァー……」


 恐ろしい程静寂に包まれた操車場に一方通行の退屈そうな声が響いた。
 首を鳴らし、ため息を吐き、呆れたように足元の10032号へと目を向ける。


「笑えねェ。一万回以上殺されてンだからよ、もォ少しがんばってくれよなァ」

「ぎ、ぁ……!」


 一方通行の細い脚が10032号の頭を踏みにじる。
 小枝のような一方通行の脚など簡単に振り払えそうにも見えるが、彼の脚から伝わってくる力はまるで万力で締め付けられているのかと錯覚するほどだ。
 
461 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 22:59:08.80 ID:okRAAxv10
「まァ、今までの個体よりかはちっとばかり楽しませてくれたンだけどよォ。オゾンってのは目の付け所としちゃァ中々だったぜ」

 
 電気による酸素の分解。
 分解された酸素の原子は今度は三つで結合し、人体に有毒なオゾンとなる。
 一方通行の能力があればオゾンは全て『反射』出来るが、一方通行の周りに存在していたがオゾンに変わってしまった酸素を再び発生させることはできない。
 
 能力は限界知らずの怪物だが、その肉体は平均よりも華奢な人間だ。酸素がなければ行動できず、やがては死に至る。

 だがそれは、一方通行がその場から動けない状況ならば効果のある作戦だった。
 脚力のベクトルを操作し、一瞬でオゾンに支配された空間から抜け出した一方通行は10032号の背後へ移動し、10032号の後頭部を掴んで地面へと押し付けたのだ。



「だが足りねェ、こンなンじゃ絶頂なンざ出来ねェ。だからよォ、せめて悲鳴とツラと感触でイカせてくれや」
462 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:03:20.69 ID:okRAAxv10
 一方通行の靴のつま先が10032号の顎を打ち上げるように叩きつけられ、10032号は首から鈍い音を響かせながら数メートル上空まで吹き飛ばされた。
 それだけでも、人体に対してあまりにも強力な衝撃。
 ぐるぐると廻る視界に意識が飛びそうになりながらも、10032号は地上でこちらを見上げている一方通行を見る。
 彼は、右手にいくつかの小石を持ってニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 次の瞬間、一方通行の手の中にあった石が10032号に向かって投げつけられた。
 石が空気を引き裂く音が聞こえた。
 石を投げた風圧だけで、10032号の髪がブワッと逆立った。

 果たして本当に投石と言っていいのかわからなくなる程の速度で、石は寸分の狂いもなく、一方通行の狙い通り、10032号の四肢の関節部分に命中した。


「い、ぁ、が、がぁぁぁああっ!」


 右肘、左肘、右膝、左膝。
 計四か所から平等に何かが砕け散る音が響く。
 絶叫しながら10032号は地面へと墜落し、着地の衝撃と激痛で再び悲鳴を上げた。
463 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:03:58.01 ID:okRAAxv10
「あァ、やっちまった。これじゃ無様に逃げ回るオマエを愉快にぶち殺すってシチュエーションが出来ねェじゃねェか。駄目だなァ俺、興奮するとついついやりすぎちまう」


 大げさに残念がっているような仕草をしながら一方通行は地面にのた打ち回る10032号へと近づいてくる。
 一方通行は遊んでいる。
 戦闘しているだとか、攻撃しているだとか、そういった実感すらないのかもしれない。
 一方通行にとってこれはただの実験で、ただの戯れだ。
 
 だから、10032号はこれ以上なく残酷に殺されるだろう。
 小さな子供が蟻の手足を引き千切るように、蜻蛉の羽を毟る様に。
 

 残酷なほどに無邪気に、10032号は殺されるのだ。
464 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:05:25.24 ID:okRAAxv10
 だが、10032号には後悔も恨みもない。
 10032号だけではなく、今まで殺された10000体以上の個体も、これから殺される10000人近い個体も、同様に。
 なぜなら彼女たちの命は、こうやって散るのが最初から決められているのだから。
 そのために生み出されたのだから。
 殺されなければ価値がないのだから。

 だから、仕方がない。
 仕方がないから、殺されるのだ。

 たったそれだけ。
 それだけの事。





「まァ、いいか。まだ10000近ェ実験動物がいる事だしなァ」




 それだけの事、のはずなのに。
465 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:06:55.29 ID:okRAAxv10
「今回はサックリと終わらせちまって、帰って寝るとするわ」





 どうして






「つーわけで、本日の実験はこれにて終了だ」






 どうして、10032号の頭には、






「安らかに眠りやがれ、永遠になァ」











 あの少年の姿が、浮かぶのだろうか。
466 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:07:34.54 ID:okRAAxv10
「……?」


 まずはじめに、10032号は疑問に思った。
 あのまま行けば、10032号の頭は一方通行の踏みつけによって粉々に砕け散っているはずなのに。
 いつまでたっても、一方通行の足が10032号に届かない。
 

「……おい実験動物。この場合、『実験』ってのはどォなっちまうンだ?」


 一方通行の声がする。
 本来ならすでに殺しているはずの相手に向かって、疑問を投げかけてきた。
 いったい何がどうなっているのか。
 それを確かめるために、10032号はゆっくりと目を開けた。










「……え……?」
467 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:10:29.75 ID:okRAAxv10

 声が出た。

 喋るだけで激痛が走るほど体はボロボロなのに、自然と勝手に声が出た。
 目の前の光景が、あまりにも非現実的すぎて。
 幻覚でも見ているのかと思うくらい、信じられなくて。
 体の奥底から湧き上がる、この感情が理解できなくて。
 そして――
 







「よぉ、良い夜だな。元気か?」


 満月を背に、白い翼を広げたその少年の姿があまりにも幻想的過ぎて。
468 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:12:42.94 ID:okRAAxv10
「……テメェは」

「よぉ第一位。人形遊びではしゃぐとはずいぶんメルヘンな趣味をお持ちじゃねぇか」

「自分の翼を見てから言えよメルヘン野郎」

「安心しろ、俺は自覚がある」


 言葉の一つ一つが突き刺さりそうなほどに殺意を帯びている。
 だが、一方通行は垣根が二位である事を認識していない。
 格下の事をわざわざ調べるだなんて、反吐が出るからだ。


「どこの誰だか、知らねェが、この学園都市に七人しかいねェ超能力者、その中でも唯一無比のずば抜けたこの俺に随分でけェ態度とるじゃねェの」

「唯一無比? ずば抜けてる? ハッ、面白ぇジョークだ。服のセンスはレベル0みてぇだが、ギャグのセンスは第一位だな」

「あァ?」
469 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:13:57.32 ID:okRAAxv10
 一方通行の声と表情が、より一層怒気と殺意を孕んだものになる。
 対する垣根も殺意こそはむき出しにしているものの、その表情には余裕が窺えた。

 君臨する第一位と、引きずり降ろそうとする第二位。

 両者の対面は、あまりにも純粋な殺意のぶつかり合いだった。



「……どうして、と」


 10032号はボロボロの体で言葉を垣根に向かって投げかける。
 一体何なのだろう。
 作り物の体に強制入力された知能を詰めただけの、ボタン一つで量産できる実験動物の一体でしかない自分の中に湧き上がる、この感情は。
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/26(木) 23:19:05.06 ID:okRAAxv10
「どうして、ここに居るんですかとミサカは問いかけます。実験に何のかかわりもないアナタがどうして、とミサカは疑問を持ちます」

「……あ?」

「ミサカは機材と薬品があればいくらでも自動的に量産される存在です。とミサカは説明します。たかが単価十八万円の一個体のために、実験を中断させるだなんて――

「うるせぇよ、喋んな」


 垣根は10032号の言葉を切る様に、わざと冷たい声で言い放った。


「何だ、何を期待してやがる? この俺が人形なんぞに同情して実験を止めに来たとでも思ったのか? 自惚れんなよ人形」

「……」

「……ま、実験を止めに来たのには間違いねぇがな。不愉快な第一位をぶち殺して、この不愉快な実験を関係者諸共塵にしてやるよ」

「……無理ですよ、とミサカは断言します。相手はあの第一位なんですよ、とミサカはアナタを説得します」
471 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:23:05.10 ID:okRAAxv10

 相手は軍隊すら屠る最悪の悪魔。
 たとえ垣根が第一位に次ぐ頂点だとしても、相手は紛れもない頂点そのものなのだ。
 第一位と第二位の間に存在する絶対的な壁。
 両者を分かつ、超えることのできない垣根。


「くだらねぇ」


 だが、垣根帝督は臆しない。
 二位が一位を超えられないだなんて、そんなつまらない常識は通用しない。


「俺の癇に障った奴は例外なく皆殺しだ。相手がチンピラだろうが第一位だろうが変わらねぇよ。わかるか第一位、テメェ何ざ俺からしたらそこらの汚ぇチンピラと同格なんだよクソッタレ」
472 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:25:17.96 ID:okRAAxv10
 ギャハハハハハハハハハ! と狂ったような笑い声が聞こえた。
 一方通行は腹を押さえて大爆笑していた。
 

「どうした? ただでさえトチ狂ってる脳みそがさらに狂ったか?」

「イイなァ、テメェ。いいわ。俺から見れば格下には違いねェが、中々愉快だ。テメェなら俺を満足させてくれそォだなァ」

「安心しろ第一位、そこの人形の一億倍テメェを満足させてやる。満足しすぎてイッちまうかもしれねぇがな」

「いいねいいねェ、最ッ高だねェ! これは俺もお行儀よく相手しなきゃなァ! 初めましてェ、学園都市第一位の一方通行だよろしく頼むぜ三下ァ!」

「第二位、垣根帝督だ。よろしくなクソッタレ!」


 暴風が吹き荒れる。
 続いて暴力が乱舞する。
 繰り広げられるのは暴虐の極致。


 第一位と第二位。

 
 科学の頂点の戦いが、始まった。
473 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:26:24.43 ID:okRAAxv10
 




 昔の人間は自然災害などの人間に可能な範疇を超えた現象を、神の仕業と考えた。
 そうして作られた神話や伝説は今なお語り継がれている。
 ならば。
 もしも、この二人の戦いを誰かが見たならば。

 一体、どんな神話が生まれるのだろうか。






 垣根が一度翼を振るった。
 たったそれだけの動作で、高く積み上げられたコンテナの山が強烈な烈風に煽られ、一つ一つが弾丸のような速度で一方通行へと向かっていく。
 だが、一方通行にそれを回避するようなそぶりは見られない。
 それどころか、両手を真横に広げて垣根の方へまっすぐ走ってきている。
 このままだと、一方通行の華奢な体はコンテナの集中砲火を浴びて粉々になるというのに。

 そして、当たり前のようにコンテナが一方通行の頭にぶつかり――――
474 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:28:49.83 ID:okRAAxv10



 垣根が吹き飛ばした時と全く同じ速度で、正反対に吹き飛んだ。




「チッ」


 まるで軌道を遡ってるかのようにこちらへと向かってくるコンテナを垣根は翼を使って粉砕した。
 一方通行に命中したコンテナの全てが、そっくりそのまま『反射』されたのだ。


「ベクトル操作、か。クソウゼェ能力だ」

「テメェのその翼よかァマシだけどなァ、クカカカ」


 脚力のベクトルを操作した一方通行と翼で空気を叩き飛翔する垣根。
 二人の少年は上空数十メートル地点で、亜音速でぶつかり合う。


「ぎゃは、ぎゃははっ!」
475 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:29:24.19 ID:okRAAxv10
 狂ったような一方通行の笑い声。
 この辺り一帯の大気の流れを掌握した一方通行は、その手に圧縮した空気の塊を作り出す。
 風速百二十メートル以上の小さな嵐のような空気の塊を、一方通行は垣根に顔面へ押し付ける為に腕を伸ばした。


「甘ぇよクソボケ」


 垣根の翼が突然その形を崩し、無数の羽となって辺りに散らばった。
 亜音速で動く事を可能にした翼を失った垣根は、当然のように地表に向かって落ちていく。
 本来なら、己の盾であり剣であり足でもある翼を自ら分解するなど、ありえないことだ。
 しかし、垣根は笑っていた。
 落ちながら、一方通行を嘲笑っていた。


「あァ……?」


 不意に辺りから何かが高速で振動するような音が聞こえ始めた。
 見ると、周囲に舞っている無数の純白の羽が、何やら赤みを帯び始めている。
 色はどんどんと濃くなってゆき、小刻みに震えている。


「一片残らず消飛びやがれ!」
476 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:31:20.76 ID:okRAAxv10
 

 直後、辺りに舞うすべての羽が一気に光を帯び、そして爆発した。
 

 一つ一つがダイナマイトにも匹敵する威力の爆発を起こす無数の羽が同時爆裂した衝撃はすさまじく、鼓膜が破れそうになる轟音と共に体に叩きつけられた衝撃派によって垣根の体が一気に加速し地面へと落ちていく。
 だが、垣根は落下寸前に『未元物質』で緩衝材を創り出し、落下のダメージをゼロにした。
 一順で体勢を立て直した垣根は再び背中に巨大な翼を展開させ、垣根は上空を見上る。


「死んだか?」

「つまらねェ冗談言うンじゃねェよ!」


 轟ッ! と。
 爆炎を引き裂くように一方通行は姿を現す。
 その身に傷はなかった。
 どうやら、爆発直前に爆炎の及ぶ範囲外へ脱出したらしい。


「まぁ、あれでくたばったら興ざめだけどよ!」
477 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:31:51.43 ID:okRAAxv10
 垣根は空中を駆け抜ける一方通行に向かって翼を伸ばす。
 鋭い刃のように、撲殺用の鈍器として。
 純白の翼が白濁した悪魔へと迫る。


「クソキメェ翼だなァオイ! こンなもン――


 一方通行が垣根の翼に手を伸ばす。
 ありとあらゆる『ベクトル』を掌握し支配するその能力をもってすれば、相手の攻撃であろうとも無傷で操作する事が出来る。
 それは、垣根の翼であっても例外ではない、はずだった。
 
 だが、一方通行は翼に触れる直前、違和感に気づく。
478 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:34:09.57 ID:okRAAxv10
「…………あァ?」


 ゾクリ、と。
 一方通行が初めて感じる感覚。
 無意識に背筋が震え、何か嫌な感覚が蛇のように脳内で蜷局を巻いている。
 これは、何だ?
 一方通行は考える。
 だが、最初から『最強』だった一方通行は知らない。
 この感情が人間にとって最も原始的な感情であることを。
 そう。
 未知の物、理解不能なものに対する『恐怖』という感情を。


「ちィッ!」

 
 ここで一方通行は生まれて初めて『回避』という行動に出る。
 しかし、遅い。
 初めて感じた恐怖は、あまりにも遅すぎた。
479 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:36:54.74 ID:okRAAxv10
 メキメキメキッ! と。

 一方通行の細い体の内部から細かい物が軋む音が連続して響いた。


「が、はァ……ッ!?」


 一方通行の体が大きく吹き飛ばされる。
 グシャリとコンテナの一つを潰しながら、一方通行は地面に墜落した。


「な……ンだ……!?」

「一方通行、テメェは全てを『反射』するっつーのが自慢みてぇだが、それは違う」


 垣根が翼を大きく広げ、口から血の塊を吐き出している一方通行の元へと向かう。
 一方通行も脚力や周りの大気のベクトルを操作し、その場から離れる。
 が、垣根がそれを逃すわけがない。
480 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:39:48.31 ID:okRAAxv10
「酸素、光、音……それらを反射すればテメェは何も見えねぇし聞こえねぇし、生きていきられねぇ。テメェは無意識の内に自分に不要な物を選んで反射してる」

 
 垣根の翼が再び一方通行へと迫る。
 一方通行は今度は翼のベクトルを掌握するのではなく、腕力のベクトルを操作して垣根の翼を叩き落とす様に凌ぐが、その表情に浮かぶのは苦悶だ。
 

「なら答えは単純、テメェが『無害』と『有害』を識別しているフィルターをくぐりぬけりゃいい。テメェが受け入れているベクトルを逆算し、その方向から攻撃を仕掛ける。ったそれだけでテメェの防御は掻い潜れる」


 最も、それだけではない。
 それだけでは、『反射』という壁を抜けたとしても一方通行が『未元物質』自体のベクトルを操れなかった理由にはならない。
 一体何故、一方通行の能力が『未元物質』に干渉できなかったのか。
 答えは単純だ。

 一方通行が、『未元物質』という存在のベクトルを掌握できなかったのだ。
481 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:41:46.29 ID:okRAAxv10
「そして、俺の『未元物質』はこの世の物質じゃない、何処かの異界から引きずりだしたような未知の物質だ。
こいつにこの世の常識は当てはまらねぇ。もしテメェがこの世に存在するありとあらゆるベクトルを掌握できたとしても、俺の『未元物質』はテメェの頭の中にある方程式は通用しねぇよ」


 学園都市第一位の頭脳を持ってすら、解読出来ないアンノウン。
 使用者である垣根にすら全貌が把握できていない『存在しない物質』
 

「わかったか、第一位。テメェは核爆弾ですら無傷でしのげる最強の能力者かもしれねぇが、俺の能力はそもそもこの世に比較できる物すら存在しねぇんだよ」


 これが『未元物質』
 この世の法則すら捻じ曲げる、異界の物質。
 

「ケッ……! だからどォした。ちょっとばかし反撃出来たからってハシャいでンじゃねェよ三下。狐の反撃なンざ狩人を楽しませるための余興でしかねェンだよ」

「成程な、大したムカつきっぷりだ第一位。そのまま吠えてろ、磨り潰して白い絵の具にしてやるよ」
482 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:44:33.29 ID:okRAAxv10
 両者が同時にコンテナを蹴飛ばし、平行に移動する。
 移動している間も一方通行は辺りにある鉄骨やコンテナを能力で弾き飛ばして垣根へ攻撃を仕掛け、垣根はそれを翼で器用に撃ち落していく。
 垣根の反撃は単純で、数メートル大の白い翼を一方通行に向かって叩きつけるというものだ。
 だが、『反射』がうまく機能しない翼を一方通行は回避するしかない。
 足場のコンテナが粉々に砕け散るほどの勢いで一方通行は真横へ跳び、跳んだまま道路標識を引き抜き垣根に向かって投げつけた。
 超電磁砲以上の速度をたたき出す道路標識はほんの数秒で、空気摩擦によって消失する。
 しかし、その衝撃波は消えていない。
 音速の壁をぶち抜いたそれは、周囲のコンテナやレールやアスファルトを粉砕しまき散らしながら垣根へと迫る。


「どうした、そんな苦し紛れの攻撃しか出来ねぇのか! あぁ!?」


 垣根は白い翼で自身の体を包み込み、衝撃波を防ぐ。
 炸裂した衝撃が辺りに爆散し、垣根の周囲が爆撃でも受けたかのように更地へと変貌していた。


「……あぁ?」
483 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:45:47.11 ID:okRAAxv10
 再び羽を広げ、一方通行へ攻撃を仕掛けようとした垣根は、辺りをキョロキョロと見回す。
 先ほどまでそこに居たはずの一方通行の姿が見当たらない。


「おいおい、まさか逃げたのか? ……フザけんなよ、第一位。逃げるなんざつまらねぇ真似してんじゃねぇぞ!」


 激昂しながら垣根は翼を振り回し、辺りのコンテナをまとめて一掃する。
 数トンはあるはずのコンテナが埃のように宙を舞う。
 だが、辺りに一方通行の姿は見当たらない。
 もっと遠くに逃げたのか。


「……いいぜ、文字通り虱潰しに探してやるよ。見つけた瞬間プチっといかせてもらうけどな」


 垣根は苛立ちと楽しさを半々ずつ含んだ表情を見せながら、辺りを一掃し始める。

485 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/26(木) 23:49:46.99 ID:okRAAxv10
     『次回予告』






『くきこかきけこかきくかこかきこくかけこきくけかかこきかくかけこかァァァァァァァァァァ!!!!!!』

――――学園都市最強の超能力者 一方通行(アクセラレータ)



『一方通行ァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)


500 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:25:43.50 ID:zTb95fQO0


  
 ―――
 ―――――
 ―――――――――  




「……」


 一方通行はかなり離れた場所から様子を窺っていた。
 まるで暴風のように吹き荒れる垣根の翼は少しずつこちらへと範囲を広げてきている。


「……まさか、この俺に攻撃をブチ込める奴が居たとはなァ」


 この能力が発現してから、一方通行という人間は一切の傷を負わずに生きてきた。
 あらゆる物を反射し、あらゆるものを触れるだけで捻じ曲げ、引き裂き、蹂躙できるその能力は他者の目には恐怖としか映らない。
 
 だが、奴は、垣根帝督だけは違った。
 
 もしかしたら勝てるかも、だなんて子供っぽい感情だけで無策で挑んでくるスキルアウトのような三下達とは違う。
 一方通行に勝利できる要素を用意し、行使し、真正面から叩き潰しにやってきた。
 そして一方通行は初めて傷ついた。
 傷つけられた。
501 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:27:43.66 ID:zTb95fQO0
「…………血、かァ」


 口元の血を袖で拭い、一方通行はの血をじっと見つめた。

 それこそ、今まで飽きる程見てきた物。
 少なくとも、一万人以上の血液を浴び続けた一方通行は自分の血を珍しそうに眺める。
 ふと視線に入ったのは、拭う際に手の甲についてしまった、ポタポタと地面に滴る血液。
 一方通行はそれを舐めた。
 そのまま手を動かし、人差し指を奥歯で噛むように口の中へと押し込む。
 力を入れると、わずかに人差し指に走る痛み、そして口内に広がる自らの血と肉の味。
 

 この痛みが。
 この味が。

 
 生きていると、感じさせる。







「……………ぎゃは」
502 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:29:12.17 ID:zTb95fQO0
 笑み。
 自分の人差し指を血が噴き出る事も厭わず噛み続けながら、一方通行は嗤っていた。
 
 荒唐無稽な嗜虐性。
 歪みきった人格。
 一方通行という人物は目を輝かせた。
 
 これが命のやり取りだ。
 一方的に虐殺するのではなく、気を抜いたほうが殺される戦いと呼べるモノ。

 そうだ。

 一方通行という少年が『最強』ではなく『無敵』に至るためには、あらゆる敵を排除しなければならない。
 今の自分に迫れる男は、おそらくはあの男だけ。
 最高の頭脳と最悪の能力をもってしても所見では御しきれなかったあの白い翼。
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/29(日) 22:30:04.02 ID:zTb95fQO0
 支配できないなら、どうすればいいか。
 諦めるか?
 いいや、違う。
 一方通行という少年はポジティブだった。
 前向きに殺害し、気負わずに虐殺し、楽しんで蹂躙することが出来る前向きな少年だった。

 支配しよう。
 征服しよう。
 蹂躙しよう。
 


 手の届かない高値の華は、汚してこそ映える。

















「くきこかきけこかきくかこかきこくかけこきくけかかこきかくかけこかァァァァァァァァァァ!!!!!!」



504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/29(日) 22:30:44.60 ID:zTb95fQO0
 顎が外れるのではと思う程の笑い声だった。
 学園都市全域に届いているのではと思う程の高笑いだった。
 

「出てきたと思ったらいきなりどうした? イカレ野郎」

「いやァ、もォダメだ。何もかもがどォでもイイ。あァ、テメェには感謝してやる。そして認定してやるよ、テメェは俺の敵だ」


 敵。
 ありとあらゆるものを無傷で蹂躙できる最強の能力者が、初めて認めた存在。
 
 己の障害となりうる相手。
 己の存在を脅かす存在。

 差し伸べられた手をも反射して傷つけてしまう一方通行に触れられる、唯一の外敵。
 
 ああ、そうだ。と一方通行は思う。

 自分が求めていたのは、無敵になりたい本当の理由は、コレじゃないかと。
505 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:32:11.28 ID:zTb95fQO0
「第二位、垣根帝督。テメェは殺す、俺ももォ止まらねェ、アクセル全開ブレーキ粉砕モードだ。この一方通行が格下相手に全力で戦ってやるンだ、光栄に思いやがれ」

「……」


 垣根は感じていた。
 一方通行の言葉は嘘ではない。
 おそらく、ここからが本当の『戦闘』。
 
 満を持して、『最強』が動き出す。


「……は、でけぇ口叩きやがって。戯言なんざ誰が聞いてやるか。どうせなら行動で示しやが――――










 瞬間、垣根の視界がぶれた。


「……あ……?」
506 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:32:47.36 ID:zTb95fQO0
 世界が廻る。
 否、廻っているのは世界ではない。
 垣根の体が、グルグルと廻りながら吹き飛ばされているのだ。


「何、が……」


「ぎゃは! ぎゃははっ!」


 一方通行の笑みがすぐ目の前に現れる。
 衝撃で空中に舞いあがった小さな小石を蹴って一方通行は吹き飛ぶ垣根へと追いついたのだ。
 ありえない所業。
 空気を蹴って宙を走るかのような、そんな狂気じみた芸当。

 垣根を狙う一方通行の目は、紛れもない捕食者の眼だった。
507 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:33:26.88 ID:zTb95fQO0
「一人でトリップしてんじゃねぇぞ、一方通行ァァァァ!」


 垣根が背の翼を操作し、目の前の一方通行を真っ二つにしようとする。
 だが、一方通行がドアをノックするかのように、拳の裏側で降りかかる翼を叩く。
 すると、垣根の翼は大きく弾き飛ばされた。
 まるで、落ちてきた埃でも払うかのような、そんな動作で、易々と。


「馬鹿な……ッ!?」


 たとえ筋力や大気のベクトルを全て掌握したとしても、このような芸当を実現できるとは到底思えなかった。
 垣根の『未元物質』をも易々と弾き飛ばす程の圧倒的な力。
 一体、一方通行は何のベクトルを操っている?


(考えろ……ッ! こいつが何のベクトルを使ってるかさえ分かりゃ、それに『未元物質』をブチ込んで法則を捻じ曲げられる!)
508 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:34:44.35 ID:zTb95fQO0
 垣根は推理する。
 筋力でも、大気でもない。
 この世界すべてに満ちている圧倒的なベクトル。
 『未元物質』を超える程の圧倒的なエネルギー量。
 しかし、一方通行は何ら特殊なものに触れているわけではない。
 つまり、今もこの場に存在しているはずのもの。
 誰しもが無意識のうちに関わっているベクトル。
 

「……まさか……」


 そして垣根は辿り着く。
 隙を狙って放とうとしていた『未元物質』の翼を透過して変貌した月光の性質に、ほんのわずかに狂いが生じた事を。
 このバグの原因、そして一方通行のあの力。
 考えられる可能性が、たった一つだけ。






「テメェ……! まさかこの星の自転のベクトルを……ッ!?」
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/29(日) 22:35:49.77 ID:zTb95fQO0
 地球は常にひとりでに廻っている。
 もしも、70億の人間が住まう惑星が回るほどのエネルギー量をその身に宿したとしたら。
 もはや軍隊どころではない、一方通行は腕を振るだけでこの惑星を滅ぼす事が出来る程の力を手にしていることになる。


「驚いたかよ」


 一方通行は紅い瞳で垣根を睨む。
 その顔には、余裕が浮かんでいた。


「これが、テメェと俺の差だよ」


「…ッ! テメェに酔ってんじゃねぇぞ! 一方通行ァァァァァァァ!」
  

 垣根が力任せに翼を振るう。
 しかし、もはや一方通行は何の驚異も感じていなかった。
 戦いを終わらせる方程式は、すでに一方通行の頭の中で組み立てられている。
510 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:36:27.61 ID:zTb95fQO0
「確かに、テメェの『未元物質』とやらはこの世の方程式には当てはまらねェかもしれねェ」

 
 一方通行の手が、垣根の翼の一枚を鷲掴む。
 そのまま、力任せに一方通行は垣根の翼を引き千切った。


「だったら、テメェの『未元物質』をXとして新たな方程式を創り出せばイイ。後は既存の方程式からの逆算でテメェの『未元物質』の公式は引き出せる」

「……ッ! ありえねぇだろ……! 俺の『未元物質』はそんな易々と掌握できるもんじゃねぇ!」

「ああ、かもなァ。だがよォ、所詮テメェは第二位。俺とテメェには絶対的な壁がある。残念だったなァ」


 翼を引き千切られ、垣根は地面へと堕ちていく。
 まるで、太陽に近づきすぎて翼の溶けたかのように。
 だが、物語と違うのは、落ちていく男を追う悪魔がいるという事だ。


「名残惜しィが、これで終わりだ。格下」

「一方通行ァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 暴風と暴力が一気に垣根へと降り注ぐ。
 防ぐ手段は、ない。
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/29(日) 22:38:12.98 ID:zTb95fQO0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  




「………」


 10032号は遠くから聞こえる戦闘音を聞きながら、地面に転がっていた。
 両手両足の関節部分を破壊され、一歩も動く事の出来ないため逃げ出すこともできないのだ。
 最も、ここで逃げ出すという選択肢を出していいのか、10032号にはわからなかった。


「……ミサカは、ここで死ぬべき存在なのですが、とミサカは呟きます」


 殺されるためにここにやってきた。
 ならば、今生きている事こそが異常なのだ。
 『実験』の成功こそが、妹達が生み出された唯一の理由。
 その成功を脅かすような真似を、黙って見ているのは許されるのか。


「……垣根、帝督」
512 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:39:04.97 ID:zTb95fQO0
 ポツリと、10032号はその名を呟く。
 脳波をリンクしてお互いの記憶や感情を共有できる妹達は、全員が今日一日垣根と共に過ごした10031号の記憶を有している。
 どうして10031号は、もうすぐ自分の実験の番だとわかっていて、あのような行動に出たのだろうか。
 行動と考えが一致しないなど、それはもうバグとした言いようがないのではないだろうか。


「……それは全員に言えることのような気がしますが、とミサカは続けて呟きます」


 行っている行動と、秘めている考え、真意。
 妹達も、一方通行も、垣根帝督も、全員が何かを心のうちに隠しているような気がした。
 最も、それを問い詰める役割は自分ではないことは10032号はわかりきっている。
513 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:39:57.01 ID:zTb95fQO0
 
「とにかく、ミサカはあの二人の戦闘が終わるまでは何もできませんし、とミサカは自分の状態を確認します」


 今はただ、二人の戦いが終わるのを待つだけ。
 おそらく、終わったころに生きて居られるのはどちらか片方だけだ。
 お互いがお互いを何をしてでも殺そうとしていたのだから、敗者は間違いなく死亡する。
 だが、しかし。
 もしも垣根が一方通行に勝てば、生き残れるのは『二人』になるだろう。
 それは、10032号にとってはたして喜ばしい事なのか、それとも――――









 瞬間、10032号の真横に何かが落ちてきた。
514 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:40:29.32 ID:zTb95fQO0
 考えを強制切断させるような凄まじい衝撃で、隕石のように降ってきたそれは――


「……垣根帝督?」

「ガ、ァ……ッ! クソ……ッ!」


 垣根は見るからにボロボロだった。
 左腕は本来曲がらない方向に捻じ曲がっており、綺麗に染められた髪は本人の血で乱雑に染め上げられている。
 体中もあちこちに目をそらしたくなるような傷があり、今すぐにでも病院に搬送しなければ危ないと素人目から見ても一目瞭然だった。


「思ったより粘ってくれるじゃねェか。最高だぜテメェはよォ」


 続いて、一方通行は何処からか飛んできて地面へと降り立った。
 多少の傷はあるものの、垣根との状態の差はあまりにも大きい。
 つまりは、そういう事なのだろう。
 これが、第一位と第二位の差なのだ。
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/29(日) 22:41:11.52 ID:zTb95fQO0
(未元物質で大気を変質させて……いや、駄目だ。アイツは俺の中で行われる未元物質の演算を逆算して把握しやがった。これじゃ何をやっても俺が未元物質を使い続ける限りはアイツの能力で防がれる……!)


 垣根の『未元物質』はありとあらゆる物質、法則に作用する。
 たとえば大気、たとえば光、たとえば炎。
 その柔軟性と利便性こそが垣根の『未元物質』の真骨頂なのだ。
 だが、便利すぎる故に、垣根の行うすべての攻撃は『未元物質』の演算が根底に存在している。
 学園都市第二位の脳からはじき出される複雑な演算は、例えレベル5であっても易々と解読できるようなものではない。
 垣根の『未元物質』は、垣根にしか発現できないのだから。


 しかし、第一位、一方通行は違った。


 数度の攻撃を受けただけで、一方通行は独自の方法で垣根の未元物質の演算を割出し、そのベクトルを掌握した。
 能力の演算を把握されたという事は、もうすでに一方通行に『未元物質』で攻撃を加えることは不可能だ。
 垣根は暗部で鍛えられた射撃技術や体術に加え、元から有している多種多様な才能で『未元物質』に頼らずともその辺の人間なら圧倒できる。
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/07/29(日) 22:41:49.36 ID:zTb95fQO0
 それでも、そんなものは第一位という才能には遠く及ばない。
 『一方通行』という能力の本質ですらない、副産物である『反射』すら切り抜けることはできないのだ。


(どうする……どうする! クソ、考えろ! 必要な時に回らねぇ頭なんざ何の価値もねぇだろうが!)


 垣根はありとあらゆる手段、可能性を模索する。
 だが、駄目。
 ありとあらゆる方法で攻撃を仕掛けたとしても、一方通行はそれを一撃で迎撃できるだろう。
 

「一方通行の力の前に、八方ふさがりってかァ? クカカ、洒落がきィてンじゃねェか」

「クソウゼェ……」


 一方通行の言っていることは正しい。
 垣根に、今の状況をひっくりかえせる切り札は存在していないのだから。
517 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:43:05.94 ID:zTb95fQO0










「……逃げてください、とミサカはアナタにお願いします」




「……あぁ?」


 垣根はそこで初めて10032号の存在に気が付いた。
 両手両足を砕かれ、もはや一人で動く事も出来ない10032号は、見覚えのある無感情な瞳で垣根をじっと見つめていた。


「あなたなら、勝てずとも逃げる事は不可能ではないでしょう、とミサカは推測します」

「……」

「ミサカはここで殺されるために生み出された個体ですからココで死にますが、貴方はそうではありません。とミサカはアナタとの違いを指摘します」

「……黙れよ、クローン」

「そして、これ以上実験に関わってはいけません。アナタを巻き込んですいませんでした、とミサカは10031号の代わりにあなたに謝罪を――
518 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:43:56.71 ID:zTb95fQO0










「黙れっつってんのが聞こえねぇのか! あぁ!?」










 垣根は地面に倒れた姿勢のまま、同じく地面に倒れている10032号の胸ぐらを掴んだ。
 今にも歯が砕け散りそうなほど歯を食いしばり、血の涙を流さんとばかりに目を見開いている。
 それは、クールな印象の垣根には似合わない、感情をむき出しにした顔だった。


「黙れ黙れ黙れ! テメェ何ざにどうしてこの俺が心配されなきゃならねぇんだ! テメェはボタン一つで生まれるクローンだろうが! 俺はテメェとは違う! テメェなんざに心配されるような、そんな情けねぇ存在じゃねぇんだよ!」
519 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:44:33.60 ID:zTb95fQO0
 コンプレックス。
 垣根帝督という学園都市で二番目のエリートが抱えていた心の闇の一つ。
 心理定規も、木原病理も、御坂美琴も、そして10032号も。
 皆、垣根の心配をしていた。
 だからこそ彼女らは各々の手段で垣根を止めようとしたのだ。

 だが、それこそが垣根にとって最も屈辱的な事だった。

 垣根帝督の中にあるプライド、自尊心、野望。
 それは垣根帝督と言う人間を構成するもっとも大きなモノ。
 だからこそ、垣根は光の世界で生きようとは思わない。
 少しでもなれ合いを求めれば、光を求めれば、闇から抜け出そうと考えれば、その時点で垣根帝督と言う人間は垣根帝督ではいられなくなる。

520 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:45:10.11 ID:zTb95fQO0
「単価十八万の実験人形がでかい口叩きやがって。この俺を心配するなんざふざけてやがるな、よほど愉快な肢体になりてぇと見える」

 
 自分勝手で、自信家で、野望家で、そして何にも負けてはならない。
 プライドと信念、それこそが垣根帝督の自分だけの現実。


「……ったく、どいつもこいつも、決められてただの、諦めただの、当たり前だの、クソウゼェ。目障りだ、ふざけてやがる、下らねぇ台本で満足しやがって」


 だから、垣根は諦めない。
 たとえ何を失う事になろうとも、自分が決めた事は死んでも成し遂げる。
 プライドを守るためならば、垣根は不可能だって可能にしてみせる。
 垣根以外の世界中の人間が敵にまわろうとも、垣根はたった一人で、自分の目的を達成するために生きる。
 傍から見れば狂気の沙汰、普通なら考えられない事だろう。

 だが。


「クローン、一つだけ言ってやる。この学園都市の『闇』は俺の物だ。気に入らねぇモノは全部磨り潰して殺す、誰にも邪魔はさせねぇ。裏の全てを手に入れて、俺が裏側の世界に君臨してやるよ。…………だから」
521 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:46:03.33 ID:zTb95fQO0













「テメェは、俺の居ない世界で猫でも飼いながら平和に生きてりゃいいんだよクソボケ」













 垣根帝督という人間に、常識は通用しない。
522 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:46:43.79 ID:zTb95fQO0
「はッ、カッコイー事言うじゃねェか。いいなァ、やっぱり死に際ってのはどォも普段より美しく見えるモンだな」

「くだらねぇ、そういうテメェこそ死相と死兆星が見えてるが大丈夫か? 事故に気をつけろよ、俺が殺せなくなるからな」


 垣根は立ち上がる。
 ボロボロになりながら、圧倒的な力の差を持つ相手に真正面から向き合って。
 諦めないことが、さも当然であるかのように。


「……で? ただ立ち上がったってワケじゃねェんだろォ? 突っ立ってるだけならサンドバッグにだって出来ンだ。テメェはもっと俺を楽しませてくれンだろォよ」

「一々うるせぇ野郎だ。屁みてぇな戯言ばっか抜かしやがって」


 とりあえずは、立ち上がった。
 だが、ここから具体的な反撃手段が思いつかない。
523 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:47:16.54 ID:zTb95fQO0
(考えろ……俺に出来る事を考えろ、なんだっていい、とにかくあのクソ野郎をブチのめせりゃ何でもいい!)


 垣根の最大の武器、『未元物質』
 しかしそれは、垣根の脳内で行われる『未元物質』という能力を発動させるための絶対条件である演算を逆算されてしまったため、如何なる使い方をしても『未元物質』自体のベクトルを操られてしまう。
 能力をフルで発動した時に勝手に形作られる翼も、逃亡には使えるが反撃には使えそうにない。
 ならば、格闘技、射撃、だまし討ち、応援――――いや、駄目だ。
 あらゆる手段を尽くしたとしても、垣根帝督という人間は一方通行を超える事が出来ない。


「くそ…………! 『未元物質』さえ叩きこめりゃ……!」


 一方通行は最強の能力を持っているとはいえ、身体はただの人間に過ぎない。
 最大出力の『未元物質』を直撃させることが出来さえすれば、その一撃で一方通行は確実に死に至る。
 だが、垣根の『未元物質』の演算は既に解読されてしまった。
 当てれば勝てるが、あてられない。
 どうする。
 どうする。
 どうする。 
 どうする。
 どうする。
 どうす、る――――――
524 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:48:18.11 ID:zTb95fQO0
「………………………………………………!」


 垣根帝督は一つの答えを導き出した。
 だが、それは解法と呼べるようなものでは決してない、いわば暴論であった。
 学園都市に住まう人間であれば、超能力の概念を欠片でも知っている人間であれば、決して浮かばないであろう発想。
 だが、思いついてしまった。
 ならば、実践しようじゃないか。 
 詭弁でもいい、戯言でもいい。
 0パーセントと1パーセントでは、その差は比べ物にならないのだから。


「…………は、ははっ」

「あァ?」

「一方通行、俺はどうにかしちまったらしい。俺の中に浮かんだアイデアは多分テメェだろうと想像できねぇようなぶっ飛んだモンだ」

「そォかよ。ンで、それは俺を楽しませてくれるよォな代物なンだろォな?」

「ああ、間違いねぇな。あんまりにも楽しすぎて、俺でさえどうにかなっちまいそうだ。……さて、良い女相手ならともかく、テメェみてぇな貧弱モヤシ野郎を焦らす趣味もねぇし」









「――――始めるか」
528 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/07/29(日) 22:53:48.06 ID:zTb95fQO0
     『次回予告』






『「未元物質」以外の能力……? いや、そンなワケはねェ……! そんな事、ありえるわけがねェだろォが!』

――――学園都市最強の超能力者 一方通行(アクセラレータ)



『は、はハはハハは、なななななニ言ってテやがんだァ? そんgfykな無様なka顔oqmしやがって』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)


541 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:27:36.86 ID:YXzLHdim0



 瞬間。




 垣根帝督を中心に、奇怪な音が辺りに響き渡った。
 まるでガラスとガラスをこすり合わせているかのような、透明な金属音のような、しかし鼓膜を震わせるのではなく脳裏に直接突き刺さってくるような、刃のように鋭い轟音。
 音の発生源は垣根帝督、の背にある六枚の翼。
 白い翼が、穢れを知らぬような純白の翼が、もがき苦しむかのように大きく全体を震わせながら歪み始めた。


「なンだァ……?」


 学園都市最高の頭脳をもってしても見通せない謎の現象。
 一目見ればそれが何系の能力か、どの程度の強度を誇る能力かさえすぐにわかる一方通行にさえ理解不能な状況。
 
542 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:32:39.87 ID:YXzLHdim0
(『未元物質』で何かしよォとしてンのかァ……? だがすでに『未元物質』の公式は理解してンだ、無駄だってのはアイツも理解してるはずなンだが……)


 その時、垣根が引き起こしている『何らかの現象』の余波を受け、垣根の足元の小石が一方通行の元へと吹き飛んできた。
 もはや破壊するまでもなく、一方通行が無意識中に常時展開している反射膜でも対処できる程度のモノ。
 だから一方通行は気にも留めなかった。
 そりよりも、垣根が何をしているのかを把握することが重要だと考えたからだ。







 そして、小石は一方通行の頬を『掠った』









「…………………はァ?」

543 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:33:08.32 ID:YXzLHdim0
 一方通行が自分の頬を撫でる。
 ピチャリと、水っぽい感触。
 見れば、白い手に赤い液体が付着していた。
 もう一度触れて確認する。
 ズキリと頬に刺すような痛みが走る。
 
 一方通行の頬に、小さな傷が出来ていた。


「な、ンだよ、何だよオイ、どォなってンだァ!?」

 
 ありえない。
 垣根帝督の『未元物質』は完全に把握したのだ。
 如何なる使い方をしても、それは『未元物質』という超能力が根底に存在する現象にすぎない。
 『未元物質』を把握していれば、垣根のあらゆる攻撃は掌握できるはずなのだ。
 なのに、どうして。
544 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:36:27.65 ID:YXzLHdim0
「『未元物質』以外の能力……? いや、そンなワケはねェ……!」

 
 二つ以上の能力、すなわち『多重能力』【デュアルスキル】は学園都市において不可能とされている。
 『自分だけの現実』に宿る能力は一つだけであり、何らかの能力が発現すればそれ以外の能力は発現しない。
 だから、垣根の『アレ』も『未元物質』のはずなのだ。


「チッ! だったらもォ一度演算を逆算すりゃァイイだけだろォが!」

 
 一方通行は垣根の『何か』をあらゆるベクトルから逆算し、把握しようとする。
 
 だが、そこで一方通行は更なる疑問に出くわした。
 
 
「……オイオイ、待てよ、ありえねェだろォがよ、ふざけてンじゃねェよ! 何なんだよコレはよォ!」
545 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:37:22.33 ID:YXzLHdim0
 ありえないことが起こっていた。


 一方通行が垣根の『未元物質』らしきものを逆算しているうちに、垣根の発動している『未元物質』らしきものの演算式がどんどんと変化している。
 まるで数式を解いている最中、どんどん数字が書き加えられているような状況。
 これでは、どれだけ演算を続けても無意味だ。
 どれだけ必死に解き続けても、その答えが刻一刻と変化する数式など解きようがない。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 垣根は絶叫する。
 白い翼が連動するかのように耳障りな音を立てながら捻じ曲がっていく。
 

「テメェ…………まさか…………」
546 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:38:38.43 ID:YXzLHdim0
 そして、ようやく一方通行は垣根が何を行っているのか理解した。













「『未元物質』の演算式を作り変えてやがンのか……!?」












 超能力の演算式を『作り直す』。
 それがいったいどれほど狂気じみた所業なのか、一方通行には理解できた。
 力を最大限に発動させた時、自動的に翼の形になる垣根の『未元物質』や一方通行が無意識の間に自動展開させている『反射』。
 これらは能力を使い方を熟知し、もはや思考の必要がない、つまりは拍動や呼吸のように考えずとも行えるレベルにまで脳内で演算式の最適化が行われているがために行えることだ。
 それを、一から作り直す。
 今まで使ってきた『能力発動に最も最適化された演算式』を最初から組み直すというのだ。


 それはつまり、全く新たな超能力を発現させるという事にも等しい。
547 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:39:46.29 ID:YXzLHdim0
 無意識を意識的に操作するということは、人間が生まれた時から無意識に行える心臓の拍動を自分の意思で動かすようなものだ。
 それが、どれほど愚かな事なのかは想像に難くない。
 この世の物質ではない、どこからから引きずり出される『未元物質』
 それが、どこからやってくるものなのか、垣根帝督は完全に把握するつもりだ。


「馬鹿かテメェは! 演算式を一からまるっきり組み替えるなンざ、テメェ以外の人間が『未元物質』を発現させるよォなモンだろォが!」


 第一位、一方通行。
 第二位、未元物質。

 この二つは学園都市に存在するどの超能力ともかけ離れた、完全にオンリーワンの超能力だ。
 比類する能力も、分類できるジャンルも存在しない、一方通行と垣根帝督にのみ宿る唯一無比の能力。

 それを、他者に発現させる事など絶対に不可能。
 既にレベル5の人間が、全く別の系統の能力を発現させ、さらにレベル5に至るという夢想にも似た話。
 他の人間がレベル5に至る可能性よりもさらに低い、もはやありえないと定義しても問題ない話。
548 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:40:20.72 ID:YXzLHdim0
「は、はハはハハは、なななななニ言ってテやがんだァ? そんgfykな無様なka顔oqmしやがって」


 垣根帝督は笑う。
 もはや、その笑顔は微笑みなどではなく、悪魔にしか浮かべられないようなものだった。


「教えtrnてやmるよ一方通fdb行、このpqz俺にfsgu常識lqmzは通用vytrしねぇ」


 ガクガクと垣根帝督の体が震える。
 目から、耳から、鼻から、口から、ありとあらゆる部分から血を流しながら、垣根は何やらノイズを走らせながら言葉を吐き出していた。
 どう見てもまともではない。

 当たり前だ。

 垣根帝督と言う人間が、まともであるはずがないのだから。
549 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:41:19.41 ID:YXzLHdim0
(もっとだ、もっと深く潜り込め。『未元物資』を完全に理解しろ、なに一つの疑問すら残すな、『未元物質』の端から端まで全部掌握しろ!)


 垣根が『未元物質』の方程式を一から作り変える真意。
 それは、今までの『垣根帝督』という人間ではたどり着けなかった域へと達するためだ。
 今までの使い方では駄目。
 もっと深く。
 もっと正確に。
 『未元物質』とは一体何なのか。
 満足するな。
 奢るな。
 こんなものではない。
 この、垣根帝督に秘められた力は、あんな程度で収まるものではないはずだ。 
550 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:42:13.01 ID:YXzLHdim0
 垣根は演算を続ける。
 
 どこまでも、どこまでも。
 
 複雑に、濃密に。
 
 深く。
 深く。
 深く。
 深く。

 深く、深く、深く、深く、深く、深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く――――










「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」





















 そして。


551 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:43:37.33 ID:YXzLHdim0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  








 同刻、ロンドン。




 それは、薄暗い教会の中での会話だった。


「…………」


 異常に長い金髪の女性が、窓の向こう側を静かに見つめていた。


「……? どうなされました?」

 
 近くで何らかの作業をしていた赤髪の神父が、疑問に思って訪ねる。 


「……いえ、何でもなしよ。憂ふ必要ななしけるわ」

「貴女のする事で心配がいらなかったことがないのですが」

「なっ!? 淑女に向かひてその口のきき方はいかがなるの!?」

「淑女はそんなバカみたいな喋り方はしません」

「ふ、ふんっ! もう知らずわ!」


 プイッ、と子供らしい動きで顔をそむけた女性は、神父に見えないように口元に笑みを浮かべた。



(…………この方向、学園都市? まさかアレイスター、何かせしこと? ……まぁ、何なれ、面白きことになりてきたりね)
552 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:44:36.36 ID:YXzLHdim0



 ―――
 ―――――
 ―――――――――  








 同刻、英国某所



 それは、簡素なアパートメントの一室での会話だった。


「…………チッ、面倒な事になりそうだな」


 コタツに脚を突っ込んで体をぐでんと伸ばしていた少女が唇を尖らせながらつぶやいた。


「いきなりどうしたんですか」


 キッチンの方から飲み物を持ってきた黒服の男が訪ねる。


「お前は感じないのか? やれやれ、相変わらず駄目な奴だ」

「どうしていきなり罵倒されなきゃならないのかがわかりませんが、まぁ真昼間からジャージを着てコタツでごろごろしているボスよりは人間としてマトモだと思っていますけど」

「いいじゃないかジャージ&コタツ、ジャパニーズはみんなこうやってくつろいでいるんだぞ」

「どこ情報ですかソレ。ボスくらいの年齢なら運動をもっとするべきですよ。ちゃんと規則正しい生活を心がけないと身体の発達に影響が――

「よーし肉ミンチ決定だ」

553 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:45:35.98 ID:YXzLHdim0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  








 同刻、バチカン。


 それは、大聖堂の最深部に存在する部屋での会話だった。



「……ふむ」

 
 分厚い本を読んでいた一人の青年が、突然本を閉じ東の方へ顔を向けた。
 

「あ? 如何したのよいきなり」

 
 近くに座っていた派手なメイクの女性はピアスを磨きながら横目で青年を見るが、青年は女性の方に全く目を向けずに返事を返した。


「いいや、何でもない。気づかないなら話しても無意味だろうしな」

「あぁ?」

「なんだか引っかかる言い方ですねー」

 
 長身痩躯の男が間延びした喋り方で口をはさむが、誰も返答しなかった。
 そもそも、ココに居る全員が和やかに会話するような間柄ではないのだが。 


「…………」


 ただ一人、無言で青年と同じ方向を向いていた大男は顔を顰めている。
 

「どうやらお前は漠然と感じているようだが、正確には把握できんらしい。まぁいい、何か理解できたとしても、お前たちではどうにもならんよ」

「言い方うっぜぇ……」

「さて、と。これは興味を向けてもよさそうだ」


 青年は愉快そうに笑い、そして静かに立ち上がった。
554 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:46:55.37 ID:YXzLHdim0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  








 同刻、某国。


 それに気づいたのは、奇怪な眼帯と黒い帽子を身に着けた少女だった。
 少女の前には、金髪の青年が立っている。
 二人は無傷だった。
 だが、二人の周りはまるで戦争でもあったかのように、文字通り『壊滅』していた。

 二人は静止し、同じ方向に顔を向けている。


「…………これは、ずいぶんと凄まじい事だな」

「方向、距離からして学園都市……か? だが、何となく違和感がある。しかしこれほどの特殊な力、お前と俺を除けばアレイスターぐらいしか考えられないな」

「世の中はお前が思っている以上に広いんだよ。『素体』としての素質は十分そうだ。なるべく早いうちに回収しなければ」

「……させるとおもうか?」

「逆だ。邪魔なんて、させるとおもうのか?」


 二人は激突する。
 何一つ説明できない力同士がぶつかり合い、再び地形が大きく形を変えた。

555 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:47:44.61 ID:YXzLHdim0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  








 同刻、学園都市。


 その男は、『窓のないビル』と呼ばれている閉ざされた建造物の内部に居た。
 モニタやボタンの明かりが満天の星空のように瞬く暗い部屋。
 そんな部屋の中心に置かれた、薄紅色の液体に満たされたビーカーの中に逆さまに浮かぶ一人の男。
 
 その男は、聖人のようでありながら罪人のようにも見え、老人にも見えるが子供にも見える、奇怪な人物だった。
 
 そんな彼は今、表情を浮かべていた。
 
 それは驚愕。
 それは喜び。
 それは不満。
 
 極めて人間らしい表情を、極めて珍しい事に男は見せていたのであった。


「………………」


 男は思考する。
 彼の中の『プラン』では、このような事が起こる可能性はゼロであった。
 もしくは、最も歪な状態で『回収』されてから何らかの用途に使う予定だったのだ。
 なのに。
 今、この目の前で起こっている現象は、紛れもなくイレギュラー。
 想定の範囲外という、あってはならない非常事態。


「始末すべきか、いや、それはさすがに早計だな。『プラン』の更なる短縮に使えるかもしれん」


 彼の『想定の範囲内』で『プラン』をかき乱す二人の存在。
 
 一人は、ありとあらゆる異能を打ち消す右腕を持った少年。
 もう一人は、ありとあらゆるベクトルを操る少年。

 この二人の真価は、まだまだ先にある。
 ただの異能を打ち消す右腕ではなく、ただのベクトルを操る程度の能力ではない。
 二つの力が目覚めるのは、まだ先の事。
 彼の『プラン』では、そうなるはずだった。
 だが、ソレは起こった。
 起こるべくして起こったのか、それとも起こらない筈だったことが間違って起こったのか。
 
 それは嘗て、ある存在に知識を与えられた男にすら、わからなかった。
556 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:48:51.48 ID:YXzLHdim0

 脳が二つに割れたような気がした。
 まるで脳を割って、その中から何かが這い上がってくるような感覚。
 だがしかし、そこに嫌悪感や痛み、不快感はない。
 脳が、体が、何かに満たされていく。
 まるで暖かい液体が全身を駆け巡っているかのように。
 
 垣根がイメージしたのは、羽化だった。
 強固な『自分だけの現実』を破り、その下にあった何かが翼を広げている。
 学園都市の技術で開花した超能力。
 だがそれは、『科学』という概念、学園都市の常識に囚われていた、という事なのかもしれない。

 そして、今。
 垣根帝督はその常識を打ち破る。
 








 誰も届かない世界へと、垣根帝督は翼を広げる。






557 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:50:07.14 ID:YXzLHdim0
「…………………ハ、ハハ」


 一方通行は笑っていた。
 しかし、愉快ではない。
 愉快なわけがない。
 人が笑うのは愉快な時の他に、もう一つある。
 それは、まったく理解の及ばない現象に出くわしたとき、どうしようもなく追い詰められた時。
 

「オイオイ……マジかよオマエ、それがテメェの超能力ってかァ? 悪ふざけにも程があンだろォがクソッタレェ……!」






「…………こいつが、『未元物質』か」






 垣根帝督の背には六枚の翼。
 無機的な白い光を帯びていた翼はより一層輝きを増し、それでいてさらに無機物的な美しさを誇っていた。
 まるで、それ自体が人間よりも高位な存在の兵器であるかのように。
558 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:51:54.69 ID:YXzLHdim0
 

 しかし、異変はそれだけではない。



 垣根の背には今までだって翼があった。
 ならば、一方通行は何に驚愕しているのか。





 それは、『腕』






 垣根の両脇の地面から天に向かって歪に指を伸ばす、十数メートルにも及ぶ巨大な二本の黄金の腕。
 空気を握りつぶそうとでもしているかのように五本の指を動かしながら、両腕はまるで垣根に頭を垂れるように指先を下へと向ける。

 まるで、神話の一ページのような光景だった。
 白い翼を背負った天使を、神がその腕に抱いているかのような、そんな光景。
559 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:52:45.88 ID:YXzLHdim0

 
「何処までもメルヘンチックなヤロォだ……クソウゼェ、そのキメェ翼も腕も丸ごと捻じ曲げてやるよォ!」

 
 一方通行は大気、重力、惑星の自転etc……ありとあらゆるベクトルをその体に宿し、垣根帝督へと突撃する。
 本来人間にはどうやっても扱う事が出来ないような強大な力を込めた拳が垣根の顔へと迫った――その瞬間。




 垣根の左右にあった黄金の腕が拳を握る様に、その指を折りたたんだ。
 たったそれだけ。 
 たったそれだけの動作で発生した衝撃波が、垣根以外のありとあらゆるものを薙ぎ払った。



「か……ッ!? ゴ、ガァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 それは一方通行すらも例外ではない。
 完全に理解不能の『謎の衝撃』を受けた一方通行は肉体のありとあらゆる箇所に平等にダメージを受けながら数十メートル吹き飛ばされた。
560 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 22:53:54.82 ID:YXzLHdim0
(なンだ……!? 今のベクトル、この俺に解析できねェ方程式だと……? 『未元物質』に近ェが本質がまるっきり違ェ! 数式に意味不明な文字列を叩き込んだよォな、そもそも方程式として成り立たねェモンじゃねェか!)


 理解不能。
 意味不明。
 掌握不能。
 計算不可。
 
 垣根の翼から感じる力も、両脇に蠢く黄金の腕も、学園都市最高の頭脳ですら一片も理解できない。
 科学の頂点にすら理解できない。
 ならば、あれは――――











「…………科学、じゃねェ…………?」







564 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/01(水) 23:00:44.85 ID:YXzLHdim0
     『次回予告』






『ォ、ォォォォおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?』

――――学園都市最強の超能力者 一方通行(アクセラレータ)



『一方rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr殺ssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssss』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)




『はいはーい、失礼しまーす』

――――???
571 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:14:04.30 ID:rBMkRwJg0




 科学サイド最強の化け物が、その一端に触れた瞬間。



 更なる異変が起こる。





「は、はハは、いイなァ、こレこそ俺二相応しィ能力だ」

「……あァ?」

「どォしタんだヨ一方通行、そんなまぬnnnnけ面しやがって」



 
 垣根の体が大きく震え、その喉からは声ではないノイズが走る。
 ガクガクと垣根が異常な動きを見せた。
 まるで、全身を糸で操られている傀儡のように。
572 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:14:56.79 ID:rBMkRwJg0
「どォなってンだよ……」


 明らかな異常。
 もしも垣根があの正体不明の『力』を完全に掌握しているのであれば、あんなことにはならないはずだ。
 そもそも、あの力で本気で襲い掛かられていれば、一方通行は既にこんな事を考える事も出来なくなっている。
 つまりあれは、暴走だ。

 
「一方rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr殺ssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssss」


 黄金の腕が、まるで幼子が癇癪を起こしているような、そんな無茶苦茶な動きで辺りを握り潰し、ひっくり返し、粉砕している。
 それに連動するかのように、六枚の白い翼も空中を縦横無尽に暴れまわり、翼同士がぶつかり合い耳障りな音を辺りに響かせていた。

 まるで、暴風。

 全てを引き裂きながら、垣根帝督はたった一人で台風の中心で苦しみもがいていた。
573 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:15:51.49 ID:rBMkRwJg0
(だが、好都合だ。アイツがあの『力』を御しきる前に、俺がアイツの『不可思議な力』の方程式を導き出しゃァ良い! 学園都市第一位の頭脳、舐めンじゃねェ!」


 一方通行は目の前のアンノウンを解析するべく、頭の中にあるすべての法則とこの世のありとあらゆるベクトルを照合し、少しずつ答えへと至ろうと脳を働かせる。
 今まで一方通行を支えてきた『科学』が何一つ通用しないあの力を知るためには、一度頭の中にある常識は棄てなければならない。
 全く異なる土台。
 垣根帝督という人間の内に隠れた、科学ではない巨大な力の法則を一方通行は掌握せんとする。


(もしアレが科学じゃねェとしても、俺の能力は『ベクトル』さえ存在してりゃどンなモノだって操れるンだ。だから解法さえ見つけちまえばイイ。格下に出来た事が俺に出来ねェワケがねェンだ!)

 

574 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:17:01.18 ID:rBMkRwJg0

 観測。
 照合。
 不正解。
 再演算。
 計算失敗。
 再演算。
 計算失敗。
 再演算。
 計算失敗。 
 再演算。
 再演算。
 再演算。
 再演算。
 演算。
 演算。
 演算。
 演算。
 演算。 
 演gkqy算。
 演ざlyqmgん
 演zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz
575 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:18:01.32 ID:rBMkRwJg0
「ァ…………? あ、あァ? あァああああああああァァァああ?」


 初めて『未知』に触れた一方通行。
 瞬間、一方通行の脳に明確な変化が現れた。
 
 それは、例えるなら覚醒。
 それは、例えるなら崩壊。
 それは、例えるなら進化。
 それは、例えるなら堕天。
 
 一方通行の瞳から液体が零れ落ちる。
 透明感のある暖かい液体ではない。
 不快感しかない鉄臭い液体だった。
 滴り落ちる赤黒い液体を一方通行は腕で拭う。
 そして、口元は怪しく歪められた。




 泣き笑いの表情で、一方通行は吠えた。
576 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:19:24.47 ID:rBMkRwJg0
「ォ、ォォォォおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」





 噴射。
 
 一方通行の背から黒い何かが噴出した。
 それはどうやら翼らしい。
 しかし垣根のそれとは違う。

 黒。
 漆黒。
 
 神秘的な光を放つ無機質な白い翼とは対照的な、荒々しく物々しくおどろおどろしく、暴力だけが渦巻く邪悪。
 一瞬で世界の果てまで伸びていきそうな程の勢いを誇る翼は、一瞬で辺りの地面を削り取る。
 
577 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:20:39.95 ID:rBMkRwJg0
「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」


 一方通行という存在を構成する柱が砕け散る。
 学園都市第一位という称号、科学という世界そのものが音を立てて崩れ落ちていく。
 この時、一方通行がいったい何に触れたのか。
 それは誰かの思惑だったかもしれないし、イレギュラーだったかも知れない。
 

「な……ンだ……これはよォ……」
 

 一方通行は困惑する。
 己の中から湧き出てくる未知。
 触れた事のない世界。
 しかし既に痛みはない。
 ただただ、一方通行という人格を飲み込まんとする黒い感情だけが無限にあふれ出ていた。
578 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:22:01.34 ID:rBMkRwJg0
「……まァ、イイ。コレが何なのかはわからねェが……アレをぶっ殺せるなら、何でもいいか」


 一方通行はゆっくりと腕を動かす。
 それだけで、未知の絶対的な力で暴走していた垣根の体が大きく吹き飛ばされそうになるが、黄金の腕と暴走中の白い翼がその体を支える。
 

「ギャハ、ギャハハッ! やれる! やれる! ぶち殺せる! ヒャハッ!」
 
 
 一方通行の黒い翼がさらに出力を上げる。
 この謎の力を一方通行は完全に掌握できているわけではない。
 だが、力は一方通行の中に湧き上がる黒い感情に従って動いてくれた。
 だから、計算する必要もなく考える必要もない。




 黒は白を、塗りつぶす。
579 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:23:09.30 ID:rBMkRwJg0












 破壊。
 粉砕。
 全壊。
 撃滅。
 潰滅。
 損壊。
 粉砕。
 打毀。 
 征服。
 蹂躙。


 それは暴力だった。
 『質』と言うだけなら、おそらくは垣根の方が上回っているだろう。
 しかし結果は、圧倒的だった。
 真の力だとか、進化の果てだとか、そう言った小難しい事は何一つない。

 一方通行の力が垣根帝督の力に勝っている理由、それはあまりにも簡単な回答。

 一方通行が、学園都市の頂点であるだけの事。
580 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:26:16.77 ID:rBMkRwJg0


 白い翼は粉砕された。
 黄金の腕は引きちぎられた。

 垣根帝督は、叩きのめされていた。



「………………………クソッ……」


 
 垣根帝督の意識は戻っていた。
 だが、先ほどまでの『力』を行使するほどの余裕があるわけではなかった。
 白い翼はまだ発動できるし、翼の出力そのものは先ほどのようにかなり向上してる。
 しかし黄金の腕はどうやっても出てこない。
 出そうとしても、脳の奥底が焼けつくような痛みを感じるだけで重要なものが出てこない。
581 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:28:05.65 ID:rBMkRwJg0
 
 しかし、一方通行は違った。
 
 黒い翼を四肢のように、自由自在に扱っている。
 暴れ吹く暴風の中で、ただ一人君臨していた。
 

 勝てない。
 垣根が今まで下位の能力者をバカにしてきたように、一方通行との間には大きな差があった。
 

(どうすんだよ……さっきの腕はどうやっても出ねぇし、一方通行のクソ野郎は意味わかんねぇ力使い始めやがったし」

 
 不可思議な力を理不尽な力で薙ぎ払われた垣根は、目の前の絶望を目の当たりにしてなお折れなかった。
 垣根帝督という人間を支える芯は、荒々しく図々しく、人から見ればはた迷惑なだけのものかもしれないが、それはとても強かった。
582 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:28:34.32 ID:rBMkRwJg0
 垣根帝督とは、プライド。
 垣根帝督とは、信念。
 垣根帝督とは、劣等感。
 垣根帝督とは、第二位。

 
 敗北を認めた垣根帝督など、垣根帝督ではない。
 負の側面に生きるからこそ、垣根帝督と言う人間は垣根帝督でいられる。



「じゃあ、死ぬか」


 一方通行が黒い翼を振り上げる。
 それはまさに、罪人の首を絶つギロチン。
 垣根帝督に出来る事は、断頭を待つことだけ。
583 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:29:21.36 ID:rBMkRwJg0
(考えるのをやめるな! 死ぬ間際まで脳みそを働かせろ! こんな所でくたばってたまるか! こんなクソ野郎にこの俺が殺されてたまるかってんだよ!)


 垣根帝督は目を閉じなかった。
 あの翼が垣根帝督の命を刈り取るその瞬間まで、垣根帝督はありったけの敵意と殺意を視線に含めながら一方通行を睨みつける。
 脳を働かせ、経験を思い出し、ありとあらゆる可能性を模索する。
 

 黒翼が、迫る。
 状況を打破する手段は――――














「はいはーい、失礼しまーす」
584 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:30:25.58 ID:rBMkRwJg0
「………………………あぁ?」

「………………………あァ?」


 
 唐突に聞こえた軽いテンションの声。
 死が確定したこの場には似つかわない、あまりにも気楽な声。


 黒い翼は止まらない。


 なのに。
 その声の主も、まったく止まらない。



「………………おいおい、何だよ、おい、どうなってんだよ、テメェ!」
585 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:31:41.65 ID:rBMkRwJg0
 垣根帝督は慌てて声を荒げる。
 だが、声の主はそれに何一つ対応してくれない。
 ただただ、柔和な笑みを浮かべるだけで。
 居るはずがないのに。
 来るはずがないのに。





「帝督、これが私の帝督を『諦め』させるための、とっておきの手段です」






 木原病理は、確かにそこに居た。


「…………ふざけんな、ふざけんな、ふざけんじゃねえぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 垣根帝督は吠えた。
586 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:32:40.02 ID:rBMkRwJg0



 パジャマの裾を小さく揺らし。

 悪戯っぽく人差し指を唇に当てて。

 小首を傾げウインクをしながら。















 木原病理の体は、黒い翼に引き裂かれた。

589 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/05(日) 22:36:57.51 ID:rBMkRwJg0
     『次回予告』






『諦めて、逃げて生きてください』

――――『諦め』を司る『木原』ファミリーの一人 木原病理(きはらびょうり)



『勝手に邪魔して! 勝手に体引きちぎられやがって! その上俺に諦めろだと!? ふざけんな、ふざけんな、ふざけんじゃねぇぞクソッタレ!』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)


602 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 22:49:09.99 ID:J24XodMm0



 べシャリという湿った音。
 グチャリという鈍い音。
 ギチギチと不快な音を立てる機械義足。

 飛び散る赤、砕ける白、引き裂かれるピンクや黄色。


「ンだァ? 今回の実験、部外者参加しすぎだろォよ」


 一方通行の声が酷く遠く感じた。
 まるで、夢で見ているかのように。
 もしこれが夢であったならば、垣根は自分の愚かさを鼻で笑っていただろう。
 しかし、リアル。
 これは紛れもなく、現実で。

 そんな事を考えてしまう程度に、垣根の心はかき乱されていて。


 こんなものは、見飽きる程見てきたはずなのに。


 腰から下を失った木原病理の体が地面に落ちる瞬間が。
 やけにスローモーションに見えて。
603 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 22:50:12.96 ID:J24XodMm0
「なに、してやがんだよテメェは!」



 垣根は木原病理の上半身に駆け寄る。
 臓器と骨と肉と血を断面からドロドロと溢しながら、木原病理はいつも通りの顔をしていた。


「あらあら帝督、そんなに慌てちゃって」


 まるで子供の可愛らしい悪戯を諭す様な口調の病理。
 この状態で、そんなテンションで、話が出来るなど人間に可能な事ではない。
 木原病理の体内に埋め込まれたナノデバイスや様々な薬品の効果により、木原病理は肉体の半分を引き裂かれた状態での生存を可能にしていた。
 しかし、その効果は無限ではない。
 消費されるエネルギー、肉体への負担、何の処置もしなければ、単にこれは死ぬまでの苦しみが長続きするだけの手段。
 ならばなぜ、病理はこのような手段を選んだのか。
 理由は単純だった。
604 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 22:50:54.40 ID:J24XodMm0
「帝督、どうですか? 私の今の姿は」

「あぁ!?」

「無様でしょう、呆れるでしょう? これが第一位に挑む、自分よりも上位に挑むという事なんですよ」

「…………」


 第一位と第二位の間に存在する絶対的な壁。
 垣根はそれを嘲笑い、乗り越えてやると宣言した。
 しかし、結果は誰もが予想した通りだった。
 もしもあの時病理が間に割り込んでいなければ、体を二つに千切られていたのは垣根だったはず。
 反発する心も、第一位への悪意も、強固な信念も、何一つ打ち砕かれることなく、垣根は絶命していた筈だった、

 だが、垣根は今も生きて、そして訪れるはずだった結果を目の当たりにしている。


 これが、木原病理の垣根に対する最後の攻撃。

 第一位を殺すなんていう夢想に囚われた垣根を『諦め』させる、文字通り決死の手段。
605 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 22:52:03.35 ID:J24XodMm0






「帝督、第一位とこのまま戦えば、貴方もこうなるでしょう」








 木原病理は、笑顔だった。








「ですから」








 木原病理は、満足していた。








「諦めて、逃げて生きてください」








 木原病理は、最後まで自分の信念を貫こうとしていた。
606 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 22:53:18.45 ID:J24XodMm0







「ふっざけんじゃねぇぞクソボケェェェェェぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」








 垣根帝督は吠える。
 感情は怒。
 ただただ、まき散らしても発散しきれないほどの怒りが垣根帝督の中で渦巻く。
 

「勝手に邪魔して! 勝手に体引きちぎられやがって! その上俺に諦めろだと!? ふざけんな、ふざけんな、ふざけんじゃねぇぞクソッタレ!」


 叫ぶというよりかは、喚く。
 まるで駄々をこねる子供のようだった。
 感情をむき出しにして。
 絶望を感じて。
 怒りで表情を染め上げて。
 心の内で引き裂くように泣きながら。
607 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 22:55:32.56 ID:J24XodMm0











 垣根帝督は、背の翼を病理の体の断面へと突き立てた。

















「あァ?」


 一方通行は解せない、といった表情を見せる。
 轟々と吹き荒れる嵐の様な黒い翼を従えながら、一方通行は目の前の不可解な光景について思考する。

 『未元物質』の翼を突き刺された木原病理は、突き刺さった瞬間こそ一度体を震わせ血を噴出したが、それ以降は削り取られた断面からの出血は見られない。
 しかし、『未元物質』の翼は今尚病理の肉体へ侵入を続けている。
 異物が人体へと入り込んでいる。
 傍から見れば虫の息の人間をいたぶり嬲っているようにしか見えない。
 だが、一方通行はその光景に別の印象を抱いた。
 それは、手術のイメージ。
 刃で肉体を切り裂き、ドリルで骨を削るような、荒々しくも人を確かに救っているとわかる光景。
608 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 22:56:37.22 ID:J24XodMm0
「てい、とく?」


 翼を突き立てられた上半身のみの病理は疑問の声を口に出す。
 本来なら、肉体の50パーセントを失った人間が、さらにその断面に異物を突き立てられた状態で言語として他人に通じる言葉が話せるわけがない。
 異常な光景は、異常な現象を引き起こしている。


「何を、しているんですか? そんな凶悪なもので、乙女の体内を蹂躙するなんて、えっちですよ?」

「黙れ」


 一度だけ、垣根は病理を黙らせるために言葉を吐いた。
 その直後から、垣根帝督の口からブツブツブツブと呪詛の様な言葉が漏れ出す。
 口にしているのは数字、専門用語、そして垣根の頭の中にだけ存在する独自の法則の方程式。
609 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:00:25.01 ID:J24XodMm0
(…………観測、されている?)


 病理は自らの体にかかる違和感から、垣根の行動を推測する。
 どうやら『未元物質』の翼は、病理の体の状態を片っ端から掌握しているように思えた。
 まるで寄生虫が宿主の体に住み着くために、その肉体を隅から隅まで自分の存在しやすい環境に作り変える為に。


「帝督、アナタまさか――――


 垣根帝督の『未元物質』
 この世の法則を乗っ取る摩訶不思議な物質。
 その力の柔軟さは、他の能力の追随を許さない。
 しかし。
610 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:01:19.51 ID:J24XodMm0






「『未元物質』で人体細胞の構築を……?」






 理論はあった。
 時間をかければ実現できる自信が木原病理にはあった。
 だが、即席で。
 この土壇場の状況で。
 
 精密操作と応用の極致の様な事を、成し遂げようというのか。

611 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:02:40.65 ID:J24XodMm0
「や、やめてください帝督。いくら『未元物質』とはいえ、人体細胞を再現するなんて事は不可能です。そんな無謀な事は諦めてください」

「復元、構成、再構築、演算、複製、観測、補充、修正、調整…………」


 垣根帝督の吐き出す言葉は病理の意思など一切介していない。
 無視。
 病理の考えなど、病理の意思など、病理の気持ちなど、垣根帝督には一切関係ない。
 
 自分勝手。
 傍若無人。
 
 垣根帝督が尊重するのは自分の意思と信念のみ。


「てい、とく――」












「なァンか面白ェ事してるみてェだけどよォ」
612 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:04:21.98 ID:J24XodMm0
 ゆらりと。
 白い悪魔は黒い力を従え、垣根帝督と木原病理の元へと歩み寄る。


「俺をのけ者にすンじゃねェよ。仲間外れだなンて寂しいじゃねェか」


 一方通行は嗤う。
 垣根と同じように不可解な力をその身に降ろしているにもかかわらず、一方通行はその意識を保ち続けている。
 性能差。
 残酷な数値の差は計算式でもなければ絶対に覆らない。

 
「帝督、逃げてください。殺されますから、早く」

「再構築、再構築、再構築、再構築、再構築、再構築――――」
613 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:07:28.14 ID:J24XodMm0
 聞いていない。

 
 関係ないのだ。
 
 危機など。
 忠告など。
 都合など。
 心配など。
 理由など。
 恐怖など。
 他人など。
 関係ない。
 
  
 
 何一つ、垣根帝督には関係ない。

 考慮に値しない。
 配慮する必要はない。


 成し遂げることは絶対に成し遂げる。
 気に入らない事は絶対にすりつぶす。

 ただ、それだけの事。
614 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:10:08.36 ID:J24XodMm0
「シカト貫いてンじゃねェよ! あァ!?」



 黒い翼が襲い掛かる。
 病理の肉体を削り取った荒々しい刃としてではなく、肉体の深部にまで衝撃を伝える重々しい鈍器として。
 横殴りに襲い掛かってきた黒い重圧は、そちらに見向きもせず病理の身体だけを見つめていた垣根の体を真横に吹き飛ばした。


 垣根の体が鈍い音を立てながら地面を転がり、コンテナにぶつかって静止する。


 擦過傷、脳震盪、内臓損傷、骨折。
 元々全身にダメージを負っていた垣根は決して軽傷ではなく重傷、重体とも呼べる状態にまで追い込まれる。

 しかし、垣根は立ち上がった。

 脚を無様にガクガクと震わせ、震える体を支える腕すら震えている状態で。
 這いずる様に歩きながら、垣根は再び病理の元へと向かう。
 その口からは言葉が漏れる。
 痛みに呻く声でもなく、苦しみに悶える言葉でもなく、その口が紡ぐのは計算式。
 木原病理の肉体を構成するための特殊な演算。
615 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:13:44.59 ID:J24XodMm0
「………なァンか、今のテメェは面白くねェなァ」

 
 つまらなさそうに一方通行は呟く。
 黒い翼の出力があがった。
 明らかな殺意が含まれていた。


「もォいいや。十分楽しンだしなァ。そこの女と一緒にグチャグチャにして混ぜてやっからよォ」


 垣根は漸く病理の体にたどり着く。
 普通に歩くより五倍ほど時間をかけたが、垣根は何も言わずに病理の体の元に倒れるように座り込み、再び翼を病理の身体へと当てる。
 演算を開始する。
 だが。








「…………なぁ、木原病理」
616 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:17:40.67 ID:J24XodMm0
 垣根が初めて、計算式以外の言葉を口にした。
 しかし、視線は向けていない。
 まるで、独り言をつぶやいているかのような調子だ。


「はい」

「テメェは、テメェが死ぬことで俺を諦めさせようとしたんだよな」

「ええ、その通りですよ」

「ならテメェは考えなかったのか? 俺がテメェが死んだ程度じゃ何のリアクションも起こさねぇどころか、喜ぶんじゃないか。とかよ」

「まぁ、ちょっとは考えましたよ? アナタの性格ですから、私が死にかけてるのを見たら笑って踏みにじるくらいの事はしそうですしねぇ」


 クスクスと病理は笑った。
617 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:19:16.92 ID:J24XodMm0
「ですが、いざとなればこの儚く可憐な病理ちゃんの心配をしてくれると信じていました」

「真っ二つにされても生きて喋って笑ってボケかましてるテメェのどこが儚いんだよ」

「あらあら、ここは乗っかってくれる場面でしょう? 常識的に考えて」

「悪いな、俺に常識は通用しねぇ」

「それ全然すごくないと思いますけど…………まぁ、冗談をなくして、『木原』である病理ちゃんが珍しく本音を語っちゃいますかね」

「珍しいな」

「私は前から言っている通り、帝督が欲しいです。その能力は私がこの世で最も手に入れたい能力ですから」

「全然嬉しくねぇな」

「だから私は、心配しましたよ。帝督が第一位に殺されてしまうんじゃないかと」

「余計な世話だ」

「まぁまぁ。……ですから、思ったんですよ。私は帝督をこんなに心配しているのに――――
618 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:20:55.22 ID:J24XodMm0


















「私が帝督に心配されてないっていうのは、ちょっと寂しいかな……って思いました」

















619 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:22:29.90 ID:J24XodMm0
「…………そうかよ」


 垣根は会話を打ち切った。
 ほんの少しだけ、笑みを見せて。


「感動的な所悪ィンだけどよォ」


 飽きたように一方通行が言葉を吐く。
 まるで、茶番を見せられて苛立っているように。


「そォ言うの、寒くて仕方ねェンだわ。つーわけで、死ね」
620 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:24:05.31 ID:J24XodMm0

 黒い翼が空高く掲げられる。
 おそらく、あれを振り下ろされれば垣根帝督の肉体と木原病理の肉体は同時に粉々にされ混ざり合い、もう見分けがつかなくなってしまうだろう。
 だが、垣根は病理の肉体の再構成をやめる気配を見せなかった。
 関係ない。
 垣根帝督は自分の意思に基づいて行動する。
 彼の強固な芯を折る事など、誰にだって出来やしない。
 慣れあうつもりはない。
 平和な世界に生きるつもりもない。
 ただ。




 逃げ出すという屈辱の選択肢を選ぶくらいなら、垣根帝督はこのままでいいと思った。
621 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:25:54.73 ID:J24XodMm0
「これで終わりだァ、三下共」




 黒い翼が、襲い掛かる。

 二人は、動かない。


 一方通行は嗤っていた。
 垣根帝督は笑っていた。
 木原病理は微笑んでいた。



 そして。


















「ああ、確かに終わりだ」




 声は、聞こえた。
624 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/06(月) 23:32:52.01 ID:J24XodMm0
   『次回予告』






『…………テメェ、誰だァ?』

――――学園都市最強の超能力者 一方通行(アクセラレータ)





『俺様の『腕』の行使は無制限じゃあないんだ。今はまだ、な。だからあまり手間取らせないで欲しいのだが』

――――???
637 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:21:17.59 ID:3Ls3lkAn0
 





 弾ける音。
 砕ける音。
 阻まれる音。
 粉砕される音。
 かき消される音。
 
 そのいずれかの音が響いた。
 防がれたのは、一方通行の背中から噴射する圧倒的な黒い翼。
 防いだのは、先ほどまでこの場に存在していなかった謎の存在。

 異様だった。
 不可思議だった。
 不可解だった。 
 不条理だった。

 ありえない。 
 ありえない。
 ありえない!


「…………テメェ、誰だァ?」
638 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:22:35.85 ID:3Ls3lkAn0

 一方通行が威嚇するように尋ねる。
 だが、その視線の先に立つ男は睨まれたものすべてを竦ませる一方通行の視線を真正面から受けても平常心であった。
 
 細見で、どこか陰鬱とした雰囲気を感じさせる男であった。
 全身を赤を基調とした服装に身を包んだ男で、赤い髪を夜風に棚引かせながらその場に立っている。
 男は武器のようなものを有していない。
 だが、一方通行の黒翼は確かにその男に阻まれていた。







 その男の右肩から生える、巨大な赤い腕のようなものに。



639 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:23:13.09 ID:3Ls3lkAn0
「名乗った所でお前には理解出来んし、名乗る必要があるとは思えないな」


 男は一方通行から向けられる殺意など何でもないかのように、返答した。
 再び一方通行は黒翼を振るう。
 しかし、再び黒翼は赤い腕に阻まれ、それどころかその腕が軽く一度振るわれただけで黒い翼が根元からはじけ飛んだ。


「なァ……ッ!?」

「俺様の『腕』の行使は無制限じゃあないんだ。今はまだ、な。だからあまり手間取らせないで欲しいのだが」

「クソッタレ、粉々にしてばら撒いてやるよォ!」


 一方通行が飛び掛かる。
 その身にありとあらゆるベクトルを乗せて。
 一撃で学園都市を更地に変えられる程のベクトルを支配して、その力を男の頭へと叩きつける為に。
640 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:29:09.66 ID:3Ls3lkAn0


「いかんな、その程度で激昂しては。器の底が知れてしまう」




 男は一歩も脚を動かさず、指一本すら動かさなかった。
 なのに、一方通行は吹き飛ばされた。
 その身に載せたベクトルを全て弾き飛ばされ。
 学園都市最強の能力者だけが持ちえる『反射』の壁もすり抜けられ。
 
 力も。
 能力も。
 頭脳も。
 プライドも。
 悪意も。 

 すべてを粉々に打ち砕かれて。









 一方通行は一切の言い訳も出来ないほど完璧に、敗北した。
641 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:33:13.40 ID:3Ls3lkAn0










「さて、と。余計な奴らが来る前にさっさと済ませてしまうか」


 男は垣根と病理の方を振り返った。
 垣根は当然、男を警戒している。
 その男は一方通行のように見るからに危険、という見た目ではないものの、胸に重い物を押し付けられているかのような、そんな圧迫感を感じさせる雰囲気を纏っていた。
 明らかな、『闇』の人間。
 それも学園都市最強の一方通行を圧倒できるという事は、少なくとも科学の人間ではない。


「テメェは……」

「俺様はフィアンマという。本名ではないが俺様に名乗る名前はこれしかないんでな、納得してもらうぞ」
642 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:34:32.58 ID:3Ls3lkAn0

 フィアンマと名乗ったその男は垣根と病理の様子を眺める。
 病理の失われた部分の肉体は、七割ほどが『未元物質』によって既に補われていた。
 まるで陶器で出来ているかのような、人工的な白い滑らかさを持つ足が木原病理に生えている。


「……成程。純度も低く、出力も目も当てられないほどだが、一応は『天使の力』【テレズマ】というわけか。物質化に成功したという点には俺様も賞賛しなければならないな」


 一人で勝手に納得した様子のフィアンマ。
 垣根は色々とフィアンマに聞かねばならないことがあるため、疑問を口に出そうとした、その瞬間――





「――――あ」





 バタンと。
 その場にあっけなく、垣根は倒れた。
643 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:37:16.27 ID:3Ls3lkAn0
「帝督?」

「死んではおらんよ。しかしその怪我に加え、俺様ですら今の状態では使いこなせないであろうレベルの『天使の力』を行使するという荒行を成し遂げたのだ、意識を失っていなかった方が不自然だな」


 見ると、呼吸は小さいがちゃんと自力で行っている。
 だが、垣根の翼は未だ病理の体に触れたままだった。つまりは、病理の体を復元するための演算式は未だ続けられている。


「……無意識で能力を行使しているだなんて、非常識ですねぇ」


 病理は笑った。
 出来立ての足に垣根の頭を乗せ、その顔を優しく撫でながら。


「さて、すまんがここでのんびりとしている暇はない。お前たちも聞きたい事は色々とあるだろうし、このままここに居ると面倒な奴らに嗅ぎ付けられる可能性がある。この場から移動するが構わんな?」

「ええ、しかしあなた一人で私達を? 帝督はそれなりの体つきですし、あっちには動けないクローンも倒れています。さらに病理ちゃんもこのスタイルですからスレンダーな子と比べて少々重量感はありますよ?」

「安心しろ。俺様の起こす『奇跡』にはお前たちの常識など通用せんよ」


 どこかデジャヴを感じる言葉を吐きながら、フィアンマは再び右肩に『腕』を召還した。
644 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:39:52.17 ID:3Ls3lkAn0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  






「…………」


 垣根帝督が目を覚ましたのは質素な作りのベッドの上だった。
 体を起こそうと垣根は力を込めるが、全く力が入らない。寝返りを打つことすら困難だった。
 仕方なく、垣根は首だけを動かして、ここがどこか確かめようとする。
 見える光景には、見覚えがあった。


「……『スクール』のアジトか?」

「はい、そうですよ」


 垣根が向いている方向の反対側から声が聞こえた。
 そちらに顔を向けると、木原病理が椅子に座って垣根を見下ろしていた。
645 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:42:01.16 ID:3Ls3lkAn0


「木原……」

「その苗字の人はかなりの数いますから、出来れば名前で呼んでくれると嬉しいんですけども」

「うるせぇ。……何で俺はアジトにいる? あれからどれくらい時間が経った? 何があった?」

 
 質問を立て続けにぶつける垣根。
 どれから答えようか、うーんと小さく唸りながら迷う病理。
 すると、全く別の方向から答えが飛んできた。


「俺様が運んでやったんだよ。お前ら全員な」


 声がしたのは頭上だった。
 垣根はそちらへ顔を向ける。




 そこに居たのは、服から髪まですべてが赤い男だった。
646 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:44:35.59 ID:3Ls3lkAn0

「赤っ」

「…………まぁ、否定はせんが」


 やや不満そうな表情を見せる赤い男。




 …………………赤い男?





「ッ! テメェ! あの時邪魔しやがった!」

「邪魔、とは随分な言葉だな。俺様が現れなければお前たちは今頃まとめてミンチになっていたというのに」

「それがどうした、どこで死のうが俺の勝手だ、テメェなんかにどうして俺の生死を決められなきゃならねぇんだ?」

「勝手、か。成程な、確かに勝手な言い分だ」

「…………あぁ?」
647 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:45:42.21 ID:3Ls3lkAn0


 赤い男、右方のフィアンマは不敵に微笑む。


「ある程度の経緯はそこの女に聞いた。お前は行動したのだろう? その理由が正義感なのか自己満足なのかはお前自身にしかわからん。しかし行動した以上、お前はその結末に責任を持つべきだ」

「……」

「大口叩いて敵に挑み、結果は無様に敗北。それじゃあもはや滑稽を通り越して間抜けだよ」


 正論だった。
 垣根帝督は誓ったわけではないが、驕ったのだ。
 それは、誓う以上に重い事だったかもしれない。
 プライドというものを守れなかった事は、垣根帝督には死よりも屈辱的な事だ。


「しかし、間抜けならどうすればいいか、それがわからんわけでもないだろう? 無知ならば学べばいい。俺様がわざわざ学園都市までやって来た理由の半分はそれだ」

「あ?」





「教えてやるよ垣根帝督。お前があの戦いの最中に目覚めた『力』について」





「…………テメェは、一体何者なんだ?」

「気を失う前に名乗ったのだがな。まぁ良い、もう一度名乗ってやる。俺様は『右方』のフィアンマ。初めまして、科学の無知なる子羊よ」
648 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:46:29.30 ID:3Ls3lkAn0
「さて、と。まずはお前らの頭の中にある常識を壊すところから始めねばならんな」


 フィアンマは自分で淹れた紅茶を啜りながら、簡素な作りのソファに腰を掛ける。
 垣根は上半身を病理に起こしてもらい、壁に寄り掛かる形でフィアンマの方を向く。
 病理もいつの間にかアジトに置いておいたお気に入りのクッキーを齧りながらフィアンマの話を聞くようだ。


「この世には、お前らが生まれた時からどっぷりと浸かっている科学と双璧をなすもう一つの法則が存在する。『魔術』と呼ばれる力だ」

「……魔術、なぁ」

「おや、あまり驚かんのだな。てっきり俺様は馬鹿げた話だと一蹴されると思っていたのだが」


 意外そうな顔でフィアンマは垣根を見る。


「その胡散臭ぇ話をコイツに先に聞かされてたからな」


 親指で病理を示す垣根。
 病理はクスクスと笑った。
649 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:47:35.76 ID:3Ls3lkAn0
「すいませんねぇ。私も存在を直接観測したわけではないので半信半疑だったんですが、本当に存在しているなんて。ネタバレしちゃいました」

「構わん。納得させる手間が省けるからな」


 特に気にした様子もないフィアンマ。
 病理のクッキーを一枚貰い、説明を続ける。


「魔術を使うのに特別な開発などは必要ない。魔術とはそもそも才能のない人間が才能のある人間に追いつくために編み出された技法だからな」

「才能がない奴?」

「そうだ。もっとも、魔術とて才覚に左右されるのは当然だ。皮肉な話だと思わんか? 才能がない人間のための技術だというのに、そこでまた才能に左右されるというのは」

「くだらねぇ」

650 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:48:27.43 ID:3Ls3lkAn0
 垣根は一蹴する。
 まるでそれが当然であるとわかりきっているかのように。


「世の中、才能が全てだろ。金儲けの才能がありゃ金持ちになれるし、なきゃ貧乏人だ。努力するのにも才能が必要だ。努力の才能がねぇ奴は努力しても実らねぇか、そもそも努力ができねぇ」

「夢のない話だ。間違っているとは思わんがな」

 
 フィアンマは同意する。


「話がそれたな、戻そう。その魔術という技術を使うのに必要なのは魔力と呼ばれる力だ。これはまぁ、人間の生命力、魂ともいえるかどうかはわからんが、そのような物が動力源となっている。いわゆるガソリンのようなものだな」

「つまりは、生きてりゃ誰にでも使える力って事か?」

「そうだ。一部の例外を除いてな」

「例外?」
651 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:50:05.84 ID:3Ls3lkAn0

 病理が小首をかしげる。


「そうだ。言っただろう? 魔術とは才能無き人間のための技術だ。才能を無理やり開発した脳、つまりは学園都市で脳を開発された学生には魔術は使えん。いや、使えはするが目も当てられん程に悲惨な結果を招くだけだ」

「…………」

「才能のない普通の人間が体内で魔力を生成して使用するのが魔術、魔術を使う人間の事を魔術師と呼ぶ。ココまでは一般的な魔術と魔術師の話だ。基本原則は単純だろう?」

 
 フィアンマはカップの中の紅茶を一気に飲み干す。
 お替りは入れないらしい。


「次はもう少しステップアップした話をしようか。魔術師と言うのは基本使うのは魔力だが、中には魔力よりも高位の力を使って魔術を発動させる者もいる」

「高位の力?」

「そうだ。人間が生成することはできない、この世界ではない別の世界、天界を満たす『天使の力』と呼ばれるエネルギーだ」

「!」
652 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:52:26.98 ID:3Ls3lkAn0

 この世界ではない、別の世界を満たすエネルギー。
 それは、垣根にとってとても身近なモノによく似ていた。


「『天使の力』は文字通り、天界に住まう天使を構成するエネルギーだ。天使どころか、天界という世界そのものを創り上げているのだがな。これを扱う事により、魔力では発動できないような大きな儀式魔術や高等魔術を発動する事が出来る」

「天使に天界なぁ……詳しい話を聞けば聞くほど胡散臭ぇな」

「ならば聞くだけ聞いておけ。……『天使の力』は純度も高く強力な力だが、その分扱いが難しい。軽々と扱えるレベルの魔術師ならばまず間違いなく魔術サイドでは名が知れ渡っているだろう。隠匿されている者もいるだろうがな、この俺様のように」

「つまりテメェは「俺は強い」って言ってんだな?」

「まぁな。俺様には謙遜する理由が何一つ見当たらん」


 フィアンマは傲慢だった。
 そして、その傲慢さを突き通す程の『力』を持っていた。
653 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:54:54.00 ID:3Ls3lkAn0
「ここで、そろそろお前の話をしよう。お前は科学サイドの人間でありながら、その『天使の力』を行使したのだ」


 天使の力。
 科学ではない、もう一つの世界の力。
 脳裏に浮かぶのは、あの黄金の腕。


「…………あの時の、腕か?」

「それの話はもう少ししてからだ。お前が当たり前のように背負っていたあの白い翼、もはや別物と呼べる程に純度が低いが、アレも『天使の力』ではある」

「帝督の『未元物質』は科学物質だと、学園都市では定義されていますが?」

「だから言っただろう、もはや別物だと。科学であると認識されるほどに歪められているのだからな」

「じゃあ、あの腕は違うってのか?」

「その通りだ。お前が召喚したのはおそらく黄金の腕だろう?」

「ああ」

「それは紛れもなく『天使の力』そのものだ。しかも物質化という域にまで達したのは、驚くべき偉業だよ」
654 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:57:20.86 ID:3Ls3lkAn0
 褒められているのだが、あまり実感のない垣根。
 道端で偶然拾った石が世界最古の石だと言われているような感覚だった。


「今も、そこの女の足を作っているのは物質化した『天使の力』だ。腕に比べて純度は著しく低いが、それなりにマシな方だよ」


 垣根はハッとして、病理の足を見た。
 パジャマ姿のため、足の先からくるぶし辺りまでしか見えないが、そこから覗いているのは人間の足――ではなく、陶器のように白く滑らかな脚だった。
 ただ、駆動義足のように機械的な関節などはついておらず、人間の足をそのまま別の素材でトレースしたように、シルエットだけは完全な人間の脚部であった。
 

「しかし、『天使の力』と人体を結合させるとはな。しかもそれを行ったのが名高い魔術師などではなく、科学サイドの人間だというから悪い冗談だ。これはもはや偉業を通り越して事件だよ」

「その辺、あまり覚えてねーんだが……」
655 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 22:59:51.92 ID:3Ls3lkAn0
 垣根は自分が何をしたのか、はっきりと覚えてるわけではない。
 無我夢中、と言えば聞こえはいい。
 無理やりに、無謀にも、と言ったほうが正しい。
 

「『天使の力』を物質化し、自らの用途に合わせて加工する……これはもはや魔術の常識にも当てはまらん。これだけでお前は魔術サイドの最上位クラスに至ったと言えるだろう。しかし、それが『故意』にであるならば、だがな」

「どういう事だ?」

「たとえばだが、今お前は黄金の腕を出せるか?」


 垣根は頭の中で演算する。
 『未元物質』の演算はあの瞬間、新たな段階に達した。
 今までの演算では引き出せなかった『この世界に存在しない物質』はさらに純度を増してこの世に現界する。

 しかし、あの時の『力』にまでは、どうやっても達しない。
656 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 23:00:50.38 ID:3Ls3lkAn0
「……今までの『未元物質』よりは力も強ぇな。だがあの時みてぇなのはどうやっても無理みたいだ」

「だろうな。あれを自由自在に引き出せたらもはや俺様の野望は二番煎じになってしまう。それを聞いただけでも安心したよ」

「あ?」

「何でもない。……さて、そろそろ話をまとめていこうか。風呂敷を広げるだけでは回収が面倒なんでな」

「何だか腕の悪い小説家みたいなセリフですねぇ」

「黙れ」


 垣根が被せ気味に黙らせる。



「お前の『未元物質』とやらの科学サイド側の定義は知らんが、俺様の推測では『未元物質』は『天界の力をこの世に引き出して操る力』だ。魔術サイド風に言 うと、本来大質量の『天使の力』を引き出すのに必要な、天界とこの世界をつなぐ儀式場を何時でもどこでも作り出せる能力、といった所か」

「……よくわからねぇな」

「だろうな。魔術の魔の字も知らんようなお前では欠片すらわからんよ」

657 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 23:01:50.63 ID:3Ls3lkAn0
 フィアンマは1から10まで理解させるつもりはなかった。
 ただ、その存在を示唆するだけで良い。
 垣根帝督がフィアンマをよく知らないように、垣根帝督という人間をフィアンマはよく知らないが、予想はしていた。
 
 この男に講釈なんてものは必要ない。
 形の決まった知識なんてものは不要だ。
 魔術を知らぬ人間が、『天使の力』を物質化するという域にまで達した。
 その理由は、垣根帝督という人間の発想力にあった。
 天才的、なんてレベルではない。もはや狂気的。猟奇的なのだ。
 狂っている、外れている。
 誰よりも、何よりも、どこまでも吹き飛んだ発想力を持つからこそ、垣根帝督は科学の世界の住人でありながらあの域にまで達したのだ。




(……しかし、昨夜のあの白い男の黒い翼のようなもの……アレも、酷く歪められているが…………)
658 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 23:02:27.97 ID:3Ls3lkAn0
 フィアンマはもう一つの『可能性』を脳裏に思い浮かべる。
 しかし、あちらに手を出す必要はない。
 『操る』だけならば、価値はない。
 『引出し』『創る』というスキルを持つ垣根帝督だからこそ、フィアンマはこうして現れたのだ。


「そういえば、不思議に思っていたんですが」


 病理が髪の毛を指で弄りながら、フィアンマに尋ねる。


「帝督を褒めるためだけに、あの場に現れたわけじゃあないでしょう? アナタの真意を知りたいのですがー」

「そうだな、それこそが俺様の話のクライマックスだ」
659 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 23:03:43.69 ID:3Ls3lkAn0

 フィアンマは立ち上がり、垣根のすぐ目の前に立つ。
 位置的に、フィアンマは垣根を見下ろす位置に居る。
 しかし、彼らは平等だった。
 対等であった。
 フィアンマが垣根を己と同等とみているわけではない。
 事実、二人の間にある力の差は計り知れないほどだ。
 だが、フィアンマは見下しているわけではない。
 同等ではないが、認めている。
 フィアンマが。
 この世界を悪意しかないと確信し断言できるほど、自分以外のありとあらゆるものを見限っているフィアンマが。
 己が手に入れる価値に足る者であると、認めていた。






「垣根帝督。俺様と手を組まんか?」

「……あぁ?」









 フィアンマは、垣根に手を差し伸べた。

661 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/09(木) 23:20:52.37 ID:3Ls3lkAn0
    『次回予告』




『病理、俺がテメェの足になってやる。だからお前は俺の野望を叶えるための翼になれ』

――――学園都市第二位の超能力者 垣根帝督(かきねていとく)





『……はい、共に行きましょうか。闇の底へと』

――――『諦め』を司る『木原』ファミリーの一人 木原病理(きはらびょうり)



696 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:27:15.72 ID:otrHE8+E0
「俺様が成すべきことはもうすでにプランが出来上がっているのだが、お前の力があればもう少し円滑に、順調に事が進みそうだ。それに、成した後でも色々と面白い事が出来そうなんでな」

「……俺にメリットは?」

「お前の『未元物質』、俺様から見れば『変異した天使の力』だが、ソレについての知識を授けてやる。お前と同様、俺様の力はあまりにも特別すぎてな、俺様と同じ扱い方では不可能だろうがな」

「…………」

「お前の力は科学だけでは限界がある。魔術の知識を加えることにより、お前は更なる高みへと飛翔する事が出来るだろう。自慢になるが、俺様の力があればお前は魔術に関するありとあらゆる知識を得られる」


 フィアンマの手を、垣根は暫し見つめる。
 

 敗北した。
 敗北したのだ。
 垣根帝督は、一方通行に敗北したのだ。

 勝てなかった。
 策を巡らせて。
 死力を尽くして。
 全力で戦って。

 無様に敗北した。

 
 垣根の求める世界。
 そこに至るに必要なのは、何物も寄せ付けぬ圧倒的な力。

 孤高の孤独に至るため、ただ一人の世界に羽ばたくための力。

697 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:28:12.87 ID:otrHE8+E0
「…………少し、考えさせろ」

「…………ふむ、イイだろう。だが俺様も暇ではない。三日後、俺様がここに来た時に返事をしてもらおう」

「わかった。今は失せろ、寝させろ」


 垣根はそう言って寝返りを打つ。
 背を向けられたフィアンマは暫し垣根の背を見ていたが、やがて無言で部屋を出て行った。



「……以外でしたねぇ」

「何がだ」


 二人残された病理と垣根。
 先に口を開いたのは病理だった。
698 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:28:42.91 ID:otrHE8+E0
「てっきり、帝督の事ですから力が手に入ると聞けばすぐに飛びつくと思ったんですが」

「アホか。いくら俺でも即決なんか出来るかよ」


 手を組む、という事自体にそもそも抵抗感がある。
 『スクール』のメンバーにしても手を組んでいうというよりも、垣根が他のメンバーを『使っている』という認識だ。
 自らスカウトした心理定規を除けば、いくらでも代替えのきく有象無象に過ぎない。

 だが、あの男、フィアンマという男は違う。

 明らかな『闇』の匂い。
 自分と同じく、光の世界では生きていくことが不可能な人種。
 フィアンマはその頂点に立つ存在だろう。
 理解不能な力を振るい、第一位すら圧倒したもう一つの世界の住人。
699 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:29:53.77 ID:otrHE8+E0
(…………正直な話、アイツと手を組むメリットは計り知れねぇ)


 垣根すら全貌を把握できていない『未元物質』。
 もしもこれがフィアンマの言うとおり科学サイドの物質ではなく、魔術サイドの物質であるのならば、フィアンマと手を組み知識を得ることで垣根は『未元物質』の全てを理解できる。
 フィアンマは科学としての『未元物質』を知らず、科学サイドは魔術としての『未元物質』を知らない。
 垣根帝督だけが持ちえる唯一無比の『未元物質』は、垣根帝督にしか扱えない超能力となる。


(いずれ学園都市には反旗を翻す。その時に科学サイドの奴らに理解出来ねぇ力を使えるってのは大きいアドバンテージだ)


 しかし、鵜呑みにしていい物か。
 闇に属する人間は多かれ少なかれ、誰一人としてマトモな人間はいない。
 闇に生きる人間は、いずれ闇に飲み込まれて果てるのが定めだ。


「帝督」

「あぁ?」
700 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:30:37.53 ID:otrHE8+E0
 病理が『未元物質』で出来た足を撫でながら、垣根に話しかけてきた。


「この『足』なんですが、どうやら私の意思に応じて形を変えてくれるみたいなんですよね」

「そうなのか?」

「ええ、今はまだ慣れていませんので足の形にとどめていますが、うまくやれば翼や車輪なんて形も出来ると思います」

「車輪は気持ち悪いし、翼は俺が嫌だからやめろ」

「ですが、やはり帝督の『未元物質』は凄まじい能力みたいですねぇ。少しずつですが、木原病理という存在が『未元物質』に飲まれているようです」


 ピクリと垣根が反応する。
 病理は相変わらず笑顔だった。
701 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:31:29.20 ID:otrHE8+E0
「どういう事だ?」

「足を起点に、『未元物質』がどんどん私の体を侵食しているみたいです。あの時は緊急でしたから気を使う暇なんてなかったでしょうが、このままだと私のいずれ自壊するでしょうねぇ」

「…………」


 他人事のように語る病理。
 恐れているわけでも、悲観しているわけでも、絶望しているわけでもない。
 
 
「ですが、これで残された時間、私は『未元物質』の研究に勤しむ事が出来ます。これについてはとっても感謝していますよ」


 むしろ、喜んでいるようで。

 
「ありがとうございます、帝督」

「…………」
702 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:32:01.56 ID:otrHE8+E0
 垣根は暫し考え込む。
 病理の顔をじっと見つめて。
 じーっと見つめられ続けていた病理もしばらくキョトンとしていたが、やがて思い出したように両手を頬にあてた。


「そ、そんなに見つめられると、テレちゃうゾ///」

「ぶっ殺すぞ」


 即答だった。


「…………で、本当に何なんですか?」

「決めた」

「?」













「俺は魔術の力も手に入れる」


703 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:32:32.31 ID:otrHE8+E0
「……!」


 垣根の顔は至極真面目だった。
 この顔の垣根を、病理は知っている。
 一方通行に挑むと宣言した時と同じ。
 
 一度決めた事は、決して曲げないと誓った顔。




「そうですか。それはまぁ、いいんじゃないですかね? 『未元物質』を更なる高みへ押し上げるためには魔術と言うのは実に興味深いですし」

 
 病理は止めなかった。


「それに、帝督は言っても聞かないでしょうしねぇ。力づくで止めようにも、車椅子は破壊されてしまいましたし。私には――――
704 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:33:23.94 ID:otrHE8+E0





 ガシ、と病理の細い手首が捕まれた。






「へ――――」




 そして、突如病理の体が強い力に引っ張られ、その体はアジトの窓を突き破り大空へと投げ出される。
 しかし、その体は落下しない。
 背に白く輝く翼を広げた垣根が、奇しくも病理を助けた時と同じように抱きかかえているからだ。


「…………」

「て、帝督?」



「馬鹿か、テメェは」

「え?」


 ガツン! と。
 垣根の頭が病理の額に打ち付けられた。
705 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:33:57.36 ID:otrHE8+E0
「……あぅ…………」

「馬鹿か、テメェは」


「何で二回も言うんですか……というか、木原でも上位であるこの病理ちゃんがおバカなわけがないじゃないですか」

「いいや、テメェはバカでアホで間抜けだクソボケ」


 心底面倒臭そうに、垣根は続ける。


「どうしてテメェは見送る側のセリフを吐こうとしてんだ?」

「………え?」


 病理はキョトンと、呆けたような顔を見せた。
 垣根の言葉の意味が分からない。
 理解に時間がかかる。
706 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:34:40.20 ID:otrHE8+E0










「テメェも俺と一緒に来るんだよ」









 当たり前の事のように、垣根は言った。




「…………」

「それに、魔術の力は手に入れるつっても、俺はフィアンマとは組まねぇ」

「え?」

「自力で手に入れねぇと意味ねぇだろ。それにあのフィアンマって野郎は気に入らねぇ。頭下げられても手なんざ組むか」


 フィアンマとは組まない、が魔術の世界へは飛び込むと垣根は言った。
 木原病理を連れて、全く知らない世界へ行くと。 
707 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:35:27.25 ID:otrHE8+E0
「テメェを侵食する『未元物質』は俺が近くにいりゃ何があっても抑えられるし、ちょくちょく外部から干渉することで抑えられる。テメェは死ぬ気満々だったんだろうが、残念だな、死なさねぇよ」

「……それだけですか?」

「後、テメェが居ると色々と助かる。俺が今から飛び込むのは魔術とやらの世界だ。俺も科学についての知識はあるが、『未元物質』は特殊すぎる。科学全般に対してのスペシャリストであるテメェの頭は使えるんだよ」

「……それだけですか?」

「何を求めてやがるんだよテメェは」


 垣根の腕の中で、病理は垣根を見つめている。
 しかし、垣根はその視線に込められた感情を理解するまでには至らない。
 人の気など考えた事もないのだから、理解なんて出来るはずもないのかもしれないが。


「…………ふふ、まぁ帝督ですし、仕方ないですかねぇ」

「あ? 何だよ、そのヤレヤレって感じの顔は、ふざけてやがるな」

「別にー。何でもないですよー。…………まぁ、せっかくですし」


 もぞもぞと病理は垣根の腕の中で動く。


 そして、ぴょんと、病理は腕の中から飛び出した。
708 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:36:02.77 ID:otrHE8+E0
「おい、何やって――――


「ふふっ」


 病理の体は落ちていく。
 垣根はすぐにそれに追いつき、再び病理の体を抱え込んだ。


「馬鹿な事してんじゃねェぞ」

「せっかくのシチュエーションです。夜空でお姫様抱っこされている私と、翼を広げる帝督。ロマンチックな言葉をお願いします」

「恐ろしい程に似合わねぇな」

「安心してください。自覚はあります」


 垣根はため息を吐いた。
709 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:36:46.72 ID:otrHE8+E0













「病理、俺がテメェの足になってやる。だからお前は俺の野望を叶えるための翼になれ」

「……はい。共に行きましょうか。闇の底まで」












710 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:37:37.05 ID:otrHE8+E0



 野望をかなえるため。
 利害の一致、共生、利用。

 言葉はなんだっていい。

 木原病理と垣根帝督。

 科学の悪魔と、科学の化け物は今この場で、確かに手を組んだ。

 初めて『仲間』となった。

 白い翼をはためかせ、垣根帝督は夜空を飛ぶ。
 今ここに組まれた組織。
 今はまだ、名もなくたった二人だけの組織。

 しかし、この組織は後に科学サイドと魔術サイド、そして全世界を揺るがす存在となる。
711 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:38:23.97 ID:otrHE8+E0
 

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  






 高層ビルの屋上。
 吹き抜ける風は強く、ドレスの裾と金色の髪を大きく靡かせた。



「…………」



 少女の目に映るのは、夜空で星のように輝く白い翼。
 あの翼には見覚えがある。
 ある意味で、自分にとても近しい翼だ。


「……帝督」


 赤いドレスをギュッと握り、少女は何かを決心する。



「……置いてけぼりなんてつれない事、言わないわよね?」
712 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:38:58.87 ID:otrHE8+E0
 

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  







 雑踏。
 一人の少女はその中心で立ち止まっていた。
 気づいているのは、その少女のみ。
 他の人は脇目も振らず、少女の横を通り過ぎて行った。

 上空から感じる不思議な電波。
 
 見上げると、そこには白い翼。


 それは、紛れもなくあの人の翼。


「…………敵に回るな、とは言われたけど」


 クスリと、少女は笑う。



「味方になるな、とは言われてないわよね」



 少女は歩き出す。
 その目に強い意志を宿して。



713 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:39:47.44 ID:otrHE8+E0

 

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  






「……」


 一人、静かにモニタを見つめる人間がいた。
 学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。
 モニタに映るのは、『スペアプラン』であった少年と、学園都市の優秀な研究者の一人。

 第二位が第一位に勝てないという予想は、正しかった。
 何があっても、どんなことがあっても、その結果は覆らないという確証は確かなものだった。

 しかし、第二位は現時点であの領域にまで踏み込んでしまった。
 それに引きずられる形で第一位も真の価値を片鱗を垣間見せたが、それを差し引いてもあの干渉は予想外だった。

 右方のフィアンマ。

 彼を片づけるのに、今はまだ早すぎる。
 
 第一位の成長はともかく、幻想殺しはまだ成長しきっていない。
 
 右方のフィアンマは、必ず幻想殺しにとって重要なキーとなる。


「………いいだろう、垣根帝督、木原病理、右方のフィアンマ」


 液体の中で、アレイスターは薄く笑う。
 物語の全てを知っているシナリオライターのように、行く先を見据えながら。




「『プラン』は大きく湾曲したが、結末は変わらない。『スペアプラン』としての価値、そしてそれに促される成長……『プラン』は大きく躍進を遂げる」


 計画は、何一つ変わらない。
714 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:40:45.57 ID:otrHE8+E0



 ……
 …………
 …………………






「好奇心とはあらゆるものに平等に存在する欲求だ」


 声がする。
 何処から?
 不明。


「欲求に従い動くからこそ生物は進化を遂げる。そのためならばあらゆる苦難とて立ち向かう価値がある」


 話している。
 誰が? 
 不明。


「幻想殺しも、『一方通行』も、結果が見えてしまっている。あれではつまらない、人のオモチャを眺めていることほどつまらない事はない」


 説いている。
 神の啓示のように。
 誰に、と言うわけではなく。
 自分だけが納得できる言葉を紡いでいる。



「さぁ、垣根帝督。君は私の興味を引くに値する可能性の種であると、証明してくれ。君の価値こそが私にこの世界への愛着を持たせているのだからね」



 その者は翼を広げる。
 神々しく、雄々しく、禍々しく、悍ましく、そして美しい。
 青ざめたプラチナの翼を広げ。
 幾千の輝きを背に。


 

 形成された天使は、空虚な空に舞う。
 

715 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:41:31.85 ID:otrHE8+E0


 これは序章である。
 本編ではない。

716 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/13(月) 10:48:43.80 ID:otrHE8+E0
はい、そういうわけで「俺たちの戦いはこれからだ!」的な打ち切り集のする最終回を迎えました。
「え? これで終わり?」と思うかもしれませんが、この話を最初考えたときは垣根は15巻にしか出ていないし、病理も新約4巻にしか出ていないキャラなの だから、この二人が出会った時に始まる話は無数にある、だから序盤だけを作り、今後は皆様の想像で……的な感じだったのです。
しかし、思いのほか多くの方に支えられて、ありがたいことに続きを希望してくださる方もたくさんいらっしゃいました。


前回書いた①か④か、はたまたそれ以外の話か、どれになるかはまだ少しだけ考えさせていただきます。
ただ言える事は、垣根帝督と木原病理、そのほかのキャラたちの話はまだ始まってすらいなかった、という事です。


では、次会う時は次回作で…………







 と、思っていたんですが、なんかまだ300位余ってますし、前に「番外編を書こうかな」的な事を書いたので、残ってる分を使っていくつか番外編を書こうと思います。
 しかしまだ一文字たりとも書いていないので、書き次第ここに帰ってきます。
 とりあえず書く予定の番外編の小題としては

「赤い男と金髪少女」
「木原病理の未元物質誘惑作戦」

 くらいしか考えていません。また何か思いつき次第、というか余りに応じてなんか考えようと思います。

 では、なるべく近いうちにお会いしましょう!
 アリガトウゴザイマシタ!

722 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/22(水) 17:27:34.50 ID:rzocosxt0
お久しぶりです。

何か暑さでグダグダしてたのと、ここと全く関係ない所で考えてた応募小説の世界観の設定が思いつかなくてグダグダしてたら遅くなりました。

とりあえず今日の夜、番外編その①を投下したいと思います。
何時くらいになるかはわかりませんが、遅くても日付が変わる前くらいにはスタートしたいです。酔ってる可能性が高いのでいろいろとあれかもしれませんがねぃ……

ちなみに今回の更新に病理と垣根は出てきません。
今回は赤い人ととある姉妹のお話です。

では、今夜再びお会いしましょう。アデュー
726 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:04:41.21 ID:Mr3muC6D0
ALALALALALAAAAAAAAAAAAAAAAAAI!

こんばんわ、日付変更前に来れるかと思ったら三分ほど遅刻しました。いやぁ、クトゥルフ面白いっす。


では、投下していきます。赤い男と金髪少女。

多分、一回の本編投下よりも長いんじゃないかな・・・
727 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:06:29.60 ID:Mr3muC6D0


 ―――
 ―――――
 ―――――――――  





 白い翼が夜の空を飛んでいくのを、ビルの屋上から右方のフィアンマは見ていた。






(予想はしていたが、やはりか)


 垣根を仲間に引き入れようと交渉を試みたフィアンマであったが、実の所話には乗らないであろうと予測していた。
 それは垣根が仲間にならなくてもいい、というわけではなく、手を組んでくれるのならばラッキー、程度の考えだった。


(まぁいい、間違いなく奴は魔術の世界に足を踏み入れようとするだろう。となれば、今は後の布石を仕込む程度で十分だ。さて、俺様はこれからどうするか……)


 垣根が学園都市を去るのであれば、フィアンマがここに留まる理由はない。
 科学の中枢たるこの街に、ローマ正教最暗部に君臨するフィアンマが滞在するのは大きなリスクが生じてしまう。
 特に、学園都市統括理事長。
 フィアンマをもってしてもその正体の掴めない異質な存在であるそれは、警戒に値する存在だ。
728 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:09:36.60 ID:Mr3muC6D0


(しかし、せっかくだ。学園都市でしか出来ない事をするのも面白い。幻想殺しと禁書目録は学園都市に居るのだったな、接触はせずに顔だけ見ておいてもいいかもしれん)


 案外、フィアンマは観光や旅行を楽しむタイプの人間らしい。
 かなり倫理を外れた考え方をする、人格的に捻くれたフィアンマであるが、特異な存在であるからこそ遍く凡人には理解できない娯楽を見出すのだった。


(他にも、ここでしか手に入らん科学の品を手に入れてもいいかもしれんな。日本の科学製品は高性能と聞く。ヴェント辺りは毛嫌いしそうだが、アイツの部屋を全てメカニックな感じにしても面白いかもしれん。電子基板模様の絨毯何かがあればいいのだ)

 
 外道である。
 次々とえげつない考えを浮かばせ口元に怪しげな笑みを浮かべるフィアンマだったが、何の気なしに目線を下に向けたちょうどその時、目に付いたものがあった。
 時刻的にも、場所的にも似合わないそれは、どうにも好奇心を掻き立てる。
 フィアンマは、再び笑みを浮かべた。
 右方のフィアンマとしての、笑みを。


「……ふむ、まぁ仕方あるまい。俺様は聖職者だからな、迷える子羊は救ってやらねば」







※フィアンマのキャラにやや崩壊ありです。ご注意ください
729 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:12:49.26 ID:Mr3muC6D0
 二人の僅かに後方を、不健康な青白い光が駆け抜け、そこにあったゴミや箱や外壁を全て跡形もなく消失させた。
 溶けたわけでも、吹き飛ばされたわけでもない。
 あまりの破壊力に、物質を構成している分子のレベルで粉々にされているのだ。
 破壊力、殺傷力と言うにはあまりにも高すぎる殺意の塊のような光。
 これほどの攻撃力を振りまける人間など、学園都市には数える程しかいない。

 
「……フレーンダァ」


 地獄の底から響いてくるような冷え切った声。
 事実、それは闇の手招きだった。
 一度引き込まれたら、もう二度と抜け出すことはできない地獄への誘い手。
 学園都市の裏側で暗躍する、学園都市頂点に君臨する七人の超能力者の一人。

 フレンダが所属していた暗部組織『アイテム』のリーダー、麦野沈利。
730 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:15:22.52 ID:Mr3muC6D0

「ちょこまかちょこまか逃げやがって。そんなに尻ばっか見せられたら馬鹿デカいモンブチ込みたくなるじゃねぇか、あぁ!?」


 建物も道路も人間も、この世に存在するありとあらゆるものを引き裂く『原子崩し』の光を放つ麦野。
 軌道こそ直線的だが、掠っただけでも致命傷に至るそれは一度だって触れることを許されない。
 

(このままじゃ……追いつかれるってわけよ!)


 麦野沈利が優れているのは破壊力だけではない。
 ありとあらゆるものを引きさく攻撃力を生み出す演算能力に加え、身体能力もかなり高い。
 一方フレンダも暗部で鍛えられた運動能力や土地勘はあるものの、決して一般人の枠を外れるわけではなく、それどころか平均よりもやや低め程度の身体能力しか有していないフレメアの手を引きながらでは限界がある。

 
 だが、この手を離すわけにはいかない。
 もしもこの先フレンダとフレメアが離れることがあれば、もう二度と二人が出会う事はないだろう。
 麦野の攻撃は決して無意味なものではない。これは粛清なのだ。
 敵前から逃亡した、フレンダに対する裁きだ。
 だから、フレンダが粛清を受けさえすればそれですべてが終わるのか。
731 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:19:14.62 ID:Mr3muC6D0
 

 違う。




 学園都市の闇は、そんな生ぬるい物ではない。
 フレンダは知っている。
 裏側がどれほど非人道的な存在であるか、嫌と言うほど知っている。
 フレンダとフレメアにはお互い以外の家族はいない。 
 どちらかが死ねば、片方は孤独になる。
 そして、親も兄弟も居ない、身内も引き取り手もいなくなった子供がどんな扱いをされるのか。
 フレンダは知っているからこそ、たった一人の妹を掴んだ手を決して離さないと誓う。


(フレメアは死なせない、たとえ私の体が真っ二つにされたとしても、フレメアだけは守って見せる!)


 フレンダはなるべく入り組んだ道を捜し、路地を曲がる。
 一直線上を走っていては追いつかれるどころか、背中から『原子崩し』に狙撃されて骨も残らない。
 決して命中精度が高いわけではない原子崩しの雨さえ掻い潜れば、逃げ切る活路を見出せ――――









「甘ぇよ。フーレンダァ」
732 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:20:52.62 ID:Mr3muC6D0
 
 フレンダの目の前を、青白い光が通りすぎて行った。 
 わずかに金髪が消失させられたが、そんな事は問題ではない。
 フレンダは、静かに顔を横に向ける。

 そこには、ビルに空いた大穴があった。
 内部からは悲鳴が聞こえる。まだ仕事中だったのだろう、だが、そんな心配をしている暇はない。
 フレンダには、その穴が地獄の入り口に見えた。
 そして。
 入口からは、使者が来る。
 闇に浸かった少女を引き込みに、さらに深い闇の奥底から。


「あ……ああ……」


 栗色の髪を揺らし、麦野沈利が現れる。
 顔には笑みが浮かんでいるが、あまりにも嗜虐性に満ちたその笑みはもやは威嚇と同義であった。
 一挙一動が目に焼き付く。
 何をしても、殺される気しかしない。
733 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:23:35.54 ID:Mr3muC6D0
「……あぁん? フレンダが二人……じゃ、ないよなぁ。もしかして妹か? はっ、可愛い顔してんじゃないの。好みだわ、虐めたくなる」


 麦野が一歩ずつ、金髪の姉妹に近づく。
 フレメアは麦野がどんな存在であるか知らない、が、その恐ろしさは感じ取っているらしく体を震わせていた。


「……麦野……!」

「……何だよ、その顔。どうして私がアンタに睨まれなきゃならないんだ? 逆だろうが、あぁ?」

「粛清なら、私にすればいい。フレメアは巻き込まないで」

「私が上から聞かされたのは、アンタが誰かを連れて逃げてるって情報。アンタ口軽いし、そいつが暗部の人間じゃなくても学園都市の裏の情報を知っているかもしれない、だから有無を言わさず消しとけって指示が出てるんだよね」

「……ッ」

 
 やはり、とフレンダは思う。
 学園都市は、人間をその程度にしか考えていない。
 利用できる物は壊れるまで搾り取る様に利用し、出来なくなればすぐに捨てる。
 人道も倫理すらも無視。
 治外法権という体で、学園都市の裏側では法治国家とは思えないほどの犠牲と血が流れている。
734 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:25:23.17 ID:Mr3muC6D0
「まぁせっかくだ。姉妹そろって消飛ばしてやるよ。死ぬときは孤独がいいんだけど、家族揃ってってのもいいだろ。悲劇としちゃ三流だけど、アンタにはその程度のランクがお似合いだ」


 麦野の手がぼんやりと輝く。
 発射準備中。人間二人程度、最初からそこに存在しなかったかのように消飛ばせる死の光を放つ前準備だ。
 

「お姉ちゃん」


 フレンダの袖をそっと掴むフレメア。
 その手から伝わってくる不安を、フレンダは理解できた。
 理解できても、解消することは出来なかった。

 だから、フレンダにできることは、フレメアの小さな体を抱きしめる事だけだった。


「……お姉ちゃん」

「ゴメンね、フレメア。お姉ちゃん馬鹿で弱いから、こんな事しか出来ないってわけよ」

735 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:28:19.89 ID:Mr3muC6D0
 あの時逃げなければ、こうなる事はなかったのだろうか。
 だが、あのまま戦っていれば間違いなくフレンダは第二位に蹂躙されただろう。
 レベル4の力を持つ絹旗ですら、あれほどまでに圧倒された。第四位の麦野ですら軽くあしらわれた。
 だから、逃げるしかなかった。そして、麦野にも逃げてほしかった。

 フレメアを守れるのは自分しかいない、だからフレンダは逃げた。死ぬわけにはいかなかったから。
 プライドと傷つけると分かっていても、フレンダは麦野に逃げてと言った。死んでほしくなかったから。

 フレンダの行動は、いつだって大切な人を守るためだった。
 だが、たった今フレンダは殺されようとしている。大切な人に、大切な妹とまとめて殺されそうになっている。


(結局、酷いオチってわけよ)


 これが誰かの脚本であれば、あまりにもつまらない結末だ。
 駄作過ぎて、涙が出る。
 だが、ちょうどいいのかもしれない。
 大した力もなく、闇に落ちた自分を終わらせるのには、お似合いの最後なのかもしれない。
736 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:30:07.97 ID:Mr3muC6D0
「じゃあね、フレンダとその妹。墓が要らない様に跡形もなくしてやるから」


 光が放たれる。
 死の光が。
 フレンダはそれを見て、綺麗だな、と思った。
















 凄まじい音がした。

 『原子崩し』が何かにぶつかった音だ。
 まるで高温の鍋に油でも落としたような、耳障りな音が。 

737 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:32:37.16 ID:Mr3muC6D0
「…………え?」


 おかしい。
 自分でその違和感に気づく。
 『原子崩し』を阻める物質など、この世には存在しない。
 それこそ第三位ですら軌道を逸らすのが精いっぱいだったはずなのに。
 


「人は死に際に天使を見るらしい」



 声がした。
 聞いたことのない声。
 そして、感じた事のない威圧感。
738 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:35:37.39 ID:Mr3muC6D0
「限界を迎えた脳が作り出す虚像だとか、それらしい理由はいくらでもある。だが歴史に語り継がれる伝承の中にはいくつか本物も混ざっているものだ。無我夢中が生んだまさしく『奇跡』によって成立した天使の召喚の儀式がな」


 フレンダは、見る。
 青白い光を遮る、赤い影。
 麦野とフレンダ達の間に割って入って立っている、赤い男。
 巨大な赤い『腕』が、死の光を押さえつけているというありえない光景を。


「生憎、俺様は天使ではない。天使程度の存在ではない。だが安心しろ、祈りと言うのは案外届くらしい」


 ゆっくりと、赤い男が腕を振る。
 それだけで、学園都市第四位の力はかき消された。
 万物を跡形もなく消失させる光は、跡形もなく消失させられた。


「……最近、乱入者がウゼェな」

「ブームなんじゃないか? 俺様もつい最近別の所に乱入したばかりだ」
739 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:39:44.65 ID:Mr3muC6D0

 愉快そうに赤い男は笑う。対する麦野は明らかに不愉快そうだ。


「……アンタは……?」

「フィアンマ。まぁ忘れて構わんよ、覚えておく必要はないだろうしな」


 そっけない返事だった。
 フレンダもフレメアも、フィアンマと言う男が何者なのかは分からない。
 だが、『原子崩し』をどうにかできるという時点で、碌な人間ではない事だけはわかる。


「フィアンマ? 変わった名前ね。……んで、私は上司として仕事が出来ない&裏切った罰でちょいとオシオキしなきゃならないんだけど、邪魔しないでもらえるかにゃーん?」

「ふむ、そうだったのか? それはすまん、罪には罰を、無能には鞭をが基本だな」


 そう言って、フィアンマはフレンダの前から避けた。

740 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:42:24.77 ID:Mr3muC6D0
「話が早くて助かるにゃーん」

「ちょちょちょちょちょっとー!? あんた助けてくれたんじゃないの!?」


 当然フレンダはフィアンマに文句を叩きつける。
 あまりにも予想外の行動だったので、理解するまで数秒かかってしまったが。


「そうは言ってもな。仕事が出来ないのも裏切りもお前の罪ではないか。弁護の余地がないぞ」

「そこは色々と事情があるってわけよ! 妹と抱き合って覚悟決めてる光景を見て何か察しなさいよ!」

「フレンダ、大人の社会に同情は通じないのよ。少なくとも、私はヘマやらかした奴は容赦なくオシオキするタイプだから」

「当然だな、俺様もそうする」

「ええ、当たり前よね」

「うわーん! 結局全然味方じゃないってわけよこの乱入者―!」


 泣き出してしまうフレンダ。
 覚悟をきめたときすら流さなかったのに、一瞬希望を持たせてからのコレはあまりにも悲しかった。

741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/08/23(木) 00:43:59.29 ID:Mr3muC6D0
「……と、まぁ冗談はこの辺にして、なぁおいフィアンマ」

「何だ?」

「アンタが何者か、私は全然知らない。学園都市のレベル5が増えたって話も聞かないしね。……でも、アンタは私の『原子崩し』を真正面から止めた。一体何をどうしたのかにゃーん?」

「その説明をするのは面倒だな。一日に二度も似たようなことを説明するのは好きじゃない」

「もったいぶらずに教えろよ糞唐辛子」

「誰が唐辛子だ」

「そんなに『闇』の匂いを纏っておいて、何でもないただの一般人だなんて言い訳が出来ると思う?」

「……いや、やはりやめておこう、説明する必要性が見出せんからな。だが少しヒントをやろう、見て覚えるのではなく、体で覚えると良い」


 空気を押しのける音を響かせ、フィアンマの肩口から『腕』が出現する。
 羽のようにも見える、三本指の赤い歪な『腕』。
 学園都市の能力とは明らかに何かが違う、異質の力。


「……身体変化でもなさそうね。見てもわかんないわ。スッキリしないのは好きじゃないんだけど、とりあえず一片残さず死んでもらえる?」

「[ピーーー]つもりでかかってくると良い。どうせ結果は何も変わらんがな」



 白い光と赤い腕がぶつかり合う。

 結果など、考えるまでもなかった。
742 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:46:17.39 ID:Mr3muC6D0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  






「やれやれ、所詮は未完成品か、不安定すぎるな。今日はもう使わんのが賢明か」

 
 フィアンマは呆れた様にため息をついた。
 この場に居るのは、フィアンマとフレンダとフレメアの三人だけ。
 麦野沈利は黙視できない所まで吹き飛ばされていた。
 そこに複雑な過程は存在しなかった。
 フィアンマは、ただ一度腕を振っただけ。
 それだけで、学園都市の頂点の一角は敗北したのだ。


「……アンタ、結局、本当に一体何なの……?」

「何者だろうな。少なくとも科学お得意のインターネット検索じゃあ調べられない存在である事は確かだが」


 一切の傷さえ見られないフィアンマは、ゆっくりとフレンダとフレメアの元へ近づく。
 二人は警戒する。
 当たり前だろう、麦野の恐ろしさ、強さをよく知っているフレンダの事だ。その麦野を軽くあしらえるフィアンマは、もしかしたら第二位以上の化け物かもしれない。
743 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:47:48.12 ID:Mr3muC6D0
「……結局、私達をどうするってわけよ」

「さて、どうしようか。そもそも俺様がお前らに関わったのは単なる偶然と気まぐれだ。俺様は一応聖職者なんでな、救うという事には慣れている」

「……嘘くさい」

「だろうな、俺様も今そう思ったよ」


 聖職者とフィアンマは名乗ったが、麦野の言うとおりこの男の纏っている雰囲気は紛れもなく『闇』でフレンダが見続けてきたものに近い。
 何かヤバい殺人教の教祖とかじゃないんだろうか、とフレンダは疑った。


「現状の窮地は救ってやったわけだし、このまま放置しても俺様は一向に構わんのだが……学園都市の事だ、お前らが学園都市内に居るうちは何度でも命を狙うだろうな」

「……」

「俺様は自分の仕事はきっちりとこなすタイプだ。アフターケアが大事だな。そういうわけで、お前らを学園都市の外まで連れて行ってやってもいいのだが……」

「いいけど、何よ?」

「いいのだが、養うとまではいかん。俺様はそんなキャラじゃない。と言っても俺様の職場……と言っていいのかわからんが、俺様の活動場所は明らかにお前ら は向いておらんな。女も一人居ることには居るのだが、お前らとはキャラが違いすぎる。どちらかと言えば先ほど吹き飛ばしたあっちの女に近い」


 唯一の女性、『前方』がこれを聞いていたらどんなリアクションをとったのだろうか。
744 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:50:32.57 ID:Mr3muC6D0
「……仕事くらい、自分で探すってわけよ」

「そうか? ならいいが、先ほど言ったように俺様は聖職者だ。娼館のような淫らな場所で働くのは些か認めがたい物がごふっ」


 フレンダの拳がフィアンマの腹に突き刺さった。
 『腕』があればいくらでも防げただろうが、生憎先ほど『腕』の行使を連続しすぎたせいで現在『腕』の発動が難しくなっていた。
 その気になれば出せるかもしれないが、フィアンマは少なくとも後二回、『学園都市からの脱出』と『ローマへの移動』で『腕』の使用しなければならない。
 ここでむやみやたらと『腕』を行使するのはあまりにも不都合が多いのだ。

 とはいえ、魔術サイド最大勢力である二億の信徒を抱えるローマ政教、その最暗部の中でも特に特殊な存在であるフィアンマが、中学生か高校生くらいの女の子にパンチを浴びせられている光景というのは、とてもシュールであった。


「だ、誰がそんなところで働くかってわけよ! 私の体は清純なの!」

「そ、そうか」

745 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:52:09.62 ID:Mr3muC6D0
 よろよろと壁にもたれ掛るフィアンマ。
 『腕』という力を持っているフィアンマにとって、強くなるための努力や修行なんてものは何一つ必要ではない。
 つまり、フィアンマの肉体自体は一般人と同等、それどころか何処か頼りなさげな細身なのだ。
 一切の無駄もないが、物足りなさすぎる気がしないでもない肉体には女の子の拳でもそれなりに通用する。


「しかし、学園都市からの逃亡を考えればパスポートの用意も出来ないだろう。ならばお前は不法入国者と言うわけだ。そこの妹を養う事を考えればマトモな場所で多く金を稼ぐのは難しいのではないのか?」

「う……」


 フィアンマの言葉は的を得ている。
 学園都市内は危険だから抜け出すとは言っても、その後の問題は山積みなのだ。
 

「ねぇ、お姉ちゃん」

「ん? どうしたのフレメア、大丈夫、お姉ちゃんがあっと驚く様な打開策を――

「ううん、そうじゃなくて」


 フリフリと首を横に振ったフレメアは、トコトコとフィアンマの前まで歩み寄る。
746 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:54:07.64 ID:Mr3muC6D0
「あなたが、助けてくれたの? にゃあ」

「その媚びた語尾の意義は良くわからんが、まぁそうなるのだろうな」

「お姉ちゃんと私を助けてくれて、ありがとう」


 ペコリと、フレメアは頭を下げた。
 フィアンマはその様子を、表情から感情をなくして見ていた。
 まさか、自分の様な人間が無垢な子供に素直に感謝されることがある等、予想もしていなかった。


「……やれやれ。子供はこれだから困るな」

「子供じゃない、ちゃんとしたレディー、にゃあ」

「大人の女がにゃあにゃあ言っていたら腹立つから気をつけろ。……そういえば先ほどの女もにゃーんだの言っていたような……」


 フィアンマはため息をつきながら、ポケットから携帯電話を取り出した。
 適当に番号をプッシュして耳に当てる。使っているのは電波ではなく魔術的な信号であり、逆探知などの恐れがない魔術的な電話だ。

747 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 00:56:30.07 ID:Mr3muC6D0

『はい、こちら「左方」ですがー』

「俺様だ。二週間ほど前に教皇の命令で仕事をした女が居ただろう」

『ああ、「追跡封じ」ですねー。彼女がどうかしましたかー?』

「そいつの居場所を至急突き止めろ」

『はて、何か仕事でも?』

「ちょっとした子守りを押し付けるだけだ」

『? まぁいいでしょう。少々お待ちをー』


 通話が切られ、魔術的な携帯電話はただの携帯電話へと戻る。
 それをポケットに仕舞い、フィアンマはフレンダ達に向き合った。
748 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:00:26.34 ID:Mr3muC6D0

「お前らの引き取り手が決まったぞ。喜べ」

「聞いてたかぎり、思いっきり押し付けてる様な感じがしたわけよ……」

「ん? そうか? だがまぁ安心しろ、相手は女だし、雰囲気的にはお前らと似ている。故郷が同じなのかもしれんな。もっとも、俺様も直接は一度しか見た事がないが、体型がまるっきり違うがな」

「体型?」

「ザ・お子様体型であるお前らとは真逆の身体だ」

「……」

「……」


 固まる二人。
 それあ何か、力を蓄えているようにも見えた。
 

「さて、とりあえずあの左エリマキトカゲが『追跡封じ』の居場所を突き止めるまでは『腕』での移動はできんな。先ほどのを聞きつけて野次馬が来るかもしれん、徒歩で移動して――

「失礼にも程があるってわけよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ふぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「なっ! ば、馬鹿お前ら! 状況をわきまえろ! ふざけている場合ではないぞ!」
749 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:02:27.70 ID:Mr3muC6D0

 金髪少女&金髪幼女に飛び掛かられるフィアンマ。
 倒され叩かれもみくちゃにされくすぐられ、フィアンマはおよそ体験したことのない理不尽な屈辱を味合わされることとなった。
 だが、しかし。
 悲劇は連鎖する。





「おーい、そこのお前ら、何やってるじゃんよ」

「……」

「……」

「ゼェ……ゼェ……」


 懐中電灯を当てられ固まる三人。
 具体的に言うと、明らかに日本人ではない幼女と少女に乗っかられて地面に寝ている赤い青年の三人。
 

「……怪しすぎて、コメントしにくいじゃんよ。あー、とりあえずこの辺で起きた騒ぎについてちょっと聞きたい事がある。警備員の詰所までご同行願うじゃんよ」

「……フィアンマ、あの意味わかんない腕で何とかしてってわけよ」

「……『腕』の未完成をここまで悔いたのは初めてだ」

 
 嗚呼。
 科学サイドと双璧をなすもう一つの世界、魔術サイドの最暗部に君臨する男は、少女と幼女に挟まれて警備員と共にパトカーに乗せられ詰所へと向かう。
750 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:03:28.33 ID:Mr3muC6D0

 ―――
 ―――――
 ―――――――――  









「えーっと、まず名前を聞かせるじゃんよ」

「…………」


 警備員の詰所にてフィアンマ、フレンダの二人は個室に入れられやたら巨乳の女性に職務質問を受けていた。
 ちなみにフレメアは別室で他の女警備員に飴で餌付けをされている。
 最も、二人は犯人と疑われているわけではないのだが、はたけば埃がいくらでも湧き出す境遇に身を置いてる二人にとって、ビルに穴をあける以上の罪状がいくらでも暴かれてしまいかねない。
 だから、二人は佇まいこそ冷静であったが、内心は焦っていた。


「……どうしたじゃん? 早く答えるじゃんよ。とりあえず、そっちのお前から言うじゃん。名前と所属と、外から来たなら招待状とかも見せるじゃんよ」


 ご指名のあったのはフィアンマだった。
751 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:05:09.50 ID:Mr3muC6D0
(……マズイ)


 フィアンマには学園都市の知識がほとんどない。
 当然、ここで提示すべきアイテムなど何一つ持ち合わせていない。
 どんな便利なツールが存在していたとしても、フィアンマはフィアンマのみが持ち合わせる『腕』さえあればどうにでもなるのだ。
 しかし、自分の証明という事には『腕』はあまり使えない。
 履歴書の資格欄に『奇跡の腕』等と書けば、おそらく面接すら受けられないだろう。


(……『腕』はまだ使えそうにないか。どうする、どうする……? くそ、もっと早いうちに禁書目録の知識にアクセスする霊装を手に入れておくべきだったな)

 
「あ、あの」

「ん?」

 
 一人悩んでいたフィアンマの横から、助けの手が伸びた。
752 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:06:42.77 ID:Mr3muC6D0
「私、フレア=セルラインって言うわけよ。で、こっちは……フィ、フィアンセ=セルライン、私のお兄ちゃんってわけよ!」

(何だその名前はぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!)


 今すぐ胸ぐらを掴んで捻りあげたくなったが、すんでの所で抑えた。
 フィアンマという名前も本名ではなく、魔術の記号的な意味合いでの名前なのだが、それにしてもフィアンセという言葉を本名に使うなど親の悪乗りとしか思えない。
 生まれた時から妻帯者、それが右方のフィアンセ。
 

「ふーん、あんまり似てない兄妹じゃん。まぁいいか……えーっと、学校は?」

「私は……(書類上では)長点上機学園で、お兄ちゃんも一緒ってわけよ」

「長点上機学園? 名校門じゃんよ。高位能力者なんじゃん?」

「え、えっと、私は無能力者だけど、その分爆薬とかの知識を買われてるってわけよ。お兄ちゃんは良くわからない力が発現してるから、あまり他の人に見せるなって学校から指示されてるってわけよ」

「成程、長点上機学園ならそういうお触れが出てもおかしくなさそうじゃん」


 納得した様子の巨乳警備員。
 フィアンマ、もといフィアンセは二人の会話に何一つ付いていけないので一人置いていかれているが、このままいけば何とかなりそうだと心の中で一息つく。
 しかし、甘くない。
 この世の悪意は何時だって牙をむく。
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/08/23(木) 01:08:36.15 ID:NV0rwQYIO
フィアンマからフィアンセに訂正するのかよwwwwwwwwwwwwwwww
754 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:10:58.23 ID:Mr3muC6D0
 プルルルルルルルルルルル




「…………」

「電話じゃん? あ、でも一応こっちで身柄を預かってるっていう事で、私が出るじゃんよ。なに、変な事は言わないから安心するじゃんよ」

 
 言うのと同時に巨乳はフィアンセのポケットから携帯電話を抜き取る。
 魔術的な着信を捕らえたフィアンセの携帯だが、魔力はかけてきた向こうの魔力を使っているので魔術のまの字も知らない乳女でも出る事が出来る。
 しかし、問題は向こうからかけてきたのが魔術的な電話という事。
 つまりは、電話の相手は魔術師だ。フィアンセに電話を掛ける魔術師など、数人しか思い浮かばない。

 そして、その数人に碌な人間が居ないことも知っている。




『もしもーし、左方のテッラですがねー。居場所がわかりましたよー』

「左方? テッラ? よくわからないけど、フィアンセの知り合いじゃん?」

『……女性ですかー? それにフィアンセって…………まさか、フィアンマの……?』

「(フィアンマって誰じゃん?)とりあえず、フィアンセはウチに居るじゃんよ。まぁもう少ししたら帰れると思うから心配しなくていいじゃんよ」

『……すいません、ちょっと待ってくださいねー』

755 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:12:20.12 ID:Mr3muC6D0
 フィアンマ、じゃなくてフィアンセは冷や汗をダラダラと流し始めた。
 嫌な予感がする。
 聞き覚えのある声が、とても嫌な流れに話を持って行っているような気がする。


「お、おい、いったん電話を貸せ、とりあえず」

「ん? でも向こうも何か今取り込み中らしいじゃんよ」

「イイから貸せというのだ!」


 奪い取る様にフィアンセは携帯を耳に当て叫ぶ。


「オイ左方! 聞こえてるか! おい!」
756 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:15:26.53 ID:Mr3muC6D0
『ヴェント、アックア、大変です。フィアンマが向こうでフィアンセになってます』

『はぁ? いったいどういう事?』

『……あの男の色恋沙汰など、全く信用できないのであるが』

『それがですね、フィアンマの携帯に魔術の電話を掛けたところ、私の知らない女性が出たんですねー、あのフィアンマが自分の携帯を知らない他人に渡すなんてありえませんし、その女性はフィアンマをフィアンセと呼んでいるんですねー』

『……マジじゃん、え、マジじゃん』

『人は見かけによらないのであるな……』

『私としてはアックアなんかが一番先だと思っていたんですがねー、傭兵として助けた先の女性に惚れられるなんて、よくありそうじゃないですか』

『……傭兵にそんな浮ついた話は存在しないのである』

『そうですかー、まぁ傭兵でなくて、その上女性なのに浮ついた話が何一つ無い人もいますがねー』

『言わないのが優しさ、というものである』

『おいトカゲとゴリラ、誰の事言ってんだ?』

『誰がトカゲですか。素顔晒してから出直してきてください』

『私の化粧は魔術のためだから仕方ねぇだろうがよぉぉぉぉ!』

『テッラ。それ以上言うな。女子には隠さねばならんものがあるのだ。それは例えば素顔、例えば性格。それを見て見ぬふりをするのが真の優しさで――』

『よぉし磨り潰す、ぶちのめす、叩きのめぇぇぇぇぇぇす!』



 プツッ、ツー……ツー……ツー……
757 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:16:25.52 ID:Mr3muC6D0
「……………」

「電話、切れたじゃん?」


 絶望。
 フィアンマの中に黒い絶望が広がっていく。
 長年積み上げてきたものが音を立てて崩壊していくような気がした。


「……フレンダ」

「ちょ! ここではフレアって名前で呼んでよ!」


 小声でフィアンマを嗜めるフレンダ。
 しかし、もはやフィアンマになりふり構っている暇はない。
 フィアンマは、もうフィアンセではいられない。


「今から『腕』を行使する。もはや危険や不可能など知るか。俺様の『奇跡』は不可能を可能とするからこそ『奇跡』なのだ!」
758 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:17:30.60 ID:Mr3muC6D0

「お、おお……確かに珍しい感じの能力じゃん」

「フレンダ、今すぐ出る。俺様はローマに戻らねばならん。迅速に、かつ最速で奴らの脳を正してやらねば俺様の全てが無に帰す気がする!」

「ちょ、ちょっと待って! フレメアも連れて行かないと!」

「時間がない! ええい、おいそこの胸女!」

「呼び方雑過ぎってわけよ。的確だけど」

「すまんな、そんなつもりはなかったが仕方がなくなった。ここを部分的に灰にさせてもらう」

「え?」


 言ってから行動は早かった。
 赤い『腕』は行使され、人間以外の辺り全てが消飛ばされ、粉々になった廃墟に無傷の人間が何人も立っているという奇怪な状況が出来上がった。
759 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:18:30.44 ID:Mr3muC6D0
「…………へ?」


 警備員が全員呆気にとられている間にフィアンマはフレンダの手を掴み、警備員と同じくぽかんとした表情でキャンディを舐めていたフレメアの手も掴んだ。


「跳ぶぞ」

「跳ぶ? 飛ぶって、どこに!?」

「決まっているだろう。……ローマにだ」

「は――









 赤い『腕』は行使され、三人の姿は廃墟から消え去った。
 
760 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/23(木) 01:24:43.49 ID:Mr3muC6D0
今回はここまでです。

投下だけで一時間もかかっちまったぜ……



フィアンマとフレンダ(+フレメア)という意味不明なコンビが出来上がっちまいました。
さて、これで書き溜めも尽きた……次はいつになるかな。一週間以内くらいには来たいですねぇ。


次の番外編は何を書こうかな、病理の話か、完全にIFの話で垣根が『御天墜し』に遭遇か、その辺の話を書こうと思います。


では、また近いうちに、アリガトウゴザイマシタ!

773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/08/28(火) 22:24:25.04 ID:kFS1/AqU0
注意 この物語はIFである。注意されたし。





「…………ボーっとする」


 垣根帝督はとある病院の一室で目を覚ました。
 窓の外は明るく、時計を見ると正午辺りを指していた。
 自分の体を見下ろすと、あちこちに包帯やらガーゼやらが見られる。


「……そうか、俺は一方通行と……」


 垣根は自分の記憶を手繰り、何があったのかを思い出す。
 操車場での戦闘、最後の方は何もわからないような理解不能原因不明の力がぶつかり合った第一位との死闘。
 最終的には、謎の横やりが入って戦いは終結した。
774 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/28(火) 22:25:40.81 ID:kFS1/AqU0
(つーか、なんで俺は病院に居るんだ? 一方通行は? 木原はどうなった?)


 疑問が幾つも浮かび上がる。
 垣根は自分の目で確かめようと、体に付けられた点滴の管やらなんやらを無理やりはずしてベッドから起き上がろうとしたその時。
 病室のドアが二回ノックされ、ガチャリと開いた。


「おや、目が覚めたかい?」

「……………………」


 垣根帝督は固まった。
 病室に入ってきた人物は医者らしい。その証拠に白衣を着て、首からは聴診器をぶら下げている。
 しかし。
 ありえるのだろうか。
 目の前に居る人物からは、明らかな『闇』の匂いがした。






 『闇』のにおいがするのに――なぜかとても微妙な外見だった。
775 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/28(火) 22:29:14.65 ID:kFS1/AqU0
 垣根の目の前に居る医者――らしき十二歳程度の少女は、やたらと目つきが悪かった。
 黒い髪も耳元の辺りだけ脱色され金色になっており、医者にしては異常にパンクな外見だ。
 服装だけは普通の医者の恰好だから、余計に混乱する。


「その様子だと、入院の必要はなさそうだね? かなりの大けがだったけれど、君の能力が何か関係するのかな?」

「…………」


 垣根はその問いに答えられなかった。
 答える余裕がなかった。
 目の前の不具合に対処しようと、脳を必死に働かせていた。


「どうしたのかな? 混乱しているようなら、一応脳波の測定をやってあげるね?」

「い、いや、いい……」
776 :病理たん[saga]:2012/08/28(火) 22:38:04.35 ID:kFS1/AqU0

 垣根は放棄した。
 常識知らずの学園都市の事だ、突飛な格好と幼い年齢の医者が居てもおかしくない、はずだ。


「そうかい? じゃあ君はもう退院しても問題ないね」

「あ、はい……」


 何故か敬語になってしまった。
 学園都市の裏側で、ありえないようなものを幾度となく見てきた垣根であったが、こういった種類の突拍子もない光景には慣れて居ないようだった。




777 : ◆81UkAjgwNg[saga]:2012/08/28(火) 22:38:57.33 ID:kFS1/AqU0
 ―――
 ――――――
 ―――――――――





 垣根がやってきたのは『スクール』のアジトだった。
 

「…………何なんだよ、一体、マジで」


 そして何故か、垣根は疲れていた。
 その理由は、病院からアジトまでの一キロにも満たない道のりを歩く最中に目に飛び込んできた光景だ。

 
 カエル顔をした中年の男が常盤台中学の制服を着ていたり。
 筋骨隆々の男がドレスを着ていたり。
 見覚えのある女性――というか、第四位のレベル5が幼稚園児がよく着ているスモックを着て三輪車に乗っている光景を見たときは腰を抜かすかと思った。


「今日は大星覇祭じゃねぇよな……? 何がどうなってやがる……」
778 : ◆5dT5mFvoIdV7[saga]:2012/08/28(火) 22:40:27.63 ID:kFS1/AqU0
 自分の知らない間に学園都市コスプレ大会でも始まっていたというのだろうか。
 しかし、仮にそうだとしても、第四位が参加する意味が分からない。
 あのプライドの塊のような存在が、あんな格好をするとは到底思えない。
 思わず写メを取ってしまった垣根が断言する、明らかに何かがおかしかった。


「……とりあえず、心理定規か木原に話を聞かねぇと」


 垣根がアジトへとやってきた理由はそれだった。
 暗部にも精通している心理定規や病理に聞けば、事の真相が掴めると思った。
 しかし、その考えは甘かった。
 安易な解決策を求めた垣根は、更なる地獄へと突き落とされることとなる。


「心理定規、いるか?」


 垣根はドアを開け、中に向かって声をかける。
 返事はない、が気配はした。







※間違って#付け忘れたので、変えました。
779 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 22:41:33.44 ID:kFS1/AqU0
「……寝てんのか?」


 アジトに使っているマンションの一室。
 奥の方には仮眠に使えるベッドなどが置いてあるので、もしかしたらそこに居るのかもしれないと垣根は部屋の奥へと踏み込んだ。











 
 ――――そして、見た。









「……うぅん……あら、帝督?」


「………………………………」




 どうやら声の主は今起きたようだ。
 ベッドの上で寝転がっている、ややはだけた赤いドレス姿の――――白髪赤眼の少年は。
780 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 22:42:20.14 ID:kFS1/AqU0
「お帰りなさい。あんなに大怪我してたのにもう帰って来れるなんて、回復力にも常識が通用しないのね」

「…………」


 病室以上に固く固まる垣根。
 当たり前だ。
 全力で殺し合っていた筈の相手が、ドレス姿で自宅代わりの場所で寝ていてその上自分を見つけてフレンドリーに接してきているのだから。

 
「? 帝督、どうしたの?」

「……ッ!」


 垣根は『未元物質』を展開させた。
 けん制のつもりだったが、つい力を出し過ぎてしまったようで、白い片翼が垣根の背から発現し、それを刃のようにドレス姿の第一位に向かって振り下ろした。


「きゃああっ!?」

 
 慌ててベッドから飛び退く白髪ドレス。
 ベッドは豆腐のように切断され、どういうわけが内側から崩壊していった。
781 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 22:43:13.51 ID:kFS1/AqU0
「何するのよ!?」


 涙目で垣根に抗議する女装一位。
 口調も、雰囲気も、服装も、垣根のよく知る暗部のメンバーそのものだった。
 ただ、人物が違う。
 どう考えても違う。
 第五位の作り出した幻覚でもなく、肉体変化の能力者でもない。
 肉体は、明らかに学園都市第一位の一方通行のものだった。


「それはこっちのセリフだクソ野郎……! ここで何してやがる……!」

「何って……帝督が帰ってきた時にご飯作ってあげようと思って、待機してあげてたのよ。感謝はされても殺意を向けられる筋合いはないわ」

「……」


 垣根は心が折れそうになった。
 何だこれは。
 どうしてこの世で二番目くらいに憎らしい存在である一方通行が、こんな感じに自分に声をかけてくるのだ。
 
782 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 22:43:56.66 ID:kFS1/AqU0
「ところで、何が食べたい? ハンバーグ? カレー? コロッケでもいいわよ」

「……何でそんな選択肢?」

「帝督って案外子供っぽい所があるから、こういうの好きかなって」

 
 お茶目っぽく言う第一位。
 具体的には顎に人差し指を当てて、ペロリと舌を出して小首をかしげた。


「……ムカつきすぎてぶっ殺してぇ……!」

「何でよ!」

 
 当然のように怒る一位。
 だが、怒りたいのは垣根の方だった。
 むしろ泣きたかった。


(……精神操作、俺が寝ている間に網膜に何らかの細工を……? いや、そんなわけはねぇ。俺は寝ている間は常に『未元物質』で自分をガードしてる)


 第一位、一方通行は無意識の間に行う演算によって有害なものを反射する、オートの防御を有している。
 それと同じように、垣根も『未元物質』によって隙の大きい食事中や睡眠中は全身をガードしている。反射程有効性は高くないが、精神干渉等の特殊な効果を発揮する能力や、弾丸程度の物理攻撃なら防ぐ事が出来る。

 と、なると、考えられるのは――
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2012/08/28(火) 22:45:22.84 ID:kFS1/AqU0
(……俺以外の奴に、何らかの異変が起こってるのか?)


 歩いている時もそうだったが、明らかにおかしい格好をした人たちはお互いの恰好を指摘し合う様子は見られなかった。
 つまり、他の人間から見ればあれが普通に見えている、という事だ。
 垣根以外の学園都市の人間すべてに仕掛けられた、何らかの能力。


(……そんな事出来そうなのは第五位くれぇのもんだが、メリットがねぇよなぁ……)


 ならば、考えられるのは。
 

(…………木原が前に言っていた『魔術』か?)


 科学とは違う、もう一つの法則。
 学園都市第二位の垣根帝督に理解できないという事は、科学サイドではない可能性が高い。


(……だからと言って、心理定規……だよな、たぶん。心理定規を一方通行に置き換えるなんて、どういう意図がありやがるんだクソッタレ)


 垣根の予想が正しければ、これは人物の『立場』をごちゃまぜになっている、という現象だ。
 たとえば、幼稚園児と第四位の立場が入れ替わる事で先ほどの衝撃的な光景を創り出したのだとすれば、今『アイテム』のリーダーとして君臨しているのは幼稚園児という事になるだろう。
 外見だけが、まるっきり入れ替わっているのだ。


 
784 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 22:55:38.16 ID:kFS1/AqU0
「頭が痛くなるな……」


 垣根は頭を押さえ、深くため息を吐いた。
 第一位と戦っていた時も、ここまで動揺はしなかっただろう。


「どうでもいいけど、結局何食べるのよ」

「いや、今のお前が料理を作るのだけは勘弁してくれ……」

 
 睨みつけるだけで人を殺せそうなほど人相の悪い、学園都市でもトップクラスに嫌いな相手がエプロンなんかして自分のために料理を作ってる光景を見れば、垣根はたちまち卒倒するかもしれない。


「……むぅ」

「その辺のファミレスで済ませるからよ、悪いな」

「じゃあ、私も行くー」


 垣根の腕に心理定規(第一位)が抱き着いた。


「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 勘弁してください。
785 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 23:05:22.69 ID:kFS1/AqU0

 ―――
 ――――――
 ―――――――――

  

 やってきたのは近くにあるファミレスだった。
 時間的にもちょうど昼頃なので混んではいるが、運よく待つことなく座ることができた。


 そして、垣根と第一位の皮をかぶった心理定規は向かい合って食事をしていた。


「…………」

「……帝督、テンション低すぎない?」


 料理待ちの間、適当な雑談をしようと一方通行(心理定規)は垣根に色々話題を提供してみたが、垣根は眼すら合わせようとしない。
 しかし心理定規に罪はなくとも、垣根にとっては何が何でも殺したかった相手の顔を見ながら食事をするなど拷問にも等しかった。
 テンションなど上げようがないのだ。


「まったく、こんな可愛い女の子と食事できるんだから喜びなさいよ」

「……」


 第一位は中世的な顔立ちをしている。
 体つきも、能力の弊害かかなり細く、服装も相まって遠くから見れば女性に見えなくもない。
 が、あの第一位がこんなセリフを言っているのだと思うと、無性に腹が立った。
786 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 23:10:08.89 ID:kFS1/AqU0
(……冷静になれ、垣根提督)


 垣根は必死に落ち着こうとしていた。
 彼もまた、戦っているのだ。


(全てを無視しろ。目の前にいるのは風邪をひいて喉をやられた心理定規だ。見さえしなきゃ大丈夫だ)


 かなりひどい事を考えているが、そうでもしなきゃ今にでも能力で店ごと心理通行を叩き潰しかねない。
 これは、彼なりの心遣いなのだ。


(心理定規は無視し続けろ。さっき注文を取りに来た店員もなんかムカつくツラだったが、深くかかわりさえしなきゃ問題ねぇ)

 
 その店員はというと、どこかで忍者をやっているかもしれない坊主頭のグラサン男だったが深く気に留めることはしなかった。


(よし……このままさっさと飯を食って、逃げよう。それしかねぇ)


 垣根が逃亡を決意した、その時――







「あらあらー、帝督じゃないですか」
787 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 23:15:58.98 ID:kFS1/AqU0
「…………」


 カラカラという音は、おそらく車輪が回る音だ。
 声の主は、どうやら車いすに乗っているらしい。

 そして、垣根の知り合いで車いすに乗っているのは一人しかいない。


「……あら? あの人、前に帝督と一緒にいた人よね?」

「……あ、ああ、そう、だな」


 垣根はものすごく嫌な予感がしたが、それでも、それでも一応ある程度の希望を持って、声の下方向へ振り返った。







 そこにいたのは、車いすに乗った――顔にタトゥーのあるガタイのいい男だった。
791 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 23:23:36.00 ID:kFS1/AqU0
 ガンッ! と垣根は頭をテーブルに強く打ちつけた。


「て、帝督!?」

「あらあら、どうしたんですかね?」


 一方通行と刺青男が同じように首をかしげる。
 どちらも女性的なしぐさなのに、やっているのは男だ。しかもとにかく人相の悪い男だ。
 その上、一方通行は真っ赤なドレス、タトゥー男は女性もののパジャマという恰好である。

 もはや、ブラクラ画像であった。


「……一応、確認するけどよ……テメェは木原だよな?」

「何で確認するのかわからないですけど、病理ちゃんは間違いなく木原ですよ?」


 実は垣根の問いは二つの意味で間違っていないのだが、垣根はそれには気づかなかった。
 

「…………実はアレイスターの野郎あたりが俺の精神をかき乱そうとトラップでも仕掛けてんじゃねぇだろうな」

 
 八つ当たりのような事を言う垣根。
 時同じくして、とある場所ではツンツン頭の少年が巨大なガタイとテノールの声を持つ男に白い女性用水着で迫られているのだが、同じ苦労をする二人が出会うのはまだまだ先の事だった。
793 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 23:30:15.74 ID:kFS1/AqU0
「はぁ…………死にたい」

「何でいきなりそんなダウナーになってるのよ……なんか嫌な物でも見た?」

「ああ、現在進行中でな」

 
 垣根はのっそりと体を起こす。
 ……何故か、垣根の隣にタトゥー木原が座った。


「……何してんだテメェは」

「実は、病理さんも食事に来たんですけども、あいにく混んでて席がなかったんです。なので相席させてもらいました」

「ああ、そうかよ」

「あらー? てっきり反発されると思っていたんですが、随分寛大な受け入れ体制ですね」

「なんか疲れちまってな……」

 
 精神的に五十歳くらい老け込んだ垣根。
 普段なら蹴り飛ばして叩き返していそうだが、今はもうどうでもよかった。




 しかし、どうでもよくない人物が居た。
 垣根ではなく、その向かいに座る少女(少年)。


 一方定規である。
794 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 23:48:47.45 ID:kFS1/AqU0
「ねぇ、せっかくだしこっちに座らない?」


 ドレスの少年はニコニコと笑いながら、自分の隣の席をポンポンと叩いた。
 なぜか目が笑っていないような気がする。


「いえいえ、お構いなくー。私は帝督の隣で十分ですよ」

「でも、女同士積る話もあるじゃない?」

「正面の方が話しやすいですよ」

「そうかしらねぇ」

「そうですよ」


「…………」

 胃が痛くなる。
 この二人、一見して好きな人を奪い合うヒロイン的な状況に見えるが、その実は全く違う。
 単に、お互い自分の玩具を取られたくないだけなのだ。
 心理定規は垣根くらいしか気楽に話せる相手が居なく、病理に至っては垣根を実験材料にしたいだけ。

 というか、言い争っているのは白髪の目つきの悪い少年とタトゥーの目つきの悪い中年である。
 胃が痛くなるのも仕方がない。
795 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/28(火) 23:54:43.73 ID:kFS1/AqU0
(…………頼むから、誰か助けてくれ)


 垣根は祈った。
 科学サイドである彼が神様に祈るというのもおかしい話だが、とにかく彼は祈った。
 この状況を何とかしてほしい。
 女装白髪と女装タトゥーの言い争いを近距離で聞かされるのはもう嫌だ。
 この店、いや、もう学園都市ごと滅ぼしてしまおうか。
 そんな危険思想に垣根がたどり着きそうになった、その時――





「あ! あれ垣根さんじゃないですか?」

「本当だ、ちょうどいいわね」

「前もこんなタイミングでしたの」

「私たちはラッキーですけど、垣根さんからしたらアンラッキーですよねぇ」



 さらなる登場人物の声がした。
 どうやら相手は四人組らしい。
 そして垣根にフレンドリーに接してくる四人組というのは、思い浮かぶのはあの時の少女たち。
 ファーストフード店で出会った、あの面子。
796 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/29(水) 00:09:00.08 ID:BagxjwKE0
「アンタ、二人も女の人連れて何やってんの?」

 
 腕を組んで偉そうにしゃべっているのは、常盤台中学校の制服を着てスカートの下に短パンをはいていた。
 おそらく、中身は御坂美琴なのだろう。
 そして、外見は――どこかで傭兵でもやっていそうな、何故か青色がよく似合いそうなゴツイ男だった。


「……」



「お久しぶりですの、垣根さん」

 
 同じように常盤台中学の制服を着た、変わった喋り方をするコレは白井黒子だろう。
 確か、ジャッジメントの少女であったはずだ。
 なのに、今の見た目はクワガタみたいに光沢のある角みたいな髪型をした男だった。



「こんにちは、垣根さん」


 ぺこりと頭を下げたこちらは、もう一人と同じセーラー服を着ていた。
 頭に寄生するように乗っている花、じゃなくて花飾りが目立っている、多分コレが初春飾利なのだろう。
 外見は――背が低く、どこか『闇』の匂いを纏う理系っぽい老人だったが。







「こんにちはー垣根さん! 覚えてます? 佐天涙子ですよー!」

 そして、最後の一人。
 佐天涙子。
 レベル0であることを悩んでいて、垣根が気まぐれにアドバイスをしたあの少女。
 

 この少女の外見は――
797 : ◆VciN2PRcsw[saga]:2012/08/29(水) 00:16:26.70 ID:BagxjwKE0




 ――とても胸の大きい、おでこが特徴的な少女だった。




「…………」


 垣根は固まっていたが、それは先ほどまでとは別の理由であった。
 感謝していた。
 絶望しかないと思われた世界に唯一存在した奇跡。

 垣根は静かに佐天(巨乳)の手を掴み、目に涙を浮かべた。


「え、えぇ?」


 ほんのりとほほを染めて動揺する佐天(爆乳)。
 周りのドレスモヤシ、タトゥーパジャマ、コスプレゴリラ、コスプレクワガタ、セーラージジイも驚いた様子で垣根を見ている。


「ありがとよ……お前に会えて本当に良かった……!」

「えええぇぇぇぇっ!? か、垣根さん。さ、さすがにいきなりは困りますよぅ……」
798 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/29(水) 00:22:10.74 ID:BagxjwKE0
 みるみる顔を赤くする佐天(超乳)。
 周りも面白がっているのか、デスノクワガタが茶々を入れてきた。


「あらあら、佐天さん。いつの間に垣根さんとフラグを建てていたんですの?」

「い、いやぁ、それが私にもさっぱりで……まぁ、悪い気はしないんですけど……」

「佐天さんが遠くに行ってしまいました……」


 嘆く花老人。
 しかしそんな様子は全く目に入らないようで、垣根はひたすらに佐天を崇め奉り、そして感謝の限りを尽くした。


「あ、腹減ってねぇか? なんでも奢ってやるよ。何なら学園都市最高ランクのレストランに連れて行ってやるぜ? 金ならある。俺のカードに限度額は存在しねぇ」


 黒いカードが忍ばせてある垣根の財布に敵はいない。
 しかし、垣根の周りは敵だらけであった。
 
 特に。

 最初に垣根をここに連れてきた反射ドレスと、それを見て邪魔をしに来た木原(木原)と、何故かよくわかっていないが後方の御坂の表情が明らかに先ほどまでと変わっている。
800 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/29(水) 00:33:40.05 ID:BagxjwKE0
「てーいとくぅ」


 なんだか今にもビームを撃ってきそうな喋り方で、数多の病理が話しかけてきた。


「どうしたんですか? いきなりそんなにデレデレして。貴方の中では女子中学生がストライクだったんですか?」

「違ぇよ。だがな……今のこいつは乾ききった世界に降りてきた唯一の癒しなんだよ」


 くさいセリフを吐かれてさらに顔を赤くする佐天(大乳)。
 そして、それに比例するかのように不愉快度を増していく三人。


「あ、あんたね! 人の友達を勝手に誘惑してんじゃないわよっ!」


 ビシッ! と指を突き付けてきた水ゴリラ少女こと御坂美琴。
 この顔で女子中学生を友達とかいうなと垣根は思ったが、それを言うのは流石に酷だった。


「……もしかして、その子に会いたいから私の料理を食べたくないなんて言ったのかしら?」


 学園都市最上位の定規がジトッとした目で見つめてくる。
 ジト目でも目つきが悪いとあんなにも凶悪なのかと垣根は驚いた。


「愉快な勘違いはやめろ、腹立つから」

「じゃあ何でいきなりその子を口説いてるの?」

「口説いてるつもりはねぇよ。ただ……」


 垣根ははっきりと、素直に自分の気持ちを吐露した。
802 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/29(水) 00:40:13.07 ID:BagxjwKE0







「――今一番一緒に居たいのと思うのは、こいつだけだからな」







 その日、学園都市では大規模な事件が発生した。
 とあるファミレスが爆発炎上、半径三百メートル以内のあらゆる電子機器に狂いが生じ、さらには存在を隠蔽された強化鎧ではないかと噂される金属の多脚兵器の存在も囁かれる。
 当時その場に偶然居合わせた二人のジャッジメントはこう語る。


「ええ、すさまじかったですの。例えるならば天災とでも言いますか……とにかく、人知を超えたおぞましい何かですの」

「はい。私も途中で逃げちゃったんですが、イケメンの青年にお姫様抱っこされた佐て……女子中学生を追いかけて、電機や機械や銃弾が宙を舞っていました。私は学園都市壊滅を予感しましたね」


 なお、この事件はなぜか学園都市上層部の命令により公表が控えられ、都市伝説の一つとして語り継がれていくことになる。







 余談であるが、この事件の数日後、一人の少年が何気ない日常というものに感動し感謝し涙を流したのだが、それについてはここでは記さないものとする。

803 : ◆bgY3Ggs1W.[saga]:2012/08/29(水) 00:44:02.34 ID:BagxjwKE0
今回はここまでです。いやぁ、二時間半以上かかってるよ……何だこれ。


そんなわけで、ひどいエンゼルフォールでした。まぁふつう混乱しますよね。母さんだった人が近所のおっさんとかになってたら泣きますね、私なら。

名前の所もコロコロ変わってますが、全部私なのでご安心ください。


それで、多分そろそろ番外編のネタも尽きてきてしまうので、新スレでそろそろ話を書こうと思うのですが、いいでしょうかね。
まぁ、一文字たりとも書いてないですけど。別の小説書いててそっちに気を取られてたりしましたけど。

おそらく、本編の続きとなる話を書くことになります。一応様子を見て、少ししたらHTML化の依頼に出しましょうかね。



それでは、長々とお付き合いいただきアリガトウゴザイマシタ!
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/08/29(水) 00:54:37.72 ID:tq/k7rWm0
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/29(水) 00:56:00.20 ID:KxlGZZgW0

圧倒的乙

0 件のコメント:

コメントを投稿