2013年6月20日木曜日

とあるカッパと黄泉川家 1

1VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/06(木) 21:46:18.75 ID:E7FR2Dvu0

とある魔術の禁書目録×カッパの飼い方クロスオーバー

メインは番外通行止め黄泉川家なので、カッパの飼い方知らん人でも違和感ないように書いていきます

地の文 

2VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/06(木) 21:48:11.29 ID:E7FR2Dvu0

ここは奈良県吉野のとある山奥だ。『私』は二人と三匹で、今日もカッパの泉へと足を運んでいる。
人間はわたしと坂本さん。三匹というのは、我が家の仔ガッパ、かっくん、キューちゃん、かぁたん、である。

齢二十一にもなる老ガッパ・カーサンは、魂を吸い取られるといって、このカッパの泉を避けているので、農作業をしている母とお留守番だ。


カッパ喘息を発症して、東京育ちのかっくんはうちの子となった。
カッパに不思議な生命力を与えるこの泉に足繁く通い、かっくんの回復を促しているわけだが、
おまけのキューちゃんとかぁたんはまったくのお遊び気分だ。

「かっくーん、あんまりはしゃいじゃダメよー」
「キャッキャッ」

三匹で水中をはしゃぎ回り、兄貴分のかっくんを追いかけっこに巻き込んでいる。
見かねて坂本さんが注意しているのだが、泉の中の彼らには右から左だろう。

関係ないが、なんとはなしに、結婚の気配を漂わせている私と坂本さんだけど、私は未だに彼女を『坂本さん』としか呼べていない。


「クワっ」
「クパパパパパ」
「キャー」

おいおいおい、いくら かっくんが元気を取り戻しつつあるとはいえ、ちょっと無茶が過ぎるぞ。
私は水中相撲三つ巴を始めた三匹を引き離すべく、リュック片手に泉に突入した。
実際には坂本さんの『なんとかしなさい』という無言の圧力に屈したのだが。
3VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/06(木) 21:51:02.10 ID:E7FR2Dvu0

「ほぉ~らやめろー。イイコにはきゅうりあげるぞ。カッパ水(天然水のキュウリ漬)もあるよ~」

やはりきゅうりは偉大だ。腰まで浸かりながら、リュックの中のおやつを見せると、
仔ガッパ達は一斉に私に跳びついてきやがった。

「うわぁー!」

急なことに私は後ろへひっくり返った。深くはない水の中で、上と下の感覚を一時的に失って混乱してしまう。
あ゛、今誰か踏んだぞ……。願わくば かぁたんでありますように。

「ごほっ、ごほっ。無事か かっくん!」
「クポっ」
「ごほっ、キューちゃんは!?」
「ケケケケ」

良かった。元より坂本さんのペットであるキューちゃんを踏んだとあっては彼女に申し訳ないし、
かっくんは言わずもがな。私にとっては かぁたんが一番遠慮がいらない仲なのだ。

「結構強く踏んだ気がするけど、かぁたんどこだ~?」
「カー!」
「クワー」
「どーしたの? ねぇ、かぁたんは?」

坂本さんが岸辺から手を伸ばして私を引っ張り上げようとしてくれているが、私はそれを遮り水中を覗き込んだ。

い、いない。さっきまですぐそばにいた かぁたんが見当たらない! 
暴れて一瞬だけ濁った水は、もうほとんど澄んでいる。なのに かぁたんが……

「そういえばリュックも無いやん~! どうなってんの。おーい、かぁたーん!」

かぁたんは消えてしまった……
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/06(木) 21:53:26.65 ID:E7FR2Dvu0

遠い遠い、時代さえも違うどこかで、いたいけな仔ガッパが飼い主に踏まれて目を回した頃……

「ふっふーん!ってミサカはミサカはスキップしてみたり! 番外個体はスキップできるー?」
「出来るけどやんないよ。卵が割れるっつーの。最終信号が代わりに怒られてくれるなら披露してもいいかな」
「断固拒否する!ってミサカはミサカは卵とミサカの名誉を守ってみたり!」
「うるせェぞ。落ち着け。オマエの袋には瓶が入ってンだ」
「おぉーっと! お宝発見どんぶらこだぁ!!」
「聞いてンのかクソガキ」

手に提げた袋の中の瓶をがちゃがちゃ鳴らせ、打ち止めは土手を駆け下りて河原へと走る。
どんぶらこと言うからには、この幼女のお宝は川にあるのだろうと、視線を先行させていた番外個体が疑問の声をあげた。

「……ナニあれ?」

普段の悪意や嘲笑を感じさせない純粋なその声音に、一方通行も彼女と同じ場所を見る。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/06(木) 21:56:44.18 ID:E7FR2Dvu0

「キューン……」
「つんつんつん、ってミサカはミサカは謎の桃太郎ならぬリュック太郎を棒きれでつついてみる。生きてる? ねぇコレ生きてる!? ゲコ太!!?」

大人が一抱えもする大きくて古臭いカーキ色のリュックサックと、緑色のぬいぐるみが水際に落ちている。
一見ぬいぐるみかと思ったその緑色がもぞもぞ蠢き、声まで聞こえるものだから、打ち止めが興奮して両手をそれに伸ばす前に、

「馬鹿野郎ォ! 訳分かンねェモン触ってンじゃねェよ!」
「ふぎゃっ」

一方通行に襟を引っ張られて尻もち寸前の所をさらにチョップされ、打ち止めは頭を押さえてうずくまった。

「えーんえーん、ってミサカはミサカは嘘泣きしてみたり。あー、番外個体には怒らないんだずるい」
「生きてるねぇ。でも残念ながらゲコ太には見えない」

追いついて来た分別(?)のある二人が現状把握に乗り出す。
番外個体が両脇の下に後ろから手を差し込んで一方通行の眼前にソレを掲げる。

「……なンだこりゃ」

体長五十センチほどのぬいぐるみは生きていた。呼吸に合わせて肩や腹が動いている。
苦しげに歪められていた表情がピクピク動き、閉じられていた目がしばたいた。

ぱっちり開いた黒く丸い瞳と鋭く赤い瞳が交錯した。

「……パコン!」
「!?」
「うげ」

いきなりぬいぐるみのクチバシ(としか表現できない)が震え、微かな衝撃波と大きな音が。
一方通行は一歩退き、番外個体は謎の生き物を放り出した。

「知ってる! これは河童だよ!ってミサカはミサカはアニメから取り入れた知識をひけらかしてみる!」
「クパパ?」

それが、かぁたんと学園都市の子供達の出会いであった。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/06(木) 21:59:47.96 ID:E7FR2Dvu0

次回へ続く

変なモノとのクロスを始めてしまった……
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/06(木) 22:00:16.12 ID:te1bRHbm0
一方さんにでれるヘラクレス…
あのカッパ軟弱体型好きだったよーな  
 
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/07(金) 22:40:32.47 ID:tiQLfAAz0

リビングにて、芳川桔梗は足を組み、腕も組み、指先を顎に当てて珍客を眺めていた。
子供達がお使いから帰って来たら、リストには無かった物が混ざっているのでそれを観察している。

「この生き物は一体何なのかしら?」
「河童ー」
「そうね。そうなのよね。……わたしは混乱しているわ」

打ち止めはタオルで河童の湿った髪を拭いてやっている。あと風通しの良くない首の裏と甲羅の中も念入りに。


一方通行と番外個体は、河童と一緒に落ちていたリュックサックから中身を出している。
ベランダに紙やバスタオルを敷き、水が効率よく捌けるように角度をつけながら色んなものを並べていった。

「マジかよ。見てよこれ、『世界河童大辞典』だってさ」
「こっちは『カッパの飼い方』だとよ……」

ハードカバーのその辞典と本は、聞いたことがない出版社の物であった。濡れているせいで開けるページは少ないが、
ちゃんとした活字が印刷されており、いかにもまっとうな学術書と思わせられる。……カッパ、カッパ書かれていなければ。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/07(金) 22:46:03.12 ID:tiQLfAAz0

「お? 底の方にきゅうりがあンぞ」

一方通行がきゅうりを手にした途端、打ち止めの元からカッパが駆け寄ってきた。

「クパー。クパクパっ」
「な、なンだ?」

少年の足元で、目をキラキラさせて(いるように見える)カッパが跳びはねる。
小さな手を伸ばして「くれ、くれ」とアピール。

「カッパはきゅうりが大好物なのだよ、ってミサカはミサカは日本昔話の言うことが本当だったと感動していたり」
「食べたがってるってこと?」

番外個体がもう一本取り出してあげると、

「クハ~」

うっとりと目を細めてきゅうりに頬ずりしたあと、カッパは美味しそうにポリポリ食べ始めた。

「昔話の伝承がひとつ裏付けされたからといって、簡単に結論に至るのは良くないわ、と桔梗は桔梗は慎重になってみる」
「落ち着け、芳川」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/07(金) 22:48:06.46 ID:tiQLfAAz0

きゅうりを食べたあと、カッパはポンポンと腹を叩いて「ふー、満足満足」と人間臭い動作で四人を驚かせた。
ちなみに家主の黄泉川愛穂は仕事で、今は留守をしている。


「どうしたのかな、急にソワソワしだしたよ」
「なんか……、悲しそう? 不安そう?ってミサカはミサカは後をつけてみる」

カッパは二足歩行でチョロチョロ動き回り、それを番外個体と打ち止めが追う。ドアを開けては、

「くぅ~ん、キュー」

と悲哀を感じさせる鳴声をあげた。

「おっとと、そこは玄関だから」

ドアノブにジャンプしていたカッパを再び後ろから抱き、番外個体がリビングへ戻ろうとする。

「キュウ……」
「そんな顔されてもなぁ」
「どんな顔なのミサカも見たーい」

打ち止めが番外個体のアオザイを引っ張る。「ホイ」と歩きながら手渡され、打ち止めはおっかなビックリで受け取った。

「ありゃりゃ。泣きそう、ってミサカはミサカはカッパを元気づけるためにはどうすればいいのか考えてみる。ねぇ尻子玉って売ってる?」
「何さソレ……」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/07(金) 22:54:03.66 ID:tiQLfAAz0

リビングでは一方通行と芳川が、浸水被害の少ない物の調査を続けていた。
この『河童』と思われる生物の謎を少しでも明らかにできないかと、特に紙製の物を破損に注意しながら調べていく。

「あら……、手帳に写真が挟まっていたわ」

芳川の手には一枚のカラー写真。縁取りは白く、男性とあのカッパが写っていた。
木造建築物の入り口の前で、男性に抱っこされているカッパ。短い指で、どうにかピースサインをしている。

「飼い主かしらね」
「ペットだってェのか?」
「飼い方の教本まであるのでしょう? 実は学園都市外ではカッパをペットとしてるんじゃない?」
「馬鹿言え」
「……ウソ」
「あ? どォし……」

二人、同時に同じことに気づいて会話が止まった。

濡れて皺が寄り、色も所々禿げているが、左下隅の文字はしっかりと読み取れる。それはこう書かれていた。


S49/01/01


「ちょっと、二人ともフリーズして密着してなーにー? これから見つめ合ってキスでもするの?」
「ゆ、許さん! ミサカはそんなの許さんぞ!ってミサカはミサカは阻止すべく突進してみるー!!」

カッパを抱っこしたまま走る幼女の突進を受け、二人の時は再び動き出した。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/07(金) 23:02:32.83 ID:tiQLfAAz0

次回へ続く

尻子玉とは、尻付近にある元気玉のようなもの。
河童はこれを尻の穴から抜くのが得意であり、やつらの大好物である
抜かれると死にかけのオクレ兄さんのようになってしまうので注意
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/07(金) 23:13:46.41 ID:CCK2ggY9o
乙でした 
 
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:31:23.23 ID:IOM/Eu6O0

「んんー! ふんんー!」

打ち止めの口と手足を拘束し、写真の確認は芳川に任せる一方通行。
彼女の手の中でそれが裏返され、『49年正月 かぁたんと』と手書きの文字が彼にも見えた。
ちなみにカッパは既に解放されて床に尻をつけて座っている。

「四十九年? まさか昭和四十九とか言ったりしないでよね」

三人の頭上から手を伸ばした番外個体が写真を取っていく。

「表の左下を見てみろ。偽造とは考え難い……」
「ふがー! ぷは……、それって何年前なの?ってミサカはミサカは計算してみたり。えっと」
「……わたしの両親の青春時代よ。ちょっと信じられないわね」
「待てよ。この写真のコレがソレとは限らねェだろ」
「えぇー、ソックリだよ?ってミサカはミサカはこのカッパはタイムスリップしてき」
「止めて最終信号。これ以上混乱するようなことを一度にわたしに与えないで」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:33:33.99 ID:IOM/Eu6O0

どうしたものか、と各自溜息をついた。打ち止めだけは興奮の鼻息と思えないこともない。

「この写真の男が裏に『49年正月 かぁたんと』と書いたンだろう。コイツを探せば」
「パコン」

「「「……」」」

一方通行の言葉に、カッパが反応する。

「今の音はなに?」
「外でも一回鳴ったけど、どーもこの子の口かららしいよ。この人ったらビビってやんの」
「うっせェな。オマエこそ『うげェ』とか言ってたろォが」
「やーめーてー、ってミサカはミサカは喧嘩を仲裁してみる。かぁたんが怖がってるでしょ」

この程度の諍いは、最早この家では珍しくもなんともないのだが、
カッパはオロオロした様子で打ち止めの後ろへ身を隠している。顔だけ覗かせてなりゆきを見守っていた。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:36:24.57 ID:IOM/Eu6O0

「かなり知能が高いようね。いちいち人間っぽい仕草だわ」
「ふっふっふー。すごいね! かぁたん!ってミサカはミサカはお鼻が高々」
「つーか名前それで当ってンのかよ」
「呼ばれて返事してんだから、そういうことなのかねぇ。やい かぁたん」
「……パコン!」

今度は右手で挙手までされた。これは、このカッパは かぁたんであるという流れである。
とするならば、かぁたんは打ち止めが言うように、昭和四十九年からナントカスリップしてきたのだろうか。

「待て、カッパなンざ民間伝承だ。迷信だ。それだけじゃ説明つかねェ」
「あー、ミサカもうどうでもいいよ。とりあえずオヤツ食べたいし」
「ヨミカワに飼わせて、ってお願いしよー、ってミサカはミサカは今から作戦を練ってみる。プリン食べながら」
「そうね。難しいことは君に任せるわ。わたしも今はとろとろプリンが気になるの」
「……」

一方通行以上に、細かいことは気にしない性格の彼女達である。

彼はオヤツを後回しにして、怪しい『世界河童大辞典』や『カッパの飼い方』を調べ始めた。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:40:14.38 ID:IOM/Eu6O0

女性陣だけのオヤツタイムが終わって三十分ほど経った。

「芳川。ルーペとか、拡大鏡になるモン持ってねェか」
「あるけど、何に使うの?」

質問に答えず、一方通行は左手を揺らして催促した。芳川は自室からルーペを持ち出して彼に渡す。

食卓の椅子に座らされて、打ち止めのおままごとに付き合わされていたカッパに一方通行が近づいて行く。
かぁたんは切り方色々きゅうり御膳を食べていたが、横に立たれて何事かと少年を見上げた。

「クポ?」
「……一歳」

見上げてきたカッパの頭を押さえ、皿の部分をルーペで凝視しながら呟く。
打ち止めはまな板の前に踏み台を置き包丁を握っていたが、刻みかけのきゅうりをひとまず置き、
一方通行とカッパの所へ合流してきた。芳川と番外個体も加わり、椅子に座った かぁたんは右から左に忙しく視線を振る。

「一歳ってどーして分かるの、ってミサカはミサカはあなたに訊いてみる」
「カッパは一年成長するごとに、頭の皿に輪が増えていく。拡大鏡等で確認すると年が分かるそォだ」
「まるで樹木の年輪のようね」
「まったくだな。その名も皿年輪だとよ」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:44:30.75 ID:IOM/Eu6O0

黒ゴマプリンを一人おあずけにして、一方通行は『カッパの飼い方』基礎知識編を勉強していたのである。
『世界河童大辞典』よりも紙質が硬く、厚くできており、
なんとか一枚一枚はがして読むことができたのだ。それでもたった数ページだが。

「最終信号が連れ帰ろうとしたら散々文句言ってたクセに。結局こうやって頑張っちゃう親御さんは相変わらずやっさしーい」
「俺に想定される被害を事前に回避するために、一番効率良い作業をしてるだけだ」

もしも かぁたんに万が一のことがあったら、打ち止めはきっと悲観する。それは一方通行にとって避けたいことだ。
ちなみに打ち止めの感情に振り回されている番外個体だって、その際には陰鬱とした悲しみに浸されるだろう。
彼女もそれは嫌なので、少年が苦労して取得した情報を共有しておきたいのは当然だ。簡潔に口頭で教えてもらいたく、先を促した。

「あとは? あんだけ読んでて歳しか分からないってことないでしょ?」

その生意気な物言いに、「オマエも読めばいいだろ」と返したくなったが、芳川と打ち止めにも教えておきたいことなので我慢した。
一方通行だって一度の手間で情報の共有を終わらせたい。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:47:43.55 ID:IOM/Eu6O0

「……まァいい。まずコイツを飼うにあたり、気をつけることは食い物だ。呆れることに最適なのがドッグフードらしい」
「キャットフードではいけないの?」

そこが疑問に思うべきところだろうか。

「それも可だ。あときゅうり、魚介類等々」
「カッパフードは無いんだね、ってミサカはミサカは簡単に入手できるごはんなので安心してみる」
「主食が尻子玉だったら面白かったのにね」

尻子玉とは何ぞや、と幼女からご教授受けていた番外個体は、
力なく地に伏せる大勢の人々を想像して意地悪く笑った。その絵の中心にはもちろん一方通行がいる。

「博識な第一位サマは尻子玉って知ってる?」
「基本雑食だから何でも食うが、ネギはアウト。ワサビもアウト。拾い食いはさせない方が賢明」
「華麗に無視すんなよー」
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:50:18.41 ID:IOM/Eu6O0

その他、基礎知識編で分かったことは、


・カッパは少なくとも三歳をすぎるまでは雌雄の判別がつかない。

・個体差はあるが、六歳ぐらいまでは子供であり、それ以上が成獣。

・知能は高く、成長したカッパとなら、かなりの意思疎通が可能である。

・一般に温厚で人懐こく、きゅうりと相撲が好きなのは絶対。
 

「あとは……」
「待って、かぁたんが寝てしまっているわ」

「すー、すー……クペペパピ、すー」
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/08(土) 23:53:00.27 ID:IOM/Eu6O0

寝言(?)を挟みつつ、かぁたんは椅子に座ったまま夢の世界へ。
一方通行先生の講釈は中断され、仔ガッパの寝床をしつらえなければならない。

打ち止め以外が毛布や枕といった寝具を思い浮かべたが、この幼女はさっさと仔ガッパを抱えてリビングへ。
食卓につくには背が足りないために尻の下に敷かせていた座布団ごと運び、部屋の隅にそっと寝かせる。

「あとはバスタオルを重ねて掛け布団にしちゃおう、ってミサカはミサカはテレビを消して安眠させてみる」

小さなお布団買わなきゃね、と無邪気に笑う打ち止め。飼う気満々である。
そりゃあの一方通行がエサの注意点まで調べるくらいなのだから、飼うことになるのだろうと空気を読んでいた他の面々ではあるが。

果たしてこの家の女主人、黄泉川愛穂はなんと言うだろうか……  
 
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:27:04.76 ID:aFMIQ2dx0

「別にいいじゃんよー」
「あのなァ黄泉川、居候かましてる分際の俺が言うのも変なハナシだが、色々と真面目に考えろよ」
「だぁってさー、この……なんだっけ?」
「かぁたんだよ、ってミサカはミサカは新顔をボスに紹介してみる」
「かぁたんを追い出したら、あんたらも追い出さなきゃいけないみたいじゃん」
「居候ではあるンだが、俺達とカッパをまったくの同列に扱われるのはシャクだ」

カッパの飼育許可が降りる確率は、黄泉川の性格なら八十パーセントと睨んでいた一方通行だったのだが、
予想以上のハードルの低さに肩すかしを食らう。

昔からの親友に請われるままに、見ず知らずの、でも『ワケあり』なのは一目瞭然だった自分と打ち止めを受け入れてくれた黄泉川愛穂。
そこへ番外個体も後日転がり込ませたが、その際も迷惑そうな素振りは一切なかった。

彼女は大人で、厳しくて優しくて、一方通行が頭の上がらない数少ない人物だ。


「パコン」
「何の音じゃん?」
「クチバシが鳴るんだよ。黄泉川に挨拶してんじゃない?」
「へぇ。礼儀正しいじゃんか」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:32:48.91 ID:aFMIQ2dx0

夕方になり黄泉川が帰宅してから かぁたんはお昼寝から目覚めた。
早速おねだりに取りかかる打ち止めがドタドタ走り、騒がしくなったのだ。

我が家のくつろぎ空間で見慣れぬ小動物(緑色)が動いているのを見て黄泉川は、

「打ち止めの新しいオモチャか? 良く出来てるじゃん」

と素通りしようとした。

「違うのー! お願いっていうのはこのカッパ飼いたい飼いたい!ってこと!」
「愛穂、よく見て。オモチャじゃないわ。これが昔話に語られるあの河童と同一なのかは不明だけど、とにかく生きているのよ」
「えー? マジじゃん?」

鞄を食卓の椅子に置き、上着をソファに放り、冷蔵庫から出したペットボトル飲料を飲みつつ、
視線で追ってくる かぁたんを見て家主は言った。

別にいい、と。

「軽っ! ほんと軽いよね黄泉川って。まぁその軽さがあったから、ミサカも今の寝床をゲットできたんだけどさ」

番外個体が生まれてからというもの、落ち着いて居を構えた経験はここでしかない。
他の場所は知らない。でも今の暮らしは嫌いではない彼女なのであった。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:38:19.19 ID:aFMIQ2dx0

夕食の仕込みが済んでいる炊飯器達のセットをしながら、黄泉川は一方通行の小言を半分くらい聞いていた。

「見てよおチビ。あの人が黄泉川に説教みたいなことしてる」
「あうぅ、せっかくOK出てるのに、ヨミカワの気が変わるようなこと言わないで欲しい、ってミサカはミサカはあの人に観念してほしかったり」
「自分から積極的に飼い方の本まで読んでたクセにねぇ」


変なモノには用心しろとか、考えも無しに面倒事を背負い込むなとか言われ、
黄泉川はとにかく一方通行が自分を心配してくれているらしいことは分かった。

(こちとら警備員。ヒトを見る目や判断力に自信が無いわけじゃないじゃん)

あんな大人しそうな、小さな生き物が家族に増えたってどうってことない。
むしろ打ち止めの情操教育には良い効果をもたらすのではないかと、教育者っぽい観点も含んだ上での『別にいい』だった。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:41:43.20 ID:aFMIQ2dx0

「今は小せェが、数年すりゃ俺らと大差ない背丈まで成長するかもしれないンだ。先のこと考えるとだなァ」
「ったくもー。一方通行はさぁ、私に飼っちゃだめと言ってもらいたいの?」

言葉に詰まる少年の背後で、打ち止めが「あなたのバカ余計な事言うから」と焦っている。

「ここは誰の家?」
「……黄泉川」
「あんたはここのナニ」
「……」
「現時点でうちの子じゃん。三匹の子ブタちゃんその一じゃん。その三が『カッパ飼いたい』とお願いしてきて、私はそれを良しとした」
「……」

あの人は子ブタってかオオカミだよね、と番外個体が忍ぶ気もないヒソヒソ声で打ち止めに囁いている。芳川、思わず吹き出した。

「そんなことより、子ブタその二ポジションが番外個体であることっぽいのが不満!ってミサカはミサカの方がホントは姉なのに」
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:46:00.92 ID:aFMIQ2dx0

炊飯器は順調に今日の夕食を調理してくれている。黄泉川は食器棚から小皿を数枚取り出すと、
食卓に並べろと一方通行に押し付けた。杖を持たない左手で少年が受け取る。

「一方通行、かぁたんを飼うからといって、あんたのことおざなりにしたりしないからね」
「ハァ!?」
「ちゃんと今までどおりに可愛がるじゃん。時には厳しくするけど」
「オマエ何言ってンだ」
「やきもち妬くなじゃーん」
「ふっざけンな!」

危うく頭を撫でられそうになった。杖と、割ったらいけない皿を持った一方通行は両手が塞がりガードできない。
慌てて後ずさりしながら怒声をあげると、

「ギャァァァ」

ジョロロロロジョジョボビ。

「わぁぁあああ かぁたんがお漏らししてるー! ってミサカはミサカは! どうしたら!?」

てっきり怒った一方通行踏まれるとでも思ったのか、ビビった仔ガッパは盛大に漏らした。床に広がるきゅうり臭い水たまり。

「うん。カッパを飼う条件がひとつあったじゃん」

まったく焦ることはなく、黄泉川愛穂は巨乳の下で腕組みをした。

「早急にトイレのしつけをすること!!」
「クポポ……」
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:46:55.38 ID:aFMIQ2dx0

次回へ続く

ジョボジョボミラジョボビッチ
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/10(月) 22:44:23.43 ID:CcicJIbwo
黄泉川さん、お母さんやなぁ。未婚だけど


乙 
 
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/12(水) 18:23:11.87 ID:MA/po/do0
 
夕食の席、かぁたんはフォークとスプーンを使って人間達をまたも驚かせた。

この家にドッグフードがあるはずもなく、きゅうりも無くなってしまったので困っていたら、
テーブルを見上げて腹を鳴らすので人間用の食べ物を与えてみる。
打ち止めが握っていたフォークを欲しがるので貸し与えると、おかずを刺して美味しそうに口に運んだ。

「すごい、ってミサカはミサカは席を取られたことも忘れて かぁたんの凄さに驚愕してみる」
「クパパ」

身長五十センチに満たない仔ガッパは椅子の上に立ったまま食事している。
一時的とはいえ打ち止めはお茶碗片手に立ちんぼうになっていた。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/12(水) 18:25:15.39 ID:MA/po/do0

「こちらの言うことも理解している様だし、ずっと人と暮らしていたのは間違いないみたいね」
「普通のごはん、こんなに食べさせてもいいの? どうなの?」
「知らねェよ。元の飼い主に訊け」

番外個体が一方通行に判断を仰ぐ。少年は言葉とは裏腹に傍らに置いた『カッパの飼い方』を開いた。

「……雑食って書いてあるし、毒になるモンじゃなきゃいいンじゃねェか」
「なぁ、かぁたんて捨てられてたんじゃないわけ? 元の飼い主がいるなら返してやった方がいいじゃんか」

黄泉川は帰宅が夕方だったため、 S49/01/01 と記録された写真のことを知らない。
芳川をはじめ、一方通行達も かぁたんが時空を超えてやってきたなどと百パーセント信じた訳ではないが、

「いろいろな可能性を模索してみたが、俺達が至った仮説によると、コイツを飼い主に返せる算段がつかない。ほぼ不可能だと思う」

深くは追及すまい、というのが共通見解となった。

黄泉川に詳しことは説明せずとも、これからの生活に変化はない。
新しい同居人のためにいくらかの手間が掛かることは確かなのだから。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/12(水) 18:27:18.47 ID:MA/po/do0

夕食後は各自の時間を自由に過ごすのがいつもの黄泉川家だが、今日は違う。

「なンで俺が」
「あんたが我が家唯一の男だからじゃん」
「コイツがオスと決定したわけじゃねェだろ! 雌雄は三歳過ぎまで」
「こんな小ささじゃ、便座に座って用を足すより立ってする方がやりやすいでしょう? 君だけが頼りよ」

黄泉川と芳川に、かぁたんのトイレ指導を押し付けられようとしている一方通行なのだった。
彼にしては非常に珍しいことだが、助けを求めるような視線をつい他の二人に投げかけてしまう。

「ぐふっ。ミサカ達オンナノコだからぁ~、ついてないもぉ~ん。分からないもぉ~ん」
「いいかね かぁたん。お漏らしの罪はキレイ好きヨミカワの家では大罪なのだ、ってミサカはミサカは真面目にあの人の教えに従うよう促してみる」
「くぅぅ」

打ち止めが かぁたんの手を引き、一方通行は保護者達に突き飛ばされるようにしてトイレに追いやられる。

「納得できねェ」
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/12(水) 18:28:47.07 ID:MA/po/do0

無情にも扉は閉められた。

「…………」
「クポ?」
「オマエ、オスじゃなかったら承知しねェぞ」

二人の目の前には便器。狭い個室の中で一方通行だけ気まずさが高まっていく。
かぁたんは初めて見る洋式のトイレが物珍しく、ペタペタ触っている。やがてトイレットペーパーに気づき、
ここがトイレなのかと勘付き始めた。
カラカラ紙を引き出し、慣れたそぶりで千切る。

(トイレってェのは分かってンのか? 一体コイツはマジで何なンだよ)

いる? とカッパがペーパーを少年に差し出すが、無表情で首を振られたので顔を曇らせてしまった。

(今のが否定の意思だと認識があるのか。人間と同等の思考や知能があるのは確かだな)
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/12(水) 18:30:37.33 ID:MA/po/do0

「ねー、まだ出してない? ドア開けるよー」

出してない、とはアレのことだ。番外個体はろくに返事も待たず扉を開けた。

「痴女かオマエは」
「はいこれ。最終信号のだけど使えるんじゃねーの」
「あーぁ。ミサカの愛用の品だったのに、ってミサカはミサカはトイレ用品となった台の献身に敬礼してみる」
「新しいの買ってやるから我慢するじゃん」

それは打ち止めが家のあちこちで使っている踏み台だった。
背の低い彼女が高い場所の物を取る時や、先程のように台所で料理の真似ごとをする時に活用していた物である。

「全員で聞き耳立ててたのかよ。変態だらけだな」

打ち止めが一方通行と かぁたんの間に割り込み、便器の前に踏み台をセット。さっさと退散して、再び扉は無情に閉められた。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/12(水) 18:32:36.63 ID:MA/po/do0

かぁたんは早速自ら台に登り、未知なる便器の中を覗き込む。

「クハー」
「その溜息は一体どンな意味だよ?」

とりあえず、トイレの水を流した際の反応を確認してみよう。

「それ、中に捨ててみろ」
「クポ!」

言われるままに、握っていた紙を かぁたんが便器の中に投入。一方通行が水洗レバー捻る。

「クワー」
「……」

水に巻き込まれ、きりもみされて吸い込まれていくトイレットペーパー。
一方通行は かぁたんを便座の上に立たせ、手を取りレバーに触れさせてみた。

「動かせ」
「クパ」

仔ガッパはすぐにレバーと水洗の関連を理解した模様。

(コレ、別に俺じゃなくても……)

しかし本番はここからだ。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/12(水) 18:34:43.52 ID:MA/po/do0

「あなた、どう?ってミサカはミサカは水の音に進展を期待してみたり」
「汚したらちゃんと掃除しとくじゃんよ」

外から女達の気配が。彼女達は普段は見られない(ドアの中の出来事だから見えてないけど)一方通行の行動に妙な興奮を覚えている。

トイレの外で異性が聞き耳を立てているとなると、決まりかけていた少年の覚悟を鈍らせた。
あっち行ってよ! と声を荒げるのも恥ずかしい。

「さぁ、わたし達は向こうに行きましょう。彼もお年頃なのだからこれじゃ落ち着いて出るモノも出ないわ」

芳川のフォローさえも恥ずかしい。一方通行は個室の中で額に手を当て、盛大な溜息を吐いた。  
 
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/14(金) 22:58:18.96 ID:RswDMlDn0

ぐったりしてトイレから出てきた一方通行は濡れていた。

「あなたまさか…!?ってミサカはミサカは試されていたり!?」
「違ェよ」

かぁたんがウォシュレットを弄って、二人して下からのシャワーを被ってしまったのだ。

「なぁんだそうだったのー、ってミサカはミサカは安心してタオルを進呈してみる」
「で? この子はトイレはマスターできたのかじゃん?」
「多分……」

小さい方は打ち止めの踏み台のおかげで大変教えやすかった。大きい方は、

「天井から紐下げるのはどォだ」
「なるほど。それに掴れば便座の上で出来るということね」

天井に穴を開けずに済む方法を、芳川桔梗と黄泉川愛穂が考える。
紐の件は彼女達に任せよう。髪も服も濡れてしまったので、一方通行は先に風呂に入ることにした。

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/14(金) 23:00:55.71 ID:RswDMlDn0

非常に疲れた。

日常を受け入れようと、日々慣れない事に取り組んできたつもりだが、
今日は特に疲れた。湯船に全身を預けた少年は、

「あ゛ー……」

脱衣所に人が入ってくる気配がした。首を巡らす気にもなれないので見えはしないが、
軽やかな足音で打ち止めだと分かる。

「ミサカも一緒にいーれーてー」
「……」

打ち止めが小学校に通っていれば五年生だという年頃だ。この家の風呂にも慣れ、そろそろ一人で入れるのに。
なにより血を分けあわぬ男と少女が云々……と毎度も言い聞かせたが、打ち止めはきいてくれない。
黄泉川は「今だけじゃん」と言っていたし、労力ももったいないし、もう知らねェ、というのが彼の結論だ。

「おじゃましまーす、ってミサカはミサカは返事が無いのは肯定と受け取ってみる」
「クポー」
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/14(金) 23:02:42.77 ID:RswDMlDn0

打ち止めだけかと思ったら、疲れの元凶も一緒だった。
げんなりした少年の顔を見て、打ち止めが先回りで言い訳を始める。

「あのねー、ミサカ達もあの本読んでみたの。そしたらカッパもお風呂に入れて清潔にした方がいいんだって、ってミサカはミサカは正当な理由を提示してみる」
「どォせ番外個体だろ」

隙あらば一方通行に憎らしい所業を働きたい番外個体。
カッパも風呂に入れるべき、との教本の記述を発見し、打ち止めと仔ガッパを派遣したのだろう。

「ミサカ体洗うからあっち向いてて、ってミサカはミサカは乙女モード発動してみる」
「見られたくねェのに、なンで入ってくンだよ……」

ウォシュレットでもそうだったが、シャワーという物を初めて目にする かぁたんが大はしゃぎし、
風呂場からは大層賑やかな声が響いた。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/14(金) 23:04:24.56 ID:RswDMlDn0

学園都市初日の かぁたんは、昼寝の時と同じように座布団の寝床で就寝した。
打ち止めと番外個体の部屋の床を提供されていたが、どうも眠りが浅い。

「……キュウ」

たった一歳の仔ガッパは、暗い部屋の中で一匹起き出した。
背伸びと跳躍でドアノブに触れ、廊下へと抜け出す。ぺたぺたと足音が向かうのはリビングであった。


カーテンを透かして入ってくる灯りで、微かに視界が利く。
ローテーブルに置かれた写真を手に取り、かぁたんはじっと窓際で見つめる。

「くぅーん」

自分を抱っこしてくれている男性を恋しがる かぁたん。

馴染みの人々、場所から突然離れ、訳も分からぬ内にこんな所へ来てしまった。
今日会った人たちはなんだか優しそうだけど、かぁたんは帰りたい、あの人に会いたい。

「……」
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/14(金) 23:06:34.04 ID:RswDMlDn0

「こぉーら、チビチビ。ドア開けっぱでナニしてんだぁ」

勘の鋭い番外個体は、かぁたんが部屋を抜け出したことに気づいていた。
別にイケナイことじゃないのに、仔ガッパは焦った様子で写真を背後に隠す。

「クハッ、クハッ」
「怒ってないって。やっぱこの男んとこに帰りたい?」
「くぅ……」

写真を握ったままの かぁたんを、その図と同じように抱き上げた。
昼間に何度かこのカッパを持ち上げたけど、こうしてしっかり抱っこしたのは今が初めてだ。

「この家はさぁ、そんなに悪いトコじゃないよ。ムカつく奴もいるけどね」

果たしてどこまで伝わっているのか不明だが、番外個体はそう言い聞かせながら部屋へと戻る。

「おチビは随分チビチビのことに御執心だし、あの人も芋づる式で世話してくれるハズだから」

大丈夫、と彼女なりに励ます。

「このミサカでさえ何とかなってんだし、あんまり心配しすぎんなよ、かぁたん」

いつか帰れる日が来るといいね……  
 
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:14:53.72 ID:wYa3BVIn0

翌日、一方通行と番外個体、打ち止めと かぁたんは揃ってお出掛けした。
かぁたんに必要な物を買いそろえるためだ。
朝から先発部隊(芳川桔梗)が仔ガッパに着せる子供用の服を一着だけ入手し、それを身につけての外出となった。

「かぁたん似合ってるよ、ってミサカはミサカは褒めてみる。靴のサイズもいいみたいだね」
「クポ」

打ち止めがしっかりと かぁたんの手を握りお姉さんぶっている。
普段なら迷子をはじめ、率先して保護者と一方通行に面倒をかけるのに。小さな かぁたんが隣に居ることで気を張っているのだ。

「服着て帽子被って靴履くだけで、結構ごまかせるでしょ。基本、人型だし」
「つっこまれるコトがありゃ、クソガキのおもちゃで押し通せ」

例の写真に写っている かぁたんは暖かそうなセーターを着用していた。(真冬の正月だからか)
なので、ここでも衣服を纏えば街を歩いてもあまり気にされないのでは、との番外個体の意見だ。

例えば、打ち止めとまだまだ未知の生物カッパを家で留守番させるのは非常に不安だ。
黄泉川も芳川も自分達の用事や仕事で不在となる今日なので、いっそ子供達全員とカッパで買い物に繰り出した訳である。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:17:09.65 ID:wYa3BVIn0

「服はとりあえずこんだけあればいいでしょ。足りなきゃまた買えばいいし、あなたが」
「……」

まだ寝具や食器を買わなければいけないのに、黄泉川から渡された予算はもう残り少ない。
子供服が予想外に高かったのだ。
一方通行は金銭に困っている身ではないので、かぁたんに関する出費など取るに足らない。むしろ彼が気になっていることは、

「オマエが積極的にコイツのために出張るとはな」

かぁたんを一緒に連れて行こう、と強く主張したのは番外個体だった。
服を着せれば目立たない、先に一着だけ買って来よう、と提案したのも彼女。

「べーつにー? ミサカが言わなくたって、どうせ最終信号がダダこねてたし」
「ふン。その割にはヤケに指示が具体的だったじゃねェか」
「何が言いたいのよ」
「…………」


番外個体にしては、なんだか異様に……優しい気がする?

今は打ち止めと かぁたんが手を繋いで一行を先導しているが、
マンションのエレベーターを降りるまでは番外個体が胸にしっかりと抱いていたし。

違和感があると一方通行は思っていた。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:19:42.85 ID:wYa3BVIn0

「むむ、むむむー! あれに見えるはヒーローさん&シスターさん、ってミサカはミサカは知り合い発見!」
「あァ? なンであいつがこンな真昼間に……」
「今日は日曜だろ。やーだねー、曜日の感覚無くすほどぐぅたらしてるから」
「オマエが言うンじゃねェよ」

そういえば、私服の若者がだんだんと多くなってきている気がする。
午前中は惰眠を貪る者がいるのでこの程度だが、これから遊びに出る学生達で、街はもっと賑やかになるのだろう。

「パコンっ」
「そうだよ。あの二人はミサカ達のお友達、ってミサカはミサカはパコする かぁたんを又も褒めてみたり」

この音は『パコ』といい、主にカッパのコミュニケーション方法のひとつである。このように挨拶に多用されている。
打ち止めが嬉しそうに前方に手を振るので、かぁたんはパコで対応したのだ。

歩道を一方通行達に向かって歩いていた上条当麻とインデックスも彼らに気づいたようだ。
妙な音に周囲の幾人かが首をかしげているが、
その発生源が足元の仔ガッパとは思うまい。というか、まさかカッパがいるとは思うまい。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:21:18.42 ID:wYa3BVIn0


「よー! 買い物か? 俺達も……」


上条が打ち止めに応えて大きく右手を振る。そこで一方通行達はピタリと歩みを止めた。


右手。上条当麻の右手。


幻想殺しが かぁたんに触れたらどうなるの??
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:23:21.45 ID:wYa3BVIn0

じりじり、と打ち止めが後ずさる。かぁたんを引きずるように一方通行の背後に隠れた。

「どうしたの? らすとおーだー?」

上条と共に近づいてきたインデックスが顔に疑問符を浮かべる。いつもの元気な笑顔はなりを潜め、打ち止めは警戒の眼差しであった。

それはそうだ。幻想殺しのせいで、もしも最悪かぁたんが消えてしまったらエライことだ。

「ちょっと止まれ。オマエらも止まれ」
「これ以上ミサカ達に近寄んないで。今はめちゃめちゃタイミングが悪い」
「え? え? なんで?」

いきなりの言葉に、上条も困惑する。
打ち止めが言うように『お友達』と気軽に呼び会える仲だとは彼も認識していない。でも、この態度は異常だと感じた。
時には協力して困難を乗り越えてきたじゃないか。道で会ったら雑談ぐらいしてもいいだろう。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:24:58.51 ID:wYa3BVIn0

「俺達はある理由で忙しい。このまますれ違うのが最適だ」
「どう見ても平和にお買い物してたように見えるんだよ」

インデックスは三人がそれぞれ手に持った袋を指さす。打ち止めはキャラクター物のリュックも背負っており、
閉まり切らない蓋の中身も購入した商品が入っているように見えた。ちなみにドッグフードである。

「あれ? その子はだぁれ? 私初めて会うよね」

一方通行の背後の打ち止めがさらに後ろに隠していた かぁたんに目をとめるインデックス。

「あぁ、この子のことで忙しいのか? ちっちゃいなー。黄泉川先生のお子さんだったりして? んなわけないか、独身だもんな」

上条が番外個体の側から回り込もうと一歩を踏み出す。かぁたんに近づいてくる。

「やめてよ!」
「わ!?」

62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:28:27.45 ID:wYa3BVIn0

耳慣れた音が鳴り、鋭い電撃の矢が番外個体から放たれる。
それは威嚇のためだったので、上条の右手どころか、体のどこにもかすることなく空中で消えた。

上条が感じた異常はいよいよ強まる。さきほどの拒否の言葉といい、この電撃といい、一体どうしたことか。

「な、なにか気に障りましたでせうか」

現在、貴方の右手に触れると、大変具合が悪くなってしまうかもしれない小動物を保護中です。
最悪生命に、いや、その存在自体に深刻な事態を及ぼすかもしれません。なので近寄らないでください。

こう告げればいいのだが、一方通行達はよく分かっている。上条当麻のたぐいまれな不幸体質を。
いつ何時、面倒事が彼の身に起こり、不測の事態が押し寄せるか……

一秒でも早く上条から遠ざかりたい。

63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/16(日) 00:29:55.60 ID:wYa3BVIn0

ずりずりと、足を擦って距離を取る。
一方通行と番外個体が揃っているのに後退するという珍しい光景だった。
打ち止めに至っては、既に来た道を駆け戻り始めている。

「クポ? クポポ?」
「緊急事態であります! カミジョウは友達だけど、かぁたんにとっては超危険人物だったのだ!ってミサカはミサカは駆け足してみる!」

足早に去ろうとする顔馴染み達。上条はその後を追おうとする。

「待てよ! 理由ぐらい言ってけって!」
「うるせェばーかこっち来ンなァ!」
「!? な、な、なんだよ、なんだよーその小学生みたいなセリフは! 一方通行のクセにー!」
「あ、まってよとうまー!」  
 
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 15:02:20.76 ID:szCM0B5j0

「ごめんちょっと何言ってるのか分かんない」

聞かされたのは、打ち止めが拾ってきた河童を保護している、ということ。
上条当麻はファミリーレストランの一角で首を振った。

しつこく一方通行達に追いすがった彼は、しんがりを守る少年を易々と捕まえた。
当然だ、一方通行は杖をついているのだから。

一方通行は逃走の際に能力の使用も考えたが、一瞬の躊躇いの内に幻想殺しに肩を掴まれてしまったのだ。

御坂遺伝子を持つ大小の妹達が謎の子供をがっちりガードし、
赤い目に睨まれながら上条はこのファミレスへと誘われた。

番外個体が強引に店側に頼み、一番大きな席を陣取っている。
十人は座れるか、というテーブルの端と端で、カッパと上条のファーストコンタクトは成された。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 15:03:43.58 ID:szCM0B5j0

「河童って昔話に出てくる妖怪だろ?」
「名前は かぁたんだよ、ってミサカはミサカはニューフェイスを紹介してみる」
「クポ!」

打ち止めが かぁたんに被せた帽子を数秒だけ脱がせる。そこには見事なお皿が。
よくよく見れば服から覗く肌は緑だし、クチバシがあってそれは黄色だし。

「……まじ河童? 本当?」
「妖怪って日本のフェアリーみたいな存在だよね? どうして学園都市にいるのかな」

メニュー表を見ながらインデックスが言う。 

「これ頼んでもいい?」
「家に帰ったら昼飯だろ。材料買ったじゃねぇか。今月はもう外食しません」
「えぇーっ、せっかくレストランに来たのに飲み物だけなのぉ……」

銀髪の少女は、ウルウル瞳を揺らして一方通行に圧力をかける。

「……ちっと早ェが俺達はここで昼を食うか」
「あうぅ~…」
「……クソガキどものついでだ。一品だけなら」
「ありがとう! あくせられーた!」
「ハナシ進まねぇー」

文句を言いつつ、番外個体もメニューを選び始めるのであった。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 15:05:06.74 ID:szCM0B5j0

「カッパという伝説上の生物の存在に驚くべきか、タイムスリップという現象に驚くべきか」
「そのどちらも真実という確証は無いがな」

結局上条も軽く食事を取った。
他の面々が食べているのに、自分だけ飲み物というのは寂しい。それに食べ盛りの胃袋には拷問だった。

「問題はそこじゃないんだね。あくせられーた達がとうまから逃げようとした理由が分かったよ」
「うーん……。うっかり触らないで本当に良かった」

番外個体と打ち止めに挟まれて、かぁたんは席の端でジュースを飲んでいる。クチバシがあるのでちょっと飲みづらそう。
テーブル対角線の一番遠いところから、上条はしげしげと不思議生物を観察した。

強制されてこの席に座らされたが、今なら納得だ。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 15:06:34.99 ID:szCM0B5j0

「カッパ君の正体がハッキリしないうちは、俺の近くにいるのは危険だとは思う……が」

「?」

「一方通行達が良ければ、『こっち』で当たってみる?」

上条が隣のインデックスをアピール。なるほど、魔術師達に太いパイプを持つ彼と禁書目録なら何か分かるかもしれない。
正しく真実である知識や情報は得難いものだ。あるのと無いのとでは、いざという時の対応が変わってくる。

「コイツの存在が『ソッチ』に知れることによって、不都合が起こらねェなら」
「あぁ、もちろんだ。特に仲良いヤツだから心配すんな。実際かぁたんを見せた方がいいよな」

上条が「行こうぜ」と席を立つ。彼に真っ先に続くのはインデックス。

「帰ったらお昼作る?」
「今食っただろ。しかも奢りで」
「それはそれ、これはこれなんだよ」
「話が終わったらな。簡単なもんでよければ」

この二人は家に帰る気らしい。嫌な予感がした。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 15:08:26.44 ID:szCM0B5j0

「ちょっと待っててな。あ、座布団足りねーかな」
「にゃ」
「クワー!」
「……にゃ?」
「ケケケケケ」

上条とインデックスが暮らす学生寮にやってきた。
部屋に上がるなり、かぁたんは猫に走り寄って嬉しそう。逃げずに触らせてくれると見るや、笑って撫で始めた。

「かぁたん笑ってる、ってミサカはミサカは初めて聞く笑い声にミサカも嬉しくなってみたり!」

インデックスが座布団を集めて敷く。上条はというと、鍵を開けるなり部屋にはあがらず出掛けてしまった。

猫をかまう仔ガッパを羨ましそうに眺める打ち止め。どこに座るか定まらないのか、
立ったままの番外個体は、一応「いい?」とシスターに訊いてからベッドの端に腰かけた。
一方通行はさっさと敷かれた座布団に胡坐をかく。

深々とした溜息をつき終わらないうちに、上条がもう一人連れて帰って来た。


「カミやん、これは一体どういう集まり?」
「特に名称は無い。それよりこの子見てくれよ。土御門はカッパのこと何か知らないか?」
「……どういう集まり?」

大して広くもない部屋に自分を含めて六人と、何より変な生物。
土御門元春のまったりした休日は、隣人によって中断された。  
 
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/19(水) 22:53:54.02 ID:/TCBVa4M0

こんなに大勢の来客など、普段は想定していない。湯呑が足りなくて、ガラスのコップまでテーブルに並んでいた。

「粗茶ですが」

最後のグラスに急須を傾け、上条が再度土御門に訊く。

「カッパについて、有益な情報の提供を頼む」
「無茶言うにゃー」

サングラスを額の上にずらし、裸眼で かぁたんを確認する。頭のお皿、緑色の肌、襟から覗く甲羅。

「昔話に描かれる河童そのものだな」

一方通行は かぁたんを拾った時の状況から、昭和の日付が入った写真の事、
矛盾の感じられない本格的な学術書、教本のことも話した。

「水浸しで、まだ全部読めてねェが」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/19(水) 22:56:10.65 ID:/TCBVa4M0

お茶受けの煎餅を齧りながら、土御門は静かに聞いていた。
この煎餅は上条が今日の買い物で買ってきたばかりのものである。
菓子皿に纏めておくとインデックスが全部片付けてしまうものだから、彼によって三枚ずつ配られた。
当然だが、シスターの手の中はもう空である。

「こンな訳分かンねェ物のことを、オマエらが把握しているとは思ってないが、一応だ」
「人に頼みごとをする時は、嘘でももうちょっと殊勝な態度に出るべきだぞ? 一方通行」
「グラサンのお兄さん、ミサカがこの人に代わってお願いするよ、ってミサカはミサカは行儀よくペコリとしてみる。かぁたんもパコして、ほら」
「パコン!」

番外個体と一緒にベッドに座った かぁたんがパコと共に挙手。
 
「おぉ! 幼女は素直だなー。そして今の音は?」
「クチバシが鳴るの。カッパの挨拶です、ってミサカはミサカは偉そうに解説してみたり」
「俺が本を読んで教えてやった知識だけどな」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/19(水) 22:57:40.53 ID:/TCBVa4M0

残念なことに、土御門元春もカッパについて一方通行達に助言を与えてやることはできなかった。
知らないものはしょうがない。

「天草式の連中はどうだ? 五和とか」
「いやー……、多分無理だと思うけど」
「そんなっ。ミサカのペコと かぁたんのパコを返して!ってミサカはミサカは請求してみる」
「はい、残りの煎餅一枚で許してちょーだい」

一方通行も知らない人名だが、土御門の様子からすると望みは高くなさそうだ。
上条はできるだけの協力と情報収集を土御門に依頼した。

「カミやんのお願いなら別に構わんぜよ。ただし、慎重にやらないと」
「うん、悪いけど頼むわ」

土御門はカッパという存在よりも、数十年の時を越えてきたのではないか、という可能性の方を重要視している。

それは一方通行も上条も同じだった。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/19(水) 22:59:26.06 ID:/TCBVa4M0

もしも過去に戻ることができたら、現在に影響を及ぼすことができたら……

犯してしまう罪を防げないか。無くしてしまった記憶を取り戻すことができないか。


白髪とツンツン頭の青年が、守りたい少女達に一瞬だけ視線を投げる。

似たような形で二人の唇が歪み、微かに頭を振る。ずいぶん前に決心したことは変わらない、揺らがない。


「大して期待はしてなかったぜ。あとは科学の立場からコイツのことを調べるアテはある」
「そっか。この子に危険があるってぇのに連れて来て悪かったかな」
「話は終わった? じゃあ早く行こうよ」

番外個体がベッドから立ち上がった。小脇にかぁたんを抱え、この部屋から出て行こうと促す。

「待ちんさい、お譲さん。この土御門さんがまったくの役立たずで終わっちゃいられないにゃー」

82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/19(水) 23:04:05.18 ID:/TCBVa4M0

「こうしてカッパをカミやんから離しておかないと心配ってことだが……」
「もしものことがあったら大変、ってミサカはミサカはヒーローさんの右手を警戒してみる」
「そこで俺からひとつ提案があります。インデックス、ハサミ持ってきてくれい」
「ん? ちょっと待って」

手がつけられていない各人の煎餅を狙っていたインデックスが、
台所からハサミを取って来て手渡す。ちゃんと持ち手の方から。

「ちょいと失礼するぜよ。その、髪の毛? 少し切らせてもらうぜ」
「クポ?」
「あ、狙いが分かったよ私。爪切りも持ってくる。その子爪もあるでしょ」

切った髪、爪に幻想殺しを触れさせてみようというのだ。
何も起こらないからといって、かぁたんが幻想では無い、という証拠にはならないけれど。


(もしあの髪や爪が消え去ってしまったら、このチビチビは幻ってことなの?)

「きゅうっ」
「あ、わりーわりー」

思わず かぁたんのお皿を押さえつけてしまった番外個体であった。

83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/19(水) 23:05:28.16 ID:/TCBVa4M0

メモ用紙の上に髪の毛と爪。それが上条の左手に乗せられている。

「では、触ってみるぞ……」

左手と かぁたんを見比べ、上条が右手をかざす。

「……」
「……」
「……」
「あのー、そんなに見つめないでよ。緊張しちゃうだろ」

三毛猫以外の視線が上条当麻の手元に集まる。

「いいからさっさとやりやがれ」
「もったいぶってないでよ。焦らしプレイかってーの」

目つきの悪い客人達から厳しい言葉。「おぉ、ぉう」と気押されつつ、上条は右手を動かした。

カサリ、という微かな音が部屋に響く。

84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/19(水) 23:08:06.88 ID:/TCBVa4M0

「クポ? クパパ?」

誰も動かず、また話さない。

「消えない、な……」

メモ用紙の上には、相変わらず数本の毛と爪。

「ふぃー。これで かぁたんの存在が確固たるものだということが補強された、ってミサカはミサカはもっともらしく汗を拭ってみる。良かったね! 番外個体!」
「あくまで補強だから。まだ完全に安心できないよ」
「上条さんを危険人物みたいに言わないでくださいな」

番外個体の言うとおり、これで幻想殺しに対する不安が払拭されたわけではなかった。
あくまで本体から切り離した部分なのだから、かぁたんの体に触れても無事でいられる保証は無い。

「ふン、まァいい。邪魔したな」
「お、やっと買い物の続き行くわけ?」
「あらもうお帰り? つってもカッパ君が居るから俺んことじゃゆっくり出来ないよね。またなー」
「愉快にカッパを囲む会。今回はこれにて終了かにゃー」
「次回があるみてェに言うンじゃねェ」

88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/21(金) 22:37:25.86 ID:cZh6jU3C0

カッパの かぁたんが黄泉川家の一員となってから数日後。

「パコン」
「おはよーじゃん。かぁたんは我が家の一番の早起きじゃんね。他のやつらはまだ寝てる?」
「クペペ…」
「悪いけど起こしてきてほしいじゃんよ。もうすぐ朝ご飯じゃーん」
「クポー!」

夜に時々寂しそうにしていることはあるけど、仔ガッパはなんとかここで暮らしていた。
みんな優しくしてくれるし、注意して世話してくれるし。


かぁたんはまず番外個体と打ち止めの部屋へ。
ちなみに、ここで彼も寝ているので、床には小さな布団が敷かれている。
抜け出したばかりのその布団を踏み、少女達が寝るベッドへと近づいた。

「クポ、クポポ」
「うー~…、ってミシャカ……」
「クパー!」
「うるせー。起きてるよぅ……」

すぐ起きるから、と言われ、かぁたんは次なる部屋へ。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/21(金) 22:43:34.55 ID:cZh6jU3C0

「あら、おはよう。起こしに来てくれたのね」
「パコン」
「偉いことだけど、部屋に入る時はノックをするといいのよ。分かる?」

芳川桔梗は開いているドアを軽く叩いて見せた。かぁたんは彼女の真似をしてみる。

「そうそう。特に女性の部屋に入るときには忘れないで」
「グ」

親指を立てて了解の意。芳川が返事の代わりに柔らかく微笑み、
かぁたんは掛け足で最後の部屋へ……向かう途中に、だんだんと足取りが重くなっていった。

「……クハ~」

ここは一方通行の部屋の前だ。
いつものように背伸びとジャンプでドアノブに触れる前に、教わったばかりのノックを試してみる。

コンコン、コン。

返事は無く、かぁたんは出来るだけ静かにドアを開けた。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/21(金) 22:50:36.48 ID:cZh6jU3C0

「……すー…」

カーテンを透かして入ってくる光で視界は確保されている。その部屋に小さな寝息が。
ベッドの中には一方通行がいる。かぁたんは静かに、静かに足を踏み入れた。
起こしにきたのに、まるで目を覚ましてほしくないみたいだ。


そう、かぁたんは一方通行のことが、ちょっと怖い。

「クポポ……」

ゴクリと唾を飲み込み、黄泉川愛穂のお願いを実行するべく、かぁたんは頑張った。
とりあえずベッドに近づく。クイクイ、と布団を引っ張ってみるが反応は無い。
床に放り出されていた本や雑誌を数冊重ねて乗ると、ようやく一方通行の寝顔が見られた。

「……パコン」
「……ン」
「パコン!」
「……あァ?」

穏やかだった寝顔が歪み、低い声が漏れる。それは迷惑そうな響きで、かぁたんは怯みながらも少年の体を揺り動かす。

「クポ、クペポ」
「……眠ィ」

あと少しで起きてくれそうな予感。勇気を奮い立たせて、仔ガッパは一方通行を揺らし続けた。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/21(金) 22:55:22.91 ID:cZh6jU3C0

その時、バァァン! と大きな音だ響いた。ドタドタ走る振動も。

「ごーはーんーだーよー!!ってミサカはミサカはあなたの睡眠を強制終了させてみるー!」
「っう!!」
「クワァー!」

打ち止めが勢いよく開けたドアが壁にぶつかって跳ね返る。
その衝撃が収まらぬうちに、少女のフライングボディアタックが炸裂した。

「こンのクっソガキ、その起こし方やめろと何度も……! 覚悟できてンだろォなァァァああ!」
「きゃー! ごムタイなー!ってミサカはミサカはイジメられちゃうぅぅぅ」
「逃げンなァ! ……あっ」
「あーあ。かぁたんってば……」

「キュー……」

ジョジョ――。

かぁたん作の小さな水たまり(きゅうり臭い)が、床に広がる。

打ち止めに乱暴する(かのように見えた)一方通行が、やっぱり怖かったらしい。

92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/21(金) 22:57:00.01 ID:cZh6jU3C0

「やるねぇ、チビチビ。このミサカだってそこまで思い切ったことは出来ない。ベッドの上でしちゃえばもっと良かったのに」
「ちょっとした拍子でつい漏らしちゃうみたいじゃんね」

全員そろっての朝の食卓。
かぁたんも子供用の椅子を用意してもらい、ちゃんと座って食べている。今日は目玉焼きとドッグフード。

「ちょっとした拍子、というか……」

仔ガッパの口から聞こえるポリパリポリポリという小気味良い音とは対照的な、
申し訳なさそうな芳川の声音。彼女はわざとらしく上目づかいで一方通行を見た。

「なンだよ」
「もう少し振舞いに気をつけたら? 小さい子にお漏らしさせる程だなんて、考えものよ」
「……」

それは打ち止めが無茶苦茶な起こし方をするから、教育的指導を試みただけだ。
そんな言い訳をしたいけど、一方通行は堪えた。
無意識に出てしまった舌打ちに、かぁたんがオドオドして少年を見ている。

(慣れねェのは、単に俺が男だからじゃねェンかよ)
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/21(金) 22:58:26.01 ID:cZh6jU3C0

「ミサカや番外個体とはすっかり仲良しだよ。あなたはもう少し努力するべき、ってミサカはミサカはスキンシップの必要性と有効性を述べてみる」
「あんまり家にいない私や桔梗にも結構懐いてるしね。一方通行だけ避けられてる、ってのはあんまり良くないじゃん。つーかトイレ担当がお漏らしの原因になってちゃダメじゃんか」
「おい、いつの間にそんなモノの担当にされたンだ俺は」
「よっしゃ、ほんじゃ今日からあなたと かぁたんの絆を深める強化週間にしよっか。一緒にお昼寝、一緒におやつ、一緒に散歩、一緒に就寝はこなすべきだよ」

そうね、そうじゃんね、そうだねー!ってミサカはミサカは……

番外個体の提案はあっさり受け入れられた。

とりあえず、これから仔ガッパと少年は家に取り残されて二人きりにされる。

100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/24(月) 21:44:52.81 ID:Y1p8fIpn0

朝食から一時間もしないうちに、黄泉川家の女性達は全員お出掛けしてしまった。
保護者二人はともかく、番外個体と打ち止めはどこへ行ったのだろう。

行き先は一方通行に告げられなかったが、
打ち止めはアレコレ鞄に詰めて肩に掛けて行ったので、しばらく帰ってこないかもしれない。

当然だが、一方通行と二人で留守番というのは かぁたんも初めてだ。
トイレに籠ったことならあるけど、ドアを開ければ優しい少女達がいたことだし。

四人が玄関から出て行ってしまうのを心細く見送った後、かぁたんはトボトボとリビングに戻ってきた。

「クポ?」
「……」

テーブルの上にあったテレビのリモコンを触り、一方通行に「つけてもいいか」と聞く。
驚くことに、このカッパはテレビを娯楽とする習慣があった。
リモコンの使い方もすぐに覚え、子供らしく子供番組を楽しむことが多い。

一方通行はソファに寝転がりながら頷いて視聴の許可を出す。
かぁたんはチャンネルを回し、やがてアニメの再放送を見つけた。

「キャッキャッキャ」

(このままテレビ見て時間を潰してくれりゃァ楽なンだがな……)
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/24(月) 21:46:55.23 ID:Y1p8fIpn0

そう上手くいくわけもなく、アニメが終わると かぁたんは一気に退屈になった。部屋の中をウロウロし始める。

一方通行はアニメを視界の半分の半分くらいで見ながら仔ガッパを観察……しつつ、読みかけの本を読んでいたが、
いよいよ かぁたんの世話というか、相手をしなければならないかと覚悟を決めようとしている。

「……くぅーん」

(お、見てる、見てる……)

一方通行を床からふと見上げた かぁたんだったが、すぐ視線を移して積み木セットで遊び始めた。
高く高く塔を作ったり、長く長く連ねて床に並べたり。 

かぁたん、一歳にして一人遊びが得意のようだ。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/24(月) 21:51:46.17 ID:Y1p8fIpn0

カラフルな彩りのこの積み木は、様々な大きさと形をしている。
同じ色の面と面を重ねると、不思議な事にくっつく仕様だ。

かぁたんの積み木作品が、だんだんと大きくなって一方通行の方に伸びてくる。

ふとイタズラ心が湧いて、一方通行の指がオブジェの先に触れた。
お互いくっついているはずの積み木が、ガラガラと崩れ落ち床に散らばる。

こんなことのために、学園都市第一位は能力を使ったのだ。

「ふっ」

目を丸くして茫然となる仔ガッパ。おかしな表情につい吹き出してしまう少年。

なぜ崩れてしまったのかは分からないけど、積み木に触った指先と、
一方通行の意味ありげな笑いがあまりに因果関係がありすぎて、さすがの かぁたんも意地悪されたということが分かった。

「キィーッ、キィィー!」
「ンだよそりゃ。抗議の声か?」
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/24(月) 21:57:49.65 ID:Y1p8fIpn0

腕を振り回して地団太を踏む かぁたん。
寝転がっていた一方通行が大儀そうに立ち上がると、怒りも忘れて慌ててテーブルの向こうへと隠れる。

嫌われたりはしていないようだが、やはり怖がられている。

このままでは、いつまた二人きりにされるか。現状を打破しなければならないことは確かなので、
ここは一方通行から歩み寄らなければならない。

彼も床に座り込み、似合わない子供用のおもちゃを手に取った。

「クポポ?」
「……」

黙々と作業をこなし、だんだんと上に向かって出来あがる構造物。
もう読まない雑誌を破いて、積み木と積み木の間に挟み、器用に組み合わせていく。

「クハ~」
「あとちょっとだ」


所々が紙で構成されたアーチが完成した。アーチといっても、サイズ的にくぐれるのは かぁたんだけだ。
この仔ガッパの身長は大人の膝くらいまでだから。

「クパー!」

早速くぐって遊ぶ。一方通行はその間もデコレーションや補強を重ね、アーチをよりアーチらしく作り上げていく。
やがて全ての積み木を使いきる頃には、かぁたんから尊敬の眼差しを頂くことになってしまった。

(ちょろすぎンぞコレ)

これなら関係の改善は早そうだ。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/24(月) 22:05:16.13 ID:Y1p8fIpn0

一方通行が かぁたんに帽子を渡す。自身は上着を羽織って玄関へ。
外へ行く時は必ず帽子を被らされたので、これからお出掛けだと、かぁたんは大喜びでついて来た。

「おい、靴忘れンなよ」
「グ」

二人だけで外出も、もちろん初めてだ。


バスも使い、半時間ほど掛けて移動する。ちなみに乗車時は一方通行が かぁたんを抱き上げてやった。
その扱いは荷物もいいとこだったけど、こうして仔ガッパを抱くのは初日のトイレ講習以来じゃなかったか。

(言われてみれば、打ち止めと番外個体がいたから全然触ってねェな)


辿り着いたそこは、大型おもちゃ販売店。入口に入るなり、賑やかな音が二人を出迎える。

「クワ! クワ!」
「勝手にどっか行くンじゃねェぞ」

積み木で遊べて、テレビアニメを見て、人語さえある程度理解できているっぽい。
(人間の)幼児用のおもちゃで充分楽しめるだろうと思い、こうして連れて来た次第である。

つまりは物で釣るという短絡的思考だが、かぁたんは非常に嬉しそうだ。

105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/24(月) 22:07:29.51 ID:Y1p8fIpn0

打ち止めと一緒に買い物に来た際には、テレビゲームや女児用のおもちゃコーナーに引っ張られた。
だから一方通行は他のコーナーにどんな物があるのか詳しく知らない。

(どォせこいつが好むのが何か分からねェンだ。端から順番に見て回ればいい)

ゆっくり歩き出せば、かぁたんは一方通行の左側に寄り添った。
騒がしく鳴り、時に光りさえするおもちゃ達が高く積まれているので、それらと少年を見比べるのに忙しい。

「俺じゃなくて、もっと商品を見ろよ。変なモンじゃなきゃ買ってやる」
「クパ!?」
「分かるか? どれでもいいから、何か選べ」
「キャー!」
「走るなって……」

113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 21:41:14.33 ID:FkBt4nzm0

「キャッキャッ」

かぁたんは今、床から二メートルの高さをオートで飛びまわるラジコン飛行機に夢中である。
手に取りたいのか、近くのミニ滑り台に乗って近づこうとしている。

(ラジコンか……。しかし操作できンのか?)

テレビのリモコンも時々押し間違っているのでラジコンは難しそうだ。
平日故、人が少ない店内で顎に手を当てる一方通行。


「ン? 何してンだオマエ」
「クパ、クポ」

かぁたんがいつの間にか少年の足元に。足の甲に乗り、ズボンを握ってよじよじとよじ登ってくる。
器用に足を掛けて、ものの一分で一方通行の肩まで辿りついた。

これでラジコンのすぐ傍まで登ることが出来たが、相手は飛行中なので捕らえることは難しいし、
一方通行が かぁたんのために動いてくれるわけでもないし。

「キュウ」
「やめとけ。怪我するぞ」
「……パコンッ!!」
「!?」

それは今までに聞いたことが無いほど大きなパコだった。
音と同時に衝撃が感じられ、ラジコン飛行機が吹っ飛ばされて床に墜落する。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 22:00:00.02 ID:FkBt4nzm0

「ッター!」
「たー、じゃねェよ! そンな威力があンのかよソレ……」

誇らしげなガッツポーズで雄々しさを表現している仔ガッパ。
怪しい音を出す飛行機の捕獲に向かおうと、一方通行から降りようとしている。
少年はそれを制して歩き出し、かぁたんが落ちないようにしながら屈んで飛行機を拾う。

「あーァ、壊れちまってンじゃねェの」
「クポ、クポ」

かぁたんが欲しがるので持たせてやる。動かないのなら怪我をする心配も少ないし、どうせ買い取らなければならない。

「あ、あの、お客様……」

パコの音を聞きつけて来たのだろう。店員が丁度近づいてきたので、買い取りの旨を告げる。

「はぁ、左様ですか。別料金になりますけど、よろしければ点検修理を致しますが」
「……そォだな。あとでカウンターに取りに行けばいいか?」
「は、はい。お願い、します……」

子供かと思ったら、人間とは思えない小動物の かぁたんをチラチラ気にしながら店員は去っていった。
何か言いたそうだったが、物言わさぬ一方通行の眼力に押された形だ。

「今度壊したら承知しねェからな」
「くぅーん」
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 22:06:30.43 ID:FkBt4nzm0

「全然分かってねェ……」
「クワッパー! ッター!」

かぁたんは大量のぬいぐるみが置かれる一角で、それらを相手に相撲を披露してくれた。
しおらしくしていたので、てっきり反省したのかと思っていたが。
いや、反省はしたのだろうが、それが長続きしないし活かされないのだろう。

がっぷり掴みかかり、上手投げ、下手投げ、押し出し(土俵無いけど)。
相手は動かないぬいぐるみなので連戦連勝である。自分より大きい相手なのに楽勝なのが楽しいようだ。

初めてのことだが、ここは一方通行もやってやらねばなるまい、番外個体や黄泉川のように。

「この熊どもすべて買い取らされるなンて冗談じゃねェンだよ」
「オェ~」

グリグリ、と皿を押すようにしてオシオキしてやる。頭の皿をグリグリするのが仔ガッパのしつけなのだ。
こうすると気持ち悪くなるらしい。

「…………」

グリグリ。

「オエー」
「どォいう仕組みなンだか」
「オェ。……クパー!」

さすがに不条理なオシオキと感じたのだろう。かぁたんは逃げ出した。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 22:10:10.14 ID:FkBt4nzm0

逃げ出した かぁたんを追って急いだ一方通行だが、すぐ追いついた。
角を曲がった先で、すぐに次のおもちゃに目を奪われていた仔ガッパ。

「クハー」

ビリビリビバリピシャーン! コレデキミモヒーローダ!

「クハ~」

ここはテレビで人気の変身ヒーロー特撮番組のグッズコーナーだった。

ヒーローの等身大ポップが置かれ、作中で主人公が乗るバイクを小さくしたもの、
子供用の全身スーツ、音と光が出るベルト等々。子供(男児)の心をくすぐるおもちゃがたくさん置いてある。
そういえば、これ系のテレビ番組もかぶり付くようにして見ていたっけ。

「こォいうモンが良いわけ? やっぱオスか」
「クパ、クパ」
「……まァな。ヒーローは誰だって好きだよな」

一方通行のズボンを引っ張り、ポップを指さす かぁたん。とても興奮している。

「ふーン。そンなに好きなら、ここにあるヤツから欲しいの選べよ」
「クポー!」
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 22:13:17.50 ID:FkBt4nzm0

かぁたんはヒーローが着ている全身スーツ子供用を欲しがったが、身長五十センチ弱の彼には大きすぎる。
無理だと言い聞かせて、変身ベルトで妥協してもらった。
これだって かぁたんの腰には余るけど、なんとか着けられないことはない。

展示品を元に戻し、新品が入った箱を持って会計に行く。
道すがら、さっき相撲稽古の相手にされていた熊のぬいぐるみも手に取った。
ふたつも買ってやるつもりは無かったが、これなら打ち止めも気に入るだろう。

会計の後で壊したラジコン飛行機を受け取るが、電気系統の故障だそうで、すぐには直らなかった。
そのままでいいと、引き続きの修理を断り家に戻る。

熊のぬいぐるみが何より大荷物だが軽い。男である自分を気遣ってくれたのか、ラッピングは厳重だった。

「クポポ♪」
「家に着くまで開けンなよ」

かぁたんの荷物は、もちろんあのベルトである。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 22:21:30.83 ID:FkBt4nzm0

ニッコニコの仔ガッパと一緒に家に帰ると、番外個体と打ち止めも戻って来ていた。

「ミサカの積み木を芸術的なトンネルにしたのはだーれ、ってミサカはミサカは決まりきってるけど尋問してみる」

あれではもう遊べないではないかと文句を言われた。崩すのがもったいないらしい。

「オマエ最近積み木で遊ンでなかっただろ。あとあれはトンネルじゃねェ」

大きな袋を打ち止めに投げつけ、開けてみろと促す。
中から現れた大きな熊に、少女はすぐに顔をほころばせた。

「これミサカの!? ミサカのクマ!?」
「オマエの土産に買ってきたワケじゃねェが、こいつの相撲の相手になるかと思ってな」
「……相撲。……かかってこい、かぁたん! はっけよーい!」
「クワッパー!」

熊を抱え、打ち止めは中腰となり立ち合いを求める。かぁたんはすぐ掴みかかってきた。
打ち止めは途中で熊から離れ、ぬいぐるみがリビングを舞う。
せっかくのアーチの上に落下しそうになったので、番外個体がそれを防いだ。足で。

「おっとと、あなたのデレの結晶が」
「そンなモン結晶にした覚えは無い」
「ここはちょっと危険だね、ってミサカはミサカは蹴り返されたクマと一緒に移動してみる。行こ!」
「クパー!」
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 22:29:22.60 ID:FkBt4nzm0

一方通行はラジコン飛行機を番外個体に投げて寄越す。

「何さコレ。最終信号にはぬいぐるみなのに、このミサカはラジコン?」
「だからオマエらの土産ってワケじゃねェンだよ。どンだけ欲しがりなンだ」
「ん? これ壊れてるね」

番外個体が能力を使ってラジコンを調べる。彼女の意思に従って、飛行機は室内を飛び始めた。

「電気系統がイカれてンだ。あいつが店で壊した」
「ほうほう」
「そのまま買い取ってきたンだが、オマエやクソガキならそォやって動かせるだろ」
「へぇへぇ」

一直線に少年に向かってラジコン飛行機が突っ込んでくる。彼はそれを眼前で防いだ。

「あーん、邪魔しないでよぉ」
「この馬鹿野郎が」
「なんかー? たった少しの間にすっかり仲良くなっちゃったー? デレる相手が増えて親御さんも大変だぁね」
「……馬鹿野郎が」

120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/27(木) 22:30:41.34 ID:FkBt4nzm0

次回へ続く

121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/27(木) 22:39:56.93 ID:BScCWPlco
何か番外さんが静かに嫉妬してるように見えてワクワク

乙 
 
123 :番外編 ヘラクレス来襲 [sage]:2012/12/28(金) 21:16:54.28 ID:liUfSGEB0
>>109 のおかげで考えました小ネタです

非凡な右手をもつ平凡な男子高校生(本人談)の上条当麻。ここは彼の住む学生寮である。

上条は同居人のシスターと一緒にテーブルを囲んでいた。正確には隣合って座っている。
なぜなら、もう一人居るからだ。『人』という言葉を使うのはどうかと躊躇うような客人だった。

「グパッポ」
「すんません。なんて言ってるか分かりません」
「お腹空いた、って言ってるんじゃない?」
「それはお前の意見だろ」

上条とインデックスの目の前には、一匹のカッパが座っている。身長は上条と同じくらい。
カウボーイハットに首にはスカーフ。黒いベストとハーフのレザーパンツ。
ワイルドなファッション以上にワイルドな鋭い眼光と、深緑色の肌。

「グポ?」
「あ、なんでもありません」
「あくせられーたの所の かぁたん連れてくれば何か分かるかも」
「!? グワァッ?」
「ひぃっ」

かぁたんの名を出したとたん、カッパさんのテンションが上がった。
ベランダに引っかかっていたのを保護してから二時間もおとなしくしていたのに、片足立てて大声をあげる。
124 :番外編 ヘラクレス来襲 [sage]:2012/12/28(金) 21:19:48.05 ID:liUfSGEB0

「や、やっぱりあくせられーたのカッパと関係があるみたい」
「そうみたいだな。でも何でアッチは可愛くてコッチはこんな怖いの?」
「ガータン、グパグポ!」
「あぁ~、やめていきなり外行かないで大騒ぎになるからー!」

ここが玄関だろうと見当をつけて、カッパさんが出て行こうする。
上条は慌てて引き止めようとしたが、うっかり触って良いか不安なのでそれも出来ない。

「待って! どこに行けば会えるかわからないでしょう!?」
「グッ……」

インデックスの言葉に、カッパさんは戸惑う。すごい、会話出来ているみたいだ。
カッパさんはベランダに出て、空にクチバシを向けて「フンフン、フン」と匂いを嗅ぎはじめた。

「犬かよ……」
「! グポ!」


バコォォン!!


それはそれは桁外れのパコだった。音もそうだが衝撃もすごい。
隣から「にゃー!?」の悲鳴が聞こえ、あちらでも窓ガラスが割れたのだと察する。

散らばるガラス片。外れてはためくカーテン。ひっくり返ったマグカップ。

少年だけでなく、シスターからも同じセリフが出た。

「不幸だ」
「不幸なんだよ」
125 :番外編 ヘラクレス来襲 完 [sage]:2012/12/28(金) 21:21:12.86 ID:liUfSGEB0
 
次回は無い

本編はまた今度 
 
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/31(月) 04:07:17.84 ID:AHz2UhdE0

俺、浜面仕上はフレメアと一緒に公園に来ている。
伸びてきた髪を切るために美容院へ付き添った帰りだが、案の定寄り道になっちまった。

別に急いで帰らなきゃいけない理由があるわけでもなし、まぁいっか、と思っていたのが二十分くらい前まで。

今は早く帰りてぇ。

「いやぁ~、子供は無邪気だよねぇ」
「……」
「ははは、すっげぇ漕いでる。あいつら一回転する気じゃないだろな」
「……」
「さすがに返事が欲しい今日この頃」

ベンチに並んで座るのは、上記の浜面と一方通行である。
彼らの視線の先では、アホ毛と金髪の少女がブランコ揺さぶり対決に興じていた。(二人の少年は対決しているとは知らない)

先にブランコで遊んでいたフレメアの元へ、打ち止めが駆け寄ってきて二人は遊びはじめた。
浜面が真っ先に考えたのは、これで帰りが遅くなる、とかの心配ではなく、
いつも打ち止めについてくる凶悪なハッピーセットのことだった。

「やっぱお前も居るんだ。いつも一緒で仲のよろしいこと」
「うるせェよ。他人のこと言えたクチか」
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/31(月) 04:08:58.94 ID:AHz2UhdE0

それから普通に一方通行は浜面の横に座り、特に気にさわる様子もなく子供を見守っていた。
途中で浜面が席を立ち飲み物を買ったが、チラチラ一方通行を気に掛けていると思ったら彼のコーヒーを奢ることにしたようだ。

「飲む?」
「……貰う」

(アラ、素直)

と持ったのは束の間、話しかけても一方通行はあまり返事をしてくれなかった。

「別にさー、昔というほど昔のことじゃねーけどー。ほら、ああして幼女達は微笑ましく遊んでんじゃん」
「なンかすっげェ言い争ってるよォにも見えるが」
「ケンカするほど仲が良いんだろ? んぉ!? ようやく会話らしい会話キタ」

一方通行は会話していないつもりは無かった。ただちょっと考え事をしていただけだ。

「オマエさァ」
「あんだよ」
「カッパっていると思うか?」
「……」
「返事ィ」
「……」
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/31(月) 04:11:21.60 ID:AHz2UhdE0

なんとなく、本当になんとなくだが、一方通行は浜面仕上に かぁたんのことを喋りたくなった。

あの仔ガッパを拾ってから半月近く経つが、自分達の日常に外部からの干渉は今のところ無い。
土御門元春も心配していたが、まさかのタイムスリップ的な方面で
上層部がちょっかいを掛けてくるかも、と危ぶんでいたがそれも無い。

(俺という存在が抑止力として働いているのか。それとも単に気づいてねェのか)

現段階での状況は平和だ。

これまでに かぁたんという不思議生物のことを知っているのは、自分含めて黄泉川家の五人。
上条当麻とインデックス、土御門。

土御門は幾人かの魔術師に何らかの情報を与えているかもしれないが、
一方通行の危惧する事態が起こらないように注意すると言っていた。

信用はならない男だが、実力はグループ時代に肩を並べたこともあり承知している。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/31(月) 04:14:01.44 ID:AHz2UhdE0

このまま何事もなく日々が過ぎて行ってくれるのでは、と一方通行は評価し始めていた。
そう考えていたところへ、浜面が横に腰を落ち着けている今、

(急にこいつに言いたくなってきちまった)

それは、「あンなぁ、俺ンち今すげーンだぜ? すげーモン飼ってンだぜ? 聞きてェ?」

みたいな小学生(低学年)っぽい幼稚さを多少含んでいたかもしれない。

(じゃなくて、カッパなンつーモノと暮らす異常を、第三者の視点から感じることで分析し、
冷静に現状の把握をしたいだけだ。しかしこいつ変な顔してやがンなァ)
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/31(月) 04:15:38.84 ID:AHz2UhdE0

「何言ってんだよ……」

浜面はかなり驚いていた。学園都市第一位から聞くにはあまりに意外な言葉。それは河童。

「あ、カッパ巻きのこと? 俺はやっぱりちゃんとした魚介類がネタの方が好きだけど」
「いや、日本に古くから伝わる妖怪の方。甲羅しょってるやつ」
「育児疲れか?」
「実は今それがウチのペットでよォ。クソガキが拾ってきちまったンだが」
「噛み合ってない。噛み合ってないよ……!!」

この男は一体どうしてしまったのだろう。
幻想殺しに触れてもらうべきだろうか。それとも冥土帰しに診てもらうべきだろうか。

「おかしくなっちまったのか!? しっかりしろよ一方通行。妖怪なんて、そんなUMA(ユーマ)みてぇなもんペットとか……」
「居るンだからしょうがねェだろ。俺だって驚いてンだよ」
「あ、でもお前自体がエンジェルチックだもんな。UMAがペットってアリかも。大丈夫、俺は味方だ」
「様々な反応を予想していたが、これはかなりムカつくぜ」

なンだったら見せてやる、という一方通行と、えぇ~マジかよー、という浜面。
二人が立とうとしたところで、ジャランジャランとブランコの鎖が鳴った。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/31(月) 04:17:26.62 ID:AHz2UhdE0

「にゃー! 信じない! 私は信じない!」
「ふっふっふ。言うがよい、今だけだ、ってミサカはミサカは余裕の態度を表してみる」
「カッパは日本昔話の中だけのハナシだもん。本当に居るワケないもん」
「はーはっはーはー!ってミサカはミサカはその強情が打ち砕かれる瞬間を今から想像して大笑い!」
「にぁー……、なんというちょーしょー(嘲笑)。だったら見せてみろー!」
「待ってましたその売り言葉! だったらついて来い!ってミサカはミサカは買い言葉を発しつつダーッシュしてみるー!」
「にゃーにゃー! カッパなんて、カッパなんてにゃー!」

同じ年頃の少女二人が、一方通行と浜面の目の前を走り去って公園から出て行く。
まだブランコが揺れる公園に取り残された保護者役の少年達。
甲高い少女達の言い合いは、走りながらもほぼ全て聞こえていて、
そちらでも同じような話をしていたのだと容易に想像できた。

「俺ら幼女と同レベル?」
「……」
「つーか、あいつら俺達がここにいること完全忘却の彼方で行っちまったよ。成長してねぇぇぇぇ……」
「まァ、行き先は分かってンだがな」

少年二人も、公園を後にした。

139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/02(水) 02:09:19.25 ID:X5l6dS9f0

一方通行と浜面が黄泉川愛穂のマンションに着き玄関を開けると、
既にフレメアの元気な声が。まだ昼間なので、家主と芳川桔梗は帰って来ていない。

「すごーい!」
「ふはははは、恐れ入ったかー!ってミサカはミサカは鼻高々だったり」
「すーごーいぃー!!」
「ク、クパポ……」
「もー、うーるーせぇー! 幼女うるせぇー! あ、第一位とそこのオマケ! 静かにさせてよこの二人。チビチビも驚いてんじゃん」

ピョンピョン跳びはねて かぁたんを周回するフレメア。高笑いの打ち止め。
いきなり知らない人が来るし、騒がしいしで戸惑う仔ガッパ。不機嫌そうな番外個体。

「オマケってなんじゃい。……うわぁ、まじカッパだ。どこで拾って来たんだよぉ」
「川」
「あぁうん、それっぽい」

少年達も部屋に上がり、リビングは一気に人口密度が高まった。

140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/02(水) 02:11:03.93 ID:X5l6dS9f0

「遅かったと思ったら浜ちゃんと金髪ロリ拾ってくんだもんなぁ。ミサカのオヤツはぁ?」
「あ、忘れてた、ってミサカはミサカはお出掛けの理由を思い出してみたり」

そもそもはコンビニに行くという一方通行に、打ち止めがついて来ただけなのだった。
番外個体が希望したお菓子を仕入れ帰路につく途中、フレメアを見かけた打ち止めは、
菓子が入った袋を一方通行に押し付けて、ついには彼のことさえ忘れて帰ってきてしまったのである。

「おらよ」
「さんきゅー!ってミサカはミサカはナイスキャッチしてみたり」

ちゃんと一方通行が持ってきてくれていた。


「ねぇ触ってもいい?」
「いいけど、頭のお皿は弱点だからダメだよ、ってミサカはミサカはフレメアにお手本を見せてみる」
「にゃ? 歯ブラシ?」

歯ラシで甲羅をゴシゴシ擦るととても気持ちが良いのだ。
打ち止めは かぁたんの服をめくり上げるとブラシを宛がった。仔ガッパはうっとりして床に寝そべる。

「クハ~」
「やらせて、私もやりたい!」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/02(水) 02:16:09.58 ID:X5l6dS9f0

ソファは番外個体に占拠されている。
一方通行と浜面は戯れる子供達とカッパを眺めながら台所のテーブルにいた。
公園と大して変わらないこのシチュエーション。

「まさかあれほどカッパとは。えーと、かぁたん?……って一体なんなの?」
「今ンとこ有力な説は、タイムスリップしてきたカッパと表現するしかない生物」
「……不思議な事は結構体験してきたつもりなんだがなぁ」
「そンな訳ありのペットだ。不必要に吹聴すンなよ」
「言っても信じてもらえそうにねぇな。あ、でも写真撮って滝壺達に見せてもいい?」

浜面が携帯端末のカメラモードを起動してリビングに戻ろうとする。
しかしそこはいつの間にか金髪ロリVS仔ガッパの両国国技館と化していた。

「のこったのこったー!ってミサカはミサカはどこまでが土俵か分かんない!」
「ぬぬぬ、ちっこいクセにけっこうやる、にゃー……」
「クワ、クワ、クワッ…パー!」

もはやパンツ丸見えで かぁたんと取り組むフレメア。相手が小さすぎるので、力のかけどころが難しい。
どうあがいてもパンチラ(チラどころではない)激写となってしまうため、
そんな写真は撮影できない。恋人や同居人に見せたら大変な事になる。浜面は一旦手を降ろした。

「カッパはきゅうりと相撲が好物」
「へぇ……。詳しいね」

ボソリと呟いて、一方通行が解説してくれた。

142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/02(水) 02:19:13.39 ID:X5l6dS9f0

「きゅーん!」
「にゃあー! 勝利は私のものだぁ!」

背中を床につけたらすでに負けなのだが、フレメアは両足で空中に かぁたんを放り上げた。
あ、と思ったところで番外個体が衝撃をやわらげながら救出する。

「ちょっとぉぉぉ! このロリいい加減に……」
「おのれー!ってミサカはミサカは かぁたんの仇を取ってやるー!!」
「ら、乱入だ! セコンドー!」

もはやプロレスである。フレメアと打ち止めはパンツどころかへそまで露わにしてリビング中を転げ回った。

目に眩しい縞々と純白が踊る。

「撮ンなよ」
「撮らねぇよ!」

未だ携帯端末を握ったままの浜面に、一方通行が釘を刺した。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/02(水) 02:22:01.61 ID:X5l6dS9f0

「っふー、っふー」
「にー、手ごわい」

もう何ラウンドになるか、少女達のプロレスごっこは続く。

「クハァ」
「おチビって馬鹿だよねぇ。チビチビの方がよっぽどイイコじゃね? 一応最終信号応援してやっか」

番外個体に守られながら、かぁたんは眼下の修羅場に釘付けである。
戦場を避け、番外個体はソファの上に立ったままだからかなりの高さがあった。

打ち止めは かぁたんの仇討ちのつもりだからか、意気込みが違う。
ついにフレメアをブン投げることに成功した。
ところがフレメアはミニアーチに接触してしまい、かぁたんお気に入りの積み木製アーチはばらばらに崩れた。

「キャアァァァァ」
「あー……。このロリ達ほんとタチ悪い」

番外個体の腕の中で、仔ガッパの悲痛な悲鳴。半泣きでダイニングの製作者に訴える。「壊れちゃったよー」と。

「また作ってやっから……」

泣くな、と手を振って かぁたんを宥める一方通行。

(あれお前が作ったんかい……っ)

浜面は吹き出すのを堪えた。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/02(水) 02:24:40.20 ID:X5l6dS9f0

「どうだぁ、はぁはぁ、ってミサカは、はぁミサカは勝利宣言してみたり!」
「うー! くそー!」

大げさに床を叩きつけて悔しがるフレメア。キッ、と打ち止めを睨んで立ち上がった。

「ふーんだ! 相撲で勝ったって、私の方が大人なのは間違いない!」

相撲じゃなかったし。そもそも相撲の勝ち負けが大人の定義でもないし。

「なにを根拠に、ってミサカはミサカは」
「私は既にせーりがきている!」
「な、なんだとぉう!?」

生理。女性に訪れる月のものである。どちらかと言えばそっちの方が大人の定義に相応しい。
しかし、男性もいるのに大声で叫ぶのはいただけない。

「あー、そういや麦野が赤飯炊いてたわぁ」
「……」

一方通行は黄泉川が赤飯を炊いていなかったかと思い返す。
炊いていたことはあるが、それは季節の行事に関しての時だけだったような。

特別に打ち止めのナニかを祝っていた様子は記憶にないが……

気になる。

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/03(木) 17:36:48.31 ID:tNLrxBZn0

「大人勝負は私の勝ちだ!」

拳を突き上げ、フレメアは勝手に勝者に収まろうとしている。打ち止めは両手を震わせて悔しそう。
それはまだ初潮を迎えていないからなのか、
それともフレメアのように宣言するのが恥ずかしいという当然の羞恥心故なのか、
一方通行には判別がつかない。

(どうなンだよ、オマエなら知ってンだろ)

視線で番外個体に問いかける。

「死ね!!」

その時の彼女は司令塔である打ち止めの感情を受けて、とても気分がよろしくなかった。心のままに暴言を吐く。
小さな姉が何も言えず震えているのは、一方通行(と浜面)という男性が聞いているからに決まっているのに。
デリカシーの無い男だと憤っているのだ。

「うわ、怖ぇー」

浜面が言われたわけではないのに、一方通行のとなりで縮こまるほどだった。
ちなみに彼女の腕の中の かぁたんも怖がっている。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/03(木) 17:38:12.98 ID:tNLrxBZn0

この家には女性四人と男が一人。大人の女性に毎月訪れる現象のことは彼の身近で感じられていた。

トイレに行けば、レディースボックス(たまに蓋が閉まってない)が置いてあるし。
たまにナプキン(未使用)がトイレの床やペーパーの上に忘れられているし。
鎮痛剤は常に大量に薬箱に完備であるし。夏でもカイロがごみ箱に捨ててあったりと(腹を温めているらしい)……

つまりはそんな生理現象について、一方通行はすっかり慣れっこなのだ。

膨らんできた胸とか、細くなっていく腰とか、一方通行も気づいていた。
だからこそ、ここらへんで線を引くべきだと判断する。番外個体が教えてくれないなら本人に訊いてやるだけだ。また視線で。

一方通行に見つめられ、打ち止めは頬どころか首や耳まで赤くなっていく。

どうなンだ? もう初潮を迎えているのかいないのか。

(もしそうなら、もォ風呂と寝るのは完璧に別々にしねェと)
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/03(木) 17:40:54.58 ID:tNLrxBZn0

さぁ、さぁさぁさぁ言ってみろ。俺は別に下衆な動機で訊いてるわけじゃないから。

一方通行の視線が打ち止めを射ぬく。

「う、あ、あ、あなたのバカー!!」
「!? あ、が」
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁ!? ナニこれどーしたのオイ!」

打ち止めが叫ぶと同時に一方通行が倒れ込む。羞恥と怒りの極みに達した打ち止めに演算を止められたのだ。
肩にもたれかかってきた超能力者を、ビビりながら浜面が支えた。腕を彷徨わせながら体を掴んでくる一方通行の異常に混乱する。

「ちょっと俺そーゆー趣味ないし滝壺いるし」
「あーひゃっひゃっひゃ、馬っ鹿! クソ馬鹿! ざまぁーみろ!」
「何がどうなってんのか分からないけど、大体私が打ち止めより大人ということはやっぱり確実のようだ。えっへん」

ブラジャーもしているしね。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/03(木) 17:43:39.70 ID:tNLrxBZn0

「……」
「……」

男二人、やっぱり会話は弾まない。

ここは一方通行の自室である。一方通行を背負わされた浜面は、番外個体にここに追いやられたのだ。
「ちょっとすりゃ普通になるから」と言われ、ベッドに寝かせてオロオロしながらその時を待った。

(ナニこの状況。なぜ俺が男の、しかも第一位の目覚めを待ってこんな心配してんの助けて滝壺)

幸い、一分もしないうちに彼は正気になった。
自室で意識を取り戻したと思ったら、目の前には浜面仕上なので露骨に眉を顰める。

「なンでオマエもここにいるンだ」
「それは追い出されたからです。俺はお前の巻き添えを食らいました」
「あァそォ」
「……」
「……」

会話が弾まない。

153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/03(木) 17:49:39.38 ID:tNLrxBZn0

必然的に周りに目を配る浜面。彼だってリビングに戻るのは気まずいし、フレメアを置いて帰るわけにはいかない。
それに一方通行の部屋というのに興味があったし。

「へー、普通だな。普通の部屋だ」
「どンなイメージ持ってたわけ?」
「何か小難しい本もあるけど、漫画も結構あんな」
「それは打ち止めが持ち込ンだやつで、俺の趣味じゃねェぞ」

キラキラの少女漫画を好んでいると勘違いされるのは嫌だった。

「分ぁってるって。俺だって趣味じゃねぇけど読むことあるぜ?」

浜面も同居人が自分以外女という特殊事情から、そうだろうと見当をつけていた。
そういえば一方通行とはそこが大きな共通点だと思い至る。

会話のきっかけ発見。

「ね、ねねね」

つつつい、と忍び足でベッドの一方通行に浜面が近づいてくる。図体がデカいので、可愛いなどと爪の先ほども感じられない。

「ンだよ……」
「エロ本とかDVDってどこに隠してる?」
「窓から捨てられるか腹に一発か、好きな方を選べ」  
 
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 11:53:02.60 ID:zhtdYz2c0

衝動激しい青少年の苦労を語り合いたいと思ったのに、一方通行はなかなかノってくれない。

「パソコンも共用だから素敵サイトにアクセスも気軽に出来ねぇ」

浜面が机の上に備えられているパソコンを羨ましそうに見た。自室にあるのだから、一方通行個人の物に決まっている。

「だから本が一番確実なンだろ、さっきも聞いた」
「でも場所取るんだよ」
「だから隠し場所に苦労すンだろ、さっきも聞いた」
「これは発見されん!っていうポイント無いか?」
「そンなくだらねェことに使う脳みそは持ち合わせてねェンだよ、クソ色ボケ野郎」

さっきからこの調子だ。打ち止めの不興を買って落ち込んでいるかもしれないので、
エロ話で気が紛れるのでは、という気遣いも(僅かに)あったのに。

「こんな話、普段は出来ないだろ? 今がチャンスだよ~」
「何がチャンスだ」

浜面の話にまともに付き合えないのは、実は彼の気遣いが的を射ていたからである。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 11:55:45.22 ID:zhtdYz2c0

演算を止められる直前に見た、打ち止めのあの顔。目に涙を溜めて真っ赤になって。
一方通行は、黄泉川が言っていた「今だけじゃん」の『今』の終了を感じていた。
その覚悟があったから打ち止めに真偽を尋ねたのだが、

(もォ一緒に風呂とか無ェかもな……)

いわゆる思春期と言われるものがきたのだと、哀愁を感じる。


「あ? なんかあっちの方うるさくねぇか。また喧嘩でもしてんのかね」
「……変だな」

思考に耽っていたので、先に異変に気づいたのは浜面だった。

少女達と仔ガッパだけを残したリビングが騒がしい。騒がしいだけならいいが、絹を裂くような悲鳴が混ざっている。

「おい、なんか」

浜面と一緒に腰を上げようとしたところで、叫び声と一緒に足音が部屋に近づいて来た。
猥談ともいえる会話を聞きつけられて、またも株が下がるのではないかと、一方通行は一瞬冷や汗をかく。

「わぁぁぁあーっ!!ってミサカぁぁぁあー!!」
「にゃあぁぁぁああー!!」
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 11:59:12.45 ID:zhtdYz2c0

必死の形相の打ち止めとフレメアが飛び込んできて、空気椅子状態の少年達にそれぞれ飛び付く。

「でたぁぁぁぁ! アレが出たよー!ってミサカはミサカは救助要請を発信してみるぅぅぅぅぅぅぅ!!」

浜面は床の上に、一方通行はベッドの上に転ばされ、この少女達は根っからプロレスが好きなのか。

「落ち着けってフレメア……」
「大体私の足が狙われた! 飛んだぁぁぁー!」

どうやらゴキブリが出たらしい。
てらてら光って俊敏に動くアレが例に漏れず大嫌いな少女達は、半ばパニックに陥っている。

「発電すンなよ、コラ」

助けて助けて。

先ほどとは逆の感情が込められた涙目で訴えられる。
ぎゅう、としがみついてくる打ち止めに、湧き上がる安堵と喜びは認めるしかない。

160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 12:01:55.24 ID:zhtdYz2c0

「てめぇら、一番年下のこのミサカを残して逃げるなんて薄情すぎだよ」

なんとあの番外個体でさえ、若干顔を青くしてやってきた。

打ち止めさえいなければ指一本動かすことなく仕留められるが、上位個体がこんなに混乱、恐慌していると出力も狙いも定められない。
過去に一度無理した時は、家電が数台イカレてしまった。

「あ、ミサカもミサカもー」

そわそわしながらも、番外個体はベッドに飛び乗って先客二人を揺らす。
打ち止めを真ん中にして圧し掛かり、一番下となった一方通行に圧力を掛けた。

「重いよ!!ってミサカはミサカはこれみよがしに押し付けられた二つの脂肪の塊に恐怖より苛立ちが勝ってきたり!!」

「いいなぁ」、とはフレメアを宥め続ける浜面の言である。

161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 12:04:46.26 ID:zhtdYz2c0

「重い。どけ、この馬鹿姉妹……」
「にゃぁ! 信じられない追って来た!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
「ぐォォおおお」

開け放された一方通行の部屋のドア。そのすぐ外の廊下に恐怖の象徴が現われた。
黄泉川も芳川もいない。こんな時は一方通行が切り込み隊長役を担わされていたが、

「浜面、俺は今動けない。オマエが、何とかしろ」
「ちょい待ち、なんか武器…… フレメア痛い! 待ってそこはいやぁ!」
「ひぃ! こっち来るにゃ!」

少女達の天敵が方向転換し、こちらを向く。恐怖故、「ケケケケケケケ」という余裕の笑い声まで聞こえるような……

「クポ!」

かぁたんの笑い声だった。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 12:09:38.84 ID:zhtdYz2c0

かぁたんに追いかけられるようにして、黒い昆虫がとうとう部屋に入ってくる。
一旦は落ち着きかけていた子供達から、形容し難い悲鳴。少年たちからは苦しみと痛みの唸り声。

かぁたんはそんな面々を順繰りに眺め、最後に足元のソレを見て、

「パコンッ!!!」

こてん。 ぴくぴく、ぱた。

「「「…………」」」

パコとは案外恐ろしいもので、カッパの意思しだいでこのように生き物にダメージをあたえることもできるのである。
一方通行はおもちゃ屋でラジコン飛行機を壊した威力を思い出した。

「すっげ…… カッパすげぇよ」
「ケケケケケ」

浜面の賞賛と、あっけにとられた人間達の眼差しに かぁたんは大得意。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 12:14:17.15 ID:zhtdYz2c0

「晩ご飯食べてけばいいじゃん。黄泉川先生が栄養たっぷりの家庭料理作ってやるじゃんよ。なんなら泊まってくか?」
「いい。帰る」
「いきなり過ぎるわよ、愛穂。こちらも宿泊の準備なんてしていないのだし」
「でしょ? だから帰る」

夕方になり、黄泉川愛穂と芳川桔梗が帰宅した。黄泉川を見て、浜面は非常に落ち着かない。
食事のお呼ばれや宿泊など、たまったものではなかった。

「麦野が作ってくれたの食べるから。また来る」

浜面が連れている子供なので、つい食生活のおせっかいを焼きそうになった黄泉川。
フレメアにそう言われて、よっぽど麦野飯が好まれていると一安心した。

(毛ヅヤも良いじゃんね。麦野って人ちゃんと食わせてるみたいじゃん)

なでなで頭を撫でられながら、フレメアは打ち止めに手を振る。

「ばいばい」
「またなー!ってミサカはミサカはリベンジを誓ってみる!」
「パコン」

隣の仔ガッパからはさよならのパコを貰い、フレメアはビクリと浜面の背中に隠れる。
パコでゴキブリを倒した かぁたんに、すっかり畏敬の念を抱いてしまった。

「この恩はいつか返す。にゃあ。大体私は礼儀正しいのだ」
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/04(金) 12:16:47.19 ID:zhtdYz2c0

まったく礼儀がなっていない来客が帰り、夕食を食べ、散らかった部屋の片づけを黄泉川に命じられる子供達。

「クソガキ、こォやって菓子食い散らかすからゴキブリが寄ってくるンだ」
「は、反省……ってミサカはミサカは落ち込んでみる。
 でも かぁたんがいればこれからは平気だよね、ってミサカはミサカは今日の雄姿を思い出してみたり!」
「クポクポ」
「へっちゃらで手掴みだったし。どこかで潰れてた人よりずっと頼りになっちゃう」
「テヘッ」

そんなぁ。かぁたんは恥ずかしげに頭をかく。

「やかましィわ。オマエも菓子ばっか食って太ったンじゃねェのォ? 重いンだよ」
「ミサカの脂肪はおっぱいに集まるからいいの」
「理不尽だ! 不公平だ!ってミサカはミサカは地団駄踏んでみる!」
「キャッキャッ」


いつもどおりの夜だったが、打ち止めは一方通行と風呂に入らなかった。次の日も、その次の日も。

「まさかこれから毎晩オマエと入らなきゃならねェのか?」
「クパー!」

172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/07(月) 22:23:32.24 ID:OOFT1o2A0

今日は番外個体と打ち止めの調整をするために、いつもの病院へ来ている。

打ち止めだけだと、芳川桔梗か一方通行が付き添うことが多いが、番外個体が一緒だとその限りではない。
二人だけで行かせることもあったが、今日はこの四人が勢ぞろいである。(黄泉川愛穂は学校へ出勤した)

「やぁ、その子がカッパかい? 変わったモノを拾ってきたね」

病院の設備で、かぁたんという謎過ぎる生命体をわずかでも理解できないか調べてもらうのだ。

「パコン」
「こんにちは。僕は冥土帰し。お医者だよ」

普通に返事と自己紹介をする冥土帰し。ここまで平然とパコが受け入れられたのは一方通行達にとって初めてだった。
病院に居る妹達からどこまで聞いていたのか知らないが、この医者はやはり只者ではないと、一方通行は再確認する。

打ち止めや番外個体は、かぁたんのことを他の下位個体にネットワークを通じて明かしている。
面倒臭いので、タイムスリップしたかも、ということは内密にしてあるが。

「忙しいのに悪いわね。この子達の調整が終わったら……」
「平気だよ、同時進行で出来るさ。今回は二人とも時間はそうかからないし」

消毒薬の臭いと高い天井。かぁたんは不安そうにキョロキョロしている。

「怖くないよ、大丈夫だよ、ってミサカはミサカは勇気づけてみたり」
「クパ」
「勝手を言うが、検診データは早々に処分する」
「……ふむ、構わない。好きにするんだね?」

冥土帰しはちょっと一方通行の顔を伺ってから了承する。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/07(月) 22:27:10.09 ID:OOFT1o2A0

まず血液や生態細胞を採取し、遺伝子データを調べる。
さすがにすぐには分からないので数日ほど結果待ちだ。

あとはレントゲンやMRIといった、まるで健康診断、人間ドックのようなことを受けさせた。

やっぱり怖がるし、じっとできない仔ガッパは随分手を煩わさせた。
調整組の二人は、もともと大掛かりなメニューではなかったこともあり先に終わらせている。
一方通行の喝と、番外個体と打ち止めの宥めすかしを駆使し、三時間も掛かってようやく かぁたんも解放された。


「キュウ……」
「はい、お疲れ様。もう帰れるわよ」

検査機器の中から かぁたんを持ち上げる芳川。両手を広げていた打ち止めに抱かせようかと思ったが、
まだ非力な彼女にグッタリした かぁたんを任すのは危険かと考えて止める。
かといって番外個体は我関せずみたいな様子だし。

「かぁたんが疲れてるいみたいだから、このままわたしが抱っこするわ。最終信号はまだ手が小さいから落とすかもしれないし」
「うー、分かった、ってミサカはミサカは小さい体を恨めしく思いつつ従ってみる」
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/07(月) 22:39:35.37 ID:OOFT1o2A0

検査の結果を詳しく確認するため、一方通行はこのまま病院に残ることにした。

「オマエらは先に帰ってろ」
「……わたしも同席するわ」

芳川はウトウト船を漕ぐ かぁたんを番外個体に押し付けた。

「ゆっくり歩いてあげて」
「ふん」
「じゃあ難しいことはそちらにおまかせしてミサカ達は帰るね、ってミサカはミサカは冷蔵庫のアイスに思いを馳せてみる」

姉妹の背中は中々廊下から消えない。微笑む芳川は見送りを中断して冥土帰しと一方通行の元に戻った。



「かぁたんのこと、何か分かるといいね、ってミサカはミサカは期待してみたり」
「さーね。あの人も芳川も、分かれば御の字、って認識みたいだけど」
「確かに。本の内容を裏付けするのが第一の目的だ、とか言ってた」
「スヤー」

眠たい仔ガッパと少女二人は家に向かいながら話している。

かぁたんを学園都市の技術で調べているのだが、最初から多大な望みはかけてはいない。

生体のことなら、真偽は別として『世界河童大辞典』や『カッパの飼い方』に書いてあることだし。
それらの書物の記述が現代の、それも学園都市の科学で裏打ちされたなら、

「やっぱり過去からやってきたってことになるのかねぇ、こいつ」
「その説がますます有力になるよ、ってミサカはミサカは実はそこにこだわりが無かったり」
「まぁね」
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/07(月) 22:51:44.80 ID:OOFT1o2A0

過去のあれやこれやを覆すことが出来るかもしれないのに。

「このままでいいんもーん、ってミサカはミサカは未来志向の明るい子!」
「そもそもミサカ達なんて生きてきた時間が短いし。過去そんな持ってねぇし」

痛々しく、辛く、凄惨で苦しい過去があっても。

失われた命。奪った命。守った命。
勝手な行いだとしても、これまでに重ねてきた贖罪。
それらに価値が無かったとは思いたくない。

ではなぜ一方通行は念入りに調べようとしているのか。

「やり直したい、とか、未来を知って今のうちに対策を万全にしたいと考えてるのか……」
「その予想、前者は否定する、ってミサカはミサカは断言してみる」
「……」
「口も目つきも悪いけど、ミサカ達の事はちゃんと考えて守ってくれてる。
 ミサカは今のあの人の方が前よりずっといいなー、ってミサカはミサカは未来志向の元気な子!」
「ハイハイ。泣いて悔やまれて、リセットされちゃあ気色悪いよ確かに。
 大体このミサカも最終信号も製造されない可能性が高いじゃん」


きっとこの先、その思いがもっと強くなる。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/07(月) 22:57:39.11 ID:OOFT1o2A0

レントゲンやMRIの結果はすぐ分かる。それらのデータを見ながら一方通行はつぶやいた。

「やっぱ本のとおりだったか」
「あら、何が?」
「オマエ読ンでねェのに何故ここに残った?」

それは素直じゃない番外個体を思いやっての行動だ。
芳川は一方通行のように教本を熱心に読んではいなかったので、彼のように納得しようがない。

「だってあれ、バリバリに痛んでいて読みにくいんだもの。君に任せていれば大丈夫でしょう?」
「……」

かぁたんと一緒に河原で発見した辞典やらその他の物は全て濡れていて、本は解読不能な箇所さえある有様だった。
芳川も黄泉川も、仔ガッパのことは基本子供たち(というか一方通行だけ)に任せるつもりである。


「なんだい、この空洞も隙間も存在は知ってたんだね?」

冥土帰しが呆れた声を出した。
当て馬とまでは言わないが、今日の検査が確認のみに利用されたのだと知る。

ちなみに空洞は甲羅の内部のこと。隙間は頭の皿と頭蓋骨の間にある。

「これでも僕はこの世界じゃ一目置かれる存在だと自負してたんだけど、やってくれるじゃないか」
「そんなつもりじゃなかったのよ。機嫌を悪くしないで」
「今後明らかになるデータには大いに期待してるぜ」
「怒っちゃいないよ、まったく」

あからさまにヨイショされるのも嫌だ。老医師は鼻を鳴らした。

182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/10(木) 23:45:40.27 ID:5BkjuTsr0

「ははぁ、この甲羅の中に水や空気を溜めて泳ぐんだねぇ」
「尻から入れると書いてあったが……」
「うん、ここに弁があるからそれで調節するんだ。人間の喉みたいなもんだよ」
「頭蓋骨とお皿に隙間があるから押さえると気持ち悪くなるのね。脳が揺れるんだわ」

冥土帰し、一方通行、芳川桔梗が揃う室内。
少年以外は未知なる生体に幾ばくかの興味を持ってデータを検証していた。

「おい、『確認』はもォいい。このデータはさっさ消去するぞ」
「せっかちだね、君は」
「わたしもあの本読んでみようかしら。他に面白そうなこと書いてあった?」
「浮力調整が可能な優れた浮き袋だよこれは。実際泳ぎは上手なのかい?」
「オマエの興味のポイントなンざ知るか。……あー、泳がせたことねェから分かンねェよ。……そォいやねェな」

投げかけられる質問に答えていたら、泳がせたことがないのに気づいた。

カッパは漢字で河童と書くのに。泳ぎが得意、というのが定説なのに。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/10(木) 23:49:39.65 ID:5BkjuTsr0

「試してないのかね?」

試してなかった。教本には、泳ぎの得手不得手は個体差があり、練習次第で改善できると書いてあった。
それは泳ぎ下手のカッパもいるという意味だ。
さらに かぁたんはまだまだ未熟な二歳に満たない子供であるため、カッパの定説に当てはまるとは限らない。

「お風呂に入っている時はどうなの? 溺れたりしていない?」
「そンな様子は無い。浴槽に掴まってるとか、俺の足に乗ってるかで泳がせるよォなことしてないしな」

芳川に風呂のことを聞かれるのも変な話だ。彼女だって かぁたんと一緒に風呂に入ったことはあるだろうに。

「俺に聞かなくたって知ってることだろ?」
「あー……、それがそうでもないのよね。あなたに内緒にしてたわけじゃないのだけど」

芳川の内緒話とは――
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/10(木) 23:52:28.48 ID:5BkjuTsr0

「あははは、それは内緒にするべきエピソードだねぇ、一方通行のためにも」

冥土帰し、今度は可笑しそうに笑った。かえって一方通行は複雑な表情。


かぁたんは女性陣とお風呂に入る際、その性の象徴ともいえる乳房を揉んでくるらしい。嬉しそうに。


「かわいい顔と声なものだから、いやらしいとは思わないけど。母性を求めてる赤ちゃん、って表現がふさわしいかしら」

その膨らみに掴まっている状態なので、その入浴風景は『泳ぐ』とは程遠い。

「ひょっとしてそのせいで俺に風呂の世話が回ってきてンのか……」
「そういう側面もあるわね。わたしも愛穂もあの子も、揉まれるのが大好き、というわけではないし」
 
あの子とは言わずもがな、番外個体である。打ち止めはそもそも掴まれるほど発達していない。

「一方通行も青少年だもの。若い劣情を刺激しないように気を遣っていたつもり」
「それをこういう形で俺に言ったら全てぶち壊しだよな」

その心遣いも、今打ち明けられている現状も、お年頃にはちょっとキツい。
それで声を荒げるような真似はもうしないけど。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/10(木) 23:58:02.37 ID:5BkjuTsr0

「一方通行との入浴でも泳ぐという行為は確認されていない……と。どうだね、これを機会にカッパの代表的能力も把握しては」

冥土帰しが提案する。

「ウチの患者にリハビリ用のプールを提供してくれてる所があってね」

そこに口をきいてあげる、とのことだ。貸し切りに近い状態でプールを使用できるように。

「ふゥン……」

別に悪いハナシじゃない。冥土帰しの息がかかる施設なら。

「条件は何? そちらにも利益があるからこその提案でしょう?」

当然だ。でなければ施設を貸し切るなど、かぁたんの水泳技術を確認するだけの事に大げさすぎる。


「簡単だよ。ついでの事だからさ」
「何のついでだ?」
「ここにいる妹達の個体がね、泳ぎたいって言うもんだからね?」
「……」
「前々からお願いをきいてあげる約束はしてたのさ」
「……」

みんな一緒に行きたいというので、さすがにそれは一般人が驚くだろうと機を見ていた。
そこにカッパの泳ぎは如何に? という疑問が訪れたので、ねじ込んでしまおうというのだ。

「さて、今週中には都合がつけられると思うよ。日程は後で打ち止めに連絡が行くはずだ」

医者が腰を上げる。さっそくコネを利かせようとプール施設に連絡を取ろうとしているのだ。

まるで、こちらも行くことが決定事項のような……

「おい、ちょっと待て」

冥土帰しに手を伸ばす一方通行の肩を芳川が押さえる。振り向くと、

「水着持ってる? 買ってあげてもいいわよ」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/11(金) 00:01:19.42 ID:QCfBqx2A0

冥土帰しはどういう心遣いか、日曜にプールの貸し切りをもぎ取ってくれた。

「これでヨミカワも一緒に行けるよね!?ってミサカはミサカは興奮してみたり!」
「たぶん大丈夫じゃんよ。学校以外のプールなんて久しぶりじゃん」

はしゃぐ面々。番外個体は芳川と一緒にパソコンで水着のデザインをアレコレ見ている。
一方通行は自分も行くことになってるんだろうな、と達観していた。

「つーかよォ、よく日曜に貸し切れたな。儲け時だろ」
「えーと、ミサカ達が使っていいのはただの競泳用のトコだけらしいよ、ってミサカはミサカはそれでも嬉しかったり」
「他にもあンのか?」
「うん。同じ建物にスライダーとか流れるプールがあるけど、あくまでそこだけ、って条件」

二十五メートルが八コース。
そういえば、患者のリハビリにも使用している、と冥土帰しは言っていた。
リハビリに滑り台や流れるプールや波が起きるプールは不適切だろう。

「いいじゃないの。水入らずで楽しめるんだから」

年甲斐もなくウキウキした声音の芳川。番外個体と一緒にディスプレイを覗き込む顔は輝いている。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/11(金) 00:05:30.00 ID:QCfBqx2A0

「最終信号、あなたもこっちにいらっしゃい。どんな水着がいいの?」
「あのねー、可愛くてこの人をノーサツできるやつー、ってミサカはミサカは希望を述べてみる」
「いひ、じゃあこのコテコテ胸元デコレーションの貧乳隠蔽お子ちゃまビキニだね」

胸囲にコンプレックスを抱く少女に、番外個体が芳川からマウスを横取りしてある一着を勧める。

「むっきぃー!!ってミサカはミサカは怒り心頭しつつも確かに可愛いデザインに心揺さぶられてみる……っ」
「ミサカはこの赤かピンクのがいいかな」
「ちょっと大胆すぎないかしら? もうちょっと布地が多いのにしなさいな」
「ミサカの胸にはこれくらいが一番映えると思って」
「ぎぃぃぃぃー!!」

乳の話は耳に痛い。一方通行はソファで寝る かぁたんを布団に寝かせに行くという名目で席を外した。

楽しそうだ、どいつもこいつも。

「クペ……スー、スー」
「オマエのためにプールへ行くはずなンだがな」

要はみんなで楽しく騒げればいいのだ。そう、みんなで。

194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/13(日) 21:25:11.42 ID:GS4PJhsK0

乳の話が終わっていますように、と祈りながらゆっくり戻る。

リビングでは打ち止めが芳川に縋りついて泣いていた。
黄泉川が呆れつつ打ち止めを宥めようとしているが、彼女はそれを拒否するように手を振り払う。

ますます芳川の胸に顔をすりつけて……

一方通行が席を外していた数分に何かがあったのだ。

「……う、ううう~ここにもミサカが求めてやまない塊が!!ってミサカはミサカは
 この悲しみは誰にも理解されないと自暴自棄になってみたりー!」
「受け入れなよ、それが現実ってもんだぜ」

芳川からも離れ、駄々っ子は番外個体が座るソファに飛び乗ってバタ足。今から泳ぎの練習なのか。

「なンの騒ぎだ、これは」
「あなたぁー! 無い者どうし慰め合おう!ってミサカはミサカは硬いお胸にダイブしてみる!……って避けないでぇーっ」
「いやいや下には『有る』だろ。落ち着けよ、おねーちゃん……」
「オマエは何口走ってンだ」
「ナニ」
「教育が必要か? あァ?」


(性教育でもするのかしらね?)
(桔梗、それセクハラ発言じゃん……)
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/13(日) 21:33:38.56 ID:GS4PJhsK0

そもそもこの騒動の原因は、やはり乳だ。


「愛穂も水着新調しない? 一緒に買いに行きましょうよ」
「いやぁ~、日曜までは出ずっぱりじゃんか。今持ってるやつで行くからいいじゃんよ」
「じゃあさ、通販でも今なら間に合うかもしれないよ。なんなら希望のデザイン教えてくれればミサカ達が買ってきてあげる」

番外個体のありがたい申し出だが、それでも黄泉川は丁重に断った。

「ん~、せっかくだけど。下着も水着もやっぱり手に取って確認しないと買えないじゃんね、私は」
「あぁ、そうだったわね。愛穂の場合はその問題があったわ」

あまりに豊満すぎる胸だから。

表示されているサイズだけをあてにすると、装着不可能な場合がある。
手に取ったり試着しなければ、買ったはいいが泣く泣く手放すハメになりかねない。

そんな知られざる巨乳事情に衝撃を受けた打ち止め。ショックで涙が滲んできた。
まさかに涙が出るという事実が、自らの心の内を認識させてよりショックを強めていく。

こんなに欲しているものを、自分は持っていない。手に入らないのだと。

よもやマジ泣きされるとは思わなかった有乳女性陣も困った。
年頃の娘には大問題だと分かるので一笑に付すこともできない。さすが番外個体だけは少し笑っていたが。
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/13(日) 21:37:36.25 ID:GS4PJhsK0

打ち止めは絨毯に座り込んで拗ねている。
胸囲が小さいのは当たり前だ。まだ肉体年齢が幼いのだから。

しかし彼女のオリジナル御坂美琴や、番外個体以外の下位個体を見る限りでは悲観するのも無理はない。

「いちいちうっとォしいな、いい加減にしやがれ。時間の経過を待てばいいだろォが」
「それを待てないのが子供じゃん」
「胸の成長より、最終信号がそのあたりを理解するのが先かしら」
「どーせ、どーせミサカには乳貧乏な未来しかないんだ、ってミサカはミサカは自暴自棄になってみる」
「ちょい待ち。どうしてそこで諦めるじゃん!?」
「昼間は自分で未来志向、って言ってなかった? そんな簡単に信念曲げてちゃ、お子ちゃま卒業はだいぶ先だぁね」
「つーん、だ。ふーん、だ。
 ミサカのご機嫌はちょっとやそっとじゃ直らない、ってミサカはミサカはいっそ何らかの利益を引き出そうと企んでみる」

197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/13(日) 21:41:34.38 ID:GS4PJhsK0

面倒臭い。
一方通行はさっさと自室で休むことにする。男の身ではここにいても具合が悪いだけだ。

ただ、慰めのセリフだけは置いていってやろうと、

「オマエもちったァあるじゃねェか。去年に比べりゃ確実に成長はしてるぜ」

背を向けて退出しようとしたら、女性陣から視線を感じた。

「……なンだよ」
「いえ。よく見てるのね、親御さん」
「そろそろブラジャーさせるべきかじゃん?」

そんなこと俺に訊くなよ、と顔をしかめる。
実際口に出そうとしたが、慰めたかった当の打ち止めの様子が変なのに気づいた。
そろそろと、後ろ歩きで一方通行から距離をとる。

「……えっち、ってミサカはミサカは吐き捨ててこの話題はお終いとばかりに就寝の準備をしてみたり」
「はァ!?」

ソファに身を沈めたままの番外個体の背後から小声で呟く打ち止め。
リビングをグル~、と小走りに、わざわざ一方通行を避け、キッチンを経由して廊下へと姿を消した。

直後、響き渡る女達の笑い声。


少女の成長に振り回される頻度が増えた。
これからこんなことばかりかと、少年は見ざる言わざる聞かざるを心掛けることを誓う。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/13(日) 21:44:44.56 ID:GS4PJhsK0

日曜日になった。

「パコパコパコパコ!」
「はいはいはいはい、ってミサカはミサカは高速パコで興奮を表す かぁたんにつられてワクワクしてみたり!」

プールや、そこで遊ぶ人々の動画を見せ、「今日はここへ行くんだよ」と告げれば、仔ガッパは今までになく興奮しだした。

やはり水にまつわる生き物だ。
これは華麗な泳ぎを見せてくれて、普段のトロさに対して挽回してくれるに違いない。

人間達の期待は高まる。口には出さねど、多少は一方通行もそう思っていた。


「クワ! クワ!」

玄関を叩き、かぁたんは早く行こうと急かす。
この調子じゃ、ひとりで歩かせたら車道に飛び出してしまいそうなので、
今日は黄泉川愛穂がベビーキャリア(背中に背負うタイプ)で連れて行くことになった。
といっても、芳川の運転する車で行くからほとんど歩かないが。

「こらこら、背中で騒ぐなじゃんよ。おやつのきゅうり置いてくぞ」
「キャー!」
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/13(日) 21:50:47.04 ID:GS4PJhsK0

プールに着き、受付を済ます。
楽しそうなざわめきと、水の匂いでも嗅ぎつけたのか、かぁたんの高速パコが再発した。
仕方がないので黄泉川の背中から降ろされ、番外個体の脇に抱えられてクチバシを押さえ込まれる。


一方通行は足の事もあり泳ぐ気はなかったが、服が濡れるのもなんなので、彼も着替える。

さて、気は進まないけど行くか、と男性用更衣室を出ると、よく知った顔とすれ違った。

「よう! 今日はサンキューな。にしてもほっそいなー」
「……」

疑問の表情の一方通行を残し、意気揚々と浜面仕上が入れ替わるように更衣室へ入っていった。

「――はァ……」


関係者以外立ち入り禁止の簡易バリケードを過ぎ、先に行っているであろう保護者達を探す。
女子更衣室の方がここに近かったので。

ガラス張りの屋根と壁から明るい日差し。何の変哲もない長方形のプール。

ところが誰も見当たらない。今日は少なくない人数とカッパがここに集まるはずだったが。
場所を間違えたかと思ったが、そんなはずはない。

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/13(日) 21:55:33.24 ID:GS4PJhsK0

「あれ? まだ誰も来てねぇの?」
「あァ」
「あー、オンナノコは準備に時間が掛かるもんだからな。フレメアはきっと滝壺を待ってんだろ」
「あいつらも来てンのか」
「うん」

おそらく打ち止めか芳川が、浜面に声を掛けたと予想をつける。そこにフレメアと滝壺がついてきたのだろう。

男二人、入口に突っ立っているのも変なので、とりあえず入ってプールサイドを進む。

「俺ボート持ってきちゃったよ。浮かべてもいいよな? 貸切なんてスゲー!」

やけに大きいバッグを持っていると思ったら、色々用意がいい浜面であった。
小型のコンプレッサーでゴムボートに空気を入れ、いざ水面に浮かべようとしたら、

「いいですね。このミサカも乗せてください、とミサカ一〇〇三二号は丁重に要望を伝えます」

ぷか。

「ずるい。このミサカだって、とミサカ一九〇九〇号も便乗します」

ぷかり。

「待ちやがれ。その権利は息止め我慢大会優勝者たるこのミサカのものだ、とミサカ一三五七七号は、
 ぜぇ、乱れる呼吸をかえりみず主張します」

ぷかぁ。

「!!? はぁぁぁぁぁぁぁああああ! 船幽霊じゃあぁぁぁぁぁああ!」

 
 
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/16(水) 23:27:51.74 ID:4E+Y0dPv0

一方通行と浜面の同居人達がようやくやってきた。

「キャッキャッ」
「走ると危ないわよ。滑るから」

芳川の警告空しく、かぁたんは早速転んだ。
甲羅で衝撃が軽減されて痛くはなさそうだが、うごうご蠢いて起き上がれない。
丸い甲羅が揺りかごのように作用して自由がきかないのだ。

「今こそ恩返しのチャンスだ!」

フレメアが駆け寄り、かぁたんを助け起こす。自分も転びそうになっていては世話は無い。
よろける幼女を見て、腰を抜かしかけていた浜面は恋人と被保護者の元へ。
おっかなびっくり振りかえった水面からは、妹達がゾロゾロ上がってくるところだった。

「実際にこの目で見ると小ささが際立ちますね、とミサカ10032号は抱っこ一番乗りを目論みます」
「無駄口叩いている間にこのミサカが……っ、とミサカ10039号は一足早くダッシュします」

209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/16(水) 23:29:19.68 ID:4E+Y0dPv0

全身から水をしたたらせた妹達が、べちゃりと足跡を残しながら近づいてくる。
浜面はよっぽど船幽霊に胆を冷やしたのか、滝壺の背に隠れた。

「クパパー!」

かぁたんは何本もの細い足の間をくぐり抜け、一直線にプールへ。早く水の中へ……

その歓喜と興奮がにじみ出る姿に、誰もが華麗な泳ぎを期待した。

「かぁたんに続け! ミサカ達も行くぞー! GOォォォ!」
「にゃあー!」
「こらー! 準備運動しろじゃんよー!」

黄泉川の叫びは二人が着水する水音にまぎれてしまった。
打ち止めとフレメアは素早く浮き輪を装着し、こちらも水面に向かって大ジャンプ。
このプールの最大深度は二メートルを超えるため、あらかじめ用意されていた。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/16(水) 23:31:25.67 ID:4E+Y0dPv0

甲高い少女達の歓声と、二人がまきあげる水しぶき。
浮き輪のおかげで溺れることはない。一方通行は かぁたんの姿を探す。
芳川や滝壺、水から上がっていた妹達も同様に、スイスイ泳ぐ仔ガッパを見ようと集まってくる。
まるで水族館で行われるイルカショーでも見に来た観客の様だ。

「……??」

見当たらない。どこにも。

打ち止めとフレメアそれに気づいた。きょろきょろ周囲に視線を巡らせる。
そこへ、ずっとプールの中にいたミサカ13577号が平泳ぎでギャラリーの元にやってきた。

「皆さま、足元をご覧ください、とミサカ13577号は観光ガイドのように案内します」

一行は反射的に下を見る。

「珍しい溺れるカッパです。それともこれがカッパという個体特有の潜水技術なのでしょうか、とミサカは希望的観測を呟きます」

水中、底の方で緑の塊が苦しげに手足をバタつかせていた。


「泳げないのかよっ!!」


心はひとつだった。
複雑で様々な因果関係を持った面々だったが、放たれた一声はほぼ同じもので。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/16(水) 23:35:05.09 ID:4E+Y0dPv0

「わぁー大変だ早く救助を!ってミサカはミサカはっ」
「待ってろ今行くぞ!」

するりと浮き輪から滑り落ち、二人の少女が救助という名の二次災害を自ら招く。

「! この馬鹿野郎ォが……っ」
「ちょちょちょ、待てっておい!」

この場でたった二人の男手が慌てて水に飛び込む。
風呂じゃないのだ。足がつかないここで、底に沈むかぁたんを助けることなど無理に決まっている。

案の定、打ち止めとフレメアは かぁたんに触ることもできずに、中途半端な深さでもがいているだけだった。
一方通行(能力使用モード)と浜面が、それぞれの被保護者を捕まえたところで、番外個体も水の中へ。
こちらは落ちついた風で、へりに手をかけたままゆっくりと。

かぁたんはほぼ飛び込んだ位置のまま沈んでいたので、少年達のようにする必要はない。

「ったくもう」
「ゲホゲホ! キュウ……」
「それでもカッパかよ。泳げないのになんで飛びこむのさ」

カッパでも泳ぎの得手不得手はあると、あらかじめ教本おかげで知ってはいたが、ここまで泳げないとは……

「こりゃチビチビにも浮き輪が必要だ」

番外個体の肩にしがみつき、かぁたんは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「テヘッ」
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/16(水) 23:39:02.34 ID:4E+Y0dPv0

番外個体が かぁたんを助けたのを確認し、一方通行はたゆたっていた打ち止めの浮き輪に彼女を掴まらせる。
自身も手を掛けて、早々に首元のチョーカーへ手を伸ばした。もう大丈夫だろう。
視界の端では、浜面も同じようにしてひと息ついていた。

まったくこのクソガキどもには、いつもいつも冷や汗をかかされる。二人揃うと効果は抜群だ。

「んー」
「……」

濡れた髪を鬱陶しく振るっていると、眼前の少女が顔を寄せてくる。

「何だ」
「ミサカは溺れちゃったのよ、ってミサカはミサカは王道イベントを期待してみたり」

唇を尖らせて。

「あァ。早速世話ァ焼かせてくれやがったな、クソガキ」
「レスキューイベントはここからが本番!ってミサカはミサカは人工呼吸を求めてみる!」

一方通行がチョップをかまそうとしたが、何かが彼の背中に接触してバランスを取り損ねた。

「そこまでだ、このロリコンが、とミサカ19090号は上司を魔の手から守ります」
「手ぇ出しやがったらこの銃が火を吹くぜ、とミサカ10032号は狙いを定めます。まぁ水しか出ませんけどね」
「あ、俺のボートなのにっ」

浜面が放り出していたゴムボートに乗って、妹の『救助』にやってきた姉なのであった。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/16(水) 23:40:54.72 ID:4E+Y0dPv0

「人工こきゅー……! お、大人だ! にゃあにゃあ! 浜面!」
「アホなこと言ってないで、お前もさっさとボートに引きあげてもらえ」

まさかやりたいなんて言わないだろうな。

ここからならプールサイドよりゴムボートの方が近い。浜面は足と片腕で水をかき始めた。

と、そこへ。
陸からピンク色のワンピースタイプの水着を纏った少女が喧噪の中へ飛び込んでいく。
教師らしく「だーから準備運動!」と、まだ注意を促す黄泉川だったが、
今日集まった子供たちはどいつもこいつも言うこときかないワルイ子ばかりだ。

滝壺は今日一番の大跳躍を見せ、ざっぱぁぁあん! と恋人のすぐ傍に。
浮き輪に掴まる一方通行も、ボート上の下位個体に引きあげられようとしていた打ち止めも波に揺られた。

最も驚いたのは、衝撃を一番に受けた浜面とフレメアだ。

滝壺は勢いのままに深く沈み、プールの底を蹴ってこれまた勢いよく二人の前に浮き上がってくる。
ガシリ、と浮き輪を掴み、子供用の小さなそれは三人分の重さを受けてほとんど水に浸かりかけていた。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/16(水) 23:43:27.33 ID:4E+Y0dPv0

「わわ、アブねっ……」

自分と滝壺はともかく、このままではフレメアがまた溺れてしまうかもしれない。

直後、浜面の心配はフレメアから己が身の安全へと切り替わった。この滝壺の顔ときたら。

「人工呼吸……? はまづら?」
「なぁ!? ち、ちが」
「にー……。修羅場ってやつか」

ぎゃあぎゃあ喚く声は、音の反響が強いプールの中で誰の耳にもうるさく響く。

「おい、あいつらのとこにも『救助』に行ってやったらどォだ」
「ふむ。痴話喧嘩に介入するのは極めて煩わしく、また、見せつけてんのかコノヤローと不快に思うミサカ10032号ですが……」
「ま、あの金髪ロリは上司の友達だしな、とミサカ19090号は早く押せと一方通行にエンジン役を求めます」

一方通行は再度電極のスイッチをONにし、じゃれあうバカップルに向けてゴムボートを押した。 
 
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/19(土) 21:11:40.71 ID:PshjpRvJ0

「はーい、いっちに、さーんっし、じゃーんよー」

ややハズれた掛け声のもと、教師の命ずるままに少女達が準備運動をしている。
ほとんどの者がすでに濡れ鼠の様相であったが。

「ほらほら かぁたんも真面目になー」
「クポ! クパ!」

打ち止めの足元では仔ガッパも参加しているが、その動きは滅茶苦茶なものだった。

ミサカネットワークで話題の可愛いカッパに会えるということで、
とある病院で生活をしている妹達は今日をとても楽しみにしていた。

しかし今は珍妙な舞を踊るカッパよりも、正面で指揮を取る黄泉川愛穂の方が気になる。

正確にはその胸が。

「おおおぉう……、見てくださいあの谷間の密着具合、とミサカ13577号は屈伸しつつ顎だけはキリリと上を向けて目を離せません」
「ジャ、ジャンプだと!? はぅっ、おぅっ、なぁっ、なんと!? とミサカ10039号は弾む乳に驚愕します!」
「うぬぬぬ…… 背を反らしても万歳しても悠々と存在を主張してやがる、とミサカ19090号は圧倒的な敗北感を味わいます……」

(なんかやりにくいじゃん……)
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/19(土) 21:14:24.87 ID:PshjpRvJ0

準備体操の集団から離れること十数メートル。
黄泉川の集合に従わなかった数名が、だらしなく足を伸ばしてくつろいでいた。

「あぁー、素晴らしい光景だ。女の子達があんな、わぁお……。水着で体操って。なぁ?」

目の周りの筋肉が痛むほど眼球を精一杯端に寄せて、浜面は手や足先を落ち着かなく擦り合わせていた。
堂々と顔を向けて鼻の下を伸ばせば痴漢扱いされるかもしれないし、
なにより滝壺に気づかれてさっきより恐ろしい目に遭うかもしれない。

隣では肩にタオルを掛ける一方通行が呆れた溜息を零すが、そっちに気を取られている暇はなく、
もうすぐ終わってしまう素晴らしき光景に神経を集中しなければ。

222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/19(土) 21:17:14.49 ID:PshjpRvJ0

少年二人からほんの少し、
荷物が詰まったバッグや弁当が詰められたバスケットがあるだけの距離には芳川桔梗と番外個体。

「紫外線は完全カットされてるんでしょうけど、屋根も窓もガラス張りで日差しがキツいわね。番外個体も日焼け止め塗る?」
「いーよ。ミサカ泳ぎたいし」
「塗って五分くらいすれば、専用クレンジングじゃないと流れ落ちることはないわ」
「ふーん。ミサカよりそこの軟弱な真っ白けに塗ってあげたら?」

誰よりも白い肌を持つ一方通行を指さし、番外個体はいつもの笑み。
浜面は、だからタオルを被っているのか、と隣の彼を見て頷いた(準備運動は終わった)。

「要るかボケ。そこまでヤワじゃねェ」
「恥かしがらなくてもぉ、ミサカがヌリヌリしてあげるよぉ? 日焼けするとイタイイタイだよぉ?」
「いいな! いいなー! 一方通行イイナー! 憧れのシチュだなぁー!」
「オマエはその憧れを実現するための人間関係を構築してンじゃねェのかよ? 俺が達壺に進言してやってもいいが」
「だだだだだだめ、そんなおま、ばっか、はずかしーこと。んっもぅ、できるかよっ」
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/19(土) 21:19:12.91 ID:PshjpRvJ0

きゃっ、と両手で顔を覆ってしまった気持ち悪い浜面。
そんな彼の前を横切る人影があった。軽い足音なので、フレメアか打ち止めだと、すぐに分かる。

「ねーねーヨシカワ、ってミサカはミサカは上目づかいで呼びかけてみる」
「あら、これはどんなワガママを言われるのかしらね」
「ミサカも髪縛りたいー」

打ち止めが指さすのは、これもこっちに駆け寄ってくるフレメアだった。
今日の彼女は長い金髪を二本のおさげに結っている。これなら泳いでも邪魔にならない。
それに比べて、打ち止めはさきほど水に飛び込んだせいで乱れに乱れていた。

「ゴムやヘアピンがあれば縛ってあげるけれど……」
「ヨミカワに聞いたけど、余分に持ってないって、ってミサカはミサカは物資の不足を訴えてみたり」
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/19(土) 21:24:04.29 ID:PshjpRvJ0

水抵抗を上手く利用すれば、髪を結ばなくてもここまでひどい有様にはならない。
だが子供では、ましてや打ち止めには無理な話だ。

腰にまで届く長髪のフレメアだから、浜面か滝壺(もしかしたら麦野か絹旗かもしれないが)は、
その心配を解消していたのだ。向こうはこんな細やかな保護者の役目さえこなしていたというのに……

打ち止めの髪が肩までしかないといえども、一方通行も人知れず敗北感。


「では売店で買ってきなさい。ついでに かぁたんの浮き輪もね」

芳川からお小遣いをもらった打ち止めは嬉々として走り出す。

「待て! 私が付き添ってや……っ」

打ち止めを追おうとしたフレメアの肩を滝壺が捕まえる。
芳川から、ほら行って、と仕草で合図され、一方通行は舌打ちと共に立ち上がった。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/19(土) 21:27:08.70 ID:PshjpRvJ0

「ほれほれ、こっちにおいで、とミサカ10032号はボートの上から かぁたんに呼びかけてみます」
「クポ」
「ヘイ、そこのイカした緑のベイビー。こっちの浮き輪に乗らないか、とミサカ13577号はナンパします」
「クパ」

浮き輪を入手した仔ガッパは、久しぶりの水泳を存分に楽しんだ。
少しだけなら浮き輪が無くても浮かんでいられるらしく、
自分を取り巻く妹達を休憩所にして、あっちこっちに愛想を振りまく。

「ククク、ここで秘密兵器を見せてやる、とミサカ19090号は……じゃーん。きゅうりー」
「クパー!」

10032号と一緒にボートに乗っていた19090号が、隠していたカッパの大好物を掲げる。
かぁたんは目を輝かせて泳いできた(沈みかけながら)。

「なんて卑怯な、とミサカ10039号はしてやられます」
「このミサカだってきゅうりを与えようと用意はしてありますが、もちろん陸地に置いたまま。
 今ここでそれを繰り出すなど……っ、とミサカ13577号は歯噛みします」
「こぉーらー! 水の中で食いもん食わせるなー!」

黄泉川は持参の水中眼鏡をかけて、
ザッパザッパと二十五メートルのプールを往復していたのに、子供の行いはよく見えている。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/19(土) 21:29:28.69 ID:PshjpRvJ0

「ちっ。あの乳にはさからえません、とミサカ19090号はきゅうりをしまいます」
「キューッ?」
「19090号に同意です、とミサカ10032号はボートをプールサイドに進めます」

目の前できゅうりが隠されてしまい、かぁたんがっかりする。
そんな仔ガッパを10032号がボートに乗せようとしたところ、真下から現れた番外個体にアイドルを奪われてしまった。

「っぷは!」
「クワ!?」

番外個体の背に乗って、かぁたんは妹達から遠ざかる。

「信じられません。四六時中 かぁたんと暮らしていながらミサカ達からカッパを奪っていきやがりました、
 とミサカ10032号は驚愕します」
「おのれ。バストだけならず かぁたんまで手に入れる気なのか、とミサカ10039号は末っ子の貪欲さに敵意を抱きます」

ボートや浮き輪を放棄し、妹達は水中追いかけっこに興じる。

「うわおっかねー。追って来た」
「キャッキャッ」
「ん? たのしー?」
「クポー!」
「そりゃよかった」

背の仔ガッパが溺れぬよう、気をつけながら泳ぐ。
そんな泳ぎ方では追いつかれるのも当然で、番外個体は早々に上がって難を逃れた。
ずっと泳いでいたので、休憩を取ろうと思っていたことでもあるし。

「ほい。またあいつらと遊んできな」

よこせ、よこせ、と水面から手を伸ばす妹達に かぁたんを渡し、番外個体は悠々とリラックスタイムへ突入。
 
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:38:01.92 ID:ADkDWrsK0

と、思っていたが。

「レジャーシートだけ。タオルだけ。こんなんじゃやってられないね」

硬いプールサイドにそんな敷物だけでは味気ないし、なにより尻や背中が痛い。
ここは競技用としても使用されるプールなので観客席もあるが、
水から離れてしまうし、寝転がったりすることはできない。

番外個体はもっとゆったり休憩したいのだ。

このプールに来る途中に見たあのパラソル。あのビーチチェア。
他のリゾート系のプールには置いてあった、あのような、いかにもというグッズで休みたい。

でもここには無い。

「だったら持ってこよう。うん。当然の行動だ」

二十分後、流れるプールやウォータースライダーがあるリゾート系のプールから色々失敬してきた番外個体。
さも当然といった彼女の堂々とした態度が幸いしたのか、監視員や職員に見咎められることはなかった。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:40:02.38 ID:ADkDWrsK0

「オマエ、これは一体どこから持ってきやがったンだ」
「ここじゃないトコからに決まってんでしょ」

がちゃがちゃ、かちゃん、とビーチチェアを設置し、番外個体はそこに寝転ぶ。
張られたビニールが、濡れた皮膚と摩擦して耳触りの悪い音を出した。

一方通行は上着を着て腕を枕にしていたが、物音と振動に身を起こすと横にはビーチチェア。
おおよそ褒められない方法で持って来ちゃったんだろうと、少年は嘆息した。

「フルーツがいっぱいぶっ刺さった甘ったるいジュースでもありゃ完璧なのに」
「……」

そういえばそろそろ腹が空いた。時間を確認すると、まさに昼時である。
ランチが入ったバスケットを見、次いで作った黄泉川を見、一方通行は思案する。

二十五メートルの往復はひと段落した黄泉川は、打ち止め、フレメアと一緒に戯れている。
浜面は滝壺と一緒に取り返したボートの上。
病院暮らしの妹達は言わずもがな。かぁたんが構われ過ぎて疲れないか心配してしまう。

芳川は浮き輪に揺られながらプールの隅っこで読書。
番外個体は昼食の事を忘れているのか、まだ空腹ではないのか寝る様相だ。

(匂いがすりゃ寄ってくるだろ)
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:42:04.37 ID:ADkDWrsK0

一方通行は新しくレジャーシートを敷き、その上に昼食を並べ始める。
大きな水筒からスープを注ぎ、首のチョーカーに手を伸ばす。
広い空間では匂いが伝わりにくいため、気流を操って他の面々の嗅覚に訴えるのだ。

飯だぞー、と。


思惑どおりだった。

すぐに全員やってきて、滴る水を拭いはじめる。
かぁたんはそのまま一直線で、御馳走を前に腹を鳴らして涎を垂らした。

「そういえばそんな時間だったじゃん」
「おいしそー!ってミサカはミサカは唐揚げの前にスタンバイしてみる!」

打ち止めを皮切りに、みんな座り始める。
どうしたものか、と様子を伺っていた下位個体達も、黄泉川と芳川に促されて正座した。

「浜面君達も一緒にどうぞ。そのつもりでたくさん作ってきたのよ、愛穂が」
「俺達は売店でなんか買おうと思ってたんだけどよ、そう言ってくれるなら食わせてもらおうか」
「うん。お返しにデザートは私達で用意しようよ」

フレメアは打ち止めとほぼ同時に着席してしまっているし、浜面は横の滝壺に同意を求め、彼女の案に頷く。

番外個体以外が食べ物の周りにぐるりと円を描き、「いただきます」の号令。

233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:43:10.45 ID:ADkDWrsK0

「ミサカにおにぎり取ってよ。梅じゃないやつ」
「寝ながら食べるなじゃん」
「遊んでるときぐらい大目に見てほしいな。ねぇ かぁたん持ってきてよーぅ」
「クポポ?」

ごろ寝の不良娘は、仔ガッパを使いパシリにする気だ。
素直な かぁたんがおにぎりを持って番外個体に近づいていくものだから、
一方通行がビーチチェアの足を持ち上げて番外個体をひっくり返した。もちろん能力を使って。

「いったぁ!」
「さぁさぁ、行儀悪い子は観念して、ここに座んなさい」

芳川が席をつめてスペースを確保する。そこに胡坐をかいたら、今度は黄泉川に膝を叩かれるのであった。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:45:05.77 ID:ADkDWrsK0

「どうぞ、とミサカ10039号は きゅうりを進呈します」
「いやいや、こっちをどうぞ、とミサカ19090号は10039号を遮ります」
「なにしやがるこのー」
「やんのかおらー」
「クハァ……」

カッパの大好物であるきゅうり。
自分が用意してきたそれを食べて欲しくて、小競り合いを繰り返す妹達である。
かぁたんは両手にきゅうりを持っているが、食べていいのか困り顔だ。


食事が終わり、浜面と滝壺が奢ってくれたデザートで別腹を満たす。
アイスを舐めたりスプーンを口に運びながら、病院暮らしの下位個体達がチラチラと一方通行を見ては何事かを囁き合っていた。

「……なンだよ」
「用があると言えばあるのですが、とミサカ10032号は言葉を濁らせます」
「?……」
「ええい。やはりこういう役割は幼女たる上司が最適だ、とミサカ10032号は丸投げしてします。頼んだぞ、幼女」
「あのねー、あなたの能力でプール遊びがしたい!ってミサカはミサカの代表でリクエストしてみたり!」
「にゃあ。大体あなたは全然遊んでない。もう少し子供の相手をしてくれてもいいはず」
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:48:36.96 ID:ADkDWrsK0

こんな時だけ子供の特権を振りかざすのは、まさに子供の証なのだが。
それはさておき、多くの者がこの後の時間が楽しいことになるのを確信した。

ここはただの競泳用で、流れもしないし波も起こらないし、ましてや滑り台なんかあるわけもない。
それは承知でレジャーに来たのだが、受付からここへ歩く道すがら、
または売店へ買い物へ行く時に見かけたリゾート系のプールを羨むな、というのは無理な話で。

「やったれよ、それくらい。安いもんでしょーが」

言葉に詰まる一方通行を、アイスのコーンを齧りながら番外個体が煽る。

「末っ子をいたぶるのに比べたら、よほど有意義な使い道だとは思いませんか、とミサカ13577号は主張します」
「お、イイこと言うね。もっともっとー」
「俺がしょっちゅう番外個体を折檻してるみてェに言うンじゃねェよ。やらない、とは言ってない」
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:51:10.03 ID:ADkDWrsK0

そんなわけで腹休めの後、一方通行はプールの端にいた。芳川以外が期待と興奮の顔で彼を見つめている。

「おぉ、波がきたぞ!」
「はまづら、落ちないでね」
「それはこのちびっ子に言ってやれ」

ゴムボートには浜面と滝壺。それぞれフレメアと打ち止めに万一の事がないように手を掴んでいる。
あとは浮き輪やビーチボールに掴まっていたり、黄泉川や番外個体のように水中を泳いでいたり。


「かぁたん大丈夫ですか、とミサカ19090号は気遣います」
「キャッキャッ! ケケケケケ!」
「とても楽しそうです、とミサカ10039号は自分の手柄のように得意になってみます」
「ミサカのおかげだ!ってミサカはミサカはおねだり能力の高さを誇ってみる」
「違うんだにゃあ。あの人のおかげだ」

珍しくフレメアが正しいと評した浜面だった。


「けっこう調子に乗っているわね。水がはみ出しているじゃないの」

一人プールサイドに残っていた芳川が、濡れては困る荷物を移動させる。
安全地帯まで運び終わる頃には、みんなの歓声と笑い声がピークに達しており、さすがの彼女もそれにつられてしまった。

「溺れたら助けてね!」

そう叫んで、珍しい物を見るような珍しい表情の一方通行の頭上から飛び込んだ。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:52:39.42 ID:ADkDWrsK0

ここまで波が大きくなると、しばらくは能力を行使しなくても大丈夫だ。

一方通行は電極のスイッチを通常モード戻し、自身を水の中へ沈める。
浮力が働く水中では杖がなくても足が使えた。
もっとも水深が深いので息継ぎが必要になるが、いざとなっても彼なら溺れることは無い。

中心あたりへさしかかった頃、彼の足を引っ張る不埒者が。番外個体だった。

(この野郎)

再び電極のスイッチが入れられ、番外個体に向かって力強い水流が押し寄せる。

「ぎゃーっはははは! ポロリでも狙ったわけぇ!?」

噴水に押し上げられたように、彼女の体が飛びあがって落ちて行く。
下へ押し沈めることもできたが自重してやったのに。
まぁそこは分かっていながらも減らず口が出るのが番外個体だ。

238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:55:35.13 ID:ADkDWrsK0

「それミサカもやりたーい!ってミサカはミサカはダーイブ!」
「私も! にゃー!」

懲りない少女達が、浜面と滝壺の隙をつく。
慌てて二人の浮き輪がボートから投げ込まれ、一方通行は二人にそれをくぐらせた。

「浜面ァ! しっかり見てろよ!」
「無茶言うな! 片っぽはお前んとこの責任だ!」
「アクセラレータ、はやくこのボートにもやって」

第一位の叱責など物ともせず、普段は眠そうな瞳を輝かせる滝壺。

え? という反応の浜面をよそに、彼女は一方通行に目で身振りで訴える。

「ふン、ひっくり返っても恨むなよ」
「待てよ、心の準備がぁああああああああ!?」


波に揺られ、時に噴水によって押し上げられ。

一段と軽い かぁたんは浮き輪から放り出されてしまい、みんなを焦らせた。
波の中での救助は困難で、やはり一方通行が底からすくい上げる。

怖いとは思わず、終始笑っていたが。

妹達も、黄泉川と芳川さえ大人げなく……


全員がへとへとになるまで、電極のバッテリーはもってくれた。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/23(水) 18:57:45.81 ID:ADkDWrsK0

後日、一方通行は冥土帰しに呼び出された。

「この間の検査の結果か?」
「うーん、それもあるけどね? 本題はそれじゃないんだ」

はい、と一枚の紙切れを渡される。一番早く目に入ってくるのは、数十万円の請求額。

「……」
「かなりはしゃいでくれたみたいだね。みんな楽しかったと言っていたよ」
「……そォか」

ベクトル操作によってプールの水は大量に外に溢れ、一部は壁や観客席にまで飛び散り。
清掃代や水道代、消毒薬代が冥土帰しに請求されたのだ。

「僕の提案で決行されたわけだからね? 君に全額払わせる気はない。仲良く折半といこうじゃないか」
「分かった」

笑っているが、内心は分からない。この医者は底が知れない。

「ところで かぁたんは泳ぎがヘタだったって? プールで練習したいなら、また口をきいてあげようか」
「嫌味かよ。当分は結構だ」

当分の間は。

245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 21:40:25.03 ID:rgYQXvlF0

かぁたんはとても慣れた。この家にも、共に住む人々にも。
それは喜ばしいことであるが、遠慮がない仲になった、とも言える。

家の中のどこに何があるのか覚えたし、一方通行達の行動パターンもある程度読んで行動するようになった。


ある日の午後。「クワァー」と欠伸をひとつ。
かぁたんの他には一方通行と打ち止めしかいない。

面白いテレビ番組は夕方までない。おやつもまだ。
お昼寝もしたくない、ときたならば、何か遊びを発見して時を過ごさなければならない。

「……ハッ」

として、いそいそとキッチンへ姿を消した。

「あなた、かぁたんが台所へ行ったよ、ってミサカはミサカは小声でお知らせしてみる」
「知ってる」

仔ガッパは左手に何かを握り、リビングに戻ってきた。

「ケケケ、ウケケケ……ふんっ!」
「イタ!ってミサカはミサカは攻撃を受けてしまったり!」

かぁたんの変な能力。鼻から米。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 21:44:39.59 ID:rgYQXvlF0

黄泉川家の米のしまい所を覚えた かぁたん。
ここ最近、鼻に詰めた米を鼻息で飛ばし住人にぶつける、というイタズラをするようになった。
番外個体にやったら容赦なくお皿をぐりぐりされたので、彼女の留守を狙っている。

「ふん!」
「っ、……てェ」

痛い、という声が出るも、たかが米なので全然痛くない。

「こいやぁ!ってミサカはミサカはうちわ装備で応戦してみる」
「ハイ反射、反射ァ」

打ち止めはこのイタズラをコミュニケーションのひとつだと認識しているのか、あまり かぁたんを咎めない。
一方通行は叱るのが面倒なだけかもしれないが。

打ち止めは米の軌道を読んでうちわを盾に。
一方通行は反射を使って防ぐ。

米の反射先は 単純にかぁたんばかりではない。
明後日の方向に飛ばすこともあるし、たまに反射せず、わざとダメージを負ったりしてランダムにしている。

(じゃねェと、俺に攻撃しても無駄だと学習しちまうからな)

「ふん!」
「なんの」
「ふん、ギャ!?」
「ばァーか」
「ふん!」
「はぅっ、防ぎ損ねた、ってミサカはミサカは防御率の低さに危機感を抱いてみたり」
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 21:48:41.73 ID:rgYQXvlF0

やがて手の中の米も尽き、イタズラタイムは終わりを告げた。
楽しいひとときだったが、この後が少々面倒臭い。

「ささ、拾ったお米はここに入れて、ってミサカはミサカはお皿を持ってきたり」

食器棚から適当な小鉢を選び、そこに散乱した米を回収する。
かぁたんの手は小さいが、それでも尚小さい米粒はいくつ撒き散らされただろうか。

ソファの隙間やテーブルの下。自分達の衣服に引っかかってはいないか。
ちまちま、ちまちまと地道に拾う。

「もォいいンじゃねェの? こいつの手に握れるとしたらこンくらいだろ」
「そうだね」
「クポ!」
「お、まだあったのか、ってミサカはミサカは諦めない かぁたんを讃えてみる」


打ち止めと かぁたんはダンボールの板と集めた米をベランダに持って行き、

「はいここにザラー、っとして、ってミサカはミサカは準備OK」
「クワ~」

ダンボールの上に米を撒いて部屋に戻る。
レース生地のカーテンを半分だけ閉めて、待つことしばし……
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 21:52:44.93 ID:rgYQXvlF0

「はっ、来た! 来たよ!ってミサカはミサカは小声で観察成功を報告してみる!」
「キャー」
「あンまり動くと逃げるぞ」

膝を立ててソファの背もたれから顔だけを出す様子は、車窓に夢中になる電車内の子供の様だった。
ベランダを見守る打ち止めと かぁたんの視線の先にはスズメ。

嬉しそうな二人に急かされ、一方通行も上半身をよじって振り向いてやる。
三羽の小鳥がツンツンと米をつついていた。

鼻に詰めたものを米びつに戻すのはちょっと、ということで行き着いた処理方法がコレだ。スズメに食べて頂くのだ。

「かわいいねー、ってミサカはミサカはスズメの可愛さがここまでとは盲点だったり」
「クパ」
「可愛いからって、これ以上餌をやるのは禁止だかンな。分かってるか?」
「うぃー、ってミサカはミサカはしぶしぶ承知してみる」

度を越して餌付けすると、ベランダの許容範囲を超えた個体数が集まる可能性がある。
果ては鳴声や糞害といった問題を引き起こし、ご近所から苦情が出てしまうだろう。

小さな手の一握り。これくらいが丁度いいのだ。

249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 21:58:27.41 ID:rgYQXvlF0

「クパポ、クポクポ」

かぁたんがスズメを指さし、何かを訴える。首をひねる人間達だったが、協力して解読した結果、

「スズメを触りたいのかな?ってミサカはミサカは見当をつけてみたり」
「ウンウン」
「食う気じゃねェだろうな」
「クポ!」

違う! と激しく首を振られた。カッパにとってもスズメは可愛いく思えるらしい。

しかし、

「ク、ワー……」
「チュ!? チチチチチチ」
「キュ~ン」

人(カッパだけど)の気配をほんの少し感じるだけで、こうして逃げてしまうスズメを手に乗せて愛でるなど困難だ。
窓にそっと近づいたつもりの かぁたんは、恋しげに空を見上げる。

「元気だしてぇ、ってミサカはミサカは慌てて駆け寄ってみたり!」
「クゥ」

一方通行は焦りなどしない。このカッパがとても単細胞だということはよく理解している。

「ほれ」
「キャアアー」

きゅうりの威力は絶大だ。

打ち止めの手をすり抜け、かぁたんはきゅうりの元に一直線。

「ミサカの心配を返せ!ってミサカはミサカはきゅうりの足元にも及ばなかったりー!?」

254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:29:34.73 ID:Ub5AK8e/0

「ぬーりぬーり、ってミサカはミサカは力作を完成させてみる」

打ち止めは かぁたんと二人でお留守番である。
久しぶりにお絵描きセットを持ちだして芸術活動に勤しんでいたら、
いつの間にか かぁたんがテレビの前から移動していた。

「……かぁたんも絵、描きたいの?ってミサカはミサカは熱い視線を感じ取ってみたり」
「クワ」

打ち止めはキッチンテーブルに色鉛筆を置き、画用紙を並べる。
かぁたんを座らせ、色鉛筆を握らせると……

「キャッキャッ」

(おぉぉぉ、軽快な手さばき、ってミサカはミサカはもっと早くお絵描きさせてみるんだったと後悔してみたり)

絵を描く、という行為になんの戸惑いもない。おそらく学園都市に来る前から、慣れた一人遊びなのだろう。

少女は自分のお絵描きを中断し、横目で仔ガッパの創作に注目。

「独創的で前衛的でシュールだね、ってミサカはミサカは言葉を選んでみたり」
「クポ?」
「いいのいいの。気にしないでどんどん描いて、ってミサカはミサカは画用紙おかわりもういっちょー」

255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:36:44.93 ID:Ub5AK8e/0

一方通行と番外個体は近所のスーパーマーケットに買い物に来ていた。
銀行やクリーニング店も巡ったので、打ち止めと かぁたんは置いて行かれたわけである。
ここが最後の目的地だ。さっさとお使いを終わらせて帰りたい。

「ちょっと、最終信号が、画用紙か…… とにかくなんか紙買ってくれ、だとさ」
「はァ?」

あとはレジをくぐるだけだというのに、番外個体が一方通行を呼び止める。

「チビチビと二人で落書きしてんだけど、もうすぐ紙が底を尽くみたい」
「コピー用紙にでも描いてろ」
「……デカくないと創作意欲がうんぬんかんぬん言ってる」
「面倒臭ェな」

舌打ちする一方通行。見越したように彼の携帯端末が鳴る。打ち止めからだった。

『おーねーがーいー!ってミサカはミサカは願いの強さを声の大きさに乗せてあなたに伝えてみる!!』
「うるっせェェェ!!」
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:42:17.04 ID:Ub5AK8e/0

ミサカネットワークを介して手早く欲しい物をおねだりしたが、一方通行が簡単に了承してくれないようで……
打ち止めは電話を掛けて直接交渉を試み要求を通した。

後に残るは精神を消耗した少年の不機嫌顔である。

「どーせあなたは最終信号の言うことならきいてあげちゃうんだから、無駄な手間は省くべきだと思う」
「オマエもうるせェよ」
「ミサカはおチビみたいに大声出してないけど?」
「俺の精神がうるせェと感じたら、それは確かに騒音なンだよ」
「りっふじーん」

B4サイズの画用紙が追加され、二人はやっと家路に着いた。


しかし帰りついた我が家では、キッチンという名のアトリエがひどい有様になっていて、一方通行はさらに消耗することになる。

床にはカラフルな紙が散乱し、細かい木屑も積もっている。
踏むとパリパリ鳴った。これも色鮮やかで、色鉛筆の削りカスだとようやく気づく。

「クソガキどもが、この散らかりようはどォいうこった」
「芸術はバクハツだ!ってミサカはミサカは画伯ぶってみる!」
「クォォォォー!」
「あー、テーブルにも色塗っちゃってる。黄泉川怒るんじゃね?」
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:45:11.83 ID:Ub5AK8e/0

留守番組のハイテンションは長くは続かなかった。

お出掛け組二人の呆れ顔と叱責を受け、打ち止めと かぁたんは急に現実に引き戻される。
よくよく見回してみたら、たしかにヤバイ状況だった。

「ミサカ達怒られる? ごはん抜き?ってミサカはミサカは震えてみたり」
「クポクポ……」
「さァな。黄泉川が帰ってくる前に片付けときゃ、なンとかなるかもな」

さっきまでは創作活動。今は清掃作業。
焦って手際の悪い子供達をよそに、一方通行と番外個体は数枚の画用紙を拾って傑作とやらを拝見させてもらう。

「なんじゃこら。何が描いてあるのか全然わかんなーい」
「色も滅茶苦茶だな。もしかして色の見え方、認識が人間とは違うのか?」
「あ、でもこの絵は『人』だ、って分かる。目がピンク……? じゃあこれ、あなたを描いたんかね」
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:50:40.81 ID:Ub5AK8e/0

見る? と、番外個体が紙を寄越したかと思いきや、ついと引く。

「あっひゃひゃひゃ、見たいんだー」
「馬鹿が。おら、こっちはオマエとクソガキのツーショットみてェだぞ」

番外個体の目の色が変わった。お互いに交換して紙の中の自分を見る。
それはとてもヘタクソな作だったけど、確かに一方通行と番外個体(と打ち止め)だった。

「えー、ミサカ金髪じゃないのに。チビチビには金色に見えてんの?」

(俺の髪はちゃンと白色で塗ってある……。だが目がピンクってオイ)

「クワッ、クワッ」
「二人ともちょっと手伝ってほしいな!ってミサカはミサカは机がキレイにならなくて焦ってみる!」

洗っても擦ってもテーブルに付いた色が消えない。
自業自得だが、ここは助成を請いたい打ち止めと仔ガッパであった。  
 
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 20:46:12.46 ID:jqOYGsaX0

テーブルは結局、一方通行と番外個体の協力を得て綺麗になった。
少しキズがついたが、保護者達が気づかないことを祈るばかりだ。

三人と一匹はリビングに落ち着き、丁寧にまとめられた画用紙を順々に眺めている。
二十枚ほどにもなる かぁたんのお絵描き。どれもこれも色が薄く、色彩の認識がやはり人間と違うらしい。

「でもでも、きゅうりの絵はちゃんと緑で濃く塗ってあるよ、ってミサカはミサカはその予測が当たっているとは限らないと証拠を見せてみる」
「ていうかさ、食べ物の絵は割と真っ当に描けてるんだよね。色も」
「じゃあなにか? 俺達ゃ食いモンより印象が薄いだけってか?」

それは、一緒に暮らして仲良くなった(と思っている)人間にとっては悲しき現実である。

「オマエ、何よりも食い気かよ」
「テヘッ」
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 20:48:07.01 ID:jqOYGsaX0

残念な現実の他に、気になることがもうひとつ。

「この……、『目』みたいなのは一体なんなワケ?」

番外個体が自分の肖像画(?)の一部を指す。

楕円の中心あたりに黒丸と、まつ毛と思しきちょんちょんが数本。人間の目に見える。
肖像画自体にはちゃんと瞳が二つ描かれているので、抽象画のように顔面から目が飛び出ている、というデザインではない。

「ミサカの似顔絵にもあるけど、『目』は足の下だよ、ってミサカはミサカは謎のマークを探してみたり」

半分以上の絵に『目』が描かれていた。

花瓶に活けられた花にも、テレビの中の変身ヒーローらしきものにも。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 20:52:00.89 ID:jqOYGsaX0

「これはヨミカワとヨシカワだよね、ってミサカはミサカはマークを三つも発見してみる」
「この緑人間は、もしかしたら他のカッパか? コイツの知り合いかもしンねェな」
「カックン、カックン」

かぁたんが少年が持つ絵に、嬉しそうに手を伸ばす。「カックン」とは友達の名なのだろうか。
二・五等身の かぁたんだから、五等身のそれは自画像ではあるまい。
がその絵には『目』がない。

『目』は被写体に被っているとは限らず、紙の端ギリギリに描かれていたりと、数、大きさ共に統一性がない。
ただ確実なのは、

「第一位の絵だけやたらとたくさん描かれてるってのは、どーいう意味があんの?」
「謎ですなぁ、ってミサカはミサカは首をかしげてみたり」
「…………」

一方通行自身も不思議だ。

このマークは一体何だ、と仔ガッパに訊いても、

「クポポ? クパペ」

かぁたんはただ部屋のあちこち、あるいは一方通行達を指し示すだけだった。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 20:55:30.57 ID:jqOYGsaX0

保護者達が帰宅し、打ち止めは早速 かぁたんの作品を見せてみる。

最初は微笑ましく見ていた黄泉川愛穂と芳川桔梗だったが、
子供たちから『目』の指摘を受けると、やや顔を曇らせはじめた。

「桔梗……、これってもしかして」
「愛穂、余計なことは言わないのよ。気にしない気にしない」
「んー、そうじゃんね。悪い。気の持ちようじゃん」

二人は思い当たるふしがあるものの、勝手に結論に至り、意思を疎通させた。

「どーゆーことなの教えて、ってミサカはミサカは秘密にしないで情報開示を請求してみる」
「さーねー。かぁたん、私達も描いてくれてありがとじゃんよー」
「テヘヘ」
「でも」

バサリ、と画用紙の束をキッチンのテーブルに置く家主。

「テーブルにキズつけたな? あと同色だから見逃がしたんだろうけど、茶色が残ってるじゃん!」
「はいしばらくお絵描き禁止ー」

テーブルの端に置いてあった色鉛筆のセットを、芳川が自室に没収する。

「打ち止めと かぁたんは今夜のデザートおあずけの罰じゃんよ」
「ギャァアアア」
「ぎゃー!ってミサカはミサカは詰めの甘さを呪ってみるー!」

賑やかな黄泉川家。
奇妙なマーク、『目』の話題は大人達によって遠ざけられるのであった。  
 
 
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 16:59:13.55 ID:cc52Hnot0

ある日の休日、キッチンにて。

かぁたんは椅子に座る芳川桔梗の膝に乗せられていた。
後ろから彼女が小さな緑の手を取り、ぱちん、ぱちんと爪を切る。

床には新聞紙が敷かれ、そのまま落ちた爪ごと処分できるようになっていた。

(あら……?)

爪切りを終え、曲げていた腰を伸ばす。そこで芳川はあることに気づいた。
確証を得るために、かぁたんを抱えたまま自分の部屋へルーペを取りに行く。

はやる心を抑え、リビングにいる三人の子供の元へと急いだ。

「ねぇねぇ」

片手にカッパ、片手にルーペという出で立ちの芳川を見て、思い思いに時を過ごしていた一方通行達が注目する。

「かぁたんがいつの間にか二歳になっているわ。多分」

271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:02:00.65 ID:cc52Hnot0

どよめきを聞きつけ、昼食の準備をしていた黄泉川愛穂も駆けつけた。

「やっぱり。ほらみんな見て」

仔ガッパがひとつ歳を重ねたということを、一人抜け駆けせずにみんなで共有したいと思い、
あらためてルーペで頭の皿を拡大する芳川。

小さな頭部に、五人の視線が集まった。

「ほんとだ! 輪がふたつある!ってミサカはミサカは全然気づいてなかったり!」
「ウチに来た時は、既に二歳になる直前だったてことかにゃん。誕生日を境に、急に年輪が増えたんかね」

少女達が頭を突っつくので、かぁたんは逃げ出す。といっても黄泉川の足元だが。

「皿年輪が実際にどのように増えるのか確認できなかったが、コイツがつい最近満二歳になったことは間違いねェだろう。
 目視でも気づくぐらいだ」
「もしかしたら、昨日か今日かもしれない、ってことかじゃん?」

まさか芳川が かぁたんの爪を切っている瞬間だったりして……

いつかのように、自分を取り囲んで相談をしている人間達を不思議そうに眺める仔ガッパ。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:05:20.69 ID:cc52Hnot0

「クポポ?」
「心配しなくても大丈夫。かぁたん、おめでとー!ってミサカはミサカは誕生日パーティーの開催を宣言してみたり!」

打ち止めの宣言に、他の者が目を丸くする。
黄泉川と芳川はすぐに顔をほころばせたが、一方通行と番外個体は戸惑いを隠せない。

誕生日パーティーなど、縁がなかった。

一方通行は言わずもがな。
少女二人は、見た目こそ小学生と高校生だが、生を受けてから一年で、誕生日も判然としない身の上だ。

「なにも、そンなことする必要は無ェだろ」
「まぁ、ウマイもんやケーキ食べて飲んで騒ぐだけでしょ? 楽勝ー」

勝ち負けなど無いのだが。

「二人とも考え違いをしていないかしら? 誕生日を祝う家族の行事よ。必要だし、気持ちが大切なんだから」
「プレゼントも用意しなくちゃね、ってミサカはミサカはスポンサーの活躍を期待してみる」

打ち止めが一方通行の服を引っ張る。今からお買い物に行く気だ。

「私は料理担当じゃん。桔梗はケーキ。打ち止め達は かぁたんのプレゼント係に任命するじゃんよ」
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:08:24.38 ID:cc52Hnot0

夕方までになんとかしてこい、と仰せつかって、子供達は昼食後外に放り出された。

「キューン」

一人置いていかれる かぁたんが寂しそうなので、あまり長いこと外出してはいられない。
スポンサーは打ち止めに引っ張られ、番外個体にせっつかれて道を急ぐ。

「テキトーに、また子供だましのおもちゃでいいンじゃねェの?」
「もう少し真面目に考えてよ、ってミサカはミサカは注意しつつも妙案が思い浮かばなかったり」
「ミサカもおもちゃでいいと思うけどさー。確実なのはやっぱ」

きゅうりだよなぁ……、と三人同時にスーパーマーケットへ足を向けた。

おもちゃ屋へは、後で行く。
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:12:44.27 ID:cc52Hnot0

「あんたらが誕生日パーティーってのを、一般的に認識してないのは分かってたじゃん」

言われたことをしただけなのに、なぜお説教のようなことをされるのか。

一方通行、番外個体、打ち止めは一様に不満顔だ。

「でも、さすがに子供の誕生日プレゼントに軽く五桁もかけるのは常識の範囲外じゃんよ。
 大体パーティー自体に疑問を呈しておきながら…… 矛盾してないか?」
「喜ンでンだからいいだろ、別に」



おもちゃ屋さんで、さて何を買えばいいのか番外個体と打ち止めが悩んでいると、一方通行が一人歩を進めて奥へ。
彼は以前ここへ かぁたんと二人で訪れたことがある。
その際、テレビ番組の変身ヒーローグッズのコーナーで盛り上がった仔ガッパのことは記憶に新しかった。

「このスーツを欲しがってたンだが……」
「あー、でもこれ、かぁたんには大きすぎだね、ってミサカはミサカは足の長さも足りないと判断してみる」
「甲羅も邪魔になるし。他にアテは?」

少女二人と同じ見解だったので、一方通行は変身ベルトで妥協するよう仔ガッパに言いきかせたのだ。

(確か、他に欲しがってたモンは)
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:18:07.52 ID:cc52Hnot0

「コレだな」
「ちょっとデカすぎない? 場所取ると黄泉川がヤな顔しないかね」
「んーと……、三つに分解して収納できるんだって、ってミサカはミサカは説明書を読んでみる」


それはヒーローが乗るバイクのミニチュアだった。
ミニチュアといっても子供が実際に乗って運転でいる代物だ。
大型の掃除機並みのサイズである。
幼児が転倒しないように、分かりにくく四輪になっていて、最高時速は三キロメートル。

お値段は数万円という、子供用のおもちゃの中ではトップクラスの価格だが、
ちょっと普通ではない彼らにとって、これくらいの値段は選択に影響を及ぼさない。

寂しそうな声で鳴いていたので、早く帰ってやらねばと、三人は「もうこれでいいや」と即決で購入してしまった。
スポンサーが大半の資金を提供したが、番外個体も打ち止めもちょっとずつ財布からカンパする。
これは三人からの贈り物にしたかったのだ。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:20:45.90 ID:cc52Hnot0

「初めての事なのだから仕方ないわよ。今回は純粋にこの子たちを労ってあげましょうよ」

芳川が助け舟を出してくれた。黄泉川だって三人の心遣いは理解しているが、限度があると、つい嗜めてしまったのである。

「うん……、まあ、じゃん。実際かぁたんはあの調子だし」
「キャー! キャッキャッ! クワッパー!」

パーティーはこれからだというのに、かぁたんは一足先に渡されたプレゼントに大喜び。家中をバイクで疾走している。
時速三キロはぶつかっても何にも被害は無い。

「分かった分かった。黄泉川先生が悪かったじゃんよ。そんな恨めしそうな目で見るなじゃん」

善意の行動が全て吉と出るとは限らない。しかし今回の高額プレゼントで凶となった者がいるか、と問えばそれは否だ。
ただ、子供達の一般常識の無さを再確認して、ちょっと保護者の責任感が騒いだだけである。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:24:19.08 ID:cc52Hnot0

「ほらねー、ってミサカはミサカはミサカ達の苦労が正解だったと胸を張ってみたり」
「だったら最初から文句言うな。細けェンだよ。年だな」
「腹減ったよー。もう食べれる?」

まったく反省のはの字もない子供達。
一方通行には特に強めにゲンコツを食らわせ、黄泉川は手を洗ってくるよう洗面所へと促した。


「かぁたん、ツーリングはそれくらいにしてこっちへいらっしゃいな」
「ほらほら、これからチビチビが主役の祭りだぜ? はっちゃけろよ」

楽しいおもちゃも貰えたし、今日はいつもと違うと感じていた かぁたん。
全員に呼ばれて、愛車から降りてキッチンへやってきた。
一方通行からでさえ、「来い」と目で語りかけられたような気がする。

黄泉川が抱き上げて幼児用の椅子に座らせると、いつもより豪勢な料理、テーブル中央に陣取る大きなケーキ。
ロウソクが二本立っていた。

「クハー」

ホールのケーキとは、心が踊る食べ物だ。それは仔ガッパも例外ではなく、かぁたんの目が輝き、涎が垂れ始めた。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:27:42.74 ID:cc52Hnot0

ロウソクはまだ灯っていない。番外個体が指先からほんの僅かに放電し、火がつく。
黄泉川によって照明が消され、室内はぼんやりと、あたたかなオレンジに照らされた。

「さん、はいっ、じゃん」

ハッピーバースディ トゥーユー
ハッピーバースディ トゥーユー

お決まりの歌が歌われる。一方通行だってこの歌は知っていたが、声に出す気にはならない。あまりに似合わなさすぎるから。
そんな彼を、同居人達はロウソクの火のように見守るだけだ。番外個体は「あなたも歌えよ!」と合いの手を入れる。

やがて拍手が起き、きょときょとうろたえる かぁたんも、ようやく事の次第を把握した。
みんな自分のことをお祝いしてくれているのだと。
誕生日を理解しているかは不明だが、気持ちは伝わるものだ。

「さぁ、かぁたん火を吹き消して、ってミサカはミサカはケーキをずずい、っとな」

打ち止めがクチバシの先までケーキを持ってくる。

かぁたんは ちょっと火にビビりつつ、大きく息を吸い……」


「パコォンっ」


…………

沈黙が場を支配した。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:30:21.51 ID:cc52Hnot0

てっきり「フー」で火が消されると思い込んでいた人間達。
カッパはこんな時でもパコを使うのか。

隣のリビングは明かりがついているので、ロウソクが消えても完全な暗闇ではない。視界は確保されている。

ケーキの上部は三分の一ほどの生クリームが吹っ飛び、辺りに白いシミとなって散乱した。
一方通行の髪は白いので分かりにくいが、たまたま正面にいた彼の被害が一番ひどい。

部屋の照明をつけると、その惨状がいっそう確かなものになって一同のテンションを急降下させた。

「クワァ……」

かぁたん、責任感じてうなだれる。わざとじゃないので勘弁してもらいたい。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:34:27.98 ID:cc52Hnot0

「ぷは…… あーっははははははひゃっははー! あなたのその顔! チョ~甘そうなんですけどー!!」

番外個体の大笑い。一気に下がったテンションが、それ以上の早さで戻ってくる。かぁたんはほっと一安心。

「確かに。もったいないから舐めてやろうかじゃん?」
「結構だ、馬鹿野郎ォ」

自分の指で拭い、自分で舐める。デザートが最初に口に入ることになってしまった。
各自一方通行を見習って、舐められるクリームは舐めてから、タオルやティッシュペーパーで一時的に体裁を取り繕う。

「おいしいわね、このケーキ。スタンダードに苺ショートにして正解だったわ」
「抉れたケーキをきっかり等分するのって難しいね、ってミサカはミサカは……」
「こらこら、そんな震えた手で刃物持つなじゃん!」

他の料理も生クリーム爆弾を被っていたが、些細なもので、味にそう影響は無い。
体や部屋をキレイにするのは後回しにして、パーティーの始まりだ。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:39:38.83 ID:cc52Hnot0

テーブルの上の料理もほぼ片付き、各々見栄えの悪いケーキをたいらげたところだ。
保護者達は酒も入り、姿勢も顔もだらしない。

「いやぁー、かぁたんの誕生日のおかげで美味い酒が飲めたじゃーん」
「やーね、愛穂。それじゃあわたし達が誕生日を利用して飲んだくれたいダメ人間みたいじゃないの」
「クパポ?」
「酔っ払いの言うことなんて相手にしなくていいよ」

番外個体が、かぁたんを膝に呼ぶ。

「それにしてもチビチビが二歳たぁね。このミサカ達より年上だったんだー」
「言われてみれば!?ってミサカはミサカはお姉さんぶっていたのにその事実に衝撃を受けてみたり」

確かに、この世に産まれてからの純粋な日数だけなら、かぁたんの方が番外個体と打ち止めより長いことになる。
二人とも、それでも かぁたんを弟扱いするのを改めるつもりはもちろんない。

「こいつが一歳になった時は、どこにいたンだろォな……」

なんの気なしに口から出た言葉だが、みんな一方通行を見て動きを止めた。

一歳の誕生日は、かぁたんはあの写真の男に祝われたのだろうか。大事にされていたのだろうか。
『カックン』とやらの友達もいるようだし。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:43:04.95 ID:cc52Hnot0

「本当は帰りたいのかな、ってミサカはミサカは寂しさを感じさせない健気な かぁたんを不憫に思ってみる」
「どうかしら。とっても能天気に、食い意地たっぷりに過ごしているように見えるけれど」
「……だからといって、ミサカ達にはどうしてやることも出来ないでしょ」

番外個体は、写真に写った飼い主らしき男を見て恋しそうに鳴く かぁたんを見ている。
帰れるなら、会えるならば、この仔ガッパは行ってしまうに違いない。

「暗い雰囲気嫌じゃーん! 大事なのは今! そしてこれから! 笑え! 飲めー!」
「そうだそうだー!ってミサカはミサカは飲酒というオトナな行為に憧れを抱いてみる!」
「ダメよ」
「ちぇー、酔ったヨミカワ、ヨシカワなら許してもらえると思ったのにな」
「いつか隙を見てミサカがおチビに教えてやんよ。かぁたんも飲みたい?」
「パコン」
「二人が酔い潰れてよォが、俺が許すはずねェだろォが。クソガキども」

カッパは大層酒が好きと、『カッパの飼い方』に記述があったが、成長するまで飲ませないのがいいとあった。それは人間と一緒だ。

「こんな楽しいパーティーならしょっちゅうやりたいじゃんね。次はいつにする?」

いつといっても……

「そぉいや、一方通行と番外個体と打ち止めの誕生日って? 去年はそんな暇なくて誕生日やんなかったけど」
「……いつかなぁ?ってミサカはミサカは唯一ハッキリしてそうなあなたに訊いてみたり」
「忘れた」
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:45:34.16 ID:cc52Hnot0

子供達三人の出自、事情は複雑だ。誕生日など意識したことはない。

黄泉川は友人に目で問う。問われても、芳川も返答に困ってしまう。三人の背景を良く知っているだけに。
明確に答えられないとみるや、黄泉川は景気良く両手を叩いた。

「うん! じゃあこうしようじゃん! 一方通行達が初めてウチに来た日を誕生日にしよう。そうなると……、次は番外個体じゃんねー」

あっさり決められた。

「わぁー、ミサカとあなたの誕生日同じだね!ってミサカはミサカは舞いあがってみたり!」
「俺、あの日ほとンどここにいなかったンだが」
「細けェことは気にするなじゃん! しまったな、もう少し早く決めてりゃ二人のお祝いできたのに……」

今は秋。一方通行と打ち止めが黄泉川愛穂のマンションに初めて来た日から、丁度一年が過ぎた頃であった。
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:47:20.37 ID:cc52Hnot0

「やっほう。ミサカへのプレゼントは気合い入れてもらわないと、満足してやんないよー?」
「かぁたんも、その時は番外個体をお祝いしてあげてね」

芳川の言葉に、しばし番外個体の膝の上で首を傾げる仔ガッパ。

「クポ」
「えぇー? きゅうりなの? しかも今じゃないし、食いかけだし」

ずっと手に握っていたきゅうり一本が、彼女に差し出された。今夜は嫌というほどきゅうりを食べた。

「そいつにとっちゃ、きゅうりをやることが最大限に祝いなンだろォよ」
「テヘヘ」

初めて開催される黄泉川家の誕生日パーティーの夜は、楽しく更けていくのであった。
これも かぁたんがやってきてくれたおかげだろう。

285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/06(水) 17:53:34.51 ID:cc52Hnot0

次回へ続く

>>267 絵が上手になると、写実的に描けるようになる。
かぁたんはヘタクソなので『目』で表すが、普通(?)の心霊写真みたいになるよ


打ち止め「ヨミカワとヨシカワの誕生日は?ってミサカはミサカはそれもお祝いしたかったり」

芳川「わたし達はもうお祝いされても嬉しくないのよね」

黄泉川「……じゃん」
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/07(木) 03:53:22.37 ID:vmRM7aIAO
>>285
おっつー。かぁたんには何が見えてるの?飼い方未読だから説明あると助かる。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/07(木) 11:10:54.00 ID:1SGftfPq0
10031人分の妹達だろ?

……フレメアの後ろにごつい男が見えたりするんだろうか?
288 : [sage]:2013/02/07(木) 22:41:31.29 ID:o45FoxHd0
>>286 オバケです。カッパはほとんどの個体が見える。

妹達もいるだろうし、猟犬部隊もいるかもしれんし、いろいろいるかもしれん。
かならずしも妹達全個体が憑いているとは限らないかも。

通りすがりの浮翌遊霊さんが寄ってきてたりね。「なんかあそこ霊だかりできとんなー」的な。

これは個人の生死観、宗教観が関わってくる、意外にデリケートなネタでしたね。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/08(金) 00:04:20.99 ID:DEWRcsvAO
>>288
お、サンクス。カッパには霊が見えるのか。一方さん、包まれてるなww
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/10(日) 19:01:46.29 ID:t6FM8ZCe0
河童は水妖棲、この世とあの世の狭間が見えても不思議はないか…
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:11:37.57 ID:N261XyFQ0

他にもカッパには驚きの能力があるんだけど、それを紹介しきることなく終わりが近づいてきました。

続きいきます。

292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:12:42.24 ID:N261XyFQ0

番外個体と打ち止めは、かぁたんを連れて散歩に行っている。
黄泉川も芳川も出掛けているので、家には一方通行ひとりきり。

彼はたった今、携帯端末で通話を終わらせたばかりだった。相手は土御門元春。

魔術サイドとしての土御門にカッパに関する情報の提供を(可能なら)頼んでいたので、経過報告を求めたのだ。
これは上条当麻の紹介でもある。良きにしろ悪きにしろ、土御門とは知った仲の彼である。
それなりの信頼でもって、科学とは対極的な観点からのアプローチを睨んでいたのだが、

『すまん。全然分からん。ねーちん……、こっちの重鎮な。河童がいるなら見たい、って言うくらいだ』
「役立たず」
『ちょっとは下手に出る、という処世術を覚えろ。この先困るぞ』
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:14:30.56 ID:N261XyFQ0

(病院での検査結果も、俺の予想の範囲内のものだった)

プールへ行く前に行った かぁたんの診察。冥土帰しの助力も得て、徹底的に調べたが、
圧倒的な謎や、新たな事実が明らかになった……わけではない。


血液型はA。人間と酷似する骨格、筋肉組織。高い知能。
遺伝子データも、まったくの未知ではなく、甲羅やクチバシがある生き物と似ている部分が見られた。
たとえば亀。たとえば鳥。
教本には卵で繁殖すると書かれていたので、産卵する生物と似ているのでは、との予測も当たった。


(完璧に、動物だ)

一方通行達が生きるこの世界に、たった一匹のカッパだけど。
思わず上条当麻の幻想殺しを警戒してしまったが、こんなにもあの仔ガッパは現実だ。

(きっと上条が触っても平気なはずだ)

少年はそう結論付けた。

切り離した毛と爪になんの変化も無かったように、本体も影響はないだろう。かぁたんは、幻想ではないのだ。

機会があれば、上条に かぁたんを接触させようと考えていた。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:21:38.95 ID:N261XyFQ0

「多分とかおそらくで、わざわざ危険を冒す必要はないでしょ」

その提案を聞いた番外個体は良い顔をしなかった。

「確信はあるンだが。まァ……、こっちから三下に会いに行く気はねェよ」
「あなたがそう言うなら、きっと大丈夫なんだと思うけど、ってミサカはミサカは
 番外個体の心配も理解できるから無理強いはしなかったり」
「ふん」
「クハ、クハー」

不穏な空気を感じて かぁたんが慌てた。何でもないよ、と打ち止めは仔ガッパの気を逸らす。

「久しぶりに歯ブラシで甲羅をゴシゴシしてあげる、ってミサカはミサカは服を脱いで欲しかったり」
「クワ!」

かぁたんは大喜びで少女の前に転がった。静かで愛おしい時間だ。
この瞬間が続くなら、幻想殺しの問題はそんなに大事ではない。

295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:27:16.44 ID:N261XyFQ0

そう思いつつも、同じ街に住み、浅くはない因縁を持つ上条当麻といつまでも会わないでいることは難しい。

一方通行が『接触』を許容できると判断してから半月が過ぎた。
ある日の夕方、彼の幻想殺しは黄泉川家に来ている。


いつかのように街中で会い、そのまま自宅へと誘うことにしたのだ。
一方通行は番外個体と一緒に買い出しの帰りであり、彼女はやはり危惧を抱いたようだが、

「ま、ミサカも大丈夫だとは思うけどさ……」
「だったらそンなシケた面、いつまでもしてンじゃねェよ」

(ねぇねぇとうま、みさかわーすともあくせられーたも様子が変だよ?)
(おう。急に『来い』って言われたけど、何なんだろうなぁ)

インデックスも一緒にいる。
彼らは玄関をくぐった所で内緒話をしており、廊下の向こうから一方通行に、早く来い、と呼ばれた。

296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:30:05.61 ID:N261XyFQ0

「あー! ヒーローさんだ!ってミサカはミサカはいきなり決定的瞬間が訪れたことを察してみる!」
「パコン」

リビングでは打ち止めと かぁたんが留守番をしており、上条とインデックスを出迎えてくれた。
保護者二人は、まだ帰宅していない。

「おいおい、あぶねーぞ。こっち来るなよ」
「クポクポ」

一度だけしか会ったことのない人間二人を、かぁたんが覚えているか分からない。
だが親しげに近づいていく。上条は間違って右手で触れないように万歳しながら仔ガッパから距離を取った。

「いい」
「え?」
「触ってもそいつは消えない」

一方通行の言葉に、上条はぐるりと周囲を見回す。
打ち止めはアホ毛を揺らして頷き、番外個体も顎をしゃくって同意を示す。最後に目を合わせたインデックスは、

「あくせられーた達は、きっと確信があるんだよ」

一際大きく頷かれ、背中を押された。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:36:31.07 ID:N261XyFQ0

「責任、取れないぞ」
「大丈夫だから責任追及なんてしないよ、てミサカはミサカは緊張を隠して余裕を装ってみる」
「万が一、ってことは? 俺が触って大丈夫だとしても……」

それになんの意味があるのか、と問おうとしてやめた。

この小さな生き物が幻想なのか、現実なのか。その違いは一緒に暮らす人にとって重要に決まっている。

「……大事にされてんだな、カッパ君は」

確かな存在として、共にありたいと。

その願いに応えるべく、かぁたんを抱き上げようと背をかがめ、両手を伸ばす。


「軽ーい」
「ッター!」

高い高ーい、と上下に揺らされ、かぁたんは上条の手の中でガッツポーズ。

リビングは自然と安堵のため息で満ちた。



しかし、それは長くは続かない。

298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 23:37:58.67 ID:N261XyFQ0

次回へ続く

299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/12(火) 00:32:41.21 ID:6NQuvHS60
 乙

まさか… 
 
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:33:47.29 ID:Q54P8jUx0

まず異変に気付いたのは上条だった。

「ん? 何だ? 冷てっ」

かぁたんを抱き上げた腕に、濡れた感触が。
それはタラタラと止めどなく流れて来て、脇や胴体まで濡れる。

「うお! 水が、どこから」
「あぁ!? まさか久しぶりのお漏らし!?ってミサカはミサカはカミジョウに大被害が及んだことを申し訳なく思ってみる!」
「にょおー!?」

お漏らしと聞いて、大慌てで仔ガッパを降ろす。

「?…… でも冷たいし、臭くないし。お漏らしなの? これ」
「クパ~?」

かぁたんはお漏らしの自覚がなくて、でも体は濡れていて、自らもおかしいと感じて体を確認する。
その間もどんどん水は溢れてくる。かぁたんを中心として染みだすように。
緑の皮膚や甲羅から染みだしているように見えたが、
よく目を凝らすと何もない空間から突如水道のように流れていた。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:36:09.25 ID:Q54P8jUx0

「クワ? クパパ?」
「なンだよこりゃあ……」
「やだぁ。どうにかしてよ! 変でしょこれ!」
「か、かぁたん……っ」

飼い主の三人が、あまりの異常に仔ガッパを取り囲む。だがどうしようもない。
ついに水が床を叩く音まで聞こえ、リビングのあらゆるものが濡れ始めた。人間五人の足も浸かっている。

「上条ォ! 何かしたか!?」

まさか自分の幻想殺しが原因なのかと、右手とカッパを凝視していた上条に、一方通行が怒鳴る。

「っ……、いや、特に感じなかったが」
「タイミングが良すぎるんだよいくらなんでも! とりあえず魔術は絡んでないみたい!」

一歩下がったところで事態を見守る上条とインデックス。
上条はこれ以上家の中が水浸しになるのはいけないと思い、

「えと、一旦外に出る? それとも風呂がいいか!?」
「そうだね、まずお風呂に行こう!ってミサカはミサカは排水機構が充実している場所をチョイスしてみる」
「キューン、キュウ~」

怖くて泣き始めた かぁたんを、番外個体が小脇に抱える。あっという間に体が濡れるが気にしていられない。
纏わりつく衣服が、僅かだが動きを制限してもどかしかった。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:39:37.20 ID:Q54P8jUx0

ドアに向かって走り出す彼女の邪魔にならないよう、客人の二人が道を譲ったとき、

どばばば!!

「!!」
「番外個体!!ってミサカは……っ!」
「! 待て」

壊れた消火栓のように、水が噴き上がった。もちろん かぁたんを中心として。
そこに飛び込んでいく打ち止めを引き止めようと、一方通行が手を伸ばすが間に合わない。

「きゃっ」
「インデックス!」

呼び散る水は、上条とインデックスにも襲いかかった。
勢いが良すぎて、小石をぶつけられた様に痛みが走る。上条が傍らの少女を庇って覆いかぶさり、

「――……」
「と、とうま。もう大丈夫みたいだよ」
「あ、おぉ」

数秒の後に、二人は周囲を確認する余裕を得た。静まり返った室内には……

「い、いねぇ」
「どうして……?」
「分かんねぇよ。どうなってんだ」

黄泉川家のリビングは、上条とインデックスの二人だけ。
水は二人と床だけでなく、天井や壁までをびしょ濡れにしており、家具やらカーテンやらまで浸水被害を被っている。
滅茶苦茶な有様だった。

(それだけじゃないな。テレビも無くなってるし、テーブルの上にあった雑誌も……)

ソファに置いてあったクッションも。辺りを見回しても、どこにも落ちていない。

「そんなのはどうだっていいんだ。問題は」
「みんな、どこに行っちゃったの」

一方通行達は消えてしまった……
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:42:20.37 ID:Q54P8jUx0

遠い遠い、時代さえも違うどこかで、幻想殺しの少年と禁書目録の少女が途方に暮れている頃……


ガボガボ、ゴボゴボ。ばしゃばしゃ。

光差し込む山の中。普段は穏やかな泉が騒がしい。

「がはっ。一体なんだってーのもー」
「あっぷ、あっぷ、ってミサカはミサカは足が……、なんだ浅いのかぁ」
「……どこだよ、ここは」

一方通行と番外個体と打ち止めは泉の中にいた。
水と土と木々の生々しい匂いが鼻をつく。学園都市ではまず感じられないことだった。

「クワー! クワ!」

かぁたんも三人と一緒だ。いち早く岸に泳ぎ着いて、興奮した様子で呼びかけている。早く来て、と。


セミの鳴き声。鳥の羽ばたき。

ずぶ濡れの人間は呆気にとられる。この大自然はなんだ。自分達は家の中にいたというのに。

「つ、繋がらない。あなた、ミサカネットワークが!」
「……だね。完全に遮断されたワケじゃないみたいだけど、他の個体の意識が遠いっていうか……」
「そうだったら、俺がこうして意識があるわけねェしな」
「能力の使用は?」
「このカンジじゃ、大丈夫そォだが」
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:44:41.45 ID:Q54P8jUx0

「クポー!」

獣道で かぁたんが呼んでいる。走り去った……かと思うと戻ってくる。
岸に上がったのについてこない一方通行達に苛立ち、後ろから押すが、
身長五十センチに押されても膝が折れるだけで進めやしない。

「分かったから待ちやがれ。靴も無ェのにこンな山ン中歩けるかよ」
「水の中にいろいろあるよ、ってミサカはミサカはテレビは引きあげておくべきだったり?」
「お、スリッパはっけーん」

少女達が再度水の中へ。
季節は秋のはずだが、セミの声もするし気温も高い。太陽が出ている今なら寒さで風邪を引く恐れは低い。

(俺達以外にも、部屋にあったモンが色々巻き込まれたのか)

テレビにクッションに雑誌と菓子皿のお菓子。
それらを見るに、単純に かぁたんの近くにあったものがここに流れ(?)着いているようだ。

(上条とシスターがいないのは、幻想殺しの効果というより、運よく範囲外にいたからか)
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:47:53.92 ID:Q54P8jUx0

杖を腕から外さないでおいて幸いだった。そ
の辺の棒きれだって一時しのぎにはなるが、やはり使い勝手が違う。


スリッパは一足しかなく、靴下も履いていない打ち止めに与え、仔ガッパに案内されるように山道を歩き始めた三人。
落ち葉と柔らかい土で覆われているうちは良かったが、やがて剥き出しの石や木の根が行く手を阻みだす。

かぁたんは裸足でも平気らしく、人間の遅々とした歩みに堪え切れない様子だった。

「クゥー……」
「こっちは足いてーのよ」
「疲れたー、ってミサカはミサカはスリッパ下山の辛さを訴えてみる……。歩きにくい」
「俺が一番難儀だろ、どう見ても」

痛い。足が。
服も濡れたままで体に貼り付いて重い。

もう三十分も歩いているが、ここは相変わらず山の中の獣道。
木々の隙間から遠くまで見える景色が時々あったが、山と空だけだった。

一応道もあるし、かぁたんが先導してくれている(はずだ)し、このまま進めばどこかへ繋がっていると思われた。
しかしそこがどこかも不明では、痛い足が益々重くなるだけだ。

一方通行は意を決してチョーカー型電極に手を伸ばした。

307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:49:33.10 ID:Q54P8jUx0

「大丈夫なの?ってミサカはミサカは心配してみる」
「念のためだ、ちょっと離れてろ。万が一暴走するようなことがあったら、すぐ代理演算を止めろよ」

少女達が見守る中、一方通行は静かに電極を操作する。

結果はすぐに分かった。
少年の体から、霧状の水が飛び散ったからだ。反射を使って一気に身軽になる。

駆け寄ってくる打ち止めを尻目に、学園都市第一位は地を蹴って跳躍し、岩が剥き出しの崖に掴まる。
今いる山の頂上付近のそこからは、ふもとが一望でき、遠くに電柱、電線、走る電車が見えた。
人工物があったことに安堵する。

(家か? あれ)

平屋ばかりの家屋が集中する一角が見え、方向からして かぁたんはそこに自分達を連れて行こうとしている。

(いや、きっと……)


帰ろうとしている。

308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 01:54:08.87 ID:Q54P8jUx0

次回へ続く

ただいま かぁたんと
いらっしゃい一方さん、番外ちゃん、打ち止め
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/14(木) 07:57:39.51 ID:a0diSasQo
乙でした
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/15(金) 17:46:43.19 ID:s/9pDkb40


あっちの住人とからんでいくんですね
ワクワクしてきたわ
 

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