2013年12月17日火曜日

美琴「私が一万人以上殺した、殺人者でも?」 2

454VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 14:57:45.66 ID:71hECwpPo

 薄雲より降り注ぐ陽光を避けて歩く路地裏は涼しく、薄い半袖シャツから伸びる腕は肌寒ささえ感じる。
 検体番号一〇〇三二号、御坂美琴のクローン体の一人である少女は、その表情の乏しい顔を上げ、天気のはっきりしない空を心なしか恨めしげに見つめていた。

 打ち捨てられた投機物の間から時折ネズミや蟲がうろちょろと顔を覗かせては、何かにびっくりしたかのように姿を引っ込める。それは、少女が体質として放つ電磁波のせいなのか、それとも少女の重く沈む心中が放つ空気のせいなのか。

                                         レベル5        オリジナル
 少女の脳裏を占めるのは一人の人物。彼女達の素体元となった超能力者で、彼女達のお姉様、御坂美琴。
 あの日、何を思って、決して敵う相手ではない学園都市最強の前に立ち塞がったのか。心が未成熟な自分達ではまだ理解できないと、そう思いつつも、その事に胸の辺りがぽかぽかと温まる不思議な想いを感じていた。

 その温かさが、今の自分の原動力となっていると言ってもいい。
 心のどこかでは納得の行かない任務。実行している内容を、驚愕と戸惑いに顔を歪めるあの表情を、思い起こせば胃の底辺りに重石のような物がのしかかり、息が詰まる。
 それでもそれを決しておくびには出さず、ただ目標達成を目的に黙々と目の前の仕事をこなすのみ。

 迷いはある。迷う事も、悩む自由も今の自分に与えられた権利であり、義務なのだろう。
 考えるのを止める事だけは決してしてはならないと思う。思考を停止した結果が、あの実験への参加であり、自分を大切に想ってくれた人を無自覚に傷付ける行為だったのだから。
 こんな事を思っているのは妹達の中でも一部かも知れない。多くの姉妹は突然の実験の停止と、変貌した環境に対する戸惑いに翻弄され、適応する事に手一杯だ。そしてそれは無理もない事だと思う。

 そんな混乱の最中、あんな事が起これば、妹達のほとんどが思考を放棄するのも、また無理のない事だろう。
 それだけに、せめて自分位は。事件の核心の近くにいた自分だけでも、考えるのを止めてはいけないと。
 あの時、そう、心から思った。
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 14:59:47.32 ID:71hECwpPo

「とはいえ、思考を止めていない個体は、ミサカ以外にもいるのですけどね、とミサカは自らの思考につっこみを入れてみます」

 徐々にだが、個性とか自分の考えを持とうという動きは、各個体から出始めているのが最近の傾向だ。
 身近なものに興味を持ってみる。もっと周りを良く観察してみる。知識だけでなく体験として味わってみる。それだけで世界というものは一気に広がりと色彩を帯びていくものだと、自分達は元々知っていた筈。
 知りたい、触りたい、感じたい、といった欲求は元々持っていたにも関わらず、自分達には無駄なものと半ば見過ごしてきた今まで。これからはその欲求にもう少し素直に向き合って行こうという動きが、幾つかの個体を中心に見られるようになった。

 例えば、様々な食べ物を味わってみる。住んでいる街を無為に散策してみる。テレビや雑誌といった媒体から情報を得、それを実践してみる。
                                                                        オリジナル
 中には他個体に秘密でこっそりダイエットしている個体や、髪型や服装に凝ってみる個体等も出てきている。
 流石にお姉様に倣って短パンを履く個体や、某白モヤシのファッションをリスペクトする個体が出てきたのには正直反応に困ったものだが。

 全ての個体がそれに対して積極的というわけではない。
 全体から見れば、変わろう・動こう・考えようとしている個体は一パーセントにも満たないのが現状だ。
 が、今は僅かでも、その動きがいずれ他の個体にも伝播していく事は想像に難くない。

 いい事ばかりとも限らない。
 現に、失敗して痛い目を見ているケースも少なくない件数発生している。
 しかしながら、その痛みも含め、自分達にとって全てが新鮮で興味深い事ばかりなのだ。

 そして、今自分がこうしてまとまりのない思考の中で、自らの行為に迷いや戸惑いを覚える事も、とても大切な事なのだと思う。
 全ては、あの日、あの時、あの人が与えてくれたきっかけによる物なのだから。
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 15:01:24.79 ID:71hECwpPo

「……、」

 と、巡らせていた思考の沼より意識をもたげ、感じた違和感にそれを向ける。
 二日ほど前、その足取りをプッツリと途切れさせて以来、一向に掴む事の出来なかった感触が、そこにあった。
 様々な状況から絞り込んだ消失地点、正にそこから現れた事に強い違和感を覚える。
 まるで巧妙な手品師に目の前で消されたコインを、再び目の前で出現させられたような、丸ごと騙されたような感覚。

「しかし……確実に、この気配はお姉様のそれであると、ミサカは断定します」

 細部に至るまでほぼ一致するものの、他の妹達の感触とは僅かにズレと強度が違う、AIM拡散力場の――電磁波の干渉。
 ここ三日、何度疑わしい地点を歩き回り、時には一方的に見つかる事を覚悟で電磁波を飛ばし、手を尽くして調査しても見つからなかった気配。それが何故今になって突然感知出来たのか? 疑問は浮かぶものの今はそれより優先すべき事がある。
 すなわち……またその気配が断たれる前に、捕捉する事。

 その要件を満たす為、少女は電磁波の動きを分析しつつ移動を開始しようとして、ふと足を止めた。
 先程感じた僅かな電磁波の感触が、今はチリチリと肌の表面を撫でるように強く感じられる。慌ててそれの発信源を再び走査し、少女は眉をひそめる。

「まさか……向こうから、こちらへ向かっている……? と、ミサカはお姉様の動きから推測をします」

 一体何を目的にして? と思考しながらも、同時にその推測が正しいか、僅かな移動にて反応を窺う。
 果たして、目標のものと思われる気配もこちらの移動に合わせて動きを変えてきた。その軌道は変わらず、こちらへ近付くもの。

 二、三度繰り返すも、反応は変わらず、いよいよ持って向こうがこちらへの接触を図ろうとしている可能性が高まってきた。
 次に考えるべきは――。

「どの位置で、接触するか……ですね」


 場所の問題だけでなく、他個体との配置関係も考えなくてはならない。
 待ち望んだ折角の機会だ、無駄に出来ない。
 御坂美琴のクローン体の一人、一〇〇三二号は、他の個体と密に連絡を取り、慎重にお姉様を迎え入れる体勢を整えていく。

 その事を察知してる筈の御坂美琴の動きは、しかし変わらず、むしろその包囲網の中心に敢えて踏み込むような動きでさえあった。
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 15:03:42.17 ID:71hECwpPo

(考えても分からない事はある……というのは、最近とみに思うことではありますが)

 そういう時にどうすればいいのか、その答えの出し方は一つではない。
 調べてみる。探してみる。試してみる。そして……

(実際に聞いてみる、というのが今回の場合は近道のような気がします)

       オリジナル
 そう言えばお姉様もまどろっこしい事が苦手な性分で、自ら首を突っ込みたがる性質を持っていたと、どこかの記録に記述があった覚えがある。
 もしかして、彼女もそういう想いで、逃げ回るのをやめて真っ向から話を付けに来ようとしているのだろうか。
 だとしたら、今まで逃げ続けていたのに、一転して姿を現したのは何故だろう?
 何か心境を一変させるような出来事がこの三日の間にあったのだろうか。

(そういえば、あの時お姉様の手を取って逃げたあの少年と一緒では無いようですね)

 或いはその少年がこの状況を作るきっかけなのではないかとも思う。しかしそれなら何故今は別行動なのだろうか。
 もしくはそれも折込済みでのあえての別行動……?

 考えれば考えるほど、次から次へと疑問が雪ダルマ式に増えていく。
 考え続けるという事は本当に大変だ。

(とりあえずは、迫るお姉様との接触に集中した方が良さそうです)

 徐々に強まるピリピリとした空気が、肌を撫でるように走っていく。触覚とは少し違った感触――電撃能力者特有の、感覚。
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 15:04:57.00 ID:71hECwpPo
――――――――
――――
――


 音も無く。静かに、しかし鮮烈な存在感と共に、その人影は現れた。
 互いに寸分違わない容姿、しかしまとう空気と表情は明らかに異質。

「今まで散々逃げ回っておいてなんだけど……待たせたわね」
                                                                  おねえさま
 前に着ていた制服はボロボロになっていたから着替えたのか、黒のTシャツにジーンズ生地の短パン姿な、御坂美琴。

「……何から話せばいいのか、若干整理が付かない点もありますが、とりあえず――」

                                                  シリアルナンバー
 対し、常に持ち歩いていた銃器を傍らに立てかけたまま、伏せていた顔を上げる検体番号一〇〇三二号。

「お待ちしておりました、お姉様。と、ミサカは平静を装い声を掛けます」

「……装い、って。声に出して言ったら何の意味も無いじゃないの」

 呆れたように片眉を吊り上げ、溜め息を吐く美琴に、一〇〇三二号は表情を変えずに佇んだままだ。見ようによってはキョトン、ととぼけているようで、そのせいか心なし張り詰めた空気も若干の緩みを見せていた。

「ま、何はともあれ、こうして落ち着いて対面するのも久しぶりだし」

「……、」

 緊張していたのはお互い様だったのか、美琴が深く、ゆっくりと息を吐き出して言った。

「じゃ、色々と聞かせてもらおうかしら。もっとも……答えてくれるなら、だけど」

 鋭い眼光に射抜かれ、吹き付けるような威圧感に晒され、それでも一歩も引く気を起こさず、一〇〇三二号はそれらを受け止めた。
 そして、ゆっくりと口を開く。

「ミサカも、お姉様に尋ねたいことがあります。しかし、同時にお姉様が何を求めているかも気になります、とミサカは自らの迷いを正直に告げます」

「……、そうね。こっちとしてもそっちが何を聞きたいかは気になるわ」

 少女達は、お互いに歩み寄ろうとしている事を悟り、心の中で安堵の息を吐く。互いに求める物が同じなら、それはきっと満たされる望みが大きいのだから。

「ですから、ミサカは――」
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 15:05:43.89 ID:71hECwpPo
――――――――
――――
――


 流れ出る汗が目に入り、痛む。
 拭おうと擦る手の甲にも汗がべた付き、不快感は増すばかりだ。

「くそっ、どこに居るんだ御坂!」

 思わず出た声は焦燥に満ちていて、そんな自分にまた苛立ちを感じてしまう。
 落ち着け、焦ってどうする。
 そう呼びかけたところで早鐘を打ち続ける鼓動も全身から噴き出る気持ちの悪い汗もちっとも収まっちゃくれない。

 何故ここまで動揺しているのだろう。
 もしかしたら、美琴が姿を消したのはただの気まぐれで、ちょっとそこら辺を散歩して気が済んだらひょっこり戻ってくるのかも知れない。
 ただの取り越し苦労であって欲しいと、そうであったらどれだけいいかと思う。

 しかし、だとしても、上条は黙って帰ってくるのを待っているだけなんて出来るわけが無かった。
 今こうしている間にも、美琴が追っ手と接触し、傷付いたり、危険な目に合っている。
 その可能性が僅かでもあるという事実だけで、上条が動くには充分過ぎる理由となるのだ。


(アイツを……御坂美琴を守るって。自分の、ちっぽけな力全部振り絞って、アイツを傷付けるヤツらに立ち向かうって、そう誓ったんだからな)

 だから、少年は街を駆ける。
 守るべき少女がその先にいる事を信じて。
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 15:07:28.98 ID:71hECwpPo

 上条がそれに気付いたのは、見慣れた路地への角を曲がった時だった。
 それは、トラブル体質の彼が、逃走経路の一つとして良く利用する、狭くて見通しの悪い路地の一つ。
 通る者もほとんど居ないため片付ける者も少ないのか、ガラクタが散乱し、砂埃まみれのため足を取られ易い地面。
 その性質を良く知る上条は、いつも予め暗闇に目を慣らしておき、ガラクタや砂埃がたまっている箇所を注意深く観察しながらその路地を通っていた。

 その時も、慌ててもつれそうになる足を、一旦速度を緩めることで落ち着かせ、障害物の分布を把握しつつ慎重に足を運ぼうとしていた。
 しかしながら、いつになく路地全体に整然さが満ち、いつもなら散らばっているゴミも埃も一つとして見当たらない事に気付く。
 思わず足を止めた上条は、薄暗い路地全体を改めて眺め回したが、そこにはやはり塵一つない綺麗な地面が続いているのみだった。
 それはまるで、丁寧さがウリの清掃業者が時間や機材を使い磨き上げたような、不自然なまでの綺麗さだった。
 まさかそれが、たった一人の人間が、ものの数秒で仕上げたものであるとは、上条は知るよしもない。

 ただ、上条は、その向こう側に今までに感じた事の無い恐ろしい何かの存在を感じ取っていた。

 この路地を進み、大きく曲がりくねったその先には、確か人の居なくなった建物と、広場があった事を上条は思い出す。

 その禍々しい気配は、その広場の辺りから漂っていた。

 知らず内に堪っていた唾を、ゴクリと飲み下し、上条はゆっくりとその足を前へと進めた。
 本能で”それ”に近付く事は危険だと悟っているにも関わらず、上条は一歩一歩と確実に”それ”へと近付いていった。
 本能とは別の何かが、”それ”と上条が探している少女との関係を、悟っていたからだろうか。
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 15:10:58.22 ID:71hECwpPo

 やがて、上条が広場に踏み入る。
 横手には寂れた倉庫のような建物が、主を失ったその内部の空洞を、崩れた壁面のあちこちから曝け出していた。

 広場に人の気配は無い。
 先程まで感じていた禍々しい何かも、淀んだ空気の中に溶け込んで消えてしまったかのようだった。

「……、」

 さっきまで流れていた汗はいつの間にか引っ込み、気付けば二の腕には鳥肌さえ立っている。
 無意識に両の腕を互いに擦り合わせつつ、上条はぐるりと辺りを見回した。
 四方の建物に切り取られた空からは薄明るい陽光を注いでくるが、それが地面を照らす面積は僅かで、広場のほとんどは薄闇の中だった。
 淀んだ空気と、放置された建物にまとわりつく蔦が、ひんやりとまとわりつくような湿気を生み出していて、辺りの気配を薄く引き延ばしているかのようにも感じられる。

 果たして、先程の気配はどこに消えてしまったのか。
 既にこの広場から立ち去ってしまったのだろうか。
 それとも上条の緊張がもたらした、ただの錯覚だったのだろうか。

 そのどれとも判別付きがたく、上条はもう一度辺りを見回して気配を探る。
 実体の無い気配に震えてしまう自分に苛立ち、焦燥だけが尽きぬ泥泉かのようにドロドロと湧き出しては思考を塗り潰していく。

 上条は時間を無駄に消費している事を自覚しつつ、苛立ちで足元の小石を蹴りつけそうになる。


 その時だった。

 上条が出てきた路地とは逆側、その奥に。

 白い人影が佇んでいる事に、気付いたのは。
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/20(金) 15:12:20.65 ID:71hECwpPo

――カツン、と路地に乾いた金属音が鳴り響く。


 暗闇の奥、その闇の中でぼんやりと浮かび上がる、白い人影。
 その双眸は、紅い、まるで血の色のような紅。

「よォ、こンな所で何やってんだ? 三下ァ……」

 カツン、と右手に持った変わった形の杖を突き、その白い悪魔がニタァ、と嗤う。

 その悪魔を目にしただけで、上条の周囲の空気が2~3度下がったような錯覚を覚えた。
 全身から異様な汗が噴き出し、シャツが肌に張り付く感覚が気持ち悪い。

 それだけの、威圧。
 それだけの、畏怖。

 理由も分からず、上条はその白い人物に睨まれ、ただただ立ち尽くしていた。

 アクセラレータ
 一方通行。


 御坂美琴が恐怖の記憶と共に語った、学園都市最強の悪魔が、上条の前に立ち塞がっていた。 
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 00:36:06.66 ID:bkJDEol4o

「……あの鉄砲玉どもが」

      ホスト                  ゲ ス ト
 その家の主、シェリーが帰った時、そこに押しかけ客たちの姿は無かった。

 お茶でも飲んでいたのか、テーブルの上のポットに僅かな温もりが残っていた事から、二人が出て行ったのはそんなに前では無さそうだ。

                   ガキ
「ったく、これだからせっかちな子供どもは厄介なんだよ……」

 ガリガリとボサボサ頭を掻きながら苛立たしげに吐き捨て、シェリーは考える。
 一通り家を見て回ったが、得られた情報は僅か。美琴に貸していた部屋は整然としており、上条に貸していた部屋と居間は散らかっている。
 居間には上条用に使用していたマグカップが倒れ、中身がテーブルクロスにぶちまけられていた。

 恐らく、美琴は静かに外出し、上条は慌しく外出したのだと思う。

                                  バカ
「順当に考えりゃ、娘っ子がこっそり外出して、気付いた上条が慌てて飛び出した、ってとこかね。やれやれ……」

 たった一日二日の少ないやり取りだけで、シェリーは美琴の本質を大体掴んでいた。
 まっすぐで、単純で、思い立ったらすぐ体が動いてしまう、そんなタイプだ。

 まるで上条の女版みたいな少女だ。
 だからこそ、上条本人もとても放っておけないのだろう。
 とはいえ、こっちからすればその放っておけない輩が二倍に増え、厄介なことこの上ないのだが。

「まあ、なんだかんだで受け入れてる以上、自業自得なんだけどな……」

 厄介ごとの種と分かってて、関わるだけで渦中に放り込まれる相手だと分かってて、それでも放っておけないのは、最早性分というものだろう。
 これでも昔は他人の事など我関せずで通し、碌な交友を持たず孤高と言うか孤独な日々を過ごしていたのだ。
 今だって、大方そのつもりでいるつもりなのだが、どうにも上手くいかない。

 それもこれも、あの、ツンツン頭のクソ馬鹿と関わって以来の事だ。
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 00:39:00.21 ID:bkJDEol4o

「こういうのなんていうんだっけ……。えっと、”ヤクビョーガミ”?」

 はぁ、と溜め息を吐きながらシェリーが自分でも良く分からない呟きをこぼした。

 奇しくも、その呼称は上条当麻が幼少の頃、周囲の人間から疎んじられてた象徴とも言うべき物だ。
 が、それと今シェリーの口から零れ落ちた物とは根本的な違いがある。
 それは、

「問題なのは、そんな厄介事に次々と巻き込まれておいて……悪くないって思っちまってる自分がいるって事だよな」

 口にするものが、上条へと抱く想いと、浮かべる表情。
 心の底から面倒だと思いつつも、シェリーはそれでも決して上条と関わるのを止めようともしない。
 何故なら、彼女が今言ったように”悪くない”って思ってしまっている事と。

「元より、見捨てるつもりが少しでもあるなら、最初っから手を差し伸べたりなんかしてねぇよ、ってな。ハハッ」

 上条当麻という人間を、心から好いてしまっている自分を、自覚しているから。


 尤も、本人に直接それを問おうものなら、全力できっぱりと否定するのだろうが……。


「さって、んじゃ脇役は脇役らしく、目立たない仕事でもしてますかね」


――
――――
――――――――
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 00:42:26.20 ID:bkJDEol4o

――カツン、と金属が石畳を叩く音が響く。

 知らず口腔内に溜まっていた唾を飲み下し、上条は力の抜けそうな全身に喝を入れるかのように、右手を強く握り締めた。

 建物の切れ目から僅かに差し込む陽光。その切り取られた光源をゆっくりと通り過ぎる姿は、闇の中にいるよりも尚、鮮やかに浮かび上がる白い影そのもの。
 そう、まるで昼間の空にぽっかりと浮かぶ青白い月のように、それは見る者に現実感すら感じさせない。

 しかし、そこから吹き付けるかのように発せられる威圧感は、間違いなくそれが現実である事を嫌と言うほど上条の肌に焼き付けてくる。
 プツプツと粟立つ二の腕の辺りを無意識に擦り上げながら、上条はハッタリでもいいと目の前の悪魔を睨みつける瞳に力を込めた。


「一方……通行……っ」

「あァ?」

 ピタッ、と足を止め、白い少年が顔を歪める。

 張り詰めていた空気が僅かに緩み、上条はようやく溜め込んだ息を吐き出す事が出来た。

 紅い瞳が舐めるように動き、上条の全身を這い回る。
 何故、目の前の男は名前を知っているのか、と口にしても居ない一方通行の思考が視線から流れ込んでくるようだった。

(――くそ、俺は蛇に睨まれたカエルかってんだ……!)

 良くある慣用句だが、実際に使う機会が来るとは夢にも思っていなかったと、上条は引いていた汗が再び噴出すのを感じる。
 目に入り視界を塞ぐそれを拭う事さえ出来ず、上条はただただ立ち尽くしたまま一方通行を睨みつけていた。
 それを拭う為に手を上げる、ただそれだけの動作でさえ、目の前の化物の機嫌を損ねるのではないか、そんな不安さえ覚えたからだ。


 その視線に殺意などは微塵も込められていない。ただそこにあるのは、ごくごく薄い興味のみ。

 その所作に害意などは微塵も込められていない。ただそこにあるのは、気だるそうな空気のみ。


 にもかかわらず、上条の全身は緊張と重圧に包まれ、指一本動かす筋肉さえ動かない。


 今の上条を支配するもの、それは正しく恐怖だった。
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 00:51:31.66 ID:bkJDEol4o

「あァ、そっか」

 一方通行の顔が微かに歪み、上条を見る目に色が宿った。
 それだけで上条の全身から力が抜けそうになり、ぐらりと平衡感覚が崩れる。

(く、そがっ!)

 ただ対峙しただけでこうまで人を呑み込んでくるのか。
 ガクガクと震える足を踏ん張りながら、上条は学園都市第一位というモノがどういうモノなのかを思い知らされた気分に心がへし折れそうになった。

「なンで俺の名前知ってやがンだ……って一瞬間抜けな事思っちまったが」

 一方通行はそんな上条に気を払う様子もなく、一人くつくつと喉の奥で嗤っていた。

「そりゃァ、第三位と一緒だったンだもンなァ。知ってて当たり前だったか」


 ぴたり、と上条の空転する思考が止まった。

 第三位。つまり、御坂美琴。
 その名を意識した、ただそれだけで、上条は自らの冷え切った体の芯に、再び火が灯るのを感じた。

 今、この場に自分がいるのは、何故だ?
 汗にまみれながら蒸し暑い街中を走り回ったのは、何故だ?

 そして、それらの答えと、目の前にいる人物は、どんな関係を持っている?

(そうだよ、何ビビってやがんだ、上条当麻)

 強く、強く拳を握り締めた。
 血が止まり、指先が白くなろうとも、手の平に爪が食い込み、血が滲もうとも、ただ力を込めて握り締める。

 気圧されて震えていた自分を。
 本来の目的を忘れかけていた自分を。

                                             げんそう
 何より目の前の化物を相手に”こいつには勝てない”と思い込んだ自らの弱気を、その右手でぶち壊す為に。
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 00:56:01.19 ID:bkJDEol4o

「上条当麻、だったか」

 ゆらり、と陽炎のように、一方通行は佇んでいた。

「こっちは名乗らなくても分かってるよなァ? つっても”一方通行”ってのは本名じゃないンだがなァ」

 ぐい、と顎の下の汗を拭い、上条は振り払う。

「ま、本名なンざ忘れて久しいし、今じゃそっちが本名みたいなもンだが――」

「無駄話はいい」

「……ア?」

 振り払ったのは汗でなく、怖気づきそうになっていた、さっきまでの自分。

「お前も、御坂を追っている連中なのか?」

「フン。そうだ、と言ったらどうすンだ?」

 一方通行がさも興味無さそうに鼻を鳴らす。紅い瞳の奥には鈍い光が宿り、上条の心の底をうかがうように照らしてくる。
 上条は心が怯みそうになるのをぐっと抑え込み、尋ねた。

「……なんで、どんな理由があって、御坂を追っている?」

「ハッ!」

 心底面白い物を見たかのように、一方通行の顔が愉快そうに歪む。
                                                   ア レ
「それをオマエに言った所でなンになる? なるほど分かりましたじゃァどうぞってオリジナルを差し出してくれるってのかァ!?」

 ギリィッ、と上条の歯が軋む音が路地裏に響いた。

「……”アレ”じゃねぇ」

「あン?」

「……御坂は御坂だ、モノじゃねぇよ。差し出すとかぬかす奴には――」

 あまりの怒りに、握り込んだ手の平が痛んだ。少女の不幸に心が痛み、食い込んだ爪の先から血が滲み出した。


「――絶対に、渡さねぇ」
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 00:57:57.74 ID:bkJDEol4o

 この期に及んでも、上条の心は恐怖に囚われていた。
 空気にさらされた肌は例外なく粟立ち、その癖汗はとめどなく噴出し続けている。

 肌は凍え、思考は溶け出し、身体は細かく震えてろくに動かせない。


 だが、引き下がる理由は何も無かった。


「とっとと失せろよ三下! お前らには御坂に指一本触れさせねぇ!」

 だから、ただ煮え滾る心の赴くまま、上条は吼える。


「……ホザくじゃねェか、雑魚が」

 空気が、一瞬でその色を変える。
 風が、一瞬でその臭いを変える。

 灰色が、漆黒に。無臭が、鉄錆の臭いに。

「本来なら、ここで暴れ回るのは禁じられてるンだけどなァ……」

 よどみなく、慣れた仕草で、その左手が首筋を撫で、そして。

「生意気にキャンキャン吼える駄犬にはァ、お仕置きが必要です、ってなァ!」


――カチリ、と何かのスイッチが入る音。


 それと共に、まるで質量のある塊が辺りの空気を埋め尽くしたかのように、上条の全身に重圧が押し寄せてのしかかった。
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 01:01:55.99 ID:bkJDEol4o

 いつの間にか天頂へと差し掛かっていた太陽が薄い雲越しに路地を照らし出していた。
 しかし上条とってそこは、まるで暗く重い闇の汚泥に満たされた――冷たく深い、沼の底そのものだった。


「……、ッ!」

 がくがくと膝が崩れ、地面に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えつつも、上条は目の前の化物から目を離さなかった。
 内心の恐れを隠し、唇を噛み締め、真正面から睨み続けていた。
 まるで、少しでも目を逸らす事が、弱気を見せる事が、禁忌かのように。

 そんな上条に、化物は哀れな獲物を前にした肉食獣の笑みを浮かべる。

「……どォした、もうビビってンのか? ションベン垂れ流しながら命乞いするなら、今の内だぜェ」

 ブン、と右手を振り払うように回し、その手に持っていた銀色の杖を放り捨てる。
 カラン、と乾いた音がヤケに甲高く響き渡り、上条の心をざわつかせた。


――何かが違う。


 さっきまでその全身に纏う異様な空気にそぐわず、この男は右手に握った杖に寄りかかり、それに頼った歩き方をしていた。
 しかし今はどうだ。
 ダルそうに崩れた姿勢はともかくとして、しっかりと地面へと伸びる両の足には不安定さを微塵と感じさせず。地面を踏みしめたそれは、それの主の放つ威圧感と相まって、いつでも獲物に飛び掛かれる猫科の肉食獣を髣髴とさせる。

 障害者が一瞬で健常者にでもなった、とでも言うのだろうか。
 馬鹿馬鹿しい考えだと理解しつつ、それであればどうやって目の前の現象を理解すべきかが分からない。

 それに、”違う”と感じた”何か”は、”それ”とは明らかに次元が違うモノだった。

(これも、超能力って奴、なのかよ……)

 思い当たる可能性は、未知なる異能の力。
 しかし、変化のきっかけは、どう考えても男の首筋にある簡素なデザインのチョーカーだ。
 浅いとは言え、オカルトの世界に片足を突っ込んだ上条は、これでも異能の気配というものを少なからず嗅ぎ分ける事が出来る。
 それは勘というより、単なる経験則みたいなものだったが、それだけに大きく外す事は稀だ。
 そしてその上条の嗅覚は、そのチョーカーに異能の力を感じる事が出来なかった。

(つまりは、純粋な科学だか医学だかに基づいたモノだって事か?)

 学園都市の誇る科学力とやらは、どれだけの可能性を秘めているのだろうか、見当も付かない。
 高度に発展した科学は、魔法のそれと見分けが付かない、等という言葉があるが、異能という特異なる力を一切使わず、それらと同じだけの結果を導き出せるほどの技術を、学園都市という集団は既に持ち合わせているというのだろうか。
 本当に?
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/14(火) 01:05:52.62 ID:bkJDEol4o

「何考えこンでるンだか知らねェけどよォ……」

 心底どうでもいい、といった調子で、一方通行が呟いた。

「本当にビビッてるってンなら、素直に引き下がっとけ。こっちとしちゃあ、あの小娘を回収できれば事を荒立てるつもりはねェンだからな」

 それは、脅しでも何でもなく、事実なのだろう。
 現に、今の上条は目の前でただ突っ立ってるだけの男を前に、気配だけで気圧され、少しでも気を抜くと地面に膝をついて崩れ落ちてしまいそうな体たらくだ。
 それだけの力量差、それだけの絶望的な壁が、確かにそこに存在していた。


「…………く、はは、は……」

 しかし、それだけの現実を前にしながら、上条の心に込みあがって来たのは、抑え切れない笑いだった。

「……ハァ?」

「いや、悪ぃ。何か抑え切れなくなっちまって、な。ははは」

 突然笑い始めた上条を、一方通行は表情を変えず見詰めていた。コイツ、頭のネジどっかに落っことしやがったか? とでも言いたげだ。
 そんな超能力者にお構いなく、上条は笑い続ける。

 それは楽しい、というよりは馬鹿馬鹿しい、と言った笑いだった。
 しかしそれは複雑に絡んだ上条の思考を緩やかに梳かし、ばらばらと解いていった。

「……あー、なんだからしくなく難しい事考えちまってたな。クソ」

 考えるのが面倒になっちまったと、上条は乱暴に髪をかきむしった。
 さっきから何をうじうじうじうじと無駄な時間使ってやがるんだと、深く息を吐き出した。

「そんなどうでもいい事考えてる暇あったら、目の前のコイツをブン殴るのが先だよな」

 そして、右の拳を握り締め、目の前の第一位へと突き出すと、ニヤリと笑ってみせた。

「こっちはお前みたいな奴に、降参する気はさらさら無いからな」

 上条の言葉に、一方通行の表情が歪む。
 構わず、上条は言葉を続けた。

                 さいきょう        さいじゃく
「かかって来いよ科学世界の第一位。非科学世界の末席が相手だぜ」 
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:01:56.14 ID:NpuZOMhNo

「く、クハハハハ! 言うじゃねェか雑魚が! 面白ェ、そこまで言うなら少しは楽しませてくれるンだろォなァ!!」

 一方通行の哄笑が響き渡り、空気がビリビリと震えた。
 しかし上条はそれに言葉で答えず、腰を落とし身構える。
 その様子を、目の前の男はただニヤニヤと笑いながら眺めていた。

(……、完全に舐め切ってやがるな。だが――)

 まるで引き絞られた弓のように。
 撃鉄を引かれた拳銃のように。
 その拳はただ放たれるのを待ち、硬く握り締められている。

(――――舐められてた方が、好都合だ!)

 次の刹那、上条の身体が跳ね、弾丸のように目の前の男へと放たれた。

 何の構えも予備動作も起こしていない一方通行は、もちろんその動きに対して大きく反応が遅れた。
 上条の身体が、右拳が一方通行に向けて迫るその間、彼が出来た動作といえば、ズボンに両の手を突っ込んだまま――僅か数ミリ右足を地面から浮かせる事のみだった。

 しかし、たったそれだけの動きしか出来なかったのでは無かった。

 たったそれだけの動きで、充分だったのだ。


「あーあ、ホントならオマエみたいな無関係な雑魚相手に、こンな事したくねェンだけどよ」


――――たん、と。

 まるでリズムを刻むかのように、右足で軽く地面を踏みしめた。

 そして、ただそれだけの動作で、石畳を構成するブロックが爆発的に浮き上がり、

「う、おぉッ!!」

 ゴォッ!! と鈍く重い音と共に、石畳のつぶてが風を切り裂いた。
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:04:11.98 ID:NpuZOMhNo

 散弾銃のように上条へと襲い掛かる弾丸は、しかし一つ一つが大人の握り拳よりも大きく、当たればその部分の肉をまとめて吹き飛ばすだけの威力を秘めていた。
 咄嗟に身をひねるのが間に合わなかったら、今頃上条の身体はどうなっていた事か。

「……、っく!」

 崩れかけたバランスを蹴り足で何とか踏み止まり、上条は次の攻撃に備えて一方通行を睨みつけた。
 ズキリと鈍く足首が痛んだが、それを気遣う余裕は無い。

「くはっ、イイ反応するじゃねェか! じゃあコイツはどォだァ!?」

 一方通行が足を上げるのを目にした上条が反射的に身構える。
 しかし、その足が石畳を叩いても、石畳の砲弾は放たれず、上条はバランスを崩しタタラを踏んだ。
 飛んでくると思った石のブロックは、ふわりと柔らかいボールのように浮き上がり、丁度一方通行の目の高さまでゆっくりと浮き上がり、

「急かすンじゃねェよ。下手な鉄砲数撃ちゃってェのは、あンま好みじゃねェンだよ」

 そのブロックを、一方通行はドアでもノックするかのように軽く叩いた。

「マジ、かよ……ッ!」

 ブォッ!! と弾けるような音が鳴り、石の砲弾が先程の倍する速度で打ち出された。
 先程の爆発するように弾けた砲弾と違い、それは狙い済ましたかのように上条の身体の中心を狙って飛来する。

「く、そぉぉぉッ!!」

 身を投げ出すように横の地面を転がり、上条はなんとかそれを避ける事が出来た。
 硬い石畳に背中と腕を強く打ち付け、一瞬息が詰まりそうになるのを何とか堪え、上条は素早く身を起こし一方通行に向き直る。

 しかし、

「ッハ、飛ンで火に入るなンとやら、ってなァ!」

 コンコン、と今度は二つのノック音。
 それと共に石の砲弾は勢いよく放たれ、体勢を整えようとしていた上条の脇腹を捉えた。
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:04:54.18 ID:NpuZOMhNo

「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」

 重く硬い衝撃が上条の身体に突き刺さり、次の瞬間、上条は地面の上を激しく転がるように吹き飛ばされる。

「うぐっ! が、は……ぁ」

 そのまま上条の身体は建物の壁にぶつかる事でようやく停止し、力なくうつ伏せに倒れた。
 石のブロックが突き刺さった脇腹は熱を持ったように熱くズキズキと痛み、あちこち打ち付けた全身からも重い痛みが走る。

(ヤ、バイ……倒れてる場合、じゃ……!)

 起き上がろうと身を捩るのも激痛を伴い、上条はうつ伏せの状態で首だけを動かし、視線を巡らせる。

 埃の舞う箱庭の奥に、白い悪魔がさっきと全く姿勢を同じく、佇んでいた。
 攻撃するでもなく、こちらを警戒する色も無く、ただ立っているだけ。


 それが、超能力者。

 それが、学園都市第一位。


 それが、とある一人の少女を守る為、今上条が戦いを挑んでいる相手。
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:06:42.90 ID:NpuZOMhNo

「……ッ、……く」

 上条は痛む身体を更に痛めつけながら、それでも何とか立ち上がった。
 そして再び右拳を構える上条を見て、一方通行は深く溜め息を吐いて言った。

「オイオイ、なンだか妙にめンどくせェ相手に絡まれちまったよォだなァ……」

 先程の一撃を食らって立ち上がる事を、感心してか呆れてか、一方通行が嗤う。

 気のせいだろうか、上条にはその笑いがどこか物悲しく、まるで助けを求めているかのようにさえ映った。

(気を散らしてる場合か……馬鹿が)

 生まれた迷いを振り払い、上条は目の前の敵を観察する。

 力の差は圧倒的。
 一歩でも縮めようとした距離は逆に広がってしまった。
 一撃を当てる事も出来ず、相手のたったの一撃であっさりと吹き飛ばされた。
 しかし、それでも上条は笑みを浮かべた。

(上等だ……)

 口の端から滲み出る血を拭いつつ、上条はひたすらに隙を窺う。

(最初っから敵う相手じゃないなんて……分かりきってた事じゃねぇか!)

 追い込まれた獲物は、時に捕食者を噛むと言う。
 上条が野良猫に喰われる鼠なら、その鋭い歯を突き立てればいい。
 上条が猛獣に喰われる牡鹿なら、その角を振りかざせばいい。

 そして、奇しくも上条にはその右手に歯であり角である得物を宿している。

     そ れ
 後は、”幻想殺し”を突き立てる瞬間を見極めるだけだ。
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:08:52.22 ID:NpuZOMhNo

「どォした? さっきから熱ゥい視線を注いでくれやがって」

 睨み合いに焦れたように、一方通行が話しかけてくる。

「一発喰らっただけで怖気づいたのかァ? ならこンなクソめんどくさい事さっさとやめて、大人しく降参してくれると助かるンだが……」

 ヘラヘラとやたら気安い調子に、上条の神経はささくれ立つ。が、イラ立った所で勝ち目が上がる訳でもないのは明らかで、上条はただひたすらに一方通行の姿を睨み続ける。
 その様子に、一方通行も若干のイラ立ちを現し始めた。

「なァ……。あからさまな時間稼ぎはこっちにとっても都合悪いンだけどよォ……」

「……、……」

 あくまで無言を貫く上条に、しかし一方通行は口の端を吊り上げて笑ってみせた。





「……今頃超電磁砲がどうなってンのか。少しは気にならねェのかァ?」


「……ッ!!」
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:12:41.28 ID:NpuZOMhNo

 たった一言で、上条の思考が沸騰する。
 その様子に、目の前の化物は満足そうに笑みを深めて言った。

「ギャハッ! そォ、そォだよその表情! 雑魚が無い知恵絞って無駄な長考にかまけるよりゃァ、そうやってカッカ来て突っ込ンでくる方が俺ァ好みだぜェ!」

「……誰、がその手に乗るかよ!」

「あァ? なンだよオマエ、こうまで言われてまだビビって足竦ンじゃってンですかァ? 仕方ねェ奴だな、じゃァこっちから行ってあげましょうかァ?」

「――なッ!?」

 言って、一方通行は無造作に足を踏み出した。反射的に両手を交差させるが、その足が地に付いても、瓦礫どころか砂粒一つ飛んで来ない。
 そう、ただ一方通行は歩いて来ているだけだ。
 両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、やや猫背姿勢の、食後の運動に散歩でもするような気安さで。

(どういう、つもりだ……)

 何かの罠か、ただの挑発か、上条には全く分からなかった。
 ただ、上条が必死で詰めようとした距離を、一歩も進めずむしろ吹き飛ばされて離された距離を。
 一方通行は何の遠慮も無く縮めてきているのだ。
 状況だけを見れば上条に取って都合がいい事は確実。それだけに、

(罠に……決まっている!)

 上条の緊張は高まる一方だった。
 踏み出せば、その先は隙間無く張り巡らされた針の山。
 罠だとは分かっている。しかし、上条に取っての大きなハードルであったその距離が、拳を届かせる事の可能な間合いが、あと数歩で、届く距離にまで縮まる。
 それが、この闘いにおいて、最初に訪れるかもしれないチャンスなのだ。

(罠だとしても……いや、むしろ)

 上条は未だ迷う心を抑え付け、その距離が来るのを待ち受ける為、気を張り巡らせる。
 罠であるならばと、躊躇するのは上条のやり方ではない。むしろ――

(――その罠に掛かる事で、ほんの僅かな勝機を……見つけ出す!)


 そして、その針山への一歩が、踏み出された。
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:14:00.62 ID:NpuZOMhNo

「う、おおおおおぉぉぉぉぉぉ、ああああああああぁぁぁっ!!!!」

 獣のような雄叫びを上げ、上条が踏み出す。
 その右手は固く握られ、最短の距離を辿り、目標へ向かう。

 それは、集中したが故に、上条が思うより早く、まっすぐで、彼自身でも認識するより早く一方通行の顔に肉薄し、その顔に突き刺さった。


――かに、思えた、その刹那。



「はァーい、残念賞ォー」



 耳元で轟音が響いたかと思った次の瞬間、上条の平衡感覚は一瞬で滅茶苦茶に狂わされた。


 否。


 上条の身体は激しく吹き飛ばされ、上空を舞っていたのだ。
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:14:52.26 ID:NpuZOMhNo

 路地裏にそよぐ僅かな風。
 それは一方通行の肌に触れた瞬間、人一人の身体を簡単に打ち上げ、飛ばす轟風と化した。
 上条の身体は紙クズのように吹き散らされ、宙を舞い、そのままなす術も無く放り出されて、そして。

 ドサリ、と、一方通行の遥か背後の地面に突き落とされたのだった。


 罠はその見た目通り、罠だった。
 針の一本や二本、いや十本だろうと二十本だろうと、上条は踏み砕いてでも乗り越え、その拳を突き刺さんと踏み出したが、

 それは、針みたいなチャチな罠ではなく、人一人を軽く吹き飛ばす爆薬だった。
 ただ、それだけの事だった。


「……いやァ、危ねェ危ねェ。今少しだけど頬にカスってたぞ、ホント」

 明るい調子で呟く一方通行の言葉は、しかし頭から石畳に叩き付けられた上条には届いていなかった。
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:18:01.13 ID:NpuZOMhNo

「あァ? 焦ってちょっと加減間違えたか?」

 苦笑交じりに頭をガリガリと掻き、一方通行は動かなくなった上条の元に歩み寄る。
 如何にもめんどくさそうに、軽い溜め息を吐きながら。

「あー……、生きてるか?」

 一方通行が倒れる上条のすぐ傍でその足を止めた。
 不用意に近付くのは、相手がもう動けないのを確信しているのか、それとも不意を突かれても対処できるだけの自信があるからか。

 そんな彼が足元に見下ろす男の身体はピクリとも反応せず、ただそのうつ伏せに倒れた頭の辺りから、じわじわと赤い染みを広げていくのみだった。
 一見して本当に死んでるかのようにも見えるが、ゆっくりと肩が上下している。その呼吸は思ったよりも乱れもしておらず、か細くもない事から、そこまで深刻な状態では無いようだ。

「ふゥ、勢いあまって殺しちまったらやべェしな……」


 上条達が知る由もないが、彼ら科学サイドの重要人物が魔術満載のロンドンで堂々と活動できるのは、裏からの手回しや約束事が幾つも重ねられた上での事だった。
 例えば、活動範囲や、滞在場所の指定。一般人に見咎められない事や、行動記録の開示。
 そして何より、魔術サイドの関係者への必要以上の接触や敵対行為の禁止だ。

 この事はイギリス清教の上層部や裏側の人物にも伝わっており、彼ら学園都市からの追っ手の活動についてもある程度は見逃されるように情報工作が施されている。

     、、 、 、 、 、 、、 、 、 、 、 、、 、 、、 、 、 、 、 、 、、 、、、  、 、 、 、、 、 、、 、、 、 、 、、
 そう、何も事情の知らない魔術サイドの下っ端が被害を受けようと、目を瞑られるであろう程度には。


――しかし、殺してしまうまで行くと、流石に全て見逃されるとまでは行かない。
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:19:28.35 ID:NpuZOMhNo

「ふン……、でもこのまま放っておくのもやべェかも知れねェしな……。ったく、クソ面倒臭ェ」

 そのまま一方通行が爪先で上条の肩口をつつくと、ふわりと上条の上半身が持ち上がった。その顔を片手で掴み、腕一本で上条の体をぶら下げるように持つ。
 華奢で、まるで骨の上に薄い皮を被せただけに見える細いその腕は、とても人一人を支える事など出来そうにないにも関わらず、たった一本で軽々と上条の身体を掴み上げている。
 その光景は、見る者がいればとても奇妙に映っただろう。

 しかしその程度、一方通行の持つ能力――”ベクトル操作”――においては、空き缶を蹴り上げて拾うよりも簡単な仕事である。
 そして彼がその気になれば、一瞬で上条の顔を卵のように掴み割る事さえ出来るのだ。

 そう――その、白く、うっすらと血管が浮き出て見えるほどに白く細い右手一本は、それだけの力を秘めた”毒手”なのである。

 つまり、上条の生殺与奪は、今や彼の気まぐれな心一つに委ねられていた。


「……ッ、く……ぁ……」

 その事を知ってか知らずか、上条が身をよじり、うっすらと目を開いた。
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:20:44.85 ID:NpuZOMhNo

「よォ、おはようさン」

 それは、目覚めの光景としては最悪の、最凶の微笑。

 生物としての本能が、恐怖と、忌避と、危機を感じ取り、全身を凍りつかせるような、眼光。

 しかし、それさえも感じないほど夢うつつなのか、上条の目は一方通行の指の間からまっすぐと彼を見つめ、動く事は無い。

 そして、朦朧とする意識の中、上条はのろのろと右手を動かし、自分を掴み上げているその手へと伸ばした。

「ン? まだやるつもりかァ?」

 顔を掴む指先に僅かに力を入れて警告の意を伝えると、上条の右手が一瞬、その動きを止める。
 が、すぐにそれはのろのろと自らの顔を掴む腕へと向かって動き出した。

 やれやれとめんどくさそうに溜め息を吐き、一方通行がその右手を払おうともう片方の手をポケットから抜き出し、



 パン、と、予想外の力で払い返された。
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:22:38.65 ID:NpuZOMhNo

「…………ハ?」

 一方通行がその現象を理解するより早く。
 思わず正面からその目を、左手で掴み上げたその男の鋭い眼光を目にした時には既に遅く。

 ぐらり、と視界が揺れ、引っ張られるようによろめいた身体と共に、意志とは無関係に一歩二歩、足が踏み出されていた。


 否。


 いつの間にか離していた左手をねじ上げられ、バランスを崩されたのだ。


 そして、左肘に走る鈍い痛みを自覚した、その時――――




――――振り返ったその先には、目の前に迫る拳があるのみだった。
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:24:07.09 ID:NpuZOMhNo

 一方通行には、最初から相手を殺す気も必要以上に痛めつけるつもりもさらさら無かった。
 つまり、一言で言えば、彼は相手を舐めてかかっていた。

 対して、上条は相手の強さを、彼我の絶望的なまでの力量差を自覚していた。
 そしてその上で、その身がどれだけ傷付こうと、目の前の化物をブン殴ろう、それだけをひたすらに念じ続けていた。

 一発でいい。
 少女を苦しめ、追い詰めるこいつらに、その何百、何千分の一でもいいから、その痛みを刻み付けてやりたかった。

 そして、ただそれだけを頑なに狙い続けた上条が、傷付き、倒れ、立ち上がり、そして吹き飛ばされ――――最後の最後に掴んだ好機こそ、正にこの瞬間だったのだ。

            さいじゃく
「歯ぁ食いしばれよ 最強 ――――――」

 上条の、岩のように固く握り締められた右拳は、限界まで引き絞られた弓のように、振りかぶった腕の先で放たれるのを待っていた。
 後はもう、その弓の弦を放すのみ。

                さいきょう
「――――――――俺の 最弱 は、ちっとばっか響くぞ」



 そしてその矢は放たれ、悪魔の顔へと――突き刺さった。
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:25:12.62 ID:NpuZOMhNo

 重い、重い一撃を顔面に深く刻み込まれた一方通行は、砂埃を撒き散らしながら石畳の上を転がり、その華奢な体を路地の壁に強く叩き付けられた。


「ぐ、ァ、がは……、ッ!」


 叩き付けられた矮躯は、その口腔から胃液を吐き出し、ガクリと首をうな垂れ、そして。

 ゆっくりと、前のめりに崩れ、倒れた。



 それを薄れゆく意識の端で見ていた上条の体もまたよろめき、砕けた瓦礫の中に崩れ落ちる。

 倒れたその顔の口の端には、乾いた血がこびり付いたそこには、ただの一撃を、しかし全力の一撃を叩き込んだ、勝者の笑みが浮かんでいた。




 そして、砂埃舞う裏路地の一角を、再び静寂の帳が落ちていく――
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:26:24.66 ID:NpuZOMhNo

――――――――
――――
――


「う、うそ……でしょ……?」

「……、……」


 程近い別の時、程近い別の場所。

 二人の少女が向き合い、立っていた。

 瓜二つのその少女は、しかし全くの別の表情を浮かべている。

 無表情を浮かべる、妹達――検体番号一〇〇三二号。

 強張った表情で震える、御坂美琴。


 じっと佇む少女は、怯えたように震える少女をただ静かに見つめている。

 その無表情の奥に、悔しさと、悲しみを称えて。


 震える少女は、視界に佇む少女を捉えながら、何も見えてはいなかった。

 戸惑いと、否定と、そして――理解の色を瞳に宿して。
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:28:01.69 ID:NpuZOMhNo

「そう……なん、だ……」

「……、お姉様……」

 俯き、呟く美琴の姿に、一〇〇三二号が瞳を揺らし、唇を噛む。意を決して告げた事を後悔する気持ちがもたげ始めるが、それを振り払うように、美琴が顔を上げ、見つめてきた。

 そして、自嘲染みた苦笑交じりに、口を開きかけ。


「――――――――ッ!!」


 今度こそ、その表情が凍り付く。
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga !red_res]:2011/07/08(金) 00:28:56.06 ID:NpuZOMhNo





       「よォ、話し合いは終わったかァ?」
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:29:55.42 ID:NpuZOMhNo







――――カツン、と、辺りに乾いた音が響き渡った。




 乾いた音が耳朶を揺さぶり、どこまでも脳内に響いていた。




 薄闇の中から、白い、白い身体が滲み出てくる。

 その姿は、忘れようにも忘れられない、悪夢の、悪魔の姿。

 恐怖と、憎しみと、絶望の象徴。

                        プライド                      モノ
 あの時、あの場所で、少女と、少女の自信と、少女の大切なものを引き裂いた、存在。


                レベル5       アクセラレータ
 学園都市最悪の化物。超能力者の第一位、一方通行。



 それが視界に入った瞬間、少女の思考は、一瞬で真っ白に――――真っ黒に塗り潰された。
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:31:29.35 ID:NpuZOMhNo


「……、……ぁ」

「っしょ、とォ。クソ、半病人にこンな荷物運ばせンなよなァ……」


 そして、その悪魔の肩に担がれ、引き摺られているのは。


「……あ、ぁ……」

「ン? あァ、安心しろ。死ンじゃいねェよ」


 ダラリと手足を投げ出し、ボロボロの姿を晒しているのは。


「あ、ぁ……、……」

「クソ、散々てこずらせるだけじゃなく、その後の面倒までかけまくりやがってクソ野郎ォ……」


 どさり、と地面に投げ出され、ピクリとも動いていないのは――





――――――上条当麻、その人だった。






.
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/08(金) 00:32:04.91 ID:NpuZOMhNo



「……あ、ぁ、あぁぁ、ああああぁあぁぁぁ、ぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁああ あああぁぁあぁあああああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」




.
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:29:08.27 ID:98e5a3Nao


 浮かんでは沈む、意識の中。

 目に入るのは、砂利混じりの土の壁。

 頬をくすぐるのは、風に揺れる雑草。


「……あぁ…………ぁぁ……ぁ…………ッ!」


 そして、耳に入るのは風の音と人の声。

 悲鳴のような、咆哮のような、少女の声。


「…………なさいっ……タ、ソイ……何……たの……!」

 少女が体を震わせて、声を震わせて、空気をビリビリと震わせていた。

「……イツに……たら、タダじゃ……かないん…………ッ! アンタ……だけじゃ…………って言うの!?」

 どうしてだろう、その叫びは、怒りと、怨嗟と、糾弾の色を濃く含み、叩き付けられていたというのに。

「そんなの……ッ!」


 俺には――――少女の泣き声にしか、聞こえなくて。それが悲しくて。


「…………絶対にこのアタシが許さないッ!!!」


 俺は大丈夫だって、言いたいのに。


 指一本動かせない自分が、ただ悔しくて――――
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:33:29.60 ID:98e5a3Nao

 肌の表面をちくちくと刺す痛みは、少女から漏れ出る紫電の余波によるものだろうか。
 その痛みがすぐにでも手放してしまいそうな意識を寸でのところで繋ぎ止めていた。

 薄れた意識でも分かるほどに、美琴が感情を迸らせていた。
 傷付いた上条を目にして、憤っていた。

(やめ、ろ……御坂……)

 動かない身体に、上条は歯噛みする。
 指一本動かせない自分に、そんな自分の為に怒りを露にする美琴に、その美琴を止める事の出来ない自分に苛立つ。

 少女の前に立つのは、正真正銘の化物。
 一方通行。

 上条はその身をもってその強さを思い知った。
 そして美琴は、そんな化物の強さに膝を屈し、追い詰められ、死を選択する程に絶望した。

 その彼女が、こんな役立たずな自分の為に、絶対に敵わない相手へと立ち向かっている。
 そんなクソ下らない状況を作り出してしまった自分の無力に、無能に、無策無謀に腹が立って仕方が無かった。

 だから、上条は動かない身体に力を込め続ける。

(……俺、なんかの為に……駄目、だ……)

 たとえ動かない身体を動かしてでも、美琴を止めたかった。
 明滅する意識の灯を、歯ぎしりしながら繋ぎ止め、彼女の前に立ち塞がりたかった。

 けれども、ガラクタの身体は、指一本動かす事が出来なくて。


(み、さか……逃げ……)
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:36:01.98 ID:98e5a3Nao


 そして、美琴はそんな上条の想いを、倒れたまま、閉じかけた目の奥から感じる眼光を――――正しく受け取り、感じ取っていた。

 だから……だからこそ、美琴は震える両足を押さえつけてでも――敵わないと、勝てっこ無いと心の底から思い知っている相手を前に――立っていられるのだという事を、少年は知らない。

 そして。


 そんな少女の覚悟も、土台も、既に揺らぎ、崩れきっている事も。

 彼は、知らない。
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:38:27.33 ID:98e5a3Nao

「――――お姉様」

「…………ッ!!」

 だから。瓜二つな少女の、冷たく、無感情な言葉は、しかし激情に昂ぶる姉の思考を凍り付かせた。

 戸惑うように、躊躇うように。

 そして、怯えるような目で、少女は視線を横に動かし、視線を合わせる。

 自分と同じ顔の少女を。

 自分と同じDNAの少女を。

 自分と、同じ――――。


「……、……ッ」


 少女が、唇を噛む。
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:42:25.95 ID:98e5a3Nao

 急速に収まっていく雷気と、冷えていく空気の中、上条は込み上げてくる不快感に押し流されかけていた。
 適度に肌をなぞっていたピリピリとした痛みは消え失せ、上条の意識を繋ぎ止めていた楔の一つが引き剥がされる。
 踏み止まろうともがこうにも、一つ、また一つと楔は剥がされ、抗う力は失われていく。

 ブラックアウトしていく視界は、力なく震え、うな垂れる少女の姿を映していた。

 先ほどまでの気迫が見る影もなく失せ、それどころか今にも泣き出しそうな少女を見ていると胸が痛んだ。


 何が彼女の怒りを霧散させたのか?
 何が彼女の心を挫いたのか?

 上条に残された僅かな意識の中、疑問は渦巻くが、働かない思考力は一切の答えを導けない。


 そんな弱々しい少女を残したまま、深淵へと引きずり込まれていく意識をどうにかして引き止めたくて、上条は心の奥で叫び声を上げる。

 喉も枯れんと、絶叫する。


 あんな顔をした少女を、そのままにしては置けない。

 今にも泣き出しそうな少女を、守らなくてはいけない。


 しかし、そんな上条の想いも、焼け石に水に過ぎず。


 激しい頭痛と不快感が急激に湧き起こり、上条の意識は押し流され、真っ黒に塗り潰されていくのだった。


(み……さ、か…………)


 最後のひとかけらの意識が消え去る瞬間、少女と目が合った。


 目が合ったその瞬間、少女は力なく微笑み、そして――――
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:46:56.51 ID:98e5a3Nao

――――――――
――――
――


 うっすらと、身体が浮き上がるような違和感。

「……気が、ついたの?」

 ここ数日で見慣れた天井、暖かな華曼荼羅模様を目にしたことで、上条はここがシェリーの家だと気付く。
 それと同時に、視界の端に、心配そうに覗き込む少女の顔が目に入った。

「御坂……? いつっ、てて……!」

「あっ、コラ! まだ動いちゃ駄目よ……」

 全身にのしかかるような痛みと熱が襲い掛かり、上条は呻き声を上げて身を捩った。
 慌てて少女が上条の体をそっと抑えつけ、ゆっくりとベッドへと寝かし直す。

 心配げにまつ毛を伏せる少女を横目で見ながら、少女の身体に怪我が無い事を確認した上条は、大人しくベッドに横になった。

「今は朝……か? くそ、情けねぇな……一晩中寝こけてたって事かよ」

 窓から差す日の角度から、おおよその時間帯を推測し、極力軽い口調で苦笑を浮かべてみせる。
 その事が何の気休めにもならないことは分かっているが、悲しげな少女の顔を見ていると、強がらずに居られない上条だった。

 が、そんな軽口に、美琴はふるりと身体を震わせ、余計に顔を暗くして言った。

「三日よ」


「…………え?」
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:52:00.07 ID:98e5a3Nao

「一晩じゃない、三日。アンタは三日間寝込んだまま、今やっと目が覚めたのよ」

「みっか……え? 三日!? そんなに眠ってたのかよ俺!」

「そうよ! 三日も! 三日もうんうんうなされて、ちっとも目を覚まさないで、ようやく今日の早朝落ち着いてきて……やっと、三日ぶりに目を覚ましたのよアンタは!」

「……ッ!」

 突然どなりつけられてビクッ、と上条は体をすくませる。
 ぎょっとして視線を動かすと、少女は激しい怒りに肩を震わせ、その目には涙が今にも溢れ出しそうな程に湛えられていた。

「アンタはっ! こんな私にも優しくしてくれたから! アンタが、私の心を救い上げてくれたから! 私はもう充分だと思って、後は私がちゃんとあの娘たちと向き合って話を付ければ、それでいいと思ってたのに!」

 ぽた、ぽたた、と温かい雫が上条の顔を濡らす。
 それは、じわりと上条の頬に染み入り、傷に染みた。
 傷だけでなく、上条の心も鈍く痛んだ。


「アンタは、なん、で……」


――――また、泣かせちまったな……。
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:55:22.63 ID:98e5a3Nao

 ぎゅっ、と。
 上条の横たわるシーツの裾を強く握り締め、少女は悔しそうに唇を噛んだ。

 そんな少女に、上条はかける言葉を失う。
 上条を責めるような口調で叫ぶ少女が、実は一番責めているのは自分自身だと、上条は気付いていたからだ。

 自分勝手に一人で行動して、その事に気付いた上条が後を追う事を考えていなかった。
 妹達の他に、もっと恐ろしい追っ手がこの街にいる事を考えていなかった。
 そんな自分の浅慮が、上条当麻を傷付けた。

――――でも、それは違う。

 何の考えもなしに、感情の任せるままに当てもなく美琴を追って無防備に街に飛び出したのは、上条自身だ。
 出会った相手が、上条がとても敵う相手で無い事を知りながら、一発殴ってやりたいと無謀にも勝負をふっかけたのは、上条自身だ。

 そこに少女の、御坂美琴の落ち度なんて、ほんの些細な割合しか含まれて居ない。


――――けれど、そんな言葉で少女が納得しないことなど、分かっていた。


 だけど、かける言葉の一つも見つからない上条は、力の入らない右手を動かし、少女の涙を拭おうとした。
 ふらふら、ゆらゆらと、右手が少しずつ持ち上がるのを見て、少女は驚いたように目を丸め……ふわりと微笑んだ。

 そっ、と。
 少女の手が上条の右腕に添えられ、支えられる。

 少女の温もりが、包帯ごしに、上条の腕へと伝わった。
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:56:54.94 ID:98e5a3Nao

 少女は、上条の優しさに、胸がきゅっとなるのを感じながら、想った。

 これ以上、迷惑をかけられない。
 これ以上、少年を傷付けたくない。

 でも、その想いは、決して満たされる事がない事も、少女は知っていた。
 今からとる少女の行動は、少年を深く傷つける事に、少女は気付いていた。
 だからといって、少女は止まるつもりは、無かった。


――――お姉様、とミサカは告げにくい事実を前に、逡巡します。


 愛しい、大切な妹の困った顔が思い出される。


――――しかし、黙っているわけにも行かないので、覚悟を決めます、とミサカは腹に力を入れます。


 優しい、純粋な妹の言葉を思い浮かべる。
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:58:34.27 ID:98e5a3Nao

「ねえ、知ってる?」

 微笑みかけると、少年は眉をひそめ、じっとこちらを見詰めてくる。
 その深く黒い瞳に、いつの間に自分はここまで惹き込まれていたのだろう。

「本当はね、見知らぬ街に一人放り出されて、凄く凄く心細かったのよ、私」

 自分でも信じられない弱音が口をついて出る。
 でも、それも仕方ないか、とすんなり受け入れる自分がいた。

「アンタに優しく声かけられて、ちょっと強引に助けられて。ちょっと迷惑だな、って思いながら、でも本当は結構嬉しかったのよ」

 上条の表情が緩む。
 なんだそんな事、とでも言いたげな、ちょっぴりムカつく呆れたような顔に、クスリと笑いが漏れた。


「だからね」


 そっ、と。
 両手で支えた右腕を持ち上げ、その大きな手に顔を寄せる。


「これだけは言っておくね」

 少女の瞳から、また涙が一粒こぼれる。


――――お姉様は、つまり。



「ありがと。……………………じゃあね」
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:59:14.87 ID:98e5a3Nao





 右手に頬が触れ、そして。



――――――――バギン、と。


 乾いた音が、鳴る。
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 00:59:56.31 ID:98e5a3Nao








「…………………………………………え?」


 上条の右手に、何かを砕いたような感触。

 それは、いつもの慣れた感触で。つまり。


 異能を、打ち消した時の、感触。


「……、みさ、か……?」

 のろのろと、視線をその右手の触れた先に移す。


 そこには、変わらず、少女の顔があった。

 きょとんと、とぼけたような、感情の薄い顔があった。
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 01:00:27.46 ID:98e5a3Nao

「な、なんだ……びっくりさせんなよ、ハハ……」

 一瞬、少女の存在が掻き消えたような、そんな気がしたが、変わらず少女はそこにいた。
 そこに居て、不思議そうに上条の右腕を抱えながら、その右手に頬を触れていた。

 そして、少女は探るように視線を動かし、ふと息を吐いて言った。



「……なるほど。細かい状況は理解できませんが、おおよその事は把握しました」


 少女は小さく頷くと、そっと上条の手を布団へ下ろし、





「――――と、ミサカは状況を把握する為、ミサカネットワークへの接続を図ります」



 まるで、今目覚めたばかりかの様子で、言った。
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/25(月) 01:00:57.26 ID:98e5a3Nao



 感情の薄い、光の薄い双眸が鈍く光る。

 上条の、間抜けな、引きつった笑いが、その目の奥に映り込んでいる。


                      、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
 上条が言葉を失い、見つめる中、検体番号一九一〇二号は、ただ静かに沈黙し、通信を続けていた。 
644 :行間[saga]:2011/09/04(日) 22:53:06.27 ID:3OIS5IVJo


「しかしまあ、超能力ってのは良く分からないけど凄いな」

「へ、なにが?」

「いや、その……」

 シェリーの家に泊まる事となった最初の夜、慣れぬ環境に中々眠れず起きていた美琴と上条は、薄暗い灯りに照らされたリビングに留まっていた。
 ちなみに家主の方は部屋で豪快ないびきをかいている模様。

「俺達魔術師ってのは、何をするにも準備、儀式、道具の用意に詠唱構築としち面倒くさいのにさ、超能力ってな一瞬でバチバチーってんだろ? なんつーか、瞬発力というかが違うなーっていうか」

「……言っとくけど、みんながみんな思った瞬間に火とか雷とか水とかバンバン出せるワケじゃないんだからね?」

「え? 違うの?」

 キョトンとした顔をする上条に、美琴は「んー」と宙を睨み考え込む。

「何から説明したものかねぇ……。まあ私の場合は予め雷撃の矢や槍を放つ演算を構築して用意してるっていうか……ルーチンとかマクロみたいなものなのよね」

「る、ルーチン……って何?」

「ちょっと専門用語過ぎたかしら……?
 例えば拳銃とか使う時、使う本人は引き金を引くだけで弾を撃てるわよね? でも実際に内部ではハンマーが弾丸の雷管を叩いて火薬に火を着けたり、薬きょうを銃身から弾き出したり、次の弾が自動的に装填されたりしているワケ」

「……お、おお。そんで?」

 正直上条は拳銃なんて物騒なものは使ったことはないので――それはもちろん美琴も同じ――正直ピンとは来なかった。が、漫画や本でおおまかに構造は知っているので、なんとなく理解できなくもない為、黙って続きを促す。

「私達能力者もそれと同じで、予め脳内の演算領域に電位差を構築する、それをまっすぐに打ち出す為の道筋を形成するとかの演算式が用意されていて、咄嗟の時にはそれの引き金を引くだけって感じね」

「な、なるほど……。目には見えないけど、インスタントで使えるような道具が用意されてるって事か」

「そういう事。魔術がどういうものかは良く分からないけど、そっちだって道具とか用意してたのを使って瞬間で放ったりとかは出来るんじゃないの?」

「言われて見れば、確かにそういうのはあるけど」

「なら、それと同じよ」

 上手く伝わった事に満足したのか、美琴がふわりと微笑む。なんだかんだでお喋り好きな女の子であり、説明好きでもある美琴にとって、上条の振った話題は正にベストチョイスだったのかもしれない。
 その証拠に、既に二人の間にさっきまでのぎこちない空気は無かった。

「――でも、同じ所ばかりじゃない、か」

「え?」

 その代わりに、少女の顔には僅かな陰が差し込み始めていた。
645 :行間[saga]:2011/09/04(日) 22:55:01.76 ID:3OIS5IVJo


「そっちの話を詳しくは聞いてないから間違ってるかもだけど、魔術ってのは知識とか道具や下準備さえ正しい手順で行えば基本的に誰にでも使えるんでしょ? それに比べるとこっちはちょっと不便だし不公平かもね」

 説明しながら、美琴はどこか寂しそうな目で遠くを見つめた。何かの失敗を、思い起こし後悔するかのような色に、上条の胸に何か重いものがのしかかる。

「一人に与えられる能力は一種類だけだし、身に付いた瞬間に高レベル――強力な能力が最初から使える人もいるから、明確に才能の差が見えちゃうしね。
 ある程度努力や工夫で埋められる物はあるけど、それで伸びるかどうかも結局は元から持ってる才能なのかもしれないし……努力が才能の差を埋める、だなんて、ただの気休め……なのかな」

 伏せられたまつ毛をふるわせるように、美琴が呟く。彼女の見てきた過去に、彼女の感じる今に、何か思う所があるのかも知れないが、上条にはそれが何か分からない。
 その事に焦燥を覚えた上条は、気が付けば否定の言葉を挟んでいた。

「で、でもさ、魔術だって結局は似たようなもんだよ」

「……そうなの?」

「ああ。そうさ」

 きょとんとした顔で尋ねる美琴。その目にさっきまでの寂しさが薄れているのが見え、上条は内心安堵の息を吐く。
646 :行間[saga]:2011/09/04(日) 22:56:59.17 ID:3OIS5IVJo


「そりゃあ手順や道具があればある程度は誰にでも使えるけど、なんだかんだで才能の差はついちまう。
 俺なんか落ちこぼれだっていつも馬鹿にされてるし、そんな俺の周りにも天才と呼ばれる魔術師はいやがるしな。
 中には俺より年下なのにある分野の魔術について他の追随を許さないくらい極めてる奴もいるし、ありとあらゆる魔術の知識を持ってそれらを完璧に使いこな すチビっ子もいる。更に言えば、生まれ付き持った体質で神の子の性質を宿した”聖人”なんてとんでもない才能を持ったヤツもいるんだぜ?」

「せ、聖人?」

「ああ、何でも世界に二十人程度しかいないらしくて、いずれも人間離れした身体能力と魔力を持っているんだそうだ。
 一度だけ、俺の知ってる聖人の本気って奴を見た事があるけど、動きが早過ぎて俺には何やってるんだか全然分からなかったな」

 聖人。

 生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間の事で、その事から神の力の一端をその身に宿す事を可能としている。
 その力は『聖痕』と呼ばれる神の子に似た箇所に魔力を込め、開放する事により発揮される。
 これは姿や役割が似ているものにはその性質や力が備わるという、偶像の理論によるもので、十字架や神の像を始めとしたレプリカにその神秘の力の一端が宿る事象と同じ物と言われている。


……などというややこしい理論は上条の苦手とする所で、もちろん説明なんて出来るわけもないのだが、その拙い説明を聞く美琴の顔に先ほどの陰は見られない。
 必死にその凄さを伝えようとする彼の努力は辛うじて報われたようだ。
647 :行間[saga]:2011/09/04(日) 22:57:53.57 ID:3OIS5IVJo


「はあ……世界に二十人ねぇ……。二三〇万分の七に比べても果てしない数字よね、それ」

 目を丸くして驚く美琴に、上条は一瞬我が事でもないのに嬉しくなりかけ、すぐにそんな自分を恥ずかしく思った。
 天才魔術師が知り合いだったり、世界的にも稀有な聖人を見た事がある事が何の自慢になるというのか。

 上条の感じたそれは、たかが雑談程度の話では良くある勘違い自慢程度の事に過ぎず、何もそこまで恥ずかしく思う必要など無いのだが、それでも上条は何故かそんな自分が嫌で仕方なかった。
 それは上条の心の底に他人ではなく自分自身の力を目の前の少女に認めて欲しいという想いが、欲望があり、その事を自覚できていないが為の葛藤なのだが、他人どころか自分の心の機微にも疎い彼には分かる筈も無い事だ。

「どうしたの? いきなり黙っちゃって」

 気が付けば、美琴が心配そうに上条の顔を覗き込んでいた。
 慌てて表面を取り繕い、「なんでもないよ」と笑って首を振るも、美琴はなんだか納得していない様子で口を尖らせる。


「アンタさ、すぐ他人の事情にはクビ突っ込んで来る癖に、自分の事にはあんまし踏み込ませようとしないとか不公平じゃない?」

「え? そ、そうか?」

「自覚なし、ね。はぁ……まあ、いいけどね」

「?」

 何となく貶された気がして納得が行かなかったが、上条には具体的に何を非難されたのか良く分からないので反論できない。
 それでも何か文句を言い返したくて足りない頭を捻っていたが何も浮かばず、先に美琴が神妙な顔をして口を開いた。

「そんな事より、私としちゃ当面の問題をどうにかする方が先決ね」

 
648 :行間[saga]:2011/09/04(日) 22:58:59.98 ID:3OIS5IVJo


「あ……そう、だな」

 美琴の態度にはっとして上条は気を引き締めて考え込む。

 今はこうして安寧に無駄話に興じる事も出来るが、美琴は未だ追われる身。今日は色々あって疲れているからともかく、明日からは今後の事も中長期的に検討せねばならない。

「あんまり先延ばしに出来る事でもないしな……」

「ええ」

 真剣な顔をして頷く美琴。
 当然ながら当事者である美琴は上条よりも危機意識は高く、明日どころか今この場で今後の方針を決めるべく、口を開いた。


「とりあえず――――当面の生活費と、必需品の確保が最重要課題ね」

「…………え、そっち?」


 思わず間抜けな声を上げる上条に、美琴はキッと鋭い視線を送りながら言った。

「何言ってんのよ、私にとっては死活問題なんだからね!」

「お、おお……悪い」

「とはいえ、アテがあるわけでも無いしなぁ……どうしたもんだか」

「……、……」

 腕を組み考え込む美琴の前で、上条は取り残されたかのような心境でそれを見守るのみ。

 とはいえ、何であれ美琴の力になってやりたいという思いを抱きつつある上条だったが、悲しいかな彼の身の上は所詮は魔術師見習いという胡散臭いモノ。
 そこらの貧乏学生にも劣る身分である。


(ここで、「お金の事なら心配するな、俺が全部面倒見てやる」とか言えりゃあカッコ付くのにな……はぁ、不幸だ……)

 そんな事を一人思いつつ肩を落とす上条少年だが、その言葉を現実に口にした時、それがどういう事態を引き起こすのかまでは想像の範疇外のようであった。


 

664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:18:47.48 ID:6Rfjc3oMo

――――――――
――――
――


「始めはネットワーク内のノイズか何かだと思っていました、とミサカは告げます」

 御坂美琴を瓜二つの少女・検体番号一〇〇三二号は淡々とした口調で語る。

「ある日、アメリカにある関連施設へ預けられていた個体・一六四九九号のネットワークとの接続が不安定になり、間もなく切断されました。
 幸いにも同施設には他に五体ほど預けられていた為、その内の一人が様子を見に行く事となったのですが、見つかった一六四九九号は不可解な言動と行動を取り、こちらの呼びかけにも強い警戒を示していたのです、とミサカは当時の様子を伝えます」

 視界の端、窓際の壁に背を預けているのは屋敷の主である魔術師、シェリー。
 その視線は興味なさげに闇に沈んだ外へ向けられており、表情はうかがえない。

            シスターズ
 屋敷の外には他の妹達が待機している。
 警戒も、警備も必要な状況ではない筈だが、そうしていないと落ち着かないのだそうだ。

           シスターズ
「施設にいた五体の妹達により、一六四九九号を連携して取り押さえることに成功しました。
 しかし、状態を見る為、一六四九九号をネットワークへ強制接続させようとした所、不明な放電現象の後、一六四九九号は意識を失い、しばらくして目覚めた一六四九九号は何も覚えていませんでした。
 結局、その後詳細な検査を行うも原因は特定出来ず、慣れぬ環境でのストレスによる一時的な錯乱、とのひとまずの結論を出し、該当の個体については慎重に経過を見守る事となったのです、とミサカは最初の事件を説明し終えます」

 少女の説明は淀みなく、その声色から一切の感情を感じさせなかった。

「しかし、実際はそれで終わりではありませんでした。
 その後も同様の錯乱現象が世界中の妹達にて立て続けに発生し、私達はようやくそれで認識を改めることとなったのです」

 それは果たして、奥に秘めた感情を隠すのが上手いからなのか、それとも本当に何も感じていないのか。

 オリジナル
「御坂美琴の意識か、或いはそれに近い何かが、妹達の意識を乗っ取って現出している、と」

 上条には判別が付かなかった。


 だから、気が付けば疑問の声をあげていた。
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:21:34.58 ID:6Rfjc3oMo


「それで……お前らは御坂に何をしたんだよ」

 ピクリ、と一〇〇三二号の肩が震える。

「……質問の意図が分かりかねます、とミサカは貴方に問い返します」
                                                                            おまえたち
「御坂はな、自分の事を”一万人以上殺した殺人者”って言ってたんだぞ。幼い頃、騙されたとはいえ自分の犯した過ちが大勢の妹達を殺す原因となった事を悔やんで、実際に裏で糸を引いてた奴や、手を汚していた奴と同じ位、自分の浅はかさを憎んでさえいやがったんだ!
 それほどまでに妹達が死んで行く事を、それを止められなかった事を、悔やんで、心を痛めて、それでも強がって笑ってやがったんだ!
 それなのになんで! どうしてお前達は、そんなアイツを追い詰めるような事しか出来ないんだよ!」

「み、ミサカは……!」

「たとえDNAを提供した側と、そのクローンってだけの関係だとしても、御坂はお前達の為に体張って頑張ったじゃねぇか! お前達の為に心を痛めたじゃねぇか!
 御坂は自分の為だって言ってたけど、それでもお前達を一人の人間として扱って、見捨てる事も出来なくて、自らの命を投げ出しても構わないって思うほど、妹として見てくれたじゃねぇか!
 お前達はその事に少しは感じる所は無いのかよ! なんでアイツの事を思ってやれないんだよ!」


「……ッ! いい加減にしてください!」
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:23:31.49 ID:6Rfjc3oMo


 感情の無い人形のようだった一〇〇三二号が、その目を吊り上げ激昂している。

「私がお姉様に、何も感じていないと! お姉様を追いまわす事に心を痛めて居ないなどと、決め付けないで下さい!
 私達だって、お姉様を助けたかったんです! 救いたかったんです! その為に八方手を尽くし、お世話になった人に頭を下げ協力してもらい、本当は頼りたくなかった最強の超能力者にまで……!」

 肩を震わせ、膝に置いた両手を白くなるほど握り締める少女。


 そんな少女を見て、シェリーはフン、と鼻を鳴らす。それに込められたのは呆れか、それとも感心か。

 しかし、上条はそんな少女を見て、深く息を吐いた。


「…………ふざけんなよ」


 それに込められたのは、呆れでも、感心でも、憐憫でもなく。


 憤り、だった。
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:29:09.88 ID:6Rfjc3oMo


「それならなんで、御坂はあんなにボロボロだったんだよ?」

「……、そ、れは……」

 一〇〇三二号の肩が震え、色の無い表情に陰が差す。

「確か、御坂が手加減していたのには気付いてたよな。御坂がお前らを傷付ける気が無いことには気付いてたんだよな。
 ならなんでお前らは御坂を傷付けたんだよ! なんでアイツの気持ちに気付いておいて、それに応えてやる事が出来ないんだよ!
 姉が妹を想って、妹が姉を想うなら、まず傷付けるより先に出来る事があるだろうが!
 苦しんでるアイツに声を掛けてやる事が、手を差し伸べてやる事が、肩を貸してやる事くらい出来るだろう!」

「ミサカは……ッ!」

 ぎゅっ、とサマーセーターの胸の辺りを掴んで、少女は声を上げる。

「ミサカは……ミサカだって、お姉様を助けたかった……!」

 それは、まるで慟哭のようで。それは、まるで悲鳴のようで。
                                                           わたしたち    お姉様
「でも、何をやっても……どんな検査や調査をしても、どんな資料やデータベースを見ても…… 妹 達 に宿る そ れ が、何者なのか、何が起こっているのか、解明する事が出来なかった……!」

 少女は胸を掴むその手を白くなるほどに握り締め、

「そんな無力な私達に、お姉様は毎回優しく微笑みながら、でも壊れそうな笑顔で、慰めるように言うんです……」

 ぼろぼろに掠れた声を絞り出し、


「”ありがとう”、って……!!」


 自らの罪を、懺悔するかのようにうなだれた。




 
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:30:14.53 ID:6Rfjc3oMo


「……、……」

 沈黙する上条の前で、少女は肩をふるわせ続けた。

 後悔と、悲しみに震える少女を見ながら、しかし上条は安堵した。


 少女が、美琴の事で、こんなにも感情を乱した。
 少女の精神は幼く、未熟で、学習装置で最低限の知識と経験を学習したのみの、生まれたばかりの子供同然と言ってもいい。
 そんな妹達が、御坂美琴の妹が。

 心から姉の事を想い、全身を震わせ声を荒げるほどの強い衝動で姉への叫びを上げたのだ。

「――――なんだ、俺が心配するまでも無いじゃねぇか」

 上条は、へらりと穏やかに微笑む。

「お前らは、御坂と、妹達は、疑いようも無く、完璧に、最高の――――姉妹じゃないか」


 ただそれが、それだけの事が、無性に嬉しい。そう、思えたから。

                                       いもうと
 美琴の、強くて、弱くて、何より優しい姉の想いは、しっかりと大切な存在に、伝わっていたのだから。
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:36:44.86 ID:6Rfjc3oMo


「し、まい……? 私達と、お姉様が、ですか? と、ミサカは疑問を口にします」

 一〇〇三二号の言葉に、上条は微笑みながら頷いた。

「互いの事を想い、お互いがお互いの為に自分の出来る事をしようとする。それが出来るお前たちが姉妹じゃないなら、なんだってんだよ」

 上条のきっぱりとした断言に、一〇〇三二号が目に見えて動揺する。

「し、しかしミサカ達は実際はお姉様の妹などではなく、DNAマップを使用したクローン体であり……」

「そんなの関係ねぇよ」

「……え?」

 戸惑う一〇〇三二号を気遣うように、上条は再び頷いてみせる。

                    ・ ・ ・
「お前たちは御坂の事を慕い、お姉様と呼んでるじゃねぇか。御坂はお前達がそう呼ぶ事を受け入れ、妹としてお前達の事を大切に想ってるじゃねぇか。それ以上なにを望むっていうんだよ?」

「……ッ、……」

「だからさ、お前達は、そんなヒネくれたやり方じゃなく、そのまま素直に伝えればいいんだよ。御坂を、大切な姉を助けたい、救いたいって。
 それで力及ばないからって、恨んだり、憎んだりするような、そんな小さな姉じゃないだろ、御坂は」

「……、お、姉様……」

 それでも逡巡する少女に、上条は苦笑する。
 やはり、見た目大人びていて、落ち着いているように見えても、彼女達はまだ感情が未成熟な子供なのだ。
 自らの揺れ動く感情に、そう簡単には折り合いが付けられないのだろう。
 そしてそれはいずれ時が経てば、様々な経験を経れば、自ずと気付き、分かる事なのだ。
 だから、今はそれでいい、と上条は笑いながら戸惑う少女を優しく見守った。

 そんな上条の優しげな視線に、一〇〇三二号の心は余計に乱され、混乱を助長しているのだが、それに気付いているものはこの場には誰も――――いや、少し離れた場所で二人を、呆れた視線で眺めている女が一人だけいた。


「……ったく、またかこの野郎は」
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:39:24.64 ID:6Rfjc3oMo


 その視線の主、シェリーはボリボリと頭を掻くと、不機嫌そうに声を放つ。

「新たなフラグを建てるのはその辺にして、上条よぉ」

「は? フラグ?」

 上条の自覚のない発言にツッコミを入れるのも面倒だとシェリーはそれを無視する。

                         ヒロイン
「おう、そこの唐変木。どうやら、お前の待ち人が逆に待ちくたびれてるようだぜ」


 シェリーの言葉は全くもってわけが分からず、上条は当然何一つ理解できなかった。
 だから、聞き返そうと、口を開きかけ、そして。


 その声を紡ぐ直前――――凄まじい轟音が響き、窓から強烈な蒼白い光が差し込み、部屋全体を包み込んだ。



 
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:45:15.08 ID:6Rfjc3oMo




 塗り潰された視界の中、誰かの叫ぶ声がする。
 しかし轟音で失われた聴覚には、空気が震えていることは知覚出来ても、その内容までは判別できない。

 ただ、部屋の中に慌しく誰かが駆け込んできた気配は感じる。
 先ほどの轟音と閃光からも、何か異常な事態が起きている事は確かだった。


 ふと、目の前に黒っぽい人影が立ち塞がっている事に気付く。
 その堂々たる存在感から、上条はそれがシェリーである事が分かった。
 そして、その人影が思い切り振りかぶって、力いっぱいの拳を叩き付けようとして来ている事も――

「――――って、え?」

 次の瞬間、全力全開でぶん殴られた上条は、もんどりうってソファやら机やらを巻き込みながらゴロゴロと部屋を転がり、思い切り壁に頭をぶつけて止まった。
 ずりずりと壁からずり落ちる途中で正気を取り戻した上条は、がばっ、と立ち上がると顔を真っ赤にして抗議する。


「いきなり何すんだアンタは! 今の流れ、どの辺に俺を殴る必要があったんだよ!?」

「必要なら、無い」

「堂々と胸張って言えばなんでも通ると思うなよ!? 大体いつもアンタは俺に対する暴力にいちいち容赦が無さ過ぎますよね!? 何がどう気に食わなかった かは知らないけど、自分の家の家具を滅茶苦茶にするのをいとわないほどの威力で殴るのは流石にやり過ぎだと上条さんは思うのですがっ!!」

「あー、うん。悪かった悪かった。ごめんよ」

「ぐぬ……ッ!」

 上条の必死の訴えも、シェリーは耳クソをほじりながら適当に流すと言った始末だ。これでは流石の上条もやり切れず地団太を踏みたくもなる。

「まあそれはともかく、目も耳も正常に戻ったろ?」

「え? あ、そ、そういえば……」

 そこまで来て、シェリーが殴る際に簡単な回復魔術(というよりは、網膜に焼き付いた残像をリセットし、鼓膜を無理矢理ほぐすような強引な手法だが)をかけていた事に気付く。
 が、それならなんで全力で殴らなくてはいけないのかとの疑問が浮かぶが、その回答は間違いなく”なんとなく殴りたかったから”だろうと予想がついたので、上条はそれ以上何も言わない事にした。


 
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:50:41.25 ID:6Rfjc3oMo


「で、結局何があったんですか? 今の轟音と光は何か関係が?」

 否応にも気が焦る上条はシェリーに回答を迫るも、それをやんわりと手で制し、シェリーは視線を横へと投げかけた。
 その視線で示す方向に目を動かすと、そこには妹達―― 一〇〇三二号ではなく、外で警戒に当たっていた個体 ――が、微かな焦りの表情と共に控えていた。

「……外で何か、見たのか?」

 上条の言葉に、少女は頷いて答える。

「それまでは穏やかに、薄雲がゆっくりと流れる暗い夜空でした。が……」

 妹達の薄い表情に、僅かな戸惑いと焦燥が浮かびあがった。

「凄まじい轟音と共に、上空に大量の光が溢れ出しました。幸いにも妹達は全員ゴーグルを装着していましたし、この手の事態に際しての対処法が身についており、耳を塞いで轟音にも耐える事に成功しました、とミサカは学習装置の効果を報告します」

「妹達全員がかよ。凄いな……」

 思わず感嘆の声を漏らすが、妹達は聞こえなかったのか意味が理解できなかったのか、小首をかしげるのみでその発言を流した。

「轟音と閃光を凌いだ私達は、直ちに事態の把握に努めました。今も手分けして状況を調査、随時報告と精査を行い、現在の状況を捕捉し続けています、とミサカは伝えます」

 話しながらも妹達は通信を行っているのか、チラチラと視線が外や斜め上に動き続けている。

「……推測ではありますが、現状最も考えうる結論を述べますと――」

 少女が、若干強張らせた表情で、一瞬言葉を詰まらせる。

 そして、躊躇いがちに告げた。


「――――お姉様が……お姉様の意識体と思われる現象が再びここロンドン市内で発現いたしました。

 場所は――――上空約六~七〇〇〇メートル付近、です」


「……ッ!!?」


 上条の思考が、全身がざわめき、硬直した。
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:55:12.08 ID:6Rfjc3oMo


「……お姉様は」

 黙りこんだ妹達に代わり、一〇〇三二号が口を開いた。

「お姉様の顕現は、一定の期間を経過するか、脳波に何らかの刺激を加えると霧散し、終了します、とミサカは説明します」

 ゆっくりと、装置が再起動するかのように回り出す上条の思考の傍ら、一〇〇三二号が淡々と語る。

「一度消失したお姉様は、しばらくの間世界中どこにも現れず、また感じ取ることは出来ません。また、顕現したお姉様は、前回顕現時の記憶の一切を失い、はっきりと持っているのは一〇〇三二次実験の日、一方通行に立ち向かった時までの記憶のみ、です」

 その冷静な口調が、上条の思考を解きほぐすように染み入り、上条の思考はやがて正常に回り始める。

「そして再びお姉様が現れるのは、長い時で2週間程度。短い時でも3日程。対して今回の再現出までの時間は、たったの二時間三十九分です、とミサカは現状の異常性を示します」

 一〇〇三二号の言葉を、その意味を飲み込み、現状を把握する。

「しかも……今回、お姉様は妹達の誰かの体を借りての顕現ではなく、意識体のみが上空に浮かび上がっている状態です、とミサカは状況を信じられないながらも、ありのままを報告します」

 上条には状況をはっきりと理解など出来ない。何が起こっているのか。何故起こっているのか。そんなものは一切理解できない。

 だが。

「要するに、だ」


 上条にはそんな些細なことは関係無かった。


 
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/05(月) 02:56:35.19 ID:6Rfjc3oMo


「御坂がそこに、いるんだろう?」

 上条には分かっていた。

「そこに行けば御坂に、会えるんだろ?」

 現在の状況が不明でも、上条の目的ははっきりしている。

「なら、俺がすることはただ一つ」

 そして、その目的は、今そこに、見える位置にあるのだ。


「――――御坂を、御坂美琴を救う。……それだけだ」

 ならば、後は右手を握り締め、その足を前に踏み出すのみ。



 そう、それが――――上条当麻なのだから。



 
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:03:42.50 ID:O++cC3zZo


――――――――
――――
――


 ゆっくりと、傷口に触れていた手を離す。
 霞がかかっていたかのような少女の目が、やがて焦点を結んでいくのが見えた。

「……う、ぁ……?」

「よォ。気分はどうだ、眠り姫さンよォ……?」

 そんな少女に笑いかけてやると、未だはっきりとしない意識のまま、少女――御坂美琴は、ぼんやりとこちらへ目を向ける。

「……、……ッ!」

 途端に表情を歪め、身を起こそうとして――何かに気付いた。

「……え? 何、これ……」

「……ク、ハハ……ッ!」

 その姿に思わず笑いを漏らすと、少女の目が鋭くつり上がりこちらを睨みつけてきた。

「どういう……つもり、……ッ!」

「さァなァ……」

 聞かれて答える義理もないし、そもそもコイツは既に気付いているのだろう。
 それさえ分かれば事足りる。

「……答えな、さいよ……。アンタ、なんでこんな、事……!」

「ククッ、そンくらい自分で考えろよ、三下ァ……!」

「……、ま、さか……!」

 這いつくばったままにも関わらず、こちらの肌がざわめくような怒気を放ってくる少女。
 その疑問に視線を動かし目的を示すと、少女の表情が強張った。
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:07:10.87 ID:O++cC3zZo


 視線の先、そこにはしゃがみこんだまま不思議そうな目でこちらを見ているもう一人の少女が居る。
 足元に転がされたままの少女と、その顔は瓜二つ。

「あ、ぁ……」

 あまりの激情に、震えて、声もまともに出せず、少女は起き上がろうと身をよじる。

 しかし、無駄だ。

 先ほど能力で、彼女――――御坂美琴の止血を行った際、同時に首から下の運動中枢も麻痺させておいてある。
 彼女の能力を駆使すればそれも長くは続くまいが、その間に自分の目的は充分に果たせるだろう。

「あ、ぁあ……、あ…・・・」

 そう、このクソくだらない実験を止める為に――――この最悪の化物を止めるのではなく――――自らの価値を貶める事で、シミュレート結果を狂わせようだなんて回りくどい、甘えた考えを持ちやがった、夢見る悲劇のヒロインに、思い知らせてやるのだ。


「あぁ、あああ、ぁ……あぁ……」

      ゆめ
 そんな幻想は、簡単に、ぶち殺される程度の代物だという事に。


「――――アクセラ、レェタァァァァァァァッ!!!!!!」




.
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:17:11.19 ID:O++cC3zZo


「ハハッ、どうしたァ! うねうねと無様に這いずり回りやがって、今更そんなソソる誘い方したってちっとも勃たねェンだよ三下がァッ!!」

「ふ、ざけんじゃ、ないわよ……ッ!」

 懸命に追いすがろうとするも、自由の利かない、しかも片腕の欠けた体ではそれが叶う筈も無い。
 それでも必死に力の入らない体を震わせ、必死の形相で抗う少女の姿に、僅かに溜飲が下がるのを感じる――が。

「だが残念、既に先約が入ってるンでお姉様にはそこでご待機願います、ってなァ……。なァに安心しろよ、妹さンの次は、お前の番だからよォ!」
                                 デク人形
 ジャリ、と殊更に足音を響かせつつ、出来損ないのクローンへと歩み寄る。

「や、めろ……その子、に……手を、出すな……!」

「あァ? 聞こえないですよ第三位さァン? クハッ、悔しければ止めてみろよ? 回りくどい手ェ使って実験をじゃなくって、実際にお前のクローンを蟻みてェにプチプチプチプチ潰してる、この俺自身をよォ!!」

「……くっ、……!」

「ハッ、いいねいいねェその顔! 怒りと悔しさにまみれてて滅茶苦茶そそるぜェ! クハハハハハッ!!」

 下らない、と。心底そう思った。
 この実験も、それに拘泥する奴らも、翻弄される奴らも――何より下らないと思ってる癖に自分で止まる事も出来ず、惰性でこの手を血に染め続ける自分自身も。

 下らない、と。そう思う自分に気付く事も思えば久々かもしれない。
 昨日までの自分ならそんな感傷一つ覚える事無く、ただ与えられた餌に無心で喰らい付く実験道具に過ぎなかった筈だ。

 下らない、と。そんな思いと苛立ちが引き出されたのは何故だ。
 チラリと振り返れば必死にもがき続ける哀れな少女が居て、そして――――


(ああ、そうだ。
 こいつが全ての元凶なンじゃねェか……)

 そう、頬を吊り上げ、少女に嗤ってみせる。


―――― そんな自分勝手な想いを、自分自身が一番下らないと感じている筈なのに。
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:21:13.47 ID:O++cC3zZo


 思考がドス黒く濁り、染まっていく。
 頭が冷え切ると、冷静になるどころか、思考が凍り付きまともに働かない事もあるのだと知った。

 クズは所詮、どこまで行ってもクズで。
 底の無い奈落へ堕ち続けてついた加速は、ちょっとやそっとじゃ止まるどころか緩める事も出来やしない。

 オリジナル                    クソッタレ                       モルモット        みぎて
 御坂美琴の上げる悲鳴と絶叫をBGMに、一方通行はその手を振り上げ、震える哀れな一〇〇三二号を前に、死神の鎌を振り上げる。

「最期に何か面白いことでも、言ってみろよ……デク人形」

 気まぐれに、そんな言葉を掛けてみた。
 特に意味など無い。ただ、このままあっさりと殺すのもつまらないと、そう思っただけだ。
 出来るだけ苦しめて殺すのも悪く無いが、感情の薄いこいつらはどんなに残虐に、執拗に痛めつけようと大した反応はせず、逆に苛立つだけの事が多い。
 もっとも、その様子を見て元気に反応してくれるであろう人物がその場にはいるが、そこまでしなくとも充分にそいつは絶望し、狂った叫びを上げてくれることだろう。


「……、……」

 予想通りというかなんと言うか、クローンの少女は何の言葉も発することは無くただ目を見開いてこちらを見ていた。
 まだ意識は朦朧としているのか、その視線は虚ろで、正面に居る一方通行ではなく、何もないその向こうをぼんやりと眺めているようだった。

「……チッ、お前になンか期待するのがそもそも間違――――」


 その時、一方通行は自分の認識が誤っている事に気付く。       ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 一〇〇三二号は、何もない向こうを眺めていたのではなく―――― そこに現出している何かを、凝視していたのだ、と。



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696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:22:12.15 ID:O++cC3zZo








 一方通行の背後で轟音が鳴り響いた。







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697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:24:33.82 ID:O++cC3zZo



「オイ、オイオイオイ……こりゃァ、なンの冗談だァ……?」

 振り返ると、視界いっぱいに紫電の柱が広がっていた。
 天にまで届くそれは、天から差す光の道のようであり、神の宿る樹木のようでもあり、御坂美琴の頭から生えた角のようでもある。

 目を灼かんとばかりに強烈な光を放つそれは、神々しく、また禍々しく――――


「なンだよ、これじゃァまるで……」


 化け物みたいだ、と呟こうとして躊躇う。
 否、化け物は彼自身だ。これはそれとは違う何かだ。

 人間じゃない、という点においては同じかもしれない。
 けど、それ以上に何かがおかしく、何かが違う。



.
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:25:56.20 ID:O++cC3zZo


 聳え立つ白光の真っ只中、目を閉じたままの少女の表情はほとんど窺えないが――――彼には、うっすらと慈愛の笑みを浮かべているように見えた。
 その笑みからは、その穏やかなものに違いないのに、一方通行は背筋に薄ら寒いものさえ感じる。
 その姿、そして、そこから押し寄せるモノ、見るだけで足元の地面がビリビリと震えるような威圧感。


「……、……クソッ!」


 そう、あの一方通行が、震えているのだ。
 何に? 目の前のモノに。
 どうして? それが分かれば苦労はしない。

 ただ、一方通行は感じていた。
 その目の前のモノが、どんなモノなのか。何より、それが自分にとってどういう意味を為すものなのかを。


「まさか、なァ……。だとしたら、こいつァとンだ皮肉だぜェ……」


 垂れて来た汗を拭い、一方通行がひとりごちる。
 あの学園都市最強が、超能力者第一位が、冷や汗をかくと言うのは、異常事態だろう。
 だが、それも無理もない。最強は、今自分を上回る存在を目にしていると、理解しているのだから。



     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 そう、神ならぬ身にして神の力を得た存在と、彼は今対峙しているのだ。




.
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:29:46.55 ID:O++cC3zZo


――――――――
――――
――


 目が覚めたのは、近付く気配があったからか、それとも今見た夢のせいか。

 闇の中、うっすらと目を開けると、埃だらけの床が窓から差す光に照らされていた。

 すえたような臭い、濡れた空気、じっとりと肌に張り付くシャツ。
 それら全てに苛立ちを感じつつ身を起こすと、壊れかけのボロベッドが甲高い音を立てて軋んだ。

「……、チッ」

 最悪の目覚めと言ってもいいほどの最悪の目覚めだが、今はそんな事に構っていられる状態じゃないことはなんとなく分かった。
 夢で見たのと同じ顔の少女が、その乏しい表情を強張らせ、息が切れるのも厭わず駆け込んできたのだから。

「……一方、通行……!」

「……、……」

 あくびを噛み殺し、彼女の息が整うのを待つ。闇の中ベッドの横を探り、愛用の杖を引き寄せると、ようやく少女が口を開いた。


「お姉様が、お姉様のAIM拡散力場が、再び収束しつつあります、とミサカは現状を報告します」

 その言葉に、意図せず眉がピクリと動いた。
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:32:05.01 ID:O++cC3zZo


「…………随分と早ェな」

「確かに……、その通りです」

 思わず漏れ出た呟きに、少女も同意とばかりに頷く。

「しかし、この感じは間違いなくお姉様の物です。ミサカには……ミサカ達には、それが確信できます、とミサカは自分達の主張を提示します」

「あァ、別に疑ってるわけじゃねェが……」

 がりがりと頭をかきむしり、杖の力を借りて起き上がる。途端、ぐらりとバランスを崩しかけ、壁に手をつき体を支えた。

(……チッ、昨日のダメージが残ってやがる。流石にモロに喰らい過ぎたか……)

 壁についた手を離し、そっと頬に触れると、若干の痺れと小さな針に刺されたような痛みが走り、思わず顔をしかめる。
 ふと視線を戻すと、目の前の少女がじっとこちらの顔を眺めているのと目が合った。

「大丈夫ですか、一方通行? と、ミサカは確認を取ります」

「……大した事ねェ。ちょっとした寝起きの立ちくらみだ」

「やはり、あの上条という少年との戦闘で負った傷が、まだ癒えていないのですね、とミサカはその言葉をスルーして指摘します」

「……、……」

 感情のない木偶人形だったクローン体達は、最近どうも妙な方向に成長を遂げているような気がする。
 若干の頭痛を覚えつつも、それを噛み殺し、少女へと言葉を返した。
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:34:35.38 ID:O++cC3zZo


「だから、大した事ねェよ。心配せずとも最低限の仕事をこなす事くらい、朝飯前だ」

「……そうですか、ならば何も言いません、とミサカは聞き分け良く口を紡ぎます」

「フン……」

 カツン、と杖を突き、ゆっくりと一歩を踏み出す。
 先ほどふらついたのが嘘のように安定した足取りに、数歩後ろをゆっくりとついてくる少女が口を開く。

「それにしても、既に治りかけているとはいえ、そこまでの痣を作る殴打を受けながら、良く勝利出来ましたね、とミサカは疑問を口にします」

「……、……」

「良く勝利出来ましたね、とミサカは疑問を口にし直します」

 余計な事にしつこく食いついてくる個体だ。
 このまま無視し続けたらどうなるのか、ふと興味が湧いたが。

「良く勝利出来ましたね、とミサカは再三疑問を口にします」

「……うぜェ」

 とてもじゃないけどその前にこっちのイライラが我慢できないレベルまで高まるのが予想できたので、仕方なくそれを断念する。
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:38:01.78 ID:O++cC3zZo


「……ちょっと前の俺だったら、ブッ飛ばされた事を理解する事もなく、無様に路地裏でおねンねしてた……だろうな」

 返答があった事が意外だったのか、少し面食らったような様子で立ち止まる少女。
 なら最初から聞くな、と言いかけた所で少女が口を開いた。

「……つまり、その時の貴方と今の貴方は違う、と?」

「ま、なンつーか、な」

 足を止め、窓から外を眺めると、いつの間にやら上空には鼠色の重苦しい雲が広がっていた。

「三回目ともなりゃァ、いい加減慣れるってなもンなンだよ」

 その奥に、懐かしい気配を感じ取り、じっとそれを眺める。


「――――格下に不覚を取るなンて無様な体験に……、な」





 カッ! と視界が真っ白に染まるほどの閃光がロンドンの空に広がった。





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703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/09/16(金) 20:39:06.87 ID:O++cC3zZo




 その光を浴びながら、彼はその笑みを深くする。


 学園都市第一位の価値を一瞬で突き落としたその時と、全く同じ光景が目の前に現れたのを知覚しながら。


 一方通行は、湧き上がる昂揚感にその身を委ねる。


 そう、寝ても覚めても脳裏にこびり付いて離れず、夢にまで見る。

 それゆえ彼が焦がれて止まなかったその光景が、今目の前に広がっているのだから――――









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758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 00:59:27.72 ID:9nqR7Ck+o

――――――――
――――
――



「――――始まった、か」


 眩いほどの閃光に顔をしかめつつ、赤髪の魔術師は吸殻を踏み消した。
 綺麗に清掃された舗装路を汚すその行為は見咎められれば注意の一つも受けそうだが、その路地には彼以外の人影はおろか、生物の気配さえしない。


「全ての仕掛けは予定通り。役者どもの配置は、ほぼ想定の範囲内――――」


 続けて取り出した煙草に、指先から出した炎で火を灯す。
 暗がりに赤く浮かび上がるその顔に表情は無く、興味の無い歌劇を見せられているかのようだ。

                    アドリブ
「後の展開は――――全てが、台本なし。……全く、」


 最初のひと吸いを肺の奥まで飲み込み、紫煙を吐き出した。
 心底美味そうに――しかし心底気に食わないかのように、男はただ煙草をふかす。


「……あの腹黒女狐め」
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:01:48.54 ID:9nqR7Ck+o


 川に面した堤防の上の広い道。その道に突き当たる中でも一際暗い路地の奥。
 まるで眩い雷光から隠れるように、その男はその身を影に隠していた。声色も囁くようで、そこから感情を読み解くことは困難。
 ただ、ゆっくりと、味わうように煙をくゆらせるその仕草に、感情の揺らぎが垣間見えるのみ。


――――カツン。


 乾いた音が狭い路地を挟む壁に反響し、魔術師は顔を上げる。
 暗がりの奥、うっすらと、しかし凄絶なまでの存在感を放つ、白がいた。

「……、……」

 魔術師と白い少年との視線が交錯する。
 それはほんの数秒の事のようで、永遠のようでもある刹那。


――――カツン。


 白が視線を逸らし、再び歩み出す。
 まるで、最初からその路地に佇む長身の男など居なかったかのように、その存在を完全に無視してただ通り過ぎる。

 魔術師も視線を再び落とし、紫煙を燻らせる。
 まるで、自分以外誰もその路地に踏み込むものなど居なかったかのように、通り過ぎる少年を見る事もなく佇む。


 乾いた音が路地を通り過ぎ、遠ざかっていくのを待ってか、魔術師はその顔を上げ、天を仰いだ。

 真っ暗な筈の空に立ち昇る蒼白い雷光が、分厚い雲を灰白く浮かび上がらせている。
 手をかざし、光を遮りながら眉をしかめた魔術師はその唇の端に笑みを浮かべた。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:04:36.84 ID:9nqR7Ck+o


「――――はてさて」


 つり上がる男の口の端から、紫煙がこぼれる。
 視線を落とし、魔術師はその路地を後にするべく足を踏み出した。


「物語の結末は、どうなるやら、ね――――」


 ゆっくりと、路地から歩み出ると、その先に広がる川を見下ろす。
 ロンドンの中心を流れ、昼間にはその広く穏やかな水面を存分に煌めかせるその川も、今は強めの風に煽られてその水面を波打たせている。
 足を止め、じっと水面を見つめる男の表情は、何も考えていないようでもあり、考えに没頭しているようでもあり――


――ふと、何かに気付いたかのように、男が顔を上げる。

 男の視線の先、川の対岸に、見知ったツンツン頭が息を切らせて走り去っていくのが見える。


「……、……」

 途端に男の表情から力が抜け落ちた。それは、呆れによるものなのか――それとも、安堵によるものなのか。
 その赤の魔術師――ステイル=マグヌスは黙したまま、走る少年の姿を見送ると、深く深く紫煙を胸に吸い込んだ。


(やれやれ……かな)




 川から吹き上げる風に赤髪を靡かせ。傍観者はただ、静かに煙草をふかし続けている――――


.
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:07:03.93 ID:9nqR7Ck+o

――――――――
――――
――



 気がつけば視界に光が溢れていた。
 遠くに散りばめられた温かな光――人々の灯りと、近くを跳ね回る鋭利な光――荒れ狂う雷光。
 性質は違うし、色も、光量も違うのに、私にはどちらもただひたすらに綺麗に思えた。


――私、まだ……消えてない?


 靄がかかった思考に泡のような思考が浮かんでは沈んでいく。
 そうやって私はただ川の流れに浮かぶ木の葉のように吹き荒れる風の中にたゆたい続けていた。

             ロンドン
 激しい雷光が夜の倫敦を白く浮かび上がらせる。
 その光を遠くに眺めながら、同時に私の思考はそこに一つの光景を思い起こし、重ね合わせていた。

 吹き荒れる砂混じりの風。紫電をその表面に這わせ、暗闇に浮かび上がるコンテナ。驚愕に顔をこわばらせる、白い悪魔と――――自分そっくりな、妹。

 無限に広がる感覚と知覚を全身に受け止めながら、しかし私が一番に思い知ったのは、己の無力。

           チカラ                  チカラ
 何故だろう――能力は底無しに湧いてくるのに、電撃は限界を越えて迸るばかりなのに――どうしてか私にはそれが無意味なものに感じた。


 渇望でもなく。
 絶望でもなく。
 そこにあるのはただただ、何もかもが空っぽの虚しさ。


 嘗ては、絶対的な力を求め、それに向かって突き進んでいた事もあった気がする。
 仮にそれを自らの研鑽により手にする事が出来たのなら、それはきっと達成感や充実で満たされた素晴らしい体験であったろうと思う。


          、、 、 、 、 、 、 、 、 、 、、
 そう――今の与えられた偽物の絶対能力なんかとは違って――きっと、とても素晴らしいモノに。


.
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:09:38.81 ID:9nqR7Ck+o


――与え、られた……?


 自らの内からわき上がった言葉を、しかし理解できず戸惑いで心が揺れ動く。
 思考が混濁しているらしい。記憶も曖昧で、自我を保つ事さえ難しい。

 そもそも私は何故こんな所に居る?
 ここで何をしている?


――思い、出せない。でも……。


 胸の奥に、ほのかに温かく、しかし苦い、何かが揺らめいていた。
 注意して意識しなければ気付かない程度の、でも多分それはとてもとても大切な、何か。
 いつからそんなものが自分の奥底にあるのかさえ分からないけど、何故だかそれがある事だけは強く確信できた。


――私……、私は……。


 それを意識する事で、何かが思い起こされていく。
 果たして、それは思い出していいものなのか――同時に不安も首をもたげて来る。
 心が震え、まっすぐとそれに目を向ける事も出来ない。
 そんな弱い自分が、情けなくて、視線を落とした。


 その向けた視線の先に、豆粒のような人影が映る。
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:11:13.67 ID:9nqR7Ck+o


――? あ、れは……。


 意識した瞬間、胸がずぐん、と鈍く痛み、息が詰まった。
 あの人影を目にした、それだけで……何故、こんなにも自分が反応を示すのか、分からない。


――あれは……あの、人は……ダレ?


 人影の顔も、体つきもろくに判別できない、そんな状態で、でも不思議と私はその視線を外す事が出来ない。
 服装も表情も窺えないほどの長い距離を隔てて、それでも。

 私には、それが……アイツが、私をまっすぐ見つめてくれているような、そんな気がして。



 私は、その黒髪をツンツンと尖らせた少年の姿に、意識の全てを奪われ続けていた。
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:15:45.13 ID:9nqR7Ck+o

――――――――
――――
――


 走りながら上条当麻は考える。
 どうやってあの荒れ狂う雷撃を越え、どうやって上空高く浮かぶ少女のもとに辿り着き、そしてどうやって少女をその呪縛から解き放つのか。
 考える。
 しかし、ロクな手は思いつかないままだ。

 だからといって、今必死に動かす足を止めるつもりは全く無かった。
 この内から溢れ出す衝動こそが、泣いている少女のもとに辿り着き、その涙を拭いたいという強い想いこそが、上条当麻そのものだからだ。


 フォックスワード
 偽善使い、などという言葉が浮かぶ。


 嘗て、己が正義を、独善を、そうと自覚しながら偽善と嘯き、ただ感情の赴くままにその右手を振るっていた少年がいた。
 その拳と、直情で、確かに避けられた悲劇があった。救われた笑顔があった。

 しかし、その行為で――その事で自分とは別の正義を挫く自覚があったこそ自らのそれを偽善と呼んでいたそれを、自嘲を――


  殴り飛ばす岩の拳があった。
  吹き散らす紅蓮の炎があった。
  斬り伏せる神速の剣閃があった。
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:18:03.97 ID:9nqR7Ck+o


 思い知った事が二つある。

 己が振り翳す独善が、偽善とも言えない矮小なものであった事。力無き者のただの遠吠えに過ぎなかった事。
 己が自らの行為を偽善と吐き捨てる事で、傷付く者がいる事。力無き拳でも救われた者からすれば、それはたとえその持ち主であろうと許されぬ愚行であった事。


 それゆえ、少年は偽善と言う言葉を使うのをやめた。
 それゆえ、少年は己が矮小な拳を振るうのをやめなかった。

 巨大な岩の拳を振るう意地の悪い先輩に、無限の炎を噴き上げるいけ好かない神父に、神に祝福された真っ直ぐな聖人に、その力を――上条当麻の姿を――いつの日か認めてもらう、その為に。


 ネセサリウス
 必要悪の協会の末席、上条当麻の矜持は、正にそこにあるのだ。


766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:19:29.71 ID:9nqR7Ck+o


 息を切らし、上条は走り続ける。
 じめっとした空気が火照る身体に絡み付き、上条の全身からは汗が噴き出していた。
 そのまとわりつく汗を振り払うように、走る速度を上げる。
 辿り着くべき場所は、目と鼻の先だ。

(まずは、御坂の近くに辿り着き、そして――)

 熱くなる身体に引き摺られる事無く、思考を冷静に保つ。

 心は、灼熱のようにどこまでも熱く。
 頭は、氷雪のように常に涼しく。    ルール
 これも上条がイギリスに来て教わった原則の一つだ。

(――後は、力の使い所さえ間違えなければ)


767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[saga]:2011/11/29(火) 01:23:19.17 ID:9nqR7Ck+o


 何にせよ、全てはそこに辿り着いてからと、上条は足を動かし続ける。
 逃げ足とスタミナだけは、幸いにも嫌というほど鍛えられていた。
 その事に感謝の念さえ抱きつつ、上条は目の前に高く聳える蒼白い雷光の昇る麓へと目を向ける、と――

(……、……?)

 ようやく辿り着いたそこで、上条は思わず足の動きを緩め、ゆっくりと立ち止まった。
 そこは、テムズ川に掛かる幾つもの橋の内の一つ。上条も名前を知らない、ありふれた鉄橋。
 その鉄橋を支える柱の一つをまるで避雷針にするかのように、蒼白い雷の柱がそこから天へと立ち昇っている。

 そして、その柱の程近くに、人影が一つ。

(あれ、は……!)


 白の閃光に照らされ、その白さを異様に際立たせた悪魔。


 学園都市からの刺客。
 つい先日、上条当麻と真っ向から対峙し、完膚なきまで打ちのめした超能力者、一方通行が佇んでいる――



811 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 02:54:33.46 ID:OTA80YTuo


 埃にまみれ、荒れ狂う風に白髪を乱され、それでも超能力者は空を見上げ続けていた。
 何かを求めるように、その目は細められ。
 何かを欲するように、その瞳は光を放っている。

「……ッ!」

 その姿、眼差しに上条は思わずひるみ――すぐに気を取り直し、自らを叱咤する。
 脳裏に、身体に刻まれた本能的恐怖は拭えないが、今は表面上だけでもそれを抑え付けていなければならない。

「何……やってんだ……」

 絞り出すように漏らした言葉は、僅かに掠れていた。
 それでも震えてはいないと、上条は己の意地を貫き通す。

 アクセラレータ
「一方通行――――ッ!」
                                    しょうねん  しょうねん
 吐き出すように叩きつけられた声に、ゆっくりと視線を下ろし、超能力者は無能魔術師を視界に収めた。

 その視線に、前回感じたギラ付くかのような攻撃の意思は無く――――しかし、それに似た鋭い何かが宿っている。
 それは、飢えのような、渇きのような、何か。


「何しに、来やがった。…………いや」

 しかし獣は、表情を一転させた。

             さいじゃく
「――――待ってたぜ、三下」


「……、……こっちこそ」


 その笑みは、獲物を見つけた獣のように獰猛だったが。
 上条は怯む事無く、同じく獰猛な笑みでそれを受け止める。

                さいきょう
「――――会いたかったぜ、第一位」


 夜の鉄橋。
 対峙する二人の男は、互いの本心を推し量れないにも関わらず、何かを確信するかのように同じ顔で笑った。


812 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 02:56:44.08 ID:OTA80YTuo


 遥か上空まで伸びる雷光は、まるで原初の地に聳え立つ一本の樹木のようだった。
 或いは、その地に最初に降り立った神の通り道か。
 いずれにせよ、間近に感じる異様な圧力は、それがただの電撃や雷の束では無い事を感じさせる。

 上条当麻は、見習いとは言え魔術師だ。
 ろくな魔術は使えないし、ろくに知識も身に付けていないが、”視”る事くらいは流石の上条でも出来る。
 そう、上条はそこに何か”魔術的な流れ”が存在する事に気付いていた。


(――しかも、どこかで見覚えのある、術式)


 魔術師として基礎的な事以外には滅多に触れる機会の無い上条にとって、見覚えのある術などは限られる。
 それこそ基礎中の基礎か、少ない機会でたまたま目にしたものか、或いは。

                                 モノ
(いつも見掛ける類――――つまりは、いつもそこにある術式)


 すなわち、イギリス清教――――必要悪の教会の、術式。


 ここに来て、上条にもおぼろげに事件の背景に潜むものの影が見え始めていた。


813 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 03:00:41.08 ID:OTA80YTuo


「―――オイ」

 掛けられた声に、上条の意識が思考の沼から引き上げられた。
 はっ、と顔を上げると、視界に入るのは白い悪魔の冷たい相貌。

「何やら一人で考えこンでるとこ悪いンだがよォ……。何かおっぱじめるンじゃ無ェのか?」

「……、……」

 言葉に、数秒目を泳がせ、口を開く。

「……そのつもりでは、あるんだけどな」

「はァ?」

 眉をひそめる超能力者に、苦笑が漏れる。
 果たして、これを言っていいものか、上条は数瞬の迷いの後、諦めて真実を口にする。

「ぶっちゃけ、特に策とか無しにとりあえずやって来たというか……」

「……舐めてンだろ、オマエ」

「いやっ、ちょっ、待っ、落ち着いてっ! 話せば分かるぞきっと!!」

 一方通行の手が首元のスイッチに近づくのを見て、慌てて両手を振り回して制止する。
 前の戦いで彼がそれに触れた後を体験した上条は――それが何かは良く分からないが――それがヤバい事だけは文字通り痛いほどに思い知ってるだけに必死になるのも無理は無い。
 その清々しいまでに無様な必死さに呆れた一方通行が、やれやれと伸ばしかけた手をジーンズのポケットに突っ込んだ。上条による全身を使った制止のジェスチャーも収まり、空気が弛緩する。

「……そういうそっちはどうなんだよ。ただぼーっと突っ立って雷見物してたワケじゃないんだろ?」

「……、……」

 一方通行の顔が、不機嫌そうに歪む。
 何か地雷を踏んでしまったかと上条の背に冷たい汗が伝う、が。

「……情け無ェ話だが、俺の能力にも制限と限界って奴がありやがる」

 ほとんど吐き捨てるような口調で、だが律儀にも返答を返して来る。

「だから、考え無しにとりあえず特攻、みたいな馬鹿な真似は出来ねェ。オマエみてェのとは違ってな」

「…………う」

 ぐさ、と冷たい口撃が上条の心を抉った。

「とりあえず、今ントコまともな確率で状況を打破できる方法は見つかって無ェな」

 それに構う様子も無く一方通行は淡々と告げた。
 言外に、だからオマエが何とかしろ、と言われてるようで、上条は溜め息を一つ吐く。


814 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 03:03:33.80 ID:OTA80YTuo


 ざり、と石畳を擦る音が複数。
 視線だけど動かすと、いつの間にか二人を挟み込むように複数の少女達が佇んでいた。
 その顔はDNAレベルで同一、浮かべる表情に感情が薄いのも同様。


 シスターズ
 妹達。

                           いもうとたち
 上条が救うと誓った少女――御坂美琴の、クローン体。
 それが、同じ場所に何人も集まっていた。

「ロンドンに派遣された妹達、全十一個体集結済みです。と、ミサカは報告をします」

 その内の一体、一〇〇三二号が対峙する二人に声を掛ける。
 その一見して空虚な瞳に宿る炎を認めるように、上条は真っ直ぐに目を合わせると深く頷いて見せた。

「……いつの間につるんでやがるオマエら」

 半眼で睨み付けてくる一方通行の視線を受け、上条は頬をぽりぽりと掻く。

「いや、つるんでるってワケじゃ……ない事も、ないのかな?」

「…………チッ」

 面倒くさそうに舌打ちをする一方通行に、上条は気付けば抱いていた恐怖感は紛れていた。
 先ほどのやり取りといい、今の一〇〇三二号に対する態度といい、その人間臭い仕草に化け物としての印象が薄れたからだろうか。


815 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 03:07:52.18 ID:OTA80YTuo


「お前らで勝手にやればいいだろォが。なンで俺まで巻き込もうとしやがる」

 突き放すように言う一方通行を、しかし一〇〇三二号はじっと見つめながら問い掛ける。

「貴方は、力を貸してくれないのですか? とミサカは問い掛けをします」

「……、……」

 無言のまま佇む一方通行。
 が。

「……アホらしィ。オマエらだけで勝手にやってろ」

「! 待って下さい、一方通行……!」

 くるりと踵を返す超能力者に、少女が追いすがろうと駆け出す。

「あっ、おい!」

 呼び止める上条を通り過ぎ、駆けて行く一〇〇三二号。
 咄嗟に伸ばした右手は届かず、すり抜けるように少女の姿が遠くなり、


――――ゆらり、と。視界の端で何かが揺らぐ。


「……、……?」


 見ると、真っ直ぐに立ち上っていた雷撃の柱が、ゆっくりと、大きくたわむように揺れていた。

「な、んだ……? 何が、起こ……っ!?」

 瞬間、背筋を走る違和感。上空を見上げると、そこには。


「ッ! 伏せ――――!」


 巨大な蒼白い閃光が、視界いっぱいに広がり――――――――



816 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 03:13:23.11 ID:OTA80YTuo






「ボッと突っ立ってンじゃねェッ、ボンクラがアアアアアァァァァァァァァッ!!!」

「……!?」


 トン、と白い腕が少女を突き飛ばし、上条の元にその身体が一直線に吹き飛んできた。


「ッ! ……っと、とと……!」

 咄嗟の事にバランスを崩しながらも、上条は何とか少女の身体を受け止めた。

 次の瞬間。



 轟!! と、世界を底から震動させるかのような音と共に、閃光が降り注ぎ。



「……ぐ、がああああぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」



 その雷撃が。膨大な質量をも感じさせる雷の塊が、一方通行の全身を貫いた――――




817 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 03:20:09.36 ID:OTA80YTuo


 立ち込める焦げた臭いと、鼻を刺すような異臭――――オゾン臭。
 閃光に灼かれた視界が、白く染まった世界が、徐々に徐々に、色を帯びていく。

「一方、通行…………?」


 舞い上がる砂埃の向こうで、ゆっくりと人影が崩れ行く。


「そ、んな…………」


 呆然と、それを見つめる一〇〇三二号の声は掠れ、風に溶けた。


――――どしゃり、と。


 柔らかい肉が硬い地面を叩く音がした。


「まさ、か。……そんな、筈は…………」

 焦点の合わない目で、一〇〇三二号がそれを否定する。

「一方通行、は…………。彼の能力が……利いて、ない?」

 目の前の現実が信じられない、と。小刻みに身体を震わせる。

「ミサカを、突き飛ばす瞬間。確かに彼の首のスイッチは、ONになっていた、のに」

 熱に浮かされたような声で、かぶりを振る。

「何、故……」

 見れば、遠巻きに眺めていた他の妹達も、一〇〇三二号と同様に、或いはそれ以上にこわばった表情で呆然と立ち尽くしていた。
 恐らく、口にしてはいないが、彼女達も全く同じ疑問を、困惑を胸中で吐き出していることだろう。

 しかし、幾ら否定の言葉を、疑問の言葉を投げかけても。
 砂埃が晴れた向こうに倒れているのは、間違いなく一方通行で。
 それはすなわち、現実だという事。

 全ての物理現象を、ベクトルを反射する超能力者が、ごく普通の物理現象である電撃の直撃を受け、倒れたという、事実。
 学園都市第一位が、あっさりと力尽きるというありえない光景に、一〇〇三二号は自失した。
 或いは、その原因が彼女を庇ったからだという事の方が、彼女にとっての衝撃なのかも知れないが。




――――その時。


818 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 03:23:15.78 ID:OTA80YTuo


 ぴくり、と。

 その白く細い指先が動いた。

「う、オ……ッ、…………ッは」

「……ッ! 一方通行……!」

 ずり、と。今度は手が動き。砂利を掴む。

「…………クソ、ど、うなって……やが、る……ッ!」

 呪詛を吐くように呻きながら、腕が動く。肘を支えにして、一方通行が少しずつ、上体を起こし始めた。

「ッ! 今、助けま――」

「待て、行くんじゃないッ!!」

「……、ッ!」

 駆け出す一〇〇三二号の腕を引き、上条は右手を伸ばした。


――――バギンッ!!


「……なっ!?」

 砕ける音と、感触に、上条の心に微かな実感が湧いた。
 驚く声を上げるクローンの少女を背中に庇いつつ、上条は掲げた右手の向こうを見据えて息を吐く。



 一方通行の反射の利かない雷撃。
 どうみても一〇〇三二号を狙って放たれたという挙動。
 そして上条はそれらの光景を、魔術的な”眼”を通して、別の側面をも見出していた。


819 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/25(日) 03:26:08.49 ID:OTA80YTuo


「――――そういう、事か……?」

 思わず漏れ出た言葉に、一〇〇三二号が首を傾げる。

「……? 何の、事です、とミサカは疑問を呈します」

「いや、まだ俺も良く分からないことだらけなんだけど、ううん……」

 一〇〇三二号をその場に制止しつつ、上条は倒れた一方通行を助け起こして離れた場所に連れて行く。
 その場にいた他の妹達に預けようとしたが、しかしそれを振り払い、杖を頼りに一方通行が立ち上がる。
 受けたダメージは決して小さくないが、何とか独力で立ち上がる程度には体力を残しているようだ。

「何か、分かったのかァ……?」

 一〇〇三二号の近くに戻ろうとする上条に一方通行が尋ねる。

「ああ。少しだけ、だが」

 気付いた点はある、ヒントは掴んだ。しかし材料が足りない、そんな顔つきで上条は腕を組む。
 考え込む上条に、恐る恐ると言った様子で一〇〇三二号が声を掛ける。

「何だか良く分かりませんが……ところで、とミサカは貴方の思考を中断すべく声を掛けます」

「ん? どうかしたか?」

 一〇〇三二号は上条の尻の辺りを指差しながら尋ねた。

「その後ろからはみ出したカードはなんでしょうか、とミサカは気になった事を指摘します」

「……後ろって、尻ポケットか? ……お、なんだこれ……」

 よりによって取り出しにくいジーンズの左後ろポケットからはみ出た一枚のカードを何とか取り出し、まじまじと見つめる。
 丁寧にラミネート加工されたそのカードは、上条にとっては見慣れた形をしていて、その中央には特徴的な記号が刻まれている。


「…………シェリーさんの仕業か、これは」

 脳裏に意地悪な先輩のしたり顔が浮かび、上条はやれやれと溜め息をついて苦笑する。
 心底、あの先輩には敵わないなと実感しつつ、上空を見上げる。

 渦巻く雷光は今にもその舌を伸ばさんと揺らめいている。


(――――時間が、無い)


 予感めいた想いが、上条の心に微かな焦燥を生み出していた。




844 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:00:21.30 ID:aFzbesrCo


 上条当麻は魔術師だ。

 幻想殺しのせいで落ちこぼれ、術の一つも行使出来ないとはいえ、魔術の知識を持ち、理解できる人間。
 その特殊な右手は、体内の魔力の流れを阻害するし、彼の周りの魔力の流れも乱す為、とことん魔術師という職業に向いてないのだが、そんな彼にも出来ることは、ある。

 例えば、魔力の流れを”視る”事。
 それと、予め他の魔術師に用意してもらった簡単な霊装を使い、その効力を発揮する事。

       、、
 上条は、左手で持ったカード――――ルーンが刻まれた札を眺めた。

 ペオーズ
 PEORTHの刻印が記されている。

 その示す意味は誕生・発覚・再発見。
 またはギャンブル、思いがけない幸運、そして……隠されたものの正体を暴く事を暗示している。

 それが、ルーンの魔術師がこっそりシェリーに受け渡し。         ワンピース
 出掛けにシェリーが上条のジーンズにこっそり忍ばせた、パズルの最後の一片。


845 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:02:41.91 ID:aFzbesrCo


(正直、これが今の状況に対してどんな意味を持つのか、わかりゃしねぇ……)

 しかし、わざわざ気付かれないように渡したという事は、何か意味がある筈だ。
 無い筈が無い。
 あの意地悪で、ひねくれて、それでいて肝心な所でとことんお節介な先輩魔術師が関わっている以上、今上条の手にこれがあるという事実に何の意味が無いというのは、まずあり得ない。
 上条の知るシェリーという魔術師は、そういう人間だった。
 だから、今はそれを信じるのみ。


 ちら、と傍らの少女に視線を向ける。

「……、……」

 少女はこくり、と頷き一つで返して来た。
 少女の目の奥、微かに宿る迷いと恐れは、見なかった事にする。
 表面上だけでも、僅かの躊躇も見せずに了解の意を返してきた事の意味を、上条は正確に理解していた。
 その覚悟を、強い意志を汲み取らない野暮は避けて当然の事。

 上条はそのまま他の妹達へ視線を巡らし、最後に片膝をついてうずくまる一方通行へを目を向ける。
 ギラつくような鋭い目で睨み返して来るものの、形だけでも強がりそうな彼が両の足で立つ事も出来ない辺り、文字通り満身創痍と言った所なのだろう。


846 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:05:40.02 ID:aFzbesrCo


 実の所、上条の与り知らぬ所だが、今現在の一方通行にとって電気・磁気・雷という現象は相性が最悪、正に弁慶の泣き所なのだった。
 何しろ、今の彼は独力ではまともに歩けない、言葉を発する事も理解する事も出来ない有様だ。
     、 、 、 、 、  、 、 、 、
 それを他人の能力と電子機器で補っているのだ。”彼の能力で反射できない雷”というのは、言ってみれば一撃で彼を無力化しうる最悪の相手とも言える。
 にも関わらず、先ほどの一撃で彼が満身創痍ながらもこうして片膝をつきながらも起き上がり、会話が出来るという事は――――

「……、チッ」

 舌打ちを一つ。
 彼の視線の先、上条当麻は妹達の一人、一〇〇三二号と何かを示し合わせ、実行しようとしている。
 自分や他の妹達には、「考えがある」とだけ伝えて詳細は語らぬまま。
 恐らくこうして無様を晒している一方通行については状態を気遣い、始めから戦力に数えていないのだろう。
 一方通行にとって、その事が無性に腹が立って仕方ない。

 とはいえ、客観的に見て今の彼が現状に対し何の役に立つのか。
 そう言われて平然と答えを返せる程の材料を、彼自身も持ち合わせていない。
 その事が余計に腹立たしく、しかし一方通行は噴き上がりそうな怒りをじっくり、時間をかけて抑え付ける。

 思考を冷静に。分析を正確に。状況をクリアに。
 学園都市の頂点たる超能力者は、その鋭い双眸を細め、集中する。


847 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:10:00.28 ID:aFzbesrCo

――――――――
――――
――


 紫電の樹木は、時と共に揺らぎを増し、今にも崩れて倒れ掛からんとしているようだった。

――それが稲妻の柱としてそこに屹立しているのにも、何者かの働きかけが起因している。

 上条は不自然且つ強力な魔力の流れがそこに集中している事から、そう推測した。
 そして、その無理矢理に整えられた均衡が、もうすぐ崩れるであろう事も。


 一〇〇三二号と目を合わせ、上条は一つ息を吐く。
 手には汗、弾む動悸、震える指先――しかし秘めた決意は微塵も揺らがず。
 対する一〇〇三二号の心中は推し量れないが、その心の強さを、想いを上条は信じていた。
 だからこそ、出来れば危険に巻き込みたくないと考えている上条が、協力を要請したのだ。
 無論、時間や状況が、手段を選ぶ余裕を奪っているからでもあるのだが。


「……行きます」


 言葉と同時、一〇〇三二号が歩を進める――――聳え立つ雷光の柱へ向けて。

 一歩近づいただけで、紫電の樹木が大きくたわんだ。
 思わず竦みそうになる足に力を込め、そのまま踏み出す。
 紫電は更に揺らぎを増し、その身を大きくしならせる。
 まるで強い力で引き絞られた弓のようだ。
 そして、その矢はもう間もなく放たれる。


 次の一歩、少女がその身を進めた。

 鎌首をもたげた雷が、刹那その動きを止め――――


「――――ッ!!!!」



―――閃光が、降り注ぐ―――

848 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:14:16.80 ID:aFzbesrCo


 少しでも反応が遅れていたら、失敗に終わっていたであろう。
 それはほんの僅か、瞬きさえ許されぬ刹那の中の刹那。

 しかし、そのほんの髪の毛一本程度もない薄氷を、上条は渡り切った。


「……こっち、だッ!!」

「……ッ!!!」


 その瞬間、一〇〇三二号の腕を掴み、降り注ぐ雷の軌道から引き離す。
 それと同時、上条は左手に持っていた札を、降り注ぐ雷へと投げ込む。
 無理な体勢での強引な動きにバランスまでは取る余裕も無く、もつれ合うように二人は地面に倒れこんだ。



 ズガァァァァァァァッ!!!! と、全身を劈くような轟音と衝撃、そして爆発的な閃光が弾け、そして。




――――――静寂。




849 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:19:16.29 ID:aFzbesrCo



 先ほどまで荒れ狂っていた風が止んだ。

 上空まで立ち昇っていた雷光の柱が、その姿を消している。

 その頂点――――遥か高みにあった少女の気配も消えていた。



 ふと見やると、先ほど落雷のあった場所に、一塊の蒼白い光があった。
 眩いばかりの光を放つそれは、その光のせいで良くは見えないが、ちょうど人一人くらいが身を屈めた位の大きさに見えた。

 そう、丁度少女一人が、膝を抱えて丸まる、その位の大きさに。




850 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:20:49.83 ID:aFzbesrCo


 雷は新たなる宿主として妹達の一人の身体を狙って降り注ぐ。
 その雷を媒介に、ルーンの札がその力の正体を暴く。


――――上条の考えが正鵠を射たか、その目論見が成功したかは分からない。



 ただ、上条には、閃光の中に人影が見えた気がして。

 それが、彼が求めたその姿に見えた気がして。


 ゆっくりと、その身を起こし、のろのろとそれに近付いた。



「…………御坂、か?」


 光に、その中の少女に。上条は右手を伸ばし、





――――――閃光が、弾けた。





851 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:24:10.08 ID:aFzbesrCo



「あ、ぁ、ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああッ!!!」

 咄嗟に反応できたのは、正に奇跡としか言いようが無い。
 動揺で崩れかけた体勢から上条は強引に右手を伸ばし、打ち付ける。

 それだけで、巨大な鉄橋を根こそぎ吹き飛ばすであろう物量の雷が霧散した。

 しかし、少女の影を中心に広がる雷光は再び膨らみ、爆発的に閃光を迸らせ、

「!? ……く、そっ!!」
                            、 、、 、、 、、
 それを上条は右手で打ち消す――――否、打ち消し続ける。


――――キィ、ァ、ァァァァァァァァッ!!!!


 悲鳴のような、軋む音のような響きが、辺りに響き渡る。
 それは、能力に翻弄される少女の叫びか。それとも少女から噴き上がる雷撃の鳴動か。

 無限に膨らむ蒼白き雷光を、上条は右手を翳し押し返し続ける。
 打ち消している筈のそれは、しかしその右手の表面の僅か先に留まり続けていた。


「う、あ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!!!」


 咆哮。

 それは、初めて見る光景に、総毛立つ全身から、震える心から迸る悲鳴か。
 それとも、挫けそうな心を、崩れ落ちそうな己を叱咤する叫びか。


 右手が処理しきれない量の、異能の力。
 今直面しているそれがそういうものだと理解し、戦慄が走る。


 膠着状態――――――――否。


 みしり、みしりと右手が軋み、鈍い痛みが走るのを感じる。     チカラ
 処理が追いつかない――つまり、少しずつ、僅かずつであるが、その異能は幻想殺しを侵食して来ている。
 このまま押し合いを続ければ、待ち受けてるのは――消し飛ばされるのは、上条の方だ。



852 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:25:30.28 ID:aFzbesrCo


(それでも……負けて、堪るかよ――ッ!)


 弾き飛ばされそうな右腕を左手で掴み、強引にねじ伏せる。
 全身の体重をかけ、全霊の気合を乗せ、それでも吹き飛ばされそうになるのを全力で踏み止まる。
 チリチリと漏れ出る雷の筋が肌を灼いていく。
 食いしばった歯から血が滲み出る。
 踏ん張った足は震え、今にも石畳の上を滑り出さんとしている。

 それでも上条は抗った。
 全身全霊で抵抗の意を示した。
 刻一刻と圧力は増していくばかり。
 限界などとうに越えている。


(ち、く……しょう……、……ッ!)


 全身の骨がぎしぎしと軋み、突っ張った筋肉はもう一押しで千切れてバラバラになるだろう。
 上条の頬を冷たい汗が伝う。

――この手を離すわけには行かない。

 心ではそう思っていても、全身を被せるように押さえ込んでいる右手は、少しずつ。
 その皮膚を焼かれ、爛れ、引き裂かれ、そして――――




853 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:26:35.45 ID:aFzbesrCo





「――――の、磁場に同調。……脳波を、同期――――」




           バチィッ!! 、と――――何かが、弾ける音。



854 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:28:10.26 ID:aFzbesrCo




「――――ミサカネットワーク上に防護壁を断続的に展開――――正常に終了。


   目標である雷撃の出力低下を確認。と、ミサカは状況を分析し、報告します」



 言葉と共に、上条の隣に突き出される細い手があった。
 それは、鮮やかな紫電を纏い、上条が押し返す雷光へと吸い込まれていく。

 見渡すと、その向こうにも同じく突き出される手があった。
 その向こうにも。その更に向こうにも。その先にも。そのまた先にも。
 膨張する雷光の周りをぐるりと囲むように、その手は――――同じ顔の少女達による紫電の陣は、形成されていた。


 それを全て見渡し――――全て見渡せる余裕が出来ていることに、上条は気付く。
 幻想殺しと雷撃の爆発が、両者の力が均衡していることに、上条は戸惑いを覚える。

       チカラ
「ミサカ達の能力を全て集めても、持たせる事の出来る時間は僅かです。とミサカは実情を吐露します」


 目が合った妹達の一人が、言った。

     オリジナル
「所詮はお姉様の能力の、ほんの一部にも満たない出力です。とミサカは自らの力不足を悔やみます」


 別の妹達が、言葉を紡いだ。


「私達に出来るのは、貴方のサポートと、そして――」

 次に言葉を繋いだ妹達が、ちらりと視線を動かし。
 上条もそちらに視線を動かすと、そこには。



 暗闇に浮かぶ白い影――――超能力者の姿。



「彼の解析までの……時間稼ぎです」


 蒼白き雷光に照らされ、尚白いその相貌を歪ませながら。


 一方通行は、その全ての能力を、それの為に注ぐ。



855 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:31:54.61 ID:aFzbesrCo


「一方、通行……!」

 上条の呻くような声に、一方通行は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「……、情け無ェが……今の俺はポンコツだ」

 何かの準備運動か予備動作かのように、その両手を握り、ゆっくりと開く。

「限られた時間の中で、完全に未知の法則を相手に、制限された力。状況はお世辞にも明るいとは言えねェ」

 開かれた手を再び強く握り、大きく息を吐き出して――――嗤う。

「だから――――俺の出来る事も、所詮は時間稼ぎだ」

 そしてその両手を高々と振り上げる。死神が構える鎌のように。




                                 ヒーロー
「ムカ付くが譲ってやる。だからドジるンじゃねェぞ――――三下ァァァァァァッ!!!!!」


 瞬間。


     振り下ろされた両手が雷光へと吸い込まれ――――真っ二つに引き裂かれた。




856 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:34:18.99 ID:aFzbesrCo



「ッ! 今、です……! と、ミサカは貴方を促します!」

 少女の声に後押しされるように上条はその裂け目に向けて走り出す。

「う、お……おおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、……ぁぁぁぁぁッ!!!!」

 上条が駆ける先、白き雷光の向こうにシルエットが浮かぶ。
 眩いばかりだった閃光が引き裂かれ、そのヴェールが剥がされた事により明かされたそれは。それこそは。
 上条が、上条当麻が求めた――――少女の姿。

 チカラ
 能力に翻弄され、雁字搦めの運命に囚われた超能力者。

 強くて、優しくて、それ故に誰よりもか弱い自分の心を押し殺し、隠し続けた幼き少女。

 少女の境遇を、少女の傷付いた心を、少女に齎されなかった救いを、人は不幸と呼ぶかも知れない。

 そして哀れみ、同情し、しかしその取り返しの付かない運命を、仕方ないことと諦めるかも知れない。




                 ふこう
(だけど――――俺はそんな運命を、受け入れない)


 そんな結末で、物語を終わらせなどしない。



857 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:36:07.13 ID:aFzbesrCo


 確かにそれまでの彼女の運命は、不幸そのものだったかも知れない。

 それが彼女自身が撒いた種が原因だとしても。彼女の与り知らぬ黒い意志によるものだとしても。

 仕方ない事と、避けられなかった事と、諦めたりなどしない。

 それとも、彼女や、その周り、或いはこの世に存在する誰か等ではない、それこそ運命――――神の意志によるモノが作用しているのだとしても。



      カミサマ                             ミライ
(そう。例え運命がアイツを……御坂美琴が不幸へ突き落とされる物語を描いてるって言うんなら――――――――)


 上条の右手が、蒼い雷光へと伸ばされる。今度こそ届かせると、その掌は何かを掴むように開かれる。

      ミライ              ミライ
 少女の不幸を否定する為に。彼女の幸福を――――掴む為に。




(――――――――まずは、その幻想をぶち殺す!!)




858 :以下、あけまして[saga]:2012/01/03(火) 04:36:46.03 ID:aFzbesrCo



 バギン、と。
 
 
 乾いた音が空間に響いた。






908 : ◆MDOfmX8bYE[saga sage]:2012/03/27(火) 02:28:47.78 ID:+HUwLvgzo


 静かな風が吹いている。
 短い薄茶の髪に頬を撫でられながら、御坂美琴はぼんやりと遙か下方の水面を眺めていた。
 見るものが見ればそれはまるで自殺願望者とでも思うだろう、生気のない瞳。
 常の快活な少女を知るものからすればそれは尚更だろう。

    、、、 、 、 、 、 、 、、 、 、、、、、
――そんな自分自身の姿を目にしながら、御坂美琴は寸刻戸惑い、そして目の前のそれが自らの見る夢だと理解する。


(何で今更こんな夢を見るんだろ……)


 それは、絶望の淵の淵に追いやられた時の自身の姿。
 抗い、弾かれ、それでも抗い続け、そうやって越えた先に待ち受けていたものは、結局底も見えない奈落への崖っぷちであると知った、無力な少女。
 少女は立ち尽くし、叫び、恐怖し。しかし引き返すことも出来ず、その崖の底へと身を投げる事を決めた。


(そして、この後……あの操車場で……)


 思い出しかけ、首を振る。それは決して彼女にとって幸福な記憶ではない。
 目を背けてはいけないと強迫観念に似た思いが首をもたげるが、それでも少女は、せめて今だけは、誰も見ていない今だけは弱い自分でいたかった。
 ぼろぼろな自分の心をありのまま吐き出したかった。


『どうして……こんな事になっちゃったのかな……』


909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:34:38.47 ID:+HUwLvgzo


 欄干にもたれ掛かりながら呟く彼女の言葉は、過去の自分からこぼれ出た嘆きであり、現在の自分の心に渦巻く叫びでもあった。

 目の前で苦しむ人を助けたいという思いを踏みにじられた、どうにかして自分の力で救い出したかったけど、どうにもならなかった過去と。
 それどころかそれさえ更に大きな陰謀に利用され、挙げ句の果てにそんな自業自得な自分に手を差し伸べようとしたお人好しの馬鹿まで巻き込んで、傷つけてしまった、現在。


(ホント、馬鹿ね……)

                       バ  カ
 そして、何よりも馬鹿なのは、そんな親切な少年に甘えて、救われた気分になってしまった彼女自身。
 こんな馬鹿な自分にも救ってもらえる未来があるのかもと、愚かな幻想を抱いてしまった、どこまでも罪深く愚かな少女。


『助けて……』


 その言葉は誰に聞かれることもなく夜の闇に飲まれて消えていく。
 都合のいいタイミングで現れるヒーローなんて存在せず、少女は悲劇から救われるヒロインなんかでは無く、誰もが笑って帰れるハッピーエンドなんて存在してなどいなかった。
 だから、その呟きは、少女の嘆きは、暗い川面に吸い込まれ沈み消えていくのみ。


『助けてよ……』


 そうする事で、少女は振り切ろうとしていたのだ。自分の胸に残された弱気に、恐怖に。
 たとえ振り切ったその先にあるのが、口を大きく広げて待っている絶望の深淵であるとしても。


910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:36:07.53 ID:+HUwLvgzo




 だから、少女には最初それが何か理解できなかった。


「……、……」


 ざり、と。アスファルトの欠片を踏む音がする。
 少女が顔を上げると、そこにはいる筈のない、否、いなかった筈の人影が視界を遮っていた。



「……何、やってるんだよ、お前」



 そう。まるでお伽噺に出てくるような、ヒーローのような少年の姿が。


911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:37:46.41 ID:+HUwLvgzo


 少女は呆然と立ち尽くし、目の前の何かを眺め続けていた。


(……、あれ?)


 何かがおかしい。その言葉だけが浮かび、しかしそれより先に思考が進まない。
 その間にも、少年は一歩、一歩と足を踏み出し、少女に近付いてくる。


「何やってるんだ、って聞いてるんだよ。なあ……」


 びくり、と怯えるように身をすくめる少女。いつの間にか落ちていた視線をのろのろとあげると、痛みを堪えるように顔をしかめる少年の顔が目に入った。


(なんで、コイツ……こんな顔、してるんだろ)


 そこまで考えた所でようやく停止していた思考が回り始める。
 状況はさっぱり理解できない。けど、少年のその顔をこれ以上見たくないと、それだけを思い少女は平静の仮面をその顔に貼り付けた。


「何って――なんでそんな事アンタにいちいち説明しなきゃなんないのよ?」



912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:41:18.00 ID:+HUwLvgzo


――――――――
――――
――


「何って……なんでそんな事アンタにいちいち説明しなきゃなんないのよ?」


 少年の目の前で、少女がいつもの快活さを取り戻し、不適な笑みさえ浮かべてくる。
 そこにいるのは、いつもの少女。元気で自信家で不遜な、万全の御坂美琴だった。
 その事に、上条は抑えきれないほどの苛立ちと悔しさをわき上がらせ、歯噛みする。


「私がどこで何をしようと私の勝手じゃない。こちとら不本意にも超能力者の第三位やってる超電磁砲よ? ちょっとした夜遊びの最中にちょっかいかけてくる不良程度あしらえないようなヤワじゃないのよ、残念なことに」


 それはまるでちょっとした悪戯を親しい友人に見られて言い訳混じりの軽口を叩いてるようにしか見えず、そんな完璧な日常を演じきっているが故にか、決定的な矛盾に気付いていない。
 すなわち、


「……、やめろよ」


 上条の言葉に一瞬言葉を詰まらせ、しかしなんでもないように受け流して美琴は笑う。


「やめるって、何をよ? 第一、夜回りの教師でもないアンタに夜遊びの一つや二つ注意される筋合いなんか無いんだけど。
 あ、お嬢様学校に幻想を抱いてるってんなら言っとくわよ。あそこはアンタら男子が思ってるような甘っちょろいトコロなんかじゃ……」


 尚も言い繕う少女の言葉を遮って上条は言う。



「だからもうやめろよ。お前が今誰に何を言い訳しようとしてるか分からねぇけどよ、少なくともそれは今、ここで、俺に対して言っても意味のない事だろ? いい加減気付けよ!」




913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:43:42.49 ID:+HUwLvgzo


「は、はぁ? ……、な、何をよ?」


 ぐっ、と喉を鳴らし。上条が顔を歪める。
 果たして少女をその夢から覚醒させるのは正しい事なのか。このまま幸せな幻想に浸ったままの方が少女の為なんじゃないのかと疑問が首をもたげる。
 しかし、それらを全てねじ伏せ上条は告げる。

                                かこ
「御坂が今立っている鉄橋は過去お前が立ち尽くした学園都市じゃない。そして――」


 少女が息を呑む音が耳朶を打つ。


               いま
「――お前の立っている鉄橋には、絶望から救い上げる手が伸ばされているって事を!」



 はっ、と少女が見回すとそこには、上条だけでなく複数の人影が立っていた。


 彼女を姉と慕い、遠く異国の地まで駆けつけ集まった、妹達の姿が。



914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:46:30.21 ID:+HUwLvgzo


「……、……ッ!」


 少女の顔に理解の色が広がる。すなわち、それは夢の世界から、現実の世界へと回帰した証。
 それでもまだ若干の戸惑いが隠せない様子で少女は視線を巡らせた。


「アンタ、達……」


 未だ警戒心を覗かせつつ、しかし御坂美琴は本能的に察していた。
 自分を見つめる複数の同じ色の瞳が、一見して無感情に見えるそれらが、温かなものを内側から滲ませている事に。


「…………なん、で?」


 けれども、同時に理解できなかった。
 何故、彼女達――妹達が。少女自身の軽挙が元で望まぬ生と、無数の死を享受する事となった犠牲者たる御坂美琴のクローン体達が、他ならぬその元凶でありオリジナルである自分を、そんな視線で見守るのか。

 だから、彼女は掠れた声を搾り出す。


「なん、でよ……!」


 内から止め処なく溢れる、疑問の声を。


「どうして、そんな目で私を見るのよ……!」


 自らの心の瘡蓋を掻き破り、そこから痛みと後悔を噴出させながら。


「そんなボロボロの姿になりながら、なんで笑っていられるのよっ!!」


 いっその事、数多の責め苦を、呪詛の言葉をぶつけてくれれば楽になるのに、と。


 少女は慟哭する。


915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:47:50.59 ID:+HUwLvgzo


 少女の言葉に、妹達は顔を見合わせた。
 そして、互いの服が擦り切れ、所々焦げ跡さえ残し、また互いの顔や手足が埃や汚れ、細かい火傷や擦り傷だらけである事に気付く。
 どうやら、先程激しく迸る紫電を無理やり抑え付けている時に、抑え切れなかった電撃と暴風でいつの間にか負傷していたのだと、今更ながら認識する。


 けれども、少女達はそれを見て、より一層表情を緩めた。

            、 、 、 、 、 、 、                                     ミサカネットワーク
 そして、妹達――御坂美琴の妹達は、互いの紡ぐべき言葉が、伝えたい想いが同じである事を――彼女達の能力を使うまでもなく――理解し、静かに頷いて。


 彼女達の姉に、その顔を、眼差しを向け直して告げる。



「愚問です、とミサカは意地を張るお姉様に言葉を返します」


 彼女達一人一人の、心からの想いを。



916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:48:59.37 ID:+HUwLvgzo


「確かにお姉様はお節介にも頼んでも居ないのに私達が粛々と遂行していた実験を体を張って止めてくれやがりました」

 と、一六四九九号がわざとらしい溜め息を吐いて言った。


「でも、そのお礼のつもりだとか、ましてやレベル6になったお姉様を危険因子と判断して止めたいとか」

 と、一八〇〇九号がゴムが緩んでずり落ちそうな暗視ゴーグルを左手で直しながら言った。


「そんなくだらない事でミサカはここに立っているのではありません」


 と、一三八八九号が真剣な眼差しを更に強めながら言った。



 そして、一〇〇三二号は、まっすぐと御坂美琴を見詰め、告げる。


917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:49:44.99 ID:+HUwLvgzo






「――――お姉様は、ミサカ達の姉だから」






918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:51:10.29 ID:+HUwLvgzo



「――――――――、ッ」


 自らの喉が蠕動し、くぐもった音を鳴らすのを感じた。
 少女は、御坂美琴は、その自分の体の動きを、理解する事も出来ず、ただ震える自分の体を抱き締め、歯を食いしばる。


「……ただ、それだけです」


        い も う と
 無機質なクローン個体の言葉は、しかし少女の心に温かく染みていった。
 守りたい、救いたいと想いつつも、心のどこかで理解できない、得体の知れない異物のように感じていた少女達の心を、初めて直に感じた気がした。

 ふと目を上げると、自分と同じ顔をした、しかし自分とは違う少女と目が合う。
 少女の目に、キラキラと微かな光が見える。


――濡れて……いる?


919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga sage]:2012/03/27(火) 02:52:12.13 ID:+HUwLvgzo


「そしてミサカは。あの時、ミサカを妹と呼んでくれたお姉様に、重ねてお願いをします」


 少女の――妹達の目に光が揺らめく。そしてそれはそこから溢れ出し、彼女達の白い頬に一筋の線を引いた。


「散々姉不幸をして来た不出来な妹達ですが、せめて、この時だけは……お姉様を姉と呼ぶ事を、どうか許して下さい」


 自分と同じ顔の、数人の少女達が、同じ顔で泣いていた。
 それは、不器用で、ぎこちなく、歪な泣き顔だった。


「ミサカに生きる事の意味を、苦しさを、喜びを教えてくれた、世界で一番大好きな、お姉様を救う事が」


 そんな少女達を見て、美琴は胸の奥がすっと軽くなるのを感じる。
 泣き方一つも分からない、幼い妹達を愛しく想う。


「今を生きる全てのミサカの……心からの、願いなのですから」


 そして、そんな妹達の、まっすぐな愛情を感じ――――美琴もまた涙を流した。



920 ◆MDOfmX8bYE[saga sage]:2012/03/27(火) 02:54:48.02 ID:+HUwLvgzo
以上となります

本当は最後まで一気に突っ走りたかったけど難産
申し訳ありませんでした 
921VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/03/27(火) 03:31:47.67 ID:BNyAVyNSO
乙 待ってた! 美琴の記憶が失われてなくて良かった
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]:2012/03/27(火) 06:10:57.28 ID:W/xNcfI70
は 早く 早く続きを
923VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/03/27(火) 08:27:18.21 ID:jASLtq43o
乙 
969 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岐阜県)[sage]:2012/11/27(火) 20:44:44.14 ID:bQvY3OvOo
もうそろそろヤバイ
970 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/11/27(火) 21:17:42.14 ID:fi3fvfJDO
もう8ヶ月書いてないじゃん
973 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/12/19(水) 23:23:46.16 ID:mbveBVyAO
つーかイブで3ヶ月じゃん
残り考えたら次スレを立てるところだろうけど 

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