- 2 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:33:57.81 ID:xCcOSsdDO
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居場所なんて、存在しなかった。
逃げ道なんて、存在しなかった。
拠り所なんて、存在しなかった。
常に孤独。当たり前になった日々。
友達は皆、事実を知った自分を畏怖して離れていく。
学校で一言も話さない毎日。
それは外に出ても変わらない。
寧ろ、状況は悪化。
『この疫病神っ!!』
何処を歩いても、聞こえる声。
木霊が鳴り止む事は無い。
石や空き缶やゴミを悪霊を祓うように投げつけて、自分に命中したら、人々は歓喜していた。
生まれ持った性質。
“災い、天災を引き寄せる”。
自分に関わった人々は何も悪い事はしていないのにも拘わらず、“不幸”になっていく。 - 3 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:35:10.09 ID:xCcOSsdDO
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『こらっ、その子と関わっちゃ駄目よ!!』
大人も自然と自分を避けていく。
化け物を見る目で軽蔑する。
市街を歩いただけで、大袈裟に騒ぎ出す大人達も居た。
地震が起こるとか、強盗に入られるとか、堤防が破壊して洪水が生じるとか、様々な事柄を。
大人気なく自分を追い払おうと目の色を変え、叫んで蔑んで。
テレビ局の人々に悪フザケで撮られた事も有った。
非道行為と批判され、未放映のまま映像は処分したらしいが、真実かどうか定かではない。
唯一の味方である身内が、揃ってテレビの人達に激昂した記憶がある。
その時の自分には何を言っているか判らなかったけれど、両親は物凄く恐い顔だった。 - 4 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:36:45.88 ID:xCcOSsdDO
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事件が起きたのは、小学低学年の時。
思わず逃げ出して、深夜になっても帰らないで河原に膝を抱え込む。
抑え切れなくて、耐え切れなくて、怖くなって……どうしたらいいか判らなくなってしまった。
このまま、何もする訳でもなく、孤独のまま消えてしまいたい。
……幼い自分は、そう思うようになった。
『こんばんは』
声と共に現出した奇妙な人間。
全身が緑に包まれた衣服を纏う。
膝まである長い銀髪。
男にも女にも大人にも子供にも聖人にも囚人にも見える……『人間』。
『だれ……?』
『アレイスター=クロウリー。
君に興味を覚えた人間さ』
アレイスターと名乗る人間は、手を差し伸べてきた。
『君の噂はかねがね。どうだい、学園都市に来る気は無いかい?』
『……行ったら、“壊れて”しまうよ?』
『懸念は無用。そんな柔に出来てはいないさ』
それに、と人間は畳み掛ける。
『学園都市には、君と同じような境遇の子供達が沢山存在する』
『僕と……同じ……』
『どうかな? 歓迎しよう』
―――それが、自分を変える切っ掛けだった。 - 6 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:37:39.82 ID:xCcOSsdDO
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―――――――――――――――
拝啓。お父様、お母様へ。
最近は著しく蒸し暑くなり、海開き日和ですが、如何お過ごしでしょうか?
本日は、暫く連絡を絶って音信不通な事もあり、今回筆を取らせて頂きました。
学園都市の生活も早数年、貴方達の息子、上条当麻は今日も元気に―――
「リーダー、何やってんだ?」
と。彼の直筆両親宛手紙は、真横に座る人間の横槍によって中断される。
ココは第七学区の飲食店。珈琲に五月蝿い仲間の一人もお気に入りの店。
四人用のボックスに座るのは、周囲から際立つ容姿の少年が四人。 - 7 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:38:45.62 ID:xCcOSsdDO
-
上条「仕事の時、お前の不備で予想以上に物的損傷した始末書だよ」
ツンツン頭。下は黒い制服のズボン。上は黒いタンクトップ。
とある高校に通う一年生。
なのに堂々と煙草を嗜む少年。
彼の名前は『上条当麻』。
垣根「はあ!? 寧ろ破壊しまくってんのコイツじゃね?!!」
金髪の頭。薄赤いスーツを纏う。
上の前のボタンは全部開け放って中から白いワイシャツとTシャツを曝け出す。
ホストを彷彿させる格好。
それが彼のスタイルだ。
彼の名前は『垣根帝督』。
一方「黙れ。人のこと指差してンじゃねェよメルヘン野郎。目障りだ」
白髪の頭。真っ赤な瞳。
下は白いズボンを穿いて、シャツ上に黒いジャケットを着衣。
珈琲を嗜む姿は何処か貴族の様。
彼の名前は『一方通行』。
浜面「てかよ、仕事と聞いて来たのに、こんなノンビリしてて良いのかよリーダー?」
ボサボサの金髪。
特に特徴は無いダボダボのズボンに、肘まで袖を捲ったジャージという姿。
ドリンクを片手に前へ腰を掛ける“リーダー”に問う。
彼の名前は『浜面仕上』。 - 8 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:39:40.78 ID:xCcOSsdDO
-
彼らは学園都市の暗部組織。
作戦を練るリーダー上条当麻。
主戦力で特攻する一方通行。
同じ主戦力で遊撃の垣根帝督。
車など雑務をこなす浜面仕上。
四人で構成された集団。
メンバーはリーダー直々の選抜。
話によれば、学園都市統括理事長アレイスターに直接許可を取りに行ったという経緯が存在するらしいが、実際の所は誰も知らない。
ともあれ目立つ四人。勿論悪い意味で。
他の客や従業員から浴びる視線は決して良い物ではなく、恐れや脅えと言ったマイナスなものばかり。
しかし彼らは全然気にせず、お構い無しの様子で飲食店を満喫する。
上条「問題ねえよ。今日中に終わらせれば上層部の連中は文句言って来ない」
浜面「今日中って、そんな時間が掛かる仕事なのか?」
上条「いんや別に。至って直ぐ終わる。所詮、上条さん達の障害にも及びませんのことよ」
浜面「ふーん……つーか、放っておいていいの? これ」
ピッと指差す方向には、垣根帝督と一方通行。
未だ二人の口争いは続いていた。 - 9 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:40:17.87 ID:xCcOSsdDO
- 彼はどうでもいいようにシッシッと手を払う。
上条「ほっとけ。一方通行は兎も角、垣根に構ってたらキリが無い」
垣根「上等だこのモヤシがぁッ!!」
その直後。一方通行に煽られて腹を立てた彼が、勢い良く椅子から立ち上がる。
反動で机が揺れ、垣根の肘が上条のドリンクに当たったのだ。
垣根「あ」
と呟いた時には既に遅く。
慣性の法則でドリンクは零れた。
―――上条がさっきまで書いていた手紙に。
烏龍茶が手紙を呑み込み、文字が滲んで紙が濡れて……使い物にならなくなってしまった。
上条はピタリと停止し、微動だにしない。凝視する視線の先には手紙。
暫し静寂と沈黙が訪れる。
一方「……はァ、だからテメェは三下なンだよ」
心底呆れたように溜息を吐いて続けたセリフが、止まった時間を動き出す引き金。
上条は銜えた煙草を灰皿に起き、横に座る垣根に向き直って、首根っこを捕らえる。 - 10 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:41:41.36 ID:xCcOSsdDO
-
その行動の意味を理解する彼は明確に狼狽。
一瞬で背筋に焦りの汗が流れ、大洪水中だ。両手を上条に突き出し、彼の憤りを宥めようと必死に抗う。
垣根「ま、待てリーダー落ち着け! ていうか落ち着いて下さい。話し合えば判り合える、人類皆兄弟ッ!!
そうだろ? リーダー? 俺達仕事仲間であり親友じゃないか。
暗部組織だからどうした俺達仲良し万歳三唱ォ!! もはや身も心も一心同体だぜ!」
首を掴まれたままの状態で弁明。
しかし上条当麻は依然と変わらない。
当然、垣根は動揺の色が出る。
リーダーの空気が全く弛緩しないのだ。これは非常に拙い。
垣根「……い、いやっ!! ごめん!! 俺が悪かった、申し訳ありませんでした!! この身に有り余る行動を致しました事を認めますっ。
だからお願い許してっ、止めてっ、離してっ、僕を一人にしてっ!!」
反省の様子は皆無。
救いの余地無し。
上条はそう判断をする。
浜面「無駄だと思うぞ? 言わなくても判ってると思うけど」
一方「究極の自業自得だボケ」
他の仲間も、助ける気は絶無。
これで彼の逃げる道は封鎖された。
垣根「は、薄情―――」
上条「歯ぁ食い縛れよ」
不敵な笑みを浮かべると、右手の拳を振りかぶり、
上条「自粛の文字を学べ馬鹿野郎」 - 11 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:53:01.56 ID:xCcOSsdDO
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――――――――――――――― - 12 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:53:57.84 ID:xCcOSsdDO
-
垣根「畜生ぉ……何で俺だけ……」
リーダーの右ストレートが頬へ綺麗に決まった彼は、膝を抱え隅っこの方で文字通り拗ねていた。
自分だけが殴られて、共に騒いでいた一方通行は咎められない理不尽な現実に嘆く。
と言っても、それはあくまで垣根帝督の中であって、実際に一方通行が騒いでいたかと言うと、……答えは言わずもがな。
リーダーこと上条当麻は垣根の様子を気にも留めない。発言に干渉さえしない。
どうせ直ぐに立ち直ると判り切っているからだ。
勘違いしないで欲しいが、彼は別に垣根が嫌いな訳では無い。
ただ、すこぶる扱いが面倒なだけ。それに尽きる。
一方「……上条。そろそろ仕事内容を説明してくンねェか? 珈琲が切れちまう」
静かに珈琲を飲んでいた一方通行が、上条へ口を開けた。 - 13 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:55:43.68 ID:xCcOSsdDO
- 問われた本人は再び煙草へ手を付けようとしたが、彼の放った言葉によって手が停止。
そのまま片手は空中に泳がせず、顎へ運ぶ。
上条「んー……一方通行が言うんだ。しょうがない、始めるとしますか」
垣根「何でこう俺と第一位の扱いが愕然と差が出るんだ……。そこんトコどう思うよワトソン君?」
浜面「単純に垣根が騒いだり面倒事を起こさなきゃ、リーダーも普通に接するだろ。今みたいな発言をしなければ」
垣根「くっ……!! レベル0のくせに正論過ぎて何も言えねえ!! こうなったら『第一位とリーダーはホモ疑惑』っていう噂を―――」
上条・一方「ブチ殺すぞ」
二人は特に表情も変えずに一言。
目線も合わさず感情が籠もって無い分、背筋に迸る恐怖が増大。 - 14 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:56:38.66 ID:xCcOSsdDO
- だがそれは周囲の一般客と店員だけ。矛先を向けられた垣根は全く効き目が無い様子。
だからこそ上条は頭を抱える。
自粛を知らないので、懲りる事が無いのだ。それも今更であるのだが。
上条「……まあいい。とりあえず依頼の紙を―――ん?」
垣根に構っていたら話が進まない。
なので彼は取り合わない形で、ズボンのポケットに手を突っ込み……疑問を発した。
上条「……」
反対ポケット。尻部分のポケット。
はたまた傍らに置いた学ランの全てのポケットや懐を探る。
だが何も出て来ない。 - 15 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:57:39.93 ID:xCcOSsdDO
-
上条「……」
一方「……」
垣根「……」
浜面「……」
静まる静寂の中。
リーダーは人差し指と親指を顎に添える。瞳を閉じ、考え込む。
たっぷり数十秒。
上条「……」
そしておもむろに灰皿に置いた煙草へ手を伸ばす。
口に銜えて思いっ切り吸い、硝子越しに青空を眺めると、
上条「ふーっ……」
浜面「『ふーっ』じゃねえよオイィッ!!?」
垣根「なになにっ、依頼の紙を無くしたのか!!」
一方「はァ……」
焦りつつツッコミを忘れない浜面に対し、却って垣根は至極嬉しそう。
今度は一方通行が頭を抱える番。 - 16 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:58:52.72 ID:xCcOSsdDO
- 何と表現したら良いのやら、四人の中では所謂『恒例のアレ』だそうだ。
つまり上条当麻の性質、不幸スキルが発動した模様。
しかも厄介な事に何時何処でかは不明。もはや打つ手無し。
上条「まぁ……アレだ。お前ら探して来い。俺はここで待っといてやるから」
腕を組み、シレッと彼は言い放つ。……自分勝手極まり無かった。
勿論、他のメンバーは反論を叩く。
浜面「うっわ!? 自分の責任を俺達で補うつもりだぞ上条の野郎!! 人間じゃねえ!! 悪魔か!? 鬼かッ!!? ウニ星人かぁッ!!!?」
垣根「人の事言っておいてコレかよっ!! そんなんだから何時まで経ってもウニのカツラ被ったような、ダサい髪型してんだよ!! 女の子ドン引きだぞ!!」
……いや、前言撤回しよう。
彼らが放った言葉は反論の類ではない。ただの悪口だ。 - 17 :977 [saga]:2011/04/08(金) 07:59:54.09 ID:xCcOSsdDO
- 勢いに任せた二人の口は一言多いとか文句を言うとか、そういうのでは無く、一切無関係な上条の容姿に就いて罵っているだけ。
メンバーの中でも比較的気の短い一人でも在るのだから、当然の如くその言葉に素直に反応する。
上条「―――んだとコラ?」
リーダーが瞳を開けた時には既に、ソファーに座っていた二人は……忽然と姿を消していた。
黙ったまま飲食店の出入り口へ視線を移す。ソコには浜面と垣根が全速力で逃走する様子が在る。
流石、長年連んでる親友。自分が憤る前提で罵倒を浴びせたらしい。
そう言う所は随分と頭の回転が速いので、明らか無駄な所で才能を浪費していること間違い無い。
もう少しその部分を仕事に回してくれたらと上条は切実に思う。
心の底から溜息を吐き、席を立つ。
一方「東に二十三度。四百メートル範囲内だ」
上条「あいよー」 - 18 :977 [saga]:2011/04/08(金) 08:01:24.43 ID:xCcOSsdDO
-
浜面と垣根の逃走を謀った居場所、では無い。
そんな些細で下らない事に一方通行は能力は行使しない。そもそも二人に使ってやる能力何て持ち合わせていない。
四人のリーダー上条当麻は学ランを着衣。指貫タイプのグローブを嵌めてサングラスを掛ける。
アレイスターが用意した彼専用の戦闘スタイルだ。
彼は飲食店から出ると一方通行の助言、東を向く。
東は二人が逃げた方向でもあるし―――失った紙の方向なのだ。
上条「鬼ごっこにしちゃぁ乏しい。ゴールが逃げる迷路ゲームだなこりゃ」
不敵な笑みを漏らす。
言葉の矛先は『敵』へ。 - 19 :977 [saga]:2011/04/08(金) 08:02:42.56 ID:xCcOSsdDO
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もう依頼は始まっているのだ。
紙を奪った張本人こそ、今回の依頼内容の敵。浜面は車を調達、垣根は先に敵グループを追う。
一方通行はお休み。上条はリーダーとして締めに回る。
上条「俺達から情報を奪おうと画策したのは良いが、爪が甘い。
テーブルの下に盗聴器なんざバレバレだっつーの」
紙は囮。まんまと敵は自分達の作戦に嵌った訳だ。
飲食店で四人の会話は演技ではない。寧ろ日常茶飯事の会話。
急に切り替えスイッチが入ったのは、一方通行の演算が終了して特定が出来たから。
―――ただ、それだけの事。
こうして闇に堕ちた四人の一日が始まった。
……しかし。後に彼らは、この平和な日常が劇的変化を遂げる事を思い知る。
夏休みまで、僅か一週間。 - 39 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:16:56.76 ID:qY5aRypDO
-
路地裏。薄汚れた、穢れた道。
表通りを跨ぐ人々が決して踏み入れる事は無い通り。
武装無能力集団(スキルアウト)が主に行き来する、敷かれたレールの上を走る事を自ら止めた者、又はねじ曲げられて進めなくなった者。様々存在。
―――一般人が踏み入れてはならない……そんな道。
少し、広い場所。
黒いビニール袋が散乱。
ゴミ置き場として使う所。
ソコに、ゴミとは違う物。
赤とは程遠い黒っぽい色。
仄かに香る臭いは慣れた悪臭。
『物』は……人間。
『色』は……血。
『悪臭』は……血の臭い。
全身が血に染まった人間は分断、串刺し、風穴。
色々な有り様で転がっていた。 - 40 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:19:15.39 ID:qY5aRypDO
- 一人は胸中に細いパイプが壁へ串刺しにして、人間噴水を築く。
一人は首から下を分断し、ジグソーパズルでも不可能な肉塊に変貌。
一人は全身のあちこちに、直径三㎝の風穴が幾つも空いていた。
全員で何人なんて判りやしない。
何故ならそれぞれ“人間の原型とは懸け離れている”のだから。
男「たっ、たたた、助けてくれ……っ。金なら、金なら幾らでもやるからっ!! お、お願いだ……」
衣服の襟を掴んで壁に押し当てる。
敵グループの統率する人間。
自分より遥かに図体が大きいはずなのに、酷たらしい惨状を目の当たりして精神も貫禄も崩れ去ったらしい。 - 41 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:21:02.36 ID:qY5aRypDO
- 襟を掴む上条当麻は無表情で、男を凝視。
冷酷なる目で。残酷なる瞳で。
上条「お前さぁ、勘違いしてねぇか?」
感情など、籠もって無い。
確認作業をするように。
籠もって無いからこそ、喉元に刃物を突き付けられる錯覚を感受。
錯覚は精鋭された殺気。
表情は、狂いきった笑みへ。
上条「暗部何て腐敗に堕落を重ねた場所で生きてるくせに、なに救いを求めてる訳?
ハハッ!! 何人も人間を殺してきて助けてくれ? 随分と都合が良いんだなぁ~」 - 42 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:22:47.37 ID:qY5aRypDO
-
男は言葉を詰まらせる。
みっともなく涙や唾液を垂れ流す。命乞いをする自分と、今まで自分が殺して来た人間を重ねてしまったのだ。
上条「俺達を殺すつもりで狙ったんだろ? じゃあ喚くんじゃねぇ。黙って殺されろ。暗部(ここ)はそう言う世界だ」
拳銃を携えるもう片方の手で、銃口を男の額に添える。
弾丸を装填して、上条は告げた。
上条「―――じゃあな」 - 43 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:24:33.06 ID:qY5aRypDO
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―――――――――――――――
学ランを脱ぎ捨て、サングラスを外す。
依頼終了。見事達成。その合図だ。
彼は身を翻し、血と肉で埋もれた小さな場所から立ち去る。
垣根「うぃっすリーダー」
空から残党の始末をしていた垣根帝督が、六枚の翼を生やして上条の隣に降り立つ。
彼は言葉を発さず、ぶっきらぼうに片手を上げる動作で、垣根に応答。
満足したのか、無垢な少年のように笑みを浮かべると、水が入ったペットボトルを上条に渡す。 - 44 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:26:38.65 ID:qY5aRypDO
- 受け取った彼は、首を傾けた。
垣根「『血浄水』さ」
有り様を察した垣根が述べる。
調子良く指をくるくる回し、
垣根「服に移った血生臭い悪臭、肌にこびり付いた血を完全に流し落とす水。すっげー便利だろ?」
上条「マジか、サンキュ」
躊躇無くキャップを空け、頭から水を被る。
垣根はペットボトルをケラケラと笑いながら指差し、
垣根「まあ唯一のデメリットで、被ったら鶏糞臭くなるけどな」 - 45 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:31:03.62 ID:qY5aRypDO
-
上条「……」
ピタリと静止。
彼は無言で浴びるのを止めると、自らのポケットに手を忍ばせ、
垣根「じょ、冗談だって。軽いジョークに決まってんじゃんか?
だから拳銃を仕舞おう。な? 物事は穏便に行くべきさこれ大切」
上条「ったく……」
再びペットボトルを逆さまにして、水を流す。
返り血を浴びた髪をもう片方の手でわしゃわしゃと掻きつつ、上条はリーダーとしての役目で問う。
上条「浜面と一方通行は?」
垣根「浜面はココを抜けて直ぐにワゴン車で待機。第一位は会計を済ませて先に帰ったってさ」
上条「ん、了解。お前は浜面と車で帰ってて良いぞ。俺はやる事残ってるし」
垣根「えーっ!? リーダーも一緒に帰ろうぜぇ? 何だよ用事って、すっぽかせよ」
上条「馬ぁ鹿。ガキみてぇな駄々こねんな。気持ち悪い。それに逃げると色々五月蝿えんだよ」 - 46 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:34:15.36 ID:qY5aRypDO
-
使い切ったペットボトルを垣根に押し付け、吐き捨てるように彼は言い放った。
至極億劫そうに溜息を吐く。
その有り様を見て、垣根は得心したとばかりに頷き、透かさず拳を作って悔しがる動作を露骨に表現。
垣根「くそぅ、また幼馴染みかよ。何時も何時も俺達の時間を奪いやがって……!!」
上条「幼馴染みっつーか、腐れ縁な? それと『俺達の時間』ってそういう言い回し止めろ。キモイ」
垣根「いーや、アレは幼馴染みだろ? 確か……小学生からずっと一緒だったんだっけ?」
上条「……残念な事にな」
垣根「ひっでぇ言い方。性格は難有りだけど、顔は将来性抜群じゃん。絶対美人になるね」
上条「だから何だよ。アイツが美人になろうが、“この世界”に居る俺にとっちゃ、どうでもいい」
垣根「じゃあ俺達の仲間に歓迎してやれば?」
何気無く放った発言だが、垣根は失言だったと悟り、悔恨する。
何故ならば……リーダーが目を一瞬だけ細めたのだ。
瞬きの間に戻っていたが、垣根は看過していない。 - 47 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:36:17.49 ID:qY5aRypDO
-
その動作には意味がある。
弱音や情けない姿を一切見せない上条当麻が唯一、心が揺らいだ時。
上条「……馬鹿が。あんな自分勝手なヤツ、雑用にもなんねぇよ」
そしてこのセリフも、幼馴染みに対する優しさの裏返しである事を……垣根帝督は知っている。
上条当麻という人間は残虐冷酷非道だ。
敵と認定した場合は逡巡無く、出し惜しみもせず殺す。
―――“例外”を除いて。
それは自分だったり。
一方通行だったり。
浜面仕上だったりと。
必ず彼の中にも『基準』が有るはずなのだ。 - 48 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:42:24.46 ID:qY5aRypDO
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自分達はたまたま当て嵌っただけ。
もし進む道を踏み誤っていたら、少なくとも自分は生きていない。
当初から上条に従順だった訳じゃ無く、寧ろ初対面は“最悪”と言って良いほど悪かったりする。
勿論喧嘩をふっかけ、上条に持てる実力を発揮して戦いを挑み、垣根帝督は激昂した。
何が解ると。
俺の苦しみを。
初対面のテメェに。
八つ当たりには間違い無い。
御門違いなんて百も承知。
でも。向ける怒りの矛先が違えど……自我を見失った己を、抑える事は出来なかった。
それ程、傷付いた過去が有る。
ぐずぐずに壊れた昔が存在する。
どうしようも無くなって、自分でも道が視えなかった時があった。
確証は皆無だがおそらく、垣根だけでは無い。
一方通行も浜面仕上もだ。 - 49 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:46:32.28 ID:qY5aRypDO
-
絶望の淵から引き上げてくれたのは、上条当麻だった。
もしあの局面で出会えていなかったら、『今』は無かった。
今の日常が平和かと聞かれれば、決して率直に頷く事は出来ない。
だけど。
垣根帝督にとって仲間と過ごす日々は、『掛け替えの無い日常』という確固たる真実だから。
故に上条当麻は優しい。
表面は残虐冷酷非道だが、根底に有るのは必ず優しさ。
ただ、それを何かの切っ掛けで心の奥底へと閉じ込めてしまったのだ。
理由を彼は語らない。
必要が無いと感じているのだろう。実際、その通りだった。
しかし、上条の様子を判別出来た時、垣根は考え直した。
暗部に救いは存在しないと上条当麻は述べる。
正論だ。反論する余地など何処にも無い。
未来永劫、救われる事は皆無。 - 50 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:48:08.33 ID:qY5aRypDO
-
―――だけど、それじゃ……可哀想だ。
―――何か悲しみを背負って生きる。
―――『リーダー』が。 - 51 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:49:40.14 ID:qY5aRypDO
-
同じ窮地に陥ったからこそ判る。
あの顔は悲しみを背負った人間の表情だ。
ならば救ってやりたい。
自分の時のように。
心の底から穏やかな笑みを浮かべるまで。
浜面「よっ、遅かったな」
ワゴン車の扉を開けると、浜面が話し掛けてきた。
垣根は適当に返事を返すと、助手席に乗り込む。
浜面「んあ? リーダーは乗らないのか?」
垣根「これから用事だとよ。女の子とイチャイチャタイムさ」
上条「阿呆。んな良いもんじゃねぇよ」
扉越しに彼のツッコミが入り、さっさと行けと言わんばかりに手を二回払った。 - 52 :977 [saga]:2011/04/09(土) 06:52:24.88 ID:qY5aRypDO
- 状況を理解した浜面はポツリと呟く。
浜面「お邪魔虫はどっか行けってか」
垣根「そーゆー事」
上条の言葉を聞く間も無いまま、車を走らせて街に消えて行った。
残ったリーダーは、頭を掻いて溜息を吐く。
上条「……口数の減らない野郎共だ」
―――だから、垣根帝督は託すのだ。
上条「で? お前は俺に一体何の用な訳?」
―――現在、上条当麻を救える可能性を秘めた唯一の存在。
美琴「何よご挨拶ねぇ。そんなに私と会うのが嫌?」
―――上条当麻の幼馴染み、御坂美琴に。
- 74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 18:51:18.59 ID:ZGyXNHbDO
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一方通行は夢を見ていた。
自らの記憶を辿る夢。
日溜まりの中で生きる自分。
人生で一番輝いていた時。
『兄さんっ』
親も居ない自分に唯一存在する妹。
周りが化け物扱いする中、妹だけは自分を兄として家族として接し、慕っていた。 - 75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 18:54:02.69 ID:ZGyXNHbDO
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太陽に負けない程、弾けるような笑顔を浮かべながら何度も何度も自分を呼ぶ彼女が印象的だった。
プレゼントした花のヘアピンも目を輝かせて受け取り、間髪を容れず抱き付かれたのもまた、大切な一時。
『例え周りの人達が怯え敬遠しても、私にはたった一人の優しくて格好良い兄さんですからっ』
幸せだった。
共に過ごすだけで、幸福を感受。
妹が幸せならば何でも良い。
妹の笑顔のためなら、どんな困難にも立ち向かえると信じていた。
彼にとってこれ以上求めるものは何も無かったはずだ。
―――“幸せは長くは続かない”と言ったのは、誰だろう? - 76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 18:57:04.69 ID:ZGyXNHbDO
-
我が妹はその命を落とした。
病気で死んだのならどれだけマシだったか。
事故で死んだのならどれだけ私怨し易かったか。
『おうおう、漸くお兄ちゃんの登場か? だが残念な事に、ちぃーっとばかし遅かったなぁ』
『にい……さ……ん』
『何、やってンだよ、オマエ……?』
―――いずれ一方通行は相対する。
『そう悲愴な顔すんなよ。実験で死んだ人数はコイツだけじゃねぇ、被験者の半分以上は逝っちまった。
……まぁ? 言うなれば“運が悪かった”ってこったな』
―――苦痛の記憶を刻む羽目になった、憎悪のド真ん中で忌々しい宿敵。
『に、ぃ……さ……―――』
『百合、子? ……百合子ォォォォッ!!!!!!』
―――決して赦す事の無い、己が歩む道を復讐に覆われた原因。
『木ィィィィはァァァァらァァァァァァァァァァッッ!!!!!!!!!!!!』
―――木原数多に。 - 77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 18:58:55.68 ID:ZGyXNHbDO
-
―――――――――――――――
一方「……」
目覚めは……最悪だった。
吐き気を催し、咄嗟に口元を押さえて堪える。
夢の内容の所為で余計に気分が悪い。思い出したくもない事を想起したので無理も無いだろう。
嘔吐し掛かった胃液を無理矢理飲み込んで、焼けるような感覚が喉を汚染。
一方「……チッ」
舌打ちを鳴らす。どうやら吐き気と共に寝汗をかいていたらしい。
億劫だが、いい加減に対処を思考。
上半身の寝汗は反射で弾き飛ばし、ぐっしょりに濡れたシャツは外出の際に風のベクトルを操って乾かす。以上。 - 78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:01:56.80 ID:ZGyXNHbDO
-
自分の中で決断を下し、上体を起こす。
髪をガシガシ掻きながら、傍らに置いていた携帯へ手を伸ばして時間を確認。
一方「四十分しか経ってねェのか……」
熟睡に至らない仮眠程度。
正直まだ寝足りないが、中途半端に睡眠を取った為なのか却って目が冴えた。
おそらく上条達が仕事を終えた頃だろう。
呼び出しが皆無だから四人で何処か行く予定、って訳じゃ無さそうだ。
未だに夢の内容が彷彿する。消えない心の蟠りがこの上なく鬱陶しい。
振り払う手段として、行き付けのコンビニへ赴き珈琲を買いに行こう。―――その時だった。
一方「……?」
携帯に電話が着信。バイブは無しだ。 - 79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:06:42.33 ID:ZGyXNHbDO
- 仕事の際に鳴る可能性を踏まえた上で、メールや電話が着信されても画面に表示だけのサイレントマナーモード設定にしている。
……蛇足だが、垣根はワザと解除してるらしい。ただの馬鹿なのか上条に構って欲しいだけなのか、定かでは無い。
話を戻そう。
一方通行も電話が着信するぐらいでは訝しまない。
彼が怪訝を覚える要素―――『非通知』なのだ。
眉を潜めて暫く眺めるも、怖々と通話ボタンを押して耳に添える。
『どうも。一方通行?』
老いた人数の声色。
そして一方通行の頭脳では、電話相手の正体を既に見破っていた。
実に単純明快。連想ゲームの感覚だ。
一方通行の名を知る且つ電話番号を関知。逡巡無く電話を掛ける。
しかもわざわざ遠回しな連絡の取り方……もうお判りだろうか? - 80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:08:38.10 ID:ZGyXNHbDO
-
一方「何処ぞの腐った研究者が、俺に一体なンの用だ?」
老人『ふむ。理解が迅速で助かる。こちとら年を喰った老いぼれのジジイ。長く喋るのは疲れるのでな』
一方「ハッ! ロートル共は長話好きってのが定番じゃねェのか? まァ、どォでもいいけどよ」
老人『“レベル6”というモノに興味はないかね?』
彼は、目を細めた。
キーワード自体なら小耳に挟んだ事はある。超能力者を超越した存在―――『絶対能力者』。
だが実際問題、どうせ都市伝説だとか有り得ないとか決め付けていて、一方通行は絶対に信じ込む事は無い。
何故ならば自分が学園都市の頂点なのだから。
『ベクトル操作』と言う反則的な能力を有するが、それで尚、レベル6の境地に辿り着けない。
以上の上記を踏まえ、絶対能力者は存在しないと推し量っていたのだ。 - 82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:10:14.75 ID:ZGyXNHbDO
-
しかし、現在。
電話越しの老人は、そのキーワードを放った。
レベル6に興味はないかね―――絶対能力者に君臨する気はないか? と。
一方「……内容を言ってみろ」
生涯で、自分の脳を研究し弄くって来た研究者の人間達は、必ず何処か“オカシかった”。
変にトチ狂ったヤツ。
精神がイカレてるヤツ。
頭がわいてそうなヤツ。
性根や根性が腐ったヤツ。
とりあえずマトモではない連中ばかり。今まで関わった実験の内容も常識を覆す事柄が多々。
どうせ今回も普通では無い。 - 83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:12:27.59 ID:ZGyXNHbDO
-
老人『樹形図の設計者によれば、レベル6へシフトするのは君だけしか居ないと叩き出しておる。
128回『超電磁砲』を128種類の戦闘パターンで殺害する事での』
一方「……」
ほら、予測通り。
矢張り自分に話し掛ける人間など、『あいつら以外』は正気の沙汰じゃない。
超電磁砲……確かリーダーの幼馴染みだったはず。
そいつを128回別々の手段で殺せ? 馬鹿野郎。自分に死ねと言ってるようなものだ。
老人『だがのぅ、超電磁砲を128人も複数の確保は不可能じゃ。ソコで急遽用意されたのが“妹達”』
一方「妹達?」
老人『クローンじゃよクローン。素体を御坂美琴とする、超電磁砲量産計画の妹達』
一方「……ハッ」
……どうやら、学園都市は相当“あいつ”を敵に回したいらしい。
思わず鼻で笑ってしまう程に。
常軌を逸する所の話では無さそうだ。 - 84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:15:29.94 ID:ZGyXNHbDO
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一方通行は思考に耽る。
元より実験に加担する気はハナから無い。
以前の自分ならば食い付いていただろう。強さを求めて。
しかし、今は違う。
より強さの高みを求めた所で、我が妹の百合子が還って来る訳じゃ無い。
何の罪も無い人間を無差別に比喩無しに八つ裂きした所で、心に澱めく『悔恨』や『復讐』が晴れる訳じゃ無い。
木原数多を捜せる手段にはならない。
木原数多を誘き寄せる方策にはならない。
―――残るのはただ悲しみと後悔だけ。
自分も何処かで理解していて、何処かで否定していた。
こんな方法では何も見出せないと説得する己と、いずれ必ず木原が来ると可能性を諦めない己。 - 85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:20:03.28 ID:ZGyXNHbDO
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自我や自身を抑え切れないくらい、暴走を繰り返していた時があった。
そんな己を完膚無きまでに薙ぎ倒し、目を覚まさせてくれたのは上条当麻だ。
彼のお陰で今の自分が居る。なのに恩を仇で返す真似が出来るはずがない。
一方(アイツの耳にも入れておいた方が得策か? それとも様子を窺うべきか……)
老人『―――という事だが、どうだね?』
何時の間にやら話は終わったらしい。
元々答えが決まっている一方通行は単刀直入に言葉を放つ。
一方「断る。ンなモンに興味ねェンだわ。それと上条当麻っつー男には気を付けな。この男にバレたら命の保障はねェぞ?」
老人『ふむ……そうかい。残念だ』
最後まで聞かずに通話を切る。
時間の無駄だと判断したのだ。
これで、相手の脳内に上条当麻という人名を刻み込み、僅かながらに警戒心を持たせる事が可能。 - 86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:21:56.33 ID:ZGyXNHbDO
-
もし上条当麻を知り抜いている場合、名が出て来た時点で動揺を隠せないはず。
しかし電話の爺は至って普通。
つまりは知らない。故に躊躇は無い。
ソコが一番恐ろしいのだ。何を仕出かすか予想が付かないから。
一方「一応釘はさしたが、どォ手を打って来るか……とりあえず明日集合する時、アイツに伝えとくか」
―――――――――――――――
老人「ふむ、断られるとは計算外だの」
白衣を見に包むデスクにもたれて座る初老の人間。
蓄えた白髭は何処か凛々しさがあった。 - 87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 19:24:18.10 ID:ZGyXNHbDO
- 言葉とは裏腹に余裕を感じさせる態度は、目の前に佇む若い研究員に疑問を抱かせる。
だが、老人は若い研究員の疑問に取り合わないように、命令を飛ばす。
老人「『絶対能力進化実験』は続行するんだ。被験体が拒むなら、強制的に参加させるまで。
00001号を一方通行に送り込み、戦闘を開始させるんじゃ」
研究員「は、はいっ」
老人「それともう一つ」
間髪容れずに畳み掛けた。
人差し指を立て、老人は口元を吊り上げ、薄く狂笑を浮かべる。
老人「御坂美琴とコンタクトを取れ。以前から考案されていた“例の実験”を勧めておくこと」
研究員「え……で、ですが、アレは脳によるダメージが甚大な為、破棄されたんじゃ……?」
老人「心配は無用。統括理事長の許可も取っておる。彼女が拒んだ場合、“それなりの手段”を用いてもよいとな」
研究員「か、畏まりました。では直ぐに『猟犬部隊』に協力要請の手配致します」
パタパタと退室する研究員。
部屋に漂うのは老人の狂った笑みと―――虚空の中で微かに聞こえるクククッと喉を鳴らす怪しい笑い声だけ。 - 98 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:11:27.96 ID:ASAJP9DT0
-
御坂美琴は路上に佇んでいた。
憂いを漂わせる面持で、物寂しさ感じる視線を辿ったその先、彼女が求める人物は……居ない。
閑寂なる“彼”の名残だけが、彼女を占める。
美琴「……」
行き交う人々に逆らうように立ち尽くし、美琴は呆然と彼が喧騒に消えた先に視線が釘付け。
胸元で両手をキュッと柔和に握り、彼女の心は惑いの檻に閉じ込められていた。
―――それは、先刻の事。
- 99 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:12:44.67 ID:ASAJP9DT0
-
上条当麻は彼女の功績に殊勝し、溜息を吐く。
今居る場所は御坂美琴の学校へ行くルートでは無い。
つまり、彼女の能力を応用した『レーダー』で自分の現在地を突き止めたのだ。
右手で打ち消してるはずなのだが、美琴の証言によれば消されているので逆に判り易いとの事。
彼にとっては迷惑極まりないのは確かである。
……でも、上条の纏う雰囲気の刺が和らいだのは、気のせいじゃない事も確か。
美琴「何してたのよ? 路地裏に入って怪しいわね」
上条「別に。何時もの不幸スキルが働いて、スキルアウトに追い掛けられていただけですよー」
疲れた疲れた、と言わんばかりに両手を存分に伸ばした。
彼女は上条の言動に疑問を抱かず、彼の下へパタパタと近寄って行く。 - 100 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:14:29.55 ID:ASAJP9DT0
-
上条「……んだよ、近寄ると不幸が移っちまうぞ?」
美琴「アンタって何時も黒のタンクトップ姿よねー。他に服持ってない訳?」
上条「無視かよオイ」
取り合わない美琴は彼の腕に自分の腕を絡ませると、ぐいぐい引っ張って前方へ指差す。
無垢な少女は上条に対して、お姉さんのような振る舞いを示唆。
美琴「ほらっ、そんな暗い色ばっか着てないで、もっと違う明るい色な物を買いに行きましょ? 美琴さんがアンタに似合う服をあげるわよ」
上条「……はぁ」
―――それを彼は、払った。
- 101 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:16:42.80 ID:ASAJP9DT0
-
美琴「ちょ、ちょっとぉ!?」
戸惑いの声を上げるも、上条は聞く耳も持たないで彼女に背を向ける。
ポケットに手を突っ込むと、何も告げずに彼は歩き出した。
当然、御坂美琴は制止の声を呼び掛けるが……口が動かない。
上条「―――言ったはずだよな」
顔だけ僅かに振り向かせ、彼女を一瞥。
鋭い目筋に籠められた殺気。
視線に全てを凝縮した刃は、御坂美琴が怖じ気付いて無意識に停止する程、恐怖を駆り立てた。
様子が一変した上条の姿は、幼馴染みである長い付き合いの中でも、彼女にとって初めて見る一面。
“ようやく”見せてくれた上条当麻のもう一つの顔。その片鱗。 - 102 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:18:43.00 ID:ASAJP9DT0
-
上条「俺に関わんなっつってんだろ。例え美琴だろうと、いい加減容赦しねぇぞ」
去る直前の時、『美琴』と呼んでくれたのは……自分が知っている上条当麻の根底に宿る“優しさ”だと、信じたい。
―――そして、現在に戻る。
黒子「おっねぇっさま~」
突如、御坂美琴の腕に絡み付くように腕を回すツインテールの少女。
彼女を慕う後輩、白井黒子だ。
とりあえず無言で額へ結構強めにチョップを叩き付け、鈍い音を奏でる。
伴って額を抑え、呻き声を漏らし路上でのたくる後輩の姿。
- 103 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:20:18.96 ID:ASAJP9DT0
-
美琴は何時もの事だと呆れ混じりの溜息を吐いて、我が後輩の腕に留めた腕章を発見。
それは彼女がジャッジメントの証。普段は付けていないが、仕事中の際には必須らしい。
故に、
美琴「黒子、アンタが居るって事は、やっぱりこの辺りで何かあったの?」
彼女の呼び掛けに、身悶えていた白井がピタッと停止して反応を示唆。
額をさすりつつ、立ち上がって美琴に返答する。
黒子「その、“やっぱり”って言葉が少々引っ掛かりますが……まあいいですの。
どうせ何時もの殿方にお姉様は夢中なのでしょうし」
美琴「なっ……!? ち、違うわよっ!! ただ、ちょっと気になっ―――」
黒子「この近辺に悲鳴が聞こえてきたと、報告を受けましたの」
彼女を遮り、白井は畳み掛けた。勿論故意で。 - 104 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:22:18.59 ID:ASAJP9DT0
- ツインテールの髪を手で研ぐし、
黒子「即席でわたくしが派遣命令が下り、赴いたという訳ですの」
美琴「ふぅーん……やっぱり、か」
再び、視線を街並みへ戻す。
美琴の思う人は居ない。
それでも、自然と上条を追うように目を移すのは、彼に対する心の色の表れか。又は別物か。
白井黒子は彼女の心境を容易に汲む。意中の殿方……上条当麻を思い悩んでいるのだろう。
彼とは何度か美琴との関わりで対面を交わしている。
どうやら我が尊敬する先輩との間柄は、小学生の頃に出会った幼馴染みらしい。
だが上条当麻の態度は、その関係を感じさせないほどの粗雑で乱暴な扱い方。
寧ろ嫌悪を示し、美琴を遠ざける発言ばかり。
本当に、もはや“ワザと”としか思えないくらいに。
- 105 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:24:16.01 ID:ASAJP9DT0
-
黒子「お姉様……お言葉ですが、もう諦めなされる事を提案しますの。こうも突き放されてばかりでは、ただの鼬ごっこでしか無いですの」
美琴「……違う、違うのよ」
彼女は俯き加減で首を横に振り、必死に否定した。
その様はさながら自己に語り掛けるように。
美琴「アイツは……昔のアイツはもっと、優しかった。
でも……中学校に入って直ぐの時、今みたいな感じになって……」
中学生の時、彼の身に“何か”あったのは間違い無い。
そうでなければ、街を歩く人々より人一倍優しかった幼馴染みが。
老若男女関係無く困っているならば絶対に放って置けない彼が。
―――あんな冷酷な瞳で人を見るはずが無いのだ。 - 106 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:25:51.42 ID:ASAJP9DT0
-
路地裏から出て来た理由でもそう。
スキルアウトから逃れていた? 確かに上条当麻ならば有り得ない話ではない。
では……何故自分が彼と遭遇した時には既に、追手を撒いてる?
毎回だ。一度や二度ならず、自分の指だけでは足りない程に。
上条当麻は自分と遭遇する際は必ずスキルアウトの追手から逃れている。
まるで“自分の都合を合わせて”事を終わらせているかのように。
知っているさ。
彼が隠し事をしてるぐらい。
己では想像も付かない“何か”を。
抱えている何かを誰かに預けられないレベルの域に達し、己自身を傷付けるしか道は残されていないのだろう。
この予測が的中かどうか何て、実際問題どうでもいい。
ただ、何かしら抱えているならば……彼の背負う荷を軽くさせたいと思うのは、我が儘だろうか?
黒子「そうですの……」
彼女は得心したと言わんばかりに優しく微笑みを浮かべ、美琴の下から離れる。
- 107 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:27:25.63 ID:ASAJP9DT0
-
黒子「お姉様がそこまで仰るんですの。わたくしに反論の余地はございませんの」
美琴「黒子……」
黒子「では! 白井黒子は警邏に戻りますのでっ。お姉様もなるべく早急に自室へお帰り下さないな?」
美琴「ふふっ、りょーかい」
彼女は片手をヒラヒラ振って応答。
途端、白井黒子の姿が一瞬で失せた。能力である『空間移動』を行使したのだ。
最後まで見送った御坂美琴は踵を返す。
めげずにもう一度彼と接触しようと足を踏み出す……その直前、
美琴「……あれ?」
気付いた。言ってしまえばようやく。
しかし彼女は少々遅過ぎた。
黒子との会話に夢中で気付かなかったのだ。
―――周りに誰も居なくなっている事に。 - 108 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:28:58.06 ID:ASAJP9DT0
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喧騒で包まれていた街並みは、閑寂な風景へと変貌を遂げる。
人は勿論。車も通らない。
掃除ロボさえ見当たらない。
何が起きているか判らないが、まずこの場から離れる事を優先すべきだろう。
……でも、記述通りもう既に遅いのだ。
「電話で一々要件を訊いても時間の無駄だ。答えは『拒否』って決まってんだからよぉ。
なら手間掛ける面倒な事せず、最初から“それなりの方法”を取った方が効率が良いに決まってる」
車が停車する音と、同時に男性の声が背後で響き渡る。
美琴は自然と発していたレーダーにも引っ掛からずに背後へ掻い潜ったのもあり、慌てて振り返った。
ソコには白衣を羽織った長身の男。
とても研究者とは思えない、顔面に刺青が彫ってある。
美琴「誰よ。アンタ」
険しい表情を隠さず剥き出し、ピリピリとした感覚が辺りに迸り始めた。
明らかな警戒の色を露骨に示して後退り。
- 109 :977 [saga]:2011/04/13(水) 20:30:55.45 ID:ASAJP9DT0
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髪の先端から発した紫電が空気を灼く。威嚇行為だ。
これ以上近付こうものなら電撃で灼くぞ? と。
だが、男は臆しない。
寧ろ窺うように薄く笑って、パチンと。指を鳴らした。
―――直後、異質な音が辺りを奏でる。
美琴「っっ!!!?」
彼女は咄嗟に両手で頭を抱えるように耳を塞ぐ。
足元がふらつき、歯を強く噛み締めた。顔色は全く優れない。
頭の中で駆ける激痛に対して、必死で耐え凌いでいるのだ。
脳を引き裂かれるような、今にも意識が吹っ飛ばされてもオカシくはない頭痛が美琴を襲う。
「特定の音波で演算能力を邪魔する俺特製レベル5用の『AIMジャマー』だ。一切の猶予も許さねぇから、相当効いてんだろ?」
口角を吊り上げて笑みを浮かべる。
足を進め、着実に御坂美琴との距離は縮んでいく。
頭痛の所為で電撃は出せない上、意識を保つのに精一杯な彼女に、反撃の術は用意されなかった。
「まあ、諦めるこったな。今回は何やら上の連中もうるせえんだ。ガキィ相手に構ってる余裕も、悪りぃんだけどねぇんだわ」
男は美琴にスプレーを翳す。
「―――じゃーな、良い夢見ろよ」 - 121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 02:59:41.30 ID:Mbd+Ji6DO
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―――翌日。
彼ら四人は先日同様、第七学区にある行き付けの飲食店に居た。
今回の収集理由は仕事ではない。
寧ろ仕事は無く休日のはずなんだが、単に暇だからという理由で、各々が集まっただけに過ぎない。
別にリーダーが、垣根がメールで集合を掛けた訳でもないのだ。
このような状況は過去に何度もある。休日なんだけれども、何故か自然と足が赴く。
あの年がら年中面倒くさい言ってる一方通行までもが、足を運ばせるほど。
四人とも全員、口喧嘩に留まらず能力戦闘を繰り広げそうになるも、何だかんだで仲が好いのだ。
“喧嘩するほど仲が好い”とは良く言ったものである。
垣根「……リーダーってさあ」
今まで浜面と他愛ない話題で盛り上がっていた垣根が、ふと上条を見つめて呟いた。 - 122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:01:03.50 ID:Mbd+Ji6DO
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突然、話の的が自分に移り意表を突かれたからか、黙々と咀嚼していたランチのご飯が、喉に詰まった。
二、三回程度咳き込んで、辛うじて喉に通す。
上条「なんだよ?」
垣根はテーブルに肘を付き、手の平に顎を乗せると、何処となく述べる。
垣根「今でこそリアルウニ坊主みてえな頭してっけど、髪型と服装を整えれば格好良くなるんじゃね? 俺よりも」
上条「結局は遠回しの自慢じゃねえか。死ね」
一方「頭ン中までメルヘンとか救いよォがねェな。死ね」
浜面「羨ましいんだよ。死ね」
垣根「オイ待てテメェら。無駄に僻むなっ。俺の心はズタズタだぞ! ブロークンハートだぞこの野郎!!」 - 123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:03:47.18 ID:Mbd+Ji6DO
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上条「ブロークンハートって大体が似合わねえのに、垣根だと違和感無いのが凄い腹立つな」
一方「っつーか、キメェ」
浜面「いっそ滅んじまえ」
垣根「何なんだよぉっ!! 一々俺の言動拾って、理由も無いまま四面楚歌とか理不尽じゃね!?」
上条「理由は自分にあるだろ。気付けよ阿呆」
一方「常識が通用しねェとかほざくヤツが理不尽語ンな。馬鹿が」
浜面「全てに於いて俺より優ってるんだからこれぐらい被れ。悔しいんだよ畜生」
垣根「だーッ!! あー言えばこー言いやがって!! つか最後の浜面ァ!! テメェはさっきからただの『嫉妬』じゃねえか!!」
浜面「うるせえ!! 垣根には判らんだろうさ。鏡で自分の顔を見る度に思い知る現実をッ!!
何時か現れてくれるお姫様を待ち続けるしか無いんだぞコラァ!!」
上条「二人共うっせえぞ。話題の本筋ドコ行ったんだよ」
浜面・垣根「そもそもの始まりはリーダーでしょおっ!?」
一方「……下らねェ」
上条「ほら、一方通行を見習え。下らないの一言で切り捨てやがったぞ」
……と、こんな風に。
端から見ればコントの光景以外何物でもない会話を繰り広げる四人。 - 124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:06:43.29 ID:Mbd+Ji6DO
- これが彼らの日常。とても暗部の一員とは思えない、平和な日々。
掛け替えのない毎日。
垣根「だって普段でもその格好なんだろ?」
上条「まあな。何時狙われても対処が可能なようにこの服装で一貫してる。慣れちまったのもあると思うが」
浜面「なんだっけ? 一応意味があるんだよな?」
上条「そ。血がこびり付いても目立たないようにする為。誤魔化せるからな」
垣根「何かしらリーダーは便利道具を携えてるよなー。その吸ってる煙草も本物じゃねえんだろ?」
一方「上条用に複造されたニコチンを含まねェ煙草。……つっても、煙草と呼ンでいいのか謎だがな」
上条「煙で相手の動向を探る。俺らに殺意を抱いた途端、煙が敵の位置を示す。って感じか? まあどっちにしても高性能極まりないけど」
垣根「俺をも驚愕に値する非常識っぷりだな……ん? 待てよ。つーことは、仕事を多少ノロノロやっても―――」
上条・一方「いい訳あるか」
垣根「チッ」
浜面「ま、妥当だな」
話題に上ったが、上条当麻が所持する道具に無意味な物は存在しない。
煙草にしろ。サングラスや指貫タイプのグローブにしろだ。
全部それぞれの性能を携えている。
性能の説明はまた後ほど。 - 125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:08:21.37 ID:Mbd+Ji6DO
-
上条はランチを食べ終えると、ポケットから小銭を取り出してテーブルに置き、席を立つ。
伴い全員の視線が一斉に彼に向いた。
学ランを羽織って、気怠そうに上条は答える。
上条「先に帰らせてもらう。浜面とやらなきゃならねえ雑務が残ってんだ」
浜面「え、もう行くのか!? まだ俺、食べ終わってねえよっ」
上条「さっさ食え。何時までもチンタラチンタラしてっからだ」
浜面「んーっ!!」
取り合わず出入り口に向かう上条を目に、ステーキを口内へギュウギュウに放り込む。
もはや言葉になってない意味不明な言語を発しながら、急いでリーダーを追い掛けて行く。 - 126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:10:07.25 ID:Mbd+Ji6DO
-
残された二人は、しばしその背中に視線が釘付けな状態に。
垣根は眼球を動かして、一方通行を一瞥。
垣根「……雑務ってなんだろな?」
一方「なァ、一つ訊いてもいいか?」
垣根「無視かよっ。テメェのそういう所はリーダーに似てるよな……」
一方「どっちなンだよクソメルヘン」
垣根「チッ……んだよクソモヤシ」
一方「『絶対能力進化実験』っつーイカレた実験を知ってっか?」 - 127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:11:15.49 ID:Mbd+Ji6DO
-
―――――――――――――――
―――およそ、数十分後。
浜面は公園のベンチで、ぐったりと横たわっていた。
額から滴る汗からは仕事の辛さや疲れが垣間見える。
肩を上下に揺らして呼吸する様子は息切れの模様。
片手で顔を覆い尽くし、虚空にぼやく。
浜面「くっそ、これ絶対に、雑務じゃねえ、よ……」
上条「浜面」
横たわった浜面に向かって、リーダーの声が飛んで来た。
僅かに顔をそちらに向け、悠然と地に立つ彼の姿を確認。
上条の両手には缶ジュースが一本ずつ握られている。
上条「ほら、報酬品だ」
その内の一本を浜面に投擲。
特に慌てる様子も無いまま、顔を覆ってる手とは逆の手で缶ジュースをキャッチ。 - 128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:12:49.86 ID:Mbd+Ji6DO
- 上体を起こして缶ジュースの側面を見ると、『ヤシの美サイダー』と記されていた。
浜面「これ炭酸じゃねえかっ。何で投げたんだよ……」
上条「イヤがらせ」
くくくっ、と喉を鳴らして嫌な笑みを放つ。
出来るだけ缶ジュースとの距離を置いて飲み口を開けようとする浜面の隣へ、ドガっと豪快に腰を落とす上条。
浜面「あんだけの重労働で稼ぎがジュースの一本ってのもどうかと思うけど……なっ」
上条「じゃあ戦利品」
浜面「うっわ、案の定溢れ出したし……てか、ドコが戦利品だドコが。敵なんて一人も居なかっただろ」
炭酸が飲み口から噴き出すも、収まった頃を見計らい、口を付けて渇いた喉に潤いを通す。
リーダーを一瞥すれば、缶ジュースから口を離して、何故か眉間を顰めていた。
彼の視線を追って辿ると……浜面もようやく気付いた。 - 129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:15:19.31 ID:Mbd+Ji6DO
-
上条「……珍しいお客さんだ。何時もはココに美琴が来るから警戒していたんだが……」
黒子「……」
上条「さすがに後輩が単独で尋ねて来るとは思ってなかったな」
白井黒子。表情から焦りの色が窺え、血色は好ましくない。
息切れも激しく、目の隈はくっきりと浮かび上がっていた。
黒子「やっと、見付けましたの……ッ!!」
声を震わせ歯を食い縛り、ズカズカと早歩きで上条の下へと近付いていく。
対する上条は逃避を見せる動作は皆無。
寧ろ落ち着いた様子でジュースを口にして、一気に飲み干す。
上条「それで? 常盤台のお嬢様が凡人の俺に一体なんのご用かな? まさか美琴に唆されて―――」
黒子「お姉様がドコに行ったかご存知で?」 - 130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:16:54.00 ID:Mbd+Ji6DO
-
詰め寄りながら彼の言葉を遮る黒子は、焦燥に駆けられている事が見て取れた。
故に彼女は躊躇いが無いだろう。
元凶なら排除。無関係なら看過。
例え、尊敬する先輩の幼馴染みであろうと敵ならば牙を向ける。
……その有り様を、彼は容易に察知した。
何故なら彼女の片手が戦闘態勢に入る直前の構えを取っている。
上条当麻は肩を竦め、首を振った。
上条「知らねーよ。大体、アイツが突拍子もなくどっか出掛ける程度、今に始まった事じゃねえだろ?」
黒子「……昨日からですの」
ボソリとした呟きに、上条は目を細めた。伴って口をも閉ざす。
黒子「寮監によれば、定期的に行く施設に赴いているとの連絡を承ったそうですの」
上条「なんだ、解決してんじゃん」
黒子「ですが、ありえませんの」 - 131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:19:43.40 ID:Mbd+Ji6DO
-
彼女は懐から携帯を取り出す。
トントンと指で携帯を叩き、
黒子「お姉様は研究施設に赴く際は必ずしも、わたくしに声をお掛けになるか携帯にメールが入るはずですの」
上条「……」
黒子「……胸騒ぎがしますの。貴方が知らないようであれば、立ち去りますので」
上条「……知らねーよ。美琴がどうしようとどうなろうと、俺には関係無い。
お前が勝手に真相を突き止めて、救い出すやら事件解決やら好きにしてくれ」
黒子「……っ。そうですの、少しでも協力や心配なさるかと思った、わたくしが愚かでした。
やはり和解は不可能ですわね」
上条「なんだ、今更気付いたのか? 俺は初対面の時から判ってたけどな」
黒子「失礼しますッ!!」
逆鱗に触れたのか、最後は声を荒げて、白井黒子の姿が失せた。
自身の持つ『空間移動』を引き起こして、移動したのだろう。 - 132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:25:48.24 ID:Mbd+Ji6DO
-
今まで聞くだけに留まっていた浜面は、リーダーを睨む。
浜面「いいのかよ。助けに行かなくて」
上条「……」
浜面「幼馴染みなんだろっ! もしかしたらアッチは上条の助けを求めてるかもしれねえんだぞ!?」
上条「……」
浜面「リーダーは教えてくれただろ。少しでも可能性があるならそれに全力を注げ。不可能なら可能を見出して状況を覆せ、って……」
上条「……」
浜面「取り返しの付かない事態に陥る前に、動くべきじゃねえのかっ!! 後で後悔するのは上条だぞ、リーダーッ!!」
彼の必死な叫びにとうとう諦めたのか、上条は頭をガシガシと掻いて盛大に溜息を吐いた。 - 133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:29:24.55 ID:Mbd+Ji6DO
-
上条「……はぁ、別に美琴を助けたいから動くんじゃねえぞ。ちっとばかし確認する事があるからだからな」
浜面「リーダー……っ」
上条「一方通行と垣根は呼ぶな。研究施設の一つぐらい、俺らで片を付ける」
浜面「上等ォ! 無能力の底力を見せてやろうぜ!!」
上条「トラックを用意しろ。貨物自動車並みの大きさだ」
浜面「おうっ!!」
命令を聞き終え、全速力で駆けていく。
何故、上条よりやる気がマックスなのかは謎。
浜面も浜面なりに何かしら理由があるのだろう。それ以上は彼も考えるのを中断。
もっと思考すべき点が存在するからだ。
上条は走り去って行く浜面の姿が完全に消えるの確認して、見極めた後、誰に語る訳でもなく言葉を漏らす。
上条「研究施設、ねぇ……」
実に不穏な響きだ。
第六感が働いて告げている。
白井黒子が胸騒ぎを起こすのも無理はない。
自分でさえ嫌な予感がするのだから。 - 134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:32:26.90 ID:Mbd+Ji6DO
-
おもむろにポケットに手を突っ込み、携帯を取り出した。
電話帳のグループ検索から、『友人』に類別されている一番目を引き出し、発信ボタンを押す。
耳に添えると、時間を置かないまま『相手』が電話に出た。
片方の口角を吊り上げて、彼は調子良く喋り出す。
上条「よお、随分と久しぶりじゃねえか。アレイスター?」
アレイスター『上条当麻か。確かに、君とこうして会話するのは何年ぶりだろうか。
どんな用事かな? 数少ない君からの申請の言及だ。可能ならば聞き入れよう』
男にも女にも、若年にも老人にも聞こえる声の持ち主。
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。
上条「いやあ、今回は懇願じゃねぇんだわ。ちょっと確認したい事があってな」
アレイスター『ふむ、何かな?』
上条「美琴に何をしやがった?」
―――沈黙が、訪れた。 - 135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:35:54.55 ID:Mbd+Ji6DO
-
アレイスターは彼の質問に返答を出さず、押し黙ってしまった。
考え込んでいるのか。
言葉を選んでいるのか。
はたまた何も言えないのか。
定かではない。
その有り様に「黒か……」と上条は心の中で呟く。
上条「アンタは俺にとって数少ない友人。だから出来る限り疑いたくはねぇんだが……美琴の後輩から聞いちまってな? 今、研究施設に居るらしいじゃん」
アレイスター『…………』
上条「俺の経験上、不穏以外何ものでもないな。直感が告げてやがる。
あぁ、信憑性を求めちゃいけねーぜ? 直感が答えだからな。“俺”を知ってんなら判るだろう?」
それになぁ、と溜息を混じらせ、畳み掛ける。
上条「契約しただろ。あの日。忘れたとは言わせない」
アレイスター『……嗚呼。覚えているとも。明確にな』 - 136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:37:53.53 ID:Mbd+Ji6DO
-
上条「俺の身体を勝手に使って構わない。脳を弄くろうが、発明した試作品の実験になろうが、アンタがやりたいようにすればいい」
例え世界が滅びるために行使されようと。
例え戦争の最前線に駆り出されようと。
例え何千と人殺しを繰り返そうと。
例え“光”の道を歩めなくなろうと。
アレイスターの好きにすればいいと、彼は述べた。
上条「……だが、『代わりに俺が護ると人間、又はその人間に通じる友人には手を出すな』って決めたよな?」
例えば幼馴染みの御坂美琴。
両親や従姉妹だってそう。
浜面仕上や垣根帝督、一方通行だって含まれる。
白井黒子だってその対象。
これが上条当麻とアレイスターの間で結ばれた契約。等々の元で決めた条件。
上条「それを、こうも容易く破るつもりか?」
アレイスター『ふむ……すまないな。私の許可も及ばない範囲の場所で、勝手に行われているらしい』
見え透いた嘘を、と上条は思う。 - 137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 03:41:27.31 ID:Mbd+Ji6DO
- レベル5級の人間が研究施設へ送られるなんて、統括理事会の許可が下りない限り絶対に不可能。
しかし、その点を深く問い詰める時間も無さそうだ。
何故なら、もうそろそろ浜面が貨物自動車に乗ってやって来る頃。
時間的にメールか電話が入るだろう。
上条「そうかい。じゃあ美琴の居場所は? どうせ把握済みなんだろ」
アレイスター『……○×学区の“――”研さ』
上条「ッチ……結構厄介な所じゃねぇか」
彼は立ち上がり、道路に向かって歩み出す。
上条「アレイスター、これだけは言っとく」
アレイスター『……なんだね』
上条「例えアンタだろうと、『みんな』に手を出すつもりなら―――俺はテメェの命(幻想)をブチ殺すぞ?」
精鋭された殺気を込めて。
一般人なら身体が震え上がり、腰が抜けてもオカシくないレベルの殺意を、声だけに凝縮。
闇の闇の闇の更に深淵なる闇を潜った上条当麻ならではの方法。
喉元に刃を突き付けるように、命を刈り取るぞ? と。
アレイスター『ふむ、肝に銘じておこう』
上条「その言葉、信じるぜ」
これにて、二人の通話は終了した。 - 148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:13:11.17 ID:ND6h8qUDO
-
―――とある研究施設。
広大な空間。
実験用の場所。
端正に並ぶのは、幾つも設置された大人一人分が入る程度のカプセル。
側面の底には何本も太いコードが接続していてカプセルと繋ぐ先は、付近に計測機のような箱型の装置が備え付けられていた。
どれも不動で微動だにしていないが、たった一機だけ淡い光を放ち、作動中のカプセルがある。
付近に備え付けられていた計測機も、夥しい量の数字が画面を駆けて行く。
カプセルの中に居るのは一人の少女。
学園都市で七人しか居ないレベル5、その第三位に君臨する常盤台中学所属の女の子。
『超電磁砲』で名を馳せる―――御坂美琴。 - 149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:15:46.76 ID:ND6h8qUDO
-
彼女の口元には酸素マスク。
睡眠薬を投与されているのか、瞼は閉じられ、寝息を立てていた。
頭を覆うのは帽子のような物。
帽子に無数の配線が伸びている。
それは遠隔操作で脳に様々な情報や電気信号を送る事が可能な電極だ。
老人「如何かね? 彼女の様子は」
白衣を羽織る年老いた人間。
蓄えた白髭が貫禄を醸し出す。
実験用の空間をガラス越しで見下ろすように設計された別室にて、科学者である老人は御坂美琴を眺めていた。
老人の他に、白衣姿の若い男女が合計五人。
それぞれキーボードを打っていたり、モニター画面に映る数字と手に持つ資料を見比べていたり、機材を運んでいたり。
各々の役割を果たす。
研究員「至って異常は見られません。脳の数値も正常レベルです」
ひたすらキーボードを打っていた男の研究員が、問いに応じた。
正面に向き直ってないのは敬意を蔑ろにしてる訳じゃなく、目の前のモニター画面から目を離せないため。 - 150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:17:45.18 ID:ND6h8qUDO
-
それを承知の上なのか、老人は何も咎めない。
寧ろ背中で手を組み、一層笑みを濃くする。
老人「実験開始に当たって差し支えは?」
研究員「現在の所、状況は安定しておりますので、実験の支障はありません」
老人「ふむ、そうかい」
満足そうに頷き、蓄えた白髭をさすって老人は告げた。
老人「ならば早速、開始といこう」
研究員「最終チェックの方はどうなさいます?」
老人「構わん」
研究員「了解致しました。『強制段階上昇実験』を始めます」
キーボードから手を離して、近くに設置された赤いボタンを押す。 - 151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:21:34.16 ID:ND6h8qUDO
-
途端に御坂美琴の頭を覆っている電極が、点滅を繰り返す。
次第に点滅は無くなっていき、常時光が点ってる状態になった。
それは、あらゆる情報と電気信号を脳に送り込んでいる証拠。
この実験の内容は、外部から無理矢理に脳へ必要な知識や電気信号を被験体に流す。
人間の手によって色々な知識と刺激を蓄えた脳は、強引に演算能力や超能力を以前より格段とシフトアップさせる。
謂わば“強制的レベルの上昇”だ。
被験体のメリットは能力向上。
デメリットは甚大な情報量と凄まじい電気信号が故、脳への負担。
情報量はさして問題は皆無。
危険なのは凄まじい電気信号。
脳の命令は全身に伝わる。
だから電気信号を外部から脳へ送って、筋肉とか血管や神経など。
様々な影響を与えて能力向上に必要最低限な事柄を起こす。 - 152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:23:44.82 ID:ND6h8qUDO
- しかし、それは腕や脚の血管に直接電極を突き刺す訳ではない。
全て頭脳からの命令であり、重荷は一点に集中される。
結果として、現在に至るまでの被験体、『置き去り(チャイルドエラー)』は失敗に終わっていた。
……死という名の、失敗を。
故にこの実験は破棄。
二度と行われる事なく永久凍結する……“はず”だった。
だが学園都市が誇るスーパーコンピューター、『樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)』が叩き出した計算によって、それは覆される。
―――学園都市最強の電撃使い、超電磁砲の御坂美琴ならば可能だ、と。
端から聞けば、馬鹿げた話。
それでも命中率100%の機械が導いた答え。
ハズれる事は無いだろうと、上の学者達が判断をしてしまうのも無理もないかもしれない。 - 153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:25:05.44 ID:ND6h8qUDO
-
美琴「……っ」
僅かに彼女の表情が歪む。
軽い痛みを堪える時に浮かべる顔だ。
にも拘わらず美琴が目を覚まさないのは、何らかの睡眠薬を投与されているからか。
パチッと。微かに紫電が迸った。
己の意志に反する能力発動は、暴走の証。……けど、暴走とは言い難い微弱な電流。
今の所は上条が言う“漏電”だろう。
老人「ふむ……出力を上げなさい」
うっすら笑みを浮かべ、命令を掛ける。
研究員は頷くと、レバーを握って、徐々に上げていく。
伴って再び電極が点滅を繰り返す。以前より確実に迅速なスピードで。 - 154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:26:19.41 ID:ND6h8qUDO
-
美琴「が……ぁっ」
耐え兼ねぬ痛みが声となり、吐息のように漏れた。
苦痛の色が一段と際立つ。
彼女は眉間を顰めて、額には汗さえ滲んだ。
漏電も激化している。
研究員「置き去りの限界点を突破致しました」
資料を持っていた女性が、全員に聞こえる程度に声を張り上げて報告。
モニターに映し出された駆け巡る数字を老人は一瞥すると、更に残酷なる命令を放つ。
老人「よし、出力を」
……が、それは最後まで続かない。 - 155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:28:50.42 ID:ND6h8qUDO
- 老人自身が止めたくて止めた訳ではない。ともすれば研究員が首を振って拒否を示した訳でもない。
―――空気が振動する程の爆音と、研究施設が震動させる程の地響きが彼らを止めたのだ。
当然、何が起きたのだと研究員は純粋に狼狽する。
互いに顔を見合わせ、事実を確かめ合い不安を共有し合った。
一方の老人。顔色から特に焦りの色は感じられない。
寧ろ何処か澄ましたような表情。汗の一つもかかずに冷めた瞳で辺りを見渡す。
まるで、探し物をするように。
『どぉも~、元気にしてるかなークズ野郎共』 - 156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/23(土) 07:34:48.04 ID:DJU8a6cao
- むむむ
- 157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:34:53.82 ID:ND6h8qUDO
-
突如として、美琴を映す一つのモニターが完全にブラックアウト。
代わりに響くのは若い少年の声。
とても“光”の道を歩んでいるとは思えない……背筋を凍らす声色。
老人は目を細くする。
頭の中で最優先と後回しを判断しているのだ。
『判っちゃぁいると思うが、さっきの音の原因は俺だ。よろしく。
さて? 歓喜しろ。わざわざこの俺がテメェらに向けて、豪華なプレゼントを送り付けてやろうじゃねぇか』
クククッ、と喉を鳴らして、畳み掛ける。
『俺と出会ってしまったらぁ? ハイサヨナラこの世界~、って事。どうだ。実に単純明快で、もはやゲーム感覚だろう?
現世を選ぶか天国逝きチケットを貰っちまうか……どっちを選択するかはテメェらの好きにすればいい。
……あぁそうそう。施設の護りに徹している“猟犬部隊”には頼らないこったな。チームを二つに分けていたらしいが、文字通り“潰して”おいた。言っても運良く生き残った残党程度に過ぎねぇな』
つーことで!! と声を張り、区切りを付けて彼は告げた。 - 158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 07:37:14.68 ID:ND6h8qUDO
-
『“リアル鬼ごっこ”のスタートだ。
精々獲物のように這い蹲って、無様に逃亡劇を繰り広げて俺を楽しませてくれ』
―――恐怖の時間が、幕を開ける。 - 213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 07:48:21.86 ID:i5jtxp0DO
-
「はっ……はっ、はあ……ッ」
白衣を羽織る若い男は走っていた。息づかいは甚だしく荒い。
走り方や体力など後先を考えてない、ひたすら無我夢中に足を必死に動かすだけの作業だ。
そんな彼の顔色は恐怖に染まってる。
全身から噴き出す汗は運動からの類じゃなく、畏怖によるモノ。
際立つ悪寒。粟立つ戦慄。
身体が火照る事は決してありえない。駆け抜けているのにも拘わらずだ。
頬を伝う汗は冷凍したように冷たい。肌は更に温度を失っていく。
「あんな怪物に、勝てる、はずが、ない……ッ!!」
底冷えする恐怖とは、こういうのを指すのだろう。
あまりの残酷的過ぎる現実に泡を吹いて卒倒してもオカシクはないのだ。 - 214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 07:53:20.50 ID:i5jtxp0DO
-
知らない方が幸せとは良く言ったものだと思う。
今ほど、この瞬間ほど、己の聡明さを呪った事はない。
気付きたくなかった。
感づきたくもなかった。
気付かない事がどれほど楽か。
感づかない事がどんなに幸か。
―――今、身を持って実感した。
無知な方が幸福だった。
無意味に『闇』を潜っていた所為か、誰よりも逸早く察してしまったのだ。 - 215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 07:59:10.81 ID:i5jtxp0DO
-
ほんの、些細な噂の話である。
闇の中でも結構知り渡った噂。
それは四人で構成されたグループだと言う。
中でも、最も危険人物と称されている人間。
リーダーの役割を受け持ち、極悪非道の残虐冷酷な男。
第一に関わるな。
第二に敵対は止めておけ。
第三に遭ったら諦めろ。
もし、何らかの繋がりで関わりを持ってしまっても、必ず敵対だけはするな。
殺意を抱いた瞬間、全力で逃走に徹しろ。“ヤツら”は数分も経たない内に来るぞ。
遭遇した場合、命は落としたに等しい。寿命は短いと思え。
“ヤツら”に狙われた、上層部に反逆を謀る暗部の小組織は数知れず。
死を齎した数と比例する事から、学園都市の闇の中では畏怖で馳せた有名な話。
(あの声は、間違いない……っ)
グループでリーダーを務める史上最恐の男。
捕まったら最後、待ち受ける運命は……言うまでもない。 - 216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:06:00.28 ID:i5jtxp0DO
-
だからこそ死ぬ訳にはいかない。
絶対に生き延びてみせるんだ。
こんな所で人生に終末を付けてたまるか。
故に若い男は懸命に走り続ける。
生きるために。
終わらせないために。
例えどれほど無様であろうと。
例えどれほど滑稽であろうと。
生命を引き替えとするならば、どんな情けなくたって構わない。
いいではないか。みっともなく生きる事に必死になっても。
気を緩めば訪れるのは死。それに比べれば、己の醜態なんてクソ喰らえだ。
「着いた……!」
彼の目的地。エレベーター。
それはこの研究所で、地下へ繋がる唯一の手段。 - 217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:08:38.05 ID:i5jtxp0DO
-
猟犬部隊は正面玄関と裏口を見張っていたと聞く。
対してヤツは『潰した』と述べた。生きていても偶々にしか過ぎなくて残党程度だと。
ならば正面玄関と裏口から逃走を謀るのは得策ではない。
ココの研究所は外へ繋がる出入り口は正面玄関と裏口しか存在しない。
しかし、仮定で何らかの事故が起きて火事が生じたり、今みたいに圧倒的な力量を持つ襲撃者など。
あらゆる場合を想定して、緊急用の脱出口を作っているのだ。それこそが地下への道。
隣の学区へと結び、地上に出る事が可能な、彼に残された生存の道。
「くそッ。まだなのか……!?」
現在、彼が居る階は三階。
エレベーターは地下一階。
たかだか三つ上るのを待つだけ。
にも拘わらず人間の意識とは不思議な物で、何故か遅いと感じてしまう。
故、彼は苛々してしまって、エレベーターのパネルを何度もカチカチと押す。
一刻も早く逃げ出したいという衝動が抑え切れなくなり、行動で露わになっている証拠。
焦燥感の檻に囚われた蝶は、行く先を遮るように四方八方へ広がる茨の花園を掻い潜る。 - 218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:11:19.18 ID:i5jtxp0DO
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ピン、と。奏でた音はエレベーターが到着した知らせ。
鉄の壁が開くと、彼は即座に駆け込んで『閉』のパネルを勢い良く叩いた。
意識的な問題で、至って変わらないはずなのだが、扉が閉まるその数秒の時間。
彼にとってはスローモーションのように見えて、流れる光景が至極歯痒い。
何時現れるか判らない怪物が、もしかしたら僅かな隙間でも手を突っ込み、無理矢理に扉を開けるかもしれない。
……という恐怖が支配し、スローモーションの現象を引き起こしているのだ。
―――そして。
―――扉は小さな重い音を立て。
―――閉ま…………った。 - 219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:13:30.72 ID:i5jtxp0DO
-
「―――は、ぁ……はっ、はっ」
たった数秒間。エレベーターの扉が閉じるまでの間、呼吸機能を失っていた。
とても長く。永く感じた。まるで一分以上、息を止めていた錯覚。
それも恐怖故か。
はたまた別の事柄か。
心臓の鼓動が甚大な音を奏でるのが、とても邪魔くさい。
手を添えずとも伝わる心拍数が、この時ばかりはもとがしかった。
ゆっくり深呼吸を繰り返して、己自身を落ち着かせる。
十分に安定を取り戻すと、彼は地下一階へのパネルに手を伸ばした。
それでもやはり、手は微かに震える模様。 - 220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:16:09.83 ID:i5jtxp0DO
-
ガコンと揺れ、エレベーターが動き出す。
地下へ向けて一直線に下りて行く。
とりあえず『ヤツら』と遭遇は無かった。第一関門突破だ。
しかし安堵の息を漏らすのも束の間。ココからが果てしなく長い。
地下一階へ到達するまでの区間、人生で最も気の遠くなる寸時。
――――二階。
「早く。早く……ッ!!」
現在の階層を表すモニターを凝視。
またしてもパネルをカチカチと押すのを繰り返す。 - 221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:19:09.76 ID:i5jtxp0DO
-
コメカミから零れた冷や汗が、四方の密閉された狭い空間の床に染み込む。
一瞬安心を覚えたからといって、完全に身の安否を保証された訳じゃない。
この施設から脱出成功した上、ようやく彼は恐怖の檻から解き放つ事が出来る。
僅かな振動音が密閉された箱型の空間を響かせた。
――――二階……ピン。
エレベーターが―――止まった。
「は……?」
声にもならない。
母音が抜けきった息が漏れた。 - 222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:22:11.46 ID:i5jtxp0DO
-
何が起きて、どうしてこうなったか、……全くもって理解が追い付かない。
目標地点は地下一階。
停止した地点は二階。
エレベーターが止まった訳?
そんなもの知るはずがない。
順に沿って按じていこう。
答えは必ず存在する。
まず自分は地下一階のパネルしか押していない。
謂うなれば『閉』を触れた程度。
何をどう間違っても二階のパネルを押せない。誤った操作も皆無。
手が滑ったとしても甚だし過ぎる。もはや芸人魂が宿ったコントだ。
では何故? どういう理由?
エレベーターが停止するには三つの手段が考えられる。
一つ。エレベーター内部から二階のパネルを押す事。
けれど彼は触れてもいない。故に却下。
二つ。火事や爆発、何らかの事故が起きた場合には通常のエレベーターは危険を懸念し、緊急停止命令が作動される。
だが、最初の爆音以外はこれといって特筆すべき事故は起きていない。
そして、最後の三つ。
二階に“誰か”が居て、エレベーターのパネルを押した可能性。 - 223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:25:12.70 ID:i5jtxp0DO
-
―――緩慢と、扉が、開かれる。
もしも、もし仮に。
二階に『ヤツら』が居て。
パネルを押したとしたら。
扉の前で立ちはだかるのは……、
「う、あ……」
ぞッ!!!! と。
背筋に悪寒が迸る。
同時に汗が噴き始める。
脚が尋常じゃない程、震え始めた。
ガクガク振動する足で、辛うじて一歩。また一歩。後退していく。
次第に彼の背はベッタリと壁に押し付けられた。
それでも尚、必死に未だ後退して行きたいのか。体を後ろへ押し出そうと足を前へと踏みつけている。 - 224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:29:16.05 ID:i5jtxp0DO
-
「ひ―――!」
仮定として。
扉の先に居るのが。
『ヤツら』だったとしたら。
自分は……。
―――彼を気にせず左右に扉は開かれていき。
闇に包まれた廊下をランプが広がるように照らし。
影は―――
「っ」
―――無かった。 - 225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:30:24.82 ID:i5jtxp0DO
-
「は、はは。な、んだよ……驚かせやがって……」
腰が抜けて、床にへなへなと座り込む。
密室された空間であるから、逃げる手段は用意されない。
だから。
本当に一瞬だけ。
死の覚悟をしたのは偽り無き事実。
「……とり、あえず。エレベーターを……」
壁に手を付いて立ち上がり、パネルを目指す。
たった数センチの距離。
手を伸ばせば届く僅かな間隔。
なのに、こんなにも遠いと感じるのは緊張の糸が切れた故か。 - 226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:34:39.51 ID:i5jtxp0DO
-
ゆっくりと、『閉』のパネルを押す。
開いているだけで、恐怖で圧縮されそうになる。既にトラウマの域だ。
低い動力音に伴って、鉄の扉が廊下との区間を遮断するように、閉じられていく。
密室の状態になれば、またあの妙に重たい圧迫した空気を耐えねばならない。
完全に扉が締め切り、ガコンと再び一度だけ揺れて、地下一階へ向けて落下する。
ちょっと疲れたので、壁に体重を預けてもたれようとした―――その刹那だった。
「……?」
彼は怪訝する。
意味不明な現象が起きたからだ。
視線は変えずに感覚の問題で、両手を握り締めて拳を作り、緩慢と戻す。
動作を何度も繰り返して……やっぱり、謎は解けない。
両手は腰の下辺りに力無くぶら下がっている。よし、間違いない。
異常も見られないし、何処か悪いという訳でもない。
では……これは一体なんなのだろう?
視 界 の 真 横 か ら 伸 び て い る 腕 は ? - 227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:35:51.79 ID:i5jtxp0DO
-
「―――みぃーつけた♪」
―――耳元で、絶望の音が囁かれた。 - 228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 08:38:47.88 ID:i5jtxp0DO
-
エレベーターが地下一階へ辿り着いた時。
ただただ扉が開閉を繰り返す有り様だけが残った。
四方の空間は何故か、全て真っ赤に染まっていたと謂う。
赤黒い色に。
そして何故か……『人』は存在しなかったと謂う。 - 243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 07:55:47.19 ID:L3z25IsDO
-
老人「君は、行かないのかね?」
“ゲーム”が始まって五分は経過した。
開始直後、各々が脱兎の如く逃げ去る中、未だ部屋に残ったのは二人だけ。
後ろで手を組む老人は、他の研究員とは異なって雑務をこなす一人の研究員に問い掛ける。
対する彼は至って冷静にキーボードを打ち続け、カチッと『Enter』キーを押すと、立ち上がった。
研究員「どうやらこの施設の電力を操るコントロールが支配されたようです」
ガラス越しに御坂美琴を眺めて、停止していたカプセルが再び作動をし始めたのを確認。
満足げに頷き、老人へ体ごと向き直る。 - 244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 07:57:48.20 ID:L3z25IsDO
-
研究員「実験室とココだけ違う電力を扱っていたのが幸いしました。
これで実験が再開可能です。我々も迅速に事を済ませて逃げましょう」
老人「……“事”とは?」
研究員「決まってるじゃないですか。“実験”ですよ」
にっこりと、微笑んだ。
何を当然なことを、と言わんばかりに。
研究員「出力を最大にして結果が得ることが可能ならば、我々の勝利ですし。我々がその状況を目視出来ずとも、問題はありません」
老人「ほう。何故そう思うのかね?」
研究員「この実験に関わっている施設が、まさか“一つだけじゃない”なんて、襲撃者も予想外でしょう。
出力を最大にした時の脳の状態、数値は全て関連の施設へ送られます。だから例え我々を殺害しようと、実験が最終段階まで進んでしまえば敗北は有り得ないのです。
……敢えて言うならば、映像が保存不可なのが、唯一の敗北でしょうか?」
片手の人差し指を顎に添え、首を斜めに傾げた。
その間も微笑みは止めない。 - 245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 07:59:38.96 ID:L3z25IsDO
- 表情の裏側に隠された、黒い部分は言動によって垣間見える。
何処か“狂っている”瞬間を見せるのは、研究者の証か。
黙って聞いていた老人は口角を吊り上げて、レバーに手を伸ばすと、握り締めた。
老人「なかなかの考察。儂ら同様、相当性根の腐った物を持っておる」
研究員「恐縮です」
言葉を最後に―――レバーを最大にした。
―――――――――――――――
サングラスを外し、ブレザーを脱ぎ捨てて黒いタンクトップ姿をした上条当麻が居た。
上条「……はぁ」
一度溜息を吐くと、彼は女子トイレを一瞥。
何故か入り口付近まで大量の血が迸った現状。
床を見れば指が数本、腕が一本、“転がって”いる。 - 246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:01:33.89 ID:L3z25IsDO
-
つい先刻、白衣を纏った女性研究員を始末した所。
最期の直前、無様に命乞いを懇願してきたが……相手が悪かったと言えよう。
彼にその意味はなさない。『敵』と認識された時点で、既に遅いのだから。
上条「……」
ズボンのポケットへ手を伸ばして、携帯を取り出す。
電話帳から引き出されるのは『友人』の類別。メモリ番号で表すなら『6』番目。
二回ほどコールが鳴り、コールが途切れると共に相手が出た。
浜面『うぃー。リーダーお疲れっす』
上条「覇気がねえぞ。声をもっと張れ」
浜面『俺にワザと敵に見付かれと言うのかっ!? そういうのは垣根だけにしてくれ……』
上条「良し。その反応を聞く限り本物だな」
彼は納得したと頷く。
電話の奥でグチグチ言ってるが無視。
これが上条当麻のやり方だから。 - 247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:05:52.77 ID:L3z25IsDO
-
万が一の時に備えてこういう他愛の無い会話をする。
一瞬の言葉を紡ぐ詰まりや、僅かな口調の違和感を瞬時に見定めるのだ。
敵に捕まってしまったとか、すぐ側に接近しているとか状況は様々。
身内の連中に限って捕まる事は無いだろうが、可能性は状況によって変化するので否めない。
浜面には一応、拳銃を持たせているとは言え、確認作業は必須。
単純な戦力の差は仲間達と比べれば甚だしく低いものの、武器の扱いスキルとなれば一方通行や垣根、上条さえも凌駕してしまう。
例え初めて手にする銃器でも、物の数分で掌握する程。
上条「大体始末を済ませた。足音も聞こえなくなったし、そろそろ本命か?」
浜面『ちょっと待てよぉ……んー……ん? 後二人ぐらい反応が残ってるぞ』
上条「んだよ、まーだ生き延びてやがんのか」 - 248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:10:11.22 ID:L3z25IsDO
-
浜面にはこの施設の電力を操る、コントロール室に行ってもらっている。
なので映像もモニターに映し出されているため、何処に『敵』が居るかは常時上条の携帯に渡って行く。
受信の様子は皆無で、足音と気配を感じないものだから、居ないと推測。
電話してみれば、まだ残ってると来たもんだ。
正直、怠いの一言。
終わりと思い込み電話を掛けたので当然だろう。
帰る準備万端でいざ帰ろうとした時に、上司から残業を告げられたように怠い。
上条はもう片方の手で頭をガシガシと乱暴に掻く。
至極億劫そうに瞳を瞑して、神経を研ぎ澄ませた。
依然のまま、浜面に要求を示す。
上条「……地図を提供しろ。三分で潰す」
浜面「了解。今からメールで」
だが、彼の言葉は最後まで続く事は許されない。
―――あああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!
上条・浜面「!!」
―――突如、彼らの耳に断末魔の叫びが響いたのだから。 - 249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:11:50.35 ID:L3z25IsDO
-
彼は目を見開き、神経を研ぎ澄ませていた精神も強制的に中断。
勢い良く振り向いて、声の方へ凝視する。
聞き覚えのある声色。
とても聞き慣れた、探し求めていた……声。
上条「み、こ……と……?」
御坂美琴。彼の幼馴染み。
必ず護ると決めた数少ない人間の一人。
その人が今、悲鳴を上げている。
何故? 痛いから?
何故痛い? どういう理由?
ここは研究施設。
彼女は何の用事で運ばれた?
―――実験? - 250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:15:43.04 ID:L3z25IsDO
-
浜面『オイ上条ッ!! 今の――リーダ――なじ―――』
彼の言葉は次第に雑音が混じっていき、ブツッと切れた。
携帯画面を見れば、圏外になっている。
上条は訝しむ。ココは学園都市。
外と中では十年以上の技術力の差がついていると言われた、世界一最先端の街。
そんな場所で圏外なんて、到底有り得はしない。
どんな場所でも電波が行き届くはず。
それこそ、電波妨害など施さなければ不可能な話。
バチッ!! と天井が弾けた。
天井を仰ぐと、幾つもの電流が線に沿って迸っている。
その電流で大方、予想が付いた。
携帯を電波妨害で圏外にさせる程の能力者は……上条当麻が知る中で一人しか居ない。
上条「……嫌な予感しかしねぇなぁオイ」
姿勢を低くして、駆け抜けて行く。
有り様はさながら忍者だ。
少しでも風の抵抗を受けずに、素早く走れるかを開発した結果。 - 251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:17:54.83 ID:L3z25IsDO
-
浜面と連絡は取る事は不可能。
施設の地図も無し。電波妨害が生じているので、サングラスも無意味。
もはや知識と直感の二つしか頼りにならない。
天井で迸っている電流は、おそらく美琴によるモノ。
この調子だと施設中に電流が巡っているだろう。
故に『電流が強く弾いてる』ほど、彼女が居る部屋に近付いているという事。
その道を選んでいけば、必ず彼女が運ばれた実験室へ辿り着ける。
上条「美琴……っ」
上条当麻にとって、御坂美琴は護るべき存在である。
だがそれは、彼女に限った事ではない。
一方通行。
垣根帝督。
浜面仕上。
この三人もその対象。
彼が魂に護ると誓った人間。
傷付けようものなら、容赦は絶無。体の原型は留めないと思え。
中でも美琴は、最も彼が気を付けねばならないと感じている人物。 - 252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:24:54.67 ID:L3z25IsDO
- 何故なら、彼女は身内のグループメンバーと違って『闇』を知らない。
干渉していなければ、存在さえ関知してないだろう。
自分達と相違で、御坂美琴という人間は『光』の道を歩む者。
それ故に、『闇』に対して自らの身を護る手段を持ち合わせていないのだ。
学園都市第三位?
そんなもん関係ない。『闇』ではミジンコのようにちっぽけだ。
実際問題、現在捕まってしまっている。三位なんて謂う称号は、ココでは役に立たない。
だからこそ、上条当麻は遠ざけていた。
美琴は現在の彼みたいに血が滲むような地獄の訓練を受けた人間ではない。
何時何処で、“自分と関わりを持っている”という理由だけで狙われる可能性は否めないのだ。
一方通行や垣根帝督に浜面仕上なら、安否を気遣う必要性は皆無に等しい。
彼らは『闇』に属する強い人間。
そんじょそこらの野郎共では相手にならない強さを所有している。
でも、御坂美琴は違う。
儚くて弱い、優しい人間。
だから上条は冷たく接し、突き放していた。故意で。
そうすれば諦めて自然と離れていき、知り合う前の他人と同類の縁になる。
……結果的に言えば、その努力は悉く無駄に終わっているのだが。 - 253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:29:41.01 ID:L3z25IsDO
-
故に。上条当麻にとって彼女の存在は唯一の不利な点でもある。
御坂美琴=彼の弱点なのだ。
曲がり形にも二人の間柄は幼馴染み。付け加えて補足すると彼女は『光』の人間。
『闇』の人間ならば冷静に対処可能な事柄も、『光』の人間である彼女には到底不可能。
現状がそれを示唆。
実際に美琴は囚われている。
そうなると必然的に、上条当麻が出て来る羽目になってしまう。
どんな卑怯な手も行使する『闇』は躊躇わない。
彼を誘き出すためならば確実に美琴を狙うだろう。
―――正々堂々なんて綺麗事は狗に喰わせとけ。
―――んなご立派なご意見様は、『闇』に住むクズ共に要らない。
……そんな感覚。 - 254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:32:56.20 ID:L3z25IsDO
- 勿論、上条も否定はしない。
己自身もクズに違いないから。
大切な幼馴染みを傷付けてばかりの、極悪最低な人間。
だからこそ、他者が彼女を傷付ける事を許さない。
美琴をダシに使わずとも、真っ正面から突っ込んで行ってやる。
拳一筋で叩き潰してやる。
しかし、やはり『闇』は非情だ。
その決意や意志を無視するように彼女を狙うのが目に見えている。
―――それを阻止するため、アレイスターとの契約があるのだ。
上条当麻が心を許す人々に対して、弊害が生じる真似は決してしない。
何者かがこの契約を犯した暁には、重き罰を受け、未来永劫マトモに日常を過ごさせはしないだろう。
代償となるのは上条当麻の身体だけ。 - 255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/04(水) 08:36:01.26 ID:L3z25IsDO
-
この契約があるからこそ、彼は安心しきっていた。
一方通行や垣根帝督に浜面仕上……身内のグループメンバーなら何とかなるだろうと、心の何処かで余裕はある。
しかし御坂美琴の場合、“意識を正常にさせる”自信が無い。
彼女が『光』に属する人間だから余計。
上条「美琴ッ!! 大丈、ぶ……か……」
―――故に、
美琴「が、ア……ッ!!」
―――全身から電撃を放出する彼女の有り様を目にした時、己の意識が遠のいて行く気がした。 - 280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:43:00.97 ID:TDkpp1VDO
-
最初の出会いは、些細なものだった。
けど今のご時世としては、至極珍しい。
小学生の時の話。
当初、自分のレベルは1。
夜遅く布団に頭まで潜って、両手の平からパチパチと静電気を起こすのが、日課だった頃。
もっとレベルを上げて頑張れば、夜空に瞬く星を作れるんじゃないかと夢を抱いていた幼い時分。
学園都市でも、小学生低学年で能力者というのは極めて稀少。
一つの学校を探ったとして、原石を含めて何らかの能力持ちの小学生は、一年生と二年生の中でも一人。
若しくは居ない。比較的に言えば、小学校低学年は無能力者の方が多い。
有していてもレベル1にも及ばない、レベル0程度。
だからこそ、レベル1の自分は周りから飛び抜けて優秀で、大人達からは賞賛を称えられていた。
幼い自分には何を言っているか、少し意味が解らなかったけれど、誰かの役に立てると知って、嬉しかった覚えがある。 - 282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:44:54.86 ID:TDkpp1VDO
-
その反面、苦い日常が存在。
能力に優れている所為で、自分に嫉妬心が芽生えてしまう小学生も多々存在。
幼い子供にはよくある話。羨ましいとか腑に落ちない瑣末な感情。
スポーツが抜群に出来たり、勉強が周りより群を抜いていたりと。
何か一つずば抜けて優秀でクラスの皆から目立つと、「あいつ調子に乗りやがって」やら「ちょっと出来るからって」……その他諸々。
女の子だから、という理由もあったかもしれない。
少なくとも男子群には余程気に食わない話だったらしい。
故に。筆箱を取られた事もあったし、スカートをめくられもした。
簡潔に言えば所謂、『イジメ』。
今思えばとても可愛らしい。
成長したからこそ破顔一笑する。
どちらかというと、『悪戯』の表現の方が良いかもしれない。 - 283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:47:33.42 ID:TDkpp1VDO
-
けれど当初の自分は、それが凄く嫌で堪らなかった。
何で私だけこんな事をされなきゃいけないの? と心の奥で疑問を浮かべ、涙を流した日もあった。
どうしたらいいか判らなくて、判らなくて判らなくて……泣く事しか出来なくて。
『何やってんだよ、おまえら!!』
―――そんな時だ。
―――私を“護る”ように彼が声を掛けてきたのは。 - 284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:49:47.65 ID:TDkpp1VDO
-
後に聞いた話。
彼は二つ上の上級生らしい。
何の能力も持たない、無能力者。
なのに彼は立ち向かってきた。
相手は下級生とは言え、数は明らかに不利な状況。
『関係ないよ。目の前で泣きそうになってるのに、放って置けるわけねえじゃん』
何を当然な事を、と言い放つ彼の姿は、自分にとって眩しい存在に見えた。
到底追い付けそうにない、でもその背中に並びたいという激情が、心を満たしていく。
その日を境に、休み時間の間や放課後は必ず彼の後を追い掛けるようになった。
さながらヒヨコのように。服の裾を摘む有り様は、端から見たら兄妹。
彼も邪険にして追い払う所作はやらない。
寧ろ照れ臭そうな仕草を垣間見せて、受け入れてくれた。
何時しか、自分は彼に特別な感情を宿す。
―――『恋』という感情を、上条当麻に。 - 285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:52:25.39 ID:TDkpp1VDO
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恋の感情を抱く頃には、自分のレベルは1から3に上昇していた。
能力審査でレベルが上がる度に彼が頭を撫でてくれて、「凄いじゃねーか。よく頑張ったな」と。
褒め称えてくれるのが何より嬉しくて。
先生やクラスの皆が幾ら賛辞を送ったとしても、彼のように心が歓喜の示唆は無い。
上条当麻から褒めて貰える事に意味がある。
だからこそ心が躍り、自然と顔が綻びを起こして、笑顔になれる。
次の段階への意欲が湧き、気力を奮い立たす事が出来る。
もはや、自分にとって彼は掛け替えのない存在になっていた。
今の称号である第三位も、彼が居たからこそ。
……尤も。レベル5に君臨する頃には、彼は既に“変わって”いたのだが。
上条当麻が突如変わり果てたのは、自分が五年生の時。
中学校に入学した途端、彼は忽然と姿をくらました。 - 286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:55:12.95 ID:TDkpp1VDO
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学生寮にも、学校にも、スーパーにも、公園にも居ない。
あまつさえ三機ある監視衛星にも引っ掛からない。
どの場所、学区に居るか全く以て解らない。
警備員(アンチスキル)に捜索願いを要請した事もあった。
でも、返ってきた応えは自分が望んだものじゃなく、対極の位置に属して、尚且つ想定外を含めた返答。
『○月×日、御坂美琴の言及による、上条当麻の捜索要請の件。“受諾不可”』
要請を受け持った部隊を率いるリーダーの話によれば、何故か『上』からの圧力を被ったらしいのだ。
『上』の情報だと、一ヶ月もすればじきに上条当麻は姿を現す。
そして今まで通り変わらない日々を過ごすだろう、と。
正直に言えば納得いく訳がない。
だけどその時の自分は、安堵して胸を撫で下ろした。 - 287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:57:17.53 ID:TDkpp1VDO
-
どうして学園都市の『上』がそう言ってきたかは理解が出来ない。
しかし、どうでもよかった。
何故なら学園都市のお偉いさんが述べた文章なんかより、“上条当麻が生きている”という正鵠な点が、己自身を支配したから。
確かに。確かにだ。
彼が何処に居るのか判らないし、何で詳細情報を寄越さないとか腑に落ちない点は数多ある。
それでも、生きている事には変わりない。
今後彼が姿を現すか不明、と告げられたのならば流石に憤りを露わにするが、必ず戻って来るのだ。
。
僅か一ヶ月の間。短いようで長い時間。
寂しいと感じる日もあるかもしれない。
会いたくて会いたくて仕方無くて、みっともなく泣いてしまう日だってあるかもしれない。
彼を求めて捜し歩き、見付けられなくて落ち込んでしまい、学校を休んでしまうかもしれない。
でも、再会を果たした時。
また褒めてもらえるように。
頭を撫でてもらえるように。
頑張ろう。
精一杯振り絞って。
彼は何の隔たりや偏見も持たず接してくれる。
積み重ねてきた努力を認めてくれて、まるで自分の事のように喜んでくれる。
だから……頑張ろう。
―――その願いは、虚しくも打ち砕かれる事を知らずに。 - 288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 01:59:14.67 ID:TDkpp1VDO
-
一ヶ月ぶりに見る彼は、以前に比べて随分と成長を遂げていた。
良い意味でも。悪い意味でも。
逞しく鍛え上げられた肉体は黒のタンクトップに覆われ、細身な体系でありながら露出した腕の筋肉は強靭。
身長も5㎝ほど伸びている。相当厳しい訓練でも受けていたのだろうか? 真実は定かではない。
後ろ姿が視界に映った瞬間、胸が躍り上がって頬を赤らめた。
ただ純粋に格好いいと心に浮かんだから。
惚れ直すというのは、こういうのを指すのだろう。
『……美琴か』
―――そんな思考は、彼が振り返ったと同時に吹き飛んだ。 - 289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:01:29.14 ID:TDkpp1VDO
-
低く、ひたすら低い声。
変声期を迎えた訳じゃない。
本人もワザと発してはいない、漏らした声が自然と低かっただけの話。
でもそれは、友達や家族で放たれる声色ではない。
どちらかと言えば“敵”に向けられる敵意の音域。
威嚇行為同然の、『来るな』と遠回しに告げられたかのような剥き出しの意志。
そして最も驚愕を露わにして、恐怖に駆られた原因は彼の“瞳”だった。
鋭い目筋。何もかもを見抜き射抜く眼差し。
冷酷冷淡冷血冷厳冷然冷徹、極寒の如き冷たい視線が自分を貫く。
喉元に刃を添えられて、一寸間違えば“死”に繋がる殺気とはまた違う。
凝縮された“冷たい”という文字が、自分の背中へ直接的に衝突して迸った気がした。
口が動かなくて、足が動かなくて、手が動かなくて、思考が動かなくて。
全てが動かず、まるでそれぞれの役割を忘れて機能が停止してしまったかのように。
“これが、あの当麻?”と。
頭の中で反芻するばかり。 - 290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:05:05.34 ID:TDkpp1VDO
-
『リーダーっ!』
彼の隣には、自分の代わりに三人の男が居た。
白髪で周りから際立つ奇抜な男。
金髪で服装がホストのような男。
金髪で何処にでも居る不良の男。
常に上条当麻と肩を並べて、親密に会話を交わす彼らが、羨ましくて仕方無かった。
底冷えする恐怖を感じた自分と違って、彼の眼差しを何とも思わず話せる三人が妬ましくて仕方無かった。
―――ずっと追っていた彼の背中が、更に距離を広げた気がした。
近付けるどころか離れて行く現実に、絶望を感じざるをえない。
どうすればいいのだろう?
どうすれば、どうすれば……。
イヤ違う。悩んでどうする。
自分のすべき事は煩悶じゃない。
『彼の背中に追い付く』ことだ。
離れたからどうした。
追い付けなくなった訳ではない。
解決を見出す手段はいとも簡単で、単純明快。
距離が空いたなら縮めればいいだけだ。
走って走って走って走って走って走って走って走って走りまくって。
駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆け出して。
必死に、一生懸命に、精一杯に、一心不乱に突っ走って。
何時か絶対に追い付いてみせる。
三人の男と同様に、彼と肩を並べて、また“あの時”のように!! - 291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:07:54.31 ID:TDkpp1VDO
-
―――――――――――――――
レベル5に君臨して、そろそろ一年半。
あれから三年経って、お嬢様学校と名高い常盤台中学の二年生に。
相変わらず冷たい眼差しを自分を射抜く様子は改善されないが、慣れてしまい、気にしなくなった。
以前と比べれば至って普通に喋れているし、触れる事だって可能。
……彼は好ましく思ってないようだが。 - 292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:09:58.99 ID:TDkpp1VDO
-
上条当麻の背中を追い掛けて。
かなりの距離を、走ったと思う。
三年近くほど、懸命に。
結構な間隔を詰めただろう。
まだ。
走らなければ。
いけないのだろうか?
まだ。
この伸ばした手は。
彼に届かないのだろうか?
何時になったら。
前へ前へ進む。
足を止めればいいのだろう。
何時になったら。
彼の下に。
たどり着けるのだろう。 - 293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:15:27.90 ID:TDkpp1VDO
-
………………と。
―――もしかしたら。
……み……と。
―――すぐ傍まで。 - 294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:16:19.53 ID:TDkpp1VDO
-
…………こ……と。
―――近付いるかもしれない。
……み……こ……。
―――ほら、手を伸ばせば。 - 295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:16:53.18 ID:TDkpp1VDO
-
「――――美琴ッ!!」 - 296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:18:13.93 ID:TDkpp1VDO
-
呼ばれた気がした。
頭が、とても疲れている。
眠たい。休みたい。
でも、呼ばれた。
それも愛しい人の声で。
ずっと、追い掛け続けてた。
追い求めていた人の……声。
美琴「と……ま……?」
うっすらまぶたを開ける。
辺りは薄暗い。光が少ないおかげで、視界は眩しくなかった。
代わりに覆い尽くして補うのは……この世で一番愛する人。 - 297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:19:31.13 ID:TDkpp1VDO
-
上条「美琴……大丈夫か?」
いつもの冷めた感じは消え、『昔のように』穏やかな雰囲気をまとい。
心の底から心配する瞳で……見つめていた。
美琴「あ……」
手は、彼の手と繋がっている。
握られている。握っている。
当麻に手が―――届いている。
ずっと。ずっとずっと。
追い掛けてきた。
求め続けてきた。
熱望して渇仰した。
伸ばせども伸ばせども。
決して届かなかった。
彼の背中は遠すぎて。
触れることすら出来なかった。
でも。
やっと。ようやく。
彼の背中に追い付いた。
掴んだ。
遠かった存在に手が届いた。 - 298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 02:20:12.20 ID:TDkpp1VDO
-
美琴「やった……」
努力が報われた気がした。
顔が自然と綻びる。
今この時ばかり、歓喜と感じたことはない。
あまりの嬉しさに涙を浮かべてしまいそうだ。
微弱でしか入らない力を振り絞って、上条当麻の手をできる限り強く握り締める。
どんな事があっても離さないように。
置いてけぼりを食らわないように。
もう……彼が離れて行かないように。
美琴「一生……離して、やらないからね……」 - 321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:34:40.36 ID:96vE9dPDO
-
実験室は静寂で占めていた。
耳を澄ませば、僅かに響く息遣い。
虚空に漏れる御坂美琴の寝息だ。
相当疲れたのか。彼女はぐっすりと安息の一時を迎えていた。
顔色に苦は感じられない。
とても安らかで、仄かに笑顔を浮かべている。
上条「……」
彼女を救った張本人、上条当麻は美琴が眠りに付いて尚、未だに頭を優しく撫でていた。
まるで羽毛を撫でるように、丁重に扱う。
睡眠を取る彼女の寝顔は、彼を信頼しきっているからこそ。
穏やかに眠れるのは、彼を信用しきっているからこそ。
故に御坂美琴は上条当麻に身を預けて、顔を綻ばせて静かに休める。
彼女が目指していたゴールに到着した安心感もあるのだろう。 - 322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:36:43.65 ID:96vE9dPDO
-
彼の表情は優れない。
眉間を潜め、目を細くさせていた。
もう片方の手には、美琴の片手と繋がれている。
スベスベして柔らかい、女の子の手だ。
傷一つ無い。身体も心も。
そんな、無垢な彼女。
……なのに。
上条「……何で」
―――美琴がこんな酷い目に遭わなくてはならない?
何も悪い事をしていないのに。
ただ、今を精一杯生きてきただけなのに。 - 323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:40:05.12 ID:96vE9dPDO
-
まだ中学生だ。無垢な少女。
意地っ張りでしつこくて、言うことを全く聞かない甘えん坊なヤツ。
何年も冷たく突き放してきたが、諦めてへこたれること無く、上条の傍に居た護るべき存在。
そんな彼女が、傷付いた。
よりによって『闇』の連中に。
赦せるか? ―――否。赦せるはずがない。
少なくとも“この施設”に居るクズ共は。
「上条当麻」
声が彼の耳に届く。
美琴から手を放し、立ち上がると踵を返して振り返る。
十メートル以上離れた場所に、複数の人間が武器を携えて佇んでいた。
目を配らせる限りでは、五人。
五人中三人は、能力者だろう。
何故ならなにも装備はしていない。
残る二人は厄介だ。
駆動鎧(パワードスーツ)を着込んでいる。身に包むことで身体能力を外側から漠然と上げる機械。
種別はHsPS-15。
通称『ラージウェポン』。
全長2.5メートルほどで、青と灰色の特殊な迷彩を施されている。
頭に当たる部分が巨大で、胸部が膨らんでいるため、ドラム缶型の警備ロボットを被ってるようにも見える。 - 324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:42:39.40 ID:96vE9dPDO
-
とても人間一人に対する処置ではない。それも無能力者に。
彼らはおそらく『猟犬部隊』の残党。
男「聡明な君なら状況を察せれるはずだ。今の立場、どちらが優位か一目瞭然だろう」
内の一人が、上条に向かって歩き出す。
物腰は悠然としていて、冷静に周囲の分析する頭脳を持ったタイプだ。
男「無鉄砲に突っ込む要員として用いられたトラックも無ければ、裏口で設置したトラップ型の爆弾も無い。
今の君は丸腰。素直にこちらの言う事を聴いた方が無難で、頭が良くないか?」
上条「……」
男「黙って拘束されろ。貴様が抵抗しなければ、こちらも危害を与えるつもりもない」
二人の間は僅か三メートル。
近付かれても、上条は微動だにしない。
何故なら彼の頭の中では、全く別の事柄が駆け巡っているから。
―――そして。
―――上条当麻の脳内で、もつれ合った様々な糸がピンと筋を張って、一本の線になった時。 - 325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:45:11.03 ID:96vE9dPDO
-
上条「……ハハ」
僅かに笑った。
そして五人全員が思った。
恐怖のあまり、おかしくなってしまったのか? と。
その予想はある意味で間違いではなく、実際彼は『オカシク』なった。
笑いに伴って、上条が洗練された殺意を放つ。対峙する男へと、奥にいるクズ共へと。
上条「ハハハ……アッハッハッハッ!」
顔を手のひらで隠し、隙間を抜くように声が漏れる。
笑みは、狂笑へと変わる。
上条「アハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハ ハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハ ハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハ ハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハはハハハ ハハハハハハハハハ」
どうしようもない程の憎悪が声となった。 - 326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:47:54.37 ID:96vE9dPDO
-
彼は狂笑する。
ケタケタと笑い。
クククと笑い。
ハハハと笑い。
ゲラゲラと笑う。
視界の全てがモノクロになっていく。
肌に感じる感覚が全てだった。
上条の心の中で、呟かれる。
『誰か』が、告げる。
無意識ではなく、有意識で。
“悪としても胸を張れ”。
“闇の世界を突き進んだとしても、それでも光を救って見せろ”。
“進むべき道が周りと違うからといって、それを恥じるな”。
“闇の奥にいることを誇りに思えるような、それほどの黒となれ”。
―――既存のルールはすべて捨てろ。
―――可能と不可能をもう一度再設定しろ。
―――目の前にある条件をリスト化し、その壁を取り払え。 - 327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:49:41.73 ID:96vE9dPDO
-
上条当麻は口角を吊り上げて、嗤う。
―――コ、ロ、ス。
彼が唇を動かした。
男「ひっ……!!」
莫大な殺気と絶大な恐怖に駆られた男は、一歩後退してたじろぐ。
先刻の威勢は何処へやら。
もはや面影も存在しない。
だが、辺りの空気が一変した気がするのは確か。
特に上条当麻を中心に『何か』が豹変を遂げている。
体の芯から死を感じて、自らの危険をゾワリと身を震わせ察知した。
咄嗟に彼は逡巡せず能力を行使する―――その直前。
“ぞぷり”、と。 - 328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:52:29.39 ID:96vE9dPDO
-
男「ぁ……?」
何が起きたか、解らない。
どうなってるのかも、解らない。
現状の把握が、出来ない。
理解が不可能に近いほど、頭が回らない。
視界に映る景色。上条当麻。
彼は目と鼻の先まで接近していた。
三メートルあった距離を一瞬で。
動体視力とか、五感とか、関係がない。
“反応できなかった”のだから。
男「……?」
腹部に違和感を感じる。
下を向くと、奇妙な光景が広がっていた。
―――腕が伸びているのだ。
一本の腕が、腹から伸びていた。
血塗れた腕が、腹を貫いていた。
上 条 当 麻 の 腕 が 男 の 体 を 貫 通 し て い た 。 - 329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:54:08.50 ID:96vE9dPDO
-
ザクリ、という生々しい肉質が。
ドロリ、とした穢れきった血液が。
浴びなれた液体。
腕に伝わる感触。
体に刻んだ鼓動。
そのどれもが、楽しくて愉しくて悦しくて仕方なかった。
狂えばいい。
笑えばいい。
望めばいい。
堕ちればいい。
消えればいい。
終わればいい。
ナニカガオワッテコワレテウマレテ、ナニカガウマレテコワレテオワッテ。
上条「ハハハ……クッ……クク。
…………はッハア―――!」
滲むような苦しみに埋もれて、得た笑みだった。
手にしてしまった感情だった。
多分、狂っていた。
そんな“エガオ”を浮かべながらも……間は、一瞬。
ただ、“ぞぷり”……と。 - 330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 20:55:36.86 ID:96vE9dPDO
-
そう、ほんの一瞬。
踏み出した瞬間を見切れた者は、後方にいる四人の中には一人も居ない。
鮮やか過ぎる手並みに、制止の声が掛かることすらない。
男「が……はッッ!!!?」
四人の我は、その掠れきった声によって再び取り戻す。
音の発生源は数メートル先。
上条の眼前に存在する男のソレ。
意識した途端、迅速に駆けて行く感覚。尋常ではない痛みが彼を襲う。
上条は貫いた腕をゆっくりと引き戻し、血を吐き出しながら倒れる男を冷たく睨む。
意識を失い最期を迎えた彼に軽く目をやり、唾を吐き棄てる。
上条「次は……テメェらの番だぜぇ?」
くしゃりと顔が歪み、狂笑。
四人を射抜く瞳は……淡い光を放つ。
禍々しい邪悪な黒い色をした『陽炎』が上条の両目に立っていた。
何時もの瞳は、変貌して淡く邪悪な輝きを宿す。 - 341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 02:10:04.75 ID:gUGvHzpDO
-
その時。ようやく駆動鎧を身に包む一人が身体の硬直が解けたらしく、上条の頭に銃口を向けた。
しかし彼は臆さない。
汗の一滴も垂らさず、焦りの色がこれっぽっちも見えない。
上条「なぁ、知ってっか? 相当な訓練を受けたヤツは一発の弾丸程度、いとも簡単に避けれんだぜ?」
“BANG”と。
実験室の虚空に銃声が響く。
学園都市製の銃器と弾丸。
鉄の壁など、ちょっとやそっとの障害ぐらいでは進行の妨げにならない。
破壊力は規模も甚大さもケタが違う。
直撃の場合、命の保障は皆無だ。
上条「まあ? 最近は武道をやってたら、たま~に躱すヤツもいるみてぇだけどな」
―――それを、彼はいとも簡単に避けた。 - 342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 02:12:30.15 ID:gUGvHzpDO
-
突き抜けた弾丸は、遙か遠くにある壁へ着弾。
轟音が辺りを奏で、甚だしく砕けて壁を穿った。
引き金を引いた敵が驚愕を露わにする余地も与えないまま、上条はまくし立てる。
上条「大体よぉ、根本的にテメェらは勘違いしてんだよなー」
銃弾が破壊したお陰で飛来してきた、手頃の良い壁の破片を拾い上げる。
一見して視ればただの鉄の塊。
だが、今の彼にとっては凄く役に立つ武器に変貌を遂げる。
上条「人数だと有利だから必然的に自分達の勝利ってかぁ? オイオイ、随分嘗められたもんだな。俺が何年『アイツら』のリーダー務めてたか知った上の口振りか?」
駆動鎧の一人は上条当麻の言葉を取り合わない。
再び銃器の矛先を彼に向けて、標準を合わせる。着弾点は上条の心臓。
「あはっ」と上条は嗤う。
悦しそうに“エガオ”を放つ。
犬歯を剥き出して笑う様は、さながら血に飢えた獣。 - 343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 02:15:56.19 ID:gUGvHzpDO
-
彼は手首を軽く払うように鉄の塊を上空へ放り投げた。
上条「そもそもだ。傍若無人で唯我独尊のプライド高き一位と二位に対して、無能力者の俺に従順してんのは何故か?」
弧を描いて舞った鉄の塊は上がる所まで上がると、重力に従って落下していく。
落下地点は上条の眼前。くるくると空中を慣性の法則で回り続けるソレを彼は―――
上条「至ってシンプルな話さ。アイツらを超越する実力を持ってるだけのコト」
―――『左』の拳で殴り付けた。
刹那。上条当麻の左拳から一筋の閃光が駆動鎧に向かって煌めいた。
数メートルという距離は、音速以上で迫る閃光の前では『無』に等しい。
謂うなれば児戯にさえも乏しいほど。
この程度の隔離は一秒にも満たない時間の間に到達する。
そして尚且つ、その速度に駆動鎧を覆った程度の人間が動体視力で反応できるかと聞かれれば……不可能だ。
故に、
―――ッッ!!!!!!
一筋の閃光は、駆動鎧を貫いた。 - 344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 02:22:15.43 ID:gUGvHzpDO
-
突き抜ける絢爛たる光は流星の如し。
数秒遅れて室内に爆音が轟く。
縦に地響きが鳴り、ビリビリと空気が震動を起こす。
更に空気中の水分が灼かれ水蒸気が生じる。
爆音の起源は駆動鎧。
丁度中心に閃光が貫通して、間髪容れず爆発が勃発したのだ。
駆動鎧を被った人間は爆発の煽りが完全に消え失せても……姿を現さない。
跡に残ったのは散乱した機械の破片以外、何も無かった。
しかし、残された三人が注目する点はソコではない。
上条当麻から放たれた“一筋の閃光”。閃光の正体は射出された鉄の塊。
それは判る。目視したのは初めてだが、『データ』として見た事があったから。
だけど『データ』は……、
上条「俺の『超電磁砲』だ。ってか、やっちまったなオイ。弾がデカかったか。
“中身”ごと消炭になっちまってんじゃん。ま、どーでもいいけど」
「貴様、その能力は……ッ!!」
能力者の一人は歯を軋ませて戸惑いの声を上げる。
当然だ。『超電磁砲』と言えば第三位の御坂美琴が所有する必殺技。
音速を超える威力は絶大。電撃使い最強を誇る名は伊達じゃない。
拘わらず、“無能力者”である目の前の男は容易く放って見せた。
この事象に疑問を覚えないはずがない。
困惑して問い掛けてしまうはずだ。 - 345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 03:34:16.76 ID:gUGvHzpDO
-
それに対して、上条当麻は「あひゃっ」と吹き出す。
あまりにも馬鹿らしい言葉が聞こえた気がして殊の外笑いがこみ上げてしまい、耐えきれなかったのだ。
上条「ハハハハ!! 違う違うそうじゃねーよ」
ひとしきり笑った後、彼はズボンのポケットを探り、指貫タイプのグローブを取り出す。
上条「能力とか演算なんていう“ちっぽけなモン”じゃねぇんだよ。
『コレ』はそんな底辺に存在する代物じゃない。まず次元が違い過ぎる」
ピッタリに嵌めると、感覚を確かめるように緩慢と拳を作り、再び指を広げて手の平へ。
二回ほど繰り返して、逆の手も同様に拳を作って手の平へ戻す。
作業が終了したのか、上条は不敵な笑みを浮かべる。
邪悪な陽炎が立つ瞳は残された三人を射抜いた。
全員の背筋に鮮明な悪寒が走った。
意識を失ってないのが不思議なくらい、殺意を浴びた。
彼の瞳。その奥。
ギラギラと光る目の淵。
奥の奥の奥の奥の奥から。
―――『何者』かに、睨まれた。
『上条当麻』とは異なる誰か。
睨まれた時間は、ほんの一瞬に過ぎない。
だけどその一瞬の内に恐怖を感じたのは間違いなくて。 - 346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 03:35:30.47 ID:gUGvHzpDO
-
上条「普段は使わねぇけど、特別サービスだ。絶賛特売中だから甘んじて受け取れよッ!!」
体勢を低くして、勢い良く踏み出した。
相対する両者の隔たりは僅か数メートル。
但し『猟犬部隊』の残党は銃器や能力を有していたり、どちらの戦況が有利不利かは明らかである。
……相手が一般の人間ならば。
最後の駆動鎧を覆った人間は即座に銃器を構えて、引き金を引く。
銃器の名称は鋼鉄破り(メタルイーターMX)、『バレットM82A1』。
二千メートル先の戦車を爆破した功績がある対戦車ライフルだ。
それに無理矢理連射機能を追加した鬼畜物。
威力が強大すぎ、安物のヘルメットであれば発射時の反動で粉砕してしまう程。大人でも扱いが難しいと言われている。
そのための駆動鎧。
足りない部分は補い、甚大な反動を吸収する手段を選んで反動を無にする。
連続で銃声が鳴り響き、幾つもの弾丸が絶え間なく射出されていく。
一つ一つの弾が、一撃必殺を誇る刃。
人体に着弾した場合、例え一発でも弾け飛んでしまうだろう。
しかしながら上条当麻という人間は、
上条「―――遅ぇよ。ドコ狙ってやがんだ?」
それを、すり抜けてしまうのだ。 - 347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 03:37:56.10 ID:gUGvHzpDO
-
無尽蔵に発砲する中、上条にとっては障害にもならない。
あっという間に駆動鎧の懐へ潜り込んだ彼は、強く左手で拳を作る。
拳を放つ直前、不敵な笑みを浮かべてこう呟いた。
上条「……“すごいパーンチ”」
告げ終えると、駆動鎧の胴部に下から上へ掬うように拳を振り上げる。
機械の鎧だ。力の限り殴打すれば骨が砕ける事すら否めない。
故に―――けたたましい音が響いた。
しかし上条当麻の拳からではない。殴打した駆動鎧の胴部からだ。
まるで空のペットボトルを握り潰したように変形する。
だがそれも一瞬。
突然、駆動鎧はおびただしい速度で奥の壁まで突っ込んでいった。
壁が砕ける破壊音が轟く。
能力者の一人が血相を変えて目で追うと、駆動鎧『だった物』が転がっていた。
もはやスクラップ状に結末を終えた成れの果てとしか思えない。
上条「オラ、まだ終わってねぇぞ」
―――そして上条当麻の戦法で一番恐ろしい点は、気付かないうちに目と鼻の先まで接近する事だ。 - 348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 03:39:47.38 ID:gUGvHzpDO
-
振り抜かれた『右手』の拳は確実に能力者の一人の顔面を捉えた。
頬に向かって渾身の一撃を打つ。
意識が削がれ、沈んでいくヤツを目に上条は攻撃の手を止めない。
腰に手を回し、拳銃を掴んで銃口を定める。……その時、
「う、動くな……っ!」
心の中で舌打ち。
イイ気分で済ませていたのに、邪魔されて苛立ったからだ。
拳銃を構えたまま視線だけを動かして一瞥。
腕を震わせながらも手を翳して、完全に怖じ気づいた最後の一人になった能力者の姿があった。
上条当麻は口角を吊り上げる。
上条「お前は、“能力を使えない”」
「っ、なな、何言って―――」
上条「これは明言さ。“動くことすら出来ねぇ”よ」
瞳の色は絶対的な自信の色。
何もかもを見透かすような眼差し。
その全てが怖ろしくて堪らない。
その全てが闇の深さを象徴しているみたいで仕方無かった。
尚且つ圧倒的な威圧感や存在感が、能力者の余裕を押し潰す。
伴って腕の震えが激しさを増す。
そして何より―――能力が使えないコトに、畏怖を感じる。
演算も終了している。
寸分の狂いも無いはずだ。
いつ発動しても変ではない。
早くしてくれ。
時間は限りなく少ないんだ。
相手はソコまで寛大な心を持つ人間じゃない。
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く―――ッ!! - 349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 03:48:13.99 ID:gUGvHzpDO
-
上条「使えねぇだろ? 動けねぇだろ?」
くくくっ、と喉を鳴らして笑う。
彼は拳銃を仕舞って緩慢と足を運ばせ、近付いてくる。
一歩。また一歩。
着実に二人の距離は縮む。
踏み出す度に辺りを奏でる足音が、己の死へのカウントダウンに聞こえなくて。
「う……あ……」
逃げたくて。
逃げたくて逃げたくて。
無様でもいい。
情けなくてもいい。
みっともなくてもいい。
ただ、生きたい。
どんなに滑稽でも。
どんなに嘲笑されても。
ひたすらに生きたいだけ。
なのに―――足が動かなくて。
上条「ほら……“闇に堕ちろ”よ」
視界が霞む。思考が働かない。
全部の機能が失われていく。
視覚が。聴覚が。嗅覚が。味覚が。触覚が。感覚も全て。
落
ち
て
。
堕
ち
て
。
落
ち
て
い
く
。
堕
ち
て
い
く
。 - 350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/15(日) 03:48:56.66 ID:gUGvHzpDO
-
闇
に
堕
ち
て
い
く
。 - 383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 09:53:20.43 ID:IXtN0zRDO
-
目の前に広がる光景は真っ白な天井だった。
朦朧とした意識の中で覚醒していく思考に浮かぶのは、疑問の一言。
視界を覆い尽くす白い天井は生涯で初体験とも言える情景。
まさかマジマジと『白』だけを見つめる日が来るとは誰が予想しただろう。
だがしかし寝起きでこんな下らない事を真剣に考えてふけるというのも変な話。
彼女……御坂美琴が眠りから覚めた瞬間である。
美琴(私……)
―――なにしてたんだっけ?
頭の中で何回も反芻される文字。
何度も何度も呟いて、されども答えは浮かび上がって来ない。
過去を振り返ろう。
悩んでばかりでは仕方ない。
こういう場合は発想の転換が必要なのだ。 - 384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 09:55:41.20 ID:IXtN0zRDO
-
記憶が断片的で途切れていたり曖昧だったりするが、確か昔の夢を彷徨っていた気がする。
上条当麻との出会いから現在の経緯まで走馬灯のように振り返って、必死に彼の背中を追いかけていた。
届かないと思っていた背中。
並べられないと甘受した肩。
遠過ぎた存在に挫折を感じざるおえなかった。
けど。―――その幾重たる努力の積み重ねが、全て報われる瞬間が訪れたのを噛み締める。
掴んだんだ。彼の手を。
届いたんだ。彼の背中に。
並べたんだ。彼の肩と。
あの穏やかな微笑みを絶対に忘れない。
一瞬でも見せた優しい雰囲気を嘘とは言わせない。
「気が付いたかい?」
意識外から突然、自分ではない誰かの声が耳に届く。
よって思考は当然ながら中断。
少々不満が残るが、僅かな時間でも八割ほど思い出すことが出来たので及第点。 - 385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 09:57:49.39 ID:IXtN0zRDO
- 上体は起こさずに顔だけ声の方へ向けると、白衣を羽織った医者が扉の前に立っていた。
しかし、御坂美琴の現在の脳内状況はそれどころじゃない。
正確に言えばそれどころじゃなくなった。
彼女の視線はただ一点に注がれる。
今まさに瞳からは『キュピーン』と響きそうな有様。
冥土帰し「……ふむ。異常は無さそうだね? あの少年が連れて来たもんだから当初はどんな患者かと身構えていたけど、特に何事も無く済んで良かったよ」
そこで彼女はハッとする。「あの少年」というキーワードに冷静さを取り戻して思考が復活したのだ。
もし頭の隅をよぎった少年ならば、また新たに彼の事情を知る人物が現れたことになる。
しかも相当彼の性質を熟知している口振り。
美琴が何もせずに黙っていられるはずがない。
美琴「あの、少年って……?」
冥土帰し「おや、君はあの少年と幼馴染みだと聞いてるんだがね。違ったかな?」
疑心が確信へと変わる。
幼馴染みはこの世に一人しか居ない。
ついさっき自分の中で話題に上った最も愛する人―――上条当麻。 - 386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 10:01:42.65 ID:IXtN0zRDO
-
美琴「当麻のこと……知ってるんですか?」
冥土帰し「知ってるも何も、彼はここの常連さんだからね。これでも相当『彼の事情』を知ってるつもりさ。三年ほど前から、ね」
美琴「三年前……!」
―――三年前。ちょうど上条当麻が行方をくらました時。
美琴「お願い、です。当麻の……当麻の何を知っているんですか!? 教えて下さい! お願いします!!」
美琴はゆっくりと上体を起こして、ベッドから身を乗り出してすがるような勢いで懇願する。
“常盤台の『超電磁砲』”なんていうプライドは投げ棄て、頭を下げた。
確かに自分は上条当麻の背中に手が届き、肩を並べたかもしれない。
けれど、それは彼が後ろに振り向いて自分に手を差し伸べたに過ぎないのだ。
未熟で無知な己への情け。上条にそんなつもりは更々無いだろう……が。
現実問題として考えれば自分が『上条当麻』という人間と肩を並べるなど到底ありえないのだから。
実際、彼を変える切っ掛けとなる“中学一年生時代の一ヶ月間”を知らない。
居場所。
何が起きたか。
どういう理由で。
秘匿されていた訳。
一から十まで全部。
何も知らされず、何も教えられず。無知なまま過ごしてきた。
親族ならまだしも幼馴染みの間柄だけで事情を知ろうなんて、差し出がましいかもしれない。
だけど! そうだとしても!
やはり知りたいのだ。
一ヶ月という空白の時間を理解してようやく同等なのだ。
その上で……彼が担っている負担を軽くやりたいのだ。
どれほどの深い底だとしても。
例え奈落の底に堕ちていても。
引き上げてみせる。絶対に。 - 387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 10:05:34.95 ID:IXtN0zRDO
-
冥土帰し「…………そうか」
彼女が何度も懇願を繰り返し頭を下げる姿を冥土帰しは黙って耳を傾けていた。
しばらく続いて沈黙が訪れた時、閉ざしていた重く固い貝のような唇を開ける。
それとは対極に瞼が深く考え込み思考にふけるように閉ざされていく。
冥土帰し「彼は君でさえ、事情を話していないんだね……」
口振りは何処か「やはり」といった、まるで予想が付いてたと言わんばかりの話し方。
医者の物言いに違和感を感じた美琴は顔を上げる。
しかし既に冥土帰しの姿は無くて、この部屋にある窓ガラスに歩み出していた。
冥土帰し「残念だけど僕が知ってる限りの情報は教えられないんだ。僕から述べても意味はないからね」
空を見上げて雲を眺める。
思い描くのは今もなお学園都市を目標も無いのに放浪し続ける上条当麻。
冥土帰し「彼は君に対して散々酷い事を言っただろうね? でも悪く思わないでほしい。彼とて本意では無いだろうからね」
美琴「じ、じゃあせめて! 何で当麻はあんなに変わっただけでも―――」
冥土帰し「何を言っているんだい?」
言葉を遮った冥土帰しは雲を眺めるのを止め、振り返って美琴に視線を移す。
潤んだ瞳。今にも涙が零れ落ちそうなほど目尻に溜まっていた。
上条当麻を心の底から心配した人間だからこそ出せる涙であり表情だった。
その有様に優しげな微笑みを浮かべると、一言一言噛み締めるように述べる。
冥土帰し「彼は何一つ変わってないよ。これは確信を持って言えるね」
―――そのセリフがあまりにも衝撃的で、動けなかった。 - 388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 10:09:01.42 ID:IXtN0zRDO
-
あんなに優しかった人が何事も突き放して、冷たく変わり果ててしまったのに?
ガラリと別人みたいに一変してしまった人が『何一つ』として変わってない?
何で判るの? と問い掛けたかった。
ありえない! と反論を叩きたかった。
でも……言えなかった。
喉まで来ていた問い掛けや反論は声になる一歩寸前のところで飲み込んだ。
それは例え反論ではなくて同意だとしても、どんな言葉が浮かぼうとも声に出す事は許されなかっただろう。
だって―――この人は嘘を付いていないのだから。
微笑みを未だに自分へ放つ医者は全く偽りない事実を明言してることを物語っている。
目の前にいる人物は幾度に渡って、肉体的にも精神的にも重い病気を患った患者を診てきたはずだ。
だからどんな言葉を掛けたら患者が不安がるとか、どんな顔をすれば安心感を覚えるとか、この人は知り尽くしている。
故、こんなに優しく微笑んで心を穏やかにしてくれる人が自分に虚言を吐くわけない。
見つめる眼差しが作為を施した絵空事なわけない。
冥土帰し「それに僕はあれほど人間らしい人間を見たことがないよ。今回の件に関しても、あの少年のおかげで君は脳に何の後遺症は残らずに済んだ。もはや奇跡だね?」
「むしろ」と区切って、再び窓へ体を向ける。
今度は見上げないで病院の玄関前へと視線を下ろした。 - 389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 10:11:59.29 ID:IXtN0zRDO
-
冥土帰し「彼の方が重傷だね。放っておけないくらいに」
―――今日二回目となる衝撃を御坂美琴は受ける。
どういう事か声を荒げて問いただす直前、冥土帰しが半歩横に移動して美琴を見た。
“こちらにおいで”と促しているのだ。半歩横にズレたのは隙間を作るため。
そして彼女は気付く。
何故空を仰がず冥土帰しは玄関前を見下ろしたのか、必ず意味が存在するのだ。
美琴「当麻……!」
例えば―――その玄関前に上条当麻が居たりするとか。
覚束ない足取り。何度もふらついて、今にも倒れそうである。
ときおり右手で頭を押さえて立ち止まり休憩。この動作を一通り繰り返す。
とても頼りない状態を目にして、美琴は助けに行きたい衝動に駆られた。
冥土帰し「行ってあげたらどうだい?」
美琴「え……い、いいんですか?」
冥土帰し「勿論だとも。むしろ行ってあげてくれ、彼のためにも」
美琴「―――はいっ!」
踵を返し、パタパタとスリッパが音を立てながらこの部屋を去っていく。 - 390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 10:15:03.41 ID:IXtN0zRDO
- 完全に美琴の姿が消えて辺りが無音で占めるなか、冥土帰しは声に出さず心の中で思う。
冥土帰し(……どうやら、『アレ』を使ったようだね)
『アレ』……上条当麻の『左手』を指す。
冥土帰し(行使は控えるように釘を刺しているんだけどね……無理もないか)
己の知りうる医学をもってしても解明することの出来ない彼の『左手』。
何の能力かもレベルも詳細は一切不明。『左手』に関する全ての情報は明かされていない。
但し、上条自身は『左手』についてキーを掴んでいる素振りを見せた事も確か。
冥土帰し(それに……)
チラリと玄関前を一瞥。そこには走って上条を追い掛ける御坂美琴の姿。
冥土帰し(脳波の数値が『今も』異常だったにも拘わらず、彼女はこうして元気に居られる……不思議なことが多いね)
一般常識を語るならば美琴の脳波は現在も異常で、昏睡状態に陥ってもオカシくないレベル。
なのに彼女は至って健康体で走れるほど。何か“裏”があるのではと訝しむのも当然と言える。 - 391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 10:16:56.02 ID:IXtN0zRDO
-
冥土帰し(けれどまあ)
―――今は良いんじゃないかと冥土帰しは思う。
彼女が走る姿。
非常に健気だと感嘆する。
きっと今までもあんな風に彼の背中を追ってきたのだろう。
冷たく突き放されても諦めずに過ごしてきたに違いない。
おそらく誰よりも上条当麻の側に居て、誰よりも長く時間を共にしたはずだ。
願おう。そんな彼らの平和を。
いつまでも平穏に暮らして。
何事もなく過ごせる日々を。
心の底から願い続けよう。
―――現在、7月19日。 - 403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 10:51:53.96 ID:3gymAq1DO
-
公園。とある高校生が通学路として頻繁に訪れる何の変哲もない場所。
自販機の隣にあるベンチに腰を落とすのは、周りから一際目立つ金髪コンビ。
片やホストのような男。
片や不良のような男。
垣根「“二万通りの戦闘でレベル6にシフトアップ”ってか……随分と安上りじゃん」
浜面「…………」
垣根「世の馬鹿共が食い付いてきそうな三流店舗のキャッチフレーズみてぇだな浜づ……オイ?」
浜面「……zzzzz」
垣根「アホ面晒して寝てんじゃねーよ!」
天誅!! と言わんばかりに手に持っていた資料で浜面の額を強めに叩く。
小気味よい音が響いて、資料の下からは苦痛の呻き声が漏れた。 - 404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 10:53:14.30 ID:3gymAq1DO
-
至極億劫そうに顔面に押し付けられている資料をどかすと、まだ少し眠いのか、豪快なあくびをした。
垣根「オハヨウ浜面君。目覚ましレベル1の効果はどうかな?」
浜面「……嫌な予感しかしねぇけど……1って事は上があるのか?」
垣根「その通り! 正解者の君には特別サービスで『目覚ましwith未元物質』をプレゼント!!
―――これでも喰らって怠けた体を起こしやがれぇ!!」
浜面「だろうと思ったよちっくしょー!! 大体、徹夜で仕事だったんだからちょっとは寝かせろーッ!!」
空中の至る所から野球ボールの大きさをした青色の球が出現。
そよそよと浮かぶソレは『水の塊』。空気中の水分を未元物質が手を加える事によって起こる現象。
背筋にゾクッ!! と悪寒が走るのを浜面は感じ取った。
もはや無意識だが、とっさに前方へ飛び跳ねて転がり込む。 - 405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 10:56:04.84 ID:3gymAq1DO
-
そして間髪を容れず浜面に向かって水の塊は飛来する。
着弾点はベンチ。妨げもなく進行していた水の塊がベンチに触れた途端―――弾けた。
まるで浴槽をひっくり返したかのような質量の水がベンチを襲う。
浜面「こんな所でガチとか馬鹿じゃねぇのォォォォおおおおおおおッ!!!?」
垣根「ハッハー!! 俺に常識が通用すると思ってんのかあ?!」
彼らが繰り広げるのは全力逃走という名の鬼ごっこ。
但し、気絶レベルの攻撃を一方的に放つ垣根に対して、抵抗の余地すら与えてくれない現状に浜面は全速力で逃げて嘆くばかり。
もはや両者ともども当初の目的を忘れているのは言うまでもない。
―――15分後。
垣根「チッ、逃げ足だけは早いんだよなアイツ」
公園のベンチから街路へステージは変わる。
瞳をこらして周りを注意深く見渡すが……見当らない。どうやら人混みに紛れ込んだらしい。 - 406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 10:58:28.82 ID:3gymAq1DO
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浜面は一度でも姿を見失えば捜し当てる事は不可能に等しい。
さすがは現役のスキルアウト。
街の地図を暗記しているので、区域ごとに逃走経路の見出す方向を知り尽くしている。
おそらく次に遭遇する場面は、大抵翌日とかリーダーから収集が掛った時。
垣根はもう一回大きく舌打ちを鳴らし、頭をガシガシと乱暴に掻く。
垣根「……俺を一人にしやがって。明日アイツの飯にタバスコぶっかけて悶え苦しませてやる」
拗ねるように吐き棄てる。
大半は自業自得なのだが、自覚がところ垣根らしい。
ある一部の人達から見れば今の彼の姿は驚愕もの。
笑みを浮かべることすら無い……クールで頼れる存在だと慕われていた。
しかし現在は、イタズラが大好きそうな笑みを放ち優しいオーラを纏う少年。
過去を知る者からすればギャップの差違に驚きを隠せないだろう。 - 407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:00:05.16 ID:3gymAq1DO
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「リーダー……?」
―――故に。
垣根「ぁん? ……お前」
―――『彼女』は垣根を見て驚いた。
心理定規「久しぶりね。また会えて嬉しいわ」 - 408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:05:08.01 ID:3gymAq1DO
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―――――――――――――――
路地裏。普段人気が少ない通りで、スキルアウトが集まる無法地帯。
光が差し込まない暗い道で一際目立つ人物が一人。
色素が無い真っ白い髪。
雪のように透き通る白い肌。
鋭い目筋の奥に宿る赤い瞳。
一方通行「―――なるほどなァ。たとえ俺が実験を拒ンでも強制イベントだったってわけかよ。
優先順位の基準がトチ狂ってやがる。まァ今更かもしンねェが」
一方通行と相対するのはゴーグルを装着した少女。
手には身長に似合わない強大な銃器を携えている。
少女とは初対面だ。
けれども初対面ではない。
ただ外見は何度も目撃したことがあって、中身が全く別物なだけの極めて単純明快な話。 - 409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:08:24.10 ID:3gymAq1DO
-
「言葉の意味を理解しかねます。それはミサカに対する愚痴ですか? とミサカは健気に問い掛けてみます」
『ミサカ』と名乗った。
少女は御坂美琴と瓜二つ。双子と言われても違和感がないくらいそっくりである。
それもそうだろう―――少女は御坂美琴のクローン体なのだから。
一方通行「ンなシケたもンじゃねェよ。単なる悪態さ。学園都市上層部の連中どもの先行きがな……」
ぐったりした様子で盛大に溜息を吐く。
一瞬、理解ができず頭を傾げた少女だが無意味と悟ったのか、取り合わないように銃器を両手で構えて銃口を一方通行に向けた。
00001号「そうですか。では第一次実験を開始します。とミサカは催促させます」 - 410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:09:57.78 ID:3gymAq1DO
-
―――――――――――――――
浜面「なんとか、撒いたな……」
肩を上下に揺らして息切れするもどうにか追っ手から逃れたことを知り、浜面は安堵の息を漏らした。
額から流れた汗を拭って辺りに注意を巡らせ、警戒心を解かない。
垣根のことだ。急に姿を現してもオカシくはない。
浜面(むしろ空から降って来て奇襲かけてきそうだもんな)
ありえなくはない話だから恐ろしい。
僅かに背筋が凍るように震え上がった。 - 411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:14:23.49 ID:3gymAq1DO
-
浜面「うわー……冗談に聞こえないのがすげぇよ」
感嘆したと同時に頭を振って邪念を取り払う。
浜面「やめだやめだ! 第一そんなこと言い出したらキリ無いしな」
「何がだ?」
浜面「うおぉぅっ!?」
背後から前触れもなく声が掛られて、ビックゥ!! と飛び上がってしまった。
しかも思いの外驚いたらしく訳の判らない素っ頓狂な声を上げるしまつ。
つい反射で身構えたが、その構えはすぐ解かれる。
声をかけた人物が垣根ではなくて自分の知り合いだったからだ。
……いや、『知り合い』程度では済まない。上条と出会う前はよく三人で連んでバカ騒ぎしたものだ。
時にはアンチスキルの皆さんにお世話になって(特に緑のジャージを着た巨乳教師)、それはそれは掛け替えのない日々の連続。
現在も第七学区のスキルアウトを取り纏めるリーダー。
浜面「―――駒場!」
駒場「……元気そうで何よりだ」
駒場利徳。服部半蔵を含めた三人で過ごした仲間。 - 412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:22:37.25 ID:3gymAq1DO
-
―――――――――――――――
今日はいつも以上に不幸な日だと上条当麻は思う。
昨晩。休暇なのにも拘わらず“仕事”が入ってメンバーを収集。
全員しぶしぶ承知して、いざ取り掛ればこれがまた厄介な内容だったことを知る。
結果的に仕事の収拾がついたのは小鳥のさえずりが聞こえ始めたころだった。
垣根は何故かテンション上昇中で、眠たくて仕方ない浜面を引っ張っていき退場。
一方通行は缶コーヒーを買いに行ってから帰宅するらしく、いつものコンビニに足を運んだ。
そこでタイミングを見計らったように掛ってきた電話が、上条の眉間のしわを寄せるものだった。
『上条ちゃーん馬鹿だから補習ですー♪』と。
上条が通う高校のクラスの担任で不老不死という噂の持ち主、月詠小萌。
無言で露骨に嫌な顔を表現していたら、『今スゴく嫌な顔をしてますねー?』と付け加えてきた。
上条(……美琴といい先生といい、何でこう人の行動を読むんだ。俺ってそんな単純?)
思考で疑問を浮かべつつ布団を両手で抱え、ベランダに向かう。 - 413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:24:29.43 ID:3gymAq1DO
- 何やら停電が起きたらしくて洗濯するのは不可能なので、せめて布団を干す選択に。
今日の天気は快晴日和という『布団を干すには持ってこい!』と言わんばかりの晴れっぷり。
太陽が差す光線があまりにも眩しい。
上条「雨が降る可能性も否めねーよなぁ」
今日はあくまで“普段以上に不幸な日”だ。
確証は無い。言ってもただの直感。
信憑性なんてあるわけがない……が。
上条「…………」
少女「…………」
―――目の前で白い修道服を着た少女を見たら、あながち間違ってはない気もすると上条はから思う。 - 414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 11:27:42.88 ID:3gymAq1DO
-
少女「……ぉなか」
ベランダに干されていた少女は小さく呟いた。
顔を上げて上条を見ると、縋るような可愛らしい瞳で告げる。
少女「おなか減った」
上条「……はあ?」
結構本気で漏らした心底の声だったりする。
―――7月20日。これが少女と上条との出会いであり、歯車が動き出す瞬間だった。 - 437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:22:39.25 ID:G+oluWhDO
-
少女「おなか減ったって言ってるんだよ?」
上条「…………」
少女「おなか一杯ご飯を食べさせてくれると嬉しいな♪」
にっこり微笑んで懇願した。
残念ながらベランダに干されて吐く場面ではないし、セリフでもない。
端から見たら奇妙なことこの上ない光景である。
故に絶対関わりたくないと思った上条当麻は以下の行動を取る。
上条「……」
ベランダに繋がる窓を閉めて、
上条「……」
鍵を閉めて完全にシャットアウトした。 - 438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:26:14.99 ID:G+oluWhDO
-
上条「良し」
少女「待つんだよ! 全っ然良くないかも!! この仕打ちあんまりじゃないかなっ!?」
上条「うるせー。帰れ」
少女「こんないたいけな女の子を放っておいて、しかも締め出すなんて酷すぎるかも!」
上条「黙れ。帰れ」
少女「君には迷える子羊を助けようって気はないのかな!?」
上条「帰れ」
少女「むぅぅぅぅうううううううううううう!!!!」
干された状態から身を乗り出して窓をドンドン! と強めに叩くシスター。
必死に救命を求めるも、上条の心は至って閉めきったままだ。
その時、ぐぅ~と少女のお腹が鳴る。
窓越しからでも聞こえた音は少女がいかに食欲に飢えているかを露呈していた。
体に力が入らなくなったのか、ヘナヘナと崩れ落ちる。
少女「せ、せめてご飯だけでもぉ……」
上条「……はぁ。ったく」
肩を落として溜息を吐く。
窓の鍵を開けると、踵を返してキッチンへと向かった。
少女はすぐに上条の意図を理解し、目を輝かせるほど満面の笑みを浮かべてピョンピョン跳ねながら部屋に入る。
内心、実は良い人なのかも? と少女は考えたがご飯が優先的に上なので、すぐさま除外。 - 439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:29:20.63 ID:G+oluWhDO
-
上条「何でこうなっちまったかなー……」
あぐらをかいた膝に肩肘立ててドコとなく彼は呟いた。
目の前では山盛りの野菜炒めをガツガツとひたすら口内へ放り込む少女。
まるで大食い競争の出場者並みの食いっぷりに呆れてものも言えない。
一体その小柄な体のドコに入るというのか。人体の神秘に近いものを見ているかもしれない。
上条「……で? テメェはなんでベランダに引っ掛かってたわけ? あれか、自殺未遂者か?」
少女「もしそうだとしたら豪快すぎる飛び降り方かも」
上条「そりゃそうだわな。正論だ」
少女「マンションを飛び移ろうとして失敗したんだよ。体勢を崩されたのがいけなかったのかも」
上条「馬鹿だろお前」
少女「……君の言葉ってなんだかスゴく胸にくるかも。感情がこもってないから余計に」
上条「どーも。誉め言葉にしか聞こえねえな」
少女「むー……」 - 440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:31:04.80 ID:G+oluWhDO
-
頬を膨らませて腑に落ちないことを少女は示す。
一見すれば可愛らしい姿かもしれないが、盛りに盛った野菜を平らげる大食いと考えてしまえば『可愛らしさ』なんてひと欠片もない。
少女「そもそも私が悪いんじゃないもん。背中を撃たれたから体勢が崩れちゃったんだもん」
上条「はあ? 撃たれただあ?」
少女「うん。追われてるからね」
上条「…………へー」
つまんなそうに。
興味なさそうに。
どうでもいいように。
考えるわけでも思いふけるわけでも心配をかけるわけでもなく。
膝に肩肘立てたままの状態で、ただ、無表情で呟いた。
少女「むぅ。そこまで興味なさそうにされると、知ってほしい事情じゃないのに悔しいんだよ……」
上条「だって実際その通りだからな。面倒ごとはあんまし関わりたくねーんだ」
『第一、俺じゃあるまいし』という言葉は心に留めておく。
必要のない事柄は言わない方が得策だ。 - 441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:33:46.46 ID:G+oluWhDO
- 更に言うならば余計な詮索や関わりを持つのもしない方がいいのだが、
上条「……」
チラッ、と窓から見える外を一瞥。
上条「―――既に遅いのかもしんないけどな」
少女「みゅ? なにか言った?」
上条「いんや、何も」
まぶたを閉じて深く思考にふけるのを中断。
もはや遅いかもしれないが、本当の意味で関わってしまったのならば臨機応変に対応すればいいだけの話。
『あっち』にその気があるかどうかの事になるとまた別問題になるが……。
けれど、今判ることは一つ。
上条(どうやら、コイツが追われてるってのは本当らしいな)
少女「あ! 自己紹介がまだったね!」
見事に余すことなく完食し終えた少女は両手の平を合わせると、目をキラキラ輝かせながら上条に詰め寄ってきた。 - 442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:35:57.58 ID:G+oluWhDO
-
インデックス「私の名前はインデックスって言うんだよ! 魔法名は Dedicatusa545 『献身的な子羊は強者の知識を守る』って意味だね」
上条「……」
上条の顔が歪む。
「何言ってんのこの子? ありえねー」と言わんばかりに。
インデックス「さっき追われてるって言った理由だけど―――私は『禁書目録』だから」
上条は歪んだ顔をやめない。
インデックス「私の持っている10万3000冊の魔道書、それが“連中”の狙いだと思う」
上条は歪んだ顔をやめない。
インデックス「“連中”っていうのは魔術結社だよ」
上条は歪んだ顔をやめ―――
インデックス「むぅぅぅううううううう!! さっきからなに!? そのいかにも信じられません的な顔は!!」
上条「いや、だって、なあ? 科学の街である学園都市で、んなこと聞かされたら誰だってこんな顔するって」
インデックス「むー!! じゃあ君は魔術を信用しないっていうのかな!?」
上条「信用してあげられることもないけどさー……とりあえずまあ、良い病院を知ってるからそこに行きませうか?」
インデックス「やっぱり馬鹿にしてるんだよ!! まだ会って間もないけど、君ってスゴく嫌な人なんだね!!」 - 443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 03:53:52.74 ID:G+oluWhDO
-
腕をブンブン振り回して怒りを表現するインデックスと名乗る少女。
その有様に上条は重い溜息を吐く。
今更ながらに思うが、どうやら自分は相当面倒くさい人間と関わってしまったらしい。
部屋に入れたことを本当に本当に今更だが悔やむ。
やはりあの時にベランダから突き落とせばよかったのか……。
インデックス「魔術はあるもん魔術はあるもん魔術はあるもん!!」
上条「あーもう! うっせぇなこのガキが! じゃあそれを証明してみろってんだ!」
―――結果。
インデックス「…………」
上条「なんでこうなるかねー……あ、こんな所にも歯形が」
お互いの理念を証明するために修道服を右手で触れ、当然なのだが幻想殺しの効果で『教会』破壊してしまい、インデックスが素っ裸に。
怒ったインデックスに体中を噛みつかれる羽目に陥る。 - 444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 03:56:18.83 ID:G+oluWhDO
- 彼女は絶賛布団にくるまって落ち込んでる模様。
上条(……しかしまあ、このガキの言ってた魔術ってのは、本当みてえだな)
幻想殺しが反応したということは彼女の言うことはあながち間違ってはいない事を示唆。
この世に科学とは『別の法則』で生み出される“力”が存在するということ。
上条(そして)
―――その事実をアレイスターが知らないはずがないということ。
インデックス「どうしたの?」
ひょこっと上条の視界にインデックスの顔が映る。
先ほどの怒りの剣幕はドコへ行ったのか、微塵も感じさせない心から心配する顔で上条を覗いた。
コロコロ表情が変わるやつだと思う。『光』に住む人間だからか。
上条(『光』か『闇』かで判別するあたり、上条さんは末期だ……)
インデックス「どうしたのかな? 思いつめた表情をしてるかも」
上条「いやあ、その針のむしろで外を出歩くと考えたら気の毒でな」
インデックス「……やっぱり君ってイジワルな人なんだよ」
頬を膨らませて告げると、プイッとインデックスは踵を返して玄関へ向かう。 - 445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 03:58:30.54 ID:G+oluWhDO
-
上条「帰るのか?」
インデックス「うん。長居すると君が狙われちゃうからね」
上条「んだよ、かいがいしく心配してくれるのか? ガキが一人前みてぇに」
インデックス「もちろん、巻き込みたくないもん」
上条「……随分とその件に関わるとあっさり引くんだな。食いもんの時はがっついて来たのによぉ」
インデックス「……じゃあ」
少女は両手を後ろで組み、
インデックス「私と一緒に地獄の底まで付いてきてくれる?」
上条「…………っ」
インデックス「―――ばいばい!」
タッタッタ、と軽快な足音を響かせて立ち去っていく。
残された上条は駆ける少女を追いかけるわけでもなく、呆然と玄関に目線が釘付けにされていた。
一瞬でも言葉が詰まってしまった。
いや、出せなかったのだ。
上条(あのガキ……)
最後に見せた顔。
儚い中にも僅かな『闇』を悟らせるドコか寂しげな様子。 - 446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 03:59:35.14 ID:G+oluWhDO
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瞬間的にもインデックスは『闇』を匂わせる態度を取った。
しかし少女は『光』の道を歩む人間であるはずだ。
『闇』を感じさせる時なんて無い、と自負できるほど。
じゃあ何だ?
インデックスは『光』と『闇』を使い分けているとでも言うのか?
上条「……」
ふざけた話だ。
反吐が出るほど馬鹿げている。
そんなはずがない。
単に自身が気付かなかっただけだろう。
あの可憐な少女に対してそこまで深読みする必要は皆無だ。
但し、
上条「だとしたら、科学の『闇』をそれなりに知ってる俺よりも、あのガキはもっと『深い』世界の部類に属する人間になっちまうけどな」
チラリと携帯を一瞥。
そろそろ学校に行かなければ小萌先生による対面補習の時間に間に合わなくなってしまう。
遅刻をすれば間違いなく青髪ピアスや土御門に「今度は何人フラグ立てたんじゃワレェ?」と尋問を羽目に。
そして100%の確率で小萌先生が涙を浮かべるしまつ。もはやテンプレである。
上条「つーか今更考えたところで、あのガキをどうこうできるわけじゃねーし……ってか、もう行っちまったしな」
カバンを掴むと重たい腰を持ち上げて立つ。
第一、今日は仕事が無いくせに予定がぎっしり詰めてあるためインデックスのことを考察する余裕は一切無い。
これも何かの運命。彼女には何処か遠い所で幸せになることを願おう。 - 476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:13:22.63 ID:W/n9QXmDO
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―――セブンズミスト。
小萌先生との個人授業(青ピと土御門も可)は何の差支えも起きなく進んで、時は西日が差しかかる放課後。
上条当麻は多くの若者が集うセブンズミストに補習の帰り道に寄っていた。
もちろん彼一人だけで来ていない。
そもそもセブンズミスト自体初めてだというのに服を買う目的であるのならば尚更一人では行きにくいだろう。
周りに溢れんばかりの学生達を見て、上条は複雑な心境を漏らす。
上条「場違いのような場違いじゃないような……曖昧な感覚に上条さんは囚われていますよ……」
美琴「何さっきからブツブツ言ってんの。ほらっ、早くしないと置いてっちゃうわよ!」
上条「はいはい今行きますよ、っと」
上条の前を歩くのは脳のダメージも完治して見事病院から退院した御坂美琴。
あまりの凄まじい回復力に冥土帰しも驚愕を露わにしていた。 - 477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:15:09.42 ID:W/n9QXmDO
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病院と言えば、二人がこんな所へ買い物に出掛ける理由を作ったのも丁度昨日だったりする。
あの時は確か『アレ』の副作用で頭痛が生じていて、ちょっと休憩に入ろうとするその瞬間、美琴の声が聞こえてきたのだ。
何度か会話を交わし、仕方なく久しぶりに二人で買い物をすることになったという、大して内容も存在しない経緯があるだけ。
特筆で上げるならば、
上条(……『三回』。三回でこのザマか)
たかが三回。言うても三回。
三回だけで初期段階の“頭痛”が起きた。それが己の命取りとなる。
右手に宿る幻想殺し。
これは上条自身の能力。アレイスター曰わく本来の力はこの程度ではないらしい。
そして美点と欠点を兼ね備える左手。その能力の詳細は不明。
何故なら……これは上条当麻に宿る能力ではないから。
上条の中に潜む“もう一つ”の存在が有する能力。 - 478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:17:54.39 ID:W/n9QXmDO
- そもそも研究所で五人と戦闘を行ったのは意識的な問題で言えば上条ではない。
勘違いをしかねないので補足すると、上条にあの戦闘の記憶はあった。
何をやらかしたのかを寸分の狂いもなく明瞭に覚えている。
ただ、上条当麻の身体を動かしていたのは“もう一つ”の存在なだけの話。
上条(ったく、参るぜ。左手を使った回数と時間に応じて俺自身が食い潰される、か。……堪ったもんじゃねーな)
掻い摘んで言えば、『乗っ取られる』という事。
誰かなんて言うまでもない。
今もこうしてる内にもしかしたら侵蝕は弊害も無く進行しているかもしれない。
ほら、気付けばすぐそばまで、
―――ッッ―ッ――ッッッ。
上条「…………」
美琴「どうかした? 今スッゴく暗い顔してるわよ」
上条「いや、何でもねえよ」 - 479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:20:05.56 ID:W/n9QXmDO
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いけない、と上条は邪念を振り払うように頭を振る。
深く考えれば考えるほど取り込まれやすくなると判っているのに、自分の頭は言うことを聞いてくれず思考にふけってしまう。
悪い癖だ。せっかく気分転換に美琴と出掛けているというのに。
これでは存分に楽しもうとしてる彼女に対して失礼極まりない。
上条(そう言えば……)
美琴にも不可思議な点が存在していた。
彼女は脳に後遺症を残していてもオカシくはないほど、いやむしろ残っていなければ異常なほどダメージを被っていたはず。
にも拘わらず御坂美琴は現在もこうして元気な姿で日常を送っている。なぜ?
冥土帰しの話によれば美琴が目を覚ました時、『目を覚ませる状態ではないのに目を覚ましている』と自ら明言していた。
脳科学では絶対に起きない現象。これが俗に言う“奇跡”なのか?
上条(……いや待て、そもそも美琴は何の実験を受けてやがった?)
原点に回帰しよう。
彼女がそうなってしまった起因。
―――『強制段階上昇実験』。
元は脳に必要以上の物を送り込んで演算能力を基に様々な数値を上げていき、強制的にレベルアップというトンデモ実験。 - 480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:22:02.51 ID:W/n9QXmDO
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その理論を覆してみよう。
もし。本当に仮定としての話。
―――もしもその理論が間違ってなかったとして、そもそも実験は『置き去り』対象ではなく御坂美琴“専用”の実験だとしたら?
―――もしも実験の結果がこうなることも推測されていて、美琴にレベルの上昇ではなく何らかの現象が起きるとしたら?
―――もしも上条当麻が実験を阻止する『前提』で計画されていたとしたら?
上条(だからこそ、あの時あえてアレイスターは俺に見え見えの嘘を……?)
だとすれば全ての辻褄は合うかもしれない。
あの騒動そのものがアレイスターが描く通りの画策だとしたら。
上条(オイオイ、シャレになんねーよ。……じゃあ今日ベランダに干されてたあのガキは―――)
美琴「無視すんなやコラーッ!!」 - 481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:23:05.57 ID:W/n9QXmDO
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―――――――――――――――
少し時間をさかのぼり、丁度昼下がりの時間帯の頃。
浜面「ふーん、無能力者狩りね……」
いつもとは違うファミレスに浜面と駒場は居た。
隣とは壁で隔たれたボックステーブル席に面と向かう形で二人は座る。
浜面は片肘をテーブルに乗せてメロンソーダをいじりつつ、駒場の言葉に応答する。
『無能力者狩り』という言葉に引っかかりを覚えないはずがない。
自分でも眉間にシワが増えたことが判るほど、表情を変化させたと思う。
駒場「……ああ。最近では至って頻繁に仲間が被害にあったと報告を受けている」
浜面「その助けた女の子はどうしたんだよ? 保護者が迎えに来てくれたとか?」
駒場「……いや、今は半蔵が車で送っている。心配は必要ない」
浜面「マジか。半蔵にも会いたかったけど、まあ仕方ねえな」
駒場「安心しろ。アイツにそう伝えておく……」 - 482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:24:03.21 ID:W/n9QXmDO
-
薄く微笑む駒場だが、浜面の顔色は全く優れない。
彼が懸念するのは違う点にある。
浜面「なあ、駒場」
駒場「……なんだ?」
浜面「その『無能力者狩り』……どうするんだ?」
駒場「……当然、止めさせる」
だよなぁ、と浜面はうなだれた。
駒場の性格からして放っておけないのは想定していた。
それは問題ない。むしろ自分も手伝いたいところだ。
しかしだ。
あまりマズい方向に事が進むと『上』の連中が黙ってはいない。
そうなると暗部に依頼がくる可能性が否めないのがとても危険なのだ。 - 483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:25:01.50 ID:W/n9QXmDO
-
浜面「俺もできるだけ協力するけど、目立つ行動取ると駒場が狙われるから注意してくれよ?」
駒場「……ああ。判っている」
一応釘はさしておいた。
駒場の事だから理不尽な事件が起きれば聞かなくなるのは目に見えている。
半蔵か自分が居れば制止が可能だが居ない場合はどうしようもない。
万が一を考えてリーダーにも頼み込んでみよう。
何もせず自然と騒動が鎮圧してくれれば一番なんだが、現実問題たやすく運んではくれない。
ならばできる限り事を大きくしないよう最善を尽くすまで。
駒場「……ん?」
駒場の視線が浜面から外れた。
浜面の斜め後ろ、各々の席に繋がる通路へと移っている。
知り合いでも見つけたのだろうか?
興味本位で浜面は体ごと振り返って彼の視線を追う。
すると表情がポカンとするほど、浜面は驚愕を示した。 - 484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:25:48.29 ID:W/n9QXmDO
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自分達の方へ向かって歩いてるのは先ほど話題に上った半蔵。
驚きを示唆するのはその隣に並ぶ少女が二人。
一人はふわふわした金髪に細い手足、色白い肌に透き通った青い瞳。まさしく『人形のような』という例えの似合う風貌。
もう一人はその少女を成長させた姿で二人は凄く似ていた。
駒場「……どうした?」
半蔵「いやな? 送りに行ったんだがよ、この子の姉がどうしても礼を言いたいって聞かなくてさ」
苦笑いを浮かべる半蔵。
そんな彼を余所に呼ばれた少女は一歩前に出て、口を開く。
「結局、この人の言う通りお世話になったらしいからお礼を言いに来たって訳よ。これぐらい常識でしょ?」
駒場「……まあ、そうだな」
「駒場のお兄ちゃん! にゃあ」 - 485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:26:47.22 ID:W/n9QXmDO
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姉の脇からにょきっと妹の顔が出て来た思いきや、駒場を『お兄ちゃん』と呼び出した。
浜面は内心、羨ましさで悪態をついてしまうが駒場が非常に困っている様子なので、まあいいやと自分を落ち着かせた。
浜面「とりあえず積もる話もあるだろうし、座ったらどうだ?」
「いいの? じゃあ座らせてもらうって訳よ」
姉の方が浜面の隣に腰を落とす。
追随するように妹と半蔵が駒場の隣に。
フレンダ「自己紹介させてもらうわね。私はフレンダ。フレンダ=セイヴェルンって訳」
視線で妹を促して、
フレメア「私はフレメア。フレメア=セイヴェルン。にゃあ」 - 486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:28:13.61 ID:W/n9QXmDO
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―――――――――――――――
時は戻って、ピンとエレベーターが鳴る。
目的の階に到着を知らせる独特な音と共に箱型の個室は扉を左右に開いていく。
若干フラフラと覚束ない足取りで上条当麻は自室を目指していた。
上条「疲れた……」
結局、怒らせた代わりに買い物に散々付き合わされて荷物係に徹する一日に。
あれ以降おかげ様で思考にふける余地はドコにも無かった。
仕事が無い日で良かったと心の底から思う。正直さっさと眠りたい。
ただでさえ補習で精神的に削られているというのに。
上条「ん?」
自分の部屋まで残り後僅かの所で彼は進む足を止める。
自室に繋がる玄関扉の前、ドコかで見たことがある『白い布』がうつぶせで横たわっていた。 - 487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:29:32.36 ID:W/n9QXmDO
-
しばらく白い布を一点に凝視していたが、盛大に溜息を吐くと上条は再び足を運び出す。
上条「ったく、腹ぁ減ったから帰ってきたのかあ? 俺はテメェのご主人様じゃねーぞ」
屈んでインデックスの肩を揺らす。
しかし彼女はピクリとも反応を示さない。
上条が頭を傾げて訝しんでいると、鼻の奥に刺激を与える臭いを感知した。
普段ならば嗅ぐはずがない……彼にとってはとても慣れた血腥い臭い。
上条「……横っ腹に斬られた痕か。オイオイ、帰ってくるにしても面倒になってからとかは止めよーぜ。
アンタもそう思わね? ―――魔術師さんよぉ」
立ち上がって踵を返す。
ついさっき自分が通った帰路に二メートルを越す長身の男が、壁に身体を預けて佇んでいた。 - 488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:30:23.32 ID:W/n9QXmDO
-
黒い神父服。
赤くて長い髪。
タバコを口にくわえる。
毒々しい幾つものピアス。
右まぶたの下にバーコード。
「……いつから気付いていたんだ? 一般の学生に見せるほど油断をした覚え何てないんだけどね」
上条「最初からだ。ってか、もう一人の方じゃねーんだな。つまんね」
「待て。何を言っている? 僕は一度も連れが居るとは―――」
上条「バカが。みみっちい頭じゃ理解できねえんなら、もういっぺん言ってやる。『最初から』だ」
人差し指を立てて、上条は告げる。
表情は上手く都合が運んだことを喜ぶように不敵な笑みを浮かべて見せた。 - 489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 08:31:24.00 ID:W/n9QXmDO
-
上条「このガキが俺の部屋に入ってきたあたりで視線と殺気ぐらいは感じ取れてた。ド素人丸出しで目も当てられねぇ。
つまりテメェらの行動は残念ながら上条さんにはバレバレってことなんだな。不幸なことに」
「……っ」
上条「で? ここまで言っておいて何だけどさ、一応お互いに名乗ってようぜ。自己紹介ってのぁ外国でも大切だろ?」
「……」
上条「俺は上条当麻。学園都市に住むただの高校生さ」
ステイル「……そうだね。ステイル=マグヌス、と名乗りたいところだけど。ここはあえて“Fortis931”と言っておくよ」
ステイルはくわえたタバコを指で挟み、空中へ放り投げる。
ステイル「僕は君の推測通り魔術師さ。ソコにいる彼女を保護にしに来た者。―――炎よ(Kenaz)」
―――タバコが炎へ変貌する。 - 490 :977 [saga]:2011/06/12(日) 08:33:49.60 ID:W/n9QXmDO
- しゅーりょーです
上条さんと浜面さんの話へと移っていこうかしら - 491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/12(日) 08:52:56.03 ID:iyOjGDuDO
- 盛り上がってまいりました
- 492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/12(日) 09:14:47.71 ID:Khe1dtbLo
- ステイルさん終了のお知らせ
- 493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/12(日) 09:34:13.87 ID:CliF7t1co
- 黙祷を捧げておこうか
- 494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/12(日) 10:00:47.00 ID:iC+gsoKAO
- 骨は拾ってやるよ
- 507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/14(火) 17:25:05.78 ID:GFtvlf9so
- チっ...ステイルリーチかよ...当たる訳ねー...
- 508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/06/14(火) 18:54:21.51 ID:KG59rOYAO
- いいね!いいね!最高だね!最高におもしれェよ!
2013年12月20日金曜日
【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】 1
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