- ※未完作品
- 2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/13(水) 00:56:31.19 ID:Aa247NID0
- とある学区にある研究施設、常盤台中学と提携して能力開発を補佐しているそれは常盤台中学生にとって最も馴染みのある施設の一つ。そのある一室で御坂美琴は一人ごちていた。
「あ~あ、面倒くさいわね。ちょっくら『外』で能力使ったからって検査だ調整だのなんて一日缶詰にするなんて。しかも明日は午後から能力測定かぁ。」
本来なら測定前にこのような実験まがいの検査など拒否することも出来たのだが――今はタイミングが悪い。なぜなら五日ほど前にロシアから帰国(密出国&密入国)したばかりである。
当然、常盤台の上層部は認知しており激怒した。帰国してすぐに呼び出され処分が言い渡されるはずだったのだが、ロシアで何があったのか酷く憔悴しきっていた為に現在も処分保留中。 - 3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/13(水) 00:58:20.47 ID:Aa247NID0
- そんなわけで負い目もあり実質拒否権無しで午前中からの面倒な検査兼の実験に付き合っていると突然部屋の自動ドアが開き白衣を着た研究者が入ってきた。
「お疲れ様でス、御坂実琴さん。次の検査前にこちらの錠剤をお飲みくださイ。効果の現れる10分後に開始しますのであちらのカプセルの中で横になっていて下さいネ。」
この施設にしては珍しい男性の、淡い金髪をした外国人研究者は近くにある机の上に持ってきたトレイを置くと用は済んだとばかりに部屋を出て行こうとする。
「この薬は?」
そう一言尋ねると
「集中力を高め能力演算の手助けをしてくれるだけですヨ。心配は要りませン」
そう言って曖昧な説明を打ち切りさっさと部屋から出て行ってしまった。
今の説明のどこら辺に心配が要らないと判断する材料があったのかと御坂美琴は錠剤をじっと見つめていて――去り際の彼の口元が禍々しく歪んでいたのに気がつかなかった。 - 4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/13(水) 01:03:46.64 ID:Aa247NID0
- ―――
――
頭に電極を貼り付け何十本もコードが伸びるヘッドギアを被りカプセルに横になる。
薬を飲んで10分少々、そろそろ効果が現れてもいい頃なのだが何も変わらない。拍子抜けしつつ目を閉じると小さな作動音が聞こえゆっくりカプセルの蓋が下りて来るのを感じた。
「…ッ痛!?」
カプセルに入ってしばらくした瞬間、脳にズキリと痛みが走った。
最初は電極やヘッドギアから来る刺激による過負荷かと思ったが何かが違う。
やがてその痛みは間隔が早まり増大していった。耐え切れず慌ててカプセル内にある緊急事態、装置の停止を求めるボタンを押すが反応が無い。能力を使い電撃で無理やり止めようとするが演算に全く集中できなかった。そうこうしてる内にますます痛みは激しくなっていく。 - 5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/13(水) 01:10:49.87 ID:Aa247NID0
- 「痛い、痛い痛い痛いいたいいたあぁぁぁァァァァッ――!」
絶叫する。異変に気づいた女性研究員が走りより慌てて装置を強制停止させようやく収まった。
その様子をモニタールームで先ほど薬を届けた外国人研究者が満足げに眺めていた。
いち早く気がつき装置を停止させる事が出来たにも関わらずその男は止める素振りも見せなかった。まるでもっと見ていたかったと言わんばかりに。
メディカルスタッフの数人が専門用語で話ながらバタバタと廊下を走る音が聞こえる。この部屋に誰かが入ってくるのも時間の問題だろう。
「まァ、こんなものでしょうネ。予定より早く停止させられてしまいましたが十分でしょウ」
「明日の能力測定が見物ですネ、実際に見れないのが本当に残念ですガ」
「……ではさようならジェーン・ドウ。いえレベル5、御坂美琴さン」
そのまま彼はモニターの向こうで大騒ぎになっている様子を尻目にふらりと研究施設を出てそのまま何処かへ行ってしまった。
その後、監視カメラから割り出した映像を元に身元の照会がされ、彼は天井亜雄と共に絶対能力進化(レベル6シフト) 計画に携わった主任研究者の一人である事が判明した。が、それだけであった。
- 6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/13(水) 01:13:32.32 ID:Aa247NID0
- ―――
――
「痛みは引いた?」
カプセルから運び出され部屋の隅にある長椅子で横になりぐったりとしていると女性研究員が声を掛けてきた。
「だいぶ収まったみたいだけど……ここには専門のお医者さんも居ないし治療も難しいから辛いなら搬送するわ。どうする?」
「いえ、もう大丈夫だと思います。どうしても辛くなったら自分で病院に行きますから」
正直言うと今も辛くてしょうがないのだが、今日はこの後行く所がある。病院に搬送、一日安静なんて言われたらたまったもんじゃない。
「そう……、無理しないでね。それとあなたが言っていた外国人研究者の事だけど、うちにはそんな人はいないし来客用ID登録にも無かったわ。でも装置のプログラムは実際に書き換えられていたのよね……あなたが飲んだ薬も何か覚えてない?」
「ただの白くて丸い錠剤だったとしか……それにしてもここの警備はザルね」
「ごめんなさいね。戦争直後でアンチスキルも研究所の私設警備員もゴタゴタしてて……今日はもうあがっていいわ、この件は何か分かったら連絡するから。じゃあお大事にね」 - 7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/13(水) 01:17:35.72 ID:Aa247NID0
- ―――
――
私は着替えると若干ふらつきながらもバスで第七学区まで戻り何時もの公園を目指した。
本当なら寮に帰ってベッドに潜りこんで休みたい所だったがそういう訳にもいかない。
アイツ――上条当麻がこの学園都市に戻ってきたのはつい先日のことだ。
それまで毎日アイツが帰ってきていないか探し回り、疲れて公園のベンチでうずくまっている所を黒子がテレポートで迎えに来るのを繰り返していた。
だがその日は違った。
やはり疲れてベンチでうずくまっていると横から、懐かしい、ずっと聞きたかった声が聞こえてきた。
「お~い、御坂……?」
ハッと顔を上げると、そこには申し訳無さそうな表情をした――あの空中要塞で手の届かなかったアイツが立っていた。息が止まり視界がにじむ。帰ってきたら言おうと思ってた言葉がぐるぐると頭の中で回り始め
とりあえず一億ボルト程度の電撃をノーモーションで撃ち込んだ。
「どわあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
バキンッと音が聞こえ、どう反応したのか右手を突き出しているアイツがそこにいた。
でもこれでハッキリした。これは幻想なんかでは無く現実。アイツはちゃんと帰ってきてくれた。
そこから先はよく覚えていない。あいつに縋り付いて大泣きして、気がついたら寮まで送り届けられていた。アイツが帰って来たら言おうと頭の中で何度も繰 り返していた言葉の数々は何一つとして言えなかったし、アイツが頭を下げながらひたすら謝っていたようだったが私の泣き声でよく聞こえなかった。
そんな中で一つだけはっきりと覚えているものがあった。
「――ただいま」
そんなたった一言。
- 13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 21:50:27.56 ID:rKOUR3Wo0
- ―――
――
公園に着くと、さっそく今日アイツに出会ったらやる事をシミュレーションし始める。
(え~と、まずは一発おもいっきりブン殴る。これは異存無いわね、うん。)
誰かが聞いたら大いに異論を唱えそうな物騒な選択を即断する。
(それから……、何であんな所にいたのか。あの要塞や戦っていたものは何なのか)
(――あの届きかけた手を引っ込めて告げた『やるべきこと』とは何だったのか)
少し思い出しただけで今も胸がズキリと痛む。彼が帰ってくる前は思い出す度に耐え切れず泣いてしまったものだ。もうあんな思いは御免。
(聞きたいことも言いたいことも沢山あり過ぎて困るわね……もうめっきり寒くなってきたし公園で延々と長話も出来ないしねぇ……)
(何処かファミレスにでも入ろうかな、でもそういう所で話し辛いことだったら困るわね……あ、そうだ! いっそ私の寮にお持ち帰りしたりして!? そ、それともわ、私がアイツにお、おお、お持ち帰りされちゃったりっ!?」
「ファミレスの料理ってお持ち帰りなんて出来るのか? チャレンジャーだなぁ御坂」
いつの間にか声に出ていたらしい、何ともベタな事をしてしまっていた。
- 14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 21:53:08.38 ID:rKOUR3Wo0
- 「ひゃ、ア、アンタ!? 何時からそこに!? い、いいい今のセリフは忘れなさいよ!」
「いや、忘れろっつっても殆ど聞き取れなかったし。まあ上条さんはお馬鹿なのですぐ忘れますよっと」
「アンタの記憶うんぬんは結構シャレにならないのよ……まったく……」
「お前から振ったんじゃないのかよ……ん?」
色々聞きたいことがあったはずなのに、当人を前にしてしまうとたちまち霧散してしまい何時もの、懐かしい掛け合いが始まってしまった。
「今日はやけに早いんじゃないの? あれだけ学園都市を抜け出していたんだからてっきり補習の嵐だと思ってたわよ」
「う~ん、まあ補習はあるにはあるんだけどな。でもイギリスやロシアの件での長期のサボりについてはイギリス政府が手を回してくれたらしくてなぁ。公欠扱いになってて単位も無事だったんだよ。……これは幸運なんでしょうか?」
「どう考えても差し引きでマイナスでしょ……それにしてもイギリス政府ってアンタ――」
事も無げに話す世間話の内容が国家クラスまで膨れ上がることにコイツは違和感を感じないのだろうか?
あっさりと非日常を受け入れてしまっているコイツ―上条当麻が―何時か見つけることも出来ないぐらい遠くに行ってしまいそうで―― - 15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 21:54:14.60 ID:rKOUR3Wo0
- 「そんなこと上条さんに言われても困るんですがね!? 大体あっちが半強制的に召還してきたんだし別に俺が………………んー?」
ぶつぶつと言葉尻を濁しながらも、上条は何かに気づいたかのように首を傾げると美琴のほうに向きなおす。
「御坂、ちょっと顔をよーく見せてみろ」
そう言うと美琴の肩を掴んでグイっと近寄せ、観察するようにまじまじと上から下まで目を動かす。
「やっぱお前、すげー顔色わりぃぞ? どうしたんだよ、どっか辛いんじゃないのか? ……あれ? 今度は赤くなってきた?」
アンタが真剣な顔で見つめてくるからよ! とも言える筈も無く、あうあうと呟いているとしまいにはまた漏電しそうになってきたその時。 - 16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 21:55:59.30 ID:rKOUR3Wo0
-
ズキンッ!
- 17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:00:10.32 ID:rKOUR3Wo0
- 「痛ッ!!」
「御坂!?」
カプセルの中で襲ってきた、あの脳を刺すような痛みがまたやってきた。たまらず頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまう。
「あぐっ……! ううう……お、治まったと思ってたのに……」
「だ、大丈夫か御坂!? ……すぐ救急車を呼んでやる! ちょっと我慢できそうか? すぐにあのゲコ太先生のいる病院に連れてってやるから大丈夫だ!」
そういうとアイツは私の制止の声も聞かずに携帯電話で手際よく救急車を手配してしまった。
「……はい、第七学区の公園内で……はい、GPSコードを送りましたので大至急! ……っよし、御坂。歩けそう…じゃないな。ちょっと腰を浮かせてくれ」
素直に少しだけ腰を浮かせると上条は右腕を膝の裏に通し背中に回した左腕と共にヒョイと持ち上げ、指に器用にも鞄を引っかけて公園の出口へ小走りで向かう。
「ったく、体調が悪いのに出歩いてる場合じゃないだろ。一人のときに倒れたらどうするんだよ?」
自分から抱っこしておいて美琴の、女の子特有の柔らかさにこんな状況だというのにドキドキしている罪悪感を誤魔化すように言う。
- 18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:00:48.94 ID:rKOUR3Wo0
- 「…………平気よ、それでもアンタなら助けに来てくれるでしょ?」
「……俺はそんな都合のいいヒーローじゃねぇよ。しっかし軽いな、お前。ちゃんと飯食ってるのか?」
「お、重いよりいいじゃない! それとも何? やっぱり色々なところのボリュームが足りないって言いたいわけなのアンタは!?」
「訳わかんねーこと言ってんじゃねーよ!? あと落ち着け、興奮すんな」
「ううぅ……でも平気よ。さっきより楽にはなってきているから……」
「……それでも病院には行ってもらうぞ。心配だし俺も付いていくからな。――ああ来た来た。おーい! こっちこっち!」
(心配……か。人のことは人一倍心配するのにどうして自分の事は省みないのかしらね。そりゃ私の事を心配してくれるのは嬉しいけどさ…ふみゅ、あったかい……)
救急車から降りてきた隊員に簡単な経緯を説明しながら上条は美琴をそっと、敷かれたマットに下ろすと何故か美琴は、あっと声を上げ寂しそうな表情を浮かべる。
ストレッチャーに乗せられ運び込まれるとすぐに救急車は出発し、隣に座っている上条が大丈夫か? まだ痛むか? と心配そうに聞いてくる。
でも美琴はそれに答えず、何よりもそれまで抱きかかえてくれていた上条の体温が離れてしまったのがどうしても寂しくて。
「ねぇ……手、かして?」
「ん……? ああ、ほらよ」
上条は美琴から差し出された手を右手で握ってやりながら左手で優しく頭をなでる。
時折苦しそうに呻く美琴の苦痛を少しでも和らいでくれるよう祈りながら。
- 19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:01:44.51 ID:rKOUR3Wo0
- ―――
――
上条が病院の廊下にある質素な長椅子に座っていると、カラカラと音と立てて美琴が手当てを受けていた病室の扉が開き、カエル顔の医者が看護士を引き連れて出てきた。
「先生! 御坂は!?」
「うん? まあ落ち着きなさい。今は痛みも引いてだいぶ落ち着いたみたいだね? ただ今のところ対処療法だ。彼女がどんな薬を飲んでどんな調整をしたのかを詳しく調べないといけなくてね? 何、心配はいらないよ。何とでもしてみせるさ」
「…わかりました。じゃあちょっと御坂に顔見せてから自分は帰りますんで。もういい時間だし」
そう言って看護士に採血の指示などを出しているカエル医師と別れ、ノックをしてから入室する。 - 20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:02:51.37 ID:rKOUR3Wo0
-
「御坂ー? 気分はどうだ? 何か欲しいものあれば売店で買ってくるけど」
いつの間にか制服から入院着に着替えたらしい美琴は服の薄さが気になるのか、恥ずかしそうに布団を口元まで引っ張りあげながらモゴモゴと返事をする。
「だ、大丈夫よ。明日の朝には退院できるし…もう痛みも無いわ。全く大げさなのよねぇ、一日とはいえ入院だなんて」
「……まだ飲まされた薬の内容も分かってないんだろ? むしろ一日じゃ短いぐらいだろ。女の子なんだからもっと自分の体を大事にしろよな」
「お、おおお女の子ってそんな///って、アンタが体を大事にしろ云々言うな! どれだけ説得力が無いか胸に手を当てて考えてみなさいよ! 毎度毎度懲りもせず大怪我しちゃってさ……心配してるこっちの身にもなれっつーの」
「お前の撃ってくる電撃も当たれば大怪我するんですけどね!? しっかし心配ねぇ…光栄なんだろうけど、似合わないっつーか意外というか」
「……何よ。私が心配したらいけないとでも言うの……? アンタは自覚が無いかもしれないけどアンタは私のその…大事な恩人よ……心配しないわけ無いじゃない……」
「あー……スマン。お前はそういう優しい奴だったよな。さっきのは馬鹿にするつもりは無かったんだ。その、なんつーか照れ隠し? そんな感じで……ハハハ」
- 21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:05:59.44 ID:rKOUR3Wo0
- そうだ、彼女――御坂美琴は誰にでも分け隔てなく共に心配し、人の為に泣き、人の為に怒ってくれる――そんな優しい少女だった。そんな彼女が自分の事を大事だ、心配だと言ってくれるのは素直に嬉しかった。
「なによそれ? まったく…まあそういうことにしといてあげるわ。もう、湿っぽくなっちゃったじゃない」
「それにね、薬のことは確かに引っかかってるけどさ。それでも明日は能力測定もあるし休んでなんかいられないのよねー」
そう、得体の知れない薬を飲まされたのだ。不安が無いわけが無い。本来なら薬の内容が判明し相応の治療を受けてから退院しても遅くは無い。
だがその事が些細に思えるほど明日の能力測定だけは外せなかったのだ。
「俺にとっちゃ結果の分かりきった無駄な時間でしかないんだけどな。でも明日は特別な測定でもあるのか? それとも前の記録がよっぽど良過ぎて同じ数値出すのが難しそうだとか?」
「ふふふ、御坂美琴さまを舐めちゃいけないわ。前の測定結果なんか絶対に上回ってやるんだから! 私が何時までも同じラインにいるなんて思ったら大間違いよ! …そして何時かアンタと同じ場所まで追いついてやるんだからね!!」
- 22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:07:10.51 ID:rKOUR3Wo0
- 何時の日か、第二十二学区で宣言した彼の力になるという“誓い”とロシアでの“挫折”。そして戦争終結後の上条当麻の帰還。
学園都市の頂点、レベル5の第三位という肩書きなど一人の少年を救う上で何の役にも立たなかったのだ。
あの時、あの瞬間、自身の全てを使い、尚も届かなかったあの手。あの先を――
――力が欲しい――
彼が帰ってくる前は絶望と悲しみという感情に押しつぶされ隠れ燻ぶっていたそれは、今では渇望ともいえる思いになり燃え上がっていた。
明日の測定テスト。分かりやすい、数値というもので自分の力を測れるチャンス。まずはその感情を実現させる第一歩であり宣誓式だ、が。
「まだ強くなるつもりなのお前!? いや向上心があるのはいい事だし御坂らしいっちゃそうなんだけどさ…出来ればその力の矛先を上条さんには向けないで欲しいな~っと常々思うんですよねーーハハハハ、ハァ……」
まあコイツにそこら辺を察しろというのはまだ無理があった。
- 23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:08:04.87 ID:rKOUR3Wo0
- ―――
――
「しっかし、何時もは俺がこの病室で寝てて御坂が見舞いに来るってパターンだったのにな。逆は珍しい…っていうか初めてじゃないのか」
ちょっと顔見せと言った割には随分と話し込んでいる上条と、幸せそうな顔をしてやはり喋り続ける美琴。
邪魔もされず、こんな自然に話せるなら私が入院するのも悪くないわねと不謹慎ながら考えてしまう。
このバカが入院してるときは駄目だ。大抵誰かがお見舞いに(しかも女性の!)来ているときたもんだ。
「パターン化するほど入院するんじゃないわよ全く…あ、あと、べ、別に私はアンタのお見舞いに来てたんじゃなくて偶々立ち寄ったというか、ついでというか…その……///]
「はいはい、分かってますよ~だ。上条さんごときに常盤台のお嬢様がお見舞い目的で来るわけがありませんよねーっと。…はぁ、不幸だ……」
「あ、う、嘘! 本当は心配したからというか、その…アンタの顔も見たかったし……公園で待ってても何時までたっても来ないからとかそういうんじゃなくて…………って私は何を言っとるんじゃああぁぁ!!??」 - 24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:10:27.87 ID:rKOUR3Wo0
- 口調は冗談っぽいのに何故か本気で落ち込んでいく上条の様子に慌てて本音で墓穴を掘ってしまう。
微妙な空気が流れ、ふと目線を逸らした上条の目にデジタル時計が映る。その時計が告げる時刻はいつも夕飯の支度をする時間をあっさりと越えていた。つまり死刑宣告である。
「はいいいいい!? もうこんな時間かよ! 悪りぃ、御坂。俺は夕飯の支度をしないといけないからもう帰るな。 ――…えーっと、能力測定頑張れよ、じゃ、お大事に!」
「え? あ、っちょ、ちょっとぉーー? もう帰っちゃうの? ねーってばー。――――…あーあ、まだありがとうも言ってないのになぁ。何やってんのよ私は……」
正直全然話したり無いが、思いのほか長話していたらしい。こんな事ならさっさとロシアの件で聞きたいことを切り出していればよかったと後悔する。
しばらくして先ほどの看護士が入ってきて採血をしたあと夕食を持ってきてくれた。病院食の味気ないメニューに辟易しながらもしっかりと完食。その後シャ ワーを浴びるのは認められなかった為、お湯を貰ってきてタオルで簡単に体を拭いていく。寝る前の手入れも済ませ明日に備えて早めに寝ようと思い――そこで 初めて違和感を感じる。
とても身近な、あって当たり前のように思っていた『何か』が抜け落ちてしまったような、そんな違和感。
(あれ? 何かしらこの感じは……やっぱり疲れてるのかしらね。明日の測定に響かなければいいけど…………まあいいわ、寝ましょ寝ましょ。)
寝れば治る、と便利な言葉でそれ以上考えるのを止める。病室の電気を消し目を閉じる。
色々と脳に負担をかけたせいだろうか? すぐに睡魔がやってきて眠りの世界に落ちていき――あの研究所で飲んだ薬はようやくその効果を発揮し終えた。
- 25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/14(木) 22:13:36.02 ID:rKOUR3Wo0
- 今日はここまで。
日付が変わるとIDが変わっちゃってるのはコテをつけてないせいでしょうか…? - 26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県)[sage]:2011/04/14(木) 22:14:13.12 ID:/DnVAytUo
- それは仕様だ。日付跨ぐと誰でもIDは変わる
- 27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/14(木) 22:36:21.96 ID:hYNHa9U3o
- 乙~
続き待ってます! - 28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/18(月) 23:13:26.70 ID:CTEGJAyi0
- 乙ありがとうございます。 IDは仕様でしたか、なるほど。
今更上げた文章読むと死ぬほど読み辛いですね……改行気をつけてやってみます。
では投下。 - 29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:14:56.90 ID:CTEGJAyi0
-
―――
――
翌朝、朝食後に簡単な診察を受けたあと制服に着替え病院をあとにする。
カエル顔の医師から血液検査などの結果がお昼頃には出るからと測定テスト後にもう一度診察を受けに来ることを約束させられた。
(げ、黒子からの連絡、57件…? 不味ったわね……あの子に連絡するの忘れるなんて。
とりあえず簡単な経緯と今退院したことをメールしてと…………んー、それにしても――)
病院内では電源をきってしまっていた為、チェックをするため取り出した携帯を再び仕舞いながら辺りを見回す。
もう午前中の授業が始まっている時間帯だからだろう、街は人影が殆どなく時折流通のトラックが走り過ぎていくのみだった。
一度寮に戻りシャワーを浴びてから学校に向かおうと、このある種の静謐さを漂わせる奇妙な街の光景を楽しみながら帰っていった。
ガチャ…バタン
「ほう…御坂。朝帰りとはいい度胸じゃないか。よほど愉快なオブジェになりたいようだな?」
寮の扉を開けると目の前にはメガネを光らせ、腕組みをした寮監が待っていた。
レベル5である御坂美琴ですらたじろぐ威圧感を漂わせ、その姿はまるで仁王様であった。
- 30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:17:38.02 ID:CTEGJAyi0
-
「りょっ、りょりょ寮監様!? こ、これはですね昨日はちょっと入院してたりして、そのー……」
大慌てで両手を前に突き出しブンブンと無実をアピールしようとする。おかしい、病院からは連絡が行っているはずじゃあ――
「ふっ、冗談だ御坂。連絡は聞いている」
そう言うとポーズだったのだろう、腕組みを崩し若干心配そうな顔で続ける。
「何でも実験で変な薬を飲まされて病院に運ばれたそうじゃないか。
まったくあの研究所の警備は何をやっている…うちの生徒を預かっているという自覚が足りないとしか言えん。
それで御坂、体調は悪く無いか? まだ辛いようなら学校には私から連絡しておいてやるぞ」
「だ、大丈夫です! 一応また後で病院に診察受けに行くことにもなっておりますので。シャワーを浴びて着替えたら学校に向かいます」
「ふむ、まあ無理をするなよ。今日は能力測定だ、力の使いすぎで倒れられでもしたら元も子もないのでな。
……それとルームメイトにも一言連絡を入れといてやれ。昨日は煩くてかなわなくてな、静かにさせるのは手間だったぞ?」
「う、、、あ、あはははは…では失礼します!」
そう言うと、踵を返し階段を駆け上がりながら昨日の事を黒子に連絡し忘れたのを今更ながら後悔する。 - 31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:20:33.47 ID:CTEGJAyi0
-
(黒子には悪いことしたなぁ……あの子、首の具合大丈夫かしら?顔が後ろ向いてたりね、ハハ…ハ…………あとでちゃんと謝らないとっ)
可愛い後輩の首の具合を心配しつつ部屋に到着すると手早く制服を脱ぎ浴室へ向かう。
「んーー、気持ちいい。病院でもシャワーぐらい浴びれればよかったのに。女の子にお風呂抜きなんて拷問よ」
ふと時計を見ればもう11時近い。蛇口を捻りセンサーで適温化されたお湯を浴びながら、頭の中で今日のタイムスケジュールを思い浮かべる。
心地よいお湯の刺激に思わず上機嫌になりながら昨日落としきれなかった汗を落としていると、
ドバンッッッ!
いきなり浴室の扉が勢いよく開け放たれ何かが飛び込んできた。
「お姉様ぁぁぁぁぁアアアアアアッ!!!!」
テレポートで脱いだのだろうか、びっくりするぐらい全裸で飛び込んできた後輩に美琴は冷静に対処する。 - 32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:22:32.56 ID:CTEGJAyi0
-
「ふんっ!」
飛び掛ってきた腕を掴みクルリと向きを変え、そのまま開けっ放しの入り口に向かって背負い投げの要領で放り投げた。
……ギュエっとカエルの潰れたような声がするが――風紀委員で鍛えているから平気だろう、と無視してさっさとシャワーを浴びてしまう。
「ひ、酷いですわお姉様……水場なら電撃は使えないだろうと高を括ったのが敗因でしたわ……」
「だーーっ! いきなり裸で抱きついてくんな! この変態! 大体黒子、アンタ今授業中のはずでしょ? 能力測定はどうしたのよ?」
ちゃっちゃとバスタオルで体を拭き巻きつける。髪をドライヤーで乾かしながら本来この時間に居るはずの無い後輩のほうに目を向ける。
「いやですわお姉様。授業とお姉様、どちらが大切かなど考える必要もありませんですの。
ああ、そういえばお姉様は午後からのご予定でしたっけ」
いつの間にか服を着ていたこの後輩は、堂々と授業をサボってきたことを宣言しつつも全く反省していない様子である。
話が脇に逸れていたのだろう、そこでハッと声を上げ美琴に問いただす。
「そんなことよりお姉様!! 昨日はどうなされたんですの!? 一向に帰ってこなければ連絡も繋がらず黒子は! 黒子はぁぁぁあああ!! しかも先ほど着ましたメールには入院だの退院しただのと!」
- 33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:27:30.49 ID:CTEGJAyi0
-
「黒子……」
「あの戦争終了後、明らかに憔悴し様子のおかしかったお姉様が最近よーーやくお元気になってきましたのに……
黒子はもう授業どころではありませんでしたの。どういうことか説明してくださいまし!」
自分の事を真剣に心配してくれてるのが嬉しくて、申し訳無さそうにしながらも思わず微笑む。
若干変態なのを除けば本当にいい後輩だ。改めて昨日の連絡ミスを悔やんでしまう。
お詫びに今度、初春さん達も誘って何処か遊びにでも――
「ん~、ちょっと色々あってね。ほら――学区にある常盤台お抱えの研究所、黒子も行ったことあるでしょ? あそこでね――」
そう言って昨日の入院までの経緯を簡単に話しはじめた。
あまり突っ込まれた事を聞かれても困るので、外国人研究者や薬のことは伏せて装置の暴走ということにしておく。
今回の件は研究員として潜り込み、実験装置の複雑なプログラムを書き換えた手腕や、私自身に直接手を出してきたことから考えて恐らく、
『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画に関与していた人間が、実験を妨害された復讐に狙ってきたのだろうと大体の見当は付けていた。
黒子のことだ、そのことを話せばまたあの『残骸(レムナント)』事件のときのように風紀委員の枠を超えてこの厄介事に飛び込んでしま うだろう。
シスターズの件なども、まだ説明する勇気は……無い。例えこの子に嘘をついてでもあの学園都市の闇には関わらせたくなかった。
「…そういうことでしたの……。まったく、常盤台のお抱えともあろう所がそんな雑なメンテや人員を使っていたなどと…
これは由々しき事態でしてよ? お姉様」 - 34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:30:44.26 ID:CTEGJAyi0
-
「あはは~、そ、そうね。確かに雑よねー……」
事実、警備に関してはザルでこんな事になったのだ。少なくとも常盤台からは幾つか警備などの項目に改善指示を出されるはずである。
「しかしあの殿方も偶には役に立つのでしてね。即座に救急車で病院に運んだことに関して“だけ”は合格点を差し上げますの」
もっとも私ならテレポートでもっと早く運べましたのに――
などブツブツと呟いている後輩を尻目に、あの時お姫様抱っこをしてきた上条の温かさを思い出す。
(……アイツ、昨日は優しかったな。何時もは人の顔見るだけで不幸だ……なんて失礼なこと言うのに)
苦しんでいる自分を軽々と持ち上げてくれた両腕。服越しに伝わる彼の鼓動と匂い。あんな間近に触れたのは夏休みに押し倒した時以来だ。
昨日もあんな状況でなければもっと……そう、救急車も来るのが早すぎるのだ、等と救急隊員の頑張りを乙女心全開にしてぶっ飛ばす。
「うん……アイツはいっつもそう……私が困っていてもふらりとやってきて…助けてくれる……」 - 35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:38:51.07 ID:CTEGJAyi0
-
彼があそこを通りかかるのを待っていたのだから、彼に会い、彼が助けてくれたのは必然だったのかもしれない。
それでも美琴は今までの彼との出会いや出来事を振り返り、何か運命のようなものを感じずにはいられなかった。
そんなことを考え顔を赤くしモジモジとし始めた美琴の様子に……
「お、お姉様…? 何ですの、その乙女な顔は!? あ、あの類人猿めがァァあああ!! お姉様っ!? 嫌ですのお姉様!!
あんな類人猿なんかより、もっと黒子のことを見てくださいましっ!!」
「ふぇ? ちょ、く、黒子? や、やめなさいってば! ったく、あんま騒ぐんじゃないわよ! アンタ寮監に見つかったらまずいんでしょ?
ハァ。もうお昼になるしさっさと行きましょう?」
「ッハ! もうそんな時間でしたか。お姉様、お捕まりくださいまし。飛びますわよ。」
両肩を掴まれ血走った目をしてブンブンと揺さぶってくる後輩を何とかなだめテレポートで寮を後にした。
**********
とある寮監室
「……白井の声が聞こえた気がしたんだが……疲れているのか?私は……」
**********
- 36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:40:58.66 ID:CTEGJAyi0
-
携帯を取り出し時間を見るとちょうど12時。病院から帰って来た時とはすっかり街は変貌し、通り全体に活気を感じた。
「せっかくだから適当に外で食べていきましょ。時間もあまり無いから喫茶店とかでいいわよね?」
「わたくしは構いませんの。――…あの店なんてどうでして? 何かこう、雰囲気に惹かれるんですけど。何より空いておりますし」
「じゃあ決まりね。早く入りましょ」
いらっしゃいませ、とウェイトレスさんがメニューを持ってくる。ランチメニューの中からサンドイッチと紅茶のセットを2人分注文する。
デザートも付けるか迷って、止める。やがて運ばれてきたサンドイッチを一口頬張り、
「んぐ……へー、適当に入ったお店だけど結構いいお店じゃない。いいバターとパン使ってるわ」
「…ふぅ……そうですわね。この紅茶も良い茶葉と淹れ方をしておりますの。よくパックなどで適当に淹れられた物とは全然違いますわね」
中高生が多い学区の為、昼食は学校内で済ます人が多いのか昼時だというのにお店はガラガラだったが、どうやら当たりを引いたようだ。
- 37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:42:01.34 ID:CTEGJAyi0
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************
「ふぅー、ごちそうさま。ここ、今度佐天さん達にも紹介したいわね。」
「賛成ですの。中々の穴場のようですし、初春も佐天さんも喜びますわ」
「黒子のお手柄ね。――さーて、そろそろ行きましょうか。のんびりしていて遅れたら嫌だし。ここ払っておくわね」
偶々入っただけなのに良い意味で裏切られ、美琴は何となく、幸先の良さを感じながら会計を済ませる。
そんな美琴の表情に何かを感じ取ったのだろうか、黒子はさりげなく聞いてみる。
「お姉様? 何やら随分と機嫌が良さそうですのね。そんなに今日の測定に何か想い入れがありまして?」
「ふふ、分かる? ……ちょっと思うところがあってね。――今のままじゃ駄目だって」
一転して声のトーンを落とし、食事中に見せていた笑顔は鳴りを潜め、悲愁や後悔の入り混じった複雑な表情を浮かべた。
そのまま美琴は何処か遠くのほうを見遣りながら右手を伸ばし――何かを掴む仕草をする。
そして分かってしまう。一度手を握り、開く。そしてまた更に手を伸ばすその仕草は 『掴みそこなった』 ものだと。 - 38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:43:07.99 ID:CTEGJAyi0
-
恐らくロシアでの件だろうと黒子はアタリを付ける。正規の手続きも踏まず飛び出し、行方不明になっていた数日間。
あの間に『何か』があったのだ。自分の知らない『何か』が。
「……そうですの。黒子には応援する事しか出来ませんが、それでもお姉様なら必ず『届く』ことでしょう」
ロシアから帰国後、抜け殻のようになったお姉様が何度も呟いていた『届かない』という単語。
今の世の中ではまさに万能といっても良い、お姉様の超能力をもってしても届かなかったものとは何か。
だが黒子は信じていた。それが何であれ、お姉様ならきっとそのハードルを飛び越えるだろうと。
彼女がレベル1からレベル5まで駆け上がったときの様に。そう信じていた。
そ の 時 ま で は。
- 39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:44:40.99 ID:CTEGJAyi0
-
「ありがとう、黒子。ちゃんと期待に応えてくるわ。この御坂美琴サマをなめるんじゃないわよってねっ」
拳をぐっと握り上を向きながらガッツポーズをする美琴の姿に、誰が不安を感じただろうか?
もう取り返しのつかないトコロまで来ているというのに、二人は何処までも何時も通りだった。
その後、校舎で黒子と別れ着替えを済ませ、美琴は最初の測定会場である屋外大型プールへと向かう。
「それではお姉様、わたくしはここで。昨日の今日ですのでどうかご無理はしないでくださいますように」
そして――――
「はいはい、心配のし過ぎよ。アンタも午前中さぼっちゃったんだから午後は頑張りなさいよー?」
――――運命のときを迎える
- 40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:53:00.75 ID:CTEGJAyi0
- ―――
――
時は20分ほど前に逆戻る。
第七学区のとある病院
「先生、例の患者――御坂美琴さんの血液検査の結果が出ました」
「ん、ようやくだね? ああ、そこに置いといてくれたまえ。すぐに目を通すよ」
「はい、それと例の装置の暴走があった研究所からのレポートも同封してありますので」
院長室の窓際で紙コップに入れたコーヒーを飲みながら看護士から電子カルテを受け取る。
やがて看護士が出て行くのを見届けてからゆっくりと椅子に腰を下ろしカルテを操作する。
血液型や赤血球の数など基本的なものや生化学的なものが表示され、その後は残留薬物などの項目が続く。
タッチパネル式のカルテを指先でスクロールさせ下へ下へと目を通していきある項目で目が止まる。
「――ッ、これは! 馬鹿な……まさか本当に…………ふむ、これは不味いことになったね? まさか『あの研究』がまだ残っていたとは」
そこには本来、検出されてはいけないはずの薬成分を表す文字列と数値が書き込まれていた。
「…ああボクだよ。悪いけど大至急、常盤台中学校と御坂美琴さんに連絡と取ってもらいたい。
…うん、ボクの名前を出せば通るはずだね? それとこちらから既に救急車を向かわせておいてくれ、恐らく搬送が必要になるだろう」
珍しく緊張した面持ちのカエル顔の医師はすぐに内線を呼び出すとテキパキと指示を出していく。
滅多に聞かない彼の切迫した声色に看護士たちは顔色を変えて奔走しはじめた。
- 41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:55:25.69 ID:CTEGJAyi0
-
―――
――
(ううう、この時期に肩出しの体操着に短パンはちょっと寒いんじゃないの~~!? ジャージでも着たいわねぇ…でもどうせ濡れるか)
御坂美琴がプールサイドで軽くストレッチをして体をほぐしていると、測定員の腕章と帽子をかぶった教師が話しかけてきた。
「御坂さん、今グラウンドのほうで専用の避雷針を設置しているところだから、まずはこのプールで“何時ものヤツ”、お願いね。」
「はい! 威力は抑えますけど、前回よりもちょろっと連射速度を上げてみますから」
「ふふ、期待してるわ。この前の測定でも凄かったものね。ほら、フェンスの外でもみんな期待してるわよ? 常盤台中学のエースさん。
じゃあ私はあっちでモニターしているから頑張ってね」
教師は手をひらひらと振りながらプール脇に設置された臨時の観測所に歩いていった。
プールを囲むフェンスの回りでは御坂美琴の測定を、ひいては超電磁砲(レールガン)を一目見ようと人だかりが出来ている。
ミサカ様ーミコト様ー――など、何時もなら意識から追い出していた声援を、今回は逆に意識して聞き流さなかった。
- 42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:57:46.03 ID:CTEGJAyi0
-
『力の渇望』 全力を出せない今回の測定でもやれることはあった。
最近までは大勢の期待などプレッシャーや緊張といった、いわばデメリットのほうが大きかったのだが――
(……アイツがあんなに遠くにいるなんて知らなかった。それほど差があるわけじゃないと自惚れていた!)
(でも今は違う。この応援も期待も緊張も。全部ひっくるめて『自分だけの現実(パーソナルリアルティ)』に組み込んで力にしてみせる!
アイツに追いつく為なら全部やる!)
――能力というものがそう簡単には上げられないのは分かってる。
――多少あがったところで、それであいつに追いつけるわけじゃないのも分かってる。
(ふふふ。…それでも私はやるわ! まずはこのプールの水全部吹っ飛ばしてやるんだから。濡れても恨まないでよね?)
そう心の中でつぶやき、短パンのポケットからコインを取り出す。いざ音速の三倍で撃ち出そうと腕を伸ばし――気づく。
(……………………………………………え?…………………)
- 43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/18(月) 23:59:51.76 ID:CTEGJAyi0
- (な、何で何で何で???
なんで演算が出来ないの?)
今更になってあの時の違和感の内容に気づいた。
――意識すれば見れた磁力線や電子線が見えない。
――他人や自身が発する電磁波が感知できない。
そして何より
――出したくなくても漏電するほどの、あの圧倒的な電撃が生み出せない。
彼女が今まで練り上げてきた想いをあざ笑うかのように現実は牙を剥く。
自身が御坂美琴たりえる為の発電能力がすべて喪失していた。
「う、嘘でしょ……こんなの……嘘に決まってるわよ……
何か悪い夢でも見てるのよ…………あはははは、そうよ…誰か早く……起こしてよ……誰か……」
何故、何故今まで気づかなかったのだろうか? あまりの衝撃に、脳がこの現実を拒否しはじめる。
ブツブツと、うわ言の様につぶやきながら。やがて美琴の手からコインが零れ――それを追うかのように美琴は崩れ落ちた。
様子がおかしいと周りでざわついていた生徒の間から悲鳴が上がり、慌てて待機していた救護要員が駆け寄ってくる。
(……助けて……)
薄れゆく意識の中で誰に向けて言ったのか、そう一言つぶやき――闇の中に沈んでゆく。
――つい数分前まであれほど彼女が心待ちにし、アイツに近づくための宣誓式と定めていた能力測定は
能力の喪失という最悪の結果で幕を閉じたのだった――
- 51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:44:38.30 ID:RFlwoDne0
-
―――
――
第七学区にあるとある高校
「…………ハァ、不幸だ」
「はーい、上条ちゃん。ブツブツ言ってないであちらの測定に並んでくださいねー」
そう言ってこの小学生にしか見えない担任――小萌先生は交通整理をするかのごとくビシッと手を伸ばす。
「そうは言っても先生、俺なんかどう頑張ってもレベル0(無能力者)判定ですよ?装置なんてピクリとも反応しねーもん」
「むー、あまり自分を卑下してはいけませんよー?上条ちゃんだってやれば出来るはずなのです!」
小萌先生はこの右手(幻想殺し)のことを知らない。かといって説明するわけにもいかず、どうしたもんだと思っていると。
「あかんあかん、上やんが勉強や能力で優等生なられたら付き合い難くてかなわんて。なあ、つっちー?」
「そうだにゃー。正直からかい甲斐がなくなってつまらんぜよ。上やんはずっとそのままの君でいてくれってにゃー」
小萌先生の声に引き寄せられたのだろう、青髪と土御門の二人が会話に乱入してくる。 - 52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:48:15.38 ID:RFlwoDne0
- 「うわぁ……土御門、流石の上条さんも引くぞ…?」
「はっはっは、つっちー、流石のボクもそれは守備範囲外や。それにしてもうちの学校の能力測定は地味やなー。
もっとこう、光弾が飛び交うような派手なのを入学当時は期待してたんやけど」
「にゃー、レベル1と2が精々のうちの学校じゃこんなもんぜよ。
青ピが期待してるようなのは常盤台クラスでもなけりゃお目にかかれないんじゃないかにゃー。
大覇星祭の時は死ぬかと思ったぜよ、なー? 上やん」
“常盤台”、土御門のセリフの中にポツリと出てきた単語に上条はある少女の顔を思い出す。
「こらー! 3人とも、遊んでないでちゃんと並んでくださーい!……上条ちゃん? どうかしたんですか?」
「あ、いやちょっと……そういや先生って常盤台の能力測定とか見たことあります?」
「はい、一度だけレポートを届ける帰りに見たことがあるのですよー。青髪ちゃんが想像してるようなことはありませんでしたけど
それでもレベル5の測定方法には度肝を抜かれちゃいました。こう、プールに向かってレールガンとやらをドーーン! と」
「はは、じゃあ今日はもっと凄いことになってるかもしれませんよ。プールごと吹っ飛ばしたりして……」
測定の順番待ちをしている列に並びながら、昨日のことを思い出していた。
昨日は軽口で誤魔化してしまったが、彼女は自分に追いつきたいのだと言う。
いつも怒りながら、でも何処か楽しそうに自分の背中を追いかけてきた少女。
(今頃あいつも測定中かな…無理してまた倒れなけりゃいいけどな、あんな思い詰めたような顔しやがって)
そう美琴の顔を思い浮かべると何故か胸騒ぎを覚え、学舎の園が広がる敷地に意識を向けるが何も分からない。
ただ遠くで救急車のサイレンの音が聞こえるだけだった。
- 53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:49:33.56 ID:RFlwoDne0
-
―――
――
(……ここは……病室? ……)
目を覚ますと見慣れない天井が飛び込んできた。薬品や消毒液の臭いに刺激され意識が覚醒していく。
(たしかレールガンを撃とうとして……そっか…私、倒れちゃったのね。……今何時ぐらいだろ)
周りを見回して時計を見ると時刻は5時30分。4時間ほど眠っていたのだろうか。
- 55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:51:01.51 ID:RFlwoDne0
-
――――――――――――――――
夢を見ていた。
ロシア上空、落下しつつある謎の空中要塞にいるアイツと、戦闘機の翼から身を乗り出そうとしてる私。
アイツが帰ってくるまで何度も見ていた夢だ。
夢の結果はいつも同じ。伸ばした腕も能力も、アイツには届かない――だが、その距離を縮める事は出来るはずだった。そう誓っていた。
けれど、今回は違った。
「よいしょっと……」
ベッドから体を起こし、両手を少し広げてその間に放電してみようと試みる。病院だからと今は躊躇することは出来なかった。
それに何時もの私なら、周りに影響の出ないように調整するなど朝飯前のはずだ。
「ん…………………ッ」
出せない。やっぱり、能力は使えない。
さっき見た夢の中と同じだった。
戦闘機の翼から何時ものように腕を伸ばそうとして――体を固定できず動けない。
ならばと磁力で引っ張ろうとして――静電気すら起こせない。
何も出来ず、呆然と要塞から遠ざかっていくのが余りにも無力で……。
夢の内容を思い出し、思わず乾いた笑いが漏れる。能力の使えない自分の、なんと滑稽な姿だっただろうか。 - 56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:52:32.42 ID:RFlwoDne0
-
「ふぅ…………」
やはり何度試してもダメだった。電撃をイメージし演算をしようとして――
(ダメ……演算が出来ない。頭にモヤがかかってるとか何かピースが足りずに演算が組み立てられないとかじゃなくて、
完全に何も思い出せない、何も思い浮かべられない……
……そもそも演算って…な…に……)
考えれば考えるほど思考の底なし沼に嵌まってゆく。幾ら試そうとしても彼女の、
御坂美琴がレベル5である為の根幹を成す高度な演算能力は失われたままだった。
(どうして……)
どうしてこんな事になったんだろうか。
自分はただ彼に追いつきたかっただけなのに。
彼の隣を歩きたかっただけなのに。
追いつくための力を求めた結果、騙され薬を飲み倒れ――気がつけば力をすべて失っていた。
- 57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:53:50.71 ID:RFlwoDne0
-
思わず両手で顔を覆い、泣き崩れそうになる……所をギリギリで堪え、両手で頬をピシャリと叩く。
(ッッ! まだよ、まだはっきりと原因も分かってない。原因が分かれば、力を取り戻す方法も分かるかもしれない!
まだ絶望するには早いわよ、御坂美琴!)
自分を叱咤しモチベーションを回復させる。徐々にだが彼女の目に光が戻ってきた。
ベッド脇にあるナースコールを押して医師を呼び出す。恐らくあの医師なら何か掴んでいるかもしれないと思ったからだ。
しばらくして廊下を歩くスリッパの音が聞こえ彼女の病室の前で止まった。
病室に入ってきた顔を見るとやはりあのカエル顔の医師だったがその表情は暗い。
今回は看護士やスタッフもおらず、カエル顔の医師が簡単な問診とバイタルをチェックした後、本題に入る。 - 58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:55:07.29 ID:RFlwoDne0
-
「うん?…どうやら落ち着いたようだね。よければ昨日の件と今の君の状態について、説明と質問したいんだけど大丈夫かな?」
「…はい」
「まず質問なんだが、君は現在、能力が使えない状態であると。思うに演算が出来ない状態なんじゃないかな?」
「……はい、演算が…思い出せなくて……先生、何か知っているんですか!?」
思ったとおりこの医師は何かを知っているようだった。
原因不明なんかよりよっぽどいい。もしかしたら先例や治療方法も――と美琴の胸中に光が射す。
だが医師の次の説明はそんな期待を砕くのには十分だった。
「……君があの時飲まされた薬はおそらく、暴走能力者や更生の見込めない高位能力者対策に昔研究されていた物でね。
ある装置で薬の効果を活性化させ脳の、能力者の演算を行う部分を極微細にだが変質させてしまうものなんだ、半永久的にね」
「…………」
「結果的にそういった能力者の演算能力を奪い無力化させる……しかしあまりに非人道的でね?
すぐに能力者の能力を、外部から抑える装置へとシフトしていってね。
五年ほど前に開発は中止され、今では薬もデータも残っていない――はずだったんだ」 - 59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 21:58:32.71 ID:RFlwoDne0
-
『脳の変質』 『半永久的』 まさかこれは――もしかして――
美琴の頭の中で二つの単語がグルグルと回り
最悪の結果を考えてしまい
「元に……戻るんですか?」
声が震える
医師はその問いに口をつぐみ、やや逡巡したあとゆっくりと口を開いた。
「……分からないんだ。被験者の数も少なく、能力を奪われた子達は皆、『自分だけの現実』が壊れ精神を病んでしまい
能力開発どころではなくなってしまってね…能力を取り戻せた子はいないんだ……すまない」
「…………ッ」
『能力を取り戻せた子はいない』 この言葉は美琴にとって止めとなり脱力しベッドに倒れこんでしまう。
そんな美琴の様子をどうすることも出来ず、苦虫を噛み潰したような表情で医師は見つめる。
「……自分をしっかり持ちなさい、まだ戻せないと決まった訳じゃない。
今は難しいかもしれないけれど、思い詰めても何も好転しないからね?
落ち着いて心の整理がつくまでこの病院に居ていい。……今は休みなさい、いいね?」
何かあれば直ぐにナースコールで呼び出してくれていいからね? とカエル顔の医師は告げて出て行った。
- 60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 22:00:08.37 ID:RFlwoDne0
- ―――――――――――――
どうしよう…何も考えられない。
………………………
…………………
……………
………
- 61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 22:01:45.40 ID:RFlwoDne0
-
あの医師は力を取り戻せるか分からないとは言っていたが、どうやら私の演算を担当する部位の脳は半永久的に変質してしまったらしい。
言うなれば、びっしりと書き込まれていた『演算機能』というノートの中身を修正液などで消したのではなく、
『演算機能』のノートそのものを捨ててしまったように。
変質してしまい固着したそれはもう元には戻せないのだろうか、医師は言及しなかった。
脳は人間の臓器の中でも一番複雑な物だ……戻せなくても不思議では…無い。
もう、これからずっと能力は使えないのだろうか。学園都市は確かに能力者の街であるけど、
実際は6割以上の学生は無能力者(レベル0)だ。
自分のは便利な能力ではあったが、無くてもこの街で生きていくのに支障は無い……はずだ――――けれども。
- 62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 22:03:07.40 ID:RFlwoDne0
-
「嫌っ!! そんなのは嫌っ!! こんな形で無くしたくて付けた『力』じゃない!! こんな形で無くしたい『力』なんかじゃない!!!」
- 63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 22:04:32.69 ID:RFlwoDne0
-
とうとう我慢できずに絶叫してしまう。彼に出会うまでは自分を織り成す中の全てであった発電能力という『力』
今まで色々な事件の解決や、シスターズという新たな火種としても彼女と共に在り続けたもの。
何かの代償として失ったわけでもなく、何かの罰として失ったわけでもなく、ただ一方的に、理不尽に奪われてしまった。
「やだよ…こんなの……もう…誰かを……この手で助けることも…出来ないの? ……見ているだけしか…出来ないの?」
今までずっと我慢していた涙がポロポロと零れ落ちる。そして何より――
「……アイツの隣に立つ資格も……追いかける方法も……全部…無いのかな……」
上条当麻と御坂美琴の日常の接点は殆ど無い。何かしら有ると言っても殆どが事件絡みだったりだ。
能力を失い、そういった事に関われなくなれば彼との接点も距離も、ますます開いていき……
- 64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/20(水) 22:07:15.65 ID:RFlwoDne0
-
「ヒグッ…やだ…やだよぅ……グスッ…」
「……返してぇ…返してよぉ……エグッ…私の力を……アイツとの…繋がりを……」
能力が無くなったのが彼に知られれば
もう今まで以上に、彼を取り巻く事件に関わらせてくれないかもしれない。もう頼ってくれないかもしれない。
そうして自分は過去に偶々助けただけの、ただの他人になってしまうかもしれない。いつか忘れられてしまうような、ただの他人に。
「うぅ……そんなの…ヒグッ…そんなのやだよぅ……耐えられ…ヒック…ないわよぉ……うぁ…うあぁぁぁぁああああああ!!」
嗚咽はいつしか号泣に変わり、部屋中に響き渡った。その泣き声は廊下を隔ててあるナースセンターにまでも届き。
万が一のために、スタッフや看護士と共に待機していたカエル顔の医師は、聞こえてくる慟哭に顔を歪める。
たった十四歳の少女に、誰がこんな悲運を背負わせたのだろうか?
この科学の街では『神』という発想は出てこない。残酷なまでのこの現実を、誰にも押し付けられない。
医師は未だ有効な治療の手立てが思いつかないまま、暗く夜の闇に沈んだ窓の外を見遣りながら、ある少年の言葉を思い出していた。
(……君はあの日言ったよね? 脳に情報が残ってないなら何処に『思い出』は残っているのかなど、つまらない質問をしたこのボクに。
…………彼女にも当て嵌まるかい? 大事な『思い出』は――――)
- 72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 22:49:00.69 ID:PDYDgn690
-
―――
――
「うああああっー! 忘れてたーー!!」
そう絶叫し、上条当麻はすっかり日が暮れて夜の帳が深く下りた寮への帰り道を全力疾走していた。
手には大きめのビニール袋をぶら下げており、肉や野菜が目一杯詰め込まれている。
特売にはとても間に合わず、五十円引きシールで妥協したものだが。
学園都市に帰ってきてからは、知り合いへの謝罪回り、部屋の大掃除など心身ともに余裕が無く、
今日までパンやカップ麺、コンビニ弁当などで誤魔化していた為、今日が初めての手料理になるはずだった。
(すっかり遅くなっちまった。絶対怒ってるよなぁ。インデックスの奴)
能力測定後、小萌先生のみっちりとした補習が終わると、つい足が公園に向かってしまっていたのだ。
昼間に感じた胸騒ぎを払拭したかったのかもしれない。気がつけば一時間ほど自販機の前で時間を潰していた。 - 73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 22:50:44.30 ID:PDYDgn690
-
自販機の前をうろうろしながら、通りかかる人影に一喜一憂していた姿はどうみても怪しい人だったのだが、
(結局御坂には会えなかったしなぁ。別に気になるって訳じゃないんだけど……いや、気にはなってるのかな)
昨日はあの御坂が、立っていられない程の痛みを訴えてきたのだ。彼女と一声掛け合って安心したいと思っても罰は当たるまい。
(別にあそこで待ち合わせしてるわけじゃないしなー。いざとなれば携帯に掛けれ――ああ、携帯……)
そうだった、ロシアで紛失してたのをすっかり失念していた。当然彼女の電話番号を覚えているわけもなく、早々に連絡を取ることは諦めた。
(携帯は今月の生活費が振り込まれる週末に買い直すとして。とりあえずインデックスになんて遅くなった訳を話そうか……)
御坂のことはとりあえず頭の隅に追いやり、家で待ち構えているであろう食欲魔人を、どうにして宥めるか思案しながら足を速めるのだった。
「ただいまー。インデックス」
「あー! 遅いんだよ、とうまっ! 昨日は遅くなったから、今日は早く帰ってくるって約束してたのに!」
- 74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 22:52:16.32 ID:PDYDgn690
-
寮のドアを開けると、部屋の奥から猫を胸に抱きかかえ、トテトテと銀髪シスターが出迎えてくれた。
彼女――インデックスはいかにも不満げに頬を膨らませると、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
「また何か厄介事にでも巻き込まれでもしたの? それともまた女の人を助けていたとか!?」
「悪い悪い。別に何にも巻き込まれてねーし心配すんなって。手洗ったらご飯の支度するから待っててな。」
そうインデックスにあやすよう言いながら洗面所に向かう。
「……心配したんだよ?とうま…」
「だから悪いって。上条さんだって、そんなぽんぽんと厄介ごとに巻き込まれるわけじゃありません」
「むぅー……おかえりなんだよ、とうま」
上条はもう一度ただいまと返すと、鏡に映る自分の頬がだらしなく緩んでいるのに気づいた。
短いやり取りだったが、ロシアまで渡り取り戻したこの日常に、自分はどうしようもなく満足しているのだ。 - 75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 22:53:43.94 ID:PDYDgn690
-
「それじゃ、「「いただきます!」」
両手を合わせ、簡単なお祈りを済ますとインデックスは勢い良く出来たてのご飯を胃に収めていく。
豚バラと玉ねぎの卵とじを乗せた他人丼にほうれん草のおひたし、豆腐の味噌汁の三品だけだが、
個々の量だけは彼女が満足するだけの量を用意してあった。
「あんまかっ込むなよ、インデックス。料理は逃げないっての」
「ムグムグ、お代わりなんだよっ! とうま」
「はいはい、……よっと。やっぱあっちで食べてたイギリスの料理って不味かったのか? 前にも増して食欲旺盛だけど」
二杯目を用意して手渡しながら聞いてみる。
イギリス料理の評判を混ぜ込んだ冗談として聞いてみたのだが、言った後で後悔してしまう。
同居人が北極海で生死不明になっていたのだ。料理の味などを気にかける余裕なんて、あるはずが無かった。
「……とうまの作った料理なら何でもおいしいんだよ」
案の定、インデックスは箸を止め俯いてしまうが直ぐに顔を上げてくれた。 - 76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 23:01:14.07 ID:PDYDgn690
-
「…なんかごめんな。ほら、これも食ってもいいからさ」
「ありがとうなんだよ。――それよりとうま? そういえばまだ昨日と今日、遅くなった理由を聞いてなかったかも」
差し出したおかずを躊躇無く食べながら、思い出したかのようにインデックスは呟いた。
誤魔化すべきか正直に言うべきか、一瞬迷った上条だがインデックスに嘘をつくのは止めると決めていたことを思い出す。
「えっとな、御坂って言って分かるよな? あいつがさ――」
「短髪のこと? 短髪がどうかしたのかな? とうま」
「昨日偶然出会って話してたらさ、目の前で倒れたんだよ、頭が痛いって言って。そんで救急車呼んで病院まで付き添いしてたのが昨日」
昨日見た、苦痛に歪んだ美琴の顔を思い出して、上条は顔をしかめる。
インデックスはそんな上条の表情を見て、御坂という名前に反応して若干トゲのある声に変わっていたトーンを落とした。
「それで短髪は? 無事だったの?」
「ああ、今日の朝には退院してるはずだ。それで一応今日も気になってな。補習が終わった後、いつもよく会う公園で待ってたんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。とうまらしいんだy――いつもよく会う? それってどういうことかな? とうま」
- 77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 23:05:44.87 ID:PDYDgn690
-
地雷を踏んだと気づいた時はもう遅かった。御坂の心配をしていたシスターさんから一変、歯をガチガチと鳴らす魔人がそこにいた。
流石にこれは沸点低いよね? そう思う上条だったが、今まで自分に刻み込まれた幾多の歯型が平服せよと警報を鳴らしてくる。
「いや! ほんと偶然そこで会う事が多いってだけでだな!? インデックスさんが想像してるようなことは一切ありませんですことよ!?」
「とうま? つまりとうまは、わたしとの約束なんて忘れて短髪と逢引しようとしてたんだね? 心配だとか理由をつけて誤魔化してっ!」
「はぁ!? 逢引とかどっから出てきやがったんだテメェ!? あ、すいませんすいません。本当にそんな考えは無かったんです、
約束を忘れてたのは事実ですけど。だから噛み付くのは本当に勘弁してくだ『ガブリッ』 っぎゃあぁぁぁあああああああ!!」
途中ギラリと光る歯に慌てて誠心誠意をこめて謝るが、一言余計だったらしく土下座した彼の後頭部に噛り付く。
「今まで我慢してたけど! もう限界かもっ! そうやって何時も何時もとうまは……!」
インデックスは上条の頭をデザートにするかの如く、ガジガジと歯を食い込ませていく。
そういえば学園都市に帰ってきてから、噛み付かれるのはこれが初めてだなー。などと、
頭に歯が食い込んでくるという普通一般人はお目にかかれない感触を他人事のように感じながら上条は思う。
- 78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 23:08:04.92 ID:PDYDgn690
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「――だーっ! ストップ、ストップ!」
嘘です。現実逃避でした。やっぱり痛いです。
気が済むまで甘んじて受け止めようと一瞬だけ思ったが、流石に痛みが洒落にならなくなってきたので早々にギブアップする。
久々だった為か、一向に噛り付くのを止める気配が無いインデックスを後ろ手に掴み、ベッドに放り投げてみる。
「ふんっ!」
「!?」
てっきりお尻からベッドに落ちるだろう程度にしか考えてなかった上条だが、インデックスは鋭く一言息を吐き、
空中で一回転すると正座した状態でベッドに着地する。
(ええ~~~~っ! 教会生まれってスゴイ!)
実際インデックスが教会で生まれたかは知らないが。
インデックスはベッドに正座した状態で半眼になって睨んでくる。
蛇に睨まれた状態の上条は、俺御坂を心配してただけだよね? 理不尽だよね? と心の中で思いながらも地雷臭がして言えない。 - 79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 23:09:54.62 ID:PDYDgn690
-
「……とうまが短髪のことが心配なのはわかったんだよ。でもそんなに気になるなら、けーたいでんわーで聞いてみればいいんだよ」
「うーん、そうなんだけ、それは出来ないっていうか何と言いますか……」
「なに? やっぱり短髪に直接会わないと、とうまは寂しいとでも言うの!?」
「だから違うっての。そりゃ直接顔を見たほうが安心できるのは確かだけどな、
そうじゃなくて携帯はロシアで紛失しちまって今は手元にないんだよ」
「……ばんごうは覚えてないの?家のでんわで掛ければ同じことかも」
「お前の記憶力と一緒にしないでください。一般人には十一桁の番号なんて簡単には覚えられません!」
「とうまの頭はフツーの人よりも劣ってると思うんだよ……胸に手を当ててみるといいかも」
「酷っ!……まあ御坂はカエル先生も付いてるし、多分大丈夫だと思うしな。
今週末にさ、携帯買うついでと言っちゃなんだけど、約束の埋め合わせに二人で遊びにいくか」
上条は話を締めくくり食器の片付けをし始めながら言う。 - 80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage sage]:2011/04/22(金) 23:14:06.56 ID:PDYDgn690
-
「ほんとっ!? やったーー! とうまー!」
「ああ、本当だ。じゃあ俺は食器洗っちまうからインデックスは風呂の用意頼むよ」
「わかったんだよー、とうまー!」
嬉しそうに“とうま”を連呼しながらお風呂場に突撃していくインデックスを、満足そうに見ながら上条はポツリと漏らす。
「……大丈夫だよな。別に一日会えなかっただけじゃねーか……」
彼の予感は当たっていて、そして外れていた。
上条はまだ気づかない。ある病院で彼の名前を呼びながら泣いている少女に。
彼が何時もお世話になる病室で、少女のココロが壊れかけていっていることに。
- 96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/01(日) 22:32:41.93 ID:fdnAIymm0
-
―――
――
「お姉様、お食事をお持ちしましたの……」
「…………」
「お姉様……」
美琴は寮の自室に持ち込まれた料理には目もくれず、ただ俯いている。あの日からもう三日もこんな状態だった。
まるでロシアから帰国後の様子の再現だったが、黒子が見てもどちらの時のほうが深く落ち込んでいるのか分からない。
いや…分かりたくもない。
学校側の判断で、一日ほど入院していた病室から寮へと連れ帰されて二日間。寮での静養を命じられ軽い軟禁状態にある。
一日のうちの殆どを寝込んでいるか、もしくはベッドに腰掛け、時おり何かを小さく呟くその姿に
測定テスト前に見せた、あの決意に満ちた御坂美琴は何処にも無かった。
(こんなにまで悲嘆に暮れるお姉様……黒子は見ていられませんの……これではまるで終戦後のお姉様の二の舞に……)
寮までテレポートで連れ帰った黒子は、泣きながら、時折叫びだす美琴をなだめつつ、辛抱強く事情を聞きだしている。
途切れ途切れに美琴は語った。黒子に嘘をついていた事や、薬を飲まされた事。ずっと違和感があった事。
そして測定で能力が使えなく倒れた事。そして最後に、演算能力が無くなった事と、治る見込みがほぼ無い事……
- 97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:34:35.78 ID:fdnAIymm0
-
最後の説明を聞き、あまりにも不条理、不合理が降りかかった彼女の運命に
黒子自身も耐えられず、一緒になって一晩中泣き腫らしてしまっている。
自分とは比べ物にならないほどの努力をして手に入れたであろう、レベル5とまで認定されるほどの『力』。
そこに至るまでは自分でも知らないうちに色々なものを捨ててきたはずだ。
レベル4の自分ですら、色々と人間を捨ててまで手に入れたような『力』なのだ。
耳から脳に電極をぶっ刺し、血管に直接クスリを打ち、モルモットのような『頭の開発』を経験してきた黒子にもよく分かる。
そうしてまで手に入れたものを、失っていいはずが無い――――だが現実は、御坂美琴はベッドの上で泣いている。
公言こそしないものの、カースト制にも近い歪んだレベルによる階級社会。この街に暮らす者に幼少の頃から刷り込まれ、
存在意義に綿密にリンクしている。
レベル5からレベル0へ。それはこの街の誰一人想像もつかないような絶望に打ちのめされているのだろう。
今まで能力で対処していた事態に直面するたび、精神を抉られる。まさに生き地獄だ。
仮に自分がテレポートの能力を失ったとしたら、間違いなく病む自信がある。
(ですから、だからこそ今は黒子が……)
- 98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:36:44.24 ID:fdnAIymm0
-
一向に食事を取ろうとしない美琴に黒子は辛抱強く話しかける。このまま心身衰弱すれば病気も誘発しかねない。
「お姉様、お体に毒ですの。昨日も殆ど食べておりませんのに……せめてスープだけでも召し上がって……」
美琴はやはり目を向けようとしない。
「体力を落とされては治るものも治りませんの、お姉様…………それにお姉様なら―ッ」
お姉様ならもう一度能力を――そう続けようとして、喉が止まる。そのセリフにどうしようもない白々しさを感じてしまい、続けられない。
パートナーを自負しておきながら、最後の最後で信じきれていないのだ。その事実に砕けんばかりに歯を食いしばる。
「――ッ、…………黒子はお先に学校へ参りますが……お姉様? お姉様は…その……」
「…………」
美琴は小さく首を振る。
「……そうですの…では行ってまいります……」
「…………」
「その……早めに帰ろうと思いますが、お姉様もどうか――」
――どうか立ち直られますように。今度こそ、そう小さく告げると逃げるように部屋から出る。
お姉様の顔は見えなかった。いや、見なかった。
だけど
扉が閉まる間際にぼそりと――いってらっしゃい――と告げる声がした。 - 99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:38:23.81 ID:fdnAIymm0
-
丸一日ぶりに聞く美琴の声。
お姉様からすればただの習慣のような挨拶。
今の精神状態を加味すれば、掛けてくれるだけでも嬉しいはずのその声に、
黒子には何かが圧し掛かってくるのを感じてしまった。
あの声を、何時ものように聴くためにはどうしたらいいのか。どうすればお姉様を立ち直らせることが出来るのか。
他人から見れば酷い独りよがりなプレッシャーだったが、黒子は折れそうになる膝を無理やり立たせ、寮を後にする。
不安定な精神状態でテレポートも出来ずただ走りながら
(……お姉様の為に黒子が出来る事……恥ずかしながら何も思いつきませんの。……いえ、そうですわね。一つだけ、あるじゃないですの)
藁にも縋る気持ちで、美琴と話した会話を思い出していく。確かお姉様は――
『ほら――学区にある常盤台お抱えの研究所、黒子も行ったことあるでしょう?』
(はぁ。今日も学校はサボり決定ですわ。わたくしのやれる事、その為にもまずは風紀委員の基本その一 地道な聞き込みからですのっ!)
まずはお姉様をこんなにした犯人を追おう。アンチスキルも動いているだろうが、構わない。越権行為だろうがなんだろうが些細な事だ。
そう心に決め、目当てのバス停に向けて身を翻していった。 - 100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:42:49.94 ID:fdnAIymm0
-
――――――――――――――――――――
コンコン 遠慮がちに扉をノックする音が聞こえる。
黒子が学校へ出かけた後、美琴は顔を枕に埋めベッドの上で体を丸め込んでいた。
「御坂、入るぞ」
部屋に入ってきた寮監の表情は、廊下からの逆光でよく見えない。美琴は体を起こしながら、乱れていた寝巻きを簡単に正す。
「……休んでいたか、すまないな」
「…………いえ」
「すぐに出掛ける支度をしてくれ。……理事長がお呼びだ」
嫌な予感がするのだろう、いやむしろ明るい展望など思いつかない。寮監は顔を曇らせながら御坂を見つめる。
「……分かりました。三十分ほどお時間を頂いてもいいですか?」
「ああ、構わない。送迎の車はこちらで手配しておこう。それと、白井が用意してくれたのだろう? 何でもいい、少しは胃に入れておけ」
御坂から目を逸らしテーブルへと向ける。
ここ数日御坂を食堂で見ていない。傍目にもゲッソリとしている様子を見て、未だ手の付けられていない食事を促す。
「それとも点滴と錠剤の食事がお好みか? 御坂。何にしても倒れられては困る。……あまりルームメイトをいじめてやるな」
見られている状態では食べ辛かろうと、バタンとドアが閉まり、寮監は出ていった。 - 101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:43:58.61 ID:fdnAIymm0
-
寮監に言われるがままに、視線を自分と黒子のベッドの間に向ける。
ガラスのテーブルに置かれたお盆にはサンドイッチ、スープ、紅茶が綺麗に並べられていた。
のろのろと手を伸ばしサンドイッチを掴む。一口大に切られたそれを口に入れゆっくりと咀嚼するが、飲み込めない。
とっくに湯気を立てない冷たくなった紅茶で無理やり流し込み、小さく息を吐く。味なんてさっぱり分からなかった。
「…………」
また一つ手に取り、噛んで、流し込む。
また一つ手にとって流し込む。
また一つ手に――
そこには食事をしているという雰囲気は感じられず、ただ噛んで胃に送り込むだけの機械的な作業にしか見えなかった。
あの時の喫茶店で食べた味は、どんなだったかな
ぼんやりと思い出そうとして、止める。どうでもいいことだった。食事の味に一喜一憂する自分なんて、もう考えられない。
シャワーを浴びるのは諦めて下着の交換と軽いブラッシングで済まし、制服を引っ張りだす。
この前まではシャワー無しなど耐えられなかったはずの自分の変わりように美琴は苦笑する。
能力を失っただけで中身も、御坂美琴はこんなにも変わってしまったのだと。
自暴自棄といえばそうなのだろう。自分の中の根幹を成す何かがごっそりと消失してしまったこの感覚と、美琴はうまく向き合えず自問する。 - 102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:45:32.33 ID:fdnAIymm0
-
自分の能力は科学の進んだこの街で、まさに『万能』と呼ぶに相応しいものだった。
電子機器の操作に始まり携帯の充電といった細々としたもの、果ては人工衛星のハッキングまで幅広く。
能力を行使した戦闘においてもそれは同じで。様々な事件で人を救い、友人を守り、また自分を助けてくれた。
色々な事が出来たし、それ故の学園都市の第三位 御坂美琴だった。
本当にお世話になってきた。いままで、ずっと。
今はもう出来ない。
(――向き合えるわけ……向き合えるわけ、ないじゃない! ……なんでよ!
なんで私ばっかり、こんな目に合わなきゃいけないの? ……誰か…答えてよ……?)
答えは……無い。頭に上った血が急速に冷えていく。
いつの間にか握り締めていた制服を離し、
(……理事長から呼び出し……か。何を言われることやら)
能力喪失の真偽の確認、それによる助成金の打ち切りや、今後予定されていた能力実演などデモンストレーション中止の打ち合わせ、
単純なペナルティーを含め、思い当たる節は幾らでもある。
もしかしたら。
能力を取り戻させる為の特殊カリキュラムや、全面的なバックアップを約束する為の呼び出しである可能性も――
一瞬だけ、そんな甘ったるいふわふわとした幻想も思い浮かべてしまった。
「ふふ、あははははははっ!」
そんなわけが無い。
御坂美琴は知ってしまっている。 思い知らされてしまった。嫌というほどに。
この世界は自分に優しくない。努力しても、報われない。
- 103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:46:59.00 ID:fdnAIymm0
-
「用意はできたか?」
「はい。行ってきます、寮監さま」
バタンッ
「「……」」
タクシーのドアが閉まる時、一瞬だけ目が合った。
お互い何も言わないし何も聞かない。
弱音でも愚痴でも何でもいい、一言でいいから助けを周りに求めれば、何か変わるかもしれないのに。
それを邪魔するのは彼女のプライドか意地か、それとも助けを呼ぶ気力すらないのか。
ただの見送りのはずなのに、寮監は胸騒ぎが止まらない。
もどかしい。名門校故、体調の自己管理など基本として求められるが、何だかんだいって彼女達はまだ中学生だ。
過保護にするつもりは毛頭無いが、それでもあの状態の御坂を本当に学校へ行かせるべきだったのだろうか。
しかしもう遅い。理事長命令ということで自分は送り出してしまった。
- 104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:47:52.05 ID:fdnAIymm0
-
(あれは重症だな)
音も立てずスーっと走り去っていくタクシーを見送りながら、さっき感じた胸騒ぎについて考える。
間違いなくこれから処罰を受けるというのに、御坂は部屋で見たときと何も表情が変わらなかった。
(まるで全てを諦めたような顔をしおって……馬鹿者が。――しかしこのタイミングで理事長から直々の呼び出しか)
御坂美琴は名実共に常盤台中学のエースだ。序列も上から三番目という正真正銘、全学生達の頂点に足を下ろしている。
そもそもレベル5を二人も抱えている学校など、常盤台を除いて存在しない。
あの学園都市『五本指』のトップに位置する長点上機学園ですらレベル5は一人のみ。しかもどの学生に聞いても
登校してる所はおろか、見た事も聞いた事も無いらしい。
機密保持、個人情報の保護などもっともらしい事をのたまってはいるが、書類上でしか在籍していない事など明白だ。
そんな全ての学校にとってステータスともいえるレベル5の御坂美琴を、学校側がどうこうするとは考え難い。だが――
「……理事会の面子共め、早まった判断をしなければいいんだが……」
不安は結局消えず、じわじわと燻り続けるように胸中に影を落とす。
「…………ふん」
自分が考え続けてもしょうがない。そう結論付けると無人になってしまっている寮へと戻っていった。
- 105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:54:21.71 ID:fdnAIymm0
-
―――
――
御坂美琴はタクシーに揺られながらじっと考えていた。
あの日から色々な事を考えた。
初めて能力を発現させたときの事 超能力者になったときの事 能力を失ったときの事 それを取り戻せるかどうかや、これからの事
そして最後は決まってアイツ――上条当麻の事だった。
助けて欲しかった。アイツに。
自分はこんなに苦しんでいる。『助けて』と呟けば、またあの時のように彼が来てくれる気がした。
声が聞きたい。今すぐアイツに電話して、他愛無い会話をしたい。そしてメールでもいい、『助けて』と一言伝えたい。
傍に居たい。隣にいて欲しい。アイツに寄りかかった私を、ギュッと抱きしめて安心させてほしかった。アイツの体温を感じたかった。
また自分を頼ってほしい。あの時みたく
『お前だけが頼りだ! 任せられるか!?』
『テメェも死ぬんじゃねぇぞ!!』
『任せたぞ!!』
もう一度、アイツから聞きたかった。アイツの力になりたかった。それから――
……でも駄目だ。
アイツに助けを求めたら、知られてしまう。
アイツに電話をしたら、全部喋ってしまう。
そうしたら、危険だからとアイツは私を遠ざけてしまう。
私を頼ってくれなくなる。私を置いて何処かへ行ってしまう。ロシアの時のようにっ!
嫌だ。
そんなのはもう嫌だ。アイツの意思で私から離れていくのなんて、絶対に耐えられない。
『助けてほしい』
『助けてほしくない』
対立する二つの気持ちが、ゆっくりと、ゆっくりと、ココロを引き裂いていく。 - 106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:57:12.00 ID:fdnAIymm0
-
……さま、…お…さま、着きましたよ、お嬢様。
運転手さんの声にはっと我に返る。いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。
一般のタクシーは学舎の園にすら入れないが、学舎の園ご用達の専属タクシーだったのだろうか、目の前には常盤台の校舎が見えた。
若干ふらつきながらタクシーを降り、女性運転手にお礼を告げながら校門をくぐる。
もうじきお昼になるだろう、校舎の中は教師の声が時折漏れてくるのみでシンと静まり返っていた。
能力を失った後ろめたさのせいだろうか、慣れ親しんだ学校の廊下が、まるで他校のもののように思える。
正直、あまり居たくなかった。
(誰にも……会いませんように)
自分を、常盤台の超電磁砲として自分を見ていた人間に、今の自分を見られたらどう思われるのだろう?
ふと、そんな事を思う。
心配する? 失望する? 蔑み、侮辱する? いい気味だと嘲笑する? 復活への期待をする?
美琴は無表情に次々と思い浮かべる。どれも苦痛で、重荷だ。
心配や期待だって、どうせ報われないのだ。する方、される方共に両者に救いは無く、最後にはそれに気づき共に不幸になるだけだ。
(だから、誰にも……見られませんように)
美琴は音を立てないように廊下を走り抜けていく。
早く用事を済ませて帰ろう。今はそれしか頭になかった。 - 107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 22:59:32.77 ID:fdnAIymm0
-
来賓用玄関のほうへ向かい、今までレベル5として何度もお偉いさん方に引き合わされた理事長室の扉を叩く。
「失礼します、2年○組 御坂美琴です」
「……入りなさい」
インターホン越しに促され、高級感溢れる木製の扉を開けるとそこは会議が出来そうなほど大きな部屋になっている。
常盤台中学は学園都市のみならず、世界的に見てもTOPクラスのお嬢様学校だ。世界中からVIPなどの要人が訪れるここは
調度品一つとっても、何処かのウニ頭の少年がこれは幾らするのか、と聞いたら卒倒するだけの価値がある。
そんな品々に囲まれ、色彩などの調和も完璧な部屋のはずなのに、何処か息苦しさを感じるのは部屋にいる人間のせいだろうか。
部屋の奥の机に座っている白髪を携えた老人と、来賓用ソファーに腰を沈めている初老の女性
――理事長と校長の二名がこちらに顔を向ける。
校長の手で促され美琴もソファーに腰掛ける。
ソファーはやわらか過ぎて、女子中学生の体格には逆に疲れる姿勢になってしまい、先が思いやられる。 - 108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:04:59.45 ID:fdnAIymm0
-
――早く帰りたい。
未だ部屋に入ってから誰も喋ろうとしない雰囲気に、やや気圧されながらも口を開く。
「……それで、今日はどのようなご用件で呼ばれたのでしょうか」
尋ねられた二人は目線を合わせることなく、しばらく沈黙した後に校長が切り出した。
「……御坂美琴さん。聞くところによりますと、最近のあなたは学業をお休みされてらっしゃる様子ですね?」
「……はい」
お互い、世間話や世辞、労いといった社交辞令も一切混ぜる事無く話を進めていく。
「数日前にあった測定テストの時に倒れ、一日の入院。退院後は寮の自室において療養中だとか」
「……はい」
コクリと頷く。まどろっこしい、とっくに知っているはずなのに。早く本題に入れば――
「――それはあの研究所で飲まされた薬に起因して起きた、能力の喪失が原因で間違いありませんね?」
「ッ……はい」
口調はそのままに、急に声色が変わった。
最初合わせていた自分の目線はいつの間にか下がっていたらしい。声の豹変に驚いて顔を上げると再度、目があった。
いつもは柔和な微笑みを絶やさなかった顔は一変して無表情に、そして自分を見つめる視線の奥にあるのは失望……だろうか。 - 109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:07:35.01 ID:fdnAIymm0
-
「本題に入りましょうか……御坂美琴さん。今日はですね、今まで保留になっていたあなたの処遇について伝えるためにお呼びしました」
どうやら自分の予想は少々外れていたようだ。だけど、今更どんな処罰を下されても、今の自分の状況を考えれば
“これ”以下なんて考えられなかった。悲劇のヒロインなんて気取るつもりは無いけれど、ここが地獄の底だと確信に近いものがあった。
だが上には上があるように、下には下があるのだ。地獄の底だと思っていた場所は、実はまだ五合目程度だったのかもしれない。
「……これを」
校長は脇に置いてあったバッグから一枚の書類を取り出すと、こちらへ向けて机の上を滑らせた。
……ようするに、自分は身を守るように丸まってはいたけれど、顔を上げて自分の置かれた状況を見ようとはしなかったのだ。
能力を失い、客寄せパンダの役割すら果たせなくなった自分が、密出国、ハイジャック等の責任を取らされれば。
これはある意味当然の結末だったのかもしれない。
だけど
――この世界は自分に優しくない。
自分はあと何回思い知ればいいのだろうか?
ゆっくりと渡された紙面に目を落とすと“それは”最初に目に入り、そしてそれっきり眼球は固定されてしまっていた。
『退学通知』
ふと、校長の目を思い出し、理解する。あれは失望などではなく、道端の石コロでも見るような、自分を見限った目だったのだと。 - 110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:15:29.28 ID:fdnAIymm0
-
―――
――
第七学区にある、とある病院にて
普段あまり人の訪れることの無い、主要施設や一般病棟から大きくルートを離れたあるエリアの一室。
入り口のプレートには『資料室』とだけ簡素に書かれている。
アナログな紙の資料や各機材のマニュアルにコピー機といった一室でカエル医師はノート型PCに何やら打ち込んでいる。
ノックをする音に顔を上げると、僅かに開いた扉から顔だけをチョコンと突き出している人物と目が合う。
現在医師が気に掛けている患者――御坂美琴にそっくりな風貌だったが無骨な軍用ゴーグルを付けていることから
『妹達(シスターズ)』のうちの一人だと判断できた。
「こちらにいらっしゃいますか? とミサカは目的の人物に会えたことに安堵しつつ入室します」
「うん? どうしたんだい? 妹達の誰かが体調でも崩したのかい」
彼女のセリフを聞くに、どうやらこの部屋に用があるわけではなく、自分を探していたのだと判断し作業を止める。
入室してきた彼女の胸元には小さなネックレスが踊っていることから、“彼”の言う御坂妹と呼ばれる個体だろうと見分けがついた。
そのネックレスは非常に気に入っているのだろう、どんな時でも――調整用のカプセルに入る時ですら――肌身離さず付けており、
たまに他の妹達との喧嘩の原因になっている。
そんな最近では感情の発達著しい御坂妹だったが、顔を見るに何やら思い詰めたような風であった。医師は先を促す。 - 111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:17:01.24 ID:fdnAIymm0
-
「いえ、この病院にいるミサカ達の中で体調を崩している個体は存在しません、とミサカは否定します」
「それじゃあ?」
医師は机の上にある紙コップに手を伸ばす。
「はい、単刀直入に言いますと、お姉様(オリジナル)の件です、とミサカは切り出します」
「お姉様……御坂美琴さんのことだね? 彼女の件というと……まあ一つしかないだろうね」
「……お姉様が…その、能力を失ったというのは事実なのですか? とミサカは否定を期待しつつも体を強張らせます。
それと、もしそうだった場合の治療の手立ては無いのでしょうか?」
空っぽだったのだろう、紙コップを軽く揺すると机に戻し医師は重々しげに告げる。
「……事実だよ。彼女は演算能力を失い完全に能力を失った状態だ。薬によって脳を変質させられてしまってね…元に戻すのは
非常に難しい。分が悪すぎると言わざるをえないね」
この医師が初めて見せた弱音に御坂妹は戦慄する。御坂妹が知る限り、今までどんな怪我や病気でも医師に治せないものは無かった。
それはつまり、逆に言えばお姉様の内部的な治療が本当に絶望的だという事実だった。 - 112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:25:26.87 ID:fdnAIymm0
-
「医学的な治療が難しいというなら……」
御坂妹は拳を握り締める。もう一つ、聞かねばならない事があった。
「……お姉様が演算能力を失ったと仮定してミサカネットワーク(MNW)内で議論した結果、一方通行が使用しているチョーカーを
流用させた場合、ミサカ達がお姉様の演算を代替わりすることが可能なのでは? とミサカは核心に迫ります」
「……可能だね。君達のMNWを利用して彼女の能力を取り戻させることは出来るだろう。これはボクも専門外なので詳しいことは言えないけれど
他人に演算してもらうということがパーソナルリアルティに影響を及ぼすらしく、全盛期の力は取り戻せないだろうけどね」
それでもレベル4クラス以上の力は取り戻せるはずだ、と医師は続ける。
一方通行も全盛期の力の半分程度まで落ちてしまっているが、それでも能力が全く使えない状況より遥かにマシな状態であるのは間違いない
御坂妹は自分達の立てた仮説が期待通りの効果をもたらす事に歓喜した。普段無表情な顔を上気させ、勢い込んで続ける。
「ならば迷うことは無いのでは? お姉様の発電能力ならばその特性上、一度能力使用モードにした場合、
常に自分で充電できる永久機関が可能のはずです。そうした場合、もう以前となんら変わらない生活が可能のはずです、
とミサカは今更ながらお姉様のチート具合に驚きます」 - 113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:33:41.35 ID:fdnAIymm0
-
「確かに彼女の能力なら今言ったことも可能だろうね? 現に今ボクが引いている設計図は、彼女用にチューニングしたチョーカーの物だ。
そういえば一方通行もバッテリーの電子の動きをベクトル操作すれば半永久機関が」
「おっと」
「おっと」
「不用意な発言は控えてください、とミサカは今の会話が“誰か”に聞かれていないか戦慄しつつ辺りを警戒します」
「正直反省してるね。ともかく、話を戻すよ? 彼女専用に作ったチョーカーを取り付けて以前通りとはいかないまでも、日常的に
力を取り戻させることは恐らく可能だね? ただ幾つか、致命的な問題があるんだ」
「致命的……ですか?しかし一方通行には何も……」
「一つは単純に演算容量だね。今までは一方通行一人の演算補助を肩代わりしていたけれど、これが単純に二倍になる。
恐らく一方通行のほうが複雑な演算なのだろうけど、ボクにはどちらも、どのような演算をしているか分からないからね?
仮定とはいえ妥協は出来ない」
演算補助をしている御坂妹にも一方通行の演算は、高度だからというのもあるが、本質的に異質すぎて理解できない。
補助といっても彼が演算しやすいように手助けをする訳ではなく、予め確保してある脳の演算領域を勝手に使われている状態だ。
いうなれば自分が机で作業中に片隅に置いておいた電卓を勝手に打っていくようだものだった。 - 114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:36:07.29 ID:fdnAIymm0
-
そして妥協は出来ないという医師の言葉の意味。
基本、お姉様の能力使用による戦闘は全て不殺が大原則だ。しかも数十人を相手にしても後遺症すら残させない超高度な戦闘。
それを演算不足で、しかも力の半減といった状態で同じことをしようとすればどうなるだろうか?
レールガンは目測を誤り、砂鉄の操作に失敗し、磁力のコントロールを失えば。どれも簡単に人を殺してしまう。
もし直接自分の手で人を殺めてしまったら、お姉様は今後も能力を使えるのだろうか? 使おうとするだろうか?
既に自分達はお姉様に一万人以上の十字架を背負わせてしまっているというのに?
「今は世界各地に散ったおかげで時差による睡眠をとっている個体が数多くいる。それによって睡眠中の個体の演算領域を
優先的に使用させてもらっているお陰で、昼間行動中の君達には影響が出ないようにしているんだね?」
医師の言うとおり、妹達は世界各地で暮らしている。流石に研究所の分布によって偏りは出るが、概ね世界中に隈なく散らばっている。
文字通りシベリア送りにされた個体や、どういうことか無人島で毎日バカンスを楽しむ個体もいる。当然だがこの二人の仲は悪い。
一日中寝てばかりいるグーたらな個体もいるが基本は昼寝好きとはいえ規則正しい生活サイクルだ。
寝ている状態の演算効率は非常に悪いが一方通行の演算補助を分担する上でなくてはならない要素だった。
「そういえばミサカもイヌと昼寝しているときは勝手に演算補助させられているんですかね? とミサカは自分の至高の時間を
実は邪魔されていたかもしれないという事実に怒りで身を震わせます」 - 115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:37:26.10 ID:fdnAIymm0
-
そう無表情でぷるぷると震える彼女を医師は苦笑しながら見遣る。――これでは寒くて震えているのか見分けがつかないね?
さり気無く手元のリモコンでエアコンを操作しつつ医師は話を続ける。
「まあ寝ている時の演算補助に回される脳の割合が大きいだけで、実際は昼間普通に生活していても肩代わりしてるのは
変わりないからね? それと昼寝はノンレム睡眠だろうから脳の休息を優先させて殆ど補助はさせてないと思うよ?」
「なるほど、確かにそうですね。とミサカは一応の納得を見せます。これからも安心してお昼寝に励めそうです」
「話を戻すとね? 彼女――御坂美琴さんと一方通行が、チョーカーを介して能力を同時に使ったとすると、
能力は今より更に落ちるだろう。
仮に二人が誰かと戦闘状態だった場合……それは致命傷となりかねない」
君達『妹達』の昼間起きている間の行動にもかなりの影響が出るだろうと医師は付け足した。
――致命傷、その言葉に御坂妹はビクリと肩を震わす。
お姉様と違い、一方通行が能力を使用するという状況は、ほぼ全て何らかの“敵”と交戦するときだ。
この医師がどのような相手を想定しているか分からないが、これまで上位個体から
送られてきた情報を元に、今までの一方通行の戦闘を思い起こせば誇張とは思えなかった。 - 116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:40:54.98 ID:fdnAIymm0
-
「……なるほど、分かりました。とミサカは一応の納得を見せます。して、もう一つの理由とはなんでしょうか?」
「……『0930』事件、覚えているよね?」
医師はこちらが本命といわんばかりに、ギシリと音を立てて椅子に深く座りなおした。
『0930』事件。学園都市にとっても、ある人物にとってもターニングポイントとなった事件だ。当然、御坂妹もはっきりと覚えている。
「はい、ミサカ達も猟犬部隊対策などでてんやわんやでしたから、とミサカは手振り身振りを交えてあの時の状況を思い出します」
「あの時は大変だったね? まあ猟犬部隊なんて些細な事はどうでもいいんだ。何より問題は打ち止め(ラストオーダー)が攫われ、その後
天使のようなものが出現したあの時の、君達の様子のことだ。」
「私達の様子……ですか?とミサカは一つだけ思い当たることを認識しつつも聞き返します」
「長くなってしまったから単刀直入に言おう。もう一度あのような状況になったとき、二人がチョーカーを使い能力を行使しようとすれば
君達は最低限の生命維持活動の領域すらも奪われて、死に至るだろう」
「……もう一度あのような事件が起きる……と? とミサカは未だ信じられない思いで……」
あの事件で学園都市は天文学的な額の損失を被ったし、一方通行に至っては“闇”に引きずり込まれた。
被害だけなら先の大戦すら上回るような事件が、そう何度もあっていいはずが無い。
だが一方通行すら霞む“闇”を経験してきたと自負するこの医師はまた起こりうるという……
- 117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:43:18.42 ID:fdnAIymm0
-
「分からないよ。勘違いしてるようだけど、ボクはただの医者だからね?
ただ一つだけ言えることは、この街の“闇”はあの天使のような“力”を手放すことは無いだろうし、その為には何だってやるだろう。
単純にもう一度攫ったり……例えば上位個体をもう一人作り出したりね」
「そんなことがあり得るのでしょうか? いえ、可能なのでしょうか? とミサカは……」
「だから、分からないよ、とね。……ただね、もう一度言うけれどボクは医者だからね?
『多分』 『もしかしたら』という楽観的な言葉を信じてはいけないけれど、
想定はしないといけないんだ。だから……このチョーカーを着けられるのはどちらか一人だけになる」
『どちらか一人だけ』
それは究極の選択だった。道理で考えれば、今まで散々迷惑を掛け、更には命すらも散らす決意をさせてしまった優しい姉。
生みの親とも言える彼女に、色々なものを背負わせてしまったお姉様に、今こそ恩返しをするチャンスだ。
迷うことは無いのかもしれない。だが――
(一方通行から能力を取り上げた場合、彼は今後生き残れるのでしょうか? とミサカは思案しますが……恐らく無理でしょう……)
能力が無ければ、彼は杖無しでは歩くことすら出来ない貧弱すぎる少年だ。
銃の扱いに長けて、自慢の頭脳を使った心理戦や錯乱戦ではある程度の優位性はあるが、それだけだ。
銃弾等に対応できる能力者や、パワードスーツが一機出てくるだけで確実に詰む。 - 118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:46:21.61 ID:fdnAIymm0
-
一方通行に対して特別な感情などは存在しないが、それでも確実に破滅すると分かっていながらその選択肢を選ぶことは――
……御坂妹には出来なかった。
方や、命の恩人で、恩返しをしたい、妹達全員の生みの親でもある大事なお姉様
方や、やはり命の恩人ともいえ、能力無しでは一週間生きていられるかどうかも分からない一方通行
二人のお互いの印象は、少なくともお姉様からしたら最悪で、相談すら出来ない。
MNWで助けを求めてみるが誰も言葉を発しない。半分に割れて大激論でも期待したのだが、その目論見はあっさり崩れてしまった。
(まあ当然ですかね。まだ幼いミサカ達にはこの問題は余りにも荷が重過ぎると判断せざるを得ません。
……いえ、そもそもこの選択肢に正解はあるのでしょうか、とミサカは――)
無表情に黙り込んでしまった御坂妹を医師はじっと見つめる。当然だろう、医師である自分ですら未だ答えの出せない問題だ。
あまりこの子を悩ませてもしょうがないね? そう医師は思い話題を変えるべく口を開いた。
「ふむ、まだチョーカーは設計段階だ。実際出来上がるまではまだ時間がかかるからね?それまでゆっくり考えていこうじゃないか」
「そう…ですね。ミサカ達もまずは一方通行の筋力増強から始めてみようかと思います。『絶対筋力者計画』とミサカは命名を……ブフォ」
実際には全くゆっくりとする気など無いのであろう医師の意を汲み取り、御坂妹も話題を逸らす。
医師も椅子から立ち上がりノートPCを閉じると
「さて、長話して喉が渇いてしまったね? 何か奢ろうか」
「ミサカはヤシの実サイダーがいいです、とミサカはしっかりご馳走になる所存です」 - 119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/05/01(日) 23:52:51.76 ID:fdnAIymm0
-
廊下を並んで歩きながらも二人の頭の中は先ほどの件で一杯だった。お目当ての飲み物を手にしたあとも押し黙ってしまう。
御坂妹はチョーカーのことを。カエル医師はチョーカーとそれと――
(……常盤台から正式な書類でのカルテの提出要請。殆ど脅しに近い状態だったけど、担当医のボクの説明も拒み何をそんなに急ぐんだい?
少なくとも彼女には今は時間が必要なはずだ。彼らはそれを正しく理解しているのかい)
「先生、呼び出しのようですよ」
「うん? 本当だね」
思考を中断される。
ちょうど飲み終わった空き缶をゴミ箱に入れると医師はアナウンスで指示された病棟へと歩いていく。
対して未だチビチビと舐めるようにサイダーを飲んでいる御坂妹は医師のほうをじっと見守り
(どうやらミサカ達が実験凍結後や天井亜雄による反乱未遂等で処分されなかったことや、世界各地に隈なく配置されたことに関して――)
今更、学園都市の上層部が“人道的”などを理由に『妹達』を生かしておくことや、調整や秘匿性に優れた学園都市に
“たった十人程度”しか残さなかったことはずっと疑問だった。あの医師は“分からない”とは言っていたが――
「何かしら確信があるのでしょうね、とミサカは結論づけます。――……お姉様。本来ならば何においても優先して力を貸すべきミサカ達が、
未だに結論を出せないでいることを……許してくれますか? お姉様…………」
結局飲みかけのままジュースの缶をゴミ箱にいれると、御坂妹は歩き去っていった。廊下に数滴の雫を残して。
- 136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/08(日) 23:48:10.96 ID:2doE17v10
-
―――
――
「あーあ、結局うちのクラスの出し物は出店かあ」
「しょうがないですよ、くじ引きで講堂やステージとかのスペースを逃しちゃったんですから」
一端覧祭の準備期間の為、半日授業が終わり人がごった返す昇降口を抜けながら佐天涙子と初春飾利は愚痴りあう。
二人は出店で使う食材を業務用スーパーで仕入れる為、何時もだったらあまり行ったことの無い範囲まで出向く予定だった。
「大体、出店って言ったら普通フランクフルトとか焼きそばでしょ? なんでラーメンなんだろ」
「渡された購入食材のメモも凄いですよ。大量のキャベツやモヤシを使うみたいですねー」
「どれどれ……うひゃー初春、それって予算足りるの? ほんとうちの男子は何考えてるんだが」
「案外何も考えていませんかもねー」
出店の内容に多少不満はあれど、中学生になってから初の一端覧祭は二人にとっても胸が高鳴るイベントだった。
例年通りならばとっくに一端覧祭の期間中だったが、先の大戦に掛かった日数分、そっくり十二日間延長されている。
「戦争の影響で延期しちゃったけど、むしろ戦勝祝いみたいな感じになってちょうどよかったのかもねー」
「人的被害もゼロらしいですよ。凄いというか、素直にお祝いできるんじゃないですか」 - 137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/08(日) 23:53:58.76 ID:2doE17v10
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「そーそー。……でもさ初春、風紀委員のほうは大丈夫なの?
戦後の後処理と一端覧祭のせいで地獄だってアンチスキルの先生が言ってたよ」
「流石に戦後処理は風紀委員の仕事じゃありませんよー。でも確かに治安が元通りになるまで大変ですね」
「つい最近も変なパワードスーツが街中や地下街で暴れまわったってニュースにあったじゃん。
第十九学区でも無能力者が暴走バイクで駆け抜けたとかなんとか」
「佐天さん、そういうウワサや情報ほんと好きですよね。確かにここ一ヶ月ぐらいはそこら辺の路地の治安までは……あっ」
「ん? どうしたの初春? 路地なんか覗き込んじゃって……あちゃー……」
ちょうど二人が覗き込んだ路地裏で、一人の男性を囲むようにして十数人のスキルアウトがたむろっていた。
男性は因縁を回避しようとしてるのだろうか、時折手振りを交え、何かを説明している風であった。
「ど、どうしよう、初春。あの人数は不味いよ。白井さんも御坂さんも居ないし……」
「これは…まずいです……」
対抗しようも無い人数差に、初春も黙り込む。
十数人は本当に多い。二、三人ならともかく、下手をすれば白井さんでも不覚を取るだろう。
――こんな時、御坂さんがいれば……
知り合ってからいつも四人で、時には共に死線を潜り抜けてきたあの頼れるレベル5、御坂美琴を思い出す。
初春は一瞬だけ逡巡し、覚悟を決めた。 - 138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/08(日) 23:56:31.40 ID:2doE17v10
-
「佐天さん。佐天さんはアンチスキルに連絡を。私は一応時間を稼いでみます」
言うが早いか、初春は袖に風紀委員の腕章を付けると路地裏に突撃する。
勝算があるわけではないが、少なくとも風紀委員である事を告げて散ってくれれば上出来、駄目なら大通りに逃げて引きつけるだけだ。
「ええーー! 危ないよ初春。――あっ、行っちゃったし……えーと、アンチスキルはっと……」
制止するのも聞かず走り出していたクラスメイトを救うべく、佐天涙子は携帯を操作しはじめた。
「じゃ、ジャッジメントです! そこのあなた達、何をしているんですか!?」
袖の腕章をかざしながら宣言する。逆上して襲い掛かってこられないかと、足が震える。が、
「…………チッ」
予想に反してこちらが風紀委員である事を告げても、散りもしなければ追い払おうともしない。
囲んでいる数人が舌打ちをしたぐらいで、殆どのスキルアウトはこちらを見ようともしなかった。
「き、聞いてるんですか!? そこの人を解放して解散しな――」
「あー、そういうことだ、君達。解散しなさイ」
パンパン、と手を叩きながら、囲まれていた筈の男性が解散の指示を出す。
唖然とする初春を他所に、男性の指示にスキルアウトは素直に従い、路地裏の奥へと去っていった。
- 139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/08(日) 23:58:28.67 ID:2doE17v10
-
「へ?……あ、あの…ええっ?」
「……どうかしましたか? お嬢さン」
拍子抜けした以上に、状況が掴めない。
混乱する初春の後ろから足音がして振り返ると、佐天が携帯を片手に息を切らしていた。
「やるじゃん、初春! あの人数を追い払っちゃうなんて。 あーでもアンチスキル呼んじゃったよ」
再び携帯を操作し佐天はアンチスキルに安全の旨を告げる。
初春は勘違いしている友人はとりあえず放置し、男性に意識を向けた。
見たところ五十代前後で外人の方だろうか? 若干頬がこけている。
最近切ったのだろうか、金髪は非常に短く刈り込まれていた。
「えっと……なんともありませんか?」
「なんとモ?」
「い、いや。今思いっきり囲まれてましたよね? てっきり恐喝や暴行をされかけてたんじゃ……」
「……ああ、なるほど。勘違いさせてしまったようですネ」
混乱している初春に男性は微妙に片言の日本語で説明していく。 - 140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/09(月) 00:08:21.49 ID:luhwEBhv0
-
「私は高校で外国語教諭をさせてもらってましてネ。この路地裏でたむろしている彼等を見て、
アンチスキルの真似事でもしようと彼等にお説教をしていたら――」
「――私達が来た、と? …無謀ですよ!」
「そうですカ?」
「そうです! あの人数相手に教師といえどアンチスキルでも何でもない一般人がどうこうしようなんて。
そりゃ何か悪さをしているわけじゃないのに、アンチスキルなどに通報するのは躊躇われるのは分かりますけど」
正直信じられなかった。生徒でも何でもないスキルアウトに無関係の教師がお説教など、無謀にもほどがある。
よくて身包み剥がされて、悪ければ病院送りだろう。
だからこそ素直に解散の指示に従ったスキルアウトが信じられないのだが……片言なのも含め、話術に長けているとは思えない。
「ハハ、それを言うならお嬢さんも同じではないかナ。見たところ中学生のようですが、よくあれだけの啖呵を切れたものでス」
「ほんとだよ、初春。ちょっと惚れ直しちゃった」
「わ、私は風紀委員ですし、それに同僚の人もそうですけど、何事にも怯まない強い先輩が見本にいますので!」
初春は男性や佐天の世辞に若干照れながらも、密かに尊敬し、目標にしている人物を思い浮かべ胸を張る。
「そうだねー。白井さんも凄いけど、御坂さんを見てると本当にレベル5ってのは能力の強さだけじゃないって思うよね」
初春の抽象的な表現にもかかわらず、佐天も一瞬で初春の言う先輩を思い浮かべた。
男性は佐天の言葉にピクリと反応を示す。 - 141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/09(月) 00:10:42.73 ID:luhwEBhv0
-
「御坂…………ふム、もしや御坂美琴さんのことですカ?」
「はい、やっぱり有名ですよね。あの学園都市のレベル5、第三位! 常盤台の超電磁砲、御坂美琴さんです!」
「ここには居いないんですけど、初春の同僚の白井さんも入れて、よく四人で色んな事件を解決したり……あ、これは内緒だったっけ」
別に今何をしたわけでもないに拘らず、初春と佐天は本当に誇らしげにここには居ない人物を宣伝する。
二人にとっては隙あらばしている、ただの布教活動程度だったのだが。
男性には彼女の力の自慢、それがとてもとても愉快で、笑いを堪え切る事が出来なかった。
「くくっ、ハハハハっ」
「な、何で笑うんですか!」
「あー、中学生だからって信じていませんね?」
一介の中学生ごときに、レベル5の知り合いがいるわけが無いと思われたのだろうか。
二人は尊敬する人を侮辱されたと感じ、即座に抗議する。
「くっく、いや、失礼。彼女が事件を解決となると、さぞかし爽快なアクションを想像してしまいましてネ」
男性は無理やり笑いを堪えると、まぁまぁと両手を前に出し二人をなだめる。
若干憮然としつつも、一応納得したように二人は引き下がる。
二人を落ち着けると、長居をしすぎたとばかりに手をはたきながら男性は通りに目を向けた。
「さて、そろそろ私も失礼させていただきまス」
「あ、はい。あまり無謀な事をしないように、今度からは気をつけてくださいね」
「ご忠告痛み入りますネ。では」
三人は表通りまで出てから別れる。
人ごみに紛れていく男性を見送り、自分達も目当ての業務用スーパーを目指し始めた。 - 142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/09(月) 00:16:04.80 ID:luhwEBhv0
-
「もー、絶対信じてなかったよ、あの人」
「……私には笑いのベクトルが別な方向に向いてたように見えましたけどね」
「別のベクトル?」
「はい、なんて言うか……馬鹿にした笑いじゃなくてその……憐憫を含んだ笑いに……」
「憐憫って哀れってこと? 私たち、残念な子に思われちゃったのかー!」
「違いますよ、佐天さん! まあ私の勘違いかもしれませんし」
「ふーん。……それより初春、あの人、自分は教師だって言ってたけど、あれどう思う?」
「へ? どう思うってどういう事ですか?」
思いもかけない方向の質問に、初春は目をぱちくりとさせる。
「なーんかさ、あたしの勘だけどあの人、教師って嘘ついてると思う」
「う、嘘って……」
「自分は教師だって言われて、風貌や体格は確かに意外だなーって思う人は偶にいるけど、
雰囲気だけは納得できる人多いと思うんだよね」
- 143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/09(月) 00:20:51.12 ID:luhwEBhv0
-
「要するに外見は意外だけど、教師っぽさが内面から滲み出てるって事ですか?」
「そうそう。あたし、これでも鋭い方だと思ってるけど、でもあの人からはさっぱり感じなかった。それで違和感感じちゃってさー」
「……言われてみればそうかもしれませんね」
初春は佐天を見据える。
確かにこの少女は風紀委員の捜査などで自分が培った“鋭さ”ではなく、別の面の“鋭さ”を持っている。
「でもじゃあ何でスキルアウトなんかに説教しにいったんですか?」
「そんなの分かんないよ。……う~ん、もしかして説教じゃなくて、何かを依頼してたり……」
「依頼って……流石に漫画の読みすぎですよ佐天さん」
「酷いなー初春は。――あ、そうだ。材料の発注終わったらさ、御坂さん達も半日授業だろうし久しぶりに何処か集まらない?」
「うーん、でも最近白井さん忙しいらしいので難しいと思いますよ?」
「そうなの? つまんないなー。御坂さん、元気取り戻したんでしょ?」
「白井さんからのメールではそうらしいですねー。終戦後の御坂さんの様子は酷かったですから……」
二人はそっと思い出す。
ぼろぼろにやつれた御坂さんが“誰か”を探しながら街中を彷徨っているのを、こっそり白井さんも含め三人で後を追っていたのだ。
戦争で治安の悪化した中、絡もうとする不良などからこっそりと守っていた。
どちらかといえば、制御の利かなくなった御坂さんから不良を、だが。友人に前科を負わせるわけにはいかないのである。
- 144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/09(月) 00:26:45.13 ID:luhwEBhv0
-
「もうあんな落ち込んだ御坂さん、見たくないしね……快気祝いにさー、パーっと何かしたいな」
「それ、佐天さんが騒ぎたいだけじゃないんですか? そういえば白井さんからメールで、いい喫茶店見つけたとかありましたよ」
「お、いいねー初春。じゃあ一端覧祭で時間作ってさ、御坂さん、白井さん、うち等の四人で行こうよ」
「そうですねー。一端覧祭中なら一日ぐらい予定合わせられるでしょうしね」
「そうそう。じゃあさっさとスーパーで材料確保して、出店の当番も決めちゃおう!」
二人は楽しそうに笑いながら、次第に早足になり、最後は駆け足で目的のスーパーへ駆けていく。
「わー白井さんからメールだ。何々、第七学区の監視カメラ等を全部調べろ……? デスマーチ確定じゃないですかー!」
「あははは、初春ご愁傷様。先に学校戻ってるねー」
「はぁ。また何か厄介な事件なんですかねー。私はこのまま支部へ向かいますから、クラスのみんなに伝えといてください」
――了解、と応えて佐天は初春と分かれる。
これで午後の予定は組みようが無くなってしまった。中々上手くいかないもんだ。
「あー、早くまた四人で遊べるようになりたいなー」
どうせ明日も半ドンだ――両手をぐいと突き上げ、伸びをする佐天の脇を。
一台のタクシーが通り過ぎていった。
- 151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:17:38.75 ID:bPIXJz6l0
-
―――
――
辺りが薄暗くなっていく夕暮れ時、街灯がポンッと灯っていくのを、ぼんやりと上条は眺めていた。
時計を見れば、もう四時半だ。
上条の学校も今日から半日授業の為、実に四時間近くここで待っている計算になる。
インデックスには伝え忘れていたとはいえ、そろそろ帰らなければ無用な歯形を増やすことになるだろう。そして心配も。
有体に言えば、もうタイムリミットだった。
「……御坂、見ねーよなぁ」
あの日から、ずっと見ていない。
別に以前なら数日会わないことなど普通だし、自分はそれを何とも思わなかった。
意識せず偶に会い、偶に話す。
不思議とエンカウント率は高いほうだが、それは知り合いレベルの話だ。
毎日顔を合わせる同居人やクラスメイトに比べれば、日常で上条の心の中を占める割合はとても低い。
別に一緒にゲーセンやカラオケに行ったりするような仲でもなく。
かといって街で出会っても声を掛けるのを躊躇うような仲でもない。
その程度の仲だ。
そしてそれは今も特に変わっていないと自分は思っているし、御坂だってそうだろう。
そう上条は思っていた。
だからこの三日間、御坂の姿を探して公園で待っていることなど、以前の自分からしたら異例中の異例なのだ - 152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:23:31.59 ID:bPIXJz6l0
-
自分と彼女は今思い浮かべたような間柄にもかかわらず、不思議な縁があると思っていた。
それこそ簡単には切れないような無駄に強い縁が。
その縁は二人を結び、何かあれば肝心のタイミングで出会わせ、お互いを助け合う。
それは時に美琴と御坂妹を救い、時に白井を共に救い、時に右手の通用しない特殊部隊からは上条自身を救ってくれた。
あのロシアの上空一万メートルという世界規模ですら、それは変わらなかった。
だからこそ自惚れていたのではないのか?
会おうと思えば何時でも会えると。
(電話一本出来ないだけで、こんなに脆く揺らいじまう――)
本当はこんなに脆く細い繋がりだったのか。
まるで今まで安心して命を預けていた頑丈な命綱が、実は切れかけのロープだったかのような喪心感。
彼女との簡単には切れない縁など、幻想だったのだろうか。
それは一度自覚すると、何故だか胸がギュっと締め付けられた。とてもムカついている自分がいた。
「……ッ!」
苛立ち紛れに足元に転がっている小石を蹴り上げる。
思うように芯を捕らえられず、明後日の方向へ飛んでいく小石が更に彼をイラつかせた。 - 153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:27:56.73 ID:bPIXJz6l0
-
(何だろうなあ、この気持ち……)
第一、御坂はあのカエル医師の治療を受けてとっくに退院しているはずだ。
あの医師の腕は、今まで何度もお世話になっている自分がよく知っている。仮に入院が長引いていても、むしろ御坂の為だろう。
自分が彼女を気にかける必要なんて何処にもないように――
(俺が御坂を気にかける……ねぇ)
大体、すこし前まで御坂に出会うたびに不幸だと嘆いていたのは何処の誰だと。
御坂が訴えた頭の痛みというのが、記憶喪失の元になった自分の中のトラウマを軽く刺激しているだけではないのか。
あの時ロシアで彼女の救いの手を拒絶した自分が、何を今更都合のいいことを考えているのだろう。
上条はゆっくりと右手を広げ、じっと見つめる。
ロシアでの最後の瞬間、彼女と自分の間にあった"何か”を断ち切ってしまった右手。
――あの時、一緒に切れてしまったのだろうか。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
- 154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:31:40.43 ID:bPIXJz6l0
-
「……馬鹿馬鹿しい」
止めていた息を盛大に吐き出す。
「切れちまったんなら、また繋ぎ戻せばいいんじゃねぇかよ」
柄にも無くセンチになりすぎた。まるで自分らしくない、と上条は苦笑する。
もういい加減理解できた。
「認めろよ、上条当麻。くだらねぇこと考えて誤魔化してるんじゃねえ。――俺は、御坂が心配なんだよ」
まるで宣言するかの様に、はっきりと言葉に出して噛み締める。
ロシアの件やそれ以前の態度で、御坂に嫌われていても構わない。
ただの頭痛に大袈裟な? ただの頭痛程度だったら万々歳じゃないか。
まずは病院に行ってみよう。居ないならそれでいい。
それでもまだ、安心できないというなら常盤台の寮まで訪ねてみよう。
直接会って、――心配のしすぎよ この馬鹿―― そう一言いってもらえれば、それでいい - 155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:34:38.42 ID:bPIXJz6l0
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「さて、と。行きますか」
腹は決まった。
御坂と会えた場合のやり取りを想像して思わず微笑む。
別に自分はMというわけではないが、今は彼女にいつも浴びせられた罵倒すら懐かしい。
最後にぐるりと辺りを見回す。
公園の景色は上条がイギリスに出発する前とはすっかり変わっていた。
綺麗に紅葉した木々と夕暮れのコラボに、どうしてだろうか、酷く焦燥感を覚える。
――急いだほうがいい。 そう彼の中の何かが警鐘を鳴らしていた。
- 156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:37:11.55 ID:bPIXJz6l0
-
「ん……?あれは……」
急ごうと足を公園の入り口へ向けると、ちょうど誰かが入ってくるところだった。
常盤台の制服にツインテール、上条も何度か会ったことのある、白井黒子だ。
見覚えのある制服に一瞬、御坂かと期待した上条だったが現実はそう甘くはないらしい。
がっくりと肩を落とすが気を取り直し、話しかける。
「おっす、白井」
「はい? ……ああ、上条さんですの?」
いかにも疲れてますといったオーラを出しながら、黒子は上条のほうチラリと見ながら返事をする。
元々休憩のつもりで立ち寄ったのだろうか、上条が先ほど寄りかかっていた自販機で飲み物を購入するとグビグビと飲み干した。
そこにはいつも漂わせている上品な振る舞いは欠片も無く、目の下の隈や、力を失いかけている瞳が上条の不安を煽る。
「なんか疲れてんな……風紀委員の仕事かなんかか?」
「いえ、別にそういうわけではなく、ちょっと調べ物を……」
心配気味に話しかける上条に、黒子は何処か歯切れ悪く言葉を吐く。
- 157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:43:28.30 ID:bPIXJz6l0
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「それよりも上条さん? 何かあって話しかけてきたんじゃありませんの?」
そうだった。これではただのナンパになってしまう。
御坂の様子なんぞを自分が尋ねれば、このお姉様の梅雨払いを有限実効する白井はどんな反応をするだろうか?
だが聞かないという選択肢も、当然上条には無い。
「ああ、えっとな。三日前、御坂が倒れただろ? すぐ退院するとは言ってたけどそっから見かけなくてさ。
ルームメイトのお前なら、何か知ってるんじゃないかと思って声を掛けたんだよ」
「お姉…様……ですの? お姉様は……」
黒子は先ほどよりも一層、口ごもらせる。
一瞬、地雷を踏んだかと上条は身構えたが、どうも様子がおかしい。何か嫌な予感がした。
「もしかして、御坂に何かあったのか?」
「い、いえっ、その…お、お姉様はちょっと体調を崩されてまして……そのせいでは…ないかと……」
気まずそうに黒子は上条から目を逸らした。
嘘は言ってないはず、そう黒子は思った。
事実、あの日からずっとお姉様は寝込み、部屋に閉じこもったままだ。
「そっか……やっぱりあのまま体調崩しちまったのか。しっかし、三日もってことは結構まずいんじゃねえの? 大丈夫なのかよ」
「……大丈夫ですわ。黒子が誠心誠意を込めて看病してますもの」
白井の疲れた様子の原因は、調べ物の件だけではなく、そういう事情もあったのかと上条は納得した。
上条は久々に聞けた御坂の情報に嬉々として、しかし心配そうに色々と聞いてくる。
黒子は耐える。嘘はついてないとしながらも、お姉様の知り合いを騙し、お姉様の苦悩すら騙すようで。
- 158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:49:30.00 ID:bPIXJz6l0
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「――まあ久々に御坂のことが聞けて上条さんは安心しましたよ」
「はぁ、そうですの。お役に立ててなによりですわ」
二人は暫く御坂の体調の事やその他の事で話し込み、一段落する。
上条は満足げに、黒子は何かに耐え切ったように息を吐いた。
「う~ん、…やっぱ本当は寮までお見舞いに行ってやりたいところなんだけど、駄目か?
……まあ女子寮だしなぁ……いや、一回入っちゃったことはあるんですけどね!」
あれだけ話し込んだにも拘らず、やはり上条はどうしても一目御坂の顔を見ておきたかった。
理由は無い。だがそうしなければ、自分の胸の中でモヤモヤしている気持ちは絶対に晴れないという確信があった。
「……ご遠慮してくださいまし。第一あれは特例ですの。うちの寮監さまにバレましたら首が一回転するどころじゃありませんですのよ?
お姉様にはわたくしから伝えておきますので、どうかご心配…なさらず」
「…そっか。サンキューな、白井。本当はこの後、御坂がまだ入院してないか病院まで見に行こうと思っててさ。
手間が省けたっつー訳じゃないけど、助かったよ。じゃあ御坂に早く元気になるよう言っといてくれよな」
「……はいですの」
再三にわたるお見舞い要請も素気無く断られてしまい、流石に今回は折れるしかなくなった。
じゃーなー、と手を振りながら公園から出て行く上条を、白井は死んだような目に笑顔を貼り付けた表情で見送る。
(早く元気に……ですの?ふふふ、そうですわね。ええ、本当に……) - 159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/10(火) 00:53:09.46 ID:bPIXJz6l0
-
上条が見えなくなった途端、顔をくしゃりと歪ませる。奥歯がギリギリと音を立てた。
もう限界だった。
頼れるものなら全て吐き出してしまいたかった。
お姉様の心のより所にして、あの夏の日、“何か”によって絶望に沈んでいたお姉様を立ち直らせたあの殿方なら。
もう一度ぐらい頼ってもいいじゃないかと。
『残骸』事件のときに宣言した約束をもう一度ぐらい――
だが結局のところ。
(ただの学生に……一体何が出来るというんですの? お医者様ですら手の打ちようがない、今のお姉様に……)
結局黒子は幻想よりも現実を選んでしまった。
いくら上条に不思議な能力があっても、腕っ節が強くても、病状ともいえるお姉様の現状を解決できるとは思えない。
お姉様も無闇やたらに知り合いにあの事を広めてほしいわけがない。
奇しくもお姉様と同じジレンマに、黒子は途方に暮れていた。
黒子がもう少しだけ上条との付き合いがあれば、違った答えを出していたのかもしれない。
だが実際は、黒子は上条に頼ることを選ばず、上条は寮に行くことをやめた。
それはお姉様の意思を酌んだ一つの正解だったのかもしれないけれど。
かみ合いそうになった歯車は、再び離れてしまった。
- 168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/14(土) 23:45:57.51 ID:scAEcNGu0
-
上条が見えなくなった後も数分間、ずっとその場に立ち尽くしていた黒子のスカートから無機質な電子音が鳴り響く。
携帯を取り出しボタンを押す。着信画面には風紀委員の同僚の名前が表示されていた。
通話ボタンを押し、スティック状の近未来的な携帯を耳に当てると、飴玉を転がすような甘ったるい声が聞こえた。
『白井さ~ん、今だいじょうぶですか?』
「……何ですの、初春。用件があるならとっととお言いなさい」
本当に場違いな声だった。
だが今はありがたい。
風紀委員の相棒でもあるこの能天気な声は、今の黒子のささくれ立った心を軽く緩ませた。
『いえ、調べろって言われた監視カメラと警備ロボの映像なんですが――」
「……? 初春?」
突然押し黙る同僚を訝しむ。
何だろうか? そういえばさっきから声が出しにくく……
「……白井さん…泣いてるんですか……?』
「え……」
言われて初めて気がついた。
何時の間にかすすり泣いているなど人生初の経験だ。
ハンカチも使わずぐしぐしと目元を擦り拭く。
どうやら思った以上に自分の精神は磨り減っていたらしい。 - 169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/14(土) 23:51:31.73 ID:scAEcNGu0
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「…………何でもありませんの。それで初春、どうかしたんですの?」
『何でもないわけないじゃないですか! どうして泣いて――』
「初春っ!!!」
最終下校時刻をとうに過ぎて、無人になっていた公園に大声が響いた。
初春でさえ聞いたことのない悲痛な叫びだ。
『――ッ』
「聞かないでくださいまし……わたくしだって……お姉様の…助けに……」
『何かあったんですか?……御坂さんに……』
「あっ……その……」
思わず洩らしてしまった支離滅裂な弱音に、黒子は心の中で舌打ちする。
まだあのことは初春たちには伝えていない。
単純に無いのだ、勇気が。 自分にも、恐らくお姉様にも。
「ごめんなさい、初春。……まだそれを、教えるわけにはいきませんの」
『白井さん……』
「……」
『……いつかちゃんと話してもらえますか?』
「……ええ、必ず。…約束しますの」
『絶対ですよ?』
- 170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/14(土) 23:54:21.15 ID:scAEcNGu0
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今は御坂美琴の能力喪失については緘口令が敷かれている。
しかし病院の職員や教員はともかく、女子中学生の口を封じるのは不可能に近い。
最悪な事に、常盤台中学には読心能力などの心を読む能力者が、レベル3からレベル5まで取り揃ってしまっているのだ。
倒れて病院に運ばれた以上、近いうちにでも噂として広まってしまうだろう。
そういった噂を事前に潰していく為にも、手遅れになる前には自分も腹を括って初春達に話すしかないだろう。
「ずいぶん信用が無いですわね……まあ仕方ありませんが」
『そりゃそうですよ、まったく…………はぁ~~』
このしみったれてしまった空気を壊す為だろう、受話器の向こうからとぼけたようなため息が聞こえる。
黒子は何も説明しない卑怯な自分を許してくれた優しい友人に感謝した。
- 171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/14(土) 23:56:02.10 ID:scAEcNGu0
-
『それじゃ白井さんに言われて調べていた監視カメラと警備ロボの映像なんですけど』
「ッ! 何か映っておりましたの?」
初春は先ほど途切れてしまった本題の説明へと移る。
人の追跡にかけてこの同僚ほど頼りになる人間を黒子は知らない。
それゆえ期待を込めて聞き返したのだが、その返答は好ましいものではなかった。
『いえ、それが……警備ロボのほうは警邏ルートを把握している人間であれば、簡単に回避できてしまうので……』
「……頼りになりませんのね」
元より犯罪防止や、事件後に通報を受けて駆けつけてくるプログラムの為、追跡は当てに出来ない。
『監視カメラのほうなんですが、最初のうちは追えているんですが、
段々と予想移動経路が増えるにつれて途切れ途切れになってしまって』
「監視カメラの位置情報を全て把握するなんて私たち風紀委員ですら不可能でしてよ?
狙ってやっているとしたら相当厄介ですわね……」
頼みの綱であった監視カメラの映像も潰されてしまい二人は押し黙る。
これは二人の知る由も無い事だが、学園都市には暗部の使う移動ルートや搬送ルートが幾つも張り巡らされており、
特定のルートを繋ぎあわせる事で監視カメラなどの映像から逃れられるようになっている。
絶対能力者計画における妹達と一方通行の野外戦闘に場所を指定していた都合上、
犯人は幾らでもそういったルートを熟知していた。
- 172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/14(土) 23:57:41.55 ID:scAEcNGu0
-
『……せめて衛星で追えれば早いんですけど』
「そういえば。またハッキングしてしまえばよろしいんじゃないですの?」
幾つかの事件で実際にしてみせた、この相棒の特技を思い出す。
だが返答は今日何度目か分からない否定の言葉。
『無理…ですね。ハック出来ないわけではなくて、そもそもの衛星が足りてないんですよ』
「足りない?」
『学園都市全域をカバーする機数が無いんですよ。
ロシアや、何故かイギリスなどに監視衛星の数が割かれてまして。
他にも大戦中に搭載していた光学兵器の暴発で堕ちたりと……』
「はぁ……要するに衛星での追跡は不可能というとこでよろしくて?」
『……そうなりますね。少なくとも地下の逃走ルートを使われたらお手上げです』
追跡手段を片っ端から潰されてしまった。
その後も初春の説明を適当に受け流しながら、黒子はお姉様をこんな目に合わせた犯人のことを考えていた。
(……ここまで考えて実行したというのなら本っ当~に憎たらしい犯人ですわね……。八方塞ですの)
研究所まで出向いてみたものの、手に入った情報は後頭部しか映っていない顔写真?程度のみ。
仕方なく後ろ姿のみで検索したが、頼みの綱だった監視カメラなどの情報もご覧の有様で。
基本的に学校外の捜査は風紀委員の管轄外であり、アンチスキルのような特殊な追跡機材の使えない黒子たちはお手上げ状態だった。
- 173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/14(土) 23:59:07.53 ID:scAEcNGu0
-
ふと携帯を耳から離し、時間を確認すると既に午後六時を回っていた。
「――初春? 今日のところは口惜しいですけど帰りますの。……お姉様のことも心配ですし」
『そう…ですか。分かりました、私のほうでもう少しだけ映像など調べてみますから。何かありましたら連絡しますね』
「……お願いしますわ、初春」
通話を切ると大きくため息をつく。
辺りはもう真っ暗だ。朝から歩き回り疲れきった足取りは重く、まるで引きずるようだった。
今日は正式な風紀委員での活動ではないため、寮に帰れば間違いなく寮監に制裁を受けるだろう。
だが自分の足取りの重さの理由はそれではない。
「帰りたく……ないんでしょうね、わたくしは……」
寮監の制裁など霞んで見えるほどの理由。
公園で足を止めての通話だってそう、無意識のうちに避けていたのだ。
寮の自室で泣いているお姉様の元へ帰るのを。
自分がそばに居ても、どんなに献身的に尽くしても、お姉様は沈み込むだけだった。
なまじ自分が能力を使える為に、慰めの言葉は本当の意味でお姉様には届かない。
食事もろくに取らず、日に日に体も精神も痩せ細っていく美琴の様子は、間近で見守り続ける黒子の精神も酷く蝕んだ。
- 174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/05/15(日) 00:00:29.20 ID:78lJd4dn0
-
(はぁー。アガペー(無償の愛)の域まで達していたと思っていましたのに情けないですわね……
せめて何か手掛かりが掴めていれば、この足取りも軽くなっていましたのに)
せめてレベル1でいいのだ。
犯人の口を割らせ、能力を取り戻す為の解決の糸口が欲しかった。
少しでも能力を取り戻せれば、お姉様はそれを支えにまたレベル5までのハードルに挑もうとするだろう。
それがどれほど身勝手で、残酷で険しい道のりになるかを理解した上で黒子は思う。
この問題は、結局何処までいっても他人事なのだ。
それは冷たい意味ではない。代われるものなら、たとえその後にお姉様に半殺しにされようとも、とっくに自分が身代わりになっている。
自分に出来る事はせいぜい奇跡を祈るか、犯人を見つけ出すか、それとも…………
「……ふんっ」
黒子は道路脇の街頭に頭を打ち付けた。自分がウジウジとしていても何も解決しない。
……早く帰ろう。帰って今日もお姉様に尽くそう。
今は辛いかもしれないが、お姉様が立ち直られたとき、きっとその分だけ喜びが増すだろう。
そう心に刻み、誓う。
結局、他人である自分にはそれしか出来ないのだから。
己の役目を再確認した黒子は歩くのを止め、テレポートで虚空へと消えていった。
- 186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/11(土) 23:43:15.14 ID:VmJpg4770
-
―――
――
「とうま、今日は早く帰ってくるかな~」
ベッドの上で足をパタパタとバタ足させているインデックスはそう呟き、隣で毛繕いしているスフィンクスに顔を向ける。
「最近のとうまは変なんだよ。ちょっと暇があればすぐ何か考え込んじゃうし」
「にゃ~」
「せっかく帰ってきてから平和になったっていうのに、ほしゅーとかでちっとも遊んでくれないし。つまんないね~? スフィンクス」
「にゃ~?」
「……やっぱり短髪のことが心配なのかな? とうま、ずっと元気がないんだよ」
「にゃ……」
「そんなに心配なら直接会いに行けばいいかも。
まったく、変なところでヘタレなんだよ、とうまは。
今日も帰るの遅くなるのかな…………あっ」
玄関のほうから鍵を回す音とビニール袋が擦れる音が聞こえてきた。彼が帰ってきたのだろう。
インデックスはベッドから立ち上がり、スフィンクスも毛繕いを止め、家主の帰りを出迎えに向かった。
- 187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/11(土) 23:44:56.29 ID:VmJpg4770
-
ガチャリ
「よいしょっと。ただいまー、インデックス」
両手をちぎらんばかりに食い込んだ、パンパンに膨らんだビニール袋を玄関に置きながら、上条は帰宅の旨を告げる。
「おかえりなんだよ、とうま。今日は早かったんだね」
「ああ。ちょっと気が晴れてな。最近遅くてすまなかったな、インデックス」
若干皮肉っぽく上条に当たるインデックスだったが、上条は晴れ晴れとした顔で気にも留めなかった。
そう、彼は何処か機嫌が良さそうだった。
何時なら疲れた顔をして、一日の不幸を若干滲ませたような雰囲気を漂わせているのに。
「今日はちょっと何時もより多目に買ってきたから晩飯は奮発してやるぞー」
「ほんとだ。重くなかった?」
「余裕余裕。ちょっくら冷蔵庫に入れるの手伝ってくれ」
「わかったんだよ。ごっはん、ごっはん♪」
- 188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/11(土) 23:48:34.10 ID:VmJpg4770
-
やはり何か良い事があったのか、何時もの上条なら絶対に買わないような食材まである。
それらを冷蔵庫に詰め込みながら、インデックスは先ほど感じた違和感を聞いてみた。
「ねえ、とうま? 今日は帰ってくるのも早かったけど何かあったの? 昨日までのとうまの様子と違うんだよ」
「う゛ー……するどいな。……実は今日、白井にあってな」
「しらい? あのツインテールの子?」
「そうそう。あいつ御坂と一緒の部屋で暮らしてるから、最近見ない様子を聞いたんだよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
やっぱり彼はあの短髪の事を気に掛けていたようだ。
純粋な心配だと分かっていても、何故だかムカムカしてくる。
「短髪はどうしてたの? とうまの態度を見ると、何かいいことでもあったの?」
ゆっくりとジト目になっていくインデックスに上条は汗を滲ませる。
他人の、特に女性関係の話になると途端に機嫌を悪くするインデックス。
理不尽だが、そういったこの同居人の独占欲に、少なからず嬉しさを覚えてしまうのは男のサガだろうか。
- 189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/11(土) 23:51:45.62 ID:VmJpg4770
-
「あ~、いや。御坂は退院した後も体調崩して寝込んでたらしくてさ」
「風邪でもひいてたの? 短髪」
「どうだろうな。白井が言うには大した事ないらしいけど、一応大事をとってってことでな」
「……それで様子が聞けて安心したから、今日は早く帰ってきて機嫌がよかったってことなのかな?」
「御坂は寝込んでたわけだし、別に機嫌がいいわけじゃねーよ。
ただ何も分からず心配してるよりかはマシかなーと……インデックスさん?」
「それで様子を聞いただけで、何もしないで帰ってきちゃったんだね? とうまは」
何故か非難めいた口調で問いただされる。
だがインデックスの指摘は正しいかもしれない。
確かに自分は何もしていないのだ。
「……だってしょうがねーだろ。ルームメイトの白井に何度も『お姉様は大丈夫』って連呼されちゃさ。
アイツが御坂の事で嘘を付くなんて……考えらんねーよ」
そう言って自分を安心させようとするが、思い起こしてみると白井の様子は若干おかしかった事に今更ながら気がつく。
何が、と言われれば説明は難しいが、今思い出してみればあのとき自分でも不思議なぐらい何度も見舞いに行くと食い下がったのは、
やはり何処かで白井の様子から不安を感じ取っていたのだろう。
一度は収まりかけていた筈の、ここ最近感じていた不安感がまたくすぶり始めたのを感じる。
せっかく気分を上げようと食材を奮発したのに台無しだった。
- 190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/11(土) 23:56:44.97 ID:VmJpg4770
-
「ふ~ん……とうまがそう言うのなら別にいいんだよ。それよりおなか空いたー! スフィンクスも待ってるかも」
インデックスが話しを変えた事で上条の意識も強制的に逸らされた。
家に帰ってきた事で、彼の意識は既に腰を下ろしてしまっている。
これからもう一度立ち上がって、最初の一歩を踏み出すには少しだけ、そう、あとほんの少々の後押しが足りない。
「……ああそうだな。じゃあちゃちゃっと作っちゃいますか! インデックスはトンカツとカツ丼、どっちがいい?」
「カツ丼がいいかも! でもいつもみたいな薄いお肉を重ねた偽カツじゃないの?」
「信用無いな。大体あれはあれで結構な手間が掛かってるんだぞ」
「前に駄菓子のソースカツでカツ丼って騙されてからは微妙に信用できないんだよ、とうま」
「あー……あれは反省してる。あんなに怒るとは思わなかったんだよ。軽い冗談じゃねーか」
「食べ物で冗談を付くなんて噛み砕きざるを得ないかも。今日のは本物なの?」
「ふっふっふ、今日のはなんと一枚肉なんだぞ!……半分こだけどな」
「す、すごいんだよ! とうま! 明日はホームランなんだよ」
疑わしそうに睨んでいた目を一転、インデックスはキラキラと星が飛び出しそうな瞳をこちらに向けてくる。
先ほどとは一転、この食いしん坊な同居人との騒がしい時間が、上条は好きだ。
「また古いネタを……さーて、まずはトンカツから作るから、インデックスはテレビでも見て時間潰しててくれ」
「はーい、頼まれたんなら仕方ないんだよ。スフィンクス~、こっちおいでー」
「にゃ~」
- 191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/12(日) 00:02:00.03 ID:lnbpeUaX0
-
インデックスはテレビの前に陣取り、三毛猫を油のはねる危険のある台所から、自分のひざへとを手招きした。
チャンネルを回し目当てのアニメを見ながら、チラリと台所でトンカツの用意をしている彼を観察する。
「……ふーん……」
彼女はニコニコと楽しそうな顔をしている横で、この不器用な同居人の機微を見逃していなかった。
鼻歌などを歌ってはいるが、彼はどこか上の空だ。
恐らく例の短髪の事を無意識にでも気にかけているのだろう。
自分がそれを指摘すれば、彼も自覚して事態は進展するかもしれない。
だけど
何か嫌だった。
彼が自分以外の女性の事を気にかけるのも。
けれど彼が他の誰かの不幸に、気づかないでいるのも。
だから
「……はやく自分で気づけばいいんだよ…」
「ん? 何か言ったか? インデックス」
「なんでもない」、そっけなく彼女はそう彼に返してテレビに意識を向けた。
- 192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/12(日) 00:51:39.92 ID:lnbpeUaX0
-
―――
――
「ただいま戻りましたの、お姉様……遅くなって申し訳ございませんの……」
しっかりと寮監から門限破りのペナルティを食らってしまった。
痛む首を擦りながら、黒子は恐る恐るといった様子でドアを開けると、中は真っ暗だった。
はて?
お姉様はお休みなされてるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
部屋の端のほうからガサゴソと音が聞こえる。
クローゼットのほうだろうか?
お姉様が起きて“何か”をしているのは分かった。
ここ数日は見られなかった行動なのだが、黒子は胸騒ぎが止まらない。
正直、部屋に入った途端に泣き声が聞こえるより遥かにマシなのかもしれないのに、どうも変だ。
「お姉様……お部屋を真っ暗なままにしておいて、どうなさったんですの……?」
返事は返ってこない。
黒子の呼びかけに一瞬だけ物音が止まったと思えば、またすぐに再開してしまった。
- 193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/12(日) 00:54:32.99 ID:lnbpeUaX0
-
――絶対に様子がおかしい
黒子は猛烈な寒気が背筋を通り抜けるのを感じた。
「見ないほうがいい」、そんな心の中で沸いた制止の声を無理やり捻じ伏せる。
震える手で証明のスイッチを手探りで探し、パチリと点け――
「お姉……様……? な、何をしていらっしゃいますのっ!!??」
――絶句した。
それは明らかに異様としか言い様の無い光景だった。
ガラガラの本棚、開け放たれた押入れに、引き出しの抜かれた机。
辺りには引き抜かれた引き出しや、洋服入れの箱などが乱雑に転がっている。
足の踏み場も無いぐらい散らかった部屋の中。
クローゼットの前で、御坂美琴は黒子に背を向けたまま座り込んでいた。
美琴は梱包用の段ボールに、緩慢な動作で手当たり次第、グシャグシャと衣服や小物類を詰め込んでいる。
周りには同じような段ボールに、やはり滅茶苦茶な状態の教科書や参考書、
アルバムなど雑多な本やぬいぐるみなどの様々な私物が詰め込まれていた。
……どれも丁寧に、そして大切に使っていた筈の物だった。
- 194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/12(日) 00:58:52.66 ID:lnbpeUaX0
-
「お、お姉様……何を……」
何度目か分からない同じ質問を繰り返す。
ようやく美琴はピタリと作業を止め、ゆっくりと黒子のほうへ振り向いた。
「ひっ……」
「おかえりなさい、黒子」
朝とは違い、挨拶を返す美琴。
まるで眠たそうに瞼は垂れ下がり、それでいて全く生気の感じられない顔、抑揚の無い声に、思わず黒子は悲鳴を上げる。
人としての何かが欠落した、亡霊のような危うさ。
風紀委員の事件で幾度か見たことのある、もう取り返しのつかない所まで進みきってしまった人が漂わせる、特有の雰囲気。
メキリ、と。
頭の中で何かが、軋んだ。
明るく勝気で活発な性格だったお姉様から、一番かけ離れていた筈の“それ”は。
決意を新たに帰ってきたはずの黒子の心にも、簡単にヒビを入れてしまった。
- 195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/12(日) 01:01:32.10 ID:lnbpeUaX0
-
「ぇ…ぁ…………それ……は……」
黒子は裏返りそうになる声を必死に抑え、「それは」と震える指先で段ボールを指差す。
「……これ?」
「制服や…参考書まで……どうしようというんですの……?」
これでは奇行そのものだ。
自分がいない間に何があったというのか。
帰るのを躊躇っていた自分を思わず呪ってしまう。
段ボールにはお姉様が大事にしていた可愛らしい子供趣味のグッズ、夏休みに四人で撮った八ミリフィルムや写真まで。
無造作に詰め込まれ、はみ出している。
(ありえませんの……)
少なくとも今朝までのお姉様はここまで病んではいなかったはずだ。
今朝と今の、まるで別人と思わせる程の豹変。
濁りきった目をした死人のような顔。
物と一緒に大事な思い出を投げ捨てるような事をするなど、絶対にしない筈だったのに。
大切な物ほど乱暴に詰め込まれているのは、それを拒絶する為だろうか……
- 196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/12(日) 01:03:50.68 ID:lnbpeUaX0
-
「何があったんですの……?」
濁った瞳にまぶたを垂らし、呆けた様にだらしなく口を半開きにしたままの美琴に、黒子は尋ねた。
結局、黒子には何一つ分からなかった。
こうなっている理由も。
こうなってしまったお姉様も。
だが。
美琴は質問の意には答えず、色々な物が詰め込まれた段ボールを、本当につまらない物でも見るかのように言い放つ。
「もうココには必要無いの」
明確に、でも投げやりに、抑揚の無い声で。
「これも、そこにあるのも、あそこで転がっているのも」
自分のセリフを噛み締めるように、濁った瞳に暗い意思を添えて。
「………………私自身も、全部」
最後は呪詛を吐くように。
- 197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/12(日) 01:05:53.80 ID:lnbpeUaX0
-
「…………は? ……お姉様、今なん…と?」
思わず聞き返してしまった。
今一瞬、聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がする。
“必要無い”?
――いや、今はそれは後回しでいい。それ単体なら単なる荷物整理という意味でしかない。
“私自身も”?
これは聞き間違いだろうか?
だってそうでなければ、この二つの言葉の持つ意味は――
「黒子、私ね……」
黒子の思考が先ほどのセリフを理解する間もなく、美琴は口を開いた。
何の感情も込めず、ただ淡々と。
「学校、退学になったの」
- 218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:01:41.59 ID:Vypbxo8g0
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――――――――――――――――――――――――――――――――――――
テーブルの退学通知を挟んで二人はしばし無言だった。
「退…学……ですか」
たっぷり三分程だろうか。
固まって動かない喉を無理やり動かし、私は何とか一言だけひねり出す。
校長は何も応えず、脇に置いた鞄から更に数枚の書類を取り出していた。
軽く目線を走らせ内容を確認すると、退学通知の横へ一枚づつ並べていく。
「……先日、お医者様から貴方のカルテとレポートを受け取りまして。目を通させて頂きました」
本人の許可無しでのカルテなど身体情報のやり取りは、DNAマップからクローンすら作り出された私はトラウマ物のはずなのに。
退学通知という“その結果”から見せられたせいだろうか、不思議と受け入れてしまった。
校長は私の目を引くように、指でレポートのある一点を指す。
数十人分の被験者のデータで唯一、全員一致した数値が書かれた場所。
校長はトントンッとわざとらしく叩き、 - 220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:06:33.79 ID:Vypbxo8g0
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「治らないんですね?」
「ッ…………………」
たった、それだけ。
でも十分すぎるほど理解できてしまう質問が、私を抉る。
校長が指差している項目、それは『被験者における能力回復の有無とそのレベル』
回復した被験者の数も、レベルの項目も。
どこかに『1』と書いてあるだけでも救われるのに、何度見ても『0』しか並んでいない。
「……治らないんですよね?」
「…………は…い……」
答えると同時に、ぽたぽたと涙が溢れ出し、握り締めていた拳を濡らしていった。 - 221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:10:48.49 ID:Vypbxo8g0
-
校長のそれは既に質問ではなく、断定で。
心の奥底で必死に信じていた可能性という私の中の最後の堤防を、無理やりに切り裂いた。
言い訳も反論も、幾らでもあるはずだった。
別に校長は能力開発に詳しい研究員でも無ければ、脳医学に明るい医者でもない。
私は言えたはずなのに。
違う。
そんな事はない、と一言。
言わなければいけなかったはずなのに。
私は第三者を前に、初めて言葉に出して、自分の能力が戻らない事を認めてしまった。
自分をこんなにも追い詰めた人の前で泣き出してしまったのは、酷く屈辱的で。
治らないという言葉に一言、違うとさえ言い返せない自分は、とても情けなくて。
もう私の中から抵抗する気力は、涙に溶けて流れ出ていってしまった。 - 223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:23:52.34 ID:Vypbxo8g0
-
顔を両手で覆い静かに泣き出した美琴を、校長は面倒くさそうにだけ見ると話を変える。
「御坂美琴さん、酷い言い方に聞こえるかもしれませんけどね、これは貴方の為でもあるんですよ?」
「……私の…為……?」
「ええ」
少しだけ顔を上げる。
『貴方の為』という言葉に、美琴は一瞬でも期待してしまった。
もしかしたら優しい言葉を掛けてくれるんじゃないかと。
「我が校のカリキュラムは知っての通り、レベル3以上を前提としたもの。
授業全体の実に二割近くに、何らかの形で能力が関係してくるのは貴方もよくご存知でしょう?」
……ああ、そうか。
そうだった。
忘れていた。
何を期待していたんだ私は。
美琴はすぐに悟る。そして少しだけ身構えた。
これから始まるのは、自分への糾弾に違いないのだから。
- 224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:38:02.98 ID:Vypbxo8g0
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「学業の成績だけで通用するなどという了見違いの方針は、そこらの底辺校だけで十分です。
元レベル5として、能力を磨き続けていた貴方なら、私の言っている意味が分かりますよね?」
「はい……」
校長は薄く笑い、弱りきった美琴にゆっくりと語りかけていく。
「先の大覇星祭で二年連続して長点上機学園に遅れをとった事を踏まえて、
我が常盤台中学においても、今後ますます能力開発への比重を高める方針は既に決定していましてね」
能力者でなくても一芸が秀でていれば入学可能な長点上機と、ある意味で能力者至上主義の常盤台は、
その方針の違いからも五本指の中では明確なライバル関係にあった。
常盤台が卒業後、こういった高校へ進学させるのを良しとせず、中学の義務教育期間だけで大学までの全ての学業を習得させる非常識なカリキュラムを取る背景にも、こういったライバル意識が見え隠れしている程に。
大覇星祭などの普通の学校からすればただの大規模な体育祭でしかないイベントも、
成績の上位校にとっては選出されたエース級能力者同士でのぶつかり合いになる為、これ以上ないほど分かりやすいランク付けになる。
美琴の能力喪失のツケは大きく、両校のパワーバランスは大きく傾くだろう。
そして雇われの外様でしかない現校長は、成果が出せなければ容赦なく切られる。 - 225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:44:29.94 ID:Vypbxo8g0
-
「分かりますか? 御坂さん」
一度言葉を切り、息をついた。
ようするに、校長は失望し、また憤っていた。
役立たずになり果てた、この小娘に。
「今の貴方では卒業はおろか……進級すら怪しいでしょね……
他の生徒達の見本となるべく貴方がこれでは困るのですよ。
温情を掛ければむしろ向上心への悪影響を与えかねませんからね」
――もっとも、“元”レベル5ということで特例として、別カリキュラムを用意するのは不可能ではありませんが。
目を細めながらそう付け加える。
「ぁ……ぅぁ……」
思わず呻き声が漏れた。
校長の言葉に釣られ、クラスの皆が能力関連の授業中、教室の片隅でポツンと一人、別の授業を受ける自分を想像してしまう。
それはLV5故の、他者との見えない壁による孤立ではなくて、邪魔者としての明確な区別。
胃をギュッと締め上げられたようにキリキリと痛んだ。
思わず吐きそうになる。
無理だ。
今想像してしまった光景が日常として繰り返されたら、そんなの耐えられるわけがない。
たった少し考えただけで叫び声を上げてしまいそうになる、そんな地獄絵図に。
- 226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:49:32.30 ID:Vypbxo8g0
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美琴の絶望に歪む顔を見て、校長は満足げに続ける。
「……子供は残酷ですよ? 今は心配してくれる子達も、一ヶ月、二ヶ月経ってもレベル1にすら戻れない貴方を見てどう思うか……」
「や……やめ……」
「常盤台のエースだった貴方を慕い、目標にしていた子達も、一人、また一人と次第に失望して離れていき……」
「やめて……」
「貴方はそんな中ずっと一人、無能力者と指を指されながら卒業するまで苦しみ続ける事になるのかもしれないのですよ?」
「やめてよぉ…………」
こんなの、あんまりだ。
気遣いなど全く無い、死人に鞭打つような最低な推測の数々。
だけど今の自分には容易に想像してしまう。出来てしまう。 - 227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/19(日) 23:55:59.83 ID:Vypbxo8g0
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本当に、最低な世界だ。
いつも私に絶望を逃れられないよう突き付け、不幸の蜜を味わおうとする。
――私が何か悪いことをしたの?
なんでこんな酷いことを言われなきゃいけないの?
いやだ。
いやだよ。
こんなの、いやだよ。
私の価値は、能力だけなんかじゃない。
ずっとずっと、今までそれを証明してきたじゃない。
電撃のような見た目派手さは無いかもしれないけど、能力なんて無くったって私は。
無価値なんかじゃ、無いよ。
必死に自分の価値を捜し求め、理解してもらおうと模索しても、それは触れたそばから霧散していく。
結局、心の声とは裏腹に、食いしばった口からは一言の否定も反論も出てこない。
校長は美琴の反応を楽しむかのように尚も話し続ける。ゆっくり丁寧に、時に大袈裟に。
美琴は泣きながら耳を塞ぎ、ただひたすらに「やめて」と繰り返す事しか、出来なかった。
- 239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/06/30(木) 23:58:57.07 ID:fZ8IdnNO0
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話が進まなくなった為か、理事長はいき過ぎた校長を嗜めるよう手をかざすと、校長は慌てて口をつぐんだ。
辺りには美琴のすすり泣く声だけが響く。
泣き伏している美琴が落ち着くのを待つと、それまで沈黙を保っていた海原理事長が口を開き、一つ一つ、確認するように呟く。
「……ロシアへの密出国、戦争中における航空機のハイジャック、能力使用による乗員への危害。
果ては輸送機を遺棄しての証拠隠滅行為……」
美琴は耳を塞いでいた手を離し、理事長のほうへ顔を向けた。
理事長はあご髭を弄りながら、何処に向ける風でもなく淡々と喋り続ける。
「御坂美琴さん。今挙げた行為は、そのどれもが校則違反という枠組みに収まらず、紛れも無い犯罪行為だ」
「……そう…ですね」
「どれ一つとっても、我が校の校則に照らし合わせるまでも無い。退学は妥当な判断といえる。
……レベル5という威光の庇護が無ければだ」
「……だから私は……レベル5の力を失った私は…用済み……ですか?」
掠れる声で精一杯の皮肉を言ってやる。
だけど確かに理事長は正論で、本当の理由を知らなければ……そのどれもが退学になっても仕方の無い行為の数々だった。
そう、理事長も校長も誰もが知らないであろう、本当の理由。
誰にも言えない、私だけの理由…… - 240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:02:08.86 ID:6/RohPW00
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「……そうとも言える。むしろ、レベル5ならば何をしても許されると……貴重な人材であるはずの自分ならば誰かが有耶無耶にしてくれると、
そういった甘い打算が無かったと君は言えるかね?」
「そっ…………」
「そんな事は無いと? 残念ながら私にはそうは思えないがね」
返される肯定の言葉。
質問のやり取りをしているというのに、理事長はこちらを見ようともしない。
くやしい。
言い訳は幾らでも思いついた。
レベル5だからだなんて関係無い。理由を知れば、許されるに決まっている。
トラウマへの刺激からか、少しだけ、ほの暗い怒りの火が胸に灯っていく。
そもそも、この腐った街の意思から恩人を助け出すための、人命救助の筈だったのだから。
もしやり直せるとしても、何回だって同じ事をする。
百回やって百回ともアイツを助けに行くだろうと、絶対に断言できる。
そうだ。やり直せたら、今度こそは―― - 241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:03:13.53 ID:6/RohPW00
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「君は常盤台の歴史と伝統を、名門という文字を、飾りか何かだとでも思っていたのかね?」
「そんな事は……」
はぁ。何をやっているんだろう。
もごもごと歯切れの悪い返事しか出来ない自分に呆れてしまう。
どうせ、本当の理由は話せないのだ。
ならば間違った理由だろうと、誤解された行為だろうと。
私は。
私だけは。
正しい事をしたと、胸を張っていればいい。
「とにかくだ、もう決まった事は覆せない。
正直な話ね……君が仮に能力を失っていなくても、この退学という判断を否決できるかどうかは怪しかった。
もちろん、それが決定打になったのは事実だがね」
- 242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:04:52.46 ID:6/RohPW00
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「……そうですか」
そう言うと私は引っ手繰るように退学通知を掴み、退室するためソファから腰を上げようとした。
だがそれを理事長が手で制する。
「まあ最後まで聞きなさい。
今挙げた行為の、とりわけハイジャックした機体の損害賠償などが君に来ないのは何故だと思う?」
そう聞かれてみても、心当たりは一つしか無い。
「……目的通り、核の発射を止められたからですか?」
美琴の答えに思惑通りの答えを得られたのか、満足気に理事長は頷いた。
「何処から入手した情報かは知らないが、君はロシアでの核ミサイル発射を阻止した。運用していた部隊を無力化した上でね。
大したものだと思うよ。レベル5は一人で軍隊と同等の戦力だというが、実際にそれを証明したのは君が初めてじゃないのかね」
「…………」
「興味が無さそうだね……まあいい。
それで、先ほど挙げた功績を元に、私を含め直々に常盤台中学が学園都市と交渉を行ったのだよ。
あちらはミサイルなど衛星の光学兵器で十分対処できた等として、中々難航したものだ」
- 243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:08:24.95 ID:6/RohPW00
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「……そうですか。ありがとうございました」
美琴は素直に頭を下げる。
確かあの機体は二千億円以上するはずで、到底自分には払いきれる金額では無い。
本当は能力で改竄し、自分の痕跡を全て消してからパイロットごと返却する予定だった。
ロシア上空で、わけの分からない力で真っ二つにされてしまわなければ。
証拠隠滅する暇などあるわけが無く、あの機体の残骸はネジ一本に至るまで学園都市の処理部隊に回収され、あとは芋づる式にばれていった。
もっとも、あの機体自体が暗部の物だろうし、中の人員も全て暗部所属だ。
動員された理由だって、とても公表できるわけも無いだろう。
だから襲撃をして奪う算段をしていた時点で、もしばれたとしても、あの研究所を襲撃していた時のように黙認されるだろうと。
確かに私はあの時に、校長の言った甘い打算とやらをしていたのだろう。
核の阻止だなんて理由は、帰国後の審問会で考えた適当な辻褄合わせだ。
しかし理事長の語る種明かしの後半は初耳だった。
自分がアンチスキル等に拘束されなかったのはこういうカラクリだったのか。
別に疑問に思わなかった訳ではないが、あの時の自分はアイツを救えなかった事でそれどころでは無かったし。 - 244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:10:25.24 ID:6/RohPW00
-
「……以上でしょうか?」
しかし理事長の真意が掴めない。
既に退学が決まってる自分にこんな事を教えて、恩を売るような真似をしてどうしようというのか。
疑問に美琴は眉をひそめる。
理事長も少しだけ黙り込み、何かを考える素振りをした後、ややあって口を開く。
「私が聞きたいのはね……
君が説明してくれた、核ミサイルの発射を止める為の独断行為。
その為に密出国、ハイジャックをしてまでロシアへ飛んだのかね?
確かに理由としては十分かもしれないが」
「……? 事実ですよ。途中『お借りした』学園都市側の戦車や無人偵察機(UAV)にも、その瞬間の映像が残っているはずですが」
ますます分からない。
退学を検討する時点でこの程度の情報はとっくに渡っているはずだった。
理事長は目を閉じ、首を横に振る。
- 245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:11:56.34 ID:6/RohPW00
-
、、、、、、、、、
「本当に核を止める為だけにロシアに飛んだのかね?」
「え…………」
息が、止まる。
目が大きく見開き、顔が引き攣っていくのを止められない。
知っているのだろうか?
理事長は尚も続ける
「ミサイルの発射を止めたいだけなら、情報を学園都市の防衛部隊に渡せばいい。
超音速の爆撃機でも、衛星からの攻撃にでも任せれば確実だと思うがね。一刻を争うなら尚更だ。
味方であるはずの特殊部隊を襲い、ハイジャックをしてまで君が直接出向く必要などあったのかね?」
「……考え付きませんでした」
審問会の時と同じだ。
バレバレの嘘というより、答える意思が無い事を告げる。 - 246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:15:14.91 ID:6/RohPW00
-
「……君はまたそれだ。では自分の意思だと?
本当は誰かから――そう、例えば統括理事会や、又は更にその上の人物などから何かを要請されたのではないのかね?
核ミサイル阻止など、ただのおまけに過ぎず」
「……、……」
「もしそうならば話は別だ。君の進退にも一考の余地があるだろう」
そういう事か。
思わず吹き出しそうになってしまった。
アイツに関わる事かと、最近の私では珍しく頭をフル回転させていたが、どうやら杞憂らしい。
ようするにこの理事長は『何も』掴んでいないのだ。
あれだけ思わせぶりなセリフを吐いておいて。
何も掴んでいないからこそ、統括理事会から何か極秘の命令で私が動かされたのでは? と勘ぐった挙句、
退学処理してしまった事で、何らかの報復を受ける事を恐れているだけなのだ。
あの輸送機が暗部の、つまり統括理事会直下の組織の持ち物だった事すら把握していない、どうしようもない小心者だった。 - 247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:21:00.01 ID:6/RohPW00
-
「……何か勘違いしているようですが、審問会で説明した事が全てです」
「君は、あの少年を回収しに行ったのではないのかね?」
前言撤回。少しは知っているようだった。
それとも今の前置き自体がブラフだったのか。
まあどうでもいい。質問の真意がアイツの事に関してなら、する事は決まっている。
「少年……ですか? 知りませんよ」
退学理由の一端をアイツに知られでもしてしまったら、もう二度と合わす顔が無い。
どんなに懇切丁寧に私の過失を説明しても、アイツは絶対に負い目を感じて、自分を責める。負い目を背負う。
「見え透いた嘘は止めたまえ。あの時の君が憔悴しきっていたのも、彼が原因なのだろう?」
「関係ありません」
そう、関係無い。関係無ければいけない。
私の独断行動のツケが、アイツに飛び火するなんて死んでも嫌だ。
アイツの手を掴めなかった私に、そんな資格は無い。
負けてはいけない賭けに、私は負けてしまったのだから。
- 248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/01(金) 00:31:23.72 ID:6/RohPW00
-
「そうか……残念だよ」
理事長も校長もこれ以上は無駄と悟ったのだろう。興味を失ったように軽く息を吐き、場の雰囲気が私に退出を促す。
ソファから腰を上げた時、無意識のうちに手の中の書類がグシャリと歪んだ。
結局、最後まで理事長はこちらを見ようともしなかった。
むしろその方が助かったのかもしれないと私は自分に言い聞かせ、一礼をして部屋から退出していった。
扉が閉まったのを確認すると、校長と理事長は顔を見合わせた。
「これでよろしかったのですか?」
「ふむ、まあ予定調和とも言える。各方面への説明は任せるよ」
「……今から頭が痛いですわね。全く、本当に厄介な事を起こしてくれたもんです」
「君の手腕次第だ。期待しているよ」
「まだ算段は整ったとは言い難いのですがね……」
自主退学と違い、学校側の判断で行われる退学処分は今回の場合、LV5ですら退学させたという常盤台にとってはその厳しい校風のアピールと成りえる。
後は退学のショックといった心理的外傷で、御坂美琴は能力を使えなくなったと説明すれば何とでもなるだろう。
それが常盤台の出した、美琴の最後の利用方法だった。
- 262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:07:25.75 ID:Dh/bIdrO0
-
理事長室の扉を後ろ手に閉めた瞬間、その場に崩れ落ちるのだけは何とか我慢できた。
震える手でもう一度、手の中にあるプリントに目を落とす。
『退学通知』
どんなに目を凝らして見ても、変わるわけも無い。
あの扉を閉めた瞬間、それは確定してしまっていた。
物理的にも。
心理的にも。
だというのに、私の心は未だ揺さぶられ続けている。もう手遅れなのに。
ショックのあまり頭の中がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなければどんなに良かったか。
脳の奥に冷たい何かが流れ、後頭部に鈍痛がはしりながらも、私の頭はネガティブな考えを止めようとしない。
「どうしよう、かな……」
……今となっては、後悔している。
こんな結末が待っているのが分かっていたら、超能力者なんて目指さなかった。
能力者になんかにならなければ……
この街に、来なければ……
後悔なんて、しなかっただろうに。
- 263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:10:15.43 ID:Dh/bIdrO0
-
廊下に出て昇降口へ向かおうとするが、十歩も歩かないうちに膝が折れそうになった。
体の芯から、力が抜けていくのが分かる。
無理も無いかもしれない。
希望や幸せといった幻想は、殺されてしまった。
生きるための、生きようとする動力源が、今は何処にも無いのだから。
(…………ッ)
出来るだけ無心でいようと思うのに、右手に持つ数枚の書類が存在を主張して、それを許さない。
それらを少しでも意識すれば。
途端にストレスに呼吸が荒れる。歩く振動が心を揺さぶる。
胃が口から飛び出そうなぐらい、ギュッと鷲摑みしされたように絞られる。
体中が不調を訴えてくる。本当にどうにかなってしまいそうだった。
(退学……)
それは学生の街に住む自分達にとって、最大のペナルティだ。
能力も失った自分にとっては、存在価値を全て否定する事に等しい仕打ち。 - 264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:12:57.10 ID:Dh/bIdrO0
-
「私……本当に要らない子になっちゃったんだ……」
ポツリと、心の呟きが口から漏れる。
一度、その悲観的な現実を口から出してしまえば。
自分の中をゆっくりと上書きされ、書き換えられていく。
あれは数ヶ月前だったか。
学園都市のレベル5代表として、ロシアまで能力実演に送り込まれた頃が懐かしい。
電気を操るという能力の分かり易さ、他レベル5の破綻した性格など含め妥当な判断だとしながらも、何処か誇らしかった自分が。
――そういえば、私が人に何か誇れることはと考えてみれば、能力関係以外、思いつかないや。
ずっと開発カリキュラムに打ち込んできた。
訓練と称した、辛い実験だって耐えてきた。
今までの人生の半分以上をその努力に費やしてきた。
それら全てが、たった数分で。
たったあの数粒の錠剤で―― - 265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:16:00.60 ID:Dh/bIdrO0
-
こみ上げてくる涙を必死に押し留めようと、歩みを止めて上を向く。
何の変哲もない天井と火災報知器だけが、滲みはじめた視界の端でゆらゆらと揺れていた。
「…………」
本当に私は馬鹿だ。
何を浮かれていたんだろう。
思えば自分を御坂美琴としてではなく、『レベル5』、『第三位』、『常盤台の超電磁砲』として見て、評価していた人達は実に正しい判断だった。
この街では能力が全てだ。
自分だって、その高レベル者に与えられる恩恵にあずかっていたのだから。
いまさら処遇に不満をぶつける資格など、無いのかもしれない。
「…………ッ、」
少しだけ、先ほどの校長の言葉を思い出そうとすると、心のセーフティーが必死に押し止めようと火花を散らす。
早くもトラウマになりつつあるのかもしれない。 - 266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:18:42.27 ID:Dh/bIdrO0
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能力を失った自分にどれほどの価値があるのか。
たった今、この学校のトップが教えてくれた。
誰よりも超電磁砲としての、御坂美琴の価値に詳しかった人が、教えてくれた。
この学校にはレベルが低くても、自分より優れた人間なんて幾らでもいる。
自分より面倒見のいい人も。
自分より人望がある人も。
自分と違い、輪の中心になれる人だって、幾らだっている。
だから、用済みの私が居なくなっても。
能力だけしか取り柄が無かった私が消えても、この学校は誰も困らない。誰も悲しんでなんてくれない。
むしろ、名門の名を汚すだけの厄介者だ。
だから、理事長と校長の判断は妥当で、正解で、間違ってなんて……いない。 - 267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:28:17.48 ID:Dh/bIdrO0
-
ドンッ
不意に、体に強い衝撃を受けて視界がぶれた。
少しだけ驚いて辺りを見回そうとすれば……何てことは無い、自分の体を壁に叩きつけただけだった。
無様な自分の体たらくに、美琴は少しだけ苦笑した。
もう平行感覚も視線もピントも、でたらめに狂いまくっている。
痛覚だって、もっと他に痛い場所があるから、衝撃以外何も感じなかった。
ぼうっとした頭で足元を見遣ると、見慣れた校舎の目を瞑ってたって歩けるはずの廊下が、うねり、歪み、軋み、揺らぐ。
とても歩ける状態ではないのは、廊下か。それとも自分の精神状態か。
(何処に……行こうとしたんだっけ……。何処に……行く場所が…あるんだっけ……)
分からない。考えもつかない。
自分を受け入れてくれる場所も、人も。
壁に寄りかかった体が、ズルズルとずり下がっていく。
廊下にへたり込んだ美琴は、そのまま膝を抱え頭を突っ伏した。
もう立ち上がる気力なんて、どこにも無かった。
- 268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:31:23.11 ID:Dh/bIdrO0
-
(アイツが帰ってきた時は、あんなにも眩しいと感じた世界だったのに……)
あの最後の瞬間、届かず離れていってしまった自分の手。
助けられなかった絶望で、モノクロの世界を彷徨っていたところにアイツはひょっこりと帰ってきてくれた。
まるで雨上がりにワイパーを掛けたかのように、視界が開けていったのを覚えている。
今でこそ鼻で笑ってしまうような、願いが報われるという瞬間を。
無事に帰ってきてと、ずっと祈り続けていた想いが、叶う瞬間を。
あの時はまだ、信じることが出来た。
だがあの日、世界は一転してしまった。
その後も、能力を失った自分を待っていたのは救いではなく追撃で。
日常の象徴である学校からは突き放され、帰るべき家も失ってしまう。
能力を失った後、何度悪い夢だと思ったことか。
寝て起きれば全て夢だったらと淡い希望を抱いて、時間の許す限り寮の自室で何度も眠りについた。
退学になり寮を追い出される自分には、最早そんな逃避すら許されないが。
- 269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:33:36.56 ID:Dh/bIdrO0
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(分かっている。分かってはいるのよ……)
泣いてても、自分の置かれた境遇に勝手に絶望してても、何も好転しない事は分かっている。
『この世で一番不幸な人間』といった面を引っさげて、ただ沈んでいても、それはただの現実逃避でしかない。
もう一度、アイツと笑って過ごせる世界に戻りたいならば。
アイツの隣をもう一度目指すならば。
私はこの現実に抗わなければならない。
だというのに――
(怖い……立ち上がって、前へ進んで……また絶望するのが、怖い……)
へたり込んだ足も、それを抱える両腕も、まるで固まってしまったかのようにピクリとも動いてくれない。 - 270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:40:03.69 ID:Dh/bIdrO0
-
(……ううん、違う)
そう、違う。
私は動かそうと、動かしたいと思っていないのだ。
これっぽっちも。
一欠けらすらも。
「分かっている」だの「抗わなければいけない」だのと大層な事を言いながら。
私の熱を失ってしまった心は、廊下でみっともなく座り込むほうを選んでいる。
「うう……」
それは、あの世界に戻るのも。
「ううぅぅ……」
アイツの隣を目指すのも諦めている証拠だった。
一度理解し、答えを出してしまうと、もう何も考えられなかった。
後に残るのは果てしない落下感。
私は目を閉じ、真っ暗な空間にひたすら落ちていくこの感覚に身を委ねた。
- 271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/07/10(日) 22:44:42.69 ID:Dh/bIdrO0
-
――――――――――――
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――――――――
――――――
――――
――
(……………………)
一旦堕ちきってしまえば、ここは居心地がよかった。
ぎゅっと膝を抱える腕に力を入れ、私は自分の世界に閉じこもった。
- 281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/08(月) 23:17:17.34 ID:ljWfL+ZK0
-
―――
――
「…坂……」
「御…様?」
どれくらいそうしていただろうか。
十分? 二十分? はたまた一時間? 失われた時間感覚ではさっぱり分からない。
沈み込んでいた私の意識を覚醒させた要因は――隣から聞こえる、私を呼ぶ声だった。
「……?」
気だるげにゆっくりと顔を上げる。
本当はもう少し、いや、ずっとこうしていたかったのだけど。
眼球を強く圧迫していたせいか、視界が酷くぼやけていた。
泣いて腫れぼったくなった目を見られたくないので、若干俯きながら上目遣いで声のするほうへ首を動かしてみれば。
「御坂様?」
「お体の具合が悪いのですか?」
「大変……歩けないほどでしょうか?」
「……あなた達は…」
周りを見回すと七人ほどの集団がぐるりと私の回りを囲んでいる。
一端覧祭の準備の為だろうか、めいめいが段ボールなどの様々な資材を抱えながら心配そうな顔で視線を投げかけていた。
- 282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/08(月) 23:25:17.81 ID:ljWfL+ZK0
-
「こんな所で座り込まれになりまして・……やはり保険の先生をお呼びしましょうか?」
「よくお見えになりませんが、お顔の色もすぐれないようで……」
「わ、わたし、保険の先生のところまで呼びに行ってきますねっ」
記憶を遡るものの、面識が殆ど無い子達ばかりだった。
あどけなさが多量に残る顔立ちから見て、恐らく一年生だろう。
「大丈夫だから……」
力なく呼び止めようとするが、集団による淡い興奮状態の彼女達には届かないようだ。
私が制止する間も無く、数人の子が先生を呼びにパタパタと走り去って行ってしまった。
「……行っちゃった。別にいいのに……」
「ですが……」
「いいえ。つい最近、お倒れになられたと聞きますし。大事に超したことはありませんわ」
下級生ながらも、少女たちは中々に頑固だった。
その頑固さ故の無垢な心配は、無能、無価値の烙印を押され、底の底に沈んだ美琴の心を少しだけ浮上させる。
まだこの子達の中では、私はレベル5、常盤台の超電磁砲なのだろう。
- 283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/08(月) 23:33:43.41 ID:ljWfL+ZK0
-
「それに……酷く落ち込まれているように見えまして。……勘違いでしたら申し訳ありません」
「……そう、かな」
「失礼ですが、酷いお顔をしていらっしゃいますよ。何かあったのですか? 理事長室のすぐ側で座り込みになられまして……」
後輩の質問に、ビクリと少しだけ体を震わせた。
馬鹿みたいに素直に反応してしまう自分に、少しだけ美琴は苦笑する。
だからといって、今更ポーカーフェイスが出来るほど自分に余裕があるとは思えないけれど。
「ちょっと……ね。眩暈がしちゃって座り込んでいたのよ。アハハハ……」
「眩暈、ですか?」
「座り込まれる程でしたら、やはり一度保健室へ行かれてみては」
全く笑ってない顔で笑い声を上げられても、不安しか抱けない。
彼女たちも行き過ぎた心配だと理解しながら、その場から離れることが出来なかった。
何よりも困惑させられるのが、今の御坂美琴の雰囲気だ。
独立自尊を絵に描いたようなこの先輩が、今は枯れた柳の枝のようで。
その姿に、つい先日から出回り始めたあの噂を思い出し、重ねてしまう。
- 284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/08(月) 23:43:22.87 ID:ljWfL+ZK0
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「ん……心配してくれてありがと。でも大丈夫、軽い貧血みたいなものだから」
「貧血……、そうですか」
苦肉の策の美琴の言い訳に、ああ、と周りで頷きあう一年生達。
貧血といっても理由は様々だが、その一つのアレを想像してしまい、それ以上は女子生徒たちも無闇に追及してこなかった。
「……治まってきたから、そろそろ行くね。保健室に向かった子達には、ありがとうって言っといて」
「いえ、お礼など……。こちらこそ、色々と早とちりしてしまって申し訳ありませんでした」
そう言うと、ペコリと上品にお辞儀をしてくる。
が、やはり完璧には納得していないのだろう。
皆、一様に心配そうな顔を貼り付けたままだ。
いい子達だった。
本当に、心の底からそう思う。
だから私も先輩として――彼女達が望む、御坂美琴を務めたい。
たとえそれが、お互いに哀れな幻想だとしても。 - 285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/08(月) 23:49:20.94 ID:ljWfL+ZK0
-
「よいしょっと」
いつの間にか自分の周りにいる一年生達を更に囲うように、若干遠巻きにも人垣が出来つつあった。
自分を壁際で囲んでいる事が、要らぬ誤解を生じさせているのかもしれない。
こうなっては単純にここを離れるほか収集がつかないだろう。
無理やりに笑みを浮かべ、ここから離れようと膝を抱えていた腕を解く。
じんじんと痺れる足を無視しつつ、壁に手を付きながらゆっくりと立ち上がった。
「ほらっ、貴方達も一端覧祭の準備があるんでしょ? クラスの人達が待ってるわよ」
「そうですけど……、御坂様はこの後は?」
「……今日はもう無理せずに寮に帰るから。そんな顔しないで」
「あ、いえ、別に信用していないわけじゃ……」
確かに廊下で膝を抱えている私が異常だったのは事実だろう。
この学校の道徳教育で、この場をスルーするような感性は誰も持ち合わせていない。
「ふふ、分かってるわ。……じゃあ、そろそろ」
「はいっ! 御坂様、また明日」
「……うん。また、明日…ね……」
瞬間、息が詰まる。
裏返りそうになる声を抑えられたのは奇跡に近い。
無理やり取り繕っていた表情が、そのたった一言で剥がれ落ちそうになる。
私は明日から、もう来ない。
この子達にも、恐らくもう会うことも無い。
- 286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/09(火) 00:12:55.84 ID:7y4LpVJ20
-
(じゃあなんて言えばいいのよ……)
胸の奥で様々な感情がぶつかり合う中、うんざりするように自問自答する。
さよなら?
またね?
ばいばい?
どれでも良かったかもしれない。
けれど、どれも違う気がする。
でも、どうでもいいか。
坂道を止まれない速度にまで駆け下りてしまったように、嘘をつくか、つかないかなど既に手遅れな段階だ。
良心の呵責も、自分を慕ってくれる気持ちへ対する裏切りにも私は……
(あ、れ……? まだ足のしびれ取れてな――)
だから、これは救いだったのだろうか?
もう嘘をつかないでいいようにと、何かの意思がそっと背中を押すように。
- 287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/09(火) 00:30:51.46 ID:7y4LpVJ20
-
動かしてみるまで分からなかった。
以前の自分なら、こんなくだらない足の痺れなど生体電流の流れで感知、把握も出来ただろう。
一歩、足を踏み出そうとするが、圧迫されて運動神経が一時的に麻痺した足はまるで木の棒のように接地の感触を伝えてこない。
グラリと揺らめいた体を止めるすべは無く、そのまま立ち竦んでいた一年生の一人に突っ込んでいく。
何故自分は“それ”を折りたたんで、ポケットに入れていなかったのかは分からない。
衝突を和らげようと突き出した両手を、まさかグーのままにしてはおけず。
“それ”はひらりと、くしゃくしゃになりながらも右手からこぼれ、宙を舞っていった。
「あ……」
っと思ったときはもう遅かった。
自分の顔から一瞬で血の気が引いていくのが分かる。
ひらりと宙を舞ったプリントはまるで意思を持つかのように、よく磨かれた廊下を滑り一人の女子生徒の前で止まった。
「だ、だめっ……」
不気味なほど掠れた声が自分の口から放たれる。
極当たり前のように拾い上げ、不用意にも目を通してしまったその女子生徒は一瞬で硬直し、
「…………へ? た、退学……通知……? み、み、御坂様……これ、は……」
何故声に出したかなど恨む暇も無い。
その言葉に周りの子達の顔が驚愕に染まっていく。息を呑む声もはっきりと聞こえた。
私は飛び掛るようにその女子生徒から退学通知を引ったくろうとして、未だ痺れた足を縺れさせもう一度転ぶ。
「ぐっっ、…返してっ! おねがい、それ、返して……」
受身も取れず、伸ばしていた右肘と肩を思い切り廊下に打ちつけ激痛が走った。
惨めに床に這い蹲りながら上を見れば、退学通知を持つ子の手元を周りが競い合うように覗き込んでいる。
- 288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/09(火) 00:34:24.01 ID:7y4LpVJ20
-
――知られた。
――知られてしまった。
そっと胸に下りてくる、暗く深い絶望。
一向に慣れない、この痛み。
「返してっ!!」
ようやく立ち上がり、今度こそ退学通知をひったくると痛む胸にジッと抱く。
もう何を言い訳しても無駄だった。
先ほどまでの自分の沈みきった有様が何よりの証拠だ。
「あ、あの……それではあの噂は本当なのですか?」
「そういえば、確かに御坂様から同じ発電能力特有の電磁波が感じられません……」
「う、嘘ですよね? 御坂様!」
次々に騒ぎ始める一年生達。
私を見つめる彼女達のその眼つきがゆっくりと、見たことの無いモノに変わっていくのを確かに、見た。
- 289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/09(火) 00:36:27.29 ID:7y4LpVJ20
-
たまらず否定しようと声を張り上げれば、私の頭の中に校長の言葉がフラッシュバックする。
「こっ、これは違うのっ!」
――――今は心配してくれる子達も、一ヶ月、二ヶ月経ってもレベル1にすら戻れない貴方を見てどう思うか……
「これは……違う……」
――――常盤台のエースだった貴方を慕い、目標にしていた子達も一人、また一人と次第に失望して離れていき……
「違うの……」
――――貴方はそんな中ずっと一人、無価値と指を指されながら卒業するまで苦しみ続ける事になるのかもしれないのですよ?
最後は消え入るような声になり、こうべを垂れる。
言い訳にもならない、その場凌ぎの否定だった。
でも、それすら最後まで言葉に出せない。
だって――
(――何が違うの?)
心の中から聞こえてくる、最もな疑問。
そしてたぶん、これは周りにいる生徒達の心の声でも。
(――納得できるような言い訳、してみなさいよ)
何も違わないのに。
全て、あの瞬間に決まっていたことだった。
理事長室の扉を閉めた瞬間に文字通り、閉ざされたのだ。
- 290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/09(火) 00:43:50.80 ID:7y4LpVJ20
-
(…………)
勇気を振り絞って顔を上げる。
周りを取り巻く彼女達の顔をもう一度確認するには、膨大な労力が必要だった。
(……ほんと、惨めったらしいな……、私も)
どうせ数日以内には全校生徒に知れ渡る事だと、分かっているのに。
私は校長のあの言葉が現実となるのが怖くて、今この瞬間も体面を保つ為の方法を模索している。
否定すればこの事実が消えるわけでもないのに。
眉をひそませ、前髪に瞳を隠すように上目遣いで周りを一瞥する。
遠巻きに囲んでいた人垣は更に厚くなり、隙間から廊下の先を見渡すことも出来ない。
そして前髪越しの、擬似的なブラインドを通して事実を知った彼女達の顔を見れば、そこには――
(…………分かっていたはずじゃない……)
自分を慕ってくれていた人達に、こういった目を向けられることは、覚悟していたけれど。
そんな心の防壁を軽々と破るほどに、現実は辛くて、痛くて。
あまりにも痛すぎて。
だから少しだけ、後悔してしまった。
自分の退学を取り消す最後のチャンスを蹴ってしまった事を。
――あの時、自分で閉めた扉のはずだったのに。
- 301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 22:49:39.79 ID:RSWWD1xG0
-
「こっ、これは違うのっ!」
憧れの先輩が、見たことも無いような顔で、聞いたことも無いような声で叫んでいる。
泣きそうな表情で、必死に退学通知を隠すように胸に掻き抱く美琴に、一年生達もどう反応していいか分からなかった。
無理も無いのだ。
常盤台中学の御坂美琴と言えば、その年の教科書にすら載る程の知名度を誇る。
その能力名を聞いただけで自分達との違いを痛感させられる一位や二位、または能力名すら決まっていない七位と比べ、
比較的――百人に一人ぐらいといった――発現者の多い、ありふれた電撃使い。
特殊な能力でなくても、上を目指していれば何時か自分達もLV5へ届くかもしれないという確かな道標。
実際、彼女に憧れこの学校を目指した者は、夢破れた人を含めれば三桁ではとても足りない。
だけど、それが、今。
- 302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 22:51:25.44 ID:RSWWD1xG0
-
「御坂様……」
この学校に入学している以上、彼女達の中に世間知らずはいても馬鹿はいない。
理事長室の近くで座り込むほどに落ち込んだ美琴の姿と退学通知。
たまたま彼女達の中にいた、美琴と同系列の能力者によるAIM拡散力場の観測による裏づけ。
そして全ての複線の下地となる、二日ほど前から出回り始めた例の噂話。
曰く、
『超電磁砲、御坂美琴が能力を失っている』――が後押しをして。
それら一つ一つが、『嘘だ』、『信じられない』、と逃げ道を探す彼女達の思考を塞ぎ、冷酷に真実へと誘導していく。
まるで残り数ピースとなったジグソーパズルの様に、加速する答え合わせ。
少女の内の一人が、自分の中で最早確信に変わってしまったこの答えに、思わず口に手を当て息を呑む。
そっと隣の同級生の顔を見遣れば、混乱が色濃く浮かぶ表情の中に、やはり何処か答えに行き着いた顔。
その隣の子も、後ろの子も、みんな。
眼前で必死に否定を繰り返していた美琴の声はボソボソと途切れていき、やがて聞こえなくなっていく。
今は彼女達の反応を怖れるように、恐々と周りを窺う“元”常盤台のエースの姿。
『様』を付けてまで慕う彼女達から見ても、とても気の毒でもあり……少し見苦しさを覚えるのは逆恨みか。
しばしお互いに無言の時が流れる。
美琴は目が合った瞬間に顔を背け唇を噛み締めるだけで、皆が納得するような弁明も弁解も何一つしてくれない。
たとえどんなに拙い言い訳だろうが、言葉にしなければ伝わらないのに。
- 303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 22:53:30.61 ID:RSWWD1xG0
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――――――――――――
「――どうかしたの?」
「――ほら、御坂様が」
「――なになに?」
「――まさか退学など」
気がつけば、いつの間にか自分を囲む人数が当初の三倍ほどになっていた。
昼時にこれだけ騒いだのだ、無理は無い。
人垣の後ろのほうではコソコソと伝言ゲームのように自分の置かれた事実が伝えられていった。
聞く人全てが驚き、呻き、そして最後には絶句する。
ざわめきは治まるわけも無く、まるで伝染病のように広まり、大きくなっていく。
「あの、御坂様?」
最初に声を掛けてきた中の一人が、ポツリと話しかけてくる。
「わたし達でよろしければ……何かお力になれる事はありませんか……?」
「…………」
「どういった理由なのかは分かりませんけれど、これでは御坂様があまりにも……」
「……あまりにも…何よ」
「い、いえっ、あの……その……」
- 304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 22:57:31.04 ID:RSWWD1xG0
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いい、言わなくても分かるから。
おずおずと申しでてくる彼女の言葉にも、その周りの者たちの目にも、はっきりと哀れみのニュアンスを感じ取れる。
それがどれだけ私の悲劇を思っての事だろうが、今はどんな鋭い刃物で抉られるよりも深く、心を穿つ。
「何か手助けできるような事はありませんか? 私たち一年生ではあまり頼りにならないかもしれませんが、
私たちが所属しております派閥の先輩方にもお声を掛けたりも……」
「……何も、無いわ」
「で、ですけどっ!」
「いいの、納得しているから」
取り付く島も無い美琴の言動。
一年生達は次々と悲鳴のような嘆願を上げる。
「そんな! 御坂様はこれからも常盤台のエースとして、皆を背負って立つ人だと三年の先輩や先生方も……」
「そ、そうです! 心理掌握、食蜂様がご卒業されましたらもう御坂様しか」
こんな時でも、掛けられる言葉は超電磁砲(レールガン)としての期待とレベル5としての存在責任。
だけど、もう重くて背負えない。
この子達も、ある意味で被害者になるのだろうか?
- 305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:01:24.72 ID:RSWWD1xG0
-
「やめてよ……大体、もう私には御坂様なんて呼んで貰える資格なんて、無い……」
「資格だなんて、そんな……また以前のように体調が戻られればっ!」
「……本当に、本当にお力になれませんか? 皆で知恵を絞れば何か妙案でも……」
「無理よ。……それに、無駄だわ」
「む、無駄かどうか決めるのはまだ早いのでは……? 私たちも常盤台生の端くれですわ。
文殊の知恵とはいかなくとも、きっと出来る事があるはず――」
薄っぺらく、中身の無い問答だった。
彼女等自身も、それが希望的観測に過ぎない事を理解しての発言はあまりにも軽すぎる。
今まで後輩達の顔も見れず俯いたままの美琴は、そこで初めてその悲壮な顔を上げた。
「だから、何も無いって言ってるでしょ! 何が出来るのよ! 私にも、あなた達にも!」
「み、御坂様……」
「出来もしないのに! 希望を持てなんて簡単に言わないでよ! 何か方法があるなら、教えてよ!」
後輩の彼女達に八つ当たりしたって、仕方ないと分かっていても。
ただ人を傷つけて、幻滅させて、得るものも無く失うだけだと、分かっていても。
「もうたくさんよ! 救いなんて無いの! 誰がどうやって……」
誰がどうやって助けてくれるというのか? この地獄の底から。
毎回都合よく助けが来るのだとしたら、この世に悲劇なんて存在しない――
- 306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:02:52.98 ID:RSWWD1xG0
-
「――へぇ、無能力者になったから退学?」
- 307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:04:10.37 ID:RSWWD1xG0
-
思わず爆発しかけた感情は、だが嘲笑を含んだ大声に遮られる。
「それで騒いじゃってるわけ? みっともないわね」
「じゃあレベル4から誰か繰り上げされるのかしら?」
「馬鹿っ! 声が大きいわよ」
「別にレベル5は定員制じゃ」
「――~~っ!」
人垣の後ろで続けられていた伝言ゲームは、正確に事実だけを伝えていたようだ。
新たに人垣に加わった集団から聞こえてくるのは、主に心配のこもった今までの声とは全く異質の、明らかな侮蔑のこもった声と笑い声。
その声に聞き覚えは無いが、身に覚えはある。
レベル5という、頂点に立ったときに尊敬や畏敬と共についてきた、嫉妬や妬み、敵対心とも取れる負の感情のオンパレード。
もう長い付き合いだ、そういった感情を持つ人のほうが多いことぐらい、知っている。
でも、だからといって耐えられるかどうかは別問題で。
- 308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:07:27.02 ID:RSWWD1xG0
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笑い声が聞こえた瞬間、美琴は目の前にいる数人を突き飛ばし走り出していた。
後ろで上がる、倒された少女達の悲鳴も一切無視して。
心配してくれてたはずの後輩が、周囲を巻き込んで転ぶ音が聞こえても、美琴は振り返ろうともしなかった。
上履きのまま昇降口から飛び出して、逃げるように校舎から離れていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
一度走りだした足は止まることは無かった。
もう二度と通えない学校も、二度と立ち寄れない学舎の園の軒並みも、スルスルと後ろへ流れていく。
皮肉な事だ。
さっきまで数歩すら歩く力もなかった足は、母校から聞こえてくる嘲笑から逃げる為なら、力をくれた。
学舎の園は午前授業の煽りだろう、学校でお昼を取る必要の無い生徒達が楽しそうに談笑しながら練り歩いている。
何の憂いも無く、間近に迫った一端覧祭について意見を交わす他校の生徒。
戦争の影響で品薄だった海外ブランドの化粧品等について、お店の軒先で店主と相談しているのは常盤台の……三年の先輩だろうか。
化粧は校則で禁止されているのに。
- 309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:10:53.03 ID:RSWWD1xG0
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学校を出た後、すぐにバスやタクシーを使わなかった事を酷く後悔した。
別になんて事のない、このごく普通の日常が、今の自分の濁った目には眩しくて。
バスにでも乗って、ずっと下を向いていればこんな現実を見なくて済んだのに。
「卒業生ならともかく……退学じゃもう入場ID出してくれないわよね……ははは……」
まぶたを閉じれば浮かんでくる自分の日常。
もう自分は常盤台中学どころか、学舎の園にすら入れなくなる。
(今日が最後の登校になるなんて思いもしなかった)
(あそこのお店も、今通り過ぎたお店も、“何時かは”行ってみようと思っていたのに)
――もう来れないのか
そう思うだけで、じわりと涙が滲み出す。
卒業などで満願故の切なさではなく、途中退場故の無念と遣る瀬無さ。
自分が今まで一年半以上通いながら、この小さな箱庭の園で積み上げてきた色々なものが零れ落ちていく。
母校であり、自分の大事な居場所だった学校から一歩離れる度に。
黒子やクラスメイトとの思い出の詰まった商店街を一軒通り過ぎる度に。
留めなく失われていく。
誰も、拾ってくれない。
誰も、気づかない。
- 310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:30:32.22 ID:RSWWD1xG0
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ゲート付近の大通り。
道路はアスファルトではなく大理石風の石畳モドキで舗装されている。
学舎の園内にある五校それぞれの専用スクールバスが行き交うスクランブル交差点の信号で足止めされて、初めて走るのを止めた。
「ハァ…………ハァ……」
信号待ちをしている人ごみの中で荒い息を吐いているのは自分だけだ。
ゆっくりと深呼吸して息を落ち着かせようと腐心していると、隣にいた他校の生徒たちの会話が耳に入ってくる。
「……のクラス、結局メイド喫茶をやる事になったんですって。女子校でメイド喫茶なんて、どの客層を狙うつもりなんでしょうね」
「あそこのクラスの企画委員、――さんでしょ? ほら、意中の殿方がいらっしゃるとか噂になっていた」
「もっとマシな企画でアピールのしようもあったでしょうに」
「……愛の力ですのねぇ。企画を通すだけ通したら、今頃はその殿方との逢瀬でも楽しんでいるんでしょうか」
「うらやましいなー」
一度恋愛の話に飛び火した後は、マシンガンの如く言葉に言葉を重ねるように口から飛び出していく。
女子校で、年頃の少女達だ。恋話だけで一昼夜語り続けるぐらい朝飯前である。 - 311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:33:57.13 ID:RSWWD1xG0
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下手をすれば三年間、この敷地内から出る事無く寮と学校を往復するだけのお嬢様もいるぐらいだ。
軽い嫉妬や純粋な憧れ、もし自分だったらといった願望を交えたガールズトークは、
車両用信号機が赤になり、ゆっくりと歩行者が交差点に流れ始めても止まりそうにはなかった。
「――それでうちのクラスにご招待して、お顔を拝見させて頂きましょう」
「あまり人の恋路を邪魔をしては、馬で蹴られてしまいますよ」
「ほほほ」「ふふふ」といったお嬢様らしい?笑い声をあげながらも、一方で不満そうな声を上げる。
「はぁー。私達にもそういった出会いの一つや二つ、転がってませんかー」
「こんな学校と寮を往復してるだけのつまらない生活では、望み薄ですわね」
「一端覧祭で少しは期待していいのでしょうか? 最近の――」
「……ずるい」
不意に。
低く、どす黒い感情を含んだ一言が彼女達の耳に突き刺さった。
- 312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:37:45.94 ID:RSWWD1xG0
-
「……へ?」
「だ、誰か何か言いました?」
平和ボケした世間知らずの彼女たちが初めて聞く、怨念の声。
背筋を這うゾクリとした悪寒と共に、動きを止めさせる。
まるで瘴気に触れられたように、先ほどまでの浮ついた空気は消え失せ、一行はキョロキョロと辺りを見回す。
交差点内の人通りは多く、あっという間に人が流れていく中で。
ただ走り去る茶色い頭だけが見えた。 - 313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:39:47.68 ID:RSWWD1xG0
-
――――――――
――――
酷く、黒い、絶望を混ぜ捏ねた嫉妬が沸き上がっていた。
それは体中を駆け巡り、歯を食いしばって耐えなければ体中を突き破り、そこら中に撒き散らしてし世界を覆ってしまうのではないかと感じるほど。
さっきは少し漏れてしまったが。
盗み聞きした挙句、勝手に嫉妬するなんて、なんて身勝手なんだろう。
別に聞かないようにするのは簡単なはずだった。
ただ離れるだけでいい。
耳を塞ぐだけでもいい。
でも出来ない。
どうしても、出来なかった。
自分の手からスルリと抜け落ちていってしまった当たり前の日常が、うらやましかった。
彼女達の会話に出てきた子が、少し前の自分と被ってしょうがなかった。
どうしてこうなったんだろう。
なんで報われないんだろう。
だってさ。
もしも自分の身に何もおきて無かったら。
- 314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:41:34.08 ID:RSWWD1xG0
-
私だって同じく午前授業で暇をしているであろう、アイツを誘って何処かへ繰り出していたはずなのに。
メモだって残ってる。
アイツと行きたい場所を、ただ羅列して書きなぐっただけのメモ。
他にも、延期のせいでとっくに有効期限の切れた映画のペアチケットも、未だに捨てられずに引き出しの奥に仕舞ったままだ。
誘う口実に使うためのレストランの割引券も。勿体無いからとの自然な誘い文句は、今では暗記してしまっている。
他にも、他にも…………
「……楽しみ……だったな……」
走って息切れする中、ボソリと呟いた。
あまりにも……あまりにも心残りで、口から吐き出さずには、いられなかった。
- 315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:44:55.40 ID:RSWWD1xG0
-
準備期間中に約束を取り付け、一端覧祭で私のクラスの出し物に招待する。
冬服のメイド服を着た自分が、アイツをリードして一緒に校舎内を案内したり、逆にアイツの高校に案内させたり。
もっとも、男子禁制の学舎の園に特別チケットとはいえ男の人を招いたら――――そもそも素直に誘えるかどうかは別として。
知り合いに茶化されたり。
教師に目を付けられたり。
ルームメイトの黒子にも、後で散々文句を言われるかもしれない。
でもそれはきっと良い思い出で。
きっと自分は幸せで。
アイツとの距離も、きっと縮められたはずだった。
少しのあいだだけでも、アイツの傍に居られるはずだった。
――――好きな人と一緒に居たいよ。
今でも胸を焦がす、純真な想い。
今はもう、叶えられない儚い願い。
「……本当に……楽しみ…だった……」
嗚咽交じりの声で、もう一度つぶやいた。
幸せを掴めなかった少女は、失ってしまったモノの大きさに唖然とする。
諦めきれないあの幻想が、涙でぼやけてもう見えない。
――――ああ、本当に楽しみだったのに。
- 316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:46:43.59 ID:RSWWD1xG0
-
――――――――
――――
学舎の園の出口まで来た美琴は、何の感慨も無くゲートをくぐる。
とても寮まで歩いて帰る気力も体力も無かった。
さっさとゲート前のタクシー乗り場から無人タクシーに乗り込み、目的地を音声入力する。
「……常盤台女子寮まで」
「常盤台女子寮ハ、学舎ノ園内部、外部ニ、ソレゾレ――」
「外部の、女子寮までで」
「カシコマリマシタ」
わざとらしい合成音声。
学園都市の技術でなくとも、音声案内なんてもっとマシなものが幾らでも溢れているのに。
もっとも、外部から来た人にはこういった不自然な未来チックな組み合わせのほうが受けがいいのかもしれないが。
移動ルートを交通情報と照らし合わせて選定していく。
まるで透明人間が乗っているかのように、運転席のハンドルやアクセルが自動でガチャガチャと動き出す様子を、美琴は見向きもしていない。
「…………」
体を後ろに向け、じっと、自分の母校だった校舎が遠ざかっていくのを瞬きもせずに見つめている。
それは園全体を覆うレンガ作りの壁しか見えなくなっても、変わらなかった。
心残りで、後ろ髪を引かれ、吹っ切れず、未練を残しながら。
ずっと。
ずっと。
- 317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/19(金) 23:51:27.62 ID:RSWWD1xG0
- 今日の投下はここまでで。
sagaで投下してもブラウザを更新しても上がらず、レス数も反映されてないように見えるんですが自分でしょうか・・・。
モチベを上げる為に色々と聴きながら書いていたんですが、☆マギカのさやかのテーマ曲、素晴らしいですね。沸々と書きたい光景が湧き上がってきて筆が進みまくりんぐ。
ではまた。 - 318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[sage]:2011/08/19(金) 23:56:49.98 ID:EA1w+Ecuo
- >>317
乙です。
胸が苦しくなるような状況が続きますが、救われることを祈って
次回更新を待ってます。 - 319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage]:2011/08/20(土) 00:02:04.85 ID:Pa4o6UVAo
- 乙です
次の不幸イベントはなにかな - 356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[sage]:2011/10/27(木) 00:50:59.90 ID:9wrQ+t7B0
- まだか?
- 357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 18:40:53.47 ID:UUqS4qor0
- 美琴を救ってくれよ>>1!!
- 358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(チベット自治区)[sage]:2011/11/06(日) 19:46:59.90 ID:ly6/XRMbo
- そろそろですか?
- 359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(長屋)[sage]:2011/11/07(月) 22:11:36.62 ID:mkQ8zptQ0
- まだか…?
- 360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[sage]:2011/11/12(土) 17:22:09.36 ID:4tSKzIEKo
- あと一週間
- 361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都)[sage]:2011/11/14(月) 11:37:24.00 ID:xiCl8YzOo
- たのむ
2014年2月10日月曜日
上条「おかえり」
ラベル:
とある魔術の禁書目録,
御坂,
上条,
未完結
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