2014年3月7日金曜日

御坂旅掛「世界に足りないものはなーんだ?」

 
※未完作品
 
1VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 20:54:19.31 ID:jc0ANV20
※このスレについて
・原作のSS1やSS2みたいに登場人物が多いです。
・展開の都合上、作者の独自解釈が含まれますが基本は原作基準ですので多少の差異はご容赦を。
・アニメや漫画から入ってきた方には判らないキャラが多いかもしれません。上条さんや一方通行に浜面、アイテム勢の活躍は中盤ぐらいからです。
・文章力は拙筆でまたーり進行ですが最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。
ではよろしくお願いします。



――――――




世界は変質する。

大きな、世界規模での戦争と言っても差し支えの無い争いが発生した。
十月十九日を境に、多くの人々にとって忌まわしき記念日になった。
第三次世界大戦。
世界の三大軍事力である大国ロシアと、科学の最先端を歩む学園都市の衝突。
およそ三週間に渡る熾烈な凌ぎあいを制したのは、科学の最先端を歩む学園都市だった。
世界中の人々が、その結果に驚愕と畏怖を覚えた。
いかに学園都市が二、三十年ほど進んだ科学技術を掌握しているとはいえ、所詮、大人から
子供まで合わせて二百三十万人程度しかいない『都市』に過ぎない。
そして『都市』に住まう大半が、殺しあいとは無縁の生活を送る学生でしかない。
いくら特殊な――手から炎や電撃、はたまた漫画みたいな瞬間移動など――能力があろうと、
大陸間弾道ミサイルを防げるわけでもなく、単純な戦力という意味でも圧倒的な差があった。
物量も戦力も何もかも。
だが、大国ロシアは敗戦した。
最先端の科学テクノロジーは、既存の科学テクノロジーを有りとあらゆる面で凌駕し、完璧なる敗北を突きつけたのだった。

と、ここまでは外から覗いた観測結果。
あくまでも争いに巻き込まれなかった諸国からの印象である。

ロシア内部のある軍事専門者はこう発言している。
本当にロシアが負けを認めず、最後の最後まで反戦の構えを見せ、徹底抗戦すれば泥沼展開に持ち込めたはずだと。
事実、その通りだった。
 
3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 20:55:58.77 ID:jc0ANV20
いくら最先端科学を使っていようと、それを操るのはあくまでも人の手。
時間が長引けばそれだけ集中力を失いミスが発生するのは自明の理。聞けば無人戦闘機という代物まで
投入されていたそうだが、それすらも遠距離から人が操っているに過ぎない。

ならば圧倒的な物量による時間稼ぎにより、泥沼的な展開を構築すれば光明は見えてくるはずだった。
なにせ学園都市は『人道的な兵器の運用法』と人を喰った主張を掲げていたのだ。これを破れば各国からのパッシングが
寄せられ学園都市はどんどん敵を増やす事になる。
だからこそ、時間を味方につければ可能性はあった。
更に学園都市は敵も多い。門外不出の科学技術はそれだけで相手を脅かす材料になってしまう。
もし泥沼展開で時間を稼げれば、学園都市をよく思わない諸国が参入してくる可能性もあったのだ。

……今になっては意味はなく、所詮は空机の議論でしか無いのだが。
大国ロシアの突然の敗戦宣言により。
唐突に、全てが終了した。
まるで火事が発生した際の避難手順をデモンストレーションするかのように。

一体、見えない内部で何があったのか?
それを知る者は一握りを置いてしか存在しなかった。
推測できるのは。
裏の水面下で何かがあったのだろう、とだけ。

――こうして第三次世界大戦は終了したのだった。

5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 20:57:17.74 ID:jc0ANV20
だが。
それだけで全てが終わるわけがない。
これは終わりではなく、新たなる始まりを告げる鐘の音。

世界が変質した運命の日。
喜、怒、哀、楽、愛、憎。
あらゆる人の感情を巻き込みながら、世界は少しずつ、少しずつ、だけど大掛かりに変質していく。
これは変質していく世界の情勢の中で、必死にもがき苦しみながらも自らの信念を下に、
歩みを止めようとしない人々の物語。


『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』
『過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者』
『誰にも選ばれず、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった一人の大切な者のためにヒーローになれる者』


そんな三人の主人公達だけでなく、

もっと非力で何処にでも居る、ただの学生やチンピラ、サラリーマンに主婦という特別な力を持たない『普通の人々』が刻む
不屈の信念の物語。
正しいか間違いか、の二次論なんかでは無く。
ただ己が信じた答えを突き進む『誰もが主人公』の――




――物語である。
6VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 20:58:52.76 ID:jc0ANV20

――――――


(こ、これはどうするべきなのでしょう、とミサカ一九九九九号はメダパニ状態で助けを求めたいです)


妹達の一人である検体番号一九九九九号は焦りや不安、緊張から喉をカラカラに干上がらせていた。文法も若干おかしい。
ちなみにロシアの研究施設に送られた個体である。
だけど一九九九九号が現在居る地点は、見慣れた研究施設の一室でもなければ、割り振られた自由時間の間によくお世話に
なっているお食事処でも無く、人生初にしておそらくは妹達の誰一人として到達した事の無い場所に身を置いていた。
端的に言ってしまえば、どこぞの高級ホテルである。
周囲には高級感漂う豪奢なドレスを着こなしたご婦人や、紳士なジョントルマンが談笑をしながら、
これ一本いくらするの? と真剣に考えたら身体がガクガク震えそうな金額のワインを洒落たグラスの並々と注ぎ込まれている。


(あぅあぅあぅ、とミサカ一九九九九号は言葉に出来ないこの気持ちの処理にオーバーヒートしてしまいそうです)


そんな一九九九九号の姿も、絵本で見たようなお姫様ドレスを着込んでいた(ここに入室するために必要だったため)。
っで目の前の上質な布地で織られた真っ白なテーブルクロスがひかれ、その上には周囲と同じようにグラスにワインが注がれ、
美味しそうな料理が並べられていた。
え、これ、夢? なんでドレス着てんの? この食べ物何? っていうかミサカは食べるべきなの?
っとてんてこ舞いなのだが、それを認識していても抑えられるものではなかった。


「う~ん、どうしたんだい? テーブルマナーなんて気にせず好きなように食べて貰って結構なんだよ?
 あ、そうかっ……お箸じゃなかったら駄目だったかな? ん、すぐに用意させるから少し待ってね、ちょっとそこのバーテ――」

「――いえ結構です! とミサカは声を大にして涙目になりながら訴えます!」

「おや、そうなのかい? じゃあそうしておこう」

「はい是非に是非にそうしてください、とミサカは軽い安堵の息を付きます、はぁ……」


周囲からヒソヒソとした囁きと視線に羞恥心を感じながら、改めて目の前の席に構える人物とこうなった経緯について思考を馳せる。
口調から察せれるだろうが男性だった。
7 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 21:01:09.02 ID:jc0ANV20
経緯はこうだ。

ミサカは自由時間だったのでご飯食べにいこうとしました。

その途中に声掛けられました。

問題の男性でした。

あれやこれやと言い包められていつの間にかホテルに入っちゃいました……。

そして今に至ります。

説明終了。


(これではまるで飴ちゃんを上げるからオジサンについておいでぇ~、と唆されて付いていくダメっ子ではないですか、とミサカ一九九九九号は愕然とします)


正しくその通り……、


(いいえ、それだけは絶対に違います! とミサカは断固として拒否します。これには仕方ない理由があったのです、とミサカ一九九九九号は自己弁護します)


その理由とは、この見知らぬ男性の出世である。
東洋人。
歳は三十代の半ばから後半ぐらいで、そこそこの身長と整った顔立ち。
国籍上の問題で、ここらでは珍しいとも取れるが、それだけなら問題は無いし、一九九九九号も付いて行こうとは思わなかっただろう。
ただ、その男性の姓が問題だった。
8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 21:03:07.63 ID:jc0ANV20

(御坂旅掛、とミサカ一九九九九号は目の前の男性はそう名乗ってきたのを覚えています)


御坂旅掛……察しの良い人物なら、この二人の共通点にすぐさま気付くだろう。
妹達のオリジナルである超電磁砲こと御坂美琴の父親に当たる人物である。
名乗られた時には偽者と疑いはしたが、
彼の口からオリジナルに対する情報――父と娘の親バカスキンシップ――やら家族三人で写った写真を証拠として
提示されているのでまず間違いありません、一九九九九号は判断している。
そもそもミサカを騙そうとしてもメリットがあるとは思いにくい。回りくど過ぎる。

っというわけで、一九九九九号は焦りや不安のオンパレード状態だったのだ。
旅掛はそんな一九九九九号の焦り具合すらも含めて、まるで本当の娘を見守るかのように柔らかい笑みを浮かばせていた。


「やっぱり初めて会あったばかりでこれは強引すぎたかなぁ。少し悪い事しちゃったね君に」

「そ、そんな事はありません、とミサカは慌てながら旅掛さんでは余所余所しいですしお父さんとは違うようなと更に慌ててしまう結果にぃ――?!」

「無理はしなくていい。お父さん……じゃなかった俺に気を使う必要はないからな?
 そして油断すると、ついつい娘のときみたいに『お父さんは』、って言いそうになっちゃうなぁ俺。お父さんは別にいいんだけど
 これじゃ余計に君にプレッシャーかけちゃうことになりそうだし?」

「いえしっかりと油断しきっていますが、とミサカはプレッシャーを感じ内心は暴走トーマスくんですが、表面上は冷静にツッコミを発動させてみます」

「これは一本取られたな。でも少しは緊張も和らいできたみたいで嬉しいよ」

9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 21:05:10.35 ID:jc0ANV20

ニコニコと本当に嬉しそうに笑いかけてくる旅掛。
父親……か、と一九九九九号は思う。
初めて向けられる感情が籠もった視線に、背筋がムズ痒くなりながらも温かさを感じてしまう。
同時に、ジクリと申し訳なさも胸の奥底から沸いてくる。


「それでどのような目的でミサカをここに連れ込んだのでしょうか、とミサカは本題に斬り込みます」

「もちろん理由ならある。だけど物事には順番があってね? 先にこちらを楽しんでも罰は当たらないじゃないかな?」


示されたのはテーブルの上に広がった美味しそうな料理。
確かに食べなければ勿体無い。
下手な遠慮は奢ってくれるという旅掛に失礼だし、作ってくれたショフにも申し訳ない。っていうかここで食わずして、
いつ食べるというのか。今後このような機会に恵まれる可能性は限りなく低いではないか。
ならばミサカが取るべき行動は――、


「その言葉にミサカは甘えます、と鎖に繋がれた獣が解き放たれたかのようにいただきますと唱和します」

「テーブルマナーなんて気にしないでいいぞ。ここのオーナーには少し顔が利くからねお父さんは。では、いただきます」


何かナイフやフォークが何種類もあったり、本来なら順番に運ばれてくるはずの品々がドンッ、と全品構えてたりするのだが、
そんな違和感は一九九九九号にとっては些細な事情だった。
だってすっごく美味しいし。
旅掛もグラスに唇を這わせ赤々とした液体を喉に通しながら、笑みを浮かべている。

少し複雑な縁を持つ、親子水入らずの楽しい楽しいお食事会が始まった。
11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 21:06:27.53 ID:jc0ANV20

――――



『ごちそうさまでした』


あれから三十分後。
初めて口にする数々の絶品料理に太鼓を打ち鳴らしていた一九九九九号と、
温かい笑みを絶やさず、気軽に世間話を持ちかけていた旅掛が、
二人で同時に声を重複することによって、豪華ディナータイムが終了した。


「本当なら、ここから一服したいとこだが」

「分かっています、とミサカも頷きます」


とうとうこの時が来た。
ここからが本題。旅掛の本来の目的が果たされるときである。


「じゃあ君は――いいや“君達”はなんなのかな?」


旅掛は笑みを浮かべてはいたが、今までの笑みとは違った笑みに一九九九九号は見える。
ジクリ、と胸に痛みが走った。


「ミサカはあなたの娘である御坂美琴によるDNAを元に製作されたクローンです、とミサカは明かします」

「ふむ、続けて」

「はい、とミサカは頷きます」


誤魔化し無く全てを説明していく。旅掛は真実のみを欲しているから。
妹達が生み出された理由、絶対能力進化実験、一方通行、上条当麻、上位個体、各地に散らばった妹達。オリジナルを取り巻く現状。関わった作戦。
要所要所を端的に、それでいて間違いがないように丁寧に説明していった。
いつのまにか周囲の客が居なくなっているのに気付く。
一九九九九号が知る由もないが、旅掛による“顔が利く”結果である。
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 21:07:42.56 ID:jc0ANV20

「なるほど。つまり――」

「……そうなります、とミサカは神妙に答えながら――」


旅掛が気になった疑問を口にすれば、一九九九九号はすかさず応えていく。
もう旅掛は笑みを浮かべていない。
あまりに凄惨な内容を語っていくにつれ、比例するように旅掛の表情から感情が削ぎ落とされていき、
能面で平らな表情になっていき、血色良かった顔色が今では青褪めてきている。
そして粗方だが全ての説明が終わった時、
旅掛の様子は意気消沈とし、力なく頭を垂れてしまっていた。


(……そう、なりますよね、とミサカ一九九九九号は恐れを抱きます)


怖い。
堪らなく怖い。

感情に乏しいはずの自分の身体が内から張り裂けそうに苦いものを犯されている。
これは何? この苦々しい気持ちは?
生まれた頃の妹達なら解らなかっただろう心の動きを、今では全てとは言わないがおぼろげになら一九九九九号は把握していた。

自分も含め、妹達は成長していく。
少しづつ少しづつ人間らしくなってきている。
だから解ってしまう。解ってしまった。
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:10:08.98 ID:jc0ANV20

(きっと嫌われたくなかったのでしょう、とミサカ一九九九九号は判断してみます)


旅掛は言ってくれた。態度でも示してくれた。
自分の事を……本当の娘のように扱ってくれていた。
こんな不自然で気持ちの悪い生まれた方をしてきた自分の存在を、気負うことなく自然に扱ってくれたのだ。
嬉しかった。
口には出さなかったけど、本当に嬉しかったのだ。

だが。
全ての真実を知った現在(イマ)となってはどうだろうか?

考えるまでも無い。きっと無理だ。
今までと同じように接してくれるだろう、とそんな儚い想いを抱けるほど一九九九九号は強くなかった。
このような真実を知ってしまえば、
例え妹達が本質では被害者と云えども、責めるべき対象になってしまう。
やり場の無い理不尽な感情は、その人物が悪くなかろうと降りかかるものだった。

だけど。
そんなのは全然怖くないのだ。むしろ責められても当然の立場に居る、とさえ一九九九九号は考えている。
ならば。
本当に怖いものとは――


(――この人を傷つけてしまったことです、とミサカ一九九九九号は唇を噛み締めます)


ただの父親が。
家族の幸せだけを心の底から望む、何処にでも居る父親がどうして傷付かなければいけないのか?
何も悪い事をしていないのに。
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:12:34.51 ID:jc0ANV20

(ミサカの行動は間違っていたのでしょうか、とミサカ一九九九九号は真実を語ったのを今更ながらに悔やみます)


何が正しく、何が間違っていたのか一九九九九号には解らなくなってしまっていた。
誤魔化すという選択肢は取れなかった。
旅掛はある程度の情報は仕入れていたはずだ。入手経路は不明だが、でなければわざわざロシアにまで
飛び立ちピンポイントで一九九九九号を捕まえられるはずがない。計画的すぎる。
それも最近まで敵国だったロシアである。
日本人だとバレればどうなっていたことか想像には難くないが、どうしてここを選んだのだろうか? ミサカネットワークの
使用を控えてくれと頼まれたのと関係あるのかもしれない。
とにかく謎は尽きないが、
「他人の空似です。世界には同じ顔を持つ人が三人はいますから」と誤魔化せる相手では無かった。


(ですが全てを語る必要性はなかったかもしれません、とミサカ一九九九九号は適当にお茶を濁せば良かったと悩みますが……)


……きっと適当な説明を並べても納得しなかっただろう。

旅掛は父親だ。
父親だからこそ、少しでも不自然な、辻褄が合わない内容だったならば徹底的に追求してくる。
そして一九九九九号が情報の提示を頑なに拒めば……強引に聞き出そうとはしてこないだろうが、
彼ならばきっと己の手で真実を掴みだそうと行動するはず。
違法に手を出しても、危険が立ち塞がろうと強引に無茶に飛び込んでいく。命よりも大切な宝物である娘と妻の為に。
最も、賽は既に投げられてしまっている。
ifの話をしても、全てが無意味だった。


(どうかお願いします、とミサカ一九九九九号は祈ります)


この人が少しでも傷付かないように。
その為ならば、自分が責められようと構わない。それで負担が少なくなるというのなら。

居心地の悪い沈黙は続いている。
両者が黙り始めてから五分が過ぎようとしていた。

そして――、
15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:13:15.75 ID:jc0ANV20

「……なるほどな」


ポツリ、と旅掛は呟いた。
垂れていた頭が持ち上がり、一九九九九号からも表情が確認できるようになる。
出会った時の笑みは浮かんでおらず、
深刻そうに表情を歪め、口元を結んでいる。


「事情は把握した」

「……」

「これから君達に取って辛い事を言ってしまうから先に謝っとくよ」


一九九九九号は無言で頷いた。
それで良い、と真っ直ぐに旅掛の視線を受け止める。
旅掛は口を開いた。
歪んでいた顔を余計にグシャグシャにさせ、微かに瞳は潤い、両手で頭をガシガシと掻き毟るりながら。


「お父さんの給料ではどう考えても一万人近くの娘達を養っていくなんて無理だチクショ――ッ!?」


叫んだ。
大声で咆哮していた。駆け抜けていった叫びの意味は凄く切実だった。


「は……? はぁっ?! とミサカは事の成り行きについていけず呆然としてみます」

「そうだよな、普通そうなるよな! だって父親が登場したかと思えば育児放棄と捉えられても
 仕方のない発言を叫びだしたら呆れて言葉が出ないのは当然だよな! だけど弁解させてくれ、お父さんだってこんな酷い事を
 言うつもりは無かったんだ、けどっ、けどなぁ! まさかの一万人近くの娘が居るなんて思うはずないよな、誰だって
 そうだよな?! 一応これでも事前の情報から予測して百人ぐらいなら、なんとかなったんだよ!」
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:14:20.66 ID:jc0ANV20

ヒートアップしていく中年親父。
まさかショックのあまりに脳が……と失礼なことを考えながら一九九九九号は、


「え、いや、あの、とミサカはまず落ち着いてくださいと声を掛けます」


恐る恐る旅掛に声を掛ける。
だが旅掛は聞こえていなかったのかハイテンションを維持したまま一人語りを止めようとはしない。


「でもさぁ蓋を開けてみたら一万人近くときたもんだっ! お父さんビックリしちゃったよー、
 こりゃ笑うしかないよな? あっはっはっはっ! 
 ってあぁ、そんな冷たい視線で見ないでくれないかな? 怒ってる、怒ってるよね? 頼りない親父で」


頼りない以前に危険な人にしか見えません。
そう言う訳にもいかず、一九九九九号は我慢強く粘りの姿勢を見せる。


「怒っていません、とミサカは答えながら落ち着けと強めに諭します」

「ほぅら、ほぉら怒ってる! 言葉では否定してるけど口調が怒ってるもん!」

「素っ気無い口調は元からです、とミサカは冷静に返答しつつ、内心ではウンザリとしてきました」


先程まで横たわっていた重たい空気は霧散してしまっている。
旅掛は一人で追い詰められた人が浮かべる半笑いの表情になっているが、
むしろ深刻に受け取るなら養う云々じゃあなく、もっと違う部分で深刻に受け取るべき箇所は多々あったのだが、
本当にちゃんと説明を聞いていたのだろうか? と一九九九九号は頭を悩ませるが答えが導き出される事はなかった。


(ですが良かったです、とミサカ一九九九九号は安堵します)


一九九九九号は必死に弁解をしている旅掛に視線をやりながら胸を撫で下ろす。
今も尚続く旅掛の弁解する姿を見れば、一九九九九号が懸念していたよりも衝撃が少なかったのは一目瞭然。
これならば彼の今後の活動に与えられる支障も少なくて住むだろう。
失意のどん底に囚われたまま、沈んでいく身を眺めさせられるなど、誰にとっても報われないのだから。
本当に良かったです、と一九九九九号は微かに表情筋を動かしていた。無意識の内に。
それを見逃さなかった旅掛は、


「漸く笑ってくれたね。今日初めての君の笑顔だ」


なんてキザったらしくも温かい笑みで喜んでいた。
娘が好きで好きでたまらないという父親の笑みで。

18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:16:15.21 ID:jc0ANV20


――――――


「それでそれで、その後はどうなったのですか、とミサカ二〇〇〇〇号は急かします」

「わかったから暑苦しいので離れてください、とミサカ一九九九九号は窘めます」


一九九九九号はそう口にしながら、鼻息荒く迫ってくる二〇〇〇〇号を軽くあしらった。
二人が居るのはロシアに構える研究所の一室。妹達の生活住居として宛がわれた施設の一つである。


「その後は特に大きな進展はなかったです、とミサカ一九九九九号はあの人との密会を語ります」

「えー、つまんないー、とミサカ二〇〇〇〇号はブーたれます。そもそもネットワークを切断して一九九九九号
 だけ親父殿との楽しい遣り取りを独り占めは反則だ、とミサカ二〇〇〇〇号は共有しろよオラァと唱和の不良よろしくメンチをきります」

「好きでやったわけではありません、とミサカ一九九九九号は反論します。
 これはあの人からのお願いでしたので、とミサカ一九九九九号は仕方なかったのですと肩をすくめます」


旅掛は人目を忍んでいた。
堂々不敵に声を掛けられたことも有り一九九九九号は気付かなかったが、
今にして思えば周囲に視線を走らせ警戒していたように思う。
気にはなる。なるが、
あの人にはあの人なりの事情があったのだろう、と一九九九九号は深く詮索せずに置いた。


「そういうわけで二〇〇〇〇号も秘密厳守ですよ、とミサカ一九九九九号は睨みつけながら言い含めます」

「りょ~かい、とミサカ二〇〇〇〇号は親父殿に迷惑掛けたくはないので渋々了承します」

19 :ここまでは総合に投下したの。次から新作になります[saga]:2010/05/26(水) 21:17:52.65 ID:jc0ANV20

恨めしそうな二〇〇〇〇号に、独占感から勝利の喜悦を返していた一九九九九号は、
ふと旅掛の言葉を思い出した。


「最後にあの人はこう言い残していました、とミサカ一九九九九号は思い出します」

「ん、なんて? とミサカ二〇〇〇〇号は一九九九九号を窺います」


それは――


『次に会う時は君達に足りないものを用意してくるからな。
 それが出来るのは俺だけで、それを実行していいのはお父さんだけだから。
 期待して待っていてくれたらいい。なぁに、簡単な事だからさ。
 薄暗い場所に籠もってる根暗野郎を一泡吹かせてくるだけだから。
 言っただろう? お父さんハッスルしちゃうぞ~って』


――他人には解読できない意図を含んだ別れの挨拶だった。


「いまいち解らない、とミサカ二〇〇〇〇号は首を捻ります」

「ミサカも同じ結論です、とミサカ一九九九九号も同様に首を捻ってみます」


どれだけ二人の少女が思考を重ねようと、
旅掛が残していった意味深げな言葉を理解するには至らなかったのだった。

20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:25:14.04 ID:jc0ANV20


――――



世界第三次大戦が終わったとはいえ、その被害の牙は各所に傷痕を残していた。
大きな問題としては国際問題や各国の貿易に多大な影響を及ぼし企業は大損害を被っているし、小さな問題としてはそれこそ星の数だが、
その中で共通しているのは一つの感情だった。

不安。

その負の感情が根底に蔓延していた。
世界はどうなっていくのか。自分達の生活はどうなってしまうのか。
想いの強弱は人それぞれど、誰もが抱く共通認識にまで関心が高まっている。

かくいう御坂美鈴もその内の一人である。

見た目は二十代そこそこ、しかし実際には十四歳の娘を持つ母親であるのだが、それを他人に言ったとして絶対に信じて貰えないだろう。
もし仮に同性に言おうものなら、その相手は瞳に嫉妬の気炎を立ち昇らせなること請け負いである。
そんなちょっと信じられない美貌を持つ美鈴も、今では肌の張りが損なわれ心なしか無駄な脂肪分が付き始めていた。


(まぁしゃぁーないってばしゃぁーないんだけどねぇ)


暗鬱とした溜息を零しながら美鈴は歩いた。
目的地は通いなれた会員制のスポーツジム。
類稀な美貌を維持するには決して努力を怠ってはいけないのである。これだけの努力を重ねていても最近では体の状態が気になっているのだから。
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:28:05.65 ID:jc0ANV20

(やっぱりストレスが問題なのかなぁ。大学の勉強もはかどらないし踏んだり蹴ったりだ)


ストレスは健康に悪いし、年齢に関係なく心はいつでも乙女の女性にとってダイレクトに響く。
自身の汗水垂らして頑張っているダイエットを、嘲笑うかのように襲い掛かってくる様は美鈴には悪魔の化身いがいの何者でも無い。
恥も外見もなく娘に真剣に頼み込んで最先端技術を詰め込んだ学園都市のダイエットマシーンを送って貰うかと検討するぐらいには。


(だからと言って止めるわけにはいかないしね。あの子たちに娘を任せてたら安心できるだろうけど、
 親としてそれに甘んじるわけにはいかないのよ)


かつて学園都市に娘を連れ出そうとして出会った二人の少年を思い出す。
どちらも頼りになる子たちだった。
ツンツン頭の子に手を握り締められ引っ張られながらだったが視認したわけではないが、暗闇のホールを走り抜ける中、背中で受けた大声は間違いなく白い少年の声だった。


(だけど本当に学園都市って治安悪いわよね。外部には最先端の科学は絶対の安全を保障するって謳ってるけど、子供が拳銃みたいな物騒なもん振り回してたら説得力の欠片もねぇっての)


ロシアと戦争になった時には正確無比な精密さで大陸間弾道ミサイルを防いでいたから、身形だけの謳い文句でないのは実証されたが、
それとこれとは別問題だと美鈴は眉を顰める。
子を持つ親ならば当然の帰結。娘を持つ美鈴も例外では無い。
むしろ学園都市の見えざる闇の一端に触れてしまっただけに、その思いは人一倍強かった。

それがストレスの原因。

美鈴が学園都市を訪れたのは娘の心配もあったが、戦争に怯えた保護者たちが子供達を学園都市から引き戻そうとする回収運動
の代表者的な役割にあったのもある。
そしてその役割は未だに解除されたわけではない。


22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:31:27.52 ID:jc0ANV20


(私も含めみんながみんな不安になってる。ロシアとの戦争は無事に乗り切ったけど全てが解決したわけじゃない)


美鈴を代表者として集まった保護者の集いは、子供の無事を心底祈りながら行動し始めていた。
まだ具体的な放心は決まっていないが、事は単純に回収運動では収まらなくなっている。
仮に子供達を回収できたとしても、今回の一見で不本意ながら学園都市が世界で一番安全な学び舎なのは示されてしまった。
今や海外に留学したとしても、そこが安全だという保障は微塵もありはしない。
でも。
だからこそ。
動かなければいけないのよ、と美鈴は強く決意する。
具体的な策がなくとも、どうすれば最善なのか解らなくても、母親のプライドとして『どこかの誰か』に娘を任せるわけにはいかなった。


(幸いなのか政界で重鎮の人も協力してくれるっていうし、悪い事ばかりじゃないか。確か同じ常盤台中学に娘を入学させてるって言ってたかなぁ)


漸く辿り着いたスポーツジムの受付で、会員カードを受付係りさんに見せて脱衣所に向う。
寒空のなか数十分も歩いていたせいか冷えていた身体が、温かい暖房の気流に包まれほっとした気持ちになる美鈴。


「まっ、難しく考えても仕方ないってことか。私は私の出来る事を一歩ずつ詰めることしかできないわけで」


重たい思考を吹き飛ばすように、内心ではなく声を出す事によって処理した美鈴。
その声音は少し憂鬱分を含むも、浸りきったものではない軽口だった。
そのまま普段の軽い調子が戻ってきた美鈴は、脱衣所の一角で持ってきたブランド品のバッグを肩から下ろし荷物を漁る。

23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:36:06.25 ID:jc0ANV20

出てきたのは飾りっ気のない黒を基調とした水着。
水着というよりも陸の運動で使用するランニングTシャツとスパッツみたいな上下セット。
伸縮性に富みフィット感は悪くなく、ダイエット用に開発されたもので発熱性も高く美貌を保ちたいと切望する美鈴には願ったり叶ったりのアイテムである。


(前回の水着は失敗しちゃった感があるしな。アスリートなら良かったんだろうけど)


着替えるために衣類を脱いでいく。
シュルリシュルリ、と布地が擦れる音を発しながら自慢のプロポーションを晒していく。近くで着替えていたモデル系の人が嫉妬の炎を燃やしていたが美鈴は気付かない。
あまり派手な色は好かないのか純粋な好みなのか、ブラとショーツも大人の魅力を魅せる黒色だった。
それらを全て脱ぎ去り一糸纏わぬ状態に。出るとこは出て、引っ込むべき部分は引っ込んだ素晴らしい裸体なのだが、


(うへぇ、やっぱりこの辺とか無駄な脂肪ついちゃってるなぁ。もぉ最悪……)


美鈴の基準点には遠く至らないらしい。
二の腕辺りやお腹をプニプニと人差し指で突きながら不満そうにする美鈴に、
『おのれおのれぇ! それでも満足いかぬか小娘が! い、いや別に負けを認めたわけじゃないからねっ、そんな色気もへったくれもない水着着る小娘なんかに』とモデル風の人が別観点から自己保身に走っていたりするが、やはり美鈴は気付かない。


(今日は少しキツメに頑張っておこう。まだ時間はあるし)


今日ここで待ち合わせした人物との約束の時間までまだ猶予はあるが、設定したノルマをこなすためにも時間を無駄にはしたくない。
さっさと水着を着用していく美鈴。
薄い生地が肌にピッタリと吸い付く感覚とともに着用完了。
色気が皆無な実用性だけを追求した水着にも関わらず、ピッチリとしたボディラインを強調するメリハリが利いたアッパーは不思議な色香を醸し出している。
結局、美人はなにを着ても似合う法則が存在するのである。


「さぁーて、行きますか」


タオルを片手にプールに向う美鈴。

その背後に完敗からか、苦々しい呪怨をブツブツと零し続けるモデル風の存在に最後まで気付くことなく。
余談だがショックのあまり二十分ほど立ち竦んでいたモデル風の人の前に、これまた美鈴とは別の色香を秘めた美人さんが現れ、ダメ押しのダメ押しを無自覚に与えていくのは全然本編とは関係のない話である。



24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:43:06.34 ID:jc0ANV20


――――


ドパンドッパァンッ、とプールの一番外側のレーンから轟音と水飛沫が跳ね上がる。
機雷が爆発したような衝撃を生み出しているのは、美鈴がインストラクターから教わり
習得したバタフライ(どこの大会に出るの? と首を傾げたくなる堂になったフォーム)で
水中を走った結果である。
教授したはずのインストラクターは頬を引き攣らせながら絶句しているが、美鈴は調子よくペースを上げていく。


(やっぱり水の抵抗を殺しすぎたら意味ないから、こっちで正解だったわけよ)


水を斬り疾走する様は人魚。
隣のレーンではアスリートの女性がライバル心を剥き出しにしながら必死に並走しようと『クロール』で
喰らい付こうとするが、無残にもどんどん引き離されていく。
そのまま端まで泳ぎきった美鈴は水中で綺麗な円を描くとターン。
勢いを殺さずまた水中を疾走し、水飛沫を跳ねさせていく。
隣のレーンの人とすれ違った時に、なんか泣きそうな顔してたけど嫌なことでもあったのかなぁ、と適当に考る美鈴。
と、また超速度で端まで辿り着いた美鈴に「あらあら。あいかわらず凄いですね」と柔らかいお淑やかな雰囲気の声が掛けられた。


「そんなことないですよ上条さん」


少しだけ息を切らせた美鈴は待ち人――上条詩菜に笑みを見せた。
清楚とした白いワンピース(要所要所は意外に攻撃的な)の詩菜は少し困ったように、


「ひょっとして私は遅刻をしてしまいましたか?」

「いえいえ違いますって。先に運動済ませちゃおうかなって思って私が早めに来ただけですから」


それは良かったです、と微笑む詩菜。
そのままプールに浸かると、「せーのっ」と掛け声と供に水死体が一つ出来上がった。
水を弾く詩菜の肌はピチピチの十代のそれ。
25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:47:40.54 ID:jc0ANV20

(く、くぅ~っ。羨ましい、あいも変わらず羨ましいよ上条さん!)


こっちは水中爆撃機みたいな水泳を日々繰り返しているのに、どうしてあなたは水死体にも関わらず瑞々しいボディを維持できるのか。
神様は不公平だと嘆く美鈴だが、正直もう慣れた。
これぐらいで動じていれば、詩菜とは付き合えないのだ。


「私も泳ごう……うん」

「ぶくぶくぶく……」


ドッパァン、ブクブクブク、と水中爆撃機と水死体が一通り満足するまで十分後。
プールから上がり水に濡れたイイ女を地で行く二人は、プールサイドへ。


「それで大事なお話があると窺っていましたけど」

「ええ……私が保護者の集いの代表者をやってるのは以前にお話したと思うんですが」

「そうでしたね。気苦労からお肌のケアが大変とも」


そこは忘れて欲しいと美鈴は喉を詰まらせながらも、


「その件でお願いがあるわけなんです」
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:52:24.67 ID:jc0ANV20

お願い。
その内容はつまり保護者の集いによる署名集めだった。
具体的な方針はまだ決定していないが、協力者の数はやはり多いほど嬉しい。
いざ何かをしようとした時に、動ける人が多いというのはそれだけで強みになる。
学園都市に子供を送り出した保護者たちの協力が得られると言うのなら、これほど心強いものもないし、一定数以上の
票が集まれば学園都市としても無視できないはずだ。
実際には日本政府の要請を拒否している学園都市に対してどれほどの効果が見込めかと問われれば口を閉ざすしかないが、
美鈴は止める気はない。
千里の山も一歩からとの格言通り、そう信じているのだから。


「あらあら。そういうことでしたら私も一枚噛まさせてくださいな」

「ありがとう、上条さんっ!」

「私こそなんの力になれるか分かりませんけど、出来ることがあるのならばお手伝いしたいですしお礼をされると困ってしまいます」


上品に笑う詩菜。そこに緊張感や不安はなく自然体。
美鈴の目から見て学園都市のこれからを考えると不安になっても仕方ないというのに、
ツンツン少年のことが心配じゃないのかなと疑問に思ってしまう。


「もちろん心配してますけど……ウチの当麻さんはきっと不幸だぁーと言いながらも笑ってるでしょうから
 そこまで不安はなかったりします。無理に連れ戻そうとしても自分の居場所はここだっ、って言い張るでしょうし」

「信頼されてるんですね息子さんのこと」

「御坂さんは娘さんの事を信頼されていないんですか?」

「いやぁ~、なんていいますか」


娘の問題ではなく自分の問題なのだろう。
もちろん信じてはいるが、詩菜みたいに全てを任せられるほど美鈴は強くはなかった。
美鈴が情に厚いのか、詩菜が放任主義なのか、どちらが正しいのか。

29 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 21:56:42.89 ID:jc0ANV20

「いや……違う」


小さく呟いた言葉は舌の上で転がり消え詩菜には届かなかった。
美鈴は否定する。
どちらも間違っておらず、正しいのだ、と。
美鈴のように精力的に行動することも、詩菜のようにドンッと宿り樹のように構えるのも、
どちらも正しい『母親』の像。
そこに優劣はなく、ただ一人の子供を思う親の姿があった。


「ひょっとして気に障ることを言ってしまいましたでしょうか?」

「……へ?」


難しい渋面を作っていた美鈴は、詩菜の言葉を聞いておらず間の抜けた声を発してしまった。
詩菜は申し訳なさそうに眉を逆八の字にしながら美鈴を見つめている。
大方そのつもりはなくても美鈴に、御坂さんは娘さんが信頼できないから動いてるんですか? なんて捉えられたのかもしれない、と
深読みしてしまって焦っているのだろう。


「いやいや、違いますって。私はちゃ~んと美琴ちゃんのこと信頼してますよっと。
 ちょっと難しく考えすぎちゃったみたいで、上条さんが気にすることはありませんから」

「そうですか?」

「そうですそうです。
 まぁ私は上条さんみたいな強い心は持てそうにありませんけど」

「あらあら。私の場合は何も考えてないっていうんですよ。
 その点、御坂さんは自分の意思で動いてるんですから私からみても羨ましいです」


それに、と詩菜は付け加え、


「なんとなくですが、全部なるように収まると私は思っています」

「それは女の感って奴ですか?」

「いえいえ。ウチの刀夜さんと結ばれたときも大変でしたが、なんとかなってますから」


第三次世界大戦と恋話(ノロケ)を同列に並べて語る詩菜。
以前にも詩菜と刀夜の馴れ初めの触り部分は聞いたような気がしたが、この夫婦は本当に何者なのか。
美鈴は頬の妙に冷たい汗を流しながら戦慄する。
いっそ本腰入れて問い詰めようかと思うが、怖いので止めておくことにした。
だって触りの段階でマシンガンを装備した大勢の黒服さんに追い掛け回された……とか言ってたし。
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 22:01:52.73 ID:jc0ANV20

「そいえばウチの旦那はこの大変な時に、何処でなにをしてやがるのかしら」

「あらあら。まだ出張からお帰りになられていないのですか?」

「そうなんですよ。この調子だと今年中に帰ってくるかどうか。上条さんの方はどうなんです?」

「ウチの刀夜さんは九月頃に一度戻ってきましたよ。……十七歳ぐらいの可愛い女の子を連れて」

「奥さん思いのいい旦那ですねぇ……って、えっ?」


上条さんから変な単語が聞こえた気がする美鈴。
不気味なほど朗らかな笑みの詩菜。
ブワッ、と美鈴の身体から、プールの水とは違う液体が噴き出した。


「えぇっと、あはあはは……ワンモアプリーズ?」

「ですから、ウチの刀夜さんが十七歳ぐらいの可愛い女の子を連れて帰ってきたんです」


キキマチガイジャナカッタラシイ。
ぬおぉぉぉぉ地雷踏んじゃった、私ってば地雷踏んじゃったの?! と全身を汁だくに染めていく美鈴。
混乱の極致にまで美鈴を追い込んだ当の詩菜と言えば、不気味なほどの朗らかな笑みを浮かべながら静止芸を披露している。
纏う空気は常の、透き通った温かいものでなく、オドロオドしい濁った邪悪な念を胎動させていた。


「……」

「……」


先に動いたほうが負ける。と西部のガンマンみたいにお互い無言なのだが、詩菜が背負う雰囲気にプルプルと美鈴は涙目になってきていた。
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 22:07:50.98 ID:jc0ANV20

ゴクリ、と美鈴は喉に溜まった唾を飲み込む。
まさかこんなとこで人様の家庭崩壊現場に足を突っ込んでしまおうとは想像もしなかった。
しかもタイミング的に考えて隠し子の可能性もある。なんと厄介なことか。
だけどこのまま黙ってもいられない。
なにか、兎に角もなにか言葉を口にしなくては……とフル回転する脳内が導き出された答えは――


「だ、だいじょうぶですよ。ほら、誰にだって過ちの一つは二つはあるもんですし、ね? ねっ? 
 だけど旦那さんは過ちを隠そうとせず奥さんに話そうとしたとこを評価してあげて、って別に旦那さんを庇うわけじゃないですけど
 そこは出来る奥さんアピールみたいな感じで許してあげっ、わ、私は何を言ってるんでしょうね、あははあはっ、忘れてください!
 ここまでの 全部なしでお願いしますっ!
 えーと、えーと、いやー旦那さんモテモテですね、上条さんも奥さんとして鼻が高いって、コレも違っ――?!」


――カオスなまま垂れ流された愉快な言語だった。


「も、もう死にたい……」


ドツボに嵌り涙目になる美鈴を、詩菜は不思議そうに眺める。


「まぁよくよく刀夜さんから事情を訊けば、ご両親もいなく住居も無い孤児みたいで、どうしても放っておけなかったらしくて」
33 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 22:13:02.34 ID:jc0ANV20



………………………………………………………はい?


「――い、いい言い方が紛らわしいんですよ上条さんはっ!!」


焦燥感から一気に解放された美鈴は、鼻息荒く叫んだ。
だけど詩菜は大声に一瞬驚いただけで、お上品に口元に手をやりながら「あらあら」と首を傾げている。
うん、この人は分かってたけど天然なんだね、と美鈴は疲労に溜息。


「でも突然でしたから私驚いてしまって、刀夜さんに向って手当たり次第に物を投げてしまいまして。
 その中の一つに包丁があったのですけど、刀夜さんったら凄い反射で真剣白刀取りをしていました」


それって下手したら殺人ですよね、とはもう美鈴はツッコミはしない。
適当に頷きながら聞き流す。触れぬがなんちゃらだ。


「そいえばウチの旦那も上条さんとこほどじゃないですけど、ちょっとだけ変なこと言ってましたよ」

「連絡は取り合ってるんですね。それでなんと書いてあったんです?」


美鈴は変でしたよぉ~ひょっとしてたらまた酔ってたのかも、と肩を竦める。

その手紙の内容は、


『一万人の娘達って素晴らしいと思わないかい?』


と記っされていた。


35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/26(水) 22:21:11.48 ID:jc0ANV20
本日は終了です。

もう皆さん気付いてる通り以前にプロローグ部分を総合で投下してご指南頂いたヘタレ野郎です。
っでこんなヘタレ野郎が大作の麦恋の人であるはずがなかったのだった。期待されていた方は誠に申し訳ない。
総合で感想くれた方にもお詫び。
妹達の番号。結局こちらで行く事にしました。せっかく助言してくれたのに申し訳ない。

次は仕事の関係上、三日後になりそうです。
またーりとお付き合い頂けましたら。それでは
36 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 22:26:04.53 ID:9gQbUWw0
乙!
刀夜さんの反射神経マジパネエ…流石上条さんの父
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/05/26(水) 22:27:50.69 ID:DFFowwU0
乙!

期待して待ってるぜ!
 
46 :始まり始まり[saga]:2010/05/29(土) 21:38:44.68 ID:Q53PtPE0


――――――


美味しい酒を飲んでいるはずなのにクソ不味い。あぁ、クソッタレ。
と、上条刀夜は口汚く吐き捨てた。


「本当にクソッタレだっ」


彼にしては珍しい乱暴で粗野な口調。
厳しく顔を顰めた刀夜は、美味しくないと思いつつも荒々しくジョッキに並々と注がれた黒い液体を飲み干していく。
少しでも酔ってしまわないと、意図せぬ感情が暴発してしまいそうになる。


「おいおい、そんなに急いで飲むと悪酔いしちゃうぞぉ~」


相席していた男から気遣った声が掛かるが知ったことかだ。
そもそも貴方には言われたくない、と隣に腰掛けていた男を苦々しげに睨み付ける。


「そういう貴方も相当に酔ってきてるんじゃないですか?」

「だってさー酔わないとやってられないだろう?」


軽薄に口調に、薄っぺらい態度で男――御坂旅掛は応えた。
刀夜と同じようにジョッキを掲げ黒い液体を水のように流し込んでいる。


「貴方はあれだ、私にとっては疫病神みたいな存在ですよ」


八つ当たり、と判りつつ刀夜は抑えようとは思えなかった。
本当に悪いのはこの人ではなく、自分の方だ。むしろ感謝しなければいけない相手でもある。
だけど感情と理性は別物で、そう簡単に納得できるのなら世界から争いなんて醜いものは無くなっている。
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 21:45:52.16 ID:Q53PtPE0

「御坂、もしくは旅掛と呼んでくれていいよ。
 そして上条さんの比喩は的を得てるなぁーなんせ僕の仕事は世界に足りないものを示すことだから」


示される相手は否が応でも旅掛の話術に惑わされ希望を見出してしまう。
望もうが望まないだろうが、
旅掛が足りないものを提供しようとする相手の、ほとんどのパターンが切羽詰まっており選択肢など有りはしなかった。
結果、視えない希望に縋りついてしまうのである。
そこまでなら変哲も無い詐欺師紛いの遣り口だが、
旅掛のヒントから何かしらの光を見出した人たちは成功し、最終的に感謝してしまうのだから性質が悪い。
まさに疫病神『みたい』な存在。
刀夜の評はズバリとしかいい様がなかった。
なにせ刀夜自身がその術に嵌っているのだから。クソッタレめ。


「それで私に会うためだけに、イギリスの数ある一つの居酒屋を特定して駆けつけたわけですか」

「そうそう。ただし今回は俺自身に対して足りないことが多すぎるから、それを補うための結果だけど」

「巻き込まれた私はどうしたら?」

「感謝するべきことだ」


バーテンダーが不意に会話が途切れた二人の空気を読んで、追加の地ビールを置いていく。
注文した覚えは無いが気を利かせてくれたのだろう。
躊躇い無く刀夜はジョッキを掴みグッと煽る。旅掛も習い一気に煽った。
プハァ、と息を重ね合わせながら刀夜は途切れた会話を再開させる。


「……あの話は全て事実なのですか?」


ポツリ、と躊躇うように呟く。


「言っただろう? 信じる信じないかは上条さんに任せるって。
 それにその質問は意味がないんじゃないか? 答えは既に出てるからこそ、碌でもない野郎なんかに付き合って酒を煽ってる醜態を晒してるんだから」

「おいおい。御坂さんは紅一点の存在を忘れてるのでは?」

「あーあー。そういえば忘れていたね。どうも他人の振りをされてるせいでかな」

「気を利かせてくれると言ってあげてくれ」
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 21:53:21.03 ID:Q53PtPE0

紅一点。
刀夜と旅掛から少し離れた位置のテーブル席。
そこに十代後半の少女は黙々とアルコール度の軽い酒とツマミを口にしていた。
ある日を境に刀夜に付き従うようになった少女である。
その御陰で妻の詩菜からは嫉妬により大激怒され危うく額が真っ二つになりそうだったけど、うんあの時の母さんは可愛かったなぁ。


「あれって『原石』の子だよね?」

「その『原石』ってのは何を示してるのか知らないけど、一応名前はあるんだ『ジュエリー』と呼んであげて欲しい」


人間を物みたいな扱うな、と刀夜はジロリと睨みつけた。


「『ジュエリー』……それって偽名でしょう?」

「自分でも本名不明。ご両親にも捨てられて住居も無し。所謂孤児って奴ですよ」


仕方なく便宜上として『ジュエリー』と名付けたのだった。
やはり偽名でも名前がないと困る場面は多々ある。
名の由来は、
年齢にそぐわぬほどの尖った美貌と威圧感漂う佇まいを考慮し、『原石』から捩って『宝石』。
それを外国人だし英語にしよう、と単純な思いつきから名付けられた由来であった。
人一人の名前を付けるのにアバウトすぎないかって意見もあるが、少女自身は気に入ったみたいなので結果オーライである。


「ジュエリーちゃんはこれからどうする気だい?」

「彼女の親になってくれる人を探してはいるんですがね」


そのまま会話のツマミは不思議な少女に以降していく。酒もどんどん消費されていく。
やれ不思議な力を持ってるから親は誰でもいいかわけでもなく、やれ上条さんよく生きてたね、などなど。
そんな会話を繰り広げながら、刀夜は違うことを考えていた。
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 22:03:37.96 ID:Q53PtPE0

(……信じたくない。信じれるはずがないだろう)


旅掛が語った馬鹿馬鹿しい絵空事を反芻する。
彼は刀夜にとって何よりも許せない事実を伝えてくれた。


(息子が……当麻が第三次世界大戦の中核を担った一人だって?)


そんな馬鹿な話があるものか。
そりゃウチの当麻はちょっと普通の人とは一線を画くぐらい不幸体質だ。
その理不尽な体質が原因で子供の頃から苛められたり、冗談話にもならない厄介事に巻き込まれてしまっている。


(だからってあんな大人と大人の主張がぶつかりあった結果の戦争の中心にまで届くものか?)


分不相応にも程があるだろう。
当麻はただの学生だ。ただの子供だ。そして平凡なサラリーマンである自分の息子だ。
どうして。
どうなれば。
そんな発展の仕方を見せるのか。
刀夜は喉を焼け付かせる勢いで酒を煽りながら頭を横に振りかぶる。


(あるわけがないんだ。あってたまるもんか)


旅掛が嘘を付いていると判断した方が自然すぎる。
果たして騙すことによってメリットがあるかと言われれば無いのだろうが、それこそ愉快犯と処理してもいい。
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 22:09:18.86 ID:Q53PtPE0

それぐらいおかしな話だ、と刀夜は思うのに、


(信じてしまっている私がいるか……)


根拠はあった。
信じられる、信じてしまえる根拠はあった。
まだ記憶に新しい――夏に家族で遊びに行った神奈川県の海で発生した事件。


(あの時の不可思議な光景は忘れることはできんさ)


オレンジに染まる夕空が、一瞬で星の散らばる夜空に切り替わり、頭上には禍々しいほどの蒼い満月。
光の螺旋が空を走り、幾多の紋章が描かれ、蒼月を中心に展開されていき、遥か水平線の向こうまで伸びていく。
巨大な魔方陣の図形。
それら壮大な光景を背景に、
漫画や絵本でしか見たことの無い人外の『存在』が刀夜を含めた全ての人間達を見下ろしていた。


(混乱していて焦っていたから……冷静に判断できんかったが)


あの『存在』は聖書に登場する架空の創造物――天使と呼ばれるものだった。
心の底から信じたわけじゃない。
だけどそうとしか説明のつかない現象を前にした刀夜には否定するのは難しい。
そして、仮にそんな非現実な現象が存在し、当麻が日常的にそれに関わってきているのいうのなら、
不本意ながら人と人が織り成す現実的な戦争に巻き込まれてしまっていても不思議ではなくなる。
根拠としては十分すぎるぐらいだ。
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 22:15:30.07 ID:Q53PtPE0

(なんせ不幸を幸せと胸を張って宣言するような息子だからなぁ)


上条当麻は拳を握りしめ真剣な顔で叫んでいたのを、刀夜は苦笑いしながら思い出す。


『惨めったらしい『幸運』なんざ押し付けるな! こんなにも素晴らしい『不幸』を俺から奪うな!
 この道は、俺が歩く。これまでも、これからも、決して後悔しないために!』


獰猛で、野蛮で、荒々しく、上品さの欠片もない、
けれど、確かに最高に最強な笑みを浮かべて、当麻は宣言していた。


『『不幸』なんて見下してるんじゃねぇ! 俺は今、世界で一番『幸せ』なんだ!』


覚えている。
上条刀夜(ちちおや)は、上条当麻(むすこ)の宣言を覚えている。


(っで当麻は不幸(シアワセ)のために自ら渦中に行ったか。
 なんだかなぁ。父さん悩むの馬鹿らしくなってきたぞ息子よ。だってさぁ)


否定する根拠がない。
むしろ納得する要素しかないのが困ってしまうぐらいだ。
どれだけ無謀だろうが、どれだけ無茶だろうが、あの息子を見てしまったからには刀夜は認めないわけにはいかない。
それを否定するということは……。


「なぁ御坂さん」


思考に没頭していた刀夜は、いつのまにか無言になっていたが旅掛は気にしなかったらしく酒を煽っている。
本当ならぶっ潰れてもおかしくない量を摂取している二人だが、酔った気配は微塵も見当たらない。
52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 22:21:15.71 ID:Q53PtPE0

「ん。なんだい?」

「自分の子供が信じる道を応援してやるのが親ってもんですよね」

「そりゃそうだろう。美琴が例え戦火中のロシアでビリビリってても、それが娘に必要なら俺は咎める気はないね。説教はするけど」


御坂さんの娘さんもロシアで当麻と行動していたらしい、と刀夜は聞き及んでいる。
刀夜は頷いた。力強く眉を立てながら。


「だったら私は、御坂さんの話を否定することはできないみたいだ」


刀夜は断言した。
迷いなく澄み切った表情。その顔は息子を思う『父親』の表情だった。
ふーん、と鼻を鳴らした旅掛は目だけで笑いかける。漸く足りないものを埋める時が来た。


「話してくれ。私にして欲しいことを。何の力も持たないただの父親が、愛する息子を助ける手立てを示してくれ」

「あぁもちろん。話すさ。それが僕の仕事で、愛する娘達の助けに繋がるのだから」


旅掛は笑みを深くする。
深く、濃く、嬉しくて堪らないと言わんばかりに。


「正直に言おう。所詮、俺や上条さんが立ち上がったとこでどうにかなるものじゃないかもよ? それに具体案なんて何もない。
 俺がヒントを示して上条さんが勝手に動くだけ」

「それが、何か問題でも?」

「いいや別に。言ってみただけ。当たり前のことだしね」

「だったら無駄は省こうよ御坂さん」


軽口を叩く二人に苦味はなく、不敵な笑みが唇に浮かぶ。
そのまま旅掛はおどけた道化師のようにヒントを口ずさんでいき、刀夜は真剣な顔で聞き検討していく。
テンポを乱さずスムーズに進んでいき、
53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 22:23:51.52 ID:Q53PtPE0
「――はい、終了。後は上条さん次第ってことで」

「結局、どうすべきかなんて道は人に決めてもらうのではなく、自らが選ぶものですし十分ですよ」

「まぁ俺にとっても上条さんに相談したのは保険みたいなもんだし。
 相手は一発で沈められるような小物じゃないから手札は多いほうがいい。これは忠告だが、あまり無茶して目を付けられないようにするのを祈るよ」


本命は、と旅掛は続け、


「どこかのチンピラ君とかに仕込んでるし、これからも仕込んでいく。あくまで上条さんは保険さ」

「それでも結構。私がやることが変わる分けじゃない」


またバーテンダーが見計っていたのか、ジョッキを二人分テーブルに置いていく。
ここの店員は搾り取るだけ搾り取る気だな、と刀夜は商売上手な去っていく店員の背中を見送る。
大それた計画を練っている最中にも関わらず、財布の中身で勘定が足りるのか不安になってしまう庶民感覚は如何なものか。
旅掛も同じ気持ちだったのか、少し不安そうな顔に、妙な親近感を沸かしてしまう。
何はともあれ、


「まだ時間はありますか?」

「ああ、あるよ。イギリスを発つのは明日の夕方頃だからさ」


刀夜の意図を察したのか、旅掛は頷きながら一つの動きを取った。
黒い液体が注がれたジョッキの取っ手部分を掴むと、視線と平行に掲げる。
すかさず刀夜も同じ動作を取っていた。


「何にしますか」

「決まっている」


ニヤリ、と笑みを浮かべた二人の心は以心伝心。


「愛する息子と妻に――」

「愛する娘達と妻に――」


一拍。そして、


『――乾杯!』
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/29(土) 22:26:24.12 ID:Q53PtPE0

声が重複し、甲高い音色が打ち鳴らされる。
泥水を飲んでいたクソ不味い味は変化し、本来の上質な苦味を喉で味わえた。
暫くぶりの味に、刀夜と旅掛は喉を震わせた。


こうして目立たない居酒屋の一角で、何処にでも居る『父親』が。
ちっぽけでくだらない『父親』が不屈の信念を胸に燃やしながら、反旗を翻す開戦の狼煙が立ち上げる。
その流れが何を生み出すのかは本人達にも未知数。
だが忘れてはならない。
これまでの世界がちっぽけでくだらない想いで紡がれてきたように、これからも世界はそうやって紡がれていくのを。


「ところで御坂さん。保険なのは判りましたがどうして私なんかを優先して訪ねてきたんです?」

「ん。簡単だよ。――上条さんの息子が美琴の恋人候補みたいだから」



世界は周る。周り続ける。
――小さな、小さな想いの集合体に紡がれていきながら。


65 :始まり始まり2010/05/31(月) 22:35:00.81 ID:Duo0AOU0

――――――



同時刻。
イギリスの居酒屋で『父親』たちが酒盛りをする中、同じイギリスのとある場所でも酒盛りが開催されていた。
『必要悪の教会』。
女子寮と男子寮が引っ付いた男女共同の施設の一つに、ロシア戦で活躍した戦闘メンバーの多くが集まっていた。


『うおぉぉぉしゃぁぁあぁぁぁあああ! お前ら飲んでるか――っ!!』


野太い声が張り上がり、総勢三百名前後の人数を収容した空間の隅々にまでビリビリと響いていく。なんという肺活力。


『飲んでまぁあぁぁぁぁぁぁすうぅぅぅぅぅ――っ!!』


酔っ払い特有の、箍が外れた調子で喝采が幾多にも重なり轟く。近所迷惑も甚だしい。
空気はアルコールの臭い一点に染め上げられ、辺りには所構わずアルコールの液体が入っていた空の容器が散乱し、足の踏み場もない。
むしろ欲を禁ずるシスターって酒はご法度じゃね? なんて野暮なツッコミは禁止なのである。


「ちょっとした混沌(カオス)ですね、これは」


世界で二十人もいないとされる聖人である、神裂火織はウンザリと息を吐いた。
仄かに赤らむ頬と周囲の熱気に包まれたせいか、額やうなじに浮かんだ汗が色っぽさを醸し出している。
露出度の高い服装と相まって、とある不幸の少年なんかは直視できないぐらいにエロかった。


「彼らは少々羽目を外しすぎではないでしょうか」


吐息と供に愚痴が漏れ出すか、神裂を気にしている者は居ない。
今も幹事役を務めるクワガタ頭の建宮斎字は、年甲斐にもなく大はしゃぎで声を張り上げ仕切っている。
それに負けない勢いで、天草式十字凄教のメンバーやアリューゼ率いる元ローマ正教のシスター達を中心に盛り上がっていた。

66 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 22:42:14.63 ID:Duo0AOU0

「仕方ないと言えば仕方ありませんが」


大きな戦争を乗り切った後なのだ。
無事に生き残り、お互いを健闘を分かち合い、騒ぎたくなる気持ちは理解できる。
神裂だって稀にしか口にしない(年齢的な意味で)アルコールを摂取しているし、反動からホカホカした身体を無意識の内に
冷却しようと、豊満な胸肪を守る衣服が淫らに肌蹴ているのに気付いていない。
だが基本的に生真面目な性分の神裂としては、ここまでヒートアップした群集について行く事ができず蚊帳の外みたいな
気分を味わっていた。孤独には慣れていたはずなのに、妙に寂しく感じてしまうのは毒されすぎたからだろうか?


「おう神裂。主役のテメェが脇で寂しそうにしてていいのかしら?」

「シェリーですか。私はこれでも楽しませていただいてます」


シェリー=クロムウェル。
ライオンのような金色の髪に、チョコレートのような肌にボロボロに擦り切った黒いゴスロリ服のドレスを着た女性が、
いつのまにか傍にまで近寄ってきていた。
男口調と女性らしい口調が混在した、独特のセンスを光らせる、必要悪の教会の中でも変わり種。


「貴女こそどうしたのですか?」

「テメェと同じ理由だよ」

「あぁ……。納得しました」

「そういうこと」


神裂とシェリーは遠い目で、ボルテージMAXの連中を眺めた。


67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 22:49:18.81 ID:Duo0AOU0


どんな核融合変化が発生したのか、幹事役の建宮斎字が両の手を左右一杯に広げると誇らしげに演説していた。


『司会はこの元天草式十字凄教教皇代理の建宮斎字が務める! いいか今宵は無礼講なのよな!
 己の立場や相手の立場なんか忘れて騒ぎまくろうぜなのよぉぉぉぉ!!!』

『イィィィエエエエェェスススゥゥゥゥゥ!!』

『オラオラオラオラァァァッ!! それでは第一回『ちょっぴり過激☆エクストリーム!ビンゴ大会』いくっ~~ぞおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

『この大会の勝者にはヲトコ・建宮斎字の名の下に諸君らが願う者を用意するのよな! 
 ただし、あくまでも俺が実現可能なことだけだから、神様でも不可能な無茶な頼みをする巫山戯た野郎は罰ゲームが待ってますんでよろしくなのよっ!』

『はいはーい! おっぱいを大きくしたりできますかぁ?!』

『貧乳はステータスだっ! 希少価値なのよな! だから僻む必要はねぇのよ!
 それでも尚巨乳に憧れるというのなら任せておくのよな! 幻の十本指と謳われた建宮さんが責任を持って大きくしてやるのよな!』

『死ねッ!!(女性ほぼ全員から)』


ワーワーガヤガヤ、と大会についての質疑応答は繰り返されていく。

68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 22:52:53.91 ID:Duo0AOU0


それらをヌボォーと生温かい目で見守っていた神裂は、


「ハッ?! 私は一体なにを?!」


どうやら意識が飛んでいたらしい。
時として人は、認めたくない事実を垣間見たとき心の障壁を無意識に作り上げるというが、聖人の神裂も例外ではなかったらしい。
隣ではシェリーが趣味にしている彫刻削りの失敗作を見るような視線で、
狂気と化した集団を観察していた。口元が微かに動いているが神裂からは聞き取れない。『……潰すぞ』なんて聞こえないのだ。


「あのクワガタは神裂が束ねていた天草式でも偉い立場よね?」


ジトーっとした半眼を向けられた神裂はビクッ!? と肩を震わせた。


「え、ええとなんでしょうかその意味深げな問いは?」

「別に。あれが天草式だってことか。ふーん……なるほど」

「何を納得したんですか!?」


天草式に対する壮絶な誤解が生まれた気がする、と神裂は頬を引き攣らす。
正さなければいけない。
天草式十字凄教の一人のメンバーとして、彼らのまとめ役である女教皇として、なによりも神裂火織自身として。
シェリーが何を納得したか知らないが、きっとマイナス方面としか思えない。
そりゃぁ神裂にしても先程の光景は認めがたいものだったが、だけど勝手な勘違いをされては困るのだ。
現状は顔向けできないぐらいグダグダとしているが、いざ真剣になれば世界でも有数の魔術グループの実力を発揮するのである。
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 22:59:16.35 ID:Duo0AOU0

「いいですか貴女は勘違いをしています。本当の彼らの姿は――」


『救われない者に救いの手を』。
その尊き教えに従い、どれほどの屈強な壁を乗り越え至ったか。
二百人を超すローマ正教のシスター。アドリア海の女王艦隊。聖人で『神の右席』でもあるアックアとの死闘。
成し遂げたこと自体がもはや奇跡の所業。

神裂は胸にじんわりとした喜びを噛み締め誇っていた。
己の傲慢で身勝手な考え方で迷惑を掛けたにも関わらず、今も尚こんな未熟者を慕ってくれる仲間達。
感謝と、尊敬の念で一杯になる。
自分は幸せだ。
こんなにも素晴らしき仲間達の『輪の中』に入れて貰え、背中を並べられているのだから。
形式上はまとめ役の立場になる神裂だが、もはや無意味な概念。
未熟な自分だけでは道に迷ってしまう。
だけど背中を左右を前方を、頼りになる仲間達が固めてくれるというのなら、決して闇に取り残されず光の道を歩める事を確信していた。
結束した我らはもう過ちを、道を違えることはないのだと。

神裂はそう胸に改めて刻みつけながら、どうだ! と豊満な胸を張りあげる。
誤解を正すために。如何に天草式十字凄教が素晴らしいかを、迷える子羊を導く神父のように説いていた。
それを聞き遂げたシェリーは、神裂の言葉に胸を打たれたように一つ頷くと、


「っでテメェはあっちに混ざらないの? 
 本当は飛び込んでその無駄にエロい格好でファイヤーダンスしたいんでしょう?」

「ッ!? ど、ド素人がぁ! テメェは人の話を聞いて思った感想がそれかぁ! 本当に聞いてたんですか、その耳は節穴ですかっ!?
 それに服装についてもテメェに言われたくないんだよっ! まず貴女はそのボロボロな服装を改めてから出直しなさい! そもそも私のは魔術要素的な意味で――」

「グチャグチャとうるさい。天草式の連中が素晴らしいのは分かった。っでテメェはその連中のトップだろうが」

70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 23:03:43.41 ID:Duo0AOU0

それがどうした、と神裂は怒りに牙を剥き出している。
さっさと謝罪の言葉を吐きやがれ、とプルプル震える身体だが、次の一言で更に油に水を注がれる事になった。


「知ってる? 類は友を呼ぶって言葉を。我慢せずにさっさと本性見せとけよ神裂」

「こぉぉのぉぉド素人はあぁぁぁぁあぁあ! 喧嘩を売ってるんだな、売ってるんですねぇ!? 
だったら買いますよ! 大枚にして返してやりますよ! っていうか私と今の彼らを一緒にするなぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!」


ブッチィィインン、とこめかみの血管を破裂させキシャーッと真っ赤になる神裂。
どうやらいくら信じた仲間でも、ハッスルしすぎた天草一派と同類に数えられるのは我慢ならなかったらしい。

このまま口撃の応酬でヒートアップしていく二人だが、珍しい光景といえた。

礼儀を重んじる神裂と、口汚いが礼儀を持ち合わせているシェリーはあまり衝突し合ったことはない。
彼女達も、何だかんだと言いながら気が抜けている証拠なのだろう。お酒もそこそこ入っているし。
そして気が抜けていたせいか、応酬する彼女達は気付かなかった。

背後に迫る、特大の危険を。

まず最初に気付いたのは神裂だった。
聖人として数々の修羅場を乗り切った危機センサーが反応した、という理由ではなく、
単純にシェリーの背後から接近していた危険が、神裂からはよく見えたというだけである。
危険――真っ黒な修道服で顔以外の全てを隠したシスターことオルソラ嬢がニコニコとした笑みで――がシェリーに抱きついた。
柔らかそうな双房のふくらみがシェリーの背中でムギュゥと形を変える。
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 23:06:42.80 ID:Duo0AOU0


「――なんだ、何しやがるッ!?」


驚いたのはシェリー。
オルソラの接近に最後まで気付かなかったため不意打ちになっていた。


「っあ、テメェはオルソラだな。何しやがる?」

「シェリーさんの体は柔らかいですね」

「聞いてねぇし。ウゼェんだよッ!」


神裂はシェリーとオルソラのじゃれ合いを眺めることしか出来ない。まだ謝罪の言葉はいただいてないのに……。
そこに建宮斎字が近づいてくると、


「喜べシェリー=クロムウェル。お前さんはオルソラ嬢に射止められたんよな」

「ハァ? このクワガタ野郎。意味わかんねぇ冗談はその頭だけにしとけよ」

「いやこの元教皇代理様は本気なのよ。
 ビンゴ大会でオルソラ嬢が見事に上がったんだが、その商品がお前のそのボロボロの服装を小奇麗にしたいんだとよ」


馬鹿は退かず、真面目な顔で語っている。
シェリーは気持ち悪いものでも見るような表情で、建宮に視線をやっているが気にも留めない。
そこに援護射撃なのか、オルソラが会話に混ざり始める。

72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 23:08:42.59 ID:Duo0AOU0


「そうなのでございますよー」

「つまりオルソラ嬢は前から、お前さんのドレスアップする機会を虎視眈々と狙っていたのよな」

「余計なお節介なんだよ。アンタもさっさと離れなオルソラ」

「そういえばシェリーさんは課題の提出は――」

「それ何日前の話題だと思ってやがる!? 
 相変わらずテメェは人の話を左から右に流してるわよね! あとクワガタ野郎、マジでいい加減にしやがらないと――」

「ノンノン。そうはいかないのよな。何故なら今日の俺は――」


――ヲトコ・建宮斎字なのよな、と一回転し謎のポーズを決める狂人。
パチン、と建宮は指を鳴らす合図に従って、数人のシスターがシェリーを包囲し、


「よし連行するのよな」


宇宙人でも捕獲したNASAの研究員みたいに、シェリーの腕や足に肩を拘束すると、
別室まで運び出そうとしていく。
抵抗するシェリーが暴れ始めるが、お酒の力により狂人と化した酔っ払い共に敵うわけもなく、
そのままドッタンバッタンと騒がしい音を放ちながらも、神裂達が佇む地点からどんどん離れていく。
最後にはレアな女口調で悲鳴を上げるシェリーが、
姿を静かにフィードアウトさせていったのだった。背景に流れていたBGMはドナドナだろうか。

73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 23:11:54.38 ID:Duo0AOU0


「…………」


神裂は無言のまま呆然としているのに対し、それ以外の連中は清々しいまでの達成感を得た表情をしていた。
……恐るべし酔っ払い。
あの取っ付き難いシェリーを楽々と突破していくと、は。
そもそもゲームの商品として、他人が商品として祭り上げられるのはどうなのだろう? と神裂は冷や汗を流すのだが、
冷静に思考している余裕は許されなかった。
魔の手が、新たな犠牲者を求め忍び寄ってくる。


「女教皇様。実は――」

「落ち着きましょう建宮」


最後まで言わせない、と神裂は遮った。
このパターンはヤバい。良くない流れだ。今までの経験がビシバシと神裂の肌を打っている。


「建宮……一ついいでしょうか?」

「女教皇様の頼みと言うのなら断ることは出来んのよな」

74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 23:15:40.39 ID:Duo0AOU0


建宮は遮られたにも関わらず、機嫌を悪くした風もなく頷く。


「ゲームの勝者に商品を用意するのは大切なことです、ええ必要でもありましょう。
 ですが、果たして人権を無視してまで、巻き込もうとするのはダメではないでしょうか?」


哀れな子羊となったシェリーを不憫に思いながらも、神裂は巻き込まれるようにチャッカリと予防線を張っていく。
だが、


「いや~ですがね女教皇様。――『ちょっぴり過激☆』ですのな?」

「意味が分かりかねます!」

「それに『エクストリーム!』だったりもしますのよ」

「貴方はそれで許されると思ってるんですかっ!?」


ダメだ。言葉が通じる相手では無かったかもしれない。さっさと背を向け逃げるべきだった。
選択肢を過った神裂の周りにも、天草一派やシスター達がワラワラと
集まってきている。まるでゾンビが生きた人間を襲い掛かる構図に、神裂は眩暈を覚えた。


75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 23:17:34.61 ID:Duo0AOU0

強行突破。

余談を許さぬ状況に追い込まれた神裂は全身を緊張させる。
聖人の身体能力を舐めるなかれ。全力で駆けたらタイムロスなど無にして見せるわ、と人壁を突破しようとした時、


「女教皇様。我らには『あの少年』に対して大きな借りがまた出来ちまったですよな」


建宮の口から迸った呪印に、影を縫われたように強制的に立ち止まらされてしまった。


「いえ、ですがそれはっ?!」

「分かってますのよ。話は最後まで聞いてくださいなのよな。
 本当なら守るべき立場の者を守りきれず、恒例といっちゃなんですが最終的にボロボロにしちまった我らなんですが、
 これはやはり返すべきですし、それは女教皇様も同じ気持ちですよな?」

「否定はしませんが、何か嫌な感じがするのは私の気のせいですか?」

「流石は女教皇様なのよ! 受けた借りは、きっちりと返す! 皆の衆も聞いたかなのよぉ!」

『ビッチリバッチシ聞きました――ッ!』(天草式男衆の合唱)

「ぇ、いやあの落ち着きましょう皆。そこまで興奮する必要は――」オロオロとする神裂は「ってなんですかそれはぁぁぁ?!」と建宮が
さり気無く取り出したモノに絶叫した。

「なにって……女教皇様の大切な嫁入り衣装なのよな。しかも今回は我ら天草式が一から製作した、堕天使メイドと堕天使エロメイドを
 基点に改良に改良を重ねたハイパー堕天使エロメイドなのよっ!」

「ごほぶほっ!! ッ、貴方はまた余計な事をォォおおおおおおおおお!!! 大体そ、そそそれほとんど紐じゃないですか?! 紐じゃないですか?!」

76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/05/31(月) 23:21:10.71 ID:Duo0AOU0


大事な事だから二回言ったわけじゃないのだろうが、それほどに衝撃的だった。
申し訳ない程度にしか局部を隠せない布の面積は「これなら全裸の方がまし」ってレベルを体言する防護力である。
しかも一から作り直したというだけあって、
ハイパー堕天使エロメイドには様々な魔術的要素が詰め込まれていた。
無駄に高性能なのだが、人はそれを魔改造と云う。メイドという概念は何処に消えていきやがった。


「これも全て……土御門のせいです」


あのふざけた野郎さえふざけた衣装をふざけて天草式に伝えなければこんなふざけた展開にならなかったのに、と神裂は真っ赤にして震える。


「さぁ女教皇様。覚悟を決める時なのよ! 
 今からこれを着てビデオ撮影して少年に励ましのファンレターを送る事になってるのよ!」

「勝手に決めないで下さい! 誰がこんな破廉恥な服を着ますか!!」

「でも大会のルールは絶対なのよな。心配無用。パワーアップした、大精霊クパァメイドも共演しますから一人じゃないのですよな」

「不安要素しかありません! 断固として拒否します! っていうか付き合ってられるかぁぁぁぁ!」


ダンッ! と空気が破裂した。
叫んだ声を追い越す勢いで神裂が跳躍した結果により。
人だかりを一瞬にして突破すると、そのまま本格的に逃走していく。
その後ろでは建宮率いる即席酔っ払い連合が雄叫びを上げながら追撃体勢に移行していた。
天草式だけでなくシスター達も率先して動いているのは、もう面白ければ何でもいいのだろう。酔っ払いなんてそんなものだ。
背後から迫ってくる怒涛の足音に怯えながら、絶対に捕まるわけには行かないと神裂は涙目で駆けて行く。


77 :終了[saga]:2010/05/31(月) 23:23:09.21 ID:Duo0AOU0


(……こんなことになるのならステイルと一緒に、最大教主についていくべきでした)


年齢にそぐわぬ、無愛想さと威圧感を放つ不良神父はこれを予期していたかは定かではないが、
今更なにを言おうが手遅れというものである。
聖人の脚力を活かして逃げているというのに、背後から迫ろうとする連中に諦める気配はなく、
どうやら大人数の利点を有効活用しようと包囲戦を開始しようとしているらしい、と神裂は勘付く。
逃げる神裂の背中に声が届いたが無視。
その中に槍を得手とする少女が、女教皇様であろうと絶対に負けませんから勝負です! とベロンベロンの甲高い声が
届いたりもしたが幻聴の類だと処理しておいた。


(誰でもいいですから、この状況から私を助けてください!)


祈りも虚しく、追いかけっこは続いていく。
新たなる、大きな争いの波が迫っているのに気付きながらも、今日だけはここにいる全員が全員とも気が抜けていた。
戦士にも一時の休息は必要なもの。
だからこそ皆は仮初の平和と知りつつも、羽目を外し騒ぎまくるのだった。


最終的に必要悪の教会のとある施設に、ハイパー堕天使エロメイドと大精霊クパァメイドが降臨したり、
その影に隠れるように小悪魔ベタメイドと女神様ゴスメイドも召喚されたりと、四大メイドが夢の共演を果たす事になるのだが、
それはまったくもって本編とは関係のない別のお話。




――今日も倫敦の一日は平和だったのでした。まる。


87 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:37:48.58 ID:BJCvRS.0


――――


エリザリーナ独立国同盟。
小さな国をいくつもいくつも繋げ、ロシアからの間接支配を抜けきった誇り高き国。
その小さな国の中の一つの建物に、世界を揺るがすほどの大物達が集結していた。
天井から唯一の光源である豪奢なシャンデリアから照らされた室内に、三名のシルエットが浮かび上がる。


「ふむ……久しいな」


威厳に満ちた声が響く。
世界に二十億の信徒を従え、百十三国に教会を持つ魔術サイド最大勢力のTOPに君臨していた、ローマ教皇その人であった。
最も、今では『元』と付ける必要があるかもしれないが。


「あら、そんなことはないんじゃないー?」


ロシア成教が抱える魔術最大グループ『殲滅白書』の長を務めるワシリーサが笑みで応える。
一時期はロシア成教に背信する行為を行なったために、同じロシアの魔術師から命を狙われる状況に陥っていたのだが、
本人は気軽にあっけらかんとこれらを撃退。その後も問題なく同じ地位に返り咲いている。


「そこそこ連絡は取っていたけれど、顔を合わすのは久々かもしれないわね」


そして最後の人物。
イギリス清教のTOPである最大主教であり、
曲者ぞろいな『必要悪の教会』を束ねるローラ=スチュアートが硬い口調で応対する。

88 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:40:10.20 ID:BJCvRS.0


こんな偏狭の地にでもある場所に、これほどの大物達が集結していたのか。
その理由は世界第三次大戦が集結し、その結末も含め話し合わないと行けない、と感じた三人はこうして自然と集まったのだった。
正式な会合ではなく、非正式な会合として。
だからといって、敵対している者同士なのだから簡単に、はいそうですか、という訳にはいきはしない。
故に独自の連絡網を行使した結果、各国のパワーバランスが及びにくいエリザリーナ独立国同盟に白羽の矢が立ったのだった。
仲介として、ロシア成教のワシリーサが橋渡しをすることにより、このお忍び会合は成立したわけである。
ここに訪れてはいないが、エリザリーナ独立国同盟の名の元になった女傑にも協力して貰っている。
この建物も彼女が用意してくれた一つだった。


「仕方なくもあるな。それぞれがそれぞれ忙しい身であったが故に」


ローマ教皇は老体に鞭を打ちすぎた為か、疲労が濃く残る息を吐いていた。


「ふふふっ。ダンディな紳士様に比べたら私はそこまでじゃなかったけどねー? 
 後は私の十倍は生きてそうな叔母様も気苦労が耐えないんじゃないのかしらん?」


叔母様、と呼ばれる人物はこの場に一人しか居ない。イギリス清教の最大主教のローラしか有り得なかった。
89 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:41:59.12 ID:BJCvRS.0


不名誉な名称で呼ばれたローラは額に怒りマークを判り易く浮かばせると、早速普段のノリで怒りを放とうとするが、


「ウッ?! い、いやだわワシリーサ。私はそこまで歳は食ってはいないわよぉ~?」


不自然に『標準語』を操りながら訂正していた。その額には冷たい汗の粒。
ワシリーサはしてやったりと小悪魔めいた笑みを浮かべている。意味するところは悪戯成功というところだろう。
彼女は何時だってそうだ。
些細な事から、己の命が関わる事でさえ、等しく同列に捉え子供の遊び感覚で処理してしまうのだ。
ローラに放った口撃も、いくらお忍び会合とはいえ下手をしたら国際問題にも成りかねない愚策。

しかも立場は向こうが格上の格上。

普通の神経を有する常人なら決して実行に移さぬだろうに、彼女は自然体でそれを行なう。
他人が聞けばこう断じるだろう。愚者と。
だけど違うのだ。ただ愚かなだけの人物なら、この場に、あの地位に根をはれるはずがない。
恐ろしく、だが面白い人物だ、とローマ教皇は内心で愉快になった。

それはローラにも当て嵌まる。

堂々と放たれたワシリーサの言葉は、女性にとっては禁句の一言だろうし、それこそ立場の差から
舐めた口を叩くな、と叱責しても不思議ではないのに。
出てこようとしていた言葉と態度は、まるで昔馴染みの友人に対するジャレ合いをするように応酬しようとしていたのが
窺える。彼女達の間柄はそこまで親しい関係でもなかったはずなのにだ。

90 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:43:56.37 ID:BJCvRS.0
(汝の隣人を愛せよ、か……)


ローラとてイギリス清教を支えるTOP。
裏では汚い手腕を発揮し、時には血で手を真っ赤に染めているのだろう。
だけど彼女の周りには些細な笑いの喧騒が絶えることはない。
年齢による差異、力による上下関係、信仰による威光と威厳、
それら全てが取り外され、ただただ平等な世界が彼女の中心には広がっている。


(……私には無かったものだな)


ローマ教皇は、いつかの羨望に心揺れるのを感じた。
自分が持ちえない物を妬む心に、まだまだ未熟だと痛感するが悪くない。
未熟だと思うのなら正せば良いだけのこと。神が与えた試練を乗り切ってこそ、信徒を救うに値するのだから。
静かな決意を胸に、ローマ教皇は咳払いすると己の思考を一転させた。
咳払いにワシリーサとローラの四つの瞳が注目してくる。


「そろそろ本題に入ろうか……と言いたいとこだが」


火蓋が切られようかと思えば、不自然にも途切れた。
ローマ教皇は先ほどからずっと気になっていた事柄があるのだ。それはワシリーサも似た様なものなのか、
二人は同タイミングである場所に視線を向けている。


「こ、これは気にしなくていいと思うわよ? えぇ、あまり触れないで欲しいの」


ローラはうろたえた口調で、必死に興味から遠ざけようとしているがそうはいかない。
ローマ教皇とワシリーサはローラの戯言を無視して、ジィっと凝視する。
91 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:45:41.70 ID:BJCvRS.0


凝視されているのはローラの背後。
そこには。
ローラの小柄な体躯を守るかのように、とある人物が佇んでいた。

名はステイル=マグヌス。

二メートル近い身長に、闇より深き漆黒の修道服を纏ってはいるが、神父らしくもなく、
左右十本の指には銀の指輪がギラリと危険な光を放ち、耳には毒々しいピアスを刺し、なんと口の端には火の着いた煙草を銜えていた。
……ローマ教皇は不謹慎だと眉を顰めるが、自分やワシリーサの護衛も似たような人種なので咎める訳にもいかず嘆息。
説明していなかったがローマ教皇やワシリーサにも護衛が配置されている。
どのような原理なのかシャンデリアの爛々とした光を浴びているにも関わらず、
ステイルと同様に、なんらかの術式を使用して影のように景色と融合していた。第三者の視点からでは護衛の姿は視認すら許されなかっただろう。

残り二名の護衛。

ローマ教皇には『神の右席』である前方のヴェントが、
護衛の役割を架せられているにも関わらず部屋の一番奥の壁に背中を預けて腕組みの姿勢。護衛する気は更々無いらしい。

ワシリーサには『殲滅白書』の部下であるスクーズズヌフラが、
何故かピンッと背筋を伸ばし直立不動の姿勢で構えている。小刻みにピクピクと震えているのは造反した際に調教された結果なのだろうか。

話を戻すが。
そんな護衛の三人に共通するのは、
どこの仮装パーティーに出席するの? もしくはなんちゃってコスプレですか? と問い詰めたくなる服装だった。
なんせ不良神父に、顔面ピアスのストリート風の黄色いカッパに、セックスアピール最優先の拘束具。
まさに五十歩百歩の世界。
お互い様なのだから文句のつけようがなかったのだった。

92 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:49:55.75 ID:BJCvRS.0


「……善良たる信徒には見せることは出来ぬな」

「いえーい、いっそのことさあなた達の世界はこういう人達に
 支えられて回っているのよー? って教えを広めたら面白いと思うのよねワ・タ・シはっ☆」

「その冗談は年老いた身には耐え切れそうにないので止してくれ」


人選を失敗したな、と嫌気が差してくる。
兎に角も、まずは本筋に戻そうと咳払いを一つすると、改めてローラの背後に控えるステイルに視線を遣る。


「僕に何かおありでしょうかローマ教皇」


ステイルは平然と答える。
彼には上下関係に対する、緊張感とは無縁の存在らしい。


「うむ。君に一つ尋ねたいことがある。――それはなんだ?」

「あぁ――これですか」


ステイルはローマ教皇の質問に応えるように、『一つの挙動』を示した。
軽く右手を動かすと、


「ひいぃぃぃぃぃっ!? やめぃ、やめいたるのよすている、ステイルっ――ッ?!」


絶叫がローラから迸った。
さっきまで駆使していた『標準語』の体裁などかなぐり捨て、変な日本語で必死にステイルに慈悲を訴えている。
それも無理からぬと言えるだろう。
何故なら、
ステイルが十八番とする火の魔術の一つ、『炎剣』が首元に突きつけられているのだから。


「っとこんな風にするためですが、いかがでしたでしょうか?」


涼しげな表情のステイルに、
ワシリーサは腹を抱えながら笑いを堪え、ローマ教皇は抑揚に頷くと、

93 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:51:57.37 ID:BJCvRS.0


「して、その心は?」

「馬鹿が馬鹿をやったら馬鹿を懲らしめるための必要措置です」

「なるほど。……納得したところでそろそろ本題に話を――」

「って勝手に話を進めたるじゃないけりのよっ!? 
 かのような状況で落ち着いたりて会話ができいたると思いたるのかしらッ?!」


漸く本題に進むのか、と思われたら、
ローラの癇癪に、開催の合図は再び掻き消されてしまった。
当の本人にとっては死活問題なのだから不可抗力なのである。のだが、それが癇に触ったのかステイルが、


「うるさいですよ最大教主。後、言いましたよね? そのふざけた日本語を使用したら灰にしますよと」

「ええい、黙るのよステイル! 仮にもイギリス清教のトップに向いてその口ぶりはいかがなものなりしなの!?」

「へぇ……これだけ忠告しているというのに貴女はまだそのふざけた日本語を使用しますか、そうですか」

「ハッハァ~ン! どれだけ脅そうしろとも所詮はハッタリなるようは一目瞭然たるものなりしなのよ!?
 もしここで私が灰になりたもうものなら会合はオジャンになりけて、 
 その結果困るのは集まりたる者達であり、その責任がステイルに取れようしきものかしのらっ!!」

「別に責任なんて取りませんし僕は困る必要性が何処に?
 僕がイギリス清教に従っているのはあの子のためであって、『首輪』が破壊された今となっては無理に在籍する気はないので。
 名目上、あの子の所属部署を決めておかないと、十万三千冊の魔道書を目的に世界中の馬鹿が、ハイエナの如き
 執着心で押し寄せる危険性があるから、盾代わりに在籍してやっているのを忘れずに」


例えば、とステイルは目線を横に走らせる。

94 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:55:09.82 ID:BJCvRS.0


走らせた先はワシリーサが映っていた。


「もし僕がこのクソ尼を灰にした場合、
 あの子と僕が路頭に迷うのですが受け入れ先になって貰えたりは?」

「んー。その子って可愛らしい? 例えば『魔法少女カナミン』のコスプレが似合ったりとか」

「そのコスプレは存じませんが、あの子なら何でも似合うのは僕が保証しましょう」

「だったらいいよー。その子がきたらサーチャちゃんを交えて名一杯可愛がってあげちゃう」

「あの子が嫌がらない程度になら。ですがあの子には不本意ながら学園都市に保護者紛いの人物が
 いますので、あの子が満足するまでは現状の生活から変化させないことは約束してください」

「ふーん。色々小難しい理由があるみたいね、その子。
 まぁ私としても花は愛でるものだから、嫌がることはしないわよ」


交渉成立。
満足そうに頷いたステイルが次に目線を向けた先は、


「私としては異論はないが、無闇な争いに発展はさせて欲しくはないな」

「なんせ異教徒の一派が内部崩壊するわけですから、ローマ正教としては願ったり叶ったりですしね。
 もちろん、後始末の問題は任せて貰って結構です。都合が良いことに今回の会合はお忍びですから、
 一部の者にしか事実は伝わっていません。そして僕が得意とする魔術は火のルーン。灰にして風が吹けば、
 証拠など残りようがありませんからご心配なく」

「だが不可解だな。君はどうしてその子のために、そこまで尽くそうとする?」

「……ずっと昔に、誓ったことがありまして。それに抵触した人物に対して、僕は誰であろうと遠慮することはない。
 灰は灰に、塵は塵に。全てを等しく、地獄の業火で焼き尽くすのが僕の役目。ただそれだけです」

「ふむ……まぁ好きにするがいい。この件に一切我らが関わった臭いを残すなよ」

「御意に」


商談成立。
淡々と進むイギリス清教最大主教抹殺計画に、
ローラは真っ青になりながら無言になっていた。先ほどの強気な態度は鳴りを潜めていた。
首元に突きつけられていた炎剣の重圧が、何倍にも圧迫感を生み始める。

95 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:56:44.65 ID:BJCvRS.0


「……」

「……」

ステイルとローラは沈黙を貫く。
ダラダラダラ、とローラのうなじに脂汗が滝のように流れ始めているのを、背後に構えるステイルは見逃さない。
ローラ=スチュアートは火炙りの刑にされる罪人のように項垂れながらブツブツと呟き始めた。
仕える主に対する祈りか、もっと即物的なステイルに対する命乞いか。
その呟きはローラの口から外に零れ出さず、
周囲に漂い始めている重く静謐な雰囲気を壊す事は無く、シリアスな緊張感だけが蔓延していく。


「さて……念仏は唱え終わったかい? だったらそろそろ――なっ」


ステイルの残虐な口調が、戸惑いに変化した。
その戸惑いを呑み込むように、目も開けられないほどの黄金色の閃光がローラから爆発的に発せられていた。
擬音で表現しよう。
てかー、が、ビッガァァァァァァ!! と急速に溢れ出している。
もうお気づきだろうが、過去のクーデターで騎士派に捕らえられた際に
拘束を脱しようと使用された縄抜け(意地として縄抜けと言い張る)の術式である。実際は制御できない
魔力が暴走した結果による大爆発なのだが。

そして。
バウーン!! という愉快な炸裂音が周囲を薙ぎ倒した。

ローラが腰掛けていた木材質の椅子が吹っ飛び、本人が言うところ見事な拘束抜けに成功した瞬間である。
流石は曲者揃いのTOPに君臨する立場だけあって、
負けず嫌いと云うか見苦しいというべきなのか、骨の髄まで往生際の悪い人物だった。


「あまい、甘いたふるのよステイル! 仮にもTOPたる私に刃向かうとすりるふのが笑止千万!」


ふっはははははは~! とどこぞの三流悪役みたいに
高笑いを響かせながら、ステイルが吹っ飛んだであろう位置に声を投げつけていた。

96 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:58:15.59 ID:BJCvRS.0


余りのアホらしい威力に、ローマ教皇やワシリーサという
重要人物にまで余波が及んでいるのを彼女は気付いているのだろうか。
もし第四次世界大戦が勃発したら、
どのようにして全責任を取るかは定かではないが、そんな最悪の光景の作り出した彼女は大きく胸を張っていた。どうやら自覚はゼロらしい。

最も――馬鹿の末路がどのような道を辿るのか。
そんな在り来たりな話など詳しく描写するまでもないだろうが、今からその一端が垣間見える事になる。


「……甘い? 笑止千万? なるほどね。どうやら僕は相当舐められてるらしい。
 本当はこれを機会にあの子に今後一切手を出すな、と釘を刺して
 置くぐらいで止めてようかと思っていたけど、気が変わった。――ここで燃やすことにしよう」


濛々と粉塵が立ち込める中、冷たい嘲笑を忍ばせた声が広がる。
同時に。ゴウッ、と風が逆巻くと、室内を覆っていた粉塵がある地点を中心に吹っ飛ばされ消えていく。
その中心には。
無傷のまま佇むステイルの姿が。その右手には炎剣が燃え盛っている。
ピタリと止まる高笑い。
そして――、


「やれやれだな……」


事態を静観していたローマ教皇はそこでローラ達の馬鹿騒ぎを意識から切り離した。
どのような展開が繰り広げられているのか、
もはや語るまでもないからだ。無為な時間を過ごした、とローマ教皇は呟いた。


「いつになったら本題に進むのだ?」

「さぁねえー。私に尋ねられても困っちゃうわー」


ローマ教皇もワシリーサも無論のこと無傷。
魔術とは収束する力の流れや意味を揃えてこそ真価を発揮するもの。所詮、ローラが発動させた魔術の爆発力がどれほど
大きかろうと、力の意味を示してやらなければ効果など見込みようがない。
例えるなら、図体はデカイがその殆どが筋肉ではなく脂肪で固められた見掛け倒しのプロレスラーといったところか。
97 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 00:59:26.88 ID:BJCvRS.0


「っていうか叱らなくいいの? 昔の貴方なら相手が血の涙を流すまで説教するでしょうに」

「……今回はお忍び故に私も寛大になろうと思う。
 それにあのやり方がイギリス清教流なのだろう。少なくとも誰に対しても平等だ」

「実は羨ましいとか思ってるんじゃー?」

「口は慎めワシリーサ。分かりきった事を聞かれるのは私は好まない」


言外に肯定、とも取れる言動を残したローマ教皇に、
ワシリーサは本当に丸くなったものだと苦笑してしまう。『元』ローマ教皇になって肩の荷が降りたのもあるかもしれない。


「本題はあっちがあんな感じだから進めれないし、少し世間話でもしよっかー?」

「私は忙しい身なのだがな……」

「それそれ。ん~やっぱり内部ではゴタゴタが続いてる?」

「世間話というには不穏なものだな」

「気にしない気にしないー」

「……枢機卿達も使い物にならん。フィアンマに唆され、そのフィアンマが倒された今となって
 形振り構わず自己保身に走っている。まずは信徒をまとめ上げ、教皇選挙を掌握したのち、大規模な粛清が必要だろうな」


つまり。
それらの工程が終了するまで、ローマ正教は身動きが取れないとも云えた。

98 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 01:00:37.18 ID:BJCvRS.0


「だけど時間は待っちゃくれないわよん。内だけじゃなく、外も賑わってきてるみたいだし?
 知ってるかもだけど魔術結社のほとんどが何かしらの活動をしてるし、あの『抑止の輪』も動いてるって情報も
 あるぐらいだしねー」

「ふん……イラン政教か」


ローマ正教とイラン政教は犬猿の中だ。
中世期には聖地奪還の為に、ローマ正教が派遣した十字軍による大量虐殺により、
イラン政教は女から子供、全て皆殺しにされている。


「実質『抑止の輪』は、イラン政教を隠れ蓑にしてるだけで別物なのだけど」

「そうだったな。……厄介事が多すぎる」


その時だった。
ワシリーサとの不穏な世間話をしている最中、魔術的な通信が直接入ってきた。
相手は前方のヴェントから。


『(さっさと本題に入れクソ野郎)』


単刀直入な物言い。
どうやら相当に不機嫌なのが窺えた。


『(私がここに着た理由は覚えてるわよね?)』

『(覚えているとも)』

『(だったら下らない馴れ合いなんて止めて直ぐに始めろ。
  簡単な用件でしょう。『アレ』をロシアから手に入れた学園都市は魔術サイド全てを敵に回した。
  その対策としてオマエらが自然と結束しようと思うぐらいの脅威。それを忘れるな)』

『(そしてお前は科学を叩き潰せればいいということだ)』

99 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/03(木) 01:01:07.45 ID:BJCvRS.0


『(当然でしょう。それがここに私が居る理由なんだから。忠告しとくけど――)』


部屋の端から猛烈な死臭をばら撒く殺気が、ローマ教皇の背中に直撃する。


『(これ以上グチャグチャしてると潰すわよ。そうなりたく無ければ務めを果たしなさい)』


ブチリ、と無理やり電話回線を引っこ抜いた音と供に、魔術通話が強引に遮断された。
最後通告ということなのだろう。
確かに平等かは不明だが、上下関係の確執問題だけは自分にも無いらしい。


「どうやら急いだほうがいいみたいねー?」


殺気に気付いたのだろうワシリーサがニヤニヤとしながら訊ねてきた。
あれほどの強大な殺気だ、気付かぬ方がおかしい。
最大教主と護衛のステイルも気付いただろうに、
まだ一方的なワンサイドゲームを止める気は無いようだ。大した性格だな、とローマ教皇は息を吐いた。
そろそろ学園都市に対する、
魔術サイドの見解を固める本題に勧めよう、とワシリーサに頷く。

100 :終わり[saga]:2010/06/03(木) 01:02:09.84 ID:BJCvRS.0


「あの二人も止めて始めるとしようか」

「えーっと、誰が止めるのかしら?」

「……任せてもいいか?」

「オッケェ~。任されましょう」

「すまんな。この会合の後にも、とある人物と会う約束があるので手早く、だが確実に済ませたい」

「んーむ? それって誰?」


ああ、とローマ教皇は難しそうな表情を浮かべた。
奇妙な人物だった。
建前では敬愛なる信徒と騙っていたが、
実際はビジネスの為に会いたいと、相当な無茶とコネを駆使し約束を取り付けてきた東洋人を思い出す。
ローマ教皇が『元』でなければ、決して実現しなかった機会を逃さぬタイミングで、その東洋人はコンタクトしてきたのだった。





「何でも、『世界に足りないものを示すこと』を仕事にする人物らしい」



108 : ◆DFnPsilTxI[sage]:2010/06/05(土) 22:29:32.07 ID:0lMVuxw0


――――――




キーンコーンカーンコーン。
何の変哲も無い、授業の終わりを報せるチャイムが第七学区のとある高校に響き渡る。


『終わったあァァあああああああああああ――ッ!!』


授業の終わりをまだかまだかと待ち侘びていた、生徒達の喝采が教室に広がった。
漸く窮屈な義務教育から解放された生徒達の喜びは計り知れない。
いくら将来のためや超能力のレベルを上げるために、という立派な名目があっても、めんどくさいと感じてしまうのが学生と云うものだ。
自堕落な生活を送った結果、後々に自分にしわ寄せが返ってくるのを薄々気付きつつも、
そこは現在(イマ)を生きる学生。
そんなこと知ったことじゃないもーん、と見て見ぬ振りをして
愉快に過ごせるのが若者の特権。無限の可能性を秘めた若者達に怖いものなど無いのである。
第三次世界大戦で世間が震撼しようが、子供の為に立ち上がろうとする親や、世界の裏で暗躍する組織など関係なく、
ただただ気侭に自由を満喫する、学生らしい平和な時間だけが流れていた。


「やぁぁぁっと退屈な授業から解放されたわぁ」


そんな極めて倦怠感ライフを満喫する代表者の一人。
このクラスの三馬鹿トリオの一名である、青髪ピアスがアクビを殺しながらぼやいた。

長い時間なにかを押し当てられていたのか、おでこには赤みが差しており、口元には一筋の涎の後が。
間違いなく授業をボイコットし、居眠りをしていた形跡である。それで退屈も何も無いと思うのだが、
『退屈やから寝てまうんよねぇ。どうせやったら全世界の美少女を口説く授業とかしたらええのに』とは本人の便である。
だから気付かなかったのだろう。
先の喝采で、居眠りから脱した青髪ピアス以外の生徒は、
教壇と青髪ピアスの丁度中間ぐらいに、気まずそうに視線を向けながら沈黙を保っていた事に。

109 : ◆DFnPsilTxI[sage]:2010/06/05(土) 22:31:34.93 ID:0lMVuxw0


「んあ~? なぁんやみんなして黙って。ここはもっと騒ぐとこやろぅ~に」


寝惚け眼のトロン、とした糸目(元から細目なのだが)で他の生徒を見回す青髪。
目が合ったクラスメイトの反応は、

三馬鹿代表のもう一人である土御門元春は、「お前はまたか」みたいな反応を送られ、
学級委員長が似合いそうな吹寄制理には、「この馬鹿は。またかっ」と怒りの視線に刺され、
腰元にまで黒髪を伸ばした巫女さん衣装が似合いそうな姫神秋沙が「あなたは。またなの」と溜息を吐いていた。

他のクラスメイトも同じ思いらしい。
なんやなんや、と眠気から回復し始めた脳が活性化してきたのか、
青髪ピアスは漸く皆の視線が、自分以外の場所にも集中しているのに気付く。
あまり綺麗とは言えない黒板がある教壇側の方向。そこには小学生みたいな女の子が、涙目で可愛らしく震えている。


「あー……しもたぁ」


失策やなぁ、と青髪ピアスは少し反省し、
小学生みたいな女の子――にしか見えないが、暦とした教師である月詠小萌に愛想笑いをする。
小萌先生は青髪ピアスを涙目で睨みつけながら唸っていた。


「そんなに先生の授業は詰まらないですか? 先生は皆のためと思って一生懸命教えてるのに、
 それをチャイムが鳴ったら邪魔者扱いみたいに帰れと叫んでくれちゃって、先生どうしたらいいんですか?
 そりゃぁ先生だって子供の頃は授業が嫌いだったし、終わったら嬉しいって気持ちはあったから仕方ないなって思う
 気持ちもあるんですよー? だけどですね。まだ放課後のHRも残ってる段階で先生の存在を忘れて叫んだり、まぁこれは
 もう恒例のことですから慣れましたし諦めました。でも堂々と『退屈』って言う必要ないじゃないですか。ひょっとして
 小萌先生は物凄く嫌われちゃったりしてるんでしょうか……?」


きっと小萌先生にしては独り言なのだろうが、ブツブツと呟く声音は細部に至るまで生徒達に聴こえていた。

110 : ◆DFnPsilTxI[sage]:2010/06/05(土) 22:34:30.81 ID:0lMVuxw0


青髪ピアスに、
六十前後の無機質な瞳が一斉にグリン、と自分を捉える感覚が身震いと供に襲い掛かってくる。


――お前が悪いんだからな。


そう語る視線に晒された青髪ピアスは『お前らも悪いやんかぁ! ボクだけに責任転嫁させるんやないでボケェ!』と、
挑発を返すと、『いい度胸だ……これだけの人数を相手に敵に回るとは。覚悟はできてるのだろうな?』と背中にゴゴゴゴッ、と
文字を貼り付けながら、殺伐としたオーラを纏い始める。

能力を使っているわけでもなく、不自然なほど視線だけで自然な会話が可能なのに、
仲が良いのか悪いのか不明な、全くもって不思議なクラスだった。

生徒達は良いとして、それで良くないのが先生の小萌である。
授業を退屈と断じられ、次には学級崩壊の現場を突きつけられる小萌先生。
もはや涙目を通り越して、今にも大泣きしそうな感じである。ほら、喉が不自然に動いてるし。


(……うわぁ~、こりゃどうにかせんと)


自分一人の責任のせいにされるのは癪だが、
青髪ピアス的にロリで教師なんていう、特殊な性癖を大いに満たしてくれるラブ・小萌先生ー☆が困っているのだ。
どのような汚名(自分も罪があるのは記憶の隅から消去済み)を被ろうが、何とかしなければいけない、と男性として決意する。

111 : ◆DFnPsilTxI[sage]:2010/06/05(土) 22:39:04.91 ID:0lMVuxw0


(どないしよかなぁ)


素直に謝れば良いものを。
どのような思考経路の末にそう至ったのか、
青髪ピアスは『普通』じゃない方法を模索していた。簡単に説明しよう。どうやって小萌先生にカッコイイ男を示そうか、だ。
もう前提からしておかしいのだが、青髪ピアスは真剣に謝りかた(口説き方)を検討している。
検討が纏まったのか、青髪ピアスは一つ頷くと、


「小萌先生はその泣きそうな顔も可愛らしいなぁ。ボク頑張って補習受けますんで!」


そう発言した。
真面目な、キリッとした男らしいキメ顔で。
対する小萌先生は、


「ふっ、ふぇ……」

「ん?」

「ふえェェぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇんんっ!!」


我慢できずに泣き出した!
もちろん感動した訳で無いのは追記しておく。
ガビーン! と焦ったのは青髪ピアス。


「えぇっ?! 嘘や!? ボクの脳内絵図では惚れ直した小萌先生が微笑んどったはずやのにっ?!」

「んなわけあるかアホ――ッ!」

「アンタに任せた私たちが馬鹿さったようね、このアンポンタンはぁ!」

「っていうか言葉の前後の意味が繋がってねぇんだよ!」

「テメェはどうして普通に謝れないかにゃー。取り合えず半殺しぐらいで勘弁してやるぜよ」

「小萌。泣き止んで」

112 : ◆DFnPsilTxI[sage]:2010/06/05(土) 22:41:10.62 ID:0lMVuxw0


脳内絵図ならぬ地獄絵図。
青髪ピアスに殺到する者達。泣いた小萌を慰める者達。無闇やたらに煽ろうとする者。
それぞれが独自の判断で動きながら、場は入り乱れ、騒然とした状況を作り上げていく。


「ごほっ、し、死ぬ! これ以上は死んでまう!」

「うるさいにゃー!」

「骨は拾ってやるから安心しやがれっ! おりゃぁぁぁ――!」

「落ち着いてきた? それは。良かった。え。止めて欲しい? それは無理かも」


ドスバキガゴドゴンッ。
どうやら事態が収まるまで、もう暫くの時間が必要らしい。


「ふっ……不幸やぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」

『テメェの台詞じゃねぇだろパクんなっ! それとテメェのは自業自得なんだよっ!』


放課後になりはしたが、
未だ隣のクラスはHR中なのに、お構いなしの暴れっぷりを発揮する。
隣の教師が「いいなぁ。馬鹿ばっかりで」と羨ましがりながらも、馬鹿認定している事実に、もちろん彼らは気付かない。
ここにあるのは本当に。
学生らしい、争いとは無縁の生活を送る平和な日常の光景だけだった。

113 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/05(土) 22:43:17.69 ID:0lMVuxw0


――――




そんなわけで。
学校での授業を終えた、馬鹿一同は帰宅しようと第七学区をゾロゾロ歩いていた。
三馬鹿トリオの二名と、そこに吹寄と姫神を含めた計四名のメンバーは、自分達の寮や宿泊先から
距離が遠くなる道筋を通っていく。


「はぁ……本来ならなぁ。小萌先生と二人きりで補習を受けとるはずやのに」

「それがご褒美になるのは青ピぐらいだにゃー。まぁ仕方ないぜよ。
 戦争の影響で生徒達は早々に帰宅。十九時以降からは基本として外出禁止になってるからにゃー」

「ボクが下宿してるパン屋も、夜からはお客さんが少なくなって暇なんよな。
 パンの配達しとったら、アンチスキルの怖い人に叱られてもうたし」


青髪ピアスと土御門が雑談するのは、学園都市の現状である。
まだ学生達は本来の性分――平和な日常を過ごせてはいるが、やはりジワジワと影響が現れ始めている。

治安の悪化。
元からして、思春期を迎えた学生達が占める、学園都市の治安は良くは無い。
平時からスキルアウトと呼ばれる、無能者を中心とした不良が街中を闊歩し、能力者の中にも危険な思想を
秘めた連中が暴れている。

それが戦争の影響により、更に治安悪化の原因に繋がっていた。
いつ戦争に巻き込まれるか分かったものじゃない、と怯える能力者がストレス解消から無能者を襲えば、
それに対抗しようと、武装したスキルアウトが報復行為に出る。その対処として、追われるように警備員(アンチスキル)が
部隊を出動させて拘束するという泥沼化。一般人にまで被害が及ぶ大騒動に発展した事件もあるぐらいだ。

だが。
まだこれは、マシな部類に属されていた。

この不安定な時期を機会(チャンス)と判断したのか、
狙ったかのようなタイミングで、学園都市が独占する技術を横から掻っ攫おうと暗躍する外部組織や、
学園都市の闇として活動する『暗部』がテロリスト紛いの行為を実行しては、同じ『暗部』に処理されるという事を繰り返されていた。

114 :妙に重い……[saga]:2010/06/05(土) 22:48:35.27 ID:0lMVuxw0


最も、この事実は表に発表されることは無く、巧妙な情報操作により捻り潰されている。
だから『暗部』に所属する土御門を除いたメンバーが、その危険を目の当たりにすることは無かったのだが。


「でも。大変。本当ならもう寮に着くのに。まだまだ時間がかかる」

「まったくだわ。メンドウったらありゃしない」


姫神と吹寄が早速歩き疲れてきたのか、不平を口にする。
彼女達の周りには同じ様に、仲の良さそうな数人のグループが集合しながら、脇道に逸れることなく同じ帰宅ルートを通っていた。


「ブツクサ言ったとこで決まりは決まり。諦めるぜよ」

「そうそう。ボクは女の子と一緒に帰宅できて幸せやけど」

「っていうか何で私と姫神が、あんた達みたいな三馬鹿と一緒に帰らないと行けないのよ」

「私はどっちでもいい」

「それも諦めるにゃー。学校での決まりなんだし」

「大人数で帰るようにって小萌先生からもお願いされてるんやから、不満そうに言わんといて傷付くわ」


各教育機関に達せられた業務通達の一環である。
だからこそ、彼らの周囲には同じ様な集団が、決められたルートを従って帰宅しているのだ。

これは“警備員”及び、“風紀委員”(ジャッジメント)の負担軽減の為である。
生徒達が通学するルートを予め設定することにより、巡回ルートを縮小し、早期対策を可能にする為である。
今に限っては、“警備員”は戦争処理に追われているため、それを補助する形で各部署の“風紀委員”が巡回する形にし、
学生達だけで対処できない問題は、大人達が対処する編成になっていた。

窮屈だが、決まりは決まり。
こうして彼らは仲良く帰宅の道を歩く。

115 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/05(土) 22:51:33.48 ID:0lMVuxw0


「そういえば。上条くんはどうしてるの?」


姫神愛沙が、今日初めて出てきた、とある少年の名前を口にした。
ここ一ヶ月ほど学校に姿を出さない、不登校児と化した彼の出席日数はそろそろ限界間際である。
来年の進学に当たり、彼らを先輩と呼んでいるかもしれない。


「あー……え~とだにゃー。何でも外国で人助けして、事故に巻き込まれたらしくて……」


一人裏事情を把握している土御門は、軽く頬を引き攣らせながら曖昧に誤魔化す。


「上条は本当に上条ねっ」

「そう。上条くんは本当に上条くん」

「あのフラグ製造機の事やからどうせ助けたちゅう子も、女の子なんやろうな? 別に羨ましいなんて思っとらんでぇ?!」


ツッコミ何処満載の曖昧説明に、不思議な理解を示す一同。
上条当麻。
この少年の人助けと乱立フラグは、もはや日常の毎日として認識されているようだ。


「上やんが学校に来たら盛大にからかってやるにゃー……ん?」


曖昧説明をした土御門は苦笑しながらも、ホッと胸を撫で下ろしていたのだが、
不審な音に気がつき動きを止めた。それは彼だけでなく、青髪ピアスや吹寄達にも聴こえていたらしい。周囲の集団も動きを止めていた。


「今のって悲鳴……やんなぁ?」


ポツリ、と青髪ピアスが呟く。
聴こえてきた場所は、通学ルートから外れた路地裏の奥。
入り組んだ路地裏の道は、迷い込んだが最後、大通りとは別物に一転する。
そこは不良や、お天道様に顔向け出来ない者たちご用達の場所だった。

116 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/05(土) 22:53:04.34 ID:0lMVuxw0


「どうやら緊急事態みたいだな」


真面目な口調で土御門が言った。
周囲もそれに気付いたのか、不安そうに友人達と囁きあっている。


「女の子の声やったなぁ。……こういうのは上やんの十八番やねんけど」


青髪ピアスも軽い口調だが、真面目な表情だ。
吹寄と姫神は、雰囲気の変わった土御門と青髪ピアスに少し驚いていた。
男たちの行動は早かった。


「“風紀委員”に連絡してくれ。その間俺達はちょっと遊んでくる」

「久々やわぁ。最近は喧嘩通りも監視が厳しいしね」


土御門と青髪ピアスは躊躇い無く進んでいく。
緊急事態であろう路地裏の方向にへと。後ろでは姫神が携帯を出し発信コール中。
そして吹寄といえば、


「何で着いて来てるぜよ?」

「あんた達だけじゃ不安だからよ」

「これは遊びじゃないんやから危険やで? もし女の子に何か有ったらボクァ死んでも死に切れんやん」

「だったら大人しく“風紀委員”が到着するまで待ちなさい。
 それが出来ないのは、あんた達の勝手なんだから、私も勝手にするわ」


退く気が無いらしい。
いくら男勝りの吹寄でも、本気の喧嘩は怖い。今も膝が微かに震えているのに強情な物だ。
その膠も無い態度に、土御門と青髪ピアスは説得を諦めた。
説得している余裕は無い。もし危険が迫ろうと言うものなら、絶対に守ると拳を固めながら。

117 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/05(土) 22:54:54.70 ID:0lMVuxw0


そのまま土御門達は、ダンジョンに潜る勇者一同よろしく路地裏を進んで行き、
程無くして現場に到着した。
角の曲がりで顔だけを覗かせた土御門達は、


「判り易い構図だな」


スキルアウト三名が、一人の男子生徒を袋叩きしていた。
少し離れた位置には、悲鳴を上げたと思われる女子生徒が恐怖から蹲り嗚咽を零している。


「大方イチャイチャしてるカップルに苛々して、腹いせにボコってるっていうとこか」


土御門は冷静に判断しながら、隣の青髪ピアスに頷く。
頷きを返す青髪ピアスは獰猛な笑みを浮かべ、吹寄にその場で留まれと手で合図しながら、曲がり角から土御門と飛び出した。


「楽しそうな事してるじゃないかにゃー」

「ボクたちも混ぜてくれへん? 主に君らを懲らしめる方向で」


ヘラヘラとした口調で挑発する土御門と青髪ピアス。
突然飛び出してきた乱入者に、スキルアウトの三名は驚くも、舐めた口調に一瞬にしてトサカを逆撫でされた。
拾ってきた鉄パイプやメリケンサックを拳に装着し、臨戦態勢の構え。

118 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/05(土) 22:56:14.16 ID:0lMVuxw0


「なんだ、テメェらは?!」

「舐めてるんじゃねぇぞ、ぶち殺されてぇか?!」


弱者を踏み躙ることしか知らない奴が言いそうな、お決まりの口上。
そんな安い台詞に、土御門と青髪ピアスは付き合わなかった。
素手での喧嘩の必勝法は簡単だ。
問答無用で先手必勝の一発を見舞ってやればいい。それが喧嘩慣れした二人の持論。


「眠っとけよ」

「アホらしい」


言葉短く、踏み込む土御門と青髪ピアス。

滑る様に地面スレズレを疾走した土御門は、鉄パイプを装備した野郎の腹部に掌底を叩き込み、
身体が前折りになったところで顎をカチ割ってやる。派手さは無いが、確実に相手を気絶させる実戦式の暴力。

青髪ピアスは土御門とは反し、自身が有するレベル一の『肉体強化』の恩恵を借りると、トンッ、と軽く跳躍。
見掛けの軽さとは裏腹に、豪快な勢いを秘めた飛び回し蹴りで、相手の胸板を強打した。
ドンッ、と大気が震え、冗談みたいなノリで吹っ飛んでいった男は、地面に叩きつけられたまま立ち上がる気配は無い。


「なっ?! な、なんだんだよテメェらは?!」


一人取り残された男は、動揺に上擦った声を上げながら後ずさる。
清々しいまでの鮮やかな先制攻撃に、棒立ちで仲間がやられるのを見送るしか無かった男は、恐怖の感情に駆られていた。

119 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/05(土) 22:57:45.31 ID:0lMVuxw0


「ちょっとしたお節介ヤキだ。ガラじゃないけどな」

「なんやったら正義の味方と呼んでも構わんでぇ?」


形勢逆転。
ゴロツキの喧嘩は、数による力の暴力。
その数による有利性を失ったゴロツキは、戦意喪失したのか腰が完全に引けていた。
人質に使えそうな、ボコッていた男子生徒は、いつの間にか吹寄が回収し、蹲る女子生徒の場所まで運んでいる。
勝手な行動を、と思うが土御門と青髪ピアスは口にしなかった。
後は目の前の男を、軽く料理してやれば問題が発生する事はないのだから。
ジャリッ、と靴底に砂粒を擦り立てる音を鳴らしながら、間合いを詰めようとした時――追い詰められたゴロツキの表情が、
屈辱と恐怖から変化し、喜色の笑みを見せる。


「おいおい。ダッセェなぁ。何やられてんのよ?」

「おーおー。何か粋がった威勢の良い野郎がいるじゃん。……ムカつくなぁオイ」


路地裏の奥からゾロゾロと、スキルアウトの仲間が姿を出してくる。
その総勢は七名。最初にいた一名を合わせて、合計八名になってしまった。


「……なんていうかお約束やな」

「一匹見れば……って奴ぜよ。殺虫剤の準備を忘れてしまったにゃー」

「っで、どないするん?」

「どないしようにも……俺達だけならなんとかなるが、あのカップルと吹寄がヤバイな」


やっぱり連れてきたんは間違いだった、と二人は後悔。
戦えば、数発は良いのを貰ってしまうだろうが勝てるだろう。
逃げろ、と言われれば確実に逃げ切れるだろう。

だけど。
それが適用されるのは土御門と青髪ピアスのみ。

残された吹寄も逃げてくれれば守りようもあるのだろうが、あの気性の持ち主だ。
カップルを見捨てて背を向けるなど絶対にしない。二人にとってもせっかく助けようとしているのだから、逃げたくはない。
でも無理に戦えば、吹寄やカップルを人質に取られてしまう可能性もある。
……どうしたものか。
土御門が本気を出して、腰のベルトに差した『凶器』や魔術を使用すれば別だが、一般人の前なので、この手段は論外。
“風紀委員”の到着は、この調子だとあまり期待できそうに無かった。

120 :終わり[saga]:2010/06/05(土) 22:59:27.77 ID:0lMVuxw0


「何か良い案ある?」

「あるぜよ。――死ぬ気でやる」

「そりゃあ名案や。実はボクも同じこと考えとってん」

「今日は舞夏のご飯がより美味しく感じそうだにゃー」

「このロリで義妹萌えがっ!」


覚悟は決まった土御門と青髪ピアスは、拳を固めながら迎え撃つ。
スキルアウトの集団は、馬鹿を見るような眼つきで嘲笑してくるが、数分後には後悔させてやると。

スキルアウトの陣形は、人数の有利性を生かすために、扇状に広がっていた。
誰か一人が倒されている間に、握った鉄パイプやナイフで動きを止めてしまえば、後は叩き放題だ。
先手必勝の方法は使えないし、あれは不意をつかなければ効果は薄い。
それに背後には吹寄達がいる。
迂闊に機動戦を仕掛けるわけに行かず、相手から仕掛けてくるのを待ち、迎撃しなければいけなかった。
ジリジリと緊張感が高鳴っていく。
間合いが狭まる。
扇状の左端に展開していた、
ナイフを持った切り込みズボンの男が、土御門達の間合いへと飛びかかろうとした時――、



「待ちなっ!!」



――まるで漫画やゲームのようなタイミングで、制止の呼び掛けが一発触発の空気を切り裂いていった。


140 :よし、サクっと始めます[saga]:2010/06/08(火) 22:51:11.89 ID:zDOhyb.0


――――


男だった。

制止を呼び掛けた男は、柔らかい笑みを浮かべつつも視線は笑っていなかった。
腐ってやがる。
そう視線は物語っていた。


「ガキの喧嘩で、その人数差はやりすぎじゃないか。しかも素手に対して、獲物とは――」


また変な野郎が出てきた、とスキルアウトの集団は顔を嫌そうに歪める。
それに構わず男は一度言葉を区切った後、前振りも無しに、手に持っていた牛乳のパックに直接口をつけゴクゴク飲んでいく。
ある程度飲んで満足したのか、続きの言葉を紡いだ。


「――それは、いただけねぇな」


赤茶色の髪に癖髪なのか、パーマのようにウェーブがかかった長髪で、首元には銀の鎖。
服装はきれい目に整えながらもストリート風。黒に近いグレーのジーパンに、
赤ワインのように濃いベージュ色の長袖Tシャツの上には、漆黒のレザーを羽織った姿。しなやかで筋肉質のスタイルによく似合っていた。


「そんなに遊びたいなら俺が相手してやるよ」


黒い男は、強気な笑みを持って宣言した。
そのまま背後に振り向くと、そこには何故か“風紀委員”に連絡を取っていたはずの姫神愛沙が佇んでいた。
この場に居る者には知る由も無いが、
この黒い男が騒ぎがあったと駆けつけてきたかと思えば、姫神にそれを尋ね、ここまで道案内させたのである。
141 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/08(火) 22:53:22.77 ID:zDOhyb.0


「これ、持っててくれる」


姫神の返事を待たずして、無理矢理に牛乳パックを押し付けた。
押し付けられた姫神は「え。あ。あの?」と困っているが振り返らず、戦場の場に足を踏み入れていく。


「――さぁ。始めようじゃないか」

「舐めてんのか? たった一人でやる気かよ」


リーダー格なのか、頬に切り傷の男が嘲る。仲間の少年達からも嘲笑が響いた。
彼は相手にしない。
腰を低く構え、手を前に出すと手招きした。かかってこい、と。


「やっちまぇ!!」


リーダーが叫んだ。
仲間の少年達が武器を手に、殺そうと飛び掛っていく。


「っへ!」


獰猛な牙を剥き、彼は暴虐を開始した。
一番近かった鉄パイプの男の一撃を、身を沈めることによって回避すると懐に潜り込み、渾身のブローを腹部に穿つ。
穿たれた男は胃液を吐きながら悶絶し地面にへばり付く。

142 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/08(火) 22:54:15.63 ID:zDOhyb.0


「オラァ!」

「死ねやぁ!」


左右からの挟撃。
ナイフと木刀の少年達が、鉄パイプ男を倒した隙を狙ってくる。
それに慌てることなく、黒い男は左側のナイフの少年に向って身体を傾けると、裏拳気味に拳を顔面に打ち込んだ。
スパン、と小気味良い音が鳴り、遅れて木刀の少年が上段から振り下ろしてきた一撃を、少し背後にステップするだけで避ける。
木刀が地面にぶち当たった衝撃に手が痺れたのか、隙だらけの少年に右ストレートで殴りつけた。
これで三人。
だが、まだリーダーを含め五人残っている。


「次はこっちから行くぜぇ!」


『肉体強化』の恩恵を受けていた青髪ピアスを物ともしない速度で駆ける黒い男。
振るわれる拳。ぶち抜いていく蹴り。穿たれる膝と肘。
しなやかな肉体と服装の色から、漆黒の豹を連想させる身のこなしで、残る少年達をまるでボロ雑巾のように地面に吹っ飛ばしていく。
そして残された一人のスキルアウト。
頬に切り傷をつけたリーダーだけが呆然と目の前の光景に我を失っていた。


「後はお前だけだな」


彼は落とし前はつけさせて貰うぜ、と睨み付けた。
久々にシャバの空気を味わったかと思えば、世間では荒れに荒れていた。
どうして、こんな馬鹿げた真似をしてやがる。
確かに俺達はクソみたいな人生を送ってる。自分だって結局はこうして暴力に頼って物事を解決しようとしている。
だけどな。
そのクソッタレた力も、振るう方向さえ間違わなければ、こんなクソッタレな俺達にも本当の居場所が出来たはずなんだ。
それを。
どうして理解しようとしない。
彼は悲愴に満ちた瞳で、リーダーの男を見つめる。

143 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/08(火) 22:55:54.96 ID:zDOhyb.0


「ち、近寄るんじゃねぇ!」


リーダーは泡を吹くような焦り口調で叫ぶと、胸の内側に手を伸ばす。
取り出されたのは黒光りした鈍い鉄の物体。


「拳銃か」

「へ、へへっ。動くなよ、動いたら撃つぞ」


子供が持つには危ない玩具を、黒い男に突きつけられた。
グリップとトリガーに添えられた手は、遠目から見ても震えているのが判る。
本人に撃つ意思がなくても、いつ暴発するか知れたものではない。
黒い男にも、それが理解できるだろうに慌てた様子もなく、


「止めとけ」


黒い男は気軽な口調で諭すと共に、拳銃を握っていたリーダーの手を、左手で掴み取った。
あまりに自然体。
自然体すぎる行動に、リーダーは驚き撃つという発想が頭から飛んでしまっている。


「こんな狭い場所だと跳弾したら危ないだろう」

「なぁ――ッ?!」


掴み取った手を、強引に引き込む黒い男。
リーダーは踏み止まろうとするが逆らえず、そのままバランスが前のめりに崩れ、巌の拳を真正面からぶつけられ殴り倒された。
バウンドして跳ねるリーダーの男も、他の少年達のように、地面とお友達になったのだった。
真冬特有の、乾燥した風が吹き抜けていく。

144 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/08(火) 22:56:53.34 ID:zDOhyb.0


……気持ち良い風だ。熱くなった身体を冷やしてくれる。彼は握り締めた拳を、ゆっくりと開いていった。
戦闘終了。緊張感に包まれていた空気が弛緩していく。
彼は静かに息を吐くと、倒れ伏した少年達に向けて口を開いた。


「餞別代わりに覚えとけ。
 もう下らねぇことするんじゃないぞ。俺達みたいな、暴力にしか訴えることしか出来ない奴に、平和に過ごそうと
 してる奴らを巻き込もうとするなよ」


彼は語る。
胸の淵に残る想いを。今も地面に転がり呻く少年達に。


「俺も無能者だ。居場所がないって不貞腐れてるお前らの気持ちに共感できるさ。
 でもな――居場所ってのは自分が自分で居られるとこを言うんだよ」


それが理解できたからこそ、今の自分が居る。
彼は、少年達にもそうなって欲しいと願い言葉を語っていた。


「少し頭を冷やして来い。
 じゃなかったら――いつまで経っても、お前らに本当の居場所なんかできやしねぇよ」


これぐらいでいいか、と彼は頷いた。
あまり長居していては“風紀委員”が飛んできてヤヤコシイ事態が待ち受けている。


「じゃあな。次に会ったときは、笑える関係だと嬉しいぜ」


ガラじゃない説教を終えた彼は、襲われていたカップルを守ろうとしていた土御門達に近づいていく。
その表情は。
さっきまでの悲しい笑みではなく、心の底から嬉しそうな色彩に彩られていた。
彼は土御門達みたいな人物が大好きだ。
危険と知りつつも、逃げず立ち向かう勇敢な野郎を。
こんな野郎共が居てくれるのだから、まだまだ世界は捨てたもんじゃないと、真剣に考えていた。
命を懸けて守ろうと思えるぐらい、に。

145 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/08(火) 22:59:49.19 ID:zDOhyb.0
「迷惑かけたな」


彼が謝る必要性は無かったのだが、
それでもこの現状に胸を痛めていたのか、自然と口にしていた。


「それとも余計なお節介だったか?」


ニッ、と少年のような笑みを浮かべる。
年齢的に考えて似合わないはずなのに、不思議と彼には似合っていた。


「いやいや。助かりましたわぁ。ちょっと危なかったですんで」

「こちらこそ感謝するぜよ」


あれだけの人数を相手に、なんの危なげも無く勝利を手にした彼に対して、少しだけ硬くなりながらも感謝を示す二人。
彼はそりゃ良かった、と頷くと、そのまま彼らの背後に避難していたカップルと吹寄の下へ。


「すまんかったな。もう少し俺が早く来れれば良かったんだが。
 後、胸の大きい嬢ちゃんも根性あるじゃねぇか。俺の後輩を思い出すぜ」


軽いセクハラを口にするも不愉快感ゼロなのは、果たしてどのような現象なのか。
吹寄は思わず自分の胸に手をやりながら首を捻った。
彼は気にせず最後の人物――姫神愛沙に近寄り牛乳パックを回収しようとする。


「ありがとな。預かってくれて」

「いえ。どうぞ」

「おう。やっぱりこれがねぇと始らないな」


水分補給をしようと、また牛乳パックに直接口をつけ豪快の飲み始めた。
ゴクンゴクン、と美味しそうに飲み、最後の一滴まで一気に飲み干した。


「――プハァッ! やっぱり牛乳は『ムサシノ牛乳』で決まりだな」


布教活動なのか、姫神に牛乳パックの銘柄を見せ付ける黒い男。
別に聞いてない、と答えそうになった姫神だが我慢した。
色々満足したらしい彼は、そのまま唐突に背を向け、来た方向とは違う路地裏の最奥にへと足を向けていく。
146 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/08(火) 23:01:45.43 ID:zDOhyb.0


「じゃあな。最近は物騒だからお前らも気をつけろよ。
 俺はちょい“風紀委員”に見つかるとアレなんでな。先にお邪魔させてもらうぜ」


嵐のように出現し、嵐のように去っていく黒い男。
その後ろ姿が消えてから五分後。
息を切らせて走ってきた“風紀委員”が現場に到着したのだが、もう何もかも終わった後なのだった。


「なんや今日は忙しい一日やったなぁ」

「稀には悪くないぜよ」

「あのカップルの人も怪我は大したことなくて良かったわ」

「私は。空気だった……」


土御門達はその大遅刻をした“風紀委員”にカップルを任せると、
狐に包まれた釈然としない気分を味わいながらも、
また厄介事に巻き込まれる前に帰ろうと、再び指定された正規のルートに戻っていったのだった。






――彼らは気付かない。


学園都市の『暗部』に所属する土御門すら気付かない程の、小さな小さな変化が起きている事を。
黒い男のような、
固く重い決意を秘めた人物達が、第七学区だけではなく至る場所に現れては、下らない暴力に巻き込まれた
人達を助けようと動いているのを。
まだまだ規模は小さく、組織だった動きをしたわけでもないので、その事実を知っているのは一握りだけ。
そういう動きがあるというのを、一般人が気付いたとしても、尻尾すら掴ませず数分後には記憶から抜け落ちる程度の印象。
現段階では、この学園都市を統括する人物。
窓の無いビルに居座った『アレイスター』すら把握出来ない動きだった。
否、把握はしているかもしれない。
だが、所詮『アレイスター』に取っては、小指の爪ほども気にとめる必要が無い些細な動き。
不良と不良の潰し合い。
そんなものを気にとめる思考すら不必要だった。
だから気付かない。
その小さく些細な活動が、かつて『イレギュラー』と断じた存在を中心に周っている事を。
誰も気付かない活動は、
人知れず密かにこれからも行なわれていく。その活動が人々に知られた時には……。

156 :始まり始まり2010/06/12(土) 22:23:00.08 ID:nK.KLxs0


――――


“風紀委員”。
治安を守るために、学生達が自ら率先して揉め事を解決しようと気高き誇りから立ち上げられた役職。
その役職に準じる彼、彼女らが所属する詰め所の一つ。
第七学区の数ある詰め所の一つ、第177支部では、
今日も学生達の安全を守ろうと、盾をモチーフにした腕章を二の腕に着けた少女達が活動していた。


「またですの……?」


校則により、お嬢様学校である常盤台中学の制服を着用したツインテールの少女、白井黒子が不思議そうな口調で呟いた。
治安悪化による影響により、ここのところ非番を返上して詰めっぱなしになっている為か、
くたびれ気味ではあるが、その瞳からは力強さは失われる事は無く、今日も精力的に治安維持に努めようとしていた。


「ええ。他の支部からの報告ですけど、“風紀委員”が到着した時には解決してたみたいです」


白井黒子の声に応じたの、同年代の小柄な少女。
少女の名は初春飾利。
その名が示す通り、頭に特徴的な春の色を象徴する桜色の、造花の花飾りを乗せていたりする。
少女にそのような意図はないのだろうが。
それ独特なセンスを除けば、何処にでもいそうな普通の少女である。


「被害者に訊けば、どうやら同じスキルアウトぽい人に助けられたとか」

「うーん。ただのお人好しなのか、縄張り争いでもしてるのかもしれませんわね」

「どうなんでしょうか?」


わたくしに訊かれても困りますの、と白井は首を横に振った。
教えて欲しいのは自分の方なのだから。
だが。
お節介にしても、縄張り争いにしろ、あまり勝手な行動は控えて欲しい、と白井は考えている。
人助けならば立派な行為だが、“風紀委員”でも無いのに暴力による物事を解決するのは褒められた行為では無いし、
これが縄張り争いならば迷惑なだけだ。
もし自分が発見したら、どのような目的か署に連行した上で問い詰めようと頷いた。
157 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2010/06/12(土) 22:24:58.46 ID:nK.KLxs0


「まぁ助けられた被害者が感謝してるのが救いですの」

「そうですねー。それに今はあまり目立った活動はしていないようですけど」


初春はデータ統計でも取っていたのか、パソコンのデスクトップに表示されていた、
ファイルの一つを開くと、そこに並べられた数字を確認しながら、


「その『謎の組織』が出現する頻度は、第七学区のみのデータですが、おおよそですが五回あれば一度ぐらいですね。
 人数は一人の時もあれば、三、四名の集団の時もあるとか。なんにせよ、結構大きな規模の組織になる
 との推測データーが」

「頭が痛いですわ。ただでさえスキルアウトと馬鹿な能力者の睨み合いの最中、
 その第三の勢力が暴れ始められたら、手に負えませんですの」

「でも、おかしいんですよね。
 それほどの大きな規模の組織なら、噂が広まってもいい筈なのに、そのような情報が一切ありません。
 探ろうとしても尻尾すら掴めない有様だとか」

「それは変ですわね。……もしくはですの。前提条件が違うのかもしれませんですわ」

「と、言いますと?」

「組織なのではなく、あくまで個人個人で動いてるだけかもしれませんの」


それならば噂にならないのも納得できる。
たまたまお節介で勇気のある者たちが、この現状に憂いを見せ、たまたま同じような
気持ちで人助けをしているのかもしれない。

158 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/12(土) 22:29:21.96 ID:nK.KLxs0


「ないですわね」

「ないですよ」


どんな確率だ、と白井と初春は肩を竦めた。
白井だけは内心で、それに該当するツンツン頭の少年の事を知っているが、
あんな命知らずの馬鹿が、そこらじゅうに転がっていたら堪ったものではない、と打ち捨てた。
そうあんな……あんな――。


「あんの類人猿がぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」


何かを思い出したらしい白井は、突如吼え始めた。
今にも血の涙を流しそうなほど、目が血走り唾を飛ばしている。
彼女の叫びは止まらない。


「いつのまにかわたくしのお姉さまとの距離を縮めやがったぁ!? お姉さまもお姉さまですわっ!!
 あの能無しアンポンタンに唆されしまって! わたくしがいつも傍で愛してますとお慕いしているというのに、
 どうして黒子の気持ちは無碍にして、あのような殿方に靡こうとしますのっ?!」


さめざめと悲劇のヒロインを演じる変態。
ちなみにお姉さまとは、学園都市でも七人しかいない超能力者。
『超電磁砲』の異名を持つ御坂美琴の事である。
白井が泣きそうになっているのは、
美琴の想い人(漸く自覚したらしい)である上条当麻との関係を、人知れずステップアップさせた事により嘆いているのだった。
どうして人知れず、なのかは――御坂美琴がロシアで上条当麻に恩返しした詳細を――白井に説明していないからである。


159 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/12(土) 22:31:32.56 ID:nK.KLxs0
]

「白井さん、うるさいです」


白井の奇行に慣れてしまったのか、
初春は「また病気か……」と白い眼をしながら毒を吐く。この人物、見掛けとは裏腹に黒い人物である。


「うぅ……愛しのお姉さまにも虐げられ、次には親友にまで見捨てられたわたくしは、
 どうしたらいいんですの?」

「はいはい。それより仕事しましょうね」


慰める気はないらしい親友に、白井もガクッと肩を落とす。
最近、目の前の少女が異様に冷たく感じるのは気のせいだろうか? 昔はもっと慕ってくれていたはずなのに。


「分かりましたの……」


『謎の組織』の話は何処に消えたのか、
白井は落ち込みつつも通常業務の作業に戻っていく。
初春が言うわけじゃないが、あまりふざけていて、本来の業務を捨てておくわけには行かない。

カタカタ、と二人分のキーボードを叩く音が響く。
白井がパソコンに打ち込んでいるデーター内容は、検挙した犯罪者が使用していた
能力の詳細や個人データ。初春は反対に何処で検挙されたのか、発生日や時間の詳細をデーターに書き加えていた。
上層部に提出する報告書である。

160 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/12(土) 22:32:11.37 ID:nK.KLxs0


メンドウで肩が凝る作業だ。
白井としては細かい事後報告という作業は性に合わないので、他の誰かが処理して欲しいと思うぐらいだが、
力という権利を行使する者には、こういった責任も圧し掛かるものだと諦めている。
故に、彼女が“風紀委員”の活動時に、
その責任の所在を囚われず、美琴が力を行使しようとするのを嫌っているのである。あの上条にしてもそうだ。
二人のことを思い出したときに、ジクリと胸が疼いた。


(……お姉さま、わたくしに隠し事をしすぎだと思いますの)


データーを打ち込みながら、白井は嘆息する。
思い出すのは、かつて巻き込まれた一つの騒動。
白井と同系統の能力者である『座標移動』との邂逅で知った、美琴を取り巻く語られない現状。
きっとアレだけではない。氷山の一角にしか過ぎないと白井は考えている。
そして第三次世界大戦の混乱を縫うようにして、
消息を絶った美琴は、また自分には共有してくれない秘密を増やす。


(口惜しいですわ)


美琴が消息を絶ってからというもの、白井はどれほどの心細さに胸を痛めたか。
お姉さまの身に何かあったのかと心配した。何も言わず消えてしまった美琴に本気で腹が立った。どうする事も出来ない自分自身に失望した。
グチャグチャに混ぜ捏ねられた感情に、苛まされ発狂するかと涙を流した。
そんな最低の気持ちで、同居人の居ない寮室で眠れない夜を過ごすのが日課になっていた時、


(戦争の終わりを告げるタイミングで、お姉さまは帰ってきた……)


常盤台中学の制服はボロボロで、その上に羽織っていた防寒着もボロボロ。美琴自身も擦り傷や打撲は
当たり前で、大怪我すら無かったものの、入院を余儀なくされていた。
どうしてそうなったのか。
もちろん黒子は問い詰めた。
彼女の憔悴しきった身体を労わる事すら、不覚としか言い様がないが、その時は頭に無く問い詰めたのだ。

161 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/12(土) 22:33:05.77 ID:nK.KLxs0


(ですが返ってきた言葉は、心配をかけたという謝罪と感謝の言葉なだけ。真実は明かしてくれませんの)


口惜しい。
どうして話してくれないのか。
自分では何の力にもなれないかもしれない。何の役にも立たないかもしれない。
いいや、きっと相談された所で相槌を返すのが関の山だったのだろう。
それぐらい、御坂美琴を取り巻く闇は――深い。


(でもっ……ええ、分かってますわ。独り善がりの自己満足も良いところだと)


だけど。
それでも。
黒子は教えて欲しかったのだ。美琴の口から語って貰いたかったのだ。
それで何かが解決する訳じゃない。
独り善がりの自己満足。
自己嫌悪するが、今もその気持ちに整理はついていない。


(だけど、あの殿方だけは……全てを知っている)


美琴と一緒のタイミングで帰還した上条当麻。
白井黒子が、御坂美琴の抱える闇の領域にどうしても踏み込めないのに、あの少年だけは当然のように踏み込んでいる。


(醜い嫉妬ですわね。お姉さまに顔向けできないほどの醜さですわ)


あの少年に許されて。
どうして自分には許されないのか。
両者にどのような違いがあるのか、黒子自身に判断のしようは無いが、それ故に納得できずこうして悶々と心を揺れ動かせていた。
腑とした瞬間。
授業中でも風紀委員の活動時でも動きを止めて、悩んでしまうぐらい。
そこまで考えて、白井黒子は全ての思考を切り捨てると頭を振った。脳内をクリアする為に。

162 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/12(土) 22:34:06.06 ID:nK.KLxs0


(止めましょう。考えてもキリがありませんわ。それにお姉さま……貴女がどうしても口を紡ぐというのなら、
 こちらにも考えがありますの。そろそろ――かつての誓いを実行させて貰いますわ)


白井は笑みを持って頷いた。
何故なら――『目的地を知った彼女は速いのだ』。
彼女が欲する答えを掴み取る日は近いだろう。『今』よりも『次』へ。彼女の前進は止まりはしない。


(まぁわたくしとお姉さまの問題はいいとして。
 もう一人の方もそこそこ重症ですの。彼女は騙せてると考えているのでしょうが、甘いですのよ)


自分と同じ様なのが一人、と苦笑しながらパソコンから視線を動かした。
そこにはパソコンと向き合ってデーターを『打ち込んでいたはず』の初春飾利がいた。
その手はキーボードの上で停止し、数分前の白井と同じように物思いに耽っているように見える。


「初春。どうしたんですの?」

「うぇっ?! い、いえ何でもありません……よ?」


穏やかに声を掛けた白井に、明らかに挙動不審な態度の初春。
しかも最後が言葉尻が疑問系。
ここまで来れば何かある、と暗に言っているものではないか。


「悩み事がおありなら、僭越ながらわたくしが相談に乗りますけど?」

「な、何でもありませんから」

「嘘おっしゃい。貴女が戦争中……二週間前ぐらいから秘め事をしているのは気付いていますの。
 あの時はわたくしもお姉さまのことで余裕がありませんでしたから、構って上げることが出来ませんでしたけど、
 今は別ですのよ?」

163 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/12(土) 22:34:59.58 ID:nK.KLxs0


さぁ包み隠さず話せ、と白井は迫る。
普段は変態変態していて忘れがちだが、この人物は意外とお姉さま気質を秘めていて、人様の相談に乗る事が多い。
同じ常盤台のクラスメイトにも、そこそこ人気があるし、あの『超電磁砲』の相棒という認識をされているだけあって
頼りにされることも多いのだ。
それを知っている初春もどう断るべきなのか迷ったのか、微妙な表情になっている。無碍にするのは悪いし、悩んでいるのは
事実。だけど胸の内を明かすわけには行かなかったのか、口を開いて出た言葉は、


「気持ちだけ貰っておきます。誰かに話して解決するわけじゃないですし、
 それにこれは……自分の問題ですから自分だけで解決したいんです」

「そうですの……」


仲が深い関係を持つ人ほど頼ってくれないのに心を痛めたのか、白井は淡い花が散るような
表情を浮かべながらも、無理に詮索はせずに「いつでも相談しなさい」とだけ伝えていた。親友だからこそ
分かる事がある。こう言ってきた時の彼女は決して意見を曲げはしないだろうと。
彼女達の関係は、誰かに縋りおんぶして貰う関係ではなく、対等な関係だからこそ白井は身を退いた。
それでも燻る気持ちはあるのだが。お姉さまに続いて、初春もですか、と。


「ごめんなさい。話せる時が来たら、真っ先に白井さんに相談しますから」


でも。
白井の気遣いが嬉しかったのか、初春が嬉しそうな笑顔で感謝してたことにより、そんな憂鬱な気持ちも
吹っ飛んでしまった。現金な物だと思うが、やはり頼られて悪い気持ちはしない。
白井と初春はまたパソコンにデーターを打ち込みながら、雑談を開始する。
さっきまでの話は終わり。
凸凹コンビだが、親友なだけあって言外でこの辺の空気の入れ替えはお手の物だ。
一応仕事中だから雑談はよろしくないけど、どうせ出動要請があるまでは退屈な報告書の作成だけ。この支部のリーダー
である先輩は外回りをしているから、会話に花を咲かせていても咎める人物は居なかった。

164 :終わり[saga]:2010/06/12(土) 22:35:49.55 ID:nK.KLxs0


「そういえばですね」

「ん? 何ですの?」

「最近御坂さんの姿を見ないなーっ思って」

「あぁ……お姉さまですか」


フンッ、と白井は鼻を鳴らした。
珍しくも美琴に対して馬鹿にしたような扱い。
その意味は――、


「許可も取らずに外泊していたので、今は反省の意味も兼ねて寮で謹慎中のはずですわよ。……帰ったらまた喧嘩ですわ」


――精々反省しやがれ、と言う事らしい。


その口調は物凄く不機嫌でボソリと聞こえた最後の言葉は一体? それに少し瞳が潤っているのは気のせい
だろうか? と初春は思ったが触れずに置いた。またやぶ蛇になりそうだし、と。



182 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 22:27:34.93 ID:HFZvLd60


――――


第一〇学区。
荒れ果て廃墟と化してしまったこの学区には、人々から疎まじられる人種が自然と集まるようになっていた。
スキルアウト。
無能者と卑下される不良達が根城とする巣窟に成り、一般人は基本的に近寄ろうとはしない。
この場を根城にする彼らは、この地区を別の名称で呼ぶ。


『ストレンジ』。
一風変わった様や奇妙な、という意味を持つ形容詞で使用される。


それは科学にどっぷりと漬かった学園都市に置いて、唯一ここだけが科学(じだい)に取り残されいることから、誰かがそう呼び始めたのだ。
まるで無能者達が、自分の境遇を照らし合わせ、自分達の居場所がココであるように。希望を籠めて。
以来ここは『ストレンジ』と呼ばれ、多くの無能者達が根城にする巣窟になった。


その『ストレンジ』の廃墟の一つ。
電気も通ってなければ、内部も砕けた石灰や剥き出しの鉄塊が乱雑し、おおよそ人が住める条件を満たしていない場所に、
一人の影絵が寡黙に佇んでいた。
闇に溶け込むような黒装束の衣装に、頭にバンダナを巻いた少年――服部半蔵。
世界から隔離され、静寂だけが支配する空間の中。
半蔵は一人、光を通さない闇の中を見据えている。

その時。
闇の中に、一筋の光が煌いた。

ヒュンッ、と静寂が切り裂かれ、一筋の光は半蔵を貫こうと直進してくる。
半蔵は身を屈め、射線から逃れた。
光は半蔵が佇んでいた空間を貫いていくと、壁にぶつかり金属音を鳴らして地面に落ちた。

183 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 22:34:53.26 ID:HFZvLd60


「……クナイか」


切っ先は鋭く、持ち手部分は棒状。
忍者が一般的に使用する棒手裏剣だ。
半蔵は背後を向いて、わざわざ投擲物を確認したわけでは無い。
彼自身が闇夜の世界を生きるもの。長年の経験と夜目から、そう判断したに過ぎない。
戦場で、そんな悠長な事をしていれば生き残る事など不可能だ。


「――――っ」


半蔵は暗闇の中を疾走する影を視認した。
一撃目のクナイを囮にし、体制が崩れた半蔵に追い討ちを掛けようと、一直線に駆け抜けてくる。
素早く体勢を整えようとする半蔵に、そうはさせまいと影は速度を上げた。

甘いな、と半蔵は思考しながらも、距離を取るべく強引な体制からバックステップ。
懐から忍ばせた暗器を時間稼ぎとして、疾走する影に投擲する。煌く三つの鈍い光は、影を打倒しようと飛来した。

当たりはしないだろう。
向こうの力量は把握している。まずは体勢を整える為の時間稼ぎだ。
疾走する影は、二つの光を体捌きで避け、一つを握り締めたクナイで弾いていた。一瞬だが、疾走する影の速度は確かに失速する。
その間に、半蔵は強引な後退により崩れた体勢をすぐさま整えた。
これで勝負は振り出し。
真正面から遣り合えば、間違いなく自分が上だ。勝てる。


「――――」

「――――」


半蔵と疾走する影の視線が交差した。
184 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/06/15(火) 22:35:03.45 ID:ba11xoSO
キターー(・∀・)ーー
185 :忍者の末裔とかめっちゃ憧れるよね?[saga]:2010/06/15(火) 22:39:32.55 ID:HFZvLd60


相手は焦っている。
おそらく先の一撃で決めたかったのだろうが、計算が外れ、慌てているのだろう。
だが、遅い。
最高速度まで乗った身体を急激に停止すれば、僅かな間だが硬直してしまう。左右に逃げようとしても無駄。
その僅かな隙を見逃すほど、半蔵はお人好しでは無かった。


(終わりだ)


冷徹な判断で迎え撃った半蔵は、困惑しながらも疾走するという選択肢に任せた影との間合いが詰まっていく。
影は三メートルまで間合いが迫った時に、一つの行動をした。
跳躍。
闇を飛ぶ鳥のように大きく跳躍した。


(馬鹿がっ――)


素人の喧嘩ではないのだ。
人間は空中を自由に動けるような、人体の構造をしていない。それは無防備な隙を自ら曝け出すということ。
しかも半蔵は動いていない。ただ迎え撃とうと構えているだけ。背後に避ければ、跳躍力が切れた人体は重力に従い落下し、
着地した瞬間を狙われたら一溜まりもないではないか。
苦し紛れの悪手。
そう判断した時、背筋に怖気が走った。


(――――っ!)


本能的な感。
生死を懸けた世界に生きる者達だけが、刹那の間の中に感じる生存本能。
186 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 22:46:49.15 ID:HFZvLd60

半蔵は迷わなかった。
己の感が外れたことはなく、信じるに値する。
これまで生きてこれたのは、その御陰なのだから。

その直感は正しかった。
跳躍したと思われた影は、夜闇の衣。半蔵の注意を上に逸らすための囮。
ならば影の本体は何処に。
気付いた時には手遅れだった。


(しまっ――っ?!)


地面スレスレ。ほぼ密着してるのでは、と疑いたくなるほど身体を傾けながら迫ってきていた。
半蔵は舌打ちする。完全にしてやられてしまった。
初歩的なトラップだが、見事なほど忍術を体言した一撃。
ちょっとした工夫で戦闘のリズムを自分側に傾け、その隙に死角から攻撃を加えるのが忍術の極意だ。
その策に嵌った半蔵に回避する術は無い。
逡巡した身体は硬直してしまい、回避するにも攻撃するにも、何もかもが遅かった。
もはや外部から強制的な何かが加わらなければ、半蔵にはどうすることも出来ない。


(やるじゃねぇか――ッ)


成長したな、と微かな笑みを浮かべた半蔵は。
地面を縫うように疾走する影――郭を迎え入れるように力を抜き――。
ドスンッ! と大きな衝撃が木霊した。

187 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 22:53:44.30 ID:HFZvLd60

――――


「悪いな――まだ負けてやるわけには行かないんだ」


“上下逆”のなった視点の半蔵は、勝利の喜色を浮かべたまま崩れ落ちた郭に声を投げた。
あまりの衝撃を与えてしまったせいか、完全に気絶してしまっている。


「……今回は、本来なら俺の負けだな。お前は本当に成長したよ」


不意を突かれた半蔵は確かに成す術は無かった。
『半蔵』には、だ。
硬直し身体が動かないから敗北する。つまり硬直を取り払う『何か』があれば話は別だった。
その『何か』とは、半蔵の視界が上下逆になっている理由にある。


「汚いかもしれないが、次からは注意しとけ。忍びってのは古来から『罠』の技術に長けてるってな」


半蔵の左脚に、太い縄が巻きついていた。
それが身体を持ち上げ、一瞬にして空中に吊り上げられたのである。
地の利を活かした戦術。これも一つの忍術の極意だった。
188 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 23:00:07.01 ID:HFZvLd60


あの瞬間。
半蔵と郭が交錯した瞬間、郭から見れば一瞬にして半蔵の姿が消失したように映ったはずだ。
そして消失した空間を身体ごと突き切った郭を、上空に吊り上げられ難を逃れた半蔵は、郭の無防備な首筋に
カカト落としを叩き込んだのだった。吊り上げられ落下した瞬間の反動を用いた、最大級の一撃を。
こうして半蔵と郭の『演習』は終了したのである。


「しかし本当に有難みがないな……」


夜闇色の装束(ゆかた)を囮に脱ぎ去った、郭の格好は下着だけなのだが。
どうにも魅力が無い。
仮にも忍者なんてものをやっているのだから、無駄な脂肪があるわけでもなく、貧小な体型をしているかと言われればそうでも無い。
親友の馬鹿なら間違いなく欲情するだろうプロポーションなのだが、
不思議と半蔵には魅力が感じられないのだ。


「何故なんだろうな?」


別に不能では無い。むしろ女の子大好きカモンカモンッ! なのだが。
首を捻り考え込むが、やはり答えは出なかった。
この判断は保留にして、取り合えずは左脚に絡まった縄から脱出しよう。その後は郭を回収して情報を確認
しなければ。それに今の季節は冬だ。このまま放置していて風邪を引かれても困る。


「……楽しそうだな」


縄を所持していた打ち根で切って脱出した時に、声が投げつけられた。
半蔵はそれに答えず、まず郭の装束を回収。それを倒れた半裸の郭に着込ませ始めた。気絶している人間に服を着せるの、
なかなか難しいはずなのだが、慣れた手付きで着せていく。まるで何度も経験済みだと言わんばかりに。


189 :俺なら襲う、脊髄反射で[saga]:2010/06/15(火) 23:05:51.91 ID:HFZvLd60


「……よし、終了。でも本当にムラムラと来ないな。どう思うよ?」

「私に聞かれても困る」

「味気ない野郎だ。これだから甲賀とは合わねぇんだよな」

「無理に合わせる必要はない。伊賀の者よ」

「潮岸のとこで野垂れ死にしそうになっていたのを拾ってやったのに、酷い奴だな杉谷」

「……フンッ。頼んだ覚えはないがな」


杉谷と呼ばれた男は無愛想に鼻を鳴らした。
かつて独善的な正義の為に、学園都市を管理する統括理事会の一人である潮岸に仕えていた、甲賀の末裔である。
最終的には、学園都市の暗部の一つである、
『グループ』に所属していた学園都市最強の能力者――第一位の一方通行に敗れた後は消息を経っていたのだが、
同じ忍者の末裔としてのよしみと、手駒になりそうだの判断を元に半蔵に回収されていた。


「っで、どうしてお前まで来てるんだ? まさか郭と一緒で手合わせしろ、なんて冗談は勘弁しろよ?」

「興味ない。やったら、どちらが勝つかは言うまでもないだろう」


半蔵は凄く嫌な顔をした。
こいつ……いや、いいや。忍びとは心を押し殺す物だ。
間違ってもこんな簡単な挑発で、ひょこひょこと釣られる訳には行かないのである。


「はいはい。じゃあお前の目的は何なんだ? まさか本当に顔を見に来たって訳じゃないだろう?」

「訊きたい事がある」

190 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 23:13:24.54 ID:HFZvLd60


杉谷の表情は崩れない。
鉄仮面でも貼り付けたかのように、眉すら微動だにせず変化しない。


「……なんだよ?」

「お前は……学園都市に対して反旗を翻す気か?」

「……」


半蔵は沈黙した。
簡単に答えられる問題じゃない。言葉を選ばなければ。


「お前がスキルアウト共に呼び掛け、都市の至る所で暴動を解決しようとしてるみたいだな」

「俺の指示じゃないけどな。頼まれたんだよ」


半蔵は第七学区のスキルアウト達を束ねる立場にいた。
いや、そうせざる終えなかった。
武装集団スキルアウトというグループのリーダーをしていた駒場は死亡し、繰上げでリーダーになった
馬鹿も学園都市上層部からの依頼に失敗してしまい、その結果暗部に堕ちていった。
纏め上げる立場の居なくなったスキルアウトの集団を、結果として一時的に纏め役として半蔵が指揮しているだけである。


「……それも、漸く返上できそうだがな」


元の持ち主に。
自分よりもよっぽど適格な人物に。ソイツになら出来る。
191 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 23:16:54.25 ID:HFZvLd60


「返上してどうする。それで、本当に可能だと考えているのか」

「……」


杉谷は問う。半蔵は答えない。


「あの『イレギュラー』が、どれほどの物か知らぬが」

「……」

「伊賀の末裔であるお前が、そこまで期待する程なのか?」

「……」


半蔵は黙っていた。
杉谷は気にせず問いを重ねていく。


「忍者の教えを忘れたわけではあるまい?」


忍者の教え。
それをこの場で一番身に深く刻んでいるのは、半蔵自身に他ならなかった。
だからこそ杉谷は問うているのだ。
本当に、本気なのか、と。


「あぁ……そうだな」


漸く、硬く閉ざしていた口を半蔵は開く。
192 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 23:20:41.43 ID:HFZvLd60


「忍びのあるべき形は、雑草であり、害虫であり、脇役だ。
 それを忘れ、光り輝こうとする者の末路は、瞬く間に集中攻撃を受けて皆殺しにされる」


かつて郭にも教授した内容だ。
それを。
半蔵は自ら破ろうとしている。


「なぁ、知ってるか?」

「なんだ」

「あの『イレギュラー(バカ)』は本当に、心底、馬鹿なんだよ。笑っちまうくらいにな……くくっ」


既に思い出し笑いをしながらも、半蔵は続けた。
その眼にもう迷いの光は無く、決意の灯火を宿らせながら。


「アイツはたった一人の女の為に、世界を敵に回すような命知らずなんだ。
 俺達と同じ『どこにでもいる誰か』のくせして、『特別な人間』の様に振舞おうとしやがる。いいや、『特別な人間』
 でも躊躇して然るべき場所に、平然と飛び込んでいきやがる馬鹿なんだよ。たった一人の女の為に」


そうだ。
自分はそんな親友の馬鹿に衝撃を受けた。


「元からそうだった訳じゃない。何かとてつもない使命がある訳じゃない。選ばれた主人公って訳でもない。
 それでもアイツは最終的に成し遂げちまうんだよ。そこに特別な力は無い。そこに特別な意思があったわけじゃ無い。そこに
 特別な奇跡があった訳じゃ無い。もしあるとするなら、それは勇気だよ。気合、根性、男気、そんな単純で変哲も無いアイツ自身
 の力だ」


そうして馬鹿は乗り越えてきた。
馬鹿は幾度の壁を突破し、自分を――忍者の末裔と言われながらも、日陰者で根性なしの半蔵を頼ってきたのだ。
193 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/15(火) 23:27:52.45 ID:HFZvLd60


「だったら応えてやりたい。他でも無い、俺達と同じ『どこにでもいる誰か』の代表者が、
 立ち上がろうとしているんだ。忍者とは元来仕える者で有り、もしその瞬間があるとするのならば――それはアイツ(イマ)だ」

「ぬるま湯に漬かりすぎたな、半蔵。忍びとは、刃の下に心を隠すもの。
 それが出来ぬ者は根絶やしにされる。過去を語るまでもなく、歴史が証明している」

「ああ、そうだ。お前の言ってることは何もかも正しい。嫌気が差すほどの正論だ」


だけど。
それでも。


「過去に幾度かは、間違った正しさを発揮し、『正義』を果たした奴らが居るのを忘れるなよ」

「その『正義』を果たしたのは、何代前の我らが祖先様だろうな。『正義』は単一の物では無い」


新たな正義が生まれれば。
また新たな正義が、既存の正義を駆逐していく。
それが、この世の積み重ねた歴史。


「それでもだ杉谷。『正義』は果たされたんだ。確かにな……いづれは俺達が築き上げた正義は、正義じゃなくなるかも
 しれない。ここまで語っておきながら、そもそも夢物語の様な内容だ。成功するかも怪しいけどな」


学園都市に反旗を翻す。
言葉にすれば簡単だが、達成できるかといえば、誰もが首を横に振る。
難攻不落の要塞でも、甘いぐらいの壁を前にしても。


「アイツならやってくれる気がするんだ。『超能力者(メルトダウナー』を撃破し、『イレギュラー』と
 刻印を背負わせながらもロシアに逃亡して、そして舞い戻ってきたアイツならってな」

「お前が言っていることは感情論だ。理論的では無い。そしてお前は質問に答えていない。
 忍びだと言うのなら、一端の忍びとしてはぐらかさず答えろ」

194 :次でラスト。なんとか書き上げいけたぽいね[saga]:2010/06/15(火) 23:31:35.74 ID:HFZvLd60


杉谷はやはり微動だにしていない。
一体、どのような解答を自分に求めていると言うのか。


「忍びとは、刃の下に心を隠すもの。お前は忍びではないのか?」

「あぁ……なるほどね。そういうこと」


この皮肉屋め、と半蔵は内心で毒付いた。
漸く杉谷の意図が読めてきた。始めから不可解だったのだ。突然、顔を見せたかと思えば今更な問いを投げてきやがって。
でも考えれば当然か。こいつが今こうしているのを考えれば、答えは明確じゃないか。


「何か醒めてきたな。まぁいい――答えてやる。
 俺は忍びだよ。忍びとしてアイツに仕え、忍びとしてアイツのために散っていく」


いいか。
良く聞いておけ。


「所詮は言葉遊び。戯言だ。忍び――刃の下に心を隠す。つまり感情を押し殺せって事だ。
 だったら、さ。どうして忍びって一字から、心の一文字が消えた事はねぇんだろうな――?」

「それは――」初めて動揺したように、ピクリと片眉だけ動かした杉谷の声は「言っただろう」と半蔵の笑みを含んだ口調に遮られた。

「言葉遊び。戯言だって。所詮、それだけの事に長い間、俺達は囚われてたんだよ。
 ……さて、押し問答は終了だ。っていうか飽きたんだよ」


半蔵は溜息を付いた。
本当に飽き飽きしたという感じで。


「お前――俺を試したろう?」

「……」

「ちょ、だんまりは酷いだろう。俺にここまでガラじゃねぇこと言わせて置いて、お前はそれかよ。
 ……まぁいいさ。お前がここにいる時点で、もうお前は俺と同じ口だ。目が覚めちまった馬鹿で、だから試したって訳だ」


半蔵はこのツンデレめ、と厭らしい笑みを浮かべるが、やはり杉谷は微動だにしない。
どこまでも愚直で、面白みに欠ける野郎である。
だが仲間だというのなら、これほど頼れる奴もいないだろう。
ハァ、とまた半蔵は仕方ないと嘆息しながら、
195 :終わったァァァァァ!![saga]:2010/06/15(火) 23:36:55.95 ID:HFZvLd60


「ようこそ――馬鹿連盟へ。なぁに安心しろよ。勝算はゼロじゃないさ。
 姑息な俺達には、姑息な立ち回りで足掻けばいい。無能者の連中にも、心強い奴らはいるんだぜ」

「……『正義』は果たされるのか」

「さぁね。ただあの馬鹿は本気だ。だったら主君の足りないとこを補ってやるのが、俺達の役目だろう。
 それにアイツにも考えがあるらしい。近い内にお土産を持ってきてくれるらしいぜ?」

「……それは何だ?」


不審げな杉谷に、半蔵は軽く返した。


「知らねぇー」


闇の中に音が反響し、溶けて消えた時。
そこにはもう人影や気配は無く、ただの闇だけが広がっていた。


これより学園都市に対して一つのグループが動き出す。
忍びのあるべき形は、雑草であり、害虫であり、脇役。

その言葉の意味を――

雑草は何処にでも生えるからこそ生命力が強く、高貴な蝶も孵化前は害虫(ヨウチュウ)とし、脇役だか
らこそ『主人公(ヒーロー)』に繰上げされる可能性があるのだ、と。

――こう言い換えて。

こうして。
かつて『正義』を名乗ってきた卑怯者の集団は、今度こそ真実の『正義』を掴もうと足掻き始める。

211 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/18(金) 22:36:39.98 ID:k1p5BMA0


――――



初春飾利には秘密がある。


秘密と云っても、多種多様な重さが存在するだろう。
友人に対するちょっとした隠し事や、自分に対するコンプレックスに、重ければ犯罪行為に
手を染めてしまった、などと色々な形があるのだが。


その中でも。
初春飾利には特大に重く、決して誰にも明かせない秘密を抱えていた。
その秘密は。
彼女が正しく間違い、間違いながらも正しかった故に、起こった悲劇の過ち。
決して開けてはならないパンドラを、開けてしまったがことに。


時間軸は数週間前。
世間では第三次世界大戦と謳われた、大きな争いが発生していた時にまで遡る。

212 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/18(金) 22:40:19.14 ID:k1p5BMA0


――――



初春飾利には三つの顔があった。
一つ目は――学園都市の教育機関である、学校に通う一般的な女学生の顔。
二つ目は――学園都市の治安を守るという誇り高き役職を全うする“風紀委員”の顔。

ここまでは。
彼女の友人なら誰もが知っている顔(プロフィール)。

そして。
三つ目は――特殊な、一部の界隈では都市伝説として語り継がれている『守護神』としての顔である。
そんな不思議な異名の冠を保持する初春飾利は、少し水分が含みすぎた髪の毛から雫を垂らした状態で、
部屋の片隅に配置された大型の学習机に鎮座していた。学習机の上にはデスクパソコンが備えられ、初春の視線はモニターに注がれている。


「……時間までもう少しですか」


モニターの右端に、小さく表示された時刻を見ながら呟く。
まだ少しだが時間に余裕はある、と判断した初春がまず取った行動は、前髪から滴ってきた雫を拭い、濡れた頭をタオルで拭く作業からだった。
帰宅して早々に汗で臭った身体をシャワーで清めたのは良いが、少し前準備の為にその辺がお座なりになっていたのだ。
十月と言えば夜になると、そこそこ冷えてくる。
こんな状態で長時間も身体を放置してしまうと風邪を引いてしまう可能性もあった。
実際少し寒気も感じてきたので、余裕がある内に処理してしまおう。行動に移ってからは、そんな余裕は微塵足りとも有りはしないのだから。


213 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/18(金) 22:43:08.30 ID:k1p5BMA0


(……本当にまずいですよね)


初春が思うのは、現在の世界の情勢だ。
とうとう学園都市と大国ロシアとの戦争が始まってしまった。
大陸間巡航ミサイルがロシアから発射されているみたいだが、まだ一発も日本に被弾していないのが救いだが、それもどうなるものか。
“風紀委員”の活動もそれに比例して慌ただしくなってきている。
今日も同じ支部に勤める同僚である白井黒子と、上層部の指令により見回り人員として第七学区の周囲を散開していたが
なかなかに酷い物だった、と溜息を吐いた。


(スキルアウトの人たちも困ったものですよ、ほんと。……よしっ、髪の毛はこれでいいかな)


髪の毛が拭き終わった初春は、一度大きくノビをして思考を入れ替える。
どうせ戦争に関して難しく考えてもどうすることも出来はしない。ならば出来ることをしよう、と。
初春は学習机の上に置かれたデスクパソコンに、USBケーブルで接続されたキーボードに手を伸ばした。


(最終確認といきましょう)


これから実行しようとする『自分に出来ること』の為にも、ミスは許されない。
初春がまず行なったのは、
キーボードのショートカットキーに割り振りされたプログラムの最終チェックだった。


「ここを、ここで。そっちのキーはこれで――」


淀みなくスムーズに進んでいく。
当たり前だ。何度も点検しているのだから。この行為は云わば気持ちを整えるための儀式に近かった。
初春がキーボードのボタンを押すたびに、モニターでは意味不明な記号や数値が羅列されては流れ消えていくのだが、
一般人が見たら首を傾げるだけで、意図を解するのは不可能だろう。
214 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/18(金) 22:47:11.91 ID:k1p5BMA0


「『本命』は完了。次はこっちですね」


そのまま初春はデスクパソコンの左横に置かれていたノートパソコンに手を伸ばす。
パソコンは一台ではなかった。二台だけでもない。
なんとデスクパソコンを中心に、左横と右横にもノートパソコンが配置されている。
そして初春の膝元にチョコンと乗っけられていた携帯ゲーム機も、データーの送受信が可能という点では
問題ないほど“パソコン”としての名目をクリアしていると言えるだろう。
合計にして四台。
それが初春飾利が『守護者』としての異名を司るための『武器』だった。


「『隠滅』と『撹乱』も問題なし。次は『囮』ですかね……これもオッケーっと」


準備は上々。
コンディションも問題なし。
後は、


「――決行まで10分後。後は時間が来るのを待つだけですね」


そう告げた初春は、ゆったりと腰掛けた椅子に背を預けながらリラックスしていく。


もう説明は不要かもしれないが、
彼女は、『守護者』の異名で呼ばれるハッカーだ。
正確にはクラッカーと呼ぶべきだろうが、世間一般ではハッカーと呼ばれるほうが馴染み深く、正直呼称なんてどうでもいい。
重要なのは、
彼女がこれから学園都市のありとあらゆる情報が補完される『書庫』に、不正アクセスを試みようとしている事だ。
いや、試みるではない。
新たな『追加情報』を得ようと、『書庫』のより深く深く、最深部に潜ろうとしていた。
もう幾度となく『書庫』に不正アクセスをしては、公に公表されることの無い情報を彼女は手にしているのだ。


215 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/18(金) 22:48:48.11 ID:k1p5BMA0


彼女が初めて不正アクセスを試みたのは夏ごろ。


元は“風紀委員”として、学園都市のありとあらゆる情報が収められる『書庫』を守るはずの『守護神』が、
どうして逆の立場として不正アクセスを試みるようになったのか。もちろん理由はある。
初めて不正アクセスをしたのは、友人である第四位の超能力者『超電磁砲』の御坂美琴の頼みにより、
謎のキーワード『ZXC741ASD852QW963』を調べた時だった。


初春は『?』と思いながらも調べたのだが。
やはり表にそんなキーワードは存在しなかった。
だけど裏なら? 


“風紀委員”の権利では覗き込めないランクの機密情報なら、どうなのだろうか、と。
憧れていた美琴からの頼みともあり、ついつい『書庫』に不正アクセスしたのはいいが、やはりセキュリティは厳重で突破は難しかった。
ハッカーは見つからない内が華。
その理念と、己の身の危険を考慮して潔く引いたのだが。
御陰で『あの時』の初春が、御坂美琴の闇に踏み込む事は無かった。


だけど『今の』初春は、あの謎のキーワードが意味するところを理解している。
おぞましいまでの狂気に染まった実験内容の一端を。それは全貌までとは行かなかったが、確かに把握してしまっていた。
他には『〇九三○事件』に『グループ』や『スクール』と呼ばれる学園都市の暗部組織。『天使』というコードネームの情報等も、
初春のパソコンに搭載されたHDDには収納されている。
全ては過去にアクセスし情報収集した結果だ。
それらの情報も、パズルのピースが欠けた様に断片的な物でしか無かったが、それでも決して一般人の目に触れる事はない、
学園都市でも最先端の情報機密である。
216 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/18(金) 22:52:38.48 ID:k1p5BMA0


話を戻すが。

彼女が本格的に自分から不正アクセスをし始めたのはつい最近。
十月初旬に、とある事件に巻き込まれた事が契機となった。
ズキッ、と回想に更けていた初春の右肩に、思い出したかのように痛みが走った。
その箇所はレベル5の超能力者、第二位『未元物質』の垣根提督による踏みつけられた部分だった。古傷が痛んだ感覚に襲われたのだ。
その古傷を負って以来、
ずっと昔から感じていた学園都市に対する不確かな懸念が確信に変わっていた。
ゆえに初春飾利は、今日も『書庫』に不正アクセスしようとしている。
今、学園都市で何が起きているのか。
それを調べるために。


もし。
一般人で有りながら。


この学園都市の裏で渦巻く、暗鬱とした『活動』を知っている者が誰かと問われれば、それは初春飾利を差し置いて他にいなかった。
下手をしたら……その『活動』に関わっている人達よりも詳しい立ち位置にいる。
それが彼女――『守護者』と呼ばれる都市伝説のハッカーの実力。彼女の裏の本性。そして彼女に『出来る事』だった。
だが彼女は気付いていない。
自分がどれだけ危険な領域に踏み込んでしまっているのか。
これまでも、これからも、『完璧なまでに痕跡を残さず情報を奪い取れる事が確約』されている『守護者』は、
その危険性故に学園都市上層部に目が付けられているのを気付いていなかったのだ。
そして――


「……時間です。始めましょう」


――決行時間がやってきた。
初春の表情が、小動物を連想させる甘ったるいものから鋭いものに変わっていく。ついでに気合を入れるためなのか、頭に花飾りの乗っける。
『守護者』としての、戦う者の顔になったのだった。
217 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/18(金) 22:54:33.37 ID:k1p5BMA0


――――



彼女の『戦術』は四通りのパターンで構成されている。
自作で組み立てた(基盤から全て別物。学園都市に発信元を特定されない為に)四台のパソコンに
振り当てられた『武器名』が全ての役割を示していた。


デスクパソコンには『本命』。左端のノートパソコンには『隠滅』。右端のノートパソコンには『撹乱』。膝元の携帯ゲーム機には『囮』。


まずは『囮』が学園都市の『書庫』にアクセスし、目的の情報が隠された深層部までの道を駆け抜けていく。武器名が示すとおり、あくまでも
これは囮。セキュリティ監視者の目を欺くための物である。

イメージとしては、金持ちのお屋敷にある金庫を盗もうと忍び込む泥棒をイメージして貰いたい。
『囮』は金庫までの道筋を目指しながら、その通ってきた道筋の『とある箇所』に細工をしていき、
その細工が気付かれないようにしながら門番の目を欺いていく。そして門番の目と『ある箇所』の細工が完了すれば出番は終了。
捕まらないようにフィードアウトしていく。幾度もの回り道をしながら、身元が特定されないように。


(様は『本命』と『撹乱』が、『囮』がデーター改竄した『抜け道(サイク)』を通ってるだけなんですけど)


その『抜け道』を使用し、中間部分までのセキュリティを突破した『本命』と『撹乱』が、目的の金庫(ジョウホウ)を目指すのである。
『抜け道』は基本的に二箇所に施される。
『本命』と『撹乱』の為に。

初めに突入するのは、まず『本命』である。
218 :やべぇ、めっちゃ不安だわ今回[saga]:2010/06/18(金) 22:57:39.86 ID:k1p5BMA0


(監視者も焦ってるみたいですね。『囮』が突然消えたかと思えば、突然違う不法侵入者が出現するようなものですから)


初春は暢気に思いながらも、『本命』を操作し数々のセキュリティを突破していく。
どれもこれもが彼女の前では、雑兵のように片づけられてしまっていた。
なにせ彼女が以前に製作したセキュリティシステムは、
学園都市が『書庫』を守るために使用されているセキュリティシステムよりも強固だと噂されていた。
残念ながら学園都市の統括理事会には信用されず正式採用されることは無かったのだが。


(今になっては採用されなくて正解だったかなーって思いますけど)


初春の手は止まらない。
高速でキーボードに指を走らせながら、ある時は迂回し、ある時は真正面からデーターを改竄してやり過ごしたり、とどんどん突破していく。
『本命』はそのまま突き進み、求めていた情報を確保しようと迫るのだが、
やはり相手も馬鹿では無い。過去幾度となく侵入されている遣り口を元に、その対策を練り込んできていた。


(『敵陣捕縛(アンチロック)』ですか……。また厄介なものを仕掛けてきましたね)


『敵陣捕縛』。
ある一定の区画に、正規ルート以外からのアクセスがあった場合に、その区画ごと別の場所に
切り離してしまい逃げ道を断ってしまうセキュテリィ。
その切り離された空間から強引に逃げ切ろうとすると、
その際のアクセス元を辿られ身元が特定されてしまう仕掛けになっていた。
いくら初春のパソコンが身元対策の処理が施されていようとも逃げ切れる物ではない。
例えるなら、身元特定を恐れ全身という全身を覆面や手袋で隠した犯罪者が、あろうことか現場に
身分証明を忘れていってしまうものか。それではどれだけ身元を隠そうとしてもバレてしまうのがオチだった。


(対抗策としては正しい暗号文を解読して、パスワードを叩き込む必要がありましたよね)


初春はすかさず設定しておいたキーを叩くと、独自に作成したツールがモニター上に展開されていく。
219 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/18(金) 22:59:55.46 ID:k1p5BMA0


起動されるプログラム。
切り離された空間が構成している記号や数値の羅列が、展開されたプログラムの中に取り込まれていき正しい形に並べ替えられていく。


『敵陣捕縛』の仕組みは、
Webサイトを構成する『タグ』を、不可解な位置並べに崩し行動不可に追い込む感じにするのである。
『タグ』が判らないのなら、その辺のWebサイトを開きブラウザの上に小さくある『表示』ボタンを押して、
項目から『ソース』を選択すれば、メモ帳か何かで、意味不明な記号や数字の羅列が表示されるはずである。
それが『タグ』であり、コンピュータ世界を支える言語である。


最も、あくまでも簡単な例であり。
『敵陣捕縛』はもっと上位の複雑な仕組みで構成されているわけだが。基本はこのように捉えてもらって構わないだろう。
そして初春がしているのは、その崩された構成を正しい形に組み上げる事で、脱出しようとしているのだった。


(時間が掛かりそうですね。これの本当の目的は解除に手間取っている間に、背後から捕まえようとするのが狙いですし)


無理に逃走すれば証拠を残してしまい、時間を掛けすぎては捕まってしまう。
前門の虎、後門にも虎の絶体絶命の窮地に陥った初春は、


(時間稼ぎでもしましょうか。解析完了まで『本命』は下手な行動は取れませんし)

220 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/18(金) 23:01:58.77 ID:k1p5BMA0


慌てることなく次の行動に取り掛かった。
正面のデスクパソコンから視線を右端にずらし、『撹乱』のノードパソコンを操作しようとする。


(適当なデータ群にでも突っ込ませて、相手を動揺させて見せるしかないかな。
 それで無理なら悪いですけど、改悪なデーターをばら撒いて無理にでも振り向いてもらうしかないでしょうねー。
 狙いとしては一般人にあまり迷惑がかからなくて、それでいてアチラとしては被害を与えられたくない場所がいいんですけど)


暫しの迷い箸。
それもアッサリと解決した。


(『軍用運搬物資マニュアル』って何でしょうね?
 ひょっとしたらロシアとの戦争に関係する部分なのかな。取り敢えずここで行っちゃいましょう)


『本命』に釘付けにされている監視者の目を盗むように、『撹乱』が『もう一つの抜け道』からデーターの波を走り抜けていく。
事前に設定されたセキュリティは、
やはり効果は無く簡単に乗り切られてしまっていた。そのまま簡単に目的地にまで突破すると、適当に情報を物色していく。


(やっぱりロシアとの戦争に関係する情報みたいですね。
 運搬方法のマニュアルや物資の詳細関係がミッチリと網羅されていますが、専門的すぎて私には判りません。
 でもコレってそこそこ重要なマニュアルぽいかな。
 外の軍事関係に属する組織からしたら涎物の内容でしょうし。その割にはセキュリティが甘いような気がしないでもないですけど)


彼女は勘違いしているが、普通の人には存分に硬いセキュリティである。
『守護者』の異名は伊達ではないのだ。
こうしている間にも、『本命』の方では解析が進んでいる。この調子ならばすぐに完了しそうだった。
221 :今回はふいんき(なぜかryで読むといいかも![saga]:2010/06/18(金) 23:05:29.80 ID:k1p5BMA0
(あ、どうやら向こうは『撹乱』に引っかかってくれたようですね。難は逃れたようです)


大方『本命』の方に動きがないことから、相手は侵入者が立ち往生して諦めたかのように映ったのかもしれない。
『本命』には講じる手段が無いのだ、と。
それで『撹乱』を先に対応した後に、『本命』を料理しようと考えているのだろうが、


(甘いですって。こっちはもう解析完了。後はデーターを打ち込んでやればいいんですから。
 それとも、よほど向こうの情報が大事だったんでしょうかね? まぁ兎に角もさっさと逃げましょうか)


初春は二台のパソコンを並行して操作するという離れ業を披露した。
『本命』を脱出させるために打ち込みと、『撹乱』の方が新たな罠にかからないように逃走ルートに移動、の操作を。
言葉にすれば簡単だが、実行に移せば如何に人間離れしているか理解できるだろう。
絶えず二つのモニターに流れる数値の羅列を見逃さず、正しい回答方法を導かないといけないのだ。
片手でバットを振るい百キロのストレートを打ち返しながら、その足ではサッカーボールを足でリフティングするような、
それぐらいの異常性だった。


(準備完了。じゃあ――いきますよ)


両方のキーボードのエンターキーを同時に叩いた。
『本命』は脱出し、『撹乱』は見事に役目を果たしながら数々の回り道をし消えていく。
危険だったが、どうやら無事に乗り切ったようだ、と初春は安堵の息をついた。向こうは今頃慌てふためいているだろう。


(流石に緊張しましたねー。後はこれからどうするかですけど)
222 :終わり[saga]:2010/06/18(金) 23:08:27.47 ID:k1p5BMA0


このまま攻め込むか。それとも退却するのか。
まだ目的の情報は獲得していない。
だけど、


(ハッカーは見つからない内が華。ここは定石通り引き際でしょうかね)


次に捕まったら無事に逃げ切れる保障は何処にも無い。
保険としての『撹乱』も使いきった今、次に似た様なトラップに引っかかったら厄介すぎる。
『回り道』はあくまでも事前に設定した回線を通しているだけなので、一回こっきりの使い捨て故に、再度の突入は出来ないのだ。
それらを総合的に判断した初春は、もう次の起動プログラムを走らせていた。


(『本命』は逃走っと。後は『隠滅』で痕跡を辿られないようにしておきますか)


左端のノートパソコンを起動させながら、初春は『回り道』のルートに手を加えていく。
『隠滅』の役割は。
『回り道』とは回線を特定させない為の措置なのだが、その『回り道』の道筋を逃げ切った後に、更に複雑に改竄したり消去したりと、
足が付きにくくする為の処理を施していくのである。あみだくじの線を付け足したり減らしたりする要領で。結果、相手側が侵入者の痕跡を巡ろうと
しても徒労に終わってしまうようになるのだった。

カタカタカタ、とキーボードから連続する音は鳴り止まず、
モニターには高速で何重ものウインドウが開いては消えるのを繰り返していく。
そして全ての作業が終わった時。
全てのパソコンのモニターには、平常時の画面だけが映し出されていた。


「……終了です」


区切りの一言。
冬なのに額に汗を滲ませた初春は、力を抜いて背中を背もたれに預けていた。
……今回は残念だった、と一連のハーカー活動の反省点を頭で纏めていく。
だが目的は達成できなかったが、それは向こうも同じ。初春を取り逃がしているのだから、痛み分けだろう。
次回は負けません、と初春が呟いた時、


「――その次回が訪れるとは限らないんだけどな」


初春だけしか居ないはずの静寂の室内に、彼女とは違う声が響いた。
玄関の鍵はロックされ外部からの侵入が不可能なはずの室内に、男の平坦な声が響いたのだった。


243 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga]:2010/06/21(月) 01:32:04.35 ID:b4L./L.0

――――




唐突だった。
男の声が響いたのは、初春の真後ろから。
音は無かった。気配も無かった。
まるで空気のように出現した男は、感情を感じさせない平坦な声で、


「――動くな」


慌てて背後に振り返ろうとした初春に、触れただけで切れるような鋭く冷たい声が飛ぶ。
男がとった行動は声だけでは無かった。
初春の行動を物理的に制限しようと、彼女の後頭部に何かを突きつけたのだ。


「――っ?!」


喉から迸りそうになった叫びを、強引に押し殺した。
初春からは突きつけられた物は見えなかったが、感触と雰囲気からなんとなくだが気付いていた。
後頭部の皮膚から通して伝わる冷たい鉄の感触と、男が放つ冷酷な雰囲気から。
……拳銃が突きつけられている。
身が強張り、恐怖に唇が引き攣った。心臓の鼓動が加速し、目尻から熱いものが込み上げてきそうになる。
だけど、初春は泣き言は漏らさなかった。
それら全ての恐怖を噛み殺し、背後に佇む男へと声を発しようとする。
震えそうになる声を、必死の虚勢で覆いつくしながら、初春は問いかけた。


「……誰ですか、あなたは?」

>>234だよ。聞かなくても解るだろう?」


いえわかりません、と初春は冷静に答えそうになったが我慢した。
というよりも初春に口が開けるはずが無かった。拳銃を突きつけられているのだから、下手な行動を取れるはずがない。


「いいねいいねぇ、その恐怖に満ちた表情」


ジュルリ、と舌なめずりする背後の男は、纏う雰囲気が変化していた。
台詞の端々に下卑た厭らしさが混じり始め、触れるだけで腐ってしまうじゃないかという気持ち悪さを漂わせ始めている。
登場時とは打って変わって、変態さが滲み出てると初春は冷や汗を掻き始める。
244 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:34:14.26 ID:b4L./L.0


命の危険よりも、ある意味でもっと大事な物が危険になるかもしれない。
そう思った初春の予感は正しかった。
背後で息をハァハァと荒げ始めた男は、


「初春ちゃんは可愛いよね~ゲヘゲヘヘッ」


名乗った覚えがない初春は、凄く気持ち悪くなって全身にサブ疣が経ったが、もっと重要なのは、
もっと大事な物――貞操の危険性が膨らんできたこと。
嫌だ、いやだ、イヤだ。
噛み殺した恐怖が溢れ出しそうになる。イヤだ、こないでっ!


「それは無理。だって『書庫』に不法アクセスしちゃう子には、オシオキが必要だよねぇ」


変態の荒れた息が首筋を掠め、鼓膜に直接吹き込まれてくる。
ヒィッ、と全身を竦ませた初春の瞳には一筋の雫が零れ落ち、頬を濡らしていく。
男の興奮によりハァハァと漏らす息は不思議と口臭はマシだったが、何の気休めにもなりはしない。背後の気配が少しずつ
近くなってきている。


「……ハァ……ハァ」


ポンッ、と肩に手が置かれた。


「気持ちいいことしようねぇ初春ちゃぁ~ん」

「い、いやですぅ! 止めて下さい!!」


限界メーターが振り切られた初春は、突きつけられた拳銃の存在すら忘れ、>>234と自己紹介した男を突き飛ばそうとした。
その瞬間。
背後に居たはずの男が消失、と言っても過言ではない勢いで、背後の壁に向って叩きつけられた。グチャッと、肉が潰れる粉砕音が木霊する。

それを初春は見ていた。
突き飛ばそうと、背後に振り返った時に。

>>234の男を吹き飛ばしたのは、また気配も見せず密室の空間に忽然と出現した男だった。
どうやって侵入したのかは知らない。謎の技術だろう。
一つの事実として、初春飾利は救われたのだ。>>234の男の魔の手から。
245 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:34:57.27 ID:b4L./L.0


だが。
それなのに。

初春飾利からは、歓喜の声と安堵の息が生まれる事はなかった。
信じられないものを見たとでも言いたげに、新たな侵入者の男に視線を向けている。

それは。
その男は。

体重は二百キロを超えるんじゃないかというほど脂肪に塗れ、この真冬なのにジーパン一つにTシャツ一枚の出で立ちで、
その眼は真っ赤に血走りっており、呼吸も尋常じゃ無い程に乱れていた。
あらゆる点で>>234の男を上回る人物だった。


「オデェ……のナマエ……>>1


ノイズの波が交じり合った濁声声帯の>>1と名乗った男。その口からはノイズと供に、腐臭が撒き散らされた。
二メートルは離れた距離にいるはずの初春の嗅覚器に猛烈な刺激を訴えてくる。更には脂ぎった体躯から真冬にも関わらず夥しい量の汗を
分泌させている。チーズが発酵したような腐敗した刺激臭が、空気を汚染していく。


……舌を噛み切って死にたい。


初春は生理的嫌悪の極点から、自然とその有り得ない選択肢を思い浮かべてしまう。
だけど身体は見えない縄で拘束されたように、指一本すら動かせなかった。
男の灰色に濁り渦巻いた瞳に魅入られたのか、蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまっている。


「ヴィハァルゥちゃ~ん……あ ぞ び ま じょ ~」


唾液がポタポタと漏れ、埃一つすら残さず綺麗にされていたフローリングが汚されていく。
ノシノシッ、と男が近づき始めてきた。
もう駄目だ、と絶望と狂気に頭がどうにかなってしまいそうな初春は、虚ろな視線に諦観の表情になっていた。


……御坂さん、白井さん、佐天さん、私はここまでみたいです。お父さん、お母さん、ごめんなさい。先立つ不幸を許してください。


辞世の句を胸の中で残した初春は、静かに眼を閉じた。
視覚が封じられ、より鮮明に男の濃厚な気配を感じ取ってしまうが、これからの末路を直視するにはあまりにも少女の心には重たかった。
そして。
男が重たい身体を揺らして、無垢な少女を汚そうとした――その瞬間、初春の視界は暗闇から真っ白な閃光に包まれた。
246 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:35:27.14 ID:b4L./L.0


「――――っ」


眼を閉じても感じられる閃光の迸りに、自然と初春の口から耐える様な呻きが漏れた。
何が起きているというのか。
瞑りっぱなしの眼を開けて確認したいが、そんなことをしては網膜が焼け付くんじゃないかと恐れ、それは出来なかった。
それに怖い。
もし確認して、あの怪物が眼前で大口を開け待ち構えていると思うと……自分は今度こそ壊れてしまう。完全に壊れてしまったほうが楽だろうに、
それでも惨めな生に齧りつこうとする本能が、その選択に葛藤を与える。
最終的に初春が選んだのは、
流されるまま事態が動くのに身を任せることだった。
閃光が弱まっていくのを、閉じた目の奥で感じた。光よりも暗闇を占める部分が多くなってくる。
そして、


「俺の手を煩わせるんじゃねぇよ豚が」


第三の男の声の、不機嫌そうな声が響いたのを初春は聞いた。
前二つとは違う声だが、何故だが聞いた事があるのは気のせいだろうか。


「お前もお前だ。いつまでアホ面して目を瞑ってやがる」


聞いた事のある声がこちらを呼んでいる、と気付いた初春は、
硬く閉ざしていた瞼の力を恐る恐る抜いていく。
暗闇から光へ。
まず初めに飛び込んできたのは、神々しいまでの純白色。
無数に舞う純白の羽。
神秘性を纏った純白の羽が、部屋一面に散らばり染め上げていた。
幻想的な光景の中、羽の本体だろう翼が寮室を貫通し、夜空に浮かぶ孤独な満月を背負う形で広がっている。


「何も言うな。似合わない自覚はある」


天使の翼の持ち主が言葉を紡いでいたが、初春は耳にすら入っていなかった。
彼女が注目するのは、ある一点のみ。そこに全神経が集中し、その他全ては遮断されていた。
注目するのは、
舞い散る純白羽でも無ければ、幻想的な光景を打ち出す翼と満月のセットでも無い。
翼の大元部分である、男の身体だった。
何故なら、


「れ、冷蔵庫……?」
247 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:37:02.74 ID:b4L./L.0
その男は冷蔵庫だった。
家電業界ナンバーワンの売れ筋商品である、あの冷蔵庫だ。
長方形のフォルムに、上下に別れたツードアタイプで、金属質の物質で構成されており、
背面からはファンの回転音が響き、そこから六枚の翼が広がっている。声を出していたがどこに声帯が搭載されているのか人目では判別できない。
そんな出鱈目で非常識な生き物が、得意げに佇んでいた。


「訂正しろ。俺は冷蔵庫じゃない。今はこんな也だが、第二位『未元物質』で垣根帝督って名前があるんだよ」


自己紹介をし始めた冷蔵庫。
やっぱりどこから声を発しているのか解らない冷蔵庫。
どうやら自分を殺そうとしたあの第二位らしいが、どこからどう見ても冷蔵庫。


「はい、わかりました。どうやら私は悪い夢を見てるみたいです。白井さんじゃないんだから、こんな可笑しな夢見てたら駄目ですよね」


初春はイイ笑顔で頷いた。
どうやら現実逃避したらしい。だって冷蔵庫だから仕方ないうん。


「お前舐めてるだろ? それが仮にも命の恩人に対する対応か」

「困りました。冷蔵庫さんが話しかけてきてるんですが、早くお願いですから夢から覚めませんか自分?」

「俺を無視して自問自答してるんじゃねぇよ潰すぞ。それと俺は冷蔵庫じゃないからな」

「え、えぇーと『未元物質(レイゾウコ)』さん」

「おい、何かルビおかしくないか?」

「気のせいです。一つお尋ねしても?」

「簡単な事ならな。俺は今機嫌が悪いんだ」


やっぱりどっから声を発してるのか解らない冷蔵庫だが、機嫌が悪いのを示すようにギュインギュインとファンの回転音が唸っている。
初春はもう夢だし適当に行こう、と思いながら、
248 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:38:06.66 ID:b4L./L.0


「どうして私を助けたんですか?」

「お前には関係ないことだよお嬢さん。もし理由があったとしても俺の意思じゃないしクソッタレのせいだ」

「はぁ……そうですか」

「喜んどけよ。お前もあんな気持ち悪い豚に汚されなくてすんだんだからな」

「それはありがとうございます」


丁寧に頭を下げた初春。
なかなか良く出来た夢だと、自分の妄想に関心しつつ何時になったら目が覚めるのだろう? と首を捻る。
その疑問に応えるように、平坦な女の声が冷蔵庫の後ろから声が聞こえた。


「もうすぐ覚めますよ。本来この世界は存在しない世界ですから、とミサカは唐突に出現してみます」


冷蔵庫の背後に隠れていた女は、初春の前に姿を現した。
常盤台中学の制服に、頭には特徴的なゴーグルを装着した少女。


「初めまして、とミサカは予めオリジナルでは無いと名言しておきます」


御坂美琴のクローンである『妹達』の一人だった。
初春は彼女の存在をデーター上だけでだが、把握している。会った事はないのだが。
そもそも。
夢なのだからどうでもいいけど、と初春は華麗にスルー。


「それでいいです。これは何処かの誰かの願望が重なった傍迷惑な世界ですから、とミサカは理論も何もあったもんじゃねぇと愚痴ります。
 ですので貴方は貴方の本来の世界に戻るのがいいでしょう、とミサカは頷きながら横目でチラッと冷蔵庫に視線をやります」

「っていうか俺とお前初対面だし、そもそもどうやってここに居る訳? あと冷蔵庫って呼ぶなよマジで」

「いいですから、とミサカは貴方も忙しいはずではと暗に急き立てます」

「あっそ。まぁ俺もこんなパラレルワールドに付き合うのは真っ平だ」
249 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:39:00.35 ID:b4L./L.0
蚊帳の外に弾き出されたままの初春は、二人のチンプンカンプンな会話に結論が出たらしいと悟った。
冷蔵庫がこちらに向き直ると(何処に目があるんだろう?)、


「じゃあな。――死ね」

「――ぇ?」


素っ気無い一言と供に、六枚の翼が振り下ろされた。
反応する間なく、初春の身体は部屋の空間ごと圧殺され――痛みも無くこの世界から消失していった。
呆気なく、血の一滴すら残さずに。


「はい終了。でも結局やることが同じなら、俺がやらなくてもいいんじゃないかと思うよな」

「そうでもありません、とミサカは否定します。貴方でなく前者二人なら彼女の
 精神に重大な異常をきたすでしょうから、とミサカは補足しておきます」

「そんなもんか?」

「そんなものです、とミサカは頷きます。そしてこの『世界』も彼女が失われた為に、形を保てなくなってきたようですね、とミサカは
 視界の端々で崩壊していく光景を捉えます」

「っで、お前はどこの世界から紛れ込んできたんだよ」

「そういう貴方こそどうなんですか? とミサカは訊ね返します」

「あぁ? 俺はクソの一方通行に負けて死んだと思ったら、何故かこんな惨めな身体で復活してた世界だ。
 時には外国で本物の冷蔵庫の代わりしたり、ある時には冷蔵庫のまままた一方通行と戦ったり、またある時には冷蔵庫の姿で一方通行とかと
 和やかにしてる記憶があるんだが――まじで意味不明だよな」

「大丈夫です、とミサカは他人事のように頷きます」

「え、何が?」

「貴方は『未元物質』ですから、とミサカは貴方の代名詞をチラつかせます」


その心は。
『未元物質』に常識は通用しない、である。
つまり御坂妹としては興味ないからスルーだったのだが、隣でなるほど、と冷蔵庫は器用に頷いてるので無問題。


「じゃあお前はどうなんだよ?」

「このミサカはただいま絶賛父の日でどうしようかと迷っている固体です、とミサカは自己紹介します」
250 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:40:10.51 ID:b4L./L.0


「父の日ってお前……もう終わってるじゃん?」

「メタ発言は止めて下さい、とミサカは空気の読めない貴方を蔑みます。
 そもそもミサカの世界では明日が父の日です、とミサカは神が否定しようとも明日が父の日と言い張ります」

「この世界自体がメタすぎるのにそう言われてもな。
 その舐めた口調で喋りかけてきた時点で、本来ならお前ら粉微塵なんだから俺の寛大な心に感謝しとけよ」

「はいはいjudjud、とミサカは他作品から台詞を借りてきます。ちなみに父の日なのですが、ミサカネットワークで揉め事が勃発
 しているのですがどうしたものでしょう、とミサカは困りましたと吐露します」

「どうせもうこの世界も終わりだし、少しなら相談に乗ってやるぜ」

「では父の日なのですが、贈り物が決まりません、とミサカは相談を持ち掛けます。
 手心を籠めたクッキーは黒コゲになってしまいそもそも一万個も食べれませんし、ならばと一万人で一つのプレゼントにしようと
 発案が出れば何を贈るかで揉める始末。打開案として各自好きなのを贈ろうというのもあったのですが、流石に旅掛パパが重量に圧殺されて
 しまいそうな気がしますし、とミサカはどうしようと悩んでいます」


他にも一万人全員で押しかけようぜ、オリジナルに強請って高い贈り物しようぜ、ミサカ達のヌード写真でいいじゃんはぁはぁ! と
数十パターンあったが、全て失敗したのは伏せておく。ちなみにオリジナルの『超電磁砲』はお父さんっ子なのが
判明したのを追記しておきます、と御坂妹は脳内メモ帳に書き留めた。まさか「お、お父さんは私のなんだから少しは遠慮して」と
涙目で訴えられるとは。胸と一緒で懐も小さいお姉さまです。


「っというわけで、現在進行形でミサカネットワークは縦横無尽で慌てふためいています、とミサカは頭を痛めます」

「ふぅーん。大変そうだな」


相談に乗るぜ、と大口叩いた冷蔵庫は興味なさげだった。
未知の技術で動く物体が見ているのは、崩壊していく世界の様子。バズルのピースが抜け落ちるように、ポッカリと虚無の穴が
虫食いのように所構わず侵食していっている。
どうやら。
満足に質問に応えてやることが出来ないと判断した冷蔵庫は、


「お前ら馬鹿じゃね? 別に悩む事じゃないだろうが。
 俺からしたらアホらしい豚のエサにもならない偽善行為だが、
お前等にとっちゃ大事なんだろう? だったら好きなようにやればいい。
 誰かに相談して得た答えなんて物に意味はねぇんだよ。過程よりも、その結果に満足できなきゃやっても空しいだけだぜ?」
251 :注)この作品は悪乗りであり本編とは一切関係ありません[saga sage]:2010/06/21(月) 01:41:56.51 ID:b4L./L.0
だから。
第二位の『未元物質』は言った。


「悩むよりも動けってな。他の連中なんて気にしないでお前の意思で動けよ。俺はこんな様だが満足してる。
 そりゃあ後悔が無いなんて綺麗事は言わないが、あの行動は間違ってなかったと思うしな。次に殺り合えば俺が勝つだろうし。
 だから好きにしろ。失敗したら鼻で哂ってやる」

「……人選を失敗しました、とミサカは溜息をつきます……が、一応礼も言っておきます、とミサカはお座なりに頭を下げます」

「はいはいjudjud。そろそろタイムリミットだな」

「そうですね、とミサカは同意します」


もう侵食の範囲は、二人の傍にまで迫っていた。
範囲にして一メートルを切っている。そろそろ最後の会話になりそうだ。


「っで、何でお前ここにきたわけ? いや俺も何故かここに勝手に呼び出された感じなんだが」

「ミサカは決まっていますよ、とミサカは何処かの誰かがミサカに介入し『ガチで No Thank You』とあの展開を砕いたからですGJと親指を上げます」

「あっそ。俺も似た様なもんかね」

「そうですか、とミサカは頷きます。そしてそろそろ〆時だと貴方を促します」


二人は同時に頷くと、
黒い虚無に身体を溶かされながらも声を揃え――


「この物語はフィクションであり実在する人物、団体、事件、その他固有名詞や現象などとは何の関係もありません。
 嘘っぱちです。どっか似ていたとしてもそれはたまたまの偶然です。他人の空似です。それらを踏まえて置いてください。
 ……もう一度言う必要はないよな(ですね、とミサカはry)?」


――そうカーテンコールの幕を下ろした。
もう頭部しかお互いに残されてない彼らは一瞥しあうと、


「じゃあな」

「父の日の贈り物決めました、とミサカは貴方に言葉を残します」


それだけを残して元いた本来の世界にへと戻っていった。


かくして物語は本当の幕を閉じる。
何処かの誰かの妄想が繰り広げた産物は、本来あるべき形にへと修正されていったのだった。
 
 
253 : ◆DFnPsilTxI[saga sage]:2010/06/21(月) 01:48:19.15 ID:b4L./L.0

っとまぁ変な電波を受信したから一時間ぐらいで書いてきたわけだけど、俺アホじゃないかと思うww
うん、かなり頭がやられてるのでリフレッシュしてきます!うん、何が言いたかったのか不明だけど、父の日おめでとうー。
皆は親父に親孝行しましたかいの?俺はちゃんとしてきましたよ、色々と。

じゃあ本編は明日だから、また頑張って書いてきます。流石に文章に詰まってこんなの書いてる場合じゃないな。
では酒も入って悪乗りしすぎたので自重タイム吊ってくる。また明日よろしくお願いしますー。

あ、最後に、


「この物語はフィクションであり実在する人物、団体、事件、その他固有名詞や現象などとは何の関係もありません。
 嘘っぱちです。どっか似ていたとしてもそれはたまたまの偶然です。他人の空似です。それらを踏まえて置いてください。
 ……もう一度言う必要はないよな(ですね、とミサカはry)?」

です。
寛大なお心でご容赦を!
 
 
261 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 22:49:29.73 ID:b4L./L.0


――――


唐突だった。
男の声が響いたのは、初春の真後ろから。
音は無かった。気配も無かった。
まるで空気のように出現した男は、感情を感じさせない平坦な声で、


「――動くな」


慌てて背後に振り返ろうとした初春に、触れただけで切れるような鋭く冷たい声が飛ぶ。
男がとった行動は声だけでは無かった。
初春の行動を物理的に制限しようと、彼女の後頭部に何かを突きつけたのだ。


「――っ?!」


喉から迸りそうになった叫びを、強引に押し殺した。
初春からは突きつけられた物は見えなかったが、感触と雰囲気からなんとなくだが気付いていた。
後頭部の皮膚から通して伝わる冷たい鉄の感触と、男が放つ冷酷な雰囲気から。
……拳銃が突きつけられている。
身が強張り、恐怖に唇が引き攣った。心臓の鼓動が加速し、目尻から熱いものが込み上げてきそうになる。
だけど、初春は泣き言は漏らさなかった。
それら全ての恐怖を噛み殺し、背後に佇む男へと声を発しようとする。
震えそうになる声を、必死の虚勢で覆いつくしながら、初春は問いかけた。


「……誰ですか、あなたは?」

「その質問に意味は無いな。差し詰め時間稼ぎといったところか?」


読まれていた。
この絶体絶命の窮地から脱出するには、初春個人の力ではどうしようもない。
彼女が絶対的な力を示せるのは電子の世界だけで、
現実では非力な女子中学生だ。故にどうにかして時間を稼いで、外部からの助けを期待するしかないのだが。
262 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 22:54:39.28 ID:b4L./L.0


「その膝の携帯ゲーム機から手を離せ。見えてないとでも思ったのか?」


逃げ道がどんどん塞がれていく。
後頭部にゴリッ、と捻りこまれる鉄の感触に、素直に従うしかないと判断した初春は、携帯ゲーム機から手を離した。
そのモニター上には、“警備員”に救難信号をコールする画面が開かれようとしていた。


「私にどんな用件が? 命を狙われるような事をした覚えはないんですけど」

「シラを切ろうとするなよ。まさか覚悟も無くあれだけの事を仕出かした訳じゃないだろう?」

「なんのことか解りませんけど……」


あくまでも惚ける初春だが、心では諦観の動きが生まれていた。
どうやら自分は二度目の『闇』と接触してしまったらしい、と。
ズキリ、とまた右肩の古傷が疼く。


「『グループ』って言えば分かるかな。そのクソのメンバーだよ俺は」

「……そうですか。ご丁寧にどうも」


『闇』だ。
学園都市でも極秘の暗部に、初春は接触してしまっていた。
初春は真正面に設置されたデスクパソコンのモニターをさり気無く確認した。
一定時間が経てば自働で真っ暗になるように設定されたモニターは、鏡のように背後の光景を反射させている。
普通の鏡ではないので見辛いのは当然だが、『グループ』に所属していると名乗った男は、サングラスをしていた。

264 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 22:59:03.26 ID:b4L./L.0


「……足を残すようなヘマはしなかったつもりでしたが」


それは純粋に好奇心からの質問。
『守護者』としてのプライドもあったからもしれない。


「その通りだ。お前は凄いよ。学園都市の『書庫』
 に保管された極秘情報を幾度となく盗みながらも、尻尾すら掴ませない。驚愕物だな」


男は言う。
その口調は平坦だったが、どこか忌々しそうだった。


「どうやって突き止めたんです?」


証拠も何も残さなかった。
事実、相手は尻尾すら掴めないと言ったではないか。
なのに、相手は初春を捉えているのは、完全な矛盾だ。
どうやって、初春の所在地を把握したというのだろうか。


「お前なら、どうやって特定する?」


問い掛けに対する問い掛け。
卑怯だ、と思いつつ初春は考えた。
どうせこうなってしまっては、初春に出来る事は言葉を交える事だけしか残されていない。
最後に自分がどのような結末を迎えるかは想像しなかった。イメージしてしまっては、今にでも泣き崩れ醜態を晒してしまうのは確実だったし、脳がそれを拒んでいる。


「正直、わかりません……」

265 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 23:02:06.90 ID:b4L./L.0


嘘だ。
本当は一つだけだが、特定する方法はある。
非現実的で、まず実現不可能な事から検討する余地はないはずだが、もしそれが実現可能だと言うのなら、
彼女が『完璧なまでに痕跡を残さず、情報を奪い取れる事が確約』されていようとも、関係がなかった。そんな次元の問題では無くなっている。
無理です、と初春は強く否定した。
それは論理的な物ではなく、感情的な爆発の訴え。
だって。
もしその方法を使ったと言うのなら、この世界は終わってると初春は思う。
どう修正しようとも、覆せないほどに終わってしまっている。
彼女が知ってしまった『裏』なんて子供の豆知識みたいな物で、本当の『裏』は想像すら許されない代物だ。
畏れが蔓延していく。
命の危険とは別の、もっと根本的な脅威により。


「……お前は聡いな。それゆえに悲劇だが」


初春の怯えを正確に読み取ったのか、男は正解だと告げた。
目の前が真っ暗になり、眩暈がする中、


「有り得ません。有ってはならないことです、それは」


初春は首を横に振った。
拳銃が後頭部を捉えている事実など忘れ、男の言葉に真っ向から噛み付く。


「そうだな。だけどそれが現実だ。
 ……どうだ、クソッタレに愉快で素敵だろう? これがお前の知りたがっていた、学園都市に隠されている、もう一つの闇(カオ)だよ」

「ふざけないでくださいっ! どう考えてもあなたが言ってる事は物理的に不可能ですっ!」

266 :土御門って渋いよね![saga ]:2010/06/21(月) 23:04:27.26 ID:b4L./L.0


「だったらオレがこうして此処にいるのは、何故なんだろうな?」

「そ、それは……っ!? 本当に、あなたは二百三十万人もの人たちを、全てリアルタイムで『監視』したって言うんですか……」


電子の世界で身元が特定出来ないのなら、どうやって相手を探し出せばいいのか。
一つだけだが、確実な方法が存在する。
怪しい人物を全て『監視』してしまい、現実世界から特定してしまえばいいのだ。
それだったら、いくら不正アクセスの証拠を隠滅しても、隠しようがなくなってしまう。


「そうだ。最も、ある程度の範囲を絞ってはいたみたいだがな」

「それでも、証拠を残さないという『可能性』だけを上げるなら、どれだけ除外して搾っても百万人は残るはずです!」


そうです、と初春は思う。
ここは能力者が余るほどいる学園都市。
ユーザーの心を読んでパスワードを得る者、電子を操ってコンピューターを掌握する者、挙句の果てには『情報』をダイレクトに
制御している者もいる。更には初春みたいに能力に頼らず、純粋な技術と知恵を武器に使うハッカーや、外部組織からの不正アクセスも
あるだろう。
確かに、二百三十万の人口の内、ハッカーである可能性を絞っていき除外していけば、ある程度の数は絞れるだろうが、それでも百万人は
残ってしまうはずだ。


「技術や能力レベルも考慮すれば更に除外できますが、その除外した人たちの中に『可能性』が含まれないとも限りません」

「そうだな。特にお前みたいなレベル一の能力者なら、その除外される項目に入っていただろうよ」


だから、と男は続けた。


「その百万人を全て『監視』した。逐一な。飯の時も、風呂の時も、トイレの時も、全て全て全てだ」


当たり前のように告げる男。
そこに可笑しな所は無く、それが男の住む世界の常識のように。
はは……、と初春の口から虚ろな笑いが零れた。
もう何も信じられそうにない。
今まで過ごしてきた日常が、まるでRPGの決められた役割を演じていただけの住人Aみたいな錯角に陥った。
神様気取りの下衆野郎に、掌で踊らされているのだ、と。
狂ってる。そして終わってる。
この世界は、間違いなく終わっている。
大事な何かが、砕けた破砕音が初春の鼓膜だけに響いた。
267 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 23:09:26.88 ID:b4L./L.0


「満足したか? 話す必要性は無かったが、答えてやるのがせめてもの手向けだったからな」

「……」

「壊れたか。まぁどの道、壊れようが壊れまいがお前の行き着く先は同じだよ」


初春はダランと身体を弛緩させたまま身動ぎすらしない。
その様子は完全に心を砕かれ、廃人の様だった。男は気にせず、本題に入ろうとする。
胸糞悪い、普段通りの仕事を。


「……」


ゴリッ、と後頭部に突き付けられていた拳銃に力が加わる。
初春はもう恐怖による反応はしなかった。もっと恐ろしいのは、別にあるから。
ただ、ポツリと口を開く。
無様だと思いながらも、黙っていることは出来なかった。


「……あぁ……?」


男の行動が止まった。
初春飾利は、もう一度唇を動かし、言葉を形作る。


「聞こえ、なかったですか……」

268 :う、初春さん……?[saga ]:2010/06/21(月) 23:12:52.68 ID:b4L./L.0


大事な何かが砕け散り、虚ろになっていた瞳に、不屈の灯火が宿り始めていた。
彼女は言葉を放つ。
いつかの様に。ありったけの、力を込めて。


「地獄に落ちろ、って言ったんです。神様気取りのクソ野郎にね」

「こりゃたまげた。お前、死ぬのが怖くないのか?」

「怖いですよ。でも、あなたみたいなクソに無様な姿を晒したくないので、絶対に泣き叫んだりしてやりませんけど。
 当てが外れて残念ですか? 悔しいです? だったら私は最高ですけどっ。でもあなた達みたいな馬鹿って、
 弱者を踏み躙れないと気持ちよくなれない可哀相な人種ですもんね。だから絶対に屈して上げません。気持ちよく
 なりたいなら、勝手に一人で気持ちよくなっててくださいよ。そういうの得意でしょう、クソッタレなあなた達は」
 

初春の口調がガラリと一転した。
腹黒さが前面に押し出され、外見からは想像もできない程の口汚い単語がポンポンと飛び出していく。
その色々と台無しな少女の有様に、男は圧されたのか少し面食らった気配が漏れていた。


「そうそう。一つだけ良い事を教えてあげます」

「それはなんだ」

「私が危険を冒してまで、どうして情報を集めていたと思います? 
 好奇心により興味本位からなんて言わないでくださいね。面白くもなんともありませんから。
 じゃあ一体何の目的で調べていたんでしょうか?」

「馬鹿らしい偽善行為だろう」

「正解です。でも心外ですね。あなたみたいな人に偽善なんて言われるなんて。
 あ、後あまり顔を近づけて口を開かないでください。さっきから気になってたんですけど、臭うんですよ、口臭が」

「…………」

「じゃあその偽善行為を行なうために、集めた情報を活用しないと行けないんですが。私としては全ての情報が集まった時に、
 それらを“警備員”に報告書にして公表しようと考えてたんですけど、保険も兼ねてある一つのプログラムを組んでるんですよ」
269 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 23:17:13.12 ID:b4L./L.0


クツクツ、と暗鬱とした笑みを浮かべる初春。
追い詰められた獣が、死の間際に一矢報いようと、強烈な呪いを刻みつけようとしていた。


「そのプログラムは、製作者の私がある一定の時間までにパスワードを打ち込み停止させないと、今までに盗み取った情報を、
 予め設定しておいた場所にばら撒く様にプログラムされています」

「……なんだと?」


ここで初めて、男に緊張感が走った。
初春は暗い喜びに身を震わせながら、抉り取るように言葉を重ねていく。


「設定しておいた場所は“警備員”はもちろん、“風紀委員”のサーバーや、一般公開されている『書庫』のTOP。
 他には学校の情報端末に至るまで、ばら撒かれて行きます。そしてこれにウイルスの特性を持たせれば、一度このファイルを読み取った
 情報端末機器は感染し、次なる情報端末に自働で感染していくようにプログラミングされているんですが……くすっ、なかなか面白い事になりそうだと思いませんか?」


面白いなんて物じゃない。
真実だというのなら、正気の沙汰とは思えない行動。
だけど初春は躊躇わない。
悪足掻き上等だ。神様気取りのクソ野郎に一泡吹かせてやろう。


「学園都市全土を巻き込んで……心中しやがる気か」

「どうなんでしょうか。神様気取りのクソッタレなら、事前にブロックするようにプログラムを組み直せるじゃないですか?
 まぁそれを見越して対策はしていますが。だから防ぐにはそこそこ時間は必要になるかもしれませんね。学園都市全てのサーバーを落とせば
 物理的にシャットダウンは出来るでしょうけど、そんなことすれば戦争中です。
 ロシアの大陸間弾道ミサイルや戦闘機から無防備になっちゃうわけですので、その手段は論外だと思いますけど。流石に学園都市が無くなっちゃうと、その神様気取りのいけ好かない野郎も
 困っちゃいますよねー」

「狂ってるなお前。オレ達も散々なクソだが、ひょっとしたらお前はそれ以上のクソだ」

「褒められてるように聞こえないんですけど」


干上がったカラカラ声の男に、初春は軽く対応した。
270 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 23:19:56.73 ID:b4L./L.0


そして気付く。
どうやらこの男にも、守りたいと思う大事な存在があるということに。


「私の推測が正しければ、あなたにも守りたいものがある。きっと上からの命令だけでなく、この行動にも独自の判断が入っていると思います。
 じゃなかったら、さっさと私を殺せばいいんですから。だけど殺してしまった場合、バラ撒かれた情報がもし『守りたい存在』の目に入った場合、どのようにして口封じされるのかが気に掛かるからこそ、
 そう簡単に足を踏み出せない」


初春が仕掛けたプログラムが発動した場合、
どれほどの人間が隠された情報を拝んでしまう事になるのか。きっと大多数の人間の目に触れてしまうだろう。
科学が支配した世界において情報端末機器は切っても切れない関係に値する。
間違いなくそれは、男の守りたいと思う存在にまで届いてしまうだろう。


「どうやって対処するんでしょうね。最善は漏れないようにするのが理想なんでしょうけど、それは無理だと思いますよ。
 なら仮に、漏れ始めた情報を目にした人たちに対して、あなたたちはどうやって対処するんでしょうね。政治みたいにニュースや何かで上から情報操作で
 誤魔化してしまうのでしょうか? きっと無理だと思いますよ。それぐらいで誤魔化せてしまえる事態じゃなくなってるでしょう」


だったら。
初春と同じように、


「口封じするんでしょうか? 闇から闇に葬ってしまうように。それも些か現実的ではないですね。そんなことしちゃったら自分達で首を絞めるような
 ものですから。学園都市から学生さんが消えちゃうし、あなたの大事な人も危険です。
 じゃあどうするんでしょうか。記憶を操る能力者の力を借りてしまうのもいいでしょうが、それじゃ侵攻する速度には圧倒的に不足していますし」

「……安心しろ。その野望は阻止してやる。学園都市を舐めるな。お前じゃなくても、そのプログラムを無力化できる」

「ええ、そうですね。きっと数時間もあれば充分だと思います」
271 :心理戦を仕掛ける初春。彼女はただ狩られる者ではない[saga ]:2010/06/21(月) 23:22:02.66 ID:b4L./L.0


悠然と頷いた初春。
取り乱さないし、揺るがない。
初春の態度に、男は焦りの感情を隠せないようになってきていた。嫌な予感がする。


「でもタイムリミットはひょっとしたら十分後かもしれませんし、五分後かもしれません。
 こうやって話してる間にも、起動時間がきちゃうかもしれませんよ?」

「――――っ」

「あ、パソコンは壊さないでくださいね。壊されたら止められなくなっちゃいますから。逆に言えば壊されても止まりませんので」


ピクリ、と男の行動が止まった。
蜘蛛の糸に絡めたはずの少女からの、思わぬ反撃。男には、どちらが蜘蛛の糸に絡められたのか解らなくなってきていた。


「……」

「……」


重たい静寂が、二人の間に横たわる。
いつの間にか立場が逆転していた。
狩られるはずだった少女と、狩るはずだった男の立場が。
以前として状況が変わったわけではない。
引金を引けば少女の命は呆気なく散っていく。人差し指を少し動かせば真っ赤な華が咲くことだろう。
なのに、その軽い動作が実行されなかった。


「……『取引』しましょうか」


そんな男に、不意に持ちかけられた初春の提案。
『取引』。ギブ&テイク、等価交換でもいい。
少女は一体、何を要求するというのか。


「あなたにも大切な人がいるように、私にも大切な人たちがいます」

「……」

「だから『取引』です。
 私を見逃してくれたら、あなたが守りたいと思う存在に害が及ぶ事はなくなりますよ?」

「……」

272 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 23:25:29.79 ID:b4L./L.0


「私はここで死ぬわけにはいかないんです。
 この学園都市の裏で起きている事実を報せるまでは、どんな手段を使ってでも生にしがみつきます」

「……」

「――あなたの答えを訊かせてくれませんか?」


黙ったままの男に、初春は力強く問いかける。
きっと迷っているのだろう、と初春は男の無言の態度をそう判断した。
彼が従っている組織の上層部がどのような形態かは想像でしかないが、およそ常人の発想が追いつくような、まともな物じゃないはずだ。
そんな組織の長達が、命令違反をした子飼いを罰しないとは想像しにくい。
だが、初春の『取引』に応じなければ彼の大切な存在に脅威が忍び寄る事になる。
己の身の保障か、大切な存在を守るかの究極の二択。
天秤の両計りに乗せられた二択の重さは均等で、どちらを選ぶのかが即決できるものじゃないだろう。
自分ならどうするだろうか、と初春は考えなかった。
その答えは、もう決めてしまっているから。実行にも移している。
だから。
後は背後に佇む暗殺者の男が、どちらの選択肢を取るかだ。
その結果次第では――自分は死ぬ事になる。


「……いいだろう」


無言の壁が破られた。
初春は知る。男が選んだ結論を。
273 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 23:26:59.51 ID:b4L./L.0


「『書庫に不正で侵入する野郎を始末しろ』。これが上からのお達しだ。
 オレはそれを破るわけには行かない。オレが死んだら、どちらにせよ大切な人は守れないんだ」

「……そうですか、残念です」


どうやら末路は決まったらしい。
でも後悔は無い。
心残りは沢山残してしまったが、この末路に後悔は無いと胸を張ろう。
何回、何十回、何百回、
リセットボタン一つで遣り直せるとしても、初春飾利は、同じ手段を選ぶだろうから。


「それで、残されたプログラム発動を止める手段はあるんですか?」

「ないな」


男は即答した。
何故なら、


「お前は元からそんなの仕掛けちゃいないだろう?」


どこか面白そうな、含みを持たせた調子で男は断言する。
根拠は一体どこにあるというのか。その口調には自信が窺えた。


「そんなことないですよ。私が死んだら困った事になっちゃいますよー」

「お前には無理だよ。甘ちゃんなお嬢さんにはさ。オレの『大切な人』を心配したりする甘ちゃんが、
 自分の『大切な人』を巻き込んでまで、無差別心中を謀ろうとするかよ」


見事に騙されたぜ、と男は肩を竦める。
答え合わせなのか裏付けを取るように、彼は切り出してくる。

274 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/21(月) 23:28:40.50 ID:b4L./L.0


「鈍臭そうに見えて演技派じゃないか。このオレが勘違いしてしまうほどにな。
 『書庫』に何度も不正アクセスを繰り返す頭のイカれた野郎。その認識を利用して、言葉で惑わそうとしてきたんだから」

「……」


初春は微かに笑った。
結局、根っからの甘ちゃんである彼女には、見ず知らずの他人を巻き込んでまで、自分の身を保障はできなかっただけの話。
天秤の量りにかけるまでもなく、答えは出ていたのだ。
愚かなれど、誇り高き選択。
絶対的な死という第二位の『未元物質』にさえ逆らった、少女の優しさという強さだった。


「泣くなよ。胸糞悪い仕事が、余計に胸糞悪くなるだろうが」

「泣いてなんかっ――」


反射的に噛み付いた初春は急停止した。
あっ、と気付いた時には、頬に冷たい感触が流れ落ちていた。一筋の涙の雫が。


「……最悪ですね。あなたみたいな人に涙を見せちゃうなんて」


緊張の糸が途切れてしまっていた。
死を前にして、心を覆っていたはずの硬い膜が剥がれ落ちてしまっている。
どれだけ取り繕うが、初春はまだ中学生だ。それも惨たらしい裏に生きるのではなく、陽射しを浴びる表の世界の住人。
今まで百戦錬磨の男に対して、戦えていたこそが奇跡だったのだ。
275 :終わり[saga ]:2010/06/21(月) 23:30:26.94 ID:b4L./L.0


「痛みはないはずだ」

「……それって気休めのつもりですか?」

「どうだろうな、お嬢さん」


後悔はない。
やっぱり怖いけど、大泣きしてしまいそうだけど、
初春飾利はこの結果に胸を張ろうと決めたのだから。
後頭部に押し付けられた拳銃からミシッ、と音が鳴った。
だってのに頭で思い描いたのは、自分の死ではなく、友人から借りていたゲームを返せなくなってしまうなぁ、というお気楽思考。
この状況に対し現実感が乏しいのか、自分がマイペースすぎるのか判別しにくいが、
どちらにせよ心残りが一つ増えてしまったのは理解した。ごめんなさい佐天さん、と心で謝った彼女は、


「最後に一つだけいいですか?」

「……ああ」

「神様気取りの連中に伝えてください。
 あなた達の目論みは絶対に阻止されると。いつまでも高みから見下ろせるなんて思うな、と」


負け犬の遠吠えもいいところだ。
だけど初春は信じている。
自分は負けたかもしれないが、きっと他の誰かが立ち上がり、
その野望を挫いてくれる。例え常軌を逸脱した力を持っていようが、お前たちの最後には地獄しか待っていないんだ、と。
――確信にも似た意思を抱いていた。
その最後の言伝を受け取った男は、


「――必ず伝えてやる」


神妙に頷き、拳銃の引金に力を込める。
そして。
パァンッ、と乾いた音が破裂し、可愛らしい花飾りが宙を舞ったのだった――。


306 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/24(木) 22:42:27.66 ID:azzkXVk0


――――



夜闇が支配した繁華街の大通り。
街中は科学の産物である光で照らされているが、戦争中の治安悪化により人通りは無人だった。いるのは精々見回りの“警備員”ぐらい。
常なら夜でも賑わいを見せるはずの大通りを、一人の男が歩いていた。
サングラスをかけた金髪の男――土御門元春はマリオネットのような表情で歩いていた。
何も感じさせない、能面。
足音も一定のテンポを反復運動するように、音を刻んでいる。
だけど、何も感じさせないはずの彼の背中は、物悲しく煤けて見えるのは気のせいだろうか?
土御門のすぐ近くを、見回っていた“警備員”が通り過ぎるのだが気付いた様子すら見せない。
こんな時間帯に学生だろう少年がうろついていれば、一言注意があってもおかしくは無いのだが、視線すら向ける様子は無かった。


魔術。
土御門元春が行使する術により、認識をズラされているのだ。
能力者としての素養を受けた彼は、基本として魔術を行使するということは命を危険に晒すという意味を持つ。
例え一定の音を刻むテンポにより、ほぼ魔力を消費しない魔術であろうと、今も彼の身体を隅々まで蝕んでいた。
効率的ではない。
それを理解してなお、彼が自らの身体を痛めつけようとするのは、


(……感傷だろうな。みみっちいぜよ)


胸糞悪い仕事を片付けてきたからだ。
本当に、心の底から嫌気が差す。自分は一体何をしているのかと。
一人の少女の人生を、戻れる事がない暗闇にまで叩き下ろしてしまった。
土御門のような『暗部』に所属するクソッタレではなく、陽射しの中で笑っているのがお似合いの少女を。
307 :学園都市の闇は深い[saga ]:2010/06/24(木) 22:48:15.61 ID:azzkXVk0


カツン、カツン、と音が刻まれ蝕まれていく。
いい気味だ、と土御門は自嘲した。
内部から腐り落ちていく感覚が、堪らないほどの快感として処理される。
もっと、もっと。
自虐心が加速しそうになるが、彼は鉄の理性で封じ込めた。
まだ死ぬわけにはいかない。
自分にはやらなければ行けない事があるから。
大切な人を守るという使命が。


(……オレには舞夏がいる。その他全ては裏切っても良いが、アイツだけは絶対に裏切らないと決めた)


それが全て。
それだけが土御門元春にとっての誇り。
『背中刺す刃』という魔法名(シンネン)を背負った男の生き様だった。


(だから下らない感傷ぜよ)


既定なら、処理された対象は闇に葬られる。誰にも気付かれず自然に消えていくのだから失踪騒ぎにすらならない。
始末された対象の、成り代わりように能力者を手配し、ソイツが擬態をして対象を演じる。
後は少々の期間を置いて、対象が気付き上げてきた日常から遠ざかっていけばいいだけ。
政界の重鎮なら隠居だろうし、軍事関係の人物なら殉死扱い、学生ならどこか遠くの学校に引っ越してしまえばいい。
全ての不自然は、圧倒的な日常の中に埋もれていく。痕跡は残さずに自然の中にへと。


(よく出来た既定事項(システム)だな)


反吐が出るほどに。
その汚く醜い最先端なのが自分なのだから……惨めだ。
ダンッ! と苛立ちに強く踏み抜いた足音が周囲に木霊する。やり場のない怒りが心に渦巻いていた。
308 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/24(木) 22:52:43.46 ID:azzkXVk0

魔術と科学――その両方の裏の隅々まで知りつくした筈の土御門を持ってしても、今回の仕事はグッと込み上げるものがあった。
もっと上手く処理できたのでは無いか。そうなる前に先手を打てたのでは無いか。
そんな無意味な自問自答が循環するが、望むべき答えは出るはずもなかった。


足音のテンポが崩れた事により、土御門を包み込む『認識のズレ』は消えてしまっていたが
問題は無い。もう彼は大通りから狭い裏路地に足を進めていた。これ以上の自傷行為は、次の仕事に差し支えるし意味が無いのだから。
あの少女が残した、最後の言伝を届ける為にも、土御門にはやるべき事が山積みなのだから。


(一方通行がロシアから戻ってきたら反撃だ)


土御門はそのまま隣人が約一ヶ月ほど留守にしている寮にへと向っていた。
自室に戻れば義妹の舞夏が用意してくれている保存食が冷蔵庫に仕舞われているはずだ。それを腹にでも収まれば
胸糞悪い気分も少しはマシになるというもの。気分転換には持ってこいである。
……だから、さっさと別口の用件を済ませてしまおう。


「そろそろ出てきたらどうだ優男?」


放った声が拡散し、静かな路地裏に満ちていく。
動きがあった。
土御門が向おうとしていた前方の横道から、人影がヌゥっと姿を現す。


「バレていましたか?」


優男と呼ばれた人物は、同じ『グループ』に所属する海原だった。
最も姿形を真似ているだけで、その中身はアステカの魔術師であり本名も別にあるが。
309 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/24(木) 22:56:51.41 ID:azzkXVk0


「気配を隠す気もなかった癖によく言うぜ」

「いえいえ。一般人ならまず見つからないぐらいには、気配は殺してましたよ」


海原は柔和な笑みを浮かべている。
虫も殺した事がありません、と胡散臭いほどの好青年ぷりが板についているが、仲間内で誰が一番
卑劣かと問われれば、土御門は迷わず人差し指を向ける人物である。騙されてはいけない。


「っで、お前は愛しの『超電磁砲』じゃなくて、オレみたいな野郎をストーカーしていて楽しいか?」

「残念ですが楽しくはないですね。でも自分の目的をご存知の貴方なら解るでしょう?」


『グループ』に所属する者には、それぞれの譲れない理念がある。
土御門には義妹の舞夏がいるように、海原にも想い人の御坂美琴を守るという使命を自分に枷ている。
そしてこのタイミングで海原が出てきたと言う事は、
彼なりの譲れない部分の領域に抵触でもしてしまったのだろう、と土御門は判断した。
……考えるまでも無かったかもしれないが。
スルーし続けていたが、海原の右手には何故か黒曜石のナイフが握り締められていたりする。

トラウィスカルパンテクウトリの槍。

黒曜石のナイフの名称は、自分の知識が正しければそういう名称だった。キーボードを無茶苦茶に叩いたら出てきました、と言われて
も納得できそうな意味不明な武器名だが、アステカ魔術師には歴史が積み重なった立派な霊装である。金星の光を反射させて浴びせかける
事で、あらゆる装甲をバラバラに分解する脅威の威力を秘めており、人間を対象にしたら万国ビックリショーに出演できそうなほどに、
綺麗に肉と骨を分けてしまう解体ショーをお披露目できるのだが。


そんな危なっかしいギラつきが――土御門元春を捉えていた。
310 :『フループ』って皆が皆かっこいいよね[saga ]:2010/06/24(木) 23:00:57.94 ID:azzkXVk0


「オレを殺りにきたってか?」

「……知っていますか? あの少女は御坂さんの友人だと」


海原の微笑みが濃密になる。
土御門は全身に冷気が吹き叩きつけられた。海原から発せられる尋常じゃないほどの殺気。
それに呼吸するように黒曜石のナイフの表面が、ギラギラと光を放ち始める。


「いや知らなかったな。
 突発的に発生する不法アクセスを特定して乗りこまなきゃ行けないんだ。調べる余裕なんてあるはずないだろ?」


嘘じゃない。
土御門すらあんな小娘が学園都市を相手とっていたなんて想像外だった。
だが仕事は仕事だ。問題なく既定通り、彼は『書庫に不正で侵入する野郎を始末しろ』を実行した。
それだけの話なのだが、どうやら相手が不味かったらしい。
つまり――海原は制裁しにきたのだ。
御坂美琴とその周囲を守ると誓った。己の役目を果たすために。
ご苦労なこった、と土御門は苦笑した。このストーカーは『超電磁砲』の隅々まで嗅ぎ回っているらしい。
だが殺されるわけには行かない。
自分にだって舞夏がいる。例え『グループ』に所属した仲間だろうが関係ない。阻もうとするのなら、
誰であろうと『背中刺す刃』は容赦なく蹴散らすのみだ。酷薄な笑みとともに、彼はサングラスの奥で目を細めた。


「……」

「……」


粘っこく纏わりつく殺気が、狭い路地裏に充満していく。
いつ着火しても不思議でないほどの緊張感の中、お互いに譲れない信念を掲げた男達は対峙する。
311 :(フループだと……汗。忘れろ忘れてくれ『グループ』ですorz)[saga ]:2010/06/24(木) 23:04:15.32 ID:azzkXVk0


先に動いたのは海原だった。
土御門にはそれに反応することはできなかった。虚を突かれたと言ってもいい。
ただ彼は棒立ちのまま――眉を顰め海原を見た。
含み笑いを漏らす海原は黒曜石のナイフを懐に戻すと、禍々しい殺気の純度を下げていき、最後には綺麗サッパリ霧散した。
流石にこれには土御門も虚を突かれるしかない。


「――っと、本来なら貴方を殺すのが自分の使命だったのですが必要なかったようでして。
 これはほんのちょっとしたジョークです」


優男らしい柔和な笑みを貼り付けなおすと、土御門に対して笑いかけてきた。
眉を顰めたまま、土御門は無言でどうした、と続きを促す。


「だって貴方は彼女を『殺していない』じゃないですか。血の臭いで分かりますよ。
 貴方が動いた時から薄々気付いてはいましたけどね」


そう。
彼は初春飾利を殺してはいなかった。
彼女の後頭部を狙っていた拳銃は、発射直前に標的を変更し正面のデスクパソコンのモニターを貫いたのである。
驚く事じゃない。
何故なら、


「貴方が命令されたのは『書庫に不正で侵入する人物を始末しろ』みたいな内容だったのでしょう」
312 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/24(木) 23:09:14.39 ID:azzkXVk0


だったら殺す必要性は何処にも存在しない。
これ以上、彼女が『書庫』に侵入しないと約束を取り付ければ済むのだから。不要な犠牲者は出す必要はないし、
ただ上の汚い遣り口に付き合っていては、勝利は手繰り寄せる事はできはしない。


ルールに従ってるだけじゃ、ヤツらは出し抜けない。
勝つには、ルールの抜け穴を探すか、もしくはチェス盤を引っくり返して暴れるか。
普通じゃない方法でないと駄目なのだ。


だから土御門元春は迷わなかった。
建前だけの勝利条件など、クソ喰らえと吐き捨て命令に背く。だが完全に命令から逸脱しているかと言えば否の解答。
そんな白と黒の中間のグレーゾーンを選択するのが、彼の戦い方だった。
ならば土御門があの少女に後悔していた理由が、謎のまま残ってしまうが彼は決して口を割りはしないだろう。墓場まで持っていく
つもりだ。少女と交わした『契約』の事も。


「元よりこの任務は貴方にしか任せられなかった。上層部すら尻尾を掴ませない相手を捕まえるには、
 『滞空回線』に接続できる『ピンセット』を所持した貴方でないと、見つけ出す事は不可能でした
 でしょうから。上層部も『ピンセット』の替えが効かなくて、『一部』では大慌てらしいですし」

「それは違うぞ海原。オレ以外にも担当はいたみたいだからな。
 『ピンセット』っていう有利な点がなければ先回りが出来なかっただろうさ。本来なら人海戦術にとっ捕まって、
 オレ以外のクソどもに有無を言わさず処理されてるだろうぜ。 だからあの子は運が良かった。ただそれだけだ」


だから上層部もあの少女の存在を知らない。
『一部』の、それこそアレイスター直属ならば条件は別かもしれないが、幸いな事に動き出す予定はなかったようだ。
つまり、土御門の采配次第で状況はどうにでも操作できる。


「あまり口に出すなよ。その情報(ピンセット)は非公式なんだからな」

「これは失礼しました」

313 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2010/06/24(木) 23:11:41.45 ID:azzkXVk0


「まぁ上にはバレバレだから、オレに命令が下った訳なんだがな。忌々しい」

「自分は貴方で良かったと思いますが。御坂さんに代わって感謝しておきます。
 彼女の泣き顔を見たくはありませんから」


ニコニコと嬉しそうに微笑む海原は無邪気だった。
そのまま一礼すると、路地裏から去っていこうとする。どうやら用件は終わったらしい。
彼の背中が消えようとした時、寒風に乗って囁き声が土御門の耳に流れ込んできた。


「――ですが忘れないでください。
 あの少女とどのような『契約』をしたか知りませんが、結果次第では次は冗談で済まないと」


凝った事に術式か何かで声だけを残したらしい海原は、もう土御門の前から姿を消していた。
……今回の一件は釘を刺しにきたという事か。
本当にどこまでも一途なヤツだと土御門は口を歪め呆れる。


「ああ。分かってるさ」


小さく応えた。
二重の意味を籠めて。
海原を敵に回したくないからの意味と、どうしても必要ならば躊躇わず切り捨てる意味を籠めて。

314 :終わり[saga ]:2010/06/24(木) 23:13:32.64 ID:azzkXVk0


「悪いが、オレが裏切らないのは舞夏のみなんだ」


彼はそのまま歩き出す。
寮の自室へと。そこには舞夏の手料理が待っている。


「……例えあの少女だろうが、それこそ上やんだろうが」


目的の為には殺す。殺す。どのような卑劣な手段を用いても殺す。
避けられない事態がきたら彼は躊躇いなく殺す事ができてしまう。悲しいかな、それが彼の生き様なのだから。
だから殺す、と土御門はもう一度ハッキリと呟いた。


「そうならざる状況になる前にオレが――」


陰陽師最高の称号を捨ててまで、科学に身を浸したのはどうしてか。
スパイになってまで、不条理な絶望を緩和するクッションになろうと決めたのは。
その全ては、


「――全ての障害を殺してやる。それで何の問題も無しだ」


こういう時の為なのだから。

これが土御門元春。
『背中刺す刃』に込められた真実の生き様だった。


「さぁーて、今日の舞夏の晩御飯はシチューだにゃ~。後ハミガキを三回ぐらいしとくぜよ……」


彼は路地裏を後にしていく。
容易ならざる決意を握り締めながら、希望の見えない闇道を闊歩していく。
いづれ実現される約束の時まで、彼は挫けず前を歩み続けるのだった。長い長い血に塗れた廻廊を。

316 :終わり[saga ]:2010/06/24(木) 23:24:42.74 ID:azzkXVk0
本日は以上です。

これにて第一部は完結。伏線はある程度ばら撒いたので風呂敷を後は畳む第二部に行く感じで。
最後は初春関連で纏めましたが、>>156>>211>>261>>306>>156で読んだりするとニヤリとできるかも?
取り合えず今回の話で初春が死んでて、現在では「偽者?」とか思ってくれたら成功だったかも。そして初春の特定方法ですが、作中で
言ってる感じであとは脳内補完お願いします!一応細部まで練り込んだつもりだけど、
所詮オナニーだから突っ込まれるとボロでるレベルですの。これで納得してくれたら嬉しいですよ?


では次回の開始ですが、一週間の休憩を貰います。
実はかなり第二部は難航していて厳しいの。ですので休憩がてら煮詰めてみます。申し訳ありません。
ではこんな感じで。長文失礼しました。

またーりとお付き合い頂けましたら。それでは
 
 
 
328 :落ち着こうぜ ◆DFnPsilTxI[sage]:2010/06/25(金) 23:12:49.27 ID:DLRQvIA0
おばんです。
いつもいつも感想レスを下さってありがとうございます。
先日は言い忘れましたが300レス超えてメデタイ限りです!本当にありがとうございました。
ただ少しコメが荒れてきた感じがあるので、宜しければ「またーり」とお付き合いしてくれたら嬉しいなぁと思ったり。

俺は口下手だから良い感じで言葉が思いつかないのでアレですが、
φさんも謝ってるのですし。これ以上は不要だと思います。φさんもごめんね。俺は遅筆だから小ネタに走る余裕は滅多に
ないんです。ああいった悪乗りした作品は気分的な問題と電波がこないと絶対に書けない自信があるのでwwwwwwwwただ同じ書き手
にも読まれてるんだと思って嬉しかったです。ありがとうございました。お互い頑張りましょう。
っで前回は返信レス素っ気無くて申し訳ない。


口下手で申し訳ない。では以降は禁書愛を語るスレで。
っと思いましたが、これだけ長文書いておいて何も無いのはアレなので、
休日(今日)一日を使って書いた第二部プロローグ部分を投下していきます。よろしくお願いします。
 
329 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/25(金) 23:14:27.74 ID:DLRQvIA0


――――


学園都市には七人の超能力者がいる。
その中でも最強と謳われる、第一位の超能力者である一方通行は、ロシアでの激戦を潜り抜け学園都市に舞い戻ってきていた。
ロシアであれほど学園都市は狂っていると再認識したのに、ロシアで勝ち得た想いを胸に、狂気が蔓延る学園都市に戻ってきたのだ。
そんな彼の生活だがどのような心境の変化なのか、『暗部』に堕ちてからと比べると凄まじい変化を見せていた。
百八十度。半回転する一変である。


現在の時刻は昼を過ぎて十三時になっている。
そして一方通行は相変わらずというのか、自室に宛がわれたベットに突っ伏し惰眠を貪っていた。
基本的に気侭な時間帯に起床する彼は、用事がなければ一日中寝てしまう事もあった。生理現象だけはどうしようもないので、
それらは処理するがまたペッドに倒れこむのである。後は何度か所要で外出していたが片手で数えられる回数だった。
それら惰眠を全力で貪る生活も『暗部』堕ちしてからは珍しくあったのだが、少なくともロシアに帰還してからの彼の生活環境はこんな感じだった。


だが、これだけでは凄まじい変化とは言えない。
最も足る例は、これから発生するイベントだった。


彼が寝ている部屋に向けて、トテトテと軽い足音が近づいてきていた。
いや速度的に見てパタパタが的確かもしれない。どちらにせよ可愛らしいものだが。
可愛らしい足音の持ち主は迷うことなく部屋の扉(ノックなんてしない)を開け放つと一直線に、
昼過ぎまで惰眠を貪る駄目人間に向って駆けていく。
ズバン! と効果音が飛び出そうな感じで扉が開かれたにも関わらず、駄目人間は寒さを凌ぐために毛布に包まっていて起きる様子は無い。


パタパタパタ。
小さな侵入者も気にした様子はなく、
そのまま到着すると立ち止まって優しく起すのか? と思われたが立ち止まらなかった。
むしろ助走をつけると、


「いつまで寝てるんだ寝ボスケー! ってミサカはミサカは元気よく叫びながらダーイブッ!!」


330 :一方さんの口調はマジ難しい[saga]:2010/06/25(金) 23:17:19.93 ID:DLRQvIA0


打ち止めに我慢するなと云うのが酷なものだろうし、保護者紛いの二人の女性は微笑ましいものだと応援してるので問題は無い。
例え一方通行が悶絶から回復し、涙目で睨みつけていようが――


「――問題はありません、ってミサカはミサカは堂々と宣言してみたり!」

「ンなわけねェだろォがァこのクソガキッ!!」

「うひゃぁ!? ってミサカはミサカは耳がキーンキーンになったと訴えてみる!」

「俺はオマエのせいで全身が吹っ飛ぶかと思いましたけどねェ!!」


やいのやいの、と少年と少女はやかましく騒ぎ始める。
印象的なのはどちらも嬉しそうと言うこと。
打ち止めは元より、あの一方通行ですら顔を顰め文句を垂れながらも、
少女を無碍に扱おうとはしないのだから驚いたものだ。天邪鬼の彼だから口に出して認めはしないだろうが。


「ッチ。いいからどけクソガキ。暑苦しいンだよ」

「やだやだー、ってミサカはミサカは上目遣いで駄々を捏ねてみる」

「聞き分け悪りィこと言ってるンじゃねェ。あとオマエみたいなチンチクリンが色気付くのは早ィンだよ」

「あたたかーい、ってミサカはミサカは少し眠たくなってきたかも」

「……オイ、無視すンな」


一方通行の身体をクッションにした打ち止めが眠そうに瞼を閉じようとしている。
流石に本気でウゼェ……と感じ始めてきた一方通行は頬を引き攣らせ始めているのだが、少女は気付いていないのか、気付いていて
無視しているのか華奢な身体を預けてしまっている。

331 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/25(金) 23:19:54.64 ID:DLRQvIA0


再びチッ、と舌打ちした一方通行は打ち止めを振り払おうと、強引に身動きを取ろうとした。
腹筋に力を込め、背筋を勢いよくバネのように跳ねさせる一方通行。不自由な身体だがやってやれない事は無い。コツさえ掴めば誰でも可能だ。
一方通行が無理に動いたために、突然跳ね飛ばされそうになった打ち止めは、抱き枕に抱擁するような
感じで無意識に縋りついた。振り落とされまい、と。

その時、事件は発生したのだった。
おらァ、と身体を起こす一方通行に、打ち止めが縋りついた事により、元から至近距離にあった顔の距離がゼロ状態なり額をゴツンと
ブツけそのまま鼻頭も接触し、唇と唇が――、


「――あァ?!」

「うひゃぁっ!?」


チュッ、と可愛らしい音が鳴った。遅れて奇声が二人から飛び出す。
今……何があった?
石像のように硬直した少年と少女は、慌ててマイナス距離になった顔面をプラス位置に引き離した。


「……」

「……」


ガバァ! と顔だけは距離を取りながらも、身体同士は相変わらず密着したままなので相対的な距離は近いまま。
一方通行は白い肌を微かに赤く染めながらも冷静な表情を取り繕っているが、打ち止めは耳たぶまで真っ赤に噴火
させながら目をグルグルと渦巻かせている。
332 :ミスったよんorz[saga]:2010/06/25(金) 23:22:26.92 ID:DLRQvIA0
>>329>>320の間にコレ挿し込みで。


ピョーン! と満面の笑顔を浮かべて空に身を飛ばすチビっ子。
もちろん着地地点は決まっている。未だ惰眠を貪り続ける無防備な一方通行に対してである。
ドスンッ、と衝撃が響いた。
フライングアタック(愛の一撃)が一方通行を貫いた。効果は抜群だ!


「――――グェッ!」


カエルが轢き潰された呻きが、一方通行の口から漏れた。
常時能力を行使できなくなってしまった彼は、無防備なまま全身で衝撃を受け止めたせいで、息が詰まったのか悶絶している。
毛布に包まったもやし体型がビクンビクンと痙攣を繰り返す様は、
そこそこ可愛らしいものがあるとチビっ子――もとい打ち止めは無邪気に考えながらギュゥ~っと抱きつき始めるが、彼は突然の衝撃に悶絶してそれどころではない。


「暖かくて気持ちいいよ、ってミサカはミサカはあなたの胸板に頬をすりすりさせながら至福ぅ~」


やりたい放題の打ち止め。
ロシアでの激戦を潜り抜けた少女の体調は、完璧なまでに好調の右肩上がりだった。
今までの状態が嘘のように快調で、ロシアから帰還した後も第七学区のとある病院に数日入院して調整しただけで退院。それ以降はこれまで以上に
一方通行に惹かれてしまったのか、凄い懐きようである。もう馬にニンジン、猫にマタタビである。

それもこれも、一方通行と一緒に暮らせるようになったからだろう。

彼が『暗部』に堕ちてからというもの、まともに顔を見合わせたのは『未元物質』との戦闘時の本の一息だけ。
それが漸く想いが叶ったのだ。
333 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/25(金) 23:23:31.76 ID:DLRQvIA0


一方通行と打ち止めは思わずお互いの瞳を見つめあった。
暫しの無言が続いた後、


「……そろそろ昼飯にするか打ち止めァ。お前が『普通に』起こしてくれて感謝するぜ」

「そ、そうだよね、ってミサカはミサカは『普通に』起きてくれたあなたはエラーイと褒めてみる」


棒読み口調全開で喋り出す少年と少女。
どうやら全てを記憶の彼方に追いやってしまうつもりのようだ。


「ハァ……」


一方通行は参るぜと息を吐くと、そのまま湿り気を帯びた唇をペロリと舌で舐め取った。
何気ない自然な仕草なのだが、それに動揺したのは打ち止めだった。カッ! と目を見開いて一方通行の唇を凝視している。
はぅはぅはぅっ、と口をパクパクさせたかと思えば少女は、


「ミサカは先に行ってるから――!? ってミサカはミサカは逃げるように飛び出してミサカのうわあぁぁぁん――」


ドップラー効果を残しながら部屋から飛び出していった。
ポツン、と一人残された一方通行は不思議そうに首を傾げながら、
334 :終わり[saga]:2010/06/25(金) 23:24:10.55 ID:DLRQvIA0


「……意味わかんねェガキだなァ」


無頓着に呟いた。
彼は気付いていなかった。どうして打ち止めが逃げるように飛び出していったのかを。
微かに触れ合う程度の接触時に、少女が残していった液体が付着していた事を。しかも見せ付けるように
眼前で舐め取ったのだから、思春期を迎えた少女には恥ずかしくて逃げ出してしまう気持ちも理解できるもの。だけど彼は気付かない。

どこのエロゲー状態だが、学園都市で一番頭が良い筈の彼は気にしない。
人との触れ合いを拒み続けてきた彼には、そういった繊細な情緒に気を揉むという思考が極端に欠落していたから。
それでも最近は幾分か改善はされてきたのだが、それでもまだまだ改善の余地は残されている。
最も、意識していないだけで彼は彼でそこそこ照れているのだが、余裕の無かった打ち止めが気づく事は無かった。


「俺もいくか」


惰眠の時間は終了。
盛大な無自覚ラブコメから一日が始まったのだった。
後に気付くのだが。
ファーストキスをお互いに果たした記念日がこの日だと気付き、二人がまた無言タイムになるのは別の話である。


335 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/06/25(金) 23:28:29.01 ID:DLRQvIA0
本日は以上です。

では口下手な俺は作品で語っておくことにしました。喋り巧い人は羨ましいよねぇ?
っでせっかく第一部完結したんだし、俺からも質問させて貰おうかな。

ここまで読んで貰って頂いてる方にお聞きしたいのですが、どのお話が大好きでしたか?
かなりの登場人物を出して書いてますが、その中でも気に入った話とか、これ読んでこの人が大好きになった!とか
聞かせてくれると>>1は激しく跳び上がります。やる気もでてくるかと。よろしくですの。

ではこんな感じで。
またーりとお付き合い頂けましたら。それでは



355 :来たぜGEP。地獄の底まで[saga]:2010/07/01(木) 22:24:23.58 ID:mzRtBZA0


――――



とある第七学区の学生寮。


その学生寮の一つの部屋に寝泊りする土御門元春は、額から脂汗を滲ませながら正座していた。
もう三十分以上はこの姿勢を保ってしまっているせいか、足の血流が止まってしまい感覚が失われつつある。ちょっと動いただけでも痺れにより
アヘアヘと情けない面を晒してしまいそうである。
土御門がどうしてこのような状況になってしまっているのかは、
正座している目の前に乱雑に広がっているブツが原因だった。書物である。こう言えば響きはかっこいい感じがするが、感じだけで気のせいだから注意だ。
書物――もとい本なのだが一冊だけでなく数十冊の数がばら撒かれていた。

表紙には、着衣を乱した霰もない女性の肢体がドドンッ! と構えているものばかりである。
思春期真っ盛りの男児には欠かせないアイテム――エッチィ本ばっかりが厳選されている。

厳選された数々のエッチィ本を前に、正座する土御門だが、それには理由がある。
その理由は、


「なー兄貴ー? コレはなんなのか教えて欲しいなー?」


ニコニコと満面の笑みを浮かべた、彼の妹、土御門舞夏が両腕を組んで仁王立ちしているからである。
額に青筋をビキビキ浮かべながら低い声で質問する舞夏。


「私はさー。別に兄貴がエッチな本を隠してたから怒ってるわけじゃないんだぞー。男の子だから仕方ない部分が
 あるってことも理解してるしそこは勘違いしないで欲しいんだぞー」

356 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/01(木) 22:26:52.52 ID:mzRtBZA0


じゃあ何に怒っているというのだろうか。
土御門元春は不思議そうに思うのだが、開始一幕から強烈なボディーブローで弓なりに悶絶させられたので逆らう気がありません。
と、神妙(そう見えるだけ)な表情で正座を崩そうとはしなかった。


「このクソ兄貴は黙ってるだけじゃ分からないんだぞー?」

「え、えーと。舞夏さんは何に怒ってると言うのでしょうか?」

「あァン!? ここでソレ言っちゃうかなバカ兄貴はー」


ヒイィィィ、と土御門はギスギスと黒いオーラを纏う舞夏に震え上がった。
そんな駄目兄貴に、義妹の舞夏は侮蔑の表情を浮かべながら、


「兄貴が隠してたのが全部メイドのエッチィ本だったからだろうがー」


そう。
全ての表紙に一致するのは、メイド服を題材にしたものばかりなことだった。
別にソレはいい。いや良くないけど。
舞夏が怒っているのは、そのメイド服が問題なのだ。
メイドとウェイトレスとコンパニオンがごちゃ混ぜにされた、もう『萌え』を前面化に押し出したとしか言い様の
ない現代風のイメクラ風味の味付けだった。
357 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/01(木) 22:29:53.16 ID:mzRtBZA0


「前にも説明したけどあんなモンはプロのメイドとは呼べないんだぞー。
 しかもメイドってだけでいかがわしい目で見るなって言ったよなー」


つまり舞夏が怒っているのは、メイドをバカにするなということである。
彼女の中でメイドというのは神聖な存在なのだ。
それを男の性などという汚い物で汚されるのは耐えられない事実なのである。
漸く正座させられた理由を知った土御門は、


「エロくないメイドさんなんて存在意義が欠如してるんだにゃー!!」


叫んだ。
力一杯に叫んだ。もう全世界の人間達に届けとばかりに。
聞こえたのは舞夏と、後は薄い壁越しに届いただろう隣の寮室の住人ぐらいだけだったが。稀に土御門の方にも「不幸だぁ――!」と聞こえくる声量は、
今の叫びと同程度。間違いなく届いているはずだ。


「……クソ兄貴はいっぺん教育しなおさないといかないようだなー」

「ちょ、ちょっとタンマぜよ! お願いです舞夏さま!」

「遺言なら早くしろー」

「ひょっとして……嫉妬されていますか?」


応えは鉄拳だった。
やめてやめて、ぐはぁぁ、義理の妹からの折檻は最高にゃー! と痺れさせた足の刺激と小さなグーでボコボコに
されている土御門は至福の酔った顔でアヘアヘ笑っていて気持ち悪いのだが自覚はないらしい。足の痺れとグーで転げまわっている土御門は、少しだけ
赤い頬になっている舞夏の表情は見えていなかった。
そこで彼の携帯の着信音が鳴り出す。
ボコボコにしていた舞夏は邪魔が入った、と言いたげに床に転がっていた携帯を睨みつけ、
殴られていた義妹命! の土御門も忌々しげに携帯に視線を遅れて注ぐ。


「仕方ないから早くでていいぞー。あまり待たせたら失礼にあたるからなー」

「にゃー」


日本語じゃない返事をしながら、土御門は携帯を拾い、

358 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/01(木) 22:34:30.93 ID:mzRtBZA0


「……あぁ、分かったぜよー。今は取り込み中だから後にするにゃー」


碌に内容も聞かずに一端通信を切断したのだった。
足の痺れが取れ始めてきた土御門は立ち上がると、ズレていたサングラスの位置を中指で押し上げて戻した。


「どっかに出掛けるのかー?」

「ん。そうだよ。何だったら舞夏も着いて来るかにゃー?」

「いいのかー? 部外者の私が着いていったりもしてー」

「俺が舞夏を無碍に扱ったりするかよ。それに今回の用件は舞夏がいれば完璧なんだにゃー。
 実は野郎数人と集合する予定なんだが」

「隣の上条当麻もいるのかー? さっき不幸だーって叫んでたけどなー」

「ッケ。誰があんな部屋に女連れ込んでる妬ましい奴を呼ぶか。……常盤台の中学生がなんぼのもんぜよっ!
 今日はな、彼女のいない寂しい野郎だけで集まるんぜよ」


だったら余計に私は邪魔じゃないかー、と舞夏は言うが、
土御門はノンノン、と人差し指を左右に振ると、


「そこでどれだけメイドさんがエロいか――ゴッドパラァ?!」


最後まで語らせまいと舞夏のグーに脇腹を穿たれる土御門。
ドスッ、と膝を崩すと悶絶している土御門を前にして、舞夏は溜息をつきながら背を向けた。
彼女は玄関に待機していた清掃ロボットの上に乗っかると、冷たいボディの側面をバシバシと叩き電源を起動させる。


「じゃあなー兄貴ー。あまりバカばっかりやってないで稀には真面目に勉強しないと駄目だぞー。
 あとメイドを穢した罰として今日の手料理はなくなったから自分で用意するようになー。なぁに、保存食のカップラーメンとか
 一杯有るし当分は大丈夫なはずだから頑張れー。兄貴がメイドに対する考えかたを改めたら来てやるからなー」


清掃ロボットに上に正座で乗っかったまま器用にも出入り口を開いた舞夏は、
そのままバシバシと側面を叩きながら清掃ロボットに指示を与えていく。どのようなセンサーで感知され動いているのか謎だが、思い通りに操れるようだった。
359 :終わり[saga]:2010/07/01(木) 22:36:15.99 ID:mzRtBZA0


まってくれ、待つぜよせめて危険だから送るにゃー! 
と土御門は悶絶しながらも必死だが、舞夏は開かれた扉を潜っていき清掃ロボットに運ばれて出て行った。
取り残された土御門は、
本気で心配そうな表情を浮かべていたが、それもすぐになりを潜めると真顔になった。
さっきまでのオチャラケていた雰囲気が霧散し、鉄のような硬い雰囲気に変化した。


「…………漸くか」


携帯に表示された着信相手の名前を見ながら呟く。
着信相手は、
とある教育機関に通う少女から。
三コールもせずに電話先から声が聞こえた。
ノイズが混じった機械音――身元を特定されないために処置が施された偽装工作の声が。


「――ああ。そうだ。聞かせろ。詳しくな」


土御門元春は笑った。
決して陽射しの住人には拝ませられない血に染まった――『裏』の貌で。
絶対に勝てないはずのゲームに勝利するために。


377 :お待たせしました[saga]:2010/07/04(日) 23:38:57.25 ID:jkjxR820


――――


昼食は滞りなく終了した。
一緒に席についた打ち止めとの間に流れる空気が硬かった気がするが、
深く詮索しない一方通行の態度に、打ち止めも慣れてきたのか終盤には年齢相応に騒いでいたので大丈夫だろう。
打ち止めよりも気になったのが、黄泉川や芳川が妙にニタニタとした視線を注いできていたことだが、
一方通行は眉間にしわを寄せたまま無視することにした。自分から愉快な話題(エサ)を与えてやるつもりはない、と。


「んじゃあ行ってくるじゃんよ。お前は着いてこなくていいんだな?」

「一緒にいこうよぉ~、ってミサカはミサカはあなたと出掛けたいなぁってアピールしてみる」


食事も終わり、また堕落した世界に舞い戻ろうとした
一方通行を引き止めるのは、屈託ない黄泉川と打ち止めからのお誘いだった。
どうやら夕食の食材を仕入れるために買い出しにショッピングするから、どうせだったら部屋に引き篭もってばかりでなく付き合えと言いたいらしい。
ロシアから帰還してからまともに外出をしていない一方通行が、外に出る用事と言えば近くのコンビニに缶コーヒを買い出しに
行く時とちょっとした所要を片づける時だけである。ご飯については黄泉川のマンションに移住してからというもの困った覚えはなくファミレスにすら出没していない。
そんな彼の自堕落な生活態度を見かねたお誘いだったのだが、


「勝手にしてこい」


興味ないと一蹴する一方通行。
寝たり無いのか欠伸でも噛み殺した表情を浮かべている。


「そりゃ残念だ。じゃあ今日の晩御飯は打ち止めが、お前に手心込めて料理を作ってくれるらしいからちゃんと食べてやるじゃん」

「失敗しないように頑張る! ってミサカはミサカはあなたが
 一緒じゃなくて残念だけど夜にはあなたの舌を唸らせてやるのだって闘志を燃やしてみたり」


はいはい、と適当に一方通行は調子を合わせた。
打ち止めと黄泉川はあまり期待はしてなかったのか素直に外に出て行った。途端に騒がしかったはずのリビングが静かになる。

378 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/04(日) 23:40:46.89 ID:jkjxR820


黄泉川は今日は“警備員”の務めは休みだと言っていた。
きっと打ち止めの事だから黄泉川に甘えまくり、そこら辺を引きずり回すだろうからすぐに帰宅することはないはずだ。少なく見積もって二時間ぐらいか。


「……」


不安な気持ちがジクリと胸奥に沸いてきた。
外に出歩く打ち止めに危険が忍び寄らないだろうかと。
もうロシアに戻ってから何度も黄泉川や芳川と外出して無事に戻ってきているはずなのに、この不安だけは克服できない。
らしくない、とは自分でも悪態ついてしまうし
そう思うなら嫌がらず守ってやればいいのにと思うだろうが、彼には彼で考え方がある。
確かに傍で絶え間なく守ってやれば危険度は低くなるだろうが、根本的な解決にはなりはしない。
本音を言えば……外に出さず強固なセキュリティで守られた“警備員”専用の
マンションの中で雁字搦めに束縛してしまいたいと思ってしまうが、それはただの身勝手なエゴもいいところだ。


それ故に彼は何も言わずに送り出した。不安に思いながらも。
黄泉川を信用していないわけじゃない。もし危機が迫れば命を懸けて打ち止めを守ってくれることだろう。
同時に、学園都市の『暗部』が本気になれば黄泉川程度では太刀打ちできない事も理解している。そして認めたくはないが
……一方通行が傍にいても守りきれる絶対的根拠は何処にも有りはしない。
身を持って体験した一方通行には解る。一度、完膚なきまでに心を壊されそうになった彼は知っている。
学園都市は狂ってる。本当の意味で狂ってる。
一万人以上を虐殺した一方通行が断言してしまうほどの、底の見えない闇が裏に広がっているのだ。

379 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/04(日) 23:42:36.39 ID:jkjxR820


「深く詮索する気はないけど、キミが何を学んだのか興味があるのよ。一つだけ教えてくれないかしら?」

「あァ?」

「どうして戻ってきたの? キミが守りたいのはあの子の笑顔でしょう。だったら学園都市に無理して戻らなくてもいいじゃない。
 あの子を連れてそのまま手の届かない場所まで逃げれば良かったのに」


一方通行は顰めた面を更に崩す。
その選択肢を模索しなかったわけじゃない。
打ち止めだけの笑顔を全力で死守するなら可能性はあった。例え学園都市の魔の手が黄泉川や芳川、他の『妹達』に忍び寄るのを
省みず実行に移すなら、ちっぽけだが打ち止めだけの笑顔は守れたかもしれないのだ。
魅力的な案だった。
だけど彼はその選択肢を、浮かんだ十秒後には破り捨てていた。
何故か?
――決まっている。
何も背負うはずが無かった一方通行にも、いつのまにか背負うべき大切なモノが数多く生まれてしまっていたからだ。


「それも根本的な解決にはならねェな」


一方通行は想いを告げた。
天邪鬼で、本心を晒そうとしない彼は珍しくも思いの丈を語っていた。


「守るだけじゃ勝てないンだよ。逃げ続けてもハイエナのようにしつこく迫ってきやがる。
 いいかァ? 俺たちみたいなクソッたれの連中に引き分けなんて文字は辞書にはねェ。徹底的に嬲り尽くすか、嬲り尽くされるだけかだ」


それにな、と一方通行は続け、


「逃亡生活なんてモノに、あのガキが耐えられるもンかよ」 


どれだけの心身共に神経をヤられるのが解らないのが逃亡生活だ。
来る日も来る日も、追跡者に怯える日を過ごし、毎日を生きていく。
そんな惨めな生活を打ち止めに許容させたくないし、一方通行も絶対に認められなかった。
380 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/07/04(日) 23:44:38.13 ID:eSscGUAO
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
381 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/04(日) 23:44:59.99 ID:jkjxR820


「それもそうね。さっきの発言は撤回するわ。じゃあ何でキミは戻ってきたのかしら?」

「決まってンだろうが――」


背負ってしまったモノのためだ。
打ち止めは自由であるべきだ、と一方通行は信じている。
陽射しの中で無邪気に笑っていられる環境こそが少女の居場所なのだ。
それは打ち止めだけに限定されない。
自分みたいな人間に関わろうとしてくる黄泉川や芳川にも適用される条件。『妹達』も当然その枠に組み込まれている。
だからこそ。
彼はあれだけの絶望を植えつけられた学園都市に戻ろうと思えたのだから。
いつのまにか背負ってしまっていたモノを守る為に、彼は屈せず立ち上がろうとしていたのだった。
ロシアで学んだのは一つ。
自分みたいな人間が何を勘違いしたのか、守るという決意を打ち立てたのだ。だったら『本当の意味』で全てから守らなければ意味がない。
もう『主人公』や『悪党』なんて狭い枠組みは、彼の中心から綺麗サッパリと除去されていた。


「――クソッたれた性根の腐ったクソ野郎どもを皆殺しにしてやるためだ」


一番大事な部分だけは決して表に出さない彼は、心情とは正反対の、危険な臭いを帯びた台詞で真実を覆い隠した。
全てを語らないのが一方通行らしかった。
ここまで己の本心を明かしただけでも、驚くべき事なのだが。

それを知っている芳川はまだまだ子供だと笑みを堪えつつ、


「本当なら止めないといけないんでしょうね。危険なことはするなって」
382 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/04(日) 23:45:53.67 ID:jkjxR820


「イラネェ」

「でしょうね。私も止める気にはならないもの」


本来ならば大人として危険な――人殺しをしようとする一方通行を止めなければいけない立場にあるのかもしれない。
でも芳川は肩を竦めるだけだった。
彼女にはそれを口にする権利がなければ、仕方ない事情だと諦めてる部分もあった。そうしなければ打ち止めを守ることなど不可能
なのだから。これが黄泉川なら真っ向から衝突するのだろうが、芳川の場合は違った。

少年の決意を無駄にしたくない。
なんて優しさからではない。ただ甘いだけだ。

本当に優しい奴なら説教の一つでもして正そうとするのだろう。
だけど甘いと自覚してる芳川には、裏の道を進もうとする一方通行を止められない。
必要なことと割り切って送り出す。感情からでなく、冷徹な理性から。
それに。
かつて『絶対能力進化法』のプロジェクトメンバーだった芳川が言ったところで説得力は皆無だった。
直接手を下していないからといって、一万もの『妹達』を実験の過程で殺しているのだから。
一方通行も解っていて話したのだろう。
ある意味で信頼されてるのかしら、と芳川は内心嫌気が差しながらも話題を変更するために口を開く。


「これからキミに予定はあるのかしら?」


打ち止め達について行けば良かったのに。
と、そう暗に言われたと判断した一方通行は嫌そうに顔を顰めた。
383 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/04(日) 23:49:41.29 ID:jkjxR820


どれほど待ち侘びただろうか。
第一位は渇望していた瞬間に、愉しくて堪らない嗤いを零した。
そんな一方通行を阻むように、


「何をしてこようがキミの勝手だけど、打ち止めに連絡をしなさいよ」

「あァン?」

「怪訝そうにしないの。一緒に暮らしてるんだから当然の事でしょう?
 今日の晩御飯はどうするのか。何時ぐらいに帰ってくるのか。それを伝えていくのが
 普通なのよ。打ち止めも言っていたじゃない。今日の晩御飯はあの子の手料理なんだから、連絡もなしに
 すっぽかしちゃったら後が酷いことになるわよ? あ、私を伝言役にするのは断るから。そういうのは本人の口から
 伝えて、初めて意味を持つものだからね。守ってあげたいって言うんなら、それぐらい出来るでしょう?」


思わぬ方向から水を差された一方通行は、
胸の奥底から沸き上がっていたモノが急激に萎んでいくのを実感した。変わりに狂気とは違う仄かな温かさが満ちる。
なンだろうなァ……コレは。
昔ならウザったいとしか思えなかった感情の一端を、受け入れ浸透させてしまっている一方通行は
自分が弱くなったのだろうかと首を捻った。昔の自分には有り得ない体たらく。これは弱みにはなっても、強みにはならない。
それが理解できるにも関わらず捨て去る事も出来ねば、無下に扱う事すら躊躇ってしまっている。
芳川は伝えていくのが普通、と言った。
その普通が彼には馴染みが無い。
これまでを独りで生きてきた彼には、これからも独りで生きていくのだろうと漠然と考えていた彼には。
弱くなった。恐ろしいまでに弱くなったと一方通行は舌打ちした。
384 :終わり。遅刻ごめんなさいですの[saga]:2010/07/04(日) 23:50:21.85 ID:jkjxR820


「……」


戸惑いが生まれた一方通行は悩みながらも、携帯を取り出した。
画面には未着信の表示がされている。それを消すと、電話帳を呼び出し数少ない登録の中から一つを呼び出した。


「……」


『打ち止め』と表示されたまま動かない液晶画面。
様子を見かねた芳川が、


「普通でいいのよ普通で」


と、口を挟んでくるが。
その普通に馴染みがない一方通行は困惑するばかりだ。


「ハァ……普通ねェ……」


昔の彼には絶対に有り得ない行動パターンは、
確かに弱みと受け取っても仕方ないものだったが、本来なら誰もが持ちえる人間らしい行動。
結局、気の利いた台詞など思い浮かばない一方通行は固まったままどう伝えようか迷い始める。

顰め面を隠そうとしないものの、どこか柔らかく穏やかな。
率直に言ってしまえば、
過保護なお兄さん的な雰囲気としか表現のしようがないのだった。きっと自覚はないのだろうが。

携帯を握る手は固まったままで。
それを見守る芳川は一方通行に気付かれないように微笑んでいた。
少年の成長を見守る保護者の顔で。
頑張りなさい少年、とまだまだ不器用な一方通行を応援する芳川。
甘いだけでしかない彼女が、小さな優しさを示した事により目の前の優しい光景が作り出されたのだった。


398 :始まり始まり[saga]:2010/07/09(金) 22:10:20.58 ID:49/kveo0


――――――




第七学区のとある超ボロい木造二階建てのアパート。
通路の洗濯機がドカンと置かれ、風呂場という概念がないみみっちい場所で、安月給でもここには
住むのは勘弁したいと思うアパートの、二階の一番奥の部屋の表札には『つくよみこもえ』とドアプレートが飾られている。

年齢不詳の女教師が住む一室。
その女教師――月詠小萌は根っからの教育者である。

夜な夜な徘徊する家出少女を拾ってきては、自分のやりたい事を見つけられるまで仮の居場所を作って
やる事が『趣味』であり、教育者の鏡のような人物だった。
その『趣味』の結果。
この小萌が住むボロアパートの自室には同居人が途絶える事は無かった。

結標淡希。
九月の終盤頃から小萌に招かれた少女の名前。新たな同居人。
かつてお嬢様学校の霧ヶ丘女学院に在籍していた彼女は、とある事情により小萌と一緒に暮らしていた。

『グループ』と呼ばれる学園都市の暗部に属しながらも、お節介な小萌の御陰で彼女は仮初ながら自分の居場所を得ている事が出来ている。
結標(ひかげ)と小萌(ひざし)がどのような出会いを果たしたのかは不明だが、
その奇妙な共同生活は現在も変らず続いている。明確な心の線引きがお互いを距離感を区切っているが続いていた。
当の本人達と言えば、


「ふ、ふんっ。そんな背後で心配そうにしないでも私だってやれば出来るんだからね」


どこか上擦った調子で声を発した結標はキッチンに立ちながらフライパンを握っていた。
そう広くないキッチンには所狭しと料理に使用する調味料が並べられ、
流し台には先ほど作業をしていたのかまな板がセットされており、その上には包丁が置かれていた。

399 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:15:02.17 ID:49/kveo0


「私は結標ちゃんを信じているから心配はしていないのですよ。野菜とお肉を切るまでは順調でしたし」


結標の背後に控えていた小萌。
家事の監督をしている小萌は、久々にゆっくりと時間を取れている結標に料理スキルを上げる為に監督しているのだ。
余計なお節介だろうが学ぶ事は多いほうがいいと信じているのが、月詠小萌の教育者としての心。


「だったら何でそんなにピッタリと背後霊みたいに張り付いてるのよ。
 正直言ってうっとおしいんですけど?」

「火を使うんだから危険じゃないですか。結標ちゃんに何かあったら先生は泣いちゃいます」

「……信じているって言葉はどこに消えたのかしら?」

「それとこれは別問題です」


結標は見えていないが、背後で小萌が胸をエッヘンと張ったのが雰囲気で解った。
なによ、と結標は不満そうな表情を浮かべるが仕方ない。
彼女の初期の初期の料理スキルは本当に酷いものだったのだから。
ご飯を炊こうとお米を研ごうとしたら洗剤で――までは行かなかったがお米が擦り切れるほど熱心に洗い、
包丁を使う際は食材を握る手はグーにしないとなのにパーで指を何度も切っていた。野菜に真っ赤な色彩は不要である。切り幅もバラバラで火の通りが均一にならず、
揚げ物をしようとすれば火事を発生させてしまい始末だった。
流石にこれでは心配されても仕方ないレベルである。
現在ではかなりの量の食材を生贄に、初期に比べれば平凡並みには上達してきてはいるが。


「だったら見てなさい。私の本気ってやつをね」

「気合入れるのは結構ですが慎重にお願いしますよー?」


気合を削がれた結標は顔を顰めた。
フライパンを握る手がプルプルと震えだすが我慢我慢。
今から華麗なる野菜炒めの手順を見せ付けてやればいいのだ、と結標は改めて気合を注入。

400 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:19:40.04 ID:49/kveo0


「先に言っておくけど、これから私は私のやり方でするから文句はなしよ?」

「はいはい。いいからチャッチャと作ってくださいー。先生もうお腹がすきましたー」


人の話聞いてるのかしら……別にいいけど。
結標はそのままフライパンにサラダ油を適量垂らすとコンロを着火させ炙っていく。
油がフライパンの表面に広がっていき慣らし
ある程度熱が持ったのを確認したら、そのまま切った野菜を移していた器に視線をやると。


「やるわよ」


結標淡希の『料理』が始まった。
彼女にしか実現できない方法で。


「よっと」


掛け声を上げると、フライパンの上には野菜が投入されていた。
熱せられた鉄板の上に野菜がぶちまけられたことにより弾ける音が響く。
『座標移動』。
結標が能力を行使し器にあったはずの野菜を移動させたのだ。


「む、結標ちゃんちょっと何をやってるんですかぁ?!」

「うるさいわよ小萌! いいから私の本気を見ておきなさい!」


フライパンは握り締めた結標は一喝し背後の監督を黙らせた。
左手でフライパンを握ってはいるが動かしてはいない。
そのままでは野菜の一部分だけが焼けて焦げるから動かさなければいけないのだが、
右手には菜箸を握ってもおらず、どうやって均等に投入した野菜に熱を与えようというのだろうか。


「それは横着っていうんですよー結標ちゃん!!」

「ええーいうるさいのよ! ようは食べて美味しかったら私の勝ちなのよ! 演算が狂うから静かにしてなさいっ!」


フライパンは一ミリたりとも動かず不動の山を築き上げているが、鉄板で熱せられている野菜は踊っていた。
三次元の常識を無視して、野菜が跳ね飛び回転し混ざっていく。
402 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:23:51.82 ID:49/kveo0


結標は料理をするには些か危機迫った鬼の形相でフライパンを凝視していた。
余裕そうに見えて緊張しているのである。ましてチビっ子先生の小言に付き合っている余裕など皆無だ。


「野菜が良い感じにしなってきたわね……ふふっ、ふふふっ!」

「結標ちゃんが不気味な笑いを?! 
 先生が無理に料理なんてさせたからですかぁ?! 悪かったですから戻ってきてくださいぃぃいぃ~!!」


トリップした結標には何も聞こえない。
クリアだ。
思考が透き通り全能感に支配される。
……呼ばれた気がした。
自分が作り出した渾身の、野菜炒めの未来のビジョンに。
……今そっちに行くわ!
爽快な笑みを浮かべ結標は笑った。


「―――~~~~っ!!」


背後で小萌が騒いでいるが関係ない。
今はただ――野菜炒めに全てを。それだけでいい。
調味料の胡椒の粉末が宙に拡散しフライパンに降り注がれる。
味付けされていく野菜。
そしてメインとなるお肉に視線を走らせ飛ばした。
お皿に乗っかっていたはずの肉の塊が瞬間移動し、鉄板の上に広がった緑色をクッションにし着地する。
白い蒸気と香ばしい匂いが鼻をくすぐっていく。
イメージが近づいてきた。
もう少し。もう少しで空想と現実が重なる。
肉の塊が空中に舞ったかと思えば一枚一枚に引き離されフライパンに戻っていく。
野菜と絡み合い、肉汁が旨みの成分として染み込んで行く。

403 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:26:25.09 ID:49/kveo0


「もう少しで完成よ――っ」


額に血管が浮き出た結標はそれでも笑みを零していた。
野菜炒めが完成する。
それも、おそらくは最高に美味しいはずの。これで料理が出来ない駄目女というレッテルからもオサラバだ。
今に見てなさい小萌! と結標は張り切っているが、その背後では完全に忘れらされた小萌が涙目で騒いでいる。
小萌としては、
こういった能力に頼ったものでは無く、本当の意味で料理を覚えて欲しかったのだが結標は気付いていないようだ。


「ラスト――ッ!!」


後は空中に盛大に移動させ、空気を織り交ぜながらバラつきを調整させるぐらいか。
そう判断した結標は能力を行使した。
鉄板で熱せられた野菜炒めが一瞬ブレ――姿を消していく。
その時だった。
クリアな思考の中に、突如の妨害(ノイズ)が発生した。
ブーンブーン、と振動する音。
胸の内ポケットに収納していた携帯のマナーが作動したのだ。
それだけだったら別に問題ないのだが、
間が悪いというべきなのか、能力演算中に女の子に取っては敏感な部位になる、胸元での振動というのがネックだった。
思いも寄らぬ方向からの刺激(ノイズ)に、大事な先端が擦れたのだ。
……何処かは詳しくは聞かないで欲しい恥ずかしいから、と後に頬を染めながら供述する結標だが、
今は現在進行形で事態が進んでいるのでそんな余裕はあるはずもなく、


「――ん、ぁっ……」


色っぽい声を漏らし身体をビクッと竦めた。
その瞬間――悲劇が発生したのだ。
演算に狂いが生じ、結標の中で幻想(野菜炒め)が壊れる破砕音が木霊する。
404 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:29:16.47 ID:49/kveo0


「――あっ……」


幻想が壊れるのに合わせ、
フライパンに着地するはずだった野菜とお肉のコラボレーション=野菜炒めが現実世界でもぶっ壊れた。
もう少し詳しく状況を説明しよう。
演算の狂いが生じ、本来ならフライパンの上空に飛ぶはずだった野菜炒めが、
部屋の中央に出現したかと思えば弾け飛んだのだ。ただ弾け飛んだだけでは無い。三次元を無視して吹っ飛んだ野菜は天上や壁に張り付き、
中には物体を貫通するように固定されてしまっている物まであった。


「……」

「……」


あまりな惨状(部屋全体から野菜炒めの香ばしい匂いが醸し出されている)に、
無言で立ち尽くす料理人と監督者。回復するのが早かったのは結標の方だった。未だに振動する
マナー音に設定された携帯を怒りの形相で取り出すと、


「なんてことしてくれたのよアンタは――っ!!」


吼えた。
昂ぶる感情を解放した一声。
405 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:32:50.18 ID:49/kveo0


「あァん!? 何が落ち着けよどうやったら落ち着けるのよこの状況で!!
 アンタのせいで私の渾身の野菜炒めが木っ端微塵になったのよ! もう文字通り木っ端微塵なんだからどうしてくれんのよ?!」


相手側が事情を知ってるか等は関係なしに断罪する。
もう少しで完成間際で、これで不当なレッテル張りの称号も返上できたものを。
全てを台無しにされた結標の怒りは相当なものだった。


「ッは! 何が仕事よ耳を傾けろって言うのかしらねぇ? もしその用件が下らないものだったら
 全身をコルキ抜きで蜂の巣にしてやるから覚悟しなさい。その後は環境に優しいように海に投げ捨てて魚の餌にしてやるわ。
 冗談じゃなくてこれは忠告だからね。それが理解できたら話しなさい」


若干涙目になった結標は、プルプル震えながら相手の言い分を聞き始めた。
本当に下らないことだったらぶっ殺す。
元からこの義妹萌えでニャーニャーうるさいサングラス野郎は、一度脳みそに直接コルク抜きをぶち込みたいと思っていたのだ。
躊躇いなど無い。むしろ嬉々としてやってやる。
危険な思考を隅に、言い分を聞き始めていた結標は、


「……それは本当なのね?」


確認、とする表情は神妙で。
頭からは野菜炒めの惨状が消え去っていた。


「……そう。わかったわ。詳しい内容は向こうについてからね。一端B-二一七区画で落ち合うで良かったかしら?」


テキパキと電話越しに端的なやり取りをし、


「じゃあね」


言葉短く切断される通話。
406 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:37:43.63 ID:49/kveo0


「漸くね……」


小さすぎる呟きは、誰にも聞こえず溶けていく。
自然と笑みが浮かぶ。
どれほど待ち長らえただろうか。

この街を出し抜くために。
絶対に勝てないはずのゲームに勝利するために。
そして、『仲間』達に再び自由を与えなければならないために。


(それも――)


漸く次の段階に進もうとしていた。
思惑に踊らされるのではなく、己の意思でアクティブに舞おうとする段階に。
焦がれていた。
待ち焦がれすぎた彼女は笑みを零しながら、『座標移動』を使用し上着を手元に引き寄せると羽織った。
そのまま外に出ようとして背後に振り向き、
……部屋の惨状と、そして涙目で睨みつけてくる小萌の存在に気付いたのだった。
心が舞い上がっていて忘れていた結標は、


「あー、……ちょっと緊急の用事が出来たから出るわ。部屋については悪いけど任せれるかしら?」


素っ気無く言い、そのまま外に出ようとした。
だが、


「結標ちゃん……?」


小萌の横を通り過ぎたところで呼び止められる。


(そりゃあそうよね。この部屋の惨状を前にして出て行くのは虫が良すぎるか)


どうしよう、と嘆息した結標だが少しだけ思い違いをしていた。そんな事で彼女は結標を呼び止めたのではないのだ。

407 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:39:16.54 ID:49/kveo0


「何処に行くのか教えて貰ってもいいですか?」


常とは違う。
どこか真剣さを秘めた声音。


「さっき誰と話してたか先生には分かりませんが、
 結標ちゃんの様子が変ったのは先生でも分かります。その緊急の用事ってのは何なのですか?」

「それは……」


言葉を濁す結標。
……そういえばそうだった。月詠小萌はこういった人物だった。
こんな風に、どうしようもない自分を心配してくれる人なのだ。


「……友達よ友達。私にだって遊ぶ連中ぐらいいるんだから」


誤魔化した。
もし真実を知れば不必要な火の粉が飛び火するから。
彼女は陽射しの人間だ。本来なら自分みたいなクソったれの肥溜めのような人間が関わるべきじゃない


(お人好しってのは小萌みたいなのを言うのよね)


今の状況でさえ、
幾分かの危険を小萌に与えてしまっているのを本人は露とも知らないだろう。
だからこそ、これ以上の迷惑はかけたくないっていうのに。
彼女は踏み込んでくる。踏み込んできてくれる。


「結標ちゃんは嘘が下手ですよねー。これでも先生は伊達に先生をやっていないのです。
 嘘をついているかどうかぐらい直ぐ分かっちゃうんですよー?」

「……」


……ああ、本当に。
真っ直ぐで、薄汚れた自分には眩しすぎる人物だ。直視したら目の網膜が焼きつきそうで。
408 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:44:05.47 ID:49/kveo0


(慣れてないのよ……こういうのは)


なんて言おう。
なんて言えばいいのだろうか。
結標は困り顔を浮かべ、小萌を見つめた。
有り難いと思う心と、鬱陶しいと思う心が、
ぶつかり鬩ぎ合い複雑な心境の波を作り出す。贅沢な悩みだ。


「だったら何? あまり干渉されるのは好きじゃないのよ」


結局、口から滑り出したのは無愛想な言葉。
怒るかな。……怒ってくれるんだろうな。
また甘えてしまっている自分がいて、心に嫌気の影が差す。


「そういうつもりじゃないですよー。先生としましては結標ちゃんが心配なのです」

「余計なお世話よ。自分の面倒ぐらい自分で見れるわ」


そう口にした本人が小萌のアパートでお世話になっているのだから説得力は皆無だった。
小萌は微苦笑を浮かべながらも「先生はそうは思いませけど」とやんわりと諭した。


「結標ちゃんがなにかしらの問題に巻き込まれてるのは、なんとなくでしかありませんが先生にも分かります。
 反対に言ってしまえば、先生の周りには問題ばっかりの子しかいない気がしないでもないんですけど。まぁその事は
 置いときまして。少し前にも先生が教えてる生徒にも言った言葉なんですが」


言葉を区切った小萌。
咳払いをした後に、続けてくる。

409 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:45:22.64 ID:49/kveo0

「それが学園都市の中で起きた以上、解決するのは私達教師の役目です。子供の責任を取るのが大人の義務であって、
 結標ちゃん達が危ない橋を渡っていると知って、黙っていられるほど先生は子供ではないのです」


いつかの様に。
月詠小萌はそう言った。
何の能力も、何の腕力もなく、何の責任もないのに。
ただ真っ直ぐに、あるべき所へあるべき一刀を通す名刀のような『正しさ』で、言った。


「だから結標ちゃんが背負い込む必要はないのです。
 困ったら大人に頼るのは当然です。そこに恥じるべき要素は無く、あるのは当たり前の事実だけです。
 私達は――結標ちゃんの味方ですよ?」


にっこりと躊躇い無く言い切る小萌。
どこまでも地平線の彼方まで真っ直ぐな人物だ。


「……優しいのね」


結標は柔らかい笑みを零し呟いた。
本当に優しすぎて、愚かだ。
彼女は知らない。
結標が抱える闇の深さを。学園都市に蔓延る修羅の業を。
彼女が支えにする『大人達』こそが、結標淡希に取っての敵なのだから。


「大体ですねー。上条ちゃんも姫神ちゃんも皆して先生を頼ろうとしないんですよ。事情を聞いても惚けるばっかりで」


ブツブツと不満そうに愚痴っている小萌を見ながら思う。
確かに『大人達』は敵かもしれないが、その条件が全てに適用されるかと言われれば否だ。
昔の荒れていた頃の自分なら、そう思っていたかもしれない。

でも。
だけど。

あんな啖呵を正々堂々と言う『大人』を前にして、
そう思えるほど結標は腐ってはいなかった。だけど頼りには出来ない。
だから、


「ごめんなさい。気持ちだけ貰っておくわ。赤の他人だったら盾や武器にして遠慮なく飛ばして利用してやるけど、
 それをするには少々躊躇ってしまうわね。小萌にはお世話になってるからこそ余計にね」


結標淡希も、真っ直ぐと告げた。
儚くちっぽけな、それ故に大事で優しい『幻想』を傷つけないように。
410 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/09(金) 22:49:49.71 ID:49/kveo0


「むぅ。結標ちゃんもですか。先生の周りには本当にこんな子ばかりしかいないんですね……はぁ」

「さっきから誰よそれは……、こら人を無視して何処に行こうとしてるのよ?」

「結標ちゃんがお昼をパーンッさせちゃったからじゃないですかー。先生はお腹が減ってるんですー」

「そこで厭らしい笑みでなじってくるんじゃないわよさっきまでのシリアスな雰囲気はどこに行った?!」

「はいはいー。先生はお外で豪勢にしてきますから、結標ちゃんは部屋の掃除をしておいてくださいね?」

「えぇーと、私急いでるんだけど?」

「そんなの知りませーん。先生は拗ねてるので大人げないのです」

「こ、子供すぎるわ」


小萌はそのまま玄関口の扉を開けると、


「鍵掛けていきますので、出るときはちゃんと鍵していってくださいよー」


言うだけ言ってパタンと扉が閉められる。
外側から鍵が差し込まれ、ガチャリと鍵がロックされた。


「……合鍵貰ってないんだけど、ね」


必要ない、と断っていたのを小萌が忘れるはずがないのだが。
気を遣ってくれたのだろう。彼女の優しさは解りやすく、だからこそ困ってしまう。
きっと彼女の世話になった人達の共通見識。
411 :終わり[saga]:2010/07/09(金) 22:50:52.12 ID:49/kveo0


苦い笑みを浮かべながらも、小萌の優しさに感謝しながら行動を開始した。
散らばった野菜炒めを能力で一箇所に掻き集め、それを適当なスーパーの袋に収納すると、


「……アレよね。捨てるのは勿体ないと思うのよ」


スーパーの袋が妖しげにプランプランと結標の手元で揺れる。
料理の心構え。
失敗しても泣かずに食べましょう。でなければ食材さんに申し訳ないのです。


「って小萌も言ってたしね……責任は取らせてやるんだから」


待ち合わせ場所に急がなくては。
遅刻気味だし、料理って鮮度(もう手遅れだが)が大事だし。
鍵が掛けられてしまい、合鍵を持ち合わせていない結標は、


「小萌も味な真似してくれるわよね。私の心配するのはいいけどコレはないんじゃない? 悪戯好きの先生ってのも困るわ。
 あんまり飛ばしたくないんだけど……まっ、仕方ないか」


気軽な口調を最後に、、
結標の身体が小萌のアパートから消失した。
過去のトラウマを克服した彼女は畏れはしない。
体調が崩れるデメリットはあるが、躊躇うほどでは無くなっているのだ。
彼女は身を『飛ばして』いく。
この街に巣食う闇そのものを『飛び超えて』いくために。




――『座標移動(結標淡希)』の新たな歩みが始まった。


430 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 00:18:50.73 ID:D.eTjGw0


――――



第七学区のとある病院。
この病院にはあらゆる患者が密集している。軽症や重症の枠ではなく、表の世界と裏の世界でと言う意味でだ。
一種の治外法権と化した医療施設の個別室に、海原光貴はいた。
もちろん理由は毎度おなじみの、ここに入院している少女『達』の見舞いのためである。


「……またその『顔』か。貴様は自分の素顔を忘れたのか、エツァリ」


褐色の少女――ショチトルが不機嫌そうな表情で唸ってきた。
エツァリとは海原光貴の本名である。中の人と表現しても間違いではないだろう。


「ふふっ……ショチトルったら焼き餅かしら?」


新たな声が上がった。
こちらも褐色の少女――かつて潮岸の側近として顔を隠して学園都市に忍び込んでいた――トチトリは
悪戯好きの小悪魔の微笑を浮かべている。面白くない冗談を言われた、と顔を顰めたショチトルが、
隣のベッドに同じように横たわり、上半身だけを起こしている親友であり仲間の少女を睨みつけた。


「意味がわかりかねるトチトリ」

「そのままの意味よショチトル」

「私がエツァリごときに焼き餅などするわけないだろう。こんな裏切り者に。抱くとしたら憎々しい怨嗟か」

「と、素直じゃない子は述べているけど、裏切り者の貴方はどう思うのかしら?」


矛先を突然に向けられた海原は「は、はぁっ……?」と言いつつ頬を引き攣らした。
絡みにくい話題だし、どう返答しようとも不評を買ってしまう気がしてならない。久々にトチトリとショチトルを交え三人で
会話に華を咲かしているが、自分が組織にいた頃と全然変わっていない。ショチトルは悪戯され、それに巻き込まれる自分と
いう構図というものが。
431 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 00:23:42.60 ID:D.eTjGw0


(相変わらずですねトチトリは。ですが快調に向っているようで安心しました)


現実逃避にも似た思考を思い浮かべるが、
その間にも刻々と事態は怪しい雰囲気に流れてしまっている。
無言のままの海原に、痺れを切らしたのかショチトルが鋭い視線で睨んでいるし、それを傍観者の
立場からニヤニヤと厭らしく眺めるトチトリ。
海原はヒクヒクと頬を痙攣させながらも、「まぁまぁ」と手を突き出して落ち着けとアピールした。
こういう時は無難に行こう。
そう内心で頷いた海原はさり気無く話題をすり替えようと、


「そうそう。漸くですが手に入りましたよ。やはり本場物は調達するのに手間取りましたがね」


大きな包みをサイドテーブルに置くと、結び目を解き中身を晒す。
出てきたのはアステカ系の民族衣装。以前にショチトルにプレゼントした物と似た様な感じだった。


「ありがとう。エツァリは相変わらず気が利くけど、誤魔化しは下手よねぇ」


クスクスと笑うトチトリ。
やはり誤魔化されてはくれないらしい。横から烈火の如く睨みつけてくる視線も痛い。


「……でも本当に感謝してるから。あのクソったれの木偶の棒に傀儡にされて、完全に壊されてたはずの私を助けてくれたんだから。
 全身の半分以上の人骨が失われ、失われた空白を黒曜石で埋め合わせされていたものすら、いつの間にか取り除かれているみたいだし」

「……自分の力ではありませんが。最終的にあなたを直してくれたのは、自分達には鬼門ですが『科学』が生み出した産物ですし」
432 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 00:27:10.87 ID:D.eTjGw0


「最終的にはでしょう? その切っ掛けを作るためにどんな無茶をしたのかしら」

「無茶ではありませんよ。そもそも前提からして間違っているんです」


海原は苦笑いした。
確かに儚く散ろうとしていた命の灯火を繋ぎとめたのは、自分の行動があったからだろうと思う。
だけど。


「自分が組織を裏切らなければ、あなたやショチトルも無駄に傷付く必要性はなかったはずです」


本来なら彼女から感謝されるのは筋違いなのだ。
元凶を招いたのは海原自身。
自惚れかもしれないが、自分が組織に残っていれば暴走を食い止められたのではないかと悔やむ事はある。
きっと自惚れだろう。全ては遅すぎた仮定の話だし、自分の力なんて底が知れている。居ても居なくても結果は変わらなかっただろう。
それでも悔やんでしまうのが人間という生き物なのだが。


「相変わらずのようね……」

「暗に挑発されているように感じないか?」

「それはショチトルだけよ。彼は鈍感なだけでしょう」

「ふんっ……。私にはそうは見えないけどな」


海原の態度に、ヒソヒソと感想を言い合う二人。
怪訝な表情を浮かべた海原に対して、何でもないからとトチトリは手の平をヒラヒラと揺らし、ショチトルは不機嫌そうに眉を顰めていた。
433 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 00:30:29.14 ID:D.eTjGw0


彼は気付いていなかった。
乙女の感謝を素直に受け取らない鈍感野郎と陰口を叩かれていることに。
組織の中でも彼はそこそこの人気を誇り、多数の子から慕われていたりするのだが、そんな事実など
どこにもありません、とばかりに振舞う彼の態度にどれほどの娘達がヤキモキしただろうか。フラグ(面倒見の良い優しい
お兄さん的振る舞い)だけは建築していくが決して回収しない不埒な野郎がここにも存在したのだった。そして事もあろう
に中学生相手に求婚していたりするのだから救われない。


「……もういいわよっ。エツァリが相変わらずだってのは分かったから」

「は、はぁ……。自分には意味が理解できませんが、そういうことにしておきましょう」

「貴様は一度首を掻っ切って自害しろ」

「突然何でですか!? 意味が本当に理解しかねますっ!!」

「馬鹿は死ななきゃ直らない。貴様に言えるのはそれだけだ」

「はいはい、そこまで。それより……トチトリから聞いたが、アレも貴方が回収したんでしょう?」

「ふんっ……二冊目らしいな」


海原が所持している魔導書の『原典』のことだ。
所持というよりは、なし崩しに手元に転がり込んできた厄介物でしかないのが海原の見解だが。
話題が変わりまくるハイテンポな会話についていけず困惑しながらも、


「ええ。こちらに」


スーツの襟を片手で開いた。
そこには以前にショチトルに見せたように刑事ドラマの拳銃を収めるホルスターのような物があり、丸めた
皮の書物が突っ込んであった。そして反対側にも同じようにホルスターがぶら下がってあり、そちらには薄い手の平サイズの四角い
石版みたいなものが無造作に押し込められている。海原は『原典』の内容を直視させないためにも、二人が注目する前にスーツを元
戻した。
434 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 00:40:23.05 ID:D.eTjGw0


「ショチトルから聞いてたけど、本当に素のままで掌握してるのね」

「それも二冊目ときた。『原典』の圧力で身体が四散しないだけで化物だな」

「気を抜けばすぐにでもそうなりそうですけどねぇ」

「その割には気楽そうじゃない? でも爆散なんかならないでよね。
 そんなことになっちゃたら素直になれない子が泣いちゃいそうだから。ねー? ショチトル」

「なっ?! 誰が素直になれない子だ!! 私は何度も言うがこいつの事なんてだな――」

「っと言ってるけど、貴方はどうなのかしらね?」


またですか、と海原は苦笑。
ちょっとぐらい反撃してもいいですよね?


「そこで自分に振りますか。そうですね……自分としましてはあなたが気になりますか。
 トチトリは心配はして下さらないのですか? 自分はあなたのことが心配だったのに、少し寂しいですね」


意識して甘い声音で紡ぐ海原。
その視線は真っ直ぐにトチトリに注がれていた。


「――う、ぁ――?」

「むっ……」


戸惑った反応をしながら頬を染める者と、頬を膨らませ目に光る物を混じらせる者。
海原は両極端の反応に深く考えず、してやったりと笑みを浮かべていた。
ここで深く考えないからフラグ野郎と罵られるのだが、それに気付けていけばフラグ野郎と呼ばれる
事はないので、もちろん海原は気付かないのである。
二人もそれに気付いたのか情けなさそうにお互いに目配せすると、
435 :kokkaraha[saga]:2010/07/15(木) 00:46:15.97 ID:D.eTjGw0


「まったく貴方ときたら――」

「――貴様は首を掻っ切って死ね」


溜息をつくように吐き出したものの満足には至らなかったのか、
彼女達は申し合わせたように続けて発言しようとする。組織に滞在していた時の合言葉と言っても過言じゃなかった言葉を
聞こえるか聞こえないかの境界線上の大きさで言った。


『エツァリお兄ちゃんの鈍感』


わずかに時が止まった。
あ、何かデジャブと思った時には遅かった。墓穴を掘ってしまったと気付き脳が再起動しようとし始めるが、それらが終了す
る前に、病室のドアがズバーン!! と勢いよく開かれた。
中に飛び込んできたのは、皆様ご存知の金髪にサングラスの少年、土御門元春だ。


「テメェ海原!! ――殺す!!」

「些かストレートすぎませんかねそれっ?!」


言葉もストレートなら行動もストレートだ。
飛んできたストレート(コブシ)を慌てて受け止めながら、ガッチリと組み合いになる海原と土御門。


「ぬぐぐぐぐっ!! 往生際が悪いぜぃ海原。テメェはここで素直にオレに殺されやがれっ!!」

「ふんぬううぅぅう!! どうして自分があなたに殴り殺されないといけないんですか!? それに盗み聞きなんて
 人としてどうかと思いますがねっ!!」

「うるさいぜよっ!! 故郷に義妹がいたかと思えば、まさかの二人目とは根性が腐ってるにゃー! オレが舞夏との
 楽しい午後の触れ合いを泣く泣く断念したのに、この皮被り野郎はイチャつきやがって! あぁっ!? ダブルか、
 ダブル義妹丼かぁゴラァ!!」

「あなたみたいな変態に言われたくありませんよっ! そもそも皮被りやダブル義理丼などとふざけた言葉使いやがって
 マジで分解してやりましょうかねぇっ……!! しかもよくよく聞けば八つ当たりじゃないですかそれは!!」
436 :名前欄ミスッた。こっからは完全にながらなので遅くなります[saga]:2010/07/15(木) 00:54:57.11 ID:D.eTjGw0


お互いに全力で押し合いながら喚き散らす変態(ロリコン)。
鼻息荒く目が血走っている様は、非情に残念である。


「大体、あなたから酷い異臭がするんですが。お願いですから近寄らないで貰えませんか……っ」

「うるせぇ! テメェにオレの気持ちがわかんのかあァ?! 
 舞夏との誘惑を断ち切って、お前らに集合かける為に電話したら無視されるわ罵倒されるわ電源切れてるわで散々な気持ちがにゃー! 
 しかも漸く連絡ついたかと思えばもやしには一方的に物言われて、ショタコンには産業廃棄物を浴びせられるわ、病院にまで迎えに
 きてやったのにテメェはダブル義妹丼ときやがって!! そんなオレの気持ちが理解できるかってんだぁ!!」

「残念ですが理解しようとも思いませんけどねっ! いい気味ですよ日頃の行いのせいじゃないですか。どうせだったらそのまま
 無様な生き恥を晒して朽ちてしまえば良かったものを。あとダブル義妹丼って使うんじゃねぇですよ!!」


よほど鬱憤が溜まっていたのか、土御門は鬼の形相で喰ってかかっている。
だが海原も負けてはいない。若干口調が壊れながらも口撃で応戦しつつ主導権を握ろうと全力で押し返そうとしている。
それを醒めた視線で眺める女衆の構図。
病室内にいるショチトルとトチトリ。そして病室の外から眺める結標淡希だった。


「いやだわ。本当に『グループ』には変態ばかりで」


呟いた結標に対して、


「ショタコン女は黙ってろにゃー!」

「あなたや土御門みたいな変態と自分を同じにしないでください!」
440 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 01:09:24.04 ID:D.eTjGw0


取っ組み合い中の残念系イケメン二人は大声で怒鳴り返した。
結標は怒りと動揺に真っ赤になりながら叫び返すが、二人はもう相手にしていない。
二人は至近距離で顔面を突き付けつつ罵り合っている。


「――大体ですね。何度も言いますが彼女達とは結社内での師弟関係みたいなものでしかない訳なんですよ!!」

「それは全国の義妹ファンに対する宣戦布告かぜよ! だったら買う。三倍にして返してやるにゃー!」

「うるさいですねっ。義妹の一人や二人で女々しいのですよあなたは!」

「一人や二人だぁ? う、海原……お前はどこの某メディアミックスされた主人公だぁ! まさか実はまだ義妹が十人いてるとか
 抜かすんじゃねぇだろうな? それでお兄ちゃんやおにいたまとか変態的な呼称で自分を呼ばせてやがったりなどと――」

「いいですからあなたはマジで死んでください死ねいますぐ死ね」


外国人の海原には土御門の言っている意味が伝わらなかったが、碌でもないものと判断して断罪していた。
ちなみに土御門が言っているのは、十二人の義妹が一人のお兄ちゃんに押しかけてきたりする内容のアニメやゲームの
ことである。厳密には各媒体によって設定が違い、十二人の義妹が一同に会するのは珍しい現象だったりするのだが、どうでも
いいので割愛する。どちらにせよ碌な物ではなく、海原の判断が正しかったのは追記しておく。


『……』


馬鹿なやりとりから蚊帳の外に追いやられていた女性陣――ショチトルとトチトリは面白くなさそうに海原達を見ていた。
ショチトルはエツァリお兄ちゃんを取られた気がして、
トチトリは見知らぬ野郎が登場したかと思えば、仲間内だけで華を咲かせていたのに主導権が移った様な気がして、
それぞれムクれているわけだが、そんな機敏を持ち合わせていない馬鹿共は未だに取っ組み合いを止める気配は無かった。
トチトリは唐突に悪戯気な小悪魔の微笑を浮かべると、








「喧嘩なんかしちゃヤダよ、エツァリおにいたまぁ」

441 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/07/15(木) 01:14:10.46 ID:/yYSALI0
>>433
>「はいはい、そこまで。それより……トチトリから聞いたが、アレも貴方が回収したんでしょう?」


これショチトルの間違い?
442 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 01:17:40.31 ID:D.eTjGw0
>>441
ぐほっ。そこ迷いまくって中途半端に入れ替えた場所だわ。
口調がショチトルとトチトリ混じってるな。

「はいはい、そこまで。それより……ショチトルから聞いたけど、アレも貴方が回収したんでしょう」

って脳内変換お願いしますorz
 
443 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/15(木) 01:21:51.95 ID:D.eTjGw0

爆弾発言を投下された。
ピシリ、と空気が凍りついたかと思えば、


「ボディが超ガラ空きだにゃ――!!」

「えっ――ゴポベァッ?!」


動揺した海原の隙をついた、土御門の一撃必殺が抉りように叩き込まれた。
ガクン、と悶絶し膝を地に落とす海原。


「ふっ……悪は成敗した」


どちらが悪かと問われれば、
醜い嫉妬に駆られた義妹萌えの方が悪に違いないのだが、こういった場合は言ったもん勝ちであり、
周りから文句は飛んできていないので問題はないらしい。
悪戯を仕掛けたトチトリは意地悪く微笑み、ショチトルはジトーっとした視線をトチトリの海原に
半々づつ向けながら爪をガジガジしている。結標は漸く怒りが収まったのかアホらしそうに見物客にへとなっている。


「さぁーて、実はこんな事してる場合じゃないんぜよ」


真面目な表情になった土御門は言う。
海原に一撃を決めたことにより義妹萌え病から、漸く復帰したようだ。
悶絶から回復しつつある海原は黒曜石の槍で分解してやろうかと本気で思案するが、
話を振り出しに戻すのは大人気ないし、ショチトルの視線が痛いなどの理由から釈然としない気持ちになりつつも我慢することにした。
そのままブラスとマイナスのような褐色の少女達に挨拶すると、海原は病室を出た。
444 :終わり[saga]:2010/07/15(木) 01:33:15.81 ID:D.eTjGw0


「それで、次はどのような仕事なのでしょうか」


先ほどまでのおちゃらけた空気はなく、連れ歩く三人の表情は『グループ』のものとなっていた。


「今回は仕事じゃない。『グループ』としての活動ではあるけどな」

「……つまり」

「そういうこと。察しがいいじゃない」


海原は酷薄な笑みが刻まれたのを自覚した。
……漸くか、と。
海原だけでなく、それは残りの二人も同じで、ここには居ない白い少年にも共通した想いだった。


「彼はどうしたのですか?」

「遅れてくるだとよ。直接アジトに集合だ」

「そうですか」


集合するなら遅れる理由に興味は無い。
重要なカードが揃うかどうかだけが彼等にとって重要なのだから。
彼らの歩みは止まらない。
危険はオーラをジワジワと纏いつつ外にへと歩いていく。
海原は歓喜の感情を溢れ出さないように必死に押し殺していた。懐に持ち歩いていた『原典』も持ち主に共鳴するように、
禍々しい気配を放ち始めている。
ここからだ。
反撃の狼煙はまだ始まったばかり。
これを足掛かりにし、学園都市の裏を斯くのだ。


「で、掴めたのですよね?」


何気ない問い掛け。
それに応えたのは気軽な口調だった。


「ああ。『電話の男』の所在地は判明した」


海原光貴は嗤う。
若くして『原典』を二つも掌握した魔術師は――更なる深き暗黒の世界へと足を踏み出したのだった。


457 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/17(土) 23:47:10.07 ID:xPVXB8g0


――――



学園都市統括理事会。
学園都市を運営する為に、十二人のメンバーによって構成されている。
表には公表されてはいないが、『0930事件』などにより故人になってしまったメンバーもいるのだが。
欠けたメンバーも、今も尚残存するメンバーも。
所詮はこの都市を、本当の意味で管理する存在である統括理事長アレイスターにとっては星の数ほど代えが効く存在でしかないのだが。
無慈悲な現実を自覚しつつも、
それがどうしたと微笑で切り捨て精力的に活動する人物がいた。

親船最中。

話術・交渉術に長けたやり手で、他国の外交官からは『平和的な侵略行為』とまで畏怖された初老の女性。
統括理事会の中でも厄介者扱いされいる人物でもある。
子供達に選挙権を与えようとする活動をするなど、利益をドブに捨てる行為を躊躇い無く行なってしまう故に、
学園都市の暗部や純粋な利益に絡む人間にとっては『目の上のたんこぶ』として扱われている訳だ。
過去には親船の行動を阻もうと、
大切な娘を盾に取られ脅迫されたことにより一線を退いていたのだが、ある事情をキッカケにし、彼女は最前線に復帰を果たした。

そんな親船最中が居るのは、
彼女の自慢の書斎であり、執務室になってる場でもあった。
柔和な、だが凛と芯が通った声が上がる。


「この案件はもう結構です。次は子供達がいざという時の避難先の場所とシェルターや保存食の――」

「こちらに」


的確な親船の指示に、淀みなく応える秘書の小男。
彼女達が片づけているのは法の案件の数々だった。
458 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/17(土) 23:49:34.87 ID:xPVXB8g0


世界情勢の緊張感が張り詰める中、いざとなれば如何にして子供達を守る通す事ができるのか。
それらの案件を幾度にも張り巡らし、例え外部からの妨害が入ろうと強引に押し通そうとする根回しだった。
署名印を施していく親船の手は留まる事を知らず、時に口頭で秘書に確認を取れば秘書はすかさず回答し、また署名印を施していく。

途方も無いほどの作業。
しかも利益(メリット)はなく、敵(デメリット)だけを作ってしまうだけの。


(望むところよね)


親船最中の手は止まらない。
他者には理解できないかもしれないが、彼女は何物にも変えられない掛け替えのない報酬を貰っているのだ。
手を止める必要性が何処にあるというのか。


(お膳立てがここまで整ってるんだから)


子供達の笑顔。
それだけで彼女は何者とも戦える。
だから。


(止める必要はないし、そんなのは真っ平ごめんなのよ)


親船最中を支えているのは、胸の淵から溢れ出る信念だけではない。
支えてくれようとする仲間達がいる。
隣でサポートしてくれる秘書もそうだし、彼女に仕える部下達が背中を後押しし、
更には、
459 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/17(土) 23:54:06.19 ID:xPVXB8g0


「……」


親船は利き腕と逆の腕の方を見た。
そこには今でも真新しい白い包帯が巻かれている。つい先月ある騒動に巻き込まれ(実際は本人が志願してだが)た負傷。
秘書の小男も、親船が怪我の部位に視線をやっているのを気付き心配そうに口を開いた。


「親船さん。今からでも遅くありません。やはり止めませんか?」

「ん。なにをかしら?」

「危険なんですよ! 親船さんも分かっているでしょう?」


秘書の小男は我慢できないように言い募った。
心の底から湧いた言葉だろう。これまで我慢に我慢を重ねていた葛藤が溢れ出していた。


「親船さんがやっていることはこの街の闇に真正面から相対しているやり方です。今までのような
 矛先を向けられないように細心の注意を払いながらの戦い方なんかじゃない。今にでも利害を害
 された裏の連中が報復してくるかもしれないんですよ!!」

「そうかしら?」

「茶化さないでください。親船さんは今や統括理事会の中でも最大派閥の勢力を抱いてしまうことになった。
 潮岸の権限を奪い取る形でね。貴女の『交渉術』と潮岸が持っていた『軍事力』。その二つを有している
 親船さんが真正面から相対しようとしてるんです。それを放置なんて奴らがするはずありません」


暗部に所属する『グループ』と協力して潮岸を制した後、
親船は己の全権限を行使して潮岸の勢力を解体し、彼らが所持していた力を吸収していた。
統括理事会の勢力図が、一挙に塗り替えられた瞬間である。


「ええ……そうね。確かに危険かもしれないわ」


微苦笑を持って親船は静かに認めた。
学園都市の闇は、最大派閥まで昇りつめた親船の身を持ってしても深く暗い。
光が届かない底なしの暗闇だ。
460 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/17(土) 23:55:39.09 ID:xPVXB8g0


「統括理事会も一枚岩じゃなく親船さんを良く思わない人物は大半です。そんな奴らが
 どんな手口を使ってくるかは親船さんが一番詳しいでしょう?」


……そうね。嫌になるほど覚えているわ。
かつて闇に抵触し、大切な一人娘を人質に取られたことがあるのだから。
その恐怖は拭えず、脳裏にこびり付いている。


「そうですよ。奴らは絶対に親船さんと真正面から戦おうとはしません。自分の身を危険に犯そう
 とはぜず、貴女の急所だけをピンポイントで狙い打ってきます」

「だったら私に退けって言うのかしら? かつて牙を抜かれ情けなく地面に這い蹲りながら、助けられた
 かもしれない命を見捨てる人生を過ごせって」

「そ、それは……っ!?」


歯を食い縛った秘書の小男。
意地悪をしすぎた、と親船は少し反省しつつも続きを待った。
長年付き添ってくれている頼りになる秘書の小男からの。
無言により暫くぶりの静寂が戻ってきたが、直ぐに掻き消えた。秘書の小男が震わせた声により。


「そういうつもりでは有りませんでした、申し訳ありません。ですが……っ!! 貴女みたいな
 素晴らしい人は、もっともっと大きなフィールドで活躍して、大勢の人々を幸せにできるだけの
 素質があるんですっ! それをお忘れ頂きたくはないのです」

461 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/17(土) 23:57:03.42 ID:xPVXB8g0


秘書の小男は本音をぶちまける。
長年に渡り従事してきた彼は確信している。親船最中はこんな場所で死んでいい人間でないのだと。
親船も彼の意を汲み取ったのか頷いていた。
だから、


「ありがとう。私は良い部下を持って心から感謝するわ」


万感の想いを感謝として口にした。
でも、


「私がやるべきことは変わらないわよ?」


悪戯気に付け加える親船。
予期していたのか苦い顔になる秘書の小男に、親船は笑みを見せながら書斎机の上から一つの書類を持ち示す。
書類は学園都市の外部から寄せられた陳情内容。


「見てみなさい。戦っているのは私達だけじゃないわ。
 学園都市に子供達を送った保護者達からの署名表。代表者は御坂美鈴さんという方ね。彼女は学園都市の内情に危険を覚え
 保護者の代表として活動している。外じゃ結構大きな保護者の会として有名みたいよ? 実際に署名の人数も三桁を超えて
 るんだから。貴方はこれを見てどう思うかしら?」

「ええ……物凄い努力だと思います。素晴らしい保護者達だと」


三桁を超えた数が多いか少ないか。
それを捉えるのは人の自由だが、大事なのは戦ってるという事実のみ。
462 :伏線一つ消化じゃん[saga]:2010/07/17(土) 23:58:51.62 ID:xPVXB8g0


親船はそんな人たちを誇りに思う。
そして自分も、誇りに思う人たちに負けないように胸を張りたいと。


「直接の名指しで届いた書名表。私はこれに報いたいと思います。私の活動を知って、頼りにしてきてくれた
 保護者の皆様方に。確かに人の想いを数値で捉えたとしたら、その数は小さなフィールドかもしれません」


だけど。


「そこに込められた想いは、子供達の身を安否する保護者の方々の想いに数値なんてつけようがないわ。
 だから私は逃げない。もう逃げようなどと腰抜けな態度を晒したくはありません」


大きなフィールド?
そんなものは知ったことじゃない。
小さいも大きいも、最低も最高も、汚いも綺麗も関係ない。
関係ない。
戦う場所は自分で決める。骨を埋める場所は此処だ。
463 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/18(日) 00:02:47.18 ID:VtDoLW60


「それほどの覚悟ですか。でしたらっ……」


秘書の小男は手の平に爪が食い込むほど握り締める。
親船最中の信念に感極まり胸を打たれていた。そして思い出してしていた。遥か昔から親船最中は
そうだったのだと。名も見知らぬ幼子が泣いているだけで、命を懸けて国家権力と戦えるような人だった、と。忘れて
いた事に恥じ、だけど尊敬の念を改めて親船最中に見出す。彼女の為なら――、


「自分はもう止めはしません。
 貴女の身に銃弾が迫ろうものなら盾になって防いでみます。指一本すら危害が親船さんに触れさせはしません」

「ええ。頼りにしてるわ」

「お任せください。ですがご心配なのは、親船さんの娘さんや近い関係の方です」


どうするのですか、と秘書の小男が暗に視線で伝えている。
守るだけでカバーできるほど甘くはない。
ならば。
どう対処したらいいのか?
決まっている、と親船は唇に笑みを乗せ「そうですね」と相槌を打った。
答えは、


「攻めましょうか。ナメられた真似をされる前に、こちらから攻めてしまえばいいんです」


単純明快。
親船は好戦的な笑みを浮かべていた。
問題があるとすれば。

464 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2010/07/18(日) 00:05:20.81 ID:VtDoLW60


「どのような手段を講じるかですね。下手なごり押しは反感を買い煽ってしまうだけですよ」

「もう手は講じてあるわ。頼りになる仲間達がいるでしょう? そろそろ連絡があってもおかしくないはずですが」


白い包帯を人差し指で指す親船。
目には目を、毒には毒を、闇には闇を。
察した秘書は嫌そうな顔になりながらも文句を言いはしなかった。彼らの事を信頼していない訳でなかったから。


「……どちらが悪党か分からなくなってきましたね」

「いいじゃないですか。汚いも綺麗も関係ありません。その先に人々の幸せが待ってるかです」


秘書の小男が溜息をつくのに笑いながら親船は、もう一つの秘策を語り始めた。
子供達だけに頼ってばかりではいられない。
大人の自分にしか出来ないことがあるし、そろそろ彼にも協力して貰ってもいいはずだと思う。
統括理事会の大半から目の敵にされている自分だが、何も全てでは無い。あくまでも『大半』だ。
『大半』から外れた、中立の立場を守りつつ子供達の身を案じる存在は、あの中に間違いなく一人は居る事を
親船は知っていた。
もし自分が『表』に精通した顔なら、彼は『裏』に精通した顔を持つ人物だろう。
465 :終わり[saga]:2010/07/18(日) 00:07:02.48 ID:VtDoLW60


「……本当に協力してくれると思いますか?」

「それは腹を割って話してみないと分かりませんが、私は信じていますよ」


彼の功績は大きい。
元科学者の身分から学園都市に呼び出され統括理事会メンバーまで上り詰めた男。
詳しくは把握していないが、どうにも『多重能力者』実験の主軸を務めていた学者であり、その研究を成功させたらしい。
その成功した実験体はどうなったのかは所在は不明らしく、最終的に能力暴走により処理されたや、今でもレア能力と
して凍結隔離されているなど不明瞭にしか記録されていない。そもそも『成功したらしい』としか記録にしかなく、
それ事態が眉唾物なのかもしれなかった。親船が知っているのは、潮岸の権力を吸収したときに、その記録を覗き見たからで
あった。


「……事実なのは、彼が何かしらの実験に関わりその功績とともに理事会入りを果たしたことね」

「聞けば聞くほどキナ臭く聞こえますが、本当に大丈夫ですか?」

「一説ではね。彼が理事会メンバーになったのは罪滅ぼしの為とも言われてるわ。過ちを精算しようと、
 少しでも子供達を守ろうとするためにね。彼の理事会での業績がそれを示していると思います。そこに
 私は賭けてみたいと思っています」


彼の業績にはこうあった。
『原石』の保護。そして『暗部』に落ちた子供達を秘密裏に保護と。
親船は鋭い一声で指示した。





「早急に連絡を取る準備をします。彼――貝積継敏氏に」


551 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/05(水) 00:57:04.12 ID:2OVt53E0
――――


「そろそろ始めるけど」

若い女性の声が生まれた。

「そうだな」

年老いた男性の声が生まれた。

「億劫で、面倒な会話。ただし私にとっては楽しい会話だけど」

「難解で、難問な会話。だが私にとっては必要不可欠な会話だ」

お互いに放った内容に。
僅かな懸念と、呆れが混じった毒舌が飛んだ。

「このような話題ですら、君は楽しいと断ずるか」

「当然だけど。そういうお前こそ見てみぬ振りをすればいいのに、相変わらず損な立ち回りは馬鹿だけど」

沈黙。
お互いに、無言の間を挟み。

「こんな場所にまで連れ出された私だけど」

「ふむ?」

「もちろん、楽しませてくれるんだろうけど」

「暇にはならんだろうさ」

淡々と。
流れ、進み、紡がれる言葉。


『始めようか』


学園都市で12人しか居ないとされる、学園都市統括理会メンバーの老人。
貝積継敏。

そのブレインである天才少女。
雲川芹亜。


――不穏な会話が、こうして始まった。
552 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/05(水) 00:58:49.17 ID:2OVt53E0

――――


個人の邸宅には不釣合いなドーム状の室内。
ホームシアターと名付けられたものの、音響に重きを置いた空間だった。
三六〇度ぐるりと取り囲むスピーカーの群れは、あらゆる壁の隙間すらピッチリと埋め尽くし、扉の裏側にまで
設置されているという入念さ。

不穏な会話が繰り広げられる、物語のステージに選ばれた場。

雲川芹亜がここに招待されたのは二度目だった。
成金趣味を嫌う彼女は、もう訪れたくはないと考えていたが、


「ただの成金趣味の結果じゃなかったようだけど」


してやられた、と僅かに賞賛を唇に乗せ嘯いた彼女。
成金趣味の結果では無い。

ここが、この場が。
選ばれたのには必然性があったのだ。

何の事はない成金趣味と、一見したら見えてしまうホームシアター。
ただの趣味に、ただの浪費に、ただの無駄遣いに。
それらが全てカモフラージュだと誰が思うだろうか。自然なまでの、偽装だった。


「楽しんでくれているかな」

「暇ではないけれど。面白くはないけど」


見事に騙された彼女にしては面白いはずがない。
内心で、アンティークの装置が似合いそうな礼服の老人の評価を上昇修正する。
全てを見下し、斜に構える彼女にしては珍しい評価だった。
553 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:00:38.22 ID:2OVt53E0

「君も気付いているだろうが
 この学園都市内の全ての動きはリアルタイム――までとは言わなくもほぼ筒抜けだ」


貝積継敏は当たり前のように続ける。
恐るべき真実でありながら、それが当然のように。


「その監視の目を裏を斯き、欺き、抜けるには、こういった念入りで面倒な準備が必要になる」


およそ完璧なまでに防音処理は施され、人の目すら物理的に阻害する特別性の室内すら。
学園都市の裏の貌からは逃れられない。
それを限定的にも解除する手段として用意されたのが、貝積が懐から出した円盤状のメディアだった。


「ただのメディアじゃない。専用の音楽メディアだよ」

「音楽メディア。視認できない『目と耳』を潰す音楽メディア(ボウガイソウチ)といった感じだけど」

「特別性だ。一曲辺り二〇〇〇万ほど消費するが、効果は保証しよう」


彼はそのまま音楽メディアを機械にセットし、機動プログラムを実行した。
隙間という隙間を埋めた、スピーカー群から一斉にして音が鳴り響く。壮絶にして、壮大な、大破壊プログラムが。
反響し、交差し、室内を飛び交うはずの音だが、


「聴こえないみたいだけれど?」


雲川芹亜は周囲を観察する。

どうやら音が成っているのは間違いないようだ。
スピーカーが競い合うように微かな揺れを断続的に生み出し、共鳴しあっているのが分かる。
微かに音が鳴っている証拠。これほどの数になれば微かな揺れですら、一つの音として認識される。
だけど。
肝心の音が、スピーカー本体から発する軋み音では無く、奏でられし音色が耳に捉えられなかった。
554 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:01:29.10 ID:2OVt53E0


「唯一の残念な点は、人の耳では聴こえないといったところだろうか」


微苦笑した貝積が肩を竦めた。
最も、彼としては困りはしない。話し合いをする為だけに、これだけ大掛かりな準備をしたのだ。
話し相手が音楽に聞き惚れたり、音色により音声が聞こえづらくなってしまっては本末転倒すぎて笑えない。

これで。
本当の意味で邪魔者は居なくなった。

耳に捉えきれない音波は、目に視えない監視者を妨害していた。
街中に放たれた、余すことなく監視する五〇〇〇万の『悪夢の脅威』(アンダーライン)を。


「私にはどうでもいいけれど。私の役割はお前のブレインとして思考してやるだけだし」

「そうだな。本題に入ろうか。時間は有限だ」


準備は整った、と火蓋が切られた。
これほどの、これだけの大掛かりな準備をしてまで貝積が行なおうとする計画とは。


「端的に言おう」


重たい口を開く貝積。


「学園都市の愚行を阻止したい」

「ふーん」

「第三次世界大戦は無事に……とは言い難いが、なんとか乗り越えた。
 数々な被害は出たが、規模の割りに犠牲は少数だったと思う。だがこれからは、そうは行かん。第三次世界大戦を
 終え、世界は日々情勢を変化させている。『魔術』と呼ばれる、我々が科学の結果に得た『超能力』とは違う別種
 の力を知ってはいるか?」

「噂程度には」

「未だに半信半疑だが、『魔術』という未知の力は確かに存在する。それらを操る力の担い手達――宗教国家である
 ローマ正教やイギリス清教、その他数多の国々があるようだが」
555 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:04:45.47 ID:2OVt53E0


「それがどうした」

「『科学』と『宗教』。『超能力』と『魔術』。
 およそ正反対。相容れぬ者同士である我々だが、第三次世界大戦を勝者として飾った学園都市を目の敵に
 していることだろう。もはや、どちらも後に退けぬほどに状況は切羽詰まっている。下手をすれば、下手
 をしなくても、近い内に、また大きな戦争が始まってしまうはずだ」


本当は。
水面の水面下で、幾度となく衝突し、血を血で洗い流しているが。
それは彼らの知る事では無かった。


「それを防ぎたい。このままでは望まぬ犠牲の屍が、山のように築き上げられてしまう」


その為に。
貝積は、己の半分にも満たぬ少女に乞うた。


「力を貸して欲しい。ブレインとしての、君の頭脳を」


学園都市において、一二人しかいないとされる統括理事会の正式メンバーが、
恥じも外見もなく頭を下げる光景は、一般人が見れば卒倒するぐらい異様さだった。人睨みすれば、
政界の大御所の文句すらも軽く封殺できてしまう偉人。実際、彼の纏う雰囲気や貫禄は伊達では無い。

人の上に立つべき者。

そういう選ばれた者だけが、纏うことを許される権利を所持していた。
その貝積継敏が。
頭を下げ、力を貸して欲しい、と乞う。
556 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:05:33.66 ID:2OVt53E0


「光栄なことだけれど」


そう。
間違いなく感銘に胸を打たれる事だろう。
一般人ならば。普通の人間ならば。
だが。
雲川芹亜の瞳は、冷たい色を浮かべていた。


「……分からないな」


彼女は言う。
疑問を、疑念を、疑点を。


「分からない?」

「そう。私には理解できない」


このブレインが『分からない』と言う。
果たして、それは?


「どうして。お前がそこまで必死になるのかだけど」


所詮は他人事。
他人がどれだけ傷付こうが、他人は他人。
身内なら未だしも、決して自分の懐が痛むわけではないのだ。

この地位にまで昇りつめるまで、決して貝積はクリーンな身でいられた筈がないだろう。
裏では辣腕な振るい、他者を汚い手で蹴落としてきたはずだ。
何食わぬ顔で、紳士な微笑みを浮かべながら何食わぬ顔で。
そうしなければ。
そうしなければいけない程に。
統括理事会の正式メンバーの地位に至る事は不可能なのだから。
557 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:06:03.98 ID:2OVt53E0


しかも。
学園都市の愚行を阻止したい、と憚ることなく言ってのけた。
それは明確な反逆行為にならなかった。
貝積継敏は少々、頭の足りない人物ではあるが愚者ではない。その彼が血迷ったと取られても
おかしくない行動に出ようとしているのだ。


(甘い男と表したらそれまでだけど)


『原石』の保護にしても、『暗部』に堕ちた子供達の保護にしても。
余計なリスクを背負う姿は、情に甘いと軽んじるのは容易い。


(それだけだとは思えないけれど)


何か齟齬を感じる。
釈然としない、バラつき感。少し気持ち悪く感じるのは、天性的なまでの頭の回転率に優れた
彼女ならではの、常人には理解しがたい感覚なのだろう。


「そこまで気になるのか」


彼女の心裏を読み取ったのか、貝積は切り出した。
その表情はどこか辛そうで、どこか悟りを開いた賢者を彷彿させる。


「別に。お前の人生に興味はないし」


だけど。


「私はお前のブレインだ。
 手足が思い通りに動かないと、脳を司る私に被害が被りそうだし。この溝とも言うべき
 齟齬は埋めておきたいけれど」

「容赦が無いな」
558 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:06:57.59 ID:2OVt53E0

「公平だと言って欲しいけれど。そもそも、お前の人生にそこまでの価値があるなんて勘違いは
 勘弁して欲しいけれど。お前に協力しているのは、私の知的好奇心が納められるからであって」


雲川芹亜は、貝積継敏に。
これっぽちも。
友情や親交を感じていない、のだ。


「それ以上でも、それ以下でもない」


不遜に、傲慢に机に頬杖をついた彼女は唇を鋭角にした。
聞き遂げた貝積にも反論は無い。不満に思う心の揺れも無い。拒絶も無く受け入れていた。
お互いが、お互い。
各自の目的の為だけに集まった、取引相手にそれ以上を望むのは酷だと知っていたから。


「でも、大体の事情は把握してるけれど」


見透かしたような表情で、舐めるように声を発する雲川。
その声音は面白がっていながらも、どこか冷えついていた。


「どうせお前みたいな偽善者が考えるような事だ。
 どこにでもある悲劇に触れ、その贖罪として、身を削り罪を贖おうとしているんだろう」

「どこにでもある……悲劇か」

「お前は研究者だったけれど。ああ、過去形じゃなくて現在進行形だったか。どっちでもいいけれど」

「それが?」


どうかしたか、と貝積が苦い表情で返した。
雲川はどうして彼が苦い顔になったのかを知っているが、無視をし続けた。


「かつての話しだけれど。『多重能力者』実験という馬鹿らしい人体実験があったみたいだけれど」

「……本当に、どこから情報を拾ってくるのやら」
559 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:07:47.24 ID:2OVt53E0


「幸せを自覚しろ。その実験の主軸を務めたのがお前みたいだけれど」

「半分は正解で、半分は外れだな」


雲川も同意だと首を縦に振る。
何故なら、


「そもそも学園都市に置いて、『貝積継敏』なんて人物が研究者として招かれた記録が一切合財ないんだからね」

「……続けろ」

「学園都市の研究者。研究者……なんて単語は世界中の研究者に対して侮蔑かもしれないな。
 あの一族は、研究者なんて生温いものじゃないけれど。もっとエゴイストで、マッドサイエンティスな……しいて
 言うなら探求者と言った方が正しいかもしれない」


探求者。
法を、道徳を、秩序を。
ありとあらゆる人道的な壁を、ただただ己の探究心のみで破る者達。
それも突き抜けて。
人であるならば、生存本能で畏怖する自滅の道すら畏れず、愚者の道を駆け上がる最低最悪のイカれた集団。


その一族の名を。
学園都市の『暗部』という非人道的な名が生み出した、科学の結晶体に須らく関わる彼らは。
560 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:09:18.48 ID:2OVt53E0


「――木原一族と言ったか」


そして。
『貝積継敏』と偽名を名乗る老人は。


「木原一族に名を連ねる一人だったんだろう」


雲川芹亜は、目の前の偽者のトップシークレットを難無く打ち晒す。
今や誰も知らないはずの、同じ理事会メンバーすら知らないはずの情報を些細な事だとばかりに。

木原一族。

彼等、もしくは彼女達。
その一族に、血の繋がりは必要なかった。
表向きは血縁関係者として認識されているみたいだが、余計な探りを入れられない為の偽装である。
必要なのは。
意思と実力により一族に加わっていくのである。
血も涙も心も捨てて、ただ探求の為だけに生を捧げる者だけが加わる事が可能な。
簡単に言えば。
人を人とも思わないような所業を平然と行う悪辣非道な人物である事。
それだけが条件だった。


「『プロデュース』、『暗闇の五月計画』、『暴走能力の法則解析用誘爆実験』、『絶対能力』、『妹達量産化計画』。
 上げたら切がないけれど。木原一族が絡んでいるのは間違いなく明白だろうよ」


雲川が口に上げたのは、比較的に有名な実験タイトルだった。
大掛かりな、と云うべきか。ただの『人体実験』なら毎日毎日、こうして話している間でさえ繰り返されていることだろう。
561 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:09:57.12 ID:2OVt53E0


「脱線したけれど話しを戻そうか。
 お前が『多重能力者』としての主軸を務めた人体実験だけれど、そこでお前は悲劇に出会ったんだろうけど」

「……過ち、だな。若気の至りだった」


ポツリ、と貝積は零した。
木原一族に名を連ねていたのを暗に肯定し、彼は懺悔をするかのように語り始めた。


「あの頃の自分は、どうかしていた。どうかしていた、としか言葉が無い。
 利益を欲求を満足を喰らうためだけに、その過程で失われていく命に対して目を瞑っていた」


貝積の声は重たい。
雲川からは見えない位置取りで、拳が硬く握られ爪が皮膚に突き刺さっていた。


「今はこうして政治家みたいな面構えをしているが、元の私はただ手に余る狂気(サイノウ)に
 魅入られていてな。そんな頃に、外から呼び出され、木原一族の冠を与えられた自分には喜びしかなかった」


当時を思い出す彼の胸の内には。
苦悩、苦渋、苦哀だけが渦巻き溢れ出しているのが容易に見て取れる。
後悔しても遅い。過ぎ去った過去に戻れはしないと理解しつつも、折り合いをつけれないのが人の業。


「……もちろん。もちろん無駄な犠牲を出すつもりは無かった。“純潔”ではなく、所詮は“混血”として
 迎えられた私には、幸いとも言うべきか良心は残っていた。そして過信していたんだろう」


過信。
もしくは自惚れていた。
自分にならば何一つ犠牲を生み出すことなく、完璧なまでの成功を叩き出せるだろう、と。


「結果は散々な有り様だったよ。
 何十人という置き去りの子供達を……自らの過ちにより失わせてしまった」
562 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:10:38.60 ID:2OVt53E0


無駄に屍を築き上げ、無為に尊き命を奪われ、無益に朽ち捨てられた。
憐れで、哀れな子供達。


「そして私は一族から脱した。あの一族は異端すぎる。あれほどの犠牲を生み出し苦悩に塗れた私に言うのだよ」


かつて木原一族の総帥の位置にいた怪物。
木原幻生は。
無垢な微笑みを浮かべながら「よくやった君は素晴らしい。もっともっと、探求の深淵まで至ろうではないか」と賞賛してくれた。
信じられなかった。信じたくなかった。
狂気の沙汰じゃない。そんな生温い境界線など遥か遠くに逸脱した領域から見下ろしてくるのだ。


「性を捨てた。名誉も捨てた。そして――新たに生きる意味を得たよ」


以降。
かつて木原一族に招かれた彼は、『貝積継敏』と名を変え、現在に至る。

『原石』の保護。『暗部』に堕ちた子供達の保護。

全ては贖い。
消し去れない、拭いきれない罪の十字架を背負った所業を、少しでも軽くしようと罰の生き様だった。


「……話はお終いだ」


くたばるべきだな、と貝積は自嘲の笑みを浮かべた。
ギリッ、と噛み締められた口内に鉄の味わいを感じ、手の平に焼けるような痛みが生まれていた。
だけど。
だからこそ。
まだくたばる訳にはいかない。死という単純無比で楽な解決方法に縋るのは逃げだ。
地獄に堕ちるのは既定事項だが、それまでに救える命を救いたいと貝積継敏は想いを胸に秘める。


「これが私の行動理念だよ」

「大体は理解したけれど」


大体は。
雲川は厳しい顔付きになった貝積を探るように見つめる。
563 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:11:23.22 ID:2OVt53E0


「まだ全部じゃないようだけれど」


まだ全てでは無い、と雲川は知っていた。
噂程度の代物だが、噂程度と言ってもそれを触れれるのは極少数なのは否めないものだけど。

貝積継敏がおよそ『学園都市』にとって、邪魔にしかならない信念を携え活動し、この地位にまで
上り詰めた間に、幾度と命の危機があったのだろうか。所詮は使い捨ての駒でしか無い存在、そんな
彼が最善の注意を払いながら行動したとしても、その行動は利益に沿わない輩から見れば邪魔者でしない。

親船最中という人物がいる。
彼女は持ち前の『交渉術』で、幾多の危険を回避してきた。

目の前の老人は。
貝積継敏にはどんな『武器』があったのか。
信念は立派だが、お世辞にも彼には優れた技能は無いと言わざる得ないだろう。
研究者のしての才能はそこそこだが、命の危機に使えるかと言われれば、否だ。

それを可能にしたもの。
それは。


「嘘はいけないけれど。『多重能力者』実験は成功してたんじゃないか」


その成功体が。
貝積継敏のバッグから守護しているのではないか、と雲川は睨んでいた。
公式でレベル5の第六位と位置づけられながらも、決して表舞台に出てこない存在。
名も、性別も、能力すらも不詳の超能力者が。
564 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:14:22.62 ID:2OVt53E0


「……成功なんかしていない」


貝積は否定した。
苦い。
苦虫を潰した口調で非人道的な詳細を打ち明けた。

「君は『多重能力者』実験がどういった内容で、どのようにして具体的に進められていたか知っているか?」

「知らないけれど。およそ、でよければ推測はつくけれど」

「……絶対的な条件として、超能力は一人に対して必ず一つしか身につけられないようになっている。
 その絶対条件を崩すのが『多重能力者』実験の要なのだが。
 例えばだ。その一人というのは人間の脳一つと対して捉えるのか、人格という心象を捉えて一つとして捉えるの
 かで、条件は百八十度変わってくる。まさに逆転の発想になる訳なのだが」


解離性同一性障害というの病症がある。
一人の人間に二つ以上の同一性、または人格状態入れ替わって現れるようになり、自我の同一性が失われる疾病なのだが。
つまり。
『多重能力者』実験とは、意識的に故意的に、個々とは違う別人格を生み出し誘発させる方式なのである。


「『自分だけの現実』は現時点では脳にあるのか心から生まれるのか明確にされているわけではない。
 だが天才の脳を、仮に凡人に移植しようとも同じ天才が生まれる訳でもなく、脳から発するシナプス信号は
 移植された凡人に適合し“天才”であったはずのシナプス信号が閉ざされてしまうようにな」


同じ脳ですら、使う人間によって別の動作を果たす。


「だったら心という不確かな物だったら、尚更だろう。
 だから被験体に使われた子供達は、外部からの信号、薬、ありとあらゆる手段で、少しずつ少しずつ、個々の
 自我を失わせつつ、まるでスイッチ一つで別人が現れるように調整されていったのだよ」
565 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:14:58.22 ID:2OVt53E0


結果は先の述べた通り。
どうして失敗したのかまで語る気は無かったのか、貝積は暫しの間、口を閉ざしてから声を発した。


「だから成功はしていない。
 あれは掛け値なく失敗し、その結果の果てに、たった一人だけ」


何十人といた中の一人。
たった、一人だけ。


「常人には狂人としか捉えられることはないだろう精神構造に陥り。
 更には一つの体に、一〇以上もの別人格を兼ね備えた子が生き残ったよ」


それが。
それこそが。


「私の罪の結晶で、私を贖いから逃さず縛りつける守護者であり」


表舞台に決して立つ事の無い。
正体不明の第六位に位置付けられた――


「――超能力者の存在か。……吐き出せて満足か?」

「ああ……決して罪が軽くなる訳ではないが、幾分か晴れた気になるのは弱さなのだろうな」

「私としては知的好奇心を満たせて多いに楽しませて貰ってるけれど。
 お前との齟齬という溝の埋めれたし、これで少しは不確定要素を削る事はできたようだけど」
566 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011![saga]:2011/01/05(水) 01:15:34.69 ID:2OVt53E0


その守護者は戦況の駒として使えるのか、と雲川は訊ねた。
策略を組みブレインとしては、正確な駒数を把握しておきたいのだろう。


「言っただろう。彼、もしくは彼女だが。まともでは無いと。
 ある程度の制御は効くし、頼みにも応えてはくれるが、基本的に自由なのだよ。一般常識が欠如してる
 訳でもないし、無闇に人に襲い掛かる事もないが独自のルールを持って動いている」


本人にしか理解できない行動基準。
一つだけ言えるのは、


「もし私が道を踏み外そうとすれば、瞬く間に望まぬ力を植えつけられた牙を持ちて命を絶ってくる
 だろうな。逆に言えば道を踏み外さない限りは、どうしようも無い窮地に陥った際には手助けをし
 くれる。言ってしまえばフリーランスの傭兵みたいな存在だよ」

「学園都市に対する復讐ともとれるけど」

「さぁな。この身には預かりの知らぬところだ。だが有り難い事だよ。
 行き先を見失わずに済むのだからな」


貝積の返答に、雲川は思考を重ねているのか目を細めた。
きっと常人には及びもつかないのだろうが、貝積としては肝心の返事を貰っていない事実に、内心でヤキモキしていた。
ぬらりくらりとここまで話してしまったが、雲川は未だに「協力する」という返事を発していない。
協力を拒まれたら徒労の極み。更には長年隠してきた情報を晒してしまったのだ。否応にも是の返答を貰わなくては困るのだが。

仮に拒否されても、貝積には何も実行に移すことは出来なかったが。
セオリーなら口封じが定番ではあるが、それをするには相手が悪すぎる。それだけブレインとしての彼女を失うのは
貝積にとって致命的な痛手になるし、そもそもこの甘い男が、闇に浸りすぎたとはいえ子供に手を出すことは無理だったろうが。


「そういえばだけれど。同じ統括理事メンバーの親船から協力して欲しいと言われてたみたいだけど」

「……は?」

「そもそもこの会談は、それが主題なはずだったのにどうしてお前は不思議そうな顔してるのか分からないけれど?」


親船の協力はどうせお前と同じなんだろ、と雲川は続けてくるが。
567 :終わり[saga]:2011/01/05(水) 01:17:37.21 ID:2OVt53E0


「……まだ君から返事を貰っていなかったはずだが」

「ああ……」


納得いったと頷いた雲川は溜息をついてみせた。


「はぁ……。これでなかなか、私は今の生活を愛してるつもりなんだけど」


彼女は少々不満そうに、どうして分からないかな? と貝積に首を傾げてみせた。


「邪魔されたくないんだけれど。私が楽しめる範囲でならどれだけ世界が壊れようが
 構わないけれど。第三次世界大戦の主戦場になったロシアみたいに、学園都市が大火事になるのは
 私としても困る。刺激に溢れているのはいいけれど、完璧に壊れてしまったら楽しむ余裕もなくなってしまうから」


唯我独尊。
どこまでも自分勝手な主張を展開してみせた、人の上に君臨するのが似合う女帝のような彼女は、


「だから協力してやるけれど」


本当に素っ気無く。
当たり前のように、貝積の期待に応えてやったのだった。


ただの善良な意思ではないが、その働きは、間違いなく多くの人を幸いに導く光明の証。
目指す目的地は違うが、見つめる方向は同じ。
ならば、問題は無い。
こうして。
こうやって。
それぞれの思惑に渦巻きながらも、また一つの想いが重なり合い。
何処かの誰かのためになろうだろう。救いの動きが始動しようとしたのだった。


580 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 01:30:04.47 ID:BgOV/uWQ0


――――



どこにでもある二十四時間経営のファミリーレストラン。
昼を過ぎた辺りだが、店内は学生で賑わいを見せており、そこらかしらから笑いや雑談が溢れていた。
そんな店内の奥の角ばった、あまり人目につきにくいテーブル席の一つを、周囲から少し浮いたグループが独占していた。
男が三人に、女が一人。
テーブルには食後のブレイクタイムなのか、紅茶やコーヒーが注がれたグラスが置かれていた。


「さぁて。そろそろ本題に入ろうかにゃー」


その内の一人が切り出した。軽い、軽すぎる口調で。
土御門元春。
彼の向かいと横に座る三人も同じ組織に属する仲間。一方通行、結標淡希、海原光貴の三名。
この四名の集まりを、一部では『グループ』と呼ばれていた。
誰にも知られない、闇の中で暗躍する非公式組織。この四名が集まる。それは即ち、血を血で洗う抗争が開始される予兆であり。
それ以上でも、それ以下でもなく。
正しく。これから不穏な会話が繰り広げられる為に、彼らはこうして集合したのだった。


「と、言いましても。このような公衆の面前で果たして晒し上げてもいいような内容とは」

「とても言えないと思うのだけれど。その辺はどうなのかしら土御門」


海原が難色を示し、結標が後を引き継ぐように疑問を発した。
それを受けた土御門は、


「気にしない気にしない。どうせ誰も盗み聞きなんてしないぜい」


彼らが居座るテーブル席は人目には触れ難いし、利用客もそれぞれ自分達の会話を楽しんでいる。
よっぽど大声で捲くし立てない限り興味を引くことも、ましてや他者の注目を引くこともないだろう。あくまでも一般論ではあるが。
581 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 01:32:27.28 ID:BgOV/uWQ0


「仮に聞かれたとして、オレ達の話を真に受けちゃうのはよっぽどの痛い子だにゃー」


確かにそうかもしれない。
これからとある施設を襲撃します。
作戦はこうだ、各自役割を自覚しろー、なんて話しを信じる一般人など居ないだろう。
何かのゲームやアニメの話題だと思うだろうし、それこそ信じちゃう人は何かしら妄想癖があると見える。

逆に言ってしまえば。
第三者視点から捉えた土御門達の会話は痛い痛いよーこの子、ともなってしまうのだが。
それに気付いた海原と結標は微かに頬を引き攣らせた。いくら暗部に属してる身とはいえ、世間体は怖いのである。


「どォでもいィだろォが。ヤるなら無駄口叩いてねェで始めろ」


無言を保っていた一方通行がピチャリと言い放った。
基本的に世間体など論外な彼には、周囲の視線など意に介しない。


「こンな下らねェのを盗み聞きすン物好きがいるはずねェだろォが。
 もしいンなら、そいつァ俺達の敵だからぶっ潰せば済む程度の話だろ」

「簡単に言うけれどね。冬服になってからマシになったけど、夏なんてあんな奇怪なシマシマの服装してた一方通行には分からない
 わよね。自分がどれだけ注目を浴びちゃってるなんかって。こっちは痛い子認定のレッテル張りに耐えれるほど、人間捨てちゃ
 いないのよ」


582 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 01:33:22.69 ID:BgOV/uWQ0


「自分も借り物の姿ですので悪印象を与えるのは少し。こうみえて御曹司の息子ですから」

「露出女と皮被りストーカーがナニをほざいてンだか。耳が腐り落ちそうな戯言だなァ」

「だだだ、誰か露出女よ!? あれはファッションよファッション!! それに今はちゃんとコート羽織ってるでしょう」

「皮被りでもストーカーでもありませんよ自分は。どちらも必要だからです誤解しないでください!」

「付き合ってらンねェなァ……鏡見ろよオマエらは。ンで首吊りでもしてこい変態共が」


貴方には言われたくない! と反論する二人を冷めた目で見据える一方通行。
お互いに五十歩百歩という諺を知らないらしい。


「まーまー。久々に集まってテンションが上がるのも無理もないし積もる話もあるだろうけどにゃー。まずは本題にいこうぜい」



『ロリコンはすっこんでろ』


語尾は違ったが、タイムラグ無しに重なる三つの音。
ヒキッ、と土御門の表情筋が強張った。
583 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 01:34:31.70 ID:BgOV/uWQ0


「……」

「……」

「……」

「……」


四人が四人とも無言を貫く、美男子及び美少女グループ。
このグループ。仲が良いというべきなのか悪いというべきなのか。少なくとも出会った当時よりは意思疎通は深くなっているようだった。

少なくとも表面上では。
裏を返せば腹には一物も二物も抱えているということだが。

お互いに譲れない物が重なり、どちらかを犠牲にしなければ行けない時は、容赦なく牙を剥くのは間違いない。
先日の土御門と海原の一件が論より証拠だろう。
互いに互いを利用しあう、有効な効果があるからこそ成り立つギブアンドテイクな関係が彼等の暗黙のルールでもあった。

その暗黙のルールなのだが。
少々、成り立ちを崩し気味なのは否めなかったが。先ほどのやり取りを見て判る通り。
『グループ』結成時よりはお互いに意思疎通は深くなっているのだから。

表情筋を轢くつかせていた土御門が、フッと力を抜き素面――より幾分か柔らかい顔付きになった。


「……変わったな一方通行」

「あァ?」


唐突な土御門に、怪訝な返事をした一方通行。
一体、何が変わったというのだろうか?


「お前の雰囲気だよ。昔だったらこんな馴れ合いなんて付き合わなかっただろうに。
 集合したら大事な情報だけ奪い去って、一人で突っ走りそうだったからな。それぐらい今回の情報は大きい」

「確かにね。昔の一方通行なら上の命令でもない限り、素直に集合したかすら分からないし」



584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 01:36:37.62 ID:BgOV/uWQ0


「ですね。自分達は割かし社交性もありましたが、貴方はそういうのは皆無でしたし」

「だけどお前は素直に飯まで付き合って、グダグダとした会話にまで付き合ってたからな。
 短いながらもコーヒーの薀蓄を語りだした時は内心驚いたぜ。尤も、あまりフレンドリーな口調じゃなかったけどな」


土御門は茶化す訳でもなく、自然体の口調だった。
サングラスに隠された奥底では、どんな視線を形作っているのだろうか。


「久方ぶりに再会したかと思えば、触れれば斬るみたいな剣呑なオーラもマシになってるしよ」

「――弱くなったとでもいィてェつもりか?」


ギラリと獰猛な眼光を放つ一方通行。
その眼には衰えは見当たらない。むしろこれまで以上の輝きがあるようにすら受け取れた。


「逆だ。余裕みたいなのが出来たように見えてな。どうやらロシアで色々学んできたようじゃないか」

「……フンッ」


皮肉げに鼻を鳴らした一方通行は、


「ゴタクは飽きた。いい加減、本題に入れよ。じゃねェとその減らず口を物理的に閉じンことになるぞ」

「了解。脱線したのはお前らが先なんだがな」


やれやれと肩をすくめた土御門は一拍を置いて真剣な表情になった。
ニヤニヤと成り行きを見守っていた結標と海原もそれに習い気を引き締めた。
内心では三人とも土御門の言葉を否定しなかった一方通行の照れ隠しの態度にニヤニヤ続行中だったが、
これ以上からかうと危険なので触れないように決定したみたいだ。

懸命な判断である。

なんとなく察した一方通行はイライラを隠そうともせずに、三人を睨み付けたが華麗にスルー。
自分から脱線するな、と言った手前、下手に話を蒸し返す訳にもいかず不機嫌に押し黙るしか無かったが。
この辺りも変化といえば変化かもしれなかった。元々、寡黙な一方通行ではあったがここまでコケにされたら鉛弾の一発は確実だったのだから。


585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 01:38:27.19 ID:BgOV/uWQ0


「――さて、と。冗談はここまでだ」


ピン、と土御門の一声に空気が張り詰めた。
周囲の賑やかさに比べ、この一角だけ遠い世界の出来事のように錯覚させる空気感。


「そろそろ。いいや、漸くだな。反撃の機会が俺達にも巡ってきたようだぜ」


全てを操ろうとする。全てを牛耳ろうとする。
神様気取りのクソったれた連中に、奴隷という認識でしかない手駒が牙を突き立てる機会(チャンス)がやってきた。


「奴らの監視の網が緩んでいる今が好機だ。現状の学園都市は第三次世界大戦の影響で孤立しているのは知ってるな?」


イギリス清教、ロシア正教、ロシア成教。
魔術サイドを代表する三つの同盟により、学園都市は孤立無援に陥っていた。


「圧倒的な勝利を捥ぎ取ったというのに孤立ってのも変な話だけどね。
 ……魔術サイドによる同盟と、学園都市の睨みあいか。魔術なんて言われても実感が沸かないのだけどね」


四人の中で、ただ一人だけ魔術に触れたことのない結標は肩を竦める。
土御門と海原は魔術が本来の畑であり、科学が生み出した結晶でもある一方通行はロシアで魔術そのものを行使すらしている。
なんとなく取り残された感がするのは否めなかった。

586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 01:39:49.37 ID:BgOV/uWQ0


「その辺についてはオレか海原がいづれ説明する。一方通行も概念までは理解できてないだろうからな。
 今はただ。超能力とは別種の、不可思議な力があるとでも理解しておけばいいさ」

「了解。まさかオカルトなんてものに関わるなんて思いもしなかったけど」

「世界の闇はなにも学園都市だけじゃないって事さ。……話を戻すが。学園都市は現状、ほとんどの機能を外敵に
 備えようとしている。元々、魔術と科学は相容れるものじゃないのさ。今までは水面下での争いで目立つ事はな
 かったが、今や世界はそれを許してくれないらしい」


出る杭は叩かれる。
学園都市はやりすぎた。暗黙ながらあったはずの、科学と魔術が踏み込んではいけない領域に。
侵蝕し、侵食し、浸蝕しすぎた。


三ヶ国同盟だけじゃない。
今やありとあらゆる魔術結社から目の敵にされている。
これまでと同じように感じるかもしれないが、これまでとは比較にならぬほど苛烈に卑劣に叩かれることだろう。
もはや学園都市に住まう平和な陽の光が立位置の学生や教職員も、光さえ届かぬ闇で暗躍する『グループ』のような悪党すらも、
平等に公平にわけ隔てなく裁きの炎が降り注ぐ。罪のない人達にまで、より容赦の無い暴力が襲い掛かろうとしていた。


淡々と説明する土御門の内心にはどのような想いが渦巻いているのだろうか。
それを起させない為に多角的スパイにまでなった彼なのに。
表情からは読み取れない。『グループ』としての貌だけはそこにはあった。


「ですが。そのお陰で、自分達にもチャンスが巡ってきた」

「そうだ海原。ただで転ぶほどオレ達は安くない。これはチャンスだ、しかも一攫千金のな」

「……だがどの程度のもンなんだ。監視が緩んだと言っても俺達みてェな連中を、あのクソったれ共が
 放置するとは思えねェんだがな」

「さぁな。だが現状は音沙汰ないのは事実だ。そもそも完全リアルタイムに監視してるならオレ達が身動きしてる
 時点で矛盾してる」

「これまでの総合的な判断からして、所詮は後追いなんでしょう。『滞空回線』だけじゃ限界はあるんじゃない」


その情報を元に上の奴らが動いているが妥当だと、土御門と結標は言った。
しかし、
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 01:42:15.74 ID:BgOV/uWQ0


「全ては推測だろォが。使えねェ」


一方通行は容赦なくブッた斬った。
甘いぬるま湯みたいな希望的観測など不必要だと。楽観よりは悲観を前提に行動した方が、裏切られた際の衝撃は少ない。
それらを一切合財含めて一方通行は凄惨な口調で言った。


「ブチ殺せば済む話だがなァ」

「違いない。今の奴らには戦力がどうしても必要不可欠だ。多少、揉め事を起そうがオレ達を止める術はないだろうよ」


土御門は懐からPDAを取り出すとボタンを指で叩き始めた。
目的のデーターが準備できた彼は、一度三人の顔を見渡した後に薄い笑みを顔に貼り付けた。


「――『電話の男』の所在地だ」


視線が土御門に集中した。
期待に応えるように展開されたデーターの情報を三人に示す。流石にこればかりは口に出すのは憚られたようだった。


「よく掴める事ができましたね。些か驚きではあるのですが信憑性の程は?」

「逆探知系の対策は完璧だったじゃない。一度、前に試した時失敗したしね」

「偽情報でも掴まされたンじゃねェだろォなァ」


三者三様の反応。
全然信じられていなかった。土御門がこんな下らない冗談を口にするとは思えないが、情報のソースが謎だ状態で鵜呑みにするのは
馬鹿のすることだった。疑わしき点は見逃すべきじゃない。

588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 01:43:56.85 ID:BgOV/uWQ0


「オイオイ。この多角的スパイである土御門元春様を舐めて貰っちゃ困る。
 お前達が知ってる協力者も、お前達が知らない協力者もオレには多いんだ」

「どうせ腹に一物も二物も含んだ連中なんでしょうソレも。ますます信用できないんだけど」

「否定はしないがな」


苦笑してみせた土御門は誤魔化すように含み笑いをする。
だが、


「この情報は信じてもいいぜ。なにせ信じられないぐらいに――」


この情報提供者は。
底抜けに、馬鹿らしい程に、なによりも誇らしく。


「――他者の幸福を願うお嬢さんだからな。腹に一物や二物じゃなく、もっと抱えてそうだが」


その言葉に海原の視線が鋭く細まった。一方通行と結標に変化は無いが海原にだけは何かを直感したらしい。
彼の予想が正しければ、その情報提供者は……。


「……土御門さん」

「分かってる。だがこれはあの娘の望みでもあるさ。それに危険性は無い。彼女ほどの腕なら、これくらいは朝飯前だろう」


二人だけに通じるやり取りに、残された二人は首を捻った。
微かに殺気だった海原だったが、ここで話を拗らせても仕方ないと悟ったのか自分から渋々折れることにしたようだ。
その眼光だけはギラついた光を放ったままだったが。

589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 01:45:34.45 ID:BgOV/uWQ0


「……いいでしょう。話を続けてください」

「なぁに。失敗しなければいいだけの話だ。簡単な話だろう?」

「失敗を考えてる時点で三下だがな。おィ、土御門。そこには誰がお迎えにあがンだ。決まってないなら――」


俺に行かせろ、と一方通行は言いたかったみたいだが、「いやお前じゃ駄目だ」と土御門は却下した。
『電話の男』の接待に打ってつけのメンバーはもう決まっているのだ。


「海原。お前が行ってこいよ。一方通行は隠密行動に向いていない。もし逃亡でもされたら面倒だしな」


海原光貴――アステカの魔術師であるエツァリには人の姿を借りるという魔術を所用している。
人間の肌を一部分を剥がし、声帯から骨格まで擬態可能な変装術が。『電話の男』の似姿を奪えるのは、
それだけでメリットになる。深部まで潜り込むことが可能になるかもしれないのだ。

それだけではない。
このメンバーの中で、誰が一番卑劣かと問われれば。間違いなくこの優男なのである。
拷問などお手のもの。魔術を使った精神支配にすら優れている。


「……いいでしょう。期待されたからには応えなくてはいけませんね。期待以上の成果を叩き出してみせましょう」

「サブ要員で結標を連れて行け。『座標移動』の能力があれば失敗することはあるまい」

「……チッ。しくじってもみろ海原。その胡散臭ェ笑みが張り付いた顔をブチ抜いてやる」

「おやおや。まさか貴方から励まされるとは思いませんでした。ですが応援して頂けるなら、もう少しストレートにお願いしたいものですね」


海原はサラリとジョークを交えて返した。
これぐらいの会話など彼らの間では日常茶飯事だから気にしない。作戦が決まった彼と結標は一足先に出ると席を立ち上がった。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 01:47:13.76 ID:BgOV/uWQ0


「そうそう。一方通行さん。貴方のオーダーはあれで構わないのでしょうか?」

「現時点ではな。いいから行け」

「承りました。自分も本来ならそちらに参加したかったのですけどね。仕方ありませんが。しくじらないでくださいよ?」

「フンッ……お互いになァ」


海原と結標はそのまま席を去っていった。
その足で、『電話の男』がいるだろう地点にまで向う予定だ。


「お前……本当に丸くなったな?」

「――勘違いだろ。それよりオマエはどうする気だ」


一方通行は予定は海原達次第。それまでは暇を持て余した状態だ。
この中で予定が決まっていないのは土御門だけだった。まさか、このまま帰宅して義妹とイチャイチャするなんて事は
無いと思いたいものだが。
591 :終わり[saga]:2011/01/21(金) 01:47:58.24 ID:BgOV/uWQ0


「オレもオレで動くさ。後始末や今度の動きの為にも」

「具体的に言え」

「オレも接待さ。海原とはベクトルが真逆だがな。
 今日、どうやら親船と同じ統括理事会の一人である貝積って野郎が会談するからお邪魔しようかと。
 情報交換や協力を取り付けれるなら、それに越した事はないだろう」


土御門も席から立ち上がった。
どうやら支払いの伝票を持っていく気配がないところから、支払いは一方通行が担当することになったらしい。
別に金に困っている訳では無いので一方通行も気にしなかったが。


「それぞれの目的が達成したら各自解散だ。海原から連絡があったら伝えてやってくれ。後日、オレの方から今後の
 方針を伝えるともな。任したぞ」


土御門は返事も聞かずに立ち去っていこうとした。
各自が己の目的を達成させるために。その先に結びつく学園都市に反逆するという壮大な計画のために。


「了解。リーダー」


立ち去っていく土御門の背中に、呟くように返答した一方通行。
それは一方通行が初めて同じ目的を持つ同志を認めた言葉であり、彼の成長を示す証拠であったのかもしれなかった。


597 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 18:02:22.08 ID:BgOV/uWQ0


薄暗い空間。
人間が一〇〇人は収納可能だろう空間を、贅沢にも二人きりという状態で独占した男女の二人組みがいた。


「……っん……あぁ、いぃ……です」

少女。
まだ幼さを残す声が、艶やかな響きを滲ませ空間に木霊した。


「……こんな感じかっ?」


少年。
戸惑いながらも、必死に力を籠めて全身を動かしていた。


「超良いですよ。浜面にしてはやるじゃないですか」

「ばぁか。一言余計なんだよお前は。そんな顔して説得力の欠片もねぇぞ絹旗」


お互いに憎まれ口を叩いた少年と少女の息はどちらも荒い。
大幅に息が乱れている訳ではないが、平常時に比べると間違いなく排出する量は多いだろう。
598 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 18:17:18.98 ID:BgOV/uWQ0


「う、うるさいですねっ! 口を動かす暇が超あるぐらいならもっと頑張ったらどうですか」

「こっちだって初めてだから余裕ねぇんだよ無茶いうなっての」


反論しながらも浜面は期待に応えるように動いた。
唐突な刺激に絹旗はピクンッ、と小柄な体躯を震わせて甘い吐息を漏らした。湿った唇から漏れる甘い息は、
年齢にそぐわない程の色香を忍ばせていた。


「んんっ……あは、ぁ……やれば出来るじゃないですか」

「そりゃあ二十分以上も続いてるんだ……いくら俺だってコツぐらい掴めてくるさ」


手先が器用なのが浜面の取り得の一つでもある。
鍵開けなら何でもござれ。金庫から空き巣、車の調達で一時期は生計を立てていた盗人の経歴を背負っている。
それらに比べれば、今やっている事柄は本格的な知識も必要ないのだから楽なほうだ。初めは戸惑っていたが、
どんどん手馴れてきている実感はある。心臓の鐘はひたすらに爆音のビートを刻んでいたが。


「それより……痛くねぇか?」


心配そうな声音で浜面は絹旗に問いかけた。
求めてきたのは、望んできたのは少女の方からだったから心配する義務は無かったが、それでも心配してしまう
辺り、どうしても悪人にはなりきれない純な少年だった。ひょっとしたら下っ端根性が染み付いているだけかもしれないが。

599 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 18:40:58.98 ID:BgOV/uWQ0


「だ、大丈夫ですって。初めはナニやってんだコイツはー!? って超殴りそうになっちゃいましたが」


浜面の動作に合わせ、吐息を重ねる絹旗は答える。
その声音にも表情にも負の感情は浮かんでいない。少女は決して認めないだろうが、
寂しがりやの子猫が甘えるように身を委ねているように映っていた。


「あぁ……んっ。今は気持ちいいですから」

「そうか」

「はい。……だからもっと激しくしてもいいんですよ?」


っていうかしやがれ、と絹旗は背面にいる浜面に命令した。
その頬は赤く染まる桜色で、さっきから自分は変な恥ずかしいことを言ってるんじゃないかと不安になったが無視することにした。
深く考えたら……頭から湯気が出てオーバーヒートしてしまう危険性があるから。


「へぇへぇ。痛いって文句言うなよ」


億劫そうに返答しつつ、腹に息を吸い気合を入れなおした浜面。
ふんっ、と鼻息荒くつくと、


「んんっんんんん!?」

「どうよ絹旗!! これならばお前も満足するだろう!」

600 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 18:53:53.20 ID:BgOV/uWQ0


「ふぁ……んあっ! はまっ……らの癖して何を超威張ってるですかっ。それだから浜面は超浜面なんですよ!!」

「意味分からんへらず口はまだ閉じねぇようだな絹旗。だったらこれはどうだ!!」

「やぁ……っん……そこはっ!?」

「そこはなんだー? んー?」


意地悪な笑みを浮かべた浜面が、まるで焦らすかのように絹旗のウィークポイントを刺激しまくる。
身悶える少女の肢体は端的に言ってエロかった。


「う、うなじは弱いから超駄目なんです!! 止めてください!!」

「ほっほーイイこと聞いたぜ! だったらこうしてやる!!」

「うにゃあああああっ!? な、殴る超殴りますから!!」

「ひゃははは今のお前に言われたって怖くも痒くもないもんねー! 次はこっちだオラオラオラオラッ!!」

「ひゃ――ぁふ。く……んんぅ!」
601 : ◆DFnPsilTxI[saga]:2011/01/21(金) 19:07:43.39 ID:BgOV/uWQ0



「おいおいもう降参かぁ?」

「厭らしい言い方は超やめてっ……さい。キモさが超移りそうですっ」

「そうかそうか満足か。ところでこれはいつまで続くんだ?」

「嫌ですねぇ~。私が超満足するまでに決まってるじゃないですか」


もっと激しくぅ、と猫撫で声で媚を売る絹旗。
それもそうか、と思考を流された浜面は――


「はっ――上等だ」


――使い慣れない筋肉のダルさを感じつつ軽口を叩き返し――ふと我に返った。

まてマテ待て! おかしいだろう自分!!





「――なんで俺がマッサージなんかしてやらなきゃならないんだあああああああああああ!!!!!」



注意。決してエロい事をしていた訳ではありません。そこ勘違いしないようにっ。
浜面仕上にはちゃんと大切な人がいるのだから。不倫は最低ですのマル。

605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/21(金) 23:39:23.01 ID:BgOV/uWQ0


――――



「いやですねー。そんなの超決まってるじゃないですか。いいから雑用はさっさと上司の命令に超従えって事ですよ」

「誰が雑用で、誰が上司だってぇ?」

「雑用が浜面で、上司が超美少女絹旗ちゃんですが?」

「自分で超美少女とか言ってんじゃねぇよ! こんなチビっ娘が上司とか願い下げだわ」


浜面は物凄く嫌そうな顔で言い放つと溜息をついた。

彼らがいるのは超B級映画マニアだけが知る聖地である古びたオンボロ映画館だった。
二人だけで行動する際にはよくお世話になる定番のスポットと言ってもよかった。生贄として呼ばれているだけなので、
あまり良い思い出がないのが残念だが、それでも浜面としては嫌いになれない場所でもあった。

極寒の地、ロシア。

そこから帰還して数週間前後が経過している。
今日に至るまで。
絹旗とも何度か会ってはいたが、絹旗自身が忙しいらしくまともに会話するのは今日が初めてだ。

606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/22(土) 00:05:01.82 ID:8gBzjWxs0


(見舞いには何度かきてくれたが、いつも短い時間しかいなかったもんな)


暗部の『仕事』が忙しいのだろうか。
お互いに積もる話はある。それを消化するためにも二人きりで会わないか? という事になり、
映画館に集合することになったのだが。


「……どうしてこうなった」


意識せずに声にだして呟いてしまった。
本当はこんな馬鹿なことをする暇はないはずなのだが。


「すっっっごく不満そうですね浜面」


呟きを拾ったのだろう。
頬をリスみたいに膨らませた絹旗が、こちらをジトーっとした眼つきで睨み付けていた。


「そりゃあ不満にもなるだろうが?」

「何でですか? マッサージぐらいで機嫌悪くなるなんてケツの穴が超小さいですよ。
 そんなんじゃ愛しい彼氏が出来た時に困るのは、超浜面なんですからね」

「何で彼氏なんだよおかしいだろう!? それに俺には滝壺がいるし、ケツの穴が小さいとか余計なお世話だっての!!」


クワッ、と目を見開いた浜面は噛み付くように反論した。
目の前の小生意気な少女の中で、一体自分はどんな風にイメージされているのか怖くてならない。間違っても同性愛好者ではないのだ。

607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/22(土) 00:27:49.96 ID:8gBzjWxs0


……それにしても。
どうして絹旗はこんなに機嫌が悪いのだろうか?


「別にマッサージぐらいいいじゃないですか。浜面を逃がすために私だって超頑張った恩を忘れたとは言わせませんよ?」

「うっ……」


それを言われると弱い浜面。
確かにあの一件に関しては大きな借りと言える。


「しかも浜面が逃亡に成功した後は散々でしたからね。裏ではあの大騒動を利用して学園都市の利益を掻っ攫おうとする
 クズ共を粛清するのに大変でしたから。他にもモロモロの雑用を任されて。一緒のチームを組むことになった心理定規や死角移動
 とも最悪に相性が悪いですし」

「うぅ……」


こうやって茶化すような感じで訴えてきているが。
内心ではかなり辛かったはずだ。自分達の中で最年少でありながらも一番辛い役割を担ったのは彼女だと浜面は考えていた。
そりゃあ積極的に命を狙われるような事は無かったかもしれない。
……ロシアに逃亡した浜面仕上や滝壺理后みたいに。


(だけど俺には滝壺がいた)


大切な人がすぐ傍にいたからこそ耐えれたと実感している。
辛いときも厳しいときも、いつだって立ち上がる事が可能だったのだ。

608 :サッカー逆転大勝利!日本おめでとう!準決勝や![saga]:2011/01/22(土) 00:49:32.99 ID:8gBzjWxs0


(だけど絹旗には頼れる奴なんて居なかったはずなんだよな)


彼女が頼れていたはずの『仲間』は……もういない。
そんな孤立無援の中を、中学生ぐらいの少女が、闇に潜み血に塗れたとは言え辛くないはずがないのだ。


「ちょっと聞いてるんですか? こっちはまだまだ超言い足りないんです」


考え事に気を取られていたのをバレてしまったらしい。
浜面は微苦笑しながら聞いてるとアピールした。どうやら絹旗のストレス解消にまずは付き合ってやらなければならないらしい。
甘んじて受けようと浜面は内心で頷いた。


「分かった。いくらでも聞いてやるから。だから少し落ち着こうぜ?」

「私は超落ち着いています。そもそも浜面!」

「っ!? 突然大声出すなよ!」

「シャラップ! 浜面には口答えの権利なんて超ありません理解しましたか駄目ですか超殴ります!」


えーっ!? と浜面は驚愕した。

理不尽すぎる。どれくらい理不尽かって例えると、現在目の前のスクリーンで上映されている『真っ暗闇の世界』を題材にした内容
なのだが、本当の意味で真っ暗闇しか映されておらず「ちょっと監督者、テメェは客舐めすぎだろう」と訴えたくなるぐらいには、
理不尽だった。
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/22(土) 00:59:10.42 ID:8gBzjWxs0



「弁解ぐらいさせてくれ いくらなんでも問答無用すぎて甘んじても受け入れるのも拒否りたくなるわ!」

「駄目です超駄目です。私はもう浜面を超殴りたくて仕方ないんです超オーケー?」

「ノー! 超ノーセンキュー! せめて理由をっ――マッサージを途中で止めたぐらいでこれは納得できん!」


マッサージ、という単語に絹旗の眉がピククと揺れた。
やっぱり根に持ってるらしい。浜面的には二十分以上も面倒臭いのを耐えてやってやったのだ。
今も腕の筋肉が妙な倦怠感を放っている。経験したことある奴は知っているだろうが、マッサージとはやる方に関しては意外と
肉体を酷使するものなのである。


「……別に私の身体がそんなに魅力が無かったですか、とは思ってませんから超気のせいです」

「えっなんて?」


前半がゴニュゴニュとしたうわ言すぎて聞き取れなかった浜面。なんとか「超気のせいです」が耳に捉えるのには成功したのだが。
何が気のせいだったのか、と首を捻った浜面。


「やややや、やっぱり浜面超殴る――っ!!!」

「だからどうしてそうなったァァああああああああ!!」


真っ赤になった絹旗が腕を振りかぶり、浜面の悲鳴が木霊した。
直ぐ後に、人間大の物体に強烈な一撃が叩き込まれる凄惨な音が駆け抜けていく。


どうやら本題に入るまで、まだいくらか時間が必要らしい。
ある意味で平和な日常の一ページだった。

616 : ◆DFnPsilTxI[saga ]:2011/02/02(水) 22:47:56.92 ID:QhGnC4hO0


――――



映画館専用の大型スピーカーから緩やかな曲調が奏でられ、視聴者の少ない空間を穏やかに包み込んでいた。
中央の特等席に悠々と構えた視聴者――浜面と絹旗の様子は対照的だった。

絹旗は超ご機嫌ですとばかりにスクリーンに視線を向けている。
こんなB級映画の何が楽しいのか、足をパタパタと小刻みに揺らしながら事前に売店で購入していたポップコーンを、
片手でムンズと掴んでは可愛らしいお口の中に放り込んでいる。

隣の腰掛けた浜面の方はと言えば。
精神的に気力尽きたのか、物理的に折檻されたのが効いたのか、心なしかゲッソリとやつれていた。
気怠げに全身から力を抜きながら、死んだ魚のような目でスクリーンを覗き込んでいる。


「ふんふんふ~んっ♪」

「……はぁ」


鼻歌交じりと溜息。
まさに非対称な二人だった。


(お気楽なもんだぜ……)


横目でご機嫌な絹旗を盗み見た浜面の本音だった。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 22:48:40.85 ID:QhGnC4hO0


愚痴は長かった。
相当に鬱憤が溜まっていたのか、もしくは興が乗ったのか水道の蛇口が壊れたかのように流れ出し溢れ出す愚痴、愚痴、愚痴。

途中から半ば聞き流し&生返事のコンボで耐えていた浜面だったが、
その態度がまた腹が立つのか「私の言葉は無視ですか超無視ですかそうですか」と捻くれた絡み方をしてくる悪循環により、
余計に長引いてしまい。結果、精神的に余計な被害を被ってしまっていた。


(うだー……まじで疲れた……)


だけど全てが無駄だった訳じゃない。
愚痴という垂れ流しの中にも、有益な情報をいくつか拾うことは出来た。
元々、絹旗とこうやって会う約束をしたのは、これが目的もあったのだから結果オーライと捉えなくもない。


(絹旗に頼ったのは正解だったな。学園都市はそうなってるのか)


ロシアに海外逃亡をしていた浜面には現状の世界情勢という動きに乏しい。
災禍に見舞われた渦中のど真ん中にいたからこそ、結末はおぼろげならが掴んでいたが、細かな動きについてはどうしても一線を引いた
観測者には遅れを取ってしまうのは致し方ないこと。

そこで協力者として頼ったのが絹旗最愛だった。

裏にも表にも精通した彼女なら、浜面が求める知識に対して的確に応えてくれるだろう目論みがあった。
先生と生徒の受け答えみたいな綺麗な授業にはならなかったが、結果オーライとしておこうと浜面は首を振った。
これぐらいの役得が無ければやっていられない、とばかりに。



618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 22:49:39.59 ID:QhGnC4hO0


(あの忌々しい大戦を終えた学園都市は表向きじゃ“ロシアを救った救世主”扱いか……)


グレムリン・レポート。
『細菌の壁』という死のウイルスをばら撒く事を阻止した大役者。
人道的な兵器運用を心がけ、更には汚名を被る事を恐れず立ち上がった素晴らしい活躍だと称えられているらしい。

もちろん。
もちろん、のこと。

全部が全部嘘っぱちだとは断じないが、九割は情報操作による賜物と“大人の事情”によるものだろう。
“大人の事情”とは折り合いだ。
国と国が戦争をしたのだ。そのような大義名分を掲げなければ燻った争いの火種は静まらない。
敗戦国がロシアだから学園都市が“正義”という名目を掲げているが、勝敗が逆だったなら“悪”のレッテルを貼られたに違いない。
戦争とはそういうものだ、と浜面は皮肉に唇の角を曲げる。

ここまでが。
彼女から得た、あくまでも表向きの情報。
ならば裏は? それが浜面の本当の目的であり知りたい事だった。表向きは幾つかのニュースでもある程度は把握できる。

浜面の目的にも。
真に欲するのは裏事情。

具体的にはかつて下っ端ながらにも所属していた『暗部』の動きと、学園都市に敵対する世界の『闇』の動き。
二つの勢力がぶつかり合う硝煙と血飛沫が舞い散る裏舞台。
絹旗から得た情報を元に推測し思案した結果、


(……相当やべぇ橋を渡ってるみたいだな学園都市は。何が救世主って扱いだよ。
 吹けば飛ぶような紙くずで作られた張りぼてもいいとこじゃねぇか。いやそんなのは誰だって知ってるんだ)


学園都市に住む者達は当たり前のように認識している。
不安、という感情を。
学園都市だけじゃない。世界中が負の感情に包み込まれているはずだ。


619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 22:50:38.08 ID:dsOnDeHAO
きてるー!
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 22:50:58.89 ID:QhGnC4hO0


(治安悪化による“無能力者”の集団による暴動と、その対処に追われる“警備員”の鎮圧作戦)


いや、これは自分だって知っていた。
そのための対策として友人にお願いをしたのは浜面自身。


(……絹旗が言うには揉み潰してるらしいが学園都市の利益を狙った外部組織の犯行に、
 『暗部』の組織が離反して『暗部』に処理とか内部崩壊もイイとこじゃねぇか。笑えねぇぜ)


外部は堅牢な城壁を築いているように見えるが。
内部では刻々と腐り枯れ果てていき、自壊を示しているのが学園都市の現状らしい。

まだ気になる情報があった。
絹旗自身が直接戦闘した訳じゃないらしいが、『暗部』に所属する似た系統のグループが不思議な一団と交戦したと。
何でも『超能力』とは全く別種の不可思議な力を行使していたらしい。詳細は不明らしいが囁かれている噂によれば。


(――『魔術』らしい……な)


学園都市製とは異なる系統の『超能力』をローマ正教が扱うとして、学園都市が過去に公式として発表して経緯がある。
もちろん根も葉もない出任せとして片づけられていた。『魔術』なんてオカルトが存在するはずが無いと。


621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 22:51:38.56 ID:QhGnC4hO0


浜面もロシアに行く前ならば信じていなかっただろう。
科学が支配する最先端にとって、非現実的なオカルトなど臍で茶が沸くと嘲っていたはずだが。

その非現実的な力が。
大切な人――滝壺理后を救ってくれたのだ。

今にして思えば。
あのロシアで出会ったアックアと名乗る『傭兵』も魔術という力を行使していたのかもしれない。
いや間違いなく行使していたのだ。


(そんな出鱈目な化物連中を敵に回しているっていうのかよ学園都市は)


学園都市はこの事態をどう考えている。
なまじ片足程度だが足を突っ込んでしまっている浜面としては危機感を覚えずにいられない。
慌てているのか、それとも蹴散らせると楽観しているのか。
……問題はそこじゃない。
傷付き踏み躙られ虐げられるのは、いつだって関係のない一般人なのだ。
ロシアで嫌と云うほど散々経験してきたじゃないか。


(どちらによせ。当面の俺がやるべき事が変わるわけじゃねぇがな)


変わったとしたら。
浜面の中で燻り続けている決意がより強固になった事ぐらいだ。
その時、


「うだー。超つまんねー」


お決まりの口上が絹旗の口から飛び出した。
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 22:53:02.89 ID:QhGnC4hO0


見始めてから一〇分ぐらい経過するといつも放たれるお約束。B級映画に当たりなど求める等、人として
何かを間違っているのだから嫌なら見るなよ、と浜面は思うのだが稀に出会える当たりの快感は計り知れないと
知っている辺り、浜面も相当に毒されていた。

兎に角も。
この口上が飛び出したのならお喋りタイムの合図である。
お約束の展開。
浜面も絹旗に訊きたい事はあったから悪くないタイミングだった。


「ねーはまづらーねーねー」


読み通りとはこの事か。
ズバリ的中した浜面は気色悪い猫撫で声を出している絹旗に目をやる。本性さえ知らなければ
可愛いとは思えるのだが。


「なんだよ」

「この映画、超つまんないです。代わりに浜面が超面白い事してください」

「無茶いうな!!」


相変わらず無茶振りすぎる! 
いい加減この扱いからも脱したいのだが、ひょっとして自分は一生このような扱いを受ける道しか
残されていないのだろうか? 考えると気分が落ち込みそうになる浜面はこの悩みを切り捨てた。


「えー。使えないですね浜面は。これだから浜面は超浜面だと何度言えば」

「俺も何度も返すが意味わかんねぇんだよ何だよ超浜面って俺の人格全否定か?」

「そうやって必死になるからキモイんです浜面は。でもここは超大人の絹旗ちゃんが妥協して上げましょう。
 面白くなくても結構ですので、滝壺さんとロシアに逃亡した際の話しを聞かせてください」


プルプルと震えていた浜面は深呼吸。
何が「超大人の絹旗ちゃん」ですかー? とギタギタにガキ扱いして否定してやりたいとこだが、ここで実行に移すと
自分の方が大人気ないと我慢した。年齢的には浜面の方が年上だから大らかに構えてやる必要がある。俺は大人、超大人……。




623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 22:59:25.41 ID:QhGnC4hO0


「そりゃあテメェが聞きたいだけだろうが。
 俺が初めに報告しようと思ったら愚痴った挙句に映画に見入ってたのはどこの誰だよ」


それでも余計な一言二言を抑えられない浜面も大人とは言い難がったが。
絹旗はムッとして反論しようとしたが「ロシアに逃げた後だけどな」その時には浜面はもう語りだそうと
していたので難を逃れた感じだったが。


「一言で表すと大変だったとしか言いようがねぇよ。なんせ逃げた先が紛争地帯だとは思わなかったしな」

「ですが功を制したようじゃないですか。
 滝壺さんの体晶による負担はある程度解消できたようですし、こうして学園都市に戻ってこれたんですから」


悪運だけはレベル五ですね、と絹旗は他人事のように笑う。
ゲンナリしつつも事実なので浜面は否定しなかった。どこぞのツンツン頭の少年とタメを張る不幸っぷりである。


「学園都市との交渉材料は……訊いても大丈夫なんですか?」


躊躇ったような声音で絹旗は続けてきた。
逃亡者の身で、命を狙われていた浜面がどうして学園都市に戻ってこれたのか気になったのだろう。
興味本位で訊きたくなる気持ちも理解できるが、


「大丈夫だと思うか?」

「超思いませんね」

「だったら訊くなよ。余計な首をツッコまないのが『暗部』の了解だろ」


浜面としては絹旗を巻き込みたくはなかった。
この情報だけは危険すぎる。だからこそ『交渉材料』として成り立ったのだから。
かなりの綱渡りだったのは否定できないが。むしろよく成立したもんだと思いすらする。本当に悪運には見放されない。
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:01:06.56 ID:QhGnC4hO0


「浜面と接触してるだけで十分に危険は冒してるつもりなんですが。私としては」

「それは悪いと思ってる。有り難いともな」

「浜面なんかに超心配されるほど落ちぶれたつもりは超ありません。
 自分の身から出た錆は自分で片付けれます。私にだって色々あるんですよ考えてることは」

「お前を侮ってるつもりじゃねぇさ。
 実際、俺なんかより絹旗のほうがよっぽど自分の価値を把握してるし、世渡り上手なのもな」


だけど。

問題なのは自分の問題だ、と浜面は知っている。
仮に情報を明かして絹旗が危険に巻き込まれたとしても、彼女は感謝こそすれ一切の文句を吐かないはずだ。

故に明かせない。
浜面には重荷過ぎる。それで命を失われたら後悔するのは自分だったから。


「だから話さない」

「納得いきませんね。だったら何時だったら超話してくれるんですか?」

「さぁな。少なくとも今は時期じゃねぇ。大体、何でお前こそ突っかかってくるんだよ」

「なっ――」


浜面の口調には言外に“お前には無関係だろう”という響きが多少篭っていた。
本人は気遣いから発したのだが、絹旗はそうは受け取らなかったみたいだ。
浜面の言葉に顔を怒りに染めたかと思えば、


「ふざけないでくださいっ!!」


大声で怒鳴ってきたのだった。


625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:02:14.75 ID:QhGnC4hO0


面食らったのは浜面だった。
どうして絹旗が怒鳴ったのか分からない。先程まで全然普通だったのに。
何でだ?


「落ち着けって絹旗。俺はふざけてるつもりじゃ――」

「私は落ち着いていますよ、ええ超落ち着いています。だからふざけるなって言ったんです」


鼻息荒い絹旗の様子は一目見ても落ち着いてるとは程遠い。
何が彼女を駆り立てているのか。


「全然理解していないようですね。いいですか浜面?」

「お、おう」

「今更。本当に今更なように他人扱いする浜面の態度が超気に入らないんですよ。何様のつもりなんですか。
 元はといえば浜面は下っ端で、私は上司なんですから部外者は浜面の方なんです」


『アイテム』時代の事を言っているらしい。
確かに今でこそ浜面自身の問題だが、基本的に巻き込まれたのは浜面であり部外者としか言いようがなかった。


「大体、無能力者の浜面に何が出来るんですか。分を弁えたらどうです。
 今までのは運が良かったから超生きているだけで奇跡のようなもんです。そんな悪運がいつまでも続くなんて
 超思わない事ですね」


痛いとこをピンポイントで刺された浜面は渋面しながら黙っていた。
散々な物言いだが、
彼が生きているのは正に奇跡そのもの。自分一人の力じゃ今頃あの世に旅立っていたはずだ。
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:02:50.25 ID:QhGnC4hO0


「もし浜面に何かあったら滝壺さんはどうするつもりなんですか? 
 滝壺さんを守ると誓ったのなら、ここは超頼るべき場面だと思うんですけど。その猿にも劣る足りない脳みそで少しは考えたらどうですか」


息つく間もなく放たれる容赦の無い罵倒。
元々紅潮していた絹旗の頬が、酸素不足からより鮮明に真っ赤になっていた。


(そうか……そういうことか)


絹旗がどうして怒っているのか漸く理解した浜面。
鈍感すぎるな、と反省心が首を擡げる。


(心配してくれてるんだよな。絹旗の奴)


不満の怒りに紅潮した頬。顰められた眉に歪んだ唇。必死な感情に彩られた雰囲気。
悩む必要なんか有りはしなかった。
全部、全部。
全ては浜面仕上を心配してるからこそ、絹旗はこうまで罵倒しているのだ。
自らの危険を顧みず、死地にまで付き合う、と。


「悪りぃ」


頭を下げた浜面。
意地やプライドを混ぜず、ただ素直な気持ちの感謝を籠めて。

627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:03:52.59 ID:QhGnC4hO0


「へっ?」

「これじゃ足りない脳みそって言われても否定できねぇな。俺が悪かった」


浜面は下げていた頭を上げなおす。
そして真正面から絹旗に視線を合わせると。


「それとありがとうな。心配してくれて。正直嬉しかったぜ」


ハッキリと想いを口にしたのだった。
その表情はどこか照れながらも、滅多に見せる事がない純粋な笑みが浮かんでいた。


「なっ、ななななななっ!?」


動揺したのは絹旗だった。
ボンッ、と頭の頂上から効果音が鳴ったかと思えば、見てる側が高血圧の心配をしてしまうぐらいに頬を紅潮させるてしまった。
つい数分前に見せた怒りを軽く突破している。耳から首筋まで真っ赤に染めてしまっている。


「誰が、いつ、浜面の、心配なんかしましたか!?」


ブツ切りに発せられる強調された声。
墓穴を掘るとは正にこのような例です、と教材になりそうなぐらい墓穴を掘っていた。

628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:04:27.37 ID:QhGnC4hO0


「…………」

「ち、違いますから! 超勘違いですからそんな視線で見るのを止めてください!」

「本当に?」

「ですからっ! 私は滝壺さんを心配しただけであって、私自身が浜面を心配なんてするはずがっ!!」

「そういやさー」

「超なんなんですか!?」

「お前って意外と寂しがり屋で意地っ張りだよな」

「むぐっ~~~~~~!?」


『暗部』なんかに関わってしまったばかりに、年齢よりも達観した人生観をしていて。
生意気やマセていたり、時に冷徹なように捉われてしまう絹旗。
でもそれは彼女が手にした『窒素装甲』と同じ、硬い殻に覆われた心の壁。

処方術と言い換えてもいい。
悲しみや傷を負いたくないからこその処方術。

誰だって持っているもので、彼女の場合は一般人よりも硬い膜を必要としただけの事柄。
蓋を開ければ歳相応の少女の心が見え隠れしてするのは無理からぬこと。
本来なら、それが普通なのだ。彼女はまだ中学生になったばかりの思春期を真っ盛りで。
寂しかったり、同年代の友人と賑やかに雑談に興じる陽の光が照らす光景こそ当然の場だったはず。
だから彼女は照れる必要もないし、誤魔化す必要はないんだけどな、と浜面は思っていた。


「ええ、ええ超悪いですか!? 私が心配したら何かおかしいですか?!」

「何で逆切れしてるんだよ。感謝してるって言っただろうが」


少々からかってしまったのは否定できないが。
でも感謝してるのは嘘じゃない。感謝して、感謝して、やっぱり感謝するが。


629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:05:00.43 ID:QhGnC4hO0


「――それでも俺は話さない」


堂々と断言した浜面。
感謝すればこそ、余計に明かせなかった。
自分勝手で傲慢かもしれないが、危険に巻き込みたくなかったから。
どれだけ強請られようと、この意見だけは譲る事は出来ない。

届いて欲しい。
邪険な扱いや冗談の返答でなく、いま抱くこの気持ちが絹旗に届いて欲しいと浜面は祈った。
これで拒否られたら、
お互いの距離感という空気が居心地の悪いものになってしまうだろう。
その不安もすぐに晴れることになったが。


「……超納得できませんけど、今回は私が折れておく事にします」


どうやら気持ちは無事に届いたようだ。
まだ不満はありありだが、形の上では納得してくれたらしい。
ホッ、と安堵の息をつく浜面。


「ですが、これだけは訊かせてください」

「なんだ?」

「時期ってのは何時なんですか?」


絹旗の問い掛けにまたもや押し黙った浜面。
次は絹旗も急かさず、浜面が返事をするまで待つ構えらしい。


630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:09:25.30 ID:QhGnC4hO0


「そうだなぁ……」


五分以上の沈黙から口を開いた浜面は、


「――『不可能』を可能にしたとき、って事で妥協してくれねぇか」

「は?」


意味がわからない、とクエッションマークを頭上に表示させた絹旗。
浜面の顔は真面目だ。
冗談やおふざげの類は欠片も見当たりはしなかった。


「超誤魔化そうとしていますか?」

「面見りゃ分かるだろ?」

「超キモいです」

「…………」

「嘘じゃないです」

「そこは嘘っていう場面だろうがフォローになってねぇよ!?」

「ですが超釈然としませんね。曖昧すぎて」


俺の事はスルーかよ、と不貞腐れた浜面。
息を吸うようにキモいキモい言われ続けているのだら、いい加減慣れてもよさそうだが、こればっかりは慣れるものではなく。
地味に心に響く一撃なのだった。
塵も積もれば山になるように、日々キモいキモいと言われ続けている浜面の心はブロークンハート一歩手前である。
最も数時間後には綺麗サッパリと払拭している辺り、体だけでなく心も頑丈なのが彼の強みだったが。


631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:10:56.61 ID:QhGnC4hO0


「話し変わるけどよ」

「いえいえ。勝手に超変えられても困ります」


浜面は無視した。


「お前――『アイテム』にいたとき楽しかったか?」


続けて口を開こうとする。
どこか苦しげな、寂しげな表情になった絹旗の反応を気付きつつも無視して問いを重ねていく。
連続で。誰にも邪魔させまいとするかのように息つく間もなく。


「もし戻れるものなら。また『アイテム』を続けたいと思うか?」

「本音で言えよ。誤魔化しとかはなしでな。俺にとって大事な質問だからさこれは」

「別に変な意図はねぇから心配すんな。頭がおかしくなった訳でもねぇ。ちゃんと現実見てるからな?」

「……『アイテム』は壊滅した」

「フレンダは死んだ。麦野も……ロシアで死んだ。滝壺から聞いてるよな?」

「もう終わっちまった話だ。覆しようのない過去の出来事で、タイムマシンでもなけりゃどうしようもねぇ」

「だから意味のない質問かもしれねぇが、どうしても訊いてみたかったんだ」



ここまでを一気に言い放った浜面は、漸く絹旗の目を見ると――







「――絹旗はどう思ってる?」

632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:13:22.95 ID:QhGnC4hO0


「そうですね……」


長い長い浜面の口上を受け止めた絹旗は、


「所詮、私達の関係なんてクソったれた『仕事』での関係でしかありませんよ」


表情はフラットだ。
眉も眼も全てが平坦。感情そのものが凍りついたような硬さが雰囲気として滲み出している。


「はぁー……本当に意味の無い、下らなくて超つまらない質問ですね」


無意味で無価値だ、と絹旗は扱き下ろす。

これは終わったはずの物語。
始まりはあれば、終わりがあるように。

もはや続きが紡がれる事のない、未完成のまま閉じられた物語の一つ。


「今更なんですよ。私が答えようが答えなかろうが結果は超変わりません。
 浜面みたいな『表』から転がり込んできたゴロツキには分からないでしょうけど、私達にとってはどうという事の
 ない日常ですから、悲しいとか辛いとかって一般人が抱く当然の感情は少ないんです」
 

特段、特別ではない
どこにでも転がっている話し。
腐るほどに溢れ返っている『日常』の一つでしかない。
彼女にとっては『日常』で、一般人にとっては『非日常』だったが。


633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga ]:2011/02/02(水) 23:16:23.02 ID:QhGnC4hO0





「――それらを踏まえて言えるとしたら」


絹旗は薄く薄く微笑した。


その微笑に浜面の胸は打たれた。
大事なモノを何度も失った人にしか、それでも歩みを止めない人だけにしか浮かべれないだろう表情。
彼女が浮かべたのは、そういう類の表情だった。


「悪くは超無かったですよ。『アイテム』としての活動は」

「そうか」

「ええ」

「ありがとさん」


軽い感謝を口にした浜面の唇には笑みが張り付いている。
目的は達成した、と彼は考える。
絹旗からは十分すぎるほどの収穫があった。ならば、後は動き出すだけだ。
元々ゆっくりと腰を押しつかせる暇は持て余していない。

大体、絹旗の愚痴とかに付き合っている間に相当な時間を消費してしまった。この後も予定は埋まっている
のだ。明確な時間制限がある訳ではないが、余裕を持って行動しておいた方が無難だろう。
次の行動が決まった浜面は座席から立ち上がった。
その行動に絹旗が慌てたように、


「こらっ浜面! 超どこにいこうとしてるんですか話はまだ終わっていないんです!」


さっきの質問にはどんな意図が、そもそも誤魔化しですよねこれ!?
と、騒ぎ始めた絹旗は今にも掴みかかってきそうで、浜面は面倒な顔になった。原因は自分にあるのだが、
せっかくやる気が十二分になったのに水を差されたくないのだがと困る。
結局、


「ちょっと予定があるから続きは今度で頼むわ!」


イイ笑顔で言い切った浜面はスタートダッシュ。完全逃げ切り姿勢だった。
どうやら全部を有耶無耶にしてしまうつもりらしい。

634 :終わり[saga ]:2011/02/02(水) 23:17:49.38 ID:QhGnC4hO0


絹旗もそれに気付きはしたが。

今日で何度目だお前は、というぐらいの突拍子もない行動に、もちろんのこと対応できるはずもない絹旗から驚きの叫びが上がった。
それも直ぐに怒りの咆哮に変わったかと思えば、荒々しく座席から立ち上がる音が視聴室に響く。

そんなモロモロの気配を背中越しに察した浜面は、もう視聴室の出入り口手前。

逃げ足だけは天下一品の持ち主は、一度も脇目振らず絹旗からグングンと距離を離しながら映画館を脱出に成功。
背後から超ぶん殴るっ! と背筋が震えるような怒号が届いたが幻聴であって欲しいと祈りつつ、
尚も駆ける脚を休ませる事無くダッシュで走り続けた。




……まずは駅にまでこのまま突っ走ろう。

学園都市の地区は一つ一つが大幅な面積である。学生が多く密集する第七学区ですら徒歩で見渡すのは辛いほどだ。
浜面が目指しているのは同じ第七学区ではあるものの、全く反対側の場所。


「――『不可能』か。最高の言葉だな」


現在の時刻は、おやつの時間より少し手前。
十分時間には間に合うだろう。その先どういう風な展開が巻き起こるかは浜面にも予測できなかったが。


駅に着いた彼は切符を購入し、乗り込んでいく。
行き先は第七学区の孤児院などが密集した珍しい地域だった。


果たして彼は何をそこでしようというのか?

635 ◆DFnPsilTxI[saga ]:2011/02/02(水) 23:23:40.64 ID:QhGnC4hO0
また一週間以上も投下日から開いてやがるのに絶望。
昔のペースは果たしてどこに溶けていったのか、と涙で枕を濡らしつつ今日の投下は終了で。

相変わらずまたーりペースですが次回もお付き合い頂けましたら嬉しいですのっ。
レス感謝、すっげー励みになってます。

じゃあこの辺でまた近い内に。ではではー
636VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 00:47:54.94 ID:6zOUeGHBo

まったりでも続いてくれるのがありがたいよー 
 
 
 
 
644VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[sage]:2011/03/26(土) 12:28:39.69 ID:pio99Ixz0
保守だにゃー
645VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]:2011/03/27(日) 01:28:58.17 ID:pYrsdqpO0
こないな
646VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[sage]:2011/03/27(日) 17:07:40.52 ID:NvtHmInm0
超保守ですね
648VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[sage]:2011/04/15(金) 18:25:40.58 ID:O+u9Xaem0
とりあえず>>1の安否だけでも確認したいな。 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿