2013年8月3日土曜日

10031号の、ささやかな望み

2VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 03:23:51.10 ID:QJzJFNXt0
太陽の輝きが鳴りを潜め、橙から紫、そしてどす暗い青へと空の色が変化する頃。
月が顔を出さない宵闇においても、学園都市は自らが光を発して空を照らしていた。科学の城の面目躍如だろう。
遅めの下校をする学生達や早めの退社に笑顔を浮かべる大人達の、騒がしくも活気溢れる内に並ぶ大通り沿いの建造物。


しかし、それはこの街のほんの一つの面でしかない。
数歩横道へ踏み込めば、そこはスキルアウトと呼ばれる集団達のホームグラウンドだ。
夜ともなれば尚更のこと、理由があるか余程の物好き、同類でもなければ足を踏み入れる事は殆どない。
警備ロボットもいるにはいるが、通報や多少の警備行為はしてくれども今まさに振りかぶられた暴力をその場で止めてくれるに至る存在でもない。それに集団の大半は、警備の死角を掻い潜り潜伏している。

誰もが足を遠ざけたがる空間がそこにはあった。



その一角、人の気配が全くしない裏通りの静寂を裂いたのは小柄な人影だった。 
3VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 03:31:32.87 ID:QJzJFNXt0

「……はっ、はっ」


少女が必死に走っている。
パタパタとコンクリートを叩く足音と、激しくも規則的な息遣いが裏路地の壁に反響する。
肩口で切り揃えられたセミロングの茶髪が汗を吸って重そうにもたなびく。
常盤台指定の制服が風を受けて翻り、スカートから覗くしなやかな脚が跳ねる。彼女は打ち捨てられていたダストボックスを飛び越えながら、煩わしそうに目元のゴーグルを額へとやった。



「はぁっ……、はあっ――――っぐ……」


暫く後に全力疾走を続けたツケがきたのか、胃酸が口元にのぼってきたらしい。
口元に手をやって、こみ上げてきた酸味の強い液体を無理やり飲み込む。
舌の上で、少し混じった鉄の味を感じた少女は一時的な身体の限界を察したのか。
素早い動作でビルとビルの間の横道に身を滑り込ませた。それでも肩や脚の筋肉はは未だ緊張に強張り、腕では華奢な見た目に似合わぬ短機関銃の各部を確認することに余念が無い。
銃と最小限の器具を収納していた抱鞄は、デッドウェイトと判断し打ち捨ててしまってから間もなかった。

少し汗に塗れたゴーグルを目に被せ、ビルの角から最小限の面積を露出させて備え付けのセンサーを作動させる。
どうやら、壊れて使用不能だなんていう間抜けな展開にはならないようだ。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 03:41:52.33 ID:QJzJFNXt0

「――――――、標的確認できず」


一言呟き即座にゴーグルをずらす少女は、標的が各種センサーの動作範囲にいないことを確認してからようやく大きく息をついた。

額に浮かぶ汗を拭う余裕も無さそうな様子で、息を整える為に目を閉じる横顔は幼さを残してはいても整っている。
目蓋に張り付いた前髪が鬱陶しかったらしく、片手で目を擦る仕草は彼女の姿と妙に合ってはいたが、状況とは全く持って合っていない。

今一度後ろを一瞥して、やはりそこに誰もいないことを確認して少女はほんの少しだけ張っていた気を緩めた。
しかし壁に寄りかかる体がズルズルと沈み込み、それを支えんとする脚が小刻みに震えているのを理解して、一目ではわからない程度に眉根を寄せる。


(何とか撒くことはできたのに。このままでは、彼を迎え撃てる最小限の身体能力(スペック)を発揮する所かただ移動を行う事も覚束ないかもしれない……、とミサカは内心で吐き捨てます)


それも已む無い事だった。背後に常に気を配った上での圧倒的格上への逃走戦を続けてきたのである。おまけに最後に標的を撒いた際の運動量は、人目を利用したものだとしても一般生活では到底経験するレベルのものではない。
予想を上回る疲労の蓄積は決して少女だけの落ち度では無かった。
だが少女が迎え撃つ、しかし今はまだ来てほしくない標的は疲労を理由に待ってはくれない。
体を沈めながらもう一度大きく息を吐いて、少女は再び走り出す。影がビルとビルの合間を縫って駆けた。




今回の実験にあたって支給された虎の子が待ち構えている目的地は、もう直ぐそこだ。
標的、彼ならばこれまでの傾向からも恐らく策を弄する事なく『全方位』正面から直撃を受ける事だろう。
それならば、或いは。そう考えながらも足は止まらない。



ビルの扉の内にゴーグルの光が消えるまで、そう長くはかからなかった。
5VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 03:49:31.18 ID:QJzJFNXt0








灰色の壁をしたビルに向かって、一人の少年が歩いている。
数多並ぶビルのただ一つ開いた扉へ向かう彼の表情に笑みは無く、足取りには一切の迷いも感じられない。

少年の端正な目鼻立ちは、眉間に走る皺と細められた双眸もあいまって抜き身の刃のように周囲を威嚇している。
恐ろしいほど白い頭髪にまるで誂えたような同色の肌。一目違えば少女と違えても不思議では無い程の容姿は纏っている服が闇に溶けそうな黒色なだけに、少年の存在は路地裏にて一段と際立っていた。



「…………ハッ」


中へどうぞとばかりに口を開いている扉の前で、少年。一方通行はまるで己を鼓舞しているかのように口の端を歪める。
足跡の道標に知らされるまでも無く少年が待っていた、そして少年を待っている存在は確実に彼をこのビルの中へ誘っていた。
始めからやけに散発的な攻撃しか行ってこず、その後は徹頭徹尾の遁走しかしてなかった少女だったが、その目的がこの場所へ誘い込む事だとさえ知れば納得できるというものだ。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 03:58:20.45 ID:QJzJFNXt0

一方通行の明晰な記憶力によれば、誘い込みと呼ばれる戦法によって自身の打破を目論んだ少女の数は四千五百二十四に上る。
そして、その悉くを彼は正面から打破してきた。よって今回も、踊りましょうと差し伸べられた誘いの手を振り払う理由は、彼には無い。


ならば、彼の選ぶ選択肢ははなから定まっていた。
例え如何なる障害が在ろうとも、それを踏み越えそしてまた一つ上へと昇り詰める。これまでと同じように、これからも同じように、全てを己の糧として、前に進む。
彼が『一方通行』の名を冠する限り後戻りは許されていないのだから。
それこそが。一方通行と少女達が身を委ねる信念と断じて、彼は扉へと一歩進んだ。




ビルが一方通行の姿を飲み込んで、十分程度の後に。
文字通りに廃墟に相応しい外面を闇に晒しているその内から突然に、ブズン、と鈍い音が響く。コンクリートの地面も少し震えたようだった。


ビルの正面を、最新型センサーを満載している筈の警備ロボットが通り過ぎる。
蹴り飛ばされた程度でも警報を鳴らし、情報を送信する仕事熱心な機械。
その無機的なランプの色は、変わらず周囲にこう示していた。『異常無し』。


7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 04:00:49.42 ID:QJzJFNXt0









目標、『一方通行』の能力が運動、熱量に限らずあらゆるベクトルを操作するという能力だという点は、少女も知る所だった。

ならば、同時に彼の表面全ての方向から圧力がかかれば、ベクトルは逃げ道を失うのではないかという仮定の下。
少女が使用したモノが爆発の直前、隣室に充満していたのだ。

イグニス。学園都市内で極秘裏に開発されていた新型の気体爆薬が、今回の実験で少女、ミサカ10029号に与えられた最大の武器である。
完全に密閉された室内を巨大な気化爆弾として全方位から対象物へ爆圧による損害を与え、
加えて即死を回避したとしても酸素を大量に消費しバランスの崩れた空気を一呼吸でも吸えば最後即座に昏倒するという二段構えの策だ。



「――――――標的への直撃を確認」


壁に背を当てた対ショック姿勢を崩し、ミサカ10029号は室内に目を配った。
隣の部屋で大規模な爆発が起きたにしてはこの部屋に大した被害が及んでいないのは、ひとえにこの元々実験場として使われていたビルの機密性と頑丈さの賜物だ。

直接隔てる壁材は勿論のこと隣室に繋がっている一見何の変哲もなく見える扉も、鉛と合金を組み合わせた代物。
ヒビや歪みが入ることも無いそれに、彼女は手をかけようとはしなかった。

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 04:06:59.46 ID:QJzJFNXt0

(室内の酸素濃度の変化を避ける為にも、目標の沈黙を直接確認する事は愚策。従って壁越しに暫く様子を伺う事にします。と、ミサカは計算し――――――っづぅ…………!!)



扉への注意を怠らずに、そろそろと壁へと移動しようとしたミサカ10029号だったが、到達する事は無かった。
向かう先でもある、先の爆発に揺るぎもしていなかった壁が突然弾けるように砕けたからだ。
それと同時に、室内にもかかわらずいきなり吹いた突風が内気を攪拌する。


倒れた体勢から上半身の瓦礫をどかしたミサカ10029号の耳に、声が届いた。
荒れた場に響くにしては、随分と静かな声だった。



「………………気化爆薬の一種か。確かにベクトルってもンは指向性のもンだから、360度全方位包めば逃げるベクトルの行き場は無くなって見えるかもしれねェな」


静かな足音が近づいてくる。塵が目にはいったらしく、視界はぼんやりとして良好とは言い難い。肝心のゴーグルは衝撃でどこかに飛んでいったらしい。
立ち上がって逃げようにも、彼が吹き飛ばした壁の塊が脚を挟んで抜けない。

絶体絶命の状況下で、一方通行の足音がミサカ10029号のまさに目の前で停止する。
なんとか上半身だけ起こした彼女の数歩先には、確かに学園都市最強の名を持つ『一方通行』の姿があった。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 04:15:25.22 ID:QJzJFNXt0

「だが演算さえ追いつけば360度全てのベクトルに対して変換と操作は出来る。……反射もなァ。寧ろ、大量の酸素の消費の方が危ねェか。暫く息を止めるなンて間抜けな面を晒させた分だけテメェはよくやったよ」

「御高説痛み入ります。と、ミサカは淡々と一方通行の説明に対する皮肉を交えた感謝を表します」

「空気、風、みィンな俺に触れてるもンだ。触れたものを解析してベクトルを操作する、それが俺の能力。つまり――――――この手の届く限り空を流れる雲を千切り、凪いでいる風を自在に躍らせる事もできる」


一方通行のその言葉通り、室内の澱んだ空気が顔を撫でて通ったのをミサカ10029号は確かに肌で感じとった。
彼の言葉が文字通りならばまさにそれは無敵に等しい能力と言える。
触れている、という概念に対する拡大解釈は果てしない。一方通行と彼女の間に隔たる壁は、最早強能力と超能力といった区切りで測れるものではない、そう彼女は考えた。

例え自身が彼と同じ超能力の、電撃使い(エレクトロマスター)だったとしても同じ枠内では括れまいと。



達観や諦観にも似た感覚の中でようやく視界が正常に戻ると、そこには見下ろし気味の一方通行がポツリと立っているだけだった。
その背後には、彼が己でぶち抜いたであろう大穴が口を開けている。
落ち着いてみれば、先ほどから引き抜こうとしていた右足から発せられている痛みは尋常なものではない。
薄暗い照明に加えコンクリートの影になっていて患部を直接窺う事は出来ないが、軽症ということはまずあるまい。
彼女がそんな分析を続けているとやがて、鋭い視線もそのままにニコリともせず一方通行は声を上げた。

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 04:19:47.49 ID:QJzJFNXt0

「今回もじつに実入りのある内容だったぜェ、10029号。どうやら俺は世界を――――この手に掴んだらしい」

「おめでとうございます、と声をかけるべきなのでしょうか、とミサカはっ、一方通行に、声を、かけます」

「これ以上逃げるつもりは?」

「ありません。と、ミサカは断言します。仮に万が一貴方が、っ、独りでに転んで頭を打ち、その、場、で無様に気絶したとしてもミサカは、
 観察は出来ても危害を加える、術は持たないでしょう。と、ミサカは恐らく骨まで達している右足の傷の様子を伺いながら答えます」


世界を掴んだにしては冷静な一方通行を相手に、ミサカ10029号も語調だけは似た調子で答える。
実は話をする間ずっとどうにかして足を引き抜けないか試みていたのだが、どうにも無理そうだった。
痛みを堪えて平然を装うにしても限界がある。

ミサカ10029号は軍用クローンだ。
学習装置によって必要な情報を詰め込まれただけの存在ではあるものの、扱われている媒体が人体である以上必然的に生じる反射的、生理的反応は避けようがない。

淡々と語っているように見えてミサカ10029号の額には、汗が浮かんでいた。言葉の節々には不自然さが混じっている。
そしてその話を聞く間、一方通行の表情は一切変わっていない。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 04:26:02.25 ID:QJzJFNXt0

「そォかよ」


答えると同時に、彼の足が跳ね上がる。あまり力みを感じさせないその動きに呼応して、彼女の力ではビクとも動かせなかったコンクリート塊がまるで発泡スチロールか何かのように撥ねながら隣の壁へと突っ込んだ。

果たして、現れた右足は明らかにあらぬ方向へと曲がっている。それだけではなく、折れた骨が肉と皮膚を突き破り露出していた。
典型的な開放性骨折の患部を目の当たりにして尚、二人の表情は揺るがない。

それでも何かを言おうとした少女を遮って、一方通行が口を開く。


「何か、言いてェ事はあるか?」

「…………ありません。と、ミサカは、しばしの、熟考の末に答えます。」

「………………実験の締めだ。殺すぞ、良ィな」


殺すぞと宣言した相手に意思を問う。そんな滑稽な問いを発した一方通行は、この第一〇〇二九次実験が始まった時のまま眉根を寄せた表情を崩さない。
突きつけられた切っ先にも似た眼光が真っ直ぐにミサカ10029号の瞳を射抜いた。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 23:34:47.78 ID:QJzJFNXt0

「ミサカ、は、計画の為に造られた模造品です。作り物の体に、作り物の心。単価にして十八万円の実験動物です、から、プラン通りに、死ぬためにミサカは、ここにいます。と、ミサ、カは何とか平然と、答え、ます」


幾度も目にした馴染み深い瞳を見返し、平然とかけ離れた様子で10029号は一方通行に告げる。
震える声の端にも、徹して態度を変えなかった一方通行が膝を折った。
動かない10029号に跪き手を伸ばす様子は真実に反して、まるで御伽噺に出てくるような救いの手を差し伸べる王子様だ。




「目を瞑れ。痛くはねェ、一瞬で終わる」



10029号は、一方通行から言われるがまま素直に目蓋を閉じた。
それは一方通行の言葉に嘘が無い事を既に『知っていた』からだ。

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/16(土) 23:57:39.20 ID:QJzJFNXt0

やがて額に細い指が数本、優しく添えられる。
熱を帯びていた体にひんやりと心地良い。
いつの間にか、先ほどまで脳の芯を蝕んでいた焼け付くような痛みが無くなっている。


今にして思えば、ネットワーク内で共有される情報の中にも。
一方通行が表情を変えた事は一度たりとも無かった気がする。10029号は瞑目した闇の中で、ふとそんなことを考えた。
実験開始、実験中、実験後、脳裏を駆け巡るあらゆる一方通行の表情は常に少しだけ眉間に皺を寄せた仏頂面だ。
それ以外の表情を、自分達は見たことがない。自分自身の表情の変化を見たことが無いのと同じように。


そういえば。
ただ一度だけ、彼が表情を歪めているのを見た記憶があった。
いや、歪めていたわけではない。彼の顔から、彼の何かが軋んでいるのを感じただけだ。
あれは確か、第一次実




それを最期にミサカ10029号の思考は永遠に停止した。
いつも通りに、一方通行の表情を見ることは終ぞ無かった。

22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 00:05:29.45 ID:kFidVDyl0









瓦礫のベッドの上、ミサカ10029号だったものはまるで眠ったような表情で横たわっていた。
斜め前に、一方通行がそれを見下ろしながら佇んでいる。俯き気味の表情は窺えない。
二分、三分と静かな空間で時が過ぎていく。一方通行も、彼女も、身じろぎもせず音を上げることもない。


やがて一方通行は携帯電話付属の時計から時間を確かめ、緩慢な動きで目の前のミサカ10029号を抱えあげた。
お世辞にも運ぶに足るだけの力を持ったとは言えそうもない細腕でいやに軽々と。

二本の脚の膝裏にまとめて通された左腕に、血の雫がこぼれる。一瞥すれど構うことなく一方通行は立ち上がった。




爆発の跡も生々しい空間を通り過ぎ、遮る扉を蹴り開ける。
コツンコツンと床材に響く足音だけが彼らの空間を支配していた。
廊下は、もう表情を変えることは無いミサカ10029号と、能面のように表情を変えない一方通行の二人だけの空間となっていたが。
それは、正面方向からもう一つの足音が響き始める事で破られることとなった。



「そこまでで結構です、後はこのミサカが引き取りましょう。と、ミサカはシャツとズボンの一部が血に濡れてしまっている一方通行に配慮し声をかけます」

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 00:18:27.39 ID:kFidVDyl0

対面したのは、一方通行が腕に抱えている姿と顔、髪、装いに至るまで完全に瓜二つの少女だった。
発せられている声すらも全く同一だ。目を閉じて聞けば、10029号と呼ばれた少女が甦ったものかと錯覚する程に。
しかしそんなことはありえないと理解している一方通行は、その出現に微塵の動揺も見せず新しく現れた少女に相対した。


「あァ、頼ンだ」


伸ばされた両腕からそこに抱えられた10029号を受け取ったそっくりな少女は、それを床に置いた上で手に持っていたスポーツバッグのファスナーを開く。

「申し訳ありません、予定していた時刻に到着できなかったのは今回の実験によって発生した振動に対応しようとしていた休日状態のアンチスキルに対する対応に加え、
 諸事情があった為でした。と、ミサカは一方通行に対して弁明します」

「そォか」


口を動かしながらもよどみなく働く少女の両手は、あっという間に一方通行に抱えられていた彼女を黙々とスポーツバッグへと詰め込む。
10029号の姿はあれよあれよと言う間に足から身体、顔、髪の毛へと順に隠れていく。ファスナーが全て閉じられれば、外見上は部活帰りの中学生にしか見えない。
手早くスポーツバッグへの梱包作業を済ませ、肩にかけると少女は速やかに立ち上がった。その対応は、まるで物を運ぶ時のそれである。

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 21:45:30.50 ID:kFidVDyl0

「残っている血痕に関しては後でこちらが清掃にあたります。これにて第一〇〇二九次実験を終了します。と、ミサカは粛々と宣言します」

「…………次は誰だ。オマエか?」

「――――――当ミサカの製造番号は10031です。従って次の実験ではなく、次の次の実験時にミサカが貴方のお相手を務めます、一方通行。と、ミサカは研修を兼ねた回収任務であることをアピールしながら答えます」

はきはき答える10031号と名乗った少女を、一方通行は無感動に見やった。
彼女の製造番号はイコール一方通行がこれまでに出会ってきた少女の数になる。
それだけ同じ顔を見続けていれば、対象への興味が薄くなっても不思議ではないだろう。
それでも、彼の視線には有象無象を見やるものには無い何かが含まれている。

心中を測らせぬまま、一方通行が言った。

「そォか。呼び止めて悪かったな」

「いえ、問題ありません。では、と、ミサカは一方通行に対して一声かけて帰還することにします」

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 21:49:09.92 ID:kFidVDyl0

儀礼的ではあるものの少女が一方通行に一礼する。

だが、少女は己の発言に反してその場から一歩も動こうとしない。

特別何かをしようとする風でもなく、それにしてはやけに落ち着きのない様子で立ち尽くす少女。
少女のそんな様子が、実はかなり珍しいものなのだと一方通行は知っていた。その知識が、彼に声をかけさせる。


「…………なンだ?」


今回、一方通行が気分を害しているという事実は存在しない。
しかし彼の発言に込められた感情を形容しようとするなら、『苛立たしげな声』となってしまうのは万人が万人認める所であろう。
鋭い目付きと眉間に寄せられたシワがそれを助長する。

「…………いえ、何でもありません、とミサカは言います。それでは失礼します一方通行、とミサカはこの場を後にします」

ふいと視線を外してしまった少女がバッグを肩に抱えて足早に去っていく。
その背中を見送った一方通行は、目を閉じたまま暫く動かない。
握られていた左手が一度開かれ、何かを掴むように握り締められ、そしてまた開かれる間。ずっと、一方通行は瞑目したままだった。


32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 21:50:56.05 ID:kFidVDyl0
ちょいと注意書きというか言い忘れてました
このSS少し場面を戻したりして話を進める事があるので注意してくださいな
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 21:54:43.44 ID:kFidVDyl0














上条当麻は、大層困惑していた。
それは彼の口から言わせれば全く無理の無い話で、彼の知り合い、とは言っても記憶を失う前の知り合いらしいのだが、
まあそんな子に絡まれていたらまたも知らない人物が登場し、更にはその二人の雰囲気がなんだかいまいち芳しくない! 長い! といった主張である。
見れば確かに彼の元来の知り合い、学園都市第三位『超電磁砲』の御坂美琴のしかめっ面からは苦々しい方面の感情しか感じ取ることが出来ない。
そしてその後ろに、足と腕を上下でそれぞれ組み上半身のみ捻って斜め後ろを睨み付けている御坂美琴と、目鼻立ち背格好の全てが瓜二つの少女が直立不動の姿勢で佇んでいる。
唯一とも言える違いは、片方の額に装着されたゴーグルだけだった。

完全にお揃いのブラウスにプリーツスカート、ベージュのセーターに挟まれた格好のワイシャツズボンは、せめて場の空気を和らげんという一心で口を開くが、


「えーっと……、じゃあ御坂二号改め妹ちゃんはどうしたのさ? 門限破りそうな姉ちゃんを迎えにでもきたのか?」

「お姉様の門限はまだまだ先でしょうし、その門限とミサカの門限とも言える外出予定時間にはなんら関連がありません、
 とミサカはいかにも軽薄そうな口調で話しかけてきたトゲトゲ頭に答えます」

「……………………」

「…………えーっと」


そのささやかな努力は一切合財報われることがなかった。

学生が所有するにはやけに大仰なゴーグルに加え、中身も少なそうで軽そうなスポーツバッグ装備の御坂妹からは、見方によってはまるで羽虫を見ているような感情の伴わない視線を。
先ほどまでジュース片手に、それなりの雑談によるコミュニケーションが成立していた筈の御坂姉からは、無言の圧力を。

上条当麻は思った。
どうやら世の中には、仲の良い兄弟姉妹だけではないらしい、と。

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 21:59:26.66 ID:kFidVDyl0

「ひとまず、ミサカがそこにいるお姉様のいる場所へとミサカの意思で訪れた事は否定しません、とミサカは説明します」


それにしても、このキャラ作りは一体なんなんだろうか。
妹である以上御坂何某という名を持っている筈だが、頑なにミサカという一人称と不可思議な語尾を欠かさぬ辺り内に秘めたる狂気を感ずる。
と、上条さんは言ってみようとして寒気がしたのでやっぱりやめます。

喋り方から察するに、しっかりしてそうでちゃっかり過激な姉に比べて、妹は中々の不思議ちゃんなんだなあ。
しかし考えてみれば、中学生だ。中学生、中学二年生、静まれ俺の右手。なるほど、そういう事か。



といった思考をなぞり、そういえばそんな時期かも、と上条当麻が裁定を下すまで現実時間ではそれほど間を要さなかった。
胡散臭さ溢れる物知り顔に加えて目に見えて視線が生暖かくなった彼は、努めて理解者たろうという宗教の勧誘の人みたいな声色で話し始めた。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 22:05:53.17 ID:kFidVDyl0

「うん、まあ上条さんにもそんな時期はもしかしたらありましたよ?
 っていうか今でも右手には不幸不幸不幸の濃縮還元120%の精が宿ってる俺が言っても説得力あるんだか無いんだか」

「? 何だコイツ真性か、とミサカは考えつつ感想を表に出さぬよう一層の努力を要します。
 次いで、つい先程発見した黒煙を噴く自販機と二人が持つ大量のジュースの缶の因果関係を考察し、真性は真性でも真性の犯罪者であったかとスッキリ納得しました」

「いや納得しないで!? 上条さんはこれでも自販機に2000円飲み込まれたれっきとした被害者で、缶ジュースフィーバー事件の主犯格はこっち。お姉様のほう」

「なるほど、2000円を飲み込まれた腹いせにお姉様と共謀し凶行に走ったという話ですね、とミサカは物知り顔で納得して見せます」

「いやいやいやいや」

「しかし2000円を飲み込まれたという事は千円札を二回投入し、二度共返ってこなかったわけですね、とミサカは推測します。
 従って、一度目でおかしいと気付けなかったのですか、とミサカは学習能力の無い容疑者を嘲りの眼差しで見つめます」

「いくらなんでも補修補修また補修の補修地獄の常連の上条さんだって、そこまで馬鹿じゃありませんことよ!? 光り輝く漱石様を二回も投げ捨てたりはしないってかできないし!」

「…………まさか100円玉を二十回投入したのですか、とミサカは嘲りから哀れみへと感情のシフトを禁じえません」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 22:15:52.98 ID:kFidVDyl0

「あーもう揃って同じネタ引っ張るたーやっぱり姉妹だなお前ら! 二千円札! にせんえん! 
 上条さんの凍えそうな程寒い懐を更に冷え込ませる源氏物語を丸ごと飲み込まれたんだっつってんだよ!」


今一度現実を突きつけられて涙を滲ませる上条当麻だったが、それに対する反応がいまいち芳しくない。
別にお涙頂戴しようと考えてたわけではなかったが、それまで変な口調なりに流暢かつ即座に切り返していた御坂妹の発言が唐突に途切れると違和感も覚えようというものだ。
あれ? と改めて視線を向ければぽかんと小さく口を開いている御坂妹が。
何か変な事でも言ったかな。上条当麻がそんな考えを巡らそうとしたところで、彼女は心底不思議そうに首を傾げて、言った。


「にせんえんさつとはなんですか、自前で製造した偽札ですか、とミサカは通貨偽造罪の疑いも加えます」

「……へ? 二千円札ですよ、二千円札。紫式部と沖縄の城が書いてあるお札。知らねーかな、ひょっとしてこれが今噂のジェネレーションギャップひいてはゆとり

教育の弊害ってやつか?」


自分が旧世代の人間なような気がしてきて、上条当麻は少しばかり落ち込んだ。
対する御坂妹は視線を軽く落とし口に手を当てた。所謂考える仕草を見せた後に落ち込む彼に向きなおる。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 22:26:19.78 ID:kFidVDyl0
「いえ、恐らくはミサカの所持する情報に無いだけで実際には存在するのでしょう、とミサカは判断します」

「まあ実際に飲まれちまったわけだしな。それにしてもやっぱり今時の中学生の中には知らない人もいるんだな、二千円札」

「他は知りませんが、ミサカに関して言えば必要な情報ではないとして与えられなかったのでしょう、
 しかし依然として窃盗の容疑は健在のままですが、とミサカは改めて問いただします」



なんだかよくわからん単語は無視できるにしても、見に覚えのあるような無いような窃盗容疑は視無かった事にはできない。
このまま話していても埒が明かないどころか窮地に陥る一方だと気付いた上条当麻は、とりあえず無言を貫き通しているお姉ちゃんに助けを求めることにした。
なんだか怒っているようにも戸惑っているようにも見え、
発するオーラが周囲に帯電しているようにも見える――――本当にしているかもしれない彼女に声をかけるのは少し躊躇われたが、背に腹は代えられない。


「俺の清く正しい洗練潔白なお天道様に顔向けできる今後の生活の為にも、とりあえず妹ちゃんに説明してくれない?」

「既に潔く認めぬ厚顔無恥さでお姉様に助けを求めるあなたの性格は、十分に理解しているつもりですが、なにか、とミサカは追い討ちをかけます」

「…………これだぜ?」

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 22:40:40.80 ID:kFidVDyl0


心底困ってしまって、ワンワンワワンと鳴きだすのも吝かでは無くなってきた心境の上条当麻だったが当のお姉様、御坂美琴は難しい顔を崩さない。
再び訪れる三つ巴の沈黙。彼が鳴きだす寸前、これまで沈黙を守ってきた御坂美琴が先んじて口を開く。



「…………なんで、こんな所ブラブラしてるの?」


やけに迫力の込められた声だった。声色に重い軽いがあるならば、間違いなく重量級だ。
その言葉は暫く行動を共にした上条当麻に向けられたとは考え辛い。しかし、余波ともいえるその重みを彼は十二分に感じ取っていた。
直接言われたわけではない彼ですらこれである、面と向かって正面から受けた御坂妹の感じる重圧は如何ほどのものか。
しかし、当の本人はその発言に乗った重圧をまるで意に介さぬ様子だ。



「何故かと問われれば、研修中ですので、とミサカは質問に対し簡潔に答えます」

「………………けん、しゅうね」


やけに作業的にも聞こえる声だった。声色に厚い薄いがあるならば、業界最薄更新は間違いない。
まさに姉妹対照的だ。感情の機微をほとんど感じさせない、場合によっては無機的にも聞こえる声色だけは御坂美琴のそれとそっくりだというのに。
視線の根元、瞳を伺ってもぼんやりと世界全体に焦点を向けているような彼女の眼差しは、さながら世界をただただ映し返しているガラス玉だ。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 22:57:23.65 ID:kFidVDyl0


それはそうと再び黙り込んでしまった御坂美琴を見て、上条当麻はひとまずなんとか場を繋ごうとしたのだろう。
多少のぎこちなさを残しつつ、本人からしてもどうでも良いであろうネタに話題を振った。


「研修? っていうと、やっぱり風紀委員かなんか? 妹ちゃんも凄いんだな」

「……符丁の照合を行うまでもなく、一般人のようですね、とミサカは判断します」

「??? 一般人、っつーかまあ二人みたいな常盤台レベルの学園に通ってるエリートに比べられちゃ上条さんも吹けば飛ぶような一般人? かもしれないけどさ。
 でも研修って何すんの? やっぱキツい? それとも楽しい? やめたくなったりとか」

「楽しい楽しくない、苦しい苦しくないは判断の基準になり得ません、とミサカは発言します。
 研修の内容は機密事項ですのでお教えすることは出来ませんが、ミサカは研修がしたいから行っている訳ではなく、あくまで必要だから行っているに過ぎません、
 とミサカは答えうる範囲内でお答えしました」


あくまで必要だ、義務だを強調する御坂妹に上条当麻は顔をしかめた。
なんだかんだ言っても、彼はやりたい事はやってしまうタイプの人間だ。
それが面倒を呼び込むことはあれど、間違っていたとは思っていない。
そんな彼から見て、御坂妹はどうにも稀有な存在に映ったようだった。
勿論ヤりたいがままにその辺の女に絡むスキルアウト共のようになられても困るが、それにしても今の彼女はちょっと人生勿体無い。そう感じたようである。

まあ思春期だし色々あるだろう。そんな風にと考えようとしたが、どうにも彼のお節介心を擽ったらしかった。

40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 22:59:14.59 ID:kFidVDyl0

「それはそれでどうよ。さっき言った事と矛盾すっけど、それなりに好き勝手したくなったりはしないか?」

「好き勝手……? する必要が特に感じられませんが、とミサカは答えます」


する必要が無い。
何の意味がある。
所詮云々かんぬんだ。
こんな言葉をやたら使いたがる症例を、上条当麻は一つだけ知っていた。
彼の視線の生暖かさは加速した。


「…………重症だなー。もっとこう、健全な趣味とかあったりしないわけ? まあ、男同士だとこの辺わかりやすいんだけどな。興味あることとか」

「興味がある事、ですか…………?」

「おう。まあ上条さん達と話は合うかわからないけどさー、なんかその辺色々? 若いうちしか出来ないこと? とか? あるんじゃないかなーって思ったり思わなかったり思ったりするわけですよ」

「――――――興味と呼称すべきかはわかりませんが、気になるものは存在します、とミサカは判断に窮する質問に対しなんとか回答します」


これまでとは少し違った様子で考え込んでいた御坂妹の様子を見て、上条当麻はなにやら得心したようだった。
ベンチに置かれていた缶の内の一つへ無造作に手を伸ばす。
右手に掴んだそれをよく見てみれば、カツサンドドリンク。キャベツとソースの味がするとでもいうのか。走る戦慄の中で内心呟く。不幸だ。

41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 23:23:26.04 ID:kFidVDyl0


「それなら――――――」


御坂妹の声に呼応して、突然何かを言おうとした御坂美琴の声を遮る形で上条当麻がベンチから立ち上がった。
彼は御坂妹と同じ目線の高さで、妙に爽やかなスマイルを浮かべて口を開く。



「そっか。なら妹ちゃん位の年頃ならもっとやりたいことやっとかないとな。風紀委員とかもやりたい事の一つかもしんないけど、他にも色々とさ。
 お姉ちゃんに会いに来たのに御免な? さて、邪魔者はそろそろ退散しますよっと」


気になる、というとやはり態々研修中に会いに来た所からも御坂美琴の事だろう、ここは家族水入らずにしてやりますか。
気を利かせたつもりの上条当麻の言葉に、御坂妹は気持ち呆然、御坂美琴ですら変な物を見るような目を向ける。

あまりの気性の違いに二人が全くの別人に思えてきていた上条当麻だったが、こうして見れば、やはり完全に双子だった。
ゴーグルの有り無しによる違いが無ければ街中で見かけても判別できないだろう。

「――――あー、そうね。うん、ありがと。お気遣い感謝するわ。ほんと、うん」


少し前の生意気。ついさっきの迫力。そのどちらとも違う投げやりな、それでいて優しい笑み。
上条当麻の直感が告げていた。コイツは、こんな顔をするようなキャラじゃ無かったと。こんなしおらしさは偽者に違いない、とも。
しかし偽者の可能性が最も高い存在、と言ったら怒られるかもしれないが御坂妹は目の前にいるし、三つ子の線も薄いだろうから目の前の御坂美琴は本物だ。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 23:38:36.31 ID:kFidVDyl0

「な、なんだよ急に変な言い方しやがって。ま、いいか。んじゃまたな? 妹ちゃんの方も次は名前教えろよー」


クールに去るぜという心算があっという間に崩れた上条当麻。しかし今更どうしようもない、右手の缶ジュース(?)を掲げてベンチ越しの二人に背を向けて


「………………うん、ありがと」

「さようなら、とミサカはひとまず空気を読んで別れの挨拶を繰り出します」



その背に一種二色の声がかけられる。
やっぱり、そっくりだ。そんな事を思いながら、上条当麻は走り出した。
家には腹ペコの珍獣が待っている、お土産といえば手に持つカツサンドドリンク一つ。


(本物のカツサンドでも怪しいのに、こんなんじゃ…………誤魔化せりゃしないんだろうなー)


くううと心で涙しつつ彼は足を止めない。


息を切らさないくらいに暫く走っていると、視界の隅に今さっきまで並んでいたのと同じ顔が映ったような気がした。
少し足を緩めてその辺りに目を走らせても、らしき影は見当たらない。

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/17(日) 23:41:15.59 ID:kFidVDyl0

(…………本当に三つ子?)

そんな馬鹿な。
浮かぶ疑念を即座に切り捨てて、これまで以上の勢いで走り出す。よくよく考えなくても、彼に時間の余裕はあまりない。


改め、思い返す。今日出会ったそっくりの二人。恐らく双子。
一方は感情的で、もう一方は理性的。そんな姉妹との邂逅を反芻し、上条当麻は思わず呟く。

「複雑な……、」

しみじみと。

「……。ご家庭、なのかなあ?」


夕日が、やけに眩しかった。

44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/18(月) 00:01:04.87 ID:IPbz7GnJ0







「あれはお姉様の知り合いですか、とミサカはずっと抱いていた疑問をぶつけてみます」

「そう、ね。知り合いか。まあ嫌なやつかもしれないけど、悪い奴じゃないわ。良い奴ね、なんだかんだいって」

「そうですか? と、ミサカは問い返します。加えて、未だ窃盗の容疑は晴れていないという事実をお姉様に突きつけます」

「あれは私がぶっぱなしたのよ。あいつは電撃なんて使わないし」


上条当麻が走り去って行った先、今では誰もいない場所に目を向ける御坂美琴は何か大事なものを見るような目をしていた。
それを不思議そうな目で見つめる御坂妹。彼女の目にも、御坂美琴にとって先程の少年は、
有象無象に対するそれではなく何かしら特別且つ固有の感情を抱く程度の相手である、それ位の事は理解できていた。

しかし御坂妹、検体番号10031号には理解は出来ても共感することはできなかった。
それでも、先程の少年。上条当麻が言っていた『興味がある事』とやらにはほんの少し、ほんの少しだけ頭ではない何かが反応を示した。
思考のノイズである。そう断じてこの思考を打ち切る気には不思議となれない。
なんだか奇妙な感覚だ。それでも、どこかで感じた事があるかもしれない。ともすれば、この個体ではない個体からの感覚共有によるものだろうか。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/18(月) 00:10:11.02 ID:IPbz7GnJ0


「まだ実験、続いてるのね」

「はい、とミサカは肯定の言葉を返します」


即座に答えを返した10031号に、御坂美琴は唇を噛む。実験が未だに続いていると事実が意味すること。それは――――――


「まだアンタらは殺され続けてる。そういうことよね」

「それが実験の目的ですから、とミサカは――――」

「あんな大規模な実験そう簡単に終わらせるわけが無い、そういうことか…………」


御坂美琴は10031号の発言を最後まで聞かずに言った。
どちらかといえば誰かに聞かせる、というより自分自身に言い聞かせる側面が強い言葉だった。

彼女自身、どこかで予測していた答えだ。
そうでなければ、このまま何も無かったことになって平和なハッピーエンドで幕を閉じる、そんな未来であれば良い。

しかし、世界がそんなに優しくはない事を少女は既に知っている。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/18(月) 00:18:45.59 ID:IPbz7GnJ0


「…………それでアンタは研修中。……一体何してんのかしら?」

「一部のカリキュラムを除けば研修に決まった形式はありません、とミサカは言います。特に今回は研修も兼ねて向かわなければいけない場所もありますが……
 具体的な内容に関しては機密事項です、とミサカは話を打ち切ります」

「そ」


つまらなそうに答えた御坂美琴が黙り込む。
ベンチに座り10031号に背を向けるオリジナルの姿を、クローンがただぼんやり眺めている。


「…………お姉様、ミサカは行かねばならない場所を思い出しましたのでこれで失礼します、とミサカは告げます」

「どうせロクな所じゃ無いんでしょうね」


御坂美琴は、ぴょんと跳ねるようにベンチから立ち上がった。


「一本くらい持ってきなさいよ、このジュース」

「ミサカには窃盗の片棒を担ぐ気など更々無い事を改めてこの場で宣言s」

「良いから」


ぐいと御坂美琴から押し付けられた缶は、うめ粥(非常時栄養補給食品)。
親切ではなく、これは何かの嫌がらせなのではないかと10031号は比較的真剣に疑った。

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/18(月) 00:34:40.27 ID:IPbz7GnJ0


「アンタにも、興味のある事なんてあったんだ」


ぽつりと呟く声が空気に溶ける。


「何に興味があるわけ?」


尋ねられた10031号は、表情そのままに視線を落とした。
口を閉ざしたまま、開かれる気配が無い事に痺れを切らした御坂美琴が催促しようとする前に、回答が与えられた。


「――――――黙秘します」


あまりに想定外な答えだったのか、御坂美琴の口はぽかんと開かれっぱなしになった。
10031号はそれ以上喋ろうとしない。
同じ顔の並ぶ睨めっこ。カラスが、夕空をカァカァ鳴きながら飛んでいく。


「――――あは、なによそれ。また機密事項ってやつ?」


突如噴出した御坂美琴に、心なしか眉をひそめて10031号が言葉を返した。


「黙秘します、とミサカは大した理由も無く何故か口を噤みます」
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/18(月) 01:02:16.67 ID:IPbz7GnJ0

「自分で言ってんじゃない、大した理由も無いってどういうことよ!」


御坂美琴は何がおかしいのか笑い続けている。
なんだか不愉快な気がするような気がすると判断できる、気がする。そんな顔を隠しもせずに突っ立っている10031号を見て御坂美琴が笑い続ける。


「アンタも、笑ったりしないわけ?」

「笑われてはいますが、とミサカはなんだか釈然としません」

「あーおかしい」


ひとしきり笑った御坂美琴は目尻に浮かんだ涙を拭って、10031号に背を向けた。
向けたまま、御坂美琴が空に向けて言葉を発する。





「――――――諦めないわ」

49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/18(月) 01:14:12.70 ID:IPbz7GnJ0


「お姉様?」

怪訝そうに呼ぶ10031号を無視するように、続ける。

「私、諦めないから」

何度目かの沈黙だったが、漂う空気はギスギスとしていない。
却って柔らかさを感じさせる雰囲気に、10031号は戸惑った。


「用事、あるんでしょ? 行きなさいよ」

いつの間にか、夕日に赤く染まっていた空も青紫色に変わっていた。
公園や道路沿いの街灯にも光が入り始めている。

「……では失礼します、とミサカは頭を下げて走り出します」


言葉どおりの足音が遠ざかるのを背中で聞いて、御坂美琴は夕日が沈んだ辺りを眺めた。
横から、ゆっくりと飛行船が飛んでいく。側面の巨大スクリーンには、明日の天気も快晴だと映し出されていた。

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/18(月) 01:56:18.35 ID:IPbz7GnJ0


「研究所を壊すだけじゃ、止まりそうにないか」


よく考えれば、当然の事だ。この実験の為に建造した研究所なんて殆ど無いに違いない。
ならば、別の研究所で機材を代用するなど造作も無いことだろう。
そうすると、研究所を攻めるのは愚策とも言えた。

なら、代替可能なものではなく――――――代替不可能なものを破壊するしかない。
破壊といっても概念であって、実際にものを壊さなくても構わないのだ。


御坂美琴は、この実験においての代替不可能要素を挙げていく。

一方通行、量産型能力者、約20000通りの戦闘環境とそれを支えるツリーダイアグラムが弾き出した予言。

一方通行に超電磁砲が勝てないのは、既知の事実だ。量産型能力者の排除は本末転倒にも程がある。
ならば、残る選択肢は


「実験の根本のひとつ…………、設計図の方を何とかしちゃうしか無い、かな?」


手に入れた資料が正しいなら実験は、ツリーダイアグラムを用いた再演算によって幾度かの微修正を受けているらしい。

御坂美琴の手から、パリパリと音を立てて電流が走る。

ツリーダイアグラム関連施設は、これまで自分が侵入した研究所に比べても警備レベルが段違いな事くらい予想できる。
これまでのようにそこそこ上手く立ち回れる目処も、万が一の時の無事の保障も無い。
それでも、それしか方法が無いなら。
彼女の瞳が、決意の光を放った。

56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 00:48:24.56 ID:NwLmVFrY0




―――


街中で偶然、本当に偶然会った私に本当にそっくりな女の子。
変な学生とかから色々前置きがあった上で、現れてしまった私の『クローン』。


「お姉様がお姉様だったとは、もっとお姉様らしい人がお姉様だと思っていましたお姉様、とミサカはお姉様に暴露します」

「……なに言ってんのかわからないわよ」



軍用クローンだなんて聞いていたけど、実際に話してみればそんな大層なものだとはとても思えなかった。
ただ世界の何もかもに目を向けているし、言動はちょっとばかりおかしいし、ちょっとどころじゃなく皮肉屋だし。
その上、この子は何も知らない。


「一般的な統計上、それほど人気が高くは無いチョコミント味のアイスクリームですが、この爽やかに抜けるミントのフレーバーにチョコレートの甘さも丁度良く、
 中々素晴らしい逸品に仕上がっている、とミサカは初めて食べるアイスクリームを分析してみます」

「あ、私の分残しときなさいよね……。ああ、そっちのも一口貰うわよ」

「はいどうぞ、とミサカは親切を装いつつ嫌々差し出します」

「私のぶん一口であんだけガッポリ食っといてよく言うわね!!」


57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 00:51:52.66 ID:NwLmVFrY0



私は一人っ子だったからわからないけど。
もしも、私に妹がいたならばこんな感じなのかなって考える。
素直でも可愛くも無いけれど、もし妹がいたならば。きっとこんな感じなのかな。



「どうせ私も食事まだだったから丁度良いわ。ファミレスにでも入るわよ」

「なるほど、必然と偶然を織り交ぜつつ説得力を増そうとする勧誘方法ですね、とミサカも見習おうと記憶しておきます」

「……意味わかんない事言ってないでさっさとついてきなさい」

「照れ隠しも兼ねることができるとは中々ハイレベルな話術なようですね、とミサカは感服しました」

「いいからさっさとくる!」




楽しかった。
この子と過ごした時間は、とても楽しいものだった。
むっつりした無表情は通して変わらなかったけれど、私にとってはそれさえ新鮮なものだ。
黒子達と過ごすひと時とはまた違った楽しさ。
それを感じながら、この子にとってもそうであれば良いなと思った。



「昨今のファミリーレストランのハイレベル化も行き着くところまで行きましたね、とミサカは考察します。
 しかしサンドイッチやオムライスの卵等には店舗のスタッフごとにかなりの腕の差が見られ当たり外れも大きそうですね、とミサカは打ち込まれただけの薀蓄を垂れます」

「素直にありがとうとか言えないのかしら、まだ行った事無いとか言うから連れてきてあげたのに」

「しかしこのドリンクバーというシステムのコストパフォーマンスには目を見張るものがある、とミサカは抹茶ラテを一口いただきながらあづっッッ!」

「あーもう、泡で油断してそのまま飲むから」


58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 01:10:05.32 ID:NwLmVFrY0


このまま一緒にいても、この子を作り出した糞野郎共には会えない。そう判って別れる時。
ちょっとした事から、缶バッジをこの子にあげることになった。
私の好きなキャラクターのプリントされた、何でもない缶バッジを。



「わかったわよ! そのバッジはあげるわよ、プレゼントで良いわよ!」

「プレゼントとは、ただものを譲る行為と何が違うのですか?」

「ん……その人の事を考えて、その人の為に贈る物かなぁ」

「……お姉様は、ミサカの事を考えミサカの為にこれをくれたのですね、とミサカは子供っぽいバッジを見つめながら確認します」

「素直にありがたがれないわけ!? もう。…………、他の人から何か貰ったりは、しないの?」

「…………もしかしたら、貰っているのかもしれません、とミサカはそうであれば良いと考えながら答えました」




付けてあげた時の不思議そうな顔が忘れられない。
お子様センスだとか言われて少しムカついたけど、やはりそれすらも新鮮に感じていた。



「それ、大事にしなさいよ!」

「わかりました――――――、さようなら、お姉様」




さようならという言葉が、やけに耳に残っていた。
また会えるじゃないと思った。また会いたいとも思っていたし、これからも会いたいと考えていた。
だからこそ、衝撃と共に絶望を感じた。



「――――――絶対能力、進化実験……っ!?」



59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 01:20:08.65 ID:NwLmVFrY0






「そりゃァ…………?」

「……これは、お姉様がミサカにプレゼントしてくれたものです、とミサカは質問を予測し答えます」

「おねェ……。オリジナル、超電磁砲の事か」

「その通りです、とミサカは頷きます。続けて、態々このバッジを避けて攻撃をしてきた貴方に対して感謝の言葉を述べました」

「…………知らねェな、珍しいもン付けてるから不思議に思っただけだ。実験も仕舞い、殺すぞ。良ィな」

「何――――――、何やってんのよッッッ!!!」



実験開始予定地から痕跡とあの子の発する僅かな電磁波をたよりにたどり着いた場所で、男があの子の近くに立っていた。
周囲の砂利やレールが、何故か何箇所も大雑把に抉り取られた操車場。
細かい傷を幾つも負ったあの子を見て、私の頭は怒りで真っ白になる。




「無駄だ。最初の計算で弾き出されたのは185手での超電磁砲の敗北、……それも過去の話だァ。141手、それが新たにあンの糞予報士の弾き出した結論らしい。オマエは、俺には勝てねェ」

「やって、みなくちゃ……、やってみなくちゃわかんないでしょ!!」


60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 01:27:13.30 ID:NwLmVFrY0


レールガンも効かない、電撃も逸らされる。
砂鉄も、電磁波も、何もかもが通用しない。
超能力者だ、レベル5だ、学園都市第三位だなんだとちやほやされて知らずの内に抱いていた優越感が崩壊する。


「血が上ってちゃ、できるもンもできねェな。落ち着けよ超電磁砲」

「最強だか絶対だかなんだか知らないけど、なんだってそんなもん求めんのよ! アンタもう十分すぎるくらい強いんでしょ!?」

「…………無敵になる為だ」

「だからッッ!!」

「俺はこいつらの死を持って、無敵になる。後九千四百三十二回残る実験を、少しでも早く無敵になって少しでも早く終わらせる」





そいつと話しても何の意味も無く、
あの子から返ってくるのも望んだ答えじゃない。



「いいえお姉様、ミサカは今この場、絶対能力進化実験において彼、一方通行に殺害される為にここにいます」

「そんな理由の為に死ぬの? そんな理由で死んでも良いっての!?」

「はい、ミサカはその為に死ぬでしょう、とミサカは答えます」


61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 01:37:50.71 ID:NwLmVFrY0



理解も出来ない。
共感も出来ない。
でもどうしようもない出来ない。
かといって諦めることも出来っこない。
そんな私をあざ笑うように
飛び掛かった私をいとも簡単に弾き飛ばしたソイツがあの子に近付く。




「…………殺すぞ、良ィな」

「下さい、とミサカは貴方を肯定します」

「ね、え。やめ、なさいよねえっ、ッ、ちょっと」

「お姉様。…………下さったバッジ、ありがとうございました」

「瞑れ」

「やめっ――――――」







バッジなんて、どうだっていい。あんな大量生産品、欲しければいくらだってあげられる。
それなのに、あんな事を言ってた癖何故か顔を歪めるソイツが手を伸ばすのを、あの子は素直に瞳を閉じて受け入れた。

それはまるで、接吻を待つ乙女のような姿だった。

糸が切れたみたいに倒れそうになる体を、一方通行の手が支える。
なんで、あんな風に殺される事ができるの? どうして、そんな顔で殺すことができるの?
疑問を、怒りが塗りつぶす。




「――――――あ、ァあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァッ!!!!!」

「……寝てろ。次来たときは、容赦しねェぞ」




世界が闇に落ちる。


62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 02:10:34.23 ID:NwLmVFrY0






気がついた時、私は列車の傍で仰向けに寝転がっていた。
空には星が光っている。
体を起こしても、9982号の姿も一方通行の姿も無い。
本当に、何も無い。




「……、……っ」



夢かもしれないって思った。夢なんだと思い込もうとした。
だけど、抉られた地面や今私がここにいるという現実がその幻想を打ち砕く。
夢なんかじゃないって事は最初からわかっていた。
あの子は今日ここで殺されて、これまでもあの子は殺されていて、これからもあの子は殺され続ける。






「……う、ふぅ……っぐ……」





私からあの子が生まれたっていうなら、それはつまりあの子は私の『妹』だ。

妹が死ぬのを止めない姉なんている? そんなのいない。いるわけがない。

ネコを助けると、この私の背を踏んだ事も。

アイスクリームを、私の分まで一人で食べやがった事も。

缶バッジを付けてあげた時の顔も。

棒読みでありがとうと言った声も。

全部覚えてるから、全部忘れないから。…………それにまだ、笑った顔を見てないから。








「……ぐ、ぅぅぅ……ふぇ……ぅぐ、……っ! ……っく、……ふぅ、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」








――――――『あの子達』は絶対に死なせないと。そう、心に決めた。




72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/20(水) 19:35:41.98 ID:d+GYoDnw0











「――――――――夢、かァ……?」



まどろみの中で、何か妙な夢を見た気がする。
思い出せないが、妙だったことだけ覚えている。自分の物ながらなんて都合の良い頭だろう。

覚えているか覚えていないかのデジタルならば面倒が少なくて済むなと少し考え、自ら打ち消した。
どんなにデジタル的な思考を持って機械のように判断を行っても、感情を排したとしても、人間は人間だ。
道具にも人形にも、機械にもなりきれない。神が作ろうとも人が作ろうとも同様に。



実験の翌日はいつもこうだ。枕もとの携帯端末を手に取りに新着のメッセージが無い事を確認して、そのまま放り投げる。
昨日の夜も中々寝付けなかった。それが今日の寝坊へと繋がったらしい。
記憶が確かなら、今日の日付にするべきことは存在しない。


73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/20(水) 19:39:01.67 ID:d+GYoDnw0


天井に手をかざしてみる。

昨日この手に掴んだ感覚は、泡沫のものでは無かったらしい。
腕を伸ばせば、手が空気を掴み取る。これは確実に進化だった。己で定めた己の殻を打ち破るあの感覚。これが一体後何度あるものかはわからないが、俺は着実に階段をのぼっている。
ボフと気の抜けた音を立てて腕が布団に着地した。
前回の実験計画見直し申請は確か保留されていたが、どうやらもう一度あの研究者共の所へ行く必要がありそうだった。


窓のガラス越しの日光が網膜を射した。昼前の太陽は、元気元気にも輝いている。
光量の調整、ベクトルの変換を半ば無意識に行い、ぼんやりと揺れる視線でただ天井を見つめながら、






―――――――――――――四一次、意識外及び同一方面よりの多ベクトル攻撃


第〇六二四二次から第〇六四五三次、音響、光学等の特殊武装を用いた攻撃


第〇六四五四次から第〇七六八一次、各種武装と能力を用いた三回目の一対多戦闘実験区間


第〇七六八二次から、実験場を第一九学区の廃棄工場へと移しての擬似野外戦闘


第○八――――――――――――






数多の実験を反芻して思う。

俺は無敵へと近付いている。その筈だ。
実験前の自分が目の前に現れれば、五百手以内に屠れる自信がある。
しかし、まだ無敵ではない。昨日の延長として、世界中の風を操り滅びの歌を奏でた所でそれを無敵とは言わない。

74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/20(水) 19:45:46.99 ID:d+GYoDnw0


まだ、何か壁を突破しなければならない。
まだ、無敵の片鱗すらつかめていない。

ただ歩くように、息をするように人を殺せれば無敵なのか。
そうじゃない。いくら人を殺せた所で無敵にはなれない。
存在そのものがが戦いを行わせない存在。天使か悪魔か、そんな陳腐ものしか思い浮かばない。



予報士を信じるなら、『一方通行』はあと九千三百八十四回の実験で絶対能力へと到達する。
ならば、自分に出来ることは一つだけしかない。
ほんの僅かにでも、早く無敵になることだけ。



だが、これまで己の為と散々手を血に染めてきた自分が。
己の為に[ピーーー]と言ったこの口から、己の為に生きろなどと、どの面下げて切り出せるというのか?
19414人の屍を踏み越えた先へと、たった586人をこの汚れた手で導くと?


それにもし、仮にそう言ったとして奴等はどうする。
下らぬ同情と切り捨てるのか、ただそれに従うのか、それとも――――――――



「………………はァ」



やけに感傷的になっている自分に気付く。
今自分に出来ることが一つなら、ただそれをやりきって、それから考えれば良い。
……今はただ、それで良い。その――――筈だ。


そう自分に言い聞かせて、たいして高価でもないベッドから上半身を起こす。
同時に、腹が空腹を訴える音が鳴る。
無敵はどうだか知らないが、最強は食べなくては動けない。
まずは腹ごしらえだ、適当に外に出て、どこか店にでも入ろう。
そう決めて、軋むベッドから降りることにした。



76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 19:54:04.33 ID:d+GYoDnw0










学園都市の残暑は暑かった。
最高気温30℃を超える陽光を浴びつつ、学生達は残りわずかな夏休みを謳歌している。
とはいえ屋外にいる者はおしなべて身を焼く陽射しから逃れる術はない。
日傘を差している者がぽつぽつといはしても、焼け付くような暑さを完全に防いでいるとは言いがたかった。

そんな中、熱を吸収するため夏季は避けられる筈の黒いシャツを着て、涼しげに街を闊歩する姿が一つ。一方通行である。
時計は、現在の時刻を正午と告げていた。
真上から降り注ぐ太陽の頑張りも、一方通行には関係ないらしい。
能力を用いた熱や紫外線の反射によって彼本人が体感する温度は快適そのものだ。
汗の一滴もかかずに歩く彼はさながら別世界の住人だった。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 19:56:18.59 ID:d+GYoDnw0


一方通行が金に困っているということは一切ない。
今でこそ絶対能力進化実験にかなりの時間を割かれているが、それでも時折舞い込む実験に付き合えば適当な額の金銭は手に入る。

なによりそれ程金を使うような趣味も無い彼の貯金の額は、学生のそれとしては天文学的だ。
事実一方通行がモノの値段に気を使ったことは殆どないと言ってもよかった。


そんな高額所得者でありつつ、別に食にも頓着しない一方通行は鳴る腹を押さえながら街を少し歩いて――――見知った顔とばっちり視線が合った。


知り合いも碌におらず友人に至るとまるでいない一方通行の、知人も何も、10029回以上顔を合わせているのと同じ顔だ。

即座に視線を外して再び店探しに周囲を見渡し始めた彼の様子を、視線を外された知人、10031号は声をかけるかかけないかと悩みながら眺めている。

ともすればそのまま去ってしまいかねない、というより果たしてそのまま去ってしまうだろう一方通行の後ろ姿。
あても無く伸ばされかけた腕を下ろし、その場に立ちつくそうとした矢先。彼女の脳裏を御坂美琴と一緒にいた、少年に言われた事がよぎる。

10031号は少しの間躊躇していたが、すぐにはじかれる様に後を追った。


78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 19:59:34.02 ID:d+GYoDnw0

「一方的に気付いたのならばともかく、双方向で相手の存在に気付いたにも関わらず声をかけないあまつさえ視線をあからさまに逸らすとは何事ですか、とミサカは鼻息も荒く声をかけます」

「………………」

「それにしても本日はお日柄も良く、と称したい程快晴な正午ですが、
 このお日柄も良くとは天候に関してではなく大安、友引などをはじめとする六曜の内で縁起が良いとされる日を指す語です、とミサカは発言します」

「………………」

「そんな猛暑日たる今日ですが、貴方は黒い格好のわりにあまり暑そうではありませんねミサカはスカート姿なので風が通って涼しいですが貴方のように長ズボンだと汗疹が出来てしまうかもしれませんねとミサカは自分の胸部付近には出来そうにもない汗疹の話を」

「なァ」


横合いから顔を出し、声をかけ続けるもどんどん会話の内容も速さも支離滅裂になっていく10031号。
その暴走は一方通行の呼びかけで止まりはしたものの、まくし立てたせいで顔に血が上り始めていた10031号は口元に手を当て軽く咳き込む。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 20:04:00.69 ID:d+GYoDnw0




「な、なんでしょうか一方通行、とミサカは取り繕うように答えました」

「なンでこンなとこほっつき歩いてンだ」


10031号は、やっとかけられた言葉が何の変哲もない物だったことに拍子抜けしつつも言葉を返す。


「研修中です、とミサカは端的に答えます。今は昼時ですし、どこかしらで空腹を紛らわそうと良さげな店舗を物色していました、とミサカは付け加えます」


聞く一方通行の表情は変わらない。つり上がった眦のせいでキツい印象を与える双眸からも、特別な色は伺えなかった。


「そォか」


軽く頷き、聞くだけ聞いた一方通行がその場を離れようとした。
反射的に10031号の右手が一方通行の肩に伸び、そして触れようとした瞬間にその手は大きくはじかれる。

一目では分からぬ程度、10031号の目に驚きの色が混じった。
ベクトル操作で編まれた反射の鎧によって、彼女が触れようとした事にすら一方通行は気付いていない。
一歩一歩離れていく彼の背を見て、彼女は痺れる手を気にせず一方通行の正面に回りこんだ。


「…………まだミサカの話は終わっていません、とミサカは一方通行に対して直訴します」

「……まだ、なンかあるってのか?」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/20(水) 20:10:45.15 ID:d+GYoDnw0


半眼で告げる一方通行に向かって10031号が勢い良く口を開き、……そしてそのまま口から声は出てこない。漏れるのは息だけだ。

一方通行はそんな様を少しの間だけ観賞でもするようにじっと見ていた。が、いつまでたっても何も言おうとはしない彼女に痺れを切らし、再び脇からすり抜けようとする。


場面を焼きなおすように、10031号が一方通行の行く手をさえぎって前に立った。


「昼食は」


今度は、10031号の口から意味のある声が発せられた。
一度区切ると、一息に言い切る。


「昼食はもうとりましたか、とミサカは貴方に確認を取ります」

「……朝飯もまだだ」


話は早いとばかりに10031号が続けた。


「それなら、丁度良くミサカもまだ昼食を食べていないのでどこかで食事をしましょう、とミサカは持ちかけてみます」

「……………………自分で勝手に食」

「それなら、丁度良くミサカもまだ昼食を食べていないのでどこかで食事をしましょう、とミサカは持ちかけてみます」


上から被せて繰り返される言葉に、一方通行が押し黙った。
見つめ合う二人。


「それなら、丁度良くミサカもまだ昼食を食べていないのでどこかで食事をしましょう、とミサカは持ちかけてみます」



92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/22(金) 00:47:51.57 ID:yqzRUIqG0






「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「二名です、とミサカは指を立てて答えます」

「……かしこまりました、ご案内いたします」


場所の少し離れたファミリーレストラン。
ポケットに指を突っ込んだ黒いシャツの少年と、常盤台の夏服を一式揃えた少女。一方通行と10031号は並んで店員の案内を受けていた。


ここに来るまでに、

付いて来て下さいってオマエどこに連れてく気だ、知っている場所がありますとミサカは、まだ着かねェのか、どこかに飛んでいったかもしれません、どこの能力者の仕業だ、きっと絶対能力者か何かでしょうとミサカは、

といったやり取りがあったものの、何とか到着した二人である。


片方が制服姿、もう片方もどう見ても成人には見えなかった為か何も聞かれずに案内された先は禁煙席だった。
二人が四人席に向かい合って座ると、店員が笑顔で声をかける。


「ご注文がお決まりになりましたらそちらのボタンでお呼び下さい。ごゆっくりどうぞ」


決まり文句と氷水の入ったコップを残して、店員がいなくなる。
昼の混みやすい時間にしては、空いた席があったのは幸運といえた。

だが周囲の客達の雑談の声に囲まれたこの一角だけは、沈んだように沈黙が守られている。
なんだか、異様な雰囲気だった。

93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/22(金) 00:53:02.66 ID:yqzRUIqG0


「どうぞ、とミサカは一方通行にメニューを渡します」

「……ン」


メニューを渡され、パラパラと捲り始める一方通行の事を10031号はぼんやりと観察していた。
最初の内はメニューに一通り目を通していた一方通行だったが、やがて向けられている視線に気付く。

顔を上げた一方通行と、10031号の目と目が合った。さりげなくスッと目線を降ろした彼女の目に映ったのは、渡されたまま閉じられているメニュー。
こりゃ誤魔化せん、10031号は内心呟いた。


「貴方は何を頼むか決まりましたか、とミサカは疑問を呈します」

「………………」

「念の為言っておくと、ミサカが注文するのはビーフシチューオムライスと既に決まっています、とミサカは最初に釘を刺しておきます」

「………………」

「人間の顔というものは構造上正面を向けば自然と視線も正面を向くように出来ているため、偶然合ってしまった視線に他意はありません、とミサカはなんとか貴方を誤魔化します」

「………………」

「何かいえばどうですか、とミサカは貴方を急かします」

「…………一つ聞くが」

「はい、なんでしょう、とミサカは質問を待ち構える体制にはいりました」


吐いた言葉通り、尻の場所を正して背筋を伸ばした10031号に対して、一方通行から


「たまにいるンだが……、研修だかなンだか知らねェけど俺なンかとこんな無駄に時間過ごしてても回るもンのか?」


眉を寄せながら無感動に繰り出された問い。
返事は、すぐには返らなかった。
三白眼を向けられた彼女の虚ろな瞳は見開かれ、口は一文字に結ばれている。

94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/22(金) 00:57:04.24 ID:yqzRUIqG0


10031号は困惑していた。

一方通行の発言に対してではない。発言に受けた自分の反応に対して。
胸が痛む。何かを即座に言おうとしたのに、その何かが自分にはわからない。なら何故、何かを言おうとしたのだろう。

こんな痛みは、前にも経験があった気がする。でも、いつだかは思い出せない。
たかだか数ヶ月分の記憶しか所有していない筈の自分が、一体いつそんな経験を?

整理は付かずとも、何かを言わねばと口を無理やりに開いた彼女の、


「それは――――――――」



「あーくそ折角補修が急に振り替えになったから家でのんびりしようと思ってたのに……」

「そんな事言ったって、ご飯がないんじゃしょうがないじゃない!」

「俺がいない間のぶん位はあっただろ! あぁぁもう上条さんの財布の中身はマッハですよ……、懐が寒いぜパトラッシュ……」


10031号の発言は、思わぬ形で途切れてしまう。

95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/22(金) 01:05:41.24 ID:yqzRUIqG0


入り口の扉に取り付けられたベルが鳴るのと一緒に、騒がしい声が響く。

座る向きの関係で10031号が視線を少しずらせば、レジ付近に入ってきた二人組が目に入った。
トゲトゲ頭の少年と、その胸辺りに蠢く白い布。それより下は仕切りが壁になっていて見る事ができない。
声からすれば、女の子のようではあるが。


「申し訳ありません、ただいま満席となっておりまして……。こちらにお名前をお書きになってお待ちいただけますか?」

「…………とーうーまー」

「ま、マジかよ……参ったな。――――――あっ」


心底困りましたと全身で表現する少年、上条当麻と10031号の視線がバッチリ合った。
上条当麻のあんまり灰色とも言えない脳細胞がフル回転する。この間およそ1秒。


「すいません、ちょっと知り合いがいるかもしれないかも知れないと思うかもしれないので良いですか?」

「あっ、とうま置いてかないで!」

96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/22(金) 01:08:57.55 ID:yqzRUIqG0


店員を置き去りに足早に近づいてくる上条当麻。それに少し遅れて布の塊が追従する。
仕切りが途切れてみれば、明らかに日本人離れした銀髪を被り物から流れ出させているシスター服の少女が現れた。インデックスさんでゲソ。

救世主を見るような目をしている彼を、常のぼんやりした焦点のつかみにくい瞳で迎える10031号。


「妹ちゃん昨日ぶり! それとごめんいきなりで悪いんだけど、ちょっと相席さ……せて…………」


上条当麻が頭を掻きながら言っていた台詞は、尻切れトンボで宙に消える。
『上目遣い』という名の強烈な『睨み付ける』を放つ一方通行と目が合ったからだ。
どうやらあちらからも、仕切りのせいで一方通行が見えていなかったらしい。


「あ、ありゃ? ひょっとして、デート中、だったり、じゃなかったり」

「今から一緒に食事を取るつもりではありますが、デートという単語は適切ではありません、ミサカと彼は交際状態にはありませんから、とミサカは親切に教えます」


恥かしがる素振りも見せず否定した10031号。上条当麻はそれを聞いて、少し調子を取り戻したようだった。


「そ、そうか? てっきり邪魔しちゃったかと……」

「むっ、また新しく知らない女の子見つけてきたのとうま! いくらなんでも節操なさすぎなんだよ!」

「ぎゃああ! ちょっとインデックスさん街中で噛み付きはやめてくださいませんかっ!」


インデックスが上条当麻のトゲトゲ頭にがぶがぶと噛み付く姿に、珍獣を見たような顔で一方通行は固まっていた。
甘噛みにしては随分とデンジャラスな光景に、脳内を飛び交う疑問が思わず口から飛び出てしまう。

「……なンだコイツら」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/22(金) 01:14:58.48 ID:yqzRUIqG0


「さあ。ミサカに容疑者の知り合いはいませんが、とミサカはひとまず挨拶代わりにとぼけて見せます」

「もっとこんにちはとかお元気そうですねとかそういう普通なのが上条さん的には欲しかったな!? あととぼけるとか自分で言ってるし!」


しれっと言い放つ10031号に反応したのは、頭にシスターくっつけっぱなしな上条当麻である。

彼の、まだ引っ張りやがるかあのネタを、と歯噛みする姿を胡散臭そうに眺めた一方通行は、与えられたスカスカの情報の中から重要そうな単語だけを抜き出して考えようとした。
考えようとして、面倒臭くなった。


「容疑者だァ……? 面倒臭ェ、ンなのジャッジメントかアンチスキルでも呼びゃァ――――」

「だぁぁ! 俺は無実だ! 不幸だ! 紫式部だ!」


机の上の端末に手を伸ばしかける一方通行の腕を阻んで、上条当麻の右手が先んじて端末を押さえる。
彼の、説明してくれ! との切実な念の込められた視線を向けられた10031号と言えばどう見ても冷め切ったような目で彼の無様を笑っていた。ように上条当麻には見えた。ような気がした。

「とうまーかじかじかじかじかじ」

「ぎゃああああああ!! 痛い痛いインデックスさん痛い痛い痛い」

とうとう腹減りが、彼女の強いとは言えない忍耐力の限界を突破したらしい。
インデックスは上条当麻の頭部に本格的なバイティングを開始した。
叫ぶ上条当麻。飛び散る血飛沫。阿鼻叫喚とはこの事である。

その惨劇は、騒ぎに店の奥から現れた店員が、


「あの、お客様。他のお客様の迷惑になりますのでもう少し静かに………………」


と青筋を立てつつ注意しに来るまで暫く続く。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/22(金) 01:25:11.08 ID:yqzRUIqG0




やわらかく、しかし念を入れて店員から注意を受けた四人は先ほどより慎ましやかな声で会話を続けていた。


「インデックスは何食べるか決まったか?」


容疑者等という不名誉通り越して犯罪的な呼称に対する誤解を、なんとか解消させた上条当麻、
及びその同伴者インデックスはなし崩し的に10031号一方通行の二人と相席することになったのである。

その場の流れで一方通行の隣に座った上条当麻が、その向かいでメニューをいつになく鋭い目で睨むインデックスに問うた。横にはぼんやりと正面付近に視線を彷徨わせる10031号が。
一方通行は案外おとなしく、片肘をつきながら上条当麻との間に置かれたメニューに視線を注いでいる。


「ううん…………、お肉も食べたいけどスパゲッティも食べたいしサンドイッチも魅力的でハンバーガーも捨てがたい。全部頼んでも良いかな、とうま!」

「いけません! そんなことしたら上条さんちの家計は真っ赤を超え火の車すら超越し紅蓮の炎に燃え上がっちまう!」


そんなにたのむなんてとんでもない! わなわなと震える上条当麻を恨めしげにねめつけたインデックスが、再びメニューと睨めっこの体勢に入る。
むむむ、とかうぐぐ、とかうぬぬ、とかぐぬぬ、とか多様な擬声を発信し続ける彼女と違い、まあ当たり前だがメニューは身じろぎ一つしない。なにがむむむだ。


「うううううう、人生は決断の連続なんだよ…………」


上条当麻は、まだ暫くかかりそうかと頭をかいてから、相席している二人を順に見やった。
一人は肘をついて斜めからメニューを、もう一人は唸るシスターに占拠されているそれを覗き込むように見ていた。その二人がほぼ同時に彼を見る。


「あ、妹ちゃんとお兄さんはもう決まってる?」

105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:24:47.71 ID:gmKqYB5v0



「はい、とミサカは答えます」

「一応な」


気を使って訊ねた内容に対して、端的に結論だけを述べた解答が揃って返ってきた。
種類こそ異なるが、二人とも揃って無愛想を極めたような反応である。

少し圧倒されつつ上条当麻は思った。この二人はお似合いなのかもしれない。少なくとも、一緒にご飯を食べにくる程度には。


「ごめんもうちょっとだけ待ってもらっても良いかな?」

「うーん、うーん、うーん…………」

「ミサカは構いませんが、とミサカはこれは貸し一つになるのだろうかと考えます」


魘されるみたいに唸る姿がちょっぴりかわいそうに思えてきた上条当麻。
彼が内心で、まあ二つ位は頼ませてやろうかなぁ、なんて考えた矢先。鼻を鳴らした一方通行が手を動かした。


「ンどくせェ、好きなだけ頼ませちまえ。呼ぶぞ」

「ご注文お決まりでしたらどうぞ」

「え、ち、ちょっと!」



備え付けのボタンが押され店内にチャイムが鳴り響くやいなや、疾風の如き進軍にて店員が参上する。
と言うのも、たまたま手の空いていた店員が近くを歩いていただけだ。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:28:14.32 ID:gmKqYB5v0


「ビーフリブロースステーキ和風オニオンとライス。…………」


店員の来襲から間髪入れず、一人先に注文を済ませた一方通行の、メニューから正面に向けられた視線。
その意味に目ざとく気付き、10031号が自分の注文を述べた。


「ミサカはビーフシチューオムライスを注文します、とミサカは店員さんに向かって注文しました……」

「え、えーと……、じゃあ俺はタンドリーチキンとメキシカンピラフってのを」


一方通行に倣ってか10031号から上条当麻へ向けられた視線に、彼は予め定まっていた注文を思わず零した。

流れるように注文を終えた三人、残る一人は最早獣のような唸り声をあげはじめている。
それを、10031号は分析するような目で、上条当麻は呆れつつも優しそうな目で見つめる。そして少し、ほんの少しだけ眉間の皺が緩んだようにも見える一方通行が


「ガキ、残さねェ程度に適当に頼め」


未だに唸り続けるインデックスに、ぶっきらぼうに声をかけた。
すると表情も一転、瞳を星屑のようにキラキラと輝かせ始める食いしん坊が一人。
対して、一方通行の発言の内容を吟味した上条当麻の顔色が青くなる。


「ほんと!? じゃあずわい蟹のアメリカンソーススパゲッティとクラブハウスサンドとプレミアムハンバーグデミグラスソースとオニオングラタンスープが食べたいかも!」


捲くし立てられた注文の奔流に店員の笑顔が気持ち強張る。
それでも何とか聞き取っていたらしく、端末の上で指が踊るように動いていた。
対して、メニューに目を走らせて料理名の傍に書いてある値段全てを足して計算してみた上条当麻の顔色が青白くなる。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:31:51.73 ID:gmKqYB5v0


「どうせなのでセットとして、皆でつまめるフライドポテトも注文したほうがオトクですね、とミサカは教訓を生かし提案します」

「うーん、じゃあクールビューティーの言う通りにしようかな」


確かにメニュー一つを300円で頼むより、セットで500円の方がお得だが結局出費はかさむのだ。
くーるびゅーてぃー? と聞き返した10031号に、なんかそんな感じだったから、と言葉を返すインデックス。
対して、上条当麻の顔面は最早ブルーレイである。


「あ、ドリンクバーも人数分お願いします、とミサカは付け加えて注文します」

「付け加えるんだよ!」


机に貼り付けてあるシートをトントンと示した10031号に、笑顔でインデックスは答えた。
一通りの注文は終わったと見たらしく、店員は端末を見ながらマニュアル通りに注文の確認を行う。

以上でよろしいでしょうか、と締めくくられた声に、一方通行が無愛想にあァとだけ返した。


「それではドリンクバーのグラスはあちらにございますのでご自由にどうぞ」

「あっ、あっあっ――――――」

正直な所、全然全体全部全く全てにおいてよろしくない上条当麻が我に返って止める暇もなく、店員は機敏な動作で去っていった。
空しく伸ばされた手から力が失われ、上条当麻の首はカクンと落ちる。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:33:17.18 ID:gmKqYB5v0


「ぅぅぅ、上条さんの今月の家計はどうしよう……トホホ」

「とうま過ぎた事をぐじぐじうるさいんだよ」

「ごめんなさいね、インデックス。でも、上条さんの発言権さんがログアウトしてない?」


うるさいんだよ、と言いながらもニコニコと100万ボルトの笑顔でインデックスが口端を吊り上げている。
ごめんなさいね、と言いながらもヒクヒクと100ボルト位の笑顔で上条当麻は乾いた笑い声を上げている。


「……はぁ、しょうがないから飲み物でも取ってきますか」

「あ、私も行く! ジュース何飲もうかなぁ」


暫く干乾びた笑いを響かせて気持ちを切り替えたのか、通路側に座っていた上条当麻が腰を上げた。続いて、同じく通路側にいたインデックスもそれに倣う。


「ではミサカも抹茶ラテを取りに行きましょう、とミサカは腰を上げます」


言葉を実行に移そうとした10031号を上条当麻は手で制して、眉を上げながら笑った。


「あ、席貸して貰ってるんだし俺が汲んでくるって。妹ちゃんは抹茶ラテな。お兄さんは?」


109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:34:40.40 ID:gmKqYB5v0


突然、慣れない呼び名で声をかけられた一方通行は片方の眉をピクリと動かした。
視線が緩慢に上条当麻を向く。
お兄さんは? と聞いた姿勢のまま動かない上条当麻。それを見つめたまま微動だにしない一方通行。

上条当麻の額に汗が浮かび始めた頃、不意にボソリと、


「…………コーヒー」

一方通行が呟く。
謎の緊迫感から解放された上条当麻が、大げさな身振りで通路へと出た。


「よしきた、行くぞインデックスー」

「よしきた、行くよとうまー」


歩く上条当麻の後ろを、これまたひょこひょこ歩くインデックス。
子連れの親鴨に見えなくもない二人の背中に首を向けながら、一方通行は視線だけを10031号に向けた。


「アイツら、関係者か?」

「いいえ、無関係者です、とミサカは断言します」


だったら何の知り合いだ、と考えなくも無かったが、それきり彼は口を噤んだ。
これ以上は俺には関係の無い話だと、そう判断したからだ。

視線を戻せば、遠めに見ても判る位に騒ぎながら飲み物をコップに注ぐ二人の姿。
何故か酷く心がざわついた。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:44:01.92 ID:gmKqYB5v0



そんな彼の内心を知ってか知らずか、10031号は相変わらず一方通行を漫然と見ていた。
賑やかなコンビが席を離れると、さっきまで何処かへ逃げていた沈黙が戻ってくる。
10031号の様子は前と同じだが、一方通行は異なっていた。視線は正面の10031号ではなく昼食の乱入者二人に向けられている。

その目は、10031号がこれまで見たことのない色を宿したものだった。
これまで自分が向けられた視線。一方通行が自分を見つめる瞳には無かった光が、すぐ目の前でゆらゆらと揺れている。

そのまま自分を見ないだろうか。
10031号の頭の片隅で、そんな考えがふと浮かんだ。

ほんの僅かではあったが、10031号の眉が顰められる。同時にも少し細くなっていた。



飲み物係の二人が一人二つずつ、コップを持って自分たちの方に向き直る頃、一方通行が10031号の変化に気付いた。
双方向となった視線は、何故か、10031号がすぐに逸らしてしまった事で終わりを告げる。
不可思議な反応に首をかしげる一方通行。


「どォした?」

「いえなんでもありません、とミサカはシラを切ります」


「お待たせー、お兄さんのコーヒーね。砂糖とかミルクはわかんなかったから一応持ってきたけど、使う派?」

「……いや、無くて良い」

「はーいクールビューティーの抹茶ラテだよ! ホットで良いんだよね?」

「ええ、クーラーの効いた室内で暖かいものを飲むのは格別な贅沢ですから、とミサカは独自の哲学を披露します」


問いかけは、戻ってきた二人によって流れてしまう。
10031号の対応に不自然な箇所は見受けられない。
釈然としないながらも、一方通行はこの事について考えることをやめることにした。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:48:11.43 ID:gmKqYB5v0



それにしても、やかましい連中と一緒になったもんだ。


一方通行はそのように思った。

氷とドリンクの入ったコップをストローで攪拌しながら、矢継ぎ早に喋り続けるシスター服。
それを宥めながらも、自分も乗っかって話すトゲトゲ頭の学生。


なんてやかましい連中だろう。

一方通行はもう一度そのように思った。
それでも、不思議と不快には感じてはいない。何だか妙な気分だった。


ファミリーレストランに入った事自体は初めてでもなんでもない。
しかしこんな風に誰かと食事をした記憶なんて無かった。

ひょっとすると初めての経験かもしれない。
屈託無く笑う誰かが傍にいることは。

それはもしかすると、自分がいつか欲しかったものなのかも――――――



「…………にしてもこのジンジャーエールやけに濃いな。水足りなかったのか?」

「泡の下が熱いんです、泡の下が、ふふ、わかります? とミサカは渾身のどや顔を披露します。どや」

「ジャパニーズグリーンティーって苦いと思ってたけど、案外そうでもないのかも」



少年が自分に持ってきたコーヒーを一口飲む。飲んで彼は気が付いた、これはアメリカンだ。

一方通行はアメリカンコーヒーがそれ程好きではなかった。嫌いとは言わないが好きではない、位だろうか。薄い味が、なんだか安っぽさを感じさせる気がしたからだ。
だが、横でジンジャーエールを飲む少年に向かって文句を言う気分にはならなかった。理由は知れなかったが、とにかくそういう気分だったのだ。


二口目に口を付けた一方通行を、10031号は視線だけでそっと伺っていた。


112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 19:58:23.66 ID:gmKqYB5v0


「あの量を完食してしまうとは見事です、胃の許容量に対する疑念を禁じ得ません、とミサカは舌を巻きます」

「ふふん、わたしにとってはあんなの朝飯前なんだよ」

「本当に朝飯昼飯晩飯とあんなに食われてたら、見事なんて感想とてもじゃないけど出ないぞ。切実過ぎて」


それぞれの食事をたいらげきった四人が、幾度かドリンクのおかわりを取りに行く程度には時間が過ぎていた。
いかにも満腹、といった至福の表情を浮かべるインデックスを見る上条当麻の目は非難がましくも柔らかい。


「とうまがなんでか死にそうな顔してるから、食後のデザートは我慢しといてあげようかな」

「お前我慢しなかったらまだ食うつもりだったのかよ…………」


もちのろんだよ! と無い胸を張るインデックス。上条当麻がなんともいえない顔をする。
そして彼は何杯目かわからない飲み物の残りをグイと一息に飲みきって、


「俺ちょっとトイレ行ってくる」


水分を摂りすぎたせいかトイレが近くなったらしい。
いそいそと通路を歩く上条当麻と自分のグラスを見比べて、同じようにインデックスも立ち上がった。


「わたしはまた飲み物取ってこようかな。クールビューティー達は何かほしいのある?」

「ミサカはまだアップルジュースが残っていますから、と感謝しながらお断りします」

「俺もいらねェ」

「そう? じゃあ行ってくるんだよ」


インデックスは小走りにドリンクコーナーへ向かった。
それを見て、


「ふン」


一方通行が鼻息をもらす。
それだけ聞くと嘲りにも思えるが、その実彼の心中は違っていた。






「貴方は――――――――――」

113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 20:08:02.56 ID:gmKqYB5v0



横から聞こえた10031号の言葉に、顔を向ける。

いつも通りに感情の機微を感じさせない顔がある、そんな一方通行の予想は裏切られた。
彼女の、10031号の顔には、イラつきや不満と形容できるような感情の片鱗が浮かんでいたのである。
と、言えども10030人の彼女達と付き合い続けてきた一方通行だからこそ拾える程度のものだったが。


「――――ミサカには向けたことの無い表情を、彼らには向けるのですね」


10031号は、何か明確な返事を求めてこんなことを言った訳ではない。
これはただの感想で、誰かに態々、しかもその本人に対して伝えるようなものでもない。
しかし、彼女には衝動とでも言うべき何かを抑えることができなかった。
ただ言いたかった、それだけだった。



それは本当に、10031号が抱いたただの単純な感想だったが。
一方通行の耳には違って聞こえたようだった。
そして問いにもなっていない言葉に返ってきたのは、これも答えにはなっていない言葉だった。


「やっぱ、な。俺にはこンなンは似合わねェし、相応しくもねェか」


判っていた。判っていた事だ。
これは未練だ。超能力者であることや、学園都市第一位というつまらないしがらみ、鎖が無ければ、と昔の自分が願ったつまらない願望だ。
そして、その道を自分は選ばなかった。選ばなかったから、夢を見る。現実を夢に見る者はいやしない。
夢はいつか覚める。今がその時だろう。
当然昔の自分と今の自分は違う。環境も、考えも、背負っているものも何もかも。

一方通行はコーヒーに口を付ける。さめてもう、冷たくなっていた。

114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 20:13:27.45 ID:gmKqYB5v0


一方通行が立ち上がる。自然と見上げる視線で、10031号は口を開く。

「何処へ行くのですか、とミサカは問いかけます」

「帰ンだよ。金はコイツで払っとけ」


取り出した財布の札入れに、ただ一枚だけ入っていた福沢諭吉をレシート置きに挟んで一方通行は言った。


「じゃァな」


止める暇も無く遠ざかる背中。
扉を開いて消えた後姿を、10031号はただ口をあけて見ている事しか出来なかった。






やがてインデックスと、少し遅れて上条当麻がテーブルに戻ってくる。
一人少ない居残り組に、上条当麻は不思議そうに言う。


「ん……、あれお兄さんは? トイレ入れ違いか?」

「……いえ、あの人は先に帰りました」


聞いてピタと動きを止める上条当麻。


「え゛ それってひょっとして気分悪ぃ先に帰る、急に相席とかしやがってテメェら金払っとけ、的な……」


今にも不幸だと叫びだしそうな彼に、10031号は淡々とした動作で机の角を指差す。


「それでしたらあの人がそこに――――」

「あ、とうまがあんまり使ったことなさそうなお金だ」

「あっれえ、何故こんな所に福沢さんが置き去りに? 迷子?」

「一般的に言う奢りというやつですね、とミサカは分析します」

「な、ななななななんですとぉっ!?」

115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 20:18:57.09 ID:gmKqYB5v0


何かのドッキリか何かじゃなかろうか、そんな思いでキョロキョロと周囲を見回す上条当麻に、インデックスと10031号から白い目が向けられる。
レシートを確認してみても、何度見ても、10000円あれば十分に払いきれる額しか記されていない。
感動に打ち震えながら、彼はしみじみ


「白っぽい人だったけど、ほんとに天使のような人だったなんて……。上条さん涙がちょちょぎれて止まりませんよ」

「へぇぇ、白い人ってば良い人だったんだ。眼つきは悪かったけど」

「こら、そんなこというもんじゃありません!」


インデックスに好きなだけ注文させろと言った時、悪魔のような奴だとか思ってすいませんでした。
上条当麻は内心そう頭を下げてから、顔を少しだけ翳らせた。


「でも、ちょっとなんつーか怒ってたっぽく思えたんだけど、やっぱり急に相席したのは気分悪くしたかな」


申し訳なさげに苦笑する上条当麻。
まあ常識的に考えて、女の子と二人で食事をしている時に変な奴が乱入して騒ぎ立てればいい気はしまい。


「いいえ、あの人は…………ミサカが知るいつもよりも明るい顔をしていましたよ、とミサカは何故か釈然としない感じを覚えながら答えます」

「そ、そうなのか?」

「む、随分無愛想なひとなんだよ」


後ろ頭をかいていた上条当麻の発言を、言葉のままの釈然としなさそうな顔で10031号が否定する。
あれで? と思わなくもなかったものの、自分よりは彼に詳しい筈の10031号が言っているのだから上条当麻は素直に受け取ることにした。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 20:22:33.63 ID:gmKqYB5v0


「はい、少なくともミサカが覚えている限りでミサカが明るい顔を向けられた事はありません、とミサカは断言します」

上条当麻は、やけに自信満々に言い放たれた内容に首を傾げた。
少なくとも彼の目には、一方通行が明るい顔をしているようには見えていなかったものの、
10031号に対してはただならぬ感情を抱いていたように見えていたからだ。


「でも妹ちゃんもあのお兄さんとそれなりに仲良いんだろ? なんていうか、お兄さんも妹ちゃんの事ちゃんと気にかけてたように見えたしな」

「……そうですか?」


言われた内容を、10031号は即座にそんなことはありえない、と否定しようとした。
否定、しようとした。しかし開いた口が閉じるまで、言葉は一向に出てこようとはしなかった。



一方通行が、自分のことを気にかけてくれていた。



言われた内容を今一度噛み砕いて、10031号は目を閉じながら


「そうであったら、いい、とミサカは希望的観測を口に出します」


静かに言った。
そんな様子を見た上条当麻は、当人からすれば子の成長を見守る親のような。
傍から見ればただただ気持ちの悪い笑みを浮かべて、呟く。


「複雑な……、」


また、しみじみと。


「……。お年頃、なんだろうなあ」


瞳は、柔らかな光を放っていた。




117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 20:24:15.73 ID:gmKqYB5v0








「胸部に痛み、ねぇ。一応検査じゃ何も悪そうな所は無かったけれど」


CTスキャンやレントゲン写真の映ったモニターを前に、緑色の検査服を着た10031号と白衣の研究者が並んでいる。
気だるそうな仕草で、その一枚を拡大した研究者が口元に手を当てた。


「あれぇ、またですか?」


後ろから素っ頓狂な声を響かせたのは髪を三つ編みに結ったもう一人の研究者だ。
それに答えて、ため息混じりにデスク側の研究者が答える。


「そうみたいね。よくこういう事を言い出す個体がいる割には全員シロ。特に問題こそおきてないから良いものの……」


眉間を押さえて嘆息する彼女に、離れた場所に書類の入った箱をよっこらせと置いてきた研究者が近付いてきた。


「やっぱり一気に生産したツケが来たんじゃないですかね。調整しなきゃ長持ちしないのに作り置きするなんてどう考えても合理的じゃありませんもん、
 必要な分だけ随時生産していけば良いのに」

「前も言ったでしょう、上からの命令なんだから仕方が無いのよ。私だって思う所が無いわけじゃないわ」

「でも現状既に過剰生産ですよね。本来なら後九千九百七十一回の実験も、実際は後九千三百八十五回。五百八十六体も余っちゃう計算じゃないですか」


もったいない、と鼻息荒く呟く研究者。


「まあ、いくらでも使い道はありそうっていえばありそうですけど……」

「ああ、それならもうお手付き済みらしいわよ」

「え、もうですか。それってどこです?」


食いついてきた問いを受けて、研究者は意味ありげに笑った。
キーボードを叩いてモニターの電源を落とし、振り向く彼女にもう一人の研究者の視線が向けられる。

118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/25(月) 20:25:42.57 ID:gmKqYB5v0


「私が聞いた話が本当なら、一方通行が持ってくらしいわ。上からの話だから、案外もう通ってるっぽいわね」

「…………実験終わって何に使うんでしょうね。まさかまだやっちゃうってんじゃ」

「さあ、ね。生かしとくにしても、まあ彼の収入なら六百人いても養えるんじゃないかしら。いずれにしても超能力者の考えることは良くわからないわ。ああ、アナタも行って良いわよ」


促されるまま、視線を切らずに退室する10031号。


検査服のまま通路を歩く彼女の頭の中で、室内で聞いた話の内容がリフレインしていた。


(彼が実験後に、過剰生産分のミサカを引き取る)


その事自体が彼女の胸を打ったわけではない。しかしどうしてだろう。酷く胸が痛む。


取って返して再び検査を受けても良いが、結果は恐らく変わらない。
何度も何度も、感じた違和感。自分の体が自分の物ではないような感覚。
原因不明の病と付き合う術を、自分は知らない。



施設の通路を歩くのは10031号だけだ。

そう、彼女の製造番号は10031。それ以上でもそれ以下でもない。次の次の実験で使用される、ただそれだけ個体である。
19415以降の製造番号を持っている事実は、一切存在しない。

10031号はこれまで考えもしてこなかったそのことに、何故だか酷く落胆していた。


125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:13:59.89 ID:+mAu/PFT0









「ふーぃ、今日もやっと補習が終わりですよっと」

後何日だっけ、この前休みだったから後二日か、長かったなーそろそろだなーもう終わりだなー終わったら何しようかなー、
とか巡らせながら上条当麻は完全下校時刻を過ぎた街を、気持ち肩を落として歩いていた。
夕方の空は夕日に染まらず、視界中灰色の雲で一杯だ。


「…………ん?」


下げた視線の先、見知った顔を発見した彼は、緩やかに降下気味だったテンションを上げるべく小走りに駆け寄った。
その見知った顔である御坂美琴は、少なくとも彼が知る限りテンションあげあげの元気印ガールだからである。
足音に反応して振り向いた彼女の顔が、相手を見定めた事で少し緩んだ。


「やっほー、そっちも補修終わってのんびり帰宅って感じか?」

「アンタか。ん……、むしろ今から、かな」


肩に手を乗せ、首を左右にコキコキ鳴らす様子は何かの準備運動に見えなくもない。


「? これから補修が始まるって時間でもねえだろ」

「夜はまだまだこれからって事よ」

「うわ、お前一応お嬢様だろ? 門限とかも厳しいんじゃねーの?」


つまりは夜遊びか。上条当麻がそう判断したのも無理はなかった。
彼女を見た時にふと感じた違和感。よく見れば彼女は手ぶらだ。右手にも左手にも、足元にも荷物は見えない。
どこかに荷物を置いているのか、それとも最初から持ってきてはいないのか。
どちらにしても本人の言葉によれば、今から寮に帰るというわけでもないのだろうし。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:16:01.01 ID:+mAu/PFT0


「アンタが門限守って規律も守って成績も優秀な優等生様なら、常盤台のお嬢様だってもうちょっとは話聞いてあげると思うんだけど」


あきれ半分といった調子、お嬢様が鼻で笑った。
確かに常盤台に通学する『超能力者』に、補習に追われた『無能力者』が言及だなんて片腹痛い。


「マジでかよ。でもちょっくら優等生様目指してみる理由にしては中々面白そうか?」

「期待しないで期待してるわ」


今の自分が知らない過去の自分、上条当麻と、現在の御坂美琴の距離感はこんなものだろう。
時々会って、軽口を叩きあい、たまに追いかけられて最後に笑い合う。

そんなひと時の楽しさを体は覚えていて、今の彼の心もそれを楽しいと感じていた。


だからこそちょっとした軽口を交わす間に、上条当麻はある事に気付く。
気付いた、と言っても確信しているわけでもこれといった何かを垣間見たわけでもない。
強いて言うなら、勘。直感が彼に言葉を紡がせた。


「そりゃそうとさ、お前なんか疲れてない? なーんとなくそんな気がすんだけど」


御坂美琴は不自然に動きを止める。言われた事を理解するまで時間を要したようで、暫くそのままの状態で固まっている。

続いて、あちゃー、なんてしてやられたような声がもれた。
変な笑い顔で頬をかいている顔は、まるで親に悪さが見つかった時の子供みたいだった。


「わかっちゃう? ちょっと最近色々あってね、疲れてるっちゃ疲れてるのかな」

「疲れてんだろその様子じゃ、なんつーか大変そうだな。わかったっていっても何となくだぜ?」

「何となくでバレる私もまだまだよね。……アンタにバレるってことは、黒子なんかにはモロバレっぽいなー」


上条当麻の知らない名前を挙げて天を仰いだ御坂美琴は肩を落としながら大きく息を吐いた。
取り繕うことを止めた仕草の節々から感じられるのは倦怠感にも似たものだ。
どうやら彼の見込みは間違っていないらしかった。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:18:09.59 ID:+mAu/PFT0


「まあ何かあったら相談しろよ。つっても、学校とかの事じゃむしろ足引っ張る未来しかみえねーけど、さ」


上条当麻からすれば、無責任な励ましにも似た軽口だった。
それを噛み締めるように、御坂美琴は目を閉じる。

再び瞼を開けば、何の憂いも感じさせない瞳があらわれる。
口元が緩み、ツン、と指先で彼女が上条当麻の肩を突付いた。


「大丈夫、アンタのお陰で元気出た。頑張れるわ」


突然の言葉。脈絡も無い内容。何より、こっぱずかしい事を平然と言い放つ御坂美琴に、上条当麻も思わずぐっと来てしまう。
クサい、クサいが故に猛烈に聞いてても恥ずかしい台詞だった。


「そ、そうか?」


どもってしまった返事にくすりと笑いを零すと、御坂美琴が背を向ける。
遠心力で広がった茶髪が緩やかな曲線を描いた。ひらりと翻るスカート。僅かに覗く短パン。伸びるしなやかな脚が大股に一歩を踏み出す。


「じゃあ私はちょっとやる事あるから。――――――じゃあね」


顔を向けずに手だけを上げて告げられた別れの挨拶に、上条当麻もじゃあなと言葉を返した。
大股に去っていく彼女の姿が、やがて人込みにまぎれて見えなくなる。

最後に見せた素顔はなんというか、険の取れたような感じでもあった。
そう思ったから上条当麻は、ほんの少しだけ安心した。あれならあいつも、御坂美琴も何かは知らないが頑張れるんだろうと。




その彼女が別れの言葉に込めた決意を。彼は、知らない。

128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:20:10.00 ID:+mAu/PFT0





足を止めていた時間はほんの少しとはいえ、風景は随分と様変わりしていた。
雲ごしに何とか頑張っていただろう太陽も、流石にふて腐れたのか周囲は薄暗くなりつつある。


そんな暗い中で、御坂美琴が一体何処へ向かおうとしていたのか。上条当麻の脳内はその疑問の解を求めていた。

寄る場所といっても、お嬢様が行きそうな場所はそうそう無かろうが、猫を被ったお嬢様モドキが行きそうな店なんて腐るほど思い至る。
学園都市にも歓楽街はあるし、夜歩きするような不良も、怖いもの見たさに深夜出歩く学生も掃いて捨てるほどだ。
かくいう上条当麻も夜歩きの一回や二回したことはある。しかし一人で夜の街を闊歩するようなことは無かった。
一体誰とどこへ行くつもりなんだろうかあのお嬢様(偽)は。


そんな事に思考を割きながら帰路についていた上条当麻が、ふたたび目撃した見知った面。

路地からフラッと出てきたのは、一言で言うなら華奢な体格の少年だった。
だがヒョロリとしたその少年には見覚えがある。何度も会っている御坂美琴程じゃないにしろ、彼の容姿も忘れ難いものだ。
白い肌に白い髪、コントラストを際立たせる黒い洋服。ファミリーレストランで相席した彼だった。あの見た目では間違えようがない。


「おーい!」


取りあえず脊髄で声を張り上げる。
あの時、食欲魔人の食欲攻撃を見事退けてくれた福沢諭吉の礼を、上条当麻はまだしていない。だから丁度、彼と近々もう一度会えればと思っていた所だった。

遠く離れた彼に手を振りながら声をかける上条当麻だったが、当の少年は気付いた素振りもなく人波の中へ消えてしまう。
慌てて彼が出てきた路地に少し入り込んでから周囲を見回しても、もう姿は何処にも見つからない。


(……聞こえてなかったんかな)

129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:21:57.82 ID:+mAu/PFT0

完全下校時刻とは言っても、静かになるどころか寧ろ解放感に騒ぎ立てる輩もいるせいで街の賑やかな喧騒は健在だ。上条当麻の声も、それにかき消されて届かなかったのかもしれない。
それならしょうがない、軽く頷いてから改めて家路に着こうとした彼の右方より、


「――――――あっ」


みたび、見知った顔が出現する。
今日はよく知り合いに会う日だなと上条当麻は思う。それもここ最近の知り合いばかりだ。


「よっ、妹ちゃん元気?」


手を上げて声をかけた相手は、真正面から上条当麻と向き合ってしまったせいか無視も知らん振りもできなかったようだった。
無表情というより仏頂面に見える顔で、御坂妹が口を開く。


「…………いえ、とミサカは曖昧に答えつつ面倒なのに会ったと舌打ちします」

「そこんとこぜんっぜんブレないな妹ちゃん。口は災いの元よ?」


毎度のことながら大した挨拶だった。
上条当麻に言わせれば、現代の若者らしくキレ癖がありつつもどこか人懐こい姉とは違って、
妹の方はクールという言葉ではフォローが聞かない程には。言っては悪いが、愛嬌というものが完全に欠如している。
それでいて妙なユーモアを披露する事があるから油断ならない。

内心気を引き締めつつ、先輩風を吹かせようとした彼を御坂妹は返す言葉で一刀両断した。


「そうですか、それは良かったですね、とミサカは惰性的に話を続けます」

「ひでぇ。昨日ファミレスで考え込んじゃった後もそんな感じだったけど、その後また会ったらいつも通りっぽかったのに。秋の空ってレベルじゃないな」

「……ええ、そんな事もあったらしいですね、とミサカは言葉を濁します」

「らしいって普通に話したじゃん。ボケるにははえーよ」

130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:25:18.97 ID:+mAu/PFT0


既に暇な帰り道を一緒に歩こうとした相手二人を逃している上条当麻、今度は逃がさんとばかりに手を伸ばした。

しかしその手は、存外機敏な動作でその場を後にしようとしていた御坂妹の肩には届かず、彼女が肩から下げていた大きいバッグにぶつかる。
案外硬かった中身に驚きながらも、謝ろうとした上条当麻の動きが止まった。




その瞬間まで、彼はこう思っていた。

彼女が肩にかけているバッグは、少し前に会った時折りたたんで持っていたものと同じものだ。
今日は中身が詰まっているようだが、それは風紀委員帰りか何かのせいだろう。
あのビリビリの御坂美琴の妹だ、中々優秀に日夜頑張っているに違いない。


そんな程度に、思っていた。



彼の視線の先には大きなスポーツバッグ、その口の端のファスナー。
銀色の金属が噛み合って閉じているそのでっぱりの隙間から、糸状の何かが覗いている。
上条当麻はそれを見て、洋服のほつれ糸を連想できなかった。彼が思い描いたのは、髪の毛。人間の頭髪である。


『そう思って』見れば、ファスナーの端の大きい膨らみ、そこから離れた場所にある二つの膨らみ、側面の厚手の生地に薄っすら浮かぶシルエットが何を意味しているのか、おぼろげに、だが確信を持って見えてくる。
何のバラエティーで見たかは覚えていないが、人が体育座りをしてバッグに入ると、ちょうどあんな風に浮かび上がった筈だ。


「ち、ちょっと待てよ。そのバッグ、何が入ってんだ?」

「答える必要はありません、とミサカはこの場を立ち去ります」


まさに有限実行だった。
なんの躊躇も無く上条当麻の手を払った御坂妹が路地口から大通りへと抜けようとする。

131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:29:44.50 ID:+mAu/PFT0


「待てって、おい――――――!」


不意に心に浮かんだ疑心。その推測を検算しようと追う彼の右手が御坂妹の肩を掴む。
振り向いた彼女が上条当麻を直視すると同時に肩から火花が散って――――――それきり何も起きない。

目を見開く御坂妹を横目に、ごめんと断りを入れて彼は手早にファスナーを開いた。

もしこれで中身がなんでもない様な服や学校で使いそうな道具だったなら良かった。
いや勿論良くはないが、もしそうなら額を地面に擦り付けて五体投地し、最悪上条当麻が数日程臭い飯を食う程度で済むのだから。



中から現れたのは、埃で輝きを失っている茶髪と見覚えのある制服。
そして、驚いた顔で自分を見る彼女とまるで瓜二つの、こちらは目を閉じた顔がある。
首元で合わされた手に持たされているのは、やたら目つきの悪いファンシーなウサギのストラップ。


その全てがアンバランスで、想像を超えた組み合わせだったものの、
それは、確かにもう一人の『彼女』だった。




「マ、マネキンか何かじゃ……、でも、…………えっ?」


彼の思考が凍る。
推測と分析が脳の許容量を超えた時、人は行動に移ることができない。
それ程のインパクトを彼に与えたバッグから覗くそれは、あまりに非現実的なリアリティを持つ存在だ。




「これはまぎれもなくミサカですよ」


上条当麻がカバンの中身、目の当たりにした現実を受け入れあぐねている横から、御坂妹が淡々と口を挟む。
瞳の中にたたえられた光は全くと言っていいほどに温度を感じさせない。
どこまでも透明な眼差し。これまで見てきたものと同じな筈のそれが、上条当麻にはまるで別の何かのように、空恐ろしく感じられる。


「とはいえ、直接会ったことのある個体ではありませんが、とミサカは発言を補足します」

「直接会った、個体…………?」


バッグの中に入っていたのは、少女の死体。
それは今見たばかりの事実だというのに、彼にはなんの現実味も感じられなかった。
オウム返しに言葉を投げる彼の視線が、はっきりとした返事を求めている。自分が納得できるだけの答えを、と。

作業的にファスナーを閉じた10031号が上条当麻に首から上だけを向けた。
覗き込めば落ちてしまいそうな程空ろな瞳がぼんやりとした焦点を結ぶ。

132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:31:26.09 ID:+mAu/PFT0


「目撃されてしまったからにはある程度仕方がありませんね、とミサカは嘆息します。
 幸いミサカとあなたは知らぬ仲でもないので、ミサカはあなたが軽々しくも今見たようなことを流布させるような事が無いことを期待します」

「………………」


考えているのか、飽和して停止しているのか、押し黙る上条当麻に10031号は肩をすくめて見せた。


「突然の事に混乱しているのはわかりますが、だからこそここで見たことは忘れる方が身の為でしょう、とミサカはあなたに助言します」


人間一人分の重量のかかる肩紐の場所をなおすと、何も言わずに彼女はきびすを返して歩き出した。
重い荷物故かバランスを取るように体が左右へと揺れる。
地面を叩く音を響かせていた彼女が、ふと振り向いて一言、


「あなたがこれ以上関わってこないことを望みながら、ミサカはこの場を去ります」
「――――ちょっと、待て」


跳ね返るように戻ってきた言葉を受けて10031号は歩みを止めた。
先ほどのように顔だけが上条当麻に向けられる。


「何でしょう、とミサカは問います」

「妹ちゃん、お前は――――――」



そして思いつくがまま、上条当麻は10031号へと疑問を次々にぶつけた。
その全てを聞き切って、開かれた彼女の口から出てきたのは、





「要約すれば、行われているのは単なる実験で、そしてミサカ達は――――――」



残酷なまでに単純な、事実。



「妹達と呼ばれる軍用のクローンです」



133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:33:19.76 ID:+mAu/PFT0





やがていつの間にか、上条当麻は一人で路地に突っ立っていた。
大通りから届いてくる喧騒もどこか遠い。


告げられた言葉も、そこから推測できる事柄も、彼の理解を遥かに超えていた。


やけに耳に残っていたのは、多分別れ際に告げられた『無関係なあなたに望むことは、ただ今まで見たものを忘れることだけです』、の言葉。

確かに無関係といえば無関係だ。上条当麻は10031号が何の実験をしているのかも知らないし、誰がそんなことをしているのかも知らない。
そもそも彼女と出会ったのは精々が数日前だ。そんなの話す暇は無かったし、話そうという信頼を得るには短すぎる期間に違いなかった。
接点もまるでなく、血の繋がりも――――――――



そこに至った上条当麻が顔色を変えた。
軍用だろうが民間用だろうが、クローンと呼ばれるものには母体が存在する。
母体が無ければそれは只の人造人間だ、クローンとは呼ばない。


彼女がクローンを自称するとすればその母体は? 勿論言うまでもないことだ。

一目見てたがう所の騒ぎではない。並べて比べようが違いを探すのが難しい程の、自分が双子と思っていた彼女が。
御坂美琴こそが少女の母体である事実は、最早疑いようが無かった。


妹に向けるにしてはつっけんどんだった対応も、そう思って見返せば納得できる。
自分自身のクローン人間、それも軍用なんて代物が登場すれば心穏やかではいられないだろう。

と、言うことはつまり――――――



(あいつは、この事を最初から知っていた…………?)


内心に疑問が浮かぶと同時に、上条当麻は走り出していた。
謎を解く鍵を探し求めに。

134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:34:43.95 ID:+mAu/PFT0










御坂美琴は、廃墟を思わせる埃にまみれた施設で一人佇んでいた。

内部の機材や施設そのものの規模の大きさに反して、彼女以外に動くものは一人とていない。
数多のモニターが整然と並ぶ壁を眺めながら、彼女は椅子に腰掛けている。
デスクの上には、ハッキングしたデータを表示させていた端末が無造作に置かれていた。



(布束とかいう研究者も不自然な音信不通……、もう何かやって抑えられちゃったかな)


彼女が何をしようとしたかと言えば、明確だ。

実験を進める上で、大元となっている設計図。その設計図を歪める事が目的。
たとえ如何なる負荷がかかろうともツリーダイアグラムに干渉し、演算結果を改ざんする――――――


(――――――筈だったんだけど)


施設に残った情報によれば、かの予報士は不慮の事故により永久に活動を停止したらしい。
そしてその事を知っていて尚、研究者達は実験を止めようとはしていない。その事は、御坂美琴自身の目でもって知っている。忘れる筈が無い。


ある意味、学園都市そのものを敵に回した孤独な闘争。
その幕切れとしては、それなりの結末、中々悪くない筋書きだった。

135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:35:36.55 ID:+mAu/PFT0










御坂美琴は、廃墟を思わせる埃にまみれた施設で一人佇んでいた。

内部の機材や施設そのものの規模の大きさに反して、彼女以外に動くものは一人とていない。
数多のモニターが整然と並ぶ壁を眺めながら、彼女は椅子に腰掛けている。
デスクの上には、ハッキングしたデータを表示させていた端末が無造作に置かれていた。



(万策尽きた、そう言っても良い位には八方塞がりね)


大きな嘆息が口から漏れる。
彼女にできるやり方はもう思いつく限りほとんど試した。
何をしても、妹達は死に続ける。絶望の中で足掻いても底なしの絶望が身を包む。
それでも諦観は一切無い。


(でも、ツリーダイアグラムがもう二度と動く事がないっていうなら。あの設計図はもう変更不可能っていうなら)


しかし、彼女の瞳に狂気が宿る。
実験に関わるものの内、自分が干渉可能なものはどれか。
思い付いて、即座に打ち捨てた考えを再び拾い上げる時が来た。


(…………あと一つ。あと一つだけ、手がある)


少女の口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。


136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:36:40.68 ID:+mAu/PFT0
なんかすげえ変なミスの仕方をした気がするぜ
>>135は無かった事にしてくだしあ。もう一度>>135に置くはずだった分を投下します 
 
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:37:07.52 ID:+mAu/PFT0


(万策尽きた、そう言っても良い位には八方塞がりね)


大きな嘆息が口から漏れる。
彼女にできるやり方はもう思いつく限りほとんど試した。
何をしても、妹達は死に続ける。絶望の中で足掻いても底なしの絶望が身を包む。
それでも諦観は一切無い。

(でも、ツリーダイアグラムがもう二度と動く事がないっていうなら。あの設計図はもう変更不可能っていうなら)


しかし、彼女の瞳に狂気が宿る。
実験に関わるものの内、自分が干渉可能なものはどれか。
思い付いて、即座に打ち捨てた考えを再び拾い上げる時が来た。


(…………あと一つ。あと一つだけ、手がある)


少女の口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。


138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:39:34.74 ID:+mAu/PFT0












「天気予報の通り、本日実験開始前後から雨天の兆しが観測されています、とミサカは報告します。
 しかし多少の誤差により実験中に雨天へと代わる見込みがあり、従って実験開始時刻を三十分ほど前倒しにする事が急遽決定されました、とミサカは命令通りに一方通行へ必要事項を伝えます」


曇り空を見上げながら、常盤台の制服を着た中学生、10031号が告げる。
上条当麻と出くわした10030号回収の後、施設に戻った10031号に与えられた任務は今述べた内容を一方通行に伝えること。


彼は、ほとんど習慣になっている実験前にブラブラと目的地の無い散歩をしていた所を彼女に捕まえられた形だった。
この学園都市で天気予報が外れる、有り得ない事の筈だが、一方通行の目で見上げた空は暗く、信憑性は十分に感じさせた。


「……別に構わねェが」


一方通行が言葉を返せば10031号は軽く頷く。
これまでも、今のように直接妹達の一人が連絡事項を伝えに来る事は幾度かあった。
同じように一礼してから去っていく10031号を想像していた一方通行だったが、彼女は、胸に手を当ててこう言った。


「でしたら、このままミサカに付いて来てください、実験会場へと、貴方を誘導しましょう、と、ミサカは勧誘します」


一方通行に、早まった実験開始時刻までにすべき予定は無い。
是と即答しかけて、一方通行は口を噤んだ。
代わりに出てきたのは、一つの質問。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:41:03.75 ID:+mAu/PFT0


「そいつも命令か?」

「…………いえ、そういうわけでは、ありませんが、と、ミサカは口ごもります」


ほんの少し視線を下げ、自分と目を合わせようとしない10031号の姿に、一方通行はやはりと内心ごちた。

ここ暫くの彼女達、妹達の様子はどうもおかしい。
以前はしなかった事を何の脈絡も無く行い、発言も一見無意味な内容がかなりを占めるようになった。
自分が進化しているように、彼女達も進化しているとでも言うのだろうか。


「………………」

「いかがでしょう」


馬鹿らしい。進化ではなく、これは変化だ。
人間は変わるものなのだから、反応が違おうが何だろうが何らおかしくはない。
そもそも、彼女達は群体で一人の人間ではなく、それぞれが違った存在だ。


「…………さっさと案内しな」

「了解しました、とミサカは安堵の声をあげます」


半音高くなった声で、こちらです、と先導する10031号に一方通行がついて歩く。
辺りは、どんどん暗くなっていた。

140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:44:49.56 ID:+mAu/PFT0







「――――とはいえ、学習装置によって与えられていない反応、昆虫に対する嫌悪等をミサカが抱いている以上、遺伝子レベルで人間には昆虫に対する嫌悪が染み付いているに違いありませんね、とミサカは一方通行に同意を求めます」

「ン」

「つまり人間と昆虫という種族は、そも内骨格と外骨格という根源的な構造の差異もあり決して相容れる存在ではないだろう故に、
 ミサカが昆虫を苦手とすることになんらおかしい点は存在しない、とミサカは考えます」

「そォだな」


目的地はそう近い場所ではなかった。

徒歩で30分程、今は半分以上進んでいるが、その間10031号はずっと一方通行に対して喋り続けている。

施設内の話から施設の外で見た事、機密事項から与太話まで多岐に渡る内容に、一方通行も一応は反応を返し続けている。



それは不思議な光景だった。

話しながらの一歩一歩が、実験場。すなわち10031号が殺される場所へと近付くものだ。
しかし、さながら死へ向かって進んでいると言うのに、彼女の造られた脳内に恐怖は存在していない。
それは恐怖という感情が与えられていない性だろうか。それとも――――――。




これまで聞いてばかりだった一方通行がはじめて自分から口を開いた。


「…………なンだ」

「?」


振り向いて少し首を傾げる10031号。眉根を寄せた一方通行が問いかける。


「実験前だってンのに、今日は随分と無駄話が多いじゃねェか」


141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 00:45:59.89 ID:+mAu/PFT0


ズキン。途端走る胸部を締め付けるような痛みに、10031号は顔をしかめた。

あの時もそうだった。前々回の実験の時もファミリーレストランへ行った時も。
そして今。段々と強くなってきた痛み。どこかで感じたような、でも初めてにも思える疼き。

10031号は恐れていた。なんだか自分に理解できない何かが、体の内に巣食っている。
そしてそれは、自分を何か別の物へ変えていってしまう気がする。
それでも、恐れながらもあの時言えなかった言葉が、口をついて出る。




「無駄、という単語は適切ではありません、撤回を要求します、とミサカは発言します」



その衝動に身を任せたまま口をついて出た言葉が、それだった。

自分でもどういった答えを予測してした発言なのかわからない。
論理的思考が組み上げられていない。

言ったきり黙りこくる10031号に、一方通行は、


「………………さっさと行くぞ」

「………………」


聞かなかった事にして彼女を促した。
彼女も何も言わずにそれに従う。

交わされる言葉は無くなり、ただ街の喧騒だけが二人の間を通り抜ける。
道端で黒猫が、みゃあと一声鳴いた。


148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 04:28:50.76 ID:+mAu/PFT0


―――――






『なに、気に病む事はない。』

『計画の為に用意されたターゲットを破壊する、それだけの事』

『君の目の前にあるのは、薬品と蛋白質によって合成された――――ただの人形なのだから』





昔に、誰かに聞いてみたことがあった。

実験、戦争、最前線の人柱や一兵卒。そんな死ぬとわかってる奴らはなんで逃げねェのか。命を投げ出すことができるのか。

皆死にたくねェンじゃねェのか。死にたくねェなら、逃げりゃ良いだろ。

そんな風に聞いたことがあった。




「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


『どうした、一方通行。はやく済ませてくれないか、私達の労働時間も無限ではないんだよ』


「…………ォい」

「…………何でしょうか、とミサカは一方通行の曖昧な発言に疑問を呈します」





その時は、なんだか煙に巻かれたような事しか言われなかった気がする。

ただひとつだけわかったのは、誰かが命を投げ捨てるのにはそれを天秤にかけるだけの理由があって、
その理由は多分そいつにとって大切なもンなんだろう、ってことだけだった。

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 04:30:30.24 ID:+mAu/PFT0


「……この実験の目的、知ってンのか?」

「当実験の目的は、被験者『一方通行』のスキルを、二万通りに渡る戦闘メソッドによりレベル5『超能力』からレベル6『絶対能力』へと進化させる実証実験です。
 と、ミサカは入力されている情報を解答します」

「オマエ自分がどうなるかわかってンのか。なンで――――」

「ミサカは。単価にして十八万円程度の存在です。その意義も量産能力者計画の失敗と凍結により消失しましたが、
 その再利用先として今ここにいます、とミサカは状況の再認識とその解説を行います」





蛋白質だかなンだか知らねェが、コイツらは動物じゃなく人間として生きている。

生きてて、生きてるから持ってる筈の命を容易く投げ捨てようとしている。

なンでだ。
なンでそンな事ができるのか。そンな理由が、コイツらにはあるのか。






「従って当実験、『絶対能力進化』の実行過程に当個体の殺害が含まれているのならばミサカは被験者『一方通行』に殺害される為に今ここにいます、
 とミサカは分析した事実を発表します」

「…………どォやら死にたがりさンか? テメェは。何もしねェのは、受け入れてンのと一緒だカス」

「発言の意図が不明です、とミサカは返答します。要約すれば、ミサカは絶対能力へと進化する『一方通行』の踏み台となり、死亡する、
 ということではないのですか、とミサカは知りうる情報の中から発言内容を最適化します」

「――――――ッ」


150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 04:35:32.77 ID:+mAu/PFT0



無敵になりたかった。
俺はただ最強なだけじゃなく、無敵になりたかった。

何も知らないやつが勝手に怪我をしていくのも。
妙なのが突っかかって来て、独りでに重傷を追って去っていくのも。時折動かなくなるのも。
もう御免だった。

だから逃げたのに、逃げても逃げても逃げた先には人の群れがいる。不のサイクルは止まらない。
足りない。最強じゃ、足りない。最強は他人を寄せ付ける。寄せ付けてしまう。最強は、駄目だ。
他人を寄せ付けて傷つけてしまう位なら、始めから誰も自分に寄らなければ良い。
誰かに傍にいて欲しいという望みが害悪を撒き散らすならば、そんなものは捨ててしまえば良い。


よって無敵。
誰も寄せ付けない、誰もが近づこうとしない、自分から離れようとするそんな無敵が欲しかった。
――――ただ、欲しかった。






「付け加えるならば、仮に『一方通行』が実験に対して非協力的であったとしてもミサカ達の処分は免れないでしょう、とミサカは発言します。
 何故ならミサカ達を製造するのは一体あたり十八万円のコストで済みますが、その後の維持調整費用は決して安いものではないですから、
 とミサカは二万体分のコストを計算しながら予測を述べます」

「死ぬ。動く蛋白質の塊から、ただの蛋白質の塊に転職する事だってわかってンのか? ェえおいィ?
 俺は力を手に入れる、オマエはボロみてェな血袋に化ける。わかってンのか? ――――――なァ、本当ににわかってンのかテメェ」

「概ね正しいでしょう、とミサカは同意します」

「………………」

「………………」


『何を無駄話をしているんだ。時間は無限ではない上に、君にはこの後二万回も繰り返してもらうんだ。この程度は楽にこなして欲しいな』


151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 04:39:52.08 ID:+mAu/PFT0



目の前のコイツらは、俺の為に死ぬ。
俺が最強から無敵になるために、コイツらは死ぬ。
俺は勝手に無敵になるンじゃなく、コイツらを殺して無敵になる。
コイツらは殺される事に納得している。

――――――なら。


どれだけ考えていたかはわからない。
だが目の前のコイツが、逃げようともせずにじっとしていた事だけは確かだ。

それを見て、決意が固まる。
俺の通り名を、思い出す。



「名前は」

「? 質問の意図が不め」

「名前は」

「………………ミサカの検体番号を示す数字は、00001です、とミサカは困惑しながらも被験者『一方通行』に対して返答します」

「00001号。俺は、俺の為にオマエを殺して最強から無敵になる。だからオマエは、俺の為に死ね」

「ミサカは、この実験に参加する為に今この場にいる、と先ほど既に述べました、とミサカは再び発言します」




へたり込ンで、俺を見上げるコイツの額に手を添えた。
掌ごしにも、コイツは俺から視線を逸らさずにいる。何をされるのかと不思議そうなその目を睨み返して演算を開始する。

これまで、望んで人を殺した事は無い。油断すると手が震えてしまう疑念に駆られる。
もしかしたら、もう声も震えていたかもしれない。

しかし上等だ、後戻りできない事がどうした。

『一方通行』
それが俺の名で、俺の全てだ。

俺のチカラはあらゆるベクトルを操作する能力。
脳内の生体電流を遮断、意識を消失させてから脳の活動と呼吸と脈拍を全て停止させる。それ以上でも以下でも無い。
二万人を二万回。全員背負って俺は壁を越える。




「一体―――――――――――――――」



「……………………」

152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 04:45:00.85 ID:+mAu/PFT0


何かを呟いた00001号の、最期まで俺から逸らされなかった瞳が震えて、全身の筋肉が弛緩する。
コイツは、自分の命が消えた事も認識できなかっただろう。

手を離せば崩れ落ちる死体の癖に、未だに俺を見あげる虚ろな眼差し。何が言いたいのか、何か言いたかったのか。もう二度とわからない。




『生体反応の停止を確認。お疲れ様、第一次実験は終了だ。少しかかったが、問題は無かったようだね。隔壁を開放するから次の区画へ進み…………どうしたんだ、一方通行?』

「……………………」

『一方通行? 何か不具合でもあったのかね?』


「…………そンな眼で、俺を見るンじゃねェよ。瞑ってろ……、そうやってな」

『そんなモノは放っておきたまえ。後でこちらが回収し処理しよう。では、次の実験を――――――』








この手が殺した。そこで眠ってるみたいに転がってる奴の目蓋をおろした、この手が。

開いた隔壁の向こう側に、今見た顔が立っている。背中で扉が閉ざされた。
態々示されなくても、下がる事は永遠に無い。

そして憧れるものではなく、もう目指すものでもない。
俺は、無敵にならなくてはいけない。




「これより第二次実験を開始します、被験者一方通行は所定の位置に着いて待機してください、とミサカは伝令します」



残りはあと、一万九千九百九十九回。





―――――

153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 04:47:34.31 ID:+mAu/PFT0




太陽がそろそろ月に後を任せるような時頃。

雲に隠れた月明かりも届かず、活気ある街の中心から外へはずれた場所に位置する鉄橋に、御坂美琴が鉄製の手すりに身を寄りかからせて立っている。
少し離れた場所にもう一人、ツンツン頭の少年が肩をいからせて立っていた。上条当麻である。

この場所に来るまで走っていたのか、息は切れ切れで右手に掴んだ紙束もくしゃくしゃだ。
少女は顔だけを少し向けた横目で少年を窺い、少年は烈火の如き眼差しを少女に放っている。


上条当麻が何事かを捲し立てるのを静かに聞いていた御坂美琴は、口の端を吊り上げた。


「へぇ、只者じゃ無いとは思ってたけど頭も回るんだ。前から思ってたんだけど、アンタって本当に無能力者? 変な神様かなんかだったりしないわよね」


おまけに不法侵入のオマケ付。付け加えてから、彼女は彼にもう一度笑いかける。


「こないだの冗談に沿えば、アンタはもう容疑者じゃなくて被告よ。黙っててあげるから、何も見なかったことにして今日はもう帰んなさい」

「そうしようと思わなかったから今俺はここにいるんだろ」

「そりゃそっか」


くつくつと含むような声で笑うと、いきなり御坂美琴は表情から色を消した。
周囲の温度が数度下がったような錯覚。上条当麻が息を呑む。


「そうよ。アンタが言ったみたいに、実験施設を破壊した所で実験そのものは一切揺るがなかった」


持ち上げられた右手、その細い指がスッと立てられた。


「私が持ってた手段は全部で二つ。一つは今も言ったみたいに、実験に関わる施設そのものを破壊すること。
 これは、いくらつぶしても学園都市内外の施設に幾らでも引き継がれるからおじゃん」


二本立てた指の内の中指が折られる。


「もう一つは、実験の設計図を弾き出した設計者であるツリーダイアグラムに干渉して、実験継続は不可能であるという解を弾き出させること。
 実験中に何回かは修正も入ってたみたいだしね……、でもそれも」


ただ一本残った指、人差し指が折られる。


「駄目だった。知ってた? ツリーダイアグラムって二週間位前に地上からの攻撃で撃墜されてるらしいのよ。……言っとくけど私の攻撃じゃないわよ」


こめかみを擦る所作を見せてから御坂美琴が続けた。


「それなのに、この二週間ですらあの子達が殺された数は両手で数えられないわ。つまり、最初に作った設計図さえあれば実験はそれに依って続いちゃうってこと。もうお手上げよね」

「それだけか? 本当にそれだけか?」


上条当麻の知っている、自分の何かが覚えている御坂美琴はこんな風にものを諦める人間ではない。
彼女の目標へと向かう執念は、そのまま彼女のレベルがそのもの全てを表している。
だから、もし彼女がこの実験を止めようと試みていたとするならば、こんな悠長な態度を取りえる訳が無い。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/26(火) 04:48:47.18 ID:+mAu/PFT0



「実験開始まで後一時間以上ある、か」


端末で時間を確かめながら顎に手を当てる仕草は、あまりにも平時の御坂美琴のものだった。
そして、その事がむしろ上条当麻の不安を加速させている。

回転する風車を目印にこの場所へ駆けつけた彼が最初に見た彼女の姿。
それは本当にただつまらない事があって、少し考え込んでいるという程度の少女の姿でしかなかった。

恐らく彼女の強さを表しているその態度の中に、言葉にできない、本当に瑣末にも思える違和感を感じたから、上条当麻は確信していた。

ここで、御坂美琴を一人にしておいてはいけない。


少しくらい弱い所を見せているなら、折れそうなくらいに弱っているならまだ良い。背を向けて後ろに逃げる事で、自分を守ることもできるだろうから。
しかし彼女の強さがそれを許していないのだろう。
その結果下がる事も許されず、前に進む事も出来ずに彼女の心は軋みを上げる。
取り返しのつかない事をしでかしてしまう。そんな、予感がした。

だから上条当麻はここに立っている。


「実は、もう一個だけ方法ができたの。設計図に依って作り上げるなら、設計図が違えば出来上がるものだって違う。どんな馬鹿にだって、それくらいはわかる」


それをわからせに行く、そう彼女は言っているのだ。


「だから私は今から、その設計図は間違ってるわよって証明しに行くのよ」


それも、たった一人で。


164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/27(水) 22:07:44.46 ID:4+REJ2km0


「死にに行くのか」


御坂美琴の告白を聞いて上条当麻が出した解がこれだった。
彼女はどうしようもなく追い詰められて、助けを求める事もせず、ただ一人で戦い、そして――――


「死ぬ為に、行くのか」


死へと向かって行軍する。彼女自身の意思ではもう止まることのできない場所に、彼女は恐らく一人で立っている。


「死ぬ為、にってまた随分ないいがかりじゃない。私の能力、知ってるでしょ? なんで私が死んじゃうのよ」

「……これは多分だけど、お前はもうその一方通行とやらに負けてるんじゃねえか?」


御坂美琴の眉が跳ね上がった。肯定と見なして上条当麻が続ける。


「自慢じゃないけど、お前の性格はなんとなくわかってるつもりだよ。曲がった事なんて嫌いで、いつも正面からかかることしかできない。
 そんな風に見えるお前が計画の根幹に突っ込んでいかなかったわけがないもんな」

「…………やっぱり、随っ分な言い草よね。なら何で私はこうやって生きてるのよ。負けてたなら死んでるのが普通じゃないの」

「こんな普通じゃない実験前にして、今更普通だなんだなんておかしい話じゃねえか」

「それもそうね。…………もう一度言うわ、アンタなんで無能力者なんかやってんのよ。探偵に転職したほうがいいわよ」

165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/27(水) 22:12:47.67 ID:4+REJ2km0


少女が力なく笑う。もたれかかっていた手すりから身を離してサマーセーターとスカートのシワをなおす動きが、妙に浮いていた。


「設計図そのものへの干渉が無理なら、設計図を構成する要素の変化を示してやれば良い。
 私、一方通行、あの子達。その内の一つが、実験の設計図と比べて全然話にならない位の差異を内包しているものだったら――――実験は終わると思わない?」


上条当麻が危惧した、そうであってほしくないとの願いとは裏腹に、現実は残酷だった。


「私、あの子達の事嫌いじゃ――――――――ううん、好き、かな」

「………………」

「だから、やってやろうって気になった。馬鹿な理由かも知れないけど、私にとっては大切な理由。
 ……それに、勿論ただ死にに行くわけじゃないし。もし一方通行がこの実験から手を引いても話は早いわ。人間って、言葉で判り合える生き物でしょ?」


御坂美琴の、決意の固さは理解できた。
しかしそれと、彼女を笑って見送ることができるかどうかは。
全く別の話で、そんな事を上条当麻が容認できる筈がない。


「アンタが私に同情してくれたのは嬉しく思う。不法侵入までしでかして私の後を追ってきてくれた事も嬉しく思う」


美しく見えるまでの笑みを向けてくる友を、見送れる筈が無かった。


「その嬉しさで私は頑張れるから――――――今日の所は帰りなさい」



「そんなんじゃねえ。俺は、ただお前に一人でそんなボロボロになるまで戦ってほしくない。それだけ、ただそれだけだ」

「あの実験は結局、元を辿れば私が招いたことよ。なら、私が自分で尻を拭くのが筋ってもんじゃない?」

「そもそも俺はお前が悪かったとは思ってないけど、それでもお前が何かしたいっていう気持ちはわかる。
 ……だからって、お前が死にに行くのとは話が別だろ?」

「平行線ね」
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/27(水) 22:15:45.18 ID:4+REJ2km0


一際強く、二人の間を風が抜けた。
街灯も無い薄暗闇の中で対峙する両者の間で、視線が交わされる。そして、言葉も。


「アンタの言葉は嬉しかった、でもこれ以上は聞かないわ。私には、するべき事がある。私を止めようって馬鹿みたいに真正面から言ってきた度胸に免じて無視はしないわよ」

「聞かない、ってんじゃ意味ないだろ」

「そうよ。だからまだ私を止めたいなら――――言葉じゃなくて、力で戦って止めてみなさい」


それは事実上の最後通告だった。
人は判りあえる生き物だと言ったその口で、彼女は力でもって捻じ伏せよと説いた。
レベル5と、レベル0。天空に舞う鳥と地を這いずる蛇、天と地にも等しい隔たりがある両者の間で本来なら意味のない言葉は、この二人の間だけにおいては異なった意味を持つ。

上条当麻の『幻想殺し』は、相手が超常の力を振るう限り『勝ち得る』能力だ。
つまり、彼は力で持って彼女を捻じ伏せ、止める事が出来る。


――――――だが




「――――――――俺は戦わない」


彼はそれを選択しなかった。いつだって上条当麻の行く道を切り開いてきた右手は握られることなく、ただぶら下っているだけの荷物にも等しい。


「…………止めないで、道を譲るって事で良いのかしら」

「お前が行くって言うなら、絶対に止める。だけど絶対に戦わない」

「子供の我がままもいい加減にして。そんなんじゃ、何も解決しないわよ。力が無くて、この実験を止められてない私みたいにね……、何度も言わないわよ、戦うか、今すぐどくか。どっちか選べ」


睨む視線を正面から受け止めながらも、上条当麻は我侭にも聞こえる己の意思を曲げはしない。
それが心底からの、彼の望みだから。

167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/27(水) 22:19:46.10 ID:4+REJ2km0


「どっちも選ばねえよ。そんなルールに従う為に俺はここに来たんじゃない。どっちかしかない。こうするしかない。そんな糞みてえな決まり事に、俺が従ってやる義理もない」


一歩、上条当麻が前に進んだ。


「お前は強えよ。何億ボルトだかわかんねえがそんな電流流せるやつなんて確かにこの都市で三番目に凄いかも知れない。でもだからって一人で何でもやれるって訳じゃない。
 ……はっきり言うと、今からお前がしようとしてんのはただの自殺だ」
「自殺なんかじゃないわ!!!」



これまで平静を保っていた御坂美琴が、ここにきてはじめて声を荒げた。
感情の昂ぶりに呼応してか、彼女の体から青白い光が漏れ出し手すりや足場へ逃げていく。
バチンバチンと火花の散る音を響かせて、彼女から漏れ出る電撃が加速的に増加する。


「私が[ピーーー]ば、あの子達が助かるかもしれない! それを言うに事欠いて自殺? ふざけないでよ!」


漏れる電撃はそのまま彼女の怒りにも見えた。
だが、上条当麻も同じように怒っていた。身から漏れ出る電流が無くとも、彼の目が怒りを物語っていた。彼女と、その彼女に気付くことができなかった自分に対する怒りを。


「意味があるから死ぬことは間違ってないなんて、そんなロジックをお前が本当に信奉してんなら良い。でも本当はそう思ってないなら話は別だ」

「何を…………っ」

「それなら妹ちゃん達が、一方通行とか言う奴がレベル6になる為っていう目的の為に死んでるから問題ない。
 そうなるじゃねえか。目的があろうが無かろうが、そんなのは自分から死へ向かう為のお前の言い訳だろ」


口を開いたまま、言葉を捜しあぐねている様子の御坂美琴に彼は一息に言った。


「お前は、前に進んでるんじゃない。そう見えるだけで、口から出るのは、背負う物を放り投げてでも全てを終わらせようとしてるただのガキの我侭だ。
 ……そう思うから、俺はお前を行かせる訳にはいかない」

169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 22:25:32.47 ID:4+REJ2km0


宣言。

上も下も右も左もなく、ただ自分の思いのたけをぶつけた上条当麻。
いつの間にか俯いていた御坂美琴の瞳は、前髪で隠れて見えない。
声の途絶えた鉄橋に、火花の散る音がなお響く。奔る光はむしろ更に増え始めている。



やがて沈黙を経て、御坂美琴が口を開いた。


「…………そうね。そんなのわかってたわよ。奇麗事でもなんでもないわ。
 けどね、例え逃げてても、言い訳だったとしても、我侭なんだろうが結局――――――」


無理に抑え付けたものは、いつか爆発するように噴出する。
今がまさにその時だった。かぶりをふって上条当麻を見据えた彼女の声は強いながらも震えていた。


「それでも私は、あの子達に死んでほしくないのよ! 私のせいで生まれてきたあの子達は、それでもちゃんと生きてた! 息をして考えてた!
 世界は知らない事ばかりだって言ってたし、缶バッジを貰って喜んでた! だからもっと色々な事を知ってほしいし見てほしかったのよ! だから、死んでほしくなんてないのよ!! 助かって、欲しいのよ――――――ッッ!!!」


それは、彼女が発した始めての心からの叫びだったかもしれない。
引き出した上条当麻も、声を荒げだす。


「ああそうだろ? そうなんだろ? ただ死んでほしくねえんだ! それなのにお前は、自分が死ねば妹ちゃん達が助かるっていうポンと出された逃げ道に逃げてるだけにしか俺には見えないんだよ!」

「逃げだろうが何だろうが、もう私にはこれしか無いのよ! あの子達を助けるには、もうこれしか! だから、邪魔なんてすんじゃない!!」


御坂美琴が左手を無造作に振るう。
電撃が飛び、周囲に焦げ臭いにおいが立ち昇る。
上条当麻は関せずとばかりに畳み掛ける。それも等しく叫びだった。


「お前一人なら無いかもしれないけど、一人じゃなかったらどうだよ、今は、俺もここいるじゃねえか!」

「笑わせないで! 無能力者のアンタがのこのこやってきた所で、一体何ができるってのよ!」

「そうだな、お前は俺じゃないんだから聞かなきゃわかんねえな。……だから、聞かないで無理だって決め付けてるお前のそれは逃げだっつってんだ!!」


歯軋りの音を響かせて、少女が拳を握り締めた。
あまりの力に震える手、見開かれた瞳からは感情の奔流が覗いている。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 22:32:36.90 ID:4+REJ2km0


「もういいわ、押し問答はもう沢山……、どきなさいっ! 今すぐその身を貫かれてウェルダンの体を晒したくなかったら!
 そうじゃなきゃ、何だかよくわかんないその右手握ってかかって来なさいよ! かかって、これるんでしょう!?」

「お前が死にに行くってんなら止める。絶対に止める! …………それでも、俺は絶対にお前とは戦わない」

「まだ言うかっ!!」


叫びにも似た声とほぼ同時に。
御坂美琴の前髪から白光りする火花が飛び散った瞬間、文字通りの光の速さで雷撃の槍が二人の間の空気を切り裂き彼方へ飛翔する。

響くのは空気を裂く轟音。
空間を貫いた暴力的にまで膨大な電撃は、果たして上条当麻に命中してはいなかった。
もし当てるつもりで放った一撃ならば、学園都市第三位、最高の電撃使いと称される御坂美琴がこの距離で的を外す訳が無い。

次は、当てるわよ、そう彼女の眼が語っていても、上条当麻は視線を逸らす所か真正面から睨み返す。


「お前が妹達に死んでほしくないみたいに、俺も! お前には、死んでほしくないって思うのが悪いのかよっっ!」


「っっ――――――!!」


御坂美琴が息を呑む。ただひたすらに真っ直ぐな上条当麻の視線、感情を叩きつけられ、彼女の意思が揺らぐ。

それでも彼女は折れない。
彼女の意思の根底が、妹達への罪悪感だけならば折れたかもしれない。
しかしこれは。御坂美琴の心からの願いで、歪んだ形と言えど己が命を投げ出すに足ると断じた望みだ。
だから、折れない。折れることは無い。



「私は…………っ、そんな事言って貰えるような上等な人間じゃないのよ!! これまであの子達が殺されたのは? 一時間後に命が一つ失われるのは!? 全部私のせいじゃない!! だから――――――」


御坂美琴が大きく息を吸い込んで、叫ぶ。まるで駄々をこねる少女のように、自分の罪を許せない咎人のように、
我が身を賭して成そうとした望みを、掲げる。


「私がケリを付けるのよ! 私が、この手で!
 それをなんで邪魔しようとすんのよ、そのくせなんで戦わないのよ! それじゃあ――――っ、それじゃあ死んでいったあの子達と同じじゃない!!!」

171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 22:39:30.31 ID:4+REJ2km0


上条当麻には、目の前の少女がどんなものを見て、どんな苦しみを感じ、どんな悩みを乗り越え、どんな風に迷い、どんな決意と共にここに至ったのかの詳細まではわからない。


それでも、たった一つだけわかることがある。

御坂美琴は強かった。惨劇を知り、それを己の罪として向き合い、決意をするほど強かった。
しかし、決して強すぎはしない。だから迷っていたし、一人で戦い切る力を持っていなかった。

確かに自分から死へ向かう強さというのも存在するだろう。でも彼女のそれは、死に続ける妹達への罪悪感に耐え切れなくなった弾みの逃げで、まだ八方塞がったわけじゃない。
ただ自分で自分の追い込み続けた結果、四方八方に壁を作ってしまっただけだと、上条当麻は気付いていた。


何もかもを背負い込み、一人で静かに潰れそうな少女を見て、彼がそれを見過ごせる筈なんて、最初からなかったから――――――



「そんな、一人で苦しんで、苦しんで、耐えて耐えて耐えて耐えて、挙句自分から死にそうなくらい思い詰めてる泣きそうな奴を………………」



言われてはじめて、御坂美琴は自分の視界が歪んでいることに気づく。
そしてそれがもう流さないと決めた涙によることにも。



――――――一際大きな声で、上条当麻が咆哮する。



「そんな相手をとめは出来ても……、戦える訳無いだろうが!!!

 ………………お前の為に、俺も戦う。だから、お前も俺の事を頼ってくれ!」







「――――――――そう。この、死にたがり」



彼の意思を受けた御坂美琴は、少し顔を俯かせて答えた。
垂れる筈の前髪が、帯電によって浮かんでいる。


一呼吸おいてから、堰は切られた。
遥か昔。人々が信仰までした、天から空を貫き、地へと突き刺さる光の剣が、
空を揺らす轟音を従え、地より天へと帰っていった。

172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 22:43:21.98 ID:4+REJ2km0








雷は、天へ昇った。
絶対に当てるという決意で放った一撃は、少年にかする事も無かった。
外れたのではなく、外した。その事は、放った本人が一番良く理解していた。


御坂美琴には、上条当麻を撃つ事がどうしてもできなかった。

彼を撃たなければ、彼は己の意思を曲げない。だから、彼を撃たなければ妹達の為に死ぬことは出来ない。
救うためには殺さねばならない。理屈でそうわかっていても、彼を殺す銃の引き金を、御坂美琴は引けなかった。
妹達に死んで欲しくないように、彼にも。死んでほしくはなかったから。


無理をしていたつもりなんてなかった。でも、きっと無理をしていたのだと少年は言った。
自分の影に、自分だけでけりを付ける。苦しんで、悩んで、迷って、決意した。つもりだった。

確かに自分は逃げようとしていたのかもしれない。この瞬間瞬間に死んでいく妹達という現実を、受け止め切れなかったのかもしれない。

何もかもが上手くいかずに、絶望しかけていたその時に囁いてきた悪魔の誘い。
私さえ死ねば、全て解決する。でも、私だって死にたくは無い。

それでも、誰も頼れる人などいないと思っていたからこの命捨ててやろうと思った。


だが今、自分の前に一人の少年が立っている。
頼れと言ってくれた彼は、空に放ったとはいえ正真正銘本気の一撃を前に、瞬きもせずに自分を見ていた。


173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 22:46:53.83 ID:4+REJ2km0


思えば不思議な少年だった。
能力を至上としたピラミッドを形作っている学園都市の中で、彼の存在はとても変わっていた。

第三位、レベル5『超電磁砲』。そんな能力を持つ自分をただの女の子扱いして助け、そんな憧れられ、恐れられる能力を振るわれれば意にも介さず打ち消し、更には何度絡んでも苦笑いと共に受け流す。
そんな不思議な、無能力者の少年。


いつしか彼の存在は御坂美琴の中で無くてはならないものとなっていった。
何故かはわからないし、どれだけ考えても蚊ほども理解は得られなかった。それでも彼女は彼の事が気に入っていた。

自分を超能力者としてではなく接するような稀有な存在。これまで全く受けたことの無い接し方は、彼女の中ではくすぐったくも嫌いではないものだった。
だから街で見かければ声をかけたし、見かけそうな場所ではそれとなく探した事もある。

能力、それに付随する妬みやいざこざから離れた日常の象徴。そんな存在が彼だった。



その日常の存在だった彼が、今非日常のど真ん中で自分の前にいる。
自分の部屋に侵入し、ぬいぐるみの中身まで探して、見なかったふりを出来たにも関わらずこの場所を探し出し追いかけてきた。
彼は、間違いなく御坂美琴が今いる場所まで『降りてきた』。
光の中で生きている筈だったのに、態々、ただ自分の為に。
それを喜ぶ自分がなんだかとても下種なようで、それでもなお体を満たしているのは歓喜だった。

逃げるな、死ぬな、頼ってほしいと、こんな自分に血を吐くような叫びを投げかけてくれている。
食いしばられた歯は軋み、眉間には深い皺が出来ていた。

それでも尚、彼の右手は、御坂美琴のあらゆる能力をかき消し、受け流してきたその右手は握られていない。


その右手が、御坂美琴には。
自分の全てを、能力も存在も過去に犯した過ちも何もかも全てを受け止めてくれると、そんな意思表示にも見えたから。頼っても良いのかなと、そう思ったから。

こらえようとしている涙のせいでひきつってはいたが、少女は嬉しそうに微笑んだ。

174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 22:53:56.44 ID:4+REJ2km0


雷にも匹敵する一撃を放ち、尚帯電した体から周囲を舐めるようにのたうっていた雷の蛇が、消える。逆立っていた少女のショートボブの髪の毛が、重力に身を委ねる。
真摯な眼差しで見つめる上条当麻へと、御坂美琴は歩を進めた。まるでただ道端で見つけた友人に声をかけようとするみたいに。



「バッカじゃない。私はレベル5で、学園都市第三位の超電磁砲よ。その私に向かってあろうことか無能力者が、死んでほしくない? 人を頼れ? 寝言は寝て言いなさいっての」


日常の一コマとするには、彼女の声はあまりにも揺れていた。
まるで平時のような強気な台詞を、紡ぐ唇も微かに震えている。


「それに……、力で止めてみなさいって言ったのに、それも聞いてない。頭回るなんてやっぱなし、本当にバカよ、アンタは」

「それでも、戦いたくなんかねえよ。理屈とか頭だとか関係ねえ……、ただ俺が。そう思ったんだ」

「撃たないって、思ってたわけ?」

「お前は、撃てないって思った。妹ちゃんに死んでほしくないってこんなに怒ってる奴が、撃てないとは思った。でも、例え撃たれても俺は戦わないって決めてたから」

「そ」

175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 22:55:46.99 ID:4+REJ2km0


この至近距離で、不意打ちでも御坂美琴は一瞬でこの頑固な少年の意識を遮断させる事が出来る。
それをわかっていても、彼は微動だにしなかった。ただ、近付いてくる少女をじっと見つめていた。


「ごめん」


せめてもの強がりも消えて、ただ御坂美琴がボソリとこぼす。



「じゃあ――――――ちょっとだけ、寄りかかってもいい、かなぁ……?」



「ああ。………………そんな所、普通の女の子っぽくてちょっとだけ安心した」


「バカ」



罵倒の言葉と共に、少女が少年の肩に額を預けた。
茶々入れてないで黙って肩くらい貸しなさいよ、なんて言いながら涙を零す御坂美琴の表情は、もう悲しみや苦しみに歪んではいない。

肩の荷を分けたような。安心したような。心強いと、そう言いたそうな顔だと。自惚れかも知れないが、上条当麻はそう思った。
そしてそれは間違っていない。とある理由に、自分の命すら賭ける決意をする程の少女の氷のような鉄の意思は、より赤熱する炎のような決意に曲げられたのでも折られたのでもなく、溶かされた。



そして上条当麻は少女の肩に手を置きがなら、考える。
目の前の少女、御坂美琴が死ぬ事も無く、それでいて彼女が望むように『妹達』も死ぬことの無い結末、そんな幸せな締め括りを導き出す式を。




彼女たちが知る実験開始予定時刻まで、後およそ三十分。


189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/28(木) 23:41:25.22 ID:dmNPT2Hv0









血塗れの少女が、地面に手足を投げ出して転がっている。

砂利を踏みしめる音が響く。緩慢に動く少女のすぐ横に、少年が立っていた。
破れ、汚れ、服としての機能を放棄し始めている程に破損した常盤台の制服を見下ろす、黒に白のアクセントの入ったシャツの主が口を開く。


「……まさか直接殴りに来るなンざ夢にも思わねェよ」

「しかし、通用はしませんでした、とミサカは現状を強く認識します」



二人の間で交わされる会話は、ある時を境に始まったいわば反省会のようなものだった。

妹達は常にネットワークで情報の共有を行っている。それはもはや擬似的な経験だ。

とある個体が、ある時言った。『何故ミサカは敗れたのでしょうか』
解答をフィードバックする事で、彼女達は一方通行と同じように成長する。
知ったその時からずっと、実験終了の間際にはやり取りが行われていた。
ただ粛々と、足りぬ部分を指摘する。それが、互いの成長へと繋がる事を彼は理解している。


「反射の膜に触れると同時に拳を引き戻す。……机の上のもンにしろ、面白ェかンがえだな。
 最初顔面に食らった一発以外はてンでダメダメだが、今にイケるよォなもンになるかもだ。しかし生身じゃァ無理だろ、こりゃ」

190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/28(木) 23:47:30.45 ID:dmNPT2Hv0


二発目からは頬を撫でるようなものだったと告げた彼に、10031号は内出血で青黒く染まった右手を眺めながら言う。


「しかし、駆動鎧等の外部出力に頼っていては微細な身体操作は行うことができません、とミサカは反芻します」


彼の言葉通りに、10031号は実験開始以来初の快挙、一方通行に対して攻撃を加える事に成功していた。
頬を撫でている手の下には、一方通行の人生で本当に数える程度も覚えが無い『痣』が残っている。

しかし痛みよりも先んじて、印象に残っているものがある。
絶対防御とも謳われた反射の膜を貫いた彼女の細腕の感触は、なんだかあたたかかった、ということ事だけ。それだけを一方通行は覚えていた。


だがいくら軍用クローンとはいえ、その素体は女性のものだ。絶対的なパンチ力は望めないし、顎を一撃で打ち抜くにはこの技法はあまりに高度過ぎた。
彼女の言う通りこの策の要は、神経を走る電流を操作する事で強制的に筋肉の収縮を操ることが成している。外部出力ではこうはいかない。

そして、一発限りの奇襲に失敗した彼女の末路は言うまでもなく、結果として彼女は地に伏している。
感触を思い出すように患部を撫でる指先を繰る、一方通行の感心だけを得て。


「良ィ線まで行ってたぜ? 10031号。お陰で反射も現状のままの演算じゃ足りねェ事も理解出来たし、それだけでも意味がある」


一方通行が手の届く距離まで近付いてきた頃に、10031号は軋みをあげる体に鞭打って何とか上半身だけを起き上がらせた。


これも、幾度となく繰り返された一連の動きだった。
少女達が繰り返し辿り着き、そして歩みを止める終着点。
学園都市の研究者に敷かれた彼女のレールが、途切れる瞬間。






「何か、言いてェ事はあるか?」
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/28(木) 23:49:48.40 ID:dmNPT2Hv0



だから。
10031号は自分を見下ろす、宝石のような紅い瞳を見上げながら考えた。



ミサカ達は、いつもここまでだ。

だから、ここから先に何があるのかを知らない。

どんなものがあるのかも、知らない。

ミサカは――――――




「――――――――――」

「何か言ったか?」


「…………いいえ、何もありません、とミサカは返答します」


誤魔化すように言葉を返して、10031号は言われる前に目を閉じた。
静寂の後暫くして、指が彼女の額に触れる。とても冷たい。


指の冷たい人は、心が温かいものだ。そんな話を、10031号は何処かで聞いた事があった。
なら自分の指はどうだろう。温かいのか、冷たいのか。それとも自分の心なんてものの存在しない自分には関係のない話か。


無性に、瞼の向こうの顔を、見たくなる。
だが目を開く事は許されない。
なら、少しでも。



ほんの僅か、10031号の頭が一方通行の手に向かって擦り寄るように傾いた。
彼の手が強張る。
その手に再び落ち着きが戻った時に、





「離れろッッ!!!!」





一つの声が、割って通った。


192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/28(木) 23:52:38.98 ID:dmNPT2Hv0








一方通行がもしも無能力者に負けるような事態が起きれば、ツリーダイアグラムの描いた設計図は根本から瓦解する。

そんな穴だらけの設計図を描いた上条当麻が、橋の上で御坂美琴に別れを告げてから暫く走った場所にある操車場。そこが彼女から聞いた実験の会場だった。


話を聞く限り、まだ実験開始まで少しの猶予があるらしかったが、場所の下見も兼ねた『念の為』に上条当麻は操車場へ向かっていた。
最悪待ち伏せて、物陰からの不意打ちで片がつくなら僥倖。



――――そんな考えは、コンテナの隙間から見えた光景であっけなく吹き飛んだ。

暗がりの中に浮かぶ、片膝をついた白い髪の少年。彼が伸ばそうとしている手の先には、たったさっき別れてきた少女に似た影。


気がついた時にはもう、上条当麻は口を開いていた。



「離れろッッ!!!!」




静寂を打ち破る言葉を響かせて。




194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 00:02:51.26 ID:4LiNNSX60









激しい、そして力強く覇気の篭った声がその場を貫いて通る。


一方通行にとって、実験中の闖入者は二回目だった。
一人目は、妹達のオリジナル、学園都市第三位『超電磁砲』の御坂美琴。
そして二人目が、今現れた少年。


「オマエ……、確か」


コンテナの隙間に立つ姿には見覚えがあった。ファミリーレストランで、声をかけてきた学生。

髪型も背格好も記憶通りだったが、顔に浮かぶ怒りと声から感じる迫力は似ても似付かない。
関係者じゃないのではなかったか。10031号に目を向けても、目を閉じている10031号は何が起きたか把握すらできていまい。



「一方通行、だよな」


よりにもよって、アンタかよ。言い聞かせるように呟いて、侵入者の少年はかの最強を睨み付けた。
一切の怯えも逸りも無い。
成さねばならぬことがあり、そしてそれを今成す。ただそれだけの純然たる決意の輝き。

少年の内の赤熱する感情が、抑えきれずに溢れ出ていた。伝播した灼熱の眼光が、何よりも物語る。彼は、一方通行の敵なのだと。


「もう一度だけ言うぞ、妹ちゃんから離れろよ」

「邪魔する気か?」


挑発する風でもなく、ただ淡々と尋ねる声に少年が答える。


「アンタが、妹ちゃんを殺すってんなら、邪魔する」


言葉を一つ一つ区切るように繋げながら、少年が二人へと一歩進んだ。


「……邪魔する気か」

「ああ、そうなんだろうな」
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 00:13:42.09 ID:4LiNNSX60



「なァンで、邪魔だてすンだ?」


いまいち緊張感を欠いた一方通行の構えとは異なり、彼の声に緩んだ印象はまるで感じられない。


「自殺したいだけならヨソに行け。テメェが喧嘩売ってる相手をかンがえろ。……殺すぞ」


それは、ただのチンピラ達がよく使う言葉だった。
日常の中で、最も非日常的な癖してよく聞く単語だった。何故なら、その言葉はほぼ確実に行動を伴わない威嚇の意で用いられるからだ。

だというのに、一方通行が発した言葉は真に意味通りの圧力で持って上条当麻を威圧する。


「殺させない為に来たんだよ、俺は。……殺させるわけねぇだろうが――――ッ」



少年の言葉を受け、一方通行がゆっくりと立ち上がる。
つかの間の日常、自分が望んでいた平穏を感じさせてくれた彼が何故今こんな場所にいるのかは知らない。
問題なのは、彼が一方通行の行いを止めようとしているというその一点だけだ。


一方通行は、無敵にならなければならない。
願いから呪いへと変じ、ただ一つのベクトルを与えられた鈍く光る意思の煌めき。
それを妨げる存在に対して一方通行は容赦しないと。例え誰が相手でも。それが、彼の誓いだから。



頭越しに飛び交う会話に翻弄されていたが、額から指が離れたのを感じて10031号が目蓋を開ける。
一方通行の手が額に触れた後、こうやって再び世界を瞳に映すことは、彼女にとってはじめての経験だった。

まず目にするのは、一方通行。目蓋を閉じた瞬間、自分だけに向けられていた表情は、それとは違うただ一点に向けられている。

その視線を追って次に目にしたのは、どこかで見た少年。公園、ファミリーレストラン、そして路地裏。即座に連想された場所が答えを導く。

197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 00:22:10.91 ID:4LiNNSX60




「……貴方は――――」


感情を窺わせない声色で、10031号は囁くように言う。


「何故この場所にいるのですか、とミサカは質問します。まさか、」


風が吹く。
ひゅおうと駆け抜ける音に負けそうな程の小さい声で、彼女は言う。


「まさかお姉様と同じ、この実験を中止させる為ですか、とミサカは言及します。
 ミサカ達はこの実験の為に製造された存在で、今この場で実験を達成する為にここにいます、とミサカは言います。だからそのような――――――」

「お前が死んだら悲しむやつを、俺は一人知ってる。それともう一人、俺だって妹ちゃんには死んでほしくない」


最後まで聞かず、少年が話を打ち切ろうとするように言った。誰かに言ったというより、世界に対する宣言のようだった。


「俺は、俺が助けたいと思ったから助けるだけだから」


言いながら進んだせいで、少年と一方通行達の距離はもう十数メートルもない。
少年の歩みが、ぴたと止まる。
逆に一方通行が足を肩幅程に開いた。


「10031号」
「妹ちゃん」


二人からそれぞれの言葉が、同時に紡がれた。


「そこで待ってろ」
「そこで待っててくれ」


止めたいなら、否定したいのなら言葉にすれば事足りる。
だが、10031号は動くことが出来なかった。


198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 00:30:50.33 ID:4LiNNSX60








さあどうやって勝とうか、どうすれば勝てるか。
大見得を切って颯爽と駆けつけ、一方通行と対峙している上条当麻が考えている事と言えば実はそんな事だった。


彼の右手、『幻想殺し』はあらゆる異能の力を打ち消すことができる。
ならばあらゆるベクトルを操作する事で全ての攻撃を防ぐ、一方通行が作り出した反射の鎧も貫ける。

だが、逆に言えばただそれだけの事しか彼にはできない。
対する一方通行が持つのは、あらゆるベクトルを操る力。御坂美琴から予め教えられた情報からして、素直に近付かせてくれるとは思えなかった。

が、どうせ勝つには近付かねばならないのだから仕方が無い。
ここに来るまでに多少走ったが、それでもまだ体力は有り余っている。伊達に常日頃から不幸に見舞われて街を走り回っている訳ではないのだ。




上条当麻が足を前後に開き、軽く体を落とした姿勢を取るやいなや、先手を取ったのは一方通行だった。

この辺りの足場全体に敷き詰められた砂利を右足で蹴り飛ばした、ように見えた事を知覚して上条当麻は瞬時に前傾気味だった体勢を更に傾ける。
その頭上、砂利が唸りを上げて通り過ぎていったのは丁度彼の頭があった付近だ。


直撃していれば額がパックリ割れかねない弾丸を避けた体勢のまま、陸上の選手がスタートをきるように上条当麻が地面を蹴る。

矢のように走る姿を見て、一方通行が蹴り上げた足をそのまま地面に叩きつけた。
そのすぐ傍、軌条に使われているレールが一本、地面と水平を保ったままで垂直に浮かび上がる。

一方通行の後ろに10メートル程伸びる、腰の高さまで持ち上がったそれの端に彼は手を伸ばして、




「――――――らァッッ!」

(マ、ジ……かよ……ッッ!!!)



ギリギリで右に飛んだ上条当麻がいた空間めがけて勢い良く振り下ろした。

超重量の物体が砂利を弾き飛ばし地面を抉る轟音。

回避したのも束の間、地面に激突した刹那に物理法則を無視した動きでレールが横に振られた。
緩める所か速度を増した鋼鉄の棒が彼の腰を薙がんと迫る。
ただでさえ無理に飛んだ動作から立ち直っていない上条当麻が、更に回避行動を起こすのは不可能だ。

避けきれない。そう判断した上条当麻は何とか体を捻り右足をレールに向ける。
そして激突、若干アッパースイング気味に振られたレールの軌道上、放物線を描いて人体がバットで打たれたボールの様に飛ぶ。

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 00:37:36.34 ID:4LiNNSX60


「ほォ…………?」


それを見た一方通行が、少し感心したように目を細める。

本来、高速で鋼鉄の棒などと言う表面積の狭いものに、弾性に欠ける人体が激突すれば衝撃を逃がすことが出来ずめり込んでその場に倒れるか、最悪体が二つに千切れ飛ぶ。
それを、上条当麻はレールに『乗る』事で回避しようとした。
例えば突っ込んできた車に足を乗せバネのように使う事で、激突の衝撃を運動エネルギーに少しでも変えようとするように。


だが、その結果彼の飛距離は本来のものよりも増すことになる。

地面から最高で学生一人の身長の高さ、一方通行から20メートル程度まで吹き飛ばされ、背中から地面に落下した上条当麻が砂利の上を音をたてて滑った。
一瞬呼吸が止まった程の衝撃に堪えながら、何とか勢いを殺さず後ろに半回転して体勢を立て直す。

何とか顔を上げた彼の目に映ったのは、槍投げのようなポーズで右腕を振りかぶる一方通行。


「~~~~~ッッッ!!!」


休む間もなく転がるように、むしろ転がった矢先勢い良くレールが突き立つ。

だがレールそのものはなんとか回避できても、飛び散った砂利が近距離で炸裂する散弾のように上条当麻の背を襲った。

痛みに思わず背を丸めたものの、ひとまず痛い以上のダメージを受けてはいない。
単なる一学生が、学園都市最強の超能力者、一方通行との一度目の交錯で『死ななかった』事はある意味驚愕に値するものである。


「ぶはっ、はぁっ、ふぅ…………」


だが当人からすれば、そんな悠長な事を言っている暇などあろう筈も無い。
息をもつかせぬ攻撃に呼吸を忘れていた上条当麻が、咳き込むように大きく息を吐く。
一時は5メートル弱まで縮まった両者の距離は、目算で20メートル弱まで再び広がっていた。


「判らねェな」


怪訝そうな顔で一方通行が言葉を投げかける。


「息巻いて飛び込ンできやがった癖に、やってる事はただ逃げてるだけかァ?」
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 00:44:53.24 ID:4LiNNSX60


近付けないだけだよ! と上条当麻は内心叫ぶ。
しかもこの攻撃すらも恐らくただの様子見で、本気で殺しにかかっている訳ではないだろう。
対峙して改めて理解する。学園都市第一位の肩書きを持つ彼の出鱈目さを。


「無能力者って訳でも無いンだろ? …………だったら出し惜しみしてねェでさっさとオマエの力を見せて見ろォ!」


再び地を叩いた一方通行の足が寝ていたレールをまた一本立ち上げる。

それを打つ事で重さ300キロを超える鋼鉄製の棒は、砲弾となって上条当麻を襲った。
形振り構わず避けては何とか接近しようとする彼をあざ笑うかのように、一方通行が放つ弾幕は容赦無く降り注ぐ。


見せろと言われても見せられるわけがない。

彼の一方通行(ぼうぎょ)に対して上条当麻の幻想殺し(こうげき)は最高の相性を誇るが、
彼の一方通行(こうげき)に対する上条当麻の幻想殺し(ぼうぎょ)は最悪とも言える相性だ。

電撃や炎と言ったそのもの自体が異能で作り出された攻撃ならば、幻想殺しは例え何であろうと打ち消せる。
しかし飛んでくるのが鉄骨や砂利である以上、飛んでくる勢いを殺すことは出来ても飛んできた勢いを殺すことは不可能だ。

と言えど、殴らせろと頼んで殴らせてくれるわけも無し。



「くっ、そ、不利ってどころじゃねぇぞ……!!」


だから結局、『まずは全ての』攻撃を避け続ける選択肢しか、上条当麻には与えられていない。
余裕もへったくれも無しにがむしゃらな回避を続けた為か、段々と彼は操車場の軌条部から離れ、輸送されたコンテナのつみ上がる場所へと移動させられていく。


「ハッ、野郎がケツ振って逃げたところで催す訳ねェだろォが!!」


更に飛翔するレールが牙を剥く。

それをこれまで通り、左側へ飛びのいて回避しようとした彼の背筋に、いやな予感とも言うべき寒気が走った。

遠くで一方通行が、何かを掴み取るようにに右手を伸ばしていた。しかし視界に特別な変化は無い。
不発だろうか。そんな考えが浮かんだ直後、出し抜けに猛烈な横風が上条当麻を襲う。
明らかに自然風ではありえない。風力発電の風車すらボイコットする無風から人を吹き飛ばすような猛風が吹く筈が無い。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 00:53:48.55 ID:4LiNNSX60


上条当麻は本能的に察した。一方通行の手は、『何も掴んでいない様に見える』だけで『何も掴んでいない』訳じゃない。
一方通行が掴んでいたのは、大気、風、空気とも呼ばれる空間の構成要素のひとつだ。


風速50メートルを超える猛風が、彼の体を押し戻す。迫る鋼鉄の弾丸。
このままでは腹にドデカく風穴が空く。

串刺しになる寸前、咄嗟に上条当麻は風に逆らわず、風に乗るように反対側へと跳ぶ。
猛風の後押しを受けた彼の体が、ありえない速度で動く。
間一髪、串刺しを免れた上条当麻が今度は自分の蹴り足と風の勢いで何メートルも移動し、両足と片手の三本足でそのまま地面を数メートル滑走した。


さっきから砂利の上を滑ってばかりだ、と上条当麻は自嘲した。
だが、コンクリートで無かった事には感謝せねばならない。もしそうなら、彼の体はとっくの昔に摩り下ろされてなくなっているだろうから。

数秒遅れてズキリと左腕に痛みが走る。どうやら間一髪、とはいかずに多少なりとも掠っていたらしい。
起き上がりながら見れば、左腕の肉が少し抉れている。

丸ごと吹き飛んでいなかっただけマシだろうとごちて、上条当麻は近付かんと再び姿勢を低くした。





――――――まま、空を見て思わず大きく口を開けた。





「太陽…………、じゃない、よなぁ?」



昇る時間を誤った、随分おっちょこちょいな太陽(?)が夜空と大地を照らして空に浮かんでいた。

闇という闇を喰らい尽くして白熱する光球が放つ熱気が、容赦なく上条当麻の皮膚を蝕む。
サウナに入った時のように息を吸っても吸った実感が沸かず、直視していると網膜まで焼けるようだった。

あんな糞でかいものをもしぶつけられたら?
思わず辺りを見回せば、整然と積みあがったコンテナがあるにはある。
しかし、その影に隠れた所で黒こげになるのをほんの少し遅らせるだけではなかろうか。
思い切って右腕を突っ込んでみるとか?

203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 01:04:30.89 ID:4LiNNSX60













周囲と光球、自分がたった今作り出したプラズマを交互に見る上条当麻の姿を見て、一方通行は微かに唇を噛んだ。

この局面で使わないならば、これは出し惜しみではなく本当に奥の手も何も持っていないのだろう。


敵としては期待外れだったが…………10031号を助けると自分を前に言い放った決意と、これまで死なずに対峙した事実は賞賛に値する。



一方通行の脳裏に浮かんだのは、ファミリーレストランでの彼とのやり取りと、彼とその同行者が浮かべていた笑顔。



興がそがれた。心中で呟き、一方通行は演算を打ち切った。

圧縮されていた大気があるべき気圧へ戻ろうと周囲に拡散する。
地上100メートルの高さで花火のような残光を放って消える高電離気体。
断末魔に似た熱気を一瞬だけ撒き散らした後、周囲は再び闇に支配された。


困惑する上条当麻をよそに、あれだけ近付こうと試みて近付けなかった一方通行が、あろうことかスタスタと自分から歩いて彼のもとへ近寄る。


206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 01:20:13.47 ID:4LiNNSX60


「ここまでやっても何も出さねェか……、オマエほンとのほンとに無能力者なンだな。前戯で焦らすだけ焦らして本番無したァ頭が下がる」


馬鹿にしたような語調とは裏腹に、一方通行は何だか眩しいものを見るような不思議な目をしている。


「そのへンで腐ってる糞能力者共よりよっぽど見込みあンぞ、オマエ。だが後先考えねェで突っ込むのはアホのするこった」



自分から近付く一方通行に、上条当麻の思考は乱れに乱れていた。

これまで散々近付こうとしていたのだから、相手から勝手に近付いて来るのは望む所だ。
だが、なんで態々近付いてくるのかがわからない。もし邪魔者を殺して排除したいなら、先の光球をぶつけてしまえばそれでいい筈なのに。


「オマエはそれなりによくやった。超電磁砲と違ってオマエを見逃す義理は無かったが……、頑張りに免じて一度だけは殺さねェでおいてやるよ」




なんだかんだと能書きを垂れる彼を見て、ふと。上条当麻は思った。

つまりこいつは。何故かはしらないが、俺を殺す事をどこかで嫌がっているんじゃないだろうか。


多分一方通行本人は自覚していないであろう感情を、上条当麻は漠然と感じ取っていた。
逆に言うなら、そうでもないと現状の説明がつかない。気紛れで人を殺そう生かそうとするほど、おそらく彼は器用ではない。



なら、どうして。

人を人とも思わないようなクソ野郎ではないのなら、何故妹ちゃん達を殺すことができるのか。
何故あのファミレスの時、笑ってはいなかったけれど柔らかい眼をしていたのか。

どうして大切なものを見るような目を妹ちゃんに向けていたのか。



疑問が、絶えることはない。

207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 01:23:55.17 ID:4LiNNSX60


「吹き飛ばしたりぶつけたりじゃポックリ死にかねねェからな。心配すンな、ちょォっと生体電流弄って意識がストンと落ちるだけだ」


跨る距離は、後数歩。




「何であの子達を殺してるんだ……。お前、もうそんだけ強いのにこれ以上の強さなんかが欲しいのか!? 態々そんなことする必要ないんじゃないのかよ!!」


上条当麻がぶつけた意思を聞いて、思わず。一方通行は苦笑した。
思い出したのは、第九九八二次実験の折の闖入者。


「あの時、飯食ってた時のアンタは楽しそうだったじゃねぇか! なのに何でこんなことが出来るんだ!」

「……言ってる事まで似てンじゃねェか。なるほどねェ、超電磁砲の関係者か。似合いだよ、オマエら」

「んな事聞いてんじゃねえ! お前が自分の為だけに、たかが無敵なんてもんが欲しいが為に妹ちゃん達を殺してるってのか!? 答えろっっ!!」


叫んだ彼に、一方通行は目を細める。

紅い瞳に浮かぶのは、奇しくも鉄橋の上で御坂美琴が上条当麻に向けていたのと似た光だった。
『そういってくれる人がいるから、進む事が出来る』、そう笑っていた彼女と。



一方通行に、もうこれ以上話す気はないらしかった。
何の警戒も無しに歩を進めた彼の足が止まる。


「今は寝てろ。もし次来た時には容赦しねェぞ」


すいと向けられた超能力者の左手が、上条当麻に近付いた。





彼の言葉通り、この左手に触れてしまえば瞬く間に意識は断たれるだろう。
これは一方通行の優しさなのか、驕りなのか、弱さなのか、強さなのか。彼が、『人間』に踏みとどまっている証なのか。

208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 01:31:05.97 ID:4LiNNSX60


(それでも――――――)


今はそんな事どうでも良い。チャンスが来たなら、使えば良い。

まずはこの人の話を聞かない糞野郎をぶっ飛ばして止める。
それが恐らくこいつの為にもなるだろうから。

わかりあえるにしろ、わかりあえないにしろ、全部は、その後で良い。



一歩進めば、手の届く距離。
この間合いは――――――――



「――――――――ァ?」



無能力者で、普段はただの一般人たる上条当麻が、最も得意とする『喧嘩』の間合いだ。


無造作に伸ばされた左手を上条当麻が内に避ける。
眉根を寄せた一方通行が、近い右手を伸ばせば上条当麻の右手に大きく弾かれた。

自分の制御出来ない運動ベクトルを感じた一方通行の驚きは如何ほどのものか。
瞬時に紅い眼光が鋭さを増す。途端空気が変質する。

が、異常に気付くのはもう遅かった。
一方通行の右腕は肩ごとあらぬ方向へ流れ、体勢自体も大きく崩れている。
対する上条当麻は両の足で地を踏みしめて、開かれた右掌が獣の顎門の如く一方通行を威嚇する。


209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 01:34:17.86 ID:4LiNNSX60


「ッ、オマエ――――――!」


それでも一方通行の反応は迅速だった。

即座に動いた左手は、正確に上条当麻の脇腹へと放たれる。

例え頭に限らずとも、『触れ』さえすれば生体電流も含めた全てのベクトルを操る彼の異能は、対象を問答無用で昏倒させることができる。
圧倒的有利に立っていた状況から一転、突如窮地に立たされようとも、一方通行が『必殺』を持つ事実は揺るがない。


蛇を連想させるなめらかな動きで弧を描き迫る牙。

その動きは確かに速かった。しかし、それだけでは上条当麻には届かない。
狙う場所さえ判っていれば、それを待ち構え対応するのは容易い。

そして一方通行の左手が、流れるような動作で『幻想殺し』に叩き落される。


もう一方通行は、見ていることしかできない。手を伸ばせば触ることができる位置にいる少年に伸ばす手もないまま。

叩き落とした動きからそのまま振りかぶる右腕を。いつの間にか握り締められた、右の拳を。
上条当麻の口が開かれた。



「そんな顔してる位なら、最初からやるんじゃねぇよ――――、歯ぁ食いしばりやがれ!!」



勿論、歯を食いしばる暇が与えられる筈も無い。
気合の声を乗せられた正真正銘、上条当麻渾身の右スマッシュが一方通行の顔面に突き刺さった。


225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 04:59:58.12 ID:4LiNNSX60











見るからに華奢な体躯をしていた一方通行は、軽い体重と打ち上げ気味だった拳の軌道も相まってか吹き飛ぶように倒れた。
砂利を派手に巻き込んで跳ね、止まった体はピクリとも動いていない。


御坂美琴の集めていた情報と、本人に聞いた話が正しいならば一方通行の肉体そのものは虚弱どころか小学生程度のものらしい。
ならば、拳をモロに顔面で受けた一方通行が立ち上がれる道理は無い筈だ。


しかし、万が一の事もある。故に、上条当麻は倒れ伏す一方通行から視線を切ることが出来ずにいた。

もし一方通行の意識があったとして、そこにノコノコと追撃を入れようと近付きでもすれば足を掴まれる。
蹴り剥がそうにも、触れられた時点で負けが決まる勝負で触れられた後の事はいくら考えても意味が無い。
よって上条当麻はその場から動けず、暫しの間一方通行を睨み付けながら立ち尽くしていた。


とはいえこの葛藤は、一方通行の意識がそもそも無ければ杞憂に終わるものだ。
少しの間とはいえ直接言葉を交わした所から察する彼の性情からすれば、寝たふりをして裏をかこうとするとは到底思えない。


少しして、握り締めたままだった拳をようやく解き、上条当麻は大きく息をついた。
加えて彼はここで、闘いの間ずっと放置されていた10031号の事を思い出す。


慌てて振り返り辺りを見渡せば。一方通行の前で座り込んでいたそのままの場所に、10031号はそのままの座り方をして二人を見ていた。
その横から、やはり一人で待つ事などできなかったのだろう、窺っていたらしい御坂美琴が10031号の許へ駆けて行くのが見える。

苦笑しながら首を鳴らし、これで一件落着かとやはりそっくりな顔の二人のいる方向へ暫く歩いて行くと――――――――突然、全身の細胞が凍った。


226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 05:02:34.74 ID:4LiNNSX60


動物には、危険を察知する感覚があると言われている。その感覚が殺意に反応したのか。上条当麻は最初そう思った。

背中から感じる形容しがたい『何か』が、彼の歩みを止めさせたように、御坂美琴も、彼女にから数歩離れた場所にいる10031号も、同じようにそれを感じたらしい。




まだ、終わっていなかった。


直感した上条当麻が即座に振り返る。

距離にして、二十メートル程度だろうか。
仰向けに倒れていた一方通行が、立ち上がっている。

反射無しで砂利まみれの地面を滑ったせいか、汚れや擦り傷がやけに目立つ。
立ち上がっているとは言え、どう贔屓目に見てもそれは『なんとかギリギリ自力で立てている』程度でしかない。


それなのに。
紅い光を帯びた眼だけがギラギラと輝いている。
最初と同じ、いやそれ以上に怪しい色彩を放っていた。



上条当麻は、気付く。
自分が感じたのは。闇をも押しのけこの身を包んで来るのは殺意ではなく、ただ濃密な意思なのだ。



しかし濁りを感じさせず、却って純粋さすら感じさせた、瞳の奥の感情が。
その変わらぬ意思が、結果として妹ちゃん――――10031号を殺すというのなら

上条当麻がやることは、後にも先にも、当然ただひとつだけだ。





「……良いぜ。ならまず、そんな、歪んだ意思(げんそう)をぶち殺す」


227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 05:04:30.92 ID:4LiNNSX60














世界が歪み、傾いて、ぼやけている。


彼が絶対的な信頼を寄せていた反射による鎧は、よりにもよって『ただの右ストレート』に打ちぬかれた。

その結果がこれだ。どれだけ意識を飛ばしていたのかはわからない。
一秒か、十秒か、一分か。顔を少し動かせば視界に少年と超電磁砲らしき影が映っているのを見ると、十分二十分寝ていたわけでもないらしい。

そんな現状の確認を行う程度の事にそれなりの時間をかけねばならない事がそもそも普通ではなかった。
学園都市第一位とは要するに学園都市一番の頭脳の持ち主だと言うことに直結する。
これでは、まるで赤子ではないか。



彼自身がいつか、超電磁砲に言った台詞が頭をかすめる。冷静にならなければ、普段出来ることすら出来ない。

まさしく其の通りな正論だ、しかもそれに従うことはまったくもって容易ではない。
自分の手を自分の物のように動かす事すらぎこちなかった。


仕方が無いと言えば仕方が無い。

人に殴られる、脳を揺さぶられる、そんなそれなりにありそうな経験はこの一方通行にとって一度たりとも存在しなかった。
でも、だからと言ってこのまま寝ている言い訳になる筈がない。

228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 05:09:06.14 ID:4LiNNSX60




だって、俺は負けられない。

何故か。


だって、俺に負けは許されない。

何故か。


だって、俺が殺したアイツらは。

俺が、待ってろと言ったアイツは。







思考がそこに至り、彼の意識は急速に覚醒した。
起きて、立って、戦わねば。ただそれだけの気持ちが体を支配する。



砂利の上に手のひらを踏ん張り、体を持ち上げ、肩を通じ、肘で支える。

動かなかった筈の体を動かしているのはプライドか、罪悪感か。何かはわからないが。わからなくとも、動けばそれで良い。


口内に溜まる鉄の味を吐き捨て、背筋を伸ばし、頭を上げ、目を見開く。

視界にかかる霞越しに、少年が振り向くのが見えた。



そうだ、まだ終わってない。終われない。


傾く体を必死に縛りつけ
震える足を腕で押さえつけ
ただ視線だけを、真っ直ぐに敵へと突き刺して


口から垂れた血にまみた笑みを浮かべ、

悪魔は、再び立ち上がる。


229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 05:11:02.36 ID:4LiNNSX60














顔から全身を蝕み、脳髄まで達する波打つような不快感。
なんとか立ち上がれた事が幸運に因るものだとは、不本意ながら理解はしている。


目の前の『敵』に何故か反射は効かないようだった。
この際、何故かは問わない。しかし、もとからヒントは与えられていた。


ファミリーレストランで、端末に伸ばした手をあっさりと阻んだ右手。
『触られる』という事自体がそもそもおかしかった。気付くべきだった。気付いていれば、あの一撃を貰う事はなかった。


あの一撃は、『最強』程度に甘んじていた自分への活だ。どこかで、甘えや慢心があった事に対するものだ。



右手。弾かれたのも、叩き落されたのも、殴られたのも右手だったような気がする。
思い起こしてみると、奴は瓦礫や砂利は避けるか防いでいた。風にも飛ばされていた。
反射を無効化する程の能力ではあるが、汎用性が無いのかそれとも局所だけのものだろうか。




目まぐるしく演算と不快感と感情の嵐が飛び交う中、理性は淡々と告げている。
想定される攻撃が右手によるものだけならば、距離を取りこれまで通りのベクトル操作を用いた風と瓦礫の間接攻撃に徹すれば良いと。



確かに距離を取って闘えば、体力でもって動いている少年の持久力は脳力で戦う自分のそれとを比べるべくもない。

先の一撃は、不用意に近付いたが故のことだ。近付きさえしなければ何も問題は無い、筈だ。



230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 05:16:47.99 ID:4LiNNSX60


それでも。それは逃げだと、何かが叫んでいた。

過去から現在に至るまでの進化が、ちょっとばかり冷静な視点でもって相手を自分の土俵に引き摺り込むことだけだとでも?


笑わせるな。

近付けば負けるが、逃げながら戦えば勝てる。それが最強? そして無敵?


最強とは、最強が目指す無敵とは本当にそんなものか。
目先の勝ちに走って、己の恐怖に負ける事が許されるのか。
お前は、あれだけの妹達を殺しておいて、その程度のものか。


彼女達の死が、無駄だとでもいうのか。




そんな筈がない。
あるわけがない。



右手を、開いてから、握る。
右脚を少し下げて、背筋を曲げる。
引き絞るように体をねじる。


間違いなく理解できた。以前の一方通行では、例え常識を超えた速さで飛び掛ったとしてもこの少年には勝てない。
右の苦手も、左の毒手も、空を切った挙句に能力の鎧を剥がされた貧弱な体に拳が突き刺さって敗れる。



だがそれは過去の話だ。

この手が届けば、自分は勝つ。どこに立っていようと、どの距離にいようと、手さえ届けば自分は勝てる。

自分と、少年は同じ地に立っている。同じ空気を吸っている。同じ世界の中にいる。
そう、『同じ世界』にだ。ならば、この手が届かぬ道理が、あろう筈もない。

ならばこれは、答えの解った問題のただの確認作業に過ぎないのだから。



それを理解し、頭の中で何かが弾けた。
不快感も、倦怠感も、震えすらも消え去って、残ったのは純然たる意思だけ。
是が非でも、例え世界を枉げようとも通さなければいけない事がある。



何故なら、それは
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 05:21:17.38 ID:4LiNNSX60





「わざわざアイツらを殺してきたのは」




俺に似ていると言っていたウサギのストラップをたかってきた10030号は。
猫と睨み合っていた10029号は。
蝶々を追いかけていた10014号は。
雲を眺めていた10008号は。
やけに髪の毛が短かった9996号は。
缶バッジを後生大事にしていた9982号は。
金を無くしたと俺のコーヒーを奪った9749号は。
実験前にゴーグルを壊した9523号は。
ほんの少し背が小さいとぼやいていた09117号は。

08211号は07100号は06555号は05899号は04741号は04194号は03228号は02475号は01046号00634号は00302号は00113号は。



俺を、見上げたまま死んだ、00001号は――――




「俺が無敵になる為だろ?」




俺が無敵になる為に殺した。俺が無敵になると信じて死んだ。もう、いない。




「ならオマエなンかに、そンな、最強の、俺が、」




俺が負けて、彼女達の死に、意味が無くなると言うなら





「この俺が――――――負ける訳ねェよなァァァァァァあああああああッッッ!!!!!!」

絶対に俺は――――――負ける訳にはいかない










限界まで引き絞った弓の弦が弾けるように、一方通行が前へと、跳んだ。






244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 23:18:18.09 ID:4LiNNSX60







「この俺が――――――負ける訳ねェよなァァァァァァあああああああッッッ!!!!!!」



咆哮と共に一方通行が、かつてない速度で加速する。


その瞬間には既に、上条当麻は確信していた。
動作が足りない。間に合わない。

体ごと突撃してきている今の一方通行の腕を払っても、右手を振りかぶる前にさながら砲弾の速さで飛んでくる彼の体が早く自分に激突する。


その事態を回避するには二動作では悠長が過ぎる。一度で避けて、同時に殴る。
出来るか出来ないかではない。『やるしかない』。



さっきだって、そうだった。助けられる算段があるから、ここに駆けつけたわけじゃない。
助けたいから、駆けつけた。だから今も。
避けて、殴る。
正真正銘、全身全霊の一撃で。




「来いよ『最強』――――――っっ!!!」




疾る超能力者を、迎え撃つ無能力者が、右腕を軽く曲げて前に構える。

蹴り足のあった場所の砂利を炸裂させるように撒き散らし、夜を切り裂いて迫るモノクロの悪魔。その姿は駆けると言うよりも寧ろ飛翔に近い。


瞬きする間も無く、二人の距離は縮まった。
悪魔から伸びる右手。それは虚を突いていたとは言え、五体満足だった前回の交錯よりも遥かに速く。
蛇を思わせた動きは鳴りを潜め、ただ速くただ鋭くただ真っ直ぐなだけの、そして全てを込められた右貫き手。

体全体の加速に加えた、間接を無駄なく用いて行われた超加速。
闇に浮かぶ魔の爪先は空間ごと貫いて敵の喉下を目指し――――――毛一筋の隙間を残して、いつの間にかその外側へ全身を躍らせていた上条当麻に触れずに空を切った。



そして上条当麻の思惑通りただ一つだけ、彼の右腕が一方通行の視界に残っている。
伸びた抜き手と、肩から肘は垂直に、肘から拳は平行に。

交差して鉤状に曲げられた右腕。スローモーションの世界の中で、徐々に近付く右拳だけが動いていた。
見つめて、一方通行が口元を緩める。



鈍い音を響かせて、二つの影が激突した。


245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 23:27:57.93 ID:4LiNNSX60











御坂美琴は、己の目を疑った。


専門外とはいえ、彼女自身それなりの動体視力を持っている。
一方通行が放った右貫き手を、上条当麻は確かに避けた。

そして守るものの無い一方通行の顔面へと吸い込まれる彼の右手。
一方通行が一度目よりも更に盛大に、今度は回転しながら前方へ吹き飛んだ。

結果として自分から上条当麻の拳に突き刺さりに行った彼は、四分の三ほど回転しうつ伏せのまま砂利の上を滑る。


完全に、彼の。上条当麻の勝利だと、御坂美琴は疑わなかった。そう、




「………………え?」




同時、拳を振りぬいた体勢のまま全身を投げ出すように倒れ伏した上条当麻を見るまでは。

どう見ても全身の力を振り絞った故の転倒ではない。あれは、『立ったまま意識を失った人間が崩れ落ちた』姿だ。


激突の場所に倒れる上条当麻。動けない御坂美琴と10031号。その丁度中間で倒れている一方通行。
その場にいる全員が、微動だにせず硬直していた。風の吹き抜ける音だけが鳴り響く。




その中に、石を爪で掻いたような雑音が混じった。



もそもそと体を蠢かせ、そして上半身だけ何とか起き上がらせた影は。


白髪の輝きも汚れくすんだ一方通行だった。

246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 23:30:55.99 ID:4LiNNSX60


「と、ンだ……、ハンデ戦、だったじゃねェか……? なァおィ」


変わらずピクリとも動かない上条当麻を向いて、一方通行は知己に話しかけるような声色で投げかける。

鼻血が口、顎と伝って服や地面に落ちている。仰向けで既に一度、更にうつ伏せで十メートル程も砂利の絨毯の上を滑ったせいで、擦り傷の数はもう数えられる域にない。

痛覚という痛覚をこれまでほとんど感じてこなかった一方通行の体感する痛みは想像を絶するものだろうが、しかし。
彼は目を細めて笑った。頬の引きつった、無理のある出来損ないの笑みだった。


「触るだけがこんなに、しンどいたァ、夢にも思わなかった。カッ、カカッ、触りゃァ勝ちの鬼ゴッコ、ってか。ズルしなきゃ勝て、ねェたァ俺も相当じゃンか……なァ?」



返事は無い。恐らく彼も、返事を期待して言ったわけではない。
一通り笑った後、ズルズルと下半身を引きずり体ごと向きを変えて、一方通行は10031号とその近くに立っている御坂美琴に気付いた。



「超、電磁砲か。オマエもアイツと同じクチか?」

「アンタ…………っ!!」


構える御坂美琴を一方通行は視線一つで抑え付ける。


「アイツは、よくやった。やり過ぎたっつっても良い。おかげで、得たもンもある」

「そんな事言ってよくもアイツを――――――」

「死ンじゃ、ッ、いねェよ」


一方通行が音を立て、口から何かを吐き出す。
コロリと石の上を転がった白い粒は、よく見れば血に濡れた彼の奥歯だ。


「生体、電流いじって意識を落しただけだ。むしろ俺の、方が死にそうなンじゃねェのかこれ」

247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 23:36:12.74 ID:4LiNNSX60


遠目にも震えて見える右手を開いては握りながら一方通行が呟く。

見た目だけで判断すれば、その言葉通り一方通行の方が遥かに重傷だった。
しかしそんなこと関係無いとばかりに、御坂美琴は疑問をぶつけた。



「アンタの攻撃は、確かに触れてなかった筈…………」

「あァ、直接は『触れてねェ』」

「は?」



問い掛けに対してあっさりと与えられた回答に御坂美琴は、言われた事が暫く理解できなかった。

風で攻撃したならば、上条当麻は吹き飛んだ筈だ。熱で攻撃したならば、肉の焼ける音や臭いがした筈だ。

だがそのどちらの様子も見られなかったという事は、一方通行が放った攻撃は直接触れる事のベクトル変換によるものに間違いはない。
『触れれば必ず相手を倒せる攻撃』ならば、『触れさえしなければ害にはならない』。確かにそうである筈だった。


「触れてないなら、なんで――――」

「俺が物を反射する時」


遮って一方通行が言った。淡々とした口調はまるで講師か何かのようだ。


「直接触れてなくても反射できる。そもそもが、空気や風なんてもンを操れた時に気付くべきだった。
 あくまで認識の問題であって、空気越しに空気を、風越しに風を、掴んだ確信があれば俺は全てのベクトルを操作できる。
 だから俺は、『世界越し』にアイツに触れた。……構えンな、まだ小指の先の爪の垢程度の距離も離れてちゃ触れねェ」




一方通行はそう嘯いたものの、御坂美琴は漠然と察していた。
ただでさえ絶望的な差の開いていた第一位と第三位の間の壁が、最早絶対的なものになりつつある事を。

185手から、163手。九九八二次実験の時に、一方通行はそう言っていた。
最早それすらも過去の話だ。彼は既に20000通りの戦闘環境を飛び越えて、何かに手が届きつつあるのかもしれない。


更に一方通行は、まだと言った。この先いつかは、その場に佇むだけで世界を通じて全てに手が届くと。
更なる戦闘環境を経験することで――――――

248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 23:39:36.00 ID:4LiNNSX60


「――――――やらせない」


御坂美琴は、毅然たる態度で10031号の前に割り込んだ。

10031号からは三歩程、一方通行からは十数歩程の距離。
表情から色の消えた一方通行が、一歩進む。


「前にも、言ったよなァ超電磁砲」



また一歩。



「また邪魔をしたら、容赦しねェと」



更に、一歩。

両者の間を隔てる距離は、もう十歩と無い。



「ひょっとしてオマエ、今ここで死にてェのか? …………どけよ」


凄む一方通行に向かって、今度は御坂美琴は不適に笑った。


「死にたいわけないじゃない。たった一つしか無い命なのよ、まだしたいこともあるしまだ見たいものもあるわ。……でもどかない」



その啖呵は、堂々と放たれながらもどこかに怯えを含むものだった。
だがその怯えこそが、彼女の覚悟を示している。決意を持ってしてもねじ伏せきれない恐怖に抗って、彼女はここに立っている。


「お姉様達は、何故ミサカに対してこうまで執着するのですか、とミサカは疑問をぶつけます。
 死にたくないという意思があるのならば、今すぐにこの場から離れてください、先ほどの彼も、お姉様の行為も、論理性を著しく欠いています、とミサカはお姉様に問いかけます」


10031号には理解できない行動だった。死にたくないのならば、死地に態々飛び込まなければ良い。
ただそれだけのことの筈だと、10031号は主張する。

249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 23:49:00.32 ID:4LiNNSX60


そんな頭の固い妹に、御坂美琴は笑いを堪える。

この子は本当に、ただの子供にすらなりきれていない。
意思の持つ強さも、弱さも、まだ何も理解できていない。
それでも意思の閃きを感じられる。この子は確かに今ここにいる。生きている。


一方通行の意思が変わらない限り、妹達は殺されてしまう。
一足飛びに階段を駆け上った一方通行のせいで、例え自分がここで一手目で殺されようとも、彼の成長による誤差だと判断される可能性すら高くなってしまった。

なら、自分がここで闘おうとする意味はあるのか。
上条当麻を介抱し、一旦この場から撤退した上で再起の時を待つか違う手段を模索した方が良いのではないか。

そんな考え、頭ではわかっている。


しかし。10031号が殺される姿を想像し。09982号が殺された姿と、殺した一方通行の姿が頭をよぎって。
ただ、殺させるわけにはいかないと、それだけの想いが今の御坂美琴の体を突き動かしている。


だから御坂美琴は、優しい口調でこう言った。
姉が、妹に言い聞かせるように


「だって、アンタは私の妹だもん。理由なんて、それだけで十分よ。だから例え、その結果もし死ぬとしても――――――」


御坂美琴が言葉を区切り、ちらと視線をやった先には未だ倒れている上条当麻。
妹達を、御坂美琴を、死なせないために、助ける為だけに己が体を投げ出した少年。


「後悔は無いわ。アイツと、同じように」


彼女は、もうこれ以上折れも曲がりもしない。

それがわかってしまった一方通行は、ほんの少しだけ。ほんの一瞬だけ表情を歪めた。
泣きそうな顔だったかもしれない。しかし、そんな感情はすぐに隠れてしまう。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/29(金) 23:53:07.37 ID:4LiNNSX60


「…………10031号、そろそろ今回の実験も仕舞いだ」


間の御坂美琴を無視する形で、一方通行が10031号に告げる。


「何度も言わせないでよ。させると思う?」


御坂美琴の髪の毛が逆立ち始める。
空気中を、バチバチと音を立てて電気が走る。
幾度と無く使ってきた、ゲームセンターのコインが手に握られた。

敵としてすらみなされていなくても。勝てない事が予言されていても。それは闘わない理由になんてならない。
彼が、勇気を示してくれたから。


「あの時、死ぬ理由、とか言ってたわね。アンタ」


半身で、視界の隅に10031号の姿を捉えながら御坂美琴が言う。
最期かも知れない今、伝えたい気持ちを言葉に紡ぐ。


「理由に拘るのは、別に良いわ。でも、なら出来れば……」


一方通行と御坂美琴の距離は、もう数歩も存在していなかった。


「出来ればアンタ達は――――、まず生きる理由を見つけなさい」
「殺すぞ、良ィな」



笑顔が消えた御坂美琴の前髪から、紫電が走る。
その様子に目もくれず、一方通行から10031号へと投げかけられた何時も通りの確認。

そして、答える声。







「いいえお姉様―――――――――――――――――答えは、最初からミサカの中にありました。ただ、ミサカがそれと知らなかっただけで」


10031号が発した声は、とても穏やかなものだった。

普段の透明なもののようで、そうではない。
笑みさえ浮かんでいるようだった。

そして、言う。


「ミサカは、貴方のその発言を肯定する訳にはいきません、とミサカは貴方に答えます、一方通行」


257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:16:30.21 ID:RqD4cLjh0













「…………10031号、そろそろ今回の実験も仕舞いだ」


袖で血を拭って、彼は口を開いた。
いつか聞いたような、声だった。


「何度も言わせないでよ。させると思う?」


姉の背越しに、彼が自分を見つめていた。
いつか見たような、表情だった。


よくわからない何かが、10031号の胸を締め付ける。

何度も感じた違和感だった。
外科的でも、内科的でもない。もっともっと、体の奥にあるような所が発する痛み。
自分には、これが何だかよくわからなかった。今でも、よくわからない。



でも、わかった事もある。
自分に付き纏っていた既視感は、これまでの自分、ネットワークを通じて流れてきた彼女たちの気持ちだった事。

自分の姉達、00001号から10030号まで、大なり小なりすべからくこの違和感を味わっていたのだという事。

そして彼女達は、この違和感の正体を理解しないまま死んでいったという事。
そして自分もこのまま、理解できないまま死んでいくかもしれないという事。



「あの時、死ぬ理由、とか言ってたわね。アンタ」


体内に電気を蓄えながら、お姉様が言う。
瞳が、優しげに笑っている。


「理由に拘るのは、別に良いわ。でも、なら出来れば……、出来ればアンタは――――、まず生きる理由を見つけなさい」
「殺すぞ、良ィな」
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:19:20.38 ID:RqD4cLjh0


生きる理由、生きる目的。自分の、作り物の体と借り物の心に、生きる目的などあるのか。

お姉様の言った言葉が耳から離れない。何かが繋がりそうな気がする。

生きるという行為を行うに足る理由とは、端的に表せば欲だ。したい、、ききたい、ほしい、みたい。そんな欲望だ。




それと同時に投げられた、何時も通りの確認の文句。
それに『はい』と言えば、自分は何時も通りに眠りに付く。安らかに。目を瞑った闇の中で。






『――――――――――貴方は、何を望むのですか? ミサカが知りたかったように、ミサカが欲しかったように、貴方は、何を』


声が、頭の内で響いた気がした。

そして、



(………………あっ)





その瞬間、全てが理解できた。


少年が言っていた、自分がしたい事が、何故自分を考えさせたのか。
彼が言っていた、無駄という言葉が、何故あんなにも心を揺さぶったのか。
姉が言っていた、生きるための理由が、何故こんなにも耳から離れないのか。



まさしく天啓だった。



自分に向けられ続けていたその表情を見たくない、そう思って。
自分に向けられる事の無かった表情を見てみたい、そう思った。

それがこれまでの全てで、これからの全てだと、自分は生まれて初めて自分の意思を確信した。


259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:24:22.32 ID:RqD4cLjh0



自分の脳は、ネットワーク越しに他の個体からの様々な情報を得ることが出来る。

その中には生きて『いた』個体の情報も蓄積されている。
今の自分は、理解できる。自分ほどに己の意思を拾い上げることの出来なかった彼女達は、いったい何を思い死んでいったか。



ならば言わなければならない。
自分の意思を、彼に言わなければならない。
それが私の、生きる為の理由だから。


だから代弁しなければならない。
彼女達の遺志を、彼に伝えなければならない。
それが彼の、悲しみを終わらせる唯一の手段だから。





「いいえお姉様―――――――――――――――――答えは、最初からミサカの中にありました。ただ、ミサカがそれと知らなかっただけで」




二人に向かって、口を開く。


姉と、その向こうの彼に伝えよう。

自分の、自分達の、10030人分の自分達なりの人生を経て、ようやく出すことの出来た自分達の答えを。




「ミサカは、貴方のその発言を肯定する訳にはいきません、とミサカは貴方に答えます、一方通行」


ミサカは、生きたいです、と。



260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:29:15.29 ID:RqD4cLjh0












「――――――えっ?」


御坂美琴は、今度は己の耳を疑った。

確かに生きる理由を見つけろ云々とは言ったが、これまで何度言っても暖簾に腕押しだった10031号が突如として宗旨替えを行うとは夢にも思っていなかった。
勿論、彼女の気が変わってくれたにこしたことは無い。とはいえこれは余りに急すぎる。


思わず漏れたような声、それはまさに御坂美琴の心中をそのまま言葉にしたような台詞だった。
――――が、発したのは彼女ではない。



御坂美琴はその出所に改めて視線を向けて、気付いた。一方通行の様子がどう見てもおかしい。






「――――――イマ、いまなンつった」


笑ったような、泣いたような、困ったような、驚いたような、怒ったような、哀しいような、そんな表情で一方通行が手を広げている。


「俺の聞き間違いか? 俺の耳にァ10031号、オマエが今『死にたくない』っつったよォに聞こえたンだが、よォ」

「いえ。ミサカは生きたいのです、とミサカは返事をします」

261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:33:10.94 ID:RqD4cLjh0


何故今更。一方通行の思考はそんな考えで満たされ、溢れ出して飽和していた。


硬直する彼と同じく、こちらも混乱し硬直していた御坂美琴が、思わず助けを求めるように10031号を見る。

御坂美琴から向けられた視線に気付いた10031号は、小さく頷いた。
自分に任せてほしいとそう言ったように思えた御坂美琴が、二人の間から一歩外れる。

危惧していたように一方通行が10031号に襲い掛かる気配は一切無い。
 


「――――――は、ハッ、待てよ、笑わせンな、そンな、今頃いきなりそンなッッ!!」

「確かにミサカ達は、実験に使われる為に単価十八万円で製造されました、ですが一方通行、ミサカは理解してしまいました。ミサカの望みを」

「のぞ、み…………?」

「はい、とミサカは貴方に答えます」


10031号は、淀み無くまるで歌うように告げる。

つい少し前まで一方通行が10031号を死の淵へと追いやっていたのに、今はむしろ逆に見える。
まるで一方通行は10031号に追い詰められているようだ。


「死んでしまっては何も見る事はできません、それでもミサカには見たいものがあります、だからミサカは生きたい…………そんな望みです、とミサカは説明します」






「………………ひとつ、だけ。聞かせろよ」


僅かばかり落ち着きを取り戻した一方通行の口から飛び出したのは、そんな質問だった。

262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:39:22.80 ID:RqD4cLjh0


階段を一段一段、10030段ものぼり続けた彼を、残った9970段をのぼり切る前に今の高さから突き落とす。
そう、決めたのは10031号だ。


「俺が、俺が殺した奴の中にも、オマエとおンなじ事考えてた奴はいたのか?」


だから縋るように繰り出される言葉を、切り捨てる役をも自分で負わねばならないと、10031号は少し迷うように目を閉じ。もう一度目を開いて否定する。



「……ミサカは、幸運にも機会に恵まれた故にこの感情を言葉に表すことが出来ましたが、これまでにも貴方と接してきた妹達の中で……。
 ミサカのそれと類似する感情の蕾を、いつか芽吹かせていた個体は少なからず存在したでしょう、とミサカは推論ながら確信を持って答えます」



静かに、しかし怯えるように聞いていた一方通行は、先ほどまでの堂々とした様子がまるで嘘のよう態度だった。

彼は持ち上げた右手を見つめていた。幾度と無く命を摘み取ってきた右手を、何かおぞましいものでも見るように。
指は開かれて閉じることなく、強くかみ締められた唇から新しい血がこぼれる。



声をかけようとしたのか見ていられなくなったのか。一歩、10031号が一方通行に近付く。その途端


「くンなッッッッ!!!!!!!」


一方通行が叫ぶ。

これまで聞いたことの無い語調に、10031号の足がびくりと止まる。
ぽつり、ぽつりと雨粒が操車場に敷き詰められた砂利を叩き始めた。

263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:41:12.76 ID:RqD4cLjh0


「くンなよ…………、頼むから、くンじゃねェよ…………」


学園都市第一位、一方通行が子供のように『懇願』している。

あまりの異常事態に御坂美琴は本格的に自失した。
これがあの、以前彼女を一蹴し退けた一方通行と同じ人物だろうか。



「……………………じゃァ。オマエ達が。俺に、殺されてたのは。………俺が、無敵になる為じゃなくて。死にたくねェって、言えて、無かった…………だけだった、って事かよ」



口を開く一方通行の、顔は笑っている。口元はつり上がり、目は細められている。
だというのに御坂美琴にも10031号にも、それが笑顔には到底見えなかった。

カタカタと何かが鳴っていると思えば、それは一方通行の歯の根があっていない音だった。
一方通行が、ぐらりと後ろによろけるようにあとずさる。


「それは――――――――」



少し顔を歪めた10031号は、胸を手で押さえながらも口を開く。
何かを伝えんとまた一歩、思わず近付いた彼女の後ろに、彼は10030人の血まみれの顔を幻視して、




「――――――――――――――――ァァッッ!!!!!」



声にならない声で絶叫した。


264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:42:53.92 ID:RqD4cLjh0
















不思議な光を放つ暗がりの一室、液体で満たされたビーカーに一人の人間が逆さまの格好で浮かんでいた。


(――――――しかしまさかこんなにも早く、それも己から)


緑色の手術着にも似た服と背ほどまで伸びる銀糸をはためかせ、薄いエメラルドの瞳を虚空に向けている。

つい数時間前まで、その場所にはボロボロの少年が立っていた。まるで喧嘩でもしてそのままやってきたような有様だった少年が。


(妹達の助命と延命措置の為に学園都市へ己を売るとは、想定内にせよプランの前倒しにも程がある)



見方によって何者にでも見える彼は、ビーカーの内でただ漂い続ける。



(当の本人は心的外傷によってか単純な能力の行使にすら支障をきたしていた様だが……、そちらに関してはどうとでもなる。どちらにせよ、存分に働いてもらわねば)



ごぼりと、気泡が音をたてる。







┼ヽ  -|r‐、. レ |
d⌒) ./| _ノ  __ノ


265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:46:33.14 ID:RqD4cLjh0
この話は一旦ここまでで、一区切りです。とは言え続きなんてまるで書いていないのですけれど。
では、エピローグというかおまけというか、彼女の望みの答え合わせを投下します 
 
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:48:06.56 ID:RqD4cLjh0


最早上条当麻お馴染みの場所とも言えるらしい病院へ、二人が自分を連れて行った次の日には。もう全ては終わっていた。

絶対能力進化実験の凍結を含めた諸々から、生産済みの9970にも及ぶ個体の調整と一時的な受け入れ先に至るまでの一切の処理は既に終了していた、という事らしい。


手際が余りにも良すぎるね? と、そんな言葉を付け加えられたそんな話。
病室でカエル顔の医者からそう聞かされた自分は、何故か彼の姿を脳裏に浮かべた。
自分が横になっているベッドの傍で一緒に話を聞いていたお姉様達も、多分同じ姿を連想しているようだった。



「さて、僕はもう行くからね? 患者は安静に、お見舞いは騒がずに、よろしくお願いするよ?」



医者が言葉だけ残して部屋から出て行く。
扉に向けられていたお姉様達の視線が、ほぼ同時に自分の方を向いた。

二人を交互に見比べていると、お姉様が何か面白そうに笑う。
首を傾げると、今度は上条当麻が笑った。


「でもまあ、良かったよ。妹ちゃんも無事なまま全部終わって」

「上手く行き過ぎな気はするけど……、上手く行かないよりは全然良いわよね」


揃ってお見舞いに来た二人は、揃って笑った。



お姉様も、上条当麻も、どちらも今話しているほど事を簡単に考えているわけではないだろう。
自分を病院へと運ぶ間、お姉様が沈痛な表情をしていたのも知っているし、それを上条当麻が気にかけていた事も知っている。

でも、二人がそれを自分に感じさせないようにしようと振舞っていたのも知っているから。
今は何もいわないでおこうと、そう思った。



「さーて、私もそろそろ帰ろうかしら。学生って案外やること多いのよね」

「…………俺もちょっとほったらかしにしすぎてやばいというかまずいというかそんな気がする」

「そうですか、お二人とも態々来てくださってありがとうございました、とミサカは感謝の言葉を述べます」
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:50:03.22 ID:RqD4cLjh0


ベッド傍の椅子から立ち上がるお姉様に合わせ、上条当麻も支度を始める。
良いわよ、と頭を下げた自分に笑いかけたお姉様は、少し表情の色を変えて此方の顔を覗き込んだ。


「そういえば最後に一つだけ聞いておきたいんだけど」

「はい、何でしょう、とミサカはいい子にして質問を待ちます」


「………………何で、生きたいって思ったの?」

「…………そうですね」




生きたいと、思えただけの理由。


「上手く説明できないかもしれませんが…………」


それは、残念ながら、非常に残念ながらミサカだけのものでは無い。
だから上手く説明はできないけれど、その理由の種が蒔かれた瞬間ははっきりとしている。



「ミサカは見たいと思ったからです、とミサカは少しずつ説明します」



第一次実験の時に、00001号が思ったのが多分全てのきっかけ。

額にかざされる手越しに、彼の顔を見て不思議に思って問い掛けようとした。
眉根を寄せて、唇を一文字に結んで、こんなにも瞳が揺れていた彼を見て、

『一体何故そんな顔をしているのですか』、何かが痛んで、そんなふうに。



「ミサカ達が知っているミサカ達に向けられたあの人の表情は、ただ二つだけでした、とミサカは思い返します」



学習装置を用いて急速に人格の形成される自分達の思考において、生まれ落ちた瞬間から知識として、そしてネットワークを通じて知る彼の存在は相対的に見てもかなりのウェイトを占める。
彼に対して興味が湧くのはある意味当然の事。

その彼と過ごす時間を無駄と断じられたくなかった。多分、大切な時間だったから。
彼にとっては無駄な時間なのかと、悲しくも感じた。全部後付けの理由だけど、それもおそらく正しいと思う。

268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:52:26.43 ID:RqD4cLjh0


でも結局、実験の時の色の無い表情。
そして実験が終わるときに決まって目を閉じさせる様になった彼が、目蓋の向こうで浮かべているであろう表情。

そのただ二つだけでしか、ミサカ達は彼の事を知らなかった。
うっすらとしたものだったけれど、ファミリーレストランで上条当麻達に向けられていた顔は、決して自分には向けられなかったもので、それがなんだか少し嫌だった。


だから、見てみたいと思った。彼が自分に向ける違う色の表情を。

研修を経て、人の表情には様々な色が存在する事を目で見て理解してから、そう想うようになった。
上条当麻に言われた言葉で、その想いはより強くなった。
あの時お姉様が言った言葉が、引き金を引いた。


実験で彼の手にかかる事に異論は無かったけれど。
――――――むしろ幸せすら感じたかもしれない。

でも、それ以上に、



「だからただ気になりました。聞きたいことも言いたいことも色々ありましたが、結局は――――――」




お姉様や、上条当麻、街行く人々が浮かべるようなものを、彼が。

もしかすれば、自分に向けて。

そう考えてみた時に少しだけ、心かもしれない何かが弾んだ事が、心かもしれない何かで理解できたから、



「――――――見てみたいと思ったからです、笑みを浮かべている所を。
 死んでしまえば、ミサカは永遠に見ることも聞くことも、言うこともできませんから、とミサカはお姉様に説明しました」




何故あんな表情をしていたのですか?
何故態々痛みを除くような面倒なやり方で実験を行おうとするのですか?
何故目を瞑らせようとするのですか?


聞きたい事はいくらでもあったけれど。


研修の際に会ったような時、邪険に扱わないでください。
仏頂面ばかり見せていないで、違う顔もしてください。
たまには、貴方から話しかけてきてください。


言いたいことはいくらでもあったけれど。



でも言葉としてぶつけた時に彼が浮かべるだろう表情はわかっていたから、これまでは聞くことができなかった。

だけどこれからは、そんな事お構いなしに聞いてやろうと思っている。
10030回――――――いや、自分の分も含めて10031回は聞いても構わない……筈だ。

269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:53:52.46 ID:RqD4cLjh0



「……………………そっか」


黙って聞いていたお姉様が一言だけもらす。
複雑そうな顔をしていたけれど、お姉様はそれ以上何も言わなかった。


「生きるに足るには、軽い理由でしょうか、とミサカはお姉様へと質問し返します」

「ううん。…………逆だけど、私と同じよ」

「? どういうことでしょうか、とミサカはお姉様に問いかけます」

「機密事項、よ」


そういってお姉様は笑う。


そういえば結局この理由も。
あの後逃げ出すように闇へと消えた彼には、伝えることができなかった。


「じゃあ私は行くわよ。ありがと、また来るから」

「妹ちゃんもそこそこ安静にな。今度は俺の知り合いも連れて来るよ」

「ええ、お気をつけて、とミサカは二人を見送ります」


それぞれ手を振る二人が扉に消えた。

病室が自分一人になったとたんに降りる沈黙。
さわさわと葉擦れの音が耳に心地よい。
しかしどこか物寂しさも感じさせた。

270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 03:55:43.83 ID:RqD4cLjh0




お姉様にはああ言ったけれど、あの選択は本当に正しかったのかと今でも少しだけ、ほんの少しだけ考える。



自分の言葉が全ての代弁のように謳いはしたけれど、実のところ確実にそうだとも言い切れないのだ。
10030人と、9969人のミサカ達が全員自分と同じ幸運に恵まれたとしても、同じ行動に出たとは限らなかっただろう。

だが、彼はミサカ達にとって特別だった。その点だけは全員自分と同じだと確信を持って言える。


だからこそ、自分のように自分の意思を拾い上げられるようになって、それでも尚彼の為に、彼を想って命を捨てた個体もいたかもしれない。
そして、そんな個体の感情は自分にはわからない。その感情は、その個体固有のものなのだ。理解できなくて当然、そう考えてもいいと思う。


そんな想像の中の個体より、自分はかなり利己的とも言える。
彼の表情を見たいが為に、命を捨てることを拒絶したのだから。


でもその結果、彼が苦しんでいたとはいえ


「後悔は無いです、とミサカは一人呟きます」


こうやって考えられるのも、全てその選択のお蔭なのだ。
あの時の自分を褒めはすれど、詰るわけがない。

途中でやめる事は勇気がいることだったけど、最後まで突っ走るよりはマシだと思ったし、選んだのは自分だから。
それで生じたあの人の傷と痛みを、癒す義務も自分が背負っていると考えれば、それは随分な役得だ。


意思を感じる事とは、我侭になる事に似ていると思う。
だって、こんなにも意識が欲求で満たされているのは初めてのことかも知れないから。


271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 04:01:55.69 ID:RqD4cLjh0




何故あの人を悲しませた。
ずるい。ずるい。ずるい。
よくぞやった。
胸が張り裂けるように痛い。
あの人は、今何処に?
これから、何の為に生きていけば良いのだろう。




あの後ネットワーク越しに色々な反応や異論もあったが、まるごと無視した。
それからネットワークは大層喧しいことになっているけれど知ったことじゃない。




思えば自分が恵まれていたのは、本当にただの幸運だけだった。
もし上条当麻やお姉様に会うことなく、そのまま研修から実験へと赴いていたら、そう考えるだけでもぞっとする。

知ってしまえば、もう放すことなんてできない。自分はさながら、知恵の実を食べた咎人といった所だろうか。

それに、あの時聞こえてきたあの声は――――――――――、疑問はやはり尽きることが無い。





そういえば、お姉様達はまた来ると言っていた。
明日か、明後日か、いつ来るかはわからないけれど、退院する時までには来る事だろう。騒がしくも賑やかな空気が、この病室に満ちるだろう。

その時を少し待ち遠しく感じている自分がなんだかおかしかった。





対照的に、絶対に顔を出さなそうな人が一人いる。

最後の最後、お化けでも見たような顔をしていた彼は、間違いなく来てなんてくれそうにない。
あの人が何を考えて何を見たのかはわからなくても、女性の顔を見て浮かべた表情がアレという事が無礼極まりないこと位わかる。

272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 04:05:41.11 ID:RqD4cLjh0


勇気を出して告白した姫。

その言葉を最後まで聞きもせず、あろう事か逃げ出しやがった甲斐性無しの王子様。

一人途方にくれる姫を置き去りに、彼はいつまでたっても帰ってこない。



そんな間抜けなエンディング、自分の手でぶち壊そう。
固まったのは…………、そんな決意。






「もし貴方が、もう来てくれないというのなら――――」






今度は、姫が王子を探しに行く。

例え居場所はわからなくても、二人は世界を通じて繋がっているから、きっとどこかで、またいつか。


そんなストーリーがあっても、多分面白い。



そうしたら、あの時言えなかった言葉を散々に言おう。
嫌だと言って逃げても、追いかけて聞かせよう。

なんだか、とても楽しみだ。聞く表情はどんなだろうか。


………………欲張るならば、笑顔が良い。
あの人の顔に、笑顔が似合うかどうかは知らないけれど。
それでも見たい。笑いかけて欲しい。



多分それが、私のささやかな望みだから。














病院の窓越し、暖かい日差しの中で、風に吹かれる雲をぼんやりと眺めながら。

10031号はいつか見たい笑顔を想って
ほんの微かに、笑みを浮かべた。


273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/30(土) 04:19:47.90 ID:RqD4cLjh0

と、いう話だったのさ!
読んでくれた人、本当にありがとうな。

今日ケータイをトイレに水没させたりとか色々あったけど何とか投下できますた。
半年前にも川に落下させたというのに、何も成長していない…………。


テーマというか、書いてる途中から話の根底に据えたのは
人は理由に拠って動く。そして、命を天秤に乗せて理由如何によってはその命を投げ捨てる事ができる

殺した命の為に前に進もうとした一方さん
妹達の為に命を捨ててやると決意した美琴さん
その美琴さんを悲しませない為、守る為に命を賭けた上条さん
そして死んでいった妹達と、己の願いの為に生きる事を選択した10031号

彼ら、彼女らそれぞれの決意と意思

と、いうのを話だけで伝えきれているか怪しいので
見苦しくもこの場で説明せねばならないという実力不足。無念。

それではおやすけ! 
 
 
274VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/30(土) 04:23:00.08 ID:gs/1FtCDO
乙乙!
面白かった

一方さんと10031号の後日談を楽しみにしてる
それと>>271
> ずるい。ずるい。ずるい。

これ14510号だなww
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県)[sage]:2011/04/30(土) 04:30:32.29 ID:rUoPnmWKo

途中のおわりを見た時は、中途半端すぎるとツッコミかけたww
なんつうかハッピーエンドとは言えないけど、自分の道を見つけた感じで、これからに期待できる終わり方だったな
一通さん可哀想だから救ってほしい気もするけど、下手にいじるとぐだりそうな感じだし難しそうだなww
276VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/30(土) 04:37:30.40 ID:D8lvYMMDO
乙でした!面白かった
>>242の話聞いてから一方さんに良い感じの気持ち悪さを感じたよ。ラストは痛々しかったけど
BADENDverも見たくなったけど話にならなそうだ
最後なんかすげえ死んだ目してそう
10031号が気付けてよかったよ
277VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道)[sage]:2011/04/30(土) 04:39:06.64 ID:2Zob7rBP0
これはすげぇなんて言葉じゃ表せられねぇ…
なんていうか… すっげぇ…
すっげぇ面白かった!!!

乙!!!

後日談、番外編、その他諸々期待している。
279VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/30(土) 07:41:40.53 ID:thA4cMCDO
乙です。
朝っぱらから泣いたよ、どうしてくれる。
いいもの読めて本当によかった!ありがとう。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/30(土) 08:03:59.81 ID:QANgi3qvo
凄いわ…この話大好きだ。>>1に惚れたぜ
他のネタも読んでみたい。何か思いついたネタがあったらまた書いてくださいお願いします
乙でした!
 
 

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