2013年11月27日水曜日

とある未来の通行止め その2 2

535ブラジャーの人 [saga]:2012/01/03(火) 21:08:21.62 ID:7InfxQ/O0

三月になって、日差しの色は暖かさを帯びてきたが、風はまだ冷たい。
昨日は打ち止めの入試の結果発表があった。ミサカネットワークのおかげで当日に得点が分かっていたため、おそらく主席合格であることは予想できたが、それでも緊張して四日間を過ごした。
結果は予想どおりのもので、今日黄泉川家ではいつもの五人でささやかながらも、お祝いパーティーが開かれている。炬燵の上に打ち止めの好物を並べ、各人酒やジュースが注がれたグラスを持った。

「それでは、我が家の打ち止めのトップ合格を祝して…カンパーイ!じゃん!よくやった!」
「わーい、ありがとうございます!これもみんなのご協力のおかげです、ってミサカはミサカは恐縮してみる。難関校じゃないけど…」
「打ち止めの努力があってこそよ。本人が頑張らなければ、他の子が取っていたでしょうね」
「素直にお祝いされなよ、最終信号。実際この二ヶ月は勉強三昧だったんでしょ?」

黄泉川と芳川、番外個体の賛辞を受けて、打ち止めはとても嬉しそうだ。自分の快挙を心から喜んでくれることに、主席合格を取ったこと以上の達成感を味わっている。



「そう言ってもらうと…、堂々と胸張っちゃおうかな。あとあと、やっぱりあなたが勉強教えてくれたおかげだから、今日はあなたにもカンパーイ!ってミサカはミサカは感謝の祝杯を掲げてみたり」

打ち止めは腕を伸ばして、一方通行のビールが入っているグラスに自分の物をチン、と当てた。その後はジュースを一気に飲み干す。

「ぷはー、勝利の味は格別ですなぁ!ってミサカはミサカはあなたに二杯目のお酌の準備をしてみる」
「早ェよ、まだ半分以上残ってるだろォが。そこのジョッキに注いでやれ」


一方通行が顎で黄泉川の方を示し、打ち止めはビール瓶を持ったまま炬燵から抜けて、対面に座る保護者の元へ。
536ブラジャーの人 [saga]:2012/01/03(火) 21:12:01.57 ID:7InfxQ/O0

「はい、ヨミカワ」
「お、気が効くじゃん。若いコにお酌してもらうとやっぱ違うねぇ」
「オジサン臭いわよ愛穂。打ち止めは今日の主役なのだから、王女様らしくしてていいのに」
「ううん、そもそもミサカがやる気になったのはみんながいたからだもん。だからミサカからもお礼させてほしいな」
「あー打ち止めイイコ!!ほんとイイコじゃんよぉ!!」
「あぅっ」

なみなみに注がれたビールを飲んでいた黄泉川が、ジョッキを握ったまま、がしっと打ち止めを抱きしめた。

「おやぁ、年の差百合プレイってかぁ?あなたどう?ムラっとくる?ひひひ」
「アホが」

ビールがこぼれて少女が濡れやしないかと危惧した一方通行だったが、ジョッキの中身はもうほとんど空で、安心と同時に大いに呆れる。

「ヨミカワ苦しいよ、あははは、もう酔ってるの?ってミサカはミサカはイヤじゃないけど、もぉ」
「酔ってない酔ってない。強いて言うなら打ち止めのせいじゃん。あんたがイイコだからじゃん」
「わーお。おっぱいに挟まってすっかり瓶が隠れてるね」
「………」

急なことで、打ち止めには瓶を手放す隙もなかったのだ。ジョッキと違って固定されているし、簡単に中身がこぼれないだろうと、一方通行は慌てはしなかった。

「羨ましい?」

番外個体が真面目な顔で一方通行に訊く。それが余計に神経に障るのだが。

「もォ一回言うぞ。…アホが」
537 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/03(火) 21:18:36.59 ID:7InfxQ/O0

「どう見ても酔っているわね。ちょっと、瓶は大丈夫なの?」

酔っ払いと少女の巨乳によってほとんど見えなくなってしまったビール瓶に、芳川が手を伸ばす。

「……抜けないわ…」

打ち止めは既に瓶から手を離して、頬をすりすりよせてくる黄泉川の背中をあやしている。胸の谷間と谷間にスッポリはまり込んだ瓶の底を掴んで抜き取ろうとした芳川だが、掴める面積は限られているし、摩擦が強いせいなのかビクともしない。

「一方通行、抜けないのだけど?」
「………」

「君がやりなさいよ」と芳川が一方通行に視線を向ける。彼は「なンで俺が」と睨み返す。

「だって危ないでしょう?まだ中身がたくさん入っているのよ?このまま愛穂が打ち止めを押し倒したらこぼれてしまうわ」
「えぇ、それはイヤだ、ってミサカはミサカはヨミカワ離してと訴えてみる!」
「やだあと三分~」

不抜けた顔の黄泉川が、ますます打ち止めを抱きしめる腕に力を込める。それと共に、二人の体が傾いていった。

「…番外個体がやればいいだろォが」
「え?ミサカはビールでぬれぬれになった最終信号に襲いかかるあなたが見たいからやらないよ」
「あー、ビールまみれはイヤだよおまけに苦しいよあなたぁぁー!ってミサカはミサカは救助を要請してみたりぃぃぃ」

番外個体はアテにならないようだ。舌打ちした一方通行は、まずこれ以上二人が倒れないように打ち止めの背中を支え、まだ握られたままだった黄泉川のジョッキを奪う。それから、もう僅かしか見えなくなったビール瓶の底を五本の指で掴み……

「オイ、抜けねェぞこれ」
「ね?どういうわけか抜けないのよ」
538 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/03(火) 21:22:27.41 ID:7InfxQ/O0

黄泉川と打ち止めの腹にも挟まれて、力をかけ難いのは確かだ。しかしここまでとは思わなかった。一方通行は強引に指を食い込ませ、二人のお腹をかき分けていく。

「うひゃあくすぐったいよぉ」
「我慢しとけ…」
「あはははははははははははははははは」
「うるせェなこの酔っ払い!」

ぐ、っと掴んで、下に引っ張る。それでも瓶は抜けなかった。

「どォなってンだこりゃ」
「おそるべし巨乳の力だわ…」
「馬鹿言ってる場合かよ」
「でも現実に抜けないじゃないの」

芳川が青年の首のチョーカーを指さした。最終手段を使え、と言っているのだ。

「……まじで馬鹿馬鹿しィが、仕方ねェ…」
「ぶはっ、こんなんで第一位の能力使うわけぇ?」

それは一方通行こそが一番強く感じている疑問である。首の電極に触れて、ベクトル操作でもってビール瓶を抜く。続いて黄泉川と打ち止めを引き離そうとしたが、

「あ、大丈夫だよ。瓶が無くなって息が楽になったから、ってミサカはミサカはこのままヨミカワを甘やかそうとしてみる」
「ふふーん、ふふふーん」
「愛穂ったら……」

黄泉川はいたくご機嫌である。反対に一方通行は不機嫌になった。

「やめとけ、この具合じゃ三分経っても解放されねェぞ。オマエの背骨が折れる前に救出されてろ」

(ねぇ芳川、あれってヤキモチ?ミサカがああして最終信号と百合プレイしても同じかな)
(この二人が付き合うようになってから、特に顕著なのよね。時々胸やけするわ)
539 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/03(火) 21:27:56.50 ID:7InfxQ/O0

一方通行は黄泉川の両手をほどいて少女を脱出させた。残念そうな黄泉川だったが、さすがに能力を発動させた一方通行には抗えない。打ち止めは胸いっぱいに息を吸い、足りなかった酸素を取り込む。

「ふぅ、ヨミカワの愛がひしひしだったよ、ってミサカはミサカは深呼吸…」

それを見て青年は電極のスイッチを元に戻した…のが運の尽き

「あ、あなたまだ電極切らないほうがいいよ。なーんて、切ってから忠告しても遅いか。ぎゃは」
「はァ?……!?」
「スキンシップは家族の絆を高めるじゃん。それを邪魔した一方通行には、責任とってもらうじゃんよ!」

油断していた一方通行は、背後から飛びかかって来た黄泉川に両手ごと拘束された。押し倒されはしなかったが、容赦なく腕が胸と腹に食い込んで苦しい。

「っ~、こンのクソババァ…!」
「あんたも家庭教師御苦労さまだったじゃん。黄泉川先生が褒めてやろう、ホレホレ」
「まぁ、たしかに愛穂にそうされるのは、普通の男子なら嬉しいものかしらね。一方通行、どう?」
「全然。…おい芳川、オマエ何する気だ」

冷静な芳川。棚からカメラを取り出したかとおもうと、シャッターを切り始めた。

「あ、記念撮影だね、ってミサカはミサカは一緒にフレームに収まってみる。いぇーい」
「ミサカもー。いぃぇえぇぇーい!!楽しー!!」
「…はい、打ち止め交代してちょうだい…。あ、待って全員で写りましょう」
「あのなァ…」
「わーっはははははははははあんたも笑うじゃんよ一方通行!写真は笑って撮るもんだ!」
「耳元でうるせェよ…いい加減離せ…」

芳川が炬燵テーブルの上にカメラを設置して、数秒後には全員そろって、ハイチーズ。


553 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:06:38.37 ID:w3Ey7Jfj0

わずかな拘束時間だったが、すっかり体が凝り固まったような気がする一方通行。ぽきぽきと、肩や腕を回してほぐす。あとで打ち止めにマッサージをお願いしたい心境だ。

「さぁ、せっかくの料理が冷めてしまうわ。仕切り直して食べましょう」
「そーそー、私と番外個体が腕によりをかけて作ったんだから、残したらタダじゃおかないじゃん」
「オマエのせいだろ、この酔っ払いがァ…」

五人は改めて炬燵に浸かり、とりあえず腹を満たすことに意識を集中させる。食べ始めてみれば、それはとても美味しいので早々に料理は減っていった。

(炊飯器製だけどなァ…)
(むむむ…、やはりミサカの普通料理はまだまだなのね、ってミサカはミサカはさらなる修行の必要性を実感してみる)

554 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:09:33.89 ID:w3Ey7Jfj0

「あーおいしかったぁ、ってミサカはミサカはお腹をぽんぽんしてみたり。あ、番外個体いいよ、今日はミサカがお片づけするよ」

空になった食器を持って、キッチンに運ぼうとした番外個体を打ち止めが制する。作らせておいて、片づけまで任せるのは申し訳ないと思ったのだ。

「だから主役でしょ最終信号は。ふんぞり返ってりゃいいのに」
「ならば女王様らしく命令しよう!ミサカにもお手伝いさせるのだ!ってミサカはミサカはもうお台所へダッシュしてみるっ」
「ちょっと皿持って走ると転ぶよ!」

姉妹で仲良く、言い合いっこしながらの洗い物が始まった。流れる水道の音や、食器が重なる音をBGMに、黄泉川、芳川は食後の一服、緑茶。一方通行は久しぶりの缶コーヒーである。

「打ち止め…あんなに立派になって…。もうどこに出しても恥ずかしくないじゃんよ…」
「出すところは決まっているのだけど。ねぇ?一方通行、うふふ、なんとか言いなさい」

これぐらいでは、もう一方通行の精神を揺さぶることはできない。相手が酔っ払いなら尚のこと。青年は落ちついた様子で缶に口をつけた。

(黄泉川だけじゃなく、芳川も少し酔ってンな)
555 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:12:28.04 ID:w3Ey7Jfj0

「確かに打ち止めは良い子だわ。それに今回の受験のことといい…。愛穂、何かご褒美あげましょうか」
「ご褒美ねぇ…。うん、いいじゃん!卒業祝いと入学祝いもあるし」

あれでもない、これでもないと、保護者二人は何をあげるか相談しはじめた。
やがて、彼女達は黙って聞いていた一方通行にも意見を求めてくる。

「一方通行、黙ってないでお前も考えるじゃん。何がいいと思う?」
「特別なお祝いなのよ。ありきたりな物ではつまらないわ」
「……本人に希望を訊いてみた方がいいンじゃねェか」

頑張り屋さんで家族思いのあの少女に、こうしてご褒美をプレゼントするのはかまわないと思う。ただ、自分だけが彼女に贈るものではないので、一体何をあげるのが一般的なのか、一方通行はあまり見当がつかない。

「うーん、サプライズもいいのだけど、出来ればあの子が欲しがるものをあげたいことだし…」
「どうしよっかねー…」
「酒が入って、回りすぎてるオマエらの頭で考えるのは無理だろ。おら、もう戻ってきたから訊いちまえ」
「ナニナニ?ってミサカはミサカは深刻なお茶の間の雰囲気に事件を感じ取ってみたり」

556 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:15:53.48 ID:w3Ey7Jfj0

打ち止めと番外個体がリビングに戻ってきてしまい、タイムアップだということで、黄泉川が単刀直入に切り出した。

「打ち止め、ご褒美あげるじゃん。何がいいじゃん?何が欲しいじゃん?」
「はい?ってミサカはミサカは急な問いかけに話が見えなくてあなたに解説を求めてみる」
「主席合格祝いと卒業祝いと入学祝いだとよ」
「すげぇ、トリプル祝いだよお姉ちゃん。どうせだからこの人が破産する勢いでワガママ言おうぜ」
「オマエは黙ってろ」

全員の視線が打ち止めに集まる。主役の王女様は、一体何をリクエストするのやら…

「い、いいよそんなの。今日だってミサカのお祝いしてもらってるし…」

こんな時は、本当に打ち止めの成長を感じてしまう。昔は随分無理を言って周囲を困らせたものだが。しかし、今は彼女に遠慮なく贅沢を言ってほしい。黄泉川も、芳川も、一方通行も。

「最終信号、だめだめ。見てみ、このお母さん達の表情」
「おぉぉぅ…、泣かないで今考えるから!ってミサカはミサカは心の欲しい物リストを大急ぎで検索してみるっ」

頬に両手を当て、打ち止めは考える。なんだっけ、なにが欲しかったんだっけ。服やアクセサリーは…、一方通行がよく買ってくれる。
新しい学校で必要なものは…、今度一方通行が買いに行こうと言ってくれている。それに生活必需品のような物は、保護者達が求める回答ではないだろう。
強いて言うなら、ウエストが細くならないかな…などと思う始末。

「何でもいいじゃん?」
「打ち止めが喜ぶものをあげたいのよ。悪いけど一生懸命思い出してちょうだい」
「う~んう~ん」

何でもいいのが一番困る。あと一方通行が甘やかしすぎるのも困る。打ち止めが悩み始めて三分が経過した。
557 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:18:28.54 ID:w3Ey7Jfj0

「ご褒美もらえる主役がめっちゃ困ってんだけど」
「酔っ払ってっからなァ、アイツら」
「他人事みたいに言ってぇ、最終信号が悩んでるのは自分の責任でもあること、分かってんのかにゃーん?」

これは長くかかりそうだと、番外個体と一方通行は少女から視線を外した。ニヤニヤする番外個体に、一方通行が無意識に身構える。

「あなたがお姉ちゃんの欲しがるもの買ってあげちゃうからじゃん。モノでココロを引き止めてるみたいで、ミサカ正直情けないと思うナ」
「………」

そんなに何でもかんでも買ってやっているだろうか?一方通行は自らの行いを振り返る。

(……確かに、そう言えなくはないか…)

ずばりそう言える。誰の目から見ても。

「ンだよ、ひがンでンのかァ?オマエも欲しいものがあるなら、ついでだから言ってみろ。買ってやる」
「………やだ、第一位が気持ち悪い。鳥肌ゾワゾワ」

口と表情が一致していない番外個体。一方通行は鼻で笑ってやった。

「ま、気が向いたら俺にねだってみやがれ。破産するよォなものでなければ構わねェぞ」
「……ふん、破産ギリギリの買わせてやろ」
558 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:24:22.83 ID:w3Ey7Jfj0

そろそろ打ち止めに妙案(というのも変だが)が浮かんだ頃か。少女は両手を頬から放して膝の上に置いた。上目づかいで、保護者と一方通行達を見る。

「お、決まったみたいじゃん」
「さぁ言ってみて。遠慮しないでね?」

黄泉川と芳川が急かす。打ち止めが心底言い辛そうに告げた〈欲しいもの〉とは、

「ミサカね、わんちゃん飼いたいの…、ってミサカはミサカは無理を承知で、それでも正直に言ってみる…」

「…………」
「…………」
「…、…」
「…犬かぁ。この前ペットショップが楽しかったって言ってたもんねー。そんなにゾッコンになっちゃったの?」

番外個体以外は、打ち止めの答に声を詰まらせてしまった。まさかの「犬欲しい」だとは思わなかった。

「うん、あ、でもいいの!マンションでは絶対無理って分かってるから。言ってみただけだから、ってミサカはミサカは茫然とするヨミカワ達に申し訳なく思ってみたり…」

今すぐ他の考えるから、と打ち止めは再度頭を抱え始めた。黄泉川と芳川は顔を見合わせる。「何でもいい」と言った手前、これは大層具合が悪い。打ち止めが散々悩んだ挙句、その脳裏に思い浮かんだものなのだから、よっぽどだろう。

「い、犬…。こりゃちょっと予想外だったじゃんよ…」
「金銭的にどうこう…ではないものね…」
「あーでも小型犬なら、なんとか許可下りんかな!?」
「いいの、いいの。ヨミカワ、ヨシカワごめんね?ちょっと待ってて…他の…んーと」

「打ち止め」

やけにはっきりとした一方通行の声が、その場を停止させた。彼は横に座る少女を眺めて、嘘は許さないという口調で問いただす。

「オマエ、あのハスキー犬がいいンだろ?」
「……うん…」
559 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:28:08.86 ID:w3Ey7Jfj0

まだ一月の頃、一方通行と打ち止めは期間限定で学園都市に出店していたペットショップを訪れた。そこのふれ合いコーナーで、一頭のシベリアンハスキーと仲 良くなり、次の週末にはその犬に会うためだけに、もう一度足を運んだほどである。一週間ぶりだというのに、ハスキーは二人を覚えていたのか、大喜びでじゃ れついてきた。
最初に会った時と同じく、そのワイルドな見ためのせいで、寂しく隅で伏せていた姿を、一方通行もよく覚えている。
あの犬は今も、訪れる人間にビクビクされているのだろうか……

「ハスキーって…めちゃめちゃ大きいじゃん?」
「大型犬だなァ」
「打ち止めはもう、目星をつけた犬がいるのね?」
「ペットショップでな、どうも情が湧いちまったらしい。だがその店はもう学園都市から撤収してるし、そもそも値段がつけられてケージに入ってたワケじゃねェ」
「ふれあいコーナーの犬なんでしょ?第一位とも仲良くなった驚異のわんこ。あなたもメロメロ~?」

保護者の質問に答えていた一方通行が、ちょっと驚いて番外個体を睨み、次いで打ち止めに咎める視線を突き刺した。「言ったのかオマエ…」と赤い目が物語る。

「え、あの、あのあの番外個体の言葉には誇張と脚色と確証の無い予想が多大に含まれておりましてミサカはただあなたもハスキーちゃんをナデナデして一緒に遊んだと告げただけでミ」
「分かったうるせェ黙れ」

マンションで大型犬。それだけで難問なのに、打ち止めが飼いたい犬はもう決まっていて、しかもペットとして正式に販売されているわけではないという。これはさすがに、諦めるしかないだろう。黄泉川と芳川は、打ち止めが「絶対無理」と言った訳を理解した。
となると、一体どんな犬だったのかが気にかかる。一方通行もメロメロとは、それはもう気にかかる。

「シベリアンハスキーね。どんな犬だったのかしら?」
「あのね、白いけど、眉毛と耳と尻尾は灰色なの」
「背中もな」
「そうそう!背中も!あとね、ぷぷぷ…おめめがね、ぷぷ、赤いの…っ、ってミサカはミサカは笑いがこらえきれない…」
「あーひゃっひゃっひゃっひゃっはっはははなにそれぇぇぇぇ!?この人のまんまかよ!」
「つーかまた白い時点でハト子と一緒じゃん。一方通行と打ち止めは白い生き物に惚れる習性でもあんの?」

こういう話になるのは覚悟の上であった。(一方通行以外には)和やかで楽しい団欒だ。しかし、彼はそれが目的で、わざわざ恥ずかしい思いをしたわけではない。
560 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:31:07.64 ID:w3Ey7Jfj0

「やかましィ、聞け…。打ち止め、あの犬はなンとかして俺が引き取ってきてやる。だからオマエのご褒美はもうそれで決定だ」

打ち止めが口をあんぐり明けて、目もまん丸に見開いて一方通行を見る。それがだんだんと笑顔に変わっていき、

「ほ、ほんとに……!?でもあのコは売ってるコじゃないよ?ってミサカはミサカは当然の疑問を口にしてみる」
「売ってない、ってェのは、逆を言えば誰にも先に買われない、ってことだ。そこは交渉しだいで何とかしてみせるから安心しろ」
「待て待て待て待つじゃん一方通行っ、いくらお前でも、さすがにウチでは大型犬は…」
「許可が下りないと思うわ、残念だけど…」

そう、いくらあのハスキーを身請け出来たとしても、飼えなければ意味がない。保護者達がこう言うのは当たり前だ。一方通行は黄泉川と真正面から目を合わせ、いつになく真剣な表情で告げた。

561 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/04(水) 14:36:56.94 ID:w3Ey7Jfj0

「丁度いい機会だ。俺もこの家を出よォと思ってる。犬は俺のとこで飼えばいい」

「……」
「……」
「―――!!?」
「お、第一位もやっと独立かね。ミサカでよければ寂しい夜は一緒に寝てあげる。きゃぴっ」
「いらねェよ」

茶化す番外個体と、固まってしまった他の女性陣。特に、打ち止めは息もしていない。

「…え!?そんな、急すぎじゃん」
「…そう…、君はそう考えていたのね…」

寝耳に水である。今日は打ち止めの、高校入試主席合格のお祝いパーティーのはずだった。そして彼女にあげるご褒美を、みんなで相談していただけのはずだった。

「まァ…今まで世話になったな。前々から」
「やだー!やだやだ!!いやー!」

息をすることを思い出した打ち止めは、悲痛な叫び声を上げて一方通行の腕を掴む。彼がこの家を出て行ってしまうなんて…

「やめて!ミサカわんちゃん飼わなくていいよ、あなたと一緒の方がいい!ってミサカはミサカは断固反対してみる!」
「飼う飼わない関係なしに、以前から出て行こうとは考えてたン」
「いーやー!!」

もう聞く耳持たないという風で、打ち止めはコアラのように一方通行にしがみついた。ボディアタックを受けたも同然で、青年は押し倒されて頭を強打する。炬燵の中で足もぶつけた。

「いってェェェ!この馬鹿野郎ォが落ち着けェ!」
「イヤイヤイヤイヤ!ミサカもあなたについて行くもん!地獄の果てまで子泣きジジイしてやるもん離れないからね!ってミサカはミサカはここに宣言してみたり!」
「だから俺は最初っからそのつもりだボケェ!一緒に来い!」
「よっしゃぁぁぁぁぁあああ!ってミサカはミサカは……………え?…あれ?」

576 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/06(金) 22:52:46.42 ID:KUe+YMRm0

打ち止めは、押し倒したままの一方通行の上で硬直している。

(今この人『一緒に来い』って言ったよね、ってミサカはミサカはリピート再生してみる。一緒に来い一緒に来い一緒に来一緒に来い一緒にこ)

「重てェどけ…」

青年は片手をついて体を起こす。自分にしがみついたままの少女のスカートが大変な有様になっていて、まずはそれを直してやった。

(ハイ白と黒の花柄ねェ。…コイツ、そンなに驚くことかよ…)


これは「家族」の大きな転換期だ。コアラな打ち止めがひっついたままだが、構わずに保護者達が一方通行に問いかける。

「つまり、君はこの家から出るけれど、打ち止めも一緒に連れて行く、ということなのね?」
「あァ」
「結婚はまだちょっと早いじゃん!?」
「気が早ェよ、誰がすると言った」
「ねぇ、最終信号大丈夫?」
「あ、あぁ、あわあわ…取り乱しちゃった、ってミサカはミサカは…落ち着きを取り戻したい……」

番外個体が打ち止めの肩を揺すり、少女はやっと一方通行から体を離して彼の隣に座り直した。
577 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/06(金) 22:55:22.89 ID:KUe+YMRm0

「うわーいつかこんな日が来るとは思ってたじゃん…。でも、せめて打ち止めが高校卒業するまではさぁ…」
「…あ、そうよ。打ち止めが寮住まいを免除されているのは、もちろん一方通行が顔を利かせているからだけど」
「そうそう、そうじゃん。教師で警備員な私の家にいるからじゃん。別に…絶対ってワケじゃないけどさ、ちょっと面倒が起こらないか?」

(そうっだった。ミサカはヨミカワ『先生』の家にいるから、他の子みたく寮に入らないでよかったんだっけ…)

一方通行と打ち止めの門出(?)を邪魔するつもりではないが、まだ高校生でもないうちから、ムードメーカーな少女まで家から居なくなってしまうのは寂しすぎる。
そんな心理からか、保護者達(特に黄泉川)は思いとどまるべき、というニュアンスを込めた意見を述べる。
また、打ち止めも一方通行について行くことは確定事項ではあるが、母のように接してきた黄泉川、芳川と別居するのは辛いと感じていた。
番外個体はすでに独立しているからなのか、他の面々に比べ、大して動揺していない。

「第一位はそこの問題についても考えがあるんじゃない?そーゆートコには抜け目ないもんね」
「アタリマエだろ。俺は結構ォ前から考えてたって、何度言わせンだ」
「ミサカは一回しか言わせてないし」

どんな方法か知らないが、一方通行が大丈夫と言うならそうなのだろう。物分かりの良い大人は、「ならしょうがない」と顔を見合わせた。

578 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/06(金) 22:58:23.24 ID:KUe+YMRm0

「ヨミカワ、ヨシカワごめん。ミサカはこの人と一緒に行くよ…。でも…お別れじゃないし……っ、ふぐっ、遊びにくるし…っ、ぅ、ミサカの部屋はそのままにぃぃぃ~」
「分かってるじゃん。一方通行が嫌になったら、いつでも帰ってくるじゃん。だから、泣かなくて、いいじゃんよぉ~えぇぇんききょぉ~」
「よしよし、泣いているのは愛穂よ…。はぁ…寂しくなるわ…。打ち止め、しっかりね…」

そういう芳川の目も、ちょっと赤い。酒が入っているとはいえ、まさか芳川までこんなに悲しむとは思わなかった一方通行は焦った。

(なンだよこれは…。まるで俺が悪い人さらいみてェじゃねェか…)

大体、どこぞの馬の骨に『娘』を差し出す、みたいな言われようだが、そもそも一方通行こそが、この家の正真正銘の息子である。

579 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/06(金) 23:05:44.19 ID:KUe+YMRm0

数年前の、今日のように寒い日に、同じく炬燵を囲んでの会議があった。この時は打ち止めと番外個体が同じ面に足を入れていて、彼女達は一人反抗する一方通行を呆れ顔で見つめていたものだ。



「俺はこのままでいい。…クソガキどもを引き取ってやれよ」
「この二人は御坂さんの名前を貰うのよ。これは他の妹達の希望でもあるし、みさ、美琴さんのご両親も承知しているわ」
「もー、せっかくこんなに美人で若いお母さんができるんだから、もっと喜ぶべきじゃんよー。一方通行は一体なにが不満じゃん?」
「いろいろ不満だらけだクソっタレ。どォして俺が黄泉川の息子なンだよ」
「あら、君は私の子になりたかったの?」
「ブッ飛ばされてェのか芳川」

議題は、〈番外個体と打ち止めを御坂姓に、一方通行を黄泉川姓に迎え入れよう!〉である。
出席者五人のうち、一方通行だけが自らの処遇に異を唱えている。

「じゃあ、あなたもミサカ達と一緒に御坂の家の子になる?ってミサカはミサカは勧誘してみたり!お父様とお母様もいいって言うよきっと」
「なるか馬ァー鹿。つーかあの夫婦はどンだけ子沢山になる気だ」

御坂旅掛、美鈴夫妻は実娘のクローンである妹達を、希望があれば養子として引き取ることにした。もちろん戸籍、書類の上だけで、夫妻と妹達の日常生活に多大な変化をもたらすことはない。中には養子を辞退する個体もいるし、検討中という個体も。

芳川の勧めもあり、番外個体と打ち止めは御坂夫妻のお言葉に甘えることにしたのだ。
ちなみに名前は、そのまんま、

御坂 打ち止め(みさか らすとおーだー)
御坂 番外個体(みさか みさかわーすと)


「やめてよ最終信号。ミサカ第一位とキョーダイなんてやだ」
「俺だってお断りだァ安心しろ」
「番外個体、一方通行を挑発しないでちょうだい。それに打ち止め、いいの?」
「なにが?ってミサカはミサカは首をかしげてみたり」

芳川はもったいぶって間をあけてから、

「一方通行と兄妹になってしまったら、あなた、彼のお嫁さんになるのが難しくなるわよ」
「前言撤回今のナーシ!ってミサカはミサカは大きな過ちを犯すところだった…っ」
「よっしゃ決まり。やっぱり一方通行は黄泉川先生の子になるしかないじゃん」
「全然決まってねェだろォが……」

舌打ちとな溜息と悪態のオンパレードな少年。いくら反対しても、納得されない。
580 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/06(金) 23:10:13.51 ID:KUe+YMRm0

両手を腰に当て、得意げに胸を張る黄泉川。彼女は(ギリギリ)二十代でこんなに大きな息子を持つことに、まったく抵抗がないようだ。普通なら世間の好奇の 目や、これからの人生…、具体的には結婚を考えると躊躇するべき大問題である。一方通行もそれを分かっているから、頑なに拒んでいた。

「アー、そのせめて、弟とかじゃだめなンかよ」
「お前、姉ちゃんが欲しいのか?」
「もォツッコむの疲れたから解答だけ早く言いやがれ」
「弟として養子縁組すると、私の実家の両親に事情を説明しないといけないじゃんよ。さすがにそれは回避したいから、あんたはこの私の息子になるしかない!分かった!?」

男らしく腹を括れとばかりに、黄泉川は一方通行へと体を乗り出して睨みつけた。打ち止めは無邪気に拍手。少年は何も答えず苦々しい表情だ。それを観察する番外個体は、

「あなたがマザコンになること、ミサカ心から願ってる」
「……面倒臭ェ」
「諦めたみたいね。手続きは愛穂と私でやっておくわ」



そんなわけで、半ば強引に一方通行にお母さんができたのだった。黄泉川がそれによってことさら母親ぶることはなかったし、一方通行も今までどおり接してきた。
この養子縁組について、一方通行には拒否する方法はいくらでもあった。しかし結局それを選択しなかったのは、彼本人の意思だ。
つまりは一方通行も、心のどこかで望んでいたことなのかもしれない。

一方通行は少なからず黄泉川に感謝をしたし、形だけでも〈母〉は〈母〉なのだ。
自分や打ち止め達を見守る芳川を含め、珍妙だし常識はずれだけど、自分達は家族、と思って過ごしてきた。その価値や尊さを実感しながら……
581 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/06(金) 23:18:08.23 ID:KUe+YMRm0

それなのに、この扱いの差は何だ。黄泉川も芳川も「打ち止め打ち止め」と、そればかり。一方通行だって五年間一緒に生活してきた家族の一員である。息子である。

(別に、不公平だとか言うつもりはねェが…)

自分に可愛げがないのは、百どころか千も万も承知しているけれども。
いつの間にか、今度は芳川にしがみついている打ち止めと、彼女の背中をさする黄泉川を見て、ほんのちょっとだけ不条理を感じてしまった。

「おいそこの泣き上戸ども。そうやってお涙頂戴してるとこ悪ィが、俺はこのマンションの一階に引っ越すだけだぞ」

まさか、そんな超至近距離へのお引っ越しだったとは……


「………」
「………」
「………」

「近くだろうとは予想してたけど、まさかそこまで近いなんてミサカもビックリ。つーかこの部屋からわずか数十メートルじゃねーか。ベランダで会話できるよアっホらし」

終始冷静だった番外個体は、もう話は片付いたとばかりに蜜柑の皮を剥きはじめた。テーブルの急須が空であることに気づき、キッチンにお茶を淹れに行きさえする。

「ぁい、い、一階?……ここの?」
「そォだよ、大げさすぎンだよ。確か、二部屋空きがあったはずだ。そこなら打ち止めは寮に入らなくても差し支えない。居住をこの部屋に登録しておけばいいンだからな」

一方通行はイライラした様子で、打ち止めに「戻ってこい」と手で合図した。

582 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/06(金) 23:21:46.55 ID:KUe+YMRm0

庭があるせいか、一階の家賃は高い。そのため部屋が埋まっていないことを、普段から自宅周辺の安全に気を配る一方通行は知っていた。
涙が引っ込んだ三人は、一階の部屋など見えもしないのに床に視線を向けた。

「な、なるほどじゃん。それなら確かに」
「ねぇ、一階はわんちゃんOKなの?ってミサカはミサカは飼っている人を見たことないから確認してみる」
「そういえば猫飼ってる部屋はあったと思うけど、犬は見たことないじゃん。あそこは庭もあるし、いいんかなー」
「大型犬でも大丈夫なのかしら。前例が無いのかもしれないわ。まずは管理人に問い合わせしなくては…」
「こういう時に第一位の肩書きを利用しないで、いつ使うンだ。許可させる以外ねェだろ」

(この家の住人には効果が無いが)背筋に冷や汗が伝うような一方通行の表情。彼が手荒な真似をしやしないか、それだけが心配だ。

「あなた頼もしい!でも管理人さんをイジメちゃだめだよ?ってミサカはミサカは注意してみたり」
「もちろン多少の凄みは効かせるつもりだが、具体的にはコッチの負担で納得させる。床も壁も改装するし、鳴声に難癖つけられるなら、犬専門の訓練校に通わせてもいい」

なんだかあっという間に話が進んでしまった。一方通行と打ち止めがこの家から出て行くことも、ハスキーを飼うことも、引っ越し先が同じマンションの一階であることも、全て決定済みであるかのような。
583 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/06(金) 23:25:07.25 ID:KUe+YMRm0

「んで?まとまったの?」

芳川と黄泉川の湯呑みに淹れてきた熱いお茶を注ぎ、番外個体は蜜柑の皮剥きを再開する。

「まとまった…のかしらね」
「まとまっちゃったじゃん…。番外個体も出て行って、今度は一方通行も打ち止めも出て行くことになったじゃんよ」
「そんなあからさまにガッカリしたら、この子達が安心できないでしょ?…愛穂も笑って送り出してあげなきゃ」
「遊びに来るよヨミカワ、ヨシカワ。寂しくなったらいつでもミサカを呼んでね?ってミサカはミサカはたった一分足らずで駆けつけることを約束してみる」
「しょーがないなー。ミサカも暇な時来てあげるからさ、元気出しなって」

子供達(女の子)が、芳川と黄泉川を励ましている。打ち止めが「あなたも!」と目で促してきた。さっきは(打ち止めのせいで)しっかりと伝えられなかったから、挨拶ぐらいはしておくべきかと、男の子も口を開く。

「出てくといってもこの距離だ。そンなに気落ちすンなよ」

そこまで気落ちしてくれることが、こんなにも心を揺さぶる。

「一方通行……、君も寂しくなったら帰ってくるのよ?」
「気が向いたらなァ。それと、明日にでも消えるみたいに言うなよ。まだ出てかねェよさすがに」
「それもそうじゃん。悪い悪い、ビールのせいで気が動転してたじゃんよ」
「そうね。準備にもかなり日にちがかかると思うわ」

やっと保護者達の表情が明るくなった。無意識にほっとした青年は、さらに挨拶を続けた。

「俺達がこの家を離れたら…」

今晩はやけに喋る一方通行に、保護者達の目はますます細くなる。あぁこれが家族なんだな。子供の成長と旅立ちなんだな。

「オマエらは、とにかく早く嫁の貰い手を探すンだぞ」

直後、青年に熱々のお茶がひっかけられた。

584 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/06(金) 23:30:27.22 ID:KUe+YMRm0
通行止めの旅立ちと、家族な黄泉川家の巻 完

黄泉川一方通行(よみかわ あくせられーた) やっと発表できたなこの設定。一方さんが黄泉川の息子…

なんとなくそんな気がするんだよ!!←そればっかでこのスレやってます
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県) [sage]:2012/01/06(金) 23:33:19.81 ID:DbitlqsQ0
乙。
さらっと打ち止めのパンツ見といて無反応なあたりに二人の距離の近さを感じた
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 23:50:17.09 ID:dsVFWKFIO

能力開放してない一方さんに熱々のお茶ってww大丈夫なんかいww
>>585
おれもそう思った
 

604 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/10(火) 21:19:31.97 ID:rx3h6EpP0

「パソコン見て何してるの?ってミサカはミサカ朝から真剣な顔のあなたに尋ねてみる。おはよーございまーすふぁー」
「例のペットショップ宛にメール送ってンだよ」
「わぁ、さっそくハスキーちゃんのために行動開始なんだね!」
「まァな」

一方通行は誰より早く起きて、新しい生活に向け、まずハスキー犬を所有する会社にパソコンのメール機能で接触を図っている。落ち着いて作業したかったので自室で作文していたが、こうして打ち止めも目を覚ましてやってきた。まぁ、あと少しで終わるので問題ない。
昨夜のパーティーの疲労が抜けない保護者二人と番外個体は、まだ寝ている。今日は全員休みなのだから、思う存分寝坊させておくつもりだった。

「…よし、こンなモンか」
「もう書けたの?ってミサカはミサカはやけに長そうな文面に見入ってみたり…」



(作者より 以下のメール内容は長い上に気色悪いので、読まなくても大丈夫です。)
605 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/10(火) 21:28:08.67 ID:rx3h6EpP0

 
とあるペットショップ経営者様、ならびに従業員の皆様

突然のメールにて失礼致します。私は学園都市に籍を置く、黄泉川一方通行と申す者です。

学園都市といえば、一月まで御社が特別に期間限定で出店していたこともあり、多くの方が記憶されていることでしょう。
私どもはその折にそちらに訪れ、普段は目にすることのない様々な動物と出会い、大変有意義なひと時を過ごさせて頂きました。
また、当家で飼育している金魚用に今までと違うポンプとフィルターを購入させて頂き、
以後、水槽内の環境が改善され、金魚は健やかに成長しております。その商品を紹介してくれたスタッフさんには大変感謝しております。

話が本題から逸れてしまいました。
実は今回メールをお送りした一番の理由というのは、そちらのふれあいコーナーにて飼育している、白いシベリアンハスキーについてなのです。
私どもは恥ずかしながら、今まで「犬」というものを近くでじっくり見る経験がありませんでした。
それも学園都市で生活している特殊性…と言い訳させてください。

なにげなく訪れたコーナーでしたが、そこで寂しそうにしている前述のハスキーに出会いました。
私の髪も白く、また同じように目も赤く、その偶然に驚いたものです。
連れと共にその犬と過ごすうちに、すっかり懐き、懐かれてしまいました。
特に、一緒に訪れた年若い女の連れはハスキーを恋しがり、次週の休日には、またその犬に会いに行ってしまうほどでした。

あれから一カ月少々の時が経ち、件の連れが言いました、あの子を飼いたいと。無理を承知でも、口に出してしまった願いでした。
しかし、無理かどうかは御社に尋ねてみなければ分からないことだと思い、こうしてお伺いを立てる次第であります。

どうか、あのハスキー犬を私たちに引き取らせて頂けませんでしょうか。

それによって起こる御社の損害は、もちろん補償させてもらいます。
さらに重ねていやらしいことを申し上げますが、幸いにも金銭的余裕に恵まれている身でありますので、
願いを聞き入れて頂いた暁には、ハスキーのために万全の準備を致します。
丁度住居を変えようとも思っておりましたので、気兼ねなく犬と暮らせる家を、すでに検討しているところです。

そちらからの返答もないうちにではありますが、はやる心故だと察してくだされば…と思います。
それでは、お忙しいこととは存じますが、どうかお返事をお願い致します。


黄泉川一方通行
            

 
606 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/10(火) 21:31:55.30 ID:rx3h6EpP0

長々と書かれていたが、要は「そっちで飼育しているハスキー犬を、どうしても飼いたいので引き取らせてくれ。出すモンは出すから」という内容だった。
打ち止めは、読み終えてもしばし言葉が出ない。

「……あなたのキャラがメールの文と違いすぎて、どう言ったらいいのか。これじゃどこの紳士かと思うよ、ってミサカはミサカは違和感たっぷり」
「うるせェ。向こうができるだけ好感持つようにしただけだ。結局は人間相手だかンな、心理戦だ、心理戦。ハイ送ォ信っと」

紳士なメールが送信され、打ち止めは仰々しく手を合わせてお祈りする。

「なにとぞ、なにとぞよろしくおねがいします…!お店の人が騙されてくれますように…!」
「失礼だなオマエ…」

その後、打ち止めに朝食を作ってもらい、二人で食べた。
いい匂いにつれられたのか、寝坊組が次々起きて来たため、少女は調理に追われてしまうが、
いずれこんな機会も減るか、無くなるかと思うと郷愁が湧くのであった。

607 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/10(火) 21:34:54.14 ID:rx3h6EpP0

時を同じくして、とあるペットショップでは……

「店長、どうしますかこのメール…。よみかわ…?(読み方わかんねぇ)さんていう人からの」
「あー…、どうしましょうねぇ。んー、正直イイ人なら問題ありません。でもやはり直接会ってお話したいですねぇ」

若い男の店員と、中年の小柄な女性の店長。二人は、届いて間もない一方通行からのメールが映し出されたパソコンのディスプレイを見ている。

「うちとしては、別にかまいませんよね。ワンワンスタッフとして、新しく一匹雇うことができるじゃないですか。ユキも黄泉川さんちで幸せに暮らせるなら…」

彼が言う「ワンワンスタッフ」とは、ふれあいコーナーにいる犬達のこと。
「ユキ」とは、例のシベリアンハスキーのことだ。白いからユキ(雪)という、安直なネーミングである。

「そうですけどねぇ、もし黄泉川さんがワルイ人だったらどうするの?メールは素敵でも、実際は…。言いたくないけど、科学の街で実験動物にでもされたりしたら私……」
「損失は補償って書いてありますが」
「……子供のハスキーが必要になって、金銭を出してもユキを手に入れようとしてたり」

実はあのハスキー犬、まだ生後七ヶ月の子供なのである。一方通行達は、大きさからして成犬と思っているが、
大きいのは体だけで、人間に換算すると、まだ十二~十三歳といったところか。

「まったく、どんだけ疑い深いんですか」
「石橋は叩いて壊して新しく鉄橋を建設するくらいがいいのよ」

ふれあいコーナーの犬たちは、多くが保健所から引き取ってきたり、客に渡して間もなく『飼えなくなったからいらない』『オスじゃなくてメスにしたい』という身勝手な理由で返された動物である。それは猫でも同じだった。
いわゆる〈売り時〉の幼い頃を過ぎると、再度飼い手がつかず、ふれあいコーナーを設けてっそのような犬猫を飼育しているのだ。

営利企業である限り、ペットショップだからといって無尽蔵に犬を引き取り続けるわけにはいかない。
飼育するための人手も資金も、いつもギリギリだった。

「めでたくユキが貰われていけば、もう一匹飼う余裕ができますからね」
「まぁ、ねぇ…」

こちらの思惑は、まだ見せない。まずは黄泉川一方通行が、如何なる人物なのかを確かめよう。

とりあえず「黄泉川一方通行様と、一度直接会ってお話したいと思います。こまかいことは、そのときに…」と、当たり障りのない返信をしておいた。

608 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/10(火) 21:39:15.15 ID:rx3h6EpP0

「打ち止め、例の犬のトコから返信来たぞ」
「えぇ、もう!?早いね!?ってミサカはミサカはどんな回答だったのか恐る恐る訊いてみたり……」

一方通行がペットショップにメールを送った日の午後、ベランダで洗濯物を取り込んでいる打ち止めの元に青年がやってきて告げた。

「とりあえず一回会いたい、だとよ」

それを聞いて、打ち止めはほっとした。「できません、諦めてください」という結果も覚悟していたからだ。

「これからお互いに都合をつけて予定を組む。オマエも卒業式が終わったら暇だろ?そォしたら行ってみようぜ」
「うん!あぁ、早くもう一回会いたいなぁ…、ってミサカはミサカはあのコがミサカ達のコト覚えててくれたら嬉しいと期待してみる」
「どォだかな…」

洗濯物を全てカゴに収め、打ち止めはベランダの手摺に肘をついた。見降ろせば、これからの住まいである一階の部屋の庭がある。
枯れた雑草などで少々荒れている二つが、一方通行が言っていた空き部屋の場所なのだろう。
そこで、ハスキー犬と一方通行とで暮らす、新しい生活が待っている。

「真下だな。あそこにすっかァ……」

少女の横では、一方通行も同様の姿で下を向いている。同じマンションの棟でも、たった二十メートル以下しか離れていなくても、旅立ち、独立には違いない。
黄泉川と芳川が、こうして今の自分達みたいに、あの庭を見降ろすかと思うと少々切なくなる。

「…寒いし、もう部屋入ろう?ってミサカはミサカは暖房を恋しがってみたり」
「おォ」

それでも、二人は行くのだ。二人で行くのだ。


なんとなくだが、打ち止めの高校入学までには全てを完了しておきたくて、彼は精力的に行動を起こしている。

(明日は管理人に話をつけに行くか…)

609 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/10(火) 21:41:03.27 ID:rx3h6EpP0
とりあえずここまで。

一方さんのメール気持ち悪かったです。
アンタ誰よ状態。
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/01/10(火) 22:25:19.16 ID:CGw2E0m6o
乙!
一方通行さんも大人になったということで…
でも、あーでもないこーでもないと悩みながら書いてそうな光景がwwwwwwww
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/01/10(火) 23:39:40.73 ID:VlQKb+xHo
乙。 しっかりオトナな対応もできるようになってたんだな一方さん… 実際にあった時も、気持ちをしっかり伝えれば無事引き取れる予感がするぜ…
612 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/11(水) 23:16:30.72 ID:U0tBYuUy0
連日更新は久しぶりですね。

今日も通行止めは新しい生活のために頑張って(?)います。
613 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/11(水) 23:23:02.08 ID:U0tBYuUy0

打ち止めの卒業式は無事に終わった。一方通行が彼女の学校へ訪れるのは、春の授業参観以来だ。
『打ち止めと深い仲の男らしい』ということで、当時ほどではないが、やはり多大な注目を集めた。あの時は小気味良かった視線も、今となっては居心地悪い。

黄泉川、芳川も忙しい仕事の合間を縫って出席し、二人の見慣れないスーツ姿も、思えば三年前の入学式以来である。
驚くことに、番外個体までフォーマルでキメている。「どうしても来てほしい」と、打ち止めに頼まれたそうだ。

「今日はみんなお上品だね、ってミサカはミサカは記念写真を撮ろうと提案してみる。こんな機会は滅多にないよ」
「面倒臭ェな、さっさと帰ろうぜ…」
「写真くらい一分もかからないじゃん。照れずに付き合ってやるじゃんよ」
「照れてねェ」

芳川が、近くにいた父兄の男性に撮影を頼み、五人は体育館の壁の前に並ぶ。

「笑ったら?第一位。写真に写る時はしかめっ面っていう自分ルールでもあんの?」
「やかましィ地顔だほっとけ。オマエこそ慣れないカッコのせいで失敗顔すンなよ」

番外個体と一方通行が軽口を叩きはじめ、カメラを構えた男性が、いつシャッターを切ればいいのだろうかと佇む。

「すみません、もうこのままでいいので撮ってください」
「ミサカ達は笑顔笑顔~」

呆れたような芳川の声に促され、撮影はすぐに終了。言い合いっこしていた二人の口が開いたままでしかめ面カメラ目線という、変な記念写真が撮れた。
614 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/11(水) 23:33:50.04 ID:U0tBYuUy0

「えへへ、これ新しい部屋に飾るんだ。合格祝いのときの写真も。あとでミサカにちょうだいね、ってミサカはミサカは写真立ても用意してある周到さを明かしてみたり」

「あぁ、愛穂がこの子を捕まえている時のね。あれも全員で撮ったものだったわ」

着々と、新しい生活に向けて準備をしている一方通行と打ち止め。マンションに向かって歩きながら、芳川が打ち止めの頭を撫でる。出て行くことになっても、いや、出て行くからこそ、こうして思い出を大切にしようとする少女がかわいい。

「最終信号達はこのあと横浜だっけ。忙しいよねまったく」
「私も桔梗も仕事じゃなかったら車出せたのに。日を改めてもいいじゃん?」
「乗換も少ないし、駅からはタクシーに乗るから構わねェよ。まァ実際に犬を連れて帰れるって時は頼むかもな」

そう、打ち止めの卒業式が終わったら、例のペットショップへ行こうという予定だった。早いうちに伺いたいという希望と、先方の都合を刷り合わせていたら、いっそ今日だ、ということのなったのである。

ペットショップがある横浜は大して遠くないし、駅から離れていないので公共交通機関で行くことにした。だって一方通行は学園都市内でしか車を運転できない。
もうマンションの管理人には犬を買う許可を(立場とコネを最大限に利かして)取っているので、あとはハスキーさえ引き取ることが出来れば、一方通行と打ち止めの新生活は完璧だった。

「中華街で遅めのランチを食べるんだ、ってミサカはミサカはグルメ小旅行も兼ねていることにワクワクしてみる」
「ただのデートかよ。黄泉川、芳川、お邪魔だからついてくるなってさ。ミサカ達のお土産は買ってきてよね」
615 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/11(水) 23:42:30.11 ID:U0tBYuUy0

そういうわけで、ここははるばる訪れた横浜中華街。一方通行と打ち止めは、そこの中華料理屋で遅めの昼食を取っていた。
青年はスーツを脱ぎジャケットを。ただネクタイは外さなかった。少女はセーラー服から、よそ行きの気合いの入ったワンピースを。
念入りに髪も巻いてセットし、麦野沈利直伝のメイクでおめかししている。

「シューマイジューシー!ってミサカはミサカはあなたにおすそわけしてみたり」
「どォも」
「代わりにその天津飯を一口寄越すのだ、ってミサカはミサカは交換条件を提示してみる」
「どォぞ。勝手に取って…と言う前に食ってンじゃねェよ」

学園都市とはまったく違う雰囲気の街並、見慣れない商品を扱うお店の数々、そして何より美味しいごはん。打ち止めのテンションはグングン上がっている。

食事の後はお土産屋さんを巡り、ペットショップへ赴く予定だ。打ち止めはさっそく手当たり次第に物色を始める。


「ぱんだーぱんだ~。あ、この鏡もかわいい!」
「ほどほどにしておけよ。必要無い物まで買わないように」
「分かってるもん。みんなにあげる物だしちゃんと吟味してるから、ってミサカはミサカはしっかり者であることを主張してみる」
「……でェ、しっかり者の打ち止めさんは、まァーたそのトウガラシ買うンですかァ?」
「うん、買う」
「………はァ、行くとこ行くとこ同じモンばっか…。何個ありゃ気が済むンだ」

可愛らしい小物やお菓子の他に、打ち止めの持つカゴの中には〈トウガラシ〉が数個ある。本物の食用の唐辛子ではなく、それを模したガラス製の飾りだ。紐にトウガラシを鈴なりに結びつけ、揺らせばチャラチャラと音が出る。
一つの飾りにトウガラシが十数個から三十個ほどくっついていて、小さいものは一粒が一センチ、大きい物は三センチほどにもなる。比例して太く立派になるので、なかなかの見栄えだ。

打ち止めはこのトウガラシをやけに気に入り、いくつも買っていた。なにせ、どこの店にも必ず置いてある。

「これお守りなんだって。緑のもあったけど、ミサカはやっぱり赤いのがいいな」

一方通行にはどれも同じに見えるが、紐への括り付け方のバランスとか、色の鮮やかさが気になるらしく、打ち止めは真剣に見比べていた。

そしてついに……
616 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/11(水) 23:44:42.08 ID:U0tBYuUy0

「おぉ……あれ見てあなた…。すごい…」
「……まさかオマエ…」

そろそろペットショップへ行く約束の時間なので、次の店でお土産探しは最後にしようとしていた。
運がいいのか悪いのか、そこで打ち止めは素敵なトウガラシに出会ってしまう。

とにかく大きい。長さは打ち止めの身長並み。一粒…、もう粒という表現は正しくない。ひとつが十センチにもなる巨大トウガラシが、ワサワサ付いた巨大なオブジェ。

「あれも、新しいお家にぜひ……!ってミサカはミサカは布製なことが残念だけど絶対ゲットだぜ」
「やめろ」
「やだ買うもん。おこづかいで買うもん」
「買ってどォすンだよ。あんなワケの分からねェモン…」
「リビングに吊るそうよ」
「すげェ嫌なンだが」

と言いつつも、打ち止めの目の輝きを見れば、もう止められないことを悟った青年。どこかで宅配を頼もうと、早々に観念した。
617 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/11(水) 23:49:28.87 ID:U0tBYuUy0

「あ、あ、タクシーが来たぞ!きっとあれが黄泉川さんだ!」
「どいて私も見るっ」
「お、噂の紳士が来たかぁ…、どれどれ…」

一方通行と打ち止めは、タクシーでペットショップに到着した。彼らは知る由もないが、一体どんな紳士が来るのだろうと、店の従業員は興味深々だったのだ。
事務所二階の大きくはない窓に、数人が張り付く。そしてタクシーから降りた人物を見て、

「あれ、違うひとかな?えらい若そうな兄ちゃんだ」
「でも、でも髪が白いよ」
「若い…ですよね?杖ついてるけど」

上品な白髪のお爺さんが来ると思い込んでいたスタッフ達。(目が赤いのは先天的な症状か、何か理由でもあるんだろう、と考えていた)

「んー、見えた!目が赤い。あの兄ちゃんが黄泉川さん本人だな、確定」
「もう一人降りてきたわ。あれがメールに書いてあった女の子ね」
「ん?あれ?俺あの二人覚えてるよ。ニッシーと写真撮らないかオススメしたもん」

丁寧に作文したメールが仇となり、一方通行は大いに勘違いされていたのだった。

「あらあら、落ち着いてみんな。とにかく誰かお迎えにいって私の部屋に連れてきて」

店長の声に、最初にメールを読んだ若い男性店員が二人を出迎えに行く。

(驚きだなぁ、あんな若いあんちゃんだったとは…)


「いらっしゃいませ、黄泉川さんですよね」
「そうですこんにちは!今日はよろしくお願いします、ってミサカはミサカは第一印象を気にしたご挨拶をしてみる」
「本音がダダ漏れで印象良くねェよ。……さっそく店長に会いたいンですが」

そんなつもりではないのに、一方通行の鋭い視線を受けた店員はちょっとたじろいだ。

(ち、違う…!予想と全然違いすぎる…!女の子は良い意味で予想以上だけど)

618 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/11(水) 23:57:09.28 ID:U0tBYuUy0

通された部屋で、ソファに座りしばし待たされる一方通行と打ち止め。あまりに想定外な人物像に、従業員達が慌てたからだ。

「若い…。まだ子供だぜ」
「メール見て、てっきりナイスミドルが来るもんだとばっかり思ってたわ…」
「ガッカリすんなよオジン趣味が」
「逆に俺たちは連れの彼女が可愛くてウヒョーだよな」
「あぁ、巨乳だし」

こうして騒いでいても、彼らを待たせるだけである。店長は皆に静かに待つよう言いつけ、ふれあいコーナー責任者の女性と二人で対面に臨んだ。


「お待たせしましたー。初めまして黄泉川さん。店長の鈴木です」
お茶が乗る低いテーブルを挟み、四人はまず軽く挨拶。

「お忙しいところを失礼しました。こちらの勝手な申し出に付き合わせてしまって…」
「あぁ、いえいえ…。私達のことはお構いなく」

(あの人が丁寧な言葉使ってる…!ってミサカはミサカはくすぐったくて心中悶えてみたり)

「こっちはメールにも書きましたが、連れの御坂打ち止めです」
「こ、こんにちは、っ…ミ、御坂です」

珍妙な名前に面食らったが、学園都市では普通なのかもしれないと、そこには触れない店長。

(うん、思ったよりずっと若いけど、かわいいコ達ねぇ。男の子は顔が怖くても真面目そうだし)

「あの、それで本題なンですが」
「はいはい。シベリアンハスキーのことですね。わざわざ横浜までお越しになるなんて、そんなに好いて頂いたんですねぇ」
「はい…!すごくかわいかったからずっと忘れられなくて、ってミサカはミサカは…、」
「もう新居は決まりまして、…正直どォなンでしょうか。こういうことは…」

ちょっと気を抜けば、打ち止めはすぐに口癖が出てしまう。失敗、という風で口に手を当てて塞いだ。

微笑ましい様子に、店長達は思わずほころんだ。

「犬を引き取りたいということは別に構わないのですが、こちらとしてはやはり色々お訊きしたいこともありますので」
「えェ、もちろンそうでしょう」
619 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/12(木) 00:03:07.72 ID:yp3QW4f10

色々訊かれた。年齢も、新しい部屋の事も、どうしてその若さで豊富な資金があるのか、家族構成も。

一方通行はすべてに丁寧に答えた。

自分が二十一歳で、打ち止めは今日が中学の卒業式であること。
気合いを入れた少女が、もっと年上に見えたと店長達は驚き、それは打ち止めの機嫌を良くさせた。

新居はマンションだが庭つきの一階部屋で、管理人に了承を得ていること。

自分は学園都市の第一位という格付けを持っており、様々な利益を享受できること。さらに投資事業を行っていて、それが成功を収めていることも告げた。

「あなたそんなことしてたの!?ってミサカはミサカは知られざる副業に驚いてみたり」
「…他のヤツには黙ってろよ」


今まで保護者の元で世話になっていたが、独身でもある彼女達のために独立を急いだこと。
そして、これは流石に言いにくそうにしていたが、(打ち止めの希望もあるので、と前置きし)彼女と同棲すること。

「本当にヨミカワとヨシカワのこと心配でお家を出ることにしたのね。そして心配だから近くに住むんだ…」
「……オマエがホームシックになっても困るしな」

これには店長と隣のスタッフも苦笑。メールに騙されたのかとも思ったが、意外に……

(大丈夫そうかしらねぇ)

620 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/12(木) 00:11:52.50 ID:yp3QW4f10

「なるほど、たくさんお話して頂いてすみません。よく分かりました」

にっこり笑う店長に、てっきり願いが叶うのかと、打ち止めが身を乗り出す。

「正式なお返事は後日お知らせしますね」
「分かりました」

それはそうだろう。いきなり会って、ではどうぞ、などとはいくまい。一方通行は促されて席を立ち、気が急いてガッカリした少女の背中を押す。

「そうだ。せっかく来てくれたんですから、ユキに会っていきますよね?」
「ユキって?」
「あ、ごめんなさいねぇ。あなた達が御執心のハスキーのことですよ」
「あ、ぁ会う!会います!ってミサカはミサカは挙手してみる!」


外に設置されているというふれあいコーナーへと向かう道すがら、一方通行が質問する。

「まるでメスのよォな名前でしたが…オスですよね?」

店長ではなく、今まで主に話を聞いているだけだった女性店員が答えた。

「ふふ、えぇオスですよ。白いので単純にユキと名づけたんです。…あまり真剣に考えていては、どうしても犬達に思い入れしすぎてしまいますから…」

一方通行と打ち止めは教えられた。あの犬や猫達のこと、ふれあいコーナーの成り立ちを。まだあのハスキーが子供だということにも驚いた。

「稀にですが、黄泉川さんたちのように」
「さぁ着きましたよ。ほらあそこにいます」

女性スタッフの言葉を遮り、店長がある一角を指し示す。テニスコート二面程の土地が腰までの柵で仕切られていて、青空の下で十数頭の犬が走ったり、寝転がったり。隣接する奥の平屋の建物は、犬達の寝所だろうか。
お客らしい数人の人が居て、見覚えのあるコーギーと紀州犬などは人間と戯れていたが、やはりあのハスキーは一匹で過ごしている。
621 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/12(木) 00:22:16.35 ID:yp3QW4f10

打ち止めは出入り口を開け、足元にじゃれてくる他の犬に注意しながらハスキー犬の傍へと駆け寄る。一方通行も、店長達に軽く会釈して後に続いた。

「ハスキーちゃん!会いにきたよ!ってミサカはミサカは覚えてるかな?と不安ながらも声をかけてみるっ」

ハスキーは一瞬首をかしげていたが、すぐに打ち止めに突進した。ぶつかるように飛びついて、膝を折ってくれた少女に鼻を擦りつけては顔を舐める。

「…覚えてたンかねェ」
「はぅ、そう、うぷ、ハスキーちゃん落ち着いて…っ」
「立てホラ」

一方通行に腕を掴まれて、打ち止めは猛烈な歓迎のペロペロから脱した。

「わんっ」
「よォ、久しぶりだなァ…」

一方通行はぐりぐりとハスキー犬の頭を撫でる。椅子のある場所まで犬と打ち止めを連れて歩き、腰掛けたそばから、いつかのように彼の膝に顎を乗せるハスキー。

「このコ、あなたの膝がよっぽど気に入ってたのね」
「………」

一方通行は杖も外し、両手でハスキーをかまう。右手で頭を、左手で背中も。その姿は、まるで彼が一番犬に会いたかったかのように見えるではないか。

心待ちにした再開に、二人はしばし時を忘れて和んだ。


十分か、二十分か。ふと気づけば、柵の周りには案内してくれた店長達二人以外にも、数人のスタッフが集まってきていた。彼、彼女らは学園都市からやってきた一方通行と打ち止めを珍しそうに、そしてどこか楽しそうに眺めている。

またもうっかり夢中になってしまったことに気づいた一方通行。バツが悪そうに杖を取って、「えーもう行くの?」と不満を述べる打ち止めを引っ張ってそこを後にした。
ハスキーも恋しそうに二人を追う。後ろ脚で立ちあがり、柵から前脚と顔を覗かせた。

「…また、またね…、ってミサカはミサカは再開の約束でお別れしてみる」


622 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/12(木) 00:28:25.88 ID:yp3QW4f10

「もうよろしいのですか?」
「…えェ、お時間とらせて申し訳ない」

一方通行は笑顔の店長達と目が合わせられない。
少女の願いのために一肌脱いだ風を装っていた一方通行だったが、これでは自分も打ち止めと同じように望んでいることがバレバレだ。

「ありがとうございました。あの、…よろしくお願いします(ってミサカはミサカは最後のお願い…)」

代わりに打ち止めが挨拶をし、二人は待たせていたタクシーに戻る。ドアを閉めようとした時に、ずっと同席していた女性スタッフが「おみやげです」と、小さな手提げ袋を持って近寄って来た。

「さっきの話の続きですが、…たまに黄泉川さん達のように、うちの子を引き取ってくれる方がいるんです」
「え、じゃあミサカ達が初めてじゃないんだ」
「はい」

お二人のように若い人だけ、しかも学園都市からっていうのは初めてですけどね、と言う店員。

「もう店長の心は決まってると思いますよ。ユキには…、あの犬には黄泉川さんと御坂さんが新しい名前をつけてあげてください」
「何で?ユキっていう名前があるのに?ってミサカはミサカは、……え!?それより本当ですか!?」

店員はハスキーが二人の元に引き取られると断言した。一方通行も驚いて顔を向ける。

「本当ですよ、楽しみにしてて下さい!こういう時のために、私達はあまり動物達の名前を呼ばないようにしてるんです。だから…」

「はい、大切にします、って…約束します」
「どォも…」

623 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/12(木) 00:33:09.57 ID:yp3QW4f10

仕事はいいのか、とツッコミたくなるような人数に見送られ、車中から軽く会釈する一方通行と、窓を開けてブンブン手を振る打ち止め。

「さよーなら、ありがとうございました~」

さよなら~、ばいばーい、と気のいいスタッフ達。


その後タクシーの中、晴れやかな心で手渡された袋の中身を見た打ち止めは、

「ふぎゃあ!?」
「なンだよ!?」

会社のマスコットだろうか、かわいい犬の携帯用ストラップ、オリジナル卓上カレンダー、子猫がプリントされた絵葉書。それはいいのだが、

『前回は撮影されなかったので、せめてニッシーのブロマイドを記念にどうぞ!』

そうメッセージが書かれたメモが、巨大ニシキヘビの写真に貼り付けられていた。







「ハスキー犬は黄泉川様達に、ぜひお任せしたいと思います。あのコのことを、どうか大切に飼ってあげてください」


そう快諾の返事が電話で掛かってきたのは、翌日のことである。
624 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/12(木) 00:41:01.16 ID:yp3QW4f10
新生活に向かう通行止めとハスキーの巻 完

トウガラシについて  あれは本当に何なのでしょうか。中華街のどこに行ってもトウガラシトウガラシ。

ハスキーについて  名前は「ハス男」とかにはしないから安心してください。
一方さん以外に打ち止めをペロペロできる準レギュラーが登場しました。

625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/12(木) 00:50:44.40 ID:hDUFVOuIO
乙!

ますます新生活が楽しみになってくるな!

637 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/13(金) 23:45:53.50 ID:brNUcIH+0

新しい部屋へ引っ越す準備は着々と進んでいる。
家具も既に購入済みで、貸しコンテナに預けてある。あとは床と壁の改装工事が終われば運び込めるだろう。

一方通行と打ち止めの部屋の物は、黄泉川家から持って行くことも考えたが、全て新調することにした。どうせ、ことあるごとに実家に泊まることになるのだろう、との考えから、そのまま残しておく。

「あなたの新しいベッド大きいね、ってミサカはミサカは早くこの上でジャンプしてみたいとウズウズしてみる」
「自分のベッドでやれ」

『一応』、それぞれの部屋にベッドを置く予定だ。一方通行はダブルベッドを購入した。あとはリビングのテーブルやソファ、棚など、家具一式勢ぞろいが、コ ンテナの中に収納されている。今日はついでなので、新居に持って行く衣料品や私物もここに預けておこうとやってきた。そうしておけば、引っ越し業者が家具 と一緒に運んでくれる予定だ。

打ち止めが自分のシングルベッドに乗せた袋から、巨大なトウガラシが覗いている。それを見た一方通行はゲンナリした。

「…それ、マジでリビングに飾るのかよ」
「うー、あなたがどうしてもダメって言うならガマンする。自分の部屋に吊るす…」

どうしてもダメじゃないのでゲンナリするのだ。さらに、新居での打ち止めの居場所は、おそらく自室にほとんど無いだろうな、という認識。だからダブルベッドを買った第一位である。
あまり滞在しない部屋に置いても、彼女にとっては意味はないはずだ。

「あァもう好きにしろォ。でも端の方だぞ」
「やったぁ、ってミサカはミサカは上目使いの有効性を実感してみたり」
638 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/13(金) 23:58:37.39 ID:brNUcIH+0

マンションに戻り、二人はリビングの炬燵に足を入れた。今は春休みの最中なので、保護者達は仕事に出ている。
ひとまず足を温めてから、打ち止めは一方通行のコーヒーと自分のお茶を淹れにキッチンへ。
少女が立てる耳慣れた音を聞きながら、一方通行も炬燵を抜け出した。


「あれ?あなた?」

おぼんに飲み物を載せてリビングに戻ってきた打ち止めは、青年の姿が見えないことに気づく。テーブルにカップを置いていると、一方通行が戻ってきた。

「あ、いないからどこ行ったのかと思った」

青年は何も答えず炬燵に入る。打ち止めも隣に潜り込み、一緒に喉を潤した。

「……コレやる」

ひと息ついて、ほのぼのしていた打ち止めの目の前に置かれたものは、片手に収まるほどの透明なビニール袋だった。中にはクッキーが数枚入っている。

「………」

打ち止めは一瞬戸惑う。これは何だろう。確かに今日は三月十四日で、ホワイトデーだ。自分はバレンタインデーに一方通行にチョコレートをあげたので、こうしてお返しを貰ってもおかしくない。しかし、それは朝に貰ったはずだ。
黄泉川、芳川と一緒に、飴が入ったカワイイ箱を渡されている。「オマエから渡しとけ」と、番外個体の分も預かった。

「…、あ、これ、もしかして手作り?ってミサカはミサカは驚きの可能性に気づいてみたり…」

透明なビニール袋の中はクッキーだけで、防腐剤も、商品説明が書かれたカードも何もない。賞味期限も記載されていない。袋は折られた口をセロハンテープで貼り付けて封をされているだけ。

「不味くはないはずだ」
「でも、飴貰ったのに」
「オマエのチョコも手作りだろ、……まァ、差別化を図ってみた」

つまり、打ち止めだけ『特別』らしい。

「わぁ…ありがとう!あなたがクッキー作ってる姿なんて想像し難いけどだからこそ嬉しいよ!」
「俺も我ながらそォ思う」
「いつの間に作ったの?どこで作ったの?ウチじゃないよね?」
「昨日。三下の家で。しかもフライパンで焼いたという一品だ」
「フライパン!?」
「しょォがねェだろォ。アイツの家の電子レンジ、オーブン機能壊れてたンだから」
639 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/14(土) 00:07:11.84 ID:6F1tGWYT0

上条当麻から、「一緒にクッキー作ろうぜ」と電話で誘われたのは三日前だった。

「馬鹿かオマエは。…オマエは馬鹿か」
『二回も言うなよ、言い換えるなよ』
「……ホワイトデーか?」
『…うん。一人三枚だとしてもさ、一万枚以上用意しなきゃならないんだ…』
「一万枚のクッキーねェ…」

上条に好意を寄せる女性は、この世に一万人近く存在する。全員がバレンタインに彼にプレゼントをした訳ではないが、それでも半分近くの者から貰った。
保存の効くチョコレートはまだいいが、物品や、早く消費しないといけない食べ物には困った。仕方なくお裾わけしたり、実家に送ったりしたものだ。

『押入れにはまだ手付かずのチョコがわんさか詰まってんのにね。それのお返しをしないといけない上条さんなんですよ』
「インデックスはどォした。アイツがいてよく残ってンな」
『みんなが俺のために用意してくれたやつだし…。さすがに太るぞ、って脅してる』

ひとつひとつ封を開けて、必ず一口は食べると決心している上条。あとはインデックスに手伝ってもらって、チョコをジリジリと片付けているそうな。インデックスも自分宛ではないプレゼントを、全て横取りするのは失礼だとわきまえている。

『一方通行も黄泉川先生や打ち止めにお返しするだろ?ここはひとつ一緒にだな』
「もう飴買ってある」
『いいじゃないか助けてよ!もうラッピング用のリボンと袋買っただけで今月ジリ貧なんだよ!』
「オマエ俺にタカりたいだけだろ」
『そんなこと言わないでさ。喜ばれるぞ?手作り。心がこもってるもん。まぁ俺はひたすらに予算不足だからなんだけど』
「………」

喜んでもらえる。結局それが決め手となり、彼は上条を手伝うことにしたのだった。
640 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/14(土) 00:13:02.92 ID:6F1tGWYT0

そして翌日。上条の部屋はベッドもテレビも隅によけられ、ブルーシートが床一面に敷かれていた。友人知人から借りてきたという調理器具が、これまた借りて来たというテーブルに並べられている。まるで菓子作りの工場のようだ。

「ほォ、この粉を水と砂糖で混ぜて焼くだけ、ねェ。随分楽だな」
「あぁ、去年は大量に飴やマシュマロを買って、小分けにしてたんだけど、今年はこれでいく。安いから」

調理方法を確認しながら、手を洗う。手作りクッキーなんて、時間がかかり過ぎるだろうと思っていたが、なんともお手軽な。

「…どこかで調理室とか借りた方がいいンじゃねェか?」
「そんな施設のレンタル料ありません。……それに小萌先生に無理言って、高校の家庭科室使わせてもらったりしてるんだ既に……」
「それでも追い付かないわけか…。つーか去年まではどうしてたンだ?」
「今年が過去最高数を記録した上に、先月から出費が続いてて…」

「それにオーブン機能も酷使しすぎて壊れちゃったんだよ…。私があくせられーたに救援頼もうよって勧めたの」

隅でエプロン姿のインデックスも控えている。彼女もクッキー作りを手伝っているそうだ。
てっきりヤキモチを妬いて拗ねているかと思っていたが、毎年のことだし、自分も美味しい思いをしているので、粛々と助手をしている。
641 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/14(土) 00:19:54.85 ID:6F1tGWYT0

「フライパンやホットプレートでクッキーを焼くとはなァ…」

調理をしながら呟く一方通行。生地を筒状に整え、包丁で薄く切る。それをインデックスがホットプレートで焼いていく。頃合いを見払ってひっくり返し、冷ましてから袋に詰めてリボンを結ぶ。上条は台所でフライパンの前に立っていた。

黙々と作業を進める一方通行に、ふと素朴な疑問が…

「…そォいや、誰に送るのか分かってンのか?」
「大丈夫なんだよ、私が全部覚えてるから」
「でもよォ、世界各国だろ?もう発送しとかねェと」

台所のコンロを使っていた上条が居間に材料を取りに来て、その疑問に答える。

「妹達全員に直接送ってたら、送料で破産しちゃいますよ…。十四日に病院で代表者に授与式が開催されるんだ。後日順番に送られたり、妹達経由でそれぞれに届くよ」
「たかがホワイトデーに授与式…」

一体どんな式典なのだろう…。赤い絨毯でも敷かれるのか?

「あいつらなりの気遣いかなぁ。バレンタインも、同一所属機関数人の連名でチョコ一個っての多かったし」
「今作ってるクッキーもね、クールビューティーが預かって保管してくれてるの」
「あァ…、防腐剤も何も使ってねェしな。つーか最早ホワイトデーじゃないそれは」


その後、ただひたすらクッキー作りに精を出す。
手際が良い助っ人兼スポンサーが加わったことで、作業は効率的に進んだ。

「ありがとなー、おかげで何とか間に合いそうだよ。財政危機も乗り越えられそうだよ」
「うん、明日で目標の数が達成できそう。ありがとうなんだよ、あくせられーた」
「………」

今日以降製作分の材料費は、ほとんど一方通行が出した。目処がついたなら、これでオサラバしてもいいのだが、打ち止めのクッキーをまだ作っていないので、彼は明日もここへ足を運ぶ。

「インデックスにあげる分はさ、明日の夜一番最後に作るよ。その方が美味しいだろ?」
「えへへ…、うん!大きいのがいいなぁ」
「はいはい、チョコトッピングもつけてあげましょう!」
「やった!」
「オマエら、そォいうのは俺が帰ってからにしろ」

え?なんで?という反応に、一方通行は呆れてしまった。しかし、上条がインデックスを特別に想っていることは、チョコチップが付属することでも明らかだろう。インデックスも、その扱いを当然のものとして受け入れているようだし。

(それで明らかになるのもどうかと思うが…)
642 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/14(土) 00:24:55.60 ID:6F1tGWYT0

「だからあなた、この二日間はお出掛けしてたのね」
「まァな。これはその副産物だ」

実はこれこそが本命の用事である。バレてるだろうが、一応そう言っておく。

「ふむ、フライパン製クッキー…。さっそく食べてもいい?ってミサカはミサカはワクワクしてみる」

彼が横で頷き、打ち止めは、ぴりぴりとセロハンテープを剥がす。

「すごいね、一枚一枚味が違うんだ、ってミサカはミサカは感心してみる」

まず、チョコチップが入っているものから一口。

味見はしっかりしたが、反応が気になる一方通行。横目で、クッキーが少女の口の中に消えていくのを見守った。

「ふぉおおいひー!とてもフライパンクッキーとは思えないよ!ってミサカはミサカは続いて二枚目に突入してみる!」

「これも最高!」と、炬燵の中で足をバタつかせる打ち止め。コーヒーとお茶が入ったカップが揺れ、軽くチョップして止める。

「この緑色は……抹茶?」
「おォ」
「へぇ、珍しいね、ってミサカはミサカはもっと抹茶味たくさんあっても良かったのにとカロリーを気にしてみたり」
「抹茶味だからといって低カロリーとは限らねェぞ」

三枚目は刻んだナッツ。四枚目はレーズン。五枚目もチョコチップかと思いきや餡子。
ジャムが乗ったもの。ココアが混ざった茶色いもの。その他合わせてきっちり十枚。

いちいち「おいしー」と褒められて、一方通行はムズ痒くなった。
心配したのがアホらしくなるくらいに褒められた。口の端がつり上がるのを、歯を食いしばって耐えた。
643 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/14(土) 00:30:19.80 ID:6F1tGWYT0

「一方通行のやつ、結局卵もバターも買ってきて混ぜてたな」
「トッピングもすごくたくさん種類があったね」
「あそこまでして、俺の部屋でフライパンで焼く必要が果たしてあったの…」
「自分の家だとらすとおーだーにバレちゃうし…、とうまのこと手伝ってあげたかったんじゃない?」

お菓子工場のようだった上条当麻の部屋は、ホワイトデー当日の午後になってやっと片付いた。授与式も終わり、彼はインデックスとゆっくり過ごしている。

「えーと、俺のはチョコしか入ってないけど…」

上条が後ろ手に持っていた箱を、インデックスの前に差し出す。中には数十枚のクッキーがみっしり詰まっていた。

「……私はとうまから貰えるなら、そんなこと気にしないよ。ありがとう、とうま」
「え、え、え?」

インデックスの顔が、上条の目の前に近づいてくる。焦るも両手にクッキー入りの箱を持っているから止められない。


(でも俺、手ぶらでもこうしてたかもなぁ)
644 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/14(土) 00:35:09.62 ID:6F1tGWYT0
通行止めと上条家のホワイトデーの巻 完

神裂さんと五和には直接送ってある。海外組は日本式バレンタインに馴染みがないだろうな…、という予測。

え?浜面? 彼はいつもどおり爆発待ちです。

次回の更新は四日後の可能性高し。
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/14(土) 05:31:48.96 ID:pz9ByxTDO
>>1乙ぱい

上条さんに憐れみの涙が…

そして浜面爆発しろ



655 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/17(火) 23:56:58.07 ID:FXcO3ReV0

真新しいソファに座り、二人きりで過ごす。一方通行と打ち止めが、新しい部屋に移った初日の夜のことだった。
室内の改装も終わり、家具も運び込んだ。ハスキーのために必要と思われるものも、ペットショップで購入した。

「トウガラシも吊るしたし、これで引っ越しは完了かな」
「まァ、細かい入用なモノがあったら、後でその都度揃えればいい」

多くを業者に任せたといっても、慣れない引っ越し作業は彼らを疲れさせた。各部屋の隅には、まだ手付かずのダンボールや荷物を詰めた紙袋が転がっているが、それはもう明日にしよう。

「あとはハスキーちゃんをお迎えに行ければ……」
「あァ…、それな、向こうが連れてきてくれるってよ」
「え?なんで?いいの?ってミサカはミサカは親切なお店の対応を不思議に思いつつありがたがってみたり」
「こっちにはデカい車も運転手もいるから出向くって言ったンだが…」

犬の搬送用車両があるので、それに乗せて来てくれるそうだ。自動車に乗り慣れていない犬と、これまた初めて犬を乗せて自動車を走らせる人間、というのは確かに心配だ。

656 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:02:04.10 ID:+wSFMHg20

「そっか、そのほうがハスキーちゃんに負担が少ないかもね、ってミサカはミサカはお言葉に甘えるのが得策だと判断してみる」
「だな。店側の都合もあるから、日程が決まり次第連絡が入る。ただ三月中にはウチに来ると思う」

その日が待ち遠しい。打ち止めは一方通行の腕にぎゅっとしがみついて体をすり寄せ、待ちきれない心を表現した。

「こら痛ェ」
「う~ふふふふふふ」

こうしてひっつき合っていても、

「やっぱり少し寒ィな…」
「んー、そう言われればそうかも?」

住んでる人数が少なければ、それだけ家電などからの熱の発生が少ないのは当然だ。黄泉川も芳川もいない生活がこれから始まる。寒さなんてもので、それを実感する。

「やっぱ炬燵買おうぜ。明日買いに行こうぜ」
「もうすぐ春なのに…。でもあなたがそう言うんじゃないかな、とは思ってたよ、ってミサカはミサカは想定内だけど呆れてみる」
「そォかい。恐れ入ったわ」

見透かされているのには、とうに慣れた。今は炬燵が無いので、隣の温かい少女を抱え込んで暖を取ろう。一方通行は腕の中に打ち止めを収める。

「ほぅ、ぬくぬく…」
「……おォ」
「今日はずっとこうしててね、ってミサカはミサカはリクエストしてみたり」
「ン」
「寝る時もだよ?」
「ハイハイ」
「お風呂もね?」
「分かった分か、……あァ?」


ドキドキ☆二人暮らし初日記念!ということで、一緒に入りたいそうだ。

(どンな記念だそりゃァ…)
657 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:05:03.96 ID:+wSFMHg20

二人が恋人同士になってからも、一緒に風呂に入ることは珍しい。体を重ねるようになってからは稀にホテルの風呂も利用したが、必ず二人で入浴するわけではない。昨日まで住んでいた実家では、保護者がいることが多くて控えていたし。


「先に行ってて」と言われた一方通行が髪を洗い、シャワーで泡を流している時に、やっと打ち止めが浴室にやってきた。一体何をそんなに準備することがあるのか…

「あー、もう頭洗っちゃったの?ミサカがやってあげようと思ってたのに、ってミサカはミサカは残念がってみる」
「遅ェよ」
「じゃあせめて背中流してあげる!」

小さな薄いバスタオルを巻いた打ち止めは、スポンジにボディソープをつけ始めた。それを見た一方通行は、無言で彼女からスポンジを奪い取る。

「っ、なに?」
「……」

まだ冷える三月の夜、湯もかけずにこんな格好ではいさせられない。青年は少女の腕を掴んで、今まで自分が使っていた椅子に座らせる。そしてタオルを剥ぎ取って、天井付近にひっかけた。

「うわ、ちょ、お湯かけるならかけるって言って、ってミサカはミサカは説明の無いあなたを非難してみたり」
「黙ってねェと口に入るぞ」

シャワーノズルを伸ばし、打ち止めの後ろから湯をかける。初めはぬるく…、だんだん熱く。
一、二分でシャワーを止め、膝立ちのまま素早くシャンプーを手に取る。これ以上文句を言われる前に、彼女の頭を泡だらけにしてしまおう。
658 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:08:00.07 ID:+wSFMHg20

「ふー…、キモチいぃ…。美容院でしてもらってるみたい…」
「よかったですねェ。ほら、また湯ゥかけるぞ」

リンスも終わり、今度こそ自分が一方通行の背中を流す番だと、打ち止めが立とうとするのを一方通行が制する。

「そのまま座ってろ」
「ぶー、さっきからミサカばっかりおもてなしされてるんだけど、ってミサカはミサカは不満を述べてみる」
「苦情は受け付けませン」

さっき打ち止めから奪ったスポンジで、彼女の背中を擦る。打ち止めは慌てて髪を纏め、手首にはめていた髪ゴムで縛り上げた。
隠れていたうなじが露わになり、そこにもスポンジが触れる。

「右ィ」
「はい」
「……次ィ、反対」
「ほい」

命令通り、素直に首を左右に傾ける打ち止め。首も丁寧に洗われる。一方通行の指が優しく耳の中に入ってきた時は、肩をすくめて反応してしまい、彼が後ろで表情を緩めた気配がした。

(背中だけじゃないの?ってミサカはミサカは恐縮してみたり)

「万歳しろ、万歳」
「な、何で?」
「いいからしろ。いつも無駄にやってるじゃねェか」

疑問に思いながらも、打ち止めは両手を上げる。目の前の鏡には自分の姿ばかりが映り、一方通行がどんな顔をしているのかも、ほとんど見えない。

「きゃあ!?前は別にいいよ!?ってミサカはミサカは赤ちゃんじゃないから自分で洗うと断ってみるっ」

「………」
(赤ン坊じゃねェから洗うンだよ阿呆)

「何で無言!?」
659 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:12:24.34 ID:+wSFMHg20

一方通行が打ち止めの背後から伸ばした手が、腹の辺りを擦っていた。まさか体の前面までとは思っていなかった少女は、とっさに脇を締めたが無駄な抵抗だった。だって泡でヌルヌル滑る。

「おら、手ェどけろ」
「………うぅ」

観念して右手を弛めた。見計らっていたスポンジが右脇に宛がわれ、ラインに沿って胸の下へと。円を描くように膨らみの周囲を回り、一瞬手を離して「胸に触るぞ」という意思表示をする。


(……洗いにくい…)
(なんだか洗いにくそう、ってミサカはミサカは手間取っている様子のあなたを観察してみたり)

ぽよんぽよんしているので、泡だらけになったスポンジでは上手く擦れない。力を加えれば、「むにょ」「むにゅ」と逃げられてしまうのだ。痛がらせるといけないので、これ以上は強くしたくない。

(これでどォだ)

膝立ちになっていた体をにじり寄らせ、自分の胸と彼女の背中を密着させる。左手も前面に回し、乳房を滑らない程度に軽く固定してから、ようやく「洗えている」という実感が得られた。Eカップを下から支え、上部を洗う。上から押さえ、下部を洗う。

(丁寧だなぁ…。そこまでしなくても大丈夫なのに)

左胸も同じようにして、腕、腹、足ときた。左右から屈みこんで、足の裏までしっかりと。そして、

「!!そこはいいです!ってミ」
「おとなし、く、コラ、してろォっ」

スポンジを持った右手が、股間の前で構えている。左手は足を開かせようと左膝を掴んでいる。もっと直接的に、官能的に触れられたこともあるけど、それより恥ずかしい。洗われるということは……

暴れるうちに、打ち止めのお尻は椅子から落ちてしまい、もつれるように二人とも直接床に座り込んだ。一方通行を押しつぶさぬよう気をとられているうちに、恥ずかしいことは遂行されてしまった。

(くぅ、越えてはいけない一線を棒高跳びで飛び越えてしまった、ってミサカはミサカは羞恥に体を震わせてみる…!)

660 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:17:42.81 ID:+wSFMHg20

がっくりしている少女に、またシャワーの湯がそそがれる。泡が全て流れると、一方通行によって抱きあげられた。

「?」
「よ、っと…」

湯船に入り、彼の膝の上に乗せられる。青年だけ、「やれやれ、一仕事終えた…」という風に息を吐き出す。

「……ミサカだけ色々されて、…茫然。あなたの背中流すの、楽しみにしてたのに…」
「もォ軽く洗ってあったからいいンだよ。…それよりしっかり浸かれ」

一方通行は打ち止めの肩を掴み、先程と同じように、自分の胸に彼女の背中を押しつける。

「はぁ~良い湯だな~、ってミサカはミサカはのびのびしてみる」
「髪ほどいていいか?」
「いいよー」

髪ゴムを外し、少女の手首に返す。自分が洗ったばかりの髪を手に取り、それを肩や鎖骨に流すと、お湯にひたって、ユラユラとたゆたう。色っぽいな、と思うが、口には出さない。

「!っ、あの、一応さわる前に一言下さい、ってミサカはミサカは苦言を呈してみる」
「………」

(また無言なのね…)
661 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:22:33.01 ID:+wSFMHg20

お湯の中で軽くなった二人の体。打ち止めの胸も、ぷかぷか浮く。それを後ろから、すくうように握る。離す……寄せる…

湯の温度を熱めに設定したせいか、打ち止めの肌は既にほんのりと赤い。濡れた髪の匂いを吸い込み、息を吹きかける。

(あう、なんだかフワフワする…、ってミサカはミサカは実際にフワフワしてるんだったと現状を思い出してみる)
(……やっぱ楽しィわコレ)

甘い吐息が、打ち止めの口から漏れる。もぞもぞと体をよじらせる様子。ちょっとだけ先端の敏感なところを刺激すれば、震えた声が浴室に響いた。

これで反応するな、というのは無理な話だ。

一方通行は、自分の分身が臨戦態勢を整えようとしているのを自覚していた。それは(様々な意味で)上手い具合に、打ち止めの足の間で意見を主張していたので、態勢は変えないままだった。

(もう少し遊ンだら、このままベッドに行くかァ…)

そう計画を立てていたのだが、腕の中の少女が腰を浮かしてしまう。おあずけなのだろうか、と一瞬不安になる一方通行。

(オイオイ…ちょっと待てオイ)

打ち止めが一方通行の分身に手を添えて、自らの体内へ導こうとしている。

「…待てよ、ベッドで」
「いい。ココでいいから、ってミサカはミサカは今度こそミサカのお願いをきいてもらうつもりだったり…」
「ゴムつけてねェだろ」

「……つけないで、してみたい」


言葉に詰まった。一方通行もそうしたい、と思わなかったわけはない。しかし自分達の生活や周囲の人々のこと、自分の人生のこと、打ち止めの人生のこと、彼女の体のこと、過去のこと……
それらを思うと、今は避妊具無しでセックスは出来ないと考えていた。

「今だけ、じっとしてるだけでもいいから」
「打ち止め…」

じっとしている自信は無いが、少女の行動を容認した。
……絶対に耐えなければならない。

「ん…ん、う」

胸しか愛撫していなかったので、いまいち潤滑が足らないのか、あるいは湯の中だからか、ゆっくりゆっくり沈ませていく。

湯船の中で、打ち止めの背中が反れ、次いでぶるりと震えた。この態勢で、可能な限りの深さまで…

「はぁ…」
(あつい……)

「……ふ…ゥ」
(あつい…)
662 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:25:07.20 ID:+wSFMHg20

彼との間に、何も無いまま繋がってみたかった。お互いの弱いところを、直接触れ合わせてみたかった。
いつか、そうしてもらえるだろう、と期待していた。

その機会が今でもいいじゃないか。そう思ったからお願いしてみた。

「えへへ…、なんだか嬉しい、ってミサカはミサカはもっと幸せを求めてちゅーを要求してみる」
「…ばァか」

また、背中と胸が密着する。お互いに腰をひねり、キスを交わした。否応なく結合部が摩擦される。

「………」
(耐えろ、俺…)

打ち止めがどんな想いでこの行動に出たのか、一方通行には分かる。自分よりも強く望んでいたのかもしれない。
少しでも長くこうしていてあげたい。

青年は目をつむり、少女の腹に優しく手を回す。集中しすぎてはいけない。でも、適度に集中を保たなくてはいけない。男の見せどころである。

663 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:27:37.96 ID:+wSFMHg20

「あなたの方、向いてもいい?ってミサカはミサカは一言告げてから行動を始める見本を提示してみる」
「…あァ。このまま出来るか?」
「お風呂の中で浮けるし、平気」

打ち止めは浴槽のへりに手をつき、足を持ち上げる。一方通行も、もたれていた背中を離したり、さらに傾けたり。繋がった部分が外れてしまわぬよう、手助けしてやる。

「よい、しょ…。あは、あなたの顔を正面から見るのはどれくらいぶりだろう、ってミサカはミサカはキスしやすくなったから早速実行してみる」
「ンっ、……だいたい一時間ぶりくらいか」
「あなたが冷静で、ミサカはちょっと不満だな。」
「はァ…、冷静ェなわけねェだろォ…!?」

きつく抱きしめ、抱きしめられる。一方通行の腰を挟んだ腿に、自然と力が籠った。
頬を擦りつけ合い、時折口づけを交わす。

今、打ち止めと一方通行の間を遮るものは何もない。

664 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/18(水) 00:34:45.51 ID:+wSFMHg20

そうして、何分湯の中で過ごしていただろうか。

「打ち止め、もういいか?」
「ん?…うん。ありがとう」
「…よし」

一方通行は首の電極のスイッチを能力使用モードに切り替えた。しっかりと打ち止めを抱えたまま湯船から上がり、体に付いた水分を吹き飛ばす。

やはり、避妊具無しでは最後まで出来ない。

早く、一刻も早く自分の部屋へ。
浴室のドアさえ閉める余裕も残っていない青年は、走るような速さで、大きなベッドを置いた自室に飛び込んだ。そこのドアも開いたままだが、今日から打ち止めと二人だけなので気にしない。廊下から入ってくる明かりが、打ち止めの体に深い陰影を映した。


(お背中お流しします、は明日にしよう、ってミサカはミサカは目下の課題に取り組んでみたり)

665 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/18(水) 00:38:31.27 ID:+wSFMHg20
通行止めの同棲初日、一緒にお風呂の巻 完

はーぁビバノンノン

いきなり風呂で始まる新生活。…ごめんなさい。アハハン
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/01/18(水) 00:40:48.42 ID:85YucjXPo
乙!
えらく積極的な打ち止めはともかく
その状況でギリギリを維持しつつける一方さん。
さすが第一位wwwwwwww
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/01/18(水) 00:48:52.95 ID:drU/lA+N0

第一位に「能力のエロ使い」タグをつけてやろう
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/18(水) 02:48:01.21 ID:JwLq3oFIO

おぉ…いきなり飛ばしていきますなww



687 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/21(土) 22:21:42.03 ID:d5bIdmSb0

今日、例のシベリアンハスキーがやってくることになった。

なので、打ち止めはとてもソワソワしていた。その知らせを聞いた二日前から、地に足がつかない心地で過ごしている。あと一時間もしないうちに、搬送用車両がマンションに到着する予定だ。

「ちょっと落ち着けよ…」
「うん…」

打ち止めはそう言いつつも、窓から外を見るために、わざわざ炬燵(早々に買った)から抜け出す。もうこれで何度目だか。一方通行は苦笑した。

(だめだなコリャ…)

「あぁ!あなた来たんじゃない、あれ!ってミサカはミサカはお庭からダッシュでお迎えに出てみたり!」

庭を囲う壁には、すぐに敷地外へ抜けられる扉が付いている。打ち止めはサンダルをつっかけて、庭に飛び降りた。ちゃんと五段の階段があるが、ショートカット。まだ慣れない扉の解錠に戸惑いながら、扉も窓も開け放したまま走って行ってしまった。

「寒ィ…。……予定より早いな」

まだ冬の冷たさを残す風に晒され、一方通行も立ち上がる。確かに、大型車のエンジンがマンションの前で停止する音が聞こえた。
窓と庭の扉を閉め、彼も外へと向かう。

道路の路肩に停められた特殊車両。その横の歩道では、早速打ち止めがハスキーに抱きついていた。上着も忘れてサンダルで走り寄って来た少女に、ペットショップの店員が笑顔を浮かべる。

(あ、俺も忘れた)

続いて現れた青年も、同様に薄着であった。
688 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/21(土) 22:29:58.51 ID:d5bIdmSb0

「じゃあな。イイコにして、良くしてもらうんだぞ」

トラックを運転してきた店員は、一方通行と打ち止めにハスキー愛用のオモチャなどが入った箱を渡し、あっさりと引きあげて行った。それでも、別れ際には力強く犬の頭を撫でて…

ハスキーが走り去るトラックを追ったりしないか心配で、打ち止めはリードをぎゅっと握る。しかし彼は小さくなるトラックを見つめるだけで、少女の横で大人しくしている。

「寒いな。家に入ろォぜ」
「う、うん。はい、こっちだよ、ってミサカはミサカはハスキーちゃんの綱をクイクイしてみる…」
「わん」

犬、しかも大型犬を繋いだリードを引くなんて初めてのことだ。大いに緊張しながら、新居へのわずか百メートル足らずを進む。

「…そうそう…こっち」
「庭から上がるかァ。軽く足の裏拭いてやれ」

ハスキーは興味深々といった様子で、芝生や、植えたばかりの庭木の匂いを嗅いでいる。打ち止めは桶にぬるま湯を汲み、それに浸したタオルを持ってハスキーに近づいた。

「足拭きたいんだけど…、いいかな?ってミサカはミサカは前足から?後ろ足から?あれ?立ったまま…?」
「おすわり」

タオルを構えたまま戸惑う打ち止め。犬がそれに飛びついて引っ張り合いの遊びに発展しそうだったので、見かねて一方通行が横から命令を出す。
ハスキーはすぐにおすわりを実行した。

「伏せ」
「へっ」
「おぉっ、お利口!」
「これぐらいは躾けてあるって聞いてたからなァ」
689 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/21(土) 22:34:59.98 ID:d5bIdmSb0

芝生の上で<伏せ>をする犬の横にしゃがみ、一方通行は受け取ったタオルで前足から綺麗にしていく。

「大人しくしてンな…」
「嫌がらないねぇ…。こうされるのは初めてじゃないのかもね」

さて、いよいよ彼は新しい家の中に四本の足で踏み入った。まず嗅ぐ。何は無くとも嗅ぐ。フンフン嗅ぐ。

とりあえず自由に室内を歩かせてやろうと思っていたが、ハスキーは一方通行と打ち止めがいるリビングから出て行こうとしない。遠慮…、だろうか。

「あのね、ここはもう君のお家なんだよ。ミサカとこの人と君で暮らしていくの。よろしくね、ってミサカはミサカは……挨拶してみる…」

急に不安になってきた。打ち止めはただハスキーと暮らせる喜びに舞い上がっていたが、それは犬にとってはどうなのだろう。急に住み慣れた場所、優しい飼育員から引き離されて、たった三回しか会っていない犬のシロウトに飼われるなんて。

「お店に帰りたくなっちゃったらどうしよう!?ってミサカはミサカはもしかしてヒドイ仕打ちをしたのではとショックを受けてみたりっ」

一人暴走する少女に軽くチョップを与え、一方通行はキッチンへ。

「あなた?どうするの?」
「とりあえず、昼メシにしよォぜ」

「食って寝て住ンでりゃ、すぐにそこが家になる」という青年の主張のもと、軽い食事を用意した。犬は朝夕の一日二食だが、初日なので、特別豪勢なのを作ってやる。

乾燥ドッグフードに缶詰を乗せて、さらに茹でた牛肉と野菜をトッピング。ニボシもサービス。

「わふっ」
「おいし?ってミサカはミサカは訊くまでもない食べっぷりに感心してみる」
「オイオイ、作り甲斐ねェなァ、よく噛めよ…」

大喜びといった様子で、がっつくハスキー犬。一方通行と打ち止めは楽しそうにそれを眺めていた。人間用の昼食が、テーブルの上で冷めていくのもかまわずに。

690 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/21(土) 22:41:29.24 ID:d5bIdmSb0

腹が膨れて優しく撫でられて、暖かい部屋のなかでイイキモチになったのか、ハスキーはカーペットの上で丸くなって寝ていた。専用の寝床を用意していたが、わざわざ起こしてまで案内するほどでもないだろう。

不思議だ。部屋の中に大きな動物がいる。モコモコでフワフワで、すーすー寝息を立てている。一方通行と打ち止めは、それを見ながら炬燵に入っていた。二人会議の議題は…

「名前どうしよっかねー、ってミサカはミサカは長らく先延ばしにしていたこの問題の決着を求めてみる」
「…おォ」

実は、決まっていなかった。あれはどうだ、これはどうだ、と打ち止めが提案すれば、ことごとく一方通行が否と言う。

「もー、だいたいあなたがミサカにばかり考えさせてちっとも協力してくれないからでしょ」
「しかし犬の名前にネコは無いだろ」
「あれは一〇〇三二号のアイディアであってミサカの意見じゃないもん、ってミサカはミサカは『ネコ』さえ紹介しなければいけなかった苦労を察してほしかったり」
「………」

一応保護者達にも相談してみたら、黄泉川と芳川は、

「ポチ、コロ…が一般的なんじゃないかしら?」
「犬といったらハチじゃん。ハチ公じゃん」

という案をいただいた。たくさんの候補の中のひとつにしておく。

さて困ったなぁ、と二人は天(井)を仰いだ。このシベリアンハスキーは、ペットショップで「ユキ」という名前で認識されてはいたのだが…
店の職員から、「ぜひ黄泉川さんが考えた名前をつけてあげてほしい」「いつか来るかもしれないその日のために、呼びかけるのを控えていた」とまで言われたので、これは真剣に考えなければならないだろう。
691 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/21(土) 22:49:09.43 ID:d5bIdmSb0

「あなた、本当になんにも考えてなかったの…?」
「…ンー、…頭ァ悩ませてたワケじゃねェが…」

犬を飼うに当たり、一方通行は「一応はな」と、飼育に関する専門書や関連書籍を読んでいた。そういった情報を求めるうちに、飼育方法には関係ない分野にまで興味が広がってしまった。大学がまだ春休みで、時間だけは余っていたから。

そして昔『ロボ』と『ブランカ』という名前で呼ばれた狼がいたことを知る。

「ロボに、ブランカ…。なんだかおっしゃれーな名前だね」
「ロボは狼、ブランカは白って意味だ」
「狼の親戚ではあるけど犬だし、このコは白いしブランカでいいんじゃない?ってミサカはミサカは声に出してみたことでその響きの良さを確信してみる」
「だが、ブランカといえばメス、女性名なンだよなァ…」
「そんなの気にしないの。ブランカ…。ブランカかぁ」

打ち止めの噛みしめるかのような声を聞いていると、単純な事に一方通行も「まァいいか?」と思えてくる。

「今日からミサカとあなたとブランカの、二人と一匹暮らしだね、ってミサカはミサカは改めてよろしくとおじぎしてみたり」
「どォも。つーか決定なのかよ」
「うん決定」

打ち止めは炬燵の対面に座る一方通行の横に移動した。腕にすがりついて「いいでしょ?ね?」と言われれば、「いいけど別に」と了承するしかない。

「ブランカ…。ブラちゃんだね」
「……略すなよ」
「ミサカのブラちゃん」
「ヤメろ」

確信犯なのか、ケタケタ笑いだす少女と、彼女にチョップを与える青年。そんなに騒がしくしていれば、目を覚まして尻尾を振るハスキーが参戦するのも無理はない。
692 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/21(土) 22:57:17.97 ID:d5bIdmSb0
ハスキーがやってきたの巻 完

そこはかとなく中ニ臭く、また、おっぱいと白い毛に関連のある名前にしました。


一方通行「おォい、ブラどこいったァ?」

なんて言うようになったら笑える。

693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/01/21(土) 23:00:10.61 ID:pb+T7e+AO
乙!
ここの読者なら「ブランカ」の時点で「ブラちゃん」は予想できるなww
ブラちゃんも加わってますます期待!
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/21(土) 23:17:32.97 ID:JaDiQg2DO
一方通行「おォィ、ブラの散歩の時間だぞ」
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/21(土) 23:21:06.35 ID:Yr0zMCSO0

今後のブラちゃんに期待



703 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/24(火) 01:49:50.67 ID:A4JCJ2AC0

降りそそぐ日差しは暖かく、風は花の香りを含んでいる。四月になった。

「どーだブランカ!ミサカのニュー制服だよ、ってミサカはミサカはカワイく元気にポーズをキメてみたり」
「わん」
「そうだろ、そうだろ、似合うだろー?」

朝食の片付けがまだ済んでいないキッチンで、打ち止めはブランカの前で一人ファッションショーを開催していた。一方通行はテーブルに肘をつき、コーヒーを啜っている。

「…そろそろ行った方がいいンじゃねェか?初日から遅刻すンぞ」
「まだ大丈夫だよ。それに片付けが」
「俺がやっとくから、オマエはもォ行け」

しッしッ、とツレナイ素振りでいってらっしゃいをする青年の頬に、打ち止めは腰をかがめてキスをした。彼の機嫌が少々悪い理由は分かっている。

打ち止めの入学式の日に、炬燵を片付けるという約束をしていたからだ。夜はまだ寒いから炬燵が必要だ、と主張する一方通行と言い合いをした日、呆れと少しの怒りを表すために自室で就寝した。ちなみに、ブランカも引っ張りこんで閉じこもった。

その翌日、不服そうな青年から、「入学式まで」という期日を提示されていたのである。
704 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/24(火) 01:55:10.16 ID:A4JCJ2AC0

「おめでたい日なんだから、笑ってお見送りしてほしいな、ってミサカはミサカは拗ねてるあなたを宥めてみる」
「誰が拗ねてるってェ?」
「おぉコワ、はいはい行ってきまーす。ブラちゃんにも……、う~ぎゅぅうふふ、いってきまふ」
「フンフン」

打ち止めは床に膝をついて、ハスキーの首に腕を回した。キスするように顔をすり付けると、ブランカの尻尾が激しく振られて椅子にぶつかった。
痛いだろそれ、と心配してしまうような音が鳴るので、一方通行は椅子をどかしながら立ち上がる。

「ったく、また毛ェ付けやがって。制服着てる時は気をつけるって言ってたのは、どこの打ち止めさンでしたかねェ」

玄関に置いてあるエチケットブラシを取りに行く青年。打ち止めは鞄を持って後に続いた。
新しい制服はグレーのブレザーで、幸いなことにブランカの白と灰の毛が付着してもあまり目立たない。しかし見苦しいことには変わりないので、こうして犬の毛対策グッズを揃えてある。

「えへ、申し訳ありません、ってミサカはミサカはお嬢様気分に浸ってみる」
「アホ。…後ろ向け」

あらかた毛を取り除いてやり、「いいぞ」と背中を叩いて合図する。打ち止めは手を振ってから出掛けて行った。
一方通行はやれやれ、と首を回し、さっさと朝食の後片付けを済ます。

「ブランカも来い」
「あう」

悲しいことに今日でお別れの炬燵を堪能しようと、一方通行は木漏れ日の中、腰まで潜り込んで二度寝の態勢に入った。優れた毛皮を持つハスキーには、もちろん炬燵など必要ないので、ブランカは主人の頭の先で床に伏せしてお付き合いする。
705 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/24(火) 01:59:09.12 ID:A4JCJ2AC0

「ミサカ、同じクラスだね!」
「うん、よろしく~」

滞りなく式は終わり、打ち止めは教室でホームルームが始まるのを待っていた。一方通行はブランカと二人でどうしているかな、どうせ寝てるかな、と見当がついているが、メールを送ろうかと思っているところ、中学からの友人が話かけてきた。

「一組は私とミサカだけみたいよ」
「そっか。だいたい何人くらいがココに入って来てるのかな、ってミサカはミサカはそれ自体知らないことを思い出してみたり」
「えぇと…、私も正確には知らないけど、十人以上はいると思う」

全七クラスなので、十人ほどが入学しても、同じ組には一人か二人しか割り振られないはずだ。今までは仲良しの友人にたくさん囲まれていたが、周囲は知らない顔ばかり。

加えて、「三年生の上級生」だったのが、「一年生の後輩」となる。
成長著しい十代だ。式の合間にすれ違った三年生は、たった二つ年上なだけでも、かなり大人びて見えた。

(ミサカも卒業する時には…ぐふふふ。それに今だって、お化粧して頑張ればお姉さんに見られるもん)

二年、三年先の自分を夢想し(身長が伸びている予定)、ニヤける打ち止め。

(そういえば、あの人も背が伸びたな…。出会った時はもやしっ子だったけど、ってミサカはミサカは昔を懐かしんでみる)

既にホームルームが始まり、新しい担任が今後の心構え、明日からの予定を話しているが、打ち止めは上の空だった。

(ミサカも大きくなったのに、けっこうヒョイヒョイ抱っこされたり、アレとかコレされたりするし。あなたにも筋肉がついたのねぇ…)



その頃、愛しのあの人は…


(ァ…うゥ、く、苦しィ……)

「くぅーん…」

(息が……ァ)

「くぅぅぅーん…フンっ」

打ち止めの想像どおり、すっかり炬燵で寝入ってしまった一方通行と、目が覚めて退屈しているブランカ。彼は、起きてくれないご主人様の胸に顎を乗せて鳴いている。
苦しませるつもりはないのだろうが、一方通行の呼吸は、その表情が物語るように限界が近かった。
あと少しうなされたら、酸素を求めて飛び起き、喜んだブランカに顔を舐められるに違いない。
711 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/24(火) 21:49:37.80 ID:MsabWU/L0

打ち止めがボンヤリしてる間に、ホームルームは終わった。全然話を聞いていなかったが、とにかく明日も同じ時間に登校さえすれば問題ないと気楽に考えている。

「なんだっけ、明日は部活紹介があるんだっけ?ってミサカはミサカはさりげなく質問してみたり」
「しっかりせい。部活紹介と選択科目説明と進路相談だよ」

もう今日はこれで、新入生は帰宅してもよい。二年生、三年生も部活動に参加する者以外は解散となっている。ただ、一年生の多くは明日の部活紹介を待たずに、お目当ての部を見学しに行くらしい。

「私は絶対また吹奏楽部に入るわ。今から見に行く。ミサカは?やっぱり帰宅部?」
「うん。そうするつもり」

部活に入るとどうしても帰宅時間が遅くなってしまう。それに、激しい運動はあまりしないように、と芳川、一方通行に言われていたので、運動系は論外だった。
掃除も洗濯も料理も、更にまだまだ慣れていない犬の世話もある。それらを優先したいと思い、高校でも部活はやらないことにした。
友人に別れを告げ、打ち止めは家に帰る。

視界に入る、グレーのブレザーと新しい鞄と靴。一方通行と可愛いペットとの暮らしは、打ち止めの高校生活も始まり本格的なものになっていく。四年生になり 講義の数がかなり減るとはいえ、一方通行も大学があるし、暮らしのリズムが整うまでは、部活なんて二の次三の次だった。

(帰ったらまず夕飯の献立決めて…。ブランカの散歩行って、その前に洗濯物たたんで…)

712 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/24(火) 21:52:59.35 ID:MsabWU/L0

「たっだいまー」

我が家の玄関を開けると、意外な事に部屋の中を風が吹き抜けている。庭に面しているベランダに、一方通行とブランカがいるのが見えた。床に寝転んでいたハスキーが、打ち止めの姿を見て飛びかかってくる。

「ただいまブランカ!あの人と何してたの?」
「毛ェ取ってた」
「あぁ、ブラシかけてあげてたのね」

ベランダに腰を下ろしたままの青年に近づくと、一方通行は犬用のブラシを振って見せた。そばに置かれたゴミ箱の中には、フワフワの冬毛が毛玉となっている。ブランカは再度、一方通行の前に寝転んだ。「はやくやって」という顔で青年を見上げる。

「左側もやりてェンだが、コイツさっきからこの恰好でしか寝ないンだよ…」

胸を圧迫されて起こされた一方通行は、こうしてブランカの相手をして過ごしていたというわけだ。打ち止めは笑ってしまった。
振り返れば、床に置かれた籠の中に洗濯物が綺麗に畳まれていて、やろうと思っていた家事がひとつ片付いていることに気づく。

「待ってて、ミサカすぐ着替えちゃうから。そしたらブラちゃんを反対側にしようね、ってミサカはミサカは大量の毛玉にやる気を刺激されてみたり」

713 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/24(火) 21:59:33.91 ID:MsabWU/L0

よく晴れた青空の下、二人でブランカの衣替えをする。彼の「きもちぃー!」という顔と、毛玉という確かな手ごたえが楽しくて、かなり時間をかけてしまった。

「こンなもンか。すげェ抜けたなァ…。生え過ぎだろオマエ」
「寒い地域のわんちゃんだもん。夏は体調管理気をつけてあげないとね、ってミサカはミサカは今から夏のブランカを心配してみる」


ハスキーを散歩に連れていこうと、打ち止めがリードの準備をする。リード=散歩と覚えているブランカが、目を輝かせて飛び起きた。

「コラ、オマエはさっき散歩行っただろォが」
「え?あなたが?転ばなかった?」

家の中はともかく、外では杖をつく一方通行では、大型犬を散歩させるのは難しいはずだ。膝など擦り剥いていないだろうかと、打ち止めは青年をまじまじと見降ろした。能力を使うにしたって、バッテリーの容量がある。

「俺じゃねェよ。オマエが帰ってくる少し前に一九〇九〇号が来て、散歩させてくれ、っつゥから」
「……あははは、そうだったの。良かったねぇブラちゃん。他のミサカ達とも仲好くしてね、ってミサカはミサカはアイドルな君を誇りに思ってみる」

「ミサカ達にも懐いてくれる動物あらわる」の報に、今ネットワーク内でも話題のブランカなのだった。これで犬を飼う妹達が増えるのでは、と一方通行と打ち止めは予想している。

「なンか、『楽しかったからまたやらせろ』って言ってたぞ。今度は他の妹達が来るンだとよ」
「そっか。でもちょっとだけミサカともお散歩行こうか?ってミサカはミサカは既に興奮しちゃってるブランカの期待に応えてみる」

すぐそこの公園を一周して戻り、ハスキーの足裏を一方通行に拭いてもらう。その間に冷蔵庫を開けて、忘れていた夕飯のメニューを決めようとしていたら、

「あァ、言い忘れてたが、晩飯は『上』で食うからな。オマエの入学式ってことで、黄泉川が張り切ってるらしい」
「………、なぁんだ」

またひとつ、家事が減った。
少女は、ぼすっとソファに体を投げ出した。

「なンだよ。呆けた顔しやがって」
「ふあー…、みんなも、あなたも助けてくれるなぁ、と思って」
「はァ?」
714 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/24(火) 22:05:58.52 ID:MsabWU/L0

今までは、あくまでお手伝いという範囲で家事をしてきた打ち止め。特に料理はまだ修行中の域を出ない。春休み中は時間がたっぷりあったので、時間をかけてなんとかこなしてきたが、これからは忙しい高校生活も始まる。

自分一人だけなら不調法も怠けるのも構わないが、一方通行と、なによりブランカがいる。

「これから大変だー頑張るぞー、ってミサカはミサカはモリモリの気合いが空回りしていることに脱力してみたり」

隣に腰掛けた一方通行が、打ち止めの頭を撫でる。

(妙にうわついてると思ってたが、そォいうことだったのか…)

「……あのなァ、まるで俺が何もしないぐうたらダメ男みてェじゃねェか。オマエの高校が始まって忙しくなることなンて、俺も黄泉川達も分かってる」
「………」
「学校がなかったから、ここに引っ越してからはオマエに世話やかせちまってたが…」
「………」
「頼れよ」

その後、一方通行は照れくさそうに足を組み直して目を逸らした。打ち止めに、ここまで戦力外だと思われていたことも不甲斐ない。


にじにじと、打ち止めが一方通行の体にすり寄って抱きつく。

「…うん、ありがと」
「オマエの成績が悪くなったら、アイツらに俺がどう言われるか分かるだろォ?」

「やっぱり同棲は禁止じゃん!」なんてことになったら困る。

「なるほど。それはミサカも困る、ってミサカはミサカは一緒にいたいと思ってくれるあなたにキュンキュンしてみたり」
「………」

舌打ちは肯定だろう。打ち止めは首を伸ばして、朝と同じように頬に口づけた。

主人達を見守っていたハスキーが、自分もソファの上に登り、青年に寄りかかって座る。

「へっ」
「オイ、またか」

すぐにズルズルと前足を滑らせて、顎は定位置(一方通行の膝の上)に収まった。
右に打ち止め、左にブランカ。

「動けねェ…」
「冬毛が脱げて、ちょっと軽くなったから平気だよねー?」
「ンなわけあるか」

毛が軽やかな指通りになった愛犬の体をさわりながら、打ち止めはもう一度首を伸ばす。やり易いようにと、一方通行が顔を傾けてくれた。

「うーん、頼りにしてるわ、あ・な・た。なんちゃってぇえへへへへへへへへうりうり」
「………」

これは『頼る』ではない。『甘える』だ。しかし、それも望むところなので黙って甘えさせておく。

715 :ブラジャーの人 [sage]:2012/01/24(火) 22:17:44.51 ID:MsabWU/L0
打ち止め高校生になるの巻 完 

こんなカンジで暮らしていく通行止めです。

一方さんが一人でブラの散歩に行き、不測の事態でバッテリー切れになったら

① ブランカに置いていかれて放置→ 一匹で帰ってきたブラに打ち止めが驚いて事態を把握する
② 鼻クンクン、前足カリカリされて擦り傷多数
③ 遠吠えで救助要請してくれる


どれにしても、最終的に打ち止めか妹達に回収されますね。
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 22:25:22.08 ID:HYA+BDpX0

萌え死にそう、助けて
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/01/24(火) 22:33:46.53 ID:u3X39oXY0
乙!!
だれかブラックコーヒー持ってきて
甘すぎる

728 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/30(月) 21:00:29.89 ID:lRW5hyey0

日本で花といえば桜だ。もちろん学園都市にも桜はたくさんある。そして桜といえば、

「花見ねェ…」
「さーくーらー、さーくーらーららんらー」

とある休日の昼下がり、一方通行はソファに寝転がりながら、キッチンから聞こえる打ち止めの歌声に耳を傾けていた。ちなみに、歌っているのは打ち止めだけではない。

「らんらんらーん」
「ふんふんふーん」

インデックスと滝壺理后もいる。彼女達は完成したばかりのお花見弁当を、箱やバスケットに詰めていた。今この状況だけを見るなら、一方通行が亭主関白かまして女性陣を働かせているかのようだが、そうではない。
ついさっきまで三人の後ろに立って、料理教室の先生の如く振舞っていたのだ。そしてお約束のように、いつの間にか率先して包丁を握り、鍋、フライパンを前にしていた。


「わぅ」
「おォ、もォちょっと待ってろ…」

一方通行が寝るソファの下では、垂れ下がっている彼の腕に、伏せながらじゃれつくシベリアンハスキー。お客さんが来てワイワイしているのに、ご主人様達は料理に手いっぱいで、ほうったらかしにされていたので不満そうだ。
この後、一緒に出掛けることを分かっているのか不明だが、そう言って宥めておいた。

729 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/30(月) 21:05:36.59 ID:lRW5hyey0

「あーあ、せっかく成長した私の腕前を見せようとしたのに。結局あくせられーたに色々お世話やかれちゃったんだよ」
「大丈夫だよインデックス。キャンプの時よりずっと上手くなってた」

インデックスと滝壺は、お弁当をどっさり持って先を歩く。お花見弁当を作るに当たり、二人と一匹暮らしを始めた一方通行と打ち止め宅のキッチンが、広くて使いやすいということで調理場に選ばれた。あとお花見会場の公園にも近いし。

「サンドイッチはインデックスが一人で作ってたね」
「うん。…とうまの口に合うといいんだけど…」
「つまみ食いしたけど、すごく美味しかったから心配ないよ」
「あぁ、たきつぼいつの間に!私もしたけど!」


騒がしい二人に遅れること数歩。耳と尻尾ををピンピン立たせたハスキーのリードを持つ打ち止めと、その隣に水筒とブランカのごはん等を持たされた一方通行。
ブランカは昨夜から

『明日はみんなでお花見に行くんだぞー!ってミサカはミサカはブランカにもごちそうを作ってあげると約束してみたり』
『わんわん!』
『やかましィ。吠えさせるな』
『あうあう!』

そう言われていて、(実際には理解してないけど、何か楽しそうなことがあるんだなぁと)わくわくしていたのである。髭の一本一本にまで、やる気がみなぎっていた。

「こらァ、ブランカ待て」
「……っ!…はぅっ」
「そうそう。ミサカが転んじゃうからね。ゆっくり歩いてね、ってミサカはミサカはデキるブラちゃんに感心してみる」
730 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/30(月) 21:09:36.28 ID:lRW5hyey0

そうして、いつも散歩で行く所よりも、ちょっと遠い公園へやってきた。お花見シーズン中なので、普段は見掛けない屋台が軒を連ねている。

桃色の花弁が舞う公園の芝生の上では、レジャーシートを広げて飲み食いする花見客、頭上の花を見上げる通行人。写真を撮る者。沢山の人が行き来している。
飲酒が禁じられている未成年が多い学園都市なので、酔っ払いは少ないのか、度を越した馬鹿騒ぎは起こっていないようだった。それにまだ昼間でもあることだし。
一行は園内に足を踏み入れたが、目は自然と桜を追ってしまうので歩みは遅い。

「わぁ綺麗…。日本の桜は何度見てもすごいよ」
「だから大勢見に来るんだね。すぐ散っちゃうし…」
「ずっと咲いてたらありがたみが無い、ってミサカはミサカはこの人出も仕方ないことだと納得してみる」
「とりあえず三下どもと合流しよォぜ…。打ち止め、リードしっかり持ってろよ」

一方通行が一人で先を歩き始める。ハスキーも彼について行こうと、少女を引っ張った。

731 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/30(月) 21:11:50.77 ID:lRW5hyey0

「おーいインデックスー、こっちこっちー」

すぐに、上条当麻の呼び声が聞こえた。立って手を振る彼の足元では、浜面仕上もレジャーシートに座ってこちらを見ている。

「とうまーっ、美味しいの作ってきたよーっ」
「もう腹限界。早く食わしてくれー」

一方通行を追い越して、インデックスが上条達の方へ駆けて行く。大丈夫だ、彼女には走っても問題ない物しか持たせていない。
全員が落ち着けるよう、芝生に敷いたシートの上に持って来た物を並べ始める面々。一方通行は準備が終わるまでブランカのリードを持って待機。

「遅かったなぁ、俺我慢できなくて串カツ買っちゃった。あ、滝壺が作った料理は死んでも残さないかんね」
「うん、はまづらのお腹を応援している。すごくいっぱいあるけど?」
「いやいや、インデックスもいるし…、おー、コイツが噂の犬かぁ…」

このメンバーでは、浜面だけがブランカと初対面である。見慣れない動物に、興味深々といった様子だ。

「…うっはははははははははそっくりぃぃぃぃーいひっひっひっひあははぁー!いつから犬になったんだよぉ一方通行ぁ~~」

白と灰の毛。鋭く赤い目。飼い主を彷彿とさせる姿のブランカを見て、浜面は笑う。彼が転がるシートの上に並べた箸や皿が押しつぶされぬよう、上条がそれらをどかした。

(もー、学習しねぇなこいつは…)
732 :ブラジャーの人 [saga]:2012/01/30(月) 21:13:40.31 ID:lRW5hyey0

一方通行は手に提げていた鞄から、ブランカお気に入りのササミジャーキー数個を取り出した。目を輝かせたハスキーは、美味しいおやつを前に、肩を落としてスタンバイOK。
そして、首の電極のスイッチは入れられた。

「あははふぁうげふぉぅおおぅ!!?」

おやつは余すことなく、爆笑している男の口へと一直線に放りこまれた。突然のことに、目を白黒させてむせかえる浜面。

「よォし」
「わっふーっ」

ご主人様の合図に、無情にもハスキー犬はまっしぐら。リードも離されて、彼は本能のままに好物を貪り始める。

「ふやぁぁぁあああおぶあぶうべ助滝壺っ。たす、うばばばばあふ」

「あー、あなたってば、そのおやつは一日三個って決めたじゃない、ってミサカはミサカは与え過ぎを注意してみたり」
「今のは仕方ねェ」
「はまづらが浮気している…!?」

滝壺の持つお重の箱が、ミシリと軋む。「違う違う」と彼女を諭し、インデックスがお弁当を救出した。この中には空揚げが入っている。

「違、俺、滝壺だけおろろろっろうぅやめ…っ」
「わふわふわふべろべろ」

742 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/01(水) 19:38:56.64 ID:PdZFV9zb0

女子がお弁当を作っている間、上条と浜面は場所取りをしていた。携帯用ゲーム機や、オセロ、将棋などのボードゲームを持ちこんで遊んでいたし、二人でくだらない話をして過ごしたので退屈ではなかった。

「しかしここまで腹が減るのは予想外でしたよ」

おしぼりで手を拭き、上条が並べられた御馳走を眺める。それぞれ座布団やクッションに座り、お花見弁当を囲んだ。ちなみにブランカは、すぐそばの電灯が設置された鉄柱に繋がれている。そうできるように、あらかじめこの場所を選んだ。

「まだ食べちゃだめなのか?」
「待って、もうすぐはまづらが…、あ、来た」

ハスキーの涎まみれになった顔を水場で洗ってきた浜面。前髪から雫を滴らせて小走りで戻ってくる。滝壺は、靴を脱いで隣に座る彼の顔や髪をおしぼりでぬぐってあげた。

「サンキュ。あー…ひでぇメに遭ったぜ。犬とディープキスとはな。ちょっと飼い主さん!」
「それでは全員揃ったので…、飲み物持った?…かんぱーい!さぁ食べるぞー」
「上条無視すんなぁぁぁ!でもいただきまーすっ」

男達は瓶ビールをそそいだグラスを。女子達はお茶とジュースを掲げて飲む。一番先に箸を伸ばしたのは、合流した時から空腹を訴えていた上条だった。

「とうま、このサンドイッチは私が作ったんだよ」
「お、上手に作れてるじゃねぇか。店で頼んだヤツみたいだぞ」
「でしょ?食べてみて!」

インデックスから手渡されたそれを、がぶりと噛む。三角にカットされたパンの半分近くが口の中に消えた。期待と不安の眼差しで、上条を見つめるインデックス。

「ふまい!…、うまいぞインデックス!」
「やった、よかった~」

上条は未だ食事を始めていない彼女におにぎりを勧め、二人でもぐもぐ口を動かしながら微笑みあった。
743 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/01(水) 19:42:34.54 ID:PdZFV9zb0

「くーん」

優れた嗅覚に届く美味しい匂いと、楽しそうな人間達。人恋しいシベリアンハスキーから、切ない鳴き声が…

「あ、ブランカにもごはんあげなきゃ、ってミサカはミサカはうっかりさん。ごめんね~、今あげるよー」
「ほれ」

一方通行が手提げ鞄の中からタッパーを取り出す。打ち止めはいつものステレンレス製のお皿にその中身を開け、さらに別のタッパーから出した物を上に乗せた。
自分のごはん皿を見て、ブランカが立ち上がる。お皿=餌、と、とっくの昔に学習済みだ。

「ど-だー、お花見ランチ・ブランカ専用バージョンだよ、ってミサカはミサカは言ってもないのにお手をしまくるブラちゃんに急かされてみたりハイどうぞっ」
「がつがつがつはふがつ」
「味わって食えよォ…、と言うだけ無駄か。毎度ながら」

この様子だと、食べ終わるのに五分もかからないだろう。一方通行と打ち止めは、みるみる減って行く餌と、それを美味しそうにがっつく愛犬を眺めた。

背を向ける二人に対して浜面は、

「なーんか、乳児とパパママみてぇ」
「大きな赤ちゃんだね。しかもあの食べっぷりはすごい」

滝壺は浜面の上着に付いてしまったブランカの足跡を指さした。口に突っ込まれたおやつを求めて襲われた時に踏まれたのだろう。
土の汚れなので、洗えば問題なく取れる。「あ、いつの間に」と、浜面がその箇所を摘まんで、おしぼりで擦った。

「仕方ないよ。あの犬まだ生後八…、九か月の子供なんだって」
「うっそあの大きさで!?」
「体はほとんど成長しきってるけど、子供は子供」
「ふーん、じゃ、大目に見てやらぁ。ありがたく思えよ、飼い主さんめ」

ずっと聞こえていたのか、一方通行が振り向いて浜面を睨んだ。ブランカの食事は、もうほとんど終わっている。

「あらやだ、聞こえてた?」
「今度はコレを突っ込ンでやろォかァ?」

ブランカお気に入りの綱引き紐を突き付ける一方通行。その紐の長さは三十センチ、太さは六センチ。両端は綱が解けて房になっている。

「突っ込むってドコによ?」
「………」
「黙らないで怖い」
「アクセラレータ、それはだめ」

恋人の危機を察知し、滝壺は浜面を庇うように、彼に抱きつく。
だらしなく鼻の下が伸びていく男。

「た、滝壺ぉ…おぉぅ」
「ふン」
744 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/01(水) 19:43:49.90 ID:PdZFV9zb0

「……」
「ん?どしたのインデックス」

滝壺達の様子を見ながら、順調にお弁当を食べ続けていたインデックスと上条。

「んしょ、んしょ…ふふ」
「ちょあの、インデックスさん?急にどうしたんでせうか?」

インデックスは座布団をずらし、彼の体に寄り添った。

「はい、私のサンドイッチ、もっと食べて」
「…おう、あはは…」
745 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/01(水) 19:47:56.11 ID:PdZFV9zb0

「あ、ちょうどいいところにブラちゃんの紐はっけーん、ってミサカはミサカはあなたからおもちゃを奪って君に与えてみたり」
「わふっ」
「でも引っ張りっこはまだ出来ないの。ミサカ達のごはんが終わるまで待っててね」

愛犬の世話がひと段落し、「さーて」と、打ち止めは改めてお弁当に向き合った。

「わぁ、結構減ってる。そうだスープもあるよ、ってミサカはミサカは水筒を開けてみたり。飲む人ー?」

ちょっと硬直している上条以外の四人が挙手。少女はプラスチック容器にスープをそそぎ、中心の組み立て式ミニテーブルに並べた。希望を訊いたクセに、結局六つ並べられている。

「スープっつぅか、これって」
「トン汁だよ、ってミサカはミサカはこれもスープの一種には違いないと胸を張ってみる」

浜面はとりあえず一口すする。

「うまい、味噌さいこー。滝壺、こんなうまい花見弁当作ってくれてありがとなー」
「そのトン汁はアクセラレータの言うとおりに作ったんだよ。今までで一番良く出来たと思う」
「………、あ、そぉ」
「この卵焼きは私が焼いたの」
「うん、中に入ってるの何だ?すっげぇうめぇ」
「エビのすり身とほうれんそう。味付けはアクセラレータがやってくれた」

なんだ、一方通行が手を加えていない料理はないのかよ、と浜面は思う。

「もうなんなの第一位!ことごとくなんなの!?」
「食ってるだけの分際でうるせェよ。何なンだオマエは」

浜面はただ、「俺のために…、嬉しいよ」「いいの。だってもうすぐはまづらのお嫁さんになるんだから当然」とか言い合ってイチャつきたかっただけなのに。上条とインデックスみたいに。

751 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/03(金) 23:09:16.48 ID:nSpWiVLK0

桜舞い散る中、一方通行は首の電極に手を伸ばした。能力を開放して何をするのかというと、

プシュッ

「悪ぃな、肝心の栓抜き忘れちゃって」
「別に…」

瓶ビールの栓を素手で外し、すぐにスイッチを元に戻した。瓶を受け取った浜面は、男衆のグラスに、トクトクついでいく。クーラーボックスに入れておいたので、よく冷えている。

「…っはぁ~、花より酒だねぇ。もちろん桜も綺麗だけど、もっと綺麗な滝壺は今いないし。でへ」

上条が呆れたような顔を向けた。何も言わないけど、それは一方通行も同じである。
シベリアンハスキーを連れて、ちょっと公園内を散歩に行って来るね、と言い、打ち止め達は席を外していた。だから今ここには男しかいない。

「お前もう酔ってんの?」
「酔ってません。俺の心の声ですぅー」
「……へぇ」
「上条、自分だってあんだけイチャついておいて、その反応はないんじゃねーの?俺達は同じ穴のムジナなんだよ。ねっ?一方通行!」
「勝手に一緒のカテゴリーに入れンじゃねェ」

親指立てて片目を閉じる浜面に、そうされた本人がビール瓶の蓋を投げつけた。能力は使ってなかったが、浜面の額にジャストミート。

「お、おいおい誰がイチャついてるって?上条さんはそんな、」
「とーま、はいあーん(裏声)。ははは、ありがとうインデックスあーん。きゃっきゃうっふふーん」
「あーん、はやってないからね!?」
「やってたも同ォ然のように見えたが」
「えぇ!?っ、……、そうかなぁ…!?」

右に左に、せわしなく体を振って一人芝居をする浜面と、静かにグラスを傾ける一方通行。彼らの指摘に、上条の頬が赤くなる。

(焦ってる焦ってるぷー)
(自覚無ェのかよ)

752 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/03(金) 23:12:26.36 ID:nSpWiVLK0

「どうなのよ、インデックスちゃんと、なんかあったんだろ?なんかしたんだろ?」

まだ半分以上残っている上条のグラスに、浜面によってビールがそそがれる。条件反射か、瓶が突き出されたので、グラスを差し出してしまった。

「酔わせて喋らそうってか?あいにく浜面君が期待するようなことなんて、ありませんのことよ?」
「キスはしたンだよな」
「言うなよ一方通行ぁぁぁあああ!!」
「どうして一方通行だけ知ってんだよずーるーいー!!」

大声をあげる上条と浜面がビールを零す。一方通行、今度はおしぼりを二人に投げつけた。

「言うなよ…、個人情報大事にしてよ…」
「浜面も知ってると思ったンだが…。オマエ滝壺から聞いてねェのかよ」
「え?どゆこと?」

シートや服に付いたビールを拭く手を止めて、浜面が訊く。彼の恋人である滝壺も、上条とインデックスの進展を把握していたということなのか?
753 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/03(金) 23:17:05.81 ID:nSpWiVLK0

それはホワイトデーから数日後のことであった。


可愛らしい音楽が、打ち止めの携帯端末の音声着信を告げる。飼い始めたばかりのハスキー犬をソファの中心に、彼女は一方通行と春休みの午後をまどろんでいた。

「やっほーミサカだよー、ってミサカはミサカはたきつぼに挨拶してみたり」
『やっほーたきつぼだよー』
「別に真似しなくてもいいんだよ、ってミサカはミサカは何のご用か尋ねてみたり」
『今からラストオーダーの家に行ってもいい?』
「いいけど、…ミサカとあの人ちょっと前にお引っ越しして」
『大丈夫、すぐそばにいるの。一階の部屋でしょ?分かるから』
「あそっか。りょうかーい」

それで通話を終わらせ、滝壺の来訪を待った。彼女の〈能力追跡〉ならば、打ち止めがいる部屋が分かるはずだ。

「あなた、今からたきつぼが」
「全部聞こえてンだよ」

「らーすーとーおーぉーだぁー、あーけーてー」

「早ぁ!」

早い。それほど近くにいたのか。そしてまさかの庭から訪問だった。
打ち止めは窓を開け庭に降り、外へと続くドアを開けた。ドアの前には、たった今電話していた滝壺と、

「あれ?かみじょう?ってミサカはミサカは予想外なもう一人のご訪問に驚いてみたり。あなたー、かみじょうも来たよー」
「はァ?…なンで」

珍しい組み合わせだ。上条はぼんやりした様子で滝壺に続きベランダに上がってきた。「靴脱いで」と、打ち止めに注意されるほど、ぼんやりしていた。


「…犬だ……。噛まない?」

初めて見る人間に、ブランカがソファから降り、近寄って匂いを嗅ぐ。笑顔で頷く打ち止めに促され、滝壺はおそるおそるハスキーを撫でた。
上条はフラフラの足取りで一方通行の斜め前に座った。溜息をついてから、一方通行に軽く手を振るだけの挨拶をする。彼らしくない。

「オイ、コイツは一体どォしたンだ。なンで滝壺と一緒に来た?」

こんな上条を連れて来たクセに、ほったらかしでペットに夢中な滝壺に訊く。

「そこのベンチで会ったんだけど、様子が変だから連れてきたの」
「浜面も前、そう言ってシスター拾ってきたぞ。何なンだオマエらはァ」
「……うふ、…おそろい?」

「………」
754 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/03(金) 23:20:47.74 ID:nSpWiVLK0

全員がソファに腰を落ち着けた。ブランカは上条の匂いを確かめていたら、そのまま頭を掴むように撫でてくれたので、彼の前に座っている。

「インデックスとキスしちゃった…」

手をフワフワの毛にくぐらせ、上条が独白する。一方通行は、打ち止めが用意してくれたコーヒーを飲むのを中断して彼を見る。その目は「まだしてなかったのか」と物語っている。女性二人は「おぉ~」と顔を見合わせた。

(イキイキしてンなァ、打ち止め達…)


ホワイトデーの日にキスして以来、時々ではあるが、インデックスのこと、これからの自分達の事を考えて、たそがれているそうだ。
今更だ、と一方通行を含む全員がツッコんだ。考えるまでもないだろう、と。

「んな、そん、そんなこと言われても、上条さんだって色々と苦悩することも…っ」

やがてツッコミは女子からの非難となり、追い詰められた上条は一方通行を引きずるように廊下へ連れ出した。「オトコだけで内緒話なんてー」と、打ち止めの文句がかすかに聞こえた。

「どォして風呂場なンだ?つーか勝手に拉致してンじゃねェ」
「なぁ…」
「…何だよ」

照明のついていない脱衣所で、男二人が立ち尽くす。早くリビングに戻りたい、コイツを追い出したい。一方通行は強く思った。

「一方通行は打ち止めとキスした後、どれくらい耐えた?それとも我慢する期間てあった?」

一方通行は足元の洗濯籠を、ぶつけるように上条の頭に被せて、彼を置き去りにした。

「ひどいっ。俺結構本気で訊いたのに!」
「尚悪いわァ!知ったことか、好きにヤれよボケ」
「上条さんは紳士なんです!しかも相手尼さんだぞ!?」
「じゃァ一生童ォ貞やってろ」

リビングに戻る一方通行と、彼を追いかける上条を、冷たい視線の滝壺と打ち止めが出迎えた。打ち止めの頬はちょっと赤くて、一方通行は気まずさの中に僅かな安堵を覚える。こんな話で頬を染めてくれる彼女が可愛いのだ。

聞かれていたことを悟った上条が、あわあわと狼狽し、家主は彼を蹴り出すようにベランダに押し出した。また庭からでいい、もう帰れと言い捨てて。
755 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/03(金) 23:26:41.41 ID:nSpWiVLK0

「なんだよー、滝壺から何も聞いてないよ俺」
「こういうことを、軽々しく喋らないのが滝壺さんの良いところですよ」
「だって俺とのアハンウフンは打ち止めにバラしちゃうのに?ねぇ一方通行もおかしいと思わんかい?」
「あはんうふんを!?」
「うるせェな、今はどォでもいいだろそンなこと」

ビールはすっかりぬるくなってしまった。三人はグイー、と飲み干してグラスを空にする。
〈一方通行〉で三本目を開けるのは確実そうだ。

「知らないうちに、上条達も進展してたかぁ…」
「………まぁ」
「チュウだけかね」
「……えーと、もう、少し…」

生温かい眼差しの浜面が、自分の鞄の奥を漁り、取りだしたモノを上条に手渡した。

「はい。きっとすぐ必要になるんじゃないかね」
「浜面君、これいつも持ち歩いてるんでせうか?」
「男のエチケットだもん。手持ちが二個しかなくて申し訳ないけどねッ」

使ったことは無いけれど、見たことはある普通の避妊具。万が一、人の目にふれたりしたら恥ずかしいので、上条はそれを握って隠した。
何か言ってやってよ!の意を込めて、彼は一方通行の方を見る。冷静で観察眼に優れ、このようなおふざけには厳しいこの人なら、浜面を叱りつけてくれるだろう。

「ン」
「はい?」

一方通行が右手を上条に向けている。まるで〈お手〉をさせているようで、愉快を通り越して怖い。

「俺は三個な」
「一方通行さぁぁぁああああん!!?」
「ほらぁ、やっぱり同じ穴のムジナじゃん」

上条は両手に避妊具を、合計五個も握るハメになった。



767 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 01:16:24.13 ID:BsbXcKRt0

「ただいま~、ってミサカはミサカはインデックス達がブランカのリードを持ってくれたから楽々だったり」

インデックスと滝壺は指定席とばかりに、上条、浜面の隣に座る。打ち止めはブランカの綱を結び直し、できるだけ自分達のそばに寄らせた。手を伸ばせば、簡単に届くくらいに。一方通行は早速帰って来た愛犬の頭を撫でる。

「早かったな」
「だってブラちゃんの足がこっちって言うんだもん」

ついさっきまで、女性厳禁な話題で騒いでいたため、男三人はどこかよそよそしい。大慌てでブツをポケットに押し込んだ上条は、特に顕著だった。

「お弁当だいぶなくなったね、ってミサカはミサカは作った甲斐を実感してみる」
「サンドイッチ、ほとんど上条が食っちまったよ」
「だってインデックスが食べろっていうもんで、つい」
「あはは…、みんなごめん。とうまも他に色々食べたかったよね」
「いいや、充分おいしい思いさせてもらいましたよ……ぁ、」

ニヤニヤしている浜面。膝に肘をつき、細めた横目でこっちを見ている一方通行。穏やかな笑顔の滝壺&打ち止め。そして大きな瞳に自分だけを映すインデックス。

上条はいたたまれない気持ちになった。しかしそれでも、嬉しそうなインデックスを見れば、自然と笑顔が浮かんでくるのだった。
768 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 01:18:03.04 ID:BsbXcKRt0

「はいはいお腹いっぱい胸おっぱい。言えた義理じゃねぇけど、御馳走さまです」
「う、うるせぇ」
「………」

茶化す浜面に大した反論も出来ない上条と、頬を染めて俯くインデックス。打ち止めも滝壺も、この程度ならかわいいものだと、浜面を止めたりしなかった。インデックスも嫌がっているようには見えなかったので。

「もう付き合ってんだよね?」
「つ、……つき」
「あって…」
「だよね?あれ違うの?」

二人が口ごもる。打ち止めは一方通行に耳打ちした。

(初々しいねぇ、ってミサカはミサカは先輩風を吹かせてみる。ねぇあなた)
(止めなくて平気かよ。シスターの顔すげェぞ)
(そう思うならあなたが止めればいいじゃない)
(……、いや、俺がやらなくても、もうすぐ止まるみてェだ)

一方通行が顎で浜面の後ろの方を示す。とたんに、打ち止めはアホ毛と一緒に両手を振った。

ガシ、と浜面の頭をわし掴みにする手。何者かと見上げた彼は、

「うっげぇ」
「あんた達も花見じゃん?羽目をはずして大声で騒いだりしてないだろうね?」
「わーいヨミカワー!ってミサカはミサカは思いがけない出会いの喜びを抱きついて表現してみたりー!」
「おっとぉ、元気そうじゃん打ち止め」
「うん!元気元気!」

769 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 01:20:41.56 ID:BsbXcKRt0

「きゃぁーどうしてここにアンタがいるんだよ心臓に悪いなチクショ~…」
「こらこらなーんで逃げるじゃんよ浜面。後ろめたいことでもあるじゃん?」
「無ぇよ!強いて言えば俺のピュアハートを守るための回避行動だ」

いきなり現れた黄泉川愛穂。彼女の姿は警備員の出動時の物で、どうやら仕事中らしい。といっても、ごく軽装備であることから、見回り程度だと思われた。

「お久しぶりです、黄泉川先生。休みも仕事で大変ですね」
「ただの見回りじゃん。花見にかこつけて大騒ぎするヤツが出ないようにさ。上条達なら大丈夫だと思うけど、打ち止め達もいるし気をつけろよ?」
「おっしゃるとおり大丈夫です。僕達とっても平和。良い子。だからさっさと仕事に戻っても心配ないよ」

壁(上条)の背後から顔を覗かせて、浜面が黄泉川を追い払おうとする。もちろん彼はもう暗い仕事もしてないし、スキルアウトでもない。それでも未だに彼女 が苦手で、好んで会うとか、喋ることは避けていた。幾度か訪れた黄泉川家も、実は家主の不在を毎回確かめていたのだ。さらに今の黄泉川の警備員姿が、彼の トラウマを刺激する。

「俺の背後が平和じゃない…」
「あっはっはっはっは、相変わらず面白いじゃん!一方通行にもあんたらみたいな友達が出来て、私としちゃ一安心。ウチの子と仲良くしてくれてありがとじゃんよー」

黄泉川は片手で打ち止めの頭を抱えたまま豪快に笑う。一方通行は「友達」に苦い表情だが、こうして休日につるんでいることは事実なので、黙っている。


「ヨミカワ、ちょっとぐらいミサカ達とお花見できない?」
「嬉しいお申し出じゃん…でもなー」

打ち止めが手を取ってぐいぐい引っ張る。かわいい娘(みたいなもの)からの、かわいいお誘いに黄泉川の頬が緩み、浜面の頬は引き攣った。

「だめだめ何言ってんのこの子!お仕事の邪魔しちゃ悪いでしょ!」
「俺の背後がうっとうしい…」
「はまづら、男らしくない。応援できない」
「うっ…」

滝壺の非難に、すごすごと元の位置に戻る青年。視界に黄泉川を収めないようにした。

「打ち止め、あンまり困らすな。黄泉川がビールを前にして飲まない保証は限りなく少ないンだからな」
「ふははは、ちぃとも言い返せないじゃんよ。それにまだ行かなきゃならない場所もあるし。打ち止め、また今度じゃん?」
「はーい、ってミサカはミサカは聞きわけよく了解してみる」

770 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 01:24:20.33 ID:BsbXcKRt0

「あの、これ良かったらどうぞなんだよ。残り物みたいで申し訳ないけど…」

立ち去ろうとする黄泉川に、インデックスがタッパーを差し出す。中にはお弁当が詰められていた。

「ちょうど小腹が空いてきたとこだったからラッキー!助かるぅ~」
「ミサカ達の手作りだよ!」

あのインデックスが食べ物を分け与えるとは。一方通行は思わず浜面と目を合わせてしまった。
そういえば、今日は上条に手作りサンドイッチを真っ先に勧めたり、お弁当が残っているのにブランカの散歩に出掛けたりと、どこか以前と様子が違う。
彼女の変化は急に起こったものではないかもしれないが、こと「食」についてのイメージが強かったため、ようやく気づいた。

「じゃあそろそろ行くじゃん。浜面、もうすぐ結婚だろ?昔みたいに馬鹿するなじゃんよー」
「わかっとるわい。そっちこそ勤務態度改めた方がいいぞマジで」

帰り際に一方通行の頭をぐりぐりしていく黄泉川。邪険に首を振って嫌がる素振りを見せるが、それだけではとても避けられるはずもない。

「ブランカもね」
「あう」
「一方通行とそっくりなのに、お前は素直でかわいいじゃん」

終いに犬も撫でて、やっと黄泉川愛穂は背中を見せた。行儀悪いことに、歩きながら早速おにぎりを齧っている。
771 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 01:28:19.48 ID:BsbXcKRt0

「一方通行を子供扱いとは、黄泉川先生すげぇな…」
「いや実際子供なんだろ。恐ろしいわ、あんな母ちゃん」

赤い瞳に睨まれて、男達は話題を変える。

「それにしても、インデックスが弁当あげるなんて驚いたぜ。腹でも痛いの?」
「む、はまづらちょっと失礼かも。お仕事頑張ってるみたいだから、お裾分けしただけだもん。普通のことでしょ?」

(普通と言やァ普通だが、インデックスに関しちゃ異常と認識して間違いねェ)

「インデックスだって成長してるんだぞ?素直に褒めろよな」
「そうだそうだ、私だってもう大人なんだよ!」
「へぇオトナですかぁ」

彼女をフォローする上条と勢いづくインデックス。浜面の顔がまた歪む。今日何度目だろう…

「あのねお二人さん、オトナにはオトナの付き合い方ってものがあるんだよ」

しまった、墓穴を掘ったと、上条は後悔するがもう遅い。浜面は隣の滝壺の肩を抱いて自慢げに鼻を鳴らした。

「こうな?こういう風にな?オトナならすりすりせんと」
「は、はまづら、」

急なことで、流石の滝壺も戸惑っている。自分から抱きつくのと、こうして抱き寄せられ、周囲に見せびらかすようなことをされるのは違う。

「ほぉーら上条もやってごらん?楽しいよ?」
「馬鹿やろー出来るかそんなこと」
「え」

隣のインデックスから硬い声がして、見ると悲しそうに下がる眉と、潤む瞳。

「違いますよ、上条さんが言いたいのはね、公衆の面前で、はしたないことは控えるべきってことだかんね、ね、ね?」
「…うん」
「公衆がいなかったらすりすりする発言キましたー」
「お前今日ホントうっとおしい!!」

(あなた、そろそろ止めてほしいかも、ってミサカはミサカは)
(いや、また大丈夫だろ)


滝壺が右手で恋人の口を塞ぐ。そして左手で彼の耳をつねるように引っ張った。

「わたたたたふぁきつぼいたい!」
「いい加減にしないと、口きいてあげない」
「ごめんなさい」
「よろしい」

あっさりと反省した浜面。滝壺強し。

「なんでだろう。ちっともスッキリしない上条さんですが」
772 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 01:31:58.58 ID:BsbXcKRt0

やはり「大人」になったといっても、インデックスはインデックスだった。お花見弁当は、米の一粒も残らず片付いた。

まだ夏に比べて日が短い春の空が、かすかに橙色を帯びてくる頃、六人は後片付けを済ませて家路につく。
しかし大量の荷物を徒歩で運びきるのは難しいので、とりあえず近くの一方通行宅に置くことになっていた。彼らの家が一階なことも楽であるし。

「俺だけ絶対荷物が多い…」

滝壺の「はい、はい、これも」と言われるままにしていたら、浜面は夜逃げする人のような出で立ちに。だが誰も助けてはくれなかった。自業自得である。
フラフラな足取りの彼を最後尾に、先頭切って歩くハスキーの計六人と一匹。ブランカの背にも、座布団が一枚括り付けられている。

邪魔にならないキッチンやリビングの隅、ベランダに荷物を置き、インデックス達が一方通行と打ち止めに別れを告げる。滝壺、インデックスがドアの外へ出て 行ったのを見計らい、上条が一方通行と浜面を手招きして呼ぶ。薄暗い玄関に身を寄せ合う男達。ちなみに打ち止めはベランダで愛犬の足裏を綺麗にしている最 中だ。

「ちょいちょい、君達こっち」
「んだよ、どんなアドバイスが欲しいんだ?初めは上手くいかなくて当然だから気取っちゃ」
「馬鹿は黙ってろォ」

上条はズボンのポケットから、受け取ってしまった避妊具を出す。左手の二つは浜面に。右手の三つは一方通行に。

「これ返す。せっかくだけど…」
「………」
「………」

返された避妊具は、元の持ち主の上着やズボンに仕舞われた。

「いいのかよ、インデックスのことは…」
「いいんだ、今は…」
「上条がそう言うなら、俺は何も口出ししねェよ」
「出来ちゃった婚でも、式には呼んでね」

苦笑した上条が、軽いストレートを浜面の胸にお見舞いする。

「ハハ、痛ぇよ」
「ははは」

ぽす、二発目。ぼす、三発目。どす、四発目。

(……あーァ、怒らせやがった)

「痛いっ、冗談だよ!止めろよ一方通行ぁっ」
「イヤだ」
「ははははは、俺に焼け死ねってか。丸焦げになれと?」
「何言ってんの上条、怖いぞ?」

やがて「とうまー?」と、ドアの外から大切な少女に呼ばれ、上条は帰って行った。続いて、胸をさする浜面も。
ようやく静かになり、一方通行はリビングのソファに落ち着いた。

773 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 01:35:08.58 ID:BsbXcKRt0

「みんな帰った?ってミサカはミサカはお疲れ気味なあなたを気遣ってみたり」

足洗いセット(桶とタオル)を片づけた打ち止めが青年の横に座った。はしゃいでいたブランカは、絨毯の上で伏せて寝ている。こっちは本当に疲れているのだろう。

「いや…、疲れてるワケじゃねェよ」
「ふぅん、あれ…?ちょっと?」
「打ち止めァ…」
「あらあらら…」

一方通行の手が、打ち止めを捕えて引き寄せる。身動きできなくなる前に、聡い少女は両足をソファの上にあげて抱かれやすい態勢を整えた。

今日はやたらと、見せつけられた。浜面も上条も一方通行の前で、大いにノロけてくれた。恋人とそうやって過ごす幸せを、一方通行も味わってしまっている。だからといって、彼も同じことを他人の前でできるはずもなく、実は、悶々と、イライラしていたのだ。

その鬱憤を晴らすため…という程ではないが、早い話が「俺もやりたい」であった。
人の目が無くなった今、打ち止めに触れて、抱きしめたい。その願望は打ち止めにもあったのか、それともただ一方通行の心を知っていたからなのか、優しく抱き返してくれる少女。

「………」
「あなた…」

力を込めた腕を緩め、打ち止めの頬にキスをする。まだ唇にはしない。
ずるずる、すがりつくように、柔らかい胸元に額を押しつけた。良い香りで肺が満たされる。打ち止めは一方通行の白い髪と、丸くなった背中に手を滑らせた。

「………」

子供扱いされているようで癪だ。一方通行はそのまま打ち止めを押し倒す。

「う、重い…」
「ふン」
「苦しー、ってミサカはミサカは呼吸困難を訴えてみたり」

起き上がる、かと思ったら、今度は青年が下になって、相変わらず抱きしめられている。

(これは中々解放されないぞ、ってミサカはミサカは覚悟を決めてみる)

への字に曲がった彼の唇を目指し、打ち止めは首を伸ばした。彼を笑わせることは、彼女だけの得意技である。

774 :ブラジャーの人 [sage]:2012/02/08(水) 01:39:22.28 ID:BsbXcKRt0
みんなでお花見!の巻 完

桜全然見てないこの人たち。

775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/02/08(水) 01:53:04.32 ID:4sO0ekOo0
>>1乙~
今回も甘々で最高だったよ

だが男三人は今すぐ爆発しろ
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/08(水) 06:55:40.30 ID:7/kRTle80

花見なんて騒ぐ口実だよ
だから、警察が忙しい

778 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 21:14:14.01 ID:A2HyVHPB0

四月十五日、その日は打ち止めの誕生日(に設定した日)だった。
早く年を重ねたいと願った打ち止めが、就学した際にクラスでも誕生日を先に迎えたいと希望したので、四月生まれとした。
黄泉川家でいつもの五人で誕生日パーティーをしたあと、一方通行と打ち止めはどんちゃん騒ぎに疲れた体をベッドの上で休めている。

「泊まっていけ」と勧める黄泉川に「ブランカを一人にするのはかわいそう」と断って帰って来たのだ。

『一方通行、あんたがブランカ抱えてベランダまで跳んでくればいいじゃん?』
『アホか。怖がって暴れるだろォが』
『もー、今夜はミサカが付き合ってやっからワガママ言わないでよ。大人でしょー?』

番外個体がそう言って助け舟を出してくれて、二人は子供離れしきれない保護者に苦笑して別れを告げた。こちらからしょっちゅう訪問しているし、逆にこの一階の部屋にも、彼女達は押し掛けて来ているというのに…

「ふふふ、今日は楽しかったね、ってミサカはミサカはおもてなしにご満悦~」
「ハイハイよかったですねェー」

今日も二人一緒に風呂に入った。ただ、酒を飲んだばかりの一方通行を心配して、打ち止めが無理やり引っ張りこんだだけである。
念願の〈お背中お流しします〉を実行できたものの、彼は酔っていたため期待していたような甘酸っぱい反応は得られなかった。

「今度はあなたがお酒を飲んでない時に、また洗ってあげるね、ってミサカはミサカは次なる約束を取り付けてみたり」
「気が向いたらなァ」

一方通行は仰向けのまま、左手を伸ばし打ち止めの背中を軽く叩く。だんだんと酔いが醒めてきて、洗われてしまったことの恥ずかしさが込み上げてきた。

「…なんかテキトーなお返事だよ」
「、ぐっ。…やめろ、まだ酒が残ってンだから」

ごろごろ転がって、打ち止めは一方通行の胸に圧し掛かった。本当に苦しそうな声だったので、素直にどく。

(大丈夫、今のは肺の上にピンポイントだったから。けしてミサカが重くなったワケじゃないよ、ってミサカはミサカは自己弁護)

779 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 21:17:13.34 ID:A2HyVHPB0

彼の上から体を起こし、お詫びも込めて膝枕してあげる。今日は打ち止めの誕生日なのに、一方通行がいろいろされていた。

「……なァ」
「うん?」

薄暗い部屋の中、一方通行の眉間に皺が寄るのが見えた。

「おめでとう」
「わぁお、…ありがとー!ってミサカはミサカはそんな苦しそうな顔しなくてもいいのにと笑いをこらえてみる」
「うるせェ。慣れてねェンだよ。あとこの際だから訊く。欲しい物は何か言え」
「誕生日プレゼント?」
「おォ」

「うーん」と、一方通行の頭の上で組まれる打ち止めの腕。二分待ってみても、彼女からの返答がない。

「いつかの合格祝いみてェだな。思いつかねェのか」
「面目ない…。ミサカは恵まれすぎている…」

だから、誕生日に何を困らせてしまっているのだろう。
一方通行も一応は高級スイーツ店でケーキを用意したりしたが、特別な贈り物をしたくて訊いたことが仇となった。

「もォいい、謝るようなことじゃねェだろ」

悪いと思って、項垂れる少女の顔に手を伸ばした。頬をくすぐるようにしていたら、

「がぶ」
「おいナニやってンだ。ブランカかオマエ」
「ほう、ブリャちゃんのまねー」

最近の愛犬は、一方通行と打ち止めとの暮らしに慣れてきて、すっかり我が物顔である。本気じゃないが、飼い主に噛みついて、遠慮なくじゃれついてくれるようになった。まだ子供なので無理もないが、たまに痛い。
叱れば尻尾を丸めて反省するし、謝意を表すように手を舐めるのがとても可愛かった。今の打ち止めみたいに。

「噛んじゃってゴメンね、ついつい。いやぁブランカのこと叱れませんなぁ。これは噛みたくなっちゃいますなぁ」
「あっそォ」

ゴメンと言いつつ、まだ噛む。普段あまり噛ませてないので、その反動だろうか。まぁ指くらいなら構わない。むしろ、……イイ感じだ。

(って、これじゃだめだってンだろ)
780 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 21:19:36.10 ID:A2HyVHPB0

もっと、という欲求を押さえて指を引っ込める。濡れた所を寝間着で拭い、柔らかい太ももから頭を起こした。
「あ、もう交代?」と、嬉しそうな少女が、ベッドを揺らしながら移動する。
あぐらをかいた一方通行の足に頭を乗せる時、髪を挟んでしまわないように、ちゃんと持ってくれている。いつもの流れだ。

「あなたが、ミサカとこうしてくれることが一番嬉しいよ、ってミサカはミサカは毎日が誕生日状態だとあなたを安心させてみる」
「………」
「そんなにミサカに何かをあげなきゃ、って使命感持たなくても平気だからね」
「そォかよ」

照れ隠しか、一方通行が打ち止めの髪を乱暴に乱して、見上げてくる瞳を遮った。
ぐしゃぐしゃなヘアスタイルなど気にもしていない少女は、唇を吊り上げて余裕の笑み。
一方通行は、結局自分で打ち止めの長い髪を整えて、顔を出させてやる。なんとも締まらないではないか。

「……?」

再び現れた打ち止めの目が、潤んできた。ベッドサイドの照明が揺れて映っている。
781 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 21:22:27.56 ID:A2HyVHPB0

「でもさー、今年の誕生日は、…特別だよね、ってミサカはミサカはあなたに話題をふってみる」
「?…特別?」
「そう。ほら…、ミサカは今日から十六歳」
「あァ、それが?」

ぷくー、と膨れる打ち止めの頬。目まぐるしい変化に、毎度のことだが一方通行は感心してしまう。
少女は下半身に反動をつけて起き上がった。遠心力で振られた髪が、一方通行の顎を掠めていく。
打ち止めは、キっ、っと彼を睨み、シーツを蹴って跳びかかった。獲物を狙う猫のようだ。

「もぉー!十六歳といえば!分かるでしょぉー!」
「うォ!?」

大声と軋むベッドに、部屋の隅で丸くなっていたブランカが何事かと首をもたげる。しかし「なんだいつものことか」と鼻を鳴らし、すぐさまイビキをかきはじめた。

「十六歳!それは結婚できる年齢なのです!ってミサカはミサカは…あなたに告げてみたり…」
「………」

これは面食らった。倒れないよう、両手をついて体を支える一方通行の胸に顔を埋める少女は、最初の勢いを失って停止した。
勇気を出して言ってみた。「結婚」という言葉を自分から発するのが、これほど緊張するとは…

(うわぁ~昔はもっと簡単に言えてた気がするんだけど、ってミサカはミサカは恥ずかし乙女―!)

涙まで滲んできた。だって一方通行ときたら、何も言ってくれないのだ。

(…どうしよう。いきなり結婚とかぶっちゃけて、まさか引かれた!?ってミサカはミサカはメンドクサイ女認定されてしまったり!?)
782 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 21:24:46.45 ID:A2HyVHPB0

「オマエ…」
「あ…、あの」

ようやく、青年からアクションが返ってきた。縮こまっていた打ち止めの体を、ゆっくり抱きしめて、だんだんときつくしていく。

「俺と結婚したいのか」
「…昔もそう言ったハズだけど、ってミサカはミサカは覚えてないのかと憤慨してみる」
「今でも?」
「今の方が、何倍もしたくて困ってる」
「ンだよ…、欲しいモンあるじゃねェか…」

打ち止めが、鼻に起こる摩擦にも負けず顔を上に出す。青年の耳元で、いささか怒りを含ませた文句をたれた。

「ミサカだけしたくてもダメだよ。あなたが」
「分かってる」
「お情けで結婚とかされてもみじめ」
「分かってる」
「ちょっとさっきからミサカばっかり恥ずかしいこと言ってて不公平!」
「分かってる」
「あと一回でも『分かってる』って言ったらもう」
「結婚する。オマエと」
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁ不意打ちぃぃぃぃ!ってミサカはミサカはしてやられたりぃぃぃ!!」
「今すぐじゃねェよ、落ち着け」
783 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/08(水) 21:26:11.97 ID:A2HyVHPB0

結婚の話をしているというのに、ムードなど遥か彼方でテンション上がりまくりな打ち止めの背を、優しく叩いて宥める。
ぽん、ぽん、と気の抜ける音が、打ち止めが幼かった頃を思い出させた。

「……っ」

昔はこうすれば笑っていたが、聞こえてきたのは幼さを感じさせない、切ない泣き声だった。

「泣くこたァねェだろ…」
「だって、だって…」


重すぎる罪を背負って、生きていく。許される時など永遠に来ないかもしれない。

(それでも俺はオマエといると、決めたンだ)
(嬉しい。ミサカと一緒って、決めてくれたあなたが…)


打ち止めの涙を吸い取り、しょっぱい口のままキスをする。
誕生日の夜は、温かく更けていった。


784 :ブラジャーの人 [sage]:2012/02/08(水) 21:30:55.47 ID:A2HyVHPB0
打ち止め、十六歳になるの巻 完

ミサカは まだ 十六だーからー (語呂悪…)

スルメしゃぶりながら糖度とのバランス取らないと、また体調崩しそう。
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/08(水) 21:45:40.91 ID:hpTN1HaIO
甘い…甘すぎるよたまらん乙
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/02/08(水) 22:43:13.34 ID:4sO0ekOo0
おつ
この甘さがここのいいところ

798 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/12(日) 01:01:38.18 ID:h0lXQdzB0

打ち止めは困っていた。

「おおお、俺と付き合ってくさいください!ミサカさん!」
「…ごめんなさい。ミサカはもう付き合ってる人がいるので…」

「とりあえずお試しで!友達でもいいから!好きな物なんでも、行きたいところどこでも」
「…ごめんなさい。ミサカはもうラブラブに付き合ってる人がいるので…」

「断らない方が君の身のためだよ?」
「ごめんなさい。ミサカはもう付き合ってるレベル5の人がいるので…」

799 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/12(日) 01:04:11.51 ID:h0lXQdzB0

「ツ・キアッテルヒトガイ・ルノデー」
「なんの呪文かと思ったわよ」
「高校入ってからまたコレだよ、ってミサカはミサカは根本的解決方法を模索してみたり」
「贅沢者め…」

昼休みの教室、打ち止めは級友の女子とお喋りをしている。話題は<告白されすぎて困る>であった。

中学最後の一年は、一方通行が授業参観に来てくれたことで、打ち止めは既に売約済みと知れ渡って落ち着いたのだが…
他校は知らないが、打ち止めが通うこの高校は、授業参観は行われない。
そして、同じ中学からここへ進学した生徒は、わずか十数人。打ち止めには彼氏がいると、まだ知れ渡っていないのだ。

「あの白い人に、学校に来てもらえばいいんじゃない?」
「ヤキモチ焼きだから、出来れば避けたかった、ってミサカはミサカはフォローの大変さと天秤にかけてみる」
「愛されとんのぅ」
「でももう限界かも。適当に理由をつけて全校公開しようかな…」


そんなことを話していたら、おあつらえ向きに空に暗雲が立ち込めてきた。午後の授業が終わる直前には、案の定雨が。

「これはもう呼べ、呼ぶがいい、という天のご意思ね、ってミサカはミサカはあの人に電話をかけてみる。傘無いし」

800 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/12(日) 01:08:21.47 ID:h0lXQdzB0

あの人はあの人で、おそらく電話が来るのじゃないかと思って、家で待機していた。
大学も四年生になると、講義が少なくなって登校しない日ができる。そんな日は家事や雑事をこなし、愛犬とダラダラして過ごす。一方通行は雨音を訊きながら、自室の机に置いたパソコンに向かって、キーボードを叩いていた。
二人掛け用のソファの上では、ブランカが昼寝している。
そろそろだろうと、作業を中断して目を閉じる。ベッドに仰向けになり、携帯端末を握った。数分後、予想通り鳴りだす着信音。

「なンだ」

用は分かりきっているが、毎回そう言って通話を始める。

『雨が降ってきちゃった、ってミサカはミサカはあなたも当然把握している天気の話題で暗に要求をチラつかせてみたり』
「『暗』になってねェし、『チラ』どころでもねェな」
『だって傘持ってきてないもん。お迎え、来てくれるかなー!?』
「いつもン所でいいか」
『いいともー!…あ、待って。今日は正門、ううん昇降口まで来て欲しいな、ってミサカはミサカは注文を加えてみる』

打ち止めの通う高校は、二人が暮らすマンションから近い場所にある。こうして雨が降った時や、重い荷物がある時だけ、一方通行が送迎をしてくれていた。しかし普段彼が運転するポルシェは、目立つしうるさいので、裏門や道路の路肩で乗り降りしていた。

それが、今日は珍しく昇降口まで来てくれという。

「……、具合でも悪ィのか」

打ち止めの教室からだと、正門より裏門の方が歩く距離が長い。もしかして、それが辛いような悪い体調なのでは、と危惧する。少女は慌ててそれを否定した。

『あ、や、違う違う。今日は鞄重いし、えーともういいじゃないミサカは元気だよ!』
「……まァいいけどよ。じゃちょっと待ってろ」
『はぁーい、ありがとー』

通話の後、一方通行の声を聞いて目を覚ましたブランカに外出を告げ、上着を羽織る。一匹で家に残していても、「待っていれば戻ってくる」と信用してもらったので、もう玄関までついてくることはなくなった。
801 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/12(日) 01:11:03.46 ID:h0lXQdzB0

鼻歌まじりに、曇り気味な窓の外を見つめ続ける打ち止め。
放課後の教室は、雑談で駄弁る者、テストが近いため、真面目に教科書開いて友人に教えを請う者と請われる者など、ありふれた光景が広がっている。

(まだかな~、ってミサカはミサカは耳を澄ましてポルシェちゃんの到着を待ってみたり)

エンジン音が聞こえてからこの二階の教室を出れば、丁度いいタイミングでポルシェに乗り込めると思う。
廊下からは、雨のため外で部活動を出来ない生徒が、屋内トレーニングをする物音や掛け声が届いてくる。教室の向かい側にある多目的スペースで、ダッシュや筋トレをしているのだ。
エンジン音を聞き逃さないように、打ち止めはさらに窓辺にすり寄り、じっと外を見降ろす。

(みんな、あの人見てどんな反応するかなぁ。去年はすごかったけど…)

自分にはこんなに仲の『いいヒト』がいるんだぞ!告白されても断っちゃうぞ!と知らしめるため、彼を目立つ場所に呼び出した。

(告白されて困ってるって言ったら、まーたあの人不機嫌になっちゃうもんね。騙してるワケじゃないけど、ってミサカはミサカは少しばかりの後ろめたさを感じてみる)

それにしても、一方通行の到着がいつもより遅い。打ち止めはついに窓を開け、身を乗り出した。聞き慣れたエンジン音もしない。

「こら、雨降ってンのに、なに窓開けてンだ」
802 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/12(日) 01:14:11.98 ID:h0lXQdzB0

形容し難い悲鳴で驚いてしまった。
背後から聞こえる一方通行の声に慌てて振り向くと、当然だがそこには彼が立っていた。右手に杖、そして左手には傘を持って。

「!?…な、なんで、あなたが」
「傘が無ェから迎えに来いって言ったのはオマエだろォが」
「でも、ミサカはポルシェちゃんで来るんだと思ってて、あれ?あなたポルシェちゃんは?ってミサカはミサカは自分の聴覚に不具合でもあるのかと」
「…今日は乗ってきてない」

ポルシェで来ると思い込んでいた打ち止めは、傘をさして徒歩で正門をくぐった恋人を見逃してしまったのだ。

いつの間にか、教室の中に残っている全員がこっちを見ている。それだけではない。ジャージを着た運動部の部員も、ドアや廊下に面している窓から顔を覗かせて興味深そうに覗き込んでいた。もちろん二年生、三年生の先輩もいる。

去年の春も、こうだった。一方通行が打ち止めの中学に授業参観した時と、よく似ている。

(しかし、心中はだいぶ変わっちまったなァ…)

恋というものを、芯まで理解できていなかったあの頃。
周囲からそそがれる視線の意味と、それを受けて心に湧きおこる高揚感の理由も分からなかった。
だが今は、

「車で来るよりも、オマエの魂胆に沿ってると思うがな」
「!……うわぁ恥ずかしい。ミサカの計画バレバレだったの?ってミサカはミサカは乙女心を『魂胆』呼ばわりされて機嫌を損ねてみたり」

大体、一方通行の機嫌を慮っての計画だったのに。どうやら打ち止めの状況と計画を把握した上で、こうして教室まで来てくれたのだと察する。
803 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/12(日) 01:17:48.20 ID:h0lXQdzB0

「あなた、怒ってない?ってミサカはミサカは恐る恐る訊いてみる」
「あァ?俺を怒らせるよォなことしたンか」
「へ?だから、ミサカがまたアレだからコレしてくれたんでしょ?」
「悪いが俺は精神系能力者じゃねェンだよ。普通に説明してくれませンかねェ」

昇降口に向かって歩くつかの間に、心配していたことを確認する打ち止め。一方通行の声音や表情は、いつもとなんら変わりないように思えるが…

「ヤキモチ焼いてもらえないと、それはそれでつまらなかったり…」
「……自分でも不思議なンだが…」
「?」
「だって大丈夫だろ?」
「………うん」


二人の心は、細かなひだの隙間までも、染み込み、混ざり合うように埋め合わさっている。
ともに暮らす何気ない日々の生活の中、折にふれてそれを実感していた。

薄い膜でも、積み重なれば厚みを増していく。二人は成長しているのだ。


「この後の予定を考えると、車の方が都合がよかったンだがな。まァ大した用事でもないから、一度帰ってから出掛けよォぜ」
「あ、忘れてた。服取りに行くの今日だっけ、ってミサカはミサカはデートを忘れていたことを申し訳なく思ってみたり…。晩御飯の献立まで考えちゃってたよ」
「それは明日にしとけ。ちなみに何食わしてくれる気だよ」
「レンコン入りハンバーグ~」


一本の傘の下に、中睦まじく寄り添う一方通行と打ち止め。その姿はきっと、ポルシェで迎えに来てもらうよりも効果抜群であろう。

「ミサカが傘持つ、ってミサカはミサカは両手がふさがるあなたを気遣ってみたり」
「背が足りねェよ。俺が頭ぶつけるだろォが」
「ヒトが気にしていることをー!ってミサカはミサカはハイヒール履けば問題ないと見栄を張ってみる!」
「虚しい見栄を張り方だな」

804 :ブラジャーの人 [sage]:2012/02/12(日) 01:21:18.63 ID:h0lXQdzB0
雨の日のお迎えの巻 完

雨 雨 降れ 降れ もーっと降れー  ミサカのあの人連れて来いー

相合傘の通行止めでした。
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/12(日) 01:22:51.35 ID:4kNKSPWIO
乙ぱい

くそっくそっくそっ!!
足りん!壁が足りんぞぉ!!核シェルター持って来い核シェルター!!
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/02/12(日) 03:07:35.91 ID:nR926FxY0


817 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/15(水) 21:02:04.96 ID:hHAsBREZ0

相合傘で帰って来た一方通行と打ち止め。ブランカの夕ご飯を用意した後、今度こそ青年の愛車で出掛けた。

「あなたと雨の中を歩くのは楽しかったけど、やっぱりドライブもいいね、ってミサカはミサカは流れゆく景色を眺めてみる。雨なのにゆっくり外が見られるのが車のいいところ」
「弱くなることを期待してたが、だめそォだな。…やっぱ飯は今度にしねェか。わざわざ一張羅を濡らすことはねェだろ」
「大丈夫だよ。空の下はほとんど歩かないでしょ?ミサカはもうワクワクしちゃってるんだから決行しまーす」
「忘れてやがったクセに何言ってンだか…」

今日、二人はイタリアの有名ブランドのオーダーメイドの服を受け取りに行く。浜面仕上と滝壺理后の結婚式用にあつらえたものだ。
授業参観やドレスコードのあるレストランに行くのとはワケが違う。初めて出席する本格的な冠婚葬祭である。今持っている服で行ってもおかしいことはないが、どうせだから気張ってみるか、ということになった。

なにせ、一方通行は細すぎるし、打ち止めは胸だけ大きいので、既製品は数が限られてしまう。無理して着られないことはないが、

「俺はウエストが歪ンじまうし…」
「ミサカは胸が張っちゃうんだよね、ってミサカはミサカはかさむ衣装代に申し訳なくなってみたり」
818 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/15(水) 21:03:39.96 ID:hHAsBREZ0

「いらっしゃいませ」
「完成したスーツとドレスを受け取りに来たンだが」
「お待ちしておりました。一方通行様はこちらへ」

「後でな」と目で合図して、一方通行は店員に連れられて奥へ姿を消してしまった。残された打ち止めは、とたんに不安な気持ちになる。
採寸のために訪れた時もそうだったが、フワフワの絨毯で敷き詰められた高級な造りの店内に一人にされるのは、なんだか緊張する。

「さぁ、御坂様はこちらへどうぞ」
「は、はい」

身を固くする打ち止めも店員に促され、青年とは別の個室へと案内された。

服を受け取るだけではなく、そのまま身に着けて帰りたいという希望を告げていたので、フィッティングル-ムで着替えることになっていたからだ。
819 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/15(水) 21:08:32.94 ID:hHAsBREZ0

「あのう、これどうやって留めるんですか?ってミサカはミサカは難解なボタンに悪戦苦闘してみたり…」
「まぁまぁ、お待ちください。引っ張るととれちゃいます」

若い女性店員三人にかしずかれるようにして、打ち止めは慣れないドレスに袖を通していた。

「よくお似合いですよ。でもせっかく着て頂いたのに、雨模様で残念ですね」
「空までお二人に嫉妬されたんですわ」
「本当に…。ほら、青にして良かったと思いますでしょう?御坂様はお若くて可愛いから、派手な色が映えますこと」
「あはは…」

採寸の時もこの三人に担当してもらった。そのためか、とても気安い。だがそれは自分に好感を抱いてくれていることが見てとれて、気分が良いものだった。

「さぁできました。鏡の前にどうぞ」

大きな全身鏡の前に移動し、見違えた姿を映す。

「わぁ……、ってミサカはミサカは言葉も出ない…。わぁ…」

青と紫を基調としたシルクのドレス。ところどころが白いレース生地でアクセントされている。裾は膝までで、歩くとスベスベの裏地が太ももを擦って気持ちいい。

「まぁまぁ本当に、本当に…っ」
「これで一方通行様もメロメロでございますね」
「………」
「あらかわいい、まぁかわいい。御坂様ったらお顔が赤いですよ。ドレスが青いのですぐわかりますよ」

はやし立てられて、さらに言葉が出ない打ち止め。今までの、どの自分よりもゴージャスで大人っぽく見える。この姿で、もうすぐ一方通行の前に立つのかと思うと、緩みかけていた緊張がぶり返してきた。

「でも、ちょっと楽しみかも。あの人とのデートが、いつもと違うものになりそうな予感」
「やっぱりこれからデートなんですね!?」
「素敵!」
「これはやるしかありませんわ」

「やる、って何を」と聞いても答えてもらえず、テンションの上がった店員は紅潮した顔で打ち止めを椅子へ座らせ、何やら慌ただしく動き出した。

820 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/15(水) 21:11:42.13 ID:hHAsBREZ0

「遅ェな…」
「えぇ…、ちょっと様子を見て参ります」

とっくにダークブラウンのスーツに着替えて、打ち止めを待つこと十分以上。一方通行はソファに座って一人ごちる。急かさせたつもりはなかったが、そばにいた女性店員が、打ち止めがいるであろう奥の部屋へと様子を見に行ってくれた。

一分後、急ぎ足で戻って来た店員は、

「一方通行様っ、もう少々お待ちくださいませっ。今良いところでございます」
「あァ?良いところって、オイ」

高級ブランド店で、この接客はどうなのだろうか。店員はろくに返事もせず背中を見せて離れてしまった。

「……申し訳ありません。また当店の従業員の悪いクセが出てしまったようでございます」
「悪いクセェ?」
「はぁ、若い女性がお客様の時には特に…」

いつの間にか横に立っていた店長。(イタリアのブランド店だが)英国紳士のイメージを絵に描いたような口髭を震わせて溜息をつく。

「私も幾度か注意したのですが、いやはや、情けないことにどうにも…。しかし、お連れ様の反応がすこぶる良いものですから、もう好きにさせることにしたのです」
「よく意味が分からねェンだが」
「先程の者が告げたとおりでございます。もうしばしお待ちを…」

うやうやしくおじぎをした店長も席をはずし、今度こそ一方通行は一人になった。テーブルの上で、冷めかけたコーヒーの湯気が揺れていた。

821 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/15(水) 21:15:06.75 ID:hHAsBREZ0

「はぅ、ちょっと待っていきなりそれは、ってミサカはミサカはご無体な~」
「はいはい、口も目も閉じておいてくださらないと痛いですよ~」

生クリームのようなものを顔に塗りたくられて、柔らかなタオルでゴシゴシ拭かれる。続いてお湯で、続いて…おそらく化粧水と乳液だろうか?あと良い香りの液体も二種類ほど。店員さんの指が、右から左から背後から、打ち止めの顔の上で踊っている。

やっと分かった。メイクされているのだ。

(この目の輝き…。まるでムギノのよう、ってミサカはミサカは爛々アイな店員さん達に師匠を思い出してみたり)

自分では使ったことも、所有したこともない道具でもって弄くり回されている。

「だめよ。アイシャドウはオレンジで若さを強調するのっ」
「分かってないわね。今日は雨で、もうすぐ夜なのよ。青でセクシーにキメるのっ」
「ライトブラウンで大人っぽさと、それに思い切れない少女のあどけなさを演出するのもありだと思うの」
「それよ!!」

口を挟む隙もない。それに口を開けようとすると、「動いちゃダメです」と注意されるのだ。


「御坂様、ご用意はいかがでございましょうか。一方通行様がお待ちで」

途中で、一方通行の独り言を聞いた店員がやってきた。中で繰り広げられている騒動に、「あぁ」と頷くと、自分も参加すべく用意に取りかかる。

「運が良うございます。あの者は当店で一番髪のセットが得意なんですのよ」
「きっと今に道具のひと揃いを持って、わたくしどもに加わりますわ」
「はぁ…、ってミサカはミサカはあの人が待ちぼうけしてるのではと心配してみる」
「あぁん、喋っちゃチークが…」

(どうすりゃええねん、ってミサカはミサカは心の中でツッコんでみる。ごめんねあなた)
822 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/15(水) 21:18:00.02 ID:hHAsBREZ0

やいのやいので、二十分後。

「ふぃー、…出来た。最高傑作でございます…」

ドライヤーを止めて、途中参加の店員が仰々しく額を拭った。

「あらぁ素敵だわ」
「まぁ…、近年稀にみる素晴らしい出来です」
「さぁ、最後の仕上げにルージュを…」

店員の一人が、ピンクの口紅に筆を滑らせるのを見て、半ば茫然としていた打ち止めが我を取り戻した。

「あ、待って待って。口紅はミサカが持ってるのを塗りたいの!ってミサカはミサカはポーチに手を伸ばしてみる」

この半刻足らずで、彼女達はすっかり仲良くなってしまったようだ。「シャネルですのに…」と残念がられたが、彼からクリスマスプレゼントにもらった特別製だと教えると、コロっと態度を改める。
むしろ、新技術の落ちない口紅について、どこのブランドか、価格はいくらかと、益々盛り上がりを見せた。

カツカツと、彼女達の履くヒールが、はしゃぐ足に合わせて床を鳴らした。ここは絨毯が敷かれていないので、よく響く。
自分も早く、こんな風に自由にハイヒールを履きこなしたいと思う打ち止めであった。

(ガールズトークに垣根は無いのね、ってミサカはミサカは友達増えたかな?と嬉しくなってみたり)
823 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/15(水) 21:20:02.93 ID:hHAsBREZ0

「あなた、お待たせ」
「……おォ、すっげェ待ったぞ。コーヒー二杯も飲ンじまったじゃねェか」
「えへへ、ごめんね。でもおかげでご飯に丁度いい時間になったよ、ってミサカはミサカは怒りを逸らしてみる」
「……えらいめかし込ンできたなァ。誰だオマエは」
「あなたのかわいいミサカだよー」

一瞬だが、一方通行が大きく目を剥いて肩を震わせたのはしっかり確認できた。待たせてしまった甲斐があったというものだ。

入店した時とはまったく違う、砕け過ぎた女性店員達の笑顔。それと、顔を寄せ合って囁き合う男性店員。うんうん、と髭を撫でて目配せを送ってくる店長。

そして大変身を遂げた打ち止め。ドレスは良く似合っている。
髪はフワフワくるくるにカールされ、いつもは控えめで実感できないが、本格的メイクがバラ色の頬を際立たせていた。

何もかもが、くすぐったい。一方通行はそっけない態度で「行くぞ」と一言。勝手に腕を絡めてくる少女に見せかけだけの舌打ちをして、店員に支えられたドアをくぐった。

雨は先程と変わらない強さを保っていた。駐車場には、ありがたいことに屋根がある。そして、これから向かうレストランも、もちろん駐車場には屋根がある。というか、地下だ。

「雨には濡れねェが、飯食う時に汚すかもなァ?」
「むむ、そうやってミサカにプレッシャーをかける気だな?ってミサカはミサカはその手にはのらないと粋がってみたり」

833 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/17(金) 22:45:50.01 ID:NTl5oDlf0

このビルに来るのは何度目だろうか。顔なじみになったレストランの給仕に会釈し、いつもの席に腰を降ろす。
今日もコース料理なので、メニューを見る必要は無い。そして、一方通行があらかじめ「飲みものは水で」と指定していたので、本当に何も選ぶことはない。

「そんなに警戒しなくても、もう間違えてお酒なんて飲まないよ、ってミサカはミサカはジュース飲みたかったとブーたれてみる」
「甘ェジュースなンざ、料理に合わないだろォが」
「じゃあデザートと一緒ならいい?」
「好きにしろ」

料理を運んでくる者、皿を下げる者。通りすがりに、チラと二人を見る者。いつもより華やかで艶やかで、一味違った打ち止めに目を見張っているのだ。

一方通行は、それを誇らしいような、苦々しいような気持ちで堪えていた(大げさ)

「そんなにムスっとしなくても、ってミサカはミサカはあなたの眉間の皺を指摘してみる。あなたこそ、すれ違うレディー達の視線を集めてたこと、分かってるの?」
「………」
「ほらほら、今夜はビューティーなミサカと美味しいご飯だけ見て楽しもうよ、ってミサカはミサカは誘惑のウィンクばっちーん」
「アホか」


(夜景も綺麗なんですよー)

グラスに水を足しに来た給仕が、お店自慢の大きなガラス窓に視線を送った。

834 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/17(金) 22:50:45.26 ID:NTl5oDlf0

「ねぇねぇどうよ、ミサカのフォークとナイフ捌きは。もう服にこぼす心配なんて皆無だね!」
「まァまァだな」
「上から目線でカンジ悪ーい。でもあなたのお皿の方が食べた跡がキレイなのは事実なので、不満は言えないの」

「聞こえてンぞ」というツッコミを入れるのは、日に一回ぐらいにしてほしい。

浜面に「式には来てね。御祝儀もお願いね」と言われている。
披露宴をやるのか不明なのだが(不明なら聞けばいいのに)もしやるのなら、料理が振舞われるはずだ。

一方通行もだが、打ち止めはテーブルマナーというものをしっかり勉強したことがない。今日は文章や映像で見て覚えた内容を、もしもの時、実際に使えるか試しに来たのだ。

(ハマヅラの結婚式にかこつけて、ただオシャレなデートがしたいだけだったりして、ってミサカはミサカはタキツボに申し訳なくなってみたり)
(マナーは覚えといて損はないからな。いつ必要になるか分かンねェし)


「ねぇ、あなたのスーツ……」
「ン?」
「かっこいいよ、ってミサカはミサカは…、予想以上の大ホームランにクルクルヘアーを巻き巻きして照れ臭さをまぎらわしてみる」
「…フ、…食事の最中に、あンま髪弄ンなよ」

カールされた髪を、左手の人差し指に巻き付けていた打ち止めは、ぱ、っと手を離す。

「マナー違反なのは、このミサカを褒めないあなたの方だと思う、ってミサカはミサカは素直な感想を求めてみたり」

「………」

「求めてみたり」

「ストライクだな」
「よっしゃ」


この二人、たとえ披露宴があろうと無かろうと、大して関係ないのである。
835 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/17(金) 22:54:51.66 ID:NTl5oDlf0

幸せそうに、バニラアイスを頬張る打ち止め。
彼女がデザートを食べている間、一方通行はコーヒーを飲むことが多い。しかし、今日はこのビルに来る前に二杯も飲んだので止めておく。

手持無沙汰な様子の青年に、少女がスプーンを差し出した。西洋式テーブルマナーに限らず、「あーん」はお行儀が悪い。

「…ア、」
「ふふ」

でもいいじゃないか。この席は周りから見えにくいし、やっぱりこれはデートなのだから。マナーは二の次だ。


腹も膨れたし、会計も済んだ。さて帰ろうと、ビルの中の通路をエレベーターに向かって歩く。
駐車場は地下なので、下に降りるボタンを押さなければならないが、そのボタンの前で、一方通行の指が逡巡する。

「ぽちっとな、ってミサカはミサカは先手を打ってみる」
「…」

隣から伸びた打ち止めの手が、代わりに押してしまった。行き先は上だ。

このビルの最上階から下の三フロアは、ホテルになっている。二人が恋人同士になってから、なりゆきとはいえ初めて泊まったホテル。

色々と、思い出深いホテルだった……

836 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/17(金) 23:01:24.40 ID:NTl5oDlf0

今までに幾度か利用したが、スイートルームは初めてだった。今日は始まりから終わりまで、とっても豪華である。

「すごーい、広―い!ベッドも大きーい!ってミサカはミサカは大はしゃぎ!」

一方通行は上着を脱ぎ、備え付けのクローゼットに仕舞う。
大きな窓からは、美しい夜景が見えたが、さっさとブラインドを降ろしてしまった。今は夜景など、どうでもいい。

「お風呂もすごいよ!バタ足できそうだよ!」
「ハイハイ」
「さっそく入ろうかな。ね、背中外して?」

打ち止めは髪を持ち上げて、一方通行に背中を見せる。ファスナーはともかく、一番上のボタンは自分では外しにくいことは分かっている。
ボタンだけで良かったのだが、青年はファスナーまで降ろしてくれた。

「一人で脱げるもん、ってミサカはミサカは無駄と知りつつ一応抗議してみたり」
「…こっち向け」

袖も脱がされて、ドレスはすとん、と床に落ちた。下着とストッキングだけになった打ち止めに正面を向かせる。
風呂に入れば、きっと彼女は化粧を落としてくる。カールした髪もシャンプーしてしまうだろう。
自然なままの打ち止めもイイが、こうして(裸だけど)華麗に装った打ち止めを目に焼き付けておこう。先程少女自身がやっていたように、指に髪を絡ませながら…

(……ン…?)

ふと違和感を感じて、一歩下がって、よりじっくり観察する。

「なにか変?ってミサカはミサカは粗相があったのかと不安になってみる」
「静かに。…気をつけェ」
「ふぇ?あぁ、はいっ。……?」

恋人の真剣な視線を浴びながら、下着姿で直立不動になる打ち止め。一体これはなんのプレイだ、と訝しむ。

そのまま十秒以上が経過し、一方通行は元の位置に戻った。そしてまず、打ち止めの腰を両手で掴む。

「っ、うひ、ひひひ」
「変な声出すなよ…」
「だってくすぐったい」

次に、ブラジャーのアンダーに指を突っ込んでみる。少女は大人しくしていた。

「ンー…」

(何ですかコレは、ってミサカはミサカは喋っちゃいけない雰囲気に気押されてみたり)
(やっぱり、太った、っていうワケじゃねェな…)

肩のストラップを引っ張った後、青年はやっと両手で乳房に触れた。
837 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/17(金) 23:05:07.11 ID:NTl5oDlf0

「どういう作業なのでしょう、ってミサカはミサカはまるでお医者さんの診察のようなあなたの素振りに不審を感じてみたり」
「こら、じっとしてろって」

いつもの触り方じゃない。そっと下から支えるように、ブラジャーのカップを整えながら。

「オマエ、またデカくなったか?」
「…え、胸が!?」
「なンか、収まりきってねェっつーか…」
「えぇー?」

そう言われて、打ち止めは自分でブラジャーを整えた。
一方通行に背を向けて、「よいしょ、よいしょ」と。その後向き直って、ふんぞり返るように胸を張ると…

「あー、確かにちょっと溢れてるかも。というか、なぜあなたが先に気づくの」
「……何で気づかねェンだよ」

「気づかないよこんなのー。だって仮にF着けてもぶかぶかだよ、これぐらいじゃ」
「EとFの間か」

「いやいや、ほとんどEですって。メーカーによっては、ちゃんと収まるんじゃないかな」
「ふゥン…」

「靴でもあるでしょ、そーゆーこと、ってミサカはミサカはサイズというもののテキトーさを主張してみる」
「ま、どォでもいいわ」

(どうでもいいなら、ミサカより先に気づくことなんてあり得ないのでは?ってミサカはミサカはホックを外そうとするあなたを半目で眺めてみたり)

838 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/17(金) 23:07:38.01 ID:NTl5oDlf0

ブラジャーが緩んだままの打ち止めにキスしながら、ゆっくりベッドへと後退させる。

「ん、んーっ」

膝から上はベッドに押し倒されてしまった。焦った打ち止めは、彼の胸板を押し返す。だってまだシャワーを浴びていない。
口が離れ、見上げた恋人の目はすでに妖しく揺れていた。診察するうちに、一人で盛り上がってしまったらしい。

「シャ、ワ、ア!」
「後にしろよ」
「ダメ今日は絶対浴びるの!ってミサカはミサカは断固たる決意を表明してみる」
「後で一緒に入ってやっから」
「それ別にあなたにとって負担じゃないし、ミサカにとって超お得でもないからね!?」

それでも覆いかぶさってくる一方通行の顔に、ほとんど取れかけていたブラジャーで目隠しをして牽制する。花柄のピンクのレースが、一方通行にとても似合わない。

打ち止めは隙をついて腕の間から抜け出すと、バスルームに逃走した。背後のベッドからイライラした声が追いかけてくる。

「十分だぞォ!」
「無理、二十分ー!」

時計を確認し、一方通行は悪態つきながらブラジャーのストラップに指を通して回そうとした。

「……」

上手く回るはずもなく、愛車のキーリングでやり直した。これから二十分は、正直ツライ…

「あなたー」
「! …なンだ」

気でも変わってくれたのか?

「ドレス、ハンガーに掛けといてねー、ってミサカはミサカはおニューの心配をしてみるー」
「……分かったから早く入れよ」

839 :ブラジャーの人 [sage]:2012/02/17(金) 23:14:17.01 ID:NTl5oDlf0
豪華なデートをしようか、の巻


お医者さんごっこですか? (乳専門医)


作者が選ぶ「一方さん爆発しろ」ランキング

第5位 1スレ目、311からの 「黄泉川家の温泉旅行の巻き」

第4位 1スレ目、592からの「一方通行と打ち止めのはじめての巻き」

第3位 >>655からの 「通行止めの同棲初日、一緒にお風呂の巻き」

第2位 >>817(この話) 「豪華なデートをしようか、の巻き」

第1位 >>108からの「通行止め、セクシーランジェリーを買うの巻き」  


打ち止めにFフラグが立ちました。
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 23:55:47.91 ID:Cw/36eODO
>>1乙ぱい

え、えふ…だと!?
えーえーえーびーしーでーいーえふじー

ベクトル式豊胸マッサージは偉大だなぁ
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/02/18(土) 00:00:01.24 ID:BQnwwwjqo
>>1乙ぱい

一方さん爆発しろ

850 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/22(水) 00:59:06.44 ID:Ek3cHGzx0

高校に入学して、早二ヶ月。二人と一匹暮らしに慣れてくると、案外自分だけの時間が確保できるものだ。打ち止めは部活に入った。
それは、大学四年生になった一方通行の協力と、愛犬の世話を買って出てくれる妹達のおかげでもあった。
ただ、打ち止め自身としては、ブランカを世話してくれる下位個体が、

「やりたいからやるだけで、別に上位個体や、ましてや一方通行のためではありません。そんなことより、このオヤツをあげてもいいですか」

と言うように、

(ミサカだってあの人のお世話したいもん)

そこで、ゆる~い雰囲気の文化部をチョイスした。それは手芸部。

『気が向いた時に顔を見せてくれればいいよ~』とは、部長自らのお言葉である。

さっそく簡単な裁縫技術を教わり、打ち止めは枕カバーを拵えた。学園都市製の、高機能ミシンもあるが、あくまで手縫いにこだわった。だいたい、ミシンを使うような作品は、まだ作れない。

同じ部の先輩には、部屋のカーテン、座布団、服まで手作りする人もいる。見せてもらったが、気まぐれのように参加するだけの自分では、到底あのレベルに達するのは困難と思われた。

(ミサカはミサカのできることを、コツコツ楽しくやればいいや、ってミサカはミサカはハンカチに刺繍をしてみたり。うん、いいカンジ)

そこで、今凝っているのが刺繍である。難しい大きな模様は無理だが、ワンポイントや短い文字を入れてオンリーワンの手作り感を演出していた。
851 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/22(水) 01:01:31.02 ID:Ek3cHGzx0

ある日、一方通行が大学から帰って来た夕方のことだった。講義数が減った今では、打ち止めが彼の帰りを待つパターンは中々希少なのだ。

「あなたおかえりなさーい!ってミサカはミサカはお風呂か食事かミサカか王道の三択でお出迎えしてみたりー!」
「わんわん!」

走って玄関に突撃してきた打ち止めとブランカ。一方通行は愛犬を右手で撫でてやり、無邪気な笑顔の少女には、左手でチョップを食らわせてやった。
杖を壁に立てかけている間、打ち止めは「あれ?ブランカだけなの?」と不審の眼差しをハスキーに向けていたので、まったくの不意打ちとなった。

「あぅ! 急に何するの、ってミサカはミサカは不条理な暴力を非難してみる」
「やかましィ。こりゃ一体どォいうつもりだ」

そう言って青年がポケットから取り出した物は、そこから出てくるにはあまりに自然な、ごく普通のハンカチだった。
キョトンとする打ち止めに、ますます眉間の皺を深くし、一方通行は乱雑に手を振って布地を広げる。

「コレだよ! オマエがやったンだろォが」
「あー、コレね。今日気づいたの?ってミサカはミサカは二週間以上も前に縫った刺繍に憤慨しているあなたを不思議に思ってみる」
「二週間…!?」
「しかもそれと同じ文字を入れたハンカチは、全部で七枚もあるのだ! キミはすべて見つけられることができるかな!?」
「…このアホ」

『Last Order My Love』

ハンカチの隅には、黒い糸でそう小さく刺繍がされていた。
852 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/22(水) 01:03:17.83 ID:Ek3cHGzx0

「ほとんど毎日ラブハンカチを持ち歩いていながら気づかないなんて。あなたちゃんとトイレの後に手洗ってるの?」
「……オマエはどンな目で俺を見てるンだ。…どこにでも乾燥機があって、ハンカチなンざ滅多に使わねェンだよ」

それに刺繍された箇所が、折り方しだいで隠れてしまうので、今日の今日まで気づかなかったというわけだ。
洗濯物を取り込む時も、文字通り彼は取り込むだけで、綺麗に畳んでそれぞれの洋服箪笥やクローゼットの収めるのは打ち止めがやっていた。これも要因のひとつだろう。

「俺は知らずにこンなモンを毎日ポケットに入れてたのか…」
「失礼しちゃう。ミサカの愛を『こんなもん』だなんて、ってミサカはミサカはスーツやシャツにもしてやろうかと目論んでみる」
「もしやったらオマエただじゃ済まねェぞ分かってンのか」
「やーん、どんなコトされちゃうんだろう、ってミサカはミサカは期待と不安であなたの足をうりうりしてみたり!」
「ハァ……」
853 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/22(水) 01:05:11.53 ID:Ek3cHGzx0

呆れた表情で溜息をついたが、打ち止めは本当に楽しく部活動をやっているようで安心する。
一方通行は、打ち止めが「普通」の生活を充実して過ごしてくれることが、とても嬉しい。

(こンくらいどォってことねェ…か?)

しかし許容できるのはここまでだ。

「あのね、あのね、もちろんミサカもラブハンカチ持ってるんだよ。こっちは和風テイストに漢字なの」

打ち止めは二人で座るソファの横に置いてある鞄に手を伸ばし、自分のハンカチを広げて見せた。


『一方通行 命』


律儀な明朝体が、似合わないピンクの糸で刺繍されていた。

なぜか『Last Order My Love』よりも恥ずかしい気がする。

「さっきの王道の三択に、まだ答えてなかったよなァ?」
「ちょ、ちょ、それってもしかして照れ隠し?ってミサカはミサカは狼さんモードなあなたを警戒してみる」

854 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/22(水) 01:08:55.80 ID:Ek3cHGzx0

食事も風呂も済ませ、順番は違えど、三択はすべて終わらせた。寝間着に着がえ、あとは寝るだけだ。
打ち止めは就寝前のひと時を、ブランカと共に過ごしていた。というよりも、眠そうな犬を無理やりつき合わせていた。

「ほらもう一回立って。正確に測れないよ」
「くぅーん」

リビングの絨毯の上は、裁縫道具と布切れが散らかっている。実はソファには同じく寝間着の一方通行もいるが、彼はまるで蚊帳の外である。

「オイ、もう寝むそうだし、続きは明日にしてやれ」

けして、寂しいとか、悔しいからとかじゃない。本当にブランカが迷惑そうにしていたので。

「ぶー、早く作らないと、もうすぐ梅雨になっちゃうのに、ってミサカはミサカはブラちゃんのために頑張ってると言い訳してみる」

ここ最近、打ち止めが鋭意製作中なもの、それは愛犬の雨合羽である。
ペットショップや通販で買ったものは、サイズが合わなかったり、歩いているうちにずれてしまって、大して効果を発揮しなかった。
濡れて泥だらけになった犬を拭くのは大変だし、いちいち<一方通行>でキレイにするのもなぁ…、と思い、何着か買ったが、どれもイマイチだった。

雨でも散歩したがるブランカのため、こうなったら自分で最高の雨合羽を縫ってやろうとしている。特殊な耐水性の布を、試行錯誤してブランカ専用合羽に仕立て上げているのだ。
買ってしまった既製品は、糸を解いてお手本にされ、本懐を遂げた。

「いつ出来るンだよ、その調子じゃ」
「う…、それでも、一日でも早く完成すればブラちゃんが濡れる日が減るし」
「今年の梅雨は、平年より遅がけだそォだ。あンまり焦らなくても大丈夫かもな」

大嘘だ。梅雨の都合なんて本当は気にしてないので知らない。

「ほんと?良かったぁ。じゃあタキツボ達の結婚式も大丈夫かもね、ってミサカはミサカは晴れのジューンブライドを期待してみる」
「さァな…」

ぱぁっ、と輝く打ち止めの笑顔に、少しだけ良心が痛む。明日は梅雨の到来予想を調べてみようか。

今月、浜面と滝壺の結婚式がある。
860 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:08:00.05 ID:BkRFYL8S0

晴天、とまではいかないが、雲の合間にはなんとか空が見える。
浜面仕上と滝壺理后の結婚式が取り行われる教会。そこに一方通行と打ち止めは来ていた。

一方通行はさして広くもない待ち合いの部屋の隅に座って、慣れない浮かれた空間をやり過ごしていた。打ち止めは「ちょっとタキツボの所に行って来る」と、席を外している。

だんだんと増えてくる招待客の中に知った顔を発見し、その中には、銃声や怒号とセットで記憶されているような者もいたので、あまり同じ部屋にいるのは気分がよろしくない。

なので一方通行も、今日の主役の控室に行くことにした。



「よぉ、来ないかと思ってたぜ」
「しつこく御祝儀の催促しやがったのは誰だよ。今から帰ってもいいンだぞコッチは」
「まぁまぁ、減らず口叩いてっけど大目にみてやれよ。緊張してて言動が怪しいんだ」

ものすごく珍しい恰好をした浜面と、上条当麻がテーブルに向かい合って座っていた。主役は不自然に体と表情を強張らせている。上条の言うとおり、さすがに緊張しているのだろう。
一方通行は上条の横に一席空けて座り、伏せられていたグラスに水差しを傾ける。

「………」
「何だよ、俺の顔に何かついてるか?見惚れてんのか?」

喉を湿らせながら、白いタキシードと整えられたヘアスタイルの浜面を眺める。浜面は一方通行の視線を、花が活けられた花瓶で遮った。

「オマエの正装が珍しすぎてなァ…。花を背負ってンのも違和感アリすぎだろ」
「十分くらいで慣れるぞ。スタイリストさんて偉大だよな」

上条のフォローは、全然フォローになっていない。だが、いつものやりとりが浜面の緊張を解したのか、やっと表情筋が動き始めた。

「やっかましいわ。普段を見慣れ過ぎてっからそう思うだけで、初対面のベイビー達が俺を見てみろ。絶対イイネつけてもらえる!花だって似合ってるハズ!」
「でも今日ここに来てるのは、普段のお前をよく知ってるヤツばっかりじゃないのか」
「…そういえばそうだった……」

861 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:12:29.96 ID:BkRFYL8S0

「あー、また緊張してきたなぁ。もう早く終わんないかなぁ。でも始まるとなるとドキドキ☆すんなぁ」
「うるせェなァ…」

椅子から立って、そわそわと歩き出す浜面。結婚式に臨む男というのは、皆こんな風なのだろうか。彼以外に新郎に会ったことが無い一方通行には判断がつかない。
ただ、上条は「あ、久しぶりに浜面が動いてる」と言っていたので、精神面では、これでも落ち着きを取り戻しはじめたらしい。
さっきまでは、古いねじ巻き式の人形程度にしか動いてなかったのだそうだ。

「滝壺はどうしてるんだろ…」

浜面が窓の外を眺める。視線は建物の外壁をなぞり、滝壺理后の控室辺りを見ているのだろう。

「ン? オマエらまだ籍は入れてねェのか?」
「いや、今朝一番に婚姻届出して受理されたけど」
「じゃァもう『浜面理后だろ』
「あ、…いや分かってるけど、長年そう呼び続けてるもんでつい」

彼らはお互いのことを名字で呼び合っていたので、急に変えようと思っても、そう上手くはいかない。
特に、浜面が妻のことを「滝壺」と呼ぶのはおかしい。

「その点、一方通行も上条もいいよな。昔っから名前呼びだもんなー」

「………」
「………」

「二人とも静かになっちゃってどうした」

「いや…」
「別にィ…」

『そうだな、俺は結婚しても、コイツのように呼び方で頭を悩ます必要がなくてラッキーだぜ』

ごく普通にそう考えてしまい、その未来予想に気を取られてしまった一方通行と上条当麻なのであった。

862 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:18:29.33 ID:BkRFYL8S0

「滝壺さん、考え直すなら今からでも超遅くありませんよ」
「大丈夫だよ絹旗。考えは去年から決まってたから」

「披露宴が無いなんて、浜面のやつ金もないくせに結婚急ぎ過ぎなんじゃねぇの、まったく」
「式の後は、レストランで披露宴の替わりにパーティーがあるよ。シーフードメインだから、麦野の好きな鮭もたくさんあるはず」
「でかしたわ」

「滝壺キレイ…にゃあ」
「本当にキレイだよ、ってミサカはミサカはウェディングドレス姿のタキツボにうっとりしてみる」
「ありがとう、フレメア、ラストオーダー。二人こそ今日は可愛いね」

ここは、新婦の控室。ウェディングドレスを纏った旧姓滝壺の周りには、いつものアイテムの面々に加え、打ち止めとフレメアが。
ちなみに、新婦のドレスは薄桃色である。

「みんな、大事なお知らせがある。私とはま、しあげは今朝、婚姻届を出したから、私はもう浜面理后」
「うぅ、超違和感です。滝壺さんのことを、これからなんて呼べばいいんでしょう」

絹旗最愛は大仰に腕を組んで首を傾げた。彼女も浜面と同様、旧姓滝壺の呼び方に苦悩する一人である。

「そっか。名字が変わったんだね、ってミサカはミサカは練習してみたり。リコウ、リコウ、リ・コ・ウ」
「理后、理后、理后…。浜面理后…」
「うんうん、その調子、ってミサカはミサカはフレメアと一緒に励んでみる」

「別に、私達アイテムで集まってるときは<滝壺>でいいんじゃない?結婚しても職場では旧姓を使用して、業務の円滑を優先することは珍しくない」

麦野沈利の提案に、絹旗が真っ先に乗る。よほど彼女を「浜面理后」と呼称するのに抵抗があるらしい。

「麦野の意見に超賛成です! 私達アイテムは永遠に不滅なんです!」
「なるほど、職場では旧姓…。キャリアウーマンみたいでかっこいい」
「お、これなら滝壺さんも超納得ですか? じゃあ超決定ですね」

新郎、浜面仕上が悩んでいる事案は、新婦の側では簡単に解決した。

(ミサカはアイテムじゃないから、一人で練習続けてみたり。リコウ、リコウ、リコウ…。ミサカはあの人と結婚しても、この問題が起きなくて楽だー)
863 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:23:29.95 ID:BkRFYL8S0

「打ち止め、今日の化粧は自分でやったの?」
「うん、そうだよ。どうですか師匠」

打ち止めの化粧テクニックは、麦野沈利直伝である。弟子の成長をたしかめるように、麦野は打ち止めの姿をじっくり観察した。
時に、顎に手を掛けたり、髪をかきあげたり。

「ふーん。なかなか良くできてるじゃない。その髪も自分で巻いた?」
「ううん。残念ながらこれは美容院でやってもらった、ってミサカはミサカはまだ髪のセットまではマスターしてないと申告してみる」

「それでも立派。大体私なんて、いつも麦野にまかせっぱなし」
「フレメアは何もしなくてもいいんじゃないかな、ってミサカはミサカはすべすべお肌や天然フワフワヘアーのフレメアに嫉妬の眼差し」
「にゃあ! そのおっぱいにルックスのこと褒められても嬉しくない!」

「超うるさいです。何度目ですか、このやり取り」

微笑ましい(?)少女達のやりとりに、滝壺は頬をほころばせた。まるで、秋にキャンプした時のインデックスと打ち止めの口論をもう一度見ているようだ。
インデックスのことを思い出していた丁度その時、件のシスターがノックと共に控室のドアを開けた。

864 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:26:03.97 ID:BkRFYL8S0

「もうそろそろ時間なんだよ。招待客のみなさんは先に教会に入って待っててほしいかも」
「あーあ、とうとうこの瞬間が超来てしまいました。では滝壺さん、私達は超先に行ってますね」

ぞろぞろと出ていく友人達を、ドアを支えて送り出すインデックス。打ち止めに「しっかりね」と言われ、手を振って応えた。
今日の式は、彼女が司祭役を務めるのだ。
女性が司祭、というのも変だが、彼女は浜面と滝壺のお願いを快く受け入れた。

「今日はよろしくね、インデックス」
「こちらこそ。りこうの結婚式のお手伝いができて光栄なんだよ」
「あ、インデックスは理后、って呼んでくれたね。みんな困ってたのに」
「さっき、はまづらの所にも行ってきたんだけど、あっちでその話してたから」
「なるほど。やっぱりはま、しあげも困ってた?」
「そうみたい。でも何故か、とうまとあくせられーたも様子が変だったんだよ」
「ふぅん?……二人とも結婚したくなったのかもよ?」

赤い顔で「まさか」と、冗談を笑い飛ばしたインデックスだったが、実は滝壺の予想は、あながち間違ったものではなかったり。
865 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:28:25.91 ID:BkRFYL8S0

一方通行は、目立たない後ろの方に座りたかったのだが、打ち止めは強引に彼の手を引っ張って、かなり前列の特等席に腰を降ろす羽目になった。
さらに、隣にはノコノコとついてきた上条がいる。教会の椅子は一人ずつにスペースが区切られておらず、やけに隣が近く感じられた。

「オイ、どォしてオマエが横にいるンだよ」
「大役を果たすインデックスが心配で…。アイツ、上手くできるかなぁ」
「図々しく隣に座った意味を訊いてンだがな、俺は。それに完全記憶能力を持ったシスターの心配は必要ないンじゃねェのか」
「つまづいて転ばないか、手を滑らせて聖書を浜面の足に落としゃしないか…、そういう心配なのです」
「……」

確かに。一方通行を挟んで会話を聞いていた打ち止めも、インデックスには失礼だが、しきりに頷いていた。


ギィ、と背後の扉が開き、ざわついていた場内が静かになった。衣擦れの音とともに、修道服のシスターが中央の通路を進む。
上条は口を一文字に結び、「頑張れよ」と、目で語りかける。両の手を、胸の前で握りしめて。インデックスは呆れたように苦笑を返した。

(カミジョウ、まるで運動会のお父さんみたい、ってミサカはミサカは過保護だと判断してみたり)

祭壇に辿りつたインデックスが、堂々とした口調で告げる。

「これより、浜面仕上と滝壺理后の結婚式を取り行います。それでは、新郎、新婦の入場です。みなさまはお立ちになって、二人をお出迎えください」

パイプオルガンの音楽が鳴らされ、一同は立って後ろを向く。狭い場所で、足の悪い一方通行が苦労しやしないかと、打ち止めが手を差し伸べた。

「大丈ォ夫だ」
「いつでも肩貸すからね」

小声で会話を交わしていたが、打ち止めの注意はすぐに逸れた。浜面達が腕を組んでしずしずと入場してきたからだ。
866 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:30:49.21 ID:BkRFYL8S0

(わぁ~、タキツボやっぱり綺麗!ってミサカはミサカはさっきよりも輝いている、えっと、リコウに釘付けになってみる)

ベールの隙間から見える穏やかな表情の新婦に比べ、新郎はどこか落ち着かない雰囲気だった。まったく本意ではないが、一方通行の心も落ち着かない。

(やっぱ、結婚とか結婚式ってのはそォいうモンなのか。あの浜面がガチガチになってやがる)

男であるため、もちろん新郎の方に感情移入しやすいのは当然である。加えて、つい最近打ち止めと結婚の約束をしたことも、彼の心理に影響を与えていた。

(ハァ…、くだらねェ。打ち止めはまだ高一だぞ。ずっと先の事だろォがよ)

浜面達が祭壇の前に辿り着くと、今度は讃美歌が流れ始めた。
歌声も録音されているもので、打ち止めはバッグから取り出した紙を見ながら一緒に歌っていた。受付の時に、係の人間から手渡されていたものだ。一方通行は受け取らなかったが、冊子状のそれには、歌詞も書いてある。

『かわらぬ愛もて 導きたもう…』

大きな声で歌っているわけではないが、一方通行の耳には、打ち止めの声が心地よく染みる。
彼にしては珍しく、そして似合わないことに、讃美歌が終わってしまうのを惜しく思うほどだった。
867 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:33:13.59 ID:BkRFYL8S0

あんなに背筋を伸ばした浜面を見るのは初めてだ。インデックスが捧げる祈りの間、身じろぎもせずに正面を向いていた。

「それでは、誓いの言葉を」

インデックスがそう告げて、浜面の肩が揺れる。夫婦になる二人は向かい合い、新郎が花嫁のベールをめくり上げた。

「汝ら、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、この人を愛し、敬い、助け合い、なぐさめ合い、死がふたりを分かつまで、共に生きることを誓いますか」

「っ…、誓います」
「誓います」

姿勢もそうであるが、浜面の声も、まるで彼のものではないようだ。
良く言えば男らしい、悪く言えば、彼らしくない。

(うっわァ…、結婚式ってこンなこっ恥ずかしいのかよ。まるで見世物じゃねェか)

馴染めない、非常に心が落ち着かない。一方通行は眉をしかめる。
いつか、自分達もこんなことをしなければならないのだろうか…? 愕然とする一方通行。

(いや待て、別に式を上げなきゃ結婚できないワケじゃねェ。入籍だけして…)

青年は、こっそり隣の少女を盗み見た。

「ほぉ…ぅ、タキツボいいなぁ…」

(………)

868 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/24(金) 23:35:55.57 ID:BkRFYL8S0

「それでは、指輪の交換と、誓いのキスを」

もう腹が据わったのか、浜面の挙動に不自然なところはない。お互いの左手薬指に、金のリングが光る。
顔を上向けた花嫁に、喉を鳴らした花婿が口づけた。


「ここに、二人が夫婦になったことを宣言します」


(無理無理無理無理、絶っっ対ェ無理ィ。なンだこれ)

頭の中で、ぶんぶん首を振った一方通行。そのとき打ち止めは…

「はぁぁぁぁ~、…しゅてき、ってミサカはミサカは…」

キラキラキラぱぁぁぁ、という、光と花の特殊効果まで見えるようだ。

(……こりゃ決定だな)

一方通行も覚悟を決めた。願わくば、この覚悟が変わらず持続しますように。



その後、参列者は教会の外で主役たちを待ち構える。これから花嫁から投げられるブーケを狙い、鼻息荒い女性達。打ち止めもその一人だったが、

「やめとけ。ここにいる女達はどいつもこいつも普通じゃねェ。巻き込まれたら事だぜ」
「うぅ、でもブーケ…」
「…オマエはブーケ無くても結婚は約束されてンだから、他に譲ってやれよ」

そう恋人に説得されて、ころりと態度を改めた。

果たして一方通行の推察は正しく、約三分間の攻防の末、哀れブーケは<原子崩し>の一撃を受けて、塵も残さず消え去った。

869 :ブラジャーの人 [sage]:2012/02/24(金) 23:40:30.04 ID:BkRFYL8S0
浜面と滝壺の結婚式の巻 完

女性が司祭って、聞いたことも見たこともない。たぶんダメだよね。まぁ気にしないでください。

今回の話を書いていて嬉しかったことは、ワードが「しずり」を「沈利」と一発変換してくれたことです。

870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/02/24(金) 23:54:46.91 ID:0SO19Vido
乙!
浜面今回だけは祝福してやるよ
おめでとう

次は上条とインデックスが先かそれとも一方通行と打ち止めが先か
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/24(金) 23:56:59.32 ID:utXULYTDO
>>1乙ぱい
イイネ!!(ただし浜面は爆発しろ)

コラ麦のん、何やってんすかw婚期逃すぞ…ってもう逃してしまった後だったっけ^^;



878 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:06:14.43 ID:I0XYtFGy0

よほど、浜面仕上と滝壺理后の結婚式に感化されたのだろう。打ち止めは式場で渡された小冊子や、いつの間にか持ち帰っていたパンフレットを頻繁に眺めていた。

無意識に讃美歌まで口ずさんだり、パソコン画面でウェディングドレスのデザインを検索したりもしていた。

自分との結婚を夢想して、楽しみに心躍らせているのかと思うと、一方通行は、

(あー…、なンなンですかこれはァ。……すっげェ、照れるンですけどォ)

打ち止めが望むことなら、何でもしてやりたい。しかし、彼女はまだ高校一年生だ。せめて卒業するまでは、我慢してもらわなければ。

彼女と結婚するための心の準備や覚悟が、一方通行に無いわけじゃない。
ここ日本という国において、学徒であるうちに嫁ぐということが、世間体や社会的評価に良くない影響を与えることは、お互い分かっていた。
それに、大学にだって行かせてやりたいと思っていた。好きなことを学ぶのもいい。
気の合う友人を増やしてもいい。学生ならではの日常を、笑って過ごしていてほしい。

(大体よォ、一緒に住ンで、寝て、抱いて、食べて。籍入れてねェけど事実婚だろ、俺とコイツは)

それでも、多くの愛し合う恋人達が経る道を、自分達も辿りたい。声高に宣言したい。生涯の伴侶を得た幸せを、世界に示したいのだろう。

(ま、浜面の結婚式の直後で舞い上がってンだよな。そのうち下火になる…)

879 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:07:10.72 ID:I0XYtFGy0

一方通行が予想したように、打ち止めが『結婚』に関する情報に心を割く時間は、だんだん減っていった。
しかし、一度灯った炎が完全に消えることはなく、二人の未来を象る線は、より太く確かなものとなって互いを結ぶ。

見つめ合う目と目で、通じ合った。


ミサカはいつか、あなたと。


もうしばらく待ってろよな。そォしたらオマエと…

880 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:09:21.68 ID:I0XYtFGy0

季節は巡る。

そんな気持ちで暮らすこと、さらに一年。


一方通行は大学卒業後、近所の小さなビルを買い、その一室に事務所を置いて仕事を始めた。
看板を揚げているわけじゃない。登記簿にも記載していない。まったくの個人で、彼がしている仕事とは…

ずばり金儲けである。

(一体何をしてるのか知らないけど、二人で過ごせる時間が無くなってしまう事態が避けられてミサカは満足、ってミサカはミサカは恵まれた身の上を誇ってみる)

ごくたまに、数日か一週間も家を空けることがあるが、そんな時は決まって下位個体や番外個体が家を訪ねてきたり、芳川桔梗や黄泉川愛穂が実家のような上階の部屋へ、「泊まりにいらっしゃい」と誘ってくれた。
もっとも、愛犬を一匹にさせるのが可哀そうなので、夕食や風呂の後は自宅へ戻ることがほとんどだ。
こっそりとブランカに非常階段を登らせて連れてしまったことも、数回あったが。

(内緒にしてたのに、なぜかあの人にはすぐバレた、ってミサカはミサカは監視カメラか監視ミサカでもいるのではと疑ってみたり)

大して怒られたりはしなかった。むしろ、自分が家を留守にすることを、「済まないことをした」と反省したらしく、
以降は頻繁に電話を鳴らして、連絡を寄越すようになった。海外に出向いている時は、時差に気を使ってまで…

(留守を守る奥さんと、出張中の旦那様みたいで楽しいけどね~)
881 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:11:31.34 ID:I0XYtFGy0

「でも、明後日からはミサカが出張で、あなたが主夫だよ、ってミサカはミサカは荷造りしながらあなたを心配してみたり。ブランカのお世話お願いね? 散歩は番外個体達に頼んでおいたから…」
「はいはい、ハイハイ、ハイ分かってンよォ。もォ八回も聞いたわ。子供か俺は」
「あと二回くらいは言いそう」
「そォかよ。三回言ったら怒るぞ。すげェことさせるからな」
「きゃあ、なんだろ。わざと三回以上言っちゃおうかな。だって五日もあなたと会えなくなっちゃうし…」
「……」

打ち止め、高校二年生の初夏。明後日から、待ちに待った修学旅行である。行き先は沖縄。

世界の光景など、それこそ地球の裏側まで、ミサカネットワークで見ることも感じることもできるが、
実際に、目で、皮膚で、耳で、打ち止めという個人が、己の五感で味わうのだ。知らぬうちに、遠い地へと想いはつのる。

中学の修学旅行(京都・奈良二泊三日)も楽しかったが、今回は四泊五日の長旅である。もっともっと楽しいに決まっている。

882 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:15:28.85 ID:I0XYtFGy0

「おみやげ何がいいかな? ヨミカワ達には…、やっぱりお酒?」
「えらくはしゃいでンじゃねェか。浮かれ過ぎて怪我とかしてくンなよ」
「大丈夫だって。ミサカはもう十七歳のレディーなのよ、ってミサカはミサカはFカップを張ってオトナをアピール」
「デカけりゃ大人、という単純な思考のうちじゃ、まだ完璧じゃないと何度言わせる気だァ」

まだ未熟な彼女に忍び寄り、その腕を取って荷造りを中断させる。

「ちょっと、今いいところなのに」
「まだ詰め込むのかよ。何をそンなに用意することがある? つーか荷造りでいいところ、ってどォいう意味だ?」
「それはね、持っていった物が役に立った時のことを想像してニヤついたりとか…。あーぁ、もー…」

キャリーバックは、完全に打ち止めの背中になってしまった。だんだんと、一方通行の顔が近づいてくる。

「くだらねェこと考えてンだなァ…」
「ん、ぁ、…」
「五日分だぞ。前払い、前払い…」
「えー、まるでミサカがいつもあなたから『買ってる』みたいじゃない、ってミサカはミサカは立場は逆だと主張してみる」

「………」

「みんなでお風呂もあるんだから、キスマーク厳禁、ってミサカはミサカは無言で脱がそうとするあなたに注意を与えてみたり」

「………」
883 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:17:56.90 ID:I0XYtFGy0

「青い海! それほど晴れてない空! 強すぎる風! めくれあがるスカート! 思ってた以上に甘いサトウキビ! もぐもぐ!」

「なんて男らしいのミサカ。サトウキビ丸かじりかよ」
「うふ。こんな姿をあの人には見せられないわ、ってミサカはミサカは彼氏のいない旅行でハジけてみたり」
「写真撮ってやれ、写真」
「やー!」

どうせ撮るなら可愛い姿を、ということで、伝統衣装を纏った自分を撮影してもらったり。
ジュースと間違えて、パイナップルの酒を飲みそうになって怒られたり。お土産を買い漁り過ぎて鞄が重くなったり。

打ち止めは大いに楽しむ。


二日目、三日目を滞在するホテルでは、夜中に屋上温水プールに忍び込んで、こっそり遊んでしまった。

「やば、やば。パンツが脱げそー! やっぱり水着じゃないと…」
「女子しかいないんだから気にすること無いわ。暗いし。さぁ、お尻出して泳いでごらん?」
「驚くほど落ち着かないね。私よりもミサカのブラ脱がすことに力入れてよ」
「ミサカはブラもパンツも、幸いピッチリ張り付いていて安心です、ってミサカはミサカは下着にはこだわり派で良かったと余裕ぶってみる」

仲良しの数人で、パンツとブラジャーだけになって、暗いプールを泳いだ。能力を使えば、屋上に登ることなど容易い。

一方通行の望みどおり、打ち止めは青春を謳歌していた。ただ、友達と共謀して、無断でホテルのプールに侵入するなど、彼の望みではない。しかも下着で泳ぎ回るとは…

彼が知ったら、間違いなくオシオキされるだろう。

884 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:22:59.44 ID:I0XYtFGy0

(ワルイ子するのもスリルがあって面白いけど、もうあなたに会いたくてミサカうずうず…。早く帰りたいよー!)

存分に満喫した修学旅行だったが、五日も一方通行に会えない日が続くと寂しくなってくる。

帰りの飛行機、バスの中で、打ち止めは一人気を揉んでいた。ほとんどの生徒が、疲れで座席に体をうずめているのに、
彼女は窓から景色を眺めている。だんだんと近づいてくる我が家。そして恋しいひと。

電話だけでは足りない。早く顔を見たい。抱きつきたい。

その願いを叶えたあと、やっと打ち止めにも旅行疲れというものが訪れた。


「足がダルい…。棒になったみたい…。ダメよブラちゃん、ミサカは今クタクタだから~」

さっさと楽な服に着替えて、リビングに寝転ぶ。ソファではなく、絨毯の上に大きなクッションを並べ、足をバタバタさせていた。
打ち止めの帰還に大喜びする愛犬を従え、上目づかいで、床から「マッサージしてほしいな」と訴える。

「帰ってきて、いきなりソレかよ…」

「おーねーがーいー。明日はミサカがやってあげるから、ってミサカはミサカは揉んでもらうまではこのまま動かないと決心してみたり」

885 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:25:19.73 ID:I0XYtFGy0

打ち止めをマッサージしてやるのは、嫌じゃない。どちらかといえば楽しくてイイ(自分がされるのは、もっとイイ)

少女のむくんだ足を、やわやわとほぐし始めた。痛がらせぬよう、最初は優しく、やがて強く。

「ぬぁー~、溜まった血液が全身を巡っているみたい…」
「いやァ? 全身を巡るってのは、…コレくらいだろォ」

今日は大サービスだ。ベクトル操作を駆使した特別バージョン。
チョーカーのスイッチを切り替え、打ち止めを回復させるべく、最強の超能力者が力を振るう。

「あぁぁぁぁー…、じわじゅわぁぁぁぁ。先生、肩もっ」
「誰が先生だ。オマエ明日、ちゃンとやれよ」

口は悪くとも、甘えて、甘えてさせてやる。
滅多に置いていかれることのない一方通行にとって、五日もお留守番をするのは、やはり異常なことだった。
だんだんとブランカに話しかける頻度が増えていく己を自覚し、「修学旅行さっさと終われ」と、子供っぽいことを考えたりもした。

緩みきった表情の打ち止めを見降ろし、不足していた精神の充実を図る。ところが、指圧を加えていた青年の手がぴたりと止まる。演算はそのままに。


(………なンだ、これ…)


疑問を唱えながらも、感知した瞬間から『答』は分かっていた。

自分のベクトル操作が、打ち止めに関して不明な結果を導き出すなんてありえない。


それでも。

(なンだよ、嘘だろ……)

同じことを繰り返してしまう。

886 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:28:24.48 ID:I0XYtFGy0


トクトクトク、トクトクトク。 それは心臓の鼓動だ。とても小さく、早い鼓動だ。


打ち止めは半分夢心地な上、ベクトル操作は続けられていたので、青年の手が止まったのを不思議と感じず、うつ伏せのまま笑顔である。

(とりあえず、この恰好は良くない…、ンだよな? 知らねェけど)

「オイ、起きろ」
「んん? もう少し…。それに肩もまだやってもらってない、ってミサカはミサカは権利を」

「いいから。大事なことなンだ。…ラストオーダー、起きてくれ」

「??……」

真剣な声音に、思わず目を開いて脚の方の彼を見上げる。その表情が、ただごとではない、と告げていた。
力が入りきらない体を、のそのそ動かして尻を絨毯につける。向かい合ったが、しばし無言が続いた。

一方通行は、今一度確かめる。本当なのか、万が一にも間違いではないのか。慎重に、…確かめる。
十数秒の後、能力使用モードを終了した。

(………、意外なモンだな。いざそうなってみると、わりと冷静じゃねェか)

声も、普通の会話のように口から出てくれそうだ。

「あなたどうしたの? 言って…?」
「ン? あァ…。ネットワーク切ってるよな?」
「うん」
「何があっても、繋げるな。今から言うこと、落ち着いて聞け」
「はい、ってミサカはミサカは真剣に頷いてみる」
887 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/27(月) 01:29:20.40 ID:I0XYtFGy0
















「ラストオーダー…」



「……………」












「オマエ妊娠してる」










906 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/29(水) 13:04:20.25 ID:p4d+d1iL0

妊娠。

そう言われて、打ち止めは無表情のまま、瞬きだけを繰り返した。だんだんと心臓の音が大きく聞こえてくる。

「う、…ウソ」
「こンなこと、嘘や冗談で言うわけねェだろ」
「………」
「お前の腹に、心臓の鼓動が感知できたから詳しく調べてみた。間違いない」

打ち止めは、絞り出すように息を吐く。生唾を飲み込んで、自分の腹を両手で押さえた。
いきなり「妊娠している」と教えられて、この少女はどう受け止めているのだろうか。それとも混乱で何も考えられないのだろうか。

「赤ちゃん……」

「……」

「……、本当に。あ、ぁ、あなたの子だよね?」

そんな反応があるか。一方通行はつい声を荒げてしまった。

「っ、…オっマエなァ! 俺以外に心当たりがあるのかよ!?」
「なななな、ないないない!ってミサカはミサカは慌てて釈明してみたり!」

かなりの怒声にビビった打ち止めが、絨毯の上を座ったまま後ずさる。
恋人の怒りが恐ろしく、テーブルに背中がぶつかりそうなことに、まったく気づいていない。

「! あぶ…っ」

潔白を表すために、一生懸命に振られている手を掴んで引き寄せる。そうしたら、今度は青年の方に体が傾いた。
「しまった、力を入れ過ぎた」と、できるだけ勢いを殺しながら胸の中に抱きとめる。

腹の中に胎児がいるのだ。転んだり、ぶつかったり、衝撃を与えるようなことは絶対厳禁のはずだ。

「はァ…、頼むぜ、もォ…」
「ごめん…」

そのまま、五分も…

打ち止めは一方通行に抱きしめられたままだった。一方通行に言わせると、彼女の全身から「ぎゅっとしてて」と訴えられているような気がしていたから。
907 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/29(水) 13:08:55.53 ID:p4d+d1iL0

「打ち止め」
「ん…?」
「悪ィが、足が痺れちまった」
「あわわわ、重ね重ね失礼しました、ってミサカはミサカはあなたのお膝から退去してみたり」

行儀作法の手習いのようだ。見咎めるような一方通行の視線を意識し、そうっと立ち上がる。
音も出さない忍び足でソファに近づき、着地点を振り向きながら腰を降ろした。

(これなら文句ないだろー、ってミサカはミサカは合格判定を求めてみたり)

いかがですか? と目で問いかけたら、二度、三度、首を縦に振ってもらえた。

すぐに青年も隣へやってきた。ついでに愛犬もやってきた。一方通行は手で「待て」を命令し、ブランカを床に待機させる。
今は、いや、今後しばらくは、打ち止めに激しくじゃれつくのを控えさせなければ。

「うーん、ミサカがママかぁー」

またもすぐに、少女は一方通行にもたれかかる。硬い腿を枕にして、お昼寝するようなポーズで目を閉じた。
青年は打ち止めの頬にかかる髪を避け、その横顔を見降ろす。
じわり、と少女の瞼の縁に涙が滲み、一方通行の体に緊張が走った。

怖いのか。
楽しい高校生活と、これからの青春を謳歌するどころではない事態に躊躇いを感じているのか。……焦る。

つぅ、と、涙が鼻梁をまたいで流れ落ちる前に、自然と動いた指が雫を拾う。もう片方の目からの涙は、きっと自分のズボンに染み込んだだろう。

「パパ」
「あァ?」
「ふふふふ、あなたがパパ」
「……」

ぽろぽろ、涙を流しながら、打ち止めの口の端がもち上がった。

「嬉しい、か?」
「分からない……。でも涙と笑いが込み上げてくるの、ってミサカはミサカは事実だけを申告してみる」
「そォか」

だったら、大丈夫だろう。心配が杞憂に終わって、青年の体から力が抜けていく。

「あなたは? ミサカが妊娠してどう思った? お腹にあなたの赤ちゃんがいるんだよ」

「俺は」

908 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/29(水) 13:10:20.37 ID:p4d+d1iL0


あぁ、この手に。この体の隅々にまで、どれほどの血と罪が染み込んでいるだろうか。万を超える命を摘んだ男が、同じ形の花に命を宿らせた。

共に生きると決めてはいたが、このロクデナシの子孫を繋いでいくつもりは……

それでも、打ち止めは温かい涙と、柔らかい頬笑みを浮かべてくれた。

屍の上に立って、守り続けてきた命。このまま、ずっと大切に、大切に愛しみたい。そして、ふれてもらいたい。
そうして手に入れたぬくもりの帳に、予期せぬ突然のできごとが降って来た。一方通行自身と、愛する打ち止めの、血を分けた子供。
無条件に守らなければならない。

(もう、行くしかねェンだよ)

「あなたも…笑ってるよ?ってミサカはミサカは泣きそうなあなたをヨシヨシしてみたり」
「へェ、俺が…?」

(だったら、本当に大丈夫だな)

909 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/29(水) 13:13:18.48 ID:p4d+d1iL0

自分のお腹の中に、一方通行との子供が宿っているという驚きの事実に、最初はさすがに思考停止した打ち止め。

体を重ねるようになってから二年近くになる。そういう行為をしているのだから、妊娠の可能性はゼロではなかった。それは理解していた。
しかし、一方通行は避妊具を必ず使用していたので、よっぽど起こり得ないことだと思っていた。
いつか結婚して、避妊具無しの性交をしてから、準備万端で彼の子を産むのだと思っていた。

(計画よりだいぶ早いし、ミサカはまだ高校生だけど)

自然と笑みが浮かんでくるということは、きっと自分は嬉しいのだ。もちろん戸惑いと心配もある。でも世の中の普通の新米お母さんは、全員そう感じるらしいので、心配したいだけ心配してしまおう。
しかし、クローン体であるこの身が、果たして無事に出産できるか分からない。打ち止めは『普通』の新米お母さんとは事情が違うのだ。

「ミサカ…、ちゃんと生んであげられるかなぁ……」
「…やるしかねェ。デキちまったからにはな」

一方通行が力強く打ち止めの手を握った。少女が驚くほど、青年の手は熱かった。

「オマエも疲れてるだろォし、病院に行くのは明日以降にするか。今日はゆっくり休め」
「そうだね、ってミサカはミサカは頼もしいあなたに安心を感じてみたり」
「ふン。明日からオマエの立ち居振る舞いは、全て俺の監視の元に置かれると思え。とにかく安静だ。走るな。転ぶな。冷やすな。食い物に気を使え」
「うわぁ…。前言撤回…。あ、ミサカ沖縄でプール入っちゃった、ってミサカはミサカは今までのヤンチャぶりを思い起こして青ざめてみる」
「はァ? プールゥ!? ……まァ、心臓動いてたし、大丈夫なンじゃねェの」
910 :ブラジャーの人 [saga]:2012/02/29(水) 13:19:09.95 ID:p4d+d1iL0

打ち止めは相変わらず一方通行の足に頭を乗せている。青年の反対側には、「よし」の許しを得て、ソファに登ってきたブランカも。
少女のお腹の中に赤子さえいなければ、まったくいつもの風景なのだが。

「あなたのベクトル操作って、妊娠判定まで出来るのね。生理が遅れてるのは知ってたけど、全然分からなかったよ~」
「すると今は、…育ってても一ヶ月くらいかァ? こンなサイズだったし」

一方通行は、人差し指と親指でほんの数センチの隙間を作って打ち止めに見せた。

「もう男の子か女の子か分かる!?」
「アホ。まだ性別が決まってるわけねェだろォが」


明日から二人の生活は、ガラリとその形を変えるだろう。不安と希望が混ざった、怒涛の日々が始まる。
911 :ブラジャーの人 [sage]:2012/02/29(水) 13:24:35.13 ID:p4d+d1iL0
打ち止め、妊娠するの巻 完

1スレ目1000で、「次スレで打ち止めがおめでた」と言われていましたが、実はもっと前からその予定だったんだ。
まったく、サトリが多くてどっきりだぜ。
912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/02/29(水) 14:21:31.45 ID:lwih/U4J0
娘さんと結婚を前提としたお付き合いをさせて下さい
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/29(水) 14:21:52.68 ID:Qh3StlOIO
やっぱり超低確率を当てたのか一方さんェ……
乙!


924 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:04:26.57 ID:JnPct9QC0

修学旅行の最終日に、打ち止めの妊娠が発覚した。
旅行中は歩きまわり、重い荷物を持ち、プールにさえ入ったということで、過ぎたこととはいえ、一方通行は胆を冷やした。

幸いなことに、翌日からは二連休だ。たとえ学校があっても、打ち止めは休まなければならなかっただろうが。
自由業のような身分の一方通行も、彼女と一緒にベッドの中でまどろんでいる。

しかし、一度意識が浮上してしまえば、いつものように二度寝してしまうことはできない。一方通行はそろそろと手を伸ばし、首のチョーカーの電極をONにした。

触れ合っていた打ち止めの体の中を、ベクトル操作で診察する。

さすがにたった半日では、何かが変わるはずもない。小さな鼓動は、同じように脈打っていた。
今はたった数センチ、数グラムのこの胎児が、あと(推定)九ヶ月すれば生まれてくるのだ。

打ち止めによると、妹達で妊娠した個体は、まだいないという。
結婚した者はいても、自分達の体を慮っているのか、妊娠経験者はゼロだ。
特殊な調整を必要とするクローン体なのに、健常者だって時に命の危機があるという妊娠、出産だから……

一方通行だって、そのように危惧していたから避妊していたのに。
もっと準備が整ってから、数年後くらいならば……、と思っていたのに。
できてしまったのだ。授かってしまったのだ。


トクトクトクトク、トクトク、トクトクトク……


生命だ。

打ち止めの腹の中で、自分達の子供が生まれている。今まさに、育っている。

(絶対ェ、無事に……)
925 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:06:38.99 ID:JnPct9QC0

「おはよう、あなた、ってミサカはミサカは真剣な顔のあなたに朝の挨拶をしてみる。……赤ちゃん、元気?」

子供に意識を集中させていたので、打ち止めが声をかけられるまで、彼女の覚醒にまったく気づかなかった。一方通行は能力使用を中断する。

「俺ァ医者じゃねェからな……。だが、元気だとは思う」
「………うん」

打ち止めは下腹部をさすった。今は全然実感できないけど、やがてお腹が膨らんできて、赤ちゃんが動き出すという。
それはいつだろう。二ヶ月後? 三ヶ月後? 四ヶ月後?

「妊娠って、そのうちお腹が大きくなって、陣痛がきて、生まれる…、という大雑把なことしか知らないや」
「俺だって似たよォなモンだ」
「ネットワークじゃ、今は調べられないし。今日からさっそくお勉強しなきゃ、ってミサカはミサカはやる気満々だったり」

「………」

(お勉強、か)

926 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:10:12.27 ID:JnPct9QC0

打ち止めは高校を中退することに決めた。一方通行は「休学する手もある」と言ってはみたが、それは聞き入れられないと予想はついていた。

頑張って主席合格を勝ち取って入学した。中間、期末テストでは、再度一方通行を家庭教師にして高順位を保った。
手芸部も楽しいと言っていた。いつか可愛いワンピースを作ると意気込んでいた。
友達も増えた、と……

子供を身籠ったことで、それらは打ち止めの手から零れ落ちることになったのではないか?
多くの若者が享受している人生の喜びを、途中で奪われることのなったのでは?

「またネガティブ思考に陥っているな?ってミサカはミサカは眉間の皺を伸ばしてみたり」
「…、ヤメロ」
「あははははは、変な顔―!」

バツの悪そうな舌うちが鳴る。少女は上半身を起こして、一方通行の首に腕を回した。彼は、打ち止めの体に僅かな負担もかけまいと、急いで肘をついて抱擁に応える。

「ミサカに赤ちゃんをありがとうね、ってミサカはミサカは気遣いも裏も無い、率直な気持ちを告げてみる」
「………」
「一晩経って、何と言いますかね、…幸せなの」
「………」
「これから大変だけど、負ける気全然しない。きっと大吉体質が二倍になってるんだよ」
「すげェ論理だなァ」
「なんでぇ? 納得できるじゃない。ミサカと赤ちゃんで二人分の幸運、ってミサカはミサカは今年は中吉のあなたを揺すってみたり」

大人しくしてろ、と、一方通行は打ち止めの頭を自分の肩に押し付けた。

927 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:12:08.60 ID:JnPct9QC0

さて、起きて朝食を食べたはいいが、まず何をしようか。
なにはなくとも、まず<冥土帰し>の元へ行こうと思っていたが、そうすると、ほぼ確実に病院にいる一〇〇三二号達にバレる。
まぁ、いつかはバレる…じゃなくて、お知らせしなければならないのだが。

さらに、一方通行と打ち止めには、いの一番に報告するべき『親』がいる。

「やっぱり、黄泉川達には、先に言っとかなきゃなンねェよなァ」
「あと番外個体にもね」
「………」
「あとお父様と、お母様と」
「………」
「お姉様にも、ってミサカはミサカはだんだん俯いていくあなたを励ましてみる。大丈夫だよ、ミサカが守ってあげるからね」

そこまで男らしくないのもいけない。覚悟を決めて実家に出向いた。
先に電話して確認したら、タイミングがいいのか悪いのか、今日は黄泉川と芳川、二人とも在宅だそうだ。いつも忙しく働いたり、ボランティアしているくせに、今日に限って……
928 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:14:35.42 ID:JnPct9QC0

「よっ、二人揃って朝のうちから帰ってくるのは珍しいじゃん」
「おかえりなさい。朝ご飯はもう食べたのかしら?」

いつ来ても、この二人は「おかえりなさい」と迎えてくれる。優しい保護者達に、妊娠のことを告げたらどんなことになるのだろうか。
お茶を淹れようとする黄泉川を制し、一方通行は保護者達をキッチンテーブルに誘った。

「なにか私達に話があるようね」
「改まってどうしたじゃん。打ち止めに赤ちゃんでもできた?」


いきなり出足を挫かれた。それとも、言い出しにくい話題の糸口を与えてくれた、と評価するべきか。


「………オイ」
「………わぉ、ってミサカはミサカはヨミカワは精神系能力者なのかと疑ってみる」


嘘から出た真に、向かいに座る保護者の顔色が変わる。

「ちょ、っと」
「まじか」

「昨日、分かった」
「ご報告に参りました、ってミサカはミサカ」


ぱぁん、と鮮烈な音が鳴り、打ち止めはセリフを最後まで喋ることができなかった。

929 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:21:57.28 ID:JnPct9QC0

「…あれほど、避妊には気をつけなさいと、言ったじゃないの」

芳川が言い終わると同時に、勢いよく立ち上がったせいで傾いだ椅子が倒れる。まさか、一番初めに芳川に引っ叩かれるとは。
殴られるなら、黄泉川にだと思っていた一方通行は驚いた。

「妹達で妊娠した個体はいないわ。私からも、まだ妊娠しないように、と注意している。その理由は君もよく知っているわよね?」
「…あァ」

ぱぁん。

今度は反対側の頬を張られた。

「桔梗……」
「ヨシカワ、やめて……」

友人と打ち止めの言葉は届いても、彼女は一方通行を見据えたままだ。

「君の作った研究所でやっていることは、いつか全ての妹達が、人としての、女性としての幸せを選択できるようにするためよね?」
「………」

黄泉川と打ち止めは、目を合わせて驚き合った。『研究所!?知ってた?』 『ううん、今初めて聞いた』と、口をパクパクさせたり、首を振ったりして意思を疎通させる。

(ミサカ達のための研究所…。そんなのいつの間に…)

「避妊は、してたが………。こうなっちまったからには、……覚悟決めるしかねェだろ」
「この人ばかりを叱らないで。ミサカだって同罪だよ」

打ち止めは、立って一方通行に寄り添う。本当に守るかのように、半ば背中に彼を隠して。

「罪なことなんてないじゃんよ。誤解すんな。おめでたいことじゃんか」
「ヨミカワ……」
「そうよ。悲しい顔しないで」
「だって、ヨシカワがあんまり怖いから、ってミサカはミサカは迫力に圧倒されていたと白状してみる」

少しだけ、いつもの雰囲気が戻ってきた。一方通行はそこでようやく、痛む頬に手を宛がうことができた。
この痛みを、芳川桔梗の想いの深さだと感じて、

「打ち止めも子供も、必ず無事に産ませてみせる」
「あたりまえよ。明日から忙しくなるわ……」

やっと芳川に笑みが浮かび、知らず力の入った肩をほぐした一方通行と打ち止めであった。
930 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:27:06.90 ID:JnPct9QC0

それから、打ち止めが高校をやめるつもりであること。
最強の超能力者<一方通行>と、第三位のクローン<打ち止め>に子供が出来たことによって、周囲に起こるかもしれない現象への対策などを話し合った。

「冥土帰しには、私から連絡を入れたわ。驚いていたわよ。喜んでもいたけれど」
「あの先生も一方通行達と付き合いは長いじゃん。感慨深いものがあるじゃんよ」

今日は彼の都合がつかないらしく、病院へは明日行くことにした。
『人体』については、ほぼ知り尽くしている一方通行の診察によれば、(妊婦や胎児のことは、その限りではないにせよ)「異常は感じられない」ということでもあるし。

なので、「これから御坂美琴へ挨拶に行こう」というのは、打ち止めの提案だった。

「お姉様とお話してから、お父様達に報告してもらうのがいいと思うんだよね」
「はぁ~、美鈴さん達、あの若さで孫ができるじゃんか」
「何言っているのよ愛穂。それはあなたもでしょう? 打ち止めは黄泉川家に嫁ぐのよ?」

一方通行は黄泉川愛穂の養子である。彼に子供が出来るということは、彼女はおばあちゃんになってしまうのだ。この若さで。

「それはちょっと切ないけどそれよりも! うわ、うわーこれで打ち止めは名実ともに私の娘!……どうしよう滅茶苦茶嬉しいじゃん!」

黄泉川も勢いよく立ち上がったが、隣の芳川が椅子を支えてくれたので倒れない。

「お母さん、ってミサカはミサカはヨミカワに甘えた声で呼びかけてみる」
「でかした一方通行! 最高のお嫁さんゲットじゃんよぉ!」

いつもなら、頭を振って拒否の態度を表すのに、一方通行は頭を撫でられるがままだった。義母の力が強すぎてか、肩までがくがく揺れている。

(よ、嫁さン…)

「……一方通行、君って、まだ打ち止めにプロポーズしていないわね?」

しらー、っと冷たい視線が芳川から注がれる。黄泉川の手も離れていった。

931 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:29:18.08 ID:JnPct9QC0

「男かそれでも。私はそんな子に育てた覚えはないじゃん」
「……うるせェよ。昨日から頭がいっぱいで、さすがにそこまで気を回せてねェだけだっつーの」
「よかったぁ。じゃあミサカと結婚はしてくれるんだね、ってミサカはミサカは実はいつプロポーズしてくれるのかと心待ちにしていたり」
「え、オマエ待ってたンかよ…」
「当然」

女性陣三人から、無言のプレッシャーが…
二人は攻めるような。一人は期待を込めるような。


「……っ! ク、今じゃなくたっていいだろォが」

「ちゃんと今日中に言うじゃん」
「わーい、楽しみだな!ってミサカはミサカは喜びを表してジャ」
「跳ぶなァ!」 「跳ねちゃダメよ!」 「打ち止め!」

「す、すいませんっ」
932 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/02(金) 23:32:38.03 ID:JnPct9QC0

打ち止めが御坂美琴の携帯端末に連絡を入れると、こちらは今から会えることになってしまった。
冥土帰しと同じく、「今日は無理なのよ」という返答を、こっそり期待していた一方通行は、こっそり舌打ちをした。

仕方がない。嫌な事はさっさと済ませてしまおう。
玄関に向かうため、一方通行が打ち止めを連れてリビングを通り抜けようとした時、

「あ、一方通行、ちょっと待つじゃんよ」
「あァ? ンだよ」
「打ち止めは最初からウチの家族みたいな、娘みたいなものだったとはいえ、御坂さんちのお譲さんであることに間違いないじゃん」
「………」

嫌な予感がする。

「それを、不詳の息子が妊娠させて、挙句に高校を中退させるとは……」
「危ないわ。打ち止め、こっちへ」

芳川が打ち止めの肩を掴んで後退させる。一方通行の頬が引き攣った。もう笑いさえ込み上げてくる。

「やっぱアンタにお説教の一つでもかますのが、親としての義務じゃんね?」

それは「説教」ではないだろ、という一方通行の反論は、握られた拳を見た瞬間引っ込んだ。口を開けていては、よけいに危ない。

見えないパンチは、青年の左頬にめり込む。

衝撃で床と壁に体を打ちつけて転がる青年に、新妻(予定)が駆け寄った。

「きゃぁぁああなたしっかりして!ってミサカはミサカは殴られすぎなあなたを心配してみたりっ」
「っ、この、…馬鹿、走ンじゃねェ…っ」

口の中が切れたのか、僅かに血を垂らしながらも、打ち止めと子供の心配をする一方通行の姿に、黄泉川と芳川は安堵と喜びを覚えるのだった。


946 :ブラジャーの人 [sage]:2012/03/06(火) 00:35:41.93 ID:5vzdayXZ0

御坂美琴は驚いていた。
打ち止めから、「久しぶりに会いたいし、お話したいこともあるの」と言われ、こうして外に出てきた。
待ち合わせのファミレスに向かう途中、場所を変えたいという追加連絡があり、そこが公園だったので、変だな、とは思っていた。

(なんで一方通行もいるわけ?)

梅雨を目前に控えた、少し曇った休日の午後。ベンチに見慣れたアホ毛の妹と、白い男が座っていた。

「あーお姉様、こっちだよー、ってミサカはミサカは手を振ってみるー」
「はいはい久しぶりー。打ち止め、私はアンタだけだと思ってたんだけど?」

一方通行は、ほんの数秒だけ御坂を見て、すぐに視線を外す。
見つめられても困るのだが、御坂は若干ムカつく。そっちには並木しかないだろうが。


948 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/06(火) 00:41:28.50 ID:5vzdayXZ0

「んもぅ、そんな顔しないで。お姉様とこの人はこれから姉弟になるんだから、ってミサカはミサカは仲良くなることをオススメしてみたり」
「は? きょーだい?」

いきなりかよ。
そっぽを向いていた一方通行が、珍しく慌てた様子で打ち止めの口を塞いだ。御坂は何を言われたのか理解できなくて、ベンチの前に茫然と立ったままだ。

「オ、マエ、唐突にもほどがあるだろォ……!?」
「んぐ、ふぐぐ、もー。こういうことはさっさと言わないと、どんどん言い出せない空気になっちゃうんだよ」

「……え? え? 今日のお題?」

まだ立ちんぼうの御坂の手を取って、打ち止めは姉を隣に座らせた。一方通行は僅かに体をずらし、女性達から距離を置く。あぁ気まずい。

「お姉様、ミサカ妊娠したの。だからこの人と結婚するんだ」

「にん!?」

「赤ちゃんのために、できることは何でもやってあげたいし、やらなきゃいけない。残念だけど高校もやめて、ミサカはお母さんに専念することにしました」

「けっこん!?」

「妹達のみんなには、まだ言ってないよ。まずヨミカワ達と、お姉様だけ……」

「妊娠……!?」

御坂は、なんとか腰を曲げて前に屈んだ。打ち止めの向こう側に座る男に無言で問いかける。本当なの? と。

ずっと様子を伺っていたのか、一方通行は御坂にコクリと頷いた。無表情を装いきれていないのは明白だった。

「オマエの両親には、一応話を入れておいてくれ」
「おい……、ちょっと冗談じゃねぇわよ」
「おめでたいことに本当なんだよお姉様、ってミサカはミサカは『叔母さん』になるお姉様にお祝いを求めてみたり」
「間抜け面して思考停止してるとこ悪ィが、これは冗談じゃねェぞ」
「思考は正常よ、このケダモノ」
「………ふン」
「お姉様、ミサカは今とても幸せなの、ってミサカはミサカは険悪な雰囲気を緩和させるべく一人改善に努めてみる」
「打ち止め……、でも、心配よ……!」
949 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/06(火) 00:48:09.98 ID:5vzdayXZ0

御坂は打ち止めの両手を握って、その腹に視線を落とした。自分の甥か、姪になる子が息づいている場所を。
彼女にとって、凶悪で、絶望的で、恐怖と怒りと、敗北感で彩られた男との間に生まれた命。

いつかこんな日がくるかもしれないと、どこかで覚悟はしていたが早すぎる。
数年後なら妹達の体も今より更に安定していて、自分の心も、もっと許容範囲が広くなっているだろうか、と願っていた。
ゆっくり未来に近づいていってくれたら、と思っていた。

みんな、そんな理想の時間の流れ方を思い描いていたのだ。御坂も、黄泉川、芳川も。当事者の二人だって……

「大丈夫なの? 流産や早産。妊娠という現象に、そして出産に打ち止めの体は堪えられるの?」
「大丈夫。絶対ちゃんと産んでみせるよ。この人もいるし」

まさに危機感を抱いていたことを、ズバズバと言ってくれる。
幸せばかりじゃない。一方通行と打ち止めが、現実に乗り越えなければならない試練は、常人よりも酷だった。

「この際、アンタを責めるのは後回しにするわ。打ち止めと子供のことが、なにより先決ね」

御坂は打ち止めの肩越しに、憎々しい男を睨んだ。

「それは言われなくても分かってる。考え得る全ての策を行使するつもりだ」
「……私の能力は必ず役に立つわ。必要なら声をかけてちょうだい」
「おぉっ、この人とお姉様でベビー協定締結!?ってミサカはミサカは妊娠の副産物を喜んでみたり! やっぱり運がいいー」

末から二番目の可愛い妹を、アホ毛ごと撫でる御坂。まだまだ子供っぽいけど、これでも司令塔で上位個体。
会って過ごす時間の端々で、その感性や考え方にハッとさせられたことも多々ある。一方通行と御坂美琴が、こうして関係を築いていくことを喜ぶ打ち止めに、「お手上げ」の溜息が出る。

「言っとくけど、私と一方通行はぜぇぇぇぇぇえええんぜん仲良くないんだから」

それでも、憎まれ口をきいてやる。打ち止めの望み云々以前に、その権利が姉として許されるはずだ。

「ハっ、まさに利害関係が一致しただけの『協定』だなァ」
「はいはい、ミサカだっていきなり手を取り合ってルンルンして、なんて言わないもん。まずはここから……」

だって姉弟なんだから。

苦虫を噛み潰して、口の中でころがして、そして反芻するかのような表情を浮かべる夫(予定)と姉に挟まれ、打ち止めは一人ニコニコしていた。

950 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/06(火) 00:50:25.13 ID:5vzdayXZ0

安静必須な妊娠初期の妊婦さんを、いつまでも外にいさせられない。そもそも、まだ詳しい検査も受けていないし。
三人は簡単な相談を済ますと、それぞれの家に帰ることにした。

「あー、パパとママがなんて言うか……」
「後でどんな様子だったか教えてね、ってミサカはミサカは不安を感じてみたり」
「大丈夫よ、とにかく喜ぶのは目に見えてるから。でもあの年でお爺ちゃんとお婆ちゃんってのはショックかも。私も叔母さんだし……」

一方通行の頭を悩ませる案件は、まだまだ押し寄せてくる。
御坂夫妻には会ったことがあるが、その人格や人柄は好ましくも、彼にとってはくすぐったい部類の人種だ。

打ち止めや、大切な人々と共に生きていくかぎり、切っても切れない関係の枝葉を、樹木のように伸ばしていかざるをえない。
最近、やっとそれを理解した。

「きっと一方通行も冷やかされるわよ。イイ気味だわ」
「……」

今日はまだ半分しか過ぎていないが、一方通行は非常に疲れていた。
無意識に痛む頬を指でかまいながら、青年は御坂に背を向けて公園の駐車場へと向かう。少しの距離も、打ち止めに歩かせたくないので、ポルシェを出してきていた。

(ポルシェだと、乗降する時、体への負担が大きいか……?)

ポケットの中でキーを弄りながら、さっそく今後の生活の改善点に思い至っていたら、

951 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/06(火) 00:52:02.48 ID:5vzdayXZ0

「ちょろーっと待ちなさい。帰る前に、私にも一発殴られていきなさいよ」

御坂は軽く右手を振り上げ、ウィンクした。手が拳になっていなければ、セリフが物騒でなければ、とても可愛らしい仕草であった。

「……クソ、オマエもか」

一方通行は御坂にも殴られる覚悟があった。電撃を食らわされることも予想していた。だから、待ち合わせ場所を公園にしたのだ。

「その顔見れば分かるわよ。殴ってくれる人がたくさんいるってのは、それだけ打ち止めと結婚するアンタが恵まれてる証拠。ありがたく思えってーの」

(あなた、また殴られてくれるのね。ミサカのために……)

打ち止めが制止しても、一方通行はきっときかない。少女は一歩下がる。


不遜な態度で対面に立つ青年に対し、御坂はスキップするかのように駆けだした。

(え? スキップ?ってミサカはミサカは~……、お姉様それはぁぁぁああ!?)
(オマエその年でそのパンツはどォなンだよ)

一方通行は、力を入れていた顎を緩めた。そこに、覚悟していた衝撃は来ないから。
952 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/06(火) 00:56:01.07 ID:5vzdayXZ0

途絶えた意識が、ゆるり、ゆるりと戻ってくる。
どうして自分は寝ていたのか定かではないが、右手を打ち止めに握られていることだけは分かっていた。頬も時々、指で撫でてくれた。

起きて、目を覚まして、と促されているようで、一方通行は瞼を開ける。
白い天井が見えた直後、ぴょこんと見慣れたアホ毛が視界をかすめた。そして、笑顔の打ち止めと目が合う。

「おはよう。まだ起きなくていいよ。痛いでしょう?」
「……病院か、ここ」

覚醒した直後、公園での御坂美琴とのやり取りが思いだされた。

「そう。お姉様ったら、よっぽどミサカのことが大事みたいで……。ついついあなたのみぞおちに足が吸い込まれちゃったんだって」
「いや、絶対狙ってただろアレ。この機会を最大限に活かしたンだろ」
「コメントは差し控えます、ってミサカはミサカは姉と旦那様の間で板挟みになってみる」

御坂の蹴りを食らった一方通行は意識を失い、いつもの病院に運ばれた。ちなみに、手配は蹴った人がした。そして彼女はもう帰った。

「あとが怖いからよろしくだって。ミサカがあなたのごきげんを取らなきゃいけないんだけど、何してほしいことある?」
「ばァーか。超電磁砲をどォこうしようなンて思ってねェよ。それより、ついでだからオマエの診察してもらえねェか聞いてみる」
「でも、カエル先生は今日忙しいんでしょ?」
「だったらオマエがこのベッドで一泊しろ。わざわざ家に戻ることはねェ」
953 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/06(火) 00:58:44.87 ID:5vzdayXZ0

一方通行は、自分がどれくらい寝ていたか知らないが、外はもう暮れ始めていることから、三~四時間だと推察した。
きっと打ち止めは、その間ずっと座って付き添っていてくれたのだろう。今ベッドに寝るべきは、自分じゃなくて彼女である。
青年は体を起こし、ベッドから降りようとした。

「もう、無理しないで、ってミサカはミサカは痛みで思わず泣きそうなあなたを押しとどめてみたり」
「泣くか、アホ」

一方通行を寝かせようと、立ち上がった打ち止めに肩を押さえられる。そこで、ふと少女が座っていた椅子に視線が向いた。
いつものパイプ椅子じゃない。両側に肘掛けがついた、革張りの豪勢な回転椅子だった。
しかもクッションが敷き詰められ、大きな座面全体をすっぽり覆っている。

「あ、この椅子? 下位個体達が持ってきてくれたの。なんかエライ人の部屋から失敬してきたんだって」

「……………」

(そりゃ当ォ然バレるよな)

身重の打ち止めを気遣っての対応だろう。椅子を無くした誰かさんには申し訳ないが、一方通行にとってはありがたいことだった。

これで、妹達全員に知れることになったわけだ。意識を失わなくても、どうせ明日にはここに来て明かすつもりだったから、さしたる予定の変化はない。

954 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/06(火) 01:03:50.57 ID:5vzdayXZ0

「失礼します。一方通行の意識は回復しましたか」
「失礼、やっちまったダメ男は目を覚ましましたか」
「お姉様にノックアウトされちゃったモヤシは起きましたか」

ぞろぞろと、一三五七七号、一〇〇九〇号、一〇〇三二号が個室に入って来た。
さぁ、今度は何を言われるのか。はたまた殴られるのか、蹴られるのか。一方通行はもうやけくそだった。

「そんな、捕えられた野犬のように警戒心丸出しにしないで下さい、とミサカ一〇〇三二号は見たことないけど一方通行を野犬に例えます」
「大丈夫ですよ。あなたはすでに十分痛い目に遭っていますから、とミサカ一三五七七号はこれ以上の危害は一方通行には過酷すぎると同情を表します」

「安心してあなた、ってミサカはミサカは上位個体らしくミサカ達に言って聞かせてあるのだ、と鼻を高くしてみる」
「そォかよ」

今日はこれ以上、体にも心にも負担を掛けなくて済むらしい。さすがの一方通行も胸を撫で下ろした。しかしそんな心理を表には出さない。


「さて、それではお姉様言うところのケダモノが無事に起きましたが、せっかくなので天敵でも打っていきますか、とミサカ一三五七七号は鋭い針をチラつかせます。あ、点滴だっけ」

「ロクデナシ菌が口内の傷口から侵入しているかもしれません。血液検査をしましょう、とミサカ一九〇九〇号は採血用注射器の太い針をチラつかせます」

「一方通行が意識を失ってから三時間以上が経過しました。そろそろ必要かと思いまして、しびんです、とミサカ一〇〇三二号は特徴的な形状の容器を目の前に置いてみます」

「まさかこういう方面で攻撃を仕掛けてくるとは、ってミサカはミサカはあなたを守るために仁王立ちで立ちふさがってみたり!」

「…………」

打ち止めに譲ろうと思っていたベッドに再び潜り込み、一方通行は頭まで布団の中に隠れた。きゃんきゃんやかましい姉妹達に背を向けて。
955 :ブラジャーの人 [sage]:2012/03/06(火) 01:12:27.55 ID:5vzdayXZ0
おめでたの報告をする通行止めの巻 完

>>947 若者の未来を守るため、私は急いだ。 絶対合格してくださいよ。

過去最高に、一方さんが痛いことになったなぁ。


次回からは、3スレ目に投下します。ここは1スレ目のように、ボチボチ埋めていこうと思います。
早く埋めないと誤爆しそうだな…
956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/03/06(火) 01:25:00.22 ID:oSzqzPDwo

一方さんかわいそうwwwwww

他のお友達に言ったときの反応が楽しみだ

957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/06(火) 01:53:10.13 ID:T24ApXCDO
>>1乙ぱい女王

三下1号2号の反応が今から楽しみだなぁ

妹達怖すぎだろw



968 :ブラジャーの人 [sage]:2012/03/06(火) 22:12:37.15 ID:+lzUuu7v0

裏小話

打ち止めは手芸部に入部して刺繍などをたしなんでいるが、実は「文芸部」という案もあった。
その場合、彼女は一方さんへの愛を綴ったポエムを披露し、彼を赤面させただろう。

………、打ち止めだったら、どんなポエムかと考えてみたが、1ミリも思い浮かばず、手芸部へと相成った。

969 :ブラジャーの人 [saga]:2012/03/08(木) 00:46:25.08 ID:36IvKIcU0

(ひっどーい。ミサカに内緒にしてたなんて、ってミサカはミサカは仲間はずれにされていたことを知って憤慨してみたり)
(別に隠していたわけではありません、とミサカ一〇〇三二号は弁解します)
(『病院の地下に研究所出来たのか』と訊かれなかったので言わなかっただけです、とミサカ一三五七七号は正当性を主張します)
(なんという屁理屈、ってミサカはミサカは呆れてみる)

自分の横で黙りこむ打ち止めに、おそらくネットワークで下位個体と会話しているのだろうと、一方通行は見当をつけていた。

この研究所を設立しようという計画は、彼が大学四年の前期あたりから立てていた。冥土帰しや芳川桔梗の研究や調整のおかげで、妹達の体は随分安定してきている。
その成果をもっと如実にさせるため、莫大な資金をかけてここを作ったのだ。
また、研究自体にも金はいくらあっても不足はない。というか金がなければ出来ないことの方が多い。

冥土帰しほどに至ってはその限りではないだろうが、それでもあるに越したことはない。下位個体本人達にも協力させ、芳川や一般人も関わるならば、なおさらだろう。数は力だ。人でも、金でも。

いくら一方通行でも、さすがに地下に最新設備を整えた研究所を建設するのは財布と相談が必要だった。
なので、彼は資金集めに集中しようと、コネと能力を活用して、日々お金儲けに精を出すことにしたのであった。

970 :ブラジャーの人 [sage]:2012/03/08(木) 00:51:23.11 ID:36IvKIcU0
自分のスレに誤爆て。危惧していたことだが。
971 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/08(木) 01:15:53.89 ID:l0NyXQzDO
自分のスレに誤爆しちゃう>>1かわいいよ

991 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2012/03/12(月) 10:50:22.49 ID:xbCU6msqo
ふと思ったが、"とある未来の通行止め"ってとあるを知らん人から見ればわけ分からんタイトルだよな
997 :ブラジャーの人 [sage]:2012/03/12(月) 22:34:34.89 ID:jd6ktLyk0
>>991「 禁書」を知らない人が、このスレのタイトルから想像するストーリー考えてみた。

最近はなんでも擬人化するから、交通標識たちが織りなす、ハートフルコメディなんてどうだろう。
頑なな「一方通行」 疑心暗鬼な「一旦停止」 博愛主義の「優先道路」 運が悪い「落石注意」 神出鬼没な「動物注意」 えーとまだないか。



あとは…

東西ドイツのベルリンの壁みたいに、政治的、または宇宙人進攻的な問題で隔絶された未来の世界。
ある日突然、引き裂かれた人々。この道の向こうには、愛しい人がいるのに、会いにいけない……
だって通行止めだもん。

世界は再び、ひとつになることができるのか!? 通行止め解除にむけて人生をかける男達、女達の戦い。

みたいな。

くだらないねぇ。
998 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/03/12(月) 23:21:21.39 ID:ZP2Y6vwgo
オリジナルで書いてみてよ
999 :ブラジャーの人 [sage]:2012/03/12(月) 23:46:06.04 ID:jd6ktLyk0
>>998 今はこれが、精一杯……


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