2014年5月14日水曜日

一方通行「オマエだって、もォこの家の一員だろォが」

1VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:39:43.62 ID:aLV867QF0
・一方通行のクローンで百合子ネタ
・時系列は22巻以降の夏あたり
・基本的にみんななかよしで平和

あまり深い所には突っ込まずゆるく読んでください。
つい先日総合に投下させてもらった話でございます。

 
2VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:40:39.32 ID:aLV867QF0


「一方通行!」


ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた。聞き慣れたその声は同居人のものだ。
声の聞こえた方へと首を動かせば、長い髪をまとめたその人物はこちらに歩み寄ってくる。
いつもの緑色のジャージではなく、重苦しそうな警備員の装備を身に纏っていた。

「こんな所で何やってるじゃんよ」

「……暇だから出てきただけだ。俺が散歩しちゃ不味かったのか」

「いや、そうじゃなくて」

恐らくパトロールか何かの最中であろう黄泉川愛穂は、何故か目を丸くしながら自分を見ている。
そしてある方向を指さして彼女が言った。

「…ついさっき、そこの通りを歩いてたじゃんよ? なんでここにいるのかと思ったじゃん」

「はァ?」

何を言っているんだ?
右手に持った缶の中、僅かに残ったコーヒーがちゃぷんと音を立てた。
自分はずいぶん長い間このベンチに座っている。三十分とまでは行かないが、十分以上は経過しているだろう。
そもそも彼女の示す道を通った記憶はない。正反対の通りを歩いてきた筈だ。

「俺ァずっとココに居たぞ。いつの話だソレ」

「ほんの数分前じゃん? そんな目立つ容姿、そうそう間違える筈ないと思うんだけど」
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:41:13.82 ID:aLV867QF0


「……単なる見間違いだろォが」

そうとしか答えようがなかった。それが事実だったのだから。
残り少ないコーヒーをこくりと飲み干すと、黄泉川は続けて問いかけてくる。

「んー、やっぱり見間違いだったんじゃん…?確かに服装も違ったし……で、なんで一人でいるじゃんよ、打ち止めは?」

「昼寝。静かだし丁度イイから気晴らしに散歩して来たンだよ」

「まさか一人にしてないじゃんね? いくらセキュリティが厳しいからって子供を留守番させるのはいけないじゃんよ」

「芳川がいるだろォが。そもそもオマエだってパトロールかなンかの途中だろ」

「っと、いっけねーじゃん!」

本来の仕事について触れてやると、彼女はようやく思い出したように踵を返す。

「私はまだ仕事が残ってるから、帰りは遅くなると思うじゃん!一方通行はとっとと帰るじゃんよー!」

黄泉川はそれだけ言い残して、元来た方向へ去っていった。

街路樹にへばり付いた蝉が、やかましく鳴いている。
自分は空き缶を片手に、右腕に装着した自作の杖をついて立ち上がった。

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:41:52.36 ID:aLV867QF0

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(俺を見た………ねェ)

杖によって一定のリズムの音を響かせ、下校時間の喧騒に溢れ返る大通りを歩く。
自分でもこの容姿――白い髪、白い肌、赤い瞳の異質さは理解していた。
そんな自分に似た人間など、意図的に似せようとしない限りは見つけることは不可能だろう。

(…意図的、に)

自分の参加していた絶対能力進化実験、そしてその実験の材料とされていたクローン体――妹達が思い浮かぶ。
学園都市第三位のクローン。
そんな彼女達が居たのだから、自分にだって模造品が居てもおかしくはないのではないか。

(――考え過ぎか)

はあ、と溜息を吐く。
有り得ないことはないが、そんなことはまず無いだろうと思った。
第三位でさえ能力の劣化があったのだから、自分の体細胞クローンが造り出されて何かの役に立つとは考え難かった。
わざわざリスクの高い事に手を出す馬鹿もそうそう居ないだろう。


そんな事を考えながらのろのろ歩いていると、後方からまた聞き慣れた――

「どォうっふッ!!?」

「見つけたーってミサカはミサカはあなたの細い腰に思わず飛びついてみるーっ!」

がくんと視界がブレて、重心のバランスを崩す。
容赦なく飛びかかってきたのは、先程まで思案していた妹達の20001号、打ち止めだった。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:42:57.22 ID:aLV867QF0

「こ、の…クソガキっ……!何でココに居やがる!?」

「起きたらあなたがいないんだもん!暇だったから探しに来ちゃったのってミサカはミサカは舌を出して愛らしさを…痛ぁっ!」

打ち止めの頭頂部に軽く手刀を食らわせた。
こいつはもう部屋の家具やらに縛り付けるか何かしないとどうにもならないようである。

「芳川の奴は何してやがンだ…危ねェンだから一人で出ンなっつっただろォが」

「ヨシカワはミサカを信じて送り出してくれたんだよ、ってミサカはミサカはヨシカワは何も悪くないことを主張してみる!」

ふふんと胸を張る打ち止めに、二度目の溜息をついた。
今まで取り留めもなく考えたことが全くの無意味だったようにすら感じる。


「ね、もう帰ろ?何か用事があったわけじゃないんでしょ?ってミサカはミサカはいそいそと帰宅を促してみたり」

「………あァ」

言われるがままに手を引かれ、家路に着こうと歩き出した。
打ち止めが自分を引っ張るように目の前を歩く。
自分の視点から見下ろす彼女の頭は、きょろきょろと周りを見渡すように揺れていた。

「オイ、そンなに余所見してっと転――」

「あれ?」

ぶぞ、と続けようとして、その前に打ち止めが立ち止まった。
引っ張られるように歩いていたため、若干つんのめるようにして足を止める。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:43:37.73 ID:aLV867QF0

「急に止まるンじゃねェよ、危ねェっつの」

何事かと彼女を見遣れば、何やらその視線は向かい側の歩道、更にその先に続く細い路地へと向けられていた。
自分もそこをじっと見たが何も変わったことがあるようには思えない。

「ごめんなさい、ってミサカはミサカは素直に謝ってみる……あれ…?」

そう言いながら、打ち止めが目をごしごしと擦った。
相も変わらず視線は路地に向かっている。

「何だよ、どォした?」

「おかしいな、ってミサカはミサカは自分の目を疑ってみたり…いま、あの路地にあなたがいたような………」

「……、」

また、さっきのように『もう一人の自分』が現出したらしい。
このまま帰ってしまおうと思っていたが、二度目となるとそうも行かなかった。
自分の目で確認しなければけいないという、謎の義務感を抱く。


「クソガキ、」

「え?」

「オマエは先に帰ってろ」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/18(木) 03:43:50.23 ID:h6LbN6HDO
超期待
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:44:19.67 ID:aLV867QF0

かつ、と杖をつき、通り過ぎた横断歩道へ引き返した。
タイミング良く、信号は青。
しかし打ち止めが素直に従うことはなく、すぐにこちらへと駆けてくる。

「ミサカも行く、ってミサカはミサカはあなたの腕にしがみついてみたり!」

「……、好きにしろ」

横断歩道を渡り、人気の多い歩道を流れに逆らって歩く。
細い路地の入り口は信号のすぐそばにあった。
入り込んでみると、大通りの喧騒が驚くほど小さく感じる。


「………」

なぜか、ひどく緊張した。
ごくりと唾液を飲み下して、踏みしめるように路地の突き当たりへ進む。
その路地は奥で曲がり角になっている。
現時点では、何も不審なものは見当たらない。

かつ、こつ、ぺた、かつ、こつ、ぺた。
自分が杖をつく音、そして自分の靴と、打ち止めのサンダルが発する音がやけに響いているように思えた。
打ち止めのしがみついている左腕が、じんわりと熱くなっていく。

突き当たり。
恐る恐る、曲がり角の奥を覗くように身を乗り出すと。


「……、なンだ…コレ」

「へ?………って、ミサカはミサカは、驚きを表して、みたり…?」




そこには、自分と同じく白い髪を持つ、顔立ちも体型も学園都市第一位と瓜二つの人間が転がっていた。


9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:45:12.17 ID:aLV867QF0

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「…びっくりするほどそっくりね、ってミサカはミサカはしげしげ観察してみたり」

あまり日光の差し込まない薄暗い路地、汚らしい地面に転がった人間を眺める打ち止め。
彼女は屈み込み、倒れているそれの顔を覗き込むような体勢だ。
自分は立ったまま真っ白いそれを眺める。

髪色は白。こぼれ落ちた前髪の隙間から見える顔――肌の色も同じように白い。
むしろ青白いと言ったほうが正しいのか、あまり体調の良さそうな顔色ではなかった。
瞼は下りていて、目の色を確認することは出来ない。
身に纏った衣服は何故か白衣だった。地面に接する部分は砂や埃で薄汚れている。
足には簡素なデザインのサンダルだけ。
白衣もサンダルも、どことなく使い古されたような雰囲気がある。

「……………」

「どうするの?ってミサカはミサカは困惑しつつ問いかけてみる…」

「どォする、っつってもなァ…」


打ち止めの屈み込んでいる場所、倒れている人物の顔の前へ移動し片膝をついた。
そのまま腕を伸ばし、真っ白い頬をぱしんと叩く。

「オイ」

「………、」

再びぺしぺしと頬を叩いた。
するとそれは居心地悪そうに眉間に皺を寄せ、少しだけ身動ぎをする。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:45:38.85 ID:aLV867QF0

「起きろ」

「………ン…、」

ふる、と長い睫毛が揺れて、少しだけ目が開いた。
自分と同じ赤い色が、こちらをぼんやりと眺めてくる。
まだ意識が覚醒していないようだが、構わず質問を投げかけた。

「起きろ。オマエは何者だ?一体どこから来た」

「……」

当然のように返答の気配はなく、緩慢な瞬きが繰り返されるのみ。

「なかなか起きないね、ってミサカはミサカはあなたのそっくりさんをつんつんしてみたり」

「オイ、やめろクソガキ…………」

得体の知れない何かを突付く打ち止めの腕を掴もうとすると、急に目の前のそれが目をぱちりと開いた。

「ッ!?」

「あ、起きた!ってミサカはミサカは目までそっくりなことに驚きを禁じ得なかったり!」

自分の生き写しのようなそれが、声を発する。

「………あ、なた、は、」

「…、質問に答えろっつってンだろォが。オマエは何者で、どこから来たンだ」

「……お、れは…、?………どこ、から…?」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:46:24.22 ID:aLV867QF0

いかにも朦朧とした様子で、横たわったまま目だけをゆるゆると動かしている。

「………、!」

「!?」

がば、と白い人間が唐突に身体を起こす。
咄嗟に電極のスイッチを切り替えて、打ち止めを庇うように後ずさった。
攻撃でもされるかと身構えていると、それはゆっくりと呟き始める。

「、おれ、は…、…なンで、こンなトコに、」

「何を言ってる?何度言わせりゃ気が済むンだよ、オマエは誰だ」

「あ、の、ココ、って」

場所を訊いているのか。答えるか答えまいか悩んでいる隙に、打ち止めが返答した。

「ここは第七学区だよ、ってミサカはミサカは親切に教えてみる!」

「このっクソガキ…黙ってろってンだよ!」

「だいなな、がっく…」

白いそれは確認のように反芻する。

少し間を置いてから、それは答え始めた。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:47:02.83 ID:aLV867QF0

「どこから、来たのかは、言えませン…、覚えて、ねェから…」


「……覚えてねェだと?」

そして、自分の目を真っ直ぐに見つめると、聞きたくもなかったことを口にした。



「それで………俺は、学園都市第一位………一方通行の、クローン、です」

自分がその言葉に硬直している間、なぜか打ち止めはきらきらと目を輝かせていた。

13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:47:40.76 ID:aLV867QF0

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「どォいう事だ」

有り得ないと思っていた筈のものが、現実となって目の前に存在している。

――自分の、クローン。
どうして、何の為に?
今更そんな事をして、何の意味があるのか。

「誰がこンな……、何の意図でッ」

「ひ、あ、ごめンなさ、俺、…何も、……全然、覚えてなくて…」

覚えていない、とはどういうことか。
疑問は尽きない。
こいつを問い詰めなければ。


「落ち着いて、ってミサカはミサカはクールダウンを促してみる!」


気付けば打ち止めが傍らに立ち、瓜二つの顔を交互に眺めながらにこにこと笑っている。
彼女は自分の外見が幼いことを棚に上げて、幼子に接するような声色でクローンを自称するそれに話しかけた。
同じ体細胞クローンだとか、生まれた時期が早いからだとかで、仲間意識でも芽生えたのだろうか。

「あなたは、どうしてここにいたの? 覚えてるところまででいいから教えて、ってミサカはミサカは尋ねてみる」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:48:30.66 ID:aLV867QF0

「俺は、………研究所に、いたン、だ」

「研究所……?」

「どこかの、培養槽の中…ずっと、ほンとにずっと………長い間、そこにいた」

それは、自らの記憶を確認するようにゆっくりと語る。

「その研究所がどこだったのかまでは、わかンねェ……でも、ずっとそこに閉じ込められてたのに、気付いたら」

「うん、ってミサカはミサカは静かに聞き入ってみたり」

「培養槽の外、……勝手に開いたのかな、わかンねェ…けど、床に倒れてたンだ」

「待て。そこには…研究所には誰か居なかったのか」

そう問うと、クローンは逡巡するように自分を見つめ、目を伏せた。

「曖昧だけど、誰も居なかったと思う…………人の気配が、なかったから」

自分よりほんの少しだけ長くなっている気のする前髪で、伏せられた赤い目が隠れる。

「誰もいなくて、どうしたらいいかわからなくて……頭の中に入ってた情報しか、」

「それで、誰もいない研究所を抜け出してここまで来たの?ってミサカはミサカは確認してみる」

「う、ン…」

自分と瓜二つの顔が明らかな不安に表情を固くしている様を眺めるのは、とても妙な心地だった。
大方、研究所から身一つで抜け出したが、体力が続かずにここで倒れてしまっていた、というところなのだろう。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:49:06.59 ID:aLV867QF0



「………………チッ」


誰かがこのクローンを造り出した。しかしその『誰か』は既に居なかった。
何の目的で造り上げたのか、そんなことをこいつに聞いても答えは返ってこないだろう。

―――どうすべきか。
いっそこのまま自分の手で、と思案していると、ふと新たな疑問が浮かぶ。

「……オマエ、能力…ベクトル変換は出来ンのか」

クローンはそう訊かれると、きょとんとした顔になる。

「使った記憶はねェけど、たぶン……」

「…暑ィとか寒ィとか感じねェか?」

「え? 特に、そンなことは……」

こいつが言う分には、ホワイトリスト式の常時反射の設定はされているらしい。
今はもう真夏と言ってもいい時期だ。
自分は半袖のTシャツを、打ち止めはいつものように水色のワンピースを着ている。
それなのにこいつは少し長い丈の白衣と――――白衣、と?


「………ちょっと待て、オイ」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:49:35.26 ID:aLV867QF0

よく見ればこいつは、白衣『しか』着ていなかった。留まっているのはボタン一つ。
先程上体を起こした際にずり落ちたのか、肌蹴たように左肩が覗いていた。
白衣の丈は長いのだが、殆どボタンが留められていないため、白く細い足は綺麗に畳まれた状態で露出している。
この分だと下着を着用しているかも怪しい。

「服、ソレしか着てねェのかオマエ」

「え?……………あ、着るもの、これしかなかったし…」

「…よく見たらそのサンダル、トイレ用の…ってミサカはミサカはちょっぴり呆れてみる…」

打ち止めの言葉で足元のサンダルを見てみると、そのバンド部分には『WC』と印字されていた。


「………はァー、」

三度目の溜息。
もう日は落ちかかり、薄暗い路地は更に明るさを失いつつあった。
目の前のクローンだけが、ぼんやりと白い光を放っているように錯覚する。

――こんな場所で長々と話しているより、どこかに移動した方が良い。
そう判断して、自分はすっと立ち上がる。オンにしたままだった電極のスイッチを切り替えた。


「クソガキ、帰ンぞ」

「え?じゃあこの人は、ってミサカはミサカは……」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:50:15.14 ID:aLV867QF0

打ち止めが言い終えないうちに、空いている手でクローンの腕を掴んだ。
掴んだそれは驚くほど細かったが、これが自分の体と同じものと考えると空しい気持ちになる。

「ェ、あの、何…」

「オマエも帰るンだよ。どォせ行くアテなンざねェンだろォが」

「やったーっあなたが一人増えるのねってミサカはミサカは嬉しさのあまり飛び跳ねてみたりーっ!」

クローンは目を白黒させ、打ち止めはぴょこぴょこと跳ねている。

「帰る、って…どこに」

「俺とコイツが居候してるトコだ」

投げやりに答えて、ぐい、とその腕を引っ張った。
すると、何か短い声が上がる。

「あっ、」

ぷちん。


「あァ?」
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:50:50.08 ID:aLV867QF0

無理に袖ごと引っ張ったのが悪かったのか、留まっていたたった一つのボタンが千切れる音がした。
先程眺めた時に感じた、使い古された雰囲気というのは正しかったらしい。
膝立ち状態だったクローンの白衣が、立ち上がる動作に従ってひらりと靡く。
白磁のような身体が片側半分だけ晒け出された。
案の定と言った所か、当然のように下着なんてものは装備されておらず。

言葉通り、生まれたままの姿の自分がそこにいた―――

と、思ったのだが。
呆然としたように目を丸くするもう一人の自分を見て、違和感を覚えた。


「キャー!ってミサカはミサカは両手で目を隠、………あれ?何であなたの身体なのに…」

自分が疑問を抱く前に、打ち止めが先制した。


「――――おんなのこ?ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

状況をようやく理解したのだろう、クローンはじわじわと顔を紅潮させていく。
その赤みを増した身体には、男性についているべきものはなく、胸には申し訳程度の微かな膨らみが存在していた。


「………なンだろォな、この既視感は」

そう呟いた自分は、今までになくげんなりとした表情をしていたであろう。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:52:15.71 ID:aLV867QF0

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とあるマンションのエレベーター内。
自分と、打ち止めと、クローンの少女の三人はその狭い箱の中で沈黙を保っていた。

(コイツは俺の体細胞クローンで、能力も完全に再現されている――それなのに、造られた意図はわからねェ、と)

あの裏路地からマンションに至るまでに聞き出した情報を頭の中で整理していく。
それでも、解らないことの方が明らかに多かった。

(完全な個体を製造したっつゥのに、どォしてわざわざ棄てるよォな事を)

話によれば、このクローンとは随分長い時間をかけて造り上げられたものらしい。
彼女は数週間、数ヶ月などではなく、年単位の時を経て生まれたという。
何年も前の話なら、自分は様々な研究所をたらい回しにされていた。
その間にDNAマップがどこかで利用されていてもおかしくはない、と思う。

(ますます理解出来ねェ話だな…)

横目でちらりと少女を見遣る。
残ったボタンを留めた白衣の前の部分を両手で押さえながら、エレベーターの床を見つめていた。

(……そもそも、どォして性別がこンな状態なンだよ…)


考えていると、僅かな振動と共にちーんと間の抜けた音が鳴って、扉が開く。
エレベーターの文字盤が指すのは十三階。黄泉川の住む部屋のある階だ。

「ほら、オマエらとっとと出ろ」

「あァ、ハイ…」

「はーい、ってミサカはミサカはすぐそこにあるヨミカワの部屋に猛ダッシュ!」

二人に続いて、自分もエレベーターを出る。
エレベーターを出てすぐの場所にある黄泉川宅の扉が、打ち止めの手によって叩かれた。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:53:06.92 ID:aLV867QF0

「ヨシカワー!帰ってきたよー!開けて開けてーってミサカはミサカは叫んでみたりー!」

がちゃりとすぐに扉が開いた。
しかし出てきたのは芳川桔梗ではなく、打ち止めを成長させたような姿の少女。

「おかえり最終信号。ミサカお腹減ってたんだからもっと早く帰ってきてよね」

「あ、番外個体も帰ってたんだね!ってミサカはミサカはただいまー!」

出迎えをしたのは、打ち止めと同じく超電磁砲のクローン、第三次製造計画の番外個体だった。

「―――って、あれえ?」

「……よりによって面倒臭ェ奴が出てきやがったな畜生が…」

思わず苦虫を噛み潰したような表情になる。
そんな自分とは対照的に、番外個体は新しいおもちゃを見つけた子供のように楽しそうな顔になった。

「ぎゃは、何ソレ? 第一位はいつの間に分裂能力なんて身につけちゃったの?」

「誰が分裂するかってンだよ、拾ったンだコイツは」

「あ、あの、ェと、こンばンは……?」

「ぶはっ、第一位がこんばんはって!第一位がご丁寧に挨拶とか!腹痛ぁい、ウケるー!」

案の定、この上なく鬱陶しい絡み方である。
もう数を数えるのも億劫になった溜息をついて、番外個体を押し退け玄関へ上がり込んだ。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:54:13.44 ID:aLV867QF0

「オマエも早く入れ」

「は、ハイ…」

クローンにそう促すと、おずおずと足が動いた。
サンダルを脱いで、素足がぺたりと玄関の床に乗せられる。

「……何コレ、便所用じゃん」

彼女の脱いだサンダルを見た番外個体が怪訝そうに声を上げた。

「番外個体、コイツ風呂に入れてやってくれ」

「はあ!?ミサカ今すっごく空腹なんだけど!」

「え、じゃあミサカもーってミサカはミサカは便乗してみたり!」

「あァ、もォコイツが風呂入れンなら何でもイイから、頼む」

二人に少女を押し付ける。
自分がアレを風呂に入れる、というのはかなり抵抗があるし、だいいち本人が望まないだろう。
打ち止めが先陣を切ってバスルームへと向かっていくのを横目に、リビングへと足を運ぶ。


「ちょ、ちょっと何なの最終信号、コレ男じゃないの?まず先に説明が欲しいんだけど」

「細かいことはお風呂場でね、ってミサカはミサカはウキウキ気分ー♪ あ、ちなみに女の子だよ」

「はぁぁ!?」


そんな会話がなんとなく聞こえてきたが、構わず夕食の用意をしている芳川に声をかける。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:54:45.76 ID:aLV867QF0

「芳川」

「あら、お帰りなさい。何やら騒がしかったようだけど、どうかしたのかしら」

「俺のクローンが居た」

そう告げると、芳川は一瞬だけ皿を並べる手を止めてこちらを見たが、またすぐに動作が再開された。

「へえ…」

「へェ、じゃねェよ。俺のクローンについて、何か知ってる事はねェか」

「知らないわね」

きっぱりと。
清々しいほど率直な返答が返ってきた。

「確かに私は遺伝子分野に携わっていたけれど、クローン関係は妹達にしか関わっていないもの」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 03:55:16.56 ID:aLV867QF0

「…なら少しでもイイから、知ってる事があるなら話せ」

「………キミのクローンを造り出してみたら――なんて事が研究者たちの中で話題に上がったことならあったけれど。
 実際に造られていたなんて話は聞いた覚えがないわ」

やはり極秘裏に行われていたという事なのか。
そうだとしたら何故、完全なクローン体が放置されているのだろう。
何の目的もなく造られたなんて事は―――いや、興味本位や実験としてなら有り得るかもしれないが。

「それで、その子は? さっきの騒ぎから察するに、連れてきたってことよね」

「あァ、研究所から抜け出してきただの何だの………とりあえず風呂に入れといた」

「そう、なら夕飯はもう少し後ね。……その間に、ちょっと詳しく聞かせて貰おうかしら」

すると芳川はエプロンを外して、ソファーに腰掛けた。
ちらりと、キッチンに並んでいる食欲を刺激する香りを放つ炊飯器の群れを見る。


………いや、皿並べてただけだっつゥのに何でエプロン着けてたンだよ。


33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:17:06.31 ID:Ntn1PZ890

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「そりゃーってミサカはミサカは白衣をバリバリーッ!」

「や、やめッ、ひィーっ!?」

脱衣所に入り、まず彼の生き写しの衣服を引き剥がす。
路地裏で見たのと変わらない、細くて白いへし折れそうな身体が露になった。
風呂場で見る彼の身体と違うのは、若干やわらかそうな雰囲気があるところだろうか。

「うわ、ほんとについてないんだね。ミサカ笑っちゃーう」

番外個体が口元に手を添えてにまにまと笑っていた。
白い少女はあわあわと口を開閉しながら、それぞれの腕でどうにか大事な部分を隠している。

「女の子同士なんだから気にしない気にしない!ってミサカはミサカは……えーと、クローンさん?をお風呂場に…
 うう、何か呼び方がないと不便かもってミサカはミサカは困惑してみたり」

自分達もクローンなのだし、『クローンさん』は流石にどうなのだろうか。うーんと唸る。

「ミサカ達と同じクローン…ねえ。 呼び名無いの?検体番号とかも?」

「…な、なンも覚えてねェし……誰もいなかったから、名前なンて…」

黒い半袖のTシャツを脱ぎながら、番外個体はもじもじと下を向く少女を眺めている。
自分も水色のワンピースをするりと床に落として、下着を脱いだ。



「じゃあ、みんなで湯船に浸かりながら考えようってミサカはミサカは提案してみる!」

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:17:44.64 ID:Ntn1PZ890

がちゃ、と浴室の扉を開け放つ。
ぞろぞろと中に入ったは良いものの、広めの浴室とはいえ三人も詰め込むとそれなりに狭い。

「ほら最終信号、頭洗ってあげるから蛇口回して」

「了解ってミサカはミサカは蛇口をきゅーっ」

言葉に従い蛇口をひねると、シャワーヘッドから温かいお湯が出てくる。

「…あ、まずシャワー浴びなきゃ湯船入れないよね。ほらあなた、こっち」

番外個体が立ち尽くす白い少女を手招きした。

「え…ひゃっ、」

細腕を掴んで引き寄せて、背中から適当にシャワーをかけていく。
初めての入浴というものに困惑しているのか、さっきよりも更にびくびくとしていた。
その隙に自分は浴槽のフタを開けておく。

「はい、先に湯船入ってて。 最終信号、シャンプーハット無くても平気?」

「ふふーん馬鹿にしないでほしいかもってミサカはミサカは準備万端!いつでも平気だよ!」

ぎっちりと目を閉じる。もうシャンプーハットには頼らずとも、ずっと目を閉じていられるようになったのだ。
番外個体がシャンプーの容器を手で押す、かしゅ、という音が聞こえる。
それと同時に、ちゃぷん、と湯船に何かが入り込む音。彼女は大人しく浴槽に入ったらしい。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:18:18.65 ID:Ntn1PZ890

ぐしぐしと髪の毛が泡立てられていく。
ゆらゆら頭を揺らしながら、湯船に浸かっているであろう少女に問いかけた。

「お湯加減は大丈夫?ってミサカはミサカは目をぎっちり閉じながら尋ねてみたり」

「ン、ちょうどイイ…と、思う」

「それならよかった、ってミサカはみしゃ…ちょっと番外個体、揺らさないでええ!」

「ねーえ、そろそろミサカ、説明が欲しいトコなんだけどー?」

いつもなら弱い力で優しく洗髪してくれる番外個体が、わざとらしく頭を揺らしてくる。
くらくらと、眼を閉じているのに目眩を感じる状態で答えた。

「説明、って言っても……ミサカにも…クローンさん本人にも、あまりよくわかってないみたいなの」

「はぁ……?ますます意味がわからないんだけど」

番外個体は湯船に浮かぶ白い頭をちらりと見た。
それは口まで湯に浸かりながら、ぷくぷくと気泡を作り出している。
その様子を見られていることに気がついた少女は、びくりと肩を震わせた。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:18:54.83 ID:Ntn1PZ890

「そんなビビんなくてもいいっつの。何なの?本当にこれあの人のクローン?」

「ェ、と……確かに、俺は、一方通行のクローン、です…、……そういう風に、情報入力…されて、ます」

「……、ふーん」

白い少女は番外個体の猛禽のような目にじろりと睨めつけられ、身を縮こまらせる。
番外個体本人にそんな気はなく、少し表情を観察した程度のものだったようなのだが。

「流すよ」

きゅ、と再び蛇口がひねられて頭上にお湯が降り注いだ。
わしゃわしゃと頭がかき回され、泡が流されていく。

「別人みたい。第一位は見てるとどつき回したくなるけど、あなたを見てると笑えてくるよ。けけっ」

流れるお湯と一緒に、髪をわしわしと掻く番外個体が笑う。
すぐにシャワーは止まり、乾いたタオルが頭に被せられた。

「あとは自分でやりな、最終信号」

「ええーっ!?ミサカタオルうまく巻けないのにってミサカはミサカは焦りを隠せなかったり…」

「そろそろ自分一人で全部できるようになってもいいんじゃないの? ――ほら、白いの。こっちおいで」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:19:23.37 ID:Ntn1PZ890

「へ、」

自分の後ろに膝立ちで居た番外個体が、浴槽の方――白い少女を見てまたにいと笑った。



「身体流してあげる。大丈夫、何にもしないよ」



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『ちょっとー、ねえ、どっちでも良いから来てくれなーい?』

脱衣所の方から声が聞こえた。
ソファーから立ち上がって、脱衣所へ向かう。
扉の前で返答した。

「どォした」

「ユリコ……あー、この白いの、着る服ないんだけど。
 ミサカの部屋に手付けてない下着あった筈だから持ってきてくれない?」

「あァ、芳川に持って行かせる」

「あと部屋着代わりの…ミサカのでもあの二人の服でもなんでもいいから、それもお願いね」

「ハイハイ」
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:19:59.86 ID:Ntn1PZ890

番外個体の頼み事を聞き届けて、リビングのソファーに腰掛ける芳川の元へ戻る。
これなら最初から芳川を向かわせれば良かった。
………ところで、微かに聞こえた『ユリコ』というのは一体なんだったのか。

「芳川」

「何かしら?」

芳川に番外個体から頼まれた物を伝えると、

「やっぱり着替えのことね。最初から私が行っていればよかったわ」

自分の考えていた事と同じ事を言われた。
芳川がソファーから立ち上がり、自分は入れ替わるようにまた腰掛ける。
脱衣所の方からきゃいきゃいと姦しい声が聞こえてくる。



(………、)

芳川にはあのクローンについての事をすべて伝えたが、結局彼女からの情報は皆無だった。
出所も存在の目的もわからない、自身のクローン。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:20:36.15 ID:Ntn1PZ890

――しかし不思議と、その存在が危険なものだとは感じなかった。
自分と同一の姿をしているから、なんて簡単な理由ではないが――いや、むしろ容姿のことを考えると逆に危険そうだと思う。
能力によって色素をほとんど持たず、あらゆる人間に恐怖された超能力者の姿。
だが、そんな自分と瓜二つの容姿を持っているクローンを見ても、触れたらひびが入ってしまいそうな、そんな危うさを感じるだけだった。
演算能力を補助無しでは発揮できなくなった自分と比較しても、その感覚は変わらない。

本当に不思議で、何故だかもわからないのに、『あれは危険ではない』と。
どうしてもそう思うのだった。



「あーあー、お腹減った! 第一位、よくもあんなの押し付けてくれたねぇ?」

その言葉によって思考の海から引きずり出される。
Tシャツと下着だけの番外個体が、身体に付いた水滴を拭きながらこちらへ向かって来ていた。

「……オマエ、下なンか穿けよ」

「パンツ穿いてるじゃん。何、ミサカのカラダがエロすぎて興奮しちゃうって?ぎゃは」

「…………、もォイイ、突っ込ンだ俺が間違ってた」

彼女の後ろには頭にタオルを巻いたキャミソール姿の打ち止め。
そして、普段の打ち止めのものとはまた別のデザインの、部屋着用のワンピースを着た白い少女が佇んでいる。

………ワンピース?


「オイ待て、何だその服……」
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:21:11.76 ID:Ntn1PZ890

この家で打ち止め以外に誰がそんな服着てるんだ、と疑問を口に出そうとすると、

「最終信号のために買っておいたんだけれど、サイズがちょっと大きくてね。ちょうどいいみたいだから着させたわ」

彼女らの更に後ろに居た芳川の返答が聞こえた。
続いて、何故か打ち止めが誇らしげに声を上げる。

「似合ってるでしょー?ミサカも大きくなったら着るからねってミサカはミサカはユリコを全面に押し出しつつ宣言してみる!」

「あ、ちょ、押さないでェ…」

所々にフリルの装飾があしらわれた真っ白いワンピースが、微かに火照って赤らんだ彼女の肌を強調している。
しかし、それはまるで姿鏡で自分が女装をしているのを眺めているような妙な感覚を―――

――ユリコ?
その言葉を耳にするのは二度目だった。
今度こそ意味を訊こうと、咄嗟に声が出る。

「なンだ、そのユリコってのは」

「もう一人のあなたの名前だよ!お花の百合の百合子ちゃんってミサカはミサカは声高らかに紹介してみたり!」

打ち止めが満面の笑みで答えた。
………なまえ。クローンの。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:21:43.67 ID:Ntn1PZ890

「ミサカと最終信号で考えたんだよ。真っ白い百合みたいだからユリコチャン、安直だけどピッタリでしょ?」

三人で湯船に入りながら考えてたんだー、と、珍しく番外個体までもが満足げに笑んでいる。
打ち止めはともかく、番外個体のここまで綺麗に笑う顔は見たことがなかったので、素直に驚いた。


「……ゆ、…百合、子?」

呆けたような顔をして、ぽろりと零すように、そして確認をするように名前を呼ぶ。

自分のクローン改め百合子は、頬を指先でかりかりと掻き、
―――はにかむように微笑んで、応えた。

「………は、ハイ…」



鏡で何度も見ている筈の、『自分の顔』が柔らかく笑うのを見て。
そんな表情になることのが出来たのかと、ぽかんと口を開けたままでいた。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/18(木) 22:22:11.94 ID:Ntn1PZ890


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その後、芳川が改めて夕食の用意を始め、五人でテーブルを囲んだ。
黄泉川は仕事が長引いていたのか、戻ってきたのは全員が寝静まった深夜だったらしい。

夜が更けても、マンションの外でやかましく鳴き続ける蝉たちが静まることはなく。
なぜか芳川以外の全員が自分の部屋に押し入り、広くもないベッドに四人で転がって寝ることになった。




――クローン百合子がこの家に来て、一日目のことだった。


53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:31:23.53 ID:FLFgLFEZ0


翌朝。


閉じた瞼の上に、カーテンの隙間から差し込む光が覆い被さった。
何やら妙に体が痛む。

「、ン………」

目を開けて、体の痛みの原因を理解した。
ベッドから転げ落ちている。

(……首痛ってェ…)

片腕を支えに、ぐっと体を起こす。
寝起き特有の靄のかかった頭と視界。
ベッドに視線を移そうとして、首がぎぎぎと軋んだ。

「コイツら…」

ベッドの上に転がっていたのは番外個体、打ち止め、自分のクローン――百合子。
そこまでは分かる。昨晩、半ば無理矢理この部屋に押しかけられ、断れなかったのは自分だ。
たまにはこんなのも良いかと考えたのが運の尽き、寝ている間に番外個体に蹴り落とされたらしい。
当の本人は誰がどう見てもひどい寝相のまま眠り続けている。
手足を投げ出すかのごとく眠る彼女に、どこかの野生動物の子供のように打ち止めがしがみついていた。

くあ、と欠伸をすると、蹴り飛ばされたと思しき腰から鈍い痛みを感じる。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:32:08.10 ID:FLFgLFEZ0

壁に手をつきながら立ち上がった。
ベッドの側に置いておいた自作の杖を装着して、グリップを握る。
ガシャン、と杖部分が伸び、見下ろす目線になってようやくベッドの上の様子を把握する。
番外個体の寝相はこの位置から見てもひどかった。

ベッドに寝転ぶもう一人の少女を眺める。
百合子は小さな寝息を立てながら、手足を畳んで体を丸めて眠っていた。
好き勝手に寝こける妹達の特殊個体ふたりのお陰で、ベッドの隅に追いやられているように見える。

(まだスペース残ってンのに、何でこンな縮こまって寝てンだ…)

四人で寝るには流石に狭すぎたが、今の状態なら問題はなさそうだった。三人のうち一人は体も小さい。

(…番外個体は腹出してやがるし、アイツはなンか見てて寒そォだし)

番外個体はともかく、百合子が能力を使用しているとしたら寒さなどは関係ないだろうが。
ベッドの下に蹴落とされたタオルケットを拾い上げ、適当に掛けてやる。


すると、タイミングを見計らったように、

「…ン、――」

視界の端の真っ白い塊が動く。
細い足が伸ばされてシーツの上を滑り、肌と白い布の擦れ合う音がした。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:32:41.33 ID:FLFgLFEZ0

(……、起こしたか?)

んー、だの、うー、だの、くぐもった声を発したかと思うと、少し間を置いてから百合子がぱちりと目を開ける。

「………ァ、れ?」

「……起こしちまったか」

「いや、ちょうどいま起き、…ふ、ァああ…」

寝そべったまま、口に手を当てて百合子が大きく欠伸をした。
目尻に溜まった涙が窓から差す光で煌めくのが見える。
体を伸ばしたせいで、彼女の着ているネグリジェのようなワンピースの裾がとてもギリギリな位置に移動していた。

「オイ、」

「…? どォか、しました?」

「下着見えンぞ」

「!!」

寝惚け眼の彼女にそう告げてやると、がばっ、と物凄い勢いで起き上がりスカート部分の裾が押さえられた。
顔を赤く染めてぱくぱくと口を開閉する百合子を見て、他人事のように自分の顔には見えないなとぼんやり考える。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:33:36.44 ID:FLFgLFEZ0

「、…ゥうう」

「………まァ、俺もォ昨日の時点でオマエのはだ…」

「い、言うなァァァああああ!!」

目に涙を滲ませて百合子が叫んだ。ちょっとからかいすぎた。反省はしている。
自分よりも若干高い声に違和感を覚えつつも、再び話しかけた。

「寝られたか?」

「え?」

「そこに転がってるクソガキ共がやかましかったじゃねェか。睡眠妨害しちまってたら悪ィと思ってな」

そう言ってやると、相変わらずくかーと寝息を立てている番外個体と打ち止めを見遣りながら、百合子はふっと口元を緩める。

「ちゃンと、寝れた…寝られました。こンなの初めてだから、……楽しかった、し」

「…無理して変な喋り方しなくてイイぞ、面倒臭ェだろ」

「ふふ、……オリジナル――あなたも、この子たちも、ヨシカワさんも、みンな優しィ、から…嬉しくて、なンか照れる」

昨晩名前を呼んだ時のような、柔らかな笑みだった。
彼女が毒気の欠片もなく笑うのを見ると、どうしても妙な心地になる。
仕方のないことではあるが、どうしても『百合子』としてでなく、『自分のクローン』という目で見てしまうのだった。

(ヘンに自分と重ねちまうのが悪ィンだろォな…)
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:34:14.73 ID:FLFgLFEZ0

ベッドに転がる二人はまだ目覚める気配がない。
自分にしては随分と早い起床だが、とりあえず寝室を出ようと扉まで移動してドアノブを回す。
それに気付いた百合子はベッドから離れ、とてとてと自分のあとについてきた。



「おはよう一方通行。珍しく早いのね」

「おォ、………オマエに言われたくねェなソレ」

リビングでは、普段そこまで早起きではない筈の芳川がコーヒーを啜っていた。
キッチンの方からは物音が聞こえる。黄泉川が自分の朝食を作っているのだろう。

「百合子もおはよう。よく眠れた?」

「おはよォ、ございます……お、おかげさまで」

「そんなに固くならなくても良いのよ? 一方通行もこれくらい礼儀正しければねえ」

「オマエは一体俺に何を求めてンだ…」

芳川のふざけた寝言にやる気なく突っ込む。
そういえば、確かにこいつは妙に礼儀正しいというか、更に言うとおどおどしていた。
それこそ自分の感じている最大の違和感の正体だと思う。
正直、もう少し砕けて話してくれる方が接しやすいのだが。



「お?あふへぁえーふぁ、おはようじゃん」

58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:34:58.97 ID:FLFgLFEZ0

ひょっこりと黄泉川が顔を出す。食パンを口に咥えていて、何を言っているのか一瞬分からなかった。
咥えたトーストが、さく、と千切られる。
トーストを右手に持ち、反対の左手にはコップ。
黄泉川はその状態のままこちらへと歩み寄ってきた。

「珍しいじゃんよ、いっつも昼まで寝てるくせに」

「芳川と同じ事言うンじゃねェよ!」

だが事実なので否定はできないのであった。
にやにやと笑いながら自分を見ていた黄泉川だったが、再びトーストを齧りながら百合子に向き直る。
百合子は自分の背後に立っていたのだが、それでも大げさにびくりと反応する気配が何となく感じられた。


「桔梗から聞いたじゃんよ。新しい居候さんじゃん?」

「ェと、…は、ハイ」

黄泉川が、体を強ばらせて棒立ちになっている百合子を頭から爪先まで眺める。
そして彼女と目を合わせると、黄泉川は満足したように、にい、と口角を上げた。

「本当に一方通行そっくりじゃんね」

一方通行と比べたらずいぶんかわいいけど、などとと付け加えながら、
黄泉川は小さな子供に接するかのごとく百合子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:35:57.64 ID:FLFgLFEZ0

「詳しいことは知らないけど、わざわざ一方通行が連れてきたんだ。歓迎しない道理はないじゃんよ」

「ふェ、あ、あたまが…」

わっしわっしと揺さぶるように黄泉川が撫で続けるせいで、百合子はくらくら揺れている。
撫でる手を止め、ほっそりとした両肩に手を置いて黄泉川は言った。

「私らのことは、家族と思ってくれて構わないじゃん。困った事があったらいつでも頼るじゃんよ、百合子」


ぽかんと目を見開く百合子をそのままに、黄泉川はトーストの残りを口に詰め込んだ。
彼女は空になったコップを置きにキッチンへ戻り、床に適当に置いてあった荷物を持ってまたこちらへと声をかけてくる。

「じゃ、時間もないしそろそろ行ってくるじゃん! 帰りは…まぁ、出来るだけ早めに戻れるように努力はするじゃんよ」

「はいはい。いってらっしゃい」

慌ただしく家を出ていく彼女に、ひらひらと芳川が手を振った。
百合子は閉まる扉を眺めながらまだ呆然としている。

「…………、」

「ああいう人なのよ。よかったわね、歓迎されて」

芳川がまるで他人事のように言い、またコーヒーを啜った。
だが、その声色は決して冷たいものではない。

「お腹空いたでしょう? 朝ご飯ならキッチンにあるから、好きなように食べなさい。
 愛穂が忙しそうだったから食パンしかないけれど」

………何が『好きなように食べなさい』だ、と言いたくなるのをすんでの所で飲み込む。
百合子をキッチンへ行くように促し、自分もそれに続いた。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:36:56.50 ID:FLFgLFEZ0

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ちん、とトースターが音を立てる。
食パンがこんがりと焼けて、食欲を誘う香りが鼻腔を擽った。

「オマエは食わねェのか」

コーヒーを淹れようと適当なマグカップを引っ張り出す。
百合子は何か食わないのかと彼女の方へ目を移すと、何やら冷蔵庫の中を漁っている。
ぱっと冷蔵庫から顔を出して、百合子は何かを目の前に突き出した。

「コレ!コレつけて食べる!…………ます!」

また無意味に言葉尻が修正された。彼女が取り出したのは苺ジャムの入った瓶。
打ち止めが好んでパンに塗っているものだった。

「あァ、苺ジャム……あのクソガキのだが問題ねェだろ、塗れ塗れ」

「!! …ありがとォございます!」

嬉々として叫び出しそうな勢いである。まるで打ち止めがはしゃいでいるようだった。
どうしようもないほど瞳が輝いている。
百合子は戸棚からスプーンを見つけ出して、ぺたぺたと食パンにジャムを塗りたくり始めた。
瓶の中からごっそりと掬い取られたジャムが柔らかなパンを赤く染めていく。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/19(金) 22:37:32.75 ID:FLFgLFEZ0


「…塗りすぎじゃねェの」

「えっ」


ジャムにまみれて真っ赤になった食パンを指さしてやると、彼女はどういうことかと尋ねるように小首を傾げた。
何か悪いことでもしたか?と言わんばかりの表情で。

「いや、そンなン甘ったるくて食ってらンねェだろ…」

「ひょンなこふォ、…ねェと思いますよ?」

ジャムがへばり付いたスプーンを口に含み、それを味わう百合子。
こちらの味覚まで蹂躙されるようで見ていられない。
口の中の甘ったるい錯覚を洗い流すように、カップに淹れたコーヒーをごきゅりと飲んだ。


70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:17:53.44 ID:eVIMK1gL0

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軽い食事を終え、特に何をするわけでもなくソファーでテレビを眺めていると、ようやく残った二人が起きてきた。

「ふ…ぁぁあ、おはよー…騒ぎすぎてまだ眠いかも、ってミサカはミサカは目を擦ってみたり…」

「オハヨウ、ミサカもまだ眠い……なんで白いの二人はそそくさベッドから居なくなってるのさぁー……」

二人揃って大欠伸をして目に涙を溜めている。
さんざん人の睡眠を妨害しておいて良いご身分だな、と心中でぼやいた。

「あーユリコチャーン、おはよぉ」

「ひェっ!?」

自分と同じくソファーに座り込んでいた百合子を見て、番外個体が間延びした声を発する。
そのままゆらゆらと百合子に近付き、のしかかるように抱きついた。

「や、やめ、ワーストさン、……ちょっ、ひィ!?」

「ミサカもユリコとぎゅっぎゅするー!ってミサカはミサカは颯爽ダーイブ!」

「ま、待っ…やめろォォおおお!」
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:18:31.40 ID:eVIMK1gL0

番外個体と打ち止めの二人に絡み付かれ、百合子がばたばたと手足を動かしてもがくのが見える。
傍目からだと圧し潰しているようにしか見えない。窒息しないだろうかと妙な心配をしてしまう。

「こういう時は素が出るのね、ってミサカはミサカは指摘してみたり。えへへ~あの人と違ってふにふにしてるぅ~」

「あっずるぅいミサカもー!」

「き、昨日お風呂でさンざン触ったじゃっ…やめ、やァァァあああ!?」

何やら気になる話をしているが、百合子の為にも触れないようにしておこう、と空気を読んだ。
それにしても、どうやらこういう時には口調が自分――オリジナル寄りになるらしい。
彼女の人格形成をした学習装置は一体どんなものなのだろう。
性別が女なのに一人称が自分と同じというのも少し気になるところだった。
……感情表現が人並みなのは、妹達のような『目的』が設定されていないからなのか。

「ほらほら、百合子が困っているでしょう? 顔洗って、早く朝ご飯食べなさいな」

「ふぁーい」

「ちぇー、ってミサカはミサカは百合子の上から降りてみる」

芳川の助け舟によって、ようやく百合子の姿が見えるようになった。
まるで魂を抜き取られてしまったかのようにだらりと手足から力が抜けている。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:19:00.49 ID:eVIMK1gL0



少し間を置いて、キッチンの方から声が聞こえてきた。


「!!? ミサカの苺ジャムが見るも無残なことにー!?
 ってミサカはミサカはほとんど空の瓶を見つめて絶望に打ちひしがれ………」

「!」

その声を聞き、百合子がぴくりと反応する。
彼女はゆっくりと起き上がって、乱れた髪を手で直しながら早足でキッチンへ向かった。

恐らく百合子のものであろう謝罪の声を微かに耳で捉えながら、広くなったソファーの上で寝転がる。


「………くァ、…」

ベッドから蹴り転がされ、体の痛みと共に目覚めたお陰でまだ眠気が残っている。
欠伸をひとつ漏らしたあと、少しだけ、と目を閉じると、数瞬で深い眠りに沈んでいった。


73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:19:56.46 ID:eVIMK1gL0

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なんだか妙にやかましい。
心地良い微睡みから無理矢理引っ張り上げられるような感覚に、うっすらと目が開く。

「ンー……」


「ぎゃあああああっ狙い付けられたー!助けてってミサカはミサカは援護を要請してみたり!」

「何でそんなにトロいのさ!? どうせもう倒せるでしょコレ、しばらくそのままね」

「え、えーとォ…コレ攻撃すればイインだな?」

「うわあん頼れるのがユリコだけって辛いー!番外個体の薄情者ーってミサカはミサカはレバガチャしてみるううう!」

ぼんやりとした視界には、似た姿の二人の少女と、自分そっくりの少女………の、後ろ姿。
彼女らはテレビに向かって座っていた。何やらぎゃあぎゃあと騒いでいる。
うるさい声に鼓膜を刺激されながら、目を擦って体を伸ばした。

「ゆ、ユリコぉレスタかけてってミサカはミサカは懇願してみたり!死んじゃうー!」

「こ、これかァ!? ……ちょ、回復出来てねェ!どォすれば良いンだコレっ!」

「百合子のレスタまだレベル低いから回復できないでしょ? スケープドール持ってないの?」

「こんな所でそれはあまりにも勿体無いよってミサカはミサカはうぐぐぐぐ…」

「もー、しょうがないなあ」
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:20:34.07 ID:eVIMK1gL0


「………うるっせェ…」


思わず声を漏らすと、百合子だけがこちらを向く。

「あ、おはよォございます」

百合子のその声で残りの二人も自分の目覚めに気付いたらしい。
変わらず画面を向いたままの状態で、打ち止めと番外個体の声が聞こえてきた。

「ハイ終わり、っと……おそよう第一位」

「まさか坑道ごときでこれほど苦戦するとは思わなかったぜ…ってミサカはミサカは額を拭ってみたり。おはようあなた!」

「何してンだ一体…オマエらのお陰でロクに寝れなかったンだからもっと静かにしろっつゥの…」

未だにガチャガチャとコントローラーを弄る三人。
テーブルの上の時計に目をやると、時刻はもう昼時だった。

「ノーマルだと赤箱も出ないしつまんないなぁ、あーあ」

「う、ごめンなさい、俺がいるから…」

「ユリコは悪くないからね、ってミサカはミサカはいらないものを売りさばく作業に入ってみる!
 あなたもこれやらない?ってミサカはミサカは振り返って誘ってみたり」

打ち止めが自分を振り返って言った。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:21:06.13 ID:eVIMK1gL0

「つーか、最終信号がトロいからあなたに代わってほしいんだけど」

「…だとよ。クソガキ、大人しく元のキャラ使え」

「えーっ最低難易度にレベル3ケタ持ち込むなんて嫌だよってミサカはミサカはーっ!?」


「キミたち、ゲームもいいけどそろそろお昼ご飯の時間よ」


ゲームに関して真剣に話していると、今までどこにいたのか、芳川が急に会話を遮った。
お昼ご飯と言いながら、特に食べ物の香りはしない。
そもそも彼女に飯が作れたのかという疑問が浮かんだのだが。


「外に食べに行くから着替えてきなさい」

「…」


案の定、と言ったところである。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:21:46.84 ID:eVIMK1gL0

「やったー!ってミサカはミサカは小躍りしてみたり!」

打ち止めが歓喜の声を上げた。
投げやりに「ゲーム終了」を選択して、そそくさと電源を切りゲーム機の片付けを始める。

「外…って、どこに行くンですか?」

「すぐ近所のファミレスよ」

百合子の問い掛けに、芳川は椅子に腰掛けながら答えた。
芳川はとっくに外出の準備を済ませていたようである。
…自分で作るという意思は全く無いらしい。


「うげー。今日も暑そう…何着て行こうかなぁ」

窓の外を見てそうぼやいた番外個体は、髪を掻き上げて自室へと向かっていく。
…面倒だが自分もさっさと着替えてしまおう。


外は雲ひとつ無い晴天。番外個体の言う通り、眺めているだけで暑そうな景色だった。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:22:53.09 ID:eVIMK1gL0

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「ミサカオムライス食べるー!ってミサカはミサカは高らかに宣言してみたり!」

ラミネート加工されたメニューを頭上に掲げながら打ち止めが叫んだ。

「オイ、俺とコイツがメニュー見れねェだろォが。つゥか落ち着け」

「わ、わざわざごめンなさい…」

打ち止めの手をぐいっと下に降ろさせる。
テーブルの対面に座る芳川と番外個体は、もう一つのメニューを眺めてうんうんと唸っていた。

「うーん、たまには蕎麦もいいかしらね…」

「やたらとメニュー豊富なのやめてくれないかなココ。 …ミサカはミートスパでいいかなあ」

番外個体の言葉の通り、このファミリーレストランはなぜかやたらとメニューが多い。
自分はいつも決まったものを注文するからあまり関係ないのだが。

「なンかあンま食う気しねェ…」

「あら。夏バテ?そういう時こそちゃんと食べないと」

「単に眠ィンだよ、…多分飯が来たら食える」

勝手に口が開くのを堪え切れず、手のひらで押さえつける。ふァ、と間の抜けた声が漏れた。
ソファーで寝ていてまともに動かなかったためか、あまり空腹を感じない。
このままだとこの場でまた眠りこけてしまいそうだ。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:23:40.62 ID:eVIMK1gL0

早く注文してしまおうと呼び出しボタンへ手を伸ばすと、


「…、」


何やら百合子がメニュースタンドの方を見てそわそわしている。
正確に言うと、その視線は今まさに自分が押さんとしていた呼び出しボタンに向かっていた。

「………百合子?」

声をかけるとはっとしたように赤い目がこちらを向く。心なしかその目は輝きが増している…ような。
いかにも興味津々といったような顔の百合子が口を開いて、

「そのボタン「ねー早く注文しちゃおうよってミサカはミサカはボタンをポチッとなー!」………」

遮るように打ち止めがボタンを押した。



打ち止めの迷いのないその一撃に百合子はまず目を丸くして、次に真顔になり、やがて半目になって、眉毛がハの字に垂れ下がり、
最終的に口角まで下がって、親に我侭を聞き入れてもらえずに今にも泣きそうになっている子供のような顔になった。

伸ばされた白い腕だけが空中を泳いでいる。



79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:24:27.35 ID:eVIMK1gL0


「オイ、……オイ、打ち止め」

「え?なに?ミサカ悪いことした? もしかしてまだ誰か注文決めてな……」

「………………。」

百合子が下唇をぎゅっと噛んでいる。先程の表情そのままに。
その様子にようやく気が付いた打ち止めが、いつもの明るい笑顔に冷や汗を浮かべながら声を発した。

「…ゆ、ユリコ?ど、どうしたのってミサカはミサカは」

「………なンでも、ねェです」

ぷるぷると肩を震わせながら俯く百合子。顔を上げる気配はない。

というか、結局注文が済んでから料理が運ばれて来るまでその顔はずっと上がらなかった。

「……押したかったのね、ボタン」

「……押したかったんだね、ボタン。………最終信号が百合子泣かしたー」

「うわああああんごめんなさいユリコってミサカはミサカは誠心誠意頭を下げてみるけど全く無反応でどうしたらいいの――っ!!」

ミサカのデザート分けるから許してえええ!という打ち止めの悲痛な叫びが響き渡る。

そもそも百合子は何故呼び出しボタンを押したがったのだろうと思ったが、
子供(百合子は一応「生まれたて」なのでこう称しておく)は得てしてそんなものなのだろうなと適当に納得した。
…実際、つい最近までは打ち止めもそうだったし。



昼食は、美味かった。


82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/20(土) 19:43:48.67 ID:eVIMK1gL0
なんてこった抜けに気が付きました絶望です。
ゲームしてるシーンだし抜けてても特に問題ない気がするんですが一応付け足しに…
>>74-75の間にここが入りますスイマセン
――

視線を移動させると、テレビには三等分にされたプレイ画面。
そのテレビの前には旧世代の紫色の四角いゲーム機が鎮座している。
今時こんなハードの、しかも何年も前のゲームをプレイするのもどうかと思ったが、打ち止めはいたく気に入っていた。
自分もこのゲームが嫌いなわけではないが。

「あァ、ソレか…、? なンでオマエのレベル低くなってンだ」

「ユリコの為に新しくキャラメイクしたの、ってミサカはミサカは説明してみる!」

「ミサカは面倒だったしそこまでレベル高くないからそのままだけど。次遺跡だし第一位も混ざんない?」

「………めンどくせェ」

そう答えると、打ち止めがえーっとあからさまな落胆の声を上げた。

「あなたがいると赤箱いっぱい出るのに、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみる」

「難易度ノーマルならみンな飴だろォが…」

くしゃくしゃと頭を掻く。
最近このゲームには触っていなかったので、久しぶりにやろうかとも思ったのだが。
最低難易度に付き合うのは気が進まない。
番外個体がいるのに自分の既存キャラクターまで投入してしまったら、ますます難易度が低下するだろう。
 
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/21(日) 17:42:37.77 ID:13kvlzRE0

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昼食を終え、建物の外へと出た。
灼熱地獄に放り出されたかのような暑さ。むわっとした熱気が体を包み込む。

「あっつ! 何これ!?」

「ちょうど一番暑い時間帯ですもの。早く帰って涼みましょう」

「…その発言はあまりにもダメ人間すぎるかもってミサカはミサカは突っ込んでみたり」

打ち止めが白い目で芳川を見る。
あらいやだ、快適な場所に居たいのは当然でしょう?と答えているのが更に駄目な大人の雰囲気を醸し出していた。
かといって自分もこんな炎天下の中この場に長居したいとは思わない。

真っ直ぐマンションまで歩こうと先陣を切ろうとした、のだが。



「あれ? ユリコどうしたの、ってミサカはミサカは声をかけてみたり」


93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/21(日) 17:43:26.08 ID:13kvlzRE0

打ち止めの声に振り返ると、百合子だけが帰り道と反対の方向を向いて立っている。
周りをキョロキョロと見渡しているが、何か探しているのだろうか?

「帰ろうよ、ずっと外に居たら暑くて溶けちゃうってミサカはミサカは……
 ……あ、ユリコには能力があったんだね、ってミサカはミサカは今更思い出してみる」

そういえばそうだ。彼女には自分と違い完全な能力――そして反射も備わっている。
通りで外に出てから一人だけ涼しい顔をしているわけだ。

辺りを見回していた百合子がこちらを向いた。

「俺、ちょっと散策してから帰る!、……ります!」

「…………はァ?」

思わずそのまま問い返す。

「……散策、だァ?」

「家の周囲だけでも見て回りてェなって思って。マンションの場所は覚えてるから、一人でも帰れるし」

好奇心に溢れているのは良いことだが、一人にするのは危険な気もする。
かといって自分が付いて行っても奇異の視線を浴びそうだ。同じ容姿の人間が二人並んでいるなどと。
それに、道中暑さでダウンしそうな予感もするし。……いや、それは単に体力がねェだけだ。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/21(日) 17:44:01.28 ID:13kvlzRE0


「良いんじゃないかしら」


そう言ったのは芳川だ。ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら彼女は続ける。

「能力は万全なんでしょう? マンションまでの道を覚えているなら問題ないでしょうし」

どうせなら私の携帯を貸すわよ、と芳川が百合子へ携帯電話を投げた。
百合子は難なくそれを受け取ったが、万が一落としたらどうする気だったのかという突っ込みは喉奥に押し込む。


「…………まァ良いか。……行って来い」

「! ありがとォございますっ!」

単独の散策に許可を出すと、ぱっと笑顔になって反対方向へと走っていく。
十字路できょろきょろと左右を見渡したのち、曲がり角を右折する百合子。

その背中を見送って、再びマンションへ歩き出した。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/21(日) 17:44:44.98 ID:13kvlzRE0

蝉の声が嫌でも耳に届いて耳障りにも程がある。
その時の自分は、その喧しさと暑さであまり頭が働いていなかったらしい。

学園都市第一位であり、その上格段に目立つ容姿の自分と瓜二つの人間が学区内を歩き回ることについて。
名の知れている自分が、女物の衣服に身を包んで人前に出ることについて。



まったくもって意識せず、本当に気にも留めずに、呑気に杖を突いていた。


96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/21(日) 17:45:26.05 ID:13kvlzRE0

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平日昼下がりの大通りを歩く。人通りはほとんどない。
学生は皆学校に行っている時間だろうし、当然と言えば当然だろう。
三百六十度、くるくると回りながら行く当てもなくさまよう。

「…………あンまり人いなくてつまンねェ……」

スカートの裾をひらひらと靡かせて独りごちた。
番外個体から貸して貰ったサンダルがかつかつと音を立てる。

(……ずっと服借りてるのも悪ィし、自分で何か買いてェのはやまやまなンだが)

当然、身ひとつで保護された自分に金などあるはずもなく。

(……やっぱり帰った方が良かったよォな)

自分の行動に僅かばかり後悔の念を覚えつつ、ふらふらと散歩を続けた。

97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/21(日) 17:46:06.05 ID:13kvlzRE0



放浪の果てに辿り着いたのは人気のない公園。
ベンチが点々と設置してある程度の、遊具も見当たらない休憩用スペースのような場所だった。

木が植えてあるばかりの公園を見回していると、すぐそばに自販機を見つける。
自販機まで歩み寄って、ぴたりと立ち止まった。

(…………なンか飲みてェなァ)

喉が乾いていたというわけでもないのだが、ずらっと並ぶ缶やボトルを眺めていると何か飲みたくなってくる。


「……おかね…………」

ひゃくごじゅうえん、ひゃくにじゅうえん……

暫し無言で自販機を眺める。


羽織っていたノースリーブパーカーのポケットに手を突っ込んでみた。

小銭など入っているわけがない。
入っていたとしても勝手に使うのはどうなのか。

釣り銭取り出し口を覗き込んでみる。何もない。

98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/21(日) 17:46:35.31 ID:13kvlzRE0

一連の自分の行動に虚しさを感じながら溜息をついた。

素直に諦めて、もう少しだけ他所を見て回ってから帰ろう、と思ったその時。





「…………一方通行?」





木陰に設置されたベンチの方から、自分のものではない名を呼ぶ声がした。


107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 18:55:17.37 ID:pOUNUAnm0


驚いて振り返ると、何だかチンピラのような様相の茶髪の少年がベンチに座っている。
その隣には、少年とはまた違った雰囲気の大人しそうな少女。

「お、お前、何やってるんだこんな所で……」

少年は奇妙なものを見たとでも言うような目つきで自分に問いかけてきた。
――オリジナルの知人だろうか。
彼の態度はどう見ても知り合いに対するものだ。

(…………ちょっと待った)


もしかして、自販機の前でポケットを漁ったり釣り銭取り出し口をみっともなく漁っていたり、
そしてその一連の動作ののち溜息をつく所まで見られていた?

さあっと血の気が引く。
この少年がオリジナルのどのような知り合いなのかは知らないが、
今、自分は一方通行をとんでもなくイメージダウンをさせてしまったのでは――

意図せず押し黙ってしまった自分を見て、少年がわたわたと両手を振りながら言った。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 18:55:46.40 ID:pOUNUAnm0

「き、気にするなよ一方通行! 別に俺はお前が自販機の前で小銭見つからなくて溜息ついてただとか、



 じょ……じょ、女装癖があるとか言いふらしたりしねーから! な!?」






――じょそうへき?


109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 18:56:19.02 ID:pOUNUAnm0

そう言われてやっと気付く。


一方通行は、判りづらい容姿だがれっきとした男性である。
自分はその一方通行のクローン。姿形は瓜二つ、しかし性別は違う。

今着ているのは半袖のTシャツに薄手のノースリーブパーカー。

そして、風通しの良い長めのスカート。



「………………!!!」

血の気の引いた全身に、ぶわっと冷や汗が滲み出た。

110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 18:57:03.69 ID:pOUNUAnm0

そんな事も気に留めず、今までぼんやりとした表情で黙っていた少女が言う。

「大丈夫だよ。私は女装癖があってもあなたを応援してる」

「応援されても嬉しくねェェェええええよ!! って違う! 誤解! 誤解なンです!!」

「ひい怒った!? ごめんなさいごめんなさい! 絶対言いませんから命だけは、いや滝壺だけはーっ!」

少年ががばっと立ち上がり、隣に座っていた少女を庇う。

「ちが、違ェンだよ! 俺っ、いやわた……私、……なンか違う! とにかく俺は一方通行じゃっ……!」

「あ、あれ? お前、そういや杖は……」


ようやく自分とオリジナルの違いに気付いたのか、無表情の少女に覆い被さったまま少年は目を瞬かせている。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 18:57:48.56 ID:pOUNUAnm0

「…いつも杖ついてたよな? ……つーかよく見たら妙に女の子っぽいような」

「あなた、女の子になったの? 性転換したあなたを応援すればいいのかな」

「ち、違ェ、性別については合ってるけど違う! 本人の名誉のために弁解するけど性転換じゃねェです!」

更に妙な勘違いが波及しそうだ。
詳しく事情を説明するにもどこまで言っていいものか。
そもそも彼らがオリジナルについてどこまで知っているのか、どの程度の知り合いなのかが分からない。


「本人……って、その言い方から察するに、あなたはあのひととは別人ってこと?」

「そ、そォです……」

「それにしちゃ似過ぎてる気がするんだが……」

信じられないといった様子で少年はじろじろと自分を見てくる。

「お前は一方通行本人を知ってるんだな…あいつとはどういう関係なんだよ?」

「……そ、その前に、オマ……あなたたちが、一方通行とどォいう知り合いなのか訊きてェ……です」
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 18:59:01.19 ID:pOUNUAnm0

質問に質問で返すと、少年はうーんと唸って首を傾げた。
困惑したように答えが返ってくる。

「……どういう、って訊かれると困るなぁ……」

「あのひとと仲良しじゃない、はまづら」

「滝壺からは仲良いように見えるのかアレ……!? 悪くはない……と思いたいけどさ!」

「あなたたちは、わ……悪いヒトでは、無ェンですか」

はまづら、と呼ばれた少年、たきつぼ、と呼ばれた少女に再び問いかけた。
……まァ、自分のことを明かしても、問題は……なさそォな気はする。
念の為、じりりと間合いを取っているのだが。

「あのひととは、ともだち。あのひとのそっくりさんには、危害を加えるつもりはないよ」

「なんかお前絹旗と雰囲気似てるなぁ、口調とか……で、結局お前は何なんだよ?」

(う…………)

言っていいものか悪いものか。
僅かに逡巡したが、やはり名乗っておくことにした。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 18:59:41.80 ID:pOUNUAnm0

「ゆ、……百合子、です」


「ユリコ? ……一方通行とはどういった関係で?」

名を聞いて、少年はまた首を傾げる。
――きっと話が進まないだろうから、もう諦めて全てを明かしてしまおう。


「……あ、一方通行の、クローン……です。きのうから、居候してて……」


「「くろーん?」」

答えると、二人は揃って目を白黒させた。そのまま顔を見合わせて話し始める。

「……どーりでそっくりなわけだ」

「うりふたつって、こういう事を言うんだね。AIM拡散力場も、あのひとと変わりない」

「……いや、一方通行が女だったとは驚きだわ……」

「え、あ、それは違くて……、オリジナルは男性ですけど、俺は女性っていう……」

歩み寄って弁解するが、二人は更に驚きの表情を浮かべるばかりだ。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 19:00:21.06 ID:pOUNUAnm0

「素体が男なのにクローンがおんなのこ……どういう事だそれ……」

「俺が聞きてェンですよソレは……自分でもわかってねェから……」

勝手に溜息が漏れた。
それにしても、この二人は自分の言うことを疑うこと無く聞き入れてくれたらしい。
表面上というだけで、内心はどう思っているのか分からないが。


「それで、……えーと、百合子は自販機の前で一体何をしてたんだ? 聞かなくても予想できるけど」

先程の行動を掘り返される。聞かなくてもわかるなら聞かないでくれと心底思った。
あまりの情けなさに俯き加減で答える。



「…………のみもの、欲しかったけど、お金が」

「……ハハハ」


少年の渇いた笑いが突き刺さる。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 19:00:57.91 ID:pOUNUAnm0

だが、次に発せられた少女の言葉でその心の傷は一瞬で癒された。


「缶ジュースくらいなら、私が買ってあげるよ」

「! ほンとですかっ!?」

「うん。好きなの選んで? おかねあげるから」

少女がベンチから立ち上がって、自販機の前に移動するよう促してきた。
小さながま口の財布がぱちんと開いて、少女の指がちゃりちゃりと小銭を探る。
すぐに百円玉と十円玉二枚が取り出されて、自分に手渡された。

「はい、どうぞ」

「ありがとォございますっ!」

数分も立たずに自販機に呑まれる小銭をぎゅっと握りしめる。
自販機に向き直って、改めて何を飲もうかと思案し始めた。

「あのひと、げんき?」

「オリジナルですか? 元気、だと思いますよ。俺にも優しく接してくれます」
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 19:01:27.87 ID:pOUNUAnm0

「そう。よかったね、ゆりこ」

話しながらも自分の目は自販機に向いているが、少女は優しくそう言う。

ようやく「ヤシの実サイダー」を選び、小銭を入れてボタンを押した。
ガタン、ガシャ、と取り出し口に缶が転がり落ちてくる。



「ゆりこ」

「ン、ハイ? なンですか?」


屈み込んで取り出し口から缶を取ろうとすると、また少女が声をかけてきた。
缶を掴み取り上半身が元の位置まで戻ると、その少女は唐突に――

117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 19:01:56.10 ID:pOUNUAnm0



「ん」


ぺた。

何かが自分の胸に触れている。
ゆっくりと視線を移すと、その何かとは隣に立っていた少女の手だった。

もに、と手が動く。


「っ!!?」


揉まれている。胸が。
動転して声も上げられずにいたが、その手はすぐに胸を離れた。

「うん、ちゃんと女の子だね」

「……? …………!? ……はっ!?」
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 19:02:39.25 ID:pOUNUAnm0

「ごめんねゆりこ。実はちょっと疑ってたんだ」

目を丸くしながら少女を見ると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げている。

「え、えと」

「私はたきつぼりこう、あっちははまづら。はまづらしあげ」

ベンチに座っている少年の方を指さして、滝壺はようやく名前を紹介してくれた。
いま彼女が指さすまで、彼の姿は隠れて見えなかったので――先程のは死角になっていたと思いたい。
胸を触られたお陰で思考回路が上手く働かなかったが、名前はきちんと記憶した。


「私たち、そろそろ行かなくちゃ。きぬはたと映画みにいくから」

「えっ? あっ、ありがとォござい……」


「……あ、あともうひとつだけ」

踵を返して浜面の方へ向かおうとしていた滝壺が、再度自分へ向き直った。
す、と耳元に顔が近付けられる。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 19:03:26.53 ID:pOUNUAnm0


「たしかに……ちょっとひかえめだけど、……つけてないのはあんまりよくないよ」


そう耳打ちして、彼女はぱたぱたとベンチへ駆けていく。
それに気付いた浜面は立ち上がり、何やら二人で話しながら公園の出口へ向かっていった。

彼が自分に手を振っていたことに気付いたので、急いで振り返す。



―――恥ずかしいけど、帰ったら頼んで買ってもらおう、下着……


かしゅ、とプルタブを起こして缶を開ける。
サイダーは早くも温くなっていたが、口の中で弾ける炭酸はとても心地よく感じた。


120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/08/23(火) 19:04:00.56 ID:pOUNUAnm0

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「ゆりこ、ちゃんとゆりこだったよ」

「え? 一方通行じゃないって確認できたのか?」

「ふふ、はまづらにはひみつ」

「なんだよそれ……」

「確かにAIM拡散力場もあのひとそっくりだったけど……なんだか、ゆらぎみたいなものがあったし」

「ふうん? ……俺にはやっぱり本人に見えたけどなあ」



「超遅いですよお二方ー! 早く来て下さーい!」

「っと、悪い悪い! 滝壺、走るぞ」

「うん」


127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:04:08.83 ID:aooJvZDp0

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浜面と滝壺の去ったあと。
自分は一人でベンチに座りながらサイダーを飲んでいた。
木陰から見上げると、視界が青く澄み渡る。
真っ青な空にはクレヨンでひとすじ線を引いたように飛行機雲が伸びていた。
木の葉が風で擦れ合う音が心地いい。

(……涼しい、よォな)

無意識に能力を使っているため、本来暑さなど関係ないのだが。


「あ、」

口に付けて傾けた缶は、既に空になっていた。

時間など気にしていなかったが、彼らが去ってからずいぶん長い間ここにいた気がする。
そろそろ別の場所へ移動してみようか。
芳川から受け取った携帯電話を開いて時刻表示を見ると、もう16時に近い。

すぐ近くのゴミ箱に空き缶を捨てて、再びどこへ行くわけでもなく歩き始めた。


「滝壺さンと、浜面さン。……また会えたら良いな」


128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:04:45.48 ID:aooJvZDp0



先程の大通りに戻ると、下校時刻を迎えたらしい学生たちがそこかしこに見受けられる。
学生服ばかりの通りを歩くのは、この真っ白い容姿も相まって自分でも異質さを感じた。

(……い、今更だけど、さっきみてェにまた知り合いに会ったら不味いよなァ……)

オリジナルの知人関係がどういったものなのかは分からないが、再び先刻のような展開になっては困る。

きょろきょろと辺りの様子を伺った。
至って普通の学生集団が、それぞれの友人達と仲良さげに談笑している。
中には一人で歩いている者や、仲睦まじく手を繋いで歩く男女などもいた。

(この中にオリジナルの知り合いなンて居なさそォだけど……)

心の中でそう呟いていると、あることに気付く。
周りを歩く学生達はほとんどが同じ制服を身に纏っているようだった。
中には違った制服も見られたが、自分の周囲は同じ学校に通っていると思しき学生ばかり。


(……近辺に学校があンのかな)

その予想は当たっていたようで、少し歩いた所に校舎のような建物が見えた。
オリジナル相手に、学校には行ってねェンですか、などと訊けるはずもないので、あの建物の中に少しばかり興味が湧く。
あの中を見て回りたいな、と思った。

129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:05:14.28 ID:aooJvZDp0

「…………学校って、勝手に入っちゃ怒られるよなァ……部外者だし」

ぽつりと漏らして、自分を諦めさせるように校舎に背を向ける。
そろそろマンションに帰ろう。あまり遅いと心配をかけてしまうだろうし。

人目を引かないようにパーカーのフードを頭に被る。
これならそれほど目立つことはないだろうと、片足を踏み出そうとして――




「お――いっ! そこのキレーなお嬢さ――――ん!!」




その瞬間、背を向けた方向から大きな声が聞こえてきた。


130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:06:00.59 ID:aooJvZDp0

(な、何だァ……?)

驚いて振り向くと、声の聞こえた方向には奇抜な青髪の少年と金髪サングラスの少年がいた。
自分ではなく周辺を歩く学生のうちの誰かに向けられた声だろうと思い、気に留めずそのまま歩き出す。

「ちょっとちょっと、無視せんといてー!」

足早に歩いていたのだが、男子学生のものと思われるその声はまだ止まない。
音の反射でもしてしまおうかと思っていると、声は更に自分の方へ近付いてくる。


「キミキミ! キミやって!」

ぽん、と肩が叩かれた。

「っ!?」

振り返ると、声の主らしき青髪の少年が自分の顔を見て眩いほどの笑みを浮かべていた。
――だ、誰だ。

 
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:06:35.34 ID:aooJvZDp0


「アルビノの儚げな女の子……! 本物や……! 現実にこんな子が存在しとったんやなぁ! な、つっちー!」

「……あ、あー、そうだにゃー……」

熱弁する青髪の少年とは裏腹に、金髪にサングラスを掛けた少年は若干引き気味で頷いている。
彼らは一体何者なのだろう。自分の正体を知って話し掛けてきたわけではなさそうだ。

「えと、あの……俺、何かしましたか……」

「俺っ娘! 俺っ娘やでこの子!? 超希少種や! ボクら、もしかしてとんでもない子見つけてしまったんとちゃう!?」

ただ問いかけただけなのに、物凄い勢いでよくわからないことを捲し立てられる。
青髪の少年は喜びに満ち溢れた顔をしているが、金髪の少年は困惑したような様子でこちらを見ていた。
何か言いたげな顔だが、もしかしてこの学生はオリジナルと面識があるのだろうか。


「……、あの……?」

「、! いや、なんでもないぜよ! あー、……名前、訊いても構わないかにゃー?」

 
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:07:04.12 ID:aooJvZDp0

「え、と……、ゆ、百合子、です」

「ちょ、つっちー!? 何ちゃっかりお名前訊いとるん!? ああーっでも名前まで素敵やんなぁ百合子ちゃん……」

傍らで悶える青髪の少年をよそに、名前を訊いた少年は見定めるように自分を見つめていた。
しかしすぐに笑顔になって、彼はフード越しに頭を撫でてくる。

「ゥ、わ、ちょっ」

「……ふっふふー。見た目にぴったりな名前だぜい! お兄さんが撫でてやるにゃー」

「ああーんボクも混ぜたって! 細い! 白い! 二次元の存在が飛び出してきたみたいやわぁ……」

長身の少年二人にもみくちゃにされるように撫で回されている。
今朝黄泉川に撫でられた時以上に頭が揺れた。

「や、やめ、やめてくださっ……」

制止の声をかけ、両腕で少年達の手を押しのけるとようやく解放された。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:07:32.88 ID:aooJvZDp0


「……何なンだよもォ! 俺が名乗ったンだからオマエらも名前くれェ教えてくれたってイイだろォが!」

「おお、素が出たぜよ……悪かったにゃー。オレは土御門元春。こっちは青髪ピアス」

「保護欲を煽る儚げ少女かと思いきやワイルド俺っ娘……予想斜め上を行きよるなぁ百合子ちゃん。
 いやぁホンマ良い日やわぁ、百合子ちゃんみたいなカワイイ子に……」

「なァ、帰ってイイか……」

ハイテンションかつ予測不能な彼らに振り回されて、出会って数分も経たないうちに疲れ切ってしまった。
早くこの場から立ち去りたい。

「んー? もしかして百合子ちゃん急ぎの用事あったん? そんなら引き止めておく訳にはいかへんなあ」

はあー、と露骨に溜息をつく。
顔を上向きにしてようやく彼らの表情が見えるようになるのだが、両者とも身長が高いためにやたらと威圧感がある。
……とにかく、このままこの少年達と一緒にいるのは身の危険を感じるので、早く別れることにしよう。

「……早く帰らねェと、心配されるンです」

134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:08:27.34 ID:aooJvZDp0

「そんなら仕方あらへんなぁ、いやでもあとちょい……あだだだだ! 何するんつっちー! 痛い痛い!!」

「はーいそろそろ迷惑を考えるべきだぜい青ピ君。百合子ちゃんごめんにゃー? コイツにはお灸を据えておくぜよ」

土御門と名乗った少年がおもむろに青髪ピアス少年の耳を抓り上げて、帰るようにと促してきた。
ねじりながら引っ張られた耳が見ていられないほど痛々しい。

「……ェ、と……す、すいませンでした……? さ、さよなら」

ぺこりと一礼して一言謝り(自分は悪いことなど何もしていない筈だが)、小走りでその場を離れた。
早く家へ帰らないと。
背後から「また会おーなー」と青髪少年の未練がましい声が聞こえてきたが、振り返らずに走り続ける。


身の危険、というのは、能力を使われなくても感じるものなのだと学んだ。
学園都市最強の能力を持ちながら、ただの学生相手に恐怖に近いものを感じてしまったなどと。


――へ、ヘンな奴には極力関わり合いにならねェよォにしねェと……外って怖ェンだな…………


先程の青髪ピアス少年のくねくねした動きとよくわからない言語のやり取りを思い出して、ぶるりと身震いする。
夕焼けで橙色に染まる道を、マンションへ向かって走っていった。

135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:09:02.59 ID:aooJvZDp0

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「つっちー酷いやんか! ボクは百合子ちゃんとスキンシップしたかっただけやのに!」

「明らかに迷惑してたぜよ!? ……つーかオレはお前の身の安全を思ってだな……」


「もーええ、帰って百合子ちゃんを撫でた感触を思い出す作業に入るわ……」

「あー、ハイハイ……」


(……カミやんが居たら面白い事になってただろうに、残念ったらありゃしないぜい)

(それにしても……百合子ちゃん、にゃー……くくっ)


136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:09:31.08 ID:aooJvZDp0

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『……何の用だグラサン野郎』

「もしもーし、久しぶりだにゃー。なんだ、素の声だな」

『はァ……?』


「さっきのは面白いギャグだったぜい、百合子ちゃん」

『……オイ』


「女の子がそんなドスの利いた声出しちゃいかんぜよー?」

『……百合子に何しやがった』

「またまたー何を知らばっくれ……」


137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/03(土) 23:09:56.45 ID:aooJvZDp0

『アイツに何したっつってンだよ』

「えっ」

『あァそォかオマエはそこまで腐ってたンだなよォーく解ったよし殺す』

「え、……はっ? ちょっ、何か食い違いが起きてる気がするぜい!?」

『黙ってろグラサン今から仕留めに行くから動くンじゃねェぞ』

「いやその、えっ、お前が百合子ちゃんご本人では!? 随分高度なロールだと思ってたが!」

『――、――オマエの居場所は特定した。言い訳は地獄でしろ』

「少し落ち着け話を聞け! オレの勘違……」



――ブツン



144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:16:23.96 ID:EgiGo9US0

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迷いそうになりながらもマンションまで辿り着くと、入口付近でオリジナルの姿を見つけた。

彼の杖を突いていない方の手に何かが見える。
そのまま走り寄ると、その何かの姿が明確になってきた。


金色の髪の毛を引っ掴まれて、学生服を纏い、手足をだらりと投げ出している――少年?



「ただい、……? え、あ、アレ?」

「……百合子」

真っ白い後ろ姿がこちらを振り向く。
オリジナルの左手に持ち上げられていたのは先程遭遇した土御門少年だった。
彼のトレードマークらしきサングラスにはヒビが入り、服や肌は薄汚れている。顔面には出血の痕があった。
目元がサングラスで隠れており、辺りの暗さも相まって意識があるのかすらも察せない。

145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:17:07.20 ID:EgiGo9US0

「無事だったか……」

「そ、その人は……土御門、さン?」

少年を指さしてそう問うと、オリジナルは彼をぽいと放り投げるように金色の髪から手を離した。
左手をシャツの裾で拭い、何事もなかったかの如くオリジナルはマンションの入り口へ向かおうとする。

「気にすンな、オマエは今日何も見なかった、誰とも接触しなかった。それだけだ」

杖を突いているとは思えない速度で歩くオリジナルと、放り投げられて死んだように転がった土御門を交互に見る。
つまり、彼とオリジナルはやはり知り合いだったということか?
なら彼と接触してしまった自分が悪い訳で、そのまま放置するのは流石にどうなのか。


「……、」

迷いに迷った挙句、転がっている土御門のもとへ歩み寄る。
脱力しきった彼の体を抱き起こして呼びかけた。

「あの、つ、土御門さン? 大丈夫ですか?」

返事がない、ただの屍のようだ。
……なんて事はなく、声に気付いたらしい彼の指先がぴくりと動く。

「!」

「う、うぐ……」

呻きと共にサングラス越しの瞼が開いた。
黒いフィルタを通して、ぼんやりした瞳と目が合う。一目でわかるほど朦朧としていた。
げほ、と咳をしたかと思うと、乾いた唇がゆっくり動かされる。

146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:17:46.64 ID:EgiGo9US0

「……ん、にゃー……一方通行がオレに膝枕を……?」

「し、しっかりして下さい! 俺はオリジナルじゃねェって……」

「ああ、百合子ちゃんかにゃー……百合子ちゃんは地上に舞い降りた天使のようだぜい……」

わけのわからないことを漏らしながら、土御門は自分の顔へ腕を伸ばしてくる。
ぷるぷると震えるその手を掴んだ。
今にも天に召されてしまいそうな様子である。


「土御門さン、土御門さンしっかり……しっかりしろォ!」

「うぐ……一方通行そっくりの真っ白い天使が目の前に……」

「目ェ覚ましてくださいよォ!?」

「さ……最後に、舞夏の手料理が食べたかっ……、」

虚ろな目つきで暗くなった空を見上げ、彼は今際の一言を吐き出す。
掴んでいた大きな手が、ぱたりと地面へ落ちた。

147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:18:17.37 ID:EgiGo9US0




「つ……土御門さァァァァァああああああン!!」




「オイ馬鹿は放っといてとっとと戻ンぞ」

「あ、ハイ……」

意識を失ったらしい土御門をそっと地面に寝かせる。
再びどうでも良さげに歩き出したオリジナルの後を追った。

……放置しても問題ないのだろうか。


148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:18:46.51 ID:EgiGo9US0

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「うあああおかえりいいいいってミサカはミサカは思わず飛び付いてみたりぃぃぃ!」

「わ、ッ!?」


黄泉川宅に戻るやいなや、玄関で打ち止めに飛び掛られた。
小柄な体がぐりぐりと押し付けられてくる。

「た、ただいま……? どォしたンだ一体……」

「……お、お昼のことまだ怒ってたのかなって……帰ってきてくれないんじゃって思って……、
 ってミサカはミサカは後悔の念を吐露してみる……」

自分のシャツの裾部分に顔を押し付けたまま、もごもごと喋る打ち止めの声。
常に一本だけ跳ねている茶色い髪の毛がへにゃりと萎れていた。
萎れてしまっている毛ごと、くしゃっと頭を撫でる。

「もォ気にしてねェから、ごめンごめン……」

でも今度行ったら俺が押すからな、と付け加えると、打ち止めは少し困ったような笑顔で頷いた。

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:19:21.13 ID:EgiGo9US0


「いつまでも突っ立ってンなよ、とっとと上がれ」

オリジナルがつん、と背中を押してくる。
慌てて靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
自分の後を打ち止めがちょこちょこ付いて来る。

「何か面白いものは見つかった? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「ン。公園とか、あと学校とか……ここらへンって、店も多いンだな」

そう答えると、打ち止めは嬉しそうに笑顔になった。

「うん! この学区は色んなところがあるんだよ、ってミサカはミサカは紹介してみる!
 あの人と一緒にたくさん歩いて回ったから、今度ミサカが案内してあげるね! ってミサカはミサカは予告してみたり」

「へへ、楽しみにしとく。ありがとォな」


リビングのソファーには芳川が座っていた。
彼女一人だけかと思っていると、寝転がっていたらしい番外個体がむくりと体を起こす。

「おかえりなさい、百合子」

「おかえりー百合子、ずいぶん遅かったねぇ。親御さんも心配するってもんだ」

芳川は適当にテレビのチャンネルを切り替えながら、番外個体はけけけと笑いながら挨拶の声をかけてくれた。
親御さん、とはオリジナルの事だろうか。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:20:01.22 ID:EgiGo9US0

「携帯が鳴ったかと思ったら、血相変えて出てっちゃうんだもんあの白いの。笑っちゃうよ」

「……へ?」

ユリコチャンは怪我してない? 迷わなかった? だのと続ける番外個体の声も右から左。
自分は携帯など使っていないのだが、一体どういう事か。
やはり自分が外に出たことによって何か問題が生じたのかもしれない。後で謝っておかないと。
怪我もしていないし、なんとか迷うことはなかったと彼女に伝えると――


「お、主役のお帰りじゃん?」


キッチンの方から黄泉川がやって来た。
機嫌の良さそうな顔で、朝と同じように頭を撫でられる。

「今日は百合子の為に、忙しい中ちょーっとだけ早く上がらせてもらったんじゃんよ」

「俺のため?」

「そ。昨日は遅かったから何も話せなかったしね。いつもより夕飯に気合入れてるじゃん」

黄泉川はキッチンの方に――恐らく炊飯ジャーに対するものと思しき視線を向けてから、自分へ向き直った。

「改めて、歓迎会みたいな……そんな感じじゃんよ。ふふ、ついでにケーキも買ってきてやったじゃん」

「!」

151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:21:24.57 ID:EgiGo9US0

ケーキ。洋菓子。
実物を見たことはないが、頭にその情報は入っているし、昼間にファミレスのメニューでも見た。

食べたい。


「っと、そんな露骨に物欲しそうな目をされても困るじゃんよ……デザートだよ、ご飯の後!
 ……ほんと、見た目だけで中身は一方通行と似ても似つかないじゃん」

黄泉川に苦笑しながら窘められる。

「さて。もうじき出来上がるから、みんなテーブルで待ってて構わないじゃんよ」

そう言うと彼女は再びキッチンに戻り、食器の準備を始めた。
きゅるるる、とタイミング良く腹が鳴り出す。

152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:22:06.59 ID:EgiGo9US0



「百合子のお陰で愛穂の料理に気合が入るなら、百合子がうちに来てくれて本当に良かったわ」

「……他人に頼らねェで、ちったァ自分でも作ろォとしてみろっつゥの」

いつの間にかリビングへやって来ていたオリジナルが芳川に突っ込んだ。
そんな言葉も彼女は飄々とした様子で受け流す。

「キミに言われたくはないわね。いいじゃない、他人が作るものを食べるのがおいしいのだから」

「ぎゃは、どっちもどっちじゃないのさ。……ミサカもだけどね」


「……うう、ここにはダメな人しかいないの……?
 ってミサカはミサカは自分もその集団の中に入っていることに絶望を感じながらユリコにすがり付いてみたり……」

「……は、はは」

空腹感に胃周辺をさすりながら、乾いた笑みがこぼれるばかりだった。


153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:22:44.44 ID:EgiGo9US0


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「う」

「う?」


「……っンめェェェェ!!」

真っ白いレアチーズケーキ、咀嚼後第一声。
黄泉川特製の煮込みハンバーグその他諸々を胃に収めてから、待ちに待ったケーキを食べていた。


「こ、こンな美味ェモンを……ありがとォございますっ……」

「ハハハ、本当にいい反応じゃん。買ってきた甲斐があったもんだ」

「ユリコはあの人と違って甘いモノが好きなんだね、ってミサカはミサカは再認識してみたり。朝のジャムとか……」

同族を見つけた、と言うような目で打ち止めがこちらを見ている。
別段自分が甘い物が好きだという気はしないのだが、美味しいものは美味しい。
しかし笑顔の打ち止めとは裏腹に、オリジナルはテーブルの角で眉間に皺を寄せながら自分の様子を眺めていた。
彼の前に置かれたケーキには全く手が付けられていない。

「……俺食わねェから、オマエが食えよ」

「え、良いンですか?」

「食う気しねェし」
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:23:24.93 ID:EgiGo9US0

そう言うと、皿がつい、とこちらに動かされた。
今朝もオリジナルは甘い苺ジャムを食べる自分に奇異の目を向けていたので、元々甘味が得意ではないのだろう。
一人で二つも食べるのは流石に憚られるので、隣に座る打ち止めへも声を掛けた。

「じゃ、これはンぶンこにして食うか」

「ほんと!? やったー! ってミサカはミサカは喜びをネットワークに放出してみたり!」

「ちょっ……と、……やめてよ最終信号! 他の個体の怨念は全部ミサカに来るんだからね!?」

うがー! また食べたくなってきたー! と急に頭を抱え始める番外個体。
彼女は既に自分に切り分けられた分を平らげてしまっていた。


「ンじゃ、……ハイ、どォぞ」


「えっ」

フォークで切り取った一口分を、番外個体の顔の前に運ぶ。
彼女はきょとんとした顔で自分を見つめてくる。

155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/05(月) 00:24:09.35 ID:EgiGo9US0

「こぼれちまうから、ほら、早く」

「あっ、えっ、……も、もう、仕方ないなあ!」

あむ、と番外個体がケーキを口に含んだ。


「俺にはよくわかンねェけど、ソレを他の個体に……感覚共有? してやれば良いンじゃねェかな」

「ミサカにそんなことされたって意味ないのに……共有の回路が違うもん」

「でも、食べたかったンだろォ? ならイイじゃねェですか」

「うー……、なんかミサカ納得いかない! 百合子が第一位のクローンだなんて信じないー!」

彼女はもきゅもきゅとケーキを食べてから、むくれたように唇を尖らせた。
そんな番外個体とは対照的に、打ち止めは落ち着いた様子でオリジナルと自分を交互に眺める。

「うふふ。普段のこの人とは違った魅力がユリコには存在しているのね……
 ってミサカはミサカはふたりのギャップをケーキと共においしく味わってみたり」

フォークを口に運びながらそう言う彼女は、外見に似合わない妙に大人びた表情をしているのだった。
彼女の頭頂部からぴょこんと跳ねた髪の毛が、普段より凛々しく見える。
テーブルの対面に座って、保護者の顔つきで微笑む黄泉川と芳川の視線がこそばゆかった。


163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:10:40.08 ID:ODaKcUJf0

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昨晩と同様に三人で入浴をすることになったため、着替えの準備をする。
その流れで、公園で滝壺に囁かれたことを思い出した。
今日も今日とて借り物の下着なので、ついでだし……と、食器を洗う黄泉川に声を掛けてみる。

「あ、あのォ……」

「ん? どうかしたじゃん?」

「……し、下着……欲しいンですけど、買って貰えませンか……」

蛇口の流水で食器の泡を洗い流しながら、彼女はああ、と思い出したように頷いた。

「……そういえば無かったじゃんね、そういうの。今日買いに行かなかったのか?」

「あ、ワーストさンの新品のを貰ったので……今日、外ではお昼食べただけだったし」

「ったく、ききょうー! なんでもっと気ぃ利かせてくれないじゃーん!?」

黄泉川が少しばかり呆れた様子でリビングの方へ叫ぶ。
リビングからは、なんのことかしらー? と何も理解していなさそうな芳川の声が返ってきた。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:11:06.58 ID:ODaKcUJf0

「んー、じゃあ明日は百合子の服の調達にでも行ってみるじゃんよ。土曜日だし」

「わ、わざわざごめンなさい……ありがとォございます」

「気にしない気にしない。百合子は素直でいい子じゃんねー」

一方通行ももうちょっと素直になればいいのに、と黄泉川は今朝の芳川と同じ事を言っていた。


「用件は把握したし、ほら、早く風呂入って来るじゃんよ」

「ハイ、……ご飯、ごちそォさまでした!」

そう言い残して脱衣所へと移動する。


扉を開けると、ほぼ裸になった打ち止めに「遅いよユリコってミサカはミサカはー!」とタックルを食らってしまった。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:11:57.83 ID:ODaKcUJf0

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浴室では、打ち止めと番外個体に弄くり回されてちっとも体が休まらなかった。
流石に昨晩と同じくオリジナルの部屋に集まって寝るのは迷惑極まりないと思ったため、それぞれ二人ずつに分かれる事になった。
打ち止めと番外個体、オリジナルと自分、という分かれ方だ。

「百合子、襲われないように気をつけておきなよ?
 そんな展開になったら流石のミサカも第一位にドン引きだけどね。だってソレ、あの人が超絶ナルシストってことだしさぁ? ぎゃは」

「んもー、番外個体はどうしてそういう物言いになっちゃうの、ってミサカはミサカは末の妹に呆れ果ててみる!
 ……でもミサカもあの人と一緒がよかったなー、ってミサカはミサカは……」

「うわあ、最終信号ったら小児性愛者の餌食になるのがお望みなんだね。ミサカ理解できにゃーい☆」

そんな事を駄弁る、瓜二つで体格だけが違う少女達。
鼻で笑う番外個体に、むーっ! と打ち止めが頬を膨らませた。


「ほらほら、子供たちはもう寝る時間よ。歯を磨いたなら早くベッドに入ってしまいなさい」

酒のつまみの袋を携えた芳川が、通りすがりに声を掛けてくる。

「あ、お酒飲んでるの? ミサカも飲――もべっ!」

「ミサカも番外個体も実質まだ子供なんだからお酒はだめー! ってミサカはミサカは足を引っ掛けて進行を阻止してみたり!」
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:12:33.30 ID:ODaKcUJf0

「そうよ、そもそも前に少し飲んだだけで盛大に酔っぱらっていたでしょう? まだ飲ませられないわ」

芳川はそそくさとリビングへ戻り、打ち止めはうつ伏せに倒れ伏した番外個体を小柄な体で引き摺っていく。

「……手伝うか?」

「あなたの手を煩わせるまでもないよ!
 ってミサカはミサカは獲物を捕らえた狩猟民族のごとく番外個体を担ぎ上げてみる!」

手を貸そうと思ったのだが、打ち止めはずりずりと番外個体を部屋まで連行していく。
すぐに扉まで辿り着き、番外個体ごと部屋に戻っていった。


「……、」

少し間を置いてから、自分もオリジナルの部屋へと向かう。

……この家は、本当に賑やかだ。

167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:13:23.01 ID:ODaKcUJf0

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「……お邪魔、しまァす……?」

必要最低限の家具しかない簡素な部屋。
オリジナルはその部屋のベッドに転がっていた。自分よりも鋭利な雰囲気の漂う瞳がこちらを見る。
昨晩四人で窮屈だったベッドが、人ひとりになると途端に寂しく見えた。

「もォ寝ンのか」

「ハイ。歯も磨いてきたので」

オリジナルは食事を済ませてから、自分たちよりも早くシャワーを浴びて就寝の準備をしていたらしい。
じっと立ちつくして見ていると、彼はくあ、と欠伸を漏らした。普段よりも僅かに幼い顔つきになっている。


「ン」

「あ、ありがとォございます」

オリジナルが自分の為にスペースを空けてくれた。
静かにベッドに乗り上げて、畳まれていたもう一枚のタオルケットをもそもそと引き寄せる。

168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:13:50.77 ID:ODaKcUJf0

「……」

彼はじっとこちらを見てくる。
それを不思議に思いながらも、ひとまず真っ白いシーツの上に寝そべった。

「……どォかしました?」

「……いや」

適当に濁したかと思うと、彼はごろりと反対側を向いてしまった。寝る、ということだろうか。


自分も仰向けに寝転がり、天井を見上げる。
カーテンの隙間から月光が漏れていた。

緩く瞼を閉じたところで、オリジナルが再び声を掛けてくる。

「…………今日、」

「え?」

「……なンか、見たか?」

何か、とは一体。
何を見て回ったか、と解釈して返答する。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:14:21.55 ID:ODaKcUJf0

「ン……と、公園、とか、色んなお店とか、学校とか、見て回りました」

「……ふゥン」

「あ、お店の中も学校にも入ってはいねェですよ?
 ……何人か、オリジナルの……知り合いみてェな人にも会ったし」

「はァ?」

天井を眺めたまま答えると、オリジナルが怪訝そうな声を上げる。
視界の隅で彼の白い頭が動いたのがわかった。

「知り合い、って……誰だ。わざわざ名前訊いてきたのか」

「は、ハイ……ジュースなンて買って貰っちゃったし。浜面さンと、滝壺さン、って人でした」

今日世話になった人物の名を告げると、またオリジナルがもそりと動いた。
何やらブツブツと独り言を漏らしているのが聞こえるが内容が察せない。


「あと、さっきの……土御門さン、と……青い髪の、ヘンな人」

「青い髪の奴は知らねェが……あンだけ目立つ格好でそれしか出くわさなかったっつゥのは、余程運が良かったンだな」

……ということは、オリジナルはそこそこ顔が広いということだろうか。
学園都市第一位という肩書きから、そんなイメージはしていたのだが。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:15:01.06 ID:ODaKcUJf0

「……平和ボケした奴らばっかじゃねェンだから、これからはもっと気ィ付けて出歩けよ」

顔が広いのは良い事ばかりではないらしい。
今までどういった暮らしをしてきたのかは知らないが、自分もオリジナルに倣って周囲に注意を払いながら暮らす方が良いようだ。


「……ところで、あの」

「何だ」


「…………土御門さン、あのままで良かったンでしょォか」

「…………」

数秒の沈黙。


「寝ろ。俺も寝る」

……無かったことにされた。
一体どういう扱いを受けているのだろうか、彼は。


「は、ハイ……おやすみなさい」

「……オヤスミ」


眠る前の挨拶をして目を閉じる。
多少は疲労が溜まっていたのか、数分もすると緩やかに眠りに落ちていった。


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171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:16:09.08 ID:ODaKcUJf0



                        …

                        ……

                       ………


                    自分は、水辺に居た。



                      『――――?』


                澄んだ、翡翠色の湖の上に立っている。



                  自分の正面にも、誰かが居た。

        目の前に立っている人影は、白い髪と、白い肌の、「自分」そっくりな――


172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:16:52.03 ID:ODaKcUJf0


                   『――――、――――』


              それは微細に口元を動かして、何かを呟いた。

               何を言っていたのかは聞き取れなかったが、


           ――どうしてか、その悲しげな表情に不安感を煽られる。



           白い睫毛で隠されていた赤い瞳が、ゆっくりとこちらを見た。

     辺り一面は、輝くように白い。自分を見据えるその赤色だけが浮かび上がっている。

              ふ、と、柔らかな笑みがこちらへ向けられた。

             何か――何か声を掛けようと、口を開こうとしたが。



          その「自分」の儚げな笑顔を最後に、意識はゆるりと浮上して、



173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/09/20(火) 18:17:30.28 ID:ODaKcUJf0

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目が覚めると、ベッドの上は既に自分一人になっていた。

オリジナルはもう起きているらしい。
普段彼は早起きではないという話だったし、もしかすると自分は盛大に寝過ごしてしまったのではないか。

ベッドから起き上がり、タオルケットを畳む。
ぱたぱたと早足でリビングへ向かった。



眠っている間に見たものは、もうぼんやりとしか頭に残っていなかった。


180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:51:23.87 ID:1CE/sCmJ0

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黄泉川「おー、おそようじゃん」

打ち止め「そろそろ起こしに行こうかと思ってたところだよ、ってミサカはミサカはおそよー!
     疲れてたのかな、ゆっくり休めた? ってミサカはミサカはちょっぴり心配してみたり」

百合子「ご、ごめンなさい……少し、疲れてたのかもしンねェ……です」

黄泉川「気にしない気にしない! 私らだって今日は遅起きだったじゃんよ」チョットノミスギタジャン

芳川「まだ頭が痛いのよ……私も少し飲み過ぎたわね」

百合子「……ハハハ……」


黄泉川「……ところで百合子、起きて早々で悪いけど。
    また外に食べに行って、そのまま服を見に行く……って流れになりそうじゃんよ、平気か?」

百合子「あ、えと……」

黄泉川「調子悪いなら無理にとは言わないじゃん。別に今度だって……」

百合子「い、行く! 行きます!」
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:52:01.20 ID:1CE/sCmJ0

黄泉川「何だ、元気じゃんね、じゃあそろそろ出るから準……」

百合子「顔洗ってきまァす!!」バッ

打ち止め「ひゃ!? ってミサカはミサカはユリコの勢いに驚きを露にしてみたり!?」ビクーン

芳川「あらあら、元気じゃないの。……愛穂、やっぱり私は留守番じゃ駄目かしら」

黄泉川「たまには外に出ようとすべきじゃんよ」

芳川「昨日出たばかりじゃない、ご飯食べに」


一方通行「……どいつもこいつも、なンつゥか……」コーヒーズズー

芳川「じゃ、私の代わりにキミが付き添いってことでお願いするわね」

一方通行「はァ!?」

番外個体「いいじゃん。あなたが財布兼荷物持ちってことでさあ」ソモソモモヤシガニモツモテルノ?

打ち止め「え、あなたも買い物来てくれるの?
     やったー、ってミサカはミサカは両手を上げてバンザイしてみる!」

黄泉川「……まぁ、別にそれでも問題はないじゃんね」

一方通行「オイ、オマエ簡単に揺らぎすぎだろォが特に財布って部分に」ダレガモヤシダ
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:52:44.96 ID:1CE/sCmJ0

芳川「ほら、ならいいじゃないの。どうせ私には買いたいものも無いしキミが適任だわ」

一方通行「俺にだってンなモンねェよ!」

打ち止め「ねーねー行こうよー、あなたが居たらきっとユリコも喜ぶよ、
      ってミサカはミサカは情に訴えるしぐさであなたにお出かけを促してみたり」グイグイ

芳川「行ってらっしゃいな。留守中は私がこの家を守るから安心なさい」

黄泉川「桔梗が言っても信憑性ゼロだけど、折角だし一方通行も付いて来るじゃんよ」

一方通行「…………クソッたれ……」ズズー

打ち止め「そう言いつつ従ってくれるあなたにミサカはミサカは喜びを隠し切れなかったり! やったー!」


百合子「お、お待たせしました……」

打ち止め「あ、早かったねユリコ。じゃあお腹も減ったし早く行こう!
      ってミサカはミサカはヨミカワに向き直ってみる!」

黄泉川「りょーかいじゃん。さてみんな、出るぞー。今日は車で行こうじゃんか」
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:53:33.00 ID:1CE/sCmJ0

番外個体「やったぁ快適ドライブー」

打ち止め「キンキンに冷房効かせて走るのね、ってミサカはミサカは期待に胸を膨らませてみたり!」

一方通行「……移動の手間がかからねェだけマシか……」

百合子(……無理矢理同行させられるらしいのに自然に従ってるなンて……)

打ち止め「ん? どうしたのユリコ、ってミサカはミサカは問いかけてみる」

百合子「別に、なンでもねェよ。……あ、今度はあのボタン押させてくれよ?」

打ち止め「わかってるよ、ってミサカはミサカは申し訳なさを感じながら頷いてみたり……」コナイダハゴメンナサイッテミサカハミサカハ
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:54:08.38 ID:1CE/sCmJ0




――――→セブンスミスト


一方通行「……やっぱり着いてくンじゃなかった」

打ち止め「どうしたのあなた? ってミサカはミサカは子供服のコーナーを物色しつつ問い掛けてみたり」

一方通行「歩くのがだりィ」

黄泉川「そういえば一方通行はいっつもご飯食った後寝てるじゃんね。食後のおねむの時間じゃんか」オーコレニアウジャン

一方通行「何がおねむだよ! ソレ言ったら眠くなるのは普通クソガキの方だろォが!」

打ち止め「ミサカは昨日はぐっすりだったから眠たくないもん、
      ってミサカはミサカはお子様扱いに若干ムッとしながら述べてみる!」アリガトウヨミカワッテミサカハミサカハ


百合子「あ、あの、ごめンなさい、無理に付き合わせたみてェで……」

番外個体「よしよし百合子、第一位になんか気使わなくたっていいんだからね。
      ほらあなたは財布置いてどっか行ってなよ」

一方通行「何様だよオマエは……」
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:54:44.89 ID:1CE/sCmJ0

黄泉川「んー、じゃあ一方通行はどっかで休んでるじゃん? ベンチぐらいはどこかにあるだろうし」

一方通行「あァ、そォする」

百合子「そ、それなら俺が家まで送って……」

一方通行「オマエの服買いに来たンだろ。オマエまで売り場離れてどォすンだ」

百合子「う……」

一方通行「さっき気使うなって言われただろォが。オマエは余計な事考えなくたってイインだよ。
      つーかこンな目立つのが二人並んでたって不自然だろォし」

打ち止め「ユリコ、ミサカの服見終わったらたくさん選んであげるからね!
      ってミサカはミサカはいい服を片っ端からカゴに突っ込んでみたり!」

百合子「う、うン」ソンナニカウノカ…


一方通行「ンじゃ、ごゆっくりどォぞ」

黄泉川「はいはーい。あんまり遅くならないように努力はするじゃん」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:55:15.47 ID:1CE/sCmJ0

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百合子「ま、まだ買うンですか……?」

番外個体「服はもういいよ。もっと別の」ガサゴソ

打ち止め「なかなかいいのが見つからないかも、ってミサカはミサカは棚を物色し続けてみる……」ガサゴソ


黄泉川「ん? あの子たちは何やってるじゃんよ?」ノミモノカッテキタジャン

百合子「わかンねェです、何か探してるみてェだけど……」アリガトォゴザイマス



打ち止め「あ、これかわいい! ってミサカはミサカは叫んでみたり!」

番外個体「おー、最終信号にしてはいいんじゃないの?」

打ち止め「ミサカにしてはって何なのー!? ってミサカはミサカは僅かに怒りを滲ませてみる!」
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:55:45.67 ID:1CE/sCmJ0

黄泉川「おーい、何探してたんじゃん?」

番外個体「ふふ、ヒミツー。今レジ行ってくるよ」

百合子「……?」



打ち止め「お待たせー、ってミサカはミサカはユリコに飛びついてみたりー!」ピョン

百合子「ひゃっ、な、なンだァ!?」

番外個体「はいユリコチャーン、ちょっと動かないでね」ガサガサ

百合子「え、あ、ハイ……?」


188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:57:05.50 ID:1CE/sCmJ0

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ぱちん。


「おー、やっぱり似合う。仏頂面のあの人が元とは思えないほどかわいいよ」

「? ……? ワーストさン?」

「ミサカのセンスに狂いはなかった! ってミサカはミサカはユリコを眺めてご満悦!」

「なんだ、何かと思ったらこれ選んでたんじゃんね。かわいいじゃん」

百合子の周囲の三人が口々にそう言う。
当の百合子はいまいち何が起こったのか分からない、という様子でぱちぱちと目を瞬かせている。

「……、? これ」

先程まで番外個体に触れられていた辺り、自分の髪へ手を伸ばして、百合子は声を発した。

「ほら。こっち、鏡。似合うよ」

番外個体が百合子の両肩を掴み鏡の前に移動させる。
顔だけが映る円形の鏡には、真っ白い頭に小さな花の髪飾りを付けた百合子の姿があった。
藤色をしたそれは店内の照明を受けてうっすらと輝いている。

「……、」
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:57:50.34 ID:1CE/sCmJ0


「あ、あれ? 気に入らなかった? ってミサカはミサカは……」

「えへ、へへへ……」

打ち止めが不安げな声を、百合子の奇妙な声が遮った。

「ゆ、百合子?」

「すごく、カワイイ、です。……ふふ、嬉しい! 嬉しいです、ありがとォございます!」

「う、うん……!? 喜んでもらえたならミサカ達も……うん、よ、良かった」

百合子の顔は喜びのあまり凄絶な歪み方をしていた。番外個体が引くほどの輝きを伴いながら。

「良かったじゃん百合子。これで一方通行とも見間違わないじゃんね」

「良かったです、すごく! ……うふ、えへへへ」

黄泉川が百合子の頭を撫でる。
百合子は変わらず幸せそうに笑っているのだった。


190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:58:47.26 ID:1CE/sCmJ0

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黄泉川「さて、用事は済んだしそろそろ帰るじゃん」

番外個体「うー、ちょっと調子乗りすぎた。荷物重い……」

打ち止め「ユリコ、重くない?
      ってミサカはミサカはあなたにミサカの荷物を持たせることに罪悪感を隠しきれなかったり……」

百合子「え、別に平気だけど……」

打ち止め(……あの人と一緒で細いから心配になるんだよ、ってミサカはミサカは口に出せなかったり)


黄泉川「一方通行に居場所訊くから、ちょっと待ってるじゃん」ピッピッ

打ち止め「はーい、ってミサカはミサカは元気にお返事!」

番外個体「長いこと見て回ってたし、あのモヤシもう帰っちゃってたりして。ぎゃは」

打ち止め「あの人はなんだかんだでちゃんと言われたことは聞くいい子なんだよ、
      ってミサカはミサカはその発言は撤回して欲しいことを伝えてみる!」

番外個体「どーだかねぇ?」
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:59:20.66 ID:1CE/sCmJ0

黄泉川「あ、もしもし?」

黄泉川「今どこに居るじゃん? ……うん、うん」

黄泉川「わかった、すぐそっちに向かうからもう少し待ってるじゃんよー」


打ち止め「……ちゃんと待ってくれてたみたいだよ? ってミサカはミサカは番外個体を見上げてみる」

番外個体「な、何その目は。ミサカに何を求めてるのさ」

打ち止め「あの人に対する謝罪を要求しちゃうよ、ってミサカはミサカはユリコもそう思うでしょ、って……?」

番外個体「? 何……、百合子?」



番外止め「「あれ?」」



192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 02:59:54.63 ID:1CE/sCmJ0

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「……そこに居るのは、もしかして第一位だったりするのかねぇ」

「……、?」

背後、そう遠くない位置から聞こえた声は聞き覚えのないものだった。

黄泉川がオリジナルに電話している間、少しだけ、と小物売り場の棚を眺めていたのだが。
やはりちょっとでも知人と離れると“こんな展開”になってしまうらしい。
昨晩の自分の『注意しよう』という意思は何だったのか。

「こんな超目立つ容姿の人間なんて、他に居ないでしょう。超間違いないです」

振り向くと、そこに居たのは二人の少女。
一人は長髪、もう一人は短髪。両者ともじっと自分を見つめている。


「……第一位、アンタ」

「……、わかりづらい容姿だとは超思っていましたが、まさか……こんな……」

「え、えっと、あのォ……?」
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 03:00:39.25 ID:1CE/sCmJ0

また昨日の二人のように誤解が生まれている気がする。主に自分の女物の衣服のせいで。
どうして自分は学習しないのか、と後悔した。
わざわざ新しい衣服を買って貰ったにもかかわらず、オリジナルと同じような服装の方が良いのではと思い始めてしまう。
逃げ出してしまった方が平和的に済むのではないかと考えていると、彼女達からは予想斜め上の言葉が飛び出した。



「こんな細い身体で私たちを生んでくれたんですね……超お世話になりました……」


「はっ? 生ん……!?」

「今まで……その、悪かったよ。許してくれとは言わねぇけど、これからは優しく接するからさ……」

「ェ、ちょっと……?」

この少女たちは何を言っているのか。
オリジナルと何らかの関わり合いがある事は察せるが、生んだ、とは一体。

「あの、ちょ……俺には何を言ってるか……」
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 03:01:18.38 ID:1CE/sCmJ0

「いいんですよ、何も言わなくていいんです。この超細い身体で出産だなんて……超辛かったことでしょうね」

「これからは絹旗ちゃんと私でアンタの負担を減らしてやるからさ、ほらこっち来いよ、美味いコーヒー奢ってやる」

「う、え、えェー……」



「……何愉快な勘違いキメちゃってンですかオマエらは」


どうしたら良いのかも分からぬまま動転していた自分へ、一筋の光明が差した瞬間だった。


195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 03:01:59.06 ID:1CE/sCmJ0

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絹旗「えっ?」

黒夜「はっ?」

百合子「オリジナルゥ!」ブワッ

一方通行「オマエもオマエで何涙目になってンだ! 昨日気ィつけろっつったばっかだろォが!」

百合子「ご、ごめンなさいィ……」


絹旗「一方通行がふたり……? ああ、なるほど、超わかりましたよ」

黒夜「ああ……、……第一位」

一方通行「いや何が『ああ』『なるほど』だよ! オマエら何なンだその妊婦に向けるよォな優しさに満ち溢れた目!?
      気色悪ィンですけど!? 近付くな腹撫でよォとすンな!!」

黒夜「いや、妊婦じゃなくて産後の母親だよ……だって三人も生んだんだろアンタ……」

絹旗「そうですよ……苦労した人を超労って何が悪いんですか……」

一方通行「オマエら張っ倒すぞ! こンなでけェ子供生ンだ覚えはねェしそもそも女じゃねェからな俺は!」
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 03:02:37.14 ID:1CE/sCmJ0

黒夜「…………、ジョークだよジョーク。ノリ悪くて困るよ第一位はよぉ」

絹旗「……、そうですよ。冗談です。もっと超いいリアクションをして欲しかったんですよ私たちは」


一方通行「どこがジョークだ下手すりゃ素だろ何だその間」

絹旗「いえいえそんなことは超ありませんよ。……超通りがかっただけですし、私たちはそろそろ失礼しますね」スタコラサッサ

黒夜「またな第一位。今度そっちの“そっくりさん”の話も聞かせろよー」スタコラサッサ

一方通行「あ、オマエら待っ……、チッ、逃げ足速ェ」


百合子「……えェと、あの方たちは……」

一方通行「アイツらは……まァ、前に色々あったンだよ。説明もめンどくせェ……」

百合子「は、はァ」

197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/02(日) 03:03:16.32 ID:1CE/sCmJ0


一方通行「……ン、何だソレ」

百合子「え? ……あ、コレですか? 打ち止めさンとワーストさンが選んでくれたンです」

一方通行「そォか。……そりゃァ良かったな」

百合子「へへ……ハイ。良かったです」



打ち止め「あ、こんなところにいたー! ってミサカはミサカはユリコを発見してみたり!
      あれ? あなたも一緒だったんだ」

一方通行「今合流したンだよ。コイツすぐフラフラするみてェだから目ェ離すな」

百合子「う、すみませンでした……」

番外個体「いっつも素直じゃないのに、やっぱり親御さん全開だねぇ」

黄泉川「良い事じゃんね。待たせて悪かったじゃんよ、早く帰ろうじゃんか」

打ち止め「たくさん見て回って疲れたよ、ってミサカはミサカは疲労困憊……」

一方通行「俺だって待ちくたびれたンですけどねェ……」

204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:42:12.00 ID:BIIB3Q060

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「ン、……」

寝返りを打って、肌に布の感触がした事に気付く。
薄く目を開くと、白いシーツに転がる自分の腕が見える。ベッドの上に居るらしかった。
ぼやけた視界をどうにかしようと目を擦る。
カーテンの隙間からは明るい日差し。

昨日、買い物から戻ってきた後の事が思い出せない。

(……つゥか、いつの間に寝てたンだ)

もそりと身を起こす。杖はベッドのすぐ側に置いてあった。
自分で腕から外した記憶はない。

(……アイツも居ねェし)

ベッドの上には自分一人。昨晩一緒に眠ったはずの百合子の姿はなかった。

(こンな時間なら、リビングに誰も居ねェって事はねェだろ……)

自室で考え事をしていても仕方がないため、杖を腕に装着して立ち上がる。
相当な間眠っていたはずなのに、くあ、と欠伸が漏れた。

205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:42:59.62 ID:BIIB3Q060

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「あ、オリジナル」

「やっと起きたー! ってミサカはミサカは長時間睡眠すぎるあなたにちょっぴり呆れてみたり!」

リビングに居たのは百合子と打ち止めの二人。
黄泉川と芳川、番外個体はこの場には居ないようだ。

「……オマエらしか起きてねェのか」

「ワーストさンはまだ寝てますけど」

「ヨミカワは学校に用事があって、ヨシカワは誰かに呼ばれて出かけたらしいよ、
 ってミサカはミサカは説明してみる」

「そォかい。お休みなのにお忙しいこって……」

そう適当に返事をしたところで、打ち止めの『長時間睡眠』という言葉に気が付いた。
自分はいつから眠っていたのか尋ねる必要がある。

「……昨日、俺はいつ寝たンだ」

「ええー!? そこから既に記憶がないの!? ってミサカはミサカは驚愕しつつもなんとなく納得してみたり……」

あからさまに驚いた顔をする打ち止め。
困惑したような顔の百合子が、続けて口を開いた。

「……オリジナル、帰ってくるなり『眠ィから寝る』って……、
 晩ご飯前にも起こしたのに、全然反応しねェし……結局帰ってからずっと寝てましたよ」

「……、」

そう説明されて、ようやく少しだけ記憶が戻ってきた気がする。

206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:43:47.23 ID:BIIB3Q060



黄泉川「ただいまじゃーん。桔梗ー、居るかー?」

芳川「おかえりなさい。ちゃんと居るわよ」

黄泉川「何か変わった事とか無かったじゃん?」

芳川「なんにも。郵便物も無いようだったわ」


打ち止め「ただいまー、ってミサカはミサカはサンダルを脱いでみたり」

番外個体「あー疲れた! なんか飲み物あったっけ……」

打ち止め「先に手洗わなきゃダメー! ってミサカはミサカは末の妹に注意してみる!」


一方通行「……」

百合子「……、あれ、オリジナル?」

一方通行「……眠ィ」フラフラ

百合子「お、お疲れ様でした……って、ちょっ……?」

一方通行「……寝る……」

打ち止め「え? あ、あなた? すぐ夕ご飯の時間だよ、って……」


黄泉川「いいじゃんいいじゃん。好きにさせてやるじゃんよ、付き合わせちゃったし」

芳川「食事の時間になったら起こしてあげたらいいのよ」

打ち止め「……起きてくれるか不安だから止めたかったのに、
     ってミサカはミサカはあの人の長時間睡眠をなんとなく予測してしまっていたり……」



207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:44:28.05 ID:BIIB3Q060

「……あァー……」

「思い出した? ってミサカはミサカはあなたの尽きない睡眠欲に呆れ果ててみる」

何故そこまで眠気が酷かったのか分からない。
つまり自分は風呂にも入らず食事も摂らず眠りこけていた事になる。

「……今、風呂入れるか」

「そォだ、お風呂も入ってねェンでしたね」

「シャワーだけでも平気なら入ってもいいと思うよ、ってミサカはミサカはタオルを手渡してみる」

「あァ、分かった」

打ち止めからバスタオルを受け取って脱衣所に向かう。
風呂に入っていない事に気付くと、急に全身が気持ち悪く感じる。
さっさとシャワーを浴びてしまおう。

208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:45:11.89 ID:BIIB3Q060

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「どーれーにーしーよーうーかーなー、ってミサカはミサカは……」


シャワーを浴びるだけの入浴を済ませてリビングへ戻ってくると、打ち止めと百合子の二人がテーブルに向かっているのが見えた。
彼女らの前には大きめの皿が置いてあるようだ。

「何だソレ」

「あ、早かったね、ってミサカはミサカはおかえりー!」

二人がこちらへ振り向く。水気を含んだ髪をタオルで適当に拭きながら、テーブルへ歩み寄った。

「お昼ご飯です。今日は俺たちしか居ねェから、黄泉川さンが作り置きしてくれたンですよ」

「おにぎり! たくさんあるしいくらでもおかわりできるよ!
 ってミサカはミサカはあなたにたくさん食べてほしいことをそっと伝えてみる!」

「……残ったらどォ処理すンだって量だな」

遠目ではよく見えなかったが、皿の上には山のように握り飯が積まれていた。
透明なラップで包まれたそれらは数種類ずつ違う味付けがされているらしい。

(アイツもたまには普通の用途で炊飯器使うンだなァ……)

そんな事をしみじみと考えながら、握り飯のひとつを手に取る。
鮭フレークが混ぜ込んであった。

「なんだか意外なチョイスなのね、ってミサカはミサカはあなたのおにぎりを見ながらこれに決めたーっ!」

打ち止めはそう叫んで、紫がかった混ぜ込み握り飯を掴み取る。
すぐにラップを剥がし、いただきまーす、と言ってから齧り付いた。

「んー、おいひい! たまにはこういうご飯も悪くないね、ってミサカはミサカは満足げにむしゃむしゃ……」

「喋りながら食ったら行儀悪ィよ。……俺も鮭フレークがイイな」

百合子も自分と同じく鮭フレークの握り飯を選び取る。
それを咀嚼する百合子の表情も、打ち止めと同様に満足げなものだ。

「……」

あむ、と自分も手に持ったそれに齧り付く。
悪くない味だった。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:45:54.52 ID:BIIB3Q060



「そうだ! ユリコ、ってミサカはミサカは3つめのおにぎりに手を伸ばしつつ声をかけてみたり」

「ンー?」


「今日はミサカたちとお外に行こう! ってミサカはミサカは先日の約束を果たさんとしてみたり!」


打ち止めの言葉に、握り飯を齧りながら思わずうげェと顔面が歪んだ。
しかし百合子にも打ち止めにもその表情は見えなかったようで、特に何も言われることはなかった。
その提案に百合子は嬉々として目を輝かせる。

「ほンとか!? 行く行く、行こォ!」

「日曜日なら知ってる人にもっと会えるかも、ってミサカはミサカは期待に胸を膨らませてみる!」

勘弁してくれ、と思った。
そんな展開が最もトラブルに発展しやすいと言うのに。
当の打ち止めはそんな事はどうでもいいとでも言うようにぱたぱたとはしゃぎ始めた。
口に出してすらいないのだから、それは自分の思い込みに違いないのだが。

「……そォいう奴らに遭遇するのが一番困る流れなンだがな……つゥか、昨日も出くわしたばっかだろォが」

「え? そうなの、ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

そういえば、打ち止め達の迎えが来た時には既にあの二人組は立ち去っていたのだった。

「誰に会ったの? 気になるー、ってミサカはミサカは……
 あ、ユリコに聞いた方が早いかな、ってミサカはミサカは向き直ってみる」

「確かに会ったけど、名前は分かンねェよ?」
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:46:52.19 ID:BIIB3Q060

「えー? ねぇあなた、誰だったの? ってミサカはミサカは再度問いかけてみたり」

もぐもぐと未だに握り飯を味わう百合子に問う打ち止め。
結局自分へと質問が戻ってきたが、面倒なので答える気もない。
下手な事は漏らすもんじゃない、と後悔する。

「別に誰だってイイだろォが面倒臭ェ。つゥか出掛けるってンならさっさと準備しろよ」

「はっ! そうだ! もたもたしてたらお散歩の時間なくなっちゃう、ってミサカはミサカはーっ!」

「わ、ちょっ、待ってェ!?」

どたばたと打ち止めが廊下を駆けていき、百合子がその後を追う。
なんだかんだ言いながら、打ち止めの提案を呑んでいる自分に溜息が出た。
別段、予定も何もあったものではないし支障は無いのだが。


(……自分の立場に対して危機感が欠如しすぎなンだよ、どいつもこいつも)

現況を見てみれば、自分だってそんな事を言えた立場ではなかった。

兎角、彼女らへ付き合うために自分も準備をしなくてはならない。
僅かに濡れていた髪はもう乾いてしまっていた。
放り出されてくしゃくしゃに丸まったラップをひとまとめにして、残った握り飯の山に載せる。
ゴミはゴミ箱に捨てて、残ったものはそのまま冷蔵庫にでも突っ込んでおけばいいだろう。

杖を突いて立ち上がり、片手でテーブルの上の皿を持ち上げる。
随分消費したのに、皿はずっしりと重い。黄泉川は一体何を思ってこれほどの量の飯を握ったのだろう。
そう考えていると、食べ盛りの子供たちにはこれぐらい普通じゃん、などと言っている彼女の姿がくっきりと脳内に思い描かれるのだった。


211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:48:21.03 ID:BIIB3Q060

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じじじじじじじじじ、と、蝉の声がする。


「今日は風があるから涼しいね、ってミサカはミサカはこれ見よがしに木陰を歩きながら涼をとってみたり」

「そォだなァ」

「……」

三人で第七学区をうろつき回る。
番外個体は、打ち止めと百合子がドタバタと騒ぎ回っていたにも関わらず目覚める気配がなく、
食事に関する書き置きだけを残して家へ置いてきた。
何かあれば自分の携帯へ連絡を寄越すだろう。

打ち止めは本人が言う通り木陰を歩いているから涼しいのだろうが、自分はじりじりと真夏の日差しに侵食されている。
彼女は「散歩」とのたまっていたのだし、時間制限付きの能力を使用して道中電池切れを起こして倒れてしまっては元も子もない。
と言うより、こんな下らない事に能力を使うのは癪だ。

隣の百合子は自分とは違って能力は健在だ。先導する打ち止めの後を、涼しい顔で付いていく。
自分は杖を突いてはいるが歩く速度が遅い訳ではないし、付いて歩くことは苦ではない。
問題は暑さのみだった。耳障りな蝉の声が余計にその暑さを助長している。


ここはホニャララで、ここはナントカなんだよ、ってミサカはミサカは……

打ち止めは暑さなど感じていないような様子で、百合子へ学区内の案内をする。
自分にはそんな事はどうでもよく――というか、元より頭に入っているので――彼女の言葉は耳に入っても右から左だ。
百合子はいかにも興味津々という雰囲気で辺りを見回している。

彼女らの談笑の合間、立ち止まっている時は一層暑さが強まっているように感じた。


「でね、この前ここで番外個体が――、あれ、ユリコ?」

「ン? あ、ごめン」

気付けば百合子は自分の方を見ていたらしい。全く気付かなかったというのも不思議な話だ。
熱気が最高潮だったのかもしれない。意識が朦朧としていたとか、そういう事は無かった。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:48:58.00 ID:BIIB3Q060

「オリジナル?」

「ンだよ」

「暑く、ねェですか?」

心配するように百合子が自分を見ている。
この炎天下の中で涼しい顔をしている人間が居るのなら、そいつは早く病院に連れて行った方が良いだろう。

「……暑くねェよォに見えるか?」

「う、ごめンなさい……」

苦笑いで百合子が謝罪した。
そんな確認がしたかっただけならわざわざ話し掛けるんじゃない、と言おうとした所、

「じゃ、じゃあ……」

「あァ?」

空いていた左手が握られた。


「ンー……」

百合子がきゅっと目を閉じて、同じように左手もきゅっと握り締められる。


「どォですか?」

「どォ、って、……」

ぱちりと目を開き、百合子が尋ねてきた。
焼け付くような暑さが多少和らいだように思う。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:50:10.61 ID:BIIB3Q060

「俺の反射を、オリジナルにも適用できねェかと思って。少しは楽になりました?」

「……おォ」

「良かったァ! 自分でも能力の勝手がわかンねェから、ちょっと不安だったンですけど」

手を握ったまま、百合子は嬉しそうに笑った。
確かに楽にはなったので有難い。だが、これはずっとこの状態で居なければならないという事なのだろうか。

「あ、手ェ離したら反射の設定から外れちゃうンで、ちゃンと離さないでいてくださいね」

案の定だったが、暑さに苦しめられるよりはずっと良かった。
自身のクローンの厚意に甘えることとする。


「えー、二人ともずるーい! ミサカもお手々繋ぎたいー!
 ってミサカはミサカはユリコの空いた左手に掴みかかってみる!」

「ゥわっ、とォ!? ……じゃ、打ち止めちゃンもついでに反射使っとくかァ?」

「ん? んんー!? 何をする気なのかなユリコ、……って、おお? おー、
 なんか暑くなくなった!? ってミサカはミサカは感動してみたり!」

飛びついてきた打ち止めにも反射を適用したらしい。
目を丸くして驚くアホ毛の少女に、百合子は自慢気に問い掛けた。

「涼しくなったンじゃねェ? どォ?」

「ユリコすごーい! 全然暑くないよ、ってミサカはミサカは大はしゃぎー!」

ハイになった打ち止めがぶんぶんと繋いだ手を振っている。自分にまで振動が伝わってくる。


「ンじゃ、みンな涼しくなったし、案内再開してくれよ」

「はーい、ってミサカはミサカはお手々繋いでウキウキ気分ー♪」

214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:51:15.03 ID:BIIB3Q060

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「ここはねー、ミサカの運命の出会いの場所! ってミサカはミサカは紹介してみる!」

打ち止めが百合子の手を引いてやって来たのは、何の変哲もない歩道だった。
道沿いに幾つか学生寮らしき建物が立ち並んでいる。
自分にはこの場所がどういう経緯で「運命の」などと呼ばれるのか察しがつく。
同時にどこが運命だと突っ込みたい欲求もあったが、無駄口を叩くのはやめておいた。

「運命の、……って、どォいう事なンだ?」

「孤独に放浪していたミサカとこの人が初め出会った場所なの、ってミサカはミサカは恥じらいながら告白してみたり……」

百合子の熱気反射の庇護が受けられなくなる事も厭わず、打ち止めは繋いでいた手を離して両手を頬に当てた。
その頬を赤く染めながら、くねくねと小さな体を踊らせている。

「へェ……」

興味深そうに百合子は打ち止めを見た。
その反応に気付いた打ち止めは更に思い出話を始める。

アホ毛を揺らし、恍惚とした笑みで過去の情景を語っている打ち止めだが、
何やら妙な脚色が入っているのであまり真面目に聞いていたくない。そうでなくともあまり思い出したくなかった。
幼女の捏造妄想五割増しの語りは歩き回っている間も延々と続く。


「……というわけで、ミサカとこの人は寮の一室で濃密な一夜を過ごしたの、ってミサカはミサカは」

「いい加減捏造昔話は止めろクソガキ」

「ええー、事実を話してるつもりだよ、ってミサカはミサカは首を傾げて愛らしさアピール!」

「……、」

このクソガキ、と手刀を叩き込みたい所だったが、生憎両手が塞がっている。
怒りで肩が震えたがその感情を発散することも出来ず、深い溜息だけを漏らした。

この時、百合子と打ち止めは二人だけに聞こえる音量で何か会話をしていたようだが、特に気に留めなかった。


215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:52:26.33 ID:BIIB3Q060

しばらく歩き続け、自分が元々住んでいた寮を通り過ぎた辺りで、百合子が徐ろに口を開いた。


「……、打ち止めちゃンと、オリジナルは」

「あァ?」

「?」

「素敵な関係なンですね。……俺はまだ、どこに何があるかも知らないし、知り合いだって居ないし、」

百合子が笑う。
しかしその顔は、活気に溢れた表情でもなく、満面の笑みでもない。

「過去を思い返せるような思い出も、ねェから」

それは、とても儚げなものだった。

「……、ユリコ」

「羨ましいなァ、って。二人を見てると、すごくそォ思います」

「思い出なら、これからたくさん作れるよ、ってミサカはミサカはユリコに微笑みかけてみる」

「それなら、すごく嬉しい。……ありが……、っ!?」




「じゃあ早速更なる思い出作りに励みに行こう!
 ってミサカはミサカは百合子の手を掴んで神速ダッシューッ!!」


「ちょ、ちょっ待っ、らす……オリジナルも居るから!
 オリジナル死にかかってるからァァ!!」


216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/19(水) 02:53:37.04 ID:BIIB3Q060

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ふざけた空気から打って変わり、次に発せられた打ち止めの声は、至って真面目なものだった。

「――捏造、なんて言われちゃったけど……この人がミサカを――ミサカ達を、
 ……命を賭して守ってくれたのは本当なんだよ、ってミサカはミサカはユリコの手を握ってみる」

「……、」

自分だけに聞こえる程度の音量。
恐らく意図的にオリジナルには聞こえないようにしているのであろう打ち止めの声に、歩きながら耳を傾けていた。

「この人が居なかったら、ミサカもユリコも生まれて来なかったんだ、って考えると、すごく不思議な気分になるよね、
 ってミサカはミサカは同意を求めてみたり」

「……そォだな」

自然と、打ち止めの手を握る自分の手の力が強まる。
逆隣を歩くオリジナルは相変わらず面倒くさそうに歩いていた。



「……打ち止めちゃンみてェに」

「え?」

「他の個体? と、記憶の共有……出来るのって、イイなァ、って」

記憶共有など、自分以外にもクローンが居なければ意味が無いのだろうが。

「確かに便利だね。ミサカ達に記憶を残しておける機能があったから、この人が助けてくれたことも覚えていられたし、
 ってミサカはミサカはしみじみ考えてみたり。正確にはミサカが覚えていた訳じゃないけど……」

「そォいうの、俺にもあったら良かったのになァ」

「ミサカ達にならってイメージするなら……ユリコが二万人、……つまりあの人が二万人……
 頭がくらくらしそう、ってミサカはミサカは率直な感想を述べてみる……」


223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:15:39.70 ID:z451UepD0

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一方通行「うげェ……」

打ち止め「やっぱりお休みは人が多いね、ってミサカはミサカはそれでもなんとなくウキウキしてみたり」

一方通行「いつかみてェにまたはぐれると面倒だ、下手に一人でウロチョロすンなよ」

百合子(すげェ……人たくさン……)ポケー


一方通行「……っつかよォ、ココに見る場所なンざあるか?」

打ち止め「ゲームセンターがいっぱいあるよ! ってミサカはミサカは力説してみる!」

一方通行「……ゲーセンで何すンだよ」

打ち止め「……っていうのはにわか知識で……実はミサカも地下街あんまり回ったことなかったかも、
      ってミサカはミサカはミサカネットワークに応援を求めてみたり」

一方通行「こンなくだンねェ事に利用するモンなのかミサカネットワークは」


打ち止め「……あれ? ネットワークによると近くに誰かいるみたいだよ、ってミサカはミサカは辺りを見回してみる」

百合子「誰か……って誰だ?」

一方通行「オイ、コイツと会ってややこしい事になるよォな奴じゃねェンだよな……」

打ち止め「そんなことは無いよ、ユリコの事はもう話してあるし……ってミサカはミサカは……んんー?」

一方通行「何勝手に話してンだよ……」

打ち止め「いたいた! おーい、こっちこっちー!」
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:16:20.02 ID:z451UepD0


「公衆の面前で大声で呼ぶのは恥晒しどころの話ではないので止めていただきたいです、とミサカは切実に訴えます」



「10032号! ちょうどいいタイミングだよ、ってミサカはミサカは安堵の溜息をついてみる」

「ナチュラルスルーかよこの野郎、とミサカは本音を隠そうともせず吐き捨てます」


人ごみの中から打ち止めの元へやって来たのは、彼女を成長させたような姿の少女だった。
打ち止めや番外個体から話は聞いていたが、これが量産されたクローンのうちの一人らしい。
夏用の学生服に身を包んだ少女は自分へ視線を向ける。

「……ところで、そちらが噂の? とミサカは確認を取ります」

「ェ、あっ、ハイ、……一方通行のクローンの、百合子、です」

「上司から話は伺っていました。このミサカはミサカ10032号です、とミサカは自己紹介します。
 どうぞよろしくお願いしますね」

「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ……!」

上司というのは打ち止めの事だろうか。
10032号がぺこりと一礼したので、慌てて自分も礼を返した。


「……とりあえず、オマエで良かった」

オリジナルが、はぁ、と安堵の溜息をつく。

「それはどういう意味なのでしょう、とミサカはあなたの反応にどう応対すればよいか分かりません」

「下手にコイツの事が知れ渡ると厄介な事に発展しそォでヒヤヒヤすンだよ……」

「どちらにせよ、普通に街中を歩き回っているなら必然的に知人には知れ渡ると思うのですが……
 とミサカは他人事のように意見を述べます。

 ……それにしても本当に生き写しだなオイ、 お姉様の気持ちが今なら理解できる気がします、
 とミサカは思わず素をさらけ出しつつ自身もクローンである事を棚に上げて感嘆します」



「ところで、10032号はこんな所で何してたの? ってミサカはミサカは素朴な疑問を投げかけてみたり」

「すぐそこの洋菓子店が新商品を売り出したんですよ、とミサカは手に持った紙袋を目の前へ移動します」

打ち止めの問いかけに、10032号は右手に持っていた赤色の紙袋を持ち上げる。
いかにも高級そうなデザインのその紙袋から甘い香りがふんわりと漂ってきた。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:17:11.09 ID:z451UepD0

百合子「中身は何なンですか?」

10032号「シュークリームです。とても美味しかったです、とミサカは試食の感想を付け加えます」

打ち止め「いいなぁ……一個ちょうだい! ってミサカはミサカはがめつく要求してみたり!」ピョコピョコ

10032号「勘弁してください、とミサカは飛び跳ねる上位個体の頭を押さえつけます」ガシィ


一方通行「……欲しいンなら後で買ってやるから、意地汚ェ事すンな」

打ち止め「えっ本当!? やったー、ってミサカはミサカはあなたの優しさに誠心誠意感謝を表してみる!」

10032号「この中身は本当に数個しかないのです。ミサカが頼まれたものなので、とミサカは解説します。
      ……というか、要約すると他の個体にパシらされたものなのですが、とミサカは下唇を噛みます」

百合子「お使いって事ですか?」

10032号「そんなかわいらしいものではありません。ミサカは聖戦-じゃんけん-に負けた敗者――、
      同胞たちにこれを届ける義務があるのです、とミサカは主張します」

百合子「は、はァ……お疲れ様です……えっと、いちまンさんじゅーにごう、さン」

10032号「こんなもの、労られるに値しません。……ですが、ありがとうございます、とミサカはクールにキメてみます。
      …………、百合子はこの人とは似ても似つかないのですね、とミサカは二人を交互に眺めてしみじみ感じました」

百合子「……そォですかね?」

一方通行「……いや、確かにそォだろォよ」

打ち止め「外見はそっくりでも、中身はほとんど別人だもんね、ってミサカはミサカは下位個体の意見に納得してみる……」



10032号(同じクローン体の後輩として、何か指導してやりたいところです……とミサカは謎の欲求を湧き上がらせます)

百合子「?」


226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:17:50.06 ID:z451UepD0



「……おっと、立ち話をしている暇は無いのでした。シュークリームが悪くなってしまいます、
 とミサカは今更手荷物の危機に気付きました」


10032号がはっと気付いたように踵を返す。頼まれた仲間達の元へ向かうらしい。

「立ち話だけで申し訳ない限りですが、またの機会にゆっくりと話しましょうね、とミサカは百合子にそっと約束を取り付けます」

「は、ハイ! いつでもどォぞ」

それでは、と短く言い残して彼女は走り去って行った。



「……シュークリームは後で買うとして、とりあえず目的だったゲームセンターに行ってみる?
 ってミサカはミサカは提案してみる」

「そォだな……オイ、行くぞ」

走り去った10032号の姿を見つめたままだった自分へ、オリジナルが声を掛ける。
振り向くと二人は既に歩き出していたため、急いで後を追った。


227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:18:39.45 ID:z451UepD0

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「うわァ……ンだコレ」

がやがやと、止むこと無くゲームセンター内から発せられる音の波。
思わず感嘆とも呆れともつかない声を漏らしてしまった。
設置された多種多様の筐体には、多くの学生が群がっている。

「……来ておいてなんだけど、あんまり見るものなかったかもね……? ってミサカはミサカは……あれ?」

「? 百合、こ……、ン?」


百合子の姿が急に見えなくなったため辺りを見回す。
少し首を動かした所で、彼女がすぐ手前のクレーンゲームのガラスにへばり付いているのが見えた。


「……何してンだオマエ……」

「ひっ! あっ、ごめンなさいっ!」

肩を叩くと、びくりと大げさに百合子の体が跳ねた。
彼女はクレーンゲームの中身に興味があったらしい。
ガラスで囲われたその中には、いかにも手触りの良さそうな人形が詰まっている。

「あ、このぬいぐるみかわいいね、ってミサカはミサカはじっくり眺めてみる……いいなあ」

打ち止めも百合子と同じようにガラスにべったりと貼り付き始めた。見苦しい。

「オイ、みっともねェから止めろ」

「だって可愛いんだもん、ってミサカはミサカは言い訳してみる。
 ……いいなー、欲しいなー、ってミサカはミサカは……」


「…………チッ、仕方ねェな……一回だけだぞ一回」


などと漏らしながら、財布から小銭を取り出そうとした――ところで、



(財布、カードしか入れてねェンだった)



と、気付いた。



228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:19:16.84 ID:z451UepD0


一方通行「……、悪ィ、金ねェわ」


百合子「えっ」

打ち止め「うえええええ!? ってミサカはミサカはまさかの上げて落とす展開に驚愕してみたりぃ!?」

一方通行「……カードならある、カードなら」スッ

打ち止め「この! 投入口の! どこに! カードが入るスペースがあるのっ!?
      ってミサカはミサカはあなたの貴重なボケに対して大激怒してみる――っ!!」ギャース

一方通行「お、おォ、悪かっ…………すみませンでした」

百合子(打ち止めちゃンがブチギレてンの結構怖ェ……)


一方通行「小銭がねェのはどォしようもねェし、とりあえずソレはまた今度だ、今度」

打ち止め「ぶー、ってミサカはミサカは露骨に拗ねてみる……」

百合子「ま、まァまァ……」

一方通行「……菓子は買えっから、その……あー、ごめン」

打ち止め「……たまには諦めも肝心かも、ってミサカはミサカは俯きながら自分に言い聞かせてみたり」ショボン


229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:19:55.97 ID:z451UepD0

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「いただきー! ってミサカはミサカは戦利品を高く掲げてみたりーっ!」

「危なっ……落としたら大変な事になるから!」

シュークリームの入った箱を、打ち止めが頭上に持ち上げる。
その扱いが余りにも危なっかしく、つい小さな手から取り上げてしまった。

「はっ、ミサカのシュークリームがっ……じゃなかった! ごめんなさいユリコ、ってミサカはミサカは反省してみたり」

「ン。持って帰るまでに悪くなるといけねェし、コレは俺が持ってるよ」

オリジナルの能力には感謝するばかりだ。使い所が地味すぎる気もしたが便利なものは便利だった。


「他に見てェ場所なンかは無ェのか?」

「え? もォ特に思い当たらねェ、……です。ありがとォございました!」

「楽しかった? ミサカちゃんと案内できてた? ってミサカはミサカはやんわり詰め寄ってみる!」

「うン、色々見られて面白かった。打ち止めちゃン、ありがとォな」

くしゃ、と頭を撫でると、柔らかな髪の感触が伝わる。撫で心地が良かった。


ピリリリ、と、唐突に簡素な着信音が鳴る。

音源はオリジナルの携帯だった。
彼は携帯を開くと、画面を自分達に見えるようにこちらに向けて、


「丁度良いタイミングだ、そろそろ戻ンぞ」

230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:20:31.58 ID:z451UepD0

向けられた画面には、



 From:ミサカワースト

 Sub:無題

 このみさかだけのけものずるい
 つまんない
 ひまだからはやくかえってこい



――絵文字も読点句点も無く変換すらされていない、いかにも本音そのままと言った様相のメールが表示されていた。



231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:21:05.02 ID:z451UepD0

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場所は変わり、とある寮の一室。


「だーっ! やっと終わったあああああああ!」


ツンツンとした黒い髪の男子高校生、上条当麻が清々しく叫んだ。
彼の前にあるテーブルには大量のプリントや問題集が散らばっている。
それらは全て学校への提出課題だった。
彼はつい先程漸く、数週間もの間取り組んでいたそれらの空欄を全て埋めきったのだ。


「お疲れ様なんだよとうま!」

彼の隣に座っていたのは白を基調とした修道服を纏った少女、インデックス。
彼女は上条の課題の山崩しに手を貸してくれていたのである。
ぱちぱちと拍手をして、まるで自身の事のように喜んでいた。

「ありがとなインデックス、これでもう何も文句言われなくて済む……長かった……」

感涙を浮かべる上条。全てから解放されたお陰で、すっかり気が抜けたらしい。
目の前の課題を一纏めにして、傍らの学生鞄に詰め込んだ。


しかしインデックスは彼の感謝の言葉に反応する気配がない。

返事が無いことを不審に思った上条は、視線を鞄から彼女に移した。
日本人のものとは異なる色の、宝石のような瞳が揺らぐこと無くじっと彼を見つめていた。


「……ところで、手伝った私に何か見返りはないのかな」


「……えーと、イ、インデックスさん?」

それは獲物を捕らえた肉食獣の如き瞳だった。


232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:21:43.83 ID:z451UepD0

「見返り、ごほうび。手伝ったお礼。……何かないのかな、って聞いてるんだよ?」

「いや、礼ならしただろ今。ありがとうって」

「ふざけないでほしいかも」

インデックスは鋭く言い放つ。それだけで上条の背筋が凍った。


「……な、何がお望みでございませう」

冷や汗を浮かべつつ、仕方なく問い掛けた。
その質問を聞くやいなや彼女はにやりと笑みを浮かべ、がさごそと一枚の紙を取り出す。

びし、と上条の眼前に広告チラシが突き付けられた。


「ここの新商品が食べたいかも! シュークリーム!」


それは学区内の地下街にある洋菓子店のものだった。
ひとつでも買えば、財布がたちまち悲鳴を上げるような値段のものばかり載っている。

「…………、」

「ここのお菓子は絶品だって聞いたんだよ! 是が非でも一度は食べておきたいかも!」

うっとりと両手を胸に当てて、まるで神に祈るように目を閉じるインデックス。
唾液がじゅるると音を立てていなければきっと絵になっていたことだろう。


「……仕方ねえ……少しだけだからな? こんなの大量に買ったら本当に金銭的に死んじまう」

「やったーっ! ありがとねとうま! 慣れないお手伝いをした甲斐があったんだよ!」

最初から彼女はそれが狙いだったのか。
思わず溜息が出たが、助かったことは事実なので仕方がない。
明日にでも買いに連れて行ってやろう、と財布の中身を見て青ざめつつもそう考える上条だった。



233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:22:26.89 ID:z451UepD0

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「たっだいまー、ってミサカはミサカはウキウキ気分で帰宅宣言!」


ぱたぱたとサンダルを脱ぎ捨てて、打ち止めはリビングへ走っていく。
玄関には芳川の靴も黄泉川の靴も見当たらない。二人ともまだ戻っていないらしかった。

「コレ、冷蔵庫に入れておきますね」

百合子は手に持った洋菓子店の箱をもう片方の手で指さした。

「あァ」

適当に頷くと、彼女はキッチンの冷蔵庫の方へ向かっていく。
疲れたのでリビングのソファーにでも転がるか、と考えていると、


「ああーっ!? ミサカが居ない時に進めないでって言ったのにってミサカはミサカは憤ってみるーっ!!」

「ミサカを置いて行くから悪いんだよ? 暇だったんだもん。
 残念だけど、ついさっきあの金髪エセ外人の出番は終わっちゃったよ、けけっ」

「うがー! あの人の登場テーマの為だけにあなたのプレイする様子を眺めてたのにーっ!!
 ってミサカはミサカは……うぐ……うっ……」

何やらリビングの方から騒がしい声が聞こえてくる。


「なンの騒ぎだよ鬱陶しい……」

「妹の謀反だよ……ってミサカはミサカは絶望に打ちひしがれてみたり……」

リビングへやって来ると、打ち止めが両手足を突いて項垂れていた。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:23:10.29 ID:z451UepD0

「つゥかまたゲームしてたのかオマエ」

「暇で仕方なかったの! しょうがないでしょ! ミサカ一人置いてって!」

そう返答しながら、相変わらず番外個体の目はテレビの画面に釘付けだった。
コントローラーのアナログスティックをぐりぐりと動かしている。


「置いてって……っつっても、オマエ寝てたじゃねェか。そもそも何時に起きたンだ」

「さっきメールしたでしょ、あれ送る少し前」

「……、」

ぱちん、と携帯を開き、先程のメールが届いた時刻を確認してみる。
メールボックス画面の最新メールには、15:34と書いてあった。

「寝すぎだろどォ考えても」

「あなたに言われたくないねぇ、っと」

話しながらも画面の中では器用に敵の攻撃を避ける番外個体。
確かに人の事は言えないが流石にそれはどうなのか。
する事も無いだろうから仕方無いといえばそうなのかも知れないが。


ごろり、とソファーに転がった。

「あ、あなたまさかまた寝る気なの? ってミサカはミサカは心配してみたり」

「別にイイだろォが。飯まで時間あンだろォし」

「その油断が晩ご飯抜きに繋がるんだよ、ってミサカはミサカは意地でもあなたを寝させまいと……」


ピリリリリリリ。


235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:24:04.34 ID:z451UepD0

打ち止めが寝転んだ自分に躙り寄ろうとした瞬間、携帯が着信音を響かせた。
今度はメールではなく通話着信らしい。

ピ、と相手も確認せず応答する。


「……何だ」

『もしもしー、一方通行だよな? 私じゃんよ』

声の主は黄泉川だった。


「黄泉川か……」

『……何で出る前に確認してくれないじゃんよ……?
 ……そんな事はどうでもいいや、ちょっとした連絡じゃん』

「何だよ」

『学校の方の用事は済ませたけど、ちょっと警備員の仕事が入ってな……
 悪いけど、まだ少し帰れそうにないじゃん』

「あァそォ……」

『何なんじゃんその冷ややかな反応!? あ、夕飯だけど――』

「オマエが居ねェならどォしよォもねェだろ。握り飯残ってるからアレで問題ねェよ」

『え? 数足りなくならなかったじゃん?』

「余りに余ってンだよもォ少し考えて作れオイ!!」

『えー、だって育ち盛りの子供達ならあれぐらい――』


ぶち、と電源ボタンを押して通話を打ち切る。
数時間前に考えた事と同じ事を言われ、黄泉川はやはり黄泉川だった、と今更痛感するのだった。


236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:24:46.43 ID:z451UepD0


「……なんだったの? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「黄泉川、警備員の仕事が入ったからまだ帰れねェだとよ。飯は昼の残り」

そう告げると打ち止めは露骨に残念そうな顔になる。

「ちぇー、ってミサカはミサカはがっかりしてみる……」


「あ、そういえば芳川は?」

未だにゲームに夢中の番外個体が口を開いた。

「そういえばまだ帰って来てないね、ってミサカはミサカはヨシカワの身を案じてみたり。
 どこに行ったのかな……」

「なんだ、第一位たちと一緒なのかと思ってたのに」

「……その内帰ってくンだろ」


くあ、と大欠伸する。その様子を見た打ち止めが自分の腹部へ乗り上げてきた。
鳩尾が圧迫されて非常に苦しい。
ぺしぺしと打ち止めの頭をはたいた。

「退けクソガキ重いンだよ! つゥか苦しいわ!」

「こうでもしないとあなた寝ちゃうでしょ!
 ってミサカはミサカはあくまでこれはあなたの為だという事を主張してみたり!!」

打ち止めは腹にへばり付いて離れない。
どうにか出来ないものかと思案するが、ゲームに夢中の番外個体には頼れるわけもない。
と言うよりも、彼女も彼女でゲームをしていなければこの少女と同じように自分へ何か仕掛けてきていただろう。

帰結的に自分が助けを求められるのは百合子ただ一人だった。

237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:25:21.33 ID:z451UepD0

「……、チッ、……百合子! ちょっとこっち来い!」

「はァーい! 少し待ってくださいねー」

名を呼ぶと遠方から返事があった。洗面所で手でも洗っていたのだろう。
しかし、百合子を呼んだ事により更に自体が悪化する。

「あッ、ユリコに頼るなんてずるいー! ってミサカはミサカはあなたの腰回りをホールドする力を強めてみる!」

「っひ、このッ! 擽ってェンだよ、クソガキっ……!」

打ち止めの小さな手が腰の絶妙な位置に触れてとても擽ったい。
脳内で、百合子に早く来い早く来いと念じる。


ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、

こちらへ向かってくる百合子の足音が聞こえてきた。
漸くこの鬱陶しさから開放される、と思ったのも束の間、


ぺた、ぺた――――

びた、ん。

百合子の足音が急に止み、何かが床に叩き付けられるような音がした。


238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:25:48.19 ID:z451UepD0


「へ? 今の音は、ってミサカはミサカは驚いてみたり……?」

「……、百合子?」

返事はない。


「ゆ、ユリコ? どうかしたの、ってミサカはミサカは――ひゃっ!?」

わざわざこの一瞬の為だけに電極のスイッチを切り替えて、ソファーから飛び起きる。
打ち止めが短い悲鳴を上げたが気に留めない。自分が今まで転がっていた位置に転がしておいた。
すぐに電極を元に戻して、杖を突いて立ち上がる。


百合子の足音の聞こえた方向からは何の物音もしない。


「オイ、……百合子、」

早足で廊下の方へ向かうと、



「…………」



ぴくりともせずに床に倒れ伏す百合子の姿があった。



239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/22(土) 02:26:23.30 ID:z451UepD0
本筋から逸れた話を書くのが楽しいです。上条さんの口調が未だに掴めてませんけども。
あと妙にゲームネタを入れたくなってしまっていけません。
書き終えた直後なのでもしかすると妙なところがあるやもしれませんが
そういう所を見つけたら脳内で適当に補完してくださると嬉しいです……

次回はまた間が開きそうなそうでもないようないややっぱり開きそうです。まったりお待ちください。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/10/22(土) 05:24:51.65 ID:vfVa9yKS0
乙!待ってるぜ!
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[sage]:2011/10/22(土) 10:34:20.21 ID:uBLZmfIUo
乙ですの!
 
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:28:28.63 ID:wtZnX21u0

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意識がゆっくりと浮上した。

数回瞬きを繰り返して、ここがどこなのかを認識する。
オリジナルの部屋のベッドの上のようだ。

部屋の中は暗い。


「……、」


「目ェ覚めたか」

不意に傍らから声が掛けられる。オリジナルだった。

「……ァ、れ?」

「……ぶっ倒れて寝てたンだよオマエ」

状況が理解できず疑問の声を上げると、彼は簡潔にそう言った。
彼が腕を伸ばしてきて、ぴとりと自分の額に当てられる。

「熱は……ねェ、よな」

「へ、平気……です、ごめンなさい……」

「あンな盛大にぶっ倒れといて平気はねェだろ」

「あゥっ」

当てられていた手が離れたかと思うと、びし、と指先で額を弾かれた。
反射的に声を上げてしまったが痛みはない。


「何か欲しいモンとかあるか?」

「……いえ、特に何も……ありがとォございます」
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:29:33.20 ID:wtZnX21u0

そう答えてベッドから身体を起こす。
返答した筈なのにオリジナルはこちらをじっと見つめたままだった。
その視線が妙に刺々しく感じられて、無意識に硬直してしまう。

「あ……あの……? どォかしました……?」

「……あのなァ、どォかしましたァ? じゃねェっつの……」

彼の口から、はァー、と露骨な溜息が吐き出された。


「本当に何もねェってンならそれでイイ。
 ……けどな、もしこの期に及んで遠慮してるだとかそォいうンだったら許さねェぞ」

暗い部屋の中で、浮かび上がるような赤い瞳がこちらを見据えている。
オリジナルは至極真面目に自分を心配してくれているらしかった。


「……本当に、大丈夫ですよ。……心配させて、ごめンなさい」

「……そォか」

それでも彼はまだ納得していない様子だ。
――体感的には何も問題は無いし、本当に平気だと思うのだが。

「まァ、オマエが無理して困るのは俺じゃねェしな……クソガキ共が被害に遭ってンだよ」

彼曰く、打ち止めが自分を大層心配していたらしい。
打ち止めが自分を心配して不安になり、その感情を拾って番外個体までもが不安感に苛まれるのだそうだ。
オマエ一人がダウンしただけで残った二人も静かになる、とオリジナルは面倒臭そうに告げた。

「え、あ……じゃあ今二人は、」

「もォ寝てる。時計」

彼がくい、と顎を動かして、自分に時計を見るよう促してくる。
ベッドサイドテーブルに置いてある簡素なデジタル時計は、既に日付の変わっている時刻を示していた。

(……オリジナル、こンな時間までずっとここに居てくれたのか)

そう考えると、嬉しいと思う反面申し訳無さが湧き上がってくる。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:30:33.91 ID:wtZnX21u0


「何ともねェなら俺は寝るからな。ベッドは一人で使って構わねェ」

「えっ、」

くるりとこちらに背を向け、オリジナルは何事も無かったかのように部屋から出て行こうとする。
寝る、って、どこで。
空いている部屋も空いているベッドも、もう他には無いはずだ。


「リビングにソファーあンだろ」

「そ、そンな、わざわざ……悪ィですよ」

平然と言い放つ彼を、思わず引き止めてしまった。


「オマエの方が調子悪ィだろォが、人が居たら邪魔だろ」

「そンな事ねェ、……です」

「ンじゃどォしろってンだ……もォイイから、俺は向こうで寝……、?」

ぐい。


「ち……調子悪ィからこそ、……一緒に寝てくれた方が、助かるン、です」


気付けば自分はオリジナルのシャツの裾を掴んで、彼が部屋から出るのを強制的に阻止してしまっていた。


252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:31:23.61 ID:wtZnX21u0


「……」

彼は渋々ベッドに入ってくれた。その後は無言のままだったのだが。
理由は分からないが、二人で眠るのはなんとなく落ち着く気がした。


(……、)

もそもそとベッドの上を移動する。
窓側を向いてしまい、こちらを見る気配が微塵も無いオリジナルに少しだけ近付いた。
白い頭と、細くて薄い背中だけが目に映る。

「……ンだよ」

近くに移動したのはやはり感付かれているようだった。

「……少しだけ」

「……」

「……少しだけ、くっついてもイイですか」

問い掛けると、彼は僅かに身動ぎする。

「…………好きにしろよ」

オリジナルは無愛想に返事をして、暑苦しくなったら勝手に剥がすからな、と付け足した。


その言葉に甘えて、彼の背中に額を寄せた。
薄いシャツ越しに体温が伝わってくる。きゅ、と指先でシャツの裾を摘まんだ。

(人の体温って、安心する、なァ……)
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:32:18.19 ID:wtZnX21u0

先程まで眠り込んでいたのに、安心感から再び眠気がやってくる。
うとうとと、殆ど瞼が閉じている状態だったが、そのタイミングでオリジナルが口を開いた。

「……これ以上、妙な心配事増やすンじゃねェよ。どォせハシャぎ過ぎて疲れただけなンだろォが……
 気分が悪ィンだったらもっと早く言え」

「……ハイ」

「…………オマエだって、もォこの家の一員だろォが」

それはとても小さなものだったが、眠り落ちそうな自分の耳にもはっきりと聞こえる声だった。


「……、ハイ」

「この家っつっても、居候してる俺が言えたセリフじゃねェンだが……」

「……嬉しィ、です。ありがとォございます……えへへ」


言葉通り、オリジナルがそう言ってくれた事が嬉しくて、ふにゃりと顔が綻んだ。
ぎゅう、と抱き付くようにオリジナルの背中に密着する。

――結局、それから数十秒と持たず、自分は眠りの海に沈み込んでしまった。


254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:33:10.45 ID:wtZnX21u0

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今日は打ち止めと番外個体が病院へ定期メンテナンスに行く日だった。


「……、」


目覚めはすっきりとしていた。
時計のアラームは設定していなかったが――いや、設定しなかったと言うより、それが出来るような状況ではなかった。
それなのに自分にしては珍しく、起きたいと思っていた時刻に目覚める事が出来たようだ。

傍らには、すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てる百合子。

「……コイツ」

眠りにつく前、彼女は自分の背中にへばり付いていたようだったのだが、
今では何故か自分の片腕に抱き付くような形になっていた。
これではベッドから出るに出られない。

百合子の額に、空いていた方の手を当てる。
別段熱があるようには思えず、むしろ彼女の肌は冷たく感じるほどだった。

メンテナンスへ付き添いに行くために、まずはベッドから出なければいけない。
自分の腕に絡み付いた百合子の両腕を、気付かれないようにそっと外そうと――


「おはよー、ってミサカはミサカはあなたの寝ぼすけさんっぷりに呆れながらモーニングコールを……あれ?」

したその時、打ち止めが容赦なく扉を開けた。


「バッ……コイツまだ寝てンだよ静かにしろ!」

思わず叫んでしまった。声を潜めつつ。

「珍しく早起きなのね、って……はっ! 結局ユリコと一緒に寝てたのね!?
 なんてうらやまけしからん……じゃなくて、ユリコは大丈夫だったの? ってミサカはミサカは問いかけてみる」

ぱたぱたと扉からベッドの方へ打ち止めが走り寄ってくる。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:33:49.55 ID:wtZnX21u0

「静かにしろっつってンだ……黙ってられねェなら出てけ」

「ご、ごめんなさいってミサカはミサカは謝ってみる……
 ……なんで出てこないのかと思ったら、こんな状況になってたのね、ってミサカはミサカは納得してみたり」

未だに安らかな寝息を立てて眠り続ける百合子を見て、打ち止めは苦笑しながらそう言った。
今度こそ、彼女を起こさないように絡んだ両腕を片方ずつ外していく。


「……ユリコ、何ともなかったんだよね? ってミサカはミサカは確認をとってみる」

「あァ。……本人も平気だとは言ってたし、俺が見ても何か問題があるよォには思えねェ」

「ならよかった、ってミサカはミサカはほっと胸をなでおろしてみる……」

自身を拘束していた腕がやっと解けた。体を起こして伸びをする。


「…………起きないね? ってミサカはミサカはやっぱりユリコもあなたそのものであることを実感してみたり」

「どォいう意味だよ」

「……自覚がないならいいよ、ってミサカはミサカはユリコの寝顔をそっとネットワーク配信してみる」

「オマエ、昨日からネットワーク妙な使い方しすぎだろ……
 それとも元々そンなモンだったのかミサカネットワークってのは」

「気にしない気にしなーい! ……じゃあ、早く病院行こう? 番外個体も起きてるよ、
 ってミサカはミサカは一秒でも早く面倒なメンテナンスを終わらせたいことを伝えてみたり!」

仮にも自身の生命に関わるメンテナンスだと言うのに、面倒と言い切ってしまう打ち止め。
そンなンでイイのかオマエは、と問うと、だって早く帰ってきてユリコと遊びたいもん、と返ってきた。


256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:34:39.35 ID:wtZnX21u0

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何となく、本当に何となく嫌な夢を見た気がしたのだが、目覚めるとそんな事は忘れ去っていた。


オリジナルはもうこの部屋には居ないようだ。
寝過ぎて逆に体調が悪くなったような、と考えながら痛む頭を押さえる。


「………………えェー、と」

時計を見て愕然とする。
時刻は俗に言うおやつの時間であった。

(待て待て待て、何でこンな寝てンだ……)

冷や汗が滲んだ。いくら何でもこれは寝過ぎの範疇を超えている。
誰も起こそうとはしてくれなかったのだろうか――と考えて、自分が眠りこけていた理由を思い出した。
自分でも理由は分からないが、急に倒れて意識を失ったのだった。
普通なら、余程の事がない限りそんな人間を起こそうとはしないだろう。

ベッドから飛び起きて部屋を出る。



「お……そよォございます、誰か起こしてくれてもよかっ……た、……アレ?」


普段なら必ず誰か一人は居るはずのリビングには、人の気配が全く無かった。

「……みンな、出かけた……のか?」

キッチンにも浴室にもトイレにも部屋にも、誰かが居る様子は無い。
きょろきょろと見回していると、テーブルの上に書き置きを見つける。

「……、」

257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:35:07.22 ID:wtZnX21u0

小さなメモ用紙のようなそれには、素っ気ないが丁寧な文字でこう書いてあった。

黄泉川はいつも通り学校へ行っていること。
芳川は昨日に引き続き出掛けていること。
打ち止めと番外個体はメンテナンスの為に病院へ行っていること。
オリジナルはその付き添いをに行っていること。
食べる物は残っていないので、目が覚めたら一人で外で食べて欲しいということ。
置いてある金は芳川からの小遣いなので好きに使ってくれて構わないということ。

この書き置きはどうやらオリジナルが残したものらしかった。


「お金……」

メモ用紙の隣には小さめの財布が置いてある。
開いて中身を確認してみると、小銭はなく、畳まれた千円札が数枚入っているようだった。


(……ごはン、食わねェ訳にはいかねェよなァ……)


うーン、と思案する。

しかし考えているだけでは何も始まらないので、とりあえずは顔を洗って着替える事にした。

ぺたぺたと足音を立てながら洗面台へ向かう。


「……にしても、」

この場に居るのは自分一人だと分かっているのに、考えている事が口から漏れ出す。


「なンか今日、……暑ィ、のか?」


ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら窓の外を眺めたが、日差しはいつもより幾分か弱そうだった。

258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:35:59.14 ID:wtZnX21u0

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マンションを出て、いつか散策をした時のように学区内をふらふらと歩く。


「ンー……、」

出て来たのは良いが、腹は減っても食欲があまり無い。
昨晩は「大丈夫」とオリジナルに言ったのに、これでは帰ってからきっと何か言われてしまうだろう。

「どォしよ……」

ポケットに忍ばせた財布を指先で弄る。
わざわざ飲食店に入って何かを注文する気にはならなかった。


(無理に店に入らなくても、コンビニ……とかで買うのもアリか)

コンビニを候補に上げてみたものの、そういえば最も近いコンビニは今歩いている道とは逆方向だったような気がする。
何も考えずに出てきたのが運の尽きだった。


大人しくファミレスにでも入るべきなのか、と考えていると、

「ン? ……ここは」

香ばしい香りを放つパン屋を見つけた。

ショーウインドウ越しに様々なパンが陳列されているのが見える。
更に目を凝らすと、どうやら試食用のものもあるらしい事がわかった。

……おいしそう。

急に食欲が湧いてきて、自分は即座にそのパン屋に入ることを決意する。
先程までの食欲の無さは何だったのか、と自問したくなる程だった。
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:36:32.89 ID:wtZnX21u0


そっと扉を押した。からんからん、と扉に付けられたベルが鳴る。
どうやら他に客は居ないらしい。
ガラス越しで分からなかったのは、店内はあまり広くないという事だった。

(い、イイ匂い……)

焼きたてのパンの香りが嗅覚を刺激した。
初めてのパン屋入店に、小さな子供のようにうきうきとした気分で並べられたパンを眺める。

どれにしよォかなァ、などと呑気に考えていたその時。


「はぁい、いらっしゃいませぇー」


カウンターの奥から店員の声が聞こえてくる。
反射的に声の聞こえた方向を振り返った。

客どころか店員も居ないのは気付いていたが、店員は呼べば出て来てくれるだろうと思っていたので
さして気に留めていなかった、のだが。

問題は、その店員の声が何やら聞き覚えのあるものだった事だ。


「ちょおっと取り込んでてな……ってアレ?」

「……!!」


ひょっこりと顔を出したのは、いつぞや出会った青髪ピアスの少年だった。


260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:37:28.23 ID:wtZnX21u0

「百合子ちゃんやないか! これってもしかして運命っちゅうやつかいな!?」

青髪ピアスは自分の顔を見るなり眩い笑顔に切り替わり、カウンター越しに自分へ話し掛けてくる。

「一体どうしたん? まさかボクがここに居るって知ってて来たんか?」

「そ、そンなワケねェだろが……」

「そりゃそうや、分かるわけあらへんよなぁ」

彼はけらけらと笑ってカウンターに両肘を突いた。


この少年は学生ではなかったのだろうか。今は平日の昼下がり……もう夕方と言うべきか。
兎角、何故こんな時間にパン屋で働いているのか。

「あ、あのォ」

「ん、何や?」

「今日って、平日だよな? 何でこンな時間にココに……」

問い掛けると、彼は何やら右手の人差し指をくるくると回しながら話し始める。

「今日は学校午前上がりやったんよ。ボク、ここに下宿させてもらっとるんやけど、
 なんや今日は用事があって店番する人がおらんとかで……午後からはボクが代役しとるんやで」

「へ、へェ……」

ニコニコと笑みを浮かべながら彼はそう言った。
だが、過去のやり取りが若干トラウマとなっていて、自分から訊いたにも拘らず曖昧に頷く事しか出来ない。

そんな事言ったって、百合子ちゃんだってこんな時間にここに居るやないか、と痛い所を突かれたが笑って誤魔化した。

261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:38:17.59 ID:wtZnX21u0

青髪ピアス「百合子ちゃんは?」

百合子「え?」

青髪ピアス「パン買いに来たんよな? 買う訳でもなしに入るなんてありえへんし」

百合子「あ……うン、そォだけど……」

青髪ピアス「どれも美味いでー。せや、ボクが奢るから好きなの選んで構わへんよ!」

百合子「はァ!? か、金なら持ってンだから別に……」

青髪ピアス「ええやんええやん! ボクが奢りたいだけやから気にせんといてや、ホラ選んでー」

百合子「うえ、え、えェー……」

百合子(な、何でこンな借り作るみてェな事になってンだ……あとでなンか言われたらどォしよ……)


百合子「……じゃァ、コレとコレでイイ」フタツダケ

青髪ピアス「そんなちょっとでええのん?」モッタイナイ

百合子「あンまり腹減ってる訳じゃねェし……」

青髪ピアス「腹減っ……て、もしかして百合子ちゃんお昼まだなんか!? そんならもっと持って行かな!」ジャアコレトコレモ

百合子「わ、わっ、イイ! いらねェから! そンなにあっても食えねェ!」

青髪ピアス「無いよりマシや! ただでさえ細いのにもっと細くなった百合子ちゃんは見たくあらへん!」フクロヅメー

百合子「う、うゥ……」

262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:38:54.85 ID:wtZnX21u0

青髪ピアス「はい、どうぞ。味わって食べてなー?」

百合子「……あ、ありがとォ」

青髪ピアス「ありがとうございます! アルビノ強気美少女のデレッ! ありがとうございます!」

百合子「な、何言ってンだよオマエェ……」ビクビク


青髪ピアス「ほな、また来てな? 別に次来た時に金払えーなんて言わへんから」

百合子「う、うン……えェと、ごちそォさま、です」

青髪ピアス「くう……ほんまに百合子ちゃんはかわええなぁ……」ナデナデ

百合子「そォいうのやめろォ!」ビクゥ


263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2011/10/30(日) 17:39:57.77 ID:wtZnX21u0

以前会った時のように、またなー、と未練がましく手を振る青髪ピアス。
扉を開き、からんからん、とベルの音を鳴らして店を出た。


腕の中には数種類のパンが入った紙袋。
丁寧に折られた袋の口を開いて、ごそごそと中身を漁った。
指先で適当にパンを探り当てて取り出す。青髪ピアスが選んだらしいクリームパンだった。

歩きながら、はむ、とパンに齧り付く。

(……、すンげェ美味い)

すぐに二口目へ移った。口の中に甘みが広がる。
彼の言った通り、それはもう美味しいパンだった。


(結局、お金使わなかったなァ)

パンを咀嚼しながら思案する。
食料が手に入ったのは良いが、金に手を付けていないとなると帰ってからどう説明したものか。
ついこの間知り合った人に奢ってもらいました、などと言ったらオリジナル辺りに呆れられるのは目に見えている。

うーン、と唸る事十数秒。


(……あ、そォだ)

ふと昨日足を運んだゲームセンターの事を思い出す。
泣く泣くプレイし損ねたあのクレーンゲームが今ならプレイ可能なのではないか、と思い立った。

黙々とパンを頬張りながら、足は地下街へ向かう。
残った金がクレーンゲームに呑まれるのは確定事項となっていた。

272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:10:05.74 ID:pbi5pglw0

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昨日と変わりないゲームセンターの喧騒。
平日といえど、青髪ピアスのように午前上がりらしい学生がちらほらと見られ、ゲームに没頭する学生は少なくなかった。
騒音の響くその中に入り込む。

(良かった、まだあった)

目当てのクレーンゲームは昨日と変わらずそこに鎮座していた。
だが千円札を筐体に押し込む事は出来ない。まず硬貨に崩さなければならなかった。


(えェと、両替機は……)

両替機を探してみると、偶然にもそれはすぐ近くにあった。
財布を取り出して一枚だけ千円札を飲み込ませる。百円玉が十枚、じゃららら、と音を立てて吐き出された。
出てきた硬貨を片手で掴み取り財布に戻す。

そして、意気揚々とターゲットの前に戻ってきた。
目の前の四角いガラスケースの中には、十数体のぬいぐるみが詰まっている。
見るからに手触りの良さそうな、真っ白いロップイヤーの兎のぬいぐるみ。

硬貨投入口には、「1PLAY200円」と書いてあった。


「……よし」

ごくりと唾を飲み下し、財布から硬貨を二枚取り出す。
片腕を塞ぐ紙袋を取り落とさないようにしっかりと抱え直した。

ちゃりちゃりん、と筐体に百円玉が飲み込まれ、アームを動かす三つのボタンのうちの一つが明滅し始める。


「コレを押すとこっちに行くのか……あ、あァっ!?」

ボタンをちょい、と押すと、一瞬で動きが止まり、開始早々横移動が出来なくなってしまった。
どうやら一度手を離すと動作が停止してしまうタイプのものらしい。
無情にも縦移動を操作するボタンが明滅し始めている。
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:10:50.15 ID:pbi5pglw0

「……ま、まァ、コレはお試しの練習って事で……元から一発で取れるなンて……」

お、思ってねェし? などと、誰に言い訳するでもなくぶつぶつと漏らす。

次いで縦移動のボタンを長押しする。
掴み取り易そうな、ぬいぐるみが積み重なって山になった辺りでボタンを押す指を離した。

「ちょっと微妙だけどココなら……って、ちょ、ちょっ待っ!?」

縦移動を終えると、アームは前置きもなく下降を始めて中身を掴もうとする。
三つ目のボタンは掴み取るタイミングを操作するものだった。
操作ボタンの切り替わりの速さに動転してしまい、咄嗟に妙な位置で押してしまう。

結果、アームは空中で見えない何かを掴んで元の位置に戻ってきた。


「…………、」


何はともあれ気を取り直して二回目だ。

今のは初めてだったので仕方がない。要はテストプレイのようなもの。
始めから一発ゲットなどという事は有り得ないのである。
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:11:37.48 ID:pbi5pglw0

躊躇いなく、再び二枚の硬貨を投入する。

(もォコレがどォいう動きをするのかは分かった、次からはもっとマトモに出来るはず……)

先程と同じ轍を踏まないようにボタンを押す。どうにか取り出し口に落とし易そうな場所を見つけ、照準を合わせた。

(このまま、こォ……奥の方に引っ掛けて……)

二つ目のボタンを押して絶妙な位置調整を行う。
今度こそ失敗はするまいと、タイミングを見計らった。


「……ここだァ!」

ういーん。
と、自分の真剣な思いなど微塵も気に掛けないような緩慢な動きで、アームがぬいぐるみに引っ掛かった。

「!!」

これは行ける、と思ったのだが、現実は非情である。
ぬいぐるみはアームから呆気無くぽろりと落下した。

何も得られなかったアームはのろのろと定位置へ帰ってくる。


「…………」

硬貨をぎゅっと握り締め、自分は筐体を睨みつけた。
戦いは始まったばかりらしい。



275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:12:39.15 ID:pbi5pglw0

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「美味い……めちゃくちゃ美味いなこれ。値段に見合う味だ」

「うん、確かにその通りかも! もっと食べられれば満足だったのに……」

「わがまま言うんじゃありませんっ! お前は明日から飯が無くなってもいいのか!?」

「う……それは困るんだよ」

「これでもギリギリまで買ってやったんだからもうちょっと遠慮をだな……」

「ご、ごめんねとうま……十分ありがたかったかも」


上条当麻は昨日交わしたインデックスとの約束の為、地下街へとやって来ている。

彼は午前中で放課となる学校の帰り、件の洋菓子店のシュークリームを購入してすぐに寮へ帰るつもりだったのだが。
彼女は彼女で「久しぶりに地下街を見て回りたい」などと要望を付け加えてきたため、
寮で食事を済ませてからのんびりとこの場へとやって来た。
ひと通り店やゲームセンターを見て回った後、今に至る。

二人はベンチに座り、買ったばかりのシュークリームを味わっていた。

「もごもご……すっごく上品な味わいなんだよ……」

「そうおっしゃるならもう少しお上品に食べていただきたいですねインデックスさ、いたたたたた噛まないで噛まないでッ!」

上条の言葉に耳ざとく反応して、インデックスはいつものように彼の頭に齧り付く。


「うう……なんだよ、シュークリーム食って満足しただろうが……」

「おいしいものを自分の食べたいままに食べて何が悪いのかな!?」

「いやまぁ確かに悪くはねぇけどさ……」

いたわるように自身の後頭部をさする上条。
彼はすっと立ち上がり、空になった洋菓子店の包装箱を持ったまま伸びをする。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:13:18.72 ID:pbi5pglw0

「っと……さて、用事は済んだし、そろそろタイムセール戦争に身を投じに行くとするか」

「今日の私はシュークリームのお陰で力が満ち溢れているんだよ! 全力で協力する構えかも!」

「おー、そりゃ頼もしいな。上条さんも大助かりですことよ」


確かスーパーは向こうから出て行った方が近道だっただろうか、と考えながら、上条は歩き出した。
インデックスは小さな歩幅でその後ろを付いていく。

「インデックス、晩飯の希望は? タイムセールの戦利品にもよるけど」

「うーん……」

「特に思いつかないってんならそれでも良いけどな。揃った材料から適当に考えるし」

「……そうだね、じゃあとうまの好きなように作って欲しいんだよ。なんでもおいしくいただいちゃうもん!」

「へいへい。お前のそういう所はありがたいな……って、あれ」

歩きながらインデックスと夕飯について話していた上条が、急に足を止めた。

「とうま? どうしたの?」

インデックスも同時に足を止める。彼女は怪訝そうに彼を見上げた。
夕方になり、学生が増えてきたせいか地下街の内部には人ごみが出来上がりつつある。

上条の視線は、その人ごみの中の一点に注がれていた。


「……? あれ、もしかして」


277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:14:12.82 ID:pbi5pglw0

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最終的に、クレーンゲームと自分の死闘は自分が勝利を勝ち獲ったことで終焉を迎えた。



「……~~、やったァ……!」

ふるふると感動に打ち震えながら、取り出し口から兎のぬいぐるみを救出してやる。
モフモフのフカフカで触り心地は想像以上のものだった。
思わず頬擦りしてしまう程である。


(これで打ち止めちゃンにお土産出来たなァ……良かった良かった……)

……というのは、端的に言うと現実逃避であり言い訳だった。

死闘によって生まれた犠牲は決して少なくない。
財布の中に居た筈の三枚の千円札は一枚だけになり、犠牲になった二枚の千円札の代わりに百円玉二枚が残った。

「……、まァアレだ、かけがえのない大切なものを手に入れたって事で……、……うン」

一人で居るというのに、その上一人で自身のフォローをするのは虚しいどころの話ではない。
ぐし、と額の汗を拭う。一仕事終えた気分とはこういうものを言うのだろうか。


(他に少し気になるものもあるけど、これ以上お金使っちゃうとなァ……)

冷静に財布の中身の事を考えると、これ以上の出費は止めておいた方が懸命だ。
ぬいぐるみを得た達成感と満足感に浸れている内に、何より未練が残らない内に、
早々にこの場を離れたほうが良さそうだった。

「また今度来ればイイ話だし、別に……うン、もォ帰ろ……」

うさぎのぬいぐるみとパンの入った紙袋を抱えてゲームセンター内を歩く図は、我ながらなかなか妙な絵面だな、と思った。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:14:57.25 ID:pbi5pglw0


(……気付かねェ内に、人増えた?)

自分がクレーンゲームに没頭していたのは相当な時間だったらしく、先程より人が多くなっているように思う。
時間を確認する物を何一つ持っていない為に今が何時なのかは分からなかったが、
下校時刻は回っているであろう事は予想できた。



(……そろそろ帰らねェと。
 オリジナル達もそろそろ帰って来てるだろォ、し……、)

くら、と足元がふらつく。


(アレ、……何だ)

急に、頭から血の気が引いたような感覚がした。

「っ、……?」

視界が一瞬だけ暗くなり、バランスを崩して倒れそうになるのをすんでの所で耐える。


何だこれ。……何だこれは。


考える余裕も無くじわじわと気分が悪くなってくる。

人ごみで気持ち悪くなっているだけなのか。一人ではしゃぎ過ぎた事への罰か何かか。
実に間抜け臭い事に、今の今まで自分が一応は「病み上がり」であることを自分で失念していた。

思い出してきた。確か昨日もこんな風に唐突に気分が悪くなって――
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:15:29.19 ID:pbi5pglw0


(……ここで倒れたら、……きっと、オリジナルに迷惑が)

そんな状況は何としても避けたかった。これ以上自分の事でオリジナルの手を煩わせたくない。
どうにか外に出る為、壁伝いに歩き始める。

(外の空気が吸えたら、もう少しマシに……なりそォ、なンだけど)

そう考えて必死に気分の悪さを抑え付けた。
頭がぐらぐらと揺れるような感覚と、ぐにゃりと歪み始める視界。
正直な所、この状態でマンションへ戻れる気はしなかった。

せめて巡回中の風紀委員か警備員の人間でも居れば……と思うのだが、現状では人の見分けすら付けられそうにない。

(マジでやべェ、どォしよ……、どォしよォコレ……)

不調の原因が理解出来ない為に不安感は増すばかりで、じわりと涙が滲んでくる。
殆ど心の折れかかったその時だった。



「なぁ、」

「……、?」

最初は声を掛けられた事もよく分からず、声の主も判別できなかった。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:16:14.07 ID:pbi5pglw0


「おい、こっちだって……大丈夫か?」

「……あれ、迷子の人だ!」

再度呼び掛けられてようやく誰かが自分を呼んでいる事に気が付いた。
その声は壁伝いに歩く自分の真横に立っていた、ツンツン頭の男子学生のものだった。
朦朧としていて近付かれていたことすら分からなかったらしい。
彼の背後には小さな白い影が見え、その人影も同時に自分へ声を掛けたようだが、揺らぐ視界では認識不可能だ。

「お前……えーと、一方通行? 人違いじゃねぇよな」

「あく、せら……、」

どうやらオリジナルの知人だったらしい。
知人らしい彼になら助けを求めても良いだろうか、いや彼に頼ってしまっても結局はオリジナルに迷惑が……
最悪の体調のせいで、ぐるぐると思考が堂々巡りのループに突入し始める。

「えェ、と……俺は、オリジ、ナル、じゃ、なくて……ですねェ……」

「お、おう……?」

いかにも困惑した様子で応対する少年。最早彼を気遣う余裕など欠片も無かった。
応答する暇も無く限界が訪れて、そのままぐらりと身体が崩れ落ちる。

「、一方通行の……クローンの、……百合子、なン、ですけど……」

「ちょ、えっ……ま、待って待ちなさい待ってくださいそのまま倒れるのはちょっと不味い――ッ!!」

281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:16:49.28 ID:pbi5pglw0

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上条は目の前の一方通行? が倒れる寸前で、どうにか身体を支える事に成功した。


「おりじ……? ……えーと、インデックスさん。この人最後なんて言ってたかわかりますか?」

「あくせられーたのくろーんのゆりこ、って言ってたかも。人の事言えないけど、長い名前なんだね」

「いやいやそれはフルネームでも本名でもないだろ……じゃなくて!」


クローン?
……一方通行の?
オリジナル。一方通行が?

状況が飲み込めない。
彼の知っているクローンと言うと、御坂美琴のクローンである妹達だけだった。
しかし、先程の様子と、青ざめて気を失っている姿を見るに、騙りなどでは無さそうである。

それ以前に、問題は気を失ったこの人間の服装だ。

「……迷子の人、女の子だったんだね?」

「……一方通行じゃねえだろ、こいつ……あといい加減名前で呼んでやれよ」

上条の腕の中で気を失っている、百合子と名乗った人物は女物の衣服に身を包んでいた。
白い髪には花の髪飾りを付けているし、一方通行と比べると多少女の子らしい気がする、と上条は思った。


「わ、っとぉ!?」

力の抜けた少女の身体がバランスを崩し、ずるりと腕の中から滑り落ちる。
少女を床に倒れ込ませる状況は避けられたものの、上条の手は少女のあらぬ位置に触れていた。

(――やわ、や、やわらかい、ホントにちょっとだけ)
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:17:48.08 ID:pbi5pglw0


いやいやそんな事を考えている場合ではない、と上条は理性を取り戻し、少女を抱き上げる。

「イ、インデックス、とりあえずそこのベンチに座るぞ」

「うん。……どうして顔赤くなってるの? 暑いのかな、ここってえあ……こん? きいてるよね?」

「気にするな、気にしなくていいんだ」

冷や汗を垂れ流しつつも上条はベンチへと少女を運ぶ。



「……さて、どうしたら良いんだ……? とりあえず、本人に電話してみるべきかな」

この少女のポケットの中から着信音が鳴ったりしたらどうしようもないのだが。

上条は携帯の画面を開いて電話帳を呼び出し、躊躇いなく学園都市第一位の携帯番号へ発信する。
ボタンを押しても、少女の懐から着信音が鳴る事は無かった。

五回目のコール音が鳴った辺りで、相手はようやく電話に出る気になったらしい。
ぶつ、と音が途切れる。


「あ、もしもし? 上条だけど」

「……ンだよ」

上条の通話相手は極めて面倒臭そうに応答した。
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:18:26.01 ID:pbi5pglw0

「……一方通行、だよな。って事は……えーと、どういう事だ?」

彼は膝の上に少女の頭を載せ、いわゆる膝枕をした状態でインデックスと顔を見合わせる。
彼女が一方通行と別人である事は納得したが、クローンというのは本当なのだろうか?
その事について電話口で問い質そうと、上条は再度相手へ呼び掛ける。

「なぁ、一方通行――」

「オマエ、まさかアイツを見たのか」

上条が問おうとする前に、一方通行が遮るように聞き返してきた。

「あいつ? お前が指すあいつがどいつなのかは知らねぇけど、なんかお前そっくりの――」

「ソレだよ」

彼が言い終える前に一方通行は言った。

「何だ、もう知ってるんだな。……それなら良いんだけど、」

「……余計な詮索しよォとすンじゃねェ」

一方通行は電話越しで妙に殺意の籠った声を吐き出す。
誤解を解く為、上条が更にそれを遮った。

「いや、そうじゃなくて。偶然会ったんだけど、こいつ具合悪そうでさ……急に倒れちまって」

そう上条が告げた途端、電話の向こうが静かになった。
急に何も言わなくなった一方通行を訝しんで、上条は首を傾げる。
どうかしたのか、と言おうとしたがそれより早く返答が届いた。
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:19:00.97 ID:pbi5pglw0

「迎えに行く。今どこに居る?」

「へ、迎え? お前の身内って事で良いのかこの子」

「場所を訊いてンだ」

彼にしては珍しい、切迫した声色。

「えっ、あ、ごめん……? 地下街の……えーと、ゲーセン近くのベンチに居る」

「分かった。……悪ィ」

場所を聞くと一方通行は短く謝罪の言葉を口にして、ぶつりと通話を切った。


「……、切れた」

「あくせられーた、迎えに来てくれるの?」

「そうらしいな。……あー、タイムセール無理かなこりゃ……」

上条は小さく溜息を吐く。膝の上に横たわらせた少女の肌には嫌な汗が滲んでいた。

「インデックス、ハンカチとか持ってないか? この子の汗拭いてやってくれよ」

「わかったんだよ」

インデックスがごそごそと懐から白いハンカチを取り出した。
優しい手付きで少女の白い肌が拭われていく。

少女は、周囲の空気に溶けて今にも消えてしまいそうな雰囲気だ。

一方通行が一秒でも早く来るようにと心の中で念じつつ。
上条は、真っ白いシスターが真っ白い少女を撫でている様子を静かに眺めている事しか出来なかった。


285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:19:38.36 ID:pbi5pglw0

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当然、その可能性が無いとは思っていなかった。



「……出掛けて来る」

着信があった時、自分は呑気にもリビングのソファーに座り込んでいた。

「ちょ、ちょっと待って、今の電話は何だったの、ってミサカはミサカは……」

「百合子を迎えに行くンだよ。また調子悪くなったンだと」

「そ、それって大丈夫なの、って――」

引き止めようとする打ち止めに目もくれず、つかつかと廊下を歩く。
一秒でも時間が惜しかった。

扉を開けて玄関を出る。

階段もエレベーターも使っていられない。
電極に手を伸ばして、カチリとスイッチを切り替える。
玄関を出たすぐ正面、周囲に立ったマンションが見渡せる位置から跳ねるように飛び出した。
そびえ立つ建物の上を軽々と跳躍して移動する。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:20:49.70 ID:pbi5pglw0


ち、と、きっと誰にも聞こえないであろう舌打ちを鳴らした。
ぎちりと奥歯が軋む音がする。

軽率だった。

目を離すとふらふらと歩きまわるような彼女が、飯を済ませた程度で大人しくマンションへ戻る訳が無かったのだ。
病み上がりどころか病み上がったかどうかすらも分からない状態だったというのに。
好奇心の強い百合子を一人にしたのが失敗だった。金まで持たせて。
ベッドに縛り付けておいた方が良かったのかも知れない。

今日メンテナンスを受けた打ち止めと番外個体のように、百合子もクローンだ。
人工的に生み出された彼女達は、いつ体調が狂うかなど予測できたものではない。
本来であればもっと注意深く彼女の事を観察しているべきだったのだ。

そうでなくとも、自分は百合子について「何も」知らなかったのだから。


「……」

一人で取り留めも無く考えている内に、地下街への入り口が見えてきた。

付近のビルの屋上に降り立ち、そのまま飛び降りて路地裏へ着地する。
伸縮式の杖の先端が、がしゃん、と地を掴んだ。
何事も無かったかのように通りへ出て地下街へと向かう。

携帯の時刻表示を眺めたが、家を出てから十分も経っていなかった。
――迷惑を掛けたあの少年にはどう謝ったものだろう。

今、自分は自分でも明確に理解できる程焦っているらしく。
歩く速度は、いつもより速かった。


287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:21:31.58 ID:pbi5pglw0


「お、来た来た。おーい、こっちだー」

「ほ、本当にあくせられーたが二人いるんだよ……」

ツンツン頭に学生服の、平凡な少年にしか見えない人物がこちらへ手を振っている。
背後には白い修道服のシスターも居るようだった。


「……悪ィな」

百合子は彼の膝の上に頭を載せて横たわっていた。
ただでさえ白い肌が更に青ざめ、病的に思える程の色になっている。

「気にすんなって。
 ……で、この子について……何か、聞かせてくれねぇのか」

「…………説明する必要性を感じねェ」

「っ、お前なぁ……」

何か言おうとしたようだが言葉に詰まったらしく、彼はそのまま押し黙る。


彼の膝の上で目を閉じたままの百合子に呼び掛けた。

「オイ、百合子。帰ンぞ」

初めて出会った時のようにぱしぱしと頬を叩くが、反応が無い。
目が覚めないのなら仕方がない、と無理矢理彼女の腕を引っ張った。

「お、おい、そんな無理に持ったら危ねぇって」

上条が咄嗟に百合子の身体を支える。
意識を失っている人間は重たい。自分の非力さはこんな時に嫌になる。

「……イイから、離せ」

杖で自身の身体を支えつつ、空いた方の腕で百合子の肩を持つ。
いざとなったら能力を使えば良いのだ。
自分まで倒れそうだったが、何とか耐えた。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:22:25.79 ID:pbi5pglw0

「……これ、その子の持ってた荷物。とりあえず袋でまとめておいたけど」

彼から透明なビニール袋が手渡される。袋にはゲームセンターの名前がプリントしてあった。
動き難くなりそうだが他に方法が無い為、杖を握った方の手でそれを受け取る。

その中には、昨日百合子と打ち止めが凝視していたぬいぐるみと、紙袋が入っていた。
紙袋からは微かに香ばしい香りがした。昼食はこの中身を食べたのだろう。
――大方、この人形を手に入れる為にずっとここに留まっていたのだろうな、と当たりを付ける。


「……迷惑掛けたな。いつか必ず埋め合わせする」

「埋め合わせ、って……んなのいらねぇよ。むしろその子、俺が運んだ方が良いんじゃ……」

「これ以上負担は掛けねェ。コイツの事ももォ気にしなくてイイ」

借りを作るのは嫌だった。
何より、これ以上百合子を他人に関わらせるのは良くない事に思えたから。

じゃァな、と適当に別れの言葉を吐き出す。
しつこく投げ掛けられる引き止めの言葉は無視した。


百合子を引き摺るように外へ向かおうとした所、

「ァ、れ、」

百合子が意識を取り戻した。
ぐ、と彼女の足に力が入って、負担が少し軽くなる。

「――? オリジ、ナル」

「チッ、今更起きたのかよ……ホラ、立って歩け」

彼女が目覚めた事で先程より幾分か楽になったので、これなら能力を使わずに帰れるだろうか。
そんな事を考えながら百合子を連れて外に出る。
彼女の足元はふらついていた。

「……ごめン、なさい」

「……謝るくれェなら最初からすンなっつの。帰ンぞ」

「……ハイ」

289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:23:04.75 ID:pbi5pglw0


下校中の学生達に混ざって、百合子の肩を支えながらのろのろと家路を歩く。

瓜二つの容姿、その上特異な自分達の白い色は人目を引いた。
時折こちらを眺め見る人間も少なくなかったがそんなものには構っていられない。

夕方といえど夏場の日は高く、外はまだ明るかった。


じ――――、じじ、じじじじじじじ。


今日も今日とて、蝉の鳴き声が耳障りだ。
付近の街路樹からも、少し離れた公園からも、どこからでもその声は響いてくる。
能力が万全であればこんな雑音は耳に入る前に反射していたのに。


「……オリジナル」

「なンだよ」

「……蝉の声って……すごく、素敵だと、思いませンか」

百合子は、自分の考えとは正反対の言葉を吐き出してきた。

「……この五月蝿ェのの、どこがだよ」

その意見にはとてもではないが賛同出来ない。

「蝉が鳴いてたって、やかましィわ暑苦しィわで良い事なンざ一つもねェだろ」

「そォ、かなァ……」

返答と言うよりは独り言のようにそうぼやくと、残念だとでも言うように百合子が僅かに俯いた。


290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/03(木) 07:23:56.80 ID:pbi5pglw0


「……調子悪ィンだろォが。少しは静かにしてろ」

「へへ……蝉みたいに、やかましィ、ですか」

「……、」


この声のどこがやかましいものか。
彼女は今にも消え入りそうな程小さな声で話していたと言うのに。


「……黙って歩けよ、オマエの為にバッテリー減らしたくねェンだからな」

「はァ、い。……ごめン、なさい」


掠れた声に耳を塞ぎたくなる。
痛々しく、搾り出すように声を出す百合子を、これ以上見ていたくなかった。



297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:35:52.17 ID:wM/1Ooo90

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部屋の中は静まり返っている。

「……ユリコ、」

打ち止めはリビングのソファーに座り込み、ぽつりと呟いた。
沈黙を保ったままのリビングに打ち止めの声だけが響く。
彼女と共に帰宅した番外個体は、夕飯まで寝ると言い残して部屋の中だった。

(……大丈夫、なのかな)

ワンピースの裾をぎゅっと握り締め、打ち止めは取り留めもなく考える。
昨日、自分が炎天下の中連れ歩いたから、百合子は体調を崩してしまったのではないか。
百合子は無理をしていたのではないか。

答えは出る筈もなく、打ち止めは待つ事しか出来ない。

(――早く、帰ってこないかな……って、ミサカはミサカは……)


ぴんぽーん。
気の抜けたインターホンが鳴る。

「!!」

その音を聞いて打ち止めは反射的に立ち上がった。
――あの人とユリコが帰って来た。
彼女は玄関へと一目散に駆けて行き、解錠して、おかえりなさい、と大きな声で叫ぶ。

扉が開いた。

298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:36:28.19 ID:wM/1Ooo90

「ただいま。
 ……あら、何故そんなに露骨に嫌そうな顔をしているのかしら。流石の私も傷つくわね」


「……あの人じゃなかった……ってミサカはミサカは落胆してみる……」

帰宅したのは一方通行と百合子の二人ではなく、芳川だった。
それを知った打ち止めはがっくりと肩を落として溜息を吐く。

「……昨日も今日も、いったいどこに行ってたの?
 ってミサカはミサカは万年ひきこもりに近いヨシカワに尋ねてみる」

いかにも仕方が無く、という雰囲気で彼女は芳川に問い掛けた。

「失礼ね、否定はできないけれど。……ちょっとした野暮用、みたいなものかしら」

「野暮用……ハローワークに求人でも探しに行ってたの、
 ってミサカはミサカは良い求人があったかどうか探ってみたり」

「……就職活動って事でいいわ、もう」

「定職に就かなくても、バイトとか……色々あるんじゃないかな、ってミサカはミサカはヨシカワの就活を応援してみる」

「……二日も続けて外出したから疲れたわね、私はこのまま眠る事にするから。起こす必要はないわ」

打ち止めの言葉に突っ込む事もなく、彼女は自室へと向かっていく。
首を回して、欠伸を漏らして、どうやら芳川は本当に疲れているようだった。

299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:36:54.57 ID:wM/1Ooo90

「……お疲れ様、おやすみなさい。不規則な生活は良くないよ、ってミサカはミサカは注意してみる」

「心配ありがとう。おやすみなさい」


吉報を伝えられれば良かったのだけどね、と最後に小さく零して、芳川は自室へ姿を消した。


マンションの一室は再び静寂に包まれる。
一方通行と百合子が帰宅するのは、もうしばらく経ってからだった。


300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:37:29.41 ID:wM/1Ooo90

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    また、以前と同じ夢を見た。


    翡翠色の水辺。
    向かい合った『もう一人の自分』は儚げに笑んでいる。
    笑んでいる、とは言ったものの、その顔には何かを諦めたような暗い影が差していた。
    それは自分を見つめ、小さく呟く。


    「――もォ、ねェンだよ」


    その言葉の意図するものが理解できず、問い返す。


    「……、何が?」


    「  」


    それなのに、その答えは聞き取れない。

    「    、          」

    聞き取れないその言葉の後にも、『もう一人の自分』は口を動かし続ける。
    口を動かしている事は分かるのに、何を言っているのかは分からない。



    「最初から、そォいう仕組みなンだ」


    最後に聞こえたのは、それだけ。

    悲しげな表情が記憶に焼き付く。


    オリジナルが悲しむ顔を見ているようで、胸が痛んだ。



301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:38:01.17 ID:wM/1Ooo90

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部屋は暗くて、天井は何の変化もなくて、しんと静まり返って、まるっきり昨日と同じだ、と思った。
もしかしたら自分は『昨日』をもう一度やり直しているのかも、などと馬鹿げた考えが過る。

昨日と違ったのは、オリジナルが側に居ない事だった。

頭が上手く働かず、体を動かす気にもならない。

ぼんやりと天井を眺めていたが、数分経ってようやく窓の方がうっすらと明るくなっている事に気付く。
首だけを動かすと、どうやら閉め切ったカーテンから光が漏れているようだった。
今は朝なのか昼なのか。時刻を確認するにも、起き上がらなければそれは不可能だ。


(――眠ィ、なァ……)

眠気は日を追うごとに大きくなっている気がする。
自分がいつ眠ったのか思い出せなかった。

うとうとと、意識が遊離しかかる。


きい、


「……?」

目を閉じたままで、音のした方に意識を向ける。扉が開いたらしい。
足音は殆ど聞こえない。
かつ、かつ、と、杖を突いているであろう小さな音が近付いてくる。

その音は、ベッドのすぐ側で止んだ。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:38:38.55 ID:wM/1Ooo90

「……百合子」

小さく名を呼ぶ声がする。オリジナルだった。
返事をしようと思うのに、目は開かないし声も出ない。
体が早くも就寝状態に切り替わっていた。

「…………、」

自分が寝ていると判断したのか、彼はそれ以上何も言わなかった。

額に掛かった前髪が、指先でさらりと払われる。
オリジナルの冷たい手の平が額に当てられた。

すぐにその手は離れていく。


(……オリジナル、……)

声は出ない。

壊れ物にでも触れるかのように、彼の手が自分の髪を撫でた。

撫でる手もすぐに離れて、少しずつオリジナルの気配が遠ざかっていく。
先程と同じく扉が開く音がして、また部屋の中は自分一人になった。


彼の触れたところだけが、何となく、ひんやりとしている。

その感覚に何となく安堵して――ふにゃりと顔を緩ませながら、気付かぬうちに自分は再び眠りについていた。

303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:39:08.22 ID:wM/1Ooo90

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「……ふぁ、……おはよー……あれ?
 早起きなのね、ってミサカはミサカはあなたより遅く目覚めたことがちょっぴり悔しかったり」

「……おォ」

眠たげな目を擦って、打ち止めがリビングへやって来る。


結局、昨晩は自室で眠る事が叶わなかった。

百合子を引き摺るようにマンションへ連れ帰り、ベッドに寝かせ。
帰り着いた時には既に日が落ちていて、打ち止めが腹を空かせて自分を出迎えに来て。
帰宅した芳川、そして番外個体は眠りこけていたらしく。
黄泉川が作り置きしていた夕食を二人だけで食べ、烏の行水の如き入浴を終えた。

それからはずっと、打ち止めと共に死んだように眠る百合子を眺めていた。

夜が更けると、打ち止めが「眠くなってきた」と漏らし始めたので、彼女は彼女の部屋へ戻るように促した。

数時間も経つと自分にも眠気がやって来たため、リビングのソファーに転がり、そのまま眠った。
睡眠時間は微々たるものだ。
だが、不思議と起床してから眠気は感じていない。


「ユリコ、起きた? ってミサカはミサカは尋ねてみる」

「まだ寝てる」
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:39:55.01 ID:wM/1Ooo90

「……風邪だったら、お医者さんに診てもらって薬を貰った方がいいと思うんだけど……
 ってミサカはミサカはもう一度病院に行く事を提案してみたり」

「……」

そうした方が良いであろう事は自分にも分かっている。

百合子の顔は病的なほど白いと言うのに、その肌に触れると熱が伝わってきた。
打ち止めの言うように、風邪か何かで熱を出している可能性もある。

きっとあの医者に掛け合えば理由など聞かずに診療してくれるだろう。
でも、今あの状態の彼女を家から連れ出すのは、果たして良い事なのだろうか。

何故か嫌な予感がして、百合子を外に出す事が憚られた。


「……ミサカ、ユリコの様子見てくるね、ってミサカはミサカはあなたの部屋に向かってみる」

打ち止めは踵を返して部屋へと歩いて行く。



立ち尽くしていても、自分にはする事など無い。
ソファーで二度寝でもしてしまうべきか、と考えていると、

「……あら、おはよう」

「……、」

打ち止めと入れ違いで、芳川がリビングへやって来た。

「何か返事の一つでもしてくれれば良いじゃない」

ぼやく芳川の声も右から左。彼女はふあ、と大きな欠伸を漏らしつつ、手で口元を覆っている。
――百合子の事を相談するとしたら、芳川が適任者だろう。

305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:40:26.51 ID:wM/1Ooo90

「……アイツ、……百合子の体調が悪い」

「百合子の?」

ソファーに座り込んだ芳川が怪訝そうな声を上げた。打ち止めによれば、彼女は帰宅してからずっと眠りこけていたらしい。
それ故この事については知らなかったのだろう。

「熱があるだけ、だとは思うンだが……あの医者に連れて行こォか迷ってる」

「……そう、なの」

芳川の返事は数秒の間を置いてから耳に届いた。
彼女は僅かばかり困惑した表情をしている。
相槌を打っただけで反応の無い芳川に向かい、再び判断を仰ごうとしたのだが、

「体調が悪いって、いつから?」

遮るように彼女が尋ねてきた。

「昨日から少し怪しかった。オマエは昨日も出てたみてェだし知らなかっただろォが……
 ……外ではしゃぎ回って疲れてたンじゃねェか」

答えても芳川は反応しない。考え込むように、何も無いテーブルの上を見つめていた。

それはそうと、芳川はここ二日間、一体どこに行っていたのだろうか。
普段あまり外出しようとしない彼女が、連日家を離れる事は珍しかった。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:41:06.83 ID:wM/1Ooo90


「ねぇ」

芳川が再び尋ねる。

「百合子が、ここに来て何日経ったか……覚えているかしら」

「……? もォ、五日は経ったか? 今日で六日、じゃねェの」

答えると彼女は俯き、そう、と小さく漏らす。
彼女の質問の意図が察せず問い返した。

「ソレが何か関係あンのかよ」

「……今言ってしまうべきか、悩んでいたのだけどね」

自分の問い掛けに、芳川は僅かな逡巡の後、躊躇いがちに口を開く。


「昨日と一昨日、百合子――いえ、キミのクローンの事、ね。
 どうにか情報が得られないか、色々と探していたの」

「……探してた、って」

「過去の知人だとか……私なりに、色々と伝手を辿ったのよ」

「……、」

「…………私が優しくない事なんて、キミはとっくに知っているでしょう?
 話させて貰うわ。キミには聞く必要があるでしょうから」

307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:41:59.03 ID:wM/1Ooo90



彼女は自分の目を真っ直ぐに見据え、話し始めた。

「妹達一体は、およそ十四日間でオリジナルの『超電磁砲』と同程度に成長する」

それは実験体確保の時間の短縮の為でもあったのだけど、と芳川は続ける。

「けれどキミのクローンは妹達とは製造方法が違う。
 成長促進用の薬剤が違うとか、遺伝子情報の操作だとかが入っていて、短期間で培養槽から出すことが出来ないらしいわ」

『培養槽の中、長い間』。
そういえば百合子がそんな事を言っていたな、と今更のように思い出す。


「……超能力者の複製は、劣化版しか造れねェンじゃなかったのか」

「私も、そうだと思っていたのよ。でも、現に百合子が居る」

百合子は初めて出会った時も、白衣一枚の姿で暑くも寒くもないと言った。
ついこの前に散歩に行った時も、自分と打ち止めに反射の効果を及ばせる事が出来ていた。
あの様子に、能力の劣化があったようには思えない。


「――でも、完全な複製に仕立てる為の操作によって、ただでさえ短いクローンの寿命は更に縮まるらしいの。
 培養槽から出て数日……日を追うごとに体力が落ちて、体調の悪化と共に能力の精度も下がっていく」

「…………、」


それならば。
今生き長らえているクローンは――百合子は、どうして。


308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:42:45.40 ID:wM/1Ooo90


「きっと……百合子は、偶然に“上手く”出来上がった個体なのよ。
 ……あの子。体調が悪いとか、そういうものじゃない……

 ――――もう、寿命なんだわ」


一瞬、心臓を鷲掴まれたように呼吸が停止したのを自覚した。


「…………寿命、って」

喉奥から妙に掠れた声が漏れる。

「実験記録らしきものも見てみたの。量産されたクローンは全て三日か四日、持って五日……
 その程度の日数が経てば、どの個体も死亡が確認された、とあったわ」

百合子が、寿命?
一昨日までは打ち止めと一緒に、まるで普通の子供のようにはしゃぎ回っていたのに?


「今話した情報、特に秘匿されているものではないようだったの。
 製造にかかる時間に見合わない寿命の短さとか、時間の経過による能力の劣化とか……
 結局、使い勝手も悪い、使い道も無い……キミのクローンは、そのまま『無かった事』にされたのだと思う」

「……」

309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:43:37.01 ID:wM/1Ooo90

「他所へ実験材料として使えないか掛け合ったりもしたのでしょうけど、どこかに引き継がれた様子はなかったみたいよ。
 失敗作も注ぎ込んだ資金も少なくなかったらしいし、それ以上の情報は記録が見つからなくてね。詳細までは分からなかったわ」

芳川は淡々と吐き出し続ける。
だが、自分は情けなく口を半開きにして硬直しているばかり。

「不思議なのが――大々的な計画として立案されたのではなく、個人の発案した計画だった事かしらね」

だから『無かった事』になんてされたんでしょうけど、と芳川は言うが、彼女の言葉は耳の中をすり抜けていく。



胸に穴でも開いたような感覚だった。

過去にあのような実験に加担しておきながら、一人前に――自身のクローンの死に、感情を動かされている。

――自分は一体、何様のつもりなのだろう。

研究者の手で好き勝手に量産されたクローン。
実験動物。実験の最中、妹達が自称していた言葉。
妹達も、自分のクローンも、同じだ。

超能力者の複製の失敗作とされた妹達は、絶対能力進化実験に引き継がれ、その実験によって死んでいった。
無為に生み出された自身の複製は、抵抗の余地も無く寿命に従って死んでいった。

そのどちらも、自分が向き合わねばならない“現実”だった。

……あの時、自分を止めに来た『超電磁砲』も、今の自分のような気持ちを抱いていたのだろうか。
しかしあの実験の時と現状はあまりにも違っていて、やはり彼女の心情を理解する事は出来なかった。

今更クローンが人形だなどと、どの口が言えるのか。過去の自分の歪み切った思考は、もう二度と出来そうに無い。

空虚感が全身を支配する。
百合子の余りにも早すぎる死は、生を与えられた時点で確定している。
もう、自分が抵抗したところでどうにかなる問題ではない。救いの手を伸ばす事すら不可能だった。

310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:44:41.12 ID:wM/1Ooo90


「……生かす事は……、延命は、出来ねェのか」

もしかすると自分は、百合子の寿命について薄々感付いていたのかもしれない。
しかし、それでも、と、悪足掻きも甚だしい言葉が漏れ出る。

「無理、でしょうね。これまで肉体にかかった負荷が大きすぎるだろうし――何より、百合子は生きすぎたのよ」

妹達とは訳が違う。芳川は暗にそう告げていた。

「……看取ってやるのが、彼女にとって一番幸せな事だと思うわ」

これ以上言う事は無い、とでも言わんばかりに芳川はソファーから立ち上がる。
二度寝でもする気なのだろうか。他人事のように考える。
自分の頭の中は、ぼやけているようなはっきりとしているような、どっち付かずの曖昧な状態になっていた。


「ああ、」

自室に戻ろうとしていた芳川が再び声を上げた。

「……クローンの発案者の名前。名字しか分からなかったのだけど……今思い出したわ。
 鈴科、って研究員だったらしいけど、聞き覚えはあるかしら」

「……、」

緩慢に、首を左右に振る。
リビングも、自身の頭の中も、しんと静まり返っていた。

普段は喧しい筈の蝉の声は聞こえない。

「……そう」

それで本当に話す事は無くなったようで、芳川は静かに自室へ歩いて行った。
がちゃ、きい……がたん、と、扉の開閉する音が響いて、今度こそリビングは無音になる。


311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/11/12(土) 16:45:46.95 ID:wM/1Ooo90



一方通行。自分自身。クローン。少女。百合子。超能力者。複製。劣化品。妹達。実験動物。研究者。鈴科。実験。寿命。死。否定できないもの。



――百合子の顔が見たかった。

ここに居たままでは、彼女が存在した記憶ごとそのかたちを忘れてしまいそうだった。
自分と同じ顔をしているのに。

――部屋に、戻ろう。戻らなければならない。



部屋まで歩く間、研究所を渡り歩いていた頃に遭遇した研究員――鈴科の事について思い出した。
確か、自分を真っ当な子供として扱ってくれていた人物だった、気がする。
すれ違えば飴を寄越すような、肉親のように話し掛けてくれるような。
去り際に、その研究員はいつも小さな自分の頭を撫でてくれた。

しかし今の自分にそんな事は至極どうでも良く。
部屋に戻って百合子の顔を眺める頃には、その人物を思い出した事も忘れ去っていた。


320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:47:58.07 ID:86gSc0TB0


部屋の扉を開けると、打ち止めの小さな背中とベッドに横たわる百合子の姿が見えた。
足音を立てないようにそっとベッドへ近付く。

打ち止めは椅子に座り、そのままベッドに突っ伏すように眠っていた。
夜更かしをしたせいで眠気が残っていたのかも知れない。
彼女の小さな手は百合子の手を握っている。
百合子は先程見た時と全く変わらない様子で、すう、すう、と静かな呼吸を繰り返していた。

広くもない室内で耳に届くのは、二人の規則的で安らかな寝息のみ。

部屋の奥、窓際に移動した。
カーテンの隙間から薄く日が差し込み、ベッドに細く白い線が浮かんでいる。
自分は隅に放置されていた椅子を動かし、打ち止めが突っ伏している方とは逆側の位置に腰掛けた。


百合子の死。


心の何処かでは想像していた事だ。
それでも、事実を突き付けられると動揺してしまう。

――百合子は、自身の寿命について、知っているのだろうか。

白いシーツに横たわる百合子の顔を眺めた。
青白い肌は、カーテンを閉め切った部屋の中で薄っすらと浮かんでいるように見える。
呼吸によって上下する胸の動作だけが、彼女が生きている事を伝えてくる。

静寂に包まれた部屋の中は、まるで時が止まっているようにさえ思えた。
無音の室内で椅子の背凭れに体重を預ける。
閉め切った窓の外からは蝉の声だけが聞こえた。
それは普段から聞き慣れたものなのに、何故だか遠く遠く離れた場所から聞こえるように感じる。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:48:28.85 ID:86gSc0TB0


「……ンで、こンな事になったンだよ……」

声は、ひとりでに漏れた。

絶対能力進化実験も、百合子も、結局は自分の存在が事の発端ではないのか。
全て自分が原因ではないのか。
考えてもどうしようもないのは分かりきっていたが、そんな事を考えずには居られなかった。

過去の出来事を許されたいとは思っていない。
あれは最早、誰が許すだとか許さないだとかの問題では無いから。
自分の所為で罪のない命が弄ばれるのがただ不快で、ひたすらに吐き気がした。

言葉にならない気持ちが滲み出してきて、ただ拳を握り締める。
手の平に、ぎ、と短い爪が食い込む感触。
奥歯を噛み締めると歯と歯の擦れ合う嫌な音がした。

天井を見上げる。
何をする気にもなれないし、何も出来ない。
思考を放棄したかった。


「……、ン」

鼻にかかったような声と、衣擦れの音が聞こえる。
首をベッドの方へ動かすと、百合子が目を覚ましたようだった。
寝惚けたように半開きの口。上下の瞼の間から赤い瞳が覗く。

「……百合子」

呼び掛ける。もそりと頭が動き、寝ぼけ眼がこちらを向いた。

「オリジ、ナル」

百合子の様子は、普段と変わりがあるようには見えなかった。
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:49:09.15 ID:86gSc0TB0

「……平気か? 起きられるか」

「へ、ェき……、です」

返ってきた声はとてもそのようには思えなかったが、敢えて口に出さない。
百合子はのろのろと体を起き上がらせる。

「……ェと、おはよォ、ございます……オリジナル」

「おォ、……オハヨウ」

僅かに掠れた声で、彼女は目覚めの挨拶をした。


「……打ち止め、ちゃン」

傍らに突っ伏して眠る打ち止めに気が付いたようだ。
小さな頭、柔らかい髪に白い手が触れる。
百合子はさらり、さらり、と静かに茶髪を撫でた。

「……オマエの事、心配してたぞ」

「……ごめンなさい」

「俺じゃなくて、ソイツが起きたら言ってやれ」

そう言うと、百合子は小さな声でハイと返事をした。


「ねェのか。どっか調子悪ィトコ」

「……頭、痛かったのは、もォ大丈夫だと……思います」

返答は曖昧だった。寝起きだからまだはっきりとしないのかも知れない。

「何か、飲みモンとかは」

「……水……自分で、取りに行く、ので」

百合子がもそりと動き、ベッドから床へ足を下ろした。
ふらつくような様子は無いが、ふとした瞬間に見て取れるぎこちない動作が不安だった。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:49:45.45 ID:86gSc0TB0

「ンー……」

眠り続ける打ち止めを眺め、百合子が唸る。
何をする気かと思えば、彼女は徐に椅子の上の打ち止めを抱き上げ、器用にベッドに横たわらせた。

「オマ……」

病人はそっちだろうと大声で言ってやりたかったが、この期に及んで眠り続ける打ち止めを起こすのも酷だった。
声を上げようとした自分の目を見て、百合子は口元に人差し指を当てる。
静かに、と無言で訴えていた。

「……、」

「別にこの子、重くねェし……ちょっと能力使ったから、平気です」

「能力、って……」

まだ使えるのか。
彼女が言うのだからきっと事実なのだろうが、身体に異常は無いのかと不安になる。
そう思った矢先、

「……わ、っ」

立っていた百合子はぐらりとバランスを崩した。
彼女が床に倒れ込みそうになるのを、片腕で掴んで支える。

「やっぱり、オマエ……っ」

「……おかしィ、な。何でか、能力使うと……こォなっちゃうン、ですよ」

「……無理に動くの、止めろ。もォ、ずっと寝てりゃ良いンだよ」

つい刺々しく言い放ってしまった。
この状態では、もしかすると動くのもやっとではないのか。


「オリジナル、って……結構、心配性、ですよね」

困惑混じりの百合子の笑顔。今となってはそんな軽い話ではないのに、と歯噛みする。

「でも、もォ寝てンのは、嫌……です。俺、ずっと寝てたみてェだから」

少しで良いから支えたままで歩いて欲しい、と彼女は言った。
断れる理由も無い。そのまま、覚束ない足取りの百合子を引き連れてリビングへ向かう。

部屋の中には、百合子の手でタオルケットを掛けられた打ち止め一人が残された。

324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:50:24.31 ID:86gSc0TB0

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「あ、りンごジュース……」

百合子は冷蔵庫を覗くと、露骨に瞳を輝かせた。
目が覚めてからの彼女は双眸から生気が失せかかっていた。ただでさえ白い肌も、普段より相当に青白い。
甘酸っぱい清涼飲料水を見つけた事で、彼女は普段の雰囲気を取り戻したように見える。

「飲ンでイイ、ですか?」

「どォせあのクソガキのだろ。誰も文句言わねェよ」

返答して、棚からコップを取り出してやる。やったァ、と百合子は無邪気に喜んだ。
見た目は自分そのもの、それなのに。

(……動作も言動も、どこ見てもあのクソガキそっくりだ)

そう心の中で呟く。
百合子のそんな姿が、そんな百合子の死が、
確実に自分の中の“見えない何か”を抉り取ろうとしている事は言い逃れようのない事実だったのだが。


「ほらよ」

ジュースを注いでやったコップを手渡す。

「ありがとォございます、……」

こく、こく、と、両手でガラスのコップを持ち、琥珀色の液体を飲む百合子。
コップの中の琥珀色が彼女の赤い瞳に映る。

ぷは、と満足気な面持ちでコップから口を離し、百合子は自身の唇を舐めた。

「おいしかった! ……です!」

「……あァ、良かったな」

彼女の傍に立ったまま、無表情に頷く。
飲み終えて空になったコップを適当に流しに置いて、百合子に問い掛ける。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:51:17.16 ID:86gSc0TB0

「他にする事、ねェか」

実のところ、百合子には今すぐにでもベッドに戻って欲しかった。
ある、と言われても、代わりに出来る事であれば先に部屋へ戻らせ、自分が目的を果たすつもりで問い掛けていた。


しかし、彼女の口から出たのは予想外の言葉だった。

「えェ、と……少し、外が見てェ、です」

「……外? 出掛けンのは――」

「出掛けるンじゃ、なくて……あ、ベランダでイイです。少しだけ……」

ベランダ。
ちらりと窓の外を見遣る。今日はそれほど暑くなさそうだ。

「……ずっと部屋に居たから、ちょっと……外、眺めたいなァって」

「……そンぐれェなら、別に」

小さく漏らすと、百合子は柔らかく顔を綻ばせる。
ふらつく彼女の手をとって、ぺたぺたと足音を立ててベランダへ向かった。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:52:00.74 ID:86gSc0TB0



からから、と戸を開けてみると、涼しい風が入り込んでくる。

十三階のベランダからは学区内の景色が視界いっぱいに一望できた。
見慣れた建物が小さく見える。遠景に点々と立つ風車がくるくると回っていた。

その景色を見た百合子が、「わァ……」と息を呑むのが分かる。
何度か歩き回りはしたが、こうして高所から眺めるのは初めての事だ。
目を輝かせた百合子が、ベランダの柵へと歩み寄って辺りを見下ろす。

「……すごい、ですね。今更、ですけど……このマンション、高ェ……」

「確かに高ェな……つゥか落ちンなよ」

自分もまじまじとこの景色を見るのは初めてだった。
尚も足元が覚束ない百合子へ注意を促すと、大丈夫ですよ、といまいち信用し難い答えが返ってきた。


彼女はこちらを向かないまま話し始める。

「……こォやって、街を見下ろす、みてェなこと、ちょっとやってみたかったンです」

「……」

「第七学区……でしたっけ。ココ以外にも、色ンな学区があるンですよね」

「……あァ」

「俺、……もっとたくさン見て回りてェな、って。
 オリジナルの知り合いとか、もっと話してェし……学園都市の外も、見てみたいなァ」

百合子の赤い瞳が真っ青な空を見上げる。
彼女の声は、辺りの熱気に溶け込んでしまいそうに思えた。
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:52:47.21 ID:86gSc0TB0

自分の知り合いと会う、交流する。それは可能だろう。……自分にとっては面倒極まりない事だろうが。

問題はその後だ。
学園都市の外になど、出られる訳が無い。百合子はクローンだ。それも、勝手に造り出されただけの。
妹達のようなケースならば外へ出られる可能性はあったのかもしれない。
だが世界中に送り出された彼女らとは違い、百合子は勝手な製造の後に『無かったこと』にされた存在である。
その上、素体が自分――学園都市第一位となれば、尚更外出など出来たものではないだろう。

(……コイツは……寿命だって、もォ何日――何時間持つかも分からねェのに)


――でも。

「……そンぐれェ、」

「え?」

「俺が。……俺が、どォにかしてやるよ。クソったれの知り合い共にも会わせる」

――何故だかは知らないが。

「…………『外』にだって、幾らでも連れて行ってやる」

――そんな不可能な事を、可能だと、言ってやりたかった。


「ほ、ほンとですか!? やったァ……!」

百合子の顔がぱっと明るくなる。
いつも通りにくるくると表情を変える彼女の姿に、言いようのない気持ちを抱いた。
死ぬだなんて、きっと悪い冗談なのではないか、と考えてしまう。

今日も、明日も、明後日も、その次も、それどころか何年先も――これまでの数日のように、何事もなく生活出来るのではないか、と。


「……まずは、体調をどォにかすンのが先だがな」

「うゥ……」

――無理な事、だと言うのに。

自分も芳川のようになってしまったのだろうか。

寿命の事も打ち明けずに、果たす事の出来ない約束を取り付ける。
それはただ甘いだけで、決して優しいものとは言えなかった。


こんなものは、現実を直視しきれていない自分の、勝手な逃避に過ぎない。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:53:13.40 ID:86gSc0TB0


「……えへへ、」

自分の葛藤など露程も知らないような笑みを浮かべて、百合子は再び階下の景色と青い空に向き直る。

「でも、良かった、そォ言って貰えて」

「……、」

「楽しみ、だなァ」

彼女の言葉に、胸の奥が僅かに痛んだ。


「……部屋、戻りましょォか。少し、暑くなってきたし」

振り向いた百合子の笑顔には、薄く汗が滲んでいる。
暑さを感じるという事は、もう能力も殆ど意味を成さなくなっているのだろう。

「あ……? っひゃ、」

ぐい、と百合子の片腕を掴み、肩を抱き寄せた。
電極のスイッチを切り替える。

「……無理すンなって、何遍も言っただろォが」

代理演算さえあれば容易に扱える『反射』を、自分と百合子に設定した。
この前、百合子が自分と打ち止めにした事と全く同じ事だ。
彼女は照れ臭そうに微笑んでいる。

「え、と……ありがとォ、ございます」

先刻よりも不安定な足取りの百合子の肩を抱いたまま、二人で静かに部屋に戻る。

触れた肌から伝わる百合子の心音は、とてもか弱く、小さなものだった。


329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:53:42.72 ID:86gSc0TB0

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目が覚めてからも、頭に靄がかかったような感覚は抜けない。
心なしか視界もぼやけていて、自分を気遣うオリジナルの表情も不明瞭にしか見えなかった。

体調不良。
ただの風邪。
それが、少し調子に乗って悪化してしまっただけ。
いつものように美味しいご飯を食べて、いつものように眠れば治る、ただの風邪だ。

いつものように?

ここ最近は、日を追うごとに睡眠時間が増えていた気がする。
……倒れてから、自分が何時間眠り続けていたのか、もう自分では分からなかった。

この間までは平然と立っていられたはずの外の空気は身体にまとわりつくように熱い。
汗が滲む感覚は生まれて初めての経験だった。
不快ではあったが、ようやくオリジナルと同じ立場になれたように思えて不思議と喜ばしい。
以前のお返しとでも言わんばかりにオリジナルが自分に能力を使ってくれたのは、申し訳ないと思う反面、嬉しいとも思った。

首の電極さえ使えば本当に杖なんて要らねェンだな、などとぼんやり考えながら、オリジナルと廊下を歩く。

ベッドに入らされたら、また何時間も眠ってしまうのだろう。

(オリジナル……打ち止めちゃン達と、……時間が共有できねェのは、嫌だな)


部屋の扉の前、自分の肩を抱いたオリジナルがドアノブに手をかける寸前で、扉が内側から開いた。


「あ、ユリコ! ごめんなさい、ミサカがベッド使っちゃって……
 大丈夫? ってミサカはミサカは心配してみる……!」
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:54:32.25 ID:86gSc0TB0

ベッドに眠らせていた打ち止めが目を覚ましたようだ。
丸くて大きな彼女の瞳が不安気に揺れている。

「……だいじょォぶ。ごめンな、……俺の所為で、遅くまで起きてたンだろ」

先程のように頭を撫でようとしたのだが、伸ばした手は一瞬だけ空を切った。
だが、指先はすぐに細く柔らかい髪の毛に触れる。
自分の目は遠近感が掴めていないようだった。ぼやけた視界は予想外に支障を来しているらしい。

「ユリコの為ならぜんぜん平気だよ、……ミサカより辛いの、ユリコだもん……
 ってミサカはミサカはユリコの苦痛を和らげられないことに悔しさを感じてみる……」

そう言うと、打ち止めは口を引き結んで俯いた。
自分のせいで、こんな小さな子供に心配をさせている。それが情けなくて仕方がなかった。
厳密に言えば、自分の方が『子供』なのだろうが。


「……クソガキ、ちょっと退け。コイツを寝かせる」

「うん、ってミサカはミサカは頷いてみる」

オリジナルが自分をベッドへと移動させる。
寝たくないとは思うものの、頭が働かない。自分ではどうしようもなかった。

「ホラ、もォ寝ろ」

「うー、……」

ベッドの上に乗り上げ、そのまま力が尽きたようにぼふりと倒れ込む。

「オイ、そのまま寝ンな。せめて体の向きくれェ直せよ……」

「……ごめンなさい……」

「……、……風邪なンざ少し寝りゃァ治る。……良くなるまで好きなだけ寝てろ」

枕元に携帯電話が置かれた。
何か用があれば呼べ、と言い残し、オリジナルは部屋から出て行く。
打ち止めも自分を気遣ってか後を付いていったらしい。


静まり返った部屋の中は、寂しくて仕方がなかった。


331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:54:59.24 ID:86gSc0TB0

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「……ね、あなた、やっぱり病院に行こうよ」

小さな手が、自分のシャツの裾をきゅっと掴んだ。

「あのお医者さんなら……、ユリコがあなたにそっくりだって事も、何も聞かないよ。
 きっとミサカ達みたいにちゃんと処置してくれるはずだよ、ってミサカはミサカは重ねて説得してみたり」

これ以上百合子が苦しむのを見ていたくない、と打ち止めの両目が伏せられる。


(……言わなきゃ、駄目か)

そんな事はもう無意味なのだ、と。
自分だって言いたくはない。認めたくもない。

つい数分前に寝かし付けた百合子が、もしかしたらもう目覚めないかも知れないなんて、考えたくもない事だ。


「……駄目だ」

「え?」

「もォ、駄目だって言ってンだ。……オマエだって分かンだろ、イキモノに寿命があるって事ぐれェ」

「……どういう、こと? まさか……」

打ち止めがこちらに訝しげな目を向ける。すぐに察しが付いたようだ。
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山形県)[saga]:2011/12/04(日) 17:55:28.48 ID:86gSc0TB0

「そのまさかだ。……芳川が情報収集して来たそォでな、アイツはもォ限界なンだってよ」

「…………うそ……」

「俺だって、嘘だと思いてェよ」

絶句する彼女の姿を見ていられなくて、目を背けながら左手でがしがしと頭を掻く。
これは至極真っ当な反応だろう。打ち止めは、百合子に『先輩』のように接していたのだから。

自身が生まれるよりも後に生まれたものが先に死ぬなどと、普通であれば想像しない筈だ。


「……じゃあ……どうして、ユリコに……『風邪』なんて言ったの、どうして『治る』なんて言ったの……?」

「…………言えるかよ、わざわざ。オマエは近日中――下手すりゃ数時間以内で死にます、だなンて」

「……っ」

下を向いてしまった打ち止めの表情は、目元を覆い隠す前髪、そして元来の身長差も相まって伺う事が出来ない。



「……オマエもそォだろォが、俺も寝不足で辛ェンだ。二度寝する」

「……、じゃあ……ミサカも、……部屋、戻るね、って……ミサカはミサカは、リビングを後にしてみたり」

自分がソファーに転がるのを見届けると、打ち止めは平坦で小さな声を残して自室へと戻って行った。


当然、こんな状況で眠りに就く事など叶わず、自分は無駄な時間を過ごす事になる。


338 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:41:57.76 ID:mh++v5Sq0

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番外個体は謎の頭痛で目を覚ました。


(んん……?)

鈍い痛みが頭部全体に広がっている。
額に手を当ててベッドの上で寝返りを打った。

(……、)

眠る前は、頭痛が生じるような体調では無かった筈だ。


「……何突っ立ってんのさ」

番外個体が扉の方へ視線を向けると、俯いた打ち止めがワンピースの裾を握り締めて立っている。

「……」

打ち止めは何も言わずにベッドへ歩み寄ると、前髪の隙間からくしゃくしゃになった顔を覗かせて、

「うわ、ちょっとっ」

ぼすん、とベッドの上に転がった。


「……何なの、もう。ミサカまだ寝足りないんだけど」

番外個体はいかにも気怠そうに髪を掻き上げた。くあ、と大欠伸が漏れる。
寝足りないというのも事実だが、それよりも彼女の胸中は陰鬱とした気持ちで一杯だった。

打ち止めの姿を見れば、その原因など明白なのだが。
339 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:42:26.17 ID:mh++v5Sq0

「……、コ……」

「あん?」

「ユリコ、がぁ……」

寝そべったままの番外個体に縋り付いて、打ち止めは震えた声を絞り出した。

「百合子が、何? もっと詳しく――」

「ぅ、え、えぇえええ……っく、ううぅぅうう……」

「ちょ、ちょっと!? ……ったくもう!」

打ち止めはずびずびと鼻水を啜りながら、繰り返ししゃくり上げては背中を震わせている。
いかにも面倒臭そうに番外個体がその背を撫でた。
撫でても撫でても小さな背中は震えたままだ。


「……で、何なの。ミサカ、いっつも除け者で事情が分からないんだからきちんと説明してよ」

「……っく、ぐす、……ユリコ、……ユリコが、ね、」

「……うん」

番外個体にも、打ち止めが言わんとしている事が分からないわけではない。

「……もう、すぐ、……死んじゃうん、だって……」

「……、…………ああ、そう」

涙声で伝えられた事実に対する相槌は、とても淡白なものだった。
その反応が許せなかったのか、打ち止めは目元を赤くして番外個体を睨みつける。
涙ぐんだままの瞳では威圧感などあったものではない。
340 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:43:02.84 ID:mh++v5Sq0

「なんでっ……なんでそんな、そんな反応なの……って、ミサカは、ミサカは……」

「……分かりきってたことじゃん。ミサカ達はわざわざ調整を受けてるから生きていられてるけど……
 本来は、寿命なんてあってないようなものだったんじゃないの?」

彼女の言う通りだった。
北方で生死の境を彷徨った番外個体には、死が常に隣り合わせである事など身をもって理解している。
製造ラインの違いから、妹達と比較すれば生への執着は薄いようだが。


「でもっ……、……でも、番外個体だって……ユリコが死んじゃったら、
 悲しくないわけ、ないでしょ、……って、ミサカは……」

「…………」

打ち止めの問いに番外個体は暫し口を閉ざしてから、

「……分からないよ、ミサカには」

困惑したように目を伏せ、ぽつりと言った。

「これでもあなたより未発達なんだよ。
 ……確かに、百合子とゲームしたり、ご飯食べたりするの……楽しかった、けど」

「……」

「……第一位と同じ顔してる癖して、いちいち可愛かったし」

きゅ、と、打ち止めの背を撫でていた長い指が緩くワンピースの生地を握る。
野生動物のような雰囲気の瞳からは、普段の鋭利さは失われていた。

「でも……百合子が居なくなったって、また前と同じでしょ? ……ただ、もとに戻るだけなんでしょ?
 黄泉川と芳川と最終信号と、あの憎たらしい第一位がここで暮らすだけじゃないの」

極めて淡々とした態度で番外個体は続ける。
341 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:43:40.09 ID:mh++v5Sq0


「別に、何も変わらないじゃん。……変わらないじゃない」

平坦な声色とは対照的に、鋭さを失った瞳が滲んだ涙で揺らぐ。
横たわったままの番外個体の目尻から、重力に従って涙が零れた。


「…………別に、ミサカが悲しくて泣いてるわけじゃないんだから」

「……みさか、わーすと」

「……あなたがみっともなく負の感情を垂れ流すから、それを拾ってこのミサカが一緒に発散してあげてるだけなんだよ」

ぽた、ぽた。

二人の寝そべるベッドのシーツに、小さな染みが後から後から広がっていく。


「ミサカ、最終信号のせいで気分悪いったらありゃしないんだけど」

「……ごめんね。ごめんね、番外個体」

「謝る、くらいなら、……これ、どうにかしてよ」

「……ごめんね」
342 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:44:10.28 ID:mh++v5Sq0

「……、止まらないん、だけど……」

「……ごめんなさい」

「頭だって、痛いんだよ、いま……これ以上、このミサカを、困らせないで、欲しいんだけど……っ」

すん、と鼻を啜る音。
番外個体は打ち止めを自らの胸に埋めるように強く抱きしめる。
普段であれば、窮屈そうに、そして妬ましげにやめてという一言が飛ぶのだろうが、そんな声は発せられない。

「ごめんね、ミサカが悪かったね、って、ミサカはミサカは、謝罪してみる……悲しくないわけ、なかったよね」

番外個体の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で打ち止めが言う。

「……あなただって、ユリコの、家族だもん、ね……」

「……っ、……」

尚も涙を零し続けたまま、番外個体は奥歯を噛み締めた。
明確になった悲しみの感情が、くしゃくしゃに表情を歪ませていく。

二人は暫くの間、ずっと涙を流したままだった。

343 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:44:46.17 ID:mh++v5Sq0

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眠れないまま横たわっている。何時間経ったかは分からなかった。
時計は見えないし見る気もない。
目を開けて窓の外を見れば、どこまでも真っ青な空が広がっている。

(……クソッたれが)

眺めた空に理不尽な苛立ちを覚えた。


その場から動こうとすることもなくじっとしていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
直後、聞き慣れた声が響き渡る。

「ただいまじゃんよー」

黄泉川が帰宅したらしい。
普段であれば打ち止め辺りが玄関まで出迎えに行くのだが、幾分か前に自室に戻った彼女が出てくる気配はなかった。
番外個体が目覚めているのかは分からない。芳川はまだ二度寝の最中か。

「……誰もお迎えしてくれないなんて、ちょっと寂しいじゃんか」

そんなことをぼやきながら、黄泉川がリビングへとやって来る。
重たそうな鞄が床に置かれる音がした。時刻の確認はしていないが、彼女が早く帰宅するのは珍しい。

「一方通行ー、おかえりの一言が欲しいじゃんよー。たまには挨拶の一つも掛けてみろー」

「……」

「……さすがにその態度はおねーさん傷つくじゃんか……」

生憎、そう言われても返答してやる気力は湧かなかった。
344 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:45:13.48 ID:mh++v5Sq0

「今日は午前上がりで珍しく警備員の巡回も非番だったから、さっさと帰宅したんじゃん」

聞かれてもいないのに黄泉川は報告してきた。こちらとしては訊く手間が省けてそこそこに有難かったのだが。
今この状況で彼女と二人でいる、という状況はあまり好ましくない。端的に言えば鬱陶しかった。

「……何かあったじゃん? いつになく無愛想な雰囲気だけど」

……いっそ、自室に戻って百合子の姿を眺めていた方が良いのではないか。
そう考えながら、起き上がるべく組んだ足を解くと同時、


「愛穂」

「おっ」

芳川が黄泉川の名を呼んだ。
いつの間に部屋から出てきたのだろうか。


「おかえりなさい」

「おー。ただいま! 桔梗ったらまた寝てたんじゃん?」

「……ええ、そうね、否定はできないわ」

「打ち止めと番外個体……あと、百合子は?
 一方通行が起きてるのに、あの子らがこんな時間まで起きてないって事は無いだろうし」

「……、二人は……寝てる、かしらね」

芳川が言い淀む。黄泉川は当たり前のように不思議そうな顔になった。

「ずいぶん曖昧な反応じゃんね……? 一方通行、百合子はまだ部屋に――」

「愛穂、」

自分に話し掛けた黄泉川を、芳川は名前を呼ぶことで遮った。

「……? 桔梗?」

「…………ちょっと、ね。話があるのだけど」
345 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:45:54.01 ID:mh++v5Sq0

言うと、芳川は黄泉川のジャージの裾を引っ張る。移動を促されたことで黄泉川の足は自然とリビングを離れていく。
芳川が移動する先は彼女の自室だろうか。

「? 何……なんか今日、皆して雰囲気が……」

「いいから、ちょっと来て」


二人の足音は、扉の開閉する音を最後に途切れた。
それきり二人の声は聞こえなくなる。

リビングがまた静かになった。


(蝉、……うっせェ)

外で鳴き喚く蝉は相変わらず喧しい。
恐らく芳川は、自分に告げた事を掻い摘んで黄泉川に話しているのだろう。

(……、死ぬ、か……)

まるで嘘や冗談のようだ。
未だに信じられないし、信じたくもないし、きっと本当にそうなったとしても信じられないだろう。
百合子と出会ったのは、ほんの数日前だというのに。

(……)

考えてもどうにもならない。
変えることの出来ない事実だけが目の前に立ち塞がっていた。


346 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:46:25.25 ID:mh++v5Sq0

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夕飯の時間になっても食欲など湧かない。
食事は要らないと告げると、黄泉川は「夜食分は残しておくから、腹が減ったら食べるじゃん」とだけ言った。
打ち止めと番外個体は部屋から出てきたようだったが、顔は見ていない。

百合子の様子を見に行くと、自分が部屋に入った拍子に目が覚めたのか薄く開いた目がこちらを見ていた。
食欲はあるのか、夕飯は要らないかと問い掛けても、弱々しく首を左右に振るのみだった。


無言で部屋から出ようとすると、本当に小さな声で百合子が自分を呼んだ。


「……寝る前に……また、来てくださいね」

「……あァ」

言いたい事はそれだけだったらしい。自分の返答を聞き届けて百合子は微笑んだ。
白い瞼が閉じられる。
どうやら再び眠りに就いたようだった。


347 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:47:03.76 ID:mh++v5Sq0

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シャワーを浴びるだけの入浴を済ませた。

リビングに戻ってきても、いつも喧しいテレビは電源が入っていない。
黄泉川はとっくに食器を洗い終えてしまったのか、キッチンからも物音はしなかった。
冷蔵庫で冷やしておいたコーヒーを取り出して、傍の椅子に腰掛ける。
自分以外は全員部屋に居るのだろうか。

ただ一人、芳川のみがソファーに座って何かを読んでいた。

プルタブを起こしスチール缶の蓋を押し開ける。
そろそろこの銘柄にも飽きてきたし、飲み切ったらまた別の銘柄を探さねば、などと現実逃避めいた思考を巡らせる。

閉められたカーテンの隙間から、すっかり暗くなった外の景色を眺めていると、


「一方通行」

芳川が読んでいた書類に視線を向けたまま話し掛けてくる。

「ンだよ」

「百合子、調子はどう?」

「……」

どうもこうも、と思った。

「……良くなったとでも思ってンのか」

「まあ、それはないわよね」

返答は素っ気ないものだった。
わざわざ訊く必要も無いだろうに、一体何を考えての質問なのか。
348 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:47:38.66 ID:mh++v5Sq0

ごきゅ、ごきゅり、と缶の中身を半分ほど飲み下す。飲み慣れたコーヒーが喉奥を伝って体内に染み込んだ。
やはりこれには飽きてしまった。


「行かなくていいのかしら」

「何処にだ」

「百合子のところ」

「……、」

寝る前に、また、と、小さな声で伝えてきた百合子の姿が脳裏に蘇る。

「……言われなくても、行く」

「そう」

何を訊いても、それにどう答えても、芳川の反応は薄い。
もうとっくに割り切っているからなのか、研究者としての探究心を疼かせていてそれどころではないのか。
どちらにしろ、自分にとってはどうでも良い事だったのだが。

残り僅かなコーヒーを飲み干した。立ち上がり、空き缶をゴミ箱に放る。

リビングを後にして、部屋へ向かおうとする自分の背中に声が掛けられた。

「一方通行、」

立ち止まるが、振り向かない。


「おやすみなさい。……百合子にも、伝えておいてね」

「……、オマエも、さっさと寝ろよ」

その挨拶を、百合子には言ってやりたくなかった。


349 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:48:18.89 ID:mh++v5Sq0

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百合子は窓際の椅子に座り、カーテンの隙間から夜景を眺めていた。
上半身は背凭れに、首から上は窓ガラスに凭れ掛かっていて、遠目からだと随分ぐったりしているように見える。

「……、百合子」

「……? あ……オリジ、ナル?」

輪をかけて緩慢な動作で、百合子の頭がこちらを振り向く。

「……夜の景色も……キレイ、なンですね」

か細い声で百合子が呟く。
部屋に入って彼女の姿を見た時、少し驚いた。移動する程度の体力は残っていたのだろうか。
数日前の姿を思い返すと、今の百合子の様子はあまりにも痛々しい。

右手の中、杖のグリップを握る力が自然と強くなる。口を開くと語気も自然と強まった。

「……ベッド、入れ」

「……外、見てたい、です」

「駄目だ」

ぴしゃりと言うと、百合子が表情を曇らせるのが分かる。

「……どォしても、ですか」

「どォしてもだ」

そう叱ると、百合子は小さくごめンなさいと言い、ゆっくりと立ち上がる。
その拍子にふらついて、ぼふ、と倒れるようにベッドに乗り上げた。
もぞもぞと動く百合子に、ベッドの上にあったタオルケットを引き寄せて掛けてやる。
350 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:49:05.86 ID:mh++v5Sq0

「……いま、なンじ、ですか?」

「日付は変わってねェ」

「……もォ、寝ます、か」

「……そのうち、な」

百合子は寝転んだ状態で手を伸ばして、自分の左手に触れてきた。
始めはその動作の意図が読めなかったが、これはもしや手を握ろうとしているのか。

「……ねェ、オリジナル、」

百合子の乾いた唇が動き、濁りかかった赤い目がこちらを見る。

「……きょう、いっしょに、ねたい、です」

明かりが点いていないお陰で気が付けなかったが、彼女の瞳に以前のような鮮明な赤色は見受けられなかった。

左手を握る百合子の指先は冷たい。


「……ベッド、狭くなンだろォが。一人で寝ろ」

「そンなの、気にしねェから……ね、イイ、でしょォ……」

「…………病気、なンだから……我慢しろ」

「……風邪、引くと、人肌恋しく、なるンですよ、……って、学習装置で、知りました」

「……ンだその信憑性の無ェ知識は。部屋に来いっつったのがその為だったンなら、俺はリビングで寝ンぞ」

「ェ、あ、嫌っ、……や、ですゥ……」

握る力が強まった。それでも、その手の力はすぐに振り払ってしまえそうなほど弱々しい。
百合子の表情が泣きそうに歪む。
351 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:49:32.52 ID:mh++v5Sq0

「やだ、いや、……寝るのがダメ、なら、ココに居るだけで、イイです、から……おねがい、します」

「……、」

彼女が駄々をこねるのを見たのは初めてのことだった。

小さな子供のように涙ぐむ百合子を置いて部屋を出る訳にも行かず、はあと溜息を吐く。


「……ホラ、ベッド入ンぞ。少し移動しろ」

「! ……、……あ、ありがとォございますっ……」

百合子の体がベッドの端へと動く。わざわざ手足まで丸めていた。
細い人間が二人転がった程度で、この大きなベッドの上では縮こまる必要など無いのに。

ベッドに乗り上げて、白いシーツの上に足を滑らせる。
ずっと百合子に使わせていたから、ベッドに寝転がるのは久しぶりのように感じた。

「そンな端に寄る必要ねェっての」

「ご、ごめンなさい……」

この謝罪の言葉も、もう何度聞いただろうか。

「……オマエ、事あるごとに謝りすぎなンだよ」

「う……」

言ってやると、百合子は困惑したように眉を下げた。


横たわり、百合子の向く方とは逆側を向く。
352 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:50:08.59 ID:mh++v5Sq0

「な、なンでそっち向くンですか……」

「……人に顔見られながら落ち着いて寝れンのかオマエ」

「……、」

返答に詰まったのか反論は無かった。
別に答えが返ってこなくてもいい。眠れる内に少しでも眠っておきたかった。
百合子がいつ居なくなるかも分からないから。


それから数分、彼女はもう眠ってしまったのではないかと思うような沈黙があった。


静寂は小さな声で破られる。


「……オリジナル」

声は背後から聞こえる。恐らく自分と同じ方向を向いているのだろう。百合子は自分の背中に語りかけていた。

「…………もォ、寝ちまった、かな」

起きている。
起きているが、答える気はなかった。

「……起きてても、起きてなくても。これから言うのは、ただの、独り言だから……気にしなくて、イイです」

百合子が身動ぎでもしたのか、ベッドが僅かに揺れる。
353 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:50:35.87 ID:mh++v5Sq0

「……もォ、オリジナルの背中も、ぼやけて見える、なァ……」

自分を見ていた淀んだ赤い目を思い出す。
濁ったあの目は、視覚にも異常を来していたのか。

「……面倒、でしたよね。たくさン、世話してくれて、ありがとォございました」

(……、)

「きっと、あの日……オリジナルが、見つけてくれなかったら……どこかで、野垂れ死ンでたンだろォな」

(……野良動物か何かかよ、オマエは)

「……手と、足、冷てェ……」

寒いのだろうか。起き上がって毛布でも出してやるべきか。
考えている間にも、百合子の独り言は止まない。

「……もっと、遊びに行きてェのに、なァ……」

自分の言ったことを鵜呑みにしたのか、その言葉にほんの少し胸が痛む。
だが、次に発せられた言葉は、

「……でも、仕方ねェこと、なンですよ、ね」

(……?)
354 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:51:18.62 ID:mh++v5Sq0


「俺は、じゅゥぶン、生きたから……これ以上は、高望みが、過ぎるンだ」

(――――、)

「黄泉川さンも、芳川さンも、ワーストさンも、打ち止めちゃンも、みンな、優しくしてくれたし、」

掠れ切った声は、ひどく満足気だった。

「……オリジナルに、会えたから……それだけで、俺は……恵まれてたって、言える」


(――……、変、だ)

おかしい。百合子は、自身の寿命の短さなど知らない。そう思っていた。その筈だった。
だがこの物言いは、どう聞いても、どう考えても。


「外の世界なンて、見られなくても、……俺は、最期まで、オリジナルと一緒なら、イインだ」

――百合子は、死期などとっくに分かっていた。

(……コイツは、それを分かってて、)

「……それも、高望み、かなァ」

自らの言葉に苦笑するように、百合子は言った。


まるで譫言のような声が、喉奥から勝手に這い出てくる。

「…………、ゆ、りこ」

それを理解していながら、自分の形ばかりの約束に――彼女は、笑顔で「楽しみだ」と答えたのか。


355 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:52:05.52 ID:mh++v5Sq0

「……あ、え、オリジ、ナル? 起きて……」

「……悪い、悪かった、……謝る」

あまりにも残酷な事をしてしまったと、後悔ばかりが募る。

「どォして、謝るンですか? ……俺、オリジナルには、たくさン……お礼、言わなきゃ、いけねェンですよ」

「……だって、俺は、オマエを」

振り返り、向き合った百合子の顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
騙すような事を言ったのに。

「……っ」

そんな顔をされては、言葉が出なくなる。

「えへへ、……独り言って言った、けど。聞かれてると、ちょっと……恥ずかしィ、な」

照れ臭そうに、百合子は尚も笑っていた。


「……これだけ、近くても、オリジナルの顔が、ハッキリ見えねェ、のが……悲しい、けど」

「……百合子」

「オリジナル、……寒ィ、から……手、握って……欲しい、です」

差し出された両手は冷え切っている。
離さないように強く握ると、応えるように指先が動いた。
356 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:52:48.44 ID:mh++v5Sq0


「あったけェ……」

「……」

「……そろそろ……眠たく、なってきた、かなァ……」

あンなに寝たのにな、と百合子はぼんやりとした目付きで漏らす。

「オリジナル、ワガママ、付き合わせて、ごめンなさい」

「……気に、してねェ」

「……さいごに、ワガママ……もォ一つだけ、イイですか」

殆ど本来の役割を果たせていないであろう濁った目が、自分を見据えた。
さいご、という言葉が胸を刺す。


「俺が、寝るまで……それまでで、イイから……手、握ったままで、……いて、ください」

「……分かった」

「ありが、と、……ござい、ます」

そう言って、百合子は嬉しそうに微笑んだ。
握っていた片方の手を動かす。百合子の背中へ腕を伸ばして、静かに抱き寄せた。
抱きしめた百合子の体には、微かな温もりしかない。
357 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:53:24.14 ID:mh++v5Sq0


「……一方、通、行。俺の、オリジナル」

「……ン」

「……おやすみ、なさい、オリジナル……」

「……」

もう目覚めの挨拶が交わせない事は分かりきっていた。

言いたくない。
でも、言ってやらなければいけない。


「…………おやすみ、」

小さく言って、頭を撫でた。



「おやすみ、百合子」



358 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:54:12.41 ID:mh++v5Sq0

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    「よォやく、かよ」


    目の前の『もう一人の自分』は、文句臭そうに言った。


    「うン、ごめン」

    「待ってたの、俺だけじゃねェンだからな」

    「……ごめン」

    「しつけェ」

    「……オリジナルに、似てるから。そンな泣きそォな顔、すンな」

    「してねェ。そもそも同じ顔だっつゥの。……さぞ楽しかったろォな、---人目」

    「すごく」

    「そりゃァ良かった」


    「……これでお終いだ」

    「うン」

    後悔が無いわけではないけれど、もう来てしまった。今更どうしようもない。
    胸の内は暖かいものに溢れている。

    それだけで十分だ。


    「おやすみなさい」

    もう一度そう告げると、全てが空気に溶けて消えていった。



359 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[saga]:2011/12/26(月) 08:54:50.18 ID:mh++v5Sq0

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目が覚めると、腕の中に温もりはなかった。
おはよォございます、と、自分より少し高い声で笑いかけてくれる家族は、もういない。


「……」

氷のように冷たい百合子の身体を抱きしめる。

意志とは関係なく、肩が震えた。



日の差し込むカーテンの外からは蝉の声だけが聞こえてくる。



百合子が「素敵だ」と言った蝉の鳴き声は、やはり喧しいとしか感じられず。

空っぽの頭の中に、ただひたすら耳障りな雑音が響くばかりだった。



364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:49:58.54 ID:Z4D9EjIh0

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狭く仕切られた場所。目の前には小さな墓石がある。
『外』の墓がどんなものかはよく知らなかったが、この場のそれはあまりにも機能的すぎて、情緒も何もあったものではないと思う。


――自身のクローン、百合子が死んで数日が経った。


亡骸をいつまでもベッドの上に安置しておく事など出来ない。
しかし本来存在してはいけないクローンを墓地に入れることは可能なのか。

悩んでいた自分へ、黄泉川が告げた。
第十学区に唯一存在する墓地に入れられるのは、殆どが引き取り手の居ない者なのだという。

「あそこには、『置き去り』とか――キミの居た、『裏』の世界の人間、とか。
 普通じゃない……って言ったら、そこに居る子達には悪いけど。そういう人間が集まっている場所じゃんよ」

だから、きっと問題ない、と。

言われた通り、百合子の亡骸は問題なく受け入れられた。

墓標には、“鈴科百合子”と刻んだ。
名前は打ち止めと番外個体の考えたもの。苗字は、彼女を造り出したという研究員の名から取った。
親といえば親であるし、そうするのは間違いではなかったと思う。


左手に持っていた、数本だけの花束をそっと供えた。
この花も、時間が経てば自動的に廃棄されてしまう。
何もかも機能的で、機械的で、ここは誰かの死を悼むべき場ではないように思えてくる。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:50:34.20 ID:Z4D9EjIh0

「……また、」

発した言葉は、百合子へ。

「……また、来る」

小さく告げる。


左手には、まだ握られているものがあった。

「……」

百合子が身につけていた、藤色の花の髪飾り。掌の中のそれをほんの数秒だけ眺めた。
再び左手を握る。

(……気に入ってたンだ、よな)

でも。
どうしても、これだけは手放したくない。

(…………)



再度百合子へ別れの挨拶をして、静かにその場を立ち去った。



366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:51:12.72 ID:Z4D9EjIh0

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眩い日差しと青空の下、自分は立っている。
目の前には、くすんだ色をした外壁の建物。その所々は罅割れていて、人が出入りした形跡は見られない。

「……、」

ここ数日、外出を繰り返してはリビングで書類と睨み合っていた芳川。
小さな建物を眺めながら、脳内で彼女の言葉を反芻する。


『……ろくな情報は得られなかったけれど、話すだけ話しておくわ』

『百合子の生まれた場所は……第十学区の、小さな研究所』

『どこでだかは知らないけれど、研究に使われていたキミに興味を持ったらしくてね、件の鈴科さんは。
 元々所属していた研究所から離れて、一人でクローン製造を始めただとか』

『多額の資金を注ぎ込んで、完成までにたくさんの失敗作を量産していたんでしょうね。
 もう潰れているみたいよ、その研究所は。鈴科さんご本人もとっくに居なくなっている筈よ。

 ――ただ、その研究所に残っていたのが百合子一人かはわからない』



「……ここが」

芳川に渡された地図を頼りにやってきたのが、この場所だった。先程まで居た墓地からそう遠くない。
――百合子が生み出されたという研究所。

何故ここに立っているのか、自分でもよく分からない。
分からないが、自分は――百合子の為に、ここへ来なければいけない気がしたのだ。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:51:57.74 ID:Z4D9EjIh0

一歩踏み出すと、足元で砂が擦れる音がした。
ガラス製の入口扉を押し開ける。きい、と耳障りな雑音。
中に入り、扉を閉めた。

明かりは小さな窓から差し込む日の光のみ。人の気配は感じられず、そこは完全に無音だった。


長い廊下に、かつん、かつん、と、杖を突く音が響く。

半端に開いた扉の隙間から、部屋を覗き込んでみた。
暗くて何も見えない。
扉を動かして、手探りで部屋の電灯のスイッチを入れてみる。奇跡的に明かりが点いた。

(……妙なモンは無ェ、な)

その部屋にはデスクと椅子が二つずつ、壁際に棚やロッカーがある程度で、特に目を引くものは無い。
収納部分を開けてみても、何かが入っているという事はなかった。
他には机の上に薄汚れた白衣が放置されている程度で、この部屋には本当に『何も無い』事を察する。

別の部屋に行くか、と考えた時、ふと違和感を覚えた。

(……ン?)

机の上には薄く埃が積もっている。その上の白衣も、よく見れば汚れと共に埃が積もっていた。壁際の棚も同様だ。
しかし、もう一つの机は一部分だけ埃が無くなっている。
まるで誰かがそこに置いてあったものを持っていったように。

――自分が来る前に、誰かが侵入した?
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:52:33.96 ID:Z4D9EjIh0

考えを巡らせながら、再び目を凝らす。視線を床へと移した。
床のタイルの色はそれほど濃くなく、埃が乗っているかどうかは判別し難い。
だが、その床の上に、

(……俺の靴跡、と…………裸足の、足跡?)

新しい自分の足跡と、それほど古くない足跡を見つけた。

足跡を潰してしまわないように、部屋の外に出る。
廊下の床は部屋の中のそれよりも濃い色をしていて、足跡の判別は比較的容易だった。
奥の方からこちらへと、確かに『誰か』がここを歩いた痕跡がある。
振り返り、入り口の方向を見やった。ふらふらと歩き回った形跡はあるが、その足跡はそちらへと続いているようだ。

目を凝らした結果、どうやら足跡は自分と『誰か』の二人分だけ。
そしてその『誰か』とは、百合子に違いなかった。
恐らく、彼女が着ていた白衣は今しがた入った部屋から持ち出したものだったのだろう。

(…………それなら)

足跡を辿れば、百合子の生まれた場所へ辿り着ける。

窓から差す光、そして点々と残された足跡を頼りに、施設の奥へと進んでいった。


369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:53:12.08 ID:Z4D9EjIh0

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足跡は廊下の奥、突き当たりの扉まで続いていた。
その扉から百合子が出てきた形跡がある。

僅かな躊躇いを感じながら、一瞬だけ間を置いて――扉を押し開けた。


「…………、」

薄暗く、面積の広い部屋。
そこは自分がかつて見た、『妹達』の培養されていた研究施設の様相を彷彿とさせた。
室内には、人間一人が入ることの出来るサイズの培養槽が幾つも立ち並んでいる。

(……見てて気分の良くなるモンじゃねェな)

それらの中身が空であるとはいえ、この部屋を見回していると嫌でも過去の記憶が蘇ってきた。

(建物自体が小せェから、数はそれほど多くねェみてェだ……)

それとも、別の部屋にも同じように培養槽が並べてあるのか。
後で別室にも探索に行かねばならないな、と思案しながら部屋の様子を見回していると、


こぽ、ごぽぽ、ごぼぼぼぼ……


「……あ?」

排水口に水が流れ込んでいくような音が聞こえてきた。
途端、背筋を悪寒が駆け抜ける。

(…………まさか、)



この中に、まだ、残っている?



370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:53:54.32 ID:Z4D9EjIh0

(有り得ねェ、……有り得ねェだろ、そンなの……)

森林の木々のように立ち並ぶ培養槽、その間を縫うようにして歩き回る。
どれも空。液体も人間も入っていない。

――さっきのは、空耳か幻聴か何かだ。

「……は、」

乾いた笑いを漏らして、そう結論付ける。
引き返そう。別の部屋から聞こえたのかもしれないし。

廊下へ引き返そうと踵を返す。


ピピ、ピ。

ピ、ガコン。


「――ッ!?」

機械を操作する音と、何かが開いたような音が耳に届く。
先刻とは別のもの。今度ははっきりと、それも、すぐ近くから聞こえた。

振り返ると、他の培養槽に隠れて見えなかった場所に人影を見つける。
迷っている余裕もない。早足で人影の元へと歩く。
響く足音と杖を突く音に、人影がこちらを向いた。


その人影は、


371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:54:51.78 ID:Z4D9EjIh0

「…………ゆ、りこ、?」

「……あァ、起きてンの、まだいたンだ。よかった」


百合子――いや、自分の姿と瓜二つのクローンだった。


そのクローンは、いつか見た百合子のように白衣を身に纏っていた。恐らく中には何も着ていないのだろう。
腕の中には手足を弛緩させた人間が抱きかかえられている。
抱えられたその人間も自分と生き写しの姿をしていて、
この場に事情を知らない人間が居たとすれば、間違いなく混乱しているであろう状況だった。

「……ッ、オマエ、は」

「……コイツも、起きてくれない……」

産まれた赤子を取り上げた直後のような光景。
抱えたクローンの顔を見つめて、白衣のクローンは悲しげに眉を下げた。
先程の水音と培養槽の開く音は、抱えられたクローンのものだったらしい。

『起きてくれない』とは。
つまり、もう死んでいるという事なのか。

「なァ、みンな、なンで寝てンのかな……おかしい、よな」

「寝てる、って……」

白衣のクローンは抱えていたクローンを静かに床へ横たわらせる。

「あっち」

指さされた部屋の隅、そこには数人のクローンが壁に凭れ掛かりながら座り込んでいた。
どこから見つけたのか、タオルケットの代わりに真っ白いシーツのようなものが掛けられている。
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:55:57.34 ID:Z4D9EjIh0

「……な、」

だが、全員がそれぞれに寄り掛かりながら、力の抜けたように首を下げていた。

(全部、死ンで、る……?)

「この間まで、起きてたンだけど……みンな、眠い、って、寝ちまった」

そう言う白衣のクローンも、眠たげに片目を擦る。


「……百合子……」

「ゆり……? ……ァ、あれ、」

「!」

かくん、と、白衣のクローンの足から力が抜ける。
細い身体が冷たい床に倒れ込んだ。

「百合子!」

このクローンは百合子ではない。そうではないのに、咄嗟にそう呼んでしまう。
倒れた彼女を抱き起こす。
眠気に沈みそうなクローンの目は、濁った色をしていた。

「なンか、……俺も、眠くなってきた」

「……っ百合、子……」

あの夜ベッドの上に横たわっていた百合子の姿と、目の前のクローンの姿が重なって見える。
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:56:51.62 ID:Z4D9EjIh0

「ゆりこ、って……誰? ……俺は、第一位、の……一方通行の、クローン、で……
 ……あ、れ? オリジ、ナル……?」

脳内の情報に『原型』の姿形も入力してあったのか、ふと気付いたようにクローンがこちらを見た。

「…………あァ。俺が、一方通行……オマエの、原型」

「そォ、なンだ……へ、へへ、なンか……嬉しい、な」

自分の複製とは到底思えない、柔らかな表情。
百合子と全く同じ笑顔に、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


「ン、……じゃァ、ゆりこって、何だ……?」

「……、」

覚えていなかった。妹達のような、情報共有の出来るネットワークは無いということか。

自分が考えてやった名前ではないが、分からないのなら教えてやろう。
視えているのか分からない彼女の目を見据えて、言う。

「――名前だよ、オマエの」

すると、『自分』の――、『百合子』の顔が、ふにゃりと笑んだ。

「――なまえ。……名前、かァ。イイなァ、すごく」

力の抜けていく『百合子』の体。肩を抱き締めて、ぎゅっと支える。

もう、この個体も限界らしかった。
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:57:40.78 ID:Z4D9EjIh0


「なンか、すごく眠ィンだ……せっかく、オリジナルと会えた、のに」

「喋ンな……もォ、イイ」

「、ごめン、なさい……」

謝る声も、『百合子』そのもので。
彼女の死を二度見届けるような心地に、息が詰まる。


「オリジナル……」

そんな掠れた声は、もう聞きたくないと思っていたのに。

「……みンな、起きてくれねェから、寂しかったンだ……オリジナルが来てくれて、良かった」

彼女がいつ培養槽を出たのかは分からない。
けれど、きっと彼女も百合子のように、偶然“上手く”出来上がった個体なのだろう。
だから他の個体達を見送る事になってしまった。
それはこの『百合子』にとって、嬉しくも何ともない幸運だったろう。

「オリジナル、……お願いが、あるンです」

「……何だ」

あの夜を、もう一度繰り返すような会話。

「俺が、寝るまで……嫌じゃなかったら、このままでいて、ください」

この『百合子』の願いもまた、百合子と同じものだった。

375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:58:11.83 ID:Z4D9EjIh0


「…………構わねェ」

答えると、『百合子』は微笑んで、そのまま目を閉じる。


「寝るときの、挨拶……なンて言うン、だっけ……」

学習装置で入力された情報を探るように、『百合子』が呟く。


「……“オヤスミナサイ”、だろ」

「あァ、ありがとォ、ございます……」

眠りを促すように教えてやった。
目は閉じたままで、彼女の表情が緩む。

376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:58:46.14 ID:Z4D9EjIh0



「……オリジナル、おやすみ、なさい……」

か細い声。

「『百合子』……、」

「目が、覚めたら……、…………」


『百合子』の声は、全てを伝え切る前に、途切れた。


「……おやすみ」


その言葉を搾り出すのには、やはり躊躇いがあったけれど。


「…………ゆっくり、寝ろよ」


今度は、見届けることが出来て、良かったと思った。



377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:59:17.07 ID:Z4D9EjIh0

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薄暗い研究所を一度抜け出して、一方通行は学区の外れへとやって来た。



科学の発達した都市には似つかわしくない、緑の広がる小高い丘。
滅多に人の訪れないその場所からは、狭い空と街が少しだけ見渡せた。

夕暮れ時になっても、遠景は揺らいでいる。

鳴き続ける蝉の声はまだ暫く静まりそうにない。


一方通行は、夕陽を浴びる街を眺め、考えた。

百合子と出会ってから、今日までの間。自分の関わった事、全て。
――それは全部、夢だったのではないか、と。

夏の熱気に当てられて、自分は幻を見ていただけなのではないか。


彼女――彼女達の存在を、『なかったもの』として扱いたい訳では無いが、一瞬だけ、そう考えてしまった。


378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 09:59:49.41 ID:Z4D9EjIh0


「……」

彼の手の中に握られた、藤色の花の髪飾り。
持ち主を失ってしまったそれは、百合子の存在が夢ではなかった事を証明するもの。



「……あァ、」

何かに頷くように。

彼女達は、自分一人で弔おう。
それが終わったら、すぐにマンションに帰らなければ。やかましいお説教をされない内に。
それで、今日の『墓参り』はお終いだ。

最後に夕景を一瞥して、一方通行は再び研究所へ向かっていく。




彼の掌に収まる髪飾りは――――まるで、空蝉のようだった。




379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山形県)[saga]:2012/01/08(日) 10:01:36.24 ID:Z4D9EjIh0
これでおしまいです。


読んでくださった方、更新を待ってくださっていた方には心の底から感謝しております
そしてお待たせしてごめんなさい……
すごい今更ですけど誕生日祝いレスもありがとうございます嬉しい。あとあけまして以下略

夏から長々とのろい投下を続けてきましたが、無事終われて良かったです
スレ立ててSSを書く……というか文章自体まともに書いたのがほぼ初めてだったので
説明不足なところとか色々と読みづらいところとかもあったと思いますがお付き合いいただきありがとうございました
ほのぼの目当てに読みに来てくれてた方にはいろいろとごめんなさい。ウアー。

せっかく最後だから適当にでっち上げてみたクローン百合子ちゃんイメージ図でも。
http://wktk.vip2ch.com/dl.php?f=vipper30493.png
髪飾りのイメージはシオンだけど全然見えないですね


書き始めたきっかけとか長々とあとがき的な何かを続けようかと思いましたが、しつこそうだしとりえずこれにて
HTML依頼はもう少し経ってからしにいきます。もうこのレスが十分に長くてしつこい。

380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/01/08(日) 11:00:27.98 ID:Ia/1y4vDO
静かに乙
ほのぼののつもりで追っ掛けてたけどラストも胸に染みて良かったです
百合子は本当にいい子だなぁ
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[sage]:2012/01/08(日) 11:41:19.02 ID:1vYWgaFFo
乙です
綺麗な終わりでした
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/01/08(日) 12:29:12.98 ID:VQ4hdzLDO
乙でした!
あなただったのかー
イラストのファンだったけどSSもすごくよかったです
これからもネタがあればぜひ書いてほしい
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2012/01/08(日) 12:32:11.23 ID:fkCDE+wSO


超乙!

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