2013年10月2日水曜日

番外個体「――ただいま、帰ったよ」 1

13vMMlAilaQ :2010/11/22(月) 22:47:37.02 ID:JdEVyyA0
「――ただいま、帰ったよ」

そう言って帰ってきた彼女の足取りは軽く、しかし声はどこか弱々しい。




はじめましてこんにちは。番外通行のSSになります。
ほんっの少しだけ性描写もあるんで苦手な方はお気を付け下さい。
あとSS初めてだからレスの区切り、キャラとか変かもしれない、何かあったら一報よろしく。
更新は毎日は無理だけどなるべく早めにする予定。

では、どうぞお付き合い下さい。
3 ◆3vMMlAilaQ :2010/11/22(月) 22:53:06.29 ID:JdEVyyA0
11月26日、午後11時を少し回った頃。
がちゃり、とリビングのドアが開いて、番外個体が帰ってきた。

「……おォ、帰ったか」

その気配に応じるようにして、ソファの上に横になっていた一方通行が起き上がり、ガシガシと頭をかく。
テレビがつきっぱなしになっている所を見ると、どうやら観ながら寝てしまっていたらしい。

第三次世界大戦。先月末に終結を向かえたばかりのそれからまだ一ヶ月も経っていないというのに、世界は日常を取り戻し、何事もなかったかのように動いていた。
そして彼ら――一方通行と番外個体も例外ではなく、戦争中にあれだけ学園都市への反逆行為を行ったのにも関わらず、やはり何事もなかったかの様に暮らしている。
変わったこと、といえば、こうして二人が共に暮らしていることだろう。

あの日。『凱旋』と称して輸送ヘリを乗っ取り、番外個体と打ち止めを救い出した一方通行はこうして忌々しい学園都市へと戻ってきた。
最初の頃は学園都市そのものから抹殺されないかと警戒していたが、それはアレイスターの『プラン』にとっては不利益なのか、いつになっても行われる気配はない。
もしかすると油断させてから仕留める、という作戦であることも否定できないし、今でもそういう事情には敏感な一方通行だが、番外個体は特に気にしていない様だ。

戻ってきた彼らだが、打ち止めは別として、残る二人はどこに身を寄せるか。
黄泉川達なら快く引き受けてくれるのだろうが、甘えるわけにもいかないし、最近は活動していないものの一方通行だってまだ立派な暗部の人間だ。
そんなこんなでどうしよう、どうしようと思案しているうちに、2DKのマンションで一緒に暮らすことになっていた。
4 :間隔とか読みにくかったら教えて3vMMlAilaQ :2010/11/22(月) 22:58:01.44 ID:JdEVyyA0
「今日はどォだった?」

一方通行がコートを脱ぐ番外個体にぶっきらぼうに問いかけた。
番外個体はコートを掛け、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
そしてボトルに口を付けながら、彼女の特等席となっているテレビの前に腰を下ろした。

「まーたテレビ観ながら寝てたの? さっすが無防備な第一位様だ、反射が適用するわけでもないのにねぇ。うひゃひゃ」

日課のようになった一方通行の問いかけには答えずに憎まれ口を叩く彼女をみて、
今日は駄目だったのか、と一方通行は勝手に予想をつけた。
彼女は良いことがあれば帰ってきて直ぐいうクセに、気分が沈んでいるときはこうして何も言わないのだ。

「あーあ、つっまんない番組だなぁ。ミサカこういうの嫌い。なんかイライラするんだよね」

「深夜にやってるバラエティなンてまだ少しはマシな方じゃねェの。
 ゴールデンにやってるのなンざ、ウザすぎて観てらンねェし。ベギラゴン? だったか、馬鹿なクイズ番組」

「おやまぁ、こいつ、すっかりこのダラダラな生活を楽しんでるみたいだけど。
 少しはミサカを見習ったら? ま、その貧弱な身体じゃあ無理かも知れないけどさ」

「うるせェよ。いちいち俺の癇に障るンじゃねェっつの」
5 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/22(月) 23:06:01.61 ID:JdEVyyA0
彼女に対してそう返した一方通行だったが、実は内心、最近少しそう思うようになっていた。
というのは、最近番外個体がバイトをし始めたからだ。
この時間帯に帰ってくるのもその為で、夕方から働いている。


「こっちは暗部の仕事だってあるし、大体この俺が『いらっしゃいませェ』とか言ってたら客来なくなるのが目に見えンだろォが」

「うひゃひゃ、よーくわかってんじゃん。ていうかさ、それはどうにでもなるとして」

「なンねェよ」

「暗部って、最近『グループ』での活動もしてないみたいだし、実質あなたは抜けたようなもんでしょ?」


そう、確かにロシアから帰ってきたから、一方通行は一度もグループの仕事に出ていないし、誰とも連絡を取っていない。
帰ってきた最初の頃はグループのメンバーから携帯へ連絡が来ていたものの、それも無視していたら次第にこなくなった。


「もォ戻らなくて良いンじゃねェの? ま、反逆者の俺がいたらあっちもやりにくいだろォし、雑用なンぞ元から気にくわねェっつーか」

「ふーん。ミサカはどうでも良いけどさ。でも女の子に働かせといて自分だけのんびりしちゃって、なっさけないねぇ」


一方通行はそれを無視する。
彼女の憎まれ口いつものことだし、番外個体が本気で働けと言っている訳でないことも分かるからだ。
会話が途切れ、番外個体が買ってきたクッキーを貪る音だけが小さく聞こえてくる。


(貯金は借金返済に取られなかった分がまだ一千万だけだが残ってるし、暫くはそれでやってけるだろ)


自堕落な生活を送っていると、駄目な人間になりがちである。

『駄目な人間』に最近なってしまったかどうかは別にして。
6 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/22(月) 23:17:34.87 ID:JdEVyyA0
つまらないことを言って馬鹿笑いする芸人をくだらなそうに観ながら、番外個体がぽつりと呟く。


「今日は、だめだった」


小さなそれは、テレビから流れる雑音にかき消されてしまいそうで。
しかし、一方通行はそれを聞き逃さない。


「何だァいきなり? ……って、あァ、あのことか」


そう返して番外個体の方をみると、彼女は目を伏せて、手に持ったペットボトルのラベルを弄っていた。
爪とラベルが耳障りな音を鳴らす。


「あーあ。ま、明日もバイトだしね。そうだ、ミサカ明日は早めに帰ってくるからラビオリ食べたい。第一位でニートなんだし余裕でしょ?」

「ハァ? ンなモン作れねーっつの。しかも明日のメニューはもォ決まってますゥ」

「ちぇ、ケチだなぁ。ミサカの事、もっと労ってよね。他の妹達に言われれば、」

「するかっつの」

「つっまんないにゃーん。ミサカ、お風呂入ってくるから[田島「チ○コ破裂するっ!」]でもするんだったらその間にしときなよ。
 あ、それともミサカのバイト中にでもしてるのかな? そっちの方が……って分かったって、だから銃しまってよね。冗談なのに扱い悪いなぁ」
7 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/22(月) 23:24:53.93 ID:JdEVyyA0
バタン。風呂場の戸が閉まったのを確認すると、一方通行は銃を降ろして溜息をつく。
それから、彼女の『悩み』について考えた。


自分の問いかけに答えなかった番外個体。上手くいかなかった日の癖。

そして、目を伏せて呟いたか細い言葉。「今日は、だめだった」

明日もバイトだしね、と、前向きな意味が込められたその言葉は、その意味とは裏腹に小さく声が震えていなかったか。


番外個体は強い。

レベル4の大能力者で、しかもその能力は応用が利く。

精神面だって、ロシアでの一方通行との戦闘の際、あれだけのことをされながら、しかし今はこうして共に生活している位だ。
そこら辺を歩いているような一般人だったら恐怖でトラウマにでもなりかねないことだが、彼女は平気で一方通行に応じて、悪態だってつく。


『クローンだから』

そう言われればそれまでかもしれないが、それでも並以上には強い子なのだ。


そんな番外個体の最近できた弱み。
彼女らしくない、でも正真正銘の女の子らしい悩み。



番外個体は、

恋をしていた。
11 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/22(月) 23:55:05.52 ID:JdEVyyA0
風呂から上がった番外個体が、ピンクのパジャマを着て戻ってきた。
意外なピンク好きは、オリジナルの遺伝子が関係しているのかも知れない。
湿った髪ををタオルで適当にわしゃわしゃとしながら、いつもの様な憎まれ口を叩く。


「あー、良いお湯だった。風呂は心の洗濯ってね。ミサカの心がもっと白くなった感じだよ。
 あなたまだでしょ? 入ってきなよ、そんでその心洗ってくればぁ? うけけけ」

「何が心の洗濯だァ、テメェの心はまだ真っ黒じゃねェか」

「えー、ミサカ何のことかさっぱりわっかんにゃーい☆」

「……お前なァ、バイト先でもそンな風にやってるンじゃねェよなァ……?」


一方通行が溜息をついてそう言うと、番外個体は邪悪な笑みを浮かべて言う。


「残念、ミサカはあのファミレスではアイドル的存在なんだよねぇ。
 良い子だ良い子だって言われて毎日毎日良い気分、ってねーうひゃひゃ」

「そォですかァ猫かぶりとはまァ大層なご苦労ですことォ」

「うっわキモ。主夫が主婦みたいな口調で喋らない方が良いんじゃない?」


そォいうつもりじゃねェしつゥか主夫でもねェっつの。

そう返そうとした一方通行だったが、わずかな差で口を開いた番外個体によって遮られる。
13 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/23(火) 00:01:37.00 ID:ptaw6rI0
「……ミサカは猫かぶりなんかしてないんだけどねぇ」

「は? ……そりゃ、あれか。好きな人の前じゃ何とかっていう」


一瞬何を言い出すかと思った一方通行だが、番外個体はこの手の話をする際はいつもこうなので気にしない。
恐らく本人も、気恥ずかしさがあるのだろう。
瞬時に一方通行は何を言いたいかを理解して、先手を打ってやる。
一応これは、人付き合いが苦手な彼なりの気遣いでもあった。


「ん、まぁそんな感じ。緊張するんだよね」


番外個体はそう言った後、思い切り不快そうな顔を作って、


「何か居心地わるーい。ミサカこういうの苦手なんだよね。もっと悪意のある方が好きだよ? 
 その方が壊し甲斐だってあるしね」

「そりゃあ人としてどォかと思うけどな」

「でもあなたもそうじゃない? なんていうか、今までミサカは悪意にまみれていたから。
 今もそうって言われればそうかもだけどさ、この手の話って何かね」

「ま、人から優しくされったりってなァ今も昔も居心地悪ィのは確かだが」

「うひゃひゃ。そう考えるとミサカ達って随分可哀想な人種じゃない?
 ……あーあ、それにしても。あなたにこんな話をするなんて、ミサカも堕ちたなぁ。
 さ、今日は疲れたしもう寝るけど……寝込みを襲うのはNGなんだからねってミサカは ミサカは警告してみたり☆」

「だァれが襲うかってンだよ。つーかあのガキの真似すンな気色わりィ」

「けけっ。じゃ、おやすみ」

「ン」
14 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/23(火) 00:06:10.87 ID:ptaw6rI0
番外個体が自室へと帰っていく。
一方通行は暫く何の気も無しにテレビを眺めていたが、番外個体の言うようにつまらなかったので電源を切った。

自分も風呂に入ってそろそろ寝るか。

そう考えたとき、ふと頭に浮かんできたのは一人の男。
真面目そうな雰囲気の長身の男だ。
番外個体からは失礼なことにファミレス呼ばわりされているが、実は穴場だったりする、とあるレストランで働いている。


――そして、番外個体が恋をしている男でもあった。
それに関連して浮かぶのは、番外個体の姿。


目を輝かせながら。
『真面目っつってもさー、堅い訳じゃないんだよねぇ。あなたと違って冗談も分かる人だし』

頬を、わずかに染めながら。
『気遣いができる人で、ミサカに色々教えてくれんだよね』

バイト先で撮った、店員が全員でピースしている写真を見せながら。
『ほらこれこれ、この人。悪意の塊みたいなこのミサカには似合わないかな?』


彼に相談や報告をする彼女は、彼の全く知らない彼女でもあって。


『ミサカ、最近おかしいのかもしれない。……いつも? あれでも普通のつもりだけど何か気にくわない? ひゃひゃ。
 ま、良いけどさ。本当に最近、ミサカはミサカじゃ無いみたいなんだよね』

そして、

その度に、心臓が締め付けられる様な。

とある無能力者や木原数多に殴られたときとも、垣根帝督に反射を破られたときとも違う、感じたことの無い痛み。

一方通行にとってそれは、とても居心地の悪い――隠してしまいたくなるような、そんな痛み。


「……クソッたれが」

24 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/23(火) 22:14:53.46 ID:Xd8AHF.0
「一方通行」


番外個体がバイトへ行き、一方通行がコンビニにコーヒーを買いに行こうとマンションを出たときだった。


「……チッ、土御門か」

「久しぶりだにゃー」


ふざけた口調でそう挨拶したのは土御門 元春。彼もグループの一員だ。
サングラスの奥に瞳が隠されてしまっているため何を考えているかが掴みきれない男で、
仕事中はシリアスになることも珍しくないのだが――。


「まったく、ロシアから帰ってきたと思ったらクールなお姉さんと同棲しやがって。
 お前も案外隅に置けないぜよ。それより幼女趣味はもう時代が終わったのかにゃー?」

「テメェに用はねェンだ、消えろ」

「質問に答えて欲しいんだけどにゃー」


一方通行は鬱陶しそうに土御門を一瞥すると、彼を無視して自分のペースで歩き出す。
そんな態度に腹を立てる様子もなく、土御門はヘラヘラしながら一方通行の横に並んだ。


「番外個体、だったかにゃー? どうだ、楽しいか?」

「別に。テメェにゃ関係ねェだろォが」

「あーあ、折角お前とは年下趣味って所だけ話が合うと思ってたのににゃー」

「気持ちわりィンだよ。つーかにゃーにゃーうぜェ。良いから早く用件を言え」

「そう急かすなって。こっちはまだまだ聞きたいことが山ほどあるんだにゃー。ま、いいや。率直に聞くにゃー。
 ……一方通行、『グループ』に戻る気はあるか?」
25 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/23(火) 22:17:23.77 ID:Xd8AHF.0
雰囲気がガラリと変わった土御門の言葉に、やはりそう来るか、と一方通行は溜息をつく。
土御門と数分前に出会ったときから、いや、『グループ』の連中から頻繁に連絡があった頃から薄々勘付いてはいたが。


「……『グループ』への復帰。それをして俺に利益はあンのか? しなかった場合はどォなる?
 テメェ等のオトモダチ意識に付き合えってンなら、答えなくても分かるよなァ?」


学園都市の、深く深く深い、ドロドロとした、汚い闇の世界。
そこに再び戻れと言うのか。一度はまってしまった底なしの沼から抜け出すことは、最早不可能なのか。
……折角。折角、今の生活でこのクソッたれの自分もほんの少しながら変われてきていると思っていたのに。

唇を噛む一方通行に土御門が言う。


「何か勘違いしてないか?
 お前の代わりに補充するようなクソ野郎はたくさん居る。
 お前が戻ってこないならとっとと補充しときたいから一応確認しただけだ」


土御門は笑って、いつもの様にヘラヘラと笑って、


「確かにお前を失うのは戦力に欠けるがやっていけない訳じゃない。
 ……だからお前はクールでビューティーなお姉さんとイチャイチャしやがれってんですたい。
 ちくしょー、羨ましいにゃー」
26 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/23(火) 22:22:13.09 ID:Xd8AHF.0
一方通行には、土御門が何を言っているのかいまいち分からない。
訝しげな眼差しで土御門をみると、サングラスの奥に微かに見える瞳が心なしか少し細く――。
そう、微笑むような。


「……テメェ、何言ってやがる?」

「そのまんまだにゃー。学園都市にとっちゃお前はプラスにもマイナスにもなる。
 今回はそのマイナスの面を考慮しての決断だろうよ。
 無理に引き戻してまた暴れられると学園都市にとっても不利益になるからにゃー」


ただし、と土御門は付け加えて、


「これは『グループ』を抜ける、とは少し意味合いが違ってくるし、勿論学園都市の闇から抜け出せたわけでもない。
 つまりまぁ、手に負えない第一位様に見えない首輪をつけて放し飼いしてやるってことですたい」

「テメェは戻ってこなくて良いから大人しくしといてくださいってかァ?
 ハッ、どォせその首輪ってなァ妹達や黄泉川、芳川のことだろォが」

「ま、そんなところだとは思うにゃー。だがそれが学園都市のやり方ってのはお前が一番理解してるだろうが。
 殺さず、無理に暗部に引き戻さず。時々利用されてやれば今の生活を保障して貰えるってんだ、贅沢なくらいだにゃー」


土御門は気楽そうに言うが、一方通行からしてみれば不愉快でならない。
つまりそれは、結局は学園都市に生かされているのと同じなのだ。
27 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/23(火) 22:30:29.94 ID:Xd8AHF.0
「『グループ』での仕事は正直面倒臭ェし、まァそれに関しては学園都市の皆様に感謝、感謝ってかァ?」

「余計なお世話かにゃー?」

「べっつにィ? 
 しかし相変わらず気にくわねェなァこの街は。どンだけ上から目線で俺を『生かしといてあげましょう』なンてほざいてンだっつーの」

「けっ、一人だけ楽できる癖に文句ばっかり言いやがって。
 俺はこれからも『グループ』で学園都市を出し抜くために動く。お前だってまだ出し抜けたわけじゃない。
 だから必要な時はお互いに協力し合っていこうぜ第一位」

「『利用し合って』の間違いじゃねェの」

「そこに気づくとはさすがだにゃー」


土御門はそれだけ言うと、「可愛いメイドさん発見だにゃー」等と言って何処かへ走り去ってしまった。
一方通行も歩を進める。
このまま終わらせるつもりはない。
いつか、学園都市を出し抜くために、自分を放し飼いしていたことを後悔させるために。


「さァって、手始めに何すりゃ良いンだか。
 俺が『アイツ』の言うよォな料理上手の主夫になりゃ、『プラン』とやらに歪みが生じたりしないのかねェ?」


雑踏にまみれる学園都市。
高くそびえるビルとビルの間に覗く空は、いつの間にか、真っ赤に染まっていた。
それは純粋な夕陽の赤なのか。それとも汚い血の紅なのか。
どちらが学園都市にふさわしいのか、一方通行には分からない。

51 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 22:28:02.94 ID:LW2CtNo0
家に帰って、玄関で靴を脱ぐ。
一人で学生寮に暮らしていた頃は適当に脱ぎ散らかしていたが、今となってはしっかり揃えておく癖がついてしまった。
番外個体が意外と神経質で、揃えておかないとみっともない等と言うせいだ。
自分らしくないと一方通行は顔をしかめる。

リビングに入ると、テーブルの上に置きっぱなしになっていた携帯電話がピカピカを点滅しているのに気がついた。

珍しく、番外個体からの帰宅を知らせるメール。
15分程分前に届いたもので、これから帰宅、という本文の下に、画像が添付してあった。
小さな三毛猫の写真。周りの風景から、駅の近くか、と一方通行は適当に予想をつける。
何処かで見たことのあるような、ないような。
そんな感じの三毛猫が、カメラ目線で写っていた。


「たっだいっま帰ったよーん」


やはり、何処かで見た猫だ。何処だったか……
そう考えていた一方通行の耳に入ってきたのは、普段の数倍も明るい番外個体の声だった。
リビングへ走ってくるのが、ドタバタという足音で分かる。
直ぐにバタン、と五月蠅くドアが開けられて、いかにも「上機嫌です」な番外個体が入ってきた。


「いやー今日も疲れたにゃーん」

「そォ言うわりにはテンションいつもの数倍増しだけどな。つーか下の人に迷惑だからデカイ音出してンじゃねェよ」

「あなたの口からそんな言葉が聞けるなんて驚きだね。ま、今日のミサカはそれくらい気分が良いって事で勘弁してよ」
52 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 22:32:14.07 ID:LW2CtNo0
「にしても今日は随分と早かったじゃねェか」

「昨日言ったじゃん、早く帰るからラビオリってさ……ぐしゅ。
 店長が今日から家族旅行らしくてさ。普通なら土日も店は開いてんだけど明日明後日は休み」

「そォいやンな事言ってた気もするなァ。今日は簡単にオムレツだけどよ」

「……あなた、本当に最近主夫っぽくなってきてる気がするけど」


若干引き気味に言う番外個体だが、依然として全身から何とも言えない嬉嬉とした雰囲気を放っている。
そんな番外個体は一方通行の携帯を指さして、


「あ、そうだ。メール見た? あ、のネ、コ……ふぇっくしゅ! ……うぁー」


思い切り、くしゃみをした。
ずるずると鼻をすすり、ティッシュティッシュ、等とキョロキョロしているが一方通行からすると堪ったものじゃない。
割と至近距離にいたからモロに彼女の――これ以上は流石の第一位でも少々辛い。


「お、オマエマジで何してくれやがるンですかァ!?
 うっわァ、何かねばーってしてンぞオイコレどォすンだよ」

「うひゃひゃ! 何それ何それどういうこと!? きったねぇええええ!」

「……、」


極めて不快な笑い声をあげる番外個体をぶん殴ってやろうかと意気込んだ一方通行だが、しかし今の彼女を殴るのは少し気が引けた。
いつもの一方通行なら躊躇わなかったかもしれないが、それをさせる程に今日の番外個体は上機嫌なのだ。
何だか負けたような感じが少し悔しいが、小さく舌打ちをしつつもチョーカーに掛けかけた手を下ろす。
53 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 22:46:56.05 ID:LW2CtNo0
とりあえず番外個体から浴びせられたモノをティッシュで拭き取る一方通行。
番外個体はそんな一方通行を横目に見てニヤニヤと笑いながら、彼の携帯を勝手に開いた。

同じ機種を使っているわけでもないのに器用に操作すると、自分が送った画像を一方通行に見せつける。


「この猫、可愛くない? 駅前で見つけたんだけどさ、三毛猫っていうの、ミサカ初めて見たよ」

「あっそォですかァ。つーかオマエ自分で拭けっつの」

「反応悪いなぁつまんにゃーい。しかもさ、この飼い主。白いシスターだった。
 ミサカコスプレしてる人も初めてだったよ、いるんだねぇあんな痛いの」


白いシスター、という単語を聞いて、一方通行の動作が一瞬止まる。
修道服の少女と三毛猫。
そうだ、いつか飯を奢らせられたクソガキだったと思い出す。


「にしてもこのミサカ、どうも猫アレルギーらしいんだよね。ミサカ猫好きなのに。
 さっきまで鼻水ぐしゅぐしゅの涙ボロボロで参っちゃったよ。ねぇ、これってあなたの能力でなんとかなったりしない?」

「多分、つーか絶対無理だろォな」

「こうさ、アレルゲンのベクトル操作とかしてさ。……けけっ、所詮第一位っつってもその程度ってことかぁ」


いちいち癇に障る野郎だと思いつつ、拭き終えたティッシュを丸めて電極のスイッチをスライドさせる。

能力使用モード。
以前は自由にこの能力を操って『妹達』を殺戮していたというのに、今となっては一々立ち上がる手間を省くお役立ち要素満載の便利道具になっている。
しかもその『妹達』の一人で、彼女たちの刺客でもあった番外個体と同棲とは一体どこをどう間違ったのか。


ふとそんなことが頭に浮かんで、一方通行は微かに自嘲的な笑みを浮かべる。


丸まったティッシュを軽く放り投げてやると、綺麗な軌道を描いてゴミ箱に入った。
そのことを確認して、再びスイッチをスライドさせる。


「うわー能力をそんな無駄な所で使うなんて、ミサカへの当て付けか何か?」


顔をしかめる番外個体を見て、そォいえばコイツも当初に比べて随分と丸くなったな、と思った。


「さァ? 何のことだかわっかンねェなァ。つーか何でオマエ今日はそンなにテンション高ェンだよ。
 人様の猫の写真撮ってきたりよォ」
54 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 23:02:09.74 ID:LW2CtNo0

「まぁ猫は元から好きだったし。ていうか、そう。そのこと。
 あなたに報告しなきゃいけないことがあるってことすっかり忘れてたよ」


番外個体の声が上擦る。
顔には普段、人を罵ったり、悪意丸出しの態度をとったり(それからくしゃみを人にかけたり)してくることが多い彼女からは想像しにくいような純粋な笑みを浮かべて。


……一方通行は聞きたくない。
何となく分かってしまう。彼女がどんなことを伝えたいのか。


何故、彼女はこんなに上機嫌に帰ってきて、
何故、彼女は昨日とは比べものにならないくらい明るく話すのか。



「ミサカ、明日あの人と一緒に出かけることになったんだ」



番外個体は一方通行を真っ直ぐ見据えて、



「ミサカはこれがチャンスだと思ってる。だから明日、


 ――思いを、伝えてくるよ」



一方通行が今、何を思い、何を感じているのか知らないまま。
そして番外個体からの視線を受け止めることができないでいることでさえ気付かずに。

無邪気に、残酷に。


一方通行の心臓を、不可解な痛みが締め付ける。
55 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 23:04:16.35 ID:LW2CtNo0

相談に乗るなんてらしくないこと、しなければ良かったとさえ思った。


もし、最初の頃に諦めてしまえとそう言っていれば。
もし、以前彼女が諦める、と言い出したときに励ましてなどいなかったら。


ドロドロとした思いが頭の中で渦を巻く。
恐ろしく不快で、理由の分からないこの感情のコントロールを操作する術を一方通行は知らない。
原因不明の胸の痛みと、この感情が何であるかすら分からない。理解ができない。



――隠していたからか。

今に始まったわけではないこの痛みを、感情を。

――嘘で塗り固めていたからか。



(隠すだの嘘だの、違ェ、そンなンじゃねェ。ともかく――)


最悪だ、と思った。馬鹿馬鹿しいとも。自分自身に嫌気が差す。
番外個体の嬉しそうな顔を見て、話を聞いて。
本来ならば、クソッたれだってクソッたれなりに祝ってやらなければいけない。そうではなかったのか。


「……そォか」


いつもの様に、平然と。


「ずる賢いオマエの事だから上手くやるとは思うけどよォ、くしゃみぶっかけたりすると引かれる事くらい頭ン中に入れとけ」


このドロドロとした思いを悟られないように。押し込めるように。


「そんなのミサカだって分かってるよ、まだ根に持ってんの? 第一位は器が小さいねぇ。
 ま、『有り難い』お言葉どうもって一応言っとくけどさ、あーりーがーたーい、お言葉ね、うひゃひゃ」
57 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 23:06:00.71 ID:LW2CtNo0

気がつけば、いつも通りだった。

いつものように憎まれ口を叩き合い、番外個体がシャワーを浴びている間に主夫ならぬ一方通行が夕食を作る。
形が悪いだの味がまぁまぁだの文句を言いながらも番外個体が結局卵4つ分もオムレツを食べたり、1つ残った冷凍の唐翌揚げを巡って争ったり。
9時からのシリアスな雰囲気のドラマを見て番外個体が笑い転げたり。

気がつけば、いつも通りだった。

これで良い、と一方通行は思う。


時々感じるあの痛みは忘れてしまえ。
いつも通りに。いつも通りに。



「あ、そういえばさ」


不意に聞こえた番外個体の声で、思わず身体が強張った。


「ぎゃはは、なにビビってんのダサいって。明日さ、ミサカ5時に家出るんだけど」

「午後のだよなァ?」

「このミサカに早朝から家を出て行けいと?」

「ま、オマエに早起きはできねェだろォな」

「そういう問題じゃなくない? まぁ良いけど、明日、3時頃なったらお客さん来るから」

「ハァ!? なァンで今言うンだっつの」

「うひゃひゃひゃ、だっていきなり言われると困るでしょ? ミサカの友達なんだから丁重にお迎えしてよね」


相変わらずムカつく奴、と一方通行は溜息をつきながら、浮かんだ疑問を思わず口にしてしまう。


「……オマエ、友達とかいンのかァ?」
58 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 23:08:24.94 ID:LW2CtNo0

「……あなたの基準で物事を考えないで欲しいものだけど。ミサカはあなたと違って働いてるからそれだけ人と話すこともあるしね」

「あっそォですかァすいませンでしたァ。……で? その友達って誰だ、海原とかだったらぶっ[ピーーー]」


正体が不鮮明なとある男を思い浮かべる一方通行を番外個体は怪訝な顔で見ながら、


「誰それ? ミサカその人のこと知らないけどさ、まぁ普通に面白い人だから楽しみにしときなよ」

「あァ? ンだァ思わせ振りなこと言いやがって」


番外個体は人の悪い笑みで一方通行に応えると、そのまま立ち上がって冷蔵庫からアイスを取り出してきた。
チョコとバニラが2層になった、棒付きのアイスが2本。1本を一方通行に渡すと、いつもの定位置に戻ってくる。


「そんなに知りたいのかにゃーん? 確かにコミュニケーション能力ゼロのあなたにはちょっとキツイかもしんないけどさぁ! ぎゃはは!
 ……ん、この時期に暖房効かせて食べるアイスってのも中々美味しいもんだねぇ」


番外個体はそう言ってアイスを満喫しているようだが、甘い物が好きでない一方通行は包装紙を開けるのを躊躇っていた。


「ったくよォ、コーヒーでも持ってくりゃ良かったのに」

「人の好意を否定するなんてあなたちょっとその性格矯正しなよ。
 ほらほら、早くしないと溶けちゃうよ? それともドロドロした方がお好み? けけっ」

「うっせェよ」


バニラとチョコとか一番クドい組み合わせじゃねェのかコレ。

そう呟きつつも包装紙を開ける一方通行を見て、番外個体が満足げな顔をする。
59 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 23:12:36.85 ID:LW2CtNo0

「そういえばさぁ、ミサカは今こうして棒付きアイスを食べてるわけだけど」


番外個体がアイスを咥えたまま一方通行に話を振る。
そして上目遣いに、


「ふぇら? っていうのも、こうやるんだよねぇ?」


ぶっ飛んだ事をさらりと。


「……ッ!? フェ、って、ハァ!? 何言ってやがるマジでオマエハァ!?」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ! ふつーそこまで狼狽える!? ぎゃはは、アイス垂れてるって、イヤらしくダラダラとさぁ!」


目尻に涙さえ浮かべて笑い転げる番外個体を割と本気で殺してやりたくなる。
にしてもどォしてこンなに下品なンだか、と、他人に言うにあまりふさわしくない一方通行が頭を悩ませていると、番外個体がまたも何かを言い出した。


「でもさぁ、実際ミサカも彼氏ができたら、その、こういう事……するのかねぇ!?」

「オマエ何言って……ってマジで顔赤くしてンじゃねェよテンションおかしくなってるっつの!」



近所迷惑も甚だしくぎゃあぎゃあと騒ぐ。

いつも通りに、いつもと何も変わらずに、時間が過ぎていく。音も立てずに過ぎ去っていく。


「……明日は、どんな日になるのかな」


そんな中で、番外個体がポツリと呟いた。
60 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/26(金) 23:19:44.60 ID:LW2CtNo0
訂正。恥ずかふぃ
>>57
×「このミサカに――出てけいと?」
○「このミサカに――出ていけと?」

とりあえず毎度ながら短いけど一応区切りで
明日はまた書きために戻ります。じゃおやすみー
61 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/26(金) 23:54:28.83 ID:/7Z4YKso
一方通行が早く行動してくれないと俺の胃と心臓が二重螺旋構造を造りだしそう
62 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/27(土) 00:18:55.56 ID:vb6/TwEo
うおおおおお見ていて切ないいいいいいい

とりあえず乙!!

72 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:23:00.62 ID:uQ0Vqko0

11月最後の土曜日。
澄んだ天気に恵まれた今日、番外個体は朝から落ち着かない様子だった。


「ちったァ落ち着けっつの。まだ昼じゃねェか」

「ミサカはいつも通り冷静だけど何か?」

「……そォ言いつつ漏電してンぞ」

「あーはいはいミサカは優秀な、ゆーうーしゅーうな第一位様と違って不出来なんだっつーのお!」


パチパチと線香花火の様に紫電を散らす番外個体。
緊張からか、どうも無意識のうちにビリビリが漏れてしまっているらしい。
今からこんなザマでいざ本番となったらどうなってしまうか少々心配な一方通行は、


「オマエそンなンじゃ周りに迷惑かけるどころじゃなくなるンじゃねェの?
 ロシアでも言ったがよ、俺の戦い方を見て能力制御法を分析すればこンな時にも安定すると思うンだが」

「まぁそれも名案だとは思うけれど。『暗闇の五月計画』もそんなんだったと思うし。
 ……にしても上から目線ちょーうぜぇええええ! あなたは何の講師よ一体」


普段に増して気性が荒い番外個体はそう言ってそのままソファに倒れ込んだ。
傍に落ちていたリモコンを拾い、テレビをつける。
チャンネルを学園都市で放送されている教育番組に切り替えて、寝っ転がりながらそれを眺める番外個体。
少しすると落ち着いてきたのか、周りを散っていた紫電が静かになっている。


「何ていうか、この手の番組ってミサカに唯一の安らぎを与えてくれるんだよね」

「……その妙なガキっぽさは誰譲りだァ?」

『こんにちはー! 良い子のみんなー! 元気かなー!?」

「はーい! ……って、別に毎回やってるわけじゃないからここ重要」

「……、」
73 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:25:13.18 ID:uQ0Vqko0

番外個体はテレビを観ながら寝てしまった。
5時に家を出ると言っていたのでまだ時間はあるからと、一方通行は彼女はそのままに、テレビは消して洗い物をすることにする。

焦げが付いてしまったフライパンやボウル、それから食器。
朝食の残骸である。
番外個体がバイト先の人気メニューであるというパンケーキを見よう見真似で作った所、焦げ焦げの無惨なパンケーキが出来てしまったのだ。

朝から二人で不味いを連呼しながら食べた朝食の風景が頭をよぎる。


(にしても、『妹達』には一般人と同じ位には家事をこなせるよォに学習装置でインストールされてる筈だが……どォしてコイツはこンなに家事ができねェンだっつの)


ゴシゴシと、華奢な腕でフライパンを擦る。


焦げが中々落ちない。
その黒い汚れは洗剤を更にかけても落ちない。落ちない。


いっそのこと漂白剤でもぶっかけて誤魔化してしまおうか等と常識外れのことを考えた一方通行だが、やはりそれはどうかと考え直して――


「クソッたれが」


思わず、口に出していた。

何故だか落ちにくい黒い汚れや漂白剤などは、昨夜の不可解な心臓の痛みや、一瞬頭に浮かんだ、彼にとって見当外れ以外の何者でもない思いを思い出させる。

無性に苛立って、一刻も早く洗い物を終わらせようと電極に手を伸ばしたところで――


ピンポーン。間抜けな音が、室内に響いた。
74 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:26:29.57 ID:uQ0Vqko0

ぴたり、と一方通行の動きが止まる。
伸ばしかけた手をそのまま蛇口に持っていって水を止めると、手で水を弾いてからインターホンを押して――。気付いた。


番外個体が友達が来るなどと言っていなかったか。


だとしたら、自分が出るのはいかがなものか。
元々その友達とやらが来たら自分は自室にでも居ようと考えていたこともあり、頭を悩ませる一方通行。
今すぐ番外個体を起こそうと思って、


「……あ、」


しかし、振り返って時計を見るとまだ2時少し前だった。
彼女の言っていた時間は3時だから、セールスかお届け物か。
そんな所だろうと目星を付けて、妙に安心した一方通行はインターホンに向かいなおす。


「どちらですかァ? セールスなら間に合ってるンですけど」

「えーと。ミサカじゃないの?」

「…………」



沈黙。



一方通行はそろりと後退して、番外個体を叩き起こす。
75 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:28:06.91 ID:uQ0Vqko0

「……ふぇああ? あれ、テレビが消えてる……って痛いっつーのぉおおおお!
 起きてるから叩かないでその貧弱な腕でもミサカはちゃんと起きるんだってば!」


バシバシと言葉通りに叩き起こされた寝起き最悪な番外個体はむくりと上半身を起こす。


「いいから早く出ろっつーのォ! 客来てンだよオマエの友達だろォが!」

「そのくらいあなたが出れば良いんじゃないの!? ミサカをそんなに乱暴に起こさなくてもさぁ!」

「ハァ!? だァかァらァ、オマエの、『番外個体』の友達だろっつてンだ!」

「普通に出るくらいしてくれても良いでしょうがあなたは第一位なのにそんなこともできないの!?」


再びチャイムの音がなって、ぎゃあぎゃあ言い合いを始めた二人を鎮める。


「……ミサカは寝起きで髪もぐしゃぐしゃなんだよう。あなたが出てくれれば恥かかなくても済むのに」


番外個体がやや本気でしょんぼりと沈みそうになってしまったので、一方通行は仕方なく出ざるを得ない。


「だァもォ、『ま、間違いましたー』とか言って帰られても知らねェからな」

「大丈夫、そんな人じゃないし」


番外個体はそう言って何やら意味深にいつもの人の悪い笑みを浮かべると、髪を梳かしだす。

もう一度チャイムが鳴って、しかも今度はドンドンと外から叩くような音まで聞こえてきたので、一方通行が気怠げに玄関に向かった。
76 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:29:22.36 ID:uQ0Vqko0

結論からいうと、最悪。この一言につきる。



「ぎゃはは! 同棲中のひょろっちぃ男ってのは第一位様だったわけぇ!?
 てっきりミサカに釣られたオタクっぽいのかと思ってたけどそれ以上に傑作だわぁ」

「さっきなんかさぁ、自分が出るの嫌だからってミサカのこと叩き起こしたんだよ?
 ありえない位なっさけないよねぇ」

「あぁだから出てくるの遅かったわけね。思わずドア蹴破りそうになっちゃたにゃーん。
 やっと出てきたら男でさ、×××焼いてやろうかしらと思ったら最強の第一位様じゃない!」



明るい色の、薄手の秋物コート。ストッキングに覆われた足。小さな整った顔を覆うようにしている栗色のふわふわした髪。

……に加えて、それらに似合わぬ下品な言葉。


麦野沈利。『アイテム』をまとめる、学園都市に7人しかいないレベル5の一人。
その女が、一歩間違えば今此処で一戦交わってもおかしくないような暗部で活躍する女が、
何故だか番外個体と楽しそうにお喋りして、しかも散々汚い言葉を投げかけてくる。


(意味が分っかンねェぞオイ。つーかコイツだな番外個体に変な知識吹き込ンでやがるのは)


何故かお茶を出したりを全て一任させられた為、自室に退避することも許されない一方通行は時間を計っているタイマーを見つめながら溜息をついた。

数分前、玄関で相対した事を思い出す。
77 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:31:22.04 ID:uQ0Vqko0

『あーっと、ここってミサカの家……で良いんですか?』


片手に紙袋をぶら下げて立っていた彼女のあの態度は、今考えると絶対演技だった。
ドアを開ける直前までドンドン蹴りを入れる様な女がこんなににっこり笑って丁寧に尋ねてくるわけがない。


『アイツなら中に居る……って、オマエどっかで見た事あるなァ……?』

『あ? いきなりオマエ呼ばわりとは上等じゃねぇか人を散々待たしておいてこのモヤシ……っていうのは冗談うふふ。
 ……でもうん、確かに見覚えがある様な気がしないでも……』


互いに少し考えて、先に口を開いたのは麦野だった。
先程までの取り繕った(といっても既にボロはでていたが)態度が一転し、一方通行から一歩距離を置くと、


『テメェ、第一位だなぁ!?』


一方通行が電極に手をやったのと麦野が彼に向かって手をかざしたのはほぼ同時だった。
真っ白な不健康的な光が一方通行に襲いかかり、しかし彼の体はそれを反射する。
真っ白な光は麦野の横をすり抜けて、マンションの向かいにあった看板を溶解させてしまった。


『その能力、オマエは第四位かァ!? クソッたれがァ、遂に暗部が動き出したってことかよ!?』

『テメェは何ワケ分かんないこと言ってんだぁ!? それよりミサカに押しかけてレイプでも目論んでたわけじゃねぇだろうなぁ!?』

『ハァ!? 人聞きの悪ィこと言ってンじゃねェぞご近所さンに変な誤解されンだろォが!』
78 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:34:07.20 ID:uQ0Vqko0

二人が争っている所に目を擦りながらやってきたのは、当然ながら番外個体だった。
麦野から放たれる不健康そうな白い光に顔をしかめながら、呑気に『早かったじゃん』と。


『ミサカ、あんたなんで此処にコイツが居るのよ!? 何もされてない!?』

『だから何もしてねェしオマエが勝手に勘違いしてるンだろォが!』

『あれ、言ってなかったっけ? これがミサカの同居人なんだけど』

『……は?』


ぼーぜん。

麦野が一方通行と番外個体の顔を見合わせて、わずかに顔を赤らめた。
勘違いしたことを恥じてでもいるのだろうか、と彼が思っていると、


『な、ならレイプとかじゃなくてお互いの同意の元でヤっていたってわけね……。悪かったわ』

『そういうプレイっていうのもあり得るってことも考慮した方が良いんじゃないかにゃーん? ぎゃは』


下品な会話をしながら笑う彼女たちを見て戦慄する一方通行を無視し、番外個体が麦野に上がるように言う。

家に上がり込んだ麦野が待ちぼうけで寒かった、ああ寒い寒いどうしてこんなに寒いのか等散々言うせいで紅茶をいれる羽目になったのだが――



「……っと、こンなモンかァ?」


ピピピ、という3分経ったことを知らせる電子音がなって、我に返る一方通行。
カップを2つと紅茶の入ったティーポットを両手に持って彼女たちのもとへ持っていく。
79 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/27(土) 23:34:13.30 ID:Sj7TR5oo
まさかの麦のんwwww
80 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:36:06.71 ID:uQ0Vqko0

「……でさぁ、新メニュー候補の試食をしたんだけどそれがもう不味くて」

「確かにパンケーキにお刺身乗せるのはおかしくない? しかもパンケーキってあそこの名物じゃない、看板メニューにそんなことして良いの?」

「うーん、マスターもちょっと変わり者だしね……っと、紅茶が出来たみたいだよん」


意外と普通の会話をしていた二人の前にカップを置く一方通行。
紅茶を注ぎながら、もしかして麦野は番外個体のバイト先の常連か何かなのかも知れないと思った。


「お。お客の前で注いでくれるなんてさっすが第一位、キザな演出してくれてまーす!
 ……そう睨まないで欲しいものだけど。ミサカはこれでも褒めたつもりなんだけどなぁ」

「カフェとか行くとこうしてくれる所あるわよね。……あ、でもこの紅茶ティーバッグでしょ? やっすい香りがする」

「あァもォオマエらうるせェよ、ごちゃごちゃ言うンだったら自分でしろっつの。こちとら普段紅茶なンぞ飲まねェンだから仕方ねェだろォが」

「へぇ、第一位様はロクに紅茶もいれれないの? 私はコーヒー紅茶、抹茶もいけるし、あとは――」


ペラペラと教養を自慢しだした麦野を鬱陶しそうに一瞥した一方通行は空になったティーポットを持ってキッチンへ引き返す。
まだ終わっていない洗い物をするためだ。
対面式のキッチンでゴシゴシとフライパンを、今度は能力を使用しながら洗っていると、番外個体達の会話が聞こえてくる。
81 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:38:49.83 ID:uQ0Vqko0

「その服可愛いわね」

「そうかなぁ? ミサカそういうのよく分かんないからあんまり考えないで着てるんだけど。普段は動きやすさ重視だし」

「だからいっつもカジュアルな格好してるのね。雑誌とか読んだりしない? 結構可愛い服とかあるわよ」

「んー、あれって色々種類があってイマイチ分からないし」

「あー分かる分かる。私も毎月4冊くらい買ってるし。今度持ってきてあげる。そうだ、スカートとか穿かないの?」

「けけっ、ミサカには絶対似合わないでしょーが。麦のんはそういうの似合うよねぇ」


むぎのん? と一方通行は眉をひそめる。

今は落ち着いているが、テンションが上がったりすると出てしまうと思われるあの下品な彼女には似合わない様な気がしなくもない。
しかもそれ以上に、番外個体がこうして『むぎのん』と誰かの名前を普通に呼んで普通の会話をしていることが意外だった。


(やっぱ外に出ると性格も変わるモンなのかァ?)


疑問に思いつつ、フライパンを洗い終えた一方通行は能力使用モードを解除して皿などを洗い出す。
いつも家でダラダラしているくせに、食洗機が欲しいな、と思った。


「穿いてみないと分からないわよ。ま、あなたがそう言うと思って色々持ってきてあげたから……ミサカの部屋大丈夫?」


麦野がそう言って傍に置いてあった紙袋を引き寄せる。


「わーお、ありがと。んー、ミサカの部屋粗末だけどオッケー?」

「全然。じゃ、ファッションショーしましょうか」
82 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/27(土) 23:43:41.90 ID:uQ0Vqko0

番外個体と麦野が番外個体の部屋へ移動したため、すっかり静かになったリビングで一方通行は一人ソファの上であお向けになっていた。
頭の後ろで腕を組んで漂白されたように真っ白な天井を見上げる。

開け放たれたリビングのドアの向こうから、楽しそうな番外個体達の声が微かに聞こえてきた。


「あ、意外とピンクのものとか好きだったりするの?」

「うっさいなぁ、本能的に選んじゃうんだよねぇ」


それはやっぱりオリジナルの遺伝子が大きく影響しているからだろう。
ピンクの携帯にも可愛いらしいストラップなんかがついていることを一方通行は思い出す。


「……にしても、ファッションショー、ねェ……」


何のためにしているかは明白だった。


あの男のため。番外個体が恋をする、同じ職場の。


彼女は今、何を思っているんだろう、と自然に考える。
番外個体は頭の中にあの男の姿を思い浮かべて、どんな格好をすれば喜んでもらえるか、気に入って貰えるか。
そんなことを考えながら洋服を選んでいるのだろうか。


……そう思うと、やはり心臓が苦しくなる。
その息苦しさに無性に苛ついて、耐えられなくて、気分を紛らわすためにソファの脇のテーブルに置いてあった缶コーヒーを開けた。



「ムリムリムリ、絶対無理だって!」

「ちょ、こんな所でビリビリやってんじゃないわよ! だーオリジナルに似て往生際が悪いわね! 良いから脱げ! そして着ろっつーんだよォおおお!」



一際大きく聞こえてきた叫び声の様なものを聞いて、一方通行は呆れたように溜息をついた。

88 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 15:49:30.91 ID:1BiOBAA0

一方通行は寝転がっていたソファの上でうっすらと目を開けた。小さく舌打ちする。
どうやら寝てしまっていたらしいが、微かに聞こえてくる番外個体と麦野の声で目が覚めたのだろう。
寝ていた時間は30分もなかっただろうが、それでも自分の無警戒さには腹が立つ。
常時反射が使えなくなった今、居眠りなんかしていると何時襲われるか分からない。


(……第四位はまだ番外個体の部屋か? ったく、気が抜けすぎだクソ馬鹿)


麦野だって暗部の人間だ。
一方通行は彼女を信用しているわけではないし、番外個体の友達でなければ関わろうとも思わない。
ああして番外個体と仲良くしているところをみると何か裏があるという事はなさそうだが、それでもやはり警戒するに越したことはないのだ。

体を起こして、頭をガシガシと掻く。

と、そこへ番外個体達の声が先程より鮮明に聞こえてきた。
どうやら部屋から廊下に出たらしい。


「はい、じゃちょっとくるーっと回ってちょうだい」

「こう?」

「……うん、最高。にしても憎らしいわ、そのスタイル。ま、私に感謝ってとこかしら? あとはメイクすれば完璧ね」


何だ何だ、と思って一方通行が開けっ放しになっていたリビングのドアから廊下を覗こうとすると、丁度彼女達が入ってきたところだった。

前を歩く麦野の後ろから、番外個体が顔を覗かせる。


「……お披露目。今まで応援してくれてたあなたにも一応意見聞きたいからしっかり考えてよね」
89 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 15:52:32.14 ID:1BiOBAA0

直ぐに言葉は出なかった。

本当は、彼女が戻ってきたらいつもと違う、と普段の様に軽い憎まれ口を叩いたり、且つ何か適当に褒め言葉でも言ってやろうと思っていたけれど。


何かいつものオマエと違うなァ――言葉が出ない。

まァ良いンじゃねェの――言葉が出ない。


「……、」


番外個体がきょとんとした顔でこちらを見ていて、麦野も麦野で何やらじーっと一方通行を観察するかの様に眺めている。

その視線を受けて、何か言わないと。そう思うのに、けれどそれができない。



ただ心臓が


ドキドキと、おかしくなってしまいそうな



「……ほら、やっぱりミサカにはこの格好は似合わないってこの人も無言で語ってるんだけど」


妙な静寂の中、小さくそう言ったのは番外個体だった。
90 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 15:54:30.41 ID:1BiOBAA0

麦野ははぁ、と小さく溜息をつくと、一方通行をチラッと一瞥して番外個体に向き直る。


「そうかしら? 私にはすっごく似合って見えるけど。
 ほら、第一位なんて人付き合いもロクに出来ない奴だから何て言えば良いか分からないのよ」

「でもミサカもやっぱりあの人の反応で我に返っちゃった感じなんだけど」

「そんなことないってば。あんたは結構何でも似合うんだから自信持ちなさい。
 ……ね? そうでしょ気の利かない第一位」


麦野は今度は一方通行の方に振り返ると、片目をつぶってそう言う。
番外個体の発言の後から何も言えなかったことを後悔していた一方通行は、むかつく野郎だと思いつつも素直にその好意に甘えることにした。


「ン、正直いつもと全く雰囲気違ってビビったけどよォ、なンつーか、その――」



すっげェ似合ってる、だからまァ心配すンな。



と。

小さな声でそう呟かれた彼の言葉を聞いて、不機嫌モードだった番外個体の表情が軟らかくなる。


「……あなたにそんなこと言われるとは想定外だったかな。
 ミサカ的にはやっぱりいまいち納得できない所もあるけどたまには人を信じてみても良いかもね」


一方通行はというと、自分の口をついて出た言葉に死ぬほど羞恥心を煽られていたのだが、それも番外個体の言葉で大分マシになった。


……これで良いのだと思う。自分は彼女を支えて、彼女を応援している。
そんな立場でこれからも、変わることなく。
91 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 15:58:04.74 ID:1BiOBAA0

「あー第一位からこんな言葉が飛び出すなんてちょっと気分が……。
 あ、そうだ。この服私が貸してあげてるし、お礼としてちょっと喋らせて貰うわね」


麦野はそう言うとペラペラと話し出した。
少し前の教養自慢といい、彼女はどうも饒舌らしい。


「まず、ミサカの洋服。このワンピ、可愛いでしょ? 秋冬の新作デザインなんだから。
 シャツをレイヤードしてる感じのデザインとチェックの2柄使い、あとはそうね、こうやって腰巻きを前で巻いて……っと」


いきなりよく分からないことを言い出した麦野に、一方通行と着ている本人の番外個体もついて行けない。
一方通行は一応ファッションについてはそれなりの知識はあったつもりだが、女物となるとこうしてポカンとすることしかできないのだ。

麦野はそんな二人にお構いなしに、番外個体が羽織るようにしていたチェックのワンピースの後ろに巻かれていた腰巻きを前で結び直す。


「あら、こっちの方が良いかもしれないわね。ミサカの好みにおまかせするけど、どう?」

「え、えーっとそうだなぁ、ていうかミサカよくわかんないんだってば。もう前で良いよ」

「うん、じゃそうしましょうか。そっちの方が……よし。で、このレギンスはちょっとセクシーにダメージ入りね。
 本当はレギンスなしが私的には良いかなと思うんだけどそれは抵抗あるらしいし、今回は仕方ないか。
 ブーツはミサカので良いのがあったし、あとバッグは……そうねぇ、ワンピがレッド系だから……」


一人で色々悩んだりしている麦野を横目に、一方通行と番外個体はコソコソと会話する。


「……オイなンだコイツ? すっかり自分の世界じゃねェか」

「ミサカもついてけなくて困ったよ。部屋では着せ替え人形させられるし。ほんとはさぁ、ミニスカート穿かされるとこだったし」

「……で、メイクは元が良いからナチュラルに……ってオイ聞いてんの!? この私の話を無視するなんて良い度胸じゃない、あぁ!?」
96 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 21:55:56.51 ID:GMbi0ss0

PM4:50、玄関にて。


「……よし、メイクもOK、髪も大丈夫だし、……こんなもんかしら? 髪とかメイクは崩れてきたらちゃんと直しなさいよ」

「普段しないことをいきなりやれって言われてもなぁ」

「今日は天気も良いし大丈夫だとは思うけど。教えた通りにやっときゃ何とかなるわ」


淡くメイクを施された番外個体が苦い顔をする。


「そういう顔しないの。大丈夫、きっと上手くいくから。……下着だって可愛いの選んだじゃない」

「麦のんの変態ぶりには困ったもんだよ、ぎゃは」

「人に言えないでしょうが」

「えー? ミサカはすっごいお上品なんだけど? ……あ、そろそろ時間だ。じゃあ……行ってくる」

「がつんとね! 勇気だせ!」


今まで黙って会話を聞いていた一方通行も彼女に彼なりの言葉をかけて送り出す。


「……鍵、掛けねェでおくから。あと泊まってくるなら一応連絡しろ」

「ん、お言葉どうもありがとう、って感じかにゃーん?」


番外個体は下まで送ろうかという麦野を断り、外に出る。
緊張を上手く隠しているつもりなのかひらひらと手を振っているが、歩く姿がどうもぎこちない。
やがてその姿も廊下の角を曲がり、見えなくなってしまう。
97 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 21:57:59.24 ID:GMbi0ss0
家の中に引き返してきて、てっきり麦野も帰るかと思いきや、何故か彼女は座り直した。


「……何ちゃっかり座ってやがる。オマエはどォして帰ンねェンだよ」

「あんた、ミサカのこと好きでしょ」

「……答えになってねェな。高い教養のある第四位は質問も答えれねェ程頭がイカれてンのかァ?」

「じゃ、夜ご飯食べて帰りたいからってことにしておいて貰うわ。どうせ一人なんだし良いじゃない。余り物で良いから鍋でもしましょ。
 ……はい、私は質問に答えた。だからテメェの答えも聞かせろクソッたれな第一位」

「意味が分っかンねェ。俺が? この俺が番外個体を好きな訳――」


投げやりな態度でそう答えかけた一方通行を、麦野が遮る。


「じゃあ好きじゃないって言える? 本当はミサカのことが好き、だけどあの子は別の男を見てる。
 応援してて、相談に乗ってて辛くない? 私にはそんなことできない」

「オマエの勝手な考えを肯定するわけじゃねェが、オマエに何が分かる? この俺を知った気になってそンな自分に溺れてるだけじゃねェの」

「そう思うなら勝手に思っとけば? けどこんなクソッたれな私にだって好きな人がいる。
 ソイツは馬鹿で役立たずだけど、でも私を認めてくれた。救ってくれた。……自分には既に大切な人がいるってのに」


麦野は目を伏せて続ける。


「私は最悪な人間だし、しかもソイツとソイツの大切な人を何度も殺そうとした。
 そんな許されちゃいけない私を許してくれた男が、好きな男が、……自分以外を見てるのは結構キツイのよ」

「……オマエの自分語りなンぞ聞いてもぶっちゃけよく分かンねェっつの」

「そりゃそうだけど。でもチラシの裏に書くっていうのは寂しいし。
 ……要するに、私はそういうのには耐えらんないのよ。あんたは苦しくない?」

「苦しいも何も俺は――」


そこまで言いかけて、一方通行は口をつぐんだ。



俺は、なんだ?
98 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 21:59:14.77 ID:GMbi0ss0

例えば。どうして上手くいかないんだろう、そう嘆いた彼女を励ましたとき。
例えば。今日は沢山話せた、そう喜ぶ彼女に同調して良かったじゃねェかと言ったとき。


そういった全部は、自分の本心だったか?
励ましたり、喜んだり、果たして自分は心の底から番外個体を応援できていたか?


――無意識のうちに、嘘をついてはいなかったか。

相談に乗らなければ良かったと思った事もあるし、諦めてしまえと言っていれば、励ましの言葉なんて掛けていなければと思った事もある。

――無意識のうちに、そのドロドロとした真っ黒な思いを、心のずっと奥に押し込めて漂白して隠してはいなかったか。


時々感じる心臓を締め付けるようなあの痛みを、無理に忘れようとした。
いつも通りを装うことで、全て綺麗さっぱり忘却できると思っていた。


けれど、その先にあったものは、そんなものの先に待っていたものは、


苦しみと、辛さと、切なさと、悔しさと、妬ましさと、虚しさ。


そんな醜い感情が、汚い感情が、今更たくさんたくさん、


溢れてくる。


足りない、と思った。漂白剤が足りない。はやく、はやく真っ白にしないといけないのに、溢れきて追いつかない。


ドロドロとして粘つくその感情は何処へ閉じこめればいい?
99 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 22:01:04.82 ID:GMbi0ss0

深くて不快な底なしの闇に沈みかけたとき、それを阻んだのは麦野だった。


「我慢する事なんて、ないでしょうが」


黙り込んだ一方通行に、麦野が語りかける。
落ち着いて、ゆっくりと、まるで子供をあやすかの様に。


「……気付いてたんでしょ? それでいて、自分の気持ちを誤魔化して、殺していたんでしょ?」


一方通行が短く息を吐く音が聞こえた。
忌々しげに舌打ちをする姿がどこか弱々しい。


「……それで、それで俺にどォしろってンだよ。番外個体にとって重荷にしかならない『ソレ』をどォしろと?」


小さく小さく、独り言の様に。
それは、第一位が見せた弱みで、第一位が求めた救いだった。

自分の中にあるドロドロした感情の中に飲み込まれるのが嫌で、それなのに、麦野の言葉を否定することができない。
情けないと思いつつも、しかし溢れてくるソレを全て押し込めることは不可能で、ただ何もできないことを、何もしない方が互いのためであるということを主張する。

その言葉が、番外個体に対する感情が何であるかを浮き彫りにしていることさえ気付かずに。


「その独りよがりな感情を押しつけて何になる? あの馬鹿のことだ、結局はそれを無理してでも受け入れよォとするに決まってるだろォが」


彼女にそれをさせるのは酷だろうと一方通行は思う。
番外個体は口を開けば憎まれ口ばかり叩く様なやつだけど、それでも彼女はきっと、一方通行を拒まない。
だからこそ、彼女に甘えてはいけないのだ。
100 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 22:02:21.21 ID:GMbi0ss0

しかし麦野は、彼の考えを悟っていても尚、追求してくる。


「結局逃げてるだけじゃない。認めると関係が壊れちゃうのが怖いんでしょうが。
 それをそうやって言い訳して、嘘重ねてるだけでしょ。……違う?」

「そンなンじゃねェ。大体俺は――」

「大体俺は、何? ミサカのことなんかどうとも思っていませんって? 
 あんたが言う『独りよがりの感情』ってじゃあ何? 結局は好きっていうことでしょ?」

「そンなンじゃねェっつてンだろ!」

「なら何なの? 答えてみろよこの根性なしの弱虫野郎。いい加減自分に正直に、真っ正面から向き合ってみろっつの。
 ……あーもうイライラする。私はこんな愚図相手に何してんだか」


麦野はそう言って立ち上がると、大きく伸びをした。


「……なんつーか、私も今ちょっと馬鹿になってるから。本当は目上の第一位様に向かって偉そうなこと言える様な人間じゃないのよ」

「……、」

「怒ってる? ふふん、ま、図星って所だったのかしら? 自分の気持ちに鈍感――ってオイ電極に手を持っていかんでよろしい!」


一方通行は溜息をつくと、手を静かに下ろす。


「……で? オマエはこの根性なしで弱虫野郎で愚図な目上の第一位様の家で鍋を食ってくンだっけか?」
101 : ◆3vMMlAilaQ :2010/11/28(日) 22:09:38.94 ID:GMbi0ss0
ぐつぐつと煮える鍋を、箸を握りしめながらきらきら輝く目で見つめる麦野。


「鍋鍋! いやー今年初かにゃーん? あ、でも今年つっても1月ら辺にやったっけ? この場合なんて言うべき? 今年度?」

「ンなモン自分で考えろ」

「知らないだけのくせに。あーそれにしてもまさかシャケがあったなんて最高だわぁ。
 ……あ、あの会話を鍋でお茶を濁したことは忘れてねぇからな」

「あっそォ。つーか時々言動がすっげェ悪くなったりすンの押さえたほうが良いンじゃね?」

「えー? 何のことー? ていうかもう良いよね、いただきます!」


冷蔵庫の中にあったシャケの切り身や、白菜ならぬキャベツ、人参などとりあえず何でも入れちゃえ的なノリで作ったな鍋を麦野が突っつきだす。


「うま。つーか第一位様と鍋してるってなんか面白いわね。アレイスターはこの状況も想定内かしら?」

「知るか。……レトルトのカレーあるけど食うか? 俺は食うけど」

「え? うんこ? そんなもん食えねーっつーの。くはは」

「……、」


一方通行は苛立った表情で麦野を睨みつつ、何となく食欲が失せてしまったのでカレーは次の機会に持ち越すことにする。

それから暫くして、〆の雑炊もきっちり食べてダラダラとテレビを見ていた麦野が立ち上がった。


「そろそろ帰るわ。このままミサカを待とうと思ったけどやっぱ辞めにした、帰ってくるか分かんないものね」

「送ってけとかってか弱い女の子じみた事言うンじゃねェぞ」

「ん、近くにアイテムの子の家あるって話だし寄らせてもらうからオッケー」

「……そォいやアイテムって、」

「再結成。私のしたことは許されないけど、でもあいつらは馬鹿みてぇに優しいから。
 それからもう一つ。実はこの麦のん、片目・片腕は作り物です。気付いてたかしら? 
 学園都市も捨てたモンじゃねーってのがよく分かる例よね。本当は火傷の後とかも酷いのに。
 ……あ、あとテメェは自分の気持ちにちゃんと蹴りつけろ」


一方通行が何か言う前に、麦野はそう言うと勝手に出て行ってしまう。
ポツンと一人になった一方通行の声が、虚しく響いた。


「……ったく。お邪魔しましたが言えねェ辺り、常識が欠如してンだっつの」

119 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/01(水) 22:17:06.89 ID:H8Drabs0

番外編・とある隣人の壁に耳あり障子に目あり



ピンポーン、となんだか間抜けなチャイムがなった。
時刻は午後8時少し前くらいか。
壊れてしまった時計の針は4時20分を指してだいぶ前から進んでいないけれど、鍛え上げた体内時計と付けっぱなしのテレビの番組で予想する。


「はいはーい、今でます」


セキュリティの為にとわざわざ購入したモニタを確認することもなく、12歳くらいの小柄な少女が無警戒に対応した。
彼女の職業柄、扉を開けたらいきなり鉛弾、なんてことも十分にあり得るのだが、
それに対する危機感のなさは来客が誰か予想がついていることと、それから彼女の能力にあるだろう。


がちゃり、とドアを開けると、冷たい風が吹き込んできた。
そして目の前にいたのは、やはり予想通り――

ストッキングに覆われた足。小さな整った顔を覆うようにしている栗色のふわふわした髪。
片手には秋物の薄手のコートをかけ、大きめの紙袋まで持っている。

小さな少女の所属する組織、『アイテム』をまとめる学園都市第四位の麦野沈利がそこにいた。


「はぁい、絹旗。4日ぶり、かしら?」

「超正確には最後の任務が超完了したのが午前0時をまわっていたので、3日ぶりが超適切ですけどね。さ、超寒いんで上がってください」


ややおかしな話し方をする、絹旗と呼ばれた少女が麦野を招き入れる。


「超近くまで来た、とか言ってましたけど」

「あなたの家がここら辺って前に聞いたことあったしね。……超近く、とは言ってないけど、でもまぁ、確かにそうだったわ」


実を言うと、一方通行の部屋を出て直ぐに絹旗に電話したところ、彼女の部屋がなんと一方通行の部屋のお隣だったのだが、敢えてそれを伏せる麦野。
これでお互いを知ってしまうとご近所付き合いに支障が発生しかねないし、と麦野が一人思案を巡らせた結果である。


「そうそう、麦野、超聞いてくださいよ。絹旗最愛、最近の超マイブームってやつなんですけどね……」


粉末状のココアにお湯を注ぎながら、絹旗が言う。
甘ったるい臭いがして、暗部の人間といえどもやっぱり絹旗は超子供だわ、と麦野はうっすら微笑んだ。
120 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/01(水) 22:18:46.20 ID:H8Drabs0

「うちってほら、見ての通り超普通のマンションじゃないですか」

「そうね、ちょっと狭いくらいじゃない? あなたならもっと高いところも余裕そうだけど。……ん、いただきます」

「む。狭いとは超心外ですけど。ま、私にはこの位が超落ち着くんですけどね。
 それより、マンションみたいな集合住宅に超付きものの欠点、知ってます?」

「前の人の怨念、とか?」

「どうして超そっち系なんですか、この学園都市ではそんなオカルトは超あり得ませんって。
 まぁ色々あるんですけどね、強いて言えば騒音とか」

「あぁ、上の人が五月蠅いとか、隣人の音楽が五月蠅い、とかね」


麦野がそう言うと、自分のココアをくるくるとかき混ぜていた絹旗がパッと顔を上げた。
……ニターっと、ちょっと怪しい笑みが浮かんでいる。


「うちの場合、そっち側の隣人が超! 五月蠅いんですよ」


絹旗がそう言って指さしたのは、よりにもよって、一方通行達住む部屋だ。
絹旗は麦野が微妙に困った表情になったのに気付かずに、壁際に移動すると、壁にぴったりと耳をくっつける。


「ちょっとテレビの音下げて貰えます? ……あ、超オッケーです。
 ……あー、超残念ですけど今は超一人みたいです。テレビの音位しか超聞こえませんし」

「……あんた、いっつもそんなに悪趣味なことしてるんじゃないわよねぇ?」

「悪趣味とは超失礼な。いやぁ、どうも男女が超同棲してるみたいなんですけどね、超生活音が聞こえてくるんですよコレが」
121 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/01(水) 22:20:00.65 ID:H8Drabs0

「……ふぅん」

「あ、その顔は超興味ある顔ですね。ふふーん。聞きたいですか?」


べっつにー? と答えた麦野だが、彼女の性格上、あの二人が日々どんな暮らしをしているのかが徐々に気になってくる。
あんなことやこんなことしてんじゃないでしょうねぇ? なんて、本人達が知ったら憤慨しそうなことを想像しつつ、


「聞いてあげるわ、悪趣味に付き合うのは気が引けるけど」

「麦野も超素直じゃありませんね。ま、そこが超可愛いんですけど。
 で、ですね。実は隣人、超下品で聞いてるこっちが超赤面モノなんですよ。まず放送禁止ワードを超用いた会話に始まって……」


絹旗が超下品です、なんて語り出す。何故か自分が言われているような気になって、麦野は妙に苛立ってしまう。


「……そんくらい普通じゃなぁい? あの位の歳だとさ」

「あの位の歳、って、麦野、超知ったかぶりですか? まぁ超高校生っぽいですけど。
 あとは時々、超五月蠅く廊下を走ったり超凄い勢いでドアを閉めたり、どうも気分に超ムラがあるみたいですね」


気分に超ムラがある、というのも、どうも麦野の癇にさわる。


「……そりゃ人だから仕方ないでしょうが」

「そうですかねぇ? で、そうそう、こっからが超重要なんですけどね、その超下品野郎共に今日、超超! 下品な客が来てたんです」
122 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/01(水) 22:22:56.68 ID:H8Drabs0

絹旗はテンションが上がっているようで、一人でマシンガンの如く話し続ける。


「その超お下品最低女! 玄関前でレ、レレ……ともかく、超下品で超最悪な、レで始まってプで終わる言葉を超五月蠅く叫んだんです!
 おまけに超ケンカっぽいこと始める始末ですし」

「……、それわた」

「超あり得なくないですか!? しかもその後は隣が何時にも増して超五月蠅かったですし、さっき外に出た時会ったご近所さんも超迷惑がってました。
 そうそう、これは超関係ない気がしますが、その後正面の看板が――」


そこで絹旗の言葉が途切れた。麦野の様子がおかしい事に気がついたのだ。


「? 麦野、どうかしましたか? ……あ、もしかして超不快な話だったので超気分が悪くなっちゃいました?」

「……絹旗、よぉく考えてみなさい。あなたに電話した後、どうして私がこんなに早く来れたと思う?
 それからその溶けてた看板、あんたが超超! 知ってる能力で溶けた様に見えなかったかしらねぇ?」


絹旗は少し考えて、それから気付いてしまったらしく、ひっ、と息を呑んだ。その顔からささーっと血が引いて行く。


「む、麦野、ここここれはこれはですねそのそのえっと……超ごめんなさぁああああい!」


彼女が土下座モードに移行した時には既に遅く。
麦野は青筋を立てていて、しかしそれでいて顔に満面の笑みを浮かべていた。


――オ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね


その後すさまじい叫び声がマンション中に響き渡り、彼女の隣に住む二人組みの他に新たにご近所さんのヒソヒソ対象が増えたこと、
真っ白な隣人がうるせェな、と一人呟いたことはまだ誰も知らない。

131 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/03(金) 23:28:09.08 ID:hB/1Rgw0

「……あ、このケーキおいしい」

「ここのスイーツは人気だからね。テイクアウトできるみたいだし、後で見てく?」


好きな人が目の前に座っていて、自分と一緒にフレンチを食べていて、そして自分と会話している。
夢でもおかしくないし、それでも十分すぎるこの状況を番外個体は楽しんでいた。

最近出来た最新のプラネタリウムでは星座を教えて貰い、ビルのフロアを丸々一階分使ったアクアリウムでは泳いでいる魚を初めて見た。
最初こそがちがちに緊張していた身体も、今こうして何気ない会話ができる位までリラックスできている。

番外個体はそういえば此処に入って直ぐの所にケーキなどが並ぶショーケースがあったことを思い出しつつ、


「……確か、コーヒー豆もあったはず……」

「コーヒー派なの?」

「あ、ミサカじゃなくて、その……知り合い、かなぁ、まぁソイツがコーヒー中毒で」


曖昧に答えつつ、番外個体はふと違和感を覚える。


(知り合いねぇ……何とも微妙な言葉というか。にしてもこのミサカとあの人ってよく考えると凄い組み合わせだよねぇ)


ぼんやりとそんなことを考えている番外個体に、目の前の男が話し掛ける。


「10時なりそうだけど、大丈夫? 水族館でゆっくりしすぎたかな。そろそろ出ようか」

「あ、凄い美味しかったです……っと、話があるので、外出たら聞いて貰えるかな?」


緊張で敬語が混ざったおかしな口調になりつつ、でも、言えた。



思いを、伝えよう。
132 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/03(金) 23:30:55.15 ID:hB/1Rgw0

時刻は午後10時45分といったところか。

麦野が帰ってからずっと付けっぱなしのテレビは、先程から新しくできたとかいうプラネタリウムの特集を放送している。
デートコースにおすすめなんて言っているけれど、デートにこんな所を選ぶ男はとんだメルヘンチックなキザ野郎だと一方通行は思いつつ、
光熱費とか大丈夫か、と今更気になってテレビを消した。

最近『家計』という、少し前の彼だったら一生縁の無かったような言葉を気にするようになった一方通行。


(ハッ、この俺が光熱費気にしてちまちま節約なンざ、笑えねェ)


少しズレた所で人間味が増した、と一方通行は自嘲した。


テレビの消えたリビングが静けさに包まれる。
基本的にテレビのボリュームが高め(と思うと突然低くなったり)で、時折壁にごん、
と何かぶつかる様な音や、そうそう今日は絶叫などと生活音が少し気になる隣人も、今日はもう寝静まったのか物音ひとつしない。


静寂の中、頭の中で反響するのは麦野の言葉。



「あんた、ミサカのこと好きでしょ」
133 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/03(金) 23:33:39.55 ID:hB/1Rgw0

『好き』という感情を、一方通行は知らない。分からない。


好き。物事や人が気に入って心が強く引かれる思い。
対義語、嫌い。その物事や人がいやで、関わりたくないこと。


学園都市最高の頭脳を用いても、そんな当たり前の、誰でも知っているようなことしか出てこない。

そしてその情報と照らし合わせると、確かに自分は番外通行が『好き』で間違いはないだろうと一方通行は思う。
その対義語である『嫌い』だとしたら一つ屋根の下で一緒に暮らしたりなんかしないし、
やはりそれをしているとなると、『好き』を意味する『気に入って』いないと共同生活なんてできたものでない。

……グループの連中や憎たらしい第2位、木原数多なんかとは死んでも同じ釜の飯を食べたくないし。


けれど、だけど、でも、しかし。

ただそれだけの『好き』だとしたら、どうして、


「…………クソったれ第四位、言うだけ言って食うだけ食って例も無しに帰りやがって」


ふと、床の上に乱雑に置かれた週刊誌が目にとまる。
『熱愛発覚!? LIKEじゃなくてLOVEだった!』、表紙に書かれたそんな見出しが気に入らなくて、思い切り踏みつけた。


「likeだのloveだの、考えンのもめんどくせェ」


そうは言いつつも、


……分かってンだよ、オマエの言いてェ『好き』がL××Eじゃねェって事くらい


ひしげた雑誌を睨みながら、とある超能力者へ声を殺して。


…………俺は、




がちゃり。
聞き慣れた音が微かに聞こえた。
鍵を掛けないでおいたドアが、開いた音だった。
134 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/03(金) 23:38:19.42 ID:hB/1Rgw0

そろりといった感じで、番外個体がリビングに入ってきた。
手には紙袋とコンビニの袋を持っている。


「……静かだったからいつもみたく寝てるのかと思ったよ。うひゃひゃ、[田島「チ○コ破裂するっ!」]中だったなんて、ごめんごめん」


ソファの上にいる一方通行を見て番外個体はニヤニヤしながらそう言うと、袋を2つ、テーブルの上に置く。
ごとん、と鈍い音がした。
何も言わずに俯く一方通行を、番外個体が不思議そうな顔で見る。


「どうしたの? 何かいつものイカれた感じのテンションがどっかに行っちゃってるけど。
 ……あ、もしかして一発出した後、」

「別に。それと[田島「チ○コ破裂するっ!」]とかしてねェしつーかオマエは俺をいつもイカれた感じとか思ってやがったのかァ?」


番外個体をロクに見れなかったことを誤魔化す様に口早に言う一方通行。
実を言うと、麦野との思い返すと反吐がでそうな会話の応酬や、後になってみると恐ろしく羞恥に悶えたくなるようなことを
割と真面目に考えていた為に、彼女の突然の帰宅に対応できなかったというところだろうか。




……俺は、…………


答えはまだ、出ていない。
135 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/03(金) 23:42:11.76 ID:hB/1Rgw0

「つーかオマエ、」
「コンビニで」


番外個体と言葉が被る。


「……お酒、買ってきたから飲もうよ。ミサカのおごりだよーん?」

「……そンなら冷蔵庫にまだ少しあっただろォが」


番外個体に答えながら、彼女ががよく分からないと一方通行は思った。
彼女は今、喜んでいるのか泣いているのか笑っているのか。表面だけの情報では掴みきれない。

帰宅そうそう下ネタをかまして、下らない憎まれ口を叩く番外個体はいつもと何ら変わりない。
上手くいかなかった日の様に沈んだ様子も一切なく、……どちらかといえば、何か良いことがあった日の様な振る舞いな気がしなくもない。

思いを伝えて、それを受け入れてもらったか。はたまた、先手を打たれたか。

いずれにしても、一方通行の心臓が不可解な痛みをいつも以上に訴えてくる。
それに耐えられなくて、コンビニの袋の中から適当に缶を一本掴んでプルタブを開けて液体を呷った。


「……ンだァこれ、甘っめェ」

「あなたは酎ハイ嫌いだって前言ってたじゃん。ミサカは日本酒とか飲めないしこっちの方が……って、ちょっとぉおおお!?」


番外個体が一方通行の握る缶を見て叫び声をあげる。
136 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/03(金) 23:49:26.38 ID:hB/1Rgw0

「それミサカが一番飲みたかったやつだっつーのぉおおお! 絶対わざとでしょ!?」

「あァ!? ならもっと早く出しとけよオマエのお楽しみなンて知ったこっちゃありませェン……ってオイやめろ零れるっつのォ!」


ぐいぐいと缶を引っ張る番外個体。ちゃぽんちゃぽんと、缶の中で液体が揺れる音がして零れないかと一方通行を不安にさせる。


「分かったからまずオマエも手ェ放せ! 零れたら面倒だろォが」


渋々といった様子で手を放す番外個体。一方通行は争いから一時的に離脱した缶をテーブルの上に置く。
番外個体はそれをすぐさま手の中に納めると、缶の中を覗き込んで、


「期間・数量限定のスペシャルミックス。……もう半分しかないんだけど。あなたミサカのこと他の妹達より粗末に扱ってない?」

「悪かったってマジで。買って返しますっつえば良いンだろ?」

「……ミサカ、誠意の無い謝罪に色んな所が勃っちゃいそう」


番外個体は顔を歪めてそう言いつつ、……ピンクの派手な缶を口元へ、そして直ぐにぐいっと。


「……ば、オマ、……!」

「ん、あっれぇ? もしかして第一位様は間接きっすで照れちゃうような童貞クンだったのぉ? ぎゃは、こりゃ全ミサカに配信決定かねぇ!?」

「ハァ!? 何勘違いしちゃってるンですかァ!? オマエはアレか、頭の中が花畑のおめでたい馬鹿かっつの!」


『どーてい! どーてい!』と番外個体がはやし立てる。
そういったやりとりがご近所さん(主に隣人)の噂のタネにされていることも知らずに、深夜の宴はどんどんヒートアップしていく。
138 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/03(金) 23:55:24.54 ID:hB/1Rgw0

気付くと、辺りに酎ハイの缶やらつまみとして食べた菓子類の袋が散らばっていた。
時刻を確認すると1時。番外個体とひたすら馬鹿な会話をしながらハイテンションで飲みまくって、いつの間にか寝ていたらしい。


「……クソが、飲み過ぎたか。つゥか一応学生の身でこンな事して通報されたら面倒だよなァ。
 大体番外個体だって酒買える歳じゃねェのに何しやがってンだか。
 ……あの格好だと店員の目は誤魔化せるかもしンねェが、今日のお相手は何やってやがる? ちゃンと此処まで送って来たンだろォな?」


一方通行は一人で呟きながら、傍に転がっていた番外個体を起こしにかかる。


「オイ、起きろ。寝るンなら自分の部屋で寝ろっつの。あとその服オマエのじゃねェンだから汚すンじゃねェぞ」


身体を軽く揺すっても効果が出ないため、軽く頬を叩いてみる。
結果。上に同じ。


「面倒臭ェ……ったく手間のかかる野郎だ。……っと、重いンだよオマエ!」


仕方なく番外個体を運ぼうとした一方通行だが、彼の細い手足では痩せている番外個体すら運べそうになかった。
彼女が聞いたら問答無用で攻撃してきそうな暴言を吐きつつ、電極のスイッチを能力使用モードに切り替える。

今度は軽々と持ち上げることができた。
丁度お姫様抱っこの様に持ち上げられた番外個体は、それでも起きる気配はない。

彼女の部屋まで運び、静かにベットに降ろすとそそくさと退散する一方通行。
滅多に彼女の部屋には入らないが、仄かに甘い香りが漂うシンプルな、それでいてやはり『女の部屋』である此処はどうも落ち着かない。


リビングまで戻ってきてミネラルウォーターを飲もうと冷蔵庫を開けようとして、


「……何だこりゃあ」


……酔った勢いとは恐ろしい。
最近購入したばかりの小型の白い冷蔵庫には『第二位垣根提督! 俺のダークマターに常識は通用しねぇ』の文字が。ご丁寧に油性マジックででかでかと。
139 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/04(土) 00:02:18.36 ID:hWvG/zw0

酔いを醒ますことと、新しい冷蔵庫に不謹慎な落書きがあったこと(しかも恐らくお手製)
を出来れば忘れ去りたいという願いを込めてシャワーを浴びた一方通行。
それでも酔いは完璧には醒めていないし、冷蔵庫もやはりそのまんまで盛大に溜息をついた。

寝巻きにしているジャージに着替えて自分もそろそろ寝ようと思い、番外個体が吐いたりしていないかと一応覗きに行く。


番外個体が寝ていたとき、廊下の灯りで彼女が目覚めないように配慮しつつドアを少しだけ開けて、



番外個体が、膝を抱えてベットの上に顔を伏せて座っていた。



廊下から差し込んだ一筋の光に番外個体の頭が照らされる。
それでこちらに気がついたのか、顔を上げた番外個体の目は、真っ赤に充血していた。


「……どォした。オマエ、」


泣いてンのか。

戸惑いながらもそう言おうとして、しかし彼の言葉は声になる前に消えてしまう。


「……××、さん?」


番外個体の消えてしまいそうな小さな一言。何かを堪えるような、震える声。
しかし、それでも深く深く、一方通行に突き刺さる。


「遅いよ××さん。ミサカは待ってたのにさ」


とろんとした、番外個体の目。
酔いが醒めていない目だった。発せられる声もどこか舌足らずで、子供のようだ。
コイツは酔ってる、そう分かっているのに。


……そんなにも、あの男が恋しいか。


ズキズキと、お馴染みの痛みに嘖まれながらも、静かに彼女の部屋を後にしようとして。



「……××さん、何処行くの?」
140 : ◆3vMMlAilaQ :2010/12/04(土) 00:10:42.04 ID:hWvG/zw0

「……っ、」


さびしいよ。そう呟かれて、一方通行の身体が強張る。
柔らかな音がしたと思ってゆっくりゆっくり振り返ると、番外個体がベットに再び横になっていた。


「……俺は、」


出ない。
言葉が出てこない。


俺は、オマエが求めてるヤツじゃねェンだよ
俺は、きっとソイツの代わりにはなれねェンだよ

俺は、俺は、俺は、


廊下の冷たい空気がひやりと喉を干上がらせる。
視界の端に映るのは、どろどろに溶けたアロマキャンドルの残骸。
普段焚いているのか、部屋の中は微かに甘い香りが漂っている。

しん、と雑音が一切消えた、気温の低い空間の中で、ふたり。



理性はあったか。
感情を抑制することはできていたか。
己が過ちを犯そうとしていることには気付いていたか。


頭の片隅に浮かぶのは、崩壊の二文字。
一歩、彼女に歩み寄る度に、これ以上進むとどうにかなってしまうと警笛がなっているにも関わらず。

しかし、歯止めが利かない。
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
 
 
155 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:01:02.43 ID:5fY6JHw0

真っ暗な部屋の中、静かに静かに、絡み合う。
聞こえてくるのは微かな水音と、ふたり分の吐息。


「……っ、ぁあ、ふぅっ、」


熱を帯びた番外個体が小さく声をあげて、身体を反応させた。

艶めかしいそれが、彼女の全てが、一方通行をかき乱す。

ぐちゃぐちゃに、ドロドロに、乱れて乱れて乱されて、それでも冷静を装って。



「…………大丈夫か?」


拒絶しない番外個体をみて、一方通行は彼女の髪を壊れ物でも扱うかのように撫でた。


「……痛かったらすぐやめるから言え」



――引き返すならば最後の機会を、一方通行は蹴り捨てて、



初めて感じるその痛みに、番外個体が僅かに顔を歪ませる。
それでも何も言わなかったのは、単に快感を欲する為か、声を出すことすら億劫な為か。



それとも



「××、さん、っぁ」


涙を零しながら、そこには居ない誰かを求めて、そして別の誰かをその人に重ねている為か。


それだけで一方通行の頭の中は一瞬真っ赤になって、それから真っ白になって、ちかちかと視界が点滅しているような気がしてきて、



……口づけなど、できる筈がなかった。
156 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:02:17.72 ID:5fY6JHw0

……重い。

腹の上に何か重量を感じて、一方通行はうっすらと目を開けた。


「……、あ?」


見ると、番外個体の片足が腹の上を横断している。
成る程、どうも圧迫感があったわけだ。


……番外個体の片足?


何故自分はこんな所で番外個体の隣で寝ているのか。
どうして番外個体は足を晒しだしていて、タオルケットからは肩が剥き出しに見えていて、更には服が辺りに――

ぼんやりとする頭でそこまで考えて、一方通行の頭は一気に冴えた。


「…………っ、!」


どうするどうする夢だったら早く醒めろ醒めろ


昨夜の乱行を思い出し、頭を抱えたくなる一方通行。
焦って動揺して真っ白になりかけの頭を必死に働かせて、取り敢えず番外個体の足をどかして起き上がった。

彼女を起こさない様に部屋を出てリビングに避難する。
途中で冷蔵庫にぶつかったりコードに足を引っかけたりしつつ、なんとかいつものソファに沈み込んだ。
157 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:03:51.03 ID:5fY6JHw0

「……クソッたれが」


弱々しい声で呟くが、どうにもならない。
できるものなら得意のベクトル操作で時間の流れを巻き戻したいが、そんなことができるならとっくの昔にしている。
既成事項を覆すことは不可能なのだ。


自分は何てことをしでかしたのか。
あの時は番外個体もそれを望んでいたが、それは酔いによって思考がおかしくなっていたからで――


(そンな番外個体に手ェ出したの最低のクズ野郎は何処のどいつだ? それじゃァ第四位の言うレイプと変わりねェだろォが)


しかも当たり前だが番外個体は初めてで、それを不本意に奪われるということは不愉快に決まっている。

涙を零してとある男の名前を呼びながら艶やかな声をあげる番外個体を思い出して、一方通行の心臓が、思考が、おかしくなってしまいそうになった。



確かに、酔いは醒めきっていなかった。
シャワーを浴びても頭の中は酒の影響でぼんやりと判断力などといったものが鈍っていたし、下らないドラマでも酔った勢いで、というのは結構ある。

けれど、理性はあった。
あの空気に呑まれてしまいそうになって、結果抗えなかったけれど、しかしそれでも理性は少し頭の中に残っていて、警笛を鳴らしていた。

酔った勢い、なんて言葉は逃げでしかない。
158 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:05:03.33 ID:5fY6JHw0

己の愚行を思い出して、一方通行は恐怖する。

ロシアで番外個体と対峙した時よりも恐ろしい、逃げ出してしまいたくなるような。


彼が一番恐れていたことは、番外個体との関係が崩壊してしまうことだった。


一方通行を精神的にボロボロにした番外個体と、番外個体を肉体的に破壊した一方通行。
本来なら憎しみあって、未来永劫分分かち合うなんて出来ないような二人が、それでも一つ屋根の下で一緒に暮らして築き上げてきた『何か』。


世間一般では絆などと称されるそれを、今更断ち切られてしまうことが、何よりも恐ろしくて、不安でならない。


早朝の静けさの中で、天井を仰ぐ。
後悔と後ろめたさに押しつぶされそうになりながら、呟いた。

例え、番外個体との関係が崩壊して、彼女が自分の前から姿を消したとしても。


「……馬鹿が。自業自得だろォが」



やるせない表情でちらりと横を見やると、視界の端に散々踏みつけられてひしゃげてしまった雑誌が映る。
昨夜一方通行を苛立たせた表紙の見出しが、何故だか今日はとてもおかしくて堪らない。

一方通行は自嘲的に唇の端を歪ませて、理解する。



あァそォか。



「俺は、俺には、」



番外個体が必要なンだよ、ちくしょうが。
159 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:05:59.20 ID:5fY6JHw0

「……だるい」


一方通行がニュースを見つつ缶コーヒーを飲んでいると、番外個体が起きてきた。
のろのろと歩いてきて、テレビ近くの定位置に座り、テーブルに突っ伏す。
朝に弱い番外個体のいつもの行動だった。

起きるなり事態を悟った番外個体に叫ばれて殴る蹴る罵倒の嵐かと考えていた一方通行は、予想外の事態に戸惑う。


「……、」


ぐだーっとしている番外個体に何と声を掛けて良いのか分からず、少しの間彼女を見ていると、


「…………ミサカは、初めてだったのに」


不意に彼女が口を開いた。
一方通行の体温が一瞬にして奪われて、胸が早鐘を打つ。


「……初めては、好きな人とって決めてたのに。このミサカがそんなこと言っても笑われるだけかもしれないけど」


番外個体が矢継ぎ早に言葉を放つ。


「そこまで最低なクズ野郎だと思ってなかったし、正直、……信頼は、してたんだけどね」


言葉一つで正確に一方通行の胸をえぐってくる。


「……結局あなたは、何も変わっていない」


顔を上げた番外個体は、うっすらと瞳を濡らして、鋭い眼光で一方通行を真っ直ぐ睨んでいた。
そして、静かに静かに、低い声で呪うように。



――妹達を惨殺してた時から何ひとつ。
160 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:07:51.29 ID:5fY6JHw0

「…………悪かった」


一方通行がやっとの思いで口を開く。
言い訳する気など更更なく、許されようとも思わない。


「俺はオマエの言うよォに最低なクズ野郎だし、オマエがしたいならどンな事されても構わねェ。
 勿論そンなことで許されようとは思ってねェし、ただ……本当に、悪かった」


馬鹿だなと思った。
最初からこうやって、彼女が起きてきたらすぐ土下座でもすれば良かった。

利己的だとは思うけれど、……それでも、彼女の口からあんなことを聞く前にそうしていれば、少しは何か、変わっていたのだろうか。



「……本当に、どんな事でも?」

「あァ」

「……ミサカが殴っても、電撃放っても、反射しない? 死ねっつったら死んでくれる?」

「当たり前だろォが」

「……ミサカが出て行けっていたら出て行く?」

「……出て行く」


つまり彼女は、それを望んでいるのだということを、
悟ってはいたものの、それでもやはり、辛い


「…………じゃあさ、ミサカがラビオリ食べたいって言ったら作ってくれる?」

「作る……、ラビオリ?」


不意に出てきたそんな単語に、一方通行が眉をひそめた。
番外個体はそれを見て、



「ぶっひゃ」



顔を、思い切り歪ませる。
161 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:09:02.37 ID:5fY6JHw0

「あひゃひゃひゃひゃひゃ! なんだそりゃあ!? ふっざけんじゃねぇええー!」

「……は?」


いきなりテンションが切り替わった番外個体を前に、一方通行はどうしたら良いか分からない。
ただ、あまりのショックでもしかして精神崩壊してしまったのだろうか、と本気で心配する。


「オマエ、どォした? 落ち着け、マジで大丈夫か?」

「その言葉そっくりそのままお返ししたいんだけどぉおお!  つーかすげぇ! 馬鹿の真顔ちょーすげぇえええ!」


両足をジタバタしながら、目尻に涙まで浮かべて腹を抱えながら笑い転げる番外個体。


「ふ、あひゃ、……当たり前だろォが。だって……ぶはぁっ、ひゃひゃひゃ、ひゃぁっ……あれ、横隔膜おかしく、ひゃ、なったかな?」


番外個体はごろごろ転がるのを止めて、上半身を起こ――そうとして、丁度真上にきていたテーブルに頭を強かにに打ち付ける。


「あでっ。……こほん。……あなたが出てったら、死んだら、ミサカは生きてけない」

「……オマエ、何言ってンだよ。俺は、」

「ふひゃひゃ、ちょっとイジメすぎちゃったぁ? 
 そんなしおらしいツラ見せられたらミサカでも罪悪感感じちゃうんだけど。あぁんっ、ってこれは別の感じるか、ぎゃは」


ニヤニヤとする番外個体を見て、一方通行がやっと悟る。
いつもの様に溜息をついて、



「……オマエ、担いだなァ?」
162 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:11:11.20 ID:5fY6JHw0

「何のことかなぁ?」


そっぽを向いてとぼける番外個体。ご丁寧に下手くそな口笛つきだ。


「だってミサカの初めて奪ったのは誰かにゃーん? まぁミサカも酔ってたから人に言えないけどね」


番外個体は人の悪い笑みを浮かべつつ、


「ぎゃは、終始笑い堪えるのに必死だったよ。目薬までしたし、びっくりした?
 どんな事でもするって、まさかあなたの口からそんな言葉が出てくるなんてねぇ」

「うるせェよ。つーかオマエも俺がいないと生きてけないとかほざいてたじゃねェか」

「んー? ご飯とか家事とかそういう面から言ったんだけどぉ? けけっ、第一位様は童貞卒業しても思考がお子ちゃまだわぁ」

「……、」

「まぁこれでおあいこってことで。あ、ラビオリはよろしく頼んだから。
 ……にしてもコイツ、年収どのくらいなんだろ? 下手な演技するだけで良いご身分だよね」


番外個体はそう言って綺麗にまとめたつもりなのか、ニュースに映る芸能人に対してしみじみと嫌みを言っている。

けれど、一方通行は腑に落ちない。

こんなことで、自分が番外個体にしたことが許されるなんて、思ってはいけないと思う。


……番外個体には好きな男だって居るのだから。
163 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:12:22.08 ID:5fY6JHw0

そんな表情をする一方通行を見て番外個体は何かを悟ったのか、


「……あと、昨日の時点で気づいてたと思うけどさ。ミサカふられちゃったから、あんまりシケたツラしないで欲しいんだけど」


あーミサカがフォローしてるよ偉い偉い。
照れ隠しのつもりなのか、番外個体はそんな事を言いながら続ける。


「それでヤケ酒してたんだけど、二日酔いでまだ少し頭痛いし」


番外個体はそう言うと立ち上がる。
どうやら冷蔵庫にお目当てのモノがあるようで、そちらから『何この落書き?』と驚く声が聞こえてきた。


彼女の居たところを見ながら、一方通行は考える。


最悪だ、と思った。
番外個体は振る舞いこそ明るいが本当は辛い筈だ。……なのに、自分は、



何を、安心している?
164 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:13:54.66 ID:5fY6JHw0
番外個体が戻ってきた。
二日酔いと言っていたのでてっきりミネラルウォーターかと思いきや、手には昨日の残りの酎ハイが握られている。しかも2本。


「ん、あなたも飲むでしょ? つーかあの意味分かんない落書き何?」

「いらねェし知らねェ。しかし朝から酒たァ、昨日の二の舞になっても知らねェぞ」

「男の性欲って怖ーい。それこそ勃っちゃいそう☆ ってヤツ?」

「そォいう発言控えろ」


一方通行は溜息をつきながら、飲みかけの缶コーヒーを呷る。


「ぎゃはは、麦のんといるとどうもね」

「それ以前からオマエは下品だった気がするけどな」

「……ミサカの処女」

「……悪かったって。けどオマエ絶対根に持ってンだろ」

「別にぃ? 処女膜再生手術なんてそこら辺で出来るしどうせミサカは人権もクソもないクローンだしねぇ、けけけ」


番外個体はそう言うと、酎ハイを開ける。ぷしゅっという音が響いた。


「自分を卑下してンじゃねェよ」

「おうおう言ってくれるねぇ。でも『妹達』を出来損ない乱造品って言ったのは何処の誰だったかにゃーん?」


番外個体が下品に笑う。
こんなのがコミュニケーションの一つなのだから、自分たちの関係はどこか歪だな、と一方通行は思った。
165 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:14:58.15 ID:5fY6JHw0

「……あーにしてもムカつくなぁあの男、思い出すだけでイライラしてくる」

「オイオイ逆恨みですかァ?」


一方通行は呆れたように言いつつ、それでも聞いてやることにする。


「ミサカはさぁ、頑張って、思いを伝えたよ」

「ン」

「けどさぁ、それに対する答えが……うん、どうもね」

「もったいぶってンじゃねェよ」

「…………『僕にはママがいるから付き合ったりはちょっと』」

「……は?」

「……」


黙り込む番外個体。
ヤケ酒の延長か、早くも2本目の酎ハイに手を掛けた。


「……つまり、アレか。俗に言うマザコン」

「……ミサカに見る目が無いって言いたいんでしょうが、分かってるっつーのぉおお!」

「まァこっぴどく振られたとかよりマシじゃねェの? 納得はいかねェだろォが」


二人揃って溜息。
今まで散々悩んだり、麦野を呼んで服を考えたり。その結果がこれか、という落胆の表れだった。
166 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:16:01.89 ID:5fY6JHw0

「だから、もうやめた。ミサカはあの人の事が本当に好きだったけど、まぁ仕方ないかな。
 これ以上思われても迷惑にしかならないだろうしね」

「……、そォか」

「ん。……あーバイト行きづらいなぁ」


やめた、というのは果たして彼女の本意なのだろうか、と一方通行は疑問に思う。
昨日の夜(といっても正確には今日)は例のマザコンの名前を切なげに呼んでいたし、……ただ、それを今問うのは酷だろうか。

番外個体が自分から言い出してこない限り、こちらから言及するのは控えておくことにする。


「あ、そういえば麦のんの服、洗濯して返さないとね」

「あァいうのって普通に洗って良いモンなのか?」

「んー、ミサカそういうの疎いからなぁ。クリーニング出せば一番確実だよねぇ、ちょっと行ってこよっかな」


番外個体はそう言うと、よっこらしょ、というかけ声のもと立ち上がる。


「ついでにミサカのシーツとかも出してこようかな。
 行為の名残がちょっと生々しい感じだし、後先考えないでぐちょぐちょのドロドロにしてたからねぇ」

「……オマエなァ、流石にちょっと引くっつの」

「けけっ、ミサカのお腹に出したあなたがよく言うよ」

「ちゃんと拭きましたァ。大体中に出すわけねェだろォが」

「どうもシーツに少し零れていた感じだったけどね」
167 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:19:05.28 ID:5fY6JHw0
下品な会話の応酬を終えると、番外個体は大きめのエコバッグを取り出してきた。


「これに全部入るよね。……あ、それから昨日持ってきたその紙袋」


番外個体はテーブルの上に置きっぱなしになっていた紙袋を指さす。
昨日の夜、コンビニの袋と共に持ってきたものだ。


「すっかり忘れてた、中マカロンなんだけど大丈夫かなぁ?」

「要冷蔵って書いてあるけどな」

「まぁ夜は暖房も入れてないし十分冷蔵されてたよね。……あ、これはミサカのマカロンだからね」

「分かってるっつの、誰がンな甘ェモン食うか」

「美味しいらしいよ、××さ、……もといマザコンのお薦めだし。……あの時はマザコンの片鱗もなかったのに……」


番外個体は若干不機嫌そうな顔つきになってブツブツと呟く。
暫くこの話題はタブーか、と一方通行は今後の方針を固めた。


「で、あなたにはこれ」


番外個体が不機嫌さを払拭し、明るい声で何かを差し出してきた。


「コーヒー豆なんだけど、あなたの為にミサカがわざわざ買ってきてあげたんだからね?」

「すげェ良い香りじゃねェかコレ。……けどよォ、非常に言いにくいンだが」

「何?」

「うちにはコーヒーミルやらドリッパーやらそォいうモンがねェンだわ」

「……、そういえば見たこと無かったけれど。ていうかじゃああなたは一端にコーヒー好きをやってたわけ?」

「違ェよ。面倒じゃねェかいちいち。それに比べて缶コーヒーは偉大だよなァ。安くて手軽、よくぞここまで進化してきたっつーか」


番外個体はコーヒーを褒め称える一方通行を、何か残念なものでも見るような目で見てから、


「……なんかちょっと怖いよあなた。じゃ、ミサカ行ってくるから」


と袋をぶら下げ、途中で番外個体は彼女の部屋に立ち寄って物を詰め込んだ後、ばたんと玄関のドアを閉めて出て行った。
168 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:22:15.84 ID:5fY6JHw0


とあるクリーニング店。
番外個体達が住むマンションから一番近いこの店は、学園都市に似合わない一昔前の店構えだ。
番外個体的には少し離れた最新設備のクリーニング店でも良かったのだが、どうも此処は丁寧に洗ってくれると評判らしいので利用してみる。

カウンターの後ろには沢山の洋服が掛けられていて、『外』では当たり前なこの風景も、番外個体からすれば新鮮だ。
こんなんじゃ受け渡しの時不便そうだし、大人しく他と同じくバーコード的なので処理すれば良いのにな、と思いつつ店内を見渡していると、


「あいよー」


古い店の奥から出てきたのは、見た目50代の男性だった。


「クリーニングね、んーと、全部出して貰える?」

「あ、はい」


言われた通りにエコバッグの中から全部出す番外個体。
一応畳んではきたものの、シーツも服もしわくちゃだった。
それを見て、店員(多分店長)の目が険しくなる。


「……君、男がいるでしょ?」

「はい? ……それって、昨日ふられたばっかのミサカへの当て付け?」


いきなりプライベートなことを聞かれ、番外個体の目つきも男同様険しいものに。


「へぇ、ふられた。ふーん、ふられたのぉ。ほぉん、そりゃそうでしょ、君みたいなビッチ」

「……はぁ?」


番外個体の前髪からバチンと紫電が散る。
169 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/05(日) 20:23:58.71 ID:5fY6JHw0

「ちょっとお客さん、うちはそこらの科学かぶれと違って対能力者対策してないんだからやめて貰えます?」

「科学かぶれとか言うんなら学園都市から出ていきなよ。ていうかそっちが意味分かんない事言ってるし、ミサカは客なんだけど?」

「やだねぇ最近の若者は。っていっても君みたいなのは滅多に見ないけど。……で? ヤったんでしょ? ねぇ?」

「はぁ?」

「だってねぇ、この服のシワのつき具合は脱ぎ散らかしたものだしねぇ、シーツからも体液の臭いがねぇ」

「……しないけど」

「おじさんには分かるよぉ。……んー、よく見ると君可愛いねぇ。ふられたんだっけ? ヤリ逃げされたでしょ?」

「……、」

「おじさんが慰めてあげようか、なんて……あ、何処行くのー?」




「…………ていう事があったんだけど」

「何だァそりゃ」


番外個体がマカロンを頬張りながら、缶コーヒーを持って訝しげな目をする一方通行に報告する。


「あのジジイ、とんだセクハラ野郎だよ。ぎゃは、麦のんにチクったら潰しといてくれるって」


暗部の力をそこで使うか、と呆れたとある昼下がり。
11月がそろそろ終わりの今日も、空は青く澄んでいる。

203 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:18:27.56 ID:JQ0q84U0

12月1日、午前1時18分。


番外個体が告白して、ふられて、その挙げ句一方通行と思わず、……とまぁ色々あった11月28日(加えて29日深夜)から数日。

最新設備のクリーニング店で綺麗にして貰った服は麦野に返したし、それからコタツも衝動買いしたしで、一方通行と番外個体は来たる師走を迎えていた。


今週中には雪が降るという予報も出ているし、最近は冷え込みが激しい。
そんな中、冷たい空気とは裏腹に、ぬくぬくとしたベットの中で一方通行は目を覚ました。
就寝前の寒さからか、毛布にくるまるようにして寝ていた一方通行。
当然ながら、毛布の外は見えないのだが――


(誰だ? 部屋の中に――複数ではねェな)


常時反射が使えなくなったこともあり、以前のように何時襲撃されても大丈夫で無くなった一方通行は、最近は少しの事で目を覚ます。
それだけ警戒していないと、簡単に死んでしまうのだから。

そして今日、今現在。
彼の部屋に、侵入者が居る。


(はっ、そンな無様な第一位が番外個体と無防備に朝まで眠りこけてたなンてなァ)


自嘲しつつも、なるべく音を立てない様に電極のスイッチを入れる。


(……ン? 番外、個体……。そォだ、アイツはどォしてる!? まさか先に……ッ!?)


思わず飛び起きそうになった所を食い止めて、冷静になるように努める。


(暗部の連中か? ……いや、土御門の話を信用するわけじゃねェが、それだと辻褄が合わねェ。
 ……だとしたら他に俺に恨みのあるヤツ、つってもオイオイ居すぎで分っかンねェぞ。 ただ番外個体の叫び声は聞こえなかったし……叫ぶ暇も無かった、は考え過ぎか?)


情報が足りなさすぎる。そう考えたときだった。
204 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:20:04.45 ID:JQ0q84U0

「一方通行、」

「……っ!?」


聞き慣れた声。

毛布を剥がして起き上がると、番外個体がそこにいた。
一方通行が気の抜けた声を出す。
いつもなら寝起き後暫く頭がぼんやりする彼も、今日はすっかり冴えてしまった。


「オマエか、……だァクソ、取り越し苦労しちまった。で? どォした」

「眠れないんだよね」


番外個体はそう言いつつ、


「寒いから足入れさせて」


仲良く二人してベッドに足を入れる。
と、ぱちん、と小さく音がして、一方通行の視界の隅で何かが光った。


「……オマエ、漏電してンぞ」

「失礼な、漏電じゃないし。……暗いところでこうやると落ち着くんだよね」


暗闇の中で、線香花火の様にぱちぱちと弾ける紫電。

掛け布団の中で、冷えた番外個体の足とすっかり暖まった一方通行の足が一瞬触れ合う。


「あなたの足あったかい……あの日は冷たかった気がするけれど」

「あの日って、……あァ、オマエはあっつかったけどな」

「お酒飲むと暖まるよね。薬用養命酒みたいな」

「それとはちょっと違うンじゃねェの? どォする、外にでも出てみるか?」

「それ良いね。ミサカ夜って大好き」
205 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:22:25.29 ID:JQ0q84U0
12月の空気は澄んでいて、星がよく見える。
高層ビルに囲まれる学園都市でも星が見えることに一方通行は初めて気付いた。

寒さ対策にと、パーカーとの下にセーターというもこもこと動きづらそうな服の上に更にロングコートを着込み、
マフラーを巻いて完全防寒の番外個体と真っ白な冬服を纏った一方通行が、行くあてもなく並んで歩く。


「オマエそンな格好で動きづらくねェのかよ?」

「でもミサカ寒いの苦手だし。ロシアではあの戦闘服のお陰でどうにかなったけどさ、今はおこたが恋しいよ」

「まァ確かにこたつってなァ初めてだったが案外良いモンだよなァ」


二人でしみじみ語りながら、ゆっくりと夜の学園都市を歩いていく。
この時間帯ではすれ違う人もいない。


「……一方通行」


番外個体が一方通行の名前を呼ぶ。
番外個体の方を見ると、彼女は俯きながら、


「……なんていうか。ありがとう」

「……、どォした急に」

「ミサカの相談に乗ってくれたり、まぁあなたには色々として貰ったしね」


番外個体は長めのマフラーの両端をそれぞれ掴んで振り回しながら、


「……正直、こんなミサカなんて見捨てられるオチかと思ってた」
206 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:23:54.61 ID:JQ0q84U0

「ミサカはあなたに酷いことしたし。ロシアではあなただけでなく上位個体まで殺そうとして、その上トラウマ刺激したりさ」


番外個体はちらりと一方通行を横目で見て、尚も続ける。


「なのにあなたはミサカを殺さなかった。ミサカの相談に乗ってくれた。そしてミサカと一緒に暮らしてくれてる」


番外個体の吐く息が白い。


「つまり、ミサカを受け入れてくれてありがとうって事なんだけど、うーん」

「……らしくねェな」

「だよね。ミサカもちょっと意外かな。悪意にまみれていたこのミサカがこんな事言うなんて、ドキュメンタリー番組作って放送したいくらい」

「悪意にまみれた少女の軌跡ってところだな」

「ぎゃはは、センスねぇええっ!」
207 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:27:16.08 ID:JQ0q84U0

番外個体がゲラゲラと笑うけれど、その姿はどこか弱々しくて、一方通行を不安にさせる。
何か言い淀んでいるような、無理しているような。そんな気がしてならないのだ。

そんな心配をする一方通行にはお構いなしに番外個体はというと、


「寒いからコンビニおでんっていうの食べたいにゃーん」


と。
一方通行は少々呆れつつも、


「いきなりそォくるか。つーかよォ、コンビニのおでンってどォも信用なンねェ部分があるンだが」

「いいじゃんいいじゃん。ほら、丁度そこにおでんの旗がはためいてないコンビニが見えてることだしさ」


というわけで深夜にコンビニに入店してきた男女二人組みを、店員は少々怪しむような目で見つつ気怠げにいらっしゃいませぇと声を出す。

レジのすぐ前に、セルフサービスとなっているおでんが湯気を立てている。


「こーんな時間までご苦労さんだよねぇまったく。……と、あったあった、おでん!
 へぇ、おでんも培養器に入ってんの? ちょっと食欲失せる演出だね」

「それが仕事だから良いンじゃねェの? つーか培養器じゃねェぞこれ。オマエの頭って結構すかすかなのな」

「あなたは家で暇してるから働くことの大変さが分かってないだけでしょうが。んー、ミサカ餅巾着食べたい」

「おでンっつったらたまごと牛すじだろォが」


適当に容器に詰め込み、つゆをいれることも怠らない。

ついでにプリンやらゼリーやらを番外個体が買い込んで、会計を済ます。


ありがとうございましたぁ、というやっぱりやる気のない声を背中に、コンビニを出た。
208 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:30:40.69 ID:JQ0q84U0
「さっむー。おでんおでん」


コンビニから少し歩いたところにある公園のベンチに、番外個体と一方通行は並んで座っていた。
二人の間に置かれたおでんの容器からもくもくと湯気が上がっている。


「ん、……凄い! 美味しいんだけど。コンビニも侮れないねぇ」

「こンくらいのレベルなら家でも作れそォだな。大根と卵は前の日から煮込ンでおいて……」

「うっわぁキモいんですけど。主夫力発揮しすぎじゃない?」

「うるせェよ、つーかこのおでンはレベル3未満だな」


番外個体は一方通行を無視して餅巾着を頬張る。
あっつ! と顔をしかめながらもきゅもきゅと咀嚼して、


「んぐ!?」


いきなりじたばたと喉を押さえて暴れ出す。
どうやら餅が喉に詰まったらしく、げほげほと咳き込んでいるが効果は出ないようだ。
一方通行はそんな番外個体を見てあわてふためると、


「どォした餅かァ!? ふっざけンな、何が汁だくおでンですかァ!? オイちょっと口開け!」


番外個体の口の中に細い指を突っ込んだ。番外個体が一層激しく暴れ出す。


「んぎゅぐぅ!?」

「馬鹿オイ暴れンな!」

「んえ、……おぇえ」

「……、人に向かってゲロ吐いてンじゃねェよ!」


餅巾着と一緒に吐き出された夕食の残骸などを指さす一方通行。
番外個体はむせながら、顔を赤くして目尻には生理的な涙まで浮かべつつ、


「痛ってェ!?」


問答無用で一方通行の横腹を蹴り飛ばす。
209 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:31:54.31 ID:JQ0q84U0

「……死ぬかと思ったんだけど」

「そりゃ餅喉に詰まらせて死ぬ老人は沢山、っ痛ェ!」


番外個体は再び一方通行を蹴り飛ばしてまくし立てる。


「あなたが! いきなり指なんていれるから! あのおっそろしい不快感! うえーってなったつーの!」

「ハァ!? じゃァオマエはあのままぽっくり死ンじまうのがお望みだったのかよ!?」

「んなわけないでしょおが! あなたお得意のベクトル操作とかあったでしょって話だっつーのぉおお!」


そォかそれがあったか、と今更気付いた一方通行。
番外個体はそんな彼を思いきり睨み付けて、


「ほんっとにあなたは人を助けることが下手くそっていうかさぁ。ていうか今更天然キャラ? 需要ないんだけど」

「あァ? オマエ、ナニサマ? 少しは礼ぐれェ言っても良いンじゃねェの?」

「うーるーさぁあああい! まずミサカに謝罪を要求、……ねぇ、あなたの後ろにいる女……誰?」


不意に。番外個体が顔をしかめて、一方通行の後ろを指さすものだから。


「……女?」


一方通行が急に声をひそめる。
後ろにいると言われているのに、振り返ることを拒むかのように体中にじっとりとした気持ちの悪い汗がまとわりつく。
210 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:33:22.93 ID:JQ0q84U0

「なンだよ女って。気配も無かったし『死角移動』でもねェ限り背中をとられるなンて事は、」


一方通行がそう言いながら後ろをゆっくり振り向こうとしたとき、


「ぎゃぁああああ! 血まみれでうらめしやーって言ってるぅうううううう! 取り殺されるぅうううう!」


番外個体が絶叫。


「この気配の無い感じはそォかと思っていたけどやっぱりそォくるか!?」


一方通行は一瞬番外個体の凄まじい絶叫にびくりと身体を強張らせた後、電極のスイッチをオンにして前方にダッシュ。


「こォいうのマジヤバいンだっつの、オマエもちゃンと掴まっとけ!」


番外個体を引っ張るようにして一緒に退散しようとしたところで、


「なーんてうっそでしたぁ。きゃは☆」

「…………、ハァ?」


ぽかん、と衝撃の告白に第一位らしからぬ顔を思わずしてしまう。
番外個体はゲラゲラと下品に笑いながらも、


「ぎゃはは、『こォいうのマジヤバいンだっつの』だってぇ! ちょーウケる! 何々何なの第一位様はお化けとか怖いクチぃ?」
211 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:34:55.76 ID:JQ0q84U0

「……オマエって本当悪意の塊だよな」


公園を出て二人で帰路に就く。
一方通行が拗ねた子供のように番外個体を非難するが、番外個体はそれをものともせずに受け流す。


「本気で怒るなんてさぁらしくないよ? ……けけけ、それ程お化けが怖かった?」

「別にそォいうンじゃねェし第一そンな非現実的なもン存在しねェし」

「んー、でもあなたのアレはノリには見えなかった気が……って分かったから怖い目しないでよいつも以上にヤバイってそれ」


一方通行は溜息をつきながら、


「ガキの頃暮らしてた施設になァ、暗い……確か水流操作系の能力者がいたンだわ。いっつも独りでよォ、あァそォだ、キムチってあだ名だった」

「いきなり自分語り……やっぱりいつものあなたらしくない」

「ソイツが実験途中に死ンだンだよ」

「オウ、唐突だね。まぁ置き去りなんてそんな扱いだろうし」

「それからさァ、毎晩毎晩聞こえるンだわ、『どォして僕を無視したの、一緒に遊びたかったのに』って声がな」

「……、それは本当の幽霊が、」


反応に困る番外個体を横目で見つつ、一方通行は忌々しげに呟く。


「キムチくンの野郎、ガキだった俺に余計な恐怖を与えてくれやがったぜクソッたれが」

「……恐ろしい話をどうも。ミサカ的にはどうしてキムチなのかが気になるところだけど。……あ、こんばんはー」
212 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:37:26.68 ID:JQ0q84U0

気がつけばマンションに到着していたので、オートロックを解除してマンションの中に入っていく。
部屋まで歩いている途中で番外個体が挨拶したのだが、


「……オイ、オマエ今誰に挨拶しやがった?」

「え? ……そこに男の人が……ってあれ?」


うーんと首を傾げる番外個体。
一方通行は思い切り不快そうな顔で、


「オマエ、マジでタチ悪ィぞ。
 俺がオマエの喉に不作法にお邪魔したことは謝ったしオマエが意味分かンねェ絶叫したりでチャラになったンじゃねェのかよ」

「でも本当に居たって! あなたこそミサカの事信じないでさぁ何なの?」

「あっそォですかァ、つーかオマエが妹達じゃなかったらオマエのこと殴り飛ばしてたぞ」


一方通行が何気なく放った言葉に、しかし番外個体の言葉は鋭さが増す。


「……なにそれ。ミサカがクローンじゃなければ、って話?」

「オマエ等は守るって決めてるし、これからもそれは変わンねェけどよ、もしもオマエがそこら辺のクソ女だったら、」


「もう良いよ」


ぴしゃりと。
静かで抑揚の無い、それでいて一方通行に次の言葉を与えさせない迫力を伴った声。

番外個体は戸惑う一方通行をそのままに、早足で部屋の中に入っていってしまう。
213 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:40:16.14 ID:JQ0q84U0

「……番外個体」


てっきりチェーンでも掛けられているかと思ったがそれもなく、すんなりと開いた玄関。
靴を脱いで真っ先に向かったのは、番外個体の部屋だった。
しかし中に入ることはせずに、彼女の部屋のドアに背中を預けて、


「番外個体」


もう一度、扉越しに番外個体の名前を呼ぶ。
返事の代わりに、ぐずぐずと、洟をすする音が小さく聞こえた。


「……悪かった、なンか嫌なこと言っちまったか?」


以前の自分からは想像できないような謝罪の言葉と気遣いの言葉がすらすらと、誰に強要されるわけでもなくでてくる。

番外個体の、何かを堪えるような、苦しそうな息遣いが聞こえてきて、一方通行は息を呑んだ。
罪悪感に嘖まれながらも、問いかける。


「……どォした、なンで泣いてる?」


守ると、決めたのに。


「泣いて、ない」


自分が彼女を泣かせてどうする?


「泣いてンじゃねェか」

「泣いてないってば」


それは、否定にして拒絶。
ずるずると、一方通行はその場にしゃがみ込む。
214 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:42:38.39 ID:JQ0q84U0

静かな静寂が訪れて、どれくらい経ったか分からない。
一方通行には1分にも1時間にも感じられ、おかしくなった時間の感覚は何の役にも立たなかった。


「……一方通行」


そんな中、弱々しい番外個体の声が響く。


「……一方、通行……」


名前を呼ばれる。
たったそれだけだったのに、そもそも『名前』なんて言って良いのか分からないような、ただの記号の様なものなのに。


「……ちゃンと此処に居ンぞ」


なのに、それだけで、身体中が暑くなる。
火照って、頭の中が真っ赤になった様な気がして、胸の鼓動が早くなる。

ふわふわして危なげな、そんな感覚。

おかしくなってしまいそうだと思ったし、それ以前に、自分は既にどこかネジが緩んでしまっているのだとも思う。


けれど、それで良い。そのままで、もう塗りつぶそうとは思わない。


以前は認めたくなくて、ただその感情に嫌悪感しか抱くことができなかったし、
自分がそんな事を考えるのは間違っているとも思っていたし、自分の本心に逆らってきたけれど、


そろそろ自分に正直に向き合ってみて、嘘をつくことを止めて、そして番外個体に向き合いたい。


一方通行の中で、生まれて初めての感情が芽生える。
守ると決めた打ち止めや黄泉川、芳川の様な人達へ向ける感情とは違う、
自分には絶対縁が無いと思っていた感情、考えただけで虫唾の走ったあの感情。



「………好きってことなンだよ、クソッたれが……」



掠れた小さな声は、冷たい空気に紛れて、たったドア一枚に隔たれた番外個体にすら届かない。
215 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:44:24.31 ID:JQ0q84U0

「……やっぱり、ミサカがクローンだったからかな」


微かな振動と共に、番外個体の声が直ぐ近くから聞こえた。
番外個体がドアの向こう側に、一方通行と同じ体勢にで座ったらしい。
扉越しで、ほんの数センチの厚さしか隔たりはないというのに、それの壁はいつか無くなるのだろうか、と一方通行は微かに思う。


「……クローンだから一緒には居られない、クローンだから好きになることはできない」


すらすらと滑らかに、歌うように。


「結局みんなそうなんだよね。クローンだから。
 あなたがそういうつもりで『妹達じゃなかったら』って言った訳じゃないのも、
 ミサカみたいなクローンを否定する意味合いで言った訳じゃないのも分かってる。まぁ、八つ当たり、だったんだけど」

「……そォか。でも、悪かった」

「けけけ、あなたにはなるべく隠し事はしないようにしてたけどさぁ、ミサカは嘘とか大好きだから、嘘付いた。
 ……ほんとはさ、」


彼女は今、どんな表情をしているのだろうか。
悟られないように装っているだけで、扉の向こうでは涙を流しているのだろうか。


「ママが一番だから。……変な理由だけど、そっちの方がマシだったかもね。
 ……クローンだから、なんて、まさかあの人の口から出ると思わなかったんだけどなぁ。ミサカが馬鹿だったのかな」

「……、」

「全部言わないとって、思いを伝える前に言わないとって、そう思ってた。けど、」


この場にまったく不釣り合いな明るい声で、


「ミサカがクローンでなかったら、何か変わっていたのかな」
216 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:45:51.65 ID:JQ0q84U0

何と答えて良いか分からなかった。


「別に、あなたのせいで第三次製造計画が立案、結果としてこのミサカが作られた事を恨んでるわけじゃない。
 むしろ、それが無ければミサカは今こうして此処にいないしね」


……だから、ありがとう


「さっきも聞いた」

「そうだっけ……あ、そういえばさ」


扉越しに、番外個体がいつもの声で。
無理に明るく振る舞うようなあの弱くて小さな声とは異なった、素の声で、イタズラを公表するときの様に。


「……あの日、あの夜。あなただって、知ってたよ」


一方通行が番外個体を抱いた、あの夜。


「……あァ? だってオマエは酒に酔って、」


××さんと、そこには居ない男の名前を呼んだではないか。


「自分でも、嫌なヤツだとは思うよ。多分、あなたも良い気分じゃ無かっただろうし。
 まぁ結局は酔ってたっていうのが一番大きいんだけどさ、でも、……あの時は誰かに近くに居て欲しかった」


ごめん、と番外個体が謝る。


「ま、実は最中の事はよく覚えてないんだけどね」

「初めてだったのに災難なこった」

「それはお互い様でしょ?」

「まァ他の男の名前を聞きながらするセックスってのは良いモンじゃねェな」
217 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/09(木) 22:49:22.10 ID:JQ0q84U0

「ねぇ、こっち、来て」


番外個体の声がして、ドアが開かれる。
見覚えのある充血した目をした番外個体がいた。


「……独りじゃ寂しいってさぁ、初めて思ったんだ、あの夜。ミサカには不似合いだけど」

「……それで良いンじゃねェの」

「けけっ、あーさっむい……あなたよくこんな廊下に座ってたね」


番外個体がシングルのベットに、半分スペースを空けて横になる。


「男の性欲ってのは半端ないし一応言っとくけどさぁ、変な期待はしないでよね。
 ……ただ、寒くて、今独りになるのは嫌なだけだし」

「知ってるっつーの」


互いに背中合わせに横になる。
狭いベットの上で触れあう背中。

何も面白い事なんて無かったはずなのに、番外個体が小さく笑い声を漏らした。


「……あのさぁ、時々思うんだけど」

「ン?」

「なぁんかミサカ達って不思議だよね。普通だったら気まずくなったりするくない?」

「……それだけ歪ってことじゃねェの」

「けけっ、歪ねえ。まぁ確かに殺し合ったりしたのに敵でもなければ同棲して身体まで繋がっちゃったっていうのに付き合ってるわけでもないし。
 ……いつかは歪みが無くなればいいのに……おかしいけど、そう思うんだよね。
 悪意まみれのミサカには無理かもしれないけどさ」

「……そォだな」


空がうっすらと明るくなってきたことを窓から察しながら、番外個体がやがて寝息をたて始めた事を確認して一方通行も眠りに就く。

番外個体の、隣で

236 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 00:44:58.63 ID:.bi4mLg0

どしん、という背中への衝撃とそれに続く全身への痛みで一方通行の意識が呼び戻された。

無意識に電極に手を掛けつつ、寝起きではっきりしない頭は襲撃とかそれ以前に鈍い痛みだけを訴えている。
不機嫌な表情をしつつ、うっすらと目を開けると、見慣れない天井が視界に飛び込んできた。


「……」


がしがしと頭を掻きながら体を起こして、ベットから落ちた――正確には蹴り落とされた事を悟る。
ついさっきまで寝ていた筈のベットは、今や番外個体の独擅場となっていて、規則正しく寝息を立てていた。


「……なンつー寝相の悪さ。そォいや前もコイツの寝相の悪さに起こされたよォな」


番外個体のシンプルな部屋にあったテーブルに乗っていた小さなデジタル時計を見ると、まだ8時前。
遅寝遅起きが日常である彼ら二人にとっては早朝の範囲だ。

取り敢えず、布団の中でぬくぬくとしている番外個体はもう寒くないだろうし、
寝ていては寂しさなんて皆無に等しいだろうだから、これ以上此処で寝る理由はない。
リビングのこたつでもう一眠りするか、と立ち上がって伸びをした時、


「……一方通行……?」


不意に名前を呼ばれて、びくりと身体が強張った。
心臓がどきどきと大きく脈打って、頭がまるで酸欠状態の様になる。

自称低血圧のせいで朝に弱い番外個体はそんな一方通行の様子には気付かずに、気の抜けた、呂律の怪しい声で問いかけてくる。


「……おあよー……んにゃ、どっか行くの?」

「……オマエに落とされたからな、こたつで寝るンだわ。……オマエに落とされたから」

「へぇ……」


番外個体から落とされたことを強調して言ったつもりだったのだが、番外個体は布団から覗いていた顔を眠たそうに擦っただけだった。
くわ、と欠伸する姿は猫みたいで、目の端に涙を浮かべてぼけーっとしている。
237 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 00:46:34.57 ID:.bi4mLg0

「ンじゃ、リビングいっから。……もォ寒くも寂しくもねェな?」

「……んー」


へらーっと、眠そうに普段と少し違った笑顔を浮かべた番外個体は、もう一度欠伸をすると目を閉じた。
睡眠時間も短かっただろうし、深夜に騒ぎすぎたせいもあるのだろう、おなかすいたと呟きつつも直ぐに寝息を立て始める。

そんな番外個体に、


……触れたい



気付くと、手は無意識に彼女の口元に伸びていた。
震える指先は薄くて柔らかい唇に軽く触れて、その感触にびくりと一際大きく震える。
くすぐったかったのか番外個体は身体の向きを横に変えるも、むにゃむにゃと気持ちよさそうに寝たまま起きる気配もない。

一方通行は図太いヤツだ、と呆れながらも、


「……なァにやってンだか」


感触がまだ微かに残る指先と眠る番外個体を見比べて、彼女の部屋をあとにする。
238 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 00:47:54.72 ID:.bi4mLg0


「今日予約いっぱいなんだよねぇ」


カジュアルな服を着た番外個体が、こたつでみかんという季節感丸出しの行動をとりながら言う。

いつにも増して遅い正午近くになってやっと起きた二人は、特にすることもなくただこたつに入ってテレビを観たりしていた。
こたつを買ってから、こうやってぬくぬくとだらけていることが増えた気がする。


「つーかオマエ、例の男とはどォなンだ? なンかイジメられたりしてねェだろォな」


自分がクローンであることを理由にふられた番外個体。
あれからもバイトは続けているけれど、クローンということが知れた彼女の扱いがどんなものか一方通行は気がかりだった。


「そんなこと気にしてんの? ぎゃはは、親御さんみたいだね。あれからその人とは喋ってない事以外変化無し」

「オマエに関する噂とか流されたりは?」

「ノー。っていうかその人はそんなことする様な人じゃないって。ミサカをふった理由だって当たり前の反応でしょ?
 あっちは気まずそうな感じだけどそれ意外は何にもないよん」


当たり前の反応、という言葉には引っ掛かりを覚えるが、それが番外個体の考え方だ。
自分がクローンである点において、どこまでも自分を卑下するような。


「何かあったら直ぐ言うこと」

「えぇーミサカのこと子供扱いしないで欲しいものだけど」

「オマエはまだ生後数ヶ月のお子様ですゥ」

「あーあー聞こえないーロリコンの言葉聞こえないー」


こつん、と一方通行に頭を小突かれつつも、実はこうして気遣って貰えることは悪くない、と番外個体は密かに思う。


(死んでも口には出さないけどね)
239 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 00:50:37.92 ID:.bi4mLg0

Viewpoint of MISAKA_Worst(the first speech)


「クローンだから」


実に良い響きだ。ミサカ好みの嫌な感じが凝縮されてるよ。

クローンだから付き合えません。クローンだから仲良くできません。クローンだから、クローンだから……。

ミサカとの付き合いにおいて、この言葉ってスゲェ便利な切り札じゃない? 嫌になるくらいにさ。
しかも何回でも使用可能、効果抜群に加えて正論なんだからタチ悪いよねぇ。


ていうかクローンって、何なの?


人間、では無いと思う。少なくともこのミサカは人間じゃない。
だって普通の人間だったらネットワークで情報の共有ができたりなんかしないしさ。
だから道を歩けば好奇の目で見られて、聞こえてることも気付かないお馬鹿さん達がヒソヒソと言葉を交わすに違いない。
まったく、こっちは見せ物じゃねっつーの。

……正直、そういうのは疲れるかなぁ。

そういえばあの人と歩いててこっちの方を指さされた時、あの人は凄い怒ってたけれど。
あれって直ぐ近くでやってた何かの撮影を指してたよねぇ、どう見ても。
そいつら人気アイドルの名前叫びながら手ぇ振ってたし。


それは別として、好奇の目で見られたりする事を当たり前の反応って思ってる自分が悲しいけれど。

でも実際ミサカみたいなクローン、『妹達』を受け入れてくれてるのはお姉様とあの不幸な少年、あとはあの人の保護者みたいな女二人。
それから麦のん。ミサカのお姉さんみたいだし。歳は大して変わらないけれど。
これくらいだよねぇ。……あ、あの人のこと忘れてた。ぎゃは。
240 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 00:55:21.16 ID:.bi4mLg0

世間一般からジロジロ見られるミサカ達だけど、このミサカはまだ良い方だ。
他の妹達より見た目が年上だから、お姉様を知っている人からすればお姉様のお姉さんにでも見えるわけだし。……なんかややこしいな。

だけど他の子達は相当肩身の狭い思いをしてるって、誰だっけ……、そうそう、カエルみたいな医者が言ってた。

あ、この医者も一応受け入れてくれてるって事で良いのかなぁ。

それで良いや、で、特に学園都市組。同じ顔した子達があの狭い都市で生きていくのは大変なんだってさ。

ま、このミサカにとっては風紀委員のツインテールがここ最近の一番の驚異なんだけど。
よく考えるとあのツインテはモロ受け入れるって感じだよねぇ。
お姉様、このわたくしに突っ込んでくださいまし! みたいな。……流石にそれは言わないか。



それにしても、クローンだからってだけで大分損してる気がするんですけど。
どっかのヒーローの言葉を借りれば「不幸だぁあああ」って感じだよねぇ。
ミサカにとってはヒーローでも何でもないけど、『妹達』の中ではそんな扱いなツンツン頭。

ま、クローンとして作られたお陰であの人に出会えたって所だけは数少ない救いとでもいっておきますか。


…………ミサカを拒まずに受け入れてくれてるし、寂しくて寒いときも……ね。
241 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 00:58:44.14 ID:.bi4mLg0



番外個体がバイトに行った15分後。

来客があった。


「よぉ、クソ第一位。……ミサカは? いないの?」

「……、」


その容貌とは裏腹な汚い言葉を放つその女は、学園都市の裏側で暗躍する小組織を率いる第四位、麦野沈利だった。
以前と同じ薄手のコートに、今日はTシャツにジーンズという軽めの格好をしている。


「……アイツならバイトだ。オマエも知ってンだろォが」

「あれー? 休みって言ってなかった?」

「いや、予約いっぱいで怠そォにしてたぞ」

「……それって嘘つかれてんじゃないの?」


麦野が訝しむ様に言う。


「ハァ? 何の為にだよ、意味分っかンねェ」

「うーん、メールで確かに……」


そう言うと、コートのポケットから携帯を取り出して確認する麦野。
片手に持っていた袋がガサガサと音を立てる。


「何だァそれ? まァた服でも持ってきたのか?」

「んー、これはアレよ、ミサカと食べようと……っと、あ、ほんとだ。来週の月火が休みなのね」

「そォいう事なンで、じゃ」


ばたん、とドアを閉めようとしたところに、麦野がつま先を挟み込んでくる。


「オマエなンなンだよ!? 新聞の押し売りみてェなことすンな!」

「テメェこそ何だぁ!? この私が遊びに来てやってんだっつーのに帰れっていうの!?」
242 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 00:59:54.10 ID:.bi4mLg0

結局一方通行が負けて、渋々ながら家の中に入れてやった。
麦野は自分の家の様にずかずかと上がり込んで買ってきたというケーキを食べている。


「ねぇ何か飲み物無いのー?」

「自分でどォぞ。……つーか番外個体に会いにきたンじゃねェのかよ」

「ミサカと話したりしたかったんだけどね。……あの子、ふられたんでしょ?」


適当に返事をしながら、麦野は何処まで知っているのかと一方通行は考える。
下品なことが大好きな麦野のこの様子からして、番外個体と一方通行の事は知らないとは思うが……


「服返して貰ったときも忙しくてさぁ、そのことは電話でしか話せてないのよ。あ、クリーニングのエロオヤジは社会的に抹殺しといたから」


麦野はもぐもぐとケーキを頬張りつつ、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて、


「あんた、ミサカとヤっちゃったんでしょー?」

「……ンなっ!?」


一方通行の反応を見て麦野はさぞかし楽しそうに続ける。


「やっぱり!? うわー、鎌掛けてみたんだけど……ふふっ、ミサカの様子からそうかなーなーんて思ってたんだけど」

「オマエなァ、マジそォいうのあンまり当人に向かって言うなっつの。こっちだって罪悪感っつーモンがあるンだからよ」

「合意の上のクセによく言うわ。……私が思うにどっちかが酔って……いや、酔って意識がおかしくなってたフリね」

「……まァそンな感じだけどよォ」


そう答えるしかない一方通行だが、にしてもこの第四位、どうしてこんなに勘が鋭いのだろうか。


「ふっふーん、女の勘って侮れないでしょーん? つーかコイツと話しても面白くねぇな、ちょっと出掛けない?」

「これから飯食うンだわ、つーことではい帰った帰った」

「んじゃあミサカの店にでも行ってみましょ」

「……ハァ?」
243 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 01:02:34.76 ID:.bi4mLg0

「いらっしゃいませー。あ、麦野さん、今日は彼氏連れですかぁ?」

「冗談じゃ無いわよー、こんな貧弱な男は直ぐに果てちゃうし」


下品に笑う麦野と苦笑する若い店員。
露骨に嫌な顔をしない辺り、常連の麦野の扱いには慣れているのだろうか。

一方通行はそんなやりとりに呆れつつ、店内を見渡した。
番外個体は見あたらないが、シックな雰囲気の店は予想以上に落ち着く。
彼女はファミレスなんて安い言葉を使うけれど、それ以上の十分に立派な店だ。


「あ、そうだ、こいつミサカの知り合いなんだけど」


麦野が尋ねると、どうやら番外個体は『ミサカ』で通っているようで、


「え? ミサカさんの!? あ、彼女今厨房いますけど、呼んできます?」

「……別に大丈夫なンで」


無愛想に答えたせいかさりげなく麦野に足を踏まれたが、店員は気にする素振りも見せずに店の奥の方にある二人掛けの席に二人を誘導する。

ごゆっくりどうぞ、というお決まりの文句を残して店員が去った後、向かい合って座った麦野から蹴られた。


「ちょっと、あの子はすっげぇ良い子なんだから雑に扱わないでよ」

「ハァ? つゥかオマエは人を踏んだり蹴ったりで随分ご立派じゃねェか」

「あっれー? この麦野様が恋愛相談に乗ってやろうと思ってたんだけどそんな口聞いて良いのかにゃーん?」

「恋愛相談とか聞いてねェしどォでも良いっつの。別に来たくて来たわけじゃねェし」


麦野はそんな一方通行に構わずに店員を呼びつけてしまう。
いつもの、とよく分からないことを店員に言いつけて、メニューを見る暇を与えられなかった一方通行の分は勝手に麦野おすすめを注文された。
244 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 01:04:29.29 ID:.bi4mLg0

「『いつもの』とかってマジで言うンかよ」

「何? 文句ある?」

「べっつにィ? つーかオマエのおすすめっつーのが気になるンだが」

「あれは本当におすすめ。ていうかこのお店の看板メニューみたいなものかしら」


ふゥン、と適当に返事してやると、頬杖をついた麦野がニヤニヤとこっちを見ていた。
相変わらずの良からぬ事を考えている顔に一方通行は眉をひそめて、


「……ンだよ、気色悪ィ」

「だってあんたさっきからすっげぇきょろきょろしてんだもん。ふふっ、お目当てのミサカたんは厨房の方に居るって言ってたのにねぇ」

「別にきょろきょろしてねェし。……そォだ、オマエ好きなヤツ居るって言ってたよな、それはどォなった?」

「んー? 別にー? あれあれ気になるのー? っていうかあんた話逸らしてるつもりだろうけど自分からそういう話振ってる事に気付いてる?」

「……別にそォいうつもりで言ったンじゃねェよ」

「まぁ聞いて欲しそうだから聞いてあげる、結局あんたにとってのミサカって?」


唐突で無遠慮、無配慮な質問。
あんな話題を振ってしまった、数十秒前の浅はかな自分を恨みつつ、


「……、」


少しの沈黙。
麦野は最初の方こそコツコツと指でテーブルを叩いていたのだが、短気な彼女にはこの沈黙が耐えられなかったらしい。
245 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 01:06:01.69 ID:.bi4mLg0

煽るように。


「なぁんでもできちゃう第一位様だもの、三つ数えるうちに言えるわよねぇ?」


急かすように。


「さんにーいち……ばしゃ」
「……だ」


麦野のカウントがゼロになるのと一方通行が何か呟いたのはほぼ同時だった。
麦野は水をかけるつもりだったのか、お冷やを片手に持ってゆるくコップを回している。
そして意地の悪い笑みを浮かべると、


「んー? 聞こえなーい。ていうか今危うくばしゃーんするとこだったわ」

「……で、もォ一度言えと?」

「ごめんごめん、大きい声で言ってくれるとありがたいわぁ」


溜息をつく一方通行。
楽しそうな麦野をつくづく嫌なヤツだとひと睨みして、恐らく言い逃れはできないことを悟る。


「ったく、オマエってマジむかつくのな」

「私にそういう男も珍しいんだけどにゃーん?」

「そォいう所だっつの」

「で? 早くしやがってくれないかしら?」

「……もォ言い直さねェからな」

「おっけーおっけー」




「……好きだ」


246 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 01:07:39.49 ID:.bi4mLg0

「……そっか」


ぼそりと呟いた一方通行を、麦野は馬鹿になどしなかった。
やっと自覚したその気持ちを口にした一方通行に対して、麦野はただうっすらと微笑んでいた。


「それなら良し。……つーか、他に好きな女がいたとかだったら殺してたかもしれないわ」

「そりゃァ物騒な」

「……何かあったら言いなさい、さっきも言ったけど相談にも乗るし協力も……してやらないことはないわ」

「オマエがそォいう慈善活動たァ恐ろしい、裏がありそォな気がしてなンねェぞ」

「ありゃーんバレた? 実はいっつも行列のケーキ屋さんで第一位様のコネを使えないかなーと」

「なァンでそンなメルヘンチックなお店なンだっつの、ケーキなンざ縁ねェわ」

「チッ、使えねぇな。……ていうか顔赤いけどー?」

「うるせェよつーか赤くねェし」


とその時、おまたせーと声が直ぐ後ろから聞こえた。
振り返ると、家を出たときと同様のカジュアルな格好と、頭にバンダナを巻いた番外個体が片手に皿を持って立っている。


「白い男の人と麦のんが来たって聞いてたけど、なんで居るの? あ、はい麦のんのでしょ、これ」

「わーおありがと。んー、ミサカと遊ぼうと思ってミサカんち行ったけどバイトだって言うからさぁ、遊びに来ちゃったわ」

「あひゃひゃ、麦のんってばお馬鹿だねぇ。……あ、あなたの分はもうちょい待ってね」

「ン」
247 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/12(日) 01:09:47.89 ID:.bi4mLg0
「先に食べちゃうけど黙って見といてねー」


そう言って、運ばれてきたベーグルサンドを頬張る麦野。
どうやらこれが彼女の『いつもの』らしい。


「オマエさっきもケーキ食ってたのによく入ンなァ」

「良いのよ、昨日の夜も仕事で大暴れしたし。あ、見て見て、丁度このトマトみたいに赤いさぁ――」

「だァアア食事中にキモイ事言ってンじゃねェよ!」

「アンタだってハイになってるときは相当イカれてるらしいけどねぇ? ていうかさっきミサカのことちゃんと見れなかったでしょ?
 働いてる彼女……輝いてる! 直視できませン! ってかぁ?」

「うっせ。つーか制服とかじゃねェンだな」

「個人経営らしいしね、ここ。……あ、きたよん」


先程同様、番外個体が皿を乗せて持ってくる。
一応礼でも言っておこうと考えたところで、


「……なンだァこりゃ」

「む、失礼な。ミサカが作ったパンケーキだけど文句ある?」


大有りです。という言葉を飲み込んで、ぶんぶんと首を振るも、……ホイップクリームに果物沢山のパンケーキは絶対食べ切れないと思う。


「あなた注文したのってこれじゃなかった……はないよね、じゃどうぞごゆっくりー。
 あ、そうだ終わったら一緒に帰ろ、コンビニ寄りたいけど財布持ってくんの忘れちゃってさぁ」

「お、おォ……じゃァ此処で待ってるけどよ……」


さー、最後の予約のお客さんだーと番外個体は腕まくりしながら足早に去っていく。
一方通行はパンケーキと麦野を交互に見比べつつ、


「オマエ責任とれンだろォな?」

「えー流石にキツイかにゃーん? つーかミサカ手作りらしいし食えよ」

「……アイツは料理できねェし盛りつけ担当って前言ってたけどな」


傍を通った店員にコーヒーと紅茶をそれぞれ追加で注文しつつ、一方通行はこのパンケーキと闘う事を決意する。

273 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 21:49:57.29 ID:maVBo6U0

「じゃ麦のんは帰っちゃったんだね。ミサカ話したいこといっぱいあったのに」


夜の道を二人で並んで歩く。
冷たい空気が気持ちいい、と働いてきた番外個体は言うが、ただ座って食べていただけの一方通行からすると少し寒い気さえする。


「ン、食ってる途中で電話あってキレながら帰ってったから仕事でも入ったンじゃねェの?
 あァそォだ、今度遊ぼうとか言ってたぞ。……うっぷ、気持ち悪ィ……」

「まーだそんなこと言ってんの? ちょっと失礼だよ? 作った本人が此処にいるってのにさぁ。
 ……にしてもあなたがクリームたっぷりのパンケーキ食べてるところ……ぎゃはは、スゲェやばかったんだけど!」

「うるせェよ、つーかオマエは盛りつけただけだろォが」

「い、いいの! ミサカはまだ新入りだし。それにしても今日は……××さん、いなくて良かった」


番外個体が少し言いにくそうにとある男の名前を出す。
××、というその名前は、一言口に出すだけで空気を淀ませる事ができる大変便利な言葉で、
そしてそれは特に一方通行に効果抜群なために案の定彼は露骨に顔をしかめた。


「……ソイツがどォかしたンかよ。確かに見あたらなかったが」

「そんなに怖い顔しないでほしいものだけど。だってさ、……居たらきっとあなたは今以上に怖い顔するでしょうが」

「……俺がどンな顔しよォがオマエに関係ねェだろ」

「やだよ。ミサカのせいであなたにそんな顔させたくないし。……けけっ、そんな顔してたらお客さんも減っちゃうかもしれないしね」

「そりゃァどォも」


素っ気なく答えるも、実は番外個体の言葉が地味に効いていたりする一方通行。
一言余計な番外個体だが、それでも彼女が時折見せる優しさの片鱗にはどうも戸惑ってしまう。


(……コイツ、本当にイイ性格をしていやがる。俺を困らせることに関しちゃァずば抜けてンぞ)
274 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 21:51:33.79 ID:maVBo6U0

「おっでん、おっでん、おっでっんー」


番外個体の所望通りにコンビニに寄って帰ることに。
通りに面した、彼らのマンションからも近いこの店は客も多いし活気もある。
彼女は余程コンビニおでんに惚れてしまったのか、今日もおでんを食べるようだ。


「餅巾着……憎し憎し、いらないね。これは法律でも作って禁止すべきじゃないのかねぇ?」

「オマエの勝手な都合で法律いじってンじゃねェよ。……あ、肉まん下さァい」

「よし、今日はおこたに入って食べるとするかな。ていうかあなた、おでん作れるんじゃなかったの?
 おこたの上に鍋置いて……っていうのをミサカは楽しみにしてるんだけど」

「ン、じゃァオマエのバイトがねェ日にゆっくりやりますかァ」


一方通行の提案に番外個体は嬉しそうな反応を返しつつ、じゃあ来週だ、と確約を取り付けてくる。
マンションはコンビニから直ぐなので、帰ってこたつに足を突っ込みつつ、まだ湯気を立てるおでんの蓋を開けた。


「おぉ、此処のおでんは前のとちょっとダシが違う気がするよ。奥が深いねぇ。あ、ミサカにも肉まん取って」

「あァ? ……ひとつしかねェンだけど」

「えっ?」

「えっ?」

「……それはえーっと。つまり、ミサカの分は買っていないと?」

「だってオマエおでン食うンじゃねェのかよ。……ってオイ何涙目なってンですかァ、はいはい分かったって、半分こな」

「……大きい方ね」

「食い意地張りすぎだボケ」


仕方なく肉まんを半分にして二人で分け合うことに。
どうして麦野にしろ番外個体にしろ、こうもガツガツものを食べるのかと内心溜息をつきつつ、
それでも彼女が喜ぶなら、と自分に言い聞かせて。


暗い顔より、笑っている顔の方が良いに決まっているから。
275 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 21:52:44.25 ID:maVBo6U0

朝起きたら、一方通行がいなかった。
内容は薄れてしまったけれど、なんだかグロテスクで後味の悪い夢を見たことも手伝って、
番外個体は不機嫌な顔で以前の落書きがそのまま消えていない小型の冷蔵庫を蹴りつける。



「今日はミサカの買い物に付き合うって言ったクセに……あーもう、荷物持ちがいなくてどうすんだっつの」



番外個体は今週の月曜と火曜のバイトが休みなため、買い物に行こうと話していたのだが。


玄関のドアはチェーンが外されていて、一方通行の靴が無くて、それから真っ白な上着も無くなっていた。
唯一あったのはリビングのテーブルの上に置かれた書き置きが一枚。


仕事が入った。飯は冷凍のオムレツでも温めて食え。なるべく早く買える。


簡単に書かれたそれを何気なく裏返してみると、裏面はとあるランジェリーショップのチラシとなっていた。


「……、何を考えてるか知んないけどさぁ、とんだ変態悪趣味嘘つき野郎だよ」


ぶつぶつと呟きながらそのチラシをよく見てみると、思いのほか好みの品がある。
これで落とし前付けて貰おう。あの人はこんな店に入るの嫌がるだろうな、などと考えると思わずにやけてしまった。


「おっといけない。ミサカ今絶対悪い顔してたよ。反省反省」


誰も居ないリビングにその声は意外と大きく響いて、なんだか虚しくなる。
いつもだったら真っ白な誰かさんが突っ込んでくれるのに、と考えると少し寂しい様な気もして、『仕事』とやらが恨めしい。

と、そこで何か引っ掛かりを覚える。


扱いにくいからと暗部から首輪を付けられて放し飼いにされている真っ白な少年は、一体どこの誰だっけ?
276 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 21:55:25.94 ID:maVBo6U0

「……で、私と会おうと思ったわけね」


夕方のとあるファミレス。
……にもかかわらず、シャケ弁を平気で食べる麦野とドリンクバーだけで居座ろうとしている番外個体。


「麦のんとは明日遊べたら良いなーって思ってたんだけどさ、一人って結構暇なんだよねぇ。
 いきなりごめん、しかも仕事だったんでしょ?」

「ま、ぱーっと散らしてきちゃってこっちも暇してたしね。……浜面は可愛い滝壺ちゃんといちゃつきやがるしよ。
 ていうかミサカんとこの第一位もそうかと思ってたんだけど」

「そなの?」

「『グループ』だっけ? そっちのことはよく知らないけどさ、でも電話の女が言うには結構な数の召集があったらしいし、
 同じ仕事内容だったんじゃないかなーって思うんだけど。大袈裟な割に大したことなかったけどね。
 でもそれは午前のうちには解決してんのよね、私が知らないところで残党がまだ居たのかもしれないけど」

「へぇ……。電話しても繋がらないし。夜どうするんだろ、おでんだって言ったのに」

「心配? 気になる?」


麦野がいきなりそんなことを聞いてくるから、思わずストローでちゅーちゅーと飲んでいたレモンスカッシュを逆流させてしまう。
ぶくぶくと液体が下品な音をたてた。


「ぎゃははっ、麦のん何言ってるの!? まぁ確かに気になるけどさぁ、それは麦のんが多分言いたいだろう事とは違うんだよねぇ。
 分っかるかなー? 大体ミサカはふられたばっかだしさ。あ、その事なんだけどさ――」

「この麦野お姉様に何でも言っちゃいなさい。そうそうミサカ、ヤったんでしょ?」

「え? ……今のはこのミサカでも流石にドキッときたけどさぁ、ひゃひゃ、妊娠しちゃいましたーって感じかなぁ!?」

「ぎゃはは! マジで!? じゃあ名前どうするよ!?」


公共のファミレスで繰り広げられる麗しい淑女の会話は、周りが露骨に迷惑そうな顔をしても遠慮することを知らない。
aQ [saga]:2010/12/16(木) 21:56:46.57 ID:maVBo6U0

「……やっぱり帰ってないし」


麦野と喋って喋って、帰ってきたのは9時頃だったというのに、それでも一方通行は家に帰っていなかった。
といっても、ファミレスを出てから一度電話してみて彼が出なかった時点で予想はしていたのだが。


「……ムカつく。何なの? 馬鹿なの? 死ぬの? ぎゃは、ていうかもしかして死んでたりする?」


イライラしながら、冷蔵庫から取り出した一方通行の缶コーヒーを飲んでみる。

……苦くて美味しくない。

牛乳でも入れたらカフェオレになるのかと小さいサイズの牛乳パックを取り出すも、
この家では需要のないそれの賞味期限は切れていて、本日二回目の蹴りを冷蔵庫にかますと牛乳を流しに捨てる。


乱暴に携帯を操作してもう一度電話するも、やはりでなかったのでメールを打つことにしてみた。



何処にいんの死んだりしてないよね?
他の女と一緒にいるの?
今頃ベットでギシアンってか?お幸せに。
おなかすいた。ねむい。しね。



「……ミサカは何してんだか。ばっかじゃねぇの? うひゃひゃ、支離滅裂にもほどがあるよねぇ」



特に真ん中あたり。
あの人が何処で誰と何してようがあの人の勝手なのにさ。
でもミサカ、実は一番頼りにしてるんですけど。ごはん、結構おいしいし。

そんな事を考えながら、真ん中の2行を消した。
結局送信なんてしないで携帯を握りしめたまま、こたつの上に突っ伏してうとうとと眠ってしまう。
279 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 21:58:22.50 ID:maVBo6U0

夢だ。
気付くことは簡単だった。



――バイト先の店長がいた。その横に立っている長身の男、自分がずっと憧れていたその人は、真っ赤に塗りつぶされて顔が分からない。

なのに、どうしてか口の動きだけははっきりと、声を伴って。


「あなたは、クローンだから」



――白衣の女性と手を繋いだ、こちらに向けた後ろ姿が自分とよく似た小さな少女。
ゆっくりと振り返ったその顔は、しかし幼い少女のものとは全く違う、とある研究者だった。
番外個体を培養器から放り出して、第一位と打ち止めの抹殺というオーダーの行方がどうなろうとオマエは痛みの中で死ぬと彼女に教えた初老の男。

ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて、黄色い歯を剥き出しにして。


「クローンだからなぁ」


そうだ、あの研究所は狂ったヤツらでいっぱいだった、と思い出す。



――明るいコートを着た女の人。綺麗だと女の自分でも思う。傍に行こうと一歩踏み出そうとして、しかしそれは叶わない。

蔑むような眼で。


「……ミサカは、クローンなんだから」
280 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:02:16.46 ID:maVBo6U0

浅いようで深い眠り。深いようで浅い眠り。
夢の中で出てきては消える人々からは決まって同じような言葉が発せられる。
最初の方で夢だ、と気付いたものの、夢は醒めずに延々と同じような事を繰り返す。


そしてそれは残酷にも、こんな形で邂逅したくはなかった少年さえ、映し出す。



――ロシアでの戦闘。雪原で自分の腕を折った……もやもやとした、鮮明としない少年。
ただ真っ赤な双眸だけが妙にはっきりと見える。



この人も、何か言うのだろうかと思った。


…………聞きたくない。この人が言葉を発する前に、



はやく。はやく。こんなゆめ、



「……ト」


微かな声


夢の中でふわふわしていた意識が一気に呼び戻された。
一瞬夢と現実との区別がつかなくなる。


「……ワースト」


もう一度、確かに自分を呼ぶ声


ワースト、なんてあまり良い言葉じゃないけれど、それでもしっかり番外個体の耳を通って身体の中心まで響いた。
うっすらと目を開けて。
少しの希望を抱いている自分は馬鹿だと感じながら、それでも伏せていた顔を上げてしまう。
点けっぱなしだった部屋の電気が眩しくて、そして。



「風邪引くと面倒だろォが、ちゃンと布団掛けて部屋で寝ろ」
282 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:10:54.95 ID:maVBo6U0
「……あ、……え?」


視界に入ってきたのは、一日中、声を聞くだけでも良いからと願った少年。
呆けた顔でぱちり、と瞬きして、夢を見ながら自分が涙を流していたことに気付いて戸惑った。
そしてそれとは別に、暖かい涙が頬を伝う。


「悪ィ、遅くなった。……どォした?」


恐らく涙のことを言っているのだろう。
見ていた夢は覚えているが、けれどそれを伝えるのは気が引けた。
一方通行はとても疲れたような顔をしているし、自分が涙を零したことが何だか悔しいから。

けれど、悔しくて、遅い馬鹿と罵ってやりたいのに、顔が自然と綻んでしまうのはどうしてだろう。


「……なんか悲しい夢でも見てたのかも。よく覚えてないけどさ、時々ない?」


そう言って大きく伸びをする番外個体。
するとこたつの上に置かれていた彼女の開きっぱなしの携帯が小さく音を立てて落ちた。
それを見て一方通行は思い出したように、


「そォいえば腹ァ減ってンのか? そンな感じのメール打ちかけてたみてェだし、なンなら冷蔵庫に――」

「見たのぉおおお!?」


慌てたように落ちた携帯を拾い上げる番外個体。作成途中になっているメールを確認して、


「……消したんだった。あ、別に変なこと書いたわけじゃないし!? あなたが何処で女たぶらかしてようがミサカに関係ないしね!」

「女だァ? 何言ってンだオマエ」

「まぁたまたー。あなた顔良いし? 女の子にちょろっと声掛ければホイホイ釣れんじゃないのぉ?」

「何の嫌みだそりゃ。つーかマジで女とか何言ってンだっつの」

「む。童貞卒業で余裕が出てきたのかねぇこりゃ。つまんにゃーい。
 ……だって麦のんは午前中に『仕事』終わったって言ってたし、大体あなたは今そういうの関係ないんじゃなかったの?」


一方通行は番外個体の言うことに眉をひそめて、


「あのなァ、オマエがどンな勘違いしてるか分っかンねェけどよ、多分オマエが思ってるよォなことは一切ねェぞ。
 まァ確かに暗部とは距離おいてるが、どォも今回の『仕事』は相手が厄介だったらしくてよ、朝っぱらから電話きて仕方なく行ってきたンだわ」
283 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:12:26.97 ID:maVBo6U0

「……冷蔵庫蹴ったら痛かった」

「ハァ? ……まァ遅くなったことは悪かった。
 オマエと第四位の言う『仕事』のあとに幾つか残業もしたし……あァそォだよ、サービス残業だクソッたれ」


番外個体が冷やかすように口を挟んで、それに対して忌々しげに呟く一方通行。
なんだかんだでお人好しだよね、と番外個体に言われて、彼女を軽く小突いた。


「つーか悪ィ、携帯充電切れてたし……オマエ何回も電、」

「かけてないし」

「あっそォ。で、アレだ、『グループ』のクソ女ンとこと黄泉川ン家行ってた。……あ、女ってそォいうのも入ンのか」

「は? ……ミサカがおでん食べたくて食べたくて食べたくて食べたくて……あー食べたいよー」


そんなに腹が減っているのだろうか、と一方通行は何処ぞの暴食シスターを思い出しつつ、


「仕方ねェだろ、ショタコンは最近PSPのなンかにハマっちまったらしくて改造してくれとか言い出すしよォ、
 黄泉川ンとこはテレビがぶっ壊れたとか言うし。結構昔の型だったから逆に面倒だったンだわ」

「けけっ、学園都市第一位の頭脳だからって何だぁそりゃあ? 女に囲まれて一体何処のヒーローさんですかってーの」

「……オマエなンか機嫌悪くねェか? なンならおでン今からでも、」

「うざーい死ねー」


番外個体は不機嫌にそう言ったあと、急にいつもの人の悪い笑顔を取り戻して、


「……まぁ今日する予定だったことを明日してくれるなら良いけどさ。おでんと、それから買い物」

「まァそれはこっちも考えてたしな、ンじゃァ明日は少し早めに起きて……」
284 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:15:05.08 ID:maVBo6U0


Viewpoint of MISAKA_Worst(the second speech)


寒くて、寂しくて、とても独りじゃ眠れないような夜を越えた朝も、
バイトで上手くいかなかった次の日も、好きだった人にふられた次の日も、
嫌な夢をみて泣きながら目覚めた時も、


目が覚めると、あの人が居る。



一方通行。
本人は認めていないけど、第一位のクセにお化けが怖くて、真っ白で、ぶっ飛んでる感じ。
……そして、『妹達』を1万人以上虐殺してきたという褒められない経歴の持ち主。

上位個体・打ち止め曰く、エロスにしてタナトス、だっけ。
エロスってなんだエロスって。なんだかミサカ好みの響きだけれど。今度麦のんにも教えてあげよう。
え? タナトス……、も知らないけどそっちは何となくどうでも良いって感じかなぁ。何でだろ。



ミサカはあの人が嫌いだ。…………った。
今は信頼してるよ、これでもさ。


このミサカ、ミサカネットワークから負の感情を拾いやすいように脳を調整されてるせいか憎悪で溢れてた。
だからロシアでもありったけの苦しみを与えてやろうと思ってたし。
別にミサカは9000人程の『妹達』に同情している訳じゃなかったけれど、それでも虐殺を行ってきたあの人がムカついて堪らなくて。
今は『妹達』にも、個性っていうの? それが出てきた感じで時々出会うと面白いし嫌いじゃないよ。
お姉様は一回会ったきりだけど、それだけでも良い人なんだ、って思えたかな。
誰にでも分け隔て無く接するところとか、正直戸惑うところもあるんだけれど。


さて、このミサカ。

あの人を殺そうが、逆に殺されようが。はたまた、和解しようが、結局は死ぬ個体だったんだよねぇ。
ぎゃはは、クローンの命は有効利用できすぎじゃなあい? センス良すぎ。
今になってみると笑い話だけどさ、あの人に勝ってたらあの狂った研究者に嬲り殺されてたんだろうねぇ。
久しぶりに夢で邂逅して思い出したよ、あの忌々しいツラ。


そういえば『番外個体』、ミサカワーストなんて名前付けたのもあいつだったか。
統括理事会は何より第一位と打ち止めの抹殺が最優先で名前なんてどうでも良かっただろうし、なんなら無名でもさ。
そんなミサカにわざわざこーんな、『ワースト』なんて名前付けたあいつ、ほんとに嫌なヤツだ。

だからミサカはこの名前? でいいのかな、まぁそれが嫌い。
名付けたクソ野郎も大嫌いだし、良い言葉ではないし、……そんな名前に自分がぴったりって事が面白すぎて逆に笑えない所もムカつく。
285 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:19:17.40 ID:maVBo6U0

ワースト、ってbadの最上級だしさぁ、つまり最悪ってことでしょ?
あ、不規則変化ですココ重要ってミサカはミサカは己の博識を披露してみたり! ……あーこれってチビっこだから通用するんだよねぇ。

ていうかおかしいよ、末っ子ミサカはワーストじゃなくてEndとかそういうのもあった筈じゃないの?
ミサカエンド、なんておかしいけどさぁ。エンドーさんになった気分だよ。エンドーさんって誰だっつの。



でも。


あの人から呼ばれると、安心する。



不覚にも涙が零れちゃうくらいにね。だって女の子だもん。てへ☆


なーんて、分かりにくいかにゃーん?

皮肉なんかじゃなくなくなくなくなくなくなーいって感じなんスけどぉ。


なぁんて言葉使ってみたけど、んー。そこら辺のケバい女が使っている様な言葉はどうもこのミサカには合わないらしい。
何だか大変な事になってる感じ。何が言いたいかもさっぱりだし。

……多分考察してみても、答えなんかでないんだろうけど。



そういえば、あの人。誰か好きな人いるのかな。
今日の話からすると、意外と女に頼られてたりするのかもねぇ。うひゃ、まさかのフラグ乱立とか?
麦のんと仲良しみたいだけどどうなんだか。そういえば麦のんの恋、ミサカにも何か出来ないかな。
そういうの、苦手だけれど。麦のんは数少ない頼れる人だしね。


……あの人がもし誰かと付き合ったりしたら、ミサカも住む場所探さないとなぁ。

ご飯も自分で作って、おやすみもおはようも独りで、だから起きてきても勿論独りで……、なんか、嫌だ。
このミサカは思ってる以上の面倒くさがり屋なのかもねぇ、ひゃひゃ。


そうそう、あの人。『仕事』やらできっと、人を殺したんだ。
露骨に怠そうな顔して、でもそんな時どうすれば良いかなんてこのミサカには分からない。
……ミサカなんかがなんにもしなくたって、きっとあの人は直ぐにいつも通りになるんだろうけど。
287 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:20:51.50 ID:maVBo6U0


「明日は10時前に起きてみせる」

そう意気込んで就寝した番外個体だったが、結局起きたのは11時頃だった。
相変わらずの寝ぼけ眼でふらふらとリビングにやってきて、いつも通りぐだーっとテーブルの上に突っ伏す。


「うえーねむー」

「オマエ早起きするンじゃなかったのか」


声がした方を首だけ捻ってみてみると、一方通行はキッチンに立って朝から何か作業している。


「何してんのー? 主夫さんに質問たーいむ」

「昨日黄泉川から大根貰ってきたし、卵もあるし。今のうちから煮込ンどきゃァ良い感じに味も染みンだろ」

「だいこん……たまご……あ、そっか。今日はおでんだった! イエス、ウィーアーおでーん」

「ウィーはおでンじゃありませン。おら、買い物行くンだろォが。さっさと顔洗って着替えてきやがれ」


んー、と番外個体は一応素直に返事をすると部屋に戻っていく。
いつもなら何かと突っかかってくるが、寝起きだと思考が鈍っているというか子供じみているというか。
あの状態の彼女は何とも扱いやすくて助かると一方通行は大根に隠し包丁を入れるという主夫スキルを発揮しつつ考える。



下ごしらえを終えてソファに座りながら、お昼の番組の『今日のクッキング!』コーナーを眺める一方通行。
実はこれが結構役に立ったりするのだが、


「……その手の番組を毎日観てあなたはお料理スキルを磨いていたんだね……」

「別に毎日観てるわけじゃねェよ!」


後ろから聞こえた、眠気を感じさせない番外個体の言葉に訂正を入れつつ、振り返る。


「どうかにゃーん? 新しいのおろしてみたんだけど」
288 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:23:22.06 ID:maVBo6U0
普段のカジュアルな格好とは趣を変えた、ガーリーな服装。
ファー付きのハーフコートに、ニットワンピースをデニムのスキニーパンツと合わせて着ている。


「昨日麦のんに見繕ってもらったんだけど、やっぱりこういうのは変かなぁ」

「いや、変じゃねェ、……けど、なンつーか新鮮だなァ」

「うん、ミサカもそう思う。いっつも軽めのかっこだし、こういう感じのは初めてかも」


番外個体は少し違和感があるのか、ひらひらとニットワンピースをめくりながら、


「じゃそろそろ行かない? もうお昼だし」

「そォだな。つーかひらひらさせンなみっともねェ」



ブーツを履いた番外個体といつもの上着を着た一方通行は、とりあえずセブンスミストを見て回った後、再び外に出てきていた。
12月も中旬に入り、店内との気温差に驚きつつも、キャンピングカーを改造したような現代風な屋台で買ったクレープを食べながら歩く。
甘い物が好きでない一方通行はチーズとツナサラダのクレープを食べつつ、番外個体が美味しそうにかぶりつく
クリームたっぷりの甘ったるそうなクレープをみて顔をしかめた。


「ふぇー疲れるなぁあの人の多さは。まぁこれ買えたしね」


番外個体が機嫌良く手に持って振る『Seventh mist』とロゴの入った袋の中には、
コーヒーミルなどのコーヒーを豆から淹れる為に必要な道具が入っている。
以前番外個体が買ってきたコーヒー豆は封も開けられないままだったが、これでどうにか飲めるねと彼女は笑う。

セブンスミストには服などの他にもこうした日用雑貨も売っているのだが、


「うひゃひゃ、商品お買い上げのお客様に配られてたゲコ太ストラップ! こりゃお姉様に自慢できるね」

「オマエそれが目当てだろォが絶対。ったく、それってガキ対象じゃねェのかよ。変な所ばっか遺伝しやがって」

「今のは聞き捨てならないんだけど。大体同じ遺伝子なのにこのミサカは他のミサカより胸が大きいんだからね」

「そりゃァ設定年齢の違いじゃねェのか」

「うっさい変態。……あ、変態といえば……」


番外個体は人の悪い笑みを浮かべて、


「変態なあなたと行くべきお店、すっごく良さそうなところだからどんどん行っちゃおうか」
289 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:28:51.52 ID:maVBo6U0


「オイ……マジで此処入ンのかよ……」


番外個体御一行がやってきたのは、とあるランジェリーショップだ。
番外個体は店舗前で嘆く一方通行に一言低い声で、


「昨日は嫌な夢みたんだよねぇ。……独りでお腹空かせてさ」


と告げて店内に入っていく。
ちなみに此処に来るまでの道のりで彼女が「書き置きが――」「チラシが――」などと言っていたが、一方通行にはよく分からなかった。


「いらっしゃいませ、?」


若い女の店員が、番外個体のあとに続いて気まずそうに入ってくる一方通行を見てきょとんとした顔をする。
しかし番外個体から質問されると完璧な営業スマイルを取り戻してにこにこと、


「えーっと、もしかして此処って男ダメとかあるのかな?」

「いえ、カップルで来られるお客様も時々おりますので、どうぞごゆっくりなさってください」


それを聞いてげんなりする一方通行だが、幸いなのは店内に他の客がいないことだろうか。
平日で良かった、と思いつつ、なんとなく目のやり場に困ってしまう。そんな彼の様子を察したのか、番外個体は意地悪く、


「ねえあなたぁ、ミサカにこぉんなのどうかにゃーん?」

「オイ馬鹿やめろ! ンなモン堂々と付けてるンじゃねェよ!」

「えーじゃあこれはー?」

「もはや下着としての役割が放棄されてンぞソレ!?」


黒くてレースがひらひらだったりすけすけみるみるだったり紐! だったりと忙しく一方通行をからかう番外個体だったが、



「おふぇ……っ! 大きいお姉様……ッ!?」



イヤナモノを見た。
290 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:36:25.25 ID:maVBo6U0


――それは、道路に面したガラス張りのウィンドウの向こうにびたーんと張り付いて目を爛々と輝かせていた。
『妹達』の中で最も恐れられるツインテールの少女が、恐ろしい形相でこちらを見ている。


番外個体はダラダラと零れる涎でガラスを汚すソレを発見し、ぶるりと大きく震えた後、一呼吸遅れて



「ぎゃぁあああでたぁああああ!!」



まるで幽霊でも見たかの様な形相で服の上から纏ったブラジャーも気にせず絶叫。

ハァハァと息を荒げて店内に入ってくるツインテ少女と、彼女から少しでも離れようと店の奥に逃げるブラ装着の『大きいお姉様』。


そして少し遅れてやってきた、番外個体によくにた顔つきの少女は一方通行の顔を見るなり、



「な、ななな、なんでアンタがこんなとこにいんのよぉおおおおおお!?」



真性の変態が、服の上から嫌らしいブラジャーという傍目には変態チックな女を追いかけ、
その女によく似た少女がランジェリーショップにとても似つかないような風貌の男を見て絶叫する。


まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
店員の若い女がオロオロと、何のためか取り敢えずマネキンを撤去した。
291 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:38:49.05 ID:maVBo6U0


「ハァハァお姉様、大きい大きいお姉様ぁん、グヘヘお姉様よりもお胸が大きいですわうへへ」

「ちょっとやーめーろっつのぉおお! ミサカあんたは苦手なの! ちょ、やぁっ、何処触ってんだ変態ぃい!」


店内で危ない雰囲気を醸し出す二人を差し措いて、店の隅で一方通行と『お姉様』こと御坂美琴は向かい合っていた。
ちなみにこの隅っこ、下着ではなくアクセサリーコーナーであることを重視したうえで互いに取り決めた場所である。


「……なるほど、それでアンタがあの子と一緒にいるわけね。……こんな店に」

「ンな目で見てンじゃねェよ、こっちだって来たくて来てンじゃねェンだからよォ」

「にしてもアンタがねぇ。打ち止めといい、番外個体といい」

「……悪ィな、オマエからすりゃァ気にくわねェかもしンねェが」


――俺はアイツらを守るって決めてンだ。


「……、別にね、私は今更『実験』のことをどうとか言うつもりはないわ。確かにアンタを憎いと思ってた時もあったけど、
 今のアンタを見てるとそんな事言えたような立場じゃないのよ、私はね」

「……、」

「そうだ! あの子だって一応『妹達』だし、ってことは私の遺伝子……ふふっ」


何やら不穏なオーラを醸し出す美琴。
と、そこへ番外個体が助けを求めてやってくる。


「呑気にお喋りしてないで助けて欲しいものだけど! この変態、ガキのくせに生意気なっ!」

「あぁん! もっと! もっと罵ってくださいまし! はっ! そうですわ、試着してみませんこと? 黒子がお手伝いいたし……きゃんっ」

「くーろーこー? いい加減にしなさい」


美琴に割と本気で頭を叩かれてうずくまる白井黒子。
番外個体はその隙に美琴の後ろに回り込んで、


「久しぶり、お姉様。ロシアから戻ってきて一回会った時以来だよね? ていうかこの変態ちゃんと躾しておいて欲しいものだけど」
294 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/16(木) 22:41:04.58 ID:maVBo6U0

「それができないから困ってんのよ……そうだ、ねぇちょっとその下着さ――」

「……このミサカは着せ替え人形じゃないんだけれど」

「良いじゃない、そうすれば将来の美琴ビジョンが……ってアンタ、私より胸でかくない? え、もしかして将来的には私も!?」

「ぎゃはは、ないない! このミサカは育成途中にイソフラボンを多めに――」

「ちょっとソレ本当!? 凄い怪しいんだけど!」

「お姉様同士がお胸について語り合っておられるなんて黒子は黒子は……あらいけませんわ、涎が」

「……なーンなンですかァコイツら」


仲良く、と言って良いのかは微妙だが、姉妹が少しおかしな会話をしていて、それを眺める変態。
ただでさえ居心地が悪いこの店から早く出たいと思う一方通行は、


「ハァハァ、……はっ、気付くと黒子の隣には殿方が。このようなお店で、な、何をするおつもりですの!?」

「……今更かよ。つーか俺はオマエの言う『大きいお姉様』から無理に、」

「ジャッジメントですの! 大人しくお縄にかかってくださいまし、この変態さんが!」

「……聞いてねェし」


厄介な変態に変態呼ばわりされ、自尊心が砕けるところだったと後々思う。




「じゃあ、またね。……アンタ、この子に変なことしないでよね」

「大きいお姉様、近いうちにぐへぐへへ」


少女達が店の前で手を振って別れる。
やっとの思いで店を出た一方通行は、久しぶりの外の空気を大きく吸い込む。……美味しい。


「結局あの変態ツインテのせいで下着買えなかったけれど……これ、ありがとね」


そう言って番外個体が見せるのは、小さな紙袋だ。
中には帰り際に一方通行が買ってやったネックレスが入っている。


「あなたが一緒に選んでくれたこのネックレス、暫くは大事にするからさ。ひゃひゃ」

332 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 01:59:23.87 ID:proJgmo0
クリスマス一週間前。雪が降った。


「雪だよういやっほーう!」


窓から外を眺めて、うっすらとアスファルトの上に積もっていく雪に興奮を隠せない様子の番外個体。
数日前に一方通行から買って貰った、雪の結晶をかたどったネックレス。
シンプルなそれは何処かに行くわけでもないのに首に下げられていて、それが少し嬉しいと一方通行は素直に思う。
ちなみにその日の夜はおでんだったのだが、餅巾着が憎いと言っていたくせに餅巾着がないと喚いた電撃使いがいたとかいないとか。


「……ンなモン、ロシアで嫌っつゥほど見てきただろォが」


とある電撃使いは一方通行の呆れた様な言葉を聞いても、


「あれは雪っていうかもはや地面だったしね。それに学園都市で雪が見れるなんてさぁ。あのチビっこ最終信号もはしゃいでるかもね」


相変わらず窓にぴたりとおでこをくっつけて冬を満喫している。


「ホワイトクリスマス、だっけ? なるかなぁ」


そんな番外個体に対して、調子が狂う、と顔をしかめる一方通行。
……もしかして、メルヘンとは伝染するものなのだろうか。
だとしたら、忌々しい名前がでかでかと書かれた冷蔵庫と日常を共にしているせいで、
番外個体の頭の中もメルヘンチックなお花畑になってしまったのかもしれない。

一方通行は本気でそれを心配しつつ、


「クリスマスだァ? どォ考えても商略だろォが」

「ぎゃはは、あいっかわらずの捻くれた考え方だねぇ。ミサカそういうの嫌いじゃないけど。見て、これ」


そう言って番外個体が投げ渡してきたのは彼女の携帯。画像が表示されているそれは、


「……ンだァこれ」

「ツリーだよ、クリスマスツリー。ミサカのバイト先で飾ってきたんだけどさぁ、綺麗じゃない?」

「どォだか。つーか写真が逆光っぽくてよく分っかンねェわ」

「そりゃあどうも失礼しましたあ。ミサカ、カメラとかいらないかなぁって思ってこのケータイにしたからなぁ。
 でもでも、やっぱりこの綺麗な感じはミサカみたいに純粋なのじゃないと分かんないみたいだねぇ、うひゃひゃ」
333 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:00:07.84 ID:proJgmo0

でね、と、番外個体は窓を背にしてこちらを向いたまま、


「うちにもツリー飾ろうよ」

「ハァ? なァに言ってンだ、うちにはそンなでかいモン飾る場所ねっつの」

「つれないなぁ、良いじゃん良いじゃん。最近は色んな種類も大きさもあるんだしさ。
 たまにはそういうの見て気分リフレッシュ爽やかなあなたに生まれ変わりましょう!」


番外個体はそう言っても渋る一方通行を見て、


「お願い! このミサカがここまでしてるんだから、ね?」


こたつに入って頬杖をつく一方通行の元まで窓辺からはいはいで寄っていくと、彼の顔を覗き込む様にして小首を傾げた。
首から下がるネックレスが番外個体の胸元を離れ、不安定に揺れる。
ふわりと彼女から微かに香る甘い香りに、一方通行の心臓がどきりと跳ねた。


「だめなの?」

「……っ、もォ勝手にしろ」


真摯に紅い瞳を見つめられて、思わず視線を逸らすと同時に承諾してしまう。
番外個体は途端に笑顔を咲かせると、


「ほんと!? さっすが第一位様、見直しちゃったよ! うひゃひゃ、麦のんにも自慢してやろ」


よほど嬉しいのか、立ち上がってくるくると回る。一緒にネックレスも遠心力でぶんぶんと回った。

もとから感情を率直にというか露骨にというか、ばんばん出してくるところがある番外個体。
出会ったばかりの頃は主に悪意に用いられていたそれは、今ではその他に、こうして喜びなどの『プラスの感情』を表現するのにも使われている。

そういえば出会った当初は目立ったあの不健康そうな目の下の隈も、今では徹夜した次の日以外は見ることもなくなった。

そう考えると大した変わり様だと、くるくる回る番外個体を見て一方通行はしみじみ感じる。
ちなみに、彼自身も以前に比べて大分変わったのだが、どうも本人にその自覚はあまりないらしい。
334 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:09:39.07 ID:proJgmo0
所々にイルミネーションが施され、『HAPPY Xmas』の広告が目立つ学園都市。
サンタの格好をしたバイトが風船を配っていたり、ラッピングを頼む学生があちこちにみられる。
クリスマスイブまであと2日。

定番のクリスマスソングが何処からか聞こえてくる道を歩く番外個体は、ぶるりと身体を震わせた。
大きな明るい色の袋を抱える様に持っていて、トレンチコートにマフラーとブーツで防寒に力を入れているのだが、12月下旬はやはり寒い。
昨夜から降り続けている雪の影響からか、気温も2、3日前に比べると一気に低くなった気がする。

番外個体はもう一度身体を震わせると小さくくしゃみをして、


「くしゅ。……さむー、やっぱり手袋も欲しいところかなぁ。……にしてもあー重い」


抱えていた袋を一旦地面に置いて、体操でもするかの様に腕を軽く振る。
袋の中身が箱であるそれは、直立したまま風に揺れることもせずにどっしり構えていた。

こういう時に空間移動系の力が使えれば便利かもしれないと思いつつ、嫌な知り合いの顔が浮かんで顔をしかめる。
……それにしても。


「こーんな重いものだとは思ってなかったよ……。ちったぁ自分で歩けっつの」


一度置いてしまうと袋もとい箱を持ち直す気力がすっかり無くなってしまい、
折角時間をかけて選んだソレを完全なる責任転嫁と逆ギレで思わず箱を蹴り飛ばそうとしたところで、


「サンタさんだーサンタさーん!」


ちびっ子に絡まれた。
5、6歳ほどの男児は番外個体が今まさに暴力行為を行おうとしたいた袋を覗き込んで、


「わぁ、お姉ちゃんサンタさんのお手伝いさんなの? でっかい荷物だねぇ」

「はぁ? 何言ってんのこのガキ。ていうかミサカこういうの苦手なんだけど。それにさぁ、サンタさんなんて、」


いないに決まってんじゃん。

そう言いかけて、しかし口をつぐんだ。折角のクリスマスだしね、と心の中で呟いて、


「ん、まぁミサカはそんなところかな。あなたの所にもきっと行くからね……おぇー、吐きそう」

「ほんとう!? じゃあ僕は――」


欲しいものを喋る男児の純粋な反応に苦笑しつつ、自分にとっての初めてのクリスマスはなかなか良いな、と改めて思う。
335 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:11:28.60 ID:proJgmo0

「たっだいみゃー」


浮つく様な番外個体の声と、彼女の足音と共に聞こえるずるずると何かを引きずるような音。
直ぐにがちゃりとリビングのドアがあいて、微かに水滴のついたコートとマフラーを着込んだ番外個体が入ってきた。


「んあー疲れた。……ひゃひゃ、なにその眠そうなツラ。第一位様はのんびりお昼寝ってかあ?」


テレビをぼけーっと眺めつつ、うとうとしていた一方通行はごしごしと目の下を擦る。
そんな彼をにまにまと面白そうに眺めつつ、番外個体は洟をすすって、


「外寒かったぁ、……ぐしゅ、風邪ひいたかなぁ。やっぱ手袋は必須かもねぇ。あ、ほら、ちゃんと買ってきたよ」


運んできた袋を掲げてみせる。


「ねっみィ……。ボロボロじゃねェか」

「予想以上に重くて大きいしさぁ、持って歩くの恥ずかしかったよ。
 そんなか弱いミサカには引きずる以外に選択肢が、ってあなたを呼べば良かったのか」


番外個体はぼやきつつ、所々がすり切れた袋から箱を取り出す。
袋に比べて傷もない、明るくデザインされた120センチほどの箱には、『Xmas Tree』の文字。


「あなたも一緒に飾り付けしようよ」

「めんどくせェ」


箱を眺めながら満足げに笑みを浮かべている番外個体は一方通行に誘いを蹴られるも、どうやら答えは予想していたようで、
気にする素振りも見せずに箱からツリー本体やオーナメント、電飾を取り出していく。
それを見ていた一方通行は、


「へェ、白いヤツか?」

「そ。ミサカこっちが好きなんだよね、普通のより。雪積もってるみたいじゃない? 
 本当はファイバーツリーが良かったんだけど、売り切れだってさ。この時期だもんねぇ」


番外個体の言葉を聞いて、彼女はよほど雪が好きなのかと思う一方通行。
彼女の首に今日も下がる雪の結晶のネックレスが反射してきらりと光った。
336 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:15:32.74 ID:proJgmo0
「よし、こんな感じかにゃーん?」

立ち膝で飾り付けをしていた番外個体が、終了の合図と共に華やかになったツリーを窓際に移動させる。
そんな彼女を眺めていた一方通行が何か足りないと思っていると、


「はい、最後に星飾るくらいあなたもやってくれて良いんじゃない?」


番外個体がツリーの一番上に飾る星を押しつけてきた。
立体的なそれを見て、足りていなかったものがこれだと気づいた一方通行は、


「あァ? オマエ、やンなくていいのかよ。こォいうのって醍醐味っつーか、そォいうのじゃねェの?」


聞いてみるが、番外個体はそれを無視。ソファに座っていた彼を立たせると背中を押してツリーの前まで連れていく。


「……ミサカと、それから、……あなたのクリスマスだから。
 だからあなたも……か、かじゃらなきゃダメでしょうがそんくらい理解しろっつの!」


何が『かじゃる』だ噛ンでンじゃねェか、と心の中だけで番外個体の醜態を批判しつつ彼女の方を見てみると、彼女はしかめっ面で目をそらして


「……早くしてよね、ミサカは点灯がすっげぇ楽しみなんだから」

「分かってるっつの」


これが彼女のオリジナルだったら顔を真っ赤にしたりするのだろうが、どうやら番外個体にそんな機能は備わっていないらしい。

ツリーの飾り付けという、今まで生きてきて初めてのその行為は、予想以上に緊張するものだった。
一方通行はなんとなく気まずい雰囲気を感じつつ、恐る恐るといった様子で星を飾り付ける。

そしてツリーのてっぺんに君臨した、透明な星。

ツリーの点灯スイッチは一方通行のすぐ傍にあったので、それをオンにしてやると、


「わーお、すごい、綺麗! ちっさいけどすごいねぇ、クリスマスだ」

「そォだな」


夕暮れで薄暗い部屋の中、輝くツリーを見つめてもう一度。


「……クリスマスだ」
337 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:17:23.94 ID:proJgmo0


番外個体がバイトに行ったあと、一方通行は頭を悩ませていた。
視界の隅にきらきら輝くツリーを感じつつ、


(クリスマスっつったらアレだよなァ、プレゼント。アイツはどォもクリスマスで頭ン中がボケちまってるみてェだし、
 つーかそォだ、あのクソガキにも用意しなきゃなンねェな)


今まで誰かにプレゼントをあげたこともなければ、そんなことを考えたこともなかった一方通行。
取り敢えずガキの方は何でも喜びそうだと楽観視できるが、問題はクリスマス大好きな番外個体である。


(ガキならともかく、あンくらいの女っつーのは妙にこだわりみてェなのがあるからなァ)


近くにあったチラシを手繰り寄せ、裏が白いものを一枚適当に選んで裏返すと候補をペンでさらさらと書いていく。


(アクセサリー……はこの前買ってやったしなァ)


アクセサリーの文字の上から横線。


(かといって香水とかもどォなンだか。臭いの好き嫌いもあンだろォし)


これにも横線。


(この期に及んでゲ……ゲロ野郎? じゃねェ、ゲロ太だゲロ太。そォいうガキっぽいのはねェよなァ)


御坂美琴やその遺伝子から生まれた少女達が聞くと憤慨しそうな間違いを犯しつつ、これはメモすることもなく頭の中で除外。


「あー分っかンねェ。……つーかこの俺がこンなことで悩ンでるなンざ、どこで間違えたンだか。笑えねェ」
338 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:21:41.70 ID:proJgmo0
そんな事を考えつつ、視界に入ったのは自分の携帯。
実は以前麦野と番外個体の働く店に行ったとき、彼女から半ば押しつけられる様にアドレスと電話番号を貰っていたのだった。

女で、しかも番外個体とも仲の良い麦野。
彼女から何か聞けないだろうかと、あまり乗り気ではないのだが仕方なく電話する。

4コール目で繋がった。


「麦野か? 俺だ」

『第一位が何の用かしらぁ? おら、テメェはどうして欲しいのかにゃーん? 恋の相談所は現在混み合って、
 っと、ぎゃははは、いい歳してチビっちゃってなっさけねぇわねぇ!?』

「……、」


どうやら仕事中らしい麦野の興奮した声は、一方通行と電話の向こうの哀れな誰かを同時に相手しているようで話しにくい。
完全にタイミングを間違ったと思う一方通行だが、かけ直すのが面倒なので続けることにする。
銃声や叫び声、何かを焼き尽くすような音だったり溶けるような音だったりという
破壊音に混じって時々聞こえる、麦野の口から発せられる下品な言葉。
それを耳障りに感じつつ、


「今クリスマスだのなンだのってあちこちで騒いでンじゃねェか、そのことなンだけどよ」

『あぁ!? 続けんのかよクソ野郎、こっちは今すっげぇ盛り上がってきてんだけど!? ほら絹旗、そっちいったよ超潰せ!』

「番外個体もどォやら頭がボケちまったらしくてよォ、ンで、なンつーか……アイツにも何かプレゼントやらやりてェンだが、」

『ほーら、ぐっちゃぐちゃとめっちゃめちゃ、どっちがお好みかしら? ふふっ、いずれにしても目ん玉ブチ抜いてやるけどねぇ!』
『う、あ、かか金、金ならあふ、あ、あるから、なっ何でも、しましゅから、ひぃっ、』
『あれー? ……命乞いすんなら噛まずに喋れっつーんだよこのクソ豚がぁ! だから社会的にも死んでるんじゃねぇのぉおおお!?
 テメェが死んだところでパチンコ屋の兄ちゃんも悲しまねぇしハッピーエンドだろうが! 
 大人しく家でネットの世界に浸ってれば誰にも迷惑かけねぇのに!! なぁんでこっちの仕事増やしてくれちゃうのかなぁ!?』


麦野の罵声の直後に、何かが弾けるような音。一方通行は耳から携帯を離して顔をしかめながら、


「……、女のオマエなら分かンだろ、何が良いと思う?」

『きったねぇ血浴びせてくれちゃってほんっとムカつくからそっちのテメェもブチ殺して、……あー、そんくらい自分で考えなさいよ』

「あァ? それが無理だからオマエに嫌々電話してるンだっつの」

『あのねぇ、クソムカつくけどこっちから番号教えた手前教えてあげる。……渡す人、つまりアンタが選ぶから意味があんのよボケ』


それだけ口早に言うと、麦野は一方的に電話を切ってしまう。
相手が居なくなって単調な電子音をはき出すだけの携帯に向けて、一方通行は舌打ちした。
339 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:23:12.69 ID:proJgmo0

12月23日。
イブ前日で、日本では祝日とされるその日、学園都市では明日から一歩早い冬休みを迎える学生で溢れていた。
学園都市では終業式を終えて浮かれ気分でクリスマスプレゼントを購入、という流れが恒例となりつつある。
それは今年も例外でなく、ショッピングモールには制服姿の学生が多く見られる。

そして近寄りがたい異様な雰囲気を放つ、真っ白な能力者も一人。


「あァ? ……オマエらの事情なンか知るかっつの。いちいちンなことで電話してるンじゃねェよ。
 あのクソ女がどォした、……ハァ? ゲームだァ? 意味分っかンねェ、ともかくクソ女がいないせいで俺に面倒が回ってきてンだろ。
 だったらそのゲームぶっ壊すだのしてでも『仕事』させろっつの、こっちが迷惑なンだよクソッたれが」


着信に低い声くてイライラとした声で応じるその人物は、学園都市第一位の能力を誇る一方通行だった。
彼は相手が依然としてにゃーにゃー喚いているのも気にせず、通話を勝手に終えてしまう。


……暗部組織『グループ』の構成員の一人、とあるレベル4の空間移動系能力者が私的な事情に夢中で『仕事』を疎かにしているらしい。


「ハッ、祝日まで『仕事』たァご苦労様ってところかァ?」


一方通行はそう呟くが、重要な戦力となる女がいないからといって自分が愛想良く出て行くなどという発想は微塵もない。

第一、番外個体へのプレゼントはまだ何も決まっていない状態なのだ。

そんなことを最優先事項にしてしまう自分がクリスマスなどと言って浮かれているヤツらを馬鹿にできない事を痛感しつつ、
取り敢えず適当に大型のショッピングモールを歩いて何を買うかを決める。


麦野曰く。渡す人、つまりアンタが選ぶから意味があんのよボケ


そんなことを言われても、やはり貰って嬉しいものは嬉しいだろうが、その逆だって十分あり得るわけで。
電話を一方的に切った麦野は殺戮の繰り広げられるあの状況下で、良いこと言った、
などと満足しながらあの後も虐殺を行っていたのだろうが、一方通行からしてみるとそれは自己満足ではないのかと思うばかりである。

そしてやはり、彼女の有り難いお言葉『渡す人云々』も渡す人の自己満足にならないだろうかと不安になるのだ。
340 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:25:39.34 ID:proJgmo0

一方通行がいるショッピングモールは様々な年代を対象として作られているため、多様なショップが入っている。
そして番外個体のような年代をターゲットとしたショップというのは、


「これちょー可愛いんですけどぉ」
「ねぇこれとか似合うかなー?」
「……これは。とても華やか。個性が滲みでている」

「、入りづれェ……」


制服姿の女学生が和気藹々と買い物を楽しんでいる。

数日前に番外個体に連れて行かれたランジェリーショップに入ったときの店員の反応を思い出して苦い顔をしつつ、
暫くうろうろと店の前を行ったり来たりしていた一方通行だったが、カップルらしい男女が店に入っていくのをみて意を決した。


(正直明らかに居心地悪そォなこンな店は入りたくねェが、仕方ねェ、こいつらの男の方だって普通に入ってくし)


店内に入ってみると、甘ったるい臭いが鼻につく意外はさほど普通だ。
唯一あった出来事といえば、「あの人ってビジュアル系のバンドとかしてんのかな?」
という小さな疑問の声を聞いて壁でも蹴り飛ばしたくなったことくらいだろうか。


取り敢えず店内を一巡。


ファッション小物から生活雑貨まで女性向けの様々なものが売っていて、打ち止めの好きそうなものは幾つか見つけられた。
青地に白の水玉模様のポーチ、マグカップ。こんなので良いんだろうかと悩みつつ、次は番外個体へのプレゼントを吟味する。

チラシの裏にメモしてみた香水やアクセサリーなども一応見てみるが、やはり少し違う気がする。


きらきらふわふわぴかぴかじゃらじゃらピリリリリ。
一方通行からするとそんな雰囲気の店内で頭をくらくらさせつつ、……ピリリリリ?


「携帯か。……クソッたれ、また土御門とかだったら今度は電源切ってやるしかねェな」


ごそごそと上着のポケットから乱暴に携帯を取り出して、


「オマエも諦め悪ィなァ、クソ女はまだグダグダしてやがンのかァ!? こっちは今忙しいんだよ、」

『あのー。ミサカだけど』

「……、はい?」
341 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:28:58.92 ID:proJgmo0
店内での電話は良いものではないだろうから、声を潜めて応じる一方通行。
といっても最初に怒鳴り散らした時点で辺りからおかしな目で見られているのだが、


『お決まりの今大丈夫? って聞こうと思ったけど、忙しいの? ていうか、ひゃひゃ、頭が大丈夫?』

「……うるせェよ。で? 用件は何だ」

『忙しいんじゃなかったの? つーかスゲェ五月蠅いんだけど。もしかして外いる? あ、デート中とか? ぎゃは、お邪魔しましたー』

「ちげェよ、だから何だっつの」


何か勘違いされたまま通話が終わりそうだったのでそれを制しつつ、


『……まぁあなたが誰と居ようがミサカには関係ないことだしねぇ。そうそう、本題。あなた、クリスマス空いてる?』

「……空いてる、けどよ」


クリスマスはいつも通り家で過ごそうと思っていた一方通行。
番外個体もツリーの飾り付けに興じていたりで家にいるつもりかと思っていたのだが、彼女は何か別に考えがあるのだろうか。


『そっか、じゃあ……。てんちょー、お言葉に甘えて休み貰おっかなぁ。あ、てことで休み貰ったよ、クリスマスだし』

「まだバイト中かよ。つーか最初っから家でだらだら過ごすつもりだったンじゃねェのか?」

『だっててっきりあなたは別の誰かさんと。……うひゃひゃ、可愛い女の子とかー?』

「とンだ嫌みだなァオイ。ンなわけねェだろォが」


……オマエが、好きなンだから

言ってしまえば何か、変わるだろうか。
この曖昧な関係が。それでも決して居心地は悪くないそれが。


『じゃあ、仕事とか入れたらミサカ怒るからね? ミサカにとって初めてのクリスマス、独りぼっちとかは流石に寂しいでしょ。
 それから料理にも期待してるよー?』

「……飲食店で働く誰かさンも是非キッチンに立てるよォになっとけ」

『ミサカは厨房担当じゃないからそれは叶いそうにないなぁ、ぎゃはは!』


番外個体と話しつつ、店内を見渡して

とある商品が目に留まる。
342 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:33:27.99 ID:proJgmo0
すっかり暗くなった町並みを一方通行は歩いていく。
結局打ち止めにはポーチとマグカップの他に、小さな長靴に入った菓子を買った。
そして番外個体にはというと、


(ガキはガキらしく甘ェ菓子でも食っときゃ良いだろ。アイツは――)

「……知らねェ。つーか何だァあの店、くっそ疲れるっつの。二度と行きたくねェな」


正直不安でもあるのだが、開き直ってしまうことにする。
恐らく彼女はいつものように悪態をつくだろうし、それはそれで気が楽だ。
そんなことを考えながらスーパーの前を通りかかった時、そういえば料理を一任されたことを思い出して顔をしかめた。


すっかり家事担当に収まっていて、番外個体好みの味付け、好みの風呂の温度を把握していて、『仕事』は呼ばれる方が異常であって。
昼のテレビ番組を見て微睡んだり、おでんを作ったり、プレゼントを買ったり。


それらのことを日常として受け入れてしまっているのは、恐ろしい事だと一方通行は思う。

その日常は脆く儚いものであると、自分はよく知っている筈なのに。



例えば、いつかの様に『学園都市』が番外個体や打ち止めのような一方通行の大切な人を利用しようと、奪おうとした時。

例えば、今の場所から元の場所へ、引きずり戻された時。泥沼の底へ、還る時。



日常が犯される理由は考えれば簡単に出てくるのに、それでも。


この日常を続けようと、この日常に、――彼女に。
縋ろうとしている自分は、どれだけ愚かで馬鹿なのだろう。


そんなことをしたって、終わるものは終わるし、消えるものは消えるのに。
自分が縋ろうとしているものは、簡単にも、崩れて、壊れて。崩されて、壊されて。崩して、壊して。
目の前から、消え去ってしまうのではなかったか。
幾らでも考えられる『消え去る』理由は、先に挙げた他にも沢山あって、


そう。例えば、番外個体に全て吐きだしてまった時には、

この日常は、この毎日は、…………



だから、だから、だから、
343 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/23(木) 02:35:56.46 ID:proJgmo0


Viewpoint of UNKNOWN(a shriek , a cry , an ache)








気付かれないままずっと。

この気持ちに、可笑しくて可笑しくてたまらない、この気持ちに。

そうすれば、きっと、       。


だから、その為にも。

自分のこの気持ちには気付かないで、気付かないフリでもいいから、だから隣で黙って笑ってろ。



362 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:31:47.20 ID:FDyGJ6A0
「メーリクリッスマース!」

「近所迷惑だァ!」


12月24日、午前0時ちょうど。


「クリスマス! 正確にはイブだけど! ミサカは今すっごい機嫌よし!」

「だァから夜中に騒いでンじゃねェよ」

「だってクリスマスじゃん。あなたもほらテンション上がるでしょ!? サンタさーん!」

「いいから落ち着け、馬鹿みてェだぞ」


風呂からあがった番外個体はピンクのパジャマを着て、降り続ける雪を窓から眺めている。
今にも小躍りしだしそうな雰囲気を撒き散らしつつ、窓枠に手を掛けてぴょんぴょん跳ねる彼女を落ち着かせようと座らせて、


「なーんか隣室と共有してる壁がちょー五月蠅いんだけど」

「……隣からバンバン壁叩かれてるしこりゃ謝ンなきゃなンねェンじゃねェの? めんどくせェ」

「そんなの今度会ったらで良いじゃん、隣どんなヤツか知んないけどさぁ。つーかホテルじゃないっつの。ムカつくなぁ」

「騒いでたオマエが言えたことじゃねェだろ、マンションなンだからこォいうのはしっかりしねェと」

「……親御さん」


ぼそりと呟く番外個体。
クリスマスフィーバーは取り敢えず彼女の内側に押しとどめることに成功したからか、隣からの攻撃も止む。


「早くケーキ食べたいなぁ」

「ケーキだァ? ンな甘ェモン食うとふと……ってオマエ目が怖ェよ」

「うっさいなぁ。普通そんなこと言う? ミサカはそういうのを気にしちゃう可愛い純粋な女の子なんけど」

「あーハイハイそォですね。つーかケーキとかオマエに任せるけどよ、間に合うのか? 予約とかあるンじゃねェの?」

「それはもうばっちしオッケー。ていうか逆にあなたの料理が気掛かりなくらい」


番外個体は薄い胸を張ると、


「ミサカのお店で今日予約してきたしね。拍手!」
364 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:34:23.95 ID:FDyGJ6A0

というわけで、二人して番外個体が普段バイトしている店までケーキを取りにきたのだが。
ランチが終わった頃で客の少ない店の入り口辺りで番外個体が軽く頭を押さえつつ、


「むぅ。頭痛い……」

「夜中騒ぎすぎたせいじゃねェの? 風呂上がりだったし、つーか鼻声だぞ」

「ツリー買いに行った日寒かったしその日から風邪気味だったからなぁ。なんか怠い感じ。
 まぁいいや、ていうか今日、……居るけど、あなた此処で待ってる?」

「あァ? 居るって誰が……、あァ、アイツか」


番外個体の言いたいことを悟ると顔を険しくさせる一方通行。
そんな彼を見て番外個体は視線を落として、


「……、ごめん」


小さく謝罪の言葉を口に出す。
その理由が一方通行には分からなくて、


「何でオマエが謝ンだよ」

「ミサカのせいだ。あなたがそんな顔するのはミサカのせい。嫌になっちゃうよ、まったくさぁ。どうして、」


顔を上げた番外個体は乾いた笑みを貼り付けていて、
なのにその表情はどこか不安定で、そう、泣き出しそうな。


「どうして、こんなふうになっちゃうんだろう」
365 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:35:44.63 ID:FDyGJ6A0

『こんなふう』とは、どんなふうなのか。
番外個体はそれ以上のことを明かさないまま、ただ一言。もう一度。


「……ごめんね」


何も悪いことなどしていない筈なのに。


「……なンだよ、オマエは、俺が、」


何を言うべきなのか。何が言いたいのか。曖昧に、単語だけが文にならないまま。


「あなたは、何も悪くない」


それはオマエの方だろう


「……ごめ、ん」


一方通行の言いたいことは声にならなくて、だから伝わらない。
番外個体は震える声で尚も謝りながら、その場にしゃがみ込んでしまう。
抱えた膝に表情は隠れて、そして身体は小刻みに震えている。


「番外個体!」

「……ミサカ、の、同居人って言えば、分かってもらえるかな。だから、ごめん、ケーキ取ってきて、もらえるかな?」

「構わねェけど、オマエ大丈夫なのかよ!?」


彼女の異変を案じて声を大きくする一方通行だが、番外個体は彼とは対照的に、


「大丈夫。ミサカは、大丈夫だから」


大丈夫なわけがないのに、穏やかな声を努めようと。
366 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:37:01.43 ID:FDyGJ6A0

こんにちは、お一人様でしょうか。

そんな定型的な挨拶をしてきたのは、以前麦野と此処を訪れたときにも自分たちに応じた女の店員だった。

一方通行の見た目が特異的だからか、彼と一緒に来た常連らしき麦野のあの性格故か、それとも此処で働く番外個体の知り合いだからか。
理由は幾つか考えられるが、とにかくその店員は一方通行のことを覚えていたらしい。


「あ、この前はどうもー」


などと友好的に接してくるが、慣れていない一方通行はどうしても不愛想になってしまう。


「……アイツがケーキ予約してたと思うンだが」

「あぁ、ミサカさんですね。少々お待ち下さい」


店員がそう言って店の奥の方へ駆けていく。

店内を見渡しながら、しかし周りの風景など目に入らずに、頭の中ではぐるぐると。


『……俺がどンな顔しよォがオマエに関係ねェだろ』
『やだよ。ミサカのせいであなたにそんな顔させたくないし』


一方通行と番外個体のいつかのやりとり。

××さん、例の人、あの男。
呼び方が違っても、更には数分前の様に名前が挙がらなくたって。

番外個体がかつて惚れ、そんな彼女をふったその男の話題になったときに顔を歪ませるのは、無性に苛立ってしまうのは。
自然な流れというか、無意識だった。

けれど無意識でもそれは確実に、自分のせいで一方通行にそんな顔をさせたくないと言った、言ってくれた少女をえぐっていたに違いない。


「クソッたれが」


だから、自分は早く。
番外個体の元に戻って。


ケーキを取りに行った店員が待ち遠しくて彼女が駆けていった方を見たとき、ふと目があったのは――
367 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:40:00.75 ID:FDyGJ6A0

――客が居なくなったテーブルから皿を下げようとしている男だった。


一方通行と目があって、驚いたような表情を浮かべるその男は、まさに番外個体が惚れていたその人。


長身で、大学生だと番外個体が言っていた。自分達よりも年上だ。
写真を見たときの第一印象は真面目そうで誠実、なんとなく完璧そうな、つまり自分とは真逆の人間だと思ったが、
『クローンだから』という理由で彼女をふった事実を把握している今、その男に対する印象も全く別物になっている。


その男は一方通行の元まで、トレイに皿とグラスを載せて寄ってきた。


「……あなた、ミサカさんの、ですよね。この前来てたって同僚から聞きました。
 ……へぇ、彼女、同棲してたなんて。一言も言いませんでしたが。僕にふられて直ぐですか?」

「……オマエに何の関係がある?」


その男は、何処かふざけたような、小馬鹿にするような。そんな調子でへらへらと話し掛けてくる。
番外個体は『真面目』といった。一方通行も勝手にそう思っていたし、良さそうな人間だとも思っていた。
けれど、違う。直感的に、この男はそんな人間ではなくて、もっと下劣な――


「いやぁ、お互いに良い気分じゃないじゃないですか。僕に告白しておきながら直ぐ乗り換えですか?
 あなただって都合の良いように、」

「うるせェよ、テメェのクソくっだらねェ話に共感するところなンぞひとつもねェンだわ」


一方通行に語りかけてくるその男の話は、しかし彼の低く抑えた声で遮られた。
真っ赤な双眸は鋭く男の目を睨み付けて、その男がそれ以上続けることを許さない。
しかしそれが気にくわなかったのか、男はわざとらしい笑みを浮かべて、嫌みったらしく。


「ミサカさんと同居している人がどんな人かと思ってましたけど、あなたなら納得です」
368 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:42:02.25 ID:FDyGJ6A0

「で? それは褒め言葉として受け取っても良いンだよなァ? つーか目障りだから早く消えてくンねェか」

「……こんな風に常識のない乱暴そうな人だったらクローンなんて気にしないでしょうしね、所詮彼女の身体目当てとかでしょう?」


普通そうでもないと気味が悪い、と男は続ける。
一方通行が何も言わないからか、調子に乗ってペラペラと。
彼が静かに、クローンなんて、という言葉に憤りを感じていて、それでいて敢えて男の話を止めないでいる事に気付かずに。


「僕はクローンなんてまっぴらごめんですけど、あなたみたいな人にはそんな常識関係ないんでしょうね。
 あ、安心してください。彼女のことを他に公言するつもりはないですから。だってそんなことが広まったらこのお店潰れちゃいますし」


クローンは世間からはなかなか受け入れられない。
家畜のクローンでさえあまり良く思われていないのだ。ましてや国際法に抵触するようなヒトのクローンがすんなり受け入れる筈がない。
そのことは重重承知している。

しかも、番外個体のような『妹達』は寿命も一般に比べて短いらしいし、それを改善する為には定期的に検査や治療を受ける必要がある。
オマケにミサカネットワークなどというトンデモ機能も備わっていて、そんな彼女達を拒むのは普通の反応といっても過言ではないかもしれない。

だから、その男の言うことは、


「クローンなんかと一緒に暮らすあなたもクローン同様、人間じゃないみたいだ」


大して特別なことなどでなく、『人間らしい』どろどろとした、当たり前の――


「普通の人間だったら、クロ――がぁッ!?」


それを理解していて、そうだそれは間違った反応ではないことも否定できない。

しかし、一方通行の理性を失った身体は学園都市第一位の頭脳とも言われるアタマより先に動いていた。


ぐしゃり。


生々しい音と感触が一方通行の拳をとらえる。
369 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:46:09.06 ID:FDyGJ6A0
能力に頼ることもなく。何の力も借りずに。
よく貧弱だ、華奢だ、などと言われる彼だが、それでも誰かを想う拳には一人の男を倒すだけの威力は十分にあった。


直後、男の身体が床に打ち付けられて鈍い音が響く。
彼が手に持っていた食器も割れて、重く低いその音とは対照的に耳障りな甲高い音を派手に鳴らした。
砕けて辺りに散らばったその破片は一方通行の頬を浅く切り裂いて、一筋の紅い線が白い頬に浮かぶ。


それでも一方通行の血走った双眸は男以外に向くことはない。
獲物を仕留める蛇の如く睨み付けながら馬乗りになって、胸倉を掴んでまくし立てる。
ぐらぐらと男の頭が揺れて堅い床に打ちつけられる度に、散らばった食器の破片が頭の下でじゃりじゃりと危機感を煽るような音を鳴らした。


「あァそォだ、オマエがどンなつもりで人間じゃないみたいだだの言ったか知らねェが確かに俺は化け物みてェなヤツだ!
 よっぽどオマエみてェな考え方のヤツの方が人間らしいだろォよ!」


二人の近くで食事をしていた二人組みが悲鳴を上げて立ち上がる。
激しく揺さぶられてうめき声をあげている男には先程までの余裕など見られなく、後頭部からは流血。
このままでは危険だというのは誰の目からも察することができて、しかし一方通行は止まらない。自制が効かない。


「返せよ!! アイツの気持ち全部だ! 全部返せ!!」


そのことを番外個体は望まない筈だ。この男がどんなヤツか知っても、きっと、彼女はそれが出来ないだろうし、しようとしないだろう。
だからそれは自己中心的な考えで、単なる自己満足にしか繋がらなくて、独りよがりなエゴでしかない。

そんなことは分かっている。


「オマエに、オマエごときにアイツの何が分かる!? 知ったよォな口利くンじゃねェ! 都合が良いだァ!? ふっざけンじゃねェぞ!!」


――自分の口から飛び出るその言葉は、怒鳴り散らす本人の胸の奥までも正確に突いて。

本当は自分だってこうして人に言える立場ではないこと。
逆に自分にアイツの何が分かるかと訊かれたとき、それを答えるに値する権利などないこと。

それらのことが怖くて悔しくて情けないと一方通行は思う。

だから、それを誤魔化すように。八つ当たりでもするかのように。

もう一度拳を振り上げて、


「お客様!」


店の奥からすっ飛んできた店員に押さえつけられた。
370 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:50:52.49 ID:FDyGJ6A0

頭も目の前も、真っ赤に染まってから冷静を失うのは直ぐだった。

駆けつけてきた店員はそんな彼が冷静を取り戻すのには時間が掛かるかと警戒していたようだが、
振り上げた腕を抑えられると容易にも一方通行の身体から力も気力も失せてしまった。

一度高く振りかざした腕は、砕けたガラスや陶器の破片の中にどうしようもなく振り下ろされる。
ざりざり、ぐしゃぐしゃと、破片が更に細かく砕ける不快な音が響いた。
2回、3回と立て続けに堅く握られた拳は振り下ろされて、その場に小さな血溜まりを成していく。


自慰にも満たない自傷行為。

それが分かっていても尚、止めることができない。


いつから居たのか、ケーキの箱を持った女の店員はその光景を見て息を飲み、
止めに入った若い男の方の店員はどうして良いか分からないといった様子で狼狽している。
一方通行に馬乗りになられてガンガンと頭と床を仲良くさせていた男は虚ろな目で、意識が朦朧としているようだった。

そんな男を介抱したり、破片を片付けたりなどとしなければならない事は山積している筈なのに、少しの間、店内に動きはなかった。
場違いなBGMだけが賑やかに鳴り響いて、それが異様な雰囲気を醸し出す。


「あのー……。その人、ヤバイんじゃ……」


そんな中、おどおどと声を出したのは客の一人だった。
意識朦朧な男を指さして、それにより店内に動きが戻る。
あたふたと周りにいた野次馬や店員が動き出して、一方通行にも声が掛けられる。


「お客様、あの、と、取り敢えずこちらに……」


店員に殴りかかって食器も割った一方通行を咎めるのではなく、恐れを抱くような調子。
それは、『一方通行』という一人の人物に対してとられる当たり前の態度で、すっかり慣れてしまったそれに彼は何も反応しない。


冷めた。
覚めた。
醒めた。
褪めた。


すぐ傍でおどおどする店員を見ても、倒れているクソ野郎を見ても、割れた食器を見ても、周りで囁き合う野次馬を見ても。


何も感じない。
怒りも、痛みも、罪悪感も何もなく、ただ、空虚だった。
371 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:53:38.35 ID:FDyGJ6A0

「通報すンなら好きにしろ、あとこの割れた皿とかも弁償する」


辺りに散らばった破片を踏みつけながら立ち上がって、一方通行は起伏のない声で言う。

通報されても学園都市の闇にもみ消される。割れた食器や店内だって今に暗部のヤツらがやってきて片付けるだろう。

そんな冷めた思考で、財布の中にあった札を全て抜き出すと適当に投げた。ひらひらと中を舞い、やがて床に落ちる。


右腕から流れて衣服を汚す血液が鬱陶しいが、恐らく止血しなくても命には関わらないだろうから放置する。
店から立ち去ろうとして視界の隅に映ったのは、相変わらずケーキの入った箱を持って戸惑う様子の女だった。


ケーキ。クリスマスの。番外個体が楽しみにしている、クリスマス。


「番外、個体……ッ!」


店内にいた時間は長いように感じられたが、時間を確認すると実質は15分ほどしか経っていないようだった。
しかし、あの状態の番外個体にとっては辛いはずだ。
一刻も早く彼女の元へ行こうと店の入り口に向かいかけ、しかし振り向くとその店員の手からケーキを奪った。

どんなに顰蹙を買っても構わないが、彼女の顔から笑顔が失われることは自己満足であろうとさせたくない。
そういえばこの店員は麦野とも仲が良いみたいだし、番外個体にも良くしてやっているようだったと思い出した。


「……悪ィな。金はさっき出したので足りなかったらアイツの携帯にでも連絡しろ。あと店長にも謝っといてくれ」

「え? あ、え?」


戸惑う店員を無視して、今度こそ彼女の元へ。
372 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:55:31.71 ID:FDyGJ6A0

番外個体は最初と変わらない場所でしゃがみ込んで、身体を小刻みに震わせていた。
一方通行の気配を感じ取ったのか、顔を上げる。
血色の悪い、青紫の唇。しかし顔はどこか赤みを帯びている。
そんな彼女はうっすらと微笑んで、


「遅かった、けれど。ちゃんと良い子で、とってこれたかにゃん?」

「……あァ。つーかオマエ、」


明らかに番外個体はおかしい。
不安定なその姿は、一方通行の危機感を煽る。
一方通行はしゃがみ込んで目線を合わせると、流血のない左腕で番外個体の額に触れようとする。
普段なら触るな馬鹿とでも言ってきそうなのにすんなりと受け入れられた。


「……ン、こりゃ熱あンな。あっちィし。……悪ィ、俺が遅かったせいだ」

「ひゃひゃ、そうだよ、あなた遅いからさぁ」


いつも通りの悪態なのに、それは酷く弱々しい。
それでも彼女は一方通行の頬や右腕を見て、他人の心配しかしない。


「血、でてる。どうしたの? 痛い?」

「……痛くねェし、別にどォもしてねェよ。それより立てるか? ……いや、タクシー呼ぶか」

「嘘だよ、何かあったんだ。ミサカの知らないところで。ねぇ、どうしたの? あの人と会ったんでしょう? ミサカは、」


立ち上がってタクシーを呼ぼうと携帯を開く一方通行に、番外個体が食いついてくる。
声を大きくして彼女も立ち上がろうとしたところで、


「――っ……、」


ぐらり、と番外個体の身体が傾いた。

芯を失った彼女は一方通行にそのまま倒れ込んできて、彼に身を預けるようにしてもたれ掛かる。
力の抜けた冷え切った身体は相変わらず小刻みに震えていて、しかし耳元に掛かる彼女の吐息は熱を帯び、こんな時なのに一方通行の身体をぞくりと駆け抜ける。
番外個体の身体を支えるようにして彼女の背中に手を回して撫でつつ、やはりこれは歩いて帰れないなとタクシーを呼ぶことにした。
373 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 20:58:29.42 ID:FDyGJ6A0

「ほら、乗っかれ」


タクシーでマンションの前まで帰ってくると、番外個体をおんぶして部屋まで連れて行く。
番外個体が首に回した腕でチョーカーのスイッチが切り替わらないように配慮しつつ、彼らの部屋がある5階でエレベーターをおりた。

……入れ違いでエレベーターに乗ってきた、同じ階の住人と思われる中学生か小学校高学年くらいの少女に、
思い切り冷たい視線をぶつけられて少しへこんだ、というのは一方通行しか知る由がない。


「……ミサカが軽くて、良かったねぇ」


部屋に入って番外個体の部屋に直行すると、彼女のベットの上に静かに降ろした。
それから体温計を出してきて、番外個体に渡す。


「ハッ、能力使わねェと運べない程度に軽くて大助かりだったなァ」

「うるさ、い」


喋るのも辛そうに番外個体は顔を歪める。
その時、小さな電子音をならして体温計の計測終了の合図がなった。
そこに表示される数字をみて、一方通行は顔をしかめる。


「38度ちょい。……こりゃあクリスマスどころじゃねェな」

「そんなことないよ。ミサカならぜんぜん大丈夫」

「ぜンっぜン大丈夫そォには見えねェけどなァ? 歩くのもロクにできねェンだから寝とけ」

「やだやだ! ミサカ凄く楽しみだったんだもん! ケーキだって腐っちゃうしあなたのクリスマスでぃなーも少し楽しみにしてたのに!」


子供のようにじたばたと、ベットの中で駄々をこねる番外個体。
瞳には非難の色さえ浮かべて、しかしそれでいて縋るように一方通行を見つめてくる。


「……あのなァ、ケーキは明日でも腐ンねェし料理だってちゃンと作ってやっから。
 無理してゲロったら元も子もねェだろォが。それに本来なら25がクリスマスなンだろ? なら明日で良いだろォが」

「屁理屈」

「じゃねェよ正論だボケ。まず寝ろ、なンなら病院行くか?」

「……ミサカ病院嫌いだし」
374 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:00:24.40 ID:FDyGJ6A0

いじけたように反対側を向いてしまう番外個体。
ガキじゃないんだからと一方通行は溜息をつく。


「明日熱が下がったら一日中クリスマスやってやっから、な?」

「……、絶対だからね」

「あァ、約束する」


と言いつつ、一日中なんて言ったことを早くも後悔する一方通行。
今から少し訂正をいれよ


「じゃあ一日中パーティで妥協しようかな」

「……、あー……熱が下がったらっつゥこと忘れンじゃねェぞ」

「下げるし。クリスマスに間に合わなかったら大変だもんね」


番外個体はすっかりその気になってしまったらしい。
一日中なんてちょっと元気がでてきた、などと言っているが、準備するのは主に一方通行なので気が重い。


「まァ期待はすンな。それとこれから買い物行くけど何か買ってきて欲しいものあるか?」

「んー特にないかな」


元気が出てきたと言うが、それでもまだまだ気怠げな声の番外個体。
毛布を掛けているのに寒気がするらしいし、何しろ38度もあるのだから明日までに熱は下がらないかもしれない。


「そォいや冷却シートとかねェな、それも買ってくるからそれまでタオルでものせとけ」
375 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:02:35.73 ID:FDyGJ6A0

番外個体の頭を冷やすために薄手のタオルを冷水で濡らす。

右手の血は既に止まっていたが、水に酷く染みて、思わず手を引いてしまった。
しかも衣服も汚れてしまったし、もしかすると番外個体の服も汚してしまったかもしれない。
そう考えるとあの時能力を使って血流操作しておけば良かったと後悔しつつ、舌打ちして痛みに耐えながらタオルを絞る。

と、携帯が鳴った。

手で水滴を払いつつ、ジーンズのポケットに入れたままだった携帯を取り出す。
画面に表示された土御門の文字に一方通行は露骨に顔をしかめて、通話のボタンを押した。


「……何か用か」

『いやぁやってくれたにゃー一方通行。公共の場で暴れるなんて下手すりゃ逮捕モノですたい』

「……何処で聞いた。アレか? 暗部代表としてボクタチが後始末しましたーってか?」

『それは下っ端の仕事だにゃー。ま、オマエだったから上手く揉み消したみたいだけどな。
 あとはオマエの同居人、まだ仕事続ける気だったら続けて良いって言ってたぞ? 普通だったらお役ごめんだぜぃ』

「……知るかンなモン」


そうは答えるも、実は冷静になってみるとそれは懸念事項のひとつだった。

番外個体の同居人が店員を殴った。食器も割れた。

だからといって番外個体を辞めさせるには理不尽だろう。
土御門が言うにはそれには至らなかったらしいが、それでも彼女があの店で肩身の狭い思いをするのは必至だ。
番外個体はあの仕事を何だかんだいって楽しんでいたようだし、それを壊したのは自分であることは明らかで、彼女に謝らなければならないと思う。


「で? 話ってなァそれだけか」

『そんなとこですたい。ま、今後は気をつけろ。頭をガラスの上でガンガンなんて病院おく』


土御門はまだ何か言っていたが、どうやら用件は済んだらしいので切ってしまう。
扱いが悪い気がするにゃー、などと携帯の向こうで土御門が嘆いたことを彼は知らない。
376 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:04:53.16 ID:FDyGJ6A0

『――特に変わったことはない、風邪の症状なんだろう?』

「あァ、少し前からそれっぽかったらしいし、一応脳内の電気信号を確認してみたがウィルスとかでもねェと思う」

『こっちにいる妹達にも確認してみたけれど、ネットワーク上でも以上は発見されないね。
 もしかすると疲れからくるのもあるかもしれないね? ただこの時期だ、君も風邪には十分気をつけるんだよ?』

「オマエは馬鹿か、誰に向かってモノ言ってやがる」

『そうそう、風邪に効く薬といえばカエル印の会社の薬が医者としておすすめだよ?
 それから患者は汗をかくだろうけど放っておくとよくないからね? 病人は繊細だ、気をつけるんだよ?』

「……いちいちうるせェな、分かってるっつの」


商店街を歩く買い物帰りの一方通行は、電話をしながら歩いていた。

電話は好きではないが、最近その機会が増えてきたと思いつつ、掛けた相手はカエル顔の医者だ。
うさんくさい喋り方をする老人に一応番外個体の症状を伝えたのだが、この時期にはよくある風邪だろうとのこと。

ついでに良く効く薬なども教えて貰い、途中でドラッグストアに立ち寄って冷却シートと医者おすすめの風邪薬、ついでにゼリーも買う。

会計の際、スーパーでもドラッグストア、どちらの店員も彼の傷ついた右手をみてぎょっとしたような顔をしたのが印象的だった。


……袋を持って歩く家までの道のりが、やけに長く感じられる。

正直、番外個体にどんな顔を向ければいいのか、どんな態度で接して良いか、分からない。
彼女が好きだった人を殴り、彼女が好きな店を荒らし。
それを知った彼女は、どんな反応をみせるのだろうか。

男に放った言葉は、そっくりそのまま自分に跳ね返ってきた。


俺は番外個体の何を知っている。
俺は番外個体の気持ちを汲んでやっているか。
俺は番外個体の近くで生活しているだけなのに、何か勘違いをしていないか。


改めて感じたその疑問は一方通行にまとわりついて、彼の足取りを重くさせる。
377 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:07:47.95 ID:FDyGJ6A0

家に帰ると、番外個体は毛布にくるまって眠っていた。
額にのせたタオルは既に存在意義を失ってぬるくなっていて、番外個体の額に手をあててみると、依然として熱いままだ。

折角冷却シートを買ってきたのでそれを貼らせようかと思ったが、起こすのは何となく気が引けて、夕食時まで番外個体をそのまま寝かせることにした。

取り敢えずタオルをもう一度濡らしてきて額にのせてやるも、彼女は起きることもなく眠り続ける。


熱があることが原因か、あまり安らかとはいえない番外個体の寝顔。

『ごめん』という彼女の口から放たれた謝罪の言葉が、不意に脳内で蘇って再生された。


「ちくしょうが……」


悲しそうだった。苦しそうだった。どうしようもないと悲観し、諦めた様な顔だった。普段は見せない表情だった。


(何でコイツが……どォして俺は、コイツにそンな顔させることしかできねェ。クソッたれ、とことン最低のゲス野郎だ)


もぞもぞとベットの中で小さく体勢を変えた番外個体の髪にそっと触れる。


――そうだ。自分はいつも、番外個体を前にすると、触れたいなどと身の程知らずな願望を醜くも抱いてしまう。


一万人以上の『妹達』を殺し、番外個体を傷つけ。守るどころか、これからも傷つけかねないというのに。

番外個体の長い睫毛を、すっとした鼻筋を、僅かに赤らむ頬を、艶やかな唇を。


全部欲しい。全てに触れたい。


愚かな願い。叶うはずのない、願い。
378 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:13:43.68 ID:FDyGJ6A0

熱があると悪夢をみる、というのはよくあるが、今日の番外個体はまさしくそれだった。
気持ちが悪くて、後味の良くない夢。以前コンビニで興味本位で立ち読みしたホラーコミックと似たような内容だった。
それに続いて、今度は見知らぬ男に思い切り刺し殺されそうに――なる直前で、はっと目が覚めた。

びっくりして勢いよく身体を起こすと、じっとりと嫌な汗で着ていた服が皮膚に張り付く。

そして、


「――っうぇい!?」


悲鳴にならない悲鳴をあげた。
目の前に一方通行がいて、彼も自分と同じく驚いたようにおかしな声をあげる。


「あ、あああくせら、れったーん、」

「いきなり跳ね起きるとかすっげェビビったぞオイ!?」

「こっちの台詞だっつーのぉおおお! うえー刺し殺されるかと思った……あ、そっちの意味じゃないからね挿すっていっても」

「意味分かンねェよ、そっちの意味ってどォいうことだ。つーかオマエ大丈夫なのか? 飯食うかと思って呼びにきたンだが」

「んー、大分マシにはなったけど、まだ頭痛いかなぁ。歩いたりはもう大丈夫、力も入るし。……ってもう9時なの!?」

「まァオマエ熟睡してたしなァ、今さっきまでうなされてたみてェだけど」

「……、ミサカはもう怖い漫画読まないしサスペンスドラマも馬鹿にしないことにしたんだ」


先程からよく分からないことを口走る番外個体に不信感を抱きつつ、お粥くらいなら食べれそうだと言うので作ることにする。
ゼリーもあると言ったら喜んで、ケーキも食べたいなどと言ったからしっかり駄目だと言っておく。

寒い廊下を二人でリビングまで歩きつつ、どうやら番外個体の服には一方通行の血がついていないようで密かに安心した。


「冬なのに汗かいちゃったよ」

「まァ熱あるときはそれが良いらしいけどな。つーかあの医者が言ってたけどよ、汗かいたらちゃンと処理しねェと治るモンも治ンねェぞ」

「分かってるよ。うー、確かに気持ち悪いしお風呂入ってこようかなぁ」

「そォしとけ、これから作るンだし。あとあがってからちゃンと身体拭いて髪も乾かすこと。じゃねェと湯冷めすっから」

「ひゃひゃ、分かりました親御さん」

「あ、あと熱測ってから行け」

「ハイハイ分かってるー」
379 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:17:28.36 ID:FDyGJ6A0

鍋でお粥を煮ていると、番外個体が風呂から上がったらしい。バタンと浴室の扉を閉める音がした。

いつもは着替えて髪も乾かさずにリビングにやってくる彼女だが、今日は一方通行の言いつけをしっかり守っているようでドライヤーの音が聞こえてくる。
いつもこうすれば毎朝寝癖で悩まなくても良いのではないかと思うのだが、どうやらクセのつきやすい髪質らしい。

丁度お粥もできそうな頃合いなので、最後に溶き卵を入れて仕上げる。


「うっわ味薄いぞオイ。……まァ病人だしなァ、そォいや入院したときもこンなンだった気がするし。
 いや、もっと濃かったよォな……でも塩分取りすぎっつゥのは良くねェよな、こンなモンか。俺は食いたくねェけど」


かなり無責任で他人事な発言をすると、火を止めて、もう一方のコンロでお湯を沸かす。
一方通行の今日の夕食は番外個体がお粥な状態なので、手を抜いてカップ麺である。

丁度お湯が沸く頃、番外個体がリビングにパジャマ姿でやってきた。


「なーんか頭がぼーっとするなぁ……もう完全復活できるかと思ったんだけど……」

「ンなわけねェだろ、さっきだってまだ37.9度だったし。少しは良くなったけどまたぶり返すかもしンねェンだからよ」

「折角のクリスマスなのにねぇ、ミサカってばお馬鹿さーん☆ ぎゃは」


口調こそふざけているが、彼女は本気で残念ならしく、窓際で光るツリーを寂しそうに眺めている。


「明日が本番だろォが、ほら、食え食え食って寝て直せ」

「……うん、そうだね。けけっ、蟻が十匹だよ。いただきまーす……って味うっす! これ何の嫌がらせ!?」

「あァ? お粥ってなァそォいうモンだろォが。……っと、そろそろ3分だな」

「……ミサカお粥って初めて食べるけど、あなたはミサカに今後一切お粥を食べないことを誓わせる程のトラウマ植えつけてくれたよ。
 つーか自分は味の濃い焼きそばですってかあ!? ふっざけんじゃねぇええええ!」
380 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:19:04.60 ID:FDyGJ6A0

結局番外個体はゼリーを食べると機嫌を直してくれた。
何だかんだ言いつつ、お粥も塩で味を調節しながら完食。……したのだが。


「んー……さっきより怠いかも……やっぱり今日は寝ておけばよかったかなぁ」

「騒ぎすぎだ馬鹿、取り敢えずもっかい熱測って寝とけ」


どうやら再び熱が上がってきたらしく、体温計も38度代を示す。
番外個体は一方通行が買ってきた冷却シート、通称『冷え冷えくん』を額にぺたりと貼り付けていて、その姿は何だか間抜けだ。


「俺ももォ寝っかな、明日はなるべく早く起きてェし」


リビングで一方通行お手製の梅干し茶とかいう、よく分からないものを飲まされていた番外個体が一方通行の言葉に反応して顔を上げた。
ちなみにこの梅干し茶、風邪に効くと一方通行が何処からか探し出してきた情報を元に作られたのだが、凄くまずいと番外個体は素直に思う。


「……なら、ミサカと一緒に寝てほしいな」

「……はァ? 何言ってンだオマエ――」


いつものように人をからかっているのかと一方通行が番外個体を見て。
……どうやら彼女は真面目に言っているらしい。


「……あのなァ、男女が一緒に寝るってどォいうことか分かって言ってンのかァ? 
 俺がオマエに襲いかかるとか、ちったァそォいうの考えねェのかよ。一応こっちだって男だし、つーか今更こンなこと言ってもアレだけどな」


いつかの夜を思い出しながら一方通行が自虐気味に言う。


「分かってるよ、でもあなたはそんなことしないでしょう? ミサカが嫌がることなんかなんにもできないくせにさ。
 ……ねぇ、クリスマスのプレゼントなんていらないよ。明日だって、美味しいもの作ってなんてわがまま言わない。
 だから、今日は一緒に寝て欲しい。前みたいに背中合わせなんかじゃなくて、ミサカと向き合って、それで少しあなたと話がしたい」

「オマエ、熱でどォか、してンじゃねェの」


番外個体に真摯に見つめられて。
一方通行の声が、震えた。
381 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:21:17.69 ID:FDyGJ6A0

くすり、と番外個体が小さく笑う声が暗闇の中で漏れる。
何が可笑しいのか、楽しそうに。


「ちっとも眠くなんないし、寝過ぎちゃったせいかなぁ」

「熟睡してたからなァ」


本来一人で寝るためのシングルベットは、二人で向き合って寝るには少々狭い。
身体の何処かが何度か触れあって、その度に二人して大袈裟にびくりと身体を震わせた。
それが面白くて、番外個体はくすくすと、一方通行は呆れたように、笑い合う。


「――この傷、どうしたのかな」


そんな中、不意に。
番外個体の指先が、一方通行の頬に走る一筋の傷に触れる。
微かに震えるその指先は、繊細なものでも扱うかのようにして一方通行の頬に添えられた。


「それに、手だって傷だらけだし」


一方通行の頬を離れた番外個体の手は、今度は両手で一方通行の右手を優しく包み込む。
ひやりと冷たい一方通行の手と番外個体の熱を帯びた手。
その体温差を埋めるように、互いの体温が混じり合う。

収まっていた右手の痛みが、微かに疼く。


「お人好しのあなたのことだから、きっと――会った、のかな」

「――ッ、」


誰とまでは言わないが、番外個体の言うことは把握できる。
だから、番外個体から視線を逸らしてしまう。
いずれ話して謝らなければならないとは思っていたけれど、いざとなると、どうしても。
そんな彼を見て番外個体は、


「やっぱり、そうなんだ。ミサカが行けば、良かったね。……あなたは意外と、直ぐに感情的になっちゃうところがあるから。ひゃひゃ」


小さく笑って。
382 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:23:34.61 ID:FDyGJ6A0

「嬉しいって、いうのかなぁ。ミサカそこら辺は専門外だけどさ。
 ミサカの為にあなたがこうして、怒ってくれる。だけど、それであなたが傷ついちゃったらだめなんだ。……それ、痛かったでしょ?」


それは、番外個体の優しさで。
風邪で苦しいはずだし、本当は自分が一番傷ついて、悩んで、苦しんできたはずなのに、それでも。
不器用ながらに一方通行を包容しようとする。

けれど、一方通行はそれに甘んじてはいけないと思う。

いつか黄泉川に拳銃を取り上げられた時のように流されてしまっては、
殺された10031人と、殺される順番を待っていた9969人の『妹達』や打ち止め、番外個体に申し訳がない。

だから。


「自分のこと棚に上げてンじゃねェよ。オマエは人に傷つくなとか言っときながら、影では辛い思いして傷ついてンじゃねェか。
 それでも何にも言わねェで、人の心配ばっかしてンじゃねェか。
 俺なンかはどォでもいいンだっつの、だけどオマエ等がこれ以上傷つくってのはそれこそ絶対あっちゃなンねェンだよ」

「……、」


一方通行の言葉に、しばらく番外個体は何も言わずに一方通行の瞳を覗き込んでいた。
揺らぐことのない視線は、しっかりとぶつかり合う。


「…………うるさいクソ馬鹿。ミサカはどうでも良いんだもん」


やがて番外個体はそう言うと、誤魔化すように一方通行の胸元に顔をうずめた。
身体を小さく丸めて子犬のようにすんすんと鼻をひくつかせる。
唐突な彼女の行動に勿論ながら一方通行は戸惑って、心臓がどくどくと活発になった。


「あなたの臭いがする。ミサカ、この臭いすごく落ち着くんだけど」

「……あっそォ、つーかもっと離れろボケ。冬だからってあっちィっつの」

「うひゃひゃ、心臓がどきんどきんいってるのが聞こえちゃうから? 
 大丈夫、もう十分拝聴させてもらってるからさぁ。耐性がないって辛いねぇ」

「な……っうるせェよ!」
383 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/26(日) 21:26:06.31 ID:FDyGJ6A0


番外個体はしばらくの間、そうしてじっと瞳を閉じていた。

窓から差し込む微かな灯りで僅かに浮き彫りになったその顔は穏やかで、ただ額の冷却シートがやっぱり間抜けだ。


「つーか風邪うつったらどォしてくれンだよ」

「けけっ、そしたらミサカがうっすいお粥作ってあげるから安心しなよ」


ぱちりと目を開けて、番外個体が皮肉混じりに言う。
そんなに今日のお粥はお気に召さなかったらしい。
失礼なヤツだと思いつつ、しかし作った本人も自分で食べたくないと言うくらいだから仕方ないかもしれない。


「……寝れない。落ち着くけど、さっき寝過ぎたせいかなぁ」


番外個体はそう呟くと、再び一方通行の胸元で目を閉じた。


『よーし、じゃあ、とんとんしてやるじゃん』


番外個体の熱を感じつつ、一方通行の頭に浮かんできたのは黄泉川の言葉だった。
ロシアから戻ってきた直後、数日間黄泉川宅で世話になっていたのだが、眠れないという打ち止めに対して黄泉川がそう言っていた。


一方通行は少し考えて、それから番外個体の背中に手を回す。
番外個体が驚いたように目を開いて、上目遣いに彼を見た。


とん、とん。


ゆっくりとしたテンポで番外個体の背中を優しく叩いてやると、彼女は一方通行の意図を汲み取ったのか、目を閉じる。

とん、とん。

優しげなそれは、番外個体をひどく落ち着かせて。

とん、とん。

やがて彼女が寝付いた後も、しばらくの間、柔らかに。

408 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 22:43:11.57 ID:rViqN4A0

「燃えてるぞー! マンションから火が出てる、早くこっちへ!」
「助けてってミサカはミサカは絶叫してみる! 煙が大変なことになってるの!」
「打ち止め、今行くじゃん!」
わーわーぎゃーぎゃーよしかわがいないー
「一方通行、あなた料理してる場合じゃないでしょうがぁあああ! ミサカまで死んじゃう!」
「この肉高かったンだぞ!? このままにしたら勿体ねェだろォが!」
「じゃあ早く食べようよ。クリスマスだもん、乾杯しなきゃつまんないからグラスも出して!」


…………
……



「――あっちィ」


あと数日で今年も終わり、外はしんしんと雪が降っているというのに、暑さで目が覚めた。
掛けていた分厚い毛布もはだけて、身体を起こしてみると、薄手のタオルケットは足下でぐしゃぐしゃになっている。


「にしてもなンつー夢だ……」


その暑さ故か、家事でマンションが燃えるという夢をみていた。
黄泉川達と自分たちが同じマンションに住んでいて、しかも自分たちは火事だというのに食事しようとしていて。
一方通行も番外個体も、頭の足りていない様な残念な雰囲気がぷんぷん漂っていた。

隣を見ると、当然ながら番外個体。
暑苦しかったのと熱、恐らく両方の理由で汗をかいている。
額に貼ってあった冷却シートは剥がれかけていたので、一方通行はそれをとると番外個体の額に手をあてる。

昨日よりは大分よくなったが、平熱以上はあるかもしれない。

と、『触れられている』という違和感を感じ取ったのか、番外個体がうっすらと目を開けた。
409 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 22:45:44.86 ID:rViqN4A0

「……おはよう。ミサカの熱、下がったかな」

「ン、昨日よりはマシだな。もォ38度はねェよ」


一方通行がそう教えてやると彼女はにへら、と朝特有の笑みを漏らして、


「そっか、良かった。どうりでちょっと楽なはずだ」

「俺は起きて色々準備すっけど、オマエはまだ寝とけ。ちゃンと布団も掛けて、あと今頭に貼ンの新しいヤツ持ってくっから」

「うん。あ、そうそう、午後で良いんだけど、ミサカ最終信号に用事あるー」


一方通行が彼女に布団を掛け直していると、番外個体がそんなことを言い出した。


「用事? ミサカネットワークでどォにかなンねェのか? つーか無理すンな、俺が代わりに行くかァ?」

「ううん、直接会いたいかな。……実はあなたを出し抜く感じで悪いけどさぁ、あの子にプレゼント買ってあるからね」

「あー、それ俺も買ってあるンだが」


きょとん、とした顔で一方通行を見返しつつ、番外個体はワンテンポ遅れて


「うぇ、折角ミサカの好感度上げようと思ったんだけど、あなたも買ってたなんてねぇ。じゃあ一緒にサンタさんになろうよ」

「オマエの体調が良くなってたらな」

「うん、ミサカがんばる」


何を頑張るのだろう、と一方通行は疑問に思うも、まだ眠そうな番外個体とは会話を成立させるのは困難だと結論づけて部屋を後にする。
410 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 22:47:25.43 ID:rViqN4A0

「クリスマスだからってなァンでこォ特別意識があるンだか。日本なんて宗教もクソもねェよォな国なのによォ」


ぶつぶつと呟きながら、携帯で検索したレシピを見ながらキッチンに立つ一方通行。
しかしそうは言いつつも、やはり彼も何だかんだでクリスマスを満喫しつつあるのかもしれない。
半ば強制的だったがツリーの飾り付けもしたし、プレゼントも選んだ。何だかんだ言って料理まで作っている。
奮発してちょっと高めの鶏肉を買ってみたくらいだ。


そして何より、番外個体が喜ぶ姿を見れるのは嬉しい。


昨日はお世辞にも良い日とは言い難かったのだが、クリスマスは今日だしと割り切ることにする。


「っと、次は……生クリーム……動物性で良いのかァ? 適当に高い方選ンだけど関係ねェか」


ちなみに今日のメニューはというと、定番のチキン、クラムチャウダー、サーモンのマリネ、そして昨日のケーキである。
番外個体の所望は『クリスマスっぽく特別な感じ』と曖昧だったので少し悩んだが、簡単且つ普段はあまり作らないものにした。


(肉は昨日のうちから準備してあっから焼くだけだし、あとは飯炊いて……飲み物は酒、は駄目だな、アイツ風邪だし。
 クリスマスっていえばシャンパンとか言い出しそォだが病人は梅干し茶で良いな。俺は絶対飲まねェけど)


最先端の科学技術を誇る学園都市。学生が人口のほとんどを占めることもあり、和食よりも洋食が親しまれている。
つまり梅干も食わず嫌いが多く、一方通行もその一人なわけだが、自分が食べないものを人には食べさせるあたりが昨夜のお粥同様、無責任で他人事だ。

そんな彼の心中やこの街独特の風潮を、番外個体と何処かの聖人が知ったらそれぞれ別の理由で憤りそうである。
411 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 22:49:28.23 ID:rViqN4A0

料理の下ごしらえも一段落ついたところで時計を見ると、12時をまわったところだ。
番外個体の容体を確認ついでに昼食の有無を聞こうと彼女の部屋へ。


「番外個体、入ンぞ」


彼女に声を掛けつつ、ドアを開けて――


「――っ!? ぁ、あ……、や、でてけぇ変態!」

「あァ!?」


一方通行の視線に飛び込んできたのは、脱ぎ散らかされたパジャマの上下と、


……ベットに腰掛け、ブラを付けようと格闘している最中の番外個体。


「こっち見んなっつの! つーか出てけ! なぁんでノックしないんだよう!?」

「入るぞ、っ痛、モノ投げンな! 入るぞっつっただろォが!」

「返事の前にドア開けたよ絶対そうだワザとでしょ!?」


互いの身体を求め合った仲だというのに、番外個体は毛布を引き寄せて己の身体を隠しながら手近なものを投げつけてくる。


「早く出てけって言ってんでしょうがぁああああああ!」


挙げ句の果てにビリビリと紫電を散らし始めたので、一方通行は慌てて撤退することに。
412 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 22:51:53.47 ID:rViqN4A0

「……ったく、痛ってェな。なンだァアイツ」


小さなデジタル時計が当たった肩をさすりつつ、ソファの上で脱力する一方通行。

……正直、彼女の格好や普段とは少し違った取り乱したような反応には驚いたし、思い返すとこっちまで顔が火照っ


「一方通行」

「ッ!?」


不意に後ろから響いた番外個体の尖った声。
パーカーにジーンズというラフな格好で現れた番外個体は、いつもの定位置に膝を抱えてちょこんと座る。


「…………」

「…………、」

「………………見た?」

「……みた? ……あァ、昨日のテレビなら観てねェぞ。大体同じ時間に寝たじゃ」

「違うくて! その、さっき、――うぅぅ」


いつもより二回りほども小さく見える番外個体は、噛み合わない会話が煩わしそうに唸る。


「ミサカの下着、見たかって聞いてんの――ッ」


番外個体が頬を紅く染め、瞳を若干潤ませているのは熱がまだ引いていないからだろうか。


……それとも。


そう考えると、一方通行の嗜虐心に火がついた。



「あァ、モロ見えたわ。ピンクのヤツな」
413 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 22:58:38.44 ID:rViqN4A0

「――~~っ」


一方通行に色まで的確に言われ、一層赤みを増す番外個体の純粋な反応が面白い。
普段は強気で、一方通行を煽ってくることも多い番外個体。
そんな彼女の滅多に見れない表情に、ぞくぞくと一方通行の身体を可笑しな感覚が駆け抜ける。

その姿を目にして久しぶりに感情を高ぶらせ、頬を緩めてしまう自分は末期かもしれないと思いつつ、
同時に、羞恥に顔を紅くする番外個体はオリジナルに似ているとも思った。


「女ってアレか、上下揃えて着ンのか」

「……ぁ、う……きょう、は、たまたま……いっつもな訳じゃ、ないし」

「へェ、たまたまねェ。クリスマスだからって興奮しちゃったンですかァ? 
なンつーか、やらしいよなァ。あの時のオマエの格好っつたら、こう――」

「もう喋んないでよ馬鹿ぁ……」


調子に乗って番外個体を責めていると、彼女の小さな声に遮られた。
いつもの威勢のよさは何処へいったのか。
一方通行が彼女のそんな声に驚いていると、


「ふっ……うぇ、しねクソ第一位……ふ、うぅ」


手のひらで目をごしごしと擦って、か細い声をあげているではないか。
それでも外へぽろぽろと零れる液体が何なのかはいくら一方通行でも直ぐに分かって、


「……オイ、番外個体」

「折角、熱も大分下がったから、ひぅ、クリスマス、できると、ふっ、え」


途切れ途切れに話す番外個体を見て、調子に乗りすぎだクソ野郎と今更ながら自分のタチの悪さを非難する。
あれでは酔っぱらったエロ親父同然だ。
414 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:01:06.65 ID:rViqN4A0

「み、番外個体、悪かったって、な? しかも本当は見てねェよ」

「嘘つけ。ピンクでお揃いって言ったじゃん」


自分で言いつつ、頬をうっすら染める番外個体。
ごしごしと乱暴に擦られた目元は赤くなっている。
そんな彼女の当を得たツッコミに、う、と一方通行は言葉を詰まらせた。
学園都市第一位にしては浅はかな嘘だった。

一方通行の反応を見てやはり嘘だったと見抜いた番外個体は、更にごしごしと目元を擦りながら洟をすする。


『ちょっと男子ぃ何ミサカのこと泣かせてんのぉ? 先生に言うからー』
と、麦野ガキverが浮かんできて、ムカついたから頭から追い払った。


「あー、悪かったって。やらしいとか嘘だしからかっただけだから気にしねェで、泣くな、な?」

「泣いてない」


嗚咽を漏らすまいとする番外個体は、そう言い切ると目をぱちりと大きく開いて一方通行の顔を見る。
どうやらそれで泣いていないことを証明しようとしたらしいが、


「……ふうぅ」

「……あー……」


一方通行の顔を見ると再び涙が零れ落ちてしまうらしい。
軽くトラウマ扱いされて、盛大に後悔する一方通行だった。
415 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:02:34.12 ID:rViqN4A0

「ほら、イルミネーション綺麗だなァ。年内で終わりらしいからちゃンと見ねェと損すっぞ」

「…………」

「そォだ、コンビニ寄るかァ? おでン買ってって黄泉川ンちで食おォぜ」

「…………」

「もう少しで卯年かァ。そォいや赤目のウサギって死ぬと目の色変わるンだと」

「…………」

「あー……オマエそォいやガキに何買ったンだ?」

「…………」


泣き虫番外個体から怒りんぼ番外個体に移行した番外個体は、普段より5割増しくらいで話し掛けてくる一方通行を完全スルー。
熱がほぼ平熱まで下がったらしいので、打ち止めにプレゼントを渡そうと二人で黄泉川宅へ向かっているのだが。

番外個体が早足で歩き、それを少し後ろから一方通行が追う。


「……つーかよ、何で今更ンなこと気にしてンだよ。昨日だって一緒に寝たし、大体それ以前に――」

「うっさい黙れくそばか。つまんない話してる暇あったら死ねるんじゃないの?」


一方通行がふと抱いたそんな疑問に対して、久しぶりに口を開いた番外個体。
かなり不機嫌そうな、低くて鋭利な声だ。
彼女の足が足下に転がっていた雪の塊を蹴り飛ばすと、再び沈黙を決め込む。


「…………」


一方通行からは番外個体の背中しか見えないが、きっと苛立ちで顔を歪めているに違いない。

微妙な空気になってしまい、ご機嫌取りにと慣れないことを話そうとしていた一方通行はそれを断念するしかなくなる。
ウサギの話は少し場違いだったかと、見当外れな反省をした。
416 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:04:36.93 ID:rViqN4A0

ざくざくと地面を乱暴に踏みつける番外個体。


「なァ、マジで悪かったって。だから機嫌なおせよ」


黄泉川の家に着くまでにこの状況を打破しようと、前を歩く番外個体に追いつこうと駆け足で2歩、3歩と踏み出したところで。


「おう!?」


ずるっ。と、一方通行の身体が前のめりに転けた。
普通のスニーカーで雪道を歩いているというのに、少し油断しすぎたか。
全く予想外の事態に一方通行の両手は虚空を描き、そしてその片手は番外個体のコートのフードを――


「ひゃあ!?」


一方通行に巻き込まれて番外個体も一緒に転んで尻餅をつく。


「痛ってェ……」

「じゃねー! ミサカまで巻き込むってなんで!? ……って、後ろから面倒なのが来てるような」


番外個体が地面にしゃがみつつ、後ろの方を見て眉をひそめる。
一方通行もその視線の先を見ようとしたとき、



「不純異性交遊じゃん! 往来でその行為に及ぶとは見せつけてくれるじゃん!」

「おーもしかして番外個体とあなたはそういう関係なのってミサカはミサカは見ちゃいけないモノを見ちゃった気分!」



整った顔立ち、豊満な胸、一本にまとめた黒い髪。しかし色気が感じられないのは緑色のジャージのせいか。
そしてその女の隣でぴょこぴょこ跳ねるのは、番外個体を幼くしたようなアホ毛の少女。


「久しぶりだねーってミサカはミサカは道路に座り込んでいる二人に駆け寄ってみる!」
417 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:07:04.15 ID:rViqN4A0

「ま、ココアでも飲んで暖まるじゃん。一方通行はコーヒーか?」


丁度買い物帰りだったらしい黄泉川と打ち止め。
今から向かおうとしていたことを伝えると、どうぞどうぞと家に通された。
リビングではぐでーっと芳川がテーブルに突っ伏していて、黄泉川が邪魔くさそうに溜息をつくとバツが悪そうに苦笑する。

ロシアから帰った直後はここで生活していたこともあり、番外個体も彼女たちに違和感なく溶け込んでいた。
眠そうに斑目になっている芳川を面白そうに突っつく彼女は、差し出されたココアをふーふーと冷ましつつ、


「……警備員の黄泉川だからこそ相談するね。この人、猥褻的なことばっかりしてくるから逮捕してほしいんだけど」


突然の暴露。げほげほとコーヒーを咽せる一方通行は目を丸くしている。
そんな彼をざまぁみろ、といった表情で見るのは勿論番外個体で、しかしその表情はいたずらっ子のようでもある。


「あなた達もさっき見たでしょ、ミサカが押し倒されるところ! 今日なんかさぁ、ミサカの着替、」

「ストップストップ! ってミサカはミサカは止めてみる! これってもしかして子供には有害かも、ミサカは聞かない方が良いのかな!? 
 ってミサカはミサカは心配してみるんだけど……」

「うるせェよ! そンな疚しいことしてねェっつの!」

「あっれー? ミサカのこと言葉責めして恍惚の表情浮かべてたのは誰だっけかにゃーん?」

「こ、こと、言葉責め!? 一方通行、本当だったら異常じゃん!」


何故か顔を赤らめる黄泉川と、ジトーっとした視線を投げかけてくる打ち止め、芳川。
非難めいた視線を受けて、一方通行の精神が削り取られていく。
418 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:08:49.65 ID:rViqN4A0

「――それで、結局二人は何が目的で来たのかしら?」


しばらくの間侮蔑の視線に晒されて衰弱した一方通行を差し措いて、芳川が番外個体に問いかける。
一方通行がぐったりしているのを見れてご機嫌な番外個体はお茶請けのドーナツを皿の上に戻すと、


「最終信号! 今日、12月25日は何の日かな分かるかな?」

「えーっと、クリスマスだよってミサカはミサカは答えてみる。今日の朝起きたら枕元にプレゼントがあったんだ!」

「せいかーい。ひゃひゃ、そんなあなたにミサカサンタがプレゼント持ってきてあげたよー?」


番外個体がそう言ってバックの中から包装された袋を取り出す。
ピンクの袋はリボンで結ばれていて、それを見た打ち止めが目を丸くした。


「え? 本当!? びっくり箱とかじゃないよねってミサカはミサカは確認してみる」

「人聞き悪いなぁ、ほら、開けてみなよ」


苦笑する番外個体に促され、打ち止めはがさがさと袋を開ける。
中に入っていたものをみて、顔を綻ばせた。


「わぁ、帽子と手袋! みてみて似合うかなってミサカはミサカは早速装備してたり!」


もこもこしたニット帽と小さな手袋をつけて飛び跳ねる打ち止め。
どうやらお気に召したようで、番外個体としてはなによりである。可愛いなぁ、と目を細めた。
419 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:12:24.01 ID:rViqN4A0
「良かったじゃん打ち止め。手袋、片方無くしてたところじゃん」

「これは絶対無くさないってミサカはミサカはここに宣言!」

「へェ、やっぱ女が選ぶのはセンスあンなァ」

「そうだねってミサ……あなた生きてたの?」


いきなり会話に入ってきた一方通行に驚く打ち止め。さらりと酷いことを口に出す。


「なンですかァその言い様は。オマエ等、このガキにどォいう教育してンだよ。つーかほら、俺からもやンよ」


ふわり、と打ち止めに放物線を描いて投げられる一方通行からのプレゼント。
打ち止めは少し危な気にそれを受け取ると、


「あなたから、プレゼント……」

「オイオイ何顔赤くしてやがるンだっつのマセガキ。これから男にモノ貰う機会なンて増えるンだから慣れとけ」

「ひゃひゃ、あなたが言うとやらしく聞こえるのはミサカだけ?」

「多分オマエだけだな」


すっかりいつも通りの二人や保護者とニートを差し措いて、打ち止めは廊下の方にとてとてと走っていく。


「ありゃあ自分の部屋でこっそり開けるつもりじゃん?」

「ミサカと一方通行の差が気になるんだけど……」

「お年頃じゃん? それより二人とも、ご飯食べてくか?」

「ン、家帰ったら今日はクリスマスしなきゃなンねェンだわ」

「へぇ、そっちは今日か。うちは昨日やったじゃん。……あ、これ持ってくじゃん」


黄泉川がキッチンの方から何やら出してくる。袋の中に大量に入っているのはレトルト食品で、


「……オマエ等、いっつもこれ食ってンのか」

「誤解しないでほしいじゃん、うちには炊飯器もあるし。桔梗のヤツが間違って大量に注文しちゃったじゃんよ」


あのチラシは分かりにくいわ、と芳川が呟いた。
420 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:14:38.43 ID:rViqN4A0



「…………、」


同日20時13分。
『クリスマスパーティ』と称して、いつもとはひと味違った料理を堪能した後。
一方通行と番外個体は、とある『物体』ならぬ『残骸』を凝視していた。言葉を失った二人の間に、微妙な空気が流れる。


「…………これは、何かなぁ?」


番外個体が首を傾げる。
分かっているのにわざわざ言うなと言いたい一方通行。


「……、何って、ケーキじゃねェか」

「ミサカはチョコレートケーキを注文したはずなんだけど……ケーキを」


番外個体曰く。
箱の中で崩壊しているこれは、自分の注文したはずのものと違う。
自分が注文したものは綺麗で可愛くてともかくケーキだった。


「仕方ねェだろ、お前のことおンぶしながら持ってたしィ。女の店員からも結構乱暴に奪っちまったしィ。苛ついてたしィ」


そう弁解するも、番外個体はそれで納得してくれるはずもなく。


「あなたの料理はさぁ、流石主夫って感じで、あ、これ褒め言葉ね、で、美味しかったよ?
 けどさぁ、ケーキがこれって……。ぎゃは、なーんかミサカ達みたーい」

「どォいうことだそれ」

「さーてどういうことでしょーう? ……あ、味はチョコケーキだ。おいしいよこれ」


番外個体は意外そうな顔をしてケーキを頬張る。
見た目は良くないが、それでも実質は一緒だ。一方通行にも勧めてくるのだが、


「甘くて食えたもンじゃねェよ」

「つまんねーヤツ」
421 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:17:58.01 ID:rViqN4A0

「と、ここであなたにサプライズがありまーす」


ケーキを食べながらココアを飲んでいた番外個体が唐突にそう言って立ち上がる。
よくもまぁチョコケーキにココアなどと甘ったるい組み合わせが平気なものだと、ある意味感心していた一方通行。
自室の方へと駆けていく番外個体を目で追いつつ、テーブルの上に置かれたケーキを一口食べてみる。

……予想外に苦みのあるビターな味で、それがなんとなく悔しい。



少しすると、リビングのドアが開く音と番外個体の声が同時に聞こえた。


「こっち見ちゃ駄目だからね」


番外個体のどこか楽しそうな声。
彼女が近付いてくるのを背中で感じ取る。
そして、


ふわり


一方通行の首に、何か暖かいものが巻き付けられた。
驚いて後ろを振り返ると、番外個体はそっぽを向いてしまう。


「……マフラー。一応手編みなんだけど」


手編みという割にはしっかりしていて丈夫そうな、さわり心地の良い黒のマフラー。
上手いし、そして何より嬉しいと一方通行は素直に思う。


「すげェ、ありがとな」

「あなたには色々わがまま聞いて貰ったしね。まぁ手編みっていっても麦のんの知り合いのおっとりした子に教えて貰ったんだけどさ」


面と向かって礼を言われて照れでもしたのか、番外個体はバンバンと一方通行の背中を叩く。


「黒と白で迷ったんだけど、その子が白は汚れが目立つかもって言うから。
 ひゃひゃ、ただの毛糸の塊、しかも一ヶ月で急いで仕上げたヤツだけど、たまには使ってくれても良いんじゃない?」

「ン、有り難く毎日使わせてもらうわ」

「……それ、たまにじゃないし」
422 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:22:44.46 ID:rViqN4A0
「そォいや俺からもオマエに買ってあっから、取ってくるか」


自分が編んだマフラーに気に入らないところでもあったのか、マフラーと睨み合っていた番外個体がきょとんとした顔をした。
一方通行が立ち上がると彼女は慌てたようにして、


「ちょ、待ってよ! 買ってあるって、え?」

「まァ、オマエの言葉を借りればサプライズっつーか、クリスマスなンだろ。
 まさかあのガキには買っといてオマエには何にもありませン、とか考えてたンじゃねェよなァ?」


考えてたに決まってんじゃん、と番外個体は心の中で毒づく。

打ち止めに対しては、サンタクロースを楽しみに寝る子供の枕元に親がプレゼントを置く、そんな感覚で渡していたのだろうと思う。
現に一方通行は打ち止めを『家族』として大切に扱うし、それ以外に恋愛感情があるなら少し危ない人だ。


(でも、ミサカはサンタさんを馬鹿正直に信じて手紙を書くような子供じゃない。
 あの人を殺そうとはしたけれど、最終信号みたいに最初っから懐いて癒やして認めて。そんなことをしたわけでもない)


だから正直、期待などしていなかった。しようとも思わなければ、望みすらも持たなかった。

人でなしで、けれど守ってくれて、認めてくれて、自分の為に立ち上がってくれる。

“そんな”優しいあの人が。

いつも悪態ばかりついていて、役立たずで、欠陥まみれで、わがままな。

“こんな”出来損ないの自分に。

プレゼント、なんて。
考えただけで可笑しくて、あり得ないと笑い飛ばした。

なのに、なのに。


「……馬鹿だよ、あなた」

「ン、何か言ったか?」

「何でもない。ミサカも一緒に行くー」


あり得ないと笑い飛ばすのではなく、
今日だけは、クリスマスだけは。

心の何処かではひっそり望んでいたかもしれないその事を、
素直に喜んで、そして笑おう。
423 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:25:08.33 ID:rViqN4A0

「あなたの部屋って、すっごいあなたの臭いがする。なんとなく落ち着くなぁ」


番外個体がきょろきょろと一方通行の部屋を見渡して言う。
自分の臭い、と言われてもいまいちピンとこないのは、自宅の臭いが自分では分からないのと一緒だろう。

……にしても、何故番外個体はベットの下やクローゼットの後ろをしきりに詮索しているのか。


「人の部屋でうろちょろしてンじゃねェよ」

「良いじゃん気にすんなって。けけっ、エロ本の一冊でもあるかと思ったけど、何処にあるのかにゃーん?」

「ンなもンねェよ。っと、ほら」


呆れたように溜息をつく一方通行がクローゼットから取り出したのは、綺麗に包装された、


「ほら、オマエにな。昨日渡す予定だったけどまァ良いだろ」

「……ありが、と。包装までしてもらって、あなたも恥ずかしかったでしょ? ……開けても良いかな?」


一方通行のベットに腰掛けた番外個体は少し戸惑ったような調子で確認を取ると、慎重に包装紙を剥がしていく。


「ビリーっとひと思いにいっちまえよ。どォせ捨てるンだしよォ」


そんな風に促されても、番外個体は丁寧に丁寧に、破かないように。

そして。


「――エプロンだ。どうしよう、ミサカ、」


中から出てきたそれを見て、顔を綻ばせる。
胸にエプロンを抱き、目の前に経つ一方通行を見上げて、


「すっごく嬉しいんだけど」
424 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2010/12/29(水) 23:29:29.16 ID:rViqN4A0
きらきらーという擬態語がぴったりな表情で笑みを向けてくる番外個体。
彼女が得意とする『人の悪い笑み』とは掛け離れた、滅多に見られない表情だ。
昼の羞恥に耐える顔や泣き顔に並んで、今日はレアなシーンを随分と見た気がする。


「ミサカこれ着て毎日お手伝いする! 2号店でのバイトもこれでやる!」


そんなことを言って立ち上がると、エプロンを握りしめたまま、


「み、番外個体……ッ!?」


一方通行に、ぎゅーっと。


「あなたがこんなに気が利くとは予想外だったけど、ありがとね。
 正直今日はあなたを変態と割り切って付き合っていこうと決めた日でもあったんだけど、もうミサカそんなのどうでも良いよ」

「酷い事を決めてやがるンだなオマエ……」


番外個体の慎まし、じゃなくて遠慮がちな胸が当たって、
それを介して心臓の動きが伝わってしまうのではないかというくらい一方通行の鼓動が高まった。


「ミサカに似合うかな? 新開店のお店も制服制じゃないし、着ても感じ良いよね?」


番外個体はそんな一方通行の気も知れず、彼から離れるとエプロンを宛がう。
ナチュラルな雰囲気のそれは彼女によく似合っていて、うんうん新しく開くとかいう店で着ても客受けは悪くないはず――


「って、2号店だの新開店だの何言ってやがるンだァ?」

「いやぁ、色々あったから? 店長の気遣いで来週オープンの第5学区店舗に行くか、って」


『色々』という単語に思い当たる所がありすぎる一方通行。昨日の出来事を思い出し、酷い罪悪感と嫌悪を感じる。
番外個体が目の前にいるというのに、あの男に対して殺意さえ抱いてしまう自分がいかに醜いかを改めて思い知った。


「……、悪ィな」

「ほんとだよ。新しい店員さんに手取足取り教えるのはミサカなんだからさぁ。
 でもまぁ、第5学区っていえばランク高い店も多いしやり甲斐ありそう。成人向けのお店も多いらしいけどねぇ、ひゃひゃ」


いつもの調子でそう言う番外個体は、シャンパンが飲みたいなどと言い出して。
そんな言葉を聞いた一方通行は、梅干し茶をいれてやろうと考えていたことを思い出した。

438 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/01(正月) 23:30:43.05 ID:acFZ6S.0

Welcome_The_New Year



『今年も残すところあと1分となり、第七学区の広場にはご覧のように多くの人がクラッカーを持って集まって――』


年末の特番で、学園都市の中心部である広場から中継しているアナウンサーがやや興奮気味に言う。
新年のカウントダウンを表示する電光掲示板を背景に各家庭に届けられるその映像は、観る者の感情までもを高ぶらせる。



「――3」


そして、男も女も、大人も子供も関係無しに。


「――2」


学園都市に住む学生が、教師が、学者が、業者が。


「――1」


日本中で暮らす1億2千万人の誰もが、新しい年を迎える。



「「あけまして、おめでとう!」」
439 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/01(正月) 23:33:15.76 ID:acFZ6S.0

「はーい打ち止め、お年玉じゃん」

「ありがとうヨミカワってミサカはミサカはお礼を言ってみる。今年もよろしくねって、ミサカはミサカは二人に抱きついてみたり!」

「愛穂、私にも勿論、」

「あるわけないじゃん! 今年こそ働いて貰うじゃん!」



お年玉という文化を満喫する者。



「はーまずらぁ、年越し蕎麦はまだかにゃーん?」

「ていうかもう超年明けてますけどね。それより浜面、お年玉はまだですか? 私としてはそっちの方が超気掛かりなんですけど」

「ちょっと待てちょっと! 水入れすぎてべちょべちょなってんだよ!」

「……大丈夫、わたしは新年もぱしりなはまづらが大好きだから」




「とうまとうまー! ジャパニーズ・オセチはまだかな? お餅もお蕎麦もまだまだ足りないんだよ!」

「餅はもう徳用を食い尽くしたじゃねぇか! って痛ぇ! 新年早々不幸だああああああ!」



多種多様に正月を味わう者。
440 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/01(正月) 23:35:56.04 ID:acFZ6S.0

「お姉様ぁ、今年こそ黒子とあんなことやこんなことを、」

「うっさい! だぁれがアンタなんかと、ってくっつくなぁ!」

「あぁんお姉様、今年はお胸も大きく成長なされば……ひゃんっ!」



いかがわしい願望を抱く者。



「結標ちゃん、あけましておめでとうなのですよー。今年もよろしくなのです」

「よろし、く!? っと、あぁどうしよう死んじゃう!」

「……、結標ちゃんの今年の目標は何ですか? 先生はタバコを減らしたいのですよー」

「今ちょっと待っ、あ! もうコイツを7分以内に撃破で良いわよ! ぶっ殺してやるわ!」

「…………先生は結標ちゃんをそんな風に育てた覚えはないのですよ……」



今年の抱負を語る者。
441 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/01(正月) 23:41:11.33 ID:acFZ6S.0
そして。


「……2011年かぁ」


とあるマンションで年を越した、彼らの歩んできた道を知る者ならば一緒に居ることを不自然に思うようなひと組の男女は。


「あなたと出会ってまだ2ヶ月なんだよ? なんかミサカ、ちょっと不思議かも」

「たった2ヶ月かァ。長ェよォでたったそれだけなンだな」

「色々あったねぇ」

「あったなァ」


すっかり日常に欠かせないものとなったこたつでぬくぬく、しみじみと。
深夜12時すぎということもあり、どこか眠そうな停滞した空気の中。


「まずさぁ、ミサカが恋とか思い出しただけで死にたくなるね。うわーって」


本当はそんなこと思っていないくせに、と一方通行は心の中で毒づく。
番外個体が偽っているのは丸分かりで、本人は無意識なのだろうが、その寂しげな表情は少し痛々しい。


「……どォも自堕落な生活だった気がすンなァ」

「勢い余って、ヤっちゃったしねぇ。ぎゃは」

「……、そォいうこととか下ネタとかは普通に言うのに何で下着くらいで泣くンだよ」


訝しげな目をする一方通行の足をこたつの中で蹴り飛ばす番外個体。
どうやらこの話題は彼女の中では御法度らしい。


「ロシアであなたが助けに来てくれたとき、嬉しかったなぁ」

「思い出語りですかァ? ババアみてェだな」

「一緒に暮らしてくれることになったときも、ミサカの為に何かしてくれたときも、プレゼントくれたときも」

「ハッ、随分良いヤツだなァオマエン中の俺っつーのは」

「すっごい嬉しかったし、これからも嬉しいこといっぱいあるのかな。けけっ、このミサカには勿体なすぎかもしんないけどさ」

「……そォだな。オマエは何も心配すンな」
442 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/01(正月) 23:46:15.73 ID:acFZ6S.0

「……ミサカは今年、何か変われたのかなぁ」


番外個体がこたつに突っ伏して呟く。
時刻は既に2時過ぎで、年を越してからは下らない番組を観ながら飲んだり食ったりと健康的とは言えない時間を送っていた。

彼女の眠たそうな声は、呂律が少し怪しい。
眠気に加え、正月だからと未成年のクセして調子に乗って手を出した日本酒が回ったのもあるだろう。


「変わったンじゃねェの。つーか変わった」

「へぇーどんなとこー?」

「なンつーか、丸くなったみてェな。ともかくスゲェ変わり様だろ、バイトも始めたし、他人の事まで気ィ遣えるし。
 あとあれだ、ロシアの時より可愛くなったなァ」

「ひゃひゃ、そーんなあなたも大分格好いいと思うんだけどにゃーん。よ、色男!」


冷静な頭ならば今自分たちがどんなことを言っているか理解できたのだろうが、生憎と二人の頭は只今絶賛鈍重中だ。
普段の自分たちが聞いたら赤面必須なセリフを恋人の如く平然と囁きあう。


「ヤベェ、オマエマジで可愛いわ」

「うんにゃありがとー」


へらへらーっと番外個体が気の抜けた笑みを浮かべ、そんな彼女の背中に、移動した一方通行が抱きつく。
言動のひとつひとつが普段の彼らからは想像のつかない代物で、いやはや、酒というのは恐ろしい。


「ん……っ。変なトコに手ぇ当たってるんだけどぅ。ひぁ、くすぐったい」


そのままごろごろと二人して絨毯の上に転がって、ふわふわとした気分のまま、
暖房も電気もテレビも点けっぱなしにやがて眠りに落ちてしまう。



――未知なる新たな年に、期待や抱負、そして僅かな不安を抱いて。

それぞれがそれぞれの2011年を迎える。

465 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:31:32.27 ID:Q2CJXww0


「は、ぁ……っ、んぅ……、」


ベッドの上で、身体をよじらせて。
艶めかしい嬌声が、冷気漂う部屋に響く。



新年を迎え、正月モードから抜けきれていない学生は冬休みの課題終わってねーと慌てふためくめく。
そんな光景は一方通行と番外個体には全く関係がないのだが、果たしてそれは幸か不幸か。
元日深夜の記憶が抜け落ちるくらい日本酒を呷ったりなどと馬鹿なことをしたものの、彼らだって一応年齢的には学生なのに。


そんな二人の生活は年が明けても変わることが無く、昼間は家でだらだら、番外個体が夕方からバイト。
そんな風に非常に有意義な生活を送っています。と家に来た麦野に言ったら、『くっそつまらない人生』と高評価を頂いた。
ちなみに番外個体は数日前にオープンした、以前居た店の第5学区店で働いている。
新人には彼女が指導するとかで、不器用なくせに年上からも先輩と崇められているとか豪語していた。




「ひ、ぁあっ、ん、ふぅ」


微かな水音と、自分のものとは思えないような声。
それが嫌で堪らないのに、そう思えば思うほど、その音を、声を、聞けば聞くほど。
身体が更なる刺激を求めて疼く。欲求に逆うことができない。
聴覚が、触覚が、脳が。犯されて、薬物のようにどろどろに溶かされていく。


――思えば、今日は朝から、もっと正確にはその前日からおかしかったのかもしれない。
466 : ◆3vMMlAilaQ :2011/01/07(金) 21:36:32.57 ID:Q2CJXww0


昨夜はバイトが急遽休みになって、それなら丁度暇だったし、と麦野が家に遊びに来た。
彼女が買ってきたロールケーキを食べつつ、同じく彼女が持ってきたファッション雑誌を二人でめくっていたのだが。


「これさ、うちのアホ面が隠し持ってたのを拝借してきたんだけど。読んでみない?」


麦野が取り出したのは表紙からして『いかにも』な成人向け雑誌で。
妖しい笑みを浮かべる麦野に悪ノリして読んでみたそれは[ピーーー]で[ピーーー]な、ついでに[らめぇぇっ!]な内容だった。


ばっかじゃねぇの、と二人で笑ったその内容は夢にまで出てきて、朝起きてからもずっと、身体が火照るような、何か物足りないような。
そんなおかしな感覚にとらわれていた。


何が何だか分からなくて、番外個体の頭をよぎったのは病気という嫌な予感。
取り敢えず、横になりたい。
そう思うのだが、一方通行に心配を掛けるわけにもいかず。


「コーヒー買うついでに買い物行ってくるわ」


だから正直、一方通行がそう言ったときには安堵した。
玄関まで見送り、そのまままっすぐ自室へ入るとベッドに潜り込む。


――そして、


「は、ぁっ……、やっ、ん……」


自分しかいない家で、初めての感覚に身体を支配されている。


「こんな、つもりじゃ、ぁ、なかったのに――」


番外個体の悲痛な声は弱々しく漏れて、しかし何の効果ももたらさない。

そう、こんなことをするつもりではなかったのだ。
一度寝て、おかしくなってしまった身体が回復すればそれで良かったのに。

けれど、そんな自分の意思とは無関係に。
ベッドに身体をあずけた途端、昨夜の雑誌の内容が流れ込んできて。

気が付くと、ショーツの中――秘所へと、手が伸びていた。
467 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:38:52.07 ID:Q2CJXww0

「な、んでぇ……、あっ、ふぇ、やだ、ぁ」


陰核を指で弄るだけの、子供じみた自慰行為。
ただそれだけなのに、ぎこちない指の動きは番外個体をおかしくさせて。
ぐちょぐちょに、どろどろに、彼女を破壊していく。


性欲。


くだらないそれに人はとらわれていて、けれどクローンである自分には関係のないもの。馬鹿馬鹿しいもの。
番外個体にとっての認識はその程度で、よく口に出す下品な言葉も人を茶化すようなものでしかなかった。


けれど、今自分はその欲求に逆らえなくて、だらしなく快感に声をあげている。


番外個体にとって、その感覚はほぼ初めて感じるものだから、ということもあるかもしれない。
今までこんなことをしようとも思わなかったし、一方通行と身体を重ねたことはあるものの、
初めての痛みや酒に酔っていたこともあって正直よく覚えていないのだ。


『あの人とヤった』、『最初は痛かった』、『何となく気持ちよかった気がする』、そんな『事実』だけが曖昧なまま。


「ひゃ、あ、あ、」


番外個体の指の動きが次第に速さを増す。
ぬるぬると往復するぬめった指はいとも簡単に摩擦を生み、とろとろと更に彼女を辱める。

犯されているのに嬌声をあげる女。男の性器を口に咥えさせられている女。縛られて放置されている女。

昨日読んだ雑誌の内容が頭の中を犯していく。番外個体を掻き乱して、崩していく。


そして何故か、その男女が自分と一方通行に重なって――


「やだぁ、あぁっ、んっ、ぁ、ひゃっ、イッちゃ――」


一際大きく身体を痙攣させ、涙をぽろぽろと零しながら、片手でシーツをぎゅっと握りしめて。

困惑、罪悪感、嫌悪感、恐怖、快楽。

様々なものがざわついて、押し寄せてくるなか。

番外個体は、果てた。
468 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:43:54.56 ID:Q2CJXww0
――身体も頭も何もかもが重くて、沈み込むようなぼやけた感覚。


そのまま身体を委ねてしまおうか。
そう思って瞼を閉じたとき、がちゃりと。玄関の鍵が開く音が、やけに鮮明に聞こえてきた。


一方通行が帰ってきた。


鈍重な頭は、それでいてその事実を正確に伝達する。
どくどくと、番外個体の心臓が先程の行為とは違った意味で激しく脈打った。いやな緊張感。脱力した身体が強張る。

一方通行の足音は番外個体の部屋を通り過ぎ、リビングに彼女が居ないことに気付いたのか、再びこちらへと向かってきている。


「番外個体? 居ンのか?」

「ん、……ちょっと、寝てた」


一方通行がドアを隔てた直ぐそこに居る。わずか数メートルの距離に、先程まで脳内で自分を犯していたその人が。

未だテンポ良く脈打つ心臓と不快な緊張感のなか、出た声は本当に寝起きのような、気の抜けた声だった。
一方通行はそんな番外個体の言葉をそのまま鵜呑みにしたのか、二言三言、言葉を交わすと立ち去っていく。


「……タイミングが悪いんだっつの」


そんな彼に毒突きながら身体を起こそうとして、


「……力、全然入んなぁ……」


倦怠感が身体中にまとわりつき、起き上がることすらままならない。
喉も渇いたし、シャワーを浴びて気持ちの悪い汗や下着の中まで全部洗い流したいのに、脱力しきった身体は酷く重かった。

シーツの中に手を突っ込んでみると、熱を帯びたそこは案の定ぐちょぐちょに濡れている。
数分前はそれだけておかしくなって蕩けてしまいそうだったそれも、今では不快感しか生み出さない。


顔を歪めて、吐き捨てる。


「ありえねー……。何やってんだか、このミサカは」


後に残るのは、嫌悪感。
指先のぬめった感触に、ぞわりと鳥肌がたった。
469 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:45:05.51 ID:Q2CJXww0



「おゥ、シャワー浴びてきたのか」

「う、うん。二度寝したし、目覚まそうと思ってさ。……あ、おかえり」


バスタオルを頭から被ってリビングに入ってきた番外個体。
話し掛けられると頬を微かに赤らめ、目を逸らすその姿は一方通行の目には当然怪しく映るわけで。


「……どォした? オイ、顔赤ェし、もしかしてまた熱でもあるンじゃねェよなァ?」

「ひうっ!?」


立ち上がった一方通行の手がぴたりと額にあてられて、動揺からおかしな声が飛び出てしまう。
その挙げ句、思わずその手を払いのけてしまった。

あたふたと、言い訳のように番外個体が言葉を紡ぐ。


「あ、あー……ミサカ今、何ていうか、へん? だから、その、うん……ごめん」

「変だァ?」


思い切り訝しげな視線をぶつけてくる一方通行。
疑っているのがひしひしと伝わってくる。


「うん、へん。あははは、へんだぞー、みたいな」

「……、変、なのか。そォだな、変、だなァ?」

「でしょ? うひゃひゃ、へんだから、はは」

「そォですかァ。……でェ? なァにを誤魔化そうとしてるンですかァ番外個体さァン?」

「……ッ! ……え、何のことかなぁ? ミサカ全然分かんない」

「いや、一瞬すっげェ動揺してたよなァ今」

「うるさい、べべ別に何もないし。本気と書いてマジと読むんだけど」


結局一方通行の目は誤魔化しきれなかったようで、彼に掴まる前に番外個体は自室へと逃げ込んでいく。
後ろから一方通行の呆れたような溜息が聞こえてきた。
470 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:47:25.33 ID:Q2CJXww0

「……っ」


ばたんと勢いよく部屋のドアを閉めて、そのままずるずると座り込む。
心臓がばくばくと大きく鳴っていて、顔が熱い。
小さなテーブルの上に置かれた開きっぱなしの折りたたみの鏡に映った自分の顔は紅く染まっていて、
それが嫌で感情にまかせて鏡を投げつけてしまった。
壁にぶつかったそれは鈍い音を響かせて床に落ちる。
結構お気に入りだったのに、もしかすると罅が入ったかもしれない。


「くそばか」


一方通行を前にして、いつものように振る舞うことができなかった。
気持ち悪いくらいに意識してしまって、意味の分からないことを口走って、焦って。


身体を重ねただけで、手も繋いだこともないし、ましてやキスもしていない。大体それ以前に付き合ってもいない、単なる同棲相手なのだ。
端から見れば、お互いに性欲を解消しあう為だけの冷めた男女関係とでも揶揄されるかもしれない。
けれどそれは、恐らく一方通行が気遣ってくれているからこそ成り立つもので。


なのに、自分は、あろうことか。


「あー……オカズってやつだよねぇ、ぎゃは」


いくら一緒に暮らしていて、下らない話で盛り上がるような一番身近な異性が一方通行であったとしても、自分のしたことはあんまりだと番外個体は思う。


そこら辺のほとんどが一生に幾度とするであろうその行為。
しかし番外個体にとっては重大な事件の一つであるかのように、想定外のダメージをもたらした。
できればこんな事実を葬ってしまいたいのだが、それが簡単にできれば苦労しない。
カエル顔の医者にでも真剣に記憶の改竄をお願いしようかな、と半ば本気で思う。


「……エロ本なんかもう死んでも読んでやんねー」


ぺちぺちと、活を入れるように今も僅かに熱を持つ頬を叩いた。


まずは、あの人の顔をいつものように真っ直ぐ見れるように。
471 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:49:34.29 ID:Q2CJXww0


『一方通行、仕事です』


「……は、ァ? え?」


電話の向こうから告げられたその一言に、一方通行は思わず頓狂な声を出してしまった。
『黄泉川』と表示された携帯の画面を一度確認して、顔をしかめる。

……割り込まれた。


『聞こえませんでしたか? 仕事です。来週土曜の午前9時30分厳守で、』

「オマエ、何言ってンの? 土御門くンの携帯ならこの番号じゃありませンけど」

『こちらはあなたに用があるのですが、彼経由がご希望ですか?』


久しぶりに聞く、聞き慣れた電話の声が何時にもなく不愉快だ。
姿が見えない故の安心からか、いつもこちらの都合など気に掛けずに指示を飛ばしてくる、肉声か機械かも、女か男かも何も分からない声。


「そォいう問題じゃねェ。俺はオマエ等が大変な時に駆けつけるよォなヒーローでも何でもねェンだわ」

『ヒーローですか』


くつくつと喉の奥で小馬鹿にしたような含み笑いがうざったい。


「……殺されてェか」


本気でコイツの居場所や素性を割ってやろうかと声を低くする一方通行。
どこか海原と話しているような錯覚にとらわれて、顔をしかめた。
どうもこの手の人間は得意じゃないというか、虫唾が走る。


『そう向きにならないでいただきたいものです。早速仕事の内容ですが――……』
472 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:51:43.14 ID:Q2CJXww0


ぴりぴりとした、妙な緊張感を含む静寂。
胃が痛んで、おかしな動悸に襲われて、身体が震えて、ついでに口をぽかんと開けて間抜けヅラを無意識のうちに作り上げてしまう。

それ程までに、2分前に部屋に響いた一言は絶大な破壊力を秘めていた。


「……、そんなに固まるようなこと言ったつもりないんだけどなぁ。
 ていうか、うん。もう一回言うけど、ごはん作るから、今日はミサカが」

「…………、」

「ほらどいたどいた、すっげぇ邪魔だから。んーと、包丁は何処かにゃーん?」

「…………包丁は駄目だろォがァ!」

「ひっ!?」


誰かさんに買って貰ったリネンのエプロンを纏ってやる気いっぱい! 
そんな番外個体が危なっかしく包丁を持つと、やる気はいとも簡単に殺る気に変質しかねない。


番外個体が包丁を握るときは何かを壊すとき。


頭の中で勝手にそんなことを決めつけていた一方通行。不器用に定評のある番外個体に刃物を握らせるわけにはいかないのだ。
そんな彼女から包丁を奪い取る彼も彼で、包丁を勢いよく取り上げたせいで番外個体の脇腹すれすれを鋭利なそれが通過する。


「びやややあっぶねぇー! 殺す気かよ! あなたが持つと殺る気いっぱいに見えるんですけど!」

「それはこっちのセリフだっつの!」


つい数時間前までろくに一方通行の顔も見ずにバイトに行った番外個体。
何かしてしまったのかと実は結構一人で考えたのだが、あれはこの前兆だったのかもしれない。


『ごはん作る』から始まった、22時の騒動はお料理教室へと発展していく。
473 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:54:47.45 ID:Q2CJXww0

……番外個体はご立腹です。


「……ミサカだって飲食店でバイトしてるんだから料理くらいできるのに」

「はいはいそォですねェ。……って嘘つけ」

「でもさぁ、トマトくらい切らせてくれても良くない? なんか草ちぎっただけな気がするんだけど」

「あと鶏肉焼いたじゃねェか」

「……フライパンの上に乗せただけ」


俗に言う『ぶーたれてみる』と表現するにぴったりな顔でサラダを盛りつける番外個体。
番外個体曰く、草らしい。……間違ってはいないのだが、その草にも一応ベビーリーフという名前がある。
隣では一方通行が美味しそうな音と臭いを漂わせる肉の焼き加減を見たりひっくり返したりしていて、
番外個体から投げかけられる羨望4、今日のご飯への期待6の視線には気付きそうにない。

そういえば少し冷静になって時間を挟んでみると、一方通行とも平常心で接することができている。
昼間の行為を思い出すと相変わらず身悶えしたくなるのだが、


「――うぇー……あーあーあー」

「どォした……っと、そろそろ良いか。皿出して準備しとけ」


したくなる、というよりした。
ぶんぶんと頭を振って、


「お、オマエ何やってンのォ!?」


思い切り蛇口をひねって、勢いよく流れ出す冷水に頭を突っ込んだ。


「もうミサカは修行してこの身を清めるしかあばばばば」


襟元から背中へと水が入ったのか、ぽたぽた水滴を垂らしながら番外個体が身体を起こしてじたばたと暴れる。
ずぶ濡れになった猫宜しくぶるりと身体を震わせるという一連の奇行をやってのけて、
正直そんな番外個体から得体の知れない恐怖を感じた、というのは一方通行の本音である。
474 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 21:59:27.43 ID:Q2CJXww0


「昼過ぎには帰ってきて飯も作るつもりだけどよ、どォしても腹減ったらさっきも言ったけど冷凍の……、ってこりゃ何言っても駄目だな」

「ん、おーるおっけー。ラザニアはレンジで19分ってやつでしょ」

「……、5分30秒だ。一応メモっといたのリビングにあっから、っつっても分っかンねェか。まず何かあったら電話しろ」


理解できているのかできていないのか、恐らく後者であろう気の抜けた返事をする番外個体はもちろん寝起きで。
パジャマ姿のまま、『仕事』のために朝から家を出る一方通行を送るために玄関までやってきていた。
眠そうに目をごしごし擦るその姿を見て、起こさない方が良かっただろうかと今更思うも、書き置きだけだと後が怖いし。
首に巻いた番外個体産のマフラーを巻き直しつつ、


「ンじゃァ、寒くねェよォにしとけよ。あと蜜柑は2つまでだからな」

「らじゃ。行ってらっしゃーい」


気の抜けた声と共に背中を押された。
案外力強かったその勢いに負けて、開いていた玄関のドアの外へと半ば強制的に追い出される。

……いくら開けっ放しが寒いからってあンまりじゃねェの? という一方通行の心があげる悲鳴は届くこともなく、
番外個体は再びぬくぬくと眠りにつくことだろう。それこそ猫みたいに。



1月の第2土曜日、午前9時。
普段なら当たり前に寝ている時間だ。
なのに滅多に使わない大音量目覚ましで無理矢理目を覚まして、その轟音故か朝から隣に壁を叩かれまくった。
お隣さんには迷惑を掛けてばかりで申し訳ないと思う反面、時々そっちだって夜中に帰ってきて一人熱唱しだしたりなど中々うるさいと言ってやりたい。

で、どうして自堕落生活において早朝扱いされるこんな時間から町を歩いているかというと。


『一方通行、仕事です』


きっかけは、そんなクソ忌々しい一言だった。
475 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:02:18.78 ID:Q2CJXww0


『――というわけで、来週土曜の午前9時30分厳守でお願いします』

「いやちょっと待てさっぱり意味が分かンねェ」

『これ以上伝達すべきことはありませんよ、場所もそれほど遠くありませんし』

「そォいう問題じゃねェンだよ! 中学で講演会してくれだァ? ンなモン他のヤツらが居るじゃねェか」

『……?』

「きょとンとしてるよォな雰囲気醸しても可愛くねェンだよクソが」

『べ、別にアンタのためにこういうことしてるわけじゃ、』

「…………、」


握りしめた携帯を折るかと思った。
ていうか電話の声ってこんなキャラだったか、声が肉声じゃないだけで向こうにいるヤツは全く別の誰かなんじゃないかと本気で思う。
何より気色悪い。死ねる。


『では、そういうことでよろしくお願いしますよ。柵川中学に9時30分です。第一位の講演会を子供達が楽しみに待っていますから』

「だから意味が分かンねェ」

『「明るみの五月計画」、とでも命じましょうか。
 あなたの演算パターンはこれから伸びる中学生の参考にもなるでしょうし、真っ当なボランティア活動です』

「ハッ、裏があるとしか思えねェなァ」

『素質がある生徒がいましてね。中々珍しい能力です。っと、お喋りが過ぎました。それでは一方通行、くれぐれも時間厳守で』

476 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:04:24.30 ID:Q2CJXww0


胸糞悪い電話を思い返しつつ、公立中学校で講演会をするためにしっかりきっちり9時30分にやってきた。
なんでも、体育館で45分から開演だそうで、未来輝くガキ共の為にボイコットもできない一方通行である。


応接室に通されて、人の良さそうな教頭と打ち合わせも兼ねて少し話をする。


「いやー、第一位に会えるなんて子供達も喜びますよ。今日はよろしくお願いします」

「どォもォ。つーか調べた限りじゃどォも底辺っぽい感じがするが、ここはレベルの低いヤツを集めてンのかァ?」

「」


教頭先生、絶句。
無遠慮な一方通行はそんな彼の様子にも気付かずに、


「常盤台みてェに在学条件がレベル3以上とかあると思うンだが、そこら辺はどォなってる? ……オイ聞いてンのか」

「…………はっ! え、えーと、そうですね、うちは生徒がのびのびと、」

「ンなモンどォでも良いンだよ、レベル0から4までそれぞれどンくらい居る?」

「レベル0が3割、レベル1が4割でレベル2が3割くらいです。レベル3は数人しか」


はぁ、と一方通行が溜息をつくと、教頭はびくりと身体を強張らせる。
すみませんすみませんと悪くもないのに心の中で謝りまくった。
一方通行はというと顔をしかめていて、


(何が『明るみの五月計画』だっつの、面白くも何ともねェンだよクソが。
 つーか低すぎだろこの中学、内容も合わせて少し変えた方が良いよなァ。……めんどくせェ)


非常に失礼なことを考えている。
数日掛けて話す内容をまとめてはいたものの、聞く限りの学力だと理解できないかもしれない。


「帰っちゃダメなンすかねェ」

「そ、それはちょっと……」
477 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:09:36.31 ID:Q2CJXww0


「えェと今日は俺の演算パターンを教えっからそれをいかに応用するかっつーのが、」

「やっぱり第一位さんだったんですかぁ!?」


拍手で迎え入れられた一方通行を遮ったのは、飴玉を転がすような甘ったるい声だった。
静かだった体育館がざわざわとどよめく。
声をした方を見ると、一年生がお行儀良く座る中、その声の主だけは立ち上がって驚愕の表情を浮かべていた。

黒いショートヘアの小柄な少女。
頭に載せた花の髪飾りが特徴的で、同じような頭がずらーっと並んでいる中では少し異様だ。

そんな彼女の周りから笑いが漏れる。
やがてそれは全校に広がっていって、立っていた少女はステージの上からでも分かるくらい顔を真っ赤にして座った。
周りの生徒から頭や背中を撫でられながら声を掛けられているところを見ると、可愛がられているのかもしれない。

そして、一方通行にはその奇抜な少女に見覚えがあった。
数字にコンプレックスを抱いていた学園都市の第二位に足蹴にされて、それでも小さなアホ毛の少女を守ろうとした風紀委員。
そういえばその第二位、噂では工場のように『未元物質』を吐き出すだけの塊になっているとかいないとか。


(あの時の花畑か……めんどくさそォなヤツだな)


スルースルー、と講演会を再開。
何となくあの少女は苦手というか、多分自分とは違う種類の人間なのだと思う。
若干空気の和んだ体育館で、講演会は滞りなく進んでいく。
478 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:15:47.76 ID:Q2CJXww0
「第一位さん!」


講演会を終えて学校を出ようとしたとき、あの甘ったるい声に呼び止められた。番外個体に連絡しておこうと開きかけた携帯を閉じる。


「ちょ、っと、ちょっと待って、くださいぃ」


ぜえぜえと息を切らす少女は、数メートル後ろから膝に手をついてこちらを見上げていた。
一方通行が立ち止まって後ろを振り返ったのをみると、よたよたと駆けてくる。
厄介なのに掴まった、と一方通行は密かに舌打ちするも、少女は気付かないようでふにゃりとした笑みを浮かべていた。


「あの、あの、私、初春飾利って、言います、ふはぁ、よいしょっと」


低い気温の中、初春と名乗った少女の顔は上気していて、暑そうにぱたぱたと制服の襟元で風を送り込んでいる。一方通行の前まで来ると、重そうに鞄を持ち直した。


「えへ、ごめんなさい。みっともないってよく言われるんですけど、佐天さんみたいにスカートバサバサやるよりはマシですよね」

「……何か用か」

「えーっと、以前チンピラみたいな人から助けて貰ったんですけど……、あれってあなたですよね?」

「……、知らねェなァ」


白々しくとぼける一方通行。
あからさまに苛立った雰囲気もついでに醸し出されていて、しかし初春は怯むことを知らないかのように。


「いーえ、絶対そうですよー。あの時は、本当に有り難う御座いました!」


深々と、頭を下げた。


「あの時は、私何にも出来なくて、怖くて……。あ、あの、今日の講演会もすっごくためになりました!」

「……あっそォ」

「あ、否定しないって事はやっぱりあの時の人ですかぁ」

「うるせェよクソガキが。つーか学校は?」

「午前中で終わりです。うちのクラスは帰りの学活が短いんで、終わってすぐ飛び出してきちゃいました」


えへへ、と笑う初春に、そこまでして礼が言いたかったのだろうかと一方通行は半ば呆れる。
479 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:19:02.38 ID:Q2CJXww0


「あ、待ってくださーい!」

「あァ? まだ何かあるンかよ」


終始気の抜けたような笑顔で警戒することをまるで知らない初春は、再び歩き出した一方通行を追いかけてきた。
うんざりした表情で振り返ってやると、捨てられた子犬みたいな顔をする。


「あのぉ、迷惑だと思うんですけど、もっとお話が聞きたくて……。今日の講演会は興味あることばっかりで、」

「……めんどくせェ」

「う。私、低能力者なんです。でも中々珍しい能力らしいんですよ。
 使い方次第では役立つみたいで、レベルが上がればの話なんですけど……あの、先生のお世辞、かもしれないんですけど、うぅ」

「もっとはっきり話してくれねェと意味が分かンねェ」


裏を返せば、話は聞いてやる。
溜息と一緒にはき出されたそんな言葉を耳にして、初春の顔が綻んだ。
おどおどとしていた態度が一変して、声に活気が戻る。


「それで、少しでもレベルを上げるためにはどうしたら良いか、とか、もう少し詳しく知りたくて。
 私の親友は、その……能力、使えなくて、自信なくしちゃってるその子にも教えてあげたいんです」


思いやりとか、親友とか。
そういったものは一方通行には殆ど分からないが、それでも後ろを歩く少女の思いは伝わってくる。
だからこういうガキは苦手だ、と顔をしかめながら、しかし立ち止まって、


「まァ話は大体理解できた。でもこれからどっか寄ってオマエに話聞かせてやる時間もねェし、
 あーめんどくせェな、なンなら家に来るか?」

「良いんですかぁ!? 行きます! あ、じゃあついでにプログラミングについても教えて下さい! 今日少し触れたやつ!」


即答。
テンション一気に右上がりで、嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。
やっぱり今から突き返すか、と少し思った。
480 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:23:18.66 ID:Q2CJXww0

「お邪魔しまぁす……、第一位の家! って感じはしませんねぇ」

「なら帰るかァ? つーか帰れ」

「あ、すみません別に悪気はないんですよー! ほら、学舎の園とかっていかにも『お嬢様』なのでここも『第一位』! なのかなぁと」


単にお嬢様とかレベル5とかに憧れているだけっぽい初春は、一方通行の後ろきょろきょろしながら付いていく。
と、リビングのドアを開けかけた一方通行が後ろを振り向いて、


「あー。アレだ、同居人居るけど気にすンな」

「同居人さんですかぁ?」

「ン、今寝てるみてェだけど」


一方通行に続いてリビングに入ると、確かに同居人らしい、こたつに入ってぐでーっと突っ伏している茶髪さんが目に入った。
何故か既視感を感じる。顔は反対側を向いているものの、あの後頭部にはやはり見覚えがあった。

食べかけなのか、4分の1ほどになった蜜柑と別の蜜柑の皮がこたつの上に転がっている。


「適当に座っとけ、今飯作るからよ」

「あ、はい。失礼しまぁす」


初春の脳裏をよぎるのは、とある電撃使い。
こたつで気持ちよさそうな寝息をたてる彼女と同じようなヘアスタイルの、頼れる先輩だ。


「でも、そんなわけないですよね……」


声に出して否定する。
その頼れる常盤台のお嬢様が第一位と同居しているなんて聞いたこともないし、大体常盤台は全寮制だ。
しかし、好奇心旺盛な初春としてはどうしても気になって、顔を――


「んあーあっつう」

「ひぃえぇえ!?」


少し覗いてみようとしたら、寝ていた茶髪さんが顔を上げてうーんと伸びを。
タイミングが良いのか悪いのか、危うく頭と頭をぶつけそうになった。
481 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:25:29.17 ID:Q2CJXww0

「あ、すみませんすみませ、……って、御坂さん……? じゃない、えぇ?」

「んー、別に気にしてない……って、はぁあ? 誰? え、はぁ?」

「あ、初春っていいます、お邪魔してます」

「初春さん? こっちはミサ、……って違うっつのぉおお! ちょっとうちの主夫は何処行った!? 不法侵入かコラ!?」

「え、主婦ですか? 何のこと、あ、でも不法侵入じゃないですよ! 第一位さんならそこに、」

「ちょっとぉおおおおお! なになになんなのこれ!? なんか花畑が居るんですけど!」


あわあわとする初春を差し措いて、いつもの数倍早く頭の中まで覚醒した番外個体が対面式のキッチンにいる一方通行に詰め寄る。
文にすると感嘆符乱用だけど実際はヒソヒソ小声です、という器用な事をやってみせた。
ホールトマトやチーズをどばーっと入れたリゾットを作っていた一方通行はそんな彼女とは対照的に冷静で、


「オマエなァ、こたつで寝るなって何回も言ってる、」

「はぁ!? そんなのどうでも良いの、あのガキ誰!? もしかしてミサカにしか見えないの!?」

「あァ、何か今日講習会終わったあと付いてきたンだよ。めンどくせェけど教えて欲しいことあるらしいし」


そう教えてやると、番外個体から思い切り冷たい視線を浴びせられた。


「へぇ、やっぱりあなたってロリコンとかそっちの人だったの? 気持ち悪ーい」

「オマエ何言ってンだっつの、ただの中学生じゃねェか」

「アレはどう見てもつい最近までランドセルしょってたね! あーもうマジありえない」
482 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:31:25.61 ID:Q2CJXww0

番外個体は何やら相当苛立っているようで、露骨に嫌そうな顔をしている。
頭をわしゃわしゃと掻きつつ一方通行と後ろの方できょとんとしている初春を見比べて、


「……ミサカご飯いらないから。外で食べるし」


むっすー、という言葉がよく似合う表情を作り出すために思い切り顔を歪めた。


「何ですかァいきなり。苛々してどォしたンだよ、しかもオマエの好きなチーズ入りなのによォ。もしかして生理、」

「うっさい! ……リゾットは夜食べるから残しておいてよ。今日バイト休みだから」

「あァ? ちょっと待て、つーかバイト休みなのか、」

「初春さん! この人ロリコンだからすっげぇ気をつけた方が良いんじゃないかなぁ」


ぴしゃりとはね除けるように一方通行の言葉を遮って、番外個体が初春に忠告する。
ただしその声は親切からくる優しいものでなく、皮肉めいた刺々しい声だ。

二人の間の不穏な空気と自分に向けられる敵意らしきものを感じ取ったのか、初春はあうあうと困っている。
一方通行は何が何だか分からないというか、戸惑った様な表情を浮かべていて、番外個体はそれが無性に苛立つ。
だから乱暴にコートを掴み取って、行く充てもないのに冷たい冬の街へと飛び出した。



「あのぅ、追いかけなくて良いんですか?」


番外個体が出て行った部屋で、怖ず怖ずと初春に聞かれた。


「彼女さんなんか怒ってましたし……」

「……彼女とか、そォいうンじゃねェンだよ、アイツ」


追いかけて良いのであれば、追いかける。
しかし番外個体はそれを望むのかが分からなくて、その疑問は自分の中で妙なブレーキとなった。


「ちくしょう、クソッたれが……」
483 : ◆3vMMlAilaQ [saga]:2011/01/07(金) 22:36:44.48 ID:Q2CJXww0
今日は以上です、この先も投下する予定で書いてたんだけど長くなっちゃうので一区切り
R15に関しては変な期待をさせちゃってたらごめん。でもまだ濃くとかそういう段階じゃないのだよ

今日も稚拙な自分にお付き合い頂き、ありがとうございました
読んでくれたみんなには本当に感謝なんだよ!
3連休のうちにもう一回来るんだよ! 
寒いから身体に気をつけてくだしあ。おやすみー
484 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/07(金) 22:55:05.50 ID:bY0z/.AO
おつ

いきなり喘ぎ声だったから焦ったwwwww
485 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/07(金) 23:01:30.09 ID:u4iza3k0


あの電話はなんなんだよww
486VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/07(金) 23:05:11.75 ID:eVQRBUDO
乙!

やれやれ後一週間で人生二度目のセンター試験が始まるってのに……続きが気になって勉強に手が付かないじゃないですか
491 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/08(土) 19:27:10.18 ID:T9KqOkAO
shitミサワさんかわいいよかわいいよshitミサワさん
492 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/10(月) 00:39:03.90 ID:wILlekY80
正月だからってお餅焼くミサワ可愛いよミサワ
 
493 : [saga]:2011/01/10(月) 01:30:15.73 ID:dpbVRjUy0
こんばんはー、レス有り難う。すごく励みになります
センターの人達意外と多いんだね、大変だろうけど頑張ってくだしあ

今書いてる分はもう少しで終わりそうなので、また後で来ます。取り敢えず寝るー

>>490
LUIKOさんは出るのかなぁ……初春だけでも無理矢理感が否めない気がするしwww


>>466ちょっと訂正。日本語拙くてごめんね
>昨夜はバイトが急遽休みになって――、『急遽』よりは、急にとか突然、いきなりの方が適切かなぁと

脳内補完よろしくです
バクマンの声優陣豪華だよねってことでおやすみー
494 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/10(月) 22:45:49.92 ID:EP09QV20o
wwktk待機

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