2013年10月26日土曜日

とある一位の精神疾患 1

1VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:19:43.45 ID:haW3nCUxo

・不定期更新、頻度低め

・完全捏造、オリジナルキャラ多数

・性的描写、残酷描写あり

・恋愛描写少なめ

・不謹慎ネタ

2VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:20:43.46 ID:haW3nCUxo

あれは一体、いつのことだったのだろうか。


                         「気持ち悪い……なんて生意気な目つきなの」


「一方通行」と呼ばれる者が、初めて自分の目で見た世界。
それは、大層暗く汚い場所だった。


                        「その薄い色の髪の毛、目も、そっくりじゃない」


体中が脈打っているのではないかというほどの痛み。
寒くて、全身の皮膚が逆立っているような気さえしてくる。


                 「名前も、顔も、どこまで私を苦しめれば気が済むのかしら」


悪臭が鼻の奥に突き刺さる。涙を流すほどに酷い。
氷のような指先は細かく震えるばかりで感覚すらない。


                      「なにを見ているの。いやらしい、吐き気がするわ」


右耳から暖かい液体が流れていく。左からだけ聞こえる声はやまない。
口の中は固まりかけた血液と、胃液の味でいっぱい。

 
                「あんたのようなものが大きくなったら、きっとあの人みたいに
                         どこかの阿婆擦れをはらませるに違いないわ」


物心ついてからと言う表現が当てはまるのかはわからない。
まだ名前も付いてなかった「この」自分を傷つける女。
彼女と初めてあったときのことだ。


                       「そうなる前に、「お母さんが」処分してあげるわ。
                                       感謝しなさいよ……」


その日、「この」自分が生まれたのだった。





                     「……――百合子」




3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:21:16.79 ID:haW3nCUxo

             どん→
        ピ↑      ↓              バタン↓
ザ――→         どん→      きぃ、             ふァん♪
    ガガッ  ガチャン↓    ↓
                どん→  ガリッ ――――→カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑
                   ↓  ↑        
       痛          ザァアアアアアアアアアアアァアアアアアァァァアアアアァアァア↑
                                        ぱしゃ。










           →あ
           ↑  \           ↑
               ↓         」
           と           /
                る ――――



                    ユ
            →          リ  コ
             →           位
              →      一
               →            の





                  ア ク      レ ―――――――¬
                ↑ 精  セ ラ  疾  _____/
                    ↓ 神     「
                             |    
                             ↓

                              タ
                             患






                                苦
    じゃり↓   うわああ!ぁぁ! ァ→           ごぼ↑ごぼ→ごぼ↓
  トン♪              キ――――――――――z_____    バシャ
トン♪   ガチャ                                 ↓ 
 トン♪  ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓
        ギィィィィィィィイィイイイイイィィィイィイイイィイィイイィ    げほっ! ごほ、ガガガガガガ↑
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:21:59.77 ID:haW3nCUxo

ふと、ベッドの上の人影が起きあがった。
伏せていた白いまつげの下から真っ赤な瞳が現れる。

枕元の携帯電話を開くと、表示時刻は午前3時を回ったあたり。

暗く、物が散らかっているが、自分の部屋だ。
それを確認すると、部屋の主である人影、一方通行は枕に顔をうずめた。

シーツを握りしめる両手にも、布団を蹴った形のままの脚も傷一つ無い。
暖かく、柔らかい布団。干したばかりの匂いがする。

静かだ。

途端に、胃を突き上げるような感覚が襲ってくる。

「ゥ、」

口元を覆って洗面所まで手探りで進んだ。

目眩が酷い。もはや瞼を閉じている方が賢明に思えた。

電気をつけて白い洗面台に顔を突っ込むようにする。
閉じたままの瞼の裏が赤く染まる。

古くなった水道管が詰まったような音の後に、
ビタビタと堅い物の上に少量の液体が飛び散る音が聞こえた。

蛇口を捻ると、勢いよく水が流れ出した。
静かだった部屋は流れる水の音と誰かが激しく咳込む音が際だつ。

ちょっと待てよ。
一方通行はパチリと目を見開く。

「誰かが」咳込む音?
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:22:26.82 ID:haW3nCUxo

洗面台の鏡をのぞき込む。

青白い顔で苦しげに咳をしながら彼を見つめているのは、真っ赤な瞳、白い髪を持つ少年。
目尻に涙を溜めながら、嗚咽混じりにえづいている。
すべての音が遠くで鳴っているように思える。

違う。これは、

いくら吐き出そうとしても、禄に食事をしていないものだから、唾液と胃液程度しか出てこない。
指を喉に突っ込んで無理矢理吐き出したい。
しかし、一方通行の指は洗面台の縁を握りしめたまま、ぴくりとも動いてはくれない。

そればかりか、彼の唇は勝手に動いた。

「ごめ、ごめンなさい、ごめンなさい、ごめンなさい、あ、あ、あ、ご、」

一方通行は大いにショックを受けていた。

こんなの、自分じゃない。
彼はそう考える。

明け方に怖い夢を見て、泣きながら嘔吐して許しをこう。
それも、いつもより弱々しく、少し高い声で。

まるで「小さな子供」のような。

まるで、「自分の体じゃない」ような。

そして悟った。

そろそろ「この」自分も、潮時なのだということを。

ふと気づけば、洗面台を握りしめる手の感覚が戻っている。
聴覚が戻り、頬を暖かい涙が伝っていく感覚も戻っていた。

流れ続ける蛇口の水で顔を洗い、口をすすぐ。
意を決して鏡を見つめると、当惑したような、絶望したような表情で荒い息をついている。
一方通行の姿が見える。

戻って来た。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:22:53.52 ID:haW3nCUxo

ふーっと長く、息を漏らした。
流れ続ける水を止めて、寝間着代わりのTシャツの裾を引っ張って顔を拭う。

それでやっと、自分が汗だくで荒い息をついていることに気づいた。
一方通行はそのまま服を脱ぎ捨て、風呂場に入っていく。

洗濯機に放り込もうとして下に落ちた服を入れ戻す事もできない。
らふらと風呂場のタイル壁に手をついた。

下を向いたままシャワーの蛇口を捻る。
一瞬冷たい水が出て、その後すぐに適切な温度の暖かい湯が彼の頭にざっとかかる。
湯に暖められて、ふんわりとした蒸気が立ち上った。

シャワーの湯にはだいぶ温度差があったはずだ。
彼はそれに身を縮めることもしなかった。

かちかちと小さな音がする。
一方通行はそれでやっと自分が小刻みに震えて、歯が鳴っていることに気づいた。

どうかしている。
そんなこと、あるわけ無い。
ずきずきと頭の芯が痛んだ。

曇りかけた鏡を拭う。
映っているのは怯えた顔だ。

ただでさえ白い肌には血の気が無く、青ざめている。
体格は中性的だ。ひょろ長く、筋張りもせず、なめらかさにも欠けるどっちつかず。

アンバランスで、頼りなく、気味が悪い。そう映ったのである。
全裸になってようやく女性でないとわかる程度の容姿を隠すように鏡は徐々に曇ってゆく。

次は、

シャワーの奔流に痛む頭を突っ込み、目を堅く閉じながら、一方通行は思った。

次は戻って来られないのではないか、と。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:23:23.77 ID:haW3nCUxo




                  1 不眠症




8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:23:51.09 ID:haW3nCUxo

御坂美琴は今日に限って、待ち合わせより1時間も早く待ち合わせ場所を訪れた。

待ちあわせと言っても気になる彼とのものではなく、いつもお決まりの3人組みである。
場所も決まってファミリーレストランのボックス席だ。
先についているのも、何と言うことは無い。単に予定がなかったからに過ぎない。
先に着いて冷たい飲み物でも飲みながら借りていた漫画本でも読もうかという所だ。

連日決まった顔ぶれで現われるために店員にも顔を覚えられてしまったらしい。
席を案内されるのではなく、彼女の顔を見ただけですっと窓際の禁煙席を指した。

「お好きなお席にどうぞ」

「ありがと」

窓際の一番壁際に客は居ないらしい。今日はラッキーだ。
そう思って、彼女は少々機嫌良くそちらへ足を向けた。

入り口が見えるよう、奥の方のソファー席に腰掛け、一息つく。

ドリンクバーだけ頼もうと顔を上げた瞬間。
1つ向こうのボックス席にこちらを向いて座っている人物に、彼女はようやく気がついた。

テーブルに肘をつき、それで額を支えながら何か書き物をしているその人物は、
窓から差し込む陽光に白い髪を輝かす、御坂美琴の元宿敵だ。

「一方通行?」

思わず漏れ出た声にびくりと肩を震わせると、彼は隠すように左手で手元を覆った。

「……オリジナル」

呆けたような声に美琴は少々面食らう。
そんな調子で話すような人だったっけ?
思い返してみても、悪態か嘲笑じみた台詞くらいしか記憶になかった。

少々今でも打ちとけきっているとは言えない仲だが、何故か今日は話せる気がして
美琴は鞄を手に一方通行の向かいの席に移動した。

「何でオマエが……おい、座ンじゃねェ」

「堅いこと言わないでよ」

ベルを鳴らしてドリンクバーを頼む。

その隙に目の前の少年は手早く書いていたものを畳んで封筒に突っ込んだ。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:24:40.31 ID:haW3nCUxo

「手紙書いてたの?」

「オマエには関係ねェ事だろォが。首突っ込むな」

好奇心丸出しの問いに対してというには取りつく島がなさすぎだ。余裕がない。


「別に、今時珍しいじゃないって思っただけよ」

ドリンクバーを取りに立つと、向かいから横柄な調子でコーヒー、と催促された。
見下ろした顔が何だか疲れているように見えたのと、何だか機嫌が妙に良かったため、
テーブルに戻るときの美琴の手にはカップが二つ握られた。

「はい」

「ン」

コンと置かれたカップに礼を言うどころか一瞥もせず、一方通行は手元に集中している様子だ。
封筒の縁にきっちりとノリを付け、丁寧に封じていく。
あの調子ではペーパーナイフも入らないだろう。

変だ。

御坂美琴は彼を知っている者なら誰もがそう思うことを、まさに考えた。

礼を言わないのは普通だ。
だが手紙を書いたり慎重にノリ付けたりする作業が似合う奴じゃない。
そんなの、普段の彼の行いから見たら、可愛らしすぎて寒気がする。

「もしかして、ラブレターとか?」

罵詈雑言の嵐か、小馬鹿にしたような嘲笑か。
そう言っていたものを想像していた美琴は次の言葉に面食らった。

「ある意味では、そうかもしれねェ」

あまりの衝撃に、御坂美琴は手元のカップ倒す。

「あァ? 気を付けろガキ」

首元のチョーカーに指を滑らせ、一方通行が指でテーブルをコンと叩く。

衝撃の向きをどう操作したのか、倒れたカップがかたりと立ち上がった。
テーブルいっぱいに流れ出したアップルティーが、
その衝撃の余波で跳ね返るようにカップの中に戻って行く。

スイッチを切りながらカップを変えてこいという目の前の人物の顔を、
美琴は穴があくほど見つめ返した。

「アンタ、本当に「あの」一方通行?」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:25:11.42 ID:haW3nCUxo

もしかすると、美琴は無意識に気づいていたのかもしれなかった。
常日頃の無礼すぎる言動で応えて欲しかった可能性もある。

しかし目の前の白い男は、ただ疲れているか、うんざりしているように見えた。

「オマエの頭が愉快なのは今に始まった事じゃねェが、」

ふーっと静かに長い溜息をついて、世にも億劫そうに赤い瞳が美琴を睨んだ。
一方通行はそっと手を伸ばし、美琴の取ってきたコーヒーに口を付ける。

白いまつ毛が伏せられる。
黒い液体が通過しているだろう喉がこくりと小さく動いた。

「勘だけはイイ線行ってるかもなァ?」

その意味を美琴が考えている内に、一方通行は封筒などの荷物を手早くまとめていく。

軽そうな書類ケースを持つのと逆の手で素早く杖をついて、面倒そうに立ち上がると
細い指を美琴につき付け、こう言った。

「会計、オマエの奢り」

「へ?」

それだけ言うとカツカツと軽い音で杖を操って、出入り口に向かって歩いて行った。

急いで丸めてある伝票を取る。
何と言うことは無い。二人とも飲み物だけ。

まあこれくらいなら仕方ない。次に会ったときに自分も何か奢らせよう。
美琴は未だに信じられない気持ちで窓の方を眺めた。

突然だった。

鋭く堅い音。

その後、柔らかいものが地面に落ちる音がして、店員の女性が短く悲鳴を上げた。

「お客様? あ……大丈夫ですか!? すみません!!」

はっ立ち上がり、出入り口に目を向ける。

白い人影が横倒しに倒れている。

ゆさぶり、肩を叩くのに全く反応を示さない。

店員が振り返って、美琴と目が合う。

誰にともなく叫んだ。

「救急車! はやく! 呼んで!!」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:25:46.26 ID:haW3nCUxo

いつもの病院、いつもの診察室。

いつものカエル顔に、いつも通りののんびり調子で医師は美琴に告げた。

「寝不足による貧血だね」

「は?」

紙のように真白い顔になった少年に付き添って救急車に乗り。
処置室の前の長椅子で最悪の事態に思いを巡らしながら待たされ。
深刻そうな声で診察室に呼ばれた彼女にかけられた言葉が、前述のものである。

「……ミサカネットワークの不調だとか、脳障害の後遺症だとかそういう?」

「いや、ただの貧血だね? 電撃はやめてくれないかな? ここは病院でね」

何とか憤怒を抑えつけ、美琴はそれでも静電気をぱちりと鳴らした。

ふざけている。
あんなに酷い倒れ方で、死人のような顔をしていたくせに。
あんなに待たせて、友人の約束をすっぽかさせて、心配させたくせに。

無駄だった心配を燃料に、怒りのボイラーはフル稼働。

「もう目が覚めると思うけどね?」

「行ってきます……」

ゆらりと立ち上がり診察室を出ていく。

その背中に、冥土帰しは確かに修羅を見たという。

「……ただ」

たった一人の診察室に独り言にしては真剣すぎる声が響いた。

「貧血にしては、少々気になることが多すぎるけどね?」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:26:13.21 ID:haW3nCUxo

かつかつとリノリウム床にローファーの靴底が響く。

通り過ぎるナースにお静かにと注意されたが、少女は止まらない。

病院の廊下、肩で風をきるように歩く少女は
先ほどストレッチャーが運び込まれたばかりの病室に、ノックもせず押し入った。

「アンタねぇっ!! ふざけるんじゃないわよおおおおおっ!!」

物凄い音を立てた扉と大声に、既に身を起こしていたベッドの上の人物が身を震わせた。

細すぎる左腕から伸びた点滴管を握り締め、乱れた白い髪を直そうともしていない。

真っ赤な目が、心底怯えたように見開かれている。

美琴の脳内には怒鳴りつけたい文句が溢れすぎている。
喉の奥でどれから叫ぶか順番争いの真っ最中だ。

一瞬の静寂。

そこに、は、は、と浅く荒い呼吸を聞き取り、美琴の頭の中の冷めている部分がそれに反応した。

白い塊がシーツと絡まり、ベッドの向こうに転がり落ちる。

点滴ポールが倒れて大きな音を立てる。

いつもより余計に高い、もはや上ずったような悲鳴が部屋中にこだました。

「ィやだ、ごめ、あ、いた、ァい、いや、うァ、い、こわい、なに、ェあ」

「ッ!?」

ぶるぶると震え、這って、壁際に身を寄せて、無様に怯える白い生き物。

「だ」

涙の膜を通して美琴の姿をいっぱいに映す。

震える唇が、何度もどもった。

そして言った。

「だれ」

美琴が壁際のナースコールを押すより早く、騒ぎを聞きつけた冥土帰しが扉を開けた。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:26:44.54 ID:haW3nCUxo

「ちょっと二人にしてくれないかな?」

それだけ言われ、彼女は再び廊下に閉めだされている。

御坂美琴はどうにか自分の目撃したものに整理をつけるべきだという思考に思い至った。

一方通行。
貧血?
妙な言動?
コーヒー代=問題なし。
手紙? 書類ケース。
救急車。
店員。
寝不足。
昏倒。
怒。怒。怒。 驚く?
だれ=誰。
一方通行。
御坂美琴。
一方通行? 妹達→実験(→凍結)。妹達≒御坂美琴。
御坂美琴=認識不能?

認識不能?

昏倒→強打? 頭部?

一方通行=(御坂美琴≠怖い)。 ←× ←×!?
(御坂美琴=怖い)≠一方通行

一方通行=?
一方通行(=)=一方通行(≠)

一方通行(≠)→損傷? 障害? 能力? 弊害? 後遺症? ……

言語化する暇も無い程に加速する思考に歯止めをかけたのは、背後で開いた病室のドアだ。
弾かれるように立ち上がる。

「ちょっと入ってくれないかな?」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 05:27:20.60 ID:haW3nCUxo

そっとね、と付け加えられ、御坂美琴は再び病室に入った。

彼女の顔を見てベッドの上の少年はびくりと身を縮めたが、再びベッドから落ちる事は無かった。

「君?」

とても静かに、そして優しげに掛けられた冥土帰しの声に、赤い瞳がぱちりと不思議そうに瞬いた。

「この人は誰かな?」

じっと見つめ、確かめ、何度もどもった後で、小さな声が答えた。

「だれ」

美琴が何か言う前に、冥土帰しが遮る。

「では君の名前をこの人に教えてくれないかい?」

たっぷりの沈黙の後、子どものように従順な声が答えた。




「ゆりこ」




学園都市の第一位は、今や
抑揚のない、しかし怯えきった声でそれだけ答えるのが精いっぱいだった。 
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 12:44:23.89 ID:+EqAtLWuo

おきた

くらい

そと、よるだ

だれ

「オイオイ、もォちょっとくらい粘れ」

しろい、あかい
へンだな

「はぁっ……はぁっ、」

おンなのこ、だれ

あし、けが、ちがでてる
いたい、いたそう
ぶたれてる、けられてる

「あはっ! こりゃ瞬殺かァ?」

「げうっ!?」

いたいっ

「せめて頭使えよなァ? 集団で奇襲かけるとか」

なに、このひと、こわい

わらってる

「つっまンねェーンだよ、毎回毎回、自爆するか、一撃で終いじゃよォ?」

くび、しめてる

しンじゃう
ぼくにはわかる

「ここまで弱いと逆に辛いンだぜェ? こっちも」

「あ、ぐ」

「退屈で死ンじまいそォでさァ! もはやこれは精神攻撃だよなァ!」

わからない、なに

これ、なに
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 12:45:11.31 ID:+EqAtLWuo

「俺に……一方通行に正面から突っ込んでくるンじゃねェよ」

あくせられいた

「聞いてンのか乱造品ッ! いい加減学習しやがれッ!
 俺を撃つな! 殴るな! 近づくなッ!! 分からねェのかァ、自滅ばっかしやがってよォ!」

がン、がン、ごつ、めき、ぶち、どさ、びたびたびた

「粗悪品! 脳味噌使えボケがッ! 入ってねェのか!? あ゛ァ!?」

めぎゃ

どぼっ

「ほらァ! ここに! 詰まってる! だろォがッ! 生きてるうちに使え!
 ココは殺される前に使うもンなンですよォ! そンなこともできねェか!?」

こわい

もう、おンなのこが、おンなのこじゃ、ない

にンげンじゃなくなった
なくされた

「返事はどォした? あ? ネットワークで全員に伝えましたかァ?
 第一位からのアドバイスだ。嬉しィだろ? 次回から精々活かして頑張ってなァ?」

ぼと

「はァ……」

なんでかなしそう
なんで

へン

あくせられいた、へン

あくせられいた、こわい

あくせられいた

しろい、あかい、こわい、わからない

でも、ちょっと、ぼくのかおににてる
かも、しれない

あのこみたいになりたくない
いたくなりたくない

あくせられいたには、ちかづかない

あのひとと、おンなじくらい、こわいとおもう


たぶン、きらい
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 12:45:57.58 ID:+EqAtLWuo





                 -1 ねられない




26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 12:46:24.51 ID:+EqAtLWuo

おきた

また、くらい
よる

そと、くるま

おンなのこ、まえのより、もっとちいさい

「楽勝……だってンだよ……」

あくせられいた

あくせられいただ

おンなのこ、あばれている、ころしている
あれ
ほンとうにそうかな、ころしているのかな

あくせられいた、さっきと、ちがう、かな

がた

なに

おとこのひと

なにかもってる

「邪魔を、するな」

しってる、こわいものだ、あれはこわいもの、ぼくはしっている

あくせられいたもこわがってる

にげなきゃ

にげられない

あくせられいた、にげない、にげられない
ぼくもにげられない

わかる
にげたら、おンなのこがひどくなる、たぶン

あくせられいた、こわがってる

おとこのひとも、こわい、ふるえてる
あのひとは、あくせられいたが、こわい

ばン

おおきい、おと、うるさい、なにか、こっちくる、きたらいやだ、こわい、きっといたい

いやだ、にげなきゃ、あくせられいた、にげないとだめ

ゆっくりにみえる

くる、きた、いたい、はいってくる

いたい、いや、いや、いやだ、いや


 さ わ ら な い で
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/03(日) 12:47:00.32 ID:+EqAtLWuo

おきた

あかるい

へや、しろい

ひとり
だれもいない

あくせられいたも、おンなのこもいない
おとこのひともいない

うで、なンかいたい、なンだ、ついてる、うでからなにかでてる

こわい

そとでおとがする

だれかくる

がら

おンなのこ
どこかでみたことある、かも、しれない
おもいだせない

おこってる

すごくおこってる

こわい

こわい、こわい、こわい

もういやだ
あのひとみたい

わからない

どこ

だれ

こわいよ

あくせられいた

だれでもいいよ

こわいから、だれか、ぼくをたすけて
ゆりこをたすけて 
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 11:55:36.02 ID:kKNJlYkOo

上条当麻は帰路を急いでいた。

今日買わなければならない物が脳内でリストになり、冷蔵庫の在庫と照らし合わされる。

もやし、卵、にら。餡かけにして。
パンが無かった、補充。
炊飯の予約スイッチは? 入れてきている。
汁物。とろろ昆布が少々残っていたはずだ。

授業中にも脳味噌をこれくらい稼働できれば補習の回数も減るだろう。
が、それは無理な相談だった。

ふとポケットの携帯電話が振動する。

「御坂美琴」

もはやお決まりのビリビリ中学生からのメールだ。

また「勝負しろ」だの「ゲコ太」だのという文字が飛び込んでくるのではないか。
十二分にある可能性を危惧し、上条当麻はメールの文面を薄眼でチラリと眺めた。

「ん?」

違う。
足を止め、もう一度文面を読み返す。

「もし来れるなら病院に来て。冥土帰しが呼んでる。協力してほしい。おねがい」

いつもは口語調で、少量の絵文字をささやかにちらばせたメールを送ってくる。

推測だが。

上条当麻の頭の中で何かが組み上がっていく。

急いでいるか、怒っているか、取り乱しているか。
もしくは、ピンチ。

携帯を閉じて走り出す頃には、先ほど夕飯について回転していた脳内が
すでに最悪の事態に備えてさまざまな単語と可能性を提示し始めていた。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 11:56:10.89 ID:kKNJlYkOo





                  2 記憶喪失




42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 11:56:58.39 ID:kKNJlYkOo

「……で、何があったのでせう?」

冥土返しから手渡された氷嚢を腫れ上がった左頬にそっと押しあてながら
上条当麻は恨めしげな声を出した。

「ごめん……」

横で項垂れる美琴。
文句を言いたいような、自分も謝らなければならないような気分にさせられた。

たしかに、駆けつけるまでに色々と考え込みすぎたのは少々、まずかった。

御坂美琴が辛そうな顔をしながら病院の正面玄関で待っていたのもよろしくなかった。

勢い余って少女の手を取り「無事か、美琴」などと口走ったのはそれほど悪くない筈だが
その直後、走ってきた勢いを殺しきれずにつんのめり、彼女を押し倒してしまったのは大失敗だ。

美琴の電撃を纏った右手が素晴らしいまでの軌跡を描いて
少年の左頬に吸い込まれていったのは、その数秒後であった。

「……ごめん」

「いや、俺もすみませんでした……」

結局後者の気持ちが勝った。
一瞬の気まずい沈黙を、冥土帰しの咳ばらいが一掃した。

「わざわざ来てもらってすまないね? 実はちょっと、君にも確かめて欲しくてね」

不思議そうな顔でもしていたのか、目の前の医者はリラックスさせるように微笑を浮かべ
上条当麻に理由を話しだした。

「さっき彼女が付き添って運び込まれた患者に面会してほしいんだ」

「? 俺が?」

一瞬そんな事か、と拍子抜けした。
しかし、その言いまわしが気になった。

「そうだよ」

「知り合いですか? 俺の……運び込まれたって事は、何か怪我を……」

身を乗り出す少年を宥めるように、冥土帰しは両手を広げて見せた。

「知り合いといえば知り合いかもしれないね? でも、もしかしたら初対面だ」

「?」
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 11:57:48.44 ID:kKNJlYkOo

「外傷はないよ。安心してくれて構わない。ただ……」

先入観は持たず、普通に見舞いに来たように面会してほしい。
そして、決して怖がらせないでほしい。

それだけ言われて、上条当麻は診察室から連れ出された。

あまり中身の宜しくない頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。

「ここだね」

廊下の隅の隅、指示されたドア横のプレートには「スズシナユリコ」と掲示されていた。

スズシナユリコ?

面識はない、はずだ。
偽名か、もしくは本当に初対面かもしれない。

冥土帰しがコツコツとドアをノックする。
返事は無い。
きっかり2秒待ってから、音を立てず、そっとドアが開かれた。

「やあ、お見舞いのお客さんだよ?」

にこやかに語りかける声は、まるで小さな子供に向ける用のもの。

「おみまい」

しかし、抑揚無く帰ってきた声は、どこか聞いたことのある中間の音程。
上条当麻は内心ますます首を傾げた。

視界を遮る医者の背中が横に退くと、ベッドの上の細い人物が彼の目でもようやく確認できた。

「あれ?」

ぽかんと不思議そうに口をあけてこちらを眺める。

見覚えがあった。
その色も形も珍しい、見間違える筈のない特有のもの。

「一方通行? なんだ、入院してたのってお前……、?」

ただ、表情だけが違った。

眉を寄せてこちらを睨みはずの赤い眼は、警戒心と好奇心丸出しだ。
上条当麻の姿を観察しているだけ。

「あ」

普段引き結ばれているか、もしくは片側だけ吊りあがっている唇は緩み、何か言いたそうにはくはく動く。

「あくせら、れいた」
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 11:59:08.93 ID:kKNJlYkOo

違う。
一方通行ではない。

上条当麻の直感がそう告げた。

「だれ」

やっとのことで発音された言葉を聞きとって、後ろの美琴が小さなため息をついた。

「自己紹介してくれないか?」

「え? ああ……俺は」

冥土帰しに促され、自分の名前を名乗る。

だれ?
その一言で胸騒ぎが拡大した。

一方通行でない。もはや確信めいてきた。
忘れるはずがない。

それに、からかいでそういう態度を取っていたとしても、美琴に対してならまだしも
自分に対してこんな幼児のような演技はできない。
一方通行の中で自分はそういう、弱そうな姿を見てはいけない種類の人間だ。

「あ、あ、あ」

「ん? 聞いたことがないかな? この人は上条、当麻だよ?」

ベッドの上の人物が首を傾げた。

「とうま」

「どこか悪いのか? 何で入院、というか……そのなんで」

反射的に上条当麻はそう口に出した。
冥土帰しの咎めるような視線に、しまったと口をつぐむ。

しかし本人はただ反対側に首を傾げ直すだけだ。

「ゆりこ」

「ゆりこ?」

こっくりと頷く。
後ろの美琴がそっとベッドに歩み寄った。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 12:00:30.02 ID:kKNJlYkOo

「ねぇ、本当はからかってるだけなんでしょ? 私の事分かるでしょ?」

「え、あ」

少しだけ怯えた色を乗せて、白い少年は身を引いた。

「御坂美琴よ。超電磁砲でも、オリジナルでもいい」

縋るような声で美琴は言った。

「み、みと」

先ほどよりもたっぷり時間をかけて何度もどもった。

「みこ、と」

ひっ、と少女が息を飲む音がした。

冥土帰しはそれを遮るように、二人の背中を押して病室を出ていくようにと指示した。

「ごめんね、疲れていたのにお客さんを呼んでしまったかな?」

「あの、の、ぼ、くは」

「うん、どうしたんだい?」

ドア越しに二人の会話が聞こえる。
閉じたドアにもたれていた美琴が、ずるりと滑り落ち、しゃがみこんだ。

「なんで……」

「御坂」

「この顔も、アンタの顔まで、分からなかった……」

「何があって」

答える前に大きく開いたドアに遮られる。

「診察室に行こうか?」

静かな医師の顔だった。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 12:01:30.54 ID:kKNJlYkOo

診察室は静かだった。

脳のMRIが大きく映っているのを見ないように、二人は顔をそむけている。

「さて、こういうのは大抵保護者に話すんだが、今彼を保護者に合わせないべきだと思う」

冥土帰しは切りだした。

「保護者? って」

「君は知っていると思うが、黄泉川愛穂だね? まあその訳は後だ。
 彼の症状だが、君を呼んでいることと、あの面会で分かったかとは思うが」

はっきりと言い切らないうちに、上条当麻はその発言を引き継いだ。

「記憶喪失……?」

「君のものとは違うが、そう思う。脳には全く損傷は無いけれどね?
 まあ、先天性のものと、以前負った外傷はあるが、これが関係しているかどうかは」

脳の損傷と聞いて、美琴がスカートを握り締めた。

「無い? じゃあ、前の傷の後遺症が……言語野に障害があったから!」

「その可能性は低いように思うけどね? 気になるのは、彼の状態だ」

「変だろ!」

上条が立ちあがって一方通行の病室の方を指差した。

「脳に異常はない。記憶だけが無くなっている!
 記憶はエピソード記憶や意味記憶の集合体だ。でもあの話し方は……」

「全て失っている。話し方、習慣、性格、気質なども含めて」

上条当麻の人格は、記憶喪失で失われることはなかった。
もちろん記憶喪失前後の人格が完全に一致しているかは分からない。
しかし、似たような行動や言いまわしをすると何度も指摘され
そこに関して言えば、誰にも違和感を指摘されたことはなかった。

「まだはっきりとは分かっていないが、彼には8~9歳までの記憶はあるようだね?」

「9歳?」

美琴がいぶかしげな声を上げる。

「でも、その……あの態度とか、話し方は……」

言いづらそうにしているが、意図は伝わった。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 12:02:23.80 ID:kKNJlYkOo

あの表情、発音、動き方は9歳とは思えない。
妹達の打ち止めが10歳程度として、テスタメントやネットワークの情報を差し引いても
まだ彼女の方に軍配が上がる。

先ほどの「先天性」という言葉がちらりと脳内をかすめた。

「知能は……2歳程度と言っていいね。ただ、そこに関して言えば記録が残っている」

ばさりと机の上の山を崩す。

「それは?」

「一方通行、いや、鈴科百合子が学園都市にやってきた時に受け取った調査報告書だね?」

もちろんコピーだが、とつぶやく。
そのときふと、美琴は先ほどからあまりに不自然だった問題に気づく。

「ちょっと待って、ゆりこ、って? あの、さっきも自分でそう言ってたけど……まさか」

「彼の本名だよ? 都市内では使われていないがね?」

「はぁ!? いや、でも今彼って……」

二人が落ち着くまで、冥土帰しは辛抱強く待った。
並べられた椅子に座りなおし、気まずそうにこちらに話しの続きを促す。

二人に飴の入った小さなカゴを差し出しながら、医師は続ける。

「性別か名前のどちらかが間違っていると言いたいんだね?
 確かに彼の肉体は……生まれた時は、男性だ」

「生まれた時は?」

イチゴ味の飴を口の中で転がしながら、美琴は耳敏く捉えた。

「「今」は……」

「プライバシーがあるからね」

あまり上手いとは言えない言い方で濁し、冥土帰しは自分も1つ飴玉をとった。

「日本では、男に女性名をつけたり、その逆も、そういうことは特に禁止されていない」

ゆたか、という女性もいれば、さとみという男性もいる。
そう説明されたが、流石にこれは苦しかった。

「でも、男に「百合子」というのは……」

「しかし本当だ。彼が学園都市に来ることが決まったとき、約9歳だったそうだがね?
 体格は6歳児の平均と同程度。知能は、直前の児童相談所での簡易検査の結果で」

2歳児相当。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 12:02:53.25 ID:kKNJlYkOo

こっくりとした濃厚な沈黙が部屋を満たした。

「記憶が戻る可能性は大いにある」

その一言に、二人ははっと顔を上げた。

「君のように脳を物理的に破壊されたわけではないからね。
 記憶を刺激するような話をしたり、一緒に過ごすうちにいつ記憶が戻ってもおかしくない」

「でも逆に……」

「そう、戻らない可能性もある」

疲れたような瞳が診察室や廊下を見通しているように、一方通行の病室の方向を見つめた。

「先ほど看護師が点滴を変えに行ったんだが」

とても沈痛な声だ。

「彼は成人を過ぎた女性が怖いようだ。また、若い男性の……こちらは医者だけのようだが。
 その傾向がある。いや、白衣を着た男が正しいか」

理由は不明だが、と付け加えるのを聞いて、上条当麻は納得したように頷いた。

「そう、黄泉川愛穂と同居人の芳川桔梗は成人している」

「私は……」

「さあ、彼が怯えていたのは第一印象の問題だと思うね?
 看護師の入ってきたときの取り乱し様に比べれば、君はまだ全然彼と話すことができると思うよ?」

そう、と反省と後悔、それに少しの安堵が混じった声が答えた。

「しかし、あの状態が続くなら、彼の保護者は面会に来られない」

乾いた唇を少しなめて、上条当麻は冥土帰しの瞳を正面からとらえた。

「俺が話しに来ます」

私も、と急いで後に続く美琴と、真剣な顔つきの上条に向かって
人を安心されるような頬笑みを疲れた顔に浮かべながら、最高の医者は約束した。

「ありがとう。必ず彼の納得するような治療をするよ?
 幸い僕は白衣を着ていても彼に怖がられないで済んだ。精いっぱい努力するよ」

右手が差し出される。

「やってみよう」

上条当麻は、念のため左手を差し出す。
おっと、と声を上げて、冥土帰しも左手で握手に応じなおした。 
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 21:12:28.39 ID:kKNJlYkOo

おきた

くらい

なにもみえない

めに、なにかついている、かもしれない

「オイ! 離せ! 放せ! クソ! 何だよ、実験なのかこれェっ!?」

あくせられいた

すこしちがう、かな
でもたぶン、あくせられいた
まちがい、ない

うごけない

あし、うで、くっついている

「一方通行」

おとこのひとだ

こわい

こえだけでも、わかる
めがみえないとき、とくべつ、わかる

このひと、こわい

「き、木原くン? はは……なンだよ、これ? 縄抜けの実験でもやンのかァ?」

あくせられいたは、こわくない

あくせられいた、たぶン、このひとと、なかよしだ

こわくて、かたまっていた
でも
ちから、ぬける
あンしンしてる

あくせられいた、まえより、きらい、すくなくなった

このひとは、しらないひと
でも、あくせられいた、やっぱり、このひと、しってる

ぼくは
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 21:13:22.21 ID:kKNJlYkOo





                 -2 おぼえてない




65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 21:13:48.78 ID:kKNJlYkOo

「縄だあ? 馬鹿言うな、ワイヤー入りの拘束服だよ、クソガキが」

きはらくンは、なンか、いじわる

「へェー? いい趣味してンなァ? で? 引きちぎっちまっていいンですかァ?」

あくせられいた、ちっとも、しンぱい、していない

「強がるんじゃねぇよ。第一、能力使えないのにどうやって引きちぎるってぇ!?」

あし、もちあがる

うえにうかぶ

あし、いたい

「ひっ!? ……あ? えァ?」

「能力使えねぇだろ。対能力者用の拘束だ、大人しくしてろ」

あくせられいた、なにかしたい
でも、しても、できない

「なンで、クソ、演算が……おい、何なんだこれッ!! おろせ! 外せ!」

うごけない

あしいたい

あたま、おもい

「血ぃ登ってきてんなぁ。顔真っ赤じゃねぇかクソガキ。
 最後に拝むのがそんな愉快なツラじゃ、当分忘れられそうにないねぇ」

さいご

「は、ァ? さい、最後ォ? もォ実験、しねェの……?」

くるしい

あくせられいた

あたま、いたい、おもい

「実験体のデータも、取り終わったら絞りカスだろぉ? 一方通行ぁ!
 産業廃棄物を高額で買ってくれる奴がいたからには、このチャンスに売り飛ばさねえとな」

「て、め」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 21:14:16.04 ID:kKNJlYkOo

がンがン、する



あくせられいた、おこってる

おこってる、こわい

こわい

「嘘だろ……は、木原くン、嘘」

いき、くるしい

「うるせぇんだよ、ガキ! もうてめぇは用済みだ」

「約束したのに! こわくねェって言ったじゃねェか!」

なみだ

「何で俺がガキなんか怖がらなきゃならねぇんだ」

「他の奴はみンなそォだ! こわいって! ちかづかねェじゃねェか!」

「勘違いすんじゃねぇぞ、一方通行」

ぼくは、こわい

「ほンとだ! こっちくるなって、目も合わせない! 俺のこと、怖いから、どっかいけって!」

「笑っちまうな! 明日は腹筋痛くて仕事になんねぇぞ!?」

こわい

「怖いんじゃねぇ、気持ち悪くて吐きそうなんだよ、てめぇのそのイカレたツラがよぉ!」

もう

「騙したな、てめェ! 死ねッ! くたばれ! 殺す! ころす! 殺してやるッ!!
 オマエは平気だと思ったのに! 騙した! 裏切った! アイツと一緒だ! 殺す、殺す!」

こンなの、ききたくない

「……やってみろ、クソガキ」

「ァぐっ!?」

がくン

おちる
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 21:14:42.88 ID:kKNJlYkOo

おきた

くらい、やね、ある

だれかいる

だれ

おンなのこ



みと
み、こ

「これより第1回目の実験を開始します。
被験者一方通行は所定の位置に着いてください、とミサカは伝令します」

なにかもってる

それ

だめだ、それは

「反射を……」

だめ

あくせられいた、だめ

それは

「あァ、そうかい」

パン





ごとン

「?」

あくせられいたが
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/04(月) 21:15:10.33 ID:kKNJlYkOo

あのこは

しンだ
ころした

あくせられいたがころした

また
またころした

こわい

こわい

あくせられいたは、たぶン、ぼくも、ころす

かも、しれない

いやだ

いや、かな

いやなのかな

いたい、は、いやだ
でも

それより、こわい

「あァ……?」

あくせられいた

おどろいてる
なンでかな

しなない、と、おもったかな

うそ

だって、あくせられいたがころした

ころした

ころす、あくせられいたは、こわい

こわい 
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:06:04.94 ID:AH12KWz+o

翌日は、学校が終わってすぐに駆けつけた。
御坂美琴が病室のドアをノックすると、中から冥土帰しの、どうぞという声が聞こえてきて
そっと入室すると、ベッドの上の人物は病衣に袖を通している所だった。

「あ、ごめんなさい。診察中だった?」

「もう終わったから、大丈夫だよ?」

袖を通したはいいが、甚平タイプの病衣に戸惑っている。
どうしていいかわからない、と言いたげに冥土帰しを見上げるが、本人はそれをかわして
すれ違いざまに美琴の肩をぽんと叩いた。

「手伝ってあげてね?」

「へ」

振り返ると病室のドアが閉まる所で、まんまと逃げられてしまった。

「み、みと」

困ったような声でおずおず様子を伺う。
御坂美琴は覚悟を決めた。

「えーと、こっちが下。ここを結ぶの」

「むすぶ」

不器用そうに震える指が紐を堅結びにしようとするのをそっとやめさせ
美琴はそれを蝶結びに直してやった。

「こう」

「、」

「ここをひっぱると解ける」

「あ」

結び目をしげしげ眺める様子がまさに子供のそれだ。

美琴はこの白い生き物を一方通行だと思うことをやめにした。

「いい? 一度結んで」

「ン」

「そう、こっち、下でしょ? こっちをこう持って……そうそう。で、くるっと」

丁寧過ぎるほどの蝶結び講座だった。
が、一度聞いただけでもう片方の紐も結べるようになったのを見て、美琴は認識を改めた。

知能が低いと言っても、知らないだけなんだ。
頭は良い。それも、かなり。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:06:33.19 ID:AH12KWz+o

そこまで考えて美琴は当たり前だと思う。
少なくとも頭の中に詰まっている脳は学園都市の最高峰なのだ。出来の悪い訳がなかった。

「あ、ありが、と」

「どういたしまして……」

この拙い発声やら発音も、教えれば良くなるのだろう。
美琴はそう思いながら、ベッド脇のパイプ椅子に腰かけた。

罵詈雑言のあらん限りを尽くした会話をつつがなくとめどなく続けられる程度には。

「あの、昨日はごめんね? びっくりさせちゃって」

罵詈雑言で思い出した昨日の自らの失態に、美琴は少々顔が熱くなるのを感じた。

先ほど困ったような顔をしていたのもその所為だろうに。
一方通行を怯えさせるというのは変な気がしたが、それより子供を苛めているようで
今となっては美琴はあの時激昂していた自分を怒鳴りつけてやりたかった。

「み、と」

頭を下げる美琴に驚き、下げた頭を上げさせようと頬に手を添える。

「わ」

「あ、あ、あ、ご、ごめンなさ」

叩かれでもしたように戻って行った手を捕まえる。

「ご、ごめんね! びっくり、し、し、した、だけだからっ!」

「あ、う、」

どもりが感染してしまったらしい。

「み、みと」

「ん? ああ……みこと」

「みこ、と」

「みこと」

「みこと」

「そうそう」

原始的なコミュニケーションであった。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:07:02.67 ID:AH12KWz+o

「みこと」

「何? えっと……」

微かに微笑む目の前の白い生き物を『一方通行』と呼ぶのは、美琴からしてもお断りだ。
かといって、あくまでも少年に対して『百合子』と呼んで良いものか、と逡巡が生じた。

「ゆりこ」

「え、えーと……」

「ぼく、は、なまえ、ゆりこ」

「ゆ、百合子……」

「ン」

何やら満足げだ。
自分の名前に違和感を感じている様子はない。

「どうして百合子って名前なのかしらね」

ぽつりと漏れた独り言を、百合子は残さず聞きとっていた。

抑揚のない小さな声。

「ゆりこは、わるい」

美琴が不思議そうな顔をしたからだろうか。
ちょっと考え込んでから、説明めいた言葉を並べていく。

「ン、ゆりこ、は、わるいなまえ」

「悪い名前……って」

「ぼくはにてる、にないように、しな、きゃ、だめ、だから」

余計に分かりづらい。
それを顔に出さないようにしながら、美琴は曖昧な返事をした。

記憶が戻るか、話し方が上手くなるまで、訊かないことにしよう。

その時だった。
病室のドアがノック無しに乱暴に開けられ、彼女が入室してきたのは。

「やっほう。今日も元気に殺しに来たよ、第一位」

病室に断末魔と間違えてもおかしくないほどの悲鳴が響いた。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:07:37.85 ID:AH12KWz+o





             3 心的外傷後ストレス障害




90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:08:05.52 ID:AH12KWz+o

数分後。

学園都市最強のレベル5は落ちつかなげに浅く早い呼吸を抑えもせず
無表情で涙をぽとぽと零し、時折しゃくりあげるように痙攣するだけの生物に成り下がっていた。

「は、は、うゥ、く」

その背中をそっと擦ってやりながら、美琴はため息をついた。

「話には聞いていたけど……番外個体……ね」

それに答えたのは、先ほど百合子が上げた悲鳴に対して
一番早く病室に駆け込み、番外個体を閉めだした張本人。

「うん。ミサカと一緒にお見舞いに来たんだけど……」

しょんぼりとうなだれるのは、御坂美琴の体細胞クローン、妹達の司令塔、打ち止めである。

手に持った紙袋から着替えが覗いている辺り、一方通行の荷物を届けに来たようだ。

「ミサカが先生にお話を聞いているうちに番外個体だけ勝手に入って行っちゃったの
 って、ミサカはミサカはミサカが置いてけぼりにされただけでなく
 この人をここまで怯えさせた番外個体の罪は重いと断言したり!」

「ミサカミサカ……混乱するわ……」

当の番外個体は2番手で駆けつけた冥土帰しに捕まり
診察室で打ち止めの代わりに現状報告を聞いている。

「どの道妹達のうちの誰か1人が把握できていれば同じ事だからって
 ミサカはミサカはこの人の傍にいる事を選択してみる」

にっこり笑って、打ち止めは百合子の顔を覗き込んだ。

濡れた赤い目がその顔を見て、ようやく涙をぬぐった。

「みこ、と」

「ううん、お姉様はこっちだよ? って、ミサカはミサカはお姉様を指差し自分との差を強調したり」

不思議そうな顔で打ち止めの顔を眺めている。
何か考え込んでいるようだ。

「私は打ち止め。一緒に住んでたの! あなたの着替えも持ってきたんだよ?
 って、ミサカはミサカは紙袋を指差して注意を促してみたり」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:09:16.33 ID:AH12KWz+o

焦ったような困ったような顔をする理由が美琴にはなんとなく分かったような気がした。

打ち止めの独特な口調に圧されているのだろう。
助けを求めるように見上げるのに、大丈夫、と微笑むと、少し遠慮がちに口を開く。

「ら、ァす、」

「打ち止め。らすと、おーだー、だよ。
 ってミサカはミサカはリピートアフターミーを要求したり」

「らすと」

「うーん、愛称ということで許可! って、ミサカはミサカは一方通行とミサカの親密性を……」

美琴が止めようとする前に、打ち止めは小さな掌で口元を覆った。

本人が名乗る以上、覚えていないような呼称で接されるのはストレスになるだろう。

そう告げられてはいるが、美琴のそれよりも深く根付いた打ち止めの生活習慣は
まだ完璧には打ち消しきれない。

「あくせられいた」

繰り返す百合子の顔に浮かんだ怯えに打ち止めは慌てた。

「あ、ごめんなさいっ! 間違えちゃったのって、ミサカはミサカは誠心誠意謝ってみる!」

百合子の白い髪をそっと撫でる打ち止めに、例の遠慮がちな調子で唇が開かれる。

「らす、と、は、あくせられいた、しってる、かな」

「え?」

ぴた、と手がとまる。

「よる、くらい、く、くるまのなかで、おとこのひと、なにか、なにかもって」

うわごとのように呟くのを聞いた途端。

打ち止めが百合子の懐に飛び込んだ。

「……一方通行! 一方通行! 思い出したの!? お姉様、この人……!」

突然抱きしめられて当惑し、パニックになっている百合子。
今にも泣き出しそうな打ち止めを引き離し、美琴は叫んだ。

「落ちついて打ち止めッ! ちょっと待っ……百合子? 百合子しっかりして!」

過呼吸を起こしてのたうち回る少年を抑えつけ、美琴はナースコールのボタンを押した。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:10:39.28 ID:AH12KWz+o

「君のDNAは何か彼と因果があるのかもしれないね?」

冥土帰しの言葉に、美琴と打ち止めが項垂れる。
番外個体だけが面倒くさそうに明後日を向いていた。

「いいかい? 君たちも辛かったり、混乱するのはわかる。
 でもね? 一番辛くて、混乱していて、怖がっているのは他ならぬ彼なんだよ?」

「ごめんなさい……」

「反省してます……ってミサカはミサカは早とちりを思い出して赤面したり」

「ミサカ悪くなぁいもん! 大体ちょっと記憶なくしたくらいで皆大げ……痛ぁ!!」

打ち止め渾身の一撃を喰らった頭部を押さえて、番外個体はうずくまった。

「何すんの!」

「こっちが言いたいのって、ミサカはミサカは姉の威厳をもって叱ってみる!
 大体初対面の人に「殺しに来た」なんて言われたら……」

「ぶっひゃ、あの顔、最高だったよねぇ!! マジでぞくぞくきちゃう」

反省の様子など微塵も無くケタケタと笑い転げるクローンを見下ろして
御坂美琴は皺の寄った眉間を抑えた。

「このミサカにとっては今の第一位でも昔の第一位でも、どっちでも変わらないんだよ。
 痛めつけて喘がせてあげたいのは変わらないし? 顔だって変わらないもんねぇ?」

そう言って爪を噛む番外個体に打ち止めが物言いたげに地団太を踏んだ。

「大体あの凶悪面が、いつまでも記憶なくして涎垂らすようなステキな失態晒す訳ないじゃん?
 今のうちに楽しまないと損しちゃぁう! ミサカは割を食いたくないだけでね?」

記憶が戻ると確信している。
だから、今の一方通行に、百合子にどう思われても構わない。
百合子がどう壊れてもいいのだ。

一方通行という人物を困らせ、痛がらせ、最終的に殺せれば過程はどうあれ構わない。

その真意が透けて見えて、美琴は顔をしかめた。
すごい妹を持ってしまった。

「それはどうかな?」

同じ顔を突き合わせて騒ぐ3人の間に割って入ったのは冥土帰しの一言だ。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:11:08.29 ID:AH12KWz+o

「はあ? 何それ?」

「僕はあまりこういう「最悪の場合」の話はしないんだが……
 今回は医療でどうにかなる問題じゃないからね?」

ふぅ、とため息をひとつ。
冥土帰しはデスクの上の飴が詰まったカゴを取りあげ3人にすすめた。

打ち止めは嬉々としてイチゴ味を選び、美琴はそれを見てDNAの恐ろしさを味わった。
一方番外個体の方はといえば、渋々というポーズをとってはいるが、飴の包み紙を
丁寧に剥がす様子からして満更でない。

「意見が分かれて喧嘩する時は、大抵お腹がすいているか、甘いものが足りないからだね」

朗らかに笑って飴を取ってから、冥土帰しは正面のスクリーンに脳の映像を映し出した。

「人間の脳は、コンピュータに例えられることが多いけれど
 実際はそれより遥かに精密で、遥かにいい加減なものでね?」

百合子のものだと指示されるが、生憎と3人には脳の構造や疾患に関する知識はない。

「敢えて例えるなら、彼のコンピュータはあまり上等な作りではないね。
 製造段階で外装にへこみ。内部に血栓……これはそうだね、回路不全だ」

太めの指がとんとんと叩いた部分は、葉脈のような血管が一際白くくっきり映る。

その部分は血が流れていない、死んだ部分だと説明が続いた。

「そして、銃創。ここだね。外装が砕けて、CPUだのメモリだのが機能を停止した」

「それを担っているのがミサカネットワークなんだよねって、ミサカはミサカは確認したり」

「ああ。そして記憶などが収まっているHDが今問題になっている部分だ」

脳の中間を指す指に、視線が集まった。
番外個体がじれったそうに先を促す。

「でも外装だのメモリだのって、記憶に関係ないんじゃないの?
 別に今まで平気だったんだし、今更問題になるっていうのがミサカにはよくわかんない」

ガリガリと飴を噛み砕きながら番外個体が言う。
もういっこ、との催促に答えて、カゴが差し出された。

「問題はコンピュータと違って買い替えが効かない、部品交換ができないことだね。
 彼の肉体は大分ダメージを受けている。それが原因かもしれないが」

「?」

「通常記憶喪失というのは、何か脳に衝撃をうけたり、強いストレスを感じたり……
 そういった誘発剤、つまり引き金となるものが見つからないんだよ」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:11:35.30 ID:AH12KWz+o

寝不足により起こった貧血。
確かに記憶喪失と結び付くかと言われれば、少々弱いような気もする。

「そういうケースもあるんじゃない? ストレスならそれこそ」

このミサカとか、と自分の鼻をチョンとつっつく番外個体を打ち止めが横目で睨んだ。

「無いとは言えないね? 現に症例があそこにいる。
 ……けれど、そうなったのには理由があるはずだ。記憶を失っても仕方がない程のね」

真剣な眼差しがスクリーンに注がれている。

「あの子は強い子だよ。それがああなってしまう程なんだ。
 僕には想像もつかないが、それほどまでに理由があったのだと思うと、楽観視はできない」

気まずげな沈黙。

しかし、当の番外個体はけろりとして椅子を蹴った。

「ミサカには関係ないね」

「アンタね、今の聞いてたでしょ? 今はそういう事言ってる場合じゃ……」

「お姉様にはわからないだろうけど、ミサカはそういう生き物なの」

立ち上がった美琴よりも、さらに上。
吊りあがった眦がグリグリと睨みつけて来る。

「同じDNAでもね、ミサカの本質はどちらかというと、あのクソッタレな第一位の同類なの。
 どんなにあれがカワイソーな姿になっても、このミサカは態度を変える事なんてできない」

野生のネコ科の獣を思わせる残忍な表情が覗く。

「困らせて、痛めつけて、怖がらせて、泣かせて、殺したいの。
 理性が他にどうしたいと考えても、本能は止められないんだよ?」

それに言い返そうとした美琴の唇に人差し指を押し当てる。
ついでとばかりに飴玉を2、3個くすねて番外個体は出ていった。

「……彼女も本当は心配しているんだね」

「へ、あ……アレで!?」

美琴が動揺し、打ち止めがやれやれとため息をつく傍で
冥土帰しはニコニコと曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:12:03.42 ID:AH12KWz+o

上条当麻がようやく病院にたどりつく頃には、日が傾き、光にうすく色がつき始めていた。

途中でスキルアウトが女の子に絡んでいるのを助け、犬に追われ、道路工事で回り道
携帯を学校に置いてきて逆戻り、からもう一度同じ犬に追われるというフルコースだ。

とぼとぼと病室に向かう姿からは哀愁が漂っていた。

しかし、病室の前に掲げられた「スズシナユリコ」の文字を見て
上条当麻は背筋を伸ばした。

深呼吸を2回。笑顔を心がけながらスライド式のドアに手をかけた。

「えーっと、おじゃましまーす……?」

開けてしまってから思い出した。しまった、ノックをしていない。

男の部屋だしまあ良いだろうと、あまり良くない良い訳で自分を納得させてから
先ほどまで美琴が腰かけていたパイプ椅子に座った。

「……寝てるのか?」

1日で2度も過呼吸を起こしたせいで、酸素マスクのようなものを取り付けられている。

「昨日より悪くなってはいないだろうか……」

安らかとは言い難い寝顔で浅く息をつき、シーツを堅くにぎりしめている。

「ン、」

ばさ、と中途半端に長い髪が枕を打った。

「、っィやだ、やめ、」

魘されている?
顔をよく見ようと立ち上がると、音に反応したのか、薄い背中がビクンと反った。

「おい!? ちょ……起きろ一方……百合子!」

骨ばった肩と頬を叩く。

堅く閉じられていた瞼が薄く開いた。
その隙間から涙がこぼれる。

「は、あァ、とま」

「ん? ああ、うん……大丈夫か? 怖い夢でも見たとか、どっか、痛いとか」

ごしごしと目元を擦る様子が目新しい。

酸素マスクのようなものが邪魔なのか、不思議そうに触っている。
上条当麻にはそれを取っていいものか判断しかねたので、あまり触らないようにとだけ言った。

「なあ、大丈夫か?」

「い、いたく、ない、けど」

「じゃあ怖い夢?」

「ンー、わかンない」

かくりと首をかしげる。困ったような顔つき。
これが百合子のデフォルトなんだな、と上条は1人頷いた。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:12:29.76 ID:AH12KWz+o

「みこと」

「ん? 御坂も来てたのか?」

「ン、あと、らすと、きた」

「らす……打ち止めか?」

「みさかは、みさかは、」

「打ち止めだな」

体を起こそうとモソモソ足掻くのを手伝ってやる。
泣いた所為で少し目が腫れていた。

病室の窓からはオレンジ色の夕焼けが差し込んでいた。

「まさかお前とこんな風にのんびりお喋り出来る日が来るとはなー」

妙な可笑しさがこみ上げる。

「はは、変なの。まあ嬉しいけど」

「うれしい」

「ああ」

にへにへと閉まりのない笑顔で向かい合う2人。
美琴が居れば何をしているんだと頭を抱える所だが、今のところストッパーはいない。

その緩んだ空間を木っ端みじんに吹き飛ばすべく
入り口のドアが本日3度目の轟音を立てて開かれた。

「やっほう第一位! 番外個体ちゃんだよ~?」

「ひゥ」

電流を流されたように痙攣する百合子の視線の先を辿ると、噂の大きな御坂さん。

「お、お前……ここ病院」

「いーからいーからぁ。ほら、どいて」

怯えたように裾をつかむ百合子をかばうように、上条当麻は腕を広げる。

「誤解だって。お見舞いだよ? それともこのミサカにはお見舞いの権利もないのかにゃ?」

「み、まい」

「そうそう、今は百合子ちゃんだったね? あっひゃひゃ、笑けるー」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:13:32.50 ID:AH12KWz+o

伸ばされた腕をかいくぐり、番外個体はベッドの隅に腰掛けた。

「表情ってでかいね。あなたの顔じゃないみたい」

上からじりじりと覗き込む顔に、百合子は不器用に身を引いた。

「ぎゃはは! 逃げない逃げない。やっぱり怖いのかにゃーん?」

「う、」

びくびく、おろおろ。

行き場の無い手で上条のシャツの裾を握ったまま。
もう片方の手は落ちつきなく上げたり下げたりを繰り返す。

「おい、可哀そうだからやめてやれって……」

「うるさいなあ。ミサカ今忙しいの!」

ギッと睨みつける視線が鋭い。
美琴もときには野生のヤマネコを想像させるが、番外個体はトラかヒョウの獰猛さだ。
打ち止めはさしずめ愛玩用の子猫がいいところだが、と無駄な思考がよぎる。

「いいね! 最高にいい! その表情!」

「あ、」

新しいオモチャを検分するように、番外個体は嬉しそうに百合子の顔を眺める。

付けっぱなしだった人工呼吸器をはぎ取り、白い髪に指を差し込む。

「気にいったー」

がぶり、と音が聞こえるようだった。

危機感なく半開きになっていた薄い唇に、番外個体が横ざまに咬みつく。

は、はああああああああああああああ!?

声の出ない驚きは外野の方が大きかった。
上条にとっては青天の霹靂と言っていい。

あれ?
仲悪いんじゃなかったの?
というかそれ絶対入ってるよね?
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:14:21.34 ID:AH12KWz+o

「ン、く、」

百合子は必死に番外個体の肩を押し、離れようとする。
が、力の使い方もわからないか細い少年の腕と軍用クローンでは勝負が見えていた。

体勢も悪い。

百合子が未だ上条の裾を放せないでいるのに対し、番外個体は上からのしかかり
片腕で後頭部を抑えて逃さず、肩をベッドに押さえつけるコンボ技だ。
細い足が布団を蹴ってもがくのがわかる。

上条当麻は、DNAに逆らってまで発育の良いその乳房が
少年の平たい胸に押しつぶされて形を変えているのを冷静に観察していた。

不意に、堅いものが歯にぶつかる、かりっという音が響き、番外個体はつっと身を引いた。

離れた唇から唾液がこぼれるのを舌で舐めとり、満足そうに笑う。

「鼻で呼吸していいんだよ? 第一位?」

深い潜水から戻った人のように深く呼吸するのを宥めてやってから、乱れた髪を整える。

「ミサカは番外個体。み・さ・か・わ・あ・す・と! 言ってごらーん?」

「わ、わァす」

がたがたと震えながら、百合子が答える。

「及第点だよ、ユリコチャン」

その白い頬にちゅ、と音を立てて口づけてから
番外個体はやおらぎゅっと細い体を抱きしめて嵐のように去って行った。

「な、な……何だったんだ……」

濃厚なキスシーン(但し一方的な)を特等席で見せつけられた男子高生は未だ硬直。

「あまい」

「へ?」

振り返ると、百合子がもぐもぐと口を動かし、れ、と舌を突き出した。

薄い舌の上には黄色の飴玉が一つ。

「飴……」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:14:59.24 ID:AH12KWz+o

がっくり、と肩を落とし、椅子に戻った上条当麻に対して、百合子はあまり気にしていないようだ。

返って落ち込んだ様子の上条を心配しているようだ。

「とうま」

「んー? いやぁ、何でもないんですよ、何でも」

へへへ、と力なく笑うのを、百合子は無邪気な様子で眺めた。

「とうま、も、ほしかった、かな」

「へ?」

顔を上げた瞬間、ぷち、と唇に何かが当たった。

エ、の形に開けられていた口の中に、つっと堅くて滑らかな物が入ってくる。
ごく近くにある真っ赤な瞳を眺めている内に、それはすいと離れていった。

離れ際に唇とちらりと舐められて、上条当麻の意識は再起動し始める。

「……のぁあああ!? な、な、なにしてるんでせう百合子くんっ!? 上条さんは男の子ですよっ!?」

「あめ」

いつの間にか自分の口の中に移動した砂糖菓子を噛み砕きながら、上条当麻は吠えた。

「ほしかった、かな、と、おもった」

きょとん、とした様子でとんでもないことを口走る様子に、上条は思い出す。

そうだ、こいつ、9歳……いや、2歳なんだった。

犬にかまれたと思って忘れよう、そう思った瞬間。

ドサリと背後で物が落ちる音が聞こえた。

「あ、みこと」

「え」

少し嬉しそうな百合子の声に、首関節がゆっくりと後ろを向かせる。

予想通り、顔面蒼白な御坂美琴が常盤台指定カバンを取り落とし、棒立ちになっていた。

「……アンタ、おかしいと思ってたわ……好きでも無い女の子と同居して。
 あれだけ女の知り合いが多くても浮いた話一つないって……」
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/06(水) 13:15:27.21 ID:AH12KWz+o

ぶるぶると震え、すっかり色をなくしている。
それは上条当麻にも言えたことだった。

「い、いやあの、御坂さん? それは誤解で」

「そう、そうよね。いくら女の子に囲まれて何もなくても納得だわ。だって本人がゲイで」

「スト――ップ!! 待って! 違います! 上条さんは女の子が好きですのことよっ!」

「百合子は一応男の子でしょうが! ねえ!?」

急に話を振られ、不思議そうな顔をした百合子だったが、しばらく考え込むようにした後。
いきなり病衣の上をはだけて、胸元を覗き込んだ。

「ちょ、ちょ、だめよ百合子! ゲイの人の前で軽々しく服を……」

「違うっつってんだよ!!」

首をかしげながらズボンの前の部分をぐいと引っ張り、中を覗き込んでから
百合子はまじめくさって美琴に向き直った。

「おとこのこ」

「ほらぁ!!」

「ほらじゃない! というか確認しなきゃ分からないのでせうか!?」

「でもさっき、アンタ、き、きききききききき」

「あれは事故だああああああああああああああああ!!!」

頭を抱える二人を余所に、百合子は番外個体がそっと握らせてくれた二つ目の飴玉を
口に放り込んでいた。

「ああ、不幸だぁああああああああ!!」

叫ぶ上条当麻の唇から、ほのかにレモン味の残り香が漂っていた。 
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/04/07(木) 08:40:53.06 ID:Ewv9OTd/o

おきた

あかるい

あったかい、へや
おり、みたいな、さくがある

「木原くゥゥゥン! 飯まだァ!?」

ちいさい、あくせられいた

かべにはなしてる

「うるせぇクソガキ! まだ11時だ!
 が、ちょっと待っとけ、今そっちにいくわ!」

かべがしゃべった

きはらくンのこえ、かな
なンだかうれしそう

「……なンで?」

あくせられいた、うれしくない
きげンが、わるいかんじ

さくのむこうに、きはらくンがきた

がちゃン
とびらがあく

「一方通行ッ!! てんめぇ! このクソガキがっ!」

きはらくン

せがたかい
あくせられいた、だっこされてる

さかさまじゃ、ない

ちゃンとおなか、たかいたかいされてる

「うァっ!? な、なにしやがる! 放せ!」

あくせられいた、たかい、こわい

きはらくンはうれしい
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/04/07(木) 08:41:20.89 ID:Ewv9OTd/o

「この前の身体検査の結果、統括理事会から返事が来やがった!
 お前が第一位だ! レベル5の第一位に、お前みてぇなクソガキがなっちまったんだぜぇ!?」

きはらくン、よろこンでいる

あくせられいたは

「へ? レベル、5? それ……それ、本当なのかァ?」

びっくりしてる

きはらくンのかみのけをつかむ
きはらくンは、あくせられいたとちがって、かみのけが、ちゃいろ

あくせられいただけ、しろい

しろい、は、とくべつ、かな

「マジだよクソッタレ! 大マジだ! 研究費も降りた。新しい機材増えるぜ?」

「それはあンまり嬉しくねェ。この研究所、ぼろじゃン」

「黙れモルモット。最新の機材がねぇと安全な実験できねぇだろ?」

わしゃわしゃ

きはらくンの、ては、おおきい、あったかい

「ンー、でもそンなの。他の奴は喜ばねェよ……」

「ふざけろ。あいつらも喜んでたぜ? これでメシが食いつなげるってよ」

でも、それはうそだ、と、おもってる

「だってよォ! あいつら目も合わせねェもン。俺のこと、気持ち悪ィンだ……」

「ばぁか! そりゃお前、頭が上がらねぇんだよ。
 こんなちっこいクソガキが飯のタネなんだぜ? 自分で自分が恥ずかしいって奴だ」

「そォかなァ……怖いンじゃ、ねェの? そういう風に話してるやつ、居たぜェ?」

「ああ!? んな腰ぬけがいるのか。どうしようもねぇな!
 まぁいい。よーし、そんじゃ、今日は特別に甘いモン食わしてやる! 祝いだ!」

「マジでっ!? 木原くン、話がわかるじゃねェか! えっとな、俺なァ……」

「もう持ってきたっての。ホレ、黒蜜堂のフルーツゼリー。でっかいやつ!」

「やったァあああああああ!! 木原くン! 半分こしよォぜ、半分こ!!」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/04/07(木) 08:41:52.14 ID:Ewv9OTd/o





                 -3 すごくこわい




121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/04/07(木) 08:42:35.04 ID:Ewv9OTd/o

おきた

ここは、またへやだ
おりのあるへや

ちいさい、あくせられいた

「クソガキー、起きろー! 実験始めんぞ。顔洗って着替えやがれー」

かべからこえがでる

きはらくンのこえだ

「うるせェ、クソ木原くン……」

ごしごし

あくびをした

ふくは、ぼくのいまのと、にてる
ちょっとおおきい

あくせられいたは、ぼくより、ちょうちょむすびが、へたくそだ
むすびが、たてになってる

がちゃン
とびらがあく

「今日は何の……をォ?」

「アホみてぇなツラしやがって、しまりがねぇぞ、第一位クン?」

きはらくンのこえだ

でも

「な、何ですかァ? その愉快なド金髪頭」

「イメチェンだ、イメチェン!」

「顔のはァ?」

「これもイメチェンだっつの。ワイルド系を目指そうと思ってよぉ」
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/04/07(木) 08:43:02.78 ID:Ewv9OTd/o

かみのけが、へンないろだ

それから、かおになにか、かいてある

「これシール?」

「マジよ、マジ。触るんじゃねぇぞ。結構ヒリヒリしてんだからよ」

もようのないほうのほっぺただけで、きはらくンがわらう

あくせられいたのかみのけが、くしゃくしゃされた

「カッコイイか?」

「ぶっ……! 似あわねェ! インテリ木原くンがグレたァー!!」

あくせられいた、わらう
わらってる

「てんめぇ……まあいい。その内このカッコよさが分かってくるぞ」

「ならねェよ! バァーカ!!」

あくせられいたは、きはらくンと、てをつないだ
いっしょにあるいてく

ながい、ろうか
しろ、ばっかり

「えっ……おい、もしかして木原さんじゃないか?」

「うわ、何だよあれ」

ざわざわ
ひとがいっぱい、いる

「木原くン、今日は挨拶もされてねェじゃン! やっぱ変なンだ?」

「ありゃ俺のワイルドさにビビってんのよ。器が小せぇなー!」

「……俺が手ェつないでっからじゃねェかな?」

「あ? お前の檻に行くときだってこんなもんだったぜ?」

「オリって言うンじゃねェ! ……って、それ怖がられてンじゃねェの?
 研究者ってそういうカッコの奴いねェもン」

「……かもしれねェな」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/04/07(木) 08:43:29.47 ID:Ewv9OTd/o

ぼくはおもった

きはらくンはやさしい

「ま、俺の恐れられ具合に比べりゃ、ただちょっくら実験動物じみた色のガキなんざ
 鼻くそみてぇなもんだな。何が怖ぇもんか、こんなひょろっちいガキ!」

「あァ!? 何だとクソ木原!」

「てめぇ、昨日あのアホみてぇに高いゼリー食わしてやったの誰だと思ってやがる!」

「オマエ自分で半分食ったじゃン!」

「俺の買ったもんを俺が食って何が悪い。お前に半分くれてやっただけ慈悲深いだろぉが」

「木原くンのばァか!」

「言ってろクソガキ」

あくせられいたは、きはらくンのてを、はなさない

「……ァりがと」

きはらくンは、あくせられいたがすきだ

「……んー? おぅ」

あくせられいたは、きはらくンがすきだ

「ばァーか」

「うっせ、クソガキ」

ぼくは

あくせられいたが

わかンない 
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:06:36.99 ID:P4Ax/ToX0

朝の冷たい色をした光。

布越しで和らいでいたものが、しゃきっというカーテンレールの気持ちのいい音
と共に
百合子の白い右頬を照らした。

ガラス越しでもちりちりと刺さるような刺激を感じる。
薄い瞼がつと持ちあがる。

「ン。」

ゆっくりと体を起こすと、目の前にはカーテンを開けに来た少女がいた。

常盤台の制服。
御坂美琴?
いや、ちがう、と百合子は首を傾げ、微笑んだ。

「おはよ、う。みさか、いちまンきゅうせン、きゅうじゅう、ごう。」

「あ……おはよう、ございます……と、ミサカ19090号は朝の挨拶をします」

「一方通行」が病院にやってきてから、すでに1週間が経っていた。

成人女性や、この病院に勤める医師の殆どを苦手としている「百合子」の簡単な
世話は
同じ病院で調整中の妹達が進んで引き受けていた。

診察やリハビリの余暇が有り余っていた事もある。
が、何より大きく変わってしまった彼に興味津津というのが正直な所だ。

中でも19090号が熱心だった。
性格的にも通じる所があったのか時折静かに談笑するのを冥土帰しは目の端で確
認していた。

「よくミサカだとわかりますね、ミサカ達の見た目は殆ど同一だというのに……

 ミサカは百合子が名前を覚えてくれたことに少しの優越感を感じます……」

「いちまンきゅうせンきゅうじゅう、ごう、は、やさしい。すぐわかる。」

ほやほやと微笑む姿に俯いていた少女の顔もつられた。

「……名前が長いですね、ごめんなさい。
 何かもっと言いやすい名前だったら良かったのですが……とミサカは申し訳な
くなります」

それに対して考え込むように宙を見つめる百合子。
1909号は慌てていった。

「何かあだ名か通称で呼んでもかまわないのですよ、とミサカは……」

「ン、でも、ちゃンとする。そのほうが、うれしそう、だから。」


138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:12:32.31 ID:P4Ax/ToX0

そう言って笑う百合子に19090号はしばし見とれた。

彼女の名誉のために言うと決して恋愛感情などではない。
彼女は白痴趣味も幼児趣味もない至って見た目年齢相応の感性の持ち主だ。

つまり、見とれていたのは百合子の病衣から覗く白い鎖骨と
その下にうっすらと続いていくなめらかな胸骨のラインだった。

「何を食べればそこまで細くなれるのですか? とミサカは己の欲望をぽろりと零します」

「えゥ、。」

不思議そうな顔で少女の視線を辿ると百合子は病衣の紐をしゅっと解いた。

「、ンー。」

袖から腕を抜きひらひらと動かす。

「な、何故脱ぐのですか! とミサカは口だけ窘めます……!」

「いちまンきゅうせンきゅうじゅゥごう、と、あンまりかわらない、かな。と、おもう。」

ひんやりとした指が19090号の手首を握った。

「ひゃ」

「あっ、う、ごめンなさい、あの。」

「あ、いえ、すみません、びっくりしただけです……とミサカは撤回します」

掴まれた腕を凝視しながらダイエットに励む思春期の少女は答える。

同じくらい?
たしかにそうかもしれない。だがそれでいいのか。
多分だが、身体年齢は相手の方が上で。しかも男性だ。多分だが。

自身の健康的なレベルぎりぎりに絞られた体躯を眺めるが目の前の白く皮の薄そうな
細い手首を見ると、もう少し細くなっても良い気がする。

悶々とした思考の渦に苛まれていると、いつの間にか横に人影が現われていた。

「君はその年頃の標準値と照らし合わせると明らかに『やせすぎ』なんだけどね?」

「ひっ! と、み、ミサカは何やらバレては不味い人に見つかったような悪寒を感じ
 なんのことやらとシラを切ることに決めたことをひた隠しつつ
振り向きます……!」

「……不運な口癖だね?」
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:13:56.37 ID:d405Jx7Zo

苦笑いをする冥土帰しに百合子は自ら声をかけた、

「あ、の。おはよゥ、ござい、ます。」

「おやおや、おはよう百合子。元気みたいだね?」

「は、ァ。えと、う、うン。」

良い傾向だと頬を緩める。
数日の会話訓練や指導のためか。百合子の発音は少しだけましになっていた。

「ほそくなりたい、の。」

「え、えーと、ミサカは……」

「もう、ほそい。もっと、したら、しンじゃう、。」

「え、えぇえー……と……」

素直に見上げて来る視線に耐えきれずミサカ19090号は明後日の方を向いた。

「そうだね、むしろもう少しふっくらしていた方が魅力的だと思うけれど。
 まあ、何より、百合子。君が言ってはいけないね?」

「う。」

冥土帰しが伸ばした手にギクっと身をすくめ百合子は困ったようにうなだれた。

「ちょっと、瞼を見るよ? 痛くないからね」

ぴっと下瞼を引っ張り、口の中を見てから冥土帰しはため息をついた。

「そろそろものを食べないと。元気にならないよ?」

「え? と、ミサカは百合子を振り返ります……」

「あ、ゥ、えと、ごめンなさ、。」

辛そうに下を向く少年。

鈴科百合子が一番最近口にしたものと言えば、番外個体に握らされた飴玉くらいのものだった。

点滴ポールに引っかかったビタミン入りの高カロリー輸液が、ごく緩慢な速度で
百合子の生命を維持すべく血管に潜り込んでいく。

白い少年は刻一刻と枯れていくように見えた。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:14:31.17 ID:d405Jx7Zo





                  4 拒食症




141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:15:17.93 ID:d405Jx7Zo

その健やかな朝の、たった6時間前の話になる。

鳴り響く警報の中で、その研究員はただ両手を上げていた。

照明が落ちて辺りは暗い。
さっきまで部屋の外から聞こえてきた悲鳴や銃声も、ぴたりと止んでいる。

侵入者がいるのは分かっていた。

しかし、それ以外は何も。

数は? 武器は? どこから、どうやって。何が目当てで。

いや、最後の質問は訊くだけ無駄だ。
研究員は背にしているデスクを振り返る。

この研究所には様々な実験のバックアップデータが残っている。
勿論その内のいくつかは機密性の高い重要なものだ。おそらく侵入者の狙いは、

「そのまま」

「ひっ!?」

突然の声に振り向こうとする首筋に、何か冷たいものが当てられた。

「こ、殺さないでくれッ!!」

高々と両手を上げた。

自衛手段の拳銃は袖口に隠してある。
もっと近づいてきてからタイミングを図ってから……

そう思った途端、袖口の不自然な重みが消えた。

「あらら。頼りにするならもう少し手入れをしないと。いざという時困るわよ?」

女、いや、もう少し幼い声?
拳銃がない。
まさか能力者か。

「両手を組んで頭の後ろに」

どこか笑いを含んだような男の声。これで2人?

「単刀直入に聞こう。木原数多の取り扱っていた研究データが欲しい」
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:17:03.86 ID:d405Jx7Zo

3人目!

きっとまだ居るだろう。
この研究所は最新鋭のセキュリティに、警備員も研究員も桁違いに動員されている。

最深部の資料室まで到達できたのは3人だけかもしれないが、きっと外には。

「返事がないようですね?」

2人目の声が答える。
すぐ後ろだ。心臓が跳ね上がった。

首筋に突き付けられた何かが角度を変え、天窓からの微かな星明かりに
やんわりとその形を浮かび上がらせる。

「ひ、」

ナイフ。
この学園都市で扱われる武器としては最も粗末な部類に入る。

しかし、それはただのナイフではなかった。

黒い濡れたガラスのように、ぬめった輝き。
ごつごつと厚みがあり、逆に、切っ先はちりちりと振動しているように鋭い。
何かの資料でしか見たことのない打製石器のようだというのが一番説明として適している。

「少し痛い目にあった方が話しやすいでしょうか?」

切るナイフじゃない。
突き刺して、はぎ取るための、もっと凶暴なものだ。

それを握った、まだ若い男の腕がくんなりと持ちあがる。
ヘビが鎌首をもたげるように研究員の首筋を這いあがり、薄い刃が強張った頬を撫でる。

生温かい液体が頬を伝って、ぴたりと白衣に雫を落とした。

涙? いや、血だ!
ナイフの当たる部分がかっと熱くなる。
どきどきと鼓動する心臓がそこにあって、今にも飛び出して行くように。

「き、きは……」

研究員の震える唇からそれだけが聴きとれた。

3人目がまた口を開く。
こいつが交渉役か?

「そう、木原数多のものだ。全部」
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:17:30.72 ID:d405Jx7Zo

何を言っている?
木原数多だと?

研究員の脳裏に、およそ研究者らしからぬ風貌がよぎった。

「考え事ですか。余裕ですね? できれば声に出して欲しいものですが……」

頬から離れたナイフが喉仏の辺りを優しくなぞる。
悲鳴が自然と口から洩れた。2人目は脅しと許しときた。
それからはもう、堤防が崩れるように思考が言葉になる。

「き、木原数多の研究は価値がない。それを不思議に」

「価値ならある。人によってはな?」

3人目が即答。こいつは逃げ道か。
1人目が笑う。

「そうそう。別に未元物質のアクセス管理コードが欲しいとか
 超電磁砲のDNAマップを寄越せとか言ってる訳じゃないのよ?」

「価値がないなら自分たちにくださっても構わないのでは?」

2人目が背後で囁く。

「ねぇ。そうでしょ? 何も盗まれなかった事にしたらいいじゃない?
 私たちだけの秘密にしましょうよ。要らないんでしょう? 木原数多の研究データなんて」

1人目。なんてことだ。まるで悪魔に唆されているようだ!

「誰も確かめないでしょうね、暗部に落ちた研究者の手記なんて。
 それを守って死ぬなんて……」

死ぬ?

死ぬ……!

研究員の背骨が一気に冷えた。
ごめんだ。あんなもの、そうだ。彼らの言うとおりだ。くれてやれ! 誰も気づかない!

「わ、かった。左の3つ目のキャビネット、Kの棚……」

「電子キーは?」

「I2K6-dn8x」
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:18:13.37 ID:d405Jx7Zo

3人目の男が壁際に寄り、キャビネットを確かめる。
スニーカーを履いているらしいが足音が無い。

電源を断たれた暗闇の中。
ペンライトを銜えてキーを打ちこむ横顔は、なんとまあ、まだ高校生くらいではないか?

「……木原の研究なら、その段の幻生の物と間違えてるんじゃないか?」

迷わず木原数多の分厚いファイルを手に取る金髪の男に、研究員は声をかけた。

「あの結晶の研究は凄まじかった。今でもしばしば話題に」

「どうでもいい」

「そのファイルに残っているのはただの日誌だ!
 木原数多は1匹の実験動物の所為で狂人になった研究者の屑だった!」

感情的な言葉を吐くうちに、研究者は背後の気配の消失に気付いた。
あとの2人も金髪の男の手元にあるファイルを覗き込み、内容を確認している。

何故?
そんなに大切なものなのか?

研究員の頭にかっと血が上る。

「昔は凄かった! 「机上の空論」でしかない物を次々立案して
 「樹形図の設立者」に「実行可能」を証明させて!」

しかし、その才能がずば抜け過ぎていたのが問題だった。

いくら「樹形図の設立者」ができると言っても、その検証や運用には途方もない年月。
それに莫大な研究費がかかった。

もし実現すれば世紀の大発見。ただし、今までの常識を全て亡きものにされる可能性も。

その研究に金を出す者はいなかった。

研究者はまくしたてる。
聴衆などどうでもいい。彼は若かったころに戻っていた。
木原数多の才能に憧れ、彼の元で何の実験かも知らないデータを収集して喜んでいたころに。

「才能は埋もれた! そして、あの化物がやってきて、木原数多の残りの人生を喰った!」

その日を研究員は忘れなかった。

何重もの拘束に頑丈な檻。獰猛な実験動物が研究所に移送されてきた日を。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:18:40.62 ID:d405Jx7Zo

3人の侵入者は冷たくこちらを見据えている。

もはや研究員の気が済むまで聞いてやろうという心積りかもしれない。

「化物がやってきて、彼の人が変わった。外見を変え、実験動物に過剰に接した」

化物はやがて人間のような振る舞いを始めた。
木原数多もそれを人間のように扱った。

化物でもなく、実験動物でもなく。

そして、

「研究費用が底をついた。
 木原数多の研究が、アレの能力を進化させる為のものではなかったからだ」

研究所の機材が売却された。
昔の実験動物が売却された。
研究員たちが次々解雇された。

一番高価なものが1つだけ残った。
 ..
「アレだ」

当時の研究員の中に、それを名前や通称、実験コードなどで呼ぶ者はいなかった。

ただの「アレ」か、「化物」だ。
それで十分。それが真実。

「アレを売ってほしいという機関はいくらでもあった。
 その中の1つが付けた値は木原数多の「机上の空論」を実証するに足りるほどの額だった」

木原数多はその機関にアレを売った。
そうせざるを得ない状況だった。

「そうして得た金で木原数多が研究し始めたのが、そのデータだ!」

バン、と拳がデスクの天板を叩いた。
研究員はもう若くはない。

若いころから趣味で集めてきた様々な実験データを他人に横流すのを。
それに適切な値段を付けることを覚えた。

そしてその内のいくらかを、木原数多が購入した。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/09(土) 01:19:48.09 ID:d405Jx7Zo

「彼は「机上の空論」など、もう忘れていた。アレの最新のデータ。
 それにしか興味を持たなかった!」

研究員はもう若くない。
埋もれた天才に憧れたのは昔の話だった。

「昔話をご馳走様」

「本当、もうお腹いっぱいだわ」

「では、そろそろ失礼」

3人が連れだってドアの方に向かっていく。

まるで今まで話していた話題は昨日拾った捨て猫が可愛いとか
最近の食事がレトルトばかりだとか、そういったものだったように振る舞う。

「そのデータに! 価値など、ない!」

金髪の男が振り返った。

「あるさ。埋もれた天才、木原数多の最後の机上の空論だ」

気がつけば研究員は屋上で横たわっていた。

周りを見回せば、今晩この研究所にいた全員がそこかしこに座って何かを待っている。

屋上に唯一通じている階段の鍵は中からしか開かない作りで
しかも夜間は電子キーが自動的にロックで固定されている。

朝になって日勤の研究者たちが来るまでの間、研究所の襲撃事件が知られる事はなかった。

また、侵入してきた3人組(たった3人だ!)が何を目的としていたのかも知られていない。

研究所から盗まれたものはないかという警備員の質問に答える者は誰1人いなかった。

木原数多の生涯の研究をまとめたファイルは、とある暗部組織の手中に収まり
翌朝の回診の後には学園都市最高の医師の机の上に乗せられていた。

そして、その最高の医師はといえば。

「百合子こそ、これ以上細くなっては死んでしまうのでは……
 とミサカ19090号はにわかに心配になってきます……」

「や」

「……しょうがない子だね?」

拒食症の少年に21連敗の真っ最中であった。 
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:23:14.92 ID:Wz5VkZkDo

おきた。

ここは、どこだろう。

おりのようなへやだ。
せまい。
くらい。

ちいさな、あくせられいたがいる。
ねている。

びーっ、と、おおきなおとがした。

「被検体、時間だ。本日の実験を開始する」

かべからこえがでる。

きはらくンのこえだ。

「……」

あくせられいたは、まるで、ねむってなンていなかったように、すぐたちあがった。

ふくは、ぼくのとにている。
かなりぶかぶか。

ちょうちょむすびができないから、かたむすびをしてある。
ほどけなくなってるようだ。
あくせられいたは、それをかぶって、あたまとうでを、もそもそとだした。

がちゃン。
とびらがあいた。

きはらくンだ。
でも、かおにもようはない。
かみのけも、ちゃいろかった。

「今日は磁場の操作を応用した金属の変形、移動実験だ。
 被験体は、まず第9実験室で計量を行ってから栄養食を……」

かしゃン。

きはらくンのあしが、ゆかのなにかをふンだ。

「オイ、被検体」

「……」

しろいいたにのった、なにか、たべものみたいだ。

「何がしたい。具合なら悪くないはずだ。なぁ? 採取した血液も呼気も問題なかった」
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:23:41.01 ID:Wz5VkZkDo

こわい。

あくせられいたは、こわがってない。
きはらくンに、おこっている、みたい。

「……」

「いいか、言いたいことがあるなら今のうちだ。言っておくがハンストならやめとけ。
 中心静脈経路からブドー糖を投与することだってできるんだ」

「……」

「ハナっから胃瘻っつって、胃に穴あけてチューブで流動食流し込む方法とるかもしれねぇ。
 いいか、拒食はストライキにはなりゃしねぇ」

あくせられいたのえりをつかむ。

「ハンストでもなく、ただの緩慢な自殺だとか言いだすんじゃねぇよな?
 くだらねぇ事なら今すぐ能力者用拘束かけて電動ドリルで腹に風穴開けてメシを流し込む」

こわい。

こわい。

しろくて、ながいふく。
くびがくるしい。
おとなの、おとこのひとだ。こわい。

おとなはちからがつよくて、ぼくはよわい。

だからこわい。

「もう一度だけ言うぞ被検体」

こわい。

「何か、言いたいことがあるなら、今のうちだ。
 今すぐ何か俺に意見してみるか、そこのエサを食うか、ココに」

ゆびがおなかにささる。

「穴があくかだ。5秒やる」

「いらねェ。要求だ」

あくせられいたがしゃべった。

なンだか、のどがかわいたみたいに、かさかさした声だった。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:25:01.77 ID:Wz5VkZkDo





                 -4 たべたくない




162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:25:42.35 ID:Wz5VkZkDo

「……何だ、被検体」

きはらくンは、ちょっとだけ、いらいらしているみたいだった。

「俺を被検体と呼ぶのをやめろ」

あたまがいたいみたいだった。

「あー、ガキ」

「ガキもだめだ」

「何だ、その、お前は……」

「お前もなし。固有名詞をつけろ、雇われ科学者」

きはらくンが、へンなこえをだした。

「……まさか、そんなアホみてぇな理由のために……
 8日間もの絶食をしたなんて言い出すんじゃねぇだろうな?」

「あァ、言い出すね」

はぁー、とためいき。

「ガキかてめぇは」

「少なくとも生後10年未満の人類ではあるなァ?」

「ぐ」

きはらくンがこまった、というかおをした。

あくせられいたのかおはうごかない。

「えー、あー、名前? スズキ? だったかぁ?」

「ちげェし、それで呼べとは言ってねェ」

「固有名詞っつったのはてめぇだろぉが」

ちっ、としたうち。

ちょっとだけ、こわい。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:27:25.12 ID:Wz5VkZkDo

「俺がそのスズキに見えるかってのが問題だクソボケ。
 それにその頃の記憶なンざねェ。知ってるだろ? 覚えてねェの」

「あぁ、まぁ……」

「このアタマ、目玉でよ。
 そーいういかにも日本人の平凡な名前が似合うと思うンなら随分イイセンスだ」

ちょい。
かみのけをつまむ。

なんだかあまりきれいなしろじゃない。

「俺に名前付けろって? シロとかポチで構わねえなら付けてやるけどなぁ」

「誰が犬だ。つゥか昨日の実験の時に鉄骨でその頭カチ割っとくべきでしたかァ?
 オマエにつけて欲しいンじゃねェよ。オマエで我慢してやるっつってンだ。
 被検体被検体と始終ピーチクパーチクうるせェ研究員なンざてめェぐれェだっつの」

ぼくはべつに、わるくないとおもうけれど。

しろ。

「……実験。おい、実験の開始時間があるからそろそろ行くぞ」

「行かねェし、実験してやンねェ。俺を名前で呼べ。そしたら言うこと聞いてやる」

「あー、マジでぶち殺してぇわお前」

「どォぞ?」

「科学者が非力なネクラちゃんだと思ってるんならその考えを改めろよ」

「いいねェ、精いっぱい殴って複雑骨折でもしてろ」

「明日からお前の事ぶち殺す方法研究するわ」

けンかだ。

あくせられいたは、きはらくンがあンまりすきじゃない。

きはらくンは、あくせられいたがきらい。

「よし、今日は実験だ。こうしよう。お前の名前は『アクセラレータ』だ」

「あくせられいたァ? なンですかァ? その愉快な名は」

「元は加速装置。
 物体を加速させたり物質の運動する方向を変えてんだから似合いだろぉ?」

「? あァ、この能力かァ?」

「コンピュータの処理能力を上げまくるためのソフトやハードも
 アクセラレーターっつぅが、まあお前も演算の処理能力は高性能だ。文句はねぇだろ」
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:27:54.68 ID:Wz5VkZkDo

あくせられいた。

ちいさなこえがした。

「当て字は『一方通行』。攻撃が当たらねぇんだから当たり前だ。
 いいか? お前は一方通行だ」

「俺が」

しンとしずかになった。

「ぷっ……」

「あ!?」

「ぎゃははっ! な、なンですかァ? その愉快な横文字はァ!?」

「俺が考えたもんじゃねーぞ? お前の能力名なんだから、身体検査の結果だしよ」

「にしても能力名=名前って語彙力無さ過ぎじゃねェ? カッワイソー!」

「おい黙れクソガキ! あぁ、ほら時間がやばいっつーんだよ!」

きはらくンが、はずかしそうにせかした。

「何て言えばいいのかくらいわかるよなァ?」

あくせられいたはいじわるだ。

「……実験場に移動するぞ、一方通行」

「了解、木原くン、だっけかなァ?」

「てっめ、君だと!? 何様だコラ!」

「どんな攻撃も通用しない被検体の一方通行サマですけどォ? 健忘症かよ木原くン?」

あくせられいたが、りょうてをつきだす。

きはらくンが、てじょうをかけた。

せまいおりからでていく。
いっしょにあるいてく。

ながい、ながいろうか。
しろ、ばっかり。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:28:20.96 ID:Wz5VkZkDo

「あー、腹減ったァ」

「時間が押してるからなぁ、朝飯は抜くか。どーせ食いたくねぇみてーだし」

「今なら木原くンの腕すら旨そうに見える」

「分かった分かった。計量の前に食事だな」

「あの食事何とかならねェの? 宇宙食でももうちょいマシだろ」

「栄養分は足りてるだろぉ」

「クソ不味ィンですよォ。つーか味がねェ。肉食わせろ、肉」

「あぁっそ。他に要求は? ハンストしてまで頼むのが名前だけってことはねぇよな?」

「ンー、そォな。部屋、まともにしろ。狭い。暗い。不衛生。
 ベッド堅い。枕低い。毛布薄い。トイレ汚ェ。あとこの手錠うぜェ」

「我儘だなてめェ!」

「ガキだもン」

「くそ、殺してぇー」

「まァまァ。住み心地がよけりゃその分実験もはかどるしィ?
 逃げようなンて思いもつかねェようになるかもしンねーしィ?」

「やっぱ明日からお前の殺し方研究するわマジ」

「精々がンばれ。木原くン?」

きはらくンが、あくせられいたのあたまをこづいた。

「いでっ!?」

「あ? 反射はどーした、一方通行」

「今のはサービスだっつの。サービスで切ってあげたンですゥ」

「またまたー。まだチビたクソガキくんは頭を撫でて欲しかったんでちゅかぁ?」
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/10(日) 15:28:50.65 ID:Wz5VkZkDo

ぐしゃぐしゃぐしゃ。
しろいかみのけが、かきまわされた。

「ぎゃァあああああ!! 何しやがる!」

あくせられいたがあたまをふって、うでをおいはらう。

「照れなくていいんでしゅよー」

きはらくンがりょうてで、あたまをもさもさする。

「くっそ、喰らえアホがっ!!」

「おおっと、今頃反射かよ。要求にこたえてやったのによぉ」

きはらくンとすこしだけ、なかがよくなった。

うれしそうだ。

ぼくは、すこしうらやましい、かも、しれない。

「クソがァ……」

あくせられいた。

ねえ、あくせられいた。

ぼくはあたまがわるいから。
ごめンね。

わからないよ。

「ンなもン要求してねェよクソ木原くン! ばァーか!」

きはらくンが、あくせられいたに、なまえをつけてくれるまで。
あくせられいたはいったい、どンななまえでよばれていたの。

それがなンでか、きになるンだよ。

「うっせ、クソガキ。一方通行」

「あァ?」

「お前よぉ」

あくせられいた。

「笑うと子供みてぇだな」

ぼくには、まだ、わからないよ。 
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:45:51.60 ID:4vjX1/Omo

昼を少し回った頃。

学園都市の誇る名医が一人。
自分の診察室で小さめの二段弁当箱を広げながら分厚いファイルに目を通していた。

診察室のブラインドは下ろされて、中はほんのり薄暗い。

窓に背を向けているせいで、彼の手元のファイルにも
足元の床にもブラインド越しの日光が縞模様を照らし出す。

そして、向かいの椅子。
いつもは患者の腰掛ける丸椅子に座ってくるくると回転しては遊んでいる金髪の男も
白い光と薄緑の影が作った縞模様に染められていた。

「それにしても、よく見つかったね?」

ため息とともにしげしげとファイルを見つめ、冥土帰しは心底感心した調子で言った。

ファイルについていたディスクを卓上のノートパソコンに読み込ませる。
目の前の金髪の男は満足そうに椅子の回転を止めた。

「まぁ、伊達に暗部でトップ張ってないってことですたい!
 グループの仕事は速くてウマいって評判なんですぜい?」

「何やらファストフード店のような売り文句だね?」

苦笑いに対して、金髪の男、土御門元春の口元もつり上がる。

横縞になった光が彼の目元を照らし、室内だというのにかけっぱなしのサングラスと
その奥を照らした。

隠されているその目は1ミリたりとも笑ってはいない。

「ファストフードね。
 そういえば百合子くんは今頃お昼ご飯を食べてるのかにゃー?」

冥土帰しが、弁当箱のおかずの段に詰められた椎茸の天ぷらに
今まさに伸ばしていた箸をピタリと止めた。

「ああ……美味しく食べているよ。血管から……」

「に゛ゃー!? まだダイエット中とは見上げた根性だぜい」

あぅー、と情けない声を上げて、もう1回転。

「結標だってダイエットにあそこまでしないというのににゃー」

本人が聞いていたら即座に首から上だけ座標移動で吹き飛ばされそうな事を口走る。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:46:22.09 ID:4vjX1/Omo

「まあ昔から食べる方ではなかったみたいだけどね、この記録を見ると」

もぐもぐと口を動かしながらパソコンの画面を見つめる。

一回の食事量から嗜好、かけた時間や順番まで揃っている幼少期のデータに
どこかやりすぎの感は否めなかったが、今役に立っているので文句はない。

途中まで『栄養食』の字がズラズラと続いた後に
いきなり小学校の給食のようなメニューにがらりと変更されているのが不思議だ。

「成長してからはそこそこ食ってたみたいだぜい? まあ個人的な感想だけどにゃー。
 って、あらら。昔っから肉好きは変わらないみたいですたい」

ハンバーグやから揚げなどのメニューだけは毎回軒並み完食。
確かに、と冥土帰しは頷いた。

「しかし病院の食事にも肉は出ているんだけどね。彼は食べないねぇ」

「本気で人が変わっちまってるぜい。というか、食性が?」

「肉食だったのかい?」

「あいつはフライドチキンにご一緒のポテトを付けない派なんだぜい?
 何でも肉だけで腹を満たしたいとかで」

トレイ山盛りのチキンを淡々と喰らって行く様は圧巻であった。
グループの3人は自分の分を食べる事も忘れて硬直したことを土御門は遠い眼をして語る。

ダイエット中だったのかサラダしか頼んでいなかった結標淡希に至っては
静かに涙を流し始める体たらくだった。

土御門はその後、真面目な顔をした結標淡希の愚痴を聞く羽目になった。
曰く、一方通行は1度取り込んだ食物のエネルギーを
どこかに座標移動しているに違いないらしい。

「栄養学を少し学ぶべきかもしれないね……
 しかしあの体の一体どこに入ってどこに脂肪が蓄えられるのかは多少不思議だけれど」

くだらない話に場が和んだ瞬間、冥土帰しの目がパソコンの画面に吸い寄せられた。

スクロールを止め、該当箇所の記述を読み返す。

「これは……」

それは一方通行が木原数多の研究所に来るまでの概略を「正しく」まとめたものだった。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:46:48.64 ID:4vjX1/Omo

「特力研に入ったのは、木原数多の研究所を出てから?
 8歳までは民間の家庭に……どういうことだ。書庫の記録と逆になっている」

その言葉に、土御門が満足そうに答える。

「それだ。木原数多のデータはつい最近まで、8年分以上ある。
 つまり、彼が研究した『一方通行』のデータが最も完全に近い」

「これは……しかし、能力開発の初期段階のデータが、無い」

学園都市の異能の力は天性のものではない。
カリキュラムを受け、薬品や機材や治療の末に手に入る、開発の結果だ。

その最も初期段階にみられる処置が、そのデータファイルには見当たらない。

「木原数多がそれを研究しないなど、ありえない。そうだろう?」

土御門の目がすっと細まる。

「それに、この空白期は……」

資料のどこを読んでも、8歳までの過程が無い。
一般の家庭に生まれ育ったとしても、ここまで無いことは「ありえない」。

画面を睨む冥土帰しに、土御門はファイルに差し込まれたカルテの一部を指した。

彼が初めて研究所に来た日のカルテだ。

「その原因の一部は、多分これ」

たった半ページにも満たない部分だ。
それで説明代わりにされている。

『8歳以前の記憶を喪失。
 外傷、あり、計47カ所、全治4か月。
 手術痕、あり、計2カ所、経過良好。
 レベル4以上の能力者と断定』

研究所に来るまでの概略の欄は相変わらず、『不明』の2文字が躍っている。

「記憶を……喪失……?」

「ああ。その記述が気になっている。ココに持ってくれば何か役に立つだろう」

体重の移動に耐えかねた丸椅子が、きっ、と小さく軋んだ。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:47:17.06 ID:4vjX1/Omo

土御門は診察室のドアに手を掛けながら、振り向かずに繋げる。

「ファイルを渡したからには成果を期待したい。
 それに、これは暗部としてでなく、一個人としてだが……」

「……何だい?」

きちりと土御門の方に顔を向け、静かな声で冥土帰しは訊き返した。

「『一方通行』を死なせたら、殺す」

部屋の空気が急に堅く尖ったように思える。

ブラインドの光が作る縞模様に照らされた男の拳が、ふいに握りしめられた。

「それは、記憶が……戻らない場合の……?」

少しの沈黙。

握られた手をほどき、ふらふら振りながら、土御門は言った。

「にゃー、そういう感傷的なコトじゃないぜい?
 こっちの用があるのは記憶でなくて能力ですたい!」

肩越しに振り返り、へらりと笑う。
            ハード           ソフト
「能力が使えるような体に戻してくれれば、人格はどうでもかまいませんぜい?」

返事を待たず、金髪の男は廊下に出ていった。

「……その割には、きちんとお見舞いに行くんだね?」

階段側ではなく病室の方に向かって行った足音に、冥土帰しは弁当箱の
最後に残った鰆の焼き物を口に放り込み呟いた。

笑顔のふりが上手いけれど、年寄りに見抜かれてしまうようではまだまだ子供だ。

ファイルを開き、また1から目を通して行く。

まずは百合子の拒食症を直さなければなるまい。
昔同じ努力をした先人の日誌を、冥土帰しはゆっくり手繰り始めた。

紙の間から、きつく挟まれていた紙片が落ちる。

金髪に刺青の男性と、彼に肩車される小柄なアルビノ色の少年の幸せそうな写真だった。
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:47:47.17 ID:4vjX1/Omo





              5 双極性障害(うつ状態)




182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:48:14.56 ID:4vjX1/Omo

日光が燦々と差し込む時間に紫外線カットの厚いカーテンを引いて、病室は薄暗い。

鈴科百合子はベッドの上でとろとろと微睡んでいた。

彼はあまり日の光が好きでない。
毎朝19090号が開けてくれるカーテンも朝食を運んできてくれる人に頼んで閉めてもらう。

昔はそんな事なかったはずなのに、このベッドがある部屋に来てからは
太陽の光が当たると何やら肌が火照ってひりつくのだ。

肌が気味悪い程白くなっているし、ちょこちょこ目に入る前髪も白くなっているのも変だ。

もしかしたら思い出せないうちに物凄く長い時間が立っていて
自分はもう老人なのではないかと思った事もある。

腕や足を見ると特別皺があったりするわけではないが、時間が立ったのは多分正解。

歩くことはできないし、たまに周りの人が何を言っているのかわからない。

背が高くなっている気がする。
声もおかしかった。

先生に言われて毎日午後は杖を使った歩行の訓練を受ける。

あまり上手くいかなくて、百合子はいつも教えてくれる妹達や
療法士に申し訳なくなってしまう。

そして、とても惨めな気分になる。

周りの人はきちんと歩けて、ご飯を食べて、自分の事は何でもできるのに
自分はベッドから降りる事もまともにできない。

腕についた変な管は取ってはいけないと言われた。

食事をしようとすると酷い吐き気で殆ど戻してしまうから、食べられない分の栄養を
その管から体の中に送っているんだそうだ。

高い棒の先についた何だか気持ち悪いオレンジ色の汁が腕に入ってくるのは嫌だったし
暖められていない液体のせいで肘から先がいつも冷え切っていた。

しかし、その管を取ることは出来なかった。まだ食事もできない。

色々なことが毎日起こって、皆が自分を心配して、励ましてくれた。

それが悲しい。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:48:44.45 ID:4vjX1/Omo

どうしてこんなに駄目なのだろう。
それなのに、何でそんな風に優しいのだろう。

みことも、とうまも、せんせいも、らすとも、わァす、はちょっといじわるだけれど。
それに、19090号を始めとした妹達に、それから……

もしかしたら、と百合子は思う。

もしかしたら、皆は自分を、別の誰かと間違えているんじゃないか?

それはとても怖くて、とてももっともらしい考えだった。

ともかく、百合子は気が滅入っていた。

夜眠ろうとしても、そういった事がぐるぐると駆け巡る。
思考につかれて浅く眠りに落ちると、今度は酷い悪夢を見る。

何故かいつも、起きた時には悪夢の内容を覚えていない。

しかし、その夢の中で感じた胸騒ぎや恐怖や疑問だけは澱のように溜まって行って
また中身の上等でない頭を延々と悩ませる。

自分が叫ぶ声で目を覚ましたり、起きると涙が流れていたりもする。

もう沢山だった。

寝不足気味で、一日中ドロドロした眠気がさらに思考力と集中力を奪っていく。

問題ばかりが肥大していくように思えた。

誰もいない所でひっそりと消えて無くなってしまいたい。

そんなことばかり考え、疲れきって、ベッドの上で乱れたシーツに包まって丸くなっている。
おかげで、誰かの気配にも気付かなかった。

ぷに。

「ふ、。」

小さな刺激に意識がゆるりと覚醒した。

柔らかく深い泥の中から浮上していくように、徐々に感覚が戻ってくる。

薄く瞼を開ける。
また滲んでいた涙が睫毛にたまって、酷く重たい。

誰か、いるのか。

「……ほら、駄目ですよ。ああ、起きてしまったじゃありませんか」

「別に良いじゃない。今のうちじゃないと出来ないのよ? これ」
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:49:10.83 ID:4vjX1/Omo

寝起きの、ほやほやと漂うだけで纏まらない頭で百合子は考える。

誰だろう。
声に覚えがないけれど。

男の人が1人。
女の人が1人。

「それはそうかもしれないですが、寝ている病人の頬をつつくのは悪趣味では」

「いや、でもこれは……もうちょっとだけ……」

ぷに、ぷにぴとぴと

「く、ふァ。」

遠慮がちだった人差し指が徐々に大胆に、掌全体で頬を包み込むように触れて来る。

あ、あったかい。

さらさらと撫でて来る手は不思議と嫌ではない。
その手が浮上する意識を加速して、現実に引き戻そうとする。

いやだ。
ぼくは、もっと眠っていたい。

ごそごそとシーツに潜ろうとする。

「ほら、嫌がってますよ!」

そうだよ。
おきるのは、いやだ。

溜まった眠気に浸かっていなければとっくに覚醒していてもいいはずだ。
連日連夜の寝不足は細い体には相当堪えていたらしかった。

「起きないから大丈夫よー。何、貴方も触りたいの? 今のうちだと思うけど」

「え、えぇー? いや、自分は遠慮し」

「ほらほら!」

ぴとり。

「ひ、うァっ。」

突然頬に触れた冷たい何かに、意識が一気に水面に浮上した。

心臓がドクリと撥ねて、指先に氷水が流れ込んだようにガタガタと震えた。

「あらま」

「……さっき飲み物買いに行ってたの、自分でしたよね。
 手、まだ冷えてるんですよ。それに、まあ、色々ありまして」

申し訳なさそうに苦笑する男の人と、恨めしそうな顔の女の人。

百合子は2人の指先が自分の頬にあることに気付き、早速硬直していた。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:49:36.50 ID:4vjX1/Omo

「にゃー!!」

一瞬固まった空間。
そろそろガタが来てもおかしくない豪快さで入り口のドアが開けられた

「あァうっ、。」

ビクリと体を起こすと、唯一見覚えのある金髪の男がほたほたやって来るところだった。
助けを求めるように手を伸ばす。

「も、もと、もとはる。」

「ぶフっ!?」

横にいた女性の方が変な声を上げた。

目の前までやってきた土御門元春の派手なシャツをつまむ。
百合子はもはや隠しようのない涙目で彼女をオドオド見上げた。

「は、ゥ、だれ。もとはる。」

「あーあー怖がられちまったぜぃ? 何したのかにゃー?」

ぽふぽふと乱れた百合子の髪を撫でながら、土御門は苦笑交じりに二人に声をかける。

「まさか結標、襲った、とか言わないよにゃー?
 というか海原がついていてそのような大惨事なことは……」

「だ、大惨事とは何よ!? そもそもそんなことしてないし!」

「いや、ある意味寝込みを襲ったと」

「あれは違うでしょ!? というか海原だってやったじゃないの!」

「やめた方が良いと自分は言ったつもりですが……結標さんがムリヤリ自分まで」

「結標……ショタコンだと思ってたんだが、高校生までイケル人だったんだにゃー」

「違ーッ!!!」

やいやい騒ぐ3人に、百合子は気圧される。

「う、ご、ごめンなさィ。」

「へ?」

「ねて、たから。まだ、おひるなのに。だか、だ、から、ごめンなさ、。」

涙目になった学園都市の第一位がそのようなことを拙い口調でつぶやくのに
見舞客の1人、結標淡希は額を押さえた。

「あー、何てことなの。まさか、こうまでね」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:50:15.42 ID:4vjX1/Omo

酷く参ったという態度に、百合子は更に惨めな気分になった。

何だかよくわからないうちに、この女の人をガッカリさせてしまったらしい。
自分は心底だめなやつのようだ。

「あ、く、。」

悲しい。怖い。辛い。申し訳ない。消えたい。やりなおしたい。
そんな思いだけが百合子という入れ物にどっぷりと注がれていく。

泣きだしそうに鼻の奥が痛みだした時、背中をどんと強めに叩かれた。

「ゥあっ。」

「お前がそんな辛気臭い顔しなくていいんですぜい?
 こら結標! 百合子にそんな顔するのは筋違いだにゃー」

「あ、ごめんなさい! そういうつもりじゃなかったのよ!」

「、、。」

慌てて顔を覗き込んでくる女の人。

まだ、少し怖い。

それに、何故か体がおかしい。胸のあたりが苦しい気がする。
何かあったのだろうか。

そっとそのあたりを抑えていると、男の方が申し訳なさそうな声を出した。

「すみません、体調が悪いなら自分の所為かと」

「ん? あぁ、「海原」だもんにゃー。どうする? 皮剥いでくるか?」

皮を剥ぐ?
何やらこわい言葉が聞こえた気がして、百合子は土御門の服をきつく握り締めた。

「あ、いえ。逆に混乱させてしまうかもしれませんし、自分はショチトルの所に行きます。
 帰る時に声をかけていただきたいのですが……」

「わかったわ。じゃあまた」

「ええ。……鈴科さん」

多分、自分の事だ。
恐る恐る顔を上げると、穏やかそうな笑顔の男はドアの傍でこちらを向いていた。

すまなそうに頭を下げる。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:51:02.57 ID:4vjX1/Omo

「気分が悪くなってしまいましたね、ごめんなさい。僕の所為です。
 本当に、ごめんなさい。……その、お大事に」

「ゥ、えと、あ、りがと、ございます、。」

「いいえ。それでは」

にっこり笑って、男はそっと出ていった。

胸のつかえがとれたような気がする。
百合子は握りしめていたシャツを放して大きく呼吸した。

「具合悪いの、治りましたかにゃー?」

解放されて早々ドサリとベッドの隅に腰掛ける土御門に
結標と呼ばれた女は顔をしかめた。

「う、うン。ごめン、なさィ。」

「謝ることはないんだぜーい」

「貴方は退きなさいよ。というかパイプ椅子使えばいいでしょう?」

「いす、は、か、かたい、から。」

脚をひっこめて、ベッドヘッドにもたれかかり膝を抱える。

空いたスペースに土御門が乗り上げて、結標も隅の方にそっと腰を下ろした。

「ねぇ、最近気分はどうなの? 点滴をしてるみたいだけど……体調が悪いのかしら」

「ゥ。」

結標の痛いところをピンポイントで突いた質問に、百合子は思わず視線をそらす。

「そうそう、結標も言ってやって欲しいぜよ!
 百合子くんったらもう1週間以上殆ど何も食べてないんですたい」

ぎらりと光る瞳が百合子を見つめる。

「……貴方、もう細くなる所がないじゃない」

「ダイエットじゃありませんぜぃ結標さーん」

状況を説明された結標は目元を赤らめて咳払いをひとつ。

「そう。食べられなくなってしまうのは辛いだろうけれど、たとえ戻してしまうようでも
 口には入れた方がいいと思うわ」
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:51:29.74 ID:4vjX1/Omo

「ああ。水分なんかは少しでも体内に吸収されるし
 もしかしたら一部は戻されないかもしれないからにゃー」

土御門もそう続ける。

「う、ン。」

曖昧な返事をして目をそらしてしまう。
二人が顔を見合わせているのが気配で伝わってきた。

けれど、辛い。

食べ物の臭いで吐き気がしてしまう。

目の前にあるものが食べ物に見えない。
トレーの上にあるそれが、どうしたって何か汚物のようなものに見えてしまう。

お腹はすくが、食欲が沸かない。

ふ、と息をつく。

何かガサガサいう音に顔をあげると、土御門が持参した袋を漁っていた。

「百合子、お皿がそこの棚にあったはずだから、出してくれないかにゃー?」

「お、さら。」

「そうそう」

突然の要求に、白いまつ毛がぱしぱしと瞬く。

ベッドのサイドボードには確かに清潔そうな皿が2枚入っていた。

「ふたつ、ある、。」

「大きい方がいいかにゃー」

「ン。」

大きい方を差し出す。

「どーも」

その皿の上に、土御門は小さいナイフと赤くて丸い果物を2つ取り出した。

「定番、というか。ベタねー……」

結標が酷評する。
しかし彼は嬉しそうだ。

「いやー! やってみたかったんだにゃー!
 お見舞いに行って林檎剥いてやるっていうのが!」
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:51:55.84 ID:4vjX1/Omo

「、りンご。」

「いい匂いするんだぜい?」

はい、と渡された1つは、見た目よりずっしりと重く、ひんやりしている。

百合子はしげしげと手の中の物を眺めまわした。
珍しいのだろうか? こんなものが? それを結標は訝しがるが、気付かない。

表面はワックスでも掛けられたかのように光沢のある紅色。
うっすら粉をふくへたの辺りは色が薄いが、香が強い。

す、と吸い込むと、微かに酸味があった。
嫌な匂いではない。が、逆に綺麗すぎる気もする。
相変わらず作りもののようにも見える。

「もとはる、これ。」

自分は食べられない。
そう言おうと顔を上げると、すでに一つ目の皮が1/3ほど剥かれていた。

「んー?」

「う、あ、えと、。」

「ああ、もうちょっと待って欲しいんだぜい」

くるくる。さりさり。するする。

長く骨ばった指が動くたびに、らせん状になった紅い皮が白い皿に落ちる。
途切れないように一定に進んでいく様子に百合子はぽかりと口を開けて魅入った。

「器用なものねー。私絶対、できないわ」

「まあコツですたい! 刃物使いは一時期練習したからにゃー」

「あぁ……そういうこと……血なまぐさいわねーもう!」

ひそひそ話す二人の会話は、もう少年の耳には届いていなかった。
立てた両膝を抱え込み、滑るように動く土御門の手先に注目している。

「ほい、剥けたぜい」

「う、わ。すごい、もとはる、いいな、ァ。」

「練習すれば誰でも出来るもんだにゃー」
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:52:27.35 ID:4vjX1/Omo

はいどうぞ、と1/8カットの林檎を差し出されるが、受け取る事は出来なかった。

「どした? 食べたくない?」

「あら。随分じっと見ているから食べる気になったかと思ったのに」

「い、っゥ。」

じっと見ている、なんて他の人間に言われると何だか恥ずかしい。

林檎をつまんだ土御門の手から今にも果汁が滴りそうで。
でも受け取ったら食べるしかなくて、百合子はおたおたと慌てて視線を動かした。

「じゃあ、結標! 食えっ!」

サイドボードのティッシュボックスを見つけた時には、既に林檎は結標の口元に移動していた。

「貴方ねぇ……まあいいわ。はい」

さく。

白い前歯が薄く蜜色をした林檎をかじりとる。

しゃり、しゃりしゃく。さくさくさく。こくん。

「大きすぎ。食べづらいわ」

百合子の目の前で、一切れの林檎が結標の体内に消えていった。
ちらりと彼女の赤い舌が唇を舐めた。

「、。」

綺麗な林檎の香がする。
掌の中で少しだけ温もりの移った林檎を見つめた。

「もうちょっと小さくするかにゃー。一口サイズ」

「その方が誰にでも食べやすいと思うわよ」

1/8をまた3等分する。

「はい、どーぞ」

それがまた百合子の口元に差し出される。

「う。」

「食べない? じゃあ結標」

「はいはい」

さくさく。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:52:53.79 ID:4vjX1/Omo

はい。と差し出される。

数秒経っても食べないと、結標がそれを食べる。
さくさく。瑞々しい音が静かな部屋に響く。

「私にばかり食べさせないでくれる?」

「じゃあ俺も」

じゃくっ。ざくさくさく。しゃくしゃく。ごくん。

「久しぶりに食べると結構美味いもんだにゃー」

「確かにね」

「お、いしい、の。」

「あー、おいしいぜい? 百合子も食べる?」

一際小さな一欠片が口元に寄せられる。

いい香りがする。
美味しいらしい。
食べ物らしい。

細く唇が開かれ、長く骨ばった指の先から、そっと果物の欠片を銜え取った。

「ン。」

「口に入れて、噛むのよ?」

少し上を向いて、そっと口の中に入れた。

かり。

端を噛む。
甘い汁が出て来る。少し酸っぱい。
辺りを漂う香りと同じ味がした。

かり。

口の中で、形が崩れる。
じんわりと滲みだした果汁が唾液と混ざる。
香りが強くなった。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/14(木) 23:53:33.24 ID:4vjX1/Omo

さく。しゃく。しゃく、さく、さく。

「噛んだら、飲んで」

こくん。こくん。

少しの量の食べ物を二度に分けて飲み下した。
喉に少し引っかかる。
長い事食べ物を通していないからか、異物感があった。

「は、。」

「お水飲む?」

結標が優しく笑いかける。
小さく頷くと、ミネラルウォーターのボトルからグラスに注いで渡してくれる。

それで口の中の甘酸っぱさを流して、ようやく一息ついた。

「どう? 気持ち悪い?」

少しだけ考える。

「わるく、ない。」

「美味しかった?」

「、、。う、ン。」

「じゃあ、もういっこ」

「うン、。」

土御門が持ちこんだ林檎1/4個分が細かく切り分けられて百合子の口に収まった。

それっぽっちで、もう食べられないと音をあげると、百合子が握りしめていたほうの林檎は
夜、妹達にでも剥いてもらうようにと言い渡して、二人は引き揚げていった。

結標の方は何も言わなかったが、土御門だけは、またすぐ来ると言った。

美味しいものをまた持ってくるらしい。
だから、その時までにもっと沢山食べられるように訓練しておかないといけないらしかった。

二人がいなくなると、病室が急に静かになったように感じられた。

サイドボードに紅い林檎が転がしてある。
微かな酸味が鼻腔を通り抜ける。

真白いシーツを引き上げて、真白い少年はその隙間に滑り込んだ。

久しぶりに胃に物が入り、吐き気がない状態だ。
眠気が押し寄せて来る。

うとうと目を閉じながら、百合子は思った。

林檎を剥いてくれる人がいて、それを近くで食べてくれる人がいて、楽しかった。

今日はあまり悲しくない一日だった。

午後のリハビリの時間になって、妹達が病室にやってくるまで。
百合子は久しぶりの安眠に浸っていた。 
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/15(金) 18:52:04.24 ID:i4s/Ahduo

おきた。

くらい、うごけない。

いた、い。
からだ、が、ずきずきする。

なにも、みえない。
めに、なにか、まかれて、る。

だれか、の、こえがする。

きこえづ、ら、い。

「これは生きてるんでしょうか?」

だ、れ、だろう。

「本当に能力を?」

ひと、たくさん、いる、の、かな。

あくせら、れいたは。どこ。

「嘘でしょう。あり得ない」

「ああ」
「確かに」
「しかし実際にここに」
「そんな、誰か確かめたか?」「いや、誰も……」
「間違えたのでは」「そんな風には見えない」「あの髪は?」「資料は無いのか」
「誰が連れてきたんだ、こいつを。その資料くらい」「ほら、あの人だよ」「だから、誰だよ?」
「随分前にここをやめていった変態外科医がいただろう」「ああ、あの人が?」「何だって」
「それこそ怪しい。処分しきれなくなって置き去りにしたんじゃ」「まさか誘拐してきたんじゃ」
「おい、確認は」「身体検査を手配して」「いや、あの拘束をといて暴れられたら困るだろう」
「じゃあどうするっていうんだ」「面倒なことになったな」「そろそろ研究に戻りたいんだがな」
「何言ってる。本物だったら今やっている研究より余程意味が」「そんな訳ないと言ってる」
「身体検査」「書類」「両親」「誘拐」「身元調査」「病原菌」「実験」「拘束」「研究」「能力開発」

うるさ、い。

あたまが、い、たい。

「お前ら、何固まってる」

だれ、。

「木原さん。この子供が送られてきまして、何でも能力が……」

「ああ、知ってる知ってる。誰の研究所だと思っていやがる。
 とりあえず処置をするから、関係ない奴は研究に戻れ」

「はい」

き、はら、く、。

いたい、よ。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/15(金) 18:52:43.89 ID:i4s/Ahduo





                -5 とてもかなしい




205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/15(金) 18:53:15.19 ID:i4s/Ahduo

おきた。

あかるい。ベッドのうえ。
カーテンでかこまれている。

うでに、くだがささっている。
しろいぬのが、たくさんまいてある。

めがかたほう、みえない。
これも、しろいもので、ふたしてる。

うごこうとした。

りょうてがベッドのさくに、へンなてじょうでつながれている。

あしはうごかない。

こえもでない。

いたい。ねむい。

「どうなんだ、容体は」

きはらくン。

どこにいるンだろう。

「酷いものですよ。全身47カ所に傷。骨折2カ所、左目は網膜剥離。
 足先は血栓がつまって壊死しかけていましたよ。血流操作かなにかで
 無理やり持たせていたようですが。目ももう少し対処が遅かったら完全に失明……」

カーテンのむこうで、だれかうごいた。

そこにいるの。

「なるほど。事故か?」

「いえ、人為的なものですね。長いことかかって出来た傷です。
 それに手術の痕が2カ所認められました。術後の経過は良好なようですが」

「頭部か? 能力開発の痕では?」

「違います。というか、これは……」

しゃり、とカーテンがひっぱられる。

きはらくンと、だれかがはいってくる。
よくみえない。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/15(金) 18:53:45.12 ID:i4s/Ahduo

「あ? 起きてるぞこいつ」

うン、おきている。

ぼくは。
あと、かれも、おきている。

「本当だ。能力は拘束してありますが、そもそも話せるかどうか……」

「オイ、おまえ。名前は?」

はなしかけられている。

だれにはなしてるンだろ。

のどがはりついて、こえがでない。

「わ、かンね……ェ」

「混乱しているようですね」

「名前くらい言えるだろう!」

あたまが、ぼうっとする。

「……しら、ねェ。ここ、は?」

くちからこえがかってに。

あくせられいた。
ぼく。

そう、あくせられいたがはなしている。

ぼくはみている。

「ここは、俺の研究施設だ。あの医者に連れてこられたんだろう?」

「そ、ォだ。せンせ……は?」

「お前を置いて帰ったぞ。研究材料にしろと言われた。お前は……」

「木原さん、いけません! この子はまだ怪我人です!」

うそだ。
と、くちびるがうごいた。

きはらくンが、すこしだけこっちをみる。

ちょっとだけ、めがあった。
そらされる。

「うるせぇなぁ……医務室の雇われ風情がよぉ。黙ってろ!
 いいか!? こっちはこれから先の人生がかかってんだ!!!」

めのまえが、まっくらになる。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/15(金) 18:54:18.45 ID:i4s/Ahduo

おきた。

くらい。

おりのあるへやだ。
せまくて、くらい。

あくせられいたは、ねている。
まだ、しろいぬのを、たくさんつけている。

だれかが、おりのむこうに、いる。

「身体検査の結果は?」

あ。
きはら、くンだ、。

「少なくともレベル4以上と」

もうひとり、おとこのひとのこえがする。

「クソが……手ぇ抜きやがったな。
 おーおー、気持ちよさそうに寝てやがるぜ。何様のつもりだかなぁ?」

「は、はぁ? しかし、怪我の痛みに演算妨害されながらの結果ですので……」

「痛みだぁ? あー、お前あれか。実験動物に触りたくねぇタイプかよ」

「うっ、いや、その……」

「あーあー。かまわねぇよ。俺もそーだし。やりづれーよなぁ? 汚ぇし。臭ぇし。
 ハツカネズミとかもよぉ、あの目見てるとブチ殺すのがカワイソーになっちまって……
 ありゃもうダメだわ。直視しないように気を付けてんのよ、日頃から」

「は、はぁ……?」

「お前はアレよ。データ取ったり収集すんのが好きなだけだろ? 収集癖っつーのかね」

「ッ!?」

がた。がしゃん。

おとがした。

「構わねぇよ? 研究者なんて職につく奴は大体変態って相場は決まってる。
 オイオイ、俺は頭ごなしに叱りつけたりしねぇさ。そうビビんなって、趣味がバレたぐれぇで」

「は、い」

きはらくンのこえが、ひくくなる。

「別にどうってことねぇよ。
 ウチの機密データが外部流出したら真っ先にお前を潰すってダケだ」

「ヒっ!?」
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/15(金) 18:54:49.22 ID:i4s/Ahduo

がた。

おおきなおとがした。

あくせられいたが、そっとねがえりをうって、おりのむこうをみる。

「……起きてやがったか」

きはらくンは、まためをそらす。

なンで、ぼくのことを、みてくれないのだろう。

「おい被検体。この前の身体検査、手ぇ抜きやがったな?」

「……はァ?」

「はーじゃねぇよクソボケが。次はねぇぞ! ったく」

きはらくンは、あたまをガシガシかいた。

よこのおとこのひとが、とけいをみている。
そして、おりにさげてあったノートになにか、かきこンだ。

「起床、と。……木原さん、あの色、何なんですかね? 生まれつきでしょうか?」

あくせられいたのことだ。

「いや、ありゃあ反射の所為だな。
 メラニン色素が肌に沈着することで細胞はある意味劣化すんだろ?」

「それはいわゆる色素斑では……劣化という程ではないように思いますが?」

「本来メラニン色素が無いと紫外線で皮膚がボロボロになる。その為の機能だろ?
 それ以前に反射で紫外線をとっぱらっちまえばどうだ?
 害を引き起こすメラニンなんざ最初から必要ねぇってこった」

「はぁ……」

「先天性アルビノの治療には応用可能だな。
 ま、それについて詳しく聞きたきゃ8-dの班員に訊けよ!」

「8-d班、ですか?」

「今その研究任せてんの、そこだから。
 ちなみに壊死部分の体細胞への血液循環させてた事例を研究してるのは2-e班。
 割れた鼓膜の代わりに音波を微量に調節していた事例は7-a班。
 骨折していた脚を電気信号で動かしていた事例は1-b班と4-b班」
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/15(金) 18:55:48.39 ID:i4s/Ahduo

すらすらと、むずかしいことばがでてきた。

「お前がデータ欲しがりそうな研究してるのはそれくらいだ。
 あの辺は外部の製薬会社や医療機器の研究所が欲しがりそうな情報も多い」

「あっ!? いえ、じ、自分は……!」

「ああ、分かってるよな? 情報が漏れたらお前はこのオリん中で暮らしてもらう」

ひっ、と。いきをのむおとがした。

「お、お先に失礼します!」

かつ、こつこつ、ばたン。

「……」

きはらくンは、まだこっちをむいてくれない。

「外部に漏らされちゃこまるんですよぉ。
 こいつ一体で、どれだけの実験が思いつくかっての!」

「……」

ふう、っとためいき。

「こいつが生きてるうちに終わりますかねぇ?
 衰弱死寸前のガキの研究なんてごめんだぞ……オイ。しっかり治して協力しろよ?」

「……」

あくせられいたに、はなしかけてるンだろうか。

「案外よお」

あくせられいたは、こたえない。

じっときはらくンを、にらみつけている。

「俺は死ぬまで、てめえの研究してっかもなぁ?」

なにかをまっている、みたいだった。


221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:46:55.74 ID:khKdrK3qo

それは、とんでもなく突然で酔狂で無茶で理不尽で考えなしの一言だった。

「そろそろ外出してみようか」

「え。」

ようやく点滴が取れた拒食症のやせっぽちの少年が間抜けそうに口を半開きにした。
近頃では病院内を杖と手すりに頼って徘徊できるまでに回復している。

が、それはそれで問題ありだ。
唐突の張本人である冥土帰しは寝不足気味の目を瞬かせた。

今朝早くに個体調整で入院している妹達から連絡を受けたせいで少々寝不足だ。

「早朝に申し訳ありませんが」

朝早くにかかってきた電話の主は、欠片も悪びれない様子で淡々と言った。

「百合子が行方不明です。とミサカ10032号は
 端的に状況を説明できる言葉を模索しド真ん中ストレートが有効であると判断しました」

これの所為で朝食は病院で取る羽目になった。

当の脱走少年はと言えば、冥土帰しが到着したころ既に発見されていた。

19090号のベッドの下で床にへばりつき、毛布に包まってガタガタと震えていたらしい。
安定剤をワンショット打たれて引っ張り出される大捕物の末に無事保護。

未だ彼の容体が落ちついたとは言い難い状況だ。頭が痛い。
冥土帰しは午後の診察を少々減らして、調べものと仮眠に当てる事を心に決めた。
とはいえ急患があれば駆けつけるのは決まっている。

加えて言うなら、発見当時の状況も頭痛の種の一つだ。

ベッド下で震える白い少年を安心させるため、妹達が総出で頑張っていたのは良い。

しかし猫を呼ぶように舌を鳴らし猫じゃらしを振る妹達と
ますます萎縮する第一位の構図には苦笑を禁じ得なかった。
学習装置の開発協力者である布束砥信とは一度深く話し合う必要がある。

早朝の脱走事件も解決し、鈴科百合子は日課である午後のリハビリを終えた所である。

「が、いしゅつ。」

「そうだよ? 君も身体的には健康な少年なんだからね。
 たまにはお日様の光を浴びなければ腐ってしまいそうだ」

今や危険な路地裏よりもベッドの下の方が似合うような少年は眉を寄せた。

「や。」

「紫外線の事なら気にしなくて大丈夫だよ?
 ちゃんと痛まないように対策は練ってあるからね」
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:47:25.83 ID:khKdrK3qo

下を向いてしばし考え込む。なんとか言いわけを探しているのが丸わかりだ。
くすりと笑ってしまうと口をへの字にして、真っ赤な瞳が冥土帰しを睨む。

「どォしても。」

「そう、どうしてもだよ。患者は先生の言うことを聞かないといけないね?」

うぐ、と困った声を出す。
ちらちらと左右に目を泳がせ、広げた両手の指先をそわそわと擦り合わせた。

「いたい、くない、かな。ひりひりは。」

「ああ、大丈夫。痛まないよ。それにヒリヒリもしない」

「ぜったい。」

「絶対だ」

うー、だの、あー、だのと呻いてはいたが、結局あきらめてこくりと頷く。
以前の凶暴さを思い出して、冥土帰しは治療計画を組み立て直す予定を立てる。
未だ記憶の回復するような兆しはない。

「それじゃ、これが紫外線を殆どカットできるタイプの日焼け止めだよ。
 上半身は服の下まで日が射すから、一応隠れる所も塗っておくんだよ?」

「は、ァい。」

大きなチューブをベッド脇の机に置く。
手にとって、物珍しそうにしげしげ眺める百合子はここ数日で幾分元気になったようだ。

「そうそう、脚も忘れず塗っておくといいね?」

こっくり頷いて、おもむろに病衣を脱ぎ始めた百合子に背を向け、扉を閉める。
冥土帰しはファイルの置いてある診察室に戻りながらこっそりため息をついた。

「やるべき事は多そうだ」

リハビリが一段落ついたら外見年齢相応の振る舞いを教える必要がありそうだ。

いっそのこと妹達の学習装置が使えれば楽かもしれない。
冗談にもならない事を考えてしまった。
学園都市の第一位が軍用ゴーグルを付けて子猫を追いかけるのはあまり好ましくない。

何にせよ、彼の記憶が戻らない以上、必要なものが増えてくる。

彼の場合、「安心」と「教育」が特に欠乏しているようだった。

正体の知れない悪夢を見て不安で飛び起きる。
続いている不眠症のため、その体力はいつまでたっても回復しきらないままだった。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:48:02.61 ID:khKdrK3qo





               6 広場恐怖症(前編)




224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:48:37.58 ID:khKdrK3qo

鈴科百合子の外出に付き添って欲しいと言われた時、19090号は真っ先に挙手をした。

ここの所彼に付き合って院内に籠りきりだったこともあり外出は少々喜ばしい。
19090号もそれほどアウトドア派という訳ではないが、たまには街を歩きたいのだ。

普段控えめな彼女が主張したことに冥土帰しや他の妹達は驚いているようだったが
重ね重ね勘違いしないでいただきたい。
彼女にとって「百合子」は友人か弟のようなものである。

支度を手伝うといって妹達の病室を出ると、暇を持て余しているらしい10032号も
ハートのネックレスをしゃらりと揺らして後ろから付いてきた。
つくづく悪運の強い固体だと19090号は思う。

「19090号がここまで百合子と仲良くなるとは意外でした。
 一番怖がると予想していたのですが、とミサカ10032号は当てが外れてがっかりします」

無表情で横を歩く10032号に痛いところをつかれ、19090号はぐむ、と息を漏らした。

口下手というのか、気弱というのか、彼女はあまり話すことが得意でない。
特に意見を求められることに弱い。

「た、確かに一方通行には恐怖を覚えますが……
 彼と百合子は、その、別人です……と、ミサカ19090号は苦し紛れに言い返します」

しどろもどろな調子に小声。

10032号は鈴科百合子と19090号の類似性が友を呼んだのだと内心納得する。

が、それで会話を終わらせるつもりはない。

妹達の中でも交流のチャンスが少ない19090号だ。
この機会を逃す程10032号は間抜けではないのである。

「では19090号は百合子の記憶が戻り一方通行と同一になった場合
 彼にどのように接するのでしょうか、とミサカ10032号は意地悪な質問をしてみます」

「そっ! ……れ、は」

ぱくぱく口を動かして、表情を曇らせ、目を左右に泳がせて、立ち止り、うーんと唸って
10032号を恨めしげに睨み、顔を上げて何かを言いかけ、顔を真っ赤にしてまた俯く。

「み、ミサカは……」

百面相のあとで泣きだしそうに顔を歪めたのを見て、10032号は首を傾げる。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:49:04.93 ID:khKdrK3qo

「そこまで真剣に考えないでください。単なるジョークです。
 イッツミサカジョーク、とミサカ10032号は白い歯を輝かせます」

「……」

「そこはHAHAHAと笑っていただきたいのですが?
 とミサカ10032号はあまりのスベリっぷりに涙が止まりません」

「あなたの頬に涙が流れていることはまったく確認できませんが……
 とミサカ19090号はにわかに指摘しました……」

「さあゴチャゴチャ言っていないで百合子の病室に向かいましょう。
 ハリーハリー! とミサカ10032号は19090号の背を押しつつ邁進します」

「わ……! 押さないでくださっ……あああああぁぁぁぁ! とミサカ19090号はぁ……!」

相も変わらずスズシナユリコのネームプレートが掲げられた病室のドアを開ける。
中に入った二人を出迎えたのはいつも通りのほんやりとした笑顔だった。

が、

「あ、。」

「おお……」

「ひゃっ!?」

タイミングがあまりよろしくなかった。

薄い病衣を床に落とし、下着一枚にシーツをかけただけの格好で少年はくるりと振り返る。

「19090ごう。」

両手に乳白色の半透明の粘液をたっぷりと溜めて、へらりと緩んだ頬にまで
それがこびりつくように跳ね返っている。

こぼれおちたジェル状の液がミルク色に薄く引き延ばされた太股に流れて滴る。
細く伸びた足先までをくまなくベトベトと覆って、さらに指先からベッド下のリノリウム床に
微かに糸を引いてぱたぱたと雫を落としている。

薄く骨が浮いたあばらや鎖骨や、とにかく体の前面が液体まみれだ。

困ったように笑う百合子を前にキッカリ3秒制止。
10032号は「お邪魔しました」とだけ言い置いて、スライド式のドアを静かに閉めた。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:49:31.25 ID:khKdrK3qo

「19090号、あまりお気落としのないように。思春期の少年にはよくあることですよ。
 とミサカ10032号は聞きかじりの知識で19090号を慰めま」

「違います! というか、そもそもそうじゃ無いですよね確実に!
 とミサカ19090号は10032号に詰め寄ります、というか何故閉めたんですかあああ!」

ガクガクと自分と同じ顔をした少女をゆすぶって、19090号はもう一度扉を開けた。

「はぁ……失礼します、とミサカ19090号は仕切り直しました……」

出ていった時と同じ状態で困り顔を傾げる百合子。
その頬をぬぐってやりながら、19090号もまったく同じ顔をした。

「一体何がどうなったのですか……とミサカ19090号は途方にくれます」

「これ、ぬらないと。いけないって。」

そういっておずおず差し出されたのはひしゃげたチューブ入りの塗り薬。
どうやら日焼け止めらしい。
反対の手には新品のチューブの先端に貼られている銀紙がつままれていた。

10032号と19090号の頭に、同時にここまでの経緯が見えた。

チューブのキャップを外して絞りだそうとしたのはいいが、どうやっても出てこない。

強く握りしめても振っても出てこないため、ひっくり返して先端を確認。

新品であるために銀紙が張られている。

この所為で薬が出てこなかったのだと納得し、開封。

さっきまでと同じ力で握りしめていた為に内部に圧力がかかる。

一気に中身が噴き出し、大惨事へ。

「……とりあえず零れた分を塗ってしまいましょう、とミサカ19090号は促します」

「う、うン。」

体温で温まってドロドロと流れ出しそうな塗り薬を掌に掻き集め
百合子は申し訳なさそうにため息をついた。

「それにしても随分飛び出しましたね。全身に塗っても余りそうですが。
 とミサカ10032号は脚に付着している分を塗り伸ばしてみます」

「ひ、つめた。」

細く骨ばった脚にべたべたとした薬剤が馴染んでいく。
薄く塗る分にはぱっと見で薬がついているとは分からない。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:50:47.02 ID:khKdrK3qo

「伸びがいいですね、私用に一本欲しいくらいです。」

「は、ァ。」

「背中にも塗るのでしたら手に溜めた分寄越しなさい
 とミサカ10032号は右手を突き出します」

指の間から薬がこぼれないようにおろおろしている百合子がゆっくり瞬きした。

「せなか。」

「そうです」

「ぬってくれる、の。」

「19090号の方がお好みですか? とミサカ10032号は……」

その脇腹を19090号が突いた。

「あ、りがと。」

掌から温くなったジェルをすくい取り、10032号はベッドに乗り上げた。。
少年はおとなしく俯いて項と剥きだしの背中を差し出す。

「これは……」

「ン。」

背骨がごつごつと突きだした背中は他と変わらない白さだったが
皮膚の状態は大きく異なった。

まるで路線図のように、古い傷跡が重なって交差し、背中全体を覆っている。
左右の肩甲骨の上にケロイド状になった皮膚がひきつった。
左の脇の下から長い縫合の痕が一際目立って横切っている。手術の後のようだ。

10032号はすっと目を細めて、そっとその背中に掌を置いた。

「うァ。」

びくりとした反応が皮膚を通して伝わる。

「あ、痛いですか?」

「ンン、や、つめたい。だけ。」

「……そうですか」

薬を塗りこめるように手をすべらせる。
掌や指先にひっかかる傷跡の些細な隆起が分かる。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:51:13.31 ID:khKdrK3qo

10032号は思う。

反射の使える一方通行がこれほどの傷を負うなんて、と。
能力が使えるまでの間に一体どのように過ごし方をしていたのだろうか、と。

「こんなに痛そうですが」

「え。」

服からはみ出すような腕、脚には目立つ傷は無い。
しかし良く見ると、細かい引き攣れやよじれがあった。
目に見えなくても薬剤ですべりの良い指先にはそれらが引っかかる。

背中の傷は一番酷いように思えた。

背骨の突起に沿って一つずつ等間隔についている丸い痣のようなものが気になった。

細い指先で触れたような、直径1センチにも満たないもの。

10032号の目には煙草を押しつけた痕に見えた。

きっかり等間隔で、完全な円形に。
偶然当たったのではなく、作為的につけられた痕だ。

綺麗すぎる傷跡がその酷さを物語っている。

「痛くはないのですね、とミサカ10032号は確認をとります」

「う、ン。」

肩甲骨のあたりでてらてらと皮膚のきめを消したように光る広範囲の傷は火傷痕だろう。

突きだした骨で薄い皮膚がさらにひきつっている。
今にも裂けて骨が露出しそうに痛々しい。

それらを深く塗り隠すように薬を塗りつけていると、不意に背中が細かく振動し始めた。

「ふっ、、。」

押し殺したような声。

「い、痛んだのですか!? とミサカ10032号は背中をさすって宥めます!」

「くっ、ふは、ちょっと、まって。」

よじるようにその手から逃れようとするのを、肩を掴んでひきとめる。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:51:46.75 ID:khKdrK3qo

「どうしました? 10032号に不当な扱いを受けたのですか? とミサカ19090号は
 10032号に疑いの眼差しを……」

「ち、違います! きちんと丁寧に扱っていました! とミサカ10032号は弁明します!」

まったく同じ声での良い争いを、小さく隠すような笑い声が打ち消す。

「ど、どうしたのですか、百合子……」

「え、えは、ふふっ。こ、こしょぐったィ、。」

「……」

同じ容姿が今度は笑みの形に揃う。

鈴科百合子は目尻に溜まった涙を不器用にぬぐって、不思議そうな顔をした。

「も、もう一回言ってみてくれませんか? とミサカ19090号は……」

「ゥえ、えと。こしょぐったい。」

「くすぐったい?」

「こ、こしょぐったい。」

にや。にへ。

「ふふふ、どこがこしょぐったいのですか? 百合子。
 こうですか? とミサカ10032号は腰のあたりをさわさわ」

「ふやっ、くく、そこ、は。」

「もしかして脚がこしょぐったかったのですか? でもまだ塗り終わっていません……
 我慢してくださいね、とミサカ19090号は膝の裏に薬を塗る作業に戻ります」

「あっ。ふ、ゥあ、そン、ちょっ、ま。」

「ここですか?」「ここでは?」「我慢してください」「動いては塗りにくいですよ」「じっとして」
「今のあなたに紫外線が当たると皮膚が炎症を起こしてしまいますし」「それは大変です」
「丹念に塗らなくてはいけませんね」「首の後も塗りますよ」「膝と肘は塗っておかないと」
「耳を忘れてしまう所でした。危うく芳一化現象です」「脇腹も塗ってきおましょう」「お腹も」

「い、やァあああああああああ、、、。」

こぼれ出した薬剤を使い切り、全身に塗り込め終わった頃。
百合子はぐったりとベッドに横倒しになっていた。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/19(火) 20:52:13.48 ID:khKdrK3qo

目尻には涙が光り、笑いすぎたために腹筋が痙攣している。

「はっ、ァ、ふ、はァっ、うう、、、。」

息を荒げ、頬を紅潮させて下着一枚の格好で半べそかきながら乱れたシーツにくるまる。

まるで悪代官にいいようにされた町娘のような状況の百合子を余所に
二人は彼の外出用の服をクローゼットの着替えから選んでいる所だった。

普通の男子高校生ならば、
『女子中学生2人に押さえ込まれて粘液まみれの両手で全身を撫でまわされる』
というのはむしろご褒美に等しいが、百合子にとってはただの拷問である。

「長袖でなければいけませんね、とミサカ10032号は荷物を漁ります。
 どれもこれも似たようなものばかりで面白みに欠けています」

「ある程度ゆったりしたものでないと……病衣に慣れているので負担になりそうです。
 と、ミサカ19090号は主張します……これはどうでしょう」

「そうですね、では下は、とミサカ10032号はスキニーばかりのジーンズを引っ張ります」

拗ねて蓑虫状態になっていた少年は15分で無理やり支度をすまされた。

出発の準備を整えられて診察室の前に立ったときにはすっかり病人らしからぬ出で立ち。
先ほどまで病衣でごろごろし、半裸で粘液にまみれ蓑虫になっていた人物とは思えない。

白いゆったりとした半そでのパーカーの下に黒の細身の長袖。
妙に丈が長く、不思議な幾何学模様のラインが入っているが、そこまで違和感はない。

「準備はいいみたいだね?」

「う、うン。」

何やら疲れて見える百合子に、冥土帰しはトートバッグを一つ渡した。

「はい。これをしっかり身につけておくんだよ」

「これは……なんですか? とミサカ19090号はバッグを漁ります」

中から出てきたのは黒いキャップと日傘。
それに目立たないデザインの眼鏡。

「帽子と日傘は分かりますが、眼鏡、ですか。とミサカ19090号は百合子に手渡します」

「ああ。彼はメラニン色素が抜けているようで、視界にも異常が出ているからね。
 瞳に紫外線が入らないようにというのもあるが、まあ能力で補いない分の視力補強だよ」

不思議そうにしていた百合子だが、そっと眼鏡をかけると嬉しそうな声を上げた。

「まぶしくない。」

「調子はいいようだね?」

「うン。」

嬉しそうに眼鏡をかけたり外したりしている百合子の頭にキャップをかぶせ、杖を持たせ
日傘まで差しかけてやりながら、ミサカ19090号は冥土帰しに軽く会釈をした。

「……あの、それでは行ってまいります。百合子の面倒は私が見ますので……
 その、お任せください、とミサカ19090号は起伏に乏しい胸を張ってみます」

「無理はしなくていいからね。
 何かあったら病院の個体に連絡するなりなんなりしてくれれば、迎えに行くこともできる」

一応、と連絡先を記した紙を百合子のジーンズのポケットに突っ込んだ。

病院の裏口からこっそりと抜け出すことにも成功。
いざ、鈴科百合子の初外出、もとい野外歩行訓練が始められた。 
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:42:13.70 ID:qxkzaEwQo

外は気持ちよく晴れていた。
午後の、まだ早い時間。太陽は真上から少し角度を付けている。

「わ、ァ。」

眩しがって細めていた目が一瞬大きく見開かれる。
白い少年は雲が薄くたなびいている空をゆっくり見上げ、目をそっと閉じた。

「ひかりが、あったかい。」

今彼の姿を写真に撮ったら、きっと酷いハレーションを起こすだろう。
太陽の強い光が白い肌とキャップから漏れた細い髪に当たって、きらきらとこぼれおちる。

「陽光の暖かさは、私も好きです。……ずっと浴びていると少し眠たくなりませんか?
 と、ミサカは日向ぼっこからのお昼寝の至高性を示唆します」

「うン、。きもちいい。」

紫外線がきちんと防げている事を確認して、しばしその場で戸外の空気を楽しんだ。

普段意識することのない小さな葉擦れや風の音。遠くで走る車や、チャイムの音色。
風に乗ってくる土や、アスファルトや、若葉や、花の、少し生臭く生き生きとした香。
どこかで洗濯物でも干しているのか、石鹸のような匂いが混じる。

薄い瞼を通して太陽の光が目の奥までじんわりと温めてくれるようだ。
たしかに、これはずっとしていたら眠たくなる。

「こンな、だったかなァ、。」

ちり、と違和感が百合子の脳髄の片隅を焼く。

「……何が、でしょう? とミサカは質問に質問を返します」

「え。」

今、自分は何か言っただろうか。
何を感じたのだろう。
ただ突然に一瞬前の思考を思い出せなくて、百合子は曖昧に首を振るだけだった。

「は、はやく、いこ。」

「わ……わかりました。きちんと日傘の陰に入っていてくださいね?
 とミサカは少しはしゃいでいる百合子に念を押します……」

「ン。」

19090号が持っている日傘を杖とは反対の手で支える。
杖初心者の百合子に合わせ、のんびりとしたペースで2人は歩きだした。

時折傘を傾けて日差しを浴び、深く息を吸い込み微笑むその姿を
19090号はどこか感慨深い思いでネットワークの共有記憶データベースに記録した。

一方、ミサカネットワークでは「こしょぐったい」という不思議ワードが広まり。
全世界の妹達の間でダントツ人気の流行語になっていた。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:42:42.51 ID:qxkzaEwQo





               6 広場恐怖症(後編)




248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:43:13.09 ID:qxkzaEwQo

学園都市を巡回するバスに乗った所で、19090号は隣に座る少年に切りだした。

「何故あれほど外出を嫌がったのですか? とミサカは百合子の横顔を覗き込みます」

「う、。」

つつ、と目を逸らす百合子の膝を軽く小突いて、19090号は注意を向け直させた。

平日、真昼のバス内は無人で、運転手すらいない空間はお喋りにもってこいだ。

何せこの都市のほとんどを占める学生は授業中。
スキルアウトも出歩かない、最も過ごしやすい時間帯と言っていい。

これは百合子にとってかなり都合が良かった。
彼にとって人は怖いのだから。

大人の、と言っても精神的に年齢を重ねていない状態の百合子からしたら
高校生以上の女性ほぼ全般がこれに当たる。

更に白衣を来た、これも高校生から中年までの男性も恐怖の対象だ。
この科学の都市では白衣などそこまで珍しくもない。
実験の合間にちょっと一息、などという気軽な研究者も学区によっては良くある光景だ。

ちなみにこの対象から外れた冥土帰しはどこか腑に落ちない様子だった事を付け加える。
子供の判断とは時に残酷なものだ。

話を元に戻す。

「……百合子が冥土帰しの言うことを素直に聞かないのは2度目です。
 1度目は食事の拒否でしたか、とミサカは思い返します」

うぐ、と百合子が再び呻いた。
耳が痛いと言ったところだろうか。

未だ少食な百合子はいつも病院で出された食事を残す。

しかし8日間にも及ぶ、いや、病院に来る前から発症していただろう拒食が
殆どきれいに治った事に19090号は少々驚いた。

あの医師は無理強いすることを極力しない。
元から担当する科の向き不向きもあるのだろう。
精神的なモノからくる拒食は彼の担当ではない。

適材適所ということで、一方通行の元同僚が何とか食わせる事に成功したと聞く。
何でも、人に信頼させて首を縦に振らせることが一番の得意というが、何やら犯罪臭い。

その後回復し、ある程度食事ができるようになってはいる。
が、未だ1人では、文字通り食指が動かないらしい。
目の前で人が食事をしているのを見て、ようやく空腹を思い出す程度だ。

味覚も変わってしまったのか、肉より野菜。「こってり」より「さっぱり」を好むようだ。
特に果物が好きらしく、19090号は林檎を剥いてくれと頼まれたこともある。
こっそりナースステーションで見つけた婦長に剥いてもらったのは内緒だ。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:43:47.09 ID:qxkzaEwQo

「あ、あ、あれは。どォしても、たべられな、。」

「まあ……最近は頑張ってご飯も1膳食べられるようになりましたね、偉いです百合子
 と、ミサカはお姉さんぶりたいことを隠しつつも頼れる存在であることをアピールします」

そっと隣の少年の頭を撫でる。
膝の上でキャップをいじっていた手がビクンと跳ね上がった。
掌がそっと撫でるだけだと知って落ちついたようだ。

どうやら手を頭上に持ってこられると反射的に殴られると思ってしまうらしい。
それに気付かないふりをしてやるのにも、19090号はもう慣れた。

「、、ひとに。」

「え?」

小さな声をこぼす口元に耳を近付ける。

「ひと、あうから。」

ごにょごにょと呟く。
何事か続けて話しているが、どんどん尻すぼみになって聞き取れはしない。

19090号は、自分が小声であるという自覚を持っていた。
また、弱気で人と話すことを苦手としていることも。

しかしそれを外部から見た時ここまで弱弱しく人を苛立たせるとは思ってもみなかった。

咳払いを一つ。

「……つまり、その、百合子は人に会うのが怖いから駄々をこねた。
 ということで、いいのでしょうか? とミサカは確認を」

「え、っと、あの。うン、、、あ。やっぱ、ちがう、かも。」

「えぇー……? とミサカは頭上にクエスチョンマークを浮かべます」

バスが大通りの角を曲がり、百合子の肩が少しだけ19090号に触れた。

気を抜いているのか、少しばかりの体重が19090号の左肩にかかる。
かすかな重みが何となく嬉しくなることもしばし。

「……」

「、、。」

それきり、百合子は黙って俯いてしまった。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:45:18.51 ID:qxkzaEwQo

本当は、ただ怖がっているだけだ。
それは少年自身も分かっている。

彼は臆病だ。

人が怖い。
大勢の人も怖い。
そんな人たちの中で、自分1人がパニックに陥るのが怖い。

倒れたり、怯えたり、呼吸が出来なくなったり、顔が熱くなったり、話せなくなったり。
そういう「どうしたらいいか分からない」状況を作るのが嫌だ。
そうした失態を重ねてしまう事自体が怖い。

周りの人はそういう自分をどう思うんだろうか。

ただ、今隣にいる少女のように親切な人がいる。嫌われたくない。
自分の失態を見て愛想を尽かしてしまうのじゃないかと思うと、泣いてしまいたくなった。

「、。ごめンなさい。」

堅いジーンズを握り締めて、涙が出て来るのを我慢した。
そんな風に、弱弱しいからダメなのだ。

ぎゅっと目を瞑ると瞼の隙間から一粒だけ涙がこぼれた。

「……何故謝るのですか?
 百合子は何も悪いことをしていないのに、とミサカは不思議がります」

泣かないでください、とそっと髪を撫でられる。

「、でも、わがまま、した。」

「ええと、はい。確かに、あれは良くありませんでしたね。
 ……冥土帰しは貴方の健康を思って、外出した方が良いと勧めたのですよ?」

「ン、、。」

「ですから……うー、ええと、はい。次からは、あまり食わず嫌いな反応を、しない方が?
 と、ミサカは窘めてみますが、これは表面的な意見であって、その……」

徐々に二人とも小声に、尻すぼみになっていく。
元から似た者同士の弱気者だ。こういうところがいけなかった。

「ええと、み、ミサカ、は……」

「ご、め、なさい、、、。」

静かな車内に、ふーっと長い吐息の音が重なった。

「ミサカは……百合子の友達です……
 と、ミサカ19090号は様々な思惑渦巻く胸中を無視して一番重要なことを伝えます……」
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:45:52.47 ID:qxkzaEwQo

伏せられ通しだった白い睫毛がふと持ちあがった。

「え、。」

「みしゃ、ミサカは……」

うー、だの、あー、だのといって顔を紅くする。
一通りもじもじと萎縮してから、19090号はそっと横の少年を振り返った。

「夜中に怖い夢を見たなら、起こしてくれればよかったのに……
 と、ミサカは遠慮がちな百合子の水臭さにもどかしさがいっぱいです」

「あ、」

信号に引っかかったのか、バスがゆるやかに減速し、停止した。

「ァ、れは。ちが。」

「このミサカを頼って部屋まで来たのに、起こさないなんて、中途半端です。
 なぜ、最後まで頼ってくれなかったのですか、とミサカは……」

「だって。」

ぐん、とエンジン音がして、バスが再び動き出す。

「だって。」

「怖くないです。とミサカは小さな声で言いました」

「。」

車内放送が下りるはずの停留所の名前を告げる。
少女の細い指が停車ボタンを押す。

「ミサカ19090号は、百合子のことを嫌いになんか、なりません。
 と、ミサカは緊張を隠して微笑みながら約束します」

ね、と釘を刺されて、手の中のキャップを被らせる。

手擦りに立てかけてあった杖と日傘を持ち、反対の手を百合子に差し出した。

「百合子はまだ杖がヘタクソなのですから……
 転びそうになったらこのミサカにつかまればいいのですよ、とミサカは手を差し出します」

その手に、ゆっくりと自分の手をかざし、一瞬ためらい、指を引っ込める。
白い指を、なめらかな少女の手が捕まえ、そっと握る。

壊れそうなものを触れるように恐々と握り返しながら、百合子は小さく笑った。

「、ごめ。」

「いいえ、違います。とミサカは注意しました」

「あ。」

バスが停留所で停車した。
杖をついて立ちあがりながら、少年は少女の耳元で囁く。

「あ、りがと。」

「はい……とミサカは微かな達成感や幸福感と共に答えました」
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:46:30.57 ID:qxkzaEwQo

一方その頃。

御坂美琴はいつもの4人組みでファミリーレストランの窓際を陣取っていた。

「本当ですって! 噂になってるの、知らないんですか?」

少々レトロなセーラー服に似合う長い黒髪を揺らして断言する少女。
大人しそうな見た目を溌剌さで補える、気持ちのいい朗らかな声。
今日も話題の中心は佐天涙子の仕入れてきた出所の怪しげな都市伝説だ。

彼女の隣に座る初春飾利は既に学校で同じ話を聞かされていたようである。
パフェのアイスに夢中で、殆ど話半分以下というところだ。
くりくりとした大きな瞳を嬉しそうに蕩かせてスプーンを口に運ぶ動作が愛らしい。

それだから、その話に真正面から反応するのは美琴ともう一人。
意外に生真面目な面を持つ白井黒子だけだ。

「……と言われましても、ありがちなデマではありませんの?」

血統書付きの愛玩動物を思わせるような近づき難さを醸し出す彼女だが
全体的にちんまりと可愛らしい小作りな容姿が、それを可愛らしさに変えてしまっている。

「お姉様」と二人きりにしなければ文句なしの美少女だ。
かたや御坂美琴の方も涼しげで健康的な美しさを兼ね備えているのだ。
黙っていれば絵になる二人である。と、初春飾利はスプーン越しに考察。

しかしながら下着の趣味に関しては、両名とも世間一般の美少女との間に
大きく差を開けられるほどの残念具合ではある。
その美的センスだけは足して二で割ってくれというのが周囲の胸中。

こと下着に関しては、この四人の中で初春飾利ほど気を使っている者はいないだろう。
と言っても、「ああん、だめようっふんあはん」などという仲の男性がいる訳でもなく。

専らその選び抜かれた無難かつ可愛らしい下着を覗き、評価するのは
横に居る佐天涙子であるのが悲しい所である。

「本当に本当なんですよー!
 これは私が入院していたときに知り合った看護師さんから聞いた話で!」

「それがそもそも怪しいんですの。何故そのような方と今更怪談話を?」

「実はその人も結構な都市伝説マニアだって事で、退院する時にアドレス交換を……」

社交的な事だ、と美琴は苦笑いをする。

この「都市伝説」の内容を聞き始めてから、背中にじわりと嫌な汗がにじんでいる。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:46:57.50 ID:qxkzaEwQo

「だから、本当に居るんですよ! 『ウサギ男』!」

これが今回彼女が仕入れてきた都市伝説である。

「本当に白くて、目が紅いらしいですよ!」

「それは、ただの色素欠乏症な殿方ではありませんの?」

違うんですよぅー、と佐天は身を乗り出す。

「ウサギの生態をコピーされているせいで、すっごく怯えやすいらしいんです。
 大人を見ると急いで逃げたり、震えながら隠れたりするらしいですよ!」

「それは、ただの臆病な殿方ではありませんの?」

「ってだけじゃなくって! なんと主食は野菜と果物らしいんです!
 で、夜宿直の人がライトで廊下を照らすと、そこに寂しくてしくしく泣いているウサギ男が!」

「それは、ただの偏食で寂しがり屋な殿方ではありませんの?」

「しかもしかもっ! 黒い首輪を付けているそうですよ!
 かつ、病院の名簿にも受付の記録にもないのに、いつの間にか廊下に現れるとか!」

「それは、ただのチョーカーをはめた影の薄い殿方ではありませんのっ!?」

むぅ、と佐天は丸い頬を膨らませた。

「御坂さんはどう思いますっ!?」

「ほふぇっ!?」

変な声が出てしまった。
背筋を冷や汗が伝っていく。

やばいやばいやばい。

何故こんな話が漏れているのかしらん。
リアルゲコ太先生サマ、緘口令はどこへいったのでありましょうか。

「え、えっとー……私も、色素欠乏症で入院してる、ごくフッツーの?
 臆病で偏食で寂しがり屋でチョーカーをつけた影の薄い患者さんなんじゃないかなー」

って? 思う? みたいな?
と、言い訳がましい語尾が付随。こういう咄嗟の誤魔化しは苦手である。

ええい、そもそも今日は先ほど言った特徴を全て兼ね備えた「ウサギ男」の
お見舞いに行く予定だったのだが、さて、何故このような矢面に立たされているのか。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:47:28.54 ID:qxkzaEwQo

「そんなぁー! それじゃつまらないじゃないですか」

へちょりと突っ伏してテーブルと仲良くなり始めた佐天に
美琴はどぎまぎする心臓を抑えながら微笑んで見せた。

「大体都市伝説なんてそんなものよー?」

「そうですの。大体ウサギの生態だなんて……コピーして良いことがありますの?」

お姉様が味方になった事でふふん、と勝ち誇る黒子の言葉に、横から初春がのっかる。

「あー。でも、ウサギは耳が長いじゃないですか。
 音が良く聞こえるっていうのはメリットかもしれませんね、ウサギ男」

その言葉に佐天ががばっと起きあがる。

「そうでしょ初春ー!? ほら、学園都市の闇の研究機関が極秘に開発をですねぇ……」

「ウサギの耳が殿方に生えているんですの……!?」

心底気味が悪いと言いたげに、黒子が悲痛な声を上げた。

「そういう話は聞いてないですけど」

それはそうだろう。

学園都市の第一位がバニーボーイの店ラビリン学園都市店にお務めだとか
そんなの、想像しただけでまさに恐怖の怪談になっちゃうくらいのブラクラ的光景である。

色は何かしら、アンゴラかしら、ロップイヤーかしら、などと現実逃避的な非生産思考に
埋没している美琴を置いて、会話は続くよどこまでも。

「ウサギの耳でしたら、そういった方よりもお姉様のような
 お可愛らしい容姿に付属すべきパーツではありませんこと?」

ねー、おねえさまーぁ、と懐いてくる黒子をべりりと引きはがす事は忘れない。

「うーん、御坂さんはどちらかと言えば猫耳の方がお似合いですよー」

「ちっちっち、甘いねー初春。そこはツノと虎柄ビキニでしょ!」

「お姉様の特長を存分に引き出したチョイスですの!」

何時の間に自分がコスプレすることになったのだ。

と、その時だった。
道に面した窓の外で白いものが動いたのは。

「へ?」
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:47:59.58 ID:qxkzaEwQo

ばっと窓を振り向くと、歩道の真ん中で立ち止まる二人組。

あら、目が可笑しいぞ美琴さん。
学園都市の第一位と第三位のそっくりさんが見えるわ、まあ大変病院に行かなくちゃ。
というか頼むから行かせてくださいお願いします。などという祈祷の甲斐も虚しく。

やわらかに微笑む細長い方の人影の唇がゆっくりと動いた。

み、こ、と。

日差しを避けるために被っていたキャップの下から、嬉しそうな色を乗せた瞳。

負けた。
御坂美琴は面倒事を覚悟して、二人に向かってそっと手招きをして見せた。

気恥かしそうな様子で妹達の一人と手をつなぎ、もう片方の手で杖をぎこちなくついて
ゆっくりとファミレスの入り口に向かう。

美琴の仕草で二人に気付いた三人の少女は、それをぐるりと見送ってから
今度は美琴の顔を凝視し始めた。

「どういうことなの」

とじりじり睨みつける視線から外れようと無駄な努力をしながらも
美琴はやっと入店してきた二人に手を振った。

「こ、こっちー」

三人分の視線が、しゅぱり、と近づいてくる二人にパン。

「みこ、と。、おはよ。」

黒いキャップで人相も分からず、殆ど性別不詳、年齢不詳の人物にズーム。

「もうこんにちはの時間ですよ、とミサカは、指摘しました。
 今日は良いお日柄ですね……お姉様。とミサカはお手本を示して、みます」

そしてその横の、まさにもう一人の美琴というべき少女にしゅびっとパン。

再度、カメラ引いて二人の全身を収め、足元から舐め上げるように煽りで眺める。

「お姉様」

「この人たちは」

「どういうことなんですかッ!?」
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:48:26.81 ID:qxkzaEwQo

刺さる視線に怯え、ひょろ長い方の人物が御坂美琴のそっくりさんの後ろに隠れる。

「妹……です。と、ミサカは即座に返答いたしました」

その言葉に黒子がきゅっと眉をあげる。

「妹さん、ですの? しかし、常盤台で見かけた記憶はありませんの……」

「実はこの子ちょっと体が弱くてね。今は入院してるの!
 本当は別の学校に通ってるんだけど、常盤台の制服が着たいってきかなくてさー!」

割り込むようにして捲し立てる美琴。
それに対して、そっくりさんは小首を傾げるような動作をした。

「いえ、あの、ミサカは……」

「ね! そうよね?」

「ええと……は、はい? お姉様? と、ミサカは返答を強要されます……」

押されてたじたじのそっくりさんをテーブルに着かせるため、少々席の移動が行われる。
幸いゆったりとしたソファー席だ。
美琴の隣にいた黒子が、佐天と初春の間にテレポートすれば事足りた。

「さ、百合子。奥へどうぞ、とミサカは背後に隠れている恥ずかしがり屋さんに促します」

「うン、。」

モソモソと座るほっそりとした正体不明の人物。

その人から杖を受け取り、通路側に立てかけて。
ようやくそっくりさん、もとい妹さんは席に着いた

「というか、百合子がここに居るなんてどうしたの? 散歩にしちゃ病院から遠いじゃない」

どうやらこの帽子に眼鏡という不審者丸出しの人物は、御坂姉妹共通の知り合いらしい。

とにかくつかみどころがない。
殆ど口をきかないが、漏れて聞こえる声は中低音。
体格はほっそり、服はゆったりという外見が輪郭を曖昧にしている。

白すぎる肌はなめらかだが、細い骨格がかえって目立つ。
一言で言うなら、正体不明。もっと言うなら怪しかった。

「今日から野外歩行訓練なので、同行しているのです、とミサカは説明します」

「ばす、のった。」

「そうなの? すごい、歩くの上手くなったのね」

「ン。」

美琴の掌がぽんぽんと頭を撫でるのに、されるがままになっている。
少なくとも彼女より年下には見えないが扱いはまるで幼い子供だ。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:49:11.82 ID:qxkzaEwQo

「百合子、室内に入ったら帽子をとるものなんですよ、とミサカはそっと教授します」

妹までが彼、または彼女の姉のように接している。

「あ、ゥ、はい。」

その人物は大人しく、ぱさ、と目深に被っていたキャップを外した。
中途半端な長さの真白い髪が、頬や首に落ちる。

シンプルな眼鏡の奥に、陰で隠れていた赤色の瞳が
自分を見つめる3人の視線を浴びてきょときょとと揺れた。

「えと、あ、ァの、、。」

「自己紹介してあげて」

美琴がそっと促すのにつられて、小さく頭を下げる。

「ゆりこ、です。こンにちは。」

「あ……こんにちは?」

釣られて頭を下げる女子中学生一同は順に名前を名乗った。
一通り紹介が済んで、百合子と名乗った人物が一息ついた途端
これ以上我慢できないとばかりに佐天涙子は切りだした。

「もしかして百合子さんはモデルさんとかなんですか!?」

「う。」

「ぶフっ!!?」

美琴が口に含んだアイスティーに噎せる。

「……何故そのように思われるのですか?
 と、ミサカは思考の跳躍についていけずに混乱しました」

「だって帽子と眼鏡で変装っぽいですし!
 背も高くてスタイルいいし、めちゃくちゃ肌綺麗じゃないですか!」

一体何を食べればそんなになるのだ、とごちる佐天。
美琴と19090号は百合子の頭越しに顔を見合わせた。

「えーと、百合子はそういうのじゃないの。この子と同じ病院に入院してる人でね?」

「杖ついてましたよね。脚がお悪いんですか?」

初春が尋ねる。
しかし百合子はその頭上を凝視しており、かつ絶句していた。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:49:49.93 ID:qxkzaEwQo

「、。」

「そ……そうです、とミサカは百合子に代わって即答します」

「へぇー」

追求を逃れるために、美琴は大きく手を上げて店員を呼んだ。

「ドリンクバー二つ追加で、あと何か食べる?」

「百合子、食べられますか? とミサカは……」

「ごはンは、あンまりほしくない。」

「じゃあご飯以外は少し食べられるのですね?
 これを注文しましょう。残ったらミサカがいただきます」

メニューの一番後ろを開き、どれがいいかと選ばせる。
様々な色がちりばめられたパフェの特集ページに、百合子は一通り目を通した末に

「、あかいの。」

とだけ口にした。

「イチゴのデラックスパフェを一つ、とミサカは……」

「ち、ちいさいの、。ちいさいやつが、いい。」

「大きいのです。食べられるだけ食べてもらいます。と、ミサカは言い切りました」

忙しい昼時を回って余裕があるからだろう。
店員も微笑ましいとばかりにくすりと笑って、デラックスと復唱した。

「うゥ、、、ちいさいって、いったのに、。」

「食べられなくなったらこのミサカが手伝います」

「私も一口欲しいかも」

美琴も助け船を出してやる。
こと食べ物の事になると特別消極的な百合子を知っているからこそだ。

「ほンと。」

「本当よ」

黒子の蜂蜜色の瞳がすっと影を帯びた。

「お姉様……黒子にはそんな事言ってくださいませんのに……」

「アンタと百合子は事情が違うの。この子あんまり沢山食べられないんだから」
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:50:50.30 ID:qxkzaEwQo

恨み事を連ねる黒子の横。
初春飾利はオレンジジュースを啜る百合子の様子をただ眺めていた。

そして、その左右でシンメトリーのように同じ顔をした御坂姉妹を眺める。
まったく同じポーズで肘をつき、アイスティーのグラスをけだるそうにストローで撹拌する。

もう一度百合子に視線を戻す。
溶けかけた氷をストローでつついて沈ませようとしているのを見つかって
気恥かしそうに微笑まれた。

「初春? ういはるー?」

「佐天さん、私なんだか夢をみているようで……ほっぺたつねってください」

「スカートもめくってあげようか?」

「それはいいです。はぅ、上流階級の香がします……」

うっとりと目の前の三人を見て悦に入っている。

「でも今回ばかりはちょっとわかるかもなー。だって本当にそっくりなんでももん、妹さん」

てっきり噂の超電磁砲クローンってやつかと思いましたよ!
と笑う佐天に、美琴の頬がひきつった。

「デラックスイチゴパフェのお客様」

「こちらです、とミサカは百合子の前を示しました」

タイミング良く運ばれてきたパフェは、これでもかとばかりに大きかった。

背の高いグラスの下から、イチゴソース、ホワイトチョコレートのブラウニー、
カットされたイチゴ、生クリーム、またホワイトチョコレートのチップ入りストロベリーアイス、
イチゴのシャーベットが乗って、さらにこんもりと乗せられた生クリームにイチゴソースと
美しくカットされたイチゴがこれでもかとばかりに乗っている。

一番上にちょこんと乗ったミントを除けば、白と赤だけで構成された夢のような食べ物だ。

「おっきィ、、、。」

「さあどうぞ、百合子」

19090号が渡した細長いスプーンを、百合子はそうっと天辺のクリームに突き刺した。
赤いソースの絡んだ純白のクリームをはくりと銜えて、幸せそうな顔をする。

「、、おいしい。」

「それは何よりです、とミサカは安心します」
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:51:32.08 ID:qxkzaEwQo

予想より気に行った様子で、テンポよくスプーンを口に運ぶさまを
5人の少女は和やかに見守った。

「はうう、白くて赤い人が白くて赤いものを食べてます……!」

「写メ撮って良いですか!?」

「なんというか無邪気ですの……」

「おいしい? 百合子。いつもより食べるわね」

ン、と頷き、ほやほやと笑う百合子は、再びパフェにスプーンを突っ込む。

そしてこんもりとアイスをすくって、美琴に差し出した。

「あー。」

「へ?」

「ひとくち、たべるって。だからあー、して。」

かつて命をめぐって壮絶な確執のあった相手に向かって「可愛い」と思ったことに
美琴は大いなる敗北感を感じた。

「……あーん」

「お姉様! ずるいですの!」

「あー。、、くろこも、ほしい。」

「え? そ、それはまさかお姉様との間接キッ……」

黒子がはいともいいえとも言わないうちに
百合子はスプーン山盛りにアイスをすくっていた。

「あー。」

「あーんですの!」

もぐもぐと口を動かしながらガッツポーズを決める黒子を余所に、佐天涙子と初春飾利も
イチゴパフェのおすそ分けにあずかっていた。

「あ、百合子さんも私のチョコレートパフェ一口食べます? ブラウニーのところ」

「くれるの。」

「はいどうぞ」

「あー。」
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:52:04.39 ID:qxkzaEwQo

間接キッス間接キッスと騒ぐ未だ黒子を横眼で見ながら
御坂美琴は学園都市の第一位にパフェを喰わされたことを今更悔いていた。

「百合子。自分の食べる分を減らそうという無駄な抵抗はおやめなさい、とミサカは……」

「はい。あー。」

「……たしかに美味しいパフェであることは否定できません、とミサカは考察します」

長い時間をかけてパフェを完食し、暖かい紅茶を一杯飲んでから
2人組の乱入者はそそくさと席を立った。

「ええと、ミサカ達の合計は……」

「ああ、いいわよ。私がご馳走したって事で」

「しかし、お姉様、ミサカは外出用のお財布を持ってきましたので、とミサカは遠慮します」

首から下げた赤いガマ口の財布をそっと掲げる19090号に、美琴の頬が緩んだ。
我が妹ながら、愛い奴め。

「妹がお姉様に遠慮するんじゃないの」

「……あの、では、ありがとうございます、と、ミサカはお姉様にご馳走してもらった事を
 心底嬉しく……あ、別にお金が浮いたからではなく……!」

「わかってるわよ」

「みこと。あ、ァ、りがと、ございます。」

「うん百合子。気を付けてね」

「は、ィ。」

仲睦まじく肩を寄せて。
19090号が百合子の歩行を支えてやりながら、二人はゆっくりと店を出ていった。

美琴の隣に一瞬で戻ってきた黒子が、彼女の腕に巻きついて
んふふー、と満足げに息をついた。

「何だか可愛い二人組でしたねぇ」

「でも一瞬ビックリしたよね! 百合子さん、あの色地なのかなぁ?」

首を傾げる佐天に、美琴はグラスを傾けながら口を挟んだ。

「能力の弊害だって、昔本人に聞いたわ」

「私も能力があればあんな風にカッコいくなれるかもなぁー! なんて……」

へへ、と笑う。屈託のなさは彼女の美点だ。
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/04/27(水) 15:52:39.82 ID:qxkzaEwQo

「ああ、私もあんなカッコいくて可愛い美人なお姉さんになりたいなぁー」

「げふッ!?」

御坂美琴は本日何度目だと言う程に咳込んだ。
タイミング悪く飲み物を口に含んでいる所を狙われているような気さえする。

黒子が背中をさすりながら、お姉様、と嘆かわしそうな声を上げた。

「大丈夫ですの?」

「う、うん……まあ、ね」

向かいでは初春が佐天にストローを向けて論争中だった。

「佐天さん、何言ってるんですか? あれはどう見ても妹さんの彼氏じゃないですか」

は? と美琴は間抜け顔を晒した。
まあ確かに仲が良いとは思ったけど、それってそれって、どうなの?

まさか妹に先を越されたか、と頭を抱えるお姉様は、今や尊厳ゼロの状態だ。

「でも百合子さんって言ってたじゃん」

「あれはきっと偽名かあだ名ですよ!」

「えぇー? あんなに細い男の人っている?」

その答えに、初春は個人差だと言い返し、そっと頬杖をついた。

「うーん、でも素ではああいう感じなんですね。
 あの時はもうちょっと、こう、怖いカンジの印象だったんですけど……」

その呟きに、美琴ははっと顔を上げる。

「初春さん、アイツにあった事あるの?」

童顔の友人は一瞬考え込んで、こう答えた。

「でも、もしかしたら人違いかもしれないですね。一瞬だったので。
 それか、百合子さんにもそっくりな兄弟が居るかもしれないですし、私が見たのは」

百合子の飲み残したグラスの中で、氷がからんと鳴りながら崩れた。

「お兄さんだったのかもしれませんね」 
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:27:06.22 ID:qx+y40wVo

めのまえのドアがひらく。ぎぃっと、おとがする。

からだじゅうが、とっても、いたい。どこもかしこも、ちぎれてしまいそうだ。
だれかにたすけてほしい。

ドアのかげから、おとこのひと。

しろくて、ながいふくをきている。

「はい、どちら様……」

ぞわ。
だめだ。このひとは、いけない。

ひゅうひゅう、と、のどからおとがもれる。

くるしい。

「せ、先生ェ、たすけて……」

ああっ、だめ。

だめだ。

だめだよ。あくせられいた。

ちいさいあくせられいたは、しらないのかな。このひとは、こわいんだ。

なんでだろう。

このひと、しらない。
いや、しってる、かな。わかンない。

だれだっけ。

でも、こわい。こわいひとだ。

「ああ……何てことだ! こんな、ひどい……一人でここまで来たのかい?」

そのひとが、あくせられいたにうでをのばす。

さわらないで。

ぼくは、さわらないでほしい。
いやだ、このひとは。

ばちン、とおおきなおと。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:27:34.28 ID:qx+y40wVo

「ぐッ!?」

おとこのひとのてが、はンたいがわに、はじかれる。

「たすけ、て、先生、治して。治し……っう゛、ェ!」

げふ、とせきがでる。ちのあじ。
じめンに、くろっぽいつばが、ぽたぽた。

ずり、とあしをひきずる。
そのあとに、こすれたあかいあと。

ちが、でている。

あくせられいた、いたい。
たすけてほしい。

もう、それだけしかない。

あくせられいたは、それだけしか、おもっていない。

「今のは何だい? 僕に何をした?」

「先生、せンせェ……痛ェ、治して、何でもします、なンでも、入れてください、たすけて」

「応えてくれ! 何があった!」

もういちど、おとこのひとは、てをのばす。

ばち。

「何故触れられない? 一体何を……」

「せ、」

「まさか、いや、でも……」

「たすけ、て。足が、とれちまう、いたい……」

そのひとは、いえにもどって、なにかをもってきた。

「何?」

「これを腕に嵌めるんだ。そうしたら入れてあげる」

「これ、手錠?」

「ん? ああ、電子手錠だ」
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:28:32.37 ID:qx+y40wVo

おもちゃみたいな、まるいふたつのわっか。

それを、あくせられいたはふるえながら、いっしょうけンめいはめた。

ぴぴ、かちり。
ちいさいおとがする。

「あ、ぎッ!?」

ずきン。

いたい、
いたいいたいいたい。

からだが、つめたいじめンに、ごちりとぶつかる。

したをかンでしまった。

「ひっ、ィ、だ……ァ……」

くちのはじから、ちがまざったつばが、どろっともれる。

きもちがわるい。

からだがさむい。

がたがたとゆれる。

つらい。
くるしい。
たすけて。

なンで、このひとは、きはらくンじゃないの。
たすけて、くれない。

「可哀そうに。可哀そうな子だ」

つめたいゆびが、あくせられいたのかみをなでる。
ざらざらで、すながついていて、べとべとしている、しろいかみ。

「さあ、おいで。僕が痛いのを治してあげる」

「っ、ねがィ……たすけ……っ」

いたい。

いたい。

じわりとなみだがでる。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:28:58.97 ID:qx+y40wVo

おとこのひとが、うでをとって、なにかをちゅうしゃした。

ちゅうしゃはいたい。
きらい。

あくせられいたも、ひっとこえをだした。

「いた、あィ……」

「我慢」

おしまいだよ。といわれる。
ちゅうしゃのあとに、ばんそうこう。

いちばンちいさい、きずあとなのに。
もっと、べつのところに、はってくれればいいのに。

そうっとかかえあげられる。
からだがふっともちあがる。

ゆかについていたぶぶンが、らくになる。

ふわふわ、うかンでいるみたいに。

つかれて、くたびれて、もうねむってしまいたい。

ねむって、このいたいのも、くるしいのも。
ぜンぶ、わすれてしまいたかった。

「せ、」

めがかってに、とじていく。

ねむい。

「一人でこんなところまで、悪い子だね」

しずかにしてよ。

ぼくは、ねむいンだ。

ちのあじがするくちのなか。
なにかあたたかい、ぬるぬるするものが、ゆっくりはっていった。
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:29:25.18 ID:qx+y40wVo





                 -6 どうしよう




284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:30:09.11 ID:qx+y40wVo

おきた。

くらい、へやだ。
おおきなベッド。
おなかをしたにして、よこになっている。

からだのかンかくが、あまりない。
それに、うごけない。
うでには、まだ、てじょうがはまったまま。

はやくにげなきゃ。
おとこのひとが、こっちにくる。
ぱた、ぱた、と、スリッパのおと。

「やあ、起きたね。具合はどう? まあ応急処置しかしていないけれど」

「い、たく、な……」

「痛み止めが効いているね。ぼうっとするだろう」

うれしそう。

おでこにくっついたかみを、はらってくれる。

「逃げて来たんだね?」

「ン」

こっくりとうなづく。

「悪い子だね。一人で、お母さんから逃げて来るなんて」

「言わないで、くださ、ィ」

「さあ? その怪我を見るに、今回はまた特別酷かったね」

かさかさにかわいたのどに、つばをおくる。

ゆっくりうなづく。

「背中の、その肩甲骨の火傷はアイロンかい?」

「うン、煙が出るやつ」

「高温蒸気か。服が皮に張り付いて固まってた。痛み止めが切れたら酷く痛むだろうね」

「うン……」
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:30:35.82 ID:qx+y40wVo

いやだなあ。

いたいのは、いや。
くるしいし、きぶンはわるくなる。

いたくて、がまンできずに、ぼくがなくと、あのひとはおこる。

あのひと。

あのひとって、だれだっけ。

「君、ここに来た時僕に何したか、覚えている?」

「?」

やさしそにわらう。

でも、ぼくはしっている。
このひとはいけない。

「僕の腕をはじいたでしょう」

くうきが、とたンにつめたくなった。

「……あッ!? ちが、」

「違わない」

ベッドのはじに、ゆっくりとすわってくる。

にげたい。
うごかない。

「僕を拒絶したね」

「し、て、ない」

いきがくるしい。

「嘘だろう」

あくせられいたのかみを、つめたいゆびがなでる。
いつのまにか、すなも、どろもおちて、きれいになっている、しろいかみ。

「僕が嫌いだね」

ぎゅっと、ゆびがたわむ。

かみがにぎられ、ひきつれる。

「痛ッ、そ、ンな……違」
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:31:02.18 ID:qx+y40wVo

「酷いなあ。酷い子だ。悪い子だね」

おかしい。

このひとはおかしいンだ。

「ご、ごめンなさい、ごめンなさい!」

「僕の事を、騙した」

もう、ダメだ。
どうしたって、きいてくれない。

だからいったのに。

このひとは、こわい。

「違う! あれは、間違」

「悪い子だね」

からだにかぶっていたシーツがひきはがされる。

ほうたいと、しろいぬのでおおわれて、おおきなシャツをきているらしい。

「あ、あ、あ、」

「僕はあんなに君を大切にしてあげたのに」

おおきなはさみが、せなかのぶぶんをきりさく。

つめたい。

「僕がどれだけ、傷ついたと思う?」

「ごめンなさいっ! もうしませ……」

「おそいよ」

ばちン、っと、なにかがはじけるおと。

「ひ、ギっ!?」

せなかがあつい。

いたみは、かンじない。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:31:28.57 ID:qx+y40wVo

「な、」

「へぇ、鉄鞭って、こんなに深く傷つくものなんだねえ」

「え……」

ながい、ぎんいろのぼうをもって、おとこのひとはこっちをみおろしていた。

ぼうのさきには、ながいくさりがついている。
くさりについたトゲから、くろっぽいものがぽたぽたおちていた。

「鉄、?」

「鞭だよ。悪い子を躾けるための物だね。しかしアンティークでも使い道はあるな」

ゆっくり、おとこのひとがふりかぶる。

「や、やめ!」

ばちンっ。

「――っ!」

「ああ、肉が弾けた。感じない? ……そうか、痛み止めが回っているんだね」

「何、何で?」

「大人用の薬だから、麻酔みたいになってるんだ。これは薬が切れたら失神するかも」

「いやだ、もうやめてくださ」

ばちン。

からだが、ひどくゆれる。
あつい。

びっ、とあかいものがとびちって、シーツがよごれる。

「君は、可哀そうだね。そして、とっても、悪い子だ」

ことばをくぎって、そのたびに、1かいずつぶたれる。

「最後だよ」

「え?」

1ばンおおきなおとがして、それでおしまいになった。

いたくない。
でも、ものすごくあつい。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:31:55.01 ID:qx+y40wVo

「これ以上すると、骨が見えるかも。筋肉が出てるから」

「そ……治して、くださ」

「嫌だよ」

「え」

ぎし、とベッドがなる。

「だって、君、悪い子だもの」

みみのすぐうしろで、こえがした。

「い、や」

「それに今は痛くないだろ? 今は」

めのまえに、ちいさいチューブがさしだされる。

ああ、だめだ。

あれがはじまる。
こわい。
いたい。
こわい。

「君は悪い子だから、もう、手加減してあげなくてもいいんだ」

「いや、だ。嫌、嫌だ、来るな、来ないで、くださいっ、やめて、やめ」

「うるさい」

「ぐ」

しゃべりつづけるあくせられいたのかおを、よこにあったまくらでふさぐ。

くるしい。
いきができない。
なにも、みえない。

「ン、う゛……」

「静かにしてなきゃ」

きゅ、とチューブのふたがまわるおとがする。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:32:27.08 ID:qx+y40wVo

それからは、もう、なにもわからない。

きがついたときには、からだじゅうが、しぬほどいたかった。
もえているようにあつくて、すこしもうごけなかった。

せなかが、どく、どく、とふるえて、からだのなかみが、ぜンぶとびだしていきそうだ。

「ああ、あ! うあ、いた、痛い! いだィっ! 嫌だあああああ!!」

「うるさいなぁ」

「もうやだああっ! いやだ、はなして! さわンなァ! もう、いたい、いやだあ!」

こえがかれて、のどがいたい。
さけびすぎだ。

なきつかれて、のどがかわいた。
もう、つばもでてこない。

いっそしンじゃったほうがやさしい。

でもこのひとはぜったいにはなしてくれない。

まだ、これをつづける。

きずだらけのせなかが、おとこのひとのシャツのボタンにこすれて、いたい。

「全身痙攣してるね、つらい?」

「つらい! つらいっ! もうやだ! やめ」

「大丈夫だよ。死にそうになったらまた、すこしだけ治してあげるね」

そうして、おなかのそこを、ひどくかきまわす。
いたい。
ちぎれそうにいたい。

もう、ぼくのおなかのなかは、とっくにドロドロくずれているとおもう。

「もうやめて! やめろ!」

「うん、もう、終わるから……」

「ッ、やだ、それ、嫌だ! やめて! それいやだっ!」

「やめろって、言ったじゃないか」

「いやだ、きもちわるい、それ、痛……うあああああああああ!?」

ぶつ、とテレビをけすようなおとがした。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:32:57.06 ID:qx+y40wVo

おきた。

ここは、どこだろう。
うまくうごけない。
なにもみえない。

かおをうごかすと、ごつ、とつめたいものにぶっつかった。

「痛……」

こえは、まだかすれている。

「お、起きた。案外タフだね、君は」

あのおとこのひとだ。

「ひ、ゥ」

「体、痛くないだろう? 応急処置もしたし、痛み止めも打った」

「うごけ、ねェ」

「それはそうだよ。厳重拘束、電子手錠。その上檻は4重だ。能力も使えないね」

ゆかはかたい。
そして、つめたい。

あつくなっているおでこを、ぐっとゆかにくっつける。
つめたくてきもちがよかった。

「のうりょく?」

「そうだよ。僕の手を弾いた。何か異能の力があるんだろう。
 最初は痛みも自分で中和していたようだし」

「?」

あくせられいたはだまったままだ。

「これから知り合いの研究所にいくんだ。君の怪我を治してくれるよ」

「先生は、治して、くれねェの?」

「ああ、僕は……」

すこし、しずかになった。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:33:23.66 ID:qx+y40wVo

「その人の方が、うまくやってくれるさ。何事も」

よくわからない。

どこかに、つれていかれるンだろうか。

そのひとって、だれだろう。
このおとこのひとみたいな、こわいひとじゃ、いやだな。

「うまく?」

「そう」

おとが、だンだン、とおくなっていくきがする。

「それからね」

「?」

ひどく、つかれた。

からだがあつい。
もう、ねむってしまいたい。

「例の約束のことだけど」

「……守ります」

「いいよ」

「え?」

おとこのひとは、すこしかなしそうにいった。

「君は良い子だと思ったんだけどねぇ。もう、いらない」

「そっ……え?」

「うん、もういいよ。他にまた探すさ」

やくそくって、なに。

きになる。
ねむっちゃいけない。
きかなきゃ。

「だからさ、もういいんだ、君は」
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/02(月) 09:33:50.06 ID:qx+y40wVo

「さようなら、僕の百合子」


バチッ、と電源の落ちるような音が聞こえた気がする。


「あッ、。」

鈴科百合子は、たった一人の病室のベッドの上で、荒い息をついていた。

「。」

何だ?
今、自分は一体、何の夢を見ていたのだろう?

呼吸が酷く困難だ。
涙と冷や汗で体がぐっしょりと濡れて、口の中はからからに乾いていた。

背中が痛むような気がして、そっと、肩越しに指をすべらす。
とっくに完治した傷が、つるりとした痕を残している。

「、。」

今、何があったのだろう?

何を思い出したのだろう?

思い出した? いや、待て、自分は何か忘れている?

何も分からない。
むしろ、今この病室が夢なのかもしれない。

もう、何も分からない。

誰か助けてくれればいのに。

誰が?

あの薄茶色の髪の、優しい少女か?
彼女とよく似た、姉妹? そして少しつっけんどんな姉?
壊れもののように触れて来る小さな女の子? 意地悪な女?
黒い髪の暖かそうな青年? 穏やかな医者? サングラスをかけた遠慮のない彼?

つぎつぎ、浮かんで消える顔が、さらさらと零れ落ちていく。

夢だったら。

もう、いっそ誰にも、逢いたくないのだろうか。

そんな考えに翻弄されて、涙がもう一筋、白い頬を伝っていった。 
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:10:12.59 ID:bpBVFm3jo

上条当麻は困っていた。

それというのも、部屋のロ―テーブルを挟んで向かいに座る
ちんまり可愛らしい異国の少女のせいである。

「ねぇ? とうま」

いつもくりくりとまん丸に輝く深い海色の眼は、今日ばかりはぐりりとつり上がり
目の前の獲物を食らおうとする猛獣並みの威圧感を放つ。

振り乱した絹糸のような銀髪が一筋、引き結ばれた形のよい唇に貼りつき
どこか艶めかしいような、恐ろしいような形相を仕立てている。

「は、はい……一体何の御用でせう、インデックスさん……」

「とぼけても無駄かもっ! 証拠は上がっているんだよ!」

カッ、とスタンドライトの明かりが芝居がかった調子で上条当麻の顔面を照らす。

「くっ、いえ、何のことやら……」

眩しさに顔をしかめ、横を向いて白を切る。

その鼻先に、何故か洗濯したての濃灰色をしたボクサーパンツが突きだされる。
ちなみにおろしたてだ。

「とうま! ここで黙秘してもカツドンは出ないんだよ! それよりこれはなんなの?」

「ぱ、ぱんつです。俺の……」

「違うんだよ! お洗濯物を畳むのは私の仕事だけど、一度も見た事ないんだからっ!」

図星。
はい、上条当麻は日頃トランクス派です。だって安いんだもん。

「新しく買ったんだよ……うん」

「何で? ねえ何でなのとうま? とうまぱんつなんて沢山持ってるよね?
 なのにどうして新しいのを買ったのかな!? しかもサイズが違うんじゃないのかな!?」

とうまはこんなに細くないでしょ! と突き付けられたボクサーは、たしかにSサイズ細身。

「う、ぐ、いや待てインデックス。それは、えーと。そう、間違って持って来ちゃっ」

「何でとうまが男の人のぱんつを間違えてもってくるのかな!? そういう趣味があるの!?」

「ありませんッ!」
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:10:49.34 ID:bpBVFm3jo

少年はうぐうと呻いて頭を抱えた。

「俺はホモじゃない、ゲイじゃない……
 上条さんは女の子が好きな普通の健全な男子高校生……」

「逆に怪しいかも」

「お前までそんなことを言うかーっ!?」

散々だ。
ああ、人に親切にするのも、相手がちょっと違うだけで
こんなにも印象を変えてしまうものなのですね。

レミゼラブル。この世は狂ってる。

「そもそも、これ履いて帰ってきたんだよ? なんで学校から帰ってくるだけでぱんつが……」

インデックスが何かに気付いたように、はっと顔色を変える。

「……まさかどこぞの女の子と、え、え、えっちなことを」

「おいコラ! 万年非モテの上条さんのどこにそういうフラグが見えるんだ!?」

この男、殴り倒したい。
そう考える者は数知れず。唯本人の知らざるのみ。
いわんや、禁書目録をして知らざらん所であるはずもなき事なり。

「そこかしこに。そういえば最近帰ってくると何やら石鹸の良い匂いがすることが……
 そしていつもと違うぱんつ、何やら良くなっている毛並み……」

「俺は犬か! そもそもお前が心配するようなことじゃあ」

良い終わる前に、インデックスの小さな手がバンとロ―テーブルを叩いた。
手が痛そうだ。

「~っ、そうじゃないのっ! とうまはどうしてそう分からずやなの? 私はとうまが心配で
 スフィンクスと二人お留守番をしている時に何が起きているか知りたいだけなんだよ!」

「インデックス……」

「だってだって、とうまはすぐ誰彼構わず助けに行くし、怪我もするし……
 ううん、彼女が出来たならそれでもいいの。何で私には教えてくれないの?」

また危ない事に首を突っ込んでいるの? 何か私には言えないようなとんでもない事なの?
それとも後ろめたいの? 私が妬むような事なの? それとも、それとも、ねえねえとうま!

心配性で一途な彼女の言い分を受け止めて。
上条当麻は目の前できゃんきゃん不安そうに吠える子犬のような少女を
それこそ愛犬にしてやるように、むぎゅりと優しく抱きしめた。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:11:16.41 ID:bpBVFm3jo

「ふひゃ!?」

間抜けた声が鼻にかかる。
よく日に焼けた首筋と鎖骨が、まつ毛の触れそうなほどに近くにある。
インデックスはぱちりぱちり二回かっきり瞬きをしてから、じたじた暴れ出した。

「な、どうしたの? とうま?」

「なんつーか……」

諦めたような、思いつめたような、呆れたような、安心したような、そんな声色。
は、と漏れたため息が耳元をかすめる。
インデックスは乗り上げてしまった他人の膝の上で小さく身をすくめた。

「う、ん?」

「ゴメン」

「はへ?」

「もう全部言うけど、実は……」

学校が終わってから、病気になった友人を見舞いに毎日病院に行っていました。

「……は? そ、れだけ?」

「ああ、まぁ」

だはぁ、とインデックスの口端から史上最大級サイズのため息が漏れ出た。

胡乱げな瞳を少年に向け、純白のシスターは恨み事を連ねる。

「とうま。私を見くびりすぎかも……こう見えてもイギリス正教の修道女なんだよ?
 傷病者のお見舞いならむしろ、私が行って献身的に介護してもいいくらいかもっ!」

白くやわらかな掌がペチンと少年の額を叩く。
それにおざなりな反応を示し、言い辛そうに上条当麻は二の句を継いだ。

「いや、実はそいつ……記憶喪失なんだ」

「え」

記憶喪失。
忘却、損失、消去。

なんと因縁じみた言葉だろう、とインデックスは翡翠色の目を見開いた。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:11:55.36 ID:bpBVFm3jo

「お前にとっては、あんまり聞きたくない事かと思って……
 だから、危険だとか、魔術師がどうとか、そういう事じゃねーんだ。ゴメン」

素直に頭を下げた少年の額に、再度ペチリと軽い叱責が飛んだ。

「あいて」

「確かに、好きな言葉じゃないんだよ。記憶を無くす辛さは私にも良く、分かるから」

でもね。

抱きすくめられた体勢のままで、くっと上げられた顔は
すでに不安そうに歪むいたいけな少女のものではなく。

ただ、清廉さを漂わせた聖母のような修道女の顔を、彼女は浮かべている。

「私のことはそんなに心配してくれなくても、大丈夫かも。
 だって、私にはもうとうまとの思い出がたっくさんあるんだよ?」

「インデックス……」

「だから、今一番必要な人を心配してあげて欲しいんだよ。私も、とうまも。
 あのね、今幸せな人じゃなくちゃ、大切なものを失ってしまった人は慰められないんだよ」

だから、だからね。

「今度病院に行く時は、私も連れてってくれたら、嬉しいな」

ふんわりマシュマロのようにやさしく笑うインデックスの髪を、少年はくしゃりと掻き混ぜた。

ああ、こいつがこんな風で、本当によかった

「ああ、一緒に行こう、な」

ぱっと笑ってから、近すぎる距離に気恥かしくなり、二人の間に体一つ分の隙間が出来た。
にっこりと、インデックスが微笑む。

「……ところでとうま」

「んー?」

だからすっかり忘れていたのだ。

「あのぱんつは結局何なのかな?」

例のぱんつのことを。

「あ゛」
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:12:25.05 ID:bpBVFm3jo





             7 双極性障害(躁状態) 前編




328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:13:05.15 ID:bpBVFm3jo

前日の話をしよう。
少年がぱんつ片手の白い修道女に問い詰められる前日、夕方ごろの話だ。

鈴科百合子は堅く両目を瞑って、ぶるぶる震える指先で上条当麻の姿を探した。

「と、とうま。」

「大丈夫だって、ここに居るだろ? 怖いんだったら瞑ってろよ」

さまよっていた指先が、上条当麻の太股のあたりに直接触れた。
触った部分に縋るように、微かに力がこもる。震えている。

裸の背を丸めて座りこむ百合子を、後ろから抱え込むように腰かけているせいで
湿った脚同士がひたりとくっつく。

「ひゥ、は、はやく。っ。」

細い首筋が唾液を飲み下したように動く。
先ほどまで火照ったように熱かった白い肌に触れると、緊張のためか幾分冷たい。
ぴったりと触る掌に、思い出したように体がびくつく。

「や、なに。」

「うお、悪い。何か冷たくなっちゃってるけど、寒いか?」

「ン、。だから、はやく、してっ。」

は、は、と細かく息をつく。
やはりこの瞬間は苦手らしい。

何度も繰り返しているのだから、そろそろ慣れて欲しいと上条当麻はチラリと考えた。
が、仕様のない事だ。

「眼瞑ってるんだぞ? 良いって言うまで」

「ン、。」

「口も、な? でも鼻で息するなよ? 逆流するからなっ」

「う、う、。」

「……じゃあ、いいか? かけるぞ?」

「、、、うン、、っ。」

視界の遮られた百合子の頭上と背中一面に、何か暖かい液体がどばりと掛けられた。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:13:41.00 ID:bpBVFm3jo

二人のいる病院内の入院患者用小浴室に、ぎにゃあ、と酷く哀れっぽい悲鳴が響いた。

「いた、いたい、いたァああああああっ。」

白い髪の毛をシャンプーの泡まみれにして、俯く鈴科百合子は
眼のあたりをぎゅっと両手で押さえた。

転んだ時の衝撃を考えてか、緩衝用の木材で覆われた浴室は少々ゆとりのある広さだ。
一般家庭の風呂3つ分くらい、というとわかりやすいか。

洗い場は3カ所。
四畳半程度の広さがあって、介護用に作られた病院施設らしく手擦りが多い。

奥にある湯船は大人が3人ほど、のんびりと脚を伸ばせるくらいの大きさで
これもまた木製の浴槽からヒノキの香りが漂ってくる程の贅沢さ。

しかし現状は温泉施設じみた浴室には似つかわしくないほどの大惨事である。

「ほら、じっとしてろ! 髪の毛すすぐから眼つぶれって言ったでしょうが!」

「あ、あわ、めに、はいったっ。し、しみる、しみる、、、。」

上条当麻はシャワーノズル片手に盛大なため息をついた。

もはやシャンプーハットとかそういう問題ではない。
そもそもサイズが合わないのでシャンプーハットが使えない事は大分前に確認済みだ。

しかし、何故髪をすすぐ間眼を瞑っている事が出来ないのだろうか、理解に苦しむ。

「もー、しっかりしてくださいよ百合子さん。はい、シャワーで顔流すぞー」

「ン、おねがっ、、、とう、あぶっ、ンぐっ。」

「口は閉じてなさいっ!」

「ン゛っ、、、。ンー、。」

口を閉じて必死に震えながらシャワーの流れに耐えている後ろ姿を見ていると
どうしても小型犬でも風呂に入れているような気がして、少年は再度ため息をついた。

「……はい、すすげましたよー」

「ぷァっ、、、。もう、おしまい。」

おそるおそる眼を開くと、瞳だけでなくそれ自体真っ赤に充血している。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:14:22.62 ID:bpBVFm3jo

「うん、おしまいだ。浸かってあったまったら出るからな」

「、、、ぬるくしても」

「……まあいいでしょう」

嬉々として湯船についた青い方の蛇口をひねりに這っていくのを見ながら
上条当麻は自分の頭を洗いだした。

鈴科百合子の入浴介助は、上条当麻の仕事である。

何故そうなってしまったのかは想像に難くないだろう。

通常介護師や看護師の仕事であるそれは、百合子の「成人女性」「白衣の青年」嫌いに
ことごとくフィルタリングされているのだ。
かといって、他の世話同様、妹達に任せると言うのも何やら不安が付きまとう。

しかし、彼の脚が悪く、歩行もおぼつかないのは実際で。
普段の彼を見ている者に、滑りやすい浴室に杖を持ち込むことは自殺行為だと理解できた。

最初に「私が」と手を上げたのはもちろん打ち止めであった。

「あの人はこのミサカが責任を持ってお風呂にいれてあげるの
 ってミサカはミサカは右手を上げてここに宣誓したりッ!」

そしてもちろん却下である。

どーしてどーしてと泣きべそをかく打ち止めを、冥土帰しは辛抱強く説得した。

「彼が転んだり、バッテリーに不調をきたして浴槽でおぼれた時
 君では助け起こして担ぎあげられないだろう?」

もっともである。

ちなみに番外個体は百合子の精神と肉体への大いなる損害を慮って
丁重にお引き取りいただいた次第だ。
ただし今までに2・3回は入浴中にタオル一枚で突撃をかましている。

冥土帰しは忙しく、さて、残ったものの中で考えてみよう。
少年を風呂に入れても問題なく、担ぎあげるくらいの体力を有し、成人女性でもなく、
白衣を着ておらず、2日に1度は尋ねてきてくれるのは誰であろうか。

上条当麻であった。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:14:49.46 ID:bpBVFm3jo

普通に一緒に風呂に入って、手伝ってあげるだけでいいと言われて
「やったあ、広い風呂だし家で入るより水道代が浮くじゃんか」と二つ返事で引き受けた。

が、現実は同年代の少年と、腰タオル一枚でほぼ毎日一緒に風呂に入り
背中を流し、髪を洗ってやり、一緒に浴槽で100数えるという、何ともしょっぱい状況だ。

ちなみに補修が続いて来れない時には、代打で他の人間が風呂係を担当しているらしい。
ついぞその人物に会った事はないが、面倒見のいい人なのだろう。
と、思ってしまうあたりが上条当麻の面倒見の良さで、ついでに欠点でもある。

思いをはせながら泡だらけの短い髪をすすぐと、後ろから遠慮がちな声がかかる。

「と、とうま。」

「んー?」

流しきって振り向くと、浴槽のふちに腰掛けて脚だけ浸す少年と眼があった。

「肩まで浸からないと湯冷めして風邪ひくぞ?」

「ン、、、あのね。」

言いづらそうにうー、とかあー、とかやってから、鈴科百合子は切りだした。

「せ、せなか、あらってあげる。」

「はぁ?」

介護している人間が何を言い出すのだ。

「10032ごうが、いっしょにおふろのだいごみは、あらいっこです、って。」

「ああ……」

余計な事を吹き込まれたらしい。

が、せっかくの申し出なので、上条当麻はボディーソープをつけたナイロンタオルを渡した。

「じゃあ……お願いします?」

「はいっ。」
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:15:16.17 ID:bpBVFm3jo

もそもそ這って寄ってきて、背後の椅子に腰かけてから、百合子は全身全霊をこめて
タオルをモサモサ泡立て始めた。

たっぷりの白い泡を両手すくい取って、納得したようにうんうん、と頷き

「えいやっ。」

その泡まみれの両手を上条当麻の背にぺとりとくっつけた。

「違う――――ッ!!」

「えっ。」

そのまま、ぬるぬると両手を這わせる少年に、上条当麻はついに
己のツッコミ魂を解放した。

「だ、だ、だって、ぼく、いつもこうだし。」

「それはお前のお肌が弱いからです! 上条さんのお肌は割と鉄壁なの!
 タオルでごしごしやっても大丈夫なんですッ!!」

両手を泡まみれにしてポカンと唇を半開きにし、中性的な少年は首を傾げた。

「ご、ごめンなさい。」

「いえいえ、いいんですよ……」

「こう、かな。」

両手がナイロンタオルを持って、遠慮がちに背中を擦る。
力が足りない。むしろくすぐったいようだ。

「もうちょっと強くしてくれないか?」

「こ、こうっ。」

ごし、と一生懸命な力がこもる。遠慮なしで擦っているようだが、丁度いい。
むしろ最初から力が足りていないので、これくらいの方がありがたかった。

「あー、きもちいい」

「ほンと。」
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:15:52.95 ID:bpBVFm3jo

「うん、サンキュなー」

「うン。あ、お、おかゆいところは、ございませンか。」

「また10032号か……」

「うン。ございませンか、とうま。」

「……もーちょい、上」

「はィ。」

ごしごしごし。
おお、これはもしかすると、良いかもしれない。

何ともいえず疲れの抜けていくような気分の後。
ふと背中からタオルが離れる気配があった。

「ん? ああ、どうも……」

「えいやっ。」

ぺと。

「ん゛?」

背中一面に、生温かい感触。
滑らかながらところどころにゴツゴツととっかかりのあるそれが、背中でぬる、と動き出した。

「ストップ――――!!!」

「うわァ。」

背中に密着する第一位を引きはがし、上条当麻は吠えた。

ゼイゼイと息をつき、浴室の床に向き合って座る。
びっくり顔の百合子は、体の前面を泡にまみれさせ、大人しく浴用イスに腰かけている。

「ま、まちがった、かな。」

「誰に習ったんだ?」

「わァす。」

「番外個体……」
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:16:27.32 ID:bpBVFm3jo

何か間違っていたのか、痛かったのか、と慌てる百合子の泡をシャワーで洗い流し
ついでにテキパキと自分の体も流してから、上条当麻は問答無用で百合子を浴槽に放り込んだ。

「うう、ごめンなさい。」

「いえ、お気になさらず。でもいいか? 絶対、今のは、やっちゃダメ!」

「はィ、、、。」

気分は父親同然である。
しかし何が悲しくてこのような真似をされなければならないのか。

もう忘れよう、上条当麻は心に誓った。

「よろこンでくれたンだけどな、、、。」

「へ?」

「さっきの。」

爆弾発言である。

隣で膝を抱えて湯に浸かる少年の肩を、上条当麻はガシリと掴んだ。

「だ、誰にやった……って、まさか」

昨日、上条当麻は補修で一日風呂係を休んでいる。

「昨日風呂に入れてくれた人、とか」

「うン。」

何してんの!? ねえ番外個体さん、何がしたいの!?
頭を抱える少年に、百合子は嬉しそうに語る。

「いっしょーできない、おもしろいたいけンした、って。わらってた。」

「それはそうだろうよ……」

学園都市の第一位とソープ嬢ごっこをした事のある人間など、恐らくこの2人だけであろう。
ああ、とため息が漏れ出た。

その肩を、ちょいと細い指がつつく。

「と、とうま。もうでたい、、、あっつい、、、。」

頬と耳が赤い。しかし、脂肪がない所為で湯冷めしやすい体質を慮っておくことにする。

「あと20数えたらな」

「ううう、いち、にィ、さン、、、。」

「もっとゆっくり」

「しーィ、ごー、ろーく、、、。」

父親じみていた。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:16:57.17 ID:bpBVFm3jo

そして脱衣所で、事は起こった。

「あ、ぱんつ忘れた……」

プールの授業の時によくあるあれである。

幸い水着で来た訳ではないので、元通り穿いてきたものをつけて帰ればいいのだが
一度風呂に入ってさっぱりしてしまうと、なんとなく気が進まない。

体育があった事もあるが、自分の衣服が汗臭いような。
錯覚であって欲しいと上条当麻は切に願った。

「不幸だ……」

がっくし、と首を垂れる少年に、後ろで髪をモタモタ拭いていた百合子が顔をあげる。
髪からボタボタ水が垂れるせいで、新しい病衣に水玉模様が出来る。

「あの、あのね。かしてあげる。」

「……いやいや、流石にぱんつは」

「まってね。」

そそくさと自分の脱衣籠から携帯を取り出し、カチカチと操作を始める。

「携帯、使えたのか……」

「ひらがなとかたかな、19090ごうにおしえてもらってる、から。」

聞いて驚け。
現代学園都市において、鈴科百合子は読み書きが不自由だったのだ。

一緒に外出訓練を行っていた19090号が、ファミレスのメニューすら読めない事に気付き
ようやく発覚した事だが、その後彼女は根気強く識字の教育を行っているらしい。

同時に携帯電話なども簡単に教えている様子だが、その熱心さはもちろん
確実に吸収し学習していく百合子の貪欲な好奇心にもまた驚かされるばかりだ。

そしてその優良学生は教えてもらったばかりの携帯電話をそっと耳に当てている。

「ゆりこです。うン、、、。おふろ、です。あのね、とうまがぱンつわすれたので、、、」

「言いふらすなッ!」

「、、、うン。ぼくのやつ。え、、、あ、じゃあ、それ。はい。おねがィします。」

ぷち、と電話を切った途端、脱衣所の入り口がガラリと開いた。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:17:23.78 ID:bpBVFm3jo

「持ってきましたよ、百合子、と19090号は……ふぇっ!? な、何故裸なのですか!?」

泣きそうに顔を歪めてドアの陰に隠れるのは19090号。

上条当麻は必死に腰のタオルを押さえて後ずさった。

「って、おい! 鍵かかってませんでしたか!?」

「み、ミサカもこう見えて電気使いの端くれですので、錠に磁力を帯びさせ
 シリンダーを回すくらいならお手の物です、とミサカ19090号は眼を逸らしながら……」

「あ、19090ごう、ありがと。」

横に立てかけてあった杖を取り、百合子は19090号から何かを受け取る。

「は……はい。百合子。一応新品を持ってきましたが、サイズは流石に
 貴方の物しかありませんでしたので、その……少々きついかと、とミサカは目測します」

「腰のあたりを見つめるなっ!」

「あぅ……」

「はい、とうま。あたらしいのなら、いい、かな。」

「うぐ」

いつも通りの病衣姿の少年に、常盤台制服の少女に囲まれている。
いつまでも腰タオルというのは流石に嫌だが、わざわざサイズ違いの下着を借りるほど
上条当麻は切羽詰まっているのだろうか?

穿いてきたものを穿いて帰り、帰ったらすぐ着替えればいいのでは。
いやしかし、わざわざ取りに行ってくれた人もいるのにそれはどうなのか。

悶々と考えている内に、二人の顔が曇っていく。

「いや、かな。ぼくのだと。」

「え」

「あ、あたらしいのだけど、やっぱりだめだよね。ごめンなさい。」

「ふぇ……その、このミサカが触れてしまったものだと、確かに直接身につける物ですし
 不潔に思われるかもしれませんが……あの、包装はまだ破いていませんので、」
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/05/13(金) 13:18:03.56 ID:bpBVFm3jo

中は抗菌かと、とミサカ19090号は。
ちがうよ。ぼくのだからだめなンだよ。
百合子は悪くありません、とミサカは。
19090ごうはわるくないよ。

「……ありがたく使わせていただきます」

チワワのごとくプルプル震えて眼をうるませ、ほっそりした体躯で悲しげにする2匹に
上条当麻はとうとう押し負け、未開封のぱんつを受け取ったのであった。

ちなみに、きつかった。

そして、帰り道にドブに脚を突っ込み、自宅で再度風呂に入る事になる。

こんなことなら大人しく元のぱんつを穿いておくべきだったと落ち込みながら
洗濯機に借りて、というより貰ってきたぱんつを放り込んだ事が
彼の敗因の最たるところだ、と本人は後に思い返したという。

「不幸だ……」

「何や何や、今日はどないしたん?」

「この顔はきっとドブにハマった顔だぜい?」

「どんな顔だよ……」

そして今日は、眼前にぱんつを突き付け歯をむき出してきた修道女を
ぱんつの元の持ち主に引きあわさねばならぬ。

放課のチャイムが鳴り続ける教室で、鞄に教科書を詰めつつ
上条当麻は再び大きなため息をついた。

「ああ、やっぱり、不幸だ……」 
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/02(木) 21:36:37.48 ID:3b+YOD0Qo

病室のベッドに備え付けられたデスク。
その上を注視して、鈴科百合子はこくんと唾を呑みこんだ。

「、、、。」

「もう少し待ってくださいね、とミサカは百合子に瞬きをするように求めます……」

パイプ椅子をベッド脇に寄せてデスクの上でノートを広げるのはミサカ19090号。

くるりと翻した赤いサインペンの先が再生紙の上を滑る。
その赤色を、より透明度の高い同色の瞳が固唾を呑んで見守る。

しゃき、しゃき、と滑らかに右肩上がりの円が量産され、最後の一つの前でぴたと止まった。

「、、、。」

「……」

しゃき。

「はい、終わりましたよ。全問正解です、百合子、とミサカは……」

「ほんとっ。」

ぱっと手を伸ばしてくるのに、苦笑しながらノートを手渡す。
丸の沢山ついたページを眺めて小さく安堵ため息を漏らす百合子。

19090号から見えるノートの表紙にはこうある。
『よいこのひらがな、カタカナとっくんノート』

元々百合子は平仮名で書かれた自分の名前が読めるかどうか、という程の
酷い文盲だったはずである。

しかし旺盛に学習意欲を満たそうとするおかげで、一年かけて学ぶはずのノートなのに
この1週間弱でおよそ9割の過程がすでに終わろうとしている。
ちなみにノートは識字できない百合子の学習用に、と冥土帰しが手に入れてきたものだ。

流石に学園都市で実際使用されている教材だけあって
教える側も大分楽ができたと19090号はひそかに思う。

そして、少しだけ羨ましく思う。
学習は時間と労力を格段に浪費する作業だろうが、学習装置は少し味気なさすぎた。

もちろん現在進行で彼女は様々なことを学び、成長してはいるのだが
自覚できているのはそのうちごく一部の事象だけだ。

百合子が次のページに取り掛かっている内に、まだ採点できていない
『よいこのたしざん、ひきざんとっくんノート』のページをめくり始める。

「……それにしても随分頑張りますね、百合子。算数は何ページ進めたのですか?
 と、ミサカは赤ペンのついていないページを数えます」
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:37:04.02 ID:3b+YOD0Qo

「ン、きのう、は、、8ページやった。」

児童、あるいはそれ以下を対象としたノートなのだ。
字が大きく1ページあたりの問題数もそれほど多くない。

しかし、それを差し引いても百合子のそれをこなすスピードは速かった。

この間まで指折り数えていたくせに、3つの数を足して2回繰り上がりのある問題も
ざっと目を通す限り正解を連発しているようだ。

物事を理解し、吸収するスピードが速い。
課題は1日1ページ以上だが、それ以上でも構わないと言った途端
数倍の速度でそれをこなして行く。

分からない所があれば見舞客か妹達に聞いて回っているようだが
それにしてもモチベーションが保てているのは彼の広大な好奇心のためだろう。

「あ、絵本は読んでみましたか? とミサカはテーブルを振り返ります」

「よンだ。」

「どれを読んだのですか? 読み終わった分は後で出かける時に図書館で返して……」

「ぜンぶ。」

この調子である。

病院の併設図書館には、子供の入院患者用に児童書や絵本のコーナーまである。
見た目的には完全にアウトな組み合わせだが、まだ漢字が読めないのだ。仕方がない。

毎度毎度、絵本ばかりを最大貸出数ぎりぎりまで借り
翌日返しにやってくる良い年したコンビはもはや顔パス同然となってしまっている。

「19090ごう。」

「はい、何でしょう、とミサカは小首を傾げて返答します」

へら、と笑った百合子の唇から、ぽろりと言葉がこぼれおちる。

「ずーっと、だいすきだよ。」

「……は?」

開いた口がふさがらない。
一体何を言い出すのだろうか。また末の妹に何か吹き込まれたか?

無言でぐるぐると思考を回転させる19090号の目に
積み上げられた絵本のうちの一冊が飛び込んでくる。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:37:38.69 ID:3b+YOD0Qo

表紙には金髪の男の子と、耳の垂れた犬が野原に腰をおろした後ろ姿が描かれている。

「……や、やりますね、ハンス。とミサカは原作者の題材選びのセンスを評価し……
 ちょっと待ってください。それはもしやミサカ=瀕死の老犬という意味ではありませんか?」

「え。や、それ、ちが、、、」

「冗談です。その、ミサカもずーっと大好きですよ、とミサカは約束しました」

「。」

自分から言い出した癖に驚いた顔をして、百合子は身を固くした。

「、うン。」

小さく笑う顔がいつもの笑顔と少し違う。
今にもとろけていきそうな、ほんの少しの苦みと酸味が混じっている。

照れ隠しにサインペンをくるくる滑らせ、19090号は半分の半音だけ上ずった声を出す。

「き、っ……きょ、今日はどこまで行きましょうか?
 と、ミサカは午後の外出先を決めることを提案しましゅッ!」

舌の先が痛かった。

「きょう、は、。」

ほんの少しだけ考える素振りを見せた後、百合子は19090号の耳元で掌を丸めた。

「こしょこしょ話ですか? とミサカは首を傾けます」

「あのね。」

こそこそこそ、と耳の穴に内緒話を注ぎ込み、百合子はおずおず身を引いた。

「だ、だめ、かな。」

「少々心配ですが……いいえ、良いと思います、とミサカは賛成しました。
 一応冥土帰しに伝えておくので、この採点が済んだら薬を塗っておいてください」

「ン。」

「戻ったら背中はミサカが塗りますから、それ以外は塗っておくこと。
 あとズボンは穿いておいてください、とミサカは着替えを用意します」

「、、、くすぐらない、でね。」

「わ、……分かってます、とミサカは徐々に小声になります……」
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:38:06.59 ID:3b+YOD0Qo





             7 双極性障害(躁状態) 中編




396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:38:33.13 ID:3b+YOD0Qo

ロクに中身の入っていない学生鞄を手に、上条当麻は教室を後にした。

病院に向かい、買い物。
いや、今日はあの禁書目録な彼女も一緒にお見舞いだ。
まず買い物。一旦荷物を置きに戻り、そこで彼女と合流。一緒に病院へ。

うむうむ、と軽いスケジュールを建てられたことに満足。
その頭上の空間を利用して、左右に分かれた悪友たちも似たような状況だ。

「せやから、最近冷たいーって言うとるやん? 流石のボクもここまで放置されると……」

「やー、すまないにゃー! ってか、昨日一緒にゲーセン付き合ったぜい?」

「だってだってぇ~カミやんはおらへんかったんやもん! 最近この3人の集合率悪ない?」

ボクに飽きてしもたんか! と目尻に涙を光らせる。
が、麗しい美少女ならさておき大柄な彼がやってもうすら寒いだけである。

「ツッチーがおる日はカミやんおらんしぃー! カミやんがおる日はツッチーおらんしぃー!」

「わーかったからその喋り方やめてくださいよ。女子高生かお前はッ!」

「バイトとか色々あるんだぜい。遊んでる訳じゃないんですたい」

「信じてええんやな? 抜け駆けして女の所にコソコソ出入りしとったらマジいてまうで?」

「不穏な響きだにゃー」

カラカラ笑う土御門元春とは裏腹に、上条当麻は胸のあたりを抑え、僅かに後じさった。
この青髪男、眼が笑っていない。

「おろ? 何や心当たりのありそうなお方がいらっしゃるようで……」

普段温和そうに細められた眼がギラリと輝く。
不味い。明らかに不味い。どう見ても粛清者の眼をしている。

下手に誤解されたら、殺られる。

「アッハッハまさかまさか。上条さんはご存じの通り万年フラグ日照りですことよ」

「アカン、アカンでツッチー。止めてくれやボクを。友人を1人失う気がするわ」

「どーどー。あれはもはや持病ですたい!
 とはいえ実際カミやんにそういう関係の女の子はいないのは本当らしいぜい?」

落ちつけ、とバシバシ背中をはたかれて、がっくり肩を落とす。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:38:59.83 ID:3b+YOD0Qo

「だって嫌やん。ボク置いてかれてまうでー。
 どうせ親友よりカノジョができたらそっちを優先するんや。そしてボクは最後の独り身に……」

一階の下足場で踵のつぶれかけたスニーカーをひっかけながら、愚痴は留まらない。

「今日はやけにネガティブだな……」

「もうええねん。最後の1人が砦ってことで。ラスト童貞になんねんで、ボク」

ウフフ、と奇怪な涙声を上げる。

どうやら昨今の放置プレイが相当堪えているご様子である。
無理もない。元から補習がちだった上に度々問題に巻き込まれる上条当麻は元より
土御門すら暗部の関連で席を外しがちだったのだ。

その上一方通行が倒れてから数週間。
以前にも増して付き合いの悪い友人達は、なんやかんやと帰宅を急ぐのだ。

つまり彼は帰路の途中からぽつねんと1人取り残されてしまっている。
寂しく小石を蹴飛ばしながら帰る始末。
もちろん右手には空き地で見つけたネコジャラシを装備だ。完璧である。

「はあ、本当はボクかて彼女欲しいで? いや、彼女とかこの際贅沢言わん」

「あらあら。トチ狂い始めたにゃー」

酷い言い様である。

「同じガッコというのも贅沢やんな。例えば他のガッコに通ってる子でもええし。
 放課後に会いに来てくれて、一緒に帰ろ? とか言われてみたいやん? 例えば……」

もはややけくそ気味に、午後の日差しが降り注ぐ校門を芝居がかった様子で指示す。
そして、二人に呼びかけようとした声が、ぱたりと止む。

「あんな、風、に……?」

指差す先には、日傘を小首にもたせかける、ほっそりとした人影2つ。

傘の作った円柱状の影が、3人に気付いてゆるく傾く。
寄りかかっていた校門から背中を離しその下から、真白い細腕がすらりと突き出した。

「とうま。いっしょに、かえる。」

「……ッゆ、」

りこ、と繋げる前に、体はよじられて綺麗なコブラツイストに固められていた。
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:39:26.28 ID:3b+YOD0Qo

「痛たたたたたたた! 痛い! マジで痛いですぅぅうううう!! 首! 首がもげる!」

「もげてまえばええねん。アッチもコッチももげてしまえば」

「待て待て本気で殺しにかかってるぜい!」

「だって見てみぃ! アレを!」

ずびし、と指差された校門の辺りでは、ぽかんと口を開けてこちらを注視する2人組。

首元をさする上条当麻を引きずって近寄ると徐々に人相が明らかになる。

1人は名門お嬢様中学と名高い常盤台の制服。

短めのスカートや軽く揺れるセミロングのヘアスタイルは活動的に見える。
しかしその佇まいはむしろ控えめそうだ。
くるりと上を向いたまつ毛を斜めに伏せて、恐る恐るといった様子で周囲を見回している。
この高校の制服を着ていない2人はそれなりに目立ち、居心地が悪そうだ。

困ったように眉を寄せ、内股で肩をすくめながら日傘をもう1人に注意深くさしかけてやる。
その姿は日陰の花のように静かで清楚な、まさにお嬢様然とした少女である。

さて、傘をさしかけてもらっている方はと言えば、特にどこの制服でもない。
目深に被った黒のキャップに眼鏡、パーカーのフードを被っている。右腕には白い杖。
隣の少女に比べ長身のはずが、腕を上げただけで長袖の袖口がずり落ちてしまう程。
細い全身がゆるい服の中で泳いでしまっているような印象を受ける。

非常に白い肌や、繊細そうな体のつくりが浮世離れしている。
触れたら冷たそうだ、と思わせるほどの頬が、曖昧な笑みを浮かべた。
儚い、という言葉では、少し足りない。そんな人物に見える。

「あんな子が! 一緒に帰ろ、て!」

もはやこの男、泣きそうである。

ようやく校門前までやってきて、上条当麻は解放された。

「ど、どうも、こんにちは、とミサカは頭を下げながら挨拶しました……」

背後の2人を見て、常盤台の女学生は口元を抑えた。

「どうしたんだ、今日は」

「ェ、と。バス、のって、あるいてきた。おむかえ。」

「へ? あ、あー。そっか、昨日言ったもんな。今日も病院いくからーって」

「ン。、、、あ」

嬉しそうに頷いた白い人影が、傘の隙間から飛び出していった。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:40:07.00 ID:3b+YOD0Qo

「もとはる。」

「や、やー。百合子。元気そうだにゃー?」

土御門元春の首筋に、青い前髪越しに放たれる「どういうこっちゃ光線」がじりじりと痛い。

「も……え!? おま、お前百合子と知り合い……」

「いやぁ、元から顔見知りでにゃー」

若干言いづらそうに濁す。
珍しい。

倒れてしまうから、と日傘の陰に引き戻されながら、百合子が口を開いた。

「このあいだのあれ、とうまにやった。」

「お? どうだった?」

「おこられた。あと、ほかのひとにするなっていわれた。
 だから、もとはるは、もうせなか、あらってあげられない。ごめン、なさい。」

大きな掌が土御門と上条の後頭部をわしりと掴む。一瞬体がくらりと傾ぐ。
次の瞬間、ずがんと大きな音を立てながら、二人の額が正面衝突させられた、

「何一緒にお風呂イベントを済ませとるんや許さぁあああああん!!」

「おぐっ!?」

「がはっ!?」

「う、うあァ、、、。」

百合子の体がガクガクと震える。
19090号はその肩をそっと抱いた。

「見てはいけません、百合子。これは醜い争いなのです…
 と、ミサカは百合子の視界を遮ります」

「い、いた、いたそう。」

額を抑えてのたうち回る2人を踏み越えて、わざとらしいくらいに綺麗な笑顔を作りながら
少年は百合子に声をかけた。

「はじめましてー。百合子ちゃん、いうん? よろしくな。ボクあの2人のオトモダチやねん」

ああっ、胡散臭い! ミサカ19090号は背筋に寒いものを感じた。

「あれ? キミ……」

ひょいと小首を傾げ、ついと手を伸ばす。
伸ばした手の甲で鈴科百合子の胸板を下から上へさらりと撫で上げ、臆面もなくこう言った。

「男のコなんや」

「あ、うン。」

「あ、うん、じゃありません! 女の子だったらどうするのですか!」
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:40:36.29 ID:3b+YOD0Qo

「や、ある程度確証持ってたから、堪忍して。しっかし二人とも細っこいなぁ。
 ご飯食うてる? あ、今からお兄ちゃんとご飯食べ行こかポテトの半額クーポンあんねん」

「う、あ、あの。あの。」

空いている左手をふらふら上下させ、19090号と彼の顔を交互に見つめる。
その左腕をぱしりと掴まえる。

「ほな、行こか! そっちの常盤台のお嬢さんも!」

「待てい」

後から両肩にかかったずしりとした重みに、隠しもしない舌うちがこぼれた。

「何や! 今ボク忙しいで!」

「いきなり強制頭突き合わせかました後にナンパとはお忙しいのも無理ないぜい」

「つーか、さっきお前も言ってただろうが! 百合子は名前こんなだけど男の子ですよ!」

明らかに保護者じみたオーラを背負っている。

「しかしボクのチェック項目内の『ショート、ボブ、くせっ毛、ショタ、病弱、アルビノ、メガネ』
 全7項目を満たしとるんや!」

「威張って言うな! というかこいつはショタじゃありません年齢的に!」

「じゃあ男の娘枠でええわ!」

「男の子?」

「男の娘!」

「ちょっと無理があるんじゃないかにゃー?」

「何の話だかよくわかりませんが……はっ、なるほど、男の娘とはそういう文化なのですね
 と、他の個体からの情報リークに応えてミサカは新たな知識にたじろぎました」

「そしてそっちの子は『後輩、お嬢様、茶髪、セミロング、ストレート、ブレザー』の6項目!」

「なんと……百合子よりも少ないではありませんか……女として負けた気がします
 と、ミサカは肩を落としてしまいます。はぁ……」

「え、ご、ごめンなさィ、、。」
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:41:41.89 ID:3b+YOD0Qo

「はぁ、焦った……」

「まだ額が痛いぜい……」

いやんいやん置いてかないで、と涙目になる青い髪の大男を無理やり下宿先に帰らせて
残った4人はあの自動販売機のある公園へとやってきた。

というのもまたとない遠出に百合子が少し疲れを見せたからだ。
バス停から高校までは軽い坂や階段があり、今日は日差しが強かったのも原因だろう。

日陰のベンチで缶ジュースを片手に一息ついたところで、ようやく上条当麻は切りだした。

「ってか、俺が居ないときに風呂に入れてたの、お前だったのか。まさか知り合いとは……」

「やー、バレちゃしょうがないにゃー」

ぽしぽし、と頬を掻いてみせるが、到底本気とは思えない。
先ほど一瞬見せた戸惑ったような色は消し飛んで、いつもの飄々とした悪友がいる。

ドロドロ入り濃厚ひやしあめ、なる飲料をこくこくと飲んでいた百合子がくるりと向き直る。
しかしこれもまた酷い飲み物である。上条当麻はこれを試してみた経験がある。
結果は惨敗で、奥歯が溶けるかと思う程に甘い、という印象しかない。甘さが致死量なのだ。

それを顔色一つ変えずにグイグイイケるとは、と少々感嘆しつつも、以前の彼ならば
たとえコーヒーにであっても一滴も混じることを許さないだろうと思い、一抹の寂しさを感じる。

「ぼく、くるの、だめだった、かなァ。」

しょんぼりと肩を落とし、百合子は呟いた。
先ほどからチラチラと赤くなった額に視線を向ける様子からして、何か失敗をやらかしたと
責任か罪悪感じみた物を感じているのかもしれない。

「百合子は悪くないんだぜい? ありゃアホが悪いんだにゃー」

「そ、そうそう! それより体調大丈夫か? 顔色悪いぞ」

その声に、横に座っていた19090号が百合子の額に手を当てる。

「ンー、。」

「少し、冷たいような気がします。
 詳しく見ましょう、場合によっては大ごとです……とミサカは百合子の腕を取ります」

力なくくんなりと折れ曲がった白い腕を取り、慣れた様子で手を当てる。
脈でも測るのか、と上条当麻が考えた瞬間、その考えは打ち砕かれ、掌は19090号の
つつましやかな胸の中間に押し当てられた。

「……呼吸の上昇、血圧は普段より若干低いことが認められます。
体表温度は34.6℃、低すぎます。深部体温は37度前後……あのう……」
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage saga]:2011/06/02(木) 21:42:26.10 ID:3b+YOD0Qo

「え?」

「その、じっくり見つめられると、き、緊張するのですが、とミサカは……」

「あ、あ! すまん! いや、別にやましい眼で見ていた訳では!」

「この体勢が一番適しているのです。ええと、は、恥ずかしいので、あまり、凝視されては
 と、ミサカは語尾を濁します……」

そういえば自分もそんなことをされた覚えがある、と夜の病室を思い返しながら
上条当麻は目線を土御門に移した。

ガラナ青汁を不味そうに飲み下している土御門と、サングラス越しに視線がかち合う。

「……どーかしたかにゃー?」

「あー、いや。変なこと聞くんだけどさ」

上条当麻は一旦言葉を切る。

「失った記憶を元に戻す魔術とかって、ないのかなー……ってな」

それを聞いて、サングラスの奥で気付かないほど少しだけ瞳が眇められた。

「……土御門?」

「ふっ、まさかお前がそこまで行きつくとはな……」

「な……ッ!! まさか、あるのか!?」

缶を脇に置き、不敵な笑みを浮かべながら、土御門元春はこう続けた。

「ちょっと耳を貸せ」

いつものふざけた口調が抜け、目つきに険がある。
上条当麻はこくりと唾を呑み下し、恐る恐る顔を近づけた。

「実はな……」

「お、おう……」

長めの指がぎゅっと耳を掴む。

「ある訳ないだろうが! このバカ者!」

「ぎぃああああぁぁああぁあ――ッ!! 耳元でおおお大声を出すなコラぁ!」

「……一体何をしているのですか? とミサカは少々胡乱な眼を向けます……」

鼓膜が割れるかと、と耳を大事に押さえて、上条当麻は涙目になってみせる。
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/06/02(木) 21:42:51.97 ID:3b+YOD0Qo

「そんなものがあるなら、とっくに神裂火織とステイル=マグヌスが、首輪の外された
 禁書目録にその魔術を施してるはずだろうが! そんなんだから追試になるんだぜい?」

「うぐぬぅ。耳が痛い……二重の意味で」

「それにだなぁ」

ふと勢いを失った口調に顔を上げる。

「もしあったとしても、それは多分効果がないだろう」

くい、とずれたサングラスを元の位置に戻してベンチを立つ。

「それは……どういう?」

「ま! 今に分かる! こういうことはお医者さんに任せとくのが一番だにゃー」

残っていたガラナ青汁をこれまた不味そうに飲み干して、ひらりと手を振った。

「じゃあ、俺はこれからバイトがあるからお先に失礼するぜい」

「もとはる、かえる、の。」

ぐったりと19090号の肩にもたれかかっていた百合子が、瞼をうっすらと持ちあげる。
顔が青ざめていた。

「おー、百合子。今度行く時は黒蜜堂のでっかいフルーツゼリー買ってってやるからにゃー。
 キッチリご飯食って勉強しとくんだぜい?」

「ン。ばいばい。」

「はいバイバーイ」

ひらひら、と手を振られて律義に振りかえしてやる。
そんなところは、いかにも年下慣れした兄貴然としていて、上条当麻は少しだけ感心した。

「……しかし、お医者さん、ねぇ。あのカエル顔の先生で、いいんだよなぁ?」

首をひねってみても、意味深なんだかふざけているんだか、よくわからないままだ。
そのズボンのポケットで携帯電話が突如振動し始めた。

「うぉ、っと。はい、もしもし?」

「とうまぁっ!!」

再度、上条当麻の鼓膜がギリギリまで振動した。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/06/02(木) 21:43:17.22 ID:3b+YOD0Qo

「……い、インデックス、さん?」

普段は繊細な音色の楽器を思わせる少女の声が、極限までの怒気を孕んでいる。

「いつになったら帰ってくるのかな!? 私もう支度してずーっとずーっと待ってるんだよ!」

「あ!」

「なっ!? 今のは「思い出したぁ!」って声だよね!? これはちょっとひどすぎるかも!」

「すまん! 本当すまんインデックス! 今帰るから!」

「あ、待って欲しいかも。まずはこのデンワーでのお話をどうやったら中止できるかを教えt」

ブツ、とインデックスの声が途切れる。
電源ボタンから指を離し、彼女は最後に何か言いかけていたのか? と思考を巡らした。

「っと、悪い、二人とも。今日は一緒に百合子の見舞いに行きたいって言う奴がいるから
 一旦迎えに行ってくるよ。先に病院行っててくれ」

「だ、れか、くるの。」

「ああ。お前の嫌いそうなやつじゃないから、安心しろよ」

一瞬不安そうな顔を見せた百合子に、へらりと笑いかけてやる。

「百合子の体調も思わしくありませんので、私達は……もう少し休んでから、帰ります
 と、ミサカ19090号は慎重な対応をすべきだと主張しました……」

「そうか。もうすぐ夕方だし、気をつけていけよ? 本当に大丈夫か?」

「ええ。どうも昨晩はいつにも増して不眠症の症状が酷かったようで……
 寝不足でしょうか、とミサカは推測します」

上条当麻が心配そうに振り返りつつも、自宅の方向に駆けていくのを見送って
19090号は細い溜息をもらした。

「やはりあの高校まで歩くのはまだ時期が早かったでしょうか?
 天気のせいもあるでしょうが、とミサカは考察します」

「ごめン、なさい。」

「具合が悪い時は早めに言うこと。夜眠れなかったなら朝そう伝えること。
 いいですか? 百合子、とミサカは念を押しました」

「、、、はィ。」
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/06/02(木) 21:43:51.62 ID:3b+YOD0Qo

起き上がろうとした百合子の額を指先3本でくいと押し戻し、19090号は膝の上に白い頭を
半ば無理やり横たえさせた。

「わ。」

「少し眼を瞑っていてください。眠っても、眠らなくても良いですから。休憩が必要ですよ
 とミサカは百合子の髪のさらさら具合を羨ましく思いながら述べます」

「でも、おもくない。」

「大丈夫です。15分したら声をかけますから、それまで。魘されたら起こしてあげますから
 と、ミサカ19090号は約束しました。指切りげんまんです」

一瞬申し訳なさそうな頬笑みを浮かべた後、百合子は大人しく瞼を閉じた。
木漏れ日が眩しくないように、先ほど公園の蛇口で湿らせてきたタオル生地のハンカチを
両目を覆うように乗せてやる。

「ン、きもちい、、。」

「おやすみなさい」

ざわり、と頭上の梢が風に吹かれた。そういえば、今晩から明日の夜まで雨模様だそうだ。
そう思うと急に、嵐の前の、という単語を思いつく。
ミサカ19090号は自分の大げさな考えに少しだけ苦笑した。嵐だなんて。

自分は怖がりだ。
だからといって、自分から怖いものを増やすのはやめよう。

自分よりもっと怖がりな少年が、こんなに近くにいるのだから。

血の気が失せて、いつもより更に白い肌。ちらちらと木漏れ日がその上を撫でた。
拒食期の時の酷いやつれ具合がほんの少し隠れてきたが、痛々しい程に細く折れそうだ。

ただ海泡石の彫刻のように、ビスク焼きの人形のように、存在感が曖昧だった。

そう、曖昧。

どちらでもないのだ。人間のような、何か別の生き物のような。
男のような女のような、子供のような大人のような、異質の存在がそこに内包されている。
今にも壊れそうなほどに脆くて、存在しているだけでどこか貴重なもののように感じさせる。

では、もしその曖昧が「反対側」に傾いたら。
彼女には、鈴科百合子が何か別の生き物になってしまいそうな気がしていた。

さて。このような考えを他の者に対して抱いたことは一度もないのに、何故この生き物は
そんな不思議な気持ちを呼び覚ますのだろう。

答えは出ない。
ただ、少しの水気を含んだ風が頭上の梢と彼女の軽い髪を揺らした。

もうすぐ、雨が降る。
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/02(木) 21:44:53.58 ID:3b+YOD0Qo

今日はここまで。

ところで一方さんの虐待シーンを書いているあたりからなのですが>>1のおにんにんが
職能放棄でストライキなうです。以前VIPのスレ乗っ取って一方さん(♂)をガチレイプな
SS書いた時は吐き気を催した程度でこんなことなかったのに、おかしいですね。一体
何してるんでしょう。やっぱり虐待はよくないんだなぁーバチがあたったんだなぁーとか
思っています。あ、いや勿論レイプもだめですけども。完結するころには機能が戻っている
ことを望みますが、もしかしたらより酷くなっているかもしれませんがね。色々あるので。
何が言いたいかって言うとむらむらするのに発散できなくてしくしくと言うことです。
みんなも気を付けてね。

それでは。 
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage]:2011/06/02(木) 21:57:39.82 ID:K3QsRNM1o
乙うううううう!!!
青ピが流石青ピだった!
白白コンビの再開を楽しみにまってます!! 
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海)[sage]:2011/06/02(木) 22:19:56.19 ID:UpW1L6vAO
乙!待ってて良かった
そしてお大事に…



421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:37:47.30 ID:FaE/tL0to

葉擦れの音が聞こえた。

黄泉川愛穂の長い髪がふわりと風に流され、一瞬肩の荷が下りたように感じた。

髪というのは意外と重いものである。
膝に届くのではないかと思う程に長いつややかな黒髪と、持ち重りのしそうな体型。
この為に酷い肩こりに悩まされている黄泉川が、ふ、とため息をつく。

「うわ、オマエ肩ガチガチじゃねェか。ちょっとこっち来やがれ」

耳の奥に同居人の少年の声が聞こえた気がした。

いや、同居人だったのだ。
しかし彼女はそれを認めようとは思わない。
どれだけ長く彼女の元を離れようとも、あの淋しい眼をした少年は彼女の家族なのだ。

淋しいのはどっちだ。

黄泉川は自嘲するようにそんな考えを巡らす。

良い歳して都市中駆け回るからこんなに凝るんだ、などとその少年が言う。
自分がそれに憤慨して、うるさい居候、と小突く。

少年は制限付きの能力を使って、彼女の生体電流だか血流だかを弄くる。
まるで石が積まれているように重かったのが、魔法のように治ってしまう。

「何を口開けてボサッとしてやがる。突っ込まれてェのかクソ野郎が」

「先生にそういうことを言うのは感心しないじゃん……」

そんないつかのやりとりを思い出すのは、彼のことが心配だからだ。

口は悪い。その癖に、馬鹿に優しい。
守ってやらなければならないほどの、小さくて弱い、ただの子供だ。

そして彼は今、原因不明の記憶障害で入院しているのだと聞いた。

風が止まる。
長い髪が彼女の首筋に纏わる。酷く重い。
彼女の重たい気分を更にずぶずぶと沈めてしまおうとしているように、全身が重い。

こんな邪魔な髪など、早く切ってしまいたかった。

それでも、彼女の髪はまだこんなに長く、この都市はまだ、こんなに暗い。

青空の向こうに、黒っぽい雨雲が迫っている。
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:38:23.05 ID:FaE/tL0to





             7 双極性障害(躁状態) 後編




423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:38:50.25 ID:FaE/tL0to

少年が入院していると聞いた、というのは黄泉川愛穂が直接確かめたわけではなかった。

その情報をもたらしたのは、かつて彼と同じように居候していた少女だ。
今も彼女の自宅のソファーの上に居るちぐはぐな姉妹。
未だに見舞いにすら行けないのは、大きな妹と、小さな姉の2人組があの夜伝えた
彼の奇妙な症状の所為だった。

「お医者サンとお姉サンが怖いんだって☆ わくわくしちゃうよねぇ?」

きゃはっ、と今までに見たことのない程満面の笑みを浮かべる番外個体がフラッシュバック。
記憶を無くし、大変に衰弱して精神を摩耗した少年の様子がいたく気に行ったらしく
あの日以来彼女ときたら、暇さえあれば病院に駆けつける。

まるで恋する乙女状態だ。だがそんなことを言ってしまうとどんな反撃を食らったものか。
口は災いの元である。黄泉川は最近ドアを開ける度に人為的な静電気に見舞われる
芳川の姿を見てそれを痛感していた。腐ってもこの末っ子、レベル4である。

しかし、何のトラウマか。因果なことだ。
彼と一緒に住んでいた者の内、現在の彼を怯えさせずにすむのは打ち止めだけだ。
例外として、番外個体だけは怯えられているのを楽しみに通っているので性質が悪い。

そもそも、あの少年が怯えている。それだけがずっと引っかかっていた。

いくら記憶を無くしても、あの強がりな彼がそんな風になるものなのか。
それとも昔の彼はそんな子供だったのだろうか。
だとしたら何があれほどに頑なな少年を作ってしまったのだろう。

この数週間、取りついたようにこの考えが黄泉川の頭の中を食い荒らしている。

警備員の制服や装備に凝り固まった腕をぐるりと回した。
まだ見回りが残っているのに。
風紀委員だけに任せておくべきではない、と警備員による学区の見回りを推奨したのは
他ならない自分のはずなのに。

たるんでいる。
何もかも。

甘いのは同居している友人だけでいいだろう。
自分は強くならなければ。強くなければならない、大人なのだから。

だから、少年の心配をしているのも仕事中は控えるべきだ。

拒食は治ったのだろうか。
杖の使い方は思い出せただろうか。
昨日打ち止めに持って行かせたハンバーグは食べてくれたのだろうか。
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:39:17.27 ID:FaE/tL0to

何度教えても治らなかった箸の持ち方は変わってしまったのだろうか。
初めておかわりしてくれたハンバーグも忘れてしまったのだろうか。
もう、思い出さないのだろうか。

「……だめじゃん。私」

ため息が出る。

いっそ殴り飛ばしてやりたい。

なんてことだ。仕事をしろ、黄泉川愛穂。
そんなことでは何時まで経っても、この髪は重くなるばかりだ。

見回りもこれで最後だ、と。
故障したり警報が作動したりと問題のある自販機のある公園へ向かった。

「異常なし、か」

ふと視界に違和感がある。

ベンチに座る小さな人影。その膝に頭を乗せて横たわる人影を見た。

それだけなら微笑ましい学生カップルなのだろうが、座っている女生徒がキャップで
横になった学生を扇いで風を送っているのが少し妙だった。

気分が悪いのだろうか?

踵を返し、ベンチに駆け寄る。

「こんにちは、警備員じゃん。具合が悪いのか?」

驚いたように顔を上げるのは、何時だか幻想御手事件の時に大暴れした常盤台の第三位。
いや、打ち止め、番外個体?
同じような顔が思考を高速でよぎっていく。

「あんたは……」

「あ、み、……いえ、あの。大丈夫です」

おたおたと慌てる。こんな態度を取りそうな子じゃなかったはずだ。
やはり人違いか、姉妹、あるいは親戚、あるいは……そうかもしれない。

「そっちの子は貧血?」

「は……ええと。この子は人見知りが激しいので、あの、申し訳ありませんが」

膝の上で、顔の上半分にタオルを掛けられた頭がほんの少し呻き、身じろいだ。

制服のスカートの上に純白の髪がさらりと零れる。
とうとう見間違いを始めたのかと、一瞬眼を疑った。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:39:51.56 ID:FaE/tL0to

「一方、通行……?」

ほろりと唇から零れた言葉に、ぴくんと人物は反応を示した。

額にかかる布を、白く折れそうな指がゆるゆる退ける。
眠たそうに蕩ける真っ赤な瞳が、彼女の硬直した表情を映していた。

そうだ。
見たことがある。
覚醒した直後、何が起きているか判断しかねている彼の眼。

そして、決まってこう言うのだ。

「何の用だ。寝かせろ。あと5分」

そして、以前よりも余計に酷く痩せた少年が口を開く。

「だ、れ。」

地面が割れたかと思った。
鼻の奥がずくんと酷く痛んだ。

それでも、きっと酷い顔をしているだろう自分より、怯えている目の前の子供のほうが。

無理やりな笑顔を作って、しゃがみこんで視線を合わせる。
ビクリと体を起こし、横の少女のベストをそっと摘まむ。

2人の動作はそのどちらも、彼らの初対面にはありえなかったものだった。

「私は警備員の黄泉川愛穂じゃん。具合が悪いなら病院まで車出してあげるから」

「黄泉川愛穂……貴女が、」

横に居た少女の方が信じられないというような顔をする。
打ち止めの関係か。
一応安心しろと微笑みかける。

少年は怯えている。呼吸が早い。過呼吸寸前だ。
大人が怖いのは本当だったのか。
現実を目の前に突き付けられたような気になった。

「ゆ、」

「うん?」

「すずしな、ゆりこ、です。」
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:40:18.83 ID:FaE/tL0to

反応が一拍遅れた。

「な、なまえ。」

「あ、あ……そうか。名前。百合子くん、か。」

縋っていた少女の服をそっと離して、懸命に首を縦に振る。

ああ、そうだ。
この子は今、「一方通行」とは違うんだ。

私のことが、怖いんだ。

おずおずと、その少年が指先を伸ばしてくる。
咄嗟に身を引きそうになった。
何故か彼が異質なものに感じられてしまう。

それを必死にこらえて、どういうわけか留まることに成功した。

実際彼のこうした唐突な接触に悲鳴を上げなかったのは、彼女が殆ど初めてだった。

冷たい指が、右頬をそっと撫でた。

「あいほ。」

声の質は同じだ。トーンだけが違う。呼び方も。

「黄泉川ァ」

耳の奥の幻聴が打ち消された。
少年の困ったような小さなかすれ声が、やけにはっきり耳に届いた。

「な、、、あァ、。」

「?」

「なか、ないで。」

言葉の意味を理解した瞬間。
何か熱い液体が黄泉川愛穂の顔をとろりと伝って、頬に触れる少年の指先に溜まった。

どうして。

ぽろぽろと出ていく液体が止められなかった。
少女が驚いた顔で見つめて来るのが分かる。
当たり前だ。大人の女が、しかも警備員の制服を着たままでみっともなく泣き始めるなんて。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:42:25.92 ID:FaE/tL0to

「なかないで。」

細い指が髪を撫でる。
重くてたまらない、陰鬱な色の髪を。

「あいほ。ごめンなさい。だからなかないで。」

まつ毛に溜まった涙をそっと拭う。
熱く火照る頬を冷たい掌が包む。

「う、ぅあ……」

「あいほ。」

ゆるゆると緩慢な仕草で、黄泉川は少年を抱きしめた。

「あいほ。ごめン、なさい。つらかったね。」

耳のすぐ後で、やけに静かな声が響く。

それが体の中に取り込まれてゆく。

数週間、いや、もっと長くかかって出来た彼女の中のわだかまりを
ゆるゆると、ただゆるゆると緩慢に溶かして薄めていった。

「ばか、だなぁ。なんで、そんな……あんたがそんな、ことを……」

「あいほ。」

薄い掌が優しく背中を叩く。

「ハンバーグ、おいしかった、よ。」

「――、」

髪を撫でられて、黄泉川愛穂は声を上げて子供のように泣きだした。

学園都市の子供全員を救えるように、と願掛けた、重い髪を。
まだ切ることの許されない、思いを。

薄手のパーカー越しに、百合子の右肩にとても熱い液体が染み込んでいった。

折れそうに細い少年の体躯を抱きつぶしてしまわないように。
黄泉川愛穂は恐々と彼の存在を確かめていた。

生きている。

微かに暖かく、呼吸し、鼓動している。

ただそれが嬉しくて、目玉が溶けるかと思う程に涙が流れていった。
背中に流れる髪を梳く手が、また少し優しくなったような気がした。
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:43:14.24 ID:FaE/tL0to

19090号の心臓はいつもの倍ほどの速度でトクトク鼓動しているようだった。

何が起きたのだろう。
黄泉川愛穂。警備員のやり手である高校の体育教師。
一方通行と打ち止めと芳川を家に匿ってやり、ある程度学園都市の暗部を垣間見た女。

そして、彼らの家族だ。

百合子が黄泉川の前で過呼吸を起こさずに済んだ理由を、細々ながら探しだす。
昨日の夕方頃に上位個体と末の妹が持ってきた一つのタッパーが脳裏に浮かんだ。

こっくりした色合いのデミグラスソースを大目にかけたハンバーグ。
野菜を好んで食べることを耳にしたのか、付け合わせらしい温野菜が大目に添えてあった。

本来なら病院の入院患者への食事の差し入れは、あまり歓迎されない。
だが、食の細い百合子には少しでも多く食べさせるべきだと判断された。

冥土帰しはむしろ喜んで彼女の差し入れを温めるためにレンジを利用することを許可し
百合子はチープな病院食以外の家庭的な味付けが気に行ったのか、綺麗に食べきった。

19090号はあえて、途中で末の妹が大口開けながら「ひとくち、ひとくち」と
ねだっていたのを勘定に入れないことにした。
一方通行と百合子の違いの分だけ、番外個体の彼への態度は変質してきている。

食事の間中彼女たちの話す「家」の様子は、百合子に多大な好奇心を抱かせたらしい。

結果、その家の主である黄泉川愛穂という人間が気になっていたのだろう。
百合子の好奇心は、いっそ危険なほどに強い。

成人女性を怖がるのは、何らかの被害を彼女たちが与えるものだと思い込んでいるからだ。
しかし、その恐怖を押さえ込んでまで、彼は黄泉川に興味を持っている。

黄泉川愛穂は善良だ。
だが、そんな人物ばかりではない。
彼に中途半端に教育を与えたことを、一瞬19090号は後悔した。

知識を得ることの全能感、脳を動かし、物事を理解することへの貪欲な執着心の欠片が
小さく、しかし確実に百合子の中に存在している。

本来、そういった知識欲が安全でありたいという欲求よりも上位であることは、ありえない。
だが、生理的欲求があまりに薄い百合子の場合、その順序が逆になっている。

知識を得ることの快感を摂取できず、抑制されていたのだろうか。
睡眠も殆どとらずに本を読み漁る姿は、まるで砂漠の中心で湖を見つけた旅人だ。

過剰な餓えと渇きを癒す代償に、彼の細い体に疲労が蓄積されているのが感じられた。

与えられる情報量と学習時間を制限し、強制的に脳の興奮状態を抑える治療が必要だ。
彼女の中の医学知識がそう弾きだす。

百合子は、まだ、未完成すぎる。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:43:45.87 ID:FaE/tL0to

「ごめンなさい。だいじょうぶです。ごめンなさい。あいほ。」

どこか虚ろな口調で、普段の会話より奇妙に流暢な慰めを捲し立てる百合子。
いつもとは全く違う言動に、19090号は気付けなかった。

(19090号へ、10032号より)

ネットワークからの通信にふと顔を上げる。

(は、はい……何でしょう? 10032号、とミサカ19090号は問いかけます)

10032号、発信点は病院だ。
早く帰って来いということだろうか、と19090号は呑気に考える。

(今上位個体と番外個体、それにお姉様に連絡してこちらに向かってきて戴いています。
 百合子を連れて今すぐ帰ってきてください、とミサカ10032号は速やかな行動を求めます)

妙に淡々と事務的だ。
何かが起きている?

(何故ですか……!? それに、今百合子は体調が悪く……)

(症状は)

(過労、睡眠不足かと。少々脳貧血気味です、とミサ)

(なるほど、そういう体調不良なのですね。しかし、止むを得ません。
 タクシーなりなんなり、利用できませんか? とミサカ10032号は切り捨てます)

何が起きている?

(お金はありませんが……あの、今黄泉川愛穂と接触していて、)

(何故黄泉川愛穂が? 百合子の体調不良は成人女性との接触によるものですか?)

(い、いええっ! あ、あ、わ、ミサカの、記憶を……)

(はい、埒が明きません。共有してください、とミサカ10032号は回線の接続を確認しました)

(19090号から10032号へ、一部記憶のどっ、同期を完了しました。と、ミサ)

(なるほど、それでは黄泉川愛穂に送ってもらって……いえ、彼女も話を聞くべきですね。
 ちなみに上条当麻には連絡済みです。此方に向かっているでしょう)

(――っ、何が起きているのかいい加減に説明し……)

(10032号から19090号へ、一部記憶の同期を完了しました。
 と、ミサカ10032号は時間のロスを考え通信を終了します)
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:44:12.41 ID:FaE/tL0to

10032号の見た記憶が脳に流れ込んでくる。
一瞬がゆるゆる引き延ばされ、その100京分の1秒が19090号の思考を呑んだ。

どこだ?

冥土帰しの診察室に10032号が立っていた。

机の上に真白い封筒、医師の手には数枚の便せんが握られ、表情は失われている。

「これを、どこで見つけたんだい?」

ほんの少しかすれた声だ。

「先日、百合子の病室のクローゼットです、とミサカ10032号は答えました」

短い回想。ダイジェストのように印象だけを切り取った記憶が流れ込む。

百合子の外出訓練に初めて出かけた日の回想だ。

薄暗いクローゼットの中に、ぞんざいに突きこまれたクリアな書類ケース。
運び込まれた日に「一方通行が」所持していたものだ。

そのケースを、10032号の指がためらいも無く開き、探った。

やめるべきだ、と記憶に向かって叫ぶ。

指先はもちろん止まらない。
何かを見つける。
摘まみ出す。

手紙?

表の但し書きはこうだ。
『鈴科百合子を見つけた人間へ、可能なら冥土帰しに渡すこと』

「……そしてここへ持ってきました、とミサカ10032号は続けます」

「それはプライバシーの侵害かな。マナー違反だよ?」

「外からその但し書きが透けて見えたのです。とミサカは言い訳しました。
 ミサカは鈴科百合子を見つけていましたし、その但し書きに沿って行動しただけですよ」

「まあ、今回ばかりは君の功績はとても大きいね?」

閉じかけてあった便せんを、またハラリと開く。中身は見えない。
ただ機械的なまでに整った字がきちきちと神経質に敷き詰められていることが分かった。
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:44:45.73 ID:FaE/tL0to

「……僕は、いや、木原数多もだが……とんでもない勘違いをしていたようだ」

「勘違い……ですか? とミサカは訝しみます」

「誤診だね。医師失格だ」

このままでは、と言葉が続く。

「一方通行の記憶は、二度と元には戻らなくなってしまうだろう。
 それどころか、鈴科百合子は近いうちに」

「……?」

「死ぬ」

ブツン。
耐えきれなくなり、同期した記憶を脳から叩きだす。

ベンチを急に蹴って立ちあがった19090号を、真っ赤な瞳が不思議そうに見上げていた。

「19090ごう、どうか、した、の。」

「百合子……病院にもどりましょう、と、ミサカは帰宅を急かします」

立てかけてあった杖と日傘を取り、百合子に向かって右手を差し出す。
訳もわからぬ様子でそろそろと手を取る百合子。
その傍らで、とっくに理性を取り戻した黄泉川が心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。

「何かあったじゃん?」

「黄泉川愛穂、すみませんが、貴女も病院に来ていただけませんか……
 できれば車で、とミサカはお願いします」

「一……百合子、の具合も悪そうだし、それは構わないけれど」

「医師から説明があります。他の関係者はもう集まっていますので、急ぎましょう」

「わかった」

警備員らしく、無駄を省いた簡潔な返事をする頃には、何かを悟った様子が見える。
車を回すから、ときびきび去っていく彼女の指示通り公園の出口へ百合子を連れていく。

「19090ごう、あの、ぼくなにか、、、いけなかっ」

「百合子は!」

「うァ、」
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:45:11.80 ID:FaE/tL0to

「……悪く、ありません、っ!」

絞り出すように、それだけ言った。

いけない。このままでは。
泣きだしそうだ。

何が起きているか分からず、困惑した表情のままの少年。
それでも何か言おうと、はくはく口を動かした。

「あ、りが、、、」

「ごめんなさい、大きな声を出して。百合子は疲れているみたいです。早く帰りましょう。
 もっと早くこのミサカが気付いて……」

意識できないまま、意味のないような言葉が口からさらさらになって出て来る。

ただ百合子の唇から洩れる言葉を遮るためだけに、19090号は離し続けた。
聞きたくない、と思うのは初めてのことだった。

歯の根が合わずに言葉が震える。
脚ががくがくと揺れた。

「だから、早く病院に、帰りましょう。と、ミサカは懇願します」

「う、ン、。あの、ぼく、、、だいじょうぶ、だから、ね。」

「……は、い」

『鈴科百合子は近いうちに死ぬ』

死んでしまいそうに怖かった。

今すぐこの目の前の少年を抱きしめて、黄泉川愛穂のように泣きじゃくりたかった。

そんなの嫌だ、と小さな子供のように喚いてやりたかった。

誰かこんなことを引き起こした奴を殴りつけてやりたい気持ちになった。

実験動物としてボタン一つで製造された乱造品。
その中で最も粗悪な作りで生まれた19090体目の御坂美琴。

彼女はまるで意識することも無く、そんな感情を抱き、かつ殺していた。

涙を必死に押しとどめるのをあざ笑うように、急速に近づいてきた雨雲から、最初の1滴が
彼女の蒼白になった頬にポツリと当たって、流れていった。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/06/08(水) 01:46:03.10 ID:FaE/tL0to

小一時間ほどが経っただろうか。

病院内に設けられた小会議室といったような部屋。
冥土帰しは窓に当たる大粒の雨を眺めていた。

円状に並べられた机には、御坂美琴、上条当麻、打ち止め、番外個体、黄泉川愛穂。
10032号と19090号は席につかず、扉の前に少しの間を開けて立っていた。

明るい室内とは裏腹に、先ほどまで気持ちよさそうに晴れていた室外は土砂降りだった。
横殴りに降る雨が、窓ガラスに当たり、流れ、鱗のような影を作り出す。

沈黙を最初に破ったのは、上条当麻だった。

「……あの、何かあった、のか?」

ゆっくりと、冥土帰しが振り返った。
疲れたような、悲しそうな表情だ。

「すまない。全て僕の責任だ」

19090号がひゅくりと息を呑んだ。

「鈴科百合子は記憶を失っていないんだ。
 彼の病状が記憶喪失でないことは、少し前に分かっていたんだけれどね?」

冥土帰しが机の上に、抱えていたファイルをどさりと投げ出した。
黄泉川愛穂が眉をしかめる。

「それは……?」

「これは一方通行に関する一番詳しい資料だね。
 彼の友人が苦労して手に入れてくれたものだよ?」

その表面を、冥土帰しの手が優しく撫でた。

「この中に書かれたいくつもの研究結果、日誌、考察を鑑みた。
 信じられないかもしれないが、彼の病名は記憶喪失でも何でもない」

ざあざあと降りしきる雨音がノイズのように響く。

「一度は聞いたことがあるだろう? 多重人格、DID……解離性同一性障害。
 それが彼のかかっている病気、いや、障害だ。外傷や病ではなく、ね」

「た、」

ガタ、とパイプ椅子を蹴って御坂美琴が立ちあがった。

「多重人格、って、百合子が作られた人格だってこと!?
 確かに知能は一方通行よりも劣ったけれど、あの子は……!」

「いいや」
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:46:37.56 ID:FaE/tL0to

冥土帰しがやんわりとそれを遮った。

「鈴科百合子ではないんだよ」

「え?」

「作られたのは、一方通行の人格だ」

「――」

「あえてはっきり言おう。一方通行は鈴科百合子の作りだした精神疾患だ」

全員が言葉を失った。

先ほどの冥土帰しの言葉を聞いて、全員がこう思っていたのだ。
作られたのは鈴科百合子の方である、と。

「僕も、一方通行が主人格だと思っていたんだよ。とんでもない間違いだった。
 もう少しで取り返しのつかないことになってしまう所だったんだ」

「っざけんなよ!」

上条当麻が拳で机を叩いた。
19090号がびくりと体を縮める。

「一方通行が疾患!? そんな、人を病原菌みたいな言い方ないだろ!
 それに、どうしてそんなことが言えるんだよ!? たしかあれって診断が困難な……」

「彼を病原菌のように扱うなんて、僕がする訳ないだろう?」

妙に優しい声が、続けようとした上条の声を遮った。

「すまないね、疾患というのは診断上のことだ。個人的な解釈をするなら、彼は良性で
 むしろ必要な存在なんだよ。鈴科百合子には、一方通行が、ね」

長いようで短い沈黙が流れた。
溜め込んだ息を吐ききってから、上条当麻の拳が緩む。

「……ねぇ、診断の基準は? どうして解離性同一性障害って診断したの?
 っていうか、このミサカには話が上手く見えてこないんだけど?」

番外個体がゆらゆらとパイプ椅子を揺らしながら問いかける。
ほんの少しの動揺が透けていた。

そして、冥土帰しの指が、ファイルから封筒を摘まみ出した。
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:47:53.45 ID:FaE/tL0to

「一方通行の書いた手紙、いや、告白文と言った方が正しいかな?」

封筒を開き、冥土帰しがその一部を読み上げた。

「……多分、この手紙が発見されている時、俺はもう居ないはずだ」

御坂美琴が静かに着席した。
手紙は続く。


鈴科百合子がもし俺の体に戻ってきたら、彼はきっと酷い状態だと思う。
俺が最後に話をした時に、彼が酷い状況だったからだ。

頼みがある。3つ。まず、白衣を見せないでほしい。それと、女に合わせるな。
それから、できるだけ怖い目に合わせないでやってほしい。

あれだけのことをした俺がこんなことを言うのはおかしい。
ただあれをやったのは俺で、鈴科百合子には何の関係も無いことだけは分かってほしい。

鈴科百合子はもう十分に罰を受けた。これ以上酷い目に合わせないでほしい。

そして、もし酷いことになるくらいだったら。
例えば、研究材料として刻まれたり、拷問を受けたりすることになるのだったら
その前にどうか安楽死でも施してやってほしい。

多分だが、本人がそれを望む。

鈴科百合子は主人格で、痛みに耐えるための人格だ。
耐えきれなくなった時は自殺してしまうだろうが、もう俺は現われないで済むはずだ。

手紙が読まれる頃にはもう俺は消えているだろうと思う。
妹達と、番外個体と、黄泉川と、芳川と、オリジナルと、三下と、グループの奴と
それから打ち止めに、よろしく伝えて欲しい。


「……省いた部分は障害に至る過程が書かれていいたよ。酷い内容だ。
 ここでは伏せさせてもらうが、いいね?」

誰も答えなかった。
全員が下を向いたいた。

いや。
ただ打ち止めだけが、感情を感じさせないような表情で冥土帰しを真直ぐに見つめていた。

「あの人は消えてしまったの? ってミサカはミサカは尋ねてみる」

「いや、人格が完全に消去されているかどうかは不明だね?
 現に鈴科百合子の人格は、約7年もの間眠っていた」
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:49:00.46 ID:FaE/tL0to

「だったら」

打ち止めの顔に満面の笑みが戻った。

「あの人はまだ、元気だって、ミサカはミサカは断言してみたり」

「ぎゃは、」

番外個体が調子の外れたような笑い声を上げて打ち止めにしなだれかかる。

「さっすが上位個体サマ。でも、このミサカとしてはちょっぴり賛成かなぁ?
 あのクソみたいなお子ちゃま第一位がそんなアッサリ消えられる訳ないでしょ」

親御さん、未練たらたらだもん、とケラケラ笑う。

「言い方はちょっとアレだけど、一方通行が自殺みたいな真似はしないだろ。
 あいつはそんなに弱っちい奴じゃない」

上条当麻の声に、黄泉川が小さく頷いた。

「どこからだって帰ってくるのが取り柄みたいなもんじゃんよ。
 待っててやらなきゃ、可哀そうじゃん」

10032号と19090号は、ただ黙って立っていた。

同じようにずっと黙っていた御坂美琴が、ふいに視線を上げた。

「ねぇ、その手紙って書類ケースに入ってた奴よね?」

その言葉に10032号がゆっくりと答える。

「はい、とミサカは肯定しました」

「もう1通は?」

「は?」

美琴の視線が彼女を貫く。

「もう1通、あったわよ。手紙は2通。
 宛名は見えなかったけど、私の前で封筒に入れてたんだから」

「……ミサカは1通しか確認していません。
 書類ケースにも他の封筒は見当たりませんでした、とミサカ10032号は言い切ります」

「私が見たのはファミレスの座席でケースに2通の封筒をしまう所。
 出入り口で倒れて、私がケースをここまで運んだの。その時まだ2通あったはずよ」

10032号の顔に、僅かに迷いが見て取れた。

「それでは、2通目はどこに?」
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:49:33.50 ID:FaE/tL0to

同時刻。

鈴科百合子の病室で、インデックスは物凄い速さで口と手を動かしていた。

「それでね、私も、その人たちのこと、を覚えてなかったんだけど、ね!
 今では、ものすごーく、仲良しなんだよ!」

文節ごとに区切っているのは、その合間に口にクッキーを放り込んでいるからだ。

百合子はそれをしげしげ眺めて感嘆していた。
病室のロッカーに隠してあったクッキーは、先週土御門が持ってきたものだ。

完食したと偽って、缶ごと病衣にくるんで隠蔽してあったのを奨めたところ、インデックスは
さも嬉しそうに抱え込んでサクサク食べ始めたのだ。

両手で大きめのビスケットを持って、一口ずつ齧りとり、緑色の大きな瞳を輝かせながら
一生懸命に話すその姿はどこかげっ歯目じみていた。

「それにしても、白い人だったんだね。私のこと覚えてないって変な感じなんだよ」

「ご、めンね。」

少しだけ悲しく顔が歪む。
記憶がないことの不安よりも、覚えていられなかった不甲斐なさが悲しい。

「ううん、いいんだよ。私もそうだったんだから。
 かおりやステイルもこんな感覚だったのかな? ちょっと変わった感覚かも」

「う、。」

にこにこ微笑みながら菓子を頬張る少女は、何でもないことのように言ってのけた。

「それにしても、私に美味しいものを食べさせてくれたのは2回目だね!
 最初はハンバーガーだったんだよ」

「はンばーぐ。」

「ハンバーガーだよ。食べたことない?」

こっくりと百合子は頷いた。

「人生を損してるかも……今度とうまに連れてってもらおうね!」

「でも、ぼく、あの、、、あンまり、たべられなくって。」

「もし食べ残したら私が食べてあげるかも!」
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:49:59.64 ID:FaE/tL0to

にこにこと笑うインデックスが百合子には眩しかった。

彼女は自分を白い人、と呼ぶ。
が、彼女の方こそ真白く見えた。

自分は白い色で出来ているが、卵のように割ったら、中身はきっとどろどろ汚い黒色だ。
この子はきっと、もっと純粋に白い色なのだろうと思った。

「ありがと。」

「私の名前はインデックスっていうんだよ」

「インデックス。」

「そうだよ、ゆりこ」

献身的な笑顔につられて、百合子の頬が緩む。

「ゆりこ、眠れないんだって聞いたんだよ。本当なの?」

「ン、、、う、ン。」

「子守唄を歌ってあげようか? 私上手なんだよ」

膝からクッキーのくずを払い落し、缶を丁寧に閉じてから。
インデックスは百合子のベッドサイドにちょこんと腰掛けた。

クラシカルで、どこか神聖なメロディーが彼女の唇から零れおちる。

病院だということに配慮したのか、若干押さえ目の音量で、囁くように紡がれる聖歌が
窓の外に降りしきる雨音に混ざる。

緩やかな半覚醒状態で、百合子は虚ろな目をゆるゆる瞬いた。

「……眠れない?」

「ねたく、ない。」

今にも眠りそうな声で、百合子はそう呟いた。

「どうして?」

「ゆめ、みる。」

「夢?」
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:50:35.50 ID:FaE/tL0to

これはある種の懺悔だ。

インデックスはそう考えていた。

彼女は本来、懺悔らしい懺悔は受け付けない宗派のシスターである。

だが、多種多様な宗教に通じる献身的な子羊は、修道女らしい自然な心で
百合子のそれを受け付けることにした。

「どんな夢を見るの? もしかして、怖い夢なのかな?」

ゆっくりと、白い髪を梳いた。

「わかンない。」

「覚えてないの?」

「ン、でも、いやなンだ。」

とろとろと微睡んではぱちりと開かれる瞼を、インデックスの小さな掌がそっと覆った。

「うァ。」

「だいじょうぶだよ、ゆりこ。私がいる間は絶対怖い夢なんか見せないから」

「そう、なの。」

「そうだよ。ゆりこ。私、実は」

魔法がつかえるんだよ。

禁書目録は優しい嘘を一つついた。

百合子は一瞬驚いたような顔をして、羨ましそうな声で、すごい、とだけ呟いた。

「だから、おやすみ、ゆりこ」

大人しく目を閉じた百合子の病室からは、ささやかな聖歌が
ゆるやかに、しかし、とめどなく流れ出した。

優しい空間の中で、鈴科百合子は束の間、夢も見ずに眠り続けた。
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:56:44.51 ID:FaE/tL0to

『腕の中にくったりと横たわる真白い生き物が、くふ、と湿った吐息を漏らした。
「こっの……三下ァ、も、触ンな、ばか……っ」
 そう毒吐きながらも巻き付く腕を押し返す力は弱弱しい。力のまったく籠らない掌を押し
当てられた所で何とも思わない。ただ後ろから抱きすくめたせいで密着した背中がいつも
の低温とは裏腹に熱く火照っている。
 しゃらしゃらと雪色に眩しい長目の髪。それが覆う首すじに鼻先を埋める。霧を噴いたよ
うにしっとりと、いつもより濃い匂いがした。もっと匂いが欲しくて、舌をぺたりと押しつける。
「ひ、ァうっ!?」
「ん。味がしてる」
「やめ、ッ……は、っく!」
 びくびく魚のように跳ねる体を押さえつける。薄い耳をそっと噛むと、引きつるように脚を
伸ばした。意識してやったことではない。本人は気付いてもいないだろう。
「あ、あ、ア、あ゛――っ?」
 鼻にかかったような声があがる。音程が外れている。もう殆ど周りが見えていない状態
なのだろう。押しのけようとしていた腕も、すっかり縋りつくように変わってしまった。慣れ
ない人の肌に戸惑い、今まで跳ねのけてきた刺激に怯えている。そして、その触れかたの
丁寧さにどう反応したらいいのか分からないのだ。葡萄酒色の瞳がふらふら揺れる。
 ゆっくりとシャツをたくしあげる。指の腹で指紋をまぶすように、薄く浮かんだ肋骨を辿って
いく。ブルブルと震える背筋に、少年は今まで腰を引いて当てないようにしていた部分を
じわりと押しつけた。
「う、わ?」
 血が集まって堅く張りつめた部分が腰の中心にある骨に当たって、ごりごりと擦られる。
「何やって……っン!」
「あーあ、一方通行が、変な声出すから」
「く、ちが、ちがァ……っ?」
 体勢を変えて、床に長々と体を押し倒す。ゆるく伸びた脚を両足で捕まえ、絡めて、尻と
太股の隙間、その内側にぐっと腰を押しつけた。
「おい、当たって、るから……! も……やめっ、」
「無理。絶対無理」
 薄っぺらい大胸筋ごと胸板を掌で包み、女にするように揉みこむ。シャツがずれて露出
した肩があまりにも薄い。それを歯でなぞると、短く息を呑んだ。ゆっくりベルトを外し、
まだ生地の堅い細身のジーンズを引きはがすように脱がs|                 』


物凄い勢いで打ち込まれていく猥褻な文章に、キーボードが悲鳴を上げている。
もちろん二重の意味でだ。

テキストファイルの表示に微妙なラグが生じている。
だが決して使用しているマシンスペックが低い訳ではない。タイピングが早すぎるのだった。

鬼のようなインプットがぴたと止んだ。
画面の隅にと小さなポップアップが表示されたからである。

ポン、と可愛らしい軽快な音を立てて現われた、チャットを投げかけられたことを示す表示。
すぐさま画面は切り替えられる。

 Tei:いるか?
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:57:11.65 ID:FaE/tL0to

簡潔な文章。返信ももちろん、簡潔、しかし手軽である。

 Kaz:はぁー? いますけどー?

 Tei:機嫌悪いだろ。仕事中とか? ゴメン

すぐに返事が返ってくる。下手な会話より早く、テンポが良い。

 Kaz:執筆中でした。まあいいですけどね( ゚д゚ )、ペッ

 Tei:おげぇー! 執筆ってアレ? マジいい加減にしろ!

 Kaz:黙れ処女童貞。ペットボトル突っ込みますよ

 Tei:できるもんなら

 Kaz:マジですか?\(*´∀`)/ じゃあ今から言う物をきちっと準備しておいてください

 Tei:ごめんなさい、やっぱやめて

 Kaz:まずワセリンとー

 Kaz:(´・ω・`)

 Tei:その顔やめろバカ

 Kaz:かわいいのに(´・ω・`)

 Kaz:ところで何か用事ですか? そっちから飛ばしてくるとか珍しいですよねー

 Tei:ちょっと頼みがある

 Kaz:面倒は嫌ですよ

 Tei:一方通行の最近の動向について調べてくれないか?

 Tei:ちょっと野暮用で。頼む。

 Kaz:会いましたよ

 Tei:誰に

 Kaz:あくせられーたん

 Tei:脳外科行け

 Kaz:本当ですって。ほれほれ!

  Kaz さんが ファイル accelerator_moe_moe_qun.png を送信しました
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:58:04.08 ID:FaE/tL0to

 Tei:コラまで作れるようになったのかお前は。なんだこのパフェ喰ってるアホ面

 Kaz:いやいや、マジですってマジ

 Tei:嘘

 Kaz:マジ

 Tei:まj

 Tei:マジかよ…

 Kaz:何動揺してんですかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 Tei:黙れ

 Tei:あー、なんかへこむ

 Kaz:えっなんですかその反応kwsk

 Tei:いや、もういい。つーか調べるのもいいわ

 Kaz:何ですかもー

 Tei:や、解決した

 Kaz:あっそーですかー

 Tei:すねんな

 Kaz:便利屋じゃないんですからね!

 Tei:分かってる。いつもサンキュ。じゃ、またなカザリ

  Tei さんが オフライン になりました

 Kaz:ばーかあーほ!

 Kaz:あっ遅かったか…

 Kaz:うーn

 Kaz:やっぱしばーか!

  Kaz さんが オフライン になりました

  チャットサービス を 終了しました 
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[saga]:2011/06/08(水) 01:58:32.43 ID:FaE/tL0to

今日はここまで。

精神的ブラクラ文すみません。これでもちゃんと色々勉強して書きました。某SSとかで。
今回はリベンジで男でも抜けるくらいのを書きたかったですが、正直抜く前に吐きそうです。
いや、ゲイの人が気持ち悪いとかじゃないんですけどね。めちゃくちゃ優しいしね、彼ら。
皆が「くそっ、こんなので!」って言いつつティッシュ片手でジッパーに手をかけるくらいの
艶やかな文が書けるようになりたいものですね。素直に女の子を脱がせという話だけど。
チキンレースはギリギリだから楽しいのです。たとえ下半身が拒否反応を示していてもな!

あと黄泉川先生の願掛けは捏造です。

それでは。 
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/06/08(水) 02:17:18.48 ID:TcRPpbxy0

泣いたと思ったら驚いて混乱して読み直してまた泣いた。
気になってた手紙が公開されたけどもう一通も気になる・・・
初春・・・ダメだ感想がありすぎて何書けばいいんだ。
とりあえずインデックスさんマジ天使 
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/06/09(木) 15:27:22.23 ID:ENULwnJCo
多重人格自体は最初の頃から容易に想像できたけどそうか一方通行を諦めない展開になるのね 
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/06/09(木) 22:35:20.35 ID:VEq0TzUE0
一気に読んだ
とりあえず>>2-6の辺りで一方さんが多重人格で第二人格なのは薄々気付いてたが
色んな意味でドキドキしている。小説読むのにこんなに緊張するのは久々
一方通行と鈴科百合子のシアワセな未来は果たして両立出来るのか期待乙

つーか初春ェ… 

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