- 1 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R b):2011/12/29(木) 00:49:19.53 ID:K4Cb2VjZo
ユリコ アクセラレータ
とある一位の精神疾患
・不定期更新、頻度低め
・完全捏造、オリジナルキャラ多数
・性的描写、残酷描写あり
・恋愛描写少なめ
・不謹慎ネタ
・以下、あらすじ?- 2 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R b)[sage saga]:2011/12/29(木) 00:51:40.16 ID:K4Cb2VjZo
御坂美琴がキャリーを引いて研究所を出ると、いつものように海原光貴が待っていた。
海原「御坂さん、研究所出られるんですね」
美琴「今日づけでね……
これでアンタのしつこい質問に答えることもないと思うとさみしいわ」
口先だけでそういうと、眉尻を下げた海原が乾いた笑いを漏らした。
海原「残念です……
が、それではお祝いにプレゼントを」
美琴「あーら? 何かしら?」
海原「貴女がずっと欲しがっていた映像ですよ」
一つのメモリースティックが、彼女の目の前に差しだされる。
そこここで見かける簡素なものだ。
美琴「まさか、それ……」
ヒトカタミチユキ
海原「そうです。題して、鈴科百合子誕生の瞬間、そして、一方通行消滅の時」
美琴「!」
海原「……とでも言いましょうか」
美琴「やっぱりあったのね! それがあったら裁判は……」
海原「表の組織にデータは渡しませんよ。自分も一応、暗部の人間ですから」
美琴「……」
海原「貴女もこれで表の人間ではなくなったのですから、その記念ということで」
いとも容易く身を引いて、名門校のブレザーは踵を返した。
美琴「あ、……!」
ひらりと片手を上げて、いつも通りの爽やか過ぎる笑顔のまま、海原光貴は姿を消した。
海原「じゃ、縁があったら、また会いましょう」- 3 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/29(木) 00:52:07.00 ID:K4Cb2VjZo
美琴「海原……光貴……」
美琴(この中に、鈴科百合子の謎が……)
急遽借りたビジネスホテルの一室で、手の中のメモリーをPDAに差し込む。
御坂美琴は震える指で再生のカーソルを押した。
映った映像はどこかのビルの屋上らしかった。
細い白髪の人影と、手すりに寄りかかる黒髪の研究者。
一方「鬼ごっこは終わりだ、天井……オマエ、一体どういうつもりなンだ!」
細い方の人影が白衣の男に詰め寄る。
一方「なぜ打ち止めを……あンな目にあわせた!?
アイツにそンなことする動機はねェはずだろ! 何で……」
天井「関係は大アリだろう? お前の実験の最終信号なのだから!」
一方「オマ……」
天井「おまえが、私達の実験の被検体だったからだよ」
一方「何?」
天井「善人面して呑気に日常生活送ってる、人殺し大好きのサイコ野郎がだぞ!? ははっ、」
ショックを受けたような表情の白い人物の指が、ベルトに挟んだものに触れる。
天井「その時に無性に思い知らせてやりたくなった! お前の善人面は被り物だとな!」
一方「オマエは……」
天井「最終信号で作ったアレはどうだった? 作るのに手間がかかったものだが」
一方「狂ってる……天井ィいいッ!!!」
引き抜かれた拳銃が真直ぐに天井亜雄の額に向けられる。- 4 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/29(木) 00:52:44.80 ID:K4Cb2VjZo
天井「……そうだ、それでいいんだ。そういう人間なんだからな、お前は」
一方「!」
天井「ところで、アレは元気か?
生理電解質と粘性多糖類の混合溶液に浸しておいたんだが」
天井「簡単に言うとポカリスエットのゼリーみたいなものだな」
一方「あ……」
その言葉を聞いた途端、銃を構える腕が怯えたように縮んだ。
細い人影ががくがくと震え、口元を押さえる。
天井「まさか……死んだのか?」
一方「……っ」
天井「ああ、そうか」
一方「ち、違」
天井「殺したんだな!? 生命維持装置のスイッチを切って!」
天井「お前が!」
画面越しでも分かるほどにヒステリックな笑い声を上げて、天井は体を折って笑いだした。
天井「私がせっかく生かしておいたのに、お前が殺したのか! っはは、はははっ!」
パン、とクラッカーを鳴らすような音がして、天井が横倒しに転倒した。
カメラを構える海原が動揺したのか、息を飲むような音と共に画面が少しぶれる。
「ったく……ベラベラよく喋りやがって……」
一方通行「癇にさわンだよ、オマエの笑い方ァ!」
ヒトカタミチユキ
天井「……お前は、一方道行か……?」
一方通行「ンー?」- 5 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/29(木) 00:53:11.44 ID:K4Cb2VjZo
一方通行「さァな?」
ガチリ、と撃鉄を起こした銃が、天井の額に押しあてられる。
天井「あ……」
百合子(やめて、あくせられいた、それころさないで、、、っ、。)
一方通行「つッ!?」
左後方の誰かに話しかけでもするように、細い方の人影が僅かに後ろを睨みつけた。
一方通行「チッ! うるせェンだよ!! 鈴科百合子!!」
天井「!?」
. . . . アクセラレータ
一方通行「今は俺だ! 一方通行なンだよ!!」
天井「は、は……そうか、お前だろう? 被験者は!」
一方通行「……」
天井「1人の中に、何人かいるんだろう!? はは、っははははは!!」
先ほどよりも大きな破裂音が響いた。
重力に引っ張られるように、天井の頭部が屋上の床にゴトンと落ちる。
一方通行「癇にさわるっつったよなァ?」
ヒトカタ
「一方ぁああ!!」
その背中に何者かの声がかけられる。
一方通行「ふン、「ひとかたァ~」だって、もォ居ねェっての……」
一拍程の間が合った。
一方通行「……いいぜ、百合子ォ。オマエに任せるわ……」- 6 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:53:42.72 ID:K4Cb2VjZo
上条「おい、一方大丈夫かよ! 今の銃声……っ!」
後からやってきた人影が頭の弾き飛ばされた天井を見つけ、半歩後ずさる。
上条「一方テメェ……」
「ひとかた……みちゆきは、」
上条「? ……おい?」
「もう、いない。、、、しンだよ、さっき。」
上条「何言って……んだ?」
「ぼくは、、、」
百合子「すずしな、ゆりこだ、、、。」
そこで映像はブツリと途切れた。
美琴「ぼくは、すずしなゆりこ……」
美琴「天井を殺したのは一方でも百合子でもなく、第三の人格……?」- 7 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:54:09.17 ID:K4Cb2VjZo
【打ち止めの復讐のために天井を殺害し、そのきっかけで現れた人格・鈴科百合子】
ヒトカタ
上条「はは、アイツと? 違うよ。あいつ一方じゃねーんだろ?」
美琴「お客さんどちらまで?」
【記憶を失くした鈴科百合子は探偵になり、次々に起こる猟奇殺人事件に挑む】
10032号「だからミサカはキャトルのチョコレートムースケーキが大好きです。とミサカは」
風斬「というか、貴方は貴重なモルモットなんですよ。我々虚数学区のね」
【しかし、その犯人たちは一様に左目にバーコード状の痣が】
ショチトル「エツァリおにいちゃん、がんじゅーい?」
青ピ「実はボク、ほんまわ青髪ピアスとちゃいまんねん」
土御門「川に落ちた電話がそんなに気になるか?」
【百合子自身の左目にもバーコードがあった】
百合子「ぼくにも、あるンだよ、、、ひだりめのバーコードが、、、。」
一方通行「ここが……世界の果てってやつか?」
学園都市の各所で次々と起こる怪事件。
その裏に潜む虚数学区・五行機関の陰謀。
そこここに姿を見せる学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーの名。
次第に明らかになる自身の正体と学園都市の全貌に百合子は耐えきれるのか――
サイコ ウソ アラスジ
と あ る 多 重 の 人 格 探 偵
※このあらすじは当スレ及び実際の事件や某漫画とは一切関係御座いません
- 8 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:54:52.85 ID:K4Cb2VjZo
サイコパロネタでした。
本編とは全然関係ないです。ごめんなさい。
やっぱり人格障害で何か書くならやっとこうかなと。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
3行で分かるほんとのあらすじ↓
「一方通行が百合子の作り出した人格だったらどうしよう」というお話です。
虐待を受けたり、手術をされたり、読み書きもできなかったり、いきなり刺されたり。
いろいろありますが、百合子くんは元気です。
今回は、次回の予告というか、序章だけ。- 9 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:55:26.69 ID:K4Cb2VjZo
暗ェ。
誰だよ。
電気、消えてるじゃねェか。
ゆっくりと、白いまつげが持ち上がった。
気味悪い程に純粋な赤。
ここは?
こぽ、と唇から気泡が漏れる。
視界に映るのは、錆びた鉄を溶かしたようにくすんだオレンジだ。
透明な水と、濃い朱色がマーブル状に混ざり、ゆっくりと橙に染まる。
培養器?
水槽、か?
身動きが取れない。
脚に重石でもつけられているのか?
床に足の裏を張り付けたままで、白い人影は見上げる。
不思議と息は続いた。
いや、呼吸をしていないのかもしれない。
瞬くと、まぶたから水が押し出され、視界がクリアになっていく。
ここは、あの、部屋じゃ。
小さい頃はいつも閉じ込められていた、あの独房のような。
心象風景、とでもいうのか。
百合子が、体内で入れ換わる人格のために用意した、控室。
独房であり、監獄だ。
昔はこの隣に大きな監獄がもう一つあった。
自分と百合子以外の全ての人格を閉じ込めた大きな部屋が。
今は、無人だ。
真四角のサイコロ状の部屋。一辺は鉄格子で大部屋に繋がる。
水はその大部屋まで浸食しているらしい。相当な量だ。
部屋の中央の排水溝には何かが詰まったのか、少しも排水されている様子はない。
そして、縫い付けられたように、白い人影の足は排水溝の上に立ちつくしていた。- 10 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:56:07.60 ID:K4Cb2VjZo
辺りには黒いものが沢山沈殿している。
人?
ところどころに、どす黒くもろもろと崩れかけた腕や足が突き出していた。
墓場?
そうか、死体が排水溝に詰まって……
人影はぼんやりと、その沈殿物の元の姿を思い出そうとする。
横の大部屋から引きずり出した時。
泣きながら自分の腕から逃げようと、もがいたあの―‐
百合子。
ぴたりと思考が停止する。
そうだ、何をしているんだ。
自分はこんなことをしているような――いや、どうだろうか。
とにかく、情報が必要だった。
百合子が。
そして、百合子の置かれている状況を判断しなければ。
のんびりとここに繋がれて沈んでいる訳にもいかない。
百合子には、俺がいなきゃ、だめなンだ。
百合子。
百合子?
ここには百合子がいるはずだ。
何故水没している? 昔はこんなこと、一度も。
ごぼ、と水中に音が伝わった。
鼓動のような、血流のような、有機的な。
ざざざざざ、ざざざざざ、ざざざざ、ざざざ、ざざ、ざ。
何か大きな塊が、部屋の水の中に落ちて来る気配がした。
遥か頭上で生み出された微細な泡が弾ける。
自分の体と共に沈殿していた黒っぽい汚泥が散る。
そして、ゆっくりと黒い影が沈んでくるのが、見えた。- 11 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:56:40.78 ID:K4Cb2VjZo
自分の白く中途半端な長さの髪が、奇妙な水草のように揺れ、視界を遮る。
沈んでくる真っ黒い人影が、少しずつ大きくなっていく。
骸骨のように細い両腕を伸ばした。
そんな、ダメだ。
「ゆ、りこ」
言葉は気泡に含まれて浮上し、黒い影にぶつかり、散った。
ざざ。
青緑の病衣に包まれて泳ぐ体は、死体よりも白く、細かった。
アイツだけは――
「百合子」
ざ。
ふ、とまぶたが持ち上がる。
同じ赤い瞳が、のろのろと自分を見つめるのが分かった。
あの、琥珀色の瞳は、色を変えても同じだけの形。
笑顔をやわやわ浮かべたままで、その人影が手を伸ばす。
俺の――
「ゆ、」
指先は、かすりもしなかった。
重たい水の中で、腐った死体のような腕と、蝋細工のような腕が、掴み合おうと空を切る。
「か、ひッ?」
急に無味無臭だった水に息苦しさを覚える。
痛い。体がちぎれる痛みだ。
どこかで鉄錆に似た臭いがする。
バチン、と、スイッチの切り替わるような大きな音が聞こえた気がした。- 12 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:57:20.77 ID:K4Cb2VjZo
排水溝に縫い付けられていた両足が自由になる。
途端に呼吸ができなくなって、伸ばしていた手を喉にやった。
人影の伸ばした指が空を切る。
しまっ、た。
「あ、」
気泡が唇からぽこぽこと漏れだした。
舌先に、オレンジ色に染まった水の味を感じる。
苦い。
しょっぱい。
少し、甘い?
血?
血液が、水に溶けている。
それを知覚した途端。
ぐん、と臍のあたりに急激な浮力を感じる。
成すすべもなく水面に向かって引き上げられる最中、黒い人影とすれ違った。
同じ顔。
違う表情。
「ゆり、」
指が再びすれ違う。
届かない。
遅い。
ゆっくり沈んでいく人影の唇から、ぽろりと丸い気泡が零れた。
浮上する自分の体にぶつかり、ゆっくりと、弾け、散る。
そのぷつぷつという音の合間に、なにか小さな声が混じっていた。
「あ、くせ、ら、れ、いた」
「――……あ」
水面に届く前の一瞬、遥か昔に置いてきた馬鹿げた考えが脳髄の中心に焼きついた。- 13 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:57:47.03 ID:K4Cb2VjZo
小せェ頃は
俺には、百合子って名の兄弟がいるンだ
って、ずっと信じていた。
- 14 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:58:15.99 ID:K4Cb2VjZo
ビクン、と体が大きく痙攣する。
水槽から浮き上がった筈が、体は堅いリノリウム床に伏せっていた。
ここはどこだ?
ゆっくりと瞬きをし、溜まった涙を追い出す。
まるで長い転寝から目覚めたばかりのような。
周囲の状況が分からない。
そうだ、俺は、超電磁砲に会って、それから――……
それから?
あれ? 超電磁砲? 何だっけ、その前に、誰だ。えっと、実験、し、妹達、木原く、あれ?
わからない。
今がどこで、ここが何時なのかもわからない。
何をすればいいのかさえ。
鉄錆の臭いがする。
ざわりと全身の肌が逆立った。
温い液体を体の下の面に感じる。
腹に力が入らない。
いや。
腹が、ない。
床に広がる肉片混じりの泡立つ血液を見て、無意識にゆるりと息を呑んだ。
冷たく震える指先でチョーカーのスイッチを切り替える。
バッテリーはどうだ。充分に持ちそうだ。
よかった。何をすればいいのかは、十分理解できた。
まだ、殺させない。
小さな笑みを浮かべ、床に流れた血液の流れを操作する。
不純物を除いた物を静脈にじゅるじゅると吸い込んでいく。
気泡も、塵も、この体には含ませない。
逆回しのVTRのように血液を吸いこんで、白い髪の長めの頭が床を離れた。
牙を剥いた馬鹿は? どこだ?
視界の端に白衣の男が目に入る。
まだ若い、身の程知らずで、誰に牙を剥いたかも分かっていないような、バカな男だ。
「よお、久しぶりだな。一方通行」
「クソ野郎がァ……ッ!」
ソフト
――見逃すなンて、俺の人格じゃ、ねェよ
学園都市最強が、目を覚ました。- 15 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/29(木) 00:58:42.82 ID:K4Cb2VjZo
以上でした。
また次回、です。- 16 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 01:02:49.37 ID:m5pf6cOAO
- 乙
確かに西園伸二と一方通行は似てるよな
つーかまだサイコ続いてるんだよね
待てよてっことはこの流れだとラスボスが御坂って事にw - 38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:05:37.93 ID:7pgdN7NEo
現実味のない世界だった。
さっきまで見ていた水槽のようなあの風景のほうが、余程、リアルだ。
あるいは夢のように希薄に思い浮かべた過去の情景。
その欠片の散ったままの景色は酷く希薄で、どうしようもなく空虚だ。
現実では希釈しきれない過去の記憶が頭の底に溜まって、整理がつかない。
ただあってはならないはずの全身の痛みが意識をつなぎとめようと必死。
痛覚を伝達する信号だけをリストにかけて操作。
大丈夫。
痛くない。痛いわけがない。
俺には力が、あるじゃないか。
だけど、じゃあ、どうして痛覚を遮断しているんだろうか。
痛いからじゃないのか。
何で痛いんだろう。
頭の中がぼんやりと曇る。
目の前が良く見えない。
セーフモード、という言葉が頭に思い浮かんだ。
かつて小さな画面を流れていった数十万桁のウイルスコードを思い出す。
今でもはっきり思い出せるあのウイルスは、もしかしたら俺と同じじゃないか。
百合子も、俺も、からまりを解いてしまえばただの人格プログラム。
1人分のプログラムを入れておく所に何人分も沢山入れたのがそもそも間違いなのだ。
最後に残ったのは百合子と俺だ。
俺が他のプログラムを消去した。
そう、あの時暗い車内で手探りで行ったウイルス消去と同じような手管で。
百合子の本体を食い荒らす、寄生虫を食いちぎって、その分の知識を得たんだ。
数十匹分を食って呑んで肥大した寄生虫。
蟲毒の生き残りのようなそれが、単に自己破壊プログラムでも始動させたんだ。
だから、頭が悪くなってしまった。
俺が死んだら、その記憶や知識は巡り巡って百合子の糧になる。
既に、幾分俺から百合子へ流れ込んでいったはずだ。
だから、俺の動作はもう既に完全には取り戻せない。
失った部分を使わないように、うまくセーフモードで処理をこなすしかない。- 39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:06:09.62 ID:7pgdN7NEo
いっそ俺が消滅すれば、その時は完全に百合子がすべて処理をできるかもしれない。
だがそれにはまだ早い。
まだ残ったままだし、自分には処理できない。
あのときのように、正しい百合子の人格データがあれば別だ。
寄生虫と宿主のコードはからまりあって深く食い込んで。
消去しようとすれば両方とも不完全になってしまう。だからだめだ。
今はまだ、俺がいる。俺にやらせてくれ。俺がやりたい。
百合子の体を守ること、それしかできないんだから。
だから、この体たらくが許せなかった。全身に何個傷を作ってしまったんだろう。
許されない。百合子は完全でなくてはならない。完全なままの肉体を明け渡したかった。
だから、許さない。
だから、絶対に許さない。
このままだって、少しくらい動ける。
演算もできる。
バッテリーだって8割方残ってる。
ばってりー?
ダメだ、余計なことを考えるな。
今はただ一番明確なことをすればいい。
加害者を殺すこと。
それだけだ。
なぜこうなったかは後で考えればいい。
実験だろうが、暗部だろうが、なんでもいい。
確認しろ。
重く、べとついた頭がゆるく回る。
視界がかすむ。
部屋が一つ。
ガラスが割れている。
床に倒れていて、傷だらけで。
その上に足を乗せて、踏んでいる奴が居る。
白衣。男、顔は良く見えない。知らないのかもしれない。
誰かに似ているだろうか。
一般的に人間らしい顔をしていることは分かる。
が、それを記憶の中の何かと照合することが出来ない。
記憶の中の人間の顔も、塗りつぶされたように零れていって、比べられない。- 40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:07:18.09 ID:7pgdN7NEo
やっぱりセーフモードだ。
ダメだ。これも余計なことだ。
そんなことを考えるな。考えるな。
知り合いでも、そうでなくても、百合子の体をこれだけ傷つけたのだから仕方ない。
殺すしかないだろう。
その前になんとかもっと苦しめてやらないと嫌だ。
そういえば今何日だろう。
まだ日が高いから、夜の実験には間に合うはずだ。
今日から屋外実験だから、番号が一桁繰り上がって、とうとう一万の大台に乗ったはず。
やっと半分だ。これが終われば百合子を傷つけようなんて誰も思わない。
遅れないようにしないと。
せっかくだから打ち止めも連れて行こう。
俺が居ない間にまたスキルアウトが家にきたら嫌だし、帰りに食事して帰って。
レベル5にでもなれれば、研究所の待遇も変わるんだろうか。
適性は数十万人に一人だと言うが、それくらいになれば百合子も無事に。
いや、レベル5の更に上だ。誰にも、傷つけようなんて気にさせないくらいに。
ああ、傷。病院に行かなきゃいけない。
先生。
あ? どこの病院に行けばいいんだっけ。
実験が先だっけ。
実験? どの?
そういえば最近土御門から連絡がないような気がする。
いいんだろうか。残骸はどうすればいいんだろう。これも後で、よく考えないと。
何だか腹が減ってる気がする。
木原くン、飯。頼んで飯、貰わないと。あー、打ち止めの分もくれるかな。
超電磁砲にコーヒー代返しにいって、そのあと野外実験に行けばいいのか。
常盤台って、操車場と反対方向か、面倒だな。
目の前の奴が何か言っている。
口の中に固まりかけた血が流れ込んだのを、固めて横に吐きとばす。
あーあ。
他の奴がいじめられたら来てくれるのに、俺のところには絶対に来てくれないんだ。
目がかすむ。よく見えない。
まあいい。もう諦めた。
ずっと昔から知っていたじゃないか。
だから俺が強くならなきゃいけないんだ。どうせ来てはくれない誰かの代わりに。
ヒーローなんて、どうせそんなものなんだから、な。- 41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:07:48.46 ID:7pgdN7NEo
↑
患
|
疾
|
神
|
精
|
寄 生 虫. の 飼 い 主
|
位
|
一
|
る
|
あ
|
|
←行 通 方 一 の 位 一 る あ 『と』 あ る 百 合 子 の 精 神 疾 患→
|
|
あ
|
る
|
百
|
合
|
子
|
の
|
一
|
方
|
通
|
行
|
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ず |
っ. |
と. |
だ |
い|
| す
| き
| だ
| よ
|
|
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|
|
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|
↓- 42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:08:18.23 ID:7pgdN7NEo
9 解離性同一性障害 前編
- 43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:08:56.47 ID:7pgdN7NEo
垣根帝督が脚をどける間に、彼のあずかり知らぬ白い頭の中では
時系列を無視した思考がこねあげられていた。
「――ァ、あ゛……?」
裏返ったような奇妙な呻きは、混乱していることだけをよく示している。
「おい、」
脚の裏で横たわったままの体を転がして踏みつける。
肉とは違う硬質な感触が足の裏を押し返す。
反射だ。
能力の開花か、もしくは元の第一位の思考回路が戻ったか。
どちらでもいい。
割合端正だと言われる顔を笑顔に染めて、垣根は大きく広げた羽を振りかざした。
「いつまでも横になってるのは見舞客に対して失礼だと思わねぇか?」
詰まったパイプが逆流するような音がした。
床を舐めるかというほど伏せた白い唇が血の混じった唾液を吐く。
「ァ、……はは、なンだ、簡単じゃねェか……」
「あ?」
ぬるりと赤い瞳が垣根の輪郭をなぞる。
首がおかしな具合に傾いで、眠気を振り払うように目の前の白い人物は首を振る。
「はァ、クソ……まだこンな奴がいるよォじゃ、ダメなンだよなァ……全然、足りてねェ」
ため息をついて、学園都市の第一位を追われかけた瞳がゆるく瞬きした。
「……頭は緩いまんまか? 能力がどうでも、白痴じゃ意味がねぇ」
「セーフモードなンだよ。ガタガタ抜かすな格下ァ……」
「セーフ?」
眉を寄せるが、所詮健康体で入院を強いられるようなアタマの人間だ。
垣根は深く取り合わない。
「電極の話なら、カラにしたって良いんだぜ? どの道30分も続けやしねえ殺し合いだ」
垣根の台詞を遮るように咳込むように薄い肩が上下した。
ひきつったような声で笑い転げながら、目尻に浮いた涙を拭う。
「余命伸ばしてやってンだろォが……ここまでズダボロにしやがって、勿体ねェなァ」
垣根が眉を吊り上げると、案外邪気のなさそうな笑顔で一方通行は顔を上げた。
「甚振る前に勢い余って殺しちまいそォだろォが……」- 44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:09:38.83 ID:7pgdN7NEo
「へえ……俺を殺すってのか? 白痴野郎が、いい度胸してやがる」
表情だけなら、まるでクラスで軽口をたたき合う級友同士とも取れただろう。
ただ短く息をついて苛立ちを押さえる垣根の声色にもう色は乗っていない。
「なァ、オマエも知恵かせよ。返答次第じゃ寿命が延びるビッグチャンスだぜェ?」
「あ?」
確かめるように手のひらを握りこみながら、一方通行は調子の外れた笑いを漏らす。
「爪先からドロドロの挽肉にしていったら、人間ってなァどのあたりで死ンじまうと思う?」
ぐちゃぐちゃに皮膚の崩れた右手の平の傷口をなぞる。
痛覚でも操作しているのは明確だが、手のひらを貫通するような傷を指先でなぞる様は
慣れない人間が見れば鳥肌を立てて目をそむけるような光景だ。
「……」
「尻のあたりまでは、持ちこたえるンじゃねェ? 頑張れそォか? 骨折の方が好みか?」
「つっまんねぇな」
「俺も別段楽しもうなンて思っちゃいねェ。オマエの肉で泥遊びなンざ、虫唾が走る……」
げふ、とまた血液混じりの唾液を零して、一方通行は顔を上げる。
音程の整わない声は半分裏返ったように、貼りついたように乾いていた。
垣根の自尊心がざわざわと逆立った。
「頭悪く、聞こえるもんだな。できもしねえ計画ってのは」
白い首の周りに、それよりも無機質に光る羽があてがわれる。
触れれば裂ける凶器を押し当てられても変わらない表情に垣根は侮蔑の視線を投げた。
「そんなことより自分の命の心配でもしてやがれ。もってあと数十分、」
微笑ましい。そう言いたげな表情を、一方通行は目の前の男に返してやる。
「オマエが空中に浮かしてる微粒子のことならもォ体外に排出しちまったンだが」
「……」
「空気読めてなかったかァ? あ゛は、つまンねェ……」
苦しそうに息継ぎが入る。- 45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/01/21(土) 02:10:29.50 ID:7pgdN7NEo
腹の辺りを押さえて、一方通行は上体を起こした。
「ホント……つまンねェ野郎だっ、つってンだよ!!」
内臓のどこに刺したかは分からないが、呼吸器にダメージでも入れてしまったか。
水っぽい呼吸音が垣根の耳に障る。
「大した生命力だ。血管全部抑えてるんじゃ、演算持たねえだろ?」
「余計な世話だ。オマエはオマエの心配してろ……無駄かもしれねェけど精々、足掻け」
首に添えられた未元物質の翼を指先で弾く。
ビン、と音を立てて、それは細かな切片に砕け散った。
飛散する欠片を掃きとばして、垣根は僅かに眼を細める。
床に散らばるガラスの破片の上に触れると、奇妙に有機的な切片がそれを砕いた。
重いものに踏まれたように散っていくガラスが、空気を割ってパリパリと音を立て。
笑い声の後に、また一方通行の口の端から固まりかけた血痰が漏れた。
「なァ……もっと色々見せろよ。オマエの絶望する顔が見てェンだ」
「……瀕死の負け犬が。床の舐め方でも考えてたほうがお似合いだぜ?」
口元を僅かに拭って、一方通行はどろりと染まった瞳を向ける。
憎しみというよりも憎悪に近く、嫌悪というよりも憐れみに近い、奇妙に入り乱れた感情。
何か言おうと思ったか、唇が僅かに開き、考え込むように結ばれた。
「あァー……何だ……それと、聞きたかったンだがよォ……」
「あ?」
目の悪い者のように、あるいは眩しいものでも仰ぐかのように、一方通行は眼を眇めた。
「オマエ、誰だ?」
垣根の顔に笑みが浮かぶ。
諦めたような、ひどく残念そうなため息が漏れだした。
「どこまで人を失望させれば気が済む? 血圧が心配になってきやがるな」
「は、ァ? 頭の悪ィ喋り方してンじゃねェ、勘に障るンだよ、クソッタレ」
「……ムカついた、って言わなきゃわかんねぇかな? さっさと殺すぞ、白痴野郎」- 46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/01/21(土) 02:11:02.52 ID:7pgdN7NEo
白い翼が、やや発光の度合いを変える。
垣根の背から飛び出し病室全てを包むかという程に大きく広がっていた六枚羽。
その全てが死角を狙って打ちだされた。
...
「はくち?」
虚ろな声。
続いて、建設現場にでも似合いそうな硬質な音が、丁度六回響き渡った。
「……反射、デフォルトか?」
真直ぐ跳ね返ってきた最初の翼を盾代わりに、垣根はその陰で眉をひそめた。
残りの五つの翼は、盾にした一枚目を貫かんばかりの勢いで
垣根の胸と頭部の延長線上に突き刺さっていた。
「あァ、デフォルト、ダメじゃねェか。死ンだら……」
翼の性質を組む演算を呼吸の合間の一瞬で済ませ、垣根は再度それを振るう。
かきん、と一瞬の手ごたえ。
「ッ、」
反射。
一言以上思い浮かべる隙はなかった。
再度翼の盾を展開させる。
「い゛!」
「死なさないように……」
鋭く、光と似たような性質に偽装した翼が、垣根の右腕を切り落とした。
反射じゃない。
ベクトル操作。
足に生温かい鮮血が滴った。
びゅう、と間欠泉のように噴き出す血液に、違う、という思考が混じる。
これはさっきまで目の前のアレが噴出していたものだろ。
俺の体から、噴き出すものじゃ、ねえだろ!
肘のやや上からずぱりと消え去った長い腕は切り飛ばされて。
どこかにゴトリと肉に包まれた骨の落ちる音をさせた。
「あ、あァ。間違った」
間抜けた声が一方通行のものだと理解するまで、垣根には少しの時間が必要だった。- 47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/01/21(土) 02:11:36.29 ID:7pgdN7NEo
何だ。
一体何をしている?
性質偽装した翼、その偽装方法を初見で。
性質偽装自体は知っている筈だ。
その為にこの男に一度負けた。それを忘れるほど垣根は頭が悪くない。
だが、そのためのリストの再構築を反射膜に翼が触れた僅か一瞬でこなすのは無理だ。
しかも今のは反射ですらない。
物質の入射角と反射角を細かく演算子直し、正確に垣根の聞き腕を切り落とした。
「……ッい゛、何?」
音さえ聞こえない程の速度。
失血を防ぐにはやや遅すぎるような緩慢さで、
垣根は腕のなめらかな切り口を未元物質の保護膜で覆った。
血管同士を急ごしらえで循環させる。
透明度の高い、ほの明るく光る未元物質が腕の先を覆う。
その中を赤々とした血液が循環させられる。
指先が冷たい。
まだできるか。
暗部で鍛え上げられた生死にシビアな脳は、ギリギリまで動けとゴーサインを出した。
「は、随分余裕じゃねぇかよ、第一位!」
「余裕だァ? どこ見てンだ。精いっぱい殺してやるっつってンだ、光栄だろォがよ!!」
「やっぱり、テメェが死ななきゃ二位のままだろうがッ!」
ひた、と一方通行の頬に張り付いたままの奇妙な頬笑みが失せた。
「あ? 死ンだら、終わりか? オマエ……実験……」
ぶつ、ぶつ、と混線したように話す。
「実験、実験? いちい? オマエおかしい。誰だ? 何してる? 何したンだ、俺に」
「イカレてやがるな……」
今更噴出した冷や汗がじっとりと手のひらに滑った。
垣根は無事な左手で右の二の腕をきつく押さえる。- 48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/01/21(土) 02:12:06.28 ID:7pgdN7NEo
傷にフタをして、生成した物質で脳内麻薬の出を良くさせる。
だがこれだけの傷だ。
肉の数パーセントを失っているとアタマが勝手に判断する。
その衝動が痛みを加速させる。
守るように構えていた翼を展開させた。
これ以上の負傷は避ける。
視線の先では、当の加害者の一方通行が額を押さえてぶつぶつと繰り言を重ねている。
「10月30日水曜日、朝5時から第五学区に実験設備の運び込みが完了」
「明後日の朝からクソガキの調整、」
「先週から梅雨に」
「帰りに、明日の朝の飯、買って」
「レンタルの期限が切れて」
「白菜と、豚、コマ、250グラム、」
「違う、違う何だ、人だろォが。クソ、出てくンじゃ……」
混乱気味だ。
とにかく、記憶が混濁していることは確からしい。
垣根の脳の片隅が、最もまともな選択肢を選ぶ。
どうでも良い日常の記憶の判別に困っているうちに、なんとか戦闘不能に追い込む。
性質を誤魔化したやり方が通用しない原因を。
半分、三方向から巨大に光る翼が打ち出される。
ぴたり、と言葉を止め、一方通行は深く息を吸った。
背筋が逆立った。
垣根の胃が激しく緊張を訴える。
「絶対能力者」
何を
「クローン」
「あいつらは人形だから」
言ってるんだ
「殺しても」
「レベル5の」
「20000体を」
「無敵にならねェと意味がないので」
「殺すまで、実験継続」
タイミング、が、- 49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/01/21(土) 02:12:35.01 ID:7pgdN7NEo
「被験者は所定の位置についてください」
だん、と一方通行の足が踏み鳴らされる。
最悪のタイミングに、垣根は振るった翼を引きもどそうと演算を途中停止させた。
足の裏から床に伝わった微弱な振動が操作される。
通常の速度を更に加速。
瞬きする前に、床に散ったガラス片が跳ね上がり、再び床に落ちる前に。
何倍、何百倍、手当たり次第に増強させられ、無慈悲に一カ所に集められた衝撃が
鉄筋コンクリート製の病院の床を、板チョコでもそうしたかのように、折った。
「がっ、」
だん、と遅れた音が聞こえた。
足の下で楔形にぱっきり折れた床が垣根の体を挟みこむ。
亀裂の中から足を引っ張られたかのように、垣根の体が垂直に落下を開始する。
しまった。
翼、揚力、安定。
引き戻そうと演算を止めた翼は、まだ人一人浮かび上がらせる体制ではない。
がく、と。
伸ばした右半分の翼にバランスを削がれる。
ちょうど60度程の角度で折れた床同士の亀裂。
引きずり込まれる。
残った左手が縋るものを探して宙を掻き。
捕まりどころのないすべらかなリノリウム床で爪を折った。
V字に折られ、跳ね上げられた床の谷間部分から、階下に叩き落される最中。
「悪ィ」
だん、と再び床を踏む音。
「が、ふっ!?」
折れた床同士がこじり合わせるように動く。
腹の上の辺りに、万力で締めつけられたような衝撃。
湿った木を折るような、ばきりという音が垣根の体の中に聞こえた。
アバラが、
手を回すことすらできず、垣根は普段軽薄そうにしか見えない顔を歪める。
「めっちゃくちゃ地味な殺し方になるからなァ……俺、先に謝っといた方が良さそうだな」
地味な。
二度足をふみならしただけだ。
だが目の前にはどうだろうか。
巨大な廃材にしか見えない床同士に挟みこまれ、垣根は自嘲気味に目を見開いた。
なるほど、愉快なオブジェにしてくれるじゃねえか。
瓦礫に生き埋めにされたような様相は、建物の倒壊に巻き込まれたような。
「で? オマエ、誰だ?」
ごほ、と、また溜まった血痰を吐きたそうな咳をしながら、一方通行は首を傾げた。- 86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:47:57.62 ID:uSUF0ipjo
ぼやけた視界。
足の裏の接している面が熱した薄いプラスチックのようにぐにゅりと歪んで、
いっそ内臓ごと吐き出してしまいたいような気持の悪さが数秒おきに背筋を撫でた。
板チョコでも真っ二つに折った様子で、部屋の床は真ん中で折れている。
石臼の断面のようにぎざぎざとした折れ目の凹凸が抉り合わされて、
その隙間に半分埋められたような人の頭が見えた。
実験。
実験なんだ。これは。
何の?
ぷつぷつと穴だらけの記憶の中に何度も出てくる単語。
デジタルリマスターをかけたように、ほんの些細な記憶があぶり出された。
絶対、能力進化。
レ■ル5の■ ■■00■体■■■■■潰■■■ベル■を■■す■
電■■の■■■ン
■はオリ■■ル■■■■低能■者■■
■細胞■■ー■の性質■能
数で■カバ■ ■■■■■■■■■■■
ーを■■■ため、 ■■■■■■
「被■■、 は、所■の■■に■■てく■■■」
一 ■ 行
方
ああ、そうだ。やらなければ。あの時、約束したんだろ。
何でもやる。百合子は俺が、って。- 87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:48:37.18 ID:uSUF0ipjo
だから
血
|
傷 |
| 酷 |
| | | 嫌 誰か
| | | | |
| | | | |
誰. | | | | |
|. | 百合子. | . | 助けて | 一体.何が起きてる. |
|. | |. | . | |. | | |
|. |どうする. / \. / .\ ./ | |
| \ | / \ / \ | | /
| Y / Y Y | /
| | / 助けないと どこだ 痛い /
| \/ | | | ./
| 痛い | | | |/
\ | 俺が | どうやって / y
\ | | | | / /
Y | | | / 痛い
\ / \ y |
.\ | \/ /
.\ | .| /
.Y | /
\ .| /
\ | /
\ | /
\ | /
\_______| /
| ./
Y
こいつは
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↓
殺す
- 88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:49:21.62 ID:uSUF0ipjo
9 解離性同一性障害 中編
- 89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:49:57.94 ID:uSUF0ipjo
垣根帝督の目の前で、半端な丈の病衣から伸びた細い足首がちり、とガラスを踏んだ。
素足の癖に、だん、と足音を立てる。
次こそ。
胴を挟むコンクリートのトラバサミに腹をすりつぶされる。
いつ来てもおかしくないだろうその衝撃に、垣根の首筋が粟立った。
しかし、その床の衝撃は何を操作したか。
床に転がったものを目の前の白い人影に放って寄越しただけだった。
ぱしりと受け取ったものは、一見ただのゴミにしか見えない。
「ずいぶんイイ格好じゃねェかよ、あァ?」
一方通行の左手には、垣根の腕から切り落とされたものが握られている。
弛緩した右腕。
妙に生白く見えるそれで、彼は垣根の頬を張った。
肉と肉がぶつかる水っぽい音。
「っか、」
痛み以上に、嫌悪が垣根の背筋を這った。
死人のような冷たい腕で、自分の体の一部だったものに触れられる。
鏡や写真以外で目にするとは到底考えなかった、ありえない角度から見る自分の腕。
血の気を失い、ゴムでできたかのようだ。
だらりと手首を垂らし、指を強張らせ。
生々しい、肉の濃い桃色。血しぶきを被ったかたまり。
間違いもせず、自分の切り落としの右腕だ。
「て、めぇはずいぶん、イイ趣味、じゃねえか……」
「そォだろ? ありがとォよ格下くン」
けらけらと掠れた喉を転がして笑う。
「顔合わす度にコロコロ態度変えやがってよぉ。
気分屋なんだか、周りのヤツに染まりやすいんだか知らねえと思ってはいたが……」
「……へェ、それで何だってンだ」- 90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:50:33.30 ID:uSUF0ipjo
「まさか、第一位サマがココロのご病気だとは知らなかったぜ? 見た目通り繊細だな」
その一言には嘲笑がべとりと絡みついている。
首を傾げて目を細める垣根に合わせ、ゆっくりと一方通行の唇がつりあがった。
「は! コイツは傑作だよなあ!」
くく、とひきつるように喉が鳴る。
笑ったように聞こえなくもなかった。
「どんなに外からの攻撃反射しようが、どうしようもねぇ」
「鳥類っつゥのは人間のお喋りの真似が上手ェもンだなァ、下等動物の分際でよォ……」
「そこらのメスガキ連れて来た方がまだマトモじゃねえ? 陰でガタガタ震えろキチガイ」
「覚えた言葉を使ってみてェってンなら別の奴に聞かせてやれよインコ野郎」
会話はかみ合わない。
かみ合わせないまま、お互いにぶつけあう。
そして垣根の一言が終止符を打った。
「うるせえよ、できそこない」
一方通行の顔から、取り繕うように無理に重ねた表情が消える。
さわりと髪が持ち上がった。
反射が安定しない。
重力を僅かに反射しかけて、服の裾や髪の一筋が重みを失う。
「オマエ目ェ見えてンのか?」
震えるような声。
ぴきぴきと、何かにヒビの入る音が聞こえる。
垣根の体を挟みこんだ瓦礫が僅かにこじり合わされる。
「げ、ぅ、、、っこの、バケモノ風情が……!」
物質の制御のために、優雅に広げられるはずの六枚の翼が、
ただ主の体を守るように瓦礫を押し返そうと試みる。
砂埃に汚れた翼が物質を吐きだす。
衝撃緩衝を。臓器に傷を付けたら、次こそは。
「よく見て話せ……俺を見ろよ。どこだ? どこが、できそこなってるってるってンだよ!」
空間そのものを歪ませようとするように、ヒビの入る音が大きくなっていく。- 91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:50:59.65 ID:uSUF0ipjo
また殺される。今度は、完璧に。
「ってめ、また、コロコロ態度変えやがって……情緒、不安定じゃ済まねえんだよ……」
内臓を四方八方から圧迫される痛み。
文字通り血反吐を吐きかねない状況。
垣根の目の前で、白い人影は憐みの欠片も見せずに腕を振った。
空中の何かをつかみ取って引きずり下ろすような、奇妙な動き。
「ッ……あ゛、……っぐ?」
「答えろよ。なァ。言ってみろってンだ……」
頭が割れる。
垣根の既に限界まで絞られた内臓に、更に上からの負荷がかかる。
体内の空気の全てを呻きに変えて吐きだしかけ、必死に歯を食いしばった。
今ここで吐いたら窒息すると、本能と演算結果が告げている。
まるで金属が磁石に張り付けられるように、地面に向かって何もかもが磔に。
叩きつけられるように床に伸びた垣根の視線の先で、
床に撒かれたガラス片がぱりぱりと粉状に破裂していく。
「だ、れが? だ? オイ、なァ、誰が?」
この部屋の重力加速度を操作した?
いや、違う? ただ空気を巡回させて風圧を、違う? 違う!?
「おかしいのは、俺じゃねェ、だろ? オマエだ。オマエが、きず、つけ、っる、からァ……
」
はぁ、と大儀そうに呼吸をして。
部屋で唯一立ちあがったままの第一位はこめかみを押さえる。
「この、体は……! どこもおかしく、ねェだろォが……っ!! 百合子は!」
「っせ、え、」
「あ゛あ!? 全然聞っこえねェぞ! 格下風情が、ほらァ、どォしたンだよ!」
酸欠状態で短く呼吸を繰り返しながら、一方通行が叫ぶ。
「おかし、いのはよ……テメェのその、頭ん中だよ、クソガキが……」
パン、と音がした。
鼓膜が割れたかと垣根が首を振る。
なんだ? 何か、落ち?
三半規管に何らかの不具合を感じて目眩を押さえた。
気持ち悪い。- 92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:51:44.99 ID:uSUF0ipjo
「る、せェ……」
体が瓦礫から引き抜かれる。
「う、ぁ?」
上下が廻る。
気持ちが悪い。吐く。頭が痛い。
視界が歪んだレンズを通したように揺らぐ。
「オマエはァ……っ! いや、なンだよ……っ! その顔、見せンなァァああァあ!!」
一方通行の右手がゆるく何かを掴む。
それが、今となってはそう呼んでいいのか知れない垣根の視界の端に映り込んだ。
「あ、」
衝撃。
まだ脆い内臓が揺れる。
胃液と何度も飲み下した血混じりの唾液を吐きだす。
「かっ!?」
視界にノイズが入る。
不味い。
手を耳元にやろうとして、片腕切り落とされたことを思い出した。
「うるせェ……何で、オマエには、そンなこと言う、資格、なンざァ……」
床に、叩きつけられた。
背中が痛い。
とっさに展開した翼が何の意図もなく、救いでも求めるように伸ばされる。
その頃には、追いついた思考と、まともに戻りつつある三半規管が告げる。
叩きつけられたのは床でなく、天井であると。
「黙れ、っなンにも、しらねェくせによォおおお……っ!!」
だん、と床を踏みしめる音。
先ほどの可愛らしいヒビの音を最大まで増幅させた音が垣根の背骨の下で起きる。
「ぁがッ!?」
「死ね」
天井すら崩し、瓦礫を鈍器に変えて垣根帝督の肉体を殴り落とした。- 93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:52:11.55 ID:uSUF0ipjo
上から土砂崩れのように瓦礫が落ちるが、髪の一筋も動かさない。
盛大な埃とは関係のない水っぽい咳をして、一方通行は腹を押さえて荒い息をついた。
気持ちが悪い。
もちろん、それだけの損傷は能力で傷口を塞いでも元通りとはいかない。
確実に体力と気力、それに脳の演算領域を食いつぶしていく。
その傷も目の前の青年がつけた物だ。
ふつふつと怒りが静かに煮立っている。
周囲の空気が泡立つように揺れる。
どうも、第三位のクローンにしては様子がおかしい。
今日はそういう趣向なのだろうか。
どうでもいい。今は、それを殺すかどうかで。
「生かしとく訳ァねェだろォ……なァ?」
げほ、と自分以外の生き物の立てる音がした。
天井を崩して叩き落した瓦礫の、一番大きな欠片がぐらりと傾ぐ。
薄汚れた2枚の翼が下から現われ、残りの4枚の内側で、またその青年は咳をした。
「何で生きてンだ。俺は今、オマエに死ねっつったろォ?」
翼が瓦礫を弾き飛ばす。
立ちあがるのに、右手を突こうとしたのか、青年はぐらりと上体を揺らした。
その右手は一方通行が握りしめていた。
あァ、ゴミだな、こりゃ。
ぞんざいに投げ捨てると、相手が二つほど咳をした。
「てっめえ……死ねっつったり生きろっつったり……」
「いきろ?」
そっくり返すと、馬鹿にしたような視線を向けられる。
そんな目で見られるような立場か、まだわかっていない。
「何なんだ……」
何?
そんなもの、決まっている。
「俺は」- 94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:52:46.26 ID:uSUF0ipjo
- 「学園都市の」
「第一位じゃねぇ。もうそこはテメェなんざ用済みだとよ」
用済み、とはどういうことだ。
まだ一方通行には研究の価値も、利用する幅も。
「アタマおかしい集団ってLevel5も、流石にホンモノの精神疾患は置いとけねえんだと」
違う。
俺は病気じゃない。
「じゃあ……何だよ」
俺は、一方通行だ。
「能力者は廃業だ」
「辞められる代物じゃねェ」
「まあな。けど精神異常の幻覚で暴走を起こされちゃ堪らねえだろ」
だったらどうする。
また木原数多をつれてきて、全身拘束で余所に売り飛ばすのか。
あんなものは、こちらが相手を信用して隙を見せなければ回避できる。
二回されたことをまた繰り返す程の馬鹿ではない。
何を言っているのか分からない。
そういうと、一方通行の目の前の青年は荒く息をついて左耳の辺りを押さえた。
どこかに引っ掛けたのか、服に鉤裂きができていて、そこから細いコードが伸びていた。
首に。
耳に。
見たことがある気がする。
唇が勝手に相手を罵倒する文句を並べる。
ゆっくりと目玉が相手の体をなぞる。
視覚情報を解析する。
物理法則を無視する物質を新たに3件確認。
リストに組み込む。
ほとんど無意識に行われているそれが高速すぎる。
それ以外の口先のやり取りが相対的にゆっくり、コマ送りで進んでいるように思える。 - 95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:53:07.93 ID:uSUF0ipjo
- 思考と演算が離れていく。
ダメだ。まだ行くな。
それはまだ、百合子の手に余る。もう少し、俺はいなければいけない。
「俺は、一方通行だ」
そういうと、目の前の青年が首を傾げた。
「能力が使えなくなったら、テメェの名前は何なんだよ」
「は、」
「演算補助を剥奪して、キャパシティダウンっつう能力制限をかける装置にブチ込む」
演算がなくなる。
そうなったら、「一方通行」は使えない。
俺は一方通行ではなくなる?
「その後、テメェは何になるんだろうな?」
そんなもの、
- 96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:53:53.17 ID:uSUF0ipjo
プツ、と思考にノイズが混じる。
目の前の人間が何か言った。
今何をしていた?
思い出せない。何か怒っていた気がする。
ここはどこだ?
見たことのある天井だが、崩れていた。
自分がやった痕だと分かる。不自然な力のかかり方だが、崩し方に癖が出ている。
演算のやりかたは文字の手癖に似ていた。どうやっても、思考パターンは少し似る。
誰か立っている。
白衣。シャツ。
男性のようだ。若い。
こいつは誰だ?
いつからココにいた?
短い、茶髪。
どこかで見た物と少し被る。
「テメェが生きてりゃな」
その一言が勘に触った。
床をふみならす。弾き飛ばされたように、ベッドがその白衣の男のところに飛んでいく。
凶器ならどこにでもある。
妹達の室内戦より楽だ。実験でないなら、装置の損傷は気にしなくていい。
建物丸ごと、自分の武器だ。
「そういう癇癪で俺が死ぬと思うかよ……」
羽のようなものが舞っていた。
翼?
何か、空気中に嫌な物質が混じっている。
リストの一部に妙なものがある。
解析。
頭が回らない。
誰だ。- 97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:54:24.03 ID:uSUF0ipjo
名前は、と垣根が尋ねた途端、目の前の白い人影は硬直した。
何になるんだ。
そう聞いたのは垣根だが、答えが返ってくることは予想していない。
下を向いて、何かぷつぷつと呟き始める姿は、どう見ても正常と言い難い。
崩壊した病室に立つ一方通行の足元に、ポツリと何かが落ちる。
意識しているのかわからないが、また白い体からは血液が滴り始めていた。
生かしておくのはかえって酷だ。
そう垣根は思う。
垣根が生かされたことがあるからかもしれない。
キャパシティダウンに繋いで延命して。
どこかに閉じ込めて、治るのを待つなど馬鹿らしい。
先ほどの退行したような振る舞いや癇癪のような能力の使い方。
それが元の一方通行に戻る見込みはない。
俺が終わらせてやった方が楽なんじゃないか。
耳元に手をやる。
耳朶に沿うように取り付けられたコードに触れる。
先ほどの気持ちの悪い違和感のせいで、三半規管が少し心配だ。
が、もう少し、余裕がある。
息を吸った。
頭の芯が冴えていくような感覚。
代わりに視界がややちらついた。
背にした翼が何倍にも膨れ上がって行くのがわかる。
弾き飛ばされたベッドを翼一つで弾き返す。
「そういう癇癪で俺が死ぬと思うかよ……」
こいつは、本当に自分が誰か、思い出せてすらいないのだ。
新しく定義しなおした未元物質の翼を叩きつける瞬間、唇がゆっくりと動いた。
「き、」
白い手が伸びる。
白い翼が横薙ぎにうちふるわれる。
「はらく、ン?」
ぷつぷつ、と音がした。伸ばされた左手の小指と人差し指が、床に落ちる。- 98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/03/23(金) 13:56:33.70 ID:uSUF0ipjo
垣根が物質を生み出してから、2秒ほど。
一方通行の目の前でその物質を翼の周囲に纏わせてから1.7秒。
振るったそれが反射の領域に侵入してから0.4秒。
そして、全身、胸から上を切り落とそうとしたそれが、
一方通行の指二本をようやく落とした所で、それは現われた。
嘘だ。
足がすくむ。
とうとう来た。そう思った。
思うより早く、一つ一つ別の物質を纏わせた翼を叩きつける。
今、こいつは何と言った?
「きはらくン?」
木原?
研究者、の?
ぞわりと吐き気が半身を襲う。
よくない。
叩きつけようとした翼を引っ込めようと思った。
数メートルに引き延ばされ、部屋中を包み込むほどの翼の打撃を、
3本しか指の残らない白い手のひらが掴んだ。
「木原」
白衣を着て来るんじゃなかった。
ぶちり、と翼のひきちぎられる音がした。
「い、があああああぁぁああああぁぁああああああああああああああああああああ!?」
垣根の体を痛みが支配する。
頭の中が割れるように痛い。
通常能力で出現させる翼に痛覚などは存在しない。
それが感じられるほどに、その手のひらが翼を引きちぎる感覚は生々しかった。
まとめきれなくなった物質が、その断片から血液のように漏れだす。
真白で、やや発光するそれを浴びて、滴り落としながら、一方通行はこちらを見ている。
垣根ではなく、自分を三度裏切った、木原数多を、彼は見ていた。
翼を引きちぎった凶器を背負って。
一度見た黒でもなく、話に聞いた白でもなく。
その背にしがみつくように噴出したのは、薄汚れ、折れたようにねじ曲がった翼だ。
吐き気のするような灰色に濡れた、ただのみすぼらしい片翼。
「オマエ、また裏切るのかよ」
骨のような、何か硬質なものを飛びださせたそれは。
垣根の翼を引きちぎり、その先端をこちらに向けていた。
垣根帝督ではなく、幻想上の木原数多を、もう一度殺すために。- 119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:08:50.16 ID:HM6TpCgJo
「おい、クソガキ起きろ、メシだぞ」
「木原くン、クマ!」
「たりめーだ。どっかのバカが昨日実験で施設の電源ふっ飛ばしやがったからだよ」
「じゃ、今日休み?」
「オイオイ俺を誰だと思ってんだ。もうデータの9割は復旧。
昨日中断した実験と合わせて、倍のスケジュールで進めるに決まってるだろうが」
「ち、つまンねェ」
「コノヤロウまさかそのために、」
「そンな訳ねェだろ、だって、さっさと終わらさねェとココで一生終えちまうだろ」
「まぁ、そぉーなるだろうなあ、こんなチンタラやってたら」
「サボるわけねェよ」
「一生終えそうなのはむしろこっちだぁってんだ。実験動物が早死にしねえ限りは」
「俺?」
「いや、ああー……早死になんざもったいねえことしてたまるか。
ズダボロになっても使い倒して、肉一切れも実験道具だっての」
「む」
「ハツカネズミみてぇーな色しやがって」
「ぐえ、っ! なに、すンだよバカァ!」
「このクソガキ、木原の天才研究者を捕まえて」
「なァ、今日、お休みにしねェか」
「休ませるかクソガキ! てめえが不眠不休にさせてんだよ! 俺を!」
「でも、クマ」
「……あのなあ」
「あン?」
「心配してるんだったらもうちっと、人間らしく伝えるこたぁ出来ねえのか」
「……」
「……」
「ばかじゃねェの」
「檻に戻れクソガキ。プリン抜き」
「あー! 横暴! 最低野郎ォ! 木原くンのばかばかインポテンツ!」
「い、殺すぞテメエ!!」- 120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:09:25.79 ID:HM6TpCgJo
9 解離性同一性障害 後編
- 121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:09:52.51 ID:HM6TpCgJo
木原数多が好きだった。
それは浮ついた恋愛の意味でもなく、安っぽい友情でもなく。
親子や家族の真似ごとでもなく。
ただ、木原数多という人間は、絶対に、絶対に自分を捨てないんだと思っていた。
そういうところを、言い方を変えれば信用していた。
好んでいた。
目が覚めるとそこは次の実験施設で。
手首に巻かれたバーコードテープの検体番号で管理されるような研究所には
木原数多はいなかった。
そして五年以上の間を開けて、あの晩一方通行の前に姿を見せた木原数多は
能力者用の拘束を付けた一方通行を蹴り飛ばしたあの時よりも少し、老けていた。
以前あったクマは広がり、薄く落ちくぼみかけた下まぶた。
あの時と同じ、何か言いたげな様子で唇を開き、閉じて、言った。
元気か、と。
それから、名前を呼んだ。
一方通行と、彼がつけた名前をだ。
だから、目の前の男の髪を掴んで、一方通行はぼろぼろと言葉を零す。
「髪」
金よりも、少しくすんだ琥珀色。
「模様は、?」
睨むような左目の下に親指の爪を突き立てて、頬に向かってV字に引っ掻いた。
「っ、てぇ……」
戻したんだ。
戻っている。それだけ、分かる。
一方通行に分かるのはそれだけだ。
「マジよ、マジ。触るんじゃねぇぞ。結構ヒリヒリしてんだからよ」
「なンで」
右腕は自分が切った。
「は、」
「あ? お前の檻に行くときだってこんなもんだったぜ?」
「なンで」
床で挟みつけてやって、天井に叩きつけて、殴り落として、上から潰すつもりで。- 122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:10:19.51 ID:HM6TpCgJo
ぎち、とゼラチン質がこすれる不愉快な音がした。
生焼けの肉を引きちぎるような音。
一方通行の背中から飛び出した歪な物体が、ぎしぎしと伸びをした。
灰色の、薄汚れた肉から黒っぽい骨が突き出し、硬質な擦れあいを響かせて、伸びる。
「なンで」
指の三本しか残らない手が、「木原数多」の首を掴んだ。
「、触、んじゃ」
首を這う細いコード。
何か知らないが、そんな光景を見たことがある。
コードの先が白い髪の中に吸い込まれて行って、それは絶対に、壊してはいけない。
それは分かる。
けれど、どこで見たのか思い出せない。
目の前で、「木原数多」は一方通行に静止の言葉を吐く。
指がコードを握った。
「うるせェ……ッ!! ばかっ、野郎ォおおがァ!!」
ぶづ。
「あ゛、ぇっ、!?」
非常な声がした。
目の前で、「木原数多」の両目が焦点を失ったように空中を彷徨う。
糸が切れたように体を弛緩させると、喉を振るわせて、嘔吐した。
「き、」
「あ」
「はらく……?」
ぎちぎちと。
虫が脚をばたつかせるように、歪な羽がその体に伸びる。
白っぽい翼は細かい粒子に散って、床上柔らかく積もった。
雪の日のような、海底に積もる泥のような、奇妙に有機的な中に瓦礫が埋もれている。
白い物質に瓦礫が埋もれ、その下に「木原数多」の肉体が埋まり。
その前に、醜い羽根を伸ばした病衣の人影がしゃがみ込む。- 123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:10:45.94 ID:HM6TpCgJo
指を伸ばせなかった。
「木原くン」
背中の奇妙な隆起を伸ばして、それを浅く突き刺す。
ぶちゅりと音がして、その周囲の白い堆積物がじわりと染まった。
「木原くン?」
ぐぢゅぐぢゅと掻き混ぜる。
揺すり起こしたいだけなのに、うまくいかない。
手を伸ばしたら、もっとひどいことになりそうだった。
「え、あ、あぁ、……ぅ。」
首をめぐらせて何かを探すような仕草に、理性は感じられない。
木原数多は、こんなことをしない。
してほしくなかった。
体の上に積み重なった瓦礫をそっと指でどかしてやる。
一方通行は「木原数多」を引きずりだした。
胸の上に耳を乗せると、心臓の音がした。
「俺は何をしてるンだっけ」
とこ、とこ、と鳴る音に、何か混じる。
音が何かを思い出させるように、耳の奥を叩く。
とこ、とこ、と心拍のリズムで。
烏、トタン屋根。
線路と踏切。通り過ぎる電車。
隣の部屋。男の人。
ガムテープで張り合わせた擦りガラスの窓。剥がれた網戸。
塀の上を、
野良猫が、
歩
く。
終わった、と一方通行は思った。
ああ、これで全部終わりなンだな、と。
そして何かずっとずっと昔から思っていた誰かが、ふと振り向いたような気がした。
とこ、とこ、と耳元で心臓が鳴った。
これが止まったら、もう人を殺さないで済むと。
そして二度とこんな光景を見ることなく、何かに吸収されてなくなって一つになる。- 124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:11:21.81 ID:HM6TpCgJo
なんとか、一番簡単な殺し方を思い出した時には、
心臓の音は少し、ゆっくりとした速度になっていた。
「木原数多」の傷口の一つに指先を浸して、血液の緩い流れを捕まえた。
「あ、」
誰かの名前を呼びたかった。
「、」
誰だろう。
木原数多だろうか。
打ち、止め、だろうか。
「ゆりこ」
考えるよりも先にぽとりと零れたのは、三文字の名前だけではなく、生理的なものか、
もしくはもっと別の理由で、一滴が流れて、ぽたりと落ちた。
「何を、しているのですか?」
心臓の音を聞くために伏せていた重い瞼を持ち上げると、
そこに一人、少女がしゃがみこんでいた。
「何をしているのですか? 一方通行」
半そでのシャツに、ベストを着ている。
制服そのものの格好でしゃがんでいるので、下着が隠れていない。
額には大きなゴーグルをつけている。
洒落っ気といえば、胸元に揺れる、オープンハートのネックレスくらいのものだった。
「な、ンだ、と?」
「被検体、一方通行」
「、」
ゆっくりまばたきする。
膝の上に腕組みを乗せて覗きこんでくる少女が、やっと思考の上で像を結ぶ。
「欠陥、電、気の」
「実験は終わったのですよ、とミサカ10032号は寝ぼけ眼の一方通行に事実を述べます」- 125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:12:11.39 ID:HM6TpCgJo
「実験、が」
嘘だ。
「木原くンは」
「はい」
優しく相槌を打つ少女の瞳からは何も読みとれない。
一方通行だから読みとれないのか、最初から何も浮かんでいないのかわからなかった。
「俺が死ぬまで実験が終わらないって言ってたンだ」
「そうですか。しかし、現在一方通行が実験に協力していないことは事実ですよ、と」
「でも」
「ミサカは。……でももヘチマもありません。ないものはないのです。」
食い下がった一方通行に、少女は眉をしかめる。
いかにも面倒くさいとため息をついて、子どもをあやすような声を出した。
妹をなだめる時のそれと同じ声を出した。
「絶対能力者は」
「もう、なったじゃありませんか。忘れてしまったのですか? とミサカは呆れてみせます」
「なって、ねェよ」
「どうしてですか? あなたがそうやって血まみれで、怪我をして、
無様に横たわっているからですか? とミサカは痛いところをつく行為を実践します」
頬をつねられて、霞かかったような意識が少し、浮上する。
「……オマエ、どうやって入ってきた」
「どうって、廊下からですよ」
しれっと返す少女は後ろを指差すが、ぼんやりしていて、分からない。
「廊下」
「ここは病院ですよ? 事前に人が非難していたからよいものの、はしゃぎすぎです。
と、ミサカは一方通行の年甲斐もない腕白ぶりをたしなめました」
「病院は、嫌いなンだよ」
「おや初耳です。さあ、そっちの垣根帝督を寄越してください、とミサカは両手を広げます」
子どもをなだめるように、犬をいさめるように差し出された両手を眺める。
一方通行はまた、指先を傷に埋めた。
自分自身の血液の流れに。- 126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:13:18.97 ID:HM6TpCgJo
「病院、は」
「一方通行」
「は?」
びしん、と音がした。
その後で熱さが頬にはりついたようにやってきて、衝撃がひりひりと肌を焼く。
「は、ァ?」
頬を何かに叩かれた、と判断した後で、体に何かが巻きつくのがわかった。
「何、馬鹿なことをしているのですか」
暖かくて、柔らかく、ぎゅっと抱きしめているのは、少女の腕だ。
「殺すのは許しません」
「?」
「垣根帝督も、一方通行も、殺してはいけません」
腕を解こうと力を込めると、更に強くねじ伏せられた。
「このミサカも、殺してはいけませんよ、一方通行。と、ミサカは宣言します」
「そ、」
「これ以上は一人だって、死んでやることは、できないのです」
小さく、ごめんなさいという声がした。
ばしん、と電流が流れる音と、体が上向きに釣りあげられるように痙攣して、
そこから、一方通行の記憶は途絶えてしまった。- 127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/04/27(金) 00:13:40.23 ID:HM6TpCgJo
次回からまた時系列が変わります。
最初の精神疾患スレ立てて一年経ちました。
ありがとうございました。
あとちょっとだけがんばります。
ではまたです。- 128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/27(金) 00:24:40.95 ID:G8blijoho
- 乙
一周年おめでとうございます
楽しみに待ってます - 129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/27(金) 01:45:26.96 ID:VuHe3QDDO
- 乙です
- 136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:08:04.75 ID:KLDbRIyao
>>1です。
描きたかった部分はなかなかサックリ書けるものですね。
今回は絶対能力進化実験の時の話です。- 137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:08:32.08 ID:KLDbRIyao
遮光カーテンの間から光が延びていた。
光を反射すると目が見えなくなると分かってから、光は反射の対象外だ。
しかしこうまぶしいと、何もかも反射して眠りにつきたくなる。
そう無意識に遮光カーテンを睨みつける。
日光は嫌いだ、と寝起きの思考がのろのろ弾きだした。
それでも体を起こすのは、人間らしく生活しなければならないから。
あの部屋に、光は入らない。廊下の天井に埋め込まれた照明がぼんやり照らすだけだ。
何か夢を見ていた気がする。
ただ長くて、静かな夢を。
一方通行は体を起こす。
いつものように眠っていられない。
夕方から用事があった。
あの部屋にはなかった壁掛け時計は、スピーカーのあった位置に設置してある。
そこが一番視線が行く場所だからだ。
16時30分。
着ていた服を洗濯乾燥機に入れて、液体洗剤を流し込む。
ユニットバスの湯船の内側でシャワーのコックを捻る間に今日の予定が思い出された。
温い湯の下に立って老廃物を体から剥離させるだけで入浴を済ませるようになったのは
一体いつからだっただろう。
体表を清潔にしたいのに、温められるなんてしたくない。
浴槽に溜めた湯に浸かるなんてごめんだった。
カビと埃と排水溝の臭いのするタイルの浴室。
果物と花を混ぜたような女の香水の臭い。
「っ、ェ、」
昨日の夜、ファミリーレストランで食べた定食が戻ってきそうだった。
違う。
ここは、この辺りでも一番日当たりの悪いただの学生寮。
一人部屋で、そこそこ新しくて。ベランダはない。
ベランダは嫌いだ。
室外機の吐く生ぬるい風も。
シャワーを止めて、体表の水分を弾く。
清潔な衣類を放り込んであるクローゼットから新しい服を引っ張り出して身につける。
玄関でクレジットカードと携帯、鍵だけをポケットに入れる。
それ以外は持ち歩かない。
部屋を振りかえると、スピーカーのあった位置に、壁掛け時計が見えた。
これは、絶対能力進化が始まった少し遠く近い日の記憶。- 138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:09:06.43 ID:KLDbRIyao
-9 ぼくじゃない 絶対能力進化実験・前編
- 139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:09:41.73 ID:KLDbRIyao
絶対能力進化実験は第三位の超電磁砲が協力するのだと聞いた。
超電磁砲のことは知っている。
顔も。テレビに出ていた。
一方通行とは違う境遇。
今は、学校に通っている。
一応では一方通行も学校に通っていることになっている。
正しく通ったのは木原数多の研究所を出てからの数週間だけだ。
能力のせいで武装した警備員に囲まれてからは行っていない。
研究所では積み重ねられた教科書に一度目を通しただけで定期試験を免除。
その後はどうなったのかわからない。
何も言ってこないから、これでいいのだと判断した。
研究所の檻生活から解放され、後は勝手に生きていけ、と銀行のカードを渡された。
最初にしたのは家を探すこと。
できるだけ檻に。木原数多の研究所の檻に似たサイズの部屋を探した。
備え付けの家具は、配置が気に入らなかった。
全て処分して部屋を開けた。
そしてあの研究所にあったのと同じようなベッドを買った。
初めて研究所から出た夜は、カーテンもない部屋にベッドを置いて
蛇口の水を出しっぱなしにして眠った。
それから同じ色の毛布。テーブル。ソファ。電話を買った。
なかったものも買い足した。
CD。コンポ。冷蔵庫。ゲーム。時計。電子レンジ。洗濯乾燥機。
それに、テレビ。
金はあった。
持ち運ぶのが面倒でクレジットカードを作ると、真っ黒のカードが送られてきた。
夜になると、テレビやCDなどの音を出して眠った。
静かすぎるのは嫌だった。
テレビ番組に学園都市が取りあげられた時に、見かけたのが御坂美琴だった。
彼女が超能力者になるまでのことを、テレビのコメンテーターは丁寧に教えてくれた。
ところどころ主観的に。- 140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:10:08.11 ID:KLDbRIyao
彼女は。
御坂美琴は虐待を受けていない。
母親は彼女を殴らなかった。
浴槽の水に頭を押し込んだり、焼けたアイロンや煙草を押し付けたりしなかった。
それに、守らなければいけないものなんて、持っていない。
だったらどうして超能力者になったのだろう。
それも、レベル1から繰り上がりで、多くの努力をして。
そんな必要なんてない。
御坂美琴にレベル5の能力は必要ない。
しかし、その番組の最後。
VTRの最後に、後輩だかルームメイトだかの女子生徒に抱きつかれて笑うのを見た。
一体、何のために能力を身につけたのか、一方通行にはわからない。
だからゴーグルを身につけて現われた少女に、できるなら聞いてみたかった。
どうしてレベル5になったのか。
「?」
「……おい」
「いた、い。おなかが痛いです、と、ミサカ」
じゅわり、と赤いものが新品らしきサマーベストに沁み渡って行く。
「いいんだよ。あれはただのたんぱく質。それにいくらかの薬品」
「このままじゃ死ンじまう。さっさと救急車でもなンでも……」
御坂美琴の姿をした少女が、ハンドガンを取り落とした。
簡単なことだ。
発砲。
衝撃で跳ね上がった銃。
いつもは反射に設定していて。
それは、スキルアウトやちょっかいを掛けて来る能力者から、身を、守るためで。
反射された場所にあったはずの銃は、細い腕では衝撃を押さえきれず、跳ね上がり。
腹に、銃弾がめり込んだ。- 141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:10:34.91 ID:KLDbRIyao
- . . . . . . .
「だから、死んで、いいんだ」
「はっ、」
「く、暗い、寒い、です……これが、死なの、ですね、と、みさかは」
実験の説明をした白衣の男は苦笑した。
「あれはボタン一つで製造できる、ただのお人形だぞ?」
だから殺すんじゃない。壊すんだ。
「人形は二万体。全部、そうしてくれ」
「そう?」
つまり、殺してしまえと。
「では片付けに入るから、君はもう帰ってくれて結構だ」
追い払うように手を振りかけて、男は一方通行の背後に目を留めた。
「ああ、明日も同じ時間で。やり方は少しずつ変わって行くから、彼女たちに合わせて」
彼女たち、と指示された先に目をやる。
御坂美琴が立っていた。
同じようなゴーグルが、薄暗い施設の中でグリーンの光をほのかに放つ。
五人程の少女は先ほど射殺された御坂美琴と同じ顔をしており、
その遺体を抱き起こして滴った血液をふき取っていた。
うち、一人がおずおずと進み出て、かくりと頭を下げて見せる。
「ミサカはミサカ2号です」
「……」
「明日はよろしくお願いします、被検体、一方通行。と、ミサカは挨拶します」
「何が」
「何、と言われましても、質問の意図を測りかねます、とミサカは首を傾げました」
何をよろしくすればいい。
明日、自分が殺す相手は首を傾げたまま、不思議そうに一方通行を眺めた。 - 142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:11:13.72 ID:KLDbRIyao
「……帰る」
「はい、また明日、一方通行。とミサカは手を振ってみます」
ふへへ、とおよそ少女らしからぬ笑い声が聞こえた。
何を笑っている。
指先で、へその左下あたりを探った。
そこに赤い染みを付けた、先ほどのクローンを思い出した。
死んだのだろうか?
殺すまで実験は終わらないと言っていた。
実験が終わったということは、死んだのだろう。
何故、自分が殺さなければならないのだろうか。
本当に、自分が殺したことになるのか?
気がつくと自分の部屋のベッドの上にぼうっと腰かけていた。
どうやって戻ってきたのかも分からないが、テーブルの上にはいつもと同じ缶コーヒーが
ぽつんと置かれていた。
手のひらを見つめても、全く汚れてはいない。
人を殺したのに、何も汚れていない。
じゃあ殺していないのか?
そんなはずはなかった。
あの日、血だまりの中でうずくまっていたときと同じように、
じんわりと全身が冷たいものに浸っていく。
あの時から全てのものを変えた。
能力だって、好きに使えるようになった。
誰にも、触られない。
触られずに済むようになった。
だったらどうして、手脚を丸めて、腹を守るようにして座る必要があるんだろう。
誰も蹴ったり、殴ったりしない。
ここにはベランダもない。
彼女もいない。
一体何が怖い。
怖い? 怖いと思うなんて。
学園都市の第一位が?
その日のうちに、銀行の口座には実験の手付金が振り込まれた。- 143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:11:34.27 ID:KLDbRIyao
バチリと電気のスイッチを切ったような音がした。
「なーンかあったのかなァ? あくせられーたァ。ぎゃは」
女の声。
だだっ広いサイコロのような部屋は暗く、人気がなかった。
子どもの頃はたくさんの気配がうろついていた鉄格子の向こうの部屋には、誰もいない。
ただ目の前の床に、おぼろげな姿の女が座っていた。
「能力進化の実験はどーだった?」
「あ、ァ」
この女も、俺も、百合子の体内にできた空洞に暮らしている。
科学的でないことも分かっているが、そう言うのが一番適切だ。
ここに暮らしていたたくさんの気配は、この数年間でほとんど全部、殺してしまった。
何かの事故や、自殺をさせた者もいる。
それ以外は、首を絞めて。
目をえぐって。
頭を壁にぶつけて殺した。
不思議にこの部屋で能力を使うことはできなかった。
昔と同じように、無力になったような気がして。
何もかも、上手くやるには力が足りなかった。
彼らは苦しんで死んだ。
目の前にいるおぼろげな女もそれを手伝おうとした。
ただ、俺が断ってしまっただけで。
俺が人の手を借りることはしてはいけなかった。
俺は、攻撃するために。
百合子の体を守るための生き物で。
ただ、この女はそれを見つめていた。
排水溝に死んだ百合子の体の一部を、その死体を流すと、
少しずつ、お互いの輪郭がはっきりしていくようだった。
あの日、制服を着た少女だった彼女の輪郭はまとまっていた。
あと一息で姿が見えそうなほどだ。- 144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:12:00.95 ID:KLDbRIyao
他に、ここにいたものの中できちんとした形を保っているのはいなかった。
ただ一人、大人の男の背格好のものだけが、死に際に百合子の母親の名前を呼んだ。
喉を砕こうとする俺の髪を撫でて、百合子をよろしくたのむ、といった。
その男が誰か、俺は知っている。
百合子には、いらないこと。知らなくていいことだ。
だから男の死体も排水溝に詰めて、流した。
「実験は、長期間、続けるらしい」
「どンな実験? 大分イライラしてるように見えるンだけど?」
実験?
脳裏に、腹から血を流してぽてりと倒れる御坂美琴のクローンがちらつく。
それから、ふへへ、と奇妙な笑い方をした、その声。
グリーンに光るゴーグル。
「る、せェな。オマエには関係ねェだろ」
「私に当たられても困っちゃうなァ」
「……」
女が顔を覗き込む。
その顔が、どうしても見えない。
まだ形を作れるほど百合子の中に成長していないのだ。
ふっとそういう考えが浮かぶ。
きっと正しい。
確かめる方法はない。
「一方通行、私、いつまで生かしとくの?」
触れられた頬に暖かいものが滴った。
「ひとを」
「うン?」
「人を殺した。実験で」
「……あっそォ」
「あァ」- 145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:12:27.53 ID:KLDbRIyao
膝に落ちた滴は少し温い温度で、ジーンズにしみた。
一体、何が滴っているのだろう。
血かもしれない。
けれど、どこも痛くない。
ほんの少し、苦しい。
「研究者は、タンパク質でできた人形だって言いやがった」
「人形ねェ……」
「クローンだった。っ、第、三位の。超電磁砲、あの、みさかみことの。けど、俺には」
「人間に見えた」
「お、俺やオマエと同、っ、じような」
「オマエ、私たちを人間だと思ってンの?」
息を吸おうとした。
鼻で呼吸ができなくて、逆にはぁとため息が漏れた。
「俺、は、殺そォと思って、殺したンじゃねェ」
やっとのことで、それだけ話した。
舌がもつれて、息が苦しくて、まるで肺がつぶれたような。
それに、女がぐっと腕を回して背中を締めつけた。
「うン、それで? どーやって殺したのかなァ?」
「銃を向け、られて、弾は他の方向に、っ弾いてやった」
「……それから?」
「勝負にならねェ、って言ったら、殺すまで実験を続ける、って言いやが、て」
「うン……」
「うしろ、から、撃たれたのが、みえなくて……デフォルトで、反射、を」
「……もォいい」
背中に回された腕が、きつく胴体を締めつけて、俺は女の肩のあたりに額を押し付けた。
「一回だけ、泣いていーよ? あくせられーたァ」
「……ンな、こと」
「もう泣いてるくせにィ?」- 146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:12:53.97 ID:KLDbRIyao
女はまるで、姉のように俺の背中を叩いた。
腕が、暖かいような気がした。
「今から、三回腕を叩かれるまで、私は耳が聞こえなくなるンですけど」
「はァ?」
「そンで、目も見えなくなって……まァ、その、記憶がなくなっちゃう訳だ?」
「な、ンだ、ソレ」
「三回叩くまでだかンね。一体だけだよ。そいじゃ、はじめ」
ぐぅっと体重を掛けろとばかりに背中を抱えられる。
初めて、自分が彼女に抱きしめられているのだと分かった。
「……おい」
「……」
「何のつもりだよ」
「……」
「……オマエ、馬鹿じゃねェの。本気にするわけねェだろ」
背中を、二回、優しく叩かれた。
手のひらが背骨を温めるように撫でた。
「……」
「……俺が、泣く訳ねェだろ」
髪の毛の間に指が入って、何回も髪を梳いた。
「オマエはこれから最悪の実験に参加することになるけどさァ」
「……」
「今日だけ。今日だけは、オマエ、悪くないよ。私が保証する」
「……ばかやろォ」
まぶたの内側が熱くなって、鼻の奥がずきっと痛んで。
それから、俺はみっともなく声を漏らして、泣いた。- 147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:13:22.86 ID:KLDbRIyao
喉がからからに乾いたころ、女の腕を三回叩いた。
女は俺のTシャツを引っ張って顔を拭ってくれた。
「ひっどい顔しすぎじゃないのォ? ぎゃはは、ちょーうける」
「だまれ、しょうわるおンな」
「呂律があやしーンですけど」
「ほっとけ」
横に座って、腕同士が少し、触れた。
右腕が少し暖かい。
「私さァ」
「あァ」
「今日、死のうと思うンですけど」
「そォだな。頃合いだな」
「オマエが実験始めたらさァー、もう、誰にも触られないってことでしょ」
「まァ、レベル6になれるのが俺くらいって言われてるらしィしな」
「もうさァ、されないンでしょ?」
「何をだよ」
「セックス。ってゆーか、レイプ」
「されてたまるかよ。ばっかじゃねェの」
「うひゃひゃ、されたくせに」
「チビだったから」
「平均身長下回ってるくせに」
「ホルモン異常ォ」
「そーでした」
えはは、とため息のような笑い声がした。
「もうされないンでしょ」
「……されねェよ」
「オマエが守れるンでしょ?」- 148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:13:49.52 ID:KLDbRIyao
少しだけ、考えた。
ここでまだできないと言ったら、この女はまだ、ここにいてくれるかもしれないと。
「……そォだ。俺が守れるから、オマエはいらねェ」
だからそう答えた。
こんな女に縋っていたいと思うこと自体が、甘ったれた、子どもじみた感情だ。
むしろこれは俺にとって有害な存在だった。
もしも、百合子以外に、この女も守りたくなってしまったら?
百合子の体が、それで傷ついてしまったら?
必要以上に重いものを持てるほどの力がない。
ならば、捨ててしまうべきだった。
百合子より大切なものなんか、ない。
だから、二番目は作らないべきだった。
「そっか」
「あァ」
「じゃ、死ぬわ」
「俺も、百合子が一人で守れるようになったら、死ぬ」
「一方通行」
初めて会ったときと同じ口調で、女は言った。
わざとらしい百合子の発音をまねるような口調が、ぴたりと止まった。
「アンタは最後まで生きてても良いと、思う」
「ダメに決まってンだろ」
「私はそう思うの」
「あァ、そォ」
「うん」
薄暗くなってしまった部屋の中で、長いことそうして二人でいた。
中央の排水溝を見つめて、そこに女の死体を流すことを考えた。
妹達のやっていたように、死体をかついで、そこに持って行って投げ込んで流すこと。
「ねー。私の最後のお願い聞いてくれないかなぁ」
「……ンだよ」- 149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:14:25.83 ID:KLDbRIyao
「なまえつけて」
そう彼女は言った。
右肩に、こつりと頭が乗ってきた。
「女の名前なンか、俺が知るか」
「アンタだけずるいと思わないわけ? さいてーさいてー」
じゃあ、と百合子の母親の名前を口に出すと、拳で腹を殴られた。
「あんなさいてー女の名前はやだ」
「他に知らねェ」
「なんでもいいから」
「きはらあまた」
「それ男」
早く、とせかされても、本当に、分からない。
他の研究員の名前も参考にしようと思ったが、何も思い出せない。
「はやく」
「……ミサカ」
引っ込めようと思う前に、その単語が舌から零れた。
「……アンタね、さっき殺してきたってわんわん泣いてたクローンの名前つけんの」
「泣いてねェし。嫌ならやめりゃイイだろ」
「はぁー、趣味わるぅ……けどまあいいや。ミサカ。ミサカ。
うん。その名前ならアンタも忘れないでしょ」
「オマエ、御坂にしちゃ老けてるから、区別つく」
「ひどー」
けたけたと女は笑って、俺の顔を覗き込んだ。
「いいよ、ミサカで。明日の予行練習でもしよっか」
そう言った女の顔は、御坂美琴や、妹達の顔に、よく似ていて。
でも、少しだけ大人びたような、疲れたような、悲しそうな顔をして、笑っていた。
「一方通行、じゃあ、あとは頑張れ」
もう泣いちゃだめだよ。
それが最後の言葉だったと思う。
右腕にくっ付いていた暖かいものが離れていく。
俺はその後、どうやってミサカを殺したのか、覚えていない。
けれど、排水溝の濁った水の中に、ゆっくり沈んでいく顔。
それが少し微笑んだ寝顔のようだったのは、きっとずっと、覚えているのだと思った。- 150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:15:13.84 ID:KLDbRIyao
起きると、枕が少し濡れていた。
窓の外で夕日が沈みかけていて、喉がからからで、少しだけ、寒いような気がした。
洗濯機を回して、風呂に入って、シャワーで体を流して、水をはじいて服を身につけて。
それからソファーに腰掛けて昨日の晩買ってきたコーヒーを飲んだ。
テレビを見て、洗濯機の回る音を聞いた。
夕方にやっているニュース番組は平和だった。
花が咲いただの、どこかの動物園でアザラシが生まれただの。
窓の外に視線を向けると、飛行船がのっぺりと空を横切って行くところだった。
ベランダに出ると、少し風があった。
風力発電のプロペラが、のんびりと回っている。
飲み終わったコーヒー缶を握りしめる。
寮の横の自動販売機脇のリサイクルボックスまでの風の流れが、目に見えるようだ。
放り投げた缶がボックスの中に落ちる、かたん、という小さな音が聞こえる。
レベル5の一方通行。
ベクトル操作。
すべてのベクトルに干渉できる。
だから、何だっていうんだ。
もっと絶対的に、もっと無敵にならなければ意味がない。
誰も百合子に傷つけようなんて、考えもしないくらいに。
上着を羽織って玄関を出る。
検体番号2番の御坂美琴を殺さなければならなかった。
体の右側が、なんだかとても、寒かった。- 151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2012/05/03(木) 02:15:40.91 ID:KLDbRIyao
ここまで。
一方さんもまだ高校生。
次もさっさと来れたらいいな。
ではまた!- 152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/03(木) 02:52:59.34 ID:EW47hGz/o
- 乙です!
- 153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/05/03(木) 08:25:51.69 ID:QlhAlC5u0
- >>1乙!!
更新が早くてびっくり
二人きりになった時のことか… - 154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/03(木) 14:03:41.69 ID:6Z6xFCQxo
- 乙です
ミサカはワーストさんっぽいかんじがするね - 155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2012/05/03(木) 19:41:18.00 ID:pD0P81Ev0
- 乙です!!
なんか…切ないですね… - 156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2012/05/05(土) 16:36:14.97 ID:tGYc5awX0
- グレート!
- 171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良) [sage]:2012/07/13(金) 22:09:13.08 ID:hv3MRSSh0
- 元気ですか?
13日の金曜日ですねー。
豪雨や強風に気をつけてください。
応援してます、頑張ってください!
2013年10月28日月曜日
とある一位の精神疾患case2.
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