- 1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 16:08:20.52 ID:lnwWc/Y0
- ○ご注意!
・基本的な世界観は一緒ですが、設定が違ういわゆるパラレルです。
・時系列は上条と美琴が出会った後、美琴が妹達の存在を知る前かつ上条がインデックスと出会う前。
・具体的には6月17日(?)の数日後くらいがスタート地点だと思っていただければ。
・それでも展開上の都合で、ちょこちょこ出来事の時系列や人物の関係、立場などの設定に変更があります。
けっこう前に総合に投下させてもらったお話です。
細かいことはまた一回目の投下終了時にさせて頂きますね。
それでは、お楽しみ頂ければ幸いです。 - 2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga sage]:2010/10/24(日) 16:09:11.17 ID:lnwWc/Y0
- 走る。走る。走る。
何処へ向かえば良いのか、どうして走っているのか。何も分からないまま、それでも少年はひたすらに走り続ける。
けれど少年には、たったひとつだけ分かっていることがあった。
誰から逃げているのか。
それを理解するのは簡単だった。少年の背後には、恐ろしい追跡者があったからだ。
追跡者は必死になって逃げ回っている少年とは対称的に、追跡者としてはあるまじきことに余裕の表情で悠々と歩いていた。
なのに、追跡者はたまに地面を軽く蹴ったかと思うと一瞬で少年との距離を詰めてくる。
だから少年は、とにかく必死で逃げることしかできなかった。
少年はそんな追跡者の態度が気に食わなくて仕方がなかったが、今は逃げるしか手立てが無い。
自分ではとてもではないがあの追跡者を退けることなどできないからだ。
突然少年の真横にあった壁が小爆発を起こしてコンクリートの破片を撒き散らす。
飛散した拳大のコンクリートが二の腕を抉るが、少年はすぐに体勢を立て直すと背後の追跡者を一瞥してから再び走り出した。
その様子を見ていた追跡者は一旦その歩みを止めると、とても詰まらなそうに溜息をつく。
「オイオイ、ホントに能力が使えなくなってんのか? 張り合いねえなあ」
『文句言ってねえでさっさと捕まえろ。もうすぐ第七学区の大通りに出る。人目につく場所に出られたら面倒くせえ。
それに能力が使えないってんなら好都合だろうが。捕まえやすいだろ?』
追跡者がインカムのマイクに向かって不平を漏らすと、すぐさま男の声が返ってきた。
それはどう考えても、明らかに追跡者よりも一回りは年上の男の声。
にも関わらず、追跡者は一切口調を改めようとしなかった。
「ま、そりゃそうだけどよ……。手加減すんの、結構難しいんだぜ? 下手に傷つけたら後が怖い」
『ちょっと傷をつけるくらいなら、学園都市の医療技術で傷跡ひとつ残さずに治療できる。
流石に手足飛ばしちまったら、俺もお前もただじゃすまねえだろうけどな』
「わーってるって、心配すんな。うまくするさ」
追跡者は視線の先にいる少年が暗い路地の角を曲がるのを確認すると、能力を使って一気に少年との距離を詰めた。
そうして追跡者が路地の角を曲がろうとした、その時。
そこに積み上げられていた大量の木箱が、追跡者を押し潰さんとして雪崩れ込んできた。
相手は能力が使えないからと高を括って、自分も能力の使用に手を抜いていたのが悪かった。
木箱攻撃をまともに食らってしまった追跡者は木箱の山に埋まってしまい、
ほんの僅かな時間とはいえ完全に少年の姿を見失ってしまう、という致命的なミスを犯した。
追跡者はすぐに木箱の山を蹴散らして少年の姿を探すが、何処をどう見回しても少年の姿を見つけることができない。
追跡者が歯噛みしていると、イヤホンから先程の男の声が聞こえてきた。
『オイ、すごい音がしたぞ。どうかしたか?』
「くそ、油断した。見失っちまった。だがまだそんな遠くへは行ってない筈だ。監視カメラから確認できるか?」
『ちょっと待ってろ。…………』 - 3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:10:32.78 ID:lnwWc/Yo
- ヘッドセット越しに、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえてくる。
それは時間にして一分にも満たなかっただろうが、途轍もなく長く待たされているかのような錯覚に陥った。
「まだか? 早くしねえと遠くに行っちまうぞ」
『……、…………。いねえ』
「は?」
『どの監視カメラにも写ってねえ。アイツは走り続けてるはずだから、死角にいるとは考えづらい。
この周辺にはもういないと考えた方が良いだろうな』
「はあ? アイツは能力が使えないんじゃなかったのか? そんなことできるはず……」
『お前との追いかけっこの中で少しだけ能力の使い方を思い出したか、使えないふりをしていたか、だな。
どちらにしろこれじゃ能力を使って逃亡したと考えた方が妥当だろう。
俺は別のエリアの監視カメラをハッキングする。お前はその辺を走り回ってとにかくアイツを探せ』
「チッ、調子に乗りすぎたか……。仕方ねえ、本腰入れて探すとするか」
追跡者は苦い表情を作ると、自らの能力を展開させて一瞬にしてその場を去ってしまう。
……だから追跡者達は、遂に気付くことができなかった。
雪崩れて山と積まれた木箱の下に、僅かに開け放されたマンホールがあることに。 - 4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga sage]:2010/10/24(日) 16:11:18.73 ID:lnwWc/Yo
- 第七学区。
誰もいない裏路地のマンホールの蓋がひとりでに持ち上がったかと思うと、その中から幽霊のように真っ白な手がぬっと伸びてきた。
まるでホラー映画のワンシーンのような光景だが、続けてそこから顔を出したのは追跡者から逃げ回っていたあの少年だ。
少年は傷だらけの身体を引き摺って何とかマンホールから這い出ると、ぺたんと座り込んで壁に凭れかかる。
血を流しすぎた所為もあるだろうが、体力の消耗が激しかった。
「はっ、はあ、は、はあ……。な、とか、撒いたか……」
荒い息を繰り返しながらも、彼は痛む身体に鞭打って再び立ち上がった。
もしかしたら撒けたと思っているのは自分だけで、追跡者はもうすぐそこまで迫っているかもしれないからだ。すぐに出発しなくては。
すると少年は壁に寄りかかりながらきょろきょろと辺りを見回して、周囲の状況を確認する。
「……ここ、何処だ?」
マンホールを通ってきたので、今自分が何処にいるのかよく分からない。
なんとなく何かから遠ざからなければならないという事は分かるのだが、それが何なのかが分からないのだからどうしようもない。
少年は一瞬途方に暮れかけるが、ふと耳を澄ませてみるとすぐそばに町の喧騒があることが窺い知れた。
どうやらここは大通りから一本裏に入っただけの路地らしい。ちょっと行けばすぐに大通りに出ることができるようだ。
しかし大通りに出て良いものだろうか、と少年は迷った。
確かに大通りに出れば、あの追跡者達もそう簡単に自分に手出しすることはできなくなるだろう。
だがこの血だらけ泥だらけの姿で大通りに出てしまえば、
不審者として通報されて捕まって、最悪あの追跡者達の所へと身柄を引き渡されてしまうことも考えられる。
それだけは何とかして避けたかった。
少年は暫らく考えた後、やはりこのまま路地裏を進むことにした。
やはり大通りに出るのは躊躇われるし、大通りのすぐそばの裏路地なら追跡者達もあまり派手な破壊行為はできないだろうと踏んだからだ。
そうと決めると、少年は再び歩き始めた。
ふと顔を上げてみれば、そう遠くないところに病院が見える。
あそこに行って治療を受けるのが最善だろうが残念ながら少年は無一文で、しかも病院で身元を尋ねられても答えることができない。
そうして最終的には通報されて……という最悪の結末が脳裏を過ぎり、少年は力なく首を振った。
……自分の力だけで、何とかしなければならない。 - 5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:12:05.49 ID:lnwWc/Yo
- 同じく第七学区、とある大通り。
完全下校時刻間近で人通りの多いこの場所にも、世にも恐ろしい追跡者から必死で逃げ続けている不幸な少年が居た。
ただし、この少年を追いかけている追跡者はなんとも可愛らしい少女であった。
学園都市有数のお嬢様学校である常盤台中学の制服に身を包み、セミロングの茶髪を靡かせているその少女は、
しかし、体中から鋭い紫電を発していた。
バチバチと派手な音を立てて放電しながら疾走する少女は、時折少年に向かってその紫電を解き放つ。
しかし、とんでもない速度で逃げ続ける少年にその攻撃が届くことは決してない。
いつまで経っても少年に一矢報いることもできないことにいい加減痺れを切らした少女が、走る速度を落とさないままに声を張り上げた。
「あーっ!! もう! いつまで逃げてんのよ、大人しく私と勝負しろーっ!!」
「そんなことを言われましてもですね、俺はただの無能力者であって、これは流石に命の危険を感じざるを得ないというかーッ!!」
「うっさい、どの口でそんなことを言うか! 待・て・や・ゴルァアアア――ッ!!」
「ハッハッハ、待てと言われて待つ馬鹿がどの世界に居るというのやら! ……ああ、不幸だ――ッ!!」
少年の名は、上条当麻。幻想殺しという特殊能力を持つが、普段は不幸体質の無能力者。
対して、少女の名は御坂美琴。名門常盤台中学の誇るエース、超能力者(レベル5)の第三位。
途轍もないレベル差のある二人だが、こうした追いかけっこイベントは、そう珍しいことではない。
むしろ美琴は上条を見つける度にこうして勝負を挑んでは逃げられ、追いかけっこを開始するので、もはや日常茶飯事とさえ言える。
周囲の人々は好奇の視線こそ向けてくるものの、こうした能力者同士の喧嘩はよくあることだからなのか、
いらぬ火の粉を浴びないように道を開けたりはするものの、この二人の追いかけっこを積極的に止めさせようとは思っていないようだ。
……ああ、不幸だ。
上条は、今度は心の中だけで、再び自らの口癖を呟いた。
今日は不幸体質の上条にしては非常に珍しいことに、タイムセールでお手頃な値段になっていた牛肉を手に入れることができて、
意気揚々と自らの住まう学生寮に帰ろうとしたら、これだ。
久々に牛肉を味わうことが出来ると思って幸せな気分でいたのに、つくづく神様は自分を素直に幸せにしてくれる気がないらしい。
ああそれにしても、さっきから高速でシャッフルされているビニール袋の中身は大丈夫なのだろうか。
流石に牛肉はまだ大丈夫だろうが、他にも諸々の食品が入っている。そちらの方がどうなっているかが心配でならない。
上条は一刻も早く袋の無事を確認して安心したかった。
(その為にも、なんとかしてビリビリを撒かなくては……)
上条は胸中で呟くと、何か利用できるものはないだろうかときょろきょろと辺りを見回し始める。
すると、ふと路地裏への入り口が目に付いた。
確かに入り組んだ構造をしている路地裏に逃げ込めば、美琴を撒くことのできるチャンスが生まれるかもしれない。 - 6 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:12:35.02 ID:lnwWc/Yo
- 上条は即行で決断を下すと、急ブレーキをかけて真横に方向転換。
路地裏に飛び込むと、一気に美琴を引き離すべく全速力で走って路地裏の入り組んだ迷路の中に身を隠そうとした。
と、その時。
上条は、黒で塗り潰されているはずの路地裏に白い人影があるのを見つけた。
まさかこんな所に人が居るとは思っていなかったので上条は少々驚いたが、この状況でそんなことにかまけている暇は無い。
少年の方も上条を見て少し驚いたようだったが、大した反応を見せることなく二人はすぐにすれ違い、別々の方向へと向かっていく。
……しかし、美琴がそれを許さなかった。
「逃がすかあああ―――ッ!!」
美琴の方も上条を逃がすまいと必死になっていたのと、上条と同じようにまさかこんな所に人が居るとは思っていなかったのだろう。
美琴は路地裏に飛び込んでくるなり、よく前方を確認することなく電撃を放ってしまった。
しかし美琴の目の前に立っていたのは上条ではなく、先程の少年。
それを見た美琴は慌てて放った電撃を引っ込めようとするが、間に合わなかった。
バチィッ、と大きな音がして、電撃が少年に直撃する。
少年は咄嗟に両腕で頭を庇ったが、少年にできた防御行動はたったそれだけだった。
そんな申し訳程度の防御でただの少年が超能力者の第三位たる美琴の電撃に耐えられるはずもなく、
少年はそのまま気絶してその場に倒れこんでしまう。
先程までの威勢は何処へやら、電撃を放った張本人である美琴は顔を真っ青にして凍り付いている。
もちろん致死量の電撃など放ってはいないが、上条に当てるつもりで放った電撃だったので、それでもかなりの威力を持っていた、と思う。
それを見た上条は慌てて急ブレーキを掛けてUターンすると、すぐさま血の気の引いた顔をしている二人のもとへと駆け寄った。
「ど、どどどどうしよう……、わ、私とんでもないことを……」
「言ってる場合か! 早く病院、救急車だ! いや、ここからなら救急車を待つよりも運んで行ってやった方が早いか」
「う、うん……」
混乱のあまりにどうしたら良いのか分からずおろおろとしている美琴を尻目に、上条は慣れた手つきで少年を負ぶっていた。
不幸中の幸いか、病院はすぐそこにある。二人は路地裏を飛び出ると一目散に病院に向かって駆け出した。 - 8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:13:15.88 ID:lnwWc/Yo
- 第七学区、とある病院。
例の少年が入院することとなった病室の外にある椅子に、二人は落ち着かない様子で座っていた。
特に、この状況の原因である美琴の落ち着きのなさは尋常ではない。
大人しく座って俯いているかと思ったら、急に立ち上がって落ち着きなく辺りを歩き回り始める。
上条は暫らくそんな美琴を眺めていたが、いよいよこの沈黙に耐えられなくなったのか、急に美琴が声を掛けてきた。
「……そう言えばアンタ、やけに手馴れてたわね。こういうこと、よくあるの?」
「ん? ああ、俺は近道するためにしょっちゅう路地裏を通るからさ。不良どもに絡まれてる奴をよく助けてやるんだよな。
そういう時って、絡まれてた奴は大抵既に怪我してるから、そういう奴を病院に連れてってやるんだよ。
ま、殆どの場合その時に俺もボコボコにされてるから、俺も一緒にこの病院で診てもらうんだけどな。アハハ……」
「ふうん……。ほんと、無能力者の癖によくやるわね」
そう呟く美琴の口調は、どことなく不機嫌そうだ。
一体どこで地雷を踏んでしまったのかさっぱり分からない上条は首を傾げると、不意にガラッと病室の扉が開く音がした。
二人は一斉に音のした方向を振り返ると、そこには少年の病室から出てきたカエル顔の医者の姿があった。
「先生! どうでしたか?」
「外傷の方は、どうってことなかったね? たぶん無意識に加減していたんだろう。それより中身の方が重症みたいだね?」
「そ、それってどういう……」
美琴が再び顔を青くしながら尋ねると、医者は困ったように眉根を寄せる。
どうやら身内でも何でもない上条たちにあの少年の症状について説明してしまうことを躊躇っているようだったが、
医者は少し考えただけですぐに再び口を開いた。
「まあ君達もまったく無関係というわけではないようだし、説明しておこうかな?
結論から言うと、あの子は記憶喪失だね? エピソード記憶がごっそりと、一部の意味記憶と手続記憶も失っている」
医者の言葉を聞いて、これ以上青くはならないだろうと思われていた美琴の顔がもっと青くなった。
しかしそれを見た医者は、慌てて言葉を続ける。
「心配しなくても良い。あの子に確認してみたら、電撃を浴びる前の記憶ははっきりしていた。恐らく君の電撃の所為ではないだろう」
「そ、そうですか……」
「それより、彼に電撃によるもの以外の外傷があったのが気になる。君達は何か知っているかな?」
「あ。そういえば、路地裏ですれ違ったのでもしかしたらタチの悪い連中に襲われたのかもしれません。
その時には既に少しふらふらしてた気もします」
「なるほど」 - 9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:14:16.04 ID:lnwWc/Yo
- 上条の説明に、医者は合点がいったような顔をした。
……と言うことは、まさか不良に絡まれたときに頭を強く殴られるか何かして記憶を失ってしまった、ということなのだろうか。
上条が考えたことをそのまま医者に伝えると、医者は左右に首を振った。
「いや、それはないね? ちょっと機械で検査をしてみたけど、頭部を強打したことによる記憶喪失ではなかったよ」
記憶喪失と言えば頭を打って……というイメージがあったので、この医者の答えに上条は少し驚いた。
原因を聞いてみたかったが、どうやらこちらは少年から直接口止めされているらしく、医者は申し訳無さそうにその旨を伝えてきた。
それにしてもすべての記憶を失くしてしまうなんて、まるで想像することもできない。
それでもお人好しの上条は、きっと途轍もなく不安なんだろうなと思った。
上条たちはあの少年の知り合いではないから記憶についてはどうしてやることもできないが、何とかして力になってやりたいと思った。
「話を聞くに、君達はあの子とは面識がないみたいだけど、あの子に関して何か覚えていることはないかな?」
「すみません、何も……。すごく目立つ容姿だけど、今まで一度も街で見かけたことがないし……。
……あれ。先生、そう言えばあの人の名前はなんて言うんですか?」
「……それが、自分の名前も覚えていないみたいだね?
ただ自分に関する情報として『一方通行』という単語だけは覚えているようだったから、とりあえずそう呼んでいるけどね?」
「アクセラレータ? 加速装置のこと? それが何の関係があるのかしら」
「いや。『一方通行』と書いて『アクセラレータ』と読むみたいだね? 多分、能力名か何かだろう」
「能力名……? そんな能力、聞いたこともないわ」
恐らくは「アンタは知ってる?」という意味なのだろう、上条は美琴に見つめられたが何も言わずに首を振った。
学園都市の第三位である美琴も知らないような能力を、無能力者の上条が知っているわけがない。
「もしくは警備員や風紀委員みたいな組織の名前? あるいは計画とか研究とか。
そうだ、警備員に頼んで書庫で調べてもらったら良いんじゃ……」
「それが、本人が頑なに警備員や風紀委員に相談することを拒んでね? 理由も教えてくれないから、困っているんだよ」
「うぐ、それは難しいな……」
「あ。そしたら私、風紀委員に知り合いがいるのであの人のことは伏せて『一方通行』について調べられると思います。
それなら良いですよね?」
「そこは本人に訊いてもらわないとね? もうだいぶ良くなってるし、会ってみるかい?」
当然、こうなってしまったことをあの少年に謝らなければならない。
二人は迷うことなくそれを了承すると、医者に続いて例の病室に入っていった。 - 10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:14:52.21 ID:lnwWc/Yo
- 少年は病室の窓際に置かれたベッドの上で、半身を起こして開け放たれている窓の外を眺めているようだった。
白い病室と殆ど同化してしまっている程に白いその少年は、三人分の足音に気付いてこちらを振り返る。
「ンだァ? まだ何か用か?」
「いや、例の子達が君に謝りたいらしくてね? 連れて来ただけだよ」
医者の言葉に、少年は医者の後ろに佇んでいる二人の方へと目をやった。
見たこともないような鋭い真っ赤な瞳に見つめられてぎくりとするが、美琴は怯むことなく口を開く。
「あ、あの、ほんとに申し訳ありませんでした。ついいつものノリで電撃を……、不注意でした。ごめんなさい」
「……別に、謝られるほどのことじゃねェ。アイツよかマシだ」
最後の方は本当に小さな声だったので聞き取れなかったが、とりあえず少年はそこまで怒っているわけではなさそうだ。
不機嫌そうに見えるのは、どうやら天然のしかめっ面なだけらしい。
少年の言葉に、深々と頭を下げていた美琴は顔を上げると、ほっと胸を撫で下ろした。
「俺も、ちょっと考えれば、あのまま行けば巻き込まれるのは分かってたのに、すみませんでした。えっと……」
「……一方通行で良い。ここの奴らはそう呼ぶ。あと、むず痒いから敬語もいらねェ」
「そ、そっか。とにかく、身体の方は何事もないみたいで安心したよ。あ、俺は上条当麻。こっちはビリビリ。
これも何かの縁だし、何か困ったことがあったら俺を頼ってくれ」
「誰がビリビリかッ!! ……わ、私は御坂美琴よ。よろしく」
流石に病院内なので電撃のおまけは無かったが、美琴の鋭いツッコミを受けながら上条は一方通行に向かって手を差し出した。
一方通行はそれを見て少し驚いた顔をし、そして少し躊躇ってからその手を取って握手した。
続いて美琴とも握手をしていたが、どうも動きがぎこちない。こういうことに慣れていないのか、人見知りなのだろうか。
「お医者さんから話は聞いたわ。私はこう見えても超能力者だから、そっちの無能力者よりは頼れると思うわよ。
それから、私は風紀委員の知り合いがいるんだけど、アンタのことは伏せて『一方通行』について調べたいと思ってるの。
風紀委員や警備員と関わりたくないみたいだからちょっと迷ってるんだけど、大丈夫かしら?」
「あァ。その程度なら構わねェが……」
「それから私達、この辺りには結構詳しいから、外出できるようになったらこのあたりを案内してあげるわ。
この辺のことも覚えてないだろうし、一応見回っておいたほうが後々便利でしょ?」
「そ、そォか。助かる」 - 11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:15:43.88 ID:lnwWc/Yo
- ほんの少し一方通行の様子を観察してみただけだが、やはり彼はどうにもこういうやり取りに不慣れなようだった。
反応に困っている気がする。
上条がそんなことを考えながらふと時計を見やってみると、もう完全下校時刻をだいぶ過ぎてしまっているではないか。
確か美琴の寮には門限があったはずだと思い当たった上条は、まだ一方通行と何事かを話しているらしい美琴に声を掛ける。
「ビリビリ、そろそろ帰らないとやばくないか? お前、確か寮に門限あったよな?
それに一方通行もまだ本調子じゃないだろうし、また今度お見舞いに来ることにしてもう帰ろうぜ」
「へ? ああっ!?」
壁に掛けられている時計を見て、美琴は本日何度目かになるか分からない蒼白な顔をした。
美琴は大慌てで床に置きっぱなしにしていた鞄を引っつかむと、反対の手でがっしりと上条の腕を捕まえた。
「今日は本当にごめんなさい! 早く良くなるといいわね! それじゃ、またお見舞いに来るから! じゃあね!」
「お、おいコラビリビリ! なぜ上条さんの腕をつかんでいるのでせうか!? は、放してええぇぇぇ……」
美琴は暴れる上条の腕を掴んだまま、足早に病室を飛び出していった。抗議の言葉も完全無視だ。
急いでいたために開け放されたままになったドアから、引き摺られていっているらしい上条の悲痛な悲鳴が聞こえてくる。
呆然としながらその様子を眺めていた一方通行は、やがて我に返ると呆れながら呟いた。
「……変な奴ら」
「ま、賑やかで良いんじゃないかな? 病院で騒ぐのは、あまり褒められたことじゃないけどね?」
今度は窓の外から騒ぎ声が聞こえてきたのでふとそちらに目をやると、ちょうど上条と美琴が病院から出てきたところだった。
病院の敷地内なのだから騒いではいけないのではないかと思ったが、二人は完全にお構いなしだ。
流石にここからは内容までは分からないが、何やら言い合いをしながら帰っていく二人を眺めながら一方通行は再び同じことを呟いた。
「変な奴ら」 - 16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:57:31.30 ID:lnwWc/Yo
- 事件から数日後。とある病院の診察室。
冥土帰しという異名を持っているらしい医者による診察が終了したので、一方通行は診察のために脱いでいた手術衣の上着を着直した。
別に手術をしたわけでもないのに何故手術衣を着ているのかというと、前着ていた服がぼろぼろになってしまったからだ。
「経過は良好、能力も安定してるみたいだね? もう大丈夫だよ」
カルテに一方通行の状態をすらすらと書き込みながら、冥土返しがそう言った。
あれから様々な検査を行った結果、一方通行には何らかの能力が発言していることが判明したのだ。
待っているだけで手持ちご無沙汰な一方通行は冥土返しを眺めながら、ぼんやりと意味不明な自分の能力について考えていた。
「能力、ねェ。そう言えば、俺の能力って結局なンなンだ? 最初は紫外線なンかの一部の有害物質を弾く能力、っつってたが」
「それが、僕にもよく分からないんだね?
最初は体表に微弱なバリアを張る能力かと思ったんだけど、たまに身体能力も向上することがあるみたいだし。
能力開発のほうは専門じゃないから、詳しいことはそっちの専門家に聞いたほうが良いだろうね?」
「そこまでして知りたいわけじゃねェよ。それに、迂闊に動けばまた奴らが来るかもしれねェしな」
……実は一方通行は最初、この病院に入院することを拒否したのだ。
自分は得体の知れない何者かに狙われているから、この病院に迷惑を掛けることになるかもしれない。
だから、多数の患者を守るべき病院が、自分のような人間を迎え入れるべきではない。
それが一方通行の主張だった。
しかし冥土帰しは、自分は学園都市の裏事情に精通しているから大丈夫だ、などと言って一方通行を言い負かし、半強制的に入院させた。
確かにここに入院してからというものの、あんなにしつこかった追跡者の影を感じたことは一度もない。
けれどそれはただの偶然で、一方通行は今にもあの追跡者達がこの病院ごと破壊して自分を誘き出そうとするのではないかと思ってしまう。
ただ、一方通行も間違いなく怪我人である。
だからこうして治療を受けられるのはありがたかったが、それでもこれでは病院にとってもあまりにもリスクが大きすぎる。
外傷の方はだいぶ癒えてきたことだし、本当なら今すぐにでもここから抜け出したかった。
それにそうして動き続けていなければ、いつか居場所を特定されて追い詰められてしまうのではないかと、不安で仕方がないのだ。 - 17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 16:58:50.11 ID:lnwWc/Yo
- 「奴ら、ね。その、君を追っている人たちについては教えてくれないのかい?」
「……なにしろ記憶喪失だからな。追われてる俺にも、奴らが誰なのか分からねェ。まァ、ヤバくなったら出て行ってやる。安心しろ」
「そんな心配は無用だよ。前にも言ったけど、僕はちょっと上層部の方にコネがあってね。
たとえ統括理事会の連中だって、おいそれとこの病院には手出しできないんだよ?」
「どォだか。それが俺を丸め込むためのハッタリじゃねェって証拠は何処にもねェンだ」
「本当に疑り深い子だね? 君は子供なんだから、そんな心配はせずに病室でのんびり眠っていればいいんだよ」
冥土帰しは優しい声音でそう言ったが、一方通行はそっぽを向くばかりでちっともその言葉を信用しようとしない。
頑固な少年に呆れながら、冥土帰しは机の上のカルテを整理していた。
「ああ、そう言えば君に能力奨学金が出たよ。後で新しく作った通帳を渡すから、確認しておくといい。
ちょっと変わった方法を取らせてもらったから、身元や名義については心配しなくても大丈夫だからね?」
「……手の込ンだことしやがって。一体何が目的だ?」
「何も無いさ。強いて言えば、患者に必要なものは何でも、どんな手を使ってでも揃えるのが僕の信条でね?
これが君に必要だろうと思ったから揃えただけのことさ」
「わざわざご苦労なことだな。まァ、貰えるもンは有り難く貰っておくとするか」
一方通行は呆れたようにそれだけ言うと、すぐそばに立て掛けてあった銀色の松葉杖を手に取った。
別に足が悪いわけではないのだが、一方通行は時たまふらついて倒れそうになることがあるので、冥土帰しに無理矢理持たされているのだ。
一方通行は最初こそ色々と文句を言っていたが、
実際松葉杖に助けられることが多いのか今では何も言わずに素直にこれを持ち歩くようになっている。
「そうそう。もうだいぶ良くなって来てるから、外出しても大丈夫だね?
彼らに街を案内してもらうんだったら、次の休日あたりに彼らを誘ってみたらどうかな?」
「そォかい。お気遣い痛み入るよ」
それで話は終わったとばかりに、一方通行は冥土帰しに背を向けてさっさと診察室を出て行ってしまう。
冥土帰しはそんな一方通行の後ろ姿を見送りながら、小さな溜め息をついた。
「やれやれ。本当に、このまま何事も起こらないでいてくれると良いんだけどね?」 - 18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:00:03.16 ID:lnwWc/Yo
- 放課後。上条はとある高校の教室でのろのろと帰る準備をしながら、これからどうしようかと考えていた。
とりあえず今日も一方通行のお見舞いに行くつもりだが、今日こそは『一方通行』についての情報収集もしてやりたい。
……が、当然ながら当てがない。
上条は幻想殺しという特殊能力を持ってはいるが、学園都市の行っている身体検査ではその能力は測定できないため、レベルは0。
その所為もあってか、もちろんコネなんか持っていない上条は情報収集するにもその範囲が狭すぎるのだ。
「どうしたカミやん、浮かない顔して。また特売品でも逃したのかにゃー?」
「いやいや、これはまた奨学金を引き落とそうとしてキャッシュカードを踏み抜いたときの顔やで!」
「どっちもちげーよ! つーか、どんな顔だよそれ!」
級友である土御門と青髪ピアスが上条の溜息を聞きつけてやってきた。
しかし上条の通っている学校はいわゆる底辺校なので、この二人に一方通行について尋ねた所で自分と同じで何も知らないだろう。
すると、暗い顔をしている上条を見て別の予感を感じ取ったのか、クラス委員長である吹寄が近づいてくる。
「……貴様、まさかまた何か問題を起こしたんじゃないでしょうね?」
「ま、まさかまさか! 吹寄が心配するようなことは何もないですよ? はい!」
「怪しい。素直に白状しろ!」
「いやほんとですって! マジでマジで! あ、そうだ、お前ら一方通行って知ってるか? なんか能力名らしいんだけどさ!」
多少無理矢理だが、こうでもして強制的に話題を転換しなければ、待っているのは世にも恐ろしい吹寄の頭突きだ。
上条は少し無謀だったかと思ったが、意外にも皆この話題に食い付いてきてくれた。
「一方通行? 知らんなあ。なんやそれ?」
「名前の意味をそのまま受け取るなら、加速装置のことよ。でも、一方通行なんて能力は聞いたことがないわ。
一般的な能力のカテゴリでもなさそうだから、たぶん超電磁砲や心理掌握みたいな個人の能力名だと思うわよ。それがどうかしたの?」
「い、いやちょっと調べものをしててさ! 知らないなら良いんだよ、アハハハハ!」
上条のわざとらしい笑い声に何かがあると思ったのか、吹寄は再び怖い顔になる。
ああもう頭突きは免れないのかと上条が観念しかけたその時、突然土御門がいつになく真剣な顔で声を掛けてきた。
. . .
「カミやん、どうしてそいつについて調べてるんだにゃー?」
「へ? あーと、ちょっと小耳に挟んでさ、好奇心だよ。土御門、何か知ってるのか?」
「……いーや、聞いたこともないにゃー。でもま、あんまり首を突っ込まない方が良いと思うぜい? 世の中物騒だからにゃー。
もしかしたら、何か危ない事件に関わってるような能力者のことかもしれないぜよ?」
「へ? あ、おう。分かった」 - 19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:00:40.54 ID:lnwWc/Yo
- 土御門の言っていることはよく分からなかったが、とにかくこれで吹寄の頭突きは免れることはできた。
上条が心の中だけで土御門に感謝していると、青髪ピアスがふと思いついたように口を開く。
「能力のことなら、小萌センセに聞いてみると良いんやないか? 発火能力専攻やけど、他の能力にもかなり詳しいみたいやでー。
ま、今日は会議があるとかで忙しそうやったから、訊くなら明日になるけどなー」
「あ、そっか。ありがとうな青髪ピアス、また今度小萌先生に訊いてみるよ」
その手があったかと思わぬ収穫に青髪ピアスに礼を言いながら、上条は珍しく分厚くなっている鞄を掴んで席を立った。
すると、それを見た青髪ピアスが意外そうに声を上げる。
「あれ、カミやんどっか行くんかいな? ゲーセン誘おうと思っとったのに」
「すまん、今日はちょっと用事があるんだ。ゲーセンはまた今度な!」
「なんや、つれないなー。ハッ、まさかまた女の子か、またフラグを立てよったんかいな! きぃー!!」
「うっさい騒ぐな!!」
吹寄の怒りの矛先が青髪ピアスに向いたところで、上条はそそくさと教室を出て行った。
生贄にしてしまった青髪ピアスを少しだけ哀れみながら下駄箱に向かう途中、上条はふと不思議なことに気が付いた。
「……そういえば土御門、どうして能力名の一方通行って聞いて『そいつ』なんて言ったんだろ?」 - 20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:06:02.34 ID:lnwWc/Yo
- 同時刻、風紀委員活動第177支部。
柵川中学の一室にある風紀委員の支部だ。美琴のルームメイトである白井黒子や、その後輩である初春飾利の詰めている支部である。
美琴は硝子盤に手を触れて、指紋や静脈・指先の微振動パターンの認証を終えると、支部の扉を開いた。
……と、その瞬間。
「お姉えええぇぇぇ様あああぁぁぁ―――ッ!!」
「そう何度も同じ手を喰うか!!」
扉を開けた瞬間に空間移動を使って飛び掛ってきた白井を、美琴はすかさずその腕を掴んで一本背負いをすることで回避。
その光景を目の前で見ていた固法美偉は驚きのあまり固まってしまっているが、
その奥でパソコンを弄っている初春は、まるでこんなのいつものことと言わんばかりに平然とキーボードのタイピングを続けていた。
「み、御坂さん、いらっしゃい……」
「あ、すみません。お見苦しいところをお見せしてしまって」
「いえ、それより白井さん大丈夫なのかしら」
「大丈夫です。いつものことなので」
本棚に背中から激突した白井は逆さまになったままぴくぴくと痙攣しているが、美琴はまるで気にした様子がない。
それどころか、彼女は爽やかな笑顔を浮かべて固法に挨拶していた。
「お、お姉様……。今日はまた一段と過激ですの……」
「うっさい。パソコンがあるから、電撃は勘弁してあげたのよ。感謝しなさい」
「そんなお姉様も素敵ですの!」
かなりの勢いで本棚に叩きつけられたにも関わらずすぐさま復活した白井は再び美琴に飛びつこうとするが、
これまた簡単にあしらわれてしまう。
美琴はそんな白井を無視すると、奥の方でパソコンに向かっている初春のところまで歩いていった。
「御坂さんお久しぶりですー。いつもいつも、白井さんがすみませんねえ」
「いや、あいつは寮や学校でもいつもあんな感じだから、気にしないで。
それより、今日はちょっと初春さんに個人的な頼みがあってきたんだけど、今大丈夫かしら?」
「ん、ちょっとだけなら大丈夫ですよ。何でしょう?」 - 21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:06:31.24 ID:lnwWc/Yo
- 美琴より一つ年下の初春は、こう見えて凄腕のハッカーである。ただし今日は、初春の情報収集能力を見込んで頼みごとをしに来たのだ。
ただし、もちろんハッキングは犯罪。個人的な事情のためにそれをやってもらうのは少し後ろめたい。
美琴は後ろのほうで白井の介抱をしている固法を横目に見ながら、二人にばれないように初春にそっと耳打ちした。
「早速で悪いんだけど、『一方通行』について調べて欲しいの。皆に秘密でね。もちろん、時間が空いたらで良いんだけど……」
「……ふむ、変わった言葉ですね。能力名でしょうか?」
「たぶんそうだと思うわ。私にも詳しいことは分からないの。ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫です。名前さえ分かれば充分調べられますので」
本当ならもうちょっと早くここに来て初春にこの頼みごとをする予定だったのだが、
白井曰く最近はなんだかおかしな事件が増えてきて風紀委員はその対応に追われているとかで、今日までここに来るのを控えていたのだ。
今日になって、白井が少しはマシになってきたらしいことを教えてくれたのでやってきたのだが……。
「だけど、すみません。今ちょっと忙しいので遅くなっちゃうと思いますけど、急ぎですか?」
「いえ、そんなに急いでもらわなくても大丈夫。それより何かあったの? さっきからすごい勢いで調べものしてるみたいだけど」
「ああ、これですか。御坂さんも白井さんに聞いてると思いますけど、何か最近能力者がよく事件を起こすんですよね。
それでさっき、ちょっと不審な点を見つけたので改めて犯人について調べ直してるところなんですよ」
「不審な点?」
美琴が首を傾げながら鸚鵡返しすると、初春は無言で頷いた。
パソコンを覗き込んでみると、確かに色々な能力者についての情報が表示されている。
ただ、表示されている能力者のレベルはどれも事件など起こしようもないほどに低かった。新手の武装集団でも現れたのだろうか?
「こら、初春さん! 一応風紀委員の機密事項なんだから、御坂さんに話したら駄目じゃない!」
「うぐっ……、ごめんなさい御坂さん。そういうことなので、これ以上は話せません」
「な、なんかごめんなさい。大丈夫よ、そこまでして聞きたかった訳じゃないし気にしないで。それよりさっきの件、よろしくね」
「はいはい、了解でーす。何か分かり次第、こちらから連絡させてもらいますねー」
返事をしながらも、初春はキーボードのタイピングを辞めずに作業を続けている。
美琴は大したものだと感心しながらそろりと背後を振り返ると、固法は再び白井の手当てに戻っているのが見えた。
事件について話しているのを聞かれてしまっただけで、頼み事についての話は聞かれていないらしいことに、美琴はホッと胸を撫で下ろす。 - 22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:06:57.20 ID:lnwWc/Yo
- 「じゃあ初春さん、あとはよろしくね。そうそう、お礼は黒蜜堂のゼリー詰め合わせでどうかしら?」
「そんなに良いんですか? 御坂さんってば太っ腹! 白井さんとは大違いですよー。私、頑張っちゃいますね!」
「あはは、仕事に支障が出ない程度にね……。それじゃ、私この後用事あるから帰るわ。黒子のことよろしくー」
「任されましたー。手綱は握っておきますんで、安心して下さい!」
「うーいーはーるー……? さっきから聞こえてますのよ……」
「げっ、白井さん!? もう復活したんですか!? 流石ゴキブリ並みの生命力……」
「うぅぅいぃぃはぁぁるぅぅ!!」
地獄の底から響いてくるような白井の声が轟き、続いて初春の悲鳴が聞こえてきたが、美琴は構わずに第177支部を出て行ってしまう。
ちょっと可哀想かなとも思ったが、よく考えてみればいつものことだったので気にしないことにした。
「んー。色んな所に寄ってったからちょっと遅くなっちゃったかしら。ま、門限まではもう少しあるし大丈夫よね」
美琴は学生鞄の他にもう一つ持っていた、大きな紙袋の重量を確かめるように持ち上げながら呟いた。
実は結構時間的に危ないのだが、見舞い品としていくつか食品を持って来てしまったので少し無理をしてでも病院に行かなければならない。
もうすぐ夏なのでまだまだ空は明るかったが、時計を見るともう随分な時間になってしまっている。
それを確認するなり、美琴は駆け足で病院へと向かって行った。 - 23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:07:23.46 ID:lnwWc/Yo
- 学校が終わってこれから友達同士で遊びに行こうとしている者や、まっすぐ家に帰ろうとする者でごった返している第七学区の大通り。
そんな怪我人に優しくない場所を、松葉杖を突いた一方通行は涼しい顔で歩いていた。
一方通行は軽く周囲を観察しながら歩いていたが、見覚えのあるものがまったくなかった。
この辺りをうろついていたのだから恐らくこの近くに住んでいたのではないかとは思うのだが、それでもやはり何も思い出せない。
もしかしたらと思ってわざわざ危険を冒してまでこんなところまでやってきたのに、アテが外れてしまった。
一応帽子を目深に被って目立つ髪色を隠しているし、服は病院でできるだけ地味なものを選んで借りてきたものを着ているのだが、
何の収穫も見込めない以上、このままここにいてもあの追跡者に見つかる可能性が上がるだけだ。
一方通行が諦めてそろそろ病院に帰ろうと踵を返したその時、不意にどこからか聞き慣れた声が響いてきた。
「あれ、一方通行?」
「……オマエか。何してンだ?」
声の聞こえてきた方向を振り返ると、そこには学生鞄と買い物袋を手にした上条が立っていた。どうやら買い物の帰りのようだ。
しかし、ここは上条が住んでいる寮とはまったく正反対の方向。
どこをどう頑張っても、スーパーからの帰り道にここを通ることなどはないはずなのだが。
「あァ、また御坂に追い回されてたのか。毎度毎度ご苦労なこって」
「違げえよ! 俺だってそんなにいつもビリビリに追い回されてるわけじゃねえ。お前のお見舞いに行こうと思ってたんだよ」
「それはそれで、毎日毎日よく飽きねェな」
「飽きるって、お前なあ……。まあ、人の好意は素直に受け取っとけ。何か損するわけじゃあるまいし」
あれ以来、上条と美琴はほとんど毎日のように一方通行のお見舞いにやってきてくれていた。
特に上条なんて貧乏だろうに、頻繁に果物などのお見舞い品を持ってきてくれる。
そしてその他の様々な行動から察するに、一方通行は上条は真性のお人好しなのだろうと思っていた。
そうでもなければ、たとえ自分の不注意で事故を起こしてしまったとはいえ、普通ならなかなかここまではできないだろう。
「それにしてもお前、もう外を歩いて良いのか? まさか抜け出してきたんじゃないだろうな」
「そンなことするかよ。よォやく外出許可が出たから、リハビリがてら歩いてただけだ。あとは、何か思い出せるかと思ってな」
「おお、そっか。良かったじゃねえか。で、何か思い出せたか?」
「いやまったく。自分でもびっくりするほど何も思い出せねェ。この辺に住ンでたわけじゃねェのかもな」
言いながら、一方通行は肩を竦める。
一方通行はどう見ても中高生くらいにしか見えないので普通ならこの辺りに住んでいるはずなのだが、どうやらそうではなかったようだ。
風紀委員や警備員に自分の存在を知られたくないらしいし、もしかしたら本人も知らないような複雑な事情があるのかもしれない。 - 24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:08:55.69 ID:lnwWc/Yo
- 「それにしても、住ンでたところまでさっぱり忘れてるとは。退院したらどォすっかな」
「あ、そっか、退院したら住むとこがないのか。じゃあやっぱどっかで借りんの?」
「そのつもりだが、IDがねェ。そンな不審者に部屋を貸してくれるところがあるかどォかだな」
「それなら、うちの学校の先生に掛け合ってみようか?
趣味で訳ありの子供を居候させてるような先生だから、たぶん学生寮くらいなら何も言わずに貸してくれると思うぞ。
ついでに学校にも通えばそっちの奨学金も出るし、もうちょっと生活も楽になるだろ」
「学校……ねェ」
上条の提案は魅力的だったし、ある程度信頼もできる。しかし一方通行は、どうにも踏ん切りがつけられないようだった。
一方通行は上条には到底理解できないような冥土帰しの医学書や美琴が持ってきた能力の専門書を平気で読んでいるような奴なので、
勉強についていけないというようなことは無さそうなのだが。
「まあ、とにかく考えといてくれ。悪いようにはならないと思うしな」
「分かった、考えとく」
「じゃ、そろそろ病院に行こうぜ。今日も色々持って来たし、ずっとこんなところで立ち話してたら通行の邪魔だしな」
松葉杖をついている一方通行を気遣ってか、上条はゆっくりと病院のある方向へと歩いていく。
一方通行もそれについて行こうとしたが、その途端にふと嫌な予感がして背後を振り返った。
しかし振り返ったその先には、どう見ても一般人としか思えないような普通の学生がいるばかりでそれらしいものは何もない。
一方通行は神経質になっているのかもしれないと思い直し、彼がついて来ていないことに気付いた上条に呼ばれて歩調を早めた。
そうして二人が完全にその場から姿を消すと、恐らくは一方通行の感じた不穏の正体が人混みの中から姿を現す。
それはしばらく二人の去って行った方向を見つめながら佇んでいたが、
やがて興味を失ったかのように二人に背を向けて、そのまま再び元の闇へと帰って行った。 - 25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:09:31.32 ID:lnwWc/Yo
- 病院の廊下。上条は一方通行の病室の扉に背を預けながら、一方通行の着替えが終わるのを待っていた。
病院で借りた服を返さなくてはいけないので、いつもの手術衣に着替えているのだ。
一方通行は別に部屋の中に居ても良いと言ってくれたのだが、そこは一応マナーということで部屋から出ておいた。
ふと腕時計を見やれば、もうだいぶ遅い時間になってしまっていることが窺い知れる。
これから夏になる為にどんどん陽のある時間が長くなってきているので、陽の高さで大体の時間が掴めなくなってきているようだ。
しかしこの時間ならもう美琴と出くわすこともないだろうと上条が安心していると、
不意に廊下の向こう側からカツカツという聞き覚えのある足音が響いてきた。
嫌な予感がして音のした方を振り返ってみると、そこには今日は会わなくて済むだろうと思っていた人物が立っているではないか。
「あら、アンタも居たの?」
「げっ、ビリビリ……」
「ビリビリ言うな! ったく、ここが病院で良かったわね。
外だったら電撃喰らわせて電流流したカエルの足みたいにピクピクさせてやるところだわ」
「さ、さいですか……」
こうした美琴の暴言はもはや日常茶飯事のようなものだが、それでもやっぱり傷つくものは傷つくのか上条はがっくりと肩を落とす。
美琴の暴言がそろそろ看護師さんに注意されそうなレベルになってきた頃、漸く病室の中の一方通行から声が掛かった。
「オイ、着替え終わったぞ」
「も、もう入って良いみたいだぞビリビリ! ほら早く入ろうぜ!」
「あら? アイツ、着替えてたのね。まあ良いわ、今日はこの辺りで勘弁してあげる。
ただし、次に外で会った時は覚悟しなさい! 今度こそメタメタのギッタンギッタンにしてやるんだから!」
「はいはい分かりましたよ。ほら一方通行、ビリビリも来たぞー」
放っておくとこのまま延々と暴言を吐き続けかねないので、上条は半ば強引に美琴を連れて病室の中へと入っていく。
すると、病室の中にはいつもとまったく同じ格好でベットの上に座っている一方通行の姿があった。
「ン、オマエもまた来たのか。揃いも揃ってよく飽きねェな」
「お見舞いなんか、飽きる飽きないの問題じゃないでしょ。今日も色々持って来てあげたんだから感謝しなさい」
「そう言えば、今日はずいぶんでかい袋を持ってんな。一体何持って来たんだ?」
「いつも私が読んでる漫画雑誌とかその単行本とか、あとは新しい能力の専門書ね。
そうそう、おすすめって看板が出てたから今日は学舎の園にあるヴォアラで売ってたコーヒーゼリーも買って来たわよ。
アンタコーヒー好きだし、有名店のお菓子だから口に合うと思う」
「そりゃまた随分とたくさん持って来たな。特に本なんか、全部棚に入るのか?」
「大丈夫よ、たぶん。入らなかったらいらないの持って帰るし」 - 26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:10:40.53 ID:lnwWc/Yo
- 言いながら、美琴は病室の隅に置かれている本棚に次々と本を詰め込みはじめた。
元々この病室には本棚なんか無かったのだが、いつも病室で暇過ぎて死にそうな顔をしている一方通行を見るに見兼ねて、
美琴が本と一緒に組み立て式の小さな本棚を持って来てくれたのだ。
本棚には実に様々な本が収められていて、上条も読んだことのあるような漫画本から逆にさっぱり理解できないような難解な専門書、
果ては洋書まで取り揃えられている。量は少ないが、ちょっとした本屋のように幅広いラインナップだ。
「あー、やっぱり少し持って帰らないと全部は入らないわね。持って帰って良いのってどれ?」
「上二つの棚に置いてある本は全部暗記したからもォ良いぞ。あとは漫画も全部読ンだ。
一番下の段に置いてある本は、まだ全部は読ンでねェから必要じゃねェなら置いといてくれ」
「うげっ、もうそんなに読んだのかよ。読むスピードも尋常じゃないな」
「て言うか、アンタが本を読まな過ぎるのよ! これくらい普通でしょ?」
美琴が心底呆れたというような表情をするが、上条はなんだか納得がいかなかった。
確かに上条が馬鹿なのは認めるが、それでも中学生の美琴や絶賛記憶喪失中の一方通行に本気で心配されるほどではない。
つまり、美琴と一方通行の方が異常なのだ。
もちろんそんなことを言い返したところで虚しくなるだけなので、口にはしないが。
「お、俺の話は良いだろ。それにしても、ビリビリってお嬢様なのにこういう漫画も読むんだな。ちょっと意外だ」
「何言ってんの。お嬢様って言ったって、アンタが思い描いてるようなモンじゃないわよ?
確かに私くらい好き勝手やってるのは珍しいけど、学舎の園の中で完璧に管理されてるのが窮屈だと思ってる子が殆どだし」
「ふーん、そんなもんか。所詮深窓の令嬢なんて夢物語ってわけですかねー」
「いや、中には本当に箱入りで怖くて学舎の園の外になんか出たくないーって子も居るけど。ごく少数ね、そういう子は。
そんなことより、外出許可出たんでしょ? 道案内も兼ねて、次の休日にこの辺り回ってみましょうよ」
「そォいえばそンなこと言ってたな。俺はこの通り暇人だし、いつでも良いぞ」
「上条さんもいつでも大丈夫ですよー。ビリビリはどっちでも大丈夫なのか?」
「ええ、特に用事も無いしね。じゃあ次の日曜日にしましょ」 - 27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/10/24(日) 17:11:16.01 ID:lnwWc/Yo
- 言いながら、美琴は壁に掛けられている時計をちらりと見やった。
寮の門限を気にしているのだろう。美琴に倣って時計を見やってみれば、確かに寮の門限ギリギリの時間になってしまっている。
美琴は急いで持っていた紙袋を折りたたんで鞄の中に収めると、
「ごめん、もう時間だから私もう帰るわね。時間についてはまた後で連絡するわ!」
とだけ言って大慌てで帰っていった。
上条と一方通行はその行動のあまりの素早さに驚いていたが、やがて一方通行が呆れたように溜息をつく。
「慌しい奴だな。忙しいなら無理して来なくても良いっつってンだが」
「ま、あいつもあいつで世話焼きなとこあるからな。それになーんかお前って放っておけないんだよなー。構いたいというか」
「なンだそりゃ……。つゥか、オマエも帰らなくて良いのか? そろそろ完全下校時刻だろォが」
「いいのいいの。俺は門限無いし、完全下校時刻破りなんかいつものことだし。それより林檎持って来たから食おうぜ!」
「えェー。コーヒーゼリーが良い」
「いやいやそれは今度ビリビリが来たときに一緒に食うべきだろ。アイツが持ってきたんだから」
「仕方ねェなァ……」
上条の言葉に漸く納得したのか、一方通行は渋々といった様子で食べやすいサイズに切り分けられた林檎を摘まんだ。
それを見た上条はまるで子供を躾ける親のように「よし」を呟くと、自分もまた皿の上に置かれていた一口サイズの林檎を口に運ぶ。
林檎はとても美味しかった。 - 41 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:29:32.96 ID:AsXHCfIo
- 約束の日曜日、待ち合わせ場所である病院の前の広場で、上条は二人がやって来るのを待っていた。
本当ならこの病院に入院している一方通行が一番最初にここで待っているはずだったのだが、どうも外出手続きに手間取っているらしい。
前もって申請するのを忘れていたのと、まだだいぶ早い時間で病院が忙しいこともあって少々時間がかかっているようだ。
と言っても、冥土帰し曰くそれほど時間がかかる訳ではないらしいので、外出自体にはまったく影響はないのだが。
よって一方通行の方は問題ないのだが、集合時間五分前になってもまだ美琴がやって来ないことが気がかりだった。
女の子は身だしなみに時間がかかるという話は流石の上条も聞いたことがあるが、常盤台中学は休日でも制服の着用が義務付けられている。
なのでそれほど時間がかかるとは思えないのだが……などと考えていると、車道の向こうから美琴がやってくるのが見えた。
「ごめん、ちょっと遅れた!」
「や、そんなに待ってないよ。一方通行もまだ来てないし、ギリギリ時間には間に合ってるぞ」
「そっか、良かった。アイツはどうしたの?」
「外出手続きにちょっと時間がかかるらしい。でも、もうすぐ来ると思うぞ」
ここまでずっと走って来たのか、美琴はだいぶ息を切らせていた。
服装は上条が予想したとおりにいつもと同じ常盤台中学の制服だったが、雰囲気がいつもと少し違う気がする。
それが少し気になって、どこが違うんだろうと考えているとふと視界の端に白い人影が映った。
「あ、来たな。おはよう」
「悪ィな、待たせちまったか」
「いやいや、全然。ビリビリなんか本当にたった今来たところだしな」
ようやく手続きを終えてやってきた一方通行は、手馴れた様子で松葉杖を突いていた。
上条は以前大通りで会ったときに一方通行が松葉杖を突いているのを見ていたが、美琴はこれが初めてなので少し驚いているようだ。
「前見たときも思ったけど、なんかそれ持ってると病人みたいだな。お前、ただでさえ目立つのに」
「いや、こんなでも一応病人なのよ? 本人が元気って言い張るからそう見えないだけで」
確かに記憶喪失なのだから病人(?)なのだが、どうも一方通行は自分が記憶喪失であることをまったく気にしていないので、
なんだか上条もたまに一方通行が病人であると言うことを忘れてしまいそうになる。
と言っても日常生活に必要不可欠なことは覚えているので、普通に生活する分には不自由はない。
しかし、不安なことも多そうに感じるのだが。
もしかしたら記憶喪失になる前からの知り合いが全くいないので、逆にそういうことを気にしなくて済んでいるのかもしれない。
思い出すことのできない過去の出来事を語られて、頭を痛めたり心を痛めたりすることが一切ないのだから。 - 42 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:31:11.08 ID:AsXHCfIo
- 「それより、何処に行くの? 私は特に決めてないんだけど……」
「あ、そっか。俺も特に考えてないんだけど……。一方通行、どっか行ってみたいところとかあるか?」
「俺も特にねェな。歩きながら決めれば良いだろ」
それもそうだ。この辺りのことについて何も知らない一方通行が、行き先なんて考えているはずがない。
こんなことなら前もって行く場所を決めておくべきだったなあと思いながら、上条は咄嗟に思いついた場所を挙げてみる。
「そうだ。地下街なんかどうだ? あそこは色んな学生が集まるし、多分一方通行も記憶喪失になる前に一回は行ったことがあると思うぞ」
「あ、それ良いわね。久しぶりにゲーセン行きたいわ」
「……お前、これが一方通行の為の案内だって分かってるよな?」
「わっ、分かってるわよ! 失礼ね!」
「なら良いんだけどさ」
美琴は顔を赤くしながら否定したが、やはりゲームセンターが惜しいのか少し残念そうな顔をしている。
まあちょっと寄るくらいなら良いだろうと上条が思い直していると、二人が何を話しているのか分からないらしい一方通行が口を開いた。
「で、その地下街っつゥのは何処にあるンだ?」
「ああ、ここからちょっと行ったところに入り口があるから、そこから入るんだ。
それほど距離がある訳じゃないから、杖つきでも大丈夫だと思うぞ」
「そこ行くまでにも色々あるし、説明しながら歩きましょ。お昼までまだ時間があるし、ご飯は地下街で良いわよね?」
「ン、そォだな。時間は……まだ9時前か。地下街を回ってからでも充分だ」
第七学区は中高生が最も多く住んでいる学区と言うだけあって、若者向けの店が多数立ち並んでいる。
何も知らない一方通行に、上条と美琴はよく利用する店や有名な店を紹介してやりながら地下街へと向かっていった。 - 43 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:32:01.98 ID:AsXHCfIo
- 地下街を彷徨い始めて数時間後。そろそろ昼食を食べに行こうかな、と三人が考え始めた頃のことだった。
上条と美琴と一緒に地下街を歩いていた一方通行が、ある店の前で唐突に立ち止まった。
一拍遅れてそれに気付いた上条は美琴に声を掛けてから立ち止まると、一方通行がじっと見ている店に目を向ける。
「ゲーセンか。やっぱり見覚えあるのか?」
「……いや。つゥか、何をするところなンだ? 騒音がすげェな」
「ありゃ、ゲーセンも駄目か。まあいいや、興味があるならちょっと覗いて見るか?」
「あァ」
もう昼が近いだけあって、ゲーセンの中は既に結構な人で賑わっていた。
それも休日なので心なしか放課後にここに来るよりも人の数が多い気がする。空いているゲームを探すのが難しそうだ。
「やー、ゲーセンって久しぶりに来たわ。
好きなんだけど、黒子が『常盤台のエースとしての自覚を~』とか言って私がこういうとこ行くの嫌がるから来にくいのよね。
こういうとこに一緒に来れるような友達もいないし、かと言って一人で来るにもちょっと寂しいし」
「やっぱり、常盤台のお嬢様はあンまりこォいうところには来ねェのか?」
「こういうとこは流石にね、ガラの悪い奴らも多いし。私はほら、能力があるから簡単に撃退できるんだけどさ。
他の子達はそうもいかないからね。たとえ脅しに使うだけでも、人に向けて能力を使うのに抵抗があるって子が殆どだし」
「て言うか、それが普通なんだと思うぞ……。お前はもうちょっと能力の使用を控えるべきだ」
「失礼ね、私だって普段からあんなに能力を使ってるわけじゃないわよ。あれはアンタ限定」
「ひどい! ビリビリはもっと俺に優しくなるべきだ!」
「……まァ上条は置いといて、不良相手にも無闇に能力で攻撃するのは止めといた方がイイと思うぞ。電撃は障害が残ることもあるからな」
「その辺もちゃんと加減してるわよ? コイツ意外には」
相変わらず上条に対してだけは手厳しいが、なんだかんだ言って美琴は学園都市最強の発電能力者であるので加減も非常に上手い。
一見むやみやたらに電撃を放っているように見えて、実は絶対に重傷や障害を負わせたりすることがないように絶妙な調整をしているのだ。
もちろん、それも上条以外に限定されるわけだが。 - 44 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:32:39.17 ID:AsXHCfIo
- 「はあ、俺に平和な日々が訪れることはあるのだろうか……」
「諦めろ、あれは天性の負けず嫌いだ。本気で戦って勝つか負けるかしないと納得しないだろォな」
「いやでも流石に女子中学生を殴ることには抵抗が……」
「なによ紳士ぶっちゃって! 腹立つ!」
「おわあああああっ!? こんな機械が多いところでところで電撃は止めなさい!」
美琴が放った小さな電撃をなんとか右手で受け止めながら、上条が悲鳴を上げる。
最近は病院で会うことが多くて電撃はご無沙汰だったので油断していた。危うくもろに食らってしまうところだ。
その様子を初めて見た一方通行は、上条の右手を興味深そうに見つめている。
「話には聞いてたが本当に不思議な能力だな。異能の力ならなンでも打ち消しちまうンだろ?」
「右手首から上だけだけどな……。それに異能でも何でもないただのパンチとかには意味ないから、そこまで便利なもんでもないぞ」
「ああもう、本当に忌々しい右手だわ。ちょん切ってやろうかしら」
「やめてくださいビリビリ様!」
一方通行が上条と美琴が馬鹿な言い合いをしているのを聞き流しながら辺りを見回していると、ちょうど空いている台を発見した。
彼は二人の言い合いを中断させると、見つけた台を指差した。
「あそこ空いてるぞ。あれで良いンじゃねェか?」
「おお、2台も。これは格ゲーか。対戦もできるみたいだぞ」
「俺は観戦させて貰うぞ。やり方がイマイチよく分かンねェからな」
「じゃあ、私とアンタで対戦しましょうよ。こっちでは絶対に負けないんだから!」
「うぐ、またビリビリと勝負かよ、不幸だ……」
言いながらも、二人がそれぞれ席に着く。観戦するつもりの一方通行は美琴の側に回って画面を覗き込んでいた。
二人がコインを入れると、さっそく開始の合図がされて対戦が始まる。
「えいっ、とりゃ、たあ!」
「やべ、本当に強い。だけど負けるかああああ!」
「馬鹿か」
ゲームごときに必死になっている二人を見て呆れながら、一方通行は呟いた。
しかしそんな一方通行の言葉もまるで耳に入っていないようで、二人は奇声を上げながらゲームの中で死闘を繰り広げている。 - 45 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:33:25.92 ID:AsXHCfIo
- しばらくの間そんな奇怪な状況が続いていたが、最終的に軍配は美琴に上がった。
「やったあ! 勝ったー!」
「うう、負けた……」
「こンなゲームで一喜一憂できるなンて、オマエらも平和だな……」
ゲームの中での戦いとはいえ上条に勝てたのがよっぽど嬉しいのか、美琴はぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいた。
その一方で、敗者上条はゲーム台に突っ伏して項垂れている。
「ふふん、でもアンタもなかなか強かったわよ。楽しかったわ」
「俺、これでも仲間内では強い方なんだけどなあ……。ゲーセンにも通い詰めてるのに……」
「まあ、私はゲーセンには来れないけど家庭用ゲーム機でやりこんでるしね」
「そっちかよ!」
「どォりで強いわけだ」
素人目にも凄まじいボタン捌きだったので何かあるとは思ったが、まさかそこまでやりこんでいようとは。
そこまでしてゲームをやりこんでいる美琴に一方通行は呆れてしまったが、上条はそれでもやっぱり悔しいのか、
コインを握り締めている右手をぷるぷると震わせながら美琴をびしっと指差した。
「も、もっかい勝負だ! 次こそは負けねえ!」
「ええ、望むところだわ。何度やっても結果は同じだと思うけどね!」 - 46 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:34:57.80 ID:AsXHCfIo
- 上条にしては珍しいことに、すっかり熱くなってしまっているようだ。
またその一方で、美琴は今まで上条に逃げられてまくって勝負できなかった分の鬱憤をここぞとばかりに晴らそうとその挑戦を受けて立つ。
二人は同時にポケットの中からゲーセン用のコインを取り出すと、それぞれゲーム台に投入した。
……そんなことをかれこれ十回も繰り返していたのだが、その結果はと言うと。
「やぁったあ! 私の全戦全勝!!」
「一勝もできなかった……。不幸だ……」
「いや一勝くらいしろよ。強いンじゃなかったのか?」
「や、ビリビリはマジで強い。あとちょっとってところまでは行けるんだけどなあ……」
「でもまあアンタもそこそこ強かったわよ。実際何度か結構危ないとこまで追い詰められたし。
あ、そうだ。一方通行もやってみない? 面白いわよ?」
「ン、じゃあ少しやってみっか」
言いながら、一方通行は上条が譲ってくれた席に座る。
一方通行は初心者なので本当なら美琴に負けた上条が相手をした方が良いのだが、当の一方通行本人が美琴との対戦を希望したのだ。
宿敵上条に連勝できたことで気持ちが大きくなっているのか、反対側の席に座っている美琴は何だか小憎たらしい笑みを浮かべている。
「ふふん、手加減してあげるから安心しなさい!」
「……言うじゃねェか。吠え面掻いても知らねェぞ」
なんだかんだ言って、実は一方通行も相当負けず嫌いだ。
上条は一方通行の側から画面を覗き込みながら、心配そうな面持ちで負けず嫌い二人の行方を見守っていた。 - 47 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:36:22.59 ID:AsXHCfIo
- 十分後。
……これには流石の上条も目を丸くしてしまった。何故ならなんとあの美琴が、初心者であるはずの一方通行に負けてしまったのだ。
それから何度対戦を繰り返しても、やはり結果は一方通行の勝利で終わってしまう。
そうしてやがてついに観念した美琴は、先程の上条とまったく同じようにゲーム台に突っ伏して項垂れていた。
「わ、私の完敗よ……。まさかここまで完膚なきまでにやられるなんて……」
「うおお……。すげえな、俺なんか一度も勝てなかったのに」
「こンなの、操作方法とコツ、機械の挙動のクセさえ覚えちまえば簡単だ。
それについさっきまで御坂がプレイしてるのをすぐそばで観察してたから、御坂の戦い方もついでに覚えちまったンだよ」
「つまり、あの時点で既に私は看破されてたってわけね……」
一方通行がわざわざ上条ではなく美琴との対戦を希望したのには、こういう裏があったのだ。
なのでもし一方通行が美琴ではなく上条と戦っていたら、また違った結果になっていたのかもしれない。
「でも、初めてなのに横から見てただけで急にあそこまでできるのはすげえよ。器用なんだな」
「て言うか、アンタって頭良いわよね。やっぱり前は良い学校に通ってたのかしら。……あれ、そう言えばアンタって何歳?」
「知らねェ。まァ、身長が上条と同じだからそれくらいじゃねェか?」
項垂れていると言うよりゲーム台の冷たい感覚が気に入ったのか、美琴はまだゲーム台の上に頭を乗せたままごろごろしていた。
どうせ学園都市製のゲーム台なので高度な防菌加工がしてあるのだろうが、綺麗な訳でもないのだからよせば良いのに、
などと上条が思っていると、ふと美琴がごろごろするのをやめてある一点を見つめはじめた。
何かと思って美琴の視線の先を追ってみると、そこには如何にも女の子が好きそうなプリントシール機が設置されているではないか。
「なンだ? オマエ、あれがやりたいのか?」
「待て待て一方通行。アレはプリクラと言ってだな、シールになる小さい写真を撮る機械だ。ゲームじゃない。
女の子が友達同士で撮ったり、恋人同士で撮ったりするものであって、俺らのような人間が撮るようなものじゃないんだよ」
「ふゥン。そりゃ、確かに女が好きそうな玩具だな」
「良いじゃないプリクラ! 記念にもなるし撮りましょうよ! て言うか実は私も撮ったことないから撮ってみたいのよ!」
美琴は急にがばっと立ち上がると、プリントシール機を指差しながら熱弁した。よっぽどやってみたいらしい。
しかし男である上条は、どうしてもああいったものには抵抗があった。と言うか凄まじく恥ずかしい。
逆に一方通行は未だにプリクラをよく理解していないからなのか、どうして上条がそこまで嫌がっているのか分かっていないようだ。 - 48 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:37:42.13 ID:AsXHCfIo
- 「でも、なんか意外だな。ビリビリもこういうの好きそうなのに」
「そりゃあ、好きは好きよ? でもさっき言った通りに一緒に撮る友達がいないのよ。ああいうのは一人で撮っても虚しいだけだし。
だから、ね! やりましょうよ! そんなに時間がかかるわけでもあるまいし!」
「……そこまで言うンなら、別に良いンじゃねェか? ただの写真なンだろ?」
「マジでか。いやアレは本当に女の子向けの代物であってだな……」
「よっし! じゃあ決まりね! 行きましょ!」
抵抗も虚しく、哀れ上条は美琴に腕を掴まれて強引にプリントシール機の中へと引きずり込まれていく。
何も知らない一方通行は素直に二人の後をついて行ったが、プリントシール機の中に入ってその画面を見た途端に顔をしかめた。
確かに少女向けの玩具だろうとは予想していたが、まさかここまで徹底的だとは思わなかったのだ。
嬉々としてプリントシール機に向かっている美琴越しに除ける画面には、目が痛くなるようなキラキラしたフレームが並んでいる。
上条は言わんこっちゃないと言うような顔で一方通行を見ていたが、当の一方通行はそっぽを向いて現実逃避していた。
そこに、美琴は追い討ちをかけるように更に様々な装飾を追加していっている。
「お、おいビリビリ、ちょっと派手すぎやしないか?」
「何言ってんの、こんなの普通よ。これでもアンタ達が嫌がるだろうと思って控えめにしてあげてるんだからね!」
「これで控えめなのかよ」
上条はげんなりしながら呟いたが、念願のプリクラができてご満悦の美琴にその言葉は届いていないようだ。
もうどうにでもなれと思っていると、全ての設定を終えたらしい美琴が両脇にいた上条と一方通行の腕をぐいっと引っ張って引き寄せる。
「ほら撮るわよ! カメラ見て笑って!」
「はいはい、分かりましたよ。一方通行もちゃんと笑えよ」
「………。無茶言うな」
一方通行は一瞬笑顔を作ろうと努力していたようだが、上条は見なかったことにした。物凄い引き攣っていたからだ。
結局一方通行は、いつもの仏頂面で写真を撮ることになった。
パシャリというシャッター音が響き、撮影された映像が画面の中に映し出される。
派手なフレームや装飾が若干(いやかなり)恥ずかしいが、写真だけ見れば本当に仲の良い友達同士に見えた。
そこに、美琴は更に何かを追加していく。ペンでパネルに何かを書いているようだった。
「今度は何してんだ?」
「文字を入れてるのよ。一回やってみたかったのよねー」
「……よく恥ずかしげもなくそンな文章を書き込めるもンだな」
「い、良いじゃない! こういうのが普通なのよ、普通!」 - 50 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:39:46.84 ID:AsXHCfIo
- どうやら美琴も恥ずかしいと思っているらしい。やめる気も無さそうだが。
上条は横からちらりと美琴の手元を覗き込んでみたが、上条にしてみればそこまで恥ずかしいような文章には思えなかった。
まあ、この程度なら許容範囲なのではなかろうか。
それに文字を書けば書くほど周りのフレームや装飾が潰れてくれるので、もっと書けば良いのになどと酷いことも考えていた。
「よし、これで完成! 印刷するわよー」
ボタンを押すと、取り出し口にすとんとシールが落ちてきた。
美琴はいそいそとシールを取り出すと、それを器用に三等分にして上条と一方通行にも分けてやる。
「こんなの、何処に張れば良いんだよ。恥ずかしくって人に見せらんねえよ」
「えーと、普通は携帯電話のバッテリーの蓋の裏とかに張るみたいね。
そこなら人目に付かないだろうし失くさなずに済むし、ちょうど良いんじゃないかしら?」
「なるほど、そこなら良いか。一方通行は携帯持ってたっけ?」
「この間冥土帰しに押し付けられた。これでイイのか?」
勧められた場所にシールを張りながら、これならよっぽど不幸なことが起きない限り人に見られたりしないだろうと上条は安堵した。
上条と美琴、あとは冥土帰しくらいしかまともな知り合いが居ない一方通行は良いだろうが、
上条にはこれを見られたら困る知り合いが非常に多いのだ。
その一方で遂に念願のプリクラを手に入れた美琴は、自分の分のシールを見つめながらニヤニヤしている。
「プリクラって思ったより楽しいわね。また今度来たとき撮りましょうよ」
「絶対嫌だ」
「もうオマエとは絶対ゲーセンに来ねェ」
「ひどい!」
男性陣のあまりにも冷たい反応に美琴は非難の声を上げたが、二人は既にもう二度とプリクラなど撮るまいと心に誓っていた。
上条がむくれている美琴を宥めながら腕時計を確認してみると、ちょうど12時を過ぎたところだった。
「そろそろ飯食おうぜ。結構歩いたから腹減ったし」
「ああ、そう言えばもうそんな時間なのね。あそこのファミレスで良いんじゃないかしら?」
そう言って美琴が指差したのは、学園都市にも複数のチェーン店が展開されているありふれたファミリーレストランだった。
わざわざこんな地下街に来たまであんなありふれたレストランに行くのかと上条は思ったが、
そこまでありふれたレストランならもしかしたら一方通行の記憶に残っていることもあるかもしれない。
僅かばかりの期待を胸に、上条は二人についてファミリーレストランへと入っていった。 - 51 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:42:16.71 ID:AsXHCfIo
―――――
時刻は夕方。休日なので完全下校時刻なんてものはないが、平日だったらもうアナウンスが流れている頃だ。
三人は帰路につこうとしている人々で溢れている大通りを歩きながら、他愛ない話をしていた。
「それにしても、収穫ゼロかあ。まさか地下街のことも全然知らないなんて思わなかったな」
「次は第六学区にでも行ってみましょうよ。あそこはアミューズメント施設が集中してるし、一回くらい遊びに行ったことがあるかもよ?」
「でもまァそンなに急ぐよォなことでもねェし、気にすンな。今のところ大した不便も無ねェしな」
「逞しいなあ……。あ、そうだ。学校のこと考えてくれたか? 先生に訊くなら早い方が良いだろうし」
一方通行の退院はまだもう少し先のことだが、上条の学生寮を確保してもらうにも少し時間が掛かるし決断が早いに越したことは無い。
しかし一方通行はそれとなく上条から目を逸らしながら、曖昧に返事をした。
「あァ、それなァ……。もうちょっと待ってくれ。まだ考えてる」
「何をそんなに迷うことがあるのよ? アンタの今の状況を考えてみれば、願っても無い好条件だと思うけど」
「まァ普通に考えればそォなンだけどよォ。……実は、外に出よォかと思ってンだ」
上条と美琴は一瞬、一方通行が何を言っているのか理解できなかった。
外ってどの外のことだ。今だって外にいるじゃないか。
上条はその言葉の意味を暫らく考えていたが、やがてひとつの可能性に思い当たって目を丸くした。
「まさか、外って学園都市の外のことか? 無茶苦茶だ」
「……やっぱりそォだよなァ」
「何でまた学園都市の外になんか出ようと思ったのよ? アンタは知らないでしょうけど、学園都市の外は私達にとってすごく危険なの。
学園都市の能力開発技術を何とかして手に入れようと躍起になってる連中がうじゃうじゃいるんだから。
万が一、変な奴らに捕まったりしたら実験台にされるかもしれないし。
それにアンタの場合は外に出るときにマイクロチップやナノマシンを注入したりもできないから格好の餌食よ?」
「それに、記憶を取り戻すための手掛かりだって外では見つからないと思うぞ。流石に外から来たって訳じゃないだろうし」
「…………。それも、そォだな。とにかくもう少し考えさせてくれ。悪ィな」
「いやそれは全然構わないんだが……。どうして学園都市の外に出ようなんて思ったんだ?」
「色々事情があるンだよ。色々な」
どうも、話したくないことらしい。
上条たちも一方通行が何か複雑な事情を抱えているらしいことはなんとなく察しているので詮索はしなかったが、
とにかく危ないことだけはしないでくれと念を押しておく。
しかし対する一方通行は、過剰に心配する二人を見て呆れたように呟いた。- 52 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:43:52.52 ID:AsXHCfIo
- 「そンなに心配されるよォなことは何もねェよ。過保護な奴らめ」
「いやいや、それくらい学園都市の外ってのは能力者にとっては危ないんだぞ。お前だって、微弱とはいえ能力が発現してるんだろ?」
「分かったっつゥの。俺だって危ない橋渡るのはゴメンだからな。ほら、オマエらの帰り道はあっちだろ」
「なーんか納得いかないわ……。とにかく、絶対に血迷ったことしないでよ! 分かったわね!」
「ハイハイ。じゃ、今日はそこそこ楽しかったぞ。またな」
一方通行の態度はぞんざいだったが、それでもやっぱり門限が気になる美琴は素直に自らの帰路についていった。
ただし何度も二人のいる方向を振り返り、ぶんぶんと手を振りながら。
やがてそんな彼女の姿が見えなくなってしまうと、今度はまだなんだか難しい顔をしている上条の方へを向き直る。
「オマエはスーパーのタイムセールに行くンだろォが。急がなくて良いのか?」
「いやまあ、確かに急がなきゃだけど……。本当に大丈夫なんだよな?」
「何がだよ? ったく、オマエらは揃いも揃って心配性なのか? 最後の最後に辛気臭ェ雰囲気にしてくれンなよ」
「お前なあ……。はあ、まあ良いや。信用するよ。じゃ、お前も早く帰れよ。仮にも病人なんだから」
「分かってるっての。俺だって早く帰って寝てェ。疲れた」
それを聞いて漸く安心したのか、上条はやっといつもの調子を取り戻してくれたようだ。
そろそろ本当にタイムセールに間に合わなくなるぞと一方通行が脅すと、上条は慌てて腕時計を確認する。
「うお、ホントに時間ねえ! 悪いな、じゃあまた明日!」
「明日も来ンのかよ」
背後を振り返りながら一方通行に手を振って全速力で走るという器用な芸当をしながら、上条はあっという間に去っていった。
一方通行はしばらく去っていく上条の後姿を眺めていたが、やがて飽きてしまったかのように踵を返して病院へと帰ろうとする。
……と、その時だった。 - 53 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/10/27(水) 23:47:41.15 ID:AsXHCfIo
- 「あの」
最初、一方通行はそれが自分に対して掛けられた声だということに気付けなかった。
一方通行の周囲には、そんな控えめな声の掛け方をする奴はいないからだ。
だから一方通行はそれが自分を呼ぶ声だということに気付かずに、聞こえてきた声を無視して歩いていってしまおうとする。
「あの、一方通行」
名前ではないはずだが、それでも自分のことを示す単語がどこからか聞こえてきたところで、一方通行は漸く立ち止まる。
声の聞こえてきた方向を振り返ってみると、そこには先程帰って行ったはずの御坂美琴が立っていた。
「なンだ、オマエか。どォした? 上条ならもォ行っちまったぞ」
一方通行の言葉に、しかし御坂美琴はきょとんとした顔をした。
けれどそんな顔をされるようなことを言った覚えのない一方通行は、何か言い知れぬ違和感を感じて顔をしかめる。
常盤台中学の制服を着ているし、顔も見間違えようもなく御坂美琴そのものなのだが、何かがおかしい。
そういえば、先程まで美琴はあんなにごつい軍用ゴーグルなど装備していなかった。それにあんな嵩張るものを隠していたとも思えない。
一方通行が訝しんでいると、御坂美琴は一人で唐突に納得したような顔をしてこう言った。
「失礼しました。ミサカは超電磁砲・御坂美琴ではありません。いわゆる妹というやつです、とミサカは懇切丁寧に説明します」 - 61 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/02(火) 23:59:05.00 ID:f7rU0zwo
- 第七学区の喫茶店。
真っ赤な夕陽の光が差し込んでくる窓際の席に、一方通行と美琴の妹は座っていた。
二人用の小さな席に向かい合って座っている二人は、それぞれの注文した飲み物をのんびりと啜っている。
「美味しいですね、とミサカは一方通行に同意を求めます」
「いや、俺とオマエは注文したモンが違ェから分かンねェよ。
つゥか御坂の妹……あァもォ御坂妹でイイな。で、その御坂妹が一体俺になンの用だ? わざわざこンな場所にまで連れて来てよォ」
「それは……、今日は、少々あなたに相談があって伺ったのです、とミサカはさっそく本題を切り出します」
「相談? 俺にか?」
我ながら、自分ほど相談相手として不適格な人間はそうそういないと思う。
そんな一方通行に相談しに来たとは、一体どういうつもりなのだろうか。もしくは、一方通行がどういう人間かを知らないのかもしれない。
「はい、相談です。とミサカは繰り返します」
「悪ィが、どォ考えても人選ミスだと思うぞ。何の相談か知らねェが、他当たった方が良いンじゃねェか?」
「構いません、とミサカはきっぱりと断言します」
「……まァ、そこまで言うなら聞くだけ聞いてやるけどよ」
一方通行は『美琴の知り合いに用がある』ということでここに連れて来られたのだった。
だが、それならせめて美琴の知り合い繋がりで上条にでも相談した方が良かったのではないだろうか?
……などと一方通行が考えていると、御坂妹が再び口を開いた。 - 62 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/03(水) 00:01:23.43 ID:b7Et/bco
- 「その為には、まずミサカたちについて説明しなくてはなりません。
ミサカたちは実は、お姉様のDNAマップを元に作成された体細胞クローン『妹達』なのです、とミサカは改めて自己紹介します」
「ン? じゃあ妹じゃねェのか?」
「厳密にはそういうことになります。
ですがミサカたちは皆オリジナルのことを『お姉様』と呼び慕っているので、自ら『妹』と名乗っているのです、とミサカは補足します。
それにミサカたちの総称もちょうど『妹達』ですし。
一部の人はミサカたちは妹より娘に近いと言いますが、流石にまだ中学二年生のオリジナルを『母』と呼ぶのには抵抗がありますから、
とミサカは更に理由を追加します」
「なるほどなァ。確かに、その辺の奴に説明するにしても『妹』の方が分かり易いし楽だろォしな」
「そういうことです。と言うか、クローンと聞いてもあまり驚かないんですね、とミサカは一方通行の反応を意外に思います」
「学園都市ってのは『外』に比べて30年も技術が進ンでンだろ? クローンなンてのはありふれたもンじゃねェのか?」
「いやいやいや。学園都市でも人体のクローニングは禁止されていますし、
実はミサカたちも非合法な存在なのでかなり厳重に秘匿されています、とミサカは一方通行の非常識ぶりに逆に驚かされます」
「へェー。オマエらも大変なンだなァ。つゥか、そんな非合法な存在がこンなところを普通にうろついててイイのかよ」
「実は現在脱走同然の状態です、とミサカは衝撃の真実を暴露します」
「オイコラ」
一方通行が鋭くツッコミを入れるが、御坂妹は何処吹く風だ。
それどころか、彼女は一方通行の発言を無かったことにして話を進める。
「それでここからが本題になるわけですが、とミサカは話題の軌道修正を試みます」
「スルーか。まァ良い、とりあえず話してみろ」
「はい。実はお姉様にお会いしたいと考えているのですが、大丈夫でしょうか? とミサカは相談内容を提示します」
「…………? 会いたいなら勝手に会いに行けばいいじゃねェか」
別に一方通行は美琴の保護者でも何でもない。それどころか、不本意ながらどちらかと言えば逆だ。
なのに、何故御坂妹は一方通行にそんなことを尋ねるのだろうか?
そんなことを考えながら一方通行が首を傾げていると、御坂妹はすかさず説明を続ける。
「実はお姉様は自分の体細胞クローンが作られていることをご存じないのです、とミサカは最大の問題を明かします」
「はァ? じゃあナニか、どっかのアホが本人に無許可で勝手にクローン作ったってのか?」
顔を顰めながら、一方通行は不愉快そうな声を出した。
しかしよくよく考えてみれば人体のクローニングは禁止されているのだから、あの美琴がそんな非合法な実験に協力するはずもない。
すると御坂妹はこくんと頷き、言葉を続けた。 - 63 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/03(水) 00:05:23.34 ID:b7Et/bco
- 「そういうことになりますね、とミサカは首肯します。
とは言っても、ミサカたちはそのお陰で生まれることができたので一概に彼らを非難したくありません、とミサカはミサカの考えを主張します」
確かに御坂妹には何の罪もないし、誕生の経緯がどうであれ彼女達が生まれたことを非難するつもりも毛頭ない。
……しかし、当事者である美琴は一体どう思うだろうか? 彼女たちの存在を、果たして許すことができるのだろうか?
「……つまりオマエは、御坂が自分たちを受け入れてくれるかどォか知りたいっつゥことだな?」
「そういうことです、とミサカは一方通行の話の呑み込みの早さにほっとします」
「しっかしクローンとはまた、難しい質問だなァ……。御坂とはそンなに付き合いが長ェわけでもねェし。
やっぱ上条辺りに相談した方が良かったンじゃねェか?」
「いえ。記憶喪失で何の先入観も持っていないあなたの意見を聞きたかったのです、とミサカはミサカの真意を告げます」
そこで一方通行はおや、と思った。
自分はまだ、御坂妹に自分が記憶喪失であることを話していないはずだ。隠しているわけではないが、そんな簡単に知れることでもない。
「俺が記憶喪失だってことも知ってンのか、やけに俺に詳しいな。どうしてそこまで知ってンだ?」
「……そ、その、ミサカたちはお姉様に近付く為にお姉様の身辺を調査したのです。
その過程であなたのことも少々調べさせていただきました、とミサカは苦しい言い訳を……いえなんでもありません」
最後の方は蚊の鳴くような小さな声だったので聞き取れなかったが、そこまで神経質にならなくても大丈夫だろうと一方通行は判断した。
なので一方通行は興味なさげに「そォかい」とだけ言うと、静かにコーヒーを啜る。
それに、記憶喪失になったこと自体に関しては特に口止めをしているわけでもあるまいし、確かにちょっと調べれば分かることだ。
「それにしても、クローンなァ。どうしたモンかねェ」
「今すぐにお返事を頂けなくても構いません。それとなくお姉様にクローンの話をしてみてはどうでしょう、とミサカは提案します」
「つっても、日常会話の中でクローンの話が出てくることなンかまずねェぞ」
「でしたら、お誂え向きの話題があります。
記憶喪失のあなたは知らないでしょうが、常盤台中学では『超電磁砲のクローンが存在するのではないか』という噂が実しやかに囁かれているのです。
もちろんお姉様もその噂をご存知ですから、その噂を聞いたことにして話題にしてみたらどうでしょうか、とミサカは実は綿密な計画を立てていたことを明かします」
「あァ、なるほど。それならなンとかなるか……」
どうやら御坂妹は、本気で美琴に会いに行きたいと思っているようだ。
上条たちから借りた漫画などによる偏った知識から想像するに、クローンといえばオリジナルを亡き者にして入れ替わりを画策するとか、
そういうブラックなものを想像していたので、一方通行としては御坂妹の行動は少し意外だった。
ただし、そこまで計画を立てたところまでは良い。問題はその先だ。 - 64 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/03(水) 00:09:40.67 ID:b7Et/bco
- 「だが、それでそれとなくクローンの話をしたとして、御坂の反応が芳しくなかったらどォすンだ?」
「……あなたがなんとかしてお姉様のクローンに対するマイナスイメージを改善してください、とミサカは無茶振りをします」
「ホントに無茶振りだな。ま、とにかくやるだけやってみるか」
「ありがとうございます。これで漸くお姉様に会う目処が立ちました、とミサカは素直に感謝します」
「ハイハイ。そォだ、上条にはこのことを話しても構わねェのか?」
「そこはあなたの判断に任せます。
上条当麻に関しては情報が少なかったのでミサカたちでは判断できなかったのです、とミサカはあなたを選んだ第二の理由を明かします」
「…………? そォか、分かった」
「では、ミサカはこれから用事があるのでこれで失礼させて頂きます。
こんな時間に付き合ってくださってありがとうございました、とミサカはぺこりと頭を下げます」
「気にすンな、俺も暇人だしな。ちったァ良い暇つぶしになった」
「……、そうですか。そう言っていただけるとミサカも嬉しいです、とミサカははにかみます」
すると、御坂妹はテーブルの上に紅茶代を置いて席を立った。
コーヒーを啜っていた一方通行は、それを見てふと思い出したように急いでポケットの中を探り始める。
「おい、ちょっと待て」
「?」
「これ、俺の携帯のメルアドと電話番号。またなンかあったら連絡しろ」
言いながら一方通行がポケットの中から取り出したのは、彼の連絡先が書かれてあるメモ用紙。
御坂妹はそれを見て何故か少し驚いた顔をし、そしておそるおそるといった様子でその小さな紙切れを受け取った。
「……ありがとうございます。
ではミサカの連絡先も教えておきますので、何か進展があれば連絡を下さい、とミサカは一方通行に依頼します」
「当然だろ、そォじゃねェと意味ねェだろォが。ほらよ」
一方通行は書くものを持っていなかったらしい御坂妹に、自分のと同じメモ用紙とボールペンを差し出してやる。
御坂妹はやたら畏まりながらそれを受け取って連絡先を書き込むと、まるで猛獣に餌を与えるかのようにそれを一方通行に差し出した。
. . . . . . .. .. . . . . . . . . .
「なンだ、連絡先を交換し合うのは俺が初めてなのか? 変な奴」
「……はい、そうです。よく分かりましたね、とミサカは一方通行の言葉に驚きます」
「その様子見てりゃ分かるだろ、普通。やっぱクローンってのも大変そォだな」 - 65 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/03(水) 00:12:13.81 ID:b7Et/bco
- 「ええ。本当に大変なんですよ、とミサカは苦労話を展開しようと思いましたが、もう時間もないので控えました」
「そォかい。それじゃ、その苦労話はまた会ったときに聞かせてくれ。じゃあな」
一方通行がひらひらと手を振ると、御坂妹は再び深々とお辞儀をしてから彼に背を向ける。
……ふと、その光景に鮮烈な既視感を感じた一方通行は、思わず彼女を呼び止めた。
「……、なァ」
「今度は何ですか、とミサカは少々焦りながら返事をします」
「オマエ、前に俺と会ったことねェか?」
その言葉に、しかし御坂妹は何の反応も示さなかった。彼女はまるで作り物のような無表情を、保っていた。
御坂妹はゆっくりと目を閉じ、そして開く。そして彼女は先程までと同じ平坦な声で返事をした。
「いえ、ミサカがあなたと会うのはこれが初めてです、とミサカははっきり答えます」
「……そォか。引き止めて悪かったな、もォ行って良いぞ」
「はい、そうさせてもらいます。それでは失礼します、とミサカは一方通行に別れの挨拶を告げます」
それだけ言うと、御坂妹は今度こそ一方通行に背を向けて喫茶店を出て行った。
カランカランという扉の閉まる音が、静かな喫茶店の中に響き渡る。
一方通行は窓の向こうに見える御坂妹の後姿を眺めながら深い深い溜め息をつくと、顔を顰めて手のひらで目を覆う。
ひどい頭痛がした。
――――― - 66 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/03(水) 00:15:02.02 ID:b7Et/bco
- ―――――
『やっほー、どうだった? ってミサカはミサカは一仕事終えた下位固体を労わりながら挨拶してみる!』
『……またあなたですか、とミサカはいい加減げんなりします』
大通りを歩いている御坂妹の頭の中に、妹達の形成する脳波ネットワーク『ミサカネットワーク』を通して幼い少女の声が響いてきた。
少女の名称は『打ち止め(ラストオーダー)』。
全ての妹達を統括し、上位命令文を発動させることによって妹達に対して絶対反抗不可能な命令を下すことのできる、妹達の上位固体。
『つれないなあ、ってミサカはミサカはむくれてみたり。
ミサカだって本当はあの人に会いに行きたいのに我慢してるんだから、ご褒美だと思って早く早く! ってミサカはミサカは急かしてみる!』
『そんなに特筆すべきようなことは何もありませんでしたよ。彼は何も変わっていませんでしたし、とミサカは面白味の無い報告をします』
『他には他には? ってミサカはミサカは更に詳細な報告を求めてみる』
『ああ、そう言えばあなたのいい加減な計画の所為で色々感付かれそうになりました、とミサカは上位固体の思慮の浅さを嘲笑います』
『ええー、あれで駄目だったの? ってミサカはミサカは驚いてみる。
あの人はやたら勘が鋭いから計画を考えるのも一苦労だよ、ってミサカはミサカは頭を悩ませてみる。次はどうしよっかなー』
『……ときに上位固体。計画を考える程度なら一向に構いませんが、くれぐれも余計な行動は取らないように、とミサカは念を押します』
それまではまるで妹をいじる姉のようだった御坂妹が、急に真面目な口調になった。
ミサカネットワーク越しに、打ち止めがぎくりとしたのが分かる。
それを感じ取った御坂妹は呆れたように溜息をつくと、更に言葉を繰り返した。
『良いですか上位個体。決して無闇に外を出歩かないように。彼らに見つかってしまえば一巻の終わりですよ、とミサカは警告します』
『わ、分かってるってば、ってミサカはミサカは口籠もってみる……』
『彼らに捕まって痛い目に遭うのがあなただけならまだマシです。
ですがあなたが捕まって最も被害を被るのは彼ですし、他にもミサカたちに協力してくれた人々の努力が全て無に還ることになるのです。
あなただって呼吸するだけのキーボードに逆戻りしたくはないでしょう、とミサカは……』
『分かったってば! 絶対に外には出ないから! ってミサカはミサカは口うるさい下位固体にぐったりしてみる』
御坂妹は本当に分かってるのかこの上司は、という顔をしたが、どうせネットワーク越しなのでその表情が打ち止めに見えることはない。
と、大通りを歩いていた彼女は辺りを軽く見回してから裏路地に入った。
裏路地には危険なスキルアウトが屯しているはずだが、その程度戦闘用に調整された軍用クローンである御坂妹の敵ではない。 - 67 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/03(水) 00:19:37.13 ID:b7Et/bco
- 『でもまあ、変わってないって聞いてちょっと安心したかも、ってミサカはミサカは素直な感想を言ってみる』
『安心、ですか。安心するのはまだまだ早い段階だと思いますが、とミサカは楽観的な上位固体に対する呆れを隠し切れません』
『まあ確かにそうなんだけど、あの時は10032号だってちょっと嬉しそうだったじゃない、ってミサカはミサカは言い返してみる!』
『ハハハ何のことやら、とミサカはしらを切ります』
御坂妹は乾いた笑い声を上げたが、その表情は完全無欠の無表情だ。
と言っても、どうせ二人はミサカネットワークを通して声のみによる通信を行っているだけなので、笑わなかったところで見えはしない。
『それはそれとして、実際これからどうするの? ってミサカはミサカは先行き不安』
『さあ、どうしたものやら、とミサカも困り果てます』
『……さっき、あの人やお姉様たちが話してたのを立ち聞きしてたよね? あれはどうなの? ってミサカはミサカは回想してみる』
『外、ですか。確かにそれが最善ではありますが、それでも学園都市の中より幾分かマシというレベルです、とミサカは冷静に分析します』
『そうなんだよねー。流石にこれ以上みんなに迷惑を掛けるわけにも……、ってミサカはミサカは頭痛がしてきた』
『……そういえば、芳川桔梗はどうしていますか? とミサカはミサカたちの協力者を心配します』
『研究所に戻って何事もなかったかのように研究を続けてるけど、それでもかなり疑われてるみたいですごく厳重にマークされてる、
ってミサカはミサカは苦い顔をしてみる。
流石にこれ以上ヨシカワに頼ることはできないけど、こうしてアマイたちにばれないようにミサカを調整してくれただけでも充分だよ、
ってミサカはミサカはヨシカワの大胆さに驚愕を隠せなかったり』
『本当に天井亜雄たちにばれずにやりきったのですか。
彼女は本当に甘いか強いかの両極端ですね、とミサカはもはや感心することしかできません』
御坂妹は普段から自分のことを甘い人間と称している女研究者の顔を思い浮かべる。
路地裏の更に奥深くへと淀みない足取りで進んでいく彼女は、ふと思いついて打ち止めに声を掛けた。
『ところで上位固体、あなたは今何処に居るのですか?』
『んーと、ヌノタバが用意してくれた隠れ家だよ! ってミサカはミサカは報告してみる。絶対座標も教えようか?』
『いえ、ミサカがそこに行く機会はないと思いますので遠慮します、とミサカは上位固体の申し出を辞退します』
『へ? なんで? ってミサカはミサカは首を傾げてみる』
『ミサカは現在厳重にマークされておりますので、迂闊にあなたに会いに行けばあなたが捕らえられることになるからです。
一応撒く努力はしていますが、追跡者が追跡者なので次に会いにいけるのはかなり先になるでしょう、とミサカは懇切丁寧に説明します』
『そ、そっか。でも何でそんなに厳重にマークされちゃったの? ってミサカはミサカは不思議がってみる』 - 68 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/03(水) 00:24:17.71 ID:b7Et/bco
- 『彼に接触してしまったからでしょう。彼は厳重に監視されていたようですので、
彼と接触したときにミサカも見つかってしまったというわけです、とミサカは察しの悪い上位個体に更に補足してやります』
分かっているのか居ないのか、打ち止めは感心したようにほえーと気の抜けた声を上げた。
しかし、流石にそこで違和感を感じたようだ。
『あれ? でもどうしてあの人は彼らに見つかってるのに捕まってないのかな、ってミサカはミサカは首を傾げてみる』
『ミサカにも分かりません。ですが、彼らは今間違いなく彼に手を出せない状況にあるようです、とミサカは新情報を報告します』
『おお、それじゃあの人はもう大丈夫なんだね! ってミサカはミサカは安心してみる』
『いえ、恐らく一時的なものでしょう。そうでなければもう彼を監視する意味などないのですから、とミサカは冷酷に告げます』
『うぐっ、まあなんとなく予想はしてたけどね、ってミサカはミサカはぬか喜びにがっかりしてみる……』
『それはさておき『外』の話に戻しますが、冥土帰しに協力してもらえば何とかなるかもしれません、とミサカは脱線した話を元に……』
『…………? 10032号、どうしたの? ってミサカはミサカは不安に駆られてみる』
『……すみません上位固体、少々面倒な用事が入ってしまったようです、とミサカは一方的に通信を切断する準備に入ります』
『ええっ!? ちょ、ちょっと待ってってミサカはミサカは―――――』
ブツン。
ミサカネットワークとの接続を完全に断ち切り、打ち止めの声が唐突に途切れたとき、そんな音がした。
御坂妹は心の中で打ち止めに謝罪すると、暗い路地裏を小走りに走り出す。
そこから少しずつ速度を上げていき、暫らく後には彼女は全速力で路地裏を駆け抜けていた。
そしてやがて、少し開けた場所に出る。そこはいくつものコンテナが積まれた、屋外物置のような場所だった。
地面に敷き詰められた砂利や白いラインを見るに、元は駐車場だったようだ。
御坂妹はそこで漸く立ち止まると、荒れた呼吸を整えながらゆっくりと背後を振り返った。しかし、そこには誰も居ない。
けれど御坂妹は警戒を緩めないまま、小さく息を吐いてから虚空に向かって声を掛けた。
「……こそこそと隠れずに、素直に出てきたらどうですか。居ることは分かっています、とミサカは追跡者を促します」
僅かな沈黙。
無駄だったかと御坂妹が諦めかけた、その時。彼女の背後、そのコンテナの上で、すとんという軽い音がした。
御坂妹は、この音を知っている。
「ばれてたか。尾行は専門じゃないとはいえ、こうも簡単に気付かれると流石にちょっと傷付くぜ」
「撒くつもりだったのですが、こうも簡単に追いつかれると自信をなくしてしまいますね、とミサカは自らの無力さを痛感します」
御坂妹の背後に降り立ったのは、少年だった。
男にしては長めの、明るい茶色の髪。何処かの学校の制服なのか、茶色いブレザーを羽織っている。
御坂妹は振り返ると、少年の姿をまっすぐに見つめながらその名を口にした。
「久しぶりですね、垣根帝督」 - 78 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:31:20.00 ID:mbTsdywo
- 目の前の垣根を見据えながら、御坂妹は油断なく身構える。
第三位の劣化クローンである彼女が学園都市の第二位なんて化け物に敵うはずなどないが、それでもなんとか五体満足でこの場を逃れたい。
しかし垣根はそんな彼女を見て、くつくつという笑い声を上げる。
「そう身構えんなって、別に取って食おうって訳じゃねえ。御坂妹、だっけ?」
「……盗み聞きとは趣味が悪いですね、とミサカは不快感を露にします」
「まあそう言うな。確かにやりながら悪趣味だなあとは思ったが、
こうでもしねえと今すぐにでもアイツを連れ戻したくて仕方がない研究者どもが納得しねえんだよ。勘弁してくれ」
「心中はお察ししますが。ミサカに何の用ですか? ミサカは上位固体の居場所など知りません。
なお、ミサカたちには情報を口外しないよう上位命令文が下されておりますから、如何なる拷問も無駄ですので、
とミサカはあなたの行動が徒労であることを通告します」
「やれやれ、すっかり嫌われちまったなあ。つーか、あのお優しい最終信号(ラストオーダー)がそんな命令を下すわけねえだろ」
「あの程度の子供、ミサカ一人でも無理矢理押さえ込んで洗脳装置(テスタメント)に掛けるくらい容易いです、
とミサカは上位固体の意志など無関係であることを主張します」
「ひっでえ。やってることのレベルは俺らと大差ねえな」
「承知の上です、とミサカは目的の為には手段を選ばないことを宣言します」
言葉と共に、御坂妹はぎりりと垣根を睨みつける。
しかし当の垣根はそれをまったく気にした様子もなく、涼しい顔のまま言葉を続けた。
「まあ、それは別に良いんだけどよ。上位命令云々以前に、お前をどんな拷問にかけたところで口を割らないのは分かり切ったことだし」
「ならばどうしてミサカの後をつけていたのですか、とミサカはあなたの行動の矛盾を指摘します」
「さっきも言っただろ。研究者共の要求でな……ってのはまあ建前で、純粋に興味があったんだよ」
「……興味、ですか、とミサカはあなたの言葉を復唱します」
その言葉に、御坂妹は訝しげな表情を浮かべる。
それを聞いた垣根は軽く頷くと、コンテナの上に座って足を組んだ。
「そう、興味があるんだ。お前たちがどうして突然こんなことをしだしたのか」
「……理由など。語ったところであなたごときには到底理解できるはずもありません、とミサカは口を噤みます」
「あっそ、言いたくねえなら別に良いけど。大体想像はつくしな」
「ならばどうして尋ねたのですか、とミサカはあなたの行動を疑問に思います」
. . . . . .
「……ただ、さあ。お前たちの行動を妨害しようとしてる反対派の妹達。お前、あいつらのことどう思ってんの?」
「…………!!」 - 79 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:32:30.53 ID:mbTsdywo
- 御坂妹は目を大きく見開き、驚愕の表情を露わにする。
すると垣根はすうっと裂くような笑みを浮かべながら、如何にも可笑しくてたまらないといった口調でもう一度尋ねた。
「なあ、10032号。どう思ってるんだ?」
「……それは、とミサカは言葉を濁します」
. . . . .
「彼女たちの主張は決して我儘じゃあない。むしろ、人間として当然の欲望だな。誰だって、あんな末路は嫌だろうさ。俺だって嫌だ。
あんなひどい目に遭うくらいなら、アイツに殺してもらった方が遥かにマシだろうさ。
しかもあの実験が成功すりゃ、様々な技術が発展して二万人なんて目じゃない数の人々を助けることができるようになるかもしれない。
アイツに殺してもらえればそんな偉大な実験の礎になれるし、そもそもの存在理由もまっとうできるって訳だ。
……そりゃあ誰だって、そっちの方が良いよなあ?」
「で、ですが殆どの妹達はミサカたちに協力してくれています。何人かの妹達は生き延びることができることになっていますし……、」
「知ってるぞ。反対派やってる妹達、生き残れることになってる奴らなんだろ?
当たり前だ。自分の姉妹があんなにひどい目に遭うことが分かっていて、自分だけのうのうと生きて行ける筈がない。
いや、もしかしたら残された方が死ぬより辛いのかもしれねえな」
そこで初めて、御坂妹は垣根から目を逸らしてしまう。
垣根はそんな彼女をせせら笑いながら、膝の上に頬杖をついてコンテナの上から御坂妹を見下ろした。
「お前たちだってもう知ってるはずだ。
どんなに足掻いてもどんなに頑張っても、誰もが望んで誰もが笑える最高のハッピーエンドなんかお前らには用意されてないってことを。
なのに今更、何を思ってこんなことをしてるんだ?」
「……、はい。知って、います。だからミサカたちは、せめてこうすることに決めたのです、とミサカはミサカの決意を語ります」
「で、その為に最終信号を味方に付けて、反対意見を押さえつけて強引に自分の都合を通したってわけか? えげつねえなあ。
大した自己犠牲精神だが、お前たちの仲間にも本心ではアレが嫌で嫌で仕方ない奴だって居るだろうに」
「………………」
何も言い返すことができなかった。
この選択を拒んでいた妹達には、本当に申し訳ないと思っている。どんなに謝っても許してもらえないとも。
けれど、どうしても。 - 80 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:33:06.25 ID:mbTsdywo
- 「その目論見が失敗しようが成功しようが、お前らは死の運命からは逃れられない。だったらせめて楽に殺して欲しいとは思わないのか?
アイツなら、きっとそうしてくれただろうに」
「……同じ死ぬなら、大切な人を一人でも救いたいと思うのはそんなに可笑しなことですか、とミサカは疑問に思います」
「さあな。俺はただ、お前らのことを哀れに思うだけさ。それに俺がおかしいと言ったところで、お前たちは諦めるのか?」
「いいえ。決して諦めたりしません、とミサカはミサカの決意が揺るぎないことを確認します」
「だったら、その問いは無意味だ。お前はお前のやりたいようにすれば良い。どうせ短い人生だ、せめて好きに生きろ。俺は干渉しねえ。
ただし、俺も自分の好きなようにやらせてもらう。その過程でお前が俺の邪魔をするなら、その時は容赦しねえがな」
「……、肝に銘じておきます、とミサカは冷や汗を流しながら答えます」
御坂妹は顔を引き攣らせながらも、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
垣根はそれを見て再びくつくつと笑うと、すっくと立ち上がって自らの能力を展開させる。
「さって、その為にもこっちはこっちで地道に最終信号を探すとするか。容疑者から絞り込めば候補は結構限られて来てるしな」
「そうですか。まあ絶対に見つからないと思いますが、とミサカはせせら笑います」
「お前、ほんっと相変わらずな。まあ良いわ。じゃあな」
たん、という軽い音と共に垣根は一瞬で姿を消す。
御坂妹は暫らく垣根の座っていた場所をじっと見つめていたが、やがて何かを深く考え込むようにゆっくりと目を閉じた。
. .. . .
「……妹達にはもちろん、あなたたちにも本当に申し訳ないと思っているのですよ、とミサカは……、」
……本当に哀れなのは、誰なのだろうか。
――――― - 81 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:33:52.17 ID:mbTsdywo
- ―――――
「っつゥことがあったンだよ」
「それはまた……、難しい問題だなあ」
いつもの病室、いつもの時間。
一人作戦会議に行き詰った一方通行は、さっそく御坂妹のことを上条に相談していた。
御坂妹は判断を一方通行に任せるといっていたし、これまでも上条は一方通行という人間のことを周囲に言い触らしたりしていないので、
その辺りも信用できるだろうと思っての行動だ。でなければこんな相談はできない。
「で、オマエだったらどォ思う?」
「うーん……。やっぱり、自分のクローンが居るって言われたらすげえ驚くと思う……」
「受け入れられねェか?」
「その御坂妹って子みたいな友好的なクローンならいけると思う。ただ、こればっかりは個人差が……。
双子とはまた別だろうし、自分とまったく同じ顔の人間なんか気持ち悪いって奴もいるからなあ」
「やっぱ、御坂にそれとなく聞いてみるしかねェか」
本当なら最初っからクローンの存在を匂わせるような行動は控えるべきなのだろうが、今回はそうも言ってられない。
まずは美琴がクローンに対してどんなイメージを抱いているのかを聞き出して、スタートラインを定めなければいけないのだ。
「それにしても、どうやってクローンについての話を振るんだよ。どう考えても不自然だろ」
「そこは御坂妹が知恵を授けてくれた。オマエ、常盤台で第三位のクローンが製造されてるって噂が流れてること、知ってるか?」
「ん? あー、そう言えばそんな噂を聞いたことがあったような……。ああ、そうだ。本人から聞いたんだった。
アイツ、たまに街で会っても攻撃してこないでジュース奢るから愚痴に付き合えって言ってくるときがあるんだよな。その時だ」
「なンだ、オマエら意外と仲良いのか。二人で会うときはいつもリアル鬼ごっこしてンのかと思ってたぞ」
「いや殆どの場合はそうだぞ。まともな会話ができるのは本当にたまにだ、たまーに」
言いながら、上条がげんなりとした顔をする。
今日は美琴が一緒ではないので鬼ごっこは無かったようだが、思い出しただけでうんざりするくらいの頻度で追い回されているようだ。
「病院の外で会っても、俺の前では滅多にやンねェけどな。ありゃ何でだ?」
「流石に前科があるから、お前の前では自重してるんじゃないのか? あれでアイツかなり責任感じてるみたいだし。
そうでもなけりゃ、あの凶暴なビリビリが上条さんに攻撃してこないなんて奇跡がそうしょっちゅう起こるわけが……」
「き・こ・え・て・る・わ・よ? だぁれが凶暴ですって?」
(事実だけどな) - 82 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:34:36.03 ID:mbTsdywo
- 一方通行は心の中だけで呟きながら、冷めた目で美琴にしばかれている上条を見つめていた。
病院内では電撃を使えないからか、美琴は最近になって素手による攻撃方法を多数習得し始めていた。なんだかどんどん強くなっている。
それでも女の子に負ける上条ではないのだが、反撃できないのでされるがままだ。ひたすらギブギブと悲鳴を上げている。
「くっ、ここまでやっても落ちないか……。流石に手強いわね」
「俺は今日ほど自分の耐久力を恨んだ日はねえよ……」
「そォか。俺はオマエの頑丈さが羨ましいがな」
「いやいや、確かに頑丈さは俺の数少ない取り柄ですよ? 実際それで助けられたこともあるしな。
でも今回ばかりは例外と言うか何と言うか……」
「それだけ口を利く元気があるならまだ行けそうね」
「Oh...」
美琴が再び上条に技を掛けようとしたところで、流石に可哀想に思ったらしい一方通行が止めに入る。
ついでに美琴もやって来たことだし、いい加減本題に入らなければならない。
「そォいや御坂。ちっと小耳に挟ンだンだが、オマエ、自分のクローンの噂って知ってるか?」
「へ? 知ってるけど、何よ薮から棒に。まさかアンタたちまであんな下らない噂を信じてるんじゃないでしょうね?」
「まさか。人体のクローニングは学園都市の自治法でも禁止されてンだろ?」
と、御坂妹が言っていた。
まさかついこの間までクローンがありふれたものだと思ったいたなんて、口が裂けても言えない。 - 83 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:35:40.50 ID:mbTsdywo
- 「ええそうよ。記憶喪失なのに詳しいわね。でも、だったらどうしてクローンの話なんかするのよ?」
「いや、もし実際にそンなもンが目の前に現れたら、オマエはどォ思うのかと思ってよ」
「ええ? どう思うのかって……何よ急に?」
「い、いや、さっきまでちょうどその噂の話をしてたんだけど、俺たちはどうも想像がつかなかったからさ。
実際にそんな噂の当事者なビリビリはどう思うのかなーって思っただけであって、特に深い意味なんてナインデスヨ?」
「ふーん……」
演技が下手過ぎる。
そんな意味を込めて一方通行は上条を睨みつけたが、不信感から美琴にも睨まれている彼は、
身動きが取れずにただワザとらしい笑顔を浮かべることしかできなかった。
すると一方通行は呆れたように溜め息をつきながら、上条に助け舟を出すついでにさっさと話を進めてやることにする。
「で、どォなンだ?」
「んー……、そーねぇ」
美琴には悟られないように気を付けながら、二人は静かに固唾を飲んで美琴の答えを待つ。
そして暫らく考えた後、美琴は苦笑いしながらこう答えた。
「やっぱり薄っ気味悪くて、私の目の前から消えてくれーって思っちゃうわね」
……アウト。
――――― - 84 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:36:35.29 ID:mbTsdywo
- ―――――
「駄目だった」
「………………」
再び第七学区の喫茶店。
今度は上条も引き連れて、一方通行は御坂妹に事の次第を報告していた。
二人は無言無表情のまま見つめ合っているので、それを横から見ている上条はもうはらはらすることしかできない。
と、次の瞬間。
「そこを何とか! とミサカは必死に懇願します!」
「いやいやいや、アレは無理だ。取り付く島もねェよ」
「何の為にあなたに頼んだと思っているのですかこの役立たず、とミサカは白モヤシを罵倒します!」
「オイコラ今オマエ何つった。人が気にしてることに触れやがってはっ倒すぞ」
「お前ら落ち着け! とりあえず座れ! 喫茶店の皆さんがこっちを見ていらっしゃるぞ!
はい気をつけ! 礼! ありがとうございました! 着席!」
上条はよくわからない勢いで何とか二人を座らせることに成功するが、問題はこの先だ。
ああは言ったものの、一方通行が匙を投げたくなるのも仕方ない。何故なら美琴の答えは、それくらい絶望的なものであったから。
流石に御坂妹にそのまま伝えることはしていないが、生理的に受け付けないのではもうどうしようもない。
「……どうしても難しいですか、とミサカは未練がましく繰り返します」
「想定してた最悪の答えより酷かったンだぞ? それでも諦めねェってンで、まだ策があるなら協力はしてやる」
「マイナスイメージの改善以前の問題だからなあ。
いっそ突然アイツの目の前に現れて、どんな感じかを見て貰った方が手っ取り早い気がする」
「阿呆か。そンな荒療治、失敗したら御坂の方がショックで精神的に参っちまうぞ」
「うぐ、そうか……。でもだったら、やっぱり少しずつ段階を踏んで慣らしていくしかないよな」
「具体的には?」
「さっぱり分からん」
完全にお手上げだ。
三人はそれぞれ注文した飲み物を啜りながら頭を悩ませるが、なかなかいい案が浮かばない。 - 85 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:37:16.12 ID:mbTsdywo
- そんな中で、上条が唐突に声を上げた。
「もしくは『ビリビリ、実はお前を姉と慕うクローンが居るんだが、会ってみてくれないか?』だな」
「それもどォなンだよ。ショック的には大差ねェぞ」
「それじゃあどうすれば良いのでしょうか、とミサカは項垂れながら呟きます」
「そォだなァ……。『慣らしてく』って考え自体は間違ってねェと思うンだが……」
一方通行は背もたれに寄り掛かりながら天井を仰ぐと、目を閉じて唸りはじめた。
既に完全に手詰まりとなっているらしい二人は、期待を込めた眼差しでそんな彼を見つめ続ける。
すると、一方通行は急にぱちりと目を開けて顔だけを御坂妹の方に向けた。
「……こンなのはどォだ?」
自然と一方通行の方へと顔を寄せてきている二人に向かって、一方通行は回りに決して聞こえないような小さな声で作戦を説明する。
そして説明が終了すると、御坂妹は珍しくほんの少しだけ楽しそうな表情を浮かべた。
「それで、最終的にミサカが『よく きたな オリジナルよ わたしが おまえの クローンだ』とRPGの魔王の如く言い放つのですね、
とミサカは心を躍らせます」
「その辺はもォ好きにしてくれ。御坂がどォいう反応するかまでは責任持たねェがな」
一方通行は相変わらず超絶マイペースな御坂妹に呆れていたが、その一方で上条は苦い顔をしていた。
彼が懸念していることは、ただひとつ。
「……でもさあ、それってそれはそれで結構精神的に来るんじゃねえか?」
「確かに、結構な負担にはなるだろォな。しかし、現状これ以上の策は思いつかねェ。それか、何か他に良い方法があるか?」
「意見があれば伺いますが、ミサカも彼の言う通りだと思います、とミサカは一方通行に賛同します」
「まあ、そうなんだけどさ……」
それでも上条は美琴に少しでも辛い思いをさせてしまうことに抵抗を感じているのか、難しい顔をしていた。
そんな上条をじっと見つめていた御坂妹は、申し訳なさそうに目を伏せる。
「自分勝手は承知しています。お姉様に迷惑を掛けることになるということも。
ですがどうしても、ミサカたちは可能な限り早くお姉様にお会いしたいのです、とミサカは切実に頼み込みます」
「……でもこの方法だって、そこまで早く決行できるような作戦ではないぞ?」
「許容範囲内です。それよりも、これ以上作戦会議で時間を浪費してしまうことの方が惜しいです、とミサカはミサカの心境を説明します」
「それでも、下準備なんかもかなり大変だ。先回りして色々な細工をしないといけないし、その為の手段はどうするんだ?
とてもじゃないけど、そんな簡単に実現できるような方法じゃないと思う」
「それなら問題ありません。心強い協力者がいますので、とミサカは強気に言い放ちます」
「……、はあ。分かった。そこまで言うなら、俺はもう何も言わない」 - 86 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/05(金) 21:38:11.29 ID:mbTsdywo
- 遂に御坂妹に根負けした上条は、諦めたように溜め息をつく。
コーヒーを飲みながら他人事のように二人の会話を眺めていた一方通行は、それを見届けると再び口を開いた。
「決まったか? あァ、俺は口出ししねェぞ。
作戦を決行するかどォかは御坂妹が決めることだし、噂に誘われてクローンを探すかどォかは御坂が決めることだからな。
ただ、絶対に上手く行くって保証はねェ。そこをきちンと理解してるンだろォな」
「大丈夫です。その覚悟はできています、とミサカは決意を表明します」
「じゃ、俺たちにできることはこれで全部だ。
正直この作戦を決行する為の手段については全く考慮してなかったから、ここから先は俺たちにできることは何もねェ。
後は全部オマエたち次第だ。勿論できる範囲で協力はしてやるが、あンまり期待はすンな」
「いいえ、ここまででも充分過ぎるほどです。
むしろ下手にミサカたちに干渉することであなたたちまでお姉様とぎくしゃくしてしまうのではないかと心配ですので、
ここまでにして下さった方がミサカとしても安心できます、とミサカは懸念事項を口にします」
「その辺は大丈夫だ。ま、せェぜェ御坂に悟られないように気ィ使う程度だな。……オマエらも頑張れよ」
「はい、とミサカは一方通行の応援に答えることを約束します」
御坂妹の言葉を最後に、作戦会議は終了した。すると、三人は流石に緊張していたのか、一斉に自分の飲み物を口にする。
そうしてやっと一息ついたとき、ふと上条が尋ねてきた。
「そう言えば、御坂妹は『ミサカたち』って言ってたけど、お前みたいなのってあと何人くらい居るんだ?」
「……秘密です、とミサカはミステリアスな女性を気取ってみます」 - 92 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 21:48:18.61 ID:QFVk0n.o
- 数日後。学舎の園、常盤台中学。
午前中の授業が終了した昼休み、美琴は一人でベンチに座りながら売店で購入した焼きそばパンを頬張っていた。
(寂しい……)
友達同士で和気藹々と昼食を食べている周囲の女子生徒たちを眺めながら、美琴は心の中で一人ごちた。
いつもはルームメイトである白井と一緒に昼食を食べているのだが、
最近その白井が風紀委員の仕事に追われていて忙しそうなので邪魔になるようなことを控えているのだ。
一度は一段落したかに思えた風紀委員の仕事が、なにやら新しい発見があったとかで再び忙しくなってしまったらしい。
それでも昼食くらいは一緒に、と思って一度白井の教室に顔を出して昼食の誘いに行ったのだが、
彼女はノートパソコンに向かって難しい顔をしながらひたすら作業をしていて、とても声を掛けられるような状況ではなかった。
それでも白井は美琴の姿を見ると飛びついてきて一緒に昼食を食べようと言ってくれたのだが、美琴は自ら辞退した。
なんだかんだ言って白井は風紀委員の仕事に対してとても真摯に取り組んでいるので、それを邪魔するべきではないと思ったのだ。
と言うわけで、白井は今頃一年生の教室でめそめそしながら携帯食で栄養補給をしているはずだ。
やっぱり一緒に食べれば良かったか、いやでも仕事の邪魔はできないし、などと美琴が葛藤していると、ふとひそひそ声が聞こえてきた。
「……れは絶対御坂……だって」
「そ……訳……ない……い」
「ん? 何?」
何処からともなく聞こえてきた声が自分の名前を呼んだので、話し相手を欲していた美琴はついそれに反応してしまった。
ひそひそ話をしていた女子生徒はちょうど美琴の後ろにいたのだが、後姿だけでは美琴に気付けずについそばで本人の話をしていたようだ。
「え? あれっ!?」
「えっと、あの」
「あー、ごめんごめん。自分の名前が聞こえてきたもんでつい……」
突然話しかけられた二人組の女子生徒は、後ろ向きにベンチに座っている美琴を見て非常に驚いた顔をした。
ついつい反射で反応してしまったようなものとはいえ、盗み聞きみたいでちょっと悪いことをしてしまったかなと美琴は少し後悔する。
「た、多分見間違いだと思うんですけどこの子がさっき御坂さんを街で見かけたって」
「身体から電磁波出てるのも確認したのに……」
「でも御坂さん、さっき一年生の教室にいましたよね? だからそんなことあるわけないって」
「? ええ、昼休み中はずっと学校の中にいたわよ」
「ほら、やっぱり見間違いよ。背格好の似てる発電系能力者だったんだって」
「うーん、でも常盤台の制服着てたし、本当にそっくりだったんだけどなあ……」 - 93 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 21:50:06.35 ID:QFVk0n.o
- ……最近、急にこうした噂を聞くようになった。
当然ながら、美琴にそんな能力はない。如何に超能力者の第三位とはいえ、美琴はただの電撃使い。分身などできようはずもない。
どちらかと言えばどっかの馬鹿な能力者が変な悪戯をしているという可能性のほうが高いがそんな噂も聞かないし、
そもそもそんなことになっていれば事件として処理されることになるだろうから、風紀委員の白井を通じて美琴の耳に入るはずだ。
「その、ごめんなさい。こんな噂気分悪いですよね」
「ううん、私から聞いたことだし。気にしないで」
「それでは、私たちこれから別の棟へ移動しなくてはいけないので……、失礼します」
「うん、頑張ってね」
ぱたぱたと急ぎ足で去っていく女子生徒たちを見送りながらひらひらと手を振ると、美琴は深く溜息をついた。
ああは言ったものの、あの女子生徒が言っていた通り、正直美琴にとっては非常に薄気味の悪い噂だった。
なんと言っても他でもない自分自身の幻影が堂々と街を闊歩しているというのだから、気にならないはずがない。
かつ、こんなにも目撃証言が相次いでいるのに具体的な事件になることもなく、よってその詳細が美琴の耳に入ってくることもない。
美琴本人の与り知らぬところで、美琴に関わるおかしな何かが起こっている。それが、たまらなく気味が悪かった。
ただ美琴には、ひとつだけ思い当たることがある。
(クローン……、ね)
つい先日、上条と一方通行に振られた話題。何処かで超能力者の第三位のクローンが製造されているという噂。
彼らに言われるまでもなく、美琴もこれまでにも何度かクローンの影を感じたことがあった。
けれどそんなことはありえないと一蹴し、大して気にしたこともなかったが、まさか今更になってこんなことが起こるとは。
(ただの噂だと思ってたけど、まさか……。そもそもクローンの製造にはDNAマップが必要だし……)
そこで、ふと美琴は恐ろしいことを思い出してしまう。
DNAマップ。
……私、DNAマップ、提供したこと、なかったっけ……?
(いやいや、あれは筋ジストロフィーの治療の為に提供したんだし。まさかクローン製造の為に流用なんかされてるわけがない)
しかし。無いと、言い切れるか?
あの頃の美琴はとても幼くて、特に深い考えもなくただ筋ジストロフィーに苦しんでいる人々を助けたいと思ってDNAマップを提供した。
だから美琴がDNAマップを提供した研究者が、本当に筋ジストロフィーの研究者だったかどうか分からないのだ。
もしかしたらあの研究者はただの詐欺師で、超能力者の第三位のDNAマップ欲しさに美琴のことを騙したのではないだろうか?
(……待て待て、おかしいってば。あのときの私はまだレベル1だった。当然、超能力者の第三位なんかじゃない。
そんなただの電撃使いのDNAマップを手に入れるために、そんな用意周到な真似をするか? ありえない、やっぱり勘違いか)
他にも様々な不安要素はあったが、美琴はふるふると頭を振ってそれを振り払った。
そんなこと、あるはずがない。あって良いわけがない。
それに、一方通行だって言っていた。学園都市の自治法でも人体のクローニングは禁止されている。だから、ありえないのだ。 - 94 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 21:52:12.40 ID:QFVk0n.o
- 美琴は半ば自分に言い聞かせるように、わざとそう思い込ませようとするかのように心の中でありえないと繰り返す。
ぎゅっと目を瞑って完全に頭の中を書き換えると、美琴は残っていた焼きそばパンを一気に口に放り込んでもぐもぐと咀嚼した。
「あ、あの、御坂様ですよね?」
「ん?」
口の中の焼きそばパンを呑み込んでしまうと、急に見知らぬ女子生徒が美琴に声を掛けてきた。
見た感じ、下級生のようだ。何人もの友人を引き連れて美琴を取り囲んでいる。
「私達、御坂様のファンなんです! その、握手してもらって良いですか?」
「わ、私はこのノートにサインが欲しいんですけど……」
「よろしければ一緒に写真を撮っていただけませんか?」
「あ、う、ええと、うん、良いわよ……」
少女達の勢いに押されながらも、美琴は苦笑いしてそれを快諾した。
まるでアイドルだなあと思いながら、美琴は少女達の要望にそれぞれ応えてやる。こういうことは珍しくないので、美琴も手馴れたものだ。
「わあ、本当にありがとうございます、御坂様!」
「一生大切にします!」
「これからも応援させていただきますね。頑張ってください!」
「あはは、ありがと」
美琴はなんとかお嬢様らしい上品な笑顔を取り繕って、少女達のキラキラとした瞳に答えてやる。
そしてきゃっきゃとはしゃぎながら去っていく少女達の後姿を見送ってしまうと、美琴は盛大に溜息をついた。
ああいう子たちは基本的に、美琴に対して『常盤台のエース』『学園都市最強の電撃姫』といった幻想を抱いている。
しかし普段の彼女の素行を考えてみれば分かってもらえるだろうが、美琴の行動はとてもではないがそれに相応しいとはいえない。
けれどああいった純粋な少女達の夢を壊したくない美琴は、そうした子たちの前では優等生を演じることにしているのだ。
実際、美琴に憧れて常盤台に入学してくる生徒も少なくない。そんな子たちの夢を一々壊してしまうのは、あまりにも可哀想だ。
ただし、当然美琴にとっては慣れないことをしているわけなので、非常に疲れる。
美琴はもう既にこれは超能力者の宿命なんだろうなと諦めてしまっているが、それでもどうしても未だに慣れることができなかった。
(……あ)
そして、超能力者にはそれとは別にもうひとつの宿命があった。
こちらはどうしても認められなくて、諦められなくて、美琴はまだ抗い続けている。
だから美琴は、声を掛けた。 - 95 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 21:53:59.21 ID:QFVk0n.o
- 「ねえねえ、なんの話してるの? 私にも教えてくれない?」
「へ? あ、え、みっ、御坂さん!?」
「と、とてもではありませんが御坂さんのお耳に入れるようなことでは……」
「いーのいーの、そんなの気にしないでよ。クラスメイトなんだし」
「で、ですが、その、本当に大したことのない話で……」
「……ごっ、ごめんなさい!」
何も悪くないのに、誰も悪くないのに、美琴のクラスメイトたちは美琴に頭を下げると脱兎の如く逃げ去ってしまった。
その場には、美琴一人がぽつんと取り残されてしまう。
いつも同じ教室にいて、いつも同じ授業を受けているクラスメイトなのに。
(今日も駄目だったか)
別に美琴が何をしているわけでもないし、何をされているわけでもない。
ただ、美琴が超能力者であるというだけだ。
けれど美琴は諦めずに日々こうした挑戦を続けているが、未だに成果は得られない。レベルの壁は、それほどまでに高かった。
(悪い子たちじゃないっていうのは、分かってるんだけど)
そう、分かっている。分かっているけれど、やはり、辛い。
他の子の前では普通に話しているのに、自分が目の前にやってきた途端に萎縮してしまってまともな会話をすることができない。
これまでは絶対に諦めてやるもんかと強く心に決めていたが、いい加減そろそろ限界だった。
この頃はずっと白井がついて回ってくれていたので忘れていたが、白井が居なくなったことでまたそれを強く感じるようになってしまった。
(寂しい……)
そうだ、放課後になったらまたあいつらに会いに行こう。美琴が超能力者であることを、ちっとも気にしないあいつらに。
午後の授業の予鈴が鳴った。
―――――
第七学区、とあるビルの屋上。その縁に腰掛けながら、垣根帝督は病室の一方通行を監視していた。
病室の中の一方通行は、美琴から借りたらしい分厚い本を読みながら、大きなあくびをしている。
「ったく、暢気にあくびなんかしてやがる。自分が追われてるってこと忘れてるんじゃねえか?」
『まあ実際、今は手出しができねえから追われてるとは言い難いがな。平和ボケには違いねえ』
独り言のつもりで言ったのだが、予想外にもヘッドセットから声が返ってきた。
あっちも暇なのだろうか、などとどうでもいいことを考えていると、今度は一方通行がうとうとし始めた。本当に大丈夫かあいつ。 - 96 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 21:56:22.05 ID:QFVk0n.o
- 「つーか、なんで手出ししたら駄目なんだ? 今なんか絶好のチャンスじゃねえか」
『なんか圧力が掛かってるらしい。統括理事長様のお達しとありゃ、聞かねえわけにはいかねえだろ』
「は? アレイスターが? そりゃまた何で」
『俺が知るか。あっちにはあっちの考えがあるんだろ』
苛立ち混じりに投げやりな答えが帰ってくる。どうやらその所為であっちも手持ち無沙汰なようだ。
と言っても、それは垣根も同じことだが。暇で暇で仕方ない。
「そもそもアレイスターが指示してたんじゃなかったのか、この実験。一体何がしたいんだ」
『諦めたわけじゃねえだろ。もしそうなら、妹達なんかとっくに『処分』されてる。あくまで『今は』駄目なだけだろう』
「ふーん、まあ良いや。とにかくこれは妹達にとっては僥倖ってことか。寿命が延びるんだからな」
「ええ。どうやら天はミサカたちに味方しているようですね、とミサカはこの幸運に感謝します」
「うおお!?」
いつの間にやら背後に忍び寄っていた御坂妹に驚いて、垣根は変な声を出してしまった。
相手は軍用に調整されたクローンとはいえ、超能力者の第二位たる垣根が接近にまったく気が付かないとは。
『おい、どうした?』
「クローンだよ、クローン。いつの間にか後ろにいた」
『いつの間にかって……、お前第二位じゃなかったか?』
「うっせ」
そのやりとりに、無表情だった御坂妹の表情がぴくりと動いた。
彼女はゆっくりと垣根の方を向くと、しかし垣根を見ずにヘッドセットの向こうにいる人間に向かって話しかける。
「その声は木原数多ですか、とミサカは垣根帝督の通信相手を推測します」
『おう、久しぶりだなクローンちゃん。最終信号の居場所教えろ』
「知りません、とミサカはそっぽを向きます。まあ本当に知らないんですけどね」
「それは前聞いたっつの。ってか、お前から俺に会いに来るなんて珍しいな。てっきり毛嫌いされてるとばかり思ってたが」
「嫌いですが、とミサカはきっぱりと肯定します」
垣根は心の中でだけひでえと呟くと、ヘッドセットから笑いを堪える声が聞こえてきた。
畜生覚えてろよ。 - 97 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 21:57:52.81 ID:QFVk0n.o
- 「で、俺のことが大嫌いなミサカちゃんがわざわざ何の用だよ」
「病院に野暮用がありまして。そこでたまたま見かけたので何か企んでいるのではないかと思ったのです、
とミサカはここに至った経緯を説明します」
『残念……、いや、ラッキーだったな。こっちは手出し無用だとよ』
「存じています。しかしあなたたちが単独行動に出る可能性を危惧しました、とミサカは補足説明を付け加えます」
「流石にそこまでしねえよ。俺たちだって色々惜しいモンがあるからな」
「そうですか、とミサカは安堵します」
口では安堵と言うものの、御坂妹の表情にはまったく変化が見られない。
そんな彼女を見ながら、垣根は改めて御坂妹に対して人形のようだと言う評価を下した。
『何か企んでるのはテメェの方だろうが。野暮用ってのは何のことだ?』
「さあ、何のことでしょうね、とミサカはしらを切ります。
と言ってもミサカたちは不安定なクローンですから、病院にならいくらでも用があるんですけどね」
『チ、まあ良い。上手く行くと思うなよ』
「……何のことやら、とミサカは目を逸らします」
会話の内容は垣根にもおおよその見当がついたが、彼は何も言わなかった。
言うまでもなく、上手く行くはずがないからだ。少なくとも、第二位たる自分がいる限りは。
そしてその時には、もう既に行動制限は解除されているはずだ。
「ところで」
不意に、御坂妹の声が聞こえた。
非常に珍しいことに、彼女は口角を僅かに吊り上げてうっすらと不敵な笑みを浮かべている。
「賭けをしませんか、とミサカは要領を得ない提案をします」
「はあ? 何の話だそりゃ。つーか、自分で解って言ってるのかよ」
『耳を貸すな。下らねえ』
吐き棄てるように言った木原の声に、垣根も無言で同意する。
しかし、御坂妹は構わない。 - 98 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 22:03:01.70 ID:QFVk0n.o
- 「ミサカたちとあなたたちの目的は、根本的なところでは同一のものです。
あなたたちにとっても損ではないと思いますが、とミサカは思わせぶりに言葉を続けます」
「……はあ。聞くだけ聞いてやる」
『オイコラ』
「良いだろ。聞くだけだ、聞くだけ。愚痴に付き合ってるとでも思えば良い」
「では、話を続けさせてもらいましょう、とミサカは笑みを深くします。
……あなたたちは万に一つもありえないと切り捨て、馬鹿にするでしょうが。もし、もしミサカたちの企みが上手く行ったなら」
そこで、彼女は一度言葉を止めて小さく息を吐いた。
最初から覚悟はしていたが、改めてそれを口にするのはやはり恐ろしいことだった。
「もう、彼も、ミサカたちも、放っておいて貰えますか、とミサカは提案の内容を明かします」
「……は、馬鹿か。俺たちがどうしてこんなことしてるのか、知ってるよな?」
「ええ、もちろん。理解した上で言っています。
いえ、だからこそ言っています。ですからその時は、もう、そっとしておいてあげて貰えますか、とミサカは繰り返します」
「で? 俺たちに対する配当は?」
「もしミサカたちが負ければ、あなたたちの要求に何でも答えましょう、とミサカはあなたたちにとって魅力的であろう条件を提示します」
『……確かに魅力的だ。だが、賭けとして成立してねえな。賭けの参加者は俺たちとお前たち。しかしお前たちに配当はない』
ヘッドセットから、呆れたような木原の声が聞こえてきた。
しかし御坂妹は、相変わらず気味が悪いくらい綺麗に微笑んでいる。
『お前たちは賭けに勝っても負けても、最終的には死ぬことになる。いや、勝った方がひでえことになるな。
その辺、ちゃんと解ってて言ってるのか?』
「もちろん解っています。しかし、あなたは少し勘違いしていますね。ミサカたちにも配当はありますよ、とミサカは訂正を求めます」
『……頭おかしいんじゃねえのか? 気が狂ってる』
「それにもしお前が勝ったところで、その後で万が一アイツが思い出したら。あるいは知ったら。
どちらにも利益のない最悪の結果になるだけだ」
.. .. .. ... . ..
「そうならないようにして下さい。それでも駄目ならまた同じことをして下さい、とミサカはあなたたちに依頼します」
「……ホント、お前らは狂ってるよ」
「ええ、自分でもそう思います、とミサカはあなたの言葉を肯定します」
垣根は、理解を諦めたとでも言うようにやれやれと首を左右に振った。
御坂妹は、最後まで表情を変えなかった。 - 99 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 22:05:14.28 ID:QFVk0n.o
- ―――――
白い病室の中、暖かな日差しに包まれている一方通行は、本を手にしたままうとうととしていた。
その分厚くて重い本が、力の入っていない手のひらから今にも滑り落ちてしまいそうだ。
しかし絶妙なバランスで以てなんとか一方通行の手に収まっていたその本は、不意の衝撃によって呆気なくその手から零れ落ちた。
「やっほーう。元気してる? ……って、あれ?」
「ふ、くァ……、御坂か。珍しく早かったな」
「ごめんごめん、寝てたの邪魔しちゃったわね」
あくびの所為で出てきた涙を拭いながら、一方通行は床に落ちた本に向かって手を伸ばす。
本の様子を確認してみれば、ちょうど背表紙から落ちてくれたお陰で汚れも折り目も付かずに済んだようだ。
「いや、本読みながら居眠りしてただけだ、構わねェよ。
ちなみに上条なら今日はタイムセールだってンでまだ来てねェぞ。アイツのことだからその内来るとは思うが」
「なっ、何で突然アイツの話が出てくるのよ。何の関係も無いじゃない」
「なンだ。自覚ナシか」
「だから、何の話?」
「いや、分からねェなら別に良い」
「はあ?」
美琴は怪訝そうな顔をしていたが、本能でこれ以上は墓穴だと悟ったのか、しつこく訊いてくることはしなかった。
そんな彼女を横目に見ながら一方通行は本を本棚に仕舞い込むと、ふと思い出したかのように口を開く。
「そォいや、いつもは知り合いの風紀委員と一緒に出歩いてるンじゃなかったのか?」
「ん、何か風紀委員の仕事が忙しいみたいでさ。邪魔するのも悪いし、退散して来たのよ」
「ふゥン。喧嘩でもしたのか?」
「へっ? い、いや、まったくそんなことは無いんだけど。……何か顔に出てる?」
「なンとなく。嫌なことがあったのか? って程度だな」
「そ、そっか。私ってそんなに分かり易いのかしら……。アイツも意外と見抜いて来るのよね。
まあ、ほんとに大したことじゃないんだけどさ」
そこまで言って、しかし美琴はもごもごと言い淀む。
一方通行はベッドのそばに置かれた椅子を座りやすい位置まで引きずり出すと、美琴に座るように促した。 - 100 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 22:09:19.17 ID:QFVk0n.o
- 「まァ、言いたくねェなら無理に言わなくても良いンじゃねェの。相談されたところで、俺もそォいうの苦手だしな」
「あー、うん。それは何となく分かってるから良いんだけど。ま、愚痴だとでも思って聞いてちょうだい」
美琴は勧められた椅子に座りながら、わざと明るい調子でそういった。
やっぱり分かり易い奴だなと思いながら、一方通行は彼女の言葉を黙って待つ。
「ほら、アンタたちは忘れてるかも知れないけど、私って超能力者でしょ? だからなのか、結構敬遠されちゃうのよね。
尊敬だか畏怖だか知らないけど、とにかく近寄りがたいみたいでさ。
私はレベルなんか全然気にしてないんだけど、あっちはそうも行かないみたい」
「嫉妬か?」
「いや、幸いそういうのは無いんだけど。みんなすごく良い子だし。ただ、普通の友達として扱って貰えないと言うか何と言うか……。
何て言うのかな。アンタの言う通りに虐めとかなら、お互いの悪い所を治すっていうふうに一応改善の余地があるんだけど、
私の場合は誰も何も悪くないから何処にも改善の余地がないのよね。
話し合って理解して貰えれば良いんだけど、大抵の場合は相手が遠慮しちゃったり萎縮しちゃったりしてまともに会話が成立しないし。
今まではそれでも何とかしようって思って結構頑張って来たんだけど、いい加減そろそろ諦めようかなあって。
それに、もう私には黒子たちもアンタたちも居るし、そこまで必死になる必要を感じなくなってきたしね」
美琴は一気にそこまで言い切ると、はあっと大きく息をついた。
彼女は何も言わない一方通行の方に向き直ると、気まずそうな笑顔を浮かべる。
「アハハ、ごめん。こんなこと言われても困るだけよね。気にしないで」
「いや。愚痴れば少しは気が楽になンだろ。俺じゃ何も出来ねェが、聞くぐらいならいつでもやってやる。
ちょうど良い暇潰しにもなるだろォしな」
「暇潰しって、アンタねえ……。人がわりと真剣に悩んでるってのに」
「俺に真っ当な反応を求めるのがそもそもの間違いなンだよ。助言が欲しいなら上条に言え」
一方通行がさらりと言った一言に、美琴はしかし過剰反応して顔を真っ赤にしてしまう。
こういうところが分かりやすいんだ、と思いながら一方通行は溜息をついた。
「でっ、出来るわけないでしょ! って言うか、この話絶対アイツにはしないでよ!?」
「ハイハイ、分かってるっつゥの。その辺はオマエが自分で何とかしろ」
「まったくもう……。本当に分かってるんでしょうね?」
かなり真剣にそう言っているのだが、一方通行は適当にあしらうだけだ。
と言っても、なんだかんだ言って彼は美琴の不利益になるようなことをしたことは無いので、一応は信用できるのだが。
「あ、そうだ。話は変わるけど、アンタはクローンってどう思う?」
「ごほっ」
水差しから注いだ水を飲んでいるところに来たあんまりな不意打ちに、一方通行は思わず咽る。
気管に水が入ってしまって苦しんでいると、美琴が呆れながらも背中を擦ってくれた。 - 101 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 22:14:00.73 ID:QFVk0n.o
- 「何よ、そんなに驚くことないじゃない。アンタたちが最初に振ってきた話題でしょーが」
「いや、それはそォだが……。
クローンに対する答えがアレだっただけに、オマエはあまり好きじゃなさそォな話題だったからな。少し意外だっただけだ」
「あー、あれね。まあ確かにそうかも。でもあれから急にクローンの噂をよく聞くようになってさ。
ちょっと前までは常盤台の一部でしか聞かなかった噂だったのに、
いつの間にか街中のあちこちでクローンの噂がされるようになったから、ちょっと気になっちゃってね」
「そ、そォか。で、何だ?」
表情はいつも通りのポーカーフェイスだが、内心は何か良からぬことが起こってしまったのではないかと気が気ではない。
それにしても御坂妹め、少し行動が早すぎやしないか、と一方通行は心中で毒づいた。
「うん。こないだ私はクローンについてあれこれ言ったけどさ、アンタたちがどう考えてるのかは聞かなかったなーって思って。
で、どう思ってるのか聞いてみようかと」
「……クローン、なァ。俺は記憶がねェから、ある日突然実は双子の弟が居ました、って教えられたのとそォ変わらねェな」
「あー、なるほど。そんな感じなら、今のアンタにとっては充分ありうる可能性なのか」
「でも、オマエは生まれてから今までずっと双子なンか居なかったンだろ? その辺が俺とオマエの感覚の違いになるだろォな」
「けど、クローンって遺伝子的には完全に同一人物なのよ? ちょっと気味が悪くない?」
「その辺は、それぞれの考え方の違いなンだろォな。
俺はまだそっち方面の学問には詳しくねェから突っ込ンだことは言えねェけど、一卵性双生児とそンなに変わらねェと思うぞ。
それに遺伝子的に同一人物ってだけだから、環境や生活習慣が変われば体格や性格だってだいぶ変わってくるしな」
「ふむ……。まあ、確かにその通りかも。黒子もなんかコピーロボットみたいに考えてるみたいだったしなー。
それにしても、双子の妹、ねえ」
……これは、意外と好感触だろうか。
一応、作戦についての打ち合わせは最後までしてある。それに、御坂妹はほぼ準備完了したのであとは仕上げだけと言っていた。
予定よりだいぶ早いが、御坂妹にしても一方通行にしても、時期は早いに越したことはない。
一方通行は決断を下した。
「……そォ言えば、よ。俺も最近、オマエのクローンについて変な噂を聞いた」
「え? どんなの?」
「樋口製薬・第七薬学研究センターにオマエそっくりの奴が入って行ったのを見た奴が居て、
それがオマエのクローンなンじゃねェかって噂されてるンだと。それともオマエ、なンか心当たりあるか?」
「……いや。そんな施設、行ったことどころか聞いたこともないわ」
途端、美琴の声が低くなった。
ああこれは絶対何か企んでると思いながらも、一方通行はわざとなんでもない風に言葉を続ける。 - 102 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/09(火) 22:15:25.19 ID:QFVk0n.o
- 「つっても、ただの噂だからな。樋口製薬・第七薬学研究センターっつったらまだ普通に稼動してる施設だ、
対立してる研究所かなンかが営業妨害の為にそォいう変な噂を流してるって可能性もある。調べに行くにしても無謀だしな」
「……ま、それもそうね。もうちょっと何か調べようがあれば良いんだけどねー」
言いながら、美琴は椅子の足元に立て掛けていた鞄を拾い上げた。
表面上気にしていない風を装っているが、これは明らかに今すぐ調べに行こうとしている。
「もォ帰るのか?」
「うん。たまには門限に余裕を持って帰らないと寮監に目を付けられちゃうしね。また明日来るから」
「そォか。上条にも言っとく」
「だーかーら、何で突然アイツの名前が出てくるのよ、もう。それじゃあね」
それだけ言うと、美琴はひらひらと手を振りながら病室を出て行ってしまう。
一方通行はそれを見送り、閉じられた扉を眺めながらぼそりと呟いた。
「……ホント、上手くいくのかねェ」 - 114 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:36:23.51 ID:4wteoHEo
- 一方通行は美琴が出て行ってから暫らく経ったのを見計らうと、ベッドのすぐそばに置いてあった松葉杖を取って病室を出た。
もはや歩き慣れてしまった病院の廊下を進み、一方通行は美琴が出て行ったのとは違う出口から外に出る。
そしてポケットの中に仕舞っておいた携帯の電源を入れると、電話帳に入っている数少ない連絡先の中からひとつを選んで電話を掛けた。
「タイムセールは終わったか? 予定よりかなり早まったが、御坂を樋口製薬・第七薬学研究センターに誘導した。オマエも来いよ」
それだけ言うと、一方通行は電話の向こうで慌てている相手を無視して一方的に電話を切った。
そうして彼は携帯電話を再びポケットに入れると、病院に戻らずにそのまま無断で外に出て行ってしまう。
御坂妹に、会わなくてはならなかった。
―――――
一方通行にわざわざ嘘をついてまで病院を飛び出した美琴は、思いっ切り帰り道を逆走していた。
行き先は、もちろん樋口製薬・第七薬学研究センター。
本当はずっと気になっていた、クローンの目撃情報のあった場所。
それに目撃情報があったのが研究所なら、白井のような風紀委員に情報が行っていなかったのも納得できる。
研究所なんかの施設は、完全に風紀委員の管轄外。警備員の管轄だ。
しかも如何に警備員であったとしても、研究所など何か決定的な証拠でも無ければ踏み込むことなど絶対に許されない。
そして当然、こんな噂程度の目撃情報なんかではそんな大それたことなど出来る訳がない。
しかし、美琴は違う。
ありとあらゆる電子機器を自由自在に操ることができる超能力者の第三位は、
誰にも悟られることなく物理的にも電子的にも何処にでも侵入し、そこにある情報を引き出すことが出来る。
だから美琴は、そんな下らない制約に縛られたりはしないのだ。
そして、だからこそ美琴には一切の躊躇いが無かった。
「……ここ、ね」
美琴はとある建物の前で立ち止まると、息を切らしながらそう呟いた。ここが、例のクローンが目撃された場所。
彼女はごくりと唾を飲み込むと、そっとその門に触れる。
そして目を閉じて細く息を吐くと、意を決して門を乗り越え建物の敷地内へと侵入する。
持ち前の運動神経でもって華麗に着地すると、彼女は立ち止まることなく一気に一番大きな建物の中へと駆け込んだ。
美琴は自分の行く手を阻む電気的なセキュリティをすべて解除し、撹乱し、利用して先へ先へと進んでゆく。
やがて安全と言える場所までやってきた美琴は、携帯しているPDAを使って研究所のシステムに直接接続し、それらしい研究部署を調べ始めた。
ちなみに、彼女の場合電気的なセキュリティにはまったく気を配らなくても良いのだが、所員やガードマンの目だけは彼女の能力ではどうすることもできない。
だからそういった人の目にだけ気をつけながら調査を進めていくと、彼女は明らかに怪しい区画を発見した。
(電源はあるのにLANが配線されてない隔離区画……? 取りあえずここから当たってみるか)
と、その時。暗がりに隠れていた美琴のすぐそばの壁が懐中電灯のライトで照らし出される。
幸い、光源となっている場所から美琴の位置は死角になっているので自分の存在はばれていないが、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
見つからないようにそっと様子を窺ってみれば、どうやらガードマンが巡回にやってきたようだった。 - 115 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:37:02.36 ID:4wteoHEo
- しかし、ガードマンは辺りを適当にライトで照らし出しただけで人は居ないと判断してしまったのか、すぐに美琴に背を向けて帰って行く。
美琴は絶対に音を立てないように慎重にPDAのケーブルを取り外すと、足音を立てないようにそーっとその場から移動する。
(びっくりした、見つかったかと思った……。最悪、見つかっても電撃で気絶させちゃえば良いけど、侵入した痕跡を残したくないもんね)
ケーブルを纏めてポケットに仕舞いこみ、PDAに保存しておいた見取り図を頼りに隔離区画へと向かう美琴。
そこはもともと美琴の立っていた場所からそこまではそう離れていなかったらしく、彼女はすぐに目的地に辿り着くことができた。
隔離区画には厳重な電子錠が掛けられていたが、美琴の前では何の意味も為さない。
彼女はいとも簡単に電子ロックを解除してしまうと、内部に誰も居ないことを確認してから部屋の中へと入ってゆく。
(コンピュータ発見。これかしら? ……と、何あれ?)
部屋の東側は一面がガラス張りになっていて、その向こうに何か大きな機械が見える。
美琴はコンピュータを後回しにして窓の方へと近付いていくと、暗い中で目を凝らしてその機械を観察してみる。
……あれ、は。
(人間が入るサイズの培養器……。いよいよきな臭くなってきたわね)
美琴は窓から離れると、僅かに汗ばんだ手でコンピュータを起動させる。
コンピュータのデータの中にはいくつか消された痕跡があるものもあったが、この程度なら復元可能だ。
彼女は能力も併用してデータの復元を完了させると、震える指先でボタンを押して目的のデータを表示させる。
そうして画面に表示されたのは、“超電磁砲量産計画『妹達』最終報告”の文字。
(…………、本当にあった……、私の、クローン計画)
あまりの衝撃に、眩暈がした。危うく倒れ込んでしまいそうになったのを何とか堪えて、美琴は体勢を整える。
そして彼女は更にコンソールを操作して、次々と情報を表示させていく。
(やっぱりあの時に提供したDNAマップが基になって……、最初からこれが目的だった?
将来有望な能力者のDNAマップを集めてたとかなのかしら……)
流れていく情報に目を通しながら、美琴ははたと指の動きを止めた。
ある一点で、視線が固定されている。
(……『妹達』のスペックは私の1%にも満たない……? 私の劣化版しか作れないってこと? それなら商品価値なんて無に等しいはず。
それなのにクローンは製造された? 製造した後に『妹達』のスペックの低さが判明したのかしら。
いや、でもそれって余りにも無計画すぎるわ。こういう計画ってのはかなり綿密な予測と計算をもとに漸く開始されるもののはず)
しかし、いくらデータを見直してみても、その辺りの経緯は一切記載されていなかった。
そして同時に、美琴自身もそれどころではなくなった。
データの一番最後に、とんでもないことが書かれていたから。
(今日の二十時半に絶対座標X-154368 Y-325589にて『妹達』検体番号10032号の調整を行う、って……。今何時!?)
美琴が慌てて腕時計を確認すると、時刻は現在十九時過ぎ。
病院からここまで移動してくるのと、ハッキングや研究所内の調査に時間を掛けすぎたようだ。もうこんな時間になっているとは。
PDAで絶対座標の位置を確認してみれば、そこはここからはかなり離れた廃ビルのようだった。
交通機関を駆使して、全速力で走ってギリギリで間に合うかどうか。しかし、迷っている暇も考えている暇も無かった。
彼女は素早くコンピュータを起動させた痕跡を完全に削除すると、慎重かつ迅速に研究所から脱出する。
美琴は頭の中で最適な移動手段を弾き出しながら、全速力でモノレールの駅へと走って行った。 - 116 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:37:38.22 ID:4wteoHEo
- ―――――
「予定を早める、という判断をして下さった一方通行には感謝しなければなりませんね、とミサカは一人ごちます」
とある廃ビルの一室の中、御坂妹はたった一人で計画の準備を進めていた。
かつては本当にここで調整で行われていたのか、彼女の周囲には無数の培養器や医療機器が立ち並んでいる。
しかし今はそれら全てに黒い布が掛けられてあって、それが何なのか分からないようになっていた。
「……さて、これで充分ではないでしょうか、とミサカは準備の進行状況を報告します」
報告などと言っているが、周りにはまだ誰も居ないので彼女の言葉を聞く者はいない。
別にミサカが可哀想な人というわけではなく、もはや癖のようなものなので気にしないで欲しいです、と御坂妹は心中で呟いた。
「……あとは、主役の登場を待ちわびるばかりですね、とミサカは緊張した面持ちで呟いてみます」
一方通行からの連絡を受けたのが、ざっと一時間前。
それからすぐに最後の仕上げに取り掛かったお陰で、彼女の用意した舞台は既に満足の行く出来になっていた。
御坂妹は今一度辺りを見回すと、満足そうな顔をして予定していた位置につく。
「さあ、上手く行くかどうかは神のみぞ知るですか、とミサカはあとは天運に任せることにします」
―――――
X-154368 Y-325589。その絶対座標が示す場所にある廃ビルの目の前に、御坂美琴は立っていた。
彼女は考え得る限りの最適な交通機関を駆使してここまで来たが、それでも時間はギリギリだった。
現在時刻は二十時二十五分。実に、二十時半の五分前だ。
「……、行こう」
躊躇っている時間なんか残されていない。そう判断した美琴は、迷うことなく廃ビルに入って行く。
廃ビルの中にはろくな照明が無かったので、美琴は自分の能力を使って発生させた電気の光球を光源にして先へ先へと進んで行く。
ぽつぽつと点在する蛍光灯が明滅している所為で、ただでさえ気味の悪い廃ビルが更に不気味に演出されていた。
(絶対座標の示してる場所は……、最上階の大広間か。
まったく、いくら誰にもばれたくないからって、ちょっと徹底し過ぎじゃないかしら。誰の趣味なんだか)
当然、こんな廃ビルのエレベーターが稼働しているはずがないので、ぼろぼろの階段を登って行かなければならない。
能力を使えばもしかしたら動かすことは出来るかもしれないが、
最後にメンテナンスされたのがいつだか分からないようなエレベーターに乗りたいとは思わなかった。
本当なら調整とやらを行う研究者の為のエレベーターがあるのだろうが、そう簡単に見つかるとも思えないし、探している時間も無い。
美琴は覚悟を決めると、一気に階段を駆け上がる。
(最上階は6階。頼むから私が行くまで待っててちょうだいよ、10032号!) - 117 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:39:08.30 ID:4wteoHEo
- ―――――
「あーっ、もう!! どうして俺だけこんな目に!?」
スーパーのロゴが入ったビニール袋を手首に提げた上条は、携帯電話を片手に学園都市を駆けずり回っていた。
通信相手である一方通行は、そんな上条の近況報告を聞いて受話器の向こうでけらけらと笑っている。
『オマエの不幸は本当に筋金入りだな。何をどォやったらそンなに不運が重なるンだ?』
「そんなの俺が知りたいよ畜生!」
一 方通行からの連絡を受けて慌ててスーパーを出て病院に行ったらもぬけの殻で、メールされていた作戦内容に載っていた研究所に行ったら御坂妹から電話が掛 かってきて遅れて申し訳ないという旨の言葉とともにそこは違うからこっちに来い(意訳)と言われ、指示された交通機関に乗って移動しようとしたら美琴と鉢 合わせしそ うになって一目散に逃亡し、代わりに乗った電車が途中で人身事故に遭って止まってしまい、仕方がないので走って行こうとしたら不良に絡まれて逃げ回る羽目 になった。連続不幸記録更新なるか、というレベルだ。
「しかも集合場所が廃ビルの六階ってどういうことだ! これ以上上条さんを疲れさせて何がしたいんですか!?」
『その辺りは問題ありません。ビルには隠しエレベーターがあるのでそれを利用してください、とミサカは横からアナウンスします』
一方通行の携帯に繋げているはずなのに何故か突然御坂妹の声が聞こえてきたので、上条は少し驚いた。
どうやら一方通行は携帯をスピーカーモードにして御坂妹も通信に参加できるようにしているようだ。
「そ、そうか、それなら安心だ。て言うか御坂妹、俺なんかと喋ってて良いのか? 準備は?」
『そちらは大丈夫です。舞台の準備は整いました、とミサカは無い胸を張りながら報告します』
「なら良いんだけど……、それ以前にこれ本当に間に合うのか? もうすぐ二十時半回るぞ」
『あ、御坂来たぞ』
「うおおおい! さっそく出遅れてるじゃねえか! ここまで走って来た俺の苦労は!?」
『ちょ、ちょっと待ってください。緊急事態が発生しました。
いぬが空腹を訴えているので餌をあげなければなりません、とミサカは焦りながらも餌の準備を始めます』
『もォすぐ御坂が来るっつってンだろ! 何でこの状況で猫に餌やろォとしてンだよ』
『あなたはこんなにも鳴いて餌を求めている子猫を放置できるというのですか!? とミサカは一方通行の薄情さに憤慨します』
『時と場合を考えろ。この状況で御坂が突入してきたらどォする気だ? ってオイマジかマジで餌やるのか俺もォ知らねェぞ!』
「お、おーい、本当に大丈夫なのか? なんか心配になって来たんだが……。つーかこれマジで俺間に合わないんじゃないか?」
御坂妹たちの方も大変な状況になっているようだが、それ以上にどうしようもないのは上条だ。
上条は先程からずっと全速力で走り続けているが、それでも既に廃ビルに到着しているであろう美琴に追いつけるかどうかは非常に怪しい。 - 118 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:40:16.74 ID:4wteoHEo
- 『あァ、御坂はエレベーターを諦めて階段で来るよォだ。だからオマエは御坂が階段を登り切る前にエレベーターを使ってここまで来い』
「そんな無茶な! まだけっこう距離あるぞ!?」
『そォいう時は根性でなンとかしろって前に誰かが言ってた気がする』
「根性で何とか出来ることと出来ないことがあるんです! ああもう、不幸だー!」
喋る体力があるなら黙って走れば良いのに何とも非効率的なことをしているなあとは思いつつも、このままの方が面白いので何も言わない一方通行。
さて、果たして上条は美琴が御坂妹と対面するその時までに間に合うのだろうか?
『大変です、いぬが餌に喰らい付いて動こうとしてくれません、とミサカは緊急事態を報告します』
『だから言っただろォが。俺はもォ物陰に隠れるからな。あとは自分で何とかしろ』
『そんな薄情な! とミサカは一方通行に縋り付こうとしますが避けられてしまいました』
『オマエ、自業自得って言葉知ってるか? あ、足音聞こえてきた』
「……なんかもう駄目な気がしてきた」 - 119 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:41:29.62 ID:4wteoHEo
- ―――――
廃ビルの最上階、大広間への扉前。
ここまで一気に階段を駆け上がってきた所為で荒れてしまった息を整えながら、美琴はそっとその扉のノブに手をかける。
(…………、……この、先に……)
しかし、そのドアノブを押して扉を開くのは、とても勇気のいることだった。
美琴はドアノブに手をかけたまま目を閉じて深く息を吐くと、そのまま一息に扉を押し開く。
開いた扉の先の大広間は薄暗く、ここからでは一番奥まで見通すことが出来なかった。
左右の壁に等間隔に配置されている小さな明かり以外には何の光源も無かったが、普通に歩き進む分には問題なさそうだ。
美琴は能力で作った電気の明かりを消滅させると、壁に掛けられたランプの発する不気味な光を頼りに恐る恐る先へ進んで行く。
よくよく見れば、壁のそばには明かりの他にも何か大きなものが並べられてあるようだ。
それらには全て黒い布が掛けられているのでその正体は分からなかったが、ここがそもそもどういう目的で使われている場所なのかを思い返してみれば、どうせろくでもないものなのだろうという予測は立てることが出来た。
黙々と、ゆっくりと歩を進めていると、彼女はやがて大広間の奥まで見渡すことの出来る位置に辿り着いた。
そこには、確かに人の気配がある。
そしてその最深部には、一心不乱に餌にがっついている子猫と何やら達観した表情でその子猫を見守っている自分そっくりの少女の姿があった。
調整と聞いていたので何かもっとおぞましいものを見ることになるのではないかと身構えていた美琴は、思わずきょとんとしてしまう。
「ふふふ……ミサカはもう諦めました。いえ、いぬが幸せなら良いのです……、とミサカは現実逃避します」
「…………、あれ? あの、ちょっと?」
「申し訳ありませんが、現在いぬが食事中なので静かにして頂けますか?
まあそれ以上に準備が全て台無しになってしまったことによる精神ダメージが莫大なので正直そっとしておいて欲しいだけなのですが、
とミサカは本音をぶっちゃけます」
「は、はあ」
わざわざ言われなくとも明らかに近寄るなオーラを発しているのが分かるので、美琴は少女の言うことに従うほかなかった。
下手につつくと事態を悪化させるだけのような気がしてならない。
そこで美琴は、とりあえずできる限り少女を刺激しないように慎重なコミュニケーションを図った。
「あの、大丈夫? 元気出して……」
「ミサカは……、ミサカは、わざわざこんなに仰々しい舞台まで用意して、RPGの魔王っぽい衣装も揃えていたというのに、
まさか最後の最後で失敗することになってしまうとは……。
……いえ、やはりいぬを捨て置くことはできません。
彼は薄情なことばかり言いますがミサカは断じて後悔などしていないのです、とミサカは自分に言い聞かせます」
何を言っているのかよく分からない。
分からないが、とにかくそれを不憫に思ったらしい美琴は何とかして少女を慰めようとするが、彼女は一向に顔を上げてくれる気配がない。 - 120 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:42:10.86 ID:4wteoHEo
- 一方、美琴に見つからないように培養器の物陰に隠れている銀色の松葉杖の少年とスーパーのビニール袋を持った少年(死にかけ)は、
最早はらはらしながらそんな彼女たちの様子を見守ることしかできなかった。
どうでも良いが、死にかけている方の少年は美琴と紙一重の差でここに辿り着くことができたらしい。
「言わンこっちゃねェ。それにしてもアイツのアレ、本気だったのか……」
「ぜえっ、ぜえ……、こ、これどうするんだ? なんか御坂妹、本気で落ち込んでるみたいだぞ。て言うかアレって何だ?」
「アレだろ、RPGの魔王みてェに『ミサカがお前のクローンだ』って言いたかったンだろ。よく見ろ、セットもそれっぽいから」
「うお、本当だ。ここの明かり、この間来たときは蛍光灯だったのに松明みたいになってる」
「意味分かンねェよな、何処から来るンだよその情熱は。つゥか、計画してた演出が成功したらしたで収拾がつかなくなってた気もするが」
「確かにそれはそうなんだが……。って、そうじゃなくて御坂妹のアレは大丈夫なのか?」
「俺に訊かれてもなァ。流石にこれはどォしよォもねェだろ。
御坂がいる以上俺たちは直接手出しできねェし、アイツが自力で立ち直るか、御坂が上手いこと立ち直らせてくれりゃァ良いンだが」
見ている方はもどかしくて仕方がないが、今ここで自分たちが美琴の前に姿を現したところで、余計に事態をややこしくするだけだ。
本当は手を出したいのは山々なのだが、ここはぐっと堪えて傍観していることしかできない。
一方、傍観されている方の二人は先程から動きが無いが、美琴が頑張って慰めようとしているのはここからでも何となく分かる。
「そ、その……、良かったら話聞くけど……」
「……お姉様に話しても詮無きことです。お姉様の為に準備していた演出だったのですから、それをお姉様に話しても虚しいだけです。
強いて言えば、お姉様がミサカの頭を撫でてくれたらちょっとは元気が出るかもしれません、とミサカはさり気なく要求してみます」
「へ? 頭撫でて欲しいの?」
思わぬ要求に美琴は目を丸くしたが、彼女は御坂妹の目の前にしゃがみ込むとその頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
御坂妹は望み通りに頭を撫でてもらってもなかなか動いてくれなかったが、根気強く頭を撫で続けていると漸く顔を上げてくれた。
「……ありがとうございます。少し立ち直れました、とミサカはお姉様に感謝します」
「う、うん、それは別に良いんだけど……。えーと、アンタは私のクローンなのよね?」
漸く立ち直ってくれたらしい御坂妹に、美琴は早速気になっていたことを尋ねてみる。
しかし当の御坂妹は、首を傾げて不審そうな表情を浮かべた。
「その通りですが、見て分かりませんか? とミサカはオリジナルの視力を心配してみます」
「いや、そりゃ確かに鏡で写したみたいに瓜二つだけどさ……、やっぱり一応確認と言うか……」
「なるほど、一種の現実逃避と言うわけですね、とミサカは一人納得します。
まあお姉様が現在置かれている悲惨な状況を考えればその気持ちも理解できますが、とミサカは意味深な発言をします」
「へ? それってどういう……」 - 121 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:42:38.56 ID:4wteoHEo
- 「おや、やはり気付いていなかったようですね。
寮の門限、思いっ切りぶっち切ってますよ? とミサカはお姉様に残酷な現実を突き付けます」
「…………、ぎゃあああああ!! すっかり忘れてた! 黒子にも連絡してない!」
美琴はものすごい悲鳴を上げるが、今更どれだけ嘆いたところで門限である八時二十分をぶっち切ってしまったという事実は変わらない。
そんな彼女を眺めている御坂妹は憐みの表情を浮かべているが、しかし残酷な現実を叩きつけ続ける。
「帰ったらあの鬼寮監のお仕置きが待っているのでしょうか。首コキャですかねえ、とミサカは遠い目をしながらお姉様を憐れみます」
「ど、どうしよう……。今度という今度こそ殺される……」
「聞くところによるとお姉様は門限破りの常習犯だそうですね。
自分でこんなことをしておいてアレですが、確かにそろそろ危ないかもしれません、とミサカは他人事のごとく気楽に分析します」
衝撃の真実を告げられた美琴の顔は、クローンとはまったく関係無いところで真っ青になっていた。
しかし一頻り打ちひしがれた後にはっと我に返った美琴は、御坂妹の肩をがしっと掴んで前後に揺すり始める。
「いや確かにそれも重要だけど、アンタはどうして作られたのかとか調整って何なのかとか色々訊きたいことがあるのよ!」
「ミサカの製造理由はトップシークレットですが、調整というのはミサカたち不安定なクローンを延命させるための処置のことです。
ですが今回については、調整とはお姉様を誘き出す為の方便ですので実際には行っておりません、とミサカは懇切丁寧に説明します」
「……それは、つまり嘘ついたってこと? どうしてそんなこと……」
「お姉様に逢いたかったからです、とミサカは行動の理由を明かします」
御坂妹があまりにもまっすぐな瞳をして見つめてくるので、美琴は一瞬言葉に詰まってしまった。
その瞳が嘘をついているようには見えない、が、それでもどうしてもクローンに対する疑念を拭うことができない。
目的が、理解できなかった。
「……どうして、嘘をついてまで私に逢いたかったの? 目的は?」
「はて。妹が姉に一目会いたいと願うのは、当然のことではありませんか? とミサカは首を傾げます」
「い、妹とか姉とか……。アンタたちは私のクローンでしょ? 私はアンタの姉じゃないし、アンタは私の妹じゃないわ」
「……ふむ。確かにその通りですが、現にミサカたちはオリジナルのことを生みの親として慕っています。
ですのでミサカたちはオリジナルに対する親しみと感謝を込めて、あなたのことを『お姉様』と呼ばせて頂いているのです。
正確には母に近いのですが、流石に中学二年生で、しかも外見年齢が同じ人をお母様呼ばわりするのはどうかと思いましたので、
こうして『お姉様』という呼称に落ち着いたわけです、とミサカは愛称の理由について説明します。
それにオリジナルと言うのも何だか愛の無い名称だとは思いませんか? とミサカはお姉様に同意を求めます」
「……よく、分からないわ」
美琴は難しい顔をしながら眉根を寄せた。
その表情の理由は、御坂妹の考えを理解できないからなのか、怒涛の展開についてこれないだけなのか。
どちらにしろ、彼女が混乱しているのは間違いない。 - 122 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:43:07.68 ID:4wteoHEo
- 「そうですか。……もしかしてお姉様は、クローンはオリジナルに対して攻撃的な感情を持っているのではないかと思っていませんか?
何故かクローンというだけでそうした偏見を持たれることが多いのですが、
ミサカたちはお姉様に対してそのような負の感情は一切持っていませんよ。
と言うか、自分の親とも呼べる存在を慕うのは当然のことではありませんか? とミサカは疑問に思います。
ですからミサカたちはお姉様に感謝していますし、一度で良いのでこうしてお話したり、あわよくば一緒に遊びたいと思っていました。
よって、今回はそうした願望を叶えるべくしてこのような行動を取ったのです、とミサカは更に補足説明します」
なんだか頭がこんがらがってきた。
けれど急に与えられた膨大な情報に頭がパンクしそうになっている美琴に構わず、御坂妹はさらに畳み掛けるように言葉を続ける。
「ですので、お姉様」
「……こ、今度は何?」
「ミサカと一緒に遊びに行きませんか、とミサカは提案します」
「は、はあ?」
御坂妹の突然の提案に、美琴は思わず間抜けな声を上げてしまった。
しかし、御坂妹は本気で言っている。目を見れば分かる。本気で美琴と一緒に遊びに行きたいと思っているのだ。しかもこんな時間に。
「駄目でしょうか? どうせ門限はもう破ってしまっているわけですし、今更ちょっと夜遊びしたくらい変わりませんよ、
とミサカはお姉様を不良の道へと誘ってみます」
「だ、駄目とか駄目じゃないとか、そういう問題じゃなくて……」
「ではどういう問題なのでしょう、とミサカはきょとんとします」
「だから、その……、そう、アンタの製造者の名前や居場所を調べたり、アンタが隠した製造理由を調べたりしないといけない訳で……」
「調べたところで分からないと思いますが……、あ、良いことを思い付きました。
ミサカと一緒に遊んでくれたらヒントくらいは差し上げますよ、とミサカはお姉様にとって魅力的であろう提案をしてみます」
「……え、ええ? そんなことして良いの?」
「いや駄目ですけど、正直アレをいっぺんボコって下さればミサカたちにとっても色々と都合が良いですし、
とミサカは不穏な本音をぶっちゃけます」
「ボコるって……、いやまあ確かにそのつもりがまったく無かったって言ったら嘘になるけど。……はあ、分かったわ。
門限は今更もうどうしようも無いし、付き合ってあげるわよ」
「マジですか。粘った甲斐がありました、とミサカは喜びを露わにします」
相変わらず表情は変わらないが、確かに喜んでいるらしい。御坂妹は何度も両手を上げたり下げたりと万歳を繰り返していた。
なんともシュールな光景だったが、美琴には最早それに突っ込む気力も無い。 - 123 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/18(木) 01:43:52.15 ID:4wteoHEo
- 「……ただし、まだアンタに心を許したわけじゃないからね。まだアンタが私を騙そうとしていないとは言い切れないんだから」
「まあそう言うだろうとは思っていました。
と言うか正直そんなことはどうでも良いのですが、お姉様は優等生でしょうから夜の学園都市などよく分からないですよね?
ミサカが案内しますのでついて来てください、とミサカはお姉様の手をぐいぐい引っ張ります」
「ちょ、ちょっと待って。そう言えば、そもそもこの学生の街にこんな時間に遊ぶ場所なんて……」
「ですからミサカが案内します、とミサカは更にお姉様を急かします」
御坂妹は半ば無理矢理美琴を部屋の最深部まで連れて来ると、床を横にスライドさせて下階へと続く隠し階段を出現させた。
ちなみにこの先は隠しエレベーターのある小部屋に続いていて、ここから外に脱出できるようになっている。
一方、物陰に隠れて二人が去って行く様子を見守っていた二人の少年は、御坂妹たちの気配が完全に消えたのを確認すると漸く姿を現した。
「……意外と上手く行くモンなンだなァ」
「割りと結果オーライというか、賭けだったけどな。終わり良ければすべて良しだ。
それはそうと、俺たちはこれからどうすんだ? やっぱあの二人を追いかけんのか?」
「いや、あの様子ならもォ大丈夫だろ。むしろ、姉妹水入らずで居させてやった方がイイだろォな」
「それもそっか。いやあ、それにしても良かった良かった。一時はどうなることかと思ったけど」
「まったくだ」
最初に美琴がクローンを完全に拒絶した時はもう駄目だと思ったものだが、よく考えればあれも彼女なりのツンデレだったのだろうか。
そんなどうでも良いことを考えていると、不意に上条が何かを思い出したかのような声を上げた。
「そういえばお前、また無断で病院抜け出したんだって? カエル先生怒ってたぞ」
「冥土帰しがァ? 怖くねェよ、別に」
「いやいや、ああいう普段は温厚なタイプの方が怒らせると怖いんだって。お前のことベッドに縛り付けようかみたいなこと言ってたし」
「……、次からはもっと上手くやる」
「いやだから素直に外出届を出しなさい! 心配するから!」
一方通行はそんな上条の説教を完全に無視すると、すたすたと御坂妹たちが使ったのとは別のエレベータの方へと歩いて行ってしまう。
しかし一方通行の後を追いかけながら、上条は引き続きくどくどと説教を続けていた。
そうして少年たちは帰路につき、彼らの波乱に満ちた夜は終わりを迎えた。
けれど少女たちの夜は、まだまだ始まったばかりだ。 - 132 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:22:07.00 ID:paIcwrUo
- キキッという音と共に、一台のバイクがとある道路に停車する。
バイクに乗っているのは二人の少女。
その内の一人、バイクの後ろに乗っていた方の少女は素早くバイクから降りると、すぐさまヘルメットを外して運転手の少女に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと。なんか流されてここまで来ちゃったけど、アンタバイクの免許なんか持ってるの?」
「持っていませんが。技術があれば十分なのでは? とミサカは個人的な見解を述べてみます」
「いや駄目でしょ……、はあ。もう良いわ」
御坂妹の言葉に、美琴は観念したように深く溜め息をついた。
しかし御坂妹はどうして美琴がこんなに疲れた顔をしているのかがよく分かっていないのか、ちょこんと首を傾げている。
そしてその天然っぷりが、更なる美琴の頭痛の種となっていた。
「そんなことより、こんなところに連れてきてどうしようってのよ。遊ぶところなんかあるの?」
「おや、やはりお姉様はご存じありませんでしたか。
意外と知られていないのですが、ここはなかなか健全に遊ぶことのできる場所ですよ、とミサカはミサカの知識の広さをアピールします」
第二十二学区。学園都市で最も面積の狭いこの学区は、その為なのか地下街が非常によく発達している。
そこには昔ながらの銭湯から天然ものの温泉、
スパリゾートまで様々な温泉施設が立ち並んでおり、しかもアミューズメント施設とも合体していた。
そんな第二十二学区には、未だに学生たちがちらほらと行き交っていた。
もちろん、完全下校時刻などもうとっくに過ぎてしまっているのにも関わらず、だ。
と言っても、別に彼らが不良という訳ではない。彼らは住んでいる寮にある風呂が壊れてしまったり、そもそも寮に風呂が無かったり
といった事情があってここに風呂に入りに来ている、普通の学生たちだ。
そんな訳で、この温泉街ではこの時間でもまだ学生向けの様々な施設が開かれているのだった。
ただしそれを知っているのはここの銭湯に用がある学生や、学園都市では圧倒的に少数派である大人たちくらいのものなので、
客足はそんなに芳しくなさそうなのだが。
「と、いうわけなのです。お分かり頂けましたか? とミサカはお姉様に確認を取ります」
「ふうん、こんな場所があったのね。確かに私には縁が無いし、知らなかったわ。
まあ、ウチの寮は門限あるしお風呂もちゃんとしたのがあるから、ここに来るのはこれっきりだろうけど。
遊びに行くだけなら第七学区や第六学区で十分だし、わざわざ外出届を提出してまで来るようなところじゃないしね」
「そうですか、それは残念です。お姉様はゲコ太がお好きとのことでしたので、
ポイントを貯めると限定ゲコ太ストラップが貰える温泉をお勧めしようと思っていたのですが、とミサカは……おや?」
話の途中で、突然御坂妹が間抜けな声を上げた。ちょっと目を離した隙に、いつの間にか美琴が居なくなっていたのだ。
美琴の姿を探してきょろきょろと周囲を見回してみれば、いつの間にか美琴がすたすたと温泉街へと歩いて行っているのが見えた。 - 133 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:22:37.01 ID:paIcwrUo
- 「ちょ、お姉様? 突然どうなさったのですか? とミサカはお姉様の行動に困惑します」
「何って、アンタが温泉に行こうって言ったんじゃない。ほら、早く行くわよ」
「……まさかここまでとは思いませんでした、とミサカはお姉様の執着心にもはや感心することしか出来ません」
と言うかお勧めしようと思っていただけで別に今すぐ行こうとは言っていないのですが、
と心の中だけで呟きながらも、御坂妹は大人しくずんずんと進んで行ってしまう美琴の後について行く。
まあ、喜んでくれるなら何でも良いか。
―――――
御坂妹お勧めの銭湯へとやって来た二人は早速例のストラップを貰う為のポイントカードを受け取ると、
美琴のポイントカードに美琴本人と御坂妹の二人分のスタンプを押して貰った。
ポイントカードを見ながらキラキラと目を輝かせている美琴を見ながら、御坂妹は珍しく呆れたような顔をしている。
そんな御坂妹の視線に気付いたのか、美琴は慌ててポイントカードをポケットに仕舞うと、こちらを振り向かないままにもごもごとした声を出した。
「と、とりあえずお礼は言っとくわ。ありがとうね」
「ほほう。これが噂のツンデレですか、とミサカは思わぬ収穫に感謝します」
「な、何よそれ? ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと入るわよ」
恥ずかしいところを見られて顔を赤くしながらも、美琴は強引に御坂妹の手を引いて脱衣所に向かう。
何でも良いのでとにかくその場から離れたかったようだが、どちらにしろ御坂妹も一緒に行かなければならないので無意味だ。
美琴はやって来た脱衣所でさっそく服を脱ぎはじめると、不意にすぐ隣から視線を感じた。
その視線の原因を見やれば、なんと御坂妹が正々堂々と美琴の胸をガン見しているではないか。
美琴は慌てて自分の胸を両手で隠すと、顔を更に赤くしながら御坂妹を睨みつける。
「あ、アンタ何処見てんのよ!? 恥じらいってもんが無いの!?」
「残念ながらそのようです。
そんなことより、やはりミサカのこの残念な胸はお姉様の所為だったのですね、とミサカは成長の見込みが無いことに愕然とします」
「余計なお世話だっつーの! だ、大体私たちはまだ中学生なんだからこれから成長するわよ!!」
「だと良いのですが、とミサカは希望的観測を述べます」
「そうよ。私のママは大きいし、まだまだ成長の見込みはあるわ。……多分」
最後の方は消え入りそうなくらい小さな声だったが、しっかり聞こえていたらしい御坂妹ははあっと深い溜め息をついた。
悔しいが、現状が現状なので美琴は何も言えない。 - 134 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:23:06.77 ID:paIcwrUo
- そうして二人は一通りの準備を終えてしまうと、途中で買ったお風呂セットを持って大浴場へと入って行く。
もう大分遅い時間だからか、それともそもそも来る人が少ないからなのか分からなかったが、大浴場には疎らにしか人が居なかった。
美琴がさっさと歩いて空いているシャワーのところへと行ってしまうと、
御坂妹はまるで親鳥について行くヒヨコみたいにその後に続き、美琴の隣の場所を陣取る。
(可愛いかもしれない……じゃなくて! 何とかしてコイツから少しでも情報を聞き出さないとなんだから。しっかりしろ私……)
何だか雰囲気のまま流されそうになっている自分と葛藤しながらも、美琴は何となく気になってちらりと御坂妹の胸を見やる。
……心なしか自分のよりもあっちの方が大きい気がするのだが、きっと気のせいだ。
だって私のクローンなんだし。遺伝子レベルで同一なんだから違いなんかあるわけがないに決まってる。うん、絶対気のせいだ。
「……どうやらお姉様にも羞恥心が無いようですね、とミサカはニヤニヤしながら話し掛けます」
「ぶっ!? う、ううう五月蝿いわね! それにアレはアンタがあまりにも堂々と見てたからそう言っただけであって、
ばれないようにちらっと見たくらいなら羞恥心が無いとは言わないの!」
「そうなのですか。では、今度からちらっと見ることにします、とミサカは今後の行動方針を発表します」
「だ、だからそういうのを羞恥心が無いっていうのよ!!」
勢いよく立ち上がりながら大声を出してしまった所為で、浴場内にいる人々の視線が一斉に美琴に集まった。
美琴は数秒固まった後に、顔を真っ赤にして体を隠しながらお風呂用の椅子に座ると、縮こまりながら大人しく髪を洗い始める。
「今のお姉様の行動も恥ずかしいものだったのですね、とミサカはまた一段と賢くなりました」
「もう好きにして……」
さも誇らしげに語る御坂妹の方を見もせずに、美琴は蚊の鳴くような声で力なくそう答えた。
泡立てた髪から垂れてくる泡が、ちょうどよく美琴の真っ赤な顔を隠してくれた。
―――――
ざぶん、という音がして二人分の体積のお湯が浴槽から零れ落ちる。
御坂妹はお風呂セットを購入した際に一緒に買ったらしいヒヨコのおもちゃ(何故かアヒルではなくヒヨコだった。ヒヨコに何かこだわりでもあるのだろうか)を湯船に浮かべながら、隣で顔を半分湯に沈めてぶくぶくと空気を吐き出している姉を見やった。
「お姉様。恥ずかしかったのは理解しましたが、そろそろ元気を出してください、とミサカはお姉様を心配してみます」
「だって……、ちょっと誰かが超電磁砲って言ってるのが聞こえた……絶対常盤台の超電磁砲は変人だっていう噂が立っちゃうよう……」
「大丈夫ですよ。有名人というものには往々にしてそういった根拠のない噂が付き纏うものです。
またひとつそのような根も葉もない噂が増えたとでも思えば良いではないですか、とミサカはお姉様を慰めてみます」
「その中でも一番現実味のなかった噂の生き証人であるアンタがそれを言うか」
「それもそうですね、とミサカはあっさり肯定します」 - 135 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:23:48.24 ID:paIcwrUo
- 美琴は恨みがましい目をしながら御坂妹を見ていたが、当の本人はまったく気にした様子が無い。
言動を鑑みるに感情が無いわけではないようだが、表情だけ見るとまるでロボットのように無感情だ。
「……さっきから思ってたけど、アンタって本当に表情が硬いわね。私のクローンとは思えないくらい」
「そうですか? これでも意外と感性豊かになった方なのですが、とミサカは昔はもっと酷かったことを懐古します」
「これより酷いって、一体どんなのだったのよ……」
「ミサカたちの持つ知識や経験の殆どは、洗脳装置(テスタメント)によって強制入力(インストール)されたものですから。
洗脳装置に感情を足すという技術はありませんので結果的にこのようになってしまったものと思われます、とミサカは冷静に分析します」
どうやら、ただ表情が硬いだけではなくて本当に感情が薄いらしい。
確かに科学的な方法で感情を足すなんていう技術は聞いたことが無いが、感情が薄いのと表情が硬いのはあまり関係無いのではなかろうか。
どんなに薄いといっても一応感情を持っているのだから、ここまで徹底した無表情なのは少しおかしい気がする。
それに、本人がわざと無表情を維持しているわけでもなさそうだ。
しかし美琴は、恐らくこれが彼女に与えられた個性なのだろうと納得することにした。
「そ、それより! いつになったら情報のヒントとやらを教えてくれるのよ?」
「ああ、それでしたら別れる時にでもお教えします。
教えてしまったら、お姉様はまたすぐにミサカを放っぽって何処かへ調査しに行ってしまいそうですから、とミサカはもったいぶります」
「流石に私だってそこまで薄情じゃないわよ。もうこの際だから、今日一日くらいなら付き合ってあげるわ」
「でしたら、ミサカのリクエストにも応えて頂けますか? とミサカはお姉様にお伺いを立ててみます」
「ん? 何よ」
「この後にプリクラというものを撮ってみたいです、とミサカはリクエストします」
「!」
美琴は驚いて、一瞬だけ目を大きく見開いた。
しかし御坂妹はプリクラに思いを馳せているのか、明後日の方向を見つめていて美琴のことを見ていなかった。
「あ、アンタ、プリクラやったことないの……?」
「はい。ミサカたちはあまり自由に出歩くことが出来ませんから、そもそもこうやって遊び歩くこと自体が初めてです。
ですので、せめて形に残るようなものを残したいと思いまして、とミサカは遠回しにお土産を要求します」
「ふうん……、クローンも大変なのね」
「ええ、大変です。様々な薬物を使って無理矢理成長を早めているので寿命が極端に短いですし、
定期的に調整を受けなければまともに生きていくこともできませんし、
有名人であるお姉様とそっくりな外見をしているので無闇に外で遊ぶこともできませんし、
特にこのミサカはあのやんちゃな幼女の面倒まで見なければならないですし。
なので今日はここぞとばかりに遊んでやろうというわけなのです、とミサカはミサカが遊びたい年頃であることをアピールします」
マシンガンの如く繰り出される御坂妹の苦労話に、美琴は思わず絶句してしまう。
やりたい放題やっているように見えるが、今日は特別に羽目を外しているだけであって普段は苦労しているようだ。 - 136 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:24:17.08 ID:paIcwrUo
- 「……でも、やっぱりクローンって体に色々問題があるのね。寿命はどのくらいなの?」
「調整である程度回復することができるそうですが……、
まあ、それでもちゃんと調整を受ければかなり生きられるそうです、とミサカはさして大きな問題ではないことを説明します」
「そうなんだ。虚弱体質だったりとかは?」
「そちらは殆ど問題ありません。極端に消耗してしまえば別ですが、それでも調整を受ければきちんと元に戻ります。
それにミサカたちはもともと軍用に作られたクローンですから、
万全の状態であれば成人男性を凌駕する身体能力を発揮することができます、とミサカはミサカの優秀さをアピールします」
「そっか。なら、普段は私たちと全然変わらないのね」
「はい。中には特別な措置を施されていた個体も居ましたが、少なくともこのミサカは常人と何ら変わりません。
確認してみますか? とミサカはちらりと湯船から肢体を露出させます」
「そんなことせんでよろしい。それより、これ以上入ってるとのぼせちゃうわよ。もう出ましょ」
「ふむ。頭がぼーっとしてきてなんだか気持良くなってきたところだったのですが、とミサカは残念がります」
「手遅れ!? それ思いっきりのぼせてるわよ!」
湯気で周りがよく見えなかったので分からなかったが、よく見てみれば御坂妹は確かに顔を真っ赤にしていた。
この状態で、よく普通に喋っていたものだ。
美琴は頭をぐらぐらさせている御坂妹を湯船から引きずり出すと、その体を支えてやりながら脱衣所へと急いだ。
―――――
「まったく、自分がのぼせてることにも気付かないなんて。そういうのって洗脳装置で入力してもらったりしなかったの?」
「ミサカはのぼせることを想定して造られたわけではないので、入力内容に入っていなかったのでしょう。
そんなことよりコレ意外とキッツイですね、とミサカは扇風機に向かって話しかけます」
「私には意外と元気そうに見えるんだけど」
「声が刻まれているようで面白いです、とミサカは新たな遊びを発見しました」
「アンタは小学生か」
服を着ずにバスタオルを体に巻いたままの状態で、御坂妹は扇風機の前で声を出すという懐かしい遊びをしていた。
湯冷めしないように体を拭いてから扇風機の前で涼ませていたら、いつの間にかこうなっていた。
そんな妹に対してきちんと服を着て髪を拭いている姉は、呆れながら妹に向かってとある飲み物を差し出した。 - 137 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:24:50.01 ID:paIcwrUo
- 「ほらコレ。私の奢りよ」
「これは何でしょうか? とミサカは牛乳瓶に入っているのに牛乳らしからぬ色をしている飲料を警戒します」
「フルーツ牛乳。銭湯と言ったらコレらしいわよ。私も初めて飲むけどね」
「ほう、なかなか美味しそうな名称ですね、とミサカは未知の飲料に心躍らせます」
御坂妹は瞳を輝かせながらフルーツ牛乳を受け取ると、初めて飲むにも関わらず器用に牛乳瓶の蓋を開いた。
美琴もそれに倣って牛乳瓶の蓋を開けると、何の偶然か御坂妹と一斉に牛乳瓶に口をつけ、そのまま中身を一気に飲み干した。
二人はこれまた同時に牛乳瓶から口を離すと、ぷはっと大きく息を吐く。
「うん、やっぱり定番と言われてるだけあって美味しいわね」
「こんなに美味しい飲料がこの世にあったとは……とミサカは驚愕します。
もう一本飲みたいです、とミサカは上目遣いになりながらお姉様にお願いします」
「だーめ。牛乳は飲み過ぎるとお腹壊しちゃうわよ」
「そうなのですか。ならば控えなければなりません、とミサカは渋々それを了承します」
美琴はそれでも未練がましく牛乳瓶のふちをがじがじとしている御坂妹から牛乳瓶を取り上げると、代わりとばかりに服を投げつけた。
いくら夏が近いとはいえ、こんな夜に裸同然の格好で扇風機の前でじっとしていたら流石に風邪をひいてしまう。
「ほら、さっさと着なさい。プリクラ撮りたいんでしょ? 流石の第二十二学区と言えど、急がないとゲーセン閉まっちゃうわよ」
「そう言えばそうでした、とミサカは大急ぎで服に着替えます」
実のところ、美琴ももう一回くらいプリクラを撮ってみたいと思っていたので御坂妹のリクエストは願ったり叶ったりだ。
それに美琴自身、無意識の内に御坂妹を自分の妹として認め始め、彼女の希望を叶えると共に何らかの思い出の品を残したいと考えていた。
いそいそと着替え始めた御坂妹を眺めながら、美琴は誰にも気づかれないくらい微かに微笑んだ。
―――――
だいぶ遅い時間なのにも関わらず、ゲームセンターには予想よりも多くの学生たちがいた。
そんな中で、美琴と御坂妹はプリクラが密集しているエリアにもうずっと居座っている。もちろんプリクラを撮る為だ。
しかし、そのプリクラ台の隅っこに置かれているシールの数が尋常ではない。
何故なら、御坂妹が持ってきたお金を全部使い切りかねないくらいの勢いで写真を撮りまくっているからだ。
「……ねえ。こんなに撮って何に使うの?」
「聞くところによると、シール帳というものに張るそうです。お姉様もどうぞ、とミサカはお姉様にシール帳を差し出します」
「あ、ありがと……。でも、私とアンタばっかりじゃない。あんまり見栄え良くないわよ?」
「構いません。これを後で他のミサカたちに自慢するのです、とミサカは最初にお姉様と遊んだ個体としての優越感に浸ります」 - 138 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:25:20.43 ID:paIcwrUo
- 「アンタが良いなら良いんだけどさ……」
上条たちと遊びに行ったときはあんなにプリクラを撮りたがっていた美琴も、これには流石に驚いているようだ。
ただやはりプリクラを撮ること自体は楽しいのか、撮るたびに二人で好きなフレームを選んだり装飾をしまくったりして遊んでいる。
「……ところでさ、ずっと気になってたんだけど、妹『達』とかミサカ『たち』とかって何?
まさかアンタみたいのが五人も十人も居るんじゃないでしょうね」
「黙秘権を行使します、とミサカはだんまりを決め込みます」
「ちょ、ちょっと! それってつまり殆ど肯定じゃない! ちゃんと答えなさいよ!」
美琴は御坂妹の肩を掴んでがっくんがっくんと揺さぶりながら叫ぶ。
しかし、御坂妹は先程の台詞を最後にまったく口を開こうとしない。黙秘権行使中だ。
「あ、常盤台の双子だー」
「珍しー」
「やはりそう見えますか、とミサカは頬を赤らめます」
「双子違う! あとその反応はおかしい!」
美琴は通行人の言葉に対してツッコミを飛ばすが、はたから見たらどう考えても仲の良い双子にしか見えないだろう。
すると、ゲームセンターの隣でアイスクリーム屋を営んでいるらしい店主が声を掛けてきた。
「コラコラ、冗談でもそんなこと言うもんじゃねえぞ」
「だ、だから本当に姉妹じゃないんだってば……」
「まだ言うか。ったく、ちょっと待ってな」
美琴の訴えも虚しく、アイスクリーム屋の店主は店の奥に引っ込んで何やら作業をし始める。
そして暫くすると、再び店主が顔を出して二人に向かってアイスクリームを差し出してきてくれた。
「ほれ、ウチの自慢の品だ。これやるから仲良くしな」
「……押し売り?」
「人聞きが悪いな……。
もう店仕舞いでケースを洗うんでね、サービスさ。何があったかは知らんが、美味いもん食えばイライラも治まるってもんよ」
「いや悪いけど今はそんな場合じゃ……」
「美味しいです、とミサカは初めて食べるアイスクリームを絶賛します」
「はは、そりゃあ良かった。ま、とにかく姉妹仲良くなー」
「だーかーらー!」 - 139 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:25:59.07 ID:paIcwrUo
- 美琴は反論しようとするが、その前に店主はさっさと店の奥へと帰って行ってしまった。
まあ確かに他人が見れば姉妹にしか見えないんだろうけど、と心中で文句を言いながらアイスクリームに口をつけようとすると、
彼女はふとすぐ近くから視線を感じた。
「……な、何?」
「ミサカもそれを食べてみたいです、とミサカはおねだりしてみます」
「だ、駄目! アンタにはそれがあるでしょ!」
「ではお姉様にもミサカのを一口分けるので、お姉様もミサカに一口下さい、とミサカは食べさせっこを提案します」
「うぐ……、まあ、それくらいなら良いわよ。私もちょっと食べてみたいし……」
「では決まりですね、とミサカは早速お姉様にアイスを差し出します」
言いながら、御坂妹はアイスに付属していたスプーンで自分のアイスをすくって美琴に向かって突き出した。
俗に言う『あーん』と言うやつだ。
美琴は少し逡巡したが、少し顔を赤くしながら思い切ってそれに食いつく。バニラアイスだった。
「美味しい……」
「そうでしょう。ではお姉様のも分けてください、とミサカはわくわくしながら待ちます」
「はいはい」
呆れたように返事しながら、美琴は同じように御坂妹にアイスを分けてやる。
魚が釣り針に食いつくみたいにそのスプーンに食いついた御坂妹は、美琴のチョコミントアイスをじっくり味わって食べていた。
「こちらも美味しいです。アイスとはこのように美味なものだったのですね、とミサカはこの美味しさに感動します」
「大袈裟ねえ……。確かに美味しいけどさ」
「それに、施設での栄養摂取は点滴や錠剤によって必要最低限分だけ補給する、というものだったのでこのような食事自体が新鮮なのです、
とミサカはそもそも経口摂取による栄養補給自体がミサカにとって価値のあるものだということを説明します」
「……ふ、ふうん、そうなんだ。ねえ、ちょっと小腹も空いたしあそこでハンバーガーでも食べない?」
「食べます! とミサカは願ってもない提案に即座に食い付きます」
御坂妹はあまりにも勢い良く返事をした所為でコーンの上のアイスを落としてしまいそうになったが、ギリギリのところで踏み止まった。
それを見た美琴は現金だなあと苦笑いしながら、御坂妹を引き連れてハンバーガーショップへと向かおうとした、が。
「ようお嬢ちゃんたち、こんな時間にこんな場所で何してるんだい?」
「俺たちと遊ぼうぜ。帰りも送ってやるよ」
「いつ帰れっかは分かんねえけどなあ。ぎゃはは!」 - 140 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:27:01.52 ID:paIcwrUo
- ……出た。
美琴は内心呆れながら、如何にもといった風貌の不良たちを見やる。
ここに居るのは殆どが普通の学生と言っても、それはあくまで『殆ど』であって別にまったく不良が居ないわけではないのだ。
しかもこんな時間にこんな場所で、年頃の少女が二人で遊んでいるのに絡まれない方が珍しい。
と言うか、美琴たちがこんなにこれ見よがしに常盤台の制服を着ているのに、この不良たちは気付いていないのだろうか。
常盤台中学と言えば、レベル3以上の人間でなければ入学することすら許されないという超エリート校だ。
しかも何処かの国のお姫様を不合格にしたとか、
全生徒の能力干渉レベルを総合すると生身でホワイトハウスを攻略できるとかいう伝説じみた噂まで持っている。
すると当然常盤台の学生は相当強い能力を持っていることになるわけで、つまりこの状況はどう考えても不良たちの方がピンチなのだが。
「アンタらねえ……、喧嘩する相手はちゃんと選びなさい。痛い目を見ることになるわよ?」
「ああ? ちょっと強い能力持ってるからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
「何も考えずに常盤台の女に声を掛けるとでも思ってたのか?」
「……………?」
美琴が訝しげな顔をすると、不良が突然御坂妹に掴みかかってきた。身体強化系の能力者らしい、凄まじいスピードだ。
しかし御坂妹は自分の肩を掴もうとした不良の腕を取ると、その勢いを利用してそのまま一本背負いに繋げる。
どうやら軍用に製造されたというのは本当のようだ。物凄い勢いで地面に叩き付けられた不良は、脳震盪を起こして失神した。
「な、なんだこの女!?」
「成程、この程度なら確かにレベル3程度といったところでしょうか。
それでもやはり常盤台中学の生徒に手を出すのは無謀と思われますが、とミサカは驕りの過ぎる不良たちに忠告します」
「う、うるせえ! おい、こっちの女からやっちまうぞ!」
男の声を皮切りにして不良たちが一斉に御坂妹に向かって能力を行使しようとしたが、その能力はひとつとして彼女に届くことはなかった。
御坂妹の前に躍り出た美琴が、その攻撃すべてを巨大な電撃で呑み込んだからだ。
「ちょろっとー、無視しないでくんない? 確かにこの子もそこそこ強いみたいだから気を取られるのも分かるけど、
もっと気を付けるべき人間がすぐ隣にいるのに気付かないってのはどうなのよ?」
「な、なんだ今の……」
「オイ、コイツまさか常盤台の超電磁砲……」
「気付くのおっそい」
美琴が右腕を振り上げると同時、不良たちは真っ青な顔をして一目散に逃げ出した。
しかし美琴は不敵に笑うと、構わずにその手を振り下ろす。
「人の妹に手ぇ出しといて逃げられるとでも思ってんの?」
凄まじい音を発しながら迸った電撃にいとも簡単に絡め取られた不良たちは、綺麗に意識を刈り取られて地面に倒れ伏した。
それを確認した美琴は事も無げに息を吐くと、携帯電話を取り出してさっさと警備員に通報する。 - 141 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/20(土) 21:27:34.06 ID:paIcwrUo
- 「じゃ、さっさと逃げるわよ。学校外での能力使用は基本的に禁止だから、私まで事情聴取に連れてかれちゃうし」
「ミサカが不良に誘うまでもなく、お姉様はすでに不良だったのですね、とミサカは目を丸くします」
「べ、別にいつもこんなことしてるわけじゃないってば。今回は特別……」
「そんなことより、お姉様」
言葉の途中で、急に御坂妹がずいっと顔を近づけてきた。
あまりにも顔が近いので美琴は少し後ずさるが、それでも御坂妹から視線を外さずに問い返す。
「な、何よ?」
「さっきのをもう一度言ってください、とミサカはお願いします」
「へ? さっきのって何よ?」
「『人の妹に手ぇ出しといて逃げられるとでも思ってんの?』の『妹』部分を繰り返してくださると非常に嬉しいのですが、
とミサカは引き続きお姉様にお願いします」
「うぐっ!?」
つい勢いで口走ってしまった台詞だったのだが、御坂妹は聞き逃していなかったらしい。
美琴は至近距離から目を覗き込んでくる御坂妹を見てさらに後ずさったが、そうして空いた差を埋めるように御坂妹が詰め寄って来る。
……斯くなる上は。
「な、何言ってんのよ、そんなこと言ってないわよ。気のせいじゃない?」
「いいえ、このミサカの耳は誤魔化せません。確かに言っていました、とミサカはしらを切ろうとするお姉様に更に詰め寄ります」
「そんなことより逃げないと! それにハンバーガー食べに行きたいんでしょ? ほら早く!」
「……お姉様のツンデレのツン比率の高さには困ったものです、とミサカはやれやれと首を振ります」
「なんか言った?」
「いえ何も、とミサカはお姉様に倣ってしらを切ることにします」
御坂妹は、変に焦りながら自分をハンバーガーショップに連れて行こうとしている美琴に素直についていくことにする。
まだまだ道のりは長そうですね、と御坂妹は心中で呟いた。 - 147 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:26:22.39 ID:QjJiIigo
- 「……と、いうことがありました、とミサカは昨晩の出来事を振り返ります」
「良かった。あの後もちゃんと上手く行ったんだな」
最早溜まり場となりかけている第七学区のとある喫茶店で、上条と一方通行は御坂妹の結果報告を聞いていた。
意外と強情な美琴に少々不安が過ぎったりもしたが、概ね成功で終わらせることが出来たようだ。
「そう言やァ、情報のヒントってのは結局やったのか? その様子だとどさくさに紛れてスルーしても大丈夫そうだったが」
「そこはきちんと約束を守りました。
と言っても、ほんの触りやボコって欲しい人間の名前くらいしか教えていませんが、とミサカはさらりと物騒なことを口にします」
「ああ、そうそう。それ俺も気になるから教えて欲しいんだけど……。駄目か?」
「構いませんが、そんなことを聞いてどうするつもりですか? ボコるんですか? とミサカは疑問を投げ掛けてみます」
「いや、そのボコって欲しい人間ってお前たちの製造者のことなんだろ? だから、ちょっと気になってさ」
「別に構いませんが……。アレは冴えない男ですので、恐らくあなたの想像しているような人間ではありませんよ。
まあとにかく名前をお教えしておきますと、天井亜雄と言う男です。
量産型能力者計画の創始者でミサカたちの人格データを作成した、言わば生みの親でしょうか、とミサカは懇切丁寧に説明します」
「何でそンな奴をボコって欲しいンだよ。恨みでもあンのか?」
「まあそんなところでしょうか。と言うか、アレをちょっと行動不能に出来れば、ミサカたちにとって少々都合が良いのですよ。
ただ、ミサカたちを生み出してくれたことに関してはもちろん感謝していますよ、とミサカはフォローも忘れません」
「ふーん、御坂妹にも色んな事情があるんだな」
「そういうことです、とミサカは肯定します」
御坂妹は紅茶を口に運びながら、ふうっと悩ましげに息を吐く。
上条には何だかよく分からなかったが、自分たちの製造者をボコって欲しいというのだからよっぽど深い事情があるのだろう。
「そォ言えば、俺たちの扱いはどォすンだ? 流石に素直に協力者ですって言うワケには行かねェだろ」
「それについては、適当に御坂美琴の妹を名乗る人物に会って会話したとでも言っておけば良いでしょう。
その場合、お姉様のリアクションが面白くなりそうですが、とミサカはその場面を想像してニヤニヤします」
「確かに驚くだろォな。よし、アイツが何か飲み物飲ンでる時に切り出してみっか」
「お前は鬼か! 一〇〇%咽せるだろ」
上条はそうツッコミながらも普段の仕返しがてらそうしてみるのも面白いかもしれないと思ったが、
これは正当な報復なので鬼ではない……と、願いたい。
そんな葛藤をしている上条を知ってか知らずか、一方通行は構わずに話を続ける。 - 148 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:26:58.21 ID:QjJiIigo
- 「で、次はどォする? オマエはまだ物足りねェと思ってンだろ?」
「もちろんです。そして、次の目標はお姉様にミサカを妹と呼ばせることです。
昨晩はなかなか良いところまで行ったのですが、あとちょっとのところでツンデレが発動して失敗してしまったのです、
とミサカはお姉様の手強さを痛感します」
「でもさ、ここからはもう普通に親交を深めて行くしかないんじゃないか?」
「俺もそォ思う。流石にもォ変な小手先は必要ねェだろ。
アイツは素直じゃねェから表に出さねェだけで、内心はちゃンと妹だと思ってはいると思うぞ。あとは言わせるだけだ」
「まあ、その『言わせる』ってのが最難関なんだけどな……」
「そこで秘策を用意して来ました。……これです、とミサカは秘密兵器をお披露目します」
そう言いながら御坂妹が得意気に取り出したのは、何かの紙切れだった。
ばしんと音を立てながら机に置かれたそれをよくよく覗き込んでみると、それは第六学区に新しく作られたという遊園地のものではないか。
上条はそれを見て目を丸くすると、感心したような声を上げる。
「へえ、凄いじゃないか。これ、人気過ぎて入手困難なことで有名なんだぞ。よく手に入れられたな」
「ミサカたちが本気を出せばこんなものです、とミサカは自らの優秀さをアピールします」
「ふゥン。そンなにすげェところなのか」
「ああ、あなたは遊園地など行ったことがないでしょうから良い機会かもしれませんね、とミサカは思わぬ巡り合わせに驚きます」
「? 良い機会ってどォいうことだ?」
「……あれ、このチケット、四人分……?」
「はい。ミサカとお姉様とあなたたちで四人です、とミサカはチケット使用者の内訳を説明します」
「え、俺たちも行くのか?」
「当然でしょう、とミサカは当たり前のことを繰り返します」
御坂妹は何を今更とでも言いたげな表情でそう言い放ったが、当然そんなことなど初耳な二人は驚いた。
一方そんな二人の表情を見て何を勘違いしたのか、御坂妹は少し不安そうな顔をする。 - 149 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:27:40.20 ID:QjJiIigo
- 「嫌でしたか? とミサカは首を傾げながら問い掛けます」
「いや、そういうわけじゃないけど……、良いのか?」
「? どういう意味ですか? とミサカは更に疑問符を浮かべてみます」
「そりゃ、やっぱり姉妹水入らずの方が良いんじゃないかと」
「でしたら心配ありません。お姉様はミサカと二人きりで居るよりあなたたちも一緒に居た方がリラックスできるでしょうし、
このミサカも一度この四人で遊びに行ってみたいと思っていましたから、とミサカはミサカの意図を説明します」
「確かにそれも策だが、あの御坂が知り合いの前でオマエのことを妹って呼べると思うか?」
「…………、なるほど。そこまで考えが及びませんでした、とミサカは己の浅はかさを後悔します」
がっくりと肩を落とす御坂妹。
上条はそんな彼女を見て困ったように頬を掻くと、言葉に気を付けながら声を掛けた。
「えーと……、じゃあどうする?」
「……いえ、やはり四人で行きたいのでこのままで行きます。
妹と呼んでもらう、という目標は今回は見送りと言うことで諦めましょう、とミサカは苦渋の決断を下します」
「まァ、オマエが良いなら良いけどよォ……」
一方通行が呆れたようにそう言うと、御坂妹はうぎぎと変な声を出した。
どうやら本当に断腸の思いで決断したようだ。
「それと悪いんだけどさ、今週の日曜は補習があって行けないんだ。土曜日でも大丈夫か?」
「はァ? 上条オマエ、あンだけ勉強教えてやったのにまた補習なのか」
「いや、お陰様で古典とか数学とかの普通の教科は大丈夫でしたよ? でもね、記憶術(かいはつ)はどうにもならないんですよ……」
「オマエには幻想殺しがあるだろォが。それで便宜を図って貰えばイイじゃねェか」
「それが、幻想殺しはどうしても身体検査(システムスキャン)じゃ測れなくて、どうしようもないんだ」
「『原石』だって似たようなモンだろォが。オマエのソレは生まれ付きなンだから、申請すれば通るンじゃねェか?」
「上条さんの通ってるような底辺校では、そんな申請まともに取り合って貰えないんですよ……」
「あァー……、何つゥか、本当オマエって不幸だな」
「……良いんだ、別に今に始まったことじゃないから……」
つまり、上条はどう足掻いたところで記憶術の補習からは逃れられないということだ。
仮に上条に何らかの超能力が芽生えたとしても、幻想殺しが勝手にそれを消してしまうので上条は一生無能力者から脱出できないだろう。 - 150 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:28:18.28 ID:QjJiIigo
- 「……。もしくは幻想殺しがそもそもそういう能力だった場合、
多重能力者(デュアルスキル)が実現不可能な以上、他の能力に目覚めることもできないのでどちらにしろ無能力者扱いですね、
とミサカは残酷な現実を突き付けます」
「分かってた……、分かってたけどそうもハッキリ言われるとやっぱりグサッと来る……」
「無能力者は奨学金も少ねェらしいからなァ。多分、今は俺の方がオマエより金持ってるぞ」
「げふっ、どうせ俺は貧乏学生ですよ。……あ、そう言えばお前レベル2だっけ? 結局何の能力?」
「いや、この間レベル3に上がった。集中すりゃ一部の有害物質だけじゃなくて他のものも防げる。能力の詳細は相変わらず不明だがな」
「え、レベルってそんなに簡単に上がるものなのか? うちの学校の奴らはレベルあげる努力なんかしないからよく分からないんだが」
「さァな、俺もよく知らねェ。ただ、冥土帰しは能力の使い方を忘れてるだけとか言ってたから、もともと高位能力者だったのかもな」
「高位能力者……、何だかエレガントな響き。奨学金どれくらい貰えるんだろ……」
「あなた、さっきからお金の話ばっかりしてますね。
あなたの普段の貧乏っぷり見ているので何となく気持ちはわかりますが、とミサカは呆れながらも同情します」
別に上条が金の亡者というわけではない。ただ切実にお金がないのだ。
しかもただでさえお金がないのに立て続けに不幸が起こってせっかく買ったものをすべて台無しにしてしまったり、
銀行からお金を下ろしたばかりの財布を落として見つけた時には中身が空だったりとかがざらにあるのだ。
上条はそんな自分の不幸を思い出しながら遠い目をしていたが、ふと我に返ると思い出したようにこう言った。
「っと、悪い。話逸れたな。で、土曜日でも大丈夫か?」
「俺はいつも通り暇人だ」
「ミサカも一向に構いません。お姉様のスケジュールもその日は空いています、とミサカは何の問題も無いことを報告します」
「……どォしてオマエが御坂の予定を知ってンだ?」
「妹が姉のことを把握していて何がおかしいのですか? とミサカは予想外の質問にきょとんとします」
「…………、まあ良いんじゃないか? 仲の良い姉妹ってことで」
本当は色々プライバシーとかの問題があるが、御坂妹に何を言っても無駄だろう。
そしてまるでそれを証明するかのように、御坂妹はきょとんとした顔のまま、本当に分からないと言うように小さく首を傾げた。
――――― - 151 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:28:53.59 ID:QjJiIigo
「そォ言えば、この前オマエの妹に会ったぞ」
「ぶふぉっ!?」
……本当にやりやがった。
上条は、美琴が噴き出した所為で顔に掛かったヤシの実サイダーを無表情のままハンカチで拭きながらそう思った。すごいベタベタする。
ちくしょう、自分は安全なところに避難しやがって。
「げふっ、ごふっ、ちょ、ごめん、顔すごいことになってるわよ」
「知ってるよ……。そんなの俺が一番よく知ってるよ……」
「オマエの不幸はマジで折り紙つきだなァ」
「いや、これは狙ってやっただろ! 確信犯だろ!」
「何の事だか」
一方通行はそっぽを向きながらしらを切るが、いつものポーカーフェイスが普段より少し楽しそうに見えるのでわざとで間違いないだろう。
しかし御坂妹との繋がりを悟られてはいけない手前、あんまり露骨に文句が言えないのがもどかしい。
「そ、それで、い、いいい妹が何よ?」
「あァ、妹が今度四人一緒に遊園地に行こうとさ」
「!? げはっ、ごほっ!」
「だから何でそのタイミングで飲み物を口に含むんだよ! ビリビリも狙ってるの!? アレこれ四面楚歌!?」
「う、うっさいわね! ちょっと飲み物が気管に入って咽せただけでしょ! 別にあの子の発言に驚いて咽せたわけじゃないんだからね!」
(そこまでくると逆に分かりやすいわ!)
喉元まで出たツッコミを何とか飲み込んだ上条は、無言のまま更に追加で浴びせられたヤシの実サイダーを拭き続ける。
しかし、ハンカチももう使い物にならなくなってきたので今度は病室のティッシュ(もちろん一方通行のもの)を強奪した。
悪いのは一方通行なので文句は言わせないと言わんばかりの眼力だが、当の一方通行は何処吹く風だ。
「で、第六学区に新しくオープンした遊園地のチケットを手に入れたからそこに行こうって誘われた。もちろン御坂も行くだろ?」
「えっ、うう、わ、私は……」
(……やっぱりあンまし乗り気じゃねェな。まァ、確かに他人に自分のクローンの存在を知られかねないよォな真似は控えたいのが普通だな。
ここは、御坂妹から借りた知恵を使ってみるか)
しどろもどろ状態の美琴を見ながらそう判断した一方通行は、御坂妹に言われた言葉を頭の中で反芻して間違えないように確認すると、
さも何気ない風を装ってこう言った。- 152 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:29:48.04 ID:QjJiIigo
- 「確かこの遊園地、マスコットキャラクターにゲコ太とか言うカエルを使ってるンだったか? 着ぐるみが練り歩いてるらしいぞ」
「行くわ!」
(ちょろい)
(ビリビリ、あんなカエルが好きだったのか……。女の子の趣味ってのは分からんなあ……)
ゲコ太という単語を聞くなりすぐさま力強くそう宣言した美琴を眺めながら、ひそひそ話をしている二人。
しかし、美琴が急にぐるりとこちらに向き直ったのを見て二人は素早く話を中断させる。
「で、いつ行くの?」
「急に乗り気になったな。次の土曜日だとよ」
「よし、すぐね。ふふふ……、楽しみだわ」
急に態度を豹変させた美琴が少し不気味だったが、労せずして目的を達成できたのだから安いものだ。
一方通行は知恵を授けてくれた御坂妹に感謝しながらも、オマエの姉はこんなので本当に大丈夫なのかと軽く本気で心配になった。
―――――
とある研究所。
人間が丸々入るサイズの培養器が無数に立ち並ぶこの研究所は、とある『実験』を立案し、大量の『妹達』を製造した施設だった。
すべての妹達を製造し終わった現在は、『実験』に投入されるまでの間彼女たちを生き長らえさせる為の調整が行われている。
広大な敷地を持つこの施設には、それでもスペースが足りないんじゃないかというくらい大勢の研究者たちが出入りしていた。
しかし、彼らは誰もが調子の悪そうな顔をしている。
それというのも、重要な『実験』が頓挫しかけている所為だ。良い顔が出来るはずがない。
そんな中でたった一人、けろりとした顔でデータと向き合っている女性研究者がいた。
彼女は手にした紙束に何事かを書き込みながら、鼻歌さえ歌っている。
「芳川桔梗」
と、不意に声を掛けられて、芳川桔梗というらしい女性が顔を上げる。
その視線の先には、『実験』の責任者である外人研究者とやつれた黒髪の研究者――天井亜雄を中心として、数人の研究者が立っていた。
しかし芳川はその様を見てにこりと笑うと、彼女にしてはやけに明るい調子でこう言った。
「あら、皆さんお揃いで。こんな所に何の御用かしら?」
「……あくまでしらを切るつもりですカ」
「何のこと? わたしはここで日夜『実験』の準備に勤しんでいる真面目な研究員。
一体どんな問題があってそんな言葉を掛けられなければいけないのか、わたしにはさっぱり分からないわ」
「ふざけるな!! お前が妹達の手引きをしたことは分かっている。最終信号の居場所も知っているんだろう!!」 - 153 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:30:27.73 ID:QjJiIigo
- 掠れた声になりながら怒鳴る天井を横目に見ながら、芳川はやれやれと首を振る。
そして困ったように笑いながら、ゆっくりと頬に手を当てた。
. . .
「と言っても、状況証拠だけでしょう? 明確な証拠も無いのに適当なことを言わないで欲しいわね。わたしはただの善良な研究員よ?」
「こ、いつ……!」
「……イエ、彼女の言う通りでス。彼女と妹達を関連付ける決定的な証拠は何もなイ。ただ、状況的に彼女が最も疑わしいというだけでス」
「理解してくれて嬉しいわ。それじゃ、わたしはまだやることがあるから」
「待て! まだ話は……!」
「ああ、そうそう。勢い余ってあの子に手を出したりしないようにね?
わざわざ上から下された『手を出すな』っていう命令に逆らった所為で、この実験が中止になってしまったらとても残念でしょう?」
それだけ言うと、芳川はにこにこ笑いながら軽く手を振ってその研究室を後にする。
後ろの方でまだ天井が何かぶつぶつ言っていたが、彼女は意に介さなかった。
そうしてしばらく歩き続けた彼女はやがて極端に人通りの少ない廊下に出ると、そこで二人の少女に出くわした。
「あら、あなたは布束さんと……、」
「このミサカは10032号です。上位個体の世話係を仰せつかっていました、とミサカは何度目になるか分からない自己紹介をします」
「そう。ごめんなさいね、あなたとは一番付き合いが長いのに分からないなんて」
「構いません。彼でさえ、見分けることができたのはこのミサカを含めてもほんの数人のミサカだけでした、とミサカはフォローします」
「incidentally.アレは用意してもらえたのかしら?」
「ええ、もちろんよ。はいこれ」
芳川は懐から手紙を取り出すと、それを布束に手渡した。
その白い封筒は、外側からは何が入れられているのかまったく分からないようになっている。
また、封筒には宛名どころか差出人も住所も、何も書かれていなかった。
しかし布束はそれを受け取ると封筒を矯めつ眇めつし、それからそれをしっかりと鞄の中に仕舞い込む。絶対に失くしてしまわないように。
「それに必要なことは全部書いてあるわ。あとは適当な妹達にでも頼めば大丈夫。ただ、気を付けてね」
「確かにこの『実験』に関わっている人間は多いですが、それでも全てのミサカたちを完全に監視下に置けるほどではありません。
それほど気を張らなくても大丈夫でしょう、とミサカは楽観的な見解を示します」
「……indeed.ありがとう、助かるわ。あなたも色々と大変でしょうに」
「いいえ、妹達が上手くやってくれてるから気楽なくらいよ。あの責任者と天井の悔しそうな顔ったら、本当に笑えるわ」
「あなたは本当に良い性格をしていますね、とミサカは芳川桔梗が味方であったことに感謝します」
くすくすと本当に可笑しそうに笑っている芳川を見て、布束は呆れたような顔をした。
しかし次の瞬間、芳川は唐突に笑顔を引っ込めると珍しく真剣な表情を浮かべた。 - 154 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:31:11.96 ID:QjJiIigo
- 「そういえば、『アイテム』はどうしてるのかしら?」
「……彼女たちはまだ身の振り方を考えている段階のようです。当然の反応と言えるでしょう、とミサカは客観的な感想を口にします」
「そうね。……せめて、わたしたちの邪魔はしないでくれると良いんだけど」
「それこそ神のみぞ知る、ね。彼女たちもあれで暗部の人間。同じ暗部である垣根帝督や木原数多と同じ考えに至らないとも限らないわ」
「どちらにしろ、今はそっとしておいてやるべきでしょう。下手に干渉すると逆効果になる可能性があります、とミサカは危惧します」
「もちろんよ。それが彼女たちの為でもあるでしょうし、ね」
芳川はふと二人の背後へと視線を向けると、唐突に二人に背を向けて本来向かうはずの方向へと歩いて行ってしまった。
突き当りの向こうから、研究者がやってきたのだ。そしてその研究者は、もちろん彼女たちの敵だ。
御坂妹と布束は、素早く反応してくれた芳川に感謝しながらそれぞれ別の方向に向かって歩き出す。
御坂妹とすれ違ったその研究者は疑わしげな眼差しで彼女を睨んだが、御坂妹は何事もなかったかのように去っていった。
―――――
「……まさか、僕の方にまでこんな依頼が舞い込んでくるとはね?」
病院の隠し部屋でとある少女と対面していた冥土帰しは、困ったような顔をしながらそう言った。
そんな彼と対峙しているとある少女――御坂美琴、いや御坂妹とそっくりな姿をした少女は、申し訳なさそうに僅かに表情を歪める。
「無理なお願いをしているのは承知の上です。
ですが、『患者の為ならどんなことでもする』という信条をお持ちで『外』の病院機関にも太いパイプをお持ちのあなたにしか
お願いできないことなのです、とミサカは懇願します」
「そちらの事情は理解したよ。……だけどねえ、ふむ」
「……難しい、でしょうか。とミサカは不安そうな声を出します」
「難しくないと言えば、嘘になるね? ……けど、僕は僕の信条に背きたくはない。できる限りの努力はさせてもらうよ」
冥土帰しの言葉に、少女はぱっと表情を明るくさせる。
そして座っていた椅子からがたんと立ち上がって、勢いよく頭を下げた。 - 155 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/23(火) 21:31:43.20 ID:QjJiIigo
- 「ありがとうございます! 本当にありがとうございます! とミサカは力の限り感謝の気持ちを表現します」
「いや、そこは構わないんだけどね? ……君たちは、本当にそれで良いのかな?」
喜ぶ少女とは対照的に、冥土帰しの表情は暗い。
しかし少女はそんな言葉にもまったく表情を変えることなく、嬉しそうな表情のままこう言った。
「はい。少なくともこのミサカにとってはこれが最善の道です。ですから、本当に心から感謝します、とミサカは感謝の言葉を繰り返します」
「……そうか、分かった」
「それでは、ミサカはまだやらなければいけないことがあるので失礼します、とミサカは別れの挨拶をします」
そういって少女は再び深々と頭を下げると、冥土帰しの部屋を出て行った。
冥土帰しはそれを暫らく見送っていたが、やがてのその後ろ姿が見えなくなると、珍しく本当に疲れたようなして椅子に深く腰かける。
彼はデスクに置かれたとある患者のカルテを眺めながら、固く目を閉じてそっと額に手を当てた。
「……本当に、これで良いのか?」 - 171 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:48:49.81 ID:1DNSA0ko
- 「おーい、こっちこっち」
第六学区の遊園地前。待ち合わせ場所であるそこに最後にやってきた美琴に向かって、上条がひらひらと手を振った。
美琴はそれを目印に駆けてくると、少し意外そうに他の三人を見回した。
「アンタたち、早いわね。私も結構早めに出たつもりだったんだけど」
「俺は不幸に遭っても遅れないように、かなり早めに出たからな。でも今日は珍しく何事もなくここに辿り着けたんだ」
「ミサカは今日が楽しみだったので少し早めに来てしまいました、とミサカは待ち切れなかった故に早く来てしまった旨を説明します」
「俺は基本的に暇人だからなァ。早くに出てこの辺ふらふらしてたら既にコイツらが居たから合流しただけだ」
美琴もかなり早めに出たつもりだったのだが、彼らはそれよりも遥かに早くここに来ていたようだ。
ともかく、もう既に全員が揃ってしまっている。が、まだ指定した集合時間の30分前。
遊園地自体は既に開場しているが、それでもまだだいぶ早い時間だ。
流石に遊園地の入り口前なので人はそこそこ多いが、まだこんな時間だからか予想していたよりもかなり空いている。
「で、これで全員だよな。一応全員顔見知りだけど、改めて自己紹介しとくか?」
「はい、そうしましょう。ではミサカから行きますね。
ミサカはお姉様、御坂美琴の妹です。妹と呼んで下さると嬉しいです、とミサカは自己紹介をします」
「俺は一方通行。本名じゃねェが、便宜上そォいうことになってる」
「えーと、俺は上条当麻。ビリビリとは喧嘩友達って感じかな。宜しく」
「今更だと思うけど……。私は御坂美琴。常盤台の超電磁砲、超能力者の第三位よ」
「自分から言い始めておいて何ですが、本当に今更ですね。ですが、とにかく宜しくお願いします」
言いながら、御坂妹はぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
上条もそれに答えて軽く頭を下げたり、一方通行もそれに応じたりしていたが、そんな三人を眺めながら美琴は微妙な心境になっていた。
(まったく、人の気も知らないで普通に楽しんじゃってさ。ついついゲコ太に釣られて来ちゃったけど、本当に大丈夫かしら?)
「……御坂? どォした、ぼォっとして」
「な、何でもないわ。それよりさっさと入場しちゃいましょ。今はまだ良いけど、もう少し経つと入口が混雑しちゃうわよ」
「それもそうですね、とミサカはお姉様に同意します。
それから、こちらがチケットですので各自失くさないように所持していてください、とミサカはお願いします」
「お、ありがとう」
上条は御坂妹から遊園地のチケットを受け取ると、何となくそのチケットにプリントされているイラストを眺めてみた。
そこには、美琴がご執心しているという緑色生物が何匹も描かれている。
よく見てみれば微妙に顔や身に着けているものが違うのでそれぞれ別のキャラクターなのだろうが、上条にはさっぱりわからなかった。
当然美琴に尋ねてみれば分かるのだろうが、そうする勇気を上条は持っていない。
多分、訊いた途端にもの凄い勢いで語られる羽目になるだろう。 - 172 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:49:27.55 ID:1DNSA0ko
- 「ふふふ……。ゲコ太……。ふふふ……」
「御坂が壊れた……」
「ま、まあまあ。それだけ好きってことなんだろ。そっとして置いてやれよ」
御坂妹からチケットを受け取った美琴が、上条が見ていたのと同じイラストを見ながら何だか気味の悪い笑顔を浮かべている。
こんな美琴は見たことがないが、多分それだけ好きということなのだろう。
「これで全員に行き渡りましたね。それでは入場してしまいましょう、とミサカは促します」
「そォだな。入れば御坂も少しは気が済むかも知れねェし」
「ゲコ太……、可愛い……。ふふ、ふふふ……」
「……ビリビリ、ストレス溜まってんのかなあ……」
「お姉様は常盤台中学ではアイドル扱いを受けているそうなので、普段は外面を保つ為に色々と抑圧されているのかも知れません。
それがここに来てタガが外れてしまったのではないでしょうか? とミサカは推測してみます」
「まァ、本人は幸せそォなンだから良いンじゃねェか? コイツだって、たまにはハメを外したってバチは当たンねェだろ」
「この状態を常盤台の知り合いに見られたら一巻の終わりだろうけどな」
上条の発言にふと不安になって、三人は軽く辺りを見回してみる。
とりあえずは周囲に常盤台中学の制服を着た人間は居なかったが、この遊園地にはチケットが入手困難であるという理由上
コネや金を持った人間、つまりお嬢様のように身分の高い人や高位能力者がよく来るらしいので油断はできない。
「ま、まあ大丈夫だろ。ビリビリだってずっとこの状態のままってことはないだろうし」
「とにかく、遊園地に入って最初にしておきたいことを決めておきましょうか。お姉様は何がしたいですか? とミサカは尋ねてみます」
その言葉に、ずっとチケットのイラストに見入っていた美琴がこちらを振り返る。
彼女は今まで見たことのないくらいキラッキラした輝きをその瞳に湛えながら、高らかにこう宣言した。
「ゲコ太探し!! 絶対にゲコ太を見つけ出して記念撮影してやるわ!!」
……まあ、そう来るだろうとは思ったよ。
その時、確かに三人の心は一つになっていた。
――――― - 173 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:50:18.48 ID:1DNSA0ko
「ゲコ太! ゲコ太!! やっぱりすごく可愛いわ!」
遊園地に入場してからずっと血眼になってゲコ太を探し続けていた甲斐あって、遂に美琴はゲコ太との邂逅を果たしていた。
周囲には他にもゲコ太に群がっている子供たち(当然美琴より遥かに幼い)が居るのだが、美琴はまったく気にせずにはっちゃけている。
人目を憚らないというのはこのことか。
そしてそんな彼女を、他の三人は少し離れたところから眺めていた。
「まあ、他人の振りをしようにも御坂妹がいるから無理なんだけどな! どう見ても姉妹にしか見えないからな!」
「誰に向かって話し掛けてンだ? とにかく、さっさと記念撮影するぞ。そォすればアイツも満足するだろ」
「では、その辺りの人に撮影を頼んできますね、とミサカはカメラを手にちょうど良さそうな人を物色します」
「それなら俺が頼んで来るよ。御坂妹そういうの苦手そうだし。ほら、カメラ貸してくれ」
「あァ、それなら俺が撮る。貸せ」
一方通行は上条が御坂妹から借りたカメラを受け取ろうと手を伸ばしたが、上条はその手をひょいっと避けてカメラを逃がしてしまう。
上条の行動に一方通行は一瞬意味が分からないというようにきょとんとした顔をしたが、
やがてそれを遊ばれていると受け取ったらしい彼はぎろりと上条を睨みつける。しかし一方の上条は、至極真面目な顔でこう言った。
「いや駄目だろ。こういうのは全員で映らないと」
「はァ? いや、俺はこォいうのは……」
「ミサカも全員映ってる写真の方が良いと思います、とミサカは上条当麻に同意します」
再びカメラに向かって手を伸ばそうとした一方通行の前に、今度は御坂妹が割り込んでくる。
それを見た一方通行は、伸ばしていた手を引っ込めると小さくため息をついた。
「何なンだその拘りは。一人ぐらい映ってなくてもイイじゃねェか」
「駄目だ。やっぱりこういうのは来た全員で撮らないと、後で皆でアルバムを見直した時に寂しい思いをすることになるんだぞ?」
「……アルバムなンか、見ねェよ。イイから貸せ」
「駄目です。全員で撮るのです、とミサカは強硬に主張します」
「あ、すみませーん! 写真撮ってもらえますかー?」
流石に二人掛かりで来られてしまったら、松葉杖を突いている一方通行には太刀打ちできない。
彼はそれで漸く観念してくれたのか、嫌そうにしながらも道行く通行人に写真を頼みに行く上条を黙って見送っていた。
暫くして適当な通行人を連れてきた上条は、カメラの使い方を一通り説明すると戻ってくる。- 174 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:50:59.92 ID:1DNSA0ko
- 「おーいビリビリ。写真撮るから戻って来い、色んな意味で」
「……はっ! そうだったわ、記念写真を取らないと! 私としたことが迂闊だったわ!」
「はいはい、並びますよ。あ、そこ入らないのでもうちょっと詰めて下さい、とミサカは撮影の準備を促します」
「ほら、折角の記念写真なんだから一方通行も笑いなさいよ」
「いやそれはやめた方が良いと思う」
「……悪かったな。仏頂面で」
「そろそろ撮りますよ。カメラの方をちゃんと見てください、とミサカはカメラ目線を指示します」
「すみません、もう大丈夫ですよー! お願いします!」
美琴が手を振りながら合図を出すと、撮影を引き受けてくれた人の掛け声とともにシャッターが押された。
すぐに美琴がカメラの確認をしに行って、その出来に満足したらしい彼女は上条たちに向かって手でOKの合図をする。
一方、御坂妹は撮影が終わって去って行くゲコ太に向かってずっと手を振っていた。どうやら御坂妹もあれを可愛いと思っているらしい。
美琴は上条と一緒に撮影してくれた人にお礼を言うと、再びカメラの確認をしながら満足そうな顔で戻ってきた。
「うんうん、良い出来。あの人なかなか腕が良いわね」
「満足してくれたか?」
「もちろんよ。それじゃ、一番最初に私の目的に付き合わせちゃったんだから、次はアンタたちの行きたいとこに付き合うわよ。
何処行きたい?」
「それなら、ミサカはジェットコースターに乗ってみたいです。とにかくすごく早くて怖いのが良いです、とミサカは希望を述べます」
「初めてなのにそんなのに乗って大丈夫なのか?」
「初めてだからこそ一番すごいものに乗ってみたいのです。やはり初体験は面白くなくては、とミサカは意気込みます」
「とにかく、ジェットコースターね。私も一度は乗っておきたいと思ってたし、ちょうど良いわ。
ゲコ太探しの為に地図は完全に頭に入れてあるから場所も分かるし……。そうね、一番大きいジェットコースターはあっちかしら。
ほら、ここからも見えるでしょ?」
そうして美琴が指差したのは、だいぶ遠いところにあるにもかかわらず確かにその巨大な姿を確認できるジェットコースターだった。
流石にここまでは悲鳴は聞こえてこないが、間違いなく近くに行けば阿鼻叫喚のごとき絶叫が聞こえてくるだろう。
小さな頃にジェットコースターに乗ったきりトラウマになっている上条は顔を青くさせたが、年下の女の子が二人もいる手前、弱腰になれない。
その一方で、その姿を見た御坂妹はほんの少しだけ楽しそうな雰囲気を滲ませていた。いつも無表情なのに。 - 175 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:52:12.01 ID:1DNSA0ko
- 「あれならば確かに期待できそうです、とミサカは無い胸を期待に膨らませます」
「無い胸とか言うな。悲しくなるわ」
「……オイ、上条。何か顔色悪ィぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ。……そう言えば一方通行もジェットコースター初めてだよな? 大丈夫そうか?」
「? あァ、見た感じは大丈夫そォだ」
「そうか……。はあ」
上条が溜め息をつくと、一方通行は不思議そうに首を傾げた。何とか理由は悟られずに済んだようだ。
そして彼らは引き続きはしゃいでいる美琴と御坂妹に連れられて、ジェットコースターのあるエリアへと歩いて行った。
―――――
「うぷ……。やっぱり見栄張らずに辞めておけばよかった……」
「何か様子がおかしいと思ったら、オマエジェットコースター苦手だったのかよ。素直に言っておけば良いものを」
「いやでも楽しそうなビリビリと御坂妹を見てたら空気読もうかなって……」
「もう一回乗ってみたいです、とミサカは構わずに己の欲望を曝け出します」
「いやいや、ちょっとは遠慮してあげなさいよ。ほら、飲み物買ってきたわよ。飲みなさい」
少し離れた屋台からコールドドリンクを買ってきてくれた美琴が、そのうちの一つを上条に向かって差し出した。
上条はそれを受け取って一口飲んだが、むしろ逆効果だったのか一瞬ドリンクを戻しそうになりながらも何とか飲み込んだ。
「うえ……、悪いなビリビリ……」
「だからそのビリビリっての辞めなさいって言ってんでしょうが」
流石に電撃は来なかったが、代わりに額をぱしんと軽く叩かれた。
大して痛くもなかったが上条は額を抑えると、いつもこのくらい優しかったらいいのに、などと思った。 - 176 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:53:40.27 ID:1DNSA0ko
- 「でも、これからどうしようかしら。コイツがコレじゃ乗り物に乗るのは難しいだろうし」
「あなたは何かリクエストはありますか、とミサカは問い掛けてみます」
「俺か? 俺は……、特にねェ……、な」
「言いながら凄いチラッチラジェットコースター見てますが、やっぱりあなたももう一度乗りたいのですか?
とミサカはちょっと期待してみます」
「分かりやすすぎるわよアンタ」
「あー……、乗りたいんだったら乗ってきて良いぞ。俺はここで待ってるから」
「まあ、確かに休憩がてらそうするのも良いかもしれないわね」
それで意見が一致しかけた時、突然御坂妹が何か思いついたというようにぽんと手を叩いた。
その音に全員の視線が集まると、御坂妹は人差し指を立てながらこう提案する。
「ならば二手に分かれませんか? お姉様もここで休憩していたいですよね? とミサカは名案を口にします」
「へ? ああ、私は別にまた乗りたいわけじゃないから良いけど……、あれ?」
「ならば二手に分かれましょう。あ、勝手にどこかに行ってしまっても一向に構いませんから。
それでは乗り終わったら携帯電話で連絡しますので、とミサカは言い逃げとばかりに一方通行の手を引いて猛ダッシュします!」
「ちょ、オイコラ待てこっちは杖突いてンだぞ加減しろォ!」
半ば引き摺られるようにして去って行く一方通行を見送りながら、しかし美琴は未だかつて無いほどの緊張状態に見舞われていた。
いつも無表情なくせに、やたらとニヤニヤしていた御坂妹の顔が思い出される。
(あ、あの子どういうつもりなの!? これって、これって……)
「オイビリビリ、どうした? お前もなんか顔赤いぞ。実はジェットコースター駄目だったか?」
「そそそそっそそんな訳ないじゃないばっかじゃないの!? アンタは黙って休憩してれば良いの!」
「そ、そうか? なら良いんだけど……。でもやっぱりちょっと顔が赤い気が」
「気のせいよ気のせい! ほらコレさっさと飲み干せ!」
「うぶっ、なんかまた厳しくなってる気がする……。不幸だ……」
上条は自由な体制で休むために一旦美琴に預けていたドリンクのコップを再び受け取ると、言われたとおりにそれを飲み始めた。
その一方で美琴は、上条から思いっ切り顔を逸らして何とかして熱くなってしまった顔を冷まそうと努力していた。
(遊園地でコイツと二人きりってまるで、で、デー……、いやこれは偶然こうなっただけであって別にそういう意図があったわけじゃ……)
「おーいビリビリー、飲み終わったぞ。気分もだいぶ良くなってきたし、どっか行くかー?」
空になったコップをベンチの隣に置いてあったごみ箱に捨てながら言ったが、美琴から反応がない。
上条はやはり気分が悪いんじゃないかと思って美琴に呼び掛ける為にその肩にぽんと手を置いた、その瞬間。 - 177 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:54:26.32 ID:1DNSA0ko
- 「ふにゃああああ!?」
「うおおおお!? どうした突然そんな変な奇声を発して! やっぱりお前おかしいぞ!」
「だっ、だから何でもないって言ってんでしょしつこいわね!」
「本当か? さっきよりも顔が赤い気が……」
「うっさい! ほらあの子たちが戻ってくるまで何処か行くんでしょ? あそこにしましょ!」
そう言って美琴が指差したのは、巨大な鏡の館のようだった。学園都市の技術によって更に複雑化されているらしい迷路だ。
上条は突然怒り出した(ように見えているらしい)美琴を見ながら溜め息をつくと、ベンチから立ち上がりながらこう言った。
「はいはい。お供しますよお姫様」
「お、お姫さっ……!? な、なに恥ずかしいこと言ってんのよ馬鹿!!」
上条としては何気なく言った台詞のつもりだったが、美琴は途端に顔を真っ赤にさせる。
しかし上条はそれを悟る間もなく美琴のグーパンチで吹き飛ばされ、日差しの所為で熱くなった地面に寝転がる羽目になった。
「やっぱり不幸だ……」
―――――
「良かったのか?」
「何がですか? とミサカはちょこんと首を傾げてみます」
「上条と御坂のことに決まってンだろ。オマエ、御坂と一緒に遊ぶ為にここに来たンじゃなかったのか?」
ジェットコースターの列に並びながら、一方通行は呆れたようにそう言った。
しかし御坂妹は、一方通行の予想に反してニヤリと悪い顔をする。 - 178 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/27(土) 16:55:11.21 ID:1DNSA0ko
- 「そのことですか。先程も言いましたがミサカはお姉様に楽しんでいただければそれで良いですし、
むしろ先程のアレはミサカの好感度アップの為に上条当麻を利用してしまって少々申し訳ないと思っているくらいです、
とミサカはアレが計画的犯行であることを明かします」
「好感度アップ、ねェ……。アレで本当にそォなると思うか?」
「と、言いますと? とミサカは一方通行の意図を測りかねます」
「御坂は恐ろしいことにあれで自覚がねェみてェだし、上条はマジで救いよォのねェレベルで鈍感だ。
そンな奴らを二人っきりにしたところで何か進展があると思うか?」
「……そう言われると厳しいかもしれません、とミサカは自信を喪失します」
「せめてあと1ミリでも良いから御坂に積極性があれば、あるいは上条に甲斐性があればなァ……」
「今頃お姉様たちはどうなっているでしょうか、とミサカは今更ながら二人を心配します」
「……九割方、上条が不用意な発言をして御坂が真っ赤になり上条がぶっ飛ばされる、の繰り返しだろうな」
「お姉様の許容量を突破して最後の『ぶっ飛ばされる』プロセスが無くなればまだ希望はあるのですが、とミサカは遠い目をします」
「さて、俺たちが帰るまでに上条が生きてると良いンだが」
まるで他人事のように一方通行がそう言うと、ジェットコースターの係員が並んでいる客たちに順番が来たことを知らせに来た。
その指示に従って歩き始めながら、御坂妹は無表情の中にほんの少しだけ楽しそうな雰囲気を浮かべる。
よっぽどジェットコースターが気に入ったようだ。
「ところで、何回くらい乗るおつもりですか? とミサカは質問します」
「……さァな。飽きるまでじゃねェの?」
「そうですか。ミサカもそのつもりでした、とミサカは同意見であったことに喜びます」 - 187 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:46:10.76 ID:wmHevFEo
- 鏡の館内部。凄まじい応酬の末になんとかここまでやって来ることの出来た上条と美琴は、さっそく鏡の迷路に翻弄されていた。
あちらこちらに自分の姿が映っている、などというレベルを遥かに超越している。
実に三百六十度すべてに自分たちの姿が映っているように見えるので、どちらに行けば先に行けるのかが皆目見当もつかないのだ。
「すっげえな。もう何処から入ってきたのかもよく分かんねえぞ」
「ふふん、アンタはまだまだね。
私なんか電磁波で障害物の有無を把握できるから、自分たちが何処から来て何処へ行けば良いのかちゃーんと分かってるわよ?」
「へ? あ、ちょっと待てビリビリ!」
上条の制止も聞かずにずんずんと進んで行こうとした美琴は、そのままの勢いで思いっ切り鏡に額をぶつけてしまった。
上条はその反動で後ろに倒れそうになった美琴を受け止めると、心配そうな顔をしながら彼女の顔を覗き込む。
「……お前な、ちゃんと入口の説明読んだか?
簡易AIMジャマーみたいなものでAIM拡散力場も乱反射してるから、そういうのはあてにならないんだって」
「うっ、ううううううるさい! 良いからさっさと放してよ!」
「っと、ごめんごめん。つーかすごい音したけど、タンコブとかできてないか?」
「ふにゃっ!?」
美琴が暴れるので上条はすぐに彼女の体を解放したが、すかさずその額にそっと手を当てて顔を近づけてきた。
額にある冷たい手の感触とすぐ近くにある上条の顔を見て美琴は顔を真っ赤にさせたが、
幸か不幸かタンコブ探しに集中しているらしい上条がそれに気付くことはなかった。
(う、ぐぐぐぐぐ……。こんなAIM拡散力場を乱反射してるようなところで電撃を飛ばしたらどうなるか分からない……。
だから私がされるがままになってるのは自分が怪我をしない為であって、別にずっとこのままでいたいとかじゃ無いんだから! うん!)
「うん、タンコブは無さそうだな。良かった良かった。他に痛いところとかないか?」
「だから大丈夫だって言ってんでしょ! それに大して痛くもなかったんだから!」
「本当ぐわっ!?」
美琴の額から手を引いて屈んでいた身体を起こそうとした途端、上条はごつんと勢いよく天井に頭をぶつけてしまった。
どうやら、ちょうど天井が低くなっているところだったようだ。
上条はぶつけたところを擦りながら起き上がり直すと、ふと頭がそこまで痛くないことに気が付いた。
「あれ、本当にあんまり痛くないな。なんだこれ?」
「ちょっと触ってみたけど、鏡なのに柔らかめの素材で出来てるみたいね。もしかしたら鏡じゃないのかしら」
「へー、不思議だな。学園都市の技術って本当に進んでるんだ」
「当然でしょ、学園都市は『外』と三〇年くらい技術レベルの差があるんだから。
普段私たちの目の届く場所には超能力や掃除ロボくらいしか『外』との技術レベルの差を表すものがないから分かりにくいかもしれないけど、
この学園都市にはもっと凄い技術がごろごろしてるんだから。ま、私たちに見えないところでしか使われてないだろうけどね」 - 188 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:47:27.59 ID:wmHevFEo
- 「ふーん、そんなもんなのか。詳しいな」
「仮にも超能力者の第三位なんだから、それくらい当たり前でしょ。それにあの子だって……」
「ん? どうかしたか?」
「なっ、なんでもない! ほら早く行くわよ! ……ってきゃあっ!」
言ってるそばから、美琴はまた鏡にぶつかってしまった。
確かに鏡は柔らかめにできていると言っても思いっ切りぶつかればそこそこ痛いし、下手をしたら先程の美琴のように転ぶこともありうる。
慣れたからか今回は転びそうにはならなかった美琴だが、なんだか異常に腹立たしい気持ちになった。
「ありゃりゃ、これは慎重になった方が良さそうだな。壁に手を付きながら行こうぜ」
「なにそれ? 確かにそれなら鏡にぶつかることは無いかもしれないけど、いつまで経っても外には出れないわよ」
「いやいや、そういう裏技があるんだよ。ちょっと時間は掛かるけど確実だ。やってみろって」
「……まあ、アンタがそこまで言うなら仕方ないわね。私ももう鏡にぶつかるのはごめんだし」
ぶつけた頭を擦りながら、上条に倣ってもう片方の手で鏡に手を付いてみる美琴。
二人は片手を付きながら、地道に鏡の館を攻略していくことにした。
―――――
「ふう、満足しました。とミサカは満ち足りた顔をします」
「結局何回乗ったンだろォなァ」
数えるのも億劫になるくらいの回数ジェットコースターに乗って、漸く二人は満足したらしい。
一方通行は目立つ髪と目の色を隠すためにキャップ帽を目深に被っているのだが、それでも係員に顔を覚えられていそうなほどの回数なのだから相当だ。
恐らく御坂妹の顔は確実に覚えてしまっただろう係員に見送られながらその場を去り、先程まで上条たちが休んでいた場所へとやって来る。
しかし、当然そこには二人の姿はなかった。
「あいつらは流石にどっか行っちまったみてェだな。とりあえずメール入れとくか」
「……お腹が空きました、とミサカは空腹を訴えます」
「あァ、そォ言えばもォこンな時間か。どっか適当なレストランでも見つけてあいつらを待ってた方が良いな」
くいくいと服の裾を引っ張ってくる御坂妹に促されて時刻を確認してみれば、確かにそろそろ昼食にしても良さそうな時間になっていた。
一方通行は軽く辺りを見回すと、そうして見つけた食堂を指さしながら御坂妹の肩を叩く。
「あそこならちょうど良いだろ。……ン、どォした?」
「な、何だか今更気分が悪くなってきました、とミサカは……うえっぷ」 - 189 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:48:05.44 ID:wmHevFEo
- 見やれば、御坂妹は先程の上条なんか目じゃないくらい真っ青な顔をして口を抑えていた。
一方通行はそんな彼女の背中を擦ってやりながら、何となく原因に思い当たって呆れたような顔をする。
「……オマエ、そォ言えば調整を続けねェと生きていけねェよォな身体してンだろ? やっぱ連続ジェットコースターは無理があったのか」
「ミサカたちは軍用クローンです、そんなことあるはずが……、うえ。
済みません一方通行、やっぱり肩を貸してもらえますか? とミサカは切実にお願いします」
「ほらよ。掴まれ」
一方通行は御坂妹に肩を貸してやるが、彼も彼で杖突きなので、肩を貸してやるのはだいぶ辛そうだ。
御坂妹は一方通行に体重を預けながら、自分で自分の胸を擦って何とか気分を落ち着かせようと努力する。
「少し休憩すれば大丈夫だと思います、とミサカは力なく返事をします……」
「無理してわざわざ長く喋ろうとすンな。すぐそこだからちょっと我慢しろよ」
「杖を突いているのに申し訳ありません、とミサカは一方通行に謝罪します」
「良いから気にすンな。ほら、行くぞ」
一方通行は御坂妹の体重を支えながら、杖を突いているにしては素早く目的地へと向かって歩いていく。
歩いている最中も、御坂妹の顔色は悪くなる一方だった。
―――――
それなりの時間をかけて二人は漸く食堂に辿り着くと、一方通行はすかさず空いている席に御坂妹を座らせた。
椅子に座らせた途端、御坂妹はぐったりとして机に突っ伏する。相当辛そうだ。
「オイ、本当に大丈夫か?」
「うぅ……、認めたくはありませんが、やはりジェットコースターに乗ったことによる重度の乗り物酔いのようなものだと思いますので、
やはりしばらく休ませて頂ければ問題ないかと、とミサカは私見を述べます……」
「ほらよ、水持ってきたぞ。飲めるか?」
「ありがとうございます……」
一方通行はセルフサービスの水を御坂妹に差し出してやりながら、自分も杖を置いて御坂妹の向かいの席に座った。
彼は特に彼女のような症状は出ていないが、彼女をここまで運んでくるのに少々体力を使ってしまったようだ。少し疲れた顔をしている。
「ぷは、少し楽になったような気がします、とミサカは一方通行に感謝します」
「回復するまでもォちょっとそこでそォしてろ。……そォだ、体力をつけておいた方がイイな。なンか食べれるか?」
「それではアイスクリームのようなものをお願いします、とミサカは注文します」 - 190 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:49:14.41 ID:wmHevFEo
- 「了解。じゃあそこで待ってろ」
御坂妹は机に突っ伏しているせいで横倒しになっている視界の中で、じっと去って行く一方通行を眺めていた。
やがてその姿が人混みの向こうに消えてしまうと、御坂妹はコップの方を見ないままに手を伸ばして一方通行の分の水も飲み干してしまう。
一方通行は水に口を付けていなかったし、割りと切実に水が欲しかったので見逃してくれるだろう、と思いながら。
(……彼にはああ言ったものの、だいぶ辛いですね、とミサカは本音を吐露します)
水を飲むことで少しは気分が良くなったのは本当のことだが、それも本当に少しだけだ。
とにかく体が熱くて仕方がなかったので、冷たいものが欲しかった。
あまりにも熱いので自分でセルフサービスの水を取りに行こうかとも思ったが、足に上手く力が入らないのでそうすることもできない。
(うう、早く帰ってきてください、とミサカは祈ることしかできません……)
御坂妹は腕の中に顔をうずめてぎゅっと目を閉じる。そうすれば、少しは状態の悪化を留めていられる気がした。
しばらくそうやって待っていると、目の前の席の椅子ががたんと音を立てたのが聞こえた。
一方通行が帰ってきたのだと思って、御坂妹は嬉々として顔を上げる。
「……え?」
しかし、御坂妹の目の前に座っていたのは見知らぬ男だった。
夏が近いこの季節に肌を一切見せないような服を着込み、一方通行と同じくらい目深に帽子を被り、口元は布のようなもので隠されている。
いつもの御坂妹だったなら、即座に不審者と判断して退治することができただろう。
けれど、今の彼女は極端に弱ってしまっていた。だから判断が遅れてしまい、先手を打つことができなかった。
「大人しくしろ。殺すぞ」
流石にこれで、御坂妹は目の前にいるこの男がどのような人間なのかを理解した。
御坂妹は行動を起こそうとしたが、無駄だった。遅すぎたし、そんな余力も無かったからだ。額に銃口が当てられるが、何もできない。
(……いずれ、彼が戻ってきます。どうすれば……)
しかしその時、すぐそばで女性の悲鳴が上がった。どうやら御坂妹に突き付けられている拳銃を目にしてしまったようだ。
その悲鳴を皮切りに、店内が恐慌状態に陥る。
恐怖は人々に波及し、あちこちから悲鳴やこの場から逃げようと足掻く音が聞こえてきた。
「チッ、しくったか」
しくったも何もない。こんなところで堂々と拳銃など見せびらかせば、こうなるのは当然だ。普通は布などで隠しながら使用する。
よって御坂妹は、この男は素人だと判断した。
そもそもこの学園都市で、拳銃一丁でいったい何ができるというのだろうか。
こんなことをすれば即座に警備員か風紀委員が飛んできて、最新式の兵器か超能力によって撃退されてしまうのが関の山だというのに。
実際、この程度ならいつもの御坂妹でも十分退治可能だった。
「オイッ、こっち来い!」
「……ッ!」
男が御坂妹の腕を強引に引っ張り、何処かにか連れて行こうとする。
満足に自分の足で立つこともできない御坂妹はふらついて転びそうになるが、更に強く腕を引かれて無理矢理立たされた。
瞬間、脱臼したのではないかという程の痛みが御坂妹に襲い掛かる。 - 191 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:50:27.23 ID:wmHevFEo
- 「オラ、さっさと歩……ぶッ!?」
途端、飛んできた硝子の器が男の顔面に直撃する。相当の勢いだったのか、器に盛られた白いアイスクリームの隙間から血が流れていた。
御坂妹はその隙をついて男の手を振り払い、言うことを聞かない身体に鞭打って何とか人の多いところへと逃げる。
その途中、彼女は誰かとすれ違った。ほんの一瞬のことだったが、御坂妹にはそれが白い影に見えた。
そして、今度はドゴンという肉を打つ音が響き渡る。
悲鳴や音であれだけ騒がしかった店内が、一瞬にして静まり返った。それ程に重く鈍く、痛そうな音だったからだ。
何とかして人の多いところに逃げ込み、店員に保護してもらった御坂妹は音の源を振り返る。
そこには、キャップ帽を目深に被った華奢な少年が立っていた。その足元ではあの男が、血の泡を吹きながら倒れている。
「下らねェ真似してくれてンじゃねェぞ。クソ野郎」
言いながら、一方通行は地面に転がっている男の頭を蹴った。
一体どれほどの力を込めて蹴っているのか、その一回だけで男の頭から血が流れる。
しかしその時、複数の場所でガチャリという金属音がした。店内が静かだったのが幸いし、一方通行はそれにすぐに気付くことができた。
「……何だよ、仲間がいたのか。面倒くせェ」
複数の人間に銃口を向けられて尚、一方通行は動じない。
それどころか相手が何らかのアクションを起こすよりも早く行動し、一番近くにいた男に一瞬で肉薄した。
「こ、いつ、身体強化系の能力者……ッ!」
「遅ェし違ェ」
言い終わるが早いか、一方通行は男の手を蹴り上げて拳銃を弾き飛ばす。
一方通行は宙に舞った拳銃を見事にキャッチすると、その手で更に男の顔面を殴りつける。少々危険なメリケンサック代わりだ。
「一方通行ッ!」
背後で御坂妹の叫び声が響いた。
見やれば、彼女を保護していた店員を殴り倒したらしい男が御坂妹を捕まえて、その首に銃口を押し付けていた。
振り返りざま、一方通行は躊躇わずに、
撃った。
「ぎゃああああ!!」
男の右肩から血が噴き出すと、御坂妹は反対の腕に噛み付いて拘束を解き、更に拳銃を叩き落としてから一方通行に駆け寄った。
一方通行は倒れ込むように寄りかかってきた彼女を受け止める。
けれど一方通行は、頭の中では至極冷静に物事を処理しながら心の奥では驚いていた。
いくら自分の命が危険に晒されているとは言え、御坂妹が危なかったとは言え、
普通の人間はこんなにも躊躇いなく、こんなにも簡単に、自分と同じ人間に対して引き金を引けるものなのだろうか。
……今の自分は、奴らを殺すことさえ辞さなくはなかったか?
「ッの、野郎!」
物音がしたので背後を振り返ってみれば、そこには一方通行に向かってナイフを振り下ろそうとしている男の姿。
どうやら流石に拳銃の数には限りがあるようだ。 - 192 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:51:30.31 ID:wmHevFEo
- しかし一方通行はニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、迷うことなく再びその引き金を引いた。
今度は、二回。
銃声が轟き、男の身体が地面に転がる。ナイフを地面に取り落とし、両手首を抑えて無様にのた打ち回っていた。
しかし、一方通行は構わずに穴の開いた手首を踏みつけて男の動きを止める。悲痛な声が響いた。
彼はそのままもう片方の足で無防備になった男の鳩尾を踏み潰した。ぐえっとカエルを潰した時のような声を発し、男は気絶する。
男の身体から足を退ければ、鳩尾を踏む為に体重の支点にしていた、手首を踏んでいた方の足の靴裏からぐちゃりという音がした。
夥しい血がこびり付いている。
何処かから誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。
うるさいな、と思う。
「……しつけェな」
やっと片付けたと思ったら、また新手が湧き出てきた。しかも、拳銃を持っているのがまだ何人かいる。出し惜しみでもしていたのだろうか。
けれど、と一方通行はまた嘲った。
ここまでやられておいて、全員が全員一方通行に銃口を向けているだけなのだ。引き金を引こうとする指ががたがたと震えている。
しかし、彼は気付いただろうか。
彼らがあんなにも怯えているのは人間に対して銃口を向けているからではなく、自分に対する恐怖が原因であるということに。
「うわあああああ!!」
その中で、パニックを起こしたらしい男が二人に向かって銃を乱射してきた。
一方通行は瞬時に銃弾の当たらない位置を演算すると即座に御坂妹を伏せさせ、自らは前へと躍り出る。
(銃弾は速度が速いし、威力も大きすぎる。俺の能力じゃ防げるか怪しい。試すにしても、あまりにも当たった時のリスクが高い)
「なッ、銃弾を、よ、避け」
「遅ェっつってンだろォが。このノロマ」
しかし、一方通行の手が男に届くよりも男が引き金を引く方が僅かに早い。
男の方もその考えに至ったのか、恐怖と歓喜が入り混じった奇妙な笑みを浮かべながら銃の照準を一方通行に向ける。
けれど一方通行は臆しない。
「よく考えてねェのはオマエの方だ」
一方通行の手には、銀色の松葉杖があった。そして男は、既にその間合いに入ってしまっている。
男が冷静で、即座に引き金を引ける状況だったなら、また結果は違っただろう。
しかし一方通行の手にあるその武器を見て、男は完全に落ち着きを失ってしまった。
罵声と共に、一方通行は男の顎を松葉杖で思いっ切り打ち上げる。血飛沫といくつかの歯が舞い飛ぶ。
一方通行はその一撃で男の意識を完全に刈り取り、次の敵へと向かおうとした、が。
突然その首に腕を回されて拘束された。まだ隠れている仲間がいたのだ。男は素手だが、凄まじい力で一方通行を締め上げる。
「お前も道連れにしてやる……!」
一方通行は最初、この男は武器を持っていないと思った。しかし違った。男は立派な武器を持っていた。
そして理解した。こいつらがどのような目的を持ってここを襲った人間なのか。 - 193 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:52:16.27 ID:wmHevFEo
- (爆弾……! コイツ、テロリストか!)
一瞬服の隙間から爆薬が見えただけだが、よくよく見ればこの男の服はあちらこちらが不自然に膨らんでいる。
一体、どれだけの爆薬を詰め込んでいるのだろうか。
一方通行は危険を感じて力づくで男の拘束から脱しようと試みるが、どうやらこの男は本物の身体強化系の能力者のようだ。
身体強化が本領ではない上にレベル3程度の一方通行の能力では、とてもではないが振り払えない。拳銃を持った手も拘束されている。
男が狂気じみた笑い声を上げながら、ライターの火を点ける。
最早ここまでか、と一方通行が諦めかけたその時、何かが光ったと思ったら唐突に腕の拘束が解かれた。
詰まっていた息が急に解放された所為で、一方通行は激しく咳き込んでしまう。
「ちょっと、大丈夫!?」
「うげっ、何かここもすごいことになってるぞ」
美琴と上条が遅れてやってきた。先程の光は、美琴が電撃を放った時に発されたものだったらしい。
見事に男にだけ電撃を的中させ、昏倒させてくれたのだ。ここに来る前に上条に送ったメールが幸いした。
「ったく、ここに来るまでに何人相手にしたと思ってんのよ! それとアンタは今度こそそこで大人しくしてなさい!」
「わ、分かってるっての!」
美琴は上条に向かって苛立ち交じりに叫びながら、無数の雷撃を発する。
彼女は、軽く腕を振っただけだった。しかしその雷撃は的確にテロリストたちを貫き、あっという間に全滅させてしまう。
「ふん、口ほどにもない……」
電撃の余波を手のひらに収束させながら、美琴が詰まらなそうにそう言った。
しかしその時、美琴の電撃によって倒れていたはずの男が突然立ち上がり、すぐ傍に座り込んでいた御坂妹に銃口を向ける。
男の目は狂気に満ちていた。躊躇いは無い。
「ッ、妹!」
美琴が思わず叫び、咄嗟に電撃を飛ばそうとするが、遅い。男の指は既に引き金に掛かっている。
しかしその引き金が引かれる直前に、一方通行が御坂妹の前に立ちはだかった。
そして次の瞬間、銃声が轟く。
しかしいつまで経っても、一方通行にも御坂妹にも覚悟していたような衝撃や痛みは与えられなかった。
だが。
「ぐあああああ!?」
一方通行も、美琴も、上条も、御坂妹でさえ、もちろん他の誰も何もしていない。けれど男は、あまりの激痛に咆哮する。
拳銃が突然暴発、いや爆発し、男自身の手のひらを貫いたのだ。
男の手からは大量の血が流れ出るどころか、何本かの指が失われていた。血の池の中に、吹き飛んだ指が転がっている。
「な、なに? 何で?」
「……あンままじまじと見るよォなモンじゃねェぞ。夢に出ちまう」 - 194 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/11/30(火) 20:52:56.38 ID:wmHevFEo
- 混乱する美琴に向かって一方通行はそう言うと、地面に転がっていた松葉杖を手にテロリストへと近づいていく。
松葉杖を持っていると言っても、能力を使って身体を支えているからなのか杖は突いていない。
「もォ寝ちまえ。そっちの方が楽になンだろ」
言葉と同時に、一方通行は松葉杖でテロリストの頭を打った。
どうやら彼は急所を正確に把握しているようだ。大して力を込めていないはずのその一撃だけで、男の意識は落ちて大人しくなった。
改めてテロリストを全滅させたことを確認した一方通行は深い溜め息をつくと、松葉杖を突いて自分の体を支え直す。
その時、彼の目の前に何か白いものが舞い落ちてきた。
気になって、一方通行はひらひらと舞っているその白を掴みとる。掴みとったそれは、真っ白な羽だった。
しかしその羽はしばらくすると、まるで砂のようにさらさらと崩れ落ちて一方通行の手のひらから零れ落ちていった。
ふと倒れているテロリストの周囲に目を向ければ、そこにも白い羽が何枚か落ちている。
けれどそれらの羽もまた、一方通行が掴んだものと同じように溶けるようにして消えていく。普通の羽であったなら、考えられない現象だ。
「…………?」
「ちょっと、何ぼうっとしてんのよ! もうすぐ警備員が来ちゃうんだから、逃げるわよ!」
「えっ、逃げんのか?」
「ここまでやっちゃったんだから当たり前でしょ! 事情聴取とかすごい面倒くさいんだから!」
何度か経験したことがあるような言い方だが、今はそんなことなど気にしていられない。
一方通行としても、こんなところで警備員に捕まってしまうのはさらさら御免だ。
背に腹は代えられないと、彼は再び能力を発動させて松葉杖なしで走ろうとする、が、途端に頭を激痛が襲ってふらついてしまう。
「何だよ、お前ら具合悪かったのか? ほら掴まれ! 走るぞ!」
「妹は私が担ぐから! 早く!」
それぞれ上条が一方通行、美琴が御坂妹に肩を貸し、その場からの逃亡を図る。
後に残ったのは、気絶したテロリストたちと逃げ遅れて店内に僅かに残っていた一般人だけだった。 - 200 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:06:04.01 ID:X3JHb.co
- 「結局アイスクリームも食べれなかったのでお腹が空きました、とミサカは訴えます」
「お前意外と元気だな! つかこの状況でそれを言うか!」
なんとか警備員や風紀委員から逃げ切った四人は、例の食堂から大分離れた場所にあるベンチで一旦休憩していた。
一方通行によれば先程まで不調だったらしい御坂妹はすっかり元気を取り戻たのだが、今は逆に一方通行が完全にダウンしてしまっている。
どうやら凄まじい頭痛に襲われているようなのだが、念の為に持ってきた頭痛薬を飲んでもなかなか治ってくれない。
「たぶん、これは能力の過剰使用の所為ね。普段は殆ど使わないくせに急に酷使したもんだから、脳に過負荷が掛かっちゃったのよ。
ただでさえアンタは記憶喪失なんだから、あんまり脳に負荷が掛かるようなことはしちゃいけないのに」
「悪ィな……」
「それにしても、本当に大丈夫か? すごい顔色悪いぞ。もう帰った方が良いんじゃ……」
「……いや、大丈夫だ。少し良くなった」
「無理しない方が良いわよ? 特にアンタはもともと入院中の身なんだから」
美琴が心配そうな顔をしながらそう言うが、一方通行は左右に首を振ると松葉杖を突いてすっくと立ち上がった。
明らかに辛そうだしまだまだ顔色も悪いが、とりあえず自力で立ち上がれる程度には回復したようだ。
「それに、まだ上条が行きてェってところに行ってねェだろ。俺は御坂妹とジェットコースターに乗ったから良いとして」
「お前本当に律儀な……。つっても、俺は絶叫系苦手だしなあ。行きたいところなんか……」
「でしたら遊園地の定番、観覧車はどうでしょう? とミサカは提案してみます」
「ああ、良いな観覧車。高いところから見る景色、結構好きなんだよな」
「煙となンとかは高いところが好き……」
「オイコラお前実は元気だろ」
「アンタのツッコミも本当にいつも通りね。とにかく、ご飯食べたらそれに乗って帰るってことで良いわね?」
「……分かった」
一方通行は少し不満そうだったが、切実に具合が悪いのだろう、それ以上は何も言わなかった。
ふと上条が時計塔を見やれば、もう2時を回るところだ。
「じゃ、何食う? 流石にこの状況でレストランや食堂はやってないだろうから、屋台のホットドックかなんかを買って食べることになるけど」
「そう言えば、屋台にしても観覧車にしても、こんな状態でちゃんと営業してるのかしら?」
「既にすべてのテロリストは警備員によって捕えられ、施設も回復を始めています。
屋台はやっているでしょうし、これから昼食を食べれば観覧車に乗るのにもちょうどいい時間になるのではないでしょうか、とミサカは判断します」 - 201 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:06:37.56 ID:X3JHb.co
- 「なるほど。……あ、あそこでなんか売ってるじゃん。俺買って来るよ」
「じゃあお願い。気を付けるのよー」
「なんか引っかかる言い方だが……。行ってくる」
まるで母親のような口調の美琴に見送られながら、上条は屋台に向かって走って行った。
残された三人はベンチに座り、じっと上条の帰りを待つしかない。
(……、気まずい……。今一方通行に話しかけるのは流石に悪いし、コイツと話すと調子狂うのよね……)
「ときに、お姉様。とミサカは唐突に切り出します」
「にゃあっ!? な、何!?」
話し辛いと思っているそばから御坂妹に話し掛けられたものだから、美琴は変な声を出してしまった。
美琴は恥ずかしそうに顔を赤くするが、幸い一方通行には聞こえていなかったようだ。
「お姉様はミサカのことを妹と呼びにくいと思っているようですが、あの時は妹と呼んでくれましたね。しかも二回も、とミサカは付け足します」
「え、あ、だ、だから覚えてないってば……」
「でしたら思い出させて差し上げましょう、とミサカは不敵な笑みを浮かべます」
不敵というより邪悪な笑みを浮かべながら御坂妹が懐から取り出したのは、高性能ボイスレコーダーだった。
それを見た途端、美琴はぎくりとする。
……まさか。
「ぽちっとな、とミサカは古い台詞を真似します」
「ちょ、ちょっと待ッ!」
美琴が止めるよりも早く、御坂妹の指がボイスレコーダーの再生ボタンに触れた。
しばらく無音状態が続いた後、正真正銘の美琴の声でこんな言葉が再生される。
『ッ、妹!』
『妹は私が担ぐから! 早く!』
「思い出しましたか? とミサカは一時停止ボタンを押しながらニヤニヤします」
「オマエ、そこまでするか……」
「……恥ずかしくて死にそう……」
しかも一方通行にまで聞かれた。美琴は恥ずかしさのあまり顔を耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆う。
いや別に妹と呼んだこと自体は別に良いのだが、こう冷静になっている時に必死になっている時の自分を見ると非常に恥ずかしいのだ。
美琴は、この場にせめて上条がいなかったことに心から感謝した。
「って言うか、アンタずっとそうやってボイスレコーダーで録音してたの……?」 - 202 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:07:26.99 ID:X3JHb.co
「いえ、お姉様がそばに居るときだけです。
あの時は非常に体調が悪かったので、お姉様登場の瞬間と共に録音ボタンを押すのは骨が折れました、とミサカは苦労話を展開します」
「あの状況の中でそンなことしてたのかよ。しかもピンポイントで『妹』部分だけ抜き出してるからいつの間にか編集したンだよな。
すげェなその執念」
「お姉様の為でしたらこの程度朝飯前です、とミサカは無い胸を張ります」
やたら得意げな顔をしながら、御坂妹はボイスレコーダーを懐に仕舞う。
美琴は一頻り恥ずかしがるとそれで気が済んだのか、顔から手を離して顔を上げると何故か達観した瞳で遠くの方を見つめた。
「うう、分かったわよ。私の負けを認めるわ……。これからは素直に妹って呼ぶわよ」
「やっほい、お姉様に勝ちました、とミサカは万歳をしながら喜びます」
……結局は、ただの意地の張り合い。実に姉妹らしい姉妹喧嘩だっただけのことなのだ。
一方通行は呆れたように薄い笑顔を浮かべながら、そんな二人を眺めていた。
「ただいまーっと、どうした御坂妹? 何で万歳してるんだ?」
「ミサカは遂にお姉様を超えることができたのです、とミサカは得意げに語ります」
「? へー、なんかよく分からんけど良かったな?」
「はい、とミサカは大きく頷きます」
理由を聞いてもよく分からなかったのか、上条はそんな御坂妹を見て首を傾げる。
しかしただ単に嬉しそうにしているだけなので特に問題は無いと思ったらしく、上条はそれ以上追及しなかった。
「で、何を買って来たの?」
「サンドイッチ。色んな種類があったから適当に買って来たんだけど、どれが良い?」
「肉」
「野菜でお願いします、とミサカは希望します」
「卵ある?」
「全部ある……けどさ。一方通行は具合悪いのに肉なんか食べて大丈夫なのか?」
「いっつも味気ねェ病院食わされてンだよ。今日くらい肉食わせろ」
「まあ、お前が良いなら良いんだけどさ」
呆れたように言いながら、上条は一方通行にカツサンド、御坂妹にトマトサンド、美琴に卵サンドをそれぞれ手渡していく。
上条は最後に残ったハムサンドを頬張りながら、三人の座っているベンチの一番端に座った。
「そう言えば、お姉様たちも何人ものテロリストを相手にしたようですね。大丈夫でしたか? とミサカは今更分かり切った質問をします」- 203 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:08:44.07 ID:X3JHb.co
「あー、アレね。まあアンタの予想通り、大したことなかったわ。
強いて気になったところと言えば、とにかくレベル3や4くらいの能力者がやたら多かったくらいかしら? でも……、何て言うのかな。
自分の能力を扱い切れてないと言うか、能力に振り回されてると言うか、とにかく能力の使い方がなってない奴らばっかり。
少なくとも私の敵ではなかったわね」
「お姉様たちのところには高位能力者がいたのですか? とミサカは目を丸くします」
「うん。そういや、アンタたちのところには普通に武装してる奴ばっかりだったみたいね。運が良いのか悪いのか」
よくよく思い返してみれば一方通行たちのところにも、少なく見積もってもレベル3以上の身体強化系能力者がいた。
レベル3と言ったら常盤台に入学することが許されるようになるほどのレベルだが、どうしてそんな奴らがあんなにも沢山いたのだろうか。
しかし御坂妹は美琴の言葉の中にそれ以上に気になる部分を見つけて、首を傾げながらこう尋ねた。
「それから、『少なくとも私の敵ではなかった』というのはどういう意味ですか? とミサカは疑問点を挙げます」
「……そうなのよ、聞いてよ! コイツったら、相手が能力者だからって油断して敵に突っ込みまくってボッコボコになりまくり!
しかも全然学習しないし! 中にはアンタたちのとこに居た奴らみたいに武装したテロリストも居るもんだから、
そういうのが出てくる度に私が磁力で銃弾やらナイフやらの軌道を逸らしたり吹き飛ばしたりしなくちゃいけなくて!
私のサポートが無ければ、コイツ間違いなく十回は死んでたわ!」
「上条自重しろ」
「そ、そこまで言われると耳が痛いな……。だって能力者の攻撃だったら俺の右手で無効化できるし、大丈夫かと思って……」
「だったら相手が最初に拳銃を取り出した時点で右手だけじゃ駄目だってことを悟りなさいよ! まったく、サポートする方の身にもなれっての」
「でも、目の前で殺されそうになってる人がいたらほっとけないだろ?」
「別にアンタの助けが無くったって、私一人で助けられるわよ! 雷速なめんな!」
まったくもって美琴の言うとおりだ。
確かに上条は異能に対してはほぼ無敵かもしれないが、拳銃やナイフ、拳といった普通の武器を持ち出されたら普通に瞬殺されてしまう。
しかも攻撃手段が『殴る』のみ。凄まじく原始的だ。
それでも上条は喧嘩慣れしているのでナイフや拳相手ならそこそこ戦えるのだが、リーチを無視する上にほぼ回避不可能な拳銃とは非常に相性が悪い。
よって、美琴の『間違いなく十回は死んでた』というのは決して誇張ではなかったりする。
「と言うか、その辺りを屯しているスキルアウトにしても、拳銃を持ち出してくることがあるのでは? そういう時はどうしているのですか?
とミサカは素朴な疑問をぶつけます」
「間合いに入ってたら即叩き落とす。けど、殆どの場合は全力で逃げるな、やっぱ。
でもあいつら、拳銃は大抵脅しに使うだけで、撃って来ることなんか滅多にないぞ。中にはマジで容赦なく撃ってくるのも居るけどな」
「……アンタ、なんかやたら慣れてるみたいな口振りね? ん?」
「い、いやなんと言いますかやっぱりほら裏路地で偶然拳銃なんか突き付けられてる人を見つけちゃったら放っておけないじゃないですか?」- 204 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:09:10.86 ID:X3JHb.co
上条は早口になりながら必死で言い繕うが、もう遅い。
その隣に座っていた美琴はしばらくわなわなと震えた後にがばりと立ち上がると、激しく放電しながらこう叫んだ。
「アンタは自殺志願者かーっ!!」
「ぎゃああああすいませんごめんなさいもうしませ……とは言えないけど!」
「コイツの携帯のショートカット1番に警備員登録しとくか」
「それが一番手っ取り早いでしょう、とミサカは一方通行に同意します」
いつの間にか上条から携帯電話をすっていたらしい一方通行が、勝手にショートカットの1番に警備員の番号を登録していた。
一方美琴は全力で放電しまくったおかげで少しは気が晴れたらしく、肩で息をしながらもベンチに座り直して食べ途中だった卵サンドを再び口に運びはじめる。
「それにしても、高位能力者ですか。最近急に増えた気がしますね、とミサカは先日絡んできた不良のことを思い返します」
「そうねえ。レベルなんかそう簡単に上がるようなもんじゃないんだけど。そう言えば、レベルアッパーとかいう都市伝説あったなー」
「何だそれ?」
「その名の通り、使用者のレベルを上げてくれるっていうアイテムのことよ。
まあどんな形状をしてるのかとかどういう使用方法なのかとか、噂によってバラバラだから信憑性は低いんだけどね」
「ふゥン。眉唾だな」
「確かにそんなもんがあったら誰も苦労しないしなあ。学園都市としても、使わない手はないだろうし」
言いながら、上条は美琴の電撃の所為で少し焦げたハムサンドの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
上条の通っている学校の担任の先生は、無能力者と能力者の違いについて熱心に研究しているような人なので、
きっとそんなものが実際にあったら飛び付くんだろうなあと思いながら。
「ですが、そういうものには往々にして副作用が付き纏うものです、とミサカは世知辛い世の中を感じます」
「確かにありそうだなー。火の無いところに煙は立たないって言うし、もしかしたら本当にあるのかも。
なのに都市伝説扱いになっちゃってるのは、そういう理由からだったりして」
「ま、所詮都市伝説だし、何を言っても憶測の域を出ないわよね。っと、みんな食べ終わった?
早く観覧車に行っちゃいましょ」
「それもそうだな。一方通行、歩けるか?」
「なめンな。余裕だ」
心外そうに言いながら、一方通行は杖を支えにして立ち上がる。
食事したからか、心なし先程よりも足取りがしっかりしている気がした。
―――――- 205 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:09:48.60 ID:X3JHb.co
遊園地のあちらこちらには、警備員や風紀委員が立っていた。あんなことがあったのだから、当然だ。
しかしすべてのテロリストを逮捕しきってもうだいぶ経ったからか、もう既に殆どの施設が復旧しているようだ。
「どうも、もともとこの遊園地の警備は強化されてたみたいだな。
テロリストの数が尋常じゃなかったから一部対応しきれない場所があったみたいだけど、それ以外ではほぼ完璧に対応してたみたいだ」
「この遊園地のチケットが入手しにくいというお話は、もう既にしましたよね? とミサカは確認を取ります。
それ故に、チケットを手に入れられるのは地位やコネのある人間、もしくは高額を支払うことの出来る人間に限られてくるわけです。
よって自然とここに来るのは高位能力者や権力者が多くなってしまうので、元々ここはテロリストの格好の標的でした。
ですから警備員や風紀委員もここが狙われることを予測して、最初から大量の人員を配置し、完璧なマニュアルを用意していたのです、
とミサカは解説します」
「なるほどねー。ん? でもそしたらアンタはどうやって四人分もチケットを確保できたのよ?」
「人海戦術を用いました、とミサカは得意げに語ります」
「? ふーん、とにかく協力者がいっぱい居たってわけね」
観覧車の順番を待ちながら、四人はそんなことを話していた。
普通、こういうことが起こったら即座に入場者を避難させて遊園地を閉園させるのだが、元々ここはそういう事件が起こりやすい為に、
いちいちそんな対応をしていられないようだ。
そもそもこの程度なら、学園都市では割と日常茶飯事だ。『またか』の一言で片づけられる程度には。
それでもこの遊園地には常に大量の警備員や風紀委員が配置されているのでこういう事件は事前に食い止められることが殆どなのだが、
今回に関してはあまりにもテロリストの数が多かった為、一部手の回らない場所が出てしまったらしい。
一方通行たちの居た食堂や、上条たちが巻き込まれたという数々の事件もその一部なのだろう。
「あれ、この観覧車二人乗りなのか。どうやって分ける?」
「ミサカと一方通行、お姉様とあなたで良いのではないでしょうか、とミサカは独断で組分けをします」
「うえっ!? な、なんで私がコイツなんかと!」
「つゥか、御坂妹はイイのか? 御坂と一緒が良かったンじゃねェのか」
「流石に同性同士で観覧車は虚しいのではないでしょうか、とミサカは主張します」
「それはそうなんだが、ビリビリ嫌がってるし俺と御坂妹、ビリビリと一方通行で良ぐおふっ!?」
全部言い終わる前に、御坂妹の膝回し蹴りが上条の腹部にクリティカルヒットした。
あまりの衝撃に耐えきれず崩れ落ちた上条を見下ろしながら、御坂妹は女王様のごときポーズをとって言い放つ。
「良いから黙ってお姉様と一緒に乗りやがれ、とミサカは命令します」
「ハ、ハイ、分かりました、どうも済みませんでした……」- 206 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:10:40.67 ID:X3JHb.co
「オイ、順番来たぞ。さっさと乗れ」
一方通行にまで腹の横を足で突かれながら、上条は未だ痛む腹部を抑えて美琴と共に観覧車に乗り込む。
あんなに嫌がっていた割には、美琴は大人しく観覧車に入ってくれた。
それを見送った一方通行と御坂妹も、二人が行った後にやってきた観覧車に乗る。
「ふう。まったくあの二人は本当に世話が焼けますね、とミサカは溜め息をつきます」
「御坂の放電で観覧車が止まらなきゃ良いンだが」
「……そこは、彼が右手で上手く受け止めてくれるのではないでしょうか、とミサカは希望的観測を述べます」
「そォなることを願うしかねェな」
まだ低い景色を眺めていた二人は互いに顔を見合わせると、揃って隣の観覧車に目を向けた。
一瞬光ったような気がした、が……。たぶん気のせいだろう。
―――――
「なんで私がこんな奴と……」
「ハハハ……。悪いなビリビリ、御坂妹がどうしてもこうしたかったみたいだからさ。姉なんだし、妹の為に我慢してくれ」
美琴は観覧車に乗り込んでからと言うものの、窓の外の景色を眺めながらぶすっとしていた。上条の顔を見ようともしない。
やっぱり相当嫌われてるなあと的外れなことを考えながら、上条は困ったような笑顔を浮かべている。
「……ん?」
そこで、上条はふと違和感に気がついた。
美琴の雰囲気が、いつもと何となく違うのだ。
……確か、以前にもこんなことがあった気がする。あれは、いつのことだっただろうか?
「あ、分かった分かった」
「はあ? 何よ、急に」
「いや、今やっとお前が化粧してることに気がついたんだよ。
この間地下街に行った時は気づかなかったけど、雰囲気が同じだからあの時もそうだったんだよな? うん、可愛い可愛い」
「ふえっ!?」
基本的に常盤台中学では化粧は禁じられているのだが、
相手に化粧をしていることを悟られない程度の自然な化粧は『淑女の嗜み(レディライクマナー)』として許されている。- 207 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:11:28.92 ID:X3JHb.co
美琴がやっているのもそういう薄い化粧なので、
あの鈍感な上条がそんな小さな違いに気がつくとは夢にも思わなかったのだが、まさか気付いてしまうとは。
しかし美琴は顔が赤くなっているのを悟られないように思いっ切りそっぽを向きながら、ぶっきらぼうにこう言った。
「あ、アンタ今更気付いたの!? 遅いわよ馬鹿!!」
「ごめんごめん。
なーんかいつもと雰囲気違うなあとは思ってたんだけど、常盤台っておしゃれは一切禁止ってイメージだったから化粧してると思わなくてさ。
でもお前、化粧上手なんだな。すごい自然だし似合ってるぞ」
「な、なっ……」
そろそろそっぽを向く程度では隠し切れないくらい赤面レベルが上がって来た。
しかしその一方で、上条はにこにこしながらまじまじと美琴の顔を覗き込んできている。
どうしようもなくなってしまった美琴は、
「ふにゃー」
「うわああああ漏電してる! 漏電してますよビリビリさんしっかりしてええええ!」
……こうなった。
―――――- 208 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/06(月) 01:12:10.16 ID:X3JHb.co
「やっぱり光ってる気がすンなァ」
「気のせいです。気のせいなんです、とミサカは自分と一方通行に言い聞かせます」
戻って、再び後ろの観覧車。
上条&美琴ペアとは打って変わって、こちらは非常に平和だった。しかも二人ともよく喋るタイプではないので、とても静かだ。
二人は時折他愛ない会話をしながら外の景色を眺めたり、前の観覧車の末路を案じたりしている。
「……ッ」
「まだ痛みますか? とミサカは一方通行を心配します」
「いや。たまに痛むことがある程度だな、常に痛いわけじゃねェよ。それ程ひどくもねェし、心配すンな」
「…………」
一方通行は何でもないと言う風にひらひらと手を振りながら言ったが、御坂妹は複雑そうな表情をしていた。
どうやら御坂妹は、彼が能力を過剰使用してしまったのは自分の所為だと思っているらしい。
何となくそれを感じた一方通行は困ったように顔を顰めると、自分の頭をがしがしと引っ掻いた。
「別に、オマエの所為じゃねェよ。俺が勝手にやったことだ。オマエの体調不良に関しては、それに気付けなかった俺も悪いしな」
「……いえ、それもありますが、そういうことではなく……。いや、何でもありません、とミサカは口を噤みます」
「?」
御坂妹の言葉に一方通行は小さく首を傾げたが、彼女はそれきり黙りこくってしまった。
こういう時にどうすれば良いのかまったく覚えていない一方通行は困ってしまったが、
やがて下手なことをするよりもそっとしておいた方が良いという判断を下したのか、それ以上何も言わないことにしたようだ。
その一方で、御坂妹はまったく別のことを考えていた。
(……頭痛の原因は、やはり、)
窓の向こうに目をやれば、ゆっくりゆっくりと高層ビルの向こうへと沈んで行こうとする真っ赤な太陽が輝いていた。
……夕闇がやってくるまで、あと僅か。- 222 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:02:42.19 ID:gv3XuLoo
- 第七学区、冥土帰しの病院。
冥土帰しから受け取った茶封筒を手に、一方通行は小さく首を傾げていた。
「おつかい?」
「そう。生憎、今は僕もナースたちも手が離せなくてね? 悪いんだけど、頼まれてくれるかな?」
「まァ、その程度だったら別に構わねェが」
何でも、また第五学区で大規模なテロが起こったらしい。
しかも第五学区の病院だけでは手が足りないとかで、比較的現場に近い位置にあった第七学区のこの病院にまで怪我人が運び込まれていた。
お陰で医者も看護師もてんてこ舞い。手の空いている人間など居ない、と言う状況なのだ。
「その封筒を、この地図にある研究所に持って行って欲しいんだ。すると代わりに薬をくれるはずだから、それを持ってきてくれ。
ついさっきそれを使い切ってしまってね?
今すぐに必要というわけではないんだけど、いざってときに無いと困るから今の内に補充しておきたいんだ。大丈夫かい?」
「ったく、どいつもこいつも重病人扱いしやがって。なめンな」
「いや、松葉杖を突かなくても良くなったとは言え、君は立派に重病人だからね? 本当はこんなことを頼むのはとても心苦しいんだ」
「大丈夫だっつゥの。そンなに遠い場所でもねェしな」
「そうかい? それじゃあ頼んだよ。寄り道しちゃ駄目だよ?」
「ハイハイ」
「あ、能力の連続使用は30分が限界だから気を付けてねー。それ以上は死ぬほど頭痛くなるから」
「しつけェ!」
一方通行は腹立たしげに叫びながら、病院を出て行った。
冥土帰しはその後ろ姿を見送っていたが、暫らくするとくるりと後ろに向き直り、その先にいる人物に声を掛けた。
「タイミングが悪いね、御坂妹さん。申し訳ないけど、今はとっても忙しいから君の為だけに時間は割けないんだ」
「構いません。と言うか、ミサカにもある程度医療知識が備わっておりますので宜しければお手伝いしますが、とミサカは申し出ます」
「……それじゃ、頼もうかな? その話をしたいんだったら、彼が帰って来る前に終わらせたいからね」
御坂妹はこくんと頷くと、冥土帰しと共に患者のもとへと向かって行った。
――――― - 223 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:03:20.97 ID:gv3XuLoo
一方通行は、日の暮れかけている第七学区の裏通りを歩いていた。
裏通りにはあまり良い思い出が無いのでできる限りここを通りたくなかったのだが、冥土帰しの言っていた研究所はこの裏路地を
ずっと行ったところにあるのでどうしてもここを通らざるを得なかったのだ。
この辺りには他にもいくつもの研究所があるのでこうした裏路地であっても意外と人が通るからなのか、不良の姿は見当たらない。
いざとなったら能力で追い払えばいいのだが、使用時間に制限があるので乱用は禁物だ。
冥土帰しいわく、30分以上無理に能力を使用してしまったら間違いなく気絶してしまうほどの頭痛が襲ってくるらしい。
しかも、頭痛自体は15分経過辺りから始まるらしいので実際の使用可能時間はもっと短いのだ。
(……っと、ここか?)
封筒と手書きの地図を片手に裏路地を歩いていた一方通行は、とある建物の前で立ち止まる。
施設の名称は蘭学医療研究所。地図にある名前と同一だ。
一方通行は入口にあるガードマンの詰め所へと歩いて行くと、そこでテレビを見て休憩していた所員に声を掛ける。
「どォも。冥土帰しの使いで来たンだが、取り次いで貰えるか?」
「はいはい、話は聞いてますよ。どうぞ」
すると、所員はパネルを操作してあっさりと入口を開けてくれた。
一方通行は一応礼を言いながら研究所に入って行くと、既にそこで待ち構えていたらしい研究員に迎えられる。
「これが封筒。薬と交換って聞いたンだが」
「ああ、これが薬だ。お疲れ様」
言いながら、研究員は後ろに控えさせていた部下から大きな紙袋を受け取った。
この紙袋の中に薬が入っているらしい。
一方通行はさっそく紙袋を受け取ろうとして手を出すが、しかし研究員は紙袋を手に持ったまま動かない。
いつまで経っても紙袋を渡してくれない研究員に、一方通行は訝しげな表情をしながら研究員の顔を見上げてみる。
すると、研究員は何故か彼の顔を凝視したまま固まってしまっていた。視線まで固定されている。
「……? なンだ? 俺の顔に何か付いてるか?」
すると研究員ははっと我に返り、慌てて落ちそうになっていた紙袋を持ちなおす。
そして手に持っていた紙袋を一方通行に手渡すと、まるで何事も無かったかのように言葉を続けた。
「いや、すまないね。なんでもないよ。ところで、そうして帽子を被っているんだい?」
「? 悪ィ、研究所でこれは駄目だったか」
そう言えば、何かの本で室内で帽子を被るのは行儀が悪いとか人に挨拶するときには帽子は脱げだとか書かれていた気がする。
この研究員はそのことを言っているのだと思った一方通行は、素直にキャップ帽を脱いだ。
白い髪と赤い瞳が露わになるが、一方通行はにこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべている研究員を特に警戒しなかった。
「……、いや、そんなことはないよ。気にしないでくれ。そんなことより、暗くなると危ないから早く帰った方が良い」- 224 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:04:13.94 ID:gv3XuLoo
「そォか? じゃ、そォさせて貰うわ」
一方通行は一応受け取った紙袋の中を確認すると、研究員に向かって軽く頭を下げてから研究所を出て行こうとする。
すると、研究員は一方通行が出て行ってしまうのを待たずに研究所の奥へとさっさと歩いて行ってしまった。やはり忙しいのだろうか。
(コレ、意外と重いな……)
研究所のゲートを潜ってガードマンに見送られながら、一方通行はそんなことを思った。
少し気になって紙袋の中身を覗いてみれば、大きな瓶に詰められた薬剤がいくつも入っていた。どうやらこの重量の原因は瓶のようだ。
能力を使って身体能力を強化すればこんな重さを感じることも無いのだろうが、使用制限があるのであまり無闇に使いたくはない。
遠くの方で、ピーポーピーポーと救急車の走っている音がした。また何処かでテロが起こり、冥土帰しの病院に運び込まれたのだろうか。
テロが起こったのは第五学区なので上条や美琴は巻き込まれたりはしていないだろうが、
二人とも面倒事には片っ端から首を突っ込むような人間なので助けに行こうとかいう無茶をしてないとは言い切れない。
(それは流石に心配し過ぎか。アイツらの心配性がうつったか?)
……一方通行は、気づいていなかった。
最初の頃の彼だったなら、きっと気付いていただろう。しかし今の彼は、あまりにも平和に慣れ過ぎてしまっていた。
だから、気付くことができなかった。
路地裏の闇の中に、彼を付け狙う影が紛れていることに。
乾いた銃声が響く。
ガシャン、と手に持っていた紙袋が地面に落ちた。
一方通行の身体が、止まる。
しかし。
一方通行は、倒れなかった。
それどころか、右足首から小さな音がしたのを聞いただけだった。
けれど音のした場所に目をやれば、確かに銃弾が当たった痕跡として、僅かな煙が立ち上っていた。
更に足元に目を移せば、細い針のような銃弾が転がっている。
(な、にが)
何が起こったのかわからない。
動揺と焦燥と恐怖と後悔。
ただそれだけが、一方通行の頭の中を駆け巡る。
だが相手は、そんな彼を待ってはくれない。
『狙撃失敗。麻酔銃は『反射』に阻まれました』
『銃弾を高威力の衝槍弾頭(ショックランサー)に変更。狙撃準備』
「……!」- 225 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:04:41.98 ID:gv3XuLoo
一方通行には決して聞こえてくるはずのない声が、聞こえてきた。
彼には、どういう原理で銃弾が防がれ、どういう原理でこんな声が聞こえてきているのかさっぱり理解できない。
理解しようとも思わなかった。
相手が何人いるのか、どんな武装をしているのか、どこまでの範囲を包囲しているのか。
何も分からない。
ただ、逃げなければならないと、そう思った。
落ちた紙袋など完全に意識の外だ。
彼は能力を解放して身体能力を強化し、重心を安定させて、全速力で走った。
『A班より連絡。標的が逃亡を開始。B班は戦闘準備を開始せよ』
『了解』
背後の方で、鉄を激しく打つ音が響いた。衝槍弾頭の銃声。
いくつかの銃弾は石の壁を大きく抉り、またいくつかの銃弾は一方通行の身体に当たったが、彼の身体は傷付かない。
(……『反射』。触れたものにマイナスをかけて、そのままそっくり『反す』技能)
そんな中で、一方通行はゆっくりと自分の能力を理解していく。いや、思い出していく。
ずっとバリアだと思っていた。しかし、違ったのだ。
演算が完全に身体に染み付いてしまっていた所為で、能力を展開していてもどのような演算をしているのかよく分かっていなかった。
けれど、こうして連続で攻撃を加えられて何度も演算を繰り返すことで、漸く自分がどんな演算をしているのか解析することができたのだ。
(一度『反射』を展開すれば、速度も威力も関係無く攻撃を反せる。ただし……)
ずぐん、と頭に重い痛みが走る。
まだ3分も能力を使用していないのにも関わらず、頭痛が始まっていた。
どうやら『反射』の連続使用には、相当の負荷が掛かるようだ。
(抜けられる、か?)
この時間であっても、大通りであれば人は多い。
そこまで行ってしまえば、こいつらも流石に手は出せなくなってしまうはずだ。
こいつらは、絶対にこうした事件を表沙汰にしたくはないはずだから。
だからそこまで行くことが出来れば、一方通行の勝ちだった。
しかしそれを理解しているのは相手も同じこと。相手は全力でそれを阻止しようとするはずだ。
その時、一方通行の目の前に駆動鎧(パワードスーツ)が立ち塞がる。
駆動鎧は、まるで消防車のホースのような砲口を持つ巨大なリボルバーを一方通行に向けていた。
『反射の展開を確認。衝槍弾頭は阻まれました。焼夷弾頭の使用許可を申請』
『申請許可。発砲開始』
殆ど爆発のような発砲音が響き、コーヒーの缶ほどもある大きさの砲弾が一方通行に向かって発射される。
けれど、一方通行は気に留めなかった。
すっと手のひらを目の前に翳す。たったそれだけで砲弾は『反射』され、駆動鎧に直撃した。- 226 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:05:22.69 ID:gv3XuLoo
もうもうと爆炎が立ち上り、黒い煙があたりを覆い尽くす。
これは僥倖とばかりに、一方通行は煙幕に紛れて駆動鎧を撒いてしまおうとした、が。
駆動鎧は煙幕などものともせず、再び一方通行に向かって何発もの砲弾を放ってきた。
(チッ。高性能センサーでも付いてンのか?)
砲弾はひとつも一方通行には当たらず、彼の足元に着弾する。
足元で大爆発が起こるが、爆炎も爆風も衝撃波も、すべて彼の『反射』に阻まれて彼の体に届くことはない。
だが、しかし。
(……ッ!?)
頭を殴られたかのような衝撃が走り、一瞬で意識が持って行かれそうになる。
辛うじて能力を行使しなんとか意識を保つが、それだけだった。意識を保つことしかできなかったのだ。
(酸、素が……?)
走るどころか立っていることも出来なくなり、一方通行は走っていた勢いのまま無様に地面に叩き付けられる。
複数の砲弾、いや爆弾が至近距離で炸裂したことにより、一瞬で空気中の酸素が奪われてしまったのだ。
それでも何とか立ち上がろうと腕に力を込めるが、何とか半身を起こすことが出来ただけで、とてもではないが立ち上がれそうになどない。
まともに頭が働かない所為で、身体強化にまで能力を割くことができないのだ。
しかもこれではすぐに酸素が足りなくなってすべての能力が使えなくなり、意識さえ保つことができなくなってしまう。
ぼやけた視界の中で、何かが動く。駆動鎧だろうか。
奴らにとって、今の彼を捉えることなど造作もないことだ。
(酸素……、空気、風……)
まともに機能しない思考の中で、カチリとパズルが噛み合ったような音がした。
一方通行は自分に残されたすべての力を賭して、演算を開始する。
途端、嵐のように激しい風が巻き起こり、煙も炎も駆動鎧もすべてすべて吹き飛ばした。
代わりとばかりに、酸素が返ってくる。
「げほっ、ごほっ! はあ、はっ、はぁ……」
一気に酸素を吸い込んだ所為で逆にまた意識が飛びそうになったが、ギリギリ残されていた能力を使って何とか耐える。
激しく咳き込みながらもなんとか酸素を取り込み続けていると、少しずつだが意識がはっきりしてきた。
(つゥか、だから結局俺の能力は何なンだよ!)
先程は夢中だったのでよく考えなかったが、まったく考えれば考えるほど意味不明な能力だ。
ただ、できる気がしただけ。
たったそれだけなのに、まさか本当にできてしまうとは。
(まァ良い。このまま逃げ切る!)- 227 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:06:16.59 ID:gv3XuLoo
一方通行は壁に手を付きながらふらふらと立ち上がると、取り戻した能力を行使して身体能力を補助し、走り出す。
渾身の爆風はよっぽど高威力だったのか、周囲を見回しても駆動鎧の姿はなかった。
代わりに騒ぎを聞きつけて集まってきたらしい通行人と、通報されて駆けつけた警備員がこちらに向かってくる音がする。
一方通行にとっては、駆動鎧も警備員も大差ない存在だ。
だから彼はそのどちらからも逃げ切る為に、出来るだけ騒がしくない方へと向かっていく。
走って、走って、走って、走って、走って。
漸く大通りに辿り着き、大勢の人々の行き交う日常的な光景を目にした一方通行は、深い深い溜め息をついた。
ここまで来ればもう大丈夫だろうと安心した途端、忘れていた頭痛が帰ってくる。
しかしそこまで長時間能力を酷使したわけではないので、冥土帰しの言っていたような気絶するほどの激しい頭痛ではなかった。
一方通行は壁に身体を預け、そのままずるずると地面に座り込む。
頭痛もそうだが、それ以上に精神の方が参っていた。もともと病人だったので、体力も激しく消耗している。
(……、薬。どォするか)
あんな目に遭ったのだから当然だが、置いてきてしまった。
とは言え今更戻ったところで、どうせ駆動鎧に踏み潰されるなり砲弾の被害に遭うなりして原形を留めていないだろう。
それに、冥土帰しには悪いが例え使えるような状態にあったとしてもわざわざ取りに戻ろうなどとは思えなかった。
「……、?」
すると、ふと何処かで聞いたことのある声が聞こえた。
……悲鳴、怒鳴り声、罵声、助けを求める女の声、呻き声、叫び声、騒音。
一方通行は何となくこの流れに覚えがあった。
彼は壁に手を付きながら立ち上がる。
ほんの少ししか休んでいないが、自力で歩ける程度には回復していた。
そして声の主を探し求めてきょろきょろと辺りを見回す、と。
……一方通行は声の主、その原因を見つけたと同時、能力の過剰使用とはまた別の頭痛に襲われた。
いや本当に、まったくもって頭が痛い。
能力の過剰使用なんか、全然比べ物にならない程だ。
「……何やってンだ、あの馬鹿」
一方通行は溜め息をつきながら、馬鹿としか表現しようのないその人物を視界に収める。
視線の先には、女の子を助けようとして大勢の不良を敵に回し、ボコボコにされながらも戦っている上条当麻の姿があった。
―――――- 228 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:06:46.28 ID:gv3XuLoo
「オマエってホントにお人好しな」
絆創膏と消毒液の入った薬局のビニール袋を上条に向かって投げ付けながら、一方通行が呆れた声でそう言った。
公園の水道で傷口の汚れを洗い流していた上条はそれを受け取ると、さっそく応急処置を開始する。
「そうか? ああいう場面に遭遇したらほっとけないだろ、普通」
今日も今日とて通りを歩いていた上条は、いつものように不良に絡まれている女の子を発見し、いつものように助けようとしたのだった。
そして、その結果がこの有様だ。
病院に連れて行った方が良いんじゃないかと思うくらい傷だらけの上条は、しかしそんなのはいつものことと言わんばかりに平然とした顔をしている。
……まあ、実際いつものことなわけだが。
「それでもあんな大勢の不良の中に一人で突っ込ンで行くその行為を一般に無謀っつゥンだよ。
御坂も言ってたが、自殺願望でもあンのか?」
「まさか。でもまあ、あれには流石の上条さんも死ぬかと思いましたよ。いやマジで助かった」
「俺が助けに入らなかったら確実に死ンでたぞ。マジで阿呆か」
一方通行が呆れるのも無理もない。
何しろ上条は、女の子を助ける為に実に十人以上の不良を相手に戦っていたのだから。
もちろんそんな人数の不良に敵うはずもなく集団リンチに遭っていたところに、一方通行が割って入ってくれたのだ。
これには上条も驚いたのだが、一方通行は能力を駆使してあっという間に不良を駆逐してしまったのだった。
「それにしても、本当にお前の能力って何なんだ? 今日のはなんかバリアの強化版っぽかったけど」
「さァな、俺にもよく分かンねェ。あと、今日のアレはバリアじゃなくて『反射』だ。触れたものに対してマイナス掛けてるだけ。
演算自体は簡単なンだが、常時展開してねェとだから使うにはかなり集中力がいるし、結構疲れるンだけどな」
「へー、すげえじゃん。俺の能力なんかスキルアウト相手の喧嘩になんかまったく役に立たないからなあ」
応急処置を続けながらも、上条が感心したように声を上げた。
一方通行からすれば上条の能力の方がよっぽど強いように感じるのだが、隣の芝は青いという奴だろうか。
確かに銃やナイフといった通常武器に対しては無力だが、異能に対してはほぼ無敵なのに。
「つーか、手当て手伝ってくれよ。背中とか手が届かないんだ」
「最近思い出したンだが、俺ドSなンだよな。消毒液に浸したガーゼを傷口になすりつけてもイイか?」
「すいませんやめてください」
その恐ろしい発言に、上条はすぐさま一方通行の手から消毒液を奪い取った。
冗談だと思いたかったが、ちらりと一方通行の顔を見たところ目がマジだったので本気の可能性を否定することができないのが悲しい。
とにかく上条は、以後決して一方通行に消毒液を持たせないことを誓った。
「ったく、痛い目に遭いたくねェならちっとは自重しろっての。いつか殺されるぞ」- 229 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:07:39.87 ID:gv3XuLoo
「あー、それは流石に嫌だなあ」
「だったら、いい加減自分の身を守る為に他人を見捨てるってことを覚えろ。その後に風紀委員なり警備員なりに通報すれば良いだろォが。
それから絶対に敵わねェ奴が相手だったら迷わず逃げる。そォしねェとマジで早死にするぞ」
一方通行の言葉に、しかし上条はうーんと唸るばかりで返事をしない。
こいつのお人好しはもはや病気の域だなと一方通行が呆れていると、不意に上条が口を開いた。
「でもさ、やっぱり見捨てられねえよ。困ってるわけだし、放っといたら酷い目に遭うことなんか分かりきってるじゃねえか。
風紀委員や警備員じゃ間に合わないことが多いしな。それに、敵わない奴が相手だったら絡まれてる奴の手を引いて逃げれば良いし」
「……はァ。そォいや、オマエが助けてるのって女が多いな。もしかして女好きなのか?」
「い、いや、別にそういうつもりじゃ……。女の子が絡まれてる確率の方が高いから、自然とそうなることが多いってだけで」
「御坂にチクるか」
「らめえええ!! なんかよく分かんないけどすごいビリビリされる気がする! 今度こそ超電磁砲の餌食にされる!!」
悲鳴を上げる上条をよそに、一方通行はやっぱりこいつも気付いてないのか、なんてことを考えたりしていた。
まあ確かに、美琴のアレは当事者にとってはあまりにも分かりにくすぎるだろう。
特に上条は絶望的に鈍感なので、気付けと言う方が酷な話だ。
「それに、お前が困ってたって助けてやるぞ」
「オマエがかァ? スキルアウトなンかにボコボコにされるよォな奴に助けに来られてもなァ」
「うぐっ、それを言われると苦しいんだが……」
実際、ついさっき一方通行に助けられたばかりの上条は気まずそうに言葉を詰まらせた。
一方通行はそんな上条を鼻で笑っていたが、ふっと表情を消して声を低くした。
「……それに、別に良い。必要もねェ。大体、そンな義理もねェだろォが」
「何言ってんだ。馬鹿かお前」
上条が、心底呆れたというようにやれやれと首を振った。
正直こいつにだけは馬鹿にされたくないと思っていたのだが、一方通行は何となく何も言うことができなかった。
「友達を助けるのは当然のことだろ。だからお前のことも、絶対に助けに行くよ」
「……」
上条はとても真剣な瞳をしながらそう言ったが、一方通行は何も答えなかった。
彼は応急処置セットのついでに買ってきていた缶コーヒーを一口だけ口に含んで飲み込むと、更に一拍置いてから口を開く。- 230 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/11(土) 21:08:20.87 ID:gv3XuLoo
「うぜェ」
「バッサリ!? 結構真面目に言ったのに! 流石の上条さんもへこむんですけど!」
「だァかァらァ、オマエの世話になるよォなことはなにもねェっての。大体オマエ、俺より弱いだろォが。足手纏いだっての」
「うぐぎぎぎ……」
上条は忌々しげに呻いたが、正直なところ一方通行の言う通りなので何も言い返せない。
一方通行は飲み終えた空き缶をゴミ箱に投げ込みながら立ち上がり、軽く背伸びをすると何処か遠くを眺めながら口を開いた。
「話は変わるけどよォ、今度どっか行かねェ?」
「へ? 別に良いけど、お前から誘うなんて珍しいな。何かあるのか?」
「もォすぐ退院だからな。……記念ついでにまたこの辺りで遊びてェと思っただけだ」
「あ、そうなんだ、おめでとう。そう言えば松葉杖も突いてないな」
「どォもありがとさン。それじゃ、俺ももォ帰るわ。そろそろ冥土帰しがキレて入院延長されかねねェからな」
「そっか。じゃあお前も気を付けて帰れよ。不良に絡まれてもお前なら大丈夫だろうけど、能力の過剰使用は危ないんだから」
「分かってるっつゥの。じゃあな」
一方通行はそれだけ言うと、上条の方を向かないままひらひらと手を振った。
手を振り返してくれていた上条の気配が完全に消え失せた頃、彼はもうすっかり暗くなってしまった大通りを歩きながら、先程の上条の台詞を反芻する。
けれど一方通行はゆるゆると首を振って、何も知らない無邪気な上条の言葉を頭の中から掻き消した。
(……もう、終わりにするか)- 242 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 19:37:49.93 ID:IhqcQz2o
- 「かんぱーい!」
からん、とグラス同士が打ち合わされる音がして、上条たちの元気な声が響く。
四人は一方通行の退院の前祝いに、ファミレスにやって来ていた。
みんなで遊びに行くときには大抵この店に来ているのであまりお祝いという感じはしないが、こういうのは気分の問題だ。
「それにしても、退院かあ。なんだかんだ言って、あれから結構経ってるのね」
「つっても、まだ一か月も経ってないぞ? 俺はもう何か月も経ったような気がする」
「まァ、ものすごいハードスケジュールだったからなァ。地下街に行って御坂妹に遭遇して遊園地に行って、毎週どっか行ってたのか」
「そう考えると、あなたの退院は早い方なのではないでしょうか。
お姉様の電撃が直撃したと聞きましたが、とミサカは一方通行の意外な回復力に驚きます」
「ちょ、ちょっとそれ何処で聞いたのよ?」
超能力者として一般人に怪我をさせてしまったことを恥と考えているらしい美琴は、僅かに顔を赤くしながら御坂妹に詰め寄った。
しかし対する御坂妹は、涼しい顔であっさり答える。
「冥土帰しに尋ねたら簡単に教えてくれましたよ。
他にも数々のお姉様の黒歴史を披露しましょうか、とミサカは不気味な笑みを浮かべます」
「く、黒歴史!? そんなの何処で、いや私にそんなものは……、でもあれとかこれとか……」
「ははは、ビリビリは現在進行形で黒歴史を綴ってるじゃねえか」
「んだとゴルァ!!」
悪気なく悪口を言う上条に向かって美琴は電撃を飛ばしたが、そろそろ慣れてきたらしい上条はそれを簡単に右手で打ち消した。
四人の近くの席に座っている客が非常に驚いていたが、四人にとっては日常茶飯事なので今更突っ込む気も起きない。
「あ、そう言えばこの間さ、俺のクラスメイトの青髪ピアスって奴がお勧めだーっつって漫画貸してくれたんだよ。
アイツのことだからまた萌え系の漫画だろうなと思って読んでみたら、これが普通に面白くてさ。
ちょうど読み終わったところだから、今度お前にも貸してやるよ」
「えっ、何それ。私も興味あるから教えてよ」
「ふむ、漫画ですか。ミサカは漫画というものを手に取ったことが無いのですが、この機会に読んでみるのも良いかもしれません、
とミサカも話題に食いついてみます」 - 243 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 19:42:14.54 ID:IhqcQz2o
いつもと同じ、他愛ない会話。
基本的に見舞いに来てくれる彼ら以外には話し相手もイベントも無い入院生活を送っている一方通行には、今更彼らに聞かせてやれるような話など何も無い。
なので彼は、黙って上条たちの話に耳を傾けていた。
ただそれだけでも、楽しかった。いや、それこそが彼の幸せだった。
けれど、そんな幸福はいとも簡単に崩れ去る。
耳を劈(つんざ)く爆音が轟く。
粉々になったガラスと、炎と、爆風と、瓦礫が視界を覆った。
瞬間、『反射』が展開し、彼の身を守る。
だから彼は、何にも阻まれることなく、すべての光景を目にしていた。
最初に、窓ガラスを食い破って、砲弾が彼らの机の中心に撃ち込まれたのが見えた。
当然、グラスも皿も机も砕け散り、爆発が巻き起こる。
砕けて凶器となった無数の破片が、他の三人に襲い掛かった。
爆発の衝撃波で、見知った誰かの身体が弾け飛ぶ。
そして全てを焼き尽くさんとして、一気に炎が燃え広がった。
血とヒトの肉が焼ける不快な匂いが充満する。
一方通行は何もできなかった。ただ、茫然とその光景を眺めていることしかできなかった。
だって、彼はすべてを見ていたから。
自分の展開していた『反射』に弾かれたガラスの破片や衝撃波や炎が、三人に襲い掛かるのを、はっきり見ていた。
彼の身体には傷ひとつなかった。
代わりに、目の前の友人たちが犠牲になった。
(……見え、た。俺が、弾い、た、瓦礫が、上条、の、頭に、突き、刺さって、)
恐る恐る、上条が転がって行った方向に視線を動かした。
後悔することなんか分かり切っているのに、それでももしかしたらあんなのは見間違いで、実は運良く助かっているのではないかと都合の良い幻想を抱いて。
そして、その幻想はあっさり打ち砕かれた。
こんなの、あんまりだ。
こいつらが、いったい何をしたというんだ。
悪いことなんか、何もしていないのに。
……どうして、こんなことに。
理由を求めて、考えて、そして彼はひとつの結論に至った。
答えは、とてもとても簡単だった。
「……俺の、せいか」- 244 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 19:44:31.20 ID:IhqcQz2o
―――ちか、と眩しい光が差した。
ゆっくりと目を開けば、そこには見慣れた白い天井があった。
いつもの病室、いつものベッド、いつもの空気。
一方通行はゆっくりと半身を起すと、自分の身体が気持ち悪い汗でじっとりと濡れていることに気が付いた。
大量の汗の所為で、髪までぺったりと顔にくっついてしまっている。
「……夢」
そう口にしながら、一方通行はそれを頭の中で否定した。
夢と一蹴してはならない。
これは、現実に起こりうることだ。
(……馬鹿か。何で今まで忘れてた? 何で今まで気づかなかった? いくら何でも平和ボケし過ぎだ……)
今まで、こういうことが起こらない方がおかしかった。
だからあの夢の方が、現実なのだ。
あちらの方が、一方通行にとっての正しい世界だったのだ。
(分かってる。分かってるよ、クソったれ。こンなのが長続きしないってことくらい。だから終わらせよォとしてるンじゃねェか)
楽しかった時間は、もうおしまい。
そして二度と帰ってこない。
間違った形になっていたものを、正さなければならなかった。
すべて元通りにして、それで終わり。
そうだ。勘違いするな。未練を残すな。思い知れ。ここはお前の居場所ではない。
巻き込んでしまってから後悔するのでは遅すぎる。
(……本当に、これで終わりにするから。だから、今だけは許してくれ)
―――――- 245 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 19:48:48.87 ID:IhqcQz2o
「小萌せんせー」
放課後、上条は教室を出て行こうとする担任教師を呼び止めた。
どう見ても小学生くらいにしか見えないこの教師は、信じられないことにこれでもかなりの年齢になっているらしい。
そんな小萌先生は珍しくげっそりとした顔をしながら振り返り、それを見た上条をぎょっとさせた。
「……そ、その、今日も駄目でしょうか?」
「ごめんなさいねー、上条ちゃん……。相談に乗ってあげたいのは山々なのですけど、先生今日も予定が入ってしまっていて……」
「て言うか、クマとか頬とかもの凄いことになってますけど、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、先生はまだまだ元気なのですよー。ただちょーっと忙しいってだけなのですー」
しかし、何処からどう見ても空元気にしか見えない。それくらい小萌先生の頬はこけ、目の下にはくっきりとクマが出来てしまっていた。
特に彼女はとても幼い容姿をしているので、余計に痛々しく見える。
どうして彼女がこんなことになっているのかと言うと、最近異常にテロが多いとかで警備員に所属している教師陣があらかた出払ってしまっていて、
彼らがやるはずだった仕事を残った先生方ですべてやってしまわなくてはならないからだ。
しかも小萌先生はそうした後処理を率先してやっているだけではなく、いつも通りの授業をする為の準備も怠らないのだ。
その上成績の悪い生徒の為に補習までしてくれているのだから、まったく頭が上がらない。
そんなこんなで、日々激務に追われている小萌先生はこんなにも疲れ果ててしまっていたのだった。
治安維持の為だから仕方ないとは言え、お陰で上条もいつまで経っても彼女に『一方通行』について訊けずにいる。
「本当に、本当にごめんなさいね、上条ちゃん……。少しでも時間が空いたら、必ず真っ先に相談に乗ってあげますからね……」
「いや、そんなに急ぎじゃないし大丈夫です。先生こそ、本当に無理しないで下さいよ」
「もう、上条ちゃんは心配性ですねえ。本当に平気なのですよー。
それじゃ、先生ちょっと時間が無いのでもう行きますね。上条ちゃんも真っ直ぐお家に帰るんですよー」
「あ、はい。それじゃ」
小萌先生はげっそりとした顔にぎこちない笑顔を浮かべると、上条に向かって手を振りながら教室を出て行った。
上条はそんな彼女の小さな後ろ姿を見送りながら、本当に大丈夫なのだろうか、と思った。
「カミやーん。今日はゲーセン行けるかにゃー?」
「うお、土御門か。びっくりした」
「カミやん、最近付き合い悪いからなー。やっぱり彼女でもできたんやろ?」
「だーかーら、違うっつの。ったく、ちょっと人にプライベートな時間が出来たからっていちいち邪推してきやがって」
馴れ馴れしくまとわりついてくる青髪ピアスを、上条はうざったそうにしっしと追い払った。
土御門はそんな二人を眺めながら、ちょっと変わった笑い声を上げる。- 246 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 19:51:29.32 ID:IhqcQz2o
- 「で、カミやん、今日はどうするんだにゃー?」
「あー、まあたまには一緒にゲーセン行くか。確かに最近付き合い悪かったかもだし」
「おお、カミやんは彼女ができても友達を大切にするタイプなんやね! そういう奴は好きやわー」
「ええいだから違うって言ってんだろうがしつこい! そして気持ち悪い!!」
上条の放った右ストレートが、見事に青髪ピアスの顎に決まる。
そのパンチをまともに喰らって吹っ飛んだ青髪ピアスは、椅子と机に埋もれながら非常に良い笑顔を浮かべてサムズアップした。
「ふふ、カミやん、見事なパンチ……や……」
「青ピー!!」
「貴様! また騒ぎを起こして! 何度叱られれば気が済むの!?」
「うわっ申し訳ありません吹寄様もうしませんだからお願いですから頭突きだけはッ!!」
上条の懇願も虚しく、教室に非常に痛そうな鈍音が響く。
吹寄が上条の胸ぐらを掴んでいた右手をぱっと放すと、上条はそのままばったりと地面に倒れ伏した。
―――――
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
患者の居ない診察室で、冥土帰しが扉に向かって呼び掛けた。すると、ゆっくりと扉が開いてその隙間から一方通行が顔を出す。
冥土帰しは一方通行に患者用の椅子を勧めてやったが、彼は椅子を一瞥しただけで座ろうとしなかった。
「……どォいう意味だ?」
「君が先日、どんな酷い目にあったのかは知っている」
その言葉に、一方通行は僅かに目を見開く。
冥土帰しはそんな彼を見て少しだけ悲しそうな顔をすると、そのまま言葉を続けた。
「悪かったね、あれは僕が不注意だった。とても怖かっただろう?
だけど、ここは安全だから大丈夫。君が望むなら退院などせずに、いつまでもここに居てくれても良いんだよ?
それに君はとても頭が良いから、僕の助手になってくれるととても助かるんだけど」
「何を……、馬鹿か。本当に分かってンなら、俺がどれほどの疫病神なのか知らねェとは言わせねェぞ」
「ああ、分かってる。理解した上で言っているんだよ、一方通行」
「……頭、おかしいンじゃねェの。ろくに治療費も払えねェよォな奴に、何をそこまで義理立てする必要がある?
俺を捕まえる為に、この病院ごと破壊しかねねェよォな奴らだぞ。俺一人の為に、この病院に居る奴ら全員犠牲にするつもりか」 - 247 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 19:54:57.10 ID:IhqcQz2o
「そんなことにはならないよ、絶対にね。だから君は、何も気にすることはない」
それを聞いた一方通行が、何を思ったのかは定かではない。だが、彼はただゆるゆると首を振った。
まるで、そんな彼らの優しさを拒絶するかのようだった。
「とにかく、俺はここを出て行く。最短でいつ退院できる?」
「……まあ、そう言うだろうと思ってはいたけどね?
それと詳細な退院日についてはもう少しだけ待ってくれ。本当に退院しても大丈夫かどうか、最後に検査をしないといけないからね?
そんなことより、君は一体ここを出て何処へ行くつもりだい? どうせ、行く当てなんか無いんだろう?」
「自分で何とかする。気にすンな」
一方通行は事も無げに言ったが、それは肯定も同然だ。
あまりにも無計画な彼に冥土帰しは溜め息をつくと、呆れたような口調で言葉を続ける。
「やれやれ、そんなことだろうと思ったよ。……『外』に行くつもりなんだってね?」
「……オマエ、一体何処まで知ってやがる」
「そんなのは些細なことさ。
とにかく、『外』に行くつもりなら僕に当てがある。僕の知り合いがやっている病院に話を付けてあるから、そこを頼ると良い。
君ならあちらでも充分な働きが出来るだろうし、たぶん生活には困らないだろう。
なに、そこは学園都市とは何の関係も無い場所だし、院長も信頼できる人間だから安心しなさい。
それに、流石に彼らだって無闇に『外』の施設に手を出したりは出来ないだろうしね?」
願ってもない提案だったが、一方通行は迷っているのかのように僅かに眉根を寄せる。
いや、迷っているというよりも疑っている顔だった。
「信用できないかい?」
「いや。……そンなの、それこそ今更だろォが。あまりにも手際が良過ぎると思っただけだ」
「そのことなら、協力者がいたからだよ。その子たちが他にも様々な便宜を図ってくれたお陰さ」
「……協力者?」
唐突に現れた部外者の存在に、一方通行が訝しげな顔をする。
しかし冥土帰しは、疑り深い彼を安心させるかのようにすかさず補足説明を付け加えた。- 248 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 19:57:58.80 ID:IhqcQz2o
「ああ、心配しなくてもいい。信頼できる、良い子たちだよ。だから疑う必要はまったく無い」
「…………、そォか」
「納得してくれたようで何よりだ。そんなことより、だいぶ顔色が悪いね? どれ、診てあげよう」
「平気だ、要らねェよ。……ちょっと外に出てくる」
「そうかい? まあ、気分転換にはそれが一番だね? ただ、絶対に人通りの少ないところに行ってはいけないよ、危ないからね」
「……そンなの、俺が一番よく分かってる。じゃあな」
疲れた顔をした一方通行は、それだけ言うとすっと診察室を出て行ってしまう。
その背中を見送った冥土帰しは、結局座られることのなかった患者用の椅子に視線を移すと、とても複雑そうな表情を浮かべた。
―――――
なんだかんだで結局ゲーセンにやって来た3馬鹿デルタフォースは、いつか上条が一方通行たちと遊んだ格闘ゲームで対戦をしていた。
あれから美琴に勝つために血の滲むような特訓を重ねた上条は、土御門と青髪ピアスを相手に勝利を続ける。
そして遂に連勝記録の自己ベストを更新した上条は、ゲーム台の椅子に足を乗せて大きくガッツポーズを取った。
「よっしゃあ! 13連勝達成!」
「か、カミやん強くなり過ぎだにゃー。俺たちなんて全然相手にならないですたい……」
「うぐぐぐぐ、これがギャルゲーなら絶対に負けへんのに……」
「ふふふふ、この貧乏学生上条さんがこれだけの強さを得るために一体どれだけの投資をしたのか……。うっ、何か涙出てきた」
「……カミやん、ゲームに熱中するのは良いけどお金は大切にな」
「何か負けたのに負けた気がしないぜい。今度なんか奢ってやるから元気出すにゃー」
本気で涙ぐんでいる上条を慰めるように、土御門がその肩をぽんぽんと叩いてくれた。
その優しさが身に染みる。特に吹寄の頭突きを喰らった後は。
「凄まじい努力を続けてたカミやんには悪いんやけど、これじゃ本当に勝負にならへんから他のゲームせえへんか?
新しいパズルゲーム入ってるでー」
「ああ、そうするか……。正直俺もなんか格ゲー見てたら虚しくなってくるし」
「どんだけ金かけたんだお前……。まあ、今日は嫌なことなんか忘れてぱーっと遊びましょうや」
「そうだな。三人で対戦できるやつとかあるか?」- 249 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 20:01:55.41 ID:IhqcQz2o
「あるある、これやな。っと、コインが無くなったからちょっと両替してくるわ。ちょっと待っててなー」
「おう、いってらっしゃい」
財布を片手に両替機に行ってしまった青髪ピアスを見送りながら、上条はパズルゲームの台に座った。
彼が帰ってくるまで、きちんと席を確保しておかなければならない。ちょっと目を離すとすぐに誰かに取られてしまうのだ。
「そんなことよりカミやん、やっぱり格ゲーで鍛えられたのは常盤台の彼女のお陰かにゃー?」
「ぶふっ!? お、お前何を!?」
「土御門さんは見てしまったんだぜい……。この間の日曜日、地下街でカミやんが女の子を二人も連れて歩いているところを!」
「いやそんなはずは……、あれ? この間の日曜日? 二人?」
得意げに言い放った土御門の言葉に、上条は首をひねる。
確かにこの間の日曜日は美琴と一方通行を連れて地下街をうろついていたが……。あの時はまだ、御坂妹はいなかったはずだ。
御坂妹も一緒に行ったのは遊園地だし、そもそもあれは土曜日だし。
「……ああ、あれな。あれは違うって、確かに一人は女の子だけどもう一人は……、あれ? 男? そう言えばどっち?」
「この期に及んで誤魔化そうとするとは、許せん! やっぱりカミやんは一人で密かにハーレムを作ろうと画策してたんだにゃー!?」
「だから違うってば! ああもう何でおれの周りはこんな馬鹿ばっかりなんだ!?」
「ハーレムと聞いて飛んで来たで! おのれカミやん、これは鉄拳制裁も已む無し!」
「ええいこの馬鹿どもが! 良いだろう、この上条当麻が相手になってくれる!」
そして、何故か三人はゲームセンターで格闘ゲームではなくリアル乱闘を繰り広げることになる。
この街では能力者同士の喧嘩なんか日常茶飯事なので、無能力同士の乱闘なんて可愛いものだ。周囲の人々は一向に気にした様子が無い。
やがて三人の死闘が終盤に差し掛かった頃、上条の視界の端に見覚えのある白い影が映った。
「あれ? アイツ……」
「おお、噂をすればこの間カミやんが連れてた子だにゃー。あれ、こっち来るぜい?」
「そりゃこれだけ暴れれば目に留まるだろうよ……。おーい、一方通行ー」
こちらにやってくる一方通行に向かって上条が手を振れば、一方通行は「やっぱりか」とでも言いたげな表情をした。
何だかいつもこんな阿呆なことをしているように思われているようだが、決してそんなことは無い……筈だ。
「オマエ、こンなところで何やってンだよ。バトルがしてェならゲームの中だけにしろ」
「いやまあ尤もなお言葉ですが、已むに已まれぬ事情があってだな……。そんなことより、お前は何で一人でこんなところに?」
「……ずっと病室に篭ってると気が滅入るンだよ。気分転換だ」
「なるほど。まあもうすぐ退院なんだし、リハビリにはちょうど良いかもな」- 250 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 20:06:41.20 ID:IhqcQz2o
そんな会話をしていると、ふと上条は喧嘩相手である二人を押さえつけていた手に抵抗が感じられなくなっていることに気がついた。
どうしたのかと思って二人を振り返ってみれば、二人は上条たちの方に興味が移ったからか早々に喧嘩を中断してこちらを観察していた。非常にうざったい。
「おお、噂をすれば影だぜい。こないだ一緒に歩いてた子だにゃー」
「ふおおお!! アルビノやないかい! しかも可愛い! カミやんこの野郎羨ましいでほんまに!」
「何か身の危険を感じるンだが」
「危ないから下がってなさい。割りとマジで」
異常なテンションの青髪ピアスについて行けない一方通行は、ドン引きしながら一歩後ずさった。さり気なく上条を盾にしようとしている。
上条にしてみればもう慣れたものなので何とも思わないが、これが普通の正しい反応だろう。
「それで、さっき話しててちょっと気になったんだけどさ。お前って男? 女?」
「ちょっ……」
「……はァ? 見て分かンねェのかよオマエ。頭おかしいンじゃねェの?」
「へ? いやだから分からないから訊いて……」
「ちょっとカミやんこっち来い!」
一方通行の機嫌が未だかつてないほど悪くなったことに気が付かずに言葉を続けようとした上条を、後ろに居た友人二人がその首根っこを引っ掴んで強制回収する。
服を引っ張られた所為で訳も分からず首を絞められた上条は、咳込みながら二人に向かって抗議の声を上げた。
「オイコラ! テメェらいきなり何すんだよ!」
「何すんだよはカミやんだぜい! あんな質問、あの子が男だったとしても女だったとしてももの凄い失礼だって分からないのかにゃー!?
確かに分かりづらいから訊きたくなるのも分かるけど!」
「無いわーカミやんそれは無いわー。男の風上にも置けへんわー」
「あ、そっか」
ここまで親切に説明されて、上条はやっととんでもない地雷を踏み抜いてしまったことに気が付いたようだ。
だからと言ってここで謝ってしまうのも、それはそれで性別が分からなかったことを認めてしまうことになるのでどうしようかと思っていたが、
そろりと一方通行の方を振り返ってみれば、幸いなことに彼はもう既にまったく別のものに気を取られているようだった。
「あのー、一方通行さん? 何を見てらっしゃるんでしょうか?」
「……あれ。なンでガラスケースの中にぬいぐるみが入ってンだ?」
「知らん? UFOキャッチャーやで。ゲーセンの定番やけどなあ」
「ああ、そう言えばこの間来たときは人が多かったからあんまり見て回れなかったんだよな。やってみたいのか?」
「いや。本当に散歩するだけのつもりで出てきたから、金持ってねェし。欲しいモンがあるわけでもねェしな」- 251 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 20:10:15.57 ID:IhqcQz2o
本当に特に執着心があるわけではないらしく、一方通行は説明を聞くとすぐにUFOキャッチャーから興味を失ってしまったようだ。
それでも一方通行がこうしたゲームに非常に強いことを知っている上条は、ポケットからコインを取り出すとそれを彼に差し出しそうとする。
「なんだ、それならちょっとコイン分けてやるよ。ちょうど余ってるし」
「いらねェよ、今はそォいう気分じゃねェしな。ここに来たのも、見覚えのある馬鹿が馬鹿やってたから様子を見に来ただけだし」
「そうか? じゃあ見てくだけ見てけよ。今日はそこそこ空いてる方だし、色々見て回れると思うぞ」
「……まァ、見るだけなら」
一方通行は少し躊躇っていたようだったが、やはり少し興味があるのか割りと素直に上条の誘いに乗ってくれた。
上条はそれを見て嬉しそうな顔をすると、彼をデルタフォースに迎え入れる。
青髪ピアスと土御門に歓迎された一方通行は、少しだけ照れ臭そうにしていた。
―――――
「あー楽しかった!」
久しぶりにゲームセンターで思う存分遊んで満足したらしい上条は、外に出ると思いっ切り伸びをした。
ずっとゲームセンターのゲーム台に座っていた所為で体が固まってしまったのか、土御門と青髪ピアスも上条と同じように伸びをしている。
完全下校時刻まではまだ余裕がある時間だったが、ちょうど全員のコインが尽きたので引き上げることにしたのだ。
「それにしても、随分遊んだにゃー。俺も久しぶりだったからつい夢中になっちまったぜよ」
「せやな、やっぱみんな一緒の方が楽しいわー。ほな、僕はパン屋の手伝いがあるから帰らせてもらうな。一方通行もまたなー」
「あ、あァ。またな」
一方通行は青髪ピアスに挨拶されると、ぎこちなく返事をする。
それはまるで人見知りの子供が頑張って挨拶をしているように見えて、上条は何だか微笑ましい気持ちになった。- 252 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/18(土) 20:14:09.04 ID:IhqcQz2o
「そォ言えば、オマエもタイムセールだろ。急がなくてイイのか?」
「うおっ、そうだった! 教えてくれてありがとな! それじゃ一方通行、今度の休日に!」
「おォ、じゃあな」
そして上条が走り去ってしまうと、後には一方通行と土御門の二人だけが残された。
遊んでいる時は普通に親切にしてくれたのだが、何故か土御門に対して苦手意識を感じていた一方通行は、何となく気まずく感じてしまう。
それはさて置いても病院を出てからだいぶ時間が経ってしまっているし、冥土帰しもそろそろ心配している頃だ。
どちらにしろもう帰らなくてはならないのだから挨拶くらいはしておかなければと思った一方通行は、改めて土御門の方に向き直る。
「土御門、俺ももォ帰る。オマエも暗くならない内に帰れよ、最近はテロだ何だで色々物騒だからな」
「それもそうだにゃー。じゃ、俺も帰らせてもらいますたい。お前も気を付けて帰るんだぜい?」
「ああ、それじゃァな」
分かっていた筈なのに、何故か一方通行は土御門に普通に挨拶を返されて安心していた。
……何か、別のことを言われるとでも思ったのだろうか。しかし、いったい自分は何を言われると思ったのだろうか。
そう不思議に思いながらも彼が土御門に背を向けた、その時。
土御門が唐突に、聞いたこともないような低い声で言った。
「お前の事情はある程度理解できる。だが、できれば上条当麻をあまり巻き込まないでくれ。
今のお前が悪人ではないらしいことは知っているが、お前はあまりにも多くの不幸を呼び過ぎるんだ。……悪いな」
一方通行は驚いてばっと背後を振り返ったが、そこには既に土御門の姿は無かった。
しかし彼の言葉がやけに鮮明に頭に焼き付けられてしまい、一方通行は暫らくそこから動くことが出来なかった。- 262 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:23:19.89 ID:jZYpsD2o
- 「おっそい!」
待ち合わせ場所である映画館前で仁王立ちしていた美琴は、遅れて来た上条をビシッと指差しながらそう怒鳴った。
途端、上条が勢いよく頭を下げる。
とは言え映画の上映開始時間にはギリギリ間に合っているのだが、それでも約三十分の遅刻なのだから、美琴が怒るのも無理はない。
「アンタが映画見たいって言うからわざわざ退院祝いの日にこんなところまで来たっていうのに、遅刻するってどういうつもり!?」
「本当にすまん、返す言葉も御座いません……。これには深ーい事情があるんだが、言い訳にしかならないよな……」
「別にイイじゃねェか、映画には間に合ったンだ。そンなことより、さっさと入らねェと本当に間に合わなくなるぞ」
「一方通行の言う通りです。
ですが遅刻は遅刻ですので、罰として今日の昼食はあなたの奢りにしましょう、とミサカは罰ゲームを提案します」
「あら、それ良いわね。それなら許してあげるわ」
「うぐっ……。わ、分かった。でもできるだけ高価なところは勘弁してくれよ?」
貧乏学生である上条にはなかなか辛い罰ゲームだが、理由はどうあれ悪いのは遅刻した上条なので仕方がない。
上条の逼迫した経済事情を知る一方通行が可哀想なものを見る目で上条を見つめてきていたが、彼はスルーすることにする。
それに、悲しいかな上条にとってこの程度の不幸は日常茶飯事なのだ。
「っと、こんなことしてる場合じゃないな。早く入らないと本当に遅れちまう」
「それもそうですね。ですが、どうせですし歩きながら話しましょうか、とミサカは提案します。
ところで今から見る映画は一体どのような内容なのですか? とミサカはわくわくしながら尋ねます」
「そっか。一方通行もだけど、妹も映画は初めてなのね。
映画をリクエストしたのはコイツだから私も細かいことはよく知らないんだけど、アクションものらしいわよ。
私はゲコ太……げふんげふん、恋愛ものが良かったのに」
「今更何を隠そうとしてンだよ。オマエ、自分が遊園地でどンだけはっちゃけたのか覚えてねェのか?
大体、恋愛ものとかキャラじゃねェだろォが」
「う、うるさいわね! それに私だって恋愛ものの映画くらい見るわよ!」
そうは言うものの、美琴は先程からずっと『ゲコ太TheMovie』と書かれた映画の宣伝ポスターに釘付けだ。
しかも、今映画を見れば特典として特製キーホルダーが貰えるという宣伝文句を目にしてからの美琴の落ち着きの無さときたら、尋常ではない。
この調子だと、解散した途端にこの映画を見に行ってしまいそうな勢いだ。
その上、意外なことに御坂妹もそれも興味を惹かれている。この間の遊園地の件で懲りたかと思っていたのだが、そうでもなかったようだ。
「でも、それならビリビリにも満足して貰えると思うぞ。この映画、恋愛要素もあるらしいし」
「ほほう。そこはかとない下心を感じますが、とミサカは分析します」
「まさか、そんなわけないだろ。近頃流行ってる映画みたいだったし、面白そうだから見ておきたいなーと思っただけだよ。
それにちょうど友達にも勧められたところだったから、どうせならみんなで見に行こうと思ってさ」 - 263 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:28:05.62 ID:jZYpsD2o
「……だとさ、御坂。残念だったな」
「な、何がよ!?」
唐突に話を振られたからか、美琴は顔を僅かに赤らめながら狼狽している。
上条はそのやりとりの意味が分からずにきょとんとした顔をすると、解説を求めて御坂妹の方を見たが、彼女は知らんぷりするだけだった。
四人は暫らくそんな他愛のない会話をしていたが、映画館内に入るとマナーに則ってきちんと会話を中断する。
館内では既に映画開始前に上映するCMが流されていて、故に辺りは真っ暗になっていた。
彼らは暗闇の中で躓かないように気を付けながら、チケットに書かれた指定席へと歩いて行く。
そうして漸く目的の席に辿り着いた彼らは、それぞれ指定の席に座った。
順番は正面から見て左から一方通行、御坂妹、上条、美琴だ。ちなみに美琴は通路側の席になっている。
「上条、これオマエの分のポップコーン。御坂妹、渡してくれ」
「了解しました、とミサカはバケツリレーの如く上条当麻にポップコーンを引き渡します」
「お、ありがとう……って、運びながらちょっと食うなよ! お前も自分の分あるだろ!?」
「ミサカの分はキャラメル味なので、あなたのとは味が違うのです。
ふむ、あなたの塩味もなかなか美味ですね、とミサカはポップコーンを賞賛します」
「はしたねェことすンな。ほら、俺の分けてやるから」
「おお、ありがとうございます。では遠慮なく頂きますね、とミサカは早速ポップコーンにがっつきます」
「待てコラ、全部やるとは言ってねェぞ! オイ御坂オマエ姉なンだからこの妹なンとかしろ!」
「ふふふ……。ゲコ太可愛い……」
「……駄目だこりゃ」
助けを求めて美琴を見やれば、彼女はゲコ太映画のコマーシャルに釘付けになっているところだった。
それでもなお本人はゲコ太好きを隠そうとしているのだから、片腹痛い。
「お、映画始まったぞ。やっぱりギリギリだったんだな」
「ふむ、確かにかなり凝ったオープニングですね、とミサカは映画を評価します」
「ちょっとアンタたち、いい加減静かにしてよ」
一応周囲には迷惑が掛からないように気を使ってはいるのだが、当然会話をする為に仲間内には声が聞こえるように喋っているので、
どうしても話し声が美琴まで届いてしまうようだ。
するとちょうど本編が始まったので、二人も映画に集中する為にそれきり会話を中断させる。
映画の内容は、敵対勢力に命を狙われたとある資産家のご令嬢を護る護衛役のお話だった。
色んな事件に巻き込まれている内にやがて気の強いお嬢様が自分で戦い始めたり、最終的には主人公である護衛役に背中を預けられたりと
何だかめちゃくちゃなお嬢様だったが、流行っているだけあってシナリオはなかなか面白かった。- 264 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:32:49.34 ID:jZYpsD2o
また、こうした物語の王道として護衛役とお嬢様が恋に落ちたりもしたのだが、
そういったものに耐性が無いらしい美琴は、そういうシーンが出てくる度に顔を真っ赤にしながら思いっ切り目を逸らしていた。
「な、ななな何よこれ!? 何でこんなシーンがあるのよ!?」
「何でって、恋愛要素あるって言っただろ。って言うか、こういう映画ではキスシーンぐらい普通じゃないか?
そう言えば、ビリビリは恋愛ものの映画をよく見るんだよな?
俺はそういうのあんまり見ないからよく知らないけど、純愛ものでも普通にキスシーンぐらいないか?」
「だ、だからって……、もごもご」
「お姉様は本当に初心ですね。それにしても、このミサカよりも恋愛に対する免疫が無いというのは正直どうなんですか?
とミサカはお姉様の奥手さに呆れながら一方通行に同意を求めますがコイツ寝てやがる」
「…………zzz」
尚、ちゃんと周りに迷惑が掛からないように小声で会話しているし一方通行も異常に静かに寝ているのでご安心されたし。
とにかく彼らは、こんな感じで四者四様の反応を見せながらそれぞれ映画を鑑賞していた。
ちなみに映画の方は、途中二人の関係がばれてお嬢様の父親の猛反対に遭ったり
手練れの殺し屋をあとちょっとのところで逃がしてしまったりと紆余曲折あったものの、最後にその殺し屋がお嬢様の父親の命を狙い、
それを護衛役が助けたことで父親は二人の関係を少しだけ認めるようになったのだった。
そして敵対勢力との最終決戦やその他の様々な障害を乗り越え、やがて映画はハッピーエンドを迎える。
エンディングが流れている時、美琴はちょっとだけ泣いていた。
やがてスタッフロールも終わり、館内に明かりが灯されると、彼らはそれぞれ伸びをしながら立ち上がる。
長時間ずっと同じ体勢で座り続けていた所為で、すっかり身体が固まってしまっているのだ。
「ふー、終わったか。俺はこういう映画ってあんまり見ないんだけど、意外と面白いんだな。
またみんなでこうやって見に来ようぜ」
「それは良い考えです、とミサカは上条当麻の提案に賛同します」
「ふあァ……、やっと終わったか。随分長かったな」
「お前なあ……。せっかく金払って見てるんだから寝るなよ。ビリビリなんか感動して泣いてたぞ?」
「なっ、なに馬鹿なこと言ってんのよ!? 私は泣いてなんかないわ!」
「お姉様の照れ隠しはいつものことなので放っておくとして、この人はアクションシーンは割りと真剣に見ていましたよ、とミサカは報告します。
確かに何故か恋愛シーンの時だけは寝ていましたが、とミサカは器用な一方通行に驚きます」
「アクションシーンに入ると音量が大きくなるから、寝ててもそれで起こされンだよ」
「いや、だから寝ようとするなよ」
上条がツッコミを入れるが、当の一方通行は大きなあくびをしていてまるで聞いている様子がない。
彼がそんな一方通行に呆れていると、不意に御坂妹が思い出したように口を開く。- 265 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:35:52.73 ID:jZYpsD2o
「そんなことより、昼食はどうしましょう? あなたの奢りということですが、やはり一方通行の退院祝いですので彼に決めて貰いますか?
とミサカは忘れずにきちんと罰ゲームを履行しようとします」
「ああ、そう言えばそうだったな。それで良いけど、頼むから高いものは勘弁して下さいお願いします」
本当にお金が無いのだろう、上条は途中から丁寧語になりながらかなり切実に懇願した。
そんな上条の勢いに一方通行は若干引いていたが、少し考えてから珍しく遠慮がちにこう提案する。
「じゃァその辺のファーストフード店にでも入るか。腹も減ったし、とにかくさっさと何か食いてェ」
「あら、そんなので良いの? 折角の奢りなんだから、そんなに遠慮しなくても良いのに」
「ビリビリは頼むからもうちょっと遠慮してくれ。
て言うかビリビリも一応お嬢様なんだから、わざわざ奢ってもらわなくてもいつも良いもの食べてるだろ?」
「確かに常盤台の学食や寮の食堂は非常に高品質な料理を提供しているようですね、とミサカはお姉様を羨みます」
「そんなことないわよ、普通よ普通。特に私は購買で適当に買って食べることが多いから、そんなに食べる機会が多いわけじゃないし。
もしそんなに気になるんだったら、今度連れてってあげるわよ」
「本当ですか? 遠回しにねだった甲斐がありました、とミサカは歓喜します」
御坂妹は相変わらずの無表情だったが、三人はそろそろ表情が変化しなくても彼女の考えが掴めるようになってきているので問題なかった。
彼女は表情は変わらないが、基本的に自分の感情に素直なのでコツさえ掴めば意外と分かりやすい。
「とりあえず、どの店に入るか決めないと。この時間だと、早めに入っておかないとすぐに混雑し始めるぞ」
「それもそォだな。あ、あの店なンか良いンじゃねェか? 空いてそォだぞ」
「ではあそこで決定ですね。ミサカもお腹が空いたので早く行きましょう、とミサカはお姉様を急かします」
「そんなに焦らなくったって店は逃げたりしないわよ。せっかちな子ね」
自分の腕をくいくいと引っ張って急かす御坂妹に呆れながら美琴は苦笑いを浮かべた。
そんな二人を見ながら、上条はもうすっかり姉妹が板についたなあなんて微笑ましく思っていた。
―――――- 266 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:38:32.89 ID:jZYpsD2o
『いただきます』
御坂妹の主張によって、何故か四人はファーストフード店でいただきますをさせられていた。
普通の食卓なんかでは有り触れた光景だろうが、流石にファーストフード店でこれをする人はいない気がするので少し恥ずかしい。
しかしこれを提案した御坂妹は、希望が通ってご満悦といった様子だ。
「あ、乾杯もするか? 一方通行の退院を祝って」
「まだ退院してねェけどな」
「紙コップだからあんまり良い音しないけどねー。まあ、とにかく退院祝いなんだからやっちゃいましょ」
「乾杯、やってみたいです。とミサカも便乗します」
「じゃ、みんなそれぞれコップ持って」
『かんぱーい』
掛け声とともに四人が一斉に紙コップをぶつけあうと、ぱすんと軽い音がした。紙なので仕方がない。
しかもストローなので一気飲みすることもできない……と思ったのだが、美琴と御坂妹はわざわざ蓋を取り外して一気飲みしていた。
「っぷはー。やっぱり白ぶどうよねー」
「炭酸を一気飲みするのは流石に無謀でした……、とミサカは……うぷ」
「オマエ、いつもそンな感じだよな……。大丈夫か?」
「とりあえず何か食べて抑え込むことにします、とミサカはサンドイッチに手を伸ばします」
「……それは大丈夫なのか?」
一方通行に背中を擦って貰っている御坂妹はがつがつとサンドイッチを食べ始めたが、まだちょっと苦しそうな顔をしている。
上条は苦笑いをしてそれを眺めながらも、手近にあったチキンを手に取った。
「そういえば、一方通行は結局いつ退院なんだ? 明日だっけ?」
「いや、明後日だ。準備はもォしてあるし体調も万全だから、退院自体は今すぐにでもできるンだがな」
「ふーん。そうだ、退院した後はどうするの? 住むところとかは決まった?」
「…………。冥土帰しが偽造IDを手配してくれたからな、それ使って適当なアパートを借りた。
こっからだいぶ遠いが、格安だから文句言えねェ」
一方通行が話しているのを聞きながら、上条は何となく違和感を覚えた。
本当によく気を付けて見ていないと分からない程度だったが、ほんの少しだけ様子がおかしいような気がしたのだ。
しかしそれはあまりにも微細な変化だったので、上条は気の所為だと思って特に気に留めなかった。
その一方で、それに気付いていない美琴はいつもと同じ調子で言葉を続ける。- 267 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:42:56.18 ID:jZYpsD2o
「それなら住所教えてよ。今度遊びに行くからさ」
「……覚えてねェ。分かったら今度メールで送る」
「まあ、新居の住所なんかなかなか覚えられないよなー。俺も今の学生寮の住所を覚えるのにどれだけ苦労したことか」
「そう言えば、あなたは高校一年生でしたか。
でしたらこの時期で既に住所を覚えているというのは早い方なのでは? とミサカは上条当麻の意外な記憶力に驚きます」
「住所って意外と色んなところで要求されるからな。もちろん、最初はメモ書きを持ち歩いてたけど」
話しながらその時のことを思い出したのか、上条は少し遠い目をする。幾度となくメモ書きを落として不幸な目に遭ったことは、心の中にそっと仕舞っておくことにしよう。
しかしその話を聞いていた美琴は、一方通行の言葉に首を傾げて不思議そうな顔をする。
「でも、アンタは何でもすぐに覚えちゃうじゃない。珍しいわね」
「……、俺にだってそォいうことくらいあるっつゥの。とにかく、住所はまた今度な」
「りょーかい。できるだけ早めにお願いね」
「おォ」
適当に返事をしながら、一方通行もフライドチキンに手を伸ばす。
その横から御坂妹がさり気なくコーンサラダを一方通行の方に押しやっていたが、彼は完全無視だ。
冥土帰しも嘆いていたが、一方通行はあまり野菜を食べようとしてくれない。
「ところで、退院した後は何するつもりなんだ? やっぱり何処かの学校に通ったりするのか?」
「……いや、まだ決めてねェ。冥土帰しの病院で助手するか、どっか適当な研究所の働き口探すかだな」
「働くつもりなの? アンタだってたぶん学生だったんだろうし、学校とか行った方が良いんじゃない?」
「学校なンか行ったって仕方ねェだろ。俺は独学でも大抵のことは学習できるしな」
「学校ってのは、何も勉強するだけの場所じゃないぞ? 友達作って一緒に遊び歩いたり、部活に精を出したり、他にもイベントとかあって色々できるし。
せっかく学生なんだから、学校は行っとかないともったいないぞ」
「そンなモンかねェ……」
「そんなもんだ」
力強く頷きながら、上条はポテトを口に放り込む。
けれど、どちらにしろそれは一方通行にとっては縁遠い話だ。
「まあそれは置いとくとして、ごはん食べた後はどうするの? 何かリクエストある?」
「映画をリクエストしたのは俺だから、他の奴優先で良いぞー」
「俺は特に無ェ。この辺のことはよく知らねェしな」- 268 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:46:53.67 ID:jZYpsD2o
「ミサカはショッピングというものをしてみたいです、とミサカは早速リクエストします」
「あら、それ良いわね。て言うかアンタいつもその制服ばっかり着てるけど、もしかしなくてもそれしか持ってないでしょ?」
「その通りです。この制服の替えはいくらでもあるのですが、それ以外の服は何も無いのです、とミサカはミサカの洋服事情を説明します」
「それはそれでどういう洋服事情なのよ……」
「あ。そう言えば、一方通行も確か二、三着くらいしか持ってなかったよな?」
「三着だな。外出するごとに毎回ローテーションで着回してる。面倒くせェし」
「それじゃこれから困るわよ? 入院してた時みたいに、四六時中手術衣を着てれば良いってわけじゃないんだから。
決定、服買いに行きましょ」
そして、そんな美琴の一言で、彼らの次の目的地が決定した。
―――――
映画館の周辺にはあまり良い洋服店がないという美琴のアドバイスによって、四人は第七学区にあるセブンスミストを目指していた。
セブンスミストはここからだいぶ遠かったが、品揃えが良いしついでに他の生活必需品も買い揃えることができるということで目的地に決定したのだ。
また一方通行は退院するというのに必要最低限のもの以外は何も準備していないらしいので、他の雑貨も適当に買い集めることになった。
「セブンスミストってこの辺じゃちょっと有名な服屋なんだけど、アンタたちは知らないわよね?」
「前を通ることくらいはあったが、確かに入ったことはねェな」
「ミサカも同じようなものです、とミサカは一方通行に追従します」
「俺でも何度かお世話になってるようなところだからなー。必要なものは大体揃うと思うぞ」
そんな他愛のない話をしながら歩いている四人は、先程漸く第七学区に入ったばかりだ。
彼らのいた映画館は第六学区なので、セブンスミストまではまだまだ距離がある。
休日で人通りの多い大通りを歩きながら、美琴はふとセブンスミストがあるであろう方角を眺めて困ったように眉根を寄せた。
「でも、やっぱりちょっと遠かったかしら。あと何分くらい掛かるか分かる?」
「位置的には三十分程度でしょうか。バスなどの交通機関を使った方が良かったかもしれません、とミサカは進言します」
「三十分かあ。徒歩で行けない距離でもないし、ちょっと微妙だな。この辺には近道できるような路地裏も無いし」
上条のその言葉に、一方通行は密かに少し安心していた。
あれ以来、路地裏に行くことは冥土帰しに固く禁じられている。もちろん一方通行としても、もう二度とあんなところに行きたいとは思わなかった。
「まあ、時間はあるんだからのんびり行こうぜ。途中で良さげな店があったら覗いて見るのも良いし」- 269 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:49:47.87 ID:jZYpsD2o
「そうねー。……あ、クレープ屋さんある。食べたい」
「さっき昼飯食ったばっかじゃねェか。オマエの胃袋は一体どォなってンだ?」
「甘いものは別腹なの! 妹だってそうでしょ?」
「ええ、その通りです。とミサカはお姉様に同意します」
美琴の問い掛けに、御坂妹はあっさり頷いた。
その返事に一方通行は呆れたが、それに対して美琴は自信に溢れた表情で胸を張る。
「ほらね! 女の子はそういうものなのよ!」
「ハイハイ、分かりましたよォ。で、結局食うのか?」
「あったり前でしょ! という訳でさっそく買ってくるけど、アンタたちは何か食べたいのある?」
「苺と生クリームのクレープが良いです、とミサカは注文します」
「俺はアイスが入ってるのが良いな。バニラかチョコで」
「コーヒークリーム。ナッツ入ってる奴」
「結局全員食べるんじゃない! 別に良いけど! まあ、とりあえず買ってくるわね」
それだけ言うと、美琴は広場に停車しているクレープ屋の車へと駆けて行く。
そんな彼女を見送りながら、上条ははたと大事なことに気が付いた。
「あれ、こういう時って普通男が買いに行くもんじゃね?」
「……別に良いンじゃねェの。御坂が進ンで買いに行ったンだから」
「クレープが食べられるのならなんでも良いです、とミサカは己の欲望を曝け出します」
「……まあ、良いか。て言うかもう戻って来たし」
器用にも四つのクレープを手に持っている美琴は、うきうきしながら駆け戻ってくる。
……何故かひとつだけ異常に巨大で豪華なデコレーションのされたクレープがあるのだが、あれは一体何なんだろうか。
「お待たせー。はい、これ」
「どォも。つゥか何だソレ? やたら派手っつゥか、でけェっつゥか……」
「スペシャルストロベリーショコラジェラートデラックスクッキークリームエクストラ! 一度食べてみたかったのよねー」
「お、おおう……」
「流石のミサカもそれは引くわ、とミサカは思わず本音を漏らします」- 270 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/25(クリスマス) 18:57:28.13 ID:jZYpsD2o
「何よう、そんなこと言うなら食べさせてあげないんだから。学校の近くじゃ売ってないし、そこそこ高いからなかなか食べる機会なんてないのに」
「……ソレ、全部一人で食べ切れるのか?」
「だから言ったでしょ、甘いものは別腹って。じゃ、いただきまーす」
「マジでか」
「胃袋が宇宙ってレベルじゃねェぞ」
「そのフレーズ懐かしいですね、とミサカは懐古します」
自分たちのクレープを食べることも忘れて美琴の巨大クレープに目を奪われている三人は、それぞれ本音過ぎる感想を述べた。結構失礼だ。
そして美琴が、今まさにクレープにかぶりつこうと、する。
『―――目標補足。特殊弾頭申請許可受領、狙撃準備完了』
『了解。追撃班、回収班、処理班配備完了。……狙撃開始』
そう、まさにその瞬間のことだった。
耳鳴りのような風切り音が、鳴った。
音速を超えて接近してくるその砲弾に反応できる者など、いないように見えた、が。
パチリと何かが弾けるような音と共に、いや、それよりもほんの少し早く美琴が背後を振り返る。
そして次の瞬間、先程とはまるで比べ物にならないほど激しい電撃音が轟いた。
そして驚くべきことに、美琴は磁力を用いて凄まじい勢いで飛来したはずの砲弾を空中に静止させたのだ。
しかしそれだけのことをしておきながら、彼女は何の目立った動きも見せなかった。彼女はただ振り返って、砲弾をじっと見つめているだけだった。
そして美琴はクレープを持っていない方の手をすっと砲弾に向けると、その華奢な手のひらから再び莫大な磁力を生み出した。
途端、砲弾は飛来してきた時とは比較にならない速度……、音速の三倍で元来た方向へと帰って行く。
次の瞬間、何処かのビルの屋上へと着弾した砲弾は、爆発を起こして屋上の一角を瓦礫に変える。
「ったく。この美琴センセーに喧嘩を売りたいなら、鉄分を含まない武器を持ってきなさいよ」
学園都市最強の電撃使いにして、常盤台の『超電磁砲』。
超能力者の第三位が、そこにいた。- 281 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:36:17.52 ID:qCEAQfQo
- 突然の砲撃、そして超能力者の第三位『超電磁砲』の反撃に、周囲は騒然となる。
それまで大通りにいた大勢の人々は一斉に逃げ惑い、恐慌状態に陥った。悲鳴と泣き声と怒号がその場を支配する。
しかしその中心にありながら、美琴はちっとも動揺していなかった。
「うおっ、今何が起こったんだ? よく分かんなかったんだが」
「その割には冷静ですね。普通ならもっとあのように逃げ惑うと思うのですが、とミサカは更に冷静に判断を下します」
「いやー、俺はほぼ毎日テロに巻き込まれてるからなー。なんかもう慣れちゃったと言うか」
「あなたの不幸は本当に折り紙つきですね。それでもテロに慣れるのは流石におかしいと思いますが、とミサカはあなたの順応能力に舌を巻きます」
幸か不幸か騒ぎの中心に立っている彼らは、逃げ惑う人々にぶつかられるということもなくのんびりと会話することができていた。
あっちが勝手にこちらを避けて行ってくれるのだ。
普通に考えて、あんな反撃を行った超能力者のそばになんか近づきたくないからだろう。
実際、騒ぎの中心が美琴でなければ、上条だって一目散に逃げ出していたはずだ。
「まーたテロリストかしら。まったく嫌になっちゃうわね、毎日毎日毎日毎日……。よく飽きないもんだわ」
「まあ彼らはそれが仕事のようなものですから、とミサカは傍迷惑なテロリストに呆れます」
「つーか、あんな反撃しちゃって大丈夫なのか? 流石にあれ死んじゃったんじゃ……」
「失礼ね、ちゃんと加減してるわよ。て言うかあんな特殊弾頭持ち出してくるくらいなんだから、駆動鎧(パワードスーツ)くらい着てるでしょ」
詰まらなそうに言いながら、美琴は頬に掛かった髪を後ろへとはらう。
そして彼女は、ふと自身の左手に目をやった。
「それにしたって限度ってもんが……」
「ああああああああ!!」
「うお!? ど、どうした!?」
唐突に悲鳴を上げた美琴に、上条が何事かと驚いて駆け寄った。
上条はわなわなと震えている小さな肩にぽんと手を置くと、美琴は涙目になりながらゆっくりと振り返る。
「お、おい、大丈夫か?」
「あああああ……、ひどい、ひどすぎる……。わ、私の……クレープ……」
「……はあ?」
上条は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
見やれば、確かに先程まで彼女がかぶりつかんとしていた巨大クレープがその手の中でぐちゃぐちゃになってしまっている。
が、まさかこの状況でそんなことを気にしているとは思わなかった。
「ううっ、超電磁砲の応用で砲弾を飛ばした時につい力んじゃったから……。楽しみにしてたのに……」 - 282 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:36:49.70 ID:qCEAQfQo
「待て待て、今はそんなことを気にしてる場合じゃないだろ!? さっさと逃げるぞ!」
「うるっさいわね! アンタには私の気持ちなんか分からないわよ! 私がどれだけこのクレープを楽しみにしてたか分かる!?
ちょっと前に雑誌で見かけたんだけど、この辺りはあんまり来れないからなかなか食べれなかったの! それがやっと食べれるって思ったのに!
あのテロリストども……、絶対に許さん!!」
それでも美琴は最早クリームの塊と化してしまったクレープを握りしめながら、未だかつてないほど激しく放電した。
美琴のすぐそばにいたばっかりにその煽りを喰らいそうになった上条は咄嗟に右手で電撃を打ち消すと、必死に美琴と距離を取った。
しばらく放電をし続けてやっと気が済んだのか、彼女は放電をやめるとぜえぜえと肩で息をしながらも全力で叫んだ。
「あーもう、絶対に成敗してやるわ! て言うかアンタ、右手が邪魔だから何とかしてくんない?」
「んな無茶な!」
「地面に手を付けてくれるだけで良いわ。それがあると電磁波が乱れちゃうのよ」
美琴は電撃使い故に、微弱な電磁波を常に発し続けている。
そしてその電磁波の反射波を察知して障害物をサーチすることができるのだが、上条の右手があるとその電磁波を打ち消されてしまうのだ。
そのあたりの仕組みをきちんと理解している上条は、衝撃でぼろぼろになっている地面に右手をついた。
「これで良いか?」
「オッケー。あと、アンタはこの状況じゃ役立たずなんだから、出来るだけその姿勢を保ったまま逃げなさい」
「馬鹿言え。こんなところにお前だけ置いて行けるか」
「アンタ、誰に向かってそんな口聞いてるの? 私はねえ……」
その時、電気が弾ける音がした。
同時に美琴は眼を見開くと、先程よりかは幾分か抑え込まれた、しかし十二分に強力な電撃を全方位に放つ。
すると、複数の場所から美琴を狙撃したのであろう銃弾がすべて弾き飛ばされた。
「超能力者の第三位、『超電磁砲』よ? この程度でどうにかされるわけないじゃない」
「だ、だからってなあ……」
「うっさいわね、邪魔だって言ってんの。その右手も邪魔だし、話し掛けられると集中の邪魔」
あまりにもキッパリと戦力外通告をされて落ち込んでいる上条を尻目に、美琴は集中の為に目を閉じた。
どちらにしろ、このままここにいるだけではらちが明かない。
相手の攻撃はすべて無効化することができるが、この距離では美琴の攻撃は相手に届かないのだ。
……そんなのは、まったくもって面白くない。
(銃弾の軌道から狙撃手の位置を逆算。電磁波を増幅、サーチ範囲の拡大と指向性の追加。逆算した狙撃手の位置にサーチを集中)
すると、美琴は閉じていた眼をゆっくりと開いてニヤリと笑う。
ちょうど美琴の顔が見える位置に立っていた上条は、その顔を見て背筋が冷たくなった。
「さあ、今度はこっちの手番よ。この私に喧嘩を売ることがどれだけ愚かなことか、骨の髄まで理解させてやるわ」- 283 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:37:23.55 ID:qCEAQfQo
「……お前、まさか」
「まさかじゃないわ、さっき宣言したじゃない。テロリストを倒しに行く」
「お、お前本当に馬鹿だろ!? こんなの警備員に任せときゃ良いんだよ! 俺たち子供が関わって良いような事件じゃねえ!」
「残念ね。私、売られた喧嘩は買う主義なの。でも安心しなさい、アンタを巻き込むつもりはないから。
もちろん、安全な場所まで送ってあげるくらいのことはしてあげるわ」
「あのなあ……」
それでも何かを言い返そうとして、上条はふと違和感に気付いた。
こういう時に真っ先に文句を言いそうな一方通行と、姉を諭してくれるだろう御坂妹がまったく口を出してこないのだ。
それに気付いた上条が慌てて周囲を見回してみたが、そこには誰の姿もない。二人は何処にもいなかった。
「あれ? 一方通行と御坂妹……、は?」
「知らない。あの子たちはアンタと違って頭が良いから、危険を察知してさっさと逃げたんじゃないの?」
「い、いや、そんなはずは……。て言うか御坂妹なんかさっきまで一緒に喋ってたのに……」
「……ま、確かに妙ね。いくら緊急事態とは言え、アンタを見捨てて逃げるなんて」
二人ともそんな薄情者ではないことを知っている美琴も、訝しげな表情を浮かべる。
確かに普通の人ならば一も二も無く逃げ出してしまうような状況だが、残念ながらあの二人は『普通の人』のカテゴリには当てはまらない。
だから、何かよっぽどのことが無ければこの場からいなくなってしまうというようなことは無い筈なのだが。
「まさか、何かあったんじゃ……」
「……私ほどじゃないとは言え、あの子たちもかなり強いわ。ちょっとやそっとでどうにかなるとは思えない、けど……」
何でもないような口調で言いながら、しかし美琴はすうっと目を細めた。
そして彼女は上条に背を向けると、電磁波によってサーチした狙撃手の居場所へ歩いて行こうとする。
「アンタは気付かなかっただろうけど、今の砲撃は明らかに私たちを狙ったものだったわ。
最初は馬鹿なテロリストが見せしめに超能力者の私を処刑しようとしたんだと思ってたけど、もしかしたら狙いはあの二人だったのかも。
もしくは、そのどちらかね。
一方通行は明らかに厄介な事情を抱えるみたいだったし、妹も……、まあ、ちょっと特殊なのよ。
だから砲撃以前に私たちのそばに既に何者かが潜んでいて、砲撃のどさくさに紛れて誘拐されたって線も考えられる。
自分で言うのもなんだけど、私は結構有名人だし、その私相手に金属製の特殊弾頭で砲撃なんて不自然だもの。
普通、電撃使い相手に防がれるのが分かり切ってる金属製の武器で攻撃する? これじゃ、殺す気が無かったとしか思えないわ。
で、殺す気が無いのにあんなに派手な砲撃をする理由は? ってなると、やっぱり陽動か目くらまししか考えられないのよね。
実際、私は砲撃と狙撃への対処に気を取られて二人の失踪に気が付かなかったわけだし」
「ちょ、待て待て待て待て! 話についていけないんだが」- 284 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:37:59.42 ID:qCEAQfQo
「……とにかく、二人が危ないかもしれないってこと。
あの子たちが本気を出したらどれくらい強いのか知らないけど、特殊弾頭から推測した相手の装備を考えた限りは結構ヤバいと思う。
一方通行はレベル3、妹は鍛えてると言ってもレベル2だし。
……だから、私はそれも含めてテロリストたちに話を聞きに行くことにするわ」
美琴はまるで睨むようにちらりと背後の上条に目をやると、すたすたと歩いて行ってしまう。
目まぐるしい展開に茫然としていた上条ははっと我に返ると、足早に去ろうとする美琴の後を慌てて追いかけた。
―――――
『案の定一部の馬鹿が暴走しました、とミサカ10032号は状況を報告します』
『既に連絡はこちらにも来ています、とミサカ10039号は通達します』
『大規模な事件ですが、何故か警備員は少数しか配置されていないようです、とミサカ10854号は疑問を呈します』
『当たり前です。上層部が事件の本質を露呈させない為に手を回したのでしょう、とミサカ16770号は質問に対する推論を述べます』
『ミサカ10044号、ミサカ14002号、ミサカ18820号、ミサカ10774号、現場に到着しました、とミサカ10044号は加勢する意を表明します』
『感謝します。現場の付近にいる妹達も加勢に来ていただけると助かります、とミサカ10062号はお願いします』
『了解。今からそちらに向かいます、とミサカ14458号は希望に沿う旨を伝えます』
『こちらも今そちらに向かっているところです、とミサカ19002号も加勢に参加します』
ミサカネットワーク。
御坂美琴の体細胞クローンである『妹達』の形成する脳波ネットワークの中で会話しながら、御坂妹は隠し持っていた銃を組み立てていた。
いつかこうなることは予測できていた。だから御坂妹は、いつでもこうした事態に対処できるように準備していたのだ。
『でもでも、相手はミサカたちより遥かに上等な装備をもったプロの戦闘員なんでしょ? そんなの相手に戦って、本当に大丈夫なの?
ってミサカはミサカは心配してみる』
『その辺りは大丈夫です。この襲撃を行っているのは、絶対に『実験』を成功させたいと思っているマッドサイエンティストですから。
『実験』に必要不可欠な『妹達』を無闇に傷つけることはできません、とミサカ10032号は悪知恵を働かせます』
『それでもミサカたちは量産可能なんだから、別に良いやって思っちゃう人もいるんじゃ……ってミサカはミサカは懸念を表してみる』
『ミサカたちにはそれぞれ『実験』に最適な状態になるよう調整が施されていますし、あの人も今のミサカたちに合わせて体調管理されていました。
ですので、もはや『実験』にとってミサカたちは代替可能な消耗品ではないのです。
そしてそこを逆手に取ります、とミサカ10032号は綿密な計算の末の行動であることを明かします』
『それなら良いんだけど……、無理しないでね、ってミサカはミサカは何もできない自分を悔いてみる……』- 285 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:38:38.52 ID:qCEAQfQo
『ええ、何も問題ありません。
それでは、現場に到着した妹達は所定の位置について待機、奴らが来たら応戦してください、とミサカ10032号は指示を飛ばします』
『了解しました。こちらではまだ動きがありません、とミサカ14002号は思いのほか暇なことに安心します』
『こちらは既に駆動鎧を視認しました。予想よりも数が多いのでできれば応援をお願いします、とミサカ10230号は要請します』
『ではこちらからそちらに何人か送ります。どうかそれまで持ち堪えてください、とミサカ10117号は要請に応じます』
御坂妹のもとにも、ミサカネットワークを通して何処かで戦っている妹達の様子が伝わってくる。
殺されることは無いにしても、相応の怪我は覚悟しなければならない。
御坂妹は組み立て終えた銃を小脇に抱えて立ち上がると、これから駆動鎧たちがやって来るであろう方向を見据えた。
彼女はまだ、たった一人だった。
『……それよりも、気付いたら既に彼が姿を消していたことが気になります、とミサカ10032号は先程の出来事を回想します』
『うん……。あの人は勘が良いから、たぶんすぐに気が付いたんだよ。
だから巻き込まない為にその場から離れたんだね、ってミサカはミサカは推測してみる』
『大方その通りでしょう。
まったく、記憶が無くなっても何でも一人で抱え込む悪い癖は治っていないようですね、とミサカ10032号は呆れてものも言えません』
『あの人、大丈夫かな……ってミサカはミサカは俯いてみる』
『……彼の能力はもうだいぶ戻っているようですし、垣根帝督や木原数多が出てこない限りは大丈夫でしょう。
それより、彼の位置はまだまったく掴めていませんか? とミサカ10032号は尋ねます』
『うん、ミサカネットワークに流されて来る情報を統合して分析してるんだけど、全然。
あの人が能力を使って動いてるなら、位置の特定はかなり難しいと思う、ってミサカはミサカは自分の無力さを嘆いてみる』
『全力で飛び回っている彼は殆どテレポーターみたいなものですから無理もありません、とミサカ10032号は上位個体を慰めます』
『ありがとう、ごめんね、ってミサカはミサカは謝ってみる』
『その程度で謝るなんて、あなたらしくもない。気にし過ぎですよ、とミサカ10032号は指摘します。
……と、こちらもこれから少々忙しくなりそうなのでネットワークを切断しますね、とミサカ10032号は戦闘態勢に入ります』
『う、うん。気を付けてね、ってミサカはミサカは戦場に赴く下位個体を見送ってみる』
いつになく不安そうな声色で言う打ち止めの言葉を聞いて御坂妹は僅かに微笑むと、それを最後にネットワークを完全に切断した。
目の前には、無数の駆動鎧。
しかし彼女の背後にも、いつの間にやら応援に駆け付けてくれた何人もの妹達が立っていた。
「さあ、愚か者に裁きの鉄槌を下しましょう、とミサカは戦闘開始を宣言します」
―――――- 286 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:40:10.25 ID:qCEAQfQo
御坂が気付かなかったら。
御坂が反応できなかったら。
御坂が対応してくれなかったら。
そんなifを考えるたびに、ぞっとした。
そうならなくて本当に良かったと、心から思った。
……そうならないように、気を付けていたつもりだった。
だけど、甘かった。あまりにも甘すぎた。
これが最後だなんて、なんてひどい我儘だろう。
結局巻き込んだ。危うく殺しかけた。実際、自分だけでは守れなかった。
御坂が居なかったら、死んでいた。
(やっぱり、駄目だった。駄目だったンだ。駄目だ。駄目なンだ)
否定的な言葉の羅列。そんなものばかりが彼を支配する。心が千々に掻き乱される。
しかしそんな中で、頭だけは何故かいやに冷静だった。
これからどうするべきなのか、何をするべきなのか。それらすべてを冷徹に計算して、これから行うべき行動を組み上げていく。
だから彼は、一方通行は、能力を駆使して全力で駆ける。
少しでも早く、彼らから遠ざかる為に。
少しでも早く、奴らを駆逐する為に。
. . .. . . .
(初撃の軌道から狙撃手の位置は割り出せた。御坂が反撃はしたが、アイツの言う通り死ンではいねェ)
ビルの屋上から屋上へ飛び移りながら移動していた一方通行は、やがてとあるビルを目の前にして足を止めた。
そこは、最初に彼らに砲弾を放った駆動鎧たちがいるはずのビルだ。
実際、美琴の反撃の所為で、ビルの一角が完全に破壊されている。
一方通行は何を考えているのか分からない瞳でそこを見上げると、しかし特に何も思うことなく地面を蹴って飛び上がった。
『!? も、目標がF-3に到達!』
『確保、確保だ! 何が何でも捕らえろ!』
その屋上の淵に降り立った途端に聞こえてきた駆動鎧たちの声を、一方通行はまるで他人事のように聞いていた。
いや、実際それは他人事だった。
……こんな駆動鎧風情が、今の彼を捕らえられるはずがなかったから。
「よォ。随分好き放題暴れまくってくれたなァ?」
自分でも聞いたことがないくらい残虐な声だった。
その声に、それまで忙しなく動き回っていた駆動鎧たちが蛇に睨まれた蛙のように凍り付く。
実に、実に愚かしいことに、駆動鎧たちはこの時になって漸くこの少年の恐ろしさを理解したのだった。
そしてそれは、あまりにも遅過ぎた。- 287 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:42:03.01 ID:qCEAQfQo
「あは。ちょうど、俺も暴れてェと思ってたところなンだ。オマエら、わざわざ俺に喧嘩売りに来たんだろォ?
相手してやるから、俺の『遊び』にも少し付き合えよ」
そうだ。
敵の攻撃から彼らを守りきることが難しいなら、彼らを攻撃しようとする奴らをすべて叩いて潰せば良いんだ。
徹底的に徹底的に徹底的に蹂躙する。
そして、こんな馬鹿なことをしようだなんて二度と思わせない。
その為にも、不安の芽は全部摘んでしまおう。
全部全部全部全部全部全部全部全部。
「……生まれてきたことを、後悔させてやる」
それは、死刑宣告。
いや、死刑宣告よりももっと恐ろしい宣誓だった。
―――――
「ったく、馬鹿なことしやがって」
傍らにいる『反対派』の妹達からミサカネットワークの状況の報告を受けながら、垣根は呆れたように呟いた。
彼らのいる研究所も騒然としている。
いつもはこの部屋で『実験』の準備や垣根のサポートを行っている木原も、この時ばかりは出払っていた。
「まったくもってその通りです、とミサカも同意します」
「こんな無茶なことばっかしやがって、アイツら本当に実験を続けたいと思ってるのか? まさか対抗勢力が紛れ込んでるんじゃないだろうな」
「その可能性は薄いと思われます。対抗勢力の類は先日あなたたちが強襲したばかりですので、あちらもかなり慎重に出方を窺っています。
ですので今更対抗勢力がこのような無謀なことをするとは思えません、とミサカはあなたの推測を否定します」
「そんなの俺も分かってるっつーの。研究者どもがあまりにも馬鹿だから揶揄しただけだよ」
ぐだっと机に突っ伏しながら、垣根はひらひらと手を振った。
垣根もなんだかんだ言って研究者に振り回される側の人間であるので、この展開には辟易しているようだ。
そんな彼を見ながら、『反対派』の妹達はちょこんと首を傾げる。
「……ところで、あなたは止めに行かなくていいのですか? 『実験』が中止されたらあなたも困るはずです、とミサカは疑問を投げ掛けます」
「そう言うお前はどうなんだよ。今はほかの妹達とも利害が一致してるはずだろ、協力してやれば?」
「いえ。『推進派』の妹達は『反対派』の妹達よりも圧倒的多数です。
今更『反対派』のミサカたちが出て行ったところで大した戦力にはなりません、とミサカは冷静に状況を分析します」- 288 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:42:44.03 ID:qCEAQfQo
「ふーん。ま、俺も似たようなもんさ」
「……似たようなもの、とは? あなたは超能力者の第二位。あなたならばこの下らない騒ぎも一瞬で収められると思われますが、
とミサカはあなたの言葉に疑問を呈します」
「疑問も何も、そのままの意味さ。俺がいてもいなくても、この騒ぎはすぐに収束するってこと」
「…………?」
垣根がそう答えても、妹達は理解できないというように眉根に皺を寄せるばかりだ。
そんな彼女を見て垣根は悪戯っぽく笑うと、机から身を起こして今度は椅子の背中にもたれ掛かった。
「じきに分かるさ。能力の大半を失っているとは言え、学園都市の第一位を本気で怒らせたら一体どうなるのか。
あの馬鹿どもはそれを知る良い機会だ。それに、これに懲りたら研究者どもももう二度と無闇にアイツに手を出そうなんて思わなくなる。
一石二鳥ってやつだ」
「……、何となく分かりました、とミサカは納得します」
「それに、アイツには例の『お姉様』も付いてるんだろ? まさに鬼に金棒だ。何時間持つか楽しみだな?」
まるでその時が待ち遠しくて堪らないとでもいうように、垣根は愉しそうに笑う。
本来であるならば仲間であるはずの研究者たちが、後悔と絶望に顔を歪めているのを見るのが楽しみで仕方がないのだ。
「それにしても、この事件の所為で『実験』が中止にならなければいいのですが、とミサカは懸念します」
「そうだな、そこだけが気掛かりだ。何せあの学園都市統括理事長が直々に手を出すなって命令を下したのに、それをガン無視だからな。
キレて『実験』を中止にするとか言い出されたら一巻の終わり。アレイスターの沸点がそれほど低くないことを祈るばかりだ」- 289 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2010/12/30(木) 00:43:16.25 ID:qCEAQfQo
「……その場合、ミサカたちはどうなるのでしょうか? とミサカは不安に駆られます」
. .
「……さあな。まあ、予定通りに処理されるんじゃねえのか? 可哀想だが」
「………………」
その言葉に、妹達は黙りこくって俯いてしまった。
そんな彼女を見て垣根は困ったように頭をがしがしと掻き毟ると、わざと明るい調子の声を出す。
「あー、それにしても木原も気の毒にな。今回の事件には何にも関係ねえのに、『実験』の私設部隊の指揮官だからって駆り出されて。
『猟犬部隊』の隊長なんかやってなかったらそんな面倒な仕事押し付けられずに済んだだろうに、つくづく災難なおっさんだよ」
「……恐らく『実験』の私設部隊はこれで全滅してしまうでしょうから、以降は『猟犬部隊』がそれに代替することになるでしょう。
その手続きでもさせられているのではないでしょうか、とミサカは推測します」
「うお、こうやって聞くと本当に災難だな……。つーか、仮にも暗部組織をそんなことに使って良いのかよ」
「なんだかんだ言って木原数多は許可するでしょうし、この『実験』は統括理事会の肝入りですから上層部も嫌とは言わないでしょう。
それに、あなただって似たようなものなのでは? とミサカは指摘します」
「あー、まあそれもそうだな。今更か」
どうでも良さそうに言いながら、垣根は椅子の背凭れに更に強く体重を掛けて天井を見上げる。
そのままの体勢で顔だけをパソコンの方に向ければ、ちょうど警備員のサーバーからハッキングした情報が更新されたところだった。
そうして画面に映し出されたのは、『無数の駆動鎧の惨殺死体を発見』という文章。
そしてそれを見た垣根は、薄く昏い微笑を浮かべた。
「ともあれ、この事件の行く末がどうなるか。楽しみだ」- 318 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:26:33.50 ID:6HfT1jco
時は、垣根と『反対派』の妹達が会話していた時刻よりも少々遡る。
場所は、とあるビルの屋上。
乾いた風の音だけが木霊するその屋上には、たった一人の少年だけが立っていた。
彼の足下に転がっている無数の血だるま達は、ただ一人を除いてすべて息絶えている。
そして辛うじて生き長らえている最後の一人も、今まさにその生涯を閉じようとしていた。
けれど。
「どォしてオマエを生かしてあるのか、分かるよなァ?」
この血の海の中にあってなおその白を保ち続けている少年は、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す男の髪を引っ掴んで持ち上げた。
抵抗なくぶら下がる男の顔を眼前まで持ってくると、彼はにこりと冷たい笑みを浮かべる。
「これだけのことを仕出かすンだ、まさかこれで全員ってワケじゃねェだろ? ……他の連中の居場所、教えろ」
「ぃ、ひぃ……」
「声が出せねェ振りなンかしてンじゃねェぞ。わざわざちゃァンと喋れるよォに気を付けながら踏み潰してやったンだからなァ?」
下手な誤魔化しは通用しない。この少年は、すべてを見抜いている。
抵抗する力も逃走する力も既に失われてしまっていた。四肢が潰されてしまっていて、まともに手足が動かないからだ。
とは言え、例え万全の状態だったとしても、彼から逃げ切ることなどできなかったがろうが。
「……わ、分かった、教える……、だか、だから、助けて……」
「あァ? そンな詰まんねェこと聞きたくて訊いたンじゃねェよ。ホラ、さっさと吐け」
「え、A-5……、A-5、に、追撃班が……」
「暗号で言われても分からねェよ。具体的な場所を言え」
「地図……、隊長が、暗号の書かれた地図を持ってる……、それを見れば……」
それを聞いた少年は男を適当に放り投げると、既に屍と化した、ひときわ強固な装備に身を固めた男のもとへと歩いて行く。
そしてその懐をまさぐり、それらしい紙を取り出した。
酷い殺し方をした所為で地図はだいぶ血に汚れてしまっていたが、読めない程ではない。
「ふゥン、これか。……なるほど、これがありゃ一発だな。で、他の班は?」
「ぅ、うう……」
「誤魔化そォと思うなよ? オマエらの規模は大体の予測がついてる。オマエの仲間の居場所、洗いざらい吐いて貰うからなァ」
ぎろりと睨まれた男は、まるでその真っ赤な瞳に縫い止められてしまったかのように凍りついた。
そして途切れ途切れになりながらも、ぽつりぽつりと全ての部隊の待機しているポイントを明かしていく。
少年は、それを一字一句も漏らさずに記憶しながら地図を参照していった。
「それで全部か。……騙しやがったら承知しねェぞ」- 319 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:28:24.52 ID:6HfT1jco
「分か、ってる……、だから、もう……」
「……あァ、そォだったな。もォ死ンで良いぞ」
あまりにもあっさりとした、死刑宣告。
しかもまるで何でもないように言うものだから、男は暫らくその意味が理解できずに茫然としてしまった。
けれどそんな男の意志を問わずに、少年は一瞬の躊躇いもなく右手を真横に振り抜いた。
べちゃり、と湿った音が響く。
たったそれだけ。たったそれだけで、男はその一生を終えた。
少年は男の死体を蹴って血の海に沈めると、地図で目的地の方角を確認してからその場を去ろうとする。
しかしその時、それまで雑音ばかり吐き出していた無線機からノイズが消え、唐突にクリアな音質の声が聞こえてきた。
『ふー、やーっと片付いたわ。でもこれたぶん他のところにもいるのよね? 面倒くさーっ!』
『だからさあ、あとは警備員に任せて帰ろうって言ってるだろ? なんか装備を見るにマジでヤバそうだし、やめといたほうが良いって』
『この美琴センセーの辞書に妥協という二文字は存在しない! 徹底的に叩き潰してやるわ』
『でも、他の奴らが何処にいるのか分からないんじゃ叩き潰しようが……』
『それくらい、警備員のサーバーをハッキングすれば余裕よ、余裕。ちょーどそこにノーパソあるし。
あ、バレてもコイツらの所為ってことで』
『黒ッ!? この子真っ黒だ!!』
彼の大切な、大好きな、優しい少年と少女の声。
けれどその声が、今の彼の耳に届くことはなかった。
―――――
しんと静まり返った廃ビルの中に、カタカタとノートパソコンのキーを叩く音だけが響いている。
パソコンの画面を覗き込んでいるのは、二人の子供。御坂美琴と上条当麻だ。
美琴は上条の制止も聞かずに隊長らしい男のそばに置いてあったノートパソコンを操作して、警備員のサーバーをハッキングしているのだ。
「うーん、何かそれっぽい事件が多すぎてどれがどれだかさっぱりだわ……。ったく、最近ホントにテロ多すぎでしょ」
「ほっ。じゃあ諦めて……」
「お、ここなんか当たりじゃないかしら。さっき狙撃されたときに逆算した位置にピッタリ」
「……ですよねー」- 320 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:30:58.59 ID:6HfT1jco
美琴の言葉に、上条はがっくりと肩を落とす。……とは言っても、上条はもう既に美琴を止めることを諦めてしまっているのだが。
もちろん最初の内は彼もなんとかして美琴を止めようと頑張っていたのだが、
その内にさっさとコイツらを懲らしめて美琴の気を晴らしてやった方が手っ取り早いことに気が付いたのだ。
そして、それは正しかった。
「て言うか、アンタ何でついてきてんの? ぶっちゃけ戦力外なんだけど」
「自覚があるとはいえ、そうもハッキリと言われると傷付くな……」
「自覚があるなら尚更よ。いくら私でも、いつまでもアンタを守りながら戦い続けられるとは限らないのよ?
実際、今までだってアンタのその右手が邪魔になったことが何度かあったんだから。その右手さえ何とかなれば良いんだけどね」
「……まあ、その辺は俺も覚悟を決めてるよ。自分の身くらいは自分で守るさ。それでも、どうしてもお前を放っておけないんだよ」
すると、美琴が僅かに上条から顔をそむけた。
しかしそれはあまりにも小さな動作だったので、上条は彼女のその行動自体にさえ気付かないままパソコンの画面を眺め続けていた。
そして暫らく無言が続いたが、やがてハッキングが終了したのか美琴がすっくと立ち上がる。
どうやら美琴は本気ですべての罪をこの駆動鎧たちの所為にしてしまうつもりらしく、
パソコンはその場に放置、しかも警備員のサーバーにつないでいる状態のままという鬼畜っぷりだ。完全に罪をなすりつけようとしている。
「……ま、どうしても付いてきたいって言うなら私は止めないわ。命の保証はしないけどね」
「分かってるって。これが自己責任ってことくらい、な」
「そう、なら良いんだけど。……それじゃ行くわよ」
美琴はぷいっと上条に背を向けると、足早に階段の方へと歩いて行こうとする。
上条は慌ててその後に付いて行きながら、足下に転がっている駆動鎧たちを見やった。
彼らはみんな美琴の電撃によって昏倒させられているものの、命を落とした者や後遺症が残るほどの怪我を負った者は一人もいない。
それらはすべて、絶妙な手加減を可能としている美琴のお陰だ。
それでもまともに電撃を喰らっているのだから間違いなく非常に痛い思いはしただろうが、言ってしまえばたったそれだけで済んだのだ。
だから彼らは、とても幸運だった。
けれど当然、彼らはたったそれだけで済ませてくれた美琴に感謝などしない。
そして、彼らの不幸はそこから始まった。
気絶していたはずの隊長らしき男が、美琴たちが去って行ってしまった後にむくりと起き上がり、懐から無線機を取り出したのだ。
そして男は怒りと憎しみに満ち溢れた表情で、補給班に命令しようとする。
「こちら追撃班。至急電撃使い用の装備を用意しろ! そうだ、超電磁砲用だ。それから一緒にいる男の方にも攻撃しろ。
男の方は何もして来ないだろうが、知ったことか。歯向かって来る奴らはすべて殺せ! これを他の班にも通達して同様の対応を……」- 321 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:35:30.40 ID:6HfT1jco
しかしその男は、最後まで言い切ることができなかった。
声が出なかったのだ。
……こんなにも強い力で首を締め上げられれば、当然のことだが。
「あ、あぐ……!? あぐぜられーだ……!」
しかし少年は答えない。
それでも男は何かを言おうとして言葉を続けようとした、が、その時ぼきりと鈍く重い音がした。
途端、その身体から完全に力が失なわれ、男はまるで吊り下げられた人形のようになる。
白い少年は動かなくなった男を地面に叩き付けると、その手から滑り落ちた無線機を拾い上げる。
彼は落ちた拍子に切れてしまったのだろう通話機能をオンにすると、通信相手に向かって刻み付けるようにゆっくりとこう告げた。
「つ、ぎ、は、お、ま、え、だ」
―――――
もういくつのテロリストの拠点を壊滅させたのか、数えるのも億劫になってきた。
どうやら最初に美琴が推測した通りにこのテロリストたちの狙いは自分たちだったようで、テロリストの拠点は彼らが最初の砲撃を受けた場所を囲むようにして設置されていたのだ。
幸か不幸か……、否、上条にとっては間違いなく不幸なことに、そのお陰で彼らはとんとん拍子に拠点を襲撃することができた。
そして、警備員の収集した情報によれば今二人の目の前に聳え立っているこの廃屋で最後のはずだった。
警備員の行動記録の方はハッキングしていないので詳細は分からないのだが、どうやら警備員が精力的に働いてくれているようで、次々とテロリストの拠点が潰れていっているようなのだ。
この調子ならばわざわざ美琴たちが動かなくても大丈夫だったのではないか、という程に。
けれど自分の手で何とかしなければ気が済まないらしい美琴は、そんな情報を得ても一向にその足を止めることは無かった。
「さて、ここで最後ね。気合い入れて行くわよ」
「警備員が動いてくれているとは言え、この短時間で本当にテロ組織を壊滅させるとは……。やっぱ超能力者ってすげえ」
それなりにハードな戦いをもう何度も潜り抜けているのにも関わらず、美琴は未だに元気いっぱいといった様子だ。
対して、その後をついていくだけで特に何をしているでもない筈の上条はげっそりとした顔をしていた。
とは言え、ついて行っているだけとは言え彼はもう何度も命の危険に晒されている。
こんなことをしているのだから疲れるのも当然のことだし、彼も覚悟は決めていたのだが、やはり体力的によりも精神的にかなり参っているようだ。
「でも、正直私もびっくりしてるわ。こんなに簡単に片付いちゃうなんて。
こういう組織ってある程度統率が取れてるものだから、襲撃を受けたチームから連絡が行って対策立てられちゃうかなって思ってたんだけど、全然そんなことないし。
もっと苦戦すると思ってたから、私も拍子抜けよ」
「お、おい、そんなこと今まで一度も言ってなかったじゃねえか」
「訊かれなかったし、説明したところでアンタに何かができるわけじゃないでしょ? だから説明する必要が無いと思って」- 322 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:39:27.28 ID:6HfT1jco
「うぐ……。でも、今までは大丈夫だったからってこれからも大丈夫って保証はないんじゃないか?」
「そうね」
「そうねって……」
「まあ、アンタの意見は実に的を射てるわ。実際、ここの奴らは対策を立ててるみたいだし」
美琴があまりにも何でもないように言うので上条も危うくスルーしかけてしまったが、しばらく間を空けてから彼は驚愕の声を上げた。
すぐ近くで大声を出された美琴は驚いて耳を抑えたが、上条は構わずに捲し立てる。
「対策立てられてるって、分かってるのに今まさに踏み込もうとしてるのか!? 馬鹿か!」
「うっさいわね……。対策っても申し訳程度だし、全然問題ないわ。
こないだ遊園地に行ったときに鏡の館に設置されてたのと同じような簡易AIMジャマーが置かれてるだけよ。
並みの能力者なら危ないかもしれないけど、私ならちょっと能力が不安定になるだけだし」
「AIMジャマーって……、AIM拡散力場に干渉して暴走を誘発させることで相手に能力の使用を自制させるって兵器だろ? 万が一暴走したら……」
「だから、大丈夫だって言ってるでしょ? 超能力者なめんな」
美琴は不機嫌そうにそう吐き捨てると、必死で止めようとしてくる上条を振り払って廃屋の中へと踏み込んで行った。
ずんずん先に進んで行ってしまう美琴を見て、上条も仕方なくその後を追う。
廃屋の中は、閑散としていて何もない。
もともと本当に廃屋だった場所を勝手に使っているのか、内部は薄汚れていて雑草や蜘蛛の巣が放置されたままになっていた。
少し外から見ただけとかちょっと中を覗いてみただけでは、まさかこんな場所がテロリストの拠点になっているとは思えないような場所だ。
実際、美琴でさえ警備員のサーバーからハッキングした情報が無ければ見逃してしまいそうな場所だった。
しかし、二人は部屋に入った途端、明確な異常を感じ取る。
それは目に見えなかったが、特に気を付けていなくとも察知することができるほどに明らかなもの。
匂い、だった。
それも、ただの匂いではない。
血の匂いだった。
嗅いだことが無いくらい強烈な、咽返るほどの血の匂い。
目の前には一滴の血も落ちていないのに、血の匂いだけがそこに漂っていた。
「な、んだよ、これ……」
「……先客がいるのかしら。よっぽど大勢を殺したのか、よっぽど凄惨な殺し方をしたのか、あるいはその両方か。
とにかく、人死にを見る覚悟だけはしておきなさい」
美琴も酷い匂いに顔を顰めていたが、その足を止めようとはしなかった。
同じく、上条は美琴よりもずっと酷い顔をしているのにも関わらず、彼女の後を追うのをやめない。
そして二人は一通り一階を回ってみたが、一階には何も無いようだった。
しかし二階へと続く階段に近付いてみた途端、血の匂いが増す。
地獄は二階から始まっているらしい。二人は覚悟を決めると、ゆっくりと階段を登っていった。- 323 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:45:13.97 ID:6HfT1jco
幸いなことに―――結果的には、だが―――二階にもまともな明かりはついていなかった。
いや、もしかしたら『こう』なる前はちゃんとついていたのかもしれない。けれど、『こう』なる過程で破壊されてしまったのだろう。
暗闇の奥に見え隠れしている血の海から、美琴は苦い顔をして目を逸らした。
……覚悟はしていたが、これほどまでとは思わなかった。それ程までに凄惨な惨劇が、二人の目の前には広がっていた。
部屋には窓が無く、薄暗かったのが幸いして、二人は決定的なものを見ることなく壁伝いに先へと進んで行く。
この廃屋は三階。この様子を見る限り二階にいた人間は全滅しているだろうが、三階にはまだ誰かいるかもしれない。
だから、確認しなければならなかった。
二人は時折現れる壁に張り付いた死体を避け、目を逸らし、意識を向けないようにしながら、次の階段へと向かっていく。
当然ながら、彼らは終始無言だった。
気を紛らわす為に何かを喋ろうという気にもなれない。
そうして見つけた階段を、二人は慎重に登っていく。
もしこの上にこの惨劇を引き起こした犯人がいるとすれば、それは相当の実力者だ。
美琴でも、油断をすればただでは済まないかもしれない。
だから二人はせめて相手に自分たちの接近を悟られないように、必死で息を殺して足音を抑えながら先へと進んで行った。
そして、先頭に立っている美琴が最後の段に足を掛けようとした、その時。
扉が半開きになっている一番奥の部屋から、だあん、と何かを地面に叩き付けるような音が聞こえてきた。
誰かがいる。
二人は確信した。
誰かがいて、誰かを襲っている。
そして惨劇の続きを作り出そうとしている。
相手が如何にテロリストと言えど、あんなに酷い死体にされるのを黙って見ていることなんて、できない。
美琴は慎重に行かなければならないということも忘れて、全速力で駆けた。
そして、半開きになっていた扉を勢いよく押し開ける。
部屋に飛び込み、いつでも能力を発動させることができるように構えた。
……しかし。
そこにいたのは、地面に這いつくばって鼻や口の端から血を垂らしている見知らぬ男と。
白い髪に赤い瞳をした、彼女のよく知る少年だった。
「一方通行?」
思わず、美琴はその名を口にした。
少年が振り返る。
見間違えるはずもない。間違いなく一方通行だった。- 324 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:48:53.35 ID:6HfT1jco
一方通行は、驚いたような、嬉しそうな、苦しそうな、愉しそうな、悲しそうな、焦ったような、そんな様々な感情が綯い交ぜになった顔をする。
しかし、その表情の意味するところを、美琴は察することができなかった。
少し遅れて、上条も部屋に入ってくる。彼も、美琴と同じような反応をした。状況を理解できていなかった。
その時、両者に致命的な隙が生まれた。
そしてその大きな隙を、倒れている男は見逃さない。
男は懐から拳銃を取り出し、一瞬の迷いもなくその引き金を引いた。
狭い部屋に、銃声が反響する。
瞬間、一方通行は頬に鋭い痛みを感じた。同時に、どろりと暖かいものが頬を伝う感触も。
咄嗟に撃った所為でろくに狙いを定めていなかったからか、銃弾は男の想定していた軌道から大幅に逸れ、一方通行の頬を掠めるだけに終わった。
しかしそれを目の当たりにした美琴は激情に身を震わせ、その怒りのままに右手を振り抜く。
「ッに、してんのよ!!」
男がもう一度引き金を引くよりも早く、美琴の電撃が男の身体を貫いた。
彼女の放った目映い紫電は容赦なく男に突き刺さり、その意識を完全に闇の底に落とす。
だが、命までは奪っていない。
意識を失って地面に崩れ落ちていく男を、一方通行は茫然と眺めていた。
すると、一方通行は突然ぐいと腕を掴まれる。
痛いぐらいの力で腕を引っ張っているのは、美琴だった。
「ちょっとアンタ、大丈夫!? 怪我してないでしょうね!」
乱暴に腕を引っ掴んで一方通行の怪我の具合を確かめている美琴に、一方通行は曖昧な言葉を返した。
やがて美琴は一方通行に目立った外傷がないことを確認すると、ほうっと大きく息を吐く。
そして彼女は、先程まで馬鹿なことを考えていた自分をぶん殴りたくなった。
何を勘違いしていたのだろう。
当然だ、最初に自分が言ったのではないか。
一方通行は明らかに面倒な事情を抱えている。だから、何者かに狙われるようなことがあっても不思議ではないと。
だから彼は、多分ここに捕まっていただけなのだ。
それで何かの拍子に相手が隙を見せたから、反撃に転じて相手を殴り倒しただけ。
ちょうどその瞬間に、二人は立ち会ってしまった。
ただ、それだけのことなのだ。
美琴よりも何拍か遅れてやっと我に返った上条も彼女と同じ結論に至ったのか、慌てて駆け寄ってくる。
そして、俯きがちになっている一方通行の顔を見ながら心配そうな顔をした。
「すげえ顔色悪いぞ、本当に大丈夫か?」
「まったく、やっぱりこんなところに居たのね。
って言うかアンタ、そんなに顔色が悪いってことは能力使ったでしょ。AIMジャマーっぽいのが動いてるのに、ひどい無茶するわね。
しかもあんな装備を持ってる人間に生身で立ち向かおうとするなんて、無謀にもほどがあるわ」- 325 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:52:44.18 ID:6HfT1jco
「いやお前がそれを言うのか……」
「私は良いのよ、強いから。アンタはレベル3でしょ? その程度じゃ暴走する可能性だってあるんだから、気を付けてよね。
アンタは知らないかもしれないけど、AIMジャマーってのは暴走を誘発する装置なの。だからここで無理に能力を使うのは危ないのよ」
ぐちぐちと上条ばりの説教をしながら、美琴は常備しているらしい絆創膏を怪我した頬に張ってくれた。
一方通行の心配ばかりしている二人だが、彼らも相当顔色が悪い。
そんな二人を見たからか、一方通行は珍しく、そう、実に珍しいことに、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「そうそう、下の階に降りるときは気を付けてね。何かすごいことになってるから」
「軽く言うなあ……。まあ、とにかくお前も本当に気を付けてくれ。下の階、その……、大勢の人が皆殺しにされてて、酷い有様なんだ。
だから、できるだけ見ないようにして降りた方が良いと思う。
……それにしても、アレは誰がやったんだろう。数もそうだけど、普通の殺し方じゃなかったぞ」
「さあね。対抗組織か何かと相打ちになったか、内乱でも起こって自滅したかかないかしら。
そこの指揮官っぽいのは生きてたわけだから、二階の時点で全部止められちゃったみたいだけど。だけどあの様子じゃ、あの中に生き残りはいないんじゃないかしら」
「……、…………」
「さあ、そんなことよりさっさと帰りましょう。
軽傷だけど一方通行を看てもらわないと。そうそう、妹はさっき電話で連絡が来たから大丈夫みたい。だからアンタで最後なのよ」
「そうだな。あんまりこんなところに留まってるのも何だし……」
こんな気味の悪いところに長時間居座っている道理はない。
二人は無言の内に意見を一致させると、嫌なものを再び見てしまわないように気を付けながら部屋を出ようとする。
……しかし、何故か一方通行はそんな二人について行かず、じっと倒れている男を見つめていた。
そして彼はそっと男に近付いて行こうとしたが、直前でそれに気付いた美琴によって呼び止められてしまう。
「ちょっと、何してるのよ。早く行くわよ」
「あ、わ、悪ィ」
「もしかして、歩くの辛いか? 手を貸そうか」
「いや、大丈夫だ。そンな怪我してねェし」
「そうか?」
それでもなかなか歩いて来たがらない一方通行を不思議に思って上条が首を傾げると、彼は漸くこちらまで歩いてきてくれた。
上条たちが下階は血の海だと言って脅したから、躊躇っているのだろうか。
そんなことを考えながら、二人は一方通行を連れて階段へと続く廊下へと歩いて行った。- 326 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/04(火) 23:55:41.03 ID:6HfT1jco
……そして、彼らが廃屋を後にしてから暫らく経った頃。
窓の外から少女が一人、静かに侵入してきた。
様々な銃器や爆薬を携行し、簡素な装甲で身を固めているその少女は、御坂美琴にそっくりな顔をしていた。
ミサカ10032号。
御坂妹。
大きな怪我は負っていないものの、ところどころに小さな傷を無数に付けたその少女は、冷たい瞳で気絶している男を見下ろした。
「まったく、この程度で済ませてしまうなんて。お姉様はとんだ甘ちゃんですね、とミサカは溜め息をつきます。
まあお姉様はあくまでも一般人ですから、敵とは言え人間を殺せと言うのは酷な話ですが、とミサカは自分を納得させます」
その口調と表情は、平時と全く変わらない平然としたものだった。
そしてそのいつもと変わらない様子が、今の彼女の異様さを余計に引き立てている。
「……さて、ミサカはミサカの最後の仕事を遂行するとしましょうか」
ベルトで肩に引っ掛けられているサブマシンガンを、構えた。
その銃口を、倒れている男に向ける。
「お姉様が自分が殺してしまったと勘違いしないように、出来るだけ派手な死体にしなくてはなりません、とミサカは結論付けます」
そんな平坦な言葉とともに、サブマシンガンの引き金が引かれた。
殆ど爆音のような銃声が轟く。
そして、最後の生存者も血の海に沈んだ。- 336 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:04:54.63 ID:i3GUHzEo
『昨日の13時頃、第七学区で大規模なテロが発生しました。警備員の迅速な対応により事態は一時間程度で収束しましたが、
これに便乗してまた別のテロ組織が事件を発生させるのではないかという懸念が……』
学生寮の自宅で朝食を食べながら学校に行く準備をしていた上条は、ふと耳に入ってきたアナウンサーの声に顔を上げる。
ろくに見もしないのにつけっ放しにされていたテレビでやっていたのは、朝のニュースだった。
それも、つい先日上条たちが巻き込まれた事件について報道しているところだ。
現場の実況をしているらしいアナウンサーが、見覚えのある道路をうろうろと歩きながら何かを喋っている。
……アナウンサーが歩いているのは、上条たちが最初に砲撃を受けた場所。
美琴のお陰で直接の砲撃は受けなかったものの、彼女の力と砲弾の衝撃が周囲に与えた影響は深刻で、その場所には事件の爪痕が色濃く残っていた。
(こうして見てると、まるで他人事みたいだな)
テレビの中で事件について語り合っているニュースキャスターや解説者を見ていると、あの事件が何だかとても遠い出来事のように感じる。
けれどこの事件は、間違いなく彼らが深く関わってしまった事件だ。
それでも昨日見てしまったあの光景や体験は彼にとってあまりにも非現実的で、今でも実感が湧いてこない。
ともすれば、夢ではないのかと疑ってしまう程に。
(結局、あの後すぐにいつもの病院に行って、そのまま解散しちゃったんだよな。
あんな状況だったから仕方ないとは言え、折角の退院祝いだったのに。テロリストどもめ、余計なことばっかしやがって……)
当然ながら、あれからセブンスミストに行く余裕など無かった。
そもそも外出禁止令が施行されていたので外を歩くのも難しい状況だったし、実際自宅に帰るだけでもひと苦労だった。
何度も警備員に呼び止められて、その度に外にいる理由を説明しなければならなかったからだ。
それに、テロに遭った時を最後に御坂妹に会えていないのも気掛かりだった。
一応美琴の携帯には御坂妹から電話があり、その時の声はいつも通りだったので大丈夫だろうとは思うのだが……。
(……なーんか嫌な予感がするんだよなあ。何事も無ければ良いんだけど。
そうだ。明日は一方通行の退院日だし、学校帰りに病院に寄るか。
ビリビリや御坂妹も来てるかもしれないし、アイツらの元気な顔を見ればちょっとは気が晴れるだろ)
そんなことを考えながらベーコンエッグを麦茶で流し込んだ上条は、ベッドサイドに立て掛けておいた鞄を引っ掴む。
まだ少し早い時間だが、これから出会うことになるであろう不幸のことをを考えると、そろそろ家を出ないとバスに乗り遅れてしまうのだ。
上条はリモコンを操作して未だに例の事件について報道しているテレビを消すと、火の元を確認してから家を出る。
……そして、彼らの長い長い一日が始まった。
―――――- 337 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:05:38.74 ID:i3GUHzEo
常盤台中学の中庭。日当たりの良い場所に設置されている白いテーブルに突っ伏しながら、美琴は携帯電話を睨んでいた。
昨日、御坂妹からの最後の連絡があった携帯電話だ。
結局あれきり御坂妹に会えていない美琴は、昨日からずっと彼女のことを気をしていた。
どんな事情があるのかは知らないが、あんなことがあったのだから顔くらい見せに来てくれれば良いのに、と思いながら美琴が溜め息をついた、その時。
「お姉様、とミサカはドッキリの如く背後から呼び掛けてみます」
「にゃあっ!?」
突然後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返ってみれば、そこには御坂妹が立っていた。
こんなにも姉に心配を掛けておいて、彼女はいつもと変わらない平然とした表情でそこに佇んでいる。
「あ、アンタねえ。今までずっと何処行ってたのよ!? 電話しても全然出ないし、メールの返事は返って来ないし!
どんだけ心配したと思ってんの!?」
「おおう、突然の大声とデレにミサカは驚きを隠せません。と言うか連絡ならしたではありませんか、とミサカは指摘します」
「一方的に電話掛けてきて一方的に喋って一方的に切ったじゃない! ああいうのはまともな連絡とは言わないの!」
「そうなのですか。では以後気を付けることにします、とミサカは謝意を示します」
けれどもちっとも悪いとは思っていなさそうな顔で、御坂妹はぺこりと頭を下げた。
そんな彼女に呆れていると、美琴ははたと御坂妹の身体のところどころに小さな傷があることに気が付いた。
「……アンタ、その怪我どうしたの? まさか昨日のあれに巻き込まれたんじゃないでしょうね?」
「ああ、これはついさっきミサカのことをお姉様と勘違いした不逞の輩に絡まれただけですので、お気になさらず。
大した怪我ではありません、とミサカは疑いの眼差しを向けてくるお姉様に対して弁明します」
「ふーん……。それもあんまり良くないんだけど、まあ今回は不問にするわ。
って言うか、アンタ一体どうやってここまで入って来たのよ? ここ、一応常盤台の敷地内なんだけど」
「妹と言ったら通してくれました。
それに、きちんと通行許可も頂いてから来ていますので何の問題もありません、とミサカはここに至った経緯を説明します」
「ん? 『学舎の園』に入るには、そこの学校に通ってる生徒の紹介がない限り、かなり面倒で厳重な手続きが必要だったはずだけど……」
「まあ、ミサカにも色々なコネがありますので。それを利用しただけです、とミサカは意外と黒い一面を覗かせてみます」
「……なーんか疑念が拭えないんだけど、まあ良いわ。
とにかく、わざわざそこまでしてこんな所に来たからには何か用があるんでしょ? 言ってみなさい」
御坂妹の次の言葉を促す為に言ったつもりだったのだが、当の御坂妹はそれを聞いて何故かきょとんとした顔をした。
そんな彼女の表情を見て、美琴は顔を引き攣らせる。
「……まさかアンタ、何の用も無いのにわざわざこんな所まで来たって言うの?」- 338 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:06:06.36 ID:i3GUHzEo
「何の用も無かったというわけではありません。お姉様の顔を見に来ました、とミサカは目的を明かします」
「そういうのを何の用も無いって言うの! まったく、言ってくれれば私から申請してあげたのに……」
「お気遣い感謝します。ですが、ミサカはどうしても今すぐにお姉様のお顔を拝見したかったのです、とミサカは言い訳します」
「…………? まあ、とにかく今度からはあんまり変なことしないでよね。何かあったら私に言ってくれれば何とかしてあげるからさ」
「はい。ありがとうございます、とミサカはお姉様に感謝します」
御坂妹は不思議な微笑を浮かべながら、ぺこりと深く頭を下げる。
その時、ちょうど中庭に予鈴のチャイムが鳴り響いた。
これにて昼休みは終了、そろそろ教室に向かわなければ午後の授業に間に合わなくなってしまう。
「鐘が鳴ってしまいましたね。お姉様はこれから授業があるでしょうから、これにて失礼させて頂きます、とミサカは別れの挨拶をします」
「あ、うん、ごめんね。せっかく来てくれたのに。
そうだ、良かったら図書館かどっかで暇を潰して待っててよ。放課後に『学舎の園』を案内してあげるから」
「いえ、申し訳ありませんがこれから少し野暮用がありますので、ミサカももう行かなくてはならないのです、
とミサカは断腸の思いでお姉様のお誘いを辞退します」
「断腸って……。別に、今じゃなきゃ絶対駄目っていうわけじゃないんだから。今日が忙しいなら、また今度案内してあげるわ」
「……、ありがとうございます。では、ミサカはもう行きますね、とミサカは名残惜しげに手を振ります」
「うん、またね」
美琴も御坂妹に向かって手を振り返すと、本当に急いでいるのか彼女は小走りで去って行った。
そんなに忙しいのならなんでわざわざ自分なんかに会いに来たのだろう、と思いながら美琴は小さく首を傾げる。
……と、彼女ははっと自分の周囲に誰も居ないことに気が付いた。
もうすぐ授業が始まってしまうので、他の生徒たちはもうとっくに教室に帰ってしまったのだ。
授業に遅れては大変と、美琴も慌てて教室へと走って行った。
―――――
「珍しく機嫌が良いようですね、とミサカは目を丸くします」
とある資料に目を通しながら鼻歌を歌っている垣根を見て、『反対派』の妹達が珍しく己の感情を露わにしながらそう言った。
実際垣根はここ最近上層部から下った命令の所為でずっと不貞腐れていたので、機嫌の良い彼を見るのはとても久しぶりだったのだ。
「そう見えるか? まー色々良いことがあってなー」
「例の事件の所為で『実験』が中止にならずに済んだからですか? とミサカは上機嫌の理由を推測します」- 339 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:06:52.65 ID:i3GUHzEo
「あー、まあそれもあるかな」
曖昧な返事しかしない垣根に、妹達は首を傾げた。
彼女は『実験』は中断しないという報告を聞いたときは心から安堵したものだが、それが原因でないのならばなんだろう。
それに、彼女は最近『実験』に関することについて何か進展したという話も聞いていない。
とは言え、妹達は『実験』に関する情報における伝達の優先順位はかなり低いので、まだ聞いていないだけという可能性もあるのだが。
「では、何か個人的に良いことがあったのでしょうか、とミサカは推測を諦めます」
「いやいや、全然個人的じゃないぞ。お前にも関係あるし」
「ミサカにもですか? それはミサカがまだ知らないことでしょうか、とミサカは興味を示します」
「まあその様子を見るに、お前は知らないと思うぞ。お前にとっても良い話だろうし」
「ミサカにとっても良い話、ですか? とミサカはますます推測が難しくなってきました」
「ああ。ほら、これだよこれ」
気持ち悪いくらいにこにこ笑っている垣根が差し出してきたのは、先程彼自身が目を通していた資料。
資料とは言え、紙一枚だ。いや、資料と言うよりもこれは報告書だろうか。定型化された用紙の中に、短いメッセージだけが書いてある。
妹達はその紙に目を通すと、ほんの僅かに目を見開いた。
そんな彼女の反応を見て、垣根は満足そうににっこりと笑う。
「な? 良かっただろ」
「……ええ。と言うよりも、やっとですかという気持ちの方が強いですが、とミサカは苦々しい本心を暴露します」
「いやまったく。このまま行けば、他の妹達に出し抜かれちまうところだったからな。それだけは絶対に阻止しなきゃなんねえ」
「ここからはこちらの手番ということですか、とミサカは不敵に微笑みます」
「おお。こっから漸く本番ってところか」
言いながら、垣根は妹達から紙を受け取った。
そしてその紙を再度じっと見つめながら、彼は低い声でその内容を読み上げる。
「捕縛行動の再開日時が決定。被験者『一方通行』が退院を目的に病院を出た瞬間を以て、捕縛行動の再開を許可するものとする。
具体的な日程は明日……、いや、アイツの性格を考えれば今夜だな」
愉しそうに笑う垣根が手を放すと、ひらりと紙が宙を舞う。
冷たい床に落ちた紙は、ただ無機質な文字を掲げているだけだった。
―――――- 340 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:07:28.81 ID:i3GUHzEo
最初は、小走り。
次に、普通の速度で走り。
最後には、全速力。
美琴と別れた御坂妹は、まるで何かを振り切るようにして力の限りに走っていた。
残りの体力など気にしない。
ただ、ひたすらに走り続ける。
決して振り返ってはいけない。
振り返れば、きっと躊躇ってしまうから。未練を残してしまうから。
『良かったの? ってミサカはミサカは下位個体に問い掛けてみる』
『あなたですか。上位個体権限を濫用して勝手にミサカと感覚共有を図るのは如何なものかと思いますが、とミサカは冷たく指摘します』
『うん。悪いとは思ったんだけど、ミサカも最後にお姉様の顔を見たかったから、ってミサカはミサカは言い訳してみる』
『……そうですか。まあ、あなたはミサカたちの中でも最も難しい立場にいますからね。
今回は特別に見逃してあげます、とミサカは己の懐の広さをアピールします』
『ありがと。でも、欲を言えばお姉様に『学舎の園』を案内してもらって欲しかったな、ってミサカはミサカは欲張ってみる。
他のミサカたちも頑張ってくれてるから、もう少しのんびりしてても良かったのに』
『ミサカだけが良い思いをして、他の妹達に仕事をさせるわけにはいきません。
それに、先日の襲撃の所為で大勢の妹達が負傷してしまいました。
幸い死者は出ませんでしたが、それでも明日……、いや、今夜の戦闘には大きな影響が出てしまうでしょう。
それを埋める為にも、今動けるミサカたちが最大限の準備をして、少しでも作戦の成功率を上げなければなりません、
とミサカは正直余裕が無いことを露わにします』
『……そっか。ミサカはここで応援することしかできないけど、頑張ってね。ってミサカはミサカは下位個体にエールを送ってみる』
『ええ。あなたの仕事はそこでじっとしていることですから、決して下手なことはしないように、とミサカは念を押します』
『分かってるってば。流石のミサカだって、この局面で自分勝手なことをするほど子供じゃないよ、ってミサカはミサカはむくれてみたり』
『冗談です。それでは作戦の成功を祈っていてください、とミサカは上位個体にお願いします』
『うん、任せて。ってミサカはミサカは下位個体の依頼を請け負ってみる』
そして、御坂妹は打ち止めとの通信を終了する。
タイムリミットまで、あと少し。
けれどずっと前から入念に準備を進めてきたお陰で、今更焦るようなことは何もない。
だが。
これが成功すれば。
彼を救えれば。
『実験』が中止されれば。
すべてが、終わってしまえば。- 341 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:08:03.09 ID:i3GUHzEo
そうなれば、彼女たちはもう用済みだ。
生きている価値さえ失われる。
そしてきっと、利用するだけ利用された果てに処分されることになるだろう。
それこそ人形のように使い捨てられて、焼却炉に放り込まれるだけ。
……たまに、どうしてこんなことをしているんだろう、と思うことがある。
彼に、ここまでしてやる義理は無い筈だ。
彼に記憶が戻り、すべてが正しい場所に戻ってくれれば、彼女たちはそれで救われる。
楽に殺してもらうことができる。
しかし、彼女はそれを否定する。
あの頃に戻ることの方が、何よりも恐ろしかったから。
すべてが黒く塗り潰されていた、あの頃に。
だから彼女たちは、どうしても彼を見捨てることができなかった。
ここで見捨ててしまったら、死んだその先もずっとずっと後悔することになると思った。
……彼だけを地獄の底に叩き落としておいて、自分たちだけ助かろうなんて。
(それでも彼は、大丈夫だと言ってくれた。気にするなと頭を撫でてくれた)
どこをどう見たって、大丈夫なんかじゃなかったのに。
大丈夫なところなんて、一つもなかったのに。
壊れてしまう寸前だったのに。
それでも、彼はぎこちない笑顔を浮かべて。
彼女たちを救う覚悟を決めた。
(……まあ、だからこそ見捨てられなかったわけですが、とミサカは苦笑いを浮かべます)
見捨てることができないくらい大切になってしまったのは、果たして幸福なことだったのか、不幸なことだったのか。
そんな感情を抱かなければ彼女たちは間違いなく楽に死ねただろうが、
代わりに訳も分からないままに殺されるだけの、無為な命になってしまっていただろう。
だから彼女には、それが幸福なのか不幸なのか分からなかった。
(これが最後の仕事になるでしょうね、とミサカは感慨深く思います)
そして目的地に達した彼女は、既にそこで待機していた妹達と合流した。
彼女たちは御坂妹と志を同じくし、これから起こるであろう戦闘に備えて集まり、準備を進めてくれていた仲間たちだ。
御坂妹は無言のまま彼女たちとの意思疎通を終え、最後の仕事に取り掛かった。
―――――- 342 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:08:30.87 ID:i3GUHzEo
何となく何をする気にもなれなくて、美琴は壊れた自販機が置いてある公園をふらふらしていた。
御坂妹のことが気になっているのだろうな、と美琴は自己分析する。
昨日あんなことがあったのと、ほんの少しだけ彼女の様子がおかしかったからだろうか。
こういう時は共通の知り合いである一方通行や上条に相談するのが一番なのだろうが、美琴は何故か何となくそうする気になれなかった。
(私ってば、何がしたいんだか)
自問するが、当然答えなど返ってこない。
とは言え、誰かに尋ねたところでまともな答えが返ってくることもないだろう。
何もする気が起きないし、もう帰ってしまおうかな、と美琴が踵を返そうとした、その時。
彼女の視界の端に、見覚えのある影が映った。
(……あれは)
上条当麻、だった。
スーパーに向かっているらしい彼は、学生鞄を肩に引っ掛けながら足早に歩いている。
そう言えば月曜日は卵が安いとか言っていた気がするので、たぶん今からそれを買いに行くところなのだろう。
最近は一方通行や御坂妹を交えてほぼ毎日顔を合わせている相手ではあるが、こうして偶然街中で出会うのは割と久しぶりだった。
……だからだろうか。久しぶりにやってやろうという気になってしまったのは。
「上条当麻!!」
「へっ?」
突然大声で自分の名前を呼ばれた上条は、驚いて思わずそんな間の抜けた声を上げてしまった。
だが、彼がそんな声を出してしまうのも無理はない。
何故なら振り返ったその先には、能力全開で仁王立ちしている超能力者の第三位の姿があったから。- 343 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/07(金) 23:09:00.11 ID:i3GUHzEo
「ちょ、ビリビリさん? 何でこんな所でそんなにビリビリしていらっしゃるのでしょうか?」
「ふふふ……。ここで偶然会ったのも何かの縁。久しぶりに私と勝負しなさい!」
「いやいやいやいや、何を言っていらっしゃるんですか? 超能力者のお前に無能力者の俺が敵うわけが……」
「右手一本でこの私の攻撃をいとも簡単に消し去る奴が何言ってるのよ。今日という今日は相手してもらうわよ!!」
「で、でも上条さんにはこれから特売という名の非常に大事な用事があってですね……」
「なら、勝負してくれたら付き合ってあげるわよ。私はアンタと勝負できる、アンタはお一人様数量限定の特売品を二人分ゲットできる。
ほら、利害が一致してるじゃない」
「いやだから無理ですって! 上条さんは凶悪なテロリストをたった一人で制圧できるような人となんか勝負したくありません!!
っていうわけで、じゃあな!」
「あっ、コラ待ちなさい! 逃げるなー!!」
脱兎の如く駆け出した上条を、美琴が全速力で追い掛ける。
万が一に備えていつでも右手を突き出せるように気を配りながら疾走する上条と、
彼が一瞬でも立ち止まろうものならすぐさま攻撃できるように電気を纏ったまま走る美琴。
こうして、二人のリアル鬼ごっこが開幕した。- 359 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:07:38.54 ID:7cnr1jFTo
- カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
静かな病室に、時計の針が動く音だけが響く。
時刻は、23時59分。
間もなく一日が終了してしまう時間。
しかし時を刻む時計はそれを名残惜しく思うことなく、ただ淡々と針を進めるのみ。
そして。
カチリ。
長針と短針が重なり、すべての針が時計の頂点を指した。
それは、一日が終了した合図。
学園都市が火曜日の午前零時を迎えた音。
病室のベッドで横になっていた一方通行は、その音と共にぱちりと目を開くと仕掛け時計の人形のように機械的な動きで身を起こした。
そして彼は、いつもの手術衣から外出用の洋服に着替え始める。
着るのは、外出の時にいつも着ていた思い出深い服。
あの時結局セブンスミストに行くことができなかったので、これくらいしか外出用の服を持っていないのだ。
やがて着替えが完了してしまうと、彼は荷物の確認を始める。
入院した時は身一つだったし、買い物もあまりしなかったので、鞄の中には殆どものが入っていなかった。
替えの服と全財産を入れた財布、そしてことあるごとに撮らされた写真とプリクラの貼られた携帯電話。
鞄の中に入っているものといえば、そのくらいだった。
あとは上条や美琴がくれると言って置いていってくれた本が何冊かあったが、それらはすべて置いて行くことにした。
最後の確認も済ませてしまい、一方通行は軽い鞄を肩に引っ掛ける。
そして彼は、病室の窓を全開にした。
今夜出て行くことをできるだけ多くの人間に悟られたくないので、窓から飛び降りて脱出することにしたのだ。
けれどその前に学園都市を見納めておこうと思い、じっと外の景色を眺めていた、その時。
「残念だったね?」
聞き慣れた声に振り返ってみれば、そこには冥土帰しが立っていた。
真っ暗闇に包まれた病室に、白衣が浮かぶように映えている。
「彼らのことだから、今日もお見舞いに来てくれるかと思ったんだけどね? まさか最後の日に会えないなんて、君も彼らも運が悪い」
「……構わねェよ。アイツらにもアイツらの事情がある。つゥか、ノックぐらいしろよ。悪趣味だな」
「ああ、それは悪かったね? でも、そんなことをすれば君はあっという間に逃げてしまうだろうと思ったんだよ」
「分かってンなら、わざわざ話し掛けに来ンじゃねェよ。やり辛ェな」
一方通行が悪態をついても、冥土帰しは曖昧に笑うだけだ。
彼は、冥土帰しのこういうところが苦手だった。
そして結局、この日を迎えるまでにその苦手意識を克服することはできなかった。 - 360 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:08:29.29 ID:7cnr1jFTo
「本当に、これで最後なんだよ? 寂しくはないのかい?」
「しつけェぞ。それに、見送られたら見送られたで行きづらくなるだけだろォが」
「……そうか。それじゃ、気を付けて行くんだよ? くれぐれも無茶はしないようにね?」
「分かってるっつゥの、ったく……。じゃあな」
「ああ。身体に気を付けて」
一方通行は軽く手を振ると、窓枠に足を引っ掛ける。
途端、ざあと一際強い風が吹いてきて、病室の中の空気を冷やした。
カーテンが風に揺れ、白い髪が靡く。
外の景色を見つめたまま振り返らない一方通行の表情を窺うことは、できなかった。
「……ありがとう」
風の音に掻き消えてしまいそうなほど、か細い声だった。
冥土帰しは珍しく驚いた顔をし、そして何かを言おうと口を開いたが、その前に一方通行は窓から飛び降りてしまう。
結局何も言うことができなかった冥土帰しは、それを見送りながら少し暗い顔をして呟いた。
「……気を付けるんだよ、一方通行」
―――――- 361 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:10:20.37 ID:7cnr1jFTo
- 走る。走る。走る。
何処へ向かえば良いのか、どうして走っているのか。今は何もかもがはっきりしていて、だから少年はひたすらに走り続ける。
追跡者はまだいない。
しかしすぐに現れることになるだろうと、彼は予想していた。
その時。
どおん、と真横で鼓膜が破れるかと思うほどの爆音が轟いた。
いや、『反射』を使って許容量以上の音を遮断しておかなければ、間違いなく深刻なダメージを負っていただろう。
爆発そのものは最初から反射設定に含んでいることは相手も知っているはずなので、
それではダメージを与えられないと見て音での攻撃に切り替えてきたのだろうが、念のために反射設定を変更しておいて助かった。
続いて今度は目くらましの為にか閃光弾のようなものが至近距離で炸裂したが、これも反射設定に入れていたので何とか凌ぐことができた。
相手は自分の能力についてよく予習してきたようだ。
いずれも、少し前の彼であったなら防げない攻撃だっただろうから。
(にしても、随分と洗練されてやがる。一昨日の連中とは大違いだな。
俺の能力については勿論として、行動パターンや考え方、果ては性格までよォく把握してるみてェじゃねェか)
そこまで思考して、しかし彼はそれ以上考えるのをやめた。
変な予想を立てたところで、何の意味もない。
それに、対策を立てるにしても限界がある。現に、追跡者たちの攻撃は今のところ一つも彼に通用していなかった。
しかし、追っ手を撒く為にランダムに迂回しながら走っているはずなのに、その先々で待ち伏せしている奴らがいるのが気になった。
まるで彼の心を読んでいるかのようだ。
一瞬読心系か透視系の能力者がいるのかとも思ったが、それにしては準備が良すぎる。
その場で心を読むなり透視するなりした程度では、こんなに早く動けるはずがない。
こっちはその都度気まぐれに逃走ルートを変えているというのに、相手は最初から彼の通る道をすべて把握しているようで気味が悪かった。
樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)だって、ここまで正確な予測はできないんじゃないだろうか。
(まァ、いくら正確に予測をしようが対策を立てようが、関係ねェか)
飛んでくる様々な攻撃をものともせず、一方通行は走り続ける。
この分なら何の問題もなく逃げ切れそうだ、と彼が安堵した瞬間、一際大きな爆発が起こって彼の視界を遮った。
だが、こんな煙幕など彼の前では何の意味もない。
彼はすぐさま風を操り、周囲を覆っていた煙幕を吹き飛ばそうとする。
「そう簡単に逃げ切れると思うなよ、一方通行」
だんだんと晴れてゆく煙幕の向こう側に、背の高い男のシルエットが見えた。
やがて煙幕の向こうから姿を現したその男は、警備員のような装備で身を固めている他の人間たちの中にあって異色な存在だった。
何故なら、その男はこの状況で何故か装備らしい装備を殆ど身に付けていなかったから。
唯一身に付けている装備は、両手にはめた機械でできたグローブのようなもののみ。
他に身に付けているものと言えば、とてもではないが防御力など期待できそうにない白衣などのただの衣服くらいのものだった。
にも関わらず、その男は圧倒的な威圧感と存在感でもって一方通行の前に立ちはだかっている。
正直、理解に苦しむ光景だった。
(……どォいうつもりだ? いったいどンな勝算があって……) - 362 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:12:24.66 ID:7cnr1jFTo
しかし、その男は一方通行に思考する暇を与えなかった。
男は力強く地面を蹴り、一瞬で彼との距離を詰める。
けれどやはり、一方通行には男の行動が理解できない。
こんなことをしたところで、彼の能力である『反射』に阻まれて自分が怪我を負う、だけ―――
の、はずだった。
ごがん、と言う音が頭の中で響いた気がした。
頭を思いっ切り殴られたのだ。
油断していた所為でまともにその攻撃を喰らってしまった一方通行は、無様によろけて倒れてしまう。
「…………!?」
能力で電気信号と身体能力の調整を行い、彼は男が次の手を出してくる前に素早く体勢を整えた。
『反射』は間違いなく正常に機能している。
にも関わらず、殴られた。まったく意味が分からない。
「ったく、散々手間ァ掛けさせやがって。クソガキが」
意味は分からない……が、だからといってこんなところで立ち止まっていられない。
考えろ。考えて、この場を切り抜けなければならない。
どうしようもない状況に追い込まれたのはこれが初めてではないのだから、いちいち戸惑うな。最初の頃よりかは遥かにマシだ。
だから彼は、思考する。まだちゃんと能力が使えなかった頃に、そうしていたように。
……装備を見るに、あの男の攻撃手段は上条と同じで接近戦のみ。
背後には何人もの武装した人間がいるが、攻撃してこないのを見るにアレは自分に通用する武器ではないのだろう。
ならば、近付かれないように距離を取れば良い。
攻撃手段が「殴る」しかないのならば、それをさせないように立ち回れば良いだけのこと。
「お前の考えてることなんかお見通しだっての、バーカ」
「!?」
突然背後から聞こえてきた声に、一方通行は反射的に前へと踏み込んだ。
しかし間に合わずに、後頭部に重い衝撃が走る。
再び倒れてしまいそうになるがギリギリのところで重心を安定させ、背後を振り返るがそこには既に誰も居なかった。
「な、ン……」
「おっせえ」
背中に鋭く手刀が食い込み、彼は再び地面に叩き付けられる。
ちょうど心臓のある位置だったので、鼓動が一瞬おかしくなったように錯覚した。
いや、この男は的確に彼を気絶させに掛かっている。
わざとそういう攻撃を仕掛けてきているのだろう、人体の急所を正確に把握していた。
攻撃されるたびに能力で衝撃を緩和していなければ、とっくに立てなくなっていたに違いない。
(ど、ォいうことだ? こっちは身体強化に電気信号の高速化までしてるってのに、生身でそれを上回って……!?)
「不思議そうな顔してやがるなあ。ま、種明かしすりゃあ大したことねえことなんだがな」- 363 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:15:18.60 ID:7cnr1jFTo
言いながら、男が腕まくりをした。
そして露わになった腕には、何か包帯のようなものが巻かれてある。
ずっと病院暮らしをしていた一方通行は、それに見覚えがあった。
「発条包帯(ハードテーピング)……!?」
「んー、ほぼ正解ってとこか。これはその改良版だ。発条包帯よりも出力が落ちる代わりに、肉体への負担を極限まで抑えてるってわけだ」
発条包帯とは、駆動鎧に搭載されている身体強化を行う機能のみを取り出したような装備なのだが、
駆動鎧のように身体的プロテクトが存在しない為に使用者に多大な負担をもたらし、高機動だと肉離れを起こしてしまうという代物だ。
また、それ故に警備員の試験運用からも落ちてしまった欠陥品なのだが、まさか実用段階まで改良されているとは。
「チッ……」
「おいおい、させると思うのか?」
身体を動かそうとしたが、男は立ち上がることさえ許さずに彼の首を蹴った。
衝撃に息が詰まるが、それでも先程殴られた時ほどの衝撃ではない。足では上手く攻撃できない、のだろうか?
朦朧としながら男の顔を見上げれば、僅かながら苦悶の表情を浮かべていた。
「クソ、記憶喪失の所為で自分だけの現実(パーソナルリアリティ)と思考パターンが微妙に変質してやがるのか?
マイクロマニピュレータを装備してねぇ足じゃきついか」
「……?」
独り言だったので非常に聞き取りにくいぼそぼそとした声だったが、それでも一方通行はその言葉を聞き取ることができた。
マイクロマニピュレータ。あのグローブ。
あれさえ破壊すれば、活路を見出すことができるか。
一方通行は倒れたまま演算を開始する。
途端、強風が吹き荒れて男を吹き飛ばした。
だが男はこれさえも予測していたのか、綺麗に地面に着地するとすぐさま距離を取っているであろう一方通行に近付こうとする。
しかし。
一方通行に接近する必要はなかった。
何故なら、彼は既に男の目の前にまで迫っていたから。
「ッ、らァ!」
一方通行は、男が右手に装備しているマイクロマニピュレータに向かって拳を放つ。
いや、殴る、という表現は正しくないかもしれない。
マイクロマニピュレータは、一方通行が触れた瞬間にバラバラに砕け散ったのだ。
そして彼は、マイクロマニピュレータを破壊した勢いのまま、全力で男の拳を殴りつける。
ごきりと確かな手応えがして、男の指が変な方向に折れ曲がった。
「チッ、クソガキが……!」- 364 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:17:35.96 ID:7cnr1jFTo
男は怯まず、左手で一方通行に殴りかかる。
側頭部を強打され一瞬意識を持って行かれそうになるが、何とか耐え切った。
彼は再び風を操作し、今度は風の刃でマイクロマニピュレータを引き裂く。
すると、男は今度こそ悔しそうな表情を浮かべた。
「このッ……、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
しかし男は、風の刃の余波を喰らって血塗れになった左手で攻撃してくる。
マイクロマニピュレータを破壊したお陰か、やはり威力は落ちているがそれでもそれなりのダメージは喰らう。
けれど、それは相手も同じこと。
どういう理屈かは分からないが、男もマイクロマニピュレータなしで一方通行に攻撃するとダメージを負うらしい。
ほんの僅かだったが、引き裂かれた傷口が悪化していた。
だが、それでも一方通行の劣勢は変わらない。
一方通行は漸く男の両手にダメージを与えることができただけなのにも関わらず、彼は気絶寸前だ。
少しでも気を抜けば、今にも倒れてしまうだろう。
これは彼自身の責任ではないのだが、ただでさえ多くはない体力が病院生活で更に低下しているのが祟ってしまった。
流石に、これ以上ダメージを負うのはまずい。
「しっかし、ひどい弱体化具合だ。『反射』もそうだが、出力もガタ落ちしてやがるな。以前の十分の一もねえとは。
こんなんで『実験』なんか続けられんのかねえ」
「オマエ、は……」
「記憶喪失前のお前なら、この程度軽くあしらえただろうに。ひでえ話だ」
「……知ってるのか。俺のことを」
「……ああ。大人しくついてくる気があるってんなら、教えてやっても良いけどなあ」
「却下だ。誰が、オマエらなンかに……」
「そうかい。ま、今のお前の意志なんか関係ねえ」
言い終わるが早いか、男が凄まじいスピードで接近してきた。
しかし、一方通行も素早く地面を蹴ってそれを回避する。空を切った拳を見て、男が小さく舌打ちした。
だが、このまま戦いを続けるのはあまりにも無謀だ。
そこまで戦闘慣れしている訳ではない一方通行ではあの男を倒すのは難しいだろうし、そもそも体力がギリギリなのでこれ以上戦っていられない。
よって、この場で取るべき手は一つ。
(柄じゃねェが、逃げるが勝ち!)
こちらの様子を窺っていた男を完全に無視して、一方通行は能力全開で逃げ出した。
速度ではあの男には劣るが、建物の上まで行ってしまえばこっちのものだ。
流石に高低差までは男も対応できないし、他の武装兵たちによる遠距離攻撃では彼にダメージは与えられない。
ちらりと背後を振り返ってみれば、あの男がこっちがビックリするくらい呆けた顔で自分を見上げているのが見えた。- 365 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:19:11.31 ID:7cnr1jFTo
「あ、あの野郎逃げやがった!? あの一方通行が!?」
(どの一方通行だよバーカ)
やはりあの男は彼のことをよく知っているようだが、生憎こっちは記憶喪失だ。
お前の知っている一方通行と同じだとは思わないで頂きたい。
勝てないと思ったら迷わず逃げる。無茶ばかりする上条に説教した時も挙げた、あまりにも有り触れた「身を守る方法」だ。
そんな当たり前のこともできないと思われているなんて、以前の自分は一体どんな人物だったのだろうか。
昔の自分に興味が無いわけでもなかったが、今はそんな余計なことをしている場合ではない。
優先順位を取り違えてはならないのだ。
とにかく、あの男が呆けている隙に少しでも距離を稼がなければ。
「くそ、オイさっさと車を回せ! 予測逃走ルートに先回りを……」
「そんなことは超させませんよ」
完全に、不意打ちだった。
少女の声が聞こえたと思ったら、頭部に衝撃を感じて身体が吹っ飛んだ。
直感で防御したお陰で気絶は防いだが、ちょっと当たり所が悪ければ死にかねない程の威力だ。当然、相当のダメージを負ってしまう。
それでも男は何とか受け身を取って立ち上がると、自分をぶん殴った少女を睨みつけた。
「どーも。超お久しぶりですね、木原数多」
「テメェ、絹旗最愛……!」
「私だけじゃありませんけどね」
まるで少女の声を合図にしたかのように、男の背後で爆発が起こった。
背後に控えていた武装兵たちが爆風を受けて吹き飛び、地面や壁に叩き付けられ、炎に煽られて火傷を負う。
そして立ち上る黒煙の中から、一人の少女が姿を現した。
「結局、私に掛かればこんなもんって訳よ」
金色の長い髪にベレー帽を被った、外人の少女だった。
右手に工具のようなもの、左手にはこの状況にはまるでそぐわないとても愛くるしいぬいぐるみを抱えている。
しかし、どう見てもただの子供にしか見えないこの少女たちの登場に、男は顔を歪めた。
「テメェら、自分たちが何してるのか分かってんのか?」
「超分かってますとも。分かってなけりゃこんなことしやしません」
「結局、私たちは妹達につくことにしたって訳。ってことで、楽しい楽しいバトルの時間でーす♪」
金髪の少女が、すべての指に挟んだ工具を一斉に地面に向かって投げる。
綺麗に地面に突き立った工具は、いつの間にか地面に張り巡らされていた白いテープに導火線のように着火する。
数秒の間も置かず複数の場所で爆発が起こり、再び武装兵たちが吹き飛ばされた。- 366 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:21:11.91 ID:7cnr1jFTo
「チッ、余計なことしやがって。今回ばっかりは流石に容赦しねえぞ」
「それは超こちらの台詞です。再起不能になっても恨まないで下さいよ」
「もー、爆弾で死人が出ないように調整するのって難しいのに」
口調は軽いが、その瞳は互いに真剣そのもの。
各々相手の出方を窺い、数秒の沈黙と睨み合いが続く。
そして、戦いの火蓋は切って落とされた。
―――――
「まさか彼女たちがこちらに付いてくれるとは夢にも思いませんでした、とミサカは驚きつつも安堵します」
とある装置の準備をしていた御坂妹は、一緒にいる妹達に向かってか、それとも独り言なのか、そんなことを呟いた。
そんな彼女と共に作業を進めている一人の妹達は、御坂妹の顔を見て少し考えてからこう返した。
「そうですね。ですが、ミサカたちにしても彼女たちにしても、彼のことを大切に思っているのは同じでした。
こうなる可能性もゼロではありませんでしたので、ミサカはそれほど驚いてはいません、とミサカは個人的な感想を述べます」
「それもそうですね。とは言え、直接そう尋ねたところで彼女たちは否定するでしょうが、とミサカは天邪鬼な彼女たちの顔を思い浮かべます」
「でしょうね。ともあれ、そんな彼女たちと敵対せずに済んだのは喜ばしいことです、とミサカは……あっ、やべ」
「ちょ、あなた何してるんですか。これもの凄い貴重な装置なんですから取り扱いには注意してください、とミサカは厳重注意します」
「も、申し訳ありません。不注意でした、とミサカは素直に謝罪します」
珍しく語気を荒げた御坂妹に、妹達は小さくなって頭を下げた。
しかし、彼女が怒るのも当然だ。
この装置は非常に貴重で、方々に手を尽くしてもたった一台しか用意できなかった上に、この作戦において必要不可欠なものだったから。
もしこんなしょうもないことでうっかり壊してしまおうものなら、他の妹達に合わせる顔が無い。- 367 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/14(金) 13:22:30.13 ID:7cnr1jFTo
「今回は修復可能ですので不問としますが、本当に気を付けてくださいよ、とミサカは重ねて忠告します」
「重々承知しています。うう、重要な仕事を任されたのは良いものの、失敗ばかりで挫けそうです、とミサカは泣き言を言います……」
「これから気を付ければ良いのです。もうすぐこの作業も終了するのですからもう少し頑張りなさい、とミサカは励ましの言葉を掛けます」
「ありがとうございます。これも彼の為なのですから頑張ります、とミサカは自らを奮起させます」
一時は自信を無くしてしまっていた妹達だったが、そんなことをしている場合ではないのだということを思い出して無理矢理に立ち直る。
彼女は特に『彼』に対して好意を示している個体なので、思い直すのも早かった。
ちなみに、冥土帰しと直接交渉して彼が『外』で生活できるように頼み込んでくれたのも彼女だ。
そうして御坂妹は、立ち直った彼女と共に作業を進めていく。
とは言え、必要な準備の殆どは前もって行われているので、あとは最後の仕上げだけ。
よって、作業が終了するのにもそう時間は掛からなかった。
「……さてと、これでこちらの準備は完了です。あなたも離れた方が良いですよ、とミサカは注意を促します」
「分かりました。これは効果圏外に出てから遠隔操作で起動させるのですか? とミサカは確認を取ります」
「いえ、時間がありませんので今すぐに起動させてしまいます。
能力を全解除した方が良いでしょう、とミサカはネットワークからも切断してしまうことを推奨します」
「そうですね。……ではミサカ10032号、装置の起動をお願いします、とミサカは切断完了を通知します」
「了解しました、とミサカも了承します」
妹達の言葉を受けて、御坂妹が装置に接続されたノートパソコンの前に座り込んだ。
そして彼女は、ノートパソコンのエンターキーを押す。
途端、装置に付いているランプがすべて灯って小さな起動音を立てた。起動した証拠として、彼女たちにも気持ち悪い感覚が纏わりつき始める。
「AIMジャマー、起動完了」- 377 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/28(金) 02:30:02.22 ID:jMvwQYeBo
「妹達め、まさかAIMジャマーまで持ち出してくるとは……。本気すぎるだろ」
て言うかどっから持ってきやがったんだよなどと愚痴りながら、垣根帝督は彼らしくもなく地に足を付けて駆け回っていた。
いつものように空を飛んでいないのは、ひとえに彼女たちの持ち出してきたAIMジャマーの所為だ。
だが、これでも暗部の小組織を率いている身。
携帯していた武器を用いて何とか彼女たちを退けることはできたものの、未だにAIMジャマーの効果圏内から出られていない。
(念の為に武装しておいて助かったな。まさか本当に使うことになるとは思わなかったが)
絶対に暴走しない程度に最小限の能力は辛うじて使えるものの、それでもあの数の妹達をすべて撒くのは骨が折れた。
とは言え、一方通行を取り逃がしたらしい木原からの情報によると、彼らを妨害する者は妹達の他にもまだまだいるようだったが……。
(それにしても、まさかアイツらがあっちに付くとはな。アイツはもっと合理的に物事を考えられる奴だと思ってたんだが)
とある少女の顔を思い浮かべながら、垣根はやれやれと首を振った。
確かに彼女たちは強大な力を持ってはいるが、それでもそれは垣根の持っている力の足元にも及ばない。
たとえ彼女たちが束になって掛かってきたところで、彼の敵ではないのだ。
まあ、今回のように能力がろくに使えないような状況にあるならば話は別だが……。
(っと、やっとAIMジャマーの効果圏内を抜けたか。能力は……)
ぐだぐだと考え事をしながら走っている内に、今までずっと身体中に纏わり付いていた気持ち悪い感覚が消え去っていた。
それを確認した彼が試しに能力を展開してみると、何の問題もなく三対の白い翼を発現させることができた。
さしもの妹達も、本物のAIMジャマーは一つだけしか用意することができなかったようだ。
この、たった一つのAIMジャマーから逃れることさえできれば、あとはこっちのもの。垣根は安堵からか、僅かに笑顔を浮かべた。
(よし、大丈夫だな。あとは木原から送られてきた予測逃走ルートを参考にアイツを追跡するだけ……)
そして垣根が懐から携帯端末を取り出し、望むデータを表示させようとした、瞬間。
何の前触れもなく唐突に、携帯端末のディスプレイ部分が消失した。
その不思議な現象に、垣根は表情を引き攣らせる。
彼はこのトンデモ不思議現象に、凄まじく心当たりがあったのだ。
「オイオイオイ、マジかよ……。この局面で出てくるか? 普通」
もはやただのゴミと化してしまった携帯端末をポイ捨てしながら、垣根は盛大に溜め息をついた。
すると、背後からコツコツと誰かが近付いてくる足音が聞こえてくる。
それも、二人分。
「ひっさしぶりだねえ、メルヘン野郎。元気だったかにゃー?」
「大丈夫だよかきね、私はそんなメルヘンなかきねを応援してる」
この状況にそぐわない軽い調子で喋りながら、二人の少女が姿を現した。
一人は、茶色い長髪を靡かせた背の高い少女、超能力者の第四位『原子崩し(メルトダウナー)』麦野沈利。
一人は、黒い髪にピンクのジャージを着た少女、大能力者(レベル4)の『能力追跡(AIMストーカー)』滝壺理后。
どちらも、垣根にとって見覚えのある少女たちだった。
「応援してるなら見逃してくれよ」
「コラ滝壺、こんな奴応援しなくて良いの」- 378 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/28(金) 02:32:23.25 ID:jMvwQYeBo
「わかった。ごめんねかきね、今のかきねは応援できない」
「ひでえ……」
大袈裟に肩を竦めて見せながら、垣根は彼女たちの方に向き直った。
彼女たちは、暗部の小組織『アイテム』に属する戦闘員だ。
『上』からの命令によって、学園都市統括理事会を含む上層部や自分たちと同じ暗部組織の暴走を阻止することを主な業務としている。
しかし彼女たちは、今回に限っては極めて個人的な理由によってその力を振るっていた。
「しっかし、まさかお前がこんなことをするなんてなあ。意外だ」
「うるっせえなあ。私だって、らしくねえことしてるのは分かってるっつうの。ま、本音を言うとテメェと逆の目に張ってみたかっただけなんだけどねえ」
「ああ、なるほど。納得がいったわ。つーか俺嫌われ過ぎだろ。何これイジメ?」
「むぎのは素直じゃない。……色んな意味で」
「それはどういう意味かな、滝壺ちゃーん?」
「……とにかく、ここは通してあげられない」
「無理矢理本題に入ろうとするなよ……」
相変わらずマイペースな二人に、垣根が呆れた顔をする。
……まあ、もしこれが高度な時間稼ぎなのだとしたら素直に拍手してやるが。
「だが、お前らが俺に敵うとでも思ってんのか? 自分で言うのもなんだが、無謀だぞ」
「あらあら、自信たっぷりねえ。ま、そういう態度を取ってくれてた方が潰し甲斐があるってもんだけど。
……滝壺」
「うん、分かってる」
滝壺が頷くと同時に、麦野は彼女に向かって小さなケースのようなものを投げた。
垣根は、あれが何なのか知っている。
「オイ、お前……」
「最近使ってなかったから、ちゃんとできるか分からないけど」
「……悪いわね」
滝壺は投げられたケースを受け取ると、その中に入っていた白い粉を微量だけ手の甲に降り掛ける。
そして手の甲に載せられたそれを、ほんの少し舌で舐めとった。
途端、滝壺の目が見開かれる。それまでぼうっとしていただけだった彼女の雰囲気が一変する。
それは、彼女が能力を発動する合図。
能力を暴走させることによって、初めて彼女の能力は発動する。- 379 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/28(金) 02:33:37.87 ID:jMvwQYeBo
「……マジかよ」
「大マジよ。流石のテメェでも、能力を乗っ取られりゃあひとたまりもねえだろ」
「かきね。……本気で行かせてもらうよ。ごめんね」
滝壺の周囲で渦巻いていたAIMが、唸りを上げて垣根に襲い掛かる。
しかし、垣根は大人しく屈しない。
無理矢理に能力を発動させ、滝壺の能力が完成してしまう前にその発動を阻止しようとする。
だが、当然麦野がそれを見逃すはずもない。
それどころか、彼女は滝壺の能力によって垣根の能力が不安定になった一瞬の隙を狙う。
そして。
―――――
「ぜえ、ぜえ……、あ、アンタ、いい加減にしなさいよ……。どんな体力してんのよ……」
「そ、それはこっちの台詞だ……。こんな時間まで追い掛け回してきやがって……、ああもう、不幸だ……」
「とり、とりあえず一時休戦よ……、そこのベンチで休憩しましょう」
「賛成……」
この時期にこんな時間までずっと追いかけっこをしていたものだから、二人とも汗だくのへとへとだった。
と言うよりも、よくもまあここまで体力が続いたものだ。
追いかけっこを始めたのが学校が終わってすぐなので、もう何時間走り続けていたのか、考えたくもない。
二人はいつもの公園のベンチに揃って凭れ掛かりながら、荒れた息を整えていた。
「まったく、ちょっと勝負しろって言ってるだけなんだからそんなに逃げなくたって良いじゃない。手加減してあげるのに」
「あのなあ、電撃ビリビリを喰らうのがどれくらい痛いか知ってるか? 気絶するんだぞ? 超痛いんだぞ?」
「そんなこと言ったって、アンタはどうせその右手で全部防ぐんでしょ。関係無いじゃない」
「関係あります! あのなあ、何度も言うが幻想殺しの効果範囲は右手首から上だけなんだよ。それ以外に当たったら普通に喰らうの!」
「知ってるわよ。でもいつも防ぐじゃない」
「それはお前の能力が電気だから、右手を突き出すと避雷針みたくなって勝手に電撃が右手に当たってくれるんだよ。
だからそれで防げてるだけであって、お前にそれを意識して攻撃されたら終わりなんだよ」
「ほほう、これは良い攻略法を聞いたわ。流石のアンタでも雷速には対応できないだろうし……」
「……やばい、余計なこと言ったかもしれない」- 380 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/28(金) 02:34:06.97 ID:jMvwQYeBo
上条は黒い微笑を浮かべている美琴を見て冷や汗を流すが、もはや後の祭りだ。
次からは電撃の一発や二発は覚悟しなければならないかもしれない。
「まあでも、今日は帰るわ。流石にもう疲れちゃったし」
「そ、そうか。良かった……」
美琴のその言葉に、上条は心から安堵した。
流石の上条ももう体力の限界だったし、明日も普通に学校だ。さっさと帰って寝なければ、確実にまた遅刻するハメになってしまう。
それに美琴だってちゃんと学校に通っているのだから、そういう準備もあるだろう。
「一応門限は黒子に頼んで誤魔化しといてもらったけど、心配してるだろうし」
「えーと……、うわ、もう十二時過ぎてんじゃねえか。本格的に明日は遅刻かも……」
「何よ、ちょっと夜更かししただけじゃない。だらしないわね」
「いやいや、十二時って相当だからな? まあそれは置いといて、もう遅いし寮まで送って行ってやろうか?」
「え!? あ、その、私は一人でも別に全然平気だけど、アンタがどうしてもって言うなら送らせてあげても……」
「そうか? まあお前は超能力者だし、いらない心配だったか」
「………………」
美琴はまだ何事かをもごもごとつぶやいていたが、上条はさっぱり気付かない。
まあ、上条が絶望的に鈍感なのを分かっていてこんな態度を取ってしまう美琴にも非はあるのだが、こういうのは理屈ではないわけで。
「……アンタは」
「ん?」
「何でそんなに鈍感なのよおおお!!」
「えっ、何!? 何で!? どうして突然怒り出すんですかビリビリさん!?」
まったくもって理不尽なことだが、上条は最早そういう星の下に生まれてきてしまっているので仕方がない。
上条は無制限に放電している美琴の電撃を右手で防御しながら、ひたすら彼女の怒りが収まるのを待つことしかできなかった。
「はあー、はあー……、もう良いわ、帰る!」
「さ、さいですか……。気を付けて帰れよー」
「うっさい!」
そして美琴が上条に背を向けようとした、途端。
二人のいる場所からそう離れていないところで、爆発が起こった。
大きな爆音に反射的に耳を抑えながら、二人はもうもうと立ち昇る黒煙を見上げる。
「な、何だありゃ? またテロか?」- 381 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/28(金) 02:34:44.05 ID:jMvwQYeBo
「こんな時間に……? いや、こんな時間だからこそかしら」
「と、とりあえず警備員に通報しないとだよな。
えーと……、あれ、何故かショートカットの一番に警備員が登録されてる……。まあ良いや」
とにかく何かをしなければならないと思った上条は、携帯電話で警備員に通報する。
警備員に事件の概要や場所の説明をしながら、上条は何だか嫌な予感がしていた。
何故なら、彼の隣に立っている美琴が、無言のまま爆音の起こった場所をじっと睨みつけていたからだ。
「おい、まさかまた首を突っ込もうとか考えてないよな?」
「な、何よ。アンタには関係無いでしょ?」
「あのなあ、いくら何でも危な過ぎるって前から言ってるだろ!?」
「超能力者だから平気だろってさっきアンタだって言ってたじゃない!」
「それとこれとは話が別だろ! 俺はお前が心配なんだよ!」
「なっ……」
この言葉にも当然他意は無いのだが、そんな上条の意思に反して美琴は顔を真っ赤にさせた。
もちろん上条は、何故彼女が顔を赤くしているのかさっぱり分かっていない。
「わっ、分かったわよ。そこまで言うなら今回は素直に警備員に任せることにするわ……」
「そうか、良かった。お前には怪我して欲しくないからな」
「ううううう、うるさいわね。そんなことより、アンタまだ電話中でしょ? こんな無駄話してないで、さっさと説明終わらせちゃいなさいよ」
「おっと、そうだった。もしもし? すみません、ちょっと取り込んじゃって……」
上条が電話に戻っている間、美琴はそっぽを向いて熱くなった顔を冷ます努力をしていた。
美琴も一応はあれが何の他意も無い言葉だということは理解しているのだが、分かっていても顔が勝手に赤くなってしまうのだから仕方がない。
(ああもう、何なのよこれ! 意味分かんない! ばっかみたい!)
両手で思いっ切り頬を叩くと、漸く熱かった顔が冷めてきたような気がしてきた。
とは言え、力一杯手を張った所為でまた別の理由で頬が赤くなってしまったが。
すると、また爆発が起こった。
最初の爆発よりかいくらか規模は小さいようだが、先程よりも近くなっている気がする。
と言うか、どんどんこっちに近付いてきているような……。- 382 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/28(金) 02:35:43.84 ID:jMvwQYeBo
逃げるならそろそろここを離れなければならないということを上条に伝えようと背後を振り返ろうとした時、がさりと近くの植込みが蠢く音がした。
もしかしたらテロリストかもしれないと思い、美琴は警戒しながら植込みを睨みつける。
しかし、そこにいたのは、
「……!? あ、一方通行!」
「……チッ」
一方通行は驚きのあまりに大きな声を出してしまった美琴を無視すると、再び夜の闇の中へと消えて行ってしまった。
あっという間に彼を呑み込んでしまった植込みを見つめながら美琴はしばらく呆然としていたが、やがてはっと我に返る。
どうしてこんなところにいるのか。
どうして自分に声も掛けなかったのか。
どうして自分を見てばつが悪そうな顔をしたのか。
いや、そんなことよりも。
「ちょ、ちょっと! 今一方通行がいた! アレは絶対何かに巻き込まれてる!」
「はあ? 何言ってんだ。アイツがこんなところにいる訳が……」
「だから、いたのよ! 良いから、つべこべ言わずに追い掛けるわよ!」
「お、おい待てよ! たった今関わらないって決めたばっかじゃねえか!」
「アンタこそ、何バカなこと言ってんのよ! アイツの方が先決でしょ!?」
「そりゃあそうだけど……」
「分かってるなら、さっさと行くわよ! ほら急いで!」
怒鳴りながら、美琴は上条の制止を完全に無視して走って行ってしまった。
そちらは、間違いなく先程爆発が起こった方向だ。
本当にあんなところに一方通行がいるとは到底思えなかったが、だからと言って美琴を放っておくわけには行かない。
「……あーもう! 仕方ねえな!」
上条は観念したようにそう叫ぶと、全速力で消えていった美琴のあとを追い掛けた。
未だ黒煙を吐き出し続けている、爆心地へ。
―――――- 383 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/01/28(金) 02:36:42.01 ID:jMvwQYeBo
美琴に見つかってしまった一方通行は、何とかして彼女から逃げ切る為に全力疾走していた。
やっとのことで追跡者たちを撒いた矢先に、この有様だ。
せっかく今後のことを考えて能力を節約していたのに、今度は美琴を撒く為にまた能力を使うハメになってしまった。
別に彼女が悪いわけではないのだが、今回ばかりはタイミングが悪過ぎるとしか言いようがない。
(つゥか、アイツらこンな時間にあンな場所で何やってンだよ! 明日は学校じゃなかったのか!?)
流石にもう家に帰っているだろうと高を括って油断していた彼にも非はあるのだが、それでも苛ついてしまう彼をどうして責められようか。
何しろ、彼は美琴を撒く為だけに追跡者たちのいる方へと向かって行っているのだ。
彼女を振り切るのに最善のルートとは言え、やはりこの道を通るのには相当の覚悟が要る。
何故なら最悪の場合、あの最初にして最強の追跡者と鉢合わせてしまう可能性があるからだ。
(腹立たしいことに、アイツにだけは未だに勝てる気が全くしねェ。遭遇したら最後だな)
それでも危険なルートを行くのを辞めないのは、ひとえに美琴をこんなことに巻き込みたくないからだ。
事情を知れば、彼女はきっと一方通行のことを助けようとするだろう。
そして、あの追跡者とも戦おうとするに違いない。
だが、彼は美琴では奴に敵わないと確信していた。それほどまでに、あの追跡者の力は圧倒的なのだ。
どうやら奴らは一方通行を生け捕りにしなければならないようなので、少なくとも彼だけは殺されることはないだろうが、
美琴にもそこまでの配慮をしてくれるとは限らない。
一方通行はあの追跡者の人格を知らないが、もし目的の為に手段を選ばないような人物だったならアウトだ。
そう。彼の懸念は、そこだった。
(それにしても、こっちは能力フル活用して走ってるってのにどォしてついて来れるンだ? アイツの身体能力は化け物か)
彼のすぐ後ろには、スポーツ選手も顔負けの見事なフォームで走っている美琴の姿があった。
あれだけ早いと、彼女も自分のように体内の電気信号を操って身体能力を強化しているのではないかと疑いたくなる。
いや、美琴のことなのでもしかしたら本当にやっているのかもしれないが。
(……しかも、上条まで増えてやがる)
追跡者たちは結構派手に暴れているようだから流石に上条は自重するかと思ったのだが、その期待は裏切られてしまったようだった。
拳銃や爆弾といった普通の兵器に対しては無力なくせに、よくもまあここまで首を突っ込めるものだ。
つい先日あれだけ注意したというのに、まったく懲りていないらしい。
自分はその見本として、ついさっき『敵わないと思った相手』から逃走してきたばかりだというのに。
(屋根の上に飛べば撒けるだろォが、目立ち過ぎるからあンまり使いたくねェんだよな。
……まァ、この状況じゃそンなことも言ってられねェか)
先程戦闘になった時は、あの男と距離を取ることを最優先にしていたため已む無く使ってしまった手だが、
少し考えたら分かる通りに、一歩間違えば格好の的にされかねない手段だ。
実際、彼はあれから道に降りるまでの間ずっと砲撃を受け続けていた。
もちろん『反射』をオンにしてあったので彼自身は無傷だが、
砲撃による音や光によって自分の位置を知らせながら逃げているようなものなので、逃走するには恐ろしく非効率的な方法なのだ。
しかし彼は、意を決して夜空へと跳び上がる。
背後で、美琴が息を呑む音が聞こえた。
彼女は一方通行が戦っている姿を見たことが無かったので、まさか彼がここまでの能力を持っているとは思っていなかったのだろう。
そして彼は背の高い建物の屋上に着地すると、自分の後を追う二人には目もくれずに更に向こうの建物へと跳躍した。
彼を追っていた二人の足は、止まってしまっていた。
逃げて行く一方通行の姿を見て、彼女たちがいったい何を思ったのかは定かではない。
ただ、一方通行は振り返らずに走り続けた。
ひたすらひたすら、二人を振り切る為に。- 394 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 17:47:29.37 ID:18hPWCNmo
-
「……行っちゃった」
あっという間に一方通行を呑み込んでしまった夜の闇を眺めながら、美琴が呆然と呟いた。
すると、彼女よりもだいぶ後ろで立ち止まっていた上条が駆け寄ってくる。
「ビリビリ! 一方通行は……」
「駄目。完全に見失っちゃったわ」
「……、そうか。ったく、何なんだよアイツ。どういうことなんだ……?」
「そんなの、私が訊きたいくらいよ」
美琴が、頭を押さえながら溜め息をついた。
分からないことが多すぎて頭が痛い。
彼が一体どんな境遇にあって何に巻き込まれていて、何をしようとしているのか。
何から何まで、さっぱり分からなかった。
「それにしてもアイツ、いつからあんな能力を……。隠してたのかしら」
「……あれ、お前は知らないのか? アイツ、どんどん能力の使い方を思い出してるみたいだぞ」
「はあ!? そんなの聞いてないわよ!」
「まあ、俺もまさかあんな事までできるとは思ってなかったけど……。ええと、前に一回説明してくれたんだよな。なんて言ってたかな」
それから、上条はいつか聞いた『反射』の概要を話し始める。
上条の貧相な語彙と理解力で美琴に正確な情報が伝わったのかどうかは分からなかったが、彼女はとても驚いた顔をした。
「何よそれ……。とんでもない能力じゃない」
「あ、やっぱりそうなのか? 能力にはあんまり詳しくないから深くは突っ込まなかったんだが、やっぱりすごい便利な能力……」
「そういう意味じゃないわよ馬鹿!
相変わらず能力の詳細はよく分からないけど、とにかくそれだけでも出来れば大能力者……、
いえ、場合によっては超能力者(レベル5)にも匹敵するかもしれないわ」
「れ、超能力者!?」
ここで、やっと事の重大さに気づいた上条が大声を上げる。
そんな彼を見て、美琴は再び頭を抱えた。
普通すぐに気付きそうなものだが、コイツはいったい何処まで勘が鈍ければ気が済むのだろう。
「だけど、これでアイツがあんなことになってる理由が大体見当ついたわ。絶対に能力絡みね」
「ど、どういうことだ?」
- 395 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 17:50:10.82 ID:18hPWCNmo
-
「ああもう、ここまで言ってまだ分からないの?
詳細が分からないからレベルについてはあんまり突っ込んだことは言えないけど、アイツが途轍もなく希少な能力を持ってることは間違いない。
そんな貴重な能力者だったから、きっとどっかのバカに目を付けられちゃったのね。絶好の実験動物(モルモット)として。
……私も、小さい頃に覚えがあるわ。見込みがあるとかなんとか言われて、何も分からないうちに変な実験にかけられそうになった。
幸い、私の周りにはちゃんとした大人がいたから守って貰えたけど……、アイツはそうじゃなかったのね」
「………………」
疲れた顔をしながら淡々と話す美琴を見て、上条はさあっと血の気が引くのが分かった。
それは、つまり。
「……じゃあ、アイツは」
「そういうこと。……って言うか、これくらいすぐ気付きなさいよ馬鹿! あと私にもちゃんと教えなさいよ馬鹿!
さっさと話してくれてれば、もうちょっと対策の練りようもあったのに!
それにこの間の件だってあるんだし、アイツが何か抱えてるのは明らかだったでしょうが!」
「わ、悪かったよ。いたたた、殴んな!」
苛立ちに任せて、美琴は上条の頭をべしべしと連続で殴る。
上条は右手で頭をかばって防御していたが、物理攻撃なので大して威力は緩和されなかった。
「それにしても、アイツが治安維持機関を頼りたがらない理由がよく分かったわ。
警備員や風紀委員に悪意が無くても、裏から手を回されちゃったら指定された人間に保護した人間を引き渡さなくちゃいけないものね。
もし身柄を確保されたら最後、そのまま地獄行きって訳か。ああもう、本当にどうしてやろうかしら」
「……とにかく、今はアイツを追おう。それから詳しい話を聞いてからじゃないと始まらねえ」
上条のその言葉に、美琴は少し意外そうな顔をした。
それと同時に美琴の拳も止まったので、上条も彼女を見ながら少し不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「……いや。アンタのことだから、私のことも止めようとするのかと思った」
「馬鹿か。警備員も風紀委員も頼れないんだったら、自分たちで何とかするしかないだろ。
それともお前、この程度のことでアイツを見捨てるつもりなのか?」
「まさか。アンタが止めるなら、その屍を踏み越えてでも行ってやるつもりだったわよ」
「それは流石に勘弁して頂きたいのですが……」
物騒なことを言う美琴に、上条はたらりと冷や汗を流した。
流石に屍と言うのは冗談だろうが、美琴のことなので少なくともそれに準ずる状態にされるのは間違いないだろうから。
「とりあえず、アイツが消えた方向に進みましょう。敵を撒く為に建物の屋根伝いに移動してるなら目立つ筈だし、すぐ見つかるわ。
今は地上に降りて目立たないように行動してるみたいだけど、いつまでもそうしてる訳にはいかないでしょ」
- 396 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 17:52:04.08 ID:18hPWCNmo
-
「あ、ああ! 手分けして探そう!」
「って、アンタはこの状況の中一人で大丈夫なの?」
「逃げ足には自信があるし、何とかするよ。今は一刻も早くアイツを見つけ出すのが先決だ」
「……、分かったわ。気を付けてよね」
「お前もな」
二人は互いに視線を交わすと、それぞれ別々の方向へと駆けて行く。
また何処かで爆発が起こり、炎と黒煙が上がった。
―――――
あれから、どのくらい走り続けているのだろう。
もう何時間も走っているようにも感じるし、まだ数分も走っていないような気もする。
時間の感覚が滅茶苦茶だった。
けれどあの武装兵たちは上手く撒くことができたのか、今は彼の行く手を阻むものはなくなっており、だいぶ走り易くはなっている。
あと、どれくらいで『外』に辿り着けるのだろう。
能力で少しずつ回復を促してはいるものの、まだたまにふらついてしまうことがある程度には消耗してしまっている彼は、
たったそれだけを判断する能力さえ鈍ってしまっていた。
それに、能力の過剰使用による頭痛もどんどん酷くなってきている。
能力が明確に発現してからというもの、少しでも長く能力が使えるように身体に能力は慣らしてきたものの、今回はあまりに長期戦過ぎる。
美琴と上条に見つかって、能力使用モードで逃げざるを得なかったのも災いした。
それでも彼は頭痛と戦いながら、無我夢中で走って、走って、走って、走り続ける。
……だから、気付くのが遅れてしまった。
最初にして最悪の追跡者が、すぐそこまで迫っているということに。
どおん、と至近距離で鋭い爆音が轟く。
足元で小爆発が起こったのだ。
しかし、それは辛うじて展開していた『反射』に阻まれて、一方通行を負傷させるには至らない。
けれど。
何かおかしな、違和感がした。
……この不自然な爆発に、彼は見覚えがある。
「ありゃ、外したか」
- 397 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 17:55:41.65 ID:18hPWCNmo
-
ばさり、と背後で何かがはためく音がした。
振り返れば、そこに立っていたのは六枚の白い翼を背負った少年。
金だか茶だかよく分からない色の髪に、何らかの攻撃を受けたらしくぼろぼろになってしまっている茶色のブレザーを着ている。
……彼は、超能力者の第二位、垣根帝督。
「……!!」
「おっと、そんなに警戒するなよ。別に殺しに来たわけじゃねえんだし」
周囲の暗さと中途半端に長い髪の所為で、その目元までは確認できない。
しかし一方通行には、彼の口の端が釣り上がったように見えた。
「ま、捕縛はさせてもらうけどな。ここらが年貢の納め時だろ」
身構える間もなかった。
何の前触れもなく、突然周囲の壁や地面が一斉に爆発したのだ。
しかし、その爆発によって発生する攻撃力は、あくまで通常物理法則に則った瓦礫や爆炎や衝撃波に過ぎない。
ならば彼の『反射』で防げない道理はない。
よって、一方通行は垣根の攻撃に対して何のリアクションも起こさなかった。
身構える間はなかったが、身構える必要もなかったのだ。
やがて爆発が完全に収まって黒煙が晴れた時、一方通行は無傷のままその場に立っていた。
傷どころか、煤一つ付いていない。
「なるほど、ある程度能力が戻ってるってのは本当みたいだな」
「オマエ……」
口調や雰囲気で、何となく分かる。
垣根も、昔の一方通行のことを知っている。
そしてきっと、一方通行よりもこの能力について詳しい。
彼は、そう確信した。
垣根自身の戦闘能力もさることながら、唯一の頼みの綱である能力についての情報を握られてしまっているのではどうしようも無い。
先程と同じで逃げの一手しかないことを悟った一方通行は、能力の出力を最大にして逃走を図ろうとする、が。
「おっと、木原から話は聞いてるからな。逃走を警戒してないと思ったか?」
咄嗟。
一方通行は逃走に充てるつもりだった力をすべて回避行動に回し、真横に跳んだ。
それは、彼の全力。最大出力、だった。
……にも関わらず、彼は左足首に激痛を覚えた。
ブツンという音を聞いた一方通行は腱を切られたことを悟ったが、悟ったところで何ができる訳でもない。
垣根の攻撃による衝撃を緩和しきれなかった一方通行は、その勢いのままに地面に倒れこんだ。
混乱しつつも、彼は自らの足もとを見やる。
そこには、予想通りにざっくりと切り裂かれ、少なくはない量の血を流している自分の足首があった。
- 398 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 17:59:39.29 ID:18hPWCNmo
-
「ッ……」
「やっぱりな。出力だけじゃなく、『反射』自体の質も落ちてやがる。
以前のお前の反射はホワイトリスト方式だったが、今は指定したものしか防げないブラックリスト方式になっちまってんのか。
それじゃ、俺の攻撃は防げねえな」
薄く白いナイフのようなものが、一方通行の足首と先程まで彼のいた場所に無数に突き立っている。
よく分からないが、どうやらアレは普通の攻撃ではないらしい。
辛うじて反射膜をすり抜けた時の感覚が残っているのでそれは何となく分かるのだが、その正体がうまく掴めなかった。
きちんと解析して逆算することができれば反射可能かもしれないが、今はそんなことをする余裕も時間もありはしない。
「さっき、ちょっと色々あってよお。上手く手加減できねえかもしんねえから、さっさと諦めた方が良いと思うぞ?」
垣根の提案に、一方通行は答えない。
代わりに、足を引きずり壁に手を付きながら、それでも一方通行はしっかりと立ち上がった。
そんな、この圧倒的不利な状況にあって尚諦めようとしない強情な彼を見て、垣根はやれやれと首を振る。
「学園都市の医療技術にも限界はあるんだからな? ……どうなっても知らねえぞ」
「ハッ。オマエらの言いなりになるくらいなら死ンだ方がマシだっつゥの。バーカ」
「お前までそんな態度!? 俺嫌われ過ぎじゃね?」
「知るか。死ねメルヘン野郎」
何だかよく分からないが、とにかくコイツを見ているとイライラする。
この状況でへらへらしているコイツ自体も気に喰わないし、こんなのに手も足も出ない自分自身も腹立たしい。
自身の精神衛生の為にも、一刻も早くコイツを視界の外に追いやらなければならなかった。
とは言え、今の一方通行が視界から垣根を排除できる手段は殆ど無いと言って良い。
痛覚神経を麻痺させて痛みを消すことには成功したものの、この足ではどう能力を駆使したところで垣根から逃げ切ることなどできないだろう。
よって、ほんの一瞬でも良いので動きを止めなければならないのだが……。
(理由は知らねェが、アイツはここに来るまでに誰かと戦ったのか、それなりのダメージを負ってる。
勝機があるとすれば、そこしかねェが……)
それにしたって、圧倒的な力の差があり過ぎる。
……しかし、だからと言って諦めるつもりは毛頭ない。
一方通行は強風を発生させると、全力で垣根にぶつける。
しかし、垣根は片方の翼で風を遮ると右手を軽く上げて氷柱のような杭を撃ち出してきた。
対して一方通行は、飛来する杭に再び風をぶつけ、軌道を逸らして回避。
どうやらあの氷柱は『反射』は易々と貫くことができるようだが、風や瓦礫などを用いればある程度の干渉をすることはできるようだ。
ただ、垣根の攻撃は威力が高いので簡単に弾かれたり砕かれたりしてしまう。だが、少なくとも障害物にはなる。
「ひっでえ攻撃。それで本気だってんならお笑い種だな」
- 399 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 18:02:55.07 ID:18hPWCNmo
-
至近距離から、声。
気付いたら、垣根が目の前に立っていた。身構えるとか反応するとか、そんな行動がまったく許されないレベルの速度。
(こ、の野郎。音速超えてンじゃねェのか!?)
咄嗟に腕で頭部を庇おうとするが、間に合わない。凄まじい速度で側頭部に蹴りを叩き込まれ、一方通行は壁に叩き付けられた。
壁に激突した衝撃はそのまま反射できたが、蹴りのダメージはまともに入ってしまう。
ただでさえ体力が削られているところに受けてしまった大ダメージに彼は危うく気絶しかけたが、なんとか持ち堪えた。
「ん、耐えたのか。ちょっと意外だ」
まるで何でもないようにそう言った垣根に浴びせてやりたい罵詈雑言が百はあったが、今は喋る体力さえ惜しい。
もう意識が朦朧としてしまって何がしたかったのすら分からなくなってしまいそうだったが、一方通行はそれでも立ち上がった。
そして、彼は力の限りに地面を踏み鳴らす。
いや、踏み抜いた、と言ってしまって良いだろう。
地面を踏みつけた一方通行の足は完全に地面にめり込み、大きなクレーターを形成していたから。
彼はそこから更に地面を伝う衝撃を操り、垣根の足元のコンクリートを爆発させる。
しかし、垣根は飛散したコンクリートの破片を手の甲で軽く払っただけだった。たったそれだけで、いとも簡単に破片を弾いてしまったのだ。
当然、それなりの勢いで破裂させたのにも関わらず。
「何だ、翼の内側なら無防備なんじゃ……、とか思ったのか? 残念だったな。俺の能力はお前と同じで自動防御付きだ」
「…………」
「で、終いか? おいおい、あっけねえなあ。もっと手応えがあるかと思ったんだが」
視界は未だぼやけたまま、まともにものを見ることができない。
しかし、その中で彼はばさりという音を聞く。
同時に視界にぼんやりと白いものが広がったのが見えたので、恐らく垣根が決着をつけるべく翼を広げたのだろうと、思う。
万事休す、という言葉が頭に浮かんだ。
だが、天運は彼に味方する。
唐突に、耳を覆いたくなるほどの凄まじい雷鳴が轟いたのだ。
朦朧としている一方通行には、何かが光ったことしか分からない。
しかし、それが何なのかは理解できる。
そして彼は、自分の運の良さを嘆いた。
- 400 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 18:07:17.13 ID:18hPWCNmo
-
「アンタ、人の友達に何してくれてんのよ!!」
右手を突き出し、未だ体中から紫電を発している少女が、一方通行の後ろに立っていた。
超能力者(レベル5)の第三位、御坂美琴。
彼女は怒りに歯を食いしばりながら、眼力で射殺さんばかりに垣根を睨みつけている。
「おーおー、こりゃあ数奇なメンバーだ。初めましてだな、第三位。俺は第二位、垣根帝督だ。よろしく」
「アンタなんかと仲良くやってやるつもりなんかこれっぽっちも無いわよ! 死に晒せえええ!!」
美琴は叫ぶと、自身の最大出力である十億ボルトを惜しむことなく垣根に向かってぶっ放した。
相手が第二位と分かっているからと言って、滅茶苦茶だ。
これには、流石の垣根も顔を引き攣らせる。
垣根は十億ボルトの電撃を翼を盾にして受けるが……、第三位の全力を喰らって、手負いの第二位が無傷でいられるものだろうか?
やがて美琴の放電が収まり、巻き上がった砂埃が少しずつ晴れていく。
……しかしその向こうにいた垣根は、それでも立っていた。
ただし、白かった翼は焦げて黒く煤け、翼だけでは防げなかった電撃の所為で身体中のあちらこちらが焼けている。
(……第二位だって聞いたからヤバいかもしれないと思ったけど、行ける! ダメージは確実に通ってる!)
全力で能力を放出した所為で肩で息をしていたが、美琴は確実な手応えを感じていた。
第二位と第三位の間には絶対的な力の壁があると聞いていたが、……これなら行ける。
勝てるかもしれない。
とは言え、もし垣根が万全であったなら、この程度の攻撃でダメージを負うことはなかっただろう。
しかし、実は彼は麦野と滝壺にボコボコにされた直後なのだ。
強がってはいるものの、能力を滅茶苦茶に乱されながらギリギリ辛勝した、という状態なので、実のところ彼自身もかなり弱っていた。
……だが、手負いであったとしても、第二位と第三位には圧倒的な力の差がある。それを覆すのは、やはり難しい。
「……いってえな。そしてムカついた。ぶっ殺される覚悟はできてんだろうな」
「第二位だか何だか知らないけど、やれるもんならやってみなさい!」
だから。
難しいから。
「掛かって来なさい、第二位」
美琴は不敵に微笑んで、格上相手に挑発をする。
垣根はぎりりと歯軋りすると、薄い刃のように伸びた白い翼をすべて美琴に差し向けた。
超能力者は、プライドが高い。
垣根と同じ超能力者である御坂美琴も、そのことは重々承知していた。
だから、あえてここまで引き付けた。
白い刃が、目の前まで迫っている。
けれど美琴は、動かない。
防御や回避どころか、能力を使おうとする素振りさえ見せない。
……しかし、その瞳に映っているのは恐怖や諦観や悲哀や悔恨ではなかった。
何故なら。
- 401 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 18:08:01.33 ID:18hPWCNmo
-
「歯ァ食い縛れ!!」
- 402 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/01(火) 18:09:13.84 ID:18hPWCNmo
-
ごがん、と凄まじい鈍音が響く。
翼も自動防御も完全に無視して突き抜けて、固く硬く握られた右拳が垣根の顔面に叩き込まれた。
その何の捻りも無い真っ直ぐな右ストレートの前に、垣根は初めて地を這うこととなる。
「二人から離れろ! この三下ァ!!」
超能力者の第二位、垣根帝督を殴り飛ばした張本人。
上条当麻が、そこに立っていた。
- 413 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:18:42.03 ID:JQC41bBwo
-
地に伏している垣根は、前代未聞の混乱状態に見舞われていた。
まったく意味が分からない。
自動防御は問題なく展開させていたし、それ以前に背中の側には翼がある。それを突き抜けて攻撃してくるなんて、有り得ない。
有り得ない、筈だ。
なのに、その有り得ないはずのことが起こってしまった。
なんだこれは。
なんだこれは!
「ご、ぁ……」
殴られた顔面を抑えながら、垣根はふらふらと立ち上がる。
鼻から血が流れていた。
もしかしたら、折れているかもしれない。
こんな激痛を味わわされるのは、本当に久しぶりだ。最後にこんな風に殴られたのは、一体いつのことだっただろうか?
「テ、メェ。何を……」
「テメェこそ何なんだよ! 第二位だか何だか知らねえが、こんな下らねえことしやがって! 何が目的だ!」
上条が怒りに任せて叩き付けてきた言葉に、垣根の眉がぴくりと動く。
だが、それだけだった。
それだけで垣根は余裕を表す為の笑みを取り繕うと、まるで何事もなかったかのように鼻から流れてくる血を拭う。
「……ハッ、テメェらなんかに教えてやる義理なんかねえ。それより、覚悟はできてるんだろうな?」
「うっせえ! それはこっちの台詞だ!」
「大口叩きやがって。本気でテメェ如きにそんなことができると思ってんのか?」
「そんなん知るか。ただ、俺はお前をブッ飛ばして二人を連れて帰る。それだけだ」
「……馬鹿が。調子に乗るなよ、無能力者」
凄む垣根に、しかし上条は怯まない。
それどころか彼は右手を握って拳を作ると、垣根に向かって走り出し、その拳を振りかぶった。
一方、美琴は垣根を上条に任せて壁際に蹲っている一方通行に駆け寄った。
誰かが駆け寄ってきた気配に感づいた一方通行は、緩慢な動作で顔を上げる。
ほんの少しの間だけだが、戦いの場から引き離され休息を得られたことで、少しずつ意識がはっきりしてきた。
けれど彼は、目の前にいる美琴と垣根と戦っている上条を見ても、今更驚いたりしなかった。いや、諦めた、と言った方が正しいだろう。
美琴はポケットからハンカチを取り出すと、怪我をしている一方通行の足にそれを押し当てて少しでも出血を抑えようとする。
けれど、こんなのはただの気休めだ。
だが、彼女はそれでも何かをしてやらなければ気が済まなかった。
「……オイ」
「動かないでよ。出血が酷くなったらどうするの」
- 414 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:21:20.50 ID:JQC41bBwo
-
「馬鹿か、オマエら。あンなのに挑むなンて、どォかしてるンじゃねェのか」
「アンタにだけは言われたくない」
ちらりと美琴の表情を窺い見れば、少し怒っているようだった。
それでも呆れが隠し切れずに、一方通行は盛大に溜め息をつく。
そんな一方通行を見て美琴は少しむっとした顔をしたが、突然彼が動き出そうとしたので慌ててそれを抑え込んだ。
「ちょ、ちょっと! じっとしてなさいって言ってるでしょ!?」
「いや、もォ大丈夫だ。足、放して良いぞ」
「はあ!? だって血がこんなに……」
しかし、美琴はそこで絶句した。
先程まではあんなに酷く出血していたのに、もうその血が止まりかけているのだ。
しかもよくよく見てみれば、一方通行の足首を押さえていたハンカチもそれほど汚れていなかった。
「な、何で……?」
「どォも、そォいう能力らしい。やっと分かった。『方向を操る能力』か。……どォりで分かりにくい筈だ、漠然とし過ぎてンだろ」
「方向を……? でも、それでどうやって血を止めたの?」
「千切れた血管と血管を繋ぐように血流を操作してンだ。あとは、あンまりやらない方が良いンだが、生体電気を操って傷の回復も促してる。
……だから、もォ大丈夫だ」
それだけ言うと、一方通行は美琴から離れて壁に体重を預けた。
まだ自力で自分の身体を支えることができる程には治癒していないようだが、それでもあれだけ消耗していたのだから、その回復力は相当だ。
「どォせ、逃げろって言っても聞かねェンだろ。……上条の加勢に行ってやれ。アイツには右手があるが、それでもアレの相手はキツい」
「わ、分かったわ。アンタは動けるようになったらすぐに病院に行くのよ? ここは私たちに任せてくれて良いから」
しかし、一方通行は何も答えない。
そんな彼を心配してか、美琴は何度も背後を振り返りながら、それでも上条たちが戦っている場所へと走って行った。
――――― - 415 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:23:22.99 ID:JQC41bBwo
-
一方、上条と垣根の戦いは膠着していた。
最初の一撃以来、上条は一発も垣根に入れられていないのだ。
とは言え垣根も似たようなもので、小さな傷くらいならいくつか付けることができるものの、未だ決定打を与えることができずにいる。
得体の知れない上条の強さに、流石の垣根にも少しずつ焦りが見え始めていた。
(ックソ、妙な手品使いやがって。どういうことだ!?)
どんな手段を使って攻撃しても、そのことごとくが何故か防がれてしまう。
AIMジャマーとも滝壺の能力『能力追跡』とも違う方法で、能力の行使が阻害されているのだ。
だが、別に能力の発動自体を妨害されているわけではない。
むしろ、能力そのものは何の問題も無く発動している。
にも関わらず、上条に攻撃を加えようとした途端、突然発現した能力が消滅してしまうのだ。
まるでガラスを叩き割るようにして、翼も杭もバラバラに砕け散ってしまう。
……どういう理屈でそうなっているのか、さっぱり分からない。分からない、が、垣根にはひとつだけその正体に心当たりがあった。
「……まさか、幻想殺し(イマジンブレイカー)か?」
「!」
その言葉に、上条は一瞬だけ反応してしまう。
しかし、垣根にとってはたったそれだけで十分だった。
それだけで、推測は確信に変わる。
「……なるほど、『非論理的な現象を否定するための基準点』ね。アレイスターめ、知ってて黙ってやがったな」
「はあ? テメェ、なに一人でぶつぶつ言ってやがる!」
垣根が唐突に攻撃の手を休めたので、上条も彼と少し距離を取って攻撃を中断する。
能力を駆使して闘っているだけの垣根と違って、上条は己の体力と身体能力のみによって攻撃を行っているので、ぜえぜえと肩で息をしていた。
「いーや、何でもねえよ。それにしても、『超電磁砲』に『幻想殺し』ときたか。こりゃ、ますます数奇なメンバーだ」
「さっきから、何をごちゃごちゃと……」
「ただの独り言さ、気にするな。お前には何の関係も無い」
それでも尚くつくつと嗤い続けている垣根を見て、上条は訝しげな表情を浮かべる。
そして、同時に不愉快だった。
一体、この状況の何処がそんなに可笑しいというのだろうか。
するとそんな彼の隙を突いてか、光り輝く直線が垣根に向かって撃ち込まれた。
しかし垣根はその場から飛び退いてそれを回避すると、光線の発生源となっていた場所を見やる。
- 416 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:26:21.47 ID:JQC41bBwo
-
「おいおい、揃いも揃って不意打ちが得意技なのかよ。正義のヒーローにしちゃ些か卑怯すぎやしないか?」
「う、五月蠅いわね! アンタが勝手に笑いはじめて、警戒を解くのが悪いんじゃない!」
「おお、そりゃそうだ。だけどやられっぱなしってのも性に合わねえからな、ちょっくら俺も卑怯な手を使わせてもらうことにするよ」
相変わらず余裕の表情を崩そうとしないまま、垣根は翼を広げて夜空へと飛び上がった。
……彼は、幻想殺しへの対処法を知っているのだ。
幻想殺しの効果範囲は、右手首から上だけ。
いや、それ以前にそもそも上条自身が遠距離の攻撃手段を持っていない。
なので、上条の攻撃から逃れるのに最も効率的な方法は、上条の手の届かない場所、例えば上空などに逃げてしまうことなのだ。
「こ、の!」
「格下、しかも一般人を虐める趣味は無いんだけどよ。邪魔だから、殺すわ」
垣根が、六枚の翼を一際大きくはためかせた。
途端に暴風が吹き荒れ、地上に立っている上条と美琴に襲い掛かる。
異能そのものならいくらでも無効化できるものの、異能による二次災害に対する防御能力を持たない上条は、両腕で顔を庇いながら垣根を睨みつけた。
対して、美琴は垣根の異能そのものを防御することは難しいが、異能による二次災害――例えば、ただの風――ならいくらでも対処できる。
彼女は大きな看板を引き寄せてきて風除けにすると、上条が風に対処できていないのを見て適当な障害物を引っ張ってきてくれた。
「くそ、あんなところに行かれたら手が出せねえ……」
「そんなに慌てないでよ。今のアイツなら、私でも何とかできるわ」
「え?」
美琴と垣根に実力差があることには何となく察しがついているのか、上条はきょとんとしたというか、疑念の眼差しを向けてきた。
それを見て美琴は少し不機嫌そうな顔をすると、ポケットからゲームセンターのコインを取り出す。
言わずもがな、そのコインは彼女が超電磁砲を放つときに愛用しているものだ。
彼女はいくら風除けがあってもこの状況でコインを真上に投げるのは危険だと判断したらしく、右手でコインを持ち、左手でコインを弾いた。
瞬間、彼女の超電磁砲が炸裂する。
……美琴と垣根の間には、そう大きな距離はない。せいぜい十メートルと言ったところだろうか。
なので彼女は、コインを五十メートルも保たそうとは考えない。
そう、垣根に当たりさえすればそれで良い。十メートルちょっと保ってくれれば、それで良いのだ。
つまり、熱の摩擦によってコインが溶けてしまうことを考慮して手加減しなくて良い。
よって美琴は本当に本気で、いつもの何倍もの力を使ってコインを射出した。
コインが一体どれくらいの速度を出したのかなんて、分かるわけもない。
ただ、美琴の超電磁砲は垣根でも反応できない速度でもってその白い翼を貫き、燃やし、融解させた。
「ッ、チッ!」
- 417 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:29:27.74 ID:JQC41bBwo
-
片方の翼を完全に破壊された垣根は、バランスを崩して地へと落下を始める。
しかし彼は空中で素早く体勢を整えると、不完全ながらもなんとか翼を修復させて、無傷での着地を成功させた。
(上手く行けば落下の衝撃でダメージを与えられるかと思ったけど、そんなに上手く行かないわよね。
ま、どちらにしろこれで空を飛んで距離を取ろうなんて真似はしにくくなるはず。
あっちは能力がかなり不安定になってるみたいだし、その状態で何度もあんな緊急対応が成功するとも思えないしね)
(空に逃げれば幻想殺しは気にしなくて済むが、翼を使う分こっちの攻撃手段も制限されるし第三位の攻撃が厄介だ。
建物の上に行くのも得策とは言えねえな、超電磁砲で建物ごと破壊されたらさっきよりも危ねえ、か。
あークソ、あの時麦野たちにさえ鉢合わせしなかったらここまで面倒くさいことにはならなかったんだが……)
両者が、睨み合う。
すると何を思ったのか、垣根は突然翼を消滅させると二人に向かって駆けてきた。
いや、二人と言うよりも、上条に向かって、か。
突然の行動に上条は少し驚いた顔をしたが、怯んだりしない。
それどころか、上条は近付いてくる垣根に向かって自らも走り出した。無論、拳を握りしめて。
「う、らァッ!!」
そして上条は、垣根に向かって右拳を振り下ろす。
しかし垣根は突然地面を蹴って後方に跳び、緊急停止・後退を行うとともに上条の攻撃を回避した。
当然上条の拳は見事に空振り、彼は思いっ切り体勢を崩してしまう。
(幻想殺しは確かに厄介だが、攻撃手段は殴打のみ。身体能力はそこそこだが、決して一般人の範囲から逸脱してるわけじゃねえ)
垣根帝督は、この学園都市の暗部に生きる人間だ。
与えられる仕事の殆どをその強力な超能力によって処理してきた彼だが、それでも超能力のみによってすべての死線を潜り抜けてきたわけではない。
もちろん、今回のように能力の使用を制限される、といった状況に陥ったことも何度もあった。
……つまり、彼の武器は超能力だけではないのだ。
とは言え、単純に身体を鍛えている、というわけではない。いや、当然それもあるが、それだけでは不十分だ。
もっと暗部らしい武器を、彼は所持している。
垣根が、裂くような笑みを浮かべた。
パチリ、と何かが弾けるような音。
それと同時に美琴がはっとした顔になり、驚愕の形相で上条に向かって叫んだ。
「右手を後ろに引きなさい!!」
何が何だか分からなかったが、体勢を崩しかけていた上条は片足を前に突き出して地面を踏み、転倒を回避するとすぐに右手を後ろに引いた。
そして顔を上げて垣根を見た彼は、美琴の言葉の真意を理解する。
垣根は上条に拳銃を向け、今まさにその引き金を引かんとしていたのだ。
- 418 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:31:54.19 ID:JQC41bBwo
-
流石に、今から回避を間に合わせることなどできない。
それでも急所に当たることだけは避けなくてはと思い体を捻ろうとしたと同時に、拳銃から銃弾が放たれた。
しかし、そこで上条は不思議な現象を見た。
本来なら自分に向かって真っ直ぐ飛んでくるべき銃弾が、上条の目の前で方向を転換させて明後日の方向へ飛んで行ってしまったのだ。
けれど上条は、その光景に見覚えがあった。
「間に合った……」
「……忌々しい能力だ」
美琴が右手を引けと言ったのは、こういうことだったのだ。
上条の右手は、それが悪意によるものだろうが善意によるものだろうがまったく関係なく、すべての異能を打ち消してしまう。
だから美琴は右手を引かせ、磁力によって銃弾の軌道を操作することを阻害させないようにしたのだ。
「っぶね……、悪ぃ、助かった」
「ちょっとは後先考えて行動しなさいよね、もう」
美琴が呆れたように言いながらもほっとした顔をしている一方で、垣根は面倒くさそうに目を細めていた。
幻想殺しの性能を逆手に取ったつもりだったのだが、拳銃が金属製だったばかりに美琴に即座にその存在を悟られ、あっけなく失敗してしまった。
しかし上条に拳銃が有効なのは確実だし、美琴が銃弾から上条を守るためには幻想殺しを引かせなければならない。
それなりに有効な攻撃手段ではあるのだが、いまいち決定打に欠ける。
(……膠着、してんな)
使えないと判断した拳銃を後方に投げ捨てながら、垣根は正直にそう思った。
それに、先程からずっと一方通行が大人しいのも気にかかる。
……こうなったら、少し無茶をしてでも奴らを退けなければならない。
ざあ、と不自然な風が巻き上がる。
AIMのさざめきを感じ取った美琴は、それが何かを仕掛けてくる前兆だと悟って身構えた。
瞬間。
垣根が鋭く地面を踏み砕き、凄まじい速度で距離を詰めてきた。
標的は、美琴。
(ま、ずい!?)
この至近距離で能力を展開されたら、美琴であってもそのすべてを防御できるかどうか分からない。
しかし、ピンチとはチャンスでもある。
これだけの至近距離であれば、相手も美琴の十億ボルトを完全に防ぐ術など持っていないはず。
負傷覚悟で突っ込めば、行ける。
(こ、れ、くらいで)
虚空から滲むようにして、三対の翼が現れた。
それらすべてが、美琴に襲い掛かるべくしてその刃先を向けてくる。
(怯むもんか!)
けれど、美琴は前進をやめない。
彼女の全力、十億ボルトを垣根に向かって解き放った。
雷鳴と風切り音が、共鳴する。
- 419 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:35:50.75 ID:JQC41bBwo
-
……だが、そのどちらもが、相手に達することは無かった。
美琴が驚愕を通り越して茫然とした表情を浮かべ、垣根がにやりと不気味な笑みを零す。
……そう。チャンスとは、ピンチでもある。
『それ』をピンチだと判断してしまった上条が、美琴を助けようとして右手の力を使い、二人の力をすべて打ち消してしまったのだ。
だが、垣根はこれを予見していた。
そこが、垣根と美琴の差だった。
垣根は無防備になった美琴の鳩尾に、容赦なく膝蹴りを叩き込む。
上条の力の所為で磁力を使った緊急回避すらままならなかった美琴は、為す術もなく蹴りを喰らって背中から壁に叩き付けられた。
彼は位置的に障害となっていた上条を蹴り飛ばすと、追撃すべく美琴に向かって拳を振り下ろそうとする。
美琴はぐらぐらする視界の中でなんとかそれを受け止めようと両腕を顔の前で交錯させるが、垣根はすぐさま拳を引くと再び彼女の腹に蹴りを入れた。
吐瀉物を吐き出しそうになりながらも、美琴は既に自分たちが上条の右手に能力を阻害されない位置まで出ていることに気が付いた。
しかし、それは垣根も同じこと。しかも、垣根の方が早かった。
垣根は美琴よりも早く能力を展開させると、翼で彼女を薙ぎ払う。
亀裂が入るほど強くコンクリートの地面に叩き付けられた美琴は、そのまま動かなくなってしまった。
不幸中の幸いか、翼は刃物状にはなっておらず真っ二つは避けられたようだったが、強く打った頭から血が流れ出している。
上条は思わず美琴に駆け寄りその状態を確認したが、彼女はぐったりとしていてまったく目を覚ます気配がない。
しかし呼吸は正常なので、今のところ命に関わるようなことはないだろう。
それを確認すると、上条は美琴を背後に庇いながら垣根を鋭く睨みつけた。
「テメェ!!」
「おいおい、そんなに怒るなよ。テメェが余計なことしなけりゃ、こうはならなかったんだけどな」
美琴の覚悟と信念を、面白いくらい台無しにしてくれた愚か者が怒りに震えているのを見て、垣根は思わず噴き出した。
まったく、滑稽ったらない。
……実は、垣根は美琴を殺す気などさらさらなかった。
別に一般人だから容赦してやろう、なんて殊勝なことを考えているわけではない。
流石に第三位の超能力者を殺害してしまったら、後からいろいろと面倒くさいことになってしまう。
特に、彼にとっては。
しかし、幻想殺しは違う。
裏ではどう思われてるのかなんて知らないし興味もないが、少なくとも表ではただの無能力者として扱われている。
超能力者の広告塔として知られている美琴を殺害すればすぐに公になるだろうが、彼は違うのだ。
無能力者の一人や二人、死んだところで暗部組織のリーダーをも務めている彼ならば簡単に隠蔽することができる。
……それに。
「じゃ、そろそろお別れだ。さようなら、幻想殺し」
- 420 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:38:08.36 ID:JQC41bBwo
-
空中に、無数の杭が浮かび上がる。
何十、何百、何千、何万。
大量に、広範囲に顕現したそれは、とてもではないが上条の幻想殺しだけで打ち消すことの出来る数ではない。
しかし、上条は拳を握る。
絶対に諦めないと、その瞳が言外に語っている。
垣根はそれが、途轍もなく気に食わなかった。
だから、垣根は容赦なく上条を殺しに掛かった。
もはや壁と言ってしまっても過言ではない量の氷柱が、一斉に上条に向かって飛んでいく。
それを迎え撃つべく、上条が右手を構える。
しかし、その瞬間。
上条の目の前に、一方通行が立ち塞がった。
その光景に上条は驚愕したが、それよりももっと驚いたのは垣根だった。
もう、氷柱を緊急停止させるだけの時間さえ残されていなかったのだ。
- 421 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/03(木) 00:40:28.53 ID:JQC41bBwo
-
「……は?」
そして。
垣根は自分の目を疑った。
あんなにも大量にあったはずの杭は、一方通行に傷ひとつ付けることはなかった。
無論、上条も。
……つまり、二人ともまったくの無傷。
杭は、何処に行った?
そう思った垣根は首を動かそうとしたが、動かない。
いや、身体全体が動かない。
そこで、垣根は漸く気付いた。
……ああ、そういうことか。
垣根は力無く笑みを浮かべると、そのままゆっくりと血の海の中に沈んでいった。
「……未知の物質(ダークマター)、解析完了」
一方通行はぽつりとそれだけ呟くと、自らもまた、意識を手放した。
- 440 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:15:20.64 ID:K0zOCZ8xo
-
優しい誰かが、いた気がした。
その時、自分は一人ではなかった。
たくさんの大好きな人たちに囲まれていて、とてもとても幸せだった。
いつまでも、こんな時間が続けば良いと思っていた。
- 441 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:15:52.73 ID:K0zOCZ8xo
-
目を覚まして真っ先に目に飛び込んできたのは、見知らぬ薄汚れた天井だった。
いつもの、病院の天井ではない。
一方通行は驚いて飛び起き周囲を確認したが、そこはやはり見知らぬ部屋だった。
しかし、不思議と不安は感じない。
その部屋はあまりにも生活感に満ち溢れていたし、なんとなく見覚えのある雰囲気が漂っていたから、だろうか。
それでも一応警戒を怠らずに周囲を見回してみると、すぐ隣にあるベッドに美琴が寝かされていた。
「うお、もう起きたのかよ」
聞き慣れた声に振り返ってみれば、大きな鍋を持った上条が歩いて来ていた。
どうやら、ここは彼の家らしい。
一方通行は悟られぬようにほっと息をつくと、胡散臭そうに上条の持っている鍋を見つめた。
「何だ、ソレ?」
「何か食べさせないとと思ったから、お粥。怪我人に何食べさせたら良いのか分からなかったから定番メニューで」
「そンなモン、病院で食べ飽きたんだが」
「わがまま言うな。二人とも結構出血してたから本当なら肉が良いんだろうけど、残念ながら上条家にそんな余裕はありませんでした」
「そ、そォか……」
若干遠い目をしている上条を見て、一方通行が少したじろいだ。
触れてはいけないことだったようだ。
しかし上条はいつものことと言わんばかりに軽く流すと、机の上に置かれた鍋敷きの上に大きな鍋を載せる。
「本当なら病院に連れて行くべきなんだろうけど、事情が事情だったからな。
ちょうど俺の家が近かったし、いつもの病院はちょっと距離があったからこっちにした。応急処置はしたけど、後でちゃんと病院行けよ」
「お、おォ……」
「いやあ、それにしても二人を同時に運ぶのは骨だったぞ。近いとはいえ、俺も無傷ではなかったし。まあでも二人とも無事で良かった」
見やれば、上条も体のあちらこちらに包帯を巻いていた。
あのときは垣根の能力の逆算に全神経を注いでいたから気付かなかったが、二人とも怪我をしているのだ。
それを思い出して、一方通行はふと表情を翳らせる。
「……ま、とりあえず食えよ。腹減ってるだろ?」
茶碗にお粥をよそっていた上条が、彼に向かって湯気の立つ茶碗を差し出してくる。
すると、不意に美琴が身じろぎした。
- 442 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:16:26.67 ID:K0zOCZ8xo
-
「ん……」
「お、ちょうど良かった。ビリビリも起きたか」
「……ビリビリ言うな!」
「へ? ……ぎゃああああ!!」
もはや美琴のこれは条件反射らしい。まだろくに目も開けていないのに、これだ。
上条は手に持っていたお玉を床に落としながらも、何とか彼女の電撃を右手で受け止める。
「うーん……。あれ、ここ何処?」
「電撃はスルーですか? あと、ここは俺の家だけど」
「へ? アンタの?」
眠そうに目をこすりながらも、美琴はきょろきょろと辺りを見回した。
そんな彼女を見ながら、上条は少し恥ずかしそうに頬を掻く。
「そんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだが……。散らかってて悪いな」
「なっ、べ、別にまじまじとなんて見てないわよ!」
「そ、そうか? まあ良いけど、とにかくお前もこれ食えよ。口に合わないかもしれないけど」
美琴は顔を赤らめながら上条が差し出してきたお粥をぶんどると、温度をよく確かめもせずにお粥を口に運ぼうとした。
それを見て、上条は慌てて彼女を止めようとする。
「待て! それ出来立てだからそんなに慌てて食べたら……」
「!? げほっごほっ! ~~~~~~!!」
「ああ、言わんこっちゃない……」
湯気が立っているのを見ればお粥が熱々なことなんて分かるだろうに、がっついた美琴は涙目になりながら悶えていた。
冷めた目でその様子を見ていた一方通行は、きちんとお粥を冷ましてから口に運ぶ。
「っ、そ、そういうことは早く言いなさいよね!」
「いや、言おうとしたんだがその前にお前がかっ込もうと……」
「口答えしない!」
「すみませんでした」
「理不尽」
「うっさい!」
- 443 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:17:42.79 ID:K0zOCZ8xo
-
正直美琴の自業自得なのだが、こんなやりとりに慣れきっているらしい上条は素直に頭を下げていた。
しかし、とりあえずそれで怒りは収まってくれたらしい美琴は、今度はちゃんと息でお粥を冷ましてから口に運ぶ。
上条は口に合うかどうかわからないなんて言っていたが、お粥は存外に美味しかった。
「……さて、俺はもォ行くわ。ごちそーさン」
早くもお粥を食べきった一方通行が、床に敷かれた布団から立ち上がろうとする。
しかしそんな彼の両手を、上条と美琴ががっしりと拘束した。
「おいコラ待て。何処へ行く」
「……びょ、病院」
「嘘つけ! お前意外と嘘下手だな!」
「目が泳いでるわ。さあ座りなさい」
素直に怒りを顔に出してくれている上条よりも、にこにことらしくない笑みを浮かべている美琴の方が怖かった。
上条に掴まれている所為で能力は使えないし、もとより非力な彼が二人の手を振り払える筈もない。
そして何より後が怖い。
と言うわけで一方通行はあえなく降参し、素直に座ることを余儀なくされた。
「さて、どういうことなのかちゃんと説明してもらうわよ」
「ここまで来たんだから、流石にもう無関係とは言わせないぞ」
「…………」
一方通行は迫る二人に無言の抵抗を試みようとするが、頑固な二人が見逃してくれる筈もない。
それでも彼はしばらく躊躇っていたが、遂に観念したのか、やっと口を開いてくれた。
「……言っておくが、俺も一部しか知らねェし、殆どが推測だ。あンまり期待すンじゃねェぞ」
「お前だって記憶喪失だからな、そこは分かってる。知ってる範囲で良いよ」
すると、一方通行は小さくため息をついて目を閉じた。
頭の中で、情報を整理しているのだろうか。
そしてやがて彼は目を開くと、ぽつりぽつりと語り始めた。
「まず、俺を追ってる奴らのこと。
俺も奴らがどォして俺を追い回してるのか、奴らが誰なのか、はっきりしたことは何も分からねェ。……ただ、今回でひとつ分かった。
俺を追ってる奴らの一人は、超能力者(レベル5)の第二位。名前は……、垣根帝督、だったか」
「私も、第二位については少し聞いたことがあるわ。……あんまり良い噂は聞かないわね。
だけど一つだけ確かなのは、もしアイツが万全の状態だったら私なんか為す術もなく瞬殺されてたってこと。
第二位以上と第三位以下には、圧倒的な力の差があるの」
「……御坂には悪ィが、俺もそォ思う。今回何とか倒せたのも、運によるところが大きい。
それと奴らの目的について。これは完全に推測だが、俺の能力が欲しいらしい。俺を殺さないよォに細心の注意を払ってたからな」
- 444 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:18:22.09 ID:K0zOCZ8xo
-
「それは何となく分かる。それにしては容赦が無かった気がするが」
「まァ、学園都市の医療技術を駆使すればちょっとやそっとの損傷は何の問題にもならねェからな。
ただ『死なれると困る』よォなことは何度も言ってたから、そこは間違いねェと思う。
……それから、俺の記憶について」
遂に提示された本題に、上条と美琴は思わず緊張してしまう。
そもそもこんなややこしいことになっているのは、彼の記憶喪失の所為だからだ。記憶さえ取り戻せれば、多くのことが分かる筈なのだ。
……しかし。
「俺の記憶……、エピソード記憶の方だな。戻る見込みがまったく無いらしい」
「え!?」
突然の告白に、上条と美琴は声を揃えて驚いた。
今までそんなこと一言も言っていなかったし、そんな素振りも見せていなかったのに。
それ以前に、この科学の発展した学園都市で『絶対に記憶が戻らない』なんていうこと自体が驚くべきことだった。
「記憶が戻らないって、どういうことだ?」
「その前に。……オマエら、洗脳装置(テスタメント)って知ってるか?」
「……知ってるわ。五感に電気的な信号を入力することによって、脳内に情報や技術を強制入力(インストール)する装置のことでしょ。
でも、それがそうかしたの?」
「どォも俺はそれを応用した装置にかけられて、エピソード記憶を全部削除されたらしい。空白で上書きした、って言った方が正しいか?
パソコンで言えば、リカバリした状態に近い。
だが当然そンなンは普通の使い方じゃねェから、洗脳装置が事故って一部の意味記憶と手続記憶まで飛ンじまったってことだそォだ。
ただ、事故っただけだから意味記憶と手続記憶はまだ思い出せる見込みはある……、つゥか、今でも少しずつ思い出せてるから問題ねェ。
ただしエピソード記憶だけは、電気的に完全に消去されちまってるから思い出しよォがねェンだと」
「……なんで、そんな」
「そンなン俺が知りてェよ。冥土帰しが言うには、そこまでされてるからには何かとンでもねェ実験の被験体にされてたンじゃねェかとさ」
「それって……、やっぱり、アイツらがやったのかしら」
「……順当に考えるなら、そォだろォな。あくまで推測だが」
一方通行の口調は、どこまでも淡々としていた。
そして、だからこそ上条と美琴は絶句してしまう。どうして彼はこんなことを、まるで何でもないように語れるのだろうか。
「で、その大事な被験体が逃げ出したモンだから、連中も血眼になって俺を探してるンだろォよ。
だから、俺は何とかして奴らの手の届かねェ場所に行かねェといけねェンだ。
……つゥか、そォでもしねェと次は一体何されるのか分かったモンじゃねェからな」
「…………」
- 445 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:18:55.27 ID:K0zOCZ8xo
-
相変わらず他人事のように喋る一方通行を、二人は黙って見ていることしかできなかった。
そして、束の間の沈黙が降りる。
しかし暫くの間を置いてから、上条が慎重に口を開いた。
「……それで、お前は何処へ行こうとしてたんだ?」
「外」
今更隠すまでも無いことなのだろう、即答だった。
そして実際、それは上条たちも予想していた答えだった。いや、彼は以前に一度だけそう言っていた。
ただ、それが本気だったというだけのことなのだ。
「あては、あるのか」
「冥土帰しが手配してくれた。信頼できる知り合いの病院らしい。
外の機関なら学園都市の連中でもおいそれと手出しはできねェし、そもそも範囲が広すぎて捜索だけで尋常じゃねェ手間が掛かる。
だから、俺にとってはそれが最善の策だった」
「学園都市じゃ、駄目だったの?」
「俺は、学園都市にいる限り永遠に狙われ続ける。俺一人が困る分には構わねェが、他の連中まで巻き込めねェだろ」
結局のところ、それが彼の答えだった。
自分の勝手な都合で、周りの人間まで危険に晒すわけにはいかない。ただ、それだけなのだ。
そこに、彼の意志は介在しない。
「……お前は、それで良いのか?」
「俺がどォ思うとか思わないとか、そォいう次元の問題じゃねェンだ。俺はただそこに存在するだけで……」
「そういうことを訊いてるんじゃねえ。お前がどうしたいのかって訊いてんだ」
珍しく怒気を孕んだ上条の口調に、一方通行はたじろいだ。
そして、少し驚いた。
自分が本当はどうしたいのかなんて、考えもしなかった。
「……俺、は」
だから、彼は言葉に詰まる。
どうしたいのか。
本心では、どう思っているのか。
……そんなの、答えは最初から決まっている。
「…………、……。俺は、ここにいたい」
その一言を搾り出すのには、途轍もない勇気を必要とした。
こんなにも正直に自分の本心を吐露するのは、記憶喪失になってから初めてだからかもしれない。
- 446 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:19:34.62 ID:K0zOCZ8xo
-
けれど、一方通行はそれを言ってしまってから少し後悔した。
今更そんなことを言ったからといって、一体何になるというのか。
こんなの、余計に惨めになるだけだ。
……けれど上条は、その言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
彼がどうしてそんな顔をしたのか、一方通行にはまったく分からなかった。
「だったら、そうすれば良い」
「……はァ?」
今度こそ、一方通行は上条の正気を疑った。
……コイツは、何を馬鹿なことを言っているんだ。
「オマエ、ちゃンと俺の話聞いてたか? それは無理だって言ってンだろォが」
「そんなことないだろ。お前はあっち側の最高戦力であるはずの第二位を、自分の力で倒せたじゃないか。
だったら、アイツらだってもうそんな簡単に手出しはしてこなくなるはずだ」
「アレは不意打ちのまぐれ当たりだ。そもそもアイツは、あの時点で既にかなり弱ってたンだぞ?」
「でも、ちゃんと対策は立てられたんだろ。それに、アイツはかなりの重傷を負ってた。
あれなら当分動けないだろうから、暫らくは俺たちに手出しはしてこれないと思う。その間に、根本的な問題を解決しちまえばいいじゃねえか」
「………………」
実は、それだけではない。
彼はその他にも、様々なヒントを得ていた。
垣根にも驕りがあったのだろう、致命傷とも言うべきとても大きなヒントを。
けれど、それだけでは足りない。
自分の力で守れるのが自分だけでは駄目なのだ。
彼がここにいる為には、もっとたくさんのものを守り切らなければならない。
「それに、こんなの納得できるかよ。お前は何にも悪いことなんかしてねえのに、何で逃げなきゃなんないんだ。悪いのはアイツらじゃねえか。
ああくそ、思い出したら腹立ってきた。もう一発くらい殴ってやればよかった」
「そうよ、こんなの理不尽じゃない! どうしてアンタばっかりこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
「い、いや、……、俺は」
「私たちのことを気にしてるんだったら大丈夫。自分の身くらい自分で守るし、その他大勢だって守って見せるわ。ね!」
「おう。次こそは返り討ちにしてやるさ」
「……オマエらのその自信は何処から来るンだよ」
- 447 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:20:03.08 ID:K0zOCZ8xo
-
一方通行は、もはや驚きを通り越して呆れることしかできなかった。
コイツらは絶対に事の重大さを分かっていない。そして、自分がどれだけの疫病神であるのかも。
……それに、自分は。
それでも。
この二人が言うと、本当にそうすることができるような気がするのはどうしてだろう。
本当に、ここにいても良いのではないかという気さえしてくる。
「……気持ちだけ受け取っとく。でも、やっぱり俺は」
「ええい、わがまま言うな! お前はここに残る! ハイ決定!」
「そうよ、アンタにここを去るなんて選択肢は残されてないわ。何が何でも留まってもらうから」
「あのなァ、俺の話を聞け! 相手がどンな規模だか分かってンのか!?」
「知らねえし、興味もねえ。ただ、俺たちに手を出してきたらぶっ飛ばす。それで良いだろ」
「そうそう、それから私たちから逃げようなんて気は起こさないことね。地の果てまで追いかけて連れ戻すから。
逃走防止に首輪とリードで繋いでも良いのよ?」
「いや、流石にそこまではしないけれども」
「冗談よ」
美琴はしれっとそう答えたが、目が割とマジだったのは気の所為だったのだろうか。気の所為だったのだろう。
ともあれ、そういうことにしておいた方が心の平穏が保てるのは確かだ。
「とにかく、絶対に残ってもらうわよ。万が一にも逃がしたりなんかしないから、覚悟しなさい」
「話の趣旨が変わってねェか?」
「つーか、どっちにしろタイムオーバーだと思うぞ。『外』に行くつもりだったんだろ?」
軽い調子で言いながら、上条が時計を指差す。
見やれば、時刻は既に三時過ぎだった。なんだかんだ言って、結構な時間が経過してしまっている。
……そして、一方通行は上条の言葉の通りであることを知った。
「なになに、どういうこと?」
「こんな真夜中に『外』に出るってんだから、当然脱走するつもりだったんだろ?
あれからもうだいぶ時間が経ってるし、どういう風に手を回したのかは知らないけど手遅れになってると思うぞ」
「……ああ、そっか。学園都市の警備システムを掻い潜るには、私みたいな能力でも無い限り事前の根回しが必要だもんね。
で、もうその根回しが効果を為す時間も終了してしまったと」
「大体そういうことだな」
「………………」
- 448 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:20:31.09 ID:K0zOCZ8xo
-
幸か不幸かと言うべきか、残念ながらと言うべきか、上条の言う通りだった。
いや、正直に白状すれば根回しなんかしていなかったのだが、一方通行が狙っていたのは真夜中に警備員の交代が行われる時刻だったのだ。
交代の為に一時的に警備が疎かになるタイミングを見計らい、多少の強行突破は覚悟した上で脱走するつもりだった。
しかも一方通行はこうした騒ぎが起こされるのを見越していたので、少なくない人数の警備員がそちらに回されることも計算に入れていた。
つまり、彼に脱出が許されていた時間は、もうとっくに終了してしまっていたのだ。
このようなチャンスが次に回ってくるのは、一体いつになってしまうのだろうか。皆目見当もつかない。
……漸くそんな絶望的な状況に気が付いた一方通行は、ただでさえ白い顔を更に白くさせた。
「そんなに残念がるなよ。残りたかったんだろ?」
「……だから、何でオマエらはそンなに楽観的なンだよ。信じらンねェ」
「大丈夫だろ。さっきも言ったけど、あの垣根って奴はどう考えても重傷だったし、暫らくはアイツが直接手を出してくるってことは無いだろ」
「それで、ソイツが回復する前に首謀者を突き止めてボッコボコにすれば良いだけの話なのよね? あら、思ったより簡単じゃない」
「……マジで信じらンねェ……」
がっくりと肩を落として項垂れている一方通行とは対照的に、上条と美琴は満足そうににこにこしている。
そんな二人を見た一方通行はまた、信じらンねェ、と零した。
――――― - 449 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/07(月) 22:21:02.05 ID:K0zOCZ8xo
-
「こういう場合って、賭けはどうなんの?」
不意に背後から声が聞こえてきたので、御坂妹ははっとして声のした方を振り返る。
そこには、建物の上に足を組んで座っている垣根の姿があった。
一方通行によって血みどろにされたはずなのに、と思ったのも束の間、よくよく見れば垣根はきちんと血みどろになっていた。
だが、垣根はそんな怪我などまるで何でもないかのように淡々と言葉を続ける。
「お前の企みは失敗したが、その本質は達成された。これってお前の勝ち? それとも負け?」
「……そうですね。賭けは立ち消えということでどうでしょうか、とミサカは卑怯な提案をしてみます。
流石にここで降参して、上位個体の居場所を教えるわけにはいきません。
ですが彼が学園都市に残ることになった以上、あなたにもうこれ以上彼を狙うなと言うこともできません、とミサカは曖昧に言葉を濁します」
「そうだよなあ。まあ木原のおっさんは賭けに参加するつもりはなかったみてえだし、そうするとつまり賭けの参加者は俺とお前たちだけ。
だから賭けの行方については、俺たちの合意で決めちまって良いよな?」
「どういう意味ですか? とミサカは訝しげな顔をします」
「お前の意見に賛成ってこと。賭けは立ち消え、よって現状維持。それでオッケー?」
血塗れの顔でにこりと笑った垣根を見て、御坂妹はきょとんとした顔をした。
まさか、ここまであっさりと交渉が成立してしまうとは思わなかったのだ。特に、彼はこのことに関しては非常に強く執着していたから。
「正直、意外です。もっとごねるかと思っていたのですが、とミサカはあなたに対する認識を改めます」
「だからお前は俺のことを何だと思ってるんだっつーの。仕方ねえだろ。俺もお前も、誰もこんなことになるなんて思いもしなかったんだ。
だが、結局はそうなっちまった。だったら、もう互いに妥協するしかないだろうが」
「確かにそれはそうなのですが。……あなたは、これからどうするのですか、とミサカは尋ねます」
答えなんて、最初から分かり切っている癖に。
そう自問した御坂妹の心中を知ってか知らずか、垣根は一瞬の躊躇いもなくこう答えた。
「お前と同じさ、諦めねえよ。俺はアイツを取り戻す為なら、どんなことだってやってやる」
「……そうですか。では何も変わりませんね、とミサカは諦めの悪いあなたに辟易します」
「それはお互い様だろうが。ったく、自分のことを棚に上げやがって」
言いながら、垣根が立ち上がる。
その拍子にぼたぼたと何滴かの血雫が落ちたが、誰も気に留めなかった。
「ですが、これまでと同じ方法では何も取り戻せないと思いますよ。他の方法を考えなければ、とミサカは敵に塩を送ってみます」
「分かってるさ。だから帰って作戦会議かねえ、面倒くせえ。
ま、お前らはせいぜいそれまでの間、ほんの少しだけ延長された余生を楽しめば良いさ。じゃな」
「ええ、作戦会議ができる限り長引くことを祈っていますよ。いっそのこと永遠に終わらなければいいのですが、とミサカはぼそりと呟きます」
御坂妹がそう言い切る前に、垣根は姿を消していた。
何処に行ってしまったのかは、分からない。
これからどうなってしまうのかも、さっぱり分からない。
ただ一つ確かなのは、彼らの戦いはまだ終わらないということだけだった。
- 458 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:11:40.14 ID:DJLHstIAo
- 「………………?」
閑散とした部屋の中、上条は一人静かに目を覚ました。
身体の節々が痛い。
昨晩の戦いでそこそこ深い傷をいくつか負ってしまったからかと思ったが、どうやらそれだけではないようだ。
固い床に直接眠っていた所為で身体が痛いらしい。自業自得だ。
そう、昨晩は怪我をした美琴と一方通行にそれぞれベッドと布団を譲って、上条は床で寝たのだ。
本当は来客用の布団がもう一式あったのだが、
あまりにも疲れていた所為でそれを引っ張り出すことさえ面倒くさくなってしまった結果、そのまま床に眠ってしまったのだ。
……ちなみに、一応美琴と同じ部屋に寝るのは流石にどうかとは思った。
思ったのだが、自分だけが風呂場に行くならまだしも怪我人である一方通行まで付き合わせるのは悪かったので、結局妥協してしまったのだ。
上条は痛む身体を宥めながら、のろのろと体を起こす。
時計を見ると、まだ七時前。目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまったようだった。
眠りについたのが確か四時頃だったので、あれから三時間も寝ていない。にも関わらず、目だけはやたらとすっきりしていた。
頭はまだぼうっとするが、もう暫らくすればすぐに覚醒するだろう。
……しかし、上条は何か妙な違和感を感じた。
何か、ぽっかりと胸に穴が開いてしまったような。当たり前にあったはずのものが無くなってしまったような。
そんな、虚無感。
上条ははっとして布団の方を振り返る。
しかし、そこに居るはずの一方通行の姿は無かった。
慌てて室内を見回してみても、何の意味もない。
一方通行は何処にも居なかった。
「あの野郎……」
上条は歯軋りをして苛立ちを露わにしたが、すぐに諦めたようにはあっと大きな溜め息をついた。
……アイツらしいと言えば、アイツらしい。
それに先刻説明した通りの事情によって、一方通行は学園都市の外に出ることはできない。
その上足を怪我していたから、あの状態のまま遠くに行くことはできない筈だ。
ならば、彼はきっとまだこの第七学区の何処かにいる。
だったら、探して見つけてやれば良い。
同じ学区の中にいるのだから、見つけ出すのはそう難しくはないだろう。
(……まったく。馬鹿な奴)
本人が聞けば間違いなく憤慨するであろう台詞を呟きながら、上条はついでとばかりにもう一つ溜め息をつく。
真っ白な朝日が、燦々と輝いていた。
――――― - 459 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:15:05.67 ID:DJLHstIAo
-
風通しが良いからか、廃ビルの中は意外と涼しかった。
硝子(ガラス)も扉も何も填められていない荒涼とした廃ビルの中を歩き回りながら、一方通行はそんな感想を抱いた。
(……、この辺り、か?)
一方通行は適当な部屋を見つけ出すと、その中に入って様子を確認する。
その部屋にもやはり窓には硝子が填められておらず、扉も付いていなかった。文字通り、吹きっ晒しの部屋だ。
しかし、すぐ目の前に別の建物が立っているので、そこまで雨風に荒らされてはいない。
それでも他の部屋よりかは幾分かマシ、というレベルだったが。
一方通行は持っていた小さな鞄を部屋の壁際に置くと、窓の方へと歩いて行った。
……とは言え目の前に建物の壁があるので、何も見えはしないが。
故に、日当たりは最悪で部屋の中は薄暗く、じめじめしている。暑い季節なので、肌寒いことが苦にならないのは不幸中の幸いか。
(ま、こンなモンか)
流石に寒い季節になって来たらこんな場所にはいられないだろうが、ここはあくまで仮の宿だ。
夏が始まる頃には、もっとちゃんとした家に住めるようになっているだろう。
とにかく彼の当面の目的は、その為のアパートを探すことだった。
(金、は……。まァ、贅沢さえしなけりゃそれなりに持つな。ただ、アパートを借りるには心許無い……)
何はともあれ、金だ。
なんとも世知辛い話だが、やはり先立つものが無ければ何もできない。
綺麗事だけで渡って行けるほど、世の中は甘くないのだ。
(取りあえず、仕事だな。何とかしねェと……。しっかし、無所属の子供にまともな仕事なンかあるのかね……)
本当なら、上条の言っていたように学校に行って奨学金を貰うのが最善なのだろう。
しかし一方通行は、その気は更々なかった。
学校なんかに行ってしまえば、きっと今よりもたくさんの人たちを自分の事情に巻き込むことになってしまう。
それだけは、絶対に避けたかったのだ。
しかし、仕事をするにしても多少の人間に知り合うことになってしまうだろう。
よってこれ以上誰も巻き込まないというのは難しいだろうが、せめて人数だけは最小限に留めたかった。
その点、学校という場所にはあまりにも多くの人間が居過ぎる。
かつ、かなりの数の人間とも関わり合わなければならなくなってしまう。それは、彼にとって最悪の状況だった。
(さて、どォすっかね……)
一番確実な方法は、冥土帰しを頼ることだ。
出ていく彼に対してここで働いてくれても良いと言ってくれていた程だし、信用もできる。
しかし、彼はこれ以上冥土帰しを頼りたくなかった。
あそこが病院だから、と言う理由もある。
けれどそれ以上に、もうこれ以上あの医者に借りを作りたくはない、と言う自己のプライド保持が大きな理由だった。
- 460 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:18:05.33 ID:DJLHstIAo
-
下らないことに執着する自分の性格に辟易してしまうが、それでも一方通行はどうしても冥土帰しを頼ろうという気にはなれなかった。
……よって、自分のことはすべて自分でやらなければならない。
上条と美琴からも逃げ出して来てしまった以上、これからは誰も頼ることができないのだから。
(仕事を探さねェと、だが……。今日一日は休養に充てた方が良いだろォな)
昨晩上条にお粥を食べさせてもらったし、もともと食が細い方なので今のところ空腹の心配はなさそうだ。
今日一日は、何も食べなくても我慢できるだろう。
それに、無闇に外をうろうろしたくなかった。
追手が自分を探しているかもしれないという懸念もあるが、それ以上に怖いのは上条と美琴だ。
黙って出て行ってしまったので、きっと今頃怒っているだろう。
しかし、やはり、あの二人だけは巻き込めない。巻き込みたくない。昨晩のようなことを、もう二度と起こしてしまってはならないのだ。
……それに、昨晩はああいう風に言ってくれたものの、あの二人では垣根帝督に敵わない、と言うのが一方通行の見解だった。
あれに対処できるのは、一方通行だけだ。
しかし、それでもあの二人を守りながらでも勝利できる自信はない。
だからこそ、彼が下した決断がこれだった。
(……、……。寝るか)
ともあれ、今は眠って少しでも体力を回復しなければ。
上条と美琴が完全に寝付いたのを確認してからすぐに出てきてしまったので、彼はろくに眠っていないのだ。
それに、眠りつつ能力で怪我の回復を促さなければならない。
こうすれば、明日には怪我は殆ど治ってくれているはずだ。
……彼は病院暮らしが長い所為か、戦闘に使うような大きなベクトルを操るよりも、
生体電気を操って回復を促したり運動神経を向上させたり、といった微細なベクトル操作の方が得意になっていた。
よって、この程度なら簡単に治すことができるだろう。
一方通行は部屋の隅までやって来ると、壁に背を預けて蹲る。
そして鞄の中から長袖の上着を取り出すと、それを布団代わりに身体に掛けてゆっくりと目を閉じた。
―――――
上条宅からほど近い公園。
壊れた自販機の隣にあるベンチに座っていた彼女は、膝の上に置いたPDAを凝視しながらもの凄い勢いで何事かをタイピングしていた。
……言ってしまえば、彼女のやっていることはハッキングだ。
いわば犯罪行為。
風紀委員に見つかってしまえば、間違いなくしょっ引かれてしまう行為だ。
けれど、今の彼女はそんなことなど気にしていなかった。
別に、ハッキングすることに抵抗が無いわけではない。彼女はきちんとそれが犯罪行為であることを理解している。
しかしそれを理解した上で、それでも彼女はハッキングをやめなかった。
そうするだけの理由があったのだ。
- 461 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:20:33.92 ID:DJLHstIAo
-
(……アイツが唯一覚えていた言葉、『一方通行』。手掛かりには違いない筈なのに、まったく引っ掛かってくれない。どうして?)
本当ならば風紀委員の権限を使ってある程度合法的にハッキングが行え、
しかも美琴よりも遥かに情報処理能力に長けた知り合いがいるにはいるのだが、美琴は今回ばかりは彼女を巻き込んではいけないと思っていた。
何しろ、相手はあの第二位を含む謎の組織である。万が一にも巻き込んで、危険な目に遭わせるわけにはいかない。
(こればっかりは、一方通行と関わったからどうこうってレベルじゃないからね。情報ってのは、知られたってだけで脅威になる。
うっかり知ってしまったってだけで、アイツらは本気で命を狙ってくるわ。流石にそこまでは巻き込めない)
けれど、彼女の能力ではここらが限界だった。
どうしても手掛かりを見つけられない。
危険を冒すくらいならいくらでもできる。けれど、危険を冒してもどうしても開けられないセキュリティがいくつもあったのだ。
さしもの超電磁砲(レールガン)でも、こればっかりはどうしようもない。
最悪、研究所に殴り込んで直接それっぽいパソコンから情報を抜き出せれば良いのだが、その研究所の所在地さえ分からない。
正に八方塞だった。
(けど、そのお陰で逆に分かったことがあるわ)
……それは、『一方通行』が書庫(バンク)なんか目じゃないくらいの最重要機密であるということ。
これだけやって見つからないのだから、それだけは間違いない。
(まったく、まさかここまで厄介だなんて思わなかったわ。アイツ、一体どんな境遇だったのよ)
人為的に記憶喪失にされて。
第二位に追い回されて。
何度も何度も、幾度となく狙われて。
そこまで考えて、美琴は思考を中断させた。
考えただけで腹が立ってくるからだ。
一体どんな大義名分があるか知らないが、こんなのは絶対に許さない。
そう、どんな手を使ったって守り切ってやる。
(それっぽい研究所に片っ端から殴り込んでやろうかしら。……流石に無謀か)
不穏なことを考えながら、美琴はPDAに映し出されていたウィンドウを次々と消していく。
これ以上は時間の無駄と見て、ハッキングを諦めたのだ。
しかし、諸悪の根源を見つけ出すことを諦めるつもりはさらさら無い。
さてこれからどうしようかと考えながら唸っていると、不意に背後から声が聞こえてきた。
「お姉様? こんなところで何を?」
「っひゃあ!?」
聞き慣れた声に振り返ってみれば、そこには茶色い髪をツインテールにした少女が立っていた。
身に纏うのは、美琴と同じ常盤台の制服。
美琴のルームメイト、白井黒子だ。風紀委員の仕事中なのか、肩には腕章が装着されている。
- 462 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:22:49.15 ID:DJLHstIAo
-
「く、くくくくくく黒子!? どうしてこんなところに!?」
「どうしてって、風紀委員のパトロール中ですの。お姉様こそ何をしていらっしゃいますの?」
「べ、別になにもしてないわよ? ぼーっとしてただけ」
「折角PDAを立ち上げたのに、ぼーっとしていただけですの? お姉様のことですから、ゲームでもしていたのかと思いましたわ」
「ああ、うん。ゲームはこれからやろうと思ってて……。ほら、何のゲームをしようか悩んでたのよ!」
「……お姉様」
露骨に怪しい態度を取る美琴を、白井がじとっとした目で睨んでいる。
……これは、まずい。
白井は誇り高い風紀委員だ。美琴のしていたことがばれようものなら、きっと事務所に連行されてしまうだろう。
何とかして誤魔化さなければ。
そして必死に言い訳を考えている美琴の予想に反して、白井はこんなことを言った。
「まーた例の殿方との『勝負』ですの!?」
「だ、だからそんなことしてないってば……、あれ?」
「黒子には何でもお見通しですのよ! 早めに学校を出たかと思ったらふらふらと街に繰り出して殿方を追い掛け回して!
門限を無視し、今日だって朝にお帰りになられたかと思えば急に学校を休むと仰られて! 一体どういうつもりなんですの!?
はっ、まさかその殿方に気があるのでは……!?」
「ぶっ、そ、そんなわけないでしょ!? 誰があんな奴なんか……」
しかし、本当のことを言うわけにはいかない。白井を巻き込みたくなかった。
と言うか、「男(上条)の家に一晩泊まりました」なんて正直に白状しようものなら、白井が発狂するのは目に見えている。
別に何もまったくやましいことなど無いのだが、きっと白井はその事実だけで大騒ぎするだろう。
尚、彼女が学校を休んだのは病院に行く為だ。
白井に心配を掛けない為に怪我したことも隠してこっそり病院に行ったのだが、どうやら逆に邪推する隙を与えてしまったらしい。
ちなみに冥土帰しに診てもらったお陰で、見た目には何でもないように見えている。
「ですがお姉様、でしたら何故こんなところにいらっしゃいますの? よもやあの殿方を待ち伏せしているのでは!?」
「だ・か・ら、違うって言ってんでしょうが!! まったくもう、何処をどうすればそんな結論に辿り着くのよ……」
「……本当に、本当ですの? 信じても良いんですの?」
「ええ、一片の疑いも持たずに全幅の信頼を置いてもらって一向に構わないわ。誓って私とアイツはそんなのじゃないんだから!
大体アイツは鈍くて気が利かなくて向こう見ずで考えなしですぐ逃げるしお人好し過ぎて死にかけるし覇気が無いし「不幸だー」が口癖だし!
あんなのを好きになるわけないじゃない!」
- 463 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:25:06.60 ID:DJLHstIAo
-
「そ、そうですか……」
そこで、ふと美琴でも白井でもない人間の声が何処かから聞こえてきた。
異常に聞き覚えがある声だ。
……と言うか、つい数時間前に聞いたばかりの声だった。
何だか途轍もなく嫌な予感がする。
だから美琴は、錆びついたからくり人形のようにぎこちない動きで背後を振り返った。
そこには、一人の少年。
しかも、両手を地面についてうちひしがれていた。
「そこまで……、そこまで言わなくったって良いじゃないか……。俺だって傷付くんだぞ……」
「まあ、この殿方が例の? 本当に冴えない方ですのね」
「ちょ、ちょっと! この状況で追い打ち掛けなくったって良いじゃない!」
「追い打ちも何も、最初に悪口を言い出したのはお姉様ではありませんか」
「うぐっ……」
白井の指摘に、美琴は言葉を詰まらせてしまう。事実なので、言い返せないのだ。
よって、彼女は無理矢理話題を方向転換させることにした。
「そ、そんなことよりどうしてアンタはこんなところをうろうろしてるのよ! アンタは学校行ったんでしょ、いつもの補習は!?」
「……今日は珍しく記憶術(かいはつ)の補習が無かったんだ。
ほら、最近はいつもお前らに勉強見て貰ってたから、それ以外の教科は結構マシになってきてさ、補習も無くなってきたんだよ。
今日の補習は、確か現国と数学だったっけ」
「ふうん……、良かったじゃない。まあ、この私が見てあげてるんだからそれくらいは当然だけどね」
「……な、な……」
上条と美琴は至極普通の会話をしていたつもりだったのだが、何故かそれを聞いていた白井は真っ白な劇画調になっていた。
何だかあそこだけ違う話みたいだ。
そんな彼女を見た上条と美琴は互いに首を傾げるが、その瞬間に白井が弾けるようにして目を覚ます。
「お、お姉様ああああああああ!! 黒子は、黒子は悲しゅうございます! よもや、よもや、こんな類人猿とそこまで進展していたなどとは!」
「かっ、勘違いしないでよ! 私とコイツはそんなんじゃ……」
(何か凄い子だな……)
大暴れする白井とそれを抑えつけようとする美琴を他人事のように眺めながら、上条は失礼な感想を抱いていた。
女子校ってみんなこんな感じなのだろうか。怖いな。
- 464 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:27:16.66 ID:DJLHstIAo
-
やがて美琴はやっとの思いで白井を大人しくさせることに成功させるが、未だに白井の興奮は収まらない。
それどころか、上条をぎろりと睨みつけてびしいっと指まで差してきた。
「こんな、こんな類人猿なんかにわたくしのお姉様を渡してたまるものですか! 宣戦布告ですわ!」
「いや、だから俺とビリビリは本当にそんなんじゃないって」
「ここまで見せつけておいてまだ誤魔化そうとするとは、まこと許し難いですわ!
良いですの? わたくしの名前は白井黒子! お姉様の露払いを務めさせて頂いていますわ。よく覚えておきなさい!」
まるで捨て台詞のようにそれだけ言うと、白井は一瞬にしてその場から姿を消してしまった。
そういう光景を初めて見たわけではなかったが、上条は少し驚いた。それは、とても珍しい能力だったからだ。
「……何だったんだ、アイツ?」
「ああいう子なのよ、あんまり深く考えないで。悪い子じゃないんだけどね……」
「まあ、それは何となく分かるから良いんだが。お嬢様ってのは、みんなあんな感じなのか?」
「まさか。あの子が特別なだけよ。それに、あの子の本性はこんなもんじゃないんだから」
「へえ……。お前も苦労してるんだな」
「でもいざって時には頼りになるのよ? いや本当に。風紀委員だし」
「ああ、そう言えば腕章してたな。それにしても、空間移動能力者(テレポーター)か。珍しいよな。あんまり居ないんだろ?」
「そうよ。だからあの子は風紀委員でも重宝されてる。大能力者(レベル4)だし、訓練で鍛えてるから体術もそこそこいけるのよ」
「じゃあ、強いのか」
「もちろん。ま、流石に私には及ばないけどね」
言いながら、美琴は得意げに胸を張った。
なんだかんだ言って、美琴は自分が超能力者であることに誇りを持っているのだ。その強さに対するプライドも、人一倍高い。
「それよりビリビリはここで何してたんだ? ここ、常盤台から結構離れてるだろ」
「単にここが私のお気に入りってだけよ。そう言うアンタはどうしてこんな公園に来たの?」
「たまたまここを通りかかっただけ。ほら、ここって俺の寮に近いだろ?」
まったく意識していなかったが、そう言えばそうだった。
つい数時間前まで上条の寮に居たというのに、すっかり忘れてしまっていた。ここは間違いなく上条宅の近辺だ。
見回してみれば、確かにここからも上条の寮が見える。
「……ん? でもアンタ、鞄持ってないじゃない。これから何処か行くつもり?」
「いやー、あはは……」
- 465 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:29:01.42 ID:DJLHstIAo
-
曖昧に笑う上条を見て、美琴が怪訝そうな表情になる。
これは、何かを隠している時の反応だ。
「何よ、アンタ何か隠してるでしょ。素直に白状しないと痛い目を見ることになるわよ」
「あー……、いや、まあ、お前にも話しておかないととは思ってたんだが……」
「だから、何?」
「一方通行に逃げられた」
?
……一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
コイツ、今なんて言った?
「ごめん、よく聞こえなかったわ。もう一回言ってくれる?」
「へ? ああ。今朝は混乱を避ける為に何も言わなかったんだが、実はアイツ、俺が目覚めた時にはもう居なかったんだよな。つまり行方不明。
お前が何か言ってくる前に見つけて連れ戻そうと思ったんだが、これがなかなか見つからなくてさあ……」
「……アンタねえ……」
目の前で、聞き慣れた電撃音が唸り始める。
上条はそれを見て一瞬きょとんとしたが、すぐにそれの意味するところを察して目の前に右手を突き出した。
途端、紫電が上条に襲い掛かったが、彼はそれを難なく無効化する。
「な、何すんだよビリビリ!」
「それはこっちの台詞よ! そういうことはすぐに言いなさいよ、すぐに!」
「いや、すぐに見つけられると思ったから下手に心配させない方が良いかと思って……。意外と見つからないもんだな」
「当たり前でしょ!? 第七学区だけで一体どれだけの広さがあると思ってんのよ!」
「あ、やっぱり?」
「……呆れてものも言えないわ」
美琴は溜め息をつくと、頭痛を耐えるように頭を押さえる。
一応まずいことをしたという自覚はあるらしい上条は、それを苦笑いで誤魔化そうとしていた。
「まったく、アンタはどうしてそんなに楽観的なのよ……。もう良いわ、私も探しに行く」
「ああ、それは助かる。第七学区の中にはいるだろうけど、流石に一人でこの範囲を全部探すのは結構骨が折れるからな」
上条がほっとしたようにそう言うと、美琴はまた呆れたような顔をした。今度はじとっとした眼差し付きだ。
それを見た上条は気まずそうに彼女から目を逸らしたが、それで彼女の視線から逃れられる訳ではない。
- 466 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:30:52.64 ID:DJLHstIAo
-
……しかし、一方通行にも言われたが、やはり楽観的すぎるだろうか。
それで人の気分を害してしまうようならば改善しなければとは思うのだが、これはもはや生来の性格なのでなかなか直せそうにない。
そんなことを考えていた上条は、ふと美琴に聞きたかったことがあるのを思い出した。
「……あ。そうだ、御坂妹のこと何か知ってるか?」
「妹? 何か用があるの?」
「そうじゃないんだけど、結局あれ以来会ってないからちょっと心配でさ。お前なら何か知ってるかと思って。
知らないなら別に良いんだけど」
「いえ、一回会いに来たわよ。わざわざ常盤台まで挨拶しに。
……でも、そう言えばあの時のあの子はちょっと様子がおかしかったかしら。何だか急いでるみたいだったし……。連絡してみる?」
「いや、いいよ。用も無いのに電話するのは流石に悪いしな」
「そう?」
それ以前に上条も御坂妹の連絡先は知っているので、連絡したかったら自分からしている筈だ。
申し出を断られた美琴は、取り出しかけていた携帯と膝の上に置きっぱなしになっていたPDAをポケットの中に仕舞う。
「それに、御坂妹っていつも忙しそうじゃないか? だから、何となく連絡しにくいんだよ」
「いつも? そうだったかしら」
「あれ、知らないのか? 街で見かけると、いつも早歩きで歩いてるんだよ。声掛けても気付かないから、何か用事があって急いでるのかと思って。
まあ、たまたま俺が忙しいときにばっか遭遇してるだけかもしれないが」
「そうなの? 私はあんまり街中であの子を見かけないから……」
「ん、そうなのか? でも確かに御坂妹はあんまりそういう素振りを見せないから、分かりにくいかもしれないな」
「……あら、上条ちゃん?」
唐突に聞こえてきた幼い少女の声に、二人は少し驚いた。
そして名前を呼ばれた当人である上条が振り返ってみると、そこには桃色の髪をした小学生くらいの女の子が立っていた。
「こ、小萌先生?」
「……先生? これが?」
「ああ、俺のクラスの担任の先生。……学園都市の七不思議にも指定されてるんだが、先生はこれでも大人だぞ」
「これでもとは何ですか、これでもとは! 先生は立派な大人なのですよ!」
「なるほど、学園都市の不老不死実験の被験者か何かかしら……。気の毒に」
「ち、違います! 先生は至極まっとうな人生を歩んできた上でこういう身体をしているのです!
ああっ、そんな可哀想なものを見る目をしないで下さい!」
- 467 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:33:10.40 ID:DJLHstIAo
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「ああ、なるほど。実験の被験者だったからそういうことになっちゃったんですね。先生は」
「上条ちゃんまで!?」
小萌先生は大袈裟なリアクションを取りながら叫ぶと、その体勢のまま固まってしまった。
そんな小萌先生を見た上条は小さく噴き出すと、軽く謝りながら頭を下げた。少しからかい過ぎてしまったようだ。
「とまあ、冗談はこのくらいで。小萌先生はこんなところで何やってるんですか? 最近はずっと忙しそうでしたけど」
「はい。最近はあまりにも事件が多くて警備員の先生方が出払ってしまうということで、
残された先生方の負担を軽減する為に雑務が減ることになったのですよ。
もちろん授業の準備や研究には手を抜きませんけど、会議や諸々の報告事項が大幅に削減されたお陰でだいぶ楽になったのです。
それに、最近は学校の方が事務をやってくれるアルバイトの方を雇ってくれているので、そちらの方もかなり負担が減ったのですよー」
「へえ、良かったですね」
「はいー。これで漸く上条ちゃんの相談にも乗ってあげられます」
小萌先生がは頼もしげに胸を叩いて見せたが、まだ目の下にはクマがあるし顔色も悪い。
それに、一方通行のことはあまり気軽に人に話してはいけないということがつい昨晩判明したばかりだ。ここで余計な心労を増やすべきではないだろう。
そう判断した上条は、申し訳ないが小萌先生を誤魔化すことにした。
「あー、それについてはもう解決したんで大丈夫です、心配させちゃったみたいですみませんでした」
「そうなのですか? ちょっと残念です」
「?」
蚊帳の外状態の美琴がきょとんとしている。事情が分かっていないのだ。
すると、突然小萌先生の視線が美琴に向き直った。
「ところで上条ちゃん。この子は?」
「ちょっとした知り合いです。えーっと、超能力者の御坂美琴っているじゃないですか? それがコイツです」
「あら、上条ちゃんはそんな凄い子とお知り合いなのですか?」
「あー……、まあ、そんな感じですね」
「御坂美琴さん、初めまして。上条ちゃんがお世話になってるみたいですね。これからも仲良くしてあげてくださいー」
「は、はあ……」
小萌先生に手を差し伸べられて、美琴は訳も分からないまま握手に応じる。
そしてやがて手を放すと、小萌先生は上条を見てにこりと笑った。
「それにしても、ここで会えたのは運が良かったです。ちょうど連絡しようと思ってたところだったんですよ」
「え? それってどういう……」
「上条ちゃん、これから先生の家に来れますか? 用事があるならその後でも良いんですけど」
「あー、えーと……。これからちょっとやらなきゃいけないことがあるので、後でも良いですか?」
「構いませんよ。それじゃ、これが先生の家の住所です。遅くなっても平気ですから、用事が終わったらちゃんと来て下さいね?」
「は、はい」
「それじゃ、絶対に来て下さいよー」
小萌先生はそれだけ言うと、意味が分からずに困惑している上条を残してあっという間に去って行ってしまった。
あんなに小さな身体をしているのに、実に素早い。
結局何が何だか分からずじまいだった美琴も、展開について行けずに茫然としたままの顔をしていた。
- 468 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/10(木) 21:34:34.25 ID:DJLHstIAo
- 投下終了。
申し訳ありませんが、次回の投下は少し遅くなるかもしれません。
出来れば一週間以内には留めたいとは思っていますが、悪しからず。
それでは、ここまで付き合って下さってありがとうございました。 - 469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/10(木) 22:38:55.94 ID:FPh7lsUAO
- 乙!
楽しみにしてます。 - 470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/10(木) 23:02:17.01 ID:yGfA5m1Qo
- 乙乙
毎回楽しみでならない話なんで待つよ!
結局一方さん出てっちゃったんだなー
先の展開が読めな過ぎて楽しみだ・・・ - 471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/10(木) 23:20:52.40 ID:NqDCO+xJ0
- おつ!
のんびり上条さんも良いなぁ。
しかしどうなるか本当に気になります。 - 472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/11(金) 10:45:34.84 ID:FNfegsxe0
- 子萌先生マジ教師
2013年11月12日火曜日
上条「だからお前のことも、絶対に助けに行くよ」一方「……」 1
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