上条「だからお前のことも、絶対に助けに行くよ」一方「……」 2
- 475 : ◆uQUYhhDA [saga]:2011/02/15(火) 19:54:14.57 ID:2woxd/9Lo
結局、あれから一方通行を見つけ出すことはできなかった。
けれどなかなか諦めることができなかった所為で、捜索を中断したのはだいぶ辺りが暗くなってしまってからだった。
……時刻は、既に八時過ぎ。
当然、完全下校時刻はぶっち切ってしまっている。
しかし遅くなっても構わないということだったので、上条は今更ながら小萌先生の家へと向かっていた。
小萌先生から貰った地図を頼りに夜の学園都市を彷徨っていた上条は、
持ち前の不幸でもって迷いに迷った末に、漸く小萌先生の自宅へと到着する。
「……ここ、か?」
だが、やっとの思いで目的地に辿り着いた上条を迎えたのは、見るも無残なボロアパートだった。
これなら上条の学生寮の方が何倍もマシ、と断言できる程の年季の入りようだ。
(確かに公務員の給料は削減する方向って聞いたが、流石にこれは……。よっぽど金遣いが荒いのか?)
しかし、それはあの教師の鑑と言うべき小萌先生からはかけ離れた人物像だ。
うっかりそんな想像をしかけてしまった上条はぶんぶんと頭を振ってそれを掻き消すと、小萌先生の部屋の呼び鈴を鳴らす。
するとわざわざ待機していてくれたのか、小萌先生はすぐに扉を開けて上条を迎え入れてくれた。
「いらっしゃいなのですよー。すみませんね、こんな時間にわざわざ来てもらっちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。こっちの用事に手間取った所為ですし」
申し訳なさそうに言う小萌先生に笑顔で返していた上条だが、小萌先生の家に入った瞬間にその表情が凍りついた。
そんな上条の表情を見て、小萌先生は恥ずかしそうに身体を縮こませる。
「す、すみません。これでもだいぶ片付けた方なんですけど……」
「……い、いや、あはは。でも一人暮らしってこんなもんですよ、うん……」
何とか取り繕おうとするが、上条は室内の惨状を見て顔が引き攣っているのが自分でも分かった。
しかし、上条がそんな反応をしてしまうのも無理はない。
何故なら小萌先生の部屋は、およそ彼女の外見からは想像できないほどに荒れ果てていたからだ。
煙草の吸い殻の詰め込まれたビールの空き缶がいくつも転がり、ハズレ馬券と思しき紙切れが無数に散乱している。
これではまるで、タチの悪い酒飲み親父の家だ。……テレビドラマでも見たことが無いようなレベルの。
「そ、そんなことより! 上条ちゃんに来てもらったのは、これをお渡ししたかったからなのです」
「? 何ですかこれ」
悲惨な室内をまじまじと見つめられることに耐えられなくなったらしい小萌先生が、ずいっと白くて大きな箱を差し出した。
上条は、この箱に見覚えがある。結構最近目にしたものだ。
- 476 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/15(火) 19:56:16.17 ID:2woxd/9Lo
「……先生、これって」
「上条ちゃん、先生を誤魔化そうとしてもそうはいかないのですよ。
少し悪いとは思ったのですが、上条ちゃんが病院通いをしていると聞いて事情を調べさせてもらいました。
どうやらまた何かに首を突っ込んでいるみたいですね」
その言葉に、上条はぎくりとする。
小萌先生が一体どこまでの事情を把握しているのかは分からない。
しかし、一方通行のことを風紀委員や警備員に報告されてしまったら一巻の終わりだ。
「それで、これを上条ちゃんのお友達に渡してあげてください。そして、学校に通うように呼びかけてあげてください。
先生たちは、いつでも誰でも大歓迎ですから!」
「……その、小萌先生。このことは、警備員や風紀委員には……」
「……え? どうしてそこで風紀委員や警備員が出てくるんですか?」
しまった。
上条の表情が凍りつく。
小萌先生は、上条が思っている程事情を把握していなかったようだ。
いや、それはそれで幸運なことだ。
深い事情は知れば知るほど、小萌先生を危険に晒すことになる。
しかし今回は、それが不運に働いた。
余計なことを言ってしまったと後悔してももう遅い。小萌先生は疑念の眼差しで上条を見つめてきている。
「……上条ちゃん、それはどういうことですか? まさか、もしかして、本当にもの凄い厄介ごとに巻き込まれてたり……」
「い、いや、別にまったくもってそんなことは無いというか……」
「上条ちゃん?」
だらだらと大量の汗が流れる。言い逃れは不可能だ。
しかし、ここで白状してしまうわけにはいかない。そんなことをすれば、小萌先生まで巻き込むことになるかもしれないからだ。
「……すみません、言えません。
ただ、アイツのことは風紀委員とか警備員とか、とにかく上層部みたいなところには絶対に報告しないで下さい。お願いします」
「………………」
上条が、深々と頭を下げる。
しかしそれを見ても、小萌先生は難しい顔をしたままだった。
暫らくの、無言。
上条は頭を上げない。
そんな彼を見ていた小萌先生は、やがてはあっと呆れたような溜息をついた。
- 477 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/15(火) 19:58:16.00 ID:2woxd/9Lo
「……分かりました。先生は、何も聞かなかったことにします」
「ありがとうございます!」
上条が、再び頭を下げた。先程よりも深く。
小萌先生はそれを見ると慌てて頭を上げるように促し、上条の持っている白い箱を見ながら言った。
「……それは、ちょうど余りがあったのを譲って貰ったので、その子に無償でプレゼントしてあげようと思って持って来たものです。
ただ、サイズがちゃんと合っているかどうかが分からないので、上条ちゃんが確認してくれますか?」
「は、はい」
上条が、慌てて白い箱を開く。
その中には、綺麗に折り畳まれた新品の制服が収められていた。
通常よりも少し小さめの制服。
一方通行は普通の人と比べて華奢なので、きっとこのサイズでぴったりの筈だ。
……これさえあれば、一方通行はいつでも学校に行くことができる。
「これで、大丈夫だと思います。……本当にありがとうございます」
「いえいえ、先生の勝手なお節介です。気にしないでください」
「絶対にアイツに渡して、学校に通うように言いますから。少し時間が掛かるかもしれませんけど……」
「はい。期待して待っていますね」
にこり、と小萌先生が無邪気な笑顔で笑う。
ここまでして貰ったからには、絶対に一方通行を連れ戻して、自分たちと同じような普通の生活を送らせてやらねばならない。
上条は改めて決意を固くすると、制服の入った箱の蓋を閉じた。
「それじゃ、上条ちゃん。今日はもう遅い時間なので、そろそろ帰った方が良いですよ? それから、明日はちゃんと遅刻しないで来て下さいね」
「わ、分かってますよ。じゃあ、お邪魔しました」
上条は最後にもう一度小萌先生に向かって頭を下げると、見送られながらその家を後にする。
一人帰路を急ぐ上条は紙袋に入れた白い箱を眺めると、袋の持ち手を握っている方の手をぎゅっと強く握り締めた。
―――――
- 478 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/15(火) 20:01:42.90 ID:2woxd/9Lo
廃ビルに、照明などあるはずもない。
一方通行は月明かりさえ届かない真っ暗な部屋の隅で、壁を背にして携帯電話を弄っていた。
よって、この場における光源は携帯電話のみ。
目が悪くなってしまうことも気にせずに、一方通行は真面目な顔で携帯を操作し続けている。
携帯電話の画面に映っているのは、学園都市の求人情報。
今日一日は休養に充てることにしていたのだが、それでもまったく何もしないというのも勿体ない気がしたので、
あれから目を覚ました彼はこうしてずっと携帯を通じて仕事を探していたのだった。
……しかし、どれもこれも条件が厳しい。
冥土帰しに偽造してもらった身分証があるからその辺りの心配はいらないのだが、条件に『学校に通っていること』という項目があるのだ。
それは一般の大人がスキルアウトのような子供たちから身を守る為のものなのだが、今の一方通行にとっては非常に難しい条件だった。
一方通行くらいの年齢の子供は普通、学校に通っている。
にも関わらず学校に通っていない子供なんてのは、通常スキルアウトくらいのものなのだ。
だから、相手の言い分も理解できる。
……理解はできるのだが、今の一方通行にとってこれほど恨めしい条件は無かった。
学校に行くことができないから仕事を探しているのに、学校に行っていないからと言う理由で仕事に就けないとは。
(……どォしたモンかねェ……)
何処をどう探してみたところで、やはり目ぼしい仕事は見つからない。
一方通行は溜め息をつくと、結局何の情報も彼に与えてくれなかった携帯電話をぱたんと閉じた。
途端、辺りは真っ暗闇に包まれる。
(やっぱり、自分の足で探して直接交渉なりなンなりするしかねェな。最悪、能力を利用した実験台も覚悟するか。……限度はあるが)
辺りは真っ暗で何も見えないというのに、一方通行は少し離れた場所にあった鞄を正確に引き寄せて携帯電話を仕舞い込む。
そして冷たく硬い地面にごろんと横になり、目を閉じた。
ちなみに、流石に目が覚めた時に体中が痛くなっているのはごめんなので、多少能力で身体を保護している。
つい数時間前に起床したばかりだというのに、眠気はすぐに襲ってきた。
そしてうとうととし始め、いよいよ意識が睡眠の闇の中に落ちそうになった、その時。
こつん。
足音。
少し遠くから、しかし確実にこちらに向かって歩いてきている、足音。
その音に、眠りに落ちようとしていた一方通行は飛び起きた。
(何モンだ? 追手、いやただのスキルアウトの可能性も……)
しかし、どちらにしろ敵には違いない。
一方通行は起き上がると、壁に背を付けて部屋の外の様子を窺った。
遠くの方に、小さな光が見える。
どうやら、相手は懐中電灯を持っているようだ。
- 479 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/15(火) 20:04:57.06 ID:2woxd/9Lo
足音は、どんどん近付いてくる。
数は、一つ。
今更どんな奴が出てきたところで後れを取ることはないだろうが、警戒するに越したことは無い。
一方通行は徹底的に気配を殺しながら、近付いてくる足音の正体を探る。
そして、遂に足音は一方通行の部屋の目の前までやって来た。
同時、彼は能力を発動させて廊下にいる筈の人物の目の前に飛び出す。
すると。
「おや、一方通行ではありませんか、とミサカは予想外の遭遇に驚きます」
「……御坂妹ォ!?」
―――――
「まあ、端的に申しますと少々悪さが過ぎて研究所から追い出されてしまったのです、とミサカは自らの置かれている状況を説明します」
「……大丈夫なのか? ソレ」
「永久追放と言うわけではありませんし、大丈夫でしょう、とミサカは楽観します」
御坂妹が持って来た折り畳み式の机を挟んで、二人は向かい合って座っていた。
天井には、同じく御坂妹持参の照明が取り付けられている。
本人が言うには追い出すにあたって一通り必要なものを預けられたとのことなのだが、それは果たして追い出す意味があるのだろうか。
「だが、オマエは生きる為に定期的に調整が必要なンじゃなかったか?」
「その通りです。ですが、調整が必要になったら帰って来ても良いということでしたので問題ありません、とミサカは某研究員を思い出しながら解説します」
「ふゥン……、意味分かンねェ」
これではますます追放された意味がない気がするのだが、まあ彼女にも色々な事情があるのだろうと思うことにして自分を納得させた。
そして、一方通行は部屋の隅に置かれている御坂妹の鞄をちらりと見やる。
御坂妹の持って来た鞄は、一方通行の鞄の何倍も大きく、しかもぱんぱんに膨らんでいた。
「……で、オマエは何でこンなところに居るンだ?」
「目的はあなたとほぼ同じかと。寝床を探して彷徨っていたら偶然あなたと遭遇したにすぎません、とミサカは説明します」
「あァ、そォ……。他当たれ」
「何故ですか、とミサカは驚愕を露わにします」
「何故って、オマエなァ……。ここにはもォ俺がいるだろォが。だからオマエは他の所行け」
- 480 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/15(火) 20:07:31.37 ID:2woxd/9Lo
「でしたら一緒に住めば良いではないですか、とミサカは提案します」
「駄目だ」
「どうしてですか、とミサカは首を傾げます」
「どォしてもだ」
「それでは、あなたはミサカをこの物騒な夜の学園都市に放り出そうとするのですね。
そしてミサカが夜な夜な学園都市を徘徊しているスキルアウトに襲われて、あーんなことやこーんなことをされても一向に構わないと、
そう仰るのですね、とミサカはあなたの薄情さに慄きます」
「そこまでは言ってねェだろォが!」
「と言うわけでミサカを守ってください、とミサカは図々しく申し出ます」
「……はァ」
本当に図々しい御坂妹を眺めながら、一方通行は頭を抱えた。
……コイツには本当に敵わない、と思う。
しかし、御坂妹の言うことももっともだ。
如何に軍用クローンと言えど、肉体年齢中学二年生の少女を飢えた野獣どもの徘徊する学園都市に放り出すのはよろしくない。
しかも、スキルアウトはただの不良ではない。武装しているのだ。
確かに御坂妹はかなり戦闘に長けている方だが、それでも寝込みを襲われたり、武装した複数人に襲われたら危ないかもしれない。
安心して眠る為には、信頼のおける人間がそばにいる必要がある、と言うのも事実だった。
「……、……。御坂の寮に行けば良いじゃねェか。アイツなら快く受け入れてくれるだろ」
「ご存じありませんか? お姉様の寮を管理している寮監は、非常に厳しいことで有名なのです。
もしお姉様が学校に秘密でミサカを匿った場合、お姉様が一体どんな目に遭うことになるのか考えただけで恐ろしいです、
とミサカは暗にお姉様は頼れない旨を伝えます」
「オマエを放り出した研究者どもに金は渡されてねェのか。ホテルでもなンでも行けば良いだろ」
「一応お金は渡されていますが限られていますし、学生の多い第七学区にホテルなどほとんどありません。
今から探しに行くのもそれはそれで危険かと、とミサカは可能性を潰していきます。……そろそろ諦めたらどうですか?」
「………………」
その時、御坂妹がほんの僅かだけ勝ち誇ったような表情をしたのを、一方通行は見逃さなかった。
非常に腹立たしい。
……腹立たしい、が。
「わァかったよ。好きにしろ」
「ありがとうございます、とミサカは感謝します」
遂に折れた一方通行に、御坂妹はにこりと笑う。
そんな彼女を見て、彼は再び大きな溜め息をついた。
- 481 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/15(火) 20:10:19.60 ID:2woxd/9Lo
……しかし、止むを得ないとは言え、厄介なことになってしまった。
今は垣根帝督を撃破した直後なので比較的安全な状況とは言え、それでも彼がまだ狙われているということには変わりない。
これでは、きっと御坂妹まで巻き込んでしまうことになる。
それは、何としてでも避けなければならない。
一体彼女が研究所から追い出されているのはどれくらいの期間になるのかは分からないが、それまでの間、何とかして彼女を守らなければ。
「……とまあ、色々と不安を煽ってはみましたが、ミサカもそこそこ戦えると自負していますのでそこまで緊張しないでください、
とミサカは難しい顔をしている一方通行に語り掛けます」
「……そンなンじゃねェよ。それより、オマエはいつまで研究所に帰れねェンだ?」
「そうですね、それほど長い期間ではありません。三日と言ったところでしょうか、とミサカは追放期間を提示します」
「ふゥン……、まァ、それくらいならいけるか……?」
「…………」
ぶつぶつと独り言を言っている一方通行を見ても、御坂妹は何も言わなかった。
それどころか彼女は一方通行を無視して巨大な鞄を漁り始め、更にその中から毛布を引っ張り出しはじめる。しかも、何故か二枚。
「オマエ、なンだそりゃ」
「見てわかりませんか? 毛布です、とミサカは愛しいこのもふもふを見せびらかします」
「そンなことを訊いてンじゃねェよ。このクソ暑ィ時期に、なンで二枚も毛布なんか持ってきてンだ?」
「ミサカは寒がりなのです。ですが今回は特別に一枚あなたに貸し出してあげます、とミサカは懐の広さをアピールします」
「いらねェよ」
「遠慮なさらないで下さい。こんな固い地面に直に寝たら身体が痛くなってしまうでしょう、とミサカは親切心を発揮します」
「能力で保護してる。心配ねェ」
「なんて勿体ないことに能力を使っているのですか。
それでいざというときに頭痛になったりして、能力が使えなかったらきっと困りますよ? とミサカは諭します」
「……はァ、分かったよ。使えば良いンだろ、使えば」
「素直で何よりです、とミサカは説得に成功して満足します」
言いながら御坂妹が毛布を差し出すと、一方通行はひったくるようにしてそれを奪い取った。
御坂妹はそれを見て満足そうな動作をすると、自分用の毛布を身体に巻き付け、そのままその場にごろんと寝転がる。
「おいコラ、ちょっと待て」
「何でしょうか、とミサカは睡眠を妨害されて不機嫌になります」
- 482 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/15(火) 20:12:05.07 ID:2woxd/9Lo
「そこで寝ようとすンな。他の部屋行け」
「何故ですか」
「この状況は客観的に問題があンだろォが! そンなことも分かンねェのか?」
「おや、それではあなたはミサカに手を出すつもりがあるのですか? とミサカはエロ親父のようなニヤニヤ笑いを浮かべます」
「うぜェ! ンなことする訳ねェだろォが、客観的に見ておかしいだろっつってンだ」
「ですが、ミサカが他の部屋に行ってしまうことによってミサカが襲われた時にあなたに気付いて貰えなかったら大変なことになります。
それともあなたはミサカが何者かに」
「あー! もォ分かったよ、勝手にしろ!」
「はい、勝手にさせて頂きます、とミサカは言い逃げして眠りにつきます。おやすみなさい」
有言実行、御坂妹はそれだけ言うと再び地面に寝転がった。
そして驚くべき寝付きの良さによって、彼女はわずか数秒で寝息を立てはじめる。
一方通行は御坂妹の寝顔をしばらく見守っていたが、やがて点けっぱなしになっていたランプの明かりを消して部屋の壁際へと歩いていく。
流石に彼女のそばで寝るのは悪いと思ったのか、それとも彼女に対する最後の抵抗だろうか。
ともあれ彼は部屋の壁際までやって来ると、御坂妹のように毛布をかぶり、壁に背を付けて座るとそっと目を閉じる。
彼は暫らく様々な考えを巡らせていたが、すぐに眠りに落ちていった。
- 489 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:32:33.59 ID:k31JosIBo
殺される夢ではなく、
殺す夢を見た。
- 490 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:36:33.80 ID:k31JosIBo
「…………!」
廃ビルの一室で眠っていた御坂妹は、驚いてがばっと飛び起きた。
しかし周囲を見回せば、そこは眠った時と寸分違わぬ静かでひんやりとした灰色の部屋。昨晩と全く同じ、何も変わらない。
壁際では、御坂妹の持って来た毛布に身を包んで眠っている一方通行の姿もあった。
それを見て、御坂妹は漸く平静を取り戻す。
そして彼女は鞄の中に入れておいたタオルを取り出し、僅かに伝う汗を拭った。
大した発汗もなく息切れも起こしていないので見た目には何とも無いように見える彼女だが、心臓はばくばくとしている。
彼女は、胸に手を当てて鼓動が収まるのを待った。
やがて鼓動が穏やかになってくると、彼女は被っていた毛布を剥ぎ取って一方通行の眠っている場所へと歩いていく。
そして一方通行の目の前までやって来た彼女は、その場に座り込んで未だ眠り続けている一方通行の顔を覗き込んだ。
寝息を立てている。動いている。生きている。何も、問題ない。
(……それにしても珍しい夢でした、とミサカは暢気な感想を述べます)
御坂妹はそもそも夢自体、滅多に見ることは無い。
だと言うのに、たまに夢を見たと思ったら、これだ。……気分が悪い。
もう二度と夢など見たくないな、と彼女は思った。
(時刻は……、13時32分ですか。明らかに寝過ごしてしまいました、とミサカは目覚ましを掛け忘れたことを後悔します)
……一方通行の護衛の為にミサカネットワークを駆使して彼を捜索していたにも関わらず、こんなところに隠れられていた所為で見つけるのに手間取ってしまった。
しかしそれ以上に、昨晩は事後処理や諸々の作業に追われて非常に忙しかった。
恐らく、御坂妹も一方通行と同じで疲れが溜まっていたのだろう。
とは言え、今のところこれといってやるべきことはない。今はただ、ここでこうしていることしかできないのだ。
御坂妹は小さくため息をつくと、再び一方通行の顔を覗き込む。
もうずっと見つめ続けているというのに、飽きないのだろうか。
彼女は暫らくそのままじっとしていたが、やがて観念したように一方通行がもぞりと身動ぎした。
「……オイ、いつまでそォしてるつもりだ?」
「おや、起こしてしまいましたか、とミサカは申し訳なく思います」
「最初っから起きてた。オマエが突然目の前に来たから起きづらかったンだよ」
「そうでしたか、それは申し訳ありませんでした、とミサカは謝罪します」
御坂妹が目の前から退くと、彼はすっくと立ち上がって少しだけ汚れの付いてしまった服をはたき始めた。
はっとして、御坂妹も自分の服装を見下ろす。
制服のまま毛布にくるまって眠っていた所為で、ブラウスもスカートもくしゃくしゃになってしまっていた。
流石にこれではみっともないので、御坂妹は必死になって服の裾を引っ張って皺を伸ばそうとする。
「服の替えはねェのか?」
「あるにはありますが、あと一着しかないので無駄遣いはしたくありません、とミサカは倹約を宣言します」
「あァそォ……。つっても、ソレじゃ外に出れねェだろ」
「だから今こうして一生懸命引っ張っているのではありませんか、とミサカは引き続き人力アイロンを実行します」
- 491 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:38:18.24 ID:k31JosIBo
「止めとけ、服が伸びて余計にみっともないことになるだけだ。素直に着替えろ」
「ですが服の替えが無いといざというときに困ります、とミサカは渋ります」
「それを寝巻にして、もう一着を外出用にすれば良いだろォが。それか、ランドリーがその辺にあった筈だからそこにぶち込ンどけ」
「ふむ……。ではあなたの言う通りにしましょう、とミサカは妥協します」
「そォしろ。俺は出てくる」
早速着替えを始めようとした御坂妹に背を向けて、一方通行が部屋から出ていこうとする。
それに気付いた御坂妹は、すかさず彼を引き止めた。
「待ってください。何処へ行くのですか? とミサカは質問します」
「仕事探しだよ。いつまでもこンなところに住むワケにはいかねェだろォが。金も無限じゃねェし、オマエと違って帰る場所もねェンだよ」
「それでしたら、ミサカが力になれるかもしれません、とミサカは胸を張ります」
「……はァ?」
思わず、と言った調子の声を上げながら一方通行が振り返る。
するとそこには、ブラウスのボタンを全開にしたまま得意げに胸を張る御坂妹の姿があった。
「……オマエ、何してンの?」
「おおっと、これは失礼しました。すぐに着替えを完了させるのでしばらくお待ちください、とミサカは慌てて服を脱ぎます」
「そっちじゃねェよ、アホか。もォ良い、俺はあっちに行ってるからな。着替え終わったら呼べ」
それだけ言うと、一方通行は踵を返してすたすたと立ち去ってしまった。
とは言え、足音は少し行ったところですぐに止まってしまったので、隣の部屋に移動しただけのようだが。
御坂妹は一方通行の行動の意味が分からないとでも言うように首を傾げていたが、すぐに本来の目的を思い出して着替えを再開した。
―――――
「で、仕事のアテがあるって話だったか?」
「そういう話でしたね、とミサカは同調します」
着替えが完了してパリッとした制服に着替えることの出来た御坂妹は、心機一転といった調子で一方通行と向かい合っていた。
その隣にはくたびれた制服が畳んでおいてある。結局、御坂妹はあれを寝巻にすることにしたようだった。
「そのアテってのはなンだ?」
- 492 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:41:05.31 ID:k31JosIBo
「ミサカの調整を行っている研究所のことです。ちょうど人手が足りないと嘆いているところだったので、恐らくすぐに雇ってくれるでしょう。
それに、法的に禁止された人間の体細胞クローンを研究する場所ですから、ぶっちゃけ後ろ暗い連中ばかりです。
誰も深く詮索はしてこないでしょうし、多少素性が分からないような人間であっても問題ないかと思われます、とミサカは説明します」
「ほォ、確かにそれならうってつけだな」
「そうでしょう、とミサカは得意げに無い胸を張ります」
「それもォ止めろ」
両手を腰に当て、再び平べったい胸を前面に押し出している御坂妹を見て、一方通行が呆れたように言った。
すると、御坂妹は少し不服そうにしながらもそのポーズを止める。
「他でもないあなたの願いなら聞き入れる他ありませんね。それから、言い忘れていましたがこれには一つ問題があります、とミサカは告白します」
「なンだ?」
「ミサカは現在研究所を追放されている身ですので、最低でもあと二日は研究所にあなたを紹介することができません、とミサカは項垂れます」
「あァ、その程度なら構わねェ。仕事を探すのに、もっと時間を掛けることも覚悟してたからな」
「そうですか? それなら良かったです、とミサカは胸を撫で下ろします」
もちろんこれは、もともと最低でも三日は彼のそばにいる為の方便だったのだが、最初にそう説明してしまった以上今更翻すこともできない。
それに彼は異常に記憶力が良いので、下手なことを言って矛盾を発生させてしまうと追及されてしまう。
なので御坂妹は、無理に最初の発言を覆したりはせずに話を合わせた。
正直この状況は願ってもいないくらいの好転だったので今すぐにでも彼を研究所に案内したかったのだが、そんな無茶をして疑われてしまっては元も子もない。
「というわけで仕事は決定してしまったわけですが、これからどうするつもりですか?
ミサカにも特に予定はありませんので、何処かに行くのでしたらミサカも同伴させて頂けると嬉しいです、とミサカは希望します」
「俺もこれと言って予定はねェな。……何処か行きてェ場所があるのか?」
「特にはありませんが、ここでじっとしているのは嫌ですね。取りあえずこの辺りをぶらぶらしましょうか、とミサカは提案します」
「ン、じゃあそォすっか。腹も減ったしな」
「そう言えばまだ何も食べていませんでしたね。ついでに食事も済ませてしまいましょう、とミサカは外食に心躍らせます」
「……期待してるとこ悪ィが、この辺は大したモンは無かったはずだぞ」
「料理の質自体にはさほど興味はありません。外食という行為自体、何かわくわくしませんか? とミサカは自らの価値観を語ります」
「ま、オマエが良いならなンでもイイけどよ……」
一方通行が席を立ち、部屋から出ようとする。
もちろん御坂妹もその後について行く為に、立ち上がってその背中を追おうとした。
- 493 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:45:19.19 ID:k31JosIBo
すると、その時。
何故か唐突に、先程見た夢が目の前の彼に重なって見えた。
咄嗟。本当に、思わず。
御坂妹は、一方通行の手首をはっしと掴んでしまった。
彼女の突然の行動に驚いた一方通行が、珍しくきょとんとした顔をして御坂妹を見つめている。
そんな彼の顔を見て御坂妹ははっと我に返ると、慌てて彼の手首を解放した。
「……なンだ?」
「い、いえ、何でもありません。驚かせてしまって申し訳ありません、とミサカは頭を下げます」
「いや、それは別に良いンだが……」
一方通行は何か言いたそうにしていたが、そこで言葉を切ったきり、何も言わずに再び御坂妹に背を向けてしまった。
御坂妹も彼に倣って何も言わずに、黙って後を付いて行くことにする。
(……夢、ですか。まったく馬鹿馬鹿しいですね、とミサカは一人溜め息をつきます)
黙々と彼の後に続きながら、御坂妹はあの夢のことを考えていた。
けれど、どちらにしても有り得ないことだ。
そう。殺すにしても殺されるにしても、有り得ない。
どうして今更あんな夢を見てしまったのか、自分でも不思議なほどだ。
そう言えば何処かの心理学者が夢は自分の願望を表すとか言っていたが、アレは嘘っぱちだ、と御坂妹は確信する。
だって自分は微塵もそんなことを望んでいないし、そうならない為に今日まで頑張ってきたのだから。
そして、その気持ちには何の嘘偽りも無い。紛れもない本心だ。
(そう、有り得ないことです。……有り得ないようにする為に、ミサカたちは……)
……『反対派』や木原数多たちとの戦いは、現在休戦状態にある。
どちらも予想していなかった結果になってしまった為に、両者ともがどうしたら良いのか分からず作戦会議を行っているからだ。
本当なら『推進派』のリーダー格である彼女もそれに参加するべきなのだが、どうもそうする気になれない。
と言うか、正直に言うと何の案も出ないに決まっているので面倒くさいのだ。
それにこちらの方がよっぽど有意義な仕事だし、何より楽しい。他の妹達には申し訳ないが、彼女が適任なのも事実なのだ。
(はあ。本当に、これからどうすれば良いのでしょうか、とミサカは途方に暮れます)
彼がこの学園都市に残るということに関しては、一抹の不安が残るがまあ構わない。それに、彼の意志が最優先だ。
しかし、この先。この先をどうするかが問題だった。
いくら彼が強くなったと言っても、幻想殺しと超電磁砲が味方に付いていると言っても、この状況を維持するのは難しい。
だが、彼女たちの仕事はそれを何とかして維持させることだった。
……いや、もしかしたらあの三人の力をもってすればそれも可能かもしれない。
しかしそこはもう完全にあの三人の領分であって、彼女たちの出る幕は無いのだ。彼女たちの戦闘能力は、そこまで高くない。
出来ることと言えば、せいぜい一方通行の天敵である木原数多と彼率いる猟犬部隊を牽制することくらいだ。
しかもそれは完璧ではない。訓練された暗部組織である猟犬部隊を完全に抑えられるほど、彼女たちは強くないのだ。
- 494 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:47:30.43 ID:k31JosIBo
(……とにかく、足手纏いだけはごめんですね。とにかく情報封鎖から始めないとでしょうか、とミサカは結論付けます)
「オイ、早くしねェと置いてくぞ」
突然一方通行に声を掛けられて、御坂妹は慌てて顔を上げた。
考え事をしている内に、歩調を遅めてしまっていたらしい。
御坂妹はいつの間にやら置いて行かれていたらしく、一方通行がかなり先に行ったところで立ち止まってくれていた。
「申し訳ありません、とミサカは慌てて歩調を早めます」
「……顔色が悪ィな。体調が悪いのか?」
「いえ、そんなことはありません。昨日からろくにものを食べていないので空腹の所為かと、とミサカは推測します」
「ふゥン……」
一方通行は一瞬胡散臭そうに御坂妹を見つめたが、それだけだった。
彼はそのまま踵を返し、すたすたと歩いて行ってしまう。
その後を、御坂妹は慌てて追いかけていった。ただでさえ距離が開いているので、これ以上先に行かれたら見失ってしまう。
御坂妹は一方通行を追って、駆け足で廃ビルを後にした。
―――――
一方通行が御坂妹と共に昼食を食べに出ている頃。
上条と美琴もまた、行方不明になってしまった一方通行を探して第七学区を彷徨い歩いていた。
「ったく、アイツ一体何処にいるんだよ……」
「目ぼしいところは大方当たってみたけど、全部ハズレとはね。一つくらいヒットするかと思ったんだけど」
何処の誰に聞いても知らないという答えしか返ってこないので、最初は楽観視していた上条も少し焦り始めていた。
一方通行くらいの子供が働く場所を探そうとするのなら、第七学区くらいしかアテはない筈。……にも関わらず、まったく見つかる気配がない。
実際は、一方通行はあれからちっとも行動を起こしていないから見つからないだけなのだが、二人はそこまで考えていないようだった。
何しろ上条は驚異的な回復力で自力で怪我を治してしまったし、比較的重症だった美琴はさっさと病院に行って治してもらったので、
当然一方通行も彼らと同じように回復してすぐに行動を開始しているものと思い込んでしまっているらしい。
「流石に第七学区内にはいると思うんだが、第七学区も広いからなあ……」
「一応、アイツの行動パターンを考えて範囲指定してるけどね。もうちょっと探索範囲を広げるべきかしら?」
「そうかもなあ……。アイツのことだから、できるだけ人を巻き込まないように第七学区の中でも人気の無さそうなところにいるんじゃないか?」
「その考えには大方同意だけど、一体この第七学区にどれだけの数そんな場所があると思ってるのよ?」
- 495 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:50:27.22 ID:k31JosIBo
「第七学区って意外と寂れてるところ多いんだよな。隠れやすい廃屋なんかも多いから、よくスキルアウトが根城にしてるし……」
もちろん、そういう場所を探しては見た。
しかし当然ながらそういう場所にはスキルアウトが跋扈しているので、わざわざ彼らを排除してから探し回らなければならない。
準備だけでも一苦労なのだ。
スキルアウト相手なら少しくらいなら上条も戦えるが、相手が三人以上なら迷わず逃げる。
つまり大量のスキルアウトが潜んでいそうな場所を探索するときは美琴に頼らざるを得ないので、なかなかそういう場所には行けないのだ。
自身が情けない以上に、上条は女の子である美琴にあまりそういう場所に近付いてほしくなかった。
「まあ、スキルアウトが隠れやすいってことはアイツが隠れてる可能性も十二分にあるんだけどね。やっぱりその辺を中心に探すのが……」
「いやいや、危ないって。俺だってあんまり大量のスキルアウトは相手できないし……」
「何回言わせるつもり? 私があんなスキルアウトに負ける訳ないでしょ。そんなに心配してくれなくても大丈夫だってば」
「でも、あそこはお前が思ってる以上に物騒なんだぞ? 本当に。それに、最近はスキルアウトも狂暴化してるって話だし」
「……そう言えば、そんな噂もあったわね。テロが頻発し始めた頃だったかしら?」
「言われてみればそれくらいだな。武器が大量に横流しされたりしたのか? 学園都市の治安はどうなってるんだか」
「ま、その武器だってどうせ金属製なんだから私には関係ないんだけどね」
「まあお前にとってはその通りなんだろうが……。何か、スキルアウトが能力を持ち始めてるって話も聞いたな」
「……スキルアウトが、能力を? それスキルアウトじゃないんじゃない?」
「確かにスキルアウトの定義が微妙に崩れてるけどな……」
スキルアウトとは、武装無能力者集団のことだ。
要するに、構成員のほぼ全員が無能力者。
まったく能力者がいないというわけではないだろうが、それでもかなりの低能力者の筈なので実戦には向かないはずだ。
……にも関わらず、『能力を持ち始めている』と言う噂が立つほどになっている。
それはつまり、スキルアウトが能力を使って脅迫や暴行を行っている現場を見た人間が居る、ということだ。
能力を持っていないが故に武装していたはずのスキルアウトが、能力を持ち始めている。
武装能力者集団。
問題になっているという話は聞いたことがないが、もしそんなものが実在するとしたら脅威だ。
殆どの学生の安全が、脅かされることになってしまうだろう。
「それでも私の敵じゃないけどね」
「そりゃそうだろうけど、頼むから危機感を持ってくれよな。お前の能力が通用しない新兵器とか能力とか、無いとは言い切れないんだからな」
「新兵器はともかく、相手が能力者ならアンタが負ける訳ないじゃない」
「……ビリビリはほんと、俺のこと買い被り過ぎだって。上条さんはそんなに強くありませんのことよー」
「そういう台詞は一回でも私に負けてから言いなさいよ。何だかんだ言ってあれから勝ててないのよね……。あ、なんか腹立ってきた」
- 496 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/20(日) 00:52:39.98 ID:k31JosIBo
「頼むからこんなところで放電しないでくれよ。俺はともかく、ほぼ確実に周囲に被害が及ぶから」
「分かってるわよ。流石にアンタ以外に迷惑をかけるのは、ね」
「ちょ、それどういう意味ですかビリビリさん?」
「つーんだ」
美琴はそう言って上条から顔を背けると、少し歩調を早めて彼を追い抜かしてしまった。
先に行ってしまおうとする彼女を、上条は慌てて追いかける。
追われる美琴は一度だけ振り返ってあっかんべーをすると、更に上条を引き離すべくさっさと走って行ってしまった。
- 515 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:31:04.24 ID:SFobUqfxo
御坂妹の追放期間、最終日。
明日、漸く御坂妹は研究所に戻ることを許されるらしい。そして、それは同時に一方通行が仕事に就く日でもある。
言わば最後の休日なのだが、御坂妹は用事があると言ってさっさと何処かへ行ってしまった。
よって、一方通行は暇を持て余しているのだ。
(……、外、出ねェ方が良いよな……)
ビルの隙間から見える喧騒を眺めながら、一方通行はひたすらぼうっとしていた。
それまでかなりの頻度で襲い掛かってきていた追手も、あの垣根帝督を撃破してからというもののまったく音沙汰がない。
いや、それは恐らく幸いなことなのだが、どうも油断を誘っているような気がして気味が悪かった。
(しかし、暇だ……)
……なんだかんだ言って、御坂妹は話し相手としてはかなり優秀だったと思う。
何処から得た知識なのかは知らないが、彼女は意外と色々なことを知っていたので何もない時は様々な話をしてくれた。
その知識には異様に偏りがあったが、それでもただ聞いている分には面白かった、と思う。
しかし彼女に比べて一方通行は余りにも何も知らないので、彼から彼女に話し掛けるということは殆ど無かった。
ただ、尋ねられれば答えたし、知っていることは話してやったが、せいぜいそれくらい。彼女には到底及ばなかった、と思う。
彼が知っていることと言えば、冥土帰しの仕事を横から見ていて得た医療の知識と本で得た学問的な知識のみ。
そんな小難しい話をしたってきっと面白くないだろうし、御坂妹だって疲れるだけだろう。
(……やべェ、平和ボケし始めてる)
暇過ぎて、一瞬ちょっとくらいなら外を出歩いても良いかな、と思ってしまった。
しかし彼はそんな腑抜けた考えを一蹴する。
そういう風に楽観的に考えてしまったからこそ起こしてしまった悲劇を、彼はまだ忘れていなかった。
本当なら、いつも病院でそうしていたように眠っていれば良いのだろう。
しかし生憎彼は先程目覚めたばかりで、その上珍しくあまりにもさっぱりと目が覚めてしまったので二度寝する気になれなかったのだ。
だから、今も彼はこうして暇を持て余している。
眠気は全くないのに、暇な所為であくびまで出てきてしまっ……、駄目だこれマジで平和ボケしてる。
(人通りの少ないところなら大丈夫か? 俺一人が襲われるくらいなら平気だろォしな)
いっそのこと襲い掛かってきてくれた方がこの平和ボケも少しは改善されそうだ。
ちなみに追手でなくても良い。スキルアウトでも可。
とにかく今は、ほんの少しでもいいから緊張感を取り戻したかった。
いつまでもこんな調子では、いざ本当に強敵が襲ってきた時に手も足も出ない、なんて事態になりかねない。
身体を鈍らせない為にも、適度な運動が必要だった。
―――――
- 516 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:34:11.54 ID:SFobUqfxo
一方その頃。
一方通行を置いて外出していた御坂妹は、彼女が寝泊まりしていた研究所とはまた別の研究所にやってきていた。
Sプロセッサ社、脳神経応用分析所。
例の実験における重要な研究者の殆どは、ここで研究を行っている。
……とは言え、現在は研究らしい研究などほとんど行われていないが。
現在ここで行われているのは、『如何にして一方通行を捕縛するか』を模索する為の会議。
しかし、今回御坂妹がこの研究所にやって来たのはそれを監視する為ではない。
と言うか、監視する意味がない。
何しろその会議には、彼の能力を攻略できる可能性を持った人間は誰も参加しておらず、
ただ頭でっかちなだけで無力な研究者が延々と無意味な話し合いをしているだけだからだ。監視するだけの価値もない。
……いや、一つだけ懸念があると言えば、ある。
けれど御坂妹の目的は、そこではなかった。
(……とは言え、放置するには少々危険でしょうか。ですがミサカたちには何の対抗手段もありませんし、とミサカは一人ごちます)
どんな懸念をしたところで、現時点では放置するしかないのが悔やまれる。
しかしその一方で、もう暫らくは大丈夫だろう、という確信もあった。
そしてその確信を更に強固なものにする為に、釘を刺さなければならない。今日の彼女の目的は、そこだった。
(そこまで心配せずとも彼らなら大丈夫だとは思いますが、とミサカは自らが心配性であることを認めます)
それに、大した危険があるわけでもない。
どうせ研究者たちは、彼女を反対派の妹達と見分けることなどできないだろうから、彼女は自由に研究所内を歩き回ることができる。
完全に同一故に自分たちを殆ど見分けて貰えないことに不満を持ったこともあったが、この姿にはこうした利点もあるのだ。
(今ここでぐだぐだと考えていても埒が明きませんね。さっさと行ってしまいましょう、とミサカは結論付けます)
すると御坂妹はさっさとドアノブに手を掛け、一気に扉を開く。
しかし扉を開いたその先には、研究員は見当たらなかった。どうやら殆どの研究員が会議に参加しているようだ。
(目的の部屋は……、あっちですね、とミサカは脳内の情報を整理します)
立場上この研究所には滅多に来ることがないので歩き慣れてはいないのだが、そこで立ち止まってしまうほど御坂妹は無能ではない。
彼女はミサカネットワーク上に保存されている研究所内の見取り図を参照しながら、しっかりとした足取りで奥へと進んで行く。
その姿に、迷いなど微塵も感じられなかった。
―――――
- 517 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:37:47.71 ID:SFobUqfxo
今回に限っては幸運なことに、裏路地に入るとすぐにスキルアウトらしい集団に囲まれた。大体10人くらいか。
腹立たしいことに、か弱そうな見た目が相手に襲いやすそうな印象を与えるらしい。
……とは言え、女子供関係なく能力だけがものをいうこの学園都市で、そんな判断基準にどれほどの意味があるのかは分からないが。
「ようようそこの君ぃ、こんなところで何してるんだい?」
「ちょーど良かった、俺たちお金に困ってるんだよねー。ちょっと貸してくんない?」
いつの時代も、不良の脅し文句というのは大して変わらない。
一方通行は記憶喪失だったが、以前にもこういう風に絡まれたことがあるのか、何となくその台詞に聞き覚えがあるような気がした。
「おいおい、黙ってんじゃねえよ。痛い目に遭いたいのか?」
取りあえず、練習台の確保には成功した。しかし、ここからどうするべきなのかいまいち分からない。
きっとこいつらは、もうすぐ一方通行に殴りかかってくるはずだ。そして、反射の壁に阻まれて為す術もなく地に伏すこととなるだろう。
一方通行が手を下すまでもない。間もなく、彼らは自滅する。
だが、それではいけないのだ。
突っ立っているだけでハイ終了、なんてのは何の練習にもならない。ただスキルアウトを虐めているだけだ。
つまり一方通行は、自分から何らかのアクションを起こし、戦いらしい戦いをしたいのだが。
(……動体視力と反射神経には自信があるが、喧嘩なンかしたことねェからなァ。まず、最初はどォいう攻撃をするのが良いンだ?)
一方通行は、完全に目の前のスキルアウトを無視して考え込んでしまっている。
もちろん彼の場合はそれでもまったく問題ないのだが、その余裕ぶった態度がスキルアウトの癪に障ったようだ。
痺れを切らしたスキルアウトの一人が、さっそく一方通行に殴りかかろうとする。
(あ、不味ィ)
しかしその攻撃を、一方通行はひょいっと回避した。
彼の背後にあった壁にスキルアウトの拳が激突し、実に痛そうな打撲音を響かせる。
……尚、当然ながら一方通行に先の攻撃を避ける必要性など皆無だ。
だがあのままでは彼の能力に驚いたスキルアウトたちが脱兎のごとく逃げ出してしまうことは明白だったので、あえて回避したのだ。
(反射を使わずに、どれくらい戦えるか……、これで行くか)
もちろん反射は既に展開中だが、できるだけ相手に反射に触れさせずに戦おう、ということだ。
垣根や木原との戦いで、反射の通用しない敵がいることは判明している。
うち垣根には対応できたが、木原の攻撃は未だに解析が進んでいない。どう考えても、ただの打撃としか言いようがないのだ。
つまり、一方通行の反射には打撃に対する何らかの脆弱性があるらしい。
だからこうして訓練して、打撃自体に触れないように行動できるようになれれば良いのではないか?
こいつらの動きはあの木原数多には遠く及ばないが、少なくとも訓練にはなるはずだ。それも、戦闘経験の少ない一方通行には丁度良いレベルの。
……そう考えた一方通行の行動は、早かった。
- 518 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:41:16.03 ID:SFobUqfxo
「ッ、てえ!」
「この、なめやがって!」
まずは、目の前にいて最も彼の動きを制限している男を蹴り飛ばした。
そこから不良たちの輪を抜け出し、手近にいた男の背中を回し蹴りで吹き飛ばす。
次いで殴り掛かってきた男の攻撃も、首を捻って容易く回避した。
ベクトル操作のお陰で多少無茶な体勢をしてもバランスを保てるので、反応さえできれば回避自体はそう難しいことではない。
(ン、意外と行けるモンだな)
能力で攻撃の威力も上げているので、大抵のスキルアウトは一撃でのすことができる。
そんな攻撃と回避を繰り返している内に、彼はあっという間にすべてのスキルアウトを撃退してしまっていた。
あまりにもあっさりと片付けることができたので、逆に拍子抜けしてしまったほどだ。
(学園都市の裏路地事情には詳しくねェが、スキルアウトってのは皆こンなモンなのか? 意外とちょろいな)
確か上条は相手が三人だったら迷わず逃げるとか言っていたが、あれはもしかして上条なりの謙遜だったのだろうか。
いや、もしかしたら持ち前の不幸を発揮してやたら強いスキルアウトに当たってばかりだったのかもしれない。
(でも上条には能力ねェしな……。相手も能力無しだったらそンなモンか? いや、でもアイツ垣根帝督とタイマン張ってたよな……)
殴打という攻撃手段しか持たない上条とは相性が悪かったので勝利には及ばなかったが、それでも上条は接近戦で垣根と互角に戦っていた。
垣根が一体どれくらいの身体能力を持っているかは分からないが、流石にスキルアウト以下と言うことは無いだろう。
いや、それでも垣根帝督の場合は能力の方が強いのだから、身体を鍛えているとは言ってもそちらに重点は置いていないはずだ。
それに上条は「三人以上なら迷わず逃げる」と言っていたので、もしかしたら二人なら余裕なのかもしれない。
それなら単純身体能力で上条と拮抗していたのもまあ理解できるかもしれないが……。
と言うか、上条の場合は火事場の馬鹿力とかそういうものが働いているような気もする。
(…………、腹、減ったな……)
そう言えば、昼に起きてから何も食べていない。
つまり、昨日から何も食べていなかった。腹が空くのも道理と言うもの。
一方通行は進路を塞いでいたスキルアウトの身体を蹴って道を開けさせると、昼食を求めて人の少ない通りへと出て行った。
―――――
- 519 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:44:43.03 ID:SFobUqfxo
「……相変わらず、暢気な奴」
顔に大きな刺青を入れた白衣の男、木原数多がパソコンのモニタに映る一方通行を眺めながら呟いた。
……現在、彼らは一方通行を監視することしかできなくなっていた。
別に上からそういう命令が下ったわけではない。単純な戦力差によって、おいそれと手を出せなくなってしまったのだ。
「一方通行だけでしたらあなた一人でも対処できたでしょうけどね、とミサカは他人事のように分析します」
「……で、お前はなんでここに居るんだ。ああ?」
けろりとした顔で木原の隣に座っているのは、反対派の妹達ではない。
こともあろうに、推進派のリーダー格であるミサカ10032号、つまり御坂妹だった。
「お前は俺の敵だろうが。何で平気な顔してそんなとこに座ってるんだよ」
「これは敵情偵察です。あなたたちがどんな悪巧みをしているのかスパイしに来たのです、とミサカは自らの目的を暴露します」
「そうか。帰れ」
木原は「それ以前にコイツをここまで通したのは誰だ馬鹿どもめ」などとぶつぶつ言っていたが、御坂妹は全く気に留めない。
それに文句を言ったところでどうこうできるという問題ではない。
彼女たちは遺伝子が同一なだけあって本当にまったく同じ顔をしているので、見分けるのは非常に難しいからだ。
……ただし、この様子を見るに木原にはある程度見分けがついているようだが。
「ふむ。ですがそちらも何の進展も無いようですし、これ以上ここに居ても仕方がないのでお暇させて頂きますか、とミサカは席を立ちます」
「そうしろ。そして二度と来るな」
そうは言うものの、木原はほとんど彼女の侵入を阻むことを諦めてしまっている。
何故なら、『反対派』の妹達と『推進派』の妹達を見分けて入場を制限することなど、ほとんど不可能に近いからだ。
こと妹達のことに関しては、どうしても上位個体を擁しているあちらの方に分がある。
何度か対策を講じたことはあったものの、それらはすべて最終信号(ラストオーダー)の上位個体権限の前には無意味だった。
なので最近は妹達が上位個体権限を無視できるようにする為の装置を開発しているのだが、なかなか難航しているようだ。
「ああ、それからこちらの方も作戦会議は難航しています。もうミサカたちの出る幕はないのではないか、と言う意見まで出てしまう始末ですよ?
とミサカはミサカたちの事情を明かします」
「…………。それはどういうことだ?」
「どういうこと、とは? とミサカは首を傾げます」
「どうしてわざわざ俺にそんなことを教える。優位に立ってるからって余裕を見せつけているつもりか?」
「どう解釈してもらっても構いませんが、その上でお答えしますとミサカがフェアではないと判断したからです。
それに、報告したところでこちらには何の害もありませんから、とミサカは嫌味に言い放ちます」
- 520 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:50:03.20 ID:SFobUqfxo
「フン。精々今の内にその余裕を楽しんでおくんだな」
「…………。少なくとも、あなたたちは手段を選ぶであろうとミサカたちは信じています。お願いしますよ? とミサカは念を押します」
「……はッ。下らねえ」
忌々しそうに呟く木原に御坂妹はぺこりと頭を下げると、そのまま研究室を出て行った。
残された木原は、彼女の言葉を思い返して歯噛みする。
……そうだ。まったくもって、下らない。
それでもそれだけは、使ってはならない手だった。人間として残された良心の、最後の一線だった。
しかも、それだけではない。
一歩間違えれば、それはこの実験そのものをすべて台無しにしてしまいかねない。
だからそれはこの状況において最も有効な一手であるにも関わらず、絶対に使ってはならない禁断の一手だった。
(……、くそ。八方塞りか)
作戦会議は現在も難航しているだろう。しかしほとんど手詰まりであることを、奴らも本心では理解しているはずだ。
だからこそ、最後の強硬手段に出るのではないかと不安でならなかった。
もしそうなってしまったら、今までやってきたことが全て水泡に帰してしまいかねない。
彼らも推進派の妹達も反対派の妹達も研究者も誰も望まない、最悪の結末。
そして何よりも心配なのが、反対派の妹達だ。
彼女たちは今、極限まで追い詰められた状態にある。
実験再開が絶望的になり、事実上処刑を待っているだけの状態になっているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
……しかし本当に怖いのは、そういう状態に陥ってしまった人間だ。
奴らは、手段を択ばない。
どうすることも出来なくなって破れかぶれになり、本来の目的も忘れて最悪の選択をする。
そうしかねないだけの雰囲気が、今の彼女たちにはあった。
(作戦会議で何か良い案が出ることを期待するしかねえな……)
とは言え、自分はここで監視の任に就かされ、肝心の垣根は大怪我で療養中。
こんな状態では、良い案など出るはずもない。
木原はらしくもなく疲れた顔をすると、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口啜った。
―――――
- 521 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:53:25.05 ID:SFobUqfxo
「ただいまー、とミサカは帰宅の挨拶をします」
「ハイハイ、おかえり」
御坂妹が現在の住居たる廃ビルに帰って来ると、一方通行は机に突っ伏してぐだっとしているところだった。
しかし彼は御坂妹がが帰って来るとすぐに起き上がり、彼女に向かいに座るように促す。
「おや、わざわざ夕食を買ってきてくれたのですね、とミサカは目を丸くします」
「俺が気を利かせるのがそンなにおかしいか? 黙ってさっさと食え」
「それではありがたく頂くことにします、とミサカは食事の挨拶をします。いただきます」
「……いただきます」
二人は小気味良い音を立てながら割り箸を割ると、それぞれ机の上に用意されたコンビニ弁当にありつく。
学園都市の科学力のお陰で、購入してからかなり時間が経っているにも関わらず出来立てほかほかの暖かさと美味しさだった。
弁当箱は使い捨ての容器だというのに、ここまでしてくれるとは有り難い。
基本的に学園都市はそのあまりある科学力を碌でもないことばかりに使っているのだが、こういうものを見るとなかなか捨てたものではないなと思える。
「つゥか、オマエは今日何してたワケ?」
「野暮用です。とミサカは秘密主義を貫きます」
「ふゥン。まァ別に良いけどな」
一方通行は本当に感心無さそうにそう言うと、弁当の唐揚げを口に放り込んだ。
その一方で、御坂妹はいったい何をそんなに慌てることがあるのか、まるで掃除機のように弁当を口に掻っ込んでいる。
「……もォちょっと落ち着いて食えねェのか。腹壊すぞ」
「はっ、申し訳ありません。行儀が悪かったですね、とミサカは自らの行動を反省します」
「よっぽど腹が減ってたのか?」
「まあそんなところです。少々野暮用が重なってしまいまして昼食を食べることができなかったので、とミサカは事情を説明します」
「メシはちゃンと三食食えよ。身体に悪ィらしいからな」
「三食と言うか、近頃は朝食を抜く人が多いのでそちらの方の注意喚起としての三食では? とミサカは自己解釈を提示します」
「そォなのか? どっちにしろしっかり食うに越したことはねェだろ。腹が減ってはナントカって言うしなァ」
「それもそうですね、とミサカは納得します」
それを聞いた御坂妹は興味深そうにうんうんと頷いていたが、口の周りを汚したままなので残念ながらただの間抜けにしか見えない。
そんな彼女を見兼ねた一方通行は、黙って彼女に向かってティッシュを差し出してやった。
- 522 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/23(水) 13:57:47.43 ID:SFobUqfxo
「おお、ありがとうございます、とミサカは有り難くティッシュを受け取ります」
「ったく。仮にも女なンだからもォ少し外面を気にしろっての」
「気にしているつもりなんですけどねえ、とミサカは他人事のように……、あ。そう言えばお話があるのでした」
「? なンだ?」
食事の手を一旦止めて、一方通行は御坂妹を見やる。
とっくに食べ終わって弁当箱と箸を綺麗に机の上に並べていた御坂妹は、正座をするとぴっと姿勢を正した。
「明日からあなたはミサカの研究所に就職することになっていることは分かっていますよね? とミサカは確認を取ります」
「あァ、今更な確認だが」
「ミサカの研究所は早い時間から稼働しているので、明日の朝もあなたの紹介の為に早めにここを出たいのですが、大丈夫でしょうか?
ああ、あくまでアルバイトの扱いなので実際の勤務時間はもう少し遅くなると思いますのでそこはご心配なく、とミサカは補足も忘れません」
「具体的には何時頃だ?」
「そうですね、6時にはここを出たいです。ここを引き上げる為の準備もありますので、起床は5時くらいが好ましいかと、とミサカは提案します」
「分かった。……今日は早めに寝るか」
「そうしましょう。とは言えあなたはいつも早寝ですけどね、とミサカは思い返します。と言うか、睡眠時間が長過ぎやしませんか?」
「仕方ねェだろ、眠ィンだからよ。ホラ、食い終わったンならゴミ袋に入れろ」
「了解しました、とミサカはゴミ袋を受け取ります」
ビニール袋を受け取るなり、御坂妹はてきぱきと後片付けを始めた。
それに少し遅れて食事を終えた一方通行も同じように片付けをしていると、ふと御坂妹からの視線を感じて振り返る。
「……なンだ?」
「いえ。……今日、あなたは何をしていたのですか? とミサカは好奇心から質問します」
「あー……、特に何もねェよ。メシ食って寝ただけだ」
「まるでニートのような生活ですね、とミサカは呆れます」
「好きでこンな生活してるンじゃねェっての。ったく……」
一方通行は溜め息交じりにそういうと、御坂妹が帰ってきた時と同じように机に突っ伏した。
……食べて寝ただけにしては、少々お疲れ気味のようだが。
御坂妹はほんの少しの違和感を感じつつも、自分も似たようなものだから追及する必要もないか、と思い直した。
- 529 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 00:39:37.39 ID:NyUj8khEo
一方通行が連れてこられたのは、入り組んだ路地裏を延々と行った先にある大きな研究施設だった。
門に掛けられていた看板にあった名前は、バイオ医研細胞研究所。
どうやらここが御坂妹がお世話になっている研究所らしい。そして、これから彼が働くことになる場所でもある。
一方通行は先行して道案内をしてくれている御坂妹の後ろに付いて行きながら、周囲を見回していた。
「研究所は珍しいですか? とミサカはきょろきょろしている一方通行に尋ねます」
「まァな……、一度それっぽいところに来たことはあるが、こンなに奥まで入ったのは初めてだ」
「……そうですか。ミサカにとっては見慣れたものなのですがね。
とは言えあなたは記憶喪失で経験も少ないですし、見覚えが無いのも当然ですか、とミサカは一人納得します」
「そりゃそォだろ……、っと、ここか?」
歩いていた二人は、それまで並んでいた扉よりも若干大きな扉の前で立ち止まった。
扉に付けられている表札には、『調整室』の文字。
「そうです。よく分かりましたね、とミサカはあなたの鋭さに驚きます」
「なンとなくだ。ほら、入るぞ」
一方通行は御坂妹の返事を待たずに、さっさと扉を開いてしまう。その先に広がっていたのは、異常にだだっ広い広間のような部屋だった。
しかし、その部屋には所狭しと巨大な培養器が並べられている。
今はどの培養器には何も入っていないようだったが、一方通行はその培養器の使用用途を何となく悟った。
「おや、もう準備は完了していたようですね、とミサカは彼女の仕事の速さに感心します」
「……? 誰もいねェじゃねェか」
御坂妹の言葉に首を傾げながら、一方通行は調整室に足を踏み入れた。
そして彼は、誰も居ないという認識が間違っていたことを知る。
「あら、もう来たのね。早かったじゃない」
培養器の陰に隠れるようにして立っていた一人の女性が、二人の存在に気付いて声を掛ける。
その声に一方通行が視線を向けてみると、そこには白衣に身を包んだ女性研究者の姿があった。
「予定時刻にぴったり到着しましたが、早いですか? とミサカは首を傾げます」
「少し遅れるかもしれないと思ったから。ああ、早いに越したことは無いから大丈夫。準備も完了しているしね」
「…………?」
話について行けない一方通行は、その場に突っ立っていることしかできなかった。
それに気付いた女二人が、くるりと同時に一方通行を見やる。
そのタイミングが示し合わせたのではないかと思うくらい綺麗に揃っていたので、一方通行は思わずびくりとしてしまった。
「ごめんなさいね、話し込んじゃって。ようこそ一方通行、わたしは芳川桔梗。そしてここが今日からキミが働くことになる場所よ」
「厳密にはこの部屋での業務ではないのでその表現は些か間違っていますが、とミサカは訂正を入れます」
- 530 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 00:42:45.00 ID:NyUj8khEo
「あら、同じ研究所内なんだから似たようなものよ? それじゃ一方通行、今日からよろしくね」
「……よろしく」
にこにこと笑顔を浮かべながら差し伸べられた芳川の手を、一方通行が恐る恐るといった様子で取る。
芳川は取られた手を軽く握って更に笑みを深くすると、そっと彼の手を解放した。
「それじゃ、早速これからキミにやってもらう業務について説明するわね。少し専門知識が必要だけど、まあキミなら大丈夫でしょう」
「一方通行。ミサカは少々席を外しますので、彼女の言うことをきちんと聞いて行動してくださいね、とミサカは言い聞かせます」
「あ、あァ」
「それでは頑張ってください、とミサカは応援の言葉を口にします」
それだけ言うと、御坂妹は来た道を戻るようにして何処かへと去って行ってしまった。
一方通行はそんな彼女を見送ると、すぐに芳川に向き直る。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、難しいことじゃないし。取りあえずわたしたちも移動しましょうか。資料もここにはないしね」
一方通行が黙って頷くのと見ると、芳川は調整室を出て御坂妹の去って行った方向とは反対側の廊下へと向かって行った。
当然、一方通行はそれを追い掛ける。
気味が悪いくらい綺麗に清掃された白く明るい廊下を暫らく歩いていると、やがて芳川がある一室の前で立ち止まる。
表札に書かれている名前は、『資料室』。
調整室と違って扉の大きさは他の部屋と変わらないので、慣れない内は見つけるのに手間取ってしまいそうだ。
「ここよ。入って」
芳川に促されて入った室内には、その名の通り膨大な資料が詰め込まれていた。
壁一面に本棚が並べられているにも関わらず、そこに収まらなかった本や書類が床に直接積み上げられている。
これでは目的の資料を見つけるのにも時間が掛かってしまうのではないかと思ったが、意外にも芳川はすぐに必要な資料を見つけ出した。
「これね。ちょっと多いけど、ちゃんと目を通しておいて」
「分かった」
「それから……、と」
一方通行に渡された資料の表紙には、『妹達検体調整用マニュアル』と書かれていた。
しかし芳川に言われた通りに目を通したところ、マニュアルには先程の部屋にあった培養器の使用方法などは記していなかった。
彼の仕事には培養器は使用しない、ということなのだろうか。
「妹達の検診と調整用薬剤の扱い方、経過の観察に体調不良時の対処、ね。こンなン素人に任せても大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。あの子たちだって、ちょっと失敗したくらいで死ぬようなヤワな体してないし」
「……それは本当に大丈夫なのか?」
- 531 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 00:46:20.04 ID:NyUj8khEo
何だかだんだん心配になってきた。
先程の御坂妹とのやり取りを見る限りは妹達と仲が悪いとか命を軽んじているとかそういう印象は受けなかったのだが、これはもしかしてそういう信頼なのだろうか。
……こんなに嫌な信頼関係もなかなか存在しないが。
「まあ、そんなに気になるようならキミが細心の注意を払うようにしてちょうだい。キミなら大丈夫だと信じているわ」
「はァ……」
悪びれもせずににこりと笑った芳川を見て、一方通行は溜め息をつくことしかできなかった。
この女、マイペース過ぎる。
御坂妹も大概だが、この女もそれに肩を並べるほどだ。いや、それ以上かもしれない。
「あと、具体的な仕事の内容についてはそれぞれこの資料に書いてあるけど……。文字で読むより実演した方が早いでしょう。行くわよ」
(本当にこの女に付いて行って大丈夫なのか……?)
大量の資料を渡すだけ渡してさっさと部屋を出て行ってしまった芳川の後を追いながら、一方通行は一抹の不安を感じる。
しかし御坂妹が自分のことを任せるくらいなのだから、少なくとも彼女にとっては信頼できる人間なのだろう、とは思うのだが……。
「あ、ストップ」
「……なンだ?」
唐突に立ち止まった芳川にぶつかりそうになりながらも、一方通行は何とか緊急停止する。
すると芳川はこちらに向き直り、さもすっかり忘れていたと言わんばかりの表情をしながらこう言った。
「キミ、『御坂妹』以外の妹達に会ったことはある?」
「あァ? ……直接会ったことはねェが、複数いるらしいことは聞いてる。それがどォした?」
「ここから先、ちょっとびっくりするかも」
「何を今更。こちとら常日頃からオリジナルと並ンでるところを見てンだよ」
「……それもそうね。じゃあ行くわよ」
そうは言いつつも、芳川は未だに不安そうな表情を拭えないままだ。
しかし一方通行は大丈夫だと高を括って、彼女にさっさと扉を開けるように促す。
そんな彼を一応信用したらしい芳川は、一息に扉を押し開けた。
……そこに居たのは。
―――――
- 532 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 00:49:33.35 ID:NyUj8khEo
「はじめまして一方通行、とミサカは挨拶をします」
「あなたたちの様子はミサカネットワークを通じて常々配信されていましたが、あなたは相変わらず白いですね、とミサカは感心します」
「ふむ。やはりネットワークを通じて見るのと実物を拝見するのとでは印象が変わりますね、とミサカは感想を抱きます」
「常々思っていたのですが、どうしてそんなに白いのですか? その美白の秘訣を教えなさい、とミサカは半ば命令口調です」
「ミサカ10032号ばかり遊びに行っていてずるいです。たまにはこのミサカも連れて行って下さい、とミサカは駄々を捏ねます」
「我が儘を言ってはいけません。ミサカ10032号一人の時でさえお姉様はあんなに驚いていたのですから、
この数のミサカが突然押し掛けて来たらお姉様は失神してしまいます、とミサカは諭します」
「ミサカも遊びに行くということをしてみたかったのですが、
当分はミサカネットワークの配信で我慢しなくてはならないようですね、とミサカは落胆します」
「そんなことよりさっさと彼の仕事の説明に入った方が良いのでは? とミサカは本題に戻ろうとします」
「ですがやはりこれから付き合うことになるのですから、各々の挨拶と自己紹介くらいは済ませるべきです、とミサカは提案します」
「それではどういった順番で自己紹介を? とミサカは意見を募集しようとします」
「ここは公平にジャンケンをすることにしましょう、とミサカは腕まくりをします」
「いえ、ジャンケンではミサカネットワークを不正使用するミサカが出ないとも限らないので不公平です。
あみだが良いのではないでしょうか、とミサカは対抗意見を出します」
「ミサカは」
「ミサカは」
「ミサカは……」
……こンなの、御坂じゃなくても失神するわ。
そんなツッコミを何とか胸の中に押し留めた一方通行は、とにかくミサカの大群を前に呆然とすることしかできなかった。
それもその筈、彼女たち妹達はこの大して広くもない部屋に、少なく見積もっても百人以上は詰め込まれていたからだ。
何処にどう視線を動かしても、ミサカが視界の何処かに必ず入る。
どうすれば良いのか分からなくなって、一方通行は助けを求めるように芳川を見た。
「ああ、心配しなくてもこの子たちはいつもここに閉じ込められてる訳じゃないわ。
何の説明もなく突然彼女たちをキミの目に触れさせてしまったらキミを混乱させてしまうと思ったから、
一時的にこの子たちにはここに避難して貰ってただけよ」
「ンなことを訊いてンじゃねェよ! なンだこの御坂妹の大群は!」
- 533 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 00:53:09.78 ID:NyUj8khEo
「あら、ここに彼女は居ないわよ?」
「そンなン見りゃ分かる。似てるから便宜上そう呼ンだだけだ」
「……そう? とにかくそれはそれとして、これからキミに受け持って貰うのはこの子たちだから一応挨拶をしておいてちょうだい」
「……俺一人で、コイツら全部か?」
「いえ、まだまだ居るわよ。ただこの子たちの調整は毎日必要な訳じゃないから、一日当たり人数はもっと少ないけれどね。
キミの今日の仕事は、この子たちの補佐を受けながらこの子たちの健康診断を行うこと。
細かいことはこの子たちが知ってるからその都度尋ねれば良いわ。分かった?」
「……マジで言ってンのか?」
「もちろん。大マジよ」
芳川は最後にウィンクを付け加えると、「じゃあ後はよろしくね」という非常に簡潔で無責任な台詞を吐いてさっさと部屋を出て行ってしまった。
……無論、妹達の大群の中に一方通行一人を残して。
―――――
「一方通行、遊園地という場所はどのような場所でしたか? とミサカは感想を求めます」
「動くな。ちゃンと検査できねェだろォが」
「一方通行、いい加減その白い肌の秘訣を明かしなさい、とミサカはしぶとく食い下がります」
「オマエまだそンなこと言ってンのか。つゥか邪魔すンな」
「一方通行、次に来る時は食べ物を持って来て下さい。栄養剤生活はもう飽きてしまいました、とミサカはぶーたれます」
「ハイハイ、オマエらが大人しくしてたら考えといてやるよ」
「一方通行、やっぱりミサカも遊びに行ってみたいです。動物園という場所はどうですか? とミサカは提案します」
「……分かったから静かにしろ。集中できねェだろ」
「分かった、というのはミサカの提案を受け入れたということでしょうか? とミサカは期待に胸を膨らませます」
「いえ、この場合はただ単に黙っていてほしかったので適当にあしらおうとしただけでしょう、とミサカは期待を一刀両断します」
「はァ……。頼むからいい加減にしてくれ……」
「……あ、あの、一方通行、とミサカは恐る恐る呼び掛けます」
「今度はなンだよ……って、オマエか。どォした?」
- 534 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 00:55:59.29 ID:NyUj8khEo
「その、診断書のここが間違っています。修正をお願いできますか? とミサカは申し出ます」
一方通行は後ろに控えていたナース服姿の妹達から診断書を受け取ると、彼女の指し示した修正点にざっと目を通す。
そして彼は今日が仕事始めと思えないくらい慣れた手付きで修正を施すと、修正の完了した診断書を妹達に手渡した。
「これで良いか?」
「……、はい。大丈夫そうです、ありがとうございます、とミサカは迅速な修正に感謝します」
「おォ。……オマエはまともそォで助かる」
「そ、そうですか? 色々事情がありまして、妹達の中ではむしろミサカの方が変わり者なのでそう言ってもらえると嬉しいです、
とミサカは赤面します」
おかしな口癖は妹達そのものだが、彼女は他の妹達とは違って感情表現が豊かだった。
他の妹達は基本的に無表情なのだが、彼女はまるで普通の少女のようにくるくると表情を変える。
確かに彼女のような存在は妹達の中では珍しいのだろうが、一方通行はむしろこちらの方が彼女たちらしいような気がした。
いつも美琴を見ていたからかもしれない。
「俺はオマエみてェな奴の方がとっつきやすいがな。……そォ言えば、オマエの検体番号(シリアルナンバー)はいくつだ?」
「み、ミサカの検体番号は19090です。それがどうかしましたか?」
「いや、識別できるよォに確認しただけだ。ミサカ19090号な、覚え……ン?」
そこで、一方通行はふと作業の手を止めた。
そんな彼の突然の行動に、途中で診断を中断されてしまった妹達とミサカ19090号がきょとんとした顔をする。
「……19090号だと? ……御坂妹は10032号……、だったよな……」
「それがどうかしましたか? とミサカは突然考察モードに入ってしまった一方通行の顔を覗き込みます」
「…………。なァ」
「何でしょうか、とミサカは次の言葉を待ちます」
「……オマエら、全部で何人居るンだ?」
「…………」
途端、先程まであんなに騒がしかった妹達が全員口を閉じた。
その反応に何だか途轍もなく嫌な予感がして、一方通行は引き攣った表情のまま繰り返し尋ねる。
「俺は最初、オマエらの検体番号は10000から始まってるのかと思ってたンだが……。まさか、本当に19090人もいる訳じゃねェよな?
そォじゃなくても10032と19090の間には9058の差がある訳だが……」
「……さあどうでしょう、とミサカは言葉を濁します」
「オイコラ目を逸らすな。ちゃンと俺の目を見ながら言え」
- 535 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 00:59:52.79 ID:NyUj8khEo
「一方通行、後が閊(つか)えています。早く健康診断を終わらせて次のステップに進みましょう、とミサカはあからさまな話題転換を試みます」
「自分であからさまって言っちまってるじゃねェか。オイ答えろ」
「ぼ、暴力反対です! とミサカはおぶぶぶぶ」
一方通行は片手でミサカ19090号の頬を挟むようにして持ち、自供を促すが彼女はぶんぶんと首を左右に振るばかりだ。
さてどうしてくれようかと彼が凶悪な笑みを浮かべると、唐突に頭にこすんという衝撃が浴びせられた。
「ッで!?」
「こら、何をやっているの」
「……チッ、オマエか」
頭を押さえながら振り返れば、芳川桔梗がそこに立っていた。
その手にポートフォリオを持っているので、どうやら彼女はこれの角を使って一方通行を攻撃したようだ。
省エネの為に反射を切っていた所為でまともに喰らってしまった。非常に痛い。
「この子たちをあんまり困らせないの。キミは一応この子たちより年上なんだから、もうちょっと大人にならないと」
「分かってるっつゥの。……で、さっきも訊きそびれたンだがコイツらは結局何人居るンだ?」
「二万人よ」
「…………、……!? にまッ……!?」
さしもの一方通行も、その数を聞いて驚愕を露わにした。まさか、本当にそんなにも膨大な数のクローンがいるとは思っていなかったようだ。
そんな彼を見たミサカ19090号が、おろおろとしながら芳川に近付いて行く。
「そんなことを彼に教えてしまって良かったのですか? とミサカは芳川桔梗の大胆さに戸惑うことしかできません」
「良いのよ、いつまでも隠しておけることじゃないしね。それにこのくらいなら問題無いでしょう」
「それなら良いのですが……、とミサカは渋々納得することにします」
「ほら、君もいつまでもそんなに動揺していないで頂戴。次の仕事に取り掛かって貰うんだから」
「……オマエなァ」
一方通行は、既に驚愕から脱していた。いや、今はもう、驚いているというよりも怒っているようだった。
彼は敵意を隠そうともせず、芳川を睨みつける。
しかしそんな彼の白衣の裾を、ミサカ19090号がくいっと掴んで引っ張った。仕方なく、一方通行は彼女に目を向ける。
「その、あなたはお姉様のことを存じていますから、一体どういう心境にあるのかは何となく予想が付きます。
ですがミサカたちは、彼女たちのような研究者たちのお陰で生まれてくることの出来た命なのです。
確かにきっかけは悪意に満ちていたかもしれませんが、それでもミサカたちは生んでくれた彼らに対して感謝しています。
……だから、あの、彼女たちを責めないであげて下さい、とミサカは懇願します」
- 536 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/26(土) 01:03:01.79 ID:NyUj8khEo
「…………クソ」
一方通行は忌々しげにそう吐き捨てると、芳川から視線を逸らした。
それを見たミサカ19090号はほっとした顔をすると、白衣の裾からゆっくりと手を放す。
「それじゃ、お話も終わったところで次に行きましょうか」
「おい、待て。コイツらの診断はまだ終わってねェぞ、どォするつもりだ」
「流石に初日からその子たち全員を診ろなんて難易度の高いことは望んでいないわ。
今回はあくまで練習の為に数をこなしてもらうつもりだったのだけれど、まさかもうここまで終わらせてるとは思わなかったし。
診断書もこれなら文句なしね」
「……そォかよ」
それでもまだ彼女に対する不信感を拭えていないらしく、一方通行はぶっきらぼうにそう答えた。
芳川はそれを見て苦笑いしていたが、不意に何者かに袖を引かれて振り返る。
「ちょっと待ってください。それではまだ診断の終わっていないミサカたちはどうなるのですか? とミサカは問い詰めます」
「こちらの準備や説明も終わったから、他の研究員にやらせるつもりよ。それがどうかした?」
「酷いです! ミサカたちも彼に診断して貰って、もっとお話をしたかったです! とミサカは主張します!」
とあるミサカを筆頭に、まだ診断して貰っていない妹達が同調するように頷いた。
そして次々と抗議の言葉を浴びせてくる妹達を見てぽかんとしながら、芳川が一方通行に視線を向ける。
「キミ、大人気じゃない。一体どんな手を使ったの?」
「知るか。勝手にコイツらが懐いてきたンだよ」
「この子たち、あまり他人には懐かない筈なんだけど。羨ましいわね」
「……こっちはいい迷惑だ」
一方通行は相変わらず不機嫌そうな表情のままそう呟いたが、芳川の目には案外満更でも無さそうに見えた。
そんな彼を見て芳川は微かに微笑むと、騒ぐ妹達を宥めに掛かった。
- 550 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/28(月) 18:13:21.82 ID:eUvk8S8ro
妹達の診断方法、研修済。
経過の観察方法、研修済。
資料の整理方法、習得済。
調整用薬剤の扱い方、習得済。
……そして最後に覚えるのは、妹達の体調不良時の対処方法だ。
芳川の後について医務室へと向かっている一方通行は、またあの騒がしい妹達と顔を合わせることになるのかと思ってげんなりしていた。
別に彼女たちが嫌いなわけではないのだが、常にあのテンションで引っ付かれていると流石に疲れる。
それに、集中できなくて仕事に支障が出る。
ただでさえ覚えなくてはならないことが多い上に慣れない仕事なのに、邪魔までされてはたまらないのだ。
「こらこら、そんなに嫌そうな顔をしないの。ここにいる子たちは比較的大人しいから大丈夫よ」
「……本当だろォな?」
一方通行が疑うのにも理由がある。
あの診断が終わってからも彼の助手として何人かの妹達と共に行動をすることがあったのだが、その彼女たちが大変はっちゃけていたのだ。
しかもその時芳川は今回と同じように「彼女たちは優秀だから大丈夫」という前置きをしていた。
よって一方通行は、既に芳川の言葉を信用できなくなってしまっているのだ。
「今回は本当よ。それに、わたしはあの時あくまで『優秀だから』と表現しただけであって、大人しいとは言っていなかったわよ?
優秀であることと騒がしいことは両立しうるわ」
「優秀な助手は仕事してる人間の邪魔したりしねェよ」
「……それも一理あるけど。でもそれ以外の部分は優秀だったでしょう?」
「アレで仕事までできなかったら俺は今頃オマエをぶン殴ってる」
「あら怖い。でもこれからあの子たちはいつもあんな調子になると思うから、今の内に慣れておいた方が良いわよ?」
「……マジか」
その言葉を聞いて、一方通行はあからさまにうんざりとした顔になる。
しかしそんな彼の顔を見て、芳川はにこにこと笑っていた。こっちにしてみればまったく笑い事ではないのだが。
「そんな顔をしないであげて。彼女たちはミサカネットワークでミサカ10032号と記憶を共有しているから、キミにとても興味があるのよ。
つまり、キミのことを本当の友達のように錯覚してしまっている。だからあまり無下にしないであげて。
あの子たちは立場上いつもこうした研究所に閉じこもって外に出てはいけないことになっているから、友人もいないの。
大変だとは思うけど、できるだけあの子たちの話を聞いて欲しいの。きっと彼女たちにとってはそれだけが唯一の楽しみだから」
「…………はァ」
いつもの飄々とした調子ではなく真剣な声音で言う芳川の言葉を聞いて、一方通行は深く溜め息をついた。
……そこまで言われてしまっては、聞いてやらないわけにはいかないではないか。
そしてそんな一方通行の心中を悟ってか、芳川はにこにこと笑っていた。まったく、憎たらしいったらありゃしない。
- 551 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/28(月) 18:15:25.18 ID:eUvk8S8ro
「あ、そうだわ。すっかり忘れていたのだけれど、これを渡さないと」
「……何だ?」
会話の途中で唐突に立ち止まった芳川は、くるりとこちらに向き直って何かを差し出してきた。
乱暴にそれを奪い取った一方通行は、手の中のそれを見て訝しげな顔をする。
一方通行に渡されたそれは、眼鏡だった。
「何だこれは。俺は視力には自信があるンだが」
「それは視力を補強する為の眼鏡ではないわ。この研究所の機密を守る為のものよ」
「……機密を守る? これでか?」
一方通行は更に不審げに顔を歪めると、眼鏡を矯めつ眇めつし始めた。
どう見ても、何の変哲もないただの眼鏡にしか見えない。確かに度は入っていないようだが……。
「ふふ。流石にちょっと見ただけで見抜かれてしまうような安い技術は使ってないわよ?
確かにキミなら時間を掛ければ解析できるかもしれないけどね」
「へェ……」
「取りあえず説明をしておくと、それは指定された情報だけを遮断してくれる眼鏡よ。
眼鏡と該当情報の表記されている場所に特殊な加工が施されていて、
その眼鏡を掛けている限り絶対に情報を読み取ることができないようになっているの。特殊な暗示を掛けている、と言えるかしら?」
「それなら該当箇所にフィルムでも張って色眼鏡でも掛けさせておけば事足りるンじゃねェのか?」
「それじゃ足りないのよ、ここにある機密情報は本当に危険なものだから。キミも余計な面倒事を背負いたくはないでしょう?」
「……まァ俺が金出してる訳じゃねェから何でも良いけどな。情報の秘匿に高度な技術を使うに越したことはねェだろ」
「そうそう。それじゃ、ちゃんと付けてね」
芳川に促され、一方通行は眼鏡を装着する。
当然ながら眼鏡なんて掛けたことがないので最初は違和感を感じたが、度が入っているわけではないのですぐに慣れた。
ただ、眼鏡を掛けても何が変わったのかよく分からない。これで本当に情報とやらは保護されているのだろうか。
「あら、白衣にもよく似合ってるじゃない。そうしていると本当に研究者みたいね」
「……嬉しくねェよ。大体、こンなに若い研究者もいねェだろ」
「そんなことはないわよ? 長点上機に通っている女の子が一人、ここで研究者として働いているしね」
「その年でこンなところで働いてるのかよ。世も末だな」
「でも良い子よ? キミも、彼女に会ったら仲良くしてあげてね」
「妹達で手一杯だっつの」
- 552 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/28(月) 18:18:13.79 ID:eUvk8S8ro
「大丈夫よ、彼女は寡黙だから。少なくとも、妹達のようにキミの邪魔をしたりはしないと思うわ」
どこまでも信用できない芳川の言葉を、一方通行は鼻で笑った。
……そうこうしている内に、二人はようやく医務室の前までやってきた。話し込んでいた所為もあるだろうが、随分距離があった気がする。
「ここが医務室だから、ちゃんと覚えてね。それからここにいるのは体調の悪い妹達ばかりだから、あまり乱暴にしないように」
「しねェよ。オマエは俺を何だと思ってンだ」
「冗談よ。開けるわよ」
くすくすと笑いながら、芳川が医務室の扉を押し開ける。
医務室の中は想像よりも遥かに広く、数えるのも億劫になるくらいの数の寝台がずらりと並べられていた。
とは言え、現在使われている寝台は5、6台程度だ。そこに、顔色の悪い妹達が横たわっている。
「……どォしてこンなに広いンだ?」
「ミサカネットワークの関係で、同時に大勢の妹達が体調不良を訴えることがあるのよ。その為に、ベッドは大目に用意してあるの」
「それじゃ、逆に足ンねェンじゃねェのか」
「その通りだけれど、妹達の研究を行っているのはここだけではないから。それでも流石に二万台は無いと思うけどね」
「それで大丈夫なのか?」
「流石に二万人全員が一度に体調を崩すことは無いから大丈夫。
それにミサカネットワークの方もこまめに調整してるから、そもそも滅多にそんなことは起こらないしね」
話しながら、芳川は医務室の妹達に近付いていく。
そして手際よく妹達の診断を始める彼女を見ながら、一方通行も医務室に足を踏み入れた。
「じゃ、これからこの子たちの体調不良時の対処方法を教えるわよ。そっちに座って頂戴」
「あ、あァ」
「少し難しいから、ちゃんと見ていてね。……ミサカ10039号、ちょっと良いかしら?」
「……はい、とミサカは体調不良をおして起床します」
「ごめんなさいね。これからあなたの治療を始めるから、ちょっと付き合って欲しいのだけれど」
「了解しました、とミサカは起き上がります」
熱があるのか、少し顔の赤い妹達……ミサカ10039号が半身を起こす。
芳川は寝台の傍らに置いてあった機械から伸びているコードを、ぺたぺたと手際よく取り付けていった。
「それは?」
「妹達の状態を検査する為の装置よ。この子たちはデリケートだから、弱ってる時の検査は細心の注意を払わないといけないの。
だから万全を期して、こういう装置で体調を診断してるっていうわけ」
- 553 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/28(月) 18:20:49.68 ID:eUvk8S8ro
「さっきの奴らみてェに、普通に診断するンじゃ駄目なのか」
「本当にただの風邪ならそれでも構わないんだけど、体質上この子たちはもっと複雑で深刻な状態にあることがあるから。
こっちの方が確実で安全なのよ」
「ふゥン……」
気のない返事だったが、一方通行の目は真剣そのものだった。
芳川の一挙一動を漏らさずに正しく記憶し、次に自分が妹達を看るときに決して間違いが無いようにしようとしている。
そういう彼の姿勢は立派なのだが、極めて注意深く観察されている芳川は珍しく緊張していた。
もし自分がほんの少しでも間違えば、一方通行にも影響が出るからだ。彼は彼女の行動を、そのままそっくり記憶してしまう。
「……これで、取り付けは完了。大丈夫?」
「ああ、覚えた」
「で、次は装置の操作方法。きちんと手順を覚えてね」
「分かった」
すべてのコードを取りつけ終わった芳川は、ミサカ10039号を再び寝台に寝かせると次に装置を起動させた。
静かな稼働音が鳴り、ディスプレイに起動画面が表示される。
そして芳川は何度か操作盤を叩き、ミサカ10039号の診断を開始させた。
「これが診断開始までの手順。結果が出るには少し時間が掛かるから、もうちょっと待ってね」
「この装置なら、妹達に負荷は掛からねェのか」
「流石にまったく掛からないというわけではないけど、殆ど掛からないわ。少なくとも体調に影響が出るようなことは決してないし」
「こンなの、病院では見なかったが」
「そりゃあ、学園都市の最新技術だからね。結構な値段が張るから、普通の病院じゃとてもじゃないけど導入できないわよ?」
「この研究所には結構な予算が注ぎ込まれてンのか」
「……その通りよ。詳しいことは聞かないでね、機密だから」
「コイツらが造られた理由もか?」
「ええ、機密よ」
「…………」
一方通行は不満そうな顔をしたが、余計なことを訊くべきではないと思ったのか口を噤む。
きっと、自分が知って良いようなことではないのだろう。
それに一方通行は、ここで働かせて貰っている身だ。せっかく御坂妹が紹介してくれた仕事なのだから、下手なことをして解雇されるわけにもいかない。
……単純に、生活の問題もあるが。
- 554 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/28(月) 18:22:47.70 ID:eUvk8S8ro
「さ、診断終了まではもう少し時間があるからお茶でも淹れてくるわ。紅茶で良いかしら……っと、キミはコーヒー派だったわね」
「…………? その通りだが、何でそれをオマエが知ってンだ?」
「……えっ、あ、ミサカ10032号に聞いたのよ。キミはいつも喫茶店でコーヒーばかり飲んでるって」
「そォか……?」
確かに一方通行は事あるごとにコーヒーを飲んでいるので御坂妹がそれを知っていてもおかしくはないが、
彼女と喫茶店に行ったことなど数えるほどしかないのだが。
しかし彼は勝手に二人の会話の間で齟齬があったか芳川の自己解釈が入ってしまったのだろうと思い込み、特に追及しなかった。
「とにかく、コーヒーを淹れてくるわね。キミはそこでミサカ10039号の様子を見ていてちょうだい」
「異常があったらどォすりゃ良いンだ?」
「わたしに報告してくれるだけで良いわ。本人が話せるような状態だったら、その指示を聞きながら対処して」
「了解」
一方通行の返事を聞くと、芳川は隣の部屋へと消えて行ってしまった。どうやらあそこが給湯室らしい。
手持ちご無沙汰な一方通行は暫らくじっと装置のディスプレイを眺めていたが、不意に白衣の裾を引かれてそちらに目を向けた。
「何だ? どっか悪いのか?」
「い、いえ。ミサカの症状は恐らく風邪ですのでそこまで心配されるほどではありません、とミサカは自己の症状について報告します。
それより……、その、ミサカとお話をして下さいませんか、とミサカは申し出ます」
「……オマエもか」
呆れたように言う一方通行を見て、ミサカ10039号は少し不安そうな表情を浮かべた。
「駄目、でしょうか……、とミサカは落胆します」
「……別に、そォいうわけじゃねェよ。構わねェ」
「そうですか。それは良かったです、とミサカは安堵します」
「ただし、無理はすンじゃねェぞ。体調が悪化したら元も子もねェ」
「それは重々承知しています。……それで、その、お姉様たちのお話をして欲しいのです、とミサカはリクエストします」
「……御坂か。やっぱり自分たちのオリジナルは気になるモンか?」
「そう、ですね。オリジナルである以上に、『お姉様』ですから、とミサカはミサカたちのお姉様に対する認識の修正を求めます」
「そォか。悪かったな」
「いえ、とミサカは……げほ、ごほっ」
- 555 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/28(月) 18:25:08.84 ID:eUvk8S8ro
突然咳き込み始めたミサカ10039号の背中を、一方通行は慌てて擦ってやった。
風邪を引いているくせにこんなに喋れば、こうなるのは当たり前だ。
やがて彼女の咳が収まると、一方通行は背中を擦っていた手を離して彼女に毛布を掛け直してやる。
「ったく、風邪っぴきの癖にそンなに喋るンじゃねェっての。話してやるから、オマエは黙って聞いてろ」
「……はい、とミサカは大人しく返事をします」
「その口癖も難儀なモンだな。……そォだな、何から話すか」
一方通行は少し考えてから、ゆっくりと美琴と上条と御坂妹のことについて話し始める。
彼はあまり話すのが得意ではないからぎこちない語りだったが、ミサカ10039号はそんな彼の話をじっと聞いていてくれた。
……給湯室でお湯が沸くのを待っていた芳川は、微笑ながら二人の語らいに聞き耳を立てていた。
―――――
「……随分遅かったじゃねェか」
「あら、空気を読んだつもりだったのだけれど。余計なお世話だったかしら」
「そォかよ」
先程までずっと一方通行の話を聞いていたミサカ10039号は、流石に疲れてしまったのか、眠ってしまっていた。
しかし、その手は未だに彼の白衣の裾を握ったままだ。
どうやら一方通行は、相当彼女たちに懐かれてしまったらしい。……理由は、何となく想像がつくが。
「はい、コーヒー。暖かいから安心して」
「……まるでコイツが寝るタイミングが分かってたみてェだな」
「分かるに決まってるじゃない。研究者をなめない方が良いわよ?」
自信に溢れた笑顔を浮かべる芳川をじとっとした目で眺めながらも、一方通行はコーヒーを受け取って一口飲んだ。
……存外に旨いのが癪に障る。
もし不味かったら文句の一つでも付けてやろうと思っていたのだが、当てが外れてしまった。
「さて、それを飲んだら次は検査結果の見方とそれに対する対処方を教えるわよ」
「ああ、分かってる」
返事をしつつ、一方通行は再びコーヒーを口に含んだ。
気に入らないが旨いのは事実なので、文句は言えないが褒める気もない彼は黙ってコーヒーを啜る。
すると、不意に芳川が沈黙を破った。
- 556 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/02/28(月) 18:29:11.30 ID:eUvk8S8ro
「……キミは、優しいのね」
「はァ?」
藪から棒に、何を言い出すんだこの女は。
その意味不明な発言に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった一方通行は、気まずそうに表情を歪めながらコーヒーを口に運ぶ。
「なァに馬鹿なこと言ってンですかァ? 寝言は寝て言えっての」
「でも素直じゃない、と」
「マジでぶっ飛ばすぞ」
一方通行が低い声でそう脅しても、芳川は穏やかに笑うばかりで全く気にした様子がない。
そこで漸くこの女には何を言ったところで無駄だということに気付いた一方通行は、彼女との会話を諦めた。
この手の馬鹿は無視するに限る。
「キミは信じてくれないかもしれないけれど、これでもわたしは本当に感謝してるのよ?
あの子たちはキミに出会うまで、友達らしい友達なんていなかったんだから」
「…………」
「これからも、あの子たちをよろしくね。きっとキミは、あの子たちの心の支えになるわ」
聞いていられなくなって、一方通行はコーヒーを一気にあおった。
そして空になったティーカップを少し乱暴に寝台のサイドテーブルに置くと、苦虫を噛み潰したような顔をして芳川から目を逸らした。
「そんなに急いで飲まなくても良かったのに」
「……さっさとやっちまいたいンだよ、こォいうことは。あンまり長居してコイツを起こすのも悪ィだろうが」
「なるほど。そうね、キミの言う通りだわ。それならさっさとやってしまいましょうか」
芳川は促されるままにコーヒーを飲み干すと、彼と同じようにサイドテーブルにティーカップを置いた。
彼女はコーヒーで濡れてしまった唇をハンカチで拭うと、さっそく装置の前に付いてディスプレイを指でなぞりはじめる。
「じゃあ始めるわよ。少し複雑だから、ちゃんと聞いていてね」
「ああ」
「これが診断結果。上から妹達の検体番号(シリアルナンバー)、病名、深刻度、処方する薬品名よ」
「これは?」
「これは脳波と心拍数、体温、血液の状態と以前に処方した薬剤の名称に詳細な健康状態。それからこっちは……」
一方通行は、芳川の指し示した文字と彼女の言葉を一字一句違わずに記憶していく。
どうやらこの装置は本当に詳細な健康状態まで知ることができるようで、診断書の枚数も決して少なくはなかった。
しかし一方通行は、それらをすべて正しく記憶する。彼は決して間違えない。
やがて芳川の説明が終了すると、一方通行は目を閉じて教えられたことを反芻し始める。
芳川はそんな彼を見ながら、小さく安堵の息をついた。無事に説明を終えることができて安心したのだ。
「……診断書の見方はこんなものね。次に、指定された薬品を調合して妹達の体質と体調に合った薬を作るの。
流石にこれはキミに任せることはできないから、処方箋を指定の部署に提出して薬を貰ってね。部署はこっちよ、ついてきて」
話している内に出力しておいた診断書を揃えると、芳川は席を立った。
一方通行もそれに倣って医務室から立ち去ろうとしたが、ふと白衣に引っ掛かりを感じて立ち止まる。
振り返れば、彼の白衣の裾は未だミサカ10039号に掴まれたままだった。
一方通行は眠っている彼女の指をそっと外してやると、最後にちらりとだけ彼女の顔を覗き込んで今度こそ医務室を立ち去る。
残されたミサカ10039号の寝顔は、とても安らかだった。
- 562 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:18:37.75 ID:TtRh/bLGo
「あ゛ー……、疲れたァ……」
「お疲れ様です、とミサカは疲労困憊な一方通行を労わります」
一方通行が食堂の机に突っ伏していると、突然隣からもはや聞き飽きてしまった声が聞こえてきた。
そこに居たのは、ミサカ10032号、御坂妹。
何だか随分久しぶりに会ったような気がするが、まだ一日も経っていない。
「ン、オマエか。用事とやらは片付いたのか?」
「ええ、お陰様で。今日は調整もありませんからこのままのんびりするつもりです、とミサカは自由を謳歌します」
「あァそォ……。こっちはもォ疲れ果てちまって遊ぶ元気もねェよ」
「元気を出してください。大変なのは最初だけでしょうし後は慣れです、とミサカは一方通行を励まします」
「そォだと良いンだがな……」
彼自身にもともと体力が無いと言うのも原因の一つだろうが、あの妹達のフリーダムっぷりには本当に参った。
仕事を続けていく上で少しずつ体力が付いて行くだろうと仮定しても、流石に彼女たちのあのテンションに慣れる日が来るとは思えない。
芳川には初日だからはしゃいでいるだけだと慰められたが、あれも一体どこまで信用できるのか。
「ともあれ、今日のあなたの業務は終了です。お疲れ様でした、とミサカは一方通行を労わります」
「あァ、ありがとさン」
「それからあなたの住処についてなのですが、この研究所の空き部屋を一つ貸し出して下さるそうです、とミサカは思わぬ特典を提示します」
「……本当か?」
これには思わず、一方通行も机から顔を上げて御坂妹を見上げた。
少なくとも給料日までは廃ビル暮らしになることを覚悟していたので、これは非常に有り難い。
「と言うか、こうならなかったらあなたは一体どうするつもりだったのですか、とミサカは疑問を呈します」
「なンだって良いだろ、別に」
「あなたのことだからどうせあの廃ビルに住み着こうとか考えていたのでは? とミサカは予測します」
「……そンなことはもォどォでもイイだろ。ここに住めることになったンだから」
「その反応を見ると図星のようですね、とミサカは溜め息をつきます」
「俺がどンな暮らしをしていようが、お前には関係ねェだろォが。能力があるから危険なことも殆どねェし」
「あのですね、あなたは本当にご自分の立場を……」
言いかけて、御坂妹は突然停止してしまった。
いつもの口癖も付いていない。
そんな彼女を不審に思って、一方通行は首を傾げた。
- 563 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:21:28.70 ID:TtRh/bLGo
「どォした?」
「……い、いえ、何でもありません。忘れてください、とミサカは慌てて取り繕います」
そうは言うものの、御坂妹の様子は明らかにおかしかった。
しかし、その原因を探ろうと周囲を見回してみても何もない。そもそも、ここはただの食堂なので何か特別なものがある筈がないのだが。
しかも既に昼食時を大分過ぎてしまっているので、客も彼らくらいしかいなかった。
「そ、そんなことよりあなたはこれからどうするつもりですか、とミサカは質問します」
「俺ェ? 取りあえず部屋を見に行くかな」
「その後は? とミサカは更に質問をします」
「寝る」
「あなたはそればかりですね、とミサカは呆れます。
そんなに寝てばかりいると太りますよ……、いややっぱり腹が立つのでもう少しくらい太って下さい」
「言われなくてもそォするつもりだ」
一方通行は特に何もしていないどころか非常に不健康な食生活と生活習慣を送っているにも関わらず、なんと御坂妹と同じくらいの細さなのだ。
……もしかしたら記憶喪失前の彼はそういう努力をしながら生活をしていたのかもしれないが、
意味が分からないし気持ち悪いのですぐにそんな想像は頭の中から削除した。たぶん能力の弊害か何かだろうと勝手に結論付ける。
「ところで、それはもう食べないのですか? とミサカは恐らくかつて牛丼だったであろうどんぶりを指差します」
「あァ、もォいい。腹一杯になった」
「畜生何なんですかその満腹中枢は。そんなんだから太らないんですよ、とミサカは八つ当たりします」
「仕方ねェだろ、無理に食って腹壊したら最悪だし」
「本当にその食の細さを分けてほしいのですが、あなたの能力で何とかなりませんか? とミサカは提案します」
「オマエは俺の能力を何だと思ってやがる。ベクトルを操作するだけの能力だって言ってンだろ」
「ほら、そこはこう、生体電気やら何やを操って脳に色々誤認させたりできるんじゃないですか? とミサカは思いつきます」
「俺がお前に触れてる間はできるだろォけどな。手ェ放した瞬間元に戻ると思うぞ」
「じゃあずっと触っていて下さいよ、とミサカは食い下がります」
「アホか。頭痛で死ぬわ」
「死んでも良いのでミサカのダイエットに協力してください、とミサカは要請します」
「理不尽にも程があるだろ」
むしろ太りたいと思っている一方通行には彼女の悩みなど本当に馬鹿馬鹿しいものでしかないのだが、本人の瞳は真剣そのものだ。
彼の眼には彼女は十分痩せているように見えるのだが、一体何がそんなに不満なのか。
- 564 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:24:15.50 ID:TtRh/bLGo
「うう、それでは何か別の方法を考えなくてはなりません……、とミサカはまだまだ諦めません」
「はァ……。そこまで言うなら、他に方法があるっちゃあるが」
「それは何ですか!? とミサカは即座に食いつきます!」
驚くべきスピードで一方通行に顔を近づけてきた御坂妹に、彼は少したじろいでしまう。
一体どれだけ必死なんだ。
本当にまったくもって理解できないが、一度口に出してしまった以上彼女を無視する訳にもいかないので、一方通行は仕方なく口を開いた。
「新陳代謝を向上させてカロリーを消費させれば、ちったァ足しになるンじゃねェのってだけだ。
これだと普通に運動するだけとそォ変わらねェしやってる間はずっと俺が触れて操作し続けねェとだから、割に合わねェかもしれないが」
「それでも構いません。運動をしなくても良いと言うのは重要なファクターです、とミサカは力説します」
「そンなモンかねェ……」
「そんなものなのです。運動をしても上手く痩せられないことだってあるのですから、とミサカは苦い思い出を噛み締めます」
それは彼女がそもそも痩せているので痩せにくくなっているだけなのではと思うのだが、一方通行は黙っていた。
余計な地雷を踏んで長話に付き合わされる羽目になっては堪らない。
御坂妹は全くお構いなしだが、彼は慣れない仕事を連続でやらされて疲れているのだ。
「と言うわけで一方通行、早速やって下さい。とミサカは要求します」
「今日は勘弁してくれ……。疲れてンだよ。また今度やってやるから、部屋に案内しろ」
「それでは仕方ありませんね。ですが、このかつて牛丼だったものは本当にこのまま残してしまうのですか? とミサカは勿体ない精神を発揮します」
御坂妹が、肉だけ綺麗さっぱり消えていて半分以上白米の残されたどんぶりを指差した。
やたら執着するなあと思った一方通行は、ふと嫌な予感がしてじとっとした目で御坂妹を見上げる。
「……人の食べ残しは食うなよ」
「流石にそこまではしませんよ、あなたは一体ミサカを何だと思っているのですか。
と言うか、食べ終わったらカウンターに戻さないと駄目ですよ。ここはセルフサービスです、とミサカは壁の張り紙を指差します」
「知ってる。ちょっと休憩してただけじゃねェか」
「そのまま寝そうな勢いでしたが。夜にはまた大勢の人が来るのでこんなところで寝ては迷惑ですよ、とミサカは注意します」
「だから部屋に行くっての。連れてけ」
一方通行は気だるげにそう言うと、食器の載った盆を持って立ち上がった。
……そう言えば御坂妹が昼食を食べているところを見た覚えがないのだが、彼女はもう食べてしまったのだろうか。
彼の場合は仕事が長引いて遅めの時間に昼食を食べるハメになってしまったので、もしかしたらそうなのかもしれないが。
- 565 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:25:12.88 ID:TtRh/bLGo
「片付け終わりましたか? それではこちらです、とミサカは道案内を開始します」
「あ、あァ。頼む」
「任されました、とミサカは意気揚々と先陣を切ります」
他でもない御坂妹自身に思考を断ち切られてしまった為、一方通行は何となく彼女にそれを尋ねるタイミングを逸してしまった。
しかしそこまで気にすることはないかと思い直すと、彼は御坂妹に付いて食堂を出て行った。
―――――
放課後の学園都市に繰り出した美琴は、今日は一人で一方通行を探し歩いていた。
上条は、またいつもの補習らしい。
学園都市が最も力を入れている科目は言わずもがな能力開発なので、必然的に無能力者(レベル0)の上条はその補習に捕まりやすいのだ。
(事情が事情だから仕方ないとは言え、この広さを私一人で探すのは流石に厳しいかな)
大通りを一人で歩き回りながら、美琴は小さくため息をつく。結局、あれから一方通行に関する手掛かりは何も掴めていない。
一方通行という言葉の正体も、その名を持つ少年の居所も、何も。
(……そうだ。口うるさいアイツも居ないことだし、この機会に路地裏を掃除してみようかな)
いつもはお節介な上条に危ないと言って止められるのであまり路地裏には行かせて貰えないのだが、今日はその元凶は欠席だ。
これは僥倖とばかりに悪い顔をした美琴は、軽く辺りの様子を窺ってから路地裏に続く道へと足を踏み入れようとする。
しかし、その時。
「お姉様ーっ!」
「うきゃあああああ!?」
突然何者かに背後から抱き着かれて、美琴は思わず悲鳴を上げてしまった。
道行く人々が驚いて彼女の方を見てくるが、そんなことを気にする余裕はない。変態の手が変なところに侵入しようとしているからだ。
そしてすぐさまその変態の正体を看破した美琴は、全力で変態を引き剥がしに掛かった。
「くぅーろぉーこぉーッ! こんなところで何してくれてんのよぉッ!!」
「ああん、お姉様のいけずぅ! 久しぶりの抱擁なのですからもう少し堪能させて下さいまし!」
「馬鹿じゃないの、ここ何処だと思ってんの!? 天下の往来よ、往来!」
通行人が物珍しそうに二人のことを眺めている。と言うか、実際珍しいのだろう。
美琴はなかなか剥がれてくれない白井の腕を掴むと、そのまま前方へと投げ飛ばす一本背負いへと繋げる。
しかしそのまま地面に叩き付けられる筈だった白井は、その直前で空間移動(テレポート)を発動させて事なきを得た。
- 566 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:25:38.84 ID:TtRh/bLGo
「ですが、最近お姉様が構ってくれないのも悪いですわ。黒子は寂しかったですのよ?」
「そ、それは悪かったと思ってるけど……。こっちにも色々事情があるのよ」
「……それは、黒子でも力になれないことですの?」
「う……、うん、ごめん。黒子を信用してない訳じゃないんだけど、巻き込みたくないの。本当にごめんね」
申し訳なさそうに俯いてしまった美琴を見て、白井は小さく溜め息をつく。
「無理強いは致しませんわ、お姉様にはお姉様の事情があるのですもの。
それでもどうしても行き詰ってしまったときは、どうかこの黒子を頼って下さいまし。少しは頼りになると自負していますわ」
「うん、ありがと。本当の本当にどうしようもなくなったらそうさせてもらうわ」
言いながら、美琴はぎこちなく笑顔を浮かべる。
きっと、彼女は本当にそんな状況になったとしても白井に相談するようなことはしないだろう。これは、ただの彼女なりの気遣いだ。
白井もそれは理解している。それ以前に、美琴でもどうしようもないことを白井がどうにかできる筈がないのだ。
「それから、最近よく門限ギリギリまで外出しているようですが……。人探し、ですの?」
「そう、だけど……。これが全然見つからなくてね、手掛かりゼロ」
「それくらいならわたくしにも手伝えますわ。特徴を教えて下さいますか?」
「あー……」
確かに、風紀委員である白井に協力してもらえるのは心強い。
しかし同時に、親友とは言え風紀委員に一方通行のことを話してしまっても良いのか、という心配もあった。
もし警備員や『上』に彼のことを報告されてしまったら、最悪の事態になりかねない。
……いや、きっと白井なら頼み込めば報告をせずにいてくれるだろう。
だが風紀委員権限を使って人探しをするには当然理由が必要だし、詳細な報告も必要になってくる。
でっちあげることもできるが、そこまで彼女に苦労を掛けることはしたくなかった。
それに、下手をしたら巻き込んでしまう、なんてことにもなりかねない。それだけは絶対に避けなければならなかった。
「……ごめん。その探し人ってのがちょっと複雑な事情を抱えてて……。だから、無闇に話せないの」
「そうですの……。いえ、そこまで気にしないで下さいまし。出過ぎた真似をしてしまいましたわ」
「ううん、本当にありがとうね。気持ちだけ受け取っとく」
「ええ、それだけで黒子は十分ですわ。ところで、お姉様」
途端、白井がずいっと美琴に顔を近づけてくる。
驚いた美琴は思わず後ずさってしまったが、それ以上に彼女のじとっとした目にぎくりとした。
- 567 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:26:29.87 ID:TtRh/bLGo
「路地裏に入ろうとしていたようですが? ……お姉様、わたくしは何度も何度も何ッ度も路地裏には入らないよう注意致しましたわよね?」
「あ、あはは……」
「その様子ですと図星ですのね。まったく、近頃の路地裏は本当に物騒なのですから気を付けて下さいまし」
「分かってるってば。大体、この私がその辺のスキルアウトに後れを取るわけないのに」
「その油断が命取りになるんですのよ?
幸い我が一七七支部にはまだ何の被害もありませんが、他の支部ではもう何人も路地裏へパトロールへ行って大怪我をして帰って来た者がいるとか。
訓練された風紀委員でさえもう何人も病院送りにされているのです。路地裏は、もう昔のようなただの不良の溜り場ではありませんのよ?」
「そんなことになってたの?」
風紀委員が何人も犠牲になっているという話は美琴も初耳だったようで、彼女は驚きに目を丸くした。
確かに最近不良が狂暴化していたりテロが頻発していたりと言う話を頻繁に聞くが、まさかそんな奴らに風紀委員が後れを取るとは。
事態は、美琴が思っていたよりもずっと深刻なようだ。
「そうですわ。ですからお姉様も、どうかもっと危機意識を持って下さいな」
「それは分かったけど……。その話、もうちょっと詳しく聞かせて貰えるかしら」
「……と言うか、ホームルームで先生方が何度も注意喚起されていたと思うのですが、聞いていらっしゃらなかったのですか?
流石にお姉様のクラスでもそういう話がされたと思うのですが」
「わ、悪かったわね、人の話を聞かない奴で。最近は考えることが多くて忙しいのよ」
「はあ……。もうすぐ定期試験があるのですから、授業はきちんと聞いていないと後々苦しむハメになりますわよ?」
「その辺は大丈夫よ、要点はちゃんとまとめてるし。それより話してくれる?」
「ああ、そうでしたわね。失礼しました。……まず、どうやらスキルアウトが強力な能力を持ち始めているという噂は本当のようですわ。
最低でも異能力者(レベル2)と、もともと無能力者であったことを考えると飛躍的に強度(レベル)が上がっています」
「0から最低でも2? それって、いくらなんでもおかしくないかしら」
「ええ、その通りですの。それからスキルアウトだけではなく、テロリストの方もおかしいのです。
あ、今回のテロリストというのは、学生で構成された組織だった行動を行う集団ですわ。世間に不満を持った学生が蜂起したとかで……。
そのテロの方もおかしくて、書庫(バンク)に載っている犯人のレベルと実際のレベルがまったく一致しませんの」
「書庫のデータと? それってつまり、身体検査(システムスキャン)までの間に急激にレベルが上がったってこと?」
「そういうことになりますわね。通常、短期間の内にそこまでレベルが変わるということはありえないのですが……」
「…………、ねえ。レベルが上がってるのって、そういう悪いことしてる人たちばっかりなわけ?」
- 568 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:27:09.72 ID:TtRh/bLGo
「へ? いえ、確かにそういう人間を中心にレベルが上がっているようですが、一般の人の中にも急激にレベルが上昇した方がいるとか。
身近にはそういう方は居ませんし、悪いことをしない限り取り調べたりはしないのでわたくしたちが把握しているのはごく僅かですが」
聞けば聞くほどおかしな話だ。
どうも、大勢の人間のレベルが一斉に上がっているらしい。通常ならば、絶対にありえない現象だ。
「他には何かある?」
「そうですわね……。そう言えば、もともとのレベルによって上昇具合が異なるようですわ。
そしてあくまで現時点の話ですが、上限は大能力(レベル4)のようです。
つまり、無能力者は一気に強能力者(レベル3)になれることがありますが、大能力者が超能力者(レベル5)になることはありません」
「ふうん……。じゃあ、未だに超能力者は7人だけ、ってこと?」
「現在こちらが把握している限りはそうですが、恐らくそうでしょうね。
それにもしそんな人間が居たとしたら、それが善人であれ悪人であれとっくに大騒ぎになっている筈ですから」
「そうでしょうね。悪人だったらその力を使って事件を起こすでしょうし、善人であってもそれを友人なんかに自慢したがるだろうし」
そもそも、大能力者と超能力者の間には非常に高い壁がある。
例え大能力者の能力が無能力者と同じくらい大幅に上昇したとしても、それで超能力者認定されるとは思えない。
もともと超能力者に匹敵するほどの力を持つ大能力者なら話は別かもしれないが、それはそれで非常に希少だ。
「とにかく、そんな訳ですから路地裏に入るのは控えて下さいな。本当なら、表通りだって歩いては欲しくないのですよ?」
「はいはい。でも、そんなに物騒なことになってる割りにはこの辺りは賑わってるのね。いつもと変わらない気がするわ」
「皆、自分だけは絶対に巻き込まれないだろうと考えているのですわ。そんなことはありませんのに……。
風紀委員も警備員もできるだけ早く帰るようにと促してはいるのですが、誰も聞く耳を持ってくれませんの。困ったものですわ」
美琴もあまり人のことは言えないので、とりあえず彼女は笑って誤魔化すことにした。
しかし、美琴には強力な能力を持っているという強みがある。
いざという時になれば、彼女は自分を守るどころか周囲の大勢の人々を守るれるだけの力を持っているのだ。
その一方で、道行く人々の中には無能力者も大勢いるに違いない。
……何の力も持っていないのにこんな恐ろしい街に繰り出すなんて、怖くないのだろうか。美琴には、そこだけが理解できない。
美琴がそんなことを考えていると、唐突に白井の携帯電話が鳴りだした。
懐から異常に小さい携帯電話を取り出した白井は、少しの会話の後電話を切ると美琴の方に向き直る。
「申し訳ありませんわ、お姉様。事件が起こったとかで急な呼び出しを受けたので、失礼させて頂きます」
「あ、うん。長い間付き合わせちゃってごめんね」
「いいえ、黒子は一向に構いませんわ! 少しでもお姉様と一緒にいられる時間が長くなるのであれば……」
「良いからさっさと行きなさい」
- 569 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/04(金) 23:27:58.61 ID:TtRh/bLGo
そのまま再び抱き着いてきかねない勢いの白井の額をぺしんと叩くと、彼女は渋々と言った様子で空間移動してその場から姿を消した。
それを見送った美琴は、先程自分が立ち入ろうとした路地裏の闇を見据えながら物思いに耽る。
(……スキルアウトにテロリスト、ね)
この路地裏の向こうには、そんな恐ろしい存在が跋扈している闇の世界だ。
しかし、一方通行はきっとここに居るのだろう。
……大丈夫、だろうか。確かに彼は強力な能力を持っているが時間制限付だし、そもそも彼は追われている身だ。
何があってもおかしくはない。
(でも、流石にそんなことになってたら助けを求めてくるわよね。……たぶん)
手近な壁に背を預けて携帯電話を開く。
しかし、当然ながら誰からの連絡も入っていなかった。
あれ以来、一方通行とはまったく連絡が取れていない。
電源を切っているのか着信拒否をしているのかは知らないが、電話をしてもメールをしてもまったく繋がらないのだ。
……一体、どういうつもりなのだろうか。もしかしてずっとこのまま行方を晦ますつもりなのだろうか。
(まったく。ちょっとくらい私たちを信用しなさいよね)
携帯電話をぱたんと閉じながら、美琴が大袈裟に溜め息をついた。
しかしそう思う一方で、彼女は一方通行が自分たちを信用していないからこんなことをしている訳ではないことも理解している。
彼女が白井を巻き込みたくないのと同じで、彼も大切な人を危険な目に遭わせたくないだけなのだ。
(もう少し人を頼りなさいっての。あの馬鹿)
しかし、こんなところで愚痴っていても始まらない。
美琴はそう思い直すとちらりと路地裏への入口へと目をやり、少し考えてから暗闇へと足を踏み入れた。
……彼女には、例えどんな危険を冒したとしても諦めきれないものがあるから。
- 580 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:17:48.85 ID:Vxi+OU+jo
一方通行が研究所で働き始めてから、数日が経過した。
驚くべき速度で仕事を覚えた彼は、今や担当業務に限れば他の研究員に引けを取らないくらい正確に仕事をこなすことができるようになっている。
今や一人前となった一方通行は、現在とある妹達のカルテを確認しているところだった。
「お疲れ様です一方通行、今日の業務は終了です、とミサカは報告します」
「おォ、お疲れさン」
確認し終えたカルテをデスクの上に置いた一方通行は、御坂妹の言葉に返事をしながら伸びをした。
ずっと同じ体勢で座っていたので、背骨がぱきぱきと音を立てる。
一人の女研究員が微笑ましそうにそれを眺めていたが、唐突に何かを思い出したらしい彼女は二人に近付いて行った。
「一方通行くん、昼食は食堂で食べるつもり?」
「ン? あァ、そのつもりだ」
「今日は食堂は閉まってるから、外で食べて来ないとよ。手当はもう貰った筈だから、お金は大丈夫よね?」
「それは大丈夫だが……。そォか、今日は日曜日か。仕方ねェなァ」
「外食ですか? とミサカは下心を隠しつつ質問します」
「……行きたいのか?」
「行きたいです! とミサカは即答します」
無表情なくせに瞳だけはやたらとキラキラさせている御坂妹が、ずいっと顔を近づけながらそう言った。
一方通行はそれを見て少し考えてから溜め息をつくと、立ち上がって白衣を手近な椅子に引っ掛ける。
「オラ、行くぞ」
「ありがとうございます、とミサカは飛び上がって喜びます」
「ったく、現金な奴だなァ」
「行ってらっしゃい。ああ、明日のお仕事は今日とは逆でお昼からだから気を付けてね」
「分かった」
女性研究員に見送られながら、二人は研究室を後にする。
寝室も研究所内に設けて貰ったし、食事や風呂などの基本的な生活もここだけで行えるので、一方通行が外に出るのは割と久しぶりだ。
きっと久しぶりの太陽の光はさぞ鬱陶しいのだろうなと思いながら、彼は外へと出て行った。
―――――
- 581 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:19:52.42 ID:Vxi+OU+jo
「見つからないなー」
「見つからないわねー」
第七学区の表通りをぶらぶらと歩いている上条と美琴は、今日も今日とて一方通行探しに精を出していた。
しかし、未だ一向に見つかる気配がない。
一方通行も生活するには仕事をしなければならないだろうということでそれらしい場所を中心に探しているのだが、手掛かりはゼロだった。
「全然見つからねえ……。アイツ、今頃何処で何やってんだか」
「まあ、第七学区って言っても広いからね。探し方がちょっと甘いのかもしれないわ」
「俺たち二人だけじゃやっぱり限界があるからなあ……」
「弱音吐かない! 他の人を巻き込む訳にはいかないんだから仕方ないでしょ」
言いながらも、もしかしたら人混みの中に一方通行が紛れているかもしれないと美琴はきょろきょろと辺りを見回す。
しかし、やはり何処をどう探したところであの白い姿が見つかることは無かった。
「……アイツに何かあったってことは無いよな」
「ないない。アイツ、第二位をボッコボコにしたのよ? そんな奴が今更誰に負けるって言うのよ」
「まあそれはそうなんだが……。あまりにも見つからないものだからついな」
「あのねえ、ついでそんな嫌な想像しないでよ」
「はは、悪い悪い」
「まったくもう!」
不機嫌そうに目を細めた美琴に上条が苦笑いしながら謝るが、彼女はつんと顔を背けてしまった。
しかしその拍子に何かが目に付いたのか、ある一点で美琴の視線が停止する。
「どうした?」
「……いや、ちょっとお腹空かないかなーって思って」
「ああ、そう言えばそうだな。結構歩き回ってるし、なんか食べるか?」
「そうしましょ。でね、あそこで売ってるたこ焼きなんか良いんじゃないかなーと思って。美味しそう」
「ん、あのキャンピングカーか? 珍しいな、こんなところにたこ焼きの屋台なんて」
美琴が指差したのは、大通りの端に停車しているキャンピングカーだった。
クレープやホットドックなどの屋台は割りと頻繁に目にするが、確かにたこ焼きは珍しい。キャンピングカーでやっているとなると、特に。
- 582 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:24:33.00 ID:Vxi+OU+jo
それに興味をそそられた上条が美琴の提案を了承すると、彼女は気を良くして足早に屋台に近付いて行った。
アイツも案外お手軽な性格だななんて失礼なことを考えながら、上条もその後をついて行く。
そして辿り着いた屋台には、幸い人はあまり並んでいなかった。
「すみませーん、たこ焼き二人分下さい」
「こっちも二人分くれ」
……ん?
それは、上条たちよりも少し遅れてやって来た客の声だった。
しかし非常に聞き覚えのあるその声音に、上条と美琴が勢いよく振り返る。
そこには。
「あ」
「え」
「あっ」
「ぶふー、とミサカはまさかのエンカウントに思わず吹き出します」
……そこには、この間からずっと探し続けていた一方通行と、何故か御坂妹がいた。
暫らく、時間が止まってしまったような錯覚。
だがそんな硬直状態からいち早く脱した一方通行は、連れである御坂妹を連れて逃亡を図ろうとした。
しかし。
「妹、確保!」
「了解しました、とミサカはお姉様の命令に従います。がしっ」
「こ、この裏切り者ォ!!」
「良いのかこれ……」
「良くねェ!」
一方通行は往生際悪く抵抗を続けているが、御坂妹にがっしり拘束されてしまっているので逃げられない。
能力を使って御坂妹を振り払うこともできるのだが、それだと彼女を怪我させてしまう可能性があるのでできないのだ。
しかしその時、一方通行は衝撃の事実に気付いた。
(待て、妹ごと抱えて行けば良いンじゃねェか?)
「ハイ残念」
「……畜生」
すかさず上条の右手で掴まれて、一方通行は今度こそ本当に逃亡手段を失った。
項垂れる彼を眺めながら、御坂妹は申し訳なさそうな表情をする。
- 583 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:25:32.89 ID:Vxi+OU+jo
「申し訳ありません。他でもないお姉様のお願いだったので脊髄反射的に思わず……、とミサカは言い訳します」
「良いのよ妹、良くやったわ。今度なんか美味しいもの食べさせてあげる」
「本当ですか、とミサカは手放しで喜びます」
「まあ、何はともあれ見つかって良かった。あ、たこ焼きは四人分まとめて同じ袋に入れてください」
「オイコラ、勝手に話進めンな。あと御坂妹は覚えてろよ」
一方通行は恨めしそうに御坂妹を睨みつけていたが、美味しいものの方が優先順位が高いらしい彼女は完全に開き直っていた。
凄まじい薄情さだが、今回はそれがプラスに働いたので良しとしよう、と美琴は一人納得する。
「とにかく、こんなところで話し込むのは営業妨害だからあっち行きましょ。コイツを問い詰めるのはそれからで良いわ」
「それもそうですね。ほら一方通行、さっさと歩いてください、とミサカは一方通行を引きずって歩こうとします」
「自分で歩けるっつゥの、放せ」
「放したら逃げるだろ。御坂妹、絶対に放すなよー」
「心得ています、とミサカは更に強く一方通行の腕を拘束します」
「痛ェからやめろ」
上条は右手で一方通行に触れたまま、屋台の店主からたこ焼きの入った袋を受け取る。
袋からはソースの良い匂いが漂ってきていたが、今の一方通行には何もかもが恨めしく感じられるだけだった。
「何があったのかは存じませんが、良いではありませんか。あなたたちは友達同士なのでしょう? とミサカはただの事実を述べてみます」
「……チッ」
御坂妹が、少しだけ腕に込めていた力を緩める。
しかし一方通行は、それに気付いてももう抵抗しようとはしなかった。
―――――
- 584 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:28:17.90 ID:Vxi+OU+jo
とある研究所。
現在大怪我をして療養中の垣根帝督は、医務室のベッドで半身を起こしながら反対派妹達からの報告に耳を傾けていた。
彼は暫らく目を閉じてじっとその話を聞いていたが、彼女の話が終わるとそっと目を開く。
「……そりゃまた、予想外なことが続いてるな」
「本来なら予測しておくべきだったことですが、とミサカは自らの浅はかさを認めます」
「まあそう言うなよ。そもそもこういう状況になるってこと自体予測されてなかったんだから、無茶言うな」
垣根はいつも通りの明るい調子だったが、妹達の瞳はいつもより暗い。
それどころか、焦点が定まっていないような気さえした。
……これは、相当落ち込んでしまっているようだ。状況からすれば当然だが、それでもどうしても彼はそんな彼女に戸惑ってしまう。
「最初は、もっと簡単に事が運ぶだろうと思っていました。
ですがここまでイレギュラーが続いてしまうのでは、もはや実験の続行は絶望的なのではないかと……とミサカは……」
「……そんな顔するなよ。いざとなったら、お前たち反対派妹達くらいなら俺が全員殺してやる」
「…………、……お気遣い感謝します。
ですがこのミサカは助かることになっているミサカですので、それについては少々考える時間を下さい、とミサカはお願いします」
「ああ、そうか。そいつは悪かったな……」
「いえ。他の妹達が『処分』される中、ほんの一握りのミサカたちだけが取り残されるというのは、ミサカたちにとっては想像を絶する苦痛です。
もしかしたらそれをお願いすることになるかもしれません、とミサカは自嘲気味に呟きます」
「………………」
半身とも言うべき仲間たちが犠牲になっていく中、自分だけがのうのうと暮らしていくなんてことが出来る訳がない。
垣根にさえ、それは理解できる。
もともとが心優しい少女である彼女がそんな状況に置かれれば、一体どんな悲惨な末路を辿ることになるのか。
……想像することさえおぞましい。
「なーに既に諦めムードになってんだよ。まだまだ時間はいくらでもあるだろうが」
「……時間があっても、機会が無いのではいずれ必ず見捨てられてしまいます、とミサカは真実を告げます」
「当分は大丈夫さ。連中はまだまだこの実験にしがみ付くつもりらしいからな」
しかし、対する垣根の調子はあくまで軽い。
……敢えてそう振る舞っていなければ、彼女の心が折れてしまいそうだったからだ。
だから努めて明るく、さも簡単そうに語らなければならなかった。
「ときに垣根帝督、とミサカは呼び掛けます」
「お、おおう。何だ?」
- 585 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:31:10.86 ID:Vxi+OU+jo
唐突に話し掛けられて、垣根は少し驚いた。
彼女から話し掛けてくることなど、滅多にないからだ。特に最近はめっきり無口になってしまっていたので、余計に垣根は動揺してしまう。
「あなたのその怪我は、いつごろ完治しそうですか? とミサカは質問します」
「ああ、これか。研究者どもが言うには、まだもう少し掛かるだろうってよ。
もっとまともな医者に診せれば違うんだろうが、この研究所にゃそんなんいねえし俺は立場上無闇に外に出る訳にもいかないからな。
仕方ねえよ」
「……そうですか。あなたのその能力を使えばすぐにでも治せてしまいそうなものですが、とミサカは少し期待します」
多分、彼女は強い力を持っている彼ならこの状況を打破できるのではないか、という希望を抱いているのだろう。
しかし垣根は、申し訳なさそうに眉根を寄せるとゆっくりと首を振った。
……分かってはいたものの、期待を裏切られて表情を翳らせてしまった彼女を見て心が痛むのを感じる。
「悪いな。俺の能力でできる医療行為は止血くらいだ。……アイツなら違ったんだろうが」
「いえ、そういう風にご自分を卑下なさらないで下さい。無茶な要求をしてしまいました、とミサカは自らの浅薄さを反省します」
「や、事実だから構わねえよ。すまねえな」
「……そんなことはありません。それに、あなたに比べたらミサカたちにできることなど微々たることですし、とミサカは俯きます」
「お前だって、この制限の多い状況の中でよく頑張ってるさ。こうして偵察にも行ってきてくれてるしな」
「ありがとうございます。……せめて上位命令文さえ無視できるようになれば良いのですが、とミサカは無い物ねだりをします」
「その辺は木原が頑張ってくれてるから、期待して待ってろ。ただ、無理はするなよ」
「……お気遣い、感謝します。
次の任務の時間になりましたので、ミサカはこれでお暇させて頂きますね、とミサカは自らの任務状況を報告します」
「ん、そうか。気を付けてな」
「はい。それではまた後ほど、とミサカは別れの挨拶をします」
それだけ言うと、妹達は速やかに医務室から出て行ってしまう。
垣根はそっと閉じられていく扉を見つめながら、のろのろと身体を倒してぼすんとベッドに寝転がった。
神経質なまでに綺麗に清掃された天井が、視界いっぱいに広がる。
「どうして、こうも上手く行かねえんだろうな。……畜生」
彼の他には誰もいない医務室に、その声だけが虚しく響く。
……そんな彼の声を聞く者は、誰も居なかった。
―――――
- 586 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:32:20.75 ID:Vxi+OU+jo
「さて、どう料理してくれようかしら……」
「オイ御坂妹、あのゲームやりたくねェか?」
「やりたいです! とミサカは即答します」
「話を逸らそうとするな!」
「チッ」
「舌打ちしない!」
あれから紆余曲折を経た四人組は、何故かゲームセンター内の小さな売店にたこ焼きを持ち込んで昼食にしていた。
御坂妹たちの正面に座っている上条と美琴は、よっぽどお腹が空いていたのかたこ焼きを食べながら一方通行に詰め寄っている。
「アンタ、あれからどうしてたのよ? 心配したんだから!」
「黙秘」
「今は何処で何してるんだ? ちゃんと飯は食べてるんだろうな」
「黙秘」
「これからどうするつもりなのよ? まさかこのままスキルアウトよろしく放浪生活でも送るつもりじゃないでしょうね」
「黙秘」
「と言うか、なんで御坂妹と一緒に居たんだ?」
「黙秘」
「だーっ!! これじゃいつまで経っても話が進まないじゃない! 何か喋れ!!」
「拒否」
「喧嘩売ってんのかー!!」
「お姉様、どうどう。落ち着いてください、とミサカはお姉様を宥めに掛かります」
うがーと唸り声を上げながら立ち上がって勢いよく机を叩く美琴を見ても、一方通行は素知らぬ顔でたこ焼きを食べ続けていた。
御坂妹に宥められた美琴はぜえぜえと肩で息をしながら席に着くと、水を一気飲みして平静を取り戻そうとする。
「まったく、人の気も知らないで……。せめて心配してた私たちに対して何か言うことがあるんじゃないの?」
「黙秘ィ」
「いい加減にしろー!」
- 587 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:34:53.52 ID:Vxi+OU+jo
「お、落ち着けってビリビリ。でもお前もお前だぞ、とりあえず何か喋ってくれないと何も分からないじゃないか」
「…………」
上条が諭すようにそう言っても、一方通行はむすっとした表情のままたこ焼きを頬張るだけだ。
手を放しても逃げなくなったのは良いものの、いつまでもこんな調子ではいつまで経ってもらちが明かない。
「で、俺から提案があるんだけど。うちの学校に転入しないか?」
「ヤダ」
「こんな時だけ即答かよ! あとお前そんなこと言える立場なのか? わがまま言うんじゃありません!」
まるで保護者のように説教する上条を目の当たりにしても、一方通行はつんとそっぽを向いている。
すると、そこで突然御坂妹が会話に割って入ってきた。
「ちょっと待って下さい。一方通行が学校に通うようになってしまうとミサカも困ってしまいます、とミサカは唐突に口出しします」
「へ? 何かあるのか?」
御坂妹の言葉に、上条は思わずきょとんとしてしまう。
彼女は口の周りに青海苔を付けたまま姿勢を正し、上条の目を真っ直ぐ見据えてから口を開く。
「一方通行は現在、ミサカの研究所で働いているのです。ですのでここで彼を引き抜かれてしまうと研究所の人出が足りなくなり……」
「おいコラ、勝手に話すな」
「いやそれよりちょっと待ちなさい妹。こっち来なさい」
話している途中で一方通行の妨害が入ったと思ったら、突如御坂妹が美琴に掻っ攫われてしまった。
別にそこまで遠くに行ってしまったわけではないのだが、一応ここはゲームセンター内なのでそれなりの騒音に晒されている。
よって、少し離れただけだが二人の会話は完全に聞こえなくなってしまった。
しかし上条たちはそんな二人を見送りながらも、引き続きたこ焼きを頬張ることにしたようだ。
何だかんだ言って、二人とも相当空腹だったらしい。
「事情があるなら無理強いはできないけど……、お前は本当にそれで良いのか?」
「……チッ。良いも何も、もォ決めたことだ。それに、あの様子だと御坂妹も本当に困ってたみてェだしなァ。寝床も用意してもらったし」
「そうか、お前が自分で決めたことなら良いんだ。
あ、そうそう、それからお前に渡しておかなきゃいけないものがあるから今度うちに来いよ」
「なンだ?」
「学校の制服。ウチの担任がわざわざ用意してくれたんだよ。
サイズはお前に合わせてあるっぽいし俺には入らないから、学校に行かないにしてもお前が貰っといてくれ。礼服にも使えるしな」
「……いらねェよ」
- 588 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/06(日) 23:37:45.87 ID:Vxi+OU+jo
「良いから、黙って受け取っておけって。うちに置いといても嵩張るだけだし」
「ッたく……」
ぶつぶつと文句を言いながら、一方通行はまたたこ焼きを口に放り込む。
素直じゃないなと呆れて苦笑いしながらも、上条は遠くの方に行ってしまった御坂姉妹に目をやった。
……そして、二人から離れた場所まで行ってしまった美琴と御坂妹に場面は移る。
美琴は盗み聞きをしているような人間が誰もいないことを確認すると、がしっと御坂妹の肩を掴んで真剣な顔で彼女の瞳を覗き込んだ。
「アンタ、まさかアイツらに自分のことをべらべらと喋ってないでしょうね?」
「自分のこと、とは? とミサカは曖昧な質問に対する確認作業を行います」
「アンタが私のクローンってことよ! アンタ、自分が『御坂美琴の妹』で通ってることを忘れてるんじゃないでしょうね?」
「何だそんなことですか、とミサカは拍子抜けします」
「そ、そうよね! いくらアンタでもそこまで口が軽くは……」
「未だに隠し通せていると思っていたんですか? とミサカはお姉様のお気楽さに呆れます」
「いっ、妹おおおお!!」
叫びながら、美琴は掴みっぱなしだった御坂妹の肩をがっくんがっくんと揺さぶった。
御坂妹は首が折れかねないぐらいの勢いで前後に振り回されているが、無表情でされるがままになっている。
「落ち着いてくださいお姉様。
けっこう早期にばれましたので、ミサカたちにしてみれば何を今更という感じですよ? とミサカは告白します」
「あ、アンタねえ……。何処まで話したのよ?」
「全部です」
「……全部って、どれくらいよ」
「ほぼお姉様と同じかと。
ミサカがクローンであることや調整のこと、製造責任者のことやその他諸々…… といったところでしょうか、とミサカは他人事のように報告します」
もちろん嘘だ。一方通行はもっとたくさんのことを知っている。
しかし常識的に考えて「あなたのクローンは実は二万人居るんですよ」なんて言ったら美琴が失神することなど分かりきっているので、
口が裂けたってそんな真実は明かさない。それに、その事実がそう簡単に彼女にばれることもないだろう。
「……はあ。アンタね、そういうことはもっと早くに言いなさいよ。私に訊かれなくてもさ」
「知ればお姉様は混乱なされると思いましたのでできれば隠しておこうと思っていたのですが、とミサカは自らの真意を明かします」
「こういう風に突然暴露された方が、よっぽどびっくりするわよ」
「そうでしたか。それは申し訳ありませんでした、とミサカは謝罪します」
「良いわよ。でも今度からは気を付けてよね」
美琴は御坂妹の肩から手を放すと、その頭をぽんぽんと撫でてやる。
御坂妹はそうされるのが好きなのか、にへらと笑って美琴を見上げた。
「お姉様、ミサカはお腹が空きました。もう戻っても良いでしょうか? とミサカはお伺いを立てます」
「あ、ああ、そうね。付き合わせて悪かったわ」
美琴がぱっと手を放して御坂妹を解放してやると、彼女は少しだけ嬉しそうな顔をしてぱたぱたと二人の所へと戻って行く。
その後ろ姿を見ていた美琴は一つ小さな溜め息をつくと、少し遅れてその後を追っていった。
- 602 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 20:54:11.17 ID:1p14awS4o
「で、結局どうすることにしたのよ?」
「学校に通わず、御坂妹の研究所で働くってさ」
「ふーん……、アンタはそれで良かったの?」
「良いも何も、アイツが自分で決めたことなんだから俺がどうこう言う資格は無いだろ。残念は残念だけどさ」
あれから紆余曲折を経て、四人は何故かゲームセンターを見て回っていた。と言うか、御坂妹たっての希望だ。
彼女はこういう場所に初めて来たのか、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回していて先頭を歩く上条達よりもだいぶ後ろを歩いている。
そしてそんな彼女とはぐれてしまわないように、一方通行がその様子をずっと見守っていた。
「お姉様、あのゲコ太のぬいぐるみが欲しいです、とミサカは希望します」
「ん? ああ、クレーンゲームの景品ね。あれ結構取るの難しいのよねー」
「一方通行に取って貰ったらどうだ? アイツこういうの得意そうだし」
「その手がありましたか。一方通行、あれ取ってください、とミサカは懇願します」
「懇願ってツラじゃねェぞ……。ったく、しょうがねェな」
一方通行は呆れた顔をしながらも、ポケットからコインを取り出してクレーンゲームのマシンに投入した。
途端、動き出したアームを見て御坂妹がびくっとする。
どうやら、ゲームセンターに来たのが初めてどころかこういう機械を見たことさえないようだ。
「…………、……ほらよ」
「おお、本当に一回で取れてしまいました。ありがとうございます、とミサカは一方通行に感謝します」
「お前って本当にこういうの得意だよな。羨ましい」
(私もゲコ太欲しい……)
御坂妹が一方通行に取って貰ったゲコ太のぬいぐるみを抱き締めているのを、美琴は羨ましそうに眺めていた。
そして美琴は一人、後で絶対手に入れようと誓うのだった。
「あ。そう言えば、あなたを正式に研究所に迎えるにあたって一つ決めておかなければならないことがあるのでした、とミサカは唐突に想起します」
「……どォいうことだ? 今更変なこと言い出しやがったらソレ没収するぞ」
「難しいことではないので、そんなに怖い顔をしないで下さい。ただ、上の方にあなたのことを報告するのに名前が必要なだけです。
一方通行というのは能力名ですから、報告書に記入する為の人間らしい名前を考えてほしいのです、とミサカは若干ややこしい注文をします」
「報告って……、どんなことを?」
「そんなに心配なさらずとも大丈夫です。単に彼が研究所に就職したことを報告するだけですから、とミサカは補足します」
「……それなら、良いんだけど」
- 603 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 20:56:29.03 ID:1p14awS4o
美琴はいまいち煮え切らない態度だったが、とりあえずは納得してくれたようだった。
しかし、当の一方通行は不安な単語が出てきたことなど気にも留めずに御坂妹の言ったことについて考え込んでいた。
「ソレは、つまり偽名を考えろってことか?」
「まあそういうことですね、とミサカは肯定します。とりあえずそれらしい名前なら何でも構いませんよ」
御坂妹は軽く答えたが、これはなかなか難問だ。
一方通行は彼女の言葉を聞くと再び腕を組み、考え込んでしまう。
「名前なあ……、確かに絶対無理って訳ではないけど、いきなり考えろって言われると結構難しいな」
「面倒くせェ……。何か案出せ」
「何その無茶振り。横暴ね」
「オマエにだけは言われたくねェ」
「ちょっと、私が横暴だって言うの?」
「横暴だろ」
「横暴ですね、とミサカも同意します」
「な、何よ。失礼しちゃうわね」
満場一致してしまったので、さしもの美琴も怒ることができずにたじろいでしまう。
それ以前に、ここでまた暴力に訴えてしまったら横暴という認識の正しさを証明してしまうことになってしまうのだが。
「そんなことより今は名前です。何か良い案はありませんか? とミサカは尋ねてみます」
「そうだなあ……、どうするんだ?」
「適当でイイだろ。オマエが考えろ」
「俺が!? 人に名前なんか付けたことないからセンスないと思うぞ?」
「その年で人に名前付けたことあったらドン引きするっつゥの。で、なンかねェの?」
「うーん……。『一方通行』だから、そうだなあ……」
何故か、一方通行ではなく上条が考えさせられている。
しかし美琴と御坂妹も自分が考えるのは面倒臭いと思っているのか、誰もそのことについて突っ込んでくれなかった。
当の上条は、真剣に考えているからかそんなことには気付いていないらしい。
「……那由他」
「何処かで聞いたことがある名前ですね、とミサカは私見を述べます」
- 604 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 20:58:06.24 ID:1p14awS4o
「刹那?」
「なーんか違うわね」
「ええい、そんなに言うならお前たちも考えるの手伝えよ! 意外と頭使うんだぞこれ!」
「うっせェな。それより、なンで全部数関係なンだよ」
「お、よく分かったな。ほら、一方通行って一って数が入ってるから、それに因んだ方が良いかと」
「安易だなァ」
「悪かったな! つーか、もうちょっと具体的な希望は無いのかよ。文句ばっかり言われたので上条さんはもう疲れました」
「特に無ェ」
「この野郎」
これだけ散々言われたのにまだ真剣に考えてくれるのだから、この男も大概お人好しだ。
そして暫らく唸り続けた後、名案とばかりに上条が絞り出したのは。
「鈴科!」
「なンだそりゃ。苗字か?」
「そうだよ。それに、苗字の方が何かと便利だろ?」
「……それもそォだな」
「そうね、なかなか良いんじゃないかしら? それっぽいわ」
「ええ。なかなか似合っているのではないでしょうか、とミサカも賞賛します」
今まで散々文句を言っていた三人も、これでやっと納得してくれたようだ。
ようやく肩の荷が下りた上条は、そんな三人の様子を見てほっとした顔をする。
「良かった。気に入ってくれたか」
「まァ、今までのがアレだったからな。妥協案ってとこだ」
「畜生……」
しかし口ではそう言っているものの、一方通行は案外満更でもなさそうだった。
とにかく、苗字だけでも決まってくれたので一安心だ。
「あとは名前だけど……、やっぱり今の内に決めておいた方が良いのか?」
「いえ、とりあえずは苗字だけで構いません。便宜上必要なだけですので、とミサカは説明します」
- 605 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 21:00:48.39 ID:1p14awS4o
「そうか? まあ、いらないなら別に良いけど」
「やっぱり名前はもっとちゃんと考えて決めた方が良いだろうしね。って言うか、名前くらい自分で決めなさいよ。自分の名前でしょ?」
「えェー……。しンどい」
「……もうお前が良いなら何でも良いよ」
自分のことだというのにあまりにも無頓着な一方通行に、一同は呆れることしかできない。
上条はそういう彼の性質を矯正することをもう諦めてしまっているが、ここまで来ると流石に心配になってくる。
コイツは、こんなので将来大丈夫なのだろうか。
上条がそんなことを思っている一方で、ゲームセンター内をきょろきょろと見回していた一方通行がある一点で視線を止めた。
どうやら時計を探していたらしく、彼は時刻を確認すると外の様子と見比べてから御坂妹に向き直る。
「もォこンな時間か。御坂妹、帰るぞ」
「そうですね、とミサカはぬいぐるみを抱き締めながら一方通行の後に続きます」
「待ちなさい。せめてこれだけは訊かせてもらうわよ。……アンタたち、一体何処に住んでるの?」
静かに、しかし半ば脅しのような低い響きを持った美琴の声に、二人が同時に振り返る。
しかし御坂妹は特に何も考えずにすぐ口を開こうとした、が。
「第七学区の……むぐっ」
「余計なこと言うンじゃねェ。これ以上余計なことすンな」
「むう……、分かりました、とミサカは渋々了承します」
「往生際が悪いわね、逃がさないって言ってるでしょうが。ストーキングするわよ」
「頼むからビリビリはもうちょっと体面を気にしてくれ……」
こんな人の多いところで臆面もなくそう言ってのけた美琴を、上条がどうどうと宥めようとする。
しかし一方通行にも譲る気は全くないらしく、険しい表情で美琴を睨みつけていた。
「……オマエらは本当に何も分かってねェ。学園都市の暗部だぞ? オマエら如きが簡単にどうこうできるよォな問題じゃねェンだ」
「分かってるわよ。分かってて、覚悟した上で言ってんの」
「分かってねェ」
「分かってる」
「ま、待て待て喧嘩するな。こんなところで能力大バトルなんて繰り広げないでくれよ? いくら俺でも止められないからな」
上条が二人の間に割って入って必死に落ち着かせようと尽力しているが、雰囲気は険悪になって行く一方だ。
このままでは、本当にこんな場所で喧嘩を始めかねない。
……すると。
- 606 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 21:03:15.82 ID:1p14awS4o
「でしたら、互いに譲歩すれば良いのではないでしょうか、とミサカは提案します」
一方通行の後ろに隠れていた御坂妹が、唐突にそんなことを言った。
しかし当然、その言葉を向けられた当人である一方通行と美琴はその意味が理解できない。
すると御坂妹は前に出てきて、交互に二人の目を覗き込んでから口を開いた。
「詳しい事情は存じませんが、ミサカは生い立ちが生い立ちですから何となく一方通行の考えていることも理解できます。
ですがその一方で、彼の力になってやりたいというお姉様の気持ちも理解できます。
けれどその二つは両立しえません、とミサカは確認します」
「……そォだな」
「なので、ここは互いに譲歩するしかありません。
取りあえず整理してみますと、一方通行は自分の居場所を知られたくない、お姉様は彼を逃がしたくない、と言うことですね?
とミサカは続けて確認作業を行います」
「……そうよ」
「ならば、一方通行は居場所を黙秘したままで構いません。ただ、二人といつでも連絡が取れるようにしてください。
そして自己の判断に基づいて、会っても大丈夫な時と場所で今日のように会えば良いのではないでしょうか? とミサカは立案します」
御坂妹の提案に、二人は黙ったまま考え込む。
一歩間違えれば本当に能力バトルに発展しかねないので、上条はその様子をはらはらとしながら眺めていた。
しかし、いつでも必ず連絡を取れるようにする、というのは今までの状況から考えるとかなりの進歩だった。
これまでは、携帯の電源を切っているのか着信拒否しているのかは知らないが、とにかくどれだけメールしても電話しても完全無視だったから。
……だが、この条件を認めたところで一方通行がまた同じことをしないという保証は何処にある?
「尚、明らかに故意によって連絡がつかないと判断される場合はミサカが研究所の所在地を明かしますので、とミサカは釘を刺します」
「徹底してンな……」
「当たり前です。この程度はしておかないとあなたはすぐに逃亡してしまうでしょうから、とミサカは当然の予測をします」
「分かったわ。私はこの条件を呑むけど。……アンタは?」
「……、無闇に連絡しまくったりするなよ」
「しないわよ、失礼ね」
美琴の返事を聞くと、一方通行はポケットから携帯電話を取り出して何らかの操作を開始した。
彼は暫らくそうして操作を続けていたが、いくつかの電子音の後に携帯電話のディスプレイを美琴に向かって突き付ける。
ディスプレイには、『着信拒否を解除しました』の文字。どうやら、上条の分も外されているようだ。
「これで良いンだろ」
「……ええ。じゃあ、私もこれ以上アンタの居場所については干渉しないから」
- 607 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 21:07:31.15 ID:1p14awS4o
「それでは交渉成立ですね、とミサカは双方に確認します」
「うん」
「あァ」
ほぼ同時にそう答えた二人を見て、上条はほっと胸を撫で下ろした。
そして、また一方通行ときちんと連絡を取れるようになったことに安心してもいた。彼もやはり、一方通行を放ってはおけなかったのだ。
……けれど、正直な心情を吐露すると、怖い。
学園都市の暗部なんて、まるで想像もつかない。どれだけ恐ろしい奴らなのかなんて、知るはずもない。これは、きっと美琴も同じはずだ。
それでも、どうしても見捨てられない。自分でも、どうしてそこまでしてやろうなんていう気になったのか分からない。
上条は美琴よりも少しは大人だから、彼女のように無鉄砲で怖いもの知らずにはなれない。
でも。
「では一件落着と言うことで。帰りましょうか一方通行、とミサカは帰宅を促します」
「……そォだな」
一方通行は御坂妹に手を引かれて、今度こそ二人に背を向けた。
しかしその背中に美琴の視線を感じながら、御坂妹はほんの少し表情を翳らせる。
(……最大のネックである垣根帝督は現在療養中で、当分はミサカたちに手を出してくることはありません。
つまり、現在危惧するべきは一方通行の天敵である木原数多と猟犬部隊の存在。
彼に対しては今の一方通行でも手も足も出ないでしょうが、相性的にお姉様なら対抗しうる。いえ、最強の護衛となりえるでしょう。
なので今この状況で、これ以上に心強い味方はいないのですが……、ひどい打算ですね、とミサカは自分の計算高さにうんざりします)
けれど、それは必要なことだった。
繰り返すが、いくら数で遥かに上回る妹達と言えど、木原数多と猟犬部隊のすべてを抑えておけるほど優勢なわけではない。
アイテムの助力も、諸事情により現時点では期待できない。
だから今は、目の前にあるすべてに縋ってでも戦力を整えなければならなかった。
だがそれは、本来巻き込むべきではない人々を巻き込む所業だ。
だから御坂妹は、そんな手段を以てしか彼を守ることの出来ない自分に吐き気を覚えてさえいた。
……すると、その時。
「……ン」
「あの……、何でしょうか、とミサカは疑問を呈します」
しかし一方通行は何も答えず、黙って御坂妹の頭を撫でているだけだ。
……記憶喪失になって尚変わらない彼の優しさも、今は鋭く胸に突き刺さるだけだった。
―――――
- 608 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 21:10:24.44 ID:1p14awS4o
ゲームセンターからの帰り道、上条と美琴は人々でごった返している大通りを歩いていた。
最終下校時刻が近いのだ。
みんな、二人と同じように帰路に就いている。
彼らは時折人混みに呑み込まれてしまいそうになりながらも、はぐれることなく歩を進めていた。
「でも、意外だった。お前ならもうちょっと食い下がるかと思ってたよ」
「……私だって、本当はそうするつもりだったわよ。でもまあアイツの気持ちも分からないでもないし、譲歩してあげたの。妹のこともあるしね」
「なんだ、お前も意外と大人だな」
「な、何よ急に。トーゼンでしょ、美琴センセーはアンタなんかよりずっと大人なんだから!」
「はいはい、ビリビリは偉いなー」
「茶化さないでよ馬鹿!」
怒りの叫びと同時にぱちんと電気の弾ける音がしたが、流石にこの人混みの中で放電するのは無茶と思ったのか、それだけだった。
上条はこの人混みに感謝しつつ、更に言葉を続ける。
「いや、でもお前は本当にすごいよ。
あんなに一生懸命だったのに譲歩したこともそうだけど、本人を前にしてあんなことが言えるんだ。大したもんだ」
「な、何のことよ」
「だから、あの公衆の面前での逃がさない宣言。あれ、守ってやるってことだろ? ……ん? もしかしてあれはこくはぐぼぉッ!?」
唐突に横っ面を殴られた上条は、そのままの勢いでちょうど良く隣にあった壁に叩き付けられた。
吹き飛ばされた先に人がいなかったのは幸いだが、ダメージ二倍で上条は瀕死だ。
「ちょ、何するんですかビリビリさん!?」
「あんったねえ、何下らないこと言ってくれてんのよ! そんな訳ないでしょ!?」
「え、ちっ、違うのか?」
本当にきょとんとした顔でそう言った上条が無性に腹立たしくて、美琴は今度は踵落としをお見舞いしてやった。頭頂部に。
ちなみにスカートの下には短パンを履いているので安心だ。
「ず、ずびばぜんでじだ……」
「ったく、ホンットにアンタって奴は下らないことばっかり……。今度変なこと言ったら鳩尾に跳び膝蹴りだからね!」
「肝に銘じておきます……」
意外と早くに回復した上条は、地面にめり込んでいた顔面をさすりながら立ち上がった。
驚異的な回復能力だが、実はこれが上条の能力だったりはしないのだろうか。
- 609 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/09(水) 21:11:41.57 ID:1p14awS4o
「って言うか、お前また強くなってないか?」
「そう? 黒子に稽古付けて貰ってるからかしら」
「黒子って……、風紀委員の白井か。道理で……」
「アンタもあの子に稽古付けて貰ったら? そのままじゃまた垣根帝督が来たときに足手纏いになるわよ?
種は割れちゃってるんだから、最初みたいな奇襲攻撃はもう通用しないだろうし」
「あー……、でも流石に女の子にそういうこと頼むのはなあ」
「まあ、男としてのプライドがあるってのは分かるけどね。背に腹は代えられないって言うし、その気になったらいつでも頼んであげるわ」
「それは有り難いんだが、俺アイツに嫌われてないか?」
「そう? まああの子ちょっと男嫌いの気があるし……」
「やっぱりそっち系の子だったか……」
「今更気づいたの? ちなみに女子校だからそんな子ばっかりって訳じゃないんだから、誤解しないでよね」
「分かってるって。……っと、分かれ道か。お前はあっちだったよな」
「ええ。それじゃ、また今度ね。……ところでアンタ、最近補習の時以外はずっと私に付き合ってるけど勉強は大丈夫なの? もうすぐテストよ?」
「ははは……、じゃあな!」
笑って誤魔化すと、上条は脱兎のごとく逃げ去ってしまった。
そのあまりにもあからさまな反応に美琴は呆れてしまったが、その辺りは流石に彼女が干渉すべきことではない。というか自業自得だ。
「まったく。アイツってほんと馬鹿……」
それは一体、何に対しての言葉だったのか。
しかしそんな彼女の声は誰の耳にも届くことなく、空気へと溶けていった。
- 624 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/12(土) 23:58:24.46 ID:TV+d/oJ/o
今日は仕事はお休みだった。
何でも未成年を過剰に働かせる訳にはいかないとかで、不定期ながらも彼には週二日の休日が与えられることになったのだ。
それでも彼は自室でごろごろしているつもりだったのだが、不健康だと怒られて追い出されてしまった。
彼にとって外は危険な場所であるのだが、彼らがそんなことを知っている筈もない。
事情を話すわけにもいかない一方通行は結局反論することができずに、嫌々ながらもこうして外に出てくるハメになってしまった。
しかし、だからと言ってやることがある訳でもない。
……よって、一方通行はいつかのように路地裏に出張してスキルアウトを虐めていた。
いや、虐めていたのではなく厳密には戦闘慣れする為の訓練なのだが、能力差故に戦況はあまりにも一方的だったのでそう表現するのが適切だろう。
「今日はこンなモンか……」
足もとに転がる無数のスキルアウトを見回しながら、一方通行は呟いた。
今日はわざわざスキルアウトの多そうな路地裏の奥深くまでやってきて絡まれに来たので、先日よりも遥かに多くの人数を相手にしたのだ。
如何に一方通行と言えど、流石にこの数を相手にするのは少々骨が折れた。
彼は疲れたように溜め息をつくと、倒れたスキルアウトを踏まないようにしながら路地裏を去ろうとする。
――と、その時。
突然、彼の真横を何か大きなものが掠めていった。
数瞬遅れて、背後でけたたましい音が轟く。金属製の箱のようなものが、派手に壊れた音だった。
「な、ンだ?」
突然の出来事に驚いて、一方通行は暫らく固まってしまった。
音のした方を振り返ってみれば、そこには見る影もなくバラバラになってしまった巨大なゴミ箱。
続いてゴミ箱の飛んで来た方向を見やれば、そこには巨大と表現するしかない程の大男が立ちはだかっていた。
「……身体強化系の能力者か。まったく、手加減くらいしてほしいものだな」
まるでコピー紙をそのまま吐き出しているかのような、陰鬱な口調。
見上げるほどの巨体を持った、スキルアウト。
「コイツらは、オマエの仲間か」
「そういう訳ではないが……。まあ、同じスキルアウトの仲間と言えなくもないかもしれないな」
言い終わるが早いか、大男は目にも止まらぬ速さで一方通行に蹴りかかる。
一方通行はその攻撃を間一髪で回避したが、本当に危ないところだった。いや、殆ど勘で避けたようなものだった。
(オイオイ、なンだあの威力!? あンなモン反射しちまったら、折れるどころか千切れかねねェぞ!?)
練習台にしてしまった時点で外道なことをしている自覚はあるが、それでも美琴を見習って後遺症が残らない程度には抑えている。
にも関わらず、この男は全力で自殺しに来ていた。
いくらスキルアウトとは言え、一方通行もそこまでするつもりはない。
スキルアウトとは、ただ自分の能力に絶望してこの都市から零れ落ちてしまっただけの子供たちなのだ。
- 625 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/13(日) 00:00:27.37 ID:TFC+/ROzo
「……なるほど、なかなかの高位能力者のようだな」
「なるほど、じゃねェよ! 殺す気か!」
正確には「自殺する気か」の方が正しいのだが、相手は何の事情も知らないのでこう言った方が分かり易いだろう。
しかし男は、表情を変えもせずにこう続けた。
「近頃、能力者が無能力者を悪戯に襲撃する事件があることは知っているか?」
(あ、コイツ話聞く気ねェわ)
持ち前の頭の回転の速さで、一方通行は素早くそう判断した。
要するに、この男は彼のことをその事件の犯人だと思い込んでしまっているらしい。正義感に溢れていて立派なことだ。
しかし、もちろん一方通行はそんな事件の犯人ではない。
だがその一方で彼がスキルアウト即ち無能力者を虐めていたのは事実なので、言い逃れすることはできない。現行犯逮捕だ。
しかも彼が相手をしたのはあっちから絡んできたスキルアウトだけなのでぶっちゃけ正当防衛なのだが、
そんな話にこの男が耳を傾けてくれる筈もない。
と言うか、この状況を見てそんな話を信じてくれる人間が一体どれだけ居るか。それだけ、彼の置かれた状況は悪かった。
(強そォだから練習台には持って来いなンだが……、流石にこの状況でそンな暢気なことは言ってらンねェな)
一瞬外道な考えに至りそうにもなったが、そんなことをしている場合ではない。
このままでは本当にこの男を死なせてしまいかねないのだ。
そう判断した一方通行は、即座に方向転換を行って逃走を開始する。
しかし。
「逃がすと思うか?」
(なンだコイツ、図体でけェ癖に滅茶苦茶速ェ!)
一方通行は能力をフル活用して走っているというのに、大男はそんな彼に追い付きかねないほどの勢いで追い掛けてきている。
正直、すぐに撒けるだろうと楽観していた一方通行は焦った。
このままでは本当に追い付かれてしまいかねない。
どうするべきか、と一方通行が考えを巡らせようとした、その時。
「こっちだ!」
突然横道から手が伸びてきて、一方通行の手首を掴む。
あまりにも突然の出来事だったので一方通行はそれに対応することができずに、その手に引かれるまま横道に引きずり込まれてしまった。
混乱していた所為でそのまま連れて行かれてしまいそうになった一方通行は、すぐに我に返ってその手を振り払おうとする、が。
もはや見慣れた後ろ姿に、一方通行は振り払おうとした手を止めた。
彼の手を引いているのは、上条当麻だった。
裏路地の構造を知り尽くしているらしい上条は、男を撒く為にかわざわざ複雑で曲がりくねり、身を隠しやすい道を選んで走ってくれた。
しかし彼はきちんと道のりを把握しているらしく、迷うことなくずんずん先へ先へと進んで行く。
上条に誘導されるまま、走って、走って、走って、走って。
やがて二人は表通りに出た。
- 626 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/13(日) 00:06:13.53 ID:TFC+/ROzo
「はあ、はぁっ、はぁ……、ここまで来ればもう大丈夫だろ」
「……オマエ」
「あのなあ、裏路地は危ないって前から散々言ってるだろ? それともあんなところに何か用でもあったのか?」
息を切らしながらも、呆れたような怒ったような口調で上条が詰め寄る。
しかし正直に答えようものなら間違いなく説教を喰らうので、一方通行は彼の問いに答えずに黙っていることしかできなかった。
そんな彼を見たからか、上条も諦めたように溜め息をつく。
「まあ、言いたくないってんなら無理強いはしないけど。あんまり危ないことするなよ、心配するだろ」
「……悪ィ。助かった」
「それは別に良いよ。ただし、もうあんなとこ行くなよ」
一方通行はばつが悪そうにしていたが、上条がまるで保護者のようにそう言うと割と素直に頷いた。
それに実際、上条の警告を軽んじて嘗めて掛かっていたことには違いなかった。
「ところで、お前これから何か予定あるか?」
「無い」
「俺ゲーセン行くとこだったんだけどさ、お前も一緒に来ないか? 流石に一人じゃちょっと寂しいしな」
「……いつもの二人はどうしたンだ? 青髪ピアスと、……土御門だったか」
「それが、二人とも用事があるとかで帰っちまったんだよ。薄情な奴らめ」
「ふゥン。……そォいえばオマエ、前にこの時期はテストがあるとか言ってなかったか? こンなところで遊ンでてイイのかよ」
「……現実逃避してる」
「後で泣きを見ることになるぞ……」
「覚悟はしてる」
とは言え、つい最近までの上条は一方通行や美琴に勉強を教えてもらっていたので、そこまで酷いことにはならない……、と思う。
まあ、それでも今までの成績があまりにも悪すぎるので、夏休み中の補習は決定だろうが。
「まァ、俺には害はねェから何でも良いンだが。……ゲーセン行くならついてく」
「お、そうか。じゃあ行こうぜ」
「本当に現実逃避してンのな……」
補習確定を悟っているからなのか、もうどうにでもなれと諦観している上条を見て一方通行は呆れた顔をした。
とは言え、一方通行もそんな彼を咎めようとはしない。
スキルアウトも上手いこと撒けたし路地裏に入った時の様子を見るに例の追手などの危険も居なさそうなので、今は暇潰しが最優先なのだ。
……我ながら、友達甲斐の無い奴だという自覚はある。
- 627 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/13(日) 00:07:55.54 ID:TFC+/ROzo
そしてゲームセンターの前までやって来た二人はさっそくその中に入ろうとしたが、入り口に立っている華奢な後姿を見つけて足を止める。
御坂美琴だ。
「……お前、こんなところで何してんの?」
「へ? あっ、アンタたち何で!?」
振り返って二人の姿を確認した途端、美琴は驚愕の表情を露わにした。
しかし、二人は構わず美琴の近くへと歩いていく。
「いや、どっちかと言うとそれはこっちの台詞だと思うんだが。俺はいつもこのゲーセンで遊んでるしな」
「へ、へー、そうなんだ。私もまあそんなところかな?」
「……オマエ、立場上ゲーセンには来にくいとか言ってなかったか?」
「そっ、そんなことも言ったかしら? でも最近は結構通うようになってきたのよね、やっぱり楽しいし?」
「…………」
その反応を見て、上条も漸く美琴が何を目的としてここにやって来たのか見当がついたようだ。
と言うか、先程から彼女の視線がちらちらとそちらに向かっているので気付かない方が難しいかもしれないが。
「……素直に言えよ。クレーンゲームのカエルを取りに来ましたって」
「この間御坂妹が取ってたのがよっぽど羨ましかったンだな……」
「うっ、うるさい! 何よ、私がゲコ太のぬいぐるみを取りにわざわざこんなところまで来てるのがそんなにおかしいわけ!?」
「別にそこまでは言ってないだろ。て言うか、お前がアレ好きなのなんか既に周知の事実だし」
「むしろ何を今更隠し通そうとしてンだよ。遊園地でのはっちゃけぶりを忘れたとは言わせねェぞ」
「その台詞前にも何処かで聞いたわね……。まあ、アンタたちが私の邪魔をしないなら別に何でも良いわ」
当然、二人にはそんなつもりは毛頭ない。
しかしそれ以上に、上条は美琴の言葉に引っ掛かりを感じて思わず聞き返す。
「……と言うか、自力で取る気なのか?」
「当たり前じゃない! ああいうのは自分の力で取ってこそ価値が生まれるのよ」
「まあ止めはしないけど、あのクレーンゲームは難しいことで有名なんだぞ?
それにお前は滅多にゲーセンになんか来れないんだから、クレーンゲームには慣れてないだろ。取れるのか?」
「そんなの、やってみないと分からないじゃない。いざ、限定ゲコ太ぬいぐるみ!」
美琴は自分に気合いを入れるようにガッツポーズをすると、二人を置いてけぼりにしてさっさとゲームセンターに入って行ってしまう。
残された上条と一方通行は何とも言えない表情でそれを見送っていたが、やがて彼女の後を追って中へと入って行った。
―――――
- 628 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/13(日) 00:09:35.46 ID:TFC+/ROzo
様々な音が飛び交うゲームセンター。
一通り遊び尽くして疲れた一方通行は、いったん上条と別れてゲームセンターの隅に設置してあるベンチに座っていた。
そばにあった自動販売機でコーヒーを購入すると、プルタブを開けて一気にあおる。
冷たいコーヒーは喉を潤し、ゲームセンターにこもった熱気の所為で熱くなった身体を冷ましてくれた。
「あら、アイツは?」
すると、ふと真横から美琴の声が聞こえてきた。
見やれば、美琴は何処かで見たことのあるカエルのぬいぐるみを抱いていた。例のクレーンゲーム限定のぬいぐるみだ。
「まだ遊ンでる。パズルゲームで知らねェ奴と対戦中」
「ふうん。アンタは何してるのよ?」
「見て分かンねェか? 休憩中だ。少し疲れた」
「じゃあ、隣良い?」
「構わねェよ」
一方通行の答えに礼を言うと、美琴はすとんと彼の隣に座った。
膝の上にのせたカエルのぬいぐるみが愛らしい。
「そのカエル、取れたンだな。……ゲコ助だったか?」
「ゲコ太よ! まったく、散々私が語ってあげた上に遊園地にまで行ったのに、まだ覚えてなかったの?」
「悪かったな、記憶力が悪くて。それより、それ取るのにどれくらい掛かったンだよ?」
「……五千円は使ってないわ」
「つまり、五千円近く使ったってことか。それだけ使えば十分だ」
「何よ、好きなんだからしょうがないじゃない。どうしても欲しかったのよ」
「別にオマエの趣味にケチ付ける訳じゃねェけどよォ。その為に上条を放って置くってのはどォなンだよ」
「……ど、どういう意味よ」
「良いことを教えてやろォか。御坂妹曰く、アイツは意外とモテるらしい。さっさと素直になっておいた方が後で後悔しねェと思うぞ」
「はあ!? 何よそれ!」
叫びながら、美琴が驚いてがたんと席を立つ。
幸い騒がしいゲームセンターの中だったので大勢の人の注目が集まるようなことは無かったが、それでもやはり恥ずかしかったのか、
美琴ははっと我に返るとそっと席に戻った。
「べ、別にアイツがモテようとモテなかろうと、私には関係ないわ。何なのよ、もう」
- 629 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/13(日) 00:13:08.89 ID:TFC+/ROzo
「まだ自覚が無かったのか。こりゃァオマエも相当重症だな」
これ見よがしに溜め息をつく一方通行を見て、美琴はむっとした顔をする。
照れの所為なのか不機嫌の所為なのか分からないが、彼女が渾身の力で抱き締めている所為で、ぬいぐるみは大変可哀想なことになっていた。
「……あ、そうだ。ずっと言い忘れてたことがあるんだった」
「? なンだ?」
「ほら、私たちって四人で遊びに行くと必ず何かに巻き込まれて台無しにされちゃうじゃない?
だから三度目の正直ってことで、また四人で何処かに遊びに行こうと思って。ちょうど良いとこのチケットを貰ったのよ」
「あァ……、そォ言えばそォだな。いろンな事件に巻き込まれるよォになったのは、御坂妹と遊ぶようになってからだったか」
「そうなのよ! それに気付いたらなんか腹が立ってきて、今度こそは何が何でも四人で遊び通してやる! って思ったのよ」
「そりゃまた、ガキっぽい理屈だな」
「が、ガキっぽくて悪かったわね! でも、その所為であの子は一度もこのメンバーで平和に遊べたことないのよ? それって可哀想じゃない」
確かに、それもそうだ。
ただでさえ色々と複雑な事情を持ったクローンでなかなか遊んだりできないというのに、こんな仕打ちはあんまりだろう。
その点については、一方通行も文句なしに同意だった。
「……二度あることは三度ある、とも言うけどなァ」
「やめてよ、そういう不吉なこと言うの……」
「ま、確かにオマエの言うことにも一理あるからな。良いンじゃねェか?」
「本当? 良かった、これで後は妹に確認取るだけね」
「ン? 上条にはもォ言ったのか」
「うん、さっきここに来る前にね。大賛成だってさ」
「そォか。で、何処に行く予定なンだ?」
一方通行が尋ねると、美琴は待ってましたと言わんばかりにポケットの中から四枚のチケットを取り出した。
コーヒーをまた一口飲みながら、一方通行は得意げにしている美琴からチケットを一枚受け取る。
「どうよ! 水族館のチケットよ。行きたかったんだけど行けなくなっちゃったっていう友達に譲って貰ったの」
「ふゥン。良いンじゃねェの?」
「でしょ? 学園都市の技術をフルに使って演出した最高の水族館なんだから」
「へェ……。それならアイツも喜ぶな」
- 630 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/13(日) 00:16:44.84 ID:TFC+/ROzo
学園都市の技術をふんだんに使った水族館、と言われてもいまいちどう凄いのか想像がつかないが、
美琴がこれだけ楽しみにしているのだからきっと相当すごいのだろう、と一方通行は勝手に結論付けた。
それに、御坂妹は普通の人なら何でもないようなことにいちいち興味を示したり感動したりするので、それほどのものなら申し分ない筈だ。
一応名目上は御坂妹の為になっているのだが、美琴もかなり期待しているらしく瞳をキラキラさせている。
「そうそう、それから日時はいつが良いかしら? テストがあるからすぐには無理なんだけど……」
「夏休み中、もしくはテスト明けだろォな。まァ俺はいつでもイイが」
「あ、そうだ。この間アイツにも直接テストのことについて突っ込んだんだけど、アイツはあんなことしてて大丈夫なの?」
「駄目っぽいな。見ての通り、現実逃避してる」
「駄目じゃない」
「あァ、駄目だ」
二人の視線が遠くの上条に向く。
彼は、まるでテストのことなど忘却の彼方に捨て去ってしまったかのように無邪気にゲームを楽しんでいた。
それを見て何となく微妙な雰囲気になってしまったことに気付いた美琴は、慌てて話題の転換を図る。
「で、でももしアンタが学校に通ってたりしたらきっとテストなんか楽勝なんでしょうね! 羨ましいわ」
「オマエだって超能力者の第三位なンだから、成績は良いンじゃねェのか?」
「普通の学校だったらそうなんだろうけどね……。
でも常盤台は大学レベルの授業をやるから、テストの内容はそこそこ難しいのよ。私もちょっとは勉強しないと流石に危ないかなー」
「とンでもねェ中学もあったモンだ」
「まったくね」
購入したヤシの実サイダーのプルタブを開けながら、美琴がはあっと溜め息をついた。
学校に通ったことなどない一方通行にはよく分からない感情だが、とにかくテストと言うものは相当に精神的に重いもののようだった。
美琴の学校と上条の学校では圧倒的な差があるとは言え、果たして上条はアレで本当に大丈夫なのか。
「あら、もうこんな時間? そろそろ帰らないとまた黒子にぶつぶつ言われちゃうわ」
「ン? あァ、もォこンな時間なのか。どォりで腹減ったと思った」
「寮の門限まではもうちょっとあるけど、ちょっと距離あるから早めに出ないといけないのよね。寮監もすごい厳しいし……」
「そォか。気ィ付けて帰れよ」
「誰に向かって言ってるのよ、私は超能力者の第三位よ? ちょっとやそっとじゃどうこうされないわよ」
「ハイハイ、それは失礼しましたねェ」
「そうよ、平気平気。それじゃ、また今度ねー」
「おォ、またな」
そして席を立った美琴は上条の方へと歩いて行って軽く挨拶すると、彼らに軽く手を振りながら駆け去った。
一方通行はそんな彼女を見送ると、飲み干して空になってしまったコーヒーの缶をベンチの隣に置かれてあったくずかごへと投げ入れる。
からんと小気味の良い音がして、缶はくずかごの底に落ちて行った。
- 640 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/17(木) 23:57:50.15 ID:DkvGYgrTo
完全下校時刻を過ぎてしまった、暗い夜道。
閉店時間になってからようやくゲームセンターから出てきた二人は、並んで帰路に就いていた。
「ったく、まさかこンな時間まで付き合わされる羽目になるとは……」
「悪い悪い、ついつい夢中になっちゃってさ」
苦笑いしながら謝る上条を見て、一方通行が溜め息をつく。
とは言え一方通行もあの後また上条に付き合って遊び始めていたりしたので、あまり人のことは言えないのだが。
「つゥか、テスト本当に良いのか?」
「……まあ、今更だしな」
「ふゥン。俺には関係ねェから別に良いンだけどよォ、御坂との約束に影響が出ないよォにはしろよ?」
「ど、努力はする……」
上条にしては珍しく信用ならない言葉だが、こればかりは彼一人の力でどうこうできるようなものではないので仕方がない。
だったら大人しく勉強すれば良いのにと思っていると、ふと立ち止まった上条に合わせて足を止めた。
「どォした?」
「いや。俺の寮、ここだからさ」
「あァ、そォいえばそォだったか。じゃァここまでだな」
「待て待て、制服渡すからちょっと上がってけよ。ついでに夕飯も食ってくか?」
「夕飯はいい。制服だけ貰ってく」
「遠慮すんなって! お前のことだからどうせコンビニ弁当ばっか食ってるんだろ? たまには家庭料理食べないと身体に悪いぞー」
「いや、だから制服だけ……」
「良いから良いから! 上がってけ!」
「人の話を聞け」
一方通行の言い分を完全に無視して、上条はその腕を掴んで寮に強制連行しようとする。
能力を使って逃げようにも、右手で掴まれてしまっているのでそれも叶わない。
当然、単純な腕力で一方通行が上条に敵うはずもなく、彼はあえなく引き摺られて行ってしまった。
―――――
- 641 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/17(木) 23:58:38.48 ID:DkvGYgrTo
「すぐに出来るから、テレビでも見てて待っててくれ」
「ハイハイ。ったく……」
結局上条に丸め込まれてしまった一方通行は、上条宅で寛ぎながら夕飯ができるのを待っていた。
手持ちご無沙汰な一方通行は部屋の中をきょろきょろと見回し、上条宅を観察する。
以前来た時はこうしてゆっくり見る余裕もなかったので気付かなかったが、部屋は男子高校生の自室にしてはかなり片付いている方だった。
ベッドはきちんと整えられているし、本も床に散乱することなく綺麗に本棚に収納されている。
しかし潔癖と言うほどでもなく、部屋には適度な生活感も感じられた。
何となく、温かい雰囲気。きっと上条の実家もこういう雰囲気の場所なのだろうな、と思った。
(親のことなンざ覚えてねェけどな。……居るかどォかも怪しいが)
記憶喪失の一方通行には、当然肉親の記憶もない。しかし自らの境遇を考えると、肉親など居ないのではないか、という気もする。
あんな実験動物扱いされているのだから、きっと自分は置き去り(チャイルドエラー)なのだろう。
けれど、不思議と悲しい気持ちになったりはしなかった。
記憶喪失になる前の自分はそれが当然だったからか、それとも。
(……くっだらねェ)
自嘲しながら、一方通行は視線を下ろす。
すると、ベッドの脇にリモコンが落ちているのが目に付いた。
先程の上条の言葉を思い出した一方通行は、何となくそれを手に取ってテレビを付けてみる。
映った番組は、ニュースだった。
先日のテロ事件について報道している。
いや、正確にはテロではなく一方通行を追い回していた連中の残した爪痕がテロと勘違いされているだけだ。
見覚えのある路地裏が、銃弾や爆発、衝撃波に晒されて破壊されていた。
そこには一方通行の覚えのない破壊痕もあったが、ほぼ間違いなく彼を巡って付けられたものだろうと彼は推測する。
幸いその事件による犠牲者はゼロだったらしいが、物的被害は甚大だった。
「出来たぞー。……って、何見てるんだよ」
「ニュース」
「ふーん……」
テーブルの上に食器や料理を並べていきながら、上条もテレビに目をやった。
そしてすぐに、それが何のニュースか気が付いたようだ。
「…………、あのさ。こういうの、あんまり気にしなくていいと思うぞ? お前が悪いわけじゃないんだし」
「………………」
「悪いのは全面的にアイツらなんだ。お前には一切非は無いんだからさ」
- 642 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 00:00:22.68 ID:1L/yEOX/o
言いながら、上条は一方通行の頭をぽんぽんと撫でてやる。
俯いていた一方通行は顔を上げて上条を見ると、むっとした顔をした。
「ガキじゃねェンだ。御坂じゃあるまいし、その慰め方やめろ」
「はは、悪い悪い。つい癖でなー」
「……癖? 弟でもいたのか」
「いや、弟も妹も居ないぞ。でも仲の良い従妹がいてさ、妹みたいに可愛がってたんだ。だからそれが癖になっちまって」
従妹のことを思い出しているのか、上条はやんわりと微笑みながら最後の食器をテーブルに載せる。
その一方で一方通行は意外な事実に少し驚いていたが、同時に納得もしていた。通りで人の世話を焼くのが板に付いているわけだ。
「よし、配膳終わり。食べようか」
「ン」
「いただきます」
「……いただきます」
やはりまだ少し照れがあるのか一方通行の声はとても小さかったが、確かに聞こえてきたその言葉に上条は苦笑いした。
そして、二人はさっそく夕食に手を付け始める。
二人とも食事中はあまり喋らない性分なのか、暫らく静かな食事が続けられた。
「急いで作ったやつだから簡単なので悪いな。口に合うと良いんだが」
「不味くはない」
「そ、それはどういう感想なんだ……? まあ不味くないなら良かった」
曖昧な感想を述べた割りには、一方通行はがつがつと料理を掻き込んでいた。
その行動が既に答えになっているような気がするのだが、指摘すれば機嫌を損ねること請け合いなので上条はあえてスルーする。
「お前、いつもどんな食事してるんだ? 本当にコンビニ弁当とかばっかりだと身体に悪いぞ」
「研究所に食堂があっから、そこで食ってる。人の手で作られたモンだから大丈夫だろ」
「そうか、それなら良いんだけど。て言うか、お前は自炊とかしないのか?」
「……出来るように見えるのか?」
「いやまあ出来ないとは思うけど、自分から挑戦しないといつまでも出来るようにならないぞ。自炊の方が安上がりだし」
「ふゥン……」
一方通行は興味無さそうな声を出すと、茶碗と箸をテーブルの上に並べて置いた。
それを見て、上条は少し意外そうな顔をする。遠慮をするような性格でもないはずなのだが。
- 643 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 00:01:33.54 ID:1L/yEOX/o
「あれ、もう良いのか? お替りあるけど」
「いい。十分だ」
「そう言えば、お前って元々あんまり食べないんだっけ。今までは病院暮らしだったから気にしなかったけど」
「……そンなンだからもやしなンだとか言ったら殺す」
「へ? 何か言ったか?」
「いや、何も」
ぼそりとだけ呟いた一方通行の言葉を聞き取れなかった上条は首を傾げたが、気にする程でもないと思ったのかすぐに食事を再開させる。
食事を終えて暇になってしまった一方通行が再び上条の部屋を観察していると、ふとベッドの上に置かれている白い箱が目に付いた。
すると、一方通行が見ているものに気が付いた上条が食事の手を止めて箱を見やる。
「あれが制服。そうだ、ちゃんと試着しなきゃな。大丈夫だとは思うけど、万が一サイズが合わなかったら交換してもらわないとだし」
「ふゥン。じゃァ着てみるか」
一方通行は席を立つと、さっそく白い箱の中から制服を取り出して試着を始めた。
上条の学校の制服はもともとシャツの上に着れるようになっているタイプなので、試着も簡単だ。
しかし上条は、箱の中の男物の制服を見た一方通行が一瞬微妙な表情をしたのをうっかり見てしまい、だらだらと汗を流していた。
……男で良かったんだよな。男だよな。そう信じてますよ上条さんは!
そんな上条の心中を知る由もない一方通行は、取りあえず上着だけを試着していた。
何も言わないところを見るとこれで文句はないようだが、何かこう微妙な雰囲気が漂っているので気が気でならない。
しかもズボンを履き替えようとしないのが更に気に掛かのだが、それに特に深い意味はないことを願いたい。
「……まァ、こンなモンか。サイズは問題ねェが、微妙に似合ってねェ気が……」
「いやいやそんなことは無いぞ! 非常によくお似合いですとも!」
「そォか? それなら良いンだが。……つゥか、オマエ何かおかしいぞ。どォかしたか?」
「な、何もないぞ? 嫌だなあ、何を仰るのやら」
「?」
いやに白々しい上条を見て、一方通行は首を傾げる。
とにかくサイズの確認を終えた彼は試着していた上着を脱いでしまうと、それを適当に畳んで箱の中に押し込んだ。
……ところで畳むのが下手とかいう次元の話ではないのだが、彼は服を畳んだことがなかったのだろうか。
「で、話は変わるがテストってのはいつからなンだ?」
「うぐっ、その話題は出さないで下さいお願いします」
「だから、勉強見てやるっつってンだよ。それでちょっとはマシになンんだろ」
- 644 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 00:02:22.88 ID:1L/yEOX/o
「え、良いのか?」
「夕飯の礼だとでも思ってくれりゃイイ。おら、さっさと出せ」
「ありがとうございます! いやーほんとに助かったあ!!」
「そンなに切羽詰ってるンならさっさと相談しろよ……」
「いや、でもやっぱりこういうのは頼みにくくてな……。ビリビリは教えながら罵ってくるし」
「……ご愁傷様」
「言うな……」
当然ながら美琴には悪気はないのだが、彼女が簡単に解くことの出来る問題で年上である上条が引っ掛かっていると、
ついついあれこれ言いたくなってしまうようだ。気持ちは分かる。
しかしその『あれこれ』は、確実に上条の精神にダメージを与えてしまっていたらしい。可哀想に。
「でも、ここまでやって貰ってるんだから頑張らないとな。テストが終わったら夏休みだし」
「夏休み?」
「そう、知らないか? 夏になると長期休暇があるんだよ。えーっと……、確か、うちの学校は七月二十日からだっけ」
「二十日……? って、本当にすぐじゃねェか」
「そうだぞ。だから、夏休みになったらまたみんなでどっか遊びに行こうな。水族館は決定してるけど」
テーブルの上の食器を二人で片づけながら、上条は夏休みについて語りはじめた。
よっぽど楽しみにしているのだろうか。
とは言えその前には乗り越えなければならないテストという難関が待っているのだから、現時点では手放しに喜べないのだが。
「そうだ。学園都市に申請通せば、『外』にも遊びに行けるかもしれないぞ」
「俺は無理だろ。偽造IDがあるとは言え、基本的には不法滞在扱いなンだ。流石にゲートは誤魔化せねェよ」
「そうか? 意外と行けそうな気がするが」
「オマエ、本当に楽観的な……」
「これでも一応危機感持ってるつもりなんだけどな……」
しかし、上条の平和そうな顔からはそんな感情など微塵も感じ取れない。
一方通行はそんな彼を見て、小さく溜め息をついた。
―――――
- 645 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 00:03:17.66 ID:1L/yEOX/o
「……ン」
差し込んできた日差しの眩しさに、一方通行は目を覚ます。
寝ぼけた眼を擦りながら顔だけを上げてカーテンの隙間から見える外の景色を覗いた途端、一方通行はがばっと起き上がった。
(あ、アホか! 油断し過ぎだ!)
机に突っ伏して眠っていた一方通行は上半身を完全に起こすと、苛立ちを紛らわすかのように頭を掻き毟る。
その向かいでは、先程までの彼と同じように上条が眠っていた。
どうやら昨日の勉強会が夜遅くまで続いてしまった所為で、二人ともいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
思い返してみれば、確かに昨日の勉強会の最後の方の記憶が無い。
最後の方は二人とも凄まじい眠気と戦いながら勉強をしていたので、記憶がひどく曖昧になってしまっているのだ。
それにしても、どちらが先に眠りに落ちてしまったのかさえ覚えていないとは。
(あークソ、ホント調子狂う……)
あまりにも上条の勉強が進まないので意地になって夜遅くまで付き合ってしまった彼も彼なのだが、取りあえずは八つ当たりだ。
一方通行は眠っている上条の額にでこぴんをお見舞いすると、テーブルに頬杖をついて間抜けな寝顔を観察する。
相変わらず、何も考えて無さそうな顔だ。涎まで垂らしている。……ノートが思いっ切り濡れて滲んでしまっているが、まあ良いか。
「……ん、ふぁ、あれ? 一方通行?」
「おォ、オハヨウ」
「あ、ああ、おはよう。あれ、お前泊まっていったんだっけ?」
「違ェよ。オマエに勉強教えてるうちに居眠りしちまったみてェだ」
「そう言えばそうだっけ。悪かったな、遅くまで付き合わせちまって」
「別にそれは良いンだが……」
最近の様子を見ればその可能性は限りなく低いが、最悪ここで眠っている間に奴らに襲われる可能性もあった。
そんなことになっていれば、確実に上条も巻き込むことになってしまう。
今回何事もなかったのは幸いだったが、これからはもう二度とこのようなことがないようにしなければならない。
……一方通行は自らの迂闊さに嫌悪した。
「そうだ、朝食も食べるよな? 米とパン、どっちが良い?」
「どっちでも」
「分かった。じゃあトーストと目玉焼き……。っと、コーヒーもだな」
「ン、頼む」
「おう。って、ノートが大変なことに!?」
- 646 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 00:04:10.32 ID:1L/yEOX/o
無残な姿を晒しているノートを見て悲鳴を上げると、上条は必死で汚れを拭きはじめる。
ティッシュで乱暴に吹いた所為でますます滲みが酷くなってしまったノートに嘆く上条を見て、一方通行は呆れたような顔をした。
「ったく。ちゃンと管理しとけっての」
「うう、返す言葉もない……」
「後やっとくからメシ作ってこい。腹減った」
「悪いな……。じゃ、後よろしく」
「あァ」
一方通行は適当に返事をしながら、テーブルの上にうずたかく積み上げられた教科書やノート、プリント類を片付けていく。
尚、滲んでしまったノートはもうどうにもならないので、そのまま閉じて重ねておいた。
やがて片付けを終えてしまって何もすることが無くなった一方通行は、取りあえずリモコンを操作してテレビをつける。
しかし何処にチャンネルを回しても、朝のニュースか天気予報くらいしかやっていなかった。
(変わり映えのねェ……)
しかも、どの番組も似たようなことしか言っていない。なの、で一方通行は適当な番組にチャンネルを合わせるとリモコンを置いた。
そしてふとテレビの左上に表示されている時計を確認してみると、現在の時刻は七時過ぎ。
自然にこんな時間に起きるのは珍しいなと思いながら、彼は昨晩とは打って変わって平和なニュースをやっているテレビを眺めていた。
(…………、……。平和だな)
これほど自分に似合わない台詞も無いだろうという自覚はあるが、
今日のわんことかプールの繁盛模様などといったつまらないことしか報道していないニュースを見ているとそう思わずにはいられなかった。
すると、キッチンから目玉焼きを焼く音とコーヒーの良い匂いが漂ってくる。
そのあまりの心地よさに二度寝してしまいそうになったが、一方通行は何とかそれに耐えてテレビに意識を集中させようとしたりしていた。
……束の間の平和は、とても暖かかった。
- 657 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 12:51:06.88 ID:1L/yEOX/o
目を閉じて、能力の行使に神経を集中させる。
……反射設定の、再構築。
ブラックリスト方式ではなく、ホワイトリスト方式へ。
指定した有害なものを反射するのではなく、指定した無害なもの以外をすべて反射するように、設定を変更。
(『指定する無害なもの』は空気、音、光、その他諸々、すべて許容量の範囲内のみ。……これで良い、か?)
生存に必要不可欠なものはすべて指定した……はず。
少々の不安が残るが、取りあえず展開してみないことには効果を確認することができない。
彼は設定の再構築を一時完了させると、反射を展開した。
途端。
浮遊感が襲い掛かり視界が反転したかと思ったら、体中に衝撃が掛かったのを感じた。
実際には衝撃は受けていないし痛みも無いのは、もちろん反射のお陰だ。
「……重力か。設定すンの忘れてた」
何か忘れている気がするなあと思ってはいたのだが、重力だったか。一応何度も確認したつもりだったのだが。
しかし、何はともあれ命に関わるものは忘れていなかったようなのが不幸中の幸いだったか。
とは言え屋外で重力を反射したら大気圏外まで吹っ飛んでしまうので、ここが室内じゃなかったら大変なことになっていただろうが。
(重力を設定に追加)
念じると、すぐに天井に張り付いていた一方通行の身体がすとんと床に落ちてきた。
これで本当に設定完了だ。
部屋に少々の損害が出てしまったが、まあ大丈夫だろう。
そんな軽い現実逃避をしながら能力を解除すると、大きな音を聞き付けた部屋の主が慌てて戻ってきた。
「なんかすごい音が……ってうわ、何だこれ! 天井が大変なことに!?」
「何でだろうなァ」
「いやさっきまではこんなの無かったぞ! これ絶対お前がやっただろ!」
帰って来るなり大騒ぎしながら上条が指差したのは、盛大にへこんでしまった天井だった。
一方通行が重力を反射してしまった時に、彼がぶつかった衝撃+彼に返ってくる筈だった衝撃がすべて天井に叩き付けられてしまったのだ。
幸い穴は空いていないものの、天井を構成していた素材がぼろぼろと毀れてきている。
「ああもう、どうするんだよこれ。今月きついのに……」
「……弁償はする」
「いや、まあそれは別に良いんだが……。何をしててこんなになったんだ?」
「ふと思い立って、例の第二位対策に反射の設定を組み直してたンだよ。そォしたら重力まで反射しちまったンだ」
「ああ、いつだったか何とかリスト方式とか言ってたやつか? 重力なんか忘れるか、普通」
「空気の内訳と許容量の計算で手一杯だったンだよ。悪ィか」
- 658 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 12:53:58.73 ID:1L/yEOX/o
上条に呆れられたのが悔しかったのか、一方通行はぶすっとした顔をしてそっぽを向いてしまった。
普段はやたら思い詰める癖に、こういうところは子供だ。
「ま、とりあえずメシ出来たから早く食おうぜ。冷めちまうし」
「ン。……ところでオマエ、今日も学校だろ? そンなにのンびりしててイイのか?」
「まだ時間あるし、大丈夫。それよりお前は仕事は平気なのか?」
「今日も休みィ」
言いながら、一方通行は朝食を口にし始める。……ちなみに、もちろんいただきますは言わされた。
上条もそれに倣って食べ始めたが、そうしながら物憂げな溜め息を漏らした。
「そっか、羨ましい……。俺は土日の休みも高確率で補習に駆り出されるからなあ」
「こンだけ教えてやったンだから、もォ大丈夫だろ。むしろこれでまた赤点取りやがったらぶン殴る」
「ええっ!? それは勘弁してほしいんだが」
「だったら赤点取らなきゃイイだろォが」
「いやそれはそうなんだがなんと言いますかまだ自信が無くてだな……」
「言い訳無用。キリキリ勉強しろ」
「不幸だ……」
がっくりと項垂れている上条を無視して、一方通行はトーストに齧りつく。
流石に時間が無いからか、上条は暗い表情のまま俯きながらも食事を口に運んでいた。器用だ。
「あ、一方通行。すごい申し訳ない頼みなんだが、まだいくつか分からないところがあるからまた教えてくれないか?」
「それは別に構わねェが、御坂に訊けばいいじゃねェか。アイツも教えるの上手かったはずだ」
「それでも良いんだけど、何となく頼みにくくってな。ほら、アイツも一応女の子だし」
「一応ってなンだ一応って。アイツに聞かれたら殺されるぞ」
「どうか御内密にお願いします」
「はァ……」
すかさず床に額を擦りつける上条を見て、一方通行は深い溜め息をついた。
まったく、これでは美琴も報われないはずだ。
「と言うか、流石に中学生の女の子を自分の部屋に呼んで勉強を教えてもらうってのはおかしいだろ。
ファミレスみたいなとこに居座るのも良いんだが、それだとお店の人に悪いしな」
「……まァ、俺に言えた義理はねェがたまにはアイツを頼ってやれ。アイツはあれで意外と寂しがりだからな」
- 659 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 12:55:51.64 ID:1L/yEOX/o
「あー、何か分かるなそれ」
「分かってンなら構ってやれよ」
「そうしたいのは山々なんだけどさあ、アイツ俺のこと嫌いみたいだからなあ」
「……オマエ、ソレ本気で言ってンのか?」
「へ? あれ、俺何か変なこと言ってるか?」
「これは重症だな……」
「?」
露骨に呆れた顔をして一方通行が呟いても、上条はきょとんとしているだけだった。
鈍感も、ここまで来ると罪だ。
「そうだ。それよりさ、確認するけどお前今日休みなんだよな?」
「それよりってオマエ……。まァ休みだけどよォ」
「それなら俺の学校に来てみないか? 見学ってことで。ほら、制服着てれば意外とばれないかもしれないぞ」
「アホか。そォいうことは俺の髪と瞳の色を見てから言え」
「大丈夫だって、うちは校則緩いから変な髪の色してる奴大勢いるし。俺は染めてないけど土御門や青ピはすごい色してただろ?」
「……、…………」
久しぶりに聞いた名前に、一方通行は僅かに反応する。
そしてかつての土御門の言葉を、思い出した。
……彼の言っていたことは、正しい。いや、紛れもない真実だ。
そして、一方通行自身もそれをきちんと理解している。
だから彼は、出来る限り今以上に多くの人間と接点を作ってはならないと思っていた。
巻き込んでしまう可能性のある人間は、少ない方が良いからだ。
それに、上条と美琴は彼とその周りの人間たちを絶対に守り切ると宣言してしまっている。
彼らの性格から考えるに、一方通行が多くの人間と知り合えば知り合うだけ彼らの守る対象=負担が増えてしまうことになるだろう。
だからこそ、それだけは避けなくてはならなかった。
「おーい、また何か変なこと考えてただろ。お前は何も考えずに好きなことやってりゃ良いんだってビリビリも言ってただろ?」
「……、…………はァ」
「何ですかーその溜め息は。上条さんたちがそんなに頼りないとでも言いたいんですか?」
「その通りだボケ。第二位に手も足も出なかった癖に」
「ぐふっ、今のは結構グサッと来たんだが……。でも、次は絶対大丈夫だって。鍛えてるし」
- 660 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 12:58:02.33 ID:1L/yEOX/o
「具体的には?」
「ビリビリと命を懸けた鬼ごっこを少々」
「逃げる気満々じゃねェか!」
「いやでもだってそれが一番手っ取り早いだろ? 鳩尾蹴ってダッシュすれば一発だって」
「そして地味に鬼畜なンだが」
しかも幻想殺し(イマジンブレイカー)があるので、本当にそれが可能なのが上条の恐ろしいところだ。
この間の垣根のように拳銃みたいな武器でも持っていれば良いのだろうが、彼ならばそれさえも気合で避けてしまえそうで困る。
それくらい、上条の火事場の馬鹿力は半端ではないのだ。
「まあそれはどうでも良いんだが」
「良いのかよ」
「良いんだよ。今はそんなことより学校だろ」
「それもそォか」
学校よりも優先順位の低い第二位が、未だかつていただろうか。
一方、件の第二位は某研究所の医務室で原因不明のくしゃみをしていたのだが、そんなことなど二人は知る由もない。
「で、学校行くぞ」
「いや行かねェよ。ヤベェ今ちょっと流されかけた」
「チッ、作戦失敗か……」
「舌打ちすンな。つゥか作戦だったのかよ」
「まあ冗談はこれくらいにして」
「冗談だったのか」
「お前、これからどうするんだよ。どうせ暇なんだろ?」
「……その辺ぶらぶらする」
「やっぱりな……。それならやっぱり学校に行った方がよっぽど有意義じゃないか」
「ほっとけ。休日なンだから俺の好きなよォにしたって罰は当たらねェだろ」
「そりゃそうだけどさ。まあ、気が変わったらいつでも声掛けてくれよな」
「そンな日は永遠に来ねェから諦めンだな」
「ちぇー」
- 661 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 13:02:35.13 ID:1L/yEOX/o
上条は子供みたいに拗ねて見せたが、テレビの左上に表示されている時計の時刻を見るとびくりと身体を跳ねさせた。
どうやらタイムリミットのようだ。
「やっべえのんびりし過ぎた! 遅刻する!」
「俺なンかに構ってるからこォなるンだよ」
「って、何でお前は優雅に食後のコーヒー二杯目!? てかどうやって淹れたの!?」
「細けェこたァ気にすンな」
「気にするよ!? ってああもうほんとに時間が無い! 悪い、合鍵渡すから出てく時はそれ掛けてってくれ! 今度返してくれればいいから!」
「あ、待て、俺も出る」
「良いから! つうか待ってる暇もねえじゃあな!!」
「ちょっ、おま……」
引き留める声も虚しく、上条は驚くべき速度で出て行ってしまった。
彼を引き止めようと空を切った右手が何とも物悲しい。
「……はァ」
一方通行は小さな溜め息をつくと、とりあえずテーブルの上に放置された食器を片付けて、ついでに能力で天井の穴をちょっとマシにしてから出て行こうとする。
しかし、彼はそこでとても重要なことに気が付いた。
「……合鍵、何処だ?」
―――――
朝の通りをのんびりと歩いている人影が、ひとつ。
その人影の正体たる一方通行は、やっとの思いで見つけ出した上条宅の合鍵を手の中で弄びながら人通りの少ない道を行く。
いや、この通りはもともと人通りは多い。
ただこの時間は殆どの生徒が学校に行ってしまっているので、一時的に人が少なくなってしまっているのだ。
しかしそんな中で、一方通行は前方を一人の学生が歩いていることに気が付いた。
それは見覚えのある後姿。やたらと派手な髪の色をした少年。
「あれ? キミ、確かカミやんと一緒に居た……」
「……青髪ピアス、だったか?」
「おお、やっぱりそうかいな! 久しぶりやなー」
- 662 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 13:05:05.85 ID:1L/yEOX/o
真っ青な髪にピアスをした少年、青髪ピアスは人好きのする笑みを浮かべると一方通行に近付いてきた。
……尚、彼はきちんと制服を着ているし、鞄も持っている。
詳しいことは知らないが、確かこっちは上条の高校がある筈の方向だ。
よって彼が学校に向かっていることは間違いなさそうなのだが、上条が遅刻すると悲鳴を上げながら出て行ってから随分経っている。
これでは遅刻どころか、一限目の授業に間に合うかどうかさえ怪しいのだが。
「そうや、キミ名前は? 前はカミやんが一方通行って呼んでたのに合わせてたけど、あれ能力名やろ?」
「あ、あァ」
「やっぱりなー。名前はなんて言うの?」
やばい。勢いに押されてうっかり能力名であることを肯定してしまった。
自分でも『一方通行』という名前が本当に能力名なのかどうか、まだよく分かってないというのに。
しどろもどろしている一方通行を見て、青髪ピアスは怪訝そうな表情をする。
その時一方通行は、はっと先日の出来事を思い出して咄嗟に口を開いた。
「す、鈴科!」
「鈴科くんかいな? 覚えたで。ほな、改めて宜しゅうなー」
まさかこんなところであの時に考えた偽名が役に立つとは思わなかった。御坂妹に感謝しなくては。
しかし胸を撫で下ろしているのも束の間、青髪ピアスは首を傾げて更に質問を追加してきた。
「ところで、鈴科くんは学校行かへんの? こんな時間にこんなところうろうろしてたらあかんでー」
「お、オマエこそこンなところで何やってンだ? 上条はだいぶ前に走ってったぞ」
「ああ、僕はかまへんねん。ちゃんと目的があってこうしてんねや」
「目的?」
何か用事があって、それで遅刻してしまったのだろうか。
そう言えば青髪ピアスはパン屋に下宿していると聞いたことがあるから、その手伝いの所為で遅れてしまったのかもしれない。
パン屋の朝は忙しいのだ。たぶん。
……というのは一方通行の想像であって、現実は決してそんなに綺麗なものではなかったりする。
「そう! 小萌先生に叱られたくてわざと遅刻してるんや!!」
「………………」
リアクションに困って、一方通行は思わず固まってしまった。
しかしどうやらそのリアクションが普通だったらしく、青髪ピアスは彼の反応をまったく意に介さずに話を続ける。
「確かに小萌先生のあの可愛らしい瞳を涙で濡らしてしまうのは心が痛む! しかしそれ以上に! あの怒った顔!
叱っている時は僕だけを写す瞳! そしてあの愛らしい声で罵りなじってくれるあの瞬間に僕のリビドーはげぼぉっ!?」
「よく分かンねェが、ヒト泣かすな」
- 663 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 13:09:24.99 ID:1L/yEOX/o
「す、鈴科くんもやるようになったんやね……。良いチョップ持ってるやないか……」
一方通行と青髪ピアスの間にはかなりの身長差があるので頭頂部を狙った筈のチョップはそのまま青髪ピアスの顔面に直撃したわけだが、
それがクリティカルヒットしたらしい。青髪ピアスはふらふらとしながら鼻を押さえて蹲った。
流石にベクトル操作で威力増幅まではしていないが、チョップする手が痛くならないように手にだけ反射を展開させていたのでかなり痛い筈だ。
「取りあえず、オマエがとンでもねェ変態だってことはよく分かった。今更だが」
「それは違う! 僕はなあ、落下型ヒロインはもちろん義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩同級生女教師幼なじみお嬢様金髪黒髪茶髪銀髪
ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛セーラー
ブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護師さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレチアガール
スチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の
麗人眼鏡目隠し眼帯包帯スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊獣耳娘まであらゆる女性を迎え入れる
包容力をぐはぁっ!?」
「変態確定」
「鈴科くん手厳しいなあ……」
早くも二撃目を受けた顔面を擦りながら、青髪ピアスがか細い声で呻いた。
どうやら今回も相当痛かったようだ。
しかし、一方通行はもちろん反省などすることなくその様子を眺めているだけだった。
「ところで、鈴科くんは学校通ってへんの?」
「ン。事情があって通ってねェ」
「そうなんか、勿体ないなー。素晴らしい青春を過ごせるのは今だけなんやで?」
「くっだらねェ」
「くだらんことあらへんよ、学生時代の体験って大切なんやで?
鈴科くんがどういう事情で学校に通ってへんのかは知らんけど、無為に過ごすと後で後悔する羽目になるでー」
「…………」
青髪ピアスの言葉に、一方通行は黙り込んでしまう。
正直に言うと、彼だって別に学校に通いたくない訳ではない。けれど今の状況を鑑みれば、そんなことをしている場合ではないのは明白だ。
だから、一方通行自身が何を思っていようと他の誰が何を言おうと、関係が無い。意味も無い。
「っと、すまん。余計なこと言うたかな?」
「……いや、気にすンな。それよりオマエはさっさと行け。それとも一限すっぱ抜くつもりか?」
「おわ、もうこんな時間かいな! 小萌先生と一緒に居られる時間が減ってまう! すまんかったな鈴科くん、ほなな!」
「もォ寄り道すンなよ」
- 664 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 13:10:08.99 ID:1L/yEOX/o
流石にもう時間ギリギリだったらしく、慌てて駆け去ってしまった青髪ピアスを一方通行は見送った。
そしてやがて青髪ピアスの後ろ姿が完全に見えなくなってしまうと、一方通行は踵を返して帰路につこうとする。
しかし、その時。
「一方通行、とミサカは呼び掛けます」
「ン?」
突然聞こえてきた声に一方通行が振り返ると、そこには御坂美琴そっくりな容姿をした少女―――妹達が立っていた。
御坂妹では、ない。
一方通行は彼女を見て暫らく思考を巡らせてから、自信なさげにこう言った。
「……10039号か?」
「よく分かりましたね、とミサカは一方通行の記憶力に感心します」
「殆ど勘みてェなモンだがな。どォしたンだ?」
「研修中です。近々ミサカたちも『運用』されることになりますので、社会経験を積む為の訓練を行っているのです、とミサカは説明します」
「運用?」
「はい。正確な日時は決まっていないのですが、ミサカたちは学園都市の『外』で運用されることになっているのです、
とミサカは更に補足します」
「『外』? オマエたちが?」
ミサカ10039号の言葉に、一方通行は素直に驚く。
学園都市の自治法ではもちろん、『外』の法律……と言うか国際法でも人体のクローニングは厳重に禁止されている。
にも関わらず、そのクローンの実物である彼女たちが『外』で運用されるとは。
「ああ、ご心配なさらず。
『外』と言っても学園都市の協力機関ですので、ミサカたちの存在が公にされることは絶対にありません、とミサカは解説を続けます」
「……それでも、大丈夫なのか?」
「もちろんです。完全に信用できる機関にしかミサカたちは配置されませんし、
万が一にも悪用されることがないようにミサカネットワークを監視する為の『上位個体』は学園都市に留まることになっていますから、
とミサカはミサカたちの安全性を立証します」
ミサカ10039号は淡々と説明していくが、しかし一方通行はそこで首を捻った。
聞き慣れない単語があったからだ。
「上位個体?」
「おや、一方通行は上位個体をご存じありませんでしたか? とミサカは意外に思います」
- 665 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/18(金) 13:11:54.15 ID:1L/yEOX/o
「あァ、初耳だ」
「そんなことより」
突然、ミサカ10039号がずいっと顔を近付けてくる。
そう言えば御坂妹にも何度か同じことをされたが、これは彼女たち『妹達』特有の癖のようなものなのだろうか。
「な、なンだ?」
「ミサカは遊びたいです。一緒に何処かに行きませんか? とミサカは提案します」
「遊ぶって……。オマエ、研修はイイのかよ」
「研修とは言っても適当に外をぶらぶらして来いというだけで実際の内容については指定されていませんし、問題ないでしょう。
それで、あなたの予定は大丈夫なのでしょうか? とミサカは再度質問します」
「あァ、今日は仕事も休みだから大丈夫だが……」
「それならば一緒にその辺りを歩くことにしましょう。何処かお勧めはありますか? とミサカは先行しつつ尋ねてみます」
「…………、……まァ良いか。付き合ってやるよ」
一方通行は諦めたように溜め息をつくと、僅かだけこちらに目配せしながら先を歩くミサカ10039号について歩いていく。
ミサカ10039号は何の感情も浮かべていない無表情だったが、一方通行の目にはほんの少しだけ楽しそうにしているように見えた。
- 678 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/21(月) 21:53:11.92 ID:phNmQ4HQo
「お嬢ちゃんたち、カップルかい? お熱いねー」
「いえ、彼とミサカはそのような関係ではありません。認識の修正をお願いします、とミサカはあくまで冷静に訂正します」
「え、そ、そうかい? それは悪かったね……」
驚くべき冷静さでアイスクリーム屋の店主をたじろがせながらも、ミサカ10039号は生まれて初めて購入したアイスクリームを受け取った。
これが御坂妹だったらもうちょっとくらい狼狽えそうなものなのだが、彼女は決してそのようなことはしない。
それが、彼女の特徴だった。
彼女は非常に冷静で、滅多に驚いたり狼狽えたり戸惑ったり恥ずかしがったり、というような感情表現をしない。
いや、妹達はもともと感情表現に乏しいのだが、彼女の場合は特にその傾向が顕著なのだ。
これが上条なら「せっかく可愛いのに勿体ない」などと歯の浮くようなセリフを言うのかもしれないが、
一方通行はこれが個性が希薄になりやすい妹達の中での彼女の個性だと思っているので、これはこれで良いのではないかと考えている。
それに、感情表現なんて周囲に強制されて行うようなものでもないのだから。
「一方通行。アイスクリームの購入に成功しました、とミサカは任務の達成を報告します」
「任務って……。まァ良いか。つゥか、本当に金は良いのか? 奢るぞ」
「いえ、自分の持っている金銭を使用してこその買い物です、とミサカは主張します。
それに、こうした買い物はミサカにとって重要な経験になると共に立派な研修として成り立つのでこれで良いのです、とミサカは主張します」
「ふゥン……」
彼はミサカ10039号が買ってきたアイスクリームを受け取ると(こちらはきちんと一方通行がお金を出している)、彼女と一緒にベンチに座った。
アイスクリームの種類はミサカ10039号に任せてしまったので少し不安だったが、彼の好みに合わせてくれたのか彼女の選んだもののように異常に甘ったるくは無かった。
彼女に自分の好みを教えた覚えはないのだが、恐らくミサカネットワークとやらを通じて知ったのだろう、と一方通行は勝手に結論付ける。
「ふむ、これはなかなかに美味です。他の妹達にも教えなくてはなりませんね、とミサカは早速ネットワークに接続します」
「あー……。その前に、ちょっと良いか?」
「? 何でしょうか、とミサカは静かに問い返します」
「……さっきの。上位個体とやらについて説明してもらえるか?」
「ああ、そのことですか。先程は説明を省いてしまいましたからね、とミサカは先程の出来事を回想します。
そうですね、何から話すべきでしょうか……」
呟きながら、ミサカ10039号はミサカネットワークで情報を整理しているのか遠い目をして思考に耽る。
一方通行は彼女の思考を遮らないように、黙ってミサカ10039号の言葉を待っていた。
- 679 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/21(月) 21:53:54.82 ID:phNmQ4HQo
「……まず上位個体とは、外部の人間がミサカネットワークに干渉する為に存在する、コンソールのような役割を持つ個体です。
また、『上位命令文』という妹達に対して絶対的な強制力を持つ命令をミサカネットワークに流すことの出来る個体でもあります。
この上位命令文を流すことによってミサカたちの反乱を防ぎ、ミサカたちの意に反した行動を強制することができるのです、
とミサカは上位個体の概要を明かします」
「それは……、逆に平気なのか?」
「それは悪用されることは無いのか、という意味の質問ですか? とミサカは曖昧な質問に対する確認作業を行います。
でしたら、その可能性は低いのでご心配なく。
上位個体は研究員が扱いやすいように肉体(ハード)も精神(ソフト)も未完成のまま留められていますし、
上位命令文自体も外部の人間が流すには洗脳装置(テスタメント)を使って上位個体に直接コードを入力する必要があります。
ですので何の知識も無い外部の者がミサカたちを悪用するのは難しいかと、とミサカは上位個体に関する解説を締めます」
「へェ……」
「ご理解頂けましたか? とミサカは気のない返事をしているあなたに問い掛けます」
正直に言うと難しい単語が多すぎて少々分かり辛かったのだが、まあ概要は大体理解できたのでそのまま流しておいた。
しかしこの説明を聞いてもまだ安全性に多少難があるような気がするのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
実物を見たことがないから何とも言えないが、学園都市の最新技術で本当に厳重に管理されているのなら大丈夫そうだが。
「それにしても、あなたが上位個体について何も知らないというのは意外でした。
てっきりミサカ10032号からとうに説明を受けていたものかと、とミサカは私的な感想を述べます」
「意外? どォしてだ?」
「…………、ミサカたち妹達を扱うにあたって知るべき必須事項だからです。
あの研究所にいて誰も上位個体についてあなたに伝えなかったのを少し不思議に思いまして、とミサカは研究員の職務怠慢を疑います」
「あァ、まァ俺もまだあの研究所じゃ新人だしな。ここのところは忙しかったし、教える暇も無かったンだろ」
「これはあくまで個人的な意見ですが、何か恣意的なものを感じます、とミサカは―――」
「おっ姉っ様――っ!」
話している途中で、ミサカ10039号は唐突に背後から何者かに抱き着かれた。
同時に思いきり前方に押し出されてしまった為、彼女が手にしていたアイスクリームはべしゃりと派手な音を立てて地面に叩き付けられる。
ミサカ10039号は地面の染みと化してしまったアイスクリームを無感情な瞳で見つめていた。
「……アイスクリームが落ちてしまいました、とミサカはあくまで冷静に状況を報告します」
「こっ、これは申し訳ありませんお姉様! 後ろからではアイスクリームを持っているのが見えなかったもので……」
「……アイスクリームが落ちてしまいました、とミサカはあくまで冷静に状況を報告します」
「落ち着け」
見た目には完全無欠に無表情だが、どうやら相当ショックだったらしい。
隣でわたわたしている謎の少女と合わせて、何だかとてもシュールな光景だった。
- 680 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/21(月) 21:54:49.19 ID:phNmQ4HQo
「いいいいい今すぐ同じものを買って参りますわ! 少々お待ちくださいませ!」
「あ、オイ待てオマエ……」
しかし一方通行が引き止める間もなく、謎の少女は長いツインテールを靡かせてアイスクリーム屋へと消えて行ってしまった。
そしてその場に残されてしまった一方通行は、押された時の体勢のまま固まってしまっているミサカ10039号を見やった。
「オイ、大丈夫か?」
「……何も問題はありません。たかだかアイスクリームが地面に落ちただけです、とミサカは無理やり自分を納得させようとします」
「語尾に本音が出てンじゃねェか。……ホラ、ツインテールが買い直してくるっつってたから元気出せ」
「はい……。ですが、先程の彼女は一体何者だったのでしょうか、とミサカは我に返って疑問を呈します」
「なンだ、オマエの知り合いじゃねェのか」
ミサカ10039号の言葉に、一方通行は驚いたような声を出す。
彼女はそれに対して頷いたが、やはり視線は地面に落ちたアイスクリームに固定されたままだった。
「はい。ミサカは殆ど研究所から出たことがありませんでしたから、学生の知り合いと言えば布束砥信とあなたくらいしか居ません、
とミサカは自らの交友関係について暴露します」
「……じゃあ、アイツは……」
「ええ。恐らくミサカのことをお姉様(オリジナル)と勘違いしているのでしょう、とミサカは推測します」
地面に落ちていたアイスクリームが、掃除ロボットによって綺麗さっぱり掃除されてしまう。
ミサカ10039号はアイスクリームを吸い込んでいった掃除ロボットを名残惜しげに眺めていたが、すぐに諦めたように視線を逸らした。
「それにしても困りました、とミサカは頭を抱えます」
「どォしてだ? いつかの御坂妹みてェに妹のフリすればイイじゃねェか」
「それが、そうもいかないのです。彼女は見たところ常盤台中学の生徒ですし、ミサカたちよりもお姉様と近しい関係のはず。
お姉様の家族構成が把握されている可能性がありますので、妹のフリをするのはかえって危険です、とミサカは問題点を提示します」
「なるほどなァ……」
しかも先程の少女のあの行動を見ると、彼女と御坂美琴の関係は浅からぬものであるようだ。
あの様子なら、彼女が美琴の家族構成を知っている可能性もある。
そしてそれ以上に、少しでも疑問を持たれて学校側に家族構成を問い合わせられてしまったら一巻の終わりだった。
流石にクローンだということまではばれたりしないだろうが、美琴が不信感を持たれるようになることには変わりがない。
「どうしましょう? とミサカは一方通行に意見を求めます」
「どォするってオマエ……。そりゃ、御坂本人のフリをするしかねェンじゃねェのか?」
「やはりそれが最善でしょうか、とミサカは思案します」
- 681 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/21(月) 21:55:33.29 ID:phNmQ4HQo
「自信がねェのか?」
「まあ、演技などしたことがありませんから、とミサカは遠回しに肯定します」
「……出来るだけフォローはしてやるから、まァやるだけやってみろ」
「ありがとうございます、一方通行。……おや、さっそく帰って来たようです、とミサカは報告します」
言いながら、ミサカ10039号は装着していた電子ゴーグルを外して一方通行に押し付けた。
どうやら完璧に美琴を演じるつもりのようだ。
実際、電子ゴーグルを外されてしまうと見た目だけでは美琴とまったく変わらない。クローンなのだから当然だが。
「お姉様! 同じものを買って参りました!」
「うん、ありがと。ごめんねー、私もちょっとぼーっとしててさ」
「いえいえ、お姉様が謝る必要など何処にもありませんわ!」
……意外と上手い。一方通行は素直に感心した。
もしかしたら洗脳装置で演技の仕方も強制入力されているのかもしれない、と思ってしまうくらいだった。
そんなミサカ10039号の意外な特技に一方通行が呆然としていると、彼女にアイスクリームを手渡した少女がぐりんとこちらに向き直る。
どう贔屓目に見ても、好意的とは思い難い目つきだった。
「ところでお姉様。こちらの方はどなたですの?」
「ん? ああ、友達よ友達。それがどうかしたの?」
「……どォも」
こういう場面で露骨な悪意を向けられたことのない一方通行は一瞬驚いたが、すぐにいつもの調子を取り戻して返事をする。
しかし、それでも少女の目つきは変わらない。じとっとした目で一方通行を睨み続けている。
「な、何? どうかしたの?」
「……いえ。先日の類人え……、上条さんと言い、お姉様には『学舎の園』の外にご友人が多いのですわね」
「そ、そうかなあ? そんなことないと思うけど……」
慌てて取り繕いながら、ミサカ10039号はちらりと一方通行に目配せする。
それに気付いた一方通行は、少女に気付かれないようにそっとミサカ10039号に触れて能力を発動させる。
生体電気と脳波を操作することによって、彼女と自分の間に回線を作り出すのだ。
(どうやら彼女は特にお姉様と親しい間柄の人間なようです、とミサカは苦い顔をします)
(みてェだな。つゥか思い出した。コイツは多分白井黒子っつゥ御坂のルームメイトだ。特徴と言動が一致してる)
(ルームメイト……、ですか。これはなかなか厄介ですね、とミサカは苦言を呈します。他に何か彼女についての情報はありますか?)
(御坂にベタ惚れ……、いや、これはもはや崇拝の域だな。とにかく御坂に執着してて、露払いを自称してる空間移動能力者だ。
それから御坂に学舎の園の外の人間が近づくのを嫌ってる節があンな。ゲーセンに行くのも嫌がられるっつってたか……?)
- 682 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/21(月) 21:56:19.51 ID:phNmQ4HQo
(つまりお姉様のお目付け役と言うことですか、とミサカは情報を纏めます。それであなたに敵意を?)
(恐らくな。まァ常盤台はお嬢様学校だったから、気持ちは分からないでもねェンだが)
(と言うか上条当麻とも面識があるようですね、とミサカは思い返します。こちらはどうするべきでしょう?)
(ほっとけ。類人猿とか言いかけてたし、どォせまたなンか気に障るよォなことをコイツにしたンだろ。
そォじゃなきゃここまで敵意丸出しになンねェよ)
(では上条当麻には触れない方針で? とミサカは尋ねます)
(それがイイだろォな。思い出させればそれだけ機嫌を損ねるだけだ)
(了解しました、とミサカは一方通行の言葉に従います)
「……先程から、何を黙りこくってらっしゃいますの?」
「う、ううん、何でもないわ。そんなことより、アンタはどうしてこんなところにいるのよ?」
流石に長く会話をし過ぎてしまったようだ。少女、白井が怪訝そうな顔でミサカ10039号の顔を覗き込んでいた。
これ以上余計なことを悟られないように一方通行はそっとミサカ10039号から手を放すと、回線を切って能力を解除する。
これで秘密裏に意思疎通を行うことはできなくなってしまったが、まあここらが潮時だろう。
「何って、風紀委員のパトロールですわ。お姉様にお教えしませんでしたか?」
「あ、ああパトロールね。すっかり忘れてたわ」
よく見てみれば、白井の腕には風紀委員の腕章が装着されていた。
どうやら風紀委員に所属しているようだ。
ミサカ10039号が非難するように目配せしてきたが、これは一方通行も知らない情報だったので仕方がない。
いや、美琴に風紀委員の友人が居ることは知っていたのだが、それがまさか目の前にいるこの少女だとは思わなかったのだ。
「それより、それはこっちの台詞ですわ! どうしてお姉様はこんなところに?」
「どうしてって、私がここにいちゃ悪いの? ちょっと友達と駄弁りながらアイス食べてただけじゃない」
「わ、悪いということはありませんが……」
強気に出るのは一種の賭けだったが、どうやら正解だったようだ。
白井は不機嫌そうなミサカ10039号の言葉に口籠もり、勢いを失ってしまう。……少し可哀想かもしれないが。
「そんなことよりアンタたち、自己紹介しなさいよ。お互いに初対面でしょ?」
「こ、これは失礼しました。申し遅れました、わたくしは白井黒子と申します。お姉様の露払いを務めさせて頂いております」
「俺は一方……、鈴科だ。……よろしく」
「以後お見知りおきを、鈴科さん」
- 683 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/21(月) 21:57:28.86 ID:phNmQ4HQo
白井はお嬢様らしい可憐なお辞儀をすると、にこりと綺麗な作り笑いをした。
……そう、作り笑いだ。
いったい何をすればここまで『外の人間』に対する印象を悪くできるのか。上条の行動は、本当にまったく厄介ったらない。
一方通行はそんな彼女の笑顔を見てほんの少しだけ目を細めると、ちらりとミサカ10039号を見やった。
「そんなことより……、黒子。こんなところで油売ってて良いの? パトロールなんでしょ?」
「黒子にはお姉様よりも重要なことなんてありませんわ!」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと仕事に戻りなさい。最近はテロリストも多いんだから大変でしょ?」
「むう、お姉様がそう言うのでしたら仕方ありませんわね……。お姉様も早めにお帰りになって下さいませ」
「分かってるってば。じゃ、風紀委員のお仕事頑張ってね」
「ううっ、黒子はお姉様のその一言だけで三徹はできますわ……!」
白井は滲む涙を懐から取り出したハンカチで拭うと、ミサカ10039号に向かって深々と頭を下げてから立ち去ろうとする。
しかし彼女はその直前で振り返ると、じろりと一方通行を睨みつけながらこう言い放った。
「お姉様は渡しませんわ!」
その台詞にぽかんとしている一方通行をよそに、白井はべーっと舌を出すと一瞬でその場から姿を消した。空間移動(テレポート)だ。
残された一方通行とミサカ10039号は暫らく茫然としていたが、やがて我に返ると緩慢な動作でそれぞれ顔を見合わせた。
「……上条は一体何をしたンだ?」
「さあ、とミサカは曖昧に言葉を濁すことしかできません」
……アイスが、溶けかけていた。
―――――
結局、一方通行は一日中ミサカ10039号に付き合わされてしまった。
その所為で一方通行はへとへとに疲れ果ててしまったが、いつもは無表情なミサカ10039号が心なし楽しそうにしているのを見てまあいいかと思い直す。
ミサカ10039号は自分のお金で購入したひよこのぬいぐるみを抱き締めながら、一方通行の前を歩いていた。
「今日はありがとうございました、とミサカは感謝の言葉を口にします」
「ン。気が向いたらまた付き合ってやるよ」
「本当ですか? とミサカは確認を取ります。
ですが次にこのミサカに外出許可が出るのはだいぶ先なので、できれば別のミサカに付き合ってあげて下さい、とミサカは希望します」
「他の妹達にか? 俺なンかが付いて行っても面白くもなンともねェぞ」
- 684 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/21(月) 21:58:52.37 ID:phNmQ4HQo
「そんなことはありません。気が向いたらで構いませんから、どうか他のミサカにも構ってあげて下さい、とミサカは再度お願いします」
「……まァ、本人がそォして欲しいってンならその時に考えてやるよ」
「ありがとうございます。きっと彼女たちも喜ぶはずです、とミサカは一方通行に感謝します」
すると、ミサカ10039号は一方通行に向かってぺこりと頭を下げた。
それを見て何を思ったのか、一方通行は難しい顔をして軽く頭を掻く。
「ったく、分っかンねェなァ……」
「そうですか。ですが、あなたもいい加減こういった感情の機微を理解した方が良いですよ? とミサカは今更ながら助言します」
「……感情の機微、ねェ」
ミサカ10039号の言葉を反芻しながら、一方通行は苦い顔をする。
別にそういったものをまったく理解できない訳ではないのだが、一方通行はとりわけ妹達のことに関しては理解しがたいと思っていた。
ミサカネットワークで御坂妹と記憶を共有しているとは言え、どうしてそこまで自分に執着しているのか。
条件は、上条や美琴と同じだ。
いや、むしろ美琴は妹達のオリジナルで『お姉様』として慕われているのだから、一方通行よりも彼女に執着して然るべきだ。
しかし彼女たちは、ただ手近なところにいると言うだけの理由でひたすら一方通行にだけ構って貰いたがる。
美琴や上条も御坂妹以外に何人かのクローンがいることは知っているのだから、気兼ねなく会いに行くことは出来るはずなのに。
……誰にとは言わないが、気を遣っているのだろうか?
「ともあれ、今日はとても楽しかったです、とミサカは研修に対する感想を述べます」
「そりゃァ良かった」
「はい。本当に良かったです、とミサカは……」
いつもの口癖を途中で止めて、ミサカ10039号はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて俯いた。
……こういう時に掛ける言葉を、一方通行は持っていない。
だから彼は何も言わず、黙ったままのミサカ10039号を見守っていた。
「……あ。研究所に到着してしまいました、とミサカは状況を報告します」
「あァ、そォだな」
「これでミサカの研修も終了ですね、とミサカは名残惜しく思います」
「……そォか」
一方通行とミサカ10039号では、向かうべき棟が違う。
だから二人は、ここで別れなければならなかった。
……別に、ここで別れたからってもう二度と会えなくなるわけではない。明日の仕事で、また顔を合わせることになるだろう。
けれど彼女の研修は、ここで彼と別れてしまった時点で本当に終わりになってしまうのだ。
「それでは一方通行。また明日、とミサカは別れの挨拶をします」
「……あァ。また明日、な」
「はい。さようなら」
ミサカ10039号はそれだけ言うと、駆け足で自分の向かうべき棟へと帰って行った。
まるで、何かを振り切ろうとしているかのように。
一方通行はそんな彼女の後姿を見送りながら、何も言うことができなかった。
……何かを、言うべきだったのではないかと考えながら。
- 696 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/24(木) 23:06:42.29 ID:bmJudz08o
ピピピピピピピ。
埋め込み式時計のアラーム音で、一方通行は目を覚ました。
彼は暫らくアラームの音を無視してぼーっとしていたが、時間が結構ギリギリなことに気付いてアラームを停止させ、起床の準備に入る。
白衣に着替えながら、彼は大人しくなった時計をちらりと見やった。
……七月、十六日。
確か今日は身体検査(システムスキャン)の日だったか、なんて取り留めのないことを考えながら、一方通行は眼鏡を掛ける。
そして準備の最終確認をしていると、不意に部屋の扉がノックされた。
「なンだ?」
「あの、ミサカ19090号です、とミサカは自らの検体番号(シリアルナンバー)を報告します。少し遅れているようでしたので、様子を見に……」
「あァ、オマエか。わざわざ悪かったな。今行く」
「い、いえ、ゆっくりで構いません、とミサカは慌てて付け足します。それではこちらで待たせて頂きますね」
しかしミサカ19090号が言い終わるよりも早く、一方通行は部屋の扉を開く。
それが予想外だったのか、扉の横に立っていたらしい彼女は驚いてびくりと身体を跳ねさせた。
「……驚きすぎだろ」
「も、申し訳ありません、とミサカは謝罪します。それでは研究室にご案内します」
「ン? いつもの場所じゃねェのか?」
「はい。少々問題が発生しまして、第六研究室に変更になりました。確か、あなたはまだ第六研究室に行ったことがありませんでしたよね?
そこで、このミサカが案内役を申し付けられた訳です、とミサカはここに至るまでの経緯を説明します」
ミサカ19090号の言葉に気のない返事をしながら、一方通行は先行する彼女の後について歩きはじめる。
すると彼は唐突に何かを思い出したような顔をして、前を歩くミサカ19090号に声を掛けた。
「そォいえば最近御坂妹……、ミサカ10032号を見かけねェンだが、オマエなンか知ってるか?」
「ミサカ10032号、ですか? 彼女は確か現在任務遂行中だったと思われます、とミサカは報告します。そろそろ帰って来るはずですけど」
「任務?」
「はい。ただ、任務と言うよりは彼女個人の知り合いからの頼み事、と言った方が正しいでしょうか、とミサカは訂正します。
どちらにしろ危険なことではないので心配することはありませんよ? とミサカはすかさず補足します」
一方通行も御坂妹の強さは重々承知しているので、別にその身を心配しているわけではないのだが。
しかし、最後に会ったのがあのゲームセンターの時だったので、少し気に掛かっているのだ。
あの時の御坂妹の様子は、少しおかしかった。
御坂妹がいったい何を思って行動しているのかは知らないが、彼女も彼女でなかなかに事件に巻き込まれやすいタチだし、
何かおかしなことに巻き込まれていないと良いのだが……。
- 697 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/24(木) 23:07:22.72 ID:bmJudz08o
「何か気になることでも? とミサカは尋ねてみます」
「…………、……いや。何でもねェよ。変なこと訊いて悪かったな」
「そんなことはありません。これからも何か尋ねたいことがあれば何なりと、とミサカは自らの有用性をアピールします」
「ハイハイ。頼りにしてますよォ」
「む。ミサカのことを馬鹿にしていませんか? とミサカは疑いの眼差しを向けます」
「気のせいだろ」
それでもミサカ19090号は納得いかないというような顔をしていたが、一方通行は無視して歩き続ける。
そしてやがて目的地に辿り着いた二人は、ノックをしてから第六研究室へと足を踏み入れていった。
―――――
ぱかり、と携帯電話を開く。
死に体で教室の机に突っ伏していた上条は、それが一方通行からのメールであるということに気付いて顔を上げた。
そのメールの内容は、仕事が終了したので誘いに付き合ってやっても良い、という旨のもの。
上条はそれに適当な返信をすると、再び机に突っ伏した。
……どうして彼がこんなにもぐったりしているのかと言うと、テストの結果が散々だったからだ。
いやまだ結果は帰ってきていないのだが、結果を見なくても分かるくらい酷かったのだ。
ちなみに身体検査の方は、当然のごとく無能力(レベル0)だった。こちらはもはや決定事項と言うか予定調和なので今更気にしない、が。
(うう、これじゃわざわざ勉強を教えてくれた一方通行やビリビリに申し訳が立たねえ……)
特に一晩中付きっきりで彼の面倒を見てくれた一方通行には申し訳なくて仕方がない。
一体、どうして自分はこんなに頭が悪いのだろうか。
一方通行や美琴の優秀さをほんの少しで良いから分けて頂きたい。
て言うか神様俺のこと嫌いすぎだろ常識的に考えて……。
(ちくしょー……)
しかし、悪態を吐いたところでテストの結果が良くなるわけではない。実に腹立たしいが。
そんなこんなでうだうだしていると、横合いから突然土御門が声を掛けてきた。
「どうしたんだにゃーカミやん? 浮かない顔して」
「どうしたもこうしたもねーよ……。テストが……テストがな……」
「そんなん今に始まったことじゃないぜい」
「うう、まあその通りなんだけどな……」
- 698 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/24(木) 23:08:09.22 ID:bmJudz08o
反論できずに、上条はさらに項垂れた。
これは流石に重症だと思ったらしい土御門は、苦笑いしながら話題の転換を図る。
「そんなことより、例のオトモダチはどうなってるのかにゃー?」
「友達って……、ああ、一方通行のことか? 別に普通だよ、普通。この後も一緒にメシ食いに行く予定だし」
「あ、そういえばこないだその鈴科くんに会ったでー」
すると、そこで青髪ピアスが会話に唐突に割り込んできた。
しかしそれ以上に、上条は彼の言葉に驚いて振り返る。
「会った? アイツに? って、鈴科?」
「そうそう、本名鈴科くん言うんやろ? 一方通行って能力名で呼ぶのはなんかちょっとそっけない気がしてなー」
「あ、う、そ、それもそうだな! あはは……」
まさか、自分から早速あの偽名を使っているとは。
まあ確かに一方通行という名前は明らかに能力名っぽいし、気まぐれに普通の名前らしい名前を名乗ってみたくなったのかもしれない。
それにこれからのことを考えればそちらの方が好都合だしな、と上条は先日の美琴との会話を想起しながら思った。
「そんなことより、お前何処でアイツに会ったんだよ? 何してたんだ?」
「こないだ、学校に行く途中でちょっとなー。それにしても、あの子は良いツッコミになるでえ!」
「いやホントに何してんだよお前……」
「そんなことよりカミやん、時間は良いのかにゃー? さっきメシ食いに行くとか言ってたけど」
「うおっ、そうだった! もう出ねえと!」
土御門に指摘されて現在時刻に気が付いた上条は、項垂れている場合ではないことに気が付いて大慌てで帰宅の準備を始めた。
そして驚くべき速度で鞄に荷物を詰め込み終わった上条は、土御門たちに向き直ってしゅびっと手のひらを立てる挨拶をする。
「それじゃ、俺先に帰るな! また明日!」
それだけ言うと、上条はばびゅんという効果音でも付きそうなくらいの速度で教室を出て行った。
土御門と青髪ピアスはそんな上条を見送りながら、けらけらと笑い合う。
「ほんま、カミやんはいつも元気やなー。羨ましいわ」
「まったくだぜい。ま、それもいつまで続くかにゃー?」
「?」
「何でもないぜい」
意味の分からない土御門の発言の青髪ピアスは首を傾げていたが、土御門はそれ以上何も言わなかった。
言う意味も無かった。
―――――
- 699 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/24(木) 23:08:55.35 ID:bmJudz08o
「ふいー、ようやく任務が終了しました……、とミサカは久しぶりの休息に身を預けます」
「お疲れ様、ミサカ10032号」
ミサカ10032号こと御坂妹は芳川に差し出されたコップを受け取ると、まるで瓶の牛乳を飲んでいるかのようにぐいっと一気に飲み干そうとする。
途端、御坂妹は咽そうになったのか一瞬苦しそうな表情をしたが、何とか耐えてココアをすべて飲み込んだ。
「あらあら。熱いからそんなに一気飲みしたら火傷しちゃうわよ?」
「ごふっ、そういうことはもっと早くに言って欲しかったです、とミサカはひりひりする口を抑えます……」
「ごめんなさい。まさかそんなに喉が渇いているとは思わなくて。冷たい方が良かったかしら?」
「今度からはそうして頂けるとありがたいです。
研究所内は冷房が効いていて寒いくらいですが、外はかなり暑くなってきているので、とミサカは外の気温状況を報告します」
繰り返すが、本日は七月十六日。
よって外はどんどん暑くなってきているのだが、ずっと冷房の効きすぎた研究所の中にいる芳川にはそれが感じられていないようだ。
実際、芳川は彼女の言葉を聞いてきょとんとした顔をした。
「ああ、そう言えばそうだったわね。そろそろ夏休みの時期かしら。羨ましいわ」
「……お姉様と上条当麻の学校は、ちょうど七月二十日から夏休みが始まるようですね、とミサカは想起します」
「あら、本当にもうすぐなのね。あの子にも夏休みあげた方が良いかしら」
「彼の場合、仕事が無くなってしまう方が困るのでは? とミサカは一般論を述べてみます」
「ふふ、冗談よ。あ、だけどあなたにはご褒美として数日の自由時間が与えられているわ」
「……自由時間、ですか? とミサカは鸚鵡返しにします」
「ええ。自室でごろごろしても構わないし、街に出て遊びに行っても良いそうよ? 良かったわね」
「………………」
せっかく貴重な休日が与えられたというのに、御坂妹の表情は浮かない。
どうしたのかと思って芳川が首を傾げていると、不意に御坂妹が口を開いた。
「、あの。ミサカに休日は必要ないので、他のミサカたちに自由時間を与えては頂けないでしょうか、とミサカは申し出ます」
「…………。悪いけど、それはできないわ。
他の妹達はあなたほど外の環境に慣れていないし、調整も完璧ではない。あなた以外では、万一のことがあっても対応しきれないもの」
「そう、ですか……。とミサカは落胆します」
- 700 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/24(木) 23:09:52.23 ID:bmJudz08o
「ごめんなさいね。何とかできれば良いんだけど、上からの要請で妹達に実験投入用の調整を施さなければならないことになっているから。
……あなたも、小まめな調整が必要でしょう?
今のところ、実験用の調整をした上で外の環境に長時間耐えうるだけの調整を施されているのはあなただけなのよ」
「いえ、お気になさらず。事情は分かっていますから、とミサカは理解を示します」
「……せめて、ネットワークに接続したまま遊びに行ってあげなさい。記憶を共有すれば、他の子たちも楽しめるはずよ」
「もちろんです。それでは失礼させて頂きます、とミサカは席を立ちます」
「ええ、いってらっしゃい。……そうそう、あの子は今例の上条君に会いに第七学区に行ってるから、もしかしたら会うかもね」
「……了解しました。お気遣いありがとうございます、とミサカは情報提供に感謝します」
御坂妹は最後に深々とお辞儀をすると、そのまま部屋を出て行った。
芳川はそんな彼女の後姿を眺めながら、空っぽの部屋の中、一人寂しくこう零す。
「……ごめんね」
―――――
遠くの方で、見覚えのあるツンツン頭が手を振りながら駆けてきている。
一方通行はその人影に向かって手を振り返すと、ちらりと時計塔を見やってから腕を組んで電灯のポールに寄り掛かった。
「わ、悪い! 今何時だ!?」
「待ち合わせ時間25秒前。ギリッギリ」
「せ、セーフ……」
ギリギリもギリギリで待ち合わせに間に合った上条は、安堵から大きなため息を吐いた。
学校からここまでずっと走って来たのか、かなり激しく息切れしている。
「つゥか、テストどうだったンだ?」
一方通行がそう尋ねた途端、肩で息をしていた上条が突然硬直する。
彼はそれだけでなんとなく答えを悟ったが、顔を上げて凄まじい遠い目をした上条を見て何かもう色々諦めた。
「燃え尽きた……、真っ白にな……」
「まァ大体想像どォりだな。あと元ネタを良く知りもしねェ癖に真似すンな」
「どうもすみません……。あんなに勉強見て貰ったのに」
- 701 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/24(木) 23:12:00.39 ID:bmJudz08o
「それは別にどォでもイイ。でも平均60点以上は取れよ」
「それは無理!」
恐ろしい発言に上条が悲鳴を上げると、一方通行がけたけたと笑う。
それを見ながら、上条は申し訳ないんだか恨めしいんだかといった微妙な気分になっていた。
「つっても、これでもかなりボーダー低く設定してンだぞ?」
「それでも無理なものは無理なんですーお前らと一緒にしないで下さいー」
「拗ねンな」
「どうせ俺なんて……」
ちょっと弄り過ぎたようだ。上条はがっくりと項垂れると、魂が抜けてしまいそうなくらい盛大な溜め息をつく。
流石に可哀想だと思ったらしい一方通行は、そんな上条の肩をぽんぽんと叩きながら慰めてやる。
「所詮、テストなンかただの目安だ。昼メシ奢ってやるから元気出せ」
「本当か!?」
「……オマエ、本当に現金な」
突然元気になってガバッと顔を上げた上条を見て、一方通行は呆れた顔をした。
しかし上条はそんなことなど全く気に留めず、嬉しそうに瞳を輝かせている。先程までの憂鬱っぷりは一体何処に行ってしまったのか。
「ただし、あンまり高いのはナシな」
「分かってるよ。あー良かった、今月苦しかったんだよなー」
「先月も同じこと言ってなかったか? 今度は何したンだよ」
「いや、色々あって特売やタイムセールに行き損ねてですね……」
「あァ……」
少し前までは美琴に追い掛け回されていた所為で、最近は補習や勉強、そして度重なる不幸の所為で……、と言った具合に、
上条の節約しようという努力はことごとく踏み躙られているのだ。
そうした事情を知っている一方通行は、上条を可哀想なものを見る目で見ていた。
「と、とにかく! もうすぐ世間でも昼飯時だし、外食するなら店が混む前に行こうぜ」
「それもそォだな。何処が良い?」
「んー、そうだな……。その辺のファーストフード店とかで良いんじゃないか? 安いし」
「身体には悪そォだけどな……」
- 702 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/24(木) 23:13:51.83 ID:bmJudz08o
「あれ、お前そういうのあんまり気にしない方じゃなかったっけ?」
「御坂妹達の調整なンかをやってると栄養管理もやることがあるからな。なンとなく目に付くよォになったっつゥか」
「ふーん。まあこれを機に自炊なんかしてみると良いんじゃないか? 安上がりだし結構ハマるぞー」
「つっても研究所には食堂付いてっからなァ……。まァ考えとく」
話しながら、二人は第七学区の大通りを適当にふらふらと歩いていた。
別に空腹で死にそうという訳でもないし慌てて店を探すことも無いだろうということで、どちらかと言うと暇潰し優先なのだ。
「あ。そう言えばこの間ちょっとビリビリと話し合ったんだけどさ、今度からお前のこと鈴科って呼ぶことにしたんだ」
「はァ? そりゃまた何で」
「ほら、一方通行って名前は『奴ら』も知ってる名前だからさ。
普段からその名前で呼びまくってたら奴らの目に付きやすくなっちまうんじゃないかと思って」
「そォか? 結構今更だと思うが」
「まあそれはそうなんだけど、念には念をってことだろ? 奴らに見つからないに越したことはないんだし」
確かに上条の言う通りだ。それに、青髪ピアスも言っていた通り一方通行という名称は名前としても多少不自然だし若干呼びにくい。
今まではそこまで気にしたことはなかったが、特に抵抗がある訳でもなかったので一方通行は快く承諾した。
「そうだ、ビリビリと言えば今日はアイツどうしたんだ? 確か誘ったって言ってなかったっけ」
「あァ、アイツは連絡付かなかった。まァ今日身体検査だしなァ」
「なるほど。やっぱ超能力者(レベル5)ともなると測定に時間が掛かるのかね」
「プールの水を緩衝剤にしても加減しないとヤベェっつってたからな。新しい測定方法でも試してンじゃねェの?」
「でも、学園都市はそういうとこ不精な気もするけどな……」
と、その時。
ドォン、というとんでもない爆音が轟いたと思ったら、遠くの方で乗用車が回転しながら空を飛んでいるのが見えた。
しかもその直前に、見覚えのある光が迸った気がした……、の、だが。
「……アレが新しい測定方法か?」
「いや、それは流石に無いと思う」
- 710 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:27:58.16 ID:5PE7BpyZo
夕暮れの細道を、一人寂しく歩く。
与えられた休暇を消費する為に第七学区を歩き回っていた御坂妹は、結局この時間まで一方通行たちに会うことはなかった。
とは言え、別に捜し歩いていた訳ではないので見つからなかったからどうということでもないのだが。
(と言うか他のミサカたちの要求が思いのほかハードでした、とミサカは今日一日の出来事を振り返ります)
本日の御坂妹は、休暇を使って自分の欲求を満たすのではなく、他の妹達がやりたいと言ったことをやってやる、ということを繰り返していたのだ。
妹達はミサカネットワークを通じて記憶や感覚を共有することができるので、
そうして御坂妹が体験したことはそのまま他の妹達も追体験できるようになっている。
よって、彼女は外に出て遊ぶことの出来ない他の妹達の為にミサカネットワークを介して彼女たちのやりたいことを疑似体験させてやっていたのだ。
しかしその妹達の要望がとても大変なことばかりで、御坂妹はすっかり疲れ果ててしまっていた。
特にあれを食べたいこれを食べたいという希望が非常に多かったので、お腹がいっぱい過ぎて苦しい。後で体重計に乗るのが怖い。
ただその一方で彼女もいつもは食べられないようなものも食べられたりしたので、デメリットばかりではなかったが。
(うう、横っ腹が痛いです。早急に研究所に帰るべきですね……、とミサカは自らの目的を決定します)
研究所まではまだまだ距離がある。甘いものを食べまくったので喉も乾いた。
これは何処かでジュースでも飲みつつ休んだ方が良いかもしれない、と思い立った御坂妹は、ネットワークを使って周辺地図を検索した。
そしてやがてすぐ近くに公園があることを知った彼女は、俯いていた顔を上げて再び歩き出そうとした、が。
彼女は進行ルートのど真ん中に、見覚えのある少年が立っていることに気が付いた。
ここ最近目にすることが無かった姿に御坂妹は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに我に返って彼に向かって軽く手を振る。
すると、そこで漸く彼女に気が付いたらしい一方通行がこちらに向かって歩いてきた。
「お久しぶりですね一方通行、とミサカはありきたりな挨拶をします」
「ああ、本当に久しぶりだな。任務ってのはもォイイのか?」
「それは何処で聞いたのですか? とミサカは疑問を呈します」
「ミサカ19090号が言ってたぞ。それより、オマエは大丈夫なのか?」
「は、はい。特にこれと言って特筆すべきことはありませんでした。あなたこそ、何か心配事でもあるのですか? とミサカは首を傾げます」
「……いや、何でもねェ。何も無かったなら良い」
「そうですか、とミサカは胸を撫で下ろします」
「………………」
「………………」
会話が続かない。
御坂妹は何故か遠慮がちになっているし、一方通行はもともと自分から喋るようなタイプではないので、つい言葉に詰まってしまった。
数秒、気まずい沈黙が続く。
- 711 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:28:28.44 ID:5PE7BpyZo
「えと……、そこの公園のベンチに座りましょうか、とミサカは提案します」
「あ、あァ。そォするか」
御坂妹に促されて、二人は近くにあった公園のベンチに座る。
しかしそれで話題が生まれる訳でもないので、ベンチに座ってからもまた沈黙が続いてしまった。
取りあえず間を持たせる為に、一方通行は自販機で飲み物を購入しようと席を立つ。
「オマエ、何か飲むか?」
「えっ? あ、いえ、お構いなく、とミサカは遠慮します」
「気にすンな。適当に買っちまうぞ」
「そ、それではいちごおでんを……、とミサカはおずおずと要望を口にします」
「えっ」
「えっ」
「……いちごおでンで良いのか?」
「はい。美味しいですよね、とミサカは一方通行に同意を求めます」
「…………、いや、お前が良いなら良いンだが……」
「?」
何か言いたそうな一方通行の態度に御坂妹は首を傾げるが、いちごおでんを受け取った途端に嬉しそうにプルタブを開けて飲み始めた。
……信じられないことに、本当に美味しそうに飲んでいる。
名前からして不味そうだったので流石に飲んだことは無いのだが、実は美味しかったりするのだろうか。
「そう言えば、お姉様たちとは完全に和解なされたそうですね。少し心配していたのですが安心しました、とミサカは安堵します。
……ところで、あなたは学校には行かれないのですか?」
「俺は……、ちょっとな。それよりオマエは御坂と同じ学校に行かねェのか?」
「残念ながらミサカのレベルは2ですので、常盤台の入学条件を満たしていません。
よって、お姉様と同じ学校に行きたくとも入学条件に阻まれてしまってそれは叶わぬ夢なのです、とミサカは肩を落とします」
「そォなのか……。悪かったな」
「いえ、気にしていません。それに、そもそも学校に行けるような立場ではありませんですし、とミサカは諦観します」
「……芳川とか、オマエらを作った研究員どもと交渉して、せめて普通の学校に行けるようにはしてもらえねェのか?」
「難しいと思います。入学するとなると色々とお金がかかりますし、調整の問題もあります。
このミサカだけがそのように良い思いをするわけにはいきませんし、クローンであるミサカたちではIDの偽造は非常に難しいのです、
とミサカは世知辛い世の中に思いを馳せます」
- 712 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:29:02.47 ID:5PE7BpyZo
システム上美琴の血縁者を偽ることは難しいが、それ以上に美琴の血縁者でないのにそっくりな顔をしているというのはネックだ。
美琴が有名人であることが災いして彼女も注目を浴びることになってしまうかもしれないし、偶然や他人の空似にも限度というものがある。
……だからそれは、確かにかなり難しい話なのだろう。
しかし、がっかりとしている彼女を見ている限りは、本心では学校に通いたいのだろうと思う。
何とかしてやりたいとは思うのだが、お金もコネも持たない一方通行にはどうしてやることも出来ない。超能力者の美琴でも難しいだろう。
「ですが、ミサカは今の生活で十分満足しています。ですからどうか、お気になさらず。
ところで先日お姉様から水族館へのお誘いがあったのですが、あなたも聞いていますか? とミサカは話題の転換を試みます」
「聞いてるぞ。後はオマエに確認取るだけって言ってたが、どォなンだ?」
「もちろん大丈夫です。インターネットで調査してみたところ、なかなか面白そうなので楽しみにしています、とミサカは心躍らせます」
「そりゃ良かった。御坂にはもォ連絡したのか?」
「はい。その内そちらにも連絡が行くかと思われます、とミサカは予測します」
すると、御坂妹はわざわざ携帯を弄って送信履歴を見せてくれた。
そこには、確かに美琴に水族館に行ける旨を伝えるメールが映っている。御坂妹らしい、質素で簡潔なメールだった。
「……あ。そう言えばお金が溜まったらアパートに移り住むつもりだと聞いたのですが、本当でしょうか? とミサカは尋ねてみます」
「ン、よく知ってるな。一応そのつもりだが、まだまだ先のことになるだろォし今から気にしなくてもイイと思うぞ」
「ふむ。ですが、引っ越したら住所を教えてくださいね、とミサカは約束を取り付けます」
「遊びに来るつもりか? 面白いモンなんて何もねェぞ……」
「構いません。とにかく約束ですからね、とミサカは念を押します」
「ハイハイ」
一方通行は適当な返事しか返さなかったが、御坂妹はそれを見ると満足そうに頷いた。
すると御坂妹は残ったいちごおでんを一気に飲み干し、ぷはっと息を吐く。
「さて、ジュースも飲み終わりましたし、そろそろお暇させて頂きますね。ありがとうございました、とミサカはぺこりと頭を下げます」
「これからまたどっか行くのか?」
「はい。体調も良くなってきましたし、もう一つくらい妹達の要望に応えてやろうかと思っています、とミサカは目的を明かします」
「?」
事情を知らない一方通行はその言葉の意味を掴みかねてきょとんとしていたが、御坂妹は面倒臭いのか詳しく説明してくれなかった。
そして彼女は席を立ち、くるりと一方通行に向き直る。
「……それから、一方通行。一人でこんなところを歩いてはいけませんよ? とミサカは警告します」
「…………? この間のこと、聞いたのか? だったら別に気にすンな、大したことねェよ」
- 713 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:29:30.13 ID:5PE7BpyZo
「いいえ。油断大敵ですよ、とミサカは一方通行を諭します」
「オマエも意外と心配性だな。まァ、オマエがそこまで言うなら気を付ける」
「是非そうして下さい。それでは今度こそ失礼します、とミサカは踵を返します」
すると、御坂妹は一方通行に背を向けて去って行ってしまった。
一方通行は彼女の不思議な態度について暫らく考えていたが、そうしたところで何かを思いつくはずもない。
彼はベンチに背を預けると、暗くなりかけている天を仰いだ。
(なンか知ってやがるのか? まさかな……)
たかだか……と言ってしまうと失礼だが、それでも御坂美琴のクローンごときが一体どんな情報を手に入れられるというのか。
ただの考え過ぎだろうと適当に結論付けると、一方通行はベンチを立つ。
(……明日も仕事だ。準備、しとかねェと)
確か、明日は新しい仕事を教えるとか言っていたからいくつか準備するものがある筈だ。
一方通行は仕事に必要な道具を頭の中で整理しながら、今や自宅と化している研究所へと向かって行った。
―――――
(計器、資料、薬剤……。あれ、眼鏡どこやった?)
今日のように明日の朝まで寝坊しかけてしまうと大変なので、一方通行は今の内から仕事の準備を完了させようとしていた。
しかしあと少しで準備完了というところで、今日の仕事終わりまでは確実に掛けていたはずの眼鏡が行方不明になっていることに気が付く。
一方通行は最後に眼鏡を見たのが何処だったのか思い出しながら部屋を探し回るが、なかなか見つからなかった。
するとその時、探索をしている彼を妨害するかのように携帯電話が鳴り響く。
(チッ、誰だよこんな時に……)
一方通行はあからさまに不機嫌そうな顔をしたが、届いたのはメールだったのかすぐに携帯電話は大人しくなった。
しかしすぐに返信しなければならないメールだといけないので、彼はすぐに携帯を手に取ってその内容を確認する。
メールの送り主は、上条だった。
(明日遊べるか? 御坂妹もか。まァアイツ今日までずっと任務だったらしいし、遊びたいンだろォな)
どうするか考えながら、一方通行は頭の中に入っている明日のスケジュールを参照する。
彼は少しの間そうして悩んでいたが、暫らくすると携帯電話の返信ボタンを押してメールを打ち始めた。
(……仕事は午前中までだからそれ以降なら大丈夫、と。これでイイか)
一方通行はメールを完成させると、改めて文面を見直してから送信した。
彼はそれを確認すると携帯電話を置き直し、再び眼鏡の捜索を開始する。
- 714 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:30:27.37 ID:5PE7BpyZo
(マジで何処やったっけか……。外か?)
一方通行は苛立ち紛れに頭をがしがしと掻き毟ると、外に出ようと部屋の扉を開いた。
あの眼鏡は機密保持の為のものなので眼鏡なしで部屋から出るのはあまり良くないのだが、この際仕方がない。
……しかし扉を開けた途端、ごすんと鈍い音がした。
「……ン?」
「い、痛いです……、とミサカは涙目になりながら頭を押さえます」
「あ、悪ィ……。タイミングが悪かったな」
「いえ……。ミサカも不注意でしたのでお気になさらず、とミサカは気遣います」
イライラしていた所為で八つ当たり気味にかなり強い力を込めて扉を押してしまったので、本当は相当痛かったはずだ。
それに実際、彼女――ミサカ19090号――の額は真っ赤になってしまっている。
「大丈夫か? たンこぶになる前に冷やしといた方がイイぞ」
「は、はい、お気遣い感謝します。それよりこれを、とミサカは一方通行に白衣を差し出します」
やっぱり痛かったのか、微妙にぷるぷる震えている彼女から白衣を受け取る。
どうやら白衣を洗濯しておいてくれたらしい。そう言えば白衣も部屋から無くなっていたな、と一方通行は思い出す。
「悪いな」
「それから、白衣のポケットにこれが入っていました、とミサカは報告します。お返ししますね」
「あァ、そンなところにあったのか……。どォりで見つからない筈だ」
差し出されたのは、眼鏡だった。一方通行はそれを受け取りながら、迂闊な自分に呆れるかのように息を吐く。
それで全ての荷物を渡し終えたのか、ミサカ19090号は空いた両手でぶつけた額を抑え始める。……本当に大丈夫なのか。
「濡れタオルくらいならすぐに作れるが……、いるか?」
「お、お願いします、とミサカは一方通行の厚意に預かります」
「分かった。そこ座ってちょっと待ってろ」
一方通行はミサカ19090号を適当な椅子を座らせると、洗面所へと姿を消した。
洗面所から聞こえてくる水の音を聞きながら、ミサカ19090号はきょろきょろと周囲を見回してみる。
本当に何も無い部屋だった。
ベッドの整え方がかなり適当だったり財布や携帯などの私物が適当に放り出されているので生活感はあるものの、とにかくものが無い。
恐らく、家具類を除いても彼の私物よりももともとこの部屋にあった備品の方が多い筈だ。
たぶん今彼が濡らしに行っているハンドタオルも、もともとこの部屋に備えられていたものだろう。
(正式な給料日はまだですが、生活に必要な手当は渡されている筈なのでお金はあると思うのですけど……、とミサカは心配します)
- 715 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:31:01.63 ID:5PE7BpyZo
実は彼女は、記憶喪失になる前の彼と接する機会がそれほど多かったわけではない。
むしろ彼女の持っている情報の殆どは、ミサカネットワークによって共有されているものに過ぎない。
けれど当時ミサカネットワークに流れてきていた情報によると、彼はここまで物欲が無いわけではなかったと思うのだが……。
「どォした?」
「はうあっ!? なっ、何でもありません! 不躾だったでしょうか、とミサカは申し訳なく思います」
「いや、別に構わねェが。なンか面白いモンでもあったか?」
「い、いえ……。むしろ物の無さに驚いていました、とミサカは素直な感想を述べます」
「あァ、特に欲しいモンがねェからな。あと妹達によくタカられるから金が無ェ」
「それは誠に申し訳ありませんでした……、とミサカは床に額を擦りつけっ、ひぎゃ!?」
「ぶつけたばっかっつってンのにそンなことしたら悪化するに決まってンだろォが……。もォ手遅れか。ほら濡れタオル」
「あ、ありがとうございます、とミサカはお礼を言います」
ミサカ19090号は受け取った濡れタオルを額に当てると、少しは痛みが引いたのかほっとした顔をした。
少し腫れてきてしまっているが、これならまだたんこぶは免れそうだ。
「ところで、そんなにミサカたちへの差し入れにお金を掛けてしまっていたのですか、とミサカはもう居た堪れなくてたまりません」
「まァ安物ばっかだが、人数が人数だからな。オマエがそこまで気にする程じゃねェが」
「ですが、それにしてはやはり部屋に物が少ないですよね? とミサカは首を傾げます」
「さっきも言ったが、欲しいモンがねェンだよ。そもそも何があンのかも分かンねェし」
「なるほど、とミサカは一人納得します」
確かに病室にテレビがあったはずがないだろうし、この部屋にもテレビは無い。
記憶喪失も手伝って、欲しいと思えるようなものの情報を得る機会そのものがそもそも彼にはないのだ。
漫画は上条や美琴から借りて読んだことはあるらしいが、一度読んだことがあるものをわざわざ買ってまで読もうとは思わないだろう。
続刊は黙っていても二人が押し付けてくるし。大方語る相手が欲しいのだろう、たぶん。
「では、今度お姉様や上条当麻と共に買い物に出かけてみては如何でしょうか? とミサカは提案してみます」
「買い物ォ? なンでまた……」
「ミサカ10032号から、明日上条当麻と遊びに出かける予定だと聞きました。ついでに行けば宜しいのでは? とミサカは思い付きます」
「オマエらのネットワークホント便利な。つっても、明日はもォ予定決まってるからなァ」
「ではその次の機会ででも。恐らくお姉様たちもあなたの無頓着さは気に掛かっていると思いますよ、とミサカは推測します」
「そンなモンかね」
- 716 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:31:41.24 ID:5PE7BpyZo
一方通行は理解できないと言うように眉根を寄せたが、ミサカ19090号がやたら自信ありげにそう言ったからか一応納得してくれたようだ。
すると濡れタオルがぬるくなってしまったのか額から外した彼女を見て、一方通行は二枚目の濡れタオルを渡してやる。
「それにしても、オマエは本当に他の妹達とは違うンだな」
「違う、とは? とミサカは詳細を求めます」
「なンつゥのか……。オマエは他の妹達より感情表現が豊富だと思っただけだ」
「その話でしたか。以前もお話したと思いますが、確かにミサカは妹達の中でも変り種ですからね、とミサカは以前の会話を想起します」
ミサカ19090号は、新しい濡れタオルを再び額に当てる。
その時にちらりと見えた額は、少しだけ腫れが引いているように見えた。
「それというのも、ミサカには感情プログラムが入力されているのです、とミサカは真相を明かします」
「……感情プログラム?」
「はい。最初はただ特定の行動に対して疑似的な反応を返すというだけのプログラムだったのですが、どうもそれが馴染んでしまったようです。
とは言え洗脳装置(テスタメント)によって形成されたミサカたちの自我はまだ未熟ですし、
単にこのミサカがただの疑似的な反応を本当の感情と取り違えているだけかもしれませんが、とミサカは概要を解説します」
「ふゥン。でも、何でそれがオマエにだけ強制入力(インストール)されてンだ?」
「その、ちょっと問題がありまして……。これはミサカが悪いのですが、感情が芽生えてしまったばっかりにちょっと汚い真似を……。
ですので感情プログラムを強制入力することによってミサカのように抜け駆けする者が現れるのではないという懸念がされ、
ミサカネットワークによる協議の結果、あえなく感情プログラムの拡散は中止されてしまったのです、とミサカは事の顛末を説明します」
「汚い真似ってのは?」
「そ、その、ダイエットを……」
「……はァ?」
「より痩せている女性の方が優れていると聞いたので、ミサカは他の妹達に隠れてダイエットをしたのです、とミサカは白状します。
それが他の妹達からの恨みを買い……」
「アホか」
「み、ミサカたちにとっては重要なことなのです! とミサカは力説します!」
そう言えば、確かに御坂妹もやたら体重を気にしていたような気がする。
一体何処でそんな知識を吹き込まれたのかは知らないが、いい加減なことを言う奴もいるものだ。
- 717 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/27(日) 22:32:10.00 ID:5PE7BpyZo
「痩せすぎは体に悪ィぞ」
「その辺りは研究者の皆さんに健康管理をして貰いながらやっているので大丈夫です、とミサカは懸念を解消します」
「そこまでするか」
呆れたように言いながら、一方通行は三枚目の濡れタオルをミサカ19090号に差し出した。
しかし彼女はそれを受け取らず、額に当てていたタオルを一方通行に返す。
「もう大丈夫そうです、ありがとうございました、とミサカは感謝します。それではそろそろお暇させて頂きますね」
「あァ、さっきは悪かったな。一応研究者の誰かに看て貰えよ」
「了解しました、とミサカは一方通行の提案を承諾します。お気遣い感謝します」
そしてミサカ19090号は最後に一礼すると、小さく手を振りながら部屋を出て行った。
一方通行はそれを見送りながら暫らくぼーっとしていたが、携帯の着信音にはっと我に返る。
メールの発信者は、上条だった。
- 723 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:39:51.19 ID:hdQff3Jko
「……御坂妹、本当に手伝わなくて大丈夫か?」
「ええ、まったく何も問題ありません、とミサカはどや顔で自らの余裕をアピールします」
そんな間抜けなやり取りを聞き流しながら、一方通行は小さく溜め息をついた。
彼の溜め息の理由は、御坂妹が両手いっぱいに抱えたぬいぐるみにある。
どう考えても彼女一人では持てないだろうと思われていた量のぬいぐるみを、どういう手品を使っているのか彼女は持って歩いているのだ。
しかもぬいぐるみを誰にも渡したくないのか、上条が手伝いを申し出てもことごとく断っている。
一体どういう意図があってこんなことをしているのかは知らないが、この執念に一方通行は呆れかえっていたのだ。
「そンな数のぬいぐるみ、一体何に使うンだよ……」
「ミサカが個人的に使用するものが殆どですが、他の妹達にも少しくらい恵んでやろうかと思っています、とミサカは自らの心の広さをアピールします」
「ふーん、そう言えば結局妹達って何人くらい居るんだ?」
「企業秘密です、とミサカは口にチャックします」
「企業だったのか」
「って言うか、それ本当に大丈夫なのか? 研究所まで結構距離あるんだろ? ちゃんと帰れるか?」
「大丈夫です。いざとなったらこのぬいぐるみを餌に他の妹達に救援を求めますから、とミサカはぶっちゃけます」
「いやそこは一方通行を頼れよ」
上条のツッコミを、御坂妹は何故か鼻で笑った。
オイそれどういう意味だ。
「あ。ちょっとごめん、悪いんだけどちょっとお金引き落としてきて良いか?」
「あァ? なンでだよ」
「今日結構買い物しちまったから、もう金が無いんだよ。これじゃ明日の学校で昼飯食いっぱぐれる」
「その程度なら構いませんよ、とミサカは快諾します」
「いやホントごめん……。すぐ終わらせるから」
上条は大量の荷物を持っている御坂妹に深々と頭を下げる。
しかし御坂妹はまるで重さを感じていないかのように平然としていた。何か裏技でもあるのだろうか。
「ですが、この辺りに銀行はありません。どうなさるおつもりですか? とミサカは首を傾げます」
「ああ、コンビニにATMがあるからそこで大丈夫だ」
「なるほど、そんなものもあるのですね。便利な世の中になったものです、とミサカは感嘆します」
- 724 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:40:20.02 ID:hdQff3Jko
「いやかなり昔からあるモンだと思うが……」
「ミサカにとって目新しいものなので良いのです、とミサカは言い張ります」
何故か得意げにそう言い張る御坂妹を見て、上条は苦笑いする。
そんな、夕暮れの通りを歩く彼らの後ろ姿は、何処からどう見てもただの仲の良い友人同士にしか見えなかった。
―――――
夕陽の光で紅く照らし出された背の高い風車が、くるくると回っている。
はあっ、と盛大な溜め息をつきながらその麓を歩いている美琴は、見るからにお疲れの様子だった。
「子供の相手してるうちにすっかり日も暮れちゃったわね……」
遠い目をしながら夕日を眺めている美琴の背中には、何故か年齢に似合わない哀愁が漂っている。
どうやら本日は随分とハードな事件に巻き込まれてしまったようだ。
「……どうせ門限は過ぎてんだし、コンビニで立ち読みでもしていきますか」
美琴は諦めたようにそう呟くと、ちょうど目の前にあったコンビニへと足を向ける。
どうせ門限を破った時点で寮監からのお説教は確実なので、開き直って遊び呆けてしまおうという魂胆らしい。不良だ。
しかし、その時。
「ぎゃ―――ッ!? 今度はカードが飲み込まれて出てこない!? 不幸だぁ――ッ!!」
「オマエの不幸ってホント面白いくらいの確率で発生すンのな」
「合っている筈の暗証番号が間違っていると認識される……。学園都市の科学技術の見直しが必要ですね、とミサカは深刻な顔をします」
「……アンタたち、何やってんの?」
呆れたような眼差しで、美琴は騒ぎの元凶となっている三人組を見やる。
そこには、最早見慣れ過ぎて見飽きてしまったメンバーが勢揃いしていた。
「ゲッ、ビリビリ」
「ゲッてオマエ」
「流石にその反応は失礼なのではないでしょうか、とミサカは指摘します」
しかし、今更謝ったところでもう遅い。ぷちんと神経の千切れる分かり易い音と共に、美琴は思いっ切りATMに拳を叩き付けた。
しかもその顔には、分かり易く引き攣った笑顔が張り付けられている。とってもお怒りの様子だ。
「ちょーおど良かったわあ? 今日という今日こそ決着を付けてやるんだからっ!!」
「ちょ、ま、落ち着けビリビリ! すまん、俺が悪かっ……」
- 725 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:40:46.57 ID:hdQff3Jko
するとその時、先程までうんともすんとも言わなかったATMが突如稼働音を響かせ始めた。
どうやら美琴が拳を叩き付けた時に纏っていた電撃に反応して、何らかの誤作動が発生してしまったようだ。
……しかし、今回ばかりはそれが幸運に働いた。
なんと、誤作動を起こしたATMが小さな機械音と共に上条のカードを吐き出したのだ。
「で……、出た―――ッ! サンキュービリビリ!!」
「ビリビリじゃなくて御坂美琴! いい加減訂正しなさい!」
「いやーマジ助かった! ホントありがとうな!」
「だからアンタ……」
しかし、美琴の言葉は奇怪な駆動音によって遮られる。
何事かと思って音源であるATMを見やれば、何故かATMはカードや通帳の挿入口から白い煙を吐き出していた。
「……何か、嫌な予感が」
青褪めた顔をしながら、か細い声で上条が呟く。
しかし、位置の所為で状況が分かっていないらしい美琴はきょとんとしていた。
……そして。
ATMはディスプレイに警報という真っ赤な字を映し出し、けたたましい警報音を撒き散らし始めた。
警報の内容は、攻撃性電磁波の感知。
どう考えても美琴の電撃の所為でエラーを吐いている。
「や、やっぱり――!?」
上条はとっさの判断で美琴の手を掴むと、そのままその手を引いて脱兎の如くコンビニを飛び出していった。
もちろん逃走だ。
はっとして先程まで自分の背後にいた筈の一方通行たちを振り返ったが、二人はそこから忽然と姿を消していた。
どうやらいち早くこの結末を察した二人は、さっさと逃げてしまったようだ。薄情者め。
「ああもう、不幸だああああああああ!!」
「ちょっと!! 何処行くのよ!?」
上条に手を引かれている美琴は状況について行けずにそう叫んだが、それどころではないらしい彼は何も答えてくれない。
しかし彼女の本来の目的は上条との勝負なので、このまま一緒に走って行けば大丈夫な筈だ。
そう考えた美琴は上条に声を掛けることを諦めて、大人しくその後を走ってついて行くことにした。無論、勝負の為に。
……長い夜になりそうだ。
―――――
- 726 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:41:13.68 ID:hdQff3Jko
日がとっぷり落ちてしまった時刻。
鈴虫の鳴き声の聞こえてくる土手で、上条は頭を抱えながら打ちひしがれていた。
「うぅ、故障とかしてないと良いなあ……、防犯カメラに顔映ってるだろうし。……って、俺は何もしてないのに何で逃げてんだ?」
「んな事はいいから勝負しなさいよ勝負」
しかし、この騒動の元凶たる美琴はまるで気にしていないかのようにけろっとした顔をしている。
まさかとは思うが、こんなのが日常茶飯事だったりしないだろうな。
「あのなあ……。何度も言うけど、俺は勝負なんかしたくないんだって」
「ですが何だかんだ言って今のところお姉様の全戦全敗ですよね、とミサカは戦績を発表します」
「みぎゃあ!?」
唐突に背後から掛けられた声に、上条と美琴は揃って悲鳴を上げてしまった。
振り返ると、そこには上条たちよりも早く逃走していた筈の一方通行と御坂妹の姿が。一体何処まで行っていたのか。
「って、お前ら何でここに?」
「偶然。つゥかオマエらこンなとこまで逃げて来てたのかよ。いくら何でも逃げ過ぎだろ」
「いやいや、風紀委員や警備員は舐めない方が良いぞ。最近は何かあるとすぐに飛んでくるんだから……って、思い出しちまった。
もし共犯だと思われて前科者になったらどうしよう……」
「そこのところはご安心を。そうならないように細工をしてきましたから、とミサカは上条当麻を慰めます」
「防犯カメラのデータを差し替えてきたからな。よっぽど念入りに調べられねェ限りは大丈夫だろ」
「よ、良かったぁ……」
二人の言葉に、上条は心から安堵した。心なし涙が滲んでいるような気さえする。
どうやら彼らが姿を消したのは、裏から防犯カメラをハッキングしてデータを差し替える為だったらしい。薄情者とか言ってすいませんでした。
「って、妹! その戦績はおかしいわよ!」
「はて、そんなことはない筈ですが。実際、お姉様は彼に一度も攻撃を通したことが無いじゃないですか、とミサカは事実を告げます」
「そ、それはそうだけど……。そう、私だって一発も喰らってないんだから負けてないわよっ」
「じゃあどうしたら終わるんだよ……」
心底呆れたように言う上条に、美琴は一瞬口籠もる。
そして彼女は暫らく考え抜いた後、顔を赤らめながらこう言った。
「そ、そりゃもちろん……、…………。私が勝ったらよ」
……一応言いにくそうにしているあたり、流石に滅茶苦茶なことを言っているという自覚はあるらしい。
しかしその台詞を額面通りに受け取った上条は、今まで聞いたことが無いくらい大きな溜め息をついた。
- 727 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:41:44.82 ID:hdQff3Jko
「そ、そこっ! さっきより大きい溜め息しない!」
「溜め息の一つもつきたくなるさ……。つーか、一方通行も御坂妹もいるんだからそんな物騒な話はもう止めようぜ」
「言っとくが、俺は止めねェぞ。面倒くせェ」
「お姉様と上条当麻の真剣勝負……。ちょっと見てみたいです、とミサカは好奇心を露わにします」
「……へ?」
あれ、何か流れがおかしいぞ。どうしてこうなった。
しかし上条が戸惑っている内に、いつの間にか一方通行と御坂妹は観戦に最適な位置まで引っ込んでしまった。
「ほら、二人からも許可が下りたわよ?」
「え、マジで?」
「マジで」
それでも上条は往生際悪く何とか逃げ出そうと頑張っていたが、この状況でそんなことができる訳も無く。
流されに流されて、上条はいつの間にか決闘を受けるハメになってしまっていた。
「うぅ、どうしてこんなことに……」
「いい加減無駄な抵抗はやめなさいよね!」
既に戦闘位置に着いている為に、少し距離の離れたところに立っている美琴が叫ぶ。
それを見て上条は再び大きなため息を吐くと、観念したように右手を構えた。
「はいはい、分かりましたよ。……それじゃ、掛かって来い」
「言われなくても! こっちはずっとこの時を……」
バチバチ、と美琴の前髪が帯電する。
やがてその帯電は全身へと広がり、みるみると膨れ上がっていった。
「待ってたんだから!」
溜め込んでいた電撃を、上条に向かって一気に放出する。
しかし上条は右手でそれを受け止め、一瞬でそれらをすべて掻き消してしまった。
一応右手を避けて身体に当たるように指向性を調整してはいるのだが、雷の特性の所為でどうも上手く行かない。
どうしても突き出された右手の方に雷が引き摺られていってしまうのだ。
そしてそれ以上に、上条の神懸かり的な勘と反射神経も脅威だった。
美琴の動きや癖から先読みしているのか、上条は確実に彼女の狙った先に右手を突き出してくるのだ。
(分かってたことだけど、やっぱ電撃はアイツにゃ通用しないわね。……なら!)
- 728 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:42:11.02 ID:hdQff3Jko
晴れた砂煙の向こうに無傷の上条を見とめた美琴は、今度は右手に電撃を纏う。
そして彼女がバチバチと音を立てながら発光している右手を地面に向かって差し出すと、黒い粉のようなものが彼女の右手に集まってきた。
「……は? いやオイ……」
上条が狼狽える。
それもその筈、美琴は右手に集めた粉で剣の形を象って、それを上条に向かって突き付けたのだから。
けれど上条には、その剣の正体は分からなかっただろう。
彼に分かることと言えば、ただ何か恐ろしい武器を持った美琴が本気で自分を睨んでいるということくらいだ。
しかし離れた位置から二人の戦いを観戦していた一方通行たちは、その正体を一瞬で看破した。
「砂鉄か」
「そうでしょうね、とミサカは分析します。あれは流石に危ないんじゃないでしょうか?」
「さァな。上条の右手が打ち消せる『異能』の幅はイマイチよく分かンねェからなァ」
「ですね。さて、お姉様の砂鉄の剣が上条当麻に通用するのかどうか……、とミサカは固唾を飲んで見守ります」
「……通用したら血の海だけどな」
「?」
御坂妹がきょとんとした顔をして首を傾げたが、一方通行は何も答えなかった。
それでも念の為なのか、携帯を取り出していつでも救急車が呼べるようにスタンバイしている。
しかし御坂妹には、ただの鉄の剣がそこまで危険なものだとは思えなかった。
砂で出来ているのだから切れ味は微妙だろうし、鈍器のようなものとは違うのだろうか。
「ちょっ、お前! 得物使うのはズルいんじゃ!?」
「能力で造ったものだもん。問題無し」
上条の抗議をさらりと流した美琴は、手にした砂鉄の剣を一振りして見せた。
するとそこにちょうど落ちてきた一枚の葉っぱが、見事な切れ味でもって真っ二つに切り裂かれる。
それを見た上条はもちろん、御坂妹もぎょっとした。
「砂鉄が振動してチェーンソーみたいになってるから、触れるとちょーっと血が出たりするかもねっ!」
「どう考えてもそれじゃ済まないと思うんですけど!?」
しかし上条の悲鳴を無視して、美琴は思いっ切り彼に斬りかかった。
それをギリギリのところで避けた上条は、更に連続で振るわれる砂鉄の剣を次々と回避していく。
だがそれを見て尚、美琴の余裕の笑顔は崩れなかった。
「ちょこまか逃げ回ったってコイツには……」
美琴はバックステップし、一旦上条との距離を取る。
これで少なくとも砂鉄の剣の脅威には晒されなくなったと思った上条は安堵しかけた、が。
「こんな事もできるんだからっ!」
- 729 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:42:54.88 ID:hdQff3Jko
美琴が振り上げた砂鉄の剣が伸び、蛇のように曲がりくねりながら上条に向かっていく。
上条は驚きに硬直してしまっている。
回避行動を取るだけの時間も、準備も、何も無かった。
(入った? 躱せるタイミングじゃ……)
しかし。
パン、と何かが弾けるような音と共に、美琴の砂鉄の剣が消失した。
……いや、消失したのではない。
それまで真っ黒な剣を象っていたはずの砂鉄が元の粉末に戻り、風に浚われていってしまったのだ。
上条を見やれば、彼は僅かに残った砂鉄の剣に向かって右手を突き出していた。
どうやら右手を使って砂鉄の剣を無効化したようだ。
(強制的に砂鉄に戻された。これも効かないか……)
ただの砂に還ってしまった砂鉄が手の中から零れていくのを眺めながら、美琴は僅かに歯噛みする。
しかし彼女の顔からは、未だに笑みが消えていない。
(……ここまでは予想通り)
美琴は手の中に残っていた砂鉄を空中に撒く。
それを見て上条は彼女が砂鉄の剣を諦めたのだと思ったらしく、あからさまに安心した顔をした。
「しょ、勝負あったみたいだな!」
「……さあ、それはどうかしら?」
不敵な笑みを浮かべる美琴に、上条は不穏を感じ取る。
風が強い。
撒き散らされた砂鉄は、未だ風に乗って空中を漂っていた。
(砂鉄が消されずに残ってるなら)
ジャリジャリ、と空中の砂鉄から妙な音が聞こえてきた。
どれだけ馬鹿な上条でも、流石にそれが自然現象でないことくらいは分かる。
つまり、その音の正体は。
「お前っ!? 風に乗った砂鉄まで操……ッ」
撒き散らされバラバラの粉末となっていた砂鉄が、再び集まり始める。
しかし上条は怯まず、右手を構えた。
「こんなこと、何度やったって……」
汗の滲む顔で不敵に笑って見せると、上条は砂鉄に向かって右拳を振り下ろす。
すると砂鉄はパンという音を立て、またしても弾けて霧散した。
「同じ結果じゃねーか!!」
- 730 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:43:23.85 ID:hdQff3Jko
視界を遮っていた大量の砂鉄が、次々と地面に落ちていく。
そして晴れた視界の向こうを見やろうとして、そこで初めて上条は目の前に美琴の姿が無いことに気付いた。
(右手が駄目だってことは重々承知してる! だからこそ、左手から電流を直に流す!
飛んで来る電撃は右手で打ち消せるかもしれないけど、これならいくらアンタだってひとたまりもない筈!)
(ッ、背後か!)
美琴が上条の左手を取ろうとしたのと、上条が背後の美琴を振り返ろうとしたのは、ほぼ同時だった。
つまり。
上条が振り返ったことによって左手を取ろうとした美琴の手は、うっかり右手を取ってしまったのだ。
……よって。
(ぎゃああああやっちゃった何で!? まずいこれじゃ反撃が……)
「………………、えーと」
美琴の手を握った上条が、困ったような顔をしながら彼女をじっと見つめていた。
二人は互いに見つめ合いながら、暫らく硬直する。
すると上条が、わざと美琴から見える位置で自由な左手の拳を作って見せた。
ぎょっとする美琴を眺めながら、上条は続いて左手を振り上げてみる。
途端に美琴がびくっとして怯えたように頭を庇ったものだから、やっぱり上条はどうすれば良いのか分からなくなって固まってしまう。
と、暫らく考えた後に何かを思いついたのか、上条は突然右手を掴んでいる美琴の手を振り払い、そして。
「ギャ―――ッ!!」
「!?」
上条の奇行に、美琴のみならず一方通行と御坂妹もびくっとした。
そして上条は一頻りもがいた後、ぱたりと地面に倒れてこうほざいた。
「マ……マイリマシター」
……暫らくの、間。
鈴虫の鳴き声だけが虚しく響き渡っていた。
「……ねェよ」
「無いですね、とミサカは判断します」
そして当然の評価。
しかし何を期待しているのか、上条は倒れたまま薄らと目を開けて目の前の美琴の様子を窺った。
まあ、もちろん。
「ふ、ふ」
「?」
美琴は変な声を出しながら、それだけを繰り返していた。
だがそうしながら帯電しているのを見た上条はヤバいということを漸く察したらしく、がばりと起き上がって逃走体勢を取る。
- 731 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/03/30(水) 13:43:51.68 ID:hdQff3Jko
「ふ、ざ、け、ん、なぁあッ!!」
「ぎゃああああああ!?」
今度こそ本物の悲鳴を上げながら、上条は美琴の電撃から逃げ惑う。
上条の代わりに電撃を喰らった地面から白煙が上がっているのだが、あれは本当に手加減をしてくれているのだろうか。
「マジメにやんなさいよっ!」
「だってお前ビビってんじゃん」
「なっ!?」
図星を突かれて、美琴が顔を真っ赤にする。
しかし美琴は構わずに、強がったまま叫び散らす。
「ビビってなんかないわよっ!」
「うそつけっ!! どう見ても涙目になってこんな風にビクッてしてたら……はっ!?」
馬鹿丸出しで先程の美琴の真似をしていた上条は、彼女が再び帯電しているのを見て顔を青くする。
今度は完全に手加減は無さそうだ。
「死ねえええええっ!!」
「だああああッ!?」
上条は美琴の電撃を右手で受け止めるが、それで彼女の怒りが収まる筈もない。
命の危険を感じた上条は回れ右して本日二回目の逃走を図るが、美琴はそれを許さなかった。
バチバチと音を鳴らす電撃を纏ったまま、逃げる上条を追い始める。
「逃げんな――ッ!!」
「お前っ今っ、今の直撃してたらフツー死ぬぞっ!!」
「死ね!」
「ひどい!」
逃げる上条。追う美琴。
絶え間なく放たれる電撃を避けたり右手で受けたりと、上条は非常に器用な逃走を続けていた。
「とにかく、ちゃんと私の相手をしろ――っ!!」
「ぎゃあああやめて! 電撃やめて! ああもう不幸だ――っ!!」
大騒ぎしながら、二人はあっという間に夜の闇の向こうへと走って行ってしまった。これもある意味青春なのだろうか。
そんな二人を見送っていた一方通行と御坂妹は、感慨深げにこう呟いた。
「アイツらはホント仲良いなァ」
「まったくですね、とミサカは同意します」
今日も平和だ。
- 738 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/02(土) 16:31:31.22 ID:pE+I6oLvo
七月十八日。
仕事終わりに上条にメールで呼び出された一方通行は、一人待ち合わせ場所への道を歩いていた。
(絶対ミサカ19090号の差し金だな……)
歩きながら、先程届いたメールの再び目を通す。
その内容は非常に簡潔。「服買いに行くぞ」の一文のみがそこには表示されていた。
(まァ確かに殆ど服持ってねェけどな)
ぱたんと携帯電話を閉じる。
そして顔を上げれば、既に待ち合わせ場所で待機している上条の姿が見えた。
上条の方もやって来た一方通行に気付いて、ぶんぶんと手を振っている。
「待ったか?」
「いや、全然。急に呼び出して悪いな」
「別に。今日は早上がりだったしな」
「そっか、なら良かった」
一方通行の言葉に、上条は安堵したような顔をする。
しかし一方通行はそんな彼をじとっと見つめながら、行動の核心を突いてみた。
「で、御坂妹から聞いたのか?」
「ぎくっ。な、何のことやら……」
「オマエ誤魔化すの絶望的に下手なンだから、無理に隠そうとすンな。どォせアイツに一緒に服を買いに行ってやれとか頼まれたンだろ」
「そこまでお見通しなのかよ……。まあその通りなんだけどな」
「……はァ。そこまで気ィ使わなくったってイイのによォ」
「まあまあ、善意でやってくれてるんだから良いじゃないか。俺もちょうど、新しい服が欲しいと思ってたしな」
上条が宥めるように言ったからか、一方通行はそれ以上お節介について何も文句は言わなかった。
しかしそれ以上に気になることを思い出して、ふと彼は上条に向き直る。
「そォいえば、昨日はあれからどォしたンだ? 御坂から逃げたっきり連絡つかないからてっきりくたばったかと思ったぞ」
「洒落にならない……。いやまあ、何とか逃げ切ったよ。一晩中逃げ回るハメになったけど」
「オマエらどォいう体力してンだよ……」
「それはビリビリに訊いてくれ。俺は自分の命を守るのに精一杯でした」
遠い目をしながら語る上条は、何だかとても達観して見えた。
一方通行はそんな上条を慰めてやりながら、更に懸念事項を尋ねてみる。
- 739 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/02(土) 16:32:02.13 ID:pE+I6oLvo
「つゥか、寝不足とか学校とかは大丈夫だったのか?」
「寝不足は授業中に寝ることで解消しました。学校は今日は殆どホームルームとかテストの解説とかだったから問題無し」
「あァ、テストが終わったから授業は殆どねェのか」
「そうそう。学校自体も午前中だけだから楽なもんですよ」
「補習は?」
「……夏休みに」
「ご愁傷様」
「それは言わないでくれ……」
がっくりと肩を落とす上条を見て、一方通行は呆れたように溜め息をついた。
そこまで落ち込まれると自分の教え方も何処か悪かったのだろうかという気になってしまうのだが、実際どうだったのだろうか。
圧倒的に時間が足りないというのも原因の一つだろうが……、と一方通行は一人思案する。
「でっ、でも補習は夏休みの最初の一週間だけだからそれ以外は大丈夫だぞ! 多分!」
「本当かァ? せめて水族館には支障無いよォにしとけよ」
どんよりと暗い顔をしていた上条は空元気を振り絞るようにガッツポーズをしたが、それにも何となく不安が見え隠れしている。
どうせ上条のことなので、補習に行く途中で何か変な事件に巻き込まれて補習もう一週間追加、なんて悲劇にならないとも限らない。
いや、むしろそうなる可能性の方が高いかもしれなかった。
「で、何処行くつもりだ?」
「セブンスミストって服屋。前に行こうとして行き損ねたことあったろ? あそこだよ」
「あァ、あの時のか」
「そうそう、あの時のな」
話しながら、二人はセブンスミストに向かって歩き始める。
しかしそうして暫らく歩いていると、唐突に上条が足を止めた。それに気付き、一方通行も立ち止まる。
「どォした?」
「いや、あの子」
言いながら上条が指差したのは、小さな女の子だった。
何処からどう見ても立派な迷子だ。何かを探しておろおろきょろきょろ、ふらふらと歩き回っている。危なっかしいったらない。
「その内風紀委員か警備員が来るだろ。それとも通報しとくか?」
「いや、俺が行く。ちょっとそこの女の子!」
「あ、オイコラ……」
しかし一方通行の制止など聞くはずもなく、上条はさっさと女の子の方へと走って行ってしまった。
まったく、本当に上条のお節介は折り紙付きだ。
もし上条の善意が世界中の人間に平等に分配されたとしたら、間違いなく世界は平和になる。
(……まァ、仕方ねェか)
- 740 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/02(土) 16:32:41.86 ID:pE+I6oLvo
一方通行は小さく息を吐くと、女の子を連れてこちらに歩いてくる上条に目をやる。
上条は申し訳なさそうに笑いながらも、女の子の手をしっかりと引いていた。
「ったく、どォすンだよ。これから買い物だってのに」
「いや、それは大丈夫そうだ。この子もセブンスミストに行くつもりだったらしい」
人見知りなのか一方通行が怖いのか、女の子は上条の後ろに隠れている。
そしてそこから顔だけを出しながら、彼女は蚊の鳴くようなか細い声でこう言った。
「あ、あの……。よろしくおねがいします」
「……はァ。あァ、宜しく」
一方通行がそう言うと、女の子はぱっと表情を明るくさせる。
斯して、三人はセブンスミストへと出発した。
―――――
「アレ? あの子何処行った?」
「あっち。可愛い服があったから見てくるとさ」
「なかなかアクティブな子だな……」
セブンスミストにやって来た上条たちは、結局自分たちの服は見ずに女の子に付き合ってあげていた。
なんとあの子はここで待ち合わせをしていたとかではなく、本当に一人で服を買いに来たらしい。
とは言え親と一緒に学園都市にやってくる子供など殆どいないに等しいのでこうしたこと自体は特に珍しい光景ではないのだが、
お人好しの上条が心配だから付き合ってやると言ってしまったのだ。
「……悪かったとは思っている」
「別に構わねェよ。欲しいモンがあった訳でもねェし」
「いやでも一応俺から誘ったのに……」
上条は両手を合わせて頭を下げる。
しかし、一方通行は本当に気にしていないようだった。
「つゥか、見失わないよォにしとけよ。また迷子になられたら厄介だからな」
「それはちゃんと分かってるから大丈……ん?」
言葉の途中で、上条が突然変な顔をした。
最初は何事かと思ったが、その視線が自分を見ていないことに気付いた一方通行は上条の視線の先を追ってみる。
するとそこには、どう見ても子供向けとしか思えないデザインのパジャマを持った美琴が挙動不審に周囲を見回していた。
- 741 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/02(土) 16:33:08.89 ID:pE+I6oLvo
「……何やってんだ、アイツ?」
「さァな。犯罪に走らなきゃ良いンだが」
「アイツはそんなことするような奴じゃないし、それは無いだろ」
しかし、商品を持ったままきょろきょろと周囲の様子を窺っているその姿はどう見ても不審者だ。
上条と一方通行は互いに顔を見合わせて暫らく考えていたが、やがて意を決したかのように美琴に近付いて行った。
それとほぼ同時に、美琴が店の奥に引っ込む。
すると。
「何やってんだお前。挙動不審だぞ」
「!?」
背後から掛けられた上条の声に、美琴は見たことも無いくらい驚いて飛び上がった。
どうやら彼女は、店の奥にある鏡でパジャマと自分を合わせていたようだった。それでどうしてあんなことになるのかは不明だが。
「―――ッ? ~~~~ッ!?」
「驚きすぎだろ……」
驚きのあまりにじたばたと大混乱を起こしている美琴を見て、一方通行が呆れた声を出した。
暫らくして漸く落ち着きを取り戻した美琴は、持っていたパジャマを後ろ手に隠しながら顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な、な、何でアンタたちがこんな所にいるのよっ!!」
「いちゃいけないのかよ」
「おにーちゃーん」
突然背後から聞こえてきた幼い声に、三人は振り返る。
するとそこには可愛らしい服を持って走ってくるあの女の子の姿があった。
「あのね、このおようふく……」
しかしそこまで言いかけて、女の子は言葉を止めた。
その視線は美琴に固定されている。
「あっ、トキワダイのおねーちゃんだ」
「き、昨日のカバンの子?」
どうやらこの子は美琴の知り合いだったようだ。
女の子が嬉しそうに美琴に駆け寄る。
「お兄ちゃんって、アンタ妹いたの?」
「違う違う。俺らはこの子が洋服店探してるって言うから案内してやっただけだ」
- 742 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/02(土) 16:33:48.31 ID:pE+I6oLvo
ひらひらと手を振りながら、上条は美琴の言葉を軽く否定する。
すると美琴に引っ付いていた女の子が、得意げな顔をしながら持っていた服を美琴に見せてあげた。
「あのね、オシャレなひとはここにくるってテレビでいってたの! わたしもオシャレするんだもん!」
「そうなんだ。今でも十分お洒落で可愛いわよ?」
「えへへー」
言いながら、美琴は女の子の頭を撫でてやる。
姉らしい仕草が板に付いているのは、やはり御坂妹の存在による影響だろうか。
「……短パンの誰かさんと違ってな」
「うぐっ! な、何よやる気!?」
上条の余計な一言に、美琴がいきり立つ。
流石に今のがやばかったと悟った上条は、今にも電撃を放ちかねない雰囲気の美琴から一歩後ずさる。
「なんだったら昨日の決着を今ここで……」
「今回は上条が悪ィが、やめとけ。こンな子供の前で始めるつもりか?」
「う゛っ」
溜め息交じりの一方通行の指摘に、美琴が言葉に詰まる。
ちらりと女の子の方を見やれば、彼女はきょとんとした無垢な瞳で美琴を見つめてきていた。
「……確かに上条にも非はあるンだが、御坂も御坂なンだよなァ……」
「な、何か言った?」
「いや何も」
一方通行はしれっとそう言ってのけたが、美琴は何だか納得いかなそうな顔をしていた。
すると、不意に背後から聞こえてきた二人組の足音に美琴がぎくりとする。
「あれ、御坂さん? どうかしたんですか?」
「う、初春さんに佐天さん」
美琴に声を掛けたのは、頭に派手な花飾りを付けた風紀委員の少女と黒いロングヘアを靡かせた少女だった。
どちらも美琴とは違う学校の制服なのだが、どうやら二人とも彼女の友人らしい。
「フーキイインのおねーちゃん!」
「あら、あなたは昨日の……」
女の子が、今度は初春と呼ばれた少女に抱き着く。何とも知り合いの多い女の子だ。
初春は暫らく女の子に構ってやっていたが、上条と一方通行の存在に気付くときょとんとした顔で首を傾げた。
- 743 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/02(土) 16:34:27.11 ID:pE+I6oLvo
「えと、御坂さんのお知り合い……ですか?」
「う、うん。まあそんなとこ」
「そうなんですか! あ、私は初春飾利って言います。宜しくお願いしますね」
「あたしは佐天涙子でーす。無能力者ですけどどうかよろしく!」
「初春さんに佐天さんな。俺は上条当麻で、コイツは鈴科。よろしくなー」
「宜しく」
流石に慣れてきたらしく、一方通行は初対面の人間に対してそこまで言葉に詰まったりはしないようになった。
しかしそんな明るい自己紹介の様子を、美琴は何とも微妙な面持ちで見守っていた。
「御坂さん? どうかしました?」
「…………、いや別に。ごめん、私ちょっと外すわね」
それだけ言うと、美琴は四人を残して何処かへと歩いて行ってしまった。
佐天はそんな彼女を見送りながら、不思議そうな顔をする。
「どうしたんだろ? 御坂さん」
「さあ……」
「ま、アイツにも色々あンだろ」
「何だよ色々って」
「色々は色々だ。オマエには分かンねェだろォが」
「はあ?」
意味の分からない一方通行の言葉に上条は疑問符を浮かべるばかりだが、彼はそれ以上何も答えなかった。
それでも思い当たる節を探そうとして上条が考え込んでいると、不意にくいくいと服の裾を引っ張られて彼は目線を落とす。
「ん、どうした?」
「あの、その、トイレ行きたい……」
「トイレ? えーと何処にあったっけ」
「あ、化粧室ならあっちの方向ですよ。私が連れて行ってあげましょうか?」
「いや、悪いよ。方向も教えてもらったし、俺たちで連れてくから初春さんたちはアイツを待っててやってくれ。ほら鈴科行くぞ」
「俺も行くのかよ……」
- 744 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/02(土) 16:35:00.79 ID:pE+I6oLvo
「いってらっしゃーい」
初春と佐天に見送られながら、二人は女の子を連れて歩き始める。
確かこちらは美琴が歩いて行った方向でもあるのでもしかしたらすれ違うかもしれないと思ったのだが、
行き違いになってしまったのか彼女の姿は何処にもなかった。
「じゃ、ここで待っててやるから行って来い」
「うん! ばいばい!」
女の子は元気良く手を振ると、化粧室へと飛び込んで行った。
上条はその様子を微笑ましげに見送っていたが、ふと一方通行が初春たちの居た方向をじっと見つめているのに気付いて声を掛ける。
「鈴科?」
「……なンか騒がしいな。嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
一方通行に倣って、上条も周囲の様子を窺ってみる。
確かに騒がしくなっている、気がした。
ここからでは初春たちの様子は見えないが、どうも彼女たちの居る方向から騒ぎが広まっているようだった。何かあったのだろうか。
するとその時、唐突に構内放送のスピーカーからブチンと乱暴に回線を繋げる音が聞こえてきた。
『お客様にご案内を申し上げます。店内で電気系統の故障が発生した為、誠に勝手ながら、本日の営業を終了させて頂きます。
係員がお出口までご案内致します。お客様にご迷惑をお掛けしますことを、心よりお詫び致します。繰り返します……』
「……これは、ドンピシャか」
「どうする? 初春さん風紀委員だったし、詳しいこと知ってるかも……」
「俺が見てくる。オマエはここであのガキを待ってろ」
「分かった」
その場を上条に任せ、一方通行は初春たちがいた場所へと駆けて行く。
途中彼は、風紀委員や有志の民間人に誘導されて慌てて退場しようとする人間と何度もすれ違ったが、そこに見知った顔は一つも無い。
時折人の波に流されそうになりながら走る一方通行は、ふと上条たちは本当に大丈夫だろうか、と不安になった。
- 751 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:11:42.52 ID:dnwRI0/9o
元の場所に戻っては来たものの、そこに風紀委員の初春は居なかった。
代わりに、そこには避難誘導の手伝いを概ね完了させたらしい美琴が立っている。
きょろきょろと周囲の様子を窺っているところを見ると、どうやら彼女は退避確認を行っているようだ。
「オイ、何があった?」
「あ、アンタ何処行ってたのよ! アイツとあの女の子は!?」
「あのガキは上条に任せてある。それよりこの騒ぎについて、何か詳しいことは分かるか?」
「あーえーと、何て言えば良いのかな。取り敢えず簡単に言うと、この店に爆弾が仕掛けられたの。アンタは爆弾とか大丈夫だっけ?」
「平気だ」
端から聞いているととんでもない会話だが、実際に平気なのだから仕方がない。
美琴は一方通行の返事に頷くと、素早く次の指示を飛ばした。
「じゃあ、悪いけど他に残ってる人がいないか探して避難誘導して。殆ど退避させたけど、まだ逃げ遅れてる人がいるかもしれな……」
「鈴科! ビリビリ!」
美琴の言葉は、途中で上条の大声に遮られた。
彼女は一瞬苛立ったようだったが、上条の尋常でない焦り方を見て緊張を張り詰める。
「どォした?」
「あの子! こっちに来てないか!?」
「は? アンタが一緒に居たんじゃないの!?」
「あの後急に人が押し寄せてきて見失っちまったんだ! 多分まだ店内にいると思うんだが」
「アンタなにやって……」
だが、その時。
パタパタという気の抜けるような軽い足音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おねーちゃーん」
振り返れば、そこにはぬいぐるみを抱えて少し離れた位置にいた初春に駆け寄るあの女の子の姿があった。
一度は見失ってしまったその小さな姿を見つけて、上条はほっと安堵する。
「良かった。無事だったみたいだな」
携帯で同僚と連絡を取っていたらしい初春が、女の子に気付いて振り返る。
すると、女の子の持つぬいぐるみを目にした初春と美琴の表情が怪訝そうに変化した。
(……あれは、さっきの?)
「あのね、メガネかけたおにーちゃんがおねーちゃんにわたしてって」
- 752 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:12:44.40 ID:dnwRI0/9o
言いながら、女の子が初春にぬいぐるみを手渡そうとした、
途端。
突然ぬいぐるみが、不自然に収縮し始めた。
「ッ!!?」
それを見た初春は何かを直感し、ぬいぐるみを女の子から奪い取って遠くに放り投げる。
ぽかんとしている女の子を庇うようにして抱きかかえ、初春は叫んだ。
「逃げて下さい! あれが爆弾です!!」
ぬいぐるみが、メキメキと音を立てながら収縮していく。
もう数秒ももたない。逃げる時間など、無い。
(超電磁砲で爆弾ごとッ!)
美琴がポケットに手を突っ込み、超電磁砲用のコインを取り出そうとする。
しかし焦ってしまったからか、彼女が取り出そうとしたコインはポケットから零れ落ちてしまった。
(ま、ず)
チャリン、とコインが床の上を跳ねる音が響く。
高速で収縮していくぬいぐるみは、もう殆どただの球体のようになってしまっていた。
(間に合―――)
爆音が轟いた。
―――――
セブンスミスト前の大通りは、騒然としていた。
つい先程に起きた大爆発にも関わらず、大勢の野次馬がひしめきあって目の前の惨状について語り合っている。
現場に到着した風紀委員が彼らを退避させようと頑張っていたが、なかなか難航しそうだった。
「例の連続爆破テロだって!」
「逃げ遅れた人がまだ中にいたみたいだぞ」
「風紀委員の子を見たって……」
皆が皆、好き勝手に事件について話し合っている。
それ程までに、爆発は大規模なものだったのだ。
建物自体が倒壊していないのが奇跡とさえ思えるほどの大爆発。爆破された階には大きな穴が開き、その中身は真っ黒に焼け焦げている。
外から見ただけでも、中にいた人間が助からないことなど明白だった。
- 753 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:13:49.57 ID:dnwRI0/9o
「危険です! 危ないから下がって!」
「コレマジでヤバいんじゃね?」
「シャレんなんねーよなあ」
……すると、その時。
野次馬の一人が、開けられた大穴から何かが落ちてくるのを見た。
「なあ、今あの穴から誰か降りて来なかったか?」
「はあ? そんな訳ないだろ、あそこ四階だぞ? あんなところから飛び降りる馬鹿なんかいないって。
そもそも爆発で生存者がいるかどうかも怪しいってのに」
「……そうかなあ」
野次馬の少年は何だか釈然としない顔をしていたが、その真偽を確かめる術はない。
そうして彼は友人の言葉に流され、いつしか降りてきた人影のことなど綺麗さっぱり忘れ去ってしまった。
―――――
語るまでもないことだろうが、結論から言おう。
彼らは無傷だった。
幻想殺し(イマジンブレイカー)を構えて咄嗟に爆弾の前に飛び出した上条が、爆弾による衝撃や爆炎を『打ち消して』くれたのだ。
しかし守れたのは彼と彼の背後にいた美琴たちだけだったので、それ以外の床や壁、商品や展示品は酷い有様だ。
きっと、責任者は今頃泣いているだろう。
「あれ、ビリビリは?」
事件後に現場から追い出された上条たちは、あの女の子を連れてテープの張り巡らされた爆発跡を眺めていた。
真っ黒に焦げた店内というのは、なかなかに壮観だ。同時に、悲惨でもあるが。
しかしこの惨状の中にあって、焼け焦げてしまった服や衣装棚を勿体ないと思ってしまうのは貧乏性ゆえだろうか。
「そこから出てった。犯人に心当たりがあるンだとさ」
「ふーん」
あんなことがあったにも関わらず、上条はいつも通りだった。
しかし物珍しそうにその辺りを歩き回っていた女の子が急に頭を押さえてふらふらしだしたのを見て、慌てて彼女に駆け寄っていく。
「うーん、あたまくらくらするー」
「大丈夫か? 凄い爆発音だったからな。病院行った方が良いかも……」
「警備員(アンチスキル)呼んで来るか」
- 754 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:15:10.99 ID:dnwRI0/9o
「ああ頼む……、って、お前ももの凄い顔色悪くないか?」
「……何でもねェよ。体調はいつも通りだし」
「そうか?」
「そォだよ。とにかく、警備員呼ンでくるからそこで待ってろ」
上条はそれでも納得していなさそうにしていたが、一方通行がそのままさっさと歩いて行ってしまったので黙って見送らざるを得なかった。
すると女の子が、心配そうな顔をして上条を見上げる。
「あのおにーちゃん、だいじょうぶ?」
「んー……。アイツ結構やせ我慢するからなあ。念の為に病院に引き摺ってってやるか」
「なかよくしなきゃだめだよ?」
「はは、大丈夫大丈夫。そうでもしないとアイツすぐ無理するから、これくらいやった方が良いんだよ」
「ふーん?」
女の子が分かっているようないないような顔をしていたので、上条は苦笑いしながらその頭を撫でてやった。
こんな小さな女の子にまで心配されるほどなのだから、アイツの無茶ぶりは本物だ。
「……ん?」
「? おにーちゃん、どーしたの?」
「い、いや、何でもないよ。あはは……」
開いた穴の向こう、その路地裏で何処かで見たことのある雷光が迸った気がしたのだが。
……美琴が追って行ったという事件の犯人とやらは大丈夫だろうか。黒焦げにされていないと良いのだが。
「上条さーん!」
「あ、初春さん」
今まで風紀委員の仕事に追われていたらしい初春が、こちらに向かって駆けてきた。
途端、女の子も嬉しそうに初春に向かって駆けて行く。どうやら彼女はよっぽど懐かれているようだ。
「ういはるおねーちゃん!」
「あら、あなたは何処か痛いところはありませんか?」
「ちょっとくらくらするから、あんちすきるのひと呼んでもらった!」
「初春さんこそ、何ともないか?」
「はいっ、お陰様で! それにしても御坂さん、本当にすごかったですね!」
- 755 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:17:16.61 ID:dnwRI0/9o
熱っぽく語る初春を見て、上条はぎこちなく笑う。
そう。爆弾を何とかしてくれたのは、美琴だということになっているのだ。
まああんな状況だったし、無理もない誤解だ。
それに上条は、それをわざわざ訂正しようとも思わなかった。……まあ、ただ面倒くさいだけなのだが。
「そうだな。まあみんなが無事で良かったよ」
「はい! あの状況で全員が無傷なんですから奇跡ですよ! 流石、超能力者(レベル5)は違うなあ……」
「あ、あはは……」
見かけによらず、初春はああいうものに対して憧れを抱いているらしい。
そんな彼女の超能力者語りがお嬢様語りへと移行しそうになった頃、不意に三つ編みの風紀委員が三人の真横を走って通りすがる。
彼女はテープのすぐ傍まで走って行くと、その向こうにいる見覚えのあるツインテールに状況報告を行った。
「あのっ、容疑者の少年を確保した模様です」
「…………。了解ですの」
「あっ、白井さんだ! おーい、今回まるで出番のなかった白井さーん!」
(アレ? この子こっちが素?)
テープの内側で現場検証を行っていたらしい白井が、初春の声に気付いてぐりんとこちらを振り返る。
上条はそれを見て本能から恐怖を感じ取ったが、彼が逃走行動を取るよりも早く白井は空間移動でこちらに姿を現した。
「うぅーいぃーはぁーるぅー? 何か言いました?」
「やだなあ、どうせ聞こえてたくせに! それに事実なんだからしょうがないじゃないですかー」
「これは、ちょーっとお灸を据える必要があるようですわねぇ?」
言いながら、白井は初春の頬を力の限りに引っ張った。
面白いぐらい伸びているのだが、これは初春の顔がもともと伸びやすいからなのか白井がもの凄い力で引っ張っているからなのか。
痛そうなので、できれば前者であってほしいが。
「……まったく、人の気も知らないで。本当に心配しましたのよ?」
「ひはひはん(白井さん)……」
「まあ、無事で何よりですわ。……そちらの、上条さんも」
「あ、ああ」
いきなり声を掛けられて、上条は少し戸惑った。
確か凄まじく嫌われていた筈なので、まさか向こうから声を掛けてくるとは思わなかったのだ。
「御坂さんのお陰ですよ。ねーっ」
「うん! トキワダイのおねーちゃんが助けてくれたの!」
- 756 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:18:52.92 ID:dnwRI0/9o
「……お姉様が?」
しかし二人の言葉に、白井は眉を顰める。
そして彼女は再び爆発跡を振り返ると、その無残に焼け焦げた床や壁を眺めながら何かを考え込むように腕を組んだ。
(初春たちがいた場所だけまったくの無傷だなんて……。能力をどう使ったらこういう風になりますの?)
(……あれ、これもしかして無用に捜査を混乱させてるかな? まあ良いか……)
そんな上条の適当な判断の所為で、この事件の真相は永久に迷宮入りするハメになりそうだ。
まあ美琴のお陰にしておいたところで、何か問題がある訳でもないのだが。
「オイ上条、何ぼーっとしてンだ?」
「うおっ、鈴科。いつの間に戻って来たんだ?」
「今さっき。あのガキは警備員に預けといたぞ」
「そっか、ありがとな。助かった」
「あら、鈴科さんもいらしてたんですのね」
人の気配に気付いた白井が、また何か言われたのか初春の花畑を毟りながらこちらを振り向いた。
この二人、風紀委員の仕事は良いのだろうか。
「あァ、オマエか。風紀委員も大変だな」
「いえ、好きでやっていることですので。……ところで顔色が優れないようですが、警備員を呼びましょうか?」
「い、いやいやいやいや大丈夫! こっちで勝手に病院に連れてくから!」
「そうですか? 遠慮なさらなくても良いんですのよ」
白井の厚意は有り難いが、一方通行を警備員に預けるなんてとんでもない。
先程のように別の人間の為に呼んで来るくらいなら大して問題ないだろうが、本人を預けるとなると話は別だ。
送るとか言われて身元や住所を訊かれたら不味い。
「つゥか、別にンな重症じゃねェ……、っ、う」
「……本当に大丈夫ですの?」
「た、たぶん……。まあとにかくさっさと病院に連行することにするよ。初春さんたちもまたな」
「はいっ、お疲れ様でしたー」
ぶんぶんと手を振っている初春たちに見送られながら、上条たちは事件のあったフロアを後にする。
……その一方で、事件現場から離れるごとに一方通行の顔色が回復していっているような、気がした。
―――――
- 757 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:19:48.28 ID:dnwRI0/9o
セブンスミスト、非常用出口。
表口が野次馬やら爆発の残骸やらで大変なことになっている為に、二人はこちらから外に出るように誘導されたのだ。
しかしその出口の前で、二人は見慣れた姿を見つける。
御坂美琴だ。
「お、ビリビリ。犯人はもう良いのか?」
「そんなの、もうとっくに捕まえたわよ」
腕を組みながら壁に寄り掛かっている美琴は、何処となく不機嫌そうだ。
その原因に心当たりのない二人は、首を傾げて互いに顔を見合わせる。
「……一応言っておくが、今からお前の相手をする気力は無いからな?」
「そんなの分かってるっつの。私だってそのくらいの分別はあるわよ」
(ほんとかよ……)
流石に学習したらしい上条は、その言葉だけは呑み込んで心中だけで呟いた。賢明な判断だ。
しかし美琴は壁から背を離すと、相変わらず不機嫌そうに目を細めながら上条を見据える。
「……あの時、私の超電磁砲は間に合わなかった。実際に初春さんたちを救ったのはアンタよ」
「そ、それがどうかしたか?」
「何かみんなあの場を救ったのは私だと思ってるみたいだけど。……良いの?」
「何が?」
その言葉の意味するところが本気で理解できないらしい上条は、きょとんとするしかない。
一方彼女の言いたいことが大体理解できた一方通行は、小さく溜め息をついて明後日の方向を見やった。
「だから、今名乗り出たらヒーローだっつってんの」
「? 何言ってんだ」
そこまで言っても、上条は本当に分からないとでも言いたげな表情をしていた。
今度は美琴がきょとんとする番だ。
「みんな無事だったんだからそれで何の問題もねーじゃんか。誰が助けたなんてどうでも良いことだろ」
その言葉を、美琴がどう思ったのかは定かではない。
ただ、彼女は言葉を失った。
「もう良いか? コイツ病院連れて行かなきゃだからもう行きたいんだけど」
「平気だっつってンのに……」
「念の為だよ念の為。久しぶりにカエル先生に会いたいし。じゃ、またなビリビリ」
- 758 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/05(火) 20:20:49.49 ID:dnwRI0/9o
上条はそれだけ言うと、美琴の返事を待たずに非常口から出て行ってしまう。……無論、一方通行を引き摺りながら。
そしてその場に一人取り残された美琴は、暫らく動くことができずに茫然としていた。
「あ、こちらにおられましたか」
この店のオーナーらしいスーツの男が、人の良さそうな笑みを浮かべながら美琴に近付いてくる。
どうやら彼もこの事件を防いでくれたのは美琴だと思っているらしく、何度も彼女にお礼の言葉を述べてきた。
「お客様のお陰で、当店から一人の怪我人も出さずに済みました。本当にどうお礼をすれば良いか……」
「……誰が助けたかなんてどうでも良い……」
「はい?」
ぼそりと低い声で呟かれた美琴の一言を、男は聞き取ることができなかったようだ。
しかし男が聞き返すよりも早く、美琴は従業員用の鉄扉に見事な後ろ回し蹴りをかました。凄まじい音が周囲に響き渡る。
「ってスカしてんじゃねえーッ!!」
「!?」
スーツの男は呆気にとられていたが、美琴はそれで終わらない。
なんと、彼女はそのまま鉄扉に向かって連続蹴りを決めるという見事な八つ当たりを披露して見せたのだ。
「思いっ切りカッコつけてんじゃないのよ! だぁームカつくー!! この私に貸しを作ったんだからちょっとはエラソーにしろ!!」
「ちょ!? お客様!?」
……美琴が鉄扉に八つ当たりをしている頃と同時刻。
上条は何やら悪寒を感じて、ぶるりとその身を震わせた。
「なんか理不尽な怨念を感じる……」
「キャラじゃねェ癖にキザなことするからだよ。ばァーか」
「そこまで言う!?」
- 765 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:03:30.65 ID:B//6TTyoo
「身体の方には、何の問題も無いね?」
「えっ?」
予想外の言葉に、上条は思わずそんな声を発した。
しかし、冥土帰しはそんな彼に構わずに話を続ける。
「爆音や余波による身体的な影響はない。無傷と言って良いだろう。これは、精神的なもののようだ」
「と、言うと?」
「平たく言うと、トラウマだね? 何か心当たりは?」
言われて、上条は腕を組んで考え込む。
今回の事件によって発症されるトラウマといえば、やはり爆弾関係だろう。
つまりそこに一方通行のトラウマがあるということなのだが。
「……ちょっと心当たりが多すぎますね」
「じゃ、多分その内のどれかだろうね?」
「ううむ……」
取りあえず上条は思い出す努力をしてみたが、やっぱり心当たりが多過ぎてこれと言えるようなものが無い。
それに、彼は一方通行の全てを知っている訳ではない。
一方通行はあんな境遇だから上条の知らないところでも頻繁に事件に巻き込まれているし、そこで何かがあった可能性もあるのだ。
やがて考えたところで埒が明かないと思ったらしい上条は、考えることを諦めて冥土帰しに向き直った。
「まあ、とにかく爆発関係なことは確かだから、これからそっち方面に気を付けてくれれば大丈夫だね?」
「分かりました。ありがとうございます」
「うん、宜しくね? それと、彼の頭痛のことなんだが」
「何か分かったんですか?」
上条が即座に食い付く。
冥土帰しはそんな彼を制しながら、カルテを捲って説明を始めた。
「やはり、彼の頭痛は記憶喪失に起因するもののようだね? 能力を使う度に昔のことを思い出しそうになっているようだ」
「? 記憶は機械的に完全に削除されたって聞きましたけど……」
「ああ、その通り。彼の記憶は完全に削除されている。よって、思い出すことなど絶対にできない。
しかしその『無い記憶』を無理矢理思い出そうと、あるいは補おうとして脳の活動が空回りし、脳に異常な負担が掛かってしまっているんだ」
「……? 能力を使うとそうなるんですか?」
- 766 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:03:58.68 ID:B//6TTyoo
「そうだ。能力とは元々脳と密接に関わっているし、特に強い能力者ともなると能力を自分のアイデンティティとしている者もいるからね?
彼がどの程度の能力者だったのかはともかく、珍しい能力であることは間違いないから、恐らく彼も元々そういう人間だったんだろう。
だから能力を使うたび、能力と深く関係している記憶を思い出しそうになっているという訳だ」
「すいませんよく分かりません」
「…………。まあ取りあえず、彼ができるだけ能力を使わないようにしてくれれば良い」
「ああ、そういうことなら任せて下さい」
「うん。……本当に大丈夫かな?」
「ど、努力します……」
さり気なく目が泳いでいるので、本当に大丈夫なのか心配なのだが。
冥土帰しはそんな上条を見て溜め息をつくと、カルテをデスクの上に置いた。
「とにかく、頼んだよ? 命に関わるようなことではないけど、僕としては患者は一人でも減らしておきたいからね?」
「は、はい。……ところでアイツは?」
「隣の検査室だよ。君のことを待っている筈だね?」
「分かりました。先生、ありがとうございました」
「……これが僕の仕事だからね? ほら、早く行ってあげなさい」
上条は最後に深々と頭を下げると、足早に診察室を出て行った。
冥土帰しはそれを見送ると、細く深く息を吐く。
そして冥土帰しは、誰もいない筈の虚空に向かって声を掛けた。
「そこに居るんだろう? 盗み聞きなんて趣味の悪い」
暫らく、気配は躊躇った。
しかしやがて観念したかのように、物陰から気配の正体が姿を現す。
……隠れていたのは、御坂妹だった。
「申し訳ありません。堂々と尋ねることは憚られたので、とミサカは盗み聞きに対する弁明をします」
「別にそんなことはないね? 君たちには知る権利がある」
「…………、果たしてそうでしょうか。とは言え、ミサカたちにはある程度の予想は付いていましたが、とミサカは本心を吐露します」
「まあ、それはそうだろう。……とにかく、君たちにはきちんと伝えておかなければならないと思っただけさ」
「……それは、ミサカたちに『思い知れ』ということですか? とミサカは曖昧な発言に対する確認作業を行います」
「さあ、どうだろうね? これを聞いてどう思うかは、それこそ君たちの自由だ」
- 767 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:04:25.53 ID:B//6TTyoo
冥土帰しの言葉を、御坂妹は目を閉じて反芻する。
その結果、彼女がその言葉を解釈したのかは分からない。ただ彼女は不思議な笑顔を浮かべながら、寂しそうに目を伏せた。
「それにしても。……君たちは、いつまでこんなことを続けるつもりだい?」
「……さあ、とミサカは曖昧に言葉を濁します」
「いつまでもこんな不安定な状態が続くと思っている訳でもないだろう。それに、今日の事件は彼と何か関係が?」
「今日の事件は彼には何の関連性もありません、とミサカは断じます。
……ただ彼はあまりにも沢山の人間に興味を持たれていますから、ミサカたちの与り知らぬところで関係している可能性も無きにしも非ずですが」
「そうかい。……まあ、僕がそこまで口を出すことじゃないが」
そこで、冥土帰しは一息置いた。
御坂妹は息を潜めて、彼の次の言葉を待つ。
「ぐだぐだとこんなことを続けている内に、最悪の事態にならないとも限らない。……十分に気を付けておくことだ」
「……肝に銘じておきましょう、とミサカはその言葉を重く受け取ります」
「ああ、是非ともそうしてくれ」
「…………。あなた、は」
突然御坂妹が発した言葉に、冥土帰しは少し意外そうな顔をする。
まさか自分の話題に飛ぶとは思わなかったのだろう。
しかし、彼がそんな顔を見せたのはその一瞬だけ。すぐにいつもと同じ表情に戻り、黙って御坂妹を見つめる。
「あなたは、何を何処まで知っているのですか? とミサカは問い掛けます」
「……さあ、ね。僕は直接の関係者じゃないから、そこまで詳しいことは知らない。
ただ、その概要と……、その渦中にいた君たちが一体どんな気持ちでそこにいたのかを推測しただけさ」
「………………」
「だけど、これだけは言っておく。僕は君たち以上の深い闇を体験してきた。闇の底の底、奈落の果てをね。
だから僕の言うことはきちんと聞いておくんだ。良いね?」
「ええ。……もちろんです、とミサカは改めて了解します」
御坂妹は、その言葉を強く噛み締める。
自分たちがいた場所以上の闇なんて、まるで想像がつかない。本当にそんなものが存在するのかどうかも疑わしい。
けれど冥土帰しは、それが存在すると言った。……存在、するのだ。そういう深淵が。
「……もう良いだろう? そろそろ帰りなさい。研究者さんたちも心配している筈だ」
「はい。……今日は、本当にありがとうございました、とミサカは感謝の意を示します」
そして御坂妹はぺこりと頭を下げると、静かに診察室を後にする。
残されて一人きりになってしまった冥土帰しは、彼女が出て行ってしまった後も、ずっと閉じられた扉を見つめ続けていた。
―――――
- 768 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:05:01.69 ID:B//6TTyoo
翌日、七月十九日。
ファミリーレストランで昼食を摂っていた一方通行と御坂妹は、偶然出会った美琴と他愛ない世間話をしていた。
そして、そこで話題になったものというのが。
「幻想御手(レベルアッパー)?」
美琴の言葉を鸚鵡返しにしながら、一方通行は怪訝そうな顔をした。
そんな彼の反応を見て、美琴はうんうんと頷く。
……ちなみに御坂妹は一方通行の隣で、某腹ペコシスター並みの料理を平らげようとしていた。恐ろしや。
「そりゃまた眉唾な……」
「ま、前も言ったけど都市伝説だしね。でもなーんかただの噂話って一蹴できない要素が多過ぎるっていうか」
「?」
煮え切らない美琴の言葉に、一方通行は首を傾げる。
一体、そんなありがちな都市伝説の何処に引っ掛かる要素があるというのか。
「昨日の連続虚空爆破(グラビトン)事件、覚えてる?」
「あァ、まァな」
「あの犯人、書庫(バンク)の登録データでは異能力(レベル2)判定だったんだって」
「はァ? ありゃどォ見ても大能力(レベル4)クラスの破壊力だったぞ」
「うん、そうなのよね。そこで、幻想御手が怪しいんじゃないかーって話になったわけ」
「……それはそれで短絡的なンじゃねェか?」
「私もそうは思うんだけどさ、書庫のデータが食い違ってる筈もないし犯人の供述もちょっとおかしくって」
パフェのスプーンを指揮棒のようにくるくる回しながら、美琴が難しい顔をする。
大量の料理を黙々と食べていた御坂妹も、いったん食事の手を止めて彼女の方に視線を向けた。
「犯人が幻想御手を使ったっつったのか?」
「いや、そうじゃない。けど本人が、確かにちょっと前までは異能力だったって言ったらしいのよね」
「……つまり、前回の身体検査から現在までの短期間に大能力に上がったって言いてェのか」
「そういうこと。有り得ると思う?」
「それを俺に訊くか?」
「あ、そう言えばアンタは素で異能力から大能力に飛んだんだっけ。でもあれは特別な例じゃない? どうせアンタも元々大能力者だったってオチでしょ」
「まァ、普通に考えればそォだろォけどな」
- 769 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:05:43.08 ID:B//6TTyoo
複雑そうな顔をしながら、一方通行はコーヒーを啜る。
御坂妹は、そんな彼の横顔をじっと見つめていた。
「つゥか、どっちにしろ俺にそれを訊くなよ。能力開発の実例なンてろくに知らねェンだから」
「それもそっか。でもまあ、取りあえず私の知る限りではほとんど『有り得ない』とだけ言っておくわね」
「……で、幻想御手に白羽の矢、ねェ」
「まあ、どうしても胡散臭く感じちゃうアンタの気持ちも分かるけどね。でも状況が状況だから笑って流せないって言うか。
アンタも、テロや能力者犯罪が増えてるのは知ってるわよね? その犯人の悉くが、書庫のデータと実際の能力強度が食い違ってるのよ」
「……そこまで来たら、流石に書庫のデータの更新忘れを疑った方が良いンじゃねェの?」
「いや、私の知り合いで最近やっと大能力になった子がいるんだけど、その子のデータはちゃんと更新されてたわ」
「ふゥン……」
学園都市中の能力者のレベルが、一斉に上がっている。
しかも超短期間の内に、だ。
ただ、書庫の更新忘れではなく単純にデータミスの可能性もあるが、その数があまりにも多過ぎる。
数えるのも億劫になる程の総容疑者数。
書庫が、そんなにも大量のデータミスを抱えることなど有り得るのか。
「まァ、確かにタイミングが良過ぎるわなァ」
「でしょ? 普通は能力の開発ってのは学校で何年も掛けてやるもんだから、そんな都合の良い話があるのかとも思うけどさ」
「……つっても、もし仮に幻想御手なンてモンが実在したとして、そンな曖昧なモンをどォやって追うつもりだ?」
「ん、その辺はちゃんと当たりを付けてるから大丈夫。
こういう都市伝説に詳しい子がいてさ、自称幻想御手使用者の溜り場を教えてくれたのよ。だから時間になったら囮捜査に行くつもり」
「なンだ、結構進ンでンのな」
「まあ実際に会ってみないことには何も分からないんだけどね」
言いながら、美琴がパフェの上に載ったバニラアイスを口に運ぶ。
よっぽど美味しかったのか、美琴は頬を抑えながら幸せそうな顔をしていた。相変わらずお気楽な奴だ。
と、そんなことをしていた彼女は突然何かを思い出したのか、懐をまさぐり始める。
「どォした?」
「いや、見せたいものがあったの思い出したのよ。えっと……。ほらっ、これ見て!」
「? なンだこりゃ。音楽プレイヤーか?」
「ご名答! 新型が出たから新しく買っちゃったのよねーっ」
- 770 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:06:09.21 ID:B//6TTyoo
美琴が得意げに差し出してきたのは、とても小さな音楽プレイヤー。
普段は銀色の棒が二つ並んでいるように見えるだけなのだが、それを左右に広げると薄い画面と操作盤が現れる仕組みになっている。
左の方の棒にイヤホンやスピーカーに繋げられる端子が付いていた。
「変わってンな」
「学園都市でしか先行販売してない次世代機らしいしね。小さすぎて失くしやすいのが玉に瑕だけど」
「それは使いやすいのか?」
「まあそこそこ。音質と容量は保障するわよ」
操作盤をタッチしながら、美琴は音楽リストをくるくると流していく。
しかし目的の曲がなかなか見つからないのか、彼女は少し困ったような顔をした。
「あれ、おかしいな……。同期したと思ったんだけど」
「何をだ?」
「お気に入りの曲を見つけたからアンタたちにも聞かせたげようと思ってたんだけど、入れ忘れちゃったみたい。また今度か……」
「別に頼ンでねェぞ?」
「私が聞かせたいの!」
「ああ、アレか。布教って奴か」
「まあそんなところ」
美琴は音楽プレイヤーを懐に仕舞うと、再びパフェをつつきはじめる。
アイスクリームとフレークを混ぜる、じゃりじゃりという音がした。
「つゥか、俺に聞かせるよりこの間の白井とか初春とかに聞かせた方が良いンじゃねェの? 碌な感想言えねェぞ」
「良いのっ、私の自己満足だから! て言うかアンタ、黒子に会ったことあるの?」
「あァ、ミサカいちま……、御坂妹と一緒に歩いてる時にちょっとな。オマエと勘違いして抱き着いてきたぞ」
「あの子ったらまた……。ったく、今度釘を刺しておかないと」
「頼むぞ。それでアイス台無しにされて落ち込ンでたからな」
「了解、厳しく言っとくわ」
言いながらフレークの混ざったアイスクリームを美味しそうに食べる美琴を見て、一方通行は少し呆れたような顔をした。
それの真似をしているつもりなのか、御坂妹も自分の注文したパフェをがつがつと混ぜはじめる。
「……前から気になってたンだが、アイツはオマエの何なンだ?」
「ルームメイト……って話は前にしたわよね。まあ、ちょっと変わった性癖の後輩よ」
- 771 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:06:44.00 ID:B//6TTyoo
「あァ、やっぱりそォいう……」
「……悪い子じゃないのよ、悪い子じゃ。
この間もわざわざ私とお揃いの音楽プレイヤー買ったり私の枕に顔を埋めて深呼吸してたりしたけど、うん、まあ、良い子よ。多分」
「音楽プレイヤー……って、ソレのことか?」
「うん、そう。まああの子はもともとこういう近未来的なデザインのものが好きだから、偶然かもしれないけど」
「しっかし……、枕の方に関しては通報した方が良いンじゃねェの?」
「あの子風紀委員なんだけど」
「そォいえばそォだったか。世も末だな」
「まったくね」
二人は互いに視線を合わせると、揃って大きな溜め息を吐いた。
悪い人間でないことは一方通行だって分かっているのだが、そういう話を聞いてしまうとちょっと敬遠したくなってくる。
「あ。音楽プレイヤーと言えば、幻想御手の正体は曲だー、なんて噂もあったわね」
「ン? 前は論文だの料理のレシピだの言ってなかったか?」
「うん、そういう説もあるわね。他にも薬とかゲーム、なんて説もあったっけ」
「……どンどン胡散臭くなってきてねェか?」
「仕方ないでしょ、元は都市伝説なんだから。胡散臭いも何もあったもんじゃないわ」
「……、…………。幻想、御手……」
混ぜ過ぎてバキバキになったポッキーをひとつひとつ摘まんで食べていた御坂妹が、唐突にぽつりと呟いた。
それに反応して、美琴がくるりと振り返る。
- 772 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/08(金) 21:07:18.88 ID:B//6TTyoo
「何よ妹、興味あるの? 駄目よ、あんな得体の知れないもの使っちゃ」
「そういう訳ではありません。ミサカはレベルになど興味ありませんし、とミサカは誤解を解こうとします」
「はいはい、分かってるわよ。で、どうしたの?」
「なっ、何でもありません。そんなことよりミサカも捜査に参加したいです、とミサカは意志表明します」
「ええっ!? ダメダメ! 黒子も一緒だから大騒ぎになっちゃうわよ!」
「むう、それなら仕方ありませんね……、とミサカは引き下がります。あ、では代わりにあなたが参加してみては?」
「俺がか?」
突然話を振られて、一方通行はきょとんとした顔をした。
確かに幻想御手なるものの真偽について興味はあるが、そんな軽々しく参加してしまって良いものなのだろうか。
「あのねえ、一応れっきとした風紀委員の捜査なのよ? そんな遊び気分で参加しちゃ駄目だってば」
「…………。でも今日はもォ暇なンだよなァ……」
「ちょ、アンタも何でそんなに乗り気になっちゃってるのよ!? て言うか風紀委員に関わりたくないとか言ってたのアンタでしょうが!」
「白井とは面識あるしな。オマエの知り合いだっつっとけば大丈夫だろ」
「……え、マジで? もしかして本気で言ってる?」
どんどん参加する為の外堀を固めていっている一方通行を見て、美琴は焦りはじめる。
しかし一方通行はにやりと笑うと、こう言い切った。
「本気だ」
- 783 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/11(月) 21:33:37.70 ID:qiiDIWEBo
「……で、なーんであなたまでこんなところにいらっしゃいますの?」
「捜査の手伝い」
「そんなものを頼んだ覚えはないのですけれど?」
「細けェこたァ気にすンな」
もうすっかり日が暮れてしまった時間、とあるファミリーレストラン。
結局美琴についてきた一方通行は、目的の不良グループからは死角になっている席で白井と共に待機していた。
白井は当然最初は嫌がったが、他ならぬ美琴の頼みだった為に断り切れなかったのだ。
「まあ、ここまで来てしまったからには仕方ありませんわ。ただし、足手纏いにだけはならないで下さいませ」
「分かってるよ、心配すンな」
「本当でしょうか……。っと、始まったようですわね」
小型の通信機から聞こえてきた美琴の声に、白井が身構える。
美琴は、自分から進んで覆面捜査員を名乗り出たのだ。一番危険な役割だが、まあ彼女には打って付けだろう。
一方通行も白井も最初は色々な意味で不安だったのだが……。
『ネットで偶然お兄さんたちの書き込みを見て、できたら私にも教えて欲しいなーって』
「……お姉様にしては上手くやっているようですわね」
「いつ腹を立てて能力を使ったり相手をなぎ倒したりするか分かったモンじゃねェがな」
「ええ、まったくその通りですわ。うう、黒子はとってもとっても不安ですの……。二重の意味で」
後輩にここまで心配されているなんて、いったい美琴は普段からどのような生活態度を取っているのだろう。
そんなどうでも良いことに思いを馳せながら、一方通行も耳に装着した通信機に意識を向ける。
『ねっ、良いでしょ?』
『こっちも情報を手に入れるのに苦労したんでね。帰んな』
『そこをなんとかっ!』
(……今のとこ、何の問題も無さそう、だが……)
上手く行っている。気味が悪いくらいに。
にも関わらず、一方通行は一抹の不安を拭えずにいた。一体どんな不安要素が残っているというのだろうか?
『ダメだダメだ! ガキはもうねんねの時間だぜ』
「あ」
「あ」
- 784 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/11(月) 21:35:04.93 ID:qiiDIWEBo
その時、美琴の肩がぴくりと動いたのを二人は見逃さなかった。これは終わった。二人は揃ってそう思った。
美琴は子供扱いされることを極端に嫌う。
つまりこの言葉は美琴にとって地雷なのだ……、が。
『え~っ、私そんな子供じゃないよぉっ』
「ぶふぉおっ!?」
「!?」
白井が、飲んでいたジュースを盛大に噴き出した。
幸い一方通行は彼女の隣に座っていたので被害は受けなかったが、その凄まじい噴きっぷりに動揺する。
しかしそんな惨状を知らない美琴は、引き続き媚び媚びな演技を続けていた。
『だよなあ! オレはアンタ好みだぜ』
『きゃっ、ホントにー?』
「ふおおおおおおッ!? ぐあああああああ!!」
「白井!? どォしたしっかりしろ!」
何の拒絶反応が出ているのか、白井が突然テーブルに頭を打ち付けはじめる。
しかもかなりの勢いで打ち付けているのか、彼女の額からはだらだらと血が流れてきていた。
ちなみに、もちろん美琴は気付かない。
『じゃあ教えてくれる?』
『んー、でもやっぱタダって訳にはいかねえなあ』
『えっとぉ、お金なら少しは出せます~』
「ぐあ……、あ、あぁ……」
「白井? オイ生きてンのかこれ」
流石に限界が近付いたのか、大人しくなった白井がテーブルに突っ伏して倒れた。
テーブルの上は白井の血と零れたメロンソーダが混ざって大変なことになっていたが、そんなことより今は救急車だ。
一方、やっぱり美琴は気付かない。
『金も良いけどこういう時はやっぱり……、こっちの方かねえ?』
『で、でもぉっ、そういうのはやっぱり恐いって言うかぁ……。お金じゃダメ?』
『ダメダメ、それじゃ教えらんねえなあ。子供じゃないんだろ?』
「あ、冥土帰しか? 急患だ。第七学区のベニーってファミリーレストランに救急車寄越せ」
救急車を呼んだ一方通行は、白井の覚醒を促すために声を掛ける。
意識はあるのか僅かな反応は返って来るが、どれも言葉らしい言葉にはなっていなかった。
- 785 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/11(月) 21:35:43.16 ID:qiiDIWEBo
『う……』
『?』
……その時、美琴側にも異変が現れ始める。
なんと、あの美琴がくすんくすんと嗚咽を漏らしながら涙を流し始めたのだ。もちろん演技だろうが、その衝撃は計り知れない。
それまで彼女に突っかかっていた不良も、突然の出来事にぎょっとする。
『うおッ!? 何だイキナリ』
『わ、私……、実は無理言って学園都市に来させてもらったの』
『は? 何言って……』
『でもやっぱり私才能なくて、能力も全然伸びなくて……。
お父さんはさり気なく電話で身体検査(システムスキャン)の結果を訊いてくるし、お母さんはあなたはやればできる子なんだからって』
秘技・泣き落とし。当然ながら目薬を使った嘘泣きだが、不良は面白いくらい狼狽えていた。
それを見た美琴は心中でニヤリと笑うと、ここぞとばかりに畳み掛ける。
『期待に応えなきゃって思うけどどうしようもなくて、思わず嘘ついちゃって。
そんな時お兄さんたちのこと知って……、もう幻想御手しか頼れるものがなくって……』
『い、いやそんなことを言われても……』
おろおろとしている不良は、しかしそれでもまだ渋っていた。しかし、ここまで来ればきっともう一押しすれば行ける筈。
……そこで、美琴はトドメとばかりに上目遣いに濡れた瞳で不良を見上げる。
『ダメ……、かな』
不良陥落。
しかしその一方で、白井も真っ白に燃え尽きていた。
「す、鈴科……さん」
「! 白井、目が覚めたのか?」
「ひとつ、お願いがありますの……」
「どォした? 言ってみろ」
「もし、もしわたくしが死んだら……、骨は粉末にしてお姉様の食事に混ぜて欲しいんですの……」
「やっぱり変態だったか」
戻って、美琴サイド。
彼女に突っ掛かっていた不良は完全に美琴に口説き落されていたが、それでもまだ躊躇っているのかもだもだしている。
するとその時、それまで美琴たちのことを傍観していた別の不良が何かに気付いて隣の仲間に囁きかけた。
その小さな声さえも、風紀委員支給の高性能マイクは拾ってくれる。
- 786 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/11(月) 21:36:21.26 ID:qiiDIWEBo
『オイ、良く見りゃアレ常盤台の制服じゃねえか。意外と良い金ヅルになるかもしんねーぜ』
『ほう……』
そして不良は下卑た笑みを浮かべると、美琴に突っ掛かっていた男を押し退けて前に出てきた。
優柔不断なこの男では、落としたところで埒が明かないと思っていた美琴は密かに安堵する。
『こんなとこで泣かれてもメンドクセー、金額次第で教えてやるよ』
『お、オウ』
(やった!!)
美琴は一瞬とても悪い顔をしたが、別のことに気を取られている不良たちはそんな彼女に気付かない。
これで本当に幻想御手についての情報が手に入るのなら安いものだと思い、美琴は懐から財布を取り出そうとする。
しかし彼女がその中からお金を取り出そうとしたまさにその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『これこれ童子ども』
「……ン? この声……」
この場で聞こえてくる筈のない声に、一方通行は首を傾げる。
不審に思って美琴のいる方向を振り返ってみて、……彼は唖然とした。
『あー? 何だテメェは』
『よってたかって女の子の財布を狙うんじゃありません』
「……嘘だろ?」
薄幸そうなツンツン頭の少年。
上条当麻がそこにいた。
―――――
大騒ぎしながら出て行った上条と美琴と不良グループを見送った一方通行は、とにかく呆然とすることしかできなかった。
尚、白井は相変わらず彼の隣でぐったりとしている。
取りあえず一方通行はコーヒーを一口飲んで平静を取り戻すと、ゆっくりと口を開く。
「白井、動けそうか?」
「…………取りあえず生きてますの」
「追うぞ。あれじゃ大惨事になりかねねェ。不良の方が」
- 787 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/11(月) 21:36:49.57 ID:qiiDIWEBo
「心得ておりますわ。救急車はそちらに回した方が良いのでは?」
「その通りだろォな」
一応能力で応急処置してやったからか、白井はある程度までは回復しているようだった。
しかしそれでもまだ本調子じゃないからか、ふらふらしているが。
「不本意ですが、掴まって下さいまし。わたくしのテレポートで追えばすぐですわ」
「あァ、悪ィな」
そして一方通行が白井の手を取った、瞬間。
唐突に景色が切り替わる。
瞬間移動というものを初めて経験した一方通行は驚いたが、美琴と上条を追う不良グループがすぐ目の前を走っているのをみて身構えた。
「それでは行きますわよ。準備は宜しくって?」
「問題ねェ」
白井と一方通行は、各々の能力を使ってそれぞれ不良グループの前に躍り出る。
突然の出来事に不良グループが立ち止まったのを確認すると、白井は一歩前へ出て不良たちに風紀委員の腕章を示して見せた。
「風紀委員ですの! 暴行未遂の現行犯で拘束します!」
「ああ!? んだぁコイツら!」
「しゃらくせえ、やっちまえ! この人数だ、負ける訳ねえ!!」
不良の人数は十人程度。
彼らがただの不良であるならば何の問題も無く拘束できるのだが、今回ばかりは少し話が違う。
この不良たちは幻想御手使用者なのだ。恐らく、一筋縄ではいかないだろう。
そのことを思い出して、白井は少し焦った。
(不味いですわ。爆弾魔レベルがこの人数は少し辛いかもしれません……)
「パワーアップして異能力者(レベル2)になったオレたちの力……、見せてやるぜ!」
「杞憂でしたわ」
しかしそんな白井の思いを知ってか知らずか、不良たちは一斉に能力を二人に向けてきた。
白井は空間移動で回避、一方通行は反射でそれら全てを弾き返す。
「ぎゃあああああ!?」
「面倒くせェからこれで勘弁してくれ。あァ、救急車は呼ンであるから安心しろ」
「まあ、高位能力者の方だったんですのね」
「オマエと同じだ。大能力(レベル4)」
- 788 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/11(月) 21:37:38.81 ID:qiiDIWEBo
「あら? あなたにわたくしのレベルを教えた覚えはないのですけれど」
「空間移動能力者(テレポーター)は自分を転移できるようになったらその時点で大能力判定だろォが」
「よくご存知ですわね。その通りです、わっ!」
話している途中で殴り掛かってきた不良を空間移動で回避し、後頭部を鞄でぶん殴る。
続いて白井は上空に空間移動すると、落下速度をそのままに不良の頭頂部に踵落としを叩き込んだ。
「その体術も、大したモンだ」
「風紀委員ですので。この程度は普通に訓練を受ければ身に付きますわ」
「そォか」
性懲りもなく向かってきた火球を反射して不良を一人沈めると、一方通行も白井と同じように不良の渦の中へと飛び込んだ。
飛んでくる能力攻撃は反射に任せ、それでも倒れなかった不良を能力で強化した体術で捻じ伏せる。
やはり能力の力が大きいのか、見よう見真似の攻撃でもそれなりの威力は認められるが白井の評価は厳しかった。
「酷い型ですわね。能力に頼り切りというのも考えものでしてよ?」
「チッ、やっぱりか。訓練なンか受けたことねェから独学なンだよ」
「でしたら風紀委員に入っては如何です? 訓練はスパルタですが、なかなか良い経験になると思いますわ」
「……遠慮しとく」
「それは残念。最近は特に忙しいもので、人手が欲しかったのですけれど」
そんな話をしている内に、二人はいつの間にかすべての不良を鎮圧してしまった。
白井は彼ら全てが完全に意識を失っていることを確認すると、鞄の中から変わった形の手錠を取り出してその中のいくつかを一方通行に投げ渡す。
「案外呆気なかったですわね。ところで申し訳ないのですが、彼らを拘束するのを手伝って下さいな」
「電子手錠、か? どォやって使うンだよ」
「拘束したい人間の手首に押し当てるだけで大丈夫ですわ」
「了解」
受け取った電子手錠の中から一つを選び、適当な不良の手首に当てようとした、その時。
鉄橋の方向で巨大な雷光が閃き、続いてとんでもない音量の雷鳴が轟いた。
そしてそれとほぼ同時に、街中の明かりが一斉に消える。
通常は照明の所為で見ることのできない星空が、頭上で輝いているのが見えた。……鉄橋の上空だけ曇っているような気もするが。
しかし星空が見えているということは今日は快晴なのだが……、だとしたらあの雷の正体は、何なのか。
「……お姉様ですわね」
「だろォな。ったく、何やってンだアイツら……」
- 789 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/11(月) 21:38:27.58 ID:qiiDIWEBo
一方通行の能力は感知能力でもあるので真っ暗闇の中でも周囲の様子をある程度窺えるが、白井は大丈夫なのだろうか。
そんなことを考えていると、ぽつぽつと周囲に明かりが灯り始めた。非常電源が作動し始めたのだ。
真っ暗闇に目が慣れかけてしまっていた所為で一瞬目が眩んだが、それもすぐに慣れてきた。
彼は手元の電子手錠を再度確認すると、改めて不良の手首に押し当てる。ピピッという電子音の後に、電子手錠のロックが作動した。
そんなことを受け取った手錠の数だけ繰り返した一方通行は、立ち上がってふうっと息を吐いた。
「これで終わりだな。そっちは大丈夫か?」
「ええ、わたくしも今全員分の手錠を掛けたところですわ。……それにしても、お姉様はどうしてあんな場所で雷を……」
「どォせ上条がまた妙なこと口走ったンだろ。そンなことより、いくつか非常電源が作動してねェところがあンな」
彼が指差したのは、少し古びた背の高い建物だ。
その建物はまるで団地のように一塊になっているくせに、明かりのついている部屋が一つもない。こんな時間に、全員が就寝してるなんてことはないだろう。
確かあっちの方向には上条の学生寮もあった筈だ、なんて考えていると、顔を上げて建物に目を向けた白井が説明をしてくれた。
「あれは学生寮ですわ。もともと非常電源が備わっていないんですの」
「ふゥン……。このクソ暑い時期にご愁傷様だな」
「まったくですわ。まあ、わたくしたちには関係ないことですけれど」
「なンだ、オマエのところには非常電源ついてンのか」
「まあ名門常盤台中学ですので、そのくらいの設備は。むしろあなたの方が他人事では無いのでは?」
「俺ンとこも問題ねェ。つゥか、非常電源付いてねェと命に関わるからな」
「? 鈴科さんは病院にでも住んでらっしゃいますの?」
「……まァそンなところだ」
一方通行は適当に答えながら、拘束した不良たちを引き摺って一か所に集めていく。
攻撃の勢いのままに吹っ飛んで結構遠くまで吹き飛ばされてしまった不良も多いので、一塊にしておいて回収しやすくしているのだ。
(あ)
その時、ふと目に付いた電光掲示板に表示されていた日付を見て、一方通行は立ち止まる。
七月二十日。
いつか上条が教えてくれた、終わりの日。
そしてそれは、同時に始まりの日でもある。
(……夏休み、か)
- 798 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/14(木) 21:58:29.90 ID:yDtrAmgPo
交通整理の笛の音が鳴り響いている。そんな真昼の大通りを、一方通行は行く当てもなく歩いていた。
上条は補習、美琴は連絡がつかず、御坂妹は不在なのでやることが無いのだ。
(……そォいえば、アイツらあの後どォなったンだ?)
昨日は白井の手伝いにかまけていて結局上条と美琴の方は放置してしまったので、一方通行はあの後二人がどうなったのか知らなかった。
とは言えどうせあの二人のことだから、いつものように追いかけっこに発展したんだろうが。
(ま、気にする程でもねェか)
そんな適当なことを考えながら歩いていた一方通行は、ふと何かを思い立ったのか立ち止まる。
道路の真ん中では、何処かで見覚えのある気がする風紀委員が手際よく車を誘導していた。
(信号方向……は時間が掛かりそォだ。……路地裏から行くか)
風紀委員は確かにしっかりと仕事をしているのだが、如何せん車が多過ぎる。
これでは歩行者が信号を渡れるようになるまで少し時間が掛かりそうだと判断した一方通行は、車道を見限って路地裏へと足を向けた。
先日御坂妹に警告はされたが、ちょっと駅前まで行くだけだから大丈夫だろう。
……と、楽観していたのだが。
路地裏に入って数分と歩かない内に、一方通行は不良に絡まれた。しかもかなり大人数の、集団だ。
(……なンだ? まるで俺が路地裏に入って来るのを待ってたみてェな素早さじゃねェか)
そのあまりのタイミングの良さに一方通行は少し警戒したが、彼を取り囲んでいる不良たちはどう見てもただの一般人にしか見えない。
いや、一般人という言い方はおかしいかもしれないが、少なくとも第二位の関係者には見えなかった。
(不良の恨みを買ったりは……、あァ、山ほど心当たりがあるわ)
ならば、これは所謂お礼参りというやつではないだろうか?
意外と単純な結論に一方通行は安堵したが、この不良たちをこのまま無視する訳にもいかない。相手だってそんなことは許さないだろう。
どうせだから戦闘の練習台にでもしてやるか、なんて一方通行が考えていると、ふと不良の一人がニヤリと笑った。
「良いのか? そんなに余裕ぶっててよお」
「……? 幻想御手(レベルアッパー)程度で俺に勝てると思ってンなら、ひでェ思い上がりだとだけ言っておこォか」
「ハッ、幻想御手? そんなちゃちいモンに誰が頼るかよ!」
予想外の反応に、一方通行は怪訝そうな顔をする。
そんな彼の表情を見て、不良はより一層笑みを深くした。
「喰らえ! これが俺たちの最終兵器だ!!」
瞬間。
まるでガラスを爪で引っ掻いた時に発せられるような不快な音が、周囲に響き渡った。
一方通行はその音に一瞬だけ頭痛を感じたが、それは本当に一瞬だけ。
数秒と経たない内に頭痛から解放された一方通行は、はたとあることに気が付いて少し驚いた。
(反射が、勝手に展開してやがる? しかも何か反射してンな、これは何だ?)
- 799 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/14(木) 21:58:58.07 ID:yDtrAmgPo
目の前の不良を無視して、一方通行は自分が無意識に反射している『何か』の解析を開始する。
その一方で、不良たちは一方通行に何の変化も見られないことに焦り始めていた。
「何だコイツ……、どうしてコレが効かねえんだ!?」
「俺が知るか! くそっ、もういい! やっちまえ!」
「?」
一方通行を取り囲んでいた不良たちが、己の拳を武器に襲い掛かってくる。
しかし一方通行は、それでも解析を中止したりはしない。
その必要もないからだ。
彼が展開している反射は、彼の意思とは関係なく有害なもの――否、無害でないものはすべて勝手に反射してくれる。
だから、わざわざ彼自身が不良たちに手を下す必要さえないのだ。
(これは、音? そォいえば、さっきまで聞こえてた変な音が聞こえなくなってンな。でもどォして音なンか……)
「ぎゃあああ! 腕が、腕があっ!」
(反射してるっつゥことは、ホワイトリストのフィルタに引っ掛かったンだよな? 音響兵器か?)
「おいっ! これどうなってやがんだ!?」
(でもコイツら耳栓してねェしなァ……。本来なら俺にだけ効果が見られる筈だったみてェだが)
「怯むな、やれ!!」
(俺とコイツらの違いを判別する音響兵器? こりゃまたトンデモな道具が出てきたモンだ。幻想御手と言い、最近流行ってンのか?)
「だ、駄目だ! こんなのに敵う訳ねえ!」
(つゥか、違いってなンだよ。どンな違いを識別してるってンだ?)
「コラお前ら、逃げるな! くそっ」
(そもそもどォしてただの不良なンかがこンな代物を持ってる? 兵器の研究所のセキュリティは不良に破られる程度のモンじゃねェ筈)
「馬鹿野郎! こんなのとまともにやり合える訳ねえだろ! さっさと逃げろ!!」
(ってことは、何者かが何らかの目的を持ってコイツらに貸し与えたって線しか無くなるわけだが……ン?)
一方通行が気付いた時には、既に不良たちは姿を消していた。
とは言っても反射によって大ダメージを負い、動けなくなってしまったらしい不良たちは彼の足元に転がったままだったが。
「……そォだ。イイこと思いついた」
「ひ、ひィッ!?」
倒れながらも辛うじて意識を保っていた不良の一人が、一方通行の視線に気付いて悲鳴を上げた。
彼はそれを見てとてもとても楽しそうに嗤うと、地面に転がっていた不良の胸倉を掴んで持ち上げる。
- 800 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/14(木) 22:00:11.60 ID:yDtrAmgPo
「なん、何だ!? 何をする気だ!? 俺たちはもう……」
「なァに、別に取って食ったりはしねェから安心しろ。俺の質問に素直に答えてくれりゃあそれでイイ」
「分かった! 答える、答えるから! た、助けて……」
一方通行に持ち上げられて地から足が離れていることも不安を煽るのだろう、不良は可哀想なくらいぶるぶると震えていた。
そんな様子の不良を見て、一方通行は裂くように口角を釣り上げる。
さあ、この不良は何処をどう絞れば、どんな情報をどれだけ吐き出してくれるのだろう?
―――――
「これ、は」
目の前の光景に、美琴は絶句した。
だだっ広い、真っ白な部屋。
真っ白な寝台。
そしてそこに横たわる、夥しい数の患者たち。
彼らはすべて、原因不明の昏睡状態に見舞われている学生だった。
「……この間の爆弾魔も、この中に?」
「はい。他の患者と同じように、彼も取り調べ中に突然眠ったように倒れまして……」
「予想以上ですわね。どうしてこんなことに……」
美琴の隣に立ってその光景を眺めている白井も、辛そうな顔をしている。
幸いなことに、その中に彼女たちの見知った顔は無い。
しかしそうであっても、まだ幼い彼女たちにとってこの景色はあまりにも衝撃的だった。
「容態はどうなんですか?」
「最善を尽くしていますが、依然意識を取り戻す様子はありません。
身体には何処にも異常はないのですが、ただ意識だけが失われているんです。原因が分からないので、手の打ちようも無くて」
「今までに意識を取り戻した患者は?」
「一人もいません。この症状に陥ったが最後、回復した例は今のところまったく……」
医者の話では、先週くらいから突然こういう患者が現れ始めたらしい。
それからはまるで堰を切ったかのように同じ症状の患者が次々と運ばれてくるようになり、今では患者の数がこんなにも膨れ上がってしまった。
そしてこんな話をしている間にも、一人また一人と患者が部屋に運ばれてくる。壮絶な光景だった。
- 801 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/14(木) 22:00:39.26 ID:yDtrAmgPo
「伝染病、とかなんですか?」
「いえ。ウィルスは検出されていませんし、関係者の二次感染も起きていないのでその可能性は低いと考えています。
……ただ、こうなった以上は何か共通の原因が必ずあるはずです」
説明してくれている医者の顔も、やつれている。
きっと昏睡状態の患者たちに出来る限りの手を尽くして、その上で何の効果も見込めなかったことに絶望しているのだろう。
精神的にも、かなり参っている筈だ。
そんな医者の心情を思って、美琴も苦しそうな顔をする。
「ねえ黒子、まさかこれも幻想御手が……?」
「……最初は、そう睨まれていましたわ。ですが今は……」
「?」
「確かに、昏睡状態に陥った患者の殆どは幻想御手使用者でした。ですが幻想御手を使用した形跡の無い人間も中にいるのです」
「それじゃ、幻想御手は関係ないってこと?」
「いえ、そうは言い切れませんわ。幻想御手を使用した痕跡を上手く隠しただけ、という可能性もありますし。ただ……」
「ただ?」
美琴が聞き返すと、白井は少し困ったような顔をした。
恐らく風紀委員の機密事項で、おいそれと一般人に話して良いようなことではないのだろう。
しかし白井は少し躊躇った末に、美琴は信頼できると判断したのかゆっくりと口を開く。
「……ただ、幻想御手を使用した痕跡の無い患者は全員それなりにレベルの高い能力者なのです。大能力者が殆ど、でしょうか」
「大能力者が? ……どういうことなのかしら」
「さあ……、今のところは情報不足なので何とも……」
患者の中には本当にただの犠牲者でしかない人間も多いので、無茶な家宅捜索などはできないのだ。
警備員はともかく、風紀委員の権限には限界がある。
それに確証もないので、個人的にもあまり強硬手段をとりたくはなかった。
「……ですが、仮にそうだとするなら事態は深刻ですわね」
「うん……」
美琴の返事にも元気がない。
すると、そんなこそこそ話を聞いていなかったらしい医者が唐突に声を上げた。
「木山先生! ご到着されたんですね」
「?」
- 802 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/14(木) 22:01:17.41 ID:yDtrAmgPo
まるでその言葉を合図にするかのようにして聞こえてきた大勢の人間の足音に、美琴と白井は振り返る。
そこには、医者よりも更にやつれた顔をした髪の長い女研究者が立っていた。
彼女は背後に大勢の研究者を引き連れて、かつんかつんと靴の音を響かせながらこちらに歩いてくる。
その雰囲気から、美琴は彼女こそがこの研究者たちの中心的な存在なのだろうと悟った。
「お待たせしました。水穂機構病院院長から招聘を受けました、木山春生です」
―――――
泡を吹いて気絶した不良を、適当に投げ捨てる。
べしゃりという音と共に地面に叩き付けられた不良に見向きもせず、一方通行は歩き始めた。
(まァ期待はしてなかったが、案の定大した情報は持ってなかったな)
一方通行の足元には、同じような状態になった不良が何人も転がっていた。
誰がどんな情報を持っているとも知れないので、彼はとりあえず全員を締め上げて情報を吐かせたのだ。
しかしそれでも、彼が得ることのできた情報は多くない。
その上そのどれもが決定打に欠けている。恐らく事情を知っているリーダー格の人間は先程逃げて行ってしまったのだろう。
(どォする? さっきのアイツらを追い掛けるか? いや、しかし時間が経ち過ぎてるな……)
彼は小さく舌打ちすると、歩きながら頭の中で情報を纏めはじめる。
こんな状況だ。どんな小さな情報だったとしても見逃さず、きちんと把握しておいた方が良いだろう。
(まず、コイツらが使ってた兵器の名前はキャパシティダウン。能力者の演算を阻害して頭痛を誘発させる音響兵器。
『識別方法』ってのはこれだろォな。コイツら無能力者は殆ど影響を受けないが、俺たち能力者には絶大な威力を発揮する……筈だった。
まァ俺が相手じゃなかったら予定通りにコトが進められたンだろォが、残念だったな)
泣き叫びながら命乞いする不良たちの姿を思い出して、一方通行はくつくつと喉を鳴らした。
絶対の力を有すると思っていた兵器が使い物にならないと分かった時、アイツらは一体どんな気持ちだったんだろう。
(……と、コレも一応確認しておくか。風紀委員に通報した方が良さそうだが……どォすっかなァ)
ふと思い立って一方通行が懐から取り出したのは、紙の束。
もちろん、これも不良から強奪したものだ。
これではどちらが追い剥ぎか分かったものではないが、先に手を出したのはあっちだ。正当防衛正当防衛、と彼は自分を正当化する。
(襲撃予定者リスト、ね。ただ、持って行っても信じてもらえるどォかだな)
心中で呟きながら、一方通行は紙の束を捲っていく。
ざっと目を通してみると、そのリストに載っている人間の殆どは大能力者だった。
と、紙束をぱらぱらと流し見ている途中、彼はその中に見覚えのある顔を発見して苦い顔をする。
(げ、白井まで居るじゃねェか。危ねェな……)
彼女の他にも、常盤台の制服を着た学生が何人も載っていた。いずれも大能力者だ。
もともと一方通行には知り合いが少ないのでそこに白井以外の顔見知りはいなかったが、美琴の友人はきっとこの中に何人もいるはずだ。
- 803 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/14(木) 22:01:57.87 ID:yDtrAmgPo
(つゥか、なンで俺のデータまであるンだよ。確かに奨学金の為に申請はしたから、書庫(バンク)に載っててもおかしくねェンだが……)
赤い丸で印の付けられた自分のデータを見ながら、一方通行は眉根を寄せた。
……彼は、学生ではない。
よって、彼が大能力者であることを知るには書庫に侵入してデータを閲覧するしかない訳なのだが。
(ただのスキルアウトが、書庫になンか侵入できる筈がねェ。そォするだけの価値も、普通無い。
ということは、コイツらにキャパシティダウンを与えた研究者が一緒にリストも渡してきたんだろォな。目的はさっぱり分かンねェが。
ただ、コイツらが律儀にこのリストに従って襲撃を行っている辺り、交換条件でも出されたンだろ。
「キャパシティダウンをやるから、このリストに載っている能力者を襲撃してくれ」ってな具合にな)
本当はこの辺りの話も不良たちから直接聞ければ良かったのだが、ちょっと虐め過ぎた所為で詳しい話を訊く前に気絶されてしまったのだ。
まあ、ちょっと調子に乗ってしまった一方通行にも非はあるのだが。
(あーあ、もォちょっと優しくしてやったら詳しいことが分かったかもしれねェのに。馬鹿なことした)
しかも、不良たちも不良たちで口止めをされていたのか、なかなか詳しい話はしてくれなかったのだ。
特に、彼らにキャパシティダウンやリストを渡して妙な指示を出したらしい研究者についての情報は殆ど吐いてくれなかった。
とは言え、彼らもそこまでその研究者について詳しいわけではなかったようだが。
(いつも趣味の悪ィピンクの駆動鎧(パワードスーツ)を身に纏ってて顔は見てねェ、ってか。声は女だっつってたが)
着ている駆動鎧がピンクな時点で高確率で女だろうが、それでも相手の目を欺くためのものという可能性もある。
それに、声なんかいくらでも変えることができるので信用できない。
つまり一方通行が得られた研究者についての情報は、ゼロと言っても過言ではなかった。
(これ以上の情報を得るには、やっぱりさっきのアイツらを捕まえるのが一番手っ取り早いンだが……)
しかし先程も自分でそう否定したように、彼らが逃げて行ってしまってからかなり時間が経っている。
今から追い掛けたとしても捕まえることなんてできないだろう。手掛かりを見つけられるかどうかも怪しい。
ただ、リーダーらしい男の顔だけは覚えているので一度でも顔を合わせれば捕まえられるのだが……。
(それにしても、どォしてこンなことをするンだ? 襲撃した奴を拉致して実験動物(モルモット)にしてる訳でもねェらしいし)
不良たちから聞いた話によると、能力者を襲撃したらそれきり、特に何もしないらしい。
金品を巻き上げることはあるらしいが、それ以上のことは何もしない。
恐らく、それも例の研究者の指示なのだろう。しかしそれでは一体何の為に襲撃しているのか分からない。
まあ一方通行が話を聞いた不良はただの末端なので、彼らの知らないところで何かが行われているのかもしれないが。
(さて、どォすっかね……ン?)
適当にリストを捲っていた一方通行が、突然その手を止めた。
そして、にやりと笑う。何かを思い付いた時の、悪い顔をしていた。
(あァ、なンだ。イイ策があるじゃねェか、この手の中に)
黒いことを考えているとは思えないほど楽しそうな顔をしながら、一方通行は紙の束を懐に仕舞う。
紙の束の内容はもう記憶した。
あとは信じて貰えるかどうかは別として、これを風紀委員にでも届けておけば良いだろう。
(つっても、風紀委員の支部が何処にあンのか知らねェンだよな……。あとで御坂にでも訊いとくか、っと)
と、ちょうど一方通行は路地裏を抜けて大通りへと出た。
彼は新しい住処となるアパートを探す為に駅前を目指していたのだが、どうもそんな気分ではなくなってしまった。
(乗り気がしねェのは確かなンだが、時間は有り余ってるしな……。まァ良いか、ここまで来て何もしねェのも勿体ない。探そう)
それに、不動産屋を巡っている内に風紀委員の支部が見つかるかもしれない。
また、アパート探しにはそこそこ時間も掛かるだろうから、補習の終わった上条や最近忙しそうな美琴と遭遇する可能性もある。
(『策』を実行するのにも下準備が必要だしな……。とにかく今は何もできねェ。取りあえずは暇潰しだな)
そうして彼は当面の目的を決定すると、人々で賑わっている大通りへと踏み出した。
沢山の人の波に呑まれて、彼の白い後ろ姿はすぐに見えなくなってしまった。
- 811 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:16:30.49 ID:Ud+X54BYo
「うえ、終バス終わってる……、不幸だ」
自分の腕時計とバスの時刻表を見比べていた上条は、思わずいつもの口癖を漏らしながらがっくりと項垂れた。
歩いて帰れない距離という訳ではないのだが、補習によって疲れ果てた身体にはなかなかに酷な仕打ちだ。
しかし、こんなところで文句を言っていても仕方がない。彼は一つ大きな溜め息をつくと、とぼとぼと歩き始める、
と。
「あ」
「ン」
「あれっ」
まさに、ばったりと表現するのがぴったりだろう。
それぞれ全く別の道から歩いて来た一方通行と美琴と、同時に遭遇したのだから。
上条は驚いたが、二人も驚いているようだった。
「すっごい偶然ね。アンタたち、こんなとこで何してんの?」
「俺はアパート探し。オマエらこそ、何してンだ?」
「俺は終バス逃して補習の帰り。ビリビリは?」
「ビリビリ言うな。……まあ、私はちょっと野暮用でね。さっきまで黒子たちと一緒に居たんだけど、たった今別れてきたとこ」
つまり、三人が三人とも全然違う目的を持って歩いていただけらしい。
凄まじい偶然だ。
「そうだわ、ちょうど良いし勝負しましょ! いい加減決着つけたいし」
- 812 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:16:57.80 ID:Ud+X54BYo
「馬鹿言え。あれは完全にオマエの負けだったろォが」
「うぐっ。で、でも私だって一発も喰らってないんだからあんなの無効よ無効!」
「往生際悪ィなァ……」
「あー、悪いんだけど今日はちょっと勘弁してくれ。補習で疲れてるんだよ」
「むう……」
美琴はそれでも納得いかないという顔をしていたが、一方通行に宥められてようやく諦めてくれたようだ。
そんな彼女を見てほっとした上条は、ふと何かを思い出したようにはっとした顔をした。
「そういえばさ、ここらで英国式の教会ってのが何処にあるか知ってるか?」
「は? 教会? 何でまたそんなとこに」
「なンだ、オマエ十字教徒だったのか?」
「違う違う。忘れモン届けに行かなきゃなんねーかもだからさ……」
「忘れ物?」
「まあ、とにかく教会の場所を教えて欲しいんだ。知らないか?」
上条が尋ねてくるが、記憶喪失でろくにこの辺りのことを把握していない一方通行が教会の場所なんて知っている筈もない。
ということでここで頼りになるのは美琴だけなのだが、彼女もいまいち心当たりがないのか難しい顔をしている。
「うーん、教会ねえ……。神学系の学校が多い第十二学区になら沢山ありそうなもんだけど……」
- 813 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:17:25.51 ID:Ud+X54BYo
「それじゃちょっと遠すぎるな。この辺にはやっぱないか……」
「あ、ちょっと待って。英国式かどうかは知らないけど、教会なら確か三沢塾の近くにあったかも」
「三沢塾? 何処だそこ」
「んー、あの辺ちょっと道が入り組んでて分かりにくいのよね。一回大通りまで出ちゃった方が分かり易いかも」
「ほう」
言いながら大通りの方を指差した美琴は、ここから見える道路を指でなぞりながら上条に道順を教えてやる。
手元に地図が無いので教えるのに少し苦労したが、上条はきちんと理解してくれたようだった。
「おお、分かった分かった。ありがとな、恩に着るぜ」
「別に良いわよ。でも、忘れ物なら私が風紀委員に届けてあげよっか?」
「いや、届けなきゃいけないかもってだけだから。もしかしたら自分で取りに来るかもしれないし」
「そう? なら良いんだけど」
何だか複雑そうな上条の事情に美琴は首を傾げたが、深く追及するようなことでもないだろう。
それにしても教会に忘れ物を届けるなんて、シスターさんが十字架でも落として行ったのだろうか。
「あァそォだ、俺も風紀委員に届けなきゃいけねェモンがあるンだった。支部が何処にあるか知ってるか?」
「支部? 黒子の支部なら真逆の方向よ。あそこの駅をずっと北に行ったとこ。忘れ物なら私が預かるけど」
「いや、直接届けなきゃいけねェモンなンだ。悪ィな」
- 814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/17(日) 20:18:20.76 ID:Ud+X54BYo
「ふーん。揃いも揃って一体どんな事情があるんだか。暴力沙汰になりそうになったら私にも教えなさいよねっ」
不満そうにしながら、美琴は一方通行に向かってびしっと指を立てる。
しかしそんな彼女を見て、上条は呆れた顔をした。
「それどういう意味だ……。まったく、お前も一応女の子なんだからあんまりそういうことに首突っ込むんじゃねえぞ?」
「お、大きなお世話よ! ほんとにもう、どいつもこいつも私を一般人扱いするんだから」
「一般人だろォが」
「そうだけど、そうなんだけど! 超能力者(レベル5)だもん!」
「はいはい、お前が強いってことはよく分かってるよ」
「何か馬鹿にされてる気がする! むぎー!」
美琴は苛立ちに任せて電撃を放とうとしているようだったが、上条に頭を撫でられているので電気は発現する前に打ち消されていた。
こうしておけば、危険な超電磁砲も間違いなくただの一般人だ。安全安全。
「遊ぶな。ったく、オマエらは気楽でイイよなァ……」
「な、何よ。私だっていろいろ大変だったんだから!」
「上条さんも今日はなかなかハードな一日でしたよ。朝はエセ魔術師に絡まれるし食料全部駄目になるし遅刻するし補習は居残りだし……」
半分くらいは自業自得な気がするのだが、この際ここはスルーしておこう。
一方通行と美琴が気になったのは、最初の言葉だった。
「まじゅつし? って何?」
「オマエも遂に壊れたか……。可哀想ォに」
「ち、違う違う! 可哀想なのは俺じゃなくて自称魔術師の方だと思います!」
「まあ何でも良いけど。何よそのまじゅつしって?」
美琴の質問に、上条は何故か困ったような顔をする。
そして彼は暫らく言葉に迷った後、苦笑いを浮かべながらこう言った。
「さあ。何だろうな?」
- 815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/17(日) 20:18:46.51 ID:Ud+X54BYo
―――――
ドアの開閉する音に、本に目を落としていた御坂妹が顔を上げる。
彼女は帰って来たのが一方通行であることに気付くと、席を立って彼に駆け寄って行った。
「おかえりなさい一方通行。何処に行っていたのですか? とミサカは一方通行を出迎えます」
「……御坂妹か。アパート探しだ、アパート探し」
「ほう。良い物件は見つかりましたか? とミサカは一方通行の様子を窺ってみます」
「まァな。金が出来次第引っ越すことにした」
「そんなに早くにですか? とミサカは寂しがります」
「つっても仕事は相変わらずここなンだから、そこまで変わったりはしねェと思うぞ?」
「ふむ、そんなものでしょうか……とミサカは思案します。ともあれ約束は忘れていませんよね? とミサカは確認します」
「あァ、アパート借りたら遊びに行かせろって奴だろ? 覚えてるから安心しろ」
「それなら良いのです、とミサカは安堵します。これでミサカがあなたの家に遊びに行く第一号ですね」
「オマエも物好きだな。……あ、上条と御坂には場所教えるンじゃねェぞ」
「おや、まだそんなことを言っていたのですか、とミサカは驚きます」
- 816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/17(日) 20:19:13.17 ID:Ud+X54BYo
驚いているというよりも呆れているようだったが、一方通行は意に介さなかった。
御坂妹には理解できないかもしれないが、こればかりはそう簡単に譲ることはできない問題なのだ。
「そォだよ、悪かったな。それより返事は」
「了解しました。ですが、それなら何故ミサカは良いのですか? とミサカは疑問に思います」
「オマエらのことだから、どォせ隠してもストーキングして人海戦術でアパートの住所突き止めるだろ。
だったら、最初っから素直に教えといた方がマシだ。同じ顔したストーカーが百人単位で大挙して押し掛けてくるとかホラーだぞ」
「なるほど。実際その通りでしょうから賢い選択ですね、とミサカは納得します」
「……冗談だったンだが。半分くらい」
「冗談で返したつもりですが。半分くらい、とミサカも本来の意図を告白します」
「……そォか」
「はい」
半分というのは具体的に何処まで本気ということなのか気になったが、知らない方が幸せでいられるような気がしたので黙っておいた。
もう無闇に御坂妹にタチの悪い冗談を振るのは辞めようなどと考えていると、一方通行はふと彼女の持っている本が気になった。
「ソレ、何だ?」
「これですか? これは先日ぬいぐるみを大量購入した際に同時に購入した本です。羨ましいでしょう、とミサカは本を見せびらかします」
「……って、絵本じゃねェか。こンなン読ンで面白いか?」
「面白いですよ。ほら、この小鳥のイラストなどは非常に可愛いでしょう、とミサカは同意を求めます」
- 817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/17(日) 20:19:40.70 ID:Ud+X54BYo
「まァ可愛いは可愛いが……。楽しみ方が間違ってる気がする」
「?」
一方通行の言葉に、御坂妹は首を傾げてきょとんとしている。
可愛い絵を見たいだけなら、画集やイラスト本を買った方が良い気がするのだが。
「で、何て本なンだ?」
「ええと、『みにくいあひるの子』ですね。有名な童話のようです、とミサカは解説します」
その童話なら、一方通行も知識だけなら持っている。
生憎と記憶喪失なのでその童話を読んだことがあるのかどうかは定かではないが、大体のあらすじは把握していた。
「話はちゃンと読ンだか?」
「はい。可愛い絵柄とは裏腹になかなかにハードな話でした、とミサカは感想を述べます」
「ハード? 『みにくいあひるの子』はハッピーエンドだった筈だが」
「……果たしてそうなのでしょうか、とミサカは一人ごちます」
「? どォいう意味だ?」
一方通行の問いに、しかし御坂妹は何も答えなかった。
あんな子供向けの童話を読んで、彼女は一体どんなことを感じたのだろう。一方通行には分からなかった。
ただ彼女は一般人とは違った独特な感性を持っているので、その結末に何か思うところがあったのかもしれない。
「まあそんなことはどうでも良いのです、とミサカはざっくり切り捨てます」
「本当にざっくりだな」
- 818 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:20:18.20 ID:Ud+X54BYo
「それよりミサカはあなたが手に持っているそれが気になるのですが、とミサカはあなたの手元を覗き込みます」
「ン? あァ、これのことか」
言いながら一方通行が持ち上げたのは、例の紙束だった。
ただし流石にその内容を御坂妹に見せる訳にはいかないので、中身は見えないように気を遣っているが。
「風紀委員への届けもンだ。大したモンじゃねェ」
「……そうですか? とミサカは訝しがります」
「そォだよ。オマエが気にするよォなことじゃねェ」
「ですが、風紀委員への届け物なら早めに届けなくて良いのですか?
風紀委員の支部ならこの時間でも開いていると思われますが、とミサカは首を傾げます」
「急ぎじゃねェから良いンだよ、こっからだと遠いしな。ほら、オマエは大人しく本でも読ンでろ」
「あなたは何を? とミサカは質問します」
「部屋戻って寝る。あとオマエ、夜更かしは程々にしろよ」
「な、何故それを……とミサカは動揺します」
「夜中に目が覚めた時にオマエの部屋の前通ると、必ず電気が付いてンだよ。睡眠時間は大切にしとけ」
適当に返事すると、一方通行は動揺のあまりに固まってしまっている御坂妹を無視して研究所の奥の方へと歩いていってしまった。
そして自分の部屋へと戻ってきた一方通行は、持っていた紙束をベッドの上に放り投げるとデスクに座る。
備え付けられていたコンピュータを起動すると、凄まじい速度でのタイピングを始めた。
- 819 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:20:47.82 ID:Ud+X54BYo
ちなみに、彼はこの部屋を与えられて初めて自分のコンピュータというものを持ったのだが、用も無いので大して触れたことは無かった。
しかし記憶喪失以前にコンピュータに触れる機会があったらしく、彼の指は自分でも驚くくらい滑らかに動いてくれた。
(この研究所のセキュリティレベルは高めに設定されてる、が……、書庫(バンク)にアクセスできるか……?)
多くの画面が現れては消え、現れては消えていく。彼は一通りの操作を終えたあと、緊張した面持ちで書庫へのアクセスを実行した。
すると、暫らくのラグの後、書庫へのアクセスを成功させたという旨のメッセージが表示される。
(行けた、か。さて、ここからだが……)
一方通行はベッドの上に放置されている紙束をちらりと振り返ると、再び高速でのタイピングを始める。
紙束に記載されていた大能力者のデータを検索しているのだ。
あの紙束にある情報は大能力者の顔写真と簡単なプロフィール、具体的な能力の内容くらいで、詳細が載っていない。
そこで、一方通行は狙われている大能力者の詳細な情報を書庫に求めたのだ。
(つっても書庫の情報にも限度があるからな。本当は監視カメラでもハッキングできれば良いンだろォが……)
入院中に美琴に面白半分でハッキングの方法を教えられたことはあるが、流石にパソコン初心者の身でそんな冒険に出たくはない。
なのであくまで合法的に、出来る限り多くの情報を集めたいのだが……。
(ン? コイツは……)
大能力者の情報を照会していた一方通行の目に留まったのは、一人の少女。
無論、大能力者だ。
見たこともない顔に、聞いたこともない名前。
けれど一方通行は、その少女が妙に気になった。
(……まァ良い。ちょうど珍しい能力らしいし、優先順位も高そォだ。コイツにするか)
- 820 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:21:26.22 ID:Ud+X54BYo
一方通行は心中でそれだけ呟くと、彼女に関する更に詳細な情報を求めて書庫の更に深部へとアクセスする。
学校名と所属学科、居住している学生寮まで載っている。
まあ、あくまでただのデータ上の情報なのでどこまで正確なのかは分からないが。最近の学生には不良が多いらしいし。
(よし、これだけ分かりゃ十分だろ。あとはタイミングだが……、まァ何とかなるか)
彼らしくない楽観だが、実際現状で準備できることはこれくらいしかないので仕方がない。
本当は美琴辺りに協力を求めればもっと楽なのだろうが、最近は本当に何かと忙しそうなのでこれ以上の気苦労は増やしてやりたくなかった。
それに、こんな危なそうな事件に彼女を巻き込むということ自体にも抵抗がある。
一方通行は、既に彼女をもっと恐ろしいことに巻き込んでしまっているのだ。
(……これで、完了。行動開始は明日からでイイか)
ディスプレイに表示されていたウィンドウが、作業終了とともに次々と消えていく。
一方通行はそのままコンピュータをシャットダウンすると、椅子の背もたれに思いきり体重を掛けて天井を仰いだ。
(あっちも……、いつか決着、つけねェとな)
- 821 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:21:57.37 ID:Ud+X54BYo
―――――
薄暗い路地裏。
その如何にもお嬢様然とした見た目にはまったく似つかわしくない場所に、白井黒子は笑顔で立っていた。
目の前には、これまた如何にもと形容したくなるような不良たち。
彼らは自分たちの縄張りへと悠々と侵入してきた白井を、威嚇するかのように睨みつけていた。
「御免あそばせ。幻想御手(レベルアッパー)について知りたいのですけれど、詳しいことを教えて頂けないでしょうか?」
「あ゛ー? 何言ってんだこのクソガキ」
あくまでにこにことしている白井。
対して、不良たちは敵意を隠そうともせずに彼女に迫る。
「運が悪いなお嬢ちゃん」
「普段なら追っ払ってお終いだが、先日アンタと同じ制服の女に怪我させられてね」
「アンタに恨みはねえが、ちょっと憂さ晴らしさせてもうらうぜ!」
- 822 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/17(日) 20:22:35.18 ID:Ud+X54BYo
白井は笑顔を崩さない。
けれど不良たちは、そんな彼女にも容赦なく襲い掛かってきた。
「ま、待て! その女は……」
しかしその中でたった一人、彼女に見覚えがあったらしい男が声を上げる。
が、時既に遅し。
本当にほんの一瞬の内に、白井は襲い掛かってきた不良を片付けてしまったのだ。
「まったく、愚かですこと。暗かったから分からなかったんですの? あなたたちに怪我させたのはわたくしたちですのよ」
言いながら、白井はぱんぱんと手をはたく。
彼女の目の前には、鉄釘によって服を壁に打ち付けられた不良たちがぶら下がっていた。
そしてそんな彼女の背後では、襲い掛かってこなかった不良が腰を抜かしている。
「さてっと、できれば善良な一般市民の自発的な協力を仰ぎたいのですが……。如何なさいますか?」
白井はくるりと振り返り、腰を抜かしている不良を見やる。
にっこりと笑っているだけの筈なのに妙な迫力を持っている彼女に、怖気づいた男は高速でこくこくと頷くほかなかった。
- 835 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:09:23.85 ID:4F9GmDFbo
七月二十一日。
風紀委員、一七七支部。
コンピュータの前に座っている初春は、コンピュータが幻想御手(レベルアッパー)をダウンロードする様子をじっと見つめていた。
38%、64%、96%……完了。
「ダウンロードできたみたいですわね」
「これを聴くだけでレベルアップって、そんな事あるんですかね」
そう、幻想御手の正体は『曲』だったのだ。
そんな真相を聞いて訝しげな顔をする初春に、白井は少し物騒な笑顔を浮かべる。
「情報提供者の話ではそういう事らしいですわよ? しっっっかり訊いて来たので間違いないかと」
「ですけど、正直眉唾というか……」
「そう思うなら試して御覧なさいな。使ってみればすぐに答えが出ますわよ」
「えー、でも副作用があるとか言われてるんですよねえ。そんな危ないもの……」
しかしそこまで言い掛けて、初春ははっとする。
微妙に黒い考えが頭をもたげた。
(もしこれを使って白井さん以上の能力者になっちゃったりしたら……、今までの仕返しにあんな事やこんな事を……」
「途中から思考がだだ漏れになってますわよ、初春」
白井はにっこりと笑うと、イヤホンを両手で持つ。
その様子に嫌な予感を感じた初春は逃走を図ったが、それより早く白井の手が彼女の肩を捕まえた。
- 836 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:09:54.12 ID:4F9GmDFbo
「わたくしへの恨みを晴らしたいのでしたら是非!」
「わーっ! 嘘です嘘ですよー!!」
そんな感じで二人は一頻りじゃれ合っていたが、白井が初春を捕まえてお仕置きをしたところでそれも終了する。
流石に白井も本気で彼女に幻想御手を使う気は無かったようだ。
「うう、白井さんの鬼……」
「何か言いました?」
「い、いえ、何も。
……ちなみに、業者に連絡してこの曲を公開していたサイトを閉鎖するまでのダウンロード件数は五〇〇〇件を超えてますね」
「げ……。そんなにですの?」
「全員が全員使用したわけではないと思いますが、ダウンロードできなくなってからは金銭で売買する人が増えてるみたいです。
直接取引だったり振込みだったり……」
「広まるのを完全に止めるのは無理……、ということですわね」
想像以上に悪化している状況に、白井は苦い顔をする。
コンピュータを操りながら解説をしてくれている初春の顔も、険しかった。
「その取引の場所は分かりますの?」
「ちょっと待っててください」
初春が軽くタイピングすると、プリンターから何枚もの紙が吐き出されてきた。
彼女は出てきた紙をクリップで纏めると、それを丸ごと白井に差し出す。
- 837 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:10:20.25 ID:4F9GmDFbo
「はい、時間と場所です」
「って、これ全部ですの!?」
白井は資料を受け取りながら悲鳴を上げたが、これも立派な風紀委員の仕事。
露骨に面倒臭そうにはしているものの、きちんと資料に目を通していた。
「……仕方ありませんわね。一つ一つ回って行きますか」
「え、白井さん一人でですか?」
「これが本物で実害があると実証されなければ、上は重い腰を上げませんもの。
まずはできる限り拡大を止め、危険性を証明するしかありませんわ。初春は木山先生の見解の方をお願いしますの」
「あ、ハイ」
とにかく、今は動ける人間が動くしかない。
白井は学生鞄を手にすると、素早く一七七支部を出て行ってしまった。
- 838 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:10:46.53 ID:4F9GmDFbo
―――――
(我ながら、すげェ豪運だな)
目の前の光景に、一方通行は呆れてさえいた。
確かに、追い掛けてはいた。
確かに、書庫(バンク)の情報を元に少女の動向を追ってはいた。
確かに、少女の優先順位は高かった。
しかしだからと言って、こんなにも早く探し物が見つかるものだろうか。
昨日の今日なのに。
「ようよう姉ちゃん、こんな所で何してんだ?」
「飛んで火に入る夏の虫ってかあ!? ギャハハハハ!」
道を一本向こうに行ったところで繰り広げられているのは、路地裏では大して珍しくもない不良によるカツアゲだ。
……いや、今回に限っては少々事情が違うか。
何故なら絡んでいるのは昨日一方通行に絡んできたあの不良たちで、絡まれているのは昨日一方通行が調べたあの少女だからだ。
(アイツら、学習しねェなァ……。昨日の場所からちょっと離れてるからって油断しすぎだろ)
一人ごちながら、一方通行はゆっくりと不良たちへと近付いていく。
不良たちは彼に気付いていない。まあ、昨日のことがあるので気付いていたら脱兎のごとく逃げ出すだろうが。
しかし、今回ばかりは奴らを逃がす訳にはいかない。情報が必要なのだ。
- 839 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:11:20.29 ID:4F9GmDFbo
だから一方通行は、決して不良たちに気配を悟られないように静かにその背後へと近付いて行った。
……が、その時。
(げ)
「…………」
絡まれている方の少女が、一方通行に気が付いた。
だが彼女は一方通行を発見しても大した反応を見せることはなく、じっとこちらを見つめているだけだ。
……あれは、助けを求めている、のだろうか?
(まァ求められなくても助けるけどな)
また幸いなことに、少女は一方通行に気付いてもうんともすんとも言わなかった。
ただ、少女はこれでもかというくらいの勢いでこちらを凝視しているので下手をすると不良に勘付かれる可能性もあったが、
間抜けな不良たちは少女にばかり注意が行っていてまるでこちらに気付く様子が無い。
だから一方通行は、上手いこと不良たちに存在を悟られずに彼らの背後まで忍び寄ることができた。
そして。
「ぃぎッ!?」
「うお!? なっ、何だ!?」
まずは一人、手刀で首筋を打って気絶させる。そして不良たちが動揺している隙を突いて、能力を駆使し一気に三人の意識を奪った。
しかしろくに顔を見ずに襲撃した所為か、リーダー格の男は未だ健在だ。
「こいつ、昨日の……ッ!?」
「く、くそッ! 逃げろ!」
- 840 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:11:46.65 ID:4F9GmDFbo
リーダー格の男を含む不良たちが一斉に逃走を図ったが、そんなことを一方通行が許す筈もない。
彼は一瞬で彼らの前方へと回り込むと、今度こそリーダー格の男に狙いを定めてその鳩尾を蹴り上げる。
ごぼりと空気を吐き出す音と共に、リーダー格の男は呆気なく沈んだ。
「これでよし、と。他の奴らはどォすっかねェ?」
「ひぃッ」
自分たちの頭が倒れてしまったからか、一方通行が逃げ道を塞いでいるからか、残った不良たちも全員腰を抜かして地面を這い蹲っていた。
かなり大人数だったのできちんと仕留められるか心配だったのだが、案外苦も無く処理することができて拍子抜けする。
黙って不良たちの注意を引き付けてくれていたあの少女のお陰もあるかもしれない。最初に四人減らせたと言うのはなかなかの戦果だ。
「っと、オマエは大丈夫か?」
「うん。へいき」
眠そうな目をした黒髪の少女は、まるで何とも無さそうな顔をしている。
しかし反射の様子を見るにキャパシティダウンは作動しているようなのだが、何ともないのだろうか。
「……頭痛はしねェのか?」
「? キャパシティダウンのこと? それなら、無理に演算しようとしなければほんの少し頭痛は軽減される」
「コレのことを知ってンのか?」
「ちょっとだけ。あなたも、何とも無さそうだね」
「あァ、俺は能力で防げンだ」
- 841 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:12:13.45 ID:4F9GmDFbo
「良いな。私は耳栓忘れて来ちゃった」
「コレ、耳栓で防げンのかよ……」
「ちょっとは頭痛くなるけど、かなり」
しかし、軽減しているらしいとは言え痛いのは事実だ。
一方通行は路地裏の出口まで歩いていくと、少し開けた道路に停車してあった車の中にある機械を丸ごと破壊した。
音源はここだったので、恐らくこれがキャパシティダウンだろう。
前回はこの車ごと不良たちに逃げられてしまったのだが、今回はきちんと破壊できて良かった。
これで、もうこの不良たちによる犠牲者は出ないだろう。
「ありがとう。私、たきつぼりこう」
「あァ、……滝壷な」
「のん。たきつぼ」
「えっ」
「たきつぼ」
「……滝壺?」
「いえす。たきつぼ」
どう違うのか分からないが、取りあえず少女―――滝壺は、それで満足してくれたらしかった。
精神系の能力者ではなかった筈なのだが、一方通行の認識の違いをどうやって把握していたのだろうか。
- 842 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:12:39.14 ID:4F9GmDFbo
「ところで、あなたの名前は?」
「……鈴科」
「すずしな。助けてくれてありがとう」
滝壺はやんわりと微笑むと、緩慢な動作でお辞儀をした。
こんな状況の中にあっても何処までものんびりしているので、何だか調子が狂ってしまう。
「それ、運ぶ?」
言って、滝壺が指差したのは倒れている不良だ。
つい先程まで自分に突っ掛かっていた人間だというのに、彼女は微塵も恐れを見せない。
「あ、あァ。訊きたいことがあるからな」
「訊きたいこと?」
「……そォか、オマエも何か知ってるンだったな。コイツらの目的が何か知ってるか?」
「知ってる。大能力者を襲うの」
「それは俺も知ってる。……まァそンなモンだよな」
「む」
彼女が一体何者なのかは分からないが、やはり詳しいことは知らないようだ。
そこまで期待していた訳ではないが、一方通行は少し落胆する。
しかし、滝壺は不機嫌そうに眉根を寄せて首を振ると、倒れている男に近付いて行ってそのポケットを探り始めた。
- 843 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:13:06.71 ID:4F9GmDFbo
「オイ、何してンだ?」
「……これ。これを襲った大能力者に使うの」
「はァ?」
とてとてと戻ってきた滝壺が手渡してきたのは、何処にでもありそうな音楽プレイヤーだった。
一方通行はそれを矯めつ眇めつしてみるが、やはり何処をどう見ても不審な点など無い。これが一体どうしたと言うのだろうか。
「で、何だよコレ」
「音楽プレイヤー」
「それは見りゃわかる。これを大能力者にどォ使うってンだよ。曲を聴かせるとでも言いてェのか?」
「そう」
ますます訳が分からない。大能力者を襲って、曲を聴かせて、それが一体何になると言うのか。
もしかして適当なことを言っているだけではないのだろうか、という疑念が湧き上がってくる。至極真っ当な感情だが。
しかしその時、滝壺が予想だにしなかったことを口にした。
「それを聴かせると、数時間後に昏睡状態になる。遅行性の毒のようなもの」
「……これが、か?」
「嘘だと思うなら聴いてみて。すずしなには何も聞こえないから」
「?」
だが、そう言われたところで流石に試してみようという気にはなれない。何せ昏睡状態になると脅されているのだ。
確かに一方通行には反射があるが、それでも無駄に危ない橋を渡りたいとは思わない。
それに相手は音。もし一方通行が反射膜が通す音の許容量の幅を間違えていたら、即アウトなのだ。
- 844 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:13:50.15 ID:4F9GmDFbo
「……聴くのが嫌なら、風紀委員に届けた方が分かり易いかも」
「そォする。つゥか、どォいう仕組みで曲を使って昏睡状態になンかするンだよ」
「知らない。詳しいことはきっとそっちの人の方が詳しいし」
「そォか」
確かに彼女の言う通りだ。この不良たちは間違いなく当事者なのだから、滝壺よりもこの事件について詳しいに違いない。
どう考えても、普通にこの不良たちを締め上げて情報を吐かせた方が手っ取り早いだろう。
「で、どォしてオマエはそンなに詳しいンだ?」
「それは、」
「滝壺さん!!」
唐突に言葉を遮られて、滝壺は自分の名前を呼んだ誰かの方を振り返る。
つられて見やると、滝壺よりもいくつか年下に見える少女が大慌てでこちらに向かって駆けてきているのが見えた。
すると、それに応じて滝壺がひらひらと手を振る。
「きぬはた。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません! 超遅かったので私が様子を見に来たんですよ」
「そうなんだ。ありがとう」
「まったく、あれほど路地裏は通らないで下さいと超お願いしたじゃないですか。あなたに戦闘能力は超無いんですから」
「うん。ごめんね」
「……今度からは超気を付けて下さいよ」
「分かった」
- 845 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/20(水) 21:14:15.39 ID:4F9GmDFbo
ぼけっとしている滝壺の表情からはいまいち申し訳なさが感じられなかったが、絹旗と呼ばれた少女はそれ以上彼女に詰め寄らなかった。
すると、絹旗がこちらを振り返る。
途端、彼女は一瞬驚いたような顔をした。
(……やっぱこの色は目に付くか。一応帽子は被って目立たないよォにはしてるンだが)
珍しいと言うか非常に目立つ髪と瞳の色なので、彼女はきっとそれに驚いたのだろう。
そう思った一方通行は、一応これ以上無駄にその色が他人の目に触れないようにと更に目深に帽子を被り直した。
流石に髪の色全てを隠すことはできないが、瞳の色くらいは影になって見えなくなった筈だ。
「あの、……あなたは」
「すずしな。助けてくれた」
「…………、そうだったんですか。私は絹旗といいます。滝壺さんを助けて下さって超ありがとうございました」
「いや。これからは気を付けろよ」
それにしても、先程滝壺には戦闘能力が無いとかいう言葉が聞こえた気がしたのだが、あれは本当だろうか。
戦闘能力もないくせに、最近テロが頻発している物騒な学園都市の路地裏を歩こうとするとは、勇気があるというか無謀というか。
資料で見た能力の概要はAIM拡散力場に干渉するというものだったのだが、あれは戦闘能力無いのか。
「それでは、私たちはこれで超失礼させて頂きます。鈴科さんも、こんなところを超歩いていてはいけませんよ」
「分かってるさ。じゃァな」
絹旗はぺこりと頭を下げると、滝壺の手を引いて路地裏を立ち去って行く。
一方通行はそんな二人の後ろ姿を見送りながら、何だか不思議な感覚に囚われていた。
- 853 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:27:51.62 ID:gPO8oWVwo
「お、俺たちは本当に知らない! 知らないんだ!」
「……嘘吐いても為にならねェぞ」
「本当だ! 嘘なんか吐いてない!!」
「あっそォ」
一方通行は、締め上げていた男の襟首から手を放す。
重力に従って地面に崩れ落ちた男は久しぶりの新鮮な空気に暫らく咳き込んでいたが、一方通行はそんな束の間の休息も許さなかった。
彼の影が自分の視界を覆ったのを見た男は、ぎくりとして一方通行を見上げる。
「だったら用済みだ。残念だったな」
「待て、待ってくれ! 俺は本当に知らな……」
「じゃァな」
パァン、と何かが弾ける鋭い音が鳴り響く。その音と共に泡を吹いた男は、そのまま意識を失ってどさりと地面に倒れ伏してしまった。
それを見ていた一方通行は、不良に向けていた自分の手のひらを見やりながら感心したように呟く。
「いやァ、人って演出だけで気絶すンのな。コイツの気が小さかっただけかもしれねェが」
一方通行は、能力を使って手のひらで掴んだ範囲内の空気を小爆発させて大きな音を出しただけだ。
小爆発と言っても衝撃波が外部まで届くようなものではないし、音自体も威力を持つほどの大きさではない。
にも関わらず気絶してくれたということは、まあつまりはビビり過ぎて失神したということだ。
(っても、どォすっかねェ。黒幕の居場所が分かンねェンじゃどォしよォもねェじゃねェか)
- 854 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:28:26.43 ID:gPO8oWVwo
一方通行が不良たちを尋問して得られた情報は、それほど多くは無い。
滝壺が教えてくれたとこととそう変わらなかったのだ。
(まァ、取り敢えずまとめとくか)
まず、ピンクの駆動鎧を着た研究者に大能力者(レベル4)を襲撃するように頼まれたこと。
それと同時にキャパシティダウンを渡され、それなりの額の報酬も用意されたこと。
大能力者の資料も、その研究者から渡されたものであること。
襲撃した後、音楽プレイヤーに録音された『毒』の曲を聴かせるように言われたこと。
(ただし、毒は遅効性。聴かせてすぐに症状が出る訳ではなく、暫らくは普通の生活を送れる。数日普通に生活する場合もある)
だから不良たちは、襲撃した大能力者たちに特に手を出したりせずに、曲を聴かせるだけ聴かせてあとは放置する。
余計な傷をつけてしまうと、研究者の『実験』に支障が出てしまう場合があるかららしい。
すると、当然目を覚ました大能力者たちは普通の生活に戻ろうとする。
警備員や風紀委員に通報する者もいるかもしれないが、あれは基本的に現行犯以外にはあまり頼りにならない。
……そして、暫らく普通の生活を続けた後に突然倒れ、そのまま昏睡状態に陥る。
(つっても、そォいう事件の話は聞かねェしな。混乱を避ける為に情報統制されてるって可能性もあるが)
不良たちは、聴かせた相手が昏睡状態になるということまでは知っていたが、その先は知らなかった。
つまり、一度昏睡状態になった人間はきちんと目を覚ますのかどうか。
(……報道されてねェってことは、少なくとも今までに目覚めた奴はいねェンだろォな)
考えてみれば、恐ろしい事件だ。
キャパシティダウンなんて恐ろしい兵器を使って能力を封じた上で、大人数で囲んで暴行する。
気絶したら、『曲』を聴かせてあとはトンズラ。
しかし遅効性の毒が回って来たら昏睡状態に陥り、そして二度と目覚めない。
- 855 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:28:52.75 ID:gPO8oWVwo
(まァキャパシティダウンも破壊したし資料も全部燃やした、不良どももあれだけボコしとけばもォ馬鹿なことをしよォとは思わねェだろ)
……これは、ただの不良を殺してしまうことに躊躇いを覚えている自分への言い訳だ。
しかしそれを自覚していても、やはり彼らを手に掛けたいとは思えない。
「……チッ」
一方通行は舌打ちをすると、踵を返して歩き始めた。
しかしその手の中には、不良たちのリーダーを務めていた男から強奪した携帯電話が握られている。
少しでも例の研究者についての情報を手に入れたかったから、だが。
(アイツらの言ってたことは本当らしいな。……マジで何の情報も無いとは)
まああの状況でまだ嘘を吐いていたとしたら大したものだが、それでも淡い希望を捨てられずにいた一方通行は深い溜め息をついた。
結局、彼が得られた例の研究者についての情報はほとんどゼロだった。
居場所どころか名前や容姿、どんな研究をしていた人間なのかもさっぱりだ。これでは埒が明かない。
(……ホント、どォしたモンかね)
一方通行は溜め息をつくと、何の情報源にもならなかった携帯電話を投げ捨てる。
苛立ち紛れに結構な勢いで投げたからか、地面に叩き付けられた携帯電話はバラバラに砕け散った。
(…………。取り敢えず風紀委員にこれを届けておくか。今更な気もするが、もしかしたら黒幕に辿り着くかもしれねェし)
路地裏から表通りへと出る。
美琴の話では、白井たちの勤めている風紀委員一七七支部はここからそう離れてはいなかったはずだ。
確かこっちだったか、と記憶を掘り起こしながら歩き始めようとした、その時。
- 856 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:29:19.35 ID:gPO8oWVwo
「う、おっと」
「きゃあっ!?」
考え事をしながら歩いていたからか、うっかり走ってきた少女とぶつかってしまった。
一方通行は軽くよろめいただけで済んだが、少女はかなりの勢いで走っていたからか転んで持ち物を地面にぶちまけてしまう。
「悪ィ。大丈夫か?」
「い、いえ、あたしもちょっと不注意だったので……」
ぶつけたらしい膝を擦りながら立ち上がる少女の顔を見て、一方通行ははっとした。
何処かで見覚えがある顔だったからだ。
……彼女は、確か。
「……佐天、涙子だったか?」
「あ、鈴科さんだったんですか。どーも済みませんでした」
「いや。それより色々落としてンぞ」
「うわっ、いっけない!」
地面にばら撒かれてしまった自分の持ち物を、佐天は慌てて拾い集め始めた。
こうなったのは半分以上くらい自分の所為なので、一方通行も彼女の持ち物を拾い集めるのを手伝ってやる。
ふと、一方通行はバス停のベンチの下に音楽プレイヤーが落ちているのを発見した。
恐らくこれも佐天のものだろう。
彼はしゃがみ込んでだいぶ奥まですべり込んでしまっていた音楽プレイヤーを取り出すと、持ち物の確認をしている彼女に向かって差し出した。
- 857 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:30:00.22 ID:gPO8oWVwo
「オイ、これもオマエのだよな?」
「へ? あっ、そうです! ありがとうございます!」
佐天は彼の手にある音楽プレイヤーを見るなり、大慌てでそれを受け取った。
ともすれば引っ手繰られたと表現しても過言ではない程の勢いに、一方通行は少し驚く。よっぽど大切なものなのだろうか。
「……あの、これの中身とか見えちゃいました?」
「見てねェよ、心配すンな」
「そ、そうですか」
一方通行の言葉に、佐天は密かに安堵しているようだった。
その意図が分からずに彼は首を傾げたが、知られたくないことのようだし詮索しない方が良いだろう。
「それじゃ、あたしもう行きますね。本当に済みませんでした」
「あれは俺も悪かったから、気にすンな。ただし、今度はちゃンと前見て歩けよ」
「はい、気を付けます」
佐天は丁寧に頭を下げると、何処かへと歩き去ってしまおうとする。
そして一方通行も風紀委員の支部へ行かなければならないことを思い出して歩き始めようとした時、唐突に引き留められた。
「あ、あのっ!」
「……何だ?」
- 858 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:30:27.17 ID:gPO8oWVwo
歩き去ろうとしていたはずの佐天が、こちらに向き直って声を掛けてきたのだ。
一方通行も振り返り、それに応じてやる。
「ええと……、その。鈴科さんって何歳ですか?」
「……高一。十五」
適当だが、上条もそれくらいだったので多分合っているだろう。
それを聞いて、佐天は何故か複雑そうな顔をする。
「じゃああたしの三学年上ですね。あたし、中一なんで」
「それがどォかしたのか?」
「あ、あはは。別に何でもないですよぉ。……それと、もう一つ良いですか?」
「……? 構わねェが」
「その、……鈴科さんって、レベルいくつですか?」
唐突な質問に、一方通行は訝しげな顔をする。
……そう言えば、佐天は自己紹介の時に自分のことを無能力者と言っていた気がする。やはり、それを気にしているのだろうか。
一方通行は少し迷ったが、ここは嘘を吐くような場面ではない。素直に答えた。
「……大能力者だ」
「そ……、そうなんですか。すごいなあ、白井さんと一緒ですね!」
「まァ、な。……何かあったのか?」
- 859 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:30:58.50 ID:gPO8oWVwo
「いえいえ、何も無かったですって! 嫌だなあ、あたしってばそんなに挙動不審ですか?」
「それなりに」
「ばっさりですか……。とにかく、変なこと訊いちゃって済みませんでした。それじゃ、今度こそ失礼しますね」
「あァ。気ィ付けろよ」
「……はい。じゃあまた」
佐天は再び軽く頭を下げると、今度こそ去って行ってしまった。
一方通行はどう考えても様子のおかしかった彼女に、気持ち悪い引っ掛かりを感じる。
あの、音楽プレイヤー。
(まさか、な)
きっと、ただの偶然だ。
佐天の持っていた音楽プレイヤーとあの音楽プレイヤーの形が良く似ていたので、根拠もなく同一視してしまっているだけだ。
一方通行はそう思い込むことによって嫌な考えを振り払うと、本来の目的地である風紀委員の支部へと向かっていく。
(……と。ここか?)
思っていたよりも近かったらしい。数分も歩かない内に到着してしまった。
そして一方通行は取り敢えず一七七支部の扉の前までやって来てそのノブを引こうとしたが、当然ながらロックが掛かっていて開かない。
「?」
しかし一方通行は風紀委員の支部を何だと思っているのか、不思議そうに首を傾げた。
どうやら彼は風紀委員の支部を交番のようなものだと思っているらしい。
よって、自由に訪ねることができないのはおかしい、と思っているようだ。
- 860 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:31:30.99 ID:gPO8oWVwo
(っつゥことは、留守か? ……まァ、中で待ってりゃイイか)
留守というのはまあ正解なのだが、このまま中に入るのは立派な不法侵入だ。
だが勘違いしたままの一方通行は能力を使って強制的に鍵を回して扉を開閉可能な状態にすると、悠々とその中へと入って行く。
一応帰って来た風紀委員が鍵が掛かっていなくて驚くといけないので、鍵は元に戻しておいた。
(コレだけ置いてっても良いンだが……。それじゃあまりにも不親切すぎるか)
一方通行は懐に仕舞っていた紙束を取り出すと、それを適当なデスクの上に置いた。
そして自分もそのデスクの椅子に座り、白井たちを待つことにする。
……当たり前だが、待っている間は非常に暇だ。彼は暇潰しできるような道具を持っていないし、こんな場所にそんなものがある筈もない。
(ン? ……これは)
ちょうど向かいのデスクに置いてあったものを見つけて、一方通行は手を伸ばした。
彼が手に取ったのは、見覚えのある音楽プレイヤー。美琴のものだ。
そう言えば美琴はかなり頻繁にこの一七七支部に出入りしているとか言っていたので、うっかり忘れて行ってしまったのだろう。
(今日はやたらと音楽プレイヤーに縁があるな。どォいう日なンだ?)
下らないことを考えながら、音楽プレイヤーを弄ってみる。
意外と、収録されている曲数は少なかった。
確かこの音楽プレイヤーは新型で、つい先日買ったばかりなんてことを言っていたからまだ少ないのだろう。
(御坂がお勧めっつってた曲は……、どれだ? まァ良い、暇だし適当に聴いてくか)
付けっ放しにされていたイヤホンを装着し、一方通行は再生ボタンを押してみる。
そして流れてきたのは、静かなインスト曲だった。少し意外だ。
(……、…………。眠くなってきた)
静かな曲の所為か、急激に眠気が襲ってきた。
しかし拒む理由も無いので、一方通行は大人しく睡魔に身を委ねて机に突っ伏する。
腕の中に頭をうずめた一方通行は、数分も経たないうちに眠りに落ちた。
- 861 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:31:58.58 ID:gPO8oWVwo
―――――
「はあ、災難でしたわ……」
「お疲れ様でしたー。それにしても、本当に病院行かなくて良いんですか?」
「そうよ、こういう時は大事を取らないと!」
「お気遣い感謝します。ですがそうはいっていられない状況ですので……。お姉様も、お手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした」
「良いのよ、こんな時くらい頼りなさい。可愛い後輩の為なんだからさっ」
三人で何処かに出かけていたのか、美琴と白井と初春が揃ってぞろぞろと177支部へと流れ込んできた。
しかしその中でも白井は負傷しているらしく、あちらこちらに包帯やガーゼが当てられている。
結構な怪我であるにも関わらず応急処置で済ませてしまっているので、美琴たちは本当に大丈夫なのだろうかと心配そうな顔をしていた。
「でも、白井さんは暫らく休んで下さいね。その身体じゃとてもじゃないですけど取引現場の差し押さえなんてできません」
「大丈夫ですわ! 見た目ほど大したことはありません」
「駄目だってば。黒子が復活するまでは私が初春さんの手伝いをするから。ね?」
「お姉様、こういうのは風紀委員の仕事であって一般人のお姉様が関わって良いようなことではありませんのよ?
今回の戦闘行動は風紀委員の手伝いということで大目に見ますが、通常なら一般人の対人能力使用は立派な暴行ですわ」
「分かってるってば。だからきちんと初春さんの指示の範囲内に留めて……ん?」
- 862 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:32:39.77 ID:gPO8oWVwo
話している途中で、美琴が室内の異変に気付いた。
人の気配がするのだ。
彼女たちが帰って来るまで、支部は無人だった筈だ。鍵だって掛かっていたし、セキュリティにも異常は見られなかった。
「誰でしょう? 今日は私たち以外はみんな出払っちゃってる筈ですけど……」
初春が首を傾げ、美琴と白井が互いに目配せする。
侵入者の可能性を危惧しているのだ。
美琴と白井は小声で指示を出し合うと、警戒しながら人の気配のする方へと近づいていく。
すると。
「……鈴科さん?」
「あ、アンタこんなところで一体何やってんのよ」
気配の正体、机に突っ伏して熟睡している一方通行の姿を見つけた美琴と白井は、一気に脱力した。
どうやってこんなところに侵入したのかは定かではないが、彼の便利能力に掛かればきっと難しくないのだろう。
美琴は溜め息をつくと、一方通行を揺さぶって起こそうとした、が。
「これ、って」
一方通行を起こそうとした美琴は、その直前で彼の耳から伸びている黒い線に気が付いた。
なんて事のない、ただのイヤホンだ。
しかし、そのイヤホンの繋げられている先にあるものが問題だった。
白井の音楽プレイヤー。
幻想御手が収録されている、サンプルとしての音楽機器。
- 863 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:33:09.26 ID:gPO8oWVwo
「ちょっ……とアンタ! なんてモン聴いてんのよ!? 起きなさい!」
「し、白井さん。あの、幻想御手って……」
「……ええ。確か、聴いた人間の大多数が昏睡状態に陥る、という疑いが掛けられていましたわね」
美琴が乱暴に揺さぶるが、一方通行は起きる気配がない。
その横で白井は彼の耳に付いていたイヤホンを外し、音楽プレイヤーを停止させて稼働時間を確認した。
ちょうど初春と入れ違いになる形でここに入って来たのか、かなり長時間聴いていたようだ。
「この様子では、確実に幻想御手を聴いてしまっていますわね」
「きゅ、救急車呼んだ方が……?」
「コラ! お・き・な・さ・い・よ!!」
痺れを切らした美琴が一方通行の脳天にチョップを喰らわせた、その時。
きゅいんと妙な音がして、美琴の手が明後日の方向に弾き飛ばされた。痛みは無いが、何だか変な感じだ。
「へ?」
「…………、……うっせェ……」
「お、起きた!?」
「ンだよ、堂々と安眠妨害しといてその言い草は」
「ひいっ、済みません!」
一方通行に睨まれて萎縮した初春が悲鳴を上げる。
が、その一方で美琴と白井はぽかんとしていた。
- 864 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:33:36.59 ID:gPO8oWVwo
「アンタ、何ともないの?」
「何ともって、何がだ。俺はオマエの音楽プレイヤーで曲聴いて寝てただけだぞ」
「この音楽プレイヤーはわたくしのですわ! どうしてそのような勘違いを……」
白井が首を傾げながら難しい顔をするが、その横で美琴ははっとした。
彼女は、一方通行に自分の音楽プレイヤーを見せたことがある。
そしてその音楽プレイヤーは、白井とお揃いのものなのだ。しかも買ったばかりなので、二人とも何の装飾もしていない。
これでは白井の音楽プレイヤーを美琴のものだと勘違いしても仕方がない。
「ごめん、これ私のじゃないわよ。私のはこっち。黒子とお揃いなのよ」
「……あー、そォいえばそンなこと言ってたな」
「いえ、こんなところに危険なものを放置したわたくしにも非はありますわ。……それよりも、本当に何ともないんですの?」
「だから何がだよ」
「…………?」
白井は、再び自分の音楽プレイヤーの稼働時間を確認してみる。
つい先程まで再生されていた曲の順番と各曲の再生時間から計算してみると、間違いなく彼は幻想御手を聴いてしまっていた。
ただ、昏睡は即効性がある訳ではない筈なので今大丈夫なだけという可能性はあるが。
「……そうだ。アンタ、反射は?」
「ン? ……今は展開してねェが」
「反射って有害なものを感知すると無意識に展開するのよね? さっきみたいに。それって曲にも適用される?」
- 865 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/23(土) 21:34:10.67 ID:gPO8oWVwo
「曲っつゥか、音にも適用されるぞ。許容範囲の設定をミスってればアウトだが」
「じゃあ、音が有害のフィルタに引っ掛かった時ってアンタにはどういう風に知覚されるの?」
「普通に音が聞こえなくなる。……そォいや、一曲だけ無音の曲があったな。あれはどォいう目的で入れてるモンなんだ?」
「…………。ごめん、黒子ちょっと貸して」
「お姉様!?」
美琴は一人で納得したように呟くと、白井から音楽プレイヤーを奪い取って操作を始める。
暫らくして彼女は何らかの設定を完了させると、机の上に投げ出されたままだったイヤホンを一方通行に差し出した。
「悪いんだけど、これもう一回聴いて貰える?」
「御坂さん、それって……」
「どうせ一回聴いちゃってるんだから、二回目も三回目も同じよ。確かめたいことがあるの」
「分かった」
一方通行は状況を把握できていないようだったが、素直にイヤホンを受け取るとそれを耳に装着した。
それを見た美琴は暫らく躊躇ったが、やがて意を決したように再生ボタンを押す。
「……曲、聴こえる?」
「いや、何も聞こえねェ。……何がしたいンだ?」
「やっぱり」
美琴は、一方通行の言葉から何らかの確信を得たようだった。
その背後に立っている白井と初春も、驚いた顔をしている。
……斯くして、『幻想御手』の有害性が確定した。
- 873 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:41:38.83 ID:qA9b4sbZo
ご褒美に缶コーヒーを進呈。
釈然としないが、好きなものは好きなので素直に喜んでおくことにする。
「美味ェ」
「アンタって意外と安上がりよね……」
缶コーヒー(自販機産)を飲みながら寛いでいる一方通行を眺めながら、美琴が呆れたように呟いた。
聞こえていたが、否定もできないので一方通行はスルーして話を元に戻してみる。
「で、結局何だったンだ?」
「んー、話すと長くなるんだけどね……」
一方通行と美琴は、開いた机に向かい合って座りながら凄まじい勢いで作業をしている風紀委員コンビに目を向ける。
彼には彼女たちが一体何をしているのかはさっぱり分からなかったが、二人の必死な表情からかなりの真剣さは窺うことができた。
「えーっと、この間話した幻想御手(レベルアッパー)のことは覚えてる?」
「覚えてる。使用者のレベルを上げるっつゥ何とも胡散臭い道具のことだろ」
「そうそうそれ。で、それが見つかったんだけど、どうもおっそろしい副作用があるみたいなのよね」
「副作用?」
不穏な単語に、一方通行が眉を顰める。
そんな彼に同意するようにして、美琴はこくんと頷いた。
「そう、副作用。幻想御手を使うと二度と目覚めない昏睡状態になるみたいなの。確証はないから、まだ疑ってる段階だけどね」
「!」
- 874 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:42:07.31 ID:qA9b4sbZo
美琴の言葉に、一方通行が反応した。
しかし彼女は気付かずに、そのまま説明を続ける。
「どうも先週あたりから、原因不明の昏睡状態に陥る学生が増えてるみたいなの。で、その学生の殆どが幻想御手使用者なのよ」
「殆ど、ってのは?」
「それが、幻想御手を使用した形跡が一切無い人もいるのよね。
まあ上手く痕跡を隠しただけって可能性もあるんだけど、それにしては数が多いから幻想御手は関係ないんじゃないかって線もあるわ」
「…………」
聞きながら、一方通行は机の上に投げ出されていた紙束を引き寄せる。
それを見ていた美琴は、首を傾げて紙束を指差した。
「それ、何?」
「昨日言ってた風紀委員への届けモンだ。ちょっと厄介なことになっててな」
「またぁ? ったく、そういう時は私に言いなさいって言ったじゃない」
「オマエも人のこと言えねェだろォが。……オイ白井、ちょっと良いか?」
「少しだけでしたら」
ちょうど作業が一段落ついたところだったのか、パソコンに向かって作業していた白井がこちらに向き直る。
そんな彼女に、一方通行は例の紙束を投げて渡した。
- 875 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:42:39.35 ID:qA9b4sbZo
「わわっ、何なんですの?」
「最初の数ページ、赤ペンで印の付けられた能力者。見覚えはあるか?」
「へ? ちょっと待ってくださいな」
一方通行に促されて、白井は慌てて紙束に目を通してみる。
すると、一ページ目でいきなり彼女の顔が険しくなった。
しかもそれだけでは留まらない。二ページ目、三ページ目と先に進んで行くごとにどんどん彼女の目つきが鋭くなっていく。
「……鈴科さん。何処でこれを?」
「俺に絡ンできやがった不良を締め上げたら落としてった。どォも厄介な連中らしい」
「その不良たちの居場所は分かります?」
「数時間前に締め上げたばっかだが、流石にもォいねェだろォな。絡まれた場所はここから南にある大通りの東側の路地裏だ」
「そうですか……。他に、何か聞きました?」
「そのリストに従って大能力者(レベル4)を襲ってるらしい。襲った後はある曲を聴かせて後は放置、だそうだ」
「曲、というのは?」
「聴いたら復帰不能な昏睡状態になる曲らしい。流石に俺も聴いてねェが、サンプルならぶンどって来た」
「渡して頂けます?」
「あァ。ほらよ」
- 876 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:43:06.53 ID:qA9b4sbZo
一方通行は懐から強奪してきた音楽プレイヤーを取り出すと、それを白井に再び投げ渡した。
彼女はそれを受け取るとすぐさまパソコンに繋げ、その内容を確認する。
「これは……」
「な、何? どうしたの?」
「……幻想御手、ですわ」
震えた声で紡がれたその答えに、美琴も驚愕する。
これは一方通行にとっても予想外の結果だったが、彼はあまり驚かなかった。
「もっと詳しいことは分かりますか?」
「そいつらはある研究者に依頼されて大能力者を襲ってた。キャパシティダウンっつゥ道具を使ってな」
「キャパシティダウン?」
「能力者の演算を阻害し、頭痛を誘発させる音響兵器だ。耳栓である程度防げるし、無理な演算をしなけりゃ頭痛は少し抑えられるらしいが」
「そんなものが……」
「あ、アンタそんな奴らに襲われて大丈夫だったの?」
「言っただろ、俺は反射で大抵のモンは防げる。キャパシティダウンの『音』も反射の無害フィルタに引っ掛かって阻まれた」
一方通行の話を聞きながら、美琴はもはや茫然としていた。
白井も情報を纏めるので精一杯なのか、こめかみを抑えて眉間に皺を寄せている。
- 877 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:43:49.68 ID:qA9b4sbZo
「その『ある研究者』というのは?」
「俺も詳しくは知らねェ。ただ、ピンクの駆動鎧を着て女の声で話してたらしい。
まァ声なンかいくらでも変えられるし駆動鎧もいくらでも着替えられるから、さっぱり頼りになンねェけどな」
「それだけですの?」
「それだけだ。俺だってもっと情報が欲しいくらいさ」
「…………、分かりましたわ。こちらでも出来る限り調べておきます」
「あァ、頼む」
「ごめん、話について行けないんだけど」
紙束を見せて貰えなかった所為で一部置いてけぼりを喰らってしまった美琴が、所在なさげにしていた。
そんな彼女を見て、白井は溜め息をつきながら紙束を渡してやる。
「あ、ありがと。……あれ、これってこの間病院で見た昏睡状態の患者さん?」
「その通りですわ。しかも、幻想御手を使用した痕跡のなかった方々ばかりですの」
「なるほど。幻想御手を使ってないのに昏睡状態に陥った人たちは、みんなその不良たちに襲われて強制的に幻想御手を聴かされたと」
「概ねその通りでしょう。気絶させて聴かせたらその後は放置、だそうですから使用した痕跡が無いのも当然です」
「不良どもは襲撃後は対象に一切関与しなかったみてェだからな。襲った相手のレベルが上がってるかどうかなンて確認する訳がねェ」
「それ以前に大能力者は幻想御手を使ってもレベルが上がりにくいみたいだから、本人も気付かなかった可能性もあるわね」
- 878 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:44:20.55 ID:qA9b4sbZo
「そういうことですわ。……初春、話は聞きましたわね?」
「はい、ばっちり!」
恐るべき速度でのタイピングを続けながら、初春が威勢良く返事をする。
その途端、ただでさえ驚異的な速度で行われていた作業が更にスピードアップした。指がどうなっているのかさっぱり分からない。
「……アイツは何なンだ?」
「初春さんは凄腕のハッカーなのよ。調べられないことなんかないんじゃないかってくらいの」
「ハッカー? ハッキングは犯罪だった筈だが」
「風紀委員だから、ある程度合法的にハッキングができるみたい」
「イイのかそれ……」
「まあ事件解決に一役も二役も買ってる能力だから、上も何だかんだ言って黙認してくれてるみたい」
「ふゥン」
作業をしている初春の瞳には、ウィンドウが高速で現れたり消えたりしているパソコンの画面がそのまま映し出されている。
それを逐一確認している彼女の視線も、同じくらいの速さで移動していた。
美琴たちは彼女の仕事の邪魔にならないように大人しくしていたが、暫らくすると初春が大きな溜め息をつきながら背凭れに寄り掛かった。
「駄目です、やっぱりヒントが少なすぎますよぅ……」
「だよなァ……」
- 879 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:44:47.38 ID:qA9b4sbZo
「初春、諦めたら試合終了ですわ! もうちょっと粘って下さいまし!」
「もちろんですよ。て言うかいくつか怪しいところはあるんですけど、どこも風紀委員よりも強い権限を持ってるところなんですよね」
「強行突破はできませんの?」
一筋の希望に、白井が初春のパソコンを覗き込む。
しかし、初春の返事は芳しくなかった。
「出来ないことはないですけど、見つかったら後が怖いですね。風紀委員の権限だけじゃ侵入が許されない領域ですし」
「罰則覚悟なら何とかなる、と?」
「……罰則程度で何とかなると良いんですけどね。ダメもとですけど、上と掛け合ってからの方が良いですよ」
「それでは時間が掛かり過ぎてしまいますわ」
「それはそうですけど……。せめて、先輩と相談してからの方が良いんじゃないですか?」
「ですが、あの頭の固い先輩が許してくれるかどうか……」
「どうせ同じ支部に居るんですからやったら絶対にばれますよ。だったら一応最初から言うだけ言っておいた方が良いんじゃないですか?」
「うう……」
ここが初春なりの妥協点のようだったが、白井はまだ悩んでいるようだった。
一方通行はそんな彼女たちをじっと眺めていたが、やがてそれを見限って無言のまま席を立つ。
すると隣に座っていた美琴が、それを見て不思議そうな顔をした。
- 880 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:45:17.15 ID:qA9b4sbZo
「どうしたの?」
「いや、野暮用を思い出してな。世話ンなった」
「いえいえ、情報提供感謝しますわ」
「鈴科さんもありがとうございましたー」
状況に似合わず意外と暢気な声の初春たちに見送られながら、一方通行は一七七支部をあとにした。
外に出た彼は、頭の中で必要な情報を仕分けしながら目を伏せる。
(出来るだけ時間は掛けたくなかったンだが、このザマじゃ仕方ねェ。……あれで行くとするか)
- 881 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:45:50.80 ID:qA9b4sbZo
―――――
七月二十四日。
一方通行は、とある不良たちのアジトへと出向いていた。
それは、あの不良たちが根城にしていた場所。
かつて彼らが『例の研究者』と接触を図っていた場所でもあった。
(七月二十四日。確か、今日が『例の研究者』がこのアジトに新しい大能力者のリストを持ってくる日だったな)
あの不良たちを締め上げた時に聞いた、唯一の研究者に関する情報を手に入れられる機会。
彼らはなかなか口が堅かったので、これを訊くのには苦労した。
だが、それはその分だけこの情報が確かなものであるということを示している。
なのでここで『例の研究者』に関する情報を手に入れられる確率は、かなり高い筈だ。
(奴らによるとそろそろ来る頃の筈だが……)
一方通行は、アジトの物陰に隠れて入口の様子を監視している。
不良たちがいないことを不審に思われていないだろうかと不安になったが、確か接触するときは人払いをして必要最低限の人員しか
配備していないと言っていたので、問題は無い筈だ。
すると。
「!」
ガシャン、と入口の方から物音が聞こえてきた。
しかも一つ二つではない。かなりの数だ。
一方通行は駆動鎧の実物を幾度となく目にしてきたから分かる。これは、駆動鎧の集団の足音だ。
(複数? どォしてだ? 確か接触の時には毎回ピンクの駆動鎧が一人だけ、って話だったが……)
- 882 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:46:16.58 ID:qA9b4sbZo
一瞬ハメられたかと思ったが、あの状況であんなただの不良が自分の命を賭けてまで嘘を吐こうとするだろうか。
それに実際に一方通行の能力を見れば、彼に駆動鎧なんかが通用しないことも分かっている筈。
だからこれは、何者かの思惑による策の類ではない。ただ単に、偶然ピンクの駆動鎧が来れなくなって代わりが寄越されただけなのだろう。
(しかし、どォすっかねェ)
ここから飛び出して、駆動鎧をのすのは簡単だ。あの程度の駆動鎧、ちょっと殴ればすぐに稼働しなくなる。
しかし、問題はその先。殴って気絶させて、そこからどうやって情報を手に入れるか。
恐らくあの駆動鎧たちは『例の研究者』の直接の部下の筈だ。不良たちよりも遥かに口が堅いに違いない。
(……そォだ、イイこと思いついた)
ニヤリと邪悪に笑い、一方通行は立ち上がる。
そしてなんと、彼は堂々と歩いて行って駆動鎧たちの目の前に姿を現したのだ。
『!? 誰だ!』
当然ながら、駆動鎧は警戒して携行していた銃器を一方通行に向ける。
だが一方通行は動じず、それどころか似合わない笑顔さえ浮かべながら駆動鎧に近付いていく。
「あァ、警戒すンなよ。今リーダーたちは出払っちまってるから、代わりに俺がここで待機してろって言われただけだ」
『見ない顔だが』
「新入りだ。大能力者襲撃の成績が良かったから、ごく最近に信頼されるようになった」
駆動鎧たちは顔を見合わせる。
そして互いに頷き合うと、その中の一人が前へと進み出て一方通行と向き合った。
- 883 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:46:42.81 ID:qA9b4sbZo
『他の連中はどうしていないんだ?』
「ちょうど良いカモ集団を見つけてよォ。上手く行きゃあ超能力者(レベル5)もとっ捕まえられるンじゃねェかって話だ。
こンな機会は滅多にねェから、見逃してもらえるか?」
『……なるほど、了解した。では、これが次に襲撃してもらう大能力者のリストだ。きちんとリーダーに渡しておくように』
「了解。……それから、一つ聞いて良いか?」
一方通行に紙束を渡した駆動鎧が、言葉に反応して首を動かす。
当たり前だが、ヘルメットに阻まれてその表情は一切確認することはできない。
『なんだ?』
「リーダーたちテンション上がったまま出て行っちまったから、襲撃済み大能力者のリストを持って行ったままなンだよ。
また取りに来させるのも悪いし、次に接触する日までかなりあるからそっちも困るだろ? だからオマエたちの研究所の場所を教えてくれねェか?」
『………………』
すると、先頭に立っていた駆動鎧は背後を振り返って仲間と目配せした。
ヘルメットの横にあるランプが明滅しているのを見ると、どうやら駆動鎧間でのみ通用する通信を行っているらしい。
彼らは暫らくそうして会話していたが、暫らくすると一方通行に向き直った。
『分かった。絶対に外部には漏らさないと約束できるか?』
「もちろんだ」
真面目な表情をして答えている裏で、一方通行は嗤っていた。
こんなに簡単に行くとは思わなかった。どうやら不良たちは『例の研究者』によっぽど信頼されているらしい。
いや、もしかしたら信頼されているのはキャパシティダウンなのかもしれないが。
- 884 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:47:08.83 ID:qA9b4sbZo
『先進状況救助隊本部、先進状況救助隊付属研究所だ。テレスティーナ・木原・ライフライン所長に報告してくれれば良い』
「……なるほどな。お疲れさン」
駆動鎧に不穏を感じさせる暇さえ与えなかった。
一方通行が軽く腕を振ると、それだけで凄まじい突風が巻き起こってすべての駆動鎧を薙ぎ倒してしまう。
状況を把握できていない駆動鎧たちは、混乱から恐慌状態に陥った。
『な、何が……!?』
「オマエらはもォ用済みってことだよ。邪魔にならねェように、ここで暫らく眠ってろ」
がん、と地面を勢いよく踏み抜く。
途端に狭い範囲に巨大な地震が発生し、振動や落下する瓦礫に次々と駆動鎧は傷付けられ、機能を止めていった。
無機質なエラー音が、まるで輪唱のように周囲に鳴り響く。
このままでは全滅してしまう、何とかしなければ、と思ってはいても一方通行の前ではどうすることもできない。
結局、駆動鎧たちは何の抵抗も許されないままに倒れていった。
「ハイ、しゅーりょォー」
数秒後には、そこに立っているのは一方通行だけだった。
気絶しているのか故障の所為かは分からなかったが、駆動鎧たちはみなピクリとも動かない。
「それにしても先進状況救助隊、ねェ。仮にも救助隊と名の付いてる組織がこンなことしてイイのかよ。まァ俺には関係ねェが」
手近に落ちていた駆動鎧を軽く蹴ると、一方通行は足早にその場を立ち去って行った。
無論、先進状況救助隊付属研究所へと向かう為に。
- 885 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/26(火) 17:47:35.01 ID:qA9b4sbZo
―――――
「ここか」
想像よりも大きな建物を見上げながら、一方通行は一人呟いた。
当然だが、警備が厳重だ。
流石先進状況救助隊、なんて名の付いている集団の本部なだけある。
(さて、どォやって侵入するか)
入口で見張りをしている駆動鎧に見つからないように身を隠しながら、一方通行は研究所の門を覗き見ていた。
例によって、駆動鎧を撃退するだけなら簡単だ。五秒もいらない。
だが、ここは駆動鎧たちの拠点だ。いったいどれだけの駆動鎧が潜んでいるのか、想像もできない。
それに、もし長期戦に持ち込まれたら厄介だ。彼の能力には制限時間がある。
(あれからも訓練は続けてるが……。一時間はもたねェな、流石に)
それで十分な気もするが、黒幕らしいテレスティーナとかいう研究者が何処に潜んでいるか分からないというのもネックだった。
駆動鎧たちに気を取られて、テレスティーナを逃がしてしまっては元も子もない。すべて振り出しだ。
(こっそり侵入するのがベストなンだろォがこの警備状況じゃそれもほぼ不可能だろォし、俺一人じゃ工作も難しい。コネもねェしな……)
強行突破してそれっぽいところに特攻し、偶然テレスティーナに遭遇するという偶然に恵まれるとも思えない。
そんな運頼りは御免だ。無謀が過ぎる。
つまるところ、一方通行はここまで来て手詰まりになってしまったのだ。
が、その時。
「そんなところで何をしているんですか?」
唐突に背後から掛けられた声に、一方通行はぎくりとした。
見つかったか。ここは騒ぎにならない内に相手を黙らせておいて、奴らの仲間に状況が伝わってしまう前に行動を開始するのが最善の筈。
そう思い至った一方通行は背後を振り返り身構えようとして、そこに居る人物に驚いた。
見覚えのある、小さな体躯。フードの付いた袖なしカーディガンにホットパンツ。下手をすれば小学生に見えてしまいそうな程に幼い容姿。
「……オマエは」
いつか、滝壺を助けた時に出会った少女。
名前は確か、……絹旗。
- 896 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:34:04.77 ID:5TmlY6Ogo
「超驚きました。まさかただの超一般人が、あそこからこんなところにまで辿り着くとは」
絹旗最愛に連れられて、一方通行は研究所の外周部を歩いていた。
その慣れた様子に不審を感じるが、不思議なことに敵意や悪意は感じない。
だからなのか、一方通行は何となく彼女を突っぱねてわざわざ別行動を取ろうとは思えなかった。
「……オマエは何者なンだ?」
「超難しい質問ですね。まあ風紀委員の超少数精鋭バージョンだとでも思って頂ければ超結構です」
「風紀委員? 治安維持組織なのか?」
「まあそんなところです。一般には超知られていませんが、一応学園都市公認の組織なので超安心してください」
何だか余計に胡散臭くなった気がするが、一方通行は必要以上に追及しなかった。
今重要なのは、彼女の正体なんかではない。
「で、その自称治安維持組織が俺みてェな一般人にンなこと喋っちまってイイのかよ」
「超人手が足りないんです。そこで、あなたにご協力頂こうかと」
「俺に?」
「そうです。あなたは超……、えーと、大能力者ですよね? 超独力でここに辿り着いたことも含めて、そこそこの戦力になるとお見受けしましたが」
「その口調不便そォだな。超能力者か大能力者か分かりゃしねェ」
「ちょ、超うるさいです! そんなことより超協力してくれるのかくれないのか、はっきりしてください!」
- 897 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:34:30.72 ID:5TmlY6Ogo
「行くさ。当然だ」
即答したからか、絹旗は一瞬面食らったようだった。
しかしすぐに元の調子に戻り、にやりと悪戯っぽく笑う。
「超良い返事です。やはりそう来なくては面白くありません」
「あァ。宜しく頼む」
言って、一方通行は絹旗に向かって右手を差し出す。
そして彼女は、迷わずにその手を取った。
……思えば、一方通行がこうして自分から初対面の相手に歩み寄るのは初めてかもしれない。
「じゃァ、作戦の概要を教えてくれ」
「もちろんです。まず、私たちは超先行してキャパシティダウンやその他研究機材を超破壊します」
「先行?」
「はい、メインの襲撃は後発隊の麦野……私たちのリーダーに超任せてありますので、私たちはあくまで超陽動です」
「そンなンでイイのかよ」
「流石に超一般人にそこまで高度なことは求めていません。それに、陽動だって超立派な仕事ですよ? それなりに危険ですし」
「ふゥン」
一方通行が拍子抜けしたように軽い調子で答える。
と、唐突に絹旗が足を止めた。
彼は危うくその小さな背中にぶつかってしまいそうになったが、何とか立ち止まって彼女の様子を窺ってみる。
- 898 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:34:57.68 ID:5TmlY6Ogo
「どォした?」
「……超まずいですね。別行動で超先行していた馬鹿が超ドジをやらかしたようです」
「大丈夫なのか」
「まあ、少々予定は狂いましたがそこまで問題があるわけではありません。
ただし、最初に予定していた侵入経路よりも超危険な道を通るハメになってしまいましたね。準備は超大丈夫ですか?」
「あァ」
そう返事をする一方通行の声は、少し緊張していた。
しかし絹旗は構わずに、軽く地面を蹴って高く跳び上がり研究所の塀の上へと着地する。
「超手助けはいりませんよね?」
「当然」
一方通行もそれに倣って跳び上がり、彼女の隣に着地する。
途端、ほんの一瞬だが頭痛に襲われた。
しかし、それはすぐに反射に阻まれて消失する。
「……キャパシティダウンが動いてるな」
「私たちよりも先に侵入していた超馬鹿が見つかってしまったみたいなんですよ。超申し訳ありません」
「俺は大丈夫だが。……オマエとそいつは大丈夫なのか?」
「私は能力で外部の音が超聞こえないようにしていますので平気です。あっちも無能力者ですから超問題ありません」
- 899 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:35:23.62 ID:5TmlY6Ogo
「……会話できてるみてェだが」
「読唇術が使えますので、超普通に喋っていただいて構いません。ただ、こちらを向いてくださらないと意味はありませんよ」
「了解」
そして、二人はほぼ同時に塀から飛び降りて研究所の敷地内へと降り立った。
不思議なことに警報は鳴り響かなかったが、近くを警備していたらしい何体かの駆動鎧が襲い掛かってくる。
「フレンダは超仕事をしたようですね。セキュリティは一応切ってあるようです」
「キャパシティダウンは動いてるのにか」
「キャパシティダウンは電源装置がセキュリティとは超別の場所にあるんですよ。もともと切れるとは超思っていません」
「にしても……、前に見た時よりでかくなってねェか」
「超改良に改良を重ねたようですね。ですがその分巨大になり、喰う電気も超跳ね上がっている筈です。見つけるのが簡単なのは超助かりますね」
「確かにな」
世間話でもするような調子で喋りながら、二人は苦も無く駆動鎧を薙ぎ倒していく。
一方通行は風や地震などを駆使して戦っているが、絹旗はなんと素手で鉄の塊を殴る、なんていう荒業をやってのけていた。
恐らく身体強化系の能力なのだろうが、拳が痛くなったりはしないのだろうか。
「そォいや、オマエはレベルいくつだ?」
「大能力者です。あなたと超同じですよ」
- 900 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:35:52.59 ID:5TmlY6Ogo
「滝壺も確か大能力者だったな。で、もォ一人の陽動は無能力者か。変わった組織だ」
「自分でも超そう思います。まあ仕事さえきちんとこなせれば能力のレベルなんて超関係ありませんが」
「その通りだな」
低能力者(レベル1)の初春が風紀委員で活躍していた姿を思い返しながら、一方通行は同意する。
そしてちょうど二人の会話が途切れた頃、最後の駆動鎧が地面に倒れ伏した。
「さて、これで暫らくは超大丈夫なはずです。それでは早速キャパシティダウンを超破壊しに行きましょう」
「アレか」
「アレもそうですが、東西南北にそれぞれ一ヶ所ずつ、計四か所に配置されているようです。それらを順番に超壊して行きましょう」
「手分けすンのか?」
「はい。私が北と東、あなたが南と西にあるキャパシティダウンを超破壊します。制限時間は十分。できますか?」
「五分で行けるだろ」
「超頼もしいですね。お願いしましたよ」
絹旗は薄く笑いながらそう言うと、軽く手を振ってからあっという間に走り去ってしまった。
……そう言えば、先程は彼女を身体強化系の能力者だと推測したが、それならキャパシティダウンの音をどうやって防いでいるのかの説明がつかない。
耳栓をしているようには見えなかったし、一体何の能力だったのだろうか。
(っと、ンなこと考えてる場合じゃねェな)
- 901 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:36:20.77 ID:5TmlY6Ogo
制限時間は十分。いや、大口を叩いてしまった以上五分で片付けなければならないか。
しかし、それでも充分だ。
駆動鎧は彼の行く手を阻む壁にさえならない。
彼にとっては何の害にもならないのだから、無視して突っ切って行ってしまっても良いくらいだ。
(さて、行くか)
一方通行は悪い笑顔を浮かべると、地面を蹴って一瞬で姿を消す。
後に残されたのは、山と積まれた無数の駆動鎧だけだった。
- 902 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:36:52.52 ID:5TmlY6Ogo
―――――
絹旗と外周部を歩いていた時も思ったことだが、この研究所の敷地は非常に広い。
気を遣ってくれたのか、二人が研究所に侵入した位置は西のキャパシティダウンにほど近い場所だった。
なので一つ目のキャパシティダウン破壊はすぐに為し得たのだが、問題はその次だった。
早い話が、遠いのだ。
能力の使用制限のこともあるのであまり能力を浪費したくないのだが、何とか制限時間以内に目的を達成するには能力をフル活用して
走り続ける他に無い。まあどちらにしろあちらこちらから駆動鎧が湧いてくるので、かなりの頻度で反射を使わなくてはならないが。
(ったく、一体何人潜ンでンだ?)
向かってくる駆動鎧を次々と薙ぎ倒しながら、一方通行は溜め息をつく。
キャパシティダウンは見えているが、まだ遠い。
また、やはり要であるキャパシティダウン周辺の警備は厳重になっているのか、倒しても倒しても駆動鎧が湧いてくる。
しかも、先進状況救助隊と言うだけあってその駆動鎧は悉くが最新型だ。
(金掛けてンなァ……。勿体ねェ)
一方通行はどんな攻撃が来たとしてもすべて反射で跳ね返せるから良いが、これでは絹旗が少し心配だ。
彼女が一体どういう能力者なのかは知らないが、こういう攻撃からきちんと身を守れるような能力なのだろうか。
(…………、まァ自称プロだからな。俺は俺の仕事をするだけだ)
向かってくる駆動鎧を風で吹き飛ばし体勢を崩したところに、首に手刀を落として破壊する。
大抵の駆動鎧には装備している人間の意識を補助して操作させる為の機構があるのだが、その中枢は大体首に備え付けられている。
だから、そこを破壊すれば最小限の力で駆動鎧を無力化させることができるのだ。
あまり能力を無駄遣いできない状況なので、こうした節約はとても重要だ。
- 903 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:37:19.39 ID:5TmlY6Ogo
(身体強化程度なら消耗は少ないしな。風は演算が複雑だし、地震は使う力が大きいから消耗が激しい。
一度に大勢を排除できるから便利は便利なンだが)
一番簡単なのは反射状態のまま突っ込むことなのだが、流石に相手も学習しているのか無闇に攻撃してこない。
彼の弱点を把握しているわけではないだろうが、時間稼ぎに重点を置いているのも少し面倒臭かった。
駆動鎧たちにしてみれば、「手も足も出ないのでせめて時間稼ぎくらいはしよう」という考えなのだろうが。
(無視しても良いンだが、後々厄介なことになりかねない。敵の戦力は少しでも多く潰しておくに限る)
キャパシティダウンが近づいてくる。
同時に、駆動鎧の数も増えてきた。
その型も、先に進むごとに強固で性能の高いものに変化して行っている気がする。
攻撃自体は脅威ではないが、破壊には一苦労だ。
(キャパシティダウンまでそォ距離はねェが、何があるか分からねェからな。念の為に節約しておくか)
一方通行は更に強く地面を蹴って、加速する。
マシンガンを向けてきたグリーンマーブルの駆動鎧に向かって駆け、銃口に手のひらを宛がって塞ぐ。
その速度に反応できなかった駆動鎧は、引き金を引く指を止めることができずにマシンガンを暴発させた。
流石に駆動鎧を着ているので中身の人間を負傷させるには至らないが、駆動鎧を故障させて稼働停止に追い込むにはこれで充分だ。
(……現在三分経過。充分か)
続いて、今度はブルーマーブルの駆動鎧が三体同時に現れた。
どういうコンセプトの駆動鎧なのか、三体とも銃器などの武器らしい武器は持っていない。
(まァ、銃器なンてモンは俺に対しては逆効果だから、それが正解かもな)
飛び掛かって来た一体目の駆動鎧の足を掴み、そのまま地面に叩き付ける。
そこにすかさず接近してきた二体目の駆動鎧が一方通行の顔面を狙って殴り掛かってきたが、彼はあえて回避しなかった。
言うまでもないだろうが、その必要が無いからだ。
- 904 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:37:47.23 ID:5TmlY6Ogo
案の定一方通行の顔面を殴って腕を大破させた駆動鎧は、怯んで一歩後ろに後ずさった。
ここで追い打ちを掛ければ良かったのだろうが、背後で三体目の駆動鎧が何やら不穏な動きをしていたので、彼はそちらに意識を向ける。
ガチャガチャと何かを組み立てる音と同時に向き直ると、そこには腕をホースのような形に変形させた駆動鎧。
また銃器の類かと思って、一方通行は構わず三体目の駆動鎧に攻撃を加えようとした、が。
彼はその砲口から飛び出してきたのが、砲弾ではなく炎であることに気付いて慌てて飛び退いた。
火炎放射器か。
(っぶねェ。炎自体は脅威じゃねェが、あの火力じゃ酸素を奪われかねねェな)
よくよく見れば、ブルーマーブルの駆動鎧には三体とも背中に巨大な酸素ボンベのようなものが装着されている。
あの駆動鎧は、もともと炎の中もしくは炎を使って戦うことを前提とされたタイプらしい。
(が、戦法が分かっちまえばこっちもモンだ)
確かにあの火炎放射器は高威力だし、殆ど爆発のように炎を一気に吐き出すものだから酸素を奪ってしまう。
よってまともに喰らえば一方通行でも辛いのだが、同時にああいう武器は使用者の視界を奪うのだ。
また、一回目の発射から二回目の発射までに、燃料の再装填の為のタイムラグが存在する。そこがあの駆動鎧の弱点だ。
一方通行は掃射が一旦終了するタイミングを見計らって、一気に駆動鎧に接近する。
炎とそれに伴う煙が晴れると同時に目の前に現れた一方通行の姿に、駆動鎧は驚いて背後に飛び退った。
が、たったそれだけで逃げ切れるほど彼は甘くない。
「遅ェってンだ、よッ!」
ごがん、と凄まじい音を響かせながらのアッパーカット。
打ち上げられた駆動鎧の顎部分はものの見事に破壊され、そのまま罅が伝播するように広がって頭部全体が破壊される。
今回ばかりは駆動鎧でも威力を殺しきれなかったのか、中の人間は血を吐いてそのまま倒れた。
- 905 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:38:18.63 ID:5TmlY6Ogo
(他にもまだトドメを刺してねェのが……ン?)
しかし振り返った先には、一体の駆動鎧が倒れているだけだった。
確かにあと一体の駆動鎧がいたと思ったのだが……。
(逃げた、のか? まァ賢明な判断だな、どォ頑張ったところで手も足も出ねェンだから)
一方通行は最初に倒したブルーマーブルの駆動鎧に近付いていき、確かに気絶していることを確認する。
二体目の駆動鎧は最初に腕を破壊してしまったので大丈夫だろうが、一体目は地面に叩き付けただけなので火炎放射器が生きている可能性がある。
だからこの駆動鎧にまた立ち上がられて、不意打ちで火炎放射器を使われてしまったら少し危ないのだ。
(酸素を奪われた時の辛さは経験済みだからな、流石に勘弁願いてェ)
彼は、倒れている駆動鎧の右手を軽く蹴って火炎放射器を破壊する。
念の為中の人間の様子も確認してみたが、操縦者は白目をむいて完全に失神していた。これなら問題ないだろう。
(さて、キャパシティダウンは……。もうすぐそこだな)
一方通行は首を動かしてキャパシティダウンを見上げると、能力の出力を上げて一気に跳んだ。
そのまま彼はキャパシティダウンの上へと着地し、躊躇うことなく全力の拳を真下に向かって振り下ろした。
途端、凄まじい破壊音と共にキャパシティダウンが砕け散る。
しかし僅かに機械としての形を残した部分が煙を上げ、漏電しはじめた。
だが一方通行は、構わずに軽くキャパシティダウンを更に蹴りつけて追い打ちを掛ける。
その直後に、キャパシティダウンは大爆発を起こす。
無論、一方通行は反射によって無傷。
それどころか、それら爆発を反射で跳ね返して更に徹底的にキャパシティダウンを破壊した。
- 906 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:38:47.53 ID:5TmlY6Ogo
「任務終了、っと。5分ジャスト、こンなモンか」
「超お疲れ様でした。まさか本当に5分以内に任務を達成してしまうとは超思いませんでした」
「うおッ!?」
突然掛けられた声に、一方通行は驚いて振り返る。
そこには、背の高い建物の上に足を組んで座っている絹旗の姿があった。非常に悠々としている。
「オマエの方の任務は?」
「ドジやった無能力者が名誉挽回する為に超頑張ってくれたようです。私は一つ壊すだけで済みましたよ」
「そりゃ結構。そいつは汚名返上できそうか?」
「まあお仕置きは超確定ですが、若干軽くなるのではと思います。結果的に私も超楽が出来ましたしね、フォローくらいはしてあげようかと」
絹旗は立ち上がると、躊躇なく建物の上から飛び降りた。
そして猫のようなしなやかさで地面に着地すると、未だキャパシティダウンのあった場所に立っていた一方通行に降りるよう促す。
彼はそれに従って飛び降りたが、反射の方向を少し間違って地面に盛大に罅を入れてしまった。
「げ」
「……あなたが大能力者な理由が超分かった気がします。能力的には殆ど超能力者なのに」
「うるせェな、慣れてねェンだよ。
他にも設定を変えたばっかだからか反射の精度もイマイチだし、威力の高すぎる攻撃は反射できねェことがあるし……。超能力者には程遠い」
- 907 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:39:13.90 ID:5TmlY6Ogo
一方通行が拗ねたようにそっぽを向くと、ふと絹旗が笑った。
偶然彼女のそんな表情を見てしまった彼が意外そうな顔をしていると、絹旗は恥ずかしそうに咳払いしてから口を開く。
「と、とにかく超撤退しましょう。麦野たちももう侵入できたようですし、私たちの仕事は超終了です」
「こンなモンか、拍子抜けだな。その麦野ってのに加勢しに行かなくてイイのか?」
「麦野は余計な水を差されることを超嫌うので、下手なことはしない方が超身の為ですよ。帰りましょう」
「黒幕の顔くらいは見ときてェンだが」
「駄目です!」
ぴしゃりと冷たく言い放った絹旗に、一方通行は思わずびくりとしてしまった。
しかし同時に絹旗も自分の言い方や雰囲気に驚いたのか、慌てて元の調子に戻って取り繕う。
「す、すみません。とにかく、私は麦野の怒りに超触れたくないんですよ。あなただってそんな人の怒りを買うのは超御免でしょう」
「……分かった。それなら仕方ねェな」
一方通行はそれでもまだ少し不満そうだったが、絹旗が本気で嫌がっているようなので諦めてくれたようだ。
そんな彼を見て、絹旗はほっと胸を撫で下ろした。よっぽどその麦野という人が怖いのだろうか。
「で、どっから脱出するンだ?」
「セキュリティは超解除されているので出ようと思えば何処からでも出れるのですが、そうですね……」
ちょうど良い場所を探して絹旗がきょろきょろと周囲を見渡していた、その時。
ガシャン、ガシャンという駆動鎧の足音が聞こえてきた。
一つではない。しかも、そのひとつひとつの足音が今までの駆動鎧が立てていた足音よりも大きい。
どういうコンセプトの駆動鎧かは知らないが、少なくとも先程まで彼らに襲い掛かってきていた駆動鎧よりもサイズが大きいもののようだ。
- 908 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/04/29(金) 21:39:49.87 ID:5TmlY6Ogo
「どォする?」
「どうするもこうするも、超倒すしかないでしょう。麦野の負担を超減らすことにもなりますし」
「了解」
そして、暗がりから四体の駆動鎧が姿を現した。
色は、ピンク。
それを見た絹旗が驚きに目を見開いたが、一方通行は相手が黒幕かもしれないことよりも駆動鎧の右腕に装着された砲口が気になった。
何となくだが、嫌な予感がする。
「あれは、テレスティーナ……?」
『目標を発見。指示を』
『―――、――! ―――!』
『……了解。戦闘行動を開始します』
「指示を仰いでるところを見ると、下っ端っぽいが」
「…………、……。
ええ、こちらも超確認しました。麦野は間違いなくテレスティーナと超交戦しています。あれはただの超下っ端のようです、が……」
一瞬安堵したような顔になった絹旗の表情が、すぐに苦いものに変化する。
そして次に彼女から発せられた言葉に、一方通行は自分の嫌な予感が現実のものとなったことを知った。
「あの駆動鎧の、右腕。第三位の『超電磁砲』を超再現したもののようです」
- 921 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:31:54.36 ID:W4jEtkTQo
- 作戦会議をしている暇もなかった。
四体の駆動鎧が、容赦なくその砲口を二人に向けて超電磁砲を放つ。
二人は咄嗟の判断で飛び退ってそれを回避したが、その途轍もない速度と威力にひやりと背筋を凍らせた。
「超生きてますか!?」
「何とか。そっちは五体満足か?」
「今のところは」
「充分だ」
それぞれ別々の方向に飛び、しかも瓦礫や砂埃が飛び散った所為でお互いの状態が確認できない。
だが、キャパシティダウンをすべて破壊したからか、絹旗は普通に音が聞こえる状態に戻しているようだった。
そうでなくても、この状況で音が聞こえないというのは致命的だが。
「これは流石にキツイな。逃げるか」
「超そうしたいところですが、あっちはそうさせるつもりは超無いみたいですよ」
「外まで出れば追い掛けては来ねェだろ」
「それは超甘い考えです。それに相手の狙いは恐らく……」
瞬間、絹旗に向かって超電磁砲が撃ち込まれた。
砂埃を風で吹き飛ばして視界を確保しながら、一方通行は絹旗がいる筈の方向に向かって駆ける。
「絹旗!」
「超無事です。直線攻撃なので避けやすいですしね。ところで、あなたはあれ喰らっても超平気そうですか?」
- 922 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:33:09.80 ID:W4jEtkTQo
「自信ねェな、流石に威力が高すぎる。オマエは?」
「まあ、超一回くらいなら死なないんじゃないでしょうか」
「そりゃつまり、即二撃目が来たら死亡って意味か?」
「超概ね」
「そォかよ」
はっきり言ってしまえば、絹旗は一撃でもあれを喰らえば行動不能になってしまうのだ。
そうなれば、このただでさえ苦しい状況の中で一方通行は絹旗を守りながら戦わなくてはならなくなってしまう。それは、流石に無謀だ。
「とにかく、外に逃げてもアイツらは恐らく地の果てまで超追ってくるでしょうね。
被害を超最小限に留めたいのであれば、今ここで倒すしかないかと」
「選択の余地なンかねェじゃねェか」
「私も超そう思います」
再び、超電磁砲が撃ち込まれる。
早くも慣れてきたのか、二人は先程のように大きく回避するのではなく最小限の動作だけでそれを回避した。
まあ油断していると余波を喰らって吹っ飛ぶので気を抜けないが。
「倒しましょう。超行けますか?」
「行くしかねェンだろ」
「その通りですね。超説明しておきますと、あの超電磁砲はエネルギーの充填の為に発射までに若干のタイムラグがあります。
なので超狙うとしたらその隙なのですが……」
- 923 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:33:59.55 ID:W4jEtkTQo
「四体もいると隙も何もあったモンじゃねェな。そォいや、キャパシティダウンと同じ数か」
「では、超先程と同じように二手に分かれて二体ずつ破壊することにしましょうか」
「了解」
一方通行の返事と同時に、二人はそれぞれ別々の方向へと跳んだ。
直後、先程まで二人の居た場所に超電磁砲が撃ち込まれる。
背後で巻き上がる砂埃は、もう気にしない。
彼は先程超電磁砲を撃ったばかりで未だエネルギーの充填状態にある駆動鎧に向かっていく。
しかし傍にいたもう一体の駆動鎧がすかさず砲口を自分に向けたのを見て、一方通行は風を使った緊急回避を実行する。
能力で発生させた突風で自分の身体を吹き飛ばすという荒業なのだが、この程度なら反射があるので問題ない。
(つっても、微調整利かねェからある意味賭けだがな)
ひらりと地面に降り立つと、一方通行は思いきり地面に拳を振り下ろして地震を発生させた。
そして地割れを起こした地面に駆動鎧が足を取られて身動きが出来なくなった一瞬の隙に、彼は地面を蹴って一気に距離を詰める。
が、駆動鎧はバランスを崩しながらも懐へと潜り込もうとしていた一方通行に超電磁砲の砲口を向けた。
だが一方通行はその恐ろしい砲口を眼前に突き付けられたにも関わらず、
にやりと笑った。
駆動鎧はその笑顔にぎょっとしたが、引き金を引く手は止めない。
超電磁砲が放たれる。
しかし駆動鎧が引き金を引いたその時には、既にそこに一方通行の姿は無かった。
見事に空振った超電磁砲は駆動鎧の真下の地面に突き刺さり、凄まじい砂埃と凶器と成り得る無数のコンクリート片を飛び散らせる。
けれどもちろん、駆動鎧はこの程度でダメージを受けたりはしない。
- 924 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:35:02.63 ID:W4jEtkTQo
……ただ、視界は遮られてしまった。
駆動鎧は自身に内蔵されているセンサーで一方通行の捜索を図ったが、どうもセンサーが攪乱されてしまっているのか上手く行かない。
そしてその中に、センサーの探査網を妙に歪めている何かを漸く見つけることができた、その時。
「確かに駆動鎧は上等だが、使用者はてンで素人だな。情けねェ」
唐突に背後から聞こえてきた声に、駆動鎧は軽くパニックになりかけた。
超電磁砲のエネルギーの充填は未だ完了していない。
しかもこの砂埃の中では自分の姿も見えないだろうから、仲間の駆動鎧が援護射撃を行ってくれる可能性も極めて低い。
不明瞭な視界の中で、一方通行と間違えて仲間を撃ってしまってはいけないからだ。
「墓穴を掘ったな」
一方通行の腕が、するりと駆動鎧の首に回される。
駆動鎧が抵抗しようと身動きしたが、もう遅い。彼はあっという間に駆動鎧を締め上げ、その首部分をへし折る。
途端、駆動鎧は耳障りなエラー音を吐き出しながら硬直してしまった。
……中の人間がどうなったのかは分からない。確認する余裕なんてないからだ。
彼のノルマは、あと一体。
(一体だけなら大した苦はねェ。一撃目の超電磁砲を回避して、エネルギーを充填する隙を狙えばイイだけの話……)
そして彼はもう一体の駆動鎧に向き直り、超電磁砲を撃ってくるタイミングを図ろうとした、が。
駆動鎧は、一方通行のことなど見ていなかった。
その砲口は、彼とはまったく別の方向へと向いている。
絹旗最愛の方へと。
- 925 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:35:36.35 ID:W4jEtkTQo
「ッ!?」
一方通行は駆動鎧を止めるべく即座に駆けて行ったが、間に合わない。
超電磁砲が、絹旗に向かって放たれる。
「絹旗ァ!」
叫ぶと、漸く駆動鎧を一体片付けた絹旗が振り返り、気付いた。
だが、もう既に何もかもが手遅れ。
放たれた超電磁砲は、彼女の肩に直撃してその小さな身体を吹き飛ばした。
だあん、という耳を覆いたくなるような音と共に絹旗の身体が地面に叩き付けられる。
辛うじて意識はあるのかほんの僅かだけ動いてはいるが、あの状態ではとてもではないが次の超電磁砲など回避できない。
一方通行は駆けながら彼女を撃った駆動鎧に容赦なく拳を振り下ろし、操縦者を一切考慮せずに完全に破壊する。
残り一体。
だがそこで、追い打ちとばかりに絹旗が相手にする筈だった駆動鎧が彼女に超電磁砲の砲口を向けた。
先程の絹旗の言葉が蘇る。最悪の結末が脳裏を過ぎった。
(間に、合え)
一方通行が、絹旗に向かって手を伸ばす。
あと少し。
絹旗の手を掴んで引き寄せることが、できれば。
しかし。
無情にも、超電磁砲はそれよりも早く放たれる。
だが、照準は絹旗ではなかった。
それは、ある意味では幸運だったのかもしれない。
けれど彼女の代わりに狙われたのは、一方通行だった。
- 926 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:39:32.42 ID:W4jEtkTQo
砲口から撃ち出された閃光は、彼の胸を正確に撃ち貫く。
反射を使って砲弾自体は弾けたが、殺しきれなかった衝撃がそのまま彼の身体に叩き込まれる。
一方通行は地面に叩き付けられながら、咄嗟に指を地面に食い込ませて吹き飛ぶのを防いだが、彼にできたのはここまでだった。
全身を激痛が駆け巡る。動けない。
「あく、せら……」
絹旗がボロボロの身体を引き摺って近付こうとしているが、一方通行は返事もできない。声が出なかった。
ある程度能力は、軽減できた。しかしやはり、超電磁砲はあまりにも威力が高すぎた。
超電磁砲を受けた場所も悪い。胸に直撃してしまった所為なのか、上手く呼吸ができなかった。
がしゃん、がしゃんと駆動鎧の足音が聞こえてくる。
しかしそちらに意識を向ける余裕もない。
一方通行は近付いてくる駆動鎧に対して身構えることもできなかった。
それどころか、本当に意識があるのかどうかさえ怪しい。
駆動鎧が立ち止まる。
絹旗がのろのろと首を動かしてみれば、駆動鎧が二人の目の前に立っているのが見えた。
砲口ではなく、手のひらが一方通行に向けられている。
そしてその手のひらが彼に触れようとした。
その時。
倒れていた一方通行が、素早く身を起こして拳で駆動鎧の顎を打ち貫いた。
相手が油断した隙を突いた、不意打ち。
一方通行は駆動鎧の砕けた頭部から血が流れ、操縦者が白目を剥いているのを見送ると、再び地面に倒れ伏す。
最後の一撃に残っていた力をすべて注ぎ込んでしまったので、彼はもう意識を保っていることもできない。
大ダメージを受けたことには変わりがないのだ。
やがて、彼は何処かから聞こえてくる誰かの足音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
- 927 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:41:05.26 ID:W4jEtkTQo
―――――
一方通行が目を覚ましたのは、見覚えのある懐かしい病室だった。
ただ、彼の荷物や上条や美琴が持ち込んだあれこれはすべて片付けられてしまっているので、あの時とまったく同じという訳ではないが。
けれどまるであれから誰もこの病室に入っていないのではないかというくらいに、馴染んだ雰囲気が漂っている。
「おや、超目が覚めましたか」
入口の方から聞こえてきた声に振り返ってみると、そこには絹旗が立っていた。
左肩に包帯が巻いてあるのが、服の隙間から見える。
確か、彼女が超電磁砲を受けたのは左肩だった。彼女はもう治療を終えたらしい。
「大丈夫だったか?」
「それは超こちらの台詞です。あなた、肋骨が数本超イッてたんですよ」
「げ」
「……まあ、超医者が治してくれたようですが。なんなんですかあの医療技術、超理解できません」
恐らく、絹旗が言っているのは冥土帰しだろう。
一方通行は医者と言ったらまずあのカエル顔が出てくるので比較対象に乏しいのだが、それでもあの医療技術の異常さくらいは理解している。
折れた肋骨を一日も掛けずに殆ど治癒してしまうなんて、普通ではない。
もしかしたら、一方通行が無意識に能力を使って治癒を促していたのかもしれないが。
「ちなみに、私の方は骨に超罅が入ったくらいで済みました。大事を取って超安静にとは言われていますが、問題ないでしょう」
- 928 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:42:41.42 ID:W4jEtkTQo
「そォか。……ところで、オマエの仕事の方はどォなった?」
「あなたのお陰で人的被害はほぼ出ませんでした。……ただ、超問題があるにはあるのですが」
「?」
「……まああなたも無関係ではありませんし、一応教えておきましょうか。
テレスティーナを逃がしてしまったんですよ。こちらが油断した、一瞬の隙にね。
超甘く見ていたと言わざるを得ません」
「な……」
予想外の結末に、一方通行は思わず言葉を失う。
そんな彼の表情を見てか、絹旗は申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「協力して頂いたにも関わらず、申し訳ありません。超不甲斐ないです……」
「……、そォか」
「超出来る限りこちらであなたに被害が行かないように対処しますが、あなたもテレスティーナには気を付けるようにして下さい。
恐らく、あなたも顔を見られているので」
「分かった。……そォいや、アイツの目的は結局何だったンだ?」
「……そうですね。一応、お教えしておきましょうか」
巻き込んでしまったお詫び、ということなのだろうか。
本来なら一般人には教えてはいけないことだろうに、絹旗は案外あっさりと説明を承諾してくれた。
「幻想御手(レベルアッパー)、というものを超御存知ですか?」
- 929 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:43:57.58 ID:W4jEtkTQo
「あァ。能力のレベルが上がるっつゥ道具のことだろ。深刻な副作用があるってンで、風紀委員が取り締まってる奴」
「では、仕組みはどうですか? レベルが上がる理由、副作用が発生する理由は?」
「……知らねェ」
そう言えば、風紀委員の二人組が必死になって幻想御手を解析していたが、結局その原理は解明されていなかった。
純粋に興味もあったので、一方通行は素直に彼女の話に耳を傾ける。
「共感覚性を利用して、『曲』だけで脳波を書き換えていたんです。洗脳装置の超簡易版、とでも言えば良いでしょうか。
脳波を超無理やり書き換えていた為に、幻想御手使用者は脳の過負荷に耐えられずに昏睡状態に陥っていたようです」
「それの作成者がテレスティーナ、っつゥことか?」
「いえ、作成者はまた別の人物です。と言うか、テレスティーナは幻想御手事件の首謀者でさえありません」
「はァ?」
「テレスティーナは幻想御手のシステムに目を付け、とある実験を行おうとしていたようです。
それからレベルが上がる仕組みについてですが、これは同一の脳波同士の人間の間に脳波ネットワークができていたからのようですね。
脳波ネットワークに接続することによって演算能力が超向上したり、同系統の能力者のノウハウを得たりしていたらしいです。
私は専門の科学者ではありませんので、あんまり細かいことは分かりませんけど」
要するに、脳波の書き換えによってミサカネットワークのようなものを作っていた、とのことだ。
あれは彼女たちが発電能力者であるからできる芸当だとばかり思っていたのだが、まさか脳波が同一であるだけで構成できるものだとは。
ただ、その存在を確かに認識したり意図的に接続したり、といったことはできないらしいのでミサカネットワークとは少し違うが。
「副作用とレベル上昇の仕組みは分かった。テレスティーナが作成者でも首謀者でもないってこともな」
「済みません、超誤解が生じているようですね。テレスティーナは別の事件の首謀者なんですよ」
- 930 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:44:25.34 ID:W4jEtkTQo
「?」
「テレスティーナは、幻想御手事件とは超関係無いところで別の事件を起こそうとしていたんですよ。私たちはそれを超止めようとしていたのですが」
「……逃がしちまって失敗した、か?」
「まあ、……超そういうことですね」
気まずそうに、絹旗は一方通行から目を逸らす。
別に責めるつもりは無かったのだが。
いまいちコミュニケーションに慣れていない自分にうんざりしながら、彼は自分から話題を転換した。
「で、テレスティーナの目的は何だったンだ?」
「ええと、超大雑把に言うと、幻想御手を使って超強力な能力者を生み出そうとしてたってとこです」
「レベルが上がるからか?」
「超そうです」
「だが、昏睡状態になるってンなら意味ねェじゃねェか」
「そこはテレスティーナも科学者ですから、何らかの対策を練っていたのではないでしょうか。
と言うか、超強力な能力者を生み出してもそれに抵抗されては超溜まったものではありませんから、むしろ昏睡状態の方が有り難いのでは?」
「オマエ、さらっと恐ろしいこと言うな……」
- 931 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:45:32.85 ID:W4jEtkTQo
「おや、これは超失礼しました。そういう科学者を何人も見てきたものですから。
ですが実際、科学者は私たちがただ能力を吐き出すだけの人形であってくれれば良いと思っていると思いますよ?
実験動物は大人しいに越したことはありませんからね」
一方通行は表情ひとつ変えずにそんなことを言う彼女に、何だかうそ寒いものを感じた。
この小さな少女は、一体どんな世界を渡り歩いてきたのだろうか。
「流石に超脅かし過ぎましたかね? 済みません。ただあなたも超珍しい能力持ちのようですし、科学者には十分お気を付けて」
「……あァ。肝に銘じておく」
「是非そうしてください。それと、今回は本当に助かりました。超ありがとうございました」
「いや、俺も最終的には気絶したからな……。そォいや、オマエの仲間とやらは?」
「滝壺さんたちですか? 彼女たちは大した怪我もしていないようでしたので、今頃超後片付けに追われているのではないでしょうか?
なんだかんだ言ってここからが超面倒臭いところですし」
「ふゥン、ご苦労なことだ」
「ええ、超本当に。はあ、さっさと終わらせて超B級映画を見に行きたいです……」
遠い目をしながら、絹旗はうんざりといった様子で溜め息をつく。
そんな彼女を見ながら、一方通行は意外そうな声を出した。
「映画が好きなのか」
「ただの映画ではありません、超B級映画です。
あからさまに狙ったようなB級映画ではなく、超本気で予算を掛けてハリウッドを狙った上でずっこけたようなのが好みですね」
- 932 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:46:06.57 ID:W4jEtkTQo
「変わってンな……」
「超面白いですよ? まあ一般人には理解できない感覚かもしれませんが」
絹旗は、何故かやたらと得意げだ。
そこから始まった彼女のB級映画語りを一方通行は暫らく黙って聞いていたが、それが一段落した頃になって彼は躊躇いがちに口を開いた。
「…………、そォいや、よ」
「? なんでしょう?」
「俺が撃たれた時。……オマエ、何て言った?」
「へ?」
質問の意図を図りかねているのか、絹旗はきょとんとした顔をした。
しかし、こんな質問ではそんな顔をして当然だ。
それでも一方通行は暫らく言いにくそうにもたもたとしていたが、やがて意を決したように言葉を続ける。
「俺の名前、呼ンだだろ。あの時、俺をなンて呼ンだ?」
絹旗は一瞬、ぎくりとした。
が、それを一方通行に悟らせるようなへまはしない。
だから彼女はきょとんとした表情を維持したまま、首を傾げて見せた。
「超普通に、鈴科さんと呼びましたが。それが何か?」
「……そォだったか?」
「そうですよ。と言うか、超苗字しか知りませんし」
「………………」
一方通行は目を伏せて黙りこくる。
けれどあの時彼の意識は朦朧としていた筈だし、勘違いだと思わせるのは難しくない、筈だ。
「そう……、か。変なこと訊いて悪かったな」
「いえ、超大丈夫です。ところで私はこのまま帰って超休むことにしますけど、あなたは入院しますか?」
「や、俺も帰る」
「では、帰り際にその旨を超伝えておきます。超お大事に」
「オマエもな」
絹旗は軽く頭を下げると、静かに病室の扉を閉めて帰って行った。
一方通行はゆっくりと遠ざかって行くその足音をじっと聞いていたが、暫らくするとベッドから降りて帰宅の準備を始める。
空が、暗くなりかけていた。
- 933 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:46:33.07 ID:W4jEtkTQo
―――――
夕方と夜の間。空が赤と藍のグラデーションを描き出している。
そんな中で、歩いている一方通行の頭上にある空は淡い紫色に彩られていた。太陽は沈みかけ、ビルの陰にすっかり隠れてしまっている。
念の為にと渡された薬の袋を持って歩いていた一方通行は、ふと近付いてくる人影に気付いて足を止めた。
「あ」
「……お迎えに上がりました、とミサカはちょっと不機嫌です」
心なしむすっとした表情の御坂妹。
彼女は肩で風を切るような勢いで一方通行に歩み寄り、彼が持っていた薬の袋を奪い取った。
少々乱暴だが、怪我をしている彼の代わりに持ってやるということらしい。
「オイ」
「分かってはいたことですが、あなたの無茶ぶりは本当に呆れるしかありません、とミサカは溜め息をつきます。
これで病院のお世話になるのは何回目ですか?」
「……数えてねェ」
「そうです。数えるのが億劫になるくらいお世話になっているんですよ、とミサカは事実を述べます。何が言いたいかと言うと自重しろ」
(怒ってる……)
御坂妹は一方通行に背を向け、彼を置いて行ってしまいかねない程の速さでずんずんと歩いている。
一方通行は早歩きで彼女の後を追いかけながら、どうしたら良いのか分からずに困惑していた。
- 934 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:48:11.55 ID:W4jEtkTQo
「……心配したのか」
. . . . .. .. . .
「当然です、とミサカは断言します。覚悟はしていましたが、肋骨骨折は流石に頭おかしいと言わざるを得ません」
「もォ殆ど治ってるっつの。……悪かったな」
「本当にそう思っているのでしたらもう少しご自愛を、とミサカは切実にお願いします」
「分かったよ」
そうは言うものの、何だか返事がぶっきらぼうだ。
これではまるで信用できないとでも言うように、御坂妹は盛大に溜め息をつく。
「まったく。お姉様たちの性格が伝染ったのではないですか? とミサカはあの二人に疑いの目を向けます。
それに今日は『あちら』の方もてんやわんやの大騒ぎだったようですし、本当に気苦労が絶えません、とミサカは疲労感を露わにします」
「?」
「こちらの話です、とミサカは不思議そうな顔をしている一方通行を躱します。
それにしても親は子に似るとは言いますが、似なくても良いところまで似てしまいましたね、とミサカは再び大きなため息を吐きます」
「オマエ今何つった。誰が親で誰が子だ」
「聞き間違いではないですか? とミサカは口笛を吹きながらしらを切ります」
つんとそっぽを向いたまま言うと、御坂妹は本当に口笛を吹き始めた。
妙に上手いのは何故だろうか。
流石に口笛の吹き方までは洗脳装置で強制入力されたりしないだろうに。
「……ですがまあ、悪い影響ばかりではなく良い影響も与えてくれているようですのでそこは感謝しなければなりませんね、
とミサカはフォローします」
- 935 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/05(木) 23:48:58.74 ID:W4jEtkTQo
「フォローなのかよ」
「今までの説明だけですとまるでお姉様たちがあなたに悪い影響しか与えていないと誤解されかねないと思いましたので、
とミサカはお世辞であることを否定しません」
「散々な言われよォだな……。まァ、確かに記憶を失って以来アイツらとばっか一緒に居たからな。無意識に行動を模倣してることは否定しねェよ」
「実際にその通りでしょうしね、とミサカも同意します。最初の方はかなりマイナス思考だったのが、最近はかなりプラスに傾いてきていますし」
「そォか?」
「そうですよ、とミサカは肯定します。昔のあなただったら自分から進んでこんなことをしたりはしなかった筈です」
「……アイツらの能天気が伝染ったか。あンな無鉄砲な馬鹿になったつもりはねェンだが」
「まあ根暗よりは能天気の方が良いのではないですか? とミサカは私的な見解を述べます」
「誰が根暗だ」
「別にあなたを根暗と言ったわけではなくただの例示として挙げただけなのですが、
そういう反応をするという事は自分にそういう傾向があるという自覚はあるのですね、とミサカは分析しつつ逃走を図ります!」
「待てコラァ!」
一応言い過ぎたという自覚はあったのか、不穏な雰囲気を感じた御坂妹は言うだけ言って全速力で走りだす。
そして、彼女の言いように怒った一方通行が逃亡する彼女の後を追い掛けて行くと、二人はあっという間に見えなくなってしまった。
- 949 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:34:38.36 ID:Hdk35R4go
「つか……れた……」
「お疲れさン」
七月二十七日。
とあるファミレスに来ていた一方通行は、向かいの席に座るなりぐったりと倒れ込んだ美琴の頭をぽんぽんと撫でてやった。
美琴は暫らく机に突っ伏したまま動かなかったが、メニューを引き寄せてデザートのページに目を通すとティラミスを注文する。
「まったくもう、寮監ってばほんとに鬼! こちとらでかい事件を解決して疲れて帰って来たってのに容赦なく罰掃除なんだもん」
「で、その罰掃除も門限以内に終わらなくて食堂の掃除もさせられたと」
「常盤台はプールも食堂も馬鹿みたいに広いから本当に辛かった……。うう、暫らくは目を付けられないようにしとこ」
「そォしろ。オマエは何にでも首を突っ込み過ぎだ」
「妹にもそれ言われた。暫らくは自重しまーす……」
弱々しい声音で宣言すると、美琴はようやく机から顔を上げた。
しかしやっぱり疲れ果てているのか、今度はソファに思いきり身体を埋めてだらんとする。年頃の少女にあるまじき体勢で。
だが短パンだ。
「でもそのお陰で幻想御手(レベルアッパー)事件も晴れて解決、だったンだろ? 情状酌量とかねェのかよ」
「ないない、あの寮監はそういう融通利かないから。頭固いのなんのって」
「ふゥン……。ところで、事件の方はどォだったンだ?」
「あれ、ちょっとは聞いてない? 結構大騒ぎになったと思うんだけど」
- 950 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:35:31.69 ID:Hdk35R4go
「そン時俺も色々あったンだよ。それとも機密か?」
「や、そんなことないと思うけど」
仮に機密だったとしても、風紀委員でもなんでもない美琴にはそんなの関係ないのだが。
だから彼女は、ほんの少し考える素振りも見せずにぺらぺらと喋り始めてしまう。
「まあ大雑把に言うと、木山春生っていう研究者が教え子を助ける為に起こした事件、ってとこかな」
「幻想御手が教え子を助けることにどォ関係してンだよ」
「んー、洗脳装置はアンタも知ってるわよね? 幻想御手は、共感覚性を利用した超簡易的な洗脳装置だったの。
幻想御手使用者が昏睡状態になったのは、幻想御手によって強制的に脳波を木山春生のものに書き換えられたから。
他人の脳波に脳が耐えられるわけないもんね」
説明しながら、美琴が水を一口飲む。
中の氷がからんと音を立てた。
「幻想御手によって整頓された脳波は、ネットワークを形成したの。言わば巨大な演算装置ね。
幻想御手使用者のレベルが上がってたのは、そうやって他人の演算領域を借りたり能力使用のノウハウを得たりしてたからみたい」
(絹旗の話と一致してるな。やっぱ、ミサカネットワークみてェなモンか)
御坂妹たちが自らの脳波によって形成しているミサカネットワークは、それ自体が一つの意思だ。
しかしこの場合は木山春生の脳波を雛形としているので、ネットワークの主は木山春生、ということになるのだろう。
つまり、彼女はリスク無しで膨大な演算能力を得たということになるのだが。
「……まだ目的と繋がらねェンだが」
「ごめんごめん、前振りが長かったわね。でもまあこれでほとんど彼女の目的は達成できてるんだけど」
- 951 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:36:27.84 ID:Hdk35R4go
「?」
「どうも、木山は教え子を助ける為の予測演算をしたかったみたい。どうやったら助けられるのかシミュレートしたかったんだって」
「ンなモン、申請して樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)にやらせりゃイイだけの話じゃねェのか」
「それが、悉く申請が却下されてたらしいわ。どうも学園都市の上層部がグルになって木山の教え子たちが助からないようにしてたみたい」
「何で?」
「さあ……」
二人は顔を見合わせて首を傾げる。
美琴の話では木山の教え子たちは違法な人体実験の犠牲となって意識不明になったらしいのだが、どうして助けてはいけないのだろうか。
「助けられるなら助けりゃイイじゃねェか」
「うーん、何かその子たちが意識不明になることによってメリットが生じるとか? どちらにしろ碌でもない理由でしょ」
「違いねェ」
かく言う一方通行も、学園都市の怪しげな実験の犠牲者みたいなものだ。
そこに一体どんな大層な大義名分があるかは知らないが、きっと美琴たちにとっては取るに足らないようなことに決まっている。
彼女は、ここ最近それをより強く痛感するようになっていた。
「で、どォしてンなただの研究者が起こした事件を片付けるのに大騒ぎになったンだよ」
「それがさあ、木山は脳波ネットワークを利用して多才能力(マルチスキル)とかいうのになって、大暴れしてたのよ。
あれは流石の私でも倒すのにちょっと苦労しちゃった」
- 952 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:37:25.90 ID:Hdk35R4go
「多才能力?」
「そ。なんでも幻想御手の副産物で、幻想御手使用者の能力を使えるとかなんとか。一度に複数の能力を使いまくりよ」
「……それは、多重能力(デュアルスキル)か?」
「本人が言うにはちょっと違うみたいだけど。その辺は専門的な分野になるから私にはよく分かんなかった」
「………………」
多重能力。
多才能力。
その単語が、何故だか妙に引っ掛かる。
何故、だろうか。
「どうかした?」
「……いや、何でもねェ。それからはどォしたンだ? 倒せたンだろ?」
「倒せたは倒せたんだけど、直後に脳波ネットワークが暴走を起こしたとかで変な化物……AIMバーストとか言ったかな? が現れて、
今度はそれを倒すために大立ち回り。そいつも色んな能力使ってくるし超再生するしで凄かったわよ」
「よく倒せたな……」
「実は何度か殺されかけた。でもって最終的には幻想御手のアンインストールプログラムを使ってネットワーク自体を破壊して、
あとはAIMバーストの核を私が壊して終わり」
「ご苦労さン」
「もっと褒めろ。それにしても、電池切れとか初めてなったわよあの時……」
- 953 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:39:01.21 ID:Hdk35R4go
「連戦だしな」
しかも、その上で罰掃除を課せられたのだ。彼女が疲れ果てるのも無理はない。
と言うか、本当にその寮監とやらも大目に見てあげれば良いのに。
「そォいや、結局その木山とかいう研究者は目的を達成できたのか?」
「ううん。手段があんまりにもあんまりだったし、直後に暴走してAIMバーストが出現しちゃったからね。それどころじゃなかった」
「じゃあ教え子は昏睡状態のままか」
「可哀想だけど、そういうことね。まあ木山は絶対諦めないって言ってたから大丈夫よ。十数人の教え子の為に2万人弱も巻き込むような人だし」
「……それは安心してイイのか?」
「また変なことしたら私が止めに行くって釘を刺しておいたから、もうこんな馬鹿なことはしないわよ。きっと」
話しながら、彼女は店員の持って来ているティラミスに視線を固定させていた。
一方通行も目の前に置かれたコーヒーにミルクを投入する。
「幻想御手の所為で昏睡状態だった奴らは全員回復したのか?」
「うん、アンインストールプログラムのお陰でちゃんと全員目が覚めたみたい。佐天さんが倒れた時はどうしようかと思ったけどね」
「佐天が?」
「そうなの。あの子やっぱり自分のレベル気にしてたみたいでさ、幻想御手使っちゃったみたい」
- 954 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:40:11.80 ID:Hdk35R4go
先日、偶然道で出くわしたときに妙に思い詰めている雰囲気だったのは、そういう事だったのか。
あの時彼女は、使わないようにと言われている幻想御手を使うか否か、迷っていたのだ。
そして佐天は、能力者になれるかもしれないという誘惑に負けて幻想御手を使ってしまった。
「幻想御手使用者のレベルは、使用前に戻ったのか?」
「ネットワークを完全に破壊しちゃったからね。みんな、元のレベルに戻っちゃったみたい」
「……そォか」
それだと、何だかぬか喜びをさせてしまったようで少し可哀想だ。
レベルなんて昏睡と引き換えにするようなものではないが、それでも彼女たちからしてみれば喉から手が出るほど欲しいものだったろうに。
「でも、無能力者なんて言ってもまったく能力が無い人なんて滅多にいないし、ちゃんと時間を掛けて努力すればいつかレベルは上がる。
普通はみんなそうやって少しずつレベルを上げていくんだから、落ち込んでばっかりはいられないでしょ」
「一度高レベルを経験したことで向上心が生まれることもあるからな。悪いことばかりって訳でもねェだろ」
コーヒーに入れられたミルクが、カップの中で白い渦を描いている。
一方通行はそれをティースプーンでかき混ぜてから口に運んだ。
「あ。そう言えばさ、アンタはアイツに電話繋がる?」
「アイツ? 上条か?」
「そうそう。いくら電話してもメールしても全然返事来なくてさ、アンタはどうなのかなーって」
「……確かにメールが返ってきてねェな。電話はしてねェから分からねェが」
「ちょっと試してみて貰える?」
- 955 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:41:16.77 ID:Hdk35R4go
「分かった」
一方通行はポケットから携帯を取り出すと、ショートカットボタンを押して上条へと電話を掛けてみた。
しかし。
『お掛けになった電話番号は、電波の届かないところにあるか、現在使われておりません……』
「……駄目だな」
「やっぱりか……。何でだろ?」
「アイツのことだ、どォせまた携帯を踏み抜いて破壊したとかそンなだろ」
「すごい有り得る」
今更説明するまでもないだろうが、上条の不幸は本当に折り紙つきだ。
そんな不幸に常に見舞われている彼が、今更ドジって携帯を破壊するなんて不幸に晒されたとしても驚くようなことではない。
「なンだ、アイツに何か用事でもあンのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど。全然繋がらないからちょっと気になってさ」
「……それもそォだな。いつから繋がらねェンだ?」
「えっと……、二十一日から? 二十日は掛けてないから分からないんだけど」
「二十日は会ったじゃねェか」
「ああ、そう言えばそうだったわね。あの時はいつもと同じ感じだったし、まだ壊れてなかったのかしら?」
- 956 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:42:43.29 ID:Hdk35R4go
「開き直って気にしないよォにしてたって線もあるが」
「……アイツ、今回で携帯壊すの何回目なのかしら」
「俺が知ってるだけでも三回目だ。それ以前も同じ頻度で壊してるとしたら、開き直ってもおかしくねェだろ」
とは言え過去の二回のうち一回は一方通行関連の事件に巻き込まれた時に壊しただけなので、流石に普段からそこまで頻繁に壊している訳ではないだろう。
それに、美琴だって事件に巻き込まれた時に一度所持品を壊している。
「ま、何か用事があるならアイツの家に直接行くわよ。補習で忙しいみたいだけど、流石に家の前で待ち伏せてれば会えるだろうし」
「また勝負とか言って追い回してやるなよ。本当に補習で忙しそォだからな」
「分かってるって。そんなんで補習期間伸ばされて水族館がパーになったら嫌だしね」
美琴は少し心外そうにそう言うと、フォークですくったティラミスをぱくりと頬張った。
色んなことがありすぎた所為で忘れかけていたがそんな約束もあったな、と思いながら一方通行も二口目のコーヒーを口に含む。
「話を戻しちゃうけど、本当に幻想御手事件が解決して一安心、って感じね。私もやーっと肩の荷が下りたわ」
「オマエ、この事件に関してはずっと白井に付いて回ってたみてェだからな」
「あまりにも規模が大きい事件だったからね。流石にちょっと心配になっちゃって」
「どォせ興味本位もあるンだろ」
「……まあ、それはそうなんだけど」
- 957 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:43:52.46 ID:Hdk35R4go
図星を吐かれて、美琴が何とも言えない表情になる。
すると、一方通行が小さく溜め息をついた。
「そンなに事件に首を突っ込みてェなら、風紀委員にでもなったらどォだ?」
「嫌よ、風紀委員の仕事って普段はすごく地味なんだから。道の掃除したりとか迷子の案内したりとか」
「そりゃ、風紀委員だからな」
「私のイメージではもっと普段から危険な事件の解決に奔走する、って感じだったんだけど」
「風紀委員に夢見過ぎだ。警察だって普段はそォいう仕事が中心だろォが」
「それもそうね……。ただ学園都市は確かに事件が多いから、危険なことをする場合も多いみたいだけど」
「学園都市は調子に乗った能力者が犯罪を起こしまくるからな。……そォいや、幻想御手事件が解決したってことは少しは能力者犯罪は減ったのか」
「うん、むしろ幻想御手事件が始まる前よりも減ったみたい。今回の事件でみんな懲りたんでしょうね」
「あれだけの事件を目の当たりにしたンだ。巻き込まれてねェ奴らにも影響を与えてもおかしくねェだろ」
「逆に、それでもまだ犯罪に走るような奴らは本当に救いようがないわね。それとも、よっぽど切羽詰ってたりするのかしら」
何となく甘いものを口にしたくなって、一方通行はコーヒーに砂糖を入れる。
普段はあまりこうしてコーヒーを甘くしたりはしないのだが、突然何だか妙に甘いものが欲しくなったのだ。
「あれ? アンタがコーヒーに砂糖入れるの珍しいわね」
「……何となくだよ。オマエも疲れてるといつもより甘いモン食いたがるだろ」
- 958 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/09(月) 21:45:29.95 ID:Hdk35R4go
「ああ、そういう。つまり疲労のバロメーターって訳ね」
何故だか妙に納得したような顔をして、美琴はうんうんと頷く。
気付いたら、いつの間にかティラミスは完食されていた。
「そうだ。アンタ、これから何か予定ある?」
「いや、何もねェ」
「ならさ、ちょうど良いタイミングだし手掛かり探ししましょうよ。何か見つかるかも」
「……手掛かり探し?」
「そう、アンタの記憶とか正体とかの。それっぽいところ探してみたりしてさっ」
「そンな探検気分で見つかるよォなモンじゃねェと思うが……」
「大丈夫、その辺は私がパソコンで情報集めたりするからさ。ずっと前に色々やってたんだけど、最近忙しくてすっかり忘れてたのよね」
「オマエそンなことしてたのかよ。危ねェな」
呆れたように言いながら、一方通行は砂糖を入れたコーヒーを飲む。
甘くなり過ぎるのが嫌でほんの少ししか砂糖を入れなかったからか、甘さが物足りなかった。
「で、情報収集の成果はどォだったンだ?」
「それが全然……。うう、アンタ何者なのよ! なんであんなにセキュリティ厳しいのよ!」
「俺だって知りてェよ」
びしいっと人差し指で指差しながら理不尽な文句を言う美琴に、一方通行は呆れた顔をする。
その一方で、彼は砂糖をまたほんの少しだけ追加した。
「……それで、辛うじて集められた断片的な情報を頼りに足で探しに行こうかと思って。アンタも興味あるでしょ?」
「そりゃ無い訳ではねェが……」
「じゃあ決まりね。まずは第七学区にあるバイオ医研細胞研究所周辺の路地裏!」
「オマエ、疲れてるンじゃなかったか?」
「そうだけど、こういう時に大事なのって気晴らしとか忘れる為の努力よ?」
「そォかよ。もォ好きにしろ」
一方通行が諦めたようにそう言うと、美琴はにっこりと笑った。そんな彼女を見ながら、彼は伝票を手に取って立ち上がる。
美琴もそれを見て席を立つと、まるで子供みたいに鼻歌を歌いながらながらその後を付いて行った。
- 967 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:21:14.93 ID:SfnEmynoo
「そォいや、どォして研究所そのものじゃなくてその周辺の路地裏なンだ?」
「研究所のセキュリティがやばくて中身を見れなかったってのもあるけど、単純にこの周辺で第二位の目撃情報があったからよ」
「第二位の?」
「と言うか、天使的な何かがこの周辺を飛び回ってたって話ね」
「天使……? アレが……まァ確かに天使か……」
「ぶふっ! 笑っちゃうわよね、天使だって天使! でもあれ確かに天使よね。それにしても天使って、天使って……」
よっぽどツボに入ったのか、美琴は必死になって笑いを噛み殺している。
実際に第二位と戦っている時は必死すぎて気にならなかったが、確かにあの羽根は天使に相違ない。
しかし、やっぱり改めて思い出してみると笑いが込み上げてくる。この気持ちは何だろう。
「ま、まあとにかく第二位がうろついてるような場所なら何かあるんじゃないかなってこと! 第二位に直接出くわすのは勘弁だけどね」
「じゃあ危ないンじゃねェか?」
「その時はあれよ、腹蹴って逃げる」
「オマエもか」
かつて、上条も同じようなことを言っていた。
何だかんだ言いながらも美琴と上条がこうして付き合いを続けられているのは、そういう部分で思考回路が似通っているからかもしれない。
「でも最近の目撃情報は無かったから、大丈夫だとは思うけどね」
「だったら情報も残ってねェンじゃねェのか」
- 968 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:21:41.58 ID:SfnEmynoo
「少しは手掛かりが残されてるかもしれないじゃない。とにかく行動あるのみ!」
美琴は気合を入れるようにガッツポーズを取ると、一方通行を置いてずんずんと路地裏の奥の方へと踏み込んで行ってしまった。
一方通行はそんな無計画な彼女に呆れながらも、大人しくその後を付いて行く。
「ホントにこンなとこに手掛かりなンてあンのかねェ……」
「そんなこと言ってたって始まらないでしょ。まずは少しでもそれっぽい場所から当たって行かないと」
「そりゃそォだが……」
すると、突然目の前を歩いていた美琴が立ち止まった。
何事かと思って彼女の背中から顔を出してみると、その先には前方からこちら側にやってくる少年の姿。
この狭い路地裏で、擦れ違わなくてはならないようだ。
「どォする? 戻るか?」
「いや、私とアンタならギリギリ行ける筈」
「それでも壁にはぶつかるぞ」
「仕方ないでしょ、それくらい我慢しなさい」
「違げェ。俺は別にどォでもイイがオマエ制服じゃねェか」
「良いのよ替えあるし!」
美琴が強硬にそう主張するので、一方通行も仕方なく彼女に倣ってギリギリまで壁に寄り、何とか少年と擦れ違う。
一方通行の服は黒いので汚れは目立たなかったが、美琴のサマーセーターの背中部分は黒く汚れてしまった。
しかしそれでも良いと言ったのは他ならぬ彼女自身なので仕方がない。
……が、安心したのも束の間、今度はとてもではないが擦れ違うことなどできない程の巨体を持った男が目の前からやってくる。
- 969 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:22:10.96 ID:SfnEmynoo
「……どうしよ」
「はァ、分かったよ。掴まれ」
「あ、うん」
一方通行は美琴の手を掴むと、能力を使ってすいっと男の頭上を飛び越えた。
美琴はスカートなのでよく考えたらいろいろ問題があるような気がしたが、どうせ中身は短パンだし本人が気にしていないので良しとする。
「おーっ、アンタの能力凄いわね。手を繋いだだけであんな風に跳べるんだ」
「能力で重心と体勢を安定させたからな。それにしても、ここは普段からこンなに人通りが多いのか?」
「おっかしいわねぇ。調べた限りではそんなことは無かったはずなんだけど」
「今日に限ってか。何なンだ?」
「さあ……」
二人が揃って首を傾げていると、またしても前方から人の気配がやってきた。
またかと思った二人がうんざりしながら振り返ってみると、そこには。
「おや、お姉様に一方通行ではありませんか、とミサカは驚きます」
「妹?」
(げっ)
御坂美琴そっくりの外見に常盤台の制服、そして軍用のごついゴーグルを装備した少女。
確かに彼女は妹達だが、『御坂妹』ではない。
幸か不幸か、一瞬でそれを見抜いてしまった一方通行は大いに焦った。
- 970 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:22:38.32 ID:SfnEmynoo
何しろ、彼女の検体番号(シリアルナンバー)は13577号。
もし美琴の目の前でそんな検体番号を名乗られてしまったら、一巻の終わりだった。
「何よ、アンタこんなとこで何してんの?」
「お金集めです、とミサカは間髪入れずに即答します」
「お金集め? こんなところでお金なんて集まるの?」
「それにはちょっとした秘密がありましてですね……」
が、その時。
突然一方通行がミサカ13577号の顔を正面からがしっと掴んだ。
ミサカ13577号は流石の無表情だが、当然美琴は困惑する。
「な、何? 何なの?」
しかし戸惑っている美琴を無視して、一方通行は能力を発動させる。
いつかミサカ10039号にやったのと同じように、回線を開いて通話を行うのだ。
『オイ、オマエ自分の検体番号は名乗るなよ』
『何故ですか? とミサカは首を傾げます』
『自分の検体番号を忘れたのか? 13577はヤベェだろ』
『ふむ。それはつまりお姉様にミサカたちがそれほど大量にいることを教えたくないと? とミサカは一方通行の真意を推測します』
『そォいう事だ』
- 971 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:23:05.54 ID:SfnEmynoo
『ではミサカは何と名乗ればよいのでしょう? とミサカは代替案を求めます」
『……妹二号でイイだろ』
『それはあまりにも適当過ぎやしませんか、とミサカは不満を露わにします』
『我儘言うな。製造されてるクローンの数は少ない方がアイツのダメージは少ねェだろ。別に三号あたりでも良いが』
『似たようなものではありませんか、とミサカは溜め息をつきます。しょうがないですね、妹二号で行きましょう』
『頼ンだぞ』
『分かっています、とミサカは即答します』
そして会話の終了を確認した一方通行は、回線を切って彼女の顔から手を離す。
一方、そんな光景をずっと見せられていたにも関わらず蚊帳の外に放置されていた美琴は、もはや茫然としてしまっている。
「……ねえ、アンタたち何してんの? 何それ」
「気にすンな。それよりコイツは御坂妹じゃねェぞ」
「へっ?」
予想外の発言に、美琴は思わず変な声を出してしまう。
すると、ミサカ13577号が一歩前に出てきて美琴に向かってぺこりと頭を下げた。
「初めまして。ミサカは言わば妹二号です、とミサカは自己紹介します」
「に、二号って……。え? え?」
- 972 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:23:35.04 ID:SfnEmynoo
「つまり二人目のクローンと言うことになりますね、とミサカは困惑しているお姉様の為に補足説明をします」
ミサカ13577号の言葉に、美琴はそのままフリーズしてしまった。
案の定、驚いているらしい。
たった二号でこの反応なのだから、もし本当の検体番号を知ってしまったらどうなっていたのだろう。考えるだけで恐ろしい。
妹二号(仮)の発言を口の中で繰り返し呟いていた美琴は、やがてはっと我に返る。
「か、覚悟はしていたけど、やっぱり私のクローンってあの子だけじゃなかったのね……」
「そういうことですね、とミサカは肯定します」
「……もしかして、これまでにも何度か秘密で入れ替わってたりする?」
「いえ、それはありません。今までお姉様たちと接してきたのはすべて同じミサカ……妹一号、になりますね。とミサカは誤解を正します」
ミサカ13577号があまりにも何でもない事のように淡々と説明するからか、美琴もだんだんその雰囲気に流されてくる。
そもそも、御坂妹からクローンは一人じゃない、というようなことは何度も仄めかされてきた。
今更こんなことで驚く必要もないか、と美琴は無理矢理自分を納得させる。
「まあ良いか……。えーと、アンタのことは妹二号で良いの?」
「お好きなように及び下さい。ですが単純に妹二号の方が分かり易いと思いますよ、とミサカは最初の呼び名をお勧めします」
「……うん。じゃあそうさせて貰うわね」
突然の出来事に美琴は少し疲れてしまったようだったが、彼女はミサカ13577号へと近付いていくとすっと手を差し出した。
それがどんな意味を持つものなのか知っていたミサカ13577号は、飛び付くようにはっしとその手を掴む。
「宜しくお願いしますね、とミサカは握手に応じます」
- 973 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:24:03.59 ID:SfnEmynoo
「ええ、よろしく」
握手しながら美琴がにこっと微笑むと、ミサカ13577号も心なし嬉しそうな表情をしたような気がした。
そして、十分に握手を堪能したのち二人はゆっくりとその手を離す。
さて。
ここでミサカ13577号について説明しておこう。
彼女は、基本的にはミサカ10032号と非常に似通っている。普段の口調や素振りを見ているだけでは、殆ど彼女と見分けがつかない。
最初、美琴が彼女を御坂妹と完全に勘違いしてしまっていたのもこうした事情に起因する。
だが、ミサカ13577号はミサカ10032号とは全く異なる点が、ひとつだけ存在する。
それは。
「ところで、さっきお金集めって言ってたわよね? 何か欲しいものでもあるの?」
「まあそれもありますが……。単純にそれが好きだからですね、とミサカは趣味を告白します」
「……え? どういう意味?」
「つまりただ単にお金集めが好きだということです、とミサカは自らの嗜好を暴露します」
そう、彼女はお金が大好きなのだ。
何か買いたいものがあるらしいということは一方通行も知っているものの、それが何なのかは教えて貰えていない。
ただ、彼女がお金を集めているという事実だけは一方通行も身を以て知っていた。
何故なら彼が研究所に来て間もない時期、あまりにも彼を見物に殺到する妹達を整理しながら何故か見物料を取っていたような奴だ。
もちろん、すぐに一方通行が止めさせたが。
「か、変わった趣味ね……」
- 974 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:24:35.94 ID:SfnEmynoo
「どうかなさいましたか? とミサカは微妙な反応のお姉様の顔を覗き込みます」
「ううん、何でもないわ。でも、こんなところでお金なんか集まるの?」
「もちろんです。少しは噂を耳にしませんか?
最近、第七学区の路地裏にマネーカードが隠されていることがあるそうです、とミサカは路地裏の秘密を明かします」
「なるほど。さっきから異常に人と擦れ違うのにはそォいう事情があったのか」
先程擦れ違った二人のことを思い出しながら、一方通行は納得したように言う。
すると、ミサカ13577号が懐から大量の封筒を取り出してそれを自慢げに美琴たちに見せ付けてきた。
「ご覧ください。これがミサカの発見したマネーカードです、とミサカは無い胸を張ります」
「無い胸言うな。まあそれはともかく、すごい数ね。いくらくらいなのかしら」
「下は千円から上は五万円を超えるものまでありますので……、ざっと二十万程度と言ったところでしょうか、とミサカは概算します」
「二十ッ……!? いったい誰がそんなにばら撒いてるのよ!?」
「すげェ金持ちだってことだけは間違いねェな。勿体ねェ……」
上条なら一体それだけのお金で何日生活できるだろう、なんて下らないことに思いを馳せる。
とにかく、二十万と言うのはそれ程の大金なのだ。
誰が何の為にこんなことをしているのだろう。
「それにしてもすごい金額。それなら欲しいものってのも買えるんじゃない?」
「買えることは買えますが……、これでは一つしか買うことができないのです、とミサカは肩を落とします」
- 975 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:25:12.03 ID:SfnEmynoo
「に、二十万円もあるのにひとつしか買えないって何買うつもりなの!?」
「詳細はお教えできませんが、ひとつ十八万もする代物なのです。
それを出来るだけたくさん買いたいのですが、流石に高額なのでなかなか難航しています、とミサカは溜め息をつきます」
「何を買うつもりなのよ……」
美琴が呆れたようにそう言うが、ミサカ13577号は「トップシークレットです」と誤魔化すばかりで何も答えてくれない。
それにしても、十八万、十八万か。良いコンピュータでも買うつもりなのだろうか?
「普段から研究所で手伝いなどをしてこつこつと稼いではいるのですが……。
お皿洗いなどでは一回五百円しか貰えませんし、やはりどうしても効率が悪いのでこうしている訳です、とミサカは経緯を説明します」
「ホントに地道だな……」
小さな子供の手伝いレベルのアルバイトを一生懸命やっているらしいミサカ13577号に、美琴は不覚にもちょっときゅんとした。
クローン故に普通の学生がやっているようなアルバイトができないので、彼女はこういう事しかできないのだ。
「とにかく、お姉様たちも良ければ一緒にマネーカード探しをしませんか? とミサカは申し出てみます」
「うーん……。どうしよっか?」
「そもそもオマエが言い出したことだからな。好きにしろ」
「……じゃ、付き合おうかな」
「本当ですか、とミサカは諸手を上げて喜びます」
無表情のまま万歳三唱を始めたミサカ13577号を見て、美琴は苦笑いする。
二人目の妹とも、上手くやっていけそうだった。
- 976 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:25:41.34 ID:SfnEmynoo
―――――
「十七時四十五分。そろそろ門限の時間です、とミサカは現在時刻を報告します」
「え、もう?」
マネーカード探しの途中で唐突にそんなことを言い出したミサカ13577号を振り返り、美琴は驚いたような声を上げた。
まだ十八時にもなっていないのに門限とは、いくらなんでも早過ぎやしないだろうか。
「……そォいえば、オマエの研修はまだ先だったよな。オマエ、どォしてこンなとこうろうろしてたンだ?」
「てへ、とミサカは可愛らしい仕草で誤魔化そうとします」
「真意が丸ごと語尾に出ちゃってるわよ。つまり抜け出してきたから早めに戻らないとヤバいのね」
美琴がそう断じると、ミサカ13577号は少し気まずそうにこっくりと頷いた。
その反応に、美琴と一方通行は揃って溜め息をつく。
「ったく、やっぱり私の妹ね。ほら、見つかると面倒なんでしょ? 早く帰りなさい」
「なンだ、自覚はあったのか」
「う、うるさいわよ!」
「とにかく、研究員の皆さんに脱走を悟られると厄介なことになるのでミサカは失礼させて頂きますね、とミサカはお暇しようとします」
「あ、ちょい待ち」
- 977 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:26:16.66 ID:SfnEmynoo
背を向けようとしたミサカ13577号を引き止めると、美琴は持っていた封筒を彼女に向かって差し出した。
美琴の持っている封筒は、ミサカ13577号が最初に持っていたよりも多い。
ちなみに一方通行はその半分くらい、ミサカ13577号は美琴の1.5倍くらい。
美琴はマネーカードが発する超微弱な電磁波をキャッチすることができるらしく、面白いくらい封筒を見つけることができたのだ。
「アンタにあげるわ。私はちゃんと奨学金とか貰ってるし、アンタの方が有効に使えそうだもの」
「良いのですか? とミサカは遠慮しつつも視線は釘付けです」
封筒はかなりの数だ。
恐らく、ミサカ13577号が集めたマネーカードと合わせれば『彼女の欲しいもの』も三つくらいは買えるのではないだろうか。
「良いの良いの、これで欲しいものでも何でも買いなさい」
「……ありがとうございます、とミサカは深く感謝します」
「妹二号」
不意に一方通行に呼ばれて、ミサカ13577号は振り返る。
すると、振り返った拍子に彼女の頭に何かばさりとしたものがぶつかった。
「うきゃ!? 今度は何ですか!? とミサカは突然の出来事に狼狽します!」
「驚き過ぎだろ。俺もこれやる」
「あ、あなたもですか? とミサカは驚愕を露わにします。あなたはお姉様のようにお金持ちではなかった筈ですが……」
「良いンだよ、俺は普通に稼いでるしな。ほらよ」
「ありがとうございます、とミサカはお礼の言葉を口にします」
- 978 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:26:46.77 ID:SfnEmynoo
ミサカ13577号は封筒の束を受け取りながら、またぺこりと頭を下げた。
そしてそれをまた彼女の持っていた分の封筒と合わせる。
もう、彼女の手だけでは持ち切れないのではないかというくらいの量になっていた。きっと、かなりの額だ。
「それではミサカは研究所に帰りますね。今日は本当にお世話になりました、とミサカは改めてお礼を言います」
「良いのよ、私たちも楽しかったしね。他にも、何か困ったことがあったら何でもお姉さまに相談するのよ?」
「はい。そうさせて頂きます、とミサカは了承します。それでは」
「またね」
ぱたぱたと手を振っている美琴に見送られながら、ミサカ13577号は足早にその場を立ち去った。
やがてその後ろ姿が見えなくなってしまってから、美琴はようやく手を下ろす。
「じゃ、私たちも帰ろっか?」
「そォだな。寮監に目を付けられないよォにするンだったか」
「うんまあその通りなんだけどね……。あれ、そう言えばアンタはあの子と一緒に帰らなくてよかったの? 研究所暮らしじゃなかったっけ」
「引っ越した。つい最近」
「ほんと!? 住所教えなさいよ!」
「教えねェよ。そォいう約束だっただろォが」
「何よそれ、まだ有効だったの?」
- 979 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:27:15.91 ID:SfnEmynoo
「有効だ。諦めろ」
「むう……、仕方ないわね」
「ストーキングやハッキングはナシだぞ」
「ちっ」
「オイ今なンで舌打ちした?」
「何のことかしら」
一方通行の追及を口笛を吹きながら躱した美琴は、彼から顔を逸らした拍子にふと何かを発見する。
ちょうど目に入った路地裏の向こうに、数人の不良が屯しているのが見えたのだ。
「どォした?」
「いや、あれ」
尋ねられて、美琴は不良たちを指差す。
それにつられて、一方通行も彼らの会話に耳を傾けた。
「ホントだって!」
不良の一人が、仲間に向かって何かを必死で訴えかけている。
しかしそれに対する仲間たちは、不良の言葉を少し疑っている様子だった。
「偶然路地入ったら、女が例の封筒を置いてんのが見えてさ。後を尾けたんだよ」
「!」
嫌な予感に、二人は顔を顰めて注意深く不良たちの会話に聞き耳を立てた。
こういう時に奴らが考えそうなことなんて、知れている。
「雑居ビルみてーなトコに入ってったからそこがアジトだぜ。外から見た感じ居んのは女一人だけっぽいから楽勝だろ」
美琴と一方通行は互いに顔を見合わせる。
やがて二人は不良たちが動き出したのを見届けると、目配せしてからその後を追い始めた。
- 980 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/14(土) 20:29:26.21 ID:SfnEmynoo
- 投下終了。次回は一週間以内に。
ところでスレタイをいろいろ考えていたんですけど、スレタイの字数制限いくつでしたっけ?
次スレもやっぱり長いスレタイになるので、字数制限によってスレタイが変わるんですけど……
流石にこればっかりはテストできませんし。
できれば教えて頂けると助かります。と言うか、こういうことを教えてくれる場所を教えて下さると嬉しいです。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
宜しければ、次回もよろしくお願いします。
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