- ※未完作品
- 1 : ◆uQ UYhhD A[saga]:2011/05/21(土) 00:00:40.96 ID:gGgzkDcl0
「困った時だけ神頼みしても、奇跡が起きる訳じゃない」
「どンなに泣き叫ンだって、それを聞いて駆けつけてくれるヒーローなンざいねェ」
だから。
当スレは
上条「だからお前のことも、絶対に助けに行くよ」一方「……」
から続くSSスレです。
続きものなので、前スレから続けて読むことを推奨します。
細かい注意事項も前スレの>>1にありますので、宜しければ目を通して頂けると助かります。
では、以下投下。- 2 : ◆uQ UYhhD A[saga]:2011/05/21(土) 00:01:50.93 ID:gGgzkDclo
部屋が明るくなると同時に、乾いた拍手の音が鳴り響く。
その音に、襲い掛かって来た不良たちを返り討ちにした少女は振り返って少し意外そうな顔をした。
「いやー、オモシロイもの見せて貰ったわ。ヤバくなったら割り込もうって思ってたんだけど」
拍手をしながら部屋の入り口から姿を現したのは、美琴だ。
その後ろには、控えるようにして一方通行が立っている。
(話術と演出だけで心を折って不良を鎮圧、ね。俺もやったことがあるにはあるが、大した度胸だ)
不良たちの死屍累々を眺めながら、一方通行も部屋に入って行く。
すると、彼はふと少女が自分たちのことをじっと見詰めていることに気が付いた。
同時に美琴もそれに気付いたようで、少し怪訝そうな顔をして尋ねる。
「な、何よ。私の顔に何か付いてる?」
「あなたたち……」
「へ?」
しかし少女はそれきり口を噤んでしまい、黙り込んでしまった。
まあ美琴は有名人だし、物珍しさからまじまじと眺めてしまっただけなのかもしれない。
「ま、良いや。ところでどうしてこんなことしてるの?」
「detailed.こんなこと、とは?」
「マネーカードよ。どうしてばら撒くの?」- 3 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:02:19.44 ID:gGgzkDclo
再び、少女がじっと美琴を見つめる。
美琴はその眼力にぎくりとしたが、怯むことなく少女を見詰め返した。
「人の目で街の死角を潰しているの」
「へ?」
「マネーカードをばら撒くことで普段人目に付かない路地や裏通りに意識を向けさせ、学園都市の監視カメラの穴を人の目で埋めているの。
そうしたら、そこで起こるかもしれない『事件』を阻止できるかもしれない」
「事件? 阻止? ……よく分かんないけど、そんなの風紀委員や警備員の仕事じゃない」
「風紀委員や警備員は頼りにならないわ。『事件』が起こってから駆け付けたのでは間に合わないもの」
「?」
曖昧な物言いしかしない少女に、美琴は戸惑うことしかできない。
一方通行は割とどうでも良いと思っているのか、彼女の話など軽く聞き流しているようだったが。
「でも、私自身が目撃されて尾行されるとは迂闊だったわ。家探しされて余計なものを見られたら面倒な事になっていたかもしれないから」
言いながら、少女が部屋の真ん中にぽつんと置いてあった机の引き出しから取り出したのは、紙束だった。
当たり前だが、美琴たちの立っている位置からはその内容など見ることができない。
あれは何だろう、なんて悠長なことを考えていると、少女は突然ライターを使って紙束を燃やし始めた。
「ちょっ、良いの!?」
「because.他人に見られると厄介だから。やっぱり形の残るものは駄目ね」
話している内にも、紙束はみるみると燃えていく。
もう、半分が炎に呑み込まれて灰になってしまっていた。- 4 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:02:48.38 ID:gGgzkDclo
「ここも勝手に間借りしていただけだし、この人たちが目を覚ます前に退散しましょう」
「ま、待って! アンタの言ってる『事件』って何のこと? 何の話をしてるの?」
そのまま立ち去ってしまいそうな雰囲気の少女を引き止めようと、美琴が彼女の肩を掴もうとする。
が、その前に少女はするりと美琴の手を躱すと、そのまま美琴の横っ腹にローリングソバットをかました。
「ぐおふ!?」
「御坂!?」
「あなたは中学生私は高校生。長幼の序は守りなさい」
「す、すみませんでした……」
強烈な攻撃に横腹を抑えながら、美琴が蹲る。
一方通行はその様を暫らく茫然と眺めていたが、不意に二人の背後にあるものを目にしてしまってその表情を凍りつかせた。
「……オイ、オマエそれ」
彼がわなわなと指差したのは、美琴と少女の背後。少女が美琴に攻撃した拍子に地面に落ちてしまった、紙束だった。
無論、燃えているし壁や床やその他家具に燃え移っているし燃え盛っている。
「……indeed.証拠隠滅するなら現場もろとも目撃者も消してしまえということね」
「えっ!? 違……」
「知ーらない」
「ま、待って待ってちょっと待って! コイツらどうすんの!?」- 5 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:03:15.46 ID:gGgzkDclo
しかし少女は美琴の言葉を無視して、さっさとビルを後にしてしまった。
残された美琴と一方通行は、もはや茫然とするしかない。
「ど、どうしよう……」
「流石にこの人数を全員外に出すのはキツイなァ」
「何暢気なこと言ってんの!? あ、そうだ。アンタの能力で風を起こして鎮火とかできないの?」
「えェー……。部屋ン中は無風なンだが」
「良いからやるだけやってみてよ!」
美琴に急かされて、一方通行は仕方なく能力を使用する。
だが、完全に無風な室内の空気を操ると言っても高が知れている。生まれた風は僅かに炎を靡かせただけで、むしろ炎を燃え上がらせた。
「あァ、酸素供給……」
「どどどっどどどうすんのよ!? 事態が悪化したじゃない!」
「ンー……、なンとかなるだろ」
「アンタ最近アイツに似てきてない!? 主に楽観的なとことか楽観的なとことか楽観的なとことか!」
「落ち着け御坂。全部同じことだ」
美琴は一方通行の方を掴み、がっくんがっくんと前後に揺さぶる。
もちろん、こんなやり取りをしている内にも炎は燃え広がっていた。- 6 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:03:41.61 ID:gGgzkDclo
「って言うかもうちょっと強い風とか起こせないの!?」
「無理。俺の能力は確かに便利だが出力は微妙なンだよ。ここ無風で操るベクトルがねェし」
「じゃあどうすんのよ……」
「取り敢えず不良ども叩き起こすか。で、鎮火を手伝わせればイイだろ」
「……結構燃え広がっちゃってるけど」
「不良どもを全員外に引き摺り出すよりかは楽だと思うが」
美琴は改めて周囲を見渡してみる。確かに、不良たちは意外と数が多い。
頑張っても時間を掛けた上で一人ずつしか運び出せないだろうし、炎の燃え広がる速度はそれなりに早い。
どう考えても、炎を消すことに集中した方が建設的だ。
「仕方ないわね。やりましょう」
「じゃあ叩き起こすぞ」
「はいはい」
それから二人は、手近にいた不良を数人だけ叩き起こしてこき使い、炎の鎮火を成功させた。
炎が消えた頃には部屋の中はだいぶ酷い有様になってしまっていたが、まあ大火事になるよりはましだろう。
……ちなみに、炎を鎮火するなり起こした不良が変な因縁を付けて襲い掛かって来たので、仕方なくもう一度眠らせておいた。
- 7 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:04:09.71 ID:gGgzkDclo
―――――
ボヤを起こしたという騒ぎを聞き付けて集まって来た野次馬や警備員の目を掻い潜って、二人はこそこそと雑居ビルを抜け出した。
ざわざわと噂話をしている野次馬たちを横目に見ながら、二人は何とか人目の付かないところまで辿り着く。
「はあ、ここまで来ればもう大丈夫ね……」
「不良どもには悪いことしたがな。まァ襲い掛かってきたあっちが悪いンだが」
「まったくもう、それもこれも全部あのギョロ目の所為よ!」
「……ギョロ目、ねェ」
一方通行が腕を組み、うーんと考え込み始める。
それを見て、美琴はきょとんとした顔をしながら首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、なァンかアイツの顔に見覚えがあるよォな……」
「本当!? 何処のどいつなの!? 確か、制服は長点上機だったけど……」
「長点、上機……?」
その学校名に、一方通行は更に深く考え込む。
もうすぐ思い出せそうな様子の彼を、美琴も緊張した面持ちで見守っていた。
「そォだ、アイツ……。妹達の研究所のデータにあったな。布束砥信」- 8 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:04:36.70 ID:gGgzkDclo
「妹達の!?」
「あァ、確か妹達の面倒を見てる研究員の一人だ。だからオマエのことをまじまじと見てたのか」
「なるほど……。でも、そんな人がどうしてあんなことをしてたのかしら?」
「さァな。妹二号の様子を見るに、少なくとも妹達の方はこのことは知らねェンだとは思うが……」
「……が?」
「アイツ、相当金にがめついからな。分かっててマネーカード探しをやってた可能性がある」
「ああ、うん……」
何となくその図を想像できてしまったのか、美琴が気まずそうに目を逸らす。
とは言え、別にミサカ13577号がすべてを知っていてマネーカード探しをしていたことが確定したわけではないので些か早計だが。
「にしても、アイツは本当にどォしてこンなことをしてたンだろォな。やっぱ妹達関係か?」
「妹達関係なら、逆に路地裏に人の目を向けさせるのは不味いんじゃないかしら? あの子たちよく路地裏うろついてるし」
「それもそォか……? 確かに研究所も路地裏の奥にあるしな」
「そういう後ろめたいことをやってる研究所は、普通人目の付かないところにあるものね」
「……そォいや、『事件』を防ぐとか言ってたな」
「うーん?」- 9 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:05:06.00 ID:gGgzkDclo
今度は美琴も一緒になって考え込んでしまう。
二人は暫らくそうしていたが、まったく何も思い付かずに小さく息を吐いてから同時に顔を上げた。
「駄目だ、全然思いつかない……」
「そもそも前提が間違ってるのかもな。妹達関連じゃねェのか」
「もっとプライベートなことなのかしら?」
「そォいや、アイツは妹達以外にも様々な研究に携わってる天才って話だからな。生物学的精神医学の分野じゃ引っ張りだこらしい」
「ふーん、あのギョロ目がねぇ。ってことは、そっち関係かしら?」
「恐らくな」
「それじゃ、私たちがいくら考えたところで分かりっこないわね」
当てが外れてがっかりしたのか、美琴は肩を落とす。
だが、妹達関連の事件でないのならば美琴にも一方通行にも関係のないことだ。気にしなくても良いのかもしれない。
変に首を突っ込んで、事態を悪化させないとも限らない訳だし。
「うーん、でもなーんか引っ掛かるのよねえ」
「何が?」
「いや勘だけど……。本当に放って置いても良いのかなあ」
「良いも何も、アイツの目的が分からねェンだから仕方ねェだろ。そンなに気になるなら、今度研究所の妹達に訊いといてやるよ」
「そう? それじゃあお願いしようかしら……、ってああ!!」- 10 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:06:26.07 ID:gGgzkDclo
突然大声を出した美琴に驚いて、一方通行がびくりと肩を震わせる。
しかしそれ以上に、大声を出した張本人である美琴の方がわなわなと肩を震わせていた。
「ど、どォした?」
「門限……思いっ切りぶっちぎってる……」
「……あァー」
昼間にもう寮監に目を付けられるようなことはしないと宣言したばかりなのに、もうこのありさまだ。
まあミサカ13577号と別れたのが十八時前で、それから不良の後を尾けたり布束と色々あったり鎮火に精を出したり雑居ビルから逃げ出したりしたし、
またそれぞれにかなり時間を掛けてしまったので、無理もない。
「どうしよう……、うう、黒子が上手いこと誤魔化してくれてると良いんだけど……」
「電話してみろ」
「うん、そうする……」
今回の罰掃除が本気で辛かったらしい美琴は、おろおろとしながら携帯電話を取り出してルームメイトの白井へと連絡する。
一方通行はそんな彼女を横目に見ながら、再び布束のことを考えていた。
(妹達関連、なァ……。誘拐を懸念してる可能性はあるっちゃあるが、アイツらはネットワークがあるからな。
ンなこと気にしなくてイイ気もするンだが……)
妹達の誰かが誘拐なんてされようものなら、即座にネットワークに救難信号が送られて他の妹達が救助に向かう。
それに、誘拐犯がどんな力を持っていようとレベル2~3の能力者二万人に襲い掛かられたら、いくら何でもひとたまりもないだろう。
いや、レベルはあまり関係ないか。人数だけでアウトだ。埋まる。- 11 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:06:54.31 ID:gGgzkDclo
「……うん、うん、分かった。ホントにありがとうね。じゃあね」
「どォだった?」
「大丈夫だった! ちょうど今日は風紀委員の仕事が非番だったみたいで、ずっと寮に居たから誤魔化しといてくれたみたい」
「そォか。良かったな」
「うん。これで一安心ね」
美琴はほっと胸を撫で下ろした。
一方通行はその寮監という人を見たことは無いが、あの美琴がここまで恐れるほどなのだから相当な猛者なのだろう、と勝手な想像を膨らませる。
まあ、それはそれで間違っていないのだが。
「アンタももう帰るの?」
「まァ何もやることねェし、遅いしな。オマエも上手く誤魔化せたからって調子に乗ってねェでさっさと帰れよ」
「ふーん、そっか。でもここから寮までかなり距離あるのよね……」
「送ってった方が良いか?」
「いや、別にそこまではいいや。そういや、アンタはどっち方向?」
「真逆」
「じゃあ余計駄目じゃない。まあ私はのんびり散歩でもしながら帰るから、心配しないで」
「道草食って不良に絡まれるなよ」- 12 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:07:31.91 ID:gGgzkDclo
「大丈夫だってば、絡まれても追い払うもん」
「オマエじゃなくて、不良の心配してンだよ。意外とオマエのこと知らない馬鹿が多いからな」
「ああ、そっちね」
「納得するのかよ」
「その通りだし」
「ちょっとは否定しろよ」
「今更か弱い乙女ぶってもなあ……」
ふと想像してみて、美琴はあまりの違和感に鳥肌を立てる。自分で言うのもなんだが、そんなのは自分のキャラじゃない。
彼女には魔王の城で大人しく助けを待っているお姫さまよりも、それを助けに行く勇者の方が似合っている。
……ただし、この言葉をそのまま上条あたりに言われたりしたらビリビリしてしまいそうな気がするが。乙女心は複雑なのだ。
「って言うか、アンタの方こそ気を付けなさいよ。路地裏禁止!」
「分ァかってるっての。いい加減しつけェ」
「分かってないから言ってるのよ。こないだ支部に来たときに持って来た紙束だって、どーせ路地裏で見つけたものだったんでしょ?」
「うぐ……」
「ほら、分かったら今度からちゃんと路地裏は避けること。良いわね?」
「…………」
「返事」
「……分かったよ」
「よし」
不満そうに言う彼の一方で、美琴は満足そうに頷いた。
流石の一方通行も、これだけ言っておけばいい加減に大丈夫だろう。
「それじゃ、私ももう帰るわね。また明日!」
「あァ。またな」
そうして二人は互いに挨拶を交わすと、それぞれ軽く手を振りながら別れて行った。
また明日、いつもの通りに出会えることを疑わずに。- 13 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/21(土) 00:08:25.78 ID:gGgzkDclo
――――彼らの夜は、まだ終わらない。
- 24 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:26:31.99 ID:KACOPQpWo
「ふふふーんっふふんふんふーんっ」
鼻歌を歌いながら、美琴が暗い夜道を歩いている。
当初の目的であった一方通行についての情報は何も得られなかったものの、何だかんだ言って今日はなかなか楽しい一日だった。
だから彼女の機嫌は上々で、気ままに散策なんてしながらのんびりと寮へと向かって行っているのだ。
すると。
「ん?」
流れてきた携帯の着信メロディに、美琴はぴたりと立ち止まった。
無論、彼女の携帯電話だ。
美琴はポケットの中に入れていた携帯電話を取り出すと、発信者の名前を確認する。
そこに表示されていた名前は、初春飾利。
(初春さん? 珍しいわね、こんな時間にどうしたんだろ)
白井は風紀委員の仕事は非番だと言っていたので、そっち関係ではない筈だが……なんて思いながら美琴は応答ボタンを押す。
そして電話を耳に当てると、飴玉を転がすような甘ったるい声が聞こえてきた。
『御坂さーんっ! 私やりました、ついにやりましたよ!』
「へっ? な、何が?」
『あれですよあれ、ちょっと前に御坂さんが情報収集を依頼してきたじゃないですか。『一方通行』に関する』
こんな時にこんな場所で、しかも初春からそんな単語を聞くとは思っていなかった美琴は驚いて飛び上がりそうになる。
そしてそれと同時に、滝のような汗が流れてくるのが分かった。
「う、初春さん? それはもう良いって言ったと思うんだけど……」- 25 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:27:15.38 ID:KACOPQpWo
『ですけど解決はしてないみたいでしたし、報酬は前払いで貰っちゃったんで流石に何もしないのも悪いかなーと』
「だけど、その、えーと、大変だったでしょ?」
『はい。かなり深いところまで潜っても大した情報が得られなくって、本当に大変でしたよ』
「そ、そっか、あはは。……あのさ、まさかとは思うけどバレたりは……」
『そんなドジ踏みませんよお、白井さんじゃあるまいし! 結構ヤバそうだったんで、念に念を入れて完璧に偽装しました!』
「そうなんだ、良かった!」
初春の言葉に、美琴は心の底から安堵する。
あの初春がここまで豪語するほどなのだから、少なくとも彼女の方が目を付けられる可能性は無さそうだ。
しかし、まさかゼリーなんかの為にここまでしてくれるとは思わなかった。
確かに情報を得られるのは助かるが、危険を承知でこんなに危ない橋を渡ってくれるとは。
『ただ、少し問題があるんですよね』
「どうしたの?」
『えーと……、御坂さんの欲しい情報が何処にあるのかは掴めたんです。
ですがそこは完全な隔離区域になっていて、コンピュータからじゃどんな手を使っても侵入できないんですよ』
「なるほど。要するに、直接そこに侵入して見てくる他ないと」
『そういうことです。なので、私から直接御坂さんにお教えできる情報は殆どないんですよね……』
「いや、そこまでやってくれたんだから充分よ。あとはこっちでやるから」- 26 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:27:45.89 ID:KACOPQpWo
『ほんとにすみません。それじゃ、研究所の位置情報を御坂さんの携帯電話に送信しますね』
「了解。ありがとね」
通信を切断すると、すぐに携帯電話がメールの着信音を奏ではじめた。
美琴は携帯を操作して初春からのメールを開くと、さっそく研究所の位置情報を確認する。
(品雨大学のDNA解析ラボ、ね)
そこまでは、ここからだとかなり距離がある。
しかし、どうせ門限は破ってしまっている上に寮監は白井が上手く誤魔化してくれた。よって、帰路を急ぐ必要はない。
(……いっちょ、やってやりますか)
美琴はにやりと悪い笑みを浮かべると、研究所の方向へと視線を投げる。
そして彼女は心を決めて、目的地に向かって駆けだした。
- 27 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:28:44.73 ID:KACOPQpWo
―――――
鳴り響いた着信音に、眠りかけていた一方通行ははっと眼を覚ました。
机の上に置いてあった携帯電話を引き寄せ、発信元を確認する。
しかしそれは、見たことのない番号だった。
「?」
疑問に思いつつも、一方通行はボタンを押して電話に出る。
すると、聞こえてきたのは意外にも知っている人間の声だった。
『もしもし、鈴科か?』
「……上条?」
『ああ良かった、番号合ってたか! うっかり携帯踏み抜いちゃってさ、番号も何も全部パーですよ』
「やっぱりか。御坂がオマエにメール送ったのに返信来ないって文句言ってたぞ」
『マジで? やばいなあ怒ってるかも』
「別に特別な用がある訳じゃないっつってたし、そこは大丈夫だろ。それより何の用だ?」
『そうそう、訊きたいことがあるんだよ』
上条の声を聞きながら時計を見やれば、時刻は零時近かった。
四人の中では一番良識のある上条がこんな時間に電話してくるのは、非常に珍しい。
よっぽど大切な用事でもあるのだろうか。- 28 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:29:12.48 ID:KACOPQpWo
「何だ?」
『あのさ、お前完全記憶能力って知ってるか?』
「完全記憶能力?」
耳慣れない単語に、一方通行は思わず鸚鵡返しにしてしまう。
しかし、聞いたことがない単語ではない。
記憶喪失故に記憶関連の書物を読み漁ったことがあるので、むしろどちらかと言うとよく知っている方と言えるだろう。
「それがどォかしたのか?」
『その、完全記憶能力者が記憶のし過ぎで頭がパンクして死ぬことってあるか?』
「オマエが死ね」
『何で!?』
あんまりな一方通行の返答に、上条が驚愕の声を上げる。
だが一方通行は悪びれるどころか、更に苛立ちを露わにしながら言葉を続けた。
「オマエなァ、あンだけ勉強教えてやったのにまだ脳の仕組みも理解してねェのかよ。留年しろ」
『ぐっ、返す言葉もございません……』
「確かに完全記憶能力者はどンなゴミ記憶も忘れられねェよォにできてるが、それでどォこォなったりしねェよ」
『で、でも限界まで記憶力を使いまくったりしたら!? 例えば本を十万冊記憶するとか……』
「……はァ。イイか上条、オマエは俺が記憶喪失だってことは知ってるな?」- 29 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:29:41.46 ID:KACOPQpWo
『何だよ急に、それが何の関係が……』
「だが、俺が失ったのはエピソード記憶のみ。意味記憶と手続記憶は残ってる。そォじゃねェと、喋ることも歩くこともできねェからな」
『…………?』
「ここまで言って分からねェか。そもそも、記憶ってのはエピソード記憶だの意味記憶だのとそれぞれ独立したモンなンだよ。
容れ物が違げェンだ。
俺がエピソード記憶を全部失くしても喋ったり歩いたりできてンのは、エピソード記憶とその他の記憶の格納場所が違うお陰だ」
『容れ物が、違う……? じゃあ意味記憶に当たる本を十万冊記憶しても、エピソード記憶とは……』
「関係ねェな。つゥか、たぶン御坂もそれくらい本記憶してるンじゃねェか? アイツ記憶力良いし、意外と努力家だからな」
『……じゃあ、記憶のし過ぎで死んだりは……』
「ンなことあって溜まるか。そもそも、人の脳ってのは百四十年分の記憶は余裕で蓄えておけるようにできてンだよ。
大体、記憶のし過ぎで死ぬとか言い出したら完全記憶能力者は全員短命ってことになるじゃねェか」
『!!』
電話越しに、上条が息を呑む音が聞こえた。
しかし一方通行からしてみれば、まったく下らない問答だった。
むしろ、コイツ人がどういう状態にあるのかもよく理解してなかったのかよと文句を言いたい心境だ。
「で、疑問は解消したのか?」
『ああ、本当に助かった! ありがとな!』
「ハイハイ。これからはちゃンと勉強しろよ」
『わ、分かってるよ! とりあえずまたな!』
急いでいるのか、上条は一方通行の返事を待たずに電話を切ってしまった。
一方通行は溜め息をつきながら通話を終了させると、大人しくなった携帯電話を机の上に放り投げる。
そして再び襲い掛かって来た睡魔に身を任せ、彼はそのまま眠りについた。
- 30 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:30:09.59 ID:KACOPQpWo
―――――
「セレクターが盗まれた?」
完全に傷を完治させ、ようやく復活した矢先に聞かされた報告に垣根帝督は眉を顰めた。
そんな彼に対していた研究者は、その気迫に押されそうになりながらも報告を続ける。
「はい、それも複数。ただし、試作品(プロトタイプ)ですが……」
「そもそもアレは完成してなかっただろ。試作品でも盗まれたのは痛いんじゃねえのか」
「いえ。データ自体は残されていますしセレクターを作成する為の機材もありますので、試作品が無くなったということ自体は問題ありません」
「じゃあ何が問題なんだ」
「……どうも、セレクターを盗んだ犯人は妹達らしいのです」
その名前に、垣根が不機嫌そうに顔を歪めた。
当然それは研究者に向けられた苛立ちではなかったが、それでも彼はびくりと身体を震わせる。
「そりゃ、確かに厄介だ。あっち側に持ってかれて解析されたら今までの苦労が水の泡だ」
「こちらでも捜索を続けているのですが、なかなか足取りが掴めず……」
「…………。ところで、妹達が盗んだって証拠はあるのか?」
「もちろんです。監視カメラに妹達の姿が映っていましたし、偶然居合わせた目撃者が妹達の姿を見ました」
「チッ、確定かよ。参ったな」- 31 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:30:41.99 ID:KACOPQpWo
先日、一方通行を拘束することに躍起になって暴走した馬鹿な一部の研究者どもの所為で、この実験における私設部隊は壊滅してしまった。
その代替として用意された木原数多率いる『猟犬部隊』も、『退院日』に甚大な被害を受けてしまっている。
幸い猟犬部隊の方には人的被害は無かったので体調が回復すれば持ち直せるが、当然ながらそれまで待っていることなどできない。
……そして『反対派』の妹達は、圧倒的に人数が少ないしいざという時には上位命令文の支配下に置かれて使い物にならなくなってしまう。
「俺が動くしかないって訳か。こちとら病み上がりだってのに」
「申し訳ありません、こちらの不注意で……」
「過ぎたことを言っても仕方ねえ。アイツらがここまで野蛮な手を使ってくるとは俺も思ってなかった……、?」
そこまで言って、垣根は違和感を覚えた。
野蛮な手。
そうだ。普段の彼女たちならそうそう使ってくることなど無いような、強硬手段。
先日御坂妹が堂々と研究所に侵入してきた時、木原数多が騒ぎ立てなかったのは彼女たちがそういう性質の持ち主だからだ。
そう。彼女たちは、基本的によっぽどのことが無ければこのような暴力的な手段を取ってこない。
それに、ここまでするだけの理由が彼女たちがあるのか、という疑問もあった。
セレクターとは、『反対派』の妹達を最終信号の上位命令文から守る為の装置だ。
ただ、あまり妹達の身体を弄繰り回してしまうと『実験』に支障が出てしまう恐れがあるので、内蔵型ではなく装備型になっている。
形は黒いチョーカー。
そこから電極のようなものが伸びていて、こめかみに張り付けることで効果を得られる。
また、上位命令文を無視するだけでなくネットワークに接続したままの状態でも思考をネットワークに漏らさないような機構もある。
上位命令文を無視できず、思考をネットワークに流してしまってこちらの考えや作戦を筒抜けにさせてしまうこともある彼女たちにとって、
これほど必要不可欠なものもないだろう。
……しかし、言ってしまえばそれだけだ。
『推進派』の妹達が持っていたって、何の価値もない。だってあちらは上位個体を擁しているのだから、そんなものは必要ないのだ。- 32 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:31:15.45 ID:KACOPQpWo
いや、セレクターを盗んで完成を阻止、あるいは解析して事前に対策を立てるなどのことができるというメリットはあるか。
だが彼女たちはあまり強硬手段を取りたくはないと思っているのか、
本当に重要な時にしか上位命令文を下さないし、プレイバシーの侵害などといって思考を読み取ることもしない。
だからこそ木原も垣根も彼女たちがこの研究所に侵入したことに気付いてもそこまで驚かないし、目くじらを立てたりもしなかったのだ。
そんな彼女たちが、今更セレクターに対して執着なんかするだろうか。
(……おかしい)
彼女たちの行動原理と、噛み合わない。
しかし監視カメラには確かに彼女たちの姿が映り、目撃者も存在している。
「あの、どうかなさいましたか?」
「……いや、何でもねえ。それより、セレクターを盗んでったっつー妹達の情報はあるか?」
「はい。途中で見失ってしまい、監視カメラの範囲からも逃れてしまったようですのであまり参考にならないかもしれませんが……」
「構わねえよ。お前らは引き続き監視カメラから妹達の足取りを掴めないか試してくれ」
「了解しました」
研究者から資料を受け取った垣根は、足早に去って行く研究者の足音を聞きながらそれに目を落とした。
途中で見失ってしまったとは言っていたものの、かなり良いところまでの足取りは掴めていたらしい。
(妹達の人格データや思考回路を頭に入れといて助かったな。予測ルートは大体立てられる。
ただ、ミサカネットワークには確か『実験中の証拠隠滅マニュアル』が搭載されてたはずだからな、それに基づいて行動されると少し厄介か)- 33 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:31:54.46 ID:KACOPQpWo
セレクターが盗まれてから、それほど時間は経っていない。
この周辺には『推進派』の妹達に協力している研究所は存在しないから、恐らく犯人はまだ逃走を続けている筈だ。
(逃走してる間に捕まえられりゃ良いんだが、何処かの研究所に逃げ込まれると厄介だな)
『推進派』の妹達に協力している研究所は、数こそそう多くないものの学園都市のあちこちに均等に散らばっている。
よって、一度姿を晦まされてしまうとすぐにどの研究所に逃げ込んだのか分からなくなってしまい、追跡が困難になるのだ。
また、単純に研究所間の距離が長いので追跡に時間が掛かってしまうということもある。
(幸い第七学区は学園都市の中心にあるから、逃走経路からどの研究所を目指しているのかを大まかに割り出せる、が……)
彼女たちが、そんな分かり易い逃走の仕方をするとは思えない。
こちらの追跡を撒くまで、あえて目指している研究所とは違う方向に走って行った可能性もあるのだ。
(それなりに足取りは掴めてるが、ちと決定打に欠けるか)
それでも彼は、妹達の行動パターンや思考回路を考慮したうえでの予測逃走ルートを作成する。
また、監視カメラの範囲から逃れる為のルートと言うのもある程度限定される。
彼は頭の中で思い描いた道筋を資料の地図に書き込んでいき、やがて予想される妹達の逃走ルートを割り出した。
(あとはこの中から妹達本人を見つけるか、手掛かりを見つけられるかだな。証拠隠滅マニュアルが使われてないと楽なんだが)
一応、絞り込んだ研究所をひとつひとつ虱潰しに探していくという強硬手段があるにはあるのだが、それではあまりに目立ちすぎる。
大きな騒ぎを起こして風紀委員や警備員に目を付けられたら双方にとって都合が悪いし、余力を残しておきたかった。
(とにかく、まずはセレクターを盗んだ妹達の逃走ルートをなぞってみるか)
資料を懐に仕舞いながら、しかし垣根は未だ違和感を拭えずにいた。
彼女たちがここまでする理由。
やはり、思いつかない。彼の知る限りではありえない。ならば。
(……それだけの無茶をしなければならないような理由があちら側に発生した? 何か問題があるのか?)
恐らく、こちら側に伝えられていない何かがあちらにあるのだ。
ただの予測でしかないが、今はこれしか考えられない。
しかしそれならば、彼女たちが無茶をしなければならない理由とは、何なのか。
(セレクターを盗んだんだ、あっちはかなり焦ってる。双方にとって有害な問題であれば協力だって申し出てくるだろう)
つまり、発生した問題とはこちらにとって都合の良いものの筈だ。
もしかしたら、ここから逆転の一手を得られるかもしれない。
しかし垣根は眉根を寄せて難しい顔をすると、まるで何かを振り切るかのように歩き出し、研究所を出て行った。
- 34 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:32:26.18 ID:KACOPQpWo
―――――
(流石に二回目ともなると、手慣れたもんね)
品雨大学、DNA解析ラボ。
難なくその研究所への侵入を成功させた美琴は、PDAに映し出したこの研究所の詳細な情報を元に行動していた。
(流石に制服のまま不法侵入ってのは無謀だったかしら。
でも監視カメラやセンサーには引っ掛からないように細工したし、警備員の巡回ルートは把握済みだから大丈夫よね)
本当ならその辺りで適当に変装用の服でも購入してからの方が良かったのだろうが、うっかり忘れてしまっていた。
まあ、先程彼女自身がそう言ったようにそこまで気を回す必要もない、ということもあるだろうが。
(前回みたいな時間制限は無いんだし、慎重に行こう。今回失敗しても、見つかりさえしなければ侵入はいつでもできるしね)
そう。一度情報さえ手に入れてしまえば、あとはこっちのものなのだ。
殆ど有り得ないことだが、仮に美琴の能力でも突破できないようなセキュリティが現れたとしても出直してくることができる。
つまり、焦る必要など何処にもない。
だから本当ならもっとちゃんと準備をしてから、かついつでも好きな時に侵入すればそれで良いのだ。
にも関わらず、ろくな準備もできないままに、こんなにも急いでこんな場所に来てしまったのは何故なのか。
(……やっぱり、ずっと知りたかったことだもんね。これでやっと第二位たちの目的も分かるかもしれないんだし)
ずっとずっと探し求めていた情報。
それを掴むことができれば、きっと自分たちはここよりも一歩先に進むことができる。
もしかしたら、この不安定で危うい状況を脱する手段を得られるかもしれない。- 35 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:33:00.20 ID:KACOPQpWo
(そうだ。そしたらきっと、アイツも)
彼が彼の好きなように生きることができないのは、ひとえに彼を追ってくる奴らの所為だ。
だから、この問題をすべて解決することさえできれば。
(全部解決しよう。全部終わらせよう。その先に、きっと誰もが望んで誰もが笑える最高のハッピーエンドがある筈なんだ)
彼女はただひたすらにそれを信じる。
故に多少の無茶は厭わないし、強大な敵を恐れたりもしない。
その先に、ハッピーエンドが存在すると信じて疑わない。
「…………、……ここか」
全速力で走ってきた所為で、肩で息をしていた。
けれど疲労からではない理由で、指先が震えている。
そして彼女はごくりと固唾を飲むと、電子ロックを能力で解除して隔離区域へと足を踏み入れる。
一人分の足音が、いやによく響き渡った。
(大丈夫、ここに来るまでに誰にも見咎められてない。巡回の時間も過ぎたばかりだから、当分の間はここにいても問題ない)
隔離区画は、資料室のような場所だった。
資料や書物で溢れ返った、広い部屋。
そして部屋の奥には、何処にでもあるような平素なコンピュータが一台だけ置かれてあった。
(なるほど、こんなアナログな方法で情報を保管してたんならハッキングも出来ない筈だわ。まあそもそも回線が繋がってないんだろうけど)
美琴は適当なキャビネットに近付くと、能力で電子ロックを外してその中からいくつかの資料を取り出す。
そうして彼女が手にしたのは、いくつものディスクが保存されているファイルのようだった。
しかし、その表面には何も書かれていない。
首を傾げながら改めてファイルの表紙を見てみたが、そこには『実験記録』としか書かれていなかった。- 36 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:33:29.40 ID:KACOPQpWo
(実験、って多分アイツが関わらせられてた奴のことよね……)
だとしたら、ここから何かを掴むことができるかもしれない。
美琴はつつっと頬を伝った汗を拭うと、一旦ファイルを閉じて部屋の中を見回した。
(この中身を見たいんだけど……。
この部屋にあるちっさいコンピュータじゃ、ディスクも一枚しか読み込めないわよね。もっと大きいコンピュータは……)
PDAを取り出し、再び研究所の見取り図を表示させる。
ちょうど、この隣に巨大なコンピュータが複数置いてある部屋があるようだった。これらの記録を閲覧する為の施設かもしれない。
美琴はPDAを閉じると、ファイルを手にしたまま部屋を出た。
電子錠を掛け直した方が良いかと思ったが、どうせファイルを戻す為に戻ってくるのだからこのままで良いかと思いそのままにしておく。
(で、この部屋ね)
目的の部屋はすぐ隣だったので、美琴はものの数歩で扉の前に辿り着いた。
彼女はもはや手慣れた様子で電子ロックを解除すると、堂々とコンピュータ室へと入って行く。
その先にある部屋には、気圧されてしまいそうなほどに巨大なコンピュータがびっしりと並べられていた。
特にディスプレイは、壁全体を覆ってしまいそうなほどの大きさと数だ。
美琴は一瞬その光景に茫然としてしまったが、すぐに我に返るとファイルを握りしめる手に力を込めて一番大きなコンピュータに近付いていく。
彼女は緊張に震える指にぐっと力を込めると、ゆっくりと操作盤に触れる。
途端、コンピュータが一斉に動き出してディスプレイに光を灯した。
部屋が一気に明るくなる。
(……この、中に)
美琴はファイルの中から何枚かのディスクを適当に選んで抜き取ると、それを一度に入るだけコンピュータに呑み込ませる。
すると暫らくの駆動音の後に、ディスプレイにいくつもの画面が浮かび上がった。
(よし。ここまでは大丈夫)
彼女の指が、操作盤の上を踊る。
複数のディスクに収められた膨大な情報の海から、自分たちの必要としている情報を検索する。
機械語が、滝のように画面を流れていった。
- 37 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/26(木) 01:33:58.32 ID:KACOPQpWo
……そして。
彼女は、遂にそれを見つけ出した。
見つけて、しまった。
(あっ、た……! これだ!)
検索が終了し、目的のデータを目にした瞬間、胸の中で心臓が暴れているのではないかと錯覚するほど鼓動が早くなった。
滲んだ汗にまみれてしまった所為で指が滑り、危うくコンソールの操作を誤りそうになる。
彼女は心臓を落ち着かせる為に一度深呼吸をすると、慎重に慎重にコンピュータを操作してとある動画ファイルへとカーソルを合わせる。
そして、エンターキーを押し、ファイルを展開、させた。
瞬間。
彼女の指先が凍りついた。
瞳が大きく見開かれる。
呼吸が一瞬、止まった。
「なに、これ」
- 51 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/27(金) 21:36:20.71 ID:n10dM9VJo
赤以外の色を見つけるのが難しかった。
複数の巨大な画面が、すべて真っ赤に染め上げられている。
まるで冗談のような光景に、美琴は笑うことしかできなかった。
「は、はは」
自分でもびっくりするくらい掠れた笑い声。
他人事のようにそんな声を聞きながら、彼女は人間にこんな声が出せるものなのかと感心した。
「何これ、新手のドッキリ?」
引き攣った笑顔を浮かべながら、美琴は前髪を掻き上げた。
その前髪さえも、まるで水で濡らしたようにぐっしょりと濡れている。
「やだなあ、初春さんまでグルになってるのかしら」
彼女の目の前に映し出されている、映像。
それは、凄惨の一言に尽きた。
最初、彼女は画面中に塗りたくられた赤が何なのか、理解できなかった。
それ程までに、凄惨だったのだ。
「まったく、いつの間にこんなもの用意したのかしら」
見覚えのあるひとが、見覚えのあるひとを、虐殺している。
無感情に、冷徹に、まるで作業みたいに。
虐殺されているひとは、為す術もなくあっという間に殺された。抵抗もしなかった。
「今どきスプラッタ映画なんて流行んないっつーの」- 52 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/27(金) 21:36:55.41 ID:n10dM9VJo
殺す側は、いつも同じひとだった。
殺される側も、いつも同じひとだった。
通常なら、そんなことは有り得ない。
殺す側が同じならともかく、殺される側が同じなんてことがある筈がない。
けれど彼女は、どうしてそんな状況が成立するのかを知っていた。
知らなければ良かったのかもしれない。
知らなければ、それこそこんな映像はただの作り物であると一蹴することができたかもしれないから。
だが彼女は、知っていた。
偽物と一蹴できない理由を、持っていた。
「アイツら、お金ないとか騒いでなかったっけ? こんなもんにお金掛けるからよ、馬鹿ね」
知っているひとの手が、伸びる。
知っているひとの体が、弾ける。
全身から血を噴き出し、内臓を撒き散らし、脳漿をぶちまける。
残った骸は血と内臓と脳漿の海に沈んで、動かなくなった。
そんなことが、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返される。
「計画書とか、設定はまあ及第点かしら。でも悪趣味ね、誰よこんなの考えたの」
本当は、気付いていた。
こんなにも生々しく残酷な映像が、作り物なんかである筈がないということに。
だからこれは、ただの、 。- 53 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/27(金) 21:37:40.22 ID:n10dM9VJo
「ほんと、いたいけな少女に見せるような映像じゃないわよね。夢に出たらどうしてくれんの、よ」
……声が、震えてしまった。
そしてそこから伝播するようにして身体中が震えだし、立っていることもできなくなる。
耐え難い吐き気が、襲い掛かってきた。
「、ぁ」
口を押さえ、蹲る。
胸の奥からじりじりとせり上がってくる何かを、必死で耐えた。
そこで決壊してしまえば、すべてを認めることになってしまいそうで。
すべてが壊れていってしまいそうで。
けれど。
「あ」
そこが、彼女の限界だった。
膝をつき、手をつき、崩れ落ちる。
スピーカーから聞こえてくる断末魔が、彼女の鼓膜を震わせる。
「あああああああああああああああああッ!!」
……そして。
彼女は自分を騙すことを、諦めた。
- 54 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/27(金) 21:38:11.28 ID:n10dM9VJo
―――――
夢を見た。
いつもの四人組で、約束の水族館に遊びに行く夢だった。
上条はいつもの不幸に見舞われながら引き摺りまわされ、
美琴は可愛らしい魚や水棲動物に目を奪われ、
御坂妹は無表情のままはしゃぎまわって迷子になりかけ、
一方通行は一歩引いた場所からその光景を眺めている。
そんな、いつも通りの光景。
幸せな光景。
近い未来に実現される筈の光景。
けれどそれは夢だから、どんどん輪郭がぼやけていってやがては白く消えてしまう。
そして、再び深い深い眠りへと落ちていく。
いつか果たされる筈の約束を、微睡みの中に夢見ながら。
- 68 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:52:27.22 ID:WDsQS3KCo
「………………」
暗い路地裏を行く、一つの影。
夜の闇に潜みながら歩く彼女の手には、黒いチョーカーが握られていた。
セレクター。
『反対派』妹達の為に作られた、上位個体命令を無視する為の装置。
「……、遂に」
手の中のセレクターを見つめ、彼女は僅かに口角を釣り上げる。
喉から手が出るほど欲していたもの。
漸く、それが手に入ったのだ。
普段は自分の感情を表に出さない彼女も、思わず笑みを零してしまう。
もう、時間が無い。
他人を当てにしても無駄だということは、もう十分に理解した。
だから、もう誰も頼らない。
自分たちの問題は、自分たちで解決するべきだったのだ。
気付くのが遅すぎたが、今ならまだ間に合う。
コレを使い、最後の逆転の一手を。
「これで、……」
彼女はセレクターを強く握り締め、その感触を確かめる。
そして彼女は、暗闇の中を再び走り始めた。
近い未来に迫り来るであろう追手どもを、撒く為に。
- 69 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:52:55.64 ID:WDsQS3KCo
―――――
(おかしい)
作成した資料を基にセレクターを盗んだ妹達を追っていた垣根は、胸の中にわだかまっていた違和感がどんどん大きくなるのを感じていた。
能力で生み出した燐光を頼りに暗闇に包まれた路地裏を飛行しながら、垣根は表情を歪ませる。
(やっぱり、どう考えてもこれはおかしい。どういうことだ?)
路地裏には、ぽつぽつと小さな光が点在している。
あれも、垣根が能力で生み出したものだ。
妹達の足取りを掴む手掛かりが残されている場所に、目印として光を置いているのだった。
(……証拠隠滅マニュアルを使用した形跡はある。だが、その消し方があまりにも雑。跡が残っちまってるから通り道が丸見えだ)
推進派の妹達は、所謂マジョリティだ。
とにかく人数が多く、故に彼女たちは人海戦術でもって垣根たちを足止めすることも多い。
今回のセレクター奪取も、恐らく大人数で行われたはずだ。
(にも関わらず、まるで証拠を消す手間を惜しむかのような雑な作業の仕方。複数人で作業すればそんな手間を惜しむ必要はない筈なのに)
普通なら、実際に目的物を奪取して逃走する実行犯と、その足取りを掴めなくする為の証拠隠滅班、実行犯を直接助ける逃走幇助班がある。
しかしこの逃げ方では、まるで人手を惜しんでいるようにしか見えない。
協力してくれる仲間があまりにも少なく、実行犯しか集められなかった為にその他の細工が疎かになっているように見えるのだ。
(しっかし、あの仲良し妹達が協力を惜しむなんてことがあるか?)
同じ遺伝子を持っているからなのか、お互いを本当の姉妹だと思っているからなのか、妹達同士の絆は非常に強い。
とある個体がちょっと悪ノリしたって、溜め息をつきながらも付き合ってやるような奴らだ。
その妹達がこんな大仕事に対して非協力的になるなんてこと、ある筈がない。少なくとも垣根の知っている妹達はそんな人間ではなかった。- 70 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:53:32.77 ID:WDsQS3KCo
(仲間割れ? これはこれで考え辛いが……)
推進派妹達の中で、何か決定的な仲違いがあった可能性を考えよう。
すると、盗人がセレクターを盗んだ理由も理解できる。
推進派に属する上位個体と道を違えてしまったがゆえに、上位命令文を無視することのできるセレクターが必要になったのだ。
(だが、今更どんな理由で仲間割れなんかするんだよ。あの妹達がこの局面になって心変わりするとは考えられない)
しかしセレクターは実際に盗まれ、逃走の仕方は不自然。
少なくとも、推進派の協力を得られないような立場にいる妹達が存在するのはほぼ確定だ。
(……ああ、くそ。だったら目的地を研究所に限定したのは失敗だった。奴らは独自の隠れ家を築き、そこに逃げ込むはず)
当然ながら、彼が最初に目的地として設定した研究所は推進派妹達の縄張りだ。
推進派と袂を別ったような奴らが匿って貰えるはずがない。
(僅かだが手掛かりが残ってたのは不幸中の幸いだな。ここから奴らが逃げ込んだ場所が割り出せれば良いんだが)
垣根は能力を解除して地面に降り立つと、燐光の置いてある場所へと歩いていく。
そこには、逃走している妹達のものと思われる毛髪が一本、落ちていた。
(ぶっちゃけ相手にセレクターを解析する技術なんかないだろうし、無効化されないなら追う必要なんてないんだけどな。
ただの試作品だし、そんなに必要なら譲ってやっても良いくらいだ)
しかし、だからといってここで追跡を放棄するわけにはいかない。
それではきっと、研究者どもは納得しないからだ。
(まったく。辛いね、雑用ってのも)- 71 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:54:02.57 ID:WDsQS3KCo
誰も見ていないというのに、垣根はわざとらしく溜め息をついた。
それから彼は毛髪を回収するかどうか暫らく悩んでいたが、すぐに落ちていた毛髪を放置して歩き出した。
(あの毛髪を鑑定に出せばセレクターを盗んだのが何号の妹達か判明するだろうが、遺伝子が同じだから鑑定に時間が掛かるな。
これならまだ監視カメラを確認して、俺か木原が何号の妹達かを判断した方が早い)
とは言え彼らが覚えていない妹達も多いので、知らない妹達だったらどうしようもないのだが。
まあ、どちらにしろ毛髪などなくとも監視カメラに映っていた映像を鑑定した方が早いのは間違いない。
(……駄目だ、手掛かりの消し方が雑とは言え必要な情報は確実に消して行ってる。手掛かりだけじゃ奴らの逃げ込んだ場所は分からねえ)
ここら一帯をぐるっと回ってみたが、妹達の姿は発見できなかった。
一応ここよりも先をまだ走っている可能性はあるが、垣根の移動速度の方が遥かに上だしわざわざそんな場所に隠れ家を作るとは思えない。
よって、恐らくセレクターを盗んだ妹達はもう何処かへと逃げ込んでしまった後だろう。
なので彼女たちを捕まえてセレクターを取り戻すには、その隠れ家を何とかして見つけ出さなければならないのだが。
(っつーか、当然だがそもそもそんな情報を落とさないように逃亡してるんだろうな。どうする、八方塞だぞこれ)
とにかく、セレクターを盗んだ妹達に関する情報が少なすぎる。
何しろ、推進派妹達から分裂したらしい奴らだ。
彼女たちと敵対している自分たちがそんな内輪揉めのことなど知る由もないし、あっちだってわざわざ教えてやる義理などないだろう。
研究所にいる筈の反対派妹達に尋ねれば、ミサカネットワークを通じて得た断片的な情報は得られるかもしれないが……。
(しかしそれでも決定的じゃねえな。不本意だが、ミサカ10032号あたりと直接掛け合ってみるか……)
垣根は苛立ちを紛らわすかのように頭をがしがしと掻き毟ると、再び翼を広げて飛び上がった。
それと同時に、路地裏に点々と輝いていた燐光も消失する。
彼はビルより高く上昇すると、力強く羽ばたき凄まじい速度で研究所へと向かって行った。
- 72 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:54:27.87 ID:WDsQS3KCo
―――――
蝉の声が、頭の中でわんわんと鳴り響いている。
七月二十八日。
正午。
とある公園。
電灯のポールに背中を預けながら、御坂美琴はそこに立っていた。
(なんで)
虚ろな目は、何も写してはいない。
半開きになった口からは、何の声も発せられない。
(どうして、こんなことになっちゃったんだろう)
考えがまったくまとまらない。
何が何だか分からない。
何がしたかったのかも思い出せない。
何をすべきなのか、分からない。
(どうすれば良いの……?)
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。
何を考えればいいのかも分からない。
信じていたものさえ、もう、見失ってしまった。
(助けて……)
固く硬く目を閉じ、顔を覆う。
もう、何も見たくない。
もう、何も知りたくない。
- 73 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:55:03.08 ID:WDsQS3KCo
けれど、神様はそれを許してくれなかった。
「御坂?」
聞きたくなかった声が、聞き慣れた声が、聞いてはいけない声が、聞こえてきた。
いつもの、声音。
いつもの、口調。
いつもの、言葉。
いつも通りであることが、逆に異常に感じられた。
「どォした、こンなところで」
答えない。答えられない。
喉がカラカラに乾いて、声を出すことができない。
「すげェ顔色悪りィぞ。大丈夫か?」
こちらに向かって歩いてくる。
心配そうな顔をしてる。
すぐそばで立ち止まって、顔色を窺っている。
「……オマエ、帰ってねェのか? 制服、昨日のままじゃねェか」
背中に付いている汚れを見て、怪訝そうな顔をした。
昨日、路地裏を通った時についた汚れだ。
「オイ、本当に大丈夫か?」
何も答えない彼女を気遣って、白い手が伸ばされる。
途端、彼女は思い出してしまう。- 74 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:55:31.04 ID:WDsQS3KCo
あの映像の中の少女たちは、あれに触れられた瞬間、どうなったっけ?
- 75 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:56:08.44 ID:WDsQS3KCo
「…………ッ!!」
びくりと肩を震わせて、彼女は伸ばされた手を避ける。
自分の手が空を切ったことに、彼はとても驚いた顔をしていた。
「ご、めん」
「あ……、あァ」
困惑した顔をしながらも、彼は差し出した手をそっと引いた。
美琴は俯いたまま顔を上げず、どんな表情をしているのかも分からない。
すると、その時。
不意に、何処からともなくにゃーという鳴き声が聞こえてきた。
彼が振り向くと、そこには何処かで見たことのある黒猫が。
(あ)
彼は、その子猫を見たことがあった。
いつだったか、御坂妹が可愛がっていた子猫。
御坂妹の発する電磁波に怯えない子猫だ。
(御坂、猫好きだったよな)
通常、発電能力者はその身体から無意識に発している電磁波によって動物に避けられてしまう。
しかしあの子猫は、御坂妹も発している筈の電磁波を恐れないのだ。
(アイツなら御坂も触れる、よな?)
いつも猫に触れようとしては逃げられてしまってがっかりしていたから、美琴もきっと子猫に触ってみたいはずだ。
それに、どうやら今の彼女は凄まじく落ち込んでしまっているらしいので、子猫と触れ合えば少しは気晴らしになるかもしれない。
冥土帰しも、いつだったか動物には癒し効果があるとかなんとか言っていた気がする。- 76 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:56:32.16 ID:WDsQS3KCo
「御坂」
子猫の方に注意を向けながら、美琴の名前を呼ぶ。
けれど、彼女は振り返りもしない。
「御坂?」
ぴくりとも反応しない彼女に首を傾げるその姿が、昨晩見てしまった映像と重なる。
その顔が、その姿が、その声が。
その全てが、悉く美琴の胸を抉る。
(やめて)
顔を見るたび、影が揺れるたび、声を聞くたび、思い出してしまう。
あの、凄惨な光景を。
(やめて)
けれどそれと同時に、みんなで過ごした楽しい穏やかな時間も思い出される。
彼女の心の支えにさえなっていた、優しい記憶。
そしてそれが、余計に辛かった。
何が正しくて何が間違っているのか、余計に分からなくなってくる。
(やめて)
怖い。- 77 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:57:07.73 ID:WDsQS3KCo
許せない。悔恨。助けたい。憎い。殺したい。残酷。忌まわしい。記憶。同一人物。喪失。命。悔しい。疎ましい。妹。死体。血。
拒絶。優しい。受容。守りたい。恐ろしい。愛憎。嬉しい。暖かい。暗闇。血溜まり。汚濁。殺した。許す。血飛沫。計画。友達。
大好き。凄惨。殺す。記憶喪失。別人。酷い。許容。殺人鬼。路地裏。赤黒い。友情。ゲームセンター。悲しい。理由。許したい。
妹。友達。人殺し。信じたい。殺せない。記憶喪失。許されない。また明日。過去。罪。憎悪。嫌い。さよなら。助けて。愛する。
信じられない。殺した。血。大切。受け容れる。冷たい。肉片。飛び散る。明るい。地下街。プリントシール。汚い。殺してやる。
悪意。穢い。暖かい。疎ましい。優しい。死体。罰。忘れて。喪失。助けたい。憎い。一緒に。白。反射。銃弾。薄ピンク。中身。
同一人物。遊園地。観覧車。怨恨。悔しい。忌まわしい。ジェットコースター。仇。罰。内臓。忘れたい。研究所。妹達。血飛沫。
血管。千切る。遊ぶ。笑う。手足。もぐ。優しい。殺した。暗い。葬る。海の底に沈むような。怨念。憎い。信じる。友達。殺害。
助けたい。憎い。忌まわしい。同一人物。喪失。命。悔しい。路地裏。人殺し。殺人鬼。観覧車。狙撃銃。大好き。悔恨。助ける。
暖かい。受容。計画。友達。殺した。凄惨。大好き。恐ろしい。疎ましい。死体。信じられない。肉片。妹。研究所。もぐ。人体。
許されない。過去。明るい。嫌い。忘れたい。妹達。愛憎。優しい。血。受け容れる。地下街。殺してやる。嫌い。死ね。赤黒い。
取るに足らない。許容。嫌悪。また明日。最後。大量殺人。殺人鬼。記憶喪失。殺せない。許されない。忘れた。銃弾。黒。夜闇。
穢い。路地裏。血飛沫。友達。死体。散る。血痕。赤。証拠。壁。隠滅。マニュアル。兵器。笑顔。ヒトガタ。過去。大好き。罰。
殺してやる。ミサカネットワーク。研究所。誰。レベル。超能力者。開発。白。妹達。路地裏。人形。明るい。血溜まり。赤黒い。
疎ましい。肉片。濁った白。汚らわしい。血。脳漿。信じられない。悪意。殺した。守りたい。殺した。無限。殺人。喪失。欠損。
観覧車。信じたい。約束。実験。許されない。さよなら。仇。忘れたい。黒。穢い。欠陥。迸る。殺し合い。何故。記憶。研究者。
手を振る。殺せない。深紅。クローン。殺した。汚濁。殺人。喪失。欠損。雷。遺伝子。信じたい。楽しかった。どうして。殺せ。
また明日。断末魔。過去。罪。憎悪。嫌い。マニュアル。兵器。笑顔。ヒトガタ。灰色。統括理事会。助けてあげて。私。楽しい。
海の底に沈むような。冷たい。最初。銃弾。反射。自殺。さようなら。優しい。悲嘆。命。発狂。悲鳴。二万人。罪悪。繰り返す。
遠く。ジェットコースター。ヒトガタ。過去。大好き。罪。鈴科。最後。大量殺人。樹形図の設計者。理由。計算。死体。忘れる。
地下街。否定。優しい。受容。守りたい。恐ろしい。愛憎。嬉しい。暖かい。暗闇。どうか。超能力者。意味。演算。憎悪。許す。
さようなら。殺した。プリントシール。汚い。凄惨。殺してやる。肯定。大好き。恐ろしい。絶対能力。一方通行。白い。綺麗な。
憎悪。路地裏。人殺し。殺人鬼。第一位。観覧車。狙撃銃。大好き。悔恨。助ける。信じたい。殺せない。記憶喪失。許されない。
血飛沫。赤黒い。友情。ゲームセンター。信じて。進化。許したい。許されない。過去。明るい。嫌い。助けて。誰か。誰か。闇。
忌まわしい。忘れたい。妹達。愛憎。優しい。悪意。穢い。暖かい。疎ましい。優しい。死体。罰。忘れて。絶対能力。光。神様。
水族館。悪。約束。黒。鮮血。許せない。チケット。水。屋上。狙撃。オモチャの兵隊。地下室。折り重なる。無数の。嫌悪。死。
- 78 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:57:44.80 ID:WDsQS3KCo
「みさ、」
「やめて」
言うべきじゃない。言っちゃ駄目だ。言ってはいけない。
分かってる、のに。
「やめ、てよ」
止まらない。
言葉が堰を切って溢れ出すのを、止めることができない。
「その声、で」
駄目だ。
頭では分かっているのに、声が言葉が後から後から溢れ出てくる。
「その、姿で……」
止まって。
本当に、お願いだから。
これ以上は。
「もう……、私の前に現れないで……ッ!」
悲痛な叫び。
切実な。
冗談でもなんでもない。
彼女の、本心。- 79 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/05/31(火) 22:58:15.76 ID:WDsQS3KCo
「、あ」
彼、は。
ほんの少しだけ、驚いたように目を見開いた。
けれど、それだけ。
表情は変わらないまま。
あるいは、凍りついたような。
「分かった」
信じられないくらい平坦な口調で、彼はそれだけ答えた。
まるで何でもないことのように、たったそれだけ。
「悪かったな」
彼が、背を向けた。
途端、彼女は我に返る。
現実感を取り戻す。
しかし、もうすべてが手遅れだった。
「あ……」
遠ざかって行く背中に、手を伸ばす。
でも、声は出ない。
引き止める為の言葉が、出てこなかった。
伸ばした手が、震える。
「……、…………」
血が滲むほど、強く拳を握る。
無理矢理、震えを止めようとする。
なのに止まらない震えに、彼女は唇を噛んだ。
瞬間。
凄まじい音と共に、街灯が揺れた。
美琴の拳からは、血が流れている。
それでも、まだ彼女の震えは止まっていなかった。
「最っ低だ……」
- 91 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:31:45.00 ID:PqfKcVW5o
目の前の喧騒が、まるで何処か遠い出来事のように感じる。
自分とは、まったく関係のないことのような。
周囲にはこんなにもたくさんの人々が歩いているのに、自分だけ切り離されてしまったかのような、錯覚。
大勢の人々で溢れ返っている雑踏を、一方通行はとぼとぼと歩いていた。
隣に立つ人間は、いない。
彼は、この喧騒の中に一人ぼっちだった。
(……みさか)
足取りも覚束ない。
目の焦点も合っていない。
何処に向かっているのかも定かではない。
けれど彼は、ただただ歩いていた。
(御坂に、拒絶された)
ただその事実だけが、胸に突き刺さる。
何が、悪かったんだろう。
姿。
声。
仕草。
見たくない、聞きたくないと言われた。
普通じゃない、気味の悪い色。
誰が見ても、異常な。
それが、悪かったんだろうか。
ずっとそれが不快で、今まで黙っていたのだろうか。- 92 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:32:46.77 ID:PqfKcVW5o
考えて、けれど自分で否定する。彼女はそんな人間ではない。
だが、それくらいしか心当たりが無かった。
……いや。もしかしたら何か自分の気付かない内に、嫌なことをしてしまったのかもしれない。
けれど、何にしろもう何もかもが手遅れだ。
彼は拒絶されて、もう二度と目の前に現れないでと懇願された。
それで、もう終わった。
だから、もう、美琴のそばにはいられない。
できるだけ、遠くに行きたかった。
美琴の目の届かないところに。
否、これは義務だ。
彼女をこれ以上傷つけない為にも、もう彼女の目の前に姿を現してはならない。
さりとて、行く当てなどない。
研究所。
病院。
アパート。
何処も近すぎる。
何処か、もっと遠くへ。
けれど、いったい何処へ行けば良いんだろう。
その問いに答える者はいない。
だから、彼は只管に歩く。
歩く。
歩く。
とにかく遠くへ。
もう二度と、彼女に出会わずに済むような場所へ。
- 93 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:33:52.78 ID:PqfKcVW5o
―――――
ずっと別件で手が離せなかった所為で、木原が事件のことを知ったのは翌日になってからだった。
彼は研究員たちから事件の概要を聞きながら、忌々しげに舌打ちする。
「垣根はどうした」
「事件のことを聞いてすぐに、妹達の追跡を」
「成果は」
「手掛かりはあるものの、犯人を捕まえるには至らなかったようです」
「第二位の見解によると、犯人は推進派ではなくそこから分裂した第三勢力ではないか、とのことです」
「第三勢力ぅ?」
その単語を聞いた途端、木原があからさまに不機嫌になる。
しかし第三勢力がどうのこうのとかいうことを言い出したのは飽くまで垣根なので、ただの一介の研究員にそんな目を向けられても仕方がない。
「はい。第二位が……」
「阿呆か。アイツ、何考えてやがんだ?」
「はあ……。ですが彼の推測は筋が通っていますし、今までの妹達の言動から考えても説得力があるかと」- 94 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:35:08.20 ID:PqfKcVW5o
「チッ、面倒臭え。おら、監視カメラの映像持って来い。あんだろ」
「え」
「さっさとしろ。俺が見りゃ大体何号の妹達か分かる」
「わ、分かりました。すぐに準備します」
研究員たちは狼狽えながらも、木原の指示に従って映像の準備を始める。
もともと垣根に監視カメラの映像を用意するように言われていたので、準備はすぐに整った。
「では、再生します」
「前置きは良い。早くしろ」
木原に急かされて、研究員は慌てて再生ボタンを押した。
途端、コンピュータの画面にセレクターの置いてあった部屋が映し出される。
まだ事件発生前時点なので、部屋には誰もいなかった。
「間も無くです」
「分かってるっての」
部屋に、妹達が現れる。
後ろ姿だ。
顔は見えない。
しかし、木原はそれを見ただけで僅かに表情を歪めた。
「くそ、やっぱりか」
妹達がこちらを向く。
だが、こちらを向いたところで研究員たちが妹達を見分けることなどできる筈もない。
研究員たちは、それが誰なのか分からずに困惑するばかりだ。
「あの、何か分かりましたか?」
「……ああ、最悪だ。すぐに垣根を呼び戻せ。大至急」
珍しく深刻そうな顔をしている木原を見て、研究員たちは慌てて行動を開始する。
その一方で木原はモニタの前に立ったまま暫らく沈黙を保っていたが、そばを通った研究員を呼び止めて新たな指示を下した。
「推進派妹達……、ミサカ10032号にも連絡しろ。非常事態だ」
- 95 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:35:53.60 ID:PqfKcVW5o
―――――
どうしよう。
どうすれば良かったんだろう。
どうすれば良いんだろう。
一方通行を追うことも引き止めることもできなかった美琴は、未だ公園に蹲っていた。
街灯に背を預け、じっと地面を見つめる。
(……何やってんだろ、私)
自分で自分が嫌になる。
やるべきことは、やらなければならないことは山ほどあるのに、そのどれにも手を付けていない。
何処から手を付けたら良いのか、もう分からなかった。
「…………、……」
こんなところで、私は何をやっているんだろう。
こんなところでじっと蹲っているだけで、事態が好転するはずもないのに。
(駄目、だ)
鉛のように重くなってしまった身体に喝を入れて、彼女はようやく立ち上がる。
こんなことをしている場合じゃない。
とにかく、とにかく、前に進むしかない。
ここまで来てしまった以上、今更引き返すなんてことができる筈がない。- 96 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:36:30.80 ID:PqfKcVW5o
(追わなきゃ。追って、謝らなきゃ)
いざ目の前にしてしまったとき、本当にそんなことができるのかどうかは分からない。
でもこのまま放っておくなんて事、もっとできない。
だから、行かないと。
(まだそんなに遠くまでは行ってないはず)
美琴は足に力を込め、歩き出す。
一方通行が去っていた方角へ。
最初は、歩き慣れていない子供のようによたよたと。
やがてだんだん早く、走り始める。
記憶喪失で、何も知らなくて。
だから別人で、だからあれは彼じゃない。
(いや、違う)
否定する。
そんなことはない。
一方通行は一方通行だ。
殺人は殺人だ。
人殺しは人殺しだ。
でも、でも、きっと、人は変われるから。
きっかけは歪でも、いつかまた歪んでしまうとしても、今の彼は善人であるはずだから。
今度こそは、あんな間違った方向に進まないように正さないと。- 97 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:37:42.63 ID:PqfKcVW5o
何をどうするのが正しいのかは分からない。
けれど、とにかく、こんなやり方は間違ってる。
(すずしな)
追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて。
走っても走っても、あんなに目立つ後姿を見逃す筈なんてないのに、見つからない。
(どこ)
いない。
見つからない。
何処にも。
見逃す筈なんてないのに。
(どうしよう)
見つからない。
見つけられない。
どうしよう。
このまま、見つけられなかったら。
「…………ッ」
美琴は強く強く唇を噛むと、再び走り出す。
途中、何人もの人にぶつかって何度も睨まれたが、彼女は少しも気にしなかった。
気にしている余裕がなかった。
ひたすらひらすら、彼女は白い少年だけを探して走り続ける。
「何処にいるの」
- 98 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:38:21.61 ID:PqfKcVW5o
―――――
「ああくそ、アイツ着拒してやがる」
「当然だ。何を今更」
一人携帯電話と格闘している垣根を見て、木原が呆れたようにそう零した。
やがて垣根は携帯電話を諦めてポケットに仕舞うと、忌々しげに舌打ちをする。
「んなこと言ってる場合か? 携帯が使えないんなら、どうやってアイツに連絡取るってんだよ」
「今、クズ共が研究所の特殊回線使って奴らと連絡取ってる最中だ」
「そんなん、俺の携帯より頼りねえじゃねえか。直接アイツらの研究所に特攻かけた方がまだ現実的だ」
「ならお前が行け」
「勘弁してくれ。華麗にスルーされるのが関の山だっての」
前例があるのか、垣根はげんなりとした顔をする。
立場上仕方がないものの、彼の妹達からの嫌われっぷりは尋常ではないのだ。
「つか、一方通行の方は?」
「ロストした」
「はあ!?」- 99 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:39:17.70 ID:PqfKcVW5o
「仕方ねえだろ。お前も猟犬部隊の役立たず共も療養中、俺も別件にかまけてたんだ。監視役がいなかったんだよ」
「適当な暗部組織にでも任せりゃ良かったじゃねえか」
「お前が言うか。アイテムはあの有様だし、暗部も暇人ばかりじゃねえんだよ。お前と違ってな」
「あーはいはい分かった分かった俺が悪かったよ! で、監視カメラでは追えてねえのかよ」
「今やってる」
「そりゃ失礼」
木原は先程からずっとパソコンに向かい、凄まじい速度でのタイピングを続けている。
垣根は木原が座っている椅子の背凭れに手を乗せてその上からディスプレイを覗き込んでみると、確かに画面には監視カメラの映像が映し出されていた。
映像は高速で切り替わり続けているが、そのどれにも一方通行の姿は映っていない。
「こりゃ、死角に隠れてるかな」
「この時間帯は人通りが多い。大通りの人混みに紛れられてたら監視カメラでも役に立たねえ」
「監視衛星は?」
「申請に時間が掛かり過ぎる。使えるようになる頃には手遅れだろうよ」
「はあ。ただでさえ八方塞だってのに、これ以上追い打ち掛けなくたって良いじゃねえか……」
「誰に言ってんだ」
「神様」
「メルヘン野郎が」
「心配するな、自覚はある」- 100 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:39:50.04 ID:PqfKcVW5o
垣根は背凭れから手を離し、前のめりになっていた体を起こす。
変な体勢を維持し続けていた所為で変に固まってしまった身体を伸ばすと、彼は木原に背を向けた。
「何処に行くつもりだ?」
「自分の足で探す。監視カメラの死角は限られてるから探索しやすいし、人混みに紛れてるなら尚更だ」
「そうか。さっさと行け」
「はいはい」
こちらを振り向きもしない木原に向かってひらひらと手を振りながら、垣根はその場を立ち去ろうとする。
しかし彼がまさに部屋の扉に手を掛けようとしたその瞬間に、唐突に木原が声を上げた。
「おい」
「……今度は何だよ」
「クソガキか例の妹達を見つけたら、どうするか。分かってるな」
「重々承知してるさ。最悪の事態に対する覚悟もな」
「なら良い」
タイピングの手を止めて、木原は椅子ごと垣根に向き直る。
いつになく神妙な顔をしている木原は、睨むように垣根を見据えていた。
「セレクターを盗んだ反対派――――ウチの妹達の処分も、念頭に入れておけ」
- 101 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/04(土) 21:40:42.34 ID:PqfKcVW5o
―――――
――セレクター盗難事件についての報告。
監視映像を鑑定した結果、セレクターを奪取したのは本実験に協力的な姿勢を見せていた通称『反対派妹達』であることが判明。
目的は、被験者一方通行を極めて強制的に本実験に復帰させる為と推測される。
だが、当該手段は実験自体を破綻させるだけの危険性を伴う。
その過程上、被験者の精神に負担を掛け過ぎるのだ。
よって、実験を完全に破綻させてしまう可能性が高いことから、上層部は反対派妹達の行動の阻止命令を通達。
反対派妹達全員の確保、または上位個体最終信号(ラストオーダー)の捕縛および上位命令文の行使を急がれたし。
追記。
例の『退院日』以来、反対派妹達は非常に精神不安定な状態にあった。
実験存続の危機に陥り、精神的に追い詰められていたのだろう。
そしてセレクター試作機の完成に伴い、遂に彼女たちは強硬手段を取る。
実験の破綻という究極の危険を冒してまで被験者を奪還するという、本末転倒な行動を導き出してしまったのだ。
結果、彼女たちはセレクターの奪取という凶行に走り、現在に至る。
事態は一刻を争う。
妹達よりも先に被験者に接触し妹達との遭遇を阻止するか、妹達の行動自体を妨害しなければならない。
手段は不問。
已むを得ない場合に限り、反対派妹達の殺害を許可する。
- 119 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:00:19.31 ID:grnhluano
『量産異能者「妹達」の運用における超能力者「一方通行」の絶対能力への進化法』。
学園都市には七人の超能力者が存在する。
しかし、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を用いて予測演算した結果、まだ見ぬ絶対能力(レベル6)へ辿り着ける者は
一名のみという事が判明。
他の超能力者は成長の方向性が異なる者か、逆に投薬量を増やす事で身体バランスが崩れてしまう者しかいなかった。
唯一、絶対能力に辿り着ける者は一方通行(アクセラレータ)と呼ぶ。
一方通行は事実上、学園都市最強の超能力者だ。
『樹形図の設計者』によるとその素体を用いれば、通常の時間割りを二五〇年組み込む事で絶対能力に辿り着くと算出された。
参考資料として、別紙に人体を二五〇年活動させる方法をいくつか纏めておく。
我々は『二五〇年法』を保留とし、他の方法を探してみた。
その結果、『樹形図の設計者』は通常の時間割りとは異なる方法を導き出した。
実践における能力の使用が、成長を促すという点である。
念動能力(テレキネシス)や発火能力(パイロキネシス)などの命中精度が上がるという報告が多いが、我々はこれを逆手に取る。
特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めることで「実戦における成長」の方向性をこちらで操る、というものだ。
予測装置『樹形図の設計者』を用いて演算した結果、
一二八種類の戦場を用意し、超電磁砲を一二八回殺害する事で一方通行は絶対能力へ進化することが判明した。
だが、当然ながら同じ超能力者である超電磁砲は一二八人も用意できない。
そこで、我々は同時期に進められていた超電磁砲の量産計画『妹達』に着目した。
しかし当然ながら、本家の超電磁砲と量産型の妹達で性能が異なる。
量産型の実力は、大目に見積もっても強能力(レベル3)程度のものだろう。- 120 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:01:00.30 ID:grnhluano
これを用いて『樹形図の設計者』に再演算させた結果、
二万通りの戦場を用意し、二万人の妹達を用意することで上記と同じ結果が得られることが判明した。
二万種の戦場と戦闘シナリオについては別紙に記述する。
妹達の製造法は元あった計画のものをそのまま転用する。
超電磁砲の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を用意。
これにZid-02、Riz-13、Hel-03等のの投薬を用いて成長速度を加速させる。
結果、おおよそ十四日で超電磁砲と同様、十四歳の肉体を手にする事ができる。
元々劣化している体細胞を用いたクローン体であること、投薬に置いて成長速度を変動させていることから、
元の超電磁砲より寿命が減じている可能性が高いが、実験中に性能が極端に変動するほどではないものと推測できる。
むしろ問題なのは、肉体(ハード)面ではなく人格(ソフト)面である。
言動・運動・倫理など基本的な脳内情報は〇~六歳時に形成される。
だが、異常成長を遂げる妹達に与えられた時間は僅か一四四時間弱。通常の教育法で学ばせることは難しい。
よって、我々は洗脳装置(テスタメント)を用いてこれら基本情報を強制入力することにした。
最初の九八〇二通りの『実験』は所内でも行える。
しかし、残り一〇一九八通りの『実験』は戦場の条件上、屋外で行うしかない。
死体の処分などの関係から、我々は戦場を学園都市内の一学区に絞って――
- 121 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:01:35.02 ID:grnhluano
―――――
小さな女の子が、泣いている。
それに気付いた母親が、そっと女の子に近付いて行った。
「何で泣いてるのかなー?」
ぐしぐしと涙を拭った女の子は、持っていたカエルのぬいぐるみを母親に向かって差し出す。
ぬいぐるみは、指の部分が破れて綿が飛び出してしまっていた。
「ありゃりゃ、壊しちゃったか」
母親は苦笑いして、女の子を抱き上げる。
まだめそめそしている女の子を宥めながら、ベッドの上に寝かせた。
「だいじょうぶ。良い子でねんねしてたらきっと治るわよ」
「ホント?」
涙声の女の子が、上目遣いで見つめてくる。
母親は女の子に布団を掛けて、ぽんぽんとその頭を撫でてやった。
「サンタさんが治しに来てくれるの?」
「い、今春だけど……。オッケー、あのおじさんママの友達だから頼んどいたげる」
親指を立てながら言う母親に、女の子はぱっと表情を明るくさせる。
自信満々な母親を、純粋に信じる。
「だから、今日はもうねんねしましょうね」
「うん」
女の子は無邪気に返事をすると、母親の言い付け通りにそっと目を閉じる。
母親は女の子が眠りについたのを見送ると、女の子を起こさないように慎重にその場を離れた。
- 122 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:02:08.84 ID:grnhluano
翌朝。
女の子が、目を覚ます。
女の子はのそりと起き上がると、寝惚けまなこをごしごしとこする。
そしてあくびをした時、女の子はすぐそばに何かが置かれていることに気が付いた。
カエルのぬいぐるみ。
指が、綺麗に治されている。
女の子は大喜びしてカエルのぬいぐるみを抱き上げると、ベッドを降りて駆けだした。
朝食の準備をしていた母親の足に飛び付いて、満面の笑顔でカエルのぬいぐるみを掲げて見せる。
それを見て、母親が笑った。
「良かったね、美琴ちゃん」
- 123 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:02:38.29 ID:grnhluano
―――――
小さい頃、私が泣くようなことは眠っている間にママが全部解決してくれた。
だから。
あんな狂った実験も昨日の出来事も全部悪い夢で、目が覚めたら無かった事になれば良いのに。
けれど、現実は甘くない。
「……ん」
街角のベンチの上で、美琴は目を覚ます。
膝を抱えて蹲った格好のまま眠ってしまっていたので、身体はすっかり固まってしまっていた。
身体のあちらこちらが痛い。
けれど、今更そんなことなど気にならなかった。
(黒子、心配してるかな)
結局、二日も連続で無断外泊してしまった。
一日目は一応白井に連絡して誤魔化してもらったが、何の連絡もしなかったし、流石に二日連続は誤魔化せないだろう。
きっと、今頃寮監は激怒しているだろう。返ったらどんな仕打ちが待っているのか、想像もできない。
(……何か、どうでもいいや)
普段は殺されるかもなどと言ってあんなに恐れているのに、今は何も感じない。
いっそそのまま殺してくれた方が、いくらか楽かもしれなかった。- 124 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:03:06.38 ID:grnhluano
(……、どうしよう)
あれから、彼女は一方通行を見つけることができずにいた。
何処に行ってしまったのだろう。
そんなに遠くになんて行ける筈はないのに。
「………………」
その時。
かつん、という靴音が耳に入った。
無視してしまおうかとも思ったが、音がしたのは美琴の目の前。
不良が絡んできたのなら、相手をしてやらねばならない。
そう思って、美琴はのろのろと顔を上げる。
しかし、そこに居たのは。
「regrettable.計画を知ってしまったようね」
「アンタは……」
先日のギョロ目。
布束砥信。
妹達の管理者の一人。
それは、つまり。
「アンタ、知ってたの?」
「sure.彼女たちに使う洗脳装置の監修をしたのは私だもの」
「……そう」- 125 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:03:36.11 ID:grnhluano
美琴はさして興味なさげに、再び俯いた。
布束が首を傾げる。
「怒らないの?」
「怒る気力もないわよ」
「indeed.気持ちは分かるわ」
「……何が」
低くくぐもった声で、美琴が呟く。
布束は、彼女の言葉を黙って待った。
「アンタなんかに、私の気持ちが分かる訳ない」
「……そうかしら。少しは理解できていると自負しているけど」
表情を変えもせずに言う布束に、美琴は目を細める。
何が言いたいのかは分からないが、不愉快だった。
「とにかく、あなたはもう彼には関わらない方が良いわ。妹達にも」
「馬鹿言わないで。私が引き起こした事態よ」
「だからよ。今のあなたでは何もできない。彼を傷付けるだけ」
思わず、言葉に詰まる。
けれどやはり、そんなことを認めることはできない。
美琴は歯を食い縛り、ぎりりと布束を睨んだ。- 126 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:04:17.42 ID:grnhluano
「……あなた、彼に会ってどうするつもり? 酷いこと言ってごめんって、謝るの? 謝れるの? 謝る必要はあるの?」
「どういう意味」
「彼が妹達を殺したのは紛れもない事実よ」
ざあっと血の気が引いたのが分かった。
絶対に認めたくなかった事実。
それを、こんなにもさらりと真実であると突き付けられた。
やっぱり何かの冗談だったんだと、そんな妄想はあまりにもあっけなく砕け散った。
「見たんでしょう? 品雨大学DNA解析ラボで」
「アンタ、何処まで知ってるの」
「妹達が教えてくれたのよ。彼女たちが気付いた時にはもう全てが手遅れだったけれど」
妹達。
御坂美琴の体細胞クローン。
彼女の、妹。
御坂妹とは、未だ連絡が取れていない。
彼女は今、何をしているのだろう。
何を何処まで知っているのだろう。
知った上で、何をしようとしているのだろう。
「今回のことを仕組んだのは、『反対派』の妹達。あなたが仲良くしている『御坂妹』とは敵対関係にある妹達なの」
「反対派……?」
「そう。実験の再開を目論む妹達のことよ」- 127 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:04:48.08 ID:grnhluano
その言葉に、美琴はぎょっとした。
実験の再開?
そうだ、今実験は中断されているんだ。
一方通行が記憶喪失になったから。
一方通行が実験を拒否して逃げ回っているから。
だから今、実験は行われていない。
……せっかく中断された実験を、どうして再開なんてさせようと?
殺されるって、分かってるのに!
「な、んで、そんなこと……」
「彼女たちには彼女たちの考えがあるのよ」
「だからって!」
「あなたには理解できないわ。しない方が良い。本当なら、知りもしない方が良かった」
布束の声は、何処までも淡々としている。
感情が読み取れない。
どんな気持ちでこんなことを話しているのか、分からない。
「……妹は、反対派じゃない妹達は何をしてるの?」
「実験の再開を阻止しようとしているわ。多数派ね」
それを聞いて、美琴は少し安心した。
そうだ。
あの子たちだって、死にたくないに決まってる。
そういう普通の人間に普通に備わっている感覚が、彼女たちにも同じように備わっている。- 128 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:05:19.19 ID:grnhluano
「どうすれば、実験は阻止できるの」
「ひたすら、彼を逃がし続けるしかないわ。研究者どもが諦めるまでね」
「……途方もないわね」
「ええ。『阻止』というのは少し語弊があるかしら。だけど、現状それしか方法が無いのも事実」
それはまるで、終わりのない追いかけっこのような。
本当に終わりがあるのかどうかも疑わしい。
「……ねえ」
「何?」
「その、……反対派妹達は、どうして実験を再開させようとするの?」
「…………。知らない方が良いわ。気分が悪くなるだけよ」
布束が、初めて美琴から目を逸らした。
その反応から何を感じ取ったのか、美琴は目を伏せる。追及しようとは思わなかった。
「アンタは、どっちの味方?」
「実験を阻止する側よ。通称『推進派』の側と言えるかしら」
「……アンタだって、研究者なんでしょ。どうしてあの子たちの味方をしようと思ったの?」
意外にも、その時、布束は微笑んだ。
悲しそうな笑みだった。- 129 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:05:46.88 ID:grnhluano
「彼女たちは、私なんかよりも遥かに人間らしいわ。あなたも知っている筈よ」
「………………」
美琴は、何も答えなかった。
答えられなかった。
クローンだ。
造り物だ。
人間じゃない。
そう、思うのが普通だ。
試験管の中で生まれ、薬で成長を促され、心さえ洗脳装置で形成された。
人間の真似事をしているだけの、人形だ。
美琴だって、一番最初はきっとそう思っていた。
「ここから先は、あなたには辛すぎる」
俯いていた美琴の頭を、布束が撫でる。
久しぶりの感覚だった。
泣いてしまいたくなる程に、優しい。
「ここは年上のお姉さんたちに任せなさい。あなたは元の居場所に帰った方が良いわ」
「…………」
「すべてが解決した時には、きっとあなたの心の整理もついているはず。だから、その時にまた、彼の友達になってあげて」
布束の手が、離れる。
美琴が、ついと顔を上げた。- 130 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/07(火) 21:06:21.00 ID:grnhluano
「それじゃあ、ね。常盤台の方にはこちらから口利きをしてあげるわ。ちょっとしたコネがあるから、安心してお帰りなさい」
「ま、待って」
立ち去ろうとした布束を、美琴は咄嗟に引き止める。
布束は振り返り、首を傾げていたが、もう一度美琴の方に向き直ってくれた。
. . . .
「……一方通行は、記憶喪失になる前はどんな人間だったの?」
「…………。可哀想な子よ。優しい良い子だったわ」
「え……」
予想もしていなかった返答に、美琴は呆けてしまう。
しかし布束はそんな彼女を待つことなく、再び踵を返すとそのままその場を立ち去ってしまった。
「……それなら、なんで……」
しかし、そんな彼女の問いに答える者はいない。
一人ぼっち、取り残された彼女は、ただ茫然とすることしかできなかった。
- 143 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:04:14.09 ID:ur038zOPo
埃の匂いが鼻についた。
ガラスの無い窓から差し込んできた太陽の光で、一方通行は目を覚ます。
そこは、廃墟の片隅。
夜を過ごす為に何となく立ち寄ったそこは、どことなく以前ねぐらにしていた廃ビルに似ている気がした。
とは言え、距離は随分と離れているが。
(……そォいや、あそこでは御坂妹と一緒に暮らしてたンだったな)
もうずっと昔のことのように感じるが、まだあれから一ヶ月も経っていない。
そうだ、御坂妹と上条はどうしているだろうか。
何の連絡もしていなかったから、きっと……
(くっだらねェ)
考えかけて、自分で切り捨てる。
今更、何を考えているのか。
戻ることのできない場所に思いを馳せたところで、虚しいだけだ。
「…………」
壁に手を付きながら、ふらふらと立ち上がる。
無意識の内に能力で保護していたのか、固い床に雑魚寝していたにも関わらず、身体は何処も痛くなっていなかった。
(……どォするかな)
狭い窓から、外を眺める。
学園都市の外周を囲む、高い高い塀が見えた。
『外』と学園都市とを隔てている外壁だ。- 144 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:04:41.15 ID:ur038zOPo
当然ながら、何人もの警備員や警備ロボットによって厳重なセキュリティが敷かれている。
それでも、一方通行の能力なら強行突破は可能だろう。
(騒ぎを起こして奴らに俺を追う口実を与えるのは得策じゃねェな。堂々と警備員まで使ってくる可能性もある)
それに。
出来る限り、誰にも迷惑を掛けずに立ち去りたかった。
彼がここで事件を起こせば、彼の関係者として美琴や上条たちにまで捜査の手が及んでしまうかもしれないからだ。
ただそれだけでも迷惑には違いないし、自分の関係者だったというだけで世間から変な目で見られてしまう可能性もある。
それだけは、絶対に避けたい事態だった。
だが、だからと言って他に妙案がある訳でもない。
よって一方通行は、目の前に立ちはだかっている学園都市の外壁をただ眺めていることしかできなかった。
……とは言え、それについて何かを思うことも無い。
どうでも良かった。
(…………、出る、か)
窓に背を向け、覚束ない足取りで歩き始める。
纏わりつく生温い空気が、気持ち悪かった。
- 145 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:05:15.60 ID:ur038zOPo
ここは、第十学区。
学園都市でも最も土地の値段が安い学区で、学園都市唯一の墓地や実験動物の廃棄場、少年院などが立ち並ぶ場所だ。
そしてそれに比例するようにして、廃墟も多い。
また、その土地の性質上、人気も少なかった。
身を隠すには最適だ。
それに外壁に面している学区でもあるので、機会を伺って『外』に脱出することもできる。
今の一方通行にとって、これほど都合の良い場所もないだろう。
(晴れてる)
無神経なくらいに綺麗に晴れ渡った空を、見上げる。
雲一つない。
鬱陶しいくらいに太陽が燦々と輝いている。
どれも、今の一方通行の心境にはそぐわないものばかりだった。
(七月、二十九日)
何となく、今日の日付を呟いてみる。
夏休みの九日目。
それは一方通行には何の関係もない事象だったが、何だか妙に気になった。
いや、関係ないことなんてない。
きっと、彼は。
(……何を、今更)- 146 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:05:43.85 ID:ur038zOPo
楽しみにしていた。
一日中ぐだぐだして無為な時間を貪ったり、水族館に遊びに行ったり、もっとたくさん色んな場所に行ってみたり。
彼は、たぶん、夏休みにそういうことを期待していた。
(寂しい、なンて)
馬鹿馬鹿しい。
そもそも、そんな風に平和ボケした生活をしている方がおかしかったのだ。
彼はそんな立場にあるような人間ではない。
自覚、していたのに。
あまりにもぬるま湯に浸かっている時間が長かった所為で、勘違いしてしまっていた。
一方通行は恐ろしい連中に狙われていて、周囲を散々巻き込んで、身近な人間を危険に晒す、そんな疫病神だったのに。
自分ではきちんと一線を引いているつもりでいて、その実、自分は普通の人間なのだと錯覚してしまっていた。
(これで、良かったンだ)
最初から、そのつもりだった筈だ。
時が来たら、上条たちの前から姿を消す。
そのつもりでいた筈なのに。
(そう、これで正しい)
上条と美琴に引き止められて、学園都市に残ることにした。
そしてその足枷の片方が、壊れた。
もう片方は、どうなっているのか。一方通行にも分からない。
でも、きっと、どうせ、こちらももうすぐ壊れるだろう。
(願ったり叶ったりだ。余計な邪魔が入らなくなったンだから)- 147 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:06:12.51 ID:ur038zOPo
これで、心置きなくここから立ち去ることができる。
そうすることを望んでいたし、いつかはそうするつもりだった。
そしてそれが正しいと、今でも確信している。
(これで、)
正しい。
良い。
間違ってない。
言い聞かせる。
言い聞かせる?
誰に。
自分に。
どうして?
(……うるさい)
歯を食い縛る。目を固く閉じる。
考えないようにする。
彼は頭を振って無理矢理思考を断ち切ると、再び歩き出す。
何処を目指しているわけではない。
ただ、歩く。
目的地は無い。- 148 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:06:40.88 ID:ur038zOPo
『外』には行けない、元の居場所には戻れない。
だから他に適当な居場所を探して、歩き続けるしかない。
そんなもの、見つかるとも思えないけれど。
「…………?」
それは、偶然。
彼はふと、寂れた研究所の前で立ち止まった。
いや、寂れているのではない。
閉鎖されている。
それは、研究所の跡地だ。
「……特例、能力者……、多重調整技術、研究所」
門に刻まれていた研究所の名称を、何となく読み上げてみる。
やたら長いくせに、名前だけでは何の研究をしていた場所なのかよく分からない。
どちらにしろ閉鎖されているのだから、どうでも良いことだが。
「特力、研」
ふと、口をついて出た単語。
聞き覚えのない言葉。
(……?)
にも関わらず、彼は唐突に思い出した。
特力研。
ここは、特力研だ。- 149 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:07:10.38 ID:ur038zOPo
(思い、出した? 覚えてる……、のか?)
彼が洗脳装置によって削除されたのは、あくまでエピソード記憶のみだ。
この研究所のことが知識として残っているのなら、覚えていても不自然ではない。
けれど、それを知った経緯や理由を知らないのに『知っている』というのは、何とも気持ちの悪いものだった。
(……俺の記憶に、関係あるのか)
何だか妙な感覚がする。
胸騒ぎ、というのか。
ここに一体、何があるというのか。
(何か、残ってる、か?)
研究所は閉鎖されている。
当然ながら、見張りの類は存在しない。放置された廃墟と言って良い。
だから、ここに何かが残っている可能性というのは限りなく低い。
何の研究をしていたのかは分からないが、機密データなんかは恐らく綺麗さっぱり消されてしまっているだろう。
けれど。
(……行こう)
一方通行は心を決めると、特力研へと足を踏み入れる。
足元に転がる無数の瓦礫は、果たして何を物語っているのか。
- 150 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:07:43.77 ID:ur038zOPo
―――――
(私、何やってんだろ)
美琴は、上条の寮の目の前に立っていた。
相変わらず携帯は繋がらなかったが、どうしても顔が見たくなって、こんなところまで来てしまった。
(……大丈夫、だよね)
思いながら、今更何を遠慮しているんだか、と自分に呆れる。
確か、上条の部屋は七階だった筈だ。
ポストを見て改めて上条の部屋番号を確認した美琴は、寮の中へと入って行こうとした、が。
「みさかー? どうしたんだ、こんなところでー?」
「……土御門?」
見覚えのある少女の登場に、美琴は目を大きく見開く。
彼女は、土御門舞夏。
繚乱家政学校に通う生徒で、実習と称して常盤台の女子寮の中で働いているエリート中学生だ。
「あ、アンタこそ何でこんなとこに……」
「私の兄貴がここに住んでるんだぞー。言わなかったかー?」
「知らなかった……」
「それにしても、今までどこほっつき歩いてたんだー? 寮監さんカンカンだったぞー」- 151 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:08:21.47 ID:ur038zOPo
ああやっぱり、と美琴は心中で嘆息する。
布束が口利きをしてくれるとは言っていたものの、それも一体どこまで通用するのか。
ちょっとやそっとで、あの寮監が連続無断外泊を許してくれるとは思えない。
「……ちょっと、事情があってね」
「む……、なかなか深刻そうだなー? 大丈夫かー?」
「ん、平気。心配しないで」
「そうかー? あ、でもここに用事があるならちょっとは力になれると思うぞー。私はここではちょっと有名だからなー」
舞夏のようなメイドさんになんて学園都市でもそうそうお目に掛かれるものではないから単純に目立つだろうし、
彼女は普段から頻繁にここに出入りしているからちょっとはこの寮の事情や勝手に詳しいらしい。
それに美琴は常盤台中学の制服のままだったので、このまま一人で男子寮に入ったら目立ってしまうだろう。
だから、彼女の申し出は素直に有り難かった。
「じゃあ、お願いしようかな」
「うんうん、どーんと任せてくれたまえー」
「えっと、七階に住んでる筈の上条当麻って奴に用があるんだけど……」
「上条か?」
その名前に、舞夏が目を丸くする。
知り合いだったのか。
「うん。そいつに会いたいんだけど……」
「上条なら入院中だぞー。何でも階段から転げ落ちて頭を打ったとかで」
「は、はあ!?」- 152 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/11(土) 22:09:15.35 ID:ur038zOPo
美琴は思わず変な声を上げてしまった。
しかし舞夏はこれを予測していたのか、大して驚くことも無く話を続ける。
「知らなかったのかー?」
「全然……。アイツ、携帯壊したみたいで全然連絡取れなかったから」
「ああ、なるほどなー。有り得そうな話だ」
どうやら上条の不幸は周知の事実らしい。
美琴もその一端を知ってはいたが、そのあまりにも普通な反応に上条に対する同情を禁じえなかった。
「二十八日の真夜中だったかー? 救急車が飛んできて、結構な騒ぎになったらしいぞー」
「だ、大丈夫なのかしら……」
「良いお医者さんに恵まれたみたいで、後遺症はないそうだぞー。意識も戻ってるそうだし、今頃ピンピンしてるんじゃないかー?」
「何処の病院か分かる?」
「第七学区の……、名前は何だったかなー? あ、カエル顔の医者で有名な病院だぞー」
「ああ、あそこ、……か」
かつて、一方通行も入院していた病院だ。
因果、なのだろうか。
まさかこのタイミングで、またあの病院に行くことになるとは。
「ありがとね、舞夏。ちょっと行ってくる」
「お役にたてて良かったんだぞー。あ、私からも上条にお大事にって伝えといてくれー」
「分かった。じゃあね」
美琴は軽く手を振ってから、舞夏に背を向けて歩き出す。
そして寮のエントランスを出ると、強烈な日差しが肌を突き刺した。
(……快晴、ね)
まるで空全体が光を発しているかのように、晴れ渡っている。
眩し過ぎる空に、彼女は目を細めた。
(眩しすぎる、かな)
空から目を逸らし、彼女は歩き始める。
憎たらしいくらいの青空は、今も彼女の頭上で輝き続けていた。
- 165 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:22:53.04 ID:ZXgDi2udo
白い扉の前で、立ち止まる。
左手には、お見舞い用のフルーツバスケットを持って。右手は、病室の扉に掛けて。
美琴は、深呼吸してから勢いよく扉を引いた。
「やっほー、お見舞いに来てやったわよー……あれ?」
元気よく挨拶をしながら入ったのは良いものの、返事がない。
即座にその理由に思い当たった彼女はそろりそろりと上条のベッドへ近づいていくと、予想通り、彼は熟睡中だった。
まあ、仮にも怪我人なのだから安静にしているのは当然だ。
(そう言えば、アイツの時も何度か寝てて話せないことがあったっけ)
すっかり失念していた。
と言うか、上条がそんなふうに弱っている姿なんて想像できないというのもあったかもしれない。
幻想殺しと丈夫さだけが取り柄のような人間だったし。
(……どうしようかな。折角ここまで来たんだし、何もしないで帰るってのも……)
取り敢えず、彼女は手にしていたフルーツバスケットをベッド横の机の上に置いておく。
と、その時ちょうど机の上に置いてあった紙とペンが目に付いた。
(そうだ、手紙でも置いてくか。フルーツバスケットだけ置いてあっても混乱するだけだろうし)
思い立って、彼女は置いてあったペンを手にした。
……のは良いものの、いざ紙に向かってみると何を書いてみれば良いのか分からない。
書きたいことは沢山あるが、書くべきではないこともある。
『話す』ならいつも通りにするだけで良いので特に気負いすることは無いのだが、改まって『書く』となると、また勝手が違ってくる。
きちんと伝えたいことと伝えないことを選別して、相手に分かり易く書かなければならないからだ。- 166 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:23:16.66 ID:ZXgDi2udo
それに、こんなに小さな紙に彼女の伝えたいことがすべて入り切るとも思えない。
だから余計に、きちんと情報を選別しなくてはならなかった。
(……何を書こう。教えない方が良いことも、多いけど)
迷ったが、とにかく美琴は自分がお見舞いに来た旨とフルーツバスケットをお見舞い品として持って来た旨を書いてみる。
消費したのは二行。
小さな紙と言っても、まだまだ書ける。
(問題はここからだな)
ペンでこめかみを叩きながら、迷いに迷う。
上条の睡眠の邪魔にならない程度に唸りながら考え込んでいた、その時。
唐突に、真横でがばりという音がした。
「うおおおぉぉッ!? 誰!? 何だ!? 曲者!?」
……上条が目を覚ました。
彼は目の前に座っている美琴の存在に気付くと、驚いて跳び上がって大騒ぎ。
あんまりなオーバーリアクションに、美琴は思わずぽかんとしてしまった。
そして。
「ぶっ」
「……へ?」
「ぶふっ、あっはははは! 何よ曲者って!? 何時代!? アンタいつの時代の人間だっつーの!」
「え? ええ?」- 167 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:23:43.88 ID:ZXgDi2udo
突然大笑いを始めた美琴に、上条は困惑してきょとんとしてしまった。
まだ寝惚けているのか、何が何だか分かっていない様子だ。
「あーおかしい、どんな夢見てたのよ……、ぶふっ。くくく……」
「……あのー、驚きすぎた俺が言うのもなんだけど、笑い過ぎじゃありませんか?」
「だ、だってアンタ……、ヤバいツボった……」
混乱のあまりになのか敬語になっている上条も何だか面白くて、美琴は笑いを止めることができずにいた。
こんなに笑ったのは、すごくすごく久しぶりのような気がする。
まるで、みんなで仲良く遊んでいたあの頃がずっと昔のことのように感じられた。
「はーっ、笑ったぁ。まったく、せーっかくこの御坂美琴様がお見舞いに来てやったってのに曲者扱いって。失礼しちゃうわ」
「お、お見舞い?」
「何よその意外そうな顔は。私だって……、と、友達を労わる心ぐらい持ち合わせてるんだから。ほら!」
言いながら美琴がずいっと差し出したのは、如何にも高価そうなフルーツバスケット。
貧乏学生の上条には、到底手が出せないような代物だ。
しかも、その果物のひとつひとつが高級品と来た。
透明なフィルムに包まれた状態のままでも漂ってくる芳醇な香りに、上条は思わず唾を飲む。
「お見舞いと言ったらやっぱりこれでしょ。さっさと元気になりなさいよー」
「こ、こんなの良いのか!?」
「うむ。美琴様に感謝せよ。よーく味わって食べなさい」
「ははーっ!」- 168 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:24:12.31 ID:ZXgDi2udo
偉ぶる美琴に、上条も大袈裟に感謝して見せる。
この馬鹿馬鹿しいやり取りに、もはや懐かしささえ感じられた。
「いやー、それにしても立派だ。本当にありがとうな、御坂」
「……え?」
きょとん。
今度は美琴の番だ。
かと思いきや、そんな彼女につられて上条もまたきょとんとした顔をしていた。
「な、何だ? 何かおかしかったか?」
「いや……。アンタ、私のことちゃんと名前で呼ぶの初めてじゃない?」
「えっ!? そ、そうだったっけ!?」
「そうよ。いっつもいっつも私のこと変なニックネームで呼んで、何度やめろって言っても名前も覚えてくれなかったじゃない」
「えーと……、へ、変だったか?」
「いや? やーっと心を入れ替えて覚えてくれる気になったのね。感心感心」
腕を組み、美琴はうんうんと頷く。
それを眺める上条は何となく挙動不審だったが、改まって名前なんか呼んだものだから照れているのだろうと思って
美琴は大して気にしなかった。
「じゃ、じゃあこれからも御坂で良いか?」
「当たり前じゃない。って言うか、私がずっと名前で呼べって言い続けてたんだし」
「そっか。それは良かった」- 169 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:24:40.22 ID:ZXgDi2udo
長年の苦労が報われてようやく名前で呼んでもらうことに成功した美琴は、しばし感動に浸っていた。
その一方で、上条は彼女に悟られないようにこっそりと胸を撫で下ろす。
「と、とにかく本当にありがとな。こんなに良い果物食うの、たぶん生まれて初めてだよ」
「そう? 何だかそこまで感謝されるとむず痒いわね……。ま、気が向いたらまた持って来てあげるわ」
「え!? それは流石に悪いって」
「いーのいーの、私が好きでやってるんだからさ。それより、アンタ階段から落ちたんだって? ほんと、アンタの不幸は折り紙付きよね」
「あ、あはは……」
上条も、もはや乾いた笑いしか出てこないようだ。
美琴はそんな彼を元気付けようと思ってか、ばしんと肩を叩いてやる。
「でもま、あのお医者さんに見て貰ったんなら安心ね。あの人いまいち貫禄ないけど、腕は確かだし。あ、いつ退院するの?」
「痛い……。ええと、怪我自体はもう殆ど治してあるから、すぐに退院できるってさ。明後日って言ってたかな?」
「その回復力も相変わらずね。アイツなんか、私の電撃喰らっただけで随分入院してたけど」
「それはまた過激な……」
上条が、不意にぼそりと呟いた。
しかしそれを聞き取れなかったらしい美琴は、首を傾げながら上条に問い返す。
「ん? 何か言った?」
「いや何も」- 170 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:25:10.62 ID:ZXgDi2udo
「でもま、すぐに退院できるんなら良かった。補習あるんでしょ? 頑張りなさいよ」
「は、はい……頑張ります……」
やっぱり思い出したくないことだったのか、上条が一気に暗くなる。
入院の所為で補習に行けていないから、恐らく上条の補習はもともとの予定よりも長引くことになってしまうだろう。
今回ばかりはただの事故なので少し可哀想だが、美琴には今更どうしてやることもできない。
「……あー、ところでさ」
「何だ?」
それまで明るく振る舞っていた美琴が、唐突に声のトーンを低くする。
上条は思わず身構えて、彼女の次の言葉を待った。
「その……、アイツ、ここに来た?」
「アイツ? って誰?」
「……あー。鈴科よ、鈴科! お見舞いに来た?」
「へ? あ、いや、お見舞いに来てくれたのはお前とあともう一人だけだから、来てない……と思う」
「誰よ、もう一人って」
「と、とにかく! 鈴科は来てないぞ。寝てる間に来てるんだったら分からないけど」
「……ふーん。そっか」
上条の返答に、美琴は僅かに肩を落とす。
別れた時のあの様子からして、上条に会いに行く可能性は低いとは思っていたが。- 171 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:25:42.11 ID:ZXgDi2udo
「どうかしたのか?」
「うーん……、ちょっとね」
「喧嘩?」
「……まあ、そんなところ」
苦笑いしながら言う美琴を見て、上条はやんわりと微笑んだ。
この表情を見るのも、本当に久しぶりに感じる。
「そっか。仲直りしないとだな」
「わ、分かってるってば。だからアイツが何処にいるか知ってるか訊こうと思ったのよ」
「携帯かなんかで連絡取れば良いんじゃないのか?」
「繋がんないのよ。そうだ、アンタから電話してみてくれない?」
「え!? あ、いや、携帯行方不明でさ! 電話番号も電話帳に登録したっきりだから覚えてないし、ちょっと難しいかなー?」
「あー、やっぱりそうだったか。なら仕方ないわね」
「ごめんな。……そうだ、鈴科が来たらすぐに連絡してやるよ。番号教えて貰えるか?」
「……じゃあ、お願いしようかな。赤外線……、は無理だから、紙に書いとくわね」
「ああ、頼む」
美琴は手紙に使おうと思っていた紙の最初の二行を消しゴムで消すと、自分のメールアドレスと電話番号を書いていく。
こんなアナログな方法で連絡先を遣り取りすることなんてまず無いので、何だか新鮮だった。
やがてメールアドレスと電話番号を書き終わった彼女は、書いてある連絡先に間違いが無いかを確認してからそれを上条に手渡す。- 172 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:26:12.32 ID:ZXgDi2udo
「はい、これ。もう失くさないでよ?」
「流石にこれは失くさないって……」
「そうかしら? この間、銀行から出て十分で通帳を失くした時は流石に自分の目とアンタの頭を疑ったけど」
「そんなことあったっけ!?」
「あったわよ。まあ、あの後はすぐに妹が見つけて来てくれたから良かったけど」
「な、失くさないように細心の注意を払いますです……」
「……うん、いつもそれくらいの心意気でいた方が良いと思う」
これまで上条が襲われた数々の不幸を思い出しながら、美琴が遠い目をする。
別に虐めているつもりはなかったのだが、それを聞いた上条は何故か怯えているようだった。張本人なのに。
「とにかく、鈴科のこと、お願いね。私はまたアイツを探してみる」
「それは分かってる、けど……、大丈夫か?」
「……何が?」
「いや……。何か、お前疲れてるみたいだからさ。少し休んでからの方が良いんじゃないか?」
「……ん、気持ちだけ受け取っとくわ。ありがとね。……今は一刻も惜しいから、さ」
「そっか。……無理すんなよ」
「平気平気、アンタほどじゃないけど私も頑丈さが取り柄だしね。それじゃ、またね」
「ああ。またな」
上条に見送られながら、美琴は病室を後にする。
そしてゆっくりと閉じられていく扉を眺めながら、上条は少しだけ悲しそうに眉根を寄せた。
- 173 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:26:39.24 ID:ZXgDi2udo
―――――
足元に転がる瓦礫を踏み分けて、一方通行は先へ先へと進んで行く。
特例能力者多重調整技術研究所。
通称、特力研。
一方通行の頭の中に残っていた、単語。
その正体を確かめるべく、一方通行は今は廃墟と化したその研究所を探索していた。
(……何も、ねェな)
しかし、やはり随分前に閉鎖されてしまっていたらしく目ぼしいものは何も残っていない。
こんなに広い研究所なのだから、一つ二つくらいの取り零しはありそうなものなのだが。
(よっぽど後ろ暗い研究でもやってたのか? ……今更か)
自分が何か恐ろしい実験に加担させられていたということは、何となく分かっている。
覚えている訳ではない。
境遇や環境から、推測しただけだ。
けれど一方通行は、何故かそれについては確信があった。
(研究所の名前からもイマイチ何の研究をしてたのか分からねェしな……、せめてそれくらい分かれば……)
ここは、いつ頃に閉鎖されたのだろうか。
スキルアウトなどに荒らされた痕跡はないのだが、何故かやたらと瓦礫が転がっていて、薄汚い。
(つゥか、破壊……されてる、よな)
一方通行の歩いている廊下は、時々大きな横穴が空いていた。
そこから、空っぽの研究室のようなものが見える。
仮眠室なのか、稀に寝台が大量に配置されている部屋も見えた。- 174 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:27:07.47 ID:ZXgDi2udo
(研究を巡った抗争でもあったのか?)
それしか、考えられない。
明らかに威力の高い銃器や爆弾によって破壊された痕跡が、いくつもあるからだ。
原因は、流石に推測できないが。
(その辺のことも分かるよォな手掛かりがあると良いンだが……ン?)
一方通行は行き止まりに突き当たる。
いや、行き止まりではない。
いくつもの南京錠や電子錠で厳重に施錠された鉄の扉が、目の前に出現したのだ。
(何だこりゃ? この先に何かあるのか?)
目の前の鉄扉に手を触れながら、一方通行は首を傾げる。
どうして、わざわざこんなことを?
(鍵が掛けてあるってことは、この先に何かがあるってことだが……)
それならばこんな警備も何もあったものではない研究所に鍵を掛けて放置しておくより、持ち去った方が得策だ。
破壊され、侵入されてしまうリスクがあまりにも高すぎる。
(研究所自体に付属した大型装置なら、まァ持ち出せねェか……。研究所が取り壊されてねェのも、これが理由か?)
この研究所はそこかしこが盛大に破壊されてしまっていて、とてもではないが修繕したところで再利用できそうにない。
一旦すべてを取り壊してしまってから新しく立て直した方がまだ手っ取り早いと思えるレベルだ。
にも関わらず、こんな研究所が破壊された当時のまま保存されている理由。それが、この先にあるのだろうか?
(見つかったら、警備員に追われる立派な理由になるな)- 175 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/15(水) 21:29:23.43 ID:ZXgDi2udo
しかし、考えてみれば今更だ。それに、見つからなければ良いだけのこと。
一方通行は一瞬、疲れたような笑みを浮かべると鉄扉に触れたままそっと目を閉じる。
途端、扉に掛けられていたすべての錠が砕け散った。
(これで、後戻りはできねェな)
甲高い音を立てながらバラバラと地面に落ちていく錠のカケラを眺めながら、一方通行は細く息を吐く。
そして、彼はドアノブへと手を掛けて、鉄の扉を押し開けた。
「…………?」
しかし目の前に広がっていたのは、これまでと大して変わり映えのしない廃墟だった。
一方通行は軽く周囲の様子を窺う。
と、彼は手前の壁際に何か巨大なコンピュータのようなものが聳え立っていることに気が付いた。
(これ、か?)
巨大なディスプレイは壁と完全に一体化してしまっていて、コンソールも床と壁に完全に溶接されてしまっている。
なるほど、これなら持ち出せない訳だ。
一方通行は暫らくその見上げるほどの大きさのコンピュータをまじまじと眺めていたが、やがてコントロールパネルに手を触れた。
(……まァ、そォ簡単に動いてくれるわけねェよなァ)
適当にタイピングをしてみても何の反応も示さないコンピュータに、一方通行は肩を落とす。
だが、保存されている以上何らかの手順を踏めば動くはずだ。
彼はきょろきょろと辺りを見回し、電源装置のようなものがないか探してみる。
(それっぽいものはねェな……、別の部屋か?)
この部屋の探索を諦めて、一方通行が奥にある部屋へと足を進めようとした、その時。
彼の足が何かのセンサーに引っ掛かり、ピピッという電子音が響いた。
同時、彼の足元から赤い光が全身を包むようにして競り上がり、対象の解析を開始する。
(な、ンだ!? セキュリティ……?)
一方通行は即座に足元に設置されていた装置を破壊したが、それより早く解析完了の電子音が響き渡る。
早急に逃げるべきか、などと一方通行が思案していると、唐突に部屋の中が明るくなった。
驚いて振り向けば、なんと先程までうんともすんとも言わなかったあのコンピュータが起動しているではないか。
『被験者番号1923の個人データを認証。メインコンピュータを起動します』
「は……?」
驚いている間に、ディスプレイに見覚えのある子供の顔写真とプロファイルが表示される。
それは、白い髪に赤い瞳の、九歳程度の少年。
直接見たことがある訳ではない。
だが、今更見間違えよう筈もない。
だから一方通行は、確信と共にこう呟いた。
「……俺、か?」
- 187 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:04:39.51 ID:bssuRx3yo
一方通行は、食い入るようにディスプレイを見つめていた。
そこに映るのは、彼と同じ色を持った九歳程度の少年。
いや、色だけではない。
画面の中の少年は、何処も彼処も一方通行にそっくりだった。
「能力名、一方通行……」
それは、彼の名称。
やはり間違いない。この子供は、一方通行の幼少期の姿なのだ。
(これは……、つまり、俺はここにいたことがあンのか……)
一方通行は汗ばんだ指先で、恐る恐るコンソールを操作していく。
しかし、被験者番号や能力名、行った実験の概要などは書かれているものの、人間らしい名前は何処にも記載されてはいなかった。
探しても探しても見つからないので、やがて一方通行は自分についてのデータが書かれているファイルを閉じて別のファイルへと手を出してしまう。
(多重能力研究概要……?)
自分に対して行われていた実験の概要を見ただけではよく分からなかったが、どうやらここは実現不可能とされている
多重能力を研究する場所だったようだ。
ただ、最後の研究が行われた日付けは随分昔なので、恐らくこの当時は多重能力が実現不可能であることは判明していなかったのだろう。
どんな実験が行われていたのかは知らないが、ここで行われていたことは全て無意味だった訳だ。
(まァ、そォいう経緯で閉鎖されたンだろォな。ここは)
当時の研究者たちと彼を含む被験者たちの努力は、あえなく徒労で終わってしまったという訳だ。
当然ながら彼はそんなことなど覚えてはいなかったが、気の毒なことだ。
(……ン? これは……)- 188 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:05:18.79 ID:bssuRx3yo
暫らく適当にコンピュータを操作していた一方通行だったが、そのうちに気になるファイルを発見する。
実験の様子を記録した、動画ファイルだった。
(見てみる、か?)
研究の内容が判明した以上、わざわざコレを見る必要はない。
けれど彼は、もしかしたらこの実験の何かが自分が追われている理由の一因になっているかもしれないと思い立ち、
実験の詳細を知ろうと動画ファイルを再生してみた。
再生、してしまった。
「!?」
驚いて、一方通行は思わず咄嗟に再生画面を消してしまう。
よって彼が動画を見たのは、一瞬。
けれど一方通行は、混乱と驚愕によって鼓動が早まるのを止めることができなかった。
(な、ンだ? 悲鳴……?)
動画ファイルを再生して真っ先に彼の耳に飛び込んできたのは、身の毛が弥立つような悲鳴だった。
……画像については、よく覚えていない。
いや、認めたくなかっただけなのかもしれなかった。
あんな所業が、行われていたことを。
(……ひ、と? だよ、な)
思い出しかけて、彼は込み上げる吐き気を必死で耐えた。
辛うじて、人と分かる形はしていた。
だが、まともな人の形をしたものは一つも無かった。- 189 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:05:49.07 ID:bssuRx3yo
過剰な投薬による突然変異なのか、化け物のような姿をした何かもあった。
あれは、本当に人間だったのだろうか。
一方通行が知らないだけでああいう動物は普通に存在していて、それを実験動物として飼っていただけなのではないだろうか。
(違、う。半分は、人だった。人の言葉で助けを求めてた。だから、あれは、)
考えてしまいそうになって、彼は慌てて思考を断ち切る。
幸か不幸か、動画の中には一方通行らしい子供の姿は見えなかった。
けれどあの中に、一方通行の知り合いは何人くらい居たのだろうか。
口の中が酸っぱい。
考えないようにしていても、目を瞑ると先程の一瞬で焼き付いてしまった光景が浮かび上がってくる。
(……考えるな。頼むから……)
彼は頭を振って見てしまったものを忘れようと努力しながら、彼は動画ファイルの入ったフォルダを消して別のフォルダを展開する。
今度はテキストファイルだ。
本心では、これ以上あんな実験に関する記録など見たくない。
けれど、何故あんなことが行われていたのか。
それを知りたかったし、それに向き合わなければならない気がした。
(最終報告書……)
末期の特力研は、気付いていた。
多重能力者は、実現不可能だということに。
けれど惰性か諦められなかったのか、はたまた上層部から圧力を掛けられていたのか。
何れにせよ、下らない理由で実験は続けられた。
無意味だと分かっている実験を何度も何度も何度も何度も繰り返して、大勢の子供たちを犠牲にした。
何人も死んで、何人も精神崩壊を起こして、何人も処分されて、何人も原形を留めない姿に変えられた。- 190 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:06:25.82 ID:bssuRx3yo
だが、その中で一方通行だけが奇跡的に助かった。
どうしてだろうか。
(……移送?)
特力研における一方通行の履歴の、一番最後。
そこに書かれてあった、簡潔な概略。
(被験者番号1923は、諸般の事情により九歳の時に他の研究所に移送された……)
当時の彼は、平均よりもちょっと良いくらいの平凡な能力者だったらしい。
けれど何故か彼はこの地獄のような研究所から連れ出され、また別の研究所へと送られていった。
理由は……、何故か何処にも記述されていない。
しかし彼は、自分の能力についてよく理解している。
恐らく、一方通行はその能力の希少性と有用性を見い出され、また別の新しい実験を行う為に保護されたのだ。
そう、保護だ。
詳細な理由や過程、目的はどうあれ、結果的に彼はそのお陰で助かった。
……それ以降、彼に関する記述は無い。
この研究所の管轄では無くなったからだろうか。
とにかく一方通行は、これ以降の自分の行方を知ることはできなかった。
他の被験者たちの行方は……、大体予測できたし、被験者リストの右端にずらりと『廃棄処分』の文字が並んでいるのを見て詳細を調べるのを諦めた。
きっと、調べたところで愕然とするだけだ。
(…………、……どうして)- 191 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:07:37.83 ID:bssuRx3yo
こんな気違いじみた実験が、平然と行われていた。
やはり、学園都市は狂っている。
改めてそう思った。
……そして、そんな学園都市があんなにも執着している実験に使われていた自分は、一体何者だったのだろうか。
希少な能力。
有用な能力。
……それだけ、なのか?
彼はどんどん深みに嵌っていく思考を頭を振って中断させると、じっとコンピュータのディスプレイを見つめ始める。
もう、これ以上ここに居ても得られるものは何も無いだろう。
自分について何か知りたいことがあるのなら、彼が移送されたという研究所を訪ねなければならない。
だが、その研究所はここからかなり離れているし、ここと違ってまだ稼働しているようだ。そうする訳にもいかないだろう。
(ここまで……、か。クソ)
一方通行はそれでも暫らく何事かを考え込んでいたが、やがて顔を上げるとコンピュータのシャットダウン画面を起動する。
衝撃的な出来事が続いていた所為ですっかり忘れてしまっていたが、彼は鍵を壊して無理矢理ここに侵入した立派な不法侵入者だ。
いつ異変に気付いた警備員が駆け付けて来てもおかしくない。
だから一方通行は、出来るだけ早急にここから姿を消す必要があった。
……いや。実験の内容が内容だから、『表の世界』の人間である警備員や風紀委員はやって来ないかもしれない。
しかし、ここは学園都市。
この手の機密を守る為の用心棒くらい、いくらでもいる筈。
そしてそれは、きっと警備員や風紀委員なんかよりもずっと厄介な存在だ。
そんなものに目を付けられてしまっては、恐らく一方通行なんかひとたまりも無いだろう。
よって彼は、一刻も早くここから立ち去らなければならない、のだが。
(……チッ)
ここに来て、精神的な疲労も身体的な疲労も、ピークに達してしまっていたらしい。
コンソールに突いていた手を離した途端、彼はよろめいて倒れそうになってしまった。
それでも彼は何とか体勢を整えると、足に力を込めて歩き出す。
ふらふらとした足取りは何とも頼りなかったが、今はもう彼の隣にその手を取って支えてくれる人間は居ない。
一方通行は歯を食い縛りながら必死に足を動かして、静かな研究室を後にした。
- 192 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:08:01.11 ID:bssuRx3yo
―――――
病院の廊下を歩いていると、美琴は前方からよく知る人物が歩いて来ていることに気が付いた。
冥土帰し。
かつて一方通行が、そして今は上条が世話になっている凄腕の医者だ。
彼は向かいから美琴が歩いてくるのを見つけると、人当たりの良い笑みを浮かべて話し掛けてくる。
「おや、お見舞いかな?」
「は、はい。アイツが入院したって聞いて……」
「そうか。彼はどんな様子だったかな?」
「いつも通りですよ。相変わらず馬鹿でお人好しでへらへらしてました」
「……、なるほど。それは良かった」
「ま、アイツは丈夫なだけが取り柄みたいなもんですから。退院、明後日でしたっけ?」
「ああ。外傷はもう殆ど治っているからね? もう心配いらないさ」
「そうですか、良かった」
冥土帰しの言葉に、美琴は改めて胸を撫で下ろす。
格好つけたがりなのか心配させたくないのか何なのかは知らないが、上条は実際よりも自分の怪我を軽く伝えることが多いので
彼の言葉は半分信用していなかったのだ。
「……あ、そうだ。その、先生はうちの妹に会いました?」- 193 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:08:34.92 ID:bssuRx3yo
「うん? 御坂妹さんかな?」
「そうです。その、最近あの子見たかなーと思いまして……」
「いや、忙しいのかまったくね。そう言えば一方通行……、今は鈴科くんだったかな? 彼はお見舞いには来ないのかい?」
「さ、さあ……。私、アイツとちょっと……、喧嘩しちゃって。あ、アイツには会いました?」
「いいや。彼にも会ってないね? それにしても、喧嘩なんて珍しい。どうかしたのかな?」
困ったように眉根を寄せた冥土帰しを見て、美琴は苦笑いした。
他にどういうリアクションを取るべきなのか、彼女には分からなかった。
「私が悪いんです。だから、仲直りしなきゃと思ったんですけど、なかなか会えなくって」
「ふむ。確か彼は御坂妹さんがお世話になっている研究所で働いていたよね?」
「は、はい」
「だったら、彼女に尋ねれば何か分かるかもしれないよ?」
「……試してみたんですけど、さっき先生が言ったように忙しいのか連絡付かなくって。まあ地道に探してみます」
「そうか。仲直り、できると良いね?」
「はい。頑張ります」
穏やかに笑いながら言う冥土帰しに、しかし美琴は疲れたような笑顔を浮かべて返事した。
そんな彼女を見て冥土帰しは喧嘩の内容が想像よりも深刻であることを悟ったが、
彼が口を開く前に美琴はぺこりと頭を下げて足早に去って行ってしまう。
そうして結局何かを言うタイミングを逃してしまった冥土帰しは、複雑そうな顔をしながら彼女の背中を見守っていた。
「……何事も、無ければ良いんだけどね?」
- 194 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:09:13.64 ID:bssuRx3yo
―――――
美琴の残して行ったメモを眺めながら、上条はぼうっとしていた。
開け放してある窓から入ってくる風に、白いカーテンが揺れる。
メモから目を離した上条は、窓から見える空を見上げながら今日は良い天気だな、なんて思っていると、不意にがららと病室の扉が開かれた。
「とうま、とうま!」
そして入って来たのは、真っ白な修道服を身に纏った銀色の髪の少女。
彼女はその可愛らしい顔に輝かんばかりの笑顔を浮かべながら、上条に駆け寄って来た。
「インデックス」
少女、インデックスを見て、上条もまたやんわりと微笑む。
インデックスは病室に置いてあった椅子を引き摺って来ると、上条の隣にちょこんと座った。
「あのねあのね、今日は私もお見舞い品を持って来たんだよ! 見て見て!」
「お、花か。どうしたんだ?」
「ふふふ、秘密なんだよ! ほんとはもっと立派なのが欲しかったんだけど、
私、あんまりお金持ってないからちっちゃいのをちょっとしか買えなかったのが心残りなんだけどね」
「いや、嬉しいよ。ありがとうな」
小さな白い花束を受け取った上条は、インデックスの頭をぽんぽんと撫でてやる。
上条の手のひらを黙って受け入れているインデックスは、ふにゃりと幸せそうに顔を緩ませた。
「あ! とうまとうま、これどうしたの?」
「ん? ああ、御坂が持ってきてくれたんだよ。お見舞い品」- 195 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:10:00.25 ID:bssuRx3yo
「美味しそうなんだよ……」
「……食べるか?」
「良いの!?」
「お前、本当に食べるの好きだなあ……」
途端にきらきらと瞳を輝かせ始めるインデックスを見て、上条は苦笑いする。
そして彼はサイドテーブルに置いてあった果物ナイフを手に取ろうとしたが、その前にナイフはインデックスに引っ手繰られてしまった。
「とうまは怪我人なんだから、じっとしてて! 私が剥いてあげるんだよ」
「え、インデックスさんそんなことできたんですか!?」
「むむっ、舐めないでほしいかも! 私だって年頃の女の子なんだよ、これくらい余裕だもん」
「本当かあ? まあそれなら任せるけど……」
「どーんと任せるんだよ!」
インデックスは得意げに胸を張ると、さっそく手にしたナイフで林檎を剥こうとする。
が、その手付きはあまりにも危なっかしい。
横から見ている上条は、ゆっくりゆっくり不恰好に剥かれていく林檎をはらはらと見つめていた。
すると。
「あっ」
「ぎゃああああああ!?」- 196 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:10:38.38 ID:bssuRx3yo
つるりとインデックスの手から滑り落ちた果物ナイフが、ベッドに突いていた上条の手の指と指の間に落ちてきた。
幸い指の間をほんの少し切ってしまっただけで済んだが、一歩間違えれば指が血塗れになっていたかもしれないという事実に上条は震える。
「ごっ、ごめんなさい! とうま大丈夫!?」
「な、何ともありませんのことよ……」
「ほんと? ほんと? お医者さん呼ぶ?」
「いやいや、本当にほんのちょっと切っただけだから。それよりインデックス、林檎貸してみろ」
「へ? うん」
インデックスが剥きかけの林檎を素直に手渡すと、上条は新しいナイフを手にして林檎の皮を剥いていく。
手慣れているのか、上条はまるで魔法みたいにするすると林檎を剥いていった。
その様子を眺めているインデックスは、悔しい以上にすごいという感情が勝っているのか、瞳を輝かせている。
「ほら、できた」
「とうますごい!」
そして手際良く切り分けられていく林檎を見て、インデックスはぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃぎまわる。
上条は林檎の並べられた皿からひとつ選んで口に運ぶと、残りは皿ごとインデックスに差し出した。
「さあ、お食べ」
「わあい! あ、でもでもはんぶんこにしないと駄目なんだよ!」
「ん? いや、残りはお前が全部食べて良いぞ。好きだろ?」- 197 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:11:40.62 ID:bssuRx3yo
「好きだけどね、これはとうまのお見舞い品だもん。それにとうまはもっと栄養つけなくちゃ! 早く元気になってね!」
「インデックス……」
あの三度の飯より食べることが好きな大食漢インデックスが、自分の身を案じて食べ物を分けてくれるなんて!
上条は眼頭に熱いものを感じながら、二つめの林檎を口にする。
すると、インデックスは満足そうに微笑みながらさっそく一切れ目の林檎に齧り付いた。
やはり高級林檎だったのか、信じられないくらい甘くて美味しい。
インデックスもその味に感動しているのか、両手で頬を包むように押えながら幸せそうな唸り声を上げていた。
「これすっごく美味しいんだよ、とうま!」
「そうだな。こんな良い林檎は滅多に食べられないから、ちゃんと味わって食べるんだぞ?」
「うん!」
彼女は元気良く返事すると、満面の笑みを浮かべながら二切れ目の林檎を手に取った。
上条はそんな彼女を眺めながら、ふと林檎を食べる手を止める。
(そうだ。俺は……)
傾き始めた太陽が、肌に突き刺さる。
真夏の陽光は、この時間になっても未だ明るく、そして強かった。
それはきっと、とてもとても昏い決意。
果てなき葛藤の始まり。
険しく苦しい道を、そうと分かっていてそれでも彼は突き進む。- 198 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/20(月) 00:12:24.30 ID:bssuRx3yo
(この子の笑顔を守る為に、記憶喪失を隠し通さないと)
- 210 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:00:03.40 ID:JlPmNs0to
七月三十一日。
名も知らぬビルの屋上に佇む一方通行は、静かな学園都市の風景を見下ろしていた。
時刻は、午前五時。
美しい朝日が、昇ろうとしていた。
「…………」
彼が第七学区を去ってから、三日が経つ。
この間まったく何も口にしていなかった一方通行は流石に何か食べなくてはと思い立って第十学区の隣の第十一学区までやって来たのだが、
せっかく買った食べ物はほとんど喉を通らなかった。
一方通行は溜め息をつきながら、隣に置いてあるコンビニのビニール袋に目を向ける。
その中には、手を付けられていない食べ物がいくつも放り込まれていた。
けれどそれを見ても、彼に何らかの感情が湧いてくることは無い。
もはや、様々な感情が鈍ってしまったようだった。
(……俺は)
結局、何がしたかったのだろう。
何がしたいのだろう。
もう何も分からなくなって、一方通行は腕の中に顔を埋めた。
このまま美琴から逃げ続けて、それで良いのだろうか。
どうしよう、どうすればと言う気持ちばかりが渦巻いて、ちっとも前に進めやしない。
(やっぱり、……)
彼女と、向き合うべきなのではないだろうか。
感情が鈍ってしまった今ならきっと、あれ以上の拒絶にも耐えられる気がする。
それにこの三日間で、少しは気持ちの整理がついたと、思う。
だからきちんと美琴の話を聞いて受け入れるなら、今しかないのではないだろうか。
(……、そォ、だな)
逃げ続けてばかりでは、何も始まらないし、終わらない。
一方通行は深呼吸してから立ち上がると、第七学区へと向かうべくして一歩前へ足を踏み出そうとした。
が、その時。- 211 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:00:39.97 ID:JlPmNs0to
「お待ち下さい」
突然背後から聞こえて来た声に、一方通行は足を止める。
それは、とてもとても聞き覚えのある声だった。
まさかと思いながら、一方通行はゆっくりと後ろを振り返る。
「と、ミサカは一方通行を引き止めます」
そこに立っていたのは、妹達。
御坂妹ではない。
いや、それどころか19090号でも10039号でも13577号でもない。
見たことのない妹達、だった。
「……誰だ?」
「おや、研究所には相当数の妹達がいた筈ですが。本当に見分けがつくのですね、とミサカは感心します」
初対面であることを、否定しない。
そしてそれは、彼女が一方通行が働いていた研究所にいた妹達ではないということを裏付けていた。
「まあ、そんなのは些細なことです、とミサカは断じます」
「…………?」
一方通行は、彼女の意図を察することができなかった。
妹達は基本的に無表情だが、慣れてくればその感情や思考を読み取ることはそう難しくない。
いつかミサカ19090号が言っていたように、妹達は精神的に未熟なので反応が単純なのだ。- 212 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:01:06.24 ID:JlPmNs0to
……そんな、そうであるはずの彼女たちの意図が、今はまったく掴めない。
何を考えているのか、分からない。
しかし一方通行は、相手が妹達だったので大して警戒はしなかった。
妹達とは言え初対面だし、そんなこともあるだろうと思って気に留めなかったのだ。
「じゃあ、何の用だ?」
「単刀直入に言いましょう。
お姉さまがあなたを拒絶した理由。知りたくはありませんか? とミサカは用件を提示します」
途端、一方通行が目の色を変える。
そんな彼を見て、妹達は満足そうに微笑んだ。
「第十学区の、とある研究所。そこに、答えがあります」
「待て。……オマエは、何か知ってるのか」
「……ええ、存じていますとも。
ですがそれはミサカからはお教えできませんし、仮に教えることができたとしてもきっとあなたは疑います。
ですから手っ取り早く、証拠と一緒に『見て』頂きたいのです、とミサカは説明します」
「…………」- 213 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:01:42.51 ID:JlPmNs0to
一方通行は何も言わない。
黙ったまま、何事かを深く考え込んでいた。
彼は暫らくそうしていたが、やがて顔を上げると妹達の顔を見据えてこう言った。
「場所の詳細は」
「第十学区の北北東です。詳細は後ほど携帯端末に送信しておきますのでそちらをご参照ください、とミサカは助言します」
「……分かった。ありがとう」
その、一瞬。
妹達の表情が硬くなる。
しかし一方通行は、どうして彼女がそんな顔をしたのか分からなかった。
どうしてそんな、辛そうな顔をしたのか。
「それでは、ミサカはここで失礼させて頂きます。健闘を祈っていますよ、とミサカは心から応援します」
「あァ。……じゃあな」
一方通行は硬い表情の妹達を慰めるように淡く微笑むと、能力を使って向かいのビルに飛び移った。
次はその向こうのビルに、そのまた向こうのビルに、どんどん飛び移って行く。
残された妹達はそれを見つめながら暫らくじっとしていたが、やがて何かを振り切るようにして彼の去って行った方向に背を向ける。
そして迷いなく歩み出した彼女の首には、黒いチョーカーが巻かれていた。
- 214 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:02:09.82 ID:JlPmNs0to
―――――
午前七時。
もう数日間休みなく学園都市中を飛び回っていた垣根は、既に疲労の限界に達しようとしていた。
探しても探しても探しても探しても、反対派妹達も一方通行も見つからない。
いや。反対派妹達については、わざと見つけないようにしていたのかもしれなかった。
彼女たちを殺したくないからだ。
彼は既に、妹達に情を移してしまっていた。
(……くそ。アイツ何処に隠れてんだよ)
頭では仕方ないとは分かっているとは言え、やはり超電磁砲が恨めしい。
彼女があんな拒絶の仕方をしなければ、こんなことにはならなかったのに。
(あーもう、何考えてんだ俺は。あれは当然の結果だろうが。奴らに出し抜かれたこっちの落ち度だっつの)
いらいらと頭を掻き毟りながら、垣根は建物の上に降り立った。
ここは、第二十三学区。
侵入するのは難しいが、学園都市の学生たちにさえその内部構造の詳細が知れていないここなら隠れるのに最適かと思ったのだが。
(手掛かりなし、か。そもそも今のアイツの能力じゃ侵入できねえか?)
以前の彼を知っているのが、逆に足を引っ張っている気がする。
垣根は、今の一方通行がどれくらいの能力を持っていてどんな考え方をしているのか、いまいちよく分かっていないのだ。
だから自然と探し方や戦い方も以前の彼に合わせたものになってしまうのだが。
(どうするかな……。他に心当たりは……)
ズボンのポケットから新品の携帯端末を取り出し、学園都市の地図を表示させる。
今彼の立っている第二十三学区に隣接しているのは、第十二学区、第六学区、第五学区、第十八学区、第十一学区。
何処も隠れるには適していない学区だが、ちゃんと探せば隠れる場所なんてものは何処にでもある。
……つまり、まったく見当も付かない。- 215 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:02:41.64 ID:JlPmNs0to
(隠れるのに適した学区、か)
あるには、ある。
第十学区だ。
あそこは学校よりも研究施設の目立つ学区で、学園都市唯一の墓地や実験動物の廃棄場、少年院なども存在する場所。
故に人気も極端に少なく、隠れるには絶好の場所でもある、のだが。
(無いな。第十学区にはアレがある)
かつて、一方通行が最も忌み嫌っていた場所。
近寄ろうともしなかった場所。
だから今の彼も無意識の内にあそこだけは避けるだろうと、垣根は思い込んでしまっているのだ。
(……いや、今のアイツは完全に記憶を失ってる。そういう考え方をすること自体間違ってるか……?)
頭がこんがらがってきた。
疲労の所為もあるかもしれない。
もう彼は、何日も休息を取っていないのだ。
冷静に、客観的に物事を考えられない。
(ちくしょう、こんな場所でもたもたしてる時間は無いってのに……)
ぎりりと携帯端末を握り締める。
超能力者故に、力加減を間違えるとすぐに壊れてしまう精密機械が腹立たしい。
いっそ全力で八つ当たりできたら、もっと気が楽になっただろうに。
(……行ってみるか? 第十学区)
思案しつつ、携帯端末を閉じる。
すると、その時。- 216 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:03:19.83 ID:JlPmNs0to
「!」
ピピピ、と急に携帯端末が音を発した。
垣根は慌てて携帯端末を開き直すと、応答ボタンを押して耳に当てる。
「どうした?」
『緊急事態だ。反対派妹達がクソガキに接触した』
垣根が、驚きに目を見開く。
しかし木原は彼にそんなリアクションをする暇さえ与えずに言葉を続けた。
『妹達はどうやらクソガキに実験のデータが保存されてる場所を教えたらしい』
「……マジかよ。行き先は」
『不明だ。ただ、第十学区内の実験関連施設の何処かではある』
「足取りを追ってる奴はいねえのか?」
『推進派妹達が頑張ってるが、クソガキの足に追い付けるとは思えねえ。最後の目撃地点を送信する。そこからお前が追え』
「了解」
一度携帯端末から耳を離し、送信されてきた位置情報を確認する。
最終目撃地点は、第十一学区の南西部。
第十学区ですらない。これでは情報なんて、あってないようなものだ。
「これだけかよ」
『それだけだ。仕方ねえだろ』- 217 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:03:47.39 ID:JlPmNs0to
「……第十学区に実験関連機関はいくつあったっけ?」
『二十四。地道に探すしかねえ』
「はあ、本当に地道だな……。つーか、先に施設のデータを全削除とかできねえの?」
『そんなん上も研究員どもも許さねえだろ。どんだけ貴重なデータが詰まってると思ってんだ?』
「俺としては病理解析研究所のデータ以外はどうでも良いんだが」
『……阿呆か』
呆れたような木原の声は無視。
そんなことより、と彼は前置きして更に話を続ける。
「アイツが向かってるのはこっちが管理してる研究所なんだろうが。そっちで迎え撃てねえのか』
『役立たずな猟犬部隊はまだ回復してねえ。推進派妹達はクソガキ捜索の方に人数を割いてる。
その場にいる研究員にアイツを止めさせるのが無謀だってことは、いくらなんでも分かるよな?』
しかも反対派妹達は第十学区の研究所全てに何らかの細工を施したらしく、研究員たちはその修正にてんてこ舞いらしい。
恐らく、一方通行が研究所に侵入してあのデータを閲覧しやすくするための処置なのだろう。
……まさか、ここまで手を回しているとは思わなかった。彼女たちは、一体いつからこれを計画していたのだろうか。
そして彼らは、どうして彼女たちがそこまで思い詰めていることに気付けなかったのだろうか。
しかし、今はそんなことを後悔している場合ではない。
垣根は即座に余計な思考を断ち切ると、この状況で使えそうな他の駒を思索した。- 218 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:04:19.47 ID:JlPmNs0to
「……アイテムは」
『この間の仕事だか何だかでヘマやらかしたとかで後処理に追われてる。連絡も付かねえよ』
「はあ。この肝心な時に……」
『言ったってどうしようもねえ。黙って飛び回れ』
縋るような思いで口にしたそれにも、結局蹴落とされてしまったような気分だった。
垣根は盛大に溜め息をつくと、疲弊しきった声で呟く。
「ったく。本当に人使いが荒いな」
『そこまで言うなら、休んだって構わねえんだぞ』
「冗談」
垣根は諦めたような笑みを浮かべると、地面を蹴って飛び立った。
口ではぶつくさと文句を言うものの、その姿には疲労の色など微塵も感じられない。
第二位のプライドの為せる業、なのだろうか。
「じゃ、続報が入ったらまた連絡してくれ。俺は目撃地点に飛ぶわ」
『分かった。頼んだぞ』
「頼まれましたよっと」
言って、垣根は通話を切ると一際強く翼を羽ばたかせる。
途端、白い翼を背負った少年の姿は、一瞬の内に見えなくなってしまった。
- 219 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:04:48.40 ID:JlPmNs0to
―――――
同時刻。
本日の昼間に退院を控えた上条は、その準備として着替えなどの私物を鞄に詰め込んでいた。
そしてやがて一通りの作業を終えた彼は、鞄のファスナーを閉めて小さく息を吐く。
「ふう。こんなもんかな」
ぱんぱんになった鞄を軽く叩いて、上条は満足そうな顔をした。
改めて病室を見回してみても、忘れ物は無さそうだ。
いつもの不幸対策に、何度も確認を繰り返したのできっと間違いない。
「……いや、やっぱり念の為にもう一度だけ確認しておこう。うん」
先日遭遇した無数の不幸が脳裏を過ぎったのか、上条は鞄をテーブルの上に置き直すと再び病室の探索を開始した。
タンスの中、窓際、ベッドの中、棚の下などその隅々まで探し回る。
そして彼がベッドの下を覗き込んだその時、唐突に病室の扉が開かれる音が聞こえてきた。
(ん? 看護師さん?)
まだ面会時間には早いので、来客ではない筈だ。
しかし今朝の検診は終わったばかりだし、看護師さんがやってくるような時間ではない筈なのだが。
そんなことを思いながら上条が体を起こそうとすると、その拍子にベッドのふちに思いっ切り頭をぶつけてしまった。
声にならない悲鳴を上げながら上条が冷たい床を転がっていると、その上にふと黒い影が覆い被さる。
目の前に聳え立つ影の正体を見上げてみれば、そこには見覚えのある少女が立っていた。
「あれ、御坂?」
「……ミサカはお姉様ではありません。妹の方です、とミサカは訂正を求めます」
「い、妹!?」- 220 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/23(木) 21:05:18.12 ID:JlPmNs0to
上条は面白いくらい狼狽えながら、慌てて起き上がる。
そんな彼を、妹はじっと眺めながら待っていた。
「よいしょ、っと……。いやあ、悪かったな。間違えて」
「いえ。ミサカとお姉様はDNAレベルで同一なので、間違えても仕方ありません、とミサカはフォローします」
「そ、そっか。でもお前、どうしてこんなところにいるんだ? 面会時間はまだな筈なんだが」
「……そのことなのですが。緊急事態でしたので、やむを得ずこっそりと侵入してきたのです、とミサカは正直に白状します」
「へ?」
妹の突然の言葉に、上条は思わずきょとんとしてしまう。
けれど妹は、そんな彼に構うことなくそのまま言葉を続けた。
「お願いがあります、とミサカはあなたの顔を真っ直ぐ見て心中を吐露します」
切実な声だった。
自然と、彼女を見つめ返す上条の瞳も真摯なものに変化する。
「ミサカと、ミサカの妹たちの命を助けて下さい、とミサカはあなたに向かって頭を下げます」
- 233 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:43:32.72 ID:9f457dqao
「お姉さま!」
聞き慣れた声に呼び掛けられて、美琴は振り返る。
そこに立っていたのは、妹達だった。
けれど、御坂妹ではない。
美琴自身はその検体番号を知らないが――――ミサカ13577号、通称妹二号がそこにいた。
「……アンタ。どうしたの?」
「き、緊急事態です、とミサカは、息を整えながら……」
「落ち着きなさい。焦らなくて良いから」
どれだけ急いで走って来たのか、ミサカ13577号は激しく息を切らせている。
美琴は肩を上下させているミサカ13577号の背中を擦ってやりながら、その息が整うのを待ってやった。
「も、申し訳ありません、とミサカはお姉さまに感謝します」
「良いから。どうしたの?」
「彼が……。一方通行が、例の実験関連施設に向かいました、とミサカは現状を報告します」
……美琴の息が、詰まる。
あの凄惨な光景が、ずっとずっと忘れようと努力していた光景がフラッシュバックした。
無残に悲惨に残酷に、目の前の少女と同じ顔をした人間が殺される様が。
「お姉、さま?」
俯き、指先を小刻みに震わせている美琴の顔を、ミサカ13577号が覗き込む。
その顔を見た瞬間に殺されたあの子たちの最期の表情が蘇り、美琴は思わず彼女から顔を逸らしてしまった。- 234 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:45:01.15 ID:9f457dqao
「……ごめん。少し、待って」
「そんなことをしている場合では……」
「お願い、だから」
焦りつつも、尋常ではない美琴の様子に、ミサカ13577号は黙り込んでしまう。
本当は、そんな時間などないのに。
けれど彼女は、そんな『お姉さま』の姿を黙って見ていることしかできなかった。
震え、汗にまみれた手で顔を覆う。
今だけは、彼女の顔を見たくなかった。
(なん、で)
そんなの、分かり切ってる。
誰かが、一方通行を唆したのだ。
そうでなければ、あんなにも『実験』を忌避していた彼がそんな場所に行くはずがない。
いや、彼がそこを実験関連施設と知っているかどうかも怪しかった。
何も知らないままあんな場所に行けば、あんなものを見れば、どうなってしまうかなんて。
だから、
(……止め、なきゃ?)
疑問。
それは、止めなければならないことなのか。
- 235 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:45:28.49 ID:9f457dqao
だって、彼が妹達を殺したことは事実なのに。
知るべきではないのか。
自分が殺人者であるということを、人の命を背負っているということを、罪を償うべきだということを。
忘れてしまったままで良いのか。
そんなことが、許されるのか。
忘れたからって、許されるようなことではない。
だから、知って少しは悲しんだり悔んだり悼んだりするべきではないのか。
何もかもをけろりと忘れて平和に幸福に生きて、だから罪の意識に囚われることなんてない。
それで、殺された妹達は浮かばれるのか。
あんなに酷い殺され方をしたのに、殺した本人には綺麗さっぱり忘れられてそれっきりだなんて、そんなのあんまりじゃないのか。
(何考えてるの、私)
今の一方通行には、鈴科には、関係のないことだ。
分かってる、のに。
あの光景浮かび上がるたび焼き付けられるたび、忘れかけていた憎悪と憤怒が頭をもたげてくる。
だって、そんなの、ひどい。
それなら彼に殺された妹達は、何の為に死んでいったのか、分からない。
生きられないなら、せめて生きている人の心に残るべきなのに。
それさえも許されずに、それどころか存在をひた隠しにされて闇に葬り去られようとしている。
どうして。
「……お姉さま」
「…………」
「お姉さまが何を考えているのか、ミサカには分かりかねます。ですが、どうか、お姉さま。ミサカたちを、助けて下さい。
と、ミサカは懇願します」- 236 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:46:09.28 ID:9f457dqao
爪が食い込むほど強く拳を握る。
血が滲むほど強く唇を噛む。
それは、ほんの十四歳の子供である彼女にとってどれだけ重い決断だっただろう。
……それでも、彼女は。
「分かったわ。私は何をすれば良いの?」
顔を上げ、真っ直ぐにミサカ13577号を見据える。
彼女の瞳は、揺れていた。
まだ、迷っているのだろう。
それでも、彼女は決断を下した。
「……ありがとうございます、とミサカは感謝の言葉を口にします」
「良いのよ。私はアンタたちの姉だもの。妹のお願いはちゃんと聞いてあげないとね。……それより、私は何をすればいいの?」
「はい。第十学区にある二十四の研究所、そのすべての施設の稼働状況を調査して頂きたいのです、とミサカは作戦の概要を説明します」
「施設の稼働状況?」
ミサカ13577号がこっくりと頷く。
「現在、第十学区にある実験関連施設はすべて電源が落とされている状態にあります、とミサカは解説します」
「……そんなこと、できるの?」
「反対派の妹達は、随分前からこの準備を進めていたようですね。
個々の意思を尊重して記憶や行動を監視せずにいたのが裏目に出てしまったようです、とミサカは今更ながら後悔します」
「なるほど。それに、あの子たちは内部の人間だった。だからこそ、そんなことができたって訳か」- 237 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:46:37.61 ID:9f457dqao
「その通りです。ですがその中に、たった一つの例外がある筈なのです、とミサカは、ミサカたちは推測します」
「……そういうことね」
全ての施設の電源が落とされてしまっているのでは、一方通行を研究所に迎え入れることなどできない。
つまり、何処かに必ず電源の落とされていない施設がある筈なのだ。
「それで、電力の稼働状況って訳か。でもそれって研究所の方から直接調べた方が早いんじゃないの?」
「研究所には何重にも妨害工作が施されてあり、研究員たちはその対処に追われている状況です。
稼働状況を表示する為のモニタにも複数のカムフラージュがされており、正しい稼働状況を調べるのが難しい状態なのです、
とミサカは解説します」
「……内部の研究員が直接電源が動いているかどうかは確認できないの?」
「自動扉をはじめ、防災用シャッターや非常用出口までが電源のシャットダウンによって作動しなくなり、研究員も閉じ込められています。
それ以前に、研究員の中にも反対派妹達に加担する者がいるという報告が上がっています、とミサカは頭を抱えます」
「なるほど、それはまた徹底してるわね……」
「あちらもそれだけ本気だということです、とミサカは苦い顔をします」
言って、ミサカ13577号は俯いた。
そんな彼女の頭を眺めながら、美琴も眉根を寄せる。
「……ねえ。ずっと気になってたんだけど、反対派の妹達はどうしてこんなことをするの?」
「…………」
「別に、言いたくないなら良いんだけどさ」- 238 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:47:22.03 ID:9f457dqao
黙りこくってしまったミサカ13577号から、美琴が目を逸らす。
しかしミサカ13577号は不意に顔を上げると、淡々とした口調でこう言い放った。
「大した理由ではありません。自殺志願者と思って頂いて間違いないかと思われます、とミサカは断言します」
「じ、自殺志願者って……」
「我ながら的を射た表現だと思っています。
特に、お姉さまにとってはそうでもなければこの一連の行動は納得できないものであるはずです、とミサカは問い掛けます」
美琴は、何も言い返せなかった。
けれど同時に、彼女はミサカ13577号がすべてを語っているとは思わなかった。
まだ、何かを隠している。
きっとそれは、誰かを、恐らく美琴を傷つけない為の配慮なのだろう。
だからこそ、美琴も彼女の意思を尊重してそれ以上は何も尋ねなかった。
「……こんなことをしている場合ではありません。早急にハッキングをお願いできますか? とミサカはお願いします」
「ええ。もちろんよ」
「ではこちらのノートパソコンをお受け取りください、とミサカは必要物を提示します」
そう言ってミサカ13577号が取り出したのは、薄いノートパソコン。
表面に見たことのないロゴが付いている。
美琴は差し出されたノートパソコンを黙って受け取ると、それを開いてさっそく起動させた。
「これは?」
「研究所で使われているノートパソコンです。
セキュリティレベルが高めに設定されているので、それを使えば普通のコンピュータを使うよりも遥かにハッキングが楽になるかと。
とは言えもちろん実験関連施設に限られますが、とミサカは付け加えます」- 239 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:48:04.46 ID:9f457dqao
「なるほどね。これで電力の使用状況を調べれば良いと」
「はい。厳密には、お姉さまの能力で『電気が使われている部分』を感知して頂きたいのです、とミサカは補足します」
「私の能力で調査する分には、モニターの表示が狂わされようが何だろうが関係ないもんね。……よし」
美琴はノートパソコンの操作盤に手を触れ、目を閉じる。
そして彼女が精神を集中させると、一瞬だけノートパソコン全体が発光したように感じられた。
ノートパソコンが、完全に彼女の支配下に置かれたのだ。
暫らくの、無言。
美琴がその小さな端末を通してどれだけ精密な作業をしているのか、ミサカ13577号には想像もつかない。
だから彼女は、黙って彼女を見守っていた。
そして、祈っていた。
成功することを。
間に合うことを。
沈黙はまだ途切れない。
ノートパソコンが異常な駆動音を発し、熱を持ち始める。
それだけの過負荷が掛かる作業をしているのだ。
けれど美琴は作業を止めない。
作業は、まだ終わらない。見つからない。見つけられない。
そして。
「見つけた……!」
同時、美琴が目を開く。
ミサカ13577号は一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐに我に返り慌ててノートパソコンの画面を覗き込んだ。
「何処ですか? とミサカはお姉さまを急かします」
「待ってね。今表示させるから……」
美琴が素早く操作盤を叩くと、すぐに画面が切り替わる。
ディスプレイ上に無数に展開されていたウィンドウが一つを残してすべて消失し、一つの研究所名を映し出した。
そこは、奇しくも美琴が侵入した研究所と全く同じ場所。
彼女のトラウマともなっていたが故に、調査を最後まで後回しにしていた研究所だった。
これも反対派妹達の策略だったのだろうかと思いながら、美琴はその名を口にする。
「品雨大学、DNA解析ラボ」
- 240 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:48:40.78 ID:9f457dqao
―――――
時は少々巻き戻る。
午前七時半。
既に、一方通行は妹達に教えられた研究所――――品雨大学DNA解析ラボへの侵入を果たしていた。
その過程で特に障害や妨害が無かったことを不思議に思いつつも、彼は足を進める。
(妹達が手を回しといてくれたのか?)
そうとしか考えられない。
もちろん、彼自身もセキュリティに引っ掛かることがないように細心の注意を払ってきた。
しかしそれを勘定に入れたとしても、あまりにもスムーズに事が運んでいるのだ。
これでは、まるで機密を守る気が無いとしか思えない。
実際にはそんなことは有り得ないのだが、そんな有り得ない可能性を考えてしまうほどに奇妙な状況だった。
(まァ、今はそンなことはどォでもイイか)
適当なところで思考を切り上げて、一方通行は最終目的地である隔離区画に足を踏み入れる。
そこは、資料室だった。
四方の壁にはびっしりと本棚が詰め込まれており、床を覆うようにして配置されている机の上にも無数の本や書類が積まれている。
そして、部屋の奥には妹達の研究所でも見たことがあるような普通のコンピュータが一台だけぽつんと設置されていた。
(……変な部屋)
隔離区画なんて言うものだから、先日の特力研のように巨大なコンピュータが無数に並べられているような場所だと思っていた。
だが、今はそんなことなどどうでもいい。
データの処理方法がデジタルだろうがアナログだろうが、この場で一方通行がやるべきことはただ一つだ。
(御坂が見たデータは何処だ?)
確か、実験だったか計画だったかどうのこうのという話だった気がする。
一方通行はポケットから携帯電話を取り出して先程新しく送られてきたらしい妹達からのメールを展開した。
親切にも、そこには一方通行が探すべきデータの名称が綴られている。- 241 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:49:22.43 ID:9f457dqao
(絶対能力進化計画)
大袈裟な名前だな、と思った。
それが、第一印象。
(奥から2つ目のキャビネット、23s……)
本棚のそれぞれの段に付けられたプレートを目印に、目的のものを探す。
そして23sの段を発見した一方通行は、さっそくガラスのケースを開けてその中身を取り出そうとした、が。
ガチリと何かに阻まれて、ガラスのケースは開かなかった。
(げ、暗証番号)
当然だ。
仮にもここは機密文書ばかりが収められている隔離区画。そういうセキュリティがあったとしても、何もおかしくは無い。
(……どォするか)
折角ここまで来て何も収穫なし、というのは流石に勘弁願いたい。
そんなことを思っていると、不意に左手に持ったままだった携帯電話が震えだした。
メールを受信したらしい。
(またアイツか)
メールの内容は、十二文字の英数字。
これが暗証番号なのだろう。
まるでこちらの様子を逐一観察しているようなタイミングの良さだ。
だが、有り難いことには変わらない。
一方通行はそれを特に疑問に思うことなく、コントロールパネルに暗証番号を入力する。- 242 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:50:01.05 ID:9f457dqao
ピリリ、と小さな電子音が鳴り、錠が外れた音が響く。
けれど一方通行はまだ何かあるかもしれないと思い、慎重にガラスの扉をスライドさせた。
(何もねェ、な)
扉を開き切っても何も起こらなかったことに、一方通行は安堵する。
そして、彼は棚の中に収められた無数の書類の中から一つのファイルを適当に選び取った。
どうやらこの段にある書類は、すべて絶対能力進化計画に関するものらしい。
(被験者名、)
一方通行。
ファイルの一番最初にいきなり出てきた自分の名前に、しかし今更驚いたりはしなかった。
美琴と自分に関係することなので、これくらいは覚悟していたからだ。
(だが、頑ななまでに名前が出てこねェのはどォしてだ? 能力名ばっかじゃねェか)
疑問に思いつつも、一方通行はページを捲る。
……すると、驚くべき単語が目に飛び込んできた。
「学園都市、第一位?」
思わず声に出してしまう。
それは、被験者の概要。
「能力名、一方通行」
彼の名称。
それはつまり。
「……俺が、超能力者の第一位?」- 243 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/06/27(月) 23:51:49.17 ID:9f457dqao
御坂美琴さえ超えた。
垣根帝督さえ超えた。
いや、それどころかこの世界に存在するすべての能力者を超えた先にある、称号。
意味が分からない。
それしか、言うことができない。
何かの間違いか冗談だとしか思えなかった。
だって、何故なら、彼は美琴の超電磁砲をまともに弾くことさえできないからだ。
垣根帝督にしたって同じ。
前回戦ったときは相手が疲弊していたのと油断していたのが幸運して、偶然勝利を掴み取ったようなものだった。
そんな人間が、第一位?
……いや、そう言えば超能力者の序列は戦闘能力ではなく工業価値で決まるんだったか。
けれど、だとしても、こんなことが。
(本気で言ってンのか、これ?)
しかしここまで来て、まさか嘘が書かれているなんてことは無いだろう。
妹達が用意した壮大なドッキリにしては、あまりにタチが悪すぎる。
何しろ、彼女たちは「美琴が一方通行を拒絶した理由」を餌にして彼をここまで導いたのだから。
(他には……、ン?)
ぱらぱらと適当にページを捲っている途中で、ファイルの隙間から何かCDのようなものが滑り落ちた。
データディスクだ。
一方通行は落ちたディスクを拾い上げると、その表面をまじまじと観察する。
ディスクケースには、実験記録200~300、と書かれていた。
(こっちを見た方が手っ取り早そうだな)
一方通行はケースの中からディスクを取り出すと、部屋の奥にあるコンピュータの方へと歩いていく。
ディスクなのだから、これで再生できるだろう。
彼が電源ボタンに手を触れると、コンピュータはいとも簡単に作動した。
特力研の時とは大違いだ。
しかし。
本来、厳重に秘匿されるべき研究所のコンピュータがこんなにも簡単に起動するなんて、有り得ない。
けれどそれに気付くには、一方通行はあまりにも知識に乏し過ぎた。
だから彼は、躊躇うことなく疑うことなくコンピュータを操作し、その中にディスクを挿入する。
(これで良いンだよな)
彼はディスクを取り扱ったことがなかったので少々の不安が過ぎったが、幸い目的のデータはすぐに表示されてくれた。
一方通行は安堵すると、ファイルを展開してその中身を確認する。
そのディスクの中には、無数の動画ファイルが保存されているようだった。
- 252 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:19:01.54 ID:lTZ37+tqo
最初に映し出されたのは、他でもない自分自身の後ろ姿だった。
しかし当然ながら、そんな覚えはない。
だからこれは、きっと記憶喪失になる前の自分の姿なのだろうと、一方通行は思った。
「……あ」
そして、彼は思わず声を上げる。
映像の中に、見慣れた顔を見つけたからだ。
(妹達?)
言いかけて、彼は慌てて自分の口を押えると、見慣れた少女――――妹達の顔を見上げる。
しかし、それは見たことのない妹達だった。
(記憶喪失になる前からの知り合いだった、のか)
だとしたら、どうして御坂妹は今までそのことを黙っていたのだろう。
いや、もしかしたら本当に知らなかったのかもしれない。
彼女たちにはミサカネットワークがあるが、それも『上位個体』とやらによって統率されている。
よって、情報を全く共有していない二種類の妹達が存在する可能性もあるにはあるが……、やはり、少し考えにくい。
(……まァ、それは後で本人に訊けば良いことだな)
何しろ、彼にこの場所のことを教えたのは他でもない妹達なのだ。
少なくとも、今朝会ったあの妹達はこの実験と彼と妹達のことを知っていた筈。
だったらもう一度あの妹達に会い、聞き出せば良いだけだ。
(信用しねェかもしれねェから、証拠と一緒に見せたいってのはこういうことだったのか)
確かに、口頭で説明されただけでは信じられないかもしれない。
そんなことを思っていると、映像の中の妹達が持っていた楽器のケースのようなものを開き始めた。- 253 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:19:41.75 ID:lTZ37+tqo
(あれ……、は?)
そしてその中から出てきたものに、一方通行は目を見開く。
それは、アサルトライフル。
しかもただのアサルトライフルではない。
学園都市製の特殊加工の施された銃、F2000R――――通称、オモチャの兵隊(トイソルジャー)だ。
(何に……)
なんて無意味な問いだろう。
だって、アサルトライフルの使用用途なんて、一つしかないではないか。
混乱する一方通行を余所に、妹達はオモチャの兵隊を構える。
その銃口の先に居るのは、無論、一方通行。
そして妹達が銃の引き金に指を掛けた瞬間、一方通行の顔からさっと血の気が引いた。
自身の身を案じてのことではない。
彼は誰よりも、自分自身の能力についてよく理解していたからだ。
そして。
銃声。
鮮血が、飛び散る。
一方通行からではない。
引き金を引いた、妹達から。
ばしゃん、と粘ついた液体が跳ねる音がして、妹達の身体が赤に沈む。
「え」
- 254 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:20:11.24 ID:lTZ37+tqo
倒れた妹達の胸が、真っ赤に染まっている。
抉れて、血を吐き出している。
あの位置にある、臓器は。
「……ァ」
病院で長く暮らしていて、いつも暇潰しにと冥土帰しの仕事を覗き見ていたから分かる。
あれは、助からない。
即死だ。
(なン、で)
ふらふらとよろめき、壁にぶつかる。
眩暈のように、目の前の景色がぐらぐらと揺れていた。
(反射角を、変えなかった)
……そう、だ。
以前の一方通行は、超能力者の第一位だった。
だとしたら映像の中のこの少年は、少なくとも自分よりも優れた能力者だった筈だ。
にも関わらず、わざと反射角を変えなかった。
今の一方通行でも、十分対応できる速度とタイミングだったのに。
(殺した)
力の抜けた一方通行の手のひらから、ディスクケースが滑り落ちる。
思わず彼は、落ちたディスクケースに目を向けた。
そして改めて、その表面に書かれた文字を目にしてしまう。
(実験、記録)- 255 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:20:45.29 ID:lTZ37+tqo
実験。
その言葉を呑み込んだ瞬間、全身から滝のような汗が噴き出してきた。
顔を上げてコンピュータのディスプレイを見やれば、そこではまた別の惨劇が繰り広げられていた。
目を背けたくなる程の、残酷な。
途端、ショックからか生理的な嫌悪感からか、凄まじい吐き気が込み上げてきた。
一方通行は床に蹲り、必死になってそれに耐える。
(俺は、何を)
殺されているのは、妹達。
彼の、良く知る。
ついこの間まで一緒に話し、笑い、過ごしていた。
そんな人間の顔を見て、姿を見て、吐こうとするなんて。
心のどこか、綺麗な理性がそんなことを叫ぶ。
そして一方通行自身も、その言葉を心の中で必死に繰り返した。
だからだろうか。
彼はギリギリのところで踏み止まり、何とか嘔吐感を耐えきることができた。
それが、映像の中の彼女たちに対する慰めになったかどうかは、分からないけれど。
(どうして……)
彼は物に掴まりながらふらふらと立ち上がり、デスクの上に置いていたファイルを再び手に取ると、乱暴にページを捲って行った。
そして、辿り着いた項目。
実験概要。
絶対能力進化実験。
二万通りの戦場で二万人のクローンを殺害する事で、一方通行は絶対能力へと進化する。- 256 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:21:17.78 ID:lTZ37+tqo
その、たった一文。
けれどたったそれだけでも、聡い彼がすべてを悟るには十分だった。
「はは、は」
彼は知っているだろうか。
いや、いつか知ることになるだろうか。
あの御坂美琴も、かつて今の彼のような笑い声を上げたことを。
(そォいう、ことか)
二万通りの戦場。
クローンの生産は終了。
被験者は承諾。
実験の進捗状況。
ファイルの内容に一通り目を通すと、一方通行はそれを床の上に放り投げた。
そして、次のファイルを手に取る。
けれどその内容は、どれも似たり寄ったりだった。
ただ、戦場の内容や殺害されたクローンの死体状況が違うだけ。
それが、延々と続いていた。
これなら、まだ特力研で見た被験者データの方がマシだったかもしれない。
死に様にしても、きっと大差ないだろう。
(第三四二一次実験、第五六三九次実験、第六九三一次実験、第九九八二次実験……)
ファイルを何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も積んで、彼はようやく最後の実験記録に辿り着いた。
その次のページは、白紙。
実験が途中で中断されたから、そこから先の記録は付けられていないのだ。- 257 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:21:46.89 ID:lTZ37+tqo
「…………」
最後の実験記録は、第一〇〇三一次実験。
だから、その次のページは。
次に殺されることになっている、妹達は。
「……、は」
今度こそ、彼は思い知らされた。
美琴がどうして自分を拒絶したのか。
妹達がどうして自分のことを知らないふりをしたのか。
御坂妹がどうして自分に近付いたのか。
どうしてこんなことになったのか。
「そォ、かよ。結局、…………」
コンピュータのディスプレイは、相変わらず実験の様子を映し出している。
とは言え一方通行には、それが一体何を映しているのか、もうよく分からなかった。
だって、画面が真っ赤だったから。
その真ん中にある何だか赤黒いものが、何の形をしているのかよく分からなかったから。
スピーカーから流れてくる音が何なのか、よく聞き取れなかったから。
(……俺は)
ばさり、と乾いた音。
彼の手からファイルが滑り落ちた音。
しかし彼は、もうそんなものには構わなかった。
構うだけの余裕が、なかったのだ。
だから、もう、何もかもがどうでも良かった。
ここで見つかろうが捕まろうが殺されようが、どうでも。
一方通行は虚ろな目で床に落ちたファイルを眺めていたが、やがて覚束ない足取りで歩き始める。
できるだけ、こんなところに留まっていたくなかった。
ただ、その思いだけが彼の今の原動力。
頭の中はぐちゃぐちゃで、もう何も考える気力すら湧いてこなかった。
そして彼が立ち去った後には、起動したままのコンピュータと床に放り出されたままのファイルだけが痕跡として残される。
画面の中の惨劇は、未だ飽きることなく続けられていた。
- 258 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:22:29.33 ID:lTZ37+tqo
―――――
一方通行は路地裏を歩いていた。
ふらふらと、何度も人や壁にぶつかりながら、それでもひたすらに歩いた。
何故歩いているのかは、自分でもよく分からない。
けれどとにかく歩き続けていないと、おかしくなってしまうような気がした。
(……御坂)
美琴は、一体どこまで知ってしまったのだろう。
……やはり、全部だろうか。
それなら、あの時の彼女のあの反応にも納得がいく。
いや、むしろ彼女はあれでもよく耐えた方だった。
普通なら、もっと口汚く罵って全力で拒絶したっておかしくない。
それが、普通の人間の正しい反応なのだから。
それでも彼女がそうしなかったのは、……友達としての情が、まだ残っていたのか。
(………………)
そして、御坂妹。
彼女はやはり、一方通行を監視する為に寄越された存在なのだろうか。
これ以上実験を続けさせない為に。
これ以上妹達を死なせない為に。
……死にたく、なかったから。
考えてみれば、簡単なことだ。
誰だって死にたくない。
人より少し特殊な生い立ちを持つ彼女たちにとっても、それは同じだったというだけのこと。
ただ、それだけ。- 259 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:23:04.58 ID:lTZ37+tqo
だから御坂妹にとって、きっと一方通行はそれだけの存在でしかない。
いや、むしろ恨んでいた筈だ。
文字通り血と遺伝子を分けた、クローンの仲間を殺されたのだから。
彼女は、どんな気持ちで一方通行の隣に立っていたのだろう。
彼の隣で笑いながら、心の底ではどう思っていたのだろう。
想像することしかできない。
いや、想像もできない。
一〇〇三一人もの仲間を殺した大量殺人鬼と、並んで歩くなんて。
恐怖、憤怒、悲哀、怨恨、憎悪、厭忌……、如何なる言葉を以ても、彼女たちの感情を表現するには足りないだろう。
理解できない、感情。
それが、余計に一方通行を混乱させていた。
そしてそんな感情を抱いた上で彼の隣に立ち続けていた、彼女のことも。
理解しようとすること自体、おこがましいのかもしれない。
彼女たちを殺した張本人である自分が、彼女たちの心情を理解しようとするなんて。
胸が張り裂けそうで、喉はひりひりして、頭はぐらぐらと揺れるのに、不思議と涙は出てこなかった。
哀しくて苦しくて辛くて死にたいくらいなのに、泣きたいと思えないのだ。
その資格が無いと、無意識に思っているからかもしれない。そして、その通りだとも思う。
これから、どうしようか。
もう、美琴の傍にも御坂妹の傍にもいる訳にはいかない。
上条からも、もう離れていった方が良いだろう。
こんな血も涙も無い殺人鬼の近くに、あんな善人たちがいるべきではない。
けれど、と。
彼は無意味で無価値な想像をする。
あのどうしようもないお人好しなら、こんな時どんな言葉を掛けてくるのだろうと。
……もしかしたら。
その有り得ない、妄想と言って差し支えない愚かな想像に、一方通行は自嘲する。
流石にそれは、都合が良過ぎる。
しかしそれでももしかしたらという期待を捨てきれない辺り、……自分は本当に救いようがないのかもしれない。
- 260 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:25:36.32 ID:lTZ37+tqo
その時。
こつり、と。
誰かの足音が、聞こえた。
すぐ近く。
その気配に、一方通行は顔を上げる。
「一方通行」
そこに、居たのは。
一方通行は、そこに立っていた少女を見て、息を止めた。
心臓さえ、一瞬動きを止めたような気がする。
「妹、達」
恐らく、最も一方通行の傍にいるべきではない少女。
他でもない、彼に研究所のことを教えた妹達。
彼女は感情を全く読み取ることのできない表情で、ゆっくりと一方通行に歩み寄ってきた。
「その様子だと、きちんと見てきたようですね、とミサカは確認します」
「オマエ、は……」
何号だか分からない妹達は、あれだけのことをされたにも関わらず、そしてそれを彼が知ってしまったことを察した上で、
それでも平然とした顔で彼の顔を覗き込んできた。
余計に、分からなくなる。
彼女たちが、いったい何を考えているのか。
「申し訳ありませんがそこから動かないで頂けますか? 少々不都合が生じてしまいますので、とミサカはお願いします」
「え……」
. . .. . .. . .
「少し分かりにくかったでしょうか。逃げないで下さいね? と、いうことです。とミサカは自らの発言を要約します」
彼女が何を言っているのか、よく分からなかった。
けれど、一方通行は彼女の言葉に従う他無い。
それが一体どういう意味を持つ言葉なのかは分からなかったが、……せめて、彼女の願いを聞き入れるべきだと思った。
「……ああ」
妹達が、軽く背後を振り返る。
路地裏の、奥。
その、道の向こうに。
「遂に、来てしまったようですね」- 261 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:26:43.81 ID:lTZ37+tqo
ざり。
砂を踏む音。
暗い闇の先から聞こえてきた、音。
誰かが、いる。
否、来た。
その気配に、一方通行が、振り返る。
「おい」
懐かしい、声だった。
あんなにも聴きたかった声が、聴きたくなかった声が、その持ち主が、目の前に立っている。
七月二十七日の深夜以来、顔を見るどころか声も聴いていない、少年が。
「……上条」
思わず、その名を口にする。
けれどそのか細く枯れた声が、果たして彼の耳に届いたかどうかは定かではなかった。
立ち止まってこちらを見ていた上条が、ゆっくりと歩いてくる。
路地裏の暗闇の所為で、彼の顔はよく見えなかった。
だから一方通行は、上条がどういうつもりで、何を思って、何を知ってこうしているのか、分からなかった。
見えたとしてもそれを悟ることができたかどうかは、分からないけれど。
「……ろ」
上条が何を言ったのか、よく聞こえなかった。
押し殺すような、低い声だった。
彼の隣に立つ妹達が、一方通行の瞳を覗き込んでくる。- 262 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:27:47.20 ID:lTZ37+tqo
その瞳の中に、一方通行は初めて彼女の感情を見出すことができた。
悲哀。
あるいは、憐憫。
けれど一方通行は、彼女がどうしてそんな瞳をしたのか考えることができなかった。
彼は、歩いてくる上条をただじっと見つめていた。
その理由は、一縷の希望か、期待か、夢想か、楽観か。いずれにせよ、途方もない希望的観測だ。
それでも一方通行は、捨てきれない。
何も知らない上条が、いつものように声を掛けてくれることを。
何かを知っていたとしても、過去とはもう違うのだと慰めてくれることを。
. . . . . .. .. ..
友達だから、絶対に助けに来てくれると、そう言ったから。
その約束をまた守りに来てくれたのではないかという希望を、どうしても捨てられなかった。
彼にはもう、それしか縋るものがなかったから。
けれど。
「……ねえのか」
上条の声が小さく震えていたからか、一方通行の耳がおかしくなってしまったのか。
最初、彼は上条が何を言っているのか理解できなかった。
一方通行が一歩、後ずさる。
これ以上ここにいてはいけないと、その言葉を聞き入れてはいけないと、本能が警鐘を鳴らす。
妹達が咎めるように彼を睨んだ。
逃げるな、と彼女が言った意味を、そしてその意図を、一方通行は漸く理解した。- 263 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:28:46.29 ID:lTZ37+tqo
「今すぐ御坂妹から離れろっつってんだろ、三下ァ!!」
落雷のような上条の怒号に、一方通行が息を詰まらせる。
その気迫に、慄然に、剣幕に、悲嘆に、絶望に、頭が真っ白になった。
恐怖に足が竦み、かたかたと指先が震える。
まるで時間が止まってしまったかのように、身動きが取れない。
だから。
振り上げられた右手を、彼は茫然と見上げることしかできなかった。
- 264 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:29:53.69 ID:lTZ37+tqo
がこん。
鈍音。
視界が揺れ、口の中に血の味が広がる。
痛かった。
けれどそれ以上に、苦しかった。
一方通行は、為す術もなく地面に倒れ伏す。
黒く汚れた地面は、冷たかった。
(……ァ、)
足音が聞こえてきた。
こちらに、歩いてくる音だった。
ゆっくりと、近付いてくる。
殴られる。
怖い。
近付いてくる。
彼を糾弾する為に。
恐ろしかった。
ついこの間まで友達だった筈の人間が、何か言い知れぬ感情を滲ませた瞳で睨みつけてきていた。
逃げろ、と心が悲鳴を上げる。
一方通行も、もうこれ以上耐えられなかった。
妹達の言い付けも忘れて、一方通行は死にもの狂いで逃げ出した。
その他の意識や主張が差し挟む隙もない。それ以外のことを考える余裕も無い。自らの感情に従って逃げることしかできなかった。- 265 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:30:26.53 ID:lTZ37+tqo
「あ、」
唐突に逃亡を図った一方通行に、上条が呆けた声を上げる。
まさか自分から逃げ出すとは思っていなかったらしい。
もしかしたら、妹達にそういう風に言われていたのかもしれない。
だから上条は、思わず逃げてゆく一方通行を追おうとした。
しかしその腕を、妹達がそっと掴んで止める。
「もう結構です、とミサカは制止を掛けます」
「え、あ、ああ……」
引き止められて、上条は素直に立ち止まる。
何故だか、彼は戸惑っているようだった。
「学園都市第一位の超能力者は、無能力者との戦闘の末に逃走しました。実験を中止に追い込むには充分な戦果でしょう、とミサカは結論付けます」
「……そう、か。良かった」
「はい。ありがとうございました」
感謝されて、上条は困ったような気恥しそうな顔をした。
そんな彼の様子を見たからか、妹達もゆっくりと彼の腕から手を離す。- 266 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/02(土) 21:31:17.53 ID:lTZ37+tqo
「……でも、さ」
「なんでしょう、とミサカは応答します」
「その。……アイツ、無抵抗だっただろ? それに、何か……、そんなに悪い奴だったのかなって」
「愚問ですね、とミサカは切り捨てます」
妹達が、ついとそっぽを向く。
その声が異常に冷たいことに、上条は少し驚いた。
「一方通行は自らが絶対能力者へと進化する為だけにミサカたち妹達を10031人も殺した悪魔のような人間です。
同情の余地などありません、とミサカは断じます」
「そう、……か」
「そうです。一方通行は、あなたが想像している以上に危険な存在。
ですからあなたも以後の接触は避け、決して彼に関わることがないようにして下さい、とミサカは忠告します」
「あ、ああ。分かってるさ。……心配してくれて、ありがとな」
「いえ。そんなことより、こんなにも危険な依頼を請け負って下さって本当にありがとうございました、とミサカは感謝します」
妹達はこちらに向き直ると、ぺこりと頭を下げる。
先程までの冷たさは、もう完全に消えてしまっていた。
「良いよ、別に。これで実験が中止になるんだったら、安いもんだ」
「……はい。そうですね、とミサカは肯定します」
上条は明るく笑いかけたが、妹達の表情は暗かった。
その理由は、彼には分からない。
ただ彼は、慰めるように優しくその頭を撫でてやった。
(……これで、良かったんだよな)
妹達の、視線の先。
彼の去って行った、路地裏の向こう。
彼女と同じものを眺めながら、上条は胸中にわだかまる違和感を振り払おうとしていた。
- 290 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:25:24.06 ID:G48tr4Njo
俺は、いったい何から逃げているんだろう。
- 291 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:26:00.96 ID:G48tr4Njo
怖かった。
辛かった。
苦しかった。
優しいはずのものから逃げ出すことが、こんなにも辛いことだなんて思わなかった。
けれど、彼は逃げた。
無我夢中だった。
必死だった。
死にもの狂いだった。
ひたすらひたすら、走り続けた。逃げ続けた。あの、恐ろしいものの手から逃れる為に。
ぽつり。
何か冷たいものが、彼の頬に落ちてきた。
それは、最初の一滴を皮切りに次々と降り注いでくる。
雨だ。
息が切れてきた。
足が痛い。
身体が冷たくなってきた。
強くなってきた雨に引き摺られるようにして、一方通行の歩調が遅くなっていく。
体力も、既に限界に近付いていた。
殴られた頬がじんじんと痛む。
まるで存在を主張するかのように熱を持つその痛みは、彼に現実を叩き付け続けていた。
「…………て」
彼が発した小さな小さな声は、いとも簡単に雨音に掻き消された。
無情にも、冷たい雨は降りしきるばかり。- 292 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:26:34.14 ID:G48tr4Njo
どうしてこんなことになったんだろう。
いや、その理由は恐らく彼自身が一番よく理解している。
自業自得。
因果応報。
他人に押し付けた毒杯が、自分のもとに帰って来たというだけのこと。
ただ、それだけのこと。
正当な報いを受けただけ。
なのに。
どうしようもなく、苦しい。
「……けて」
こんなことを言ったって、どうしようもないのに。
こんなことを思い出したって、どうしようもないのに。
今更だ。
もう、何もかも。
『友達を助けるのは当然のことだろ』
今になって、そんな約束を反芻して何になる。
ただの、話の流れで出てきただけの言葉だ。それ以上の価値も、意味もない。他愛のない約束だ。妄言と言い換えても良い。
それにあの男はお人好しだから、きっと誰にでも似たようなことを言っている筈だ。
それがたまたま、何かの手違いで彼にも向けられただけ。
その手違いが、正されたのだ。
それだけだ。
けれど、どうしても、その言葉が頭にこびりついて離れない。
彼がずっとずっと縋りつき続けてきた言葉が。
今は、もう何の意味も持たない言葉が。
それでもどうしてもどうしてもどうしても、一方通行はその言葉を手放すことができない。- 293 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:27:16.57 ID:G48tr4Njo
『だからお前のことも、絶対に助けに行くよ』
- 294 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:28:55.71 ID:G48tr4Njo
信じていた。
嬉しかった。
けれどそんな信頼も感情も希望も、もう既に砕けて散った。
他ならぬ、自分の所為で。
そして、一度壊れてしまったそれは、もう二度と元には戻らない。
それだけの過ちを、過去の彼は犯してしまったのだ。
そう、分かっている。
自分の所為だ。
こうした仕打ちを受けるに値するだけのことをしたということを理解しているし、納得もしている。
それでも。
辛くて、苦しくて、怖くて、悲しくて、死にそうだった。
いや、死んだ方がいくらか楽かもしれなかった。
泣き叫んで悲鳴を上げて、狂ってしまいそうになるのを必死で耐えた。
だから、どうか。
この言葉を、願いを、嘆きを、叫びを、口にすることだけは、どうか許して。
「たすけて」
- 295 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:29:41.32 ID:G48tr4Njo
それは、誰にも届くことのない、言葉。
絞り出すような枯れた声は、故にとても呆気なく雨音に塗り潰されてしまった。
だから、彼の言葉を聞き届ける者も聞き入れる者も、もう何処にもいない。
弱々しい声は、ただ空気に溶けて消えるのみ。
果敢ない願いは脆く崩れ去り、決して叶えられることはない。- 296 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:30:11.57 ID:G48tr4Njo
ばしゃん。
水溜りを踏み抜く音が、背後で上がった。
どくんと鼓動が激しくなり、彼は身体を凍りつかせる。
誰だろう。
上条が、追ってきたのだろうか。
彼を糾弾する為に。
また、彼を責め立てる為に。
恐ろしくて恐ろしくて、彼は身体を動かすこともできなかった。
寒さ以上に、恐怖からくる震えがその身体を硬直させていた。
しかし。
背後に立つ誰かも、動かない。
動く気配も見せない。
すると。
「はあ」
……聞いたことのない、声だった。
いや、何処かで聞いた覚えは、ある。
けれどそれが誰のものなのかは思い出せなかった。
誰、だろう。
けれど、少なくとも上条ではないことに、……一方通行は少なからず安堵していた。- 297 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:30:49.98 ID:G48tr4Njo
我ながら、異常だとは、思う。
だが一方通行は、もし今上条がやって来たら、正気でいられる自信が無かった。
最早、彼の中で上条は恐怖の対象にさえなってしまっていた。
「おい」
背後に立っていた誰かが、突然一方通行の目の前に姿を現した。
気配も音も悟られることなく。
しかしそれ以上に、彼は目の前に現れたその顔に驚いた。
それは、ある意味では彼の中でもう一つの恐怖の対象となっている人間の顔だったからだ。
くすんだ金色の髪に、茶色のブレザー。
一方通行ともそう年が変わらないように見える、長身の男。
垣根帝督。
けれど、そんな彼に対して一方通行が示した反応は、ほんの少し目を見開いただけ。
逃げようとか戦おうとか、そういった姿勢を見せることは無かった。
後退りさえ、しない。
そんな彼を見たからか、逆に垣根の方が驚いたような顔をした。- 298 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:31:42.39 ID:G48tr4Njo
「何だよ。もうちょっとリアクションとかねえの?」
「…………」
「おーい、学園都市第二位だぞー」
「…………」
「……こりゃ重症だ」
一方通行が垣根の顔を見ていたのは、最初だけだった。
彼はすぐに濁った瞳をついと逸らして、虚空を見つめ始める。無論、その目は何も写してはいない。
興味が無いのだ。
「ったく、どうしろってんだよ。くそ」
此方を見もしない一方通行に苛立ってか、垣根は頭を掻き毟る。
どうすれば良いのか、さっぱり分からないのだ。
すると、垣根が困り果てているのを見兼ねてという訳ではないだろうが、唐突に一方通行が何事かを呟いた。
「……のか」
「?」
「連れ戻しに、来たのか」
けれどそれは、言葉の内容の割にどうでも良さそうな声だった。
いや、実際どうでも良いと思っているのだろう。
信じていたもの、大切にしていたものを完膚なきまでに破壊され尽くした人間はこんなにも生気のない顔をするのかと、垣根は感心さえした。
垣根は暫らくどう応えるべきか迷っているようだったが、しかしどちらにしろ正直に答える他ない。- 299 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:32:50.60 ID:G48tr4Njo
「…………。まあ、そうなんだけど」
「……好きにしろ」
「ついこの間まで、あんなに必死に逃げ回ってたのにか」
「もう、どォでもいい」
本気で言っている。
それを理解しているからか、垣根はまた盛大な溜め息をついた。
「何だよ。調子狂うな」
「オマエが気にすることじゃねェだろ……」
「またお前はそういうことを」
垣根が呆れた顔をする傍らで、一方通行はどうして垣根がそんなことをわざわざ尋ねてくるのか理解できずにいた。
連れ戻したいのなら、勝手に連れ戻せばいい。
今の一方通行に、抵抗する気力は無い。ならば、今なんか絶好の機会ではないか。
そして、それを垣根も理解している筈だ。
にも、関わらず。
「……何なンだよ」
「何が」
「どォして俺に構う。オマエこそ、意味分かンねェよ。
連れ戻したいなら、いつかみたいに半殺しにしてでも引き摺ってきゃ良いじゃねェか。何でいちいち俺の機嫌を伺ってンだよ」- 300 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:34:01.03 ID:G48tr4Njo
「そりゃ、お前……」
何か言い掛けて、……しかし垣根は言葉を詰まらせた。
彼は暫らく戸惑ったように視線を彷徨わせていたが、すぐに一方通行に視線を向け直す。
「とにかく、このまま此処にいたんじゃ風邪引いちまう。取り敢えず屋根のあるところに行くぞ」
「……何処に」
「んー……。そうだな、適当に近くの研究所で良いか。ああ、絶対能力進化計画とは無関係なところだから安心しろ」
「はァ?」
今度こそ、一方通行は自分の耳を疑った。
いや、垣根の頭を疑った。
こいつは一体何を考えているんだ。
「何だよその顔は。今すぐに実験を再開したい訳じゃねえんだろうが」
「オマエ、……本当に第二位か」
「はあ? 当たり前だろ。何言ってんだお前」
垣根が馬鹿にするような調子で言う。
確かに、仮にいま目の前にいるこの男が垣根帝督ではない別人で、何らかの能力を使って垣根に変化している、なんてことは有り得ない。
何故なら、一方通行を何処かに連れ去りたいと思っているのならば垣根に化けるのは完全に逆効果だからだ。- 301 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:34:42.63 ID:G48tr4Njo
垣根が別の誰かに化けて一方通行を唆したいというのなら分かるが、他人が一方通行が警戒している垣根に化ける、なんてのは無意味。
メリットがまったく無いのだ。
つまり目の前にいるこの男は垣根帝督以外の人間では有り得ない。
それに、仮に何らかの理由で肉体変化や幻覚系の能力者化けているのだとしても、この特有の威圧感までは真似ることはできないだろう。
「…………」
「ま、何でも良いけどな。ほら、ついて来い」
垣根は一方通行に背を向けると、すたすたと歩きだす。
それを見て、一方通行は少しの間だけ逡巡していたようだったが、すぐにその後をゆっくりと歩き出した。
けれど彼はどうしても垣根の行動が理解できなくて、だからつい声を掛けてしまった。
「……なァ」
「ん? 何だ?」
「どォして、こンなことをするンだ」
途端、垣根がぴたりと足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返る。
「……そうだなあ」
垣根は、何だか疲れたような顔をしていた。
あのプライドの高そうな超能力者がそんな顔をしたことを、一方通行は少しだけ意外に思った。
その理由は理解できなかったし、しようとも思わなかったけれど。
しかし、垣根は無表情に佇む一方通行をじっと見据え、……遂に口を開いた。
「俺は、……お前の親友だったからだよ」
- 302 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:35:13.37 ID:G48tr4Njo
- ―――――
美琴が例の研究所のシステムに強制的に干渉し、すべての電源装置をシャットダウンした時にはもうすべてが手遅れだった。
隔離資料室の入り口に立ちながら、御坂妹は荒らされた室内を無言に眺める。
電子錠が掛けられていた筈のキャビネットは開け放されたまま。
床には無数のファイルが積まれている。
かつては惨劇の映像を映し出し続けていたであろう平凡なコンピュータは、今はうんともすんとも言わなくなっていた。
「……駄目、でしたか」
そこには、一方通行がここにいた痕跡が、無数に残されている。
つまり、もう最悪の事態は起こってしまった。
彼女たちがあんなにも努力して回避しようとしてきた事態は、こんなにも呆気なく引き起こされ、そしてすべてが終わってしまった。
「反対派、妹達……」
とある事情により、実験の再開を目論む妹達。
妹達における超少数派。
『彼』を実験から逃がし、普通の人間らしい幸せな生活を送らせることに『反対』している者たち。
そして、この事件の首謀者。
(甘く、見ていました。と、ミサカは正直な感想を吐露します)
まさか彼女たちがここまでするとは思わなかった。
彼女たちの覚悟を、意志を、行動力を、侮っていたと言わざるを得ない。
高を括って、楽観していたのは自分たちの方だった。
御坂妹たち推進派はマジョリティだったし、最近はこと実験関連の事件が何も起こっていなかったので油断していた。
そこを、付け込まれた。 - 303 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:35:51.54 ID:G48tr4Njo
(それだけ、彼女たちも本気だったということですか。とミサカは今更ながらに認識を改めます)
反対派妹達は、仮に実験が中止になった場合、『処分』されずに助かる手筈になっている妹達だ。
つまり彼女たちは、何もせずとも生き残ることができる。
なのに、彼女たちはここまでやった。
紛れもなく、本気だ。
彼女たちは何が何でも実験を再開させるつもりなのだ。
御坂妹は、彼女たちも本心では生きたいと思っている筈だと考えていた。
そう、思い込んでいた。
けれどそれは、大きな間違い。完全に認識を誤っていた。
自らの浅薄さを恨まずにはいられないが、今更後悔したところでもう遅い。
既にすべては脆く崩れ去り、もう二度と元に戻ることはない。
(これから、どうすれば……)
希望は失われた。
打開策など、思い浮かぼう筈もない。
それこそ、再び彼が記憶喪失にでもならない限りは。
(どう、すれば)- 304 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/06(水) 22:36:18.52 ID:G48tr4Njo
もう、どうすることもできない。
手詰まり。
八方塞り。
袋小路。
そんな言葉たちばかりが脳裏を巡る。
そしてそれは、事実。
覆すことのできない。
(ミサカたちのやってきたことは、結局……)
それは、最悪の想像。
今までの彼女たちの、文字通り血の滲むような努力全てを無為に帰して余りある想像。
考えてはいけない。
積み上げてきたすべてが、音を立てて崩れ落ちようとしている。
だから、振り払わなければ。
あまりにも残酷な、こんな、答えは。
(ミサ、カは)
彼女以外に誰もいない部屋で、御坂妹は茫然と立ち尽くす。
強く強く握った拳に食い込んだ爪の先から、僅かの血が滴っていた。
- 316 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:09:44.91 ID:HbwtXehOo
「ほら、これ使え」
そう言った垣根に投げ渡されたのは、新品のタオルだった。
一方通行は頭に覆い被せられたタオルを掴むと、そのままごしごしと頭を拭く。
ずっと大雨に晒されていた彼はすっかり濡れ鼠になってしまっていたにも関わらず、垣根は全く濡れてはいなかった。
能力で保護していたのかもしれない。
「あー、こりゃ着替えなきゃ駄目だな。ちょっとそこで待ってろ」
垣根は早くも濡れ切ってしまったタオルを見て二枚目のタオルを一方通行に渡すと、研究所の奥の方へと走って行ってしまう。
一方通行はその後ろ姿をじっと眺めていたが、不意に聞こえてきた小さな声に気付いて振り返った。
それは、彼に関する噂話。
悪評と言い換えても良いだろう。
超能力者。
第一位。
一方通行。
実験。
絶対能力。
殺害。
……そんな、単語の羅列。
だから彼は何となく居心地が悪くなって、垣根が去って行った方へと歩いていく。
と、そう歩かない内に戻ってきた垣根に遭遇した。
「ん? どうした」
「……別に」
「まあ良いけど。ほら、着替え持って来たぞ。研究員用の着替えで悪いけどな」
垣根が手渡してきたのは、きちんと糊付けされたブラウスとズボンだった。
一方通行はそれを暫らくぼうっと見つめていたが、不意に垣根が適当な部屋を指差した。
「そこで着替えて来い。どうせ誰も使ってないだろうから」
何も答えずに小さく頷くと、一方通行は指差された部屋へと入って行った。
垣根は閉じられた扉を眺めながら、苛立ちを紛らわそうとがしがしと頭を掻き毟る。
どうも、調子が狂ってしまう。- 317 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:10:39.87 ID:HbwtXehOo
(……何だかんだで、俺もアイツらに毒されてたってことなのかね)
一方通行の入って行った部屋の扉に背を預けながら、垣根は深々と溜め息をつく。
彼も、まさかこんなことになるとは思わなかった。
こうした事態を全く想定していなかったわけではないが、反対派妹達がここまで容赦なく一方通行を突き落とすとは思わなかったのだ。
(確かに確実な方法ではあるんだが、な)
しかし先日の報告書の通り、それは実験自体を完全に破綻させる危険性も孕んでいる。
今はそんなことを気にしている場合ではないが、それでもそれが懸念事項であることには変わりなかった。
何しろ、その危険性というのが。
(過度な精神的負担による自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の崩壊、ね)
自分だけの現実。
それは、能力者にとっての命とも言うべきもの。
精神によって形成され、支えられている超能力の源。
本来なら、そんなに簡単に崩壊してしまうようなものではない。
だが、今回は違う。
一方通行の場合は、『そんなに簡単に』という領域を遥かに超越してしまっているのだ。
それだけの精神的負担が、今の彼には圧し掛かっている。
(……今は実験のことなんかどうでも良いな。問題は、これからどうするかだ)
流石にあの状態の一方通行を、絶対能力進化計画の関連施設に連れて行くわけにはいかない。
しかし、こうして彼を匿うのにも限界がある。
垣根もまた、学園都市によって厳重に管理されている超能力者なのだ。- 318 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:11:11.81 ID:HbwtXehOo
それでも彼は暗部の人間でもあるのでそれなりの隠れ家を持ってはいるが、学園都市統括理事長は滞空回線なる監視機構を所持している。
つまり、統括理事長に本気で狙われてしまえば最後、この学園都市の何処にも逃げ場などないのだ。
(しっかし、統括理事会も何処まで本気なんだかな……)
実は、統括理事長に横槍を入れられた所為で一方通行を逃してしまった、ということが何度もあった。
入院中には手出しするな、という命令など、その最たるものだろう。
よって、実験関係者の目さえ掻い潜ることができればそれだけで大丈夫、という可能性はあるにはある。
しかしいつまでもそうして逃げ回っている訳にもいかない。
流石にそれも度が過ぎれば、統括理事会も黙っていないだろうからだ。
奴らがどれだけこの実験に執着しているのかは分からないが、大方『結果は急いでいない』程度だろう。
実験自体が中止になることなど、恐らくない。
それこそ、一方通行がその超能力を完全に失うことにでもならない限り。
(何でこんなことになったんだったかなあ)
しかし垣根自身もまた、一方通行に実験を再開させようとしている人間の一人だ。
とある事情によって、そうせざるを得なかった。
本当なら、何の犠牲も出ないのなら、妹達の為にもどんな手を使ってでも実験を中止に追い込んでやりたい。
だが、それは叶わぬ夢。
どれだけ努力したとしてもどうにもならないことがあるという現実を、彼は既に知ってしまっていた。
……どちらにしても今となってはもう手遅れだし、どうしようもないことだけれど。
(取り敢えずは、アイツが落ち着くのを待つしかないな)
と、その時。
突然彼が寄り掛かっていた扉が開かれて、油断していた垣根は支えを失い。- 319 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:11:51.13 ID:HbwtXehOo
「へぶっ!?」
背中から床に激突した。
倒れたまま上を見上げてみれば、そこにはちょうど変なものを見るような目で自分を見下ろしてくる一方通行の顔があった。
「……何してンだ」
「いや、うん、何と言うか……。触れないでくれ」
「…………」
一方通行は僅かに目を細めたが、何も言わずに垣根の上を跨いで部屋を出、扉を閉めた。
その際に頭に扉がぶつかりかけたので、垣根は慌てて立ち上がってそれを回避する。
何となく扱いが悪い気がするのだが、一方通行は記憶を失っているのだからきっと気のせいだ。気のせいだ。
「と、着替えたか。サイズは……、大丈夫そうだな」
一方通行が、再び黙ったまま頷く。
「んじゃ、これからどうする? 一応お前の希望を訊いておくが」
何も答えない。
関心が無いから無反応なのか、迷っているから無反応なのか判断がつかなかった。
「それどころじゃねえか。どうすっかねえ」
癖なのか、垣根は再び頭を掻き毟る。
一方通行はそれを虚ろな瞳で眺めていたが、やがてゆっくりと薄い唇を開いた。- 320 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:12:36.69 ID:HbwtXehOo
「……なァ」
「ん?」
唐突に一方通行が声を発したので、垣根は少し驚いたようだった。
それを見て、一方通行も何となく話し辛くなってしまう。
しかし彼は暫らく迷った後、言葉を続けた。
「俺は、実験をしてたのか」
無意味な質問だ。
本人も、それを分かっている筈。
よってここで垣根がどう答えたところで、きっと何も変わらない。
慰めにだってならないだろう。
だから垣根は下手なことをするよりも、正直に答えた。
「そうだ」
まるで突き放すように、はっきりと答える。
一方通行は、少し俯いたようだった。
「……オマエは、俺の親友だったって言ったよな」
「ああ」
「俺は、何の為にそこまでして絶対能力を目指してたンだ」
かつての自分が、理解できない。
一方通行は、そんな顔をしていた。
だから垣根は、彼の為にも迷わずに答える。- 321 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:13:18.82 ID:HbwtXehOo
「別に、絶対能力に執着してたわけじゃねえさ」
「……え」
「そうする他なかったんだ。それが最善だった。お前は善意で実験を始めた。それだけだ」
垣根は、断言する。
だが、それを聞いた一方通行の顔は余計に複雑に歪むばかりだ。
「意味分かんないって顔してるな」
「そりゃ、……そォだろ」
「無理もないさ。俺だって、どうしてこんなことになったのか未だに理解できてねえからな」
そう嘯く垣根の声には、諦観の色が色濃く混ざっていた。
一方通行の親友を自称する彼は、長い間あんな光景を見せ付けられ続けて一体何を思ったのだろうか。
「……じゃあ、俺はどォしてあンな実験を」
「ストップ。その前に」
壁に寄り掛かっていた垣根が、急に姿勢を正して一方通行に向き直る。
その瞳は、真っ直ぐに彼を見据えていた。
「相当キツい話になるぞ。聞く覚悟はあるのか?」
「……、…………」- 322 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:14:21.66 ID:HbwtXehOo
黙ったまま、一方通行はほんの少し力のこもった眼差しを垣根に向けた。
たったそれだけだったが、それでも先程まで死人のような瞳をしていたことを考えれば、それが彼の精一杯の返事であることが伺える。
垣根はそれを見ると、溜め息をつきながらも口を開いた。
「特力研って言葉に、覚えはあるか?」
その単語に、一方通行が僅かだけ目を見張る。
垣根は、そんな彼の反応を見て逆に驚いているようだった。
「見てたのか」
「へ? 見てた、ってのは?」
「第十一学区の特例能力者多重調整技術研究所、通称特力研。名前に覚えがあったから、記憶の手掛かりがあるかと思って忍び込ンだンだ」
「…………、なるほど。そりゃ、運が悪かったな。で、中身を見たのか」
一方通行は、何も答えなかった。
けれど、その沈黙は肯定とほぼ同義。
だから垣根はそれ以上変な追及はせずに、言葉を続けた。
「お前が実験を拒否した場合。妹達が辿ることになる末路が、アレだ」
小さく、一方通行が息を飲む音が聞こえた。
そしてその一瞬のうちに、特力研で見た映像がフラッシュバックする。
とてもではないが人間とは思えないような、残骸。
あれ、に、彼女、たちが。
唐突に込み上げてきた吐き気に、一方通行は口を抑える。
想像、してしまったのだ。
彼女たちが、彼が思わず反射的に消してしまったほどに凄惨な、あの実験映像の通りの姿になってしまう光景を。- 323 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:15:51.87 ID:HbwtXehOo
「おい、大丈夫か?」
「ゥ、……っく」
「……ま、確かにあれはキツイわな。流石の俺も、初めてアレを見たときは暫らく食事が喉を通らなかったもんだ」
蹲る一方通行の背中を、垣根は擦ってやる。
しかしそうしてやりながら、垣根は自分の胸にも何かもやもやとしたものがわだかまっているのを感じた。
えずいている彼を見たからかもしれない。
恐らく脅迫のつもりだったのだろう、送り付けられた実験映像を初めて見た時のことを思い出してしまったのだ。
「……ン、で」
「ん、どうした?」
「誰が……、何の為に、こンなことを……」
それは、当然の疑問。
不思議に思って当然なこと。
こんなにも惨いことを誰が発案し、計画し、実行にまで漕ぎ着けようとしたのか。
誰が、彼らを脅してまでそんなことを強制させようとしているのだろうか。
しかし、いや、だから、垣根は即答した。
「学園都市統括理事長、アレイスター・クロウリーだ。この都市の支配者。そいつが、何が何でもお前に実験をさせる為に仕組んだことだ」
言葉を、失った。
とは言え、それをまったく懸念していなかったわけではない。
何となくそうなのではないかと、思ってはいた。
だが、実際にこうして真実を突き付けられてしまうと、やはり狼狽えずにはいられない。- 324 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:16:43.42 ID:HbwtXehOo
「それは、……つまり」
「そう。この都市自体が敵だってことだな」
うんざりしたような声色だった。
彼にとっては、もう何度も叩き付けられ突き付けられてきた現実だからかもしれない。
もはや、そういうことに慣れ切ってしまっているようだった。
「詳しいことは俺も知らねえが、どうもアイツにとって必要な事らしい。本当かどうかは知らねえがな」
「…………?」
「面白半分にやってる可能性もあるってことさ。そういう奴だ、アイツは」
その時になって、一方通行は初めて垣根の目をじっと覗き込んでみた。
彼は、一方通行程とは言わずとも、とても濁った瞳をしていた。
その年の少年らしからぬ、瞳を。
そこには例の暗部とかいうものも関連しているのだろうが、……一方通行には、それはそれだけでは説明できないもののようなものに思えた。
その澱の名は、きっと、絶望。
「だが、相手は統括理事長。必要事項だろうが面白半分だろうが、それを強制的にやらせるだけの力を持ってる」
「……どォしようも、ねェのか」
「さあな。思いつく限りのことは全部やった。それでも駄目だった。その末に、俺もお前も諦めた」
そして、実験は開始される。
妹達の命を、せめて最悪の最期で終わらせない為に。- 325 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:18:07.73 ID:HbwtXehOo
それが正しかったのかどうかは、今でもよく分からない。
ただ、その時はそれが最善だった。
だから彼らは、彼女たちが享受することの許されている最善を、与えようとした。
そうする他無かった、とも言えるけれど。
「だが、多重能力者なんて作り出せるわけがねえ。結果は既に出てる。
にも関わらずそんなことを言い出したのは、ひとえにお前のトラウマを刺激する為だったんだろうな。
実際、それは非常に効果的な手段だったわけだ」
沈黙。
一方通行は俯いたまま、顔を上げようともしなかった。
「その一方で、未だに多重能力者の研究をしたいと思っている狂人がいることも事実。
そういう狂人どもは、今もお前が実験を拒否してくれることを首を長くして待ってるだろうな。妹達が置かれてんのは、そういう状況だ」
「……なら、」
俯いていた一方通行が、沈んだ声音で言葉を発する。
故に、その表情を伺うことはできない。
「お前が……、俺を、連れ戻そうと、してたのは」
「……そうだな」
垣根が淡い笑顔を浮かべる。
その理由を、一方通行は終ぞ理解することができなかった。
「お前は昔から聡い奴だった。だから自分がどうなるのか、薄々感づいてたのかもしれない」
哀しそうな瞳をしていた。
あんなにも屈強で、一時は残虐とさえ思っていた少年がこんな目をすることに、一方通行は少し驚いた。- 326 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/10(日) 23:19:13.90 ID:HbwtXehOo
「……『俺が実験から逃げ出したら、半殺しにしてでも連れ戻せ』。」
一瞬。
いやに、鼓動が強く脈打った。
その言葉に、どうしようもない既視感を感じたからかもしれない。
そしてそれを、垣根は肯定する。
「他でもない、お前自身の言葉だ」
既視感だったものが、みるみると現実感を帯びていく。
消えてしまった筈の記憶が、蘇ったかのような錯覚がした。
……だからこそ、それは、間違いなく。
「お前が望んだことだったんだ」
- 337 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:09:24.64 ID:p3ZzyZ/mo
間に合わなかった。
それを知っても、それでもまだ美琴は諦めることができなかった。
だから、走る。
あの、白い少年を探して。
諦めない為に。
見捨てない為に。
(ああもう、何処にいるのよ!!)
苛立ちから怒鳴ってしまいそうになったのを何とか飲み込んで、彼女は心中で毒づく。
焦っているのは、誰の目から見ても明らかだった。
しかし、分かっていても止められない。
焦ったって仕方ないのに、こんな調子では見つかるものも見つからないと、頭では理解しているのに。
(馬鹿なこと仕出かしてなければ良いけど……)
数少ない心の支えを喪ってしまったあの少年は、今頃どうしているだろうか。
記憶喪失前の残滓なのか、プライドは人一倍高いので恐らく泣いてはいないだろうけれど。
……そんなことを考えながら走っていると、彼女は無数の人々が行き交う雑踏の中に見慣れた姿を見つけた。
(あ、れは……)
退院したてだからか見たことのない服を着ているが、あの黒いツンツン頭は間違いない。
思わず、美琴はその後ろ姿に駆け寄った。
彼に何を期待していたのか、自分でもよく分からない。
でも、何故か無性に彼に話し掛けたくなったのだ。
「ちょっと、アンタ!」
「へっ!?」- 338 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:10:22.72 ID:p3ZzyZ/mo
急に背後から声を掛けられて、上条は驚きつつも振り返る。
振り返った先に居るのが美琴だと気付いた彼は、何故か少し安堵したような顔をした。
「なんだ、御坂か。どうしたんだ?」
「鈴科! 見なかった!?」
切迫した表情で詰まったからか、上条は一瞬当惑したような顔をした。
しかし答えに迷うような質問ではないので、彼はすぐに答える。
「いや。ちょっと分からないな」
「……そっか。アイツから連絡来たりはした……、って、携帯壊してるんだっけ」
「あ、ああ」
上条が一瞬だけ美琴から目を逸らす。
彼女は少しだけそれを不審に思ったが、今はいちいちそんなことを追及している余裕はない。
「急に引き止めて悪かったわね。あ、もしアイツを見つけたら私に連絡して!」
「分かった。……それと、その、鈴科の連絡先、携帯の電話帳頼りで忘れちまったからそっちも教えて貰えるか?」
「ああ、そうだったわね。ちょっと待って」
美琴はポケットから携帯電話を取り出すと、アドレス帳の中から一方通行の連絡先を見つけ出して表示させる。
そしてそれをそのまま上条に見せてやったが、彼から連絡したところで連絡がつくとも思えなかった。- 339 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:11:05.35 ID:p3ZzyZ/mo
けれど、それでも可能性はゼロではない。
もしかしたら、何も知らない筈の上条に救いを求めて、いつも通りを装った電話でもするかもしれない。
そんな淡い希望を抱きながら、美琴は上条が連絡先をメモする姿を眺めていた。
「これで良し、と。ありがとな」
「ううん。それじゃ、アイツから連絡があったら私に教えてね」
「……手伝おうか?」
言うと思った。
美琴はそんなことを思いながら、呆れたような、困ったような笑顔を浮かべる。
彼の親切が、何だか無性に嬉しかった。
けれど。
「大丈夫。こっちの問題だからさ」
「そう、か」
「そうよ、気にしないの。それじゃ、またね」
美琴は軽く手を振ると、上条の答えを待たずに走り去ってしまった。
上条は何かを言おうとしていたようだったが、彼女を引き止めようと突き出した手は虚しく空を切るだけ。
その手の中に残されたメモ帳を眺めながら、上条は難しい顔をしていた。
- 340 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:11:40.00 ID:p3ZzyZ/mo
―――――
「……どうしよう、ってミサカはミサカは途方に暮れてみる」
とある小さな研究所。
その小部屋の現在の主である少女は、その愛らしい顔に似つかわしくない暗い表情を浮かべていた。
向かいに座っている研究者も、そんな彼女を見たからか悲しそうな顔をしている。
「ミサカたちのやって来たこと、全部無駄だったのかな、ってミサカはミサカは落胆してみたり」
「そんなことは無いわ。……束の間とは言え、彼は幸せな時間を過ごせたはずよ」
そんな慰めを口にしながら、研究者、芳川はそんな言葉しか掛けることのできない自分を情けなく思った。
けれど、現状を鑑みればそんな曖昧な言葉しか掛けることが許されていないのもまた事実。
無責任なことを言って過度な期待をさせてしまうよりかは、きっと幾らかマシだろう。
それだけ、彼女たちに降り掛かった絶望の色は濃かった。
「そう言えば、ヌノタバは何処に行っちゃったの? ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」
「……さあ、ね。第三位に会いに行く、とは言っていたけれど」
「お姉さまに?」
少女、打ち止めが目を丸くする。
「ええ。まあ、大方もうわたしたちに関わらないように言いに行ったんでしょうけど……」
「そっか。……仕方なかったとは言え、今回はお姉さまも巻き込んじゃったもんね、ってミサカはミサカは後悔してみる」
「そうだったわね。あの子のことだから、きっと謝罪も兼ねているのでしょう」- 341 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:12:45.67 ID:p3ZzyZ/mo
「でも、あれはミサカたちが勝手にやったことだったのに。
……ミサカも謝りに行った方が良いかな?ってミサカはミサカは思案してみたり」
「やめておきなさい。あの子を余計に混乱させてしまうだけよ」
「……やっぱり、そうだよね。ってミサカはミサカは思い直してみる……」
今打ち止めが美琴に会ったところで、新たなクローンの登場に戸惑わせてしまうだけ。
やはり、彼女との接触に最も適しているのは布束だろう。
彼女ならば美琴と面識があるし、学生なのでクローンや研究者のように直接実験を連想させるような要素を持っていない。
そういう意味では、芳川も美琴の目の前には現れるべきではないだろう。
「でも、お姉さまは間に合わなかったことを知った途端に何処かに走って行っちゃったみたい、
ってミサカはミサカは13577号からの情報を伝えてみたり」
「きっと、諦めきれなかったのでしょうね。……気持ちは分かるわ」
「お姉さまなら何とかしてくれるかな、ってミサカはミサカは希望的観測を口にしてみる」
「……そう、だと良いわね」
縋るような打ち止めの眼差しにも、曖昧に答えることしかできない。
得意の甘い言葉でも掛けてやれたら、どんなに良いか。
けれど、打ち止めはその年齢に似合わずにとても聡い少女だ。そんなことをしたところで、きっと彼女は見破ってしまうだろう。
むしろ逆に、気を遣わせてしまいかねなかった。
「これから、どうなっちゃうのかな。ってミサカはミサカは不安になってみたり」
「……どうでしょうね」
「やっぱり実験は再開されちゃうのかな。あの人のことだもん。きっとそうしちゃうよね、ってミサカはミサカは推測してみる」
「…………」- 342 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:13:33.70 ID:p3ZzyZ/mo
芳川は、何も答えることができなかった。
否定することもできないし、下手な慰めを口にすることもできない。
「ミサカは、上位個体だから助かるけど……。でも、でも、そんなの、全然嬉しくないよ」
スカートの裾を握っていた手をぎゅっと握る。
打ち止めは、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。
「彼も、同じよ。……あなたたちがあんな死に方をするのを見るのが辛いから、そうするの」
「……でも。そんなことして貰っても、きっと他のミサカたちは喜んだりしないよ、ってミサカはミサカは訴えてみたり」
「そうね。だから、それはあなたたちの為なんかじゃなく、きっと、自分の為なのよ」
打ち止めが、訝しげな顔をした。
こてんと首を傾げる姿はとても愛らしい。
「よく分からないや、ってミサカはミサカは俯いてみる」
「複雑なのよ。あの子も、あなたたちもね」
「……ミサカたちも? ってミサカはミサカは訊き返してみる」
「ええ。論理的には理解し難いかもしれないけれど、感覚的にはあなたたちも分かっている筈よ」- 343 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:14:17.43 ID:p3ZzyZ/mo
芳川の言葉を聞いても、打ち止めはますます深く首を傾げるだけだ。
やはり少し難しかっただろうか、と思いつつ芳川は苦笑いする。
「でも、でもね。やっぱりミサカは、あの人にそんなことしてほしくないの。
あの人があんな風に壊れていくのを、もう見たくないの、ってミサカはミサカは切実な心情を吐露してみたり」
「…………、そうね」
芳川は優しく微笑むと、そっと打ち止めの頭を撫でてやった。
その暖かな手のひらを打ち止めは素直に受け入れていたが、やがて芳川の手が離れると不思議そうにその顔を見上げる。
「ねえ、ヨシカワ、ってミサカはミサカは問い掛けてみる」
「どうしたの?」
「ヨシカワは、これからどうすれば良いと思う? ってミサカはミサカはアイディアを求めてみる」
「……申し訳ないけれど、わたしにもこの状況を打破できるような妙案はないわ。
選択権を持っているのは、あの子だけ。そして、あの子はわたしたち如きの言葉を聞き入れてはくれないでしょう」
打ち止めは、悲しそうに眉尻を下げた。
けれど、それは事実。
ただの実験動物でしかない妹達になど決定権はなく、唯一、被験者である彼だけがすべてを決めることができる。
妹達はその権利を喉から手が出るほど欲しがるだろうが、……今の彼にとっては、それも重荷でしかないだろう。
かつての彼もそのことについて酷く苦悩していたことを思い出しながら、芳川は小さな小さな声で呟いた。
「……今の彼は、どうすることを選ぶのかしら」
- 344 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:14:49.34 ID:p3ZzyZ/mo
―――――
誰かを探してきょろきょろを周囲を見回しながら歩いているその少女を発見して、布束は小さく息を吐いた。
その理由は、安堵か、呆れか。
けれど、何にしろ彼女の行動は変わらない。
布束はふらつきながら歩いている彼女のそばまで歩いていくと、彼女の肩を掴んで引き寄せた。
「Carefully.そんな歩き方をしていては、いつか倒れてしまうわよ」
突然肩を掴まれて、美琴は驚いたようだった。
彼女はばっと振り返り、布束の顔を見て目を見開く。
「あ、アンタは……」
「彼を探しているのでしょう。やめておきなさい」
「……ッ! な、んで!」
美琴は布束の手を振り払い、彼女をぎっと睨みつけた。
しかし布束は全く動じることなく、言葉を続ける。
「彼は、もう引き返せないところまで来てしまった。あなた如きでは、もう連れ戻すことは叶わないわ」
「そんなの、やってみないと分からないじゃない」
「……悪いことは言わないわ。もう、私たちに関わるのはやめなさい。あなたはもう日常に帰るべきよ」
美琴とて、布束が善意で言っていることは理解している。
彼女も、何となくこれ以上進んでしまってはいけない気がしていた。このまま進めば、どうしようもなく傷ついてしまう気がした。- 345 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:15:37.30 ID:p3ZzyZ/mo
でも、だからと言って諦めることなんてできる筈がない。
ここで諦めてしまえば、もう二度と彼が戻ってこないような気がしているから。
そしてそれは、きっと正しい。
「悪いわね。私は、絶対に諦めたりなんかしない」
「…………」
布束の目つきが、鋭くなる。
常から人を威圧するような目をしているが、それとはまた違った色を宿している。
彼女は、怒っている。
聞き分けの悪い、子供に。
「聞き分けなさい。私は、私たちはこれ以上あなたを傷つけたくはないの」
「絶対に嫌」
美琴も、更に強く布束を見つめ返す。
その瞳の宿す光は、強い。
皮肉にも、布束はその光を見たことがあるような気がした。
「覚悟は、あるわ」
「……それは、どういう意味かしら」
「アンタたちが、私の為と言って隠している真実の全てを聞く覚悟。少なくとも、私にだってその権利はあるはず。
だって、私は、」
そこで、美琴は一度言葉を区切った。
心を落ち着かせる為に、決意が揺るがないようにする為に。
強く強く、もう一度その言葉を噛み締める為に。- 346 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:16:15.18 ID:p3ZzyZ/mo
「あの子たちの、お姉さまなんだから」
真っ直ぐな瞳だった。
その言葉に嘘偽りなど一滴も交じっていないことが、よく見て取れる。
そんな彼女に、屈したのだろうか。
布束は小さく溜め息をつくと、美琴を睨みつけていた視線を緩めた。
「……分かったわ。そこまで言うのなら、教えてあげましょう」
「!」
「そして、その上で諦めなさい。それ以上は駄目だわ」
彼女の口調は、未だ厳しい。
その刺々しさに、美琴も険しい表情をしてしまう。
「どうしてそんなに……」
「第一位だったあの子でさえどうしようもなかったのよ。
超能力者だろうが何だろうが、私たちのようなただの学生や研究者がどうにかできるような問題ではないの」
それは、事実。
誰もが全力を尽くして彼らを、彼女たちを救おうとし、しかしそれでも駄目だった。
彼らは、少なくとも美琴よりは力のある人間たちである筈だった。
だからここで彼女が何をしてどう足掻いたところで、何かが変わる可能性は限りなく低い。
そして美琴は、何もできない自分をきっと責めてしまうだろう。
唯、傷付くだけなのだ。
布束は、それをとてもよく理解していた。- 347 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/18(月) 00:16:44.18 ID:p3ZzyZ/mo
「ただ、あなたの言う通りあなたには知る権利がある。だから、教えてあげるだけ。あなたにこれ以上の手出しを許したわけではないわ」
「…………」
美琴も、言葉を失ってしまう。
彼女もまた、理解していたのかもしれない。
自分にそれほど力が無いことを。
第二位に直接立ち向かい、その圧倒的な力の差を見せつけられたから。
かつてはその第二位さえ制していたという、第一位である彼のことを思い出したから。
けれど、それでも。
彼女は知ることを願う。
何もできないとしても。
後悔することになっても。
傷付くことになっても。
知らなければならないと、思った。
姉として、友人として、家族として、仲間として、彼女たちがどのような状況に置かれているのか。
そうして同じ位置に立ってやっと、美琴は初めて彼女たちとちゃんと向き合える。
そして、彼とも。
「行きましょう。こんなところで話すべきことではないから」
「……分かったわ」
布束の言葉に静かな声で返事をすると、美琴は歩き始める。
先を行く、布束の背を追って。
その行き先に、どんな真実が待っているのか。覚悟と決意を、その胸に携えて。
- 356 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:42:44.34 ID:x1KDK1+Ao
静かな研究所の一室で。
寂れた廃墟の片隅で。
彼は、
彼女は、
口を開く。
耳を傾ける。
そして、真相が語られ始めた。
- 357 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:43:13.67 ID:x1KDK1+Ao
「妹達は、彼を救いたいだけなの」
布束が言う。
「だから、これっぽっちもお前は恨んでなんかいねえ」
垣根が言う。
「特力研を知っているかしら?」
布束が美琴を見る。
「あれの真の恐ろしさは、見た目やそれに伴う痛みの残忍さじゃねえ」
垣根が一方通行を見る。
その覚悟を問うような瞳をしながらも、二人は話し続けた。
「多重人格者に複数の能力が宿るのか。あそこは、そんな研究もしていた研究所よ」
「その為に、人為的に多重人格者を作り出す為の実験も行われていたらしい」
「これがどういうことか分かるかしら?」
「多重人格者を産む為に、わざわざ脳と精神に負担を掛けるんだ」
- 358 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:43:44.10 ID:x1KDK1+Ao
「そうして多重人格者が生まれれば、今度は多重能力者を生み出すための実験を始める」
「この時に、被験者に掛かる過負荷を想像できるか?」
「発狂しない方が難しいでしょうね」
「あの実験の本当の恐ろしさは肉体的苦痛じゃない。精神的苦痛だ」
「そういう実験に、彼女たちは掛けられようとしているの」
「死よりも恐ろしい拷問だ。だからこそ、お前はそんな実験に彼女たちが掛けられるのに耐えられなかった」
「だからそれを救う為に、彼は妹達を殺していたの。彼女たちに、そんな地獄を見せない為にね」
一方通行は、無言で項垂れている。
美琴は、言葉を失う。
突き付けられた真実に、想像を絶する真実に、何も言うことができなかったから。- 359 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:44:14.02 ID:x1KDK1+Ao
「だから、あれは仕方のないことだったんだ」
「仕方のないことだった、なんて言わないわ」
「気に病むな。お前は正しい選択をした」
「確かに、あの時はそれが最善の選択だった。けれど、それでも彼女たちを殺したという事実は変わらない」
「あいつらだって、お前には感謝してる」
「ただ、妹達が彼に感謝しているのも、また事実」
「お前がそんな罪悪感に駆られる必要はないんだ。お前は何も悪くない」
「私には分からないの。彼が正しいことをしたのか、悪いことをしたのか」
- 360 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:44:41.37 ID:x1KDK1+Ao
布束が俯く。
その苦悩が見て取れて、美琴はとても複雑そうな顔をした。
「……彼は言ったわ。
もし、自分が遂におかしくなって実験から逃げ出してしまったら、何が何でも連れ戻して、実験を再開させて、妹達を殺させてくれ、とね。
そうしなければ、あの子たちはあの実験に掛けられることになるから」
そう。彼は、最善を尽くそうとした。
すべては妹達の為に。
「けれど、妹達はそれを望まなかった」
「…………」
「実験を進めるにつれて壊れていく彼を、見ていられなくなったのでしょうね」
妹達は、実験時の体験のすべてをミサカネットワークに記録している。
彼の手によって自分が死ぬ瞬間、最も彼の精神に負担で掛かるであろう瞬間に一番彼の近くにいたのは、他でもない彼女たちだ。
だからこそ、彼女たちは彼がどれだけの苦悩を強いられているのかをよく理解していた。
その様を、誰よりもそばで見ていたから。
「そして、奴らは計画を実行に移した。記憶の消えたお前を、学園都市の外に逃がそうとしたんだ」
垣根が顔を上げる。
呆れたような、疲れたような顔をしていた。
「ま、その結果が今のこの状態って訳だが」- 361 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:45:16.98 ID:x1KDK1+Ao
彼は自嘲するように微笑んで、小さく息を吐く。
別に、彼は誰を責めている訳ではない。
本当に、仕方ないことだと思っている。
それが人間として本当に正しい感覚なのかは分からないけれど。
それでも、彼が何とかして自分を傷つけないようにしながら真実を伝える努力をしていることを、一方通行は感じた。
「それなら……、もし俺が何も気付かずに『外』に行っていたら、アイツらは実験に掛けられてたってことか」
「ああ。その通りだ」
「……あの子たちは、それは覚悟の上だったの?」
「勿論よ。ただ、甘く見ている節はあるけれど」
「どォいう意味だ」
「実験の時。お前がいちいち痛みが無いように苦しまないように優しく殺してやるもんだから、本物の死の苦痛ってモンを知らないんだ」
「でも、あの子たちはそれでも後悔なんてしないでしょうね」
「……どうして、そこまでするの?」
「お前のことが大好きだったからさ。そりゃあもう偏執的なまでに」
「……仲が、良かったのか」
- 362 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:45:49.80 ID:x1KDK1+Ao
「ええ、とても。あの子たちにとって彼は友人であり、兄姉であり、親であり、恩人であり、師であり……、そんな存在だった」
「そう……、だったんだ」
「まあ、お前にとってはそれだけじゃなかったみたいだけどな」
「…………?」
「今のお前には関係ないことさ」
言って、垣根は曖昧に笑った。
対する一方通行は、首を傾げることしかできない。
「何はともあれ、妹達が決死の覚悟で企てた計画も、結局はこうしておじゃんになっちまった」
「…………」
「……そうだわ。反対派妹達は、そんな死に方をしたくないから実験を再開させようとしているの?」
「厳密には、違うわ」
「え……」
「反対派妹達は、妹達の中でも実験が中止になった場合に助かることになっている、数少ない妹達だ」
- 363 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:46:25.91 ID:x1KDK1+Ao
「助かるの!?」
「ええ。けれど、彼女たちはそれを望んではいない」
「自分の分身とも言える他の妹達が無残に殺されていくのに、自分たちだけが助かるってのがどうしても嫌ならしい」
「……死ぬより、嫌なのか」
「彼女たちにとっては、そうみたいね。私も、理解できない訳ではないけれど」
「それでも、わざわざ自分から死を選ぶなんて……」
「俺たちが理解しようとしたところで、難しいだろうな。妹達はその性質上、非常に奇妙な絆で結ばれている」
「クローン、……ミサカネットワーク」
「ご名答。とにかく彼女たちは、仲間の死体の上に生きるよりも仲間と共に死ぬことを選んだ。だから、推進派妹達の計画を妨害した」
「その結果が、これ。私たちはまんまとはめられ、彼は拒絶されてしまった」
「…………、……私の所為なのね」
「そういうつもりで言ったのではないわ。それに、今回のことに限って言えば原因は反対派妹達。あなたが自分を責める必要はない」
- 364 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:46:55.46 ID:x1KDK1+Ao
「で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「……俺、は」
「まあ、結論を急ぐ必要はねえ。仮にお前が今から実験を再開することにしたとして、準備に時間が掛かるからな。
時間はあるから、存分に悩んでくれ。
……もちろん、俺としては実験を再開させてほしいんだがな。それが、以前のお前の望みだったから」
垣根の言葉に、一方通行が目を伏せる。
確かに、妹達を救いたいのであれば、実験は再開するべきだ。
以前の彼が、そうしたように。
だが、今の一方通行にそんなことができるのだろうか。
少なくとも今の彼よりも屈強であったはずの『第一位』でさえ耐えることが難しかったという、その実験を。
最後まで、やり遂げることができるのだろうか。
……残り、9969人。
今の脆弱で薄弱な一方通行が、壊れることなくそのすべてを殺してやることなどできるのだろうか。
いや、違う。
今の彼が望んでいるのは、そんなことではない。
妹達が、それを望まないのなら。
一方通行だって、そんな選択をしたくはない。
だから。- 365 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:47:42.18 ID:x1KDK1+Ao
「……それでも、俺は、」
「まだ、諦めきれない」
「今の俺にも、まだできることがある筈だ」
「もしかしたら、アンタたちがまだ試していなかったことがあるかもしれない」
「だから、まだ諦められねェ」
「あの子たちを、アイツを、諦めたくないの」
「……悪ィな。わざわざそこまでしてくれたのに、応えられなくて」
「けど、やっぱり、私、もう少し頑張ってみるよ」
「時間があるなら、まだ少しだけ試させてくれ」
- 366 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:48:31.50 ID:x1KDK1+Ao
それを聞いて。
垣根は、悪戯っぽく笑った。
布束は、驚いた顔をした。
「……それが、どういうことだか分かっているの?」
「多分。……色々、覚悟はしてる、つもり」
「それやると、マジで上がブチギレかねねえぞ?」
「どっちにしろ、妹達にこれ以上の被害が行くことはねェンだろォが。これより下はねェンだ、怖いモンなンてねェだろ」
「だからさ、うん。人生棒に振る羽目になっても、やっぱり後悔はしたくないんだ」
「……あなたって子は……」
「悪いけど、俺は付き合えねえからな。恐らく、その他の誰の助けも得られねえ。それでも良いのか?」
「良いさ」
一方通行は、そんなことを言いながらもちっとも心配そうにしていない垣根に応えるようにして、淡く笑った。
美琴は、情けない笑顔を浮かべながら、それでも布束から目を逸らしたりはしなかった。- 367 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:49:24.39 ID:x1KDK1+Ao
「困った時だけ神頼みしても、奇跡が起きる訳じゃない」
「どンなに泣き叫ンだって、それを聞いて駆けつけてくれるヒーローなンざいねェ」
- 368 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:50:09.50 ID:x1KDK1+Ao
「だから、」
「だったら、」
「自分の手で終わらせるしかないじゃない」
「自分で何とかするしかねェだろォが」
そして、二人は二人に背を向ける。
彼は、彼女は、振り返らない。- 369 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/07/21(木) 21:50:56.29 ID:x1KDK1+Ao
「それじゃ。本当のこと、教えてくれてありがとね」
「……世話ンなった。じゃァな」
自動ドアが開閉する音と共に、一方通行は姿を消す。
空っぽの廃墟に足音を響かせながら、美琴はゆっくりと立ち去った。
残された者たちは、それを見送ることしかできない。
二人を引き止める言葉さえ、もう二人は持っていなかった。
それがどれだけ無謀で危険なことか、理解していても。
きっと二人はそんな言葉を聞き入れることなどないことを、知っていたから。
- 398 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:38:59.39 ID:N9qUUQd/o
七月三十一日。
夜。
誰もいない筈の研究所から、ぼうっとした光が発せられた。
- 399 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:41:07.35 ID:N9qUUQd/o
―――――
Sプロセッサ社脳神経応用分析所。
警報の鳴り響いているその研究所で、とある外人研究者は後ろをついてくる部下からの報告を聞いていた。
周囲の様子は慌ただしく、部下の様子も落ち着かない。
非常事態、だった。
「何事でス?」
「品雨大学付属DNAマップ解析ラボ第Ⅰ棟で、火災が発生したようです!」
「原因と被害の規模ハ?」
「それは現在調査中で……」
鳴り止まない警報に、研究者は眉を顰める。
すると、背後からばたばたと誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。
やって来たのは、また別の部下。
「大変です! 研究所で火災が……」
「既にその報告は受けましタ」
「いえ、別件です! 被災地は磁気異常研ラボなんです!」
途端、研究者と部下の顔が険しくなった。
研究者は暫らく何事かを考えるように俯いていたが、やがて歩き始めると特に大騒ぎしている通信管理室へと足を向ける。- 400 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:41:56.65 ID:N9qUUQd/o
通信管理室は、まさに大混乱に包まれていた。
あちらこちらの電話や通信機がけたたましく鳴り響き、警報と混ざり合って耳を劈くような雑音を奏でている。
機械音が煩くて仕方のない部屋だったが、それ以上にそこは大勢の人の怒声や悲鳴で溢れ返ってきた。
「蘭学研究所で火災が……!?」
「バイオ医研細胞研究所の施設で爆発事故が発生!」
「動研思考能力研究局からの通信が途絶しました!」
「品雨大学のDNA解析ラボ……、第Ⅱ、第Ⅲ、第Ⅴ棟からも火の手が……」
通信や対応処理を行っている内にも、次々と他の施設からの緊急信号が送られてくる。
どんどん警報アラームの音が大きくなっていき混乱が拡大していくこの光景に、
. . . . . . .. . .
..研究者は覚えがあった。
そして彼は溜め息をつく。
またか、と。
「当時多発テロ、ですネ。今回のテロリストの攻撃手段ハ?」
「外部から襲撃の形跡なし、侵入者の目撃情報もありません。突然機材が爆発したと……」
ふむ、と研究者は顎に手を添える。
状況はよく似ているが、どうやら犯人は彼の予想していた人間ではなかったようだ。- 401 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:43:11.32 ID:N9qUUQd/o
研究者が予想していた『彼ら』が犯人であったなら、このような器用な真似はできないはず。
彼らはもっと単純で分かり易く、そして圧倒的な暴力で以て襲撃してくる。
……だとしたら、犯人は。
そんなことを考えていると、原因の究明に手を尽くしていたオペレーターが唐突に声を上げた。
「判明しました、サイバーテロです! 犯人は通信回線から攻撃を仕掛けています」
「なるほド」
研究者は納得したように呟くと、オペレーターの操っていたコンピュータの画面を覗き込む。
そこには、確かに研究所の通信回線に何者かが不正に侵入した痕跡があった。
「外部からの通信をすべて遮断しろ!」
「電気的な通信手段は使用禁止、連絡用のスタッフを組織して往復させるんだ!」
オペレーター同士の声が飛び交い、何人か立ち上がって部屋を出て行く。
恐らく外部への通達の準備をしに行ったのだろう。
そして、事態はゆっくりと収束していった。
収束させられて、しまった。
- 402 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:43:52.98 ID:N9qUUQd/o
―――――
「チッ」
手にしたPDAに表示されるのは、簡素な英文。
Not Found.
それは、彼女の目論見が半ばで失敗したことを意味していた。
「思ったより早く気付かれたわね」
美琴は悔しげに呟くと、公衆電話に繋いでいたPDAのコードを引っこ抜く。
監視カメラを誤魔化しているとは言えハッキングが露見すると不味いことになるので、できるだけ早くここから離れなければならない。
(……相当数潰したつもりだったけど、全体から見ると全然ね。まったく、どうしてこんなに沢山関連施設があるのかしら)
それでも、第三位の力を持ってすれば絶対不可能というような数ではない。
タイムリミットが如何ほどかは不明だが、不眠不休かつ死ぬ気でやればきっと間に合うはずだ。
(ここからは、)
コードを巻いてポケットに仕舞い、PDAを閉じる。
彼女は公衆電話側に残っている筈の使用履歴を綺麗に削除すると、電話ボックスの扉を押し開けて外へと飛び出した。
(直接殴り込みね)
そして、美琴は全力で走る。
自分でも無謀と分かっている作戦を、実行に移す為に。
- 403 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:44:28.30 ID:N9qUUQd/o
―――――
同時刻。
暗いコンピュータルーム。
その広い部屋で、一方通行は一人、大きな端末に向かっていた。
ディスプレイに映し出されているのは、高速で流れていく文字の滝。
紅い瞳を小刻みに動かしながらそれらの情報を処理していた彼は、やがて苛立ったように眉根を寄せる。
何の収穫も得られないのだ。
どんなに手を尽くしても、どれだけ探し回っても、何の成果も上げることができない。
(アレも駄目、コレも駄目、か……)
彼は一旦コンピュータの動作を停止させると、深い溜め息をつく。
しかし、のんびりはしていられない。
タイムリミットまではまだ時間があるが、目的を達するまでにどれくらいの時間が掛かるのか分からないからだ。
(ここにも、長居はできねェしな)
伸びをして身体中の骨をぱきぽき言わせながら、一方通行は軽く周囲を見回した。
誰もいない。
……わざわざ研究所が稼働を停止している時間を選んで侵入したのだから、当然だが。
このコンピュータルームは、とある研究所にある施設の一つだ。
ただし、実験に直接関係している訳ではないらしい。
だが実験に関するデータへのアクセス権を持っている辺り、まったく無関係という訳ではないのだろう。
まあ、そのお陰で一方通行もここでこうして実験関連資料を閲覧することができているのだから、好都合だ。
(出来るだけ事を荒立てたくは無かったンだが……)- 404 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:45:03.31 ID:N9qUUQd/o
一方通行はディスプレイに向き直ると、コンピュータの動作を再開させた。
そして再び流れ始めた情報の波を、彼は機械的に記憶していく。
(仕方ねェ、か。まァ、どっちにしろ最初から覚悟の上だ)
すると、やがてコンピュータが動作を止めた。
どうやら処理が終了したらしい。
それを確認した一方通行は、端末をシャットダウンする。
情報はそれほど得ることができなかったが、これ以上時間を掛けて何かを得られるとも思えない。
引き上げるべきだった。
(これ以上、妹達に被害が行くことはない。……だったら、躊躇うことなンて何もねェ)
彼は椅子から立ち上がると、コンピュータも消えてしまった所為で完全に光の落とされてしまった部屋を見回す。
室内には何の光源も無いので、真っ暗闇だ。
けれどそんな部屋の中を、一方通行は何故か感慨深げに眺めていた。
(何を惜しンでたンだかな)
一方通行が、自嘲する。
暗闇の中で、一人。
無論、それを目にする人間など居ようはずもない。
そして、一方通行は静かに部屋を後にした。
何の痕跡も残さずに。
……誰にも、悟られることがないように。
- 405 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:45:36.40 ID:N9qUUQd/o
―――――
八月一日。
朝。
研究者は、手を組みながら部下からの報告を聞いていた。
「DNA解析ラボ第Ⅰ~Ⅵ棟全焼、バイオ医研細胞研究所半壊、その他二十三か所の施設が再起不能の状態です」
しかし、それを聞いても研究者が特に顔色を変えることは無かった。
何を考えているのかは、分からない。
いや。ただ、呆れているだけ、のようだった。
「……昨晩の被害状況は、以上となります」
「ふム」
溜め息をつきながら、研究者が立ち上がる。
落ち着いている彼に対して、部下の方の顔色は明らかに悪かった。汗さえ浮かばせている。
「ようやく彼が戻って来たというのニ……」
「で、ですが残存施設だけでも実験は十分に続行可能です。しかし、いったい何処の組織がこんなことを……」
「心当たりはありまス。が、確定ではない。
もちろん、同じ『絶対能力進化(レベル6シフト)』開発の対立グループの可能性もありますしネ」
「はあ……」
部下の男は、研究者の心当たりが何なのかよく分かっていないようだった。
彼は、比較的最近にここに配属されてきた人間なのでこの実験における内部事情の詳細を知らないらしい。- 406 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:46:22.73 ID:N9qUUQd/o
「どちらにしろ、心配することは無いでしょウ。たとえ全ての施設を破壊されたとしても……」
「すみません、失礼します」
話している途中で、唐突に一人の所員が部屋に駆け込んできた。
しかし、彼はかなり落ち着いている。
一応緊急を要する報告のようだが、部下の男と違ってまったく狼狽えた様子はない。
「先程、新たに三施設が襲撃を受けました。何者かが直接侵入して破壊活動を行った模様です」
「……早いですネ」
「職員に死傷者はありませんが、機材とデータの類はすべて破壊されています。
また、特記事項としてはロックされていた筈の隔壁が外部から開錠されており、赤外線などのセンサー類は襲撃中でさえも一切反応なし、
監視カメラもどれひとつとして襲撃者を捉えてはいませんでした」
その報告に、部下の男の顔色が更に青くなっていく。
詳細を知らないとは言え、実験にどんな実験動物が使われているのかを思い出すことができればその意味など簡単に察することができる。
だから、報告を終えた所員もこう続けようとした。
「これらの事実から、襲撃者は恐らく……」
「……ほぼ確定ですカ」
「そ、それってつまり……」
「ええ、そういうことでしょうネ。犯人が彼女なのだとしたら確かにセキュリティは役に立たないでしょうシ。
しかし確たる証拠がある訳でもなシ、そう思わせる為の対立チームの工作という可能性もありまス」
「ですが、あまりにもタイミングが良過ぎます」
「それにもし彼女が犯人だったとしたら、我々にはそれに対抗する戦力なんてありません!」
「如何しますか。このままでは実験が……」
研究者は表向き何でもないような顔をしてはいるが、その心中は決して穏やかではなかった。
この男たちの言っている通りに、現状彼らは『彼女』に対抗することのできる戦力など持っていないからだ。
「さて。どうしましょうかネ……」
- 407 : ◆uQ8UYhhD6A[sage]:2011/07/29(金) 22:47:08.91 ID:N9qUUQd/o
―――――
黒いTシャツに、薄手のズボン。
キャップ帽を目深に被り、顔を見せないようにしている侵入者(インベーダー)。
彼女は絶対に顔を見られることがないように更に深くキャップ帽を被り直すと、眼下に広がる巨大な研究所を見下ろした。
(ま、こんなの気休め程度だけどね)
美琴は心中で、自分でも信じられないくらい軽い調子で呟くと、被り直したキャップ帽から手を離す。
頭の中でハッキングして手に入れた研究所内の見取り図を広げながら、作戦の内容を反芻する。
(ここで四基目、か。まだまだ道のりは遠いなあ)
多少わざとらしくても、気楽を装っていないとやっていられなかった。
そうしないと、心が折れてしまいそうで。
これが本当に意味のあることなのか、分からない。
そしてその末に自分がどうなってしまうのか、分からない。
相手はどれくらいまでこの自体を察知し、そして予測しているのか、分からない。
けれど、分からないのが救いでもあった。
分からないのなら、変なことを考えることもなくただひたすらに突っ走ることができる。
余計なことなど考えなくて良い。
そうした雑念や迷いは、きっとそのまま彼女をより深い絶望へと突き落としてしまうだろうから。
(……頑張りますか)
強がって、虚勢を張って。
そんなことがいつまで続くのか、いつまで続けられるのかは分からない。
けれどいつか報われることを信じて、続けなければ。
ここで自分が膝を折ってしまえば、そこで本当にすべては終わってしまうんだ。
(行こう)
最後に彼女は微笑みさえ浮かべて、建物の屋上から飛び降りた。
磁力を纏って安全に着地し、電子干渉を通してセキュリティを片っ端から無効化させる。
そこから、彼女の戦いは始まるのだ。
今日も明日も明後日も、誰もが望んで誰もが笑えるハッピーエンドを迎える為に、彼女は戦い続けるのだろう。
誰よりも、自分自身の為に。
- 418 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 22:51:42.05 ID:wRlmWV7ao
「厄介なことになったわね」
暗部組織『アイテム』が拠点にしているアジトの一つで、リーダー・麦野沈利は深い溜め息をついた。
そして、それに同調するように他のメンバーの表情も暗い。彼女たちの抱えている問題は、それほどに深刻だった。
「私たちがテレスティーナに超かまけている間にそんなことになっていたとは……」
「結局、これも上の思惑通りって訳なのかなあ」
「……有り得る、と思う。でも、上が流石にあんな過激な作戦に加担する、なんて危険なことに踏み切るかな?」
「上の考えてることはサッパリだからね。それに、不自然な点も多い」
言いながら、麦野は緩く首を振った。
するとそれに応じるようにして、絹旗が頷く。
「確かに、超その通りです。タイミングがあまりにも良過ぎる」
「それに、上条当麻の行動もおかしくない? 今までちょくちょく観察してきたけど、アイツあんな奴だったっけ?」
「さあ、私たちは直接奴と話したことは無いしね。それにあんな実験のことを教えられりゃ、ああなるのは別におかしくはないでしょう」
「反対派妹達に何かを超吹き込まれたのではないでしょうか?」
「だったら、誤解を解かないと」
「やめときなさい。第三位みたいに、余計に混乱するだけよ」
「でも……」- 419 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 22:52:21.62 ID:wRlmWV7ao
「ですが現状、上条当麻の精神状態は超安定しているようです。一方通行を悪人ということにして吹っ切ってしまったのでしょうか」
「凄まじい切り替えの良さだけど、それはそれで正解かな。変に首を突っ込まれても困るし」
「本人が安穏と暮らしてるなら、それで良いんじゃないの? わざわざ本当のこと教えて苦しめることもないでしょ」
「…………」
「真実を知った第三位があの有様だからね。結局、知らない方が良いこともあるって訳よ」
言いながら、フレンダがぽんぽんと滝壺の頭を撫でる。
それでも滝壺はまだ納得いっていないようだったが、強く言い出すこともできないのかしょんぼりしていた。
「とにかく、今は上条当麻については保留。問題は第三位よ」
「実験関連施設を超潰しまわってるんでしたっけ」
「あれ、監視カメラに映像が残ってないから確定ではないんじゃなかった?
まあ状況的にはそうとしか考えられないんだけど……、ん? そう言えば一方通行の方は今何してるの?」
「一切不明。最後にアイツを見たのは垣根みたいだけど」
「アイツ何してんの? 監視しろよ」
フレンダの鋭い突っ込みに、絹旗が苦笑いする。
何しろ、垣根の今の仕事は一方通行の監視であった筈なのだ。
にも関わらず監視対象であるはずの一方通行の行方が分からないということは、つまり彼は堂々と仕事をさぼっているということになる。
彼の職務怠慢は今に始まったことではないのだが、それでもこの状況でそれをやってのける彼の度胸はもはや賞賛に値する。- 420 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 22:53:20.73 ID:wRlmWV7ao
「ま、何だかんだ言って第二位は一方通行には超ベタ甘ですからね。どーせこっそり後援しつつ好きにやらせてやってるんでしょう」
「好きにやらせてやってるって点については同意だけど、流石に後援とかはしてないと思うわよ」
「? どうして?」
「アイツ、上から実験に対する妨害行為を一切しないようにーって釘を刺されてるみたいなのよね。一方通行の後援もアウト」
「……アイツがそんなのに従うタマかなあ?」
「そこは流石に、超従わないといけない理由があるんじゃないでしょうか」
「例えば?」
「超問答無用で実験中止、妹達は全処分とか」
「なるほどねー。結局、アイツの目的は実験の再開だから、それだけは絶対に避けたいだろうし」
彼女たちとしても、そんな事態は避けたい。
かつてはそれが最終目的ではあったが、一方通行がすべてを知ってしまった今となってはそれは最悪のエンディングでしかない。
しかし、気になることが一つだけあった。
「でもそれならどうして私たちにはそういう条件が出されてないんだろ?」
「別に、垣根みたく一方通行にベタ甘って訳じゃないからじゃない?」
「へ?」
「フレンダちゃんに質問でーす。アンタは今この状況で、一方通行や第三位の手伝いをしようと思う?」
「……ああー」- 421 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 22:54:24.89 ID:wRlmWV7ao
ふざけたような麦野の言葉に、フレンダは納得したような声を上げる。
つまりは、そういうことなのだ。
一方通行が今何をしているのかは不明だが、少なくとも今の彼女たちが第三位たる御坂美琴の助力をすることなどあり得ない。
何故なら、無意味だからだ。
気持ちは分かるのでわざわざ止めはしないし気が済むまでやれば良いとは思っているが、決して手伝うことはしない。
これが垣根ならこっそり見守ったり危険に晒されないように手を回したりしてくれるのかもしないが、彼女たちはそこまでお人好しではなかった。
そして上層部も彼女たちがそういう人間だと理解しているから、わざわざ彼女たちに釘を刺したりしない。
「これで一方通行が本当に実験を止められるような逆転の一手を見つけたんだとしたら、話は別なんだけどね」
「……あると、思う?」
「無いでしょ」
「超ないでしょうね」
「結局、無かったからこんなことしてる訳でしょ?」
他のメンバーに完全否定され、滝壺は肩を落とす。
こうなることを分かっていなかった訳ではないだろうに、やはり彼女は未だに希望を捨て切れてはいないらしい。
「と、話が脱線しちゃったわね。えーと、何処まで話したっけ?」
「第三位が超厄介ってところまでですね」
「あー、そうそうそれだ」- 422 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 22:55:09.81 ID:wRlmWV7ao
「あれ? でも別に妨害する必要はないんじゃない? むしろ連中の損害を考えればいい気味だと思うんだけど」
「それが、そうも言ってられないのよねー。これ見て」
言いながら麦野が机の上に広げたのは、第七学区を拡大した地図だった。
そのところどころには、まるで撃墜マークのようにバツ印が付けられている。
「これは……、第三位が超潰した研究所ですか」
「ご名答」
「これがどうかしたの?」
「焦らない焦らない。と、その前に第三位の動向について話しておこうか」
そう話しながらも、麦野は地図上に次々とマルを付けていく。
彼女がマルを付けていく地点にあるものは、他のメンバーにも覚えがあるものだった。
「まず、第三位は第七学区の実験関連施設を潰して回ってるのよね。基本常盤台の女子寮で寝泊まりしてるみたいだから当然だけど」
「つまり、そこを拠点にして超破壊活動をして回っているという訳ですね」
「そういうこと。でも、第七学区内にある施設は概ね破壊し終わっちゃってるの。流石第三位ってとこかな」
「……これは」
丸を付け終えられた地図を見て、滝壺が目を丸くする。
それは、フレンダたちも同様だった。- 423 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 22:57:10.32 ID:wRlmWV7ao
麦野が丸を付けたのは、実験関連施設。
そして、その殆どには撃墜マークであるバツ印が重なっていた。
その、残された僅かな施設の中には。
「水穂機構、病理解析研究所……」
「なーるほど。ここだけは破壊されるわけにはいかないと」
「その通り。何が何でも、ここだけは守り通さなきゃなんない」
麦野が、いつになく真剣な顔を浮かべる。
その雰囲気に押されてか、フレンダはごくりと固唾を呑んだ。
「では、超具体的にはどうすれば?」
「第三位は連日の破壊活動によって肉体的にも精神的にも極度の疲労に陥ってる。上手くやれば、アンタでも充分に相手できる程度にはね」
「……結局、二手に分かれて行動しようって訳?」
「そうよ。あ、もちろん滝壺は私の同伴だけど」
「うへえ、気が重いなあ」
絶望的な顔をしながら、フレンダはぐったりとソファに寄り掛かった。
同じく絹旗も、複雑そうな顔をしていた、が。
「ああ、そうそう。絹旗は別行動ね」
「へっ?」- 424 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 23:01:24.13 ID:wRlmWV7ao
「テレスティーナを完全に放置するわけにはいかないでしょ?
そんなことしたら上も黙ってないだろうし、単純に私たちにとって凶悪な不安要素でもある。
だから、絹旗は下部組織の指揮を取ってテレスティーナを追いなさい」
「で、ですが超大丈夫なんですか?」
思わぬ指示に狼狽えながら、絹旗が不安そうにそう言った。
しかし、それよりも更に深刻そうな顔をしたのはフレンダだ。
「ま、待って待って! それじゃ私ってば……」
「うん。一人で頑張って☆」
「大丈夫だよフレンダ。私はそんなフレンダを応援してる」
「マジで?」
「マジマジ」
とっても良い笑顔を浮かべながら言う麦野を見て、フレンダは硬直する。
麦野は本気だ。
「無理無理無茶だって! って言うか酷い! 私が何かした訳!?」
「したした。MAR本部の時」
「あ、あの時は頑張ってキャパシティダウン壊したよ!」
「でもアンタがうっかり警報鳴らした所為でテレスティーナに勘付かれるのが早まって、挙げ句の果てには逃げ切られ更に今でも
まだ捕まってない上、テレスティーナにかまけてる間に反対派妹達に出し抜かれてこんなことになっちゃった訳だけど、粛清されたい?」- 425 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 23:05:05.09 ID:wRlmWV7ao
「申し訳ございませんでしたやらせて下さいお願いします」
「フレンダ。応援してるよ。応援してるからね」
「滝壺さん、それ微妙にフラグっぽいので超やめてあげて下さい」
必死に懇願するフレンダは、もはや土下座でもし兼ねない勢いだ。
それでもかつてはもっと酷いお仕置きとセットで無理難題を押し付けられていたこともあったので、これでもだいぶ優しくなった方なのである。
「あ、言い忘れてた。あんまり傷つけちゃ駄目だからね」
「超さらっとハードル上げましたね」
「まあ、相手は第三位だからちょっとやそっとの攻撃でどうにかなるとは思えないけどね。フレンダはうっかり自爆とかしないよーに」
「が、頑張る……」
何とも歯切れの悪い返事だったが、麦野は華麗にスルーした。
と、絹旗が突然思いついたように口を開く。
「そう言えば、せめて滝壺さんはフレンダに付けてあげた方が良いのでは? サーチ能力は超役立ちますし」
「フレンダが滝壺を守りながら第三位と戦えると思う?」
「……ああ」
「な、何な訳よその納得したような声は!」- 426 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 23:08:18.63 ID:wRlmWV7ao
「だって……ねえ?」
「……フレンダだし」
「滝壺まで!?」
皆のあんまりな言いように、フレンダはがっくりと両手を地面についた。
滝壺がそんなフレンダを指先でつんつんと突いていると、麦野がぱんぱんと手を打って全員の注意を集める。
「はいはい、駄弁りはここまで。これで、各自何をすべきかは分かったわね?」
「うん」
「超了解しています」
「大丈夫だよ!」
「よし。んじゃ、作戦の決行は今夜八時。これまでの統計から考えて、恐らくその時に第三位は病理解析研究所にやって来る」
「ポイントは決まってるの?」
「一応ね。これまでの第三位の行動パターンと侵入経路から割り出したポイントが二つあるから、それぞれそこで待機することになるわ。
あと、フレンダには確率の低そうな方を充てがってあげるから安心しなさい」
「おおっ、ありがと麦野!」
「……自分が第三位と超戦ってみたいだけじゃないんですか?」
「んー? きーぬはたぁ、何か言った?」
「いえ、何も」
不気味なまでににっこりとした笑みを作った麦野に気圧されたのか、絹旗はぎくりとしながら顔を背けた。
麦野はそれを見送って笑顔を引っ込めると、全員に向き直って改めて命令を下す。
「それじゃ、八時まではまだ時間があるからそれぞれしっかりと準備しておくように。解散!」
- 427 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 23:11:19.97 ID:wRlmWV7ao
―――――
「……出ねえなあ」
浴槽の中に敷いた布団にごろんと寝転がりながら、上条は買ったばかりの携帯電話を眺めていた。
そのディスプレイに表示されている名前は、鈴科。
美琴にその番号を教えられて以来、何とか連絡を付けることができないかと思って何度も電話を掛けているのだが、ちっとも繋がる気配は無かった。
「メールも返事は無いし」
携帯を持ったまま、寝返りを打つ。
今度こそはと思って試しにもう一度電話を掛けてみたが、やはり電話が繋がることは無かった。
(もしかして、俺が覚えてないだけで俺もこの鈴科って奴と喧嘩してたり……?)
だとしたら、不味い。
何しろ、彼は何も覚えていないのだ。
何とかして仲直りしようにも、喧嘩の内容を覚えていないのだったら謝りようがない。
しかもその内容によっては、忘れてしまったなんてすっとぼけようものなら更に関係が悪化しかねないのだ。
(あああああ、どうしよう……不幸だ……)
ぼふんと枕に顔をうずめ、途方に暮れる。
流石にこんな事で記憶喪失を告白するなんて間抜けなことをしたくは無いので、何とかしなければならないの、だが。
(いや、でもまだ俺まで喧嘩してたって決まった訳じゃない。単に忙しいだけって可能性もある!)
せめて、以前使っていたという携帯電話が見つかってくれれば良いのだが。
記憶喪失になる前に使っていた携帯電話は、いったい何処に吹っ飛ばしてしまったというのか、依然行方不明なままだった。
携帯電話さえあれば、もしかしたらメールや通話の履歴から自分とその鈴科という人物がどんな関係で、
最後にどんな話をしたのかが推測できるかもしれなかったのだが。- 428 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 23:14:45.98 ID:wRlmWV7ao
(でも、当然ながら何処で落としたのかもさっぱり覚えてないしなあ……)
もし外で落としてしまったのだったら、流石にお手上げだ。
通学コースくらいなら何となく推測できたが、自分が普段どの辺りで遊んでいてどの辺りをふらふらしていたのかなんて、知りようがない。
一応美琴に尋ねるという手があるにはあるが、どう考えても不自然だし、記憶喪失が露見してしまうことを考えるとどうしてもその勇気が出なかった。
(……仕方ない、一先ず携帯電話のことは諦めよう)
上条はそこで一旦思考を区切ると、ふと美琴の妹のことを思い出した。
いや、厳密にはクローンだったか。
彼女は美琴とは仲良くやっているらしいと聞いたのだが、鈴科とは顔見知りなのだろうか。
鈴科と美琴の妹は、自分と美琴の共通の友人らしいので、もしかしたらそうなのかもしれない。
(だったら、あっちにも気を付けないとな。俺が鈴科って奴のことをさっぱり覚えてないなんてことがバレれば一巻の終わりだ)
想像して、身震いする。
恐らくバレても死ぬ気で頼み込めば秘密にしていてくれるだろうが、やはりこんな秘密は誰にも知られないに越したことはない。
それに、相手に余計な気を使わせて変にぎくしゃくしてしまうのは上条の本意ではなかった。
(とにかく、気を付けねえとな。はあ、誰かに訊けたらどんなに良いか……)
しかし、そんな都合の良い知り合いなんているはずもない。
上条は深く溜め息をつくと、ふと携帯電話の時計に目をやった。
時刻は八時。
自分はこっそり携帯を弄るためにこんなところに隠れているが、インデックスは今頃テレビを見ている頃だろうか。
(……ぐだぐだ考えてたってどうしようもねえな。出るか)
上条は携帯電話を布団の上に放り投げると、手をついて身体を起こす。
そうして風呂場のドアを開けて居間へと出ると、予想通りテレビに齧り付いていたらしいインデックスが、上条に気付いて満面の笑みを浮かべた。
- 429 : ◆uQ8UYhhD6A[saga]:2011/08/05(金) 23:18:33.20 ID:wRlmWV7ao
- 投下終了。
途中から最後までずっと書き込み失敗し続けでした……。この時間帯込んでるんでしょうか。
ともあれ、次回投下は一週間以内に。
暫らくSS書いてなかった所為でなまっているので、いきなり以前ほどの更新速度には戻せないかもしれません。すみません。
では、ここまで付き合って下さってありがとうございました。 - 430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄)[sage]:2011/08/05(金) 23:32:42.13 ID:Hkh4/PWAO
- 上条さんは元々実験に無関係だし、記憶が無くなった今
更にその関係が希薄になってるのは理解してたけど
実際に実験とは無関係な所にいる上条さんを見るととても歯痒い
どう転んでも、元通りの仲良しとはいかないだろうし
ともあれ>>1乙! - 433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/06(土) 00:37:22.82 ID:ljOACQdG0
- 乙! 携帯……例のアレさえ見つかればなんとか……って期待
- 434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)[sage]:2011/08/06(土) 01:00:37.05 ID:vfJPeKDl0
- 例のアレってなんかあったっけ?
- 435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/06(土) 01:08:22.22 ID:wP1AoLILo
- 携帯のバッテリーの蓋の裏に貼ったプリクラのことじゃないかな
- 436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/06(土) 10:20:05.01 ID:ROidXq080
- 乙です。
色々とキャラが入り組んでて先が読めんなぁ。
しかし、反対派妹達は、上条さんの記憶喪失を知った上であの誘導を仕掛けたのだろうか。
だとしたらどこで知ったやら。 - 437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/06(土) 17:18:32.33 ID:D/dObyY9o
- >>433
携帯買い換えてんじゃね?踏み抜いてるし
あといい伏線読みではあるが楽しみがへるかもしれない事だったからあまりいわんでほしい - 438 :437[sage]:2011/08/06(土) 17:19:14.17 ID:D/dObyY9o
- 後者の文は>>435にかけてますた、すまんこ
- 439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/06(土) 21:46:55.08 ID:wP1AoLILo
- >>437
踏みぬいた奴が現物残ってるなら、なおのこと発見の望みがあるんじゃ、とも
>>438
疑問に答えただけなので謝らないが、理解は出来る
2013年11月14日木曜日
一方「どンなに泣き叫ンだって、それを聞いて駆けつけてくれるヒーローなンざいねェ」 1
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