- ※未完作品
- 1 :[sage]:2011/02/04(金) 03:11:21.35 ID:zZ+VgYdy0
- もしもサーシャ・クロイツェフがイギリス清教の一員になったらという話です
微弱な百合要素はあるかもしれません。
ギャグなのかシリアスなのかもはやわかりません。
特にこれといった山場もカオス要素もありません。カオスって何?
時間軸や原作設定、キャラ設定などはことごとくそげぶされています。
ここで出てくる設定の半分はオリジナル設定です。
>>1は無宗教なので、キリスト教の説明では色々と間違いがあると思いますが、
あくまでもここでのオリジナル設定なので大目に見てください。
前スレから長々と続いてきましたが、もう少しだけ付き合っていただけると幸いです。
前スレ サーシャ「亡命します」
- 3 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:21:22.61 ID:zZ+VgYdy0
【キャーリサ来襲】
ここで出てくる設定の半分はオリジナルです
シェリーとキャーリサが友人だったら面白いなぁという妄想です。
- 4 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:26:01.67 ID:zZ+VgYdy0
あなたは昨夜、どんな夢を見ただろうか?
夢というのは実のところ、まだ科学的には完全に解明されていないらしい。
一般的に、夢は浅い眠りであるレム睡眠の時に見るものであり、ノンレム睡眠の最中には見ないとされていたが、
フラッシュバック性の悪夢はノンレム睡眠の時に見るという事が判明した。
心理学的にはフロイトやユングの夢分析が有名である。
十字教の伝承においても、夢に天使が出てきて啓示を受けたなどという話はよく耳にするだろう。たぶん。
さて本題ですが、私は今夢を見ている。
どんな夢かは分からないが、なぜか私は跪く様な格好をしている。
誰の前に跪いているのかは知らないが、足でも舐めさせられるのだろうか?
そして向かい合う様に佇み、こちらを睨みつけてくる女性が居る。
煤汚れていて粗野な印象を受ける赤いドレス。だが、どこか騎士の様な気高い強さと、上流階級の育ちを思わせる気品が感じられる。
その手には、あらゆるものを次元と共に切断するという、石川五右衛門も真っ青な名刀。
失われたはずの儀礼剣カーテナ・オリジナルが握られている。
そうか、この夢は、かつてクーデターの時にキャーリサと戦った時のものだ。
そう言えばボロ負けした戦いだった。
痛い思い出など忘れてしまえば良いものを、どうしてこうわざわざ夢にしてまで思い出させようとしてくるのだろう。
ちなみに付け加えておくと、私はこの女が嫌いだ。跪きたくなければ、足を舐めようだなんてもってのほかだ。
まあこの女はむしろケツを舐めろとか言ってきそうな気がしないでもないが…- 5 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:27:18.98 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「……」
キャーリサ「……どーした? かかってこないのか?」
サーシャ「お断りします」ぐいっ!
キャーリサ「なぜ自分の頬をつねっている?」
サーシャ「第一の解答ですが、夢から覚めるための定番の方法でしょう」
キャーリサ「夢? 何を言ってるの?」
サーシャ「すみませんが、もう片方のほっぺを抓ってくれませんか」
キャーリサ「え? あ、ああ…」ぎゅっ!
サーシャ「いだだ!」
キャーリサ(めっちゃやわらけぇ…)
サーシャ「いひゃい…!」
キャーリサ「おい、何か顔が面白い事になってるぞ」
サーシャ「おおひゃなおせわでひゅ……」
………
- 6 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:29:55.47 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「……」ぱちぱち(まばたき)
見慣れた天井、感じ慣れた冬の朝の冷たい空気。
古典的な方法ではあったが、どうやら成功したらしい。
まったく冗談ではない。行き遅れの分際で図々しく人の夢にまで出演するなど。
むしろ逆に出演料を払ってほしいものだ。
キャーリサ「おはようサーシャ・クロイツェフ」ぎゅううっ!
サーシャ「………」
まったく冗談ではない。夢どころか、朝起きたら王女が同じベッドで寝ていて、
なぜか自分の頬を抓っている現実など。
サーシャ「第一の質問ですが、なぜあなたは私のほっぺを抓っているのですか?」
キャーリサ「お前が引っ張れと言ったんだろーが」
サーシャ「第二の質問ですが、なぜあなたは私のベッドの中に潜り込んでいるのですか?」
キャーリサ「お前の寝顔が可愛くて辛抱たまらなかった」
サーシャ「第三の質問ですが」
キャーリサ「なんだいマイハニー」
サーシャ「イッペンシンデミル?」
ドゴォン!! ォァァアアァアッー!
私はあらん限りの力で王女を蹴飛ばした。
身体能力が高いというのはこういう時に得をする。
王女は壁に激突して泡を吹いているが、まあ死にはしないだろう。
これくらいで死ぬのなら、あの時あんなにも苦労はしなかったはずだ。- 7 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:31:08.54 ID:zZ+VgYdy0
というわけで
キャーリサ「遊びに来たのだ!」
神裂「あの、キャーリサ様?」
キャーリサ「何だ?」
神裂「公務の方はよろしいのですか?」
キャーリサ「今日は休みだ」
神裂「そうですか」
キャーリサ「ちなみに騎士団長がもの凄い形相で怒鳴り込んで来たら、適当に追い払ってくれ」
神裂「本当に休みなんですよね?」
キャーリサ「くどいぞ、お前は私の母上か?」
キャーリサ「同じ行き遅れ仲間なんだ、細かい事情は察してくれ」
神裂「私はまだ18です!!」- 8 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:33:12.27 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「おーい、酒は無いのか?」
ルチア「ここは修道女の寮です」
キャーリサ「チッ! じゃあそこの赤毛、何か芸でもして楽しませろ」
アニェーゼ「赤毛って私の事ですか?」
キャーリサ「よし脱げ! 色っぽく脱いで楽しませろ!」
アニェーゼ「仕方ないですねぇ」脱ぎ脱ぎ…
ルチア「アニェーゼ! 何をしてるんですかあなたは!?」
アニェーゼ「だって王女が…」
キャーリサ「おい、そこの小さいの」
アンジェレネ「ほえ? わ、私ですか?」
キャーリサ「ああ、お前は…」
アンジェレネ(ドキドキ)
キャーリサ「……お前はいいや」
アンジェレネ「 Σ(゚д゚`)……!? 」
キャーリサ「まったく、少しは客を楽しませようという気概は無いのかこの店は!?」
神裂(王女じゃなければここで一発ぶん殴ってやりたいところですが…いや、もう一発くらい殴っても良いですよね?)
キャーリサ「神裂、お前何か不敬な事を考えてなかったか?」
神裂「ご冗談を姫君」キリッ
アンジェレネ「ぐすっ、私だって頑張れば…」
五和「落ち込まないでください」なでなで- 9 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:35:11.38 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「おい、そこの…」
キャーリサ「そこの地味」
五和「……」
五和「もしかして、私の事ですか?」
キャーリサ「そうだ地味。お前は何ができる?」
五和「えーっと、お料理とかお洗濯とかお裁縫とかなら」
キャーリサ「地味だなぁ、そんなものを見て何が楽しーというのだこの地味」
五和「地味…」
五和(女教皇様、一発くらい殴っても良いですよね?)ヒソヒソ
神裂「このド素人がァッ!!!!」
キャーリサ「ビブルチッ!!!」ドゴッ!
五和「女教皇様!?」
神裂「私だって頑張った! 頑張ったんですよ!!」ドガッ!ゴスッ!
キャーリサ「ちょ!やめッ!ごがっ!」
神裂「でもダメだった、ウザい!ウザすぎるッ!!!」
キャーリサ「ぎゃぶっ!死ぬっ!!」ゴン!グシャッ!- 10 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:36:56.84 ID:zZ+VgYdy0
五和「もうやめて!! キャーリサ様のライフはとっくに0です!!」ガシッ!
神裂「離せ! 離さんかいワレぇッ!!!」じたばた!
五和「ちょっ!強い!聖人強い!!誰かっ!誰か救援を!!」
アニェーゼ「え、何か怖い…」
ルチア「正直関わりたくない…」
シェリー「ったく、なんなのよ? 朝っぱらからうるせぇなぁ…」
ルチア「シェリー、おはようございます」
シェリー「大きい方か」
ルチア「いい加減アンジェレネとセットで覚えるのはやめていただけませんか?」
シェリー「つーか何事だよ」
アニェーゼ「実はタチの悪い王女が来て聖人が荒ぶってるんです」
シェリー「お前はもう少し説明能力を身に付け様な。つか王女だと?」
キャーリサ「おお! シェリー!! シェryyyyy!!!!」
シェリー「ゲッ! キャーリサ!?」- 11 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:38:20.39 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「久しいなシェリー!!」
シェリー「久しぶりつってもクーデターの時にテメェにやられて以来だけどな」
アニェーゼ「まさかお知り合いですか?」
シェリー「ああ、ちょっと昔の話だが、コイツとヴィリアン専属の芸術講師をやってた時期があったのよ」
アニェーゼ「マジですか!? やべぇ、シェリーが凄い人に見えてきましたよ」
シェリー「お前は今まで私をどういう風に見てたんだ?」
キャーリサ「シェリー♪」ぎゅっ
シェリー「うぜぇ! 抱きつくな!」
神裂「お二人は仲良しなんですか?」
キャーリサ「親友だ!!」
シェリー「違ぇ!!」
キャーリサ「何を言う!? 二人で何度も夜を明かして語り合った仲だろーが!!」
シェリー「テメェがいつまでも課題をやらねぇから居残りに付き合わされたんだろぉが!!」
シェリー「そうだ、テメェはいつもそうだった…」- 12 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:40:40.83 ID:zZ+VgYdy0
【それは今から数年前の話】
ヴィリアン(当時10代後半)「先生、完成しました!」
シェリー(当時20歳)「ああ、どれどれ…」
シェリー「ほう、騎士の像か?」
ヴィリアン「はい」
シェリー「ふむ、基本的な技法はちゃんとマスターしてるみたいだな。アンタはなかなか筋が良いわね」
ヴィリアン「あ、ありがとうございます////」
シェリー「ちなみにこの像のモデルは誰だ?」
ヴィリアン「えっ!? そ、それは…」
シェリー「ほほう、あの男か」ニヤニヤ
ヴィリアン「もう! からかわないでください!」
シェリー「はは、すまんすまん」
キャーリサ(当時20代前半)「飛天御剣流! 九頭竜閃!!」ズバッ!
キャーリサの攻撃、999のダメージ、ヴィリアンの作品は粉々に砕け散った
ヴィリアン「きゃあああ!! 私のウィリアムが!?」- 13 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:42:37.90 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「はっはっは! 妹よ、その程度の作品では私を倒すことはできないのよ!」
シェリー「テメェ、キャーリサ! 彫刻刀で遊ぶんじぇねぇ!! あと妹いじめんな!!」
キャーリサ「つまんないつまんないつまんねーんだよおおお!!!」
キャーリサ「シェリー! お前のゴーレムと戦わせろ!」
シェリー「ふざけんな脳筋バカ女!! こっちは女王直々の頼みで仕方なくテメェの芸術講師やってんだよ!
本当なら騎士のくそ野郎共の居るウィンザー城なんかにゃ死んでも来たくねぇってのによぉ! そこんとこ分かってんのかテメェ!?」
キャーリサ「ごちゃごちゃうるせぇ!! たった一つだけ答えろ! ゴスロリ!!」
キャーリサ「今は何の時間だ?」
シェリー「芸術の時間だって言ってんだろ!!」
キャーリサ「幻術だと!? それはとてもキョーミ深いぞ」
シェリー「ッ…!!!」ぶちっ!!
自覚はしている。仏の顔など一度すらも自分には無いと。
その後はブチ切れたシェリーとキャーリサがガチで殺し合いをしたらしい。- 14 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:52:07.06 ID:zZ+VgYdy0
王女という立場は、生まれながらにして歴史の書に残される様なものであり、常にマスコミがハイエナやハゲ鷹の様に群がる。
それゆえに、庶民の友人というものを作りにくい環境にある。
キャーリサの友人と言えば、彼女はサンドハーストで軍略から実地訓練、士官養成訓練までを最優秀の成績で履修し、
オクスフォードで神学を学び、現在はロンドン大学院で国際情勢や政治学を学んでいる最中であり、
さらには軍事に関する論文を寄稿していたりなどなどなど。まあそういう事で、それなりに人脈やら戦友に関しては豊富である。
しかしながら、やはり庶民の、それも学会やら軍事関係者とは違う方面の友人というのがあっても良いのでは?
というよりも、キャーリサはガサツで喧嘩っ早い性格だからそれをどうにかした方が良いんじゃね?
てか講義中に教授の授業内容に反論した際、議論がオーバーヒートしたあげく、教授を半殺しにし、
止めに入った学友や警備員も半数を病院送りにしちゃったのよテヘッ♪とかもうマジ勘弁して。
もみ消しとか本当に大変だったんだよこのバカ娘が!!
というエリザード女王陛下、現英国元首の思惑により、ここ最近芸術界ではイケイケの若手ホープであり、
第零聖堂区ネセサリウスに所属する暗号解読官でもある、以外と凄いキャラクターのシェリー・クロムウェル女史に依頼したのである。
もちろん、シェリーはこの女王陛下の、英国の誰もが敬愛するクイーンの頼みを丁寧に断わった。
シェリー「だが断わる」キリッ
だがそれでめげるエリザード女王ではない。彼女は何度も、まさに孔明に対する三顧の礼のごとく頼みこんだのであった。
さすがのシェリーもここまで女王に頼みこまれてはと、その誠意を汲んで丁寧に了承したのであった。
シェリー「しょ~がねぇぇぇ~なぁァァ~ッ!!」
もともと、シェリーは騎士派の事が大嫌いである。
それこそ「[ピーーー]馬鹿!変態!ウジ虫!やな奴やな奴やな奴!!別にアンタの事なんか好きじゃないんだからね!」
とでも言わんばかりである。
だが、別に王室派に対しては恨みがあるわけではないので、この件に関しては爽やかな笑顔で応えた。
シェリー「やれやれだぜ…」
ちなみにここに上げた設定は80%オリジナルであり、原作とはほぼ何の関係も無い。- 15 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:54:24.07 ID:zZ+VgYdy0
さてまあそんなこんなで日も暮れて、シェリーとキャーリサが二人きりで同じ部屋に籠っていた。
実はもうすぐ王立美術官の記念式典があり、キャーリサとヴィリアンの作品もそこに展示されるのである。
まあぶっちゃけそのためにシェリーが特別芸術講師として宮殿に招致されたわけでもあるのだが。
ヴィリアンは問題無い。あの王女は本当に良い娘だ。愛しの傭兵の像を壊されはしたが、別の作品はすでに出来上がっている。
では問題のキャーリサの方だが
キャーリサ「なあシェリー」
シェリー「なんだよ」
キャーリサ「そろそろ天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)を習得すべき時が来たよーだ」
シェリー「知らねぇよ!!」
着実に飛天御剣流を我が物にしていたのであった。- 16 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:56:13.61 ID:zZ+VgYdy0
シェリー「つーわけだ。まさかこの私が付いていながら、作品がひとつも仕上がりませんでしたサーセンなんて言えねぇだろ?
一体どれだけコイツと徹夜した事か」
神裂「そういえば、お二方の作品は今でも美術館に展示されていましたよね」
オルソラ「拝見させていただきましたが、とても素晴らしい作品だったのでございますよ」
ルチア「オルソラ、いつからそこに?」
オルソラ「つい先ほどでございます。王女様、お茶が入りましたのでございますよ」
シェリー「当然だろ。あれは私が作ったものだからな」
キャーリサ「二人の愛の共同作品だな」
シェリー「テメェは何もしてなかっただろ!!」
アニェーゼ「まさか王女様が“親兄弟友達に代わりにやってもらった宿題を提出する”という最終奥義を使うとは意外です」
大学ではよくある事だ
キャーリサ「ゲームにも宿題にも法律にも裏技というのがあるものだ」
あまり笑える話ではない。特に三番目。
とまあ楽しそうに王女とシスター達が雑談しているわけで、ではその頃このSSの主人公は何をしているのかというと…- 17 :1[sage]:2011/02/04(金) 03:59:36.20 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「……」
洗濯機「……」
サーシャ「第一の私見ですが、あなたの素晴らしさは誰もが認めています。あなたの生き様は、
このデフレ不況と就職氷河期に苦しみ喘ぐ人達の教訓となるでしょう」
洗濯機「……」
サーシャ「第一の質問です。どうか教えてくれませんか? この後、あの女王と絡む様な展開を回避する方法を」
洗濯機「………」
洗濯機は見定める、無表情のまま。
迷うその手を引く家電など居ない。
サーシャ「……」
ちくしょう何てSSだ。私と王女の絡みなど見て誰が得するというのだ。
その辺の配慮もできないというのかこのSS作者は。
キャーリサ×サーシャとか、反吐が出る。
そもそも私はあの女が嫌いだ。過去に殺し合った仲ではないか。
それが何で今さら、というかどうしてこうなった?- 18 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:00:48.92 ID:zZ+VgYdy0
……なんて、一人でぐちぐちとボヤいているわけにもいきません。
今はどうやってあのキャーリサの目を逃れて女子寮から脱出s
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ドドド
キャーリサ「………」ゴゴゴゴゴゴ
サーシャ「……」
キャーリサ「………」
不覚。いつからだ、いつから背後に立っていた!?- 19 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:02:11.90 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「お前が一人でブツブツと何か語っていた時からだ」
サーシャ「私の心を読まないでください」
一人称で語っているだけで、現実として声に出しているわけではない。
さて、どうしようか。いや、もうこれしかないだろう。
サーシャ「ちぇいさーっ!!!!」
キャーリサ「フン」ぱしっ!!
サーシャ「なっ!?」
掴まれた。実際のところ7割方[ピーーー]気でハイキックを噛ましたのに、この女は簡単にガードしてしまった。
キャーリサ「甘いの、サーシャ・クロイツェフ」グイッ
サーシャ「はわっ!!」
キャーリサに片足を掴まれたまま、私は持ち上げられた。片手で。
もちろんそんな事をすれば、私は頭を地面に向けたまま宙づりになる。文字通り頭に血が上る。- 20 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:03:17.64 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「やめてください!!パンツが見えてしまいます!!」
キャーリサ「ほう、今日は黒のTバックか」
サーシャ「そんなの履いてません!!」
黒は合ってるけど。
そんなこんなで、私は連行された。
「大漁だー!!」とか言いながら王女は、まるで私を一本釣りで釣ったカツオみたいに宙づりにして掴みながら、
こんな見っともない恰好でみんなの前に私を連れていった。
私は下着を隠すために全力で修道服のスカートをガードしている。
恥ずかしい。羞恥プレイだ。セクハラだ!!訴えてやる!! 悔しい。でも感じちゃ(ry- 21 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:04:40.52 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「さて、これよりイギリス清教ネセサリウスに所属する現役シスターさん達の、赤裸々ドキドキ定例会議を始める」
神裂「始めません!!」
そのネタはここではやらない。
キャーリサ「いやー、この娘はかわいいなあ♪」スリスリ
サーシャ・クロイツェフ。キャーリサの膝の上なう。
キャーリサ「あははっ♪」スリスリ
サーシャ「フシャーッ!!がるるるるるるる!!!」
ルチア「……」
アニェーゼ「サーシャって、意外と大人っぽい下着を履いてるんですね」
そんな事は今はどうでも良いでしょう!! 背伸びをしたいお年頃なのです。
ていうかウザい。頬ずりしてくるな。髪の匂いを嗅ぐな。加齢臭が移る!!
キャーリサ「無礼な、私はまだ二十代だ。ギリギリ」
サーシャ「だから心の中を読まないでください」
ていうか心の中を読めるのなら、嫌がっている事を察しろ。- 22 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:05:29.12 ID:zZ+VgYdy0
そうだ、五和。マイフレンド五和!! 救いの天使よ、あなたなら助けてくれますよね!?
サーシャ「……」じーっ
五和「……」
五和「(д゚; )」
サーシャ「………」
目を逸らされた。親友に見捨てられた。アロワナ…じゃなくて五和、なぜ?
エリ、エリ、レマ、サバクタニ……
- 23 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:07:35.95 ID:zZ+VgYdy0
オルソラ「ところでキャーリサ様、なぜそこまでサーシャさんをお気に召しているのでございましょうか?」
キャーリサ「第一の解答だが、可愛いからに決まっておるだろーが」
サーシャ「……」
なんだろう、全然うれしくない。
キャーリサ「かわいくて強い。まさに私の求める騎士の理想像ではないか」
神裂「……」
神裂「キャーリサ様、まさか今まで騎士を作ってこなかった理由って…」
キャーリサ「むさい男など要らぬ。私が元首になった暁には、現騎士派を解体、再構成し、美少女だらけの美少女騎士団を作るのだ!!」
サーシャ「……」
ダメだコイツ、早く何とかしないと…
キャーリサ「というわけでサーシャ、お前が我が萌え萌え騎士団“エンジェルナイツ”の第一号だ」
なるほど、確かにイギリスはカーテナを中心とする文化で、そのカーテナの力は天使長であるミカエルに由来しています。
ゆえに、構造としては女王は天使長で、騎士達は天使軍。これがカーテナの力が騎士達に分配される構造なのだ。
天使軍、エンジェルナイツ……マジ天使
- 24 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:09:52.18 ID:zZ+VgYdy0
神裂「つまり、サーシャを騎士に任命しに来た…ということですか?」
キャーリサ「光栄だろー?」
サーシャ「だが断る」
キャーリサ「ちなみに衣装はマジカルカナミンだ」
サーシャ「[ピーーー]!!変態!!」ガン!!
キャーリサ「おぶっ!!」
ヘッドバットだ。キャーリサの膝の上で拘束されてる今、使える武器は自分の後頭部しかない。
サーシャ「第一の質問ですが、そもそもあなたと私は殺し合った仲ですよ?」
キャーリサ「ふっ、そんな昔の話など忘れた」
いや、つい1カ月前の話です。
キャーリサ「それに、昨日の敵は今日の妻と言うだろ?」
サーシャ「言いません」- 25 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:16:54.15 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「解答を繰り返します。だが断る」
キャーリサ「王女の命令だ。いや、次期女王の命令だ。お前に拒否権など無い」
サーシャ「解一、私は清教派に所属するシスター。貴様の指図は受けない」
もはや敬語を使う気にすらならない。いや使いたくない。
というか家督相続を勝手に決めるな。全力で反対する。
キャーリサ「その事なら問題無い。最大主教が“面白そうだからよかりけるんじゃね?”と言ってたぞ?」
サーシャ「……What?」
待て、ちょっと待て。確かあの最大主教と私は契約したはず。
キャーリサと騎士派の革命を潰すのに協力する代わりに、私の身分を保障してもらうと約束したはずだ!!
おのれ女狐、約束などやぶるためにあるのだとほざく気か!?
あの時は必死で自分のために戦ってくれた仲間達も、今はただ面白そうにこの危機的状況を眺めているだけ。
親友だと思っていた五和にも、気まずそうに目を逸らされた。
そして最大主教にも裏切られた。
もはや自分の味方は居ないのか……ならば!!
- 26 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:18:00.23 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「諦めろ、サーシャ・クロイツェフ。お前は我がエンジェルナイツになるうんm」
ガブッ!!
キャーリサ「ぬわっ!!」
噛みついた。生まれて初めて噛みつくという攻撃を行った。
そして意外性のある攻撃により、キャーリサの拘束が弱まる。その隙を突いて、私は脱兎のごとく逃げ出した。
キャーリサ「クックックッ…逃がさんぞ…」ペロッ
私の噛みついた跡を舐めるな!!この変態が!!
なんておぞましい間接キスだ。
サーシャ「ッ…」
空いた部屋に逃げ込み、勢いよくドアを閉めた。
そしてキャーリサにぶち破られない様に、ドアに背中を張り付けて自分の体をバリケード代わりにする。
どうする? 交渉が決裂した以上、言葉で分かり合えなくなれば、残された道は戦争しかない。それが人類の宿命。
だが、勝てるのか?以前は余裕でボロ負けした。- 27 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:19:34.56 ID:zZ+VgYdy0
……落ち着け。キャーリサは以前の様にカーテナ・オリジナルを持ってない。
あれさえ無ければ、あの王女もただの人同然だ。
いや、私のハイキックを受け止められたから、私よりも強いと考えるべきかもしれない。
生憎、大天使の力を使えないのは私も同じだ。フィアンマとの戦いの後遺症はまだ残っている。
……怯えるな、戦うしかない。条件が一緒なら、勝機は…
ザン!!!
サーシャ「………」
何の音か。確認しようとして、私はドアに背中を張り付けたまま右を向いた。
……何かライトセーバーみたいなのが見える。鼻先数センチの距離に…
思い出した。確かキャーリサは21巻で、カーテナ・セカンドの欠片を持っていた。
そして、その欠片からライトセーバーみたいな光の剣が飛び出していて、それでガブリエル、
いやミーシャ・クロイツェフとガチで殺し合いをしていた。
あるじゃないですか。カーテナ。
全然同じ条件じゃないですよ。むしろ圧倒的に不利ですよ。- 28 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:22:21.26 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「ふっ、どうしたサーシャ・クロイツェフ。あの時と同じ様に、ガブリエルの力を使って私と戦えばいいだろー?」
サーシャ「ぐッ…」
できたらすでにやっている。
できないから逃げているのだ。情けない…
………逃げるのか?それでいいのか?
そうだ、上条当麻を思い出せ。彼はインデックスと世界を救うために、右腕を切断され、
幻想殺しを失ってもなおフィアンマという怪物に果敢に立ち向かったではないか。
まあ原作では切られた跡から腕が生えてきたけど。さすがにその展開はちょっと予想外だった。その発想は無かった。
今ここで私が負けたらどうなる?
テカテカヒラヒラのふざけた衣装を着せられて、
エンジェル☆ナイツとかいうまるで国営AKB48みたいなふざけたユニットに強制加入させられてしまう。
それだけではない、そんなふざけた王女の気紛れのために、イギリス国民の血税が無駄遣いされてしまうのだ。
そんな事、絶対に許されるわけがない。
9割方自分がそんな変なユニットに入りたくないという想いの方が強いが、納税者を馬鹿にするのは許せない!!
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……
サーシャ「…いいでしょう」
- 29 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:23:32.36 ID:zZ+VgYdy0
ガン!!と勢いよくドアをぶち破る。
その先には、光の剣を握るキャーリサが佇んでいた。
サーシャ「解一……」
覚悟を決めろ。逃げない覚悟を。手にしたバールを強く握りしめた。
サーシャ「革命の時のあなたは、憎たらしくも輝いていました。例え方法が間違っていたとしても、
それでもイギリスのために名誉も命すらも投げ出す覚悟を決め、カーテナを振りかざしていたあなたは、とても気高くて眩しかった」
サーシャ「解二。しかし、今のあなたは違う。今のあなたは、王族の強権を私利私欲のために振りかざすだけ。
今のあなたは、哀れな変態と何も変わらない」
サーシャ「だから、目を覚まさせてあげましょう。あなたが何でも思い通りにできるというのなら…」
サーシャ「まずはそのふざけた幻想をぶち[ピーーー]!!!!」
キャーリサ「ふっ、そうだ…その目だ。その殺気に満ちた冷徹な眼差し…面白い戦いになりそうだ」- 30 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:25:31.02 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「……」
キャーリサ「……」
空気が変わる。堅く、鋭く張り詰める…
漂うのは、譲ることのできない想いに裏打ちされた殺気。
あの時と同じ。互いの死力を尽くして剣を振るったあの戦いが、ここに再現される。
ただ一つだけ、あの時と何が違うのか? もはや語るまでも無いだろう。
戦う理由がとても下らないという事だ。
サーシャ「!!」ダン!!
地面を強く蹴る。
一瞬にしてキャーリサの懐に入り、バールを振るう。
キャーリサ「ふん!!」
キャーリサは一歩も動く事無く、右手に握った光の剣でそれを受け止める。
光の剣に重さがあるとすれば、それはカーテナの欠片の分だけ。
この世界で最も軽く、それでいて大天使の翼すらも切断できる驚異的なキレ味を有している。- 31 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:27:03.18 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「くッ…!!?」
押し返される。いや、術式で強化されたバールが、綺麗に切断された。
そのまま光の剣がサーシャに迫ってくる。
だが、サーシャは横なぎに振るわれた剣を咄嗟にしゃがんで回避した。
パワーでは劣る。武器も雲泥の差がある。しかし、自分の方が小回りが利く。
サーシャは、光の剣とともに横に振るわれたキャーリサの右腕を掴み、そしてもう片方の腕でキャーリサの腹をめがけて肘打ちを繰り出した。
キャーリサ「ぐっ!?」
サーシャ(決まった!?)
撃ち抜いた感触は確かにあった。
だが……
キャーリサ「甘い…もう一度言うが甘いぞ」
キャーリサは、サーシャに掴まれている腕を強引に自分の方へ引っ張る。
その影響で、サーシャの体はキャーリサの方へ思いっきり引き寄せられた。- 32 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:28:13.44 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「思い知ったか、魔術師」
サーシャ「ッ!?」
キャーリサ「これが第二王女だ!!」
ドン!!
サーシャ「ぐがっ!!」
重たい衝撃が体を突き抜ける。
キャーリサは加齢に、いや華麗に回し蹴りを決め、サーシャの体を吹き飛ばした。
そして壁に勢いよく激突する。
サーシャ「うぐっ…」
さすがは軍事に長けた第二王女。相変わらず強い。全身が軋む。だが、まだ戦える…
ていうかそもそもなんで戦ってるんだっけ?
キャーリサ「疑問なんかに囚われている場合ではなかろーがッ!!」
キャーリサが剣を構え、突進してくる。それを見て咄嗟に横に飛び退く。- 33 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:29:34.34 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「ははっ!!どうした!? 逃げてるだけか!?」
サーシャ「ッ…」
キャーリサが剣を振るう。それを何とか上手く回避する。それを延々と繰り返す。
どんな武器を使おうと、カーテナには太刀打ちできない。
どうする…?何かネタは…いや策は、策はないのか!?
五和「サーシャちゃん!!」
突然聞こえていた五和の声。そして、何かがサーシャの足元の床に刺さる。
五和が投げたのは、彼女のメインウェポンである海軍用船上槍(フリウリスピア)だ。
サーシャはそれを咄嗟に引き抜き、そしてキャーリサの光の剣を喰い止めた。
キャーリサ「ふん、そんなオモチャで何ができるというのだ」
サーシャ「解一、何でもできます。友情パワーは、イギリス王室の権威なんかには負けません!!」- 34 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:30:52.95 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「ほう、だがその槍、お前の身の丈には合っていないよーだな」
確かに、この海軍用船上槍は、サーシャには長過ぎる。扱い辛い。
キャーリサは強引にサーシャの体ごと押し返し、そして光の剣を振るい、的確に正確に槍の穂先、刃物の部分を根元からスッパリと切断した。
こうなればもはや槍ではなく、ただの長棒だ。
キャーリサ「武器とは、単なる道具ではない。弛まぬ鍛錬の末、己の体の一部となりて初めて武器と呼ぶの」
そう言いながら、キャーリサは斬りかかってくる。
それをただの棒で受け止めるサーシャ。面白いくらいに棒が切れる。切れる。まるでナルトやちくわみたいに切れていく。
このままでは埒が明かない。サーシャは一度大きく後ろに飛び退いた。- 35 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:32:49.41 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「ふん、自ら退路を断ってどーする? お前はもうそれ以上一歩も後ろには下がれないぞ」
サーシャ「ッ…」
背中に壁のひんやりとした感覚が走る。
キャーリサ「それか、あの時の様に窓から飛び降りて外で殺り合うか?」
冗談ではない。あの時は大天使の力があったから、高所から飛び降りても死ぬ事は無かった。
いや、この高さなら飛び降りても自分の運動神経なら大丈夫かもしれないが…
窓から……窓?
サーシャ「第二の解答ですが、そんな事をするまでもありませんよ」
サーシャは窓に掛かったカーテンを、思いっきり引っ張りながらそう言った。
キャーリサ「ん…?」
ぶちぶちと音を立てながら一瞬でカーテンが剥がれ、そして空気を叩きながら大きな布がふわりと宙に翻る。
まるでサーシャの全身を隠す様に…
- 36 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:34:20.60 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「何だ、目くらましのつもりか?」
とキャーリサが口を開いた瞬間に、大きく広がったカーテンが勢いよくキャーリサを目がけて飛んできた。
サーシャがカーテンの後ろから槍を投げ、ぶつけたのだ。
キャーリサが程良い長さに斬ってくれたおかげで、ちょうど投げやすい大きさになった。
キャーリサ「下らん」
キャーリサは迫ってきたカーテンを斬り裂き、槍を弾き飛ばした。
当然だ。たかがカーテンごときで飛んでくる槍を完全に隠す事などできはしない。
はっきり言って奇襲にすらならない。
キャーリサ「万策尽きたか。窮鼠猫を噛むというが、最後の手がこんな下らないものだとは…」
追いつめた。そして悪足掻きでこんな手を使ってきた。
と、キャーリサは思っていた。
カーテンと槍をなぎ払った、その向こうに居るはずのサーシャの姿を見失うまでは。- 37 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:36:43.23 ID:zZ+VgYdy0
キャーリサ「何ッ!?」
死角。カーテンを隠れ蓑にし、その後ろに隠した投げ槍による攻撃を囮にし、サーシャはキャーリサの死角に回り込んでいたのだ。
そして、助走をつけ、走り、飛び、拳を握りしめ
サーシャ「はああああああああああっ!!!」バキッ!!!
キャーリサ「 がッ!!!」
一気に殴り抜いた。王女の顔を。
考えてみれば単純である。だが、なぜキャーリサがそれに気がつかなかったのか?
理由があるとすれば、油断だろう。
カーテナという圧倒的な武器と、それにより簡単にサーシャを追いつめてしまったというシチュエーションは、
キャーリサに油断という最大の敵をもたらした。
キャーリサ「ぐっ…がぁッ…!!」
立ち上がろうとするキャーリサ。それを阻止しようと馬乗りになるサーシャ。
サーシャ「文句はありませんよね?」
ガンゴンバキン!! と、拳を振り落とす音が連続した。 サーシャ・クロイツェフにしては珍しく、一撃では済まさなかった。- 38 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:38:53.42 ID:zZ+VgYdy0
サーシャ「これは私の分!! これも私の分!! これも!これも!!これも!!! 全部私の分ですッ!!!!!!
ついでにこれは五和の分!!」ガンゴンバキン!!!
友情パワーだ。
キャーリサ「ちょっ、やめっ!!ぎゃぶっ!!!」
殴った。王女の顔殴りまくった。
本来ならあらゆる物語でヒロインとして扱われるはずの王女というキャラを、微塵も気にする事なく殴り続けた。
心なしかサーシャの顔は、嬉しそうだった。口を三日月の様に釣り上げ、悪魔の様な嗜虐的な笑みを浮かべて殴り続けた。
それを止める者は居なかった。いや、止められる者が居なかった。近づこうと思う者さえも居なかった。あの聖人でさえ。
そしてようやく気が済んだサーシャは、キャーリサを男女平等パンチの地獄から解放した。
サーシャ「ムカつきましたか? 第二王女」
サーシャ「これが友情です!!」
王女を容赦なくタコ殴りにし、勝ち誇り、友情の大切さを噛みしめる天使がそこに居た。- 39 :1[sage]:2011/02/04(金) 04:40:53.79 ID:zZ+VgYdy0
その後、騎士団長が、ズタボロになったキャーリサを回収に来た。やはり公務をサボったらしい。
王女をボコボコにした事に関しては、特にお咎めは無かった。
むしろ騎士団長から大したものだと褒められた。
クーデターの時のキャーリサの人望が嘘の様だ。
そもそもなんで私は戦っていたのだろう?
いや、もういい。理由なんて何だろうと構わない。あの王女に勝てたというたった一つの事実さえあれば。
疲れ果てた私は、すぐに眠ってしまった。五和の膝で。
対馬の膝も良かったが、やはり五和が一番良い。でも神裂の膝でも一度寝てみたいと思う。
今度お願いしてみよう…
- 47 :1[sage]:2011/02/12(土) 20:09:12.70 ID:vQio53aR0
オルソラ「突然ですが、大英図書館の方から、本の整理と点検を依頼されたのでございますよ」
シェリー「そうか、行ってらっしゃい」
オルソラ「いえ、同じ暗号解読官のあなた様もでございますよ?」
シェリー「悪いが、私は芸術院の講義が入ってるのよ」
オルソラ「そうでございますか。困りました。私一人では大変なのでございますよ」
シェリー「だったらアレを連れていけば良いだろ。アレを」
オルソラ「アレ…でございますか?」
サーシャ「第一の解答ですが、私が噂のアレです」
主人公なのにアレ扱いです。不服です。アレって…
オルソラ「あの、何をしているのでございましょうか?」
サーシャ「第二の解答ですが、見ての通りですよ」
オルソラ「膝枕でございますか?」
神裂「あの…そろそろ良いですか?」
サーシャ「あと五分…」
そうです。前回言ってましたよね?
だから頼んでみました。堕天使エロメイドの膝枕。
…いえ、別に神裂は今、堕天使エロメイドのコスプレをしているわけではないのですが。- 48 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:10:43.07 ID:vQio53aR0
肉体的にチートな聖人なので、固いと思っていましたが、意外と柔らかくて寝心地が良いです。
五和と言い対馬と言い、いやはや天草式というのは侮れませんね。
ちなみに神裂は、片足だけ切り取られたジーンズを履いていますよね?
ですからもちろん、生足の方で寝ています。生足の方で。もう一度だけ言いますが生足で。
生足膝枕。男なら裸エプロンと同じくらいの夢と言えるでしょう。私は女ですけど。
オルソラ「膝枕というのは、それほど気持ちのよいものなのでございますか?」
サーシャ「第三の解答ですが、最近は自分の枕よりも寝心地が良いと感じる様になりました」
どこかに売ってないものだろうか。
オルソラ「そうなのでございますか?では私も…」
そう言いながら、オルソラは横になり、もう片方の神裂の足に自分の頭を預けた。
オルソラ「デニムの生地は、やはり枕には合わないのでございますよ」
サーシャ「そうですか?」
まあ、私は生足の方を枕にしているのですが。
そう言えば、今までに生足という言葉を何回連呼しただろうか?
まるで私が変態みたいではないか。主人公なのに。
神裂「というか何なんですかこの状況? 何ゆえ私の両膝が占領されているのですか?」- 49 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:11:43.36 ID:vQio53aR0
サーシャ「第一の質問ですが、このまま寝てもいいですか?」
神裂「それは困ります」
サーシャ「すぅ…zzz」
神裂「サーシャ・クロイツェフ?」
サーシャ「あと五分…」
神裂「それは先ほども聞きましたよ?」
サーシャ「あと気分…」
神裂「日が暮れてしまいそうな気がするのでやめてください」
オルソラ「サーシャさんは、どうして膝枕がお好きなのですか?」
神裂「そう言えば、五和によくしてもらっていますね」
サーシャ「そうですね…」
確かに、寝心地から言えば、市販の枕の方が良いでしょう。
メーカーがお客様のために、日夜試行錯誤を繰り返しているのですから。
私は、別に固い枕が好きというわけではない。だが強いて理由を上げるとするのなら…
サーシャ「第一の解答ですが、襲われる心配が無いからです」
神裂「あぁ、なるほど…」- 50 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:13:01.49 ID:vQio53aR0
誰に?なんて今さら説明する必要も無いでしょう。
人によっては寝顔を見られる事を嫌う人も居るみたいですが、私の場合はむしろ、誰かが傍に居てくれた方が安心します。
そう、全てはあの変態上司が悪い。
一応、ここに来てからは夜這いの心配は無くなったが(たまに下着姿のアニェーゼが寝惚けて私のベッドに潜り込んで来る事を除けば)
それだけでも亡命をした甲斐があったというものだ。間違いない。
サーシャ「むにゃ…zzz」
神裂「本当に寝てしまいました…」
神裂「起こすのも不憫ですね。主に彼女のトラウマ的な意味で」
オルソラ「それでは、ほっぺたをぷにぷにすればいいのでございますよ」
神裂「いや、どうしてそうなるんですか? それでは起きてしまうでしょう」
オルソラ「とても柔らかいのでございますよ」
神裂「しませんよ!」
オルソラ「本当でございますか?」
神裂「うっ…」
サーシャ「すやすやzzz」- 51 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:13:50.75 ID:vQio53aR0
神裂「……」ゴクリ
据え膳食わぬは何とやら。
神裂「……」ドキドキ
……ぷにっ♪
神裂「あっ…////」
オルソラ「いかがでございますか?」
神裂「想像以上に柔らかい…これは!?」
ぷにぷにぷに♪
神裂「極上のマシュマロすらも凌ぐこの柔らかさ、それでいて滑らかで張りのある感触!!」
神裂「指が、指が止まらない!?」
ぷにぷにぷにぷに♪
サーシャ「うぅん……」
神裂「何ということですか!? 世の中に、この様なものがあるとは!? こんな、こんなッ!!」
オルソラ「まあまあ♪」
不覚にも、サーシャの頬の柔らかさに魅せられてしまった女教皇様。
しかし、聖書にもこんな記述があるだろう。
右の頬をぷにぷにされたら、左の頬も差し出せと。- 52 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:17:01.99 ID:vQio53aR0
突然話が切り替わるが、今日のお話のメインは、大英図書館で本の点検をする事だ。
大英図書館。日本で言う国立国会図書館である。
英国中の本が集められた英国最大の図書館だ。
と言いたい所だが、年代的に歴史は浅いので、オクスフォードなどの名門図大学の方が蔵書は多いかもしれない。
そして、オルソラはこの大英図書館の本の整理と点検を依頼されたのである。
本来なら、こういう仕事は国や地方から税金を貰っている司書の仕事だ。
だが、魔術師もぶっちゃけると公務員と一緒である。得体の知れない魔術師に、イギリス国民の税金が使われているのだ。
正直どこから予算が出ているのかは分からないが、一般会計や特別会計には軍事予算として計上されているのだろうか?
なるほど、だから軍事を仕切る騎士派と清教派は仲が悪いのかもしれない。
予算の取り合い合戦など良くある話だ。
さて、そんな事はどうでも良い。なぜオルソラが依頼されたのか?
正確にはシェリーにも依頼されたのだが。
理由は彼女らが暗号解読官として、魔術的な文献を取り扱っているという事にある。
そう、この大英図書館にも危険な魔道書の原典が大量に保管されているのだ。- 53 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:19:36.97 ID:vQio53aR0
ハリー・ポッターでも知られている通り、イギリスは魔術で有名な国だ。
あのアレイスター・クロウリーもイギリス出身の魔術師である、
大英図書館と関係が深い魔術師としては、マグレガー・メイザースが上げられるだろう。
クロウリーや、彼が師と仰いだアラン・ベネットに並ぶ大魔術師。
かつて彼らが所属していた、天才魔術師の集団である黄金の夜明け団で、独裁的首領を務めた程の実力者である。
近代魔術を語る上では、アレイスター・クロウリーと同じく欠かせな存在だ。
もちろん、彼と同様に、現在の魔術様式に多大な影響を与えている。
そのマグレガー・メイザースだが、彼はこの大英図書館にあったソロモンの名を冠する7種類の断章を基に内容を再構成し、
「ソロモンの大いなる鍵」という魔道書を完成させた事で有名である。
ちなみに正確には、メイザースは大英博物館にあった文献から研究して「ソロモンの大いなる鍵」を著したのだが、
まあ1997年に完全に図書機能が分離するまでは、博物館も図書館も一緒にされていたので問題は無いだろう。細けぇこたぁ良いのだ。
ここまで語っておいて難だが、“ハリー・ポッター“から今までの下りはどうでも良い。読み飛ばしてもらっても構わない。
もはや説明するまでもないが、魔道書の原典は読むだけでなく、開いてちょっと閲覧するだけでも非常に危険な書物だ。
魔術に関する様々な記述があり、それ一冊がすでに魔術として機能しているのである。
もちろん、そんな危険な本を一般人に管理させるわけにはいかないわけで、こうして定期的に、
魔術に携わる第零聖堂区ネセサリウスの人間が点検をしているのである。
オルソラ「ということなのでございます」
サーシャ「なるほどわからん」
- 54 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:20:37.69 ID:vQio53aR0
サーシャ「第一の質問ですが」
魔道書の原点の保管庫。魔術師にとってはある意味、宝の山とも言えるでしょう。
誇りかぶった倉庫みたいに薄暗い場所だと思っていましたが、それなりに清掃は行きとどいているみたいです。
それでも保管上の理由で、薄暗く湿っていはいますが。
サーシャ「このズラッと規則的に大量に並んだ本棚の中から、一つ一つ点検していくのですか?」
オルソラ「そうでございますよ」
サーシャ「二人で、ですか…?」
オルソラ「そうでございますよ」
サーシャ「援軍は?」
オルソラ「居るのでございますよ」
てっきり「二人きりなのでございますよ」と返ってくるかと思っていたが、やはりそうだろう。
いくらなんでもこれを二人で全部チェックするのは無理だ。- 55 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:22:11.48 ID:vQio53aR0
サーシャ「第二の質問ですが、私達の他に誰が?」
オルソラ「あちらでございますよ」
サーシャ「………」
キャーリサ「やあやあ、一般庶民の諸君よ。元気にしていたかね?」
ヴィリアン「こ、こんにちは…」
サーシャ「そっくりさんでございますか?」
オルソラ「本人でございますよ」
サーシャ「……」
嫌な記憶が蘇る。ワシリーサに並ぶトラウマは、もはや拒絶反応の域に達している。
キャーリサ「いやーたまたまだが、論文を書くために大英図書館に来ていたというわけだ」
ヴィリアン「私も似た様な理由です」
キャーリサ「そんなわけで、たまたまお前達が来るって話を聞いてな」
本当にたまたまですか? 狙撃手みたいに狙い澄ましていた様にしか思えないのですが。- 56 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:24:30.15 ID:vQio53aR0
ヴィリアン「魔道書については、私も興味があるんです。お手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
オルソラ「それはとても助かるのでございますよ」
サーシャ「うーっ、がるるるるるる!!!」
オルソラの後ろに隠れて、王女二人を睨みつけながら唸っている獣が居る。
尋常じゃないくらいに警戒している。誰だコイツは?
ちなみに余談だが、今日の第三王女ヴィリアンとついでに一匹の服装は、スーツ姿だ。
いつものドレスではない。
オルソラ「まあまあ、人見知りでございますか?」
キャーリサ「何だ? この前、再会したばかりだろーが」
そう言いながら、私に触れようと手を伸ばすキャーリサ
サーシャ「フシャーッ!!!」ガブッ!!
ヴィリアン「痛ッ!! 痛ァッ!!!」
噛んだ。私は、王女の白くて細いピアニストの様な手を、思いっきり噛みちぎる様な勢いでガブリ付いた。
サーシャ「ぐるるるるる!!!」
ヴィリアン「離せ!!離さんか馬鹿ものがッ!!!!!」
誰だ?この猛獣は? きっと私ではない。私はこんなキャラではない。
私は常に冷静沈着で、礼節を重んじるキャラなはずだ。
「」の前に私の名前が付いているからと言って、それが本当に私であるとは限らない。認めない。- 57 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:26:04.72 ID:vQio53aR0
【数分後】
サーシャ「フーッ、フシャーッ!!」
オルソラ「まあまあ♪」
猛獣に襲われたキャーリサを助けるべく、護衛の人間が止めに入り、そして何だかんだで振り出しに戻る。
オルソラの後ろに隠れながら、唸る様に警戒する猛獣。
もう認めましょう。私です。この猛獣は私です。
どうせ私は冷静沈着で礼節を重んずる様なキャラなんかじゃありませんよーだ。
露出狂なりマジ天使なり好きな様に呼べば良いでしょう!!
と、サーシャはサーシャは拗ねてみたり。
キャーリサ「くッ…相変わらずだなサーシャ・クロイツェフ…」
王女は包帯を口の端の加えながらそう言った。
さすがは軍人。怪我の手当てには慣れている。
っていうかその怪我どうしたんですか? 大型犬にでも噛まれたんですか?- 58 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:27:25.50 ID:vQio53aR0
- ヴィリアン「お姉様、ここは私にお任せください」
キャーリサ「やめろヴィリアン。相手は言葉の通じない猛獣だ。お前には危険過ぎる」
ヴィリアン「いいえお姉さま。例え言葉が通じなくとも、心で通じ合う事が出来るはずです」
好き勝手言ってくれる。失礼だ。あれですか?王家にあらずんば人にあらずと言いたいのですか?
所詮は傲慢な貴族か。汚らわしい下流の庶民など人間ではないと言うのか。
オルソラ「いえ、たぶんそういう意味ではないのでございますよ」
サーシャ「フシャーッ!!」
ヴィリアン「はじめまして、サーシャさん。私はヴィリアンです」
サーシャ「ぐるるるる」
ヴィリアンはニコニコと微笑みながら、私に手を差し出してきた。
それでも唸る私。いい加減にしろよこの猛獣。
ヴィリアン「さあ、おいで」
サーシャ「シャーッ」ガブッ!!
噛んだ。一級の大理石の彫像の様に繊細で美しい手を、噛みちぎる様な勢いで噛んだ。
- 59 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:29:33.58 ID:vQio53aR0
ヴィリアン「ッ…」
キャーリサ「ヴィリアン!!」
サーシャ「がるるるる!!!」
キャーリサ「大丈夫、怖くない、怖くないよ…」
そう言いながら、ヴィリアンは私の頭を優しく撫でてくる。
サーシャ「……」
思わず、私はヴィリアンの手を、人間ワ二ワ二パニックから解放してしまった。
ヴィリアン「ね、怖くないでしょ? ふふ…」
サーシャ「あ……」
聖女の様な笑顔だ。獣の様に荒んだ心が洗われる…
私は何て愚かな事をしてしまったのだろう。
この聖女の美しい御手を、まるで分厚いステーキ肉にでもかぶり付くかの様に牙を立ててしまったとは…
これはもう、あれですね。
サーシャ「第一の解答ですが、死んで償います」
ジャパニーズハラキリは天草式で学習した。辞世の句とかは良く分からないが。- 60 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:31:10.40 ID:vQio53aR0
ヴィリアン「待ってください」
ナイフを取り出した私の手を、ヴィリアンは両手で包む様に握ってきた。
華奢なガラス細工の様な見た目とは裏腹に。不思議なくらいに温かい。
ヴィリアン「間違いは誰にでもあります。齟齬は、お互いを理解しようとしないから生まれるのです」
ヴィリアン「ですから、まずはお互いを理解する事から始めましょう。ね?」
サーシャ「我が君…」
キャーリサ「おいサーシャ、私の時と態度が違わないか?」
サーシャ「姫君。第一の解答ですが、どうか私をあなたを守る騎士に任命してください」
ひざまずいた。体が勝手に動いた。そうしなければならない様な気がしたのだ。
さすがは人徳の第三王女。軍事の第二なんとかさんとは違う。
ヴィリアン「それはダメです、サーシャ・クロイツェフ」
振られた。失恋した。青春とは苦いものだ。- 61 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:32:35.04 ID:vQio53aR0
ヴィリアン「あなたは騎士ではなく、私の御友人になるべきです。違いますか?」
サーシャ「姫君、第一の質問ですが、私の様な愚者でも構わないのですか?」
ヴィリアン「こんな可愛いお友達なら大歓迎です♪」ぎゅっ♪
抱きしめられた。しかし、不思議と嫌な気分ではない。
そうですか、これが本当の温もりというものなのですね…
こうして無事に、私は獣から人間へと戻れたのであった。
オルソラ「まあまあ♪」
キャーリサ「むむむ…納得いかん!!」
ところで忘れてはいけません。私達は魔道書の整理をしに来たのです。
茶番を演じに来たわけでも、王女の手を味見しに来たわけでもありません。
- 62 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:35:35.77 ID:vQio53aR0
オルソラ「では、ちゃんと所蔵数が合っているか? それを確認するのでございます。
魔道書は御存知の通り、大変危険な書物でございますから、けして開いて閲覧しない様にしてくださいませ」
サーシャ&ヴィリアン&キャーリサ「了解」
サーシャ「さて、まずはこの棚から攻めましょうか…」
ズラッと並べられた魔道書の原典。一冊一冊に魔術の叡智が込められている。
それ自体が一つの小さな魔法陣であり、とても危険な力を持っている。
魔道書は、とにかく知識を伝えたいがためにこの世に存在している。
それを遂行するまでは、自ら滅びたりはしない。
例え野ざらし雨ざらしにしても、朽ちる事はない。
中には、一度消滅させても、自ら復元、再生する魔道書もあるらしい。
魔道書の原典とは、それ自体がもはや一つの生命と言ってもいいだろう。
この一つの本棚に、大量の生命が居る。ただその知識を誰かに伝えたいがために、ずっと生き続けているのだ。
誰もそれを紐解き、閲覧する事など無いのに…
サーシャ「ぺクスヂャルヴァの深紅石、ネクロノミコン、新約トアル魔術ノ禁書目録、
ベーオフルフ王の鈍色の剣……ケルトの魔道書もあるのですか」
一冊一冊、タイトルとリストを照らし合わせていく。
地味で地道な作業だ。
それを延々と繰り返していく。けして中身は見ない。
少しでも開こうものなら、知識を伝える事に貪欲な魔道書に、脳を犯される。犯されるのです。- 63 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:38:16.71 ID:vQio53aR0
そんなこんなで作業は続いた。かれこれもう二時間は経過しただろうか。
サーシャ「アブラメリンの秘奥義……この棚は、悪魔学の魔道書ですね」
アブラメリンは遥か昔、14~15世紀の有名な魔術師だ。
その魔術師はアブラハムに、聖守護天使の加護を得て、悪魔や天使の力を行使する術を授けたという。
守護天使とは、十字教的には、天使の九階層のうち、最下層の天使に与えられる使命でもある。
また、セフィロトの各セフィラを守護する天使も守護天使だ。
そして守護天使と言えば、これも当てはまるだろう。
黄金を始めとする近代魔術結社が、秘密の首領、地球外知的生命体、あるいはドラゴンと呼んでいた天使。
かつてアレイスター・クロウリーに、必要な知識を必要な分だけ与えた存在。
サーシャ「悪魔学の魔道書も大量にあるのですね。十字教からすれば、異端とも言えるものですが…」
天使が居るなら当然、悪魔も居るのだろう。
有名なところでは、魔王ルシファーか。
と考えていた処で、ちょうど一冊の本が目に映る。
サーシャ「明けの明星…?」
- 64 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:41:21.19 ID:vQio53aR0
明けの明星、つまり金星。旧約聖書では、暁の輝ける子、或いは光を掲げる者であるルシフェルを指す言葉だ。
しかし、ルシフェルは天使であり、ルシファーは悪魔。
同一の存在とは言え、まだ天使だった頃のルシファーを名を、悪魔学の書で使われているというのはどうなのだろう?
そう、明けの明星は、ルシファーが輝ける天使だった事を意味するのであり、彼は魔王ルシファーとなってその名と輝きを失った。
地に堕ちたのだ。
ヴィリアン「明けの明星は、ルシフェルの本ですね」
突然、背後から声が聞こえた。思索に耽っていたため気付かなかったらしい。
ヴィリアン「ルシファーの力を偶像崇拝の理論で使用する魔術は、悪魔学ではアブラメリン魔術が有名ですが…
ああ、ちょうどここにアブラメリンに関する本が沢山並んでいますね」
サーシャ「第一の質問ですが、その悪魔学の書に、天使の名が刻まれているのはどう思いますか?」
ヴィリアン「うーん…しかし、悪魔学にも、十字教のテレズマを使うための理論と似通ったところがありますし」
ヴィリアン「例えば、天使の魔道書では、ミカエルを始めとする四大天使には、それぞれ司る属性と方角がありますよね?」
ヴィリアン「同様にソロモンの鍵では、いわゆる四大悪魔的な存在として、それぞれに方角が定められています。
ルシフェルはたしか、東の方角を司っていましたね」
サーシャ「詳しいのですね」
ヴィリアン「いえ、以前ちょっと目にしただけで…」- 65 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:43:21.11 ID:vQio53aR0
サーシャ「第一の質問ですが、まさか悪魔学に手を出そうとしたとか、そんな事はないですよね?」
いや、言葉が過ぎた。こんな聖女の様な御方に向って、私は何と失礼な事を言っているのか。
ヴィリアン「えっ!? い、いや、そそそそそんなことあるわけないじゃないですか!?」
サーシャ「……」
これはまたベタな反応だ。きっと手を出してはいないが、出しそうにはなったのかもしれない。
コックリさんレベルじゃないですよ、悪魔崇拝って。しかも異端審問の大御所であるイギリスで。
もしかしたら第三王女様も、「コックリさん、あの騎士様は、私に想いを寄せていますか?」なんてやっていたのだろうか?
まあコックリさんが日本のおまじないであるという事実は、どこかに置いておきましょう。
それにしても、王女を悪魔学に手を出させる手前まで追い込むとは、あの後方の魔術師も罪な男ですね。
いえ、色恋沙汰が原因だというのは、悪魔学なだけにあくまでも憶測なのですが、きっとそうなのだと思います。
ヴィリアン「こほん…それでですね、この書はおそらく、悪魔学で使われる術式を介して、
ルシファーが天使だった頃の属性を使用するためのものだと思われます」
サーシャ「ルシファーが天使だった頃の属性?」
ヴィリアン「ほら、天使の術式では、それぞれに四大属性と同義の意味合いを持たせているではありませんか」
サーシャ「第一の質問ですが、ルシフェルはラテン語で“神の光を掲げる者”。つまり、光というわけですか?」- 66 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:46:27.04 ID:vQio53aR0
ヴィリアン「ええ。そして、原初の光は火です。ルシフェルは人間に火を与え、文明が生まれたという話を聞いた事があります。
ギリシャ神話のプロメテウスによく似ていますよね?」
サーシャ「そう言えば、ミカエルとルシフェルは双子だと言う説もありますね。
つまりルシフェルの属性を火と定義し、それに関する術式を使う方法というわけですか」
ヴィリアン「はい、そういう事だと思います」
サーシャ「本当に悪魔崇拝に手を出していませんよね?」
ヴィリアン「だ、出してませんってば!!」
ルシフェルとミカエルは双子。だとしたら、テレズマの属性も同じなのだろうか?
原初の光とは火だ。そしてミカエルの属性も火。
双子と言えば、一卵性双生児の双子は、ほぼクローンと一緒らしい。
皮膚や臓器を移植しても、免疫がそれを拒絶しない。
免疫が、同一人物、つまり非自己ではなく自己であると判断してしまっているのだとか。
「光を掲げる者」と「神の如き者」。私達人間は、他人と自分の違いを顔で区別できる。
では、天使はどうやって自分と他の天使を区別しているのだろうか?
もしかしたら、天使はテレズマの違いで判断しているのだとしたら……
いや、そんな事を考えてどうする。
確かにあの時、ベツレヘムの星で、私は容量を大きく超えるテレズマを体に取り込み、白い翼を出してみせた。
十字教において、白という色は純潔の象徴の。ガブリエルの百合の花だ。
だが同時に、白は金色と同じく光の象徴でもある。
だからと言って、自分が、本当はミカエルと同じ属性を持つのではなく……
やめよう。もう終わった事だ。自分が貴重な属性と性質の持ち主であるという事も、今となっては関係無い。
最近、魔術が上手く使えないのも、それとは何の関係も無いはずだ……
ヴィリアン「サーシャさん?」
サーシャ「…いえ、少し考え事をしていただけです」- 67 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:49:18.29 ID:vQio53aR0
それから、私はひたすら魔道書を点検する作業を続けた。
一冊一冊、丁寧にタイトルを確認しながら。まるで、何かを必死で忘れようとするために。
キャーリサ「おい、サーシャ」
ふと自分の名を呼ばれ、私は下を向いた。
いや、身長は比べるまでもなくキャーリサの方が高い。
だがこの時の私は、上段の棚を調べるために、脚立の天辺に腰を掛けていたのだ。
だから自然と見下ろす形になった。王女を。
良いですね。この王女を上から見下ろすのは、意外と気持ちが良いです。まるで王女がゴミの様です。
サーシャ「ふん…」
私は束の間の優越感に浸った後、再び作業を再開した。
サーシャ「えーと、硫黄の雨は大地を焼く、青い月と受肉と生命…この辺はガブリエルに関する魔道書ですね。ガブリエルのくせに生意気だ」
硫黄の雨は、ガブリエルが一晩にしてソドムとゴモラという都市を消滅させた神戮だ。
その気になれば、たった一晩でこの世界の人類根絶やしにする事さえできる……が、あくまでもこの魔道書は、
偶像崇拝の理論で構築されたレプリカに過ぎない。
青い月と受肉と生命。内容は良く分からないが、ガブリエルの象徴は月と青だ。
月は受肉と誕生の神秘を司り、またセフィロトでガブリエルが司るイェソドは、霊と肉体の正当かつ調和的な
キャーリサ「話を聞けぇ!!!」ガン!!
サーシャ「おおおっ!!」
キャーリサが下から思いっきり脚立を蹴飛ばしてきた。- 68 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:50:32.32 ID:vQio53aR0
グラつく脚立。私は体のバランス感覚を維持し、華麗に、空中で無駄に一回転しながら床に着地した。
今なら金メダルも夢ではない。
ちなみに危ないので、良い子と良い大人は絶対に真似しないでください。
サーシャ「何か用ですか?」
キャーリサ「なぜ私を無視する?」
サーシャ「第一の解答ですが、別に無視してるわけではありません。眼中に入らないだけです」
キャーリサ「この私が、王女が眼中に入らないだと? 何様だお前は? 神様か?」
サーシャ「神様です」
キャーリサ「断言しやがった!?」
サーシャ「言葉を慎みたまえ、君は神の前に居るのだ」
キャーリサ「どこのラピュタ王だよ」
サーシャ「バルス唱えるぞ、このキャーリサ野郎」
キャーリサ「お前、最近自分のキャラを見失ってないか?」
サーシャ「第二の解答ですが、そんなの最初から迷走状態ですよ」- 69 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:51:57.86 ID:vQio53aR0
サーシャ「もう面倒なんで結論から言いましょう。私はあなたの事が嫌いです。大嫌いです」
キャーリサ「具体的にはどんな風に嫌いなんだ?」
サーシャ「第一の解答ですが、顔も見たくありません。声も聞きたくありません。あなたと同じ空気を吸うのも嫌です。
この下等生物が。死ね、変態、ウジ虫、行き遅れ、阿婆擦れ」
私のキャラは一体どこへ向かっているのだろうか?
キャーリサ「そこまで言われるとかえって興奮するし」ゾクゾクッ
サーシャ「上級者だと!?」
あなたのキャラも大概ですよ、ごめんなさいかまちー。
キャーリサ「まあ、アレだ。イヤよイヤよも好きのうちだろーが」
そんな言葉を考えた奴は、きっとストーカーかアステカに違いない。- 70 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:53:05.51 ID:vQio53aR0
キャーリサ「まあアレだ、端的に言おう」キリッ
キャーリサ「ハグさせろ、スリスリさせろ、ペロペロさせろ、クンカクンカさせ!! 心行くまで愛でさせろ!!」
サーシャ「死ねばいいのに。いっぺん煉獄に落ちて浄化されてきてください」
キャーリサ「何がいけないというのだ!?」
サーシャ「何を言ってるんだこの人は…」
キャーリサ「とりゃああああっ!!」ガバッ!!
サーシャ「ッ!?」サッ!
キャーリサ「なぜ避ける!?」
サーシャ「なぜ襲ってくる!?」
キャーリサ「ふふっ、はははははっ!!!」
サーシャ「……」
ダメだ、もう行き遅れだ。きっと手遅れが脳にまで達したか、それともカーテナの影響か。
まさか、オルソラに注意されたにも関わらず、魔道書の中身を見てしまったのか!?
それで、魔道書に脳を汚染されてしまったのか!?
キャーリサ「失敬な、もともとこんなんだし」
サーシャ「それは嘘だ」- 71 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:54:42.06 ID:vQio53aR0
バール(修復済み)を構えると同時に、キャーリサの右手から光の剣が伸びる
なぜ私達は、会う度に殺し合いをしなければならないのだろうか。
キャーリサ「ハァハァ…よもやこの結末。そうか、私という生き物は、月並みの欲情を自覚しているのかもしれん……ぐふふふふふ」
サーシャ「私も、あなたの様にキャラ崩壊していたのかもしれませんね。
本当に聖人二人と騎士団長相手に一人で斬り合っていた人間は、そんな顔をしたりはしない」
キャーリサ「無駄だと思うし」
サーシャ「無駄かどうかは問題じゃなかったんです」
サーシャ「私は、かまちーが命を掛けて描いた原作を、これ以上踏みにじらせるわけにはいかない!!」
などと、原作の名セリフを踏みにじりつつ私は啖呵を切ってみた。
どこまで原作をコケにする気だこのSSは。- 72 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:56:29.65 ID:vQio53aR0
一定の間合いを取る私とキャーリサ。
武器を構える。互いに視線をぶつけ合う。
そして……
コッチヲミロ
そんな声が聞こえ、私とキャーリサは同時に同じ方向を振り向いた。
……オルソラが居た。
いつも通りのニコニコな笑顔で。
こちらに魔道書のページを開いて見せつけながら。
サーシャ&キャーリサ「目がァッ!! 目があああああッ!!!!」
やたらジブリネタが多い今日この頃。
いや、そんなことより目が痛い!!頭が割れるっ!!!
オルソラ「お二人とも、図書館では静かに。でございますよ」
危険だから魔道書の中身を見てはいけないと言っていたはずの本人が、これ以上無いくらいの笑顔で中身を見せつけてきた。なんという理不尽!!
ヴィリアン「あの、大丈夫なんですか?」
オルソラ「ええ、大丈夫なのでございますよ」
たぶん。という一言を付けくわえつつ、オルソラは頬に手を当てながら、笑顔でそう言った。- 73 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:58:36.74 ID:vQio53aR0
オルソラ「お疲れ様でした、皆様」
そんなこんなで魔道書の点検作業は終わった。
いやはや色んな意味で危険極まりない作業でした。
キャーリサ「すまん、目薬をくれ」
サーシャ「私にもお願いします」
まるでプールに入った後の様に目が赤い。
もともと私の目は赤い。だが、それでも目が痛いし、充血してるのが分かるくらいに赤い。
魔道書怖い。そしてオルソラも怖い。とりあえず、グラクソ・スミスクライン社の目薬を挿しておいた。
キャーリサ「おいサーシャ、早く私にも貸せ」
サーシャ「そぉい!!」ブン!!
キャーリサ「何してくれてんだお前ッ!?」
目薬は明後日の方向へ飛んでいった。手が滑って90mほど遠投をしてしまったのだ、仕方ない。
ちなみにグラクソ・スミスクライン社は、イギリスに本社を置く世界第四位の製薬会社だ。
日本で有名な製薬会社と言えば、武田製薬がある。こちらは世界第15位。
売上高で言えば、グラクソ・スミスクラインの3分の1である。
日本はどうも製薬、バイオ産業では他の国に後れを取っている事は否めない。
素晴らしい技術力はあるはずなのに。
これからは再生医療の時代だ。日本の医療産業を活性化させるためには、行政の協力が必要なのは間違い無いだろう。
などと、ロシア人でありながら日本の産業について語ってところで、今日の話はこれで終わる事にしましょう。- 74 :1[saga]:2011/02/12(土) 20:59:46.25 ID:vQio53aR0
【おまけ】
トトロ(日本語版)を天草式の所にて視聴しました。
サーシャ「おお……」
建宮「懐かしいのよな、トトロ」
牛深「まあ俺達の世代じゃ、再放送でしか見てませんけどね」
対馬「さんぽの歌詞が懐かしいわね」
サーシャ「いつわ、いつわ」
五和「なんですか?」
サーシャ「あれは日本に行けば会えるのですか?」
五和「えっ?」- 75 :1[saga]:2011/02/12(土) 21:02:20.05 ID:vQio53aR0
サーシャ「日本には、猫バスとかいう乗り物があって、トトロをもふもふできるのですか!?」
五和「いえ、あれは」
建宮「そう言えば、昔飼ってたのよな。チビトトロ」
五和「えっ」
対馬「私は中トトロを飼ってたわ」
牛深「日本じゃどこでも生息してるな」
サーシャ「おおおおっ…!!」
五和「そんな、目にお星様をキラッキラ輝かせて食い付かなくても…」
サーシャ「五和、私は日本に行きたいです!! 私もトトロを飼いたいです!!」
五和「いえ、ですからね。アレは」
建宮「そう言えば、この辺でもトトロを見たのよな」
牛深「俺も見ましたよ」
対馬「最近は生息地が広がってるらしいわね」
サーシャ「五和!! 探しに行きましょう!!」グイッ!!
五和「えっ、ちょっサーシャちゃん!! だからあれは」
魔術があるのだから、トトロが居てもおかしくはない。
こうして大人に騙されて、子供は大きくなっていくのだ。
- 83 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:06:17.95 ID:ehHXp7bQ0
【清教オンザルーフ】
サーシャ「……」
こんにちは、サーシャ・クロイェフです。
今、私は寮の最上階に居ます。
本当の意味での最上階。この寮で一番高い場所。
そう、まさに屋根の上に居る。体育座りで。
ちょうど先ほど業者が来て、屋根の修理と掃除が行われていたのです。
だから、普通に座れるくらいに綺麗になっている。
だからと言って、なぜ、私はこうしてここで体育座りなどしているのだろうか?
確かに、高い場所だからそれなりに見晴らしは良い。
しかし、このクソ寒い季節に、わざわざ屋根の上に登ってぼーっと体育座りをするなど、普通はあり得ないだろう。
しかも私は寒いのが苦手だ。
なぜ私は、こんなところでぼーっとしているのだろうか?
ジブリール「バカと煙は高いところに上るというからなぁ」
隣で猫が喋った。
私はその首根っこを掴み、思いっきり屋根から放り投げてやった。誰が煙だ。
大丈夫、猫は高い所から落ちてもちゃんと着地できる。
それに、そもそもアレは猫ではない。だから何の問題も無いのだ。
アレには人権も無いし、動物愛護法の対象にもならない。- 84 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:10:47.86 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「はぁ…」
何となくため息をついてみる。
空はこんなにも青く、美しく、そして心地良いくらいに澄んでいるのに。
きっとこの空の下で、屋根に上って体育座りをして、猫をブン投げてため息をついている人間など、私くらいなものだろう。
いや、猫を投げてる人間なら居るかもしれない。けしからん。
体育座りと言えば、今の私の格好は、ミニスカの修道服だ。
つまり、アングル次第では下着が見えてしまうのである。
ちなみに今日はこの空の様に青いスカイブルーだ。”何が”とはあえて明言しないが。
最近では咋(あからさま)に下着を見せつけてエロティックな演出をする傾向が見られる。
正直、これはどうかと思う。特にシリアスな場面でこの様な事をされると緊張感が解けてしまうし、
それに露骨なエロは必ずしも視聴者に受けるとは限らない。
場合によっては興を削いでしまう事もある。
パンチラにもTPOというものが求められているのではないだろうか?
それを言ってしまえば、ふいんき(なぜか変換できない)をぶち壊す様な露骨なメタ発言も自重すべきなのだろう。このSS。
ところで、なぜ私はこの様な事を考えているのだろうか?
また謎が一つ増えてしまった。
神裂「サーシャ、そこで何をしているのですか?」
背後から神裂ねーちんが現れた。
いつからそこに居たのだろう。- 85 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:13:02.74 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「第一の解答ですが、少々考え事などを」
神裂「考え事ですか」
サーシャ「ええ、人はなぜ戦争という愚行をやめないのかと」
私はいつだってこの世界の抱える悲劇を憂いている。
けしてパンチラがどうこうなどと、そんな下衆な考察は、私の高尚な思想の中には一片たりとも入る余地などない。
サーシャ「第一の質問ですが、神裂はなぜここに?」
神裂「先ほど、この猫が私の頭上に降ってきたのです」
ジブリール「にゃあお」
神裂はソレの首根っこを掴んで私に見せつけてきた。
神裂「たぶん屋根から落っこちたのでしょう。ですから、戻して上げにきたんですよ」
サーシャ「そうですか。神裂、それを貸してください」
神裂「はい、どうぞ」
余談ではあるが、「落っこちる」とは東京方言らしい。どうでもいいが。
何のためらいも疑問もなく、神裂は私が投げ捨てた猫もどきを私に差し出してきた。
私はそれを受け取り。
サーシャ「ふん」ブン!!
何のためらいも疑問もなく投げた。
体育座りのまま、インナーマッスルを最大限に利用して、腕を撓らせながら。
ライバルのアイツに背番号1は渡さないとでも言わんばかりに。- 86 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:15:56.25 ID:ehHXp7bQ0
神裂「サーシャクロイツェフ!?」
サーシャ「何ですか?」
神裂「猫を投げちゃダメでしょう!?」
サーシャ「そうですか?」
傍から見ると、私はまるで危険な子供みたいに思われるかもしれない。
何度も言うが、アレは猫ではなく天使だ。
天使は投げ捨てる物なんだ法という法案が、先月の英国議会の下院本会議で可決したではないか。
ちなみに日本では衆議院の優越が原則となっている様に、こちらでは下院、つまり庶民院が上院に対する優先権を持っている。
まあ、半分は嘘ですが。いじわるな私は、どこが間違っているのかはあえて明言しない。
サーシャ「大丈夫です、ジブリはこの遊びを大変気に入っているのですよ」
神裂「遊びってレベルじゃないでしょう!?」
サーシャ「神裂も子供の頃にやった事があるはずですよ」
神裂「そんな恐ろしい遊びはしてません!!」
サーシャ「子供の頃に五和を投げて遊んだ事は無いのですか? 聖人パワーで」
神裂「サーシャ、あなたは私の事を徹底的に誤解しているみたいですね…」
サーシャ「いいえ、第一の解答ですが、私はあなたの事なら何でも知っていますよ」- 87 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:17:40.98 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「例えば昨夜、みんなが寝静まった後、あなたは一人でこっそりと台所に忍び込み、
こっそり保管しておいた鯛の骨とアラで出汁を取った鯛茶漬けを食べていましたね」
神裂「なッ!!? なぜ!? そんな、あの時は確かに誰も…」
サーシャ「しかもそれが習慣になっていると私は考察しています。あの手際の良さは、昨夜が初めてではありませんね?」
神裂「ッ…!?」
そう、私は何でも知っている。神裂が最近、新たにジーンズを購入した事も。
チョココロネの件で、最近シェリーがアンジェレネをライバル視し始めた事も。
そのアンジェレネがチョコ派からカスタード派に変わった事も。
ルチアが自分の胸が未だ成長しているのを気にして、ひそかに腕立て伏せを始めたのも。
逆にアニェーゼが自分のスタイルを気にし始め、髪型を変えようかどうか悩んでいる事も。
オルソラの今日の幸せ指数も。
トトロなんて存在しないという事も。
私は何でも知っているのですよ。何でも。
- 88 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:18:40.93 ID:ehHXp7bQ0
神裂「あの、サーシャ、その…」
サーシャ「第二の解答ですが、安心してください。みんなにはないしょです」
神裂「あ、ありがとうございます…」
サーシャ「私の口はスポンジ並みに固いですから」
神裂「喋る気満々じゃないですか!!」
サーシャ「スポンジボブですから」
神裂「あなたはハンバーガーのオマケか何かですか…」
まあそれは冗談です。平気で猫を、いえ天使を投げ捨てる私でも、仲間の秘密を軽々しく誰かに喋ったりする様な人間ではない。
例えスポンジボブが喋ろうとも、私は口を寡黙を貫き通す。絶対に。- 89 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:20:15.91 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「ところで火織」
神裂「初めて下の名前で呼びましたね」
サーシャ「イヤですか?」
神裂「いえ、そういうのも新鮮で良いですね。あまり下の名前で呼ばれる事が無いので」
サーシャ「そうですか。では神裂」
神裂「いや別に下の名前で良いんですよ?」
サーシャ「神織」
神裂「まあ確かにそれでもかおりと読めますが…」
サーシャ「火を織ると書いてかおり。神裂らしい戦闘狂を思わせる名前ですね」
神裂「アマゾネスみたいな言い方しないでください。私は戦闘狂などではありません」
サーシャ「昨夜、台所にて一人で腰を左右に振りながら、鼻歌交じりに踊っていたアレは何の武術ですか?」
神裂「忘れなさいっ!!/////」
赤面しつつも拳をぎゅっと固く握っている。
きっと天草式の秘術とかで、部外者が聞いてはならない事なのだろう。
私はこれ以上の追及は諦める事にした。
だって、あの固く握られた拳で聖人パワーの拳骨を食らったら、正直生存できる自信が無い。- 90 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:21:19.34 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「話がどうでもいい方向に逸れてしまいましたが」
神裂「人の名前をどうでも良いとか言うな!!」
サーシャ「日本ではなぜ魚や肉を生で食べるのでしょうか?」
神裂「それこそどうでも良い話なのでは?」
サーシャ「いえ、ねーちん」
神裂「土御門みたいな呼び方しないでください」
サーシャ「今は生食の話をしているんです!! あなたの呼び方なんてどうでも良いでしょう!!」
神裂「良くねぇって言ってんだろ!!」
サーシャ「それで神裂、話の続きなのですが」
神裂「何ですかそのフリーダムな切り替えは!? っていうか結局は神裂に落ち着くのですね」- 91 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:23:25.66 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「なぜ日本人は生食を好むのでしょうか?」
神裂「私も文化人類学に詳しいわけではないのですが、日本人が生食を好むと言うよりは、生食の文化が残ったというべきでしょう」
神裂「もともと人類の祖先は、肉を生で食べていました。それが火で焼くという方法を得て食事の手法が変わったわけです。
火を通す事により、少々傷んだ食べ物でも寄生虫を[ピーーー]事ができるでしょう?」
神裂「しかし、日本はご存知の通り、四方を海に囲まれた島国です。ですから、新鮮な魚を手に入れる事が容易であった。
或いはその様な地域が多かったという事にあるのでしょう」
サーシャ「第一の質問ですが、日本に生食文化が残った理由はそれだけですか?」
神裂「あとは、獣肉との関係もあるのではないでしょうか?
欧米では肉食が発達していたので、わざわざ魚を食べる必要性が無かったという話を聞いた事があります。
それに、日本では仏教や陰陽道の影響もあり、政府が獣肉食を禁じていたため、魚や鶏肉が主流となったという事も
関係があると思いますよ」
サーシャ「なるほど…」
文化とは、その土地柄や情勢、あるいは思想などに裏付けられるもので、調べてみるととても面白いものである。
だが、少なくともこのSSにおいては…
サーシャ「どうでも良い話でしたね」
神裂「どうでも良いと言うのなら、なぜ質問してきたのですか?」
サーシャ「鯛茶漬けの事を思い出してつい」- 92 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:24:37.76 ID:ehHXp7bQ0
神裂「サーシャ、あなたは何か、悩み事などありませんか?」
サーシャ「何ですか? やぶから棒に」
神裂「この様なところで一人でぼーっと体育座りなどしていたので、ちょっと気になったのです」
サーシャ「第一の質問ですが、やはり変ですか?」
神裂「別に変だと言いたいわけでは無いのですが、普通ではないと思います」
サーシャ「普通、ノーマル。ノーマルの反対は、アブノーマル…」
サーシャ「第二の質問ですが、私が変態だと言いたいのですか?」
神裂「曲解しすぎですから…」- 93 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:26:51.29 ID:ehHXp7bQ0
- サーシャ「悩み、ですか…」
神裂「いえ、別に無ければ良いのですが」
サーシャ「ありますよ、悩み」
神裂「もしよければ、話してもらえますか」
サーシャ「しかし…」
神裂「サーシャ、あまり一人で抱え込むのはよくありませんよ」
サーシャ「……分かりました、話しましょう」
サーシャ「実は…」
神裂「実は?」
サーシャ「第一の解答ですが、この第一の何とかと冒頭に付けるのが非常に面倒で煩瑣なのです」
神裂「……は?」
サーシャ「なぜ話す度に、第一のなんちゃらなんて付けなければならないのでしょうか?」
今更だが、2スレ目まで来といて愚痴るのも難だが、これは本当に面倒なのだ。
一々セリフを言う度に第一の~ですが、というのは手間がかかる。
最近ではもはやあまり使っていないくらいだ。 - 94 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:29:30.58 ID:ehHXp7bQ0
神裂「使わなければ良いのでは?」
サーシャ「第二の解答ですが、それでは私のキャラに影響が出るでしょう」
神裂「そうですか?」
サーシャ「第三の解答ですが…ああ、めンどくせェ!!」
神裂「自分からキャラを壊している様に思えますが…」
サーシャ「せっかくだから喋り方を変えてみましょう」
神裂「しかし、原作設定から乖離するというのもどうかと」
サーシャ「原作? 何を言ってるのですか?
それではまるで、私達がラノベやアニメにしか登場しない非実在青少年みたいではないですか」
神裂「いえ、まあ確かにそうですが…」
サーシャ「それに、今更、ここまで来て、こんな来る所まで来て原典に気を使う必要なんてあるのかにゃー?」
神裂「さっそく語尾にチャレンジ精神が滲み出ていますね。しかし、原作あっての私達ですから、原作をリスペクトする事は大切ですよ」
サーシャ「そうは言いますが、これは所詮二次創作です。こんなSSでも自由創作であり、
分類上は芸術の端くれの端くれの端くれでもあるのである。芸術とは自由で無ければならないですねーと、私様は考えているのだ」
神裂「なんかもう滅茶苦茶ですよ」
そうは言うものの、このSSではちゃんと、こう見えてもそれなりに原作設定というものを意識している。
大切に思っている。大切に思いつつ踏みにじっているのだ。
それはあくまでも結果的にそうなってしまっているのであって、けして悪意があるわけではない。
だから、どうか責めないでほしい。
いや、このSSの書き手はいくらでも責めていいから、どうか私ことサーシャ・クロイツェフを責めないでやってください。- 95 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:30:14.11 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「第一の解答ですが」
神裂「右往左往して元の場所に落ち着きましたね」
サーシャ「若気の至りというやつです。特に悩みというものはありません」
神裂「それなら良いのですが」
サーシャ「どうせ私は悩みの無い人間です」
神裂「そんな卑屈にならなくても…」
サーシャ「第一の質問ですが、神裂には悩みなどは無いのですか?」
神裂「悩み…ですか?」
サーシャ「例えば、婚期の話とか」
神裂「強いて言えば、そのキャラが定着してしまった事ですね」- 96 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:32:45.87 ID:ehHXp7bQ0
神裂「悩みかどうかは分かりませんが、望みと言うのでしょうか? その類ならありますよ」
サーシャ「ほう」
神裂「あなたが話したのに、私が話さないというのも不公平ですね。ですが、あまり重く捉えないでください」
サーシャ(なんかガチでシリアスな話が来そうだけど、どうしよう…)
神裂「実は、私には親友とも呼べる大切な人が居ました」
サーシャ「“居ました”…ですか」
神裂「ええ。色々な事があって、今はもう……いえ、誤解しないでください。こんな言い方をすると、
まるでその人が死んでいるかの様に思われてしまいますが、その人は今も元気に過ごしています」
サーシャ「では、今はどういう関係なのですか?」
神裂「どうなんでしょうね……私は、彼女のためと言いながら、結局は自分のために彼女を傷つけてきました。
そんな私を、彼女はどう思っているのでしょう…」
サーシャ「第二の質問ですが、もしもその人が、まだあなたを友達だと呼んでくれるのなら、また元の関係に戻れるのなら……?」
神裂「もちろん戻りたいです。時々、あなたと五和を見ていると、彼女の事を思い出してしまうのです。
私達にも、昔はこんな時があったのかと。そう思うと、懐かしくもあり、また寂寥の思いも…」
神裂「確かに、私達にはこんな時間があったはずなのに……どこへ消えてしまったのか…」
そう言葉を零す神裂の横顔は、どこか寂しそうで、哀愁が漂っていた。
神裂の気持ちは良く分かる。私も、そういう顔をしていた事があった。- 97 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:35:21.38 ID:ehHXp7bQ0
どうにかしたくても、でもどうにもならなくて。仕方ないとそれを受け入れてしまった時に、こういう顔をする。
美しい桜の花が散るのを止められなくて、でも季節の移ろいという大きな流れを止める事ができないと分かってしまって、
ただ散っていくのを摂理として理解する様に。
無常で、無情で、不条理で、でもそれが不文のルールであり、ちっぽけな私達は、ただ大きな流れの中に身を任せるしかないのだ。
ちっぽけで、でも確かに私達一人一人には、それぞれちっぽけな世界があるはずなのに。
それを救ってくれたヒーローだって確かに存在するのに。
「仕方が無い」と納得するしかない。例え私達のちっぽけな世界が何を望もうとも。それは全てを無視して全てを飲み込んでしまう。
神裂「サーシャ、友達は大切にしてください。例え何があろうとも」
サーシャ「……」
「もちろんです」その一言だけを言い、私は頷いた。
それを見て、神裂の頬が少し緩んだ様な気がする。
もちろん、私は五和という友人を大切にしたいと、今の関係が続くのなら、そのために最大限の努力をしようと、そう思った。
例え何があろうとも。
「例え何があろうとも」、なんてカッコよく言ってみせたけど、嘘を吐いたつもりなどないのだけれど。
この言葉は後に嘘になり、後に神裂との約束は破られ、そして私は五和に刃を向ける事になる。
- 98 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:36:57.96 ID:ehHXp7bQ0
【それから】
夕焼けが眩しい。
別に悩みなど無いのだけれど、こうして一人で屋根の上で体育座りをしながら夕日を眺めていると、
なんだかセンチメンタルな気分になってくる。
そろそろお腹が空いて来た。生物だもの。
今日の夕飯の当番はオルソラ・アクィナスだ。彼女の料理はとても美味しい。
隠し味がオリーブオイル一辺倒だが、最近は少し変わってきた様な気がする。
そう言えば、私は何でこんな場所で体育座りなどしているのだろう。
結局、その答えは見つからなかった。
……いや、諦めるのはよくない。こういう時は、過去に遡って考察してみる事が大切だ。
過去に……
そう言えば、今日の朝ごはんは何だっけ? 鯛茶漬? いや、違う。
待て、それを言うなら、ランチは何を食べた?
……いかん、そんな直近の事象すら思い出せないのか?
まるで痴呆症の老人ではないか。私はまだ10代前半だと言うのに。
ランチなど、本当について数時間前の事で……
いや、いやいや、そもそも、そもそもの話だ。
私は今まで、誰と話していた?
- 99 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:38:52.88 ID:ehHXp7bQ0
本当は、私は独り言をつぶやいていただけだったのでは?
私の隣には誰も居なかったのでは?
……そんなバカな話があるか。これではまるでホラーではないか。
そんな、この科学の時代に、幽霊だの魔術だのありもしないオカルトを信じるなど、なんと愚かな事だろう。
幽霊や魔術やトトロなんて存在しない。馬鹿馬鹿しい。
確かに、つい、たぶん30分くらいまで私は誰かと話していたのだ。隣に誰か居たはずだ。
思い出せ、えっと、確か……か、か、か、かなんとか…
………
そうだ!!
サーシャ「垣根帝督!」
………そんなわけがあるか。
だいたい何だ、誰だ垣根帝督って? 非常識な名前だ。
きっと常識は通用しねぇとか言っちゃったりするんだろう。
性格はふざけたメルヘン野郎に違いない。- 100 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:40:38.49 ID:ehHXp7bQ0
いや、あくまでも想像上の話であって、私がその垣根帝督という人物と面識があるわけでもなく、
またそんな名前の人間が存在するとすら思ってはいない。
だが、もしもこの世界に、いや名前的に日本のどこかにそんな人間が居て、もしもその人がイケ面高身長とかで、
意外となんらかの競争で1位にはならなくとも2位とかになる程度の秀才でファンが多いとしたら、この場で謝罪しておこう。
私の想像上の産物に対して。
しかし、何だろう? どうしても思い出せないのだ。
思い出そうとすればするほど、近い記憶が削られる様に消えていく。
たぶん、「なぜ私がこんなところで体育座りをしているのか?」というこの命題には、何か見えない大きな力が働いているのかもしれない。
言うなれば、不文律的な大きな流れだ。どうしようもない、仕方ないと諦めなければならない程の。
うむ、ならば仕方ない。考えるのはやめよう。これが世界の選択だ。ラ、ヨダソウ、スティアーナとかなんとか。
そんなこんなで今日のお話はこれで終わりにする。お腹が空いたから寮に戻るのです。- 101 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:42:34.66 ID:ehHXp7bQ0
- 続けて投稿。
このお話は、本編とは関係がある様で関係が無いという曖昧な話です。
今までの後付け設定やこじ付け説明が中心になります。 - 102 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:45:09.85 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ(項目…魔術の失敗…)
とある昼下がり。私は机に向かい、分厚い魔術の本を紐解いていた。
これでもそれなりに本を読む方です。
読んでいるのは、魔術の行使の失敗例と原因に関する本。
何度か言及してはいたが、今の私はどうも魔術をうまく行使できないのです。
まったく使えないというわけではないが、失敗が多い。
拷問用霊装など、あらかじめ魔術的に強化された武器についてはあまり問題無いのですが、
魔法陣を使ったり、ルーンを使う魔術は、なぜか上手くいかない。
もちろんこのままでいいはずがない。魔術が使えないとなれば、ネセサリウスからリストラされてしまうかもしれない。
というのは少々大げさと言うか、むしろ杞憂ですね。魔術は使えなくとも、戦う事はできる。
さすがにこの程度の事で、最大主教も簡単に私を更迭するほど鬼ではない。
……いや、どうだろう。あの女ならむしろやりかねないのでは?
自信が無くなってきた。
あの女はこういう事に関しては血も涙もないだろう。
まったく、ロシアもイギリスも世知辛い国だ。まさかこの歳で世間の冷たさを身に感ずるとは。
まあそんなこんなで、この問題に対処すべく、このブリタニカ百科事典並みに分厚い本を読んでいる。
キャリアアップと言うよりは、キャリアリテイクという感じでしょう。- 103 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:46:48.90 ID:ehHXp7bQ0
紅茶を飲み、クッキーを頬張りつつ。
傍から見れば優雅に読書を楽しんでいる様に見えるかもしれないが、私はこれでも真剣なのです。
ちなみに私はボロボロとクッキーの欠片をこぼす様な下品な女ではない。
その辺の事については心配しないでください。でも、友達に借りた本とかは、なるべく物を食べながら読むのは避けましょう。
親しき仲にも礼儀あり。いや、仁義だったか。
などと考えつつ、私はクッキーに手を伸ばした。
オルソラが焼いてくれたクッキーです。とても美味しい。
こういうのを日本では、頬っぺたが爆発するとか表現するらしい。
いや、頬っぺたが落ちるだったか?
まあどっちでも良い。爆発すればほっぺたなど容易く千切れ飛ぶ。
日本人の言語センスに思考を張り巡らせつつ、魔術の本の内容も頭に入れつつ、私はまたクッキーに手を伸ばした。
サーシャ「………ん?」
クッキーを掴むはずだった私の指は、空気を掴む。パントマイムをしているわけではない。
確認してみると、そこにあったはずのクッキーが、いつのまにか消失していた。
私のクッキーの消失。- 104 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:48:26.92 ID:ehHXp7bQ0
おのれ、これも魔術師の仕業か?
などと一瞬だけ考えてみたが、犯人はすぐに見つかった。
ガブリエル「うまうま」ぼりぼり
私の背後に、頬をリスの様に膨らませている黒猫が居た。
ボロボロと床にクッキーの欠片をこぼしつつ。
なるほど、ことわざ通りコイツの頬っぺたを削ぎ落とせと言う事か。
ガブリエル「甘味がたらんな。もっと無いのか?」
猫の分際で人語を話す気持ち悪い生き物を無視し、私は部屋の窓を全開にした。
心地良いというには少し寒い風が入り込んで来る。もう冬だ。
だが、換気は必要だろう。
さて…
サーシャ「第一回ガブリエル遠投大会ー!」
心の中で拍手しつつ、黒猫の首根っこを掴んで持ち上げ、マウンドに立ったピッチャーのごとく振りかぶった。
さすがに頭上に持ち上げるには少し重いので、セットポジションからの投球だ。- 105 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:49:39.07 ID:ehHXp7bQ0
ガブリエル「待て!! 少し待て!?」
サーシャ「………」
少し待った。
サーシャ「第一球」
ガブリエル「私が悪かった!! 謝るから投げないでくれ!!」
―――――
ガブリエル「まったく、たかがクッキーごときで。乱暴な人間だな」
サーシャ「第一の解答ですが、当然です。あなたよりクッキーの方が大事ですから」
ガブリエル「そうストレートに言われると傷つく」
サーシャ「投げようとしていたのはスライダーですが」- 106 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:51:28.78 ID:ehHXp7bQ0
ガブリエル「ところでサーシャ、さっきから何を読んでいるんだ? 薄い本か?」
サーシャ「これが薄い本に見えますか?」グイッ
ガブリエル「ちょっ、やめっ」
分厚い本をグイグイと黒猫に押し付ける。
傍から見ると金髪の少女が猫を虐待している様に見えるが、これは猫ではない。
こんな気持ちの悪い猫はいない。だから問題は無い。大丈夫だ。
猫みたいなこの物体の名はガブリエル。そう。後方の青、月の守護者にして、聖母の懐妊を伝え、また一夜にして二つの都市を滅ぼした大天使。
話はそれるが、欧米ではよく天使や聖人の名前を付ける風習がある。
例えばかの有名なマイケル・ジャクソンの名前も、大天使ミカエルから付けたものだと思われる。
同僚でも、アニェーゼ・サンクティスは、聖アグネスが由来となっている。
聖アグネス。アグネスとは、ラテン語で子羊。ギリシア語で純潔、処女、敬虔を意味する。
この聖アグネスは、わずか13歳、ほとんど私と変わらない歳に殉教者となった。
当時のローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスの統治下で、長官セプロニウスにより処刑されたのだ。異端の十字教信徒として。
裕福な家庭の生まれで、とても美人だったらしく、13歳にして多くのロリコンに求婚されたらしいこの聖アグネス。
彼女は全ての求婚を断り続け、健気に神への愛を貫いた。
しかし、執政官(コンスル)の息子の求婚を断ってしまった事が、後に彼女が処刑される原因となってしまったのである。
さて、ここからはナレーター=サーシャ・クロイツェフがお送りする、元ネタとなった聖人の簡易エピソードをお送りします。
あまりにも雑で、ネタだらけで、悪意に満ちた説明であり、なおかつ本編には一切関係のないあまりにも長過ぎる横道です。
もしも全てを見ようと試みるのならば、それなりの覚悟を決めてください。- 107 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:53:01.50 ID:ehHXp7bQ0
【聖アグネスのエピソード】
長官セプロニウス「どうしよう。アグネスを処刑したいけど、ローマの法律じゃ処女は処刑できないんだよねぁ」
セプロニウス「お前、本当は経験あるんだろ?」
アニェーゼ「あるわけねぇです!!cv釘宮理恵」
セプロニウス「ちっ、……そうだ、いいこと思いついた」
セプロニウス「お前、全裸で街を歩いてみろ」
アニェーゼ「お前は何を言ってやがる」
アグネスはセプロニウスの命令で、全裸で街を練り歩くという辱めを受けました。
一般人「うはっwwwwww全裸幼女wwwwwwww」
一般人「あれ金持ちのお嬢様のアグネスじゃねぇかwwwwww」
一般人「いいねいいね最ッ高だねェwwwwww」
一般人「くぎゅっ!! くぎゅうううううう!!!!」
アニェーゼ「うう…なんで私がこんな目に…」
一糸まとわぬ姿で人目に晒されるという屈辱。
だが、敬虔な信徒がこの様な辱めを受けているのを、神は黙って見過ごしはしなかった。
神様「アグネスよ、そなたを聴衆の目から守ってあげよう」
神様「ラブ・デラックス!!」
アニェーゼ「うわっ、神が伸びた!?」- 108 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:54:02.73 ID:ehHXp7bQ0
一般人「ちっ、何だよこれ!? 大事な部分が見えねぇじゃねぇか!!」
一般人「くそっ、これも都条例の仕業か!?」
一般人「おい、役所からコイツを襲っても良いって許可が出たぞ!!」
一般人「マジかよ!? 合法レイプかよ!?」
神様「いいぜ、テメェがこの子を強姦できると思ってんなら」
神様「まずはそのふざけた幻想をぶち[ピーーー]!!」バキッ!!
一般人達「そげぶっ!!!」
こうして聖アグネスの貞操は無事守られたのだった。
セプロニウス「マジかよ!? 誰も強姦しなかったのかよ!?」
セプロニウス「クソッ、なら売春宿に放りこめ」
売春宿に放りこまれました。- 109 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:55:32.31 ID:ehHXp7bQ0
アニェーゼ「ぐすっ…」
ロリコン「ぎゃははっ、こいつはたまンねェなァ!! 」
アニェーゼ「ダメ!!」
ロリコン「あァ? 何言ってンだテメェ? ここがどこだか分かってンのかァ?」
アニェーゼ「ダメなの!! 私の体は神様だけのものなんだからね!!cv釘宮理恵」
ロリコン「……」
アニェーゼ「ぐすっ…ひぐっ…」
ロリコン「チッ、興醒めだ。鬱陶しいから泣くンじゃねェよクソガキ」
こうしてまたもや聖アグネスの純潔は守られたのだった。
ちなみに聖アグネスは13歳という年齢にも関わらず、精神的には大人顔負けの成熟度だったらしい。
たぶんもっと神聖な感じで、薄汚れた売春宿を清浄な祈りの場に変えてしまったのでしょう。
この様なエピソードがあって、彼女は後に四大殉教童貞聖女の1人として称えられる様になりました。
わずか13歳という年齢にして、死を恐れずに神への信仰を貫き、そして神の加護を得て純潔を守り抜いた健気な少女。
結局、最期は斬首されてしまいましたが。
アグネスと言えば、例のあの人を思い浮かべて、嫌なイメージが先行しがちかもしれませんが、
本当の聖アグネスはこんな少女だったのだという事を知ってほしい。
アニェーゼ「サーシャ、勝手に私の名前を使って変なストーリーを作らないでください」
サーシャ「さぁ、次行ってみましょう」- 110 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:58:20.65 ID:ehHXp7bQ0
ルチアとアンジェレネ。大小シスターコンビ。と言うと、おトイレのレバーみたいな感じになってしまうが。
ルチアの元ネタは聖ルチア。こちらも有名な聖人です。サンタ・ルチアと言えば分かる人も居るでしょう。
聖ルチア、サンタ・ルチア、あるいはシラクサのルチア。シラクサというのは当時の都市の名前です。
ルチアという名は、ラテン語で光という意味。ルシフェルの名前にも光という単語が入っていますよね。
聖ルチアは304年に殉教した聖女です。
まあだいたいアグネスと同じ理由、つまり十字教の迫害ですね。
キリスト教がローマ帝国公認となったのは、聖ルチアが死んでから2年経った306年、コンスタンティヌス帝の時代です。
左方のテッラが使ったC文書の元になったあの人です。
この聖女が殉教したのは、聖アグネスと同じディオクレティアヌス帝の統治下です。
そして聖ルチアの殉教後にディオクレティアヌス帝は退位しました。
コンスタンティヌスが即位したのは306年からで、彼は十字教を公認したため、十字教では聖人として扱われています。- 111 :1[sage]:2011/02/26(土) 10:59:45.91 ID:ehHXp7bQ0
【聖ルチアのエピソード】
ルチア「母さんの病気が良くなる様に、シチリア島の聖アガター様の御墓に祈りにいきましょう」
ルチア「ちなみに、この聖アガターが元になったシスターアガターも、私達アニェーゼ部隊に居ます」
そしてシチリア島に向かったルチアさん。
ルチア「おや、ちょうどミサをやっているみたいですね。ちょっと聞いていきましょう」
神父「神の子は、貧しい人々の病を癒しました。これは聖書の一節です」
ルチア「感動しました!!」
感動したルチアは、聖アガターの墓の前で母の病気の治癒を祈った。
ルチア「アガター様、どうか母にご加護を。ついでに最近修道服の胸のあたりがキツくなってきたので、
できればこれ以上胸が大きくならない様にしてください」
すると、ルチアの前に聖アガターが現れました。
聖アガター「ルチアよ。何故私に祈るのだ。そなた自身が母を癒やす力を持っているというのに。
見よ。もうそなたの母の病は治っているではないか」
ルチア「十字教ぱねぇ」
ルチア「ついでに胸の悩みも」
聖アガター「知らんがな」- 112 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:01:16.49 ID:ehHXp7bQ0
聖アガターの言っていた通り、母の病気は完全に治っていました。
ルチア「十字教はなんて素晴らしいのでしょう。これからは、神の子の教えに従い、財産を貧しい人達に分けましょう!!」
神の子の教えでは、現世で貧しい者は神の国で豊かになれる。現世で報われない者は神の国で報われるとされていました。
「右手で善行を行っても、左手には悟られない様にしなさい。誰にも知られないあなたの善行を、神は知ってお喜びになられる。
逆に善行を行って褒め称えられる者は、神の国では報われない。なぜなら、あなたは義人として報われているからだ」
だいたいこんな感じだったと思います。
貧しい者も豊かな者も神は平等に愛してくれているはず。ならば、なぜ貧富の差が生まれるのか?
この様な矛盾から、神の子は、神の国では全ての価値が逆転すると教え、
豊かな者は、神の国で報いを受けたければ貧しい者に施しなさいと言ったそうな。
ルチア「もういいですか?」
サーシャ「もう少しだけ付き合ってください」- 113 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:01:48.64 ID:ehHXp7bQ0
聖アガターの言っていた通り、母の病気は完全に治っていました。
ルチア「十字教はなんて素晴らしいのでしょう。これからは、神の子の教えに従い、財産を貧しい人達に分けましょう!!」
神の子の教えでは、現世で貧しい者は神の国で豊かになれる。現世で報われない者は神の国で報われるとされていました。
「右手で善行を行っても、左手には悟られない様にしなさい。誰にも知られないあなたの善行を、神は知ってお喜びになられる。
逆に善行を行って褒め称えられる者は、神の国では報われない。なぜなら、あなたは義人として報われているからだ」
だいたいこんな感じだったと思います。
貧しい者も豊かな者も神は平等に愛してくれているはず。ならば、なぜ貧富の差が生まれるのか?
この様な矛盾から、神の子は、神の国では全ての価値が逆転すると教え、
豊かな者は、神の国で報いを受けたければ貧しい者に施しなさいと言ったそうな。
ルチア「もういいですか?」
サーシャ「もう少しだけ付き合ってください」- 114 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:03:36.45 ID:ehHXp7bQ0
そんなわけで、聖ルチアは自分達の財産を惜しむことなく貧しい人達に分け与えました。
夫「あのールチアさん? お前最近ちょっと財産を寄付しすぎだと思うんだけど」
ルチア「私はもっと素晴らしい財産を手に入れるためにこうして寄付をしているのです。あなたも協力しなさいこの異教のクソ猿が」
夫「不幸だ…」
夫も最初は、その素晴らしい財産とやらのために協力をしていました。
しかし、全ての財産を寄付し、無一文になってしまった後、夫は「これって詐欺じゃね?」と思うようになり、
ルチアを当時は禁止されていた十字教徒であると告発してしまったのです。告白じゃないですよ。
判事「そんなに奉仕がしたかったら、聖殿御子になりなさい」
ルチア「だが断る」
十字教徒として裁判にかけられた彼女に下された判決は、聖殿御子になれというものでした。
役職名的に何か神聖な感じがするこの“聖殿御子”ですが、聖殿御子の仕事は、信者と共に神に祈るだけでなく、
娼婦としても働かなければならないのです。
当然の事ながらこれは十字教の教えに反するものであり、敬虔な教徒であるルチアはこれを頑なに拒否しました。- 115 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:05:46.21 ID:ehHXp7bQ0
ルチア「お断りします。私はこっから一歩を動きません」
判事「処刑上へ連れてけ」
兵隊「はっ!!」
十数人の兵隊が彼女を連行しようとしました。
しかしどういう事か、大の男が十数人で引っ張っても、ルチアを動かす事ができなかったのです。
それは、まるで重たい石像の様でした。
兵隊「マジ重ッ!!」
ルチア「神の奇跡です。けして私が太っているわけではありません」
ラチが明かないので、千人の兵隊と千頭の牛を派遣し、縄を括りつけて引っ張ろうとしました。
しかし、それでも聖ルチアを動かす事はできませんでした。
ルチアは聖霊に満たされた、山の様に強固な存在となったのです。
仕方が無いので、聖ルチアはその場で処刑される事になりました。
刑吏が彼女の喉を刃物で引き裂きます。しかし、聖ルチアは潰れた喉でこう叫びました。
ルチア「みなさんにお知らせがあります!! 今日キリスト教徒を迫害していたディオクレティアヌス帝がその地位を追われました。
迫害は終わりを告げたのです。そしてわが姉アガターがカタニアの守護者となったように私はこのシラクサの守護者となるでしょう!!」
どうして彼女は、今日この日、ディオクレティアヌスが退位する事が分かったのでしょうか?
彼女の声が終わらぬうちに、ローマの使者が彼女の処刑の場に到着し、ディオクレティアヌス帝の退位を告げました。
聖ルチアの言葉が裏付けられたのです。
誰もその場から彼女を動かす事ができず、そして彼女はその場で殉教しました。
それから、聖ルチアの死んだその場所に墓が造られ、やがて教会が作られる様になったのです。- 116 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:07:06.55 ID:ehHXp7bQ0
- アニェーゼ「それから306年にコンスタンティヌス帝が即位し、十字教が公認され、迫害の時代はおわったわけですが、コンスタンティヌスが十字教を認めた背景には、こんなエピソードがあります」
コンスタンティヌス帝には、コンスタンティアーナという娘がいました。
コンスタンティアーナ「つれーわー、マジ重いハンセン病でつれー」
コンスタンティアーナ「えっ? 聖アグネスの墓場に本人降臨? それどこ情報よ?」
噂を聞きつけたコンスタンティアーナは、聖アグネスの墓へ行き、そして墓の前で祈りました。
コンスタンティアーナ「お願いです、どうか私の病気を治してください」
コンスタンティアーナは祈り続け、いつしか疲れ果てて眠ってしまいました。
すると、彼女の夢に、かつて殉教した聖女アグネスが現れます。
アニェーゼ「シャキっとしやがれってんですよ。そんで、神様に祈りなさい。そうすりゃ、必ずよくなります」
聖女アグネスは、夢の中でそう言いました。
目が覚めると、不思議な事に、病気が治っていました。
感動したコンスタンティアーナは洗礼を受け、聖アグネスの墓の上に教会を立てました。
まあこんなエピソードも、コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認する要因の一つとなったのでしょう。
アニェーゼ「というお話です」 - 117 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:09:47.10 ID:ehHXp7bQ0
アンジェレネ「次は私のお話ですね」
サーシャ「第一の解答ですが、飽きました」
アンジェレネ「ええっ!?」
サーシャ「一体誰が得するというのですか」
本当のキリスト教徒が見たら怒り心頭なこの流れ。
色々バッサリと区切っているので、興味のある人は自分で調べてみてください。
ちなみにアンジェレネの元ネタは……分かりませんでした。
アンジェレネ「そ、そんな…」
オルソラ・アクィナスの元ネタは、神学者のトマス・アクィナス。
シェリー・クロムウェルは、ピューリタン革命の後にイギリスの統治者となった護国卿オリバー・クロムウェルです。
アンジェレネ「あ、あの、もっと私について調べてみるべきですよ!!」
アニェーゼ「さ、そろそろ戻りましょうか」
ルチア「そうですね」
アンジェレネ「サーシャ!!」
サーシャ「さ、本題に戻りましょう」
アンジェレネ「ううっ、ぐすっ…」- 118 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:12:30.65 ID:ehHXp7bQ0
やっと今回のお話の核心です。
この核心に入る前に、クソ猫の名前について触れてしまったために、約5120文字近く、レスにして約20も無駄に長々と横道に逸れてしまいました。
事業仕訳とかしたら、参院選で得票数都内一位だった人が怒りそうですね。
さて、核心とは言っても、今回の話の本質は後付け設定なわけで、
この私ことサーシャ亡命シリーズの本筋においては重要であり、また重要でもないという何ともどっちつかずで曖昧な内容でもある。
というか、冒頭にも述べたとおりです。
サーシャ「第一の質問ですが、なぜ私はあなたの、大天使ガブリエルの力を使える様になったのでしょうか?」
そう。今回は、この事について触れてみたかったのだ。
私が問いかけてる相手は、人語を話すキモい黒猫だ。
名をガブリエル。いや、名だけではなく、本当の大天使ガブリエルだ。
信じられないだろうけど、こんな猫の姿をしていても、コイツは聖書に出てくるあの大天使なのです。- 119 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:14:22.21 ID:ehHXp7bQ0
ジブリール「心理学で言う同化現象って奴かな」
黒猫は当たり前の様に人語を話す。今はわけあってジブリールと名乗っているが。
そこは説明が面倒なので、過去ログを見てください。
ジブリール「例えば、赤い色の染みがあるとする。その周りを沢山の青色で囲むと、赤色の染みが青色に見えてくる。
これは色彩における同化現象だ。だけど、それは赤色が青色に変わったのではない。
あくまでも擬態の一種に過ぎず、赤色という色彩そのものは赤色のままだ」
ジブリール「人間の心理も同じ。例えば親子が似ているのも、家庭という同じ空間の中で、長い時を共にする事で、
多感な子供が影響を受けるという事なのだろう」
サーシャ「アニメや漫画のキャラに影響を受けたりする厨二病的なアレもそうなのですか?」
ジブリール「まあ…そう……なのか?」
ジブリール「人間の精神ってのは意外と脆い。例えば危機的な状況に陥った時、パニック状態になるだろ?
カタギの人間なら大抵はその様な状況になれば、発狂、或いは精神崩壊を起こすかもしれない」
ジブリール「だがまあ、その点においてお前は、魔術を知らない、或いはその業界に関わらないカタギとは違うからな。
普通の人間に比べたら、そういう危機的状況というのに慣れがあるだろう」
サーシャ「確かに、そうなのかもしれませんね」- 120 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:17:19.26 ID:ehHXp7bQ0
ジブリール「そういう人間は精神崩壊を起こしにくい。あるいはパニック状態か。だが、そうでないとはいえ、
それが必ずしも危機的な状況から脱する鍵になるわけじゃない。確かに冷静な思考を維持する事が問題の解決に繋がる事はあるが、 それはあくまでもお前自身のポテンシャルに大きく依存するのだからな。そのポテンシャルを大きく超える状況は、
シラフの状態でも解決するのは難しい」
ジブリール「じゃあどうするか? そこでお前の精神は、何かと同化するという選択を無意識のうちに選んだのだろう。
お前は敵に追い詰められた。どう足掻いても勝てない敵だ。ならどうする? どうすれば勝てる?
もしも自分に、彼らに勝てるだけの力があれば…」
ジブリール「そう思った時、心は強い者に擬態しようとする事がある。自分の脳内に描く強者に縋りつく。
それは漫画や映画のヒーローでも良い。自分にとって困難を打破する者の象徴とも言えるべき存在だ」
サーシャ「そこで私は、あなたを思い描いたというわけですか…」
自分を、自分が思い描く強者に重ね合わせ、それに同化しようとする。それも一種の同化現象。
私は、絶対的な力の象徴である大天使を、その中でも最も私にとって印象の強いガブリエル(神の力)を思い浮かべ、それに同化した。
いや、別にあの時、意識的にガブリエルを思い描いたわけではない。
おそらく、私の心が無意識の範疇で、ガブリエルを最大の強者と認識していたのかもしれない。
ジブリール「肉体はいつか滅びる。だが、魂は不滅だ。魂とは精神であり、精神は、こことは違う世界にアクセスし、
現実世界に特異な力を吐き出すための鍵となる」
ジブリール「科学ではそれを、自分だけの現実と言ったかな」
サーシャ「パーソナルリアリティー…ですか」
ジブリール「お前はあの日、追い詰められ、そして私に縋った。私というテレズマの塊に、自分の精神を繋げようと試みた」
サーシャ「それにあなたは応えてくれた」
ジブリール「運が良かったのさ。普通は同化現象と言っても、人格の面で擬態するだけだ。
以前に私がお前の体に乗り移ったというこの事象が無ければ、お前は私と力の面で繋がる事は無かった」
サーシャ「感謝しています。その後は滅茶苦茶に暴れてくれましたけどね」
ジブリール「ぶっちゃけ四大属性の歪みさえ無くなれば、後は知ったこっちゃ無いからな」
サーシャ「こいつ…」- 121 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:18:56.84 ID:ehHXp7bQ0
ジブリール「もちろんパニック状態により、同化という手段を用いて精神的に現実逃避をする事もある。
というか、そっちの方がむしろ一般的だろう。お前の方が特異中の特異だ。なんせ、天使である私とリンクしたのだからな」
サーシャ「十字教徒が迫害されていた時代に、殉教者が処刑の間際に天使や聖人を見たというエピソードがありますが、アレもそうなのですか?」
ジブリール「処刑という最大の精神的苦痛により、救いを願う信徒が思い描く救いの象徴、すなわち聖人や天使の幻覚を見たか、
あるいはお前の様に、本当にそれと精神が繋がったのか。まあ近いものはあるんじゃね?」
もしかしたら、聖アグネスの髪が伸びたのも、そして聖ルチアが山の様に強固な存在になったのも、
そこには私と似たり寄ったりの要素があったのだろうか?
以上、ジブリールことガブリエル先生のこじつけ講座でした。
ジブリール「何を言っている? まだまだ続くぞ」
サーシャ「いえ、もう良いです」
これ以上のこじつけ話は、さすがにちょっとやり過ぎだ。
スパイスは入れ過ぎると料理の味を損なう。
このSSの本来の味を損なってしまうのだ。
ジブリール「いや、もう今更だろ。色々と」
サーシャ「……」
否定できないのが悔しい。- 122 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:20:57.21 ID:ehHXp7bQ0
ジブリール「このSSで初めて私がお前の体に降りた時、つまりvs殲滅白書で初めてミーシャ・クロイツェフが登場した時の話だ」
ジブリール「あの時、私は死んだはずのお前の仲間を蘇生させただろ?」
サーシャ「第一の質問ですが、まさかあのご都合主義的な部分にメスを入れる気ですか?」
そう言えば、ガブリエルは最期の審判で最後のラッパを吹き鳴らし、死者を蘇らせる大天使なんだとか、
そんな感じのこじつけをしていた気がする。
これ以上色々と傷を抉る気か? このSSでも触れてはいけない部分ベスト3に入るだろう展開なのに。
ジブリール「ラッパもそうだが、私ことガブリエルは、生命との繋がりが強い天使でもある」
ジブリール「生命の樹では、私はイェソドを支配している。このイェソドは、同じく私が守護する月と関わるセフィラだ」
ジブリール「月は受肉と誕生の神秘の象徴。例えば私がマリアちゃんに…いや聖母マリアに」
サーシャ「あなたは聖母マリアをマリアちゃんって呼んでいるのですね」
ジブリール「ごほん…聖母マリアに神の子を身籠った事を告知した。これは、聖霊である神の子が、肉体を得てこの世界に降りた事になる。
つまり、私は神の子の誕生と同時に神の子の受肉を伝えたという事になるだろう?」
サーシャ「なるほど」- 123 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:23:09.94 ID:ehHXp7bQ0
ジブリール「セフィロトについては、前スレでお前が日記にも書いていたが、10のセフィラが四つの世界を形成している。
根源、形成、創造、表現の世界にな」
ジブリール「イェソドは、根源の世界においては霊と肉体の正当な調和と結合、形成の世界では太陽光と月光の間にある生命の識別、
創造の世界では月の神秘」
ジブリール「また、このイェソドを支配するアスペクトは、エル・ハイ・シャダイ。その意味は、生命の最高の王だ」
ジブリール「まあつまりだ。この大天使ガブリエルは、生命の支配者とも言えるのだよ。
いや、まあさすがにそれは言い過ぎっつーか、だからと言って好き勝手したら下手すりゃ堕天させられるかもだけど」
ジブリール「ぶっちゃけた話、そういう天使だからまあこんな展開でも良いんじゃね?という感じであんな感じになっちゃったという感じだ」
サーシャ「どんな感じですか…」
ジブリール「こんな重たい肉体が欲しけりゃくれてやる。魂も死んだばかりでその辺を漂ってたから、まあ良いかな?
四大属性を元に戻すための手駒にもなるしみたいな」
サーシャ「もういいです。これ以上はやめましょう」
以上、ガブリエル先生の後付け設定講座でした。
- 124 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:24:19.29 ID:ehHXp7bQ0
- 続きます。
日常編最後の投稿です。 - 125 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:26:14.82 ID:ehHXp7bQ0
【笑顔が見たくて】
アニェーゼ「サーシャって、あまり笑いませんよね」
サーシャ「何ですかいきなり?」
アニェーゼ「知ってますか? サーシャって、影で可愛い鉄仮面というあだ名がついちまってるんですよ」
サーシャ「最高にハイってやつですか?」
アニェーゼ「それは石仮面です。とにかくサーシャ」
サーシャ「?」
アニェーゼ「笑ってください」
サーシャ「はい?」
アニェーゼ「笑えよサーシャ」
サーシャ「はははははは」
アンジェレネ「目が笑ってませんよ」
サーシャ「第一の解答ですが、急に笑えと言われても無理です」
アニェーゼ「仕方ねぇです。アンジェレネ!!」
アンジェレネ「はい!!」
アニェーゼ「プランBです!!」
アンジェレネ「ラジャー!!」
サーシャ「プランB?」
Bがあるという事は、プランAもあるのだろうか?
などと考えてる最中、アニェーゼが私の両腕を後ろからガッシリとホールドした。- 126 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:27:23.31 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「何をする気ですか!?」
アニェーゼ「こうするんです。 アンジェレネ!!」
アンジェレネ「必殺、くすぐり攻撃ぃ♪」こちょこちょこちょ
サーシャ「ひっ!!」
アニェーゼ「アンジェレネのくすぐりテクは、アニェーゼ部隊でも右に出る者はいねぇんですよ」
サーシャ「ひぐっ、ひゃ…らめ……」
アンジェレネ「クスクス、どうですかぁサーシャ?」
サーシャ「ひっ、ひゃめてくらひゃ…あぁっ!!」
的確に弱点を突いてくる。
まさか、子リスの様なアンジェレネにこんな才能があったとは。
さすがは異端審問のイギリス清教。恐ろしい拷問だ。- 127 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:28:29.30 ID:ehHXp7bQ0
- アンジェレネ「なかなかしぶといですねぇ…」コチョコチョ
サーシャ「ッ……!?」
容赦なく私を責める魔の手。
朦朧とする意識の中で、誰かが私に囁くのが聞こえた気がする。
『サーシャ、まずまCQCの基本を思い出して…』
アニェーゼ「誰ですか?」
サーシャ「はぁっ!!」
アニェーゼ「なにっ!?」
私を羽交い締めにするアニェーゼの両腕を、私が脇を思いっきり強く締める事で逆に拘束する。
そして背負い投げの要領で、勢い良くアニェーゼを私の背中に乗せつつ、前屈みになって彼女を投げ飛ばした。
アニェーゼ「うわっ!?」
アンジェレネ「きゃあっ!!?」
同時に私の正面に居たアンジェレネも巻き添えを食らい、背負い投げされたアニェーゼの下敷きとなった。
- 128 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:29:40.68 ID:ehHXp7bQ0
アンジェレネ「ううっ……」
何が起きたのか、自分の上に乗っかってる物体は何なのか?
色々な事を確認すべく、アンジェレネはゆっくりと目を開いた。
ドスッ!!
アンジェレネ「ひっ!?」
そのアンジェレネの顔のすぐ隣、眼前の床に目がけて、私はドライバーを突き刺した。
慌てて反対側を向くアンジェレネ。
ザクッ!!
アンジェレネ「きゃああっ!!」
今度はノコギリを床に付き刺した。アンジェレネの顔と床に刺さったノコギリの距離は、およそ3センチ弱。
普通は刃の方が折れるだろうけど、これはマジカル☆ノコギリだから気にしてはいけない。
右にはドライバー、左にはノコギリ。
そして自分の上に乗っかっているアニェーゼをどけ、おそるおそる正面を見た。
サーシャ「第一の質問ですが、ドライバーとノコギリはどちらがお好みですか?」
アンジェレネ「いっ、いやあああああああああ!!!!!」
この時の私は、きっと笑顔から最も遠い顔をしていたのだと思う。
日本的に言えば、般若とかそういうアレだ。- 129 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:30:52.04 ID:ehHXp7bQ0
アニェーゼ「サーシャの笑顔が見たいかー!!」
神裂「……」
ルチア「……」
オルソラ「あらあら」
アニェーゼ「見たいかー!!」
神裂「……」
ルチア「……」
オルソラ「まあまあ」
アニェーゼ「……もういいですよ」
アンジェレネ「アニェーゼ、簡単に諦めないでください!」
ルチア「どういう事なのですか? シスターアニェージェ」
アニェーゼ「アニェ―ジェって誰ージェ?」
アンジェレネ「実は…」
かくかくしかじかうまうま- 130 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:31:41.42 ID:ehHXp7bQ0
神裂「つまり、サーシャを笑わせろと?」
ルチア「そんな無理に笑わせなくても」
アンジェレネ「でも、みなさんも見てみたいですよね? サーシャが笑ってるところを」
オルソラ「まあまあ、面白そうではありませんか」
アニェーゼ「決まりですね。みんなでサーシャを笑わせましょう!! 腹筋がもげ、横隔膜が破れるほどに!!」
腹筋がもげ、横隔膜が破れる程に。
そんな私の殺害計画が企てられている中、何もしらない私は、特に意味も無く寮の廊下を歩いていた。
神裂「サーシャ、ちょっと良いですか?」
サーシャ「そういう君は火織神裂」- 131 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:33:31.43 ID:ehHXp7bQ0
【サーシャvs神裂】
神裂「シスターサーシャ」
サーシャ「何でしょうか?」
神裂「となりの家に囲いができたらしいですよ」
サーシャ「へぇ…」
神裂「……」
サーシャ「……」
サーシャ「それで、何ですか?」
神裂「いえ…何でもありません」
サーシャ「……?」
- 132 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:35:27.48 ID:ehHXp7bQ0
【サーシャvsルチア】
ルチア「シスターサーシャ」
サーシャ「何ですか? アニェーゼと言い神裂と言い次から次へと」
ルチア「あのですね…えーっと…」
サーシャ「まさか、第一の私見ですが、私を笑わせるために、ただそんな下らない事のためにあなた方は知恵を絞っているとか、
一致団結しているとか、そんな事は無いですよね? 誇り高き第零聖堂区のシスターが。
神に仕え、迷える子羊のために身を捧げる敬虔な修道女が。まさかとは思いますが」
ルチア「うぐっ…」
サーシャ「それで、何か用ですか?」
ルチア「いえ、何でもありません…」
―――――――――
アニェーゼ「へたれ」
アンジェレネ「へたれ」
ルチア「うるさい!」- 133 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:36:43.68 ID:ehHXp7bQ0
【サーシャvsオルソラ】
オルソラ「まあまあ、サーシャさん」
サーシャ「今度はオルソラですか」
オルソラ「新メニューを考えたのですが、試食していただきたいのでございます」
サーシャ「神メニュー?」
それは何とも神々しい。十字教徒の琴線に触れ、くすぐられる様だ。
オルソラ「いえ、新メニューでございますよ」
サーシャ「第一の質問ですが、何を作ったのですか?」
オルソラ「キノコのクリームパスタでございます」
サーシャ「確か、昨日の夕食のメニューもキノコのクリームパスタだったはずですが」
オルソラ「キノコのクリームパスタ2号なのでございますよ」
サーシャ「何でも2号と付ければ良いわけじゃないですよ」
オルソラ「さあ、食べてください」
サーシャ「……」- 134 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:38:48.55 ID:ehHXp7bQ0
何か、匂う。
いや、パスタの美味しそうな匂いではない。
もっと何か、吐き気を催す邪悪とか、ゲロ以下の匂いとか、さすがにそこまでレベルの高い悪意ではないが。
言うなれば、もっと小さな悪意というか小粋な悪戯というか、なんというか、難というか。
……いけない。仲間を疑うなど、そんな事はあってはいけない。
きっと、これは単純な好意だ。厚意なのだ。
人は猜疑心で動くのではない、もっと尊い信頼により人は繋がり、分かり合える。
オルソラはそう言っていたではないか。アニメでも原作でも。
サーシャ「では、いただきます」
フォークを手に取り、三つの尖端を器用に駆使して細いパスタとキノコを絡めていく。
そう言えば、2号というだけあって、確かに昨日のパスタのキノコとは違う。
何と言うキノコだろう? 図鑑で見た事がある気がする様なしない様な。
確か、毒キノ……
いけないいけない。つい先ほど、地の文で自分に言い聞かせたばかりではないか。
これは毒キノコじゃないよ。例え毒キノコだとしても、毒キノコという名の食用キノコだよ。- 135 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:39:44.82 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「あむ」パクッ、モグモグ
オルソラ「いかがでございますか?」
サーシャ「すごく…美味しいです…」
濃厚だがクドくはない、まったりとしたホワイトクリーとパスタが絡み合い、そこにキノコの風味と触感が合わさる協奏曲(コンチェルト)
サーシャ「第一の解答ですが、ディモールトベネです」
お世辞抜きで美味しい。味の新約聖書だと言っても過言ではない。
サーシャ「ところでオルソラ、第一の質問ですが、このキノコは何ですか?」
オルソラ「ワライタケでございます」
サーシャ「……」- 136 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:41:49.95 ID:ehHXp7bQ0
サーシャ「第二の質問ですが、幻想性キノコと呼ばれる毒キノコの仲間で、シロシビンやシロシンなどのインドール核を
含む物質をその成分としていおり、食べると中枢神経の異常、興奮状態や幻覚、幻聴を引き起こす、
ドラッグで言うとLEDに似ているという…」
オルソラ「はい、そのワライタケなのでございますよ」
サーシャ「……」
人は……
人は、やはり猜疑心で動くものなのだ。信頼なんて価値は無い。
甘かった、私が間違っていた。
……いや、違う。そんな事を思っちゃいけない。私は何も間違ってはいない。
オルソラ「やはり、人を笑顔にするには料理が一番なのでございます♪」
そうだ、ただこの人は、オルソラはちょっと頭のネジが緩んでいるだけなのです。
別に悪意があって私に毒キノコを食べさせようとしたわけではなく、あくまでも私を笑顔にしたくて……
あれ、意識が……
ぎゃは……あはっ、ぎゃはははっ♪
- 137 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:43:14.54 ID:ehHXp7bQ0
【サーシャvsキャーリサ】
サーシャ「あはっ!! ぎゃははっ!!」ガンゴンバキン!!
キャーリサ「ちょっ、やめっ!!」
サーシャ「あー楽しィ、やべェよォ!!」
サーシャ「最ッ高に飛ンじまったぞ!! クソ野郎がァッ!!」ガンゴンバキン!!
神は言っている、レベルを上げて物理で殴れば良いと。
ルチア「楽しそうですね、サーシャ」
オルソラ「あらあら♪」
神裂「ていうか、なぜキャーリサ様がここに?」
アニェーゼ「いやぁ、めでたしめでたし」
アンジェレネ「だ、ダメですよ! あんな悪魔みたいな笑顔じゃ! もっと健全な笑顔じゃないと!!」
キャーリサ「誰か助けろよ…」
サーシャ「ぎゃはっ♪」- 138 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:45:34.84 ID:ehHXp7bQ0
バシャバシャと音を立てながら、叩きつける様に冷水で顔を洗う。
酷い目に遭った。ワライタケは致死性のキノコではないが、麻薬及び向精神薬取締法において麻薬原料植物として指定されており、
売買はもちろん故意の採取や所持も法律で規制されている。
オルソラはどこで、どんなルートで手に入れたのだろう。
ダメ、ゼッタイ。などと私が言ったところで、もはや何の説得力も無いだろう。
心ならずもこの歳にして麻薬に手を出してしまった。
記憶は殆ど無い。汚い肉の塊みたいなのを殴っていた気がするが。
サーシャ「はぁ……」
一息つき、タオルで顔と手を吹き、洗面所に踵を返した。
一体この寮で何が起きているのだろう。なぜみんなしてつまらないネタを披露してくるのだろう。
何やら異変が起きていると、そう思わずにはいられない。
その後もアニェーゼ部隊252人とその他シスターがサーシャを笑わせようと試みた。
しかし、誰も彼女を笑わせる事ができず、逆にみなの芸人魂を傷付け、最大主教に辞表を出して故郷に帰ろうとする者まで現れた。
サーシャ「何が面白のでしょうか、レ○ドカー○ペッ○とか」- 139 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:47:28.97 ID:ehHXp7bQ0
アニェーゼ「これだけのメンツが揃っておきながら、誰もあの鉄仮面を笑わせられないとは。アンタら一体何年間芸人やってんですか!?」
アンジェレネ「アニェーゼだって笑わせられなかったじゃないですか」
ルチア「そうです。リーダー失格なのでは?」
アニェーゼ「何ですか!? 私の芸に何か問題があるって言うんですか!?」
ルチア「いまどき釘宮ボイスだけで売れると思ったら大間違いですよ」
アニェーゼ「ルチア貴様ァ!! 釘宮はなぁ、少年ボイスからツンデレまで幅広くこなせちまう一流の声優なんですよ!!
釘宮ボイスは唯一無二のロイヤルブランドなんだよ!!依然変わりなく!!」
アニェーゼ「だいたい声の事を言っちまえば、ルチアだって私の事をアニェーゼじゃなくてアニェージェって呼んでるじゃないですか。
“ゼ“の発音もロクにできねぇなんて笑っちまいますよ!!」
ルチア「私の中の人を馬鹿にしないでください!! 伊勢さんは中学生の頃から声優を志し、
これを書いてる奴と殆ど変わらない歳でプロの声優として活躍してる立派な人です!!」
神裂「あの…中の人だとか、そういうメタ発言は慎むべきでは…?」
オルソラ「私の歌を聴けぇ!! なのでございますよ♪」- 140 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:48:33.92 ID:ehHXp7bQ0
五和「あのー…」
神裂「来ていたのですか五和」
五和「ええ、何やらメタ的な論争に発展してて話に入れなかったのですが…」
神裂「いえ、入らなくても結構です。むしろアレに加わってはいけません」
サーシャ「あ、五和」
五和「サーシャちゃん! 探したんですよ……って、何で柱の陰に隠れてるんですか?」
サーシャ「第一の解答ですが、中の人論争が怖くて…」
五和「何言ってるんですか。サーシャちゃんの中の人だってミュージカルやドラマとかに出てるじゃないですか」
神裂「ですから、そういう発言は…」- 141 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:50:05.63 ID:ehHXp7bQ0
五和「そんな事よりサーシャちゃん」
サーシャ「何ですか? まさか五和もこの私にシケた一発芸を見せにきたのですか?」
五和「芸って、私達は魔術師ですよ? 芸人じゃありません」
アニェ・ルチ・アン「はっ!?」
神裂「なんですかその“そう言えばそうだった、ガチで忘れてたわ”みたいな驚愕の表情は…」
五和「実はですね、サーシャちゃんにプレゼントがあるんです」
サーシャ「Present?」
五和「じゃじゃーん♪」
サーシャ「こ、これは……!?」
サーシャ「オプーナ?」
五和「違います!」
それは、ちょうど私の上半身くらいの大きさのぬいぐるみだった。
五和「本物はいませんけど。ほら、これも可愛いですよ?」- 142 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:51:42.66 ID:ehHXp7bQ0
いつだったか、天草式のとこで見た例の宮崎映画のキャラクター。
確かに本物は居なかった。流石にサンタクロースが居ないのは分かっているが、
魔術があるなら、在らざるものが居るなら、さらには天使が居るのなら、
トトロの一匹や二匹くらい居ても良いじゃないかと拗ねた事はある。自分のキャラを考慮すると、けして他言はできないが。
そんなわけで、私の視界を埋め尽くす程の中トトロのぬいぐるみを前に、不覚にも萌えてしまったわけで、頬が緩んでしまったわけで……
アンジェレネ「あ、笑った!」
アニェーゼ「今です、このフェイスを写メに!!」
何やら周囲のモブがざわついているが、もはや私の注意は完全に目の前のトトロに一方通行だ。
サーシャ「五和! ありがとうございます♪」
半年に一回見せるか見せないかの笑顔で私はそう言った。
五和「いえいえ/////」だらー
神裂「五和、鼻血を吹きなさい」- 143 :1[sage]:2011/02/26(土) 11:55:45.96 ID:ehHXp7bQ0
アニェーゼ「なーんだ、結局サーシャは物に釣られるんですね。貢物に」
人をキャバ嬢みたいな言い方するな。
アンジェレネ「サーシャの笑顔すごくかわいい♪」
オルソラ「なぜ普段はそんな笑顔を見せてくださらないのでしょうか?」
サーシャ「だ、第一の解答ですが、うるさいです。それに、恥ずかしいじゃないですか////」
ぬいぐるみをギュッと抱きしめつつ、顔を隠す。
別に照れてなどいない。照れてない!
しかしなんというか、ここに来てからというもの、いい加減自分のキャラが変わり過ぎている様な気がする。
180度どころじゃない、もっと次元レベルで変わってしまった。
朱に交われば赤くなる。よもぎに連るる麻の様に、変わってしまったというよりは、この仲間達に変えられてしまったのかもしれない。
それはけして喜ばしい事ではない。ないのだが…
それでも私は、こんな日々が続けば良いなと、そう思ってしまっているわけで…
不覚にも、こんなバカバカしくなるほどに平凡で平和な毎日に、幸福の様なものを感じている。
釈然としないが、それでもまあ今は自分のキャラなんて気にせずに、トトロをもふもふする事に夢中なのだった。
- 144 :12011/02/26(土) 11:58:29.12 ID:ehHXp7bQ0
- 以上です。
次回から前スレ>>901、本編の続きに入ります。
- 147 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:23:23.53 ID:jm9+gCfn0
- 立てば幼女、座ればロリッ娘、歩く姿はマジ天使
ようやく本編に入ります。 - 148 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:27:44.45 ID:jm9+gCfn0
主はミカエルに言った。「エノクに地の衣服を脱がせ、私の甘い油を塗って聖別し、私の栄光の衣服を着せなさい」
ミカエルは主が言った通りにした。ミカエルは私を聖別し、服を着せた。
その聖油は光よりも明るく、甘い露のようで香りは軽く、太陽の光のように輝いている。
自分自身を見てみると、私は主の輝かしい者たちのようになっていた。
【旧約聖書 外典エノク書】
エリヤは言った。「あなたは難しい願いをする。わたしがあなたのもとから取り去られるのをあなたが見れば、
願いは叶えられる。もし見なければ、願いはかなえられない」
彼らが話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。
エリヤは嵐の中を天に上って行った。
【旧約聖書 列王記】
この二つはそれぞれ旧約聖書からの抜粋である。ちなみにコピペだ。
書記官エノクと預言者エリヤは昇天し、メタトロンとサンダルフォンという天使となった。
人間が天使になるという例外中の例外。
逆に天使が人間になったという例もある。
例えばトビト記においては、ラファエルがアザリアという青年に化け、トビアスの旅を見守り、また父トビトの目の病気を癒したとされる。
同じく十字教四大天使の一人であるウリエル。この大天使も人間になった天使であり、
「わたしは人間たちの中で暮らすために地上におり、ヤコブという名で呼ばれる」という記述がユダヤの伝承である「ヨセフの祈り」にある。
神の子だってこの世界に肉体を纏って生まれてきたわけだから、彼も精霊や神から人間になったといえるだろう。
なんて、考えても仕方のないことだ。
「お前天使になるぞ」なんて言われても、例えそれを本物の受胎告知をした天使に言われても、今ひとつ実感が湧かない。
それでも「全部ウソでした、ドッキリ大成功」と言われても、それを嘘だとは思えない。
証拠が自分の体にあるのだから。- 149 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:29:17.18 ID:jm9+gCfn0
早朝の窓ガラス越に目をやる。
霧の町ロンドン
産業革命による影響でスモッグが充満していた昔よりは薄くなったと言われているらしいが、
それでも冬の朝のロンドンは真っ白に染まる。
だが、窓ガラスの外の事などどうでも良かった。
眺めているのは窓ガラス。正確にはそこに映る自分の顔。
別段いつもと変わらない、白く人形の様に端正な顔立ち。
そして赤い目…
赤はミカエルを象徴する色。
- 150 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:31:06.36 ID:jm9+gCfn0
全ての始まりはどこだったか?
たぶん、ベイロープを助けた時。
どこで人と天使の境界を越えてしまったのか?
たぶん、フィアンマと戦った時。
そもそも、最初から自分は人間ではなかったのでは?
たぶん、それを否定する事はできない。
大天使のテレズマを収め、その器と成る才能。
そもそも天使とは、魔術的な定義で言えば、テレズマという形の無いものを人の形にしたものだ。原作13巻より。
テレズマというヘリウムガスを、人の形をした風船に収めるのと同じ感覚である。
大天使級のテレズマを体に収めたら、それはもう天使と同じなのだと言えなくもない。
少なくとも普通の人間とは呼べない。
それでも自分は人間として生まれた。天使とは違う、ちゃんとした肉体がある。
しかし、もともとが不安定だったのだ。人間でありながら、人を超えた存在である天使と同じ容量を持つ。
だがそれで自分を天使だと定義するには、足りない物があった。力だ。
天使としての力を、自分の意志では使えない。所詮は器に過ぎない。天使もどきの人間だった。- 151 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:34:43.39 ID:jm9+gCfn0
その天使もどきの人間であった私は、ベイロープを助けるために、天使の領域に片足を突っ込んだ。
今まではガブリエルから私への一方通行だったものが、この時は私の方からガブリエルの力に手を伸ばしたのだ。
私は初めて大天使の力を使った。
そして私は天使もどきの人間もどきになった。天使と呼ぶにも、所詮はガブリエルの劣化コピー。
しかし、天使と同じ容量があって、自分の意志で天使の力を使える私は、さらに人間から離れてしまった。
白い翼。フィアンマとの戦いで、窮地に追い込まれた私は、四大属性の歪みが正された世界でガブリエルのテレズマを取り込み、
さらにフィアンマの行使するミカエルのテレズマを取り入れた。
それは満タンのコップの上から水を注ぐのと同じ。
或いはヘリウムガスが一杯に詰まった風船に、さらにヘリウムガスを無理やり詰め込む様な行為。
そして、私は白い翼を手に入れた。
器が壊れたのではない。壊れたのは、人間と天使の境界。
例えるなら、今まではテレズマを収めるために器に穴が開いていたのだが、ガブリエルとリンクした時にもう一つ、
力を使うための僅かな亀裂が入っていたのだ。それが限界を超え、完全に決壊した。- 152 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:36:06.47 ID:jm9+gCfn0
しかし、単に崩れただけではない。その力の使い方を知ってしまったのだ。
崩れたその穴に関門を作り、自由にテレズマを取り込み、力を使える様になった。
私は、天使に限りなく近い人間もどきとなった。
天使を作るというのは、この世界に新たな概念を組み込む事と同じである。22巻より。
付喪神と似た様なものなのかもしれない。
自分はどんな天使になるのだろうか? そんな事は、自分自身も分からない。
はっきりしている事はただ一つ。
天使は人間の住む世界には居られないという事。
つまり、もうこの寮には居られない。みんなと一緒に居る事はできない。
例えどんなに抗っても。何をどれだけ頑張ろうとも。仕方のないことだ。- 153 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:36:57.22 ID:jm9+gCfn0
霧の街ロンドン。
季節はもう冬。
軽く呼吸をするだけで、白い吐息が漏れる。
その白い息を浴びる様に、悴む両手を温める。
だーれだ?
突然、目の前が真っ暗になった。
自分の目蓋を覆うように、柔らかい手が視界を遮る。
サーシャ「熊本県、天草郡五和町」
五和「それは元ネタです」
イルカウォッチングが有名だ。- 154 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:37:41.86 ID:jm9+gCfn0
声ですぐに分かった。
さすがに手の感触では分からなかったが、後頭部に当たる柔らかい二つの感触もヒントになった。
サーシャ「おはようございます、五和」
五和「おはよう、サーシャちゃん♪」
そう言いながら、彼女は私の両サイドの髪をかきわけ、両手で私の頬を包むように触れてきた。
何が面白いのか分からないが、最近ではよくこの様な事を彼女はしてくる。
スキンシップの一種なのだろう。
五和「今日もお人形さんみたいに可愛いですねー♪」
と頬を綻ばせながら、手のひらで私の頬をむにむにとマッサージしてくる。
それが不覚にも心地よく、私はなすがままにされてしまうのだ。- 155 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:38:29.17 ID:jm9+gCfn0
五和「ところでサーシャちゃん、話って何ですか?」
サーシャ「第一の解答ですが、向こうについてから話ます」
本日は私の方から彼女を呼びだした。
ちゃんと予定も立ててだ。
別に遊びに行くわけではないのだが、場所が場所だけに、観光客も居る。
とは言うものの、現在はわけあってその観光客が居ないので、もっと別の理由により調整を図ったのだ。それは後々に説明する。
全ては、この後起こる、けして一般人に見せられない様な事態を考慮しての事だ。- 156 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:39:26.18 ID:jm9+gCfn0
霧の街ロンドン。
季節はもう冬だ。
こちらに来たのは秋なので、この街の景色は冬と秋しか私は知らない。
それでも、ここに来てから色んな事があった。
殲滅白書との戦いと、第二王女のクーデター。
インパクトの強い思い出が真っ先に浮かんでくる。もちろん、それらは私にとっては楽しい思い出ではない。むしろ辛い思い出だ。
だが、けして辛い事ばかりではなかった。
ちゃんと楽しい事もあった。嬉しい事もあった。
それこそ、辛い出来事を塗りつぶしてしまうくらいに、その思い出は私の心を大きく支配している。
私の隣を歩く五和も、その思い出の一つ。
この街に来て、初めてできた友人。
出会いこそ普通であれ、友人となったのは唐突だった。- 157 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:40:13.80 ID:jm9+gCfn0
その積極性は、なぜあの少年に向けられないのかと不思議に思った事もある。
いや、そう言えば、その少年を好きになったのも唐突な出来事だったはずだ。
原作を読んだ人にとっては、「いつの間にフラグを立てたんだ? いやそもそも居たのか?」と思われているほどだ。
意外と唐突に、直観的に本能的に感情的に、五和は行動しているのかもしれない。
だとしたら、私の友人の新たな一面が発見できたという事になる。
親しき仲とはいえ、まだまだ知らない事は沢山あるものだ。
ぎゅっ…
五和「えへへ…」
サーシャ「五和…」
五和の生態について考察してる最中に、彼女は私の右手を握ってきた。
いや、私だって年齢的にはミドルスクールの学生に相当するのだ。
手を繋いで歩く事には、それなりの気恥かしさが伴う。
だけどまあ、良いでしょう、こういうのも。
どうせ、これが最後になるのだから。
- 158 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:43:00.84 ID:jm9+gCfn0
しばらくして、私達はとある場所に付いた。
イギリスでも名の知れた大聖堂。
第零聖堂区ネセサリウスの元本拠地であった、『聖ジョージ大聖堂』だ。
ここは観光名所としても有名らしいが、今はそれらしき人が全くもって見当たらない。
20巻から22巻にかけて、ここは戦場と化したのだ。
そのせいで、内部はかなりガタついている。
私は予めここの管理者に問い合わせ、復旧作業の無い日を選んだ。
そして、ここでなければいけない理由もある。
五和「いやぁ、凄いですね…」
荒れ果てた大聖堂。
この場所で如何に激しい戦闘が行われていたかを物語っている。
神への祈りの場であるはずの聖堂なのだが、壁はズタズタ、豪奢なステンドグラスもバラバラ、
床は抉り削られており、まさに戦争跡地さながらと言った感じに荒れていた。- 159 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:43:48.72 ID:jm9+gCfn0
五和「どうしてここに来ようと思ったのですか?」
サーシャ「第一の解答ですが」
五和「もしかして…」
サーシャ「!?」
感付かれたか? いや、そんなはずは…
だが、五和は私の友人だ。
もしかしたら……
五和「サーシャちゃんって、廃墟フェチですか?」
サーシャ「……」
確かに、人工的な痕跡がありながら、人の気配が全くないという矛盾した廃墟という空間は、
独特の気味の悪さがありつつも、そのギャップに魅入られてしまう事もある。
だが、違う。私は廃墟フェチではない。- 160 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:45:35.98 ID:jm9+gCfn0
気を取り直して。
サーシャ「五和、大切なお話があります」
五和「どうしたんですか? そんな改まって…」
サーシャ「実は…」
いざ伝えようとなると、やはり言葉がつっかえてしまう。
心臓の鼓動が速くなる。
心なしか、じんわりと手のひらが湿っている様な気もする。
だが、伝えなければならない。
大切な事だ。有耶無耶にしてはいけない事なのだ。絶対に…
それに、本当に伝えなければならない事は、他にあるのだから。
サーシャ「実は…ですね」
五和「?」
サーシャ「第一の解答ですが、どうやら私は、天使になるらしいです」
五和「……」
サーシャ「……」
一瞬、時間が止まった様な気がした。- 161 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:47:28.21 ID:jm9+gCfn0
五和「何を言ってるんですか? サーシャちゃんはいつだって天使みたいに可愛いじゃないですか」
サーシャ「いえ、そういう事ではなくて…」
そうだろう。いきなり天使になるらしいなんて言われても、そういう反応をするのが普通の人間だろう。
だから…
バサッ!!
と空気を叩く音とともに、私の背中から雪の様に真っ白な翼が生えた。
百聞は一見に如かず。聞いて信じない者も、これで信じざるを得ないだろう。
サーシャ「五和、私は真剣な話をしているのです」
五和「それは…何ですか…その…」
今度こそ。やっと五和の目の色が変わった。
普通の女の子なら、何それすごーい♪とか言ってこの白い翼をモフモフしてくるのだろう。
だが、彼女は魔術を知る人間だ。同時に、天使というのがどんな存在なのかも知っている。
人間など比べ物にならない。その気になれば、この世界の文明を容易く終わらせるだけの力を持つ脅威だ。- 162 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:50:39.94 ID:jm9+gCfn0
サーシャ「全ての始まりは、たぶん革命が起きたあの日です。
私は、踏み入れてはならない領域に足を踏み入れてしまいました」
五和「えっ?」
サーシャ「それだけならまだ良かったんです。最大主教にも、気を付けろと忠告されました。
私が莫大なテレズマを収める器があるのは知ってるでしょう? それでも私が人間である事ができたのは、
私が力の使い方を知らなかったから。自分の意志では力を使えなかったから」
サーシャ「私は自分の意志で、大天使の力を使える様になってしまった。それだけならまだ良かったんです」
そして、あのベツレヘムの星での出来事。私はその全てを五和に話した。
自分が人間ではなくなってしまった。片足だけでなく全身を突っ込んでしまった事を。
その代償が、この白い翼。
- 163 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:51:57.24 ID:jm9+gCfn0
五和「で、でも、大丈夫ですよ」
分かってる。その言葉に根拠は無いのでしょう。
五和「例えサーシャちゃんが天使だからって、それが何だって言うんですか?」
分かってる。あなたは、例え私が何者であれ傍に居てくれる様な、そんな優しい友人だって事くらい。
そして、分かってるでしょう?
サーシャ「天使は、人間と一緒には居られないのですよ?」
人には人の、天使には天使の運命がある。
それは、存在の違い故に……- 164 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:53:40.81 ID:jm9+gCfn0
五和「それじゃあ…どうするんですか?」
サーシャ「明日にでも、旅に出ようかと思います。今はまだ人間ですから、この先どうなるかなんて分かりません。
しかし、もうこのイギリス清教には、いえ私を知っている人間が居る場所には、居られませんよ」
五和「そんな…」
だから…
本当に伝えたかったのは、天使になる事ではない。
サーシャ「どうやら、お別れしなくてはならないみたいです」
私は、動揺する五和に向かって、オブラートに包む事無くそう言った。
あの日と同じ様に。
五和「……」
信じられない、現状が飲み込めないと言った感じの顔をしている。
分かりやすい人だ。
サーシャ「私がこの事を伝えるのは、あなたが初めてです。あなたにしか伝えていません」
サーシャ「だからどうか、私が居なくなってから、この事をみんなにも伝えてください」
誰に伝えようか、迷った。
だが、みんなに伝えてしまっては、余計な混乱を生んでしまうだろう。
だから、私は彼女を選んだ。- 165 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:55:51.96 ID:jm9+gCfn0
五和「嫌です…」
サーシャ「五和?」
五和「嫌です! 嫌だって言ってるんです!!」
サーシャ「……」
五和「何が“天使になるからお別れしなければならない“ですか!! そんなの」
サーシャ「納得できるわけがない…ですか?」
五和「当たり前です!!」
サーシャ「そうですか…」
きっと、あなたならそう言うと思っていました。
あなたは優しいから。そして大切な友達だから。
だから、あなたを選んだのだ。伝えるべき相手として。
五和「きっと、何か方法があるはずです!! サーシャちゃんが、ッ…!?」
白い羽が、五和の頬を掠めた。
薄く切れた彼女の皮膚から、一筋の血が垂れる。
その羽を投げたのは、もちろん私だ。
サーシャ「どうしても納得していただけませんか?」
五和「サーシャ…ちゃん……?」- 166 :1[saga]:2011/02/27(日) 12:57:17.63 ID:jm9+gCfn0
ここに来てから色んな事があった。
殲滅白書との戦いと、第二王女のクーデター。
インパクトの強い思い出が真っ先に浮かんでくる。
もちろん、それらは私にとっては楽しい思い出ではない。むしろ辛い思い出だ。
だが、けして辛い事ばかりではなかった。
ちゃんと楽しい事もあった。嬉しい事もあった。
それこそ、辛い出来事を塗りつぶしてしまうくらいに、その思い出は私の心を大きく支配している。
信じられないと言った感じで、目を見開いてこちらを見つめる五和も、その思い出の一つ。
ならば、仕方ないだろう。
それらの楽しかった思い出が、辛かった思い出を塗りつぶしてしまうほどに私の心を強く支配しているのなら。
それが私にとって足枷となるのなら。
断ち切らねばならないだろう。
五和が私の事を好きだと言うのなら、その思いをぶち壊さなきゃならなだろう。
徹底的に嫌われなければ、憎まれなければならない。
そうしなければ、このまま居なくなっても余計な悲しみを残してしまうだけだ。
これはケジメ。今まで私が積み重ねてきた大切な思い出を、仲間を、友人を全て捨て去って、
そこにある幻想を粉々に砕いてしまわなければならない。
それが、神が私に下した運命。
- 167 :1[saga]:2011/02/27(日) 13:04:16.53 ID:jm9+gCfn0
サーシャ「五和hdkあなたが神shawf反するというのならhjha」
声にノイズが走る。
私は、それを無理やり調節した。
サーシャ「五和、あなたを殺します」
背中の翼から、剣の様に鋭く眩い白い光が伸びた。
それは、白い羽毛を全てなぎ払い、振り落とす。
そして、白い光の塊は、左右に6対、計12枚の巨大な光の翼を象った。
頭上には白い光の輪が出現した。
そして目の色も、透き通る様な赤から輝くような琥珀色に変化した。
その目は一人の困惑している人間を捉える。
神の命令により、排除すべき人間として。
私は、人間ではなくなった。
- 178 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:18:53.40 ID:VTLkuNRO0
【光の天使】
旧約聖書、創世記。
世界の始まりの日、神は光を創り出し、この世界は昼と夜に分けられた。
光は全ての者に平等に降り注ぎ、十方世界を果てまで照らす。
同時に光は、恵みを与える者と排除する者を、残酷に、無慈悲に区別する。
サーシャ「発動、“聖絶“」
その言葉と共に、右手を翻す様に真横に伸ばす。
すると、突然天井を無視して何本かの光の筋が差し込んできた。
あ、今回の地の文は、私(五和)の視点です。
でも、私の視点で語ると言っても口調とかは一切考慮してませんし、その辺とかどうなのでしょうか……
まあとにかく説明しますよ? 私が堅苦しい雑な言葉で書いたレポートを読むつもりで目を通してください。- 179 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:20:26.90 ID:VTLkuNRO0
突然、天井を無視して何本かの光の筋が差し込んできた。
何てことはない、ただの光だ。
例えば窓から差し込むお日様の様に、例えば青々と茂った木の合間から零れる木漏れ日の様に。
何てことはない。本当にただの光。
なのに……
五和「何…ですか……? 何で…?」
背中を冷たい何かが走り抜ける。
いつも見ているはずの見慣れたその光が、なぜか無性に怖かった。
あれに当たってはいけない。あれに触れてはいけない。
生きようとする本能がそう自分に言い聞かせているかの様で、対象への分析と思考が一切追いついていない。
- 180 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:21:48.71 ID:VTLkuNRO0
広く、高い聖堂の天井から差し込む光の筋を、とにかく避けた。背を向けて逃げた。
そして鞄から素早く海軍用船上槍を取り出し、素早く組み立て、素早く構える。
たぶんこの間わずか10秒。だがそんな事はどうでもいい。本当に。
組み立て、構えた瞬間に、私は天井から差し込む光のうちの一筋に触れてしまったのだから。
常識的に考えて光は一秒で地球を7周半するほど速いのだから、10秒なんてむしろあまりにも遅すぎるくらいだ。
……早速ですが訂正します。触れたなんて、まるで回避し損なって掠り傷を負ったみたいな言い方ですけど、
本当は、正確には運悪くピンポイントで私の頭上に降りてきてしまったのです。
まるでスポットライトによって全身を照らされる様に、私は間抜けな面をしてその光を見上げる事しかできなかった。
触れたのではない、浴びたのです。モロに、シャワーの様に全身に。
五和「あ…………ッ!!?」
シャワーに例えるとしたら、まるで硫酸のシャワーだ。
焼ける様に、爛れる様に、削ぎ落とされるかの様に熱くて痛い。
まるで火あぶりにされている様に悶えるほどに痛い。
私は堪らず、慌ててその場から飛び退いた。
サーシャちゃんから距離を取り、光の当たらない影へと逃げ込む。- 181 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:23:42.29 ID:VTLkuNRO0
五和「これは…浄化? そんな…どうして…?」
なぜ人間である自分が?しかも神に仕える身のはずなのに、なぜ光による浄化を受けているのだろうか?
整理する。この光は、おそらくテレズマの光。だが、それ自体に破壊力は無い。
現に何本もの光の筋が天井をすり抜けて床を照らしているが、床が崩壊し、めくり上がるという事はない。
本当にただの光にしか見えない。
本当にただの光にしか見えないのに、それがどうしようも無く怖い。
思わず暗い場所に逃げたくなる。光の届かない場所に。
まるで、自分が悪霊や悪魔になってしまったみたいな……
悪霊や、悪魔に……
五和「……まさか、この光は。いえ、そもそもが」
根本的に認識を変える必要がある。
光が特殊なのではなく、また太陽の光がサーシャちゃんの力によって変わってしまったわけではない。
サーシャちゃんが口にした単語、『聖絶』。
……地の文でサーシャちゃんって言うのもどうなのだろうか。
ちょっと気になりました。でも仕方ないですよね、私の視点なのですから。- 182 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:26:16.54 ID:VTLkuNRO0
レビ記には、
「聖絶のものは最も聖なるものであり、主のものである。
人であって、聖絶されるべきものは、贖われることはできない。その者は必ず殺されなければならない」
という記述がある。
これは、神の物を人が取り分けて自分の物にしてはならず、全て神の物として神へ返すべきであるという意味で、
聖なる物として自分の所有権を放棄するという事である。
そして神の物に手をつけ、横取りした故にイスラエル王国は滅亡したのだとモーセは言及した。
また別の解釈として、預言者イザヤが「エドム人は神の怒りに触れたために滅亡する」と聖書に記した際にも、聖絶という言葉を用いている。
神の物として絶する、あるいは神の敵として悪しき者を滅ぼす。
解釈によって様々ではあるが、ここで考えるべきは“区別される事”である。
神の物とそうでない物。神が救いを与える者と、神により滅ぼされる者。
そう考えた時に、一つの残酷な結論が導き出された。
区別されたのだ。友人であるはずの彼女から。
悪魔や悪霊と同じように、排除するべき対象として。- 183 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:28:16.22 ID:VTLkuNRO0
光に仕掛けがあったのではなく、私自身が光に弱い存在に変えられてしまった。
それがこの光の天使の使った「聖絶」という名の術式。
物事の優先順位を決められる光の処刑的に言えば、「優先する、光を上位に、五和を下位に、ですねー」という感じだが、
この聖絶はおそらく範囲を区切った術式だと思う。
だから、彼女の「聖絶」が有効な空間で、彼女が敵と見なした者は、誰であろうと光に弱くなってしまうのだろう。
例えばガブリエルが天体制御によって、自分の力が有利に働く「夜空と月のみ」の天体に変えてしまった様に、
彼女は『聖絶』によって自分に有利な場を整えたのである。
光は全ての者に平等に降り注ぎ、十方世界を果てまで照らす。
同時に光は、恵みを与える者と排除する者を、残酷に、無慈悲に区別する。
私は区別された。無慈悲に、残酷に。お前は悪魔や悪霊と一緒なのだと言われたのだ。
状況が状況なだけに悲嘆している暇などないのだけど。
それでも、その事実は私の心に鉛の様に重く圧し掛かった。
友達から憎まれてるわけですから。嫌われたわけですから。はっきりと。- 184 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:30:46.63 ID:VTLkuNRO0
――――――――――――――――――――――
一目惚れという言い方は、自分でもおかしいと思う。
別に恋心を抱いているわけじゃないのだから。
しかし初めて彼女を見た時に、思わず計らず知らず識らずに、私は彼女から視線を動かすことができなくなってしまった。
見入ってしまった。そして魅入られてしまった。
まるで絵画を見ている様で、彼女の存在だけがくっきりと鮮やかに輝いていて、他の人間は宛ら背景の様に霞んでしまっていた。
それほどの存在感があった。
もしも彼女が、赤いマントにベルトだらけの拘束衣で、物騒な凶器をジャラジャラとぶら下げている様な、
そんな奇妙極まりない出で立ちだったとしたら、また印象は変わっていたかもしれない。
しかし、その時の彼女は、普通に普通の修道服を着ていた。
スカートの丈が短かった事には目を瞑るとしても、修道服と言えばシスター。
シスターと言えば神に仕え、祈りを捧げる者。
そんなわけで一般的には清廉、潔白、純潔というイメージがあるだろう。
例に漏れず私もそんなイメージを抱いている。
だからこそ、彼女がとても美しく見えた。
もちろん容姿はすごく可愛い。この世の者とは思えない程に。
外国の子供は殺人的に可愛いと思う事が多々あるのだが、彼女もそう、例に漏れずそうだった。
しかし、あの時感じたのは、そういう美しさではない。
表現が難しいのだが、もっと神秘的な美しさというか、私が持つシスターのイメージも相俟って、そんな感覚を彼女に対して抱いた。
そうですね…一言で言えば、『天使』って感じだと思います。
―――――――――――――――――――――――――
- 185 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:32:07.13 ID:VTLkuNRO0
サーシャ「“聖絶“、第二段階で移行。五和、退くなら今ですよ」
五和「やめてください…そんな笑えない冗談は…」
サーシャ「そうですか…」
すでに何十本もの光の筋が天井から差し込んでいた。
触れれば悪しき者として浄化させられる聖なる光。
その光によって清浄なテレズマに満たされた空間へと、この場所そのものが神聖な場所に変えられている。
何もかも、空気さえもが清浄で神聖な何かに変えられ、廃墟同然だった聖堂の内部が、
まるで今もなお立派な祈りの場として機能しているかの様に甦る。
それがとても気味が悪く、気持ち悪い。
心の奥まで優しく満たされる様な神聖な空気も、彼女に排除すべき悪として区別された今の私にとっては、毒ガスも同然だ。
この場所に居るだけで、じんわりと少しずつ生命力が削られていくのを実感できる。
もうすでに、二本の足で立つのが辛くなってきた。- 186 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:35:37.74 ID:VTLkuNRO0
あの全ての光に触れない様にしつつ、この呼吸するだけで命を削られている現状も考慮しつつ、
これから繰り出されるだろう攻撃にも注意しなければならない。
……そもそも何をもってこの戦いは終わるのか?何をもって勝利とするのか?
マヌケな話だが、自分自身でも分からない。
というか、天使相手に勝つとか負けるとか、普通はそんな発想すら浮かばないはずなので……
女教皇様みたいな聖人でも、力でねじ伏せる事などできはしないのに。私は何をしているのだろうか?
そしてそんな事を考えているうちに、おそらくは最期の逃げるチャンスだったであろう数刻の間が終わり、一方的な戦いが再び始まった。
サーシャは天井から差し込む数十本もの光の筋のうち、自分の近くに在った一筋の光を掴んだ。
すると、サーシャに掴まれた光は、グニャグニャとまるで形状記憶合金の様に何かを象ろうとする。
物理法則とか、常識とか、E = mc2とかもはや何もかもを本気で無視した動きだ。
光ってそもそも触れないし、あんな感じに、柔らかい粘土みたいに動いたりはしませんよね?
あっ、サーシャちゃんでしたね。思わず呼び捨てにしてしまいました。- 187 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:36:53.60 ID:VTLkuNRO0
サーシャ「……」
光は弓矢の形になり、彼女は真っすぐに光の矢じりを向けてきた。
サーシャ「聖絶は主の栄光へ変わり、光は白き矢となりて敵を穿つ」
その言葉と同時に、音も無く、まさに光の様な速さで光の矢が発射され、私の腹部を貫いた。
五和「ッ……!?」
とてもじゃないけど反応なんてできはしない。避けられなかった。
思わず腹部を抑え、蹲る。
せめてもの救いは、あの矢が刃物とは違い、ただの光であったという事。
肌や肉だけではなく、貫かれた部分を中心に体の内側へと焼ける様な痛みが急速に広がっていく。
しかし、風穴が空いてるわけでもなく、血が出ているわけでもない。
致命傷にはならなかったのだ。
それでも、痛い…意識が飛んでしまいそうなほどに…- 188 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:37:39.25 ID:VTLkuNRO0
「シェキナー」。意味は、「神の栄光」。
シェキナーの弓は、智天使ケルビムが携えているという太陽よりも明るい光の弓矢。
彼女の放った矢は、そのシェキナーの弓を想起させる。
五和「サーシャ…ちゃん……」
私は腹部を抑え、床に倒れ、跪く様な格好で友人を見上げた。
サーシャ「……」
彼女は、何も応えてはくれない。
表情のない、鉄の仮面の様に。
ただただ冷たい視線を向けながら、白い矢を私に向けてくる。- 189 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:39:44.88 ID:VTLkuNRO0
―――――――――――――――――――
サーシャちゃんは、とても可愛い。
どのくらい可愛いかと言うと、もういっその事、腐敗しない様に蝋で固めて部屋に飾りたいゲフンゲフン。
さすがにそんな猟奇的な事は考えてません。冗談ですよ?
とても良い子です。思わずお持ち帰りぃ♪したくなるくらいに。これは本当です。いつも考えています。
そして、とても強い。
もちろん戦闘力もそうだけど、心がとても強い。
いえ、聞き分けが良い、あるいは分別があるというのでしょうか。
まだ13歳か14歳そこそこの少女ですよ?
普通に学校に通って、友達と遊んだり笑ったり泣いたり、好きな人に思いを寄せ、恋愛事情に悩んだり。
そんな年頃の少女です。
普通は。普通ならそうだ。少なくとも、私だったら。
私だったら、とてもじゃないけど耐えられない。
国から狙われて、組織から狙われて、ボロボロになるまで戦って、本当にボロボロになるまで打ちのめされて……
そんな事を延々と繰り返していた。いつだって、彼女は何かと戦っていた。- 190 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:41:35.62 ID:VTLkuNRO0
例えば私が殲滅白書のシスターに洗脳されて操られていた時に、私は心ならずも彼女と刃を交えてしまった。
そして、彼女はその時、自分が死ぬという選択をした。
イギリス革命の時も、私達の事を考え、あえて魔術結社と手を組んで私達の敵に回った。
そして、たった一人で第二王女と戦ってボロボロに打ちのめされた。
それが終わったら今度はロシアに浚われ、ロシアではフィアンマという怪物と戦ったとか。
神の右席がどれほど規格外の強さなのかはよく分かってる。
あんな白い翼を生やして天使になってしまったくらいだから、きっと壮絶な戦いだったのだろう。
まだまだ、きっと私の預かり知らない処で、色々な事があったのだと思う。
色々と…
さて私なら、いや普通なら、どこで潰れていただろう。
いくら普通とは少し違う、魔術師としてそういう危ない世界に居る身だとしても、
本質的には13、14歳の少女であり、そして何よりも人間だったのだ。
映画やアニメやラノベやSSのキャラではない。
こんなふざけた事に巻き込まれ続けて、何度も死にそうになって。
それで、それが、そんなのが、それで何とも無いのが、普通の人間だと言えるだろうか?
- 191 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:44:58.59 ID:VTLkuNRO0
普通だというのなら、戦後のPTSDに苦しむ人間なんて存在しない。
戦争や暴力に反対する人間なんて誰も居なくなる。
傷ついて血を流す様な環境など、常に暴力と死のリスクを背負い続ける事など、けして普通ではないし、普通であってはならない。
それを言ってしまえば、上条さんもそうなのですが…
一体どういう神経をしているのか。
魔術の素人にも関わらず、半分死にかけた状態でアックアに立ち向かったのだから、あの人もあの人で色々と人間離れしている。
まあ、そんなところがカッコいいんですけどね…
でも、言いたいことはそこじゃない。もちろん上条さんにも言いたいけど。
サーシャちゃんと上条さんは、違う。
上条さんは、自分から首を突っ込んでいく人だ。
どうして自分が戦わなきゃならないのか?なんで自分がこんな目に遭わなきゃならないのか?
そんな事を言う人間じゃない。誰かのために戦っているわけでもなく、もちろん戦いが好きだというわけでもなく、
またお人好しというわけでもない。
ただ、そういう自分でありたいと彼自身が願っているから、だから戦うのだ。
他でもない、自分のためにあの人は戦う。
でも、サーシャちゃんは違う。
彼女は常に巻き込まれ、仕方なく戦っている。
いや、仕方ないというよりは、戦うという事を、戦わなければならないという事を受け入れられてしまうのだ。
彼女は自分から首を突っ込んでいくのではない。自分に向かってきた運命を、例え何であろうと受け入れてしまうのだ。
文句の一つも言わずに。例え文句を言っても、最期には受け入れ、自分自身を納得させてしまう。それがどんなに辛いことでも。
上条さんは自分のために戦っている。
サーシャちゃんは、義務として戦っている。
同じようで、似ている様で、それは全然違う。
- 192 :1[sage]:2011/03/06(日) 17:47:58.98 ID:VTLkuNRO0
思えば、最初に彼女から別れを告げられた時もそうだったじゃないですか。
我儘を言っても良いのに。泣き言を言っても良いのに。
文句を垂れたって良いのに。駄々をこねたって良いのに。
それが普通なのに、彼女は、どこまでも良い子だ。
サーシャちゃんはとても可愛い。とても強くて、とても良い子だ。
彼女の事を考えると、良い部分しか思い当たらない。
私には、それがどうしようもなく腹立たしかった。
―――――――――――――――――
五和「………サ……シャ…」
長々と語ってしまったので、戦闘シーンは丸ごとカットです。
でも意外とすぐに決着がついてしまいました。
私が地べたに這い蹲っているのを見れば全部分かるでしょう。
ダメです、もう立てません……
意識も……遠くなってきた。どうやらここまでみたいですね…
でも、後悔はしてません。私は、自分が正しいと思った事を最期までし続けたわけですから。
意識が沈んでいく中で、私は最期の力を振り絞って、私を見下ろすサーシャちゃんに手を伸ばした。
まるで何かに縋る様に。
まだ、きっと彼女がこの手を握ってくれるのだと、そんな淡い幻想を抱きながら……
私は、自分のために戦った。分かりますか? サーシャちゃん。
私も、みんなも、あなたが……
- 193 :1[saga]:2011/03/06(日) 17:51:01.42 ID:VTLkuNRO0
サーシャ「……」
ん? ああ、今度は私の番ですか。
ここからは少し黒いサーシャ。その名もサーシャ・黒いツェフの視点でお送りします。
さて、ようやく五和はダウンしたみたいですね。
さっさとここから逃げれば良かったのに。
相変わらず、あなたは人が良いですね。
まったく、反吐が出る。
こんな私なんかのために、なぜそこまで必死になれるのか。
……まあ、どうでもいい。もう私には関係無い。
考える事は無い。淡々と、淡々と。宣言通り殺すとしましょうか。
私は光の矢の照準を、倒れている五和に合わせる。
本当に、こんな不可思議な力を私はどうやって使っているのだろうか?
理論なんて全く分からないけど、まるで息をするのと同じように、瞬きをするのと同じくらいに、
生まれてから自然と備わっている機能の様に使う事ができてしまう。
そこには何の疑問も無い。使える事が、できる事が当たり前だとしか思えない。
なるほど、これが天使という存在なのですね。
何でもできてしまう、神に近い存在。
何でもできるし、誰にでも勝てる。私を止められる者など存在しない。- 194 :1[saga]:2011/03/06(日) 17:53:12.79 ID:VTLkuNRO0
不可解な高揚感に包まれながら、私はつい数分前まで友人だったモノを見下ろした。
五和、あなたは良い人でしたよ。
聖絶により、あなたを排除すべき悪として定義するのは非常に難しかった。
しかし、何とかできた。あなたを悪と、敵だと見なしてしまった。
敵意を持ち、憎む事ができた。そうでなければ聖絶は効果を発揮しない。
反吐が出る。
友人とは言え、所詮は何もかもが綺麗なものではなかったのだ。
所詮はその程度の関係。友情や絆など幻想だったのだとここに証明された。
そうだ。いっその事、女子寮の仲間たちも道ずれにしようか。
どうせ何もかも幻想なのだ。友情だの自己犠牲だの、そんなキレイナモノは無い。
だったらぶち壊してしまえばいい。
みんなが私のために戦ってくれた事も幻想なのだ。
命がけで戦ってくれた事も幻想なのだ。だって、そんな事があるわけないでしょう?
誰だって自分の命は惜しい。
きっと、狙いは他にあったのだ。もしかしたら、私をイギリス清教に引き止めておくために、
或いはロシアとの交渉材料を確保するために彼女達は戦っていたのかもしれない。
だとしたら、五和も友達のふりをしていただけだったのか? 私をここに留めておくために。
全てが、楽しかった思い出えも、みんな黒い黒い打算に裏打ちされた幻想。
- 195 :1[saga]:2011/03/06(日) 17:55:36.79 ID:VTLkuNRO0
頭の中がグチャグチャになる。何も信じられなくなる。人格さえも消えてしまいそうになる。
ボロボロと、大切なモノが手の平の中から崩れ落ちていく様な気がした。
大切なモノ、守るべきモノ。私はその重さを今になって思い知らされた。
それが欺瞞だったと気づいた時、それを幻想だと分かってしまった時、心は刃物で刺されるよりも重たい衝撃に襲われるのだと知った。
どうせ失うなら、傷つくだけなら、大切なモノなんていらなかった。
最初から無ければ良かったのだ。
「たら、れば」ほど意味のない言葉は存在しないのだろう。
だが、もしも私が五和と出会わなければ、結果的に彼女は今日この日、この場所で私び殺される事などなかったのだ。
きっと、いや絶対に…
……だから何だ?それが何だと言うのだ?
これも私には関係無い事だ。今さら考えてどうする?
まったく、反吐が出る。
こんな事しか考えられない私自身に。
- 196 :1[saga]:2011/03/06(日) 17:59:21.92 ID:VTLkuNRO0
こんな私が天使になるというのだから、まったくこの世界というのは色々と狂っている。
噛み合わない歯車だけで構成されたブリキのおもちゃが、軋みながら歪な動きをしている様に、
狂って物が狂った法則で狂いながら動き、狂った世界を構築する。
だから、この狂った世界は、ふざけた幻想は、私から何もかもを奪っていく。
楽しかったはずの時間を、思い出を、心から無理やり引きずり出されてズタズタに壊される様に。
自分自身が空っぽになっていくのを感じる。
そういえば、天使とは、ラジコンと同じで人格というものが無いらしい。
心が無く、感情も存在しないのだ。
ガブリエルを見ているとその話も信じがたいけど。
それでも、今の私にとっては、それがとても魅力的な事の様に思えた。
何も考えずに、何も信じずに、ただ神の意志と命令に従って動く。
素晴らしい。
ゆっくりと弓を引く。
友を傷つける痛みも、殺す事の罪悪感も、失う事への恐れも、何も感じなくなるのなら。
それは、とても素敵な事だ。
さあ、終わりにしよう。何もかも。
この手を離せば、矢が放たれれば、五和が死ねば、全ては終わる。
そして、新しい自分が始まる。もう苦しむ事のない、そんな自分になれる。
だから私は迷わずに、張り詰めた弦と共に、光の矢を放った。
- 213 :1[saga]:2011/03/17(木) 15:56:27.54 ID:+kOB7SVc0
洗濯機「てめぇらずっと待ってたんだろ!サーシャが天使にならなくてすむ、サーシャの敵にまわらなくてもすむ……そんな誰もが笑って、
誰もが望む最高なハッピーエンドってやつを。今まで待ち焦がれてたんだろ?こんな展開を……何のためにここまで
歯を食いしばってきたんだ!?てめぇのその手でたった一人の女の子を助けて見せるって誓ったんじゃねえのかよ?
お前らだって主人公の方がいいだろ!?脇役なんかで満足してんじゃねえ、命を懸けてたった一人の女の子を
守りてぇんじゃないのかよ!?だったら、それは全然終わってねぇ、始まってすらいねぇ……ちょっとくらい長いプロローグで
絶望してんじゃねぇよ!!手を伸ばせば届くんだ!いい加減に始めようぜ、変態(ワシリーサ)!!」
ワシリーサ「!?」ガタッ!!
ヴェロニカ「お供します!」
ローザ「働け貴様ら」
オルガ「私達のこと覚えてますかー?」
アーニャ「おなかすいた…」
ヴェント「スン↓マセーン↑(゚∀゚)!!!ナァンカァ、ワシリーサ登場ってのは無理みたぁい」
すみません、ワシリーサさんは出てくる予定はありません。
代わりにマタイさんが出てくるのでそれで勘弁してください。
- 214 :1[saga]:2011/03/17(木) 15:58:43.97 ID:+kOB7SVc0
五和に向かって光と同じ速さで放たれたはずの矢は、見えない力によって分散され、掻き消された。
単純に、それを阻む存在に気がつかなかった私の不注意である。
もちろん、一度放たれた光の矢を動体視力で見切って防ぐなど、たとえ聖人であっても不可能だ。
光より速いものなど物理学的に存在しない。いや、するかもしれないけど、とりあえず私は知らない。タオキンとかいみふ。
だが、前兆というものはある。どこにどんな攻撃が来るのか?
殆ど勘に近いが、それを察知する事により攻撃を防ぐ事ができない事もないだろう。
その例で言えば、一番顕著だったのは上条当麻…
だがこの場合、勘とか前兆の余地はあまり関係ないかもしれない。
だったらそんな話をするなよ!と思うかもしれないが、私が余談とか横道にそれるのが好きだという事は、もはや今さらでしょう。
今までだってそうだった。それは天使になっても変わらない。
いや、むしろパワーアップしましょうか? そうだ、それが良い。
横道にそれる事だって大事だと、私は思うのです。
むしろ無駄な事ほど重要であり、すぐに役に立つ事などすぐに役に立たなくなってしまうのだから。
さて、今日はどんな無駄話に花を咲かせようか。
神裂「サーシャ・クロイツェフ!!」
サーシャ「……」
あれ、そう言えば何でこの人がここに居るのだろうか?
何かすごく真剣な目つきで怖い。- 215 :1[saga]:2011/03/17(木) 15:59:59.81 ID:+kOB7SVc0
そうだ、いけない。私とした事が、ついうっかりと本筋から外れてしまうところだった。
いくら横道に逸れるのも良い事だとは言え、本筋を疎かにしてはいけない。
幹があっての枝葉であり、本筋あって横道でもあるのだ。
で? 本筋って何の話でしたっけ?新入生?
神裂「まさか、巨大なテレズマの反応の正体があなただったとは…」
サーシャ「よく気がつきましたね…」
そう言いながら、私は軽く右腕を薙いだ。
すると、私が矢を放つ手前で、一瞬にして神裂によって張り巡らされたワイヤーがすべて蜘蛛の糸の様に切断された。
それは、私の矢から五和を守った、ワイヤーによる天草式の防護結界。
だが、ここは私の聖絶が働いている領域だ。ここで結界を張っても、だった一度の効果だけで、
いやその一度の効果すら発揮する事なく私の裁量次第で簡単に無効化できる。
つまり、運が良かったのだ。その存在を認知していなかった私の単純なミスに救われた。- 216 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:00:52.35 ID:+kOB7SVc0
それにしてもいけない、私としたことが。
本当は五和を跡形もなく消し去る威力の矢を放ったつもりだったのに。
無意識のうちに手加減してしまったのだろう。だから、こんなちっぽけな結界に阻まれてしまった。
この結界に気がつかなかったのも私のミスなら、手加減してしまったのも私のミスだ。
だが、新たな排除すべき存在を認識した今は、みすみすこの様なミスを犯すわけにはいかない。
神裂「お忘れですか? 私達が天草式であるという事を。それにあなたのテレズマは、隠そうとして隠しきれる様な規模ではありませんよ」
サーシャ「なるほど、どの宗派よりも集団行動に長けていますからね。仲間の危機をすぐに察知できる…」
サーシャ「大変立派な機動力だと称賛します。五和が殲滅白書に拉致された時には何の役にも立ちませんでしたけど」
わざとらしく、厭味ったらしく毒を吐く。
一瞬だが、神裂の顔が歪んだ。- 217 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:02:27.41 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「それで質問ですが、あなたは何をしにここへ来たのですか?」
神裂「愚問ですね。いちいち言わなければ分からないのですか?」
サーシャ「解一、わざわざ自分から死にに来る理由など分からない」
私はため息を吐きながら、神裂に向かって人指し指をさした。
天井から差し込む白い光の筋、いや、もはや柱と呼ぶべきだろう大きさにまで成長している。
触れれば浄化されるテレズマの光であり、またこの空間を私の力が有利に働く神聖な場所に変えるための光。
その光の柱から飛び出る様に、サッカーボールほどの大きさの白い球体が何個か現れる。
そして、それらは私の指を差した先、神裂の周囲を囲むように集まっていく。
神裂「これは…?」
未知の魔術に困惑し、刀の柄を握って構える神裂。
自分の周囲を取り囲むように現れた白い球体を見定め、全身で警戒している。
さあ、全部避けられますか?
私は神裂に向かって指を差したままの右手を、水平に切る様に真横に払った。
その瞬間、白い球体の一つから、白く煌めく光がレーザーの様に飛び出してきた。
まるで原子崩しのレーザーみたいだ。
まあ、私は科学サイドについてはよく知らないのだけど、だいたいそんな感じ。
- 218 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:03:27.68 ID:+kOB7SVc0
神裂「ッ…!?」
慌てて刀を抜き、レーザーを防ぐ。
サーシャ「数は一つではありませんよ」
360度、無数にさえ思える数の白く輝く球体から、ランダムにレーザーが飛び出し、神裂に襲い掛かる。
光ほどの速さではない。
また、発射される瞬間のテレズマの大きさや光の強さで、どの球体から白い光が発射されるのかは大体予測できる。
とは言え、それも聖人だからこそ成せるのだろう。
前兆の予知。しかし、それでも、聖人の力を駆使しても、どうやら全てを回避する事はできないみたいだ。
神裂「ッ…あァッ!!」
白いレーザーが右足を貫く。
血は出ないし、穴が開くわけでもない。しかし、まるで万力で骨を砕かれる様な痛みが神裂の足を襲うはずだ。
一発当たれば集中力も途切れ、回避も鈍くなる。
続けて二、三発。肩と胸の下を貫いた。- 219 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:05:26.32 ID:+kOB7SVc0
神裂「…ぐっ……!?」
脂汗を浮かべながら苦悶の表情を浮かべる神裂。
きっと、刃物で内臓をかき回される様な痛みを感じているのかもしれない。
聖絶により、強制的に相手を悪魔や悪霊の様に光に弱い存在に変えられている。
だが、あくまでも肉体をそれに変えてしまうのではなく、精神を変えてしまうのだ。
意識ではなく、無意識のレベルで光に対して異常なまでの嫌悪感と恐怖を抱くようになる。
外傷としての痛みではなく、精神的な痛み。
プラシーボ効果に近いものがあるが、この状態で光を浴びる事により、神経系が強烈なまでの痛みを感知してしまうのだと思えば良い。
ほとんど錯覚に近いのかもしれないが、精神が傷つく事で結局は肉体にも痛みが伴うのだ。
傷の無い痛みだけを与える。それがこの聖絶という厚情で残酷な術式。
そしてこれはおそらく、私の最期の情であり、甘さだと思う。
サーシャ「さすがですね。五和を庇いながら避けるとは。さすがに全てとは行かなかったみたいですけど」
神裂「くッ……」
苦しそうな表情を浮かべ、床に突き立てた七天七刀にしがみ付きながらこちらを睨んでくる。
その後ろには五和が気絶したまま倒れている。大丈夫、たぶんまだ生きている。- 220 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:06:59.62 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「……五和は3発ほど持ちましたよ」
神裂「ちょうど今、3発ほど被弾しましたが…」
サーシャ「分かりますか? これでも手加減しているのです」
神裂「分かってますよ。肉体を傷つけず、精神を直接攻撃する。これなら五和も私も外傷による致死の可能性はありませんし、
何より精神的に挫けさせれば、早々にあなたに立ち向かう事を諦めるだろうと。そういう事ですよね」
それが、私の最期の情。優しさだなんてふざけた事をほざくつもりはない。
在るのは、人間という脆弱な生き物に対するせめてもの憐れみだ。
サーシャ「分かっているのなら、最期のチャンスを与えます」
サーシャ「五和を連れてさっさと引き返しなさい」
つい先ほどまでは、本気で殺すつもりでいた。
でも、もうすっかりその気持ちも冷めていた。
もはや取り返しのつかない処まで来ているのだ。
今さら安いケジメなんて必要ない。
別に殺しても良いのだけれど、甘い甘い最期の情だから。天使の慈悲として見逃してやろう。
甘味は神の恵みに良く似ているらしい。天使は、甘いのが好きなのだ。- 221 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:08:11.12 ID:+kOB7SVc0
もう取り返しがつかない。すべてが終わって、後は片付けに入るだけの段階に来ていると。
そう思っていた、そう予測していた私を裏切る様な事を、神裂は言い放った。
神裂「何の冗談ですか? 目的を目の前にして、むざむざと引き返すなど…」
渾身の力を込めて立ち上がり、そして力強く七天七刀を構える。
サーシャ「見逃してあげましょうと言っているのです。聞こえなかったのですか?」
神裂「あなたこそ聞こえなかったのですか? 私は退かない言ってるのですよ」
サーシャ「五和を連れてさっさと引き返せば良いでしょう?」
神裂「それはできない相談です。私は、あなたを連れ戻しに来たのですから」
今度こそ本当に理解不能だった。
なぜだ? この状況で、ここまで来て、なぜ私をまだ連れ戻そうとする?
こんなにもはっきりと敵対宣言をしているのに。- 222 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:09:23.69 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「上の命令ですか?」
神裂「いいえ、これは……私の意志ですッ!!」
そう叫びながら、刀の柄に手を掛けた。
構え、抜刀、一閃、切断。
近くにあった丸太の様に太い光の柱を居合いで切断してしまった。
聖人としての力と対十字教天使の術式を組み合わせ、洗練させた神裂の必殺技である“唯閃”。
次元ごとあらゆるものを切り裂くカーテナ・オリジナルとも拮抗した術式である。
切断された光の柱は形状を失い、内側から爆発するかのようにはじけ飛んだ。
そして、無数のビー玉ほどの大きさの光の玉に分散し、ふわりと宙に浮く。
それらは高く舞い上がり、桜の花びらの様にゆっくりと舞い落ちる。
光が舞うその中心で、神裂は
神裂「サーシャ・クロイツェフ、あなたを連れ戻します。絶対に」
七天七刀の切っ先をこちらに向けながら、彼女は舞い落ちる光よりも眩しく力強い笑顔でそう言った。- 223 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:10:55.62 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「解一、理解不能です。あなたに何の権利があって私を連れ戻そうとするのでしょうか?」
神裂「白々しい。本当は分かっているのでしょう?」
跳躍し、私との距離を詰め、七天七刀を横に薙いだ。
私はそれを巨大な光の翼でガードする。
神裂「本当は、あなただって分かっているはずです。しかし、それを理解したくないだけ。
いえ、今になってそれを一所懸命に否定しようとしているだけ」
光の翼を縦横無尽に振り回し、神裂を引き裂こうとする。
神裂は空中で、長刀を駆使してそれを器用に防いだ。
サーシャ「私が…一体何を分かっていると? 一体何を否定しようとしていると言うのですか?」
床に着地した神裂に向かって、今度は私から攻撃する。
間合いを詰めすぎず、巨大な光の翼の攻撃範囲と、神裂の七天七刀が届く範囲を考慮し、翼による斬撃を繰り出す。- 224 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:12:22.84 ID:+kOB7SVc0
神裂「ッ……!!」
長刀と翼が撃ち合う度に、光の欠片が零れる。
しかし、例え唯閃で翼を切っても、光が在る限りはいくらでも修復可能だ。
逆に神裂はそもそも体が人間であり、聖人としての強大な力の行使には限界がある。
唯閃とは、本来は一撃必殺の術式であり、乱発して何でもかんでも切り裂ける様な技ではない。
ガシッ!!
神裂「なっ!?」
唐突に、神裂は驚愕の表情を浮かべた。
私の翼を切り裂き、そして一気に間合いを詰めて繰り出してきた斬撃を、私が素手で防いだからだ。
素手で七天七刀を掴んだ。
だが、こんなのは当然の事である。なぜなら
サーシャ「馬鹿にしているのですか?」
なぜなら神裂は、峰打ちを繰り出そうとしたのだから。
ナメられたものだ。- 225 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:13:35.05 ID:+kOB7SVc0
神裂「ぐッ……!!」
神裂は必死に私の手から刀を取り戻そうとしている。
しかし、刀はびくともしない。
聖人の力を全力で振り絞っているのにも関わらず。
サーシャ「……」
私は無言で、無表情のまま、掴んだ七天七刀を神裂の体ごと引っ張り
ドガッ!!
神裂「ぐっ…!!!」
軽く神裂の腹部を蹴飛ばした。
本当に、軽く触れる程度に。
あくまでも私の感覚での話だが、それでも聖人は20メートルほど吹き飛ばされた。
自分で言うのも何だが、天使というのは恐ろしいものだ。
神裂「ッ…」
仰向けの体制から、何とか起き上がろうとする。
私は倒れている神裂に近付き、そして、起き上がろうとする神裂の鼻先に、彼女の武器である七天七刀の切っ先を真っすぐに突き付けた。
私の体躯では長すぎて、何ともアンバランスな絵である。- 226 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:15:51.29 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「力の差が分からないほど無能ではないでしょう?」
神裂「……」
世界に20人程度しかいない特別な才能を持つ聖人。
しかし、その聖人の力を持ってしても、天使には敵わない。
そもそも、存在そのものの格が違うのだから。
それでも神裂には、多角宗教融合型である天草式だからこそできる、一神教の天使を斬り伏せる術式が使える。
それが唯閃。しかしどういうわけか、神裂は峰打ちをしてくる。
これでは意味がない。私を倒すことなどできはしない。
サーシャ「この期に及んで、あなたはなぜ私なんかに執着しているのですか?」
神裂「……私には、大切な友人が居ました。以前話しましたよね?」
サーシャ「……」
神裂「嫌なんですよ。もう……例え自分が当事者でなくとも、大切な親友同士が理不尽な理由で絆を違えるのを、私は見たくない」
サーシャ「それは、あなたの都合でしょう。あなたの勝手な考えを私に…」
神裂「自分勝手で何が悪いのですか…?」
目の前に突き付けられた七天七刀を物ともせず、むしろその刃を素手で力強く掴みながら叫んだ。
神裂「他人の事に一々口を出すほど傲慢じゃないですよ……でも、それでも私は、このまま黙って見過ごすわけにはいかない…!!」
刀身を握りしめた手と指の隙間から血が垂れてくる。
それでも神裂は刀から手を離そうとはしなかった。- 227 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:17:00.05 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「私は天使になるという選択をしました。自分で決めた事です。あなたには何も関係無いし、あなたが口を出す事でもない」
神裂「ええ、関係無い。関係が無いなどと、その程度で私が止まると思っているのですか?」
サーシャ「……」
神裂「例え相手があなたの様な天使でも、私は立ち向かいますよ。諦めませんよ。あなたとは違う」
サーシャ「………」
何だ? この目は。
理屈とか理由とか、そんな瑣末な事がどうかしたのか?とでも言いたそうな…
まるで、嵐の中ですら消えることのない強い炎を灯しているかの様に、一切の迷いの無い眼差しをしている。
何だ? 何が彼女をそんな目にさせる? 何が彼女を動かしている?
五和のため? 私のため? そんなはずはない。誰かのために戦うなど
神裂「幻想に過ぎないと?」
サーシャ「自己犠牲などありえない。電気を流されて奉仕するだけの機械じゃないのだから。
人間である限りどんな行動も、そこには自己実現のための動機が伴う…それが意識的であれ無意識の欲求であれ」
神裂「その通りですよサーシャ・クロイツェフ。これは誰のためでも無い、私のために戦っているのです」- 228 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:18:38.51 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「なぜ? 一体、何があなたのためになる? こんな事をしてあなたに何の得がある?」
神裂「分かっているはずですよ、言わなくても。でも、あなたはそれを認めようとしない。
認めてしまえば、失うのが怖くなるから。違いますか?」
サーシャ「それは…ちが…」
神裂「臆病者」
サーシャ「ッ…!?」
言葉が、深く深く、心の届かない部分に刺さる。
自分でも触れられない、見えない。いや、触れる、あるいは直視する勇気の無い場所へ。
神裂「サーシャ。自分の気持ちに正直になれない臆病者。わがままを言う事がそんなに
怖いのですか?」
黙れ…
神裂「嫌な事を嫌だというのがそんなに怖いのですか!?」
黙れ…黙れ……
神裂「本当は分かっているのでしょう? みんな、あなたのために戦っていたのでは」
サーシャ「djai黙gdha!!!」
感情が爆発する。
それに合わせて背中の翼から、四方八方に光が飛散し、周りの壁をズタズタに引き裂いた。
精神を攻撃するだけの生易しかった光の術式が、感情のうねりに合わせ、無差別に破壊する力に変わったのだ。
私の位置を起点に爆発的な衝撃が広がった。- 229 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:20:00.61 ID:+kOB7SVc0
神裂「うっ…ぐがっ!!」
神裂の体もそれに巻き込まれ、聖堂の隅の壁へと激突した。
それだけでは収まらない。
さらに私は、壁にもたれ掛かる神裂を目がけて、矢の様な速度で七天七天を投げつけた。
神裂「…サーシャ……ッ…」
鋭い金属音と共に、七天七刀が神裂の顔のすぐ横に壁に深く突き刺さる。
しかし、神裂はそれに目をくれる事すらしない。
まっすぐに。表情は苦痛に歪めながらも、相変わらず強い眼差しでこちらをまっすぐに見つめている。
なぜか、圧倒的に押しているはずの私が、彼女に追い詰められている様な気がしてしまう。
これ以上、彼女の目を見るのが、いや彼女の目に見られるのが耐えられない。
だから…
サーシャ「解一、これが私の答えです」
背中の6対の光の翼のうちの一翼をもぎ取り、手に取る。
すると、白い光の翼は、自分の背丈の何倍もある巨大な白く眩い剣に変わった。- 230 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:20:52.44 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「解り合う事はもうありません、和解する事もありません」
ゆっくりと、眩い光の大剣を、頭上に振り上げる。
神裂「……」
サーシャ「私は…あなた達にとっての敵です」
そう言いながら、振りかざすと天井まで届くほどの巨大な剣を、ためらう事なく神裂の頭上に振り下ろした。
バヂッと、電撃が走った様な音が響いた。
今度こそ、本当にこの手で殺すはずだった。
なのに、一体どういう事なのか。
キャーリサ「待たせたな!!」
- 231 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:22:03.20 ID:+kOB7SVc0
ここまでタイミングが悪すぎると、もはや芝居がかっていると言おうか、
何らかの意図的な悪意がフル稼働しているのを感じずにはいられない。
なぜこの場面で、またしても第二王女が出てくる?
何をどうすれば、巨大な光の剣をあの女のカーテナから飛び出る光の剣で受け止めるなんて、そんなシチュエーションが生まれる?
サーシャ「公務はどうしたのですか? この税金泥棒」
キャーリサ「これが仕事だし」
もはや何度も説明してきた儀礼剣カーテナ。
全次元切断を発動させる恐ろしい剣だが、キャーリサの握っているのはあくまでもその欠片に過ぎず、
しかしながらその欠片から飛び出る光の剣で、私の大剣を受け止めているのだ。
同じ光の剣で。
それはつまり…
キャーリサ「…!?」
今さら驚いた様な顔をされても困る。
天使は、魔術においては属性の権化だ。
水を司るガブリエル相手に水の術式が使えないのと同じ。
カーテナから派生する光の剣を、私の剣が吸収してしまう事くらい、別に不思議でも何でも無いはずだ。- 232 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:23:02.49 ID:+kOB7SVc0
キャーリサ「ちっ、やはりダメか…」
光の刃を失ったカーテナ・セカンドの欠片を見ながら舌打ちしている。
呆れるしかない。このままぶった斬ってもいいだろうか?
キャーリサ「ま、このてーどの事は想定内だし。武器を持つ以上は、その弱点を把握し、補強する事も大切だろーが」
サーシャ「まだあなたのお遊戯に付き合わされるのですか? 何か隠し玉があるみたいですが」
キャーリサ「そーいうな、退屈させないだけの努力はする」
そう言いながら、キャーリサは再び私に向かって斬りかかってきた。
カーテナの欠片から派生する光の剣は使えない。なのに、ただの銀色の欠片を握りしめながら。一体何を考えて…
キャーリサ「発想の逆転だ!!」
サーシャ「!?」
突然、キャーリサの握りしめたカーテナの欠片から、黒い墨の様な物体が噴出した。
咄嗟に光の翼で防いだが、キャーリサの墨色の剣は、光の翼に深く食い込み、そして切断してしまった。- 233 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:25:21.95 ID:+kOB7SVc0
キャーリサ「どーだ?」
サーシャ「光が…食われた…?」
キャーリサ「以前、クーデターの時だ。お前達は、カヴンコンパスを通じて私のカーテナに術式介入し、弱体化させた事があったな」
黒い灰の様な残照を残しながら、キャーリサは墨色の剣を軽く振るった。
キャーリサ「そもそもこのカーテナは、天使長ミカエルに対応した武器だ。そしてミカエルは、グリモワールでは太陽に対応している」
サーシャ「それだけでは、なぜカーテナがその様な現象を起こしているのか説明が付きませんが」
キャーリサ「太陽は、どの神話にも出てくるだろう?そしてこのカーテナの特徴。本来なら全英大陸でしか使えないこのカーテナは、
全英大陸を構成する4つの地域、つまり4という数字と非常に強い結びつきがある」
キャーリサ「4という数字は、神話に深く対応しているのだ。たとえばギリシャ神話のZEUS。そして十字教における唯一神YHWH。
神話の中心たる主神の名は、たいてい4文字だ。そして北欧神話のODINもその例に当てはまる」
サーシャ「それが何なのですか?」
キャーリサ「これは、カーテナを魔術上における神話との親和性を高める鍵になる。太陽という記号、
全英大陸の4、カーテナが構築する派閥の数字である3。その他、このカーテナの持つあらゆる魔術的記号と、
北欧神話を掛け合わせて繋いだのだ」
サーシャ(話長いなぁ…)
どうして禁書界隈の人間はこうも長いセリフが好きなのだろうか。
よく噛まないものだ。舌もセリフも。
キャーリサ「ま、主に頑張ったのは、北欧神話に詳しい某魔術結社だけどな」
N∴L∴か。そう言えば、そんなのも居たっけ。- 234 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:27:32.95 ID:+kOB7SVc0
キャーリサ「太陽の記号と合致するカーテナと、北欧神話で太陽を食らう狼。この二つを合わせ、
カーテナの力を食わせる事で新たな、全く逆の属性をこの場に発現させた」
太陽を食らう狼。北欧神話では、フェンリルという巨大な狼の息子であるスコルがそれにあたる。
スコルが太陽を食べることで日食が起きるという北欧神話の伝説だ。
なるほど、カーテナの光を北欧神話の太陽と記号的に合致させ、
それに合わせて北欧神話の伝説における親和性をカーテナの魔術的記号に繋げ、さらに実践的に改良したと言ったところだろう。
言うは易しだが、さすがは北欧神話を知り尽くした新たなる光だ。
以前、カヴンコンパスを通してカーテナに魔術的介入をしたのと同じ様に、
何らかの力をあのカーテナに供給し、欠片から黒い剣を現出させるという方法を取っているのだろう。
それが外部から供給されているのか、あるいはカーテナの欠片そのものに仕掛けを施したのか。
だが、いずれにせよ…
サーシャ「どこから介入を行っているのかはわかりませんが、それはカーテナの力の恩恵を受けるあなた自身に悪影響を与えるはずですよ」
よく見ると、キャーリサの唇の端から、一筋の血が垂れている。
顔色も僅かに青くなっている。
キャーリサ「そんな事は覚悟の上だし」
サーシャ「質問1。そんなリスクまで冒して、あなたは何を望んでいるのですか?」
キャーリサ「野暮な事を聞くな。私の目的は今も昔もただ一つ」
強く床を蹴り、弾丸の様なスピードで斬りかかってきた。
私は咄嗟に、それを光の剣で受け止める。- 235 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:28:23.26 ID:+kOB7SVc0
慌てて出した剣なので、ちょうど刀身が私の体躯にジャストな長さになった。
白と黒。対となる二つの色が、互いに混ざり合うのを拒絶するかの様に、互いの刀身を削り合う様にギリギリと押し合う。
そして、私と対面するキャーリサは、狂気とも言える様な笑顔でこう言った。
キャーリサ「エンジェル☆ナイツを作るためだろーが!! お前には、勝手にどこかに消えてもらっては困るんだ!!」
サーシャ「……」
ドン!!
キャーリサ「ぐぉッ!!」
つかの間の沈黙の後、軽く押し返し、吹き飛ばしてやった。
私は何てコメントをすれば良い?
キャーリサ「ッ…やはり、天使は格が違うな…。カーテナをちょっと改造しただけでは歯が立たないし」
サーシャ「よかった。あなただけは何のためらいもなく殺せそうです」
て言うかいい加減諦めろよ、その如何わしいアイドル構想。
他の何もかもを諦めなくていいから、それだけは諦めてください。- 236 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:31:13.50 ID:+kOB7SVc0
キャーリサ「殺せないよ、お前には」
サーシャ「……それは、私にはあなたごときを屠る程度の冷酷さが無いと、そう勘違いしているゆえ言葉でしょう」
キャーリサ「いいや、違うさ。私は負けない」
サーシャ「気でも狂いましたか?」
いや、エンジェル☆ナイツとか言っちゃう時点ですでに狂っていたか。
キャーリサ「サーシャ。私はこの国を守るために、いやイギリス国民9000万人を守るために革命を起こした。
しかし、それは呆気なく失敗し、私は敗北した」
キャーリサ「なぜだか分かるか?」
サーシャ「それは、あなたに守られるほど国民は弱くなかったからでしょう」
キャーリサ「そーだ。私はイギリスの国民を守ってやろうと、そのためなら自分を犠牲にしても構わないと上から目線で意地を張っていた」
キャーリサ「でも、本当は違う。本当は、彼等の強さを信じられなくて、このまま私の国が堕ちていくのが怖くて、
その気持ちを誤魔化すために私はあんな手段に出てしまったのだ」
サーシャ「……」
キャーリサ「自分の臆病を、言うに託けて国民を守ってやると。そんな気持ちで戦いに臨んだから、だから負けたんだ」
サーシャ「だから…それが何だと言うのです?」
キャーリサ「私は、私を愛してくれている国民に敗北したのだ。彼らは私を救ってくれた。臆病風に吹かれた私の心を導いてくれた。
私は、あの敗北を、そして我が国の国民を誇りに思っている」
もう一度“だから”、と付け加え、キャーリサは再び黒い剣を構えた。
キャーリサ「私は負けない。私には、いつだって9000万人の仲間が傍にいてくれる。
たとえこの場では私一人でも、私には負けられないほどに大切なものがある」
サーシャ「……」
- 237 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:32:55.79 ID:+kOB7SVc0
何とも大袈裟な話に聞こえるだろう。神の子の時代だってそうだ。
人間は変わる。確固たる芯が無く、聞こえの良いセリフ一つで簡単に支持し、簡単に心変わりし、扇動される。そして簡単に裏切る。
いつの時代だってそうだ。ちょっと権威のある人間が大衆の前で尤もらしいセリフを吐けば、民衆は疑うことなく簡単に信じてしまう。
まさに風見鶏の如し。そんなものに何の価値がある?自分の気持ちを委ねるだけの価値はあるのか?
と、本来ならば否定していたかもしれない。
しかし、私は確かにこの目で目撃していた。
クーデターの時、9000万もの民がこの国のために戦っていた事を。
例えちっぽけでも、それでも勇気を振り絞って戦っていたという事実を。
キャーリサ「サーシャ・クロイツェフ。貴様の様に大切なものから目を背けて逃げた臆病者には負けないし!!」
サーシャ「ッ…!!」
気が付くと、反射的にキャーリサに斬りかかっていた。
鬱陶しい。どいつもこいつも人の事を臆病者呼ばわりして。
一体、私がどんな想いでこんな決断をしたか。
その決断のために、一体どれだけ勇気を振り絞った事か。
天使ならぬ人間の身で、一体何が理解できると言うのだ。
ふざけやがって…
「違いますよ。そんなの、勇気でもなんでもない」
突然、背後から声が聞こえてきた。
- 238 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:33:30.87 ID:+kOB7SVc0
振り向くと、そこには
五和「自分の臆病な部分から目を背けるのは、勇気じゃないですよ。サーシャちゃん」
外傷は無いが、一目見ただけでも満身創痍といった感じだ。
そんな五和に向かって、私は巨大な光の剣を横なぎに振るった。
だが、その刃は五和の体に届くことは無かった。
サーシャ「神裂……ッ!?」
神裂「大丈夫ですか? キャーリサ様」
キャーリサ「ふん、まだまだ準備運動の段階だし」
巨大な光の剣は、五和の体を切断する前に、神裂によって食い止められた。
- 239 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:34:23.15 ID:+kOB7SVc0
五和「すみません、女教皇様」
神裂「いけますか?」
五和「ええ、まかせてください…」
そう言うと、五和は神裂の前に出て、そしてゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
サーシャ「何の…つもりですか…」
五和「もうぶっちゃけちゃいましょう」
そう言いながら、五和は携えていた海軍用船上槍を、傍らへ放り投げた。
何もない、丸腰の状態になる。
サーシャ「そうすれば、私はあなたを攻撃しないと、殺さないとでも思っているのですか?」
戸惑いと嘲りを含んだ声色で、私はそう言った。
だが、五和はそれを全く意に介さない。
- 240 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:35:24.97 ID:+kOB7SVc0
五和「あの時、私もみんなも、なぜあなたのために戦っていたのか…いえ、そもそもみんな、本当にあなたのために戦っていたのでしょうか?」
サーシャ「……」
聞き様によっては、冷たく感じる言葉だ。
しかし、そんな事、今さら言われなくても分かってる。
誰かのために戦うなど、そんな事はあり得ないのだから。
五和「いいえ、あなたの場合は、ただ信じたくないだけでしょう?」
サーシャ「ええ、信じられませんよ。自己犠牲の精神なんて。本当は、みんな違う目的があって戦っていた。
そう思う事の何がいけないのですか?」
五和「それは嘘ですよ」
サーシャ「あなたが何を知っているというのですか?」
五和「知ってますよ。サーシャちゃんだって分かっているでしょう?」
分からない。分かるはずがない。
私は何もしらない。そして知りたくない、聞きたくない。
お願いだから、それ以上は喋らないでください……
いや、喋らせない。
翼を思いっきり羽ばたかせ、刃物の様に鋭利な閃光を何本か放った。- 241 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:36:57.15 ID:+kOB7SVc0
神裂「邪魔は…させませんよ!!」
神裂とキャーリサが共闘し、五和に当たらない様に全ての閃光を払い落してしまった。
鬱陶しい、邪魔なのは貴様らだ!!
私は再び巨大な光の剣を現出させ、一瞬にして神裂との間合いを詰めた。
神裂「ぐッ…!!?」
剣術などもはや関係無く、ただ力任せに強引に、光の剣を棍棒の様に振るい、神裂の体を弾き飛ばした。
キャーリサ「このッ!!」
すかさず正面からキャーリサが突進してくる。
だが動く必要は無い。片側の6枚の巨大な翼を叩きつけて吹き飛ばしてやった。
そして、五和の方を振り向く。
五和「……」
特に驚くわけでもなく、敵意を見せるわけでも、恐怖を感じているわけでもない。
私には、彼女の表情から、感情と呼べるものを感じる事はできなかった。- 242 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:38:35.11 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「……」
バキン!と、私の手に握られた光の大剣が、ガラスが割れる様にバラバラに崩れる。
いや、無駄な部分が削がれたと言う方が正しいだろう。
大剣は、ちょうど日本刀の刀身と同じくらいの細さになった。
五和「サーシャちゃん…」
五和が再び口を開いた。
こちらを見つめながら。
喋らせない。言わせない。
常人ならおそらくは反応できないだろう速さで、私は五和のノドに細くなった光の剣を突き刺そうとした。
五和「本当は、私もみんなも、あなたが好きだから戦っていたんだって事。あなたも分かっているはずですよ」
サーシャ「……」
貫く寸前。
五和の白いノドに突き付けた剣は、その剣先が触れるか触れないかの微妙なところで止まった。いや、むしろ何かに阻まれたという感じだ。
一体何に?
分からない。分からないけどなぜか、それ以上剣を前に動かせなかった。- 243 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:40:47.06 ID:+kOB7SVc0
五和「確かにあの時、私達はあなたを助けたくて、それで殲滅白書と戦いました。でも、それだけじゃないんですよ。
誰かに戦う理由を預けたり、誰かに戦う苦しみや恐怖を擦り付けたりする。そんな人間が、本当に命懸けで戦えると思いますか?」
そう言いながら、五和は一歩、私の方へ足を進めた。
喉元に剣先を突き付けられているにも関わらず。
サーシャ「ッ…!!」
私は思わず、五和のノドに剣が刺さらない様に一歩後ずさってしまった。
五和「あなたを助けたいという気持ちよりも、みんな、あなたの事が好きで、あなたと一緒に居たいって、そう思っていたから。だから……」
サーシャ「……そんなのは…」
嘘だ……と、言いたい。だが、言葉が出てこない。- 244 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:42:46.87 ID:+kOB7SVc0
五和「ちょっと照れ臭いかもしれないし、少し恥ずかしいですけど、でも自分の事が好きだなんて、
一緒に居たいと思ってくれているだなんて、ただの自己犠牲なんかとは比べ物にならないくらいに嬉しいじゃないですか。
だからサーシャちゃん、あなたはそれを否定したいのですよね? みんな私利私欲のために戦っていたと決めつければ、
失う事も怖くなくなるから…」
サーシャ「……もう、やめてください…」
この選択肢を選ぶために、私は大切なものを捨てる覚悟を決めた。
それを金科玉条のごとく私の心に据えて戦っていたのに。
まるで、そのメッキが剥がれていくようだ。
指先が、腕が、足が震える。
これ以上は…
五和「女教皇様も、キャーリサ様も、みんな、あなたと一緒に居たいから戦ってるんです。それ以上にどんな利益があるというのですか?」
やめてください…
五和「私だって、ずっとあなたと一緒に居たい。このままお別れだなんて嫌です。我が儘でも良い、傲慢でも良い、自分勝手でも良い。
私は自分に嘘なんて付きたくない。下らない体裁なんかで諦めたくなんてない!!」
サーシャ「もう…やめてください…聞きたくない……」
限界だ。
一刻も早く、目の前の困難を跡形もなく消し去ってしまいたかった。- 245 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:43:29.11 ID:+kOB7SVc0
五和「だからサーシャちゃん、あなたの本当の気持ちを聞かせてください。あなたの我が儘を聞かせてください」
サーシャ「idh死sadf!!!」
五和「我が儘を言う事を恐れないでください!! サーシャ・クロイツ……っ!?」
神裂「五和っ!?」
キャーリサ「なっ…!?」
おそらく、私が今日一日の中で最も力を振り絞った瞬間だっただろう。
私は、思いっきり五和のノドを剣で貫いた。
生易しい聖絶じゃない、本当に肉を切り裂く光の剣で。- 246 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:45:44.15 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「……」
そうです、あなたの言う通り。
でも分かっていたわけではなく、何となくそう感じていたのです。
彼女達と居ると、とても楽しくて、温かい気持ちになれて…
私は、そんな彼女たちが好きだった。みんなも私の事が好きだったら良いなと、
恥ずかしくて口が裂けても言えない事を望んでいたりした。
だから、失いたくはなかった。
それでも失わなければならなかった。
それならば、最初からそんなものは無かったと。
自分を誤魔化して、大切な思い出を黒い絵の具で塗りつぶした。
そうすると、幾分か気が楽になった様な気がした。
でも、過去があるからこそ今の自分があるわけで。
そんな大切な思い出の一つ一つが今の私の血となり肉となり、心を形成している。
綺麗な過去も辛い過去も、あなたとの思い出も、それら全てが今の私を作っている。
だから、それを黒く黒く塗りつぶせば、私はどこまでもどこまでも真っ黒になれる。
あなたに憎悪を抱けるくらいに、真っ黒になれた。
- 247 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:47:09.87 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「もう…遅いですよ…」
何もかも、もう取り返しは付かない。
五和「いえ…遅くはないですよ…」
それでも、あなたはそう言ってくれる。優しいから、どこまでも。
なぜですか?
五和「だって…」
そう言いながら、五和は自分のノドに刺さった白い刀身を素手で握った。
すると、パキンとガラスが割れる様な音が響き、光の剣は粉々に砕けてしまった。
まるで、あの少年の右手みたいだ。
五和「ほら。あなたは、私を殺す事ができなかった」
私の光は、聖絶の術式を使えば、相手の体を傷つける事なく精神だけを攻撃する事ができる。
だがそれだけでない、もちろん光を操って物理的な攻撃を加える事だってできる。
だが、このどちらにも共通する事がある。
それは、自分が敵と見なした者しか攻撃する事ができないという事。
光の剣を突き刺したはずの五和のノドには、かすり傷一つなく、それが全ての証明となってしまった。- 248 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:48:30.75 ID:+kOB7SVc0
サーシャ「でも、私はあなたを敵だと思ってしまった。例え一度でも、あなたを憎んでしまった」
五和「じゃあ、もう友達やめますか?」
サーシャ「五和……」
五和「友達だったら互いに憎み合ってケンカする事くらいあるでしょう。でも、そんなつまらない事はどうだっていいんです」
五和「あなたは、どうしたいんですか?」
サーシャ「私は…」
どうしてか、わからないが
サーシャ「私は……」
とても勇気が居るらしい。
サーシャ「第一の解答ですが、私は、みんなが好きです」
たった二文字なのに。いや、英語なら4文字か。
サーシャ「みんなと一緒に……居たいです……ずっと……」
ただ素直になるだけなのに、我が儘を言うだけなのに…
サーシャ「ぐずっ……五和……ひぐっ……あなたと……一緒に居たいです……!!」
どうしてこんなにも大変なのだろう?
みっともなく、涙まで流して、媚びる様に叫ばなければならないなんて。
天使になった方が、よほど楽じゃないか…- 249 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:51:33.93 ID:+kOB7SVc0
五和「よくできましたね…サーシャちゃん」
そう言いながら、五和は私を優しく抱きしめてくれた。
いつだったか、五和が泣いて、私が慰めていた時とは立場が逆になってしまった。
いや…違う…
五和「よかった……嫌…ですよ、もう……こんなの……っ!!」ぎゅっ!!
優しかった抱擁が、まるで絶対に離してたまるかとばかりに強くなった。
それに合わせ、背中の翼が音を立てながら崩壊した。
あの時、本当はこうなるべきだったのに、私だけが自分の気持ちに素直になれなかった。
随分と時間がかかってしまったけど。我が儘を言うための勇気が無かった私だけど。
それでもようやく、私は素直になれた。
天使になるほうが楽だけど、人間でいられる方が楽しい。
今は素直にそう思える。
- 250 :1[saga]:2011/03/17(木) 16:54:01.67 ID:+kOB7SVc0
- 以上です。
導入編はこれで終わり。次から本番&ラストバトルに入ります。
その前に繋ぎを入れる予定。
- 251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東)[sage]:2011/03/17(木) 18:30:14.70 ID:T5rKAIjAO
- 乙
- 258 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:04:42.56 ID:Z63G9RO60
ローマの市内にある世界最小の主権国家。
人口826人、面積0.44km²(195位)。
世界一小さな国というキャッチフレーズで知っている人も多いかと思われる。
バチカン市国だ。
世界一小さなこの国は、20億人の信徒を抱える世界最大宗派であるローマ政教の本拠地にして、
ローマ政教が誇る堅牢な魔術要塞でもある。
サーシャ「見えますか?」
五和「ええ、気味の悪いオーロラ色の結界が、バチカン全体を覆っていますね…」
バチカン内部の建物が発する魔術が複雑に絡み合い、さらに使徒十字(クローチェディピエトロ)の効果も相俟って
複雑で強固な結界がバチカンの周囲に展開されている。
結界の術式を解くのは、あの禁書目録でも不可能だと言われており、
ローマ教皇さえも結界の全容を把握しきれていないのが現状である。
ハッキングはほぼ不可能。秒単位で鍵が変わるだけでなく、その鍵穴の数すらも変わる結界だ。
こんなチートな結界など、一体どうすれば解けるというのだろうか?
バヂッ!!
サーシャ「解けました」
解けちゃいました。
解いたというよりは、背中の翼を触手みたいに駆使し、結界の壁を無理やりこじ開けたという感じである。
翼をうねうねと、ぬるぬると動かして。- 259 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:06:16.99 ID:Z63G9RO60
所詮は人間が作り出した結界であり、その気になればぶち壊す事も可能である。
というか造作も無い事だ。
しかし、私達はローマ正教に殴り込みに来たわけではないのであり、
従ってあまり派手に暴力的なアピールをするわけにはいかない。
だから、あくまでも粛々と、こうして結界の内側に潜り込んだのである。
例えるなら、強盗とコソ泥の違いだ。
山千拳と海千拳の違いだと言えば分かる人も居るかもしれない。
そンなわけで、こじ開けた結界を潜り、内部に入り込む。
ここから先はバチカンの領空である。
いくら粛々と侵入したとは言え、誰がどう見ても不法入国であり、ぶっちゃけ地上から魔術で狙撃されて文句は言えない。
強盗でもコソ泥でも同じ犯罪に変わりは無いのだ。
まあそんな事よりも。そんな事はどうでもいいのだ。どうせほっといてもご都合的に話は進みますから。
そもそもなぜ私達がここに居るのか? そこをちゃんと説明する必要がある。
ちなみに私の背中にしがみ付いている五和だが、どうやら本人によると、
しがみ付いているという感じではなく、私に触れているだけで体が勝手に浮いてしまうという感じらしい。
どういう感じだ? わけがわからないよ。
かなり高高度に居るのだが、私も五和も気圧の影響などは全く受けていない。
まあ、天使はいろいろと都合が良いのだ。いろいろと。- 260 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:07:28.08 ID:Z63G9RO60
話を戻しましょう。
あの五和達の熱い説教の後の話だ。
私は決意を固めた。
たとえこれが神様の意志であるとしても、私はそれに抗ってみせると。
臆病な私だけど、そんな私に五和と神裂と、あと誰か一人居たような気がするが……。
まあ良い。思い出せないという事は、思い出す必要が無いほどにどうでも良い人物なのだろう。
彼女達は勇気をくれた。体を張って、私の目を覚まさせてくれた。
思わず背中が痒くなるほどに嬉しい事だ。
だって、こんな私のためにここまでしてくれるなど、嬉しくないはずがない。
そして、だからこそ余計に彼女達と別れたくない気持ちが強くなった。
そんなこんなで。
決意を固めたは良いが、この問題を根本的に解決する方法を見出せなければ意味は無い。
『この体が天使へと変わるのを止める』
聖書には人間から天使になった例もある。その逆も然り。
だが、天使になるのを防いだ例は無い。
つまり、聖書はアテにならない。
分厚いだけでまったくもって役に
五和「サーシャちゃん!!」
……危なかった。
危うく色んな方面にケンカを売るところだった。
今さらな気がしないでもないですけど。- 261 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:09:17.90 ID:Z63G9RO60
聖書は世界で最も多く読まれている大ベストセラーの本だ。
そう考えると、四人の福音者であるマタイ、マルコ、ヨハネ、ルカは、
ノーベル文学賞どころではない超カリスマ作家という事になるのかもしれない。
神の子の使徒は12人居たのだが、聖書の正式な福音書として採用されたのはマタイとヨハネの二人だ。
ルカとマルコは12使徒の弟子であり、神の子から見たら孫弟子である。
そんなわけで、12使徒の中でも一番弟子のペトロや裏切り者のユダに並び、徴税者マタイと使徒ヨハネはそれなりに有名だ。
とは言っても、「大丈夫だ、問題無い」のエノクや、預言者エリヤは旧約聖書の話である。
旧約聖書と新約聖書。その違いは、神の子の生まれる前の世界か、後の世界の話かという点である。
新約聖書は神の子の伝承が中心であり、旧約聖書はそれ以前の世界、すなわち天地創造からの伝説だ。
当然の話だが、神の子が生まれる前から世界はあった。
天地創造。天と地は、十字教では4という数字の象徴でもある。
この4という数字は、魔術においてはかなり重要な数字である。
前回、キャーなんとかさんが言ってた様に、神話の主神の名前の文字数は大抵4文字である。
カーテナの力を発揮できる全英大陸も、イングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズの4つから成り立っている。
そう言えば、先ほど述べた4人の福音者もそうである。
そして、十字教の四大天使も。
………
- 263 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:10:57.34 ID:Z63G9RO60
キャーリサ「そう言えば、以前、左方のテッラを検死した時、奴の体は人間というよりは天使に近い事が判明したな」
サーシャ「……」
そうだ、忘れていた。
四大天使と言えば、それに対応する属性を持つ神の右席が居た。
というか、これを思いつくまでに一体どれだけ回り道をしたのだろう。
五和「彼らは何らかの方法で原罪を抹消する事により、天使に近い肉体と力を手に入れたと聞きます」
キャーリサ「正確には、天使に近い精神だ。もともと天使に肉体は無い。
それを魔術によってテレズマを目に見える形にし、望む姿で顕現させたに過ぎないのだからな」
精神は何らかの形で肉体に反映される。
聖絶と同じだ。
キャーリサ「例えばフィアンマは、四大属性の歪みを利用して、無理矢理水と火の属性を組み込んだガブリエルを召喚した。
そうする事により、火の属性を介してガブリエルを操れるからだ」
神裂「エンゼルフォールの時は、サーシャの体に精神だけが憑依している状態でしたね」
サーシャ「つまり…」
どういう事だってばよ?
五和「天使になりたくないって念じれば、天使にならないんじゃないですか?」
サーシャ「……」
キャーリサ「おい地味子」
五和「じ、地味子…?」
キャーリサ「お前、そんな地味な展開を客観的に見て、本当に楽しいと思うのか?」
五和「えっ、いや、客観的にとか言われましても…」- 264 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:12:01.54 ID:Z63G9RO60
神裂「そう言えば、オルソラの見立てによるとサーシャにはもともと原罪が無いという事ですが」
サーシャ「第一の解答ですが、聖母崇拝の理論ですね」
この世界で最も大きなテレズマを身に宿した例は、聖母の受胎告知である。
聖母崇拝では、神の子を身に宿した時点で聖母は原罪から免れたと言われている。
罪に汚れた身では、莫大なテレズマを身に宿せないとか。
そして神の右席は、原罪を限りなく抹消する事により、強大な天使の力を使える。
これらを総合して出た結論は、私には原罪が無いという事。
さらに言えば、これは生来のものかもしれないという事らしい。
キャーリサ「つまり、お前はなるべくして天使になるという事になるな…」
サーシャ「では、どうしたら良いのですか?」
キャーリサ「諦めろ」
サーシャ「おまっ」- 265 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:13:03.33 ID:Z63G9RO60
神裂「となると、やはり原罪を増やせば良いという事になるのでしょうか?」
サーシャ「第一の質問ですが、不良になれば良いのですか?」
例えば
サーシャ「つまみ食いをしたり」
キャーリサ「しょぼっ!?」
サーシャ「二度寝したり」
神裂「別に悪い事ではありません」
サーシャ「世界を滅ぼしたり」
五和「急にグレードが上がりましたね」
キャーリサ「つーか、原罪ってのは知恵の実だろ。そういう非行的な意味じゃないし」
神裂「という事は」
五和「サーシャちゃんが“馬鹿”になれば良いんですね!?」
サーシャ「誰が馬鹿ですか!!」
キャーリサ「いや、最近目に見えて馬鹿になってきてるし。主に地の文で」
それは書き手のせいであって、私は悪くない。
ほんと、いいかげんにしてほしい。- 266 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:15:19.12 ID:Z63G9RO60
そんな感じで他愛のない重要な話をしていた。
そして、色々と話が煮詰まっていく中で、私は一つの可能性に辿り着いた。
右方のフィアンマ。
神の右席のリーダー。第三次世界大戦の首謀者。原作ではロシア編のヒロインとも言われている。
その右方のフィアンマだが、彼は『聖なる右』という強大な力を有している。
どんな強大な敵でも絶対にねじ伏せ、どんな困難をも確実に打破できるという奇跡を自在に操る力。
しかし、その強大さゆえに、体は人間そのものであり、
さらに言えば右手は人間そのものであるフィアンマには完璧に操る事ができなかった。
だから、彼は幻想殺しを吸収し、聖なる右を完全に扱うための端子にする事で完全な力を手に入れた。
だが、重要なのはその前だ。
彼は、空中分解に苦しんでいた聖なる右を、固定化させる事で回数制限を回避する事に成功していたのだ。
莫大なテレズマの固定化。
そう、これだ。
この体が天使になるのを止められないのなら、天使になる前の状態で固定化させてしまえば良い。
もちろんこれだけでは足りないので、他の魔術も組み合わせる必要があるが。- 268 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:18:21.98 ID:Z63G9RO60
そしてもう一つ。
なぜイギリス清教に所属していながら、彼女の事が真っ先に頭に浮かばなかったのか。
イギリス清教が誇る魔導書図書館。
10万3000冊の原点を保有し、フィアンマは遠隔制御礼装を通じてその中から力を固定化させる方法を手に入れた。
禁書目録(インデックス)
キャーリサ「そうだ、そもそもこーいう時のためにアイツが居るのだからな」
五和「では、さっそく禁書目録に!!」
サーシャ「いえ、待ってください」
禁書目録。
確かにその存在は、私にとっては希望という名の一条の光が降り注いできたようなものだった。
しかし、ダメだ。彼女に頼るわけにはいかない。
最大主教から遠隔制御霊装を借りて、過去にフィアンマが使用した原典の履歴を調べる事ができれば、それは解決への強力な道しるべになる。
だけど、ダメなのだ。遠隔制御霊装による禁書目録へのアクセスは、禁書目録の体に大きな負担を強いる事になる。
あの少年が命をかけて禁書目録を救うために戦っていたのに、それを誰よりも近い所で見ていたのに。
そんな残酷な事、できるわけがないでしょう……
- 269 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:19:37.71 ID:Z63G9RO60
サーシャ「そういう事です。第一の解答ですが、彼のためにも禁書目録に頼るのはやめましょう。
こんな物騒な事に関わらせる事も避けるべきです」
キャーリサ「良いのか? アイツが解決への唯一の鍵かもしれないぞ?」
サーシャ「私もあなたも、五和も神裂も、このイギリス清教そのものさえ、彼には返しきれないほどの恩があるはずです。
第二の解答ですが、上条当麻と禁書目録を傷つける事だけは避けたいのです……」
神裂「サーシャ…」
五和「……そうですね。私もサーシャちゃんの意見に賛成です」
キャーリサ「まったく、変なところで甘いなお前は」
そして、事の顛末。
王女は私にこう言ったのだ。
キャーリサ「バチカンに行け」
というわけで、今私はバチカンの上空に居るのである。- 270 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:21:53.58 ID:Z63G9RO60
キャーリサ「あそこには原典の巨大図書館がある。かつて、禁書目録が閲覧した原典が保存されているのだ」
キャーリサ「それともう一つ、バチカンでは使徒十字(クローチェディピエトロ)が機能している」
使徒十字とは、星座を利用した霊装である。
ローマ正教が誇る聖霊十式の一つであり、使徒十字を使用した場所は無条件でローマ正教の領土になるという
地上げ屋的な効果を発揮するのだ。
この使徒十字の最も恐ろしい力は、その土地ではローマ正教にとって都合の良い事しか起こらなくなるという事である。
詳しい説明は割愛させていただきます。
つまり、私が天使になる事がローマ正教にとっては都合が悪い事ならば、
多少なりとも使徒十字が、私が天使にならない様になんらかの効果を発揮してくれるのではないかという
僅かな可能性、淡い望みがあるのだ。何とも頼り無いが。
- 271 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:25:06.68 ID:Z63G9RO60
【キャーリサ先生ー!!】
キャーリサ「そもそもローマ教皇とは何かというと、教皇とは神の子の代理だ。
かつて原始十字教団で神の子が教えを広めた様に、神の子の処刑後は、正確には弟子のペトロが殉教した後は、
ローマ教皇が神の子の代わりに教えを広め、教義を確立する立場を担っているのだ」
キャーリサ「十字教の正当性は、“イエスこそが神の子でありまた救世主でもある教皇の存在によりその権威を保っている」
Q:では、なぜそのローマ教皇の教えに反し、イギリス清教やロシア成教、
その他正教会というローマ正教から離反した宗派が生まれたのですか?
キャーリサ「良い質問ですねーだし」
サーシャ「第一の質問ですが、それが言いたかっただけでしょう?」
キャーリサ「ちげーし。つーかテッラみたいな口調になってるし」
キャーリサ「まあ簡単に言うと、よーは神性が無かったという事だ」
キャーリサ「原始キリスト教団を作った神の子。そしてその弟子で、殉教後に初代ローマ教皇になったペトロ。
実質的に、神から布教を託されたのはこの二人だけという事になる」
キャーリサ「ペトロ以降は、ローマ教皇は枢機卿のコンクラーベとか、そういう人の支持によって決められてきた。
つまり、ローマ教皇は神の子の代理という事でその権威により布教をしてはいるが、当のローマ教皇自身には神性を伴った
権威というものがない。所詮は人の支持であり、神の支持が無いのだ」
キャーリサ「だからこそ、“お前の教義は聞けねぇ!! 神の子はそんな事教えてねぇ!! 中学生はロリじゃねェンだよォ!!”
みたいな感じでカトリックの教えに反発する様になり、コプト派、マロン派とかヤコブ派とか色々と解釈の違いで
離反する宗派が現れたとゆーわけだ。カトリックの教義と言えど、やはり所詮はカトリックの人間が決めたわけで、
神の子が決めたわけじゃないからな」
キャーリサ「だからこそ、神の子の教えの解釈に差異が出る様になり、解釈を異にする者達が独自の宗派を形成した。
絶対的な統一見解を示せるだけの神性を持つ存在が居なかったからな」
- 272 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:27:03.69 ID:Z63G9RO60
キャーリサ「そんなバラバラな考えで対立してはいるが、それでも何とか、魔術サイドのバランスは三宗派を中心に、
極めて政治的に牽制し合う形で保たれていた」
五和「みんな仲良くすれば良いのに」
サーシャ「第一の解答ですが、互いに対立し合う状態で、いかに戦争を起こさずにバランスを保つかが政治手腕の見せ所なのです。
戦争や武力革命なんて脳筋の馬鹿がやる事です。脳筋の馬鹿が儀礼剣を振り回しながら」
キャーリサ「……」
サーシャ「どうかしましたか?」
キャーリサ「いや、別に。もう慣れたし…」
キャーリサ「こほん……まあサーシャの言うとおりだ。表向きは外交で。表で処理できない事は、魔術師が裏で処理してきた。
けして波風を立てない様にな。多くの人間の骨身を削る様な努力があってこそ、今の魔術サイドのバランスは保たれているんだ」
キャーリサ「だが…そこに、そこにだよ。サーシャ。お前は天使になった。なっちゃったし。
ローマ教皇にもない神性を持った存在が、絶対の統一見解を示せる存在が現れちゃった」
キャーリサ「世界大戦が終わった後、みんな神経をすり減らしながら魔術サイドの平和のために
色々と組織再編とかして頑張ってたのに、そこにお前が現れた」
キャーリサ「はっきり言う。マジ空気読め。サーシャちゃんマジKY」
サーシャ「……」
……分かるよ、分かりますよ。私だって魔術サイドの人間ですから、これがどれだけ重要な事か。
だけど、なっちゃったものは仕方ないでしょう。別になりたくてなったわけじゃないですし。- 273 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:30:01.43 ID:Z63G9RO60
- キャーリサ「お前天使って、このみんな大喧嘩してやっと落ち着いてきたところで天使って、
世界をぶち壊す気か? みんなから“サーシャちゃんマジ天使”とか言われて調子乗っちゃった?」
サーシャ「……」
キャーリサ「天使の権威は、ローマ教皇なんぞとは比べ物にならない。お前が“ローマ教皇爆発しろ”って言えば、
それだけで20億人もの信徒を抱えるローマ正教が崩壊するし。しかも、お前の権威を求めて三宗派と他の宗派も含め、
魔術サイドで大戦争が起きるかもしれない」
サーシャ「………」
キャーリサ「ほんとどエライ事をしてくれたな。マジレスするとお前が天使で世界がヤバい。
サーシャちゃんマジ天使とか面白半分で言ってるけど、ぶっちゃけ本当に天使になったらそれだけで世界崩壊の危機だし」
と、こんな感じでボロクソに酷い事を言われた気がする。
こんなの絶対おかしいよ。
だが王女の言う通り、確かに私が天使になる事は、ローマ正教にとっては非常に都合が悪い。
いや、この世界にとっての危機とさえ言えるのだ。 - 274 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:31:14.79 ID:Z63G9RO60
だからバチカンへ行くことになった。
そして五和が付き添ってくれる事になった。誰に頼まれるでもなく、自ら志願して。
もともと、聖人である神裂は同行させるわけにはいかない。
聖人とは核ミサイルと同じ戦術兵器の様なものだというのが魔術サイドの常識だからだ。
聖人、持たず作らず持ち込ませず。
そしてキャーリサみたいな王室の人間が、いきなり国を離れてバチカンに乗り込むというのも無茶な話である。常識的に考えて。
だがもしかしたら、そういう理由を無視してでも、私は彼女に一緒に来てもらえる様に頼んでいたかもしれない。
聖人よりも王女よりも頼もしいわけじゃない。
だけど今の私には、なぜか彼女に傍に居てほしいと、そういう欲求の様なものがあったのだ。私にも良くは分かりませんが……
もう一度言うが、そんなわけで私と五和はバチカンへ行くことになった。
禁書目録が閲覧した原典と、使徒十字と効果を求めて。- 275 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:32:14.55 ID:Z63G9RO60
そして、これは私達がバチカンへ飛び立った後の話である。
神裂「大丈夫でしょうか…?」
キャーリサ「私だって不安だし。だが仕方無い事だ。ここから先は、私達にできる事など祈る事以外に無いからな」
神裂「そうですね…ですが、祈る以外の事ができる人物も居るはずですよ」
神裂「違いますか? ステイル」
太い柱に目をやりながらそう言う。
すると、柱の影から身長2mはありそうな長身の男が現れた。
ステイル「いつから気付いていた?」
キャーリサ「聖ジョージ聖堂の周囲に“人払い”を仕掛けたのはお前だろーが」
ステイル「こんな大事件、大衆どころか他の魔術師にも晒すわけにはいきませんから」
キャーリサ「それで、お前はどーするんだ?」
ステイル「……」- 276 :1[saga]:2011/03/21(月) 23:33:54.54 ID:Z63G9RO60
神裂「ステイル……。確かに彼女に頼るには、今回の件は少々危険過ぎるかもしれません。しかし…」
ステイル「そんな事はどうでも良い。問題は、どうやってバチカンまで彼女を運ぶかだ。
科学嫌いの彼女を音速旅客機に乗せるのは、骨が折れそうだよ。他にも色々と問題がありそうだね」
キャーリサ「お前…」
ステイル「確かに、僕は今回の件に彼女を巻き込むのを快くは思わない。できれば避けたいくらいだ」
ステイル「だが、それはサーシャ・クロイツェフも同じだった。禁書目録を頼れば楽なのに、彼女は敢えてそれを避けた」
神裂「ステイル…」
ステイル「嬉しい事じゃないか神裂。彼女は、禁書目録を道具ではなく人間として気遣っていた。
誰も彼もが禁書目録を道具扱いし、化け物扱いする魔術サイドでね」
ステイル「そんな彼女の危機だ。協力しないわけにはいかないだろう?」
神裂「そうですね……その通りです」
キャーリサ「男らしい良い判断だ、ステイル・マグヌス」
ステイル「光栄です。姫君」
- 292 :1[sage]:2011/05/29(日) 13:37:07.92 ID:Pf5XoML+0
予想では、もっと険悪な感じになるだろうと思っていた。
こちらとしてはそのつもりは全く無いのだが、最悪ドンパチになる事も覚悟していた。
それ故に、この様な迎え入れは予想外だった。
聖ピエトロ大聖堂。
文字通り、神の子の一番弟子である聖ペトロの殉教した場所に建てられた聖堂であり、ローマ正教の本部である。
本来ならば観光客でごった返しているイメージがあるのだが、どうやら聖ピエトロ大聖堂の周囲には、衛兵しか居ないみたいだ。
あの何とも言い難い赤と黒のカラーリングの衣装を着た衛兵。
あれを何と表現すれば良いのだろうか? 私には上手く言葉にできないし、
無理矢理言葉にすれば20億人を敵に回してしまうかもしれないので控えておきます。
そのスゴイイショウを着て、身の丈を超える槍の様なものを装備した衛兵がざっと見て100人以上ですかね…
みんな同じ格好で同じ表情でこちらを見上げていた。
警戒か、あるいは困惑。
しかし、何らかの魔術を使ってこちらを攻撃してくる様な事は無い。
五和「サーシャちゃん、これは…」
サーシャ「ええ。おそらくは、すでに根回ししているのでしょう」- 293 :1[sage]:2011/05/29(日) 13:39:14.00 ID:Pf5XoML+0
周囲に衛兵しか居ないこの状況。
私はこの聖ピエトロ大聖堂に来るまでに、おおよそ一般人の姿というものを上空から目撃する事は一度も無かった。
私がここに来るであろう事を予め知っていたとしか思えない、まさに用意周到と言うべき状況である。
おそらく、ローマ正教はもうすでに事の全てを知っている。
たぶんキャーリサか、あるいは最大主教あたりがすでにローマ教皇に根回しをしていたとしか考えられない。
まだこちら側に協力してくれるのかどうかまでは解らないが、
攻撃してこないという事は、こちら側の話を聞く気があるという事なのだろう。
だから警戒こそすれ、攻撃してくる事は無い。
無論これは私にとって都合が良い。前述の通り、私は戦争をしに来たわけではない。
エリザリーナでのガブリエルの様な事をするのもりは無いのだ。
『聞こえているか?』
サーシャ「……」
直接私の脳に問いかけるかのように言葉が響いてきた。
声を聞くだけで、その者が人の上に立つだけの度量を持つ威厳のある人間だと言う事が分かる。
地位が彼をそうさせるのではなく、おそらく生まれながらにして人に慕われ、人を導く地位に就く宿命を背負っていたのだろう。
声を聞いただけで分かる。
間違いない。
- 294 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:40:42.90 ID:Pf5XoML+0
サーシャ「聖下ですか?」
マタイ「いかにも。話は聞いている、中(聖堂)に入ってきなさい」
サーシャ「もしや、第二王女の方ですか?」
マタイ「いや、もっと厄介な女の方だ」
サーシャ「……」
やはり、予感は的中した。
あの女は一体どこまで把握しているのだろうか。
天使になった私をネセサリウスの戦力に組み込もうとか考えていそうなものだが。
こんな時に、余計に注意しなければならない存在が増えてしまった。
マタイ「余計な心配は無用だ。何を企んでいるにせよ、この私が全力で阻止する」
サーシャ「……」- 295 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:42:29.91 ID:Pf5XoML+0
さてもさても、私達は上空からゆっくりと地面に降りていった。
久方ぶりの地の足を着ける感触。
指先からふくらはぎまで筋肉が張り詰めるのが妙に心地よかった。
きっと、まだ私が人間である事の証なのだろう。
周りにいた衛兵達は、私が降りてきた場所を中心に蜘蛛の子を散らす様に避け、
一定の距離を保ったまま私をジロジロと見ている。明らかに警戒している。
見せもんじゃねぇぞゴルァ。と叫びたくなったが、私のキャラじゃないのでやめておきましょう。
何か上級神官みたいな人が現れたので、その人に招かれて私達は大聖堂の中へと足を踏み入れた。- 296 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:43:49.67 ID:Pf5XoML+0
五和「…どうやら、かなり強力な結界が機能しているみたいですね…」
ふと、聖堂内の回廊を歩いてる最中、五和がそんな事を口にした。
私には全くと言って良いほど感じないが。どうやら、歓迎はされていないみたいだ。
当たり前ですね。
そのまま歩き続け、この聖堂の中央にある最も広い部屋らしきところに案内された。
そして、そこにはローマ教皇が居た。
普通に、中央にポツンと佇んでいた。
普通に佇んでいながら、普通ではないオーラを放っている。
何も言わずに、有無を言わさずに人をひれ伏させるような、そんなオーラだ。
いつもの私ならば、おそらくは遠くからお辞儀してしまっていたかもしれない。
サーシャ「教皇聖下。第一の解答ですが、単刀直入に」
ローマ「その前に、見せてもらおうか」
サーシャ「……」
単刀直入の語源は、たった一人で一振りの刀を持ち、敵陣に突入して斬り込む事である。
つまり、逆に斬られたのだ。一人で突っ込んで犬死した。
まあ立場としてはこちらがお願いする方だから、素直に従うしたかない。- 297 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:48:05.75 ID:Pf5XoML+0
特別な技術とか心構えとか意識とか、そういう類のものは一切必要ない。
ただ普通に、当たり前の様に。息を吸って吐く事となんら変わらない気分で。
私は、背中から翼を出してみせた。
私の小柄な体には不釣り合いな、一対の大翼。
ちなみに12枚六対のバトルモードではなく、ノーマルモードだ。
この世のどんな白よりも美しい白。
この世のどんな神聖なものよりも神聖な天使の象徴。
これを偽物だなどと一言でも口にした暁には、この世のありとあらゆる恥をも超える汚名を着せられる事になるだろう。
20億人の信徒の前で聖母を淫売呼ばわりし、十字架に唾を吐く事にも匹敵する侮辱だ。
有無を言わさずに納得させるだけの不可視な力が、その純白の翼にはあった。
さすがのローマ教皇も、目を皿の様に見開いて驚いていた。
サーシャ「説明は必要無いでしょう」
マタイ「……そうだな、認めよう」
ローマ正教のトップは、確かにそう言った。
大事であり、神学の観点からしても革命的な出来事である。
教皇のこの発言は、つまり十字教が私という天使を公認し、崇拝するという事になるのだ。
だが、そんなのに興味は無い。私の目的は、むしろそれを回避する事にこそあるのだから。
そしてそれら全てを踏まえた上で、教皇はさらにこう述べた。
マタイ「残念だが、お前に協力する事はできない」
五和「な、なぜですか!?」
私が口を開くよりも早く、五和が声を荒げて問いかかる。- 298 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:52:31.19 ID:Pf5XoML+0
五和「彼女を天使と認める事は、あなた方ローマ正教にとってこれ以上無いくらいに不都合なはずですよ!?」
マタイ「無論、その様な事は十二分に承知している」
五和「それだけではありません! サーシャちゃんは現在イギリス清教に所属しています。
そのイギリス清教から天使になる者が輩出されたというだけでも、イギリス清教が神の子の教えを
最も誠実に受け継いでいるという事の正当性が証明されてしまいます!!」
マタイ「その事も承知している」
五和「しかも、サーシャちゃんはもともとロシア成教の所属です。この件に口を挟まないはずがありません!!」
サーシャ「……」
そうなのです。イギリス清教は、他の宗派、例えば天草式の様な多角宗教融合型の組織に対しても
広く門戸を開き、傘下として受け入れている。
無理矢理改宗させるわけでもなく、迎合ですらない。
イギリス清教のために尽くすという一点において繋がり、根本的な教義の部分には触れない。
つまり、イギリス清教に所属していながら、私の根底にはロシア成教の教えがあると解釈する事もできてしまうのだ。
サーシャ「これが、魔術サイドにおける大戦争の引き金になるとしても…」
マタイ「天使など、なろうとしてなれるものではない。努力してなれるものでもない。
主に選ばれた者のみに与えられる栄光であり、運命だ」
マタイ「ローマ正教の権力が主の意思を超える事などあり得ない。我々は主に身を捧げし十字教徒だ。
ならばこの主が御定めになった運命に、我々が手を出していい道理など存在せん」
五和「そんな……」
サーシャ「……」
- 299 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:54:31.70 ID:Pf5XoML+0
確かに、ローマ教皇の言う事は正しい。何も間違ってなどいない。
だが、戦争がどうとか言いたいわけではなく、それどころか説得しようと試みるわけでもなく。
これだけははっきりさせておきたいと、ちゃんと確認しておきたいと、そう思っただけだった。
だから、私は教皇にこんな質問をした。
サーシャ「第一の質問ですが、あなたにとってローマ正教とは何ですか?」
マタイ「…何?」
サーシャ「質問を繰り返します。あなたにとってローマ正教とは何ですか?」
マタイ「ローマ正教は、原始十字教団の意思と神の子の意思を継ぎ、正しい神の教えを守り広めるための組織に過ぎない」
サーシャ「本当にそうですか?」
マタイ「何が言いたい」
これも、ローマ教皇は正しい事を言っている。間違ってはいない。
だけど、違うんです。聞きたいのは、そういう事じゃない。組織がどうとか、そういう事を聞きたいのではない。
サーシャ「ローマ正教は、信徒達は、あなたにとって大切な仲間じゃないんですか…?」
マタイ「……」
- 300 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:57:23.62 ID:Pf5XoML+0
確かに、教皇は神に選ばれた存在ではない、人によって選ばれた地位だ。
教皇であるマタイ本人もそれを気にしている。
だが、しかし、だからと言って
人に選ばれた事に価値は無いのか?
人に愛され慕われる事など、神に選ばれる誉の前には些細な事だと吐き捨てていいのか?
そんな事は無い。例え私達が一神教の神を絶対的な存在として認識する者達の集まりだとしても、
だからと言って私達が人を蔑にしていいはずが無いのだ。
マタイ「例え神の意志であっても、お前はお前の仲間を見捨てないのか?」
例え神の意志であっても、自分を好きでいてくれる人達を見捨てて良い事になんかならない。
神に誓っても良い。いや、誓う必要なんてもはや無いだろう。むしろそれが私にとっては全てなのだから。
だから…
サーシャ「第一の解答ですが、だから今私はここに居るのです」
きっと、いや必ず同じ想いを、共感できる何かを、ローマ教皇だって抱いているはずだ。
私はそう信じている。
だからこそ、私はそんな問いかけをしたのだった。- 301 :1[saga]:2011/05/29(日) 13:58:54.49 ID:Pf5XoML+0
マタイ「ふむ……」
暫く黙考する教皇マタイ。
そして、彼は軽く息を吐いた。
単なる溜息。だが私には、まるで彼の威厳や、彼の中にあった頑なな何かも一緒に外へ排出された様な気がした。
マタイ「仲間…か。久しぶりに聞いた言葉だ」
マタイ「以前、会合でランべス宮を訪れたのだが、その時に私は信じられない光景を目にした。……いや、正確には耳にしたと言うべきか」
サーシャ「?」
マタイ「お前達のトップが、聖人に罵声を浴びせられ、追い掛け回されていたのだ」
サーシャ(最大主教ェ…)
五和(女教皇様ェ…)
マタイ「その光景に、私は呆れた。だが、同時に羨ましくもあった」
サーシャ(罵声を浴びるのが?)
五和(追い掛け回されるのが?)
マタイ「本来、人は神の下では平等であるはずだ。誰もが対等であるべきだ。皆が私を慕ってくれる事はこの上無く喜ばしい。
だが、私は教皇という地位に祀り上げられ、崇められるために十字教の扉を叩いたわけじゃない」
マタイ「だからこそ、私は羨望の念を抱いた…」
サーシャ「教皇…」
確信した。
例え20億人のトップに立つような重責を負っていても、この人は信徒を仲間として大切に想える人だと。- 302 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:05:02.31 ID:Pf5XoML+0
マタイ「いいだろう」
五和「えっ…」
マタイ「私の負けだ。不覚にも、私はお前の言葉に共感を覚えてしまった」
マタイ「この私を説得するとは、幼いわりに中々の策士だな。なるほどその知性、
主が天に召すのも得心が行く」
サーシャ「いえ、あの、別にそういうつもりでは」
マタイ「謙遜する事はない、フィアンマを倒せたのも得心が行く」
サーシャ「……」
別に策に嵌めたつもりはないのだが。
ついでにフィアンマを倒したのは上条当麻であって、私は彼の手助けしかできなかったのだが。
まあ、良いでしょう。結果オーライ。- 303 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:08:14.54 ID:Pf5XoML+0
マタイ「この件、あくまでもローマ教皇として協力させてもらう。
ただの一信徒であるマタイ・リースは常に神の意志を尊重するものと思え」
サーシャ「第一の解答ですが、元よりそのつもりです」
五和(これは、教皇デレですか?)
神官(いえ、ただのツンデレです)
というわけで、ローマ教皇との交渉に成功した。
さあ、いよいよ本格的なミッションスタートとなるわけであるが…
マタイ「お前達がここに来た理由は、地下の大書庫と、使徒十字であろう?」
五和「はい、その通りです」
さすがは世界最大宗派のトップである。
具体的な事は何も説明していなかったのだが、全て察していた様だ。
いやはや恐れ入る。
マタイ「地下書庫には様々な原典がある。だが、禁書目録が閲覧したレベルとなると、
目に触れただけで命を落とす危険もあるぞ? 例え天使になるとしても、お前の体はまだ人間なのだ」
マタイ「それに、使徒十字が必ずしもお前達にとって望ましい結果をもたらすとは限らない」
五和「ということは、使徒十字の影響が、むしろ悪い方向に働く可能性もあるという事ですか?」
私が天使になる事は、ローマ正教にとって都合が悪い。
ならば、ローマ正教にとって都合が良い様に効果範囲内の世界を組み替えてしまう使徒十字は、
私が天使にならない様に効果を発揮してくれるだろう。というのが当初の目論見である。
だが、こういう見方もできる。それならば私を殺してしまえば、諸々の問題は解決されると。
原典の閲覧が、単なる肉体へのダメージだけで済むのか、それとも十字教の定義における魂をも傷つけるものなのかは定かではないが。- 304 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:09:49.76 ID:Pf5XoML+0
マタイ「それに、お前にとって必要な知識を探し出すために何冊も原典を閲覧するというのは、
効率が悪いという話以前に、あまりにも無謀すぎる」
五和「確かに…まるで5/6の確率でハズレを引いてしまうロシアンルーレットみたいですね…」
サーシャ「ロシア人なだけに」
マタイ「……」
五和「……」
サーシャ「……」
これには思わず苦笑い。- 305 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:12:13.70 ID:Pf5XoML+0
マタイ「仕方が無い、みなにも覚悟を決めてもらうしか道は無いな」
サーシャ「第一の解答ですが、それには反対です。私のためにみんなを犠牲にするなど」
マタイ「だが、他に方法は無いのだ。仕方あるまい」
サーシャ「ですが…」
マタイ「無謀だ。そして危険でもある。だが、それほどの危険を覚悟しなければ、この問題は解決できぬ。
お前もそれを理解した上で我々に協力を求めたのだろう?」
サーシャ「……」
教皇の主張する方法は、いわゆる人海戦術の様なものだ。
大量の人員を動員して、目的の魔道所を探す。
運悪く危険な魔道所を開いてしまった人間は、残念だがタダでは済まないだろう。
だが、それしか思い浮かぶ手段は無い。
危険な事は百も承知だ。
自分が危険な目に遭うのなら構わない。自分が痛めつけられるのも。
確かに、これはもはや私だけの問題ではない。事は魔術サイド全体の運命を左右するほどまでに大きくなってしまっている。
しかしそうだとしても、やはり受け入れ難い事に変りは無い。
誰かを犠牲にして助かる事をすんなり受け入れられるほど、私は冷徹ではない。
例えそれが自分にとっては見ず知らずの人間だとしても。- 306 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:19:33.73 ID:Pf5XoML+0
嫌になるくらいにやたら高いハードルが沢山並んでいる。
それを、他人を食い物にして飛び越えていけと言うのだろうか?
そんな事をしなければ、私は大切な人たちと一緒に居ることさえできないのか?
まるで残酷な物語の脚本の様だ。
どれだけ希望を見出しても、そこには必ず絶望が付き纏う。
本当に。こんな時にヒーローでも居てくれたら……と思う。
彼ならどうするのだろうか?
ただの一般人。魔術に精通しているわけでもなく、戦闘のプロというわけでもない。
しかし、それゆえに私達には無い視点を持っている。
たった一つの願いを叶えるために、想いを遂げるために、その想いや願いを魔法名として掲げ、魔術に手を出した者達。
それが魔術師。
要は、叶わない願いに対する我儘を貫き通したなれの果てなのだ。
そんな私達ではけして追いつくことなどできはしないのだろう。
力に縋った私達とは違い、例え力が無くともたった一つの想いを貫き通すために戦えるヒーローには……
上条当麻。あなたなら、どうしますか?
誰もが不幸になること無く問題を解決する。
そんな、キレイゴトがまかり通ってしまう様な幻想なんて…
あるに決まってんだろ
サーシャ「……えっ」
- 307 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:20:49.67 ID:Pf5XoML+0
突然、外から強烈な爆発音が響いた。
それに乗じて、喧騒があちこちから沸き上る。
五和「な、何かあったのでしょうか?」
サーシャ「……」
まさか、そんなご都合主義的な展開なんて…
などと言いつつ、心のどこかで期待の様なものが微かに生まれたのを感じた。
「教皇様!!」
慌ただしくマタイの元へ駆け寄る神官と思しき者。
彼は教皇に向かってこう報告した。
「侵入者です!!」
と。
- 308 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:23:13.54 ID:Pf5XoML+0
「敵の数は3人。一人は炎の魔術の使い手で、魔女狩りの王(イノケンティウス)の使用を確認しました!」
……イノケンティウス?
五和「すみません!! もしかしてその三人の中に、右手で触れただけで魔術を消してしまう日本人の少年は居ませんでしたか!?」
「えっ、なぜそれを!?」
呆気に取られた顔で五和の顔を見る神官。
だが、私達には驚く暇も無かった。
扉の向こう側から炎が飛び出してくる。
その奥に、三人の人影。
2mはあるだろう大柄の男。対照的と言えるくらいに背の低い白い修道服を纏った少女。
そして、その少女を守るために戦ったヒーローが、確かにそこに立っていた。
この絶望的な展開をぶち壊してくれる希望が、確かにそこにあった。
- 309 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:26:15.91 ID:Pf5XoML+0
ステイル「奇襲成功…かな。やれやれ、我ながら無謀な事をしたものだ。対立組織の本拠地に単独で殴り込みをかけるなんて」
神官「なっ!! 防護結界が突破されたのか!?」
ステイル「悪いが、こちらはどんな結界を用意されても打ち破る事ができるバカが居るんでね」
上条「誰が馬鹿だこの野郎」
まさか、と目を疑った。
あまりにも都合が良過ぎる。
一瞬、窮地に立たされた事による現実逃避的な妄想が行き過ぎたのかと思った。
だってそうでしょう。困っているところに都合よくヒーローが現れるなんて。
そんなバカバカしい茶番の様な偶然が
上条「偶然なんかじゃねぇよ」
サーシャ「上条…」
上条「見ず知らずの人間を助けに来たヒーローでもねぇ。俺は地の果てまで知らない人間を助けに行ける様な人間じゃねぇんだよ」
上条「お前には返さなきゃならねぇ恩が山ほどある。いや、例えそんなもんが無くても俺はここに駆けつけたさ」
そして、上条当麻はこちらへ歩みより、頼もしく、力強く私の前に立ちはだかった。
上条「サーシャ。他の誰かじゃない、お前だから助けに来たんだ」
サーシャ「……」
一瞬、心臓が跳ねる様な感覚を覚えた。
効果音に例えると、ドクン。いや、ドキッという感じか。
五和「上条さんの悪い癖ですね、そういうの…。そうやって無自覚にフラグを乱立して…」
上条「フラグ? いや、ってか何でそんな不機嫌そうな顔をしてるんだよ」
- 310 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:28:01.16 ID:Pf5XoML+0
マタイ「上条当麻…幻想殺しか。なぜここに居る? なぜここまで来た?」
上条「なぜって、決まってんだろ。俺はサーシャを助けるために来たんだ」
マタイ「我々ローマ正教は、お前の命を狙っていたのだぞ?」
上条「関係ねぇよ。仮にアンタが俺と同じ立場だとしたら、味方が敵の陣地に居るからって理由でソイツを見捨てるのか?」
マタイ「……」
ステイル「って言っても、今回必要なのは君じゃない。君はあくまでも脇役だ」
上条「分かってるよ」
マタイ「何を言って……!!」
マタイの目に映ったそれは、彼から余計な言葉を全て奪い去った。
そして、それは一瞬にして、この困難な状況の解決方法が存在するという揺ぎ無き事実を彼に思い知らせた。
純白の生地に金色の刺繍が入った修道服を身にまとう、見た目14歳くらい、銀髪碧眼の小柄な少女。
インデックス「………」
が、ぐったりと生気の無い顔で、その場にしゃがんでいた。
上条「おーい、大丈夫かインデックス?」
インデックス「ダメ…ゆらさないで…こぼれるんだよ…リバースするんだよ……うっぷ……」- 311 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:30:17.94 ID:Pf5XoML+0
少女の両肩を掴んで軽く揺する上条。
それを抵抗したいが抵抗できず、青ざめた顔と涙交じりの目で「やめてくれ…」と訴える禁書目録。
何があったのだろう? まるで時速7000キロのジェット機に乗せられて乗り物酔いに苦しんでいるみたいに見える。
あくまで例え話だが。
禁書目録が。そう、禁書目録が。
10万3000冊の魔道書の原典を完璧に保管している禁書目録が、乗り物酔いに…
……乗り物酔い!?
五和「違う」
サーシャ「すみません」
ボケている場合ではない。
そうだ、禁書目録!?
知る人ぞ知る、おそらくこの世界で最も魔道書に精通したスペシャリストが居らっしゃる。- 312 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:32:04.29 ID:Pf5XoML+0
マタイ「どういうつもりだ。イギリス清教の魔術師よ」
ステイル「今回の件、これは魔術サイド全体に関わる問題だ。ならば、僕らが協力する事には何も問題は無いはずだ。
いや、むしろ協力すべきだろう。そもそもサーシャ・クロイツェフは僕達イギリス清教の魔術師なのだから」
マタイ「だが、イギリス清教の魔術師がローマ正教の本陣を攻めてきた。これがどういう事か分からないわけではあるまい」
ステイル「隠蔽すればいいだろう。今回の件についても緘口令を施行し、外部に漏らさない様にすべきだ。
事実を知っているのは極僅かな人間しか居ないからね」
ステイル「そうしないと、仮にこの問題が解決したとしても、”天使になるべき人間を、神の意志に逆らってそれを妨害した”
という事実が周知されてしまえば、僕らは神への反逆者というレッテルを張られる。そうなっては元も子も無い」
マタイ「ふむ……」
上条「インデックス、酔い止め飲むか?」
インデックス「それは乗る前に飲まないとダメなんだよ…」
上条「でも飲んだら乗るなっていうだろ?」
インデックス「わけがわからないんだよ」- 313 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:34:34.48 ID:Pf5XoML+0
侃侃諤諤、喧喧囂囂な議論を経て、私達は禁書目録の力を借りて必要な魔道書を探し出す事になった。
というかそういう流れにならないとストーリーが進まないので、ぶっちゃけてしまえば議論なんて全く意味など無かった。
最初から答えの決まった議論だ。
サーシャ「ところで質問ですが、どうやって魔道書を探し出し、それを閲覧するのでしょうか?」
10万3000冊の魔道書。とは言っても、彼女は現物としてそれを持ち歩いているわけではない。
一字一句ページ数まで全て把握しており、確かに彼女の頭の中にはその全てが詰まっているのだろう。
しかし、私には外からそれらを閲覧する事はできない。
まさか、頭蓋骨をこじ開けて×××なんてそんな恐ろしい事をするわけではないだろうし…
インデックス「簡単だよ。私の歌を通して、あなたと私の精神をリンクさせるの」
サーシャ「歌…ですか」
歌による脳への干渉。
それは実際に13巻で彼女が打ち止めを助けるために行っていた。
精神のリンクに関しては、闇咲の前例がある。
まあ勿論の話ではあるが、原作的に考えて私はこの両方の前例については全く知らない。
そもそも関わっていないのだ。- 314 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:36:26.00 ID:Pf5XoML+0
インデックス「とうま、みんなに私から離れて、耳を塞ぐ様に指示して。さーしゃ以外の人を巻き込むわけにはいかないから」
上条「ああ、分かった」
そして、私と禁書目録を中心に一定の間隔が開けられ、私達は群衆に取り囲まれる様な形になる。
まるで見世物にされているかの様な気分だ。
インデックス「手を出して」
サーシャ「手を…?」
言われるままに手を差し出す。
すると、禁書目録は私の手を握ってきた。
指を絡め、まるで恋人の様に深く……
貴重な百合要素だ。1は嘘ではなかった。
インデックス「じゃあいくよ」
サーシャ「あ、はい。お願いします…」
と言っても、何を覚悟すればいいのだろうか?ジャ○アンリサイタルが始まるわけじゃあるまい。
今まで十数年生きてきたこの人生で、覚悟を決めて歌を聞いた経験など無い。- 315 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:41:24.24 ID:Pf5XoML+0
そもそもの話、歌によって精神をリンクさせるというのもいまいち実感が湧かない。
というか、実際に精神をリンクさせるという話自体も実のところ、何だか胡散臭い感じがする。
とは言え、私自身その精神のリンクとやらの経験が無いわけではない。
今まで散々ガブリエルの力とリンクして、その絶大な力の一端を使っていた。
しかし、何か特別な事があったわけでもなく、ある日、あの時、いきなり力を使える様になったのだ。
だから、まるで蚊に刺されてもそれに気付いたのは痒くなった後だった的な感じで、精神をリンクさせた事に関しては全く実感などない。
思えば、今まで一番近くに居ながら、私はあの天使とどうやって繋がっていたのか?
そんな超弩級の異常事態について何も知らなかったし、関心も無かった。考えようとした事すらあったかどうか曖昧だ。
きっとそんなだから、私は自分の体がこんな事態になってしまっていた事にも気が付けなかったのだろう。
鈍感な事、気付いてやれない事。それは時には相手を傷つける事に繋がる。最期にフィアンマがそう言っていた。
それは、相手ではなく自分の事もそうなのだろう。そして、結果的に私は五和や神裂に刃を向け、傷つけた。
イヤになる。容量が良い、そんな上手い生き方ができる人間が羨ましいとすら思う。
今回の事だって、もしも失敗すれば、もしも上手くいかなければ…
インデックス「大丈夫だよ。私を信じて」
まるで不安に淀む私の心中を察するかの様に、禁書目録は私の手を強く握り返した。
自身に満ちた笑顔と共に。
そうだ、一人で戦うわけじゃない。
例え誰かに迷惑を掛けようとも、それを喜んで受け入れてくれる仲間が居る。みんな自分が傷つくことすら厭わない程のお人好しだ。
だから私は天使になる事を拒んだのだ。
忘れるな。例え上手に生きる事が出来なくとも、それを補ってくれる人達が私の周りに居る事を。- 316 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:43:43.37 ID:Pf5XoML+0
透き通る様な、クリアな歌声が耳に響いてくる。
少女らしい柔らかな歌声。
歌の上手い下手は、素人の私には分からない。
正直なところ、殲滅白書で戦う事を選び、修道院のミサで賛美歌を歌う様な普通のシスターになる事を嫌った私は、
賛美歌の歌詞すら記憶が曖昧である。
だが、上手い下手の評価はできなくとも…いや、そもそもそんな事する必要など無いし、している余裕もないのだけど。
彼女の歌は、私の心を揺さぶり、体の奥まで響くような、そんな声色だった。
体全体を優しく包み、ふわりと頭の中を満たされる様に
ゆっくりと、視界が揺れ、歪み、ぼやけ、混ざり合い……
………
……………
私の意識は途絶えた。
- 317 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:46:31.23 ID:Pf5XoML+0
本の海。第一印象としてそんな言葉を思い浮かべた。
見渡す限り本、本、本。大量の本が螺旋を描くかのように私の周りを漂っている。
ここは、一体……?
インデックス「10万3000冊の魔道書の図書館だよ」
振り返ると、そこには私をここに招いた白いシスターが立っていた。
サーシャ「ここが…禁書目録…?」
インデックス「そう。そして、あなたが必要としている魔道書をここから探すの」
サーシャ「はあ…」
色々と疑問はある。いや、むしろ疑問しかない。何から何まで疑問だらけだ。
だが、聞いても仕方無いだろう。全部が全部それがデフォルトなのだ。
太陽がなぜ東から上るのか? とか何で現実の教皇は顔が恐いのか?とか
何で原作者は上条のパンチで決着を付ける事にこだわってるのか?とか何で黄色だけ技名を付けてるのか?(禁書じゃないよ)とか、
聞いたところで人類の9割は得をしない。それはそういうものなのだとしか答え様が無いのだろう。- 318 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:48:18.43 ID:Pf5XoML+0
インデックス「私自身は記憶が無いんだけど、フィアンマが使った魔道書の履歴は調べる事ができたんだよ」
サーシャ「本当ですか!?」
インデックス「私は嘘はつかないんだよ」
確かに、このシスターは人を騙す様な性格ではないのだろう。
常に裏表が無く真っすぐで、それゆえに人に好かれ易い。きっとそんな人間なのだ。
彼女は嘘をつかない。
インデックス「私は小食なんだよ」
サーシャ「それがどうかしたのですか?」
何でいきなり自分の食欲を暴露したのかは分からないが、彼女は嘘をつかないからきっと本当の事なのだろう。
インデックス「フィアンマが力を固定化させるために使ったと思われる魔道書は、たぶんこの二冊」
禁書目録は手を頭上に翳した。
すると、本の方から勝手に引き寄せられる様に、彼女の手に二冊の本が飛んできた。
それを掴む禁書目録。ちょっとカッコイイ。
サーシャ「それがフィアンマの使った魔道書ですか?」
インデックス「うん。不安定な力を固定化させるための理論は、たぶんこの二つの魔道書を組み合わせたんだと思う。
だけど、これだけじゃ足らないんだよ」
サーシャ「?」- 319 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:51:20.87 ID:Pf5XoML+0
インデックス「あなたの場合は、力を固定化させるだけじゃ足りない。端子を不完全なままで固定化させても、
テレズマの吸収そのものを抑制しない限りは意味がないの」
サーシャ「つまり、どういう事ですか?」
インデックス「天使と人間の力の差は、要はテレズマの吸収と放出の量にあるんだよ。
天使はその体の構成そのものがテレズマによって満たされているから、放出する力の量も人間とは比べ物にならないの。
それこそ、一夜にして世界を滅ぼしてしまうくらいにね」
インデックス「どういう理屈であなたがそうなってしまったのかは上手く説明できないんだけど、
あなたは莫大なテレズマを取り入れると同時に、莫大なテレズマを放出できる様になってしまったの。
もともとが天使みたいにテレズマを受け入れやすい体だったんだけど、その力を放出させない様に肉体という壁があったんだよ」
インデックス「だけど、あなた自身の体が普通の肉体を拒否し、テレズマによる肉体の再構成を受け入れる様になってしまったの」
サーシャ「私の体が、テレズマそのものになるという事ですか? 天使みたいに」
インデックス「だいたいあってる」
インデックス「たぶん、ものすごく強い衝撃があなたの体にあったんだと思う。
例えば、許容量を超えた、しかも属性の違うテレズマ同士を無理矢理体に押し込めようとしたりとか」
サーシャ「見ていたんですか?」
インデックス「例えばの話だよ」
サーシャ「……」
インデックス「例えば怪我をした後に皮膚が再生すると、その皮膚は以前より厚くて剥がれにくくなるよね。
人間は体に何らかの衝撃を与えられると、それに対抗するためにより体が丈夫になるんだよ」
サーシャ「要するに、それが原因で私の体がテレズマを取り入れ易くなる方向に変わってしまったという事ですか?」
インデックス「だいたいあってる」
インデックス「だから、そんなあなたに必要な魔道書をもう一つ」
流れる様に、禁書目録の手にさらに一冊の魔道書が飛び込んできた。- 320 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:54:42.15 ID:Pf5XoML+0
サーシャ「それは?」
インデックス「悪魔の力を使うための魔道書。守護天使の加護を得るアブラメリン魔術の派生なんだよ」
サーシャ「あ、悪魔ですか!?」
賛美歌の歌詞の記憶が曖昧でも、一応十字教徒である。
そんな私が悪魔の力を身につけるのは…
インデックス「12枚6対の翼なんだよね?」
サーシャ「えっ」
インデックス「そして光を操る天使。私の知識では、それに該当する天使は一人しかいないんだよ」
6枚十二対の翼を持ち、光を操る。
それは、私が聖ジョージ大聖堂で見せた天使の力だ。
インデックス「ルシフェル(光を掲げる者)。話を聞いて、まずはそれを思い浮かべたの」
サーシャ「しかし、私の属性…親和性は、ミカエルに近いと言われました」
インデックス「ミカエルとルシフェルは双子の兄弟だって説もあるんだよ。
それに、ルシフェルが人間に与えた原初の光は、火だと言われている」
インデックス「私の考えが正しければ、あなたは四大属性のうち、火のテレズマを光という形にして操れるんだと思う」
サーシャ「では、ガブリエルが私の体に移った際に、ミーシャと名乗った理由は?」
インデックス「たぶん、天使は大雑把なんだよ。人間みたいに顔で判別してるとは思えないし、
それに生物学の免疫反応では全人類が違う自己の免疫反応を持っているのに対し、
一卵性の双子は全く同じ自己と免疫反応を持っているって言われてるんだよ。つまり人間の自己と非自己の区別が…」
サーシャ「禁書目録は科学には疎かったはずでは?」
インデックス「話の腰を折らないでほしいんだよ」- 321 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:56:39.88 ID:Pf5XoML+0
インデックス「天使の力であるテレズマに抵抗できるのは、悪魔の力しかないんだよ」
サーシャ「テレズマを中和させるという事ですね。なんて貧困な発想なのでしょう。作者的な意味で」
インデックス「それは言わない約束なんだよ」
そんな約束は知らない。
インデックス「合計で三つの魔道書。この魔道書の力であなたの体を肉体からテレズマになるのを固定化させて防ぐ。
尚且つテレズマを大量に吸収し、放出する天使級の力を弱体化させるんだよ」
サーシャ「第一の解答ですが、理論はおおよそ分かりました」
インデックス「それと…」
サーシャ「そちらの方も承知しています。あなたの様に耐性の無い私が原典を三冊も自分の脳に叩き込む。
れがどれだけ危険な行為なのかも」
インデックス「さすがにそればかりは私にも手助けはできないよ。あとはあなた次第」
サーシャ「……」
インデックス「大丈夫。さーしゃなら、きっと魔道書の毒に打ち勝てる。信じるんだよ、あなたが大切にしてるものを」
サーシャ「…ありがとう、インデックス」- 322 :1[saga]:2011/05/29(日) 14:58:07.15 ID:Pf5XoML+0
きっと、大丈夫だ。根拠は全く無いが。
大丈夫。私はみんなのもとへ帰れる。これからも、またずっと一緒に居られる。
自分が胸を張って選んだのだ。そのためにここまで来たのだ。
ならば、こんな処で倒れるわけにはいかない。魔道書ごときでやられるわけにはいかない。
今度こそ最後の戦いだ。この魔道書にさえ打ち勝てれば、私は……
最初の一ページを開こう魔道書に触れた。
「残念だ。サーシャ・クロイツェフ」
- 323 :1[saga]:2011/05/29(日) 15:01:08.55 ID:Pf5XoML+0
【そして…】
インデックス「防護不可とみなし、……現状10万……3000冊の魔道書……の保護のため、禁書……目録への…アクセスを強制遮断……」
ヨハネのペン。インデックスを守るための自動制御装置が起動し、禁書目録へのアクセスが強制的に遮断された。
なぜこの場面で起動したのかは分からない。同時に、インデックスはそのまま意識を失い倒れた。
ステイル「なッ!?」
上条「インデックス!!」
倒れたインデックスに駆け寄り、上条はその小さな体を抱き起した。
ステイル「強制遮断? どういう事だ……なら、サーシャ・クロイツェフは!?」
サーシャ?「……kjahshbea」
インデックスと精神をリンクした事により、表側では意識を失っていたはずのサーシャの体が、
突然操り人形の様に見えない糸で引っ張られるかの如く宙に浮く。
五和「サーシャちゃん…?」
マタイ「何だ? 何が起こっている!?」
彼らの声に応えるかの様に、サーシャはゆっくりと顔を上げた。
冷酷で、冷徹で、一切の表情の無い顔で。
違う。それは、明らかに彼らの知るサーシャ・クロイツェフではなかった。
サーシャ?「警dhan告……。上の意思shaksn逆djkoate…」
声にノイズが走る。何を言っているのかはほとんど聞き取れない。
だが、最後の言葉だけははっきりと分かった。
サーシャ?「fsijrn…滅びよdks」
- 335 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:16:47.90 ID:/QZSeJGM0
ぺンデックス「警告、第八十章2節、外部から魔道書庫の不正なアクセスを確認」
サーシャ「インデックス……?」
ちょうど覚悟を決めて表紙に手を掛け、一ページ目を開こうとしたその時だった。
その機械的で抑揚の無い、先ほどまでの彼女のものとは思えない様な声を聞いたのは。
ぺンデックス「防護結界の展開……不可。何者かによる結界の破壊を確認。
原因と思われる魔術を検索……該当なし。防護結界の修復は不可能と判断」
ぺンデックス「これより迎撃を行うために、10万3000冊から有効な術式を検索……該当なし。
迎撃不可能と判断。問題解決の最良の手段として、現状10万3000冊の書庫の保護のため、
禁書目録を強制的に閉鎖し、アクセスを遮断する事を選択します」
サーシャ「閉鎖? では、この魔道書は…?」
ペンデックス「媒体は記憶ですから、好きにしてください」
サーシャ「質問ですが、強制的に終了とは…その場合、私はどうなるのですか?私はあなたと精神をリンクさせているはずですが…」
ペンデックス「がんばれ」
サーシャ「ちょ」
その無責任な禁書目録の答えと同時に、私の意識は再びどこかへと飛ばされたのであった。
- 336 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:17:45.24 ID:/QZSeJGM0
「神の国は、ここにある、そこにあるという様に目に見えるものではない」
気がつくと、本の海と表現した10万3000冊の世界とは、また別の場所に居た。
「神の国とは、カラシナの種の様なものだ。種は小さいが、地に植えられて成長すれば、
やがてどんな野菜よりも大きくなり、枝を伸ばし、鳥が巣を作る程に成長する」
表現するならば、この場所は海の様だった。
どこまでも果てしなく水平線が広がり、どこまでも深い海と夜の青が支配する紺色の世界。
唯一の光は、漆黒の夜空に妖しく光を放つ満月。
青と月、水……
ガブリエル「そう、神の国とは、あなたがたのただ中にあるのだ」
サーシャ「ガブリエル…」
- 337 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:18:59.22 ID:/QZSeJGM0
全体的に青い印象の、美しい女性がそこに居た。
鈴の様に美しく透明な声。
月光に照らされ、キラキラと光る長い紺色の髪。
端正ながら、深い知性と母性を感じさせる柔和な美しさを持つ顔。
そして、頭上には青白く輝く天使の輪、背中には真っ白な天使の翼。
ガブリエル「久しいな、サーシャ」
そう言いながら、ガブリエルはその手の上で開いていた一冊の本を閉じた。
“神の国は、あなたがたのただ中にある“ 神の子が神の国の真意について説いた聖書の一節だ。
サーシャ「ここは、あなたが言う神の国なのでしょうか?」
ガブリエル「さあな。ただ、ここはお前達の知る世界とは違うかもしれないな」
サーシャ「異次元とか、異空間とか、お決まりのアレですね」
ガブリエル「いや、ここはあくまでもお前達が住む世界と根本は同じさ。
そんな世界が乱雑に独立していたら、全能の神様だって管理しきれないだろう」
サーシャ「では第一の質問ですが、ここはどこなのですか?」
- 338 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:21:52.89 ID:/QZSeJGM0
ガブリエル「アッシャー。生命の木における四つのセフィラで構成される、最下層の物質で表現できる世界。
そこがお前の知る世界だとしよう。ならば、生命の木で定義すると、ここは物質を超えた世界と言えるだろう」
サーシャ「では、ここは魂が生まれる場所とされている根源の世界という事になりますね」
ガブリエル「いや、ここはそんな大層な場所じゃないよ。それに、生命の樹だって理論の一つに過ぎないわけで、
世界をどう定義するかなんてのはそう簡単な事じゃあない」
ガブリエル「”我思う故に我あり”、なんて言葉があるだろう。そもそも人間は世界の事など何も知らないし、
見えている世界、感じている事が全て本物だという事の証明すらもできない」
サーシャ「それは、神に仕える天使の言葉とは思えませんね」
この世界は神が作ったものならば、世界を疑う事は神への冒涜に等しい。
我思う故に我在り。懐疑主義の始まりとされるその言葉はつまり、唯一明らかなのは疑っているという思考だけだという事。
それが自分という存在の証明。マトリクスという映画の様な思想だ。
しかし、本来ならば自分の存在すらも神から与えられたもののはずであり、
自己や世界を疑う事は、神を疑う事と紙一重になるのだ。かみだけに。
ガブリエル「だが、我々天使は自己ではない。神の一部であり、私は神の力だ。
魔術的な定義では、どうやら我々は思考すら持たぬラジコンの様なものとされているらしいがな。
まああくまでも人間の定義であり、魔術は人間が生み出した産物だ。どうあがいても我々天使の真実には成り得ない」
サーシャ「あなたは哲学の話をするために私をここに連れてきたわけじゃないでしょう?」
ガブリエル「……そうだな」
- 339 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:28:55.48 ID:/QZSeJGM0
ガブリエル「小難しい話は好きじゃない。物事を端的に話すのを嫌うのは、持論に自信が無い奴の特徴だからな」
1とか。
まあ、確かにガブリエルが受胎告知をした時には、単におめでとう、君は神に選ばれた。
お腹の子は神の子だから、ヨシュアと名付けろ。
と、それくらいの事しか聖母マリアには話さなかった。
いきなりこんな事を言われた聖母だってビックリしただろう。
唐突で宛所の無い話にもほどがあると思う。
まあ聖母も聖母で納得してしまったらしいが。
ガブリエル「お前は神に選ばれた。神はお前をこの世界の一部として組み込む事を認めた。分かっているだろう?
天使は神の一部であり、世界の一部。この世界の根源に最も近い存在だ」
サーシャ「……」
ガブリエル「天使になれ。全てを捨てて」
サーシャ「……私の答えは、すでに分かっているはずです」
ガブリエル「言ったはずだ。所詮お前の抱えているもの、大切にしているもの。それは絶対ではない。
幻想だらけのこの世界で、それが確かだと証明する事などできはしない」
サーシャ「証明できなければいけないのですか?答えがなければ、存在しないのと一緒なのですか?大切にしてはいけないのですか?」
ガブリエル「証明できなければ確かなものだとは言えない。それが不滅である事の証明などできはしない。
いつかは終わるし、いつだって消え得る。そんなもののために神から与えられた栄誉と運命を捨てる事が
本当に正しいと言えるのか?それに……」
ガブリエル「それに、お前は言ったな?神に仕える者の言葉ではないと?」
ガブリエル「ならば神に仕える者として言わせてもらう。全ては神が与えたものだ。
神の匙加減一つで、お前の大切なものなど簡単に消えてしまうのだぞ」
- 340 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:31:17.73 ID:/QZSeJGM0
サーシャ「だったらそれを奪い、壊すのは神の正義なのですか?十字教徒が信ずる神の愛なのですか?」
ガブリエル「正義の意味を履き違えるな。陳腐な正義感と正義は違う。正義とは、常に正しく、常に平等だ。
それがどれだけ残酷なものか分かるか?正義とは絶対に正しく、それ故に絶対に間違っているという事を相手に突き付ける刃になる」
ガブリエル「そして神の愛とは平等な博愛だ。この世界の生きとし生けるもの全ての頭上に降り注ぐ光だ」
ガブリエル「お前のためだけの愛など、天上の神は持ち合わせてはいない」
サーシャ「……」
まあ、多少の例外はあるがな。とガブリエルは一言付け加えた。
正しいと、私は素直にそう思った。
ガブリエル言っている事は、けして間違ってはいない。
神とは、人間にとって都合の良い存在ではない。
この世界にとって常に正しく、常に平等の愛を与える。
だからこそ神は偉大なのだ。
神は常に正しく、常に平等で、それゆえに残酷である。
絶対に正しいという事は、絶対に間違ってるという事を突き付ける刃。
平等に愛する博愛は、裏を返せば誰も愛していないのと同じである。
それを残酷と呼ばずに何と呼ぶ?優しさという情から最も離れた価値観でしょう。
そして神の正義も愛も、それは私個人ではなく、この世界に向いている。
だから例え私にとって合理的でも、世界全体にとって非合理ならば。
神は、私の大切なものを迷わずに奪い去る。
まるで、一度与えたおもちゃを子供から奪う様に。
全能の神が作った世界は、誰もが満たされる完全な世界ではない。
カンディードという著書のパングロスが言う様に、あらゆる悲劇も許容すべき最善の世界なのだ。
- 341 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:32:12.92 ID:/QZSeJGM0
ガブリエル「知っているだろう。天使という存在が世界に与える影響を」
神は正しい。そして神は慈悲深い。
私がこの世界にとって、害となるならば。
ガブリエル「だからこそ神は、お前に道を指し示した。この世界を守るためにな」
神は私に手を差し伸べる。
それしか私が救われる道は無いのだから。
しかし、それでは本当の意味で私が救われる事は無い。
あくまでも最良であり、最善でしかないのだから。
ガブリエル「神の慈悲を払い除けたのは、他でもないお前自身だ」
だから、私は神の慈悲よりも仲間を選んだ。
大切な友達を選んだ。
でもそれは、私が正しいと思って選択したわけではない。
そもそもそれが間違っていると思ったから、私は五和や神裂に弓を引いたのだ。
- 342 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:34:58.13 ID:/QZSeJGM0
殲滅白書との戦いは、私の我儘の末に起きた事だった。
それでもみんなが私を必要だと、私を守りたいと言ってくれたから、私は自分が正しいと信じて戦えた。
ブリテン・ザ・ハロウィンの時も、私は仲間のために戦った。
そしてロシアでは、私は仲間の元へと戻るために戦った。
迷った事は確かにあった。それでも、私は足を止める事は無かった。
全ての戦いは、ずっと自分が正しいと思えたから戦ったのだ。
自分がそうしたいと思ったからであり、そしてその行動に戸惑いを与える様な障害など無かった。
でもそれ以上に大事なことに、どうして気付けなかったのだろう。
私は単純に、みんなが好きだから、あの仲間たちの輪の中に居たかったから。
だから戦っていた。
正しいとか、正しくないとか。正義だと悪だとか。
そんな難しい話じゃない。私の行動の全てはそこにあった。
いや、最初から理解していた。分かっていた。それなのに余計な事に囚われて、本当の意味では理解していなかったのだ。
正しくは、分かっていたつもりだった。
自分の欲しいもののために戦う。それは、例えどんなルールや正義や事情があってもそれを殴り壊して手に入れる覚悟があってこそなのだと。
よくよく考えれば、それはとんでもない我儘だろう。
神裂火織、あなたの言う通りでした。
私は臆病でした。
自分に正直になれず、わがままを言う勇気がなかった。
だからほら、神が間違っていると言っただけで、私はあなた達を殺そうとした。
あなた達を諦めようとした。
戦うべきは、強大な敵とかどうしようもないほどの絶望とか、そういう類のものではない。
自分の信じている正義や価値観こそが本当の敵だったのだ。
- 343 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:36:16.40 ID:/QZSeJGM0
ガブリエル「これが最後のチャンスだ。神の意志に従え。神は絶対に正しいのだ」
サーシャ「そうですね」
ガブリエル「それが分かっているなら
サーシャ「私は間違っている。でも、それで構いません。私は正しい事をするつもりもありませんし、
そしてもう自分が正しいと思う事でしか動けない様な、そんな臆病な自分にも嫌気がさしていました」
ガブリエル「……」
サーシャ「解一、だから私は、これから間違った事をします。どうか私の我儘を許してください」
神への懺悔を添えながら、私は真っ白な弓を現出させ、白い光の矢をガブリエルに向けた。
ガブリエル「残念だ、本当に。それがお前の答えか」
自分が間違っている事など百も承知。神に弓を引くシスターなどどこに居る。
しかし、賽は投げられたのだ。ルビコンの川はすでに超えてしまっている。
もう、後には退けない。
神の正しさを超える決意と共に、私は神の力に立ち向かう。
- 344 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:37:30.83 ID:/QZSeJGM0
上条「一体、どうなってやがんだ…」
インデックスと精神的にリンクしていたサーシャ。
突然、インデックスとサーシャの両方がその場に倒れ伏した。
そしてサーシャの方だけ、意識を取り戻して立ち上がったかと思ったら、突然その小柄で華奢な体が操り人形の様に宙へ浮いたのだった。
上条「インデックス!?」
五和「安心してください、一時的に意識を失っているだけの様です」
サーシャの背中から眩い輝きの光が飛び出し、それが巨大な光の翼を形成する。
そしてサーシャはノイズの混じった声で一言、「滅びよ」と言った。以上、あらすじ。
上条「天使化を抑える魔術ってのは、上手く言ったのか?」
ステイル「これが上手く行った様に思えるか?」
サーシャ「……」
無表情のままこちらを見下すサーシャ。
その姿に、上条の脳裏にはあの日の恐怖が蘇る。
御使降し(エンゼルフォール)
かつてサーシャの中にガブリエルが入り、この世界を天体制御(アストロインハンド)と一掃によって滅ぼそうとしていたあの時の戦慄。
- 345 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:38:47.57 ID:/QZSeJGM0
サーシャ「……」
いつの間にかその手には白い光の弓が握られていた。
そして、こちらに向けて真っすぐに光の矢が向けられる。
サーシャ「天上の意志に背く者達に裁きを」
その言葉と共に、膨大な閃光をまき散らしながら、
矢というには余りにも大きすぎる、呑み込まれてしまいそうな程の光の塊が放たれた。
上条「ッ!!?」
咄嗟に駆け出し、上条は突き出した右手でそれを受け止める。
上条「ぐあっ!!!」
彼の右手には、あらゆる幻想を破壊する力が宿っている。
それでも、サーシャの一撃はあまりにも強烈過ぎた。
- 346 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:43:25.30 ID:/QZSeJGM0
五和「上条さん!!」
上条「来るな!!」
上条のもとへ駆け寄ろうとした五和を止め、そして右腕をなぎ払う様に振り、
上条「消しきれないなら、反らせば良い!!」
巨大な光の塊を真横へと弾いた。
弾かれた光は聖ピエトロ大聖堂の天上を突き破り、そのまま上空へと真っすぐな線を描きながら飛んでいった。
マタイ「これが、幻想殺しか…」
老獪な教皇は、思わず目を見張り、表情を強張らせた。
不本意であったとは言え、20億人もの大組織を使って今まで散々ただのレベル0の少年でしかなかった上条当麻の命を狙ってきた。
その原因となった、幻想殺しという特殊な右手。
たかだか右の手首から先だけの力とは言え、あの光の天使の一撃を受け止め、反らしてしまった。
おそらく、直撃していたらこのバチカン全体がただでは済まない程の一撃であったはずだ。
教皇であるマタイとて、世界的に見てもトップクラスの魔術師である。
しかし、あの短時間で今の攻撃に対する防御術式を組む事は出来なかっただろう。
耳にしただけでは分からない。実際にその目で見て初めて感じられる恐ろしさというものは、確かにある。
マタイにとってあの天使となったサーシャの一撃も脅威であったが、それ以上にあの右手の方がインパクトが強すぎたのであった。
- 347 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:45:06.54 ID:/QZSeJGM0
上条「どういうつもりだ、サーシャ?」
サーシャ「……」
上条「いや、そもそもお前はサーシャなのか?」
サーシャ「……」
相変わらず宙に浮かびながらこちらを見下すサーシャは、眉ひとつ動かす事なく表情を変えず、
上条の問い掛けにもまるで聞こえていないかの如く反応を見せなかった。
しかし、明らかに違う。上条当麻は、これまで天使となった、あるいはそれに近い状態になったサーシャを3回見てきた。
一つは、氷の翼を操っていた時のサーシャ。もう一つは、フィアンマとの戦いで白い翼を出した時のサーシャ。
そして、エンゼルフォールの時のサーシャ。
今のサーシャは、明らかにエンゼルフォールの時のサーシャに近い。
理論的な考えがあるわけではないが、それでも確信に近い何かがある。
でなければ、かつてニ度ほど天使という存在を目の当たりにした時の、
例え様のないおぞましいほどの戦慄が自分の頭の天辺から足の指先まで支配している理由が理解できない。
ステイル「これはまさか……だとしたら、僕ら十字教徒はッ…!!」
上条「ステイル、どういう事だ?サーシャに何が起きてるんだ!?」
ステイル「いや、おそらく彼女はサーシャ・クロイツェフじゃない。そうだろう?君は誰だ?君は神からどんな名を与えられた?」
サーシャ「……解一」
ステイルの問い掛けに対し、頑なに開く事を拒んでいた口が開かれた。
機械の様に抑揚の無い、単調で無感情な言葉の羅列と共に。
サーシャ「私はYHWHの意志、その目的はYHWHのために」
- 348 :1[sage]:2011/09/01(木) 01:46:25.00 ID:/QZSeJGM0
ステイル「そうか…そういう事か……」
マタイ「最初からその覚悟はできていた。しかし、もはやどうしようもないだろう…」
上条「おいステイル、サーシャの体に入っているのはサーシャじゃないんだろ?だったら一体誰なんだ?また天使が入ったのか!?」
ステイル「それは分からないが、おそらくは僕ら十字教が讃える父に近い者。つまり天使級の存在なのは確かだろう」
マタイ「自動書記(オートマティズム)か…」
自動書記とは、突然に霊的なものが体に入り込んで肉体を乗っ取られ、自分の意識と反した行動を取らされる事である。
そのため、この現象によって書かれた文章は魔術的に非常に価値のあるものであり、一種の神の啓示とさえ言える。
自動書記の代表的な例として、例えば十二使途ヨハネに神が乗り移って書かれたとされるヨハネ黙示録。
それからアレイスター・クロウリーに守護天使が憑依して書き上げた法の書がある。
上条「おい、それってもしかしてインデックスに使われてるやつなのか?」
ステイル「いや、禁書目録に施されたヨハネのペンは、あくまでも人為的に組み込まれたものだ。これはそんな生易しいものじゃない」
そして、この自動書記が示す答えなど一つしかない。
ステイル「僕達は、僕達の信じる神を敵に回したんだ」
- 355 :1[sage]:2011/10/01(土) 18:54:36.68 ID:/Pz/V8UC0
始めから覚悟はしていた。
しかし、心のどこかでは、きっと大丈夫だろうという楽観的な意志が働いていた事は否めない。
大丈夫などという根拠のない意志。
それは、現実を目の当たりにした事で、脆く儚く、滑稽に崩れ去った。
目の前に居るのは、聖書に出てくる様な奇跡の象徴。
天上の神そのものだと言っても過言ではない。
どうする?何をすれば良い?
などと自問自答するも、答を見出すには到底およばない。
当然だった。教皇マタイの信条と行動の全ては、敬愛する十字教の神への信望に基づいているのだ。
そして、その全てから拒否された今、彼は自分にできる事などないと、そう諦めていた。
五和「上条さん…!」
上条「ああ、分かってる。相手はとてつもない化物かもしれないけど、異能の力である限り、この右手は絶対に効くはずだ」
そんな教皇マタイの目の前には、信じられない光景が広がっていた。
そして、彼は信じられない言葉を聞く。
上条「だったらやるしかねぇだろ。必ず助けるぞ」
- 356 :1[sage]:2011/10/01(土) 18:56:48.56 ID:/Pz/V8UC0
マタイ「なぜだ…? 幻想殺し、お前は……なぜ神を恐れない?」
上条「……」
別に十字教徒の様に神を敬い、神の罰を恐れろという事ではない。
神や霊を信じない者も、この科学が席巻する時代にはいくらだっている。
オカルトなんて下らないと一蹴する人間なんて当たり前の様に存在する。
しかし、実際に目の前に、こうもありありとその不可思議な現象を見せ付けられても
まだ神を信じないでいる事などできるだろうか?
ましてやそれが怒りという形で矛を向けられても、
まだ「そんなものはいない、恐れる必要はない」などと心の底から言い張る事はできるだろうか?
そんな人間など存在するはずがない。
居るとすれば、それは死も神も恐れない異常者か、あるいは想像を絶する愚か者だ。
しかし目の前の少年は、本当に異常者だろうか?
ローマ正教を、いやこの世界を救った彼は本当に愚か者と言えるのだろうか?- 357 :1[sage]:2011/10/01(土) 18:59:22.52 ID:/Pz/V8UC0
上条「そんなの関係ねぇだろ。お前は神様が助けるなって言ったら、目の前で誰かが苦しんでいても平気で見捨てるのか?」
マタイ「神の意志に逆らってでも助けるというのか?」
上条「俺には宗教なんて興味は無いし、お前らがなんでそんな神様なんてものを崇めてるのかも理解できない。
むしろお前ら十字教には散々迷惑をかけられたから、あんまり良い印象だってねぇよ」
上条「でも、お前ら十字教だって、その本分は誰かを救う事にあるんじゃないのか?
魔術で人を傷つける事じゃない、その手で困ってる人間を助ける事にあるんじゃないのか?」
確かに、ビアージオやヴェントやテッラの様に、十字教徒には神を絶対視し、
同じ神を崇めない人間を平気で排除しようとしていた者達も居た。
そんな彼らの思想や行動は、それを理解できない者にとっては酷く傲慢に見える事だろう。
しかし、十字教徒がそんな人間達の集まりなのかと言えば、それは違うと上条当麻は断言できる。
「救われぬ者達に救いの手を」
それを戦う理由としていた神裂達天草十字凄教。
オルソラ・アクィナスもそうだ。それに、インデックスだって、サーシャだって、
そんな神を押しつけて人を傷付ける様な人間じゃない。
例え宗派や思想が違っても、みんな困ってる人のために何かをしようとする様な人間だ。
だから、十字教徒だから理解できないなんて事ではない。
神を恐れないその異常な精神がどうこうという話でもない。
話はもっとシンプルで、それでいて彼にとって当たり前の事なのだ。
上条「助けたいのか助けたくないのか、お前はどっちなんだよ?」
マタイ「ッ…」- 358 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:02:19.97 ID:/Pz/V8UC0
ステイル「あまり僕ら十字教徒を見損なうなよ」
上条「ステイル…」
ステイル「君は簡単に言ってくれるが、僕らにとって神は単に崇拝するだけの者じゃない、拠り所そのものでもあるんだ。
そもそも僕ら魔術師は、能力者の様な才能のない弱者だ。君の様に自分の中に信じられる何かを見出して走れる者ばかりじゃない」
上条「じゃあお前は戦うのか?」
ステイル「戦うに決まってるだろ。まったく良い迷惑だ。君が神と戦うなんて言うから、
僕はそれをみすみすそれを見逃す事はできない。
癪な話だが、彼女のためにも君に死なれるわけにはいかないんでね」
上条「良いのか?お前だって神様とやらを信じてるんだろ?」
ステイル「そんなのは今更さ。魔滅の声(シェオールフィア)の様に、
教義と僕らの行動に対する矛盾点なんていくらでもある。
誰も彼もが完璧に、神の子の様に神の教えに忠実に生きる事なんてできはしない。
だから、多少の間違えなら僕らの神だって許してくれるだろう。それに…」
ステイル「それに、君は分かってるはずだ。僕は、魔術師ステイル・マグヌスは、彼女の笑顔のためなら地獄に堕ちる事すら厭わない事をね」- 359 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:04:09.42 ID:/Pz/V8UC0
五和「もちろん私も戦いますよ!天草十字凄教は神仏混合の宗派です。ですから、一神教の神にも対抗できる術式が」
上条「いや、いいんだ五和。サーシャはお前の友達だろ?
確かに友達なら殴ってでも止めなきゃいけない時だってあるけど、今はもうその時じゃないだろ」
五和「それでは、私は役に立てないのですか…?」
上条「そうじゃない。五和、お前にはやって欲しい事があるんだ」
五和「やって欲しい事…ですか?」
上条「ステイル」
ステイル「アレかい?まあ確かに、ここはローマ正教のホームグラウンドだから、それを利用しない手は無いだろうね」
そう言うと、ステイルはルーンの刻まれたカードの束を五和に手渡した。
五和「これは……!? 分かりました!必ず成功させてみせます!」
上条「ああ、頼んだぞ」
ステイル「それから教皇聖下、あなたに頼みたい事がある」
マタイ「戦う意志の無い私に、何を期待しておる」
ステイル「戦う意志はなくても、守る意志はあるだろ?」
マタイ「ふん……神官、衛兵達はこの聖ピエトロ大聖堂に居る者全てを外へ避難させろ!一人残らずだ!
全ての事が治まるまで、何人たりともこの大聖堂に残る事も、入る事も許可しない!!」
そして教皇の支持と命令により、聖ピエトロ大聖堂には上条当麻とステイルと、
そして抜け殻となったサーシャだけが残される事になった。- 360 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:06:29.87 ID:/Pz/V8UC0
上条「一応確認しておくけど、俺の幻想殺しはアイツにも効くんだよな?」
ステイル「おそらく、今のサーシャ・クロイツェフは自動書記という形で、どこか別の位相から操られていると見るべきだろう。
だから、君の右手で一度でも触れる事ができれば、外部からの繋がりは断たれ、自動書記は効果を失うはずだ」
ステイル「今回は、あの時の様に体の内部に仕込まれていたわけじゃないからね」
上条「あの時?何の事だ?」
ステイル「今はどうだって良い話さ。僕は君を全力でサポートする!! 君はどこでも好きな所を触ってこい!!」
サーシャ?(会話中に攻撃してもよかったんじゃないか?)
―――――――
マタイ「もう全員避難したか?」
神官「一定の区域にはまだ残されてはいますが、大聖堂の外への避難は完了しました。
幸い時間も時間ですし、観光客が居なかったのが救いでしたね」
マタイ「そうか、迅速でなによりだ」
五和「あの、何をするのですか?」
マタイ「これより大聖堂の外壁に防護結界を展開し、聖堂の内側から外に被害を出さない様にする」
五和「つまり、あの大天使の攻撃をも防ぐ結界を張るという事ですよね?
いくら教皇様が凄い魔術師であるとは言え、そんな事が可能なのですか?」
マタイ「確かに相手は天使だ。私が正面から立ち向かったところで、いや奇策を用いたとしても勝てはしないだろう。
しかし、天使の攻撃を外へ漏らさない程度なら、私の全ての力を使えばなんとかなる。
いくら強くとも、相手は幻想殺しやフィアンマの様な規格外のものではないからな」
マタイ「それにここはバチカン、私のホームグラウンドだ」
- 361 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:09:48.20 ID:/Pz/V8UC0
バチカンの歴史は神の子の一番弟子であり、初代教皇である聖ペトロが後にバチカンとなる場所で殉教してから始まった。
その歴史は実に4世紀から本格的に始まって今の時代にまで失われる事なく滅ぶ事もなく続いている。
なぜ激動の時代が続いたヨーロッパにおいて、教皇領は滅ぶ事なく残り続けたのか?
それは単純に十字教という宗教の力だけではない。
むしろバビロン捕囚(くわしくは原作14巻)やプロテスタントの抵抗、イギリス清教やロシア成教の台等などその地位は常に危ぶまれていた。
「教皇は太陽、皇帝は月」などと呼ばれ、その権力が欧州を支配していた時代のほんのひと時に過ぎない。
教皇領は地理的に諸王国や公国に分裂していたイタリアの内陸部にあり、
中世にはフィレンツェやヴェネチアなどの協力な都市国家に挟まれ、
フランス革命後はナポレオンの支配により一時は消滅しかけたほどである。
少し歴史が違っていたら、バチカンもローマ正教そのものさえどこかの時代に消滅していても、けしておかしくはなかったのだ。
そんな脅威に晒された時代がけして短くはなかったローマ正教、
そしてその総本山とも言えるこのバチカンは絶対に陥落させるわけにはいかなかった。
それゆえに、このバチカンは都市そのものが魔術的な大要塞と化しているのである。
建物一つ一つの構造、色彩に宗教的、魔術的な意味が込められており、
それらが重なり合って上空に何重もの強力な結界が展開されている。
それはもはや教皇ですらも全てを把握し切れていないほどだ。
使途十字(クローチェディピエトロ)もその一つである。
そして、このバチカンという土地を守るためのローマ正教式の魔術。
ローマ正教の魔術は、このバチカンという土地においては他の宗派や学派の魔術よりも強力に発現する様になっているのである。
このバチカンという都市そのものがローマ正教式の魔術に強い加護を与えているのであり、
同時にローマ正教式の魔術はこのバチカンの加護を最も強く得られる様に改変されているのである。
それはあたかも聖地にて神の加護を受ける信徒の様に。
このバチカンにおいて、ローマ正教に勝る魔術の宗派は存在しない。- 362 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:12:51.21 ID:/Pz/V8UC0
マタイ「主の一番弟子、偉大なる使途であらせられる聖ペテロ。貴君の眠るこの場所を、
其の加護を持って聖域とする……P B W B S P F A E (ペテロの加護は全ての災悪を弾く盾となる)」
神の子の一番弟子であり、気性が荒く、神の子が捕えられた時は怒りのあまり兵士の耳を切り落とした聖ペトロ。
しかし勇猛で全ての弟子のリーダーの様な存在であり、神の子と共に歩み、神の子を守り続けてきた聖人の加護は、
彼の眠る聖ピエトロ大聖堂を包み込む強力な金色の光の結界となった。
五和「凄い…」
図らずも五和は、大聖堂を包む金色の光に目を奪われてしまった。
そして、さすがは世界でもトップクラスの魔術師なだけあると、この時初めて彼女はローマ教皇の力を実感したのであった。
マタイ「夜明けの鶏が三回鳴くまでが限界だ」
五和「それまでに何とかしなければ…」
だが、何とかできるのだろうか?そんな希望的観測が通用するのだろうか?
ここに至るまでに、五和はすでにサーシャの力をその身で痛みと共に思い知ったばかりである。
それも、まだサーシャに理性や人格があり、あくまでも警告レベルで弄ばれた程度だ。
それでも五和はサーシャに指一本触れる事も、近づく事すらもできず、一方的に痛めつけられた。
あの聖人である神裂ですらまともに戦えなかった相手だ。
はたして上条当麻とステイル、たった二人であの天使を倒せるのだろうか?
しかもあの時とは違う。あの天使は、本気で上条達を[ピーーー]つもりで戦うと思われる。
手加減をする理由も警告に留めておく理由もない。もはやそんな段階はとっくに過ぎてしまっている。
そしてもしも上条達が天使に負けたら、おそらくはソドムとゴモラの災害の再来か。
楽観できる事など、何一つとして無いのだ…
五和「大丈夫…ですよね。本当に…?」
マタイ「悲観する前に、お前もすべき事があるのだろう?」
五和「あっ、はい。そうでした」
思い出したかの様に五和は手渡されたルーンカードの束に目をやった。
マタイ「我々はアレに対して直接手を出す事はできない。だが、私にはローマ教皇として他の教徒達に命令できる事はある。
例えば、このバチカンの警備を強化するという名目で、そのルーンをこの都市全体に張る事くらいならな」
五和「はい!よろしくお願いします!」- 363 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:15:08.83 ID:/Pz/V8UC0
私の記憶が正しければ、たしか私はガブリエルに矢を放ったはずである。
まともな人間ならばまず反応できないだろう。おそらくは聖人レベルでようやく防げるであろうという速度で放った矢だ。
まあ相手は天使なのだから、別に片手であしらう様に弾かれてもそこは驚くべきではないのだろう。
そして今度はガブリエルが私に対して、左手を突き出してきた様な気がする。
そこまでしか覚えていない。
いきなり眼前に青白い光が広がって。
そして、私の首から上がマm…いや消えたのだった。
ガブリエル「痛くはないだろう?肉体は無いのだ。さっさと首を戻せ、そのデュラハンの様な滑稽な姿をいつまで晒すつもりだ」
サーシャ「……」
確かに、痛くはない。
痛くはないのだが…
とりあえず、私は消失した首から上を元に戻した。
とは言っても具体的に表現し辛いのだが、イメージしたら元に戻る。そんな感じだ。
プラシーボ効果なのか、わりとできると思えば実現してしまうのが、私が無理矢理連れてこられたこの世界の法則らしい。
多少の違和感はあるが、それは首から上が無くなったにも関わらず何も感じなかった事から、
すでに私の中から常識と首と一緒に殆ど消え失せていた。- 364 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:16:11.54 ID:/Pz/V8UC0
さて、先程の話に戻すが。
サーシャ「確かに痛みはありません。しかし、別の違和感がありますね…」
首から上が無くなっても死なない、あるいはイメージすれば欠けた首が戻る。
そういう類の違和感とは違う。
まるで、自分という存在が削られる様な違和感。
この意識を含め、自分が無くなってしまうという恐怖。
ガブリエル「間違ってはいない。つーかまさかとは思うが、お前、私がお前と戦いに来ただなんて思ってないだろうな?」
サーシャ「…?」
ガブリエル「…そうか、何も分かっていないのか。十字教徒のくせに、お前は根本的な部分を忘れてしまっているらしい」
呆れる様にそう言いながら、ガブリエル再び左手を私に突き出した。
サーシャ「ッ!?」
同じ攻撃だ。ニ度は喰らわない。
そして回避すると同時に、私はその攻撃の正体を知った。- 365 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:18:40.77 ID:/Pz/V8UC0
それは、ガブリエルの左手から長く伸びた青い光だ。
その光は剣の様な形をしてガブリエルの左手に握られている。
さらによく見ると、左手には普通の銀色の刃の剣が握られていた。
青い光は、その剣に合わせて形作られているようだ。
いつの間にあんなものを取りだしたのかはよく分からなかったが、すくなくとも
ガブリエル「呑気に観察して一人称で語ってる場合か?」
サーシャ「なッ!!」
話の最中という掟破りの攻撃を食らう。
長く剣の形に伸びた青白い光が、私の体を真横に切断しようと振るわれた。
それに対し、私は真っ白な光の剣を一瞬にして作り出してガブリエルの一撃を防ぐ。
ガブリエル「……」
防ぐだけでは終わらない。攻撃して、コイツを倒さなければ意味はない。
私は自分の剣でガブリエルの剣を防いだまま、そのまま滑らせる相手の剣に自分の剣を滑らせるようにして、
大勢を変えずに私とガブリエルの距離だけを縮める。
二つの光の剣と剣が擦れ合い、バチバチと異様な破裂音を響かせながら、私はガブリエルの懐へと潜り込んだ。
狙いは首、さきほどのお返しだ。
ガブリエル「ふん…」
だが、つまらなそうな顔をして、鼻で笑いながら、ガブリエルは私の剣ごとその剣を持った私の左の腕を肩の部分から切断してしまった。- 366 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:20:13.00 ID:/Pz/V8UC0
サーシャ「そんな…はずは…」
ガブリエル「同じ天使なんだから、せめて五分五分の戦いはできて当然……だと高をくくっていたか?
だとしたら、お前は魔術の根本すら忘れてしまった様だな。それも知恵の実を失ったからなのかもしれんが、
まあもともとお前の体にあった知恵の実なんて殆ど虫食いでしかなかったし、
私がお前に憑依した時にはほぼ消えてしまったのだが」
サーシャ「やはり本物の天使には勝てないのですか…?これほどの力をもってしても…」
ガブリエル「そうじゃない、もっと簡単な話だ。周りを良く見ろ。ほら、こんなにも月が怪しく輝いているだろう」
月…?何を……
……!?
ガブリエル「そうだ、状況を確認する余裕すら無かったか?」
サーシャ「月、青、海…」
どこまでも深い海と夜の青が支配する紺色の世界。
そして漆黒の夜空に、怪しく輝く満月。
私はこの世界に似た場所を見た事がある。
ロシアで……そうだ、あの第三次世界大戦で、フィアンマによって召喚されたガブリエルが、
天体制御(アストロインハンド)によってこの世界と全く同じ光景に周囲の景色を変えてしまったではないか。
あの時は海ではなく雪原だったが、どちらも同じ水だし、大差はない。
月の守護者にして、水と青を司る大天使。
サーシャ「この世界そのものが、あなたに有利な様に作り変えられているという事ですか」
ガブリエル「魔術的な意味ではな。だがそれだけではない、お前は絶対に私には勝てない理由がある」- 367 :1[sage]:2011/10/01(土) 19:21:48.00 ID:/Pz/V8UC0
ガブリエル「お前は神の慈悲を拒んだのだ。十字教徒としても天使としても致命的だと思わないのか?
そしてなぜ神の加護を受けている私が、お前に負ける事などあり得る?」
サーシャ「それは…」
ガブリエル「存在を削られる様な感覚だと言ったな?その通り、お前を魂ごと消滅させるのが私の仕事だ。
戦いではない、戦いにすらならない。神と世界を敵に回した貴様など、もはや戦うまでもない」
ガブリエルの背後から、無数の青い刃が飛び出してきた。
そしてふと違和感を感じて空を見上げると、そこには巨大な光の魔法陣が展開されており、さらには赤い点の様な輝きが無数に灯っていた。
そして数秒後、ただ私を滅するためだけに嵐の様な破壊と蹂躙が私を襲うわけであるが。
その前に、ガブリエルは吐き捨てる様に言い放った。
ガブリエル「もはやただのゴミ掃除だ、愚か者が」
- 377 :1[sage]:2011/12/07(水) 04:54:48.73 ID:PjMV23DC0
全ての事象には、おおよそ道筋というものが決まっている。
とある出来事で私が彼女の体に降りたのは、けして偶然などではない。
彼女がそういう体を持って生まれてきたがゆえの必然だ。
それは神の定めた運命という表現の仕方が最も適切なのだと思う。
全ての生命が神に与えられた物ならば、彼女がそういう体質を持って生まれてきてしまったのも、神が彼女に与えた運命なのだろう。
あの日の出来事も、そして私と彼女との出会いも、きっと神が定めた運命なのだ。
だから彼女がその体質ゆえにこの世界の大きな流れに巻き込まれるのも、きっと彼女の運命だったのだ。
「運命なんて関係ない、未来は自分の手で切り開くものだ」
などと、おそらくあの少年ならばそう言うのかもしれない。
だが、私にはそもそもそういう考えがない。
私の存在は神から与えられ、そして神の力そのものなのだ。
私の想いが神の意志を超える事はない。私がこの世界で成す全ての事は、神の意志によるものだから。
それでもなぜか私は今、不思議な感覚を抱いている。
不可解な違和感と高翌揚感が同時に溶けて混ざり合い、私の中を満たしていく。
まるで人間が持つ感情とやらに似た何かは、今まで感じた事がなかったものだった。
しかしその得体の知れない何かは、けして恐れる様なものではない。
むしろ神が与えた光の様に甘美なものに思えて…
これが神から与えられたものなのか、それとも神が作った人形に過ぎない私の内側から生まれた私だけのものなのかは分からない。
ただ、それは私を一つの目的へと突き動かしている。
友と呼ぶには少し歪だが
とある一つの運命によって巡り合った彼女にために、この光を残したいと…
- 378 :1[sage]:2011/12/07(水) 04:59:10.31 ID:PjMV23DC0
一応、この世界?では肉体的な制約というものがなく、
例えば首から上が無くなろうが、腕が千切れようが、それで死ぬと言う事はないらしい。
もちろん欠けた部分は、その気になればちゃんと元に戻る。
普通なら言うまでもない事だけど、人間の体はそんなピッコロさんみたいに便利には作られていない。
まるで夢の中に居る様な……たしか、明晰夢とか、そんな名前だったような気がします。
ところがどっこい、夢じゃないのですけどね。
そんな事はともかく。
何が言いたいのかというと。
あの嵐の様な猛攻の後、まだこの体が人の形を保っていた事は奇跡みたいだという事だ。
それでも、もし表側の世界(ここではあくまでも私が元々いた世界をそう表現する)で今の私の姿を見た人は、
間違いなく惨殺死体か何かだと思うはずだ。
アニメならモザイクが入るかもしれない。
とは言え、肉体が無いのですから血も出ていませんし、そこまで大げさに騒ぐほどでもないのかもしれません。
現に新約2巻で某サイボーグ黒ちゃんの腕が外れた時も、主人公の上条当麻は至って冷静であった。
だがアニメ化の際はどうなるのだろうか。
未来日記みたいにモザイクが入るのだろうか?
まあ、モザイクの必要なシーンについては、仮に3期があるとしたらモザイクのオンパレードになりそうな描写は原作に多数ありますが。
まあそんな事もともかく。
案外、生生しさを感じなければ、それを見た人の嫌悪感と言った感情もそれほど大きく揺さぶられるわけでもなく、
つまりは今の私の状況は惨殺死体と言うより、朽ちて道に捨てられたマネキンと言った方がシックリと来るのかもしれない。
いや、しかし棄てられたマネキンというのは、自分で言っておいて何ですが……何かイヤです。
もっと良い例えがきっとあるはずだ。
と言いたいところではありますが
そんなどうでも良い話をこれ以上続けるわけにはいかないので本題に戻します。
以上、本日の私のどうでも良い独り言でした。
- 379 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:01:43.52 ID:PjMV23DC0
正面からはガブリエルの背中から、いえ正確にはガブリエルの翼が青白い光の剣となって、
まるで剣山のごとく私の体を余すことなく串刺しにしていた。
上空からは、数億もの炎の矢が降り注いだ。
旧約聖書でガブリエルがソドムとゴモラを焼き尽くした神戮だ。
一発がミサイル級の威力を誇ると専らの噂で、私も見よう見まねというか見たことすらないし、
もし仮に見た事があるとすれば必然的に私は世界の終わる瞬間を目撃したという事になりかねないのですが、
そんな恐るべき威力を持った神戮の真似毎の様な技をキャーリサとの戦いにおいて使用した事があった。
もちろん今回は、あの時の私の猿真似なんて比ではない。
例えるなら真剣と玩具の刀くらいの差はあっただろう。
もしも私にそんな本物と同程度の威力が出せたとしたら、いくらカーテナにより怪物級の補正を受けたキャーリサと言えど、
あの時私の神戮を、たった一本を除いて全て防ぐ事などできはしなかったはずだ。
まあそこまでは前回説明したと思います。
そして盲点だったのですが、どうやらガブリエルは私の足元からも攻撃していたようです。
今は宙に浮いている状態なのですが、下の方は地面ではなく、一面の水である。
海と例えた方が分かりやすいかもしれない。
当然の事ながらガブリエルは水を司る天使なわけですから、別段不思議な事ではないですよね。
私がうっかり見逃していただけでした。
などと、下から剣山に様に伸びてきた水の刃に串刺しにされながら、呑気にそんな事を考えているわけであります。
まとめると正面から下から、まさに鉄の処女のごとく大量の刃に串刺しにされ。
頭上からミサイルを集中砲火させられたという事です。
それでも死ぬ事はない。痛みもない。
ただ先程よりも、体の回復というか、復元が遅くなった様な気がする。- 380 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:03:34.90 ID:PjMV23DC0
ガブリエル「休んでいる暇はないぞ」
サーシャ「ッ…!!」
休む間もまともに回復する間すらなく、ガブリエルが剣を構えたまま突っ込んできた。
それに対し、私も剣を出して構える。
青い光と白い光が飛散し、目が眩みそうな程の閃光が放たれる。
ガブリエル「無駄な抵抗をするな、面倒だ」
サーシャ「ッ!!!」
そもそも鍔迫り合いや押し合いというレベルではない。
ガブリエルが軽く力を込めて振るっただけで、まるで大型車に衝突したかの様に軽く弾き飛ばされてしまった。
しかし、なすがままに吹き飛ばされている場合ではない。
ガブリエルの翼が青い輝きを放つと、再びその翼から無数の刃が飛び出して来た。
そして対抗する様に、今度は私もガブリエルと同じ技を使う。
背中の白い翼から、無数の白い刃を飛ばす。
白い光と青い光がぶつかり合い、花火の様に爆ぜては散っていく。
勿論それで全部防ぎきれるはずもなく、何発かは私の体に被弾した。
いや、被弾したなんて言い方では少し生易しいかもしれません。
被弾して、そのまま当たった部分を持って行かれた、あるいは砕かれたと言った方が状況の説明には適しているでしょう。
対してガブリエルの方は、私の攻撃が当たったところでまるで微動だにしない。
つまりは、全くもって私の攻撃が通用していないという事だ。- 381 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:04:37.45 ID:PjMV23DC0
まさにガブリエルの言った通り、これはもはや戦いなどではない。一方的な蹂躙だ。
神の恩恵を得た天使による聖絶。神を裏切った私は世界すらも敵に回した。
せめて、この世界を変えてくれる何かしらの糸口があれば希望は見えてくるのだが、
この世界の事を知らない私には、そもそもその可能性すら最初から閉ざされている。
だからと言って、もう後ろに退ける様な段階はとっくに過ぎているし、もとよりそのつもりもない。
いくら不平不満を言っても立ち向かう事しかない。しかし目の前の壁はあまりのも大き過ぎて……
そして何ら希望を見出す事が叶わないまま、ガブリエルの次の攻撃はもうすぐそこまで迫っていた。
- 382 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:06:41.93 ID:PjMV23DC0
【上条サイド】
サーシャ(偽)「……」
天井へと浮いたままのサーシャの頭上に、両手の指で数えるよりは多い数の何らかの形を模した光の塊が現れた。
一番近いイメージだと、剣がそれに当たるだろう。
それが一斉にではなく、一本ずつ、こちらへ向かって走ってくる少年の体を的確に射る様に放たれる。
上条「ッ…!!!」
弾丸の様に小さいわけではなく、肉眼で見えないほどの速さでもないため目で追えないほどではない。
それでもかなりの速度で放たれる光の剣を、上条当麻は器用に右手で防ぐ。
しかし、この戦いの目的はサーシャの攻撃を防ぐ事ではなく、サーシャの体(どこでもお触り可)に触れる事だ。
だが、次々と放たれる光の剣はそれを許さない。
放たれては右手で消し、放たれては右手で消し、一向に前に進む事ができない。
一進一退の攻防を繰り広げている様な状況であった。
そして後ろでは、ステイルがルーンカードから炎を生み出し、それを剣の形にし、炎剣をサーシャに向かって投げつける。
しかし、サーシャが軽く腕を薙ぐだけで、ステイルの炎剣は容易くかき消されてしまう。
ただ一度だけサーシャに触れる事すら、今はその糸口さえ闇の中であった。- 383 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:08:56.32 ID:PjMV23DC0
もともと相手は天使級の怪物だ。
いくら右手に特殊な力があるとは言え、あくまでも体はたぶん普通の人間と同じである上条には正面から戦えるほどの力量はない。
それどころか、近づく事すら容易な事ではないのである。
だから、それを可能にするために彼らはとある作戦に基づいて動いている。
まずはステイルのイノケンティウスでサーシャと真っ向勝負させる。
しかし、いくら4000度の炎の巨人とは言え、天使相手にまともな勝負をする事はできないだろう。
おそらく三位一体の理論を利用して三体を召喚して戦ったところで、
同程度の力のイノケンティウスの数が増えたに過ぎず、サーシャからすれば踏みつぶすべきアリが三匹に増えただけに過ぎないはずだ。
天使と人間ではどうあがいてもまともな勝負にはならない。
だから、ステイルはルーンカードの束を五和に託した。
かつてオルソラ教会で使用した様な、天草式の知識を用いたイノケンティウスの強化だ。
数こそオルソラ教会の時の4300枚には及ばない。
しかし、ここはローマ正教の本陣たるバチカンであり、そしてイノケンティウスはローマ式の魔術である。
足りないカードの分は、都市自体が魔術要塞と化したこのバチカンの力で補う。
そして三体のイノケンティウスを操れるまでに成長したステイルの力は、法の書の事件の時よりも確実に高くなっているはずだ。- 384 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:10:29.21 ID:PjMV23DC0
それでも天使相手に勝てるかどうかと言えば、おそらくは不可能だろう。
しかし不可能で構わない。
そもそも倒す事が目的ではない。
たった一度の隙を作り出す事ができれば、それで彼らの勝利条件は全て整うはずだ。
そして、そのたった一度の隙を作り出すために、このバチカンで多くの人間が動いていた。
現状、上条達がやっている事はあくまでも時間稼ぎに過ぎない。
攻勢への鍵は、一人の少女が握っている。
五和「バチカンの配置から見て、このポイントにルーンカードを置くのが好ましいでしょう」
マタイ「いや、しかしその位置は地脈の影響が弱い。それら力の流れを利用した術式を用いるなら、効果はあまり期待できないぞ」
五和「大丈夫です。この地では力の流れが大聖堂に集中していますから、
そこを中心として術式を発動させる様な仕組みさえ作れればいいんですよ」
マタイ「ふむ、極東式の魔術はなかなか面白いやり方をするのだな」
まあこんな感じで
- 385 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:12:35.54 ID:PjMV23DC0
【サーシャサイド】
ガブリエル「まだ消えないか、しぶとい奴だ」
サーシャ「……」
あれから幾度となく、時には嵐の様に攻撃を繰り出し、時には激しく互いにぶつかり合った。
しかし、これは戦いではなく、ガブリエルによる一方的な殲滅だ。
私の方はすでにボロボロであった。
もう力は殆ど残されてはいないのを自覚している。
対してガブリエルの方は、まあ説明するまでもないでしょう。
無傷です。相変わらず。
けして私が手を抜いたわけではない。
全力で、それこそもしも表の世界であれば、欧州全土を蹂躙し、崩壊させるほどの勢いで戦った。
本物の天使であれば、そんな事は容易い。
だからこそ、神は私を野放しにはしなかったのだろう。
かつて天界戦争とやらで自分の制御化を外れた天使達を惰天させ、地獄の底に封じた様に。
そう言えば、ガブリエルは私の存在を魂ごと消そうとしているらしいが、そんな事は可能なのだろうか?
- 386 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:14:40.86 ID:PjMV23DC0
十字教の基本スタンスは「魂は不滅」だ。
悪名高きルシファーですら、消滅ではなく地獄の底に封じるというだけに留まった。
まあ、いずれにせよ私にとって良くない事なのに変わりはないのですが。
話を戻しますが、私は未だにガブリエルに傷一つ付ける事すらままならない状態であった。
それだけでなく、力の源となるテレズマさえもすでに尽きかけている。
対してガブリエルの方は、彼女の力の源たる水のテレズマがこの世界には無限に存在する。
そもそもこの世界そのものが彼女に味方し、ガブリエルの力が最も有効的に作用する様にできているのだ。
不利な上に不利を重ねた戦いが、こんなにも理不尽なまでの差を生むとは、完全に目測を見誤っていた。
ガブリエル「……勝てない。頭ではそれを理解している。だけど立ち向かう。なぜだろうか?なぜお前はそこまでして戦う?」
サーシャ「……そんなのは、最初から決まっています」
ガブリエル「勝てるかどうか、無駄かどうか、そんなのは問題じゃない。おそらくこういうタイプの人間はそう考えている。
助けなければいけない人間が目の前に居るのなら、迷わず強大な敵に立ち向かえる様なヒーローはな」
ガブリエル「だがもしもだ。そんなヒーローの活躍は、あらかじめ神から約束されたものだとしたらどうだ?」
サーシャ「……夢のない無粋な話ですね」- 387 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:17:39.48 ID:PjMV23DC0
ガブリエル「そうでもない。例えば1429年にオルレアンの解放に貢献した聖女ジャンヌの例がある。
ジャンヌ・ダルクは特別に戦略や武術に長けた才能があったわけでもない。
しかし、彼女はフランス軍を鼓舞し、重要な戦いでの奇跡的な勝利を成し遂げたとされている」
ガブリエル「彼女にあったのは才能ではない、あくまでも神の啓示だ。運命が神から与えられたものだとしたら、
十字教徒が賞賛する聖女の活躍も、彼女に定められた運命を賞賛している事と同じではないか?」
ガブリエル「どんな人間もけして運命からは逃れられない。
ヒーローの活躍には、予め定められた運命というものがその中に内包されているのだろう」
ガブリエル「だとすれば、お前は何に希望を持って戦う?
神さえも敵に回したお前は、何を根拠に今までの様に困難を乗り越えられると信じる事ができる?」
サーシャ「知りません。そんなのはヒーローの理屈でしょう」
そうだ。
ヒーローの活躍が運命によるものだとか、そんな事を言われたところで、私にはそう答える事しかできない。- 388 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:20:03.21 ID:PjMV23DC0
なぜなら今回のこの話は、私は最初からヒーローなどではなかったのだから。
いや、そもそも今までの話自体、私は主人公ではあったにせよ、ヒーローではなかった。
いつだって決め手は他の人間だ。
どちらかと言えば助けられた事の方が多く、また脇役であった事の方が多かった。
そして今回の件も例外なく、私にとっては他力本願なのだ。
誰かが私を救ってくれるのを待っているのだ。
主人公失格かもしれないが、それでも私にとってはそれが全てなのです。
だから、何を信じて戦うのか?何を根拠に困難を乗り越えられると信じているのか?
そう聞かれたら、私は胸を張って情けない答えを言う。
サーシャ「私を助けようとしてくれる人達が居る。だから私は諦めるわけにはいかないのです」
「運命なんて関係ない、未来は自分の手で切り開くものだ」
なんてヒーローの様にカッコいい事の言えない私だが、別に私がヒーローでなくてもいい。
運命も自分の力さえ信じられなくても、私のために戦ってくれてるヒーローさえ信じる事ができれば、私はまだ前を向いて戦える。
嘘ではない。
ほら、この果ての果てまで漆黒だった世界に亀裂が入り、そこから一筋の光が差し込んできました。
それは劣勢だった私にとって、確かな形勢逆転への希望となる。- 389 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:22:55.69 ID:PjMV23DC0
五和『ステイルさん!準備が整いました』
脳内に五和の声が響く(通信手段は16巻のアックアの携帯電話および本SSのイギリス編のサーシャ参照)
ステイル「よくやった……上条当麻!!!」
上条「ああ!!分かった!!」
具体的な会話は無いが、やる事はすでに把握している。
今までサーシャに向かって猪突猛進に向かっていたのだが、今度は反対に迷わず一目散に距離を取り、全力で離れるために駆け出した。
ステイル「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。
それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。
それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。
その名は炎、その役は剣。
顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!!」
詠唱と同時に、サーシャ(偽)の目の前に巨大な炎の巨人が現れる。
魔女狩りの王イノケンティウス。
かつて魔女狩りを積極的に奨励したイノケンティウス8世をモデルとした強大な術式。
ある意味ステイル・マグヌスお馴染みの術式と言えるが、今回のイノケンティウスは規模が違う。
炎の巨人は、いつもよりも何倍もの大きさと、目の前のサーシャを呑み込んでしまいそうなほどの圧迫感を持って立ちはだかっていた。- 390 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:25:04.21 ID:PjMV23DC0
正確に言えば、このイノケンティウスはステイルと天草式の混成術式だ。
かつてオルソラ教会でローマ正教と戦った時に使用したものと全く同じである。
さらに言えば、今回は場所が魔術要塞と化しているバチカンだ。
つまり、あらゆる最良の条件が整っている事で、ステイルのイノケンティウスはかつてないほどの力を持ってこの場に現れたという事になる。
しかし、これほどの力をもってしても勝てる可能性は無い。
それは魔術のプロであるステイルも、実際に天使の驚異を今回も含め三度経験している上条当麻も理解している。
だから
ステイル「チャンスは一回だ。イノケンティウスを全力でぶつけて、クロイツェフを地面に引きずり下ろす」
そして引きずり下ろした所でイノケンティウスをステイル自らが術式を解除する事で消す。
バチカン全土を利用して組んだ強大なこの術式の起点はステイルであり、ステイルの意志次第でこの術式を狂わせ、解除させる事は可能だ。
それに、いくら幻想殺しとは言え、その効果は右手の手首から先しか無い。
しかもいくら異能の力を消す事ができると言っても、あまりにも大きな力は簡単には消しきれないという事が何度かあった。
その様な悪条件を除いても、さすがにあれだけ巨大化したイノケンティウスに生身の体で近づく事自体がかなり危険な行為である。
だから、一度イノケンティウスを消したところで、すかさず上条当麻が体制を崩したサーシャに近づき、右手でお触りする。
それが彼らの作戦だ。
そして、その条件は全て整った。- 391 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:26:10.32 ID:PjMV23DC0
ステイル「行け!!イノケンティウス!!」
術者の叫びに応えるかの様に、炎の巨人がサーシャに向かって突進し、その手に持つ巨大な十字架を振り上げる。
それはあまりにも巨大過ぎて、聖堂の天井を粉々に破壊しながら空へと突き上げられた。
しかし、構う事なく巨人はその巨大な十字架を小さなサーシャの体へと振りおろした。
サーシャ「……!!!」
対するサーシャは六対の巨大な光の翼と光の剣で炎を纏った巨大な十字架を受け止めた。
ステイル「よし、いけるぞ!!」
質量的な差からか、上から押し付けられる様にサーシャの体の方が序所に押され、大勢を崩されたまま地面へと近づいていく。
上条「ッ……!!!」
いよいよだ、とばかりに強く拳を握りしめる上条。
そして
ステイル「今だ!! 上条当麻!!」
上条当麻は真っ直ぐに駆け出した。- 392 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:30:47.92 ID:PjMV23DC0
上条「待ってろよ! インデックス!!サーシャ!!」
やる事は決まっている。何も考える事などない。
それなのに、なぜかこんな時に、この大事な時にも関わらず。
上条(ッ……何だ……?こんな時に……ッ!)
彼の頭に何の前触れもなく痛みが走る。
まるで内側から何かが弾けて広がる様な痛み。
そして、上条当麻の脳裏に一つの映像が浮かび上がる。
上条(イン…デックス…?)
いつも上条の傍に居る銀髪碧眼の修道女。
別に今更何を思うでもない。
自分でも少女の事はよく知っているはずであり、そしてもはや記憶の事に関する懸念さえ無くなったはずであった。
しかし、その記憶が…
一瞬だが、知らないはずの記憶が脳裏を過った。
かつて上条当麻が記憶を失う前、インデックスを救うために我武者羅になっていた時の記憶が、断片的に浮かびあがる。- 393 :1[sage]:2011/12/07(水) 05:32:51.91 ID:PjMV23DC0
上条(何だ…これ……?)
ステイルと神裂が自分に向かって何かを叫んでいる。
上空を見上げると、まるで天使が飛び立った後の様に、光り輝く羽がふわりと滑る様に舞い。
そして一枚の羽根が自分の頭に…
上条「くッ…!!!!」
すでに失った記憶。
ヨケロ
追憶ではない、彼にとっては初めて目にする光景も同然だ。
シヌゾ?
脳細胞の破壊と共に失われたはずの、絶対に戻る事は無いはずの記憶が…どうして?
ステイル「避けろ!!上条当麻!!」
上条「えっ…?」
ふと我に返った時にはもう遅かった。
巨大なイノケンティウスの体を、正中線を通る様に光が走った。
イノケンティウスの巨体に隠れたサーシャから放たれた光だ。
イメージで言えば、学園都市が左方のテッラを始末した時の様な大陸横断ブレードを、細く凝縮した感じだ。
それはイノケンティウスを綺麗に真っ二つに切断し、そのまま床をなぞり、溶かす様に切り裂き
そして、その直線状にあった上条当麻の右腕を光の刃が通過した。
ボトリと呆気ないほどに気の抜ける様な音を立てながら、切断された上条当麻の右手は床に落ちた。
- 395 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:05:18.36 ID:nVIjESd80
十字教徒として不遜である事は百も承知ですが、私は天使というものにあまり良い印象を持ってはいない。
もはや今更語るまでもなく、というか今この瞬間すらも、私は天使というものの存在に私の人生を振り回されている。
人生と言っても語る程の歳ではないのかもしれませんが、それでもけして長くはない人生の中で、
私は天使という言葉を耳にしただけで不快感を覚えるのに十分すぎる程の経験をしてきました。
何せ第三次世界大戦という大仰なものにまで、この持って生まれた性質のせいで巻き込まれたのですから。
だから、私は天使が嫌いだ。
だったら十字教徒などやめてしまえと、こんな私の愚痴を聞いた人は思うかもしれない。
しかし、別に私は十字教に反感を持っているわけではない。
神の子の生き方や教えには共感を覚える事が多い。
なんとなく異端審問とか強引な布教とかで排他的なイメージを持たれがちだけれども
そもそも神の子の歴史を紐解けば、それは彼の本意ではないという事が感じられるはずだ。
神の子はあくまでも正しい人間の生き方を説いただけです。
この世界に遍在する不平等や救われない者達が救われる道は無いのかと考え、
神の子は「天に財産を蓄える」という口実で富める者には貧しい者達に分け与える様に諭した。
また義を成してもそれを自慢しない様に諭し、身分が高いからと言って偉そうにせず下の者を思いやる気持ちを持てと言って、
師である神の子が自ら弟子の足を洗ったエピソードもある。
中には首を傾げる様な話もあるかもしれないが、例え十字教徒でなくても共感できる部分だって多いはずです。
一般的には宗教家の様に捉えられがちですが、
別の視点から見れば中国の諸子百家の様に道徳を唱えた者と見る事もできるし、
あるいは腐敗したユダヤ衆議会に抵抗した反体制派の運動家という見方もできる。
まあ、十字教の話はここで区切らせてもらうとして。
話を戻しますが、改めてもう一度結論を言うと、私は天使が嫌いです。
別に天使が嫌いだから十字教に反するというのも考えてみれば短絡であり、
天使なら十字教でなくともイスラム教にもゾロアスター教にも出てくる。
別に天使が嫌いな十字教徒が居たっていいはずです。
もう一度言います。私は天使が嫌いです。
神の子や洗礼者ヨハネが天使に祝福されて生まれてきたのだとしたら、私はおそらく天使に呪われて生まれてきたのでしょう。
そう思わずにはいられません。
だから、私は自分の運命を呪う。
例えそれが神から与えられた運命だとしても。
私はそれを呪わずにはいられない。- 396 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:07:50.05 ID:nVIjESd80
【上条サイド】
最初に、とある一つの疑問から。
上条当麻はなぜあの場で急に立ち止まったのか?
およそ今までの上条の行動パターンを考えれば、あの場で急に立ち止まるなんて事は考えられない。
“誰か”に「止まれ」とか「避けろ」とでも忠告されたのだろうか?
そう思う理由は、仮にあそこで上条当麻が立ち止まらなくてもこの作戦は失敗に終わっていた可能性があるからだ。
むしろあのまま立ち止まらずに突っ込んでいたら、右手だけでは済まなかっただろう。
イノケンティウスの様に上条当麻の体も真っ二つになっていたかもしれない。
だから結果として、上条当麻は救われたとも言える。
そして本題。
この作戦において、上条当麻の右手は絶対の核となる。
例えイノケンティウスが使えなくとも、いくらでも知恵を絞りだせばまだ他の方法を編み出す事はできる。
しかし、幻想殺しだけはこの作戦において絶対に欠けてはいけない要素だった。
それが今、目の前であっけなく切り落とされたのだ。
本来ならばそれは取り返しのつかないミスであり、力なく膝を崩し、両手を地面につけながら絶望するはずであった。
しかし、その光景を見ていたステイルには、その様な全てを投げだして諦めたかの様な姿勢は見られない。
かと言って、何かしらの打開策を抱いた希望に満ちた表情を彼はしていない。
あるのは、上条当麻が右腕を失った事に対する絶望でもなく、希望でもない。
困惑であった。- 397 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:09:48.63 ID:nVIjESd80
ステイル「なんだ……この違和感は……?」
魔術師であるからこそ感じられる独特の、例え様のない違和感。
それが、右腕を失った上条を中心に広がる。
サーシャ(偽)「………VNIG(必要)…LRASD(排除)…」
おそらくはサーシャもそれを感じていたのであろう。
いつのまにか彼女の手に握られていた巨大な光の弓から、とても矢とは言えないほどの大きさと質量を持った光が、
射ると言うよりは大雑把に消し去るために、
右腕を失ったまま、まるで立ったまま俯いて気絶しているかの様にその場から微動だにしない上条当麻へと放たれる。
ステイルはその光景に対し、何も言葉を発する事はできなかった。
あらゆる異能の力を消す幻想殺しは、確かに切り落とされた。
上条当麻は完全に力を失った。
そして、その上条にむけてサーシャは光の矢を放った。
それ以上の説明はいらないだろう。本来ならば上条当麻は莫大な光に包まれて消し飛んでいなければおかしい。
ステイル「なのに…どうしてそこに立っている?」
光の矢は、上条当麻に触れる事なく掻き消され、散った。
気が付くと、切り落とされたはずの右手がいつのまにかどこなに消失していた。
もともと幻想殺し自体、ステイルにとってはあまりにも謎が多すぎて説明のつかない力だ。
しかし、今この場で上条当麻に起きている現象は、そしてステイルが感じている違和感は、全くもって理解できるものではなかった。
そして、追い打ちをかける様に上条から発せられた不可解な現象は拡大していく。- 398 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:12:17.89 ID:nVIjESd80
マタイ「ぐッ…!!!」
突然、マタイの体に激痛が走る。
五和「教皇様…?」
マタイ(強制詠唱(スペルインターセプト)か?……いや、そんなはずは……だとしたら)
現在、大聖堂の外に被害が及ばない様に、教皇は大聖堂の外側に強力な結界を張っており、
今もその結界は教皇の力によって継続している状態である。
その教皇の術式に無理やり介入して術式を変化、あるいは解除させようとしている者が居るという事は、
つまりこのローマ正教徒の中に裏切り者が居るという事になる。
しかし、ローマ教皇ほどの魔術師に対してそう簡単に術式介入を行える者が居るとは思えない。
居るとすれば、10万3000冊の魔道書を持つ禁書目録だけ…
マタイは五和が大事そうに背負っているインデックスに目をやった。
しかし、彼女はあの時以来ずっと気絶したままだ。
だとしたら、一体誰が……?
マタイ「ぐっ…ごほっ……!!!」
術式介入に体が耐えきれず、咳き込むと同時に血が吐き出された。
「教皇!? 一体何が起きているのですか!?」
「おい!誰か手当てを!!」
五和「わ…わたしに任せてください!」
マタイ「待て…まずい事になった……」
治療をしようとした五和を遮る。
マタイ「今すぐにこの場から離脱しろ………結界が……崩れる……」
直後、ガラスを砕いた様な音が大聖堂の方角から響いた。- 399 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:15:20.48 ID:nVIjESd80
ステイル「どうなっている…?幻想殺しは……あの力は右手にあるんじゃないのか?」
その場から動けず、上条当麻に近づく事もできず、ステイルは信じられない光景を目の当たりにする。
サーシャの光の刃によって焼き切られた上条の右腕の切断面に、何やら異様な力が集約されているのだ。
色はない。しかし、感じる事はできる。「何か」としか例え様のない莫大な「何か」が集まり、凝縮されようとしている。
だが、けして近づいて観察しようとはとてもではないが思えなかった。
むしろ無意識のうちにステイルはその場から一歩ずつ遠ざかっていた。
まるで森の中で凶暴な獣に遭遇し、その獣に感づかれない様に離れようとするかの様に。
「何か」からは、興味よりも圧倒的な恐怖や畏怖の方が凌駕していた。
ステイルとてプロの魔術師だ。
これまで数え切れないほどの魔術師と相対した。
その過程で強大な術式も幾度となく見てきた。
しかし今、上条の右手に集約されている「何か」は、それとは全く次元が事なる。
聖人も、今目の前に居る天使のごとき怪物も、「何か」の前にはあまりにも小さく、霞んで見えてしまうほどであった。
サーシャ(偽)「…OM(理解)…不……coo崩壊ps…」
上条当麻に身に起きている異変について狼狽しているのはステイルだけではない。
明らかにサーシャも動揺していた。
そして上条の「何か」の影響を受けてか、突然サーシャの背中の翼に一瞬にして亀裂が走り、粉々に砕ける様に四散する。
サーシャの体は地面に落ち、巨大なイノケンティウスを持ってしても成しえなかった隙が作られた。
しかし、それどころではないステイルの意識は、そちらには向いてはいなかった。
上条当麻の身に、さらに信じられない事が起きる。
- 400 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:16:28.34 ID:nVIjESd80
上条「テメェが」
突然、右肩に集約していた力の上に、焼き切れた断面を食い破る様に、大量の鮮血をまき散らしながら透明な何かが出てきた。
上条「テメェがどこの誰かはしらねぇ…テメェが何をしようとしているのかも知ったことじゃねぇ…」
そして、その透明な何かは上条の切断面に集約されていた莫大な力を噛み砕く様に咀嚼し始めた。
上条「だけど、テメェの出る幕はねぇんだよ…引っ込んでろ……これは、俺達がやらなきゃならねぇ事なんだ……!!!」
強大な力を咀嚼した何かは、次第に小さくしぼむ様に何かの形へとその輪郭を変え…
切断されたはずの上条当麻の腕は、無傷のまま彼の右腕に戻っていた。- 401 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:18:38.00 ID:nVIjESd80
ガブリエル「何が起こっている…?この世界が崩れる事などあるはずが…」
突然この漆黒の空に亀裂が走り、そこから光が差し込んだ事に対し、ガブリエルは戸惑い、焦っているようです。
なんとなく今までの高圧的な姿とは対照的なので新鮮な感じもする。
これがギャップ萌えというものだろうか?
いや、コイツに萌える事なんて断じて有り得ません。
ガブリエル「まさか…アレが暴走したのか?……そうか、その方法もアリだったな」
サーシャ「自問自答で勝手に納得しないでください。見ていて気持ち悪いです」
ガブリエル「大きなお世話だ」
サーシャ「こんな事ができるのは…たぶんあの人しかいないでしょうね。なんとなくこの世界の事が少しだけ分かった気がします」
ガブリエル「……」
何が原因か、確たる根拠はないが。
しかし、たぶん原因は上条当麻だと思う。
短絡的かもしれないが、あくまで他力本願を貫く私にとっては、
どんな事でも成し遂げてしまうヒーローの象徴たる彼以外には思い浮かばなかったのだ。
具体的な事は何一つ分からないが、それでも盲目的に彼が何かしたのだと理由もなく私は納得してしまった。- 402 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:27:21.15 ID:nVIjESd80
そしてもう一つ、これもあくまで推論に過ぎないのですが。
この世界には地脈や龍脈と言った力の流れが世界中に張り巡らされている。
私達の様な西洋式の魔術師はこの力を世界の力、すなわちテレズマと呼称し、火、水、土、風の四つの属性があると解釈している。
それを踏まえ、まず一つ目の解釈は、上条当麻の幻想殺しについてだ。
彼の幻想殺しはあらゆる異能の力を破壊する。
当然、魔術に対してもそれが有効なわけですが、彼の幻想殺しの本質は調和の取れた破壊にあるのだという理論をここで述べたい。
でなければ、本当に異能の力を根こそぎ破壊するのであれば、彼がこの惑星のどこかに触れただけで
世界中の地脈や龍脈を破壊し尽くしてしまうはずです。
つまり、幻想殺しとは魔術の様にその地脈や龍脈を乱用して扱う物に対して反応するのであり、
ある意味ではこの世界のあるべき基準を保つためのものだとも言える。
よく考えれば、最大主教のお茶会にガブリエルと一緒に乱入した時に、ガブリエルがそんな事を言っていた様な気がします。
そしてもう一つ。
おそらくこの世界は、その龍脈や地脈の力を一点に集め、凝縮して作られた世界ではないだろうか?という事だ。
あるいは、例えば地脈や龍脈を川の流れとして例えるなら、ここはその水源の様な世界か、
もしくは海の様にそれらの力が集まる世界だと考えられる。
そしてもしもこの世界が後者のものだとしたら。
何らかの形で幻想殺しが暴走し、調和の取れた破壊ではなく完全な異能の力の破壊へと暴走したのではないかと推測できる。
サーシャ「確かに、ここは異世界とかそういう類のものではありませんね。例えるなら、
ここは世界という枠の中に内包された複雑な仕組みの空間。水のテレズマの根源の世界なのでしょう。違いますか?」
そう、けして異世界などではない。
ここはあくまでも私達の住む世界と一緒であり、そして肉体ではけして来れない力の根源の世界。
正確には水のテレズマの根源の世界であり、まさにガブリエルのための世界であるとも言える。
ガブリエル「まあ、お前にしては正解に近い答えだ」
サーシャ「普段どれだけ人を馬鹿にしていたですかあなたは…」
しかしまあ、水のテレズマを凝縮させて一つの世界を作ってしまえるのですから
相変わらず天使という存在は規格が違い過ぎる。
しかも、仮に誰かがこの世界を外から壊してくれなければ。
もしかしたら永遠に私はこの世界に閉じ込められたままだったのかもしれませんし。
肉体のない、純粋に魂と天使級のテレズマだけで構成されている今の私の存在を、この世界に…
- 403 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:31:18.95 ID:nVIjESd80
そうと分かれば話は簡単だ。
まずこの世界でガブリエルに勝てるわけがない。
火の属性のテレズマを操る私にとって、この世界は圧倒的に不利な世界だ。
だから、この世界そのものを変えてしまう必要がある。
いや、変えるなんて大げさな事をする必要はない。
他力本願な私の期待した通り、やはり上条はヒーローの様な活躍をしてくれた様だ。
この暗い世界で、文字通り私に光をもたらしてくれた。
私にとってはそれだけで十分だ。
サーシャ「さて、ここからが本当の戦いです……と言いたいところですが、
どうやらあなたに散々やられたせいで、もう使える力もあまり残ってはいないみたいです」
まったく、天使というのもどうやら圧倒的ではあるが、全能な存在ではないらしい。
ガブリエル「そうか。それならたまには脇役じゃない、ヒーローらしく蹴りをつけてみたらどうだ?
ヒーローは余力なんて考えたりはしない。決める時は“これが最後の全力の一撃だ”とかで必殺技を決めるらしいぞ」
それはちょっとヒーローに対する考えとしては偏り過ぎな気がしないでもない。
しかしそれでも、今の私にとってはそれが最良の策なのに間違いない。
サーシャ「良いでしょう…その言葉、後で後悔するかもしれませんよ?」
挑発する様に私がそう言うと
ガブリエル「望むところだ。神の光さえ霞んでしまいそうな、終末が来ても忘れられない様な光を見せてくれ」
なぜか、微笑みながらガブリエルはそう言った。
侮蔑や嘲りではなく、私には彼女の笑みに慈愛の様なものさえ感じられた。
ガブリエル……あなたはもしかして……
本当はドMなのですか?- 404 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:33:11.75 ID:nVIjESd80
上条当麻が壊してくれたおかげで、この世界も随分と明るくなった気がする。
漆黒の天井を突き破る様に何本もの光の柱がこの暗い世界に差し込み、私にとっては文字通り希望の光として照らしてくれている。
まるで地下牢に閉じ込められ、何十年も日の光を見る事のなかった囚人の様に、私はその光を全身で浴びる事のできる喜びを深く味わう。
思い返せばこれまで、私は常に脇役だった。
ヴェロニカとの戦いも、キャーリサを倒したのも、フィアンマにとどめの一撃を喰らわせたのも、全て私ではない他の人間だ。
だったら、今回くらいは私がこの手でとどめを刺そう。
そう、ヒーローの様に。
自分が思い描く理想のヒーローの様に。
この暗い世界の閉塞感を崩した光を、自分の力とすべく右手に集約する。
だが、この暗い世界に差し込んでくる光だけでは足りない。
これだけでは、アイツは倒せない。
だから、もっと光が必要だ…
そう思いながら右手に力を込めると、私の背中の翼に亀裂が走った。
きっと、この一撃を放ったら壊れてしまうだろう。
だけど構わない。余力は考えない。
私に翼なんて必要ないし、天使の力にも未練などない。
サーシャ「……そう言えば、一つだけ言い忘れていた事があります」
ガブリエル「?」
―――――――
- 405 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:35:03.72 ID:nVIjESd80
―――――――
ステイル「上条当麻…キミは……」
上条「悪いな、せっかくのチャンスを潰しちまって」
ステイル「……ああ」
普段ならここで憎まれ口の一つでも叩いているところだが、
先程の出来事に対して頭の中で整理が付かず、ただ気の抜けた返事しかできなかった。
上条「でも結果オーライだろ」
先程の出来事も、今の上条の頭にはない。
今彼の目に映るのは、先程の出来事で片膝をついているサーシャの姿だけだ。
ステイルの作戦は失敗したが、結果としてはむしろ当初の予定以上の成果だと言える。
サーシャ「……dheduh…殺ahse」
上条の敵意を感じたのか、片膝をついた状態からサーシャはレーザーの様な光を片手で放った。
しかし、上条当麻はそれを右手で軽く反らし、同時にサーシャに向かって駆け出す。
対するサーシャも反撃とばかりに再び背中に六対の巨大な光の翼を展開させ、それを同時に上条を潰すために振るった。
しかし、上条はそれらを器用に避け、そして一本の翼を掴んで捻り、サーシャの体制を崩した。
そして最後の手段とばかりにサーシャは光の剣を作り出し、向かってきた上条に対して直接斬りかかる。
サーシャ(偽)「……!?」
上条「残念だったな、どうやらチェックメイトみたいだぜ?」
光の剣は、上条の右手に掴まれて粉々に砕け散った。- 406 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:38:09.54 ID:nVIjESd80
――――――
ガブリエル「この後に及んでまだ言い忘れた事などあるのか?」
サーシャ「ええ。一つだけ。第一の解答ですが、私は神に逆らうつもりはありません。神は正しいと信じています」
ガブリエル「…?」
サーシャ「だけど、例え私が間違っているとしても、大切なものを理不尽に取り上げられそうになったら反抗はします。
ましてや神は私達の父なのですから、父に反抗しない子なんていませんし、
そんな父親にとって都合の良いだけの親子関係なんて存在しませんよ」
ちょうど実年齢的にも反抗期のお年頃ですしね。
ガブリエル「お前は何を言っt」
サーシャ「これからも私は神を信じ、神に感謝します。できるだけ敬虔な十字教徒であり続けます。
でも、大切な人達だけは絶対に譲れません。こんな私を大切な仲間だと言って必死になって救おうとしてくれた人達とは
絶対に、何があっても離れたくありません」
サーシャ「我儘と言われても良い、悪い子だと神様に叱られても構わない。
例え運命が私にそれらを捨てろと命令したとしても、神が言ったとしても、私はそれだけは逆らいます。反抗します」
ガブリエル「……」
サーシャ「だから…」- 407 :1[sage]:2011/12/10(土) 13:40:36.67 ID:nVIjESd80
伝えたい事。
その思いの丈を、全て右手に集約する。
憧れのヒーローの様に。
そして、私はガブリエルに向かって一直線に羽ばたいた。
上条「おいテメェ、神様とやらの使いっパシリなんだろ?だったらその神様に伝えてくれないか」
サーシャ(偽)「……」
上条「この世界がアンタの作った運命(システム)の通りに動いているのなら」
サーシャ「運命とやらで私を止められると思っているのなら」
上条&サーシャ「そのふざけた幻想をぶち[ピーーー]!!!!!」
全力でガブリエルに拳を叩きこむ。
対してガブリエルは全くもって抵抗しようとはしなかった。
むしろ全てを包み込もうとするかの様に両手を広げ、私の一撃を正面から受ける。
そして、破壊的な光がガブリエルの体から迸った。
上条当麻の方は、サーシャの額を鷲掴みにする事で終止符を打った。
ステイルの予測通り、上条がサーシャに触れた瞬間に、まるで氷の様に6対の巨大な翼に一斉に亀裂が走り、再びサーシャの翼は粉々に砕けた。- 408 :1[saga]:2011/12/10(土) 13:44:40.65 ID:nVIjESd80
- sageしたままだったから何か締まらない終わり方になってしまったorz
伝えたい事。
その思いの丈を、全て右手に集約する。
憧れのヒーローの様に。
そして、私はガブリエルに向かって一直線に羽ばたいた。
上条「おいテメェ、神様とやらの使いっパシリなんだろ?だったらその神様に伝えてくれないか」
サーシャ(偽)「djae不dea」
上条「この世界がアンタの作った運命(システム)の通りに動いているのなら」
サーシャ「運命とやらで私を止められると思っているのなら」
上条&サーシャ「そのふざけた幻想をぶち殺す!!!!!」
全力でガブリエルに拳を叩きこむ。
ガブリエルは全くもって抵抗しようとはしなかった。
むしろ全てを包み込もうとするかの様に両手を広げ、私の一撃を正面から受ける。
そして、破壊的な光がガブリエルの体から迸った。
上条当麻の方は、サーシャの額を鷲掴みにする事で終止符を打った。
ステイルの予測通り、上条がサーシャに触れた瞬間に、まるで氷の様に6対の巨大な翼に一斉に亀裂が走り、再びサーシャの翼は粉々に砕けた。
手遅れな修正
続きは帰ってから書きます
- 411 :1[saga]:2011/12/11(日) 14:53:05.63 ID:/oVNt1lj0
続きです
ステイル「どうやら成功したみたいだね」
上条「ああ…」
サーシャに憑依していた何かは完全に消え、意識は戻らないまま力なく上条に体を預ける。
それを受け止めながら上条はそうつぶやいた。
時間としてはけして長くはなかったが、それでも長く苦しい戦いが終わった後の様な清々しさを感じていた。
そして同時に、全てが終わっても未だ残る疑問に思考を移す。
幻想殺しとは、何なのか?
あの莫大な、天使の驚異すら霞んでしまいそうなほどの力は何なのか?
いや、そもそも上条当麻は本当に人間なのか?
考えても答えが出ない事は承知している。
しかし、それらの疑問を本人を前にして口に出す事はなかった。- 412 :1[saga]:2011/12/11(日) 14:54:57.08 ID:/oVNt1lj0
サーシャ「言い分けを聞きましょうか?」
今までの劣勢が嘘の様に、ガブリエルは私の一撃で見るも無残な姿になっていた。
元々は神々しい美しささえあったのですが、それも今や見る影もない。
とは言え私の方も先程の一撃に力を使ったため、すでに背中の翼はまるで子供に羽を千切られたかわいそうなトンボの様になっていた。
さあ、強大な敵を倒したぞ!大団円だ!
と行きたいところですが、そうも行かない。
この何から何まで不自然で、お膳立てされたかの様な展開に気付かないほど私は鈍感ではないし、
説明を聞かなければおさまりが付かない。
ガブリエル「ナンノコトデスカ?」
サーシャ「……」ゲシッ!
ガブリエル「痛っ、天使をイジメるな。神様に言いつけるぞ?」
サーシャ「痛覚はないでしょう……なぜ私の攻撃を抵抗せずにまともに受けたのですか?第一の質問です。答えろこの野郎」
茶番に持って行かせるわけにはいかない。
まだシリアスパートは終わっていないのです。
ガブリエル「もともとシリアスとギャグの使い分けなんてできてなかったじゃないか」
サーシャ「いいから答えろ」- 413 :1[saga]:2011/12/11(日) 14:57:45.75 ID:/oVNt1lj0
ガブリエル「別に深い意味はない。ただその方法でも問題は解決できる。
そう思ったからお前にヒーローという花を持たせてやっただけだ」
サーシャ「という事は、そもそも私を消すとか、天使にするとか、そういうのは全部ウソだったという事ですね…」
ガブリエル「存在を消すなんて事は、十字教の定義からしても不可能だ。
遥か昔に天界戦争が起きた時もルシフェルに加担した天使達は地獄に落ちたが、
存在を消す事は神にもできなかったらしい。それも本当にできなかったのか、
あるいはどんな悪人にも慈悲を齎すという神の定義そのものがそうさせなかったのかは私にも分からないが」
ガブリエル「それと、天使にするというのは、あれは半分本気だった」
ガブリエル「もしもお前がそれを選んだとしたらそれはそれで全てが丸く収まるし、むしろそっちの方が綺麗な解決方法だったとも言える」
サーシャ「では、私がそれを選ばなかった時は…」
神に逆らった者に対して罰を下すのが目的なのではないとしたら
ガブリエル「お前達がやろうとしていた事を手伝おうとしたまでさ」
ガブリエル「具体的には、まずは完全に莫大なテレズマを扱えない状況を作る必要があった。
そのために、私はこの水のテレズマで作られた世界にお前を連れてきた。
そしてお前が持っている天使としての莫大な力を全て削ぎ落とす。そのために私はお前と戦ったという事さ」
ガブリエル「本当は一方的にボコボコにして力を失わせるという方法を選ぶつもりだが、イレギュラーな事態が起きた。
だが、お前の力を枯渇させるという事が目的だったから別に手段に拘るつもりはない。そのまま状況に流されたという事だ」
サーシャ「だから、自ら私の攻撃を受けたと」
ガブリエル「まあそんなところだな。さて、もうこんな下らない話は良いだろう」
サーシャ「意外と優しいのですね」
ガブリエル「当然だ、私は慈悲深い天使だからな」
サーシャ「……」
思わず照れたりとかそんな初々しい反応を期待していたのですが、素で返されてしまった。
- 414 :1[saga]:2011/12/11(日) 14:59:51.11 ID:/oVNt1lj0
ガブリエル「問題はここからだ。私を倒す事は過程のはずだろ?」
サーシャ「しかし、禁書目録から預かった魔道書は」
ガブリエル「これか?」
と言いながら、いつの間にかガブリエルの手には数冊の魔道書が握られていた。
ガブリエル「まあ待て、せっかくここまで順調に来たんだ。最後の仕上げをしくじっては元もこもない」
などと言いながら、手にした魔道書を流し読みし、読み終えては乱暴に魔道書を放り投げ、新たな魔道書に手を出していく。
あれで頭に入っているのだろうか?と思うくらいに速い。
サーシャ「……あの?平気なのですか?」
ガブリエル「天使をナメるな。本来なら人間には過ぎた知識だからこそ毒となるんだ」
サーシャ「では、今の私が読んでも平気なのですか?」
ガブリエル「まあ今の状態なら……おっと」
突然、魔道書のページをめくっていたガブリエルの左手が崩れ落ちた。
ガブリエル「……どうやら時間が無いらしい。手早く説明する」
ガブリエル「さすが禁書目録と言ったところか、選んだ魔道書は殆どが適切なものだと言ってもいい。だが…」
ガブリエル「この悪魔に関する魔道書だけはダメだ」
サーシャ「そうですか」
まあそれに関しては私も最初から気が進まなかった事ですし、食い下がるつもりは一切ない。
どちらかと言えば有難い話だ。
- 415 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:03:26.18 ID:/oVNt1lj0
ガブリエル「天使と反対の属性を…って感じで考えたんだろうけど、
いくら禁書目録とは言えさすがにこのイレギュラーには完全に対処できなかったみたいだな」
ガブリエル「力の固定とは勝手が違う。根本的な力そのものは、そもそも人間が書いた魔道書程度でどうこうできる話じゃない。
それにもしも仮に魔道書で解決できる問題なら、逆に言えば人間は魔道書の力で私やお前の様に
莫大なテレズマを自在に操れるという事になる。本当にそれが可能だとしたら、
とっくにこの世界は崩壊していた可能性だって十分に考えられるだろう?」
サーシャ「確かに」
妙に納得に行く答えです。
ガブリエル「それに、仮にも元は天使なんだ。こんな方法は取るべきじゃない」
サーシャ「では、具体的にはどうすればいいのですか?」
ガブリエル「使う魔道書は、力を固定化させるために用意された魔道書に絞る。
だがそれだけでは足りない、この魔道書はあくまでも補助でしかない。
莫大なテレズマを操る力そのものをどうにかする必要がある」
ガブリエル「そもそもお前が天使たる力を持つ由縁は、その容量と出力だ。
おおよそ普通の人間には有り得ないレベルの力を貯め込む容量がある。
いや、普通の人間だけでなく、聖人すらも凌駕するほどにな」
サーシャ「しかし、それは不可能では…」
ガブリエル「いや、可能さ」
そう言いながら、ガブリエルは残った右手で私の胸の中心の辺りに触れた。
心はどこにあるのか?と聞かれたら、特に考える事もなく思い浮かべるであろう場所に。- 416 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:06:58.35 ID:/oVNt1lj0
ガブリエル「私の力を持って、お前の力を完全に遮断させ、閉じ込める。少々強引だが、その状態で固めてしまえばいい」
サーシャ「固める…?そんな事が…」
ガブリエル「そもそもこの世界だって、実はその方法で作られたものだ。
単純に表現するなら、ここは私が水のテレズマを凝縮させ、固めて作った世界だ。
だから私が終始お前を圧倒したし、本来なら誰もこの世界には干渉できないはずだった」
ガブリエル「それに、私の存在そのものが水の力の根源と言うのであれば、ここが根源の世界だと言う表現も間違いではないが……
まあ良い。お前の推測はおおよそ的を射たものであり、とにかく可能だという事さ」
確かに、天使級の力を持ちながら、この世界ではガブリエルに歯が立たなかった。
その理由は、一つは私のテレズマの供給が遮断されていた事にある。
だからガブリエルは常に最大限かつ無制限に力を行使できた。
しかし、私の方は真逆と言って良いほどの窮地に立たされた。
そしてもう一つは、この世界、いえ空間そのものだ。
当たり前の様にここに居るから見落としがちであったが、ガブリエルと私という莫大なテレズマを有する存在を閉じ込めて、
その上さらに全力で力をぶつけあったにも関わらずこの空間はけして内側からは壊せなかった。
それほどの異質な空間を作り上げる力を、この天使は確かに持っているのだ。
サーシャ「しかし、そもそも水のテレズマと私のテレズマは属性が違うはずです。
どちらかと言えば、私の属性は火に近いものですよ?」
ガブリエル「一つの属性を操るという事は、広義的に他の属性に影響を与えるという事。
つまり、間接的に他の属性を操る事になる。それに、一時期は火の属性に浸食されていた事もあったからな、
消耗したお前の力を閉じ込める事くらいなら可能だ」
ガブリエル「さあ、もう時間がない。いい加減始めようか」
突然、ガブリエルの手が触れている部分から青い光が広がり、それは私の全身を包み込む程に大きくなる。
- 417 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:09:52.21 ID:/oVNt1lj0
サーシャ「あの」
ガブリエル「いくつか言っておく事がある」
そう言って私の言葉を遮る
ガブリエル「この方法でお前の力を抑える事で、同時にこの世界と同じ様に外側からは容易に干渉する事はできなくなる。
つまり、私が抑え込んだ範囲までしかお前の力は回復しないし、
今までの様に莫大なテレズマを自由に使う事もできなくなるはずだ」
ガブリエル「それともう一つ……お前はもう完全な人間には戻れない。
いや、もともと人間という枠からギリギリ外れた存在であったが、
お前はさらにグレーゾーンの真ん中に自分を置く事になる」
サーシャ「大丈夫です。またもとの場所に帰れるなら、そのくらいの事は背負いますよ」
天使の力に未練はない。
だが、別に真人間である事にこだわりがあるわけでもない。
もともと私はおよそ一般的な人間というものの基準からは外れた存在だったのだから。
それでもみんな私を好きだと言ってくれたのだから。
ガブリエル「あとは…」
サーシャ「まだ何か言っておく事があるのですか?時間がないと言っておきながら」
ガブリエル「ああ…そうだな…」
サーシャ「?」
今までの饒舌が嘘の様に、今度はいきなり口ごもりはじめた。
- 418 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:10:36.87 ID:/oVNt1lj0
時間が無いのは確かだ。
私のために力を使っているのもあるのかもしれないが、ガブリエルはの下半身はもうすでに崩れて消え去っていた。
サーシャ「……消滅は、しないのですよね?」
ガブリエル「……私の存在は神に与えられたものだ。神が存在する限り、私が消滅する事はない」
サーシャ「そうですか…」
ガブリエル「……」
……なんでしょうか?この微妙な空気は
ガブリエル「だが、おそらくお前と会うのもこれが最後だ」
サーシャ「……まさか、私と別れるのが寂しいとか言うつもりですか?」
ガブリエル「そんなんじゃないさ…」
- 419 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:13:04.60 ID:/oVNt1lj0
ガブリエル「ただ……そうだな、せっかくだから最後に神の御使いらしい事をお前に言ってやる」
サーシャ「開き直りましたね…」
ガブリエル「人間は平等じゃない。生まれながらに裕福な者も居れば、貧しい者も居る。
健康な者も病気の者も居る。幸せな人間が居れば、それより遥かに多くの不幸な人間が存在する。
それは残酷かもしれないが、神が与えた運命なのだろう」
サーシャ「……」
ガブリエル「だが、人はどんな運命を背負っていたとしても、真っ直ぐに生きていける。
どんな不幸を背負った人間だって、前を向いて走り続ける事ができる」
ガブリエル「だから、自分の運命に負けるな。自分の不幸を呪っても、自分の生き方まで呪ったりはするな。
不幸さえ自分の幸せにしてしまう人間が居るのを忘れるな」
そして、ガブリエルの手がそっと私の胸元から離れた
彼女は最後に、文字通り天使の様に輝ける笑顔でこう言った。
ガブリエル「光あれ」
私は彼女のくれた青い光につつまれながら、私のもとから離れ、
だんだんと崩れる様に消えていくガブリエルを何とも表現しがたい想いで見つめる。
……この感情はなんだろう?
全てが終わった事に対する安堵か
それとも全てが終わる事に対する寂寥か
これが最後だと理解した時、なぜか私の体は自然と動いてしまった
私は手を伸ばす
最後の最後で、離れていくガブリエルの手を私は力強く掴み、握りしめた。
- 420 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:16:50.07 ID:/oVNt1lj0
ガブリエル「……?」
首を傾げながら、不思議そうな表情でこちらを見てくる。
今更だが、そんな表情すら美しいものだと思えてしまった。
サーシャ「あ……っ…」
ガブリエルの様に気のきいた言葉は出てこない。
それでも何か言おうとして、自然にたった一つの言葉を思い浮かべる。
彼女に関わってきた今までの経験は、お世辞にも楽しいものではなかった。
むしろ辛い事の方が圧倒的に多かった。
こんな体を持って生まれてこなければ、彼女と出会わなければ、もっと平穏な人生を送れるはずだった。今までも、そしてこれからも。
だから、恨み事をたった一つの言葉に込めて
サーシャ「……ありがとう」
確かに辛い事は多かった。
しかし、けして辛い事ばかりではなかった。
天使に関わった不幸のおかげで今があるのなら、
それは彼女の言う通り、不幸さえも幸せにしたという事なのではないだろうか
だから私は…
ガブリエルの笑顔に負けないくらいの笑顔で。
いつも私の傍に居た『友に』に、別れの言葉を贈った。- 421 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:19:26.00 ID:/oVNt1lj0
最後に結果だけを話します。
ガブリエルの行った処置は、私の力の源を彼女の力によって上から覆い、閉じ込める事でした。
そうする事で、あの世界と同じ様に私は外から莫大なテレズマを無制限に供給する事ができなくなる。
あの世界が水のテレズマで出来ているのに対し、私を閉じ込めた力は火のテレズマによるものです。
だから、まったくもって外部からテレズマの供給ができないというわけですし、多少の融通は利くようですが、
どうやらそこは彼女の力によって大幅に制限が加えられたみたいです。
それだけでなく、もともと持っていた容量の方にも同時に制限が加えられたという形になりましたから、
行使できるテレズマの量も同時に制限が加わったという事にもなります。
そして、後は私の精神と力が元の肉体に戻った時、その状態を維持するために、
フィアンマが使った魔道書を多少アレンジしつつ使用しました。
無論、魔道書の毒は強烈なもので、それに関してはそれなりに苦労はしましたが、まあ何とかなったという感じです。
めでたしめでたし…と
……結局のところ、私は真人間には戻れませんでした。
しかし、天使にもなりませんでした。
人間でもない、天使でもない半端な位置に立っている。
そんな私は、一体何者なのだろうか?
……それは、そんなのは決まっています。
私は、「私」でしかない。
私という言葉以外に表現なんかできない。
例え何があろうと、私はいつまでも私であり続ける。
目には見えないが、確かにこの体の中に残った彼女との絆に想いを馳せながら
これから私は最後の話を語る
- 422 :1[saga]:2011/12/11(日) 15:21:01.20 ID:/oVNt1lj0
- 天使編終了です
次回はクリスマスイブの話を書きます
- 423 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage]:2011/12/11(日) 18:34:03.63 ID:AzWw0g9SO
- 乙
- 427 :1[saga]:2011/12/17(土) 20:05:18.14 ID:4cg29F880
「クソッ!!何だってんだよ!!」
「迎撃に行った奴らは全滅だ!さっさとズらかるぞ!」
慌てふためき逃げ惑う。
そんな彼らの行く手を阻むように
サーシャ「……こちらイギリス清教第零聖堂区所属、本作戦における単独殲滅担当のサーシャ・クロイツェフです」
私は彼らの前に立ち塞がる。
「何だこのガキは!? まさかコイツに、こんな奴に俺達の結社が!」
「おい!そこをどかねぇとぶち殺すぞ!!」
サーシャ「残党を数匹発見しました。これより」
「…なんだ?背中から白い光が」
「翼…!?何だよ、一体どんな術式が……ッ!?}
――――――――――
サーシャ「これより殲滅を……すでに終わっていました。そちらの状況報告を要求します」
サーシャ「………了解、残りは他の方達に任せるとしましょう。これより本部へと帰還します」
床に倒れたままピクリとも動かない者達を見下ろしながら、私は通信を切った。
大丈夫、死んではいない。私の力はとても慈悲深い光。
そう、ただ単純に死んだ方がマシだと思える様な苦痛を与えるだけの、とても優しい力です。- 428 :1[saga]:2011/12/17(土) 20:08:04.98 ID:4cg29F880
あの事件の後のお話
ステイル「――報告は以上です」
ローラ「そう、御苦労様」
ステイル「全てあなたの計画通りという事ですか」
ローラ「買被り過ぎよステイル。たまたま運が良かっただけ、あるいは我々に追い風が吹いてきているというだけの話じゃない」
ステイル「たまたま、諸外国が目くじらを立てない程度のちょうど良い聖人クラスの戦力を手に入れたと?」
ローラ「強すぎる力は周りに危機感を与え、同時に彼らの結束と我々の孤立化を招く。
時代遅れの栄光ある孤立外交なんて私の本懐ではなかりけるのよ」
ステイル「……」
一体どこまでがこの女の本心なのか。
本当に全て偶然なのか、あるいはサーシャの陥った状況から今の現状まで全て想定内で、こうなる様に根回しをしていたのか。
それとも……
ローラ「次の公会議の資料を用意してちょうだい」
ステイル「かしこまりました」
たった一つだけ報告しそびれた事がある。
いや、しそびれたと言うよりは殆ど故意だったかもしれない。
例の上条当麻の右腕の、さらにその奥にある何か。
それだけは、やはり唯一の目撃者たる自分以外の人間に話そうとは思えなかった。- 429 :1[saga]:2011/12/17(土) 20:12:26.66 ID:4cg29F880
西暦20○○年12月
『アイスレーベン公会議』
一応、欧州のメディアではその様な名前で取り扱われている。
イギリス、ローマ、ロシアの三大宗派による公会議だ。
場所はドイツのザクセン=アンハルト州にあるアイスレーベンという都市で開かれた。
それゆえにアイスレーベン公会議だ。ニュアンス的には洞爺湖サミットとかと同じである。
ちなみにここアイスレーベンは宗教改革でおなじみのマルティン・ルターの故郷でもある。
というか、むしろそっちの方が印象が強いかもしれない。
ちなみにこの場所を指定してきたのは他ならぬ我らのリーダー、ローラ・スチュワートです。
ローマ正教の衰退の大きな原因となった宗教改革。
その指導者の生まれた地をわざわざ指定するとはイヤガラセや挑発以外の何物でもなく、
いやはや何とも性格の面で大きな問題があるのではないかと私ことサーシャ・クロイツェフは思うわけでありまして
ローラ「何か失礼な事を考えてないかしら? サーシャ・クロイツェフ女史?」
サーシャ「滅相もありません」
地の文なら何を言っても許される。
だって口は災いのもととは言っても、口には出してないわけですから。
神裂「サーシャ、あまり最大宗教の事を悪く思わないでください。これでも意外と慈悲深くて繊細なところもありますし」
ローラ「本心は?」
神裂「性格どころか血の一滴から髪の毛の一本に至るまで悪意で作られてますよきっと……はっ!?」
ローラ「……」
神裂「あっ、いえこれはその…ちょっと空気を読んで乗ってみただけです!別に本心からそんな不敬な事を思っているわけでは!」- 430 :1[saga]:2011/12/17(土) 20:16:21.78 ID:4cg29F880
ステイル「構わないよ、たまには部下の不満を聞くのも上司の務めだ。
結局資料を要求しておきながら殆ど手をつけないで僕に押し付けるとか、いい加減にしてほしいものだね」
ローラ「……」
ローラ「帰る」
神裂「えっ!」
ローラ「うわあああああああん!!サーシャの露出狂!!神裂の露出狂!!ステイルのニコ中!!
みんなそげぶされればいいんだバーカバーカ!!」ダッ!!
神裂「これは術式のための格好です!!」
サーシャ「ちなみに今の私の格好はちゃんとした修道服です。神裂はいつもの上下露出デニムですよ」
神裂「悠長に説明してる場合ですか! 誰か!警備兵さんその女性を止めてください!!」
ステイル「歳を考えろよ…」
うあああああん!!
うわっ、やたら髪の長い女が奇声を上げながらこっちに向かって走ってくる!
撃て!!たぶんテロリストか何かだ!!
待て撃つな!!それはイギリスの要人だ!!
ステイル「撃ってもいいよ、ちょっとくらいなら当たっても死なないだろうし」- 431 :1[saga]:2011/12/17(土) 20:19:12.34 ID:4cg29F880
最初のほうで、ちょっとだけ私がバトルしていた展開がありました。
場所はドイツで、三宗派がそれぞれ戦力を出し合って、ザクセン州とその付近で活動していた魔術結社を潰していたのです。
一応、公会議の開催地ですから、汚物は消毒しなければなりませんしね。
で、本日公会議のこの日。
私と神裂は最大宗教の護衛という事で同行しています。
聖人と天使もどきを護衛につけるとはまた何とも大げさというか、あまりにも過剰な気がしますが。
たぶん見栄を張りたいのではないかと思います。外交なんて見栄の張り合いみたいなところもありますし。
ちなみにステイルは秘書的兼護衛の役割らしいです。
ローラ「ぐすっ…」
サーシャ「泣かないでください最大宗教、すごく不味いガムあげますから」
神裂「すみません、みなさん本当にご迷惑をおかけしてすみません」
ステイル「まったく、とんだ恥さらしだ」
訂正します。
全然過剰ではありません。
むしろ手に負えないくらいでした。
- 432 :1[saga]:2011/12/17(土) 20:19:45.52 ID:4cg29F880
- 一旦区切ります
- 433 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage]:2011/12/17(土) 21:08:09.37 ID:/uHxJhuy0
- 乙!
>>430のやりとりで吹いたwwww警備員さんお疲れ様です
- 434 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b)[sage]:2012/01/02(月) 15:27:55.89 ID:e+YVXODDO
- あけましておめでとうございます
年内には終わらなかったか~
べっ別に応援とかしてないんだからねっ!
自分のペースで頑張って仕上げて、とか思ってないんだからねっ!
…続きを期待してるんだからねっ///
2014年2月4日火曜日
サーシャ「天使になるらしいです」
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