- 1 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:40:25.03 ID:kQbivQgpo
あらすじ
学園都市の超能力者、その第3位と第4位がひょんなことから(←状況を説明するのに便利な言葉)
自身の誇りをかけて全力で戦う事となった。
果たして、軍配はどちらに上がるのか―――
今現在『知略』対決にて『将棋』の真っ最中。『チェス』ではむぎのんに軍配が上がったが、こちらではどうだろうか。
乞うご期待!
って言うのはまるっきり嘘で、本当は一方通行が主人公でペルソナとか出てきます。
最近なんだかP3メンバーが出てます。
よかったら読んでやってください。と、私は平伏します。
- 2 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:43:04.19 ID:kQbivQgpo
- 一方通行は、全てを聞いた。赤裸々に、何もかも。
実験事故の原因と、幾月修司と言う男がそれを引き継いだという事。
それを阻止すべく動いたのが、一方通行の目の前に居る彼ら。
しかし、『それ』は一度起りかけた。
いや、起こったと言っても差し支えが無いだろう。
何せ、一人の男がいなければ、『それ』は実現したのだから。
『それ』とはすなわち、『滅び』。
『滅び』と聞いて、随分とまあ大言壮語なことだと思ったが、
先に女店主からある程度の話を伺っていたので、やはり嘘では無いのだろう。
それはさておき、『滅び』で終わったはずの世界が、終わっていない。
胡蝶の夢だとか、今見ているのは走馬灯だ、等と下らない問答をするつもりはない。
実際には、『滅び』は防がれたのだ。
――― 一人の男によって。 - 3 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:43:43.90 ID:kQbivQgpo
- ・・・
「……随分と、波乱万丈な1年を送られたよォで」
作り話だったら、純粋に面白い話だった。で終わっただろう。
しかし、これは実際に起きた事だ。
それが起きてからまだ1年も経っていないと言うのだから、ただただ驚くばかりである。
故に、少し砕けた口調での返答しか出来なかった。
無敵だの最強だのと息巻いていた自分が恥ずかしい。
無敵なら、最強なら『滅び』などちょちょいのちょいだろう。
しかし、その『滅び』を止めた男は、自身の命を楔にして『滅びをもたらす者』を封印したと言う。
『滅びをもたらす者』―――『ニュクス』は、それ自体に害意はない。
無意識的だろうと意識的だろうと、心のどこかで『滅び』を望む人間達が、『ニュクス』を呼び寄せるのだそうだ。
成程、確かにそう言われれば自身が滅びに、死に触れてみたいかと聞かれれば、完全には否定できない。
1度しかない『死』だ。1度しかない故に希少であり、おいそれと触れていいものではない。
分かりやすく例えるならば、高いブランド品を欲しがるようなもので、希少な宝石を欲しがるようなもので。
「1度しかない」と言う希少性が、人々に触れてみたいという思いを助長させるのだろう。
(やっぱ、上には上がいるもンだなァ……)
本当に、世界は広い。
井の中の蛙ならぬ学園の中の番長ってとこかァ?などと下らない思考が頭を巡る。 - 4 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:44:18.90 ID:kQbivQgpo
- (……やっぱ、その男を助ける訳にはいかねェンだよなァ……)
少し、話がしてみたかった。
純粋に興味が出たのだ、その男に。
だがしかし、それは許されない。
何故なら封印を解けば、人々の想いはすぐにでも『ニュクス』に触れるだろう。
そうなったら、文字通り『滅ぶ』。
(まァ、俺みたいな部外者が助ける助けないなんて口出しすべきじゃねェな)
無粋で不躾で、何より無様だろう。
兎にも角にも、今重要なのはその男についてでは無い。
「お前らは、召喚器があればペルソナが出せるンだよな」
一方通行の問いに、桐条美鶴が肯定の意を答える。
「成程なァ。で、それは「適正」がねェと無理って事か」
まるで超能力みたいだな、と思う。
才能が無ければ使えない超能力。
適正が無ければ使えない召喚器。
と、ここで、不意に違和感が脳裏をよぎる。 - 5 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:45:07.94 ID:kQbivQgpo
(そォいや、いつかインデックスが言ってたっけか。「魔術は、非才の者が才ある者に対抗する手段だ」ってよォ)
いつだったか、たまたま街中で散歩しているインデックスを見かけるたびにいつものファミレスで飯を奢って魔術に関して色々と話を聞いていた。
その時、才ある者とは誰かとインデックスに尋ねたのだが、
世界には『原石』なる天然能力者が存在するらしい。
学園都市第七位もそれだと言う噂を聞いた記憶があるが、
果たして『才ある者』とはそれだけを指すのだろうか。
原石の正確な数は分からないが、現在判明している限りでは50余名だそうだ。
とはいえ、これから判明される原石がいるとしても、何百何千も居るとは思えない。
そもそも、そんなに居たらもっと目立つはずだ。
それに対して、魔術師の数を比較すると分かる事だが、余りに差が開きすぎている気がする。
非才が才に勝つには数で対抗するしかないのだろうが、それにしても差が開きすぎだろう。
原石が滅ぼされつつあるのか、それとも。
―――原石とは別の『才』があるのか。
桐条美鶴曰く「ペルソナを出すには『適正』が要る」そうだ。
すなわち、『適正』があればペルソナは出せる。
それを『才』と呼ばずして何と呼ぶのか。- 6 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:46:05.16 ID:kQbivQgpo
(……考え過ぎかァ?)
余りに突拍子もない事を考えてしまった。
こうして『適正者』が簡単に一同に介している状況が、微妙に説得力を持たせているのが笑えない。
『才ある者』の行方も考察したいところだが、もう一つ気になる事がある。
「さっき説明した『マヨナカテレビ』についてなンだが……」
一呼吸ついて、続ける。
「お前らの言う『ストレガ』って連中みたいに、ペルソナを植え付けられた奴が居る」
布束砥信。無理矢理ペルソナを植え付けられた少女。
その言葉を聞いて、一同は驚愕する。
何せ非人道的な実験を以ってペルソナを植え付けてきたのだ。
今もなお、それが行われていると聞いて黙っていられようか。
「だが、今はあいつも召喚器無しにペルソナが出せる」
そして。
「もう一人、その召喚器を引き継いで『マヨナカテレビ』でペルソナが出せる奴が居る」
―――上条当麻。
自身の影と分離されてもなお、その影に飲まれる事無く生き続ける少年。
「ふむ……確かに、それだけ聞けば私達も『マヨナカテレビ』でペルソナを使えそうなものだが……」
チラリと一方通行の表情を見ながら、桐条美鶴は思考を続ける。- 7 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:46:51.11 ID:kQbivQgpo
- 「……恐らく、無理だろォな」
「へ?なんで?」
召喚器使って出せる奴が居るなら、出せるんじゃないの?と、伊織順平は尋ねる。
「話でしかそいつらの事を聞いてないから分からないが、『特殊』な環境がそうさせたと考えるべきか?」
美鶴や一方通行もまた、真田明彦と同じ考えだったらしく頷いて同意した。
「鈴科がこちらでは使えないんだ。ならば私達も条件を満たさねば使えないのだろうな」
「そォだな。『マヨナカテレビ』の中で、自分の影と相対しなくちゃならねェが……
なンつゥか、お前らなら大丈夫そうな気もするが、そこまでしてもらうつもりはねェ」
ここまで聞かせておいて手伝わせる気が無いのか、と一同は突っ込みを入れたくなるが。
「あァ、勘違いすンなよ。現状ではお前らに出来る事は殆どねェンだ、実際。
こっちも分かってる事が少なすぎてなァ……だが、一つだけ分かった事がある」
―――タルタロス、と言う名の実験名ないしは計画名が、学園都市の中で見つかった。
「「!!」」
タルタロス。
忘れもしない、影時間にのみ存在した『滅びの塔』。
シャドウについて調べる過程で見つかったのだから、どう考えてもシャドウ関連だった。 - 8 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:47:21.54 ID:kQbivQgpo
- 「はっきり言って概要も内容も何もかも分かってねェ。所謂手づまりって状態だ。
だが、この『タルタロス』がお前らの言う『タルタロス』と同一のものだとしたら」
「……その時に、僕達の力が必要になる、って事ですね」
「そォだ。よくできたなァ、100点やろォか」
「……要りませんよ、そんな形の無いもの」
「まァ、このガキの言う通り、学園都市のどっかの学校を舞台とした『タルタロス』が出来るかもしンねェ。
そン時に備えて体でも鍛えとけ、ってとこかァ?まァ、桐条にはそれとなく学園都市の動きを見ていてもらいてェがな。
勿論会社側が損害を被らない程度で」
「あぁ、その位なら当然、やるつもりさ」
「頼むぜ、俺には『能力』って力があっても『権力』って力はねェからなァ」
「そうだよ、お前みたいなすげえ能力者が居ても、勝てない相手なのか?」
と、伊織はパッと思いついた質問をする。
それは割と核心をついた質問で、中々良い直感をしていると一方通行は内心褒めつつも返答をした。
「そォだな。だが、こうも考えられるぜ?「そう言った能力者共を抑えつけてるのが、一部の大人」だってなァ」
良くも悪くも優秀なのだ、学園都市の大人達は。
その言葉に息を呑む一同。能力無しに能力者と渡り合う科学力と言う者はすさまじいものがある。
とはいえ、能力者を生んだのが科学なのだから、当然と言えば当然なのだが。
「まァ、そう言う訳であンなクソ共の相手をお前らがする必要はねェよ」
「「……」」
学園都市の闇の一端、それの概要を教わった彼らは、それぞれが色々と考えこんでいるようだった。 - 9 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:49:20.52 ID:kQbivQgpo
・・・
「あ!そうだ!」
重苦しくなった空気を壊すかのように、岳羽ゆかりは一つ提案する。
「あなたって多分ペルソナの適正あるだろうし、召喚器使えばここでも出せるんじゃないの?ペルソナ!」
「「あ」」
そういえば、試していない。
確かに、召喚器があれば出せそうな気がする。
「……ふむ、ならばこれを使うと良い」
美鶴は自身の机の引き出しから、拳銃を取り出した。
その拳銃には、銃口がなかった。
「これは……」
「召喚器だ。別に私専用と言う訳ではないからな、それを頭にかざして引き鉄を引けば良い」
「ふゥン、それだけなら簡単だよなァ」
死の恐怖を一身に受け止め、それを乗り越える事で初めてペルソナが召喚できるものであり、
銃口を頭につきつける事ですら常人には躊躇われるし、引き鉄を引くとなると死を覚悟せねばならないと言うのに。
召喚器を受け取った一方通行は、ノータイムで引き鉄を引いた。
『ペルソナ』が出てくるよりも、その行動の速さの方に、一同は驚かされる。
「おォ出た」
一方通行の相棒たるシナツヒコ。
何となくだせるンだろォなと思っていたのだが、出せなかったら恥ずかしいので何も言わなかったが、内心出せて安心する。
現実世界でも出せる事に感動を覚えつつ、召喚器を返した。- 10 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:50:33.12 ID:kQbivQgpo
- 「……私なんか、引き鉄引くのに相当時間かかったのに」
「あァ?お前が提案したってのに、なンでお前が不満そォな顔してンだよ?」
「う、ううるさい!!」
「……わけわかんねェな」
とにかく、これで用事は終わった。
後はもう帰るだけなのだが……
「おいオルソラァ」
「zzz」
立ったまま寝ていた。
しばらく口を開いていないと思ったら、いや口は開いていたがそこから漏れるのは寝息だった。
「……わりィな、うちのお嬢様がオネムだから帰るわ」
「「……」」
ポカンとした一同を尻目に、一方通行はオルソラ=アクィナスを小脇にかかえてそそくさと帰っていく。
そうして、残された面々は我に帰るまでポカンとしていた。 - 11 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:51:42.39 ID:kQbivQgpo
- ・・・
「何か……色々凄い人でしたね」
天田乾は最初に思った感想をそのまま口にする。
コロマルはそんな天田に寄り添い、不安げに鳴いた。
「……結局、俺達はどうしたらいいんだ?」
伊織順平はこれからについて考えを巡らせるが、分からない。
それもそのはず、まだ何も分かってないのだから、動き方が分かるはずも無い。
「それに関しては、桐条グループが色々調べてみよう。それよりも、私達自身はそうだな……」
桐条美鶴もまた、自分自身のこれからについて考える。
とはいえ戦いから長らく離れていた為、勘も取り戻せていないだろう。
ペルソナが使えないにせよ、体を鍛えるくらいはした方がいいはずだ。
「俺はいつもと変わらずトレーニングだな。だが、お前らは受験勉強もしっかりしろよ?」
既に大学生である真田明彦には関係の無い事だが、この中に3名程受験生が居る。
「うわ、先輩嫌な事思いださせないでくださいよ……」
せっかく頭の隅っこに追いやってたのに、と岳羽ゆかり。
最近は勉強ばかりだったが、久々に弓を持って来なければならないだろう。
睡眠時間、減るなあとしみじみ呟いた。
「私はその……頑張ります!」
能力の特性上、ペルソナを出さねば意味が無い山岸風香は、
とりあえず頑張る宣言をしてみたものの、何をがんばればよいのか。
「なら私も、しばらくラボにこもりましょうか」
最後に、アイギスは体内の武器を調整するべく、ラボにこもる事にした。
「あ!なら私もアイギスのお手伝いします!」
それなら出来る、出来ますやらせてくださいと、山岸はすごい勢いでアイギスに迫る。
アイギスは諸手を挙げ、それを歓迎することで、今後について考えさせられたこの一件は収束を迎えた。 - 12 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 08:52:20.92 ID:kQbivQgpo
- ・・・
桐条美鶴を残して、他の一同は家へと帰って行った。
何だかんだで長時間話し込んでいたので、かなり遅くなってしまった。
このような不測の事態とはいえ、皆と会って話せると言うのは非常にありがたい。
何よりストレス発散になった。
やはり美鶴という若き器には、まだまだ桐条グループの重圧は重すぎたと言う事だろうか。
何にせよ精進をせねばな、と美鶴はクスリと笑った。
すると、自身の机の上に一枚の紙が置かれていた。
それを拾い上げると、そこには。
『学園都市で『大覇星祭』ってのがあって、その時は外部から堂々と学園都市に入れる。
侵入が容易ではない学園都市で、警備を甘くせざるを得ない数少ない機会だ。
その時までに、召喚器を5丁用意を頼むわ。ついでに学園都市の能力者共を見てくのには丁度いい機会だろ』
一方通行からの手紙があった。
その内容は召喚器5丁の作成と、それの受け渡しの機会が書かれていて、
何とも周到な奴だと思うがそれと同時に召喚器を要求するとは図々しい奴だとも思う。
だが協力すると言ったのはこちらなので、すぐさま製作するよう指示を出した。
「全く、彼のおかげで随分と忙しい生活になりそうだ」
それを一方通行の前で言うと、「元々忙しいだろォ、社長さン?」などと返されそうだな。
と美鶴は一人、部屋の中で笑った。 - 24 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 22:56:38.11 ID:kQbivQgpo
- 現在地、見知らぬ、キャンプ場。
オルソラ=アクィナスを発見したものの、天草式の妨害により捕捉に失敗。
今はオルソラを追い掛けながらも、天草式の追跡を妨害したり逆に妨害されたりを繰り返していた。
とはいえ、いつまでもそんな事を続ける訳にもいかず、暗黙の了解的に夜には休戦状態へと入っていた為、
250人と言う大御所帯を抱えるアニェーゼ=サンクティスはたまたま見つけたキャンプ場に人払いをかけそこを拠点とする事にしたのだった。
だが、それはあくまでつかの間の休息で、互いに準備が整えばすぐにでも戦闘になる事だろう。
さて、その際にオルソラが追われる理由である『法の書』の解読の意味と意義について、
インデックスに話を聞かされたのだが、それが終わるのと同時に斥候から連絡が入る。
第一にオルソラの行方と、第二に天草式の潜伏先。
「学園都市?」
上条当麻は疑問と驚きを混ぜたような口調で聞き返した。
オルソラは『学園都市』に、天草式はその近くにある『パラレルスウィーツパーク』と言う、
お菓子専門のテーマパークに居ると言う。
前者は聞き覚えがあるのだが、上条の知る学園都市では無いと言った口ぶりで、
後者はそもそも聞き覚えが無い。 - 25 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 22:57:43.76 ID:kQbivQgpo
「うん?君も学園都市の人間のくせに、もう一つの学園都市の事を知らないのかい?」
遊園地はまだしも、学園都市は僕ですら知っているというのに、
とやや馬鹿にした口調で上条の質問に答えるステイル=マグヌス。
記憶喪失の上条にそれを求めるのはどうかと思うが、そもそもその事実を知らないのだから仕方が無い。
上条はステイルの口調にムッとするが、そこで反応しても話は進まないと気を静め、言葉を紡ぐ。
「オルソラってのと、その白髪はもう一つの学園都市に居るってことだな?」
「ああ、その通りだよ。……ある意味、君達の学園都市より手出しが難しい場所さ」
「何でだ?こっちほど警備が厳しいとこは無いだろ」
上条の住まう科学の街程、閉鎖的な場所は無い。
閉鎖的と言う事はそれだけ外部からの侵入には気を使っていると言う事だ。
「そうだね、君達の街は侵入は難しいし、対してあちらの学園都市……ややこしいな、『桐条グループ』と呼ぶ事にしようか。
学園都市そのものよりも、この桐条グループが厄介なのだから。
確かに、その桐条グループの方は、君が言う通り学園都市と比べて侵入自体は容易だよ」
ならどうして、と言う上条の声を聞くまでも無く、ステイルは続ける。
「学園都市は何だかんだ言って軍事力・科学力共に世界一と言って良いだろう。
だが、その軍事力は殆ど学園都市内に集中している。
逆に桐条グループの方は、宗家である南条グループと共に世界中に展開している巨大企業だ。
これに手を出す、と言う事は世界中に点在している桐条・南条を敵に回すと言う事なんだ。
さて、桐条グループと一言に言っても、それが着手している分野は数える事が億劫になる程の分野にわたって企業を展開している。
……ここまで言えば分かるだろう?」
「つまり、手出しをしたら物資の供給だとか、資金の供給だとか、
そう言った面で多大な被害を出す恐れがあるって事か?」
「まあ、そんな感じだね。ついでに言えば南条・桐条のいずれかもしくは双方に世話になっている組織すら敵に回すと言う事だ。
数の暴力は1の才能よりも恐ろしいよ」
本当に厄介な場所に潜り込んでくれたものだ、と吐き捨てるように呟くステイル。
しかし、上条の思考はそんなところには無かった。- 26 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 22:59:16.73 ID:kQbivQgpo
- (桐条……)
少し前に一方通行に連絡を取った時、そんな事を言っていた気がする。
話を聞けば聞く程、「白髪の男」が一方通行に思えてならない。
どうするべきか。
この事をステイルやアニェーゼに伝えるべきなのだろうか。
しかし、天草式の動向も気になる。
何せローマ正教を出し抜いてオルソラを襲撃したらしいのだ。
らしい、と言うのはローマ正教の斥候は天草式に襲われたらしく、その事実を確認した者が居ないのだが、
バス停に開いた正三角形の穴とそれに続く下水路と残された天草の術式が、
オルソラを襲撃したのだろうと言う事が容易に想像できた。
にも拘らず、そのオルソラは今桐条グループの学園都市に居ると言う。
白髪の男と共にいると言う事はその男が何とかしたのだろうか。
だとすると、やはり白髪の男とは……。
「……おい、おい!」
すると、その思考を遮るようにステイルが声をかけてきた。
「な、何だよ?」
「いや、君が急に黙り込むからどうしたのかと思ってね。君に頭脳労働は似合わないよ。
馬車馬のごとく働く方がらしい。余計な事を考えずにね」
「うるせえよ、余計なお世話って奴だ」
そうかい、とステイルは興味なさげにタバコと共に吐き捨て、
スタスタと何処かへ歩いて行った。どうやら何かを手伝いに行くらしい。
今現在、上条はテントの一つの中でポツンと座り込んでいた。
本来この時間は天草式に対抗するための準備期間と言うか、
それぞれがそれぞれの武器だの術式だのを整えたりしていたのだが、上条は魔術など使えない。
故に適当にフラフラと外を歩いていては、一言で言うと邪魔なのだ。
一人。
誰も居ない。
今なら一方通行に連絡を取っても良いだろう。
そう考えた上条は、携帯を手に取り通話ボタンを押した。 - 27 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:00:32.84 ID:kQbivQgpo
- 『……どォした?』
一方通行の声を聞き、少し安心する。
先程ステイルに言われた通り、頭を使う作業は苦手なのだ。
故に判断に困る状況は、一方通行や御坂美琴等に任せたりしていたきらいがある。
兎にも角にも、上条の取り巻く状況と、一方通行の状況を照らし合わせるべく話を始めた。 - 28 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:01:36.32 ID:kQbivQgpo
- ・・・
『……成程なァ』
上条当麻が話を終えると、一方通行は一言呟くように発して黙りこむ。
何か考えているのだろうか。上条は一方通行の次なる言葉を待った。
『結論から言うと、オルソラは俺ンとこに居る』
『!』
その言葉にやはりとも思うが、ある程度の驚きもあった。
こう言った厄介事に巻き込まれるのは上条の専売特許と思っていたのだが、
どう考えても一方通行の方が渦の中心にいるだろう。
『だが上条、俺がオルソラを匿ってンのは、誰にも教えないで欲しい』
いや、インデックスがそこに居るのなら、インデックスにも伝えておけ。と一方通行は付け加えた。
『何でだ?』
純粋に疑問に思う。
ローマ正教にオルソラを保護させて、それで終わりでは無いのだろうか。
『まず一つ、科学の街の人間、それも頂点に位置するこの俺が、魔術師を匿うとなると色々問題がある』
成程。言われてみればそうだ。
上条とインデックスは、イギリス清教と色々な取り決めの元、一緒に住んではいるが。
今回一方通行とオルソラにはそれがない。
すなわち、今回の件で一方通行の存在がばれると一方通行だけではなく、
オルソラにも害が及ぶかもしれない。と言うのが一方通行の見解だ。
『成程……だけどさ、こっちじゃ「白髪の男」がオルソラを匿ってるって事になってるんだけど……』
『……一応、一般人の振りをしている』
その言葉の後、一方通行の後ろで誰かの噴き出したような声が聞こえた気がするが、何だろうか。 - 29 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:02:19.90 ID:kQbivQgpo
- 『ふうん、魔術師の事を知らず、たまたま桐条グループの学園都市まで案内したって事にするってことか?』
『あァ、そォいう事だ。後はバレないうちに学園都市にもどりゃそれで終わりだ』
『そっか。じゃあ俺とインデックスは、一方通行を見ても知らないふりしとけばいいってことだな?』
『それで良い』
『おっけー。それだけ分かれば十分だ……気をつけろよ?』
『俺を誰だと思ってンだよ』
その自信ありげな言葉に満足したのか、上条は電話を切ろうとするが、それを一方通行に止められた。
『どうした?』
『その「ローマ正教」とやらは、本当に味方なのかァ?』
『はい?』
それはどういう……と言ったところで、一方通行が「いや、なンでもねェ」と言うので、
そのまま電話を切ったのだった。 - 30 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:03:45.87 ID:kQbivQgpo
・・・
『ローマ正教とやらは、本当に味方なのかァ?』
一方通行はホテルのベッドに寝転びながら尋ねる。
上条当麻は意味がわからないと言った具合に疑問の声を上げたので、
すぐにそれを否定して通話を終えた。
何せ実際に会ったわけでもないので、信用が置けない。ローマ正教とやらも、天草式も。
何より、『敵意』ある視線と『そうでない』視線。
常識的に考えると、『敵意』ある視線が天草式となるのだが。
(それに、オルソラが何も言わねェのが気になる)
オルソラ=アクィナスは、ローマ正教の人間……らしい。上条が言うには、だが。
ならば何故、オルソラは『ローマ正教が来ているというのに、一方通行にそこへ連れて行ってもらうように頼まないのか』。
それは短い時間とは言え、オルソラと共に行動し、
更にはローマ正教を知らないが故に出来る客観的な見地であり。
何より、『知らない魔術師』が基本的には信用できないと言う経験則であった。
(言いがかり甚だしいけどなァ)
もしも本当に味方だったら謝らなければならない。
しかし、敵だったら?
『法の書』と言う魔術サイドにとって、かなり重要なファクターを担う存在を解読したと言うオルソラが、
どういう目にあう事になるのかは、明白だった。
この一件に、どう落ちをつければいいのか、一方通行ですら判断しあぐねるものだった。
(まァ、とりあえずは桐条グループだなァ)
どのようにして桐条グループに近づくか。
まどろむ思考の中、一方通行は明日考えればいいやと眠気に身を委ねるのだった。- 31 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:04:38.89 ID:kQbivQgpo
- ・・・
上条当麻は慣れない頭脳労働に従事している。
先程電話で言われた『ローマ正教が味方か否か』と言う事について。
現状ではどう見ても味方であるのだが。
確かに、人には誰だって「裏側」が存在する。
それはテレビの中で何度も体験したではないか。
とはいえそれとこれとは話が別なのだが、何年来の友人とか言う訳でもないのに、
何となく「立場的にはローマ正教が正義で天草式が悪」だと勝手に思っていた。
事はそう単純ではないのに。
テレビのニュースを見て事件の全容を理解したと勘違いする視聴者の様に。
何処か他人事のように思っていなかっただろうか?
(あーもう、ホントに馬鹿だな!!)
渦中の人物は一方通行で、自分は脇役。
そんな下らない事を考えて思考を放棄するとは何事か。
考えるのが苦手と言うのは免罪符では無い。
苦手なりにも考える事を諦めるな。
分からないなら教えを請えばいい。
勿論、信用のおける人物に。
信用のおける人物は、この目で判断すればいい。
上条は、考え過ぎて痛くなった頭を冷やすべく、そのまま仮眠につくのだった。
風呂を覗いたり、幼女が布団にもぐりこんで来る等と言った事件も無いままに。 - 32 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:06:11.56 ID:kQbivQgpo
- ・・・
「で、俺の目的はあっという間に達成されちまった訳だが」
ホテルの一室、眞宵堂で「買い物をした」と言う名目を作る為、
何となく買った十字架のアクセサリーをゆらゆらと揺らしながら、
お前はこれからどォする?と言う視線をオルソラ=アクィナスに送る。
テレビの中に誰かが放り込まれる事態があれば、すぐにでも戻らねばならないのだが、
幸い今のところそのような事は起きていない。
そんな訳で、1週間と言う期間の内まだ2日しか経っていない状況をどうしたものかと考えているわけだが。
「……その十字架」
不意に、オルソラが呟く。
「あン?欲しいのかァ?あの女店主が言うには二束三文にもならねェもンだろォ?」
まァ欲しいってンなら、やる。と、一方通行は十字架を握り手渡そうとするのだが。
「……あの、出来ればそれを、貴方様が私に掛けて頂きたいのでございますが」
「ハァ?」
何故そんな事が必要なのか。
よくわからないが、よくわからない発言をするのは今に始まった事では無い。
とはいえ今のオルソラには、それを為す事が重要であると言った、何か意志めいたものが感じ取れた。
別に減るもンでもねェし。いや、減る減らないの問題でもねェか。とか思いながらも、了承した。
一方通行は溜息をつくと、オルソラの真正面に回り、抱き寄せるように手をオルソラの首周りに回す。
そしてカチリと言う音が鳴ったところで、一方通行は手を離した。
「……よくわかンねェが、これでいいのかァ?」
「はい、ありがとうございます」
オルソラはニコニコと微笑みを浮かべながら、十字架を撫でる。
(別に正面から回る必要無かったな)
正面から掛けろと、変な電波を受信したらしい。
終わった事はもういいや、と言わんばかりに一方通行は思考を打ち切る。 - 33 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:07:02.85 ID:kQbivQgpo
- 「で、だ。ストレートに聞くが……『敵』は、ローマ正教でいいのかァ?」
核心をついた質問。
女店主の様な人間を相手にするなら、このような聞き方はしないのだが。
相手はオルソラで、余計な問答は無駄だろう。
自分の体が震えるのを止めようとして、
それが失敗したかのように小さく肩を揺らした。
それだけで、答えは分かる。
(厄介な事が増えるなァ)
とはいえ、オルソラにも『預けた』のだ。
自身の抱える『モノ』を。
見捨てる、と言う選択肢は初めから無かった。 - 34 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:09:15.33 ID:kQbivQgpo
- ・・・
午後11時。
元々人が多く住まう地域では無かったのか、辺りは暗闇と静寂に包まれていた。
「さて、準備は出来ましたか?」
アニェーゼ=サンクティスはローマ正教のシスター達に尋ねる。
答えは、聞くまでも無かった。
「恐らく、天草式の『渦』の性質上、敵もうかうかしてらんねーはずです。
つまり、敵方の作戦としては少数精鋭により、『渦』の発動直前にオルソラ=アクィナスを奪取、すぐさま逃走と言ったところでしょうか。
こちらからオルソラを保護に向かおうとしても、天草式の邪魔が入っちまいますので……
私達の作戦としては、オルソラを奪取した事で有る程度動きが制限される奴らを強襲する形になります。
こちらの勝利条件は、『渦』から奴らを逃がさねー事です」
『渦』とは、天草式の特殊な術式で、簡単に言えば『劣化版どこでもドア』だ。
何処でも行ける訳ではないが、『渦』が設置されているポイントへならどこの『渦』からでも移動できるというもので、天草式にしか使えない。
すなわち、『渦』から逃げられれば『隠匿』に長けた天草式の面々を、捕捉する事は不可能になる。
そもそも、天草式にオルソラを奪取させない事が一番好ましいのだが、
天草式なら少数で桐条グループにもばれずオルソラを誘拐するくらいは出来るだろうが、
ローマ正教は統制された数を以って殲滅する事を得意としている為、どうしても桐条グループの目についてしまうだろう。
そうなった場合、互いに不利益になるだろう。
別に桐条グループと敵対したい訳ではないのだから、
ならば一時の危険位はオルソラに請け負ってもらう必要があった。
作戦の概要と、戦力の配置をアニェーゼが振り分けて行く。
そして作戦会議が終わり、その場には上条とステイル=マグヌスだけが残ったが、ステイルの表情は険しかった。
「どうした、ステイル?」
上条には、ステイルが少し、いやかなりイラついているように見える。
苦虫を噛み潰したような表情をするステイルは、
「なんだい?僕は今とてもイライラしているんだ。話はこの戦闘が終わってからにしてほしいね。
まあ、終わった後に君が生きていれば、の話だけど」
上条の心配を不要と切って捨てた。
しかし、本当にイライラしていたのか、独り言を吐くように上条に愚痴り始めた。 - 35 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:10:55.20 ID:kQbivQgpo
「『法の書』がどうというんだ。第一こちらにはそんなものよりもずっと重要な『禁書目録』が居ると言うのに。
どうして『法の書』ごときの為に、天草式の『渦』の設置地点の特定の為に、インデックスが前線に赴かねばならない?」
危機管理能力が欠乏しているとしか思えないね。
と忌々しげに言い放ち、更に愚痴り続ける。
「大体、「この決定はローマ正教従20億人の総意だと思え」なんて言われたら断れないに決まってるじゃないか!
その上僕が護衛をしようとしたら、「私らは統制された動きに重きを置いているので、部外者は下がっててください」だと!?
だったら最初から僕なんか要らないじゃないか!!
ふざけやがって、インデックスに何か有ってみろ!あいつらオルソラごと燃やしつくしてやるからな!!」
英国紳士には似つかわしくない暴言の数々で、ローマ正教の部隊の指導者であるアニェーゼを罵倒する。
その必死さから、インデックスを思いやる余りに、と言う気持ちがにじみ出ていた。
ちなみに、ステイルと上条の主だった任務は「もし仮に『聖人』が武力介入してきた時、それを撃退」と言うもので、
本当に来るかも分からない『聖人』を後方で待ってろ、と言うのだ。
すなわち、それは遠まわしに戦力外通告をしているようなものだった。
「なあステイル、お前さ」
「なんだい、さっきも言ったけど今僕は虫の居所が―――」
「インデックスの事好きだろ?」
「ぶはっ!!!?」
「おお、図星か」
「なな……君は何を……」
「つーかさ、「後方待機」とか言うけどよ、ステイル。お前待機する気ないだろ?」
「……当然だ。例えそれが命令された事だとしても、命令違反でローマ正教やイギリス清教と敵対する事になっても、
僕は彼女を守ると決めたんだ。だから誰だって殺すし、誰だって燃やす。
僕が今こうしてあいつらの命令を聞いているふりをしているのも、それが彼女の為になるからだ。
『禁書目録』の有用性が示せなければ、インデックスは今すぐにでもイギリスに強制送還だろう。
それはインデックスの望む事では無い。だから僕は奴らの作戦に乗る」
まあ、インデックスに危険が及ぶようなら、命令は無視させて貰うが。
と、散々愚痴って落ち着きを取り戻したステイルは、タバコをふかしながら投げやりに語る。
「誓ったんだ。例え彼女が全てを忘れても、僕は何一つ忘れずに彼女の為に生きて死ぬ、と」
その思いは、恋にしては重すぎて。
その思いは、愛にしては一方的で。
その思いは、どこまでも狂信的で。
その思いは、どこまでも人間味を帯びたものだった。- 36 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:12:40.76 ID:kQbivQgpo
- ・・・
午後11時。
天草式教皇代理の建宮斎字は、天草式十字凄教所属の47名と共に、
お菓子テーマパーク『パラレルスウィーツパーク』に潜伏していた。
何故なら、この場に天草式の特殊移動法『縮図巡礼』の移動ポイントである『渦』が存在している為、
潜伏するのに『渦』の近くに居た方が便利だからである。
このパラレルスウィーツパークなのだが、地元では非常に人気のある場所で、
日中人がひっきりなしに行き来している。
何故そのような目立つ場所を、潜伏先に選んだのか?
まず一つ目に、目立つと言うのは敵も同じ事なので、
日中人の目がある時は、互いに手出しが出来ない、中立地点となりうるからだ。
次に、天草式という『隠匿性』に優れた魔術の方式によるものである。
天草の歴史は、日本が昔、鎖国をしていた頃迄遡る。
所謂『踏み絵』等が有名な例だろうか、鎖国をするにあたっての宗教弾圧は。
それから逃れるために、天草式と言うものは自身の所属を秘匿する技術に長けている。
例えばあからさまに術式や魔法陣を展開するのではなく、日常の作法、食べ物の食べ方、歩く距離、男女の配置など、
動きのいたるところにさりげなく魔術的な意味を持たせる事で、術式を展開して行くのだ。
故にこのように人が多い場所でそれを行っても、魔術の準備をしている等とは誰にもわからない為、
この拠点が桐条グループの学園都市郊外に有った、と言うのは僥倖であろう。 - 37 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/29(金) 23:13:46.06 ID:kQbivQgpo
- と言っても、この『渦』の設置は日本で最初の『日本地図』を作成したと言う伊能忠敬が行ったと言われている。
『渦』が設置されている地点は固定されている為、時が過ぎるとその周辺もまた変化して行く。
『渦』の上にセキュリティの厳しい建物――例えば銀行等が建てられてしまうと、
それだけでその『渦』は使い物にならなくなる。
この『パラレルスウィーツパーク』にある『渦』は、まだ運が良い方だろう。
兎にも角にも、作戦は制限時間がある。
作戦内容としては『白髪の男からオルソラを奪取して、
『渦』を以って別の場に逃げる』、であるが、『渦』が展開できる時間は午前0時から5分間。
すなわち、オルソラを奪取できなければそもそも話しにならないし、
奪取したところでその5分を逃せばローマ正教に負けるだろう。
今までローマ正教と渡り合っていたのは、『隠匿性』を用いた奇襲や不意打ちによるもので、
正面から堂々と相対せば普通に負けるのだから。
「さあ、我々の力をローマ正教に、何より女教皇様に示すのよな」
武器は持ったし、術式は備えた。
そして意気は昂揚している。
オルソラ達が泊っているホテルに侵入するのに10分、奪取に5分、渦まで戻るのに15分。
作戦決行は、午後11時30分。
後は、作戦決行の時が来るのを待つだけだ。
しかし、その作戦は唐突に中止を迎える。
―――貴殿らを見極めに参った。
少し前に聞いた、武人の言葉によって。
- 45 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:25:06.40 ID:lqjAqMbuo
- 「あっはっはっは!!本当、お前は何者なのよな!?」
それを聞いた時、天草式教皇代理・建宮斎字は笑った。
普段から軽薄そうな口調で笑みを絶やさない男であったが、心の底から笑ったのは久しぶりである。
どうしてこのような『悪だくみ』が出来るのか。どう考えてもこの男、一般人では無い。
とはいえ、『ただの門下生である』と言われれば、追及する気にはならない。
遠まわしに「追求するな」と言っているのだろうから。
どうやら、オルソラから追われている原因を聞いたらしく、その内容は理解できないものだったが、
ローマ正教よりかは天草式の方がまだ信用できそうなので、
天草式に捕まったふりをしてローマ正教の出方を見ると言うのだ。
渡りに船とはこの事である。
こちらもローマ正教の『やり方』を知っている為、奴らの鼻を明かす事が出来るこの作戦に、
乗らないと言う事はありえなかった。
それに、この男の後ろにオルソラ=アクィナスも伴っているのだが、監視の目があったはずだ。
監視の目を単純な力を以って『消す』のではなく、どうやったかは知らないが『欺いて』ここまで来たのだ。
それも誰にも察知させず。
その背景には暗闇に乗じて光学迷彩を施した二人が、
堂々と『渦』という拠点に向かっていると思われる天草式について行ったというものがあるのだが、それは教えていない。
故に建宮はこの白髪の男の力は本物だと思う。
オルソラと共に行動しても、2人ともバレないようにここまで来られたのだが。
とはいえ前述した通り、『超能力』の恩恵があったのだが、どうやらバレていないらしく、一方通行もその事に対しては安堵する。
「……そォだな、お前も俺らの事を信用してはくれるみてェだから、俺も信用の証としてもう演技止めるわ」
やはりというか何と言うか、先程までのは自身の立ち場(その詳細は流石に教えられないそうだ)を隠す為の演技だと言う。
驚愕の真実とはこの事か。あまりにも唐突の事に、一同はピシリと固まり、オルソラの噴き出した声だけが鳴り響いた。 - 46 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:26:20.25 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
「はっきり言って、俺はローマ正教が信用できねぇ」
誰も居なくなったテントの中、作戦開始まで15分と言ったところだろうか、
上条当麻はステイル=マグヌスに口を開く。
「……君のその発言、『20億人の信教徒を抱えるローマ正教』を敵に回す発言だよ」
ステイルの言葉は、諌めるような内容であるが、その口調は非常に楽しげで、
どこか同意しているように感じられた。
「ステイル、お前だって自分で言ったじゃんか。
『たった1冊の魔道書の為に、10万3千冊の魔道書を頭に納めたインデックスを危険にさらすのはおかしい』ってさ」
それはすなわち、『法の書』に10万3千冊の魔道書よりも価値があると言っているようなものだ。
とはいえ、そんな事はありえない。
もしそうならば、インデックスの存在に価値は無いからだ。
上条の「インデックスに価値は無い」という言葉にステイルはピクリと反応を示すが、
上条がそれを本気で思っている訳ではないと言う事は分かるので、上条の言葉を頭で噛み砕きながら、次の言葉を待つ。
「だけどさ、実際にはインデックスは最前線にかりだされてる。
別に『渦』とか言うのの特定と指示なら、後ろでもできるのに」
―――なら、何で俺やステイルを後方に追いやって、インデックスは最前線に居る?
そこまで聞けばステイルも理解出来る。
「……本当に君は上条当麻かい?君にそんな客観的な目線で物事を考えられるとは思えないんだが」
「失礼な、実際にこうやって考えてるじゃん。
……と言いたいとこだけど、実際には知恵袋が居る」
『白髪の男』、あれ俺の友達なんだ。 - 47 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:27:07.17 ID:lqjAqMbuo
「……はっ!!それじゃあ何か?これから始まるだろう茶番劇は、全てその男の仕組んだ事なのかい?」
ステイルは、先程までは『ローマ正教』を親の敵のように、
その言葉を口にするたびに憎々しげな表情を浮かべていたのだが、今はその『ローマ正教』に同情した。
数の暴力は1の才能よりも恐ろしい、とステイルは言ったが、一部訂正。
数の暴力は1の才能よりも恐ろしいが、そこに『知略』が介入したら話は別だ。
「まあ、そう言う訳でインデックスの安全は、俺達が上手く立ち回れば保障されるが……」
「……こんな話聞かされて、どうしてこの僕が黙って見ていられると思うんだい?
むしろ、どうしてこんな事僕に話そうと思ったね。裏切りは頭に無かったのかい?」
「そうだな、お前も俺の事認めた訳じゃないだろうし、俺もお前の事認めた訳じゃない。
だけどお前の『インデックスに対する思い』を信用……いや、信頼したからこそ、ここまで話せたんだ」
あれを味方につけて、得はあれど損はありえねえぜ?
と、上条は自身の友人を得意気に自慢した。- 48 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:28:06.48 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
この茶番劇の裏側を一方通行から教えられたのは、およそ1時間前。
ローマ正教らが作戦内容を煮詰めている頃に連絡が来たのだ。
『やっぱローマ正教は駄目だ。下手したらお前やインデックスも消す気でいやがるぜェ?』
信じたかったのだが、会って間もないローマ正教よりも、一方通行の方が信頼できる。
更に、その言葉は頭ごなしにローマ正教を否定するのではなく、具体的な根拠もあったし、
実際にオルソラ=アクィナスとも電話越しながら話して確信を持った。
オルソラは、ただ魔道書を何とかしたかっただけなのだ。
人々を不幸にしかしない魔道書を。
ただそれだけの事なのに、ローマ正教は一人の人間に力を持つ事を恐れたのか、
オルソラを異端として消すつもりらしい。
あわよくば、『禁書目録』というローマ正教の手中に無い重要な存在すらも。
ところで、上条当麻がここに居る訳は、インデックスにある。
彼女を守るために、ここまでやって来た。
それに害を為そうと言うのならば、ローマ正教がどういう思惑で、
各個人がどういう心持ちで動いていようが知らない。
天草式がどういう思惑で、何を思ってオルソラを助けようと動いていようが知らない。
絶対的な正義なんて無い。
絶対的な悪なんて無い。
ローマ正教から悪と罵られようとも、天草式が正義を唱えていようとも、そんな事は知らない。
自分達が絶対に正しいと思うなら。
―――まずはそのふざけた幻想をぶち殺す。
一方通行との通話を終えると、上条当麻は激情を抑えるかのように、
そのまま圧し折るかのような勢いで、携帯電話を握った。
上条には既に、「誰もが笑って終われるハッピーエンド」という幻想は霧散して、その考えは心に無い。
自身の影と相対した時に。
自身の影の苦しみを見た時に。
今回も、インデックスが優先順位の最上位に来ていたと言うだけだ。
とはいえ、ローマ正教の位置に誰か別の―――例えば土御門元春等が居たら、どちらも守る為に必死で走りまわっただろう。
今回は、インデックスや一方通行に味方する天草式と、たまたま利害が一致しただけだ。
兎にも角にも巡り合わせが違えば、ローマ正教の思惑に乗って天草式と敵対してしまっていたかもしれない。
何せ自分達を騙す為か知らないが、日中手持無沙汰だった時、色々とご高説垂れていたのだから。
今となってはあのような滑稽な演技など馬耳東風と言った具合に気にしないだろうが、
一方通行がいなければ間違いなく騙されていただろう。
(まあ、そんな仮定に意味が無いのは、よく知ってるけどな)
落ちつきを取り戻した上条は、誰も居ないテントの天井を眺め、今後の動き方に関して思いを馳せた。 - 49 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:28:49.70 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
そして、各人の思惑が交錯し、舞台は整った。 - 50 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:30:43.77 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
演目『茶番』
主演『ローマ正教、天草式十字凄教』
助演『オルソラ=アクィナス、一方通行』
演出『一方通行』
こんなものだろうか、今回の茶番劇のキャスティングは。
『パラレルスウィーツパーク』に、ローマ正教・アニェーゼ=サンクティスの率いる部隊のおよそ8割が集結し、息を潜めている。
残りの2割は桐条グループの学園都市に、オルソラを捕らえに行ったであろう天草式を追わせていた。
だがしかし、天草式十字凄教所属『47名』は『堂々と』一同の目の前に現れた。
「くっく、いかんよなあ。何やっとんのよローマ正教諸君。
君達がのんびり天幕で紅茶すすっとる間に、仕込みは全て終わってるぞ?」
建宮斎字は2階建の建物の屋上で、自身の武器、フランベルジェを部隊を率いるアニェーゼに向けて、笑う。
その後ろには両手を縄で繋がれたオルソラが居た。
その事実に驚きを隠せない、と言った具合に表情をゆがめたアニェーゼは、
動揺を隠すかのように建宮を睨みつける。
「それで?わざわざ私らのとこに現れてどうしてーんですか?
ひょっとしてオルソラは返すから天草式は許してください、とか甘ったれた事でも?
そうですねえ、土下座してこの卑しい犬共をお許しください、位言えないと駄目ですが」
「いやあ?『負け犬』どもの面を拝みに来たのよなあ、いやあ愉快愉快!
負け犬も数そろえりゃそれなりに威圧感出るもんだなあ!」
ローマ正教の一同から、「ブチブチッ」と何かが千切れた音が聞こえた。
おお怖い怖い!とか言いながら踵を返す建宮。
戦闘前の舌戦の軍配は、建宮に上がった。
「追え!!今すぐに!!あのクワガタをここまで引っ張って持って来い!!
あのふざけた髪形丸刈りにしてやります!!」
アニェーゼの悲鳴のような叫び声を皮切りに、シスター達は動き出した。
それとは別に、別動隊として『渦』を探すシスターの部隊も、
インデックスに引き連れられて行動を開始する。
そんな一同の背を見つめながら、上条当麻とステイル=マグヌスはその場に立ちすくんでいた。
監視の為か知らないが、幾人かのシスターと共に。
「さて、来るかもわからない『聖人』を待つのもつまらないし」
ステイルは気だるげに上条に話しかける。
「そうだな、とりあえず俺らは交代しながら休むか」
「あ、あのあの、そんな気を抜いていては……」
気弱そうなシスターが、そんな2人を諌めようとするが、
2人は聞く耳を持たず近くにあるベンチに腰をかけるべく向かって行ったのだった。 - 51 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:31:26.57 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
戦況は一方的だった。
圧倒的に、天草式が押されていた。
それもそのはず、『隠密性』に長けた天草式が、最前線に出てローマ正教と相対せばどうなるか。
そんな事は火を見るよりも明らかで。
みるみるうちにその数を減らしていった。
ローマ正教は、そんな彼らを一人残らず捕えるべく、
散り散りになった天草式の面々を、1人に対してフォーマンセルで追う。
そんな戦況を、パラレルスウィーツパークの中でも一番高いと思われる建物の屋上で悠々と眺める影が一つ。
その影は、ある一点―――アニェーゼ=サンクティスの前にひっ立てられた建宮斎字と、
シスターに引っ張られるオルソラ=アクィナスを見つけると、その屋上から飛び降りて行った。 - 52 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:32:19.51 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
「それで、なんか申し開きはありますか?」
アニェーゼ=サンクティスは勝ち誇った表情で、グルグルと縄に縛られた建宮斎字を見下す。
「申し開き、とは?」
何のことやら、と言った表情でとぼける建宮を、
近くに居たシスターが思い切り蹴り飛ばした。
「黙りなさい、神の敵。あなたは馬鹿みたいに質問に答えていれば良いのです」
背の高いシスターは、汚らわしい物を見るかのような目で建宮を見て、
蹴り飛ばした足を見て、勝手に頭に血を登らせていく。
「ああ、やってしまいました。蹴りやすい高さにあったとはいえ、このような汚らわしいものに靴越しながら触れてしまうなど最悪です。
この靴はもう使えませんね、シスター・アニェーゼ。後で新しいものの用意をさせてもらってよろしいでしょうか」
「構いませんよ。それより……」
縄に縛られた状態で蹴られた為、崩れた体制を元に戻せない建宮の頭を思い切り踏み抜き、踏みにじる。
建宮のうめき声だけが、そこに響き渡った。
「『白髪の男』、あれはどうしちまったのですか?」
ひょっとしたらあの桐条と繋がっているかもしれない、そんな奴に手を出したりはしていないだろうか。
そんな不安が頭をよぎるが、とにかくこの男から情報を引きださねば。
アニェーゼはイライラとしながら、建宮を蹴る。蹴る。蹴る。
「ガフッ……出してねえよ、あいつはぐっすりオネムなんじゃねえのよな?
うちの睡眠薬は中々即効性と持続性に長けているからな……」
それだけ言うと、建宮は力尽きたように倒れる。
天草式の面々は、部隊に追われているため、建宮の救出は望めないだろう。
アニェーゼはそのように考え、建宮を捨て置き、オルソラを連れて何処かへと向かって行った。 - 53 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:32:51.35 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
「よォ、随分と手ひどくやられたなァ」
「はっ、こんなもん……我らが女教皇様の受けた『痛み』に比べりゃ……大した事ないのよな」
「なンだァ?女教皇様とやらは大けがでもしてンのか?そりゃ御愁傷様」
「あの御方が、御怪我などするはず無いだろう……
我々が弱いせいで、あの御方はいつも心を痛めておられたよ」
「はン、心の痛みに比べりゃ肉体の痛みなど、ってかァ?オルソラみてェな事言いやがって。
魔術師ってのはどいつもこいつもドMの集まりですかァ?」
「うるせーのよな……」
「で、あいつらの行く場所、大体分かってンだろォ?」
「そうだな……確か……この近くに……オルソラの功績を形にする為に……
『オルソラ教会』ってのが……建設中なのよな」
「あァ?あいつそンな偉いのかよ、俺不敬罪とかでしょっ引かれねェだろォな?」
「そう思うなら、さっさとこの茶番に幕を降ろすのよな。
土下座してこの卑しい犬をお許し下さい、とでも言えば許してもらえるんじゃないか?」
「バカ野郎、男が土下座するのは脱童貞をお願いする時だけだってンだ」
「……お前さんには誇りが無いのか?」
「冗談だ」
「知ってるのよな」
「張り倒す」
「その怒りをローマ正教にぶつけたらいいのよな」
「分かったのよなァ」
「……語尾を真似するンじゃねェのよな」
「お前こそ」
建宮斎字がまだ元気で動ける事を確認すると、一方通行はニヤリと笑う。
縄を解き、白髪はふらつくクワガタ頭の体を支えながら、2人は宵闇に消えて行った。 - 54 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:34:25.41 ID:lqjAqMbuo
- ・・・
「あぐっ!」
オルソラ=アクィナスは、建設中の自身の名を冠する教会まで連れて来られ、その床に転がされた。
どう見ても、どう考えても、およそ仲間に対する扱いでは無い。
アニェーゼ=サンクティスは、冷たい目でそのオルソラを眺めつつも、
連れてきた10人の部下達に結界を張るように準備をさせる。
他の部下達がここに戻ってきた時に結界を完成させ、誰にも入れなくする為に。
「……ったく、手間ばーっか掛けさせやがって。私やシスター・ルチアが汚らわしい罪人に靴越しですが触れちまったんですよ?
どうしてくれるんですか?つーかこっちもあんたの遊びにつき合ってる暇はねーんですよ?」
縄に捕らえられたオルソラを、ボールを蹴るかのような気軽さで、思い切り蹴る。
先程の建宮斎字を相手にした時のように、何度も。
ボールならポーンと飛んで行く事だろうが、相手は人間。
鈍い音が鳴り、オルソラのくぐもった声が、建設中で色付けのされていない教会内に響く。
「死の淵に追い詰められて、最後にすがったのが小汚い島国のちっせえ組織の東洋人とはね!
あんなポークビッツよりも汚くてちっせえもんに自分を売るなんて、とんだ売女ですねえ!!
駄目ですよ、仮にもローマ正教徒のあなたがあんな獣に命を預けるなんて!!」
心底馬鹿にした口調で、オルソラをなじる。
しかし、オルソラの表情は変わらず微笑みを浮かべるばかりだった。
そんなオルソラを見て、アニェーゼの表情は歪む。
「……なに、笑ってんですか?今の状況わからないほど、あんたは馬鹿になっちまったんですか?」
「いえ……あまりにも滑稽だったものでございましたから……」
女性の力とは言え、全体重を乗せての蹴りを何度か受けたオルソラに、そんな台詞を吐く余裕があるとは思えない。
なら、何故そんな台詞を実際に吐いているのか―――。
「そこまでにしてもらおうか」
振り返ると、そこにはステイル=マグヌスと上条当麻が居た。 - 55 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:35:26.73 ID:lqjAqMbuo
「なんであんたらがそこに居やがるんですか!?」
監視のシスターはどうした、と声を荒げる。
しかしステイルは事もなげに、
「うん?彼女らには寝てもらってるよ?心配しなくていい、こう見えて紳士だから怪我などはしていないよ」
と言い放った。
あり得ない。イギリス清教の人間が言っていい台詞では、ましてややっていい行為ではない。
明らかな越権行為。内政干渉と見られる行為を、現在進行形で行っているステイルに、アニェーゼは笑う。
「は、はは。あはは!あんた何してくれやがってんですか!?
分かってますか、その意味が!私らローマ正教に立てついたという意味が!!」
「君こそ、分かってるんだろうね?『我らがイギリス清教の庇護を得た』オルソラに、手を出すという意味が」
あらかじめ用意された答えを、あらかじめ予測されたタイミングで言い放つように、ステイルは即答した。
「なっ……!」
何を、と言う前に、オルソラが胸元のアクセサリーを示しながら、口を開いた。
「こ、れ……イギリス清教の、十字架なのでございますよ……
貴方様の言う『白髪の男』に掛けて頂きました……」
震える手で、愛おしそうに十字架を見せるオルソラに引き続き、ステイルが煙を吐きながら言葉を続ける。
「そう言う事だ。何処の誰だかは知らないが、ご丁寧にイギリス清教の庇護下に入るような事をしてくれるとはね。
ひょっとしてこれは、天の思し召しと言うやつでは無いのかな?オルソラ=アクィナスはイギリス清教の下に来る、と言うね。
ああ、そこの素人にも同じような十字架を持たせているから、インデックスと上条当麻、オルソラ=アクィナスに手を出すと言う行為が、
イギリス清教に喧嘩を売っていると言う事になると、理解できたかい?」- 56 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:36:02.28 ID:lqjAqMbuo
- それこそが、オルソラがあの時一方通行に十字架をかけてもらった理由。
たまたまあの十字架がイギリス製のものだったから出来た、突拍子もない作戦。
いや、作戦と言うよりは、詭弁だとか、言い訳だと言った方が正しいだろう。
しかし、それだけで十分だ。
オルソラ=アクィナスの立ち位置は、ローマ正教から逃亡した時点で、
非常にあやふやな立場であった。
そんなオルソラが、簡易的とはいえイギリス清教の洗礼を受けたのだ。
それも魔術サイドの人間ではなく、逃亡先でたまたま出会った、立場も地位も不明の一般人に。
いくらローマ正教とはいえイギリス清教の判断無しに、
ローマ正教の判断だけで彼女に手を出すなど、ましてや異端審問にかけようなど出来るはずがない。
「オルソラが、どこの所属の人間なのか、『時間をかけて』審議をすべきではないのかい?」
それに、と付け加えステイルの表情は一変する。
先程までの楽しげにアニェーゼを追い詰めていた物とは違い、怒りに身を委ねたかのような表情に。
「よくもまあ、あの子に手を出そうとしてくれたものだ」
そう言うと、教会の入り口から、白い修道服のシスターが現れる。
「びっくりしたかも。まさかどさくさにまぎれて私を亡き者にしようなんて」
まあ、今までもこれからも、そういう人生を送る事になるんだろうけど。
と、ステイルをジトっとした目で見つめる。
ステイルはそっぽ向いて煙を吐いた。 - 57 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/30(土) 17:36:50.60 ID:lqjAqMbuo
- 「まあ、そう言う事だから、今日のところは諦めて帰ってくれないか?」
オルソラに手を出した君達に、彼女を預けるなんてできないし、無駄な戦闘は君達も嫌だろう?
と、つまらなそうに言う。
「は、はは」
アニェーゼは壊れたラジオのように、笑い「音」をあげる。
「あは、あははは!!馬鹿じゃねーですか!?こっちは部隊を動かしてるとは言え、戦闘員が10人に、
今は桐条グループに向かっていた部隊が40人もこっちに向かってんですよ!?
あんたらをここで亡き者にしたらそれで終わりです!!」
数の利は、確かにローマ正教にあった。
しかし、それがどうしたと言わんばかりにステイルは答える。
「全く、250人も居た部隊が、『戦いもせず』ここまで削られている事に、どうして不思議に思わないんだい?」
ステイルのその言葉に、心臓を鷲掴みにされた気分になった。
天草式にしてもそうだ。戦闘らしい戦闘もせず逃走を続けているらしい。
成程、『隠密性』に長けた連中の事だ。
「逃げ」に集中すれば4人1組で向かったところで捕まえられないだろう。
アニェーゼは、その事実を「ローマ正教に恐れを為して逃げた」等と軽い気持ちで考えていた。
しかし、それが仕組まれたものだったら?
天草式十字凄教の47名を4人1組で追うのに、188名。
インデックスと共に『渦』を探し、あわよくばインデックスを消すのに、4名。
ステイルと上条の監視に、8名。
アニェーゼと共に動くのに、10名。
そして、オルソラ=アクィナスと白髪の男が潜伏していると言う(実際にはどちらも居ないから無駄なのだが)学園都市に向かうのに、40名。
ローマ正教は、図らずも戦力を分散させられてしまったのだ。
「どう、いう……」
「この馬鹿みたいな茶番劇は、初めから仕組まれたようなものなんだよ」
今まで口を閉ざしていた上条は、簡潔に結論を述べた。
- 67 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:13:52.90 ID:KC1gFRQvo
- 「貴殿らを見極めに参った」
一方通行は、いつでも戦闘できる!と言った状態の天草式の面々の下へと向かっていた。オルソラ=アクィナスを伴って。
「「な!?」」
天草式の面々は驚きを隠せない。
なにせ最優先である目的たるオルソラがそこに居るのだから。
「……見極めに来た、とはどういう事なのよな?」
天草式十字凄教教皇代理・建宮斎字はフランベルジェを、
真意を測るかのように一方通行へ向けながら尋ねる。
「オルソラ殿から事情は伺った。羅馬(ローマ)正教とやらが、オルソラ殿に偽の罪をなすりつけ、
あまつさえ本来同門の者を殺生する事は許されない教会内で、
異端審問にかける事でそれを為そうとしていたところを、貴殿らが救ったとな」
事情を知らなかったとはいえ、誠に申し訳なかったァ!!と、一方通行は頭がめり込むのでは、と言う程の土下座した。
あまりに見事な謝罪体勢に感銘を覚えた建宮だが、すぐに気を取り直して口を開く。
「い、いや、とにかく分かってもらえたらそれでいいのよな……
それで、見極めに来たってのは……?」
とはいえ、動揺を隠せはしなかったのだが。
「貴殿らの本心を知りたい。『法の書』とやらには興味はなく、とにかくオルソラ殿を助けたい一心か否か」 - 68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2011/07/31(日) 21:14:09.73 ID:kYbcpc1Fo
- 柳生一方さん再登場かwktk
- 69 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:16:12.32 ID:KC1gFRQvo
- 真っすぐな視線が建宮を射抜く。
嘘は許さないと言ったその視線に圧され、建宮は言葉を紡ぐ。
「助けたいと思うのに、法の書だとかなんだとか、理由がいると思うのか?」
それが、天草式の意志。
救われぬ者に救いの手を。
その意志は、今も昔も―――これからも変わらない。
「……そうか」
幼少時から悪意に晒されてきた一方通行が、建宮の言葉からは悪意を感じられないと思うのだから、それに間違いは無いのだろう。
一方通行は納得したように呟いた。
「なら、作戦がある。乗るか乗らないかは貴殿ら次第だ」
一方通行は有無を言わさず、語り始めた。
ローマ正教を分散させる事。
戦力を散らしたところでオルソラを連れた建宮が捕まる事。
恐らく、弱小勢力の頭領の首などどうでもいいだろう。
何より戦力が散っている今、時間の無駄は避けたいところだ。
故に建宮は放置され、オルソラはローマ正教に捕まるはずだ。
運が悪ければ建宮は始末されるかもしれないが。
そして本当にオルソラを助けたいだけなら、それで終わりだろう。
とはいえ、恐らくそうはならないと思われる為、
オルソラの首には『イギリス清教の庇護を得られるような』、簡易的な洗礼を行ったと言う事。
すなわち、ローマ正教がオルソラに手を出した時点でイギリス清教が動く、
と言う事実をローマ正教に思い知らせる事。
しかし250人と言う数を以ってすればそんな意見、丸ごと押し潰して隠蔽できるだろう。
故に分散させる。
天草式の、地の利を以って。学園都市に、オルソラがいると思わせて。
その数を減らして、「対等な」対話に持っていく為に。
後はその事実を隠す為に、ローマ正教に挑発して頭に血を昇らせる程度に思考力を奪えば良い。
「一ついいか?」
そこまで聞いたところで、建宮は一方通行に尋ねた。
「なンだ?」
「『イギリス清教』を使うのはどういう訳だ?」
「今英吉利清教なる教会の人間が一人か二人、あちら側についてる。信用できる者達だ」
「……それを信じろと?」
「故に乗るか乗らんかは貴殿ら次第だ」
どうしてイギリス清教の人間とつながりがあるのか。
気になる事は山ほどある。もちろん白髪の男の正体も。
だがしかし、この男の力は本物だとも思っている。
建宮はこんな『悪だくみ』を考える一方通行に、笑った。 - 70 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:18:28.06 ID:KC1gFRQvo
- ・・・
「それは……どーいう……」
アニェーゼ=サンクティスは作戦の全貌を明らかにされ、恐怖した。
数の利、力の差、統率力……地の利はあちらにあるとは言え、その他は全てこちらが勝っていると言える。
その慢心をつかれたのだ。それも互いに顔も合わせた事も無い相手に。
まず、統率力。
これがある、と言う事は優秀な上官がいると言う事だろう。
しかし、裏を返せば、その上官の判断を仰がねば動けない。分断され、自身の判断のみで動かねばならない状況に、慣れていなかったのだろう。
何せ、「上官に命令された」という名目さえあれば、何も考えずに動けるからだ。
責任など何もない。
個など存在しない。
そんなローマ正教の特性を、逆手に取られた。
恐らく、天草式を追っている部隊はこう考えているだろう。
「戻るべきか、追うべきか」と。
その逡巡が、天草式達に逃げる隙を与え、ローマ正教が天草式を捕らえられないという悪循環へと導かれる。
そして、学園都市郊外へと向かった部隊40名。
こちらは天草式だけではなくオルソラと白髪の男の姿が確認できなかった為、指示を仰ぐべくすぐにアニェーゼの下へ戻っていた。
その報告を受けていたからこそ、アニェーゼは気を確かに保っていられた。
250とは行かなくても、50も居れば倒せると。口さえ防げば全ておじゃんだ、と。
だがしかし、その40人を率いてやってきたのは、2人の男女。
「―――君達、ここが『桐条建設』の傘下にある建設会社が建設している建築物だと言う事を理解しているのか?」
「あー、無駄な抵抗はやめるのよなー」 - 71 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:19:39.11 ID:KC1gFRQvo
- ・・・
神裂火織はビルの屋上に佇んでいる。
辺りは暗闇に包まれ、人の気配を感じさせない程静寂であった。
目線の先、そこには建設段階のオルソラ教会があるのだが、
その教会も例外ではなく、無音。
優しく吹き抜ける風だけが、ビルの周りを彩る。
常人なら、風の音だけを耳に捉えていただろう。
しかし、『聖人』たる神裂の聴力は、かなりの距離を保ったオルソラ教会の中から発せられる声を聞き漏らさず、
神裂はただただ会話に耳を傾けていた。
天草式がオルソラ=アクィナスを誘拐したと言われるこの事件。
神裂火織は天草式を擁護する為でも、それに敵対するローマ正教を斬る為でも無い。
ただ、全ての結末を見届けたかっただけだった。
天草式が『変わってしまった』のだとしても、ローマ正教の『裏のやり方』に嵌められただけだとしても、手出しをするつもりはない。
彼女は、既に『元』女教皇であり、イギリス清教所属の人間なのだから。
だが、その心は天草式に、「今も昔も変わらずにいて欲しかった」と言うもので会ったのだが。
それ故に神裂は、心底安堵した。
天草式は、今も変わらず理不尽な暴力を受ける人間に、手を差し伸べるべく動いていたのだから。
ただ、ローマ正教の『裏のやり方』で虐げられそうになったオルソラに、手を差し伸べただけなのだから。
その真意を確認して、神裂は昔を懐かしむように、眼を細める。 - 72 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:22:06.33 ID:KC1gFRQvo
- 最早戻れない場所。
戻れないとはいえ、変わらずそこに在るだけで、安心できる場所。
触れられないとはいえ、いつまでも大切にしたい美術品のように、
どこまでいっても変わらず在ってほしいと思っていた場所。
その場所は、神裂の望み通り、変わらずそこに在った。
ローマ正教を相手にして、無傷で相手を完封している様子を見て、無事に終わりそうで良かったと思う。
すると、そんな神裂の背後から隠そうともしない足音が一つ。
「いやー、ねーちん感極まるってとこですかい?
天草式がねーちんの意思の下、オルソラを守る為に動いてただけってことがわかって」
「……土御門ですか、結局そちらの首尾はどうなんですか?
『法の書』を横から掠め取る、と色々画策していたようですが」
神裂は、そんな土御門元春に一目も置かないで、引き続きオルソラ教会に目を向けている。
土御門もまた、静まり返ったオルソラ教会に目をやり、話を続けた。
「上々……なわけないですたい。何せ『法の書』はバチカンの奥の奥に安置してあるんだろうしな。
こっちにあるとか言う『法の書』はダミー。天草式に罪をなすりつける為だけに存在する偽書ってとこだろうにゃー」
ま、ローマ正教だしそんなとこだろうと思ってたけど。と興味なさげに土御門は言う。
この土御門と言う男、イマイチ言う事が嘘か本当か分からない。
ひょっとしたら先程の言葉が嘘で、実際には『法の書』を手にしているのかもしれないし、本当に偽書なのかもしれない。
ようするに土御門は嘘つきなので、いちいち真に受けていたらキリが無いと言う事だ。
そんなわけで神裂は、土御門の報告を話半分に聞き、やはり引き続きオルソラ教会を見つめている。 - 73 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:24:08.61 ID:KC1gFRQvo
- 「それで、満足かい?」
「ええ。十分……いえ、二十分にも三十分にも満足ですね。
彼らは今も昔も変わっていませんでした」
「ん、そりゃよかったですたい。でもまあ、カミやんだけじゃなく、もう一人恩を作っちまったみたいだけど」
土御門は『法の書』よりもそちらの方に興味が行っているようで、
先程の業務連絡よりも楽しげな表情を浮かべていた。
「彼は……一体何者ですか?」
「あれがシェリーの暴走を止めてくれた奴ぜよ」
シェリー=クロムウェル。
下手したらイギリス清教と学園都市の全面戦争になりかねない程学園都市で暴れた女。
彼女を止めた超能力者が、ここまで戦局を裏で操作したと言う。
「しかし、下手したら超能力者と魔術師が手を組んだと、双方から糾弾されかねないところでした」
そうなった場合、天草式だのローマ正教だの言っている場合ではなくなる。
それこそ『法の書』を学園都市が奪っただの、『超能力者』をローマ正教が奪っただの、
その間に板挟みされた2人がどのような扱いになるか、想像するに難くない。
「だからこそ、上手く立ち回って(?)裏方っていう難しい役柄をこなした一方通行には、
感謝してもしきれないんじゃないんかい?」
裏方って本当報われないからにゃー。と、裏方の厳しさを知っている土御門はさめざめと泣く。
とはいえ本気でそう思っている訳ではない、と言う事は神裂もよくわかるのだが。
「そそ、そ、それは……そうですが」
真に受けていた。
上条当麻に関しても、『御使堕し』やインデックスの事に関しても礼を言っていない。その上今回も巻き込んでしまった。
それだけでも借金は山ほどあると言うのに、更に別の人間も巻き込んでしまった。
それもローマ正教、天草式共にほぼ無傷で終わらせるという結果をもたらすと言う、
『聖人』たる神裂ですら出来ない戦果……いや、殆ど戦っていないから、結果だ。
むしろ、どうやったらあのように戦わずして場を納められるのか、教えてもらいたい程である。
「まあ奴も、ここまで綺麗に事が運ぶとは思っていなかっただろうにゃー。
例えば、もう少しローマ正教の面々が『個』を持っていれば、天草式など放っておいてオルソラに集中しただろうし。
例えば、オルソラの立ち位置を保障してくれるステイルやインデックスが裏切れば、この作戦はご破算だし。
そして何より―――」
オルソラ教会をチラリと一瞥する。
そこには変わらず建設中の教会が見えるだけで、何も変わらない。
「―――『桐条美鶴』の協力が得られなければ、50人のシスター達と戦闘になっていただろうしにゃー」 - 74 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:25:11.02 ID:KC1gFRQvo
- ・・・
「まず、ここがどこだか分かっているのか?」
桐条美鶴は、敵も味方も関係無しに、武装している面々に注意をする。
「ここは日本だ。彼女らもそうだし、君達の国ではどうだか知らないが、郷に入っては郷に従え。
銃刀法違反で取り締まる権限は私には無いが、注意くらいはさせてもらうぞ」
「あ、そりゃすまんかったのよな。てっきり何も言わないから持ってていいのかと」
美鶴に言われるがまま、建宮はフランベルジェを放り投げた。
「あ、あんたは誰なんですか!?」
突然自分の部隊を引き連れ現れた女に、言われるがまま武器を捨てる建宮に、アニェーゼ=サンクティスは叫び声をあげた。
自分の部隊が、何でも従順に命令に聞く部隊が、一人の女につき従っている。
あり得ない光景が、そこにはあった。
「ああ、済まない。自己紹介がまだだったね」
チラリと上条当麻やステイル=マグヌスを見やりながら、続ける。
「桐条美鶴、桐条グループ現総帥だ。話は大体聞かせてもらっている。
問題は『オルソラ=アクィナス』の現在の立ち位置と言う事だそうだが……
イギリス清教とローマ正教が協議を終えるまで、僭越ながらこの私が彼女の身元保証人となろう。
つまり、今から彼女に手を出すと言う事は、桐条グループを敵に回すと言う事だ。
何、君達の協議が終わり次第彼女はどちらかへと返還しよう。なんなら、この場で誓約書でも書こうか?」
そう、ローマ正教の部隊が彼女に手を出せなかった理由。
桐条美鶴が、桐条グループの総帥を『名乗っていた』からだ。それも高級リムジンの後部座席から降りて来て。
確かに、これが嘘なら『桐条グループを騙った』として、消しても波風はたたないだろう。
ただ、本物なら?
洒落にならない結果になるだろう。
故に判断を仰がなければならない、『上官』に。
自分で判断する事に慣れていないから。
いや、慣れていたとしてもこれを判断する事は難しいだろう。
桐条美鶴から発せられる威圧感が、総帥としての芽が芽吹いている。
学園都市の郊外とはいえ、桐条グループのお膝元で騒げばこのような事態になってもおかしくは無い。
美鶴の言葉に、アニェーゼの部隊は従わざるを得なかった。
この時点で、誰が一番上に居るのかは、明白。
「さて、今日のところは双方ともに引き下がってはくれないか?
ここの状況は、いつでも君達の本部に伝える事が出来るのだから」
権力って怖い。
上条当麻は、美鶴の言葉に従って武器を捨てる面々を見て、そう思った。 - 75 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:26:58.02 ID:KC1gFRQvo
- ・・・
後日談と言うか、今回のオチ。
オルソラ=アクィナスが解読したと言う『法の書』。
10万3千冊の魔導書を持つインデックスに、オルソラが導き出した解読法を伝えたところ、
『その解読法は間違いで、それは第3章4節にある序文をリードミスしてるかも』との事。
結局、オルソラの思いは空回りで、おそらくローマ正教は、
オルソラを生贄だったり、見せしめにでもしたかったのだろう。『ルールを破った人間の末路』として。
とはいえ、そのような非人道的な事を為そうとしました。などと馬鹿正直に声明を発表できるはず無く
、ローマ正教の言い分では「オルソラ=アクィナスに手を出すつもりはなく、アニェーゼが率いる部隊の独走」らしい。
部下の暴走を止められない上司とは如何なものかとは思うが、天草式もローマ正教も怪我をしたのは互いに一人ずつ。
そしてオルソラ=アクィナスは今回の件でイギリス清教の洗礼を受けたとして、その下に帰順。
天草式の面々もイギリス清教の傘下に加わるそうだ。
と言うのも、彼らは天草式十字凄教・元女教皇神裂火織が属するイギリス清教に参入したかったらしく、
彼らが背負う象徴(シンボル)には、イギリス清教の十字架を織り交ぜてあるようだ。
「結局、彼女らは上の指示に従った結果、その責任を負わされる形になったわけだ」
バサリ、と届けられた書類を自身の机に放り投げ、ジトっとした目で目の前の男を見やる。
「全く、君が来て以来忙しさに拍車をかけているぞ」
桐条美鶴は、余計に仕事が増えたと愚痴るものの、
「そォいうな。上条と顔合わせも出来たし、今後について軽く話し合えただけでも良しとしよォじゃねェか」
一方通行は悪びれもせず言い放った。
戦後の処理は非常にスムーズで、夜が開ける頃にはこの報告書が届けられたのだから驚きである。
どうやらイギリス清教もローマ正教も、ある程度は「勝った場合」や「負けた場合」の結果を予測していたらしい。
今回はイギリス清教が勝ち、ローマ正教が負けたというパターンだが。
「それで、君はいつまでここに滞在する気だ?」
仕事手伝ってもらえるのは非常にありがたいから、いつまでも無償奉仕してくれ。
と言う意志を込め一方通行に尋ねる。
「あァ?今回の借りを返したら帰るっつゥの」
今回、桐条美鶴を動かした一言。
「仕事手伝ってやる」
一方通行に、試しとして桐条エレクトロニクスの予算案を見せた所、
美鶴と同じ意見を上げただけでなく美鶴すら気付かなかった改善点を上げて見せた。
これにより、あの晩桐条美鶴は桐条グループの当主として事態の収束に動いたのだ。
とはいえ人の生き死にに関わるとだけ言えば損得関係なく動いたかもしれないが、
一方通行がそれを許さなかった。
何にせよ全てが終わった後、オルソラ=アクィナスはステイル=マグヌスと共にイギリスへと向かい、上条当麻はインデックスと共に帰り、そして一方通行は桐条美鶴の仕事を手伝う。
それだけの事だった。
「ンな事より、『召喚器』の件。頼むぜマジで」
「ああ、分かっているさ」
2人の会話はそこで途絶え、黙々と新たな書類と睨めっこを再開するのだった。
その『召喚器』の件が、後々重大な結果をもたらす事になるとは、両者ともに分かるはずも無く。 - 76 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/07/31(日) 21:28:54.93 ID:KC1gFRQvo
- 山も落ちも意味も無く、あっさり事件は収束しました。
オルソラも原作通りイギリスに行ったし、アニェーゼ部隊も原作通り責任をなすりつけられました。
シェリー編も同様に駆け足気味だったけど、終わりです。次回から大覇星祭行くわ
- 82 :おまけ ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/07/31(日) 22:21:00.43 ID:KC1gFRQvo
- 美琴の場合
マヨナカテレビ「ゲコ太!ゲコ太!ゲコ太!ゲコ太ぁぁぅぅうううわぁああああああ ああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!! ゲコ太ゲコ太ゲコ太ぁぁあぅううぁわぁああああ!!!
あぁ!クンカクンカ! スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!ラヴリーミトン製ゲコたんの緑色の肌をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!肌肌ツルツル!お髭モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
電撃大王のゲコ太たんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
アニメ3期決まって良かったねゲコ太たん!あぁあああああ!かわいい!ゲコ太たん!かわいい!あっああぁああ!
コミックも発売されて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!コミックなんて現実じゃない!!!!あ…フィギュアもアニメもよく考えたら…
ゲ コ 太 ち ゃ ん は 現 実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!学園都市ぃぃぁああああ!!
この!ちきしょ !やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?携帯ストラップのゲコ太ちゃんが私を見てる?
アニメのゲコ太ちゃんが私に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!私にはゲコ太ちゃんがいる!!やったよケロヨン!!ひとりでできるもん!!!
あ、携帯契約特典のゲコ太ちゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
あっあんああっああんあピョン子様ぁあ!!チェ、チェイサー(自販機からジュース)!!ゲブ太ぁああああああ!!!ぁあああ!!
ケロヨンんんううっうぅうう!!私の想いよゲコ太へ届け!!ラヴリーミトン社のゲコ太へ届け!」
美琴「」
黒子「お姉さま……ストレスがたまっていらっしゃるのであれば……私が……その……」 - 83 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/07/31(日) 22:26:23.45 ID:KC1gFRQvo
- 黒子の場合
マヨナカテレビ「自主規制」
美琴「」
黒子「」 - 84 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/07/31(日) 22:35:51.02 ID:KC1gFRQvo
- 寮監の場合
マヨナカテレビ「はあ?ちょ、ドタキャンとかマジ萎えるしー!もういい、あんたもう電話かけてくんな!どうせキープの一人だしさー!」
マヨナカテレビ「ったくマジ萎えるし……ケンの馬鹿……」
マヨナカテレビ「はあ、どっかに白馬の王子様落ちてないかなあ……」
マヨナカテレビ「誰か……助けてよ……」
寮監「」
美琴「あの……私男友達とかあんまり居ないけど……出来るだけ紹介とか……」
黒子「ですがお姉さま、年代が違」
ゴキバキャゴキャゴキャ!!!!
美琴、黒子「「」」 - 85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/07/31(日) 22:36:08.82 ID:kYbcpc1Fo
- 自wwwwww主wwwwww規wwwwww制wwwwww
つまり黒子(影)は黒子が否定したくなる程の変態……っ! - 86 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/07/31(日) 22:37:16.55 ID:KC1gFRQvo
- 抑圧された思いが爆発した結果です。
ストレスは適度に発散しましょう。 - 87 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/07/31(日) 22:55:11.29 ID:KC1gFRQvo
- 駒場の場合
マヨナカテレビ「えー本日は幼女の集いにお集まり頂き、誠にありがとうございます。
都条例的に色々と不味い事が起きそうなので、ここに集まられた真なる紳士諸君は、
イエスロリータノータッチを原則として、幼女を悲しませないようにこれからも遠目に愛でて行きましょう。
それでは、挨拶もこの辺にして……今日は飲みましょう、歌いましょう!無礼講です!乾杯!!」
~中略~
マヨナカテレビ「ロリコンに向かって走るー♪あの幼女について行こう~♪はだかのままで飛び出して~♪あの幼女について行こう~♪
見えない都知事が怖くて~♪見れないパンツを夢見る~♪本当のパンツ見させておくれよ~♪
ロリーロリー♪イエスロリコン♪ロリーロリー♪ノータッチ♪ロリーロリー♪イエスロリコン♪ロリーロリー♪ノータッチ♪」
わああああああ!!
駒場「」
半蔵、浜面「「……!!」」←笑いすぎて声が出ない - 88 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/07/31(日) 23:17:47.18 ID:KC1gFRQvo
- 上条の場合
彼は歩く、桜が散り始めた並木通りを。
出会いと別れの季節。それもそろそろ終わりを迎える。
もうそろそろGWの予定を考えてもいい頃だ。
彼は、いつもの待ち合わせ場所に、いつものように歩いて行く。
そんな当たり前の毎日に感謝して。そんな当たり前の幸福を与えてくれたあの人に感謝して。
「よお、今度のGWさ、何処行く?○○―――」
一方通行「全米が泣いた」
土御門「カミやん、どんだけ「不幸な事が起きない」日常に餓えてんだ……?」
青ピ「ていうかあんなにモテてんのに彼女の1人も居ないカミやんが、こんな望みを持つのはおかしいと思うんやけど?」ピキピキ
美琴「それより、待ち合わせの相手って誰よ!?」
上条「いや、あれテレビだから!!フィクションだから!!ああもう、不幸だー!!」 - 93 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/01(月) 09:49:04.00 ID:p9T1kmL6o
- 一方通行の場合
マヨナカテレビ「鈴科洪隆「出おったな、怪人ドメスティックバイオレンズゥ!!」」
マヨナカテレビ「怪人「ぐーふーふふー遅かったな、アクセライダーマン!!」
マヨナカテレビ「鈴科洪隆「貴殿らの所業……許し難し!!覚悟はできておられるか!?私は常にできているゥ!!アクセル……全開!!!変・身!!」」
マヨナカテレビ「アクセライダーマン「貴殿らが好き勝手出来るのも……今宵が最後であるゥ!!!」」
マヨナカテレビ「怪人「ぬかせえええええ!!」」
マヨナカテレビ「アクセ・怪人「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」
どごおおおおん
一方通行「」
9982号「アクセライダーってホリケンのパラグライダーみたいに言わないでくださいよ。と、ミサカは噴くのをこらえます」
オルソラ「……!!」←笑いすぎて声が出ない
美琴「(悔しいけど…かっこいい……)」
上条「あー、ヒーローものへの憧れって子供の頃あったよなー」←居たたまれなくなってのフォロー
インデックス「それって遠まわしにあくせられーたを子供って言ってるかも」
上条「あ」
一方通行「」
一方通行「」 黒 翼 発 動
どごおおおおおおおん - 94 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/01(月) 09:50:07.23 ID:p9T1kmL6o
- ちょっと今日は投下できるか分からぬゥ!!申し訳無い!!
ご容赦頂きたくおまけを書かせて頂いた次第であるゥゥ!!! - 95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[sage]:2011/08/01(月) 20:49:26.41 ID:DAf9CQzi0
- >>80 謙遜することは無いのである。
戦わずに勝つは、孫子の兵法でいう最良の策
- 96 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:05:18.07 ID:5bPZYY3Ko
- 投下するわ。
こんな時間から透過するわ。 - 97 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:06:39.55 ID:5bPZYY3Ko
- 「もう!!なんで1週間もどっか行ってるのよ!?」
御坂美琴は激怒した。必ず、かの安如泰山(あんにょたいざん)とした女を除かなければならぬと決意した。
御坂には芳川桔梗がわからぬ。御坂は、学園都市の学生である。電気を出し、皆と遊んで暮して来た。
けれども怠慢に対しては、人一倍に敏感であった。
先日未明御坂は学園都市を出発し、テレビに入り、1里はなれたかの布束の屋敷にやって来た。
「ねえ、聞いてよ一方通行。御坂さんったら私に働けって言うのよ?
私は相手の弱点を探る弱点探知機なのに」
そう。
一方通行がいない間、他の面々は修行の為にテレビの中に入ったと言うのに、
芳川はそれに着いてきて何をしていたかと言うと、ほぼ何もしてなかった。
「この!いけしゃあしゃあと!危なそうな攻撃が自分に来たら上手く避けたり、
上手く受け流して他のシャドウに攻撃したり!」
絶対強いのに、何で自分から動かないのよ!と、御坂は激怒した。
「落ちついて下さいよ、お姉さま。芳川が働いている姿を私は想像することができません。
と、ミサカは遠まわしに芳川を馬鹿にします」
いつものファミレス。
9982号は慣れた手つきでドリンクバーで作ったミックスジュースを飲みながら、やや疲れた表情を浮かべる一方通行に近況報告をする。
と言っても、誰かがテレビに放り込まれた、なんてことは無かったのだが、
修行と言う事で布束砥信の忍術屋敷に向かったところ、本来の家主である布束を差し置いて、その屋敷を占拠したシャドウがいたのだ。
屋敷内番長的存在のそのシャドウは中々に強力で、この場に居ない上条当麻も含めて苦戦を強いられた。
しかしそんな中でも、芳川と言う名のニートは、一つも動く事は無かった。
本当に何しに来たんだ。
そんなことを一同は思ったのだが芳川曰く、
「大人が私しかいないからね。保護者よ、保護者」
いけしゃあしゃあと言い放った。 - 98 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:07:52.77 ID:5bPZYY3Ko
- 「まァいい。それでちったァ成長できたのかァ?」
芳川は相変わらずだな。一方通行はコーヒーを一口飲むと、ジロリと御坂姉妹を見やる。
ちなみに、打ち止めはフレメア=セイヴェルンの下に遊びに行っている。
「当然!」
御坂はふんすと胸を張る。何か掴んで来たのだろう、次回以降の戦闘に期待しよう。
「それよりも、1週間もバカンスにでて、何も掴んでないなんて言わないでしょうね?」
一方通行の試すような視線を見て、逆に9982号は同様の視線を一方通行に向けた。
「あァ、十二分になァ」
桐条グループと、その研究の結果。
桐条美鶴と、それを取り巻く環境。
そして、その下に集った「適合者」。
一方通行は先日起こった出来事をかいつまんで話した。
オルソラ=アクィナスと愉快なシスター達に関しては何も話していない。
話すべき事でも無いし、何よりこの場に魔術は関係ないからだ。
それはさておき、外でペルソナを出せる可能性と、学園都市が何かをしようとしている可能性を一方通行は語る。
そして明日からの大覇星祭で、外でペルソナを出せる可能性を持って、桐条美鶴達が来るそうだ。
その話を聞いて、ゆったりとケーキを食べていた芳川の表情も一変した。
研究者の顔、と言うべきだろうか。学園都市の裏を知る顔に変貌を遂げる。
「成程……流石に十数年前の事は知らないけれど……
学園都市の事だからきっと良からぬ事を企てているのは間違いないわね……」
そんな真剣な顔出来るなら、テレビの中でも真剣になってほしい。
芳川を除く3人は同様の内容を三様に考えた。
「そして……」
一方通行は言葉を続ける。 - 99 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:08:56.30 ID:5bPZYY3Ko
- まだ何かあるのか、そう思って女性陣は再び口を閉じた。
すると一方通行は席を立ち、ドリンクバーへと向かう。
なんだじらしやがってとか9982号は思うが、一方通行のコーヒーカップには、まだコーヒーが残っていた。
どういう事かと考える間もなく一方通行は3杯のコーヒーを持って来る。
「……なんですか、これは」
3人を代表して9982号は尋ねた。
「飲んでみろ」
それが桐条グループの学園都市に行って、一番の戦利品だァ。と一方通行は言う。
このコーヒーがどうしたと言うのだ、と言った疑問を浮かべつつも、
一同はその言葉に従ってそれを口に含んだ。
「「……コーヒーね(ですね)」」
まごうことなくコーヒー。それだけだった。
ていうか苦い。3人はサラサラと砂糖を入れた。
「お前らァァアァ!!!そのコーヒーがどンだけ貴重なもンかわかってンのかァアァ!!?」
ネットでも販売されねェから現地でしか買えねえンだぞォ!!と熱弁する一方通行。
3人は引いている。
わざわざドリンクバーの中身を挿げ替えて(許可済み)だなァ云々。
3人は引いている。
そのコーヒーはなァ、『フェロモン珈琲』って言ってだなァ云々。
3人は引いていたが、その説明を聞いてコーヒーを一気飲みした。
「「熱!!熱い!!」」
「俺の熱意が伝わったよォだなァ……
何、コーヒーはまだある。とはいえドリンクバーのコーヒーが無くなれば終わりだけどなァ」
一方通行は自身の熱弁の甲斐があったと喜んではいたが、
女性陣の気を引いたのは、味ではなく『魅力が上がる』という点だ。
その日、他の客が『フェロモン珈琲』を口にする事は無かった。
「げふっ……飲みすぎました……と、ミサカは……」
「と、トイレ……」
「……流石に……飲みすぎたわね……」
女の魅力は、1日にして成らず。
お腹をぷっくりと膨らませた3人は、満足そうな顔をする一方通行と共にファミレスをでるのだった。 - 100 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:10:06.94 ID:5bPZYY3Ko
- ・・・
その日、『ラボ』が何者かに襲撃を受けた。
一方通行が帰ってから次の日、それが起きたのだ。
桐条グループが持つ研究所が何者かに襲撃され、
研究資料及び完成間際の『召喚器』を奪われたのだ。
その報を受けた桐条美鶴はすぐに『ラボ』に直行。
やはりというか、報告通りであった。
『実験事故』に関する資料及び『黄昏の羽』を編み込んだ製作途中の『召喚器』6丁。
これらが盗まれたものの、被害は1名。研究者達は眠らされたようだった。その1名は行方をくらませている。
ひょっとしたらその襲撃を行った相手に誘拐された恐れもあった。
「くそっ……一体誰が……」
美鶴は荒された様子も無く、手際良く目的の物だけ盗まれた、と言った状態のラボを見て1人毒づく。
とはいえ、行動は早かった。
すぐに情報封鎖をおこない、侵入者の足跡が残っていないか、調査を始める。
美鶴はその調査の結果をまとめるべく、次々と挙げられる報告を自身の執務室で吟味していた。
そんな時だ、再び男が来訪して来たのは。
「どーもー、いやあ此度は御愁傷様でしたねえ」
「……何の話かな?田木原さん」
金髪を逆立てた短髪の男、田木原一。
学園都市からやってきて、『実験事故』に関する資料を求めていた研究者。
一見して研究者には見えない容姿をしているのだが、それはさておき。
「御愁傷様」と言うのは奪われた研究資料の事だろうが、
情報封鎖を施したはずだと言うのに、何故知っているのだろうか。
「何か、『どっか』の『誰か』が『ラボ』に侵入したらしいじゃないですかー。
駄目ですよお、本当に大事な物なら、大切に大切に、懐の奥の奥にしまわなきゃ」
田木原はニコニコと笑みを浮かべているが、その笑みからは不快感しか感じられない。
むしろ、ニヤニヤと笑みを浮かべる、と表現した方が正しいだろう。 - 101 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:10:53.56 ID:5bPZYY3Ko
- 「ッ……。何で知っているのかな?そのようなことを」
「いやはや、私も驚きましたけどねー。何度も通ってお世話になったラボが襲撃されるなんて。
こう見えてラボの方には足繁く通わせて貰っていたのでね。お陰で研究の参考になったのですが……
とにかく、誰も怪我をしていないようで、安心しましたよお」
「私は、何故そのような事を知っている、と聞いているんだ」
ギン、と田木原を睨みつける。
疑いの目を向けられた田木原は、飄々とした態度で言葉を続ける。
「はあ、そう言われましても……『足繁く』通ったおかげで、研究員の方と『仲良く』なったからですかねえ。
情報封鎖されているとはいえ、人の口に戸は立てられない、と言うじゃないですかあ」
ニコニコと、がニヤニヤに変わった瞬間である。
それまで不快感を煽っていた笑みは、一層嫌悪感を煽る物に変貌を遂げた。
しかし、それが本来の表情であると感じ取れる程の自然な笑みで。
まるで勝ち誇るかのような笑みを見た美鶴は、確信を持ち、核心に迫る。
「……貴様か」
「はい?」
「貴様がやった、と言う事か?」
美鶴の言葉を受け、田木原の笑みはなりを潜め、再び胡散臭いものに戻る。
「いやだなあ、それは冤罪と言うやつですよお。僕はやってませんよ?
それにしても残念ですね、私が資料をもらい受ける前に奪われるとは……
と言う事はすなわち、私がここに来るのも最期と言う訳ですね」
「別に来てほしい等と思ってはいない」
「くくっ……手厳しいですねえ」
「それで、何の用だ?ここにはお前が欲しいものなど残ってはいないはずだ」
「いえ……『居なくなった』研究者の代わり、うちから派遣してもいいですよ?
それだけ尋ねようと思いまして」
「要らん。と言うより貴様の所から人材を借りるよりも、学園都市にこちらの人員を送った方が後々利益になる」
「そうですかあ……そりゃ残念。あ、もし人材をこちらに派遣したいのであればいつでもご連絡下さいな」
別に本気で研究者を派遣したい訳では無いらしく、田木原はすぐに身を引いた。
言いたい事は挨拶のみだったらしく、踵を返し、執務室を後にしようとするが。
「そうそう、桐条さんのとこのような大企業には、『スパイ』ってのはよくある話ですからねえ。
何て言うんでしたっけ、産業スパイって言うのかな?まあ何にせよ、気をつけて下さいね」
意味深な一言を言い放つ。
それでは、縁があればそのうち。と、田木原は立ち去った。 - 102 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:11:27.92 ID:5bPZYY3Ko
- ・・・
田木原一が立ち去り、しばらくの間桐条美鶴は思考に耽っていた。
会話の間に織り込まれた気になる単語をまとめる。
『『足繁く』通ったおかげで、研究員の方と『仲良く』なった』
『僕『は』やってませんよ』
『居なくなった研究者』
そして。
『産業スパイって言うのかな?』
スパイ。
「やはりというかなんというか……」
恐らく、田木原が裏で糸を引いていたのだろう。
だが、それをわざわざ言いに来た理由が分からない。
「だが、何にせよ舐められっぱなしは趣味じゃない」
忌々しげに何処か虚空を見つめると、携帯電話を手に取る。
「学園都市……鬼が出るか蛇が出るか」
罠かもしれない。
とはいえ、動かずに泣き寝入り等できるはずもない。
美鶴は、学園都市に派遣する人材を数人集めるべく、通話を開始したのだった。 - 103 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:12:45.61 ID:5bPZYY3Ko
- ・・・
夜。
学園都市。
その路地裏。
人通りの少ないそこに置かれた『廃棄物処理場』。
そこの焼却炉では文字通り「廃棄されるモノ」を処理している。
生ゴミから人様には言えないナニかまで。
そこで焼かれる人間大の大きさの黒いゴミ袋を眺めながら、
その男はニヤニヤと笑っていた。
中身は、言わずもがな。
「はっ、馬鹿だねえ。金と地位につられて裏切るような奴、信用できるわけねーじゃねえか」
燃え盛る炎に焼かれつつある物体を嘲ると、その男は満足げに笑った。
目的は、上々。
『実験事故』の詳細。これは正直のところ要らなかった(桐条の下へ行く理由づけの為だけに必要だった)のだが、
あって損する訳でも無いので、色々と参考にしようと考えている。
重要なのは、『黄昏の羽』の方だった。
何せ急ごしらえで『適合者』を『造った』せいで、召喚器が足りなくなっているのだ。
実験では召喚器を使い回せばよかったが、これでは実戦が出来ない。
その際だ。今は亡きスパイから連絡が入ったのは。
「桐条が召喚器の製作に取り掛かった」と。
とはいえ、召喚器の製作は何重にも様々な研究所を通して、それも1丁ずつバラバラに造られているらしく、
スパイ程度では『黄昏の羽』の出どころを掴む事が出来なかった為、
完成間近で召喚器が一つにまとまったところで奪う事にした。
幸い、そこのラボには彼自身本当に足繁く通っていた為セキュリティの程度も把握出来ていたし、
それを無効化する位、学園都市の技術力なら容易だった。 - 104 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:13:27.16 ID:5bPZYY3Ko
「おっと、もうこれも要らねえよなあ」
何かを思い出したかのように、左頬を掻く。
するとペリペリと人工の皮膚が剥がれ落ち、そこには刺青が刻まれていた。
木原数多。
猟犬部隊を動かしてラボを襲撃させた張本人である。
「桐条のお嬢様は多分この挑発に乗って来るだろうなあ」
良くも悪くも、まだ若い。
若いと言う事はしばらくの間後継ぎの問題はないが、それだけ経験も浅い。
相手が桐条美鶴の父である桐条武治だったり、
更にその父である桐条鴻悦だったりしたらこうはいかなかっただろう。
その若さに付け入る隙があるのだが、逆に言えば成長の余地がある、と言う事だ。
ならば自身の懐に彼女の懐刀を潜り込ませ、
桐条の動きをある程度予測できるようにしておいた方が良いだろう。
何せ、これから始まる実験で、木原数多はしばらく学園都市外に出られなくなるのだから。
「ったく、研究者ってのも忙しくていけねぇや」
木原は愚痴を一つつくと、剥がした人工皮膚を焼却炉の中に放り込んだのだった。- 105 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/02(火) 04:14:09.35 ID:5bPZYY3Ko
- 尾張。
オルソラ編とこれから始まる気がする大覇星祭編の幕間って感じの話。
田木原って木原くンだったンだァ。へェ~(棒) - 112 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/03(水) 16:41:49.39 ID:7f7kD3/0o
- 大覇星祭。
9月19日から1週間にわたって行われる、いわゆる体育祭。
それも1つの学校だけで行われるものではなく、合同体育祭。
それも複数の学校だけで行われるものではなく、全ての学校と合同体育祭。
能力をフルに活用して行われる、万国びっくりショーもびっくりな体育祭であり、
この大覇星祭は閉鎖的な学園都市には数少ない外部からの見学OKな貴重な機会である。
故にまだ開催日の早朝だというのに、ここぞとばかりに父兄達は学園都市内に集結していて、
人口密度は優に普段の二倍以上に達していた。
それもそのはずで、学園都市が超能力を開発している、というのは外部でも有名な話である。
といっても、どのような実験をしているのかまでは知る由もないのだがそれはさておき、
人が手から火を出したり50m先まで一瞬で移動したり、超電磁砲を放ったり風を起こしたり、という光景は非常に珍しいのだ。
それこそテレビ中継で全国ネットに瞬く間に拡散され、ツイッターでは「学園都市なう」が蔓延るほどには。
そんな中上条当麻や御坂美琴もまた、競技に参加するのを義務付けられており、それぞれが自身のクラスメイトの下に居る。
そちらはそちらでひと波乱あるのだが、それはまあ原作を読んでもらえばおおむねわかると思う(メタ)。
さて、学生でない一方通行たちがなにをしているかというと、特に何もしていない。
何せ9982号や打ち止めは外に出たがっているのだが、一方通行はめんどくせェとか言って動く気配を見せないのだ。
なるほど、前述したとおり人がごった返した街中を歩きたくない、という気持ちは分からないでもない。
とはいえ、遊びたい盛りな9982号や打ち止め(実年齢は気にしない)をして外に出ないという選択肢はありえないのだろう。 - 113 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/03(水) 16:43:01.74 ID:7f7kD3/0o
- 「やだやだやだー!!だいはせーさい見に行きたい!ってミサカはミサカは駄々こねてみたりー!!」
テンプレな「寝ころんでじたばた」を用いて外に出たいアピールをする打ち止め。
しかし一方通行はげんなりとした様子でそれを眺めるだけで、心ここにあらずといった様子だ。
というのも、桐条美鶴から「学園都市の手のものに召喚器を奪われた」と連絡が来たのだ。
事情を聞く限りでは『黄昏の羽』の出どころは学園都市にはばれてはいないようだが、
それはすなわち、召喚器を作らなければ襲撃に遭うことはなかったということだろう。
これは明らかな一方通行の失策である。
学園都市の人間が桐条の下に資料を求めに動いていたのだから、
もっとそちらにも警戒を向けるべきだったのだ。
そんなわけで一方通行の頭の中は「なァにィ~~!?やっちまったなァ!!」というワードがぐるぐると渦を作っていた。
「一方通行?何を考えてるのか知りませんが……外に出て気晴らしでもしてはどうですか?
と、ミサカは上位個体とはうってかわって大人の対応をとります」
「そーよー、子供は風の子元気の子、ってね。3人で外出てきたらどう?」
芳川桔梗もまた外に出たくない派なのだが、これは一方通行とは違い純粋に動きたくない盛りなのだろう。
床に座り込んではいる物の、いつでも立ち上がれそうな一方通行とは違い、
ソファーに寝転んで完全なスリープモードでテレビを眺めていた。
と言ってもどのチャンネルを回しても学園都市一色で、見飽きた風景が映ったりしている為、
どちらかと言えばBGM代わりにテレビをつけているだけ、と言った様子か。
何にせよ動かざる事山の如しな芳川は、確実にお留守番担当員筆頭だろう。
一方通行は一方通行で、いつまでも失敗の反省をするつもりはなかったのか、
というより芳川と同列に扱われたくなかったのか、おもむろに立ち上がる。
どうやらようやく踏ん切りがついたらしく、気晴らしに外に出て、上条達の冷やかしに行くのも良いかなとか考え出したらしい。
「外行くぞォ」
と、首をバキバキと鳴らしながら言い放つ。
9982号と打ち止めは嬉しそうな顔をして、一方通行に着いていった。 - 114 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/03(水) 16:44:10.19 ID:7f7kD3/0o
- ・・・
さて、外に出たは良いが、まだ競技は一つも始まっていない。
とはいえこの圧倒的人だかりは、アンチスキル・ジャッジメントを全て投入してようやく整理出来る、と言ったところだろうか。
移動用の公共機構は自動運転のバスと地下鉄が主で、一般車両の外部から学園都市への侵入は禁止としていたのだが、
これでもしそれが許可されていたら、お前らの渋滞で学園都市がヤバい、と言った状況に陥る事請け合いだ。
それはさておき、9982号と打ち止めにはいつものファミレスで時間を潰してもらっておいて、
一方通行はテレビの中侵入用の為だけに借りたボロアパートへと赴いた。
クマが外に出られるらしいので、ちょっとそれを確かめようと思ったのだ。
そんな訳で、ガチャガチャと建てつけの悪い戸を開くとそこには。
「お前誰だ」
布束砥信がお茶を飲みながらテレビを見ていた。それはまあいい。
だがしかし、窓を開けて外を眺めている金髪は誰だ。
「お!一方通行ン!やっと来たクマか!?待ちくたびれたクマよー!」
「はァ?クマァ?」
語尾にクマ。
特徴的すぎるその語尾を扱う奴を、一方通行はただ一人しか知らないのだが。
「あっ、そーかそーか、クマが着ぐるみパージした姿をしらないクマね!そう言えば!」
「あァ?どォいう事だァ?」
説明を要求する、と言った目線を布束に送ると、どうやらペルソナが覚醒した後、
不意に着ぐるみを脱ぐとその『中身』が有ったらしい。
原因は不明だが、ペルソナが関係しているのだろうか。
「そんな訳で、今日からお祭りらしいクマね!クマも行くクマよ!!」
「待て、別にかまわねェが、その着ぐるみは止めろ。目立ちすぎる」
「ガーン!そんなせっしょーな!これはクマの半身タイガースで……」
「止めろ」
「……はいクマ」
クマは一方通行の言う事に従い、別れを惜しむようにテレビの中に着ぐるみをグイグイと押し込んで行った。
とてもじゃないが、自分の半身の扱い方とは思えない。
「well、久々の外だし羽伸ばしましょうか」
どうやら布束も付いてくる気らしく、軽くストレッチをして体をほぐしている。
色々と訳有りな布束ではあるが、人を隠すなら森の中。
この人ごみにまぎれれば研究者達にバレる心配も無いだろう。
「……はァ。あンま目立つ事すンなよォ」
外に出る事に関しては何ら異論の無い一方通行であるが、色々と不安であるのは事実。
打ち止めの子守もそうだが、面倒くさい事にならなければ良いのだが、と嘆息を吐く一方通行だった。 - 115 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/03(水) 16:45:40.84 ID:7f7kD3/0o
- ・・・
召喚器が奪われた、とはいえ学園都市の技術力の高さを一度は見ておきたい桐条美鶴達は、
どうやら3日目以降にこの学園都市に来るらしい。
そんな訳で初日と2日目は本当に何もすることが無い。
一方通行はいつものファミレスでコーヒーをすすりながら、今後の予定について考えを巡らせる。
目の前では、打ち止めと意気投合するクマ。
一方通行の隣では布束砥信と共に新たなミックスジュースの作成を試みる9982号。
なんだか、ファミレスの外では大覇星祭だと言うのに、こちらではいつもの光景が広がっていた。
「また新しいお客様が増えていらっしゃいますね」
そう声をかけてきたのは、いつも、いつものファミレスで働いているいつもの店員だった。
茶色のショートヘアにクリっとした目。身長は御坂美琴や9982号よりも一回り小さく、
下手すると小学生にも見間違われそうと言った外見を持つ彼女であるが、
本当にいつもファミレスでバイトしているので、ひょっとしたらもう高校すら卒業しているのかもしれない。
「あァ、明後日あたりまた新しいの連れて来るかもなァ」
「……ここ最近、急速にお客様の新たなお友達が増えてきてますね……」
こちらとしては非常に売り上げに貢献して下さってるので、有りがたいのですが。と店員。
確かに、何だかここ一月かそこらで急激に人と関わりを持っている。
とてもじゃないが、今までの学園都市第一位の姿とは思えない。
「なンでだろォな」
一方通行自身も、何故かはわからなかった。
そんなことより、と一方通行はジロリと店員を見やる。
店員はどこからか椅子を引っ張ってきて、その椅子にちょこんと座ってソーダをすすっていた。
明らかに客側として馴染んでいる。とはいえ恰好はウエイトレスなので、サボっているようにしか見えない。
確かに、まだ朝と言う事もあり、客の姿もまばら……というか一方通行達しかいない。
外では父兄達がパンフレットを広げながら、我が子の雄姿をどこでなら最も間近で見られるのか、と右往左往しているというのに。 - 116 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/03(水) 16:46:23.22 ID:7f7kD3/0o
「……つゥか、仕事しなくていいのかよ」
「良いんですよ、この後ランチタイムに突入したらこんなことしてる暇もなくなっちゃいますし……
今の内に休んでおくんです」
まだ競技も始まっていない朝。
父兄達は我が子の応援をする準備は万端、と言った様子で応援席を陣取っているのだが、
恐らく昼休みの時間になれば一気に近場のレストラン等になだれ込む事だろう。
そうなった時、真の地獄が始まる。
ならば今の内に英気を養っておくべきではないか?というのが店員の弁であるが。
「休むなら裏で休めよな……」
休んでる様を客に見せるとは何事か。
一方通行はそんな接客業の基本を怠っている店員を軽く叱咤する。
「むう、バックグラウンドじゃまだ誰も来てなくて暇なんですよー」
深夜組はもう帰ったらしく、朝組の店員はいつもの店員だけでしばらくしないと誰も来ないらしい。
大覇星祭当日で忙しくなると予想されるのに、イマイチ緊張感に欠けるホールと厨房だった。
「お前しか居ねェなら、なおさら仕事しろよなァ」
「仕込みは既に深夜組の方が終わらせてくれてます。後はお客様が来るのを待つだけなんです」
実は意外とやる気はあるらしく、店員はいずれ埋まるだろう客席を夢想して奮起している。
となると、インデックスと言う食物吸引機を連れて来ると、まだ見ぬ客の分まで食べ物を喰らってしまうだろう。
売上的には同じかもしれないが、どうせならいろんなお客さんに味わってもらいたいと考えているようだ。
このファミレス、チェーン店の冷凍食品とは違って手作りを心がけているようで、意外と好評なのだが、
如何せん不定期に訪れるインデックスによって唐突に本日の営業は終了しましたのお知らせをせざるをえなくなるのだ。
故に大覇星祭がおこなわれる間は、インデックスを連れてこないようにしとこう、と一方通行は思う。- 117 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/03(水) 16:48:10.07 ID:7f7kD3/0o
- 「まァなンだ。ランチタイムの時は邪魔しねェよォにするわ」
「あ、それなら……もしお暇だったらここのお手伝いとかしてみませんか?」
「えっ」
「最近バイトが少なくて困ってるんですよ。普段なら満員御礼!なんてことはありませんが……
今日から1週間は否応なしにそんな状況になると思いますし……」
「だからってなンで俺なンだよ」
「だって、業務に関しては大体把握なさってるでしょう?
見えない厨房は別として、ホールでの接客なら」
確かに、毎日のように店員の仕事っぷりを見てきた一方通行だし、
恐らくやれと言われれば出来るだろう。
「めんどくせェよ、ンなこと」
「あはは、ですよね。まあいきなりこれから始まるラッシュアワー的な中に放り込むと言うのもあれですし、
気が向いたら大覇星祭後でもいつでも声掛けて下さい。お客様方なら店長もよろこんで採用すると思いますよ」
そして店員はグイッとソーダを飲み干すと、持ってきた椅子と共に業務に戻ると告げ、
厨房の中へと吸い込まれて行った。
「暇だったらミサカも参加しますよ?」
「indeed、ここを隠れ蓑にするのも良いかもしれないわ」
「どのジュースの組み合わせが一番おいしいか」という題目を、真面目に検討を重ねていた9982号と布束は店員の後姿を眺めながら、アルバイトも悪くない、と言う。
布束はどうだろうか、表向きでは既に研究職も除籍と言う事になっているだろうから、ここで働いても問題は無いのだろうか。
「そォだな。まァ、これからの事を考えるとバイトしてみるってのもアリかもなァ」
妹達の生存権。
はっきり言えば、それは学園都市がまだ握っているだろう。
とはいえいずれはそれを奪い返すのだが、それを行った後、妹達はどうするのか。
ここで社会見学、と言う訳ではないが働いてみるのも一興だろう。
じゃれ合っているクマと打ち止めの精神年齢について考察をしながら、
一方通行は近い未来に関して思いを馳せるのであった。 - 118 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/03(水) 16:50:35.83 ID:7f7kD3/0o
- ・・・
「むう……打ち止めと、大体一緒に居たい!にゃあ」
フレメア=セイヴェルンは頬を膨らましながら駒場利徳を見上げた。
大覇星祭初日。フレメアは自身の通う小学校もあるので、
競技に参加しなければならないのだが、そんなのよりも打ち止めと一緒に遊びたいらしい。
とはいえそんなフレメアの我儘で他のクラスメイトに迷惑をかけられるはずもない。
「……ならば、打ち止め達をこの場に呼ぶ。それでは駄目か……?」
駒場は譲歩案を出し、フレメアに納得してもらうよう説得を試みる。
と言っても、フレメア自身も別に競技に参加したくない訳ではなく、
打ち止めと共に行動したいだけなのでその言葉に異論は無かった。
「良かったねえ駒場のリーダー。せっかく用意したフレメアの雄姿撮影セットが無駄にならなくて!
ついでに周囲の子供達の撮影も……とか考えたら駄目だぜ?」
茶化すような口調で語る半蔵。
実際、今朝方に駒場と合流した時、浜面仕上と共に爆笑したものだった。
一言で言えば『運動会前のお父さん』。
喉が渇いていいようにスポーツドリンクを入れた1,5Lの水筒に、
汗をかいていいように数枚のタオルをカバンの中に常備させ、
更には思い出を刻むべく用意されたデジタルカメラに極めつけは駒場特製弁当だ。
リンゴはうさぎさんで、ウインナーはたこさん。
どう見てもフレメアが喜びそうなラインナップを重箱に入れて現れた時は、
ひょっとして狙ってやっているのかと疑ってしまう程に爆笑させられた。
「いや実際、駒場さんはいい『お父さん』になれると思うぜ!
弁当とか滅茶苦茶美味そうだったしな。あの中身見て食べさせてもらえないのは非常に悔しい!
だけど『初めて』はフレメアに……だよなぁ!」
駒場のフル装備を見て爆笑して、そして駒場に粛清された訳だが、
駒場の隠された意外なる特技・料理を見た浜面は意外と感心したように語る。
でもやっぱり語る内容は駒場を茶化しているもので、
結局浜面は半蔵と共に本日二度目の粛清を受けた。
「「この程度の……暴力に屈して……たまるか……!」」は
成程、言葉だけ見れば非常に勇ましく格好いいものなのだが、
TPOを弁えねば非常に不格好な物になる、という良い例だろう。
フラフラと立ちあがりながらも、決意に満ちた目を駒場に向ける浜面と半蔵。
ただ、先程までの掛け合いを見ていた周りの人間からすれば、非常に滑稽なものに映っただろう。
「……とにかく、一方通行に聞いてみるとするか……」
浜面と半蔵に軽く溜息をつきつつも、駒場は一方通行に連絡を取るべく、携帯電話を開く。
大覇星祭開催まで、後1時間を切っていた。 - 122 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:24:28.24 ID:r56TljZ8o
「一日アンチスキル部隊長……ねぇ……」
「よ、よろしくおねがいします……」
黄泉川愛穂は目の前の少女を見て、改めて嘆息した。
外部からアイドルを招き入れて何をさせるかと言うと、一日警察署長の様な事。
事前にこの事は知らされてはいたのだが、
実際に目の前の少女を見ると非常に面倒な事になりそうだと思う。
はっきり言って、大覇星祭でのアンチスキルの業務は普段の20割増しくらいに激務である。
何故かと言うと、いくら頑張ろうとも外部からの侵入が容易になってしまうからだ。
従って、毎年大覇星祭の裏側では何かしらの事件が起こっている。
去年は某研究所への諜報活動。
一昨年は某病院へのテロ活動。
これらだけではなく、もっと小さな事件や事故も多発していたのだが、
それらは全て秘密裏に処理されてきた。
外部に「この街は危険だ」と悟らせてはいけないから。
それを悟らせては、外部からの学園都市への編入が減ってしまうだろう。
だからこそ、久慈川りせのアンチスキル業務の参加も許可されたのだ。
「アイドルが警察の真似事出来る程度の安全度は有る」と思わせる為に。
「『りせちー』って言ったら、もっと元気な感じじゃなかったじゃん?
テレビあんまり見ないからよく知らないけど」- 123 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:25:56.26 ID:r56TljZ8o
- 黄泉川はこれからの予定を頭の中で組み立てながら、目の前の少女に声をかける。
赤みがかった茶髪のツーサイドアップ。両サイドで結われた髪の毛は、彼女が動くたびにサラサラと揺られる。
小さな体躯に似合わずスレンダーな体型で、パッチリとした二重の瞼。
成程、これがアイドルだ!って感じの見た目じゃん。
とか黄泉川は思うものの、目の前の少女からはイマイチ元気が感じられない。
以前テレビで見た時は、もっとはっちゃけた感じだったと記憶していたのだが。
「え、えっと……緊張しちゃって……」
久慈川は曖昧な笑みを浮かべて黄泉川の質問に答える。
その表情には若干の陰りが見え隠れしていたが、本当に緊張してるのだなと黄泉川は納得した。
「まあいいじゃんよ、これから「一日アンチスキル部隊長」って名目でうちの部隊を指揮してもらうけど、何か質問あるじゃん?」
「あ、いえ……分からない事があったらその都度聞いて行けばいいんですよね……?」
「ん、それでいいじゃんよ……てか、そんなんで大丈夫じゃん?
ちゃんと朝飯は食ってきたかー?」
元気があれば何でもできるじゃん!と黄泉川は快活に笑う。
そんな黄泉川を見て、久慈川もまたクスリと笑った。
「大丈夫です、仕事に入る時はスイッチ切り替えますから」
「お?公私使い分けてるのか?そりゃ凄いけど駄目駄目じゃんよ、子供はもっと好きなように生きるべきじゃん!」
こんな子供が公と私を使い分けている、と言う現実に黄泉川は少々驚いている。
公私混同というか、常に素で動いている黄泉川には考えられないだろう。
「あはは……いちおう、仕事ですので」
「そうかい、ならまあ……あんまり息苦しくならない程度にするじゃんよ」
「……そうですね」
黄泉川の言葉に、久慈川は再び少しばかり表情を暗くしたのだが、すぐに元に戻して同意の言葉を言った。
今度は先ほどとは違い、その陰りを黄泉川はしっかりと捉えていた。 - 124 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:27:11.63 ID:r56TljZ8o
- ・・・
「いえーい!皆見てるー!?今日はぁ、学園都市にやってきちゃいましたぁー!
よくわかんないけどぉ、警察みたいなことをやってぇ、学園都市を守っちゃいたいと思いまーす!」
久慈川りせは、テレビカメラが向いた瞬間豹変した。
まさに公と私が切り替わった瞬間だ。
お茶の間の一同は久慈川の『公』しか知らない為、
「その姿」が当たり前のものだと思っているのだろう。
黄泉川愛穂は目の前で可愛らしい動きと口調を続ける少女を見て、
『私』を見せられるような、信用できる相手は居るのだろうかと場違いな考えが頭を廻った。
初めて会った時の、あの少し控えめな態度。
黄泉川の予想ではあるが、久慈川は緊張から来るとは言っていたが、
あれが本来の久慈川の性格なのだろう。
だとしたら、こうしてハイテンションを保つと言うのは非常につらい作業になっていると思う。
それを裏付けるかのような、先程見せた表情の一瞬の曇り。
一期一会、今日だけの出会いだろうけど、逆に今日しか会わないからこそ話せない事もある。
(それなら……)
等と黄泉川があれこれと考えていると。
「ちょーのーりょくとかよくわかんないけどぉ、
悪い人がいたら私がみぃーんなやっつけてあげるからねー!」
すると中継は一端終わりらしく、テレビカメラが回り終えると久慈川は髪の毛をかき上げ少し溜息をついた。 - 125 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:28:02.57 ID:r56TljZ8o
「黄泉川さん……」
少し不安げに久慈川は黄泉川を見上げる。
その表情を見た黄泉川は真剣なまなざしで久慈川を見た。
「どうしたじゃん?」
「超能力って……本当は私が思ってるよりすごいんですねよね?大丈夫かな……」
「……ぷっ、大丈夫じゃんよ。あんたは部隊長なんだから、
後ろでふんぞり返ってりゃそれらしくなるさ」
「むっ、黄泉川さん?子供だからって馬鹿にしてるでしょ?」
「違うじゃん、「年相応」に扱ってるだけじゃんよ」
「もう!ひっどーい!」
少しだけ心を開いてくれたのか、久慈川は最初の頃とは違いかなりフランクに話してくれるようになった。
これが『公』に引っ張られたものなのか、はたまた本来の『私』なのか黄泉川にはわからないが、
せめてこの場にいる間だけでも本音で話してくれたらうれしいと黄泉川は思う。
『今日しか会う事がない』からこそ話せる事もあるだろうから。
- 126 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:29:44.64 ID:r56TljZ8o
- ・・・
「ンだこりゃァ……」
「「ぎゃはははは流石ロリコン皇太子!!」」
「ミサカはそれ食べたいってミサカはミサカは」
「well、中々良いポジションを取ったものね」
「……ふごおおおおお!!!」
「お?このアイスキャンデーを食べたいクマか?3本か?甘いの3本欲しいクマか?
いやしんぼクマね!お腹壊すクマよ!」
「そうですね。とはいえジャリガキの低レベルな争いしか見られないのがたまに傷ですが」
「うぎゃあああああ!!!」
「じゃあミサカのと交換しよ!ってミサカはミサカはオレンジシャーベットを差し出してみたり!」
「indeed、自分だけの現実があまり定まっていない子供達の能力ですが、
発想が私たちより柔軟だからね。自分の能力をどう使うか楽しみってところよね」
「うわああああ!?浜面ァァァ!!!」
「お、ありがとクマ!ならクマはこのグレープ味を差し出すクマよ!」
「……貴様もだ。半蔵」
「成程、確かにミサカは能力の運用法がインプットされていますが、
それ以外の使い道もあるかもわかりませんね」
「うぐああああああああああ!!」
カオスだった。
スキルアウト一行と合流して、フレメア=セイヴェルンの応援に回ったのは構わないのだが、訳がわからないよ。
フレメアは既に競技に参加してるので、この場には居ない。
いや、居ない方が良いだろう。
既に場が出来上がってしまっている。酒は入ってないはずなのだが。 - 127 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:30:49.69 ID:r56TljZ8o
- 眼のやり場に困って、ふと校庭の外を見ると黄泉川愛穂がいた。
恐らくアンチスキルの業務を行っているのだろう。
お疲れ様だなァとか思いながらその動向に注目していたら、
知らない少女がアンチスキルを率いていた。
「なンだありゃ」
テレビだのアイドルだのに興味のない一方通行。
黄泉川よりも一回り若そうなのにアンチスキル率いていると言う事は、
それだけ有能なのだろう。と見当違いの予想をしていた。
「ここではぁ、子供達が頑張ってるみたいだよー!
それじゃあ、頑張ってる子供達にインタビューしたいと思いまぁす!」
と思ってたら、何やらその少女が周囲に居る小学生達にインタビューを始めた。
「……本当になンだありゃ」
どうやらアンチスキルの隊長だとかそういうあれでは無いらしい。
だが、一方通行には久慈川りせに関する知識は無い。
近くに黄泉川がいるので、少し話を聞いてみようか。
と言うより、この宴会のような騒ぎの渦中に居たくないのが本音だ。
そんなわけで、そろそろとその場を離れて、黄泉川のいる方へと向かう。
「よォ、なンだありゃ?」
「お、一方通行じゃん?こんなとこで何してるじゃんよ」
「いや、あれなンだが……」 - 128 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:31:46.51 ID:r56TljZ8o
- 黄泉川の問いに、一方通行はげんなりとした様子で指をさす。
そこには花見でもしているのか、と言う程に馬鹿騒ぎをしている一団がいた。
「……成程、あのノリに着いて行けなくなったとこに、私らが来たってとこじゃん?」
「そのとォりだァ。で、ありゃなンだ?」
「お前『りせちー』って知らないじゃん?今をときめく有名アイドルだってのに……
いくらなんでも俗世から離れすぎじゃんか」
「興味ねェもン知ってどォすンだよ」
チラリとインタビューを続けている久慈川りせを見やると、
一方通行は興味を無くしたかのように視線をそらした。
本当に興味が無いらしい。
枯れていると言うか何と言うか……。そんな呆れた様子で黄泉川は一方通行を見る。
すると再び中継を終えた久慈川が黄泉川達へと向かって歩いてきた。
「あれぇ?その人だぁれ?」
どうやら周りに人目が有る時はキャラを崩さないよう心掛けているらしく、
先程と同じテンションで話しかけてきた。
「なンだコイツうっとォしいぞ」
そんな久慈川の仕事魂を真っ向から否定する台詞を、一方通行は堂々と吐いた。
流石のりせちーも、その全否定っぷりに驚きを隠せないようだった。 - 129 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:32:59.88 ID:r56TljZ8o
- 「んな!?あんただって残暑厳しいこの時期に真っ白なくせに!!もっと外出なさいよ!!」
「あァ!?俺だって好きで真っ白でいる訳じゃねェンだよ!!
せめて服だけでも黒くしてェってこの気持ち分かンねェかなァ!?」
「分かんないわよ!そんなウルトラマンみたいな服装から、
そんな事情をどうやって導き出せっていうの!?」
「ンだとォ!?」
「なによ!」
「あっはっは、初対面とは思えない程息が有ってるじゃんよ」
「「誰がだ(よ)!?」」
やっぱコンビネーション抜群じゃん!と黄泉川が爆笑する中、
番組のプロデューサーらしき人がそんな3人に近づいてきた。
「あのー、そちらの白髪の方は一体……」
「ん?ああ、こいつ学園都市でも有数の超能力者じゃん。
けして怪しい者とかじゃないから心配しなくていいじゃんよ」
「なに?超能力者だって?……それはいい!
もしよろしければしばらくの間久慈川と行動してもらいたいのですが、どうでしょうか?」
どうやら黄泉川が一方通行の保護者と思ったのか(実際その通りだが)、
一方通行の同行の許可を黄泉川に求めるプロデューサー。
一方通行がそのような事を許可するはずもないのに。
「あァ?なンだってそンな面倒くせェ事を……」
「ふん、超能力者とか言って訳のわからない私服着てる時点で学生では無いんでしょ?
怪しいに決まってるわ!」
「あァン!?誰の服が怪しいってェ!?」
「落ちつくじゃん、一方通行。私の眼から見てもその服は怪しい」
「なン……だと……!?」
ほら見た事か、と言ったドヤ顔を一方通行に向ける久慈川。
一方通行のボルテージはマックスだ! - 130 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/04(木) 20:33:56.81 ID:r56TljZ8o
- 「あの……それで御同行の方は……」
プロデューサーは恐る恐る黄泉川に尋ねる。
まだ高レベルの超能力者を目の当たりにしていないからか、不安そうな様子である。
「ん?ああ、どーせこいつ暇だし構わないじゃん。なんかあの子と息あってるし」
「それで、彼はどのような超能力を……?」
一番気になる所。
より凄い能力である程、画も映える。黄泉川の言が本物ならば撮影しがいもあると言うもの。
これが逆に地味なものだったら、放送事故につながりかねないから慎重にもなる。
「んー、説明しにくいなあ。実際に見てもらった方がいいかもしれないじゃん」
黄泉川はしばらく考え込むが、本当に説明し辛い。
「火を出せます」とか「電気出せます」とかならまだしも、
「ベクトルを操作できます」と言われても分かり辛いだろう。
「ハァ?なンだって俺が全国のお茶の間に超能力をお届けしなきゃならないンですかァ?」
「あれ、怖いの?ホントは超能力なんて使えないんでしょ?
カメラも回ってないし、謝るなら今がチャンスじゃない?」
「……やってやろォじゃねェか。後になって後悔してもしらねェぞ」
「ふん、精々放送事故にならないよう気をつけることね!」
何より、当の一方通行があの様子だ。はっきり言って頼りない。
強いて言うなら姿形は目立つから、超能力者ですと紹介してもそれっぽいだろう。
「それでは、あなたのお名前をお伺いしてよろしいですか?」
何にせよ、一度能力を行使している所を見てから決めたらいい。
プロデューサーはそう思いなおし、一方通行に名前を尋ねた。
「あァ?……鈴科だ」
少しイライラとした面持ちで、一方通行は偽名を名乗った。
・・・
「あれ?そんな名字だったじゃん?」
「いや、偽名だから」
「……本当の名前は一体どこに行ったじゃんよ……」
「……家出して帰ってこねェンだ。俺の名前」
「……」
「……」 - 140 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/05(金) 08:44:46.24 ID:4IO9WEvBo
- 「勢いとは言え、やっちまった……」
またやらかした。桐条グループの時と言い、なンだか墓穴掘る事が多い。と一方通行は思う。
学園都市第一位が誰の許可も無しにテレビの前に出るとは、色々と問題が出そうな気がする。
いや、まだ自分が第一位だとは名乗っていない。
諦めるにはまだ早い、諦めたらそこで試合終了なのだから。
「能力を見せる」とは言ったが、余り手の内を晒す事はしない方が良いだろう。
何せ誰が見ているかわからないのだ。
(となると……)
この間桐条御一行に見せた光学迷彩、あれでいいだろう。
あれなら「the 超能力」と言っても差支えないはずだ。
何より桐条達にはそれで通していたのだから、
もし間違って別の能力を使っているところを見られたら何を言われるか分からない。
とはいえ、一方通行の目の前にいるツーサイドアップは、
「えーマジ光学迷彩?キモーい光学迷彩が許されるのは小学生まで」とか言って難癖付けてきそうな気がする。
弱った。
今現在、一方通行の頭の中には、適当にお茶を濁して立ち去ると言う選択肢は無かった。
何だか久慈川りせに負けた気になってしまうから。
今までも魔術師相手やシャドウ相手に色々と立ち回ってきたが、ようは負けず嫌いなのである。
例えどんな分野だろうと。
そんな訳で、適当に能力を見せた後に、一方通行が選んだ道がこれだ。 - 141 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:45:56.26 ID:4IO9WEvBo
- 「今日はぁ、ちょーのーりょくについて教えてくれる野良のーりょくしゃの方に来てもらっちゃっいましたぁ!」
「どォもー、鈴科でェす。光学迷彩で姿消せまァす」
「それじゃあ早速ですがぁ、ちょーのーりょく見せてほしいなあ!」
「そォですね、俺が能力使ったらこンなンなりますゥ」
「あれれー?鈴科さんがいないよぉー?」
「……とまァ、こンな感じに姿を消せるンだよなァ。
原理とか語ると時間の無駄なので実際に見てもらいましたァ」
「それは凄いですねぇ!覗きとかいっぱいなさってたんですかぁ?」
「いや、そォいうの防ぐために『アンチスキル』が居るンですがァ」
「分かりましたぁ!それでは一日部隊長として、あなたを逮捕します!」
「まて、落ちつけ。これは罠だ、俺は覗きなンざしてねェからな?」
「本当ですかぁ?嘘だったらすぐに取り押さえますんで覚悟しといて下さぁい!」
久慈川は間延びする口調だが、何処か棘があるように思えるのは気のせいか。
そんな感じで一方通行の紹介が終わった。
そう、一方通行の選んだ道は。
―――所謂解説ポジション。 - 142 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:47:04.51 ID:4IO9WEvBo
- 何やら久慈川りせ率いるアンチスキルの部隊は学園都市各地を回り、
色んな能力者を見て行こう!みたいな事をしているらしい。
と言うのも、アンチスキル本来の任務は基本交通整理であるから(秘密裏に色々と処理はしているが)、
アイドルの交通整理映像など誰得だと言う事で見回りがてら色んな能力者を見てみようと言うのが目的なのである。
そんな中、「あれ?何この能力」となった時に「ああ、それは定温保存だね。有り体に言えば魔法瓶みたいなあれさHAHAHA」
「すっごーい博識なんだね☆」「いやあHAHAHA、それほどでも」と、素早く解説してくれる人間がいると非常にありがたい。
学園都市第一位の一方通行なら、それは天職と言っても過言では無かった。
何せ一目見て観測すれば、大体の事はすぐに把握できるのだから。
とはいえ、これは全国の男どもから怨念の念が飛んで来るだろう。
何故なら皆のアイドル・りせちーと共に行動出来ると言う特典付き。
一方通行にその自覚は無いが、ファンなら金をいくらでも積んでいるところだ。
この映像を見た事で、学園都市行きを決めた思春期の少年が数多くいたとかいないとか、というのは余談である。
「それじゃあ、次の勤務地行ってみよー!」
久慈川は笑顔全開で拳を突き上げている。
そしてチラリと一方通行の方を向くと、その視線に「お前もやれよ」と言う物を乗せてきた。
「……おォー」
本当、何やってンだ、俺。
勢いだけで行動すると馬鹿を見る、それをまざまざと教えられた一方通行は、
若干気だるげに拳を天に向けたのだった。 - 143 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:49:02.43 ID:4IO9WEvBo
- ・・・
「諸君。聞いているか?
今日は、良い天気だ。今日は、非常に恵まれた天候だ。
諸君。聞いているか?
今日は、適度に暑い。今日は、非常に恵まれた気温だ」
男は語る。
その語りを聞く者たちは一言も声を発さず、
身動き一つもせずに男の声を聞いていた。
「風が気持ちいい。日差しが気持ちいい。頬を伝う汗が気持ちいい」
男は語る。
空を仰ぎ、日差しをまぶしそうに捉えながら、
軽く汗をぬぐった。
「……そしてなにより、戦う前のこのピリピリとした空気がたまらなく気持ちいい」
男は語る。
荘厳な雰囲気を漂わせるその空間は男と兵(つわもの)達だけの空間で、
何人たりともよせつけないものであった。
「諸君、今日は戦うには非常に良い日だ。
諸君、今日は死ぬには非常に良い日だ。
諸君らには今日、死地へと赴いてもらう。私もまた然り、だ。
もちろんただで死ねとは言わない。
奴らの喉笛に噛みつき、奴らの阿鼻叫喚を鎮魂歌とし、
何も語らず、何も残さず、一片の肉片と化すまで一気呵成に修羅と成って果てろ!!」
そして男が一呼吸つくと、最期の口上を一気に述べ上げた。
それに呼応するように、兵達の意気は立ちどころに上昇する。
「「「うおおおおおお!!!!」」」
午前十時。上条当麻達の最初の競技は『棒倒し』。
上条の厨二病も真っ青な口上で、彼の所属するクラスのボルテージは最高潮。
妙な威圧感を放っている割には、上条の号令に反応を示しただけで後はシンと黙りこんでいる。
いつ練習したんだと聞きたい程に彼らの息はぴったりと合い、彼らの意気はすさまじかった。 - 144 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:50:08.96 ID:4IO9WEvBo
- 先頭に上条を据え、彼が仁王立ちするとその背後に横一列。
グラウンドには、ザザッ!と足並みをそろえる音が鳴り響いた。
まるでこれから国賓を相手にするかのような、丁寧で威厳を持たせた軍隊の様である。
もしくは、戦国時代で言う合戦が始まる一歩手前の兵団の様でもある。
兎にも角にも、彼らが持つ緊張感は、テレビカメラが彼らに向いている事から来るものではない。
彼らは一様に「敵軍」……否、「的群」だけを見据えていた。
ただひたすらに、それらを倒すと言う意志が、彼らの目から見てとれた。
その様子だけを伺うと、これから始まる戦いは戦いではなく、
虐殺なのではないかと錯覚させられるほどだ。
そんな彼らの数は優に3ケタに達する。
それもそのはずで、学校単位で行われる大覇星祭は、
基本的に一つの種目に一学年分の学生を投入して行われる。
すなわち、上条はこの一学年分の生徒たちをまとめ上げたと言うのだ。
何故このような事になっているのか。
一言で言えば、対戦相手の担任が、うちの小萌先生を悲しませた。
これに尽きる。 - 145 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:50:53.31 ID:4IO9WEvBo
- 自分達を馬鹿にするのは構わない。
負け犬根性、と言う訳ではないが無能力者が多く集まり、
高位能力者の少ない上条達の学校は、その地位自体があまり高くない。
それゆえに能力に関してあまり頓着を持っていないのだが、
その事に関して敵方の大将(担任)は上条達の大将(担任)を裏で馬鹿にしていたのだ。
その言葉に小萌先生は大層悲しんだ。
これを許してしまっていいのか?
能力を持つ事にこだわりは持たない事が負け犬根性に近いと述べたが、
実際には負け犬等では無い。
これを許してしまった時点で、上条達は負け犬へと成り下がるのだ。
それだけは受け入れられない。
例え無能力者の烙印を押されようとも。
例え低能力者だと陰口を叩かれようとも。
例え落第者だと馬鹿にされようとも。
大好きな恩師を馬鹿にする事だけは許されない。
その一部始終を見たのは上条とその周りに居たクラスメイトだけなのだが、
この話はあっという間に棒倒しに参加する味方達へと伝わり、
上条が無駄に発揮したカリスマで彼らの怒りをまとめ上げたのだ。
そんな光景を見ていた観客一同は上条達に息を飲み、上条達の雰囲気に呑まれた。
死地へ赴く兵士達を見送るように、いつまでも彼らの姿を見ていたいと思ってしまう。
だが、それは許されない。戦地へ向かう彼らに、心残りを残してはならないから。
そして、そんな奇妙な一体感を持った彼らと別れを惜しむ観客を引き裂くように、
棒倒し開始のアナウンスが鳴り響いた。 - 146 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:51:43.75 ID:4IO9WEvBo
- 棒倒し、と言う事ですべき任務は二つ。
殲滅と、敵方の棒を倒す事。
……ではなく棒を倒す側と棒を倒させない側の二種類。
『能力』の有無でハンデを背負っている彼らは、防御に回っている余裕はない。
故に最初からクライマックス、攻撃が最大の攻撃と言わんばかりの戦力の大半を攻撃につぎ込む突撃。
これが本当に戦争だったら愚の骨頂とも言うべき選択肢だろう。
しかし、それしか選択肢が無かった。例え他の作戦が有っても、これしか選ぶつもりが無かった。
無能力者の底力を見せつける。
彼らの頭の中は、それだけで埋め尽くされていた。
「「「おおおおおおお!!!!」」」
兵達は自然と声を張り上げていた。
先程からそうなのだが、たかだか体育祭の棒倒しごときに一体何をそんなに、と思うだろう。
しかしここは学園都市。
ただもみくちゃと押して押されを繰り返して棒を倒す、等と甘い事は言っていられない。
上から下から右から左から、能力の数々が人の代わりに押し寄せてくるのだ。
気合い入れて声を張り上げないと、不意に一撃を喰らった時に立ちあがれなくなる。 - 147 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:52:52.92 ID:4IO9WEvBo
- 炎、氷、雷、水、風、土、その他諸々、あらゆる物体・物質が兵達を飲み込んで行く。
そんな学園都市内でも滅多に見られない、多数の能力のぶつかり合いに観客は沸いた。
しかし、戦禍の渦中にいる上条達は笑い事ではない。
何せこの能力の嵐の中だ。少しでも気を抜いたら、それだけで意識を刈り落とされるはずだ。
テレビの中で数々のシャドウと渡り合って勘を磨いてきた上条だからこそ、
この嵐を潜り抜けてこられたのだろう。
一方で避けきれずに次々と兵達は地に伏して行く。
しかし、その程度で彼らの足を止める事は叶わなかった。
まだ無事な兵はなるべく頭を低くした前傾姿勢を取る事で、攻撃を喰らう無駄を極力減らし、
攻撃を喰らってしまった兵は、地に伏しながらもジリジリと敵本陣へと這っていた。
この死兵のようで、それでいてまだまだ闘志を目に宿した兵達を相手に、敵軍は震えあがった。
やはり能力者として鍛えられたとはいえ、
本物の『闘志』を目の当たりにするのは初めてだったのだろう。
だがしかし、その怯みこそが、彼らにとって最大のチャンスだ。
地に伏していた兵は立ちあがり、一気に駆け上がる。
敵陣に向かっていた兵は、更にその足を速める。
能力などそっちのけで行われた100人の突撃は、それだけで相手の出鼻を挫くのに丁度良かった。
戦争なら愚の骨頂と評したが、この場ではこの作戦こそが最上だった。 - 148 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:53:39.33 ID:4IO9WEvBo
- ・・・
「……」
(なにやってンだよ、上条の野郎は……)
いや、それを言うなら自分もだが。と一方通行は自分で自分に突っ込みを入れた。
りせちーの一日部隊長計画。
彼女が小学生にインタビューした次に向かった先は、高校生達が争う種目。
この年齢になると能力の質も上がっているだろうと向かったところ、
妙な現場に遭遇してしまったのだ。
面白そう!と言う事でそのまま種目を終えるまで見学する事にしたのだが、
余りの景色に当の久慈川りせも、まさに開いた口がふさがらない様子で口をポカンとさせていた。
これではテレビ番組にならないと一方通行は思い、軽く解説をしてみる。
「あァー、やっぱ能力者数そろえるとその辺の見せもンよかずっと面白ェ事になるなァ。
見た感じだと、強い能力者をそろえた学校と能力開発にそこまで力を入れてない学校との対戦ってとこかァ?
押してるのはどっちかって言うと後者の方だから、まァ能力が全てじゃねェって事の証明には成るだろォな」
誰に向けての言葉かは知らないが、見た感じの状況をそのまま実況した。
一方通行の声に我に返ったのか、久慈川も気を取り直して目の前に広がる光景にリアクションを取る。
「ちょーのーりょくってすごいですねぇ!
私びっくりしてどう反応して良いのかわからなくなっちゃったぁ!」
普段のハイテンションを2割増しくらいに興奮させ、りせちーは目の前の光景に目を輝かせた。
カメラの外では、プロデューサーが少しほっとした様子で2人のやり取りを眺めている。
やはり一方通行の気遣いはファインプレーだったのだろう。 - 149 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:54:31.66 ID:4IO9WEvBo
- 「あのレベルで能力の撃ちあいをするのは滅多にねェからなァ。俺でも割と驚いてる。
普段、無能力者があそこまで能力者に真っ向から向かって行く事ってあまり見ねェからなァ。
何が有ったかはしらねェが」
本当に何が有ったのか。後で上条に聞きに行こうと思う一方通行。
そんな一方通行の思考を知ってか知らずか、久慈川は言う。
「なんだかすごいですねぇ!ちょーのーりょくある方がやっぱり有利だと思うんですけどぉ、
それでもそのハンデを乗り越える彼らに拍手を送りたいと思います!
それで、あそこ走ってるツンツンとげとげ頭の人があっちのチームのリーダーっぽいからぁ、
後でインタビューしてみようと思いまーす!」
はい、カット!それではCMはいりまーす!と言う声で、一端カメラが打ち切られた。
その声と同時に一方通行はだらんとその場にしゃがみこんだ。
「ハァ、テレビに映るってのは慣れねェもンだなァ」
「お疲れじゃん、初めてのテレビ中継のくせによくやってると思うじゃんよ」
力を抜き気だるげにガシガシと頭を掻く一方通行だが、その姿からは緊張のきの字も見られない。
黄泉川愛穂が手放しの称賛をする一方で、久慈川は本当に素人さんですか?と言いたい程に手なれた解説をした一方通行に、
称号として解説王ヤムチャを与えたいとか思う。もちろん悪意100%だ。
「……よく言うよね、カメラ回ってても回ってなくても表情一つ変わらない癖に」
ジトっとした目で一方通行を見やる久慈川だが、
当の一方通行は全く気にした様子もなく、黄泉川が持ってきた飲み物を口にしている。 - 150 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:55:28.50 ID:4IO9WEvBo
- 「まあ、こいつに緊張しろって言う方が無理があるじゃん」
「いや、お前が変わりすぎなンだろォが。なンだあのぶりっこはよォ?
つゥか黄泉川、お前は余計な口出しすンじゃねェ」
「……わたしだって、好きであんなのしてるわけじゃないんだもん」
一方通行の歯に衣着せぬ物言いに、久慈川はむくれて言い返す。
そんな久慈川を見た黄泉川は、やっぱり色々抱え込んでるんだろうなーとか思ったりするが、
一方通行がそれを受け止めてくれないかなとか、そんな場違いな期待を一方通行に抱いていた。
「……嫌なら止めりゃ良いんじゃねェのかァ?」
「……それが出来たら、どんなに良い事か」
「……違いねェな」
嫌なら止めたらいい。それが出来ればどんなに良い事か。
一方通行も久慈川の言う事は良くわかる。
内容は違うが、嫌な事を止められなかった人間だから。嫌な事をそれでもやり続けた人間だから。
自分の為だけに行動しきれなかった人間の末路。それが一方通行だ。
久慈川もまた、同じなのだろう。
周りの期待に、押されて、推されて、圧されて。
きっと圧し潰されているのだろう。
だからこそ苦しむ。
理想の自分と、現実の自分との差を見て。
理想の自分を演じ続ける道化。それが久慈川りせの今の姿だった。 - 151 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/05(金) 08:55:59.22 ID:4IO9WEvBo
- 「まァなンだ、これでも飲んで気分落ちつけろよ」
掛ける言葉が思いつかなかった一方通行は、
話題を変えるかのように手に持っていたスポーツ飲料を差し出した。
「ん、ありがと……」
久慈川は何も考えずにそれを受け取り、口にしたところで、気付いた。
「あ、あんたこれさっきあんたが飲んだ奴じゃないの!?」
「あァ?間接キスってかァ?ンな事気にしてンじゃねェよ、思春期かお前は」
「まさに思春期真っただ中の年齢なのよ!私は!!少しは気にしてよ!」
「そりゃ悪かった、じゃあ返せそれ。オークションで売るから」
「何よそれ嫌がらせ!?」
「おォ」
「「おォ」じゃないよ、あなた馬鹿じゃない!?」
「あ、そォだサインくれよ、サイン。そのペットボトルに」
「更に価値を高めようとしてるの!?」
「ハッ、ンだよ元気じゃねェか。ガキはそォやって何も考えずにはしゃいでりゃ良いンだよ」
「……うるさい」
一方通行に、良いように感情を引きだされた久慈川は、悔し半分にそのスポーツ飲料を飲みほす。
そこに先程までの恥ずかしさは見られず、飲み干した後ペットボトルを一方通行に投げつける程度には元気を取り戻していた。
ペットボトルは、ゴミ箱に捨てた。
- 159 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:48:00.52 ID:aZSRjLkro
- 「何やってるのよあいつら……」
御坂美琴は呆れた目をして2人を見やる。
かたやヘルシングにでも出てきそうな演説。
かたやテレビ出演でアイドルと共演。
御坂は現状を理解できなかった。
確かに、上条当麻とは赤組と白組に分かれて事で敵対していたし、
負けた方が罰ゲームみたいなことをすると話してはいた。
その結果が、あれだ。
基本的に、学園都市では優劣が能力の程度で決まる。
故に上条の所属する学校では、対戦相手にはほぼ勝てないと言うのが普通なのだが、
どうしてあそこまで味方を奮起させられたのだろうか。
更に言えば、現状では上条達が押している。
と言うよりこのままいけば、勝って番狂わせが起きそうだ。
「あいつどんだけ私に罰ゲームさせたいのよ……?て言うか私に何をさせたいの?」
ドン引きだった。
まさかあそこまで学生達をまとめ上げて一致団結して勝ちに行くとは思ってもいない。
そして、一方通行は何をどうしたらりせちーと共演出来るのか。
学校行ってない一方通行は、こう言った催し物の時何してるのかなーとか思ったりしていたのだが、
まさかテレビに出てるとは思いもよらない。
変だ変だと思っていたが本当に変な奴らだった。 - 160 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:49:40.76 ID:aZSRjLkro
(そしてこいつも……)
チラリと横を見る。
そこには、うつ伏せに寝そべっている白いシスターが居た。
「うう……お腹すいたかも……」
空の弁当箱と割り箸を手に、力なく倒れ伏している。
はっきり言って、説得力の欠片も見られない。
「いや、さっき食べてたじゃない。
私なんて今日と言う日になってまだおにぎり1個しか食べてないのに……」
「私と短髪とじゃ胃袋の出来が違うかも」
「そんなデカい胃袋要らないから。後短髪じゃなくて御坂さんと呼びなさい」
インデックス。
御坂から見た印象としては大喰らいの少女としか覚えていない。
あの時、外部からの侵入者と対峙していた時点でただ者ではないと思っているのだが、
お腹すいたお腹すいたと手足をじたばたさせてカロリーを無駄に消費している姿を見ると、
とてもじゃないがただ者にしか見えなかった。
そんなただ者・インデックスは割り箸(先程まで弁当を食べるのに使用していた)を握りしめ、
空腹を訴え続けている。
「うう……あれじゃあ足りないかも……」
「ってもここには食べ物なんか無いわよ……」
そういえば、一方通行がいつもインデックスにご飯を奢っていた気がする。
その時に食べていた量を考えると、
弁当1食分はインデックスにとっては0,1食分にも満たないのかもしれない。
とはいえ食べる物など存在せず、御坂の手元にスポーツ飲料があるだけなので、
強いて言うなら水分でごまかしてもらうしかないのだが……
「空腹を飲み物でごまかすなんてできないかも」
「ですよね」
言わずもがな。
インデックスがぐったりしているのはひょっとして熱中症のせいなのでは、
と万が一に賭けて御坂はそのスポーツ飲料を提供したのだが、無駄だったようだ。- 161 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:50:31.02 ID:aZSRjLkro
- 「ところで、短髪はこんな所で何してるの?」
「だから御坂さんと呼びなさい……まあ、敵情視察ってとこねー。勝負するって言ったし。
てか、あいつはいつからあんな調子だったの?」
形はどうあれ、勝負すると決めたのだ。敵の戦力を把握するのも悪くない。
とか思ってたらあれだ。何故あのようなノリになったのか小一時間問い詰めたいところなのだ。
「うーん……とーまはいつも通りだったよ?」
いつもって、いつも一緒にいるのかと突っ込みを入れたくなった。
そういえばこの白シスターも、どう見ても学園都市の住人とは思えない。
今までその辺の事情を聴く機会が無かったから(有るには有ったが、何だか有耶無耶になってた)、
この場で聞いてみても良いかもしれない。
「あー!あくせられーただー!」
とか何とか御坂が思っていたところ、インデックスが今更一方通行の存在に気付いたらしく、急激に元気を取り戻した。
と言うか、インデックスは上条の応援に来たのではないのかと聞いてやりたい。
とはいえ、インデックスは一方通行に会った時は高確率でご飯を奢ってもらっていたので、
パブロフの犬のごとく一方通行を見るとよだれが出てくるのだ。
これを抑えるには空腹を何とかしなければならない。
「ちょ!?待ちなさいよ!」
「お腹すいたお腹すいたお腹すいた」
御坂の制止も虚しく、インデックスはゆらりと幽鬼のように立ちあがると、上条達の様な突撃を一方通行へと向け、
無意識のうちに空腹の訴えを呪詛の様に唱え続けるのだった。
「……私も次の競技に向かいますか」
あれは見なかった事にしよう。そのように御坂は考えた。
インデックスの後姿を見送った後、御坂は何事も無かったかのように自分の競技が行われる会場へと歩いて行くのだった。 - 162 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:51:43.69 ID:aZSRjLkro
- ・・・
「さぁ!そろそろ勝負が決まりそうだけど……なんと押してるのはぁ、ツンツン頭君のチームでーす!」
「最初の勢いそのままに押しこンだ、ってとこだなァ。
もォ少し作戦を立てておけば、奴さンも健闘出来ただろォが……
まァ、上条達の事を侮った結果ってとこだなァ」
「上条達?……あれぇ、鈴科さん知ってる人があの中にいるの?」
「あァ、例のツンツン頭がそれだなァ」
「へー!それならそうと早く言ってくれればぁ……」
パッと見同年代の男女が雑談しているようにしか見えなかった。
しかし、かたやアドリブかたや演技と言う、いつ事故ってもおかしくない2人だが、
それをおくびにも出さないと言うのは流石と言わざるを得ない。
とはいえ、恐らくは画面の向こうでは、りせちーファンが血の涙を流しているに違いない。
芸能人ならまだしも、普通の素人さんなのだから。
だが、白髪にアルビノと、見ようによってはロックバンドにでもいそうな見た目な一方通行とりせちーのコンビは無駄に絵になっていた。
そんな2人の語らいを遮るように、一人の少女が割り込んできた。
「あくせられーた、こんなところで何してるのかな?」
ひょこひょこと歩いて一方通行の下へと向かう。
一方通行は反応に困ったような顔をしながら、突っ込みを入れた。
「……そりゃこっちのセリフだ」
「ええっと、その子は……?」
突然会話を中断されたせいで戸惑う久慈川りせ。
一方通行の様子を見る限りでは知り合いなのだろうが、今は撮影中だ。
更に言えば生放送なので、編集してカット、等は出来ない。
ならばこの状況を何とか利用するしかないのだが、どうすべきか思いつかない。
番組のプロデューサーは頭を抱えるが、そんなプロデューサーをよそに放送は続く。 - 163 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:52:37.60 ID:aZSRjLkro
- 「私はね、インデックスって言うんだよ」
「呑気に自己紹介してンなよ……」
「外国の人かなぁ?私海外って言った事無いから、色々と話聞きたいなぁ」
「あのね、私は記憶s「こいつは日本育ちでなァ。ほら、日本語流暢だろォ?見ての通り俺の従兄妹だ。真っ白同士で似てるだろォ?」」
「真っ白って見た目は確かに真っ白だけどぉ……」
「こいつの家庭環境よりも……見ろ、上条達が勝ったみたいだぜェ?」
「あ!本当だ!それじゃあ今からインタビューに行ってきまーす!」
「それよりあくせられーた!私はお腹がすいてるんだよ?」
視聴者からしたらネタなのか、はたまたガチで事故なのかわからないやり取り。て言うかアクセラレータって何?
しかし上条達が勝負を終わらせた事で、りせちーの興味は上条へと向かう。
それに伴いカメラもそちらへと向かうので、そのままこの事実をうやむやにする事が出来そうだ。
プロデューサーは心底安心した。
そしてカメラの外。一方通行とインデックスがマイペースに話をしていた。
先程インデックスの言葉を遮るように一方通行が発言をしていたが、
恐らくインデックスが生放送中に爆弾を放り込もうとしたのを阻止してくれたのだろう。
確かにこのインデックスと言う少女、天然なのか知らないが悪びれもせず火に油を注ぎそうな、
危なっかしい雰囲気の持ち主であった。 - 164 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:54:20.59 ID:aZSRjLkro
- 「いや、助かったよ鈴科君……」
生放送とはトラブルが絶えないものだが、今まで行ってきた生放送の中でもかなり疲れた。
そして、プロデューサーは一方通行に感謝の念を抱く。
例え一方通行がインデックスの知り合いだったせいで、この事態が起きてしまったのだとしても。
「気にすンな、ありゃ俺の責任だ……」
何せ能力の解説役は一方通行が申し出たのだ。結果的に、そのせいで放送事故になってしまったら申し訳なさすぎる。
和やかな雰囲気で話をしている中、突如謎のシスターが現れた上に「私記憶喪失なんです」等と爆弾が投下された日には、放送局に苦情が殺到するに違いない。
一方通行は何とかその爆弾の除去は出来たはずだと思うが、お茶の間の一同は困惑している事だろう。
何にせよ、次からこのような事が無いようにインデックスの空腹を何とかしなければならない。
苦情とか来なければ良いのだが、と言った具合に一方通行は素直に謝罪した。
「で、これは一体どうするじゃんよ」
ひょい、と言った具合に軽々とインデックスを持ちあげた黄泉川愛穂は、
これからどうするのかと、一方通行とプロデューサーの話し合いの合間に入って2人に尋ねる。
「お腹すいたお腹すいた」
そんな中、いつまでも空腹を訴え続けるインデックス。
「弱ったなァ、俺はあの小娘に敗北を認めさせなきゃならねェ(←?)」
「でもでも、それじゃあ私の空腹はどうしたらいいの?」
インデックスへの餌付けの結果がこれだとしたら、一方通行はインデックスの育て方(?)を誤ったと言う事だ。
あの大食い少女を貧乏学生・上条が養っているという状況を憐れんだ事がきっかけなのだが、
インデックスはイマイチ一方通行への感謝が少ない気がする。
別に感謝されたい訳ではないのだが、このままでは養ってもらうのが当たり前だと思う駄目人間になってしまうだろう。
故に一方通行は突き放す。我が子を谷底に落とす獅子の様に。 - 165 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:55:02.83 ID:aZSRjLkro
- 「そンなもンお前……その辺に出店があるじゃねェか」
「お金は無いかも」
「お前上条の奴から食費もらってねェのかァ?」
そんな金有るわけないと思いながらも一方通行は尋ねる。
「ちょっとしたお弁当はもらったけど、もう食べちゃったかも」
やはりと言えばやはりなのだが、上条からもらった食料も既に消費済みらしい。
この返答を受けた一方通行は、少し考えるそぶりをしてから口を開いた。
「そりゃかもじゃなくて喰っちまったンだろォが……仕方ねェな」
財布から一枚の紙幣を取り出す。
―――野口さんだ。
インデックス矯正計画のその一歩目が、今踏みだされた。
「これで食えるだけ食って、それでも足りねェってなら草でも食ってろ」
紙幣の価値を食べ物の満腹具合で理解させた方が良いと考えた一方通行は、
インデックスに1000円だけ渡す。
どう考えても満腹には程遠いだろう。
しかし、インデックスがこうなった理由の一端を一方通行が担っているのだ。
上条家の家計のやりくりの大変さを理解させるために、敢えてあまり高くない額の金を渡した。 - 166 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:56:00.68 ID:aZSRjLkro
- 「む、私はそこまで意地汚くないかも!」
「最早意地汚ねェとかそォいうレベルじゃねェから……」
食い意地張っているとか意地汚いのではなく、喰い意地汚い。
それこそ、いずれは飼い猫・スフィンクスと上条を比較してどちらから食べるか検討しだすのではとか勘繰ってしまう程に。
「それじゃあ、これで私がお腹いっぱいになれるかどうか、勝負だね!」
「……はァ?」
「負けたら罰ゲームだからね!」
「いや、何言ってンだよお前。そンなモン俺の勝ちに決まってるじゃねェか。
どォせちょっと目を離したら、お腹すいたお腹すいた言ってンだろォ?」
突然勝負を申し出た理由は分からないが、
野口さん1人で抑えられるような胃袋では無い事を一方通行はよく理解している。
上手に野口を使って空腹を満たすには……バイキングが手っ取り早いだろうか。
1000円で食べ放題と言う店なら、いくらでもあるはずだ。
しかしインデックスは、バイキングでは粗方出禁になっていたはずだと記憶している。
いや、実際には出禁になったのは1店舗だけなのだが、
インデックスの噂が一気に広がった事による店側の措置だった。
それに伴って一方通行もまた然りだ。全然食べてないのに、おかしな話である。
「とにかく、私がお腹いっぱいになった時点でお金あったら私の勝ちだからね!」
インデックスはそれだけ伝えると、足早に立ち去って行った。
空腹か否かを判断するのはインデックスなのだから、どうとでも言えるだろ。
と一方通行が突っ込みを入れる前に、インデックスはどこかへと行ってしまう。
「……まァいいか」
どォせ忘れるだろ。と一方通行は思考を切り替え、インタビューを受けている上条の方を見やる。
何やら久慈川りせがインタビューをしているが、その周りにいるいつか見た青髪と金髪が怨嗟の念を上げていた。
確かに久慈川はアイドルの有名人だ。
それからインタビューを受けている上条を妬むのは当然と言えば当然か。
(……だとしたら、インタビューどころか共に行動している俺は一体なンだ?)
要らぬ恨みを買ってねェだろォな、と今更になって現状に頭を抱えた。 - 167 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:57:03.80 ID:aZSRjLkro
- ・・・
りせちーのインタビューを受けた上条当麻は、少しだけご機嫌だった。
近日のアイドル事情は詳しくないのだが、
あのような可愛い子にべた褒めされて喜ばない男は居るまいて。
青髪ピアスの守備範囲の広さは心得ていた為、りせちーの事が大ファンなんやでとか青髪が言っていても余り興味は持てず、
テレビも余り見ないのでりせちーを見る事は無かったのだが、実際に目の当たりにしたらファンにならざるを得ない。
何やらそれに伴い、青髪をはじめとするクラスメイトの恨み数値が跳ね上がった気がするが、気のせいだと思いたい。
そんな訳で、クラスメイト達をガン無視してインデックスを探す事にした。
あの場にいたら多分フルボッコにされるだろうから。
インデックスを待たせっぱなしにしていたから、多分どっか行ってしまっていると思う。
どうやって探そうかなーとか思っていたら、
先程のりせちーと、黄泉川愛穂や一方通行が共に居るのを見つけてしまった。
その三人のいるテントの周りでは野次馬がりせちーりせちー言っていたが、
アンチスキルが警備をしているのでそれ以上は近づけないらしい。
「なんで一方通行?」
インタビューを受けた時、一日アンチスキル部隊長がどうたら言っていたので、黄泉川が居るのは分かる。
だがしかし、一方通行がそこにいる理由が結び付かなかった。
とはいえ一方通行ならインデックスの行方を知っているかもしれないので尋ねる事にしようと思い、一方通行達の下へと歩いて行った。 - 168 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:58:00.04 ID:aZSRjLkro
- ・・・
「どォだった?上条の奴は」
簡易テントの下、パイプ椅子の背もたれにだらんと寄りかかりながら、
一方通行は久慈川りせに尋ねた。
その一方でプロデューサーは、黄泉川愛穂と共に次に向かう場所を話し合っている。
学園都市は閉鎖的な場所である、と言うのは周知の事実なのだが、だからと言って完全に鎖国状態と言う訳でも無い。
何故なら得体のしれない科学技術を秘密裏に開発してます、等と言われてどうして信用できるだろうか。
そんなわけで大覇星祭を含めて、一般開放する機会が年に何回かあるのだが、
能力開発等に関する機密事項に一般人が触れないように、研究所の警備はより厳重になる。
だが、警備が厳重な事すら悟られないようにしなければならない。
その様を見られたら、「人様には見せられない事をしている」等と勘違いされる可能性だってあるのだから。
それ故に、黄泉川とプロデューサーの話し合いも慎重になる。
黄泉川はそれとなく研究所などから逸れる様に意見を出し、
プロデューサーは視聴率が上がりそうな、面白そうな場所に行くように意見を出す。
その過程でどうしても黄泉川と言うか、学園都市が許容できない場所をプロデューサーは挙げるし、
プロデューサーが見てて楽しくないと思えるような場所を黄泉川は挙げてしまう。
この話し合いは少しだけ長引きそうだった。
そんな事情も相まって、まったり話をする事にした一方通行。
久慈川もまた、暇が出来そうだった所での一方通行の質問だったので、
少しだけ考えるとすぐに口を開いた。
「んー、イイ人だと思ったかな?あなたとは違って」
「そォだな、俺なンかと比べていい奴じゃねェよな」
軽くからかうような久慈川の口調だったが、一方通行は全く気にした様子もなく受け流す。
そんな一方通行をつまらなそうに見ると、久慈川は視線をそらした。
「つまんない人ね……ってあれ上条さんじゃない?」
「あァ?……ホントだなァ、何やってンだ?」
アンチスキルの包囲網の外で自己アピールする上条。
明らかに怪しい動きをしていた為アンチスキルに捕らえられて、黄泉川の下へと連れられていた。 - 169 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 22:58:45.12 ID:aZSRjLkro
- 「ぷっ……あの人何してるのかな」
「俺らの事に気付いたけど近づけねェから、敢えて捕まったンじゃねェの?
あいつ黄泉川とも知り合いだし」
すると一方通行の言葉通り、黄泉川の前にひっ立てられた上条は少し黄泉川と言葉を交えると、すぐに解放されて一方通行達の下へと歩いてきた。
「よぉ」
上条は何事も無かったかのように手を振ってあいさつしてきた。
久慈川はもちろん、流石の一方通行も呆れた表情を浮かべる。
「よォじゃねェよ何やってンだお前……」
「いや、インデックス見なかったかって尋ねようと思ったんだけどな」
「インデックスってさっきの子?」
何の用かと思ったら、インデックスを探しているらしい。
久慈川の質問に首を縦に振りながら、一方通行は続いて上条へと突っ込みを入れる。
「そンなモンお前、携帯で聞くなり探すなりしたら良いだろォが」
「携帯はガッコーの教室の中。人づてに探していくしかないんですよ、上条さんは」
「はン、昔の人間は文明の利器なンぞ持ってなかったからなァ……
進み過ぎた技術に頼ってきた弊害だな……携帯を使える事を当たり前だと思っちまう。
今みてェにそれに頼れない状況が有るってのに、その可能性に目を向けずに生きてきた結果がこれだ」
「そう言われたらそうだよね……私も携帯の無い生活なんて考えられないし……
なら昔の人ってどうやって連絡してたのかな、狼煙?」
「狼煙もそォだなァ。ただ短い時間で連絡するってのはどォしても無理だから、早馬飛ばして手紙って手段くらいしかねェだろォな。
だがそれもできるのも一部の上流階級だけだろォから、昔の一般人は遠くの人と話すって考え自体無かったはずだ。
日々の生活で手いっぱいだろォし」
「そう考えると、私達って恵まれてるんだね……てゆーか、何の話だっけ?」
「なンだったか、『身分の差による生活水準の差』だったか」
「……たかだか人探しでそこまで深く考えさせられるとは、
流石の上条さんも思いもよらないですことよ……」
ボケなのかマジなのかわからない会話に、上条はリアクションに困りながらも突っ込みを入れる。
そして意外と息の合っている一方通行と久慈川に少しばかり驚きを示すが、
一方通行の次なる言葉に更に驚いた。 - 170 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 23:01:36.86 ID:aZSRjLkro
「ついでに言うと、インデックスはさっきまでここにいたぞ」
「うえっ、マジ?何処行ったかわかるか?」
「腹減った腹減ったってうるせェから、金のありがたみを理解させるために、
1000円だけ渡してどれだけ腹いっぱいになれるか体験させてやる事にした」
「成程……それは意外と良い作戦かも……悪いな、いつも」
「はン、お前の貧乏っぷりはよォく見せられたからなァ。気にすンな、こっちにも責任はある。
これで少しは学ンで、あわよくば自らバイトする位言ってくれりゃ恩の字なンだがなァ」
「そうしたら上条さんちの家計は大いにたすかります事よ……」
一方通行に激しく同意しながら軽くうなだれる上条。
今までの家計の圧迫具合を考えると、それは当然の事だろう。
しかし、蚊帳の外だった久慈川が思ったことをそのまま上条に尋ねた。
「……話を聞く限りじゃ、あのインデックスって女の子、上条さんと同棲してるの?」
「あっ、え、ええっと……」
年頃の男女が同棲。
久慈川もまた女の子だからそう言った話には興味津々である。
先程言っていた一方通行とインデックスの関係など、とうに何処かへと消えていた。
と言うより元から信じていなかったのかもしれない。- 171 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 23:02:22.14 ID:aZSRjLkro
「いや、大丈夫だよ大丈夫。別に誰かに言いふらすなんてしないし!
ただ、男と女が一つ屋根の下なんて……」
「はン、ガキがいっちょ前にませた事考えやがって……」
「なによ!」
「なンだよ」
上条は返答に窮していたのを見て、一方通行は久慈川の関心を逸らす。
内心多大な感謝を一方通行に示すものの、それをこの場で言う事は叶わなかった。
「見つけた!!私の勝利条件!!」
「「!?」」
それはあまりに突然の事で、アンチスキルすら反応を出来なかった。
彼らの包囲網を針の糸を通すようにすり抜け、上条をかっさらって行く。
一方通行もまた反応できなかったが、追う事は出来るだろう。
しかし、敢えてそれを追う事はしなかった。
「ああれええええええ!!?」
上条の叫びはむなしく響き渡り、
御坂美琴は彼の首の後ろを掴んだまま目的地へと駆けあがるのだった。
「……あれは何だったの?」
「……多分、借り物競走かなンかの条件に合うやつが、上条だったンだろォよ。
まァ一応、上条連れてった奴も知り合いだから安心しろォ」
久慈川は高速で小さくなる御坂と上条の後姿をポカンと眺めながら一方通行に聞き、
一方通行は事もなげに「私の勝利条件」という言葉だけから状況を推測した。
それが正解かどうか確かめる術を今は持たないが、
上条を連れて行った人間が知り合いと言う事を聞いて久慈川は安心したのだった。- 172 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/06(土) 23:03:00.98 ID:aZSRjLkro
- ・・・
「じゃあ、この通りをこのようなルートで行くのはどうですか!?」
「んー……駄目じゃん!」
「あれも駄目これも駄目って!じゃあ逆に何処だったらいいんですか?!」
「もう!なんであんたはそうやって正確に来てほしくないとこ指定するじゃん!?
なんかもう才能あるじゃんよ!」
「何の才能ですか!?面白くなりそうなとこ選んでるだけですよ!
それを才能と呼ぶならうれしいですね!ありがとう!」
「ええい駄目駄目じゃん!!こっちだって一般公開はするものの、
見られたくない秘密の技術だってあるじゃんよ!!」
「それってつまり、私が指定した場所であなたが否定した場所に何かあるって言ってるようなものじゃん!?」
「あ!今の言葉忘れるじゃん!誰かに言ったら逮捕するじゃん!!」
「なんですかそれ脅しですか?!マスメディアは権力に屈しないじゃん!」
「語尾真似すんなじゃん!」
「あなたがじゃんじゃん言うもんだから語尾が移ったじゃん!!」
「じゃんじゃん!!」
「じゃんじゃんじゃん!!」
黄泉川愛穂とプロデューサーの話し合いは、長引きそうだった。
- 184 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:12:07.77 ID:wCXd1NCbo
- 野口さんを1人受け取ったインデックスは、
宣言通りお腹いっぱいになるにはどうしたらいいか考えながら、街を歩いていた。
気を抜くと、ソースやら何かを焼いている匂いやらが漂う屋台ゾーンに足を向けようとしてしまうインデックスだが、何と我慢している。
自身の食欲を封じてまで何をしているのかと言うと、記憶を遡っていた。
過去に見た学園都市の光景を全て、一切合切を脳裏に巡らせ、思いだしていく。
実を言うと、インデックスは完全記憶能力者である。
超記憶症候群だとかサヴァン症候群だとか言われる事もあるが、
兎にも角にも一度見た物は忘れないと言う能力の持ち主だ。
それが意味する事は、一つ。
(街中で見かけた食べ物の金額は把握してるかも)
自然と食べ物の匂いがする方向に目の行くインデックスは、
それらの値段を十全に覚えているのだった。
しかし、1000円と言う値段。
普通の食事処に行っていては満腹になれるはずが無い。
だからと言ってスーパーに行ってもやし三昧は何だか違う気がする。
と言うか、インデックスの家事スキルは0なので、安い材料を買い込むと言う手段はありえない。
(あれ!?美味しくお腹いっぱいになれそうな値段の食べ物がないかも!?)
残念な事に完全記憶を使ったところで、それを応用する事の出来ないインデックスである。
何も考えず勢いで勝負を挑んだインデックスだったが、
1000円と言う値段がこの程度の物だったと考えが回っていなかったようだ。
完全記憶能力も全くの無駄だった。
(こうなったら、自分の足でまだ見ぬ楽園(お腹いっぱいご飯食べられる場所)を探すしかないかも!!)
決意に満ち満ちた表情を浮かべるインデックスは、
一般客がごった返す屋台ゾーンの中へと吸い込まれるように消えて行った。 - 185 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:13:13.01 ID:wCXd1NCbo
- ・・・
あれから30分程経過した。
若きプロデューサーの真っすぐな思いと、学園都市の思惑がぶつかり合った結果、
プロデューサーが折れる形で落ち着いた。
やっぱり権力って怖い。
それでも黄泉川愛穂が気を利かせた為、
なるべくプロデューサーの意向には従う形でこれからの予定を立てる、と言った形でプロデューサーを納得させた。
そんな訳で研究所などの要所要所は、さりげなく避ける形で学園都市内を行脚していた。
だが、特に面白いものがあるわけでもないので、バスで移動中だ。
次の目的地は父兄参加型の競技で、
許可は得ているのでそれに混ぜてもらえば番組的にも面白いだろう。
「見回りも、何も見つからなかったら暇ですね」
「基本的には大覇星祭じゃ交通整理が主な任務じゃん。そっちが良いってなら……」
「い、いえ止めておきます……」
久慈川りせはロケバスの窓から辺りを見回しながら、黄泉川愛穂に向かって口を開いた。
科学技術が進んでいると言うから、久慈川は少し近未来的な都市を想像していたのだが、
近未来的なものはそこまで見られなかった。
区画された道路に、建ち並ぶビルや店舗。日本では普通にみられるオフィス街と言った外観だろう。
とはいえ、自動清掃ロボや無人のロケバス等は初めての体験だったのだが。
「アイドルが交通整理って新しいンじゃねェの?」
久慈川が交通整理をする姿を想像したのか、
一方通行はニヤニヤしながら冗談交じりにアンチスキル本来の任務を勧める。 - 186 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:13:40.87 ID:wCXd1NCbo
- 「数時間微動だにせずに手を振るだけの仕事を見せられてうれしいのは、
心底心酔してるファンだけじゃん?」
「それだけで喜ばれるのは、何だか複雑な気分ね……」
「まァ、大半からは苦情が殺到するだろォがなァ」
「その時はあなたも一蓮托生だから。1人だけ途中棄権なんてさせる訳ないでしょ」
「あァ?この俺が交通整理なンざする訳ねェだろォが。そンな事になったら帰るっつゥの」
「何言ってるじゃん、ここまで来たんだから最期まで付き合うじゃんよ」
「……なンか「さいご」のニュアンスが違う気がするンだが」
「死ぬまでこき使ってやるって意味じゃない?
よかったね!うちの会社大きいから、安定した収入が期待できるよ!」
「うちの部隊は無償奉仕だけど、教師になれば収入に期待できるじゃん!」
「あァ?いらねェ、いらねェなァ。金なンざ掃いて捨てる程あるっつゥの」
「「ゴチになります(じゃん)」」
「……アイドルと手に職のある大人が、一般人のガキにたかるなってンだ」 - 187 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:14:40.23 ID:wCXd1NCbo
- 一方通行が突っ込みを入れた所でバスが止まり、自動扉が開いた。
ようやく着いたか、と3人は思って席を立とうとしたところ、スタッフがその扉から入って来る。
「あ、そろそろニュース終わって中継入りまーす」
瞬間、変貌した。
「わっかりましたー!それじゃあ、がんばっていこー!」
「「……」」
やはりこの豹変っぷりはすごい。
人の目を気にする術に長けていると言うか、人目が無いと判断した時はがっつり素を出すし、
人目が有る時にはすぐさま切り替える。
これは一朝一夕で得られる技術ではないだろう、と一方通行はそのように評価を下した。
別にそんな技術欲しくは無いのだが。
「行くとするかァ……」
「あ、次は父兄参加型競技なんだけど、それに2人は参加してもらうから」
黄泉川は思い出したかのように一方通行と久慈川に言う。
前もって言うと久慈川はまだしも、一方通行は間違いなく嫌がると考えられた事による処置であった。
一応、父兄参加型なので能力の使用は無しだ。
「はーい!」
「えェー……」
嫌そうな顔をしながらも、ここで嫌がったところで時間の無駄だと判断した一方通行は、
渋々と言った形で承諾するのであった。
とはいえ、能力無しでの運動には少しばかり不安を覚えているようだが。
「ちなみに、競技名は「ピンチを乗り越えろ!」で内容は二人三脚大玉ころがししながらの障害物競走じゃん。
障害物競走のコースはくじ引きでランダムに選ばれるじゃんよ」
「なンでもかンでも混ぜりゃ面白いとか思ってンじゃねェぞ!!」 - 188 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:15:32.24 ID:wCXd1NCbo
- ・・・
インデックスは屋台ゾーンを抜けると、カイジが騙された時ばりに背景をぐにゃ~~っとさせた。
たこ焼き(6個)、300円。
イカ焼き、200円。
焼きそば(大盛り)、500円。
お好み焼き、500円。
わたあめ、300円。
りんごあめ、200円。
串焼き(3本)300円。
・
・
・
所持金、プライスレス。
上記のうち上から3行目までを購入した時点で、所持金は消滅していた。
だがしかし、腹は未だに膨れぬ。
腹は膨れぬが、辺りには屋台が良き香りを放ち、インデックスの嗅覚を刺激する。
その刺激が脳内を駆け巡り、すぐに空腹を訴える信号を全身に掛け巡らせた。
インデックスは、一瞬にして空腹になった。
けれども、金は無し。
インデックスは、逃げるように屋台ゾーンから駆けた。 - 189 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:16:44.85 ID:wCXd1NCbo
- ・・・
その一団は依然としてグラウンドの一角を占拠して、のんびりと時間を過ごしていた。
そして、競技を終えたフレメア=セイヴェルンを交えて昼食タイムを迎える。
「いやあ、ホント駒場のリーダーの意外すぎるスキル発揮してんなあ」
「たこさんウインナーが大体美味しいよ!」
「ミサカはこのきんぴらがお気に入りです。
と、ミサカはフェイントを入れつつ本命のから揚げを取ります」
「な!?……ぬかった……surely、こんな所でそんなフェイントを織り交ぜてくるなんて思わなかったわ……」
「残念だったな、布束サン?食う事は生きる事。生きる事とはすなわち……戦いなんだぜ?
ってああ!?それは浜面さんが取っておいたダシ巻き卵!?」
「へっへーん!気を抜いて背を見せた事がハマヅラの敗因クマ!!」
「わーいクマありがとー!ってミサカはミサカはディフェンスが強くて取れなかったダシ巻き卵を前に歓喜してみたり!」
「……ここまで喜ばれるとは、思っていなかった」
いつの間にか一方通行が居なくなっていたので、
一時は「あれ?一方通行何処だ?」とか言いながら辺りを見回したものだが(←動いてまで探す気が無い)、
一方通行の事だから何かに首突っ込んでるんだろと言う意見で満場一致した為、
落ちついて弁当を食べる事にしたのだった。
駒場印の弁当は、このように大人数になることを想定していた為……
と言うかインデックスと共に昼を過ごす事を考えていた為に、割と大量にある。
それも駒場の予想よりも今この場に居る人数が多いのだが、
インデックスは居ない為余裕で全員が満腹になれる事だろう。
しかし、インデックスがこの場に居ない、と言う事は何処かの誰かがインデックスにたかられているのだろうか。
9982号は今日になってまだ見てないインデックスの胃袋の被害に遭っている人が居ることを前提に、空に向かって黙祷をささげた。
何となく空を仰ぐと、そこには飛行船に搭載された巨大モニター。
普段だとその日の天気やらニュースやらが放送されているが、
今は学園都市内の大覇星祭模様が流されているようだ。
そのモニターには。 - 190 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:17:47.36 ID:wCXd1NCbo
「きゃああああ!」
「障害物っておかしいだろォこれェェエエェ!!?」
「ひゃああああああ!!」
「クソ!こいつ動きやがるぞォ!?」
「いやあああああ!!」
「うわァァアァァ!!なンだコレヌメヌメしてやがるゥゥ!!!?」
「ほぎゃああああああ!!」
「大玉が落とし穴にィィィ!!?」
「なに……これ……?」
「うそ……だろォ……?」
「「うぎゃあああああああああ!!!」」
「……一方通行は、一体何をしてるんでしょう」
少し目を離したらテレビ出演とは、流石学園都市第一位と言う事だろうか。
だがしかし、見ている限りでは能力を使用していない。ならば学園都市第一位という肩書は要らない。
「何でテレビ出演?と、ミサカは首をかしげます」
9982号は少し考え込むが、すぐに興味を失ったのか、再び駒場の弁当争奪戦争に戻るのであった。- 191 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:18:42.36 ID:wCXd1NCbo
- ・・・
「ハァハァ……」
「……はあぁ……はあ……」
一方通行と久慈川りせは、テレビカメラが回っていようと関係無しにその場に四つん這いになり息を整えていた。
まさか障害物競争のルートが最難易度・修羅のコースを引き当てるとは思いもよらない。
この最難易度のコースは100枚有るくじ引きの中でも1枚しかない為(クジは毎回元に戻して引く)、
このコースは引き当てる人が居ない割に鬼畜すぎるコースで、
次引いた時の評判次第では修羅コースは封印する事になっていた。
使われないコースを毎年用意するのは面倒だし。
そんな背景がある中で、二人三脚でりせちーに急接近した一方通行への苦情が上がると思われたが、
どちらかと言うと、アイドル・りせちーのあんな姿やこんな姿を見られた事で評判が急上昇した。
これを受けた大覇星祭実行委員は味をしめて、来年もこの修羅コースを織り交ぜることを決定したのだが、
翌年の修羅コースの評価は最悪(何せ父兄がそのコースを行くのだから)。
結局修羅コースは翌年に封印する事を決定したのだが、これは完全なる余談である。
「ちょマジ待って……マジで休憩させて」
どうやら次の目的地も決まっているらしく、近場で歩いて行ける距離なのでそのまま歩いて行くみたいなのだが、一方通行は本気で休憩を求めた。
それほど厳しい道のりだったのだ、修羅の道は。 - 192 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:19:20.83 ID:wCXd1NCbo
- そんな一方通行を見て、
久慈川は息切れさせ乳酸を貯め込んだ足を震わせながら嘲笑する。
「その程度で……へこたれるなんてね……私はまだ体力の半分を残してるわ……」
「ハッ……俺ァまだ6割を残してるぜェ……」
「さっきのは嘘で……はぁ……余裕で100%元気よ……」
「深呼吸してンのバレバレだぜェ……まァ、俺は隠し玉で120%の力を発揮できるンだが……?」
「ふん、さっき「ちょマジ待って」とか言ってた癖に……」
「ありゃ演技だァ……中々の演技派だろォ?」
「そうね、『本当に演技』だったらね……」
何て言うか、不毛な争い。
確かに、あのコースは中々にハードだったが、
あれで息切れするとは鍛えが足らないと言う事。
黄泉川愛穂は、一方通行に更なる鍛錬を課すことをを心に決め、
この無駄な争いに終止符を打つ事にした。
「……ガキみたいな意地の張り合いしてるんじゃないじゃんよ」
「「誰が!!」」
(本当に仲が良いんだか悪いんだか)
少なくとも相性は悪くないじゃん。だとか黄泉川は思いながら、
息の合った2人を見て苦笑するのであった。 - 193 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:20:02.61 ID:wCXd1NCbo
- ・・・
科学の街・学園都市で生き倒れ。それは滅多にない状況と言える。
とはいえ、「滅多にない」と言う事は「たまにある」と言う事なのだが。
その「たまに」に該当する人間……シスターが1人。
「お腹……減った……かも」
インデックス。一方通行に対して一方通行な挑戦状を叩きつけ、
野口さんを相棒にどれだけ空腹を満たせるか、と言う意味のわからない勝負の真っ最中なイギリス清教所属のシスターである。
そんな彼女だが、今現在徹底された資本主義社会に絶望していた。
何をするにも、金。
何処に行くにも、金。
そして何より。
―――何を食べるのにも、金が要る。
しかし、金はただでは無い。
当然だ。
一定の価値を与えてあるものが金なのだから。
そして、それを引き換えにしてようやく食を得られる。
だがしかし、金が無い。
金を得るには?
働くしかない。
だがしかし。
「お腹が減って力が出ないかも……」
腹が減っては戦は出来ぬ。
しかし、食べ物を買う金が無い。
しかし、金を稼ぐだけの体力(満腹度:0)が無い。
「今までよく考えてなかったけど……お金って大事なんだね……」
何せこんなにお腹が減っているのは、お金が無いから。
今までだって上条家に居た時、そのような状態に何度か陥っていたではないか。
その時は一方通行や月詠小萌の家に駆け込んだりしていた為、事無きを得ていたのだが。
「お腹減った……」
一方通行との勝負は既に決していた。 - 194 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/09(火) 05:21:48.44 ID:wCXd1NCbo
- 尾張。
インデックスさんがお金の大事さ、自身の食費の高さに気付き始めました。
て言うか今まで気付かなかった方がおかしーし。それ程に一方通行は圧倒的財力の持ち主だったのだ……
次回はちょっと上条サイドで原作通りに話進めたいと思う。
一方通行はチョイ役で絡む形になりそうかな。 - 195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[sage]:2011/08/09(火) 06:18:34.50 ID:SJ1BigkVo
- 乙
- 201 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:24:37.20 ID:ZVqRrhcAo
- 今の時間帯としては3時のおやつくらいの時間で、大覇星祭開始から数時間たっている為、
開始当初の盛り上がりは落ちつきを見せ、競技に参加する選手以外は大体日陰で涼んでいるようだ。
さて、学園都市も一通り回ったところでテレビ中継が一端打ち切られた。
次にカメラを回すのはナイトパレードだそうで、
一方通行や久慈川りせは中々に疲れた表情で設営のテントで休息を取っていた。
一方通行が急遽生放送に参加し、
二人三脚に参加など追加の予定が加わった事で仕事量が増えたようだ。
スタッフ達も一様にぐったりしていたが、その顔は何か達成感に満ちたものであった。
「正直あれでよかったのか不安なンだが」
「カメラの前なのに、普通に喋れてて良かったと思うよ。
あそこまで自然体なのも珍しいけど」
久慈川は素直な評価をそのまま口にした。
その評価を受けて、一方通行は心底意外そうな顔をする。
「俺はてっきり、難癖つけてくると思ったンだが……」
「む、こう見えて公私はわける主義なの!
評価すべきなのは評価するし、駄目なのは駄目っていうし」
公に私を持ってこない、と言うのは非常に良い事だ。
態度はあれだが、評価されたという点のみを見れば素直に喜んでも良いのだろうか。
とはいえ、私の方はあまり快く思われていない気がする。
「公は良くても私は駄目ってことかァ」
「その通り!」
「……いや、まァ別にどォ評価されてても興味はねェンだけどなァ」
(……そこまで悪くは思ってないんだけどなぁ)
ぷい、とそっぽ向く一方通行を見ながら、久慈川は思った。
出会い方が悪すぎた、と言う事だろう。
互いに互いを否定した事が始まりなのだから、どちらも良い思いを持つ訳が無い。
とはいえ本当に嫌いなら、こうやっていつまでも一緒に話しているなどありえないだろう。
最初に取った態度を軟化させるタイミングがつかめない、と言ったところか。
今日限りの付き合いの割には、久慈川は黄泉川愛穂の事もそうだし、一方通行の事もそれなりに信頼していた。 - 202 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:26:38.16 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
ナイトパレードまで後3時間と言ったところだろうか。
休憩を始めて早30分。会話も途絶え、2人は何やらボーっとしていた。
とどのつまり、暇だった。
特にすることも無いから学園都市を案内しろ、と久慈川りせが言うので、
一方通行は面倒くさそうにしながらも腰を上げた。
一方通行自身、この何もすることのない時間にすぐ飽きたのだろう。
ナイトパレードに向けて打ち合わせをするプロデューサーと黄泉川愛穂に許可を取り、テントを後にした。
「有名人が帽子とサングラスでゴマかそォとするって、本当なンだなァ」
一方通行は自身の隣を歩く帽子+サングラスを装備&ツーサイドアップ→ポニーにジョブチェンジした久慈川を見て、しみじみと呟いた。
それが独り言なのかはたまた久慈川に話しかけたのかは分からないが、
久慈川自身一方通行に言いたい事があるので、一方通行の言葉に返答する形で口を開いた。
「そりゃ、さっきまで生放送してたんだからちょっとは気を遣うに決まってるじゃない……」
「ふゥン」
「ふぅんじゃなくてさ、あなただってさっきまでそこらにある大きなモニターにしっかり映ってたんだからね?」
ただでさえ目立つ容姿してるのに、そんな堂々と歩いていては久慈川が変装した意味がなくなりそうである。
しかし、そんな細かいことを気にしないのが一方通行。
何やら近づきがたいオーラの様な威圧感を放つ事で、
「あれ?テレビに出てた人?」と思われたところで、
話をかける勇気を持った人間が居ない限りは問題ない、と言う訳だ。
「まァ、話しかけられなきゃどうという事はねェよ」
「そ、そうだけど……」
余りに自信満々に言い放つものだから、何となく言い返す事が出来なかった。
とはいえ、実際に話しかけてくる人間が居ないのも事実。
道行く人がちらちらとこちらをうかがっているのは感じられるものの、
実際に話をかけて来る様子は無い。
何やら自身の三白眼を以って、ギラギラと獲物を狙うかのような眼力を発揮していて、
それに恐怖したのか誰も近づけていないようだった。 - 203 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:27:20.09 ID:ZVqRrhcAo
- 「まァ、万が一なンかありゃアンチスキルがすっ飛ンで来るから安心しろ」
「あれ、あなたは守ってくれないの?ちょーのーりょくで」
「言っただろォが、『万が一』って」
どこまでも自身を信じている。
だがしかし、それを過信だとも思えず、
純然たる事実なのだと久慈川は何となく思った。
それは自分には無いもので、少しだけ―――
すると、不意に一方通行が足を止め、後ろを振り向いた。
久慈川もその動きを見て足を止める。
「どうしたの?ってあれ……?」
久慈川は一方通行に尋ねながらも、後ろを振り向くとそこには。
「あぐぜられーだああああ!!」
ぐすぐすと泣きじゃくりながら、一方通行にしがみつくインデックスが居た。
どうやら一方通行を見つけられた事で安堵して、そのまま涙が出てきたようだ。
「……その様子だと、あれだろ、あっという間に金使いきっただろォ?」
「……」
インデックスは何も答えない。ぐしぐしと涙をぬぐい、一方通行の言葉を待っていた。
一方通行はそのまま言葉を続ける。
「知ってっか?1000円ってのはなァ、人がおよそ1時間働いて初めてもらえる額なンだぜェ?
……別に働いて金稼げなンて言うつもりはねェが、
あのお人よしは、空っぽの頭をフルに使って家計をやりくりしてるって事ぐれェは念頭に入れとけ」
「……うん」
言いたい事は言ったし、伝わった。
一方通行はそのように判断を下すと、歩く先を方向転換する。
「……それじゃ、屋台行くぞォ」
「うん!」
訳がわからん、と言った顔をする久慈川を差し置いて話が完結していた。
何だか、すごくいい話っぽくなってるし。
「お前も、あンま食ってねェだろォ?行くぞ」
「え?う、うん……」
久慈川を置いてきぼりにしたまま2人は屋台に向かうので、
何も言い返す暇も無いまま久慈川もそれに追従して行く。
しかし、元気を取り戻したインデックスが突然足を止めた。
「……魔術の気配かも。これは回復術式かな?」
「何ィ?」
「え?ま、じゅ……?」
一方通行が怪訝な表情を浮かべ、久慈川はポカンとする。
そんな2人をそのままに、インデックスは一目散に駆けて行った。
「おい、インデックス!……あァもォ、緊急事態だ!久慈川お前テントに戻れェ!!」
そのように一気にまくしたてると、一方通行もインデックスの行く方向に向かって走り出した。
そして訳もわからず行き先を屋台に変更されたと思ったら、
訳もわからず行き先を元のテントに戻るように言われた久慈川。
しばらくの間、小さくなりつつある二つの背中を眺めた後、
「ああもう!何よ私だけ除け者にしてー!誰が帰るかってのー!!」
ぷりぷりと怒りながら、2つの背中が向かう先へと走りだした。 - 204 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:28:27.96 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
時は遡り、上条当麻が御坂美琴の借り物競走に借り出された後の事である。
何か無理矢理御坂に引っ張られたと思ったら、借り物の条件は「棒倒しに参加した生徒」だそうだ。
そんなんいくらでもいるやん?って思ったけど俺が知り合いだから丁度良かったのかと、上条は納得した。
今度こそインデックスを探すかと思い、地に降ろした腰を上げる。
すると人ごみの中に見た顔が2人いた。
―――土御門元春とステイル=マグヌス。
一見して和やかな雰囲気で会話をしているように見えるので、
ステイルもインデックスを見に来たのかなーとか思うが、
土御門とステイルと言う組み合わせと言うだけで嫌な予感がする。
離れようかと思ったが嫌な予感が本物だった時、恐らく後悔するだろう。そのように考えた。
逆に、普通にインデックスに会いに来ただけだとしたら、
インデックスの事を預かっててもらいたいところだ。
上条自身競技に参加していると、どうしてもインデックスの事を構ってやれない。
それなら、魔術サイドの事情を知っている人間が近くに居てくれた方が色々助かる。
そのような打算的な考えも相まって、何気なく2人に近づいたのだが。
「―――だから……そう言う事情があるから……」
近づくたびに声が聞こえてくる。
「そりゃそうだ―――連中にとっては……チャンスなのだろうな」
笑顔で会話していると言うのに、イマイチその口調からは良い予感が感じられない。
とはいえ、ここで引く気は無い。この嫌な予感が本物だとしたら、なおさら。
そうして、上条の嫌な予感を裏付けするように、ステイルは口を開いた。
「―――この街に侵入した魔術師を何とかしなければならないわけだ」
上条の日常はそこで崩れ去り、今日もまた非日常が幕を開けることとなる。 - 205 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:29:18.13 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
魔術師が侵入している。
と言ったところで、大覇星祭をほっぽり出してそれを探す訳にはいかない。
周りにその事を悟らせてはならないのだから。
故に上条当麻と土御門元春は何事もなかったかのように、次なる競技に向かった。
競技は『男女混合大玉ころがし』。父兄参加型のとは違い、純粋に大玉を転がす競技である。
と言っても、能力使用は有りなのでその危険度は何倍にも跳ね上がるのだが。
競技が行われる喧騒に紛れ、上条と土御門は今後の方針について話し合っていた。
本来、『幻想殺し』を失った上条が魔術サイドのいざこざに関わらない方が身のためだ。
だがしかし、上条当麻の下にインデックスが居られるのは、
「上条当麻が幻想殺しを持ち、インデックスの保護者たりえる」からだ。
とはいえ、必ずしも幻想殺しを持っている必要はない。
インデックスの保護者足り得る実力さえ持っていればいいのだから。
故に上条は示さなければならないのだ、「力」を。
だが、上条にそのような思惑は無いだろう。
この街に住む友人に、インデックスに害が及ぶかもしれない。
動く理由はそれだけで十分だった。
「……そう言う訳だから、携帯を持っておいてほしいぜい」
「分かった……つか、インデックスは放っておいて良いのか?」
「ああ、それはな……「ぐああああ!?」」
上条の質問に土御門が答えようとするが、その瞬間唐突に上条の背後から衝撃が走った。
衝撃の正体は。
「コラ上条!ぼさっとしてるんじゃない!」
「最近はそうでも無かったけど。上条君。やっぱり君には女難の相が出ている」
後ろから追い上げてきた女子勢の大玉。
上条のクラスメイト達が、前を走っていた上条ごと巻き込んでそのまま先へと行ってしまった。
倒れ伏す上条に、同情を禁じ得ない。
「ふ、不幸だ……」
「……カミやんからそのセリフ、久々に聞いた気がするにゃー」 - 206 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:30:03.46 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
なんやかんやで傷つきながら息絶え絶えに競技を終わらせた上条当麻は、
ふらつきながらも携帯電話を取りに教室へと戻っていた。
「イテッ……畜生、思い切り轢かれたなあおい……」
ぶつくさと文句を垂れながらも、自身のカバンをあさり、携帯を取り出そうとする。
すると携帯電話の前に、あるものを見つけた。
「召喚器……」
召喚器。以前学園都市外部でごたごたした際、桐条美鶴と言う女性に言われて試したところ、
この(現実)世界でも召喚が可能だと言う事がわかった。
上条には力が足らない。確かに、鍛えてはいるのでその辺の人よりかは動けるだろう。
とはいえ、魔術と言う異能に対しては非常に弱いと言える。
それではインデックスを守る力が無いと思われてしまう。
そうなってはインデックスがイギリス清教へと戻されてしまう。
インデックスがそれを望むのならば構わない。
ただ、それを言葉にしないうちにインデックスを帰らせるなど、認めない。
上条は、召喚器を腰に差し、ハーフパンツのひもをギュッと締めると、
続いて携帯電話をポケットの中に滑り込ませた。
願わくば、引き鉄を引く事の無き様に。
上条は人に心の仮面を見られる事よりも、その力をこの世界で振るう事にためらいを覚える。 - 207 :>>206最後の行の最後、「覚えていた」で ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:31:55.04 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
敵の名前は、リドヴィア=ロレンツェッティとオリアナ=トムソン。
前者はローマ正教。後者は運び屋。
ローマ正教、と聞いて上条当麻はまたかよ、と気だるげに愚痴った。
端的に言えば、ローマ正教が運び屋を雇い、何かを誰かに運ばせているというものだ。
その何かの名称は、『刺突抗剣(スタブソード)』。
―――あらゆる『聖人』を、一撃で即死させる霊装。
すなわち、それを使用された場合、あの強力な力を持った神裂火織は何もできずに死ぬと言う。
故に今回、運び屋のオリアナを捕まえる事が主な目的なのだが、神裂は参戦できない。
それを使われてはたまったものではないからだ。
また、他の魔術師を集め人海戦術をさせてはと上条は土御門元春に聞いたが、それも出来ないそうだ。
今回、ステイル=マグヌスと言う魔術師が学園都市に来られた理由は、
「知り合いを見に来た」という大義名分がある事に起因する。
すなわち、その大義名分を持たないイギリス清教の人間を呼び寄せては、
他の組織が黙ってはいないだろう。
「お前達が学園都市に入れるなら私達も」等と言って、
堂々と学園都市に侵入する機会を与えてしまう事は防ぎたいのだ。
そんな訳で今回の任務は、上条と土御門、そしてステイルの3人で行わなければならない。
インデックスと言う魔術の専門家が居れば良いのではとも思うが、
今現在のインデックスの立ち位置は非常に繊細なもので、
本来学園都市の外に出てアニェーゼ部隊と相対したり、シェリー=クロムウェルと相対したりなどしていたら、
いつか敵対勢力に学園都市入りさせるきっかけを与えてしまう恐れがあるのだ。
故に今回は意図的にインデックスをこの件には絡ませない。と言うかこれからもそうすべきなのだ。
そういう事情も相まって、今回の上条の主な任務としては「インデックスをさりげなくこの件から遠ざけつつも、オリアナを捕捉する事」だ。
流石に捕まえるのは無理としても、見つけてそれを知らせる事は出来る。
上条はまずインデックスを見つけようとしたのだが、何処に行ったのやら全く見つからなかった。
結局、インデックスより先にオリアナが見つかった為、そちらを追う事を優先させたのだが。
―――それは大きな失敗だった。 - 208 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:33:13.01 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
目的の人物は割とすぐに見つかった。
しかし、彼女は『運び屋』で、『逃げる』事に特化した魔術を身につけているようで、
彼女との追いかけっこは結構な時間をかけて行われていた。
運び屋・オリアナ=トムソンの得意とする魔術は、
『速記原典(ショートハンド)』という魔道書の持つ魔法陣としての側面に特化したものである。
土御門元春が言うには、その魔術が近くの競技場に罠として仕掛けられているらしい。
何故『ただの運び屋』であるオリアナが、競技場と言う一般人も居るような場所にそのようなものを設置したのは謎だが、
一般人が傷つく恐れがあると言う時点でそれを無視する事は出来ない。
恐らくそれに時間をかけさせる事で、オリアナが逃げる時間稼ぎをするつもりだったのだろう。
思惑に乗るのは癪だが、そんなことを言っている暇はなかった。
競技場、と言う事でステイル=マグヌスは入れない。
故に上条当麻と土御門が選手の振りして校庭に入ることにしたのだが。
上条は競技場を前に、躊躇いの表情を浮かべている。
「中学生に混じるって抵抗あるなあ……」
その競技場では、中学生が学校単位で玉入れをするそうだ。
それに混じって術式探しとは弱ったものだと思う。
万が一高校生だとばれれば変態扱いされるではないか。
「これが小学生とかだったら色々詰みだったぜい?生徒に混ざる訳にもいかないしにゃー」
土御門は冗談交じりに笑う。
その笑みに幾ばくかの苦悶が浮かんでいるのは、
この競技場に仕掛けられている術式を探知するのに魔術をつかったからだ。
とはいえここは学園都市。変な輩を侵入させないようにチェックは万全である。
と言う訳で、まずは全身を泥だらけにして「体操服がどの学校かわからない」ようにします。
続いて、着替えが無い振りをして警備を言いくるめます。
最後に、泥だらけの手でIDカードを調べる機械を狂わせます。
そして状況があやふやなまま、着替えを取りに行くふりをしながら競技場へ向かいます。
「以上!楽に侵入出来る方法大全その11だぜいっと」
土御門は手馴れた様子で警備員を騙すと、上条を引っ張って保健室へと向かって行った。 - 209 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:33:50.41 ID:ZVqRrhcAo
- 「体操服の予備ってのは保健室にあるのが相場で決まってるもんだにゃー!」
競技開始まで、残り僅か。
2人は保健室につくと、着替えを二着頂いて、競技場へと赴いた。
そこには実行委員が玉入れの準備として大量の玉をばらまく姿と、
そのもう少し後ろで、常盤台中学のお嬢様方が優雅に競技前のティータイムをしている。
「な!おい土御門、敵は常盤台だぞ!?気を抜いたらオリアナどころじゃなくなる!」
「分かってる!気張っていくぞ、カミやん!術式もそうだが、流れ超能力にやられないようにな!」
相手は常盤台中学。
見た目はお嬢様と言う事で、観客席から向けられたカメラも多い。
それは単純に華があるということだろうが、学園都市を知る者にとってはそうではない。
何せ最低でも強能力者(レベル3)、最高は超能力者(レベル5)を有する学校だ。
それを相手にするという事で、上条達が居る側の学生達はその数2000に及ぶと言うのに、
何処か負け戦に赴くかのような、悲壮な死相に満ちた顔をしていた。
常盤台中学側から見ても、彼らからどんよりした雰囲気が感じられる。
今回も大丈夫そうですわね、と言うのが彼女らの総意だ。
そんな中、彼女達の中でも最も強いとされる能力者だけが、動揺を隠せない顔をしていた。
(な、何で高校生のあいつが中学生に混ざって私達の敵にまわってんのよー!!?)
御坂美琴は困惑した。
どれだけ負けにさせたいのか、理解が追いつかなかった。
だがしかし、これだけは分かる。
(敵に回るなら、倒すまで!!)
ギンッと強い意志を持った目で上条を見据えると、その視線に気付いた上条は気まずそうな顔をする。
「うげっ御坂かよ……」
「いや、あれも常盤台なんだから、居るのは当然だぜい?覚悟した方がいいんじゃねーのか?
ありゃどう見てもカミやんだけを狙ってる目だ」
「うぐう……や、やってやります事よ!」
上条はヤケクソ気味に叫ぶ。それに押され周りの生徒達も戦意を上昇させた。
何だか上条に共感の念を抱いたらしい。無駄なカリスマの発揮である。
そうして、高校生2人を交えた玉入れは開幕する。 - 210 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:35:02.51 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
「恐らく、『速記原典』は籠のどっかに仕掛けられてるっぽいぜい。
玉は今ばらまいてるけど、それならさっきまでは玉は倉庫にあったはず。
ならさっき探知術式を行った時に、倉庫に探知が向かないとおかしいんだにゃー。
だけど、探知は『競技場内』に向いた。て事はこの場に固定されてる籠が怪しいってことだ。
それに、籠の方は随分前から設置されてたらしいからにゃー」
赤組と白組、それぞれ2000人ずつがこの競技に参加するのだ。
それに伴い籠の大きさは半端ない。
故に当日に籠を設置するのは手間なので、
あらかじめ籠だけは設置して置いてあると言う訳である。
「でもさ、どうやって?外の警備見る限りじゃ、わざわざそれを突破するのって無駄じゃないか?」
「多分、籠が外部からの備品だったんだろうさ。
それなら、警備の薄い外であらかじめ設置しとけばいいはずだ。
おそらく、『速記原典』の発動のタイミングはオリアナの方で決められるんじゃないか?
そうすりゃどっかでこの場の事は放送されるだろうから、モニターから見れば発動するタイミングは決められる。
それに、あっちだって取引は円滑に行いたいはずだぜい?
なら、騒ぎを無駄に起こすような愚行はしないと思うぞ」
土御門元春は、軽くストレッチをしながら笑った。
「なるほどなー」
兎にも角にも、籠を調べて怪しい何かが無いかを調べればいい。
とはいえ上条には幻想殺しは無いので、何か見つけたら土御門をすぐに呼ぶ事。
上条は自身のすべきことを確認すると、両手で頬を叩き、気合いを入れた。
それに合わせるかのように、玉入れ開始のアナウンスが鳴り響いた。
「「おおおお!!!」」
一同は叫び声を上げながら、玉を拾うべく駆ける。
2000人の塊が二組。赤と白に分かれて走るものだから、土煙が一気に立ちこめた。
何だかノリの軽いBGMを背景に、その内容は苛烈だった。
何せ学園都市が誇る、常盤台中学の生徒達による一斉掃射だ。 - 211 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:36:38.71 ID:ZVqRrhcAo
- 「うわああああ!カミやん、右から来るぞ、気をつけろぉぉ!!?」
「うぎゃああああ!!!」
上条に引っ張られる形で、絶望していた生徒達が気合いを入れて常盤台に立ち向かうが、その能力差は圧倒的だった。
2000人も居るので大抵の能力は使えるのだが、敵方に常盤台が居るせいで、
大抵はその上位互換の能力をぶつけられる形になる。
純粋に力の押しあいでは勝てない、と言う事だ。
とはいえ、上条と土御門は何も助っ人として勝ちに来た訳ではない。
何とかして籠の傍へと寄る事。それが重要であった。
とはいえ、土御門は既に魔術の行使で体が傷ついている。
ちょっとした攻撃で、土御門の傷口が開いてしまうかもしれない。
目の前に広がる、自分達が体験した棒倒し以上の能力の応戦に、上条と土御門は顔を見合わせた。
「……」
「……」
最早玉入れではなかった。
しかし、そうして顔を見合わせている間にも、次々と能力は飛来して来る。
「行くぞ、カミやん」
「……おう」
2人は心を決めると、一気に駆けだした。
目の前では次々と人が、玉が吹き飛んで行くが、それに目もくれず真っすぐに籠へと向かう。
「よし、とりあえず俺はこの籠から調べてくけど、カミやんも何か怪しそうなの見つけたら教えてくれ。
後はこっちで何とかする。あ、間違っても何か見つけたとしてそれに『触れる』なよ?
恐らく、発動のキーは『触れる』事だと思うからな。声とか音だと俺達に狙いを定められないはず。
つーかこの喧騒の中発動してないのが何よりの証拠かにゃー?」
「分かった!……ってあれ?そういやその術式を見つけてからどうするつもりなんだ?」
「もちろん、土御門印の陰陽術で封印するぜい?
何、陰陽術ってのは元々防御や探知、封印に長けた術だからな。
粗雑に造られた原典の封印など容易いさ」
「……そうか」
止めたい。しかしそれを為すだけの『力』が無かった。
悔しそうに歯?みする上条を見て、土御門は嬉しそうに笑う。
「そんな顔するなよ、カミやん。出来れば超電磁砲とかで術式ごと籠を消し飛ばすのが楽だし、
上手く行けば誰も怪我しない方法だろうけど、あれを巻き込みたくはないだろう?」
「まあ、そうだけど……」
そうして、上条と対話を交わしながらも1本目の籠のチェックが終わったらしく、次の籠へと走って行った。
「クソッ……ホントに無力だな、俺……」
上条の呟きは、玉入れの喧騒の中に消えて行った。 - 212 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:38:50.67 ID:ZVqRrhcAo
- ・・・
「……何も、不自然なとこは無い、よな?」
魔術の知識など皆無な上条が、籠を調べたところで何か分かる訳がなかった。
これなら、この場は土御門に任せてオリアナを追う方が効率が良いのではと後悔した。
「いや、土御門は怪我を負ってるんだから、それの盾位にはならなきゃな!」
考えを改め、とりあえず籠のチェックよりも土御門の護衛に回る事にした上条は、
土御門の方へ走ろうとしたのだが。
そんな上条の真横を一閃、よぎった。
「こ、このビリビリっとした感じ……」
「あ、ん、た、は……何やってんのよ~!!!」
「げぇっ、御坂!?」
御坂美琴は全身からビリビリと放電させながら、手にはコイン。
この大覇星祭ではレベル5としての力は制限されている(圧倒的力量差を埋める為)が、
それでも十分強力な武器を携えている彼女は、目の前に居るツンツン頭に一言物申す為に立ちふさがった。
「何であんたはこんなとこに居るのかな?かな?」
「え、ええっと……それはのっぴきならねえ事情って奴がございましてね……へへっ」
ぺこぺこと縮こまって言い訳をする上条。
しかし、そんな姿すら御坂の怒りの炎に油を注ぐ結果にしかならない。
「のっぴきならねえって……私に罰ゲームをそんなにさせたいのかしら……?」
「いや!そういうことじゃない!みての通り玉を入れる気0だから!な!?」
「じゃあ何でここに居るのよ……」
御坂は怒るのも馬鹿らしくなったのか、疲れた表情で籠のポールに寄りかかろうとする。
そのポールには1枚の紙が。
『速記原典』、一度オリアナ=トムソンと相対した時には単語帳の様なものを使っていた。
ならばここに刻まれている魔術だって、紙が使われているかもしれない。 - 213 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:40:33.60 ID:ZVqRrhcAo
- 「あ!御坂ストップ!」
「え?何?」
「……そのポールにくっついてる紙、何か書かれてるか?」
質問の意図が分からず、はい?と言った表情を浮かべる御坂。
とはいえ、真剣な顔をする上条からは、悪ふざけではないと言う意図が十分伝わったので、
御坂は素直に答える事にした。
「……野木中学校備品、って書かれてるわね、それがどうしたの?また何か厄介事?」
御坂は、意味のわからない質問や言動をする上条から、
何か事情を抱えている事が見て取れた。
何で手伝ってほしいだとか、助けを求めないんだこいつはいつもいつも、
と言った具合に愚痴が脳裏を駆け廻るものの、
それどころでは無いので御坂は上条に対して文句は言わない。
「……まあ、ちょっとな」
上条がそんな御坂の言葉に返答しあぐねていると、
「そこで何をしている。上条当麻」
聞き覚えのある、クラスメイトの声がした。
「その声は……」
恐る恐る、上条は声の聞こえた方向を向く。
「そこで何をしている、と私は聞いたんだけど?」
上条のクラスメイトで大覇星祭実行委員でもある吹寄制理が、
怪訝そうな表情を浮かべながら、体を支えるように籠のポールを掴み佇んでいた。
「全く、何でこんな所に居るのかは知らないけれど、ここは中学生同士が戦う場よ。
高校生であるあたしやあなたは場違いな存在なの。
こんな能力のぶつけ合いのなかここまで来たあたしを褒めて欲しい位ね。
何にせよ、さっさとここから離れるわよ。言い訳は後にしなさい」
体操服の上に薄いパーカーを羽織るが、
そのパーカーはこの立ちこめる土煙や、飛び散る泥のせいか、少し汚れが目立っている。
どうやらこの競技の参加者では無い上条の姿を確認して、
実行委員としてそれを止めに来たらしいのだが、上条の視線は吹寄には無かった。
彼女の掴む手とポールの間に挟まれた、1枚の紙に目が釘付けになっていた。
それが先程の様に、何処かの備品であると示す言葉が記載されていれば幸いなのだが。
そんな上条の思いを嘲笑うかのように、『英語の筆記体』の様なものが青字で書かれていたように見えた。
瞬間。
「吹寄ぇえぇぇえぇぇ!!!!」 - 214 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:41:26.43 ID:ZVqRrhcAo
- バギン!と言う鈍い音が響き渡り、吹寄の体はぐらりと斜めに揺らぐ。
その倒れ方は明らかに異常で、上条は思わず叫び、吹寄の体を支えるべく駆けよった。
その声を聞き駆けつけた土御門が、すぐに『速記原典』を止める術式を構築しにかかる。
辺りは相変わらず能力がひっきりなしに行ったり来たりしているので、
土御門が何をやっていても目立つ事は無いだろう。
しかし、間に合わない。
『術式を止めるだけ』では間に合わないのだ。
とはいえ、止めなければもっとひどい事になる。
土御門は体に鞭打ち、『速記原典』を止めるべく術を発動させた。
その反動で更に体に傷を作る事になったが、今はそれどころではない。
「……カミやん!吹寄の様子は!?」
ゲホゲホと、血を吐きながら吹寄の様子を問うが、明らかに土御門も重傷であった。
訳のわからない、と言った顔をする御坂を完全に無視して、上条は吹寄の様子をうかがっているが、
動悸が激しく、ダラダラと汗を流していると言うのに体はひんやりと冷たい。
明らかに異常だった。
しかし、それを何とかする術が上条にはない。
苦しそうに息を吐く吹寄に、何もしてやれない。
何とかしたい。
でも力が無い。
吹寄の体を蝕む『異常』を何とかしたい。
そんな都合の良い力が、今すぐ欲しい。 - 215 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/10(水) 08:43:43.70 ID:ZVqRrhcAo
- すると、不意に何かが頭をよぎった。
その直感は腰に差してある召喚器に起因しているのか知らないが、真っ先に上条は召喚器を手にした。
辺りには御坂と土御門、それに吹寄しかおらず、他の一同は互いに飛んでくる能力に集中しているようで、
更には誰かの能力か知らないが突風が吹き、土煙が更に巻き上げられた。
それを上条は好都合と見る。
カチリと召喚器をこめかみにつきつけると、
上条は引き鉄を引いた。
「……オケアノス、アムリタ!!」
御坂と土御門が驚愕の表情を浮かべているが、それを無視して叫ぶ。
吹寄を助ける『力』を、『心』から求めた結果が、これだった。
アムリタ。死亡・ダウン以外の状態異常を回復させる。
『心』はそれに応えたようで、オケアノスが吹寄に手をかざすと、
何か白く柔らかい光が吹寄を照らした。
オケアノスが消えると、吹寄は先程までの苦悶に満ちた表情は落ちつきを取り戻し、
安定した寝息を吐いているようだった。
「……カミやん、今のは」
土御門が上条に尋ねる。
土御門も何となく予測はついている、と言うか『それ』しかあり得ないと思っているが、
先程までの光景が何となく嘘か夢かに思えて仕方がなかった。
「……とにかく、一旦この場を離れよう。
御坂、お前には後で事情は話すから、この場では何も聞かないでくれ」
「え、えっと……うん……」
上条は吹寄をおぶさり、土御門の体を支えると、
辺りを見回して最短距離でこの戦場から離脱するルートを探し始めた。
「カミやん、お前は吹寄を頼むぜい。俺は大丈夫だから」
「……本当か?」
「本当本当」
「……分かった」
渋々、と言った様子で上条は土御門から手を離した。
(……あれが、『ペルソナ』か……)
土御門は、上条が召喚したオケアノスを思い出し、考える。
(アレイスターが、いや、『暗部』がこの力で何かしようとしてるのもうなずけるな)
これほどの力。研究者達の唱える『レベル6』に至る道も見えるかもしれない。
ならば研究しないわけにはいかないと言う事だろう。
オリアナに関してもそうだが、この件が終わったら色々と調べなければならないな、
と土御門は休みの日が欲しいと、内心愚痴りながらも重たい体を引きずって、競技場を後にした。
- 226 :今回一方さんでない ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:41:18.99 ID:Sa0tuZ+9o
- 朦朧とする意識の中、吹寄制理は見た。
とある少年の顔を。
最初は、ふらつく身体を日射病か何かのせいかと思っていた。
しかし、自身の体調管理は普段から厳密に行っている。
特に、大覇星祭実行委員として働いている今は、殊更に。
だが、彼女の身体は重く、
日の下に居るとは言えそこまで言う程動いていないと言うのに、汗でべた付いている。
別の要因があるとするなら、心的疲労だろうか?
実行委員として大覇星祭を成功させねばと、一人肩肘張った結果、
知らない間にストレスを貯め込んでいたとか?
確かに、吹寄はこの大覇星祭を成功させるべく、色々と働いた。
慣れない力仕事や、審判の手順を暗記等、円滑に大覇星祭を進めるべく。
だがしかし、そんなことを上条当麻が知るはずはない。
なら、どうして?
(―――どうして目の前の男は、こんなにも悲痛な顔をしているの?)
別に上条の事は何とも思ってはいない。
はっきり言えば赤の他人だ。
そんな上条が、何故そのような顔をして吹寄の名前を叫ぶのか。
それが理解できない。
いや、確かに上条からは吹寄を心配する気持ちは伝わってくるのだが、
それ以上に別の何かを見ているように感じた。
まるで予定外の出来事が起きてしまった、と言う焦り。
それが見え隠れしていた気がする。
何か、大覇星祭の裏で予定外の出来事が起きている?
だとしたら、凄く嫌だ。
実行委員の皆で、この大覇星祭を成功させると誓った。
そして、学生も一般の人も皆に笑ってもらおうと、
頑張って準備してきて今日と言う日を迎えたのだ。
だから、目の前の上条にも、大覇星祭を楽しく過ごして欲しいと思ったのに。
そんな悲しそうで、悔しそうな顔はしないで欲しいと思う。
そして、吹寄は。
―――拳銃をこめかみにつきつける少年を視界に捉えた後に、意識を閉ざした。
その後すぐに、玉入れは一時中断を迎えた。
何でも能力のぶつけ合いをしすぎたせいで、
籠がバッサバッサとなぎ倒された為に玉入れどころではなくなったからだそうだ。
そんな訳で籠を直す作業のどさくさにまぎれて、
上条当麻は吹寄制理を担架で病院に運んでもらうよう頼み、その場を後にした。
その時吹寄を受け取った救急隊員は、「鬼の形相をした少年を見た」と供述している。 - 227 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:42:34.39 ID:Sa0tuZ+9o
- ・・・
「何かごちゃごちゃと込み入った事情があるのは分かった」
上条当麻は、土御門元春とステイル=マグヌスの電話越しでの会話をまとめた。
だがしかし、そんな事情は魔術師同士で頑張ってくれと言いたい。
ただ一つなのだ、上条が望む事は。
―――オリアナ=トムソンをとっ捕まえて、張り倒す。
真っすぐ行ってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす。
と、頭の中でリフレインさせながらも、今もなお続く土御門とステイルの会話に耳を傾ける。
電話越しなので、ステイルの言葉は余り聞き取れないが土御門の言葉から察するに、
何やらステイルが今からオリアナ=トムソンを探知する為の術式を起動させるらしい。
つまり、その術式が発動したらオリアナの位置を特定出来るのだが。
一度オリアナと邂逅した時に、ステイルに向かってオリアナが発動させた魔術があった。
その魔術は、それを受けた術師が魔術を発動する事をキーとして動く自動迎撃式の魔術だ。
術師は魔術を発動させる事は出来るのだが、この自動迎撃の魔術によって術師の魔力精製を空回りさせられる。
魔力とは生命力と言い換える事が出来、それを空回りさせられると人体に変調がきたされるのだ。
すなわち、そんなものを受けたステイルがいつまでも戦線に居られる訳が無いので、
その術式を展開している場所を特定及び破壊を行うべく、先程は玉入れ合戦の中に入り込んだのだ。
さて、先程土御門が体をボロボロにさせながらも術式を封印・破棄したわけだが、ここで疑問が一つ浮かぶ。
何故一般人たる吹寄に術式が反応したのか。
それは術式が反応する条件に起因する。
条件としては、「オリアナの魔術を受けた術師が、「魔術」を発動させる事で魔力精製を空転させる」と言う代物なのだが、『速記原典』の性質上かなりアバウトな仕上がりになっている。
すなわち、その術式の中で意図するしないに関わらず、『魔術的な意味を持つ行為』を行う事でも迎撃術式が発動されてしまうのだ。
これがもっと練り込まれて造られた魔法陣であれば、そのような事態を避けるように陣を展開しているのだろうが、それはさておき。
とどのつまり、『魔術的な意味を持つ行為』とは『手で触れる』と言う行為であり、
それを行えば最後、魔術を使えなくとも生きとし生ける者なら、自身が持つ生命力を乱されてしまう為、
魔術に耐性の無い一般人がこの術式を受けてしまえばどうなるのかは考えるに難くない。
と言うより、実物を見せられてしまった。
ギリ、と上条が歯を食いしばったところで、土御門から声がかかる。 - 228 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:43:35.34 ID:Sa0tuZ+9o
「カミやん、もうすぐオリアナの場所が特定出来るぜい」
「そうか……ステイルは魔術を使ってももう大丈夫なのか?
さっきその術式を壊したけど、それだけで本当に大丈夫なのかはわかんないだろ?
いや、魔術の事なんてわかんねーから、それもよくわからないけどさ」
「ああ、電話で聞く限りなら大丈夫そうだったぜい。
心配ならステイルの声でも聞いとくかにゃー?
どうせオリアナを捕捉したらまた電話かかって来るし」
土御門は上条の質問に軽い口調で答えた。
鬼気迫ると言った様子の上条の雰囲気を和らげようとしたからなのか、
はたまたただ単にからかっているだけなのかは知らないが、そんな土御門に上条は少しだけ表情を柔らかくした。
「いや、別に良いよ。あいつと俺は仲良しこよしなんて関係じゃないだろ?」
上条も先程までは頭に血がのぼっていたが、腰に感じるひんやりとした召喚器の感触を確かめると、
心を落ちつけたのか冗談交じりに土御門へと返答する。
「よーしカミやん、吹寄の仇討ちに息巻くのは構わんが、そうやって落ちついてねーと上手く行くもんも行かなくなるぜい?」
「そうだな、悪かったよ……もう、頭に血は上らせねえ」
先程と同様に表情を硬くするものの、その表情は先程のように怒りから来る表情ではなく、
非常に真剣なもので落ちつきを持った顔だった。
それを確認した土御門は最後にもう一つ笑って、
そして2人はオリアナを探しだすべく動き出す。
・・・
「間違えちゃった、てへ。じゃ済まされないわね……」
行きかう人だかりの中でただ一人、誰も目に向けない電光掲示板に掲載されたニュースを眺めて、金髪の美女は呟いた。
内容としては「玉入れ中断の際中に、女生徒が倒れた」と言うもので、
ニュースとしては話題性に乏しく、よく見る日射病には気をつけましょうという呼びかけの為の内容だろう。
それだけの内容だと言うのに、
この女性は予想外の内容に衝撃を受けたと言った表情を浮かべている。
「謝って済まされる訳が無いのは当然だけど」
自分には為すべき事がある。
と、オリアナは脇に抱えた看板の様なものに、強く指を喰い込ませた。- 229 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:44:46.41 ID:Sa0tuZ+9o
・・・
上条当麻と土御門元春は走っている。
しかし、人ごみの中押しのけるように走っているので周囲の人たちは迷惑そうな顔をしていたが、
それを気にしている暇もましてや謝っている暇もない。
先程ステイル=マグヌスと会話した時はスピーカーがオフになっていたので、
上条は2人の会話が分からなかったが、今はオンになっているので会話を聞きとる事が出来ている。
そうして上条と土御門は、2人同時にステイルのナビを受けつつ走り続けていた。
『オリアナ=トムソンの位置を特定出来た。第七学区の地下鉄、二日駅周辺だ。
もう少し探知を続ければ正確に特定できる』
「な!?そこならさっき通り過ぎちまった!」
上条は慌ててブレーキを踏み、身を翻して今まで通った道を引き返す。
途中路地裏に入り込み、駅へのショートカットを図った。
先程までは土御門が先導していたのだが、やはり傷が響いているのだろう。
今では上条が先行して土御門を先導していた。
『北上しているみたいだね……道が3本に枝分かれしていて、
どの道に行っているかは不明だが、すぐに特定させる……とにかく北方向だ』
上条と土御門はその声を聞きながらも走り続けていた。
路地裏を抜けると、歩道の隅に寄り添う形で地下鉄への入り口があり、2人はそのまま北へと進む。
『3本の道のうち……一番右だ、たった今その道を抜けた』
「……いた!」
上条は、ステイルのナビゲートの声とほぼ同時にオリアナの後姿を見つけ、移動の速度を緩めた。
ようやく見つけたオリアナに思わず声をあげてしまうが、それでもオリアナにはバレないよう、
小さく声を上げたのでオリアナの方からは見つかっていないようだ。
だがしかし、相手もプロ。
すぐさま上条達の視線を察したのか、後ろを振り返って来た。
上条と土御門が迫ってきているのを確認すると、慌てて脇道の中へと吸い込まれて行く。- 230 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:47:07.78 ID:Sa0tuZ+9o
- 「~~クソッ!!」
上条は苛立ちを声に表し、土御門と共に脇道へと入って行く。
しかし脇道はすぐに終わりを迎え、その先にあったのは寂れた商店街だった。
寂れた、と表現したのは本来営業しているべき時間帯だというのに、
どの店も歓迎する様子はなく、シャッターが閉まってばかりだったからだ。
と言うのも、この商店街の位置が悪かったらしく、
客を入れようとしても無駄だと経営側が理解しているのだろう。
普段はそれなりに客入りが良いのかは知らないが、
割と綺麗な店舗と広い道路で商店街は構成されていたのだが。
恐らく、店の人間はどこかもっと人の多い競技場周辺に仮設の店舗でも建てて、
今日も元気に商売に従事しているに違いない。
それはさておき、この商店街の道は真っすぐと伸びており、
オリアナはその通りの左側を走っていた。
上条達もそれに伴い左側へ行こうとするのだが、その前に自律式のバスが横切ったので、
それが通りすぎた後に左側の歩道へと入る。
そうして、バスの行き先を目で追っていたのだが。
「まずっ……アイツ、バスで逃げ……!」
上条達の視線の先、そこにはバス停の中、
自律式のバスを止める為のボタンを押しているオリアナの姿があった。
バスはボタンを押された事で、
プログラムされた事を当たり前にこなすべく、バスを止めオリアナを乗せる。
そしてプシュー、と音を立てながらバスの扉を閉めると、
上条達がバスを止めようとボタンを押す前に走り出してしまった。
こればっかりはプログラムされている事なので、
バスを止めて開けてもらう等と言う融通は利かせられない。
「くっそ誰も見てねえだろうな……!」
上条はキョロキョロとあたりを見回すと、召喚器を取りだした。 - 231 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:48:58.01 ID:Sa0tuZ+9o
- 「カミやん、『それ』を使う事で何か不具合は起きたりしないのか?」
吹寄制理を救う為に使われた『力』。
魔術とは違い、かなり簡単な手順(出来ない人間には出来ないが)で力の行使を行ったように見えるが、
そのような力を何の制約も無しに行う事が出来るとは思えない。
呪詛返し、という言葉があるように失敗したらその失敗が全て術者に帰って来るような事だってあるのだから、
未知の力を前にそのように心配するのも無理はなかった。
だがしかし、上条は何も気にした様子もなく引き鉄を引きつつ、行為でそれに答えた。
「オケアノス!マハブフ!!」
上条の背後から現れたそれは、バスのタイヤを一瞬にして凍らせた。
その凍り方は地面にまで至っており、
身動きの取れなくなったバスが緊急信号を飛ばしながらも扉を開いて、
乗客を降ろすべくプログラムを作動させた。
「……大丈夫だ、『飲まれない』のなら、制限付きだけどこの『力』は行使できる」
「そうか、なら良いんだが……」
どういう原理でその力を発しているのかは分からないが、
土御門は何となく超能力寄りの異能であるように感じられた。
術を行う下準備を行い、言葉や行動によってそれを発動させる魔術。
自分だけの現実を観測し、ミクロな世界を操るべく頭の中で演算させる超能力。
使えない人間からしたらどちらも異能には変わりないのだが、見た目は大きく違う。
魔術は「魔術っぽい準備」が見て取れるが、一方で超能力は、
一見して何も無い所から異能を発生させているように見える。
実際には複雑な演算を行っているのだがそれはさておき、
「銃を突きつけ引き鉄を引くだけ」で人を治したりバスを凍らせたりするあの力は、魔術っぽく無い。と、何となく思った。
とはいえ、見た目で分からないだけで何かを犠牲にしたり、
何か条件付であの力を使っているのかもしれないが、
土御門は研究者では無いのでそこまでのメカニズムは分からなかった。
そう言った意味で魔術か超能力かどちらかと問われれば超能力っぽいと直感したのだが、
今はそんなことよりもオリアナをとっ捕まえねばと考え、先程までの思考は霧散して行った。
「つーかカミやん、その力ホイホイと見せていいのかにゃー?」
「問題ねえ……と思う。さっきちらっと見ただけだけど、オリアナしか乗客は居なかったし。
お前はペルソナの事知ってるし」
「そうか。ならいいんだが」
オリアナに見られても良いのかと言う意味で聞いたのだが、
上条の回答から察するに別に気にしてないと言う事なのだろう。 - 232 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:50:32.98 ID:Sa0tuZ+9o
- 「俺としてはどちらかと言うと、監視カメラとかが気になるかな……
何も考えずにバス止めたけど、これって色々とマズいよな?」
駅のホームで飛び降り自殺をしたら、運行ダイヤが乱れるせいでかなりの損害を被るので、
遺族に莫大な請求が行くとかなんとか、聞いたことがある。
ただの噂なので事実はどうなのかは知らない。
何にせよ、バスを無理矢理止める事で、それを確認する為の人件費やら、
本来バスに乗っていただろう乗客(大覇星祭時は特別運行なので運賃は無料だが)やら、
このバスが止まった事での損害がいくらかでるだろう。
そうなった時その損害を何処に請求するかと言えば、勿論加害者。
もし上条がバスを止めたと言う事がばれたら、
アンチスキルのお世話になる以上に「無能力者が強力な能力を使った」と言う事実が広まってしまう。
それは上条としてはものすごーく避けたい事象だった。
そんな上条の心配を察したのか、土御門は笑いながら言う。
「大丈夫だぜい?証拠隠滅は俺の得意分野だ。なんてったってスパイだからにゃー。
今日カミやんが暴れた事は全力でなかった事にする。
っても人の目だけはごまかせないから、隠したいなら人のいない所で力を使ってくれな」
「そうだな。例えばこの商店街みたいなとこだな」
土御門の返答に対し、上条はニヤリと笑いながらバスに近づいて行く。
そのバスの中からは、ゆったりと看板の様なものを抱えた女が出てきた。
どうやら逃げるのではなく、迎え撃つつもりらしい。
妖艶な雰囲気を纏いながら話しかけて来る。
「ふふ、それが超能力って奴かしら?さっき会った時は使わなかったけど」
「さあ、どうだったかな」
オリアナの質問に対してしらばっくれて返答する上条。
そんな上条を見てクスクスと笑いながら、ゆったりと単語帳を手にした。
「どちらにせよ、あんな冷たい氷使われちゃあお姉さんの熱も冷めちゃうわ。
もっとも、いきなりあんな力を見せられちゃって、ちょっと滾っちゃったけど。
見てみる?下はもう濡れ濡れよ?」
分かっているはずだ。自分が何をしたのかを。誰に手を出してしまったのかを。
故意か事故かと問われれば、恐らく事故だったのだろう。
しかし、それでも「魔術と何のかかわりもない人間に手を出した」と言う事実は変わらない。
だと言うのに、悪びれもせず出てきた言葉は冗談だった。
その事実に、上条は少しだけ眉をひそめた。 - 233 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:51:18.10 ID:Sa0tuZ+9o
- 「……お前が施した術式で、一般人が倒れたぞ。覚えてるか?お前と出くわした時に一緒にいた女だ。
あれが魔術関係者に見えたか?見えたんだったら眼科に行くことを勧めるぜ。
それでも駄目なら目の移植でもした方が良い。腕の良い医者を知ってるから、紹介するけど?」
少しでもこの怒りを、苛立ちを抑えるべくオリアナに向かって皮肉を言い放つ。
その言葉を受けて、上条と土御門に気付かれない程度にピクリと反応を示すが、
見た目には動揺したようには見えず、相変わらず軽く笑みを浮かべていた。
「この世に関係の無い人間なんていないわ。その気になればどんな人間とも関係を作れるもの」
「……そうか。そんな冗談を言えると言う事は、理解してるってことだな。
理解した上で、そんな態度なんだな?」
上条の口調からは、明らかな侮蔑が込められていた。
「今更どうこう言うつもりはないけれど、
お姉さんだって一般人を傷つけるつもりなんてなかったわよ?
……こういうのとは違って」
言った後、オリアナは単語帳の1ページを口で破いた。
カキン、とグラス同士で乾杯した時の様な、甲高い澄んだ音が鳴り響く。
瞬間。
「ぐっ……があ……!!」
うめき声を上げ、土御門は膝から崩れ落ちた。
脇腹を押え、ガチガチと震えながらも土御門はオリアナを睨みつける。
「土御門!!」
やはり今までの負荷が一気に来たのか。思わず上条は土御門へと駆けよった。
傷口は開いた様子は無いが、土御門は痛みに耐えるように歯ぎしりをしている。
「あら?てっきり怪我を負ってるのはあなたの方だと思ってたんだけど。
使い道を間違えちゃったかしら」
言っている間にも、土御門の両手足からは力が抜けて行く。
何とか立ち上がろうとするものの、その力すらなくなった所で、そのまま動かなくなった。
上条は慌てて土御門の呼吸を確認したところ、気絶をしただけらしく少しだけ安心する。
その様子をニコニコと眺めるオリアナを見て、
先程の単語帳を千切る作業によって、何かをしたのだと理解した。 - 234 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:54:23.70 ID:Sa0tuZ+9o
- 「お前、土御門に、何をした?」
「再生と回復の象徴である火属性を、青で消しただけ。
さっきの鈴の音を発動のキーとして動かしたんだけど、
簡単に言えば「一定以上の傷を受けている者を昏倒させる術式」よ。
……あなたはそこまで傷を受けていないようね」
幻想殺しが無い今、オリアナの魔術を打ち消す術は無い。
オリアナの言葉が事実なら、これ以上の傷を負えばいずれ昏倒させられる、と言う事だろう。
(って事は、土御門の傷が治るか、術式を何とかしないといけないと言う事か……)
とはいえ、術式―オリアナが握る単語帳の1ページを何とかしたところで、
昏倒させられた土御門を治す事は出来ないかもしれない。
だがしかし、昏倒させられ続ける効果だけはなんとか出来そうなので、
どうにかして単語帳の破壊を目指すべく、オリアナの隙を窺う。
そんな上条の視線を感じて、オリアナは楽しそうな笑みを浮かべ、
自身の正面へと風が吹いているのを見て問題の術式が刻まれている紙を放り投げた。
紙は風に乗ってひらひらと飛んで行く。
「てめえええええ!!!」
上条は激昂して叫ぶが、頭の中は冷静に思考を続けていた。
(あれの手から離れたのなら、紙が見つからなくなる前に……斬るっ!!)
召喚器を頭につきつけ、すぐさま引き鉄を引く。
オリアナはその様子を観察するかのように眺め、動く気配を見せない。
そうして現れたオケアノスへ発した指示は、単語帳を切り裂く事。
オケアノスの持つ大剣には似合わない程の小さな目標に対して、オケアノスは鋭く重い剣を一直線に投げつけた。
それによりあっけなく真っ二つに紙が斬り裂かれる事で術式が破壊されたのか、
苦悶の表情を浮かべていた土御門の顔が穏やかなものへと戻る。
しかし、目を覚ます気配が無いので上条は少し考えた後、納得したように呟いた。 - 235 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:56:07.06 ID:Sa0tuZ+9o
- 「やっぱり一度気絶したなら目を覚ますまでは気絶しっぱなしか……」
「へえ、やっぱり魔術では無いみたいね。
超能力に関しては分からないけど……
お姉さん興奮してきちゃったなあ」
「うるせえよ、こっちはとっくに怒髪天を衝いてんだ。冗談なんて言ってんじゃねーよ!
……『刺突抗剣』とやらがどんなもんかしらねーけどさ。
それがどんなにすげーもんか、価値の欠片も理解できてねえけどさ」
上条は、ツンツンした髪の毛を怒りの度合いだと言い張りながら、続ける。
「こんなクソつまんねー結果しか生まねえような、ちっぽけなもんだって事だけは分かってんだよ!!
だから、その道具をさっさとこっちによこしやがれ。そしたら拳骨一発で許してやるよ!」
「あらあら、そんなこと言われたって、はいそうですかってなる訳ないじゃない。
その程度の説教で諦めるような、詰まらない内容の仕事なんて請け負わないわ。お姉さんはね」
「一応の確認だよ。こちとらそう答えて来るのを待ってたっての。心おきなくボコしてやる。
つーか別に説教したいわけじゃねーよ。お前にだって何かしらの考えがあるんだろうし。
それを否定するつもりはないんだけどさ……何つーか、プロが素人さんに手を出したって事実が信じらんねーだけだ。
そしてそれが偶然にも俺の知り合いだった。んな事されて黙ってられる程、俺はお人よしじゃない。
更に言えば、そんな奴を放っておいて他の奴にまで手出しするかもしれないって考えたら、な……
だからお前を殴る。全力でだ!!」
正義も悪もない。善も悪もない。
ただ気にくわないから殴る。知り合いに手を出したから殴る。
そのような本能的な怒りを、当たり前のように出す上条の事を、
心底楽しそうにオリアナは眺めていた。
「ふふ、強気なのね。お姉さん、そういう子を腰砕けにするのが好きなのよねー」
「言ってろ!!」
上条は走り込む。明確な意思を以って、敵の前に。
そんな上条をオリアナは、楽しそうに見つめていた。 - 236 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:58:26.10 ID:Sa0tuZ+9o
- ・・・
両者の距離はおよそ10メートル。
上条当麻はオリアナ=トムソンへと走り込んだ。
策も無く、考えも無く。
ただただ殴り倒す為だけに。
そんな相手の迎撃は、オリアナにとって容易いものであった。
オリアナは1枚、単語帳を破るという動作のみで魔術を発動させた。
上条がオリアナとの距離を5メートル程縮めたところだろうか、氷の塊が上条の目と鼻の先に現れ、
厚さ50センチ・高さ3メートルに至るそれは、道路全体を覆って上条とオリアナを遮る壁となる形でその場に鎮座していた。
その氷壁を境に、オリアナと上条は視線を交わす。
思わぬ壁が現れて、足を止めた上条はオケアノスを出現させた。
勿論、壁を取り除く為である。
「剛殺斬!!」
叫ぶと、上条の望みをかなえるべくオケアノスが氷壁を切り裂いた。
それによって人が2人か3人か通れる程の空間が出来たのだが、その先にオリアナは居なかった。
(まずっ……氷は、光の屈折……!?)
そのような思考が頭を巡った刹那、上条の全身に衝撃が襲う。
それと同時に激しい風切り音が鳴り響き、風の刃がオケアノスへと向かったようだった。
これを受けたオケアノスへのダメージが、上条へと伝わる。
更に、オケアノスが受け切れ無かった風が上条に直撃した事で幾ばくかの切り傷が生じ、顔を歪めた。
その様子を見たオリアナは、うんうんと頷きながら上条へと話しかける。
「へえ。あなたの使うそれ伝いに、あなたにもダメージが行くのね。
何処から、ましてや何から造り出したのかは分からないけど、
それであなたにダメージが通らないようじゃお姉さん焦っちゃうとこだったわあ」
オリアナは終始楽しげに笑っているが、
上条はオリアナの話を全くと言って良い程聞いていなかった。
「一定以上の傷を負った相手を昏倒させる術式」。
これに該当する傷を受けてしまったのではないかと、考えていた。
上条の傷口は、見てわかる程ぱっくりと開いていて、血がダラダラと流れている。
「んふふ、あなたのその能力もそうだけど、学園都市ってずいぶん珍しい子を集めているのね」
そんなことを言いながら、オリアナは単語帳を破る。
上条はオリアナが単語帳を口にした瞬間、反射的に耳を塞いだ。
しかし、次なる魔術は予想していたそれではなかった。 - 237 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 01:59:47.87 ID:Sa0tuZ+9o
「お次は影の剣。飽きさせないわよ?」
オリアナが手を振るうと、それと同時に振るった手から真っ黒な剣が出現した。
その剣はその長さを伸縮自在に伸ばすと、上条の影に突き刺さる。その瞬間、
ゴッ!!と地雷を踏みつけたかのように上条の体が宙を舞った。
そのまま地面に叩きつけられる所を、何とか受け身を取った上条は、
黄泉川愛穂に鍛えられてて良かったと初めて思った。
「何故さっき使った昏倒術式を使わないのかって顔をしてるわね。
でもお姉さん、一度使った術式を何度も使う趣味は無いのよ」
オリアナは絶対的な余裕を持った顔をして、自身の術式に関して説明をする。
魔術を知らない上条にその内容はほとんど分からないので、
それを無視してオケアノスを出そうとするが。
「あら?駄目よ、おいたしちゃあ」
それよりも早く、オリアナが単語帳の1枚を千切った。
上条の地面の周りが隆起し、地面がアッパーのごとく上条の腹に直撃して再び宙へと舞う。
「ぐっ!!」
一瞬息が止まったが、それどころでは無い。
再び受け身を取った上条は、一旦オリアナと距離を取った。
「どうしたの?逃げたいなら逃げてもいいわよ、男の子でも怖いものは怖いのよね。
そしたら、お姉さんもお仕事に戻るから。それが一番互いの為になると思わない?」
「げほっ……バカ野郎、距離とればこれが出せるだろ?」
上条はボロボロの体でゆったりと召喚器をつきつけ、オケアノスを顕現させる。
そして放つスキルは、ブフーラ。
オリアナが先程出したような巨大な氷が、2人を遮った。
更にその氷壁の上を越えて、一つ一つは小さいものの、
大量のツララがオリアナへと向かって行く。
しかし、人体程度なら簡単に貫くような鋭利さを持ったそのツララを前にしても、オリアナは笑っていた。- 238 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 02:02:12.15 ID:Sa0tuZ+9o
- 「言ったでしょう?こんな冷たい温度じゃ、お姉さんアツくなれるわけが無いって」
そんな余裕を持った言葉を発しながら、ブフーラを止めるべく魔術を展開させた。
これによってブフーラによるツララで、
オリアナに直撃しそうなものは全て撃ち落とされた上、氷壁もバラバラに砕かれる。
しかし、その先にはオケアノスしかおらず、上条の姿はどこにも見当たらなかった。
「言っただろ?『お前を殴る』って」
「な!!?」
このまま遠距離で魔術とスキルの撃ち合いにすると見せかけて、上条は急接近していた。
先程オリアナが光の屈折を利用したように、その壁の向こうに上条が居ると見せかけて。
オリアナが一度使った作戦なのだから、彼女自身も光の屈折の事は念頭に置いていた。
しかしオリアナの視線の先、氷壁の頂上からオケアノスの頭が見えていて、
その下氷壁越しに上条の姿を確認していた為、そこに上条が居ると勘違いしてしまったのだ。
何せ、先程まではオケアノスは常に上条の傍にいたのだから。
風に飛ばされ距離のあった昏倒術式を刻んだ単語帳を切り裂く時でさえ、
命中するか分からないと言うのに剣を投げつける程で、
常に近くにいなければならないと勘違いさせられた、と言う訳だ。
「おっらああああああああああ!!!!」
「ッ!!!」
上条が気合いを入れて叫びながら、渾身を込めた一撃を、全身を乗せた一撃を。
男も女も、老いも若きも関係無しに、目の前の女の顔に、叩きこんだ。
この瞬間だけを黄泉川に見せたら、
「女を殴る為に教えた訳じゃ無いじゃん!!」と言って地獄の特訓を課しそうな程の一撃だった。
これによって、オリアナは脇に抱えた荷物を落とし、そのままゴロゴロと地面を転がる。
目の前に落ちている看板の様なものを見て、上条は呟いた。
「これをどうにかしたら、良いんだよな……?」
上条は少し後ずさりしながら、足の先でちょんちょんとその板に触れる。
下手に触って何かが起きたら、嫌だ。そんな気持ちがにじみ出ているのが見て取れた。
そんな上条をみながら、クスクスと笑う声が、一つ。
その声に対する心当たりも、一つ。 - 239 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/13(土) 02:03:26.30 ID:Sa0tuZ+9o
- 「ふふっ……そんなに恐がらなくても大丈夫よ。
お姉さんがあんなに動いたって何にも起きないんだから」
全力で殴ったはずだ。それこそ男女平等と言わんばかりに全力で。
男としてそれはどうなんだと自問する程に全力で殴ったはずなのに、
オリアナは絶えず笑みを浮かべていた。
痛みに耐えての強がりには見えない。
「何で、って顔してるわね。そうね……確かにあなたのパンチ、か・な・り利いたわ~。
惚れ惚れする位のパンチだったけど……何て言えばいいのかしら……
有り体に言えば、こちらもプロなのよね。こうやって攻撃される事なんてザラにあるし、
一撃で倒れているようじゃ『運び屋』は名乗れないわよね」
単に、このような攻撃に慣れていた。
それだけの事だった。
それはすなわち、経験値の差。
インパクトの際、無意識的に体を後ろに逃がし、拳に合わせて首を回すことで衝撃を殺すなど、
訓練を積むか、実戦で恒久的に殴り合いでもしてないと出来ない芸当だ。
それをオリアナは当然のごとく行ったと言う。
上条の驚愕した顔を見て満足げにうなずくと、オリアナは再び1枚の単語帳を口へと持って行く。
それを見て上条はすぐさま召喚器を構えようとするが、
全身に出来た傷が上条を蝕み、瞬間的に体が硬直した。
それを好機と言わんばかりに、オリアナは単語帳を千切って魔術を行使する。
だがしかし、攻撃はいつまでたってもやってこない。
その代わりと言わんばかりに上条の目の前では竜巻の様な風がオリアナを包むと、
オリアナの体を雑居ビルの屋上へと持って行った。
「それがあなたの所にあるのにどうしてって思ってる?」
その通りだった。
オリアナにとって重要なファクターであるはずの、
『刺突抗剣』が上条の下にあると言うのに、どうしてそれを放っておくのか。
「それじゃあ、お姉さんからの宿題ね。お姉さんの真の目的、分かったら褒めてあげるわ」
言いたいだけ言うと、オリアナは身を翻した。
建物の屋上に居るのですぐにその姿は見えなくなったので、上条はその場に座り込む。
「……何なんだよ、あいつ」
一発殴ったは殴った。
しかし、まだ何かすると言った様子なので止めなければと思う。
(……その前に)
逃げよう。
オリアナの残した看板的なものを抱えながら気絶した土御門元春をおぶさると、
人が来る前にこの場を離れることにした。
その際、近くにあった監視カメラはオリアナによって破壊されていたと言うのは余談である。
- 246 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/13(土) 21:49:06.56 ID:Sa0tuZ+9o
- 「私だって何かするんだから……!」
少女は何か決意に満ちた表情を浮かべ、人ごみを縫うように走る。
全身を、安全ピンで取り繕っただけの白い修道服で覆い、
必死に走るその様はどこかドラマのワンシーンのようにも見えるだろう。
インデックス。
10万3千冊の魔道書を持つ少女は、その知識を以って感知した魔術の元へとたどり着く為に、
犬のごとく駆けまわっているのだった。
そしてそれを追う影が1つ。
一方通行は周りの一般客によって思うようにインデックスに近づけていなかった。
能力を使っても良いのだが、如何せん人目があり過ぎる。
何とか人が少なくなったところで一気に距離を詰めたいと思いながらも、
やはりまだまだ鍛え方が足らないなと考えていた。
すると、一方通行の携帯に着信が入る。
『なンだ、上条?』
『ああ、インデックス何処に居るか知らねぇか?』
『丁度イイ。なンか魔術がどうたら言って走り出したからよ、
俺もインデックスについてってるンだが。
場所は沖合通りの服屋・シャングリラの―――』
『なっ!?事情は後で話すから、インデックスを止めてくれ!!』
『あ?そりゃ構わねェが……なン』
一方通行の返答を待たずして電話を切ったようで、
携帯は通話を終えた事を示す音しか発さなくなった。
「……わけわかンねェな」
良くわからないが、止めろと言うなら事情があるのだろう。
丁度人通りも少ない場所に来たので、一気にインデックスに接近すべく能力を使用し、
路地裏に入って行ったインデックスに迫る。
その際、一方通行よりも先にインデックスを追い掛けるようにしてピンク髪の少女が路地裏に吸い込まれるのを見た。
誰だ?とか思う一方通行なのだが、インデックスを追う事に集中し過ぎていた為に、気付かない。
インデックスを追う一方通行を、更に追い掛けている人物が居たことを。 - 247 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/13(土) 21:50:09.38 ID:Sa0tuZ+9o
- ・・・
(なんだこれは)
ステイル=マグヌスは公園のベンチに座り携帯電話に耳を傾け、苦い顔をしていた。
ベンチの隣には人はおらず、その代わりにコンビニで買ったサンドイッチとペットボトルの紅茶が置いてある。
流石紅茶大国・イギリスの国民であるからかは知らないが、
紅茶は一口飲んだだけで、それ以降口にする事は無かった。
どうやら工場で大量に生産されたそれは、風味も風情も無いように感じられたようだ。
それも苦い顔をしている原因の1つなのだが、他にも原因はある。
携帯電話の向こうから響き渡る、賑やかな声。
『別に「使徒十字(クローチエデイピエトロ)」を調べるのは構わねえんだけどよ。
そもそもそれって、ローマ正教が表に公開するのをかたくなに拒んできた奴でしょう?
だとしたら、今出回っている情報が本物かどうかなんてわかんねえじゃねーか。
つーか、「刺突抗剣」の方はどうなったんだ?』
『事情が変わったんだよ。現場の判断って奴さ』
男言葉と女言葉が同居しているような口調をした声の主の名は、シェリー=クロムウェル。
同じイギリス清教の所属だと言うのに、インデックスに牙をむいたり、
かといって今のようにイギリス全体の問題が起きるとなると迷わず協力すると言う、
非常に複雑な立ち位置に居る女性だ。
戦闘員でありながらも暗号解読専門官でもある彼女は、
今現在謹慎的な意味合いを込めて書類整理をしていたので、
こうしてステイルはシェリーに『使徒十字』に関する資料を求めている。
内心、ステイルは腸が煮えくりかえっていた。
仕事とはいえ何故インデックスを手にかけようとした奴と話さねばならないのか、と。
だがしかし、未遂は未遂なのでステイルも一発シェリーに炎剣をぶち込めさえすれば満足である為、
シェリーの声を聞いて苛立ちながらも円滑に話を進めるべく、冷静を装った声で話を続けていた。
『ふぅん。まぁいいさ、こまけぇ話はそのうちで。
時間もねえだろうし、とりあえず電話代わるわ』
『ああ、そうだね。『そのうちゆっくり』話したいところだ』
ステイルの意図が伝わったのか伝わらなかったのか、
シェリーはそれ以上何もいう事無く電話を代わる。
そして次に出てきた声は。 - 248 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/13(土) 21:51:15.85 ID:Sa0tuZ+9o
- 『もしもし、もしもーし?あ、もう話せるのでございますか?わかりました、ありがとうございます。
ええっと、もしもし、もしもし?応答を願うのでございますよー』
『……もう話して構わないよ、シェリー=クロムウェルもご立腹の様だしね』
『はぁ、そうなのでございますね。ご指摘ありがとうございます。
……「使徒十字」。何分ローマ正教に所属していた私でさえ、実際に拝見した事はございません。
それだけの隠し玉、と言う事なのでございましょうね。
これの弱点を見つけるのには、かなり苦労しそうでございますよ』
シェリーの代わりにのほほんとした口調で語るは、オルソラ=アクィナス。
こちらもシェリーと同様に暗号解析を得意とし、
魔道書『法の書』の騒動によってイギリス清教に改宗する事になったシスターである。
現在、ステイルは大英博物館から分離独立している英国図書館に眠る膨大な記録をあたる事で(実際に探すのはシェリーとオルソラだが)、
『使徒十字』の使用条件を調べる事にしたのだ。
そんな訳で電話の向こうでは、バサバサと書類か本か知らないが、
紙をめくっている音と何か口論(シェリーが一方的に言っているだけ)が繰り広げられている。
『もふもふ。シェリーさん、シェリーさん。
鈴科さんが学園都市に連れて行ってくれるのでございますよ?』
『あぁ!?テメェ何度言えば分かんだよ、
図書館内でマフィンを食うなって言ってるだろ!?
ていうか鈴科って誰だ!?』
『まぁ。それでは、この辺で軽いお食事など如何でしょうか?
天草式の皆様が作ってくださった、体力補給に治癒促進の為の、
食の儀式を盛り込んだ特製マフィンでございますよ』
『要らねえよ!!要らねえって言うかここでは食えないわよ!!
ああもう、だからマフィンを頬張るなと言ってるだろーが!
アンタそのぽろぽろと口から零してんのも、天草式的に意味のある行為なんだろうな!?』
ステイルはシェリーとオルソラの小芝居を電話越しに聞かされて、溜息をつく。
話をまとめるに、まだ資料に関しては探し始めだから後で掛け直した方がいいと言う事だろう。
電話を切ろうと思った瞬間、あちらの電話が先に切れた。
どうやら何かの拍子に電話が切れてしまったらしい。
意図せず電話が切れるとは、どれだけバタバタしていたのか。
(……どうでもいいか)
ステイルは思考をすぐさま切り替え、先程の事は忘れることにした。
とりあえず土御門元春が学園都市内のセキュリティをあたるとの事なので、
自分はどうしたものか、と思考する片手間にタバコに火を付け、深く煙を虚空へと吐き出した。
「……?」
すると、何やら視線を感じる。
煙を吐き出すのに真上を向いていたのだが、
その視線を真っすぐに戻すと、ピンク髪をした合法ロリ先生が居た。 - 249 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/13(土) 21:52:37.07 ID:Sa0tuZ+9o
- ・・・
午後二時二十分。お昼休みの終わりである。
上条当麻は、大覇星祭の応援に駆け付けた上条夫妻や、
御坂親子(姉妹と思っていたので事実を聞いた時は驚いた)と共に昼食を食べたのだった。
結局インデックスは見つからないし、そんな中1人自分だけ飯を食うのはあれだなーと思い、
ボケーッと目の前に広げられた弁当を見ていたら、何を勘違いしたのか御坂が色々と突っかかって来た。
そういえば玉入れの時に事情は後で話すとか言ってたしなー、
と上条はのんびりと思うものの、こんな場所で話す内容でも無い。
例えば馬鹿正直に魔術師が侵入したんですだとか、
そんなこと言えるはずが無いので、と言うよりお前何言ってんだみたいな顔をされるだろう。
そんな訳でインデックスが見つからんから自分だけ飯は食えんと、
断片的な事実だけを教える事にした。
一同のリアクションを見る限りでは、魔術師が裏であれこれしてると言う事は悟られていないようだ。
御坂だけは訝しがっていたが、ここで言える話では無い事は何となくわかっているようで、それ以上の追及はしてこなかった。
上条は思う。
彼らはそのまま、何も知らず大覇星祭を楽しんでもらいたい、と。
吹寄制理が望んだ事は、恐らくそれだ。
だからこそ、オリアナ=トムソンと顔も知らないリドヴィア=ロレンツェッティを止めなくてはならない。
大覇星祭を成功で終わらせる。
その目的の為に、魔術などそこに必要ないのだから。
等と1人気合いを入れ直していたのだが、周りはそれを競技に対する気合いと勘違いしたのか、
「やっぱ食っとけ、力出るから」と言う事で弁当を完食した上に、何個かおにぎりも押しつけられた。
このような思いやりは息子冥利に尽きると言うものだが、どうしたものか。
まさかこんなものを持って戦う訳にもいかない。
「まあ、インデックスを見つけて食べさせるか、見つかんなかったら自分で食えば良いか」
とりあえず父と母の無事を確認し、自身も別に何もやましい事はしてませんよというアピールも終わったので、
上条夫妻と御坂親子と別れた上条は、最後にもらったおにぎりの入った袋をぶらぶらと揺らしながら街を歩いて行った。 - 250 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/13(土) 21:54:05.53 ID:Sa0tuZ+9o
- ……午後三時三十分。
結局、インデックスもオリアナ=トムソンも見つからないまま1時間以上が経過していた。
オリアナに関しては土御門が動いているようなので、
インデックスを見つけらないようでは上条は用無しである。
と言うのも、先述した『使徒十字』についてなのだが、
最初オリアナは『刺突抗剣』を取引先に持って行く『運び屋』のように考えていた。
だが、それは誤りで、と言うか敵の罠で、本当は学園都市に『使徒十字』を設置するのに囮になる事がオリアナの仕事だった。
ならば、今はオリアナを全力で追うよりも、『使徒十字』の使用条件について考えた方が良い。
土御門もオリアナを探しはするものの、その片手間に『使徒十字』について考察を重ねている。
相手の目的がその術式の発動なら、自分達はそれを阻止したら良いのだから。
そして、気になる『使徒十字』の効力とは。
『使徒十字を発動させた場所は、全てローマ正教の傘下に入る』と言うもの。
成程、それはあかん。と上条は思った。
他にも幸せがどうとか不幸せがどうとか言っていたが、一言で言うとそう言う事だそうだ。
上条はローマ正教に良い印象を持っていない。
故に、上の人(国会議員とかそういうの)に興味が無い典型的な若者である上条ですら、
ローマ正教が自身の上に来る事に難色を示した。
そう言う訳でその魔術の発動を阻止すべく動くのだが、
上条には『使徒十字』を破壊する力も、発動条件を考える魔術的知識も、何も無い。
そのために、上条の任務はインデックスをこの件に関わらせない、位しか出来る事が無いのだ。
だと言うのに、インデックスは一向に見つからない。
屋台に行っても居ないし、フードコートやらレストランやらと、食べ物関連の建物を探して行ったが、見つからない。
運悪くすれ違っているのだろう、念の為インデックスに持たせていた携帯にも電話するのだが、出ない。
機械音痴のインデックスの事だから仕方が無いとは言え、出来れば出て欲しかったと心の中で叫ぶ。
続いて一方通行。
事情も話せる上にインデックスも知っている貴重な相手なので電話しない手は無い。 - 251 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/13(土) 21:55:36.49 ID:Sa0tuZ+9o
『なンだ、上条?』
『ああ、インデックス何処に居るか知らねぇか?』
『丁度イイ。なンか魔術がどうたら言って走り出したからよ、
俺もインデックスについてってるンだが。
場所は沖合通りの服屋・シャングリラの―――』
詳しい事は分かっていないが、魔術師が居る事は分かったらしい。
兎にも角にも時間が無い。一方通行にインデックスを止めるよう頼むしかないと判断した。
『なっ!?事情は後で話すから、インデックスを止めてくれ!!』
『あ?そりゃ構わねェが……なン』
そして上条は、一方通行の言葉を待たずに電話を切りながら、駆ける。
場所は沖合通り。やはりといえばやはりだが、第七学区には居たらしい。
こういう時に不運を発揮するなよ、と愚痴りながら上条は走り続けた。
・・・
オリアナ=トムソンは、人通りの少ない路地裏に潜み、息を整えながら体を休めている。
いくらオリアナが実力者とはいえ、魔術師2人+謎の能力者を相手に休憩なしで戦い続けていた為に、割と体はボロボロだった。
とはいえ、彼女を追うべく構成された探知術式『理派四陣』。
これを破壊出来た上に魔術師のうちの1人―土御門と呼ばれていた男も再起不能に出来たのは僥倖である。
だがしかし、それの代償も深かった。
―――『聖人』、神裂火織の介入の恐れがある。
来るか来ないかは関係ない。「来るかもしれない」と言うだけで普通の魔術師なら聖人に目をつけられるのを避けるため、行動に支障をきたす。
オリアナもそんな1人だ。
いくらこの作戦を成功させねばならないとはいえ、
聖人が介入するとなれば全力でかかったとしても、時間稼ぎ程度で精一杯だ。
故に、おとりとしては危険な行為だが、敢えて足を止め魔術を用いて体を休める事にした。
もし仮に、神裂が介入してきても良いように。
来ないなら来ないで構わない。
どちらにせよ何処かで一度休まねばならないと思っていた所だし。
そんな訳で生命力の象徴である火、すなわち赤の文字で書かれた単語帳を千切って回復術式を展開し、じわじわと傷を防いでいた。
一気に治すような魔術も使えなくはないのだが、如何せんそちらはどうしても派手になるのでゆっくりと回復するしかない。
回復力で言えば土御門のもつ『肉体再生』のレベル1か2程度のものだが、それでも長時間使用すれば十分に回復が期待できる。
と言っても、この術式はもって30~40分程度しか展開出来ないので完全に回復する、と言う訳にもいかなかったが。
(まあ、贅沢は言ってらんないわよね)
ふう、と仕事を増やしてくれる若者達(オリアナ自身も若いが)に溜息をつきつつも、やはり楽しそうな表情を浮かべていた。
だがしかし、そんな表情もすぐ歪む事になる。
「見つけた!」
1人のシスターの声によって。- 252 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/13(土) 21:56:03.97 ID:Sa0tuZ+9o
- ・・・
インデックスは見つけた。見つけてしまった。
ステイル=マグヌスとは違い、外部から侵入してきた魔術師の姿を。
これにより、上条当麻や土御門元春、ステイルの三人の思惑を見事にブチ壊してくれた。
とはいえ、そんなことをインデックスは知る由も無いのだが。
インデックスはただ単に、学園都市に侵入する魔術師は大抵良からぬ事を考えているので、何がしたいのか知りたかっただけだ。
先程働かざる者食うべからずの精神を身を持って体験したこともあり、自分も何かしなければと考えての事かもしれない。
はたまた何も考えず、誰かが傷つくのを嫌がったからこそ魔術師がどんな人物か知りたいと思ったのかもしれない。
何にせよ、魔術師・オリアナ=トムソンとインデックスは、邂逅してしまった。
しかし、そんなことはインデックスもオリアナも知った事では無い。
インデックスは目の前の魔術師が何者か。
対するオリアナは目の前のシスターが何者か。
ただそれだけを考えていた。
(この修道服……イギリス清教のっ……!!)
どう見ても『必要悪の教会』の人間だった。
今、自分を追ってきているのも、イギリス清教。
思わず迎撃する為に単語帳をくわえ、一気に千切った。
オリアナの魔術は、『速記原典』と呼ばれるだけあって、速かった。
それも、インデックスが『強制詠唱』をする間も無い程に。
不安定な魔道書のままに、一気に魔翌力が練り込まれ、それを解放する。
ドッ!!と言う鈍い炸裂音が路地裏に響き渡った。 - 256 :透過遅いので下げで ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 01:30:10.90 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
月詠小萌は憤怒した。
いくら言っても目の前に居る神父さんはタバコを吸う事を止めてくれないからだ。
確かに、見た目2メートルを越える身長を持つ彼は、20歳以上に見られてもおかしくは無い。
だがしかし、小萌先生の長年培った目はごまかせないのだ。
大人びた顔に見え隠れする幼さは、明らかに天然物であり、
その大人びた顔は仮の姿で、本来は14歳かそこらなのだと一瞬にして見抜いた。
そんな訳で子供の成長を妨げるタバコを、目の前の赤毛神父が吸う事を許さない。
だから必死になってタバコを止めるように諌めた。
その甲斐あって、日本では中々見られない銘柄のタバコを何箱もゲッt……
もとい没収する事に成功した。
そしてタバコを回収するどさくさにまぎれて、その赤毛の神父に逃げられてしまったのが心残りなので、
神父を探しだすべく街中を歩いたり、走ったりしてまわっている。
……のだが、なかなか見つからない。
「はふう、タバコは……いけませんね……体力が……あうう……」
体力の限界だった。
運動不足、と言うのもあるだろうが一番の原因はタバコだろう。
重度のヘビースモーカー(←言葉が重複する程に重度)な小萌先生の肺は、ズタボロですぐに息切れする。
ちょっと休憩……と思って近くのガードレールを背もたれにしようとしたところ、目の前を通り過ぎる白い影。
「あれは……シスターちゃん?」
何故こんな所にいるのだろうか。
何だか誰かを探しているようにも見えたので一度声をかけようと思ったのだが、
インデックスの方が体力が上らしく、中々追いつけない。
ちょっと禁煙しようかなとか思うが、何処から持ってきたのかコンビニの袋に先程の赤毛神父から徴収したタバコを大事に入れている時点で、
禁煙もすぐに終わりを迎えるに違いない。
とはいえ、インデックスはシスター。
ならば先程の神父に関しても何か知ってるかも、
とも思ったので諦めず追い掛けていたら、インデックスが路地裏に入って行った。
こんな所に何の用なのだろう、と首をかしげながらも、
ピンク髪の先生もまた路地裏に吸い込まれて行った。 - 257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/14(日) 01:30:47.49 ID:Z0UwQWiDO
- 乙!!
大丈夫か?
無理せずに休める時に休んでから書いても全然大丈夫だぞ!!
ありがとうな>>1 - 258 :心配するでない!休息は出来ている! ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 01:39:41.59 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
インデックスが路地裏に曲がった。
何やらそれについて行っているピンク髪も居たが、この際どうだっていい。
足に力を入れ、高々と跳躍し、距離を縮める。
そして路地裏の入り口に差しかかった瞬間、インデックスの声が響き渡った。
その手前に先程のピンク髪の少女が居たのだが、気にしない。
「見つけた」、と言う事は、およそ50m先で対峙している金髪の女が、『魔術師』なのだろう。
それは別に構わない。
ただ、どうして。
―――どうしてその魔術師は、真剣な表情を浮かべて、行動を起こしたのか。
考えずともわかる。
敵を排除するための行動、魔術を発動させたと言う事だ。
一方通行は反射的に地面を踏み抜いた。
良くわからないが、敵対行動をしたと言う事は、インデックスの敵なのだろう。
一瞬にしてオリアナ=トムソンとインデックスの間に滑り込んだ。
滑り込んだはいいが、もう目の前には斬撃が。
何故斬撃だとかわかるのか。
既に魔術を受け止めてしまっている。
ゆっくりだが、体に傷が出来ているのを感じられた。
反射は出来そうにない。シェリーの時も、初めはそうだった。
しかし、演算の為時間も足りない。
この魔術を逸らす事ならできるだろう。
ただ、何処に逸らすかは選べないが。
しかし後ろにはインデックスや、更に距離を取った所には知らないピンク髪が居る。
逸らして流れ弾がその2人に行ってしまった時、どうなるのか。
走馬灯のようにそれらの思考が瞬間的に脳内を流れて行った。
(甘くなっちまった結果が、これかァ……)
ドッ!!という鈍い音が鳴り響くのと同時に、一方通行は地に崩れ落ちた。 - 259 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 01:52:50.23 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
「なんなのよ、もう……」
久慈川りせは一方通行に追いかけている。
帽子をかぶり、ポニーテールをはためかせ走るその様はトレーニング中の女性のようであった。
とはいえ、こちらも人ごみに捕まって、思うように一方通行達に追いつけなかったが、
後姿が見えなくなる程では無いのでその距離を保ち続けている。
そして10分程走っただろうか、一方通行が突如として大きく跳躍して100m先まで一瞬で進んでしまった。
「はぁ!?なにあれ、あんな事も超能力ってできるの!?」
ていうか、能力は一人につき一つとか言っていなかったか?
一方通行は自身の能力を光学迷彩で光を歪めるとか何とか言っていた気がする。
その能力であんな跳躍、ありえない。
(と言う事は、何か嘘をついていた?)
何のために?
一方通行が入った路地裏を確認しながらも、思考を続け、駆け続ける。
しかし思考の先に答えを見出す事は叶わず、
その前に路地裏に差しかかったので、直接一方通行に聞けばいい、と思考を打ち切った。
そうして見つけた一方通行は。
―――血まみれで金髪の女に立ちふさがっていた。 - 260 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 01:56:28.91 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
血が流れ落ちる。
それを見たインデックスと月詠小萌は顔を真っ青にさせ、
オリアナ=トムソンは怪訝そうな表情を浮かべていた。
(もしこの白髪の子が魔術師なら、何かしらの対処をするはずだけど……)
明らかに、インデックスの味方をする少年はオリアナの攻撃を受け止めた結果、血を流している。
と言う事は、インデックスが知り合ったこの街の住人……なのだろうか?
(でも一瞬にして私とあの子の間に入り込んだ……)
魔術は関係ないが、この街の能力者と言う事なのだろう。
ならば警戒するに越した事はない。
とはいえ、魔術に関係の無い人間をまた傷つけてしまった後ろめたさか、
目の前の少年には退いてもらいたいとも思っているが。
(それに、本当に関係なさそうな子も混ざっちゃってるしね……)
これ以上、一般人には手を出すまいと誓いながら、チラリとインデックスのさらに奥に居る2人を見やる。
2人は状況が飲み込めず、ただただ一方通行の怪我を見て顔を真っ青にさせていた。
「……で、お前はなンだ?」
一方通行は、自身の胸のあたりを触り傷の様子を確認すると、能力を発動させる。
久々に使った血流操作が、自分を守る為とは皮肉だなァ、と自嘲しながら。 - 261 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 02:15:21.84 ID:xlKYvBbQo
- 質問しながらも、血を正しい流れに操作しているため、
ぽたぽたと流れ落ちる血はみるみるうちに無くなっていった。
その光景にこの場に居る全ての人間が驚愕を露わにする。
何せ明らかに致命傷の傷を負いながら、血が止まっているのだから。
別に完治した訳ではない。
今すぐにでも治療しなければ、細菌でも入り込んで更に症状が悪化する恐れもある。
しかし、一方通行はオリアナの前に立ちふさがった。
そんな一方通行を見て、オリアナは喜一色、と言った表情を浮かべる。
「すごいわね、流石のお姉さんも、何の準備も無しに血を止めるなんてできないわ。
それがあなたの力かしら」
「そォだな。力の一部ってとこだ。
……質問に答えてやったンだから、今度は俺の質問に答えろ。
お前は、何しにこンなとこに居やがる?」
「うっ、素直に答えると思ったらそう言う事……まあいいわ、教えてあげる。
んー……怪我した体を癒す為、ここに居ましたってとこかな」
「もっと広義的な意味で聞いてたンだが?どうして学園都市に来たって感じの」
「そんな指定は受けてないから、さっきの答えでおあいこよね?
坊やだって全部を答えてる訳じゃないみたいだし」
「……チッ、まァその通りだなァ……」
随分と落ちついた会話だ。
とてもじゃないが攻撃した側とされた側の会話とは思えない。
久慈川は勿論、小萌先生やインデックスもポカンとしていた。
どうしてあのような怪我を負わされて、何事も無かったかのような顔をしているのか。 - 262 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 02:26:54.63 ID:xlKYvBbQo
- 「……まァイイや。帰れ帰れ。こっちは胸?っ捌かれて痛ェンだよ……
こいつが狙いで、こいつに攻撃を仕掛けようってンなら話は別だが」
一方通行はそのすぐ後ろに居るインデックスに親指をさしながら問う。
本来の目的は、インデックスか否か。
あんな怪我をさせた上に見逃してくれるとは申し訳ないところだが、
オリアナにとってそれを受けない手は無かった。
「……見逃してくれるの?」
「こっちも良くわかンねェけど、上条が居るしな。何とかなるだろ」
インデックスを止めろとは言われたが、協力しろとまでは言われていない。
何より、血を止める為の演算を行っている為、ここで戦闘になれば他の3人を守り切る自信が無かった。
久慈川はなンで来たンだ、とか思うが、来てしまったものはどうしようもなく。
オリアナの攻撃に巻き込まれないようにするしかないのだ。
「へぇ、やっぱりあの子とも知り合いなのね……にしても、随分信頼してるみたいね」
「当たり前だろォ?あいつは強いしなァ。
ま、精々ボコにされねェよォに注意しとけよォ……」
「ふふ、もう既にお手つきなのよね。
お姉さん、びっくりしちゃったわあ。あんなに激しいなんて思わなかったから」
「うるせェよ、エロいフリしてどォせ未経験なンだろォ?」
「なっ!」
一方通行の指摘にうろたえたのか、顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。
冗談のつもりで言い返したが、まさか事実とは思わず指摘した一方通行もまたうろたえた。
どうやら図星だったらしいが、あからさまなセクハラに他の女性陣はドン引き。 - 263 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 02:29:56.30 ID:xlKYvBbQo
- 構図としては、一方通行vsこの場に居る女性陣。
先程まではオリアナの四面楚歌(と言っても戦力は一方通行しかいないが)だったと言うのに、
いつの間にか一方通行の背後からも敵意ある視線が飛ばされている。
何と言うか、先程までの殺伐とした空気が、馬鹿みたいな空気に成り下がっていた。
そんな弛緩した空気の中、オリアナは耐えきれなかった、と言った具合に噴き出す。
「……ふふっ、本当に見逃してくれるみたいだし、ここは退いておこうかしらね。
怪我させちゃったのは謝るわ……今は言葉でしか謝れないけど、そのうち何かお礼してあ・げ・る」
「うるせェよ不法侵入者、とっとと失せろ。
こっちは傷口が自己主張して血ィ吐きだそォとしてンだよ」
「へぇ……なら、やっぱり今戦っておけば……」
「戦うのはやぶさかじゃねェが……上条達、すぐにでも来ると思うぜェ?」
考えなしにこンなとこに来るかよ、と一方通行。
「成程ねぇ……それじゃあやっぱり、ここは退くわね」
もう一度、ごめんなさいね、勘違いで手を出しちゃって。とオリアナ。
反省してねェだろこいつ、と一方通行はちょっと思うが、
オリアナがこの場を去って行ったのを確認すると、崩れるように座りこんだ。
「「大丈夫なの(です)!?」」
三者三様の声が響き渡り、三人は一方通行に駆け寄った。
「ハァ……久々にデケェ傷作っちまったなァ……」
誰かを守りながら戦う事の難しさを認識した一方通行は、これからの事を考えて嘆息した。
何せ相手は学園都市暗部。先程のオリアナのように話をして去ってくれる程甘くは無いはず。
その時、自分は護り切る事が出来るのか?
チリチリと、焼けるように痛む傷を指でなぞりながら、表情を歪めた。 - 264 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 02:39:49.76 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
「……すまん、一方通行」
上条当麻は一方通行の情報を受け、ステイル=マグヌスと共に事が起きた路地裏まで急行した。
その中に土御門元春が居ないのは、まだ動ける程に回復していないからだろうか。
何故小萌先生やらりせちーが居るのかは分からないが、
恐らく3人を守るために傷を受けざるを得なかった、と言う事だろう。
これも全てオリアナ=トムソンを取り逃した自分の責任だ、と上条は自身を責めた。
「うっせェよ、こりゃこっちの不手際だ。謝られる程じゃねェ」
未だに手で傷口を覆いながら、一方通行は事もなげに答える。
血流操作をして一応の応急処置をしているとはいえ、傷口が痛むのだろう。
額からは汗が流れ落ちている。
「……すまなかったね、本来僕達が君らを守るべきだと言うのに」
ステイルも苦々しげに、噛みしめるように一方通行に謝る。
以前のアニェーゼ部隊の時もそうだったが、迷惑をかけっぱなしだと考えていた。
ちなみに、アニェーゼとのいざこざが終わった後軽く顔合わせをしているので、
ステイルと一方通行の面識は一応ある。
そしてこの場で場違いな人、2人。
「で、上条ちゃんやこの神父さんや、シスターちゃん。白髪ちゃんにポニーちゃん。
これは一体どういうことなんです?」
「ポニーって私の事……?あ、そっか今ポニーか……
っていうか私も事情を説明してほしいんですけど!」
月詠小萌と、久慈川りせ。
明らかな一般人である彼女らは、ここいらが境界線だろう。
魔術師の顔を見てしまったからと言って、消さなければならないと言う訳ではない。
それ以上追及しなければ良いのだ。
しかし、彼女らはその境界線を越えようとしている。
「鈴科さんは良くわかんないけど凄い能力使うし!
血がいっぱい出てるのに相変わらずの態度だし!!
心配してるこっちの身にもなってよ!!」
「そうですよ!私だって白髪ちゃんの事は知らないですけど、し、心配したんですからね!!」
「いや、なンかもう大丈夫ですよみたいな雰囲気だしてるとこ悪ィが、早めに治療しねェとマズいから。
破傷風にでもなっちまったら大事だから」
「「うええ!!?」」 - 265 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 02:50:19.19 ID:xlKYvBbQo
- どうにも気の抜けた会話を交わす一方通行達に、上条もステイルも拍子抜けさせられた。
そんな中、インデックスだけがうつむいてプルプルと震えている。
一方通行は平気そうな顔をしているが、実際は重傷で、
無駄に動く事が危険だと言う事を理解した上で戦闘を避けるべくオリアナと会話を交わしたのだ。
狙いは一方通行ではなく、インデックスだったから。
その事実を理解しているインデックスだからこそ、何も話せない。
何て一方通行に声をかければいいのか分からなかった。
自分の独断専行のせいで、このような事態に陥っているのだから。
そんな風に、色々と考えてズブズブとネガティブの泥沼に飲み込まれて行くインデックス。
それに見かねたのか、一方通行はインデックスに声をかけた。
「悪ィな。病院いかねェとなンねェから、屋台はまた今度だァ」
「……ごめん、なさい……」
「気にすンな。ありゃ俺のミスだ」
「……うん」
ポンポン、と一方通行はインデックスの頭を軽く叩くと、ステイルと上条の方へと向く。
「とりあえず、ちょっと話した感じだと、如何にも時間稼ぎてェって感じだったなァ。
ひょっとすると、あの女自身が捕まっても問題ねェのかもしれねェ」
インデックスを確実に倒さねばならない、と言うのならあのような掛け合いをするはずが無い。
問答無用で攻撃を仕掛けるはずだ。
ならばインデックスに攻撃した理由は、
所属がイギリス清教だった、だとか明らかに魔術サイドの人間だった、といったところだろう。
とどのつまり、個人ではなく所属の問題、と言う事だ。
「そうだね、僕達も奴らの狙いは分かっている。『使徒十字』だ」
最早インデックスもこの事件に関わってしまった。ならば自分のしなければならない事は、
この件を早急に片付けた後に、波風を立たせないように動き回る事だ。
ならばインデックスの知識を借りた方が良い。毒を喰らわば皿まで、だ。
毒を食うのがインデックス、と言うのは非常に気にくわないが、即死するような毒では無い。
インデックスの無事の為なら、インデックスに有事も辞さない。
そんな矛盾を全て飲み込み、受け入れる。
例えそれによってインデックスに恨まれようと構わない。
ステイルの確固たる意志を知ってか知らずか、インデックスは少しだけ眉をひそめながら答える。 - 266 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:03:17.62 ID:xlKYvBbQo
- 「一言で言えば、『星座』を利用した術式かな。効力は知ってると思うけど、対象地の『支配』。
とはいえそんな大それた術式を、ちょっと陣を築いたり、ちょっと絵を描いてみたりと、
そんな簡単な条件でこなせるわけがないよね」
インデックスの言葉にステイルは頷く。
魔術をある程度知った一方通行や上条も、何となく理解しているようで、
各々が独自に噛み砕きながらインデックスの言葉を待っていた。
相変わらず、久慈川と小萌先生は頭にはてなを浮かべていたが、
口をはさむ場面では無いと思っているのだろう。黙って話を聞いていた。
「重要なのは、『時間』と『場所』。
『使徒十字』の十字架は夜空の光を魔法陣という一点に集める為の装置……
ええっと、科学風にいうんだったら……」
「パラボラアンテナ、ってとこかァ?」
「そう、それかも!で、その光を一点に集めることで星座から莫大な力を借りることが出来るの。
それによって、その十字架を中心に術式が展開されて行くんだよ」
「成程、どのくらいすげえ力かわからねーけど、
それだけの力があれば『使徒十字』による魔術は完成するってことだな?」
「その通りかも。でも、正しく必要なだけの光を集める為には、周りに陰りが無いような……
そうだね、開けた平地とか、高い丘の上とかが有効だと思う」
「つまり、学園都市内でそう言った場所をあたっていけば……」
「何処かにさっきの魔術師が居るはずかも」
インデックスの簡潔な説明に光明を見出したのか、
上条は物凄くうれしそうに、ステイルは少しだけ口角を上げ喜んだ。
今までは追う側で常に後手後手に回っていたから、鬱憤もたまっていたのだろう。
何にせよ、それだけ分かれば、術式発動の阻止も可能のはずだ。
2人はすぐさま行動を起こすべく、動き出した。
しかし、それを大きな傷を抱えた一方通行が止める。 - 267 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:08:15.31 ID:xlKYvBbQo
- 「どうした、一方通行?ひょっとして着いてくるとか言うんじゃねえだろうな」
「違ェよ、気になった事があるンだ」
気になったこと?と上条は首をかしげる。
ステイルもどういう事だと言わんばかりの顔をしていたが、あの一方通行の考える事だ。
重要な事に違いない、と動きだした足を止めた。
「その『使徒十字』ってのはよォ、発動範囲とか指定できるのかァ?
例えば、学園都市の隅っこの方に条件を満たす場所があったとして、
その『使徒十字』ってのを使ったとするだろォ?
そォした時、学園都市どころか学園都市外まで支配下に置いちまう、なンて事になるのかァ?」
「その通りかも。一応、『使徒十字』によって支配下における範囲って言うのは最大で四万七千平方メートルってところかな?
つまり、学園都市外ごと学園都市を支配下に置こうって考えたなら、わざわざ学園都市に侵入する必要はないかも!
だってそれでも十分学園都市を覆える広さのはずだよ!」
その言葉を聞いて、上条とステイルはあっけにとられた表情をして、一方通行だけは納得した顔をしていた。
「はン、やっぱさっきの金髪女、完ッ全に囮じゃねェか。
最後の最期までお前らを学園都市に縛りつける為の」
クックッ、と楽しそうに笑う一方通行を横目に、上条は焦った様子で声を上げた。 - 268 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:17:11.64 ID:xlKYvBbQo
- 「ちょ、ちょっと待てよ、ローマ正教は学園都市以外の事も全く考えてねえってことか!?」
「おいおい、上条よォ。お前この間シスター集団と相対したこともォ忘れたのかよ?
ああ言う、自分達がする事が絶対的に正しいンです、って思ってる奴らがする事だぜェ?
あいつらにとっちゃ日本全てを支配下においても、正しい事をしてるンですとかのたまうに違いねェよ」
「クク、確かにその通りだな。ローマ正教の事だし、その程度の罠は打って来る、と言う事か。
何せ囮はオリアナ=トムソンだし、例えこの件で死んだとしても、ただの捨て駒として処理されると言う事だろうな」
一方通行の言葉に納得したステイルも楽しそうに笑うが、
目は全く笑っておらず、インデックスにまたもや害を為そうとするローマ正教に怒りを示した。
「まァなンだ。『学園都市外』の事はお前ら『外』の人間で処理しろよなァ。
一応、俺の深読みってこともあるから学園都市内のめぼしいとこも探して欲しいところだが」
「ああ、任せてくれたまえ。『外』の事なら心おきなく人間を動かせるからね。
今すぐ上の奴に人員を動かさせるように指示を仰ぐよ」
ステイルはそれだけ言うと、この場を足早に去っていった。
どうやら事のついでに、インデックスがこの件に関わってしまった事による弊害の処理もする算段なのだろう。
非常にあくどい顔つきをしていて、その顔を見た一方通行はニヤリと笑った。
「さァて、俺はいい加減病院行きてェから移動するが……上条、お前はどォする?」
はっきり言えば、ほぼ詰みの状態だろう。
何せ相手の『使徒十字』は何処でも発動できる代物ではなく、
開けた場所で待機しなければならない為罠だって限られた物しか配置できないはずだ。
と言うか遠距離で攻撃してしまえば済む話である。
むしろ学園都市内で事を起こされる方が面倒なレベルだ。
なので上条も万が一を想定して、学園都市内でオリアナを探すようだった。
その言葉を聞いて、一方通行は上条に言う。 - 269 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:20:36.94 ID:xlKYvBbQo
- 「なァ、あの金髪に会ったら一つ伝言頼むわ」
「あぁ、いいぜ。何伝えりゃいいんだ?」
「『お前の作戦崩した事で満足なので、お礼は要りませェン』って」
「プッ、なんだそりゃ。まあいいや、承ったぜ」
そう言って上条も立ち去ろうとするのだが、インデックスがそれを引きとめた。
「とーま……」
「……インデックス、隠してた事は悪かった。だけどな、もう一度あいつに会わなくちゃならねえ。
何だってこんな下らねえ事に加担したのか、納得のいく回答を聞けなきゃ、
もう一発殴る事だって辞さねえつもりだ」
グッ、と拳を握りしめ、決意表明をする上条。
しかし女性を殴る決意をするとは、最低だと思うがそれはさておき。
やはり単身魔術師の元に向かわせる事が躊躇われるのだろう。
しかし、自分がついて行く選択肢を取る事も、躊躇われた。
何せ目の前には自分のせいで傷ついた一方通行がいるのだから。
「……はァ、着いて行きてェンなら、行ってこいよ。俺は動けるからよォ」
「でも……」
「上条なら守ってくれンだろォ?今までだってそうして来たはずだァ。
だったら、安心して守られてろよ。そンでオリアナの出す魔術に関して、
アドバイスの一つでも出来れば上等だな。飯1食分くれェには値するぜ」
「……うん、わかった!とーま、私も着いて行くからね!!」
一方通行とインデックスのやり取りを見ながら、上条は溜息をついた。
既にインデックスを巻き込んでしまっているが、
これ以上巻き込んで外の連中が余計に騒がないか、それが気がかりらしい。
「……まぁ、その辺は何とかするか、ステイルが」
上条は考えた末に、ステイルに丸投げする。
行くぞ、インデックス。という言葉を聞いて、インデックスは嬉しそうに上条と共に駆けだしたのだった。
「やっと行きやがったか優柔不断コンビが……」
軽く嘆息をつきながらその場に座り込む一方通行。
しかし、まだすべきことは残っていた。
「……それで、私達はいつまで蚊帳の外なの?」
「そうですよ、先生、まだお話は始まってすら居なかったのに皆居なくなっちゃいました……」
「一生……蚊帳の外に居ろォ」
フラリ、と一方通行は立ちあがると、病院に向かう為かゆったりと歩きだした。
あの3人の前では気丈に振舞っていたが、相当に限界が来ていたのだろう。
おぼつかない足取りに、久慈川と小萌先生は慌てて一方通行を支えるのだった。 - 270 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:30:50.08 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
『ハァ!?何を言ってるのですか最大主教(アークビショップ)!?』
『だから、リドヴィア=ロレンツェッティを追う為の部隊は出したるけれど、
禁書目録を狙いたる『外』に居る不逞の輩は放っておいて良い、と言いたりけるのよ』
『それが意味がわかりませんって言ってるんですこの馬鹿口調女!!』
『なっ!それは飽くまでも日本語を話したる時だけで、
今は母国語(英語)で話したりけるに、変な口調でありけるなどありえぬのよ!?』
一応、英語での会話をしているはずなのだが、
ステイル=マグヌスの指摘によって普段よりも口調が更に荒くなっている。
そんな変な口調の持ち主であるローラ=スチュアートだが、
彼女は一応イギリス清教で一番偉い人、と言う立ち位置で、ステイルにあれこれ指示を出していた。
今回の件も、ローラの指示によって学園都市入りを果たしたステイルだったが、
流石にこの指示は承服しかねる物だった。
何せ、今にでも事後承諾で学園都市入りを果たしそうな魔術師どもを、放っておけと言うのだから。
ただ単に教えを広めたいと言う人間も居るだろう。
しかし、学園都市と敵対している勢力だって実際には居るのだ。
それを放っておいたらどうなるか、考えるまでも無い。
『大丈夫、大丈夫なのよ、ステイル=マグヌス。
そちらに関しては、学園都市側が秘密裏に処理をすると、連絡が入りたりけるから』
『……その学園都市側の人間が、へまをやらかしたらどうするのですか』
『そこは問題無きと思いたるわ。何せ学園都市に『強行突破』も掛けられない強硬派など、おそるるに足らず。
学園都市の治安部隊でも十分制圧できるはずよ』
『もし、万が一があれば……』
楽観的な答えを放つローラだが、ステイルとしてはインデックスの事が心配なので、
完全に学園都市に頼るのも気が引ける。
何せ学園都市の人間と共闘はするものの、学園都市そのものを信用している訳ではないのだから。
『ああもう、ステイルは心配性なりけるのね!!
それならば、適当に両者の戦いを眺めたりければ良いのよ!!』
いい加減しつこいステイルにわずらわしくなったのか、適当な指示を出すローラ。
その言葉を待っていたと言わんばかりに承服した、と伝え電話を切るステイル。
微妙な上下関係が、そこにはあった。 - 271 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:32:49.03 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
「あなたの交友関係って謎が多すぎるよね」
久慈川りせと月詠小萌は、一方通行を近くの病院まで連れて行くと、
小萌先生は実は先生らしいので、他の生徒達も見なければならない、と言ってこの場を久慈川に任せて立ち去った。
実は教師、と言う事実に驚きを隠せない一方通行と久慈川だが、兎にも角にもさっさと治療を受けなければ、
と言う事で妹達の件で世話になっているカエル顔をした医者があっという間に一方通行の傷を治療していった。
そして1時間もしないうちに治療を終え、
病室へと押しこまれた一方通行の元に、久慈川がやって来ている。
久慈川はパタパタと手で自分を仰ぎながら、一方通行の謎すぎる顔の広さについて問うた。
この大覇星祭と言う名の体育祭は、全校生徒が参加しなければならない。
例外として実行委員やジャッジメントは除外されるが、一方通行はそれには属していないと言う。
ならば学生では無いと言うのに能力者で、
かつアンチスキルやら学生やら見知らぬシスターやら神父やらと知り合っているのだから謎すぎる。
「あァ?……そォ言われりゃ俺でも理解出来ねェな……」
久慈川の言葉に同意しつつ、一方通行は首をかしげた。
自分でも知らないうちに色んな人と仲良くなる。
それは久慈川に無いもので。
喉から手が出る程に、とてもとてもうらやましいものだった。
「私ね、本当はただ友達が欲しくて、情けない自分を変えたくて、この仕事はじめたんだ」
ポツリと語りだす。
一方通行が押しこまれた病室は個室だった為、久慈川の声は一方通行にしか届かない。
「それでがむしゃらにここまでやって来たけど、結局何も変わってないの」
何故このような事を一方通行に話すのか。
彼自身には分からないが、久慈川も何か思う事があったのだろう。
一方通行はただ耳を傾けていた。
「皆が見てるのは、底抜けに明るくて前向きな『りせちー』だけ。
私の事なんて誰も見てくれない……」
どうせ明日以降会う事は無いのだから、愚痴るだけ愚痴ってしまえ。
そのような事を久慈川は考えているのだろうか、ただただ思いの丈を吐きだす。
「結局、本当の自分なんて何処にも居ないんだなあって思うと、
こうやってテレビ出てるのも馬鹿らしくなってきちゃって……」
一息ついて、続ける。
「どうしたらいいのか、分かんないの」
「……そォだな、『りせちー』って人間すら、自分自身だって思いこンじまえば良いンじゃねェのか?」
「えっ?」
思わぬ返答だった。
『りせちー』は自分ではない、と言っているのにそれを自分だと思う。
とてもじゃないが久慈川が一人で考え続けても思いつくものではなかった。
それだけに興味深い意見で、久慈川は一方通行の言葉を待つ。 - 272 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:34:33.78 ID:xlKYvBbQo
- 「まァ、なンつーか……本当の自分だか自分探しだか知らねェが……行き遅れたOLかっつゥの。
お前はまだ中学生だろォが、若ェンだから、余計なこと考えずに走り続けて見りゃいいンじゃねェの?」
お前は生き急ぎ過ぎなンだよ、とあっけらかんと言い放つ一方通行に、
久慈川は一瞬あっけにとられて、その後大きく笑った。※病院内ではお静かに。
「ふ、ふふ……ふふふ!何よそれ、今まで私が悩み続けてたのが馬鹿みたい!
でも……何だか楽になれた気がする。そうだね、とにかく頑張ってみたらいいのかな?
……さっきまでの出来事がひっじょーに気になる所なんだけど、誰だって知られたくない事もあるよね」
「お、おォ……」
急に物分かりがよくなったように感じられて、一方通行は思わずたじろいだ。
そんな姿を見て更にひとしきり笑ったところで、久慈川は病室を後にしようとする。
「それじゃあ、私いかなくちゃ。もうすぐナイトパレード始まるし、インタビューの続きもしなくちゃね」
「そォいやそンなのもあったなァ。いやァ良かった良かった。堂々とあの場から離れられて」
「む、そんなこと言って良いのかな?
後でテレビ付けた時、私が他の人とイチャイチャしてるの見てやきもちやいても知らないんだから!」
「はン、あンなぶりっ子キャラ売れるかってェの」
「売れたからあの場に居るのよ!!」
「そォなンだ、じゃあ私入院するね」
「興味無し!?」
「なンだよ、実は初めて見た時から……興奮してました。とか言われてェのかァ?」
「何でそこで雰囲気ブチ壊すの!?そこは初めて見た時から好きでしたとかそんなんじゃないの!?
流石にぶっちゃけすぎじゃないかな!?」
「よォし、その調子でナイトパレードも頑張ってこいよ。
まァ、気が向いたらテレビも見てやる」
「……分かった、それじゃあね」
「おォー」
バタン、と病室の扉を閉めた所で、久慈川は小さく微笑んだ。
(素直じゃないんだから……)
来年もまた、大覇星祭に来られたら良いな。
久慈川は決意を新たに、自分の仕事場へと向かうのだった。 - 273 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:35:38.59 ID:xlKYvBbQo
- ・・・
「あ、うわぁああぁぁ!!化物ォォォ!!」
とある山岳地帯。
人気の無いそこは学園都市に最も近いとされる山で、
潜伏するにはもってこいの場所だった。
しかし、そんな山の中に潜入した魔術師たちは、ことごとく殲滅させられて行く。
恐らく証拠どころか、肉片すら残されない程に、全てを隠匿し、隠滅されるだろう。
学園都市が秘密裏に動かした『猟犬部隊』は、それを容易に行う事が出来るのだから。
しかし、メインで動いて戦闘を行っているのは、どう見ても『猟犬部隊』の人間には見えなかった。
「よぉし、全員殺ったかぁ?あぁ、違うな、何人か残して後は殺ったかー?」
「「……はい」」
「OKOK、初の実戦にしちゃあ上等だぁ……にしても、『魔術』なんて非科学、初めて見たぜ。
ワクワクするねぇ、今までの常識ぜーんぶひっくり返してくれんだからよお。
危うく命令(オーダー)通り殲滅しちまうとこだったわ。こんなサンプル、使わねえ手はねえもんな?
お前もそう思うだろ?」
木原数多は心底うれしそうに、楽しそうに笑っている。
そして同意を求めたその相手は。
「……はい」
子供。
小学校高学年から中学1年生程度の年齢だろうか、
明らかに場違いな少年は、手に拳銃を持ち、木原の言葉に同意した。
「よーしお前ら屑どもは捕獲した奴らをつれてけー。
そんで、てめーら6人はこの後研究所で実験なー。」
「「……はい」」
薄暗い山の中、木原の言葉に答えたのは。
―――6人の子供達だった。 - 274 : ◆DAbxBtgEsc[saga sage]:2011/08/14(日) 03:36:57.32 ID:xlKYvBbQo
- おっしゃー終わった!
オルソラさん達の努力は全くの無駄になるけどあれだ、オルソラさんをだしたかったんですう!
一方さんが傷を受けちゃうってどうなの?って思うかも知れんが、守る対象が近くに居る時の戦闘の難しさを勉強したって事で勘弁してくれ!
- 281 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/15(月) 09:00:48.87 ID:BjnNGAqgo
- 「おいお前ら」
病院の一室。
一方通行は窓から吹き抜ける風を受け、髪の毛がサラサラと揺れている。
ベッドの傍ら、そこには果物詰め合わせだの花だのと見舞いの品々が敷き詰められており、
一方通行が入院したと聞きつけた人々がお見舞いに来たと言う事は想像するに易い。
しかし、そんな一方通行は苦々しげな表情をうかべ、見舞いに来た人々へと声をかけた。
「「「んん?」」」
「……ンン?じゃねェよ、いつまで居座る気だァ?!ここは避暑地じゃねェンだよ!!」
そこには仮称特別捜索隊+幼女+白シスターにスキルアウト+幼女が見舞いの果物をガンガン消費していた。
いや、別に果物を食うのは構わないが、いつまでも居座ってワイワイされると、
静かにしてくれと怒られるのは一方通行なのだ。
学校に通ってない奴らはずっと居座るし、選手な上条当麻に御坂美琴、
フレメア=セイヴェルンは競技が終わる度に病室に足を運んでいる。
フレメアに関してはスキルアウトの面子がいるから分かるが、上条と御坂は何故いちいちここに来るのか。
大覇星祭初日に入院を始め、今日は大覇星祭三日目。
一方通行は能力を行使して傷の治癒力を促進させていた。
とはいえ、傷は大きく早くても2週間、すなわち大覇星祭など余裕で終わっている頃までは入院を余儀なくされた。
常人で学園都市外の病院なら普通に2カ月は入院させられるレベルであるが、
学園都市の医療技術に一方通行の能力によって入院期間をここまで縮めたのである。
出来れば静かに過ごしたいとか思っていたと言うのに、周りはそうは問屋が卸さないと病室に居座る。
一方通行はいやがらせか?とか思うのだが、実際は皆一方通行の事が心配なのだ。
とはいえ見た目はただ涼みに来てるようにしか感じられないから、
一方通行がそのように考えるのも仕方が無い。
すると、外から今後の競技予定のアナウンスが入った。
「お、もうそろそろ俺の出番か」
「そうなの?それじゃあ私も着いて行く!」
「おォ、行ってこい行ってこい。そして帰って来るな」
「負けろー」
上条はアナウンスを確認するように窓の外を眺めると、座っていた椅子から立ち上がる。
続いてインデックスが果物を何個か抱え、上条について行った。
一方通行はシッシと手を振り、御坂は上条の負けを祈願している。
そんな2人に苦笑しながら、上条とインデックスは病室を出て行くのであった。 - 282 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/15(月) 09:03:29.39 ID:BjnNGAqgo
- 上条が病室を出ると、真っすぐ伸びる通路の一番奥にある階段から、女性が1人昇って来た。
「あれは……」
女性は少し回りを見まわすと、
上条の視線に気付いたのかこちらを向き手を振って来たので上条もそれに応えた。
インデックスはそれを見てジトっとした目で上条を見るが、
別に上条にやましい事はないので堂々としている。
そしてその女性はこちらに向かってきたので、上条もその女性の前へと歩みを進める。
「やあ、君がここに居ると言う事は彼の病室はこの先かな?」
「そうっすね、何か人いっぱい居ますけど……まあ気にしないでください。
それじゃ、俺これから競技があるんで」
「む。それは引きとめてしまって済まなかったな。
健闘を祈る……と、そこのお嬢さんは上条君の彼女か何かか?」
「へ?いやいやいや、そんなことはありませんことよ!?」
「むう!そんな頭ごなしに否定されると頭に来るかも!」
インデックスは上条の否定っぷりに頭に来たのかキラリと白い歯を見せつけ、
噛みつきの体勢に入るが、ここは病院な為にあんまり騒がないよう注意されてしまったのでインデックスはシュンと小さくなった。
「ふふ、やはり君達は面白いな。その仲の良さ、大事にすると良い」
「あはは……ありがとうございます。それじゃあ失礼します、桐条さん」
「うむ、それでは頑張ってくれ。上条君」
桐条美鶴。
他の面々を連れて学園都市入りを果たしたのは良いが、
一方通行が入院したと聞きいち早く病院に向かっていた。
残りの一同はゆっくりと学園都市を見物してから来るそうだ。
というのも、山岸風香やアイギスと言った科学馬k……
ではなく技術に興味のある面々が学園都市に見え隠れする技術力の高さに目を輝かせていた為である。
ある意味今回の目的である『学園都市を知ること』という目的に近いものがあるので、
彼らにはそのまま学園都市観光をしてもらうことにして、
美鶴だけが見舞いがてらここ最近で集まった情報を一方通行に知らせるべく病院にやって来た、というわけだ。 - 283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:05:01.96 ID:BjnNGAqgo
- そんな訳で、美鶴は一方通行の病室の前、何やらワイワイと声が聞こえてくるが気にせずノックすると、
息の合った声で「「どうぞ」」とドア越しに響いてきたので、それに従って入室した。
「やあ、意外と元気そうで安心した。
あのように立ち回る君が入院などありえないと思っていたのだがね。
いや、完璧な人間など居ないと言う事を改めて教えられた気分だ」
美鶴は少しだけ口角を上げて微笑みながら、見舞いの品を適当な場所に置きながら捲し立てた。
彼女の事を知っている人間は、この場では一方通行と上条しかいないため、一同はポカンとしている。
何せスタイル抜群でクールな印象を受ける彼女は、
『知的美人』とか『仕事出来る美人』とかそんな感じの評価を得られたからだ。
そんな彼女を見た一方通行以外の面子は、ただただ状況を飲み込めずにいた。
「ふむ……どうやら私以外に先客が居たようだな……」
一方通行はジッと美鶴を見つめ、その視線を察した美鶴は、
「ここは彼らの団欒の邪魔をしないようにしておこうか。
どうせもうしばらく入院するのだろう?『2人きりで』色々話をしたかったのだが……
大覇星祭が終わるまでは滞在する心算だから、そのうちまた来るよ」
「そォだな。来るならこいつらがいねェ時に頼むわ、『2人きりで』なァ」
2人のやり取りを見た一同は、ポカンとしていた表情から驚愕の色に変貌を遂げた。
何?そういう関係なの?2人きりってそう言う事ですか!?みたいな思考が一同の中に渦巻き、
自分達は空気の読めない一団なのではと勘違いしてしまう。
「「自分達これで退散します!!」」
駒場利徳がフレメアを、浜面仕上が打ち止めを抱えて病室を出る。
9982号に御坂は勿論、クマや布束砥信は2人の関係に興味津々だったのだが、
半蔵に無理やり引っ張られて部屋を出た。
そんな彼らが出て行った後の病室の扉を見て、美鶴はクスリと笑う。
「随分と面白そうな奴らだったな」
「そォだな、病室を避暑地として使う位には愉快な連中だな……」
一方通行は疲れた表情を浮かべながら、紙とペンを取りだした。
それを見た美鶴は、チラリと扉を見た後、頷きそれらを受け取る。 - 284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:05:32.47 ID:BjnNGAqgo
- 「しかし入院したとは聞いたが、何をしてそんなことになったんだ?」
口では一方通行に入院した背景を尋ねるような内容だが、
『学園都市内に桐条のラボの研究者を送った。
やはりペルソナを扱える人間を人工的に開発しているようだ』
と、一方通行から受け取った紙に美鶴は書き込んだ。
一方通行はピクリと小さく眉を動かすが、動揺を見せず口を開く。
「いや、なンか通り魔的な事故に巻き込まれてよォ……」
「君ならばその程度の輩は返り討ちなのでは?
私は、それ程の実力を持った通り魔など聞いたことが無い」
『十中八九情報は正しいものだと思われる。
とはいえ、このように簡単に情報を察知できるのには裏があるとしか思えない』
一方通行は同意をするかのように首を縦に振り、
「学園都市ってのは色々と裏があるからなァ……力を持った野郎も中には居るってことだ」
紙に書かれたことへの返答なのか、言葉への返答なのか。
おそらく、両方なのだろう。美鶴は軽く息を呑みながらも口を開いた。
「それは私が知るべきことでは無い、そうだな?」
『やはり、与えて良い情報だけ与えて、我々の動きをみる、と言ったところだろうか?』
「そォいう事だな。それでだなァ……」
筆談が無ければ、ただの雑談にしか聞こえないだろう。
現に、外で聞き耳を立てている連中にはそのようにしか聞こえなかったはずだ。 - 285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:06:31.18 ID:BjnNGAqgo
(何か……恋人!って感じの会話には聞こえないんだけど……)
聞き耳を立てながらヒソヒソと話しているのは、御坂。
同じく扉に耳をくっつけるクマ、9982号、布束の3人。と言うか上条を除く捜索隊のメンバーだ。
駒場達はそんな4人を呆れた目で見ながら(ただ単に人数の都合上聞き耳を立てるスペースが無かったのかもしれないが)、
上条の応援に行くことにしたのか病院を後にしていた。
(but、一方通行の事だからこうやって聞き耳を立ててるのがばれてるのかもしれないわ)
(ぐぬぬ……ミサカと言うものがありながら……
と、ミサカはところてん方式で出番を奪われつつある現実を憤ります)
(僕達どんどん影薄くなってるクマよねー)
((それは言ってはいけない))- 286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:07:09.51 ID:BjnNGAqgo
「では、私は皆と合流しなくてはならないから、そろそろ帰らせて貰うよ」
「そォか、岳羽達にもよろしく言っといてくれ」
「わかった……と言うか他の皆も連れてまた来るよ」
「はン、次くる頃にはもォ退院してるかもなァ」
「ふっ、休める時に休まねば、後で困った事になるかもしれないぞ?
先輩からの助言だ、しっかり受け取っておけ」
「はいはい、アドバイス感謝しますゥ」
では。と美鶴が言うと、足音が病室の扉へと近づいてきた。
どうやら今日はもう帰るらしい。
この場に居ては聞き耳を立てていた事がばれてしまう、と4人は焦った顔を浮かべる。
(やばいクマ!あの美人さん帰るっぽいクマ!エマージェンシークマ!)
(ちょ、どーすんのよ!?隠れる場所がない!)
(anyhow、それでも適当な場所に隠れましょう!)
(こっちです!と、ミサカはこの病院の中を熟知している者として先導します!)- 287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:08:10.36 ID:BjnNGAqgo
ガチャ、と美鶴が扉を開くと、そこには誰も居なかった。
とはいえ聞き耳を立てていたのは承知していたので、慌てて逃げたのだろうな、
とその様を想像して美鶴は微笑む。
チラリと下から布片が見える長椅子を見やると、何事も無かったかのようにその場を後にした。
そして、美鶴が階段から降りて行ったのを確認すると、4人は長椅子の下かニュッと出てきた。
「ふぅ~、ギリギリチョップだったクマねぇ」
「何がギリギリよ!あれ、どうみてもバレたわよね……」
「well、熟知してるとか言って結局隠れた場所は誰でもわかる長椅子の下だしね」
「仕方ないじゃないですか!熟知してるからこそ隠れる場所がないと瞬時に判断したんです!」
「なァにが隠れる、だよアホ共が……」
「「!!?」」
「病院内では静かにしろって何度言えば分かるンだァ……?」
突如現れた一方通行は、4人に病室に入るように促し、先にベッドへと戻っていく。
4人は顔を見合わせると、一方通行と同様に再び病室の中に入っていった。
「芳川も居れば結構話も進められそォなンだが……」
居ないものは仕方が無い。
研究者の観点も欲しかったのだが、とりあえず今いる面子でこれからについて話し合うしかないだろう。
そのように考え、先程美鶴から受け取った情報と美鶴達について話を始めた。- 288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:09:47.49 ID:BjnNGAqgo
- ・・・
「あの人が桐条さんだったのね……一方通行恋の季節と思ったのに」
「何か、変な想像をしてたミサカ達が馬鹿みたいですね。
と、ミサカは信じてたぜ一方通行とサムズアップします」
「てっきり、一方通行ンの彼女参加と思ったのに、残念クマー」
「but、聞き耳立ててたの完全にバレてたのが恥ずかしいわ。
人目もはばからずにしてたのに」
「……人目はもォ少しはばかれよ」
やはりというか、やはり勘違いをしていたようだ。
御坂美琴と9982号に関しては桐条美鶴の事は話していたはずなのだが。
「いや、あんな美人なんて聞いてないわよ」
「むしろあんな美人と一方通行がフォーリンラブ何てあり得ませんよね。
と、ミサカは冷静に考えればそうだと納得します」
「ハァ……」
何のために『全員』を病室から追いだしたのか、その意味を深く考えなかったようだ。
いや、深く考えなかったというより勘違いをしてしまったと言った方が正しいだろうか。
一方通行は軽く溜息をつくと、本題に入る事にした。
もちろん学園都市が行っている実験と、その内容についてだ。
人工的にペルソナを扱えるようにする実験。
以前布束砥信が受けていた実験で、他にもそれを受けている人間が居るそうだ。
「人工のペルソナ使いが他に居る……
therefore、その人ないしは人達が私達の前に立ちはだかるかもしれないって事ね」
事情を理解した布束は少し考えるしぐさをしながら口を開いた。
その言葉を聞いて、一方通行や9982号は布束に同意するように頷くが、御坂は納得できないような顔をする。
クマは良くわかってないようだ。 - 289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:11:14.51 ID:BjnNGAqgo
「なんで私達と敵対するの?だってそんな実験を施した相手の言う事なんて……」
「実験者共が言う事を聞かせる為に、心を壊すだとか、そいつが取り巻く状況を利用して脅したりだとか……
まァ、従わせる方法なンざいくらでもあらァな」
「そんな……」
暗部の非道さ、強かさをよく理解しているからこそ言える台詞で、
それは御坂には理解が出来ないものだった。
ある程度暗部を垣間見た御坂でも、やはり理解したくないという気持ちがにじみ出ている。
いや、むしろこのまま理解も納得もしないでいて欲しい、とも思う。
「だからまァ、さっさと退院して情報を集めようと思うンだが……」
「そうですね、ミサカ達だけでは手に余ると言うものです」
「well、調べるってもどうやって調べるの?ハッキングは危険だと思うんだけど。
ダミー掴まされた挙句こちらの動きがバレたりとか」
「クマはよう分からんクマ、話が終わったら教えてほしいクマ」
「うぐっ」
一方通行の言葉に9982号や布束はこれからどうすべきか考えているようだったが、
クマは仕方ないとして御坂は何も言ってないのに勝手に図星みたいな顔をしている。
それを見た一方通行が御坂に突っ込みを入れた。
「……御坂ァ……お前まさか「研究所を片っ端から襲撃しよう」とか思ってねェだろォな」
「え、ええっと……」
本当に図星だった。
しかし無謀も良い所で、そんなことをされて本格的に暗部に動かれたらたまったものではない。
「アホかお前」
「well、愚かとしか言いようが無いわ」
「流石のミサカも擁護出来ないです、お姉さま」
「うぐう」
とここで、攻め立てられている御坂を救済するかのように、競技のアナウンスが。
それを聞いた御坂は、好機と言わんばかりにそそくさと病室から退場しようとする。- 290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:11:52.91 ID:BjnNGAqgo
- 「お姉さまの出番ですか。ミサカ達も応援するので着いて行きますよ。
と、ミサカは話はまだ終わってねえとほくそ笑みます」
「indeed、御坂さんの無謀っぷりを矯正する為なら仕方ないわ……」
「お?美琴ちゃんの出番クマか?クマも着いてクマー」
「おォ、行ってこい行ってこい。ついでに御坂に現実を教えてやってくれ」
9982号と布束はラジャーと返答し、御坂を引っ張って病室を後にし、クマもそれについて行く。
そこでようやく一方通行の静寂は取り戻されたのだった。
「やっと誰も居なくなったか……」
あっという間に静かになった病室の中、1人嘆息する一方通行。
やはり後になって看護婦さんにどやされるのがいやだったらしい。
昨日も久慈川りせが学園都市を発つ前にお見舞いに来たのだが、
その時にも彼らが騒ぎ立てた為にこっぴどく叱られたのだ。
何せ被害者は一方通行なのに、非は完全にこちらにあり何も言えないのだから辛いところだった。
今日も結局騒いでいたが、昨日よりかはマシだったはずなので怒られはしないはずだとか一方通行は思う。
「……まずはその外傷をぶち治すってかァ?」
心地よい風を受け、ひと眠りする事にした一方通行は毛布をかぶり、目を閉じるのであった。 - 291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:13:04.52 ID:BjnNGAqgo
- ・・・
時は大覇星祭初日にまでさかのぼる。
ステイル=マグヌスは『使徒十字』とそれを取り巻く魔術師達を何とかすべく、学園都市を動き回っていた。
上条当麻やインデックスの協力もあり、『運び屋』オリアナ=トムソンの捕獲に成功する。
しかし、もう1人この事件の首謀者であるリドヴィア=ロレンツェッティは逃がしてしまったが、
あの最大主教(バカ)の事だから何か対策は講じているのだろう。
ステイルは早々に追撃を切り上げると、学園都市の周りで潜入しようとする魔術師達を撃退すると言う部隊を見学しに行くことにした。
その部隊の手に余るようなら力を添えようと考えながら現場へと向かうのだが。
「あぁ?なんだテメェ、誰だ?」
そこには部隊とそれを率いる代表者らしき男が居た。
随分と人相の悪い男だ、とステイルは内心毒づくが恐らく話は通っているはずだと考えイギリス清教を名乗る。
「お?てことはあんたらの代表がうちらにこの戦場を用意してくれたって事になるなぁ。
そうだ、俺は木原数多ってんだ。会う事はもうねぇだろうが、ヨロシク」
「そう言う事になるね……というか、この様子だと戦闘はもう終わったのかい?」
ステイルの心配は杞憂だったらしく、魔術師達は既に始末していたようだ。
ある程度有能な連中を使った、と言う事かと1人納得するステイルを値踏みするように木原数多は赤毛の神父を見ている。
そんな木原の視線を受け、ステイルはピクリと反応を示すが表情には表わさず、
タバコを吸いながら木原の返答を待った。
「あぁ。大した事の無い奴らだったぜ。死体は適当に処分するが構わねぇか?」
「問題無いと思うよ。死体の処分に関しては何も言われなかったからね。
そちらで何とかしてくれると言うのならお言葉に甘えさせてもらおうか」
「そーかそーか、それなら任されよーじゃねぇの。
ま、そぉいう訳でこっちも仕事が山盛りなんでね。ここいらでお暇させてもらうぜー」
ヒラヒラと軽く手を振って早々に立ち去っていく木原を見て、
何となくステイルは違和感を覚えたが何も言わない事にする。
ステイルの見た木原の率いる部隊には、大人しかいなかった。 - 292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:13:59.36 ID:BjnNGAqgo
「いやあ、まさか依頼主から直々に人をよこすとは思わなかったぜ。
ま、それだけ信用されてねえって事だろうが」
木原はステイルに嘘をついていた。
魔術師達を全て始末したと言ったが、そうではない。
実験に使う為何人か生かしておいたのだが、
それがバレたらややこしい事になりそうだと判断した為に、あのような嘘をついたのだ。
「あの赤毛は俺らの事は信用してなかったみたいだが、任務さえこなしてくれりゃ文句は無かったらしいな。
死体の確認もせず引き下がるなんざ、依頼主がわざわざこの場に人をよこして確認させに来た意味がねえ。
ってことはあいつは依頼主に頼まれて来たんじゃなくて、個人的に確認したいから来たってことだ。
それなら俺らの姿を確認するだけでもできるしなあ。
って事はだ……学園都市に奴らが侵入されて困る事でもあったってことか?」
先程のやりとりで、木原は自身の情報を名前しか明かすことなく、
ステイルから彼個人の事情を推測する事に成功していた。
使う事は無いかもしれないが、あって損は無い。そう考えてステイルの動向を軽く探ったのだ。
とはいえ、インデックスと言う存在も、それを取り巻く環境の事も知らない木原に、
ステイルの抱える事情を知る事は叶わなかったが。
「それに、あのガキ共だけは見られたくなかったしなぁ」
チラリと背後を向くと、そこには先程は居なかった子供が6人居た。
どうやらステイルがこちらに来ることをあらかじめ察知していたらしく、
6人の存在を隠す為に猟犬部隊から離れさせたようだ。
「ま、今はあの赤毛よりも実験だな、実験」
切るぞ~刻むぞ~、と物騒な内容の鼻歌を歌いながら、木原は学園都市へと帰還する。- 293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:15:00.19 ID:BjnNGAqgo
「全く、何なんだあの男は……」
ステイルは不快そうな顔を浮かべ、口から煙を吐いた。タバコの味も二割減だな、と煙と同時に愚痴も吐く。
あの値踏みするような視線に、悪意と狂気を滅茶苦茶にかき混ぜたかのような目。
有能でも信用出来る人間とは思えなかった。
「まぁ、任務さえこなしてくれればこちらとしても文句は無いのだが……」
何かを隠している。
いや、むしろあのような人間が上の言う事を素直に聞いて行動するとは思えない。
飽くまでも自分本位で自分の為だけに部隊を動かす、そんな人間であると、そう考えた。
何より「この戦場を用意してくれた」という発言。
皮肉のようにも取れるが……と言うより最初は皮肉かとステイルは思ったのだが、
これが皮肉ではなく額面通りの意味だと捉えると、
戦場を用意してくれた事に感謝していると考えてもいいだろう。
何故戦場等に感謝をするのか?
戦闘中毒かと問われれば、違う気がする。
なら、何故か。
ステイルは知らない。木原が研究者であることを。
故に気付けない。これも実験の過程に過ぎないと言う事を。
ステイルは1人、思考の渦に呑まれながらも『使徒十字』騒動の事後処理に関して思いを馳せたのだった。- 294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/15(月) 09:17:18.59 ID:BjnNGAqgo
- 尾張です。
P3メンバーも交えてワイワイしようと思ったけど、俺の手に余るものだったので止めた。
そんで、原作11巻の女王艦隊の話って要るのかな?
要るよねどうしようかな。
- 310 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:24:00.83 ID:9TmIZQtZo
- 朝である。
御坂美琴はカーテンの間から照らされる木漏れ日の様な朝日を受けて目を覚ました。
未だ眠気を訴える瞼をこすり、頭の覚醒を促すと、伸びを1つ入れて気合いを入れる。
時間にして、5時20分。
常盤台の朝は早いとは言え、その起床は些か早すぎるのではと思う。
流石に、鶏が鳴く頃より早く、おじいさんが起きるより早く起きる御坂の真意は読めない。
御坂はとりあえず顔を洗おうと洗面台に向かうのだが、
鏡で自身の顔を確認して驚愕を浮かべる。
「うわっ、眼の下の隈ヤバッ……」
普段の早起きをふた回りほど上回る早起きの訳。
それは遠足前の小学生的なあれだった。
本日九月三十日は、全学園都市的に授業は午前中に終わる。
と言うのも、学園都市の住人230万人のうち8割が学生と言う大御所帯が衣替えしようものなら、
それはもう大変な事になる。
そうは言っても採寸や注文自体はあらかじめ終えているので、
後はそれぞれの学校が生徒達の制服を受け取るだけだ。
確かに、去年から今年にかけて体の成長が見られなかった場合、
新たに制服を発注する必要はないのだが、学生と言う事で成長期の人間の方がマジョリティである。
それ故に学生の大半が新たに制服を注文するのだが、それだけでもう服飾関連の店はデスマーチ確定だと言うのに、
それの受け取り時期を各学校で決めてしまっては店も今日はこの中学校明日はあの高校と、振り分けに余計な時間を割く事になる。 - 311 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:25:21.70 ID:9TmIZQtZo
- そんな事情も相まって制服の受け取る日は本日九月三十日で固定しているのだ。
それでも服飾の店はデスマーチ確定なのだが、
何にせよ今日の学園都市は午前授業確定なのである。
ちなみに、御坂は去年と比べ特に大きくなった所はない(誠に遺憾ながら)ので、
彼女にとっては今日と言う日はただの短縮授業だ。
と言う訳で、御坂は今日と言う日を上条当麻に対する『罰ゲーム』の日として定めることにした。
大覇星祭における御坂と上条の争いの軍配は、御坂に上がったのだ。
順当と言えば順当なのだが、御坂は罰ゲームを何にするか全く考えてなく、
『何でも言う事を聞かせる』とは斯くも魅力的で、
斯くもあそこまで人間性を露わにするとは御坂も思っていなかった。
大覇星祭での勝負がつき、ドヤ顔で上条の前に立った時、
上条が土下座しながら『何でも命令するがよい』と言われ、
何でもってことはあんなこともこんなことも、と脳内を一気にめぐって御坂は顔を真っ赤にさせて逃げ帰ってしまった。
御坂は純朴なのであんなことやこんなこと、と言うのは「手をつないだりとか一緒に買い物行ったり」とかそういうあれなので、
不純な想像をした輩は心が穢れているので煩悩を払いに寺に行くことを勧める。
兎にも角にも、結局罰ゲームをこなす前に上条が北イタリアなどに旅行へ行ってしまった為、
罰ゲームを行う日がこのような月末まで伸びてしまった。
「何してもらおっかなー……ふふ」
御坂が今日の予定に1人思いを馳せていると、隣のベッドがガタリと揺れた。
(あんの類人猿ンンン!!!お姉さまを毒牙にかけおってからにぃぃ!!!)
白井黒子。
彼女は昨晩御坂があーでもないこーでもないと今日の予定を考え続けているのを見せられ続けていた為、
彼女もまた寝不足でパンダの様な隈が出来てしまっている。
まさに白黒。とか言うとテレポーターの本領発揮されそうなので何も言わない事にする。
そんな訳で化粧台の前で身もだえする御坂と、ベッドの中で身もだえする白井。
今日もまた長い一日が、幕を開ける。 - 312 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:26:27.81 ID:9TmIZQtZo
- ・・・
上条当麻は上の空で授業を受けていた。
原因は、北イタリア5泊7日の旅にある。
普段不幸な上条とは思えないほどのクジ運を発揮して、
『大覇星祭来場者数ナンバーズ』で一等賞を当て、上記の旅行券(2人分)を得ることに成功した。
上条自身この結果が信じられないもので、何か裏があるのではと勘繰った程だが、
周りの人間の「たまにはそんなこともある」と言われ素直にインデックスと共に旅行に行ったのだが、
そこでも魔術師の抗争に巻き込まれたのだ。
その際、ビアージオ=ブゾーニとか言うローマ正教の司教と対峙し、
オケアノスを使わざるを得ない所まで追い込まれてしまう。
結局、天草式やらオルソラ=アクィナスの協力もあったし、
『海の神』を冠したオケアノスのフィールド上である海と氷の艦隊では、
敵地とは言えビアージオが叶う相手では無かったのだろうか、辛くもその司教を撃退する事に成功した。
しかしこの時、この力を最も見られたくない相手に見られてしまった。
インデックスに、この力の存在を知られてしまった。
オリアナ=トムソンと対峙した時だって、インデックスのナビのお陰であの力を見せる事は無かったのに。
―――彼女の知っている上条にはあのような力は存在しない。
故にその事について問いただされ、この力と引き換えに幻想殺しが無くなった……と言う事にしたのだが、
そのような端的な言い訳でインデックスが納得するはずがなく、いつから無くなったのかだとか、
幻想殺しと言う異能に対するジョーカーが無いのに魔術師に立ち向かったのかだとか色々言われてしまい、何となく気まずい感じになってしまった。
実際には上条も無事は無事なので、インデックスは思いの丈を全部ぶつけた事ですっきりしたのだが、
上条が勝手に気まずい感じになっている為に、腹を割って話し合う機会が得られないまま月末を迎えたのだった。 - 313 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:28:15.05 ID:9TmIZQtZo
- (どうしたもんかなー……無いものは無いんだもんなー)
インデックスが怒った理由が幻想殺し消失にあると勘違いしている上条は、
早く影に帰ってきてほしいと思う。
と言ってもインデックス激怒の訳はそんなことではなく、
上条が危険な事に首を突っ込みすぎていい加減堪忍袋の緒が切れたという状態であった。
とはいえ先述したとおり腹を割って話す機会を得られないまま、
今日と言う日を迎えているので上条の悩みはある意味無駄なものとなっている。
なんやかんやで上の空で授業を受けようと受けまいと、本日は短縮授業。
上条もまた入学時春先に買った冬服でサイズはピッタリなので、
衣替えのドタバタに巻き込まれる事無く、単純に短縮授業の恩恵にあずかっていた。
結局終始上の空で授業を終え、次の授業までの10分休憩になると、
土御門元春や青髪ピアスが「ガッコー終わったらゲーセン行こうぜ」と誘ってきたのだが、
上条には予定があるので上の空のままそれを断る。
「すまん。今日上条さんは先約があるのでまた今度でお願いしたいのです」
「先約ってまさか……女!?」
土御門が大仰なリアクションを取りながら、教室中に聞こえるように叫んだ。
すると教室の空気が一瞬で凍りつき、男子はまたかこいつと言う目を向け、
女子は先を越された!と言う顔をする。
「な!?」
ぼんやりしていた上条は一気に覚醒し、普段の調子に戻る。
それを見ていた青髪ピアスが追撃の突っ込みを入れた。
「カミやん?そのリアクションにさっきまでのぼんやりと何か考えていた顔……
それらが意味する事は……1つやで……!」 - 314 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:29:43.61 ID:9TmIZQtZo
- 青ピは「犯人はお前だ」と言う探偵のように上条を指差しつつ、語った。
そんな青ピを見て周囲の生徒達は息を呑む。
上条は何故こんなに追いこまれているのか理解できない、
と言った顔で青ピの次なる言葉を待っていた。
「デートのプランを立てていた!……そうなんとちゃうん?」
「「な、なんだってー!!?」」
「違ぇよ馬鹿!!いや、確かにこの後会う子は女の子ではあるが決してそのような関係では……」
告げた瞬間。上から下から右から左から、衝撃が走る。
全方位から均等に衝撃を与えられた為、慣性の法則に従って吹っ飛ぶ訳にもいかず、
万力で全身を押し潰されたかのような感覚が襲った。
何をされた?それを考えるより早く上条は彼らを視界に入れる。
土御門、青ピをはじめとするクラスメート達。
彼らはそれぞれ拳を握りしめ、中には血の涙を流す漢(おとこ)も居た。
「ら、らにするのれすかー!!?」
ぐらぐらと揺れる意識と頭を定め、彼らに対して声高々に文句を叫ぶのだが、
それに対して土御門がギラリとサングラスを輝かせると、
「……にゃー。言い訳など聞きたくないんだぜい?
『女の子と今日出かける』。それが全てだろう、違うか?」
「カミやんがフラグを乱立する事は百も……いや千も万も承知の上やったんやけど……
それでも、カミやんと仲間(とも)……いや、戦友(とも)でいられたんは、
カミやんが『フラグを回収する事が無かった』からやでえ……?それを、それをカミやんはぁあぁぁ!!!」
相変わらず意味のわからないことを言う彼らだが、そんなクラスメート達に悪気はない。
一種の愛情表現の様なもので、
何だかんだ言っても上条は慕われていると言えるのだが、それでも許せないものは許せない。
上条の断末魔と共に、本日のお勤め(学校)は終わりを告げた。 - 315 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:30:26.23 ID:9TmIZQtZo
- ・・・
一方通行は荷物をまとめ、病室を後にしようとしている。
以前にオリアナ=トムソンの魔術によって入院を余儀なくされた一方通行は、
本来全治2カ月はあったところをたったの11日で退院することになった。
その背景には能力使用やら学園都市の医学力は世界一など、色々あったのだが、
兎にも角にも退院を許可されたのだ。
とはいえ、主治医のカエル顔をした医師からしたら後もう1週間は入院してほしかったのだが、
一方通行の強い希望によって渋々ながらも退院を許可された。
そんな訳で退院の準備をしているのだが、実際は完全に治った訳ではなく、
強い衝撃を与えられたりしたら傷口が開くから注意するように言われている。
それでも傷が開くことよりも、ここ最近不気味にテレビの中に放り込まれる人が居ない事や、
学園都市で行われている実験が気になって仕方が無い。
退院したらまずはテレビの中の様子を見に行くかァ、
だとか後の予定を組みたてながらスポーツバッグをかつごうとするのだが。
グイッと引っ張られる感覚を受け、一方通行は首をかしげた。
(そンな重てェモン入れてねェンだが)
そんなことを思いながら、一方通行はバッグを見やる。するとそこには、
「何やってンだお前」
「んー?」
「ンーじゃねェよ、降りろクソガキ」 - 316 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:30:58.23 ID:9TmIZQtZo
- 「やだー!降りないもん!ってミサカはミサカは拒絶してみたり!
このバッグの上はミサカに残された最後の領地だ!ってミサカはミサカは断固拒否!!」
「お前なァ……俺が病み上がりだって事理解した上でこンなくだらねェ事やってンのかァ?
つゥか降りろクソガキ、重てェ」
「な!?うら若き乙女に「重たい」はちょっとひどいんじゃないかな!?
ってミサカはミサカは猛抗議してみたり!!」
「そォか、そりゃあ悪かったなァ……あー軽い軽い、羽のよォに軽いぜェー」
「じゃあこのままでいいよね!ってミサカはミサカは誘導尋問してみたり!!」
「やっぱ降りろお前!!」
別に能力があるので打ち止めがスポーツバッグの上に腰をかけようと問題は無いのだが、
何と言うかつまり、邪魔なのだ。
歩こうとすると肩に下げたバッグが揺れ、それに伴い打ち止めも揺れる。
その度に打ち止めの頭が一方通行の腕にあたるのだが、
一方通行は打ち止めを気遣い念の為反射を発動させていないので、
その腕に当たるのが非常にわずらわしい。
なら反射してバッグから弾けばいいのではと思うが、そうしないところが一方通行の小さな配慮だった。
結局、打ち止めを降ろすことなく一方通行は病院の出口までたどり着いた。
それとほぼ同時に出入口の自動ドアが開き、白衣を着た女性が入って来る。 - 317 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:32:08.84 ID:9TmIZQtZo
- 「全く、退院当日まで病院内で騒いで、他の人たちに迷惑をかけたら駄目でしょう」
「はーい、ってミサカはミサカはボリュームを下げてみたり」
「うるせェ、俺が騒がしいンじゃなくて俺の周りで騒ぐ奴が悪い」
黄泉川愛穂は今現在学校に居るので、
代わりに2人を迎えに来た芳川桔梗が呆れた表情を浮かべて諌める。
打ち止めは素直に言う事を聞くが、一方通行は悪びれた様子も無い。
そんな2人を生温かい目で眺める芳川だが、
実を言うと一方通行入院の凶報を聞いてもお見舞いに来る事は1度たりとも無かった。
理由は恐らく「面倒だから」とかそんな感じで、
芳川の代わりに黄泉川を見舞いに行かせる位なので徹底している。
そんな訳で黄泉川邸に引っ越してから芳川はパソコンのモニターと睨めっこし続けるだけで、
下手するとろくに飯も食べないと言う凄惨たる状況だった為、
黄泉川が「一方通行を迎えに行かないとパソコンをとりあげるじゃん」とか言うので、
渋々病院まで足を運んだと言う訳だ。
兎にも角にも、こうして迎えにやって来た訳なので、芳川のパソコンの平穏は無事守られた。
「はいはい、ここは出入口なんだから、いつまでも遊んでると出入りする人たちの邪魔になるわ。
そういうのは荷物を片してからにしましょう」
「むっ、ミサカは遊んでなんかいないもん!
ってミサカはミサカはブランコの要領で前後に揺られてみたり!!」
「お前どォ見ても遊ンでるだろォが!!
人のバッグをちょっとした遊具代わりにしてンじゃねェよ!!」
打ち止めの言動と行動が見事に正反対さに思わずカッとなって反射を起動させる一方通行。
一方通行はバッグから打ち止めが落ちる様を想像したのだが、そうはならなかった。
「おー!これは新しい遊び方かもしれない!
ってミサカはミサカは激しく揺れるバッグにしがみついてみたり!」 - 318 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:33:06.87 ID:9TmIZQtZo
打ち止めはスポーツバッグに腰を降ろし、その肩ひもに手を付けまるでブランコに乗っているような格好なのだが、
反射を行った事により一方通行の右肩に下げているスポーツバッグが反射されて、
アメリカンクラッカーの片方だけの動きを取って来たかのようにスポーツバッグと打ち止めが跳ね続けていた。
思わぬ遊び方を体験したことで打ち止めの喜びは最高潮に達し、
一方通行の苛立ちも最高潮に達したところでスポーツバッグが床に降ろされた。
「あー!折角楽しくなったのにってミサカはミサカは―――」
「うるせェ!俺はレジャー施設じゃねェンだよ、遊びたいなら他当たれ」
「むうう!」
「ほら、いつまでもそんなところに居ないで、移動するわよ」
打ち止めの不満をそのままに、芳川はタクシーを呼びとめそれに乗り込むように2人を促す。
それを聞いた一方通行は再びバッグを肩に下げ、打ち止めはそれに乗りかかろうとするが、
「うわあ離して!ってミサカはミサカはアホ毛を掴んだその手を離すようにお願いしてみたり!!」
一方通行はそれを阻止した上に、打ち止めのアホ毛を掴みそのまま宙にぶら下げた。
「もォしませんって誓うなら無事に降ろしてやっても良いが、まだやるってンなら……」
「やるなら……?」
「このままアホ毛を引きちぎる」
「鬼!悪魔!!真っ白!!」
「お前、今の立ち場分かってねェよォだなァ……
まず、アホ毛だけで全身を支えられている今の状況、
これはすなわち俺が能力を使ってやってるから、全体重を支えられてンだよ。
つまり、お前のアホ毛の命運は俺の気分次第ってことだァ……」
「わ!わ!ごめんなさい!もうしないからってミサカはミサカはアホ毛を守るために謝ってみたり!」
自身の置かれている状況をようやく理解したのか、打ち止めは両手足をじたばたさせながら謝った。
ここまで脅しを利かせればもう大丈夫だろう。
一方通行は打ち止めのアホ毛を掴んだままタクシーへと乗り込もうとする。- 319 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:33:40.38 ID:9TmIZQtZo
- 「わ!離してくれないの!?うそつき!!ってミサカはミサカは一方通行を糾弾してみたり!!」
「バカ野郎、お前は前科一犯だからなァ。再犯防止策だよ」
一方通行は一言告げるとアホ毛から手を離す。
先程まで一方通行に掴まれていた事でピンと上を向いていたアホ毛は、
打ち止めの元気メーターを示しているかのように萎びて行った。
芳川はそんな2人のやり取りを見ながら、クスリと微笑む。
出来れば、こんな日常が末永く続いてほしい。
しかし、それが叶わない事は芳川自身よく理解している。
それでも、1秒でも長く。
そう思う芳川は、ペルソナとマヨナカテレビ、それに学園都市の関わりについて思いを馳せたのだった。 - 320 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:34:42.64 ID:9TmIZQtZo
- ・・・
上条当麻が『アドリア海の女王』にてビアージオ=ブゾーニを撃破してから、1日程経過した頃の事である。
バチカン、聖ピエトロ大聖堂。
ローマ正教の総本山と言えるその場所は、ローマ正教徒にとっては何に置いても神聖で不可侵。
そんな見る者全てを圧倒するような芸術性すら帯び静寂に包まれていた大聖堂を、不躾に歩く音で満たしていく。
「あーやだやだ!ブゾーニの野郎がヘマやらかしたせいで私の思惑何て全部ぶち壊しじゃない!!
しかもミスった張本人は行方不明とか舐めてるでしょ?」
闇に包まれた大聖堂を歩くは、2人の男女。
外から優しく注がれる月明かりでは、その闇を照らすには値せず、彼らの細部までは分からない。
1人は腰の曲がった、老人らしきシルエットで。
もう1人は、若い女性のような、メリハリのあるシャープな体型をしたシルエットだった。
「しかしなあ、いくらお前と言ってもあれは性急過ぎるぞ。
……と言うより、いずれにせよビショップ・ビアージオでは成功出来なかったはずだ。
あれに、想定外の出来事に対処できる程の能力を期待する方が間違っている」
「はっ、誰にモノ言ってんのよ?私がヤレっつったらヤル。
それが世界の法則で、あんたらはそれにはいかイエスで返答したらいいんだっつーの」
「……貴様こそ、誰に向かってその口を開いているか、分かっているのか?」
老人の言葉に対して、女性の様な声が嘲るように返答すると、老人の威圧感が一気に増す。
その威圧感はまさに『頂点に立つ者』と言って差し支えないもので、
それを受けた相手は自分が是だろうと非だろうと、有無を言わさず頭を下げざるを得ない程、
場の空気はピンと張りつめた。 - 321 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:35:34.55 ID:9TmIZQtZo
- それでも、女性のシルエットは動きを見せず、
「『ローマ教皇』。それがどうしたの?」
ローマ教皇、すなわち20億の信奉者を抱える宗派の中でも、その頂点に立つ人間。
その頂点に対して、女性の声は対等な口調、
いや女性の方が上位に当たるかのような口調で話を続けた。
先程までのローマ教皇によって支配されていた空気が一気に弛緩する。
それほどまでに軽い口調だった。
「ま、何でもいいわ。アンタが『名目上』てっぺんに位置しているのは事実だし。
そう言う訳でこれにサインして頂戴な」
「……全く、この私に命令形か」
明らかな不遜。
不敬で首を飛ばされてもおかしくは無い態度で女性は1枚の書類を取りだした。
そんな女性の態度に教皇はピクリと反応を示すが、これの態度は今に始まった事では無い。
ポツリと愚痴をこぼした後、書類に目を通す。
「……!待て、これは」
「何よ、アンタだって2年か3年か、そのうちしたらこの書類を用意するつもりだったんでしょ?
いずれやるなら遅かれ早かれ関係ない。それなら今やればいい、違う?」
「しかし……魔術に深く関わる者ならともかく、彼のもの達は主とするものを知らぬだけ。
それなら彼らに示してやればいい。真に従うべき主を」
「『ローマ正教に盾突いた』、それだけで十分罪深いことよ。
『アドリア海の女王』と『法の書』での騒動……表立って動いた馬鹿と裏で動いた阿呆。
目立とうが目立つまいが、罪は罪。それを裁くか裁かないかは私次第」
「確かに、異教は罪だが、知らぬだけならまだ救いの道はある。
それを見せないうちにここまでするとなると、私も否定的な意見を出さざるを得ない」
「この私に否定形は無い」
教皇の意見を、一言で断ち切る。 - 322 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:37:00.32 ID:9TmIZQtZo
- 「受動、連用、連体、命令、未然、已然、終止、仮定……後何だっけ?まあこんなもんか。
兎に角、私は否定だけは認めない。私がやれっていったらやる。
それはそこらを歩いてるガキだろうと、ローマ教皇だろうと『神の子』だろうと等しく同じ。
だからアンタはこの書類にサインをするの。分かった?」
教皇は僅かながら苦々しげな表情を浮かべながらも、首を縦に振った。
女性はそれを見て満足そうにうなずく。
「よろしい」
それだけ言うと、女性の影は闇に消えた。
本当に姿を消したのか、はたまたそのように見せかけたのかはわからない。
というより教皇はそんなことを考えはしなかった。その代わりに、書類へと目を落とす。
やはりといえばやはりだが、その内容は最初に読んだ通りのものだった。
(……あやつは性急すぎるきらいがある)
老人は忌々しげな表情を浮かべると、書類にサインをすべく自身の居室に戻ることにする。
この場にペンは無い。そして、書類にはこのように記載されていた。
それを日本語に訳すると、
『上条当麻及び学園都市第一位『一方通行』。
上記の者達を速やかに調査し、主の敵と認められし時は確実に殺害せよ』
というもの。
前者はローマ正教の司教を撃破し、後者は『法の書』の騒動において裏で糸を引いていたと思われる人間と似た容姿をしている。
後者に関しては正しい情報かはわからないが、所詮は科学の徒でローマ正教の敵。
いつ処分に動いても同じなのだから、今処分してしまえという考えだろうか。
なんにせよ、実質的にはローマ正教が総力を挙げ、
たとえ『神の右席』を使おうとも、確実に暗殺するようにするための申請書だった。
これが意味する事は、1つ。
『神の右席』が1人、『前方のヴェント』……先の女性が動く、と言う事だ。
その書類を読み終える頃には自身の居室までたどり着いており、
ローマ教皇はキリキリと痛む胃を抑えるように腹を抱えながら、
書類にサインするべくペンを走らせるのだった。 - 323 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:41:17.49 ID:9TmIZQtZo
- ・・・
木原数多は研究者だ。
暗部として『猟犬部隊』を動かし、人様には言えないような事も行ってはいるが、
基本的には様々な研究を行っている。
といってもその研究も主に人様に言えないものなので根っからの暗部気質というか、
つまりはそう言う人間なのだが。
そう言う訳で、彼が研究所に出入りすると言う事は当たり前の事で、
今日もいつものようにとある研究所に顔を出していた。
目的は、ある人物の顔を見る為。
その人物は女性で、ひょっとして……
とか思うかもしれないが、別にそういった関係ではなく、飽くまでも研究を行う為の『協力者』だ。
とはいえ、木原数多が行う研究は非道を極める者なので、
それに加担するものは木原と同様狂っているか、それか木原に「脅されて」いるかのいずれかに当たる。
「おーっす木山ちゃん。元気にしてっかー?」
木山春生。
木原は彼女の顔を拝みにやってきていたのだが、彼女は勿論後者の人間である。
木山は、木原の顔を見るなり仇敵を見るかのように恨みを込めた視線を飛ばすが、
当の木原は何も感じてはいないようで、
「その様子なら元気そぉだな。安心安心。飯はちゃんと食えよ?
『人質』ってのは無事だからその価値を発揮するもんでね」
木原は愉快そうに語るが、木山にはそれらは一つも聞こえておらず、ただただ木原を睨みつける。
「……あの子らは本当に無事なんだろうな……?」
木山はギリッと歯ぎしりをさせ、爪が自身の手に食い込み、そこから血がにじむ程思い切り握りしめた。
その様子を見て更に楽しそうに笑った木原は、
「あーんしんしろって。あのガキ共の中から『適正』の高い奴6人選んでんだから、一番安全だろうよ。
あいつらも必死こいて働いてるぜ?あんたと、残ったガキ共の日常を守る為になあ。
いや、ホントに泣ける話だわ」 - 324 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/16(火) 09:42:13.50 ID:9TmIZQtZo
- ニヤニヤと笑いながらも、涙をすするかのような動きを見せ、木山を煽る。
その動きを見てキッと木原を睨みつけるが、
やはり無駄なあがきにしか見えていないようで、木原はただただ嘲るような表情を浮かべていた。
「ま、少なくともあんたはここで余計な事せずコーヒーでもすすってくれりゃいいんだよ。
そしたら最低限研究に関わってねえ6人以外のガキ共は何も考えず、
何も知らずにいつも通り学校言っていつも通りダチと遊んでって言う日常を謳歌できるだろうぜ?」
「貴様は!!どうしてそんな風に子供達を研究材料に出来る!?」
「……はっ!それをお前が言うかよ!
『樹形図の設計者』の代わりにこの街のガキ共1万程使って実験してた癖によォ!!」
「ッ……!それは……子供達の為に……」
「ガキ共の為なら1万人を使っても良いってかあ!?
いや、大は小を兼ねるって言うけどよ、小が大を越えるってのは初めて聞くぜ実際!
助けられたガキ共も重すぎるだろ、「1万人と引き換えに助けられました」ってよお!」
ある意味、その方法で助けられなくて良かっただろ!
と呵々大笑する木原に、木山は何も言い返せなかった。
そうして、ひとしきり笑ったところで、木原は木山に言う。
「ま、さっきも言ったけどよ。俺ァお前に何もしないと言う事をしていてもらいてえんだわ。
刑事ドラマとかでよく見るだろ?『余計な事をしたら殺す』って。
とどのつまり、そーいうことだから。じゃあなー」
ひらひらと手を振りながら研究所の一室から去る木原に対して、
木山はただその後ろ姿を眺めるだけで何もできなかった。
9月のある日、ある時の出来事だった。
- 335 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:19:43.06 ID:SBeSs2W4o
- どうもです今から透過です。ちょっと久しぶりなのであらすじをば。
直進するっ…!!
聞こえるか……!?GPSにっ……何も映らねぇ……!!
クソッ……なんも聞こえねぇ……!!危機っ……圧倒的危機……!
GPSが無いと……俺は運転も出来ねぇのかよっ……!
帰ってこれるのかこれでっ……!?
中村、焦燥!!GPSの機械トラブルに、疲労がたまりつつある足に!!中村、冷静さを失う!!(ナレーション:立木)
対岸は見える……!だがこれじゃだめなんだろ……!?
へへっ……!悪いな……ヘボパイロットで……!!
だがっ……!エンジンだけは一流のところ、見せてやるぜ……!!
フルパワーだぜ……!信じらんねえ……!!
俺の人生は晴れときどき大荒れ……!いいっ……イイ人生だっ……!
風をっ…風を拾うんだ…!!押されてる……わかってるけど……!!
その時、中村の体に異変が生じる!!
左足がっ……攣ってる……!!?うぅぅ……ああ……あああああ……あああああ……!!!!!ボ゙ロ…ボロ…
があぁ……!左足……!!俺の左足がっ……!!
限界!!片足だけで廻すのは、最早限界だった!!
中村の右も、限界が近いっ!
ああっ……痛いっ……!!ぅああ……あああ……!!!
東北大学だろ……ウインドノーツだろっ……!!!!
回れっ……!!回らんかっ……!!!!!
動けっ……!動けっ……!
叫ぶ、中村!魂の叫び!!
桂っ……!!今、何キロっ……!?ドボォ…ドボォ… - 336 :ごめンなンでもない ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:21:28.61 ID:SBeSs2W4o
- 最近春上さんの様子がおかしい。
初春飾利が最近付き合いの悪いルームメイト兼クラスメイトな春上衿衣に対して、
小さな違和感を覚えたのは始業式を終えた後、アメリカへ社会見学から帰ってきてすぐの事である。
放課後になるとたまにどこかへと直行しているようなので、
その事について何となく聞いたら、研究所に用事があると言われた。
一緒に着いて行っても良いか春上に尋ねたところ、「『実験』に直接関した関係者以外は駄目なの」と言われ、
「あの実験の後遺症か何か調べるのかな」と納得したので、
その時は素直に引きさがったのだが、それにしても研究所へ行く頻度が高い。
更に言えば最近春上の表情が浮かないもので、日を追うごとに疲れが蓄積されているように感じられた上、
ジャッジメントで部屋に帰るのが遅くなることがしばしばある初春よりも、春上の帰宅が遅くなる日もあった。
極めつけは、先日行われた大覇星祭だ。
初春自身はジャッジメントの仕事に駆り出されていたのだが、
その際競技場で会った友人の佐天涙子によると、顔を見せはしたが途中から抜け出しているらしい。
しかしそれは春上の独断によるものではなく、
きちんと手続きを踏み許可を得ての事だそうで、周りの生徒達も特に不振がる事も無く。
結局、初春は大覇星祭における警備で第177支部に缶詰状態だった為、
ろくに春上、佐天や他のクラスメイトと会う事が出来なかった為に、
春上に対する違和感やら不信感を抱く事になったのが一般客も減りにあわせて少し仕事が減った大覇星祭最終日の事だった。
初春は春上に対して不安を抱くが、
彼女が時たま見せる憂いを帯びた顔、どこか諦めにも似た何かを押し込めたかのような表情に言葉を失う。
とはいえ、それを感じたのは四六時中春上の事を観察してようやく感じた違和感で、
他の人間にそれを感じさせない事が初春にとっての違和感を増したのだが。
更に言えば、部屋で顔を合わせても普段通りなのなの言って気丈に振舞っているように感じられた為に、
その現状を崩すことを、彼女の表情を更に悪くする事を躊躇われ、何も聞くことが出来ずにいた、と言う訳である。 - 337 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:22:30.24 ID:SBeSs2W4o
- そして本日、九月三十日。
(春上さんは今日も早々に帰ってしまいました……)
初春飾利は決めた。
(木山さんに、直接話を聞きに行きます!)
―――直接、『幻想御手』及び『暴走能力の法則解析用誘爆実験』に関わっていた木山春生に、直接話を聞きに行く。
……そのように決意を固めたのに。
「うーいーはーるぅー!!」
「にゃああああ!!?」
出鼻をスカートめくりにて挫かれた。
男子の目もあるこの学内にて堂々とジャッジメントたる初春のスカートをめくると言う行為。
明らかなセクハラで、ジャッジメントとして動いてもおかしくは無いのだが。
「何するんですか佐天さん!!?」
「いやあ、初春がずーっと考え事ばっかしてて構ってくれないからさあ……
それにしても、今日は水色のストライプかあ」
スカートめくりをした張本人、それはクラスメイトの佐天涙子。
彼女は初春の友人であり、女子でもある為セクハラとして捕まえる訳にもいかない。
とはいえ、衆目を集めるような雄叫びと同時にスカートめくり。
初春は佐天への抗議をしながら、めくられたスカートを元に戻す。
周りの生徒達も最早見慣れた光景らしく、
女子は初春と佐天の2人をチラッと見て、男子は初春の下半身を凝視し、視線を逸らして行った。
いつもの学校での、いつもの日常。
その中に、初春の友達が1人、足りない。
この事実が初春の心を締め付け、決意をさらに固めることとなる。
「佐天さん、話があります」
「何々?どーしたのそんな改まって?」
初春の表情が急激に真剣なものに変化し、それを察した佐天も軽い口調ではあるが表情を硬くした。
そして、初春は語る。ここ最近感じていた違和感について。 - 338 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:23:38.82 ID:SBeSs2W4o
- ・・・
「……あァ?そりゃ別に構わねェが……」
「じゃ、そう言う事だから、行くわよ打ち止め。
後でパフェでも食べに行きましょう」
「え?いいの!?わーい!行く行く!
ってミサカはミサカはホイホイと着いて行ってみたり!」
一方通行は芳川桔梗の提案に訝しげにしながらもそれを受け入れた。
何やら打ち止めをしばし借りたいらしいのだが、
確かにその提案は一方通行にとってもありがたいものである。
何せこの後テレビを置いているボロアパートに行きたかったのだが、
打ち止めをどのようにして離れさせるか考えていたのだから。
今月に入ってから余りテレビの中には行っていなかったのだが、これからはその問題も付きまとうだろう。
その問題とは、テレビに入る際、打ち止めに悟られないようにすること。
黄泉川愛穂は教師やアンチスキルとしての業務もあるので余り気にしなくていいが、
打ち止めはそう言う訳にはいかない。
何せテレビの中に行っている間に打ち止めに何かあっては困るのだから、
事情を知っている人間がそれと無く一緒に居なければならない。
今日は芳川に任せれば良いが、これからはその事に関しても考える事にしよう。
一方通行はぼんやりとそんなことを思いながら、2人と別れ、テレビを安置しているボロアパートへと向かった。
……はずだったのだが。 - 339 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:24:27.05 ID:SBeSs2W4o
「すみません、先生の部屋少しだけ汚れちゃってて……
適当に空いてるとこに座ってください、お茶入れますから!」
「……」
「お茶っぱお茶っぱ……お菓子お菓子……ってひゃああああ!!
ご、ごきごごごきbひゃああああ!!」
「……」
「親子連れですー!!?おかえりくださーい!!」
「……」
「はぁ、はぁ……すみません、お菓子はなさそうなのでお茶しか出せません……」
「……イエ、オキヅカイナク」
一体何が起きたのか?
それはテレビを置いているボロアパートに起因する。- 340 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:25:53.18 ID:SBeSs2W4o
時は少し遡り、目的のアパートに辿り着いた頃まで戻る。
「あ!あの時の白髪ちゃん!」
「あァ?」
一方通行の借りた部屋は二階にあるので、階段を上らねばならない。
と言う事で一方通行がアパートの二階へと向かうべく、
階段に足を乗せた所で背後から声がかかった。
「まさかわざわざ先生の居場所調べてまでお礼に来てくれたのです!?」
「……はァ?」
何やらいつぞやのピンク髪の自称教師が目を潤ませながら声をかけてきた。
どうやら、自室が一方通行の借りたアパートにあるらしい。
確かに、一方通行目の前で感極まっているピンク髪は、何度かお見舞いに顔を見せに来ては居たが、
結局互いに知っている事は自称教師であることと、一方通行の名乗った偽名位だろうか。
互いに細かなプロフィールを知らないまま退院を迎えた為、
もう会う事は無いだろうと思っていた矢先にこれだ。
彼女の勘違いも仕方が無い……だろうか?
とはいえ一方通行からしたら別にそんなつもりも無いので思わず尋ね返すのだが、
ピンク髪の自称教師こと月詠小萌は何も語る必要はないと言わんばかりに掌を前につきだして、
「大丈夫です!みなまで言わずとも、わかります!」
「……どォでもいいけど、自称教師がこンなとこで油売ってンなよ」
「違います!今日は短縮授業なので、だから普段のこの時間は授業中ですよ!」
「……ふゥン」
「……その目は信じていない目ですね!?
この後もお仕事はあるんですが、
お弁当を部屋に置きっぱなしだったからこうして取りに帰って来たのです!」
「そォか、お勤め御苦労さン」- 341 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:27:19.41 ID:SBeSs2W4o
- じゃ、これで。と言った感じで一方通行はその場を後にしようとするのだが、
「ではでは、汚いところですが少しだけくつろいでってください」
「えっ」
いや、そんなつもりでここにいるわけじゃないのですが。
一方通行はどこまでもすれ違う思惑に頭を抱えつつ、
なし崩し的に部屋へと案内された、と言う訳だ。
ちなみに、一方通行の借りた部屋とお隣さんだったのは余談である。
そして時は現在。
「……どうですか?」
小萌先生はちらちらと差しだした湯呑とそれに手をつける一方通行を見やっていた。
それに構わず一方通行はグイッと緑茶をあおると、
「……まァ、うめェよ」
それを聞いた小萌先生の表情は花を咲かせるように明るくなり、
気を良くしたのか更にお茶を淹れようとした。
一方通行は天井のシミをボケーッと眺めつつ、どうしてこうなったか反芻している。
すると、小萌先生が急須を持ちあげた所でガチャリと玄関が開いた。
「あ!結標ちゃん、おかえりなさい!」
「あら?どうしてこんな時間に……ってあなたっ……!!」
当たり前のように入って来た、と言う事は小萌先生と同居している事だろう。
一方通行は結標ちゃん、と呼ばれた女性を見やりながらどうでもよさげに考えた。
対して、その女性の顔は驚愕の一色に染められている。
恐らく、『一方通行』というネームバリューを知っている者、と言う事だ。
それは総じて暗部に通じている、と言っても差し支えない。
とはいえここは月詠小萌の部屋である。
別に事を起こすつもりはないし、させるつもりもない。
そんな視線を結標に送ると、それを察したのか口をつぐんだ。 - 342 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:29:04.50 ID:SBeSs2W4o
- 結標淡希。
冬服のミニスカートに金属製のベルトを付け、
桃色の布で胸を隠しただけの上半身にブレザーを引っかけている。
見た所霧ヶ丘女学院の制服だ。
確かにそのレベルの学校ならば暗部に関わる生徒も居て然るべきだろう。
余りに斬新過ぎる着こなしをする彼女に対して、一方通行は不信感を露わにするものの。
どういう経緯でこの場に居るのかは知らないが、不干渉を貫く。
互いに視線を交わらせながら同様の内容を頭に思い浮かべた。
「あれ?結標ちゃんは白髪ちゃんと知り合いなのですか?」
そう言えば、基本的に『○○ちゃん』は名字が来るのだが、一方通行の時だけ『白髪ちゃん』と呼ぶ。
名前の知らない相手ならまだしも、一応「鈴科」と名乗ったのだが、
彼女から『鈴科ちゃん』と呼ばれた事は一度も無い。
(まァ、どォでもいいことだが)
一方通行は思考を切り替えつつも、
結標が帰って来た事は丁度良い区切りになると判断し、腰を上げた。
「あれ?もう帰っちゃうのですか?」
「あァ、この後用事があるンでなァ。茶ァごっそさン」
「そうですか……よかったらいつでも来るのですよ!先生次は茶菓子も用意してますから!」
「……そォかい、楽しみに待ってる」
ポツリと小さく、呟く。
「はい!」
小萌先生はそれに笑顔で応え、それと同時にスタスタと玄関へと向かって行く。
その際最後に結標に対して少しだけ視線を這わすと、すぐに前を振り向きそのまま出て行った。
直後、隣の住人(小萌先生は勿論結標も見た事が無い)が帰って来たのか、ガチャリと扉が開かれる音がした。 - 343 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:30:43.61 ID:SBeSs2W4o
- 「丁度隣の人も帰って来たみたいです。
白髪ちゃんに今度会った時、お隣さんがどんな人なのか教えてもらわないといけませんねー」
「……まだお隣さんのこと、諦めてなかったのね」
そう。「お隣さん」と言う事でたまに訪問するのだが、いつも居ないのだ。
明らかに今は居る。
ならば今から尋ねればいいはずなのだが、
こういったケースで訪問しても居留守をしているのか知らないが、居ない。
居留守をしているんじゃないかと、結標の能力である『座標移動(ムーブポイント)』にて小萌先生特製の肉じゃがを鍋ごと(手紙付きで)送ってみた。
一応部屋の内装は小萌先生の部屋と左右対称なので、
玄関から1m先の5cm程宙に浮かせる形で送ったので何かに埋め込まれる、と言う事は無い。
一応、明らかに玄関からは人の気配が無い時にそれを行ったので、
誰かの体に肉じゃがが……と言う事もない……はず。
次の日に玄関の前に空の鍋があったのでやはり住人は居るのだろうが、どうにも会いたがらない。
何か事情があるのだろうとは思うものの、ここまで徹底されると非常に気になるが、
やはり事情を抱えた人間に無理矢理それを聞くと言うのは良くない。
そんな考えも相まって結局お隣さんの事は放置すると言う方向で考えがまとまったのだが、
あのタイミングなら確実に一方通行はお隣さんの顔を見たはずだ。
こうなると気になると言う気持ちが再燃して来る。
「どんな人なんですかねー。今度は鯖の煮付けでも作りましょうか」
「……今度はあんな博打みたいな真似したくないからね」
「分かってます!今度は堂々と、玄関からですねー」
のほほんと話す小萌先生を見やりながら、結標は考える。
何故、一方通行がここに。
と言うかさっきの扉の音、下手したら一方通行自身の可能性だってある。
(まあ、こんなセキュリティもへったくれも無い場所に隠れ家なんてありえないだろうけど)
馬鹿みたい、と斬って捨てた考えが正解だとは結標も思わなかっただろう。
小萌先生に学校はどうしたと突っ込みを入れながら、
一方通行との邂逅を記憶の奥底に封印するのだった。 - 344 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:31:43.40 ID:SBeSs2W4o
- ・・・
部屋選びに失敗した、と後悔を露わにしながら部屋の中に入った。
するとそこには呑気にも見舞いの品で食べきれなかったもの、
生ものは優先的に消化していたのでお菓子等、を黙々と食べる布束砥信とクマ、それに9982号の姿が。
確かに壁が薄いので大声で話すと会話が筒抜けになる。
とはいえ無言になるほど意識する必要もないというのに。
「……辛気くせェ顔して何してンだよ」
狭い部屋の中、3人の男女が言葉も無くただただマドレーヌを食べ続ける。
何と言うか、シュールを通りすぎて軽くホラーだ。思わず突っ込みを入れさせられる程度には。
「いやさ、お見舞いの品をもらいうけたは良いのですが……多すぎです。
と、ミサカは辟易した表情を浮かべながら部屋に詰まれた日本各地の銘菓を眺めます」
見舞いの品。
食べきれなかった分、とあたかも余り物のように表現したが、食べきれなかった分の方が多いのだ。
量にして食べた分:食べきれなかった分=1:9。
単純に9倍の量が残されている、というわけだ。
何故そんな量の物が残されたのか?
その原因は、久慈川りせと桐条美鶴。 - 345 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/21(日) 16:35:03.06 ID:SBeSs2W4o
- 彼女らは嫌がらせのごとく―前者は本当に嫌がらせ、
後者は天然の好意による行為だろうと一方通行は予測している―見舞いの品々を送りつけてきたのだ。
久慈川にしても美鶴にしても、病院に直接来た時は軽く果物一式を持ってきた程度だった。
後日郵送で大量に送ってきて、誰に文句を言えばいいのか分からなくなった一方通行なのだが、
わざわざ返送する訳にも行かずそのまま受け取ったわけだが、当然ながら食べきれない。
誰かにあげれば良いのでは、と思うだろうが、
まずクマは論外として、布束は足がつくようなまねはできないし、9982号もそこまで人脈は広くない。
駒場利徳や上条当麻、御坂美琴に黄泉川愛穂らにもあげて行ったのだが、それでも余りまくっている。
ここで最終兵器・インデックスの名が挙げられるだろうが、
驚いた事に、何か心境の変化があったのだろう。
他の面々がもらった量と同じ分しか受け取らなかった。
ところで、そのインデックスなのだが、驚くべき事に今現在バイトをしている。
家事スキルと同時にお金も稼げる、と言う事で勤務地はいつものファミレスだ。
そこで店員とインデックスが繰り広げるどたばたファミレスコメディがおよそ30万字にわたって書きあげたのだが、この話は別の機会にするとしよう(虚言)。
兎にも角にも、余った見舞い品はこのボロアパートに集結したのだった。
「well、捨てると言う選択肢もなんだかもったいないし……」
「捨てる位なら胃袋に納めてやるクマよ!!もったいないおばけが出るクマ!」
「……そォだ、良い事思いついた。お前お隣さんと関わりとか持ってるかァ?」
「肉じゃがもらったクマよ。とっても美味しかったクマ!でも顔は見てないけどクマ……
お礼をしたいところだけど、変に動いてめーわくはかけたくないクマ……」
「そォだな、顔をあわせねェのなら、変に首を突っ込まれる事もねェだろ」
チラリと箱の山を見ながら一方通行はクマの言葉に返答した。
それを聞いたところで、9982号と布束も理解する。
「それはまた……anyhow、ある意味恩をあだで返すような……」
「大丈夫です、飽くまで『善意』ですから。
と、ミサカは黙々と未開封の菓子を段ボールに詰めて行きます」
翌日、月詠小萌宅には明らかに食べきれないだろう量の銘菓が敷き詰められた段ボールが3箱程詰まれていた。 - 346 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/21(日) 16:37:15.71 ID:SBeSs2W4o
- 疲れたー。
日常ってあんまり人出し過ぎると訳わかんなくなるから困る。
いや、戦闘でも同じだけど。
いつになったら戦闘になる事やら。徐々に非日常パートに移行して行くと思う - 347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/21(日) 16:39:50.87 ID:8Mwe8CPG0
- >>1乙
インデックスいい子すぎて泣いた - 352 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:38:20.87 ID:s41Jc9Bko
- 学園都市。
東京西部の山岳地帯を切り開いて作られた街で、
面積は東京都のおよそ1/3にあたる広さを持ち、その周囲は高い外壁で覆われている。
人口は230万人でそのうちの約8割が学生と言う、
学園都市の名に恥じない人口比率である。
あらゆる分野で科学技術を応用した研究を続け、
世界の中でも1位2位を争う程学問に力を入れているのだが、
この街にはもう一つの側面がある。
それは超能力育成機関であり、
この学園都市にある学校に入学したいと言う子供達にとっては
そちらの方面の方が有名だろう。
そうして学生を対象にして超能力を開発していくのだが、
その価値や強度、応用性や商業性によって6段階、レベル0~レベル5に分類されて行き、
そのレベルが高くなる程に希少性も高くなり、レベル5とまでなるとこの学園都市には現在7人しかいない。
人工230万人のうち8割が学生でそのうちの7人なのだから、希少性も一目瞭然だろう。
そんな中で、浜面仕上は無能力者(レベル0)である。
厳密に言えば『目に見えないレベルで何らかの変化をもたらしている状態』にあるのだが、
目に見えないのなら意味が無い。
浜面自身、学校などとうの昔に止めてしまっているので『○○系能力者』と書類に書いてあった気がする、
と言う程度のものでどんな能力者なのか忘れたまま今日までを過ごしてきた。 - 353 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:39:18.29 ID:s41Jc9Bko
- 学生のうち6割がこれにあたるので、別に恥じるような事でも無いのだが、
やはり明確な『差』があるためか、時には無能力者の人間は落ちこぼれと揶揄されることもある。
酷い時には生徒を導くべき教師にすら馬鹿にされるようなこともあり、
そのような環境にいつまでも身を置いておけるような人間は少ないだろう。
そうして能力開発に絶望して学校を止めて行った者達の集団の事を『スキルアウト』と呼び、
先述した通り基本的にはグレて学校を止めて行っているなので、中々の荒くれ者の集団である。
浜面もまたスキルアウトの1人で、駒場利徳をリーダーとしているグループに属している。
駒場自身は女子供などの弱きものを虐げることを嫌っているからか、
このスキルアウトのグループは比較的優しい部類にあたるだろう。
それでもATM荒し等の窃盗行為でお縄にかかることもしばしばあるのだが。
そんな駒場の思想を受けて、浜面自身も弱い者いじめ等をする事は無い。
かといって上条当麻のように不良に絡まれているのを片っ端から助けるような熱血漢でもないのだが、
ある日、状況が違う現場に遭遇してしまった。
目の前にはお姉さん系からロリ系まで網羅した4人組がナンパされているのだが、
非常に嫌そうな顔をしており、ナンパをする側は明らかに不良っぽい感じの2人組で、しぶとく喰い下がっている。
人数としては4対2なのだが、女の子達が無能力者ならはっきり言って危ない。
普段ならスルーするところなのだが、相手は2人で何とかなりそうだし、
何だかボーっとしているジャージの娘など浜面的にはかなりストライクであった為に、
助太刀として助けようと動いたのだが。 - 354 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:40:40.49 ID:s41Jc9Bko
- 時は九月三十日。
「はぁまづらぁあぁぁぁ!!!!テメェドリンクバーごときに時間かけ過ぎだろーがああ!!」
ファミレスに響き渡る少女の声に、浜面は複数のグラスを持ったままビクッ!と肩を震わせ、
またある所ではそれに吃驚した店員と思しき長い銀髪の少女は片付けられる皿を床にぶちまけた。
(畜生ォォォ!!どうしてこうなった!?どうしてこうなった!?)
邪な心を持って人助けに及んだ結果が、これだ。
情けは人の為ならず、という言葉がある。
この言葉の意味は
「情けをかけ、恩を売っておけばいつか巡り巡って自分に帰って来るから人には親切にしておけ」
と言うものだが、まさに真逆の結果になってしまっている。
更に、そのナンパをしていた不良、確か横須賀とか言う男なのだが、
街中で会うたびにやたらと絡まれるようになってしまい、まさに泣きっ面に蜂状態。
この事から情けなどかけぬと心に誓った浜面なのだが、
助けた女の子4人組は高レベルの能力者だったらしく、
浜面の打算が入り混じった親切心は無駄も無駄だった。
華麗に助けに入って白馬の王子様計画は根本的に誤りで、女の子達は待っているだけのお姫様等ではなく。
普段の2割増し程イラついた口調なのは、
このファミレスに立ち寄る前に買おうとしていたシャケ弁が売り切れだったからだろうか、
今現在怒声を上げながらドリンクを催促した少女の名は、麦野静利。
とある暗部組織のリーダーを務めており、それに伴って実力も折り紙つき(レベル5)なものである。
浜面はそんな超能力者の前にのこのこと現れ、
眼に付けられてしまった為に暇さえあればこうしてパシリとして駆り出されているのだ。
そして、そのテーブルには他にも少女が3人。 - 355 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:42:22.32 ID:s41Jc9Bko
- 1人は絹旗最愛と言う名で、
座席の上で体育座りをしながら映画のパンフレットを流し読みしている。
その内容はB級もB級で、物凄い残念そうな顔をしているが
それはB級な事で残念な顔をしているのではなく、
更にその下があるにも関わらずB級と言う中途半端な出来に残念がっていて、
絹旗の本来の趣味はC級映画なのである。
続いてその隣でサバ缶をつついているのがフレンダ=セイヴェルン。
浜面とフレンダが自己紹介した際フレンダはファミリーネームは名乗らなかったのだが、
「なんかフレメアに似てんな」と言う発言に過剰反応した結果、実は姉妹である事が発覚。
後に感動(?)の再開を果たしたのだが、それはさておき。
最後に何処か虚空を見つめ、何を考えているのかはたまた何も考えていないのか、
表情から読み取れないその可愛い少女は滝壺理后。
どこか一点をジッと見つめ、その目に揺らぎは全く見られない。
何秒その状態が続くのか数えてみたいところだが、
こちらが根負けしそうな程にボーっとしていた。
「結局、浜面ごときに何か期待する事自体無駄ってわけよ。
見てよ麦野、このぬるっぬるのジュース。罰ゲームを提案したくなる位ぬるぬるだよ」
「そうね、ホントに使えないわね浜面は。満足にジュースの一つも入れられねえのかっての。
これなら初めてのおつかいに出たガキの方がまだいい仕事してんぞ」
「確かに、ミジンコ以下の仕事量しか出来ない超浜面です。
ですが私らの為に超奉仕活動をさせて下さいって言ってきてるのですから、
シェンムーの続編程度には期待してもいいんじゃないですか?」 - 356 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:45:35.39 ID:s41Jc9Bko
- フルボッコだった。
余りの言われよう(と言うかパシリは浜面の願望ではなく、強制されたもの)に浜面は何も言えなくなった。
何となく目のやり場に困って、唯一何も言ってこない優しき少女の方を見やる。
「あーあ、優しいのは滝壺だけかあ。
文句あるなら自分で取ってきてくれよな、つーか何で俺ここに居るの?」
味方がいない、まさに四面楚歌の中で見た希望の星、何も文句を言わない優しい滝壺。
そんな滝壺に助け船を求めるべくパシリにされていることへの嘆きを呟くのだが、
「……ぐー、ぐー……」
「寝てる!?と言う事は俺の味方確定ではないのか!?」
味方か敵かと問われたら、中立だった。
浜面のぬるジュースを見ていない為どのようなリアクションを取るのかは、不明。
すなわち滝壺が起きるまでは、敵しかいない状況で、とどのつまり圧倒的危機だった。
「きっと滝壺さんも目を覚ましたらこのぬるい飲み物達を見て、
「流石の私も超応援できない」って言うに違いないです」
「いいやそんなことはない!!滝壺だけは俺の味方で居てくれるはず!
じゃないと不公平だ!ただでさえ男1人で肩身狭いというのに!」
絹旗が浜面を絶望の淵に追いやるべく悪魔の囁き攻撃をするが、
浜面はそれに負けじと反論する。と言うかただの希望的観測だった。
「逆だと思う。結局、中途半端に浜面の味方なんてしたら、
勘違いして付け上がるに違いない訳よ!」
「その幻想は初対面の時にぶち殺されてるので是非とも安心してほしいものだぜ」
「いや、ジュースもまともに運べねえ浜面だ。
きっと学習能力ゼロで滝壺と2人きりになったら、
滝壺がどんな目に会うか分かったもんじゃないって」 - 357 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:47:13.13 ID:s41Jc9Bko
- フレンダはサバ缶を食べ終わると、手持無沙汰になったのか何とは無しにメニューを広げていた。
するとメニューの最初に、
「本日九月三十日から1週間は、魚フェアー!」
と言う見出しと共に様々な魚をメインにした品ぞろえが描かれている。
それを見たフレンダはいじける浜面をいじることを止め麦野にそれを見せながら、
「麦野!これ見てよ!鮭のムニエルが美味しそうって訳よ!」
それを見た麦野は先程までの鬼がマジギレ5秒前の様な表情から、
一気に可愛らしい少女が可愛い人形でも見つけたかのような表情に変貌を遂げた。
麦野は何も言わずフレンダに対しサムズアップしながら、
もう片方の手で店員呼び出しボタンを押す。
すると、先程麦野の叫びに吃驚した店員がムスッとしながらやって来た。
「……やっとドリンクバー以外に注文する気になったのかな?」
店員の文句は最もなもので、
彼女らはドリンクバーだけでワイワイと騒ぎながら持ちこんだ食べ物を食べていたのだ。
ドリンクバーのみ、と言う注文は良くあるのだが、更に食べ物を持ち込む人間はそうはいない。
更には先程の麦野の声のせいで皿を割ってしまったのだから、
彼女達に良い思いを抱くと言うのは無理だろう。
とはいえ、それをあからさまに不機嫌な口調で客に対して表すと言うのは、店員としてどうなのか。
「あー、ごめんなインデックス。こいつらホントに我が強い奴らでさ、俺じゃあ止める事はできねーらしい」
「大丈夫だよ、しあげ。私も最初から期待していなかったから」 - 358 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:48:44.33 ID:s41Jc9Bko
- バッサリと斬られた浜面はその場に崩れ落ちた。
それを見た麦野は笑いながら鮭のムニエルを注文して、告げる。
「私らよりも付き合いの長いインデックスにすら見捨てられたら、終わりね」
実を言うと最近アイテムの面々+浜面は、
インデックスの働くいつものレストランに足繁く通っていた。
何故か一方通行達とは出くわす事が無かったのだが、ただの偶然だろう。
それはさておき、この店に来る度に基本的にはドリンクバーしか頼まずに過ごしていた為、
インデックスの事を顔見知りな浜面を通じてそれなりに仲良くなっていたのだ。
その為にあのような口調で文句を言っても、
客である麦野達は顔色を変えることなく話を続けられるので、
インデックスの接客が常にあのような辛辣なものと言う事では無いと追記しておく。
鮭のムニエルに、ライスのBセット(オニオンスープとサラダ)を注文したことで
インデックスはウキウキと伝票を刻む。
浜面はまだ立ち直れずorzの体勢を保っていたのだが、ふとその状態で顔をあげると。
視線の斜め左。
超ミニニットのワンピースを身にまといつつ体育座りをする絹旗の両足と、
太ももを覆うワンピースの先端部分が目についた。 - 359 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:49:34.11 ID:s41Jc9Bko
- 浜面は驚きのあまり、飛び上がる。
しかし浜面が崩れ落ちていた地点は、テーブルの端。
彼の頭の射線上にはテーブルがギリギリあった為に、
それに従って思い切りテーブルを下から突き上げる。
と言っても、ぬるぬるのドリンクは嫌々ながらも大体消化し終えていたので、
主な被害は無造作に置かれていた水の方にあった。
見事にグラスが飛び上がるものの何とか着地を決めたり、
中身の無いグラスが倒れるだけで事は終わるかと思われたのだが。
1つだけ、水の入ったグラスが目を開けて寝ていた滝壺に。
結果として、滝壺は水を思い切り浴びる羽目になった。
そして滝壺は、開いていた目の焦点を浜面の方へとゆっくり合わせて、
「……はまづら……どうしたの……?」
「……原因は確かに俺だけど、ろくに情報を集めもせずに、犯人を俺と断ずる。
成程、四面楚歌に変化はなし、か……」
よよよ、と再び崩れ落ちそうになる浜面を、麦野は煩わしそうな顔をして止める。
その手には、何やら長い文章が表示されている携帯電話が握られていた。
「浜面、アンタはもう帰れ。会計は私がしておくから」
「へ?」
浜面の言葉を待たずして、麦野は続ける。
「仕事が入った。こっからはR指定よ」
ぼんやりと浜面は、俺がアウトなら絹旗とかもアウトじゃないのか?とか場違いな事を思った。 - 360 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:50:30.92 ID:s41Jc9Bko
- ・・・
垣根提督は第三学区にある高級ホテルの一室で嘆息した。
この学区では外交等、外部からの客を多く招く。
その為警備員関係の施設や、ホテルのランクは学園都市の中でも最高で、
学園都市の最先端技術を紹介する国際展示場が数多く並んでいる。
外部からお偉いさんを呼び寄せたり研究の成果を示す展示会を行ったりする為に、
自然とセキュリティも学園都市内でもトップクラスの物であり、
垣根が所属する暗部組織『スクール』でも隠れ家を1つ置いていた。
その隠れ家とは、今現在垣根がこもっているホテルの一室の事なのだが、
彼はそこにあるキングサイズのベッドに寝転びながら携帯電話をいじっている。
同室に居たスクールの所属と思われるドレスの少女は、
何度も何度も携帯を見返す垣根に対して訝しげな表情を浮かべ、
「どうしたの?携帯ばっかりいじって溜息なんてついちゃって。恋煩い?」
「ちげえよ、馬鹿かお前」
「じゃあ何よ。さっきから何度も携帯見たり見なかったり。
好きな子からのメールを待ってる思春期の中高生にしか見えないんだけど」
「はっ。そんな楽しい青春を送って来たとでも思ってんのか?
めでたい頭してんなあ、おい」 - 361 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:52:06.97 ID:s41Jc9Bko
- ドレスの少女の冗談を鼻で笑い受け流す垣根だが、
相変わらずカチカチと携帯をいじっている。
「それじゃあ何してるの?出会い系サイトで私の真似事とか?」
「金なんざ掃いて捨てる程あるっての。
お前みたいな意味不明なバイトはしねえよ。
探し物だよ、探し物。見つけにくいもんでな、
カバンの中も机の中も探したけど見つかんねー」
「へえ。
あなたが見つけられない程度のセキュリティに守られてるってことはよっぽどの物なのね」
意味不明、と言われて少しムッとするものの、
実際中々にずるい商売をしている為に、何も言い返さない。
しかし、探し物と聞いてドレスの少女の興味はそちらへと向かって行く。
「そうだな。昨日行われた展示会にも出てなかったからな。
やっぱ本当に重要な技術はコソコソと秘匿しやがる」
それでも、技術を十全に示さなくとも、
各国のそれより一回り二回りも上回っているそれに対して、垣根は忌々しげに吐き捨てた。
「『あの意味分かんねえ物体』はまだしも、
『ピンセット』の方は公開されてると踏んだんだけどな。
やっぱ本物はどっか別の場所に隠してるらしい」
二つのキーワードを受け取ったドレスの少女はピクリと眉を動かす。
「『未元物質(ダークマター)』を扱うあなたが「意味分かんねえ」って、よっぽどなのね」
「まあ、そうだな。つってもそんなもんがこの世に本当に存在するのか怪しいけどな。
だが、実際に存在しちまってるんだから仕方ねえ。『黄昏の羽』は、実際に存在しちまってるんだよ」
「黄昏の羽?」 - 362 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:53:20.68 ID:s41Jc9Bko
- 事もなげに言い放つ垣根に対して、ドレスの少女は首をかしげた。
「ああ、『黄昏の羽』だ。知ってるか?『絶対能力進化実験』って奴」
垣根はけらけらと無邪気な笑みを見せながら、
暗部の人間なら誰だって知っているだろう言葉について尋ねる。
それに対し、ドレスの少女は何を当たり前のことを聞いているのか、
と言った顔をするが垣根はそれを無視して言葉を続ける。
「あれ、一時凍結……つか事実上中止になってるってのがもっぱらの噂だけどよ。
……まだ終わってないっつったらどうする?」
「……それはまた随分な話ね。第一候補(メインプラン)がまた動き出したっていうの?」
ドレスの少女のきょとんとした顔に、
垣根は悪戯が成功した子供のように笑う。
どうやらそう言う訳ではないらしい。
「絶対能力者への道は、人の『心』にあるらしいぜ?
非科学も良いとこだよな、人類は心が何なのかすら理解できてねえってのによ」
「ふうん。よくわからないけど、それなら精神感応系の私もレベル6になれるのかしら?
心を操るってそう言う事じゃない?」
クスクスと笑いながら冗談を告げるドレスの少女に、垣根は更に笑った。 - 363 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:54:20.47 ID:s41Jc9Bko
- 「はっは、そりゃ傑作だな!レベル5の俺や『一方通行』を差し置いてお前が飛び級で昇進か!
んな事になったら脳みそ切り開いたり人体いじくったりして、
レベル5の研究を続けた科学者どもが馬鹿みてーだなオイ!!」
「……そこまで笑う事無いじゃない」
「ははっ、そりゃ悪かったな!何故かツボにハマっちまってよ。お前もあるだろ?
別に面白くないのにどうしてかわからねーが、笑っちまう事ってよ」
「何だか釈然としないけど、まあ良いわ……
それで、その『黄昏の羽』っていうのがレベル6に至る為のキーになるって事よね?」
ふてくされた顔をするものの、気を取り直したかのように話を本筋に戻した。
垣根はドレスの少女に対して首を縦に振りながら返答する。
「その辺はよくわかってねえけどな。
とりあえず何かしら関わってる事だけは分かってる」
「なーんだ。その程度しかわかってないってことは、
本当に実験が行われているかもわかってないんじゃないの?」
散々偉そうに話してた癖に、詳しい事はまだまったく分かっていないらしい。
ドレスの少女はつまらなそうな顔をして垣根に話を聞くが、やはりその通りらしい。
「……まぁ、そうだけどよ。それを調べる為に色々調べてんの!
携帯をいじくってんのはそう言う訳だ」
「だったら最初からそう言えば良いじゃない」
「うるせえ、そうやって人話して金取んのがお前の仕事だろうが。俺の話も聞け」
ドレスの少女のバイト、それは援助交際……もどき。 - 364 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/22(月) 18:55:24.96 ID:s41Jc9Bko
- 実際に性行為を行う訳ではないのだが、
出会った男性と話をするだけでお金をもらう、実にボロい商売である。
仕事ばかりで人間関係を築けない、そんな悲しき男達の自尊心を満たす為の仕事で、
ドレスの少女の能力『心理定規』に恥じない、人の心を手玉に取るバイトをしていた。
「じゃあ、あなたからもお金取っていいの?」
「……リーダー権限で、無しだ」
そんな訳なので、ドレスの少女と話したと言う事でバイト代を請求するのだが、職権乱用攻撃をした。
大人げない垣根に対し、ドレスの少女はクスリと微笑みながら冗談交じりに皮肉を言う。
「お金は掃いて捨てる程ある、が聞いてあきれるわね」
「金は無駄に使わねえに限る。必要な時に必要なだけ使うもんだ」
「それを世間一般ではケチって言うのよ。
あなたがお金くれたら私だってバイトなんてしないのに」
「……何で俺がお前を養わなきゃならねえんだ」
「今ならもれなく私の手料理も付いてくるけど」
「んなもんあれだ、普通にそこらの飯屋で事足りる。
お前に金払う位ならレストランに払うわ」
「ゴチになりまーす」
「誰が奢るっつったよ」
「やっぱりケチじゃない。たまにはいいでしょ?」
「……仕方ねえな。だが場所は俺が決めるぞ」
垣根は少し不機嫌そうに腰を上げ、
それと同時にドレスの少女は少し嬉しそうな表情を浮かべ腰を上げる。
しかし、その瞬間。
垣根の携帯が鳴り響いた。
「……仕事だ。いつもの隠れ家に行くぞ」
垣根は普段は仕事が入ると不機嫌な顔になるのだが、
この時だけは少し嬉しそうな顔をし、それと同時にドレスの少女は少し不機嫌そうな顔になった。 - 370 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:12:14.50 ID:VIc86ugYo
- よくよく考えたら、木山春生の入院先は知っているが、
退院した後の居場所までは知らない。
初春飾利は佐天涙子と共に木山の元に行こうとしたのだが、
居場所が分からないのなら意味が無い。
またしても出鼻を挫かれた初春は、今日は白井黒子に仕事を押し付けていたのだが
結局その仕事を消化しながら色々調べようと決め、第177支部へと向かった。
「何にせよ情報を集めないといけません!」
1人息巻く初春に対して、佐天はイマイチ乗り気ではない。
「ねーういはるー、本当にその話は本当なの?」
初春や佐天が通っている柵川中学の中に第177支部があるので移動は非常に楽だ。
最新鋭のセキュリティによる声紋、指紋、指先の静脈と振動のパターンのチェックによって
本人確認が行われている中で、佐天は気だるげな表情で初春に尋ねた。
たまにあるのだ。
初春が勘違いで暴走した揚句周りを巻き込んで何かをやらかす、と言う事が。
もちろん勘違い率100%と言う訳ではないのだが、
それでも結構な確率で勘違いしているので、
佐天の目の前で爛々と決意の目を輝かせている初春の事を疑うのは自明の事である。
しかし、突き詰めるとそれは初春の正義感やら善意やらで行われている為に、誰も文句は言えない。
そんな訳でセキュリティに認証された事で、
扉を開ける事が出来るようになった為、それを開けながら初春は言う。
「『今回』は、間違いありません!!」
(だからそれ前にも聞いたから、今改めて聞いてるんだけどなー)
フン、と胸を張る初春。
その奥で書類の山を死んだ眼で消化する白井。
白井の隣では悠々と武蔵野牛乳を飲んでいる皆の巨乳先輩。
何だかいつもの光景だなーと、佐天は初春の話を気楽に受け止めていた。 - 371 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:18:47.42 ID:VIc86ugYo
- ・・・
何と言うか、普通にデートだった。
学友達の追撃から辛くも逃げ切った上条は、
予定通り待ち合わせの場所へとたどり着き、
罰ゲームを甘受するつもりだったのだが。
まずは何やらいちゃつ
くカップルの多いカフェで昼食をとり、
続いて御坂美琴が機種変をしたいと言
うのでそれに着いて行ったらゲコ太が何
とかと言いながら2ショットの写真を撮って
みたり、それが終わったらラウンドファイナ
ルにてパンチングマシーンの記録をそげぶ
で更新したところ、前最高記録は御坂が樹
立したものらしく、それを越えるまでマシン
を殴り続けたり、UFOキャッチャーにてゲコ
太再びでもの欲しそうに見ているのに上条
が気付いたのでそれを取ろうとしたところ、
何と一発でゲットすると言う快挙を成し遂げ
それを御坂にプレゼント。御坂はあわあわ言
いながら顔を真っ赤にさせてそれを受け取り
最後にプリクラをまたもや2ショットで撮って
(何やら笑顔を強要する機械だった)ラウン
ドファイナルを後にした。そうして向かった
先はカラオケで、ここ最近トレーニングや
ら魔術師やらマヨナカテレビやらでろくに
遊べなかったのだろう、思いの丈をぶち
まけるべく上条はシャウトし、それに負
けじと御坂も高らかに歌った。最終的
に採点で得点の高い方が罰ゲーム
と言う、何だか当初の目的を逸脱
しているのではないかと言う遊
びに発展し、それが終わると
次は歌う前にあらかじめ自
分が予想した得点と歌っ
た後の採点を一致させ
ると言う遊び(勿論負
けた方は罰ゲーム)
に昇華していった。
何と言うか、リア充はしねば良いと思う。
ちなみに上の文は読まなくていいです。 - 372 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:19:42.85 ID:VIc86ugYo
- そして時は現在。
「なあ……ちょっといいか?」
「ん?何?」
声が枯れそうになる程歌ったので、
2人は休憩がてら個室のソファーに座りこんでいる。
2人はテーブルをまたいで向かい合うように座っており、
何やら上条が黙りこんでいるので御坂も話題は無いものかとあれこれ考えながら口をつぐんでいた。
そんな中、上条は真剣な顔つきで意を決したように口を開くので
御坂はちょっとだけドキドキしながら上条の言葉を待つ。
「実は……」
「じ、じつは……?」
溜める。
「実はだな……」
「実は……?」
溜める。
「……御坂!」
「ひゃ、ひゃい!!」
「……実はインデックスに、ペルソナの事がバレた」 - 373 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:21:29.18 ID:VIc86ugYo
- 「な、なによ期待させちゃって……ってバレた!?」
思っていた内容と違う言葉が飛んで来たのだが、
その言葉は御坂を驚愕させるに値する内容だった。
一体何があったのか、話を聞くべくソファーへと再び座る。
BGMは御坂が話題が思い浮かばずに、何となく送信した曲の「私京都さ行ぐだ(銅剣ver.)」。
これは大阪にある芸能人プロダクション「歳本興業」所属の芸人達が、
カラオケの映像をプロデュースしようというもので、としもと芸人である銅剣
(紙芝居をネタにしている芸人)がカラオケの映像を紙芝居にしていると話題になっていた為に、
御坂も普段歌うはずの無い歌を何となく機械に送信してしまった。
それ故に、上条が真剣に事情を話す(魔術の事は避けて)中、
その背景でガイドだけあってハイレベルなガイドボーカルがかなり珍妙なテンションで歌いあげている。
その内容としては歴史大好きな女の子が田舎のくせに
歴史を感じさせない地元に絶望し、独り立ちして京都に行き寺巡りをするんだ、
と言うものでオチとしてはでもやっぱり地元が良いというちょっとネタに走った臭い歌詞を感じさせるものだった。
普通にBGMだけで良いのに何故ガイドボーカル付きを選んだのか。
ガイドボーカルなので歌い手の邪魔をしない程度の音声なのだが、
誰も歌ってないので囁くように耳に入って来る。お陰で上条の話をろく聞けなかった。
「……ってな感じなんだけどさ、御坂。お前どう思う?」
全く聴いていなかった、とは言えない。
こんな真剣な顔をしている人間の話を一言たりとも聞いていない。
そんな不真面目な人間だと思われるのは嫌だ。
御坂はレベル5としての学園都市最高峰に位置する頭脳を駆使した結果、
「まぁ……あんた馬鹿なんだから、突っ走るしかないんじゃないの?
今までだってそうして来たじゃない」
良くわからない事を言って有耶無耶にする道を選んだ。
しかし、上条は真面目な顔をして御坂の言葉にうんうんと唸っていた。
御坂はヤバい、間違えたか!?とか思うものの、上条は何やら感じ入っている様子だ。
「そっか……やっぱ考え過ぎても駄目か……そうだよな、ありがとな!御坂!!」
御坂は思わずずっこけた。
そう言えばそう言う奴だった、といちいち怒ることも億劫になる程に、思わせぶりな男。
「へ?」
「何か人に相談したらすっきりしたな!それじゃ、上条さんはまた歌うとしますか!!
って何だこれ?私京都行く?わはは、私京都さ行くだー!!」
「……」
何と言うか、結果オーライだった。 - 374 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:23:29.72 ID:VIc86ugYo
- ・・・
無造作にダンボールの中にお菓子を詰め込む作業を終えた一方通行達は、
とりあえずテレビの中に入って話をする事にした。
とはいえ、ここ最近はテレビに放り込まれる人間が居ないので、情報は集まらない。
天井亜雄の影も、いつか行ったホテルへと赴いたのだが、文字通り影も形も無く。
代わりと言わんばかりにいつの間にか直っていたエレベーターから、
全身墨汁で塗りたくったように真っ黒な身体で
頭に青い花を咲かせた巨大な赤ん坊のようなシャドウが出てきた。
しかし、一方通行はまだ病み上がりで下手に動くと
傷口が開く恐れがあるので遠距離からの支援にあたる。
そうして一方通行の傷を悪化させること無く撃退する事に成功したのだが、
その巨体から繰り出される「暴れまくり」や「デスバウンド」はかなり強力な物理攻撃で苦戦を強いられた。
ちなみにこのシャドウは『刹那の児』と言って氷が弱点だったのだが、
上条当麻がこの場に居なかったのであそこまで苦労したと言うのは何とも運の無い話である。
結局、いつも通りテレビの中でペルソナを鍛えるだけに終わった一同は、
今日のところは解散しようと言う結論に落ち着き、一方通行と9982号はボロアパートを後にしたのだった。
辺りはもう夕方で、私服姿の学生達も最終下校時間を過ぎるなあと言った感じで家に帰り始めている。
そんな中で一方通行と9982号は、
「外食にする?コンビニ弁当にする?それともミサカにする?」
「全部却下だ、打ち止めと芳川を回収しに行くぞォ」
ろくな選択肢が無い。
などと言ったら9982号は怒るだろうか、
一方通行は軽く9982号の言葉をスルーして歩きだした。
「まさか……!」
しかし、9982号は何かイケナイことを知ってしまったかのような顔をしている。
思わず一方通行は立ち止り、
「なンだよ」
「いえ、大丈夫です。動揺は少ないです。
一方通行のストライクゾーンは変則ストライクゾーンだったのですね?
と、ミサカは今までミサカに迫って来なかった事に対しての理解が及んだことを一方通行に伝えます」 - 375 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:24:30.31 ID:VIc86ugYo
- 「……はァ?」
「だってそうでしょう、年頃の乙女がこんなに近くに居ると言うのに、
一方通行はミサカを無視して幼女と年増の元に行くと言うのですから」
「……」
「何も言わない、と言う事は図星なんですね?
ストライクゾーンは真ん中ではなく、本来はボールのはずの所を
ドーナツ状に囲んだところがストライクなんですよね?
と、ミサカは一方通行がどんな趣味をしていても大丈夫ですと女神の様な微笑みを浮かべます」
「……」
一方通行は何も言わない。と言うか、9982号の背後を見ていた。
そこには、
「年増、年増年増、とりま年増……」
何やら負のオーラを発散させながらブツブツと念仏を唱えるかのように年増と連呼している芳川桔梗が。
その後ろでは状況を飲み込めずポカンとしている打ち止めがいるが、
9982号にとって今はそちらはどうでもいい。
「あ、あの……芳川、さん?」
思わずさん付けで9982号は尋ねるが、芳川の耳には入っていないようだった。
「成程……成程ね……命を散らす場所はここで良い、と言うことね?
大丈夫、毎年この日この場所に花束を添えてあげるから」
「ちょっと待っ―――」
9982号の弁明を待たずして、芳川は動き出した。
研究者のくせにいつそんなに鍛えたのかと言う程の俊敏な動きで9982号へと急襲し、
9982号は意識的ではなく反射的にバックステップをして何とか避ける事が出来た。
しかしあの場に居たらもれなく潰されていたに違いない。
それを感じさせるほどの威圧を芳川は放っており、思わず冷や汗が頬を伝う。
そして、9982号の汗が、顎から地面に零れ落ちた瞬間。
「ッ~~!!」
2人は声も無く駆けだした。
しかし、駆ける方向は、2人とも同じ方向。
それはすなわち、9982号の逃走と、芳川の追跡の開始だった。
そうして取り残された打ち止めと一方通行は、
「ねえねえ、お腹すいた!ってミサカはミサカは甘えてみたり!」
「……そォだな、ファミレスでも行くかァ」
何事も無かったかのように晩御飯を食べる事に決める。
空を彩っていた夕焼けは、徐々に雲による陰りを増し、
地上を染めていたオレンジは徐々に灰色と化して来ていた。
雨が、降りそうだ。 - 376 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:26:20.72 ID:VIc86ugYo
- ・・・
夕陽を雨雲が覆ったまま、太陽は沈んで行ったのだろう。
雨がポツポツと降る中で、辺り一面は暗闇に染まっていた。
とはいえ、ここは科学の街。
道を照らす為の街灯を設置するなど当たり前の事で、学園都市の中は人工の光で満ちていた。
ただ、基本的には学生しかおらず、夜になって出歩く人間は
そのまま夜遊びするんだぜと言ったごくごく少数派の人々しかいない為、
道がわかる程度の照明しか学園都市には設置されていない。
更には最終下校時間を過ぎると最後、バスや電車などの公共の乗り物は完全にストップする為、
それを過ぎて帰れなくなると言うのは下校時間を過ぎた一種の罰と言って差し支えないと言えよう。
そんな中を、一方通行と打ち止めは歩いて帰っている。
芳川桔梗と9982号に関しては、知らない。
そのうち帰って来るだろと言う事で放っておくことにした。
晩御飯をいつものファミレスで食べインデックスの働きぶりを見た後に、
丁度上がりの時間だったインデックスを家まで送り届けた帰りが今現在の一方通行達の状態である。
しかしまだ上条当麻は家に帰っていないらしく、
インデックスはプリプリと怒りながら帰る道中で買った食材を持って部屋へと帰って行った。
流石完全記憶能力の持ち主だけあって、教わった事は確実に覚えるようで
ダイソンの掃除機のごとく店員達から教わったことを吸引していった。
しかしそれはあくまでも記憶の話で、家事スキル自体は実践して身につけるしかないので
こうして部屋でも料理の練習をしていると言う訳だ。
そう言う訳なので少し部屋に上がって料理の味見をしていかないかとインデックスに誘われたのだが、
さっき飯食ったばっかだし雨が強まっても面倒だと言う事で断った。
しかし誘ってもらった手前それではインデックスがかわいそうなので、
今度味見しに来ると約束をしてから帰ったのだが。 - 377 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:27:40.89 ID:VIc86ugYo
- 「あの子の料理って上手になったのかな?ってミサカはミサカはあの時の事を思い出しながら尋ねてみたり!」
あの時の事。それは一方通行が入院を始めて1週間程度した時の事だろうか。
いつものファミレスでバイトを始めたインデックスが、
初めての料理そのいち「お粥」を一方通行の元へと持って来たのだ。
それは病院食のように単純に水で煮込んだもので、
それだけでは味気ないので塩と梅干で味付けをされたものなのだが、
煮詰める時間が短かったのだろうか、米は中まで水がしみ切っておらず、
だというのに米の外側は焦げており、さらにはもってきた塩は砂糖と間違えるベタなミスを犯して、
結局美味しかったのは市販されていたと思われる梅干だけ、と言う惨状を三乗した状態だった。
その時の事を考えれば打ち止めの疑問も頷けるものだろう。
「まァ……それなりに必死こいて働いてたみてェだし、大丈夫じゃねェの?」
よっぽどでない限りは、普通に食べられるものが作れるはずだ。
別に凄腕料理人と呼ばれるようなレベルの料理は求めていないのだから。
「じゃあ今度皆でカレーパーティとかしたいね!
ってミサカはミサカはチキンカレーを所望してみたり!」
「なンでカレーなンだよ、そォいうのって鍋とかじゃねェのか?」
「んー、それじゃあ余りに普通すぎるかなって思って!
ってミサカはミサカは実はただカレーが食べたいと言うだけの事をそれっぽくごまかしてみたり!」
「……お前のその本心駄々漏れな語尾は何とかならねェのかよ」
「でもこれがないとキャラが……」
「ガキがキャラとか気にしてンじゃねェよ!
何処ぞのアイドルみてェなこと言ってンなよ!!」
思わず盛大に突っ込みを入れてしまうが、打ち止めは楽しそうに笑うと駆けだした。
しかしそれも束の間で、地面には何も無いのに足を捻って思い切り転んでしまう。
雨はそこまで強くないものの、降り始めから時間がたっていた為に
かなり湿っていたので打ち止めもそれに伴いすりむいた膝周辺に泥が付いて汚れてしまった。
しかし、打ち止めは服に付いた汚れ以上に出来た傷口を見て痛そうな顔をしてしゃがみ込む。
「……馬鹿が馬鹿みてェに走るからそォなるンだよ」
「うう……痛いってミサカはミサカは出血多量で危険が危ない……」
「……チッ、お前そこのバス停でおとなしく待ってろォ」
一方通行はそれだけ告げると、打ち止めの言葉を待たずして足早に少し先に見える薬局へと目指して行った。 - 378 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:28:59.06 ID:VIc86ugYo
- ・・・
絆創膏を買った。
足を捻っていたので念のために湿布も買った。
ついでにこれからそんなことがあっても良いように絆創膏は多めに買った。
一言で言えば、過保護だった。
それらを入れた袋をぶら下げて、
一方通行は打ち止めを待たせているバス停まで戻っていく。
打ち止めを連れて行っても良かったのだが、
足が痛くて動けないとかのたまうに違いないと判断し、さっさと応急処置をして帰る道を選んだのだ。
バス停まではおよそ200m。殆ど目と鼻の先と言っても良いだろう。
しかし、雨脚が強くなり始めた上に、夜の暗闇に余り多くない街灯。
これらが相まって打ち止めの姿までは確認できなかった。
ここまで雨が強くなると、打ち止めを抱えて飛んで行った方が良いと判断した一方通行は、
バス停まで能力で移動しようとしたのだが、瞬間。
「ッ」
ドガッ!!と、何かがひしゃげた音が背後から聞こえた。
何だと思って振り返るとそこには、「元」を付けた方が良い位グシャグシャになった黒塗りのワンボックスカーが
電柱にぶつかったかのように潰れて止まっている。
一方通行の歩いていた場所は、歩道と車道をガードレールで仕切られた、歩道側の道。
車道には誰も居ないのに、吸い込まれるように一方通行へと突っ込んできたのだ。
更にはこの暗闇の中、ライトも付けずに走ってきていた。
まるで誰にも見られたくないと言わんばかりに。
一目見てわかった。 - 379 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:30:03.85 ID:VIc86ugYo
- 「狙いは俺か……面倒くせェな」
個人的に恨みがあるのかはたまた組織として恨みがあるのか、或いは。
「まァ、知ってる事聞けばそれでイイか」
面倒くさそうに溜息をつくと、一方通行は自身の反射によって潰れたボンネットの上に乗ると、
そのままヒビの入っているフロントガラスに右腕を突き入れ、剥がした。
そこには黒づくめのまるで特殊部隊の一員とも見受けられる男が武装して呻いていた。
どうみても事故で突っ込んできたとは言い難い。
「とりあえず、何も知らねェクソからの指令か、何か知ってるクソからの指令か。
『じっくりと』話を聞かせてもらうぜェ?鍛えられたクソか貧弱なクソか、
どっちでもいいが、早めに吐いた方が楽になれるとだけ言っておく」
一方通行はニヤリと笑った。
運転席に座る男からしたら、それは死刑宣告をしに来た死神にでも見えた事だろう。
ここ最近、と言うかペルソナと言うものを入手してからそうなのだが、
余り人間に対して能力を振るう事は無かった。
それが一種の成長なのかそれとも衰退なのか、
一方通行には分からなかったが、とにかくこうして人間に「直接」能力を使うのは久しぶりだ。
「なァ?誰に言われてここに来たンだ?今ならもれなく1/3殺しで許してやる。
病院で適切な治療を受けりゃあ後遺症も残らねェだろォよ。お買い得だけど、どォする?」
バキリ、と一方通行はあっけなくその男の右腕をへし折る。
自分の腕がポッキリとあり得ない方向に曲がったのを見て、
そしてその瞬間全身を駆け巡った痛みに対して、男は悲鳴を上げる。
しかし、一方通行はただただそれを煩わしそうに見つめると、再び能力を行使した。
すると男が感じていた痛みが一瞬にしてシャットアウトされ、
訳のわからないと言った顔をする男に対して、一方通行は告げる。 - 380 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:31:26.06 ID:VIc86ugYo
- 「安心しろよ、痛覚は完全に遮断してやってるから。
だから爪とか剥いでも問題ねェよなァ?」
1つ間を置いて、一方通行はつまらなそうに吐き捨てた。
「『俺が能力を使ってる間は』痛くねェもンな?」
能力を使っている間、と言う事は傷つけられた分だけ、
後からそれの痛みが一緒くたに襲ってくる。
それを想像しただけで男の顔からは生気がみるみると失われて行った。
「あのさァ、さっさと吐けって言ってるのがわかんねェ?」
一本目に一方通行の手が伸びた所で、男が許しを乞い始めた。
勢いそのままにある事無い事しゃべるだろうと思っていたのだが、
それよりも早く一方通行達の周囲を似たような黒塗りのワンボックスカーが3台ほどで囲んだ。
「ったく、わざわざご苦労なこったな」
一方通行は愚痴をつくと、3台の車の動向を探るべく、ジッとそれらを見つめる。
すると中からヒトではなく、長い銃口だけが顔を出し、一方通行を狙っていた。
それを見た一方通行は男の首根っこを掴むと同時に自身が乗っているボンネットを踏み抜き宙へと舞う。
一方通行が足で思い切り踏みつけた事をきっかけに、
最早限界に達していたのだろう、ワンボックスカーは爆発してその役目を閉じた。
「思わず助けちまったが……こンなクソったれ助けるとかヤキが回っちまったかァ?」
地に降りたった一方通行は、男の首を掴んだまま、
それを未だ銃口しか見せてないワンボックスカーの元まで転がす。
すると続々と3台の車の中から兵隊達が現れその部隊のリーダーと思しき男が、
地面で呻く男の前まで歩いて行くと、止めを刺した。
「だーから言ったじゃねえかよお」
事もなげに人間を撃ち殺した刺青を入れた研究者風の男は、
ゆったりと一方通行の方へと振り向いた。 - 381 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:32:19.23 ID:VIc86ugYo
- 「あのガキ潰すのに車1台なんて甘っちょろいことしてんじゃねえよ。
だから言っただろ?俺が出るってよぉ」
「ンだよ、木原くンかよ。思わせぶりな登場しておいて、今更何の用だァ?
つゥかそこに転がってるクソ共だって限りあるだろーって思って助けてやったのによォ。
俺の善意を踏みにじりやがって、返せよ俺の善意」
木原数多。
かつて一方通行の能力開発にも携わった事のある研究者で、
今は『猟犬部隊』を率いている部隊長でもある。
そんな男が、こんな所で、そして自分に何の用なのか。
木原は手に付けたグローブをいじりながら、一方通行の発言に対して笑った。
「ハッ!使えねえ奴が残ってる方がこっちとしては迷惑なんだよ。
いわばゴミ処理みてえなもんだなぁ。ま、お前もその中の1人なんだと。
だから悪ぃーんだけど、ここで潰されてくんねーか?」
「あァ?何言ってンだお前?俺の能力研究に匙投げてどっか行った人間とは思えねェ発言だなァ?
どっちが上でどっちが下か、そこンとこわかってますゥ?
まずは上下関係はっきりさせるべくゆっくり話し合うべきだと思いませンかァ?」
「あっはっは、イイ提案だなそりゃ。あんまり素晴らしい提案なんかしてくれんなよなあ?
思わず、殺したくなっちまうから。昔からお前はむかつくガキだったよなぁ?
いやあ失敗失敗。あの時さっさと処分しちまえば、
こんな憎たらしいガキが世間様にご迷惑をかける事も無かったのになぁ」
木原は、両手を広げまるで恋人に向かって抱擁をしに行くような体勢で、無謀にも悠然と近づいてくる。
そして一方通行の元まで残り5m程になったところで、笑みを消して言い放った。
「……つーわけで、[ピーーー]わクソガキ」 - 382 : ◆DAbxBtgEsc[sage]:2011/08/24(水) 17:33:43.19 ID:VIc86ugYo
瞬間、5mと言う距離を0に縮め、まるで上条当麻のように愚直な真っすぐを放ってきた。
先程も述べたが、木原数多は研究者だ。
それもただの研究者ではなく、超が付く程優秀で、
それこそ一方通行の能力開発を担当する程に。
木原もまた他の研究者と同様に、開発に携わったのは短い期間で、
その時色々あったのだがそれはさておき。
一方通行は瞬間的に考えた。
自身の能力を深く知っているであろう研究者が、何故ここまで無策なのか。
いや、それはあくまで一方通行から見て無策に見えただけであって。
―――木原数多は策があるからこそ、向かってきたに違いない。
そう判断してからの行動は早かった。
回避する事もできただろうが、相手の策を見る為に、直接攻撃を受ける。
そんな訳で一方通行は両手を十字に交差させると、木原の右ストレートを受け止めた。
その衝撃によって少し仰け反ってしまったのだが、やはり正解(ビンゴ)のようだ。
一方通行に考える暇を与えさせないかのように、木原は更に拳を振るう。
対して、一方通行は混乱する思考を一端打ち消し、その全てを受け流す事に集中した。
とはいえ、黄泉川愛穂にも「まだまだトレーニング不足」と言われるだけあり、
肉弾戦を得意とする人間相手に格闘で挑む気にはならない。
数合ほど打ち合ったところで隙を見つけ大きく後ろへとジャンプした。
木原は口笛を吹いて一方通行の判断をほめたたえるが、一方通行の耳には入っていないようだ。
何故、反射を貫いたのか。
思考はそれだけに集中していた。- 383 :saga忘れとか不覚過ぎワロタ ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:36:22.46 ID:VIc86ugYo
- 「へぇ……あの時の馬鹿っぷりからちったぁ成長したみてぇだなぁ。
てっきり能力に頼ってノーガードで鼻血ぶちまけるかと思ったんだけどよォ」
一方通行の腕を捉えた右手をプラプラさせながら、
木原は見下したような声で言い放つ。
対して、一方通行はその言葉を無視して、考えていた。
(反射を貫くのは構わねェ。魔術だってあるンだ、『こっち側』にだってそンな奴が居ても不思議じゃねェ)
例えば、『幻想殺し』。
例えば、風斬氷華。
そういえば風斬とはあれから会わないなとか、戦闘中にもかかわらず木原の攻撃についてから、
思考が徐々にズレて行く中で、木原は子供の成長を喜ぶ親のように、楽しそうに歪んだ笑みを作る。
「まぁ、なんだ。お前の成長を見てる暇はこっちにはねぇんだわ。
『アレ』はこっちで回収しとくから、テメェはここで潰れて掃除ロボにでも回収されてくれや」
アレ、と聞いた瞬間、一方通行の思考は熱を帯びた。
この場で言うアレとは、ほぼ間違いなく、
しかし、木原は再び動き出し、一方通行の思考時間を奪いにかかる。
そんな木原の攻撃を再び後ろに跳ぶ事で避けると、一方通行は両手を空へと掲げた。
「ハッ!お前のボクシングごっこにつき合うつもりは毛頭ねェンだよォ!!」
ズタズタになれ、と一方通行は笑い飛ばすと、風も飛ばした。
彼の能力、ベクトル操作を以ってすれば大気の制御、
すなわち局地的な暴風を巻き起こす事すら可能。
風速120mにも及ぶ暴風は、最早自動車や家屋の屋根を吹き飛ばすほどの威力で、
木原率いる猟犬部隊へと向かって行った。
しかし、その風が木原達を吹き飛ばす事は、無い。
一方通行は、暴風を放った瞬間に、何かピーッ、と甲高い音を聞いた。
その音が鳴り響いた途端に、集められた風が霧散して行ったのだ。
成程、策は反射以外の分も用意しているのか。
一方通行は制御の離れた風を仰ぐと、先程爆発した車の破片を無造作に投げ飛ばした。
勿論狙いは木原なのだが、唐突に横やりから風が吹きつけ、破片はあらぬ方向へと飛んで行く。
どうやら、あちらも何かしら機材を使って風を操っているらしい。
と言ってもその破片は木原に当たらなくとも後ろに控えている車に命中し、中で誰かが呻く声も聞こえたのだが。 - 384 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:37:42.64 ID:VIc86ugYo
- 「なンつーか、俺ごときを潰す為にわざわざごくろーさまな事で」
「お、分かってくれんのかよ!!嬉しいねえ、前言撤回だ。ムカつくクソガキからクソガキに昇進だな!
つか、クソガキの癖に妙に謙虚じゃねぇか!本当にお前はあの一方通行なのかよ!?」
後ろで破片による一撃を受けた部下がいると言うのに、
相変わらず馬鹿みたいに高笑いをしている。
別に一方通行自身、あの場で武装している男達は何かやらかして
暗部に堕ちてきているのだから、それを殺める事自体はどうも思わない。
とりあえず、不快だった。
何となくあの姿が昔の自分のように思えて。
人を殺すことを、何とも思わない自分だった頃に思えて。
しかし、その考えはすぐに消え去る。
何せそれが事実なのだから。自分はただの人殺しなのだから。
木原と同類と言われて当然だろう。
ならこの不快感は、同族嫌悪とかそのように表現すべきだ。
なんて、またしてもどうでもいい事に思考を重ねているうちに、再び木原が接近してきた。 - 385 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:39:00.13 ID:VIc86ugYo
- 「なぁ?俺がどのくらいテメェの反射を貫けると思う?」
言った直後、手からパチンコ玉のような球体を投げ飛ばした。
それを見た一方通行は、木原の拳のように受け止めるのではなく、
完全に回避する形でしゃがみこむ。
木原は避けることを念頭に置いていたらしく、更に接近して前蹴りを放った。
高さにして丁度一方通行の顔に当たる高さで、
喰らったらマズいと一方通行も両手で頭をガードする。
しかし、衝撃自体は守れないのでそれを受け止めるとゴロゴロと地を転がった。
「おいおい、そんな必死こいて避けなくてもよ、別に身体に害のあるもんじゃねえよ?
つか、お前の場合そんな物質は勝手に反射してくれんだろぉが」
一方通行は地面を転がりながらもすぐさま体勢を立て直すが、
木原はその隙を突いて更に先程と同様のパチンコ玉の様なものを
今度は避けきれない程の数投げ込んできた。
今度は避けられないと判断して、能力によってその全てを破壊する。
しかし、その玉は。
「!?ンだ、こりゃ……!」
所謂、煙幕。
しかし先述した通り、その煙幕に毒を仕込んでいたとしても
反射をすりぬける事は出来ないので、純粋に煙幕だ。
とはいえ、一方通行の思考は数瞬の間、止まる。
それが大きな隙だと、一方通行自身も理解できる程に。 - 386 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:39:55.49 ID:VIc86ugYo
- 「ガッ!!」
やはりその隙を突かない馬鹿は居ないと言う事だろう。
ようやく木原は一方通行に対してクリーンヒットを入れられたようで、
満足そうに両手の指をバキバキと鳴らした。
「たくよぉ、まさかこんな小道具まで使わされるとはなあ……
嬉しいねえ、やっぱクソガキは学園都市一位だけあってそこそこ強えクソガキだわ」
心底嬉しそうに、楽しそうにする木原だが、
一方通行は殴られた後地面に伏したまま、立ちあがる気配を見せない。
普段黄泉川によって鍛えられているのだから、
1発2発良いのをもらったところで気絶等ありえないのだが。
しかし、それは『本調子』の時だけの話で。
「ォ……ァ……」
倒れ伏した一方通行の周りには、濁々と血が流れていた。
雨によって薄らいでいくはずなのに、その血はますます濃さを増しているように感じられる。
開いた傷口は、大きかった。
「おいおい、俺のパンチは人を切り裂いちまうのかぁ?
いやあ怖い怖い、ボクサー目指すとこだったけどやっぱ無理だな、
このままじゃ人殺しになっちまうわ」
一方通行が入院していて、何処に傷を受けたのか分かっていたのだろう。
木原は寒がるように両肩を抱き、わざとらしく言い放った。
しかし一方通行からしたらそれどころでは無い。
すぐさま止血を施したが、これによってかた手がふさがれてしまっている。 - 387 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:41:16.43 ID:VIc86ugYo
- 原理はわからないが、反射を貫く攻撃。
これを何とかしなければこの場を乗り切る事は出来ないだろう。
あの金髪巨乳魔術師は言葉だけで退いてくれたが、こちらはそうもいかない。
何せ金髪と違い、木原の狙いは打ち止めにあるのだから。
一方通行の考えを裏付けるかのように、一同からおよそ100m程離れたところから、
武装した男2人が1人の少女を連れて現れた。
どうやら気絶させられているようで、
2人が両肘を握ってやらなければその場に崩れ落ちてしまっているだろう。
思わず一方通行は、倒れ伏したまま叫ぶ。
「打ち止めァァァァァ!!!」
「いちいちうるせーぞクソガキ、ご近所さんの迷惑を考えやがれ」
そんな一方通行をあざ笑うかのように、木原は軽く一方通行を蹴り飛ばした。
それだけで一方通行の軽い身体は地面を転がり、再び地面に這いつくばらせる。
木原はそんな一方通行に興味を失ったのか打ち止めの方を見やると、
部下の報告を受け、一方通行に向けたのか、はたまた打ち止めを連れてきた部下に向けたのか。
ともかく勝ち誇ったように言う。
「回収完了ってとこだな。本命は生け捕りって話だが、アレは大丈夫なのかよ?
あぁ?気絶させただけってお前どんだけ痛めつけりゃあんな生傷できんだよ。
まあ生きてるってんならなんでもいいや、とにかく始末書は御免だからな?アレが死んだらお前も死ねよ?」
(……ふざけンじゃねェぞ)
小さく、呟いた。 - 388 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:42:28.04 ID:VIc86ugYo
- 恐らくは生きているだろう。あの口ぶりからして、
一方通行を絶望に追いやる為の嫌がらせだけに打ち止めを殺すとは思えない。
しかし、利用する事は火を見るより明らかで。
そうしている間にも打ち止めは一方通行達の元へと近づいてくる。
と言っても近づいているのはワンボックスカーに向かってなのだが。
このまま連れ去られたら、文字通り終わりだ。
打ち止めはクソ共に散々使われた揚句、ボロ雑巾のように捨てられるだろうし、
一方通行はそもそもこの場で朽ち果てるだろう。
(やら、せる、か)
まずは隙を作りだす。
「打ち止めァアァァアァァ!!!」
ピクリと、少女は小さく肩を揺らした。
一方通行は思い切り両手を叩きつけると、辺り一面にアスファルトの欠片が舞い上がる。
それを受け木原もわずらわしそうに後ろへと下がった。
時間にしてわずか1秒足らずだろう。
一方通行の『風の制御』は非常に繊細だ。その繊細さを木原は狙ってきたはずだ。
ならば木原がその隙を突く前に、打ち止めだけでも助ける―――!
その意志を形に表すように、一瞬で制御した風は確かな力を以って、打ち止めのみを吹き飛ばした。
しかし、それは破壊する為の物ではなく、優しく包み込むような風で、
地上10mはあるだろうビルを何棟も飛び越え、打ち止めは夜の闇の中へと消え去っていく。
それをぼんやりと眺めると、木原はのんびりとした口調で告げる。 - 389 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:43:54.21 ID:VIc86ugYo
- 「あーあーあー、面倒くせえことしやがって。
ドヤ顔してる暇あったらさっさとクソガキすり潰しとけばよかったわぁ。
つぅか誰が回収すると思ってんだよテメェはよ、俺はしねぇけど」
「どうしますか」
そんな中、部下の1人が木原の耳元で指示を仰ぐべく小さく話す。
木原が指示を出そうとした瞬間、再びアスファルトが舞い上がった。
「だぁー……ホントしつけークソガキだな。
んだよあのしぶとさゴキブリか?それとも油汚れかぁ?
ホウ酸団子かジョイ君もってこねーとな」
冗談を軽く呟くと、ボリボリと頭を掻きながら今度は部下への指示を出す。
「班を三つに分けろ。本命追うのと俺とここに残るの、後処理するの三つだ。
異論反論ある奴は後で聞く。殺すけど」
それだけ聞くと、部下達は迅速に動き出した。
随分と統率されている動きだが、これは単に木原に対する恐怖から来ている。
それはさておき、数人の部下を残した木原は無駄なあがきを続ける一方通行へと向く。
「木原くンよォ……ちっとばっか早漏すぎねェ?まだ終わっちゃいねェぞコラァ!!」
「ハッ!!テメェが1人でイッちまったからどうしようか悩んでたとこだっつーの!!
グダグダ言ってねぇでとっととかかってこいやぁ!!」
鬼の様な形相で、2人は肉薄する。
一方通行は左手で止血を施しているので、思い切り右手でストレートを放つ。
とにかく、木原が動く事がマズい。
なるべく時間を稼ぐ為に、木原をこの場に縛りつける為に、得意でない肉弾戦をする。
そんな意志が見え隠れする中で、木原は一方通行の思惑に乗ったのか、
笑いながらこちらも左腕を振りかぶった。
そして、交差する拳。
片方が、大きく仰け反った。 - 390 : ◆DAbxBtgEsc[saga]:2011/08/24(水) 17:45:02.26 ID:VIc86ugYo
- 尾張。
>>381
「……つーわけで、殺すわクソガキ」
色々と台無しすぎるわ - 391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/08/24(水) 18:01:24.35 ID:mFOIVl2p0
- >>1乙
原作と違って黄泉川に鍛えられてるし
仲間もいるからすごい安心する
……出ないって可能性もあるか
2014年4月20日日曜日
とある仮面の一方通行 そのに 1
ラベル:
クロス,
とある魔術の禁書目録,
ペルソナ,
一方通行
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