- ※未完作品
- 1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/07/31(日) 22:37:29.03 ID:1PtV88Ja0
「るいこは、優しいんだね」
真っ白な修道服に身を包む銀髪の少女は、ベッドに寝たまま唐突に呟いた。
湯上がりの様にほんのりと紅く染まる頬を見られまいと、彼女は掛け布団代わりにしているタオルケットを顔に被る。
別に彼女は湯上がりな訳ではないし、ましてや風邪をひいている訳でもない。いや、“身体に異常がある”と言うなら間違ってはいないのだけれど。
あたしはそんな彼女の事情を知っている。知ってしまっている。
あの日。
偶然にもあたしの住む部屋のベランダに引っ掛かり、奇遇にも超能力とは別の『チカラ』の存在を知っていて、
最悪なことに絶望的な運命を背負っている少女と出会ったあの日から。
あたしは、何か出来たのだろうか。
あたしは、何か動いていたのだろうか。
答えは“何も出来ていない”だ。
脳の記憶容量に言及したのは御坂さんだし。
“都市伝説”から上条さんを見つけたのは初春だし。
ステイル君や神裂さんと交渉したのは白井さんだ。
あたしは彼女と最初に出会っただけだ。
だから、あたしは『優しい』だなんて言葉を受け取る資格などはない。
少なくとも、目の前で必死に泣くのを堪えながら笑う彼女からは、絶対に。
「そんな……」
否定の言葉が、続かない。
それどころか、気休めの言葉も見付からない。
せめて笑顔で勇気づけようと、心に決めていたのに。
どうしても、涙が零れそうになる。- 2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/07/31(日) 22:38:17.00 ID:1PtV88Ja0
「な、なにもして、あげれていないよ……」
そこで、とうとう、あたしの、左頬を、涙が、伝う。
「あ、たしに……能力があれば、力になれたかもしれないのに……魔術を使う勇気があれば、助けれたかも知れないのに……」
どこまでいっても、あたしは『無能』だ。
友達を救うことも、勇気づけることすら出来ないなんて。
「……違うよ」
自責の念がぐるぐると廻り、自分を攻める言葉を吐くあたしに、彼女はそう言った。
言って、くれた。
「最初に私を助けてくれたのは、るいこだよ。るいこが居なかったら、私は一人のままだったかも」
「だって、友達なんだから」
あたしはそれだけしか言うことができない。
でも彼女は。
頭が割れるように痛い筈なのに。
これから行われる事に不安を感じている筈なのに。
彼女は、優しく微笑んだ。
「初めて会った私と友達になってくれた。だから、ありがとうなんだよ」
「…………うん」
何に対して頷いたのか、分からない。
そして、やはり言葉が続かない。
言葉が、足らない。
こんな時、あたしがシスターさんだったなら、彼女のように神に仕える存在だったなら何か言えただろうか。
知識も、経験も豊富な人間だったなら、能力を持ち、強い人間だったなら、ヒーローだったなら、何か言えただろうか。- 3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/07/31(日) 22:39:31.83 ID:1PtV88Ja0
「……時間だ」
上条さんの住む部屋の玄関扉が開く音と共にステイル君の声が聴こえ、あたしが顔を向けるとそこには皆が揃って立っていた。
御坂さん、白井さん、ステイル君、神裂さん、上条さん。流石に初春の姿は見当たらない。
それもそうか。ここから先は力を持たないものは足手まといになってしまうのだから。レベル1の初春がそうなるように、当然、無能力者のあたしも。
ここから、出て行かなくてはならない。
「あと……お願いしますねっ」
精一杯の虚勢で笑顔を貼り付け、少しでも明るい声を挙げ立ち上がる。
でも、それとは反対に彼女の救世主となる人々の顔は、暗い。
「…………」
あたしがそんな顔を見るのが辛くて、失敗した可能性を考えるのが怖くて、足早に立ち去ろうとした時。
「まって」
不意に、彼女から――インデックスから声を投げ掛けられた。
あたしが振り返るとインデックスは弱弱しく上半身を起こし、笑いながら小さく折った紙の鶴を差し出す。
「これって……」
何の変哲も無い、ただの鶴だ。特別な紙を使うでも、装飾がしてあるわけでもない、普通の紙の鶴。
「うん。あの時のだよ」
十色百枚入り、税込み三百十五円。量販店で売られている、いかにも安っぽい紙質の折り紙。
中学生になってまで折り紙を折るとは思わなかったと、苦笑いしながら購入した、折り紙。
インデックスの回復を祈願して、五人で一生懸命に千羽の鶴を折った、折り紙。
そしての彼女の持つ鶴は、あの時に誰も使用しなかった真っ白な紙を使って折られたものだった。
「お守りだよ。るいこの持ってるお守りより効果は薄いけれど、きっといつか力になる時が来るんだよ」
彼女はそう言って、一層笑みを深くして。
希望も絶望も、良いも悪いも、喜びも悲しみも、楽しみも憎しみも、失敗も成功も、幸福も不幸も受け入れるような、そんな笑顔を浮かべて、言う。
「――ばいばい、るいこ」
そんなハッキリとした別れの言葉に、あたしは別れの言葉を言えるはずも無く。
ただ黙って部屋を出ることしか出来なかった。
- 4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/07/31(日) 22:41:00.15 ID:1PtV88Ja0
この日の夜。あたしは大切な友人を二人、失うことになる。
- 15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga sage]:2011/08/01(月) 10:32:45.20 ID:6xGndjKR0
- 1
八月九日、夏休みも中盤に差し掛かったこの日の朝、あたしは特にする事も無かったのだがきっかり七時に目を覚ました。
予定なんて入っていないので当然、目覚まし時計のアラームもセットしていないのに早起きをしてしまって少し勿体無い気持ちになる。
まあ昼過ぎまで寝たらそれはそれで勿体無い気持ちになってしまうのでどっちもどっちだろうけれど。
むしろ活動時間が増えただけ早起きのほうが得なんだろうけど。早起きは三文の徳、とも言うし。
しかし三文とは二束三文から由来しているのだろうけれど、それを考えると少し有り難味が減ってしまう気もする。厳密に言えば得ではなく徳なので、
このまま散歩に出掛けてお金を拾う、なんて意味にもならない。ま、徳にも同じような意味があるのでこの辺りはどうでも良いといえばどうでもいいだろう。
「得をイコールでお金に結びつけるのはどうなんだろう、あたし」
寝起きでらしくもない考察をしていたら意地汚い自分を発見してしまった。自分探しの旅に出るまでも無く、自分はここに居た、なんて。
当然だ。何を今更。だからこそ徳を積まなければ。目標としては解脱を出来るぐらいに。
……輪廻転生レベルで考えてどうする。
うーん、珍しく朝から頭が回転していると思ったら別にそんなことはなかった。むしろ回っていない。狂っていると言ってもいい。
これも全部暑さのせいだ。きっとそうだ。光熱費削減の為(エコの為、とは言えないエアコンを切って眠ったのが不味かったのか、来ている寝間着は汗で少し湿っている。
意識した瞬間、不快指数が半端ない。
あたしは明日からはエアコンを最低温度設定の強風で二十四時間年中無休で稼動させてやろうという誓いを立てつつ、汗を流すためにシャワールームへ移動する。
シャワールームとは言ってもユニットだけれどな!となぜかキメ顔でセルフ突っ込みを入れつつ服を脱ぎ捨て温めの温度設定にしたシャワーを浴びる。
が、特に語ることが無いので割愛。
ああ、一つだけ豆知識というか、都市伝説というかそんな余計なシャワー知識を言わさせてもらえば、髪を洗っている時にどうしても目を瞑る人は多いと思う。
で、その時になんだか後ろから視線を感じるなぁ、なんて思う人も、やっぱり多いと思う。それで慌てて後ろを振り向いて見ても誰も居なくて『気のせいか』って髪を
洗う作業に戻ると思うんだけど……あれ、実は後ろじゃなくて……
真上に居るんだって。
きゃー!怖いー!死ぬー! - 16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 10:33:30.11 ID:6xGndjKR0
「……まあ、見たこと無いんですけどね」
そんなこんなで着替えまで終えた私は(やはり暑さのせいだろうか、こんな独り言を言うなんて)ドライヤーで髪を乾かしつつも本日の予定を組み立てる。
一つ、初春達を誘ってお買い物。これが一番無難だろう。最早セオリーとも言える。
二つ、初春達を誘ってプール。うん、夏らしいといえばこれ以上無く、らしい。
ただ問題は限られた土地しかない学園都市に数箇所しかない商業用プールは人で溢れかえっていること。……御坂さんプライベートプールとか持ってないかな。
三つ、誰とも交流を持たずただひたすらにどこまで人間が堕落していけるかを追及する。簡単に言えば何もせずに家でのんびりしようってこと。
大体、この三つくらいだろう。うん、勉強なんて選択肢は無い。例え現実がどれだけ非常だとしてもそれは選ばない。
夏休みの宿題とは、夏休み最終日にやるものであり、むしろそれ以外の日にやるというのは夏休みの宿題を冒涜しているのと同じだ。
つまるところ夏休みの宿題を最終日にまとめてやらなければ、夏休みは終わらないのである。無限ループ。エンドレスエイト状態。
と、まあ。ここまで戯言めいた(間違いなく戯言だ)考えを張り巡らせたところでふと四つ目の選択肢があることを思い出す。
選択肢、というよりは強制イベント……違うな、これだと無理やり嫌々否応無しに参加しているように聞こえる。
習慣、と言えばいいのか。それとも義務、か。
とにかくやるべきことがあった。というより行かなくてはならない場所が。
「さて、準備しますか」
あたしは一度自分を奮い立たせるためにそう言って必要なものを手提げ袋の中に詰め込み始める。
耳に入ってくる音が蝉の鳴き声だけだと余計に暑くなりそうだったのでなんとなしにテレビの電源を入れるが、この時間帯はニュースしかやっていなかった。
聞き流しながら準備を進めていると事務的な口調でしか喋らなかったアナウンサーの声が妙に明るくなり、本日の占いが始まる。
科学の町で占いなんて、と馬鹿にする人も多いだろうがそれ以上に支持する人も多い。それは人間だからなのか、それとも、科学の町だからこそか。
「お、今日のあたしの運勢はーっと」
当然、今をときめく青春真っ盛りの女子中学生のあたしとしては気になってしまう。というか案外こういった非科学的なものがあたしは好きだったりする。- 17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 10:34:05.75 ID:6xGndjKR0
都市伝説。
街談巷説。
道聴塗説。
そんな非科学的な噺を好んで集めるようになったのかは覚えている。学園都市に来てから――いや、無能力者という結果が出てからだ。
むしろそれまでは嫌っていたと言っても過言ではない。ただどうしても、科学以外に――どうしようもない現実以外に縋りたいモノが欲しかったんだと思う。
幻想御手、脱ぎ女、能力を消す能力者、軍用クローン、虚数学区、誰かが見てる。
噂は噂、話半分。だけれどその半分くらいは信じたって良いと思う。というか信じさせて欲しい。
と、そんなことを考えているうちに占いのカウントは残り第一位と最下位を残すのみとなっていた。
多くの占い番組の場合、第一位を発表してから最下位を、という方式を取っていて、この番組もその例に漏れずにまずは第一位から発表を始めた。
この時ばかりは自分が第一位だと信じて疑わないので、身を乗り出して食い入るようにテレビを凝視する。
その結果は。
『今日の占い第一位はおうし――』
電源を切った。恐らくは御坂さんの超電磁砲より早いスピードでテレビの電源を落とした。
……うん。一位だ。今日のあたしは一位だ。いやー最後まで聞かなかったけど一位かー。こりゃ嬉しいなー。
でもでも、あたしと同じ星座の人間なんてこの町どころか全世界レベルで見たら腐るほど居る訳だし、別に特別って訳じゃないからなー。
それにあたし占いってあんまり信じないし。非科学的なものは嫌いだし。
ああ、それよりも早く出なきゃ。バスの時間に遅れてしまう。
そんな空しい負け惜しみを想いながら、あたしは学生寮の部屋を出る。
雲ひとつ無い晴天。焼けるような日差し。夏だ。
幸いバス停までの距離はそこまで無いので日焼けする心配はないだろうけれど、気持ち早足でバス停へと向かう。
携帯電話で現在時刻を確認するとバスが来るまで残り二分とドンピシャだった。
そして間もなく到着したバスに乗り込んで、朝方だから乗客がほとんど居ない座席に悠々と座り目的地へと向かった。
あの人が入院している、病院へと。- 18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 10:35:10.77 ID:6xGndjKR0
- 急な休みで急な更新。
ちょい休憩。
昼過ぎにまた。
別に怪異は出ません。 - 19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 23:26:30.90 ID:6xGndjKR0
- 2
「あら涙子ちゃん、今日は早いのね」
「ええ、少し早起きしてしまいましたから」
最早顔馴染みとなった看護師の女性と簡単に挨拶を交わしつつ、あたしは院内を歩く。
診察に訪れた人が各専門科の待合場所で退屈そうに自分の名前を呼ばれるのを待っているのを横目に、あたしはエレベーターの昇降ボタンを押す。
数秒のタイムラグの後、扉の向こうでモーターの駆動音が響き(それにしても静かだ)最上階からゆっくりと降りてくる。
途中で止まることなく一階に到着したエレベーターはあたしを乗せるためにゆっくりと扉を開き、そしてすこし急く様に扉を閉めた。
搭乗定員十五名の大きなエレベーターにはあたし一人だけという贅沢な状況だが、目的の階は結構上なので途中で何人か増えるだろう。
あたしは目的の階が表記されているボタンを押すと、エレベーターは上昇を始める。独特の浮遊感がどこか不安を煽る。
このまま停まらないだろうか。むしろ落ちないだろうか。そんな万に一つの可能性を考えてしまい、いつも一人で焦ってしまう。
基本的にネガティブなのだ。あたしは。常に気丈に振舞っていなければ、誰かが傍に居なければ、なにかしら考えてしまう癖がある。
別に明るさを演じているつもりは無い。ただそんな側面もある、というだけだ。
ポン、と甲高い電子音が鳴った所であたしの意識は現実へと戻される。
表示されるフロアを確認すれば目的の階だったので、どうやらノンストップでたどり着いたようだ。
いや、誰かが入ってきたけど気が付かなかっただけかも……。それだったら恥ずかしい。かなり。
目的の病室まで、気持ち早足で向かう。どうしても病院というのは苦手だ。普通の診察所、ならまだしも入院病棟というのはどうも好きにはなれない。
……病院を好き、という人は居ないか。とにかく、なんと言えばいいのだろうか“死”のイメージというか、匂いというか、そんな非日常的な感覚に襲われる。
別に入院している人が全員末期の病気に犯されているという訳ではないのだけれど、なぜだかそう感じてしまう。
一時間程でもそれが二時間にも三時間にも感じてしまうほど居心地が悪く、外に出た時のギャップに思わず目が眩んでしまう事もある。
外と比べて色が、余りにも乏しいから。 - 20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 23:27:07.82 ID:6xGndjKR0
「っよし!」
陰鬱な気持ちが表情に出ないようにとある病室の前で気合を入れて、頬を軽く叩く。……痛い。
「しつれいしまーす」と極端に明るい声を発し、ノックもせずに扉を開ける。これは別にあたしが非常識とかそういのではなく、ただノックをする必要が無いからで。
――ノックをしても、返事が返ってこないのが解っているからで。
『上条当麻』と入院患者のネームプレートが入った扉の向こうは、清潔感のある個室。
少しだけ開いた窓から風が入ってきており、彼が寝ているベッドを覆うようにカーテンが揺れる。
「……ん?」
そこで人影があることに気が付く。
彼が身体を起こしている――という訳ではなく、単純に先客のようだった。先客もあたしの存在に気が付いたのか、窓を閉じカーテンを開ける。
……ふむ。思わず品定めをしてしまう。
金髪、サングラス、素肌にアロハシャツ。どこからどう見ても怪しい。
上条さんのクラスメイトだろうか、いや、それよりもスキルアウトだと言われたほうが納得がいく風貌。
どこか胡散臭い笑顔を浮かべている。
「これはこれは、お早いご到着だにゃー」
「はい?」
金髪アロハさん(名前が解らないのでとりあえずこう呼称しておく)はあたしの顔を見るなり腰掛けていた安っぽいパイプ椅子から立ち上がり両腕を広げて言う。
ケラケラとからかうような笑い声を挙げながら。
というか、あたしのこと知ってるような口ぶりだけど……駄目だ、あたしは彼のことを覚えていない。
金髪アロハなんて一度見たら忘れるはずも無いけどなあ……。
「いや、お嬢さんと俺は初対面だぜい。会った事も、見た事もない。ただ聞いたことがあるだけだにゃー」
「はあ……」
いまいち要領を得ない。つまり毎日お見舞いに来ているあたしの存在を聞いていただけ、ということでいいのだろうか。- 21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 23:27:46.86 ID:6xGndjKR0
「そういうことですたい。ま、そういうことでもないんだけどにゃー」
どっちだよ。
「細かいことは気にしないほうがいいぜい。まったく羨ましいぜよ、毎日こんな可愛らしい女子中学生がお見舞いに来るなんて」
青ピに知られたら殺されちまうんじゃねえか、と金髪アロハさんは上条さんの寝顔を見る。
顔は笑っているけれど、サングラスの下までは把握できない。あたしには目は笑っていないんじゃないかと思わせるような口ぶりだ。
「えっと、お邪魔でしたかね……あの、その」
「土御門だ」
名前が解らなくしどろもどろなあたしに助け舟を渡す土御門さん。うん?土御門ってどこかで訊いた様な。気のせいか?
「土、御門さん?なにか重要な様があったのならあたしは時間を改めますけど……」
あの日から毎日欠かさずお見舞いに訪れているあたしは上条さんの知り合いと沢山合ってきたが、土御門さんは初めてだ。
単純にお見舞いに来る時間帯が違うだけかもしれないが、もし始めてのお見舞いだったら邪魔したら悪い。
「なに言ってるんだにゃー」
と心配するあたしを少し呆れたように見る土御門さん。
「邪魔もなにもカミやんは意識不明だから、会話も何もあったもんじゃないにゃー。俺が精神感応系の能力者ならともかく、これは確認みたいなもんだぜい」
「確認、ですか?」
「七月二十八日」と土御門さんは短く言い捨てる。- 22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 23:28:16.45 ID:6xGndjKR0
「あの日に運悪く――不幸にも交通事故に遭って意識不明の重体に陥ったカミやんの状態を確認しに来ただけだぜい。お嬢さんはその事は知ってるのかにゃー」
「佐天です」
「あん?」
「佐天涙子――王佐の佐に天上の天、そして涙の子で佐天涙子です」
なるべくあの時の話題に触れられたくないあたしは、強引に自分の名前を名乗り話題を変えようとする。
あの日、あの時、あの場所で、あたしのせいで上条さんは――
「佐天涙子、ちゃんね。おーけい、わかったぜいお嬢さん」
「――だから」
「別に呼び名なんて重要じゃあ、ないぜいお嬢さん。真に意味があるのはそのもっと奥――と、脱線したにゃー。悪いけどお嬢さん、俺はもう帰るぜい」
「え――あの?」
何か言おうとするあたしを無視して、やたらと意味深な言葉を投げつけるだけ投げつけて去っていってしまう土御門さん。
なんだったんだろうか、あの人は。要領を得ないどころの話じゃなく、まるで掴みどころが無い。
「あ、そうだお嬢さん」
「ひゃうん!」
ホッと一息ついた瞬間に土御門さんが入り口から顔だけを覗かして言う。
「中学一年生だろ?もしお小遣いが寂しいなら路地裏を歩くことをお勧めするぜい。せっかくの早起きだ。徳を積むだけじゃなく、得しようぜい」
「……はあ?」
本当にそれだけを言って、今度こそ土御門さんは去っていった。
なんだろう、路地裏?いやいや、あたしのような女子中学生が一人で路地裏を歩くなんて自殺行為に近い。
そもそも学園都市の治安は悪いのだ。路地裏なんていったら肩パットにモヒカンのいかにもヒャッハー系の世紀末系スキルアウトに絡まれてしまうのが落ち。
話どころか、命を落としてしまう。- 23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[saga]:2011/08/01(月) 23:32:20.13 ID:6xGndjKR0
「あの人も、友達なんですか?」
思わず苦笑いしながら上条さんに話しかける。当然、返答は無い。
それでも、あたしは声を止めない。
「そういえば、ただの交通事故ってことになってるんでしたね」
あたしのせいで、こんな所にいるというのに。表向きはただの交通事故ということになっているのが、悔しかった。
悔しかったし、悲しかったし、なにより自分が許せなかった。
土御門さんに言われるまで、上条さんの入院している理由を忘れようとしている自分に気が付いたことに、許せなかった。
「ほんと、弱いですよね……あたし」
パイプ椅子に腰掛けて、すっかり細くなってしまった上条さんの右腕を見る。
異能の力を、消す右手。
「正しくも、強くも、賢くもない。友達一人助けられないあたしって、一体なんなんでしょうか」
御坂さんのように超能力者でもなければ、白井さんのように正義を貫く心も無い。
初春のように情報処理能力に長けても居なければ、上条さんのような心も無い。
無能力者、才能欠如、欠陥製品。
果たしてこの街に必要なのだろうか。必要とする人は居るのだろうか。
「って、変なこと言ってますね。ごめんなさい、あたし帰ります。また明日も来ますから」
病院の雰囲気のせいだろう。きっとそうだ。
どんどんとマイナスな思考に陥ってしまう自分に嫌気が差してあたしはそそくさと逃げるように病室を後にする。
「それじゃあ、また」
返事は当然、なかった。
小走りでナースステーション(看護師と名称が変わった今でもそう呼ぶのだろうか?)の横を通り抜け、エレベーターの昇降ボタンを連打する。
やけに上昇してくるのが遅く感じ、扉が何時もよりもゆっくり開いた気がした。
一階へ到着し、ざわめき立つ待合ロビーを通過してなんとか外へとたどり着く。そこで自分が呼吸を忘れていることに気が付いて、思い切り息を吸い込む。
夏の日差しは眩しすぎて、さっきまで居た院内と反対の空気に立ちくらみを覚え、容赦なく迫る色取り取りの世界に困惑しながらも一歩踏み出して前に進む。
「とりあえず、路地裏にでも行ってみようか」- 31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 20:36:09.52 ID:KuZFhMwD0
- 3
お約束、テンプレ的な展開というのはついて(あるいは憑いて?)回るもので結局のところ土御門さんの言ったとおり路地裏を散策していたところ、
スキルアウトと思しき三人組に絡まれてしまった。さすがに肩パットやモヒカンではなかったけれど、危険なのに変わりはない。
もはや様式美とも言えるような台詞回しで凄んでくるスキルアウト達に思うところがなかったといえば嘘になるけれど、それどころではない。
はっきりいってピンチだ。絶体絶命とも言える。
ここ学園都市の不良の攻撃力は外の非ではない。例えばあたしの前に居るスキルアウトが装備しているのは左からスタンガン、特殊警棒、拳銃だ。
……まあスタンガンと特殊警棒はまだわかる。不良漫画ではトップを争うほどのアイテムで、それを実際の不良が持っていることに何の不思議もない。
問題は一番右の男の持つ黒光りした拳銃。
……銃て。
そりゃあきまへんて。
不良漫画ではその道を極めた人しか持たないようなアイテムを、貴方のような路地裏の不良が持っていてはあきまへん。
思わず口調がおかしくなってしまう。
「あははー、それで何をお求めで」
あまりの衝撃に思わずショップ店員になるあたし、佐天涙子中学一年生。
こういった場合は大人しく、反抗せず、相手の要求を呑むのが一番早い解決法だとあたしは知っている。
WIN-WINの関係で済ませようと思うこと事態が間違いなのだ。
幸いなことにあたしは健全な中学一年生である。いくら無法者とはいえ何もしない絶対服従白旗振りの中学生に手は出さないだろう。
「いやね、お嬢さん。俺たちお金に困っててさー」
ほら、財布の中身を出すくらいで全てが終わるのさ。
あたしは流れるような動作で財布を取り出して、入っていた野口さん三人を生贄に捧げようとする。
楽勝だ、スキルアウト。
「で、ちょっとモデルを撮影して売り出そうと思っててー」
と、そこで手が止まる。
「だから、俺らに付き合ってくんねーかな?何、悪いようにはしねえから」
……前言撤回。やはり無法者は無法者だった。そこにルールを当てはめて考えてはいけない。
常識が通用しねぇ。 - 32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 20:36:38.72 ID:KuZFhMwD0
「いやいや、モデルなんて大それたことはあたしには向いてないですよー」
何が『悪いようにしない』だ。その言葉が本当なら警備員と風紀委員を立ち会わせた上で打ち合わせをしたい。
「あぁ! そうだ、あたしってば用事があったんですよ!! いやぁ忘れてたなあ、急がなくちゃ急がなくちゃ。それではお兄さん方! また会う日までー……」
パン、と乾いた音が路地裏に響く。
同時にあたしの顔面の脇を何かが通り過ぎたと思ったら、背にしていたコンクリートの壁に何かが埋まる。
何が起きたのか理解しきれないあたしを正気に戻したのは、壁から伝わる火薬の臭い――硝煙というものだろう。
つまり何が起きたかと言えば――
「拒否権は、ねえんだよ」
撃ったのだ。右端の男が、拳銃を。
「――あ、ああ」
一気に状況がリアルとなって押し寄せる。恐怖が、脳を、心臓を、足を、腕を、掴んでは離さない。
どうかしていた。今にして思えば拳銃を向けられた時点で――いや、スキルアウトに絡まれた時点で走ってでも逃げ出すべきだった。
それをしなかったのはどこか心の中に『自分は大丈夫だろう』という根拠のない自信があったからで。
「撃たれないとでも思ったのかよ、ああん? それとも能力者様ですか? やけに冷静だとは思ったけどよ――」
スタンガンを持った男が、いやらしく口元を歪める。
「一発撃ったらこの様ですか、ハハ! 笑えるねえ」
ゲラゲラとスキルアウト達は醜悪な笑いと下品な声を上げる。
だけどそれさえも、あたしはぼんやりとしか聞き取れなくて、ただ足を震わせるだけだった。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
病院よりもさらに色濃い『死』のイメージがあたし脳を侵食しつくす。
確かに彼らの言うように能力者だったなら、レベル3程度の能力者だったなら拳銃を出されても引かずに居られたのかもしれない。
でもあたしは無能力者だ。風紀委員でもない。
ただの非力で無力な女子中学生。- 33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 20:37:24.25 ID:KuZFhMwD0
「ご、ごめんなさ――」
銃声。
「別に俺たちは謝罪の言葉を要求しているわけじゃねえの。分かる?」
「そーそー、ただ君に働いて欲しいだけで」
「ま、断ったら殺すけど」
捻り出した声も、彼等の言葉に消されてしまう。
あたしは今にも零れ落ちてしまいそうな涙を拭い、じっと地面を睨み付ける。
選択肢は――三つ。
断って撃たれるか、要求を呑んで辱められるか――抗って死ぬか。
可能性が一パーセントでもあるのなら、挑戦するなんていう言葉が世の中には美化されて蔓延しているが、それは逆に言えば九十九パーセント失敗するというわけで。
分の悪い賭けにも程がある。それならばその場は引いて、またの機会を待つほうがよっぽど勇気のある決断だとあたしは考えていた。
無理はせずに、また次回。
だからこの場でのあたしが、迷う訳がなかった。- 34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 20:38:12.14 ID:KuZFhMwD0
「っが!」
俯きつつ目の前の三人の並びを確認し、一番近くに居た特殊警棒の男の鼻骨めがけて思い切り頭突きをかます。
鼻は人間の急所の一つだ。そこを潰せば涙が止め処なく溢れ自然と目潰しの役割を果たす――って何時か初春から借りた漫画に描いてあったっけ!
文字通りの、涙腺崩壊だ。
「テメエ!!」
悶絶する特殊警棒の男はそのまま放置して、次は拳銃を持つ男が銃口をこちらに向けながら叫ぶ。
あたしはフラフラと揺らぐ特殊警棒の男の影に入る。「っく」と流石に仲間を撃つことができない男が躊躇ったのを確認して特殊警棒の男を突き飛ばしてぶつける。
「のわぁ!」
抱き合う形となって二人は倒れこみ、その拍子で拳銃を持つ手が緩み、スタンガンの男とあたしの間を拳銃がすり抜けていく。
「えい!」
あたしが拳銃を奪取しに動いたと思ったスタンガンの男があたしよりも先に拾わんと飛び掛るようにして拳銃へと向かう。
男と女、ましてこの場合は大人と子供。どちらの機動力が上で、俊敏性が上だなんて誰が見ても明らかで、それを知った上であたしが拳銃を取りにいくメリットは一つもない。
だからあたしは、道を空けた。
「へへ、とった――あふん!!」
だから、自然とスタンガンの男の臀部、つまり最大の急所ががら空きになったところを思い切り蹴り上げた。
男は気持ちの悪い断末魔をあげた後、金魚の様にパクパクと二回口を動かして、倒れる。
あたしはゆっくりと男の脇を通り抜け、拳銃を拾い元の持ち主へと銃口を向ける。
「無理はぜずまた次回――ってこの場合じゃあ次回はないよねー。だから分の悪い賭けに出た訳だけど……いやー何とかなるもんだね」
立場が逆転した途端に饒舌になるあたしって嫌な奴だなあ。
「テメエ、やっぱり能力者だったのかよ……それとも風紀委員――」
「違うよ」
あたしは持っていた拳銃を遠く放り出して、少しニヒルを気取って笑ってみる。
そして息を吸って、吐いて、吐き捨てる。- 35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 20:38:51.99 ID:KuZFhMwD0
「江戸川コナン――探偵さ」
- 36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 20:56:14.24 ID:KuZFhMwD0
「佐天さん、何を言ってますの?」
「っは!」
盛大に妄想を繰り広げていたら、聞きなれた知り合いの声で意識を取り戻す。
そうだ、結局戦うこともしないで一か八かの大脱走を試みたらスタンガンの男に首筋に何かを当てられ――もしかしなくてもスタンガンだろうけど、気を失ったんだっけ。
って、アレ? スキルアウトは? 特殊警棒は? 拳銃は?
目の前にはツインテールの小さな白井さんしか居ないし。
「佐天さんに蛮行を仕掛けた連中ならあそこで伸びていますの」
白井さんが目を細めて顎で示した方向を見れば、先ほどの三人組がゴミのように積み上げられて気を失っていた。
ううん、流石だ。
「スキルアウトに絡まれた時点で初春に電話をかけていたのが功を制しましたの。あれがなければ発見できなかったでしょうし」
「いやー、あたしなんかが立ち向かっても返り討ちに遭うのが目に見えてましたし、初春の電話番号なら暗記してますしね」
そうだ。スキルアウトに声をかけられた時にポケットの携帯電話かた初春に電話をかけていた。
だからある程度、余裕を見せて――というより調子に乗っていたんだけど、撃たれたことで完全に気が動転していた。
「大丈夫ですの?」
「大丈夫ですよ」
正直言えばまだ膝が笑っているが、特にそれ以外は怪我もしてないし、確かに怖かったけれど、実際に被害に遭ったわけでもないしね。
むしろスキルアウト達の方が心配だ。白井さんに捕まった人間はトラウマを負うという噂もあるし。
「誰が言いましたの!? そんな噂!!」
「え? 初春から訊きましたけど」
ツインテールを逆立てて「うーいーはーるぅぅうううう!」と唸っている白井さん。ていうかあのツインテール動かせるんだ。
今度またがってチョッパーハンドルにしてみよう。
「今とても失礼なことを考えていませんでしたか?」
「気のせいですよ、気のせい」
この人は心を読めるんだろうか。
しかしそこはあたしの演技力でカバーする。
「嘘をつく人は同じ単語を二回繰り返すそうですわよ」
「そんなことないですよ、そんなこと」
「……素敵な演技力ですわね」- 37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 21:11:54.67 ID:KuZFhMwD0
とにかく、と白井さんは一度咳払いをして「あまり無闇に路地裏を徘徊しないでくださいまし」と真面目な表情になる。
「今回は運が良かっただけですから」
「そう、ですね」
確かに初春が電話に出れたことも、スキルアウト達が気がつかなかったのも、拳銃を使われなかったのも、全部運が良かっただけだ。
下手をしたら逃亡をした時に撃たれていたかも知れない。
そう思い出し、突然足の力が抜ける。
「さ、佐天さん?」
「いえ……急に怖くなっただけですから」
思い出す『死』のイメージと、純粋な殺意。
人の命をなんとも思わないような、そんな悪意を。
「大丈夫ですよ、もう少しで復活します――」
なんとか立ち上がろうとするあたしの頭を、白井さんが優しく撫でる。
身長差があるので今までそんなことはしてもらった事がないが、今あたしはしゃがみ込んでいるから出来るのだろう。
あたしは恥ずかしくなって何かを言おうとするが、言葉が出てこない。撫でられるのが嫌ならば手で払えばいいのだけれど、それも出来ない。
「怖かったら怖がっていいんですのよ。無理に明るく降るわ間なくても、ですわ」
「…………」
それは今まで訊いて来た白井さんの声とは違って、とても大人びた声。
悪漢に立ち向かう声でも、普段あたし達に向ける声でも、御坂さんを慕う声でもなく、優しく諭すような声。
同い年だというのに、この人はどうしてこうも強いんだろう。どうしてこんなにも優しいんだろう。
「……白井さん」
「なんですの」
「抱いてください」
手を離された。
「何で離すんですか!」
「自分の胸に聞きやがれですの!!」- 38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 21:26:35.33 ID:KuZFhMwD0
「自分はいっつも御坂さんに迫ってるくせにー」
「わたくしは純粋なる愛ですわ! お姉さまに対する混じりっ気なし純度百パーセントの愛ですわ!」
「あたしのは愛じゃないっていうんですの!?」
「まずはその口調を直すところから始めなさいな!!」
怒られた。そりゃそうか。
あたしは立ち上がって「んー」思い切り伸びをする。
「おっけいですの。佐天涙子完全復活ですの」
「突っ込む気も起きませんの……」
「え?突っ込むって白井さんはおんな」
「揚げてもない足を取るんじゃないですの……まあ、そこまで冗談が言えるならもう心配は要りませんわね」
「ええ、ご心配を掛けました」
あたしは頭を下げる。
「ありがとうございました」
「お礼を言う必要はありませんわ。風紀委員としての勤めを全うしただけですし」
「あはは、白井さんらしいですね」
いや、風紀委員の人なら同じ台詞を言うだろう。白井さんだけじゃなく固法先輩も、初春でさえも。
そういう人間だ、彼女達は。あるいは人種と言ってもいい。
自己犠牲、初志貫徹、正義を名乗り、正義の体現者。悪い者の敵で、人々の味方。
「では簡単な調書を……」とあたしの様子を伺って白井さんは訊く。
本当は支部まで行かなければいけないのだけれど、知り合いなのでここで済ますつもりなんだろう。
「どうしてこんな路地裏を歩いていましたの?」
「えーっと」
まさか金髪アロハのお兄さんに示唆されて宝探し感覚でうろついていたとは言えまい。- 39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 21:54:51.10 ID:KuZFhMwD0
「あー、単純に近道しようとしただけですよ。ほら、この道ってショッピングモールまでの近道でしょ?」
思いのほか適当な理由が出てきたので、そのまま伝える。
別に買い物する予定はなかったんだけれど。
「ああ、そういえばそうですわね。で、運悪く絡まれて、わたくしが駆けつけた、と」
「ええ。そうやって言うと運が良いのか悪いのか分かりませんねえ」
「そこは良いと受け取っておきましょう」
その後は事情聴取、というには簡素すぎる質問を数個されて白井さんの調書取りは終了した。
これでいいのか風紀委員、と突っ込みを入れようとしたが元はといえばあたしが出張ってきた原因なので何も言えなかった。
「では、わたくしはこの連中を警備員へ引き渡した後、途中だった警邏に戻りますので」
「すいません。仕事中に」
「いえいえ、これも立派な仕事ですから」
それだけを言うと白井さんはニッコリと微笑んで、目の前から消える。
空間移動。レベル4の大能力者である白井さんの能力で、彼女はスキルアウトの元へ移動して三人へ手を添えてまた消える。
「また仕事が終わり次第、連絡差し上げますわー」と既に彼方に居る白井さんはそう叫んで今度こそ消えていった。
「本当、凄い人だなあ」
純粋に、そう思う。嫉妬してしまうほど、思う。
はあ、と湧き出てくる感情に気がついてため息を吐く。駄目だ、こんな感情を友達に向けちゃあ。
こんな時に負の感情をどこかへ消せれたらなと思うけど、その発想が既に悪い方向だ。
「結局、得なんてないし」
得どころか、徳どころか損をした気分だ。まだ日も昇りきっていないこの時間から絡まれるなんて、さっそく占いの効果が現れている。
そんな伏線回収は誰も望んでいないというのに。- 40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/02(火) 22:02:13.89 ID:KuZFhMwD0
「気分転換に服でも見にいくかなー」
嘘から出た真、ではないがこの道がショッピングモールへの近道なのは間違いではない。
だからお金は三千円しかないけれど、冷やかしに服を見に行くのも悪くない暇つぶしだろう。見るだけだったら、タダだし。
「それじゃあ、れっつごー――あいたっ!!」
意気揚々と歩き出したあたしは、白井さんが回収し忘れた特殊警棒を踏みつけて転んでしまい頭を打ちつける。
なんで!? これじゃあ三文のそんじゃん!! と自分のドジさ加減を棚に上げて早起きに対して恨みを放つ。
「ううーいたい……あれ?」
コンクリートに直撃した頭を擦りながら立ち上がろうと上体を動かしたときに、あたしは室外機の下に何かを見つける。
「封筒?」
封筒だ。ごく一般的な。
あたしはそれを拾い上げてから立ち上がり、透かすように持ち上げて観察する。
宛名や住所は書かれていないし、切手が貼られているわけでもない。それどころか不自然に綺麗だ。普通、誰かが落としてこの場所に移動した場合、もっと劣化してボロボロのはず。
だけどこの封筒は意図的にここに置いたように綺麗で、だれも触った形跡がない。しかも、中身が入っている。
あたしは少し異常に感じつつも封筒の封を切り、中身を取り出す。
「これって――」
確認した中身は土御門さんの台詞を思い出させるのに十分な代物だった。
――中学一年生だろ?もしお小遣いが寂しいなら路地裏を歩くことをお勧めするぜい。せっかくの早起きだ。徳を積むだけじゃなく、得しようぜい。
はたして、封筒の中身はマネーカードだった。文字通りお金を入金して使う電子マネーカード。
中身が入っていれば、確かにお小遣いになる。現金でない限り、特に通報する必要性のないものだし。
でも、なんで土御門さんはこの事を知っていたんだろうか。彼がここに置いた? いや、あたしに発見させるつもりならわざわざここに置く必要はない。
そもそも直接渡せばいいだけの話だし、初対面の女子中学生にそこまでしてやる義理はないはず。
だったら、なんで――
無理やり納得すれば、土御門さんはここにマネーカードが置かれていることを知っていて、トレジャーハンティング感覚であたしに路地裏を歩けと言った、ということだけど。
普通は見つけられるはずもない。路地裏を歩けだなんて情報が不足しすぎている。
「あれ?」
そこでもう一つ、疑問が生じる。それはマネーカードには関係ないけれど、もっと不可解なもの。
「なんで土御門さんは、あたしが中学一年生だって知ってたんだろう」
上条さんのクラスメイトにも中学生だとしか言ってない気がする。
中学生だと見抜くは観察眼だが、学年まで言い当てるのは事前知識だ(精神感応系の能力者ではないとして)。
「うーん。謎だ」
今度上条さんのクラスメイトに会ったら土御門さんについて質問してみよう。
とりあえず、せっかくの臨時収入になるかもしれないんだから、このマネーカードを持って買い物に行こう。
心の中に残るモヤモヤを押し殺して、あたしは大通りまで戻り、ショッピングモールへ向かった。- 46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 18:56:06.74 ID:E1zmUszo0
- 1
「――ア――――、――!」
「も――。―――!!」
あたしの前で見たことも無い人が二人向かい合って怒鳴り声を上げている。
すぐ近くで訊いている筈なのに、なぜだか彼らの声は上手く聞き取れなくて、何に対して言い争いをしているのか分からない。
……彼? 彼女? あたしは目の前の二人が男だと思っていたが、どうも違う。というよりは真っ黒な影に隠れて性別など判別しようが無かった。
とにかく、二人を宥めないと。
そう思い立ち上がろうと、足に力を込める。そこであたしが倒れていたと初めて知る。
訳が分からない。自分の身体なのに、自分の身体じゃないような。現実のようで、そうじゃないような、そんな感覚。
「――!」
「―――――――!! ―――、――!!」
なおも声を荒げ続ける二人。もう止めてほしい。事情は分からないけれど他人が争っている姿は見たくは無い。
何とか立ち上がり、一歩踏み出す。あたしの身体は傷だらけで、制服は汚れ、ふらふらと視界が揺れる。
「やめて、ください……」
掠れた声で、潰れた喉で、なんとか言葉を吐き出す。
精一杯の誠意と、ありったけの悲しみを込めて、捻り出す。
でも、それでも二人は止まらない。
まるであたしの事なんて、居ないように。声なんて聞こえなかったように。
争いは続く。
目の前の二人を止められなくて、あの子の為に争う二人を止められなくて、悲しい。
あの子の力になれなくて、無力な自分に気がついて、何もできない自分が、悲しい。
って、あの子って誰だ? 二人が争う理由なんて、知らないはずなのに。
そこで、あたしの視界は真っ白に染まる。
「 、 。 」
誰かの声が、聞こえた気がした。 - 47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:15:46.06 ID:E1zmUszo0
- 2
「……夢オチ?」
目を開けた先に写ったのは何の変哲も無い自室の天井。そこでさっきまでの出来事が夢であると理解して、不可解さに首を傾げる。
手探りで目覚まし時計を手に取り、現在時刻を確認する。今日は予定があったのでアラームをセットしていた。
しかしそれが鳴る前に目を覚ましたので、どうやら今日も早起きをしてしまったようだった。アラームのセット時刻は午前八時だったので、今は七時位だろうか。
……十二時だった。当然、午後の。
「ぬっふぇぇ!!」
我ながら気持ちの悪い奇声を叫びながら、飛び起きる。なにが早起きだ、盛大に寝過ごしているじゃないか。
ていうか今の衝撃で完全に夢の内容を忘れてしまった。どうでもいいけど。
あたしは飛び起きた勢いそのまままずは洗面台へと駆け込み、身支度を進める。顔を洗い、歯を磨き、寝間着を脱ぎ捨て動きやすい私服をチョイスして着る。
髪を解かして、いつものヘアピンを留めて姿見鏡の前で一回転。よし、準備完了。
誰かに会うわけではないが、外に出る以上は最低限の身嗜みを整えなければいけない。
白井さんっぽく言えば淑女として当然の勤めですの、だ。しかし白井さんや御坂さんは休日といえども制服を着なければならないので、そこは淑女としてどうなのだろうか。
まあ、名門である常盤台中学の制服を着ていたほうが、あたしなんかの私服よりは清楚に見えるかもしれない。今日はジーンズだし。
準備が完了し玄関に出たところで忘れ物をしたことに気がつく。危ない危ない。せっかく昨日買い物から帰ってきて集めた情報を忘れるとは。
あれが無ければマネーカードの取得率が落ちてしまう。
「卑しいなぁ、あたし」
パソコンに向かってめぼしい情報だけをピックアップしながら携帯電話へとデータを送信していく自分を、どこか冷静に客観視してしまい苦笑いする。 - 48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:16:25.95 ID:E1zmUszo0
昨日。拾ったマネーカードに関して情報を探していたら、案外簡単に知りたい情報を手に入れることができた。
主な情報源はあたしの利用率トップ三に入るであろう『学園都市伝説』というサイト。
ようは噂話なんかをまとめている掲示板形式のサイトなんだけど、既に『落ちているマネーカード』というイマイチな語感のスレッドが立っていて、
勢いはぶっちぎりでサイト内のトップだった。
曰く、最近学園都市の至る所にマネーカードが入った封筒が隠されている。
曰く、最低額は五千円で、最高額は今のところ五万円の入金されているカードだった。
曰く、一人の女子高校生がばら撒いているらしい。
曰く、路地裏や広い空き地など、普段人が入らない死角に多く置かれている。
要約すると、こんな内容だった。
それ以外は何万円ゲットいただの、仲間を募っていますだのとどうでもいい雑談が多く、あまり参考にはならなかった。
一通り目を通した後、あたしは土御門さんがこの情報について話していたのだと理解し、一連の流れに納得することができた。
……学年を知っていたのは、忘れよう。気にしても仕方が無い。
とにかくあたしの今日の予定というのは、これだ。
トレジャーハンティング。
別に凶暴なキメラアントと戦う訳ではないし、インディ・ジョーンズみたいな冒険をする訳ではない。
ただ路地裏を歩き回って、マネーカードを探すだけ。我ながら現金だなあ、と思う。マネーカードだけに。
「初春は仕事だしなー」
昨日、一応予定を聞いてみたがどうやら風紀委員の仕事が入っているようで、じゃあ白井さんや御坂さんを誘おうと思ったけれど、きっと断られると思い一人で行くことにした。
だって、御坂さんたちは絶対お金に困ってないし。こないだ平然と二千円もするホットドック食べてたし。お嬢様だし。- 49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:17:00.24 ID:E1zmUszo0
「よし、かんりょー!」
パソコンのデータを携帯電話に写し終え(どの学区が一番落ちていたか、どの地区にどれだけ人が集中するか、スキルアウトが溜まる危険地帯とかの情報)たあたしは
パソコンの電源を落として椅子から立ち上がる。とりあえず転送したデータを確認しつつあたしの住む学生寮から一番近い『ポイント』へ向かうとしましょうか。
と、そこで携帯電話のデータ、つまり今まであたしが貯めてきた都市伝説関連の情報が目に入る。
その中でもある都市伝説――『落ちているマネーカード』の一つ前にある『幻想御手』というフォルダにあたしの目は止まる。
そして、ゆっくりとフォルダを開き“幻想御手”に関する情報を、一つ一つ吟味するように眺める。
これはあたしの憧れの象徴。
これはあたしの嫉妬の権化。
これはあたしの願望の記録。
能力者が羨ましくて、妬ましくて、必死になってかき集めた情報。
『能力のレベルが上がる』という都市伝説。それが“幻想御手”。
無能力者のあたしにとって喉から手が出るところか、何をしてでも手に入れたいアイテムはもう存在しない。
いや、正確に言えば“あたしの携帯電話にはデータとして残っているが、それはもう幻想御手として機能しない”だ。
七月のとある日、あたしは幻想御手を偶然手に入れた。でも何かが発生して結局は使うことは無かったんだけれど。
不思議なことにその何かというのは、覚えていない。まあ覚えていないということは大した事ではなかったんだろうけれど。
話を戻そう。- 50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:17:37.46 ID:E1zmUszo0
結局、あたしは幻想御手を使うことなく事件は解決した。幻想御手のシステムを一から説明すると長くなってしまうので割愛させてもらうが、簡単に言えば
“脳波を利用した演算装置”だったということで、レベルを上げる夢のアイテム、という代物ではなかったらしい。
その後遺症というか副作用で使用者はもれなく全員意識不明に陥ってしまったのだけれど、それを解決したのが御坂さんだった。
幻想御手を作成した科学者の制圧、更に幻想御手が暴走したAIM拡散力場の集合体を打倒して、めでたく意識不明者は全員回復した。
残念ながらあたしは何かしらの用事があったので現場には居合わせてはいなかったけれど、まあ御坂さんならやってのけるだろうとあまり驚かなかった。
だって彼女は学園都市のトップ。最強の超能力者の一人なんだから。
それで幻想御手に関するデータ――幻想御手そのものを含めて削除された。
ここまで話せば理解してもらえるとは思うけれど、あたしの持っている幻想御手はその削除対象から漏れた。
所持しているあたし自身が存在を忘れていたのだから、これはしょうがないと思う、風紀委員や警備員の人たちは責めれまい。
第一、幻想御手のシステム上、これは何の役にも立たない音楽データでしかない。脳波の元締めである科学者は捕まってるしね。
……あたしが拡散すれば少なからず効果は出るだろうけれど。
まあ、そんなことはしない。別に悪役になりたいわけでもないし、意識不明になってまで能力は使いたくない。
でも、未だにこのデータを消していないということは、未練があるということだろうか。
「…………」
ええい、らしくないぞ。あたし。
とりあえずこのデータはあたしの趣味ということで保存しておこう。それよりも今はトレジャーハンティングだ。
お金だ、お金。金は命より重いんだ。
そんな帝愛精神を繰り返しブツブツと唱えながらあたしは部屋を出る。
テレビの占いは、見ようとも思わなかった。- 51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:32:14.91 ID:E1zmUszo0
- ちょっと離席します。
- 52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:54:23.07 ID:E1zmUszo0
- 2
地を這う犬の気分とはこういうものなのだろうか。あたしは人の目も気にせず一心不乱に地面を見つめ、四つん這いになりながらも探る手は止めない。
もちろん、足も止めないし、思考も止めない。考えたら負けだ。羞恥心などもう無い。笑いたければ笑うがいい。それでも最後に笑うのはあたしだ。
もっとも探偵も真っ青なくらい、鑑識課の人間も裸足で逃げ出すくらいの勢いで地面を這うあたしを笑う人間などいなかった。
向けられるのは興味と哀れみの視線のみ。
……悲しくないよ?
とにかく、幸先の良いことに自宅を出てから一時間足らずで四枚の封筒を見つけた。中身はもちろん、マネーカード。
いやあ、警察犬のオーディションがあったら受かるんじゃないだろうか。
「うーん。この辺りにはもう無いか」
あたしは手や服についた砂埃を手で払う。あーあ、汚れちゃったな。
とりあえずこの辺りは探し終えたということにして次にいこう。
あたしが頭の中に叩き込んだマップを思い浮かべ、次なる場所へ向かおうとした時、背後から声がかかる。
「あのー、佐天……さん?」
「ん?」
振り向けば我らが学園都市の最高峰、白井さんが敬愛してやまないお姉さま、栗色の髪に常盤台の制服を着た御坂さんが立っていた。
若干、引きつった笑顔を浮かべながら。
「あ、御坂さん。お久しぶりです」 - 53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:54:55.78 ID:E1zmUszo0
チーッスと体育会系の挨拶をすると、御坂さんは引きつった目元を更に引きつらせて「ちぃす……」と返してくれた。
うーん。元気が無いなあ。何かあったのだろうか。例えば友人が目も当てられない奇行に走っていたとか。
「そうね……今まさにそんな感じだわ」
「あ!御坂さんもひょっとして宝探しですかー?」
御坂さんが何か言った気がするが無視する。
彼女は何か言いたげな、というか痛い子を見るような表情を一瞬だけ見せたが、溜息を吐いて流してくれる。
さすがレベル5。
「それって、マネーカードの……?」
「ええ」
あたしは満面の笑みを浮かべ、今日の戦果をポケットから取り出す。
「じゃーん! もう四枚も見つけちゃいましたー!」
「わ! 凄いじゃない!」
「そうなんですよー。どうやらあたしって金目のものに対して鼻が利くらしくって」- 54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 20:55:48.09 ID:E1zmUszo0
言いながらあたしは鼻を鳴らす。うん、やっぱりもうこの辺りには無いみたいだ。
当然比喩表現だけれど、御坂さんはまたもや引きつった笑みを見せながら「そ、そうなんだ……」と一歩引く。
引いたという表現じゃなく、物理的に一歩引いた。……さすがに悪ノリが過ぎたか。
「あ、そうだ」
そこであたしは思いつく。よく考えてみれば御坂さんと二人きりという状況はなかなか無かった。
仲が良いあたしたち四人組み(メンバーは言わずもがな)だけれど、どうしても御坂さんとだけは距離を感じてしまっている自分がいる。
それこそ一歩引いているというか、憧れや尊大の気持ちが大きくて懐に潜れないというか、とにかくそうなのだ。
つまりこうして偶然御坂さんと出会ったということは、彼女を誘ってマネーカード探しをしろという啓示なんだろう。
そうだ。きっとそうだ。そうと決まれば善は急げ、思い立ったが吉日。
「それじゃ、御坂さんも一緒にさがしましょーよ!」
「え、ええ?私はいいわよ――って佐天さん!!」
「はいはい、れっつごー! いやあ楽しみだなあ、いったいどれだけ見つかるかなあ」
何かを言おうとする御坂さんの腕を掴んで、あたしは次なるポイントへと向かう。
とりあえず、あそこに向かおう。もし無かったら移動すれば良いだけだし。
「人の話をきけぇぇえええええええええええ」
超能力者を振り回す無能力者。
その様子が我ながら面白かった。- 55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:18:51.83 ID:E1zmUszo0
- 3
「そういえば、昨日黒子に助けられたんですって?」
「ありゃ、やっぱり伝わってましたか」
「そりゃあルームメイトだしね……っと一枚発見」
「そう言えば、そうでしたね。本当に昨日は死ぬかと思いましたよぉ」
「だったら今日は大人しくしてたほうがよかったんじゃない……あ、もう一枚発見」
「あははー。やっぱり人間好奇心には勝てないってことですかね」
「せめて恐怖心は感じてよ……」
そんな会話を交わしながら、あたしたちは路地裏を、広場を、公園を散策する。
確かに昨日の今日で路地裏なんかを徘徊するあたしの神経の太さは異常かもしれないけれど、実際は御坂さんに会うまでは極力路地裏は避けていた。
スキルアウトが動いているという情報もサイトにはあったし、なるべく人通りの多い場所をチョイスしてマネーカードを探していたんだけれど。
「御坂さんが居れば、百人力ですからね」
「まあ、危なくなったら助けるけどさ」
なんと言っても今は最強のボディーガードが居るわけだし、存分に路地裏だろうがなんだろうが歩き回れる。
この人に勝てる人間なんてそうそう居ないだろう。 - 56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:19:51.62 ID:E1zmUszo0
「勝てるといえば御坂さん。御坂さんって他の超能力者さんと面識はあったりするんですか?」
「うーん……第五位は同じ学校だから知ってるけれど、それ以外はからっきしね」
質問と回答。そうしている間にもお互い物色する手は止めない。
「そうなんですか? てっきり超能力者は全員面識があると思ってましたよ」
「ないない。基本的に超能力者に関する情報は機密扱いだからね。私と第五位が例外なだけよ」
そうなんだ。意外といえば意外だが、確かに御坂さんと常盤台の女王様(白井さんが嫌味っぽく言っていた)以外の超能力者の話は聞かない。
しかし機密とは……いささか物騒な物言いだ。
「機密って、なんだか大仰な言い方ですね」
「案外そうでもないわよ」
「え?」
どこか冷たく言い放つ御坂さんに驚いてあたしは手を止めて御坂さんに振り返る。
「超能力者っていうのは言えば上等な実験対象だから」と御坂さんもあたしを見る。
向き合って、目を合わせて、少しだけ沈黙が流れる。
「例えば超能力者の序列がどんな基準で決まっているか知ってる?」
あたしは首を横に振る。
戦闘力の高さとかじゃないの?- 57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:20:27.71 ID:E1zmUszo0
「実験価値で決まるのよ。学園都市へもたらす利益の大きさ、と言ってもいいわ。これは噂程度だけど第七位は能力事態があやふやで、まず解明する段階だから
最下位に身を置いているらしい」
能力事態が未解析って、いったいどんな能力なんだろう。
「で、第三位である私。なんで私が第三位っていう高い位置に居るかというと能力の応用が他の超能力者と比べて格段に利くからよ」
「能力の、応用……?」
イマイチ、ピンと来ない。御坂さんの能力は“電撃使い”で何度かその能力は見たことがあるけれどその全てが攻撃に使われていたので、
彼女が第三位たる由縁は“他の発電能力者とは段違いの威力”を持つからだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「電を落とす、超電磁砲を放つ、それ以外にも砂鉄の操作、クラッキング、ハッキング、レーダー、それに条件さえ合えば飛行だってできる。もちろん、それ以外の
事も、ね」
「ほえー、やっぱり御坂さんは凄いんですねえー」
飛行て。いったいどうやるんだろうか。
「あ、ゴメン。なんか自慢みたいになっちゃったわね」
「いえいえ、純粋に関心してますよー」
掛け値なしで。若者風に言えばマジで。
本気と書いて、マジで。
「だから私は比較的高い第三位の位置に居るわけ。あと、これも噂だけど第二位はこの世に存在しない素粒子を生み出す能力だって聞いたことあるわ。簡単に言えば
未知の物質を作るってことらしいけど」
「なんだか、そこまでいくとオカルトですね」- 58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:21:09.19 ID:E1zmUszo0
未知の物質って。どれだけ常識が通用しないんだろうか、その人は。
確かにそんな能力だったら応用の幅どころではない。なんせ、何でもできてしまうんだから。
「じゃあ、その上の第一位は……」
「それさえも上回る能力って事でしょうねー。戦闘になっても勝てるか分からないわ」
「第二位さんの能力より上の能力なんて想像もできませんね」
全てをなかったことにする能力とか?
「ま、会うことすらないでしょうね。その人たちの事情は知らないけれど、今まで名前も聞かないような人間と、明日出会ったりするわけないもの」
「へえ……なんだか超能力者さんも、苦労してるんですね」
全く情報が出てこないということは、それだけ機密レベルが高いということで、それは暗に一般的な生活が送れていないということだろう。
学校へ行っていないならまだしも、普通に生活していて情報を隠し切るなんて不可能なんだから。
それも、学園都市に七人しか居ない超能力者ともなれば、特に。
彼らは、そんな現状をどう思うのだろうか。
そして目の前の彼女は、いったいどんな事を考えているのだろうか。
無能力者では決してたどり着くことのできない境地。
超能力者になってたどり着いてしまった窮地。
頂点故の、悩み。
「ははは、まあそうね。私のDNAマップを利用して軍用クローンが造られている、なんて噂もあるくらいだし」
「あ……御坂さんも知ってたんですか」- 59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:21:59.89 ID:E1zmUszo0
それは少し気まずい。都市伝説に対して興味を持ちやすいあたしは以前よりその噂については耳に入っていた。
『第三位、御坂美琴のDNAマップを参考に軍用クローンが作成されている』
当然、国際法で禁止されている人間のクローンを生み出しているだなんて眉唾もいいところだし、いくら学園都市でもそんなSFめいたことはしないだろうと思っていた。
でも噂とはいえ当事者である御坂さんにそのことを言うのは失礼だし、不謹慎だ。
だからなるべく触れないようにしていたんだけれど。
「その手の噂は幾らでも出てくるんだから、気にしなくてもいいのよ……って、あった」
苦笑いを浮かべながら御坂さんは手をひらひら振っていたが、足元の封筒に気がつき拾い上げる。
当然中身はマネーカード。
「って、御坂さん……さっきから御坂さんばかり拾ってますけど、能力使ってないでしょうね……」
さっきの説明でレーダーの真似事ができるとか言ってたし、ひょっとしたらその応用で探し当ててるんじゃないだろうか。
御坂さんと合流してからあたしは未だ拾えていない。ちなみに御坂さんは既にこの場所だけで二枚、違う場所で一枚づつ、計四枚拾ってあたしと並んでいる。
「さすがにマネーカードの位置までは把握してないわよ……あれ?」
パタパタとマネーカードの入った封筒を団扇代わりに扇いでいる御坂さんが、何かに気がついてその手を止める。
そしてじっと封筒の片隅を見つめ始めた。
「何かしら、このマーク」
言いながら御坂さんは今まで拾った封筒をポケットから取り出すと、同じように眺めだす。
御坂さんが何を見ているのか、何に気がついたのか分からないあたしは彼女に歩み寄って後ろから同じように封筒を眺める。
「何があるんですか?」
「いや、封筒のこの場所に変なマークが書いてあるのよ」
「マーク?」- 60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:22:41.80 ID:E1zmUszo0
言われて御坂さんと同じ場所をじっと見つめると、そこには確かに不可思議なマークが書き込まれていた。
円と直線を組み合わせた、英語でもロシア語でもない不思議な文字。近いといえばハングル文字が近いかもしれない。
でも、これはもっと違う文字だ。
「本当だ。なんでしょうね、この文字」
「文字? マークじゃなくて?」
「いや、なんとなく文字っぽいなーって思っただけで深い意味はないですよ」
騙し絵みたいなものだろう。ある人には壺に見える絵が、ある人には向き合った人の絵に見えるとか、そんな奴。
御坂さんにはマークに見えて、あたしには文字に見えた。それだけだ。
「どうもこの場所で拾った封筒には同じマーク……ああ、文字で統一しましょう。同じ文字が書かれて、違う場所で拾った二枚はそれぞれ違った文字が書かれてるわね」
「そのエリア毎に文字が変わってるってことですかね」
そう言われてあたしが拾った四枚も観察してみる。すると確かに同じような文字が書かれていた。
四枚、同じ場所に、同じ形で。
「これって、ばら撒いてる奴の暗号だったり?」と御坂さんが言う。
「うーん。でも昨日あたしが拾った封筒には書かれて無かったですけど……」
それだけは間違いが無い。穴が開くほど見つめた封筒にはこんな文字は無かったし、あのサイトにもそんな報告は上がっていなかった。
つまり、今日からこの文字は書かれたということになる。- 61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:23:52.18 ID:E1zmUszo0
「……佐天さんが文字って言ったから文字で考えていたけれど、これはルーン文字に近いっちゃ、近いのよね」
「ルーン、文字ですか?」
聞きなれない単語が御坂さんの口から飛び出す。
「1世紀頃に、ギリシャ文字やラテン文字、北イタリア文字などを参考に、ゲルマン語の発音体系に合うよう改変して成立したって推測されてる文字ね。
当初は日常的に使われていた文字だったけれどラテン文字が普及して、その古めかしい形から儀式や術式に好んで使われるようになった……だったかしらね」
「よくわかりません」
「少年漫画とかで現代の陰陽師的なキャラが技を使うときに、古い日本語を使って詠唱するでしょ? それと同じ」
「よくわかりました」
ていうか御坂さん少年漫画好きすぎ。
それにルーン文字とか女子中学生が知っているのが驚きだ。さすがレベル5。学力もトップクラスなのか。
「でも、それとは微妙に違うのよ」
「微妙に?」
「文字としての法則や、形自体はルーン文字なんだけれど、こんな文字は無いはず」- 62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:24:42.00 ID:E1zmUszo0
「じゃあ、新しいルーン文字ってことですかね?」
あたしの突拍子も無い質問に御坂さんは首を横に振る。
「よく分からないわ。そもそも既に使われることの無い文字を新しく開発する理由が無いもの――ただの落書きと考えたほうが自然だわ」
マネーカードをばら撒く愉快犯なら、それくらいするでしょ。と御坂さんはこれ以上は考察しないというように封筒をポケットにしまい、
やれやれと首を振って肩を竦める。
ただ、あたしはどうしてもこの文字が落書きだとは思うことができなかった。
暗号でもない、何かを伝える訳でもない。この文字が、ルーン文字を模したこの不可解な文字自体に意味があるような気がしてならなかった。
「ふう……佐天さん、ここにはもう無いようだし、次行きましょうか」
「あ、はい」
考察を止めないあたしに対して思うところがあるような溜息を吐いた後、御坂さんはポイントを移動するように促した。
なんだかんだ言って、御坂さんも乗ってきたようだ。
その事実にあたしは嬉しくなって――御坂さんと距離がすこし縮まった気がして考えを止める。
封筒をポケットに入れて、御坂さんの後を小走りでついて行く。
完全下校時間まではもう少し時間があるし、せめてあと二枚くらいは見つけたいところだ。- 63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/08/05(金) 22:26:33.55 ID:E1zmUszo0
この文字が御坂さんとあたしを途方も無い現実に引き寄せているだなんて、この時のあたしが気がつける筈が、なかった。
- 74 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/12(金) 19:30:24.56 ID:VyQ6W27Z0
- 4
「それじゃあ、また!」
「……え、ええ」
結局、目標である残り二枚には届かず、御坂さんが計六枚で、あたしが計五枚という結果に終わった。ちなみに、最後に拾ったカードには例の文字は書かれていない。
完全下校時間が近づいていることに気がついたあたしたちはここで切り上げて解散することなり、少し焦燥している御坂さんを路地裏においてあたしはその場を後にした。
夏だからいくらか陽は高いが、あまりうかうかはしていられない。最終下校時刻を過ぎてうろついていたら警備員に補導されてしまう。
路地裏なんて歩いていたらさらに、だ。
それに、昨日のようにスキルアウトに絡まれる可能性だってあるし。
「って、そうだ」
そこで唐突に思い出す。病院、上条さんのお見舞いに今日はまだ行っていないことを。
あたしはくるりと踵を返して病院へと向かうことにする。……宝探しに夢中になってお見舞いを忘れるなんて、我ながら失礼な話だ。
薄情、というよりは無情。
「当然バスはもう無いよねー」
携帯電話で運行状況を調べるまでも無く最終の便は出てしまっているだろう。
ここから病院までは結構距離があるし、お見舞いに行ってからだと自宅に帰るのはかなり遅くなってしまう。
……って、それが行かない理由にはならないか。
あたしは少し足早に路地裏を駆け、大通りへと抜ける。
夏休みだということもあってちらほらと人はいるが、やはり学生の街だけあってそこまで混雑しているという風ではない。
むしろ大学生やスキルアウト風の学生が多く、どうしたって中学生であるあたしは目立ってしまう。
そんな場違いな空気に気圧されたのか、いつの間にかあたしは徒歩ではなく走って病院に向かっていた。
夏独特の生ぬるい空気があたしの頬を撫で、同時に激しい運動により徐々に汗が滲んでくる。
そもそもあたしは今サンダルだ。とてもじゃないけれど走るための装備ではない。だけど忙しなく動く両足は止まってくれない。
まるで別の意思を持っているかのように。 - 75 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/12(金) 19:31:10.31 ID:VyQ6W27Z0
「はぁ……はぁ……と、到着ぅ……」
最終的にあたしは病院まで完走してしまった。
この時間は正面玄関が開放されていないので緊急外来用の入り口から院内へと入り、他の患者の迷惑を顧みることなく長椅子へとうつ伏せで寝転がる。
何人かの患者さんが「最近の若い子は……」だとか「子供がなんでこんな時間に」だとか言っているが気にしない。
しょうがないでしょ、疲れてるんだから。とゆとり教育全開の思考回路でそれを聞き流す。
いや、普段はこんなマナーを守らない人間じゃないよ?
そんな感じで長椅子をベッド代わりに使ってエアコンの偉大さを感じていると、唐突に声をかけられた。
「疲れてるっていうより、憑かれてるって感じだにゃー」
「そ、そうなんですよねー。最近自分でも奇行が多いって自覚し始めて――って、土御門さん!!」
息も絶え絶えに返事をしている最中にその独特の語尾に気がつき、硬いクッションの椅子から顔を起こすと金髪アロハの土御門さんが相変わらずの笑顔で立っていた。
うーん、昨日会ったばかりの人にこんなことを思うのは失礼かも知れないが、やっぱり胡散臭い。
そんな感想を抱きつつあたしは長椅子から身体を起こし、しっかりとした姿勢で座りなおす。
「人間、奇行に走るのはしかたないぜよ。というか他人の行動なんて殆どが理解し難いもんばっかだにゃー」
「なるほど、言い得て妙ですね。確かにあたしから見れば土御門さんの服装とか理解し難いどころか理解したくないですもん」
「汗だくで病院の長椅子を占拠した、ジーンズのポケットに溢れんばかりの封筒を押しこんでるお嬢さんには言われたくないにゃー」
……言い返せない。- 76 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/12(金) 19:31:41.27 ID:VyQ6W27Z0
軽快な悪口を言ったら何かしら焦ると思ったんだけれど、土御門さんはまるで気にしていない。
っていうか二回しか会った事の無い人に悪口を言うなんて失礼すぎるだろ、あたし。
「その様子だと随分と得したようだにゃー」
「ええ、おかげ様で。昨日はスキルアウトに殺されそうになりましたけど」
「ま、人生なんてそんなもんですたい。で、今日もカミやんのお見舞いかにゃー?」
さらっと言った嫌味でさえも流される。駄目だ、この人には勝てない。
「はい。不謹慎な話ですけどさっきまで忘れてまして……だから慌てて来たんですけど」
走ったおかげでかなり早い到着となった。まあ帰ったら夜というのは確定したままだけれど。
「土御門さんも上条さんの?」
昨日まで一度もお見舞いに来なかった土御門さんが、今日も居ることに若干の違和感を覚えたので訊いてみる。
十中八九そうだろうが、というより既にお見舞いを済ましている感じだが。
しかし、土御門さんは半笑いのまま首を横に振る。
「今回は違うにゃー。いや、ついでにカミやんの確認も済ませてきたけど、本当の目的は違う人間だぜい」
別の目的――素直にお見舞いと言えばいいのに土御門さんはどうしてかその言葉を使いたがらない。
とにかく彼は上条さんのお見舞いではなく、別の誰かのお見舞いに来たということだ。そのついでに上条さんのお見舞いも済ましたと。
知り合いが二人も入院していると知ったあたしはなんて言っていいのか分からず「へえ……そうですか」と曖昧に返事をすることしかできなかった。
なんというか、友達(あるいは身内)が二人も病院のお世話になっているというのは、その。
「可哀想」- 77 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/12(金) 19:33:26.30 ID:VyQ6W27Z0
「え?」
あたしの思考を先読みしたかのように、土御門さんは短く言い放つ。
「知り合いが二人も入院していて可哀想だなー、って思ったかにゃー?」
「そりゃ……まあ」
考えていたことを見透かしたように、見通しているかのように、土御門さんは言った。
「それは間違いだ」と。
「別に俺は可哀想でも不幸でもなんでもないにゃー。真に可哀想なのはカミやんともう一人の入院してる奴であって、健康な俺を気遣うなんてお門違いもいいとこだぜい」
むしろその発想こそ失礼だ、と金髪を揺らしながら、サングラスを中指で持ち上げながら、目の前の男は続ける。
いつもと同じ、ふざけた語尾に砕けた口調。でも、どこか信に迫るような言葉だった。
「そうです、ね」
他人は他人。自分の痛みではない。苦しみを知った顔をして同情を誘うなんて愚の骨頂。哀れみを向けるなんて問題外。
そう、言いたいのだろうか。
「まあ、一番可哀想なのはお嬢さんなんだけどにゃー」
「はい?」
またもや問題発言だ。これは聞き逃せない。
土御門さんはその真っ黒なサングラス越しにあたしを見つめ――睨んで、口を開く。
彼はもう、笑っていない。
「全て知っている筈なのに、何も知らないお嬢さん。これが可哀想じゃなかったらなにが可哀想なんだにゃー?」
「ど、どういう……」
混乱するあたしを余所に、土御門さんは出口へと向かって歩き出す。
いったい、あたしは何を知っていて、何を知らないのか。
それはあの日のことなのか。それとも別のことなのか。
土御門さんは――何でも知っていると言わんばかりに、全てを見透かしているような男は一度だけ振り向いて口を開く。
「そのうち、理解する」
彼はふざけた語尾を付けることなく、刺すような言葉をあたしに投げつけて今度こそ去っていった。- 81 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 01:53:05.17 ID:fIhT6GaJ0
- 「なんだったんだろう……」とあたしは長椅子から立ち上がり、じっと土御門さんが出て行った先を見つめる。
不可解で不可視で意味深で意味不明。そんな土御門さんの言葉はなぜだかあたしの頭の中でぐるぐると廻り、混乱を誘う。
いや、混乱と言うよりは怒りと言ったほうが正しいか。それも土御門さんへむける怒りではなく自分自身への苛立ち。
――あたしは、忘れている?
何かを。思い出せない出来事を忘れているのではないだろうか。
とにかくここに突っ立っていてもしょうがないので上条さんの病室へと向かうことにしよう。
その間に、思い返せばいい。そして苛立つ理由も、考えればいい。
あの日。七月二十八日。
“あたしは運送中の大型トラックに轢かれそうになったところを、偶然通りかかった上条さんに助けられた。”
別に自殺しようだとか、運転手が寝ていたとか、誰かに背中を押されたとかそんな理由ではなく、単純にあたしの注意不足で轢かれかけた。
フラフラと道路に出てしまったあたしを上条さんが突き飛ばし、歩道へと転がったあたしがみたのはトラックのバンパーに掠められ激しく転ぶ上条さんの姿。
血が流れ、倒れ付す上条さん。大声で「大丈夫か!」と叫び続ける運転手。そしてそれを眺めることしかできなかったあたし。
全てが不透明で、白黒で、フィクションのように流れる光景を見ながら、あたしの意識はそこで途切れた。
意識が回復したのは病院のベッドの上で、初春や白井さん、御坂さんが心配してあたしが目覚めるのを待っていた。
その時に上条さんの名前を知り、御坂さんとも知り合いだとも教えられた。
同時に、あたしを助けたせいで意識不明になってしまったと言うことも。
感謝、悲しみ、憤り、色々な感情が入り乱れながらも“罪悪感”が一番多く募ったあたしは、それから毎日こうやってお見舞いに来ている。
どれだけ頭を下げただろう。どれだけ涙を流しただろう。
上条さんに、クラスメイトに、親さんに、先生に、あたしは謝り続けた。
だってあたしが居なければ、上条さんは今だって夏休みを謳歌しているはずで。
あたしが道路に出なければ、上条さんは今だって笑って過ごしているはずで。
それを奪い去ったあたしの罪は、重い。 - 82 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 01:53:33.95 ID:fIhT6GaJ0
だけど、土御門さんの言葉を信じるならあたしは何かを忘れている。
実際に上条さんに関する事をあたしは忘れがちだ。だからきっとあの言葉も真実なのだろう。
それに、あの人はいい加減で胡散臭いけれど嘘を言っているようには思えなかった。
だからこそ、あたしはあたし自身に怒っているのか。彼に感じている恩や罪悪感はその程度なのかと。
彼の身よりも、自分のことだけを考えているあたしに対して、苛立っているのだろう。
「……サイテーだよね」
『上条当麻』と書かれたプレートが無機質で無愛想な扉に掲げられているのをじっと眺めながら呟く。
もうこの文字を見るのですら苦しくなる。辛気臭くならないように上条さんの前では明るく振舞うように心がけていても、駄目だ。
今日ばかりは、初日と同じように泣いてしまうかもしれない。
「どうしたんだい? こんなところで泣いて?」
言われて、あたしが既に泣いていることに気が付き、慌てて涙を拭おうと目を擦るが左頬にだけ冷たい雫が伝う。
振り返った先には蛙のような顔をした白衣に身を包む中年男性がバツの悪そうな表情で立っていた。恐らくさっきの声の主はこの人なんだろう。
「いやあ、ちょっと感傷的になっちゃいまして……ほら、今って夏でしょう?」
「夏に感傷的になるのは分かるけどね? かといってこんな所で泣かれたら僕も困惑してしまうよ?」
「それもそうですね……あははー、ゴメンナサイっ」
蛙顔の中年――つまりは上条さんの担当医さんなんだけれど、あたしはその人に向かって頭を勢い良く下げる。
泣かれたところを見られた恥ずかしさと、下手糞な言い訳をした申し訳なさであたしの心は挫けそうだった。
これまで何度か話したことはあるが、この人神出鬼没すぎる。まあ院内だから当たり前だけれど。- 83 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 01:54:12.53 ID:fIhT6GaJ0
「謝ることじゃないよ? それより、今日もお見舞いに来たのかい?」
「あ、はい」
「毎日ありがたいね? 前にも話したと思うけれど、この少年は外傷も脳に大きな異常もないんだよ? 少し医者らしくない発言だと思うけど、後は彼の気持ち一つなんだね?
そしてこういったケースの患者には他人からの呼びかけが一番効果的だから、無理じゃなかったらこれからも来てくれると助かるよ?」
「勿論です。毎日何があってもここには来るつもりなので」
「それは嬉しい発言だね? 本当にこの少年は恵まれてるよ? 老若男女関係無しにお見舞いにやってくるんだからね?」
「本当に、凄い人ですね……」
上条さんのお見舞いに来るようになって驚いたことの一つだ。“上条さんに助けられた”という人たちが何人もやって来ているのをあたしは見ている。
それはクラスメイトや、同じ学校に通う生徒だけでなく科学者らしき男性や、可愛らしい子供の姿もあった。
当然、彼等から見ればあたしも漏れなくその中の一人、ということになるのだろうけれど。
「小学生、中学生、高校生、大学生、科学者、警備員、神父……様々な人間が来るが、それでも皆勤賞は君だけだからね?」
「そりゃあ、あたしが原因ですし……」
皆勤賞で、当たり前だ。それくらいはしなければ、あたしの心は壊れてしまう。
あるいは、お見舞いに来ることによってあたしは心を保っているのかもしれないけれど。
「……よくないね?」
「なにがですか?」
「その気持ちが、だよ?」
蛙顔の医師の突然の言葉にあたしは首を傾げる。- 84 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 01:54:54.09 ID:fIhT6GaJ0
「知ってのとおり病院という空間は陰鬱な空気が流れやすいんだね? それは無理も無いことなんだけれど、だからと言ってそれだけじゃないんだよ?
新しい命が生まれることもあれば、文字通り絶体絶命の状態から生還することもある……というか僕は絶対生きて帰してみせるんだけれど、とにかく
マイナスだらけじゃないんだよ? 入院患者にはそんな小さな出来事一つ一つが気持ちの支えになるんだ。だからお見舞いに来る人間もできるだけ
明るい気持ち出来て欲しい。それが何より患者の特効薬なんだからね?」
「明るい気持ち、ですか」
振舞うだけでなく、心の底からそう思ってお見舞いをして欲しいと、目の前の医師はそう言っているんだろう。
それは患者にとってだけでなく、あたしにとっても良い事だと。
励まして、くれているのだろうか。
「それじゃ、邪魔したね? とは言えそろそろ面会謝絶時間だよ? 完全下校時間も近づいているし急いだほうがいいね?」
「あ! もうこんな時間!! 有り難うございました!」
医師に促されて時刻を確認すると、確かにゆっくりしていられない時間だった。
あたしはドタバタと病室に入ると扉の向こうから「院内では静かにね?」という優しい注意が聞こえて来たので、黙って頷いた。- 85 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 01:55:53.12 ID:fIhT6GaJ0
流石に、この時間では他の見舞い客は居なくあたし一人だけだった。
死んでしまったように眠り続ける上条さんと、それを否定するための心電図の無骨な機械だけがスペースを取る病室。
あたしは最早お馴染みとなったパイプ椅子に腰掛けると上条さんの寝顔を眺める。
傷一つ無い、綺麗な顔。
眠っているだけと言われれば信じてしまうほど、目立った外傷はない。
「今日は、御坂さんと宝探しに行ってたんですよ」
なんとなく、今日一日を振り返るように上条さんへ語りかける。
返事がないと知っていても。声が聞けないと分かっていても。
「それで、また土御門さんに変なこと言われちゃいました」
それでも、なぜだか会話をしているような錯覚をしてしまう。
一度も声を聞いたことがないのに。
「正直落ち込んじゃいましたけど、お医者さんとお喋りして復活しました!」
上条さんの声は、自然とイメージが出来る。
今にも喋りだしそうな彼の寝顔を見ながら、あたしは語りかける。
「あの日のこと、何か忘れてしまっていることがあったら必ず思い出します。それでしっかりと気持ちの整理をつけます」
中途半端な、自分の為のお見舞いはもうしない。
「だから、皆勤賞はここでストップです」
なにかが解決したら、そうでなくともなにかが解消したら、またお見舞いに来よう。
その間に目を覚ましてくれたら、それはそれでいい。その時は全力で謝ろう。
謝って、謝って、謝って、謝って――感謝しよう。
精一杯のごめんなさいと、胸一杯のありがとうを伝えよう。- 86 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 01:56:23.69 ID:fIhT6GaJ0
「それじゃ、行きますね」
来ることのない返事を待たず、あたしは病室を後にしようと立ち上がりドアノブへ手を伸ばす。
『頑張れよ』
そんな上条さんの声が、聴こえた気がした。
- 95 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 19:33:37.44 ID:FZhq04bR0
- 5
時間は最後のお見舞いから六日が経過した八月十六日。あたしは今日もあの日の出来事について調べるために歩き回っている。
結果から言えば、収穫はゼロに等しかった。
十一日に初春へ頼み込んでネットに残る情報を洗いざらい調べてもらったが、こちらも成果なし。情報処理能力が長けている初春がお手上げなら、あたしが何をしても意味がない。
「ごめんなさい、佐天さん」と少し涙目ながらに謝罪する初春に対してあたしは「謝ることなんてないよ、ありがとう初春」と言いつつスカートを捲り上げた。
水色の縞模様だった。うむ、思い返しても感動を覚えるほどの光景だ。我ながら恐ろしいほどスカートを捲るスキルが上達している。
風紀委員第一七七支部での出来事だったので当たり前だけど、固法先輩に思い切り怒られた。反省。
捜査の基本は足、ということでその日からこうして地道に歩き回って聞き込みをしているのだけれど、誰も事故の情報を持っていない。
ありきたりな交通事故だというのが原因だろうか。半月以上経過した今、誰も死んでいない交通事故のことなど覚えていないのだろう。
白井さんや初春は、その場に居なかったから分からないの一点張りで何も知らないようだし、御坂さんに関して言えば連絡すら取れない。
携帯電話のコールはするのだが、一向に出てくれる気配がないので、ひょっとして以前の宝探しで無理やり連れ回したから怒っているのかも。
ま、単に忙しいだけでしょ。なんたってレベル5で常盤台のお嬢様なんだから。
「それより……」
暑い。
暦の上ではとっくに秋なんだけれど、猛暑日だ。温度計を見るまでもなく、確信できる。
それほどまでに今日は暑い。それはもうアイスの様に溶けてしまいそうなほど……ってアイス屋さん!!
うな垂れながら歩くあたしの目に飛び込んできたのは、公園に停まる改装して移動型アイス販売屋となったワンボックスカーだった。
この暑さだからか結構な人数が並んでいる。あたしはそれを確認すると同時に列の最後尾に並んだ。
食べるしかないでしょう。これは。
まさに僥倖……。圧倒的僥倖っ……!
徐々に顎が尖りだしそうになるのを抑えつつ、順番が回ってくるのを大人しく待つあたし。
ちょうどピークを過ぎたのだろうか、あたしの後ろには小学六年生くらいの小柄なパーカー少女が並んだだけでそれ以上人が増えそうにはなかった。
徐々に進んでいく列と、アイス片手に幸せそうな表情を浮かべる人々。そしてそれを恨めしそうに見つめる未だアイスを買えていないあたしとパーカー少女。 - 96 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 19:34:12.39 ID:FZhq04bR0
それにしてもこの真夏にパーカーって暑くないのだろうか?ノースリーブで薄い生地とはいえフードを被る理由が分からない。
なにかファッションにこだわりでもあるのだろう。別にいちいち聞くことでも気にかけることでもない。
ましてや「なんでフード被ってんねん!」とエセ関西弁で突っ込むことなど、する訳がない。
「うぅ……超暑いです……」
「なんでフード被ってんねん!」
突っ込んだ。突っ込んでしまった。
芸人育成学校の教科書に載っていそうなくらい綺麗な角度で繰り出した右平手の甲はパーカー少女の未発達な胸に当たり、場に静寂と困惑をもたらした。
あたしに向けられる好奇の目線、静寂を破るどよめき。そしてパーカー少女の絶対零度の視線。
土御門さんが言う人間の本質なんかではなく、これは間違いなく奇行だった。
佐天涙子。中学一年生にして死を迎えることになる(社会的な意味で)。
昨日のマネーカード捜索の時点で社会的に死んでいるとかいう突っ込みはなしで。
「列、超前に進んでますよ」
「え? ああ! ごめんなさいっ!!」
冷静な口調で言うパーカー少女(少しは乗っかってきてほしかった)に謝りつつもあたしは前に進む。
周りのギャラリーも熱が冷めたのか(あるいはそういった人間だと割り切ったのか)徐々に散っていき、気がつけばあたしが購入する番になっていた。
「お! さっきの突っ込みお嬢ちゃんじゃねえか!」
「最新の黒歴史を掘り返さないでください」
大柄なアイス屋の店主が豪快に笑いながらあたしの傷口を弄る。
仮にも接客業なんだからもっとこう、ちゃんとしてほしい。切実に。
「悪い悪い、あまりにも綺麗な突込みだったからよ……で、ご注文は?」
「うーん嬉しいような悲しいような……じゃあ、このチョコミントを」
『人気ナンバー1!』と銘打たれていたチョコミントをチョイスする。確かに夏にはピッタリだね。
あのひんやりとした爽快感は堪らない。- 97 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 19:35:18.42 ID:FZhq04bR0
「お嬢ちゃん運がいいなぁ。ほら、最後の一個だ。三百円」
「はーい」
三百円というやはり出店的値段設定に若干の憤りを感じつつ、マネーカードの件で得た臨時収入があるので気兼ねなく支払いを済ます。
臨時収入の偉大さに感激しつつ、列から離れ大きく口を開けてチョコミントを食そうとした瞬間「にぎゃああぁあぁぁぁあああああああ!!」という絶叫が聞こえた。
あたしはチョコミントに運んだ口を戻し、絶叫がした方をみる。そこには例のパーカー少女が倒れ付して死んでいた。
つまり、あの絶叫は絶叫でなく断末魔だったということになる。
一体彼女の身に何が起きたのか、誰が彼女を殺したのか。今のあたしには知る由もなかった。
「第三部、完――」
「なんで超勝手に終わらそうとしてるんですか!」
「わっ! 生き返った!!」
「元から超死んでません!!」
ウガーっと立ち上がりあたしに食って掛かるパーカー少女は本当にあたしを食べてしまいそうな勢いだった。
というか、なんでこんなに怒ってるんだろうか? 突っ込みか? 突っ込みが駄目だったのか?
「違います! 私が狙っていたチョコミントが品切れになったから超打ちひしがれただけです!!」
「あー」
なるほど。このパーカー少女はあたしが買ったチョコミント目当てに列に並んでいたのか。
だから最後の一つを購入したあたしに対して筋違いな怒りを抱いているのだろうけれど、それはいくらなんでも理不尽すぎる。
まああたしも鬼ではない。健全な女子中学生だ。目の前の小学生相手に「これはあたしのでーす」とか言って自慢するのも酷過ぎる。
「お嬢ちゃん、このアイスが欲しいの?」
言いながらパーカー少女と同じ目線になるようにしゃがみ込んで、そっとアイスを差し出す。
子供を相手にするときはこちらが目線を下げてやらなくてはいけない。鉄則中の鉄則だ。だてに弟の世話をしてきたあたしではない。
ほら、みるみる内に表情が明るくなっていく。
ふふ、子供は本当に可愛いなぁ。
「はい! 超欲しいです!!」
子供は純粋で、多感だ。
しかし、その感じるものは圧倒的にプラスのものが多い。例えば好意と悪意を同時に出されたら好意しか受け取らない。
自分に都合の悪い悪意は完全に遮断してしまうのだ。- 98 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 19:35:47.36 ID:FZhq04bR0
「だが断る」
まさしく、目の前のパーカー少女がそうだった。
アイスをくれるという好意だけを受け取り、その裏にある悪意を拒否した。いや、見て見ぬふりをしたと言ったほうが正しいか。
幸から不幸へ、パーカー少女は叩き落される。他の誰の手でもなく、紛れもなくあたしの手によって。
またもあたしに向けられる冷ややかな目線。だけど、それがどうした? 社会的立場など既に死んでいる。
ならばあたしができる事は目の前の少女に社会の厳しさと現実のどうしようもなさを教えることしかないだろう。
いつか彼女もあたしに感謝するだろう。そして理解してくれるだろう。
これは――仕方がないことなんだと。
「あむっ!」
「ああ! 何するのよ!!」
迂闊にも差出たままだったチョコミントをあろうことかパーカー少女はそのままかぶりついた。
それもコーンの部分だけを残して。アイスだけを一口で掻っ攫うという離れ業をやってのけやがった。
「にゃにをしゅるにょはふぉっひをふぉうへりふへふ」
「かーわーいーいー!! ……じゃなくて、それあたしのアイス!!」
危ない危ない。リスの様に口いっぱいにアイスを頬張りながら喋るパーカー少女にときめいてしまう所だった。
しかし躊躇いゼロで食らいついてきたぞ、この子。反射的に手を引かなければ間違いなく右手も持っていかれていたに違いない。
パーカー少女はモキュモキュと口を動かして、大きく喉を鳴らしてアイスを飲み込んでから光悦の表情を浮かべる。
「……ミントの超爽やかな余韻と、チョコチップの甘美な味わいが超たまりません。店主、超ぐっじょぶです」
「おう! ちっこいお嬢ちゃんも最っ高な食いっぷりだったぜ!」
パーカー少女と店主はお互いに親指を立て向け合う。アイスを愛するもの同士のシンパシーというのかなんというか、なにか通じるところがあるのかも。
ていうかアイスに食いっぷりを求めちゃ駄目じゃないの? 定食じゃないんだからさ。- 99 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 19:36:17.63 ID:FZhq04bR0
「お嬢ちゃん、感想より先にあたしに言うことがあるんじゃないのかな?」
あくまで笑顔で、優しい口調で話しかける。
口元がさっきから痙攣しているが、気のせいだろう。
まあ、一言謝ってくれれば許そう。それでアイスを買いなおしてくれれば水に流してやらんでもない。
「……ありがとう?」
お礼を言われた。
「違う! あたしは謝罪を要求する!! いくら小学生でもゴメンナサイが言えないようじゃ駄目だぞ!」
「小学生!? さっきからアナタは私のことを超子供扱いしてるみたいですけど、あなただって子供でしょう!!」
「確かに、中学生だって子供だよ! でも小学生よりは大人なんだから!!」
「ハンっ! 中学生なら同い年――下手したら年下かもしれないじゃないですか!! 私、これでも学校に通っていたら超中学生なんですよ!!」
「マジで!?」
それは衝撃!だってどう見ても小学生じゃん!!
驚きだ!- 100 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 19:36:51.78 ID:FZhq04bR0
「おーけい。君が中学生だということは百歩譲って信じましょう。でも、だからってあたしのチョコミント(享年三分)を食べていい理由にはならない」
「理由なら超ありますよ。アナタ、私を馬鹿にしました」
「あれはあなたのことを思ってした事で――」
「これ見よがしにアイスをチラつかせ、あげるような雰囲気を出した挙句『だが断る』と言って超自慢しただけじゃないですか」
「っぐ……」
「それにいきなり胸を撫でてきた超変態ですし」
「っが……」
「そんな変態に食べさせるアイスこそありません。超皆無です!!」
「ごっ、がぁぁぁぁぁあああああああああああああああ」
ノーバウンドで体が三メートルほど吹き飛んだような衝撃を受けて、あたしは地面に膝をつく。
やるじゃない。この自称中学生少女。
でも、あたしはこんなところで倒れている場合じゃない。死んでしまった彼(アイス)の為にも、自分の為にも、そしてなにより目の前の少女を救ってやらなければならない。
だから、あたしは立ち上がる。
大切な幻想を守るため。- 101 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/13(土) 19:37:38.59 ID:FZhq04bR0
「盛り上がってるとこ悪いんだが、喧嘩は止めようや」
と、臨戦態勢をとるあたしを制止したのはアイス屋の店主。
どこかバツの悪そうな表情を浮かべながら、ゴソゴソとアイスが入っているケースを漁っている。
「ほら、おっきい嬢ちゃん。食べな」
そう言って差し出されたのは、はたしてアイスだった。
チョコミントではないが、爽やかな青色をしたブルーハワイのアイス。
「とりあえず冷たいモン食って頭冷やしなよ」
「あ、ありがとうございます。おいくらですか?」
正直な話、店主に声をかけられた時点であたしの頭は冷え切ってしまい、恥ずかしさだけが残っているのだが、とりあえずアイスを受け取り財布を取り出そうとする。
「いいよ。今日は目標売り上げ超えたからな、サービスだよサービス」
「いいんですか!?」
「ああ。昨日も同じように喧嘩していた双子にアイスをサービスしてやったんだ。まさか同じような光景を見るとはなぁ……」
「じゃあ、私も超欲しいです!!」
「さっきあたしのチョコミント食べたでしょ!?」
「超別腹って奴ですよ」
無理を言う(我が儘とも言う)パーカー少女に一度面食らった店主だったが、快くチョコチップのアイスを削り彼女に手渡した。
そして「仲良くしろよー」という言葉を残して店じまいをし、そのまま車で走り去っていった。
残されたあたし達は、とりあえずアイスが溶ける前に食べてしまおうとなぜか同じベンチに座って舌を出していた。
相変わらず、日差しが眩しい。
- 112 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:13:17.45 ID:O5YG9Bif0
公園のベンチに二人で腰掛ける。心なしか間が開いているけれど、初対面同士なら仕方が無いだろう。
あたしの手にはブルーハワイ、彼女の手にはチョコミント。木陰に入っているとはいえ真夏日なので少しづつアイスは溶けていく。
チロリとあたしは舌で舐め取って、ペロリと彼女も小さな舌を出す。
「あの、さっきはごめんね」
「いえ、私も超感情的になってました」
少しだけアイスが小さくなったところであたし達はなし崩し的に和解した。
さっきまでのあたしは一体なんだったんだろうか。やっぱり夏の暑さのせいでおかしかったんだろう。
あたしも、彼女も。
「うーん、ブルーハワイも中々おいしいなぁ」
「こっちのチョコチップも超美味しいですよ」
そう言って、自然とお互いのアイスを交換し一口づつ舐める。
さっきまでの爽やかなブルーハワイとは違った、チョコとバニラの甘みが口一杯に広がる。
うん、やっぱりチョコチップは王道だね。
「いやー、冷たくて美味しいものを食べたら超落ち着きました」
「はやっ!? さっきまで同じくらいだったよね!?」
「溶ける前に味わうのが超乙ってモンですよ」
「……お腹壊しそう」
チョコミントの件でも思ったけど、アイスは一口で食べられるモノなんだ。舐めるものじゃないんだ。
「そうそう、折角だし自己紹介でもしようよ!」
アイスの新しい可能性に感動しつつ、なにが『折角』なのか自分で言っておいて理解できないまま、パーカー少女に向き合う。
社交性は高いつもりなので特にこういったことに抵抗はない。ま、そんなに深い考えは無いし、この奇妙な縁を繋いで起きたいだけだけど。- 113 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:13:46.31 ID:O5YG9Bif0
「自己紹介ですか……」
しかしパーカー少女はアイスの乗っていないワッフル生地のコーンをゆらゆらと揺らしながら少し不快そうな表情を浮かべる。
ただの自己紹介なのに、そんなに嫌なのかな? 珍しい苗字だったり名前なのかもしれないけれど、ここ学園都市ではよく居る。
あたしの名前も珍しいと思うし。
「いえ、別に名前に超コンプレックスがある訳じゃないんですけど……ま、いいでしょう」
『名前ぐらいなら』と何か一人で納得しつつコーンをバリバリと口の中へ放り込んでから彼女もあたしに向き直る。
そして飲み込んだ後に「では……」と少し大げさに咳払いをしてから口を開く。
「私の苗字は絹旗です。繊維の絹に超フラッグの旗で絹旗。名前は最も愛すと書いて――」
「モアイ?」
「“さいあい”です! 私の大事な名前を馬鹿にしないでください!!」
怒られた。
絹旗最愛――確かに珍しい苗字だし名前だ。
モアイを超スピードで否定したのを見るに、絹旗ちゃんは今までにも言われてきたのだろうか。
それにしても最愛とは、ロマンチックな名前だなあ。
「――絹旗ちゃん……って呼んでもいいのかな?」
「余りそう呼ばれることに慣れては居ないですけど、超構いませんよ」
「じゃあよろしくね、絹旗ちゃん。あたしの名前は佐天涙子。補佐の佐に天の川の天で佐天。名前は涙の子で涙子だよ」
「涙子、ですか……なんだか超カッコいいです」
「そりゃどうも」
涙子のどこが格好いいのか分からないが、とりあえず頷いておく。名前を褒められるのはなんだかむず痒い。
とにかくパーカー少女改め絹旗ちゃんとの自己紹介を終え、ついでにアイスも食べ終えたあたし達は何をするでもなくベンチに座り続けている。
暑いのは暑いんだけど、少し風が出てきたし日陰になるこの場所は中々快適なのでもう少し休憩していよう。
隣を見ると絹旗ちゃんも同じようにどこか一点を見つめたまま、動こうとしない。- 114 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:14:40.15 ID:O5YG9Bif0
「そういえば」
なんとなく、口にしてみる。
「さっき通っていれば中学生っていってたけど、学生じゃないの?」
「在籍はしてるんですけど……超通ってませんから」
「え? だって中学校は義務教育なんだか――」
と言いかけて、それは触れてはいけない話だったと絹旗ちゃんの表情から感じ取る。
物思いに耽るでも、悲しい顔でもない。ただ、呆れていると言う表情。彼女はやれやれと言ったように首を横に振り、口を開いた。
「そんなもの、関係ありませんよ」
「――っ」
どこか冷めて、皮肉めいた自嘲的な言葉にあたしは身構える。
「少しばかり特殊で稀少で貴重な能力を発現させられたら、研究所に超缶詰されるのは別に珍しいことじゃありませんよ?」
まあ私の場合はさらに特殊ですが、と絹旗ちゃんは続けて溜め息を吐く。
あたしの背中を、汗が伝う。
暑さのせいでは、ない。目の前の小柄な少女から発せられる言葉が、雰囲気が、なぜだかあたしの心を締め付ける。
何があれば――いや、何があったら同年代の彼女がここまで冷めた言葉を発せられるのだろうか。
一体、何を経験したら……ここまで“諦められる”のだろうか。
「ま、それもまた超青春。ってやつですよ」
「そうなの、かな?」
少なくとも――絹旗ちゃんの顔を見る限りそうとは思えない。学校も通えないほどの時間を別のところに割いて、果たしてそれは青春と呼べるのだろうか。
友達とも遊べないような、そんな時間が――楽しいと、言えるのか。- 115 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:16:03.59 ID:O5YG9Bif0
「絹旗ちゃん。ちょっと携帯電話貸してもらっていい?」
「っむ、いきなりなんですか?」
「いいからいいから」
少しだけ唇を尖らせた絹旗ちゃんだったけど左右のポケットに手を入れて携帯電話を取り出した。
だけど、それは一台だけじゃなく、二台。
「二台持ち?」
「ええ。でも最近じゃ超珍しくもないでしょう?」
「ま、そうだけどさ」
二台の内、一台をあたしに差し出す絹旗ちゃん。あたしはそれを受け取って自分の携帯電話を取り出して赤外線通信で番号とアドレスを交換して、返却した。
絹旗ちゃんのアドレスは初期設定のまま意味不明な英数字が羅列されている。
「これでまた会えるね」
あたしが笑いながらそう言うと絹旗ちゃんは「そう、ですね」と頷き、携帯電話をポケットの中にに入れた。
「……能力」
「え?」
少しばかりの沈黙の後、絹旗ちゃんが唐突に口を開いた。それからじっとあたしの目を見つめ真剣な、何か思いつめる表情で続ける。
「涙子は、能力者なんですか?」
それは、一番聞かれたくない質問だった。
当然、絹旗ちゃんはあたしが無能力者だということを知らないし、学園都市で始めての人間と会話する時には必ず出る質問なのでしょうがないと言えばしょうがないことで、
それは絹旗ちゃんを責める理由にはならないし、そもそも責める理由はない。
あたしが勝手に傷ついて、落ち込むだけなんだから。
「……んにゃ、無能力者だよ」
できるだけ、笑顔で。できるだけ明るく、そう言った。
言えた、はずだ。- 116 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:17:01.38 ID:O5YG9Bif0
「能力を持ってる子も、同じでしょう」
「違います」
そこで、絹旗ちゃんは口癖であろう『超』は、言わなかった。
「よく考えてもみてください。能力があって何になるんですか?大昔ならともかく今は超能力なんてなくても生きていけます」
火をおこすならライターがあり、電気が欲しければコンセントから引っ張ってこればいい。
水が使いたければ蛇口を捻れば出てくるし、風を感じたければ扇風機でも回せばいい。
彼女はそう言いたいのだろうか。
だけど、あたしはそう思えない。
「でも、ここは学園都市なんだから」
学力よりも、身体能力よりも、超能力が全てを決める基準。
レベルが0なら、落第の烙印を容赦なく押されてしまう。
「その学園都市が一番の超理由なんですけどね……まあ、涙子の気持ちが分からない訳ではありません。能力者は格好よく見えますし、便利に感じるのは否定できませんから」
「…………」
とっくに絹旗ちゃんはあたしから目を離し、じっと公園に植えられた木を見ている。
あたしは、なぜだか彼女に何か言おうと思うんだけど言葉が出てこない。
「だからといって、超良いことばかりじゃありませんよ。例えば私だって――っと、電話ですか」
言いかけて、絹旗ちゃんはポケットに入っていた携帯電話を取り出して、通話を始める。
それは、あたしが登録した携帯電話とは違いもう一台の方だった。
「もしもし。はい、そうです――今は公園で超休憩中です。ええ分かってますよ麦野、フレンダが迎えに来るんでしょう? あ、はいじゃあ移動を開始します」- 117 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:26:09.64 ID:O5YG9Bif0
「そうですか。超羨ましいですね」
「……どうしてさ」
はっきり言って無能力者であることを教えていい顔をされた例がないあたしは、絹旗ちゃんの反応に困惑してしまう。
あたしに向けられる言葉や表情は哀れみや同情のそれで、絹旗ちゃんのように「羨ましい」など言われたことがなかった。
まして、能力者からは、絶対に。
「だって、超普通に生きていけるんですよ?」
それでは、と言って絹旗ちゃんは通話を終え、携帯電話をポケットに入れながら立ち上がる。
「お友達?」
「違いますよ。まあ、上司みたいなもんです」
「ふうん」
詳しくは聞けなかった。いや、聞けなかった。
どうしても彼女の電話相手が――友達とは言わなかった相手が、あたしが関わっちゃいけない人に思えて。
それに、電話中の彼女にすら別の世界の人間に思えて。
何も聞けなかった。
「では、これで」
「うん。またね」
手を振りながら絹旗ちゃんを見送ったあたしが、彼女の肩越しにとある友人を見た。
それは。
「御坂さん」
連絡の取れなかった、御坂さんだった。
彼女はどこか虚ろな目をしていて、いつもの自信に溢れた顔ではなく弱弱しく今にも倒れそうな表情で力なく歩いている。
その様子と連絡が取れなかったということを考えると何かしらの病気にでも罹ってしまったのだろうか。
だとしたら、心配だ。
あたしは駆け寄って声をかける。
「御坂さん。奇遇ですねぇ、調子悪そうですけど大丈夫ですか?」
普段と同じように明るく、笑ってそう話しかけた。
きっと御坂さんも笑って返してくれるだろう。どれだけ調子が悪くても、どれだけ不安定でも彼女は後輩であるあたし逹の前では気丈に振舞う。
格好悪いところは見せたくないのだろう。超能力者であり常盤台のお嬢様たる由縁なのかもしれないけれど。
実はそれがあたしや初春、なにより白井さんの心配の種にもなっているのだけれど。
「ん?……ああ」
でも、あたしに気が付いた後でも御坂さんの気だるそうな表情は晴れない。
それどころか一層辛そうな――面倒くさそうな表情を浮かべた。
驚いた、というのが率直な感想だ。言ったように御坂さんはこんな表情を浮かべない。
困ったりしたら顔に浮かび、割合分かりやすい性格をしているとは思うけれどこんな表情は始めてみたから。
しかし、御坂さんの口から発せられた言葉が、よりあたしを困惑させることになる。- 118 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:26:48.17 ID:O5YG9Bif0
「何か用?――無能力者」
- 120 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/19(金) 21:41:00.82 ID:O5YG9Bif0
- すいません。>>116の頭に>>117の
>「そうですか。超羨ましいですね」
>「……どうしてさ」
>はっきり言って無能力者であることを教えていい顔をされた例がないあたしは、絹旗ちゃんの反応に困惑してしまう。
>あたしに向けられる言葉や表情は哀れみや同情のそれで、絹旗ちゃんのように「羨ましい」など言われたことがなかった。
>まして、能力者からは、絶対に。
>「だって、超普通に生きていけるんですよ?」
を入れてください。んで>>117は
>それでは、と言って絹旗ちゃんは通話を終え、携帯電話をポケットに入れながら立ち上がる。
からスタートです。
やってしまったorz - 128 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/24(水) 01:52:02.79 ID:hNrr8+Fm0
- 6
「え……」
御坂さんから突然言い放たれた言葉の意味が理解できずに、あたしはそう短く声を漏らして立ち尽くすことしかできなかった。
そして徐々に彼女が言った言葉の意味が頭の中で処理されてあたしの一番深く暗い部分へと落ちて行く。
無能力者。無能力者。無能力者。無能力者。無能力者。
ぐるぐるとその言葉があたしのお腹の辺りで回り、暴れて気分が悪くなる。なんなら眩暈だって。
この町で最も多くの学生が該当する無能力者という位は、同時に最もそこに位置する人間の心を傷付ける言葉でもある。
当然、目を見張る努力をしているわけでもないあたしにだって、例外ではない。
コンプレックスの集大であり学生としての醜態でもあるその言葉は、はっきりとあたしを否定するもので、あたしの存在を拒否するものだ。
友達である筈の御坂さんから言われれば、尚更だ。
だって彼女は最高位の超能力者なのだから。
足が震える。
声が出ない。
目が泳ぐ。
悪ふざけでこんなことを言う御坂さんではない。冗談半分で人を傷付ける彼女ではない。
しかし、御坂さんははっきりと言った。
無能力者と。
つまり、悪ふざけではなく真面目に御坂さんは言い、真剣に人を傷つけたという事になる。
自分の意思で。
自分の、言葉で。
「い、いやだなあ御坂さん……昨日引っ張り回した事で怒ってるんですか……?」
掠れた声で、しどろもどろなその様は上手に話せたとはとても言い難いが、なんとか声を捻り出す事が出来た。
まだあたしの聞き間違いという可能性もあるし、本当に冗談で言ったのかもしれないと淡い期待を抱いていた故の発言。
でも、それは御坂さんの言葉で簡単に打ち壊されることになる。 - 129 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/24(水) 01:52:46.63 ID:hNrr8+Fm0
「ええ、無能力者であるアナタが超能力者の私を引っ張り回したのは、決して許される事ではないわ……ま、それで知れた事もあるんだけどね」
そこだけは感謝するわ、と言いながらもあたしを見下したような眼だけはそのままだった。
何度か経験した事のある、弱者を見る強者の眼。住む世界が違うと言いたげな、そんな眼線。
「あ、あの……昨日の事で怒っているんだったらゴメンナサイ!!」
あたしは大声で謝罪しながら頭を深く下げる。いや、それは謝罪の為の礼ではなく、御坂さんの――彼女の冷たい眼線に耐えきれなかったからかもしれない。
なんにせよ、御坂さんは怒っている。それが昨日の一件が原因であるなら、謝らなくてはいけない。
「…………」
この時、あたしは謝れば理由を話してくれるだろうと思っていた。
許してくれなくとも、その原因となった何かを教えてくれるだろうと――甘く考えていた。
「理由も解らずに頭を下げるなんて、本当にプライドがないのね」
ガンッ、とその言葉に頭を何かで殴られたような衝撃が走る。
そこでようやく気がついた、というより眼を逸らしきれなくなった。
御坂さんは、本気であたしの事が気に入らないのだと。
嫌いでも、怒っているのでもなく哀れみ、呆れたような口調。
きっと顔を上げれば御坂さんはさっきまでと同じ冷やかな――汚い物を見るような眼をしているのだろう。
だから、あたしは顔を上げなかった。
上げられ、なかった。
「いい機会だから伝えておくわ。今後、私と友達だなんて思わないで。アナタの友達の風紀委員の子にも伝えておいて」
「……な、んで」
「なんでって、理由は一つしかないわ。ただ単に――鬱陶しいからよ」
「それじゃあ!!」
あたしはそこで叫びながら顔を上げる。
周囲の人があたし達を見ているが知った事ではない。
「それじゃあ、なんであたし達と一緒にいたんですか! あの楽しそうな御坂さんは嘘だったんですか!!」- 130 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/24(水) 01:54:09.33 ID:hNrr8+Fm0
御坂さんとの付き合いは、浅い。まだ知り合って二カ月も経っていない。
超能力者だし、常盤台のお嬢様だし、あたしと釣り合っていない事だって痛いぐらいに分かっている。
御坂さんに嫉妬したことも、理不尽な恨みを覚えたことだってある。
……でも、それでも。
「……憧れで、大事な友達だと思ってました……」
友達に釣り合うもなにもない。一緒に居て楽しくて、苦しい事は分け合って、馬鹿みたいに笑い合うのに立場なんて関係ない。
そう思うようになったのだって、御坂さんと仲良くなってからだというのに。
貴女は、そう思っていなかったのですか?
「……とにかく、私にはもう関わらないで」
御坂さんはあたしの言葉に面倒くさそうな表情を浮かべ、億劫な声でそう言いながらあたしの横を通り過ぎようとする。
ダメ、まだあたしは納得していない。自己中心的な考えだと思われようと、勝手な行動だと思おうと、ここで御坂さんを行かせては絶対に後悔する。
だから、あたしは御坂さんの肩に手を伸ばす。
「ッ痛!」
バチリ、と静電気とはいえないレベルの痛みが伸ばした指先から伝わり、思わず手を引いてしまう。
そしてあたしは御坂さんの周囲を確認してやはり静電気なんかではないことを把握した。
青白い火花の様な光が、御坂さんを取り巻いている。つまり、さっきの衝撃は御坂さんの意思による――攻撃。
「――次、私に関わろうとしたら本気で攻撃に移るわ」
振り向きもせず、ただそれだけを吐き捨てるように言うと再び歩き始めた。
本気だ。もしあたしが追えば彼女は本気であたしを攻撃するだろう。さっきの攻撃の強さがそれを裏付けていた。
だから、あたしは追わなかった。
攻撃を受けることが怖くて――ではない。
これ以上御坂さんに拒絶されることが、敵意を向けられる事が、なによりも怖かったから。
これ以上嫌われる事が――怖かったから、追えなかった。
「なんで……」
あたし達のやり取りに道行く人々が足を止めて、好奇の目を向けていたるがそんなことを気にする余裕なんてない。
眼がしらが熱くなり、気がつけばあたしは泣いていた。
痛かったんだ。指ではなく、心が。初めて人から拒絶されたことで、ショックを受けたからだろうか。- 131 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/24(水) 02:18:04.88 ID:hNrr8+Fm0
愕然と絶望していたあたしは暫くの間、その場で泣き続けた。
もの珍しげに見ていた人たちも流石に飽きてしまったのか、すでに町は喧騒を取り戻し楽しそうな笑い声で溢れかえる。
今のあたしのは、それがとても耳触りに聞こえ、無性に寂しくなった。
つい昨日までは――いや、数分前まではあたしもこの喧騒の一部で、日常の一断片だった筈なのに。
たった一人の友人に拒絶されただけで、こんなにも浮いた存在になってしまっている。
「……っは」
笑い声が漏れる。
でもそれは乾いた短い自嘲。歯車の一部に戻りたいがための演技。
やっぱり、あたしは演技が苦手みたいだった。笑おうとするのに、涙が溢れて止まらない。
結局は、通行人Aにすらなれないのだろうか。平凡な生活に、普通の人生ですら、満足に歩むことが出来ないのだろうか。
友人を一人ですら、繋ぎ止めることが出来ないのだろうか。
『とんだ欠陥製品だ。訳も解らず拒絶され、それだけで人の輪から外された気になるなんて。厚顔無恥にも程がある』
『身の程を知れ、無能力者。世の中にはもっと苦しくて、悲しくて、辛い境遇の人間が居るんだ』
そんな幻聴すら聞こえる気がする。
そう、分かってはいるんだ。こんなことは特別でも異常でもなんでもないことなんて。
友達があたしの下から去っていく事なんて、誰だって経験することぐらい、分かっている。
でも、割り切ることが出来ない。
笑ってしょうがないで済ますことなんて出来ない。
御坂さんはあたしの世界の一部で。
御坂さんはあたしの日常の一欠けらで。
御坂さんはあたしの羨望の対象なんだから。
その人に嫌われてしまって、笑う事なんて出来やしない。
「ん……?」
立ち尽くすあたしのすぐ近くで人気歌手の一一一の歌声が聴こえた、と言うとすぐ近くでゲリラライブでも行われていると勘違いするので訂正しよう。
あたしの着ている服のポケットの中で、携帯電話に着信があった。それだけだ。
ゆっくりと取り出して着信を確認すると漢字二文字で発信者の名字が表示されていた。
正直なところ今は電話に出る気分ではないし、まだ泣いているので発信者が余計な気を回してしまうかも知れないので無視したかった。
でも着信の相手は御坂さんからの『伝言』を頼まれている相手だし、いつかは伝えなくちゃいけないのなら今の内に言っておいた方がいい気がする。
違うか。また拒絶されるかもしれないと、心のどこかで思っているから出れないだけだ。
結果、あたしは深呼吸をしてから通話を開始することになった。
出来るだけ明るい声で、いつもの元気な佐天涙子を装って。
「おっすー! 佐天さんですよー」
涙を拭い、無理やり笑顔を作って言う。
そして、携帯電話の向こうからは
「あ、佐天さんですか? ちょっとお話したいことがありまして――」
友達である、初春飾利の甘い声が聞こえてきた。- 140 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:38:28.70 ID:VHfTeUr60
- 7
風紀委員第一七七支部の設置されている部屋の入り口横の壁に体重を預けながらあたしは初春と白井さんを待っている。
電話であたしは初春から御坂さんに関して話したいことがあるから支部まで来て欲しいと言われ、事故の捜査も放り出して駆けつけた。
あの出来事の後に御坂さんの名前を出されれば行くしかないだろう。
バスに揺られ、それ以外は全部走って支部に到着したあたしを待っていたのは神妙な面持ちの白井さんと、パソコンに向かってなにやら作業をしている初春の二人だけで、
固法先輩を初めとする他の風紀委員の面子は見当たらなかった。白井さん曰く警邏中、だそうだ。
「少し待っててくださいまし」と白井さんは言い残して作業中の初春の元へ行ってしまい、あたしはこうして立っているんだけれど、
何故だかソファに座ろうと言う気は湧いてこない。
全力疾走後で身体は疲れきっていて、あの病院でやったようにソファに寝ればいいのにそうしないのは、この場の雰囲気の所為なのか、それとも――
「お待たせしました」
腕を組み思案しているとさっき電話越しに聞いた甘い声、つまりは初春の声が聞こえたので伏せていた顔を上げる。
目に入ったのは分厚いコピー用紙の束を抱える、頭に特徴的な花飾りを乗せた初春の暗い顔だった。
そして初春と白井さんが二脚あるソファの片側に並んで座ったので、あたしもそれに倣ってガラス張りのテーブルを挟んだ対面のソファに腰を下ろす。
「え、っと……電話で触りだけ話しましたけど、今日来てもらったのは御坂さんのことでして……あーっと、何て言えばいいのか、そのぅ……」
何時もなら紅茶が置かれるはずのテーブルの上に資料を置き、しどろもどろに口を動かす初春だけど何が言いたいのかは全く伝わってこない。
伝わってくるのは『本当にこの事をあたしに話してもいいだろうか』という初春の気持ちだけだった。
つまり、目の前に置かれた資料と御坂さんに関する『何か』を初春達は知り、それは一般人であるあたしが軽々しく首を突っ込んでいい事ではないということだろう。
「……わたくしが、代わりにご説明さしあげますわ」
一向に具体的な説明を始めない初春に痺れを切らしたのか白井さんがやれやれと首を横に振りながら口を開く。
でも、あたしには、白井さんのその仕草は諦めからくるものにしか、見えなかった。 - 141 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:38:58.15 ID:VHfTeUr60
「初春が言ったように、本日佐天さんにここへ足を運んで頂いたのはお姉さまについてのことです」
淡々と、でもどこか苦しそうに白井さんは話す。
そして、一呼吸置いて――言った。
「お姉さまが、失踪しました」
「…………」
驚きは、あまり無かった。寧ろやっぱりという気持ちが多く、不謹慎だが安心すら覚えた。
やっぱりさっきの御坂さんは『何か』があってあたしに対してあんな態度を取ったんだろうという、安心。
白井さんは続ける。
「昨日の夜から様子がおかしいとは思っていたんですが、今日の朝、目覚めたら……」
そこで、ついに白井さんは顔を伏せて言葉を詰らせてしまう。きっと不甲斐ないと思っているんだろう。
どうして御坂さんの気持ちを察してあげられなかったのか。
どうして御坂さんを一人にしてしまったのか。
御坂さんの一番近くに居る白井さんなら、一際強くそう思っても仕方が無い。
なんせ、彼女はパートナーなんだから。
「実は昨日の夜に御坂さんから電話があったんです」
黙ってしまった白井さんの代わりに、今度は初春が話し始める。
その目には決意を固めた光が灯っているように思えた。全てを話す決意と、全てを受け止める覚悟。
「ZXC741ASD852QWE963’」- 142 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:39:59.80 ID:VHfTeUr60
「え?」
初春は手元に置かれた資料の一番上に記載されていた意味不明の英数字の羅列を抑揚なく口にする。
「それが、御坂さんから電話で聞かれた内容です。私はそれを解析して、とある研究所へハッキングをかけました」
それだけを言って黙ってしまう初春。でもそれは困ってるから言い淀んでるのではなくて、それで説明は終わりだと言う沈黙に感じる。
「ちょ、ちょっと待ってよ初春。流石にそれだけじゃ何も分からないって」
あたしは慌てて問いただす。
初春はあたしを見て、隣に座る白井さんを見て――またあたしを見つめる。
真っ直ぐに、両目で見据える。
「聞きますか」
初春が短く言い捨てる。
どきり、と心臓が大きく跳ねた。
それは最後通牒。
それは最終信号。
それは最終警告。
ここから先は、聞いたら戻れなくなるぞという意味が含まれた言葉だった。
逆に言えば、聞かないで欲しいという意味も、含まれているのだろう。
あたしの前に選択肢が並べられた。
聞くか、聞かないか。- 143 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:42:05.32 ID:VHfTeUr60
「…・・・実はあたし、さっき御坂さんに会ったんだ」
「え!?」
「そうなんですの!?」
二人がテーブルに身を乗り出して驚くが、あたしは黙って頷いて座り直すように示唆する。
幸いな事に、二人はゆっくりと腰をソファに下ろしてくれた。
「それで、声を掛けた。いつものように、何気なく、普通に、普段通りに」
思い返す、先ほどの出来事。
思い出したくも無い、惨事を。
「そしたら、第一声が『何か用、無能力者』だった」
「――――っ」
初春と白井さんが声にならない驚きの声を挙げる。
そりゃあそうなるだろう。あたしだって信じられなかったんだから。
「『友達じゃない』って、『鬱陶しい』って、『もう関わるな』って」
胸が、痛い。
思い出すだけで、泣いてしまいそうになる。
「それで、去っていってしまいそうだったから手を伸ばしたんだけど……駄目だった」
拒絶された拒否された攻撃された迎撃された。
そして、追う事が出来なかった。
「まだ、あたしは御坂さんに何があったのかも知らないし、それとこれが関係があるかも分からない」
「佐天、さん……」
悲しかった、苦しかった、痛かった、涙が出た。
それと同時に、後悔をした。
なんで追わなかったのか、無理にでも引き止めなかったのか、無茶でも理由を聞き出さなかったのか。
ひどく、後悔した。
だから。- 144 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:43:17.82 ID:VHfTeUr60
「聞くよ。それが御坂さんの苦しむ理由なら、悲しむ訳なら、聞かないといけない」
- 145 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:43:54.66 ID:VHfTeUr60
別に正義の味方を気取るわけではない。見境無く困った人を助けようと思う善人でもない。そんな出来た人間ではない。
でも、せめて友達くらいは。身近に居る、大切な人ぐらいは助けてあげたい。
どれだけ拒絶されようと拒否されようと、苦しんでいる友達を放ってなんかいられない。
「教えて、初春。白井さん」
「……佐天さんには適いませんね。白井さん、私が話しても構いませんか?」
「ええ、お願いしますわ」
そして、初春は手元の資料の文字がこちらから読めるように反転させ一番上の紙を一枚めくる。
そこには『絶対能力進化実験』と書かれており、その脇には極秘という文字が添えられていた。
「御坂さん――この場合は超電磁砲としての御坂さんのDNAマップを利用した軍用クローンが造り出されているという噂は知っていますか?」
「……噂、程度ならね。でも噂は噂でしょう? 本人も否定してたし」
ついこの間も、その当事者と話した位だ。
「火の無い所に煙は立たない、ってことですわ」
どこか悔しそうに白井さんが間に入る。
ということは、つまり。- 146 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:44:40.39 ID:VHfTeUr60
「はい、実際に軍用クローンの生産という馬鹿げた計画は超電磁砲量産計画として存在していました。もちろん、御坂さんの関知していない所で秘密裏に」
「そん、な……」
自分のクローンが生み出され、軍用として使われる。
それは、想像に絶する出来事だろう。そんなことはまるで三流SF映画だ。
「……あれ? していましたって過去形?」
「《樹形図の設計者》の演算結果によってクローン体の能力知はどう頑張ってもレベル3。つまり軍用価値を見出せずに計画は実行の前に凍結されたんですよ」
「それなら……」
クローンは造り出されてないということだろうか。
「そこで登場するのが絶対能力進化実験という腐り切った実験ですの」
歯を食い縛りながら白井さんがまた一枚、資料をめくり、何十枚かの束をあたしへと差し出した。
そこには絶対能力進化実験の概要が記載されていた。
それは、読んでいて気持ちが悪くなる内容で、気持ち悪いくらい淡々とした説明文だった。
具体的な説明は、できないし、したくもない。
しかし何十枚にも亘って説明が記載されているにも関わらず、大まかな内容は一言で終わってしまうほどシンプルな内容だった。
簡単に言えば。
そう、簡単に言ってしまえば。- 147 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:45:44.88 ID:VHfTeUr60
「学園都市の超能力者序列第一位《一方通行》による、超電磁砲のクローンを二万体殺害で対象の絶対能力者(レベル6)への進化をが達成する……?」
思わず、あたしは資料をテーブルの上にばら撒いてしまう。
あまりにも馬鹿げた、悪魔のシナリオが書かれた紙は四方へ散っていく。
「こ……こんなふざけた実験、すぐにでも警備員に通報して止めないと!!」
あたしは立ち上がり喚き散らす。こうしている間にも御坂さんのクローンが殺されているかもしれない。
なにより、御坂さんが苦しんでいるのなら、一刻も早く警備員に介入してもらわないと。
「無駄ですわ」
「無駄って……こんな非人道的な実験が認められるわけないでしょう!?」
やけに冷静な、それでいてやっぱり悔しげな白井さんの態度にあたしは怒りを抑えきれずに大声で叫ぶ。
早くしないと御坂さんが。白井さんだってなんとかしたいはずでしょ。
そんなエスカレートしていくあたしを諭したのは初春だった。
「佐天さん、落ち着いてください!」
「落ち着いていられることなんかじゃないでしょ!!」
「違いますよ! 警備員に通報したって無駄なんです!!」
「……え?」
初春の言葉に、あたしの思考は一度停止した。
警備員に通報しても無駄とは、どういうことなんだろうか。
「国際法で禁止されている筈の人間のクローンを使用した実験―― 予算的、実験規模から見てもそこらの研究所が単独で行っているとは思えません」
「は、はは……なによ、初春。なにが言いたいの?」
あたしは初春の言おうとしている意味が理解できず、いや、理解したくなくて聞き返す。
だってそれを聞いてしまったらあたしは――あたし達はどうしていけばいいのか、分からなくなってしまうだろう。
この街で生きる、学生は――- 148 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:46:17.13 ID:VHfTeUr60
「恐らく、学園都市そのものが関わっている実験でしょう」
- 149 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/08/25(木) 22:46:45.66 ID:VHfTeUr60
もう、何を信じていいのか、分からなくなってしまう。
今の、あたしの様に。
- 158 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:36:26.91 ID:BS2pKuUo0
『絶対能力進化実験は、学園都市そのものが母体となって運営されている』
初春の言う通り、そう考えたほうが自然に事が進む。
二万体ものクローンの製造、それを殺害するという実験内容。規模や目的の大きさからしても抗いの用の無い事実だろう。
なにより、学園都市の象徴とも言える七人の超能力者の頂点である第一位を起用していることが、証拠だともいえる。
それならば、確かに警備員に通報したところで無駄だろう。
闇から闇に葬られるのがオチだ。いや、それどころか事情を知ったあたし達の身に危険が迫るかもしれない。
まるで漫画のような状況だ。
まったく、笑えない。
「……学園都市、そのものかぁ」
短く呟いてみる。何かを確認するように、何かに縋りつくように。
「はっ」と笑えないの筈なのに短い笑いが、乾いた声が漏れてしまい、それは静かに室内へ溶けていった。
改めてその事実を突きつけられた瞬間に、今まで行ってきた『開発』がとても恐ろしく、汚らわしく思えてしまう。
脳に電極を挿し、薬品を血管に入れられ、催眠術のような授業。
今まで能力を得るために必要だと意気込んで受けていた全てが、なぜだがひどく滑稽に感じてしまう。
人を殺す実験と、同じように、感じてしまう。
「……覚悟していたとは言え、こりゃショックだね」
あたしは押し寄せる現実から目を背けるように、わざとおどけた口調で言ってみる。
「……それはわたくしも、初春も同じ気持ちですの。勿論、お姉さまもそうでしょう」
白井さんが目を伏せながら言った。
そうか、あたしですらこんなにもショックなんだ。高位能力者である白井さんはもっとショックだろう。
当然、白井さんの言うように御坂さんも。- 159 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:36:57.88 ID:BS2pKuUo0
超能力者という立場から様々な実験に協力していたであろう御坂さんがこの事実に行き着いてしまったら、考えただけでも恐ろしい。
まして、自身のクローンが造り出されていたともなれば、なおさらだ。
自己証明の喪失。
存在証明の崩壊。
《自分だけの現実(パーソナルリアリティ》にだって、どんな影響があるか分からない。
「だったら、余計に早く御坂さんを助けないと」
彼女が、壊れてしまう。
先の資料を信じるならば、現在進行形で実験は継続されているはずだ。
こうしている間にも、御坂さんのクローンが殺されているかもしれない。
優しい御坂さんのことだ。きっとクローンが殺されることを自分の責任だと思っているかもしれない。
死んでいったクローンの数だけ、彼女の心は壊れていく。
だから、今すぐにでも彼女と会わなければ。
「初春。御坂さんの居場所、分かる?」
「はい。既に学園都市中の監視カメラの映像はジャック済みです」
「おっけー。なら、直ぐに調べ――」
「お待ちくださいな」
行動を開始しようとするあたしを止める声は、意外なことに白井さんだった。
先程までとは違い両目を開き、しっかりとあたしを見つめている。
「この件に関して、わたくしは関わるべきではないと思いますの」- 160 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:37:29.22 ID:BS2pKuUo0
「……は?」
白井さんの口から飛び出したのは、もっと意外な言葉。
それは『御坂さんを見捨てろ』という言葉と、同義だった。
あたしは意味が分からず、間抜けな声で聞き返す。
一体、この人は何を言っているのだろう。
「学園都市の闇――と言えばいいのでしょうか。とにかく相手が余りにも強大で不透明すぎますの。そんな相手にただの学生であるわたくし達が立ち向かっても
結果は火を見るよりも明らかですわ」
「白井さん!!」
「……本気で、言ってるんですか?」
白井さんの淡々とした説明に、思わず初春が叫び、あたしが冷めた声で言った。
なんで、御坂さんの一番の理解者である白井さんがこんなことを言うのだろうか。
「本気も本気、大真面目ですの。大体、お二人はどうなさるおつもりだったんですの? 実験を止める? レベル5の頂点を倒して?
お姉さまを慰める? 何の痛みも知らないわたくし達が? はっきり言って足手まといの余計なお世話で出すぎた真似にしかなりませんのよ」
「そ、れは……」
さっきのあたしよりも冷めた口調で、事務的な口上で話す白井さんに、あたしは何も言えなかった。
「でも、何もしないよりは――」
「それすらも、お姉さまから拒絶されているという事実を、受け止めてくださいまし」
何もしないよりは、マシだ。恐らく初春はこう言いたかったのだろうけれど、それも白井さんによって遮られてしまう。
冷静に、冷酷に、切り伏せられる。- 161 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:38:06.92 ID:BS2pKuUo0
「見捨てるっていうんですか!?」
思わず、怒鳴ってしまう。全ての怒りの矛先が、白井さんに向いてしまう。
「言い換えれば、そうですわね」
「ふざけないでよ!!」
「さ、佐天さ――」
「初春は黙ってて!!」
どこまでも平坦な口調で続ける白井さんに対して我慢が出来なくなったあたしは、思わずソファから立ち上がりガラスのテーブルを両手で思い切り叩く。
目を見開き、前のめりになって白井さんを睨みつけるが、彼女はあたしのことなど眼中に無いと言わんばかりに壁に掛けられた時計を眺めていた。
その仕草が、余計にあたしを苛立たせる。
「友達が困ってるんですよ! 今、たった一人で悩んでるんですよ! それなのに、何もしないのは間違ってる!!」
足手まといでも傍に居てあげられる。
余計でも、お世話は出来る。
出すぎた真似でも引っ込んで逃げるよりはマシだ。
「それは、貴女の意思でしょう?」
「それでも――」
「お姉さま本人の意思も、尊重してくださいまし。どれほど辛い想いで今を過ごしているのか、どれだけ辛い決断で佐天さんを――わたくし達を拒絶したのか」
それを分かってください、と白井さんは言う。- 162 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:39:07.52 ID:BS2pKuUo0
「きっとお姉さまは実験を止めるために法外な手段を用いるでしょう。だからこそ、わたくし達との関係を切っておきたかった」
「…………」
「御坂美琴の友人だったと言うだけで言われ無き迫害を受けぬよう、考慮してくださった筈ですの」
白井さんの言いたいことは、分かる。痛いほどに理解できてしまう。
公園で見せた御坂さんのあの態度は、きっとあたし達を巻き込まない為にした演技なのだろう。あたしなんかとは違って、完璧な演技だった。
だからこそ、あたしは悲しい。
御坂さんがあたし達を、その程度の関係と思っていたことが、悲しかった。
「あくまで、白井さんは関わらないって言うんですね……」
「そうですの。わたくしは、お姉さまの意思を尊重しますわ」
そう。それなら、それでいい。
あたしは、あたしの意思を優先する。
「わかりました。それじゃ、あたしは勝手に動きます。くれぐれも、邪魔はしないでください」
そう言いながらあたしは出口へと向かって歩き出す。
とにかく、今は一分一秒が勿体無い。
「絶対に、御坂さんはあたしが助けます」
そう吐き捨てて、あたしは支部を後にした。- 163 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:39:42.81 ID:BS2pKuUo0
とりあえず、さっきの公園に戻ろう。そこから聞き込みをしていけばきっと足取りは掴める筈だ。
常盤台の制服は目立つし、超電磁砲の異名で知られる御坂さんは有名人だから道行く人の記憶にも残りやすいだろう。
「こんな街中でストレッチだなんて、なにしてるんだにゃー」
そう思いながら支部に来るために駆けて来た道を引き返す形で、再び走ろうと屈伸をしていたところ、背後からいきなり声を掛けられた。
丁度しゃがみ込んだ時に話しかけられたあたしは、驚いて体勢を崩しそうになったがなんとか立て直して振り返る。
まあ、驚いたといっても不意に声を掛けられたことであって、その声の主が誰か、という点では少しも驚いてはいないのだけれど。
だって、こんな特徴的な口調の知り合いは一人しかいない。
「別に、急ぎの用が出来たから走ろうとしてただけですよ。土御門さん」
「ん、これはこれはお嬢さん。随分と元気がいいぜよ? 何か良いことでもあったかにゃー」
「良い事なんて、ないですよ。恐らくは、これからも」
そう。振り向いた先には金髪アロハの怪しげな――というより怪しい男。
土御門さんがいやらしく口元を歪めて立っていた。
「おいおい、年頃の女の子がそんな台詞を言うもんじゃないぜよ。世界は希望に溢れて、悪いことがあったら良いことがあるって
何の根拠も無く思うのが女子中学生って生き物だにゃー」
「だったら今すぐその認識は改めるべきですね。案外、女子中学生ってのはリアリストが多いんですよ」
さっきの白井さんのように。
あるいは、あたしのように。- 164 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:40:17.09 ID:BS2pKuUo0
土御門さんは「覚えておくにゃー」とどうでもいいように頷いた後に「急用って一体なんですたい」と尋ねてきた。
正直、今はこんな人と話している暇も無ければ時間も無いので相手にするつもりは無かったんだけれど、あたしの返答を待たずに言った土御門さんの言葉によって、
公園に向けて走り出そうとしていたあたしの気持ちは止められることになる。
「友達を、探しているとか――」という、たった一言で。
「ま、まあ、そんなところです……それじゃ、時間もないので」
あたしはピンポイントで『急用』を当てられたことに言葉を失いつつも、なんとか誤魔化して話を終わらせようとする。
なんなんだ、この人は。全てを見透かすような口調と視線に居心地の悪さを感じてしまう。
はっきりいって、気持ちが悪い。
得体の知れない何かと話しているようで、この人の手の上で踊らされているようで。
急に少なくなった人通りが、さらにそれを加速させる。
まるで、この世界にはあたしと土御門さんの二人しかいないような静けさ。
だけど、次に土御門さんの口から飛び出した言葉は、さらにあたしを混乱させるのには十分なものだった。
「いんや、超電磁砲のことなら時間はまだ大丈夫ぜよ」
「……え?」
今度こそ、絶句してしまった。- 165 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:40:49.35 ID:BS2pKuUo0
『友達を探している』というだけなら適当な推理が当たってしまっただけだと割り切れるけれど、『御坂さんを探している』という発言は明らかにこちらの事情を
把握しているということになる。それは初めて会ったときに学年を言い当てられたのと同じで推測ではなく、情報として知っているということ。
「……やっぱり、精神感応系の能力者なんですね」
さらに言えば『御坂さんを探す』というあたしの意思はついさっき風紀委員支部内で決せられたものであり、それこそ精神感応系の能力者じゃなければ
初春や白井さん以外の人間の知る由がないだろう。
だから思い切って土御門さんに尋ねてみたが、当の本人は怪しげな笑みを浮かべながら首を横に振るだけだった。
「俺の能力は肉体再生――それもお嬢さんと同じ無能力者ぜよ? そんなに不審に思うのなら身体検査の用紙でも見るかにゃー?」
そう言いながら土御門さんはズボンのポケットから綺麗に畳まれた一枚の紙を取り出して、あたしへ差し出す。
あたしはそれを受け取るとゆっくりと開いていき、内容を確認する。
確かに肉体再生の無能力者という表記が、それにはされていた。
偽装してあるとは、思えない。
「……だったら、どうしてあたしが御坂さんを探していると分かったんですか?」
一歩、土御門さんから距離を置くために引く。
この際、あたしが無能力者であることを知っていたことなどどうでもいい。
そんな瑣末なことよりも土御門さんが実験関係者である可能性が出てきた以上、こうしてのんびり話している場合ではないのだ。
最悪の場合、このまま口を封じられるかもしれない。
あたしや、初春、白井さんでさえも。- 166 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:41:23.22 ID:BS2pKuUo0
「おっと。そんなに身構える必要はないにゃー」
「信用できませんね」
両手を挙げて敵意は無いと意思表示する土御門さんに対してあたしは更に一歩、後ろに引く。
「大体、俺がお嬢さんの口を封じようだとか企んでいたらこんな悠長に話しているはずがないぜよ」
「…………そう、ですか」
それはつまり、口封じをしようと思えばいつ出来る、ということなんだろうか。
ていうか、今の口ぶりだとそういったことをしてきた経験があるように聞こえるし、実際にしていたのだろう。
ここまでのことを言っておいて、ただの学生でしたなんていうオチは認めない。
「ほら、受け取るにゃー」
色々な考察をしていると土御門さんが先程とは別のポケットからまたも同じように畳まれた紙を取り出してあたしへと放り投げた。
急に投げられたので反応が送れ、少しお手玉状態になりながらもそれをキャッチしたあたしは、土御門さんに促される前に紙を広げ内容を確認する。
そこにはどこかの研究所であろう名前と、その住所、そして八月十九日という日付と時刻が書かれていた。
これは、あたしにこの時間この場所に行けということなのだろうか。
「土御門さ――」
あたしは詳細を尋ねようと顔を上げてみると、土御門さんの姿はどこにもなく、代わりにいつのまにか周りは雑踏を取り戻していた。
取り残されたあたしの手には二枚の紙。それらからあたしが分かったことと言えば、どうやらその日は徹夜で研究所に張り付くことになるだろうという未来と、
土御門さんの名前が元春だということぐらいだった。- 167 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:41:55.00 ID:BS2pKuUo0
8
『脳神経応用分析所』という女子中学生であるあたしのは縁のない、そしてこれから先も関わることのなさそうな研究所の裏口近くであたしは一人座っていた。
日付は土御門さんから渡された紙に書かれた通りの八月十九日で、あの日から三日が経過していた。
勿論、その三日間は御坂さんの足取りを掴むために必死に動き回った。『捜査の基本は足である』という言葉を地で行くように、あたしは学園都市中を駆け回って、
御坂さんの目撃情報を探し回ったけれど、結果は何も掴めずだった。
例の事故の件にせよあたしはこういった調査には向いていないのだろうかと、少し気持ちが折れかかったが、それが諦めていい理由にはならないのでとにかく動いた。
初春なんかに協力を頼めばもう少し楽だったろうけれど、別れ方がアレだったので連絡は取っていなかった。勿論、白井さんとも。
そして、藁をもすがる思いで来たのが、この『脳神経応用分析所』である。
なにやら最近は研究所が何者かによって破壊されているという事件が多発しているらしく(語尾が曖昧なのはソースが例の都市伝説サイトだから)、それで警備が
厳重なのだろう。正面入り口はガードマン二人に、監視カメラ数台という警備状況だった。
しかし、裏口はどうやらそこまでの警備は無く、監視カメラ一台に見回りで定期的にやってくるガードマンだけだったのであたしは少し離れた物陰で裏口の様子を伺っている。
仮にこの研究所に御坂さんが現れるとしたら、裏口だろう。正面から堂々と進入しようものならそれなりに騒ぎが起こるだろうし。
と、なにやら御坂さんが不正に侵入するという前提で話を進めているが、この仮定はあながち間違っていないように思える。
先に話した研究所襲撃事件というのが、まさに電撃使いによる事件だったという。
研究所内へ進入し機材への電撃、ネットワークを介して内部からの破壊、エトセトラ。
どれもこれもマネーカードを探している時に御坂さんから聞いた『電撃使い』の応用による破壊方法だった。
つまり破壊された研究所は例の実験に関わっているものであり、それを御坂さんが破壊して廻っているということになる。
そして、次のターゲットがココ『脳神経応用分析所』になるのだろう。- 168 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:42:25.03 ID:BS2pKuUo0
「しかし、なんであの人はここに御坂さんが来るって分かったんだろ」
思い返すのは先日の土御門さんとの会話。
仮にこの研究所が例の実験に関わったとして、仮に御坂さんが研究所を襲撃していたとはいえ、どうしてこの日にここへ来ることが分かっていたのだろうか。
今思い返してみても浅い考えで行動してしまったものだと後悔してしまう。土御門さん本人が精神感応系の能力者じゃなくても、知り合いにその能力者の類が居れば
それだけで全て解決してしまうのに。
この場所を指定したのも予知能力者の協力があったかもしれないし。
「ま、デタラメっていう線が一番濃厚なんですけどね」
あむっ、と持参していたアンパンを口に運び、続けて牛乳を飲む。牛乳とアンパン。張り込みの定番だ。
そうやってもきゅもきゅとアンパンを食べていると少しばかり裏口が賑やかになってきたので残りのアンパンを口に押し込んで牛乳で流し込む。
そして物陰からそっと顔を出して、様子を伺うとなにやら数人の人影が目に入った。
明らかに科学者ではない風貌の男達。彼等は科学者の正反対であるスキルアウトのような格好をしており、それは研究所には似つかわしくないものだった。
なにより、
「……人を、担いでる?」
ごくり、と生唾を飲み込む。大柄な男の一人が担いでいるのは、明らかに人間だった。
遠巻きで見ているので詳しくは分からないが、担がれている人は白衣を着ている、女性だった。それも、まだ若い。
あれは明らかに、気を失っている。つまりは、拉致だ。
ど、どうしよう。
風紀委員か警備員に通報を――ってそれは無駄だって初春達が言ってたし、あ、でも目の前で起きている拉致事件はそれとは別件かもしれないから大丈夫かも。
いや、でもでも万が一実験の関係者だったらあたしの身が危ういし、ていうか御坂さんが関わってたらそれはそれでマズイことになるし――。- 169 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:43:12.69 ID:BS2pKuUo0
「――って、あれ?」
慌てふためいているあたしを他所に、スキルアウト風の男達は担いでいた人を塀にもたれ掛けさせどこかに行ってしまった。
どこに向かったかは分からないが、とりあえず彼等は視界に入らない。つまり、彼女の拘束を外して逃げることが出来るかもしれないということだ。
「いや、なに考えてるんだ、あたし」
触らぬ神に祟りなし。もし見つかってしまったら何をされるか分かったもんじゃないのに、危険を冒してまで彼女を助ける必要があるのか。いや、ない。
あたしの目的は御坂さんだけだ。仮に彼女が御坂さんに関する情報を持っていたとしても、その可能性に掛けて危険な行動にでるのは無謀だ。
勇敢と無謀は違う。
第一、あたしが見ず知らずの人間を助けられる訳が無い。能力も無ければ、腕っ節がいいわけでもない。
無力で非力な女子中学生が、たった一人で出来ることなんて、限られている。
あたしは、主人公なんかではないんだから。
そのことは、誰よりも理解しているつもりだから。
見てみぬ振りをすればいい――
「……大丈夫、ですか?」
――はずなのに。
「今、縄を解きますから」
なんであたしは、彼女に話しかけているのだろう。- 170 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:43:49.14 ID:BS2pKuUo0
「……who……誰?」
彼女を拘束する縄を解きながら語りかけていると、ウェーブのかかった髪を揺らしながら、彼女は呟いた。
「たまたま通りかかった者です」
「……そう。まだ私にも運が残っていたというわけね。不幸中の幸い、という奴かしら」
「あたしにとっては不幸中の不幸ですけどね」
そんな悪態をつきながら、自分自身の行動に怒りを覚えながら縄の結び目を一つ一つ解いていく。
その間、彼女もあたしも、一言も話さなかった。
「よし、最後の一つ――」
「動かないでください」
そして、最後の結び目に着手した瞬間、そんな声と共にあたしの後頭部になにやら冷たい感触が走った。
しくじった! 恐らくはさっきのスキルアウト風の男達の仲間が戻ってきたのだろう。
まだ若い女性の声は後頭部に当てられている『何か』よりも冷たくて、あたしの動きは止まってしまう。
冷や汗が流れる。心臓が爆発するんじゃないかと思うくらい激しく鼓動する。
後悔と自責の念がぐるぐるとあたしの胸を締め付けて、離さない。
「……まって、彼女は関係ないわ。偶然、通りがかっただけなのよ」
「関係ないことはないでしょう。こうして貴女の縄に手をかけている――これだけで超立派な関係者です」
ウェーブの彼女と、あたしに『何か』を突きつける彼女が会話を交わす。- 171 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:44:16.03 ID:BS2pKuUo0
「立ってください。そして両腕を頭の後ろで組んで、ゆっくりと振り向いてください」
ゴリっと後頭部に押し付けられている『何か』に力が込められ、姿の見えない彼女はあたしに立ち上がることを促した。
拒否権は、当然無い。そもそも、抗うつもりも無い。
きっとあたしに押し付けられているのは拳銃だ。いつか、スキルアウトに向けられたように、人を殺すための道具。
それが今、あたしの頭に押しつけられている。
ゆっくりと立ち上がり、両腕を頭の後ろで組んで、言われたとおりゆっくりと振りむいた。
「……っ」
それだけだ。別になにかした訳でもない。
あたしは言われただけのことをしただけなのに、彼女は目を見開き構えていた銃口がぶれる。
誰が見ても、彼女は動揺していた。
だからと言って、あたしがその好機に何か出来たわけでもない。
おそらくは彼女もあたしと同じで、驚いてしまったのだろう。
まさかこんな形で、こんな場所で、また出会うとは思ってもいなかったんだから。- 172 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/01(木) 13:44:42.04 ID:BS2pKuUo0
「絹……旗、ちゃん……?」
- 181 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:42:26.90 ID:sSdNhfG20
どうしようもない、とい状況はまさにこのことなのだろう。
友達を助けるために突っ込んではいけない所に首を入れてしまったことが、
何の力も無いのに、見ず知らずの人間を助けようと動いてしまったことが、
今、こうして眼前に銃を突きつけられていることが、
――携帯電話のメモリに登録したばかりの友人に、こんなところで再会してしまったことが、どうしようもなく、どうしようもない状況。
それも、最低の形で。
「……はぁ、珍しく私に超普通な出会いがあったと思っていたら、結局はこんなオチですか」
始めに見せた動揺は彼女には既に無く、気だるそうな、それでいて怒りを秘めているような声で拳銃を構えなおす。
銃口の振るえなど、あるはずも無い。
「絹旗ちゃん……?何言って――いや、何やってるの……?」
「佐天涙子。第七学区立柵川中学校一年生。学園都市には中学校入学と同時に入る。家族構成は父、母、弟の四人。ああ、学生寮の場所も知ってますよ?」
「な――」
「あの時、やけに私に近づいてきたので、ある程度は調べさせてもらいました。もっとも、暗部には関係が無いだろうと超判断して、超油断してたんですが……」
存外、そうでもなかったみたいですね。と絹旗ちゃんは吐き捨てる。勿論、銃口はあたしの額に向けられたまま。
淡々とあたしの個人情報を話す絹旗ちゃんに対して、恐怖しか覚えなかった。
あの時、彼女に伝えたのは電話番号とメールアドレス、それに名前くらいだ。それなのに、彼女はあたしの全てとも言える情報を手にしている。
そんな、普通に知り合っただけの人間の情報をそこまで調べる絹旗ちゃんに、
そんな、知り合いに普通に銃口を向けつつも冷酷な口調で話す絹旗ちゃんに、
『怖い』と思わない人間が、どこに居るのだろうか。- 182 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:43:15.60 ID:sSdNhfG20
血管に液体窒素をぶち込まれたような錯覚に襲われるほど体は冷え切ってしまい、両足は枯れ木が風に揺られる如く震えている。
先日対峙したスキルアウトとは比べ物にならないほどの重圧と、それから連想する具体的な『死』のイメージを、あたしより小柄な絹旗ちゃんに抱かされている。
何か喋らなければ死ぬ。
しかし、何か喋ったら死ぬ。
矛盾して倒錯した思考があたしの脳を押さえつけ、こめかみの辺りが脈を打つ。
「この時間、この研究所に現れるということは例の『インベーダー』の超仲間、という事になるんでしょうかねぇ……それとも、やっぱり暗部関連でしょうか」
小声で、なにやら呟きだした絹旗ちゃん。
「どっちにしろ、麦野には超報告しなければいけませんね……」
「……halt 少し待ってくれるかしら」
そんな思案顔の絹旗ちゃんと、蛇に睨まれた蛙状態だったあたしの代わりに、声を発したのは縛られている彼女だった。
「なんでしょうか」と絹旗ちゃんは視線だけを彼女に送るが、相変わらず銃口は全くブレずにあたしを狙い続ける。
それがいつ発砲され、あたしの命を奪うのかと思うと、呼吸することすら難しくなりそうだった。
「さっきも言ったけれど、彼女は本当に関係無いわ。だから見逃してやって」
「私もさっき超言いましたけど、関係なら、ありますよ。貴女にとっても、私にとっても十分すぎるほどに」
「だからと言って、一般人を巻き込むのはよろしく無いんじゃないかしら?」
「この方が、本当に一般人なら……ですけどね。拳銃を突きつけられて泣かない、叫ばない、取り乱さない女子中学生が果たして本当に普通なんでしょうか?」
私には、そう思えません。と絹旗ちゃんはついに、銃口をあたしの額へと押し付ける。
鈍く、冷たい感触が全身を駆け巡った。
そこまで言われても、あたしは唯の女子中学生だ。今だって泣きそうだし、叫びたいし、取り乱している。
単純に、言葉が出ないだけなのに。- 183 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:43:56.12 ID:sSdNhfG20
「excuse 恐怖で声も出ないだけよ。お願い、見逃してあげて」
あたしの意識と視線は拳銃に向いていて確認は出来ないが、恐らくギョロ目の彼女はじっと絹旗ちゃんを見つめているのだろう。
それこそ泣くことも、叫ぶことも、取り乱すこともなく。真っ直ぐに絹旗ちゃんを見ているのだろう。
「ハハハ、それは出来ませんね。この世界では落し所ってのは超肝心な訳ですよ――まあ、何か交渉する材料があると言うのであれば、考えなくも無いですが」
乾いた笑いをする絹旗ちゃんの表情は、全然、笑って、いなかった。
そんな言葉を聞いて、ギョロ目の彼女も口を閉じてしまい、何も話さなかった。
彼女を責める事は出来ない。勝手に首を突っ込んできたあたしをここまで庇ってくれてお礼がしたいくらいだ。
……ん? でも彼女が居なければこんな状況に陥らなかったんだっけ?
まあ、いいか。
「……、なら」
ここからは、あたしが声を出す番だ。
「ん? 何か言いましたか?」
――あたしが、命を掛ける番だ。
「交渉材料なら、あるよ」
「……言い直しましょう。“何を言うつもりですか?”」
銃口から伝わる圧力が、強くなる。
あたしは生唾を飲んでゆっくりと乾ききった口を開く。
できるだけ冷静に、言葉を紡ぐ。
「あたしが、こんな異常事態を前にして誰かに連絡してないわけが無いでしょ? そうだね、もう直に到着するんじゃない?」- 184 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:44:26.46 ID:sSdNhfG20
「……そんな虚言を信じると思ってるんですか?」
「信じなければ、それはそれでいいよ。でも、その銃声は絶対に“あの人”の到着の手助けになると思うけど」
「…………」
ハッタリだ。
あたしは目の前の異常事態に気が動転して警備員はおろか風紀委員にすら通報はしていない。それこそ初春や白井さんにも、連絡はしていない。
つまりこの場に助けが現れる可能性は全くの零だ。
それでも、絹旗ちゃんの心の中に少しでも引っかかればいい。
そして、あたしの後ろに“誰か”の影を見せれればいい。
あたしの個人情報を調べたということは、交友関係も調査済みだろう。
ならば御坂さん(レベル5)や白井さん(レベル4)の名前だって、絹旗ちゃんは見ているはずだ。
だから、万分の一未満の確立だろうけど、成功する可能性はある。
「もし本当だったとしたら、他力本願にも程がありますね」
「だって、あたしは無能力者だよ? 逆立ちしても拳銃を持ってる絹旗ちゃんに勝てるはずが無いじゃない」
「ま、超賢明な判断ですよ……もっとも、拳銃なんかなくとも、私は貴女を殺すことは可能ですが」
「そう言えばあの時言ってたよね、能力者だって。……ん、そうだ。あたしは絹旗ちゃんに貸しがあったんだ」
「貸し、ですか……?」
公園での会話を思い出したあたしは、その貸しの内容を言ってみる。
「アイスのお金、貰ってないよ」- 185 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:44:56.00 ID:sSdNhfG20
「…………」
「…………」
水を打ったような静寂が、場に流れた。
「っぷ、っく……」
そして、
「あっはははははははははは! なんですかそれ!? それが“貸し”? あははははははは!!」
絹旗ちゃんが、爆笑した。爆笑して――
「超面白ェじゃないですか」
引き金を、引いた。
自分の、眉間に銃口を向けて。- 186 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:45:29.96 ID:sSdNhfG20
「何やって――っ!?」
絹旗ちゃんの突然の奇行にあたしが慌てて近づこうとしたが、直ぐにその足が止まる。
夢でも見ているのだろうか。彼女は、確かに自分の眉間に銃弾を撃ち込んだはずだ。
それなのに、どうして。
「……アイス代くらいの見世物にはなったでしょう?」
無傷、だった。
かすり傷一つなく、可愛らしいその顔は綺麗なままだった。
「なんで、どうしてって顔してますね。安心してください、勿論、その説明もアイス代に含みますよ……まあ、ある程度予想が出来ていると思いますけど、これは能力です」
「能、力……」
もう銃口はあたしに向いてはいないけれど、心の底から湧き出る恐怖は止まらない。
能力者にとっての能力とは、拳銃以上の使い慣れた武器になるのだから。
「そう。窒素装甲(オフェンスアーマー)と言いまして、超圧縮した窒素を自動(オート)で身体を覆うんですよ。だから私に攻撃は超効きません――そして」
能力の説明をしながら絹旗ちゃんは研究所の塀に左手を添え、右手は対照的に握りこんで振りかぶった。
「応用すれば、こんなことも――可能です!」
言いながら、彼女はコンクリートの塀を思い切り殴りつける。
それと同時に爆弾が爆発したような炸裂音が鳴り、塀に蜘蛛の巣のような波状のヒビが生まれて、殴った箇所を中心に崩れ去った。
まるで積み木を崩すかのような感覚で、絹旗ちゃんは研究所の塀を破壊した。- 187 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:46:28.07 ID:sSdNhfG20
その様子を眺めていたあたしは、
「…………」
言葉を失っていた。
目の前の惨事に、思考の処理が追いつかなくて。
「さて、なんてことをしている間に超結構な時間が経ちましたが、貴女のいう助っ人は、いつ現れるんですか?」
そこに、追い討ちを掛けるように、あたしの浅い策をあざ笑うかのように、絹旗ちゃんは言った。
もう分かっているのだろう。あるいは最初から分かっていたのだろう。
どれだけ時間が経っても助っ人なんかは現れないことを。
あるいは、現れたとしても、彼女はその相手を殺せると思っているのかもしれない。
誰が来ても、同じ。
何をしても、同じ。
甘かったんだ。白井さんの言葉を借りれば、この学園都市の『闇』に立ち向かおうと思ったあたしの考えが、どこまでも甘かったんだ。
それとも、心のどこかに絹旗ちゃんに対する希望があったのかもしれない。だって、公園で話した彼女は――。
「……助けて」
「神に祈ろうと、何に祈ろうともうお仕舞いです。こんな超くそったれの世界に神なんていないんですから。いるとしたら、そうですね――」
御坂さんを助けるどころか、知らない女性を助けるどころか、自分自身を助けることが出来ていない。
ここで、詰みだ。
ゆっくりと絹旗ちゃんの右手が、あたしへと伸びてくる。
その手は、まさに死手だ。
「死神くらいでしょう」- 188 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:47:04.28 ID:sSdNhfG20
- 目撃者には死を。
部外者は排除。
小柄で愛くるしい顔の死神は、なんの中途も無くあたしの命を刈り取るのだろう。
覚悟なんて出来てない。無念しか、ない。
この現実を受け止める勇気すら、あたしには無い。
「…………?」
しかし、一向にあたしに手が付けられる様子が無い。
その代わりに聞こえてきたのは、声だった。
「やれやれ、僕の目の前で神の不在証明とは……洒落にしては笑えないね」
「……誰ですか」
あたしの肩越しにその声の主を睨みつける絹旗ちゃん。注意が逸れた隙に、あたしも振り返りその人物を見る。
まず目に付いたのが燃えるような赤い髪。そして全身を覆う漆黒の服。日本人では、無いだろう。
二メートルを超えようかという長身に、耳には無骨なピアスが連なっている。
目蓋の下にはバーコードを模した刺青に、口には煙草。だけれど、煙草を吸っていいような年齢には見えない顔立ち。
“全く見覚えの無い人物”で、それこそ死神のような風貌の男性。でも、不思議と恐怖は湧いてこなかった。
「取り合えず勘違いの無いように言っておこう。僕は別にそこの今にも死にそうな顔をして、まさに殺されそうになっている彼女に呼ばれてここに来た訳じゃない」
“乱入者”は首を横に振りながら、面倒臭そうに言い放つ。
「だったら、こンな所へ何しに来たンですか」
絹旗ちゃんが、臨戦態勢に入る。
目の前の男に只ならぬ気配を感じ取ったのだろう。先程までの余裕のある表情は無く、緊張した顔。
そんな絹旗ちゃんとは対照的に、ゆっくりと、どこか彼女を挑発するようなおどけた口調で彼は言った。
あたしを指差しながら。 - 189 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/07(水) 00:47:32.90 ID:sSdNhfG20
「ただ、借りを返しに来ただけさ」
- 197 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/10(土) 22:22:38.35 ID:dTrVSEc30
生きている世界が実は誰かが書いた物語で、自分がその物語の主人公。という勘違いも甚だしい妄想や想像は誰しも一度はしたことがあるだろう。
『人は人生という小説を書いている。』という言葉もこの世には存在するくらいだし、誰だって自分は主役だと思っていた時期はあるはずだ。
事実、あたしがそうだった。世界はあたしが見ている景色が全てで、あたしの身近な人が重要人物で、世界はあたしを中心として廻っているなどと、
恥ずかしげも無くそんな勘違いをしていた時期が、ごく最近――具体的に言えば学園都市にやってくるまではそう思っていた。
夢見がちな女の子、だったろう。超能力という普通の生活をしている普通の人間には凡そ習得不可能と思われる『チカラ』を何の代価も無く得られると思っていたのだから。
何の努力も、才能もない癖に、根拠も無く、証拠も無く、そう思っていた。
今もそれは大して変わらないのかもしれないけれど、本気で信じていた時期よりは現実を見ているようになっていると思いたい。
だけど、『自分が主人公だ』というそんな幻想はあっけなく壊されることになる。それも自分が信じていた現実によって。
思えば勘違いも、お門違いもいい所だ。場違いとも言えただろう。
人口の大半を占める学生の、それもやはり大半を占める六割の学生は何の能力も発現せずに大人に成っていくと言うのに、一般人のあたしが皆が憧れる能力者になれるなど。
本当に、馬鹿馬鹿しい。今のあたしが過去のあたしに言いたいことがあるとするならば『現実を見ろ』、もしくは『学園都市に行くな』という言葉だろう。
少なくとも、憧れや勘違いはその場に立つことさえなければ美しいモノなのである。
そう。あたしが世界は見ている景色以外にもあって、あたしの身近な人物どころか自分自身も世界にとって全く重要じゃなくて、世界は地軸を中心にしか廻っていないと
はっきりと気付いてしまったのは、なれると信じて止まなかった、信じて病んでいた能力者に、なれなかった瞬間だった。
もっと細かく言えば、渡された身体結果の薄っぺらい紙に書かれた『無能力者』という文字を見た瞬間に、あたしはただの通行人Aでしかないことを、悟った。
いや、それは嘘だ。
実はその表記を見た時は『まあ、まだ始めの身体検査だから』という近頃の若者(大人にも言えることだろうが)みたいな『まだ本気を出していないだけだ』という、
どこから湧いて出てきたのか分からない感情に支配され、次の身体検査ではきっと能力者になれると思っていた。- 198 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/10(土) 22:23:07.88 ID:dTrVSEc30
結局、あたしも近頃の若者の例に漏れることは無く、本気を出したところで次の身体検査の結果表にも、
超能力者(レベル5)でも大能力者(レベル4)でも強能力者(レベル3)でもなく、異能力者(レベル2)はおろか、低能力者(レベル1)ですらなく、
無能力者(レベル0)
という非常な文字がぽつんと書かれていただけだった。
ここで、本当にあたしは自分が主人公なんかではないことを理解した。初めての挫折だったかもしれない。初めての体験だったかもしれない。
他人に『無能』と評価されることが、あたしの中にあった理想と希望を粉々に砕いて、ご丁寧に風に乗せて遠くまで飛ばしていった。
辛かった。悲しかった。苦しかった。
泣きそうだった、怒りそうだった。
いや、いっそ泣いてしまえばよかったんだ。初春の薄い胸にでも飛び込んでわんわんと周りの目を憚らず泣いて、悔しさと悲しさを流しだしていれば。
それとも、やはり怒ってしまえばよかったのかもしれない。学園都市に、教師に、時間割に、能力者に、理不尽な怒りを吐き出して、怒鳴り散らしていれば、
きっと今よりは多少は落ち着いていたのかもしれない。
でも、あたしはそれが出来なかった。ちっぽけなプライドが、図々しい見栄が、みっともなく泣くことも、理不尽に怒ることも止めていた。
あたしは『割り切っている』という演技をして、生きている。- 199 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/10(土) 22:23:35.34 ID:dTrVSEc30
『能力なんて関係ない』
『もっと大事なものが他にある』
『友達と笑っていればそれでいい』
『今が楽しければ、それでオッケー』
そんな言い訳を、演技を友達に聞かせて、自分に言い聞かせて、毎日を生きている。
自分を偽って生きている。
嫉妬を抑えて生きている。
羨望を隠して生きている。
願望を殺して生きている。
『佐天涙子』という人間は、『佐天涙子』を偽って生きている。
いや、それはもう生きていると言ってもいいのかすら怪しい。
少なくとも今こうして話している『あたし』は、皆が見ている『佐天涙子』では決して無いからだ。- 200 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/10(土) 22:24:49.10 ID:dTrVSEc30
……話が脱線してしまった。
結局あたしのこんな恥ずかしくて見るも耐えない経験を話してまで言いたかったことは、絶体絶命のこの状態で現れた赤髪の男性こそが、
それこそ主人公だと言えるのではないのだろうか、ということ。
そして、そんな状況に居合わしたあたしも、主人公なんかではないと理解してしまったあたしですらも――
ちゃんとした登場人物になれた気がした。
「貸し?ひょっとして貴方もアイスでも超奢って貰ったんですか?」
絹旗ちゃんは現れた赤髪の男性に向けて、懐に戻していたであろう拳銃を抜き銃口を向けていた。
対する赤髪の男性は拳銃に怯むことなく――あたしと違って恐縮してしまうことなく一歩一歩確実に近づいてくる。
「ん、まあ似たようなものだよ。僕はアイスを食べるのが下手でね。何度も何度もアイスを地面に落としてしまっていたんだけれど、彼女とその友人に助けられて
ようやくアイスを口にすることが出来たんだ。もっとも、僕が欲しがっていた味のアイスはもう溶けて無くなっていて、別のアイスだったんだけれどね」
「そんな見え見えの嘘を誰が超信じるって言うんですか」
「あながち嘘でもないさ。大体、君には関係の無い話だからそれが嘘だろうが真実だろうがどうだっていいだろう?
アイスだろうが、フィッシュアンドチップだろうが、人間だろうが、そこに大した違いはないさ」
「まあ、超そうですが」
拳銃を構えたまま、拳銃を向けられたまま、軽い口調で二人は話す。
その光景が、あたしにはとても異様で、異常に見えた。
だって、いつ撃たれるか分からないのに、いつ武器を出されるか分からないのに、二人は道端で話すような感覚で話しているのだから。
汗一つ、掻いていない。- 201 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/10(土) 22:25:16.90 ID:dTrVSEc30
「さて、この状況下で止まるどころか近づいてくる貴方は『何処』の所属ですか? 言っておきますけれど、これは『仕事』なので邪魔立てする理由は無いはずですよ」
「だから言ったろう、ただ借りを返しに来ただけだ。それに僕は君の言う何かに所属している人間ではないよ」
「嘘ですね」
絹旗ちゃんが、赤髪の男性の発言を切って捨てる。
そこでようやく、彼の足は止まった。
「貴方は私と超同じ匂いがします。クソッタレで救いの無い世界で生きている私と、同じ匂いが」
「…………」
どこか苛立っているような絹旗ちゃんとは対照的に、赤髪の男性は無骨なリングが嵌められた指で軽く頭を掻いている。
その仕草はどこか小馬鹿にしているような、そんな動きだった。
そして、彼はゆっくりと口を開く。
「クソッタレな世界、ね。まあ否定はしないけれど救いの無いという言葉だけは取り下げてもらおう。一応は神に仕える身だし。世界に救済が無いなんて嘘っぱちだ。
そうだね、僕にとってはこの世に煙草がある以上、それはこの上ない救いだね。煙草がなければ僕は世界に救いがないと絶望して死んでいただろう」
すっと懐から煙草のケースを取り出し、その一本を咥え、その先端を睨みつけるだけで火を着けた。
「そんないちいち表現を曖昧にする意味が分からないね。もっとはっきり言えばいいじゃないか。僕と君は同じだ。クソッタレの世界で生きている普通の――」- 202 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/10(土) 22:26:07.29 ID:dTrVSEc30
「――普通の人殺しだよ」
- 211 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:34:20.85 ID:EAWC5Hxm0
始めに動いたのは絹旗ちゃんだった。
赤髪の男性の言葉を聞くや直ぐに拳銃の引き金を引き、弾丸を発射する。銃口の向きから察するに、恐らくは腹部辺りを狙ったのだろう。
「なるほど、映画や漫画なんかではよく頭部を狙うが、実際は稼動範囲が狭く的が大きい腹部を狙うのが定石なのか」なんて思う暇なんて当然無かったので、
赤髪の男性に声を掛けることもなく、あたしは目を閉じていた。
誰も銃弾で撃たれた人間の姿など見たくも無いだろう。例え、あたしを助けに来てくれた人間でも。いや、だからこそかもしれないけれど。
しかし、あたしの耳には何も聞こえてこなかった。
赤髪の男性の呻き声も、絹旗ちゃんの言葉も。
何も。
「……?」
恐る恐る、目蓋を開ける。
結果から言えば、赤髪の男性は無傷だった。あの真っ黒なマントの下に防弾チョッキでも装着しているのだろうかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
根拠は汚れ一つないマント。銃弾を撃ち込まれたのなら最低限穴は空くだろう。だが、彼の服には穴は無く、綺麗なままである。
そして、何より絹旗ちゃんの表情が――苦虫を潰したような渋い表情が『銃弾が到達しなかった』と語っていた。
「銃弾が……」
絹旗ちゃんは自らが持つ拳銃を品定めするように、まるで弾が出ないモデルガンを見るような目で眺めていた。
それが実際にモデルガンであればどれだけ良いか、と祈るように眺めていたら絹旗ちゃんは研究所の壁に向けて数発、弾丸を撃った。
ガン、ガン、ガン、と場に響く音はとてもモデルガンが出すような安っぽい音ではなかったし、立ち込める硝煙と鼻につく火薬の匂い、壁に出来た弾痕がなにより
その小さな手に持たれた鈍く光る鉄の塊が、正真正銘、本物の拳銃だと証明していた。
「ふむ、超正常ですね」
あたしの切実な祈りを他所に、絹旗ちゃんはそう言い終える。と、同時に拳銃を上着のポケットに仕舞い、面倒くさそうに首を振った。
そして、なにやら思案顔で顎に手を添えて目を付すと、やっぱり面倒臭そうに口を開いた。
赤髪の男性は、いまだ優雅に煙草を吹かしている。- 212 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:34:47.47 ID:EAWC5Hxm0
「消えた、というよりは融解、ですか……今、超一瞬だけ温度変化がありましたし」
「……へえ、よくそこまで観察できたね。褒めてやろうか?」
「超結構です」
きっと、絹旗ちゃんは自分が何をされたのか、銃弾に何が起こったのかを理解したのだろうけれど、現状すら把握し切れていないあたしは、赤髪の男性は何かの能力を
使ったんだろうな、という考察くらいしか出来なかった。とてもではないが一瞬だけの温度変化に気が付けるほど、あたしは高性能ではない。
何度も言うが、あたしは普通の女子中学生なんだから。
そして赤髪の男性もそれを悟ったのか、言葉こそ余裕は見せているが、若干、顔が強張っている。
でもそれは決して焦りなどではなく、自らの失態を悔やんでいるような、そんな表情。
この程度の人間に、見破られるとは。
そんな、人を見下したような表情だった。
「発火能力、それとも熱量の操作、掌握するような能力――いずれにせよレベル4、と言ったところでしょう」
「大能力者(レベル4)」と彼女は繰り返す。
あたしが決して届くことの無い数字を、簡単に言い放つ。
「格付け(そんなもの)はどうでもいいし、くだらないと思っていますが、貴方はどう考えていますか?」
「本当に、くだらないと思うよ。人間を細かく順番に並べていくことなんて――君もそうは思わないかい?」
赤髪の男性は絹旗ちゃんの言葉を肯定し、なぜかあたしへと質問を向けた。同時に絹旗ちゃんの視線もこちらを向く。
いきなりそんなことを言われて「あ、うぅ」と唸ることしか出来ないあたしを見ながら赤髪の男性はやれやれと首を振る。
どこか残念そうなその表情に、なぜだかあたしはひどく申し訳ない気分になってしまう。- 213 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:35:19.24 ID:EAWC5Hxm0
「まあ、今の君なら、そんな反応だろうね……さて、お喋りの時間もそろそろお終いだ。僕も君も、それから君も、時間が無いからね。
ほら行くよ。ここでの出来事は、もう終わっている」
赤髪の少年は言い終わると同時に咥えていた煙草を吐き捨て踵を返し来た道を戻ろうとしたので、あたしと、いつの間にか拘束を解いていたギョロ目の女性もその後を追う。
吸殻は、地面に落ちる前に発火し綺麗に灰へと変わっていた。
「超待ってください」
だが、当然絹旗ちゃんがそんな行動を見過ごすわけが無かった。
「ふざけてるンですか? 私が『はいそうですか』と見逃すとでも?」
絹旗ちゃんは両拳を胸の前で構え脚を前後に開いてボクサーのような姿勢をとる。
それは見よう見真似のそれではなく、慣れ親しんだ構えなのだろう。素人目に見ても無駄の無い綺麗な姿勢だった。
彼女の武器は拳――いや、身体全部が凶器と言ってもいいだろう。窒素を纏うという能力を深く理解することは出来ないが、さっき彼女が見せたパンチで想像ができる。
絶対防御。
一撃必殺。
並みの人間――どころかある程度の強度(レベル)の能力者でも彼女に勝つことは難しいように思えた。
赤髪の男性の能力が発火能力や熱量操作だとしても、いまだその実態は見せていないのだから。
しかし。
「なんだい、意外と物分りが悪いんだな。いいか見逃すのが得策なんだ。僕にとって――君にとってもね」
それはつまり、底を見せていないこととも言える。- 214 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:36:00.03 ID:EAWC5Hxm0
赤髪の男性の台詞に、ぞわりとあたしの背中を形容し難い寒気が走り、思わず背筋が伸びてしまう。
それほどまでに、冷たく、冷めた言葉だった。言葉だけで人を殺せるというのならあたしは既に何回か死んでいるだろう。絹旗ちゃんはもちろん、この男性の言葉でも。
既に乾ききっている喉を鳴らす。学校の授業でのマラソンが今のところ人生で一番体力を使った場面だったが、それが砂粒以下にも思えるほどあたしの喉はカラカラだ。
息を吸うだけで肺が内側から引っ張られるような錯覚に陥る。
目を動かせばそのまま眼球が固まってしまうような緊張が走る。
一触即発のこの場面に、あたしのような弱者は居てはいけない。居たところで巻き込まれて死ぬだけだ。
ただでさえ脳の処理速度を大幅に上回る出来事が続いて意識を失いそうな位、気が動転しているというのに。
なんで友達を助けるだけなのに、こんな事が起きてしまうのか。
「君と殺し合いでもするのが、この世界らしくシンプルで良いんだけれどね、状況が違うんだ。僕はこの場の全員を無傷で家に帰したいんだからさ」
「ハッ! その全員には漏れなく私も超入っているンですかねェ!?」
「勿論さ」
「それは重畳。でも無傷で家に帰って映画を観るのは、超残念ながら私だけです!!」
叫びながら、アスファルトを抉りながら絹旗ちゃんは赤髪の男性へと文字通り飛び掛った。
およそ一般人でも、陸上選手でも不可能なほどの跳躍を助走無しでかました絹旗ちゃんは、遥か上空より拳を振り上げ急下降してくる。
「死ね」- 215 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:36:30.32 ID:EAWC5Hxm0
まるで斬首台の執行人のような声を漏らしながら赤髪の男性へ思い切り殴りかかった。当たれば即死必至の攻撃。
人間の身体に少しでも当たったりしたら、その部位は使い物にならないどころか粉々になって飛散するだろう。
まるで、赤髪の男性が一瞬前まで立っていたアスファルトのように。
「なっ!?」
驚きの声を上げたのはアスファルトを砕いた絹旗ちゃんだったが、それを眺めていたあたしも驚いていた。
絹旗ちゃんの攻撃方法、ではなく、絹旗ちゃんが驚いたことに対して驚いた。だって彼女は自ら見当違いの場所に着地し、
その地面を粉々に砕いたのだから、てっきり威嚇の為にわざと外したのだろうと思ったけれど、彼女の反応を見るにどうやら本気で赤髪の男性を狙っていたようだ。
ということは、赤髪の男性が『何か』をしたということになる。
認識阻害か、それに準ずるなにかを。
「ん? ああ、驚くことは無い。それはそうなるべくして、そうなったんだから」
「蜃気楼、ですか」
「ご名答。さあ、それで満足したろう? ここは大人しく見送ってくれないかな」
「超嫌です」
相変わらずの口調で――相手を見下げたような口調で赤髪の男性は新たに煙草を一本口に咥えた。
今度は火を点けず、ぶらぶらと口先でそれを揺らしている。それは、どこまでも挑発的な態度で、見下した仕草だった。- 216 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:37:05.77 ID:EAWC5Hxm0
「やれやれ、生憎だけど本当に時間が無いんだ。君に敗北することなどあり得ないが、少々手間が掛かりそうなんでね、ここで失礼するよ」
「……貴方だけならまだしも、無能力者を二人、それも女性を連れて私から逃げ切れると?」
その通りだった。いくら赤髪の男性がかなりの能力者だとしても、仮にあたし(またはギョロ目の女性)の味方だとしても、足手まといの人間を連れて絹旗ちゃんから
逃げ切れる筈が無い。文字通り、足を引っ張ってしまう。
それにこの場には居ないが絹旗ちゃん側にも恐らく味方がいるだろう。最初に見たスキルアウト風の連中がそうだ。どこかで待機している可能性が高い以上、この場から
無傷で逃げ出せる方法などそれこそ絹旗ちゃんが見逃してくれるしかない。
「逃げて、ください」
なら、あたしを置いて逃げてください。
できるなら、この女性を連れて。
二人は無理でも、一人くらいなら一緒に逃げれるでしょう?
「貴方とあたしは《初対面》なんですから、仮に会っていたとしても《覚えていない》んですよ? そんなあたしの為に危ない目に遭うのは可笑しいですよ」
「……」
突然話し始めたあたしに対して誰も口を開かない。
「だから、逃げてください。貴方の命とあたしの命じゃ、価値も違うし重みも違う」
貴方は恐らく高位の能力者。そしてこの女性も研究所に所属しているだろう頭の良い有能な人間。
それに比べてあたしは無能力者で、無能だ。天秤に載せるまでも、比較するまでもない。
どちらが生き残るべきか、どちらが世界に貢献するのか、そんなものは一目瞭然だ。
ならばせめて。
ならばせめて、貴方達の代わりに命を捨てたという免罪符くらいは貰いたい。- 217 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:37:44.26 ID:EAWC5Hxm0
「ふん」
しかし、赤髪の少年はそれを好しとはしなかった。
寧ろ苛立ったように鼻を鳴らす。
「言っておくけど僕と君は《初対面》ではないし、僕は《覚えている》」
赤髪の男性は続ける。
静かに、それでいて燃えるような口調であたしを責める。
「無謀にもチカラを持つ人間に立ち向かう君を、脅えながらも現状を打開しようと模索する君を、自らの命を顧みず他人を生かそうとする君を、僕は覚えている」
「何を言って――」
「黙れ、今の僕は機嫌が悪いんだ。殺すぞ」
赤髪の男性は、もう挑発的な態度など見せなかった。
押しつぶすような低い声で、何か言いかけた絹旗ちゃんを制す。
「ああ、本当に面白くない。こんな茶番に付き合わされることも、それを呑む自分自身も、君に気を使わせてしまったことも、腹立たしい」
乱暴に頭を掻きながら口に咥えていた煙草を地面へと吐き捨てる。
火の点いていなかった煙草だが、一度落下して跳ねた瞬間に、灰になった。- 218 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/22(木) 00:38:27.40 ID:EAWC5Hxm0
「何より面白くないのは君の言葉だ。命の価値も重みも違う? ふざけるな。君がそんな言葉を吐いたら僕は――君に助けられた《僕達》の命はどうなってしまうんだ」
「あたしに、助けられた――?」
「ああそうさ。今日僕が来たのもその《借り》を返しに来ただけだ。それとちょっとした話をしにね」
助けた? あたしが? 目の前の男性を?
脳内の記憶を引っ張り出そうとしても、何も思い出せない。
それどころか、少し頭が痛くなってきた。
だからあたしは考えるのを止め、全員を連れ出すという赤髪の男性の意見に反論する。
「で、でも! この状況はどうするんですか!」
「決まっているだろう。無傷で全員この場から離れるんだ」
「だから、どうや――」
どうやって、という言葉は言い切れなかった。というか彼に届かなかっただろう。
それは別に口を塞がれただとか、絹旗ちゃんに殴られたとかそういった事ではなく、あたしがその場から居なくなってしまったから。
当然、あたしに空間移動の能力はない。でも、事実あたしは一瞬で違う場所に居た。
「ギリギリ間に合いましたわね」
混乱するあたしを嗜めるように言った《彼女》の言葉で、残念ながらあたしは更に困惑することになってしまう。
恐らく元の位置から距離にして数百メートル離れた先の大通り。夏休みだからかこの時間でもそれなりの人がいる。
あたし達はその雑踏の中で見つめあうようにして立ち竦んでいた。
混乱しているあたし。事情が飲み込めていないギョロ目の女性。
そして。
「佐天さん。お迎えに参りましたの」
先日、喧嘩別れしたはずの白井さんだった。- 228 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/28(水) 23:20:18.15 ID:NG35Cksv0
9
「まずは礼を言わさせてもらうわ。ありがとう」
「いえいえ、風紀委員として当然ですの」
あの後――なぜだか現れた白井さんとろくな会話もせずに空間移動で連れて来られたのは、数日前にも居た風起委員第一七七支部の詰め所だった。
白井さんが能力を使用して移動していることもありあたし達は一度も言葉を発せず、ここに到着してようやくギョロ目の女性が口を開いた。
白井さんは彼女の言葉に社交辞令的な言葉と、それでいて営業的なスマイルで返す。
一見和やかな雰囲気ではあるが、あたしとしては少し居づらい。
応接用のソファに座ってはいるものの、どうも落ち着くことが出来ないので視線がフラフラと動いてしまう。
「……しかし、解せないわね」
「なにがですの?」
「all そこの長髪の彼女が現れてから、風紀委員のあなたが現れるまでの出来事、全部が理解できないわ」
長髪の彼女、と自分の特徴が聞こえたので視線がギョロ目の女性に固定される。
ウェーブの髪に若干ではあるけれど不健康そうな顔色。そして白衣。高校生ぐらいの歳に見えるが、やはり科学者なのだろうか。
この街では学生が研究職に付くことは珍しいが、それほど極端に数が少ないわけではない。
でも、だからと言ってああやって拉致されそうな状況に陥るというのは大変珍しいんだけれど。
「わたくしは“監視カメラの映像を頼りに”あの場所へ到着しましたの。別件――とは言いがたいですが、ある調査の途中にあなた方を発見しただけですの」
「well なるほど、あなたが来たのは“本当”に偶然だということね」
「偶然など、仕組まれて起こるものですわ……それより、二人称で話すのもいささか不便ですし、そろそろ自己紹介でもしませんこと?」- 229 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/28(水) 23:20:45.35 ID:NG35Cksv0
「……布束砥信、長点上機学園の三年生」
長点上機学園。ギョロ目の――いや、布束さんが気だるそうに呟いたその学園の名前は学園都市に住むものなら誰でも知っている名門中の名門学校だった。
それこそ白井さんが所属する常盤台中学並みに、ひょっとしたらそれ以上に優秀な人材が揃っているといわれている。
超能力による入学制度こそ無いが、それに遜色無いほどの能力(スキル)を持っていなければ入学できない。
すなわち、布束さんの言葉をそのまま信じるならば、彼女は相当に優秀な人だということだ。あたしとは違って。
「まあ、長点上機の方でしたか。確かに聡明そうな雰囲気が滲み出てますの――ああ、申し送れました。わたくし白井黒子と言います」
「別にその手の気遣いは無用よ。それにあなた――白井さん、でよかったわね?白井さんこそ常盤台の制服を着ているのだから、それなりに優秀な筈でしょう?」
「お姉さまに比べれば、まだまだ若輩者ですわ」
「『お姉さま』というのが誰だか分からないけれど、常盤台に居ればあなたの様な高位能力者で優秀な人間も影を潜めるのね。謙遜じゃなければ」
「別に能力が高いことと、優秀だということは必ずしも同じではありませんの」
「それについては同意するわ。逆に高位になればなるほど人格としては破綻していくものですから」
流れるように交わされる会話。きっと普通の人が聞いたらなんてことのない会話なのだろうけれど、あたしにとっては耳を塞ぎたくなるような内容だ。
高位能力者だとか、有名な学校に通っているとか、そんなことではない。ああ、違う。それも含めて聞きたくも無い会話だけれど、それ以上に“怖い”。
普段嫌い合っている様な人間が、表面上だけ取り繕ってい会話しているような、お互い褒めあっているのにどれも感情が篭っていないような。
そんな、探り合って話し合う二人と、必要以上に抑揚のついた平坦な会話が、とても、怖い。
始めにあった和やかな雰囲気など、もうどこにも無い。
いや、あたしが気が付かなかっただけで、初めから二人は何かを探りあうような会話をしているのだろう。
「さて、それじゃあさっきから私を観察しているあなたも、自己紹介してもらおうかしら」
「ひゃい!?」
噛んでしまった。ふいに声をかけらたことに驚いて。
かみまみた。- 230 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/28(水) 23:22:35.57 ID:NG35Cksv0
……なんて暢気なこと考えてないで話さなきゃ。
ほら、布束さんのギョロ目があたしを睨んでいる。
「え、あー。コホン。あたしは佐天涙子って言います。柵川中の一年です」
「そう。じゃあ佐天さんにもまずお礼を言うわ。助けてくれてありがとう」
「いやあ、たまたま通りかかっただけですよ。たまたま」
とりあえず、嘘をつく。同じ単語を繰り返す辺りやっぱりあたしには嘘をつく才能はないのだろう。まあ、嘘が上手い人間に憧れているわけではないので何の問題も無い。
とにかく、たまたまどころか思い切りあの場所で待ち伏せをしていたので偶然もへったくれもないが、理由が理由だけに今話すわけにはいかない。
それにしても偶然は仕組まれて起きるもの、かぁ。白井さんも見透かしたようなことを言うよね。
「たまたま通りかかっただけ、ね」
「……なんでしょうか」
咀嚼するようにあたしの言葉を反復する布束さんの両目は、相変わらずあたしを見つめていて、思わず白井さんに顔を背けたら彼女も同じようにあたしを見据えていた。
どうやら、白井さんもあたしがあの場所に居た理由を知りたいらしい。
「残念だけれど、脳神経応用分析所は“たまたま通りかかれる”ような場所に建っていないわ。それにあの時間に中学生であるあなたが、なんで出歩いていたのかも疑問」
「それは、その……」
「お姉さま絡み、ですわよね?」
言い淀むあたしに助け舟、この場合は三途の川を渡る渡し舟になるのだろうけれど、とにかくフォローに入ってくれたのは白井さんだった。
その声は感情の無い、死んだような声。「お姉さま?」と布束さんは白井さんの言葉を繰り返し、何かを思考し始める。
そして、無表情のまま小さく声を漏らす。
「オリジナル?」、と。
- 231 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/28(水) 23:23:22.22 ID:NG35Cksv0
「初春に頼んでお姉さまの軌跡を辿っていたところ、候補に挙がった研究所に居た……佐天さん。あなたはお姉さまを追って、あの場所に居たのでしょう?」
「え、あ……」
言葉が詰ってしまう。
「ましてや、神父様からも情報が入ってきたということは“そういうこと”なんでしょう」
「……神父って、あの赤髪の男の人ですか?」
勝手に断言されて返す言葉も無いあたしは、少しばかり見当違いなことを聞き返す。まあ、全然関係の無い話ではないのだけれど。
しかしなるほど、そう言われてみれば彼は神父に見えなくも無い。神に仕える人間だとも言っていたし、どうやら本当なのだろう。
だけれど、なんで白井さんがそんなことを知っているのだろうか。パッと見た印象では奇抜な服装、くらいの感想しか持たないだろうに。
しかし、その神父さんは無事なのだろうか。忘れていたわけではないが、彼は未だにあの現場に居るのだろう。そして絹旗ちゃんと交戦しているのかもしれない。
彼が敗北するシーンは中々想像できないが、相手が大能力者――窒素を従える絹旗ちゃんだ。決して無傷というわけにはいかないだろう。
「ああ、申し訳ありませんの。佐天さんはご存じなかったんですわね」
「……白井さんは、面識があったんですか?」
「……一ヶ月ほどの付き合いですが、それなりに親交はありましたの……まあ、神父様のお話は後ほどにしましょう。今は佐天さんがどうしてあの場所にいたのかという――」
と、言いかけた白井さんの言葉を遮って別の声があたし達の間に入り込む。
「stop 話を遮って悪いわね、一つ質問したいことがあるわ。白井さん、佐天さん」
そんな人間は、布束さんしかいなかった。
「布束さん? 今は佐天さんへ質問をしていますの。とりあえず待っていてくださいまし」
「apology ご免なさい。でも、これはどうしても先に訊いておきたいの。確認、とも言えるけれど」
- 232 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/28(水) 23:23:55.84 ID:NG35Cksv0
怪訝な表情を浮かべる白井さんなど、これっぽっちも気にしていない布束さんは表面上だけ取り繕ったような言葉で謝った後、間髪入れずこう言った。
余りにも自然に、ごく当たり前のように彼女の口から飛び出した言葉は、当然ながらあたしが探している人の名前だった。
「あなた達の言うお姉さまというのは、御坂美琴……でいいかしら?」
正直なところ、あたしはこの布束さんが例の実験にどんな形にせよ関与しているだろうと思っていた。
いや、別に自慢げに推理を始めるわけではない。だって土御門さんから聞いた情報の場所で(結果として御坂さんが現れなかったのでガセだが)
あんな出来事が起これば誰だって気が付く。さらに研究者の証である白衣を羽織っているのなら、尚更だ。
御坂さんの名前がここで登場することも、納得がいく。
白井さんもそのことに関してはある程度予測していたようで、というより事前知識として知っていたようで布束さんから御坂さんの名前が出てきたところで
そんなに驚きはしていなかった。むしろ『やっぱり』といった表情で、やれやれと疲れたように首を横に振っている。
ああ、だからこそ最初の探り合いだったのか、とあたしはぼんやりと理解した。
お互いがお互いの事情をある程度ではあるが把握した上での質問。
敵か味方かを判断する、質問。
「……ええ、その通りでございますわ。で? 質問はそれで終わりですの?」
「結構よ。それで白井さんの意図も、佐天さんの状態も、ある程度把握したわ……なんならあなたの質問に息が詰って窒息しそうな彼女の変わりに代弁してあげましょうか?」
そう言われて、あたしは今自分の状態に気を回す。
息が詰って、は比喩でもなんでもなく実際にあたしの呼吸は荒くなっていて、本当に死んでしまいそうな位、苦しい。
言葉も出ない。息が出来ない。
少しづつ求めていた情報に近づいていっているというのに、なぜだかあたしの心は掻き乱されていく。
嫌な予感どころではない。これは、確信だ。
- 233 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/28(水) 23:24:33.94 ID:NG35Cksv0
「白井さんは風紀委員の権限と、例の赤毛の神父から情報を手に入れてあの場所へ急行した。じゃあ見たところ一般人の佐天さんはどうしてあの場所へ辿り着くことが
出来たのか? 恐らく私が連れ去られる前からあの裏口付近で待っていることが出来たのか? 答えは簡単。『誰かがオリジナルの現れる場所を示した』。それだけ」
白井さんにおける赤毛の神父と同じ存在が、彼女には居る。そう布束さんは付け加えた。
気持ちが悪い気分を抑えながら、揺れる目線で白井さんを見てみれば、驚いても無く怒っているわけでもなく、ただ頷いていた。
納得したように。理解したように。機械的に頷いていた。
あたしはそこで気が付く。布束さんと白井さんは、お互いがこの場所にいる理由を知っている。つまりこの場所で異常(イレギュラー)なのはあたしなんだ。
登場すべきではない人物。
物語に関わらないはずのモブ。
何も出来ない無能力者。
そんな、何一つ影響力を持たないあたしが居ることが、おかしい。
「白井さんと、その神父がどんな関係なのは置いておいて……佐天さん? 質問内容が彼女と被ってしまうけれど改めて訊くわ」
「……はい」
布束さんの大きな目が、さらに大きく見開かれる。
誤魔化すな。
嘘を言うな。
逃げるな。
そんな意思が篭った瞳であたしを射抜きつつ、さらりと言葉を吐き出した。
「――あなたは、どうやってあの場所にたどり着いたのかしら?」
- 234 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/09/28(水) 23:26:41.29 ID:NG35Cksv0
怪しげな金髪でアロハシャツの男性から、なんて言えるはずも無い。
でも、正直に話さないわけにもいかない。というか、そもそも隠す必要なんてないはずだ。
それなのに、どうして土御門さんの事をこうも隠そうという思考に陥ってしまっているのか?
分からない。
解らない。
わからない。
ワカラナイ。
どうも、さっきから頭が痛い。
呼吸は相変わらず乱れていて、脳はシェイカーで振られているんじゃないかと思うくらいグチャグチャだ。
心だって――もう折れる箇所が無いほど折れている。
なんであたしがこんな辛い思いをしないといけないのか。
御坂さんに拒絶され、白井さんと喧嘩して、絹旗ちゃんに殺されかけて。
友達が、どんどんあたしから離れていくというのに。
そこまでして、あたしが頑張る必要があるのだろうか。
友達だから、なんて軽い考えで、出すぎた真似をする必要なんて――
これっぽっちも、無いんだ。
- 246 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:52:26.87 ID:fII2Ddzx0
結局、あたしが何も話さないので部屋の中には重苦しい沈黙と、デジタル化が進んでいる学園都市でも今だ現役であるアナログの掛け時計の秒針の音だけが響いている。
白井さんは顎に手を添えて何かを考えているようだし、布束さんは相変わらずあたしを見続けていた。時間にしてみればそんなに経ってはいないのだろう。
だけれど居心地が悪い空間というのは体感時間が物凄く長く感じてしまうので、あたしは既に数時間ほど黙っているように感じた。
別に口止めされている訳ではない。ただ、土御門さん――というよりはこの一連の出来事に関して思考をすると、どうも頭痛が激しくなってしまう。
今だって、まるで心臓が頭に移動したのかと思うくらい、激しく痛んでいる。
「……本当は神父様からお話しになったほうがよろしいんですが」
そんな独り言のような呟きで静寂を打ち破ったのは白井さん。思わずあたしも布束さんも目線を白井さんへと向けるが、当の本人はさっきまでと変わらない姿勢のままだ。
勿体ぶったように、たっぷりと間を置いている白井さんが次になにを言うのかと考えたら、少しだけ怖くなった。
赤髪の男性、白井さんの言うところの神父様が話すべき内容というのは確実にあたしについてだろう。彼も研究所前ではそんなような事を言っていたし。
そして、それがあたしにとってあまり良くない話だということも、大体、想像が付いていた。
「佐天さんの遭った、例の事故についてですの」
「そう、ですか……」
例の事故――つまり上条さんに助けられた事故のことだろう。以前、白井さんに尋ねた時は「知らない」と一蹴された事故について彼女の口から説明があるということは、
やはりそれはただの事故ではなかったという事。少なくともあたしの現時点では知らない情報を、白井さんは知っている。
- 247 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:52:53.86 ID:fII2Ddzx0
「……それが彼女が研究所に居たことと関係が?」
布束さんが怪訝な声を出す。無理もない、さっきまでの話題とは程遠いあたしが事故に遭った時の話など聞きたくはないだろうし、どうしてこのタイミングでその話が出てくるのか疑問だろう。
白井さんもそれを察したのか「後ほど、お解りになると思いますの」と布束さんに言い、添えていた手を膝の上に置いてからあたしの眼を見つめる。
その目は絶対能力進化実験の概要を説明する前に初春が見せたものと同じで、あたしに覚悟を問う、眼だった。
「大丈夫、です」
嘘、だ。白井さんが喋るにつれて、話題があたしに向くにつれて頭痛はひどくなっていく。
でも、それでも聞かなくちゃいけないような気がして、あたしは頷いた。
「もともと、それはあたしが知りたかった事の一つです。あたしもその事故と今回の件がどう繋がっているのか見当もつかないですけど、知らなくてはいけない事だと思います」
あの日、何があったのか。あたしの身に、上条さんの身に、何が起きたのか。
それを知る義務が、責任があたしにはある。
「そうですか……それでは、お話ししますわ。あの日、“わたくし達”に何が起きたのかを」
そして、白井さんは話し始めた。
まるで作り話のような、滑稽な現実を。
- 248 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:53:44.54 ID:fII2Ddzx0
あの日。
正確にいえば七月二十八日。あたしは大型トラックになど轢かれてなんかいなかった。
そして、時間はさらに前、七月二十日に遡る。
あたしは夏休みが始まった事に浮かれていて一人で外を出歩いていたらしい。そして、一人の少女と出会った。
少女の名前は『インデックス』といい、その学園都市では見かけない真っ白な修道服に身を包んだ銀髪碧眼の自称シスターは空腹で道端に倒れ込んでいた。
普段なら放置しておくか、警備員なり風紀委員なりに通報して終わりにしているのだけれど、なんとあたしはその怪しげなシスターにご飯を恵んだらしい。
まあ、ファミレスだったらしいけれど。しかし初対面の人間にそこまでしてあげるのは我ながらおかしいと思うかもしれないけれど、夏休みで浮かれていたんだと思う。
とにかく、そのインデックスにご飯を奢ってあげたあたしは、それを楯に図々しくも彼女について詮索を始めたそうだ。
彼女も彼女で自分に関することを話したがったらしく、割とすんなり事情を知る事が出来たらしい。
「私は十万三千冊の魔道書を持っている」「それによって悪い魔術師に追われている」「今は教会を探している」
そんな中学生の妄想のような彼女の事情を、あたしは真剣に聞いていた。それを事実だと信じて白井さんや御坂さん、初春に後から興奮気味に話す位だったらしい。
繰り返しになるが、夏休みで浮かれていたんだろう。それか暑さでどうかしていたかだ。
とてもじゃないが、白井さんに訊いた時は信じられなかった。てっきりここまでの流れが白井さんによる壮大なタチの悪いドッキリだと思ったくらいだ。
でも、白井さんは「ここまでの話は、当時佐天さんから訊いたお話しですの」と真剣な表情で言い切ったので、話を聞く体勢に戻した。
あたしは彼女の話を訊き、まるで物語の主人公になったつもりで(白井さんはそうは言っていなかったが、多分その当時のあたしはそうだったのだろう)彼女を助ける為に奔走を始めた。
『地獄の底までついてきてくれる?』という彼女の最終警告すらも、軽く流し、軽い気持ちで彼女に付きまとったそうだ、『あたし達は友達だ』とずるい足かせを彼女に着けて。
先に話したように初春達へ協力を仰いで、インデックスの警護に当たったらしい。当時、あたし以外の皆はままごとに付き合っている気分だったそうだ。
しかし、ままごとではなく、事実だと痛感したのがその日の夜、五人で夜の街を徘徊していた時。
インデックスを追う、魔術師が現れた。
その魔術師こそ、研究所であたしを助けてくれた赤髪の神父だった。
- 249 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:54:27.24 ID:fII2Ddzx0
幸いな事に御坂さんと白井さんが居たおかげで、なんとかその場は逃れる事が出来たらしい。
それでも大能力者と超能力者を相手にして互角に渡り合ったらしい赤髪の神父はやはり相当の実力者だったようだ。
そして彼女の話す全てが“現実”だと理解したあたし達はどうにかして彼女を無事に協会へ送り届けるかを議論した。
当然だが一日二日で結論が出る訳もなく、その間インデックスはあたしの住む学生寮で匿っていた。
補修やらには縁の無い(というか中学生なのでよほどの事が無い限り縁は合わない)あたしは基本的には彼女と共に過ごしていたらしい。
まるで姉妹のようだったと、白井さんは言う。だけど、残念ながら今のあたしには彼女の顔も、声も何も思い出せない。
そして、結論の出ないまま迎えた二十四日。銭湯に行きたいというインデックスの提案で五人で外を歩いていた時、赤髪の神父とは別の魔術師が現れた。
神裂火織と名乗ったその魔術師は、ジーンズに日本刀というぶっ飛んだ格好の女性で、これまた優秀な魔術師だったそうだ。
当然ではあるが、また御坂さんと白井さんは戦った。あたしと初春は隠れるように、逃げるようにインデックスと一緒に物陰に隠れていた。
そこで御坂さん達は彼女たちがインデックスを狙う理由を知った。
インデックスは完全記憶能力者だということ。
膨大な数の魔道書を、その能力を持って記憶しているということ。
その影響で脳の要領が圧迫され、放っておけば死んでしまうということ。
そうならないように一年おきに記憶を消去しているということ。
インデックスと彼女たちは、同僚だということ。
それはつまり魔術師たちはインデックスを狙っていたわけではなく、守っているというこ。
彼女たちは、インデックスを守るために、救うために、敵として現れ、無様に踊り、彼女を殺す。
それを毎年。
年末には大掃除をするように、年始には初詣へ向かうように、節分には豆を撒くように、ひな祭りでは雛壇を飾るように、クリスマスには愛しい恋人と過ごすように。
そんな毎年恒例の行事と同じように、当たり前のように、魔術師たちは、愛しいインデックスを殺していた。
- 250 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:55:04.86 ID:fII2Ddzx0
なるほど、それは辛かっただろう。悲しかっただろう。許せなかっただろう。怒りをぶちまけたかっただろう。
しかし、その何年にも渡る魔術師たちの頑張りも御坂さんの一言で無に還る事になった。
『脳医学的に、そんなことは絶対にあり得ない』と。
白井さんは割愛したが、簡単に言ってしまえば『人間の脳はそんな簡単に容量が溢れる事はない』ということ。それが例え、十万三千冊の魔道書というものを記憶していても、だ。
残酷な真実、だったろう。断腸どころか、己の命さえ削ってしまう思いで最愛の人間の記憶を奪い続けて来た魔術師たちの“これまで”をあっさりと否定したのだから。
だけど、それは希望への道筋でもあった。そう、あくまで否定されたのは絶望の道。御坂さんから出されたのは希望の道。どちらを選べばいいかなど、分かりきった事だった。
しかし、魔術師たちはそれを拒む。科学というよくわからないモノにインデックスを託すことなど考えられなかった――というのは建前だろう、とあたしは白井さんの話を訊きながら感じた。
つまり、魔術師たちは認めたくなかった。今までの過ちを、自分を殺して相手も殺してきた今までを、そして“可哀想な運命を受け入れた”自分を否定する事を、認めたくはなかったのだろう。
そこからインデックスの記憶を消す“期限”まで、白井さんによる魔術師の説得が始まった。そして同時に初春による『全ての能力を打ち消す男』の都市伝説を調べる作業も。
御坂さんは知り合いの研究者、医者などに脳について訊いて回っていた。あたしは何をしていたかと言えば、インデックスの看病をしていたらしい。
そう、期限が近付くにつれてインデックスは体調を崩した。本人には風邪だと伝えていたし、彼女もそれを信じていたらしく「早く良くなりたい」とよく言っていたらしい。
結果として魔術師たちの説得と、初春の調査結果が出たのは同時で、あたし達(あたしは何もしていないが)は“インデックスは意図的に脳の要領を制限されている”という結論を出したのは期限の前日、七月二十七日。
驚く事に『全ての能力を打ち消す男』の都市伝説は事実だったらしく、初春が連れてきた(風紀委員の権限を乱用した連行ともいえる)男子高校生は不思議な右手を持っていた。
幻想殺しという、異能を全て殺す右手。能力であって、能力ではない右手。異能でありつつ異常な右手。異能でありつつ異能を殺す右手。
それを持つのが、上条さんだった。
さらに驚くことに上条さんは御坂さんの知り合いだったらしく、そのこともあってか上条さんはインデックスを救うことを快く快諾してくれた。
――そして迎えた七月二十八日、インデックスは救われた。少なくとも一年おきに死ぬ事は無くなった。
ただし、上条さんと共に、意識不明に陥ってしまったのだけれど。
- 251 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:56:04.89 ID:fII2Ddzx0
「……そんな、嘘でしょう?」
確かに筋道の通った話だった。でも、それはあくまで物語のような――そう、まるで小説のように『綺麗に纏まりすぎている』。
魔術? 魔道書? 完全記憶能力? 幻想殺し? 意識不明?
いくらなんでも、それは非科学的すぎる。この科学の街学園都市で、そんなオカルトを誰が信じられるのだろう。
AIM拡散力場も、自分だけの現実も、投薬も、開発も、何もかもを否定するような“そんなもの”を信じられるか。
でも、その一方で白井さんの放った非科学的で非現実的な言葉はすっと頭の中に入り込んでいき、少しづつ頭痛を抑えてくれていたのも、感じていた。
まるで足りなかったパズルのピースがすっと当てはまり、モヤモヤが晴れていくように。
「いくつかはわたくしの眼で確認したものではないので断言は出来ませんが、しかしそれを教えてくれたのは佐天さんですの」
「でも、だからって……!」
信じられない。確かに心のどこかでは認めてはいるが、そんなライトノベルのような展開をあたしが経験していたとは考えられない。
そもそも、七月二十日からの記憶はある。曖昧だけれど確かに覚えているんだから。
それに、その話が本当ならどうしてあたしはトラックに轢かれたのだと記憶しているのか。
「“マジュツ”というのは簡単に言ってしまえば学園都市の超能力開発を外部で行ったと同じなのかしら?」
唐突にそれまで黙っていた布束さんが口を開く。
「ええ。ただし投薬などそういった“開発”ではなく、儀式めいた――それこそファンタジー世界のような方法で物理法則を捻じ曲げるようですの」
「ふうん……にわかには信じがたいけれど、この状況であなたが嘘を吐く理由は無いからとりあえず“マジュツ”という存在を認めた上で話をしましょう」
「そうして頂けると、幸いですの」
「まあ、今の話がどうしてこの実験に関わってくるのかはもっと理解できないけれどね」- 252 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:56:49.66 ID:fII2Ddzx0
布束さんは少々気だるそうな物言いで目を閉じた。なにやら考えているのだろうけれど、あたしはそれが何なのか想像する余裕もない。
あたしが覚えている記憶が、急におぼろげになってしまい気持ち悪い。
「それが事実だとしても、佐天さんは覚えていない……つまり佐天さんは“マジュツ”によって記憶を改竄された、ということかしら? 分かりやすく言えば、精神感応能力者に操作されてしまったように」
「その辺りは、残念ですがわたくしも把握しておりませんの。あの夜、佐天さんは現場から離れたところにいましたし」
その夜に何が行われたのか、現場がどこだったのかなんて分からないけどその場に居なかったという事は恐らく戦力外通告でも受けたのだろう。
つまり、荒っぽい方法でそのインデックスという少女を救ったのだろう。
「事が終わると同時に初春から連絡がありました。『佐天さんが倒れた』と」
「だから、あたしは病院のベッドの上に居たんですね」
目を覚ましたのは何日だったのか覚えてはいないが、確かに二十八日以降だった気がする。
そうか、あたしはトラックには轢かれていないのか……。
でも、それでも。上条さんが意識不明になってしまった原因はあたしだ。
白井さんの話が真実なら、そこまで事態を引っ掻き回したのはあたしだ。
「……とにかく、その出来事については事実だと認めましょう。そして佐天さんの記憶が間違っている事も前提として話を戻すわ」
布束さんが閉じていた目を再び大きく見開くと、あたしと白井さんを交互に見て、言った。
「それが、この実験とどんな繋がりがあるのかしら?」
あたしの過去より実験について。そんな布束さんに少しだけ不快感を覚えたが、それについてはあたしも納得がいかないので黙っていた。
そう、例え白井さんが話した事が事実で、上条さんが異能の右手を持っていて、インデックスという可哀想な少女がいたとして、“マジュツ”という不確かなチカラがあったとして、
それが今回の件に関係があるとは、あたしも思えない。
- 253 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:57:26.05 ID:fII2Ddzx0
「それについては、僕から説明するよ」
はたして布束さんの質問に答えたのは白井さんではなかった。どこか幼さの残る男性の声の主はいつの間にか部屋の入り口の前に立っていて火の点いていない煙草を咥えていた。
言うまでもなく、赤髪の神父だった。
「神父様、無事でしたのね?」
「当然さ。君たちの超能力と、僕の魔術では法則が違う――言いかえれば僕がただの能力者だったら不味かったけどね」
「それなりの相手、だったんですの」
「ああ。それなりに人を殺す最適な方法を熟知した相手だったよ。ま、だからこそ比較的簡単に撤退することができたんでけど」
そんな白井さんと神父の会話を訊きながら、あたしは観察する。彼はあたしに助けられたと言った。それはつまりインデックスという少女の事を指しているのだろうけれど、やっぱり
あたしは彼に見覚えが無い。
「そんなことより、彼女の質問に答えよう。どうして君があの場所に居たのか、そしてあの一件とどう関係があるのかを」
そして神父はゆっくりと口を開く。
「恩返し、だよ。あの子を救ってくれた、友達になってくれた君への恩返し。今回も友達について困っていたんだろう? だから僕は――僕たちは君に協力したんだ」
僕たち、ということは土御門さんもやはり神父と同じように魔術関連の人間なのだろうか。同じようにインデックスを助けたのに恩を感じ動いてくれたのだろうか。
でも、どうして彼らはこの街の暗部に関わる事が出来たのだろう。
「どうして場所を知っていた、なんていう質問は止めてくれ。人間には訊いてはいけない事だってあるんだからね」
- 254 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:58:00.85 ID:fII2Ddzx0
「……わかりました」
そこから先は立ち入り禁止。触れてはいけないブラックボックス。
関わるな、立ち入るな、関与するな、踏み入れるな。
そんな意思が、感じ取れる物言いだ。
「つまり、あなたは実験に対して情報を手に入れる事が可能で、オリジナルを助けようと思う佐天さんの手助けをするっていうスタンスなのね?」
「その通りだ。借りを返すいい機会だし、今回のように絡まれたのならそれもどうにかするさ」
布束さんの問いに、神父が答える。
「私は実験を阻止したい。佐天さんはオリジナルを助けたい。あなたは佐天さんの手助けをしたい――あら、偶然ね。利害が一致したわ。これもまた、仕組まれているのかしらね?」
「さてね。僕は僕の役回りをこなすだけさ」
「それは重畳ね。……さて、白井さん? あなたはどういった立ち位置なのかしら?」
そうだ。白井さんはこの件に関して関わらないと言っていた。それなのに初春と一緒に御坂さんを追跡したり、あたしを助けてくれたりしている。
と、そこまで思い至った時点である結論が出た。
そもそも、白井さんが御坂さんを見捨てるという意見を出したのがおかしい。
御坂さんの為なら、たとえ御坂さんに嫌われてでも動く白井さんが、見捨てることなどありえないのに。
だから、つまり。あの時の発言はあたしを止める為のもの。
「……正直、佐天さんがそこまで動くとは思いもよりませんでしたの。ああ、せっかくの名演技が台無しですわね」
だとしたら、あたしはバカだ。とんでもなく、このうえなくバカだ。
友達の気遣いに気がつかないまま、罵倒してしまった。
「当然、わたくしはお姉さまを救います。こんな馬鹿げた実験はわたくしの命と引き換えにでも中止させてみせますわ」
凛とした表情で言い切る白井さんは風紀委員としての発言ではなく、一個人としての決意だった。
白井さんがこうならば、きっと初春も同じ気持ちなんだろう。
友達を、助けたい。
それだけだ。
- 255 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:58:28.12 ID:fII2Ddzx0
「立派ね。ということはこの場に居る人間は全員実験の阻止を願っているという事で間違いないわね?」
「ええ。違いありませんの」
「はい」
「僕はそうでもないけどね。彼女の意思がそうならば、僕はそう動くだけだ」
あたしと白井さんは力強く頷き、神父は仕方がなさそうに頷いた。
その様子を見て布束さんも一度首を縦に振って、口を開く。
「そう、だったらよく訊いて。実験を止める唯一の方法」
その言葉にあたしたちは耳を傾ける。
実験を止めると言っても具体的な案は何一つなかったあたし。今にして思えばなんて無計画だったんだろう。
そんなことで、御坂さんを救うつもりだったのか。
「研究所の破壊はオリジナルがやってるけれど、これは意味が無いわ。次々に研究は引き継がれて、継続する。そして私がしようとした事も失敗した」
「佐天さんを助けに行く前にお姉さまの居場所を探知したところ、とある研究所にいましたわ。なるほど、そういう意図だったのですね」
「つまり、実験を止めるには大前提を崩すしかない」
布束さんはそう言って、あたしを見つめ、軽く息を吸い込んで、言い放つ。
大前提とは、つまり――
- 256 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/03(月) 00:58:53.71 ID:fII2Ddzx0
「第一位―― 一方通行を倒すのよ」
- 267 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:29:06.70 ID:GjpB3WYy0
超能力者。
それは学園都市の最高位。
それは能力者達の最高位。
たった七人しかいない、選ばれし人間。
二百三十万分の七の天才。
二百三十万分の七の天災。
その中の序列一位。ピラミッドの頂点。
最強の能力者。
それが、一方通行。
- 268 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:30:40.54 ID:GjpB3WYy0
「それは、不可能なんじゃ……」
思わず声が漏れる。一人で軍隊と戦えるという超能力者の中で頂に立つ人間は、恐らくあたしの想像では及ばない能力を持っているのだろう。
ましてや、たった一人だけ超能力者の先、絶対能力者になれる可能性を持つ人間だ。
同じ超能力者の御坂さんを知っているからこそ、布束さんの作戦――いや、もはや作戦とは到底呼べない無謀な希望は達成不可能だと思った。
無能力者のあたしからすれば雲の上どころか大気圏を突破して銀河の彼方に居るような人間だ。
「……かと言って、他に方法はないわ」
布束さんも、自分が出した提案に自信がないのか、ため息を吐きつつ、言った。
「樹形図の設計者が導き出した演算結果は、その大前提として『一方通行が最強』が入力されて出されているの。
だから彼が大能力者以下の人間に倒されれば、恐らく実験は止まる」
「しかし、最演算されてしまっては元も子もないのでは?」
机上の空論だとも思える提案に口を挟んだのは白井さん。
「その心配はないわ。樹形図の設計者は七月の二十八日、つまり例の出来事が収束に向かった日に正体不明の熱源により破壊されているから」
最演算は不可能よ、と布束さんは白井さんの懸念した不安材料を切り捨てる。
確かに、正攻法から関連施設を破壊して回るのが無意味だとすれば直接被験者本人を止るしかないだろう。
話し合いで解決できればいいのだろうけれど、残念ながらあんな狂った実験を行っている人間と話し合いが出来るろは思えないし。
「さっきは大能力者以下と言ったけれど、出来る限り低レベルの人間がいいんだけどね」
「それは、どうしてだい?」
今度は壁にもたれ掛かっていた神父が、少しだけ身を乗り出して疑問の声を上げる。
改めて見ると、本当に大きい人だ。
- 269 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:31:15.09 ID:GjpB3WYy0
「誤差で済まされるのが怖いのよ。例えば第一位を倒したのが無能力者だったら言い訳も修正もできないでしょう?」
「……予め断っておくが、僕は戦わないよ。学園都市へは正規の方法で入っていないから、あまり表に立って動ける身分じゃないんだ」
「心配無用。外部の人間を使ったところで、それはもはや結果として残らないと思うわ。だから学園都市の学生の手で倒す必要がある」
「ふうん……それじゃあ、いったい誰に戦わせるつもりなんだい?」
神父の言葉を最後に、あたしを除く人間の目が一斉にこちらを向いた。
その視線が意味することは、一つしかない。
「あ、あたしですか!?」
低レベル、学園都市の学生という二つの条件を揃えているのは、なるほど確かにあたしだけだろう。
布束さんもなんらかの能力者である可能性が高い。
でも、だからってこのままあたしが出て行ったところで返り討ちに遭うのがオチだ。
火を見るよりも明らかで、例え何を見なくても確定だ。
「現時点では、あなたしか該当しないのよ」
「影ながら、サポートはするさ」
「いやいやいやいや!!」
なんで勝手に話を進めようとするんだ、この二人は。
そりゃあ御坂さんは助けたいし、その苦しみを生んでいる張本人を倒せるのなら倒したい。
でも、このままだと自殺するのと変わらない。
- 270 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:32:04.12 ID:GjpB3WYy0
と、そこで迫りくる二人を白井さんが制す。
「……仮に佐天さんが立ち向かうとして、いったいどうやって勝てばいいんですの?その案よりはお姉さまと共に関連施設を破壊して回ったほうが、
実験を中止に持ち込める可能性は高いと思いますわ」
「そ、そうですよ!!」
さすが白井さん。あたしが言いたいことを平然と言ってくれる。
しかし、実際問題どうやって無能力者がその対極に居る第一位と戦えばいいのだろうか。根性論や精神論でどうにかなるレベルを超えている。
工夫だのなんだので乗り越えれる壁ではない。漫画やライトノベルの世界じゃないんだから、友達のピンチに秘められた力が覚醒する、なんて展開も望めない。
大体、開発され切ったあたしの身体に、脳に、秘められた力などはない。
少なくとも能力者となって戦うことは不可能だ。だから、例え、もし、万一の可能性であたしが戦うとしたら対能力者用兵器で武装するか、それとも――
「――マジュツ、を使えばどうにかなるんじゃないのかしら?」
先程、白井さんの説明により存在が明らかになった魔術を、あたしが使うかだ。
確かに、魔術という超能力とは違う法則(神父の話を訊くに)のチカラがあればなんとか戦えるかもしれない。
けど、そう簡単に覚えられるのだろうか。
「……ふん、気軽に魔術を使えるのなら今頃世界は魔術師だらけだよ。でも、まあ。あながち不可能ではないかな」
魔術という専門の話題になったことから、神父は説明を求められていると察し、未だ火を点けていない煙草を口先でぶらぶらと振りながら話し始める。
「霊装、という物があってね。それは誰でも魔術が使える。というと語弊が生まれるけれど、とにかく《魔術的な効果》を得られる代物なんだ。
基本的には魔術師がより正確かつ精密な魔術を使用する場合に使われるんだけどね。君達に分かりやすくいえば《魔法使いの杖》、と言ったところかな」
「じゃ、じゃあそれを使えば、あたしも魔術を使える……ってことですか?」
「《魔法使いの杖》タイプの霊装は使えないよ。それはあくまで魔術師しか使えない霊装だ。つまり、魔力をある程度操れないと使えない」
「そうなんですか……」
それじゃあ、どっちにしろ無理じゃないか。
- 271 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:33:06.05 ID:GjpB3WYy0
「ただし、最初に言ったように誰にでも魔術的な効果を与える霊装もある。例えば使用者が魔術を使えなくとも効果を発揮し続け、
使用者の身体に絶対に傷がつかない修道服、とかね。それと、術者の身体から強制的に魔力を取り立てて効果を出す霊装なんてのもある」
神父は一度説明を区切ってから、続ける。
「でも、そんな都合のいい霊装は簡単に手に入らない。国宝級の代物だったり、古くから伝わる何かだったりして、強力であればあるほど頑なに守られている物なんだ」
「結局は、マジュツには頼れないってことね」
神父の説明に何かを思うでもなく布束さんは魔術を使って戦う案を撤回した。
もともとそんなに期待はしていなかったのだろう。たまたま魔術という不可思議なチカラの存在を知ったから尋ねただけで、本気ではなかったように思える。
それは研究者としての性なのか、それとも可能性のある事は全て試そうという考えなのか。あたしにはワカラナイ。
「ああ。それに先に言った修道服みたいなタイプの霊装ならともかく、それ以外の物を使ったら間違いなく彼女は死ぬよ?」
「はい?」
なんだかとんでもないワードがさらっと飛び出してきた。
死ぬって、えぇー……。
「基本的に魔術と超能力は相容れないんだ。そこのツインテールの彼女は知っているだろう?」
「わたくしの名前は白井だと、いつも言っておりますのに……」
「何て言えばいいのかな。ざっくり言えばガソリン車に軽油を入れて走らせるようなものなんだよ」
神父は白井さんの訴えを軽くスルーながらも説明を止めることはない。
白井さんはそんな神父を見ながら「もう諦めていますけど……」と力なく項垂れている。
「それとも混ぜるな危険と書かれた洗剤を混ぜるようなもの、といったほうが分かりやすいかもしれないが、とにかく少しでも“超能力”の開発を行った人間が
魔術を使おうとすると拒絶反応を起こす。穴という穴から血を垂れ流して、痛みに悶えていずれは死んでしまう」
- 272 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:33:40.76 ID:GjpB3WYy0
だから、魔術を使おうなんて思わないでくれ。まだ死にたくないだろう?と神父は目線であたしに語りかけながら口を閉じた。
ここはあたしが死をも恐れず勇敢に魔術を使ってでも第一位を倒すとでも言ったほうがストーリー的には映えるのだろうけれど、生憎、そこまであたしは勇気のある
人間ではなかった。そしてそれに気が付きながらも諦め切れていない仕草を見せる矮小な自分にも、気が付いていた。
結局のところ、リスクと目的を天秤にかけている自分がいる。
「で、布束さん……魔術に関しては最初から期待していなかったのでしょう? 他に案がありまして?」
佐天涙子魔術師案は棄却され、白井さんが布束さんに尋ねる。棄却も何も初めから現実的な話ではないのだけれど。
いや、そもそも第一位を倒すというこの議題こそが、学園都市の闇から御坂さんを救い出すという目的こそが、現実的ではないのかもしれない。
「……ないことは、ないわ」
布束さんは大きな目を伏せて、呟いた。
それはあまり使用したくない手段だから、というニュアンスが含まれているようにも思える仕草だった。
「第一、これもマジュツと同じで危険性を孕む手段だし、さらに言えばモノが残っているかの確信も無い」
「モノ、と言いますとキャパシティダウンやAIMジャマーと言った対能力者用の機械ですの?」
布束さんの呟きに白井さんが怪訝な顔をする。キャパシティダウンとAIMジャマーという代物は少しだけ聞いたことのある名前だった。
初春か御坂さんから聞いた気がするそれらの機械は、簡単に言えば能力者に能力を十全に使用させない為のものだった気がする。
特殊な音や磁場を出して脳波や演算、AIM拡散力場に干渉するというなかなかにぶっ飛んだ内容の機械だ。
「それを使ったとしても第一位に効果は無いでしょうし、そもそもそれだとイレギュラーとは言いにくくなる」
しかし、布束さんは白井さんの意見を否定する。対能力者の機械を用意したところで、それは実験の中止になるほど大きな理由にはならないと。
というか、まず第一位にはそんなものは効かないと彼女は言う。
「だから、無能力者が、無能力者のまま勝たないといけない。そうあくまで“書庫”に無能力者と登録してある人間が、そういった機械を使わずに勝たないと」
“書庫(バンク)”と布束さんは学園都市の能力者をレベル毎に登録してあるデータベースの名前を強調して話した。
だからあたしはそこで布束さんの考えている『第一位の倒し方』について思い至ることが出来たのだ。
- 273 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:34:07.86 ID:GjpB3WYy0
思い出されるのは一つの都市伝説。
書庫に登録されている能力から大幅にレベルの上がった能力者によって起こされた事件の数々。
不自然なレベルの能力者。登録上は無能力者なのに能力を振るう学生。
それは夢のアイテム。
それは地獄に垂らされた蜘蛛の糸。
それは能力への憧れの象徴。
だからこそ、あたしはその名前を呟いてしまう。
- 274 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:34:37.05 ID:GjpB3WYy0
「幻想……御手……?」
幻想御手(レベルアッパー)。
能力者のレベルを上げる音楽データ。
「well その通りよ」
布束さんは、それを利用して第一位を倒そうと思案していたのだ。
「幻想御手は人の脳を利用した大規模演算代理装置として一人の科学者によって作成、散布され広く学園都市に蔓延したわ。その副作用として使用者のレベルが上がり、
ベースとなる脳波の科学者は多才能力者として超能力者と互角に渡り合った――」
「ちょちょちょちょっとお待ち下さいな!! その幻想御手を佐天さんに使用すると!?」
「ええ」
「それは魔術よりも非効率的な方法ですの!! 確かに能力者のレベルは上がりましたがそれは元のレベルより一つか二つ程度ですし、木山――科学者の多才能力も
お姉さまの前では敗れましたのよ!? そもそもまた一万人以上の人間を巻き込むことになるんですのよ!!」
怒涛の如く白井さんが布束さんに食って掛かる。当の本人は両手で耳を塞いで何も聞こえないようにしているが、大丈夫なのだろうか。
あたしが追加で説明する必要も無いくらい、白井さんはその方法の非現実さを説いている。
一つ、レベルが上がったとしても一つや二つ。つまりあたしの場合は最大で“レベル2”が限界だろうということ。
一つ、多才能力者になったとしても、それは御坂さんに敗れている。ならば御坂さんより格上の第一位には適わないということ。
一つ、仮に倒せる見込みがあったとしても、それは一万人以上の学生に意識不明になれということ。
これでは、実行に移せない。
- 275 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:35:16.99 ID:GjpB3WYy0
「落ち着いて、白井さん。私は何も従来の使用方法をするとは言っていないわよ?」
「はい?」
しかし布束さんはそんな白井さんの叫びが終わると同時にゆっくりと耳を塞いでいた手を離し、言った。
思わずあたしと白井さんは間抜けな声で訊き返してしまった。
「んー、佐天さん? あなたは無能力者でも何に分類されるのかしら?」
「一応、風力使い(エアロハンド)ですけど……」
布束さんの問いに、あたしは答える。そう、あたしは無能力者と言えども風力使いに分類されている。
ただしレベルは0。つまり無いに等しい能力。
「そう。だったら高位の風力使いを数人、それと演算能力が高い人間を数人用意すれば十分ね」
うんうんと一人で何か勝手に納得して頷いている布束さんに、疑問を投げ掛ける。
この人は人に説明をしようという気はないのだろうか? それとも科学者とは皆こうなのだろうか。
まったく他人を考えて話をしない。
「あのー、全く話が見えてこないんですけど……」
一応、話の主軸(それも責任重大なポジ)に居るのだから、あたしにも分かるように説明して欲しい。
何にも分からない状態で何かをされるのはゴメンだ。
しかし、白井さんは何か悟ったのか「はあん」と顎に手を添えて頷いて、口を開く。
「一点に特化した、能力強化……ですの?」
「……察しがいいわね。そうよ、幻想御手の本来の使い道とは違った副作用を重点に置いた使用――つまり、擬似的に八人目の超能力者(レベル5)を作り出すの」
「え、っと。だから?」
これが小説ならばあたしも思いつめた表情で「そうか、そうだったんだ」と頷くところなんだろうけれど、残念ながらあたしはそこまで察することができないし、
そんなに頭がいいわけでもないので、結局は噛み砕いて説明してもらわないと理解できない。なにやら神父が溜め息を漏らしたように聞こえたけど、きっと気のせいだ。
- 276 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:35:50.19 ID:GjpB3WYy0
「順に説明していきますと、佐天さん? 幻想御手のシステムはご存知ですわよね?」
「ええ、まあ……それくらいは……人の脳を使った大規模なネットワーク構築、でしたよね」
「そうですの。つまり能力のレベルが上がったのは自分の演算能力が向上した訳ではなく、他の人間の脳を利用して演算したからですの。これもお解かりですか?」
「……なんとか」
つまり乱暴に説明すれば、要領の少ないメモリに外付けのメモリを付け加えたようなものだろう。
要領の増設。それによる演算処理速度のアップ。
「そして、言い方が悪いかもしれませんが……幻想御手の使用者は比較的低いレベルの能力者方でしたの。つまり――」
「つまり、同一能力を持つ高位能力者や演算能力の高い人間をネットワークに取り込めば、その能力に特化した人間を擬似的に作り出せるということよ」
言いよどむ白井さんの説明を、布束さんが補完する。
「残酷なことだけど、大能力者の演算能力はそれ以下の能力者とは比較にならないほど膨大なのよ。それこそ、数人で一万人の低能力者の演算を補えるほどにね」
「さらに、それが同一能力者であればあるほど演算の効率化が進み超能力者に近づける。という訳ですの」
「純粋に、足し算するってことですか……」
足りないなら足りるまで足せばいい。
及ばないなら及ぶまで汲めばいい。
実に単純な、実にシンプルな方法。
でもそれは、それこそ大前提として“あること”が必要だ。
- 277 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:36:21.86 ID:GjpB3WYy0
「……布束さん。確かにそう考えれば現実味を帯びてきますの……ただ、幻想御手が残っていれば、の話ですが」
そう。幻想御手が存在するという大前提が。
「あら、白井さんは風紀委員でしょう? それならデータの一つ位は手に入れられるんじゃないのかしら?」
「残念ですが、幻想御手のデータは犯人検挙の際に全て消し去ってしまいましたの。マスターデータも、使用者のデータも」
「…………」
消えてしまった幻想御手。初春曰く本当にどこにも存在しないそのデータ。
覆される、大前提。たった一つの光明が、雲に隠れだす。
「あの……」
気が付けば、あたしは口を開いていた。これを言わなければ危険な目に遭わなくて済むというのに。
あたしは、言おうとしている。
しょうがない。
無理だった。
よく頑張った。
そこまでする必要は無い。
でも、そんな甘い誘惑が、保身の感情が言葉を止める。
これを言ってしまえばもう後戻りは出来ない。
これを言ってしまえばもう戦うしか道は無い。
たった一人の友人を見捨てれば。
こんなふざけた幻想から目を逸らせば。
きっと普通の日常に戻れるのだから。
- 278 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/11(火) 03:37:25.66 ID:GjpB3WYy0
――違う。戻れなんかしない。
御坂さんの居ない日常なんて、友達を見捨てた自分なんて、とても普通だなんて呼べない。
だから、戦おう。せめてこの戦いからだけは逃げ出さないようにしよう。
万に一つでも、毛の先程の可能性だとしても、それを追い続けよう。
あたしは、言う。
「あたし、それ……持ってます」
だから。
だから――
「あたしを、超能力者にして下さい」
- 287 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/15(土) 01:03:49.90 ID:i1dCVi9K0
- 10
総合評価――大能力者(レベル4)
高い高い天井。あたしの通う学校の教室程の広さの検査室に響く抑揚の無い機械的な女性の声と共に、非公式の身体検査の結果が算出された。
大能力者。それは学園都市に住まう学生の極少数しか分類されることの無い分類。高位能力者、とも呼ばわれるそれ。
無能力者であるあたしにとっては縁の無い言葉ではあったけれど、どうやら今のあたしは大能力者程度の能力は使えるようだった。
感動は無い。喜びも無い。そして能力を使ったという実感すら、無い。
あるのは虚無感だけ。不正、不誠実な方法で辿り着いた能力者としての自分。
だけど、今回はそれでいい。だって、これは自分の為に手に入れた力ではないのだから。
だから、充実感も満足感もいらない。虚しさに打ちひしがれながらこの偽りのチカラを振るえばいい。
それで、いい。
「excrllrnt 大能力者の空力使い二人、空間移動が一人、低能力者ながらも演算能力の高い人間が二人。計五人でここまで能力を上げれたなら上出来だわ」
「ありがとうございます」
室内に取り付けられたスピーカーからそんな布束さんの声が聞こえて来たので、あたしは適当に返事を返す。
ここは布束さんの知り合いが勤める能力開発に携わる研究所の身体検査専用の部屋で、上部に設置された窓からは布束さん、白井さん、そして初春の顔が伺える。
なんとも実験動物になったようで複雑な気分だが、実際にあたし達は実験動物のようなものなので気にしてもしょうがない。
- 288 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/15(土) 01:04:32.76 ID:i1dCVi9K0
あの後。つまり風紀委員支部であたしが幻想御手を持っていると告白した後、布束さんを筆頭に『佐天涙子超能力進化計画』が進められた。
初春、布束さんによる幻想御手の改良、つまり基本となる脳波をあたしのものに切り替える作業が始まり、その間に白井さんは“協力者”を探していた。
改良が終了したのが日付が変わろうとしている時刻で、それと同時に白井さんが常盤台に所属する空力使いの説得を終えた。
一体、どうやってそんな怪しげな計画に巻き込んだのかは知る由も無いけど、協力してくれた空力使いの一人は婚后さんだという。
それを訊いてますます白井さんの交渉方法が気になったけれど、結局、白井さんは教えてはくれなかった。恐らく、白井さんはプライドを削って頼み込んだのだろう。
だとしたら、下手な結果は出せないと思った。
交渉から帰ってきた白井さんは改良型の幻想御手を布束さんから受け取ると直ぐに協力者の元へ行き、使用してもらった。
因みに、その二人以外の使用者は白井さんと布束さんと初春だったりする。
そしてあたしは、その効果を測るために、寝る間も惜しんでこの研究所で身体検査を受けていた、というわけだ。
余談だけれど、神父は支部を出る時にどこかへ行ってしまった。彼の言葉を信じるなら、どこかで見守ってくれてるんだろうけど。
「演算の底上げをして直ぐに能力を使えるってことは、佐天さんは《自分だけの現実》をしっかり確立していたんですねぇ」
「演算能力が向上したから、《自分だけの現実》が強固になった可能性もございますわ」
続いて室内に響くのは初春と白井さんの声。
「んー。どっちかって言うと白井さんの理屈が合ってる気がするなぁ。考えがスッとまとまったから自分の軸も固まったというか、なんというか」
《自分だけの現実》とやらの仕組みは簡単に言えば思い込み、だそうだ。どこまで自分が世界の方式からズレた考えを“当たり前”だと思えるか。
その現実とのズレを、どうやって現出させるのか。世界をあたしの法則で、組みかえる。それが《自分だけの現実》。
確かに演算能力が底上げされ(正確には手助け)、なんとなく《自分だけの現実》を正確に組んでいるような気はするが、何より自分に自信のないあたしが、
そんな『確固たる意思』のようなものを持てているのかは疑問だ。
- 289 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/15(土) 01:05:16.58 ID:i1dCVi9K0
「それでも、目標の超能力者まではいかないんですね」
「測定値的には後一歩、と言った所よ」
スピーカーに投げ掛けたあたしの声に答えたのは布束さん。
「幻想御手のネットワークにあと一人、空力使い系の高位能力者が居れば、恐らくは超能力者認定できるわ」
「あはは。あと一人探すだけで学園都市に七人しかいない超能力者に仲間入りですか……ズルもいいとこですけどね」
「今回の目的はレベルを上げることじゃない。あくまで第一位を破ることなんだから、なりふり構っていられないのよ」
「分かってますよ。目的を果たしたらあたしは無能力者に戻ることもね」
そう、これはあくまで一時的なレベルアップ。期間を超えれば効果が消えるドーピング。
それはまさしく幻想で、だからこそ現実味がなく空虚感だけが胸を満たす。
そんな自虐的な言葉に窓の向こうの三人は言葉を無くし、あたしも何も言わなかった。
- 290 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/15(土) 01:05:50.46 ID:i1dCVi9K0
「……佐天、さん」
「どしたー?」
ちょっとだけ居心地の悪い沈黙と、少しだけ救われるような静寂を破って初春があたしの名前を呼ぶ。
いつものように甘い、本当に甘い声で。
「辛かったら、いつでも言って下さいね」
そんな言葉を、言った。
いつもより力強いその言葉は、その言葉だけは甘いとは思えなかった。
……分かってるよ、初春。
“あたしにだって、分かってる”
だからこそ、あたしがやらないといけないんだって。
罪悪感を覚えながら、苦しみに溺れながら。
「だいじょうぶ、だよ」
自分でも分かるくらい消えかかったその声は初春に届いているか分からないけど、確かにそう言ってあたしは部屋を出た。
そして携帯電話を取り出して電話帳を検索し、ある人物の項目を開きメール作成を始める。
確か、あと高位の空力使い系の能力者が必要なんだっけ。
あたしは本文に待ち合わせ場所と時間、それから『待ってる』とだけ打った短いメールを送信する。
恐らく彼女は来てくれる。そんな確信にも近い予感を感じながら薄暗い廊下の中ぼんやりと光るディスプレイを眺めていた。
- 291 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/15(土) 01:06:16.40 ID:i1dCVi9K0
絹旗最愛へのメール送信は、十秒も掛からなかった。
- 297 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/16(日) 00:25:12.25 ID:3R6GnhXC0
世間的には爽やかな朝なのだろうけど、徹夜明けのあたしにはただ太陽が眩しくて曇りだったらいいなと思う。
夏休みだからか人通りの少ない大通りに面した公園のベンチにあたしは座って待っていた。
絹旗ちゃんを、待っていた。
皆――この場合は初春、白井さん、布束さんだが、三人が三人とも研究所の仮眠スペースで眠っているだろう。
『高位能力者に当てがある』とだけ告げて出て行ったので彼女たちはあたしが誰とコンタクトを取ろうとしているのかは知らない。
文字通り昨日の今日で、あたしを殺そうとした人間に会うことなど、知るはずがないし思うはずもない。
普通に考えれば殺そうとしてきた人間に会おうだなんてまともな考えじゃないだろうけど、別段、恐怖しているわけでもない。
ただ、友達を待っているだけなんだから。
それを怖がる必要なんてない。いや、既にあたしの頭はまともとは言えない状況なので真っ当な判断とは思わないけど。
――ふと、風の流れが変わる。
「五分前行動は常識です、とか?」
「……いつの間に気配を超読めるようになったんですか?」
「気配なんて読めないよ。風を読んだだけ」
「そう、ですか」
幻想御手の効果、副作用とも言えるべき影響を受けたあたしにとって大気の流れから人が近づいて来たことを読むなんて造作もないことだ。
……そう考えるとどこか気持ちが悪い。今まで何の気なしに感じていた風が、湿度が、温度が全て数式となって、あたしの頭に入り込んで情報へと形を変えるのだから。
自分だけの現実で世界を歪めているだけなんだろうけど、あたし自身が歪んでしまった気がする。それもまた、ズルをした代償なんだろう。
飛躍というには余りにも段階を飛び越しすぎたレベルアップ。この数式に溢れた世界はまだ慣れそうもない。
- 298 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/16(日) 00:25:39.02 ID:3R6GnhXC0
「どうして、私を超呼び出したんですか?」
未だに顔を合わしていないが、絹旗ちゃんはあたしの後ろに立っているのだろう。そして、怪訝な表情を浮かべているのだろう。
その声から、用意に察することができた。
「どうして、ここに来たの?」
そんな絹旗ちゃんの問いに、質問で返す。『質問を質問で返すな』とはよく聞く言葉だけど、残念ながらあたしはそこまで深く考えて会話をするタイプではなかった。
まあ、こんな嫌らしい質問をする時点でやっぱりあたしの頭は、精神状態はまともではないのだろう。
「自分で呼び出しておいてその言い草ですか?」
「いやいや。だって普通に考えれば絹旗ちゃんが馬鹿正直に来る理由がないでしょ?」
「…………」
場の空気が、変わる。比喩ではなく実際に大気が若干乱れ、衣旗ちゃんが立つ方へと集束していく。
警戒して窒素装甲を展開したのだろう、当たり前だ。昨日までただの女子中学生だったあたしがここまで不遜な態度を取っているのだから。
“それなりに”その道を往く絹旗ちゃんは怪しく思うのは当然のことだ。
「そんなに警戒しないでよ」とあたしは振り向きもせずに言う。「警戒するな、なんて超無理でしょう?」絹旗ちゃんが至極当然なことを言う。
「実は、力を貸して欲しいんだよね」
話の脈略など一欠けらも考慮することなく、あたしは続ける。- 299 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/16(日) 00:26:08.34 ID:3R6GnhXC0
「とある能力者を倒さなきゃいけなくて、それであの夜に“抜け道”して大能力者になったんだ」
「抜け道、ですか……?」
「バグ、チートって言ってもいいけど……取り合えずその話は置いとくね。――で、あと一人空力使い系の高位能力者の協力が必要なの」
窒素装甲。空気中の窒素を圧縮し文字通り装甲として身体を覆うように展開する能力。
変則的とはいえ、あの夜に絹旗ちゃん本人の説明を訊くに、間違いなく空力使い系統の能力だということは分かっていた。
だから、最後のピースは……足りない能力知は彼女に補ってもらおうと思ったんだ。
「……目的は知らないですが、自ら無能力者を辞めるとは……」
信じられません、と絹旗ちゃんは言う。おそらく首を横に振るジェスチャー付で。
過去に彼女は無能力者を羨ましいと言った。普通に生きていけるんだと、言った。
羨ましがる様に、嫉む様に。
だから、その普通を捨てたあたしの行動が理解できても納得できないんだろう。
――どうして“こっち”に来てしまったんだ
彼女の言葉は、そう言っている様にも聞こえた。
「どんな薬剤を、どんな電極を、どンな演算を、どンな思考を押し付けられて辿り着いたかは知りませんが、ご愁傷様です。先輩として言っておきますよ」
呪詛、とも言い換えることのできるような低い声で絹旗ちゃんは言い切る。
能力者という普通から外れた人間になったことへの、弔いのように。
「いや、あたしはそんな学園都市がするような“まっとうな非人道的な実験”で能力者になった訳じゃないよ」
「どっちにしろ同じでしょうよ。こんな短期間に能力者になるだなんて、超碌な方法じゃありえませンよ」
- 308 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/22(土) 21:19:54.14 ID:i0yTvQ2G0
「幻想御手、知ってるよね?」
「…………」
そこであたしはベンチから立ち上がり、振り返った。
眼に映るのは小柄で可愛らしい顔の少女。――ほんの数時間前にあたし達の口封じをしようとした少女。
そんな彼女はあたしの言葉に驚くでも、疑問を持つでもなく顎に手を添えてただ黙って頷いてる。
「ふむ……成る程。つまり、犠牲になったのは自分ではなく他人、ということですか。いやはや、なんというか顔に似合わず超大胆ですねェ」
先程のお返しといわんばかりに嫌味ったらしく言う絹旗ちゃんだったが、特にあたしは思うところも無い。
その程度の事実だったら既に気が付いているし、覚悟もしている。懺悔もしているし、自己嫌悪に陥っている。
他人を利用して、他人を救おうなど、どれほど都合のいい考えなのかなんて、無駄に思考処理が早くなったあたしには理解できている。
「それに関しては自覚してるよ。自分が最低だってことも、こんな手段に縋りつく皆もまともじゃないってのも分かってる。なり振り構ってられないんだ」
演算機能が向上したおかげで頭が冷えた、というよりは冷めた頭になったあたしが最初に辿り着いた答えがそれだ。
あたし達は、誰かを騙して目的を達成しようとしている。
皆は初めから気が付いていたのだろうけど、昨日までのあたしは分からなかった。
そんな言葉を訊いて、絹旗ちゃんは睨みつけるようにあたしへ視線を向けて言った。
「……そこまでして倒したい相手ってのは一体どンな能力者なンですか?」
「一方通行」
- 309 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/22(土) 21:20:49.92 ID:i0yTvQ2G0
間髪入れずに、言い切った。
自分でも驚くほど、冷めた声だった。
「っな……」
だけど、その言葉に驚いていたのは、その名前に驚いたのは絹旗ちゃんだった。
「驚くよね? 当然、絹旗ちゃんは驚く。だって、それは訊いた事のある名前だろうし、決して他人事ではない名前だよ」
一方通行というあたし達が忌むべき名前は、絹旗ちゃんにとっても縁のある名前だ。
勿論、実験に絹旗ちゃんが絡んでいるというわけではない。彼女が関わっていたのは、それ以前の実験なのだから。
「な、なンでそれを――」
「暗闇の五月計画――学園都市最強の超能力者である一方通行の思考、演算パターンを無理やり他人へ植えつけることで高位能力者を生産しようとした実験」
動揺が隠し切れない絹旗ちゃんの言葉を遮って、あたしは続ける。
「それは置き去り(チャイルドエラー)を対象にした実験で、既に何人かの高位能力者を造り出して終了している」
その中の一人が、絹旗最愛。
思い返してみれば、同い年くらいの彼女が《裏》の人間として生きていること自体がそもそも不自然だ。
学園都市の学生は親元を離れて生活しているとは言え、少なからず情報は家族へ漏れるはず。
それなのに彼女は裏の仕事を主として生活をしている。それはつまり情報が漏れる先が無いということを意味している。
学校に通っていないのも、『普通』という単語に異様なほどこだわる理由も、彼女が親に見捨てられた置き去りだと考えれば合点が行く。
そしてなにより、初めて会った時の言葉。
- 310 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/22(土) 21:21:31.17 ID:i0yTvQ2G0
――私の大事な名前を馬鹿にしないでください!!
- 311 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/22(土) 21:22:24.32 ID:i0yTvQ2G0
唯一、親から残してもらった名前を間違えられたから怒ったのだろう。
唯一、親から残してもらった愛情を馬鹿にされたから怒ったのだろう。
少なくとも名前を授ける瞬間は、親にとって最も愛すべき子だったはずだ。
それなのに、それなのに――
彼女はこんなところに居る。
親に捨てられ、非人道的な実験をされ、非人間的な仕事をこなし。
学校もいけず、普通になれす、友達すらつくれない。
可哀そうだ。
可哀そうだ可哀そうだ。
眼が当てられないほどに、文字通り悲劇のヒロインと言ってもいい。
- 312 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/22(土) 21:23:01.97 ID:i0yTvQ2G0
「……それが、どうしたって言うンですか? 別に同情なンて求めてねェですし、今となっては超関係の無い名前です」
「だったらどうして、ここに来たの?」
冒頭の言葉を、繰り返す。
あたしは彼女に同情なんてしていない。彼女は可哀そうで、可哀そうだ。百人に訊けば百人ともそう答えるだろう。
でも、それはそれだ。
あたしがどうこうしてやれる訳ではない。
「それ、は……」
彼女がここに来た理由。恐らくは彼女すらよく分かっていないだろう。
だけど、あたしには彼女がここに来た理由が分かる。
手に取るように、掌で踊っているように、分かってしまう。
「あたしは過去をどうにかする能力なんてもってないし、未来を輝かしくする力も持ってない。でも、絹旗ちゃんの気を晴らすことくらいは出来るよ」
「……う、ぅ…………」
親を見つけるなんて不可能だし、非人道的な実験はもう終わっていて、非人間的な仕事はこれからも続く。
学校に通わせることも出来ないし、普通の世界に連れ戻すことなど無理だ。
それでも。
それでも、だ。
- 313 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/22(土) 21:26:11.97 ID:i0yTvQ2G0
「あたし達は、友達でしょ?」
友達になることくらいは出来る。
普通だろうが、異常だろうが、表だろうが、裏だろうが、善だろうが、悪だろうが、正だろうが、誤であろうが――
それが友達になってはいけない理由にはならないでしょう?
「う、ううぅぅぅぅううぅううぅうう」
きっと、絹旗ちゃんはこの言葉が訊きたかったんだ。
あんな形で再開を果たしても尚、あたしと友達でいたかった。
そんな、漫画のような、作り物みたいな屈強で壊れない友情関係を欲していたんだ。
だったら、あたしがそれに答えよう。
そして、絹旗ちゃんを少しでも救ってあげよう。
「きっとあたしが、絹旗ちゃんの人生を狂わせた無責任な最強を倒してあげるよ」
そして、友達は助け合うべきなんだから。
あたしが御坂さんを助けるために、そして絹旗ちゃんを助けるために、手段は選ばないようにしよう。
あたしは出来うる限りの満面の笑みを浮かべ、窒素の壁を乗り越えて絹旗ちゃんの手を握り――言った
- 314 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/10/22(土) 21:26:38.24 ID:i0yTvQ2G0
「幻想御手を、使ってくれないかな」
- 332 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:19:30.91 ID:uFQJ9KIZ0
11
友達という関係はよく考えてみると、無数にある他人との関係の中で一番不透明な関係なんじゃないかと思う。
怒りで敵対するよりも、愛情で愛し合うよりも、家族のような血縁よりも、利害関係で繋がるよりも、不確かで曖昧。
それなのに激しく怒りをぶつける事も、恋人より愛しく思うことも、家族以上に頼ることも、利益を求めることもしたりする。
つまり、友達という関係は、なんにでも代わり得るトランプゲームにおけるジョーカーのような存在なのではないだろうか。
ある種、都合のいい関係ともいえる。
『友達の為に』
『友達の悲しみは自分の悲しみ』
『苦しんでいる友達は助けるべき』
『友達』という大義名分を掲げれば、なんだって出来る気がする。
そう、今のあたしのように。
- 333 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:20:11.83 ID:uFQJ9KIZ0
「超どうかしましたか?」
「ん、いや……なんでもないよ」
物思いに耽っているあたしを心配して絹旗ちゃんが顔を覗き込んでくる。
絹旗ちゃんに簡単な経緯と事情を説明して、幻想御手を使用して欲しいとお願いした後、あたしと彼女は公園のベンチに並んで座っていた。
因みに絹旗ちゃんの耳には安っぽい黒色のイヤホンが装着されている。音源は勿論、あたしの為に改造された幻想御手だ。
頭の中がよりクリアになっていくのが分かるし、空気中の大気の流れがより簡単な演算で処理できるようになっていく。
……これは、改めて身体検査を受ける必要は無いだろう。
さっきまでのあたしですらレベル5一歩手前の状態だった。その状態を飛躍的に超えた今のあたしは間違いなくレベル5だ。
「昨日まで無能力者だったあたしが、非公式とはいえ今は超能力者だよ。信じられないなぁ」
なんでもないと答えておきながら、あたしは自嘲気味に言った。
「まあ、夢みたいなもんだけどね。今日いきなり超能力者になったけど、明日には無能力者に戻るんだから」
「例え一日でも、超現実ですよ。それ以前に明日は来ないかもしれないんですよ?」
「あははー。笑えないぞ、このっ!」
「ちょ、ちょっと! 窒素装甲を強制解除させて超くすぐらないでくださいよ!」
あたしは絹旗ちゃんの無慈悲な言葉に対して、彼女をくすぐりの刑に処した。
窒素が術者である彼女を守るべく集まり、圧縮するが残念ながら気体を繰る能力は既にあたしのほうが文字通り一枚上手。
案の定、無防備になった彼女の脇腹から腰にかけて指を這わせる。「ひ……くぅう――」と声にならない悲鳴を上げたので、そこであたしは攻撃を止める。
まったく。明日が来ないなんて言わないで欲しい。
とんだブラックジョークだ。あながち言い過ぎではないのだけれど。
- 334 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:20:48.36 ID:uFQJ9KIZ0
言い過ぎではないだろう。学園都市第一位の一方通行と対峙し、ましてや戦闘を行うなど無謀と表す他に無い。
彼の能力は、既にあの計画書に書かれていたので知っていた。そして彼の性格がとても優しいとは言えない事も知っている。
なにせ、あんな狂った実験に参加しているのだから、まともな精神ではないだろう。
「そもそも“暗黒の五月計画”では一方通行の演算パターンだけじゃなく、思考も植えつけられますから、彼の超残虐性は“私達”が一番知ってますよ」
笑いすぎて引きつった表情を通常のそれに戻しながら、絹旗ちゃんは言う。
「ああ、そうか……そう、だよね」
「むっ、どうして超暗くなるんですか?」
「いや、だって……訊かれたくないでしょ? そういうの」
誰にだって触れられたくない過去はある。今更といえば今更だけど、暗黒の五月計画の事なんて彼女はあまり思い出したくないだろうし。
――なんて、そんなこと言う権利はあたしにはないけれど。
- 335 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:22:00.45 ID:uFQJ9KIZ0
「窒素ぱーんち!」
「あいたぁ!」
殴られた。
窒素装甲は発動していなかったのでただのパンチだったけれど、痛い。
え? ていうか何で殴られたの?
「ふん! つまらないことを言った涙子が超悪いんですよ!」
涙子、と彼女はあたしを名前で呼ぶ。
まるで昔からの友達を呼ぶように。
「つまらないって、そんな――」
「だって涙子は私の超友達なんでしょう? だったら超気を利かせないでください」
「…………」
彼女の口から出る友達という単語に思わず言葉が詰り、一度だけ心臓の鼓動が大きくなる。
秘密の共有。
助け合い。
気を使わない仲。
なるほど。確かにそれは友達という関係には重要な要素ともいえる。
だからこそ、あたしの残り少ない良心が悲鳴を上げるのだけれど。- 336 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:22:59.08 ID:uFQJ9KIZ0
「そう、だね……。そうだ、確かに。うん、絹旗ちゃんの言うとおり」
あたし達は友達なんだ。友情を間に挟んだ間柄。そう自分に言い聞せる。
それが例え自分を偽ることでも、今は考えちゃいけない。あたしの目的は、そこじゃないんだから。
レベル5になることでも、“絹旗ちゃんと友達になる”ことでもない。
あくまで一方通行の打倒。そして御坂さんの救済。
今は、それの準備段階。これは、ステップに過ぎないんだから。
何時もより廻る頭で良心を押し殺せ。冷えた頭で温い情など凍らせろ。
目的以外は、後に回す。それだけだ。
「……で、無事に明日を迎えたい涙子は一方通行に対してどう戦おうとしてるんですか?」
コホンと咳払いをして、絹旗ちゃんが言った。
「うーん、正直あたしはノープラン。作戦は布束さんが考えているらしいから……ほら、あのウェーブでギョロ目の」
「ああ、私に鉛玉をブチ込んできた奴ですか」
「……あの時なにがあったのさ?」
顔の覚えられ方が鉛玉をブチ込んだなんて嫌過ぎる。- 337 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:23:44.82 ID:uFQJ9KIZ0
それはともかく、作戦に関しては絹旗ちゃんに言った通りだった。
対一方通行の策はあると彼女は言って、その策は彼女以外は誰も知らない。
一応、身体検査をする前に布束さんから『一方通行との戦闘前に教えるわ』と言われているけれど。
そんな大雑把過ぎる(大雑把以前の問題だけど。戦う本人が知らないなんてあってはならないでしょ)説明を訊いて「ふん」と絹旗ちゃんは鼻を鳴らす。
「あんな研究員崩れを信頼して超大丈夫なんですかね?」
「信頼し切っている訳じゃないよ……ただ悪い人そうには見えないし、今はそれしか御坂さんを助ける方法が無い」
若干ではあるが、警戒はしている。なにせ出会ったのは昨日だし、手を組んだ理由も『実験の阻止』ひとつだけ。
まあ、悪い人ではないだろう。
「その方法が『たった一つの冴えないやり方』じゃないことを超祈りますよ……大体、一般人である涙子が他人を見抜けれる訳が無いです。
私だって、初めて会ったときはまさか暗部の人間だとは思わなかったでしょう?」
「あー、確かに」
暗部どころか年下の可愛いお嬢さんにしか見えなかった。
人の本質なんてものは外見や少し会話した程度では見抜けないという訳なのかもしれない。少なくとも、あたしは見抜けなかったわけだし。
「そもそも話が上手く進みすぎな気もします。涙子に協力しておきながら何ですが、欲しい情報、モノが欲しいタイミングで手に入っている訳じゃないですか」
超B級映画じゃあるまいし、と絹旗ちゃんは締めくくる。- 338 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:24:27.66 ID:uFQJ9KIZ0
確かに出来すぎているとは思う。まるで漫画や小説みたいに関わりの合い無い人間と出会ったり、欲しい情報が思わぬところから現れたりしている。
ただ、だからといって誰かの意図で事態が進行しているはずもない。
御坂さんが実験を知ったのは偶然で、あたしがそれを知ったのも偶然で、絹旗ちゃんや布束さん、それに神父と出会ったのも偶然だ。
もはや奇跡とも言えるこの一連の出来事に、何らかの作為的な部分を見出すのは無理がある。
あたしの世界は漫画や小説とは違うんだから。
「……偶然だよ。良いか悪いかは別にしてさ」
「涙子がそう言うなら、そうなんでしょうけど――ってアレ?」
あたしの返答に納得のいかないような言葉を言いかけた絹旗ちゃんが、何かに気が付いてあたしの方を叩く。
「涙子! アレ、アレを超見てください!」
あたしは絹旗ちゃんが指先で示す方角を、ジッと見る。そこには何か彷徨うようにして動いている人影が一つ。
それを見て、言葉を失った。
その人影が着ている服がお嬢様学校と有名な中学校の制服だったから、ではない。まず休日でも制服着用の校則がある、あの中学の生徒を見ることはそんなに珍しくは無い。
人影の正体が自分が知る友人だったから、でもない。そもそも、あの彷徨う人物は“御坂さん”ではない。いや、容姿は完全に御坂さんそのものなんだけれど、とにかく、
“彼女”は“彼女”ではないことだけは確かだった。
常盤台中学の制服も。
栗色の髪の毛も。
整った顔立ちも。
身長も。
体格も。
何もかも御坂さんだけれど、彼女は違う。- 339 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:25:04.75 ID:uFQJ9KIZ0
御坂さんは、あんな無骨な軍用ゴーグルを頭に乗せていたりはしない。
そもそも、あのゴーグルは電磁波を目視するための補助デバイスだ。超能力者である御坂さんには必要の無いアクセサリー。
「あれが、御坂さんの――」
なんであたしが彼女が御坂さんでない事や、彼女が装着しているゴーグルの用途などを知っているのか?
答えは簡単。
“事前に彼女の装備について知っていたからだ。”
あの日、風紀委員支部で見た実験の要項書。それに書かれていた被検体《一方通行》。
そして、実験体の名前。
殺されるための存在。
欠落電気。
超能力者の出来損ない。
絶対能力者の養分。
通称《妹達》。
つまりは、御坂さんの。
超電磁砲の。
あたしの友達の――
- 340 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:25:47.19 ID:uFQJ9KIZ0
「……クローン」
- 341 : ◆d.DwwZfFCo[saga]:2011/11/04(金) 00:29:17.27 ID:uFQJ9KIZ0
ようやくクローンが出て今日はここまでです。
つうか一方さんまで遠い。
佐天さんと絹旗ちゃんは誰が見ても仲の良い友達デスネ。
だからぺ天使とか言わない。
- 342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)[sage]:2011/11/04(金) 00:42:00.27 ID:9PCxU2TSO
- 乙
くすぐられる絹旗ちゃんかわいい - 343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)[sage]:2011/11/04(金) 00:45:27.53 ID:z2Ab67WZo
- 乙
絹旗がかわいいな
- 351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(新潟・東北)[sage]:2011/12/03(土) 15:15:05.62 ID:D953Nb8AO
- まだかなー
- 355 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage]:2011/12/26(月) 11:55:02.44 ID:YslRVE5eo
- 佐天脱落か
- 356 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東[sage]:2012/01/15(日) 02:58:39.10 ID:KtDgF2Ul0
- 頼むよ…めちゃくちゃ楽しみにしてるんだよ
生存報告だけでいいからして欲しい - 360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(広島県)[sage]:2012/02/03(金) 21:19:19.32 ID:MNHIfUmVo
- 明日で3ヶ月か
生存報告だけでもしてくれれば・・・
2014年4月26日土曜日
佐天「だって、友達なんだから」
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