2014年6月19日木曜日

百合子「約束」

 
※未完作品
 
2 ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/18(水) 21:31:34.32 ID:ct8T017/0
そこは戦場だった。

原始的な暴力の音が連続し、罵倒の声が響く。

それを少し離れてみている白い少女、鈴科百合子はそれを止めない。どころか興味を持ってすらいなかった。

どうでもいい、と百合子は思っていた。

あんなものはただの遊びだし、作業とすら思っていない。

だからこんなことにヤケになっているあいつ等……、土御門元春と垣根帝督のこともどうでもよかった。

そんな百合子の隣からため息が聞こえた。



ふとそちらに意識を向けると、それは隣に座ってコーヒーを飲む白い少年、一方通行が発したものだった。

どうやら百合子と同じことを考えているらしい。

まあ、そうだろう。

再びあっちに意識を戻し、自分もため息をついて百合子は思う。


「クソッ! テメェ少しは手加減ってもんを……うわ、何だよそれ!?」

「え、別に普通じゃね? そんな程度で俺に勝とうなんて百年早いにゃーっ!!」

「ハッ、第二位を……ナメてんじゃねえぞ!」

「お前こそ男子高校生なめるんじゃないぜよ」

「チッ、こんなもん俺にかかりゃすぐ……、あミスった」

「はっはっはー、喰らえ必殺百連拳ッ!!」


所詮はゲームだろ、と。
3 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/18(水) 21:38:01.02 ID:ct8T017/0
日差しが強く照りつける八月上旬のとある日曜日。

彼ら四人がいるのは第七学区のゲームセンターの中だ。

学生で少し混み合っている店内で、一方通行は呆れて呟く。

「ったく、ガキみてェにハシャいでンじゃねェよ」

「うるせえバーカ」

垣根がゲーム機から離れつつ憎まれ口で返す。

彼らがやっていたのはアーケードタイプの格ゲーだ。

土御門がやろうと言い出し、垣根が乗っただけなのだが…

「つーかオマエ、最初全く興味示さなかった癖にしっかりハマってンじゃねェか」

「せめて負けず嫌いだといってもらおうか。ならお前もやってみろよ一方通行」

「あー、気が向いたらやってやる。こンなゲームなンかじゃなくリアルに殺ってやるよ」

「にゃー。まあつまり、そんなリアルの喧嘩より安全だし楽しいって言いたいんだにゃー」

事の元凶である土御門は呑気にそう言う。

それがフォローと気付いた者は百合子だけだった。

(……あのままじゃ、喧嘩になるのは目に見えてるよな)

どこか残念そうに、心の中だけで百合子は呟いた。
4 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/18(水) 21:41:57.77 ID:ct8T017/0
一方通行と垣根帝督の喧嘩はいつ見ても違う。

その能力、知能が高いせいか、戦闘パターンが毎回変化するのだ。

微糖の缶コーヒーを一口すすって、小さく呟く。

「バ垣根は学習しねェからいつも負けるンだけどな」

「おい、聞こえてんぞそこの女子」

お? と百合子が顔を上げると垣根はこちらを見ずに言葉だけを投げかけていたようで、依然と視線は一方通行に向いている。

「事実だろ」

「違えし。学習するしない以前にコイツも強くなってるからその上で俺は越える」

「もォ何言ってンだかわかンねェよ垣根」

「クソメルヘンだから仕方ねェ」

容姿性格共にそっくりな二人に似たような台詞を言われた垣根はボソッと言う。

「お前ら本当に殺したい」

しかしそれは二人の耳にしっかり届いていたようで、

「アハッ、やれるモンならやってみろ、返り討ちにしてやらァ!」

「俺ら二人を相手にしてオマエが勝てるとは思えねェなァ」

余計に垣根自身を苛立たせたのであった。

そこにフォローをするのが土御門の役割である。

彼は自ら仲裁役というなんとも微妙なポジションについて、何度もこの喧嘩を阻止している実力者なのだ。

「まーまー、その辺にするぜよ。もしかしてお前ら腹減ってんじゃね? だからそんなに苛立ってるんだにゃー。飯行こうぜぃ飯ー」

「ン。つっちーにサンセー」

「つっちーって……他二人は?」

「俺も異論はねえな」

「構わねェぜ」

と三者三様の肯定が得られたので土御門は携帯で近くの店を探し始めた。

地下街ならそう遠くない場所にいくつかあるはずだった。

「一方通行、随分飲ンだなァ。えーっと……うわ六本もある」

「コイツらが長引くのが悪いンだ」

「いや、俺も確かに三本消費したけどよ」

「あァそォ」

一方通行と百合子は軽く会話しつつさっさと店から出ていってしまう。

ぼーっと名残惜しそうにアーケードを眺めていた垣根も慌ててそれを追って外に出た。
5 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/18(水) 21:45:25.69 ID:ct8T017/0
少し歩いてから、彼はふと思いついたように言った。

「しっかし、お前らって本当良く似てるよな」

「は?」

「あン?」

この場で『お前ら』に当てはまる二人は同時に垣根を見た。

そういうトコが似てるんだよ、と言わんばかりに垣根は苦笑した。

垣根を無視し、一方通行が何度目かの説明をする。

「時間割で偶然発現した能力が同じだったって訳だ。この街じゃ珍しくもなンともねェよ」

ここは学園都市なのだ。様々な能力を開発する場所で誰がどの能力を持ってもおかしくない。

しかし、垣根は納得しないようで、

「でもそれはありきたりな能力とか血縁の場合だろ。俺の『未元物質』とかお前らの『一方通行』……あとは第四位の『原始崩し』あたりはその『ありきたりな能力』には当てはまらない。ああ、帝華は別だぜ? 俺の妹だしな」

だから不思議だ、と彼は言う。

そう、一方通行と鈴科百合子は血が繋がっている訳ではない。

ずっと前にたまたま出会っただけなのだが、

それはまた別の話。

一方通行はそれに答えずただ独り言を吐き出した。

「あの時、もっと早く気付ければなァ……」

「ん?」

「なンでもねェよ。言ったところで理解するよォなアタマ持ってねェだろ、馬鹿だし」

「はっ、言ってくれるじゃねえか」

垣根は闘争心をむき出しにして戦闘態勢に入った

「やっぱりテメェからぶち殺さなくっちゃ駄目みてえだな」

場の空気が変わるが、二人は全く動じない。

「垣根、うるさい」

百合子は溜め息と共に吐き出した。

「大体、こンな狭いトコでやったらどれだけの人間に被害いくと思ってンだ。ほとンどの奴ら引いてンじゃねェかよ」

「それが正しい判断だろ。常識のあるヤツならこの雰囲気だけで引き下がる」

「俺に常識は通用しねえ」

「だからどォしたってンだ」

「チッ、とことんムカつくな……ッ!」

垣根の苦し紛れの一言をいとも簡単に流していく一方通行。

高位能力者同士がぶつかりあい、周囲の雰囲気が更に張り詰める。
6 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/18(水) 21:50:51.93 ID:ct8T017/0
そんな超能力者達を置いといて百合子はと言うと、

「おォ、にゃーンってか。可愛いなァオマエ」

地下街に迷い込んだ猫に夢中になっていた。

「おいテメェにも言ってんだぞ鈴科ぁ!」

「きっこえなーい」

バッサァと垣根が能力を展開しようとしたその瞬間に土御門が丁度店から出てきた。

相変わらずタイミングのいいヤツである。

「何してるんだにゃー。不用意に周りの人間怖がらせてどうするぜよ」

「だってこいつが」

「短気は損気だぜぃ。そこにレストランあったからそれでいいかいいよにゃー」

「お前サラッと流すの上手いよなちくしょう」

「なァ、猫連れてっていい?」

「駄目に決まってンだろ馬鹿かオマエ」

「わかってるよ。冗談だ」

「はぁ……、なんで俺こんな無駄な時間過ごしてんだろ」

四人は並んで歩きだす。

そこらに溢れかえる学校の同級生となんら変わりなく、なんでもない、他愛もない話をして。

ただ、そういうグループには決まって約一名馬鹿がいるのはどこも同じなのだろうか。

「……、でもやっぱ服変えても違和感ねえ気がする」

その一言が、百合子と一方通行を怒らせてしまう。

「かーきねくゥーン。オマエ本気で殺されてェのか」

「え? あ」

どちらの味方をしてもどちらかにはやられる。

その言葉を口にしてしまったことを後悔した。

「哀れだわ。オマエ本ッ当哀れだわ。せめて選ばせてやるよ……俺か鈴科、どっちに殺されたい」

「すまん俺が悪かった! だから待て、な!」

気づいたところで後の祭り。

こうなったら止められない。

「リクエストなし、だってよ一方通行?」

「オーケー、じゃあ遠慮なく行きますかァ」

「ちょっと待t」



「誰が、女みてェだァァあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「貧乳で悪かったなァァあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



一方通行と百合子の拳(ベクトル強化ver.)が容赦なく叩き込まれた。

「……だから馬鹿だって言うんだにゃー」

と、土御門はボソッと呟いた。
11 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/19(木) 20:42:33.36 ID:pl6+vPDl0
土御門の選んだレストランは時間のせいもあって人も少なく、今やお荷物と化した垣根を持って入ってもさほど目立ちはしなかった。

席について、適当に注文をし、運ばれてきた料理を食べつつ、百合子は一方通行に言った。


「なーなー、一方通行ー」

「あン?」

「『向き』の変換についてもォちょっと教えてくれよ。まだ不完全なンだよなァ」

「気が向いたらな」

「一方通行のやる気をこっちに変換ー」

「出来る訳ねェだろ」

「……ですよねェ」


はァ、と百合子は肩を落とした。

一方通行は味っ気のない水を飲みつつ告げる。


「だからオマエは『大能力者』止まりなンだよ」


むっ、と百合子はふくれるがそれで心の動く第一位ではない。


「……ま、それはそうとソレどォにかしなきゃならねェのかも」


百合子は話題を変えるようにソレを指差す。

(百合子達にとっては最早不要な)荷物である垣根帝督を。

それに、土御門は面倒臭そうに首を振る


「あー、面白いしこのままでもいいんじゃないかにゃー。放っておけば起きるぜよ」


その真意は、


(また止めるのも面倒だしにゃー)


結局被害をこうむるのは土御門なのである。

起きる必要性がないならわざわざ彼に損になるようなことはしなくてもいいだろうということだ。
12 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/19(木) 20:47:28.95 ID:pl6+vPDl0
「よォし、なら俺が頭叩いて起こしてやるか」


ぱしーンって、と百合子は軽く叩く真似をした

土御門もさすがにそれはいただけない


「止めろ。事後処理が辛いにゃー……」

「チィッ。いいじゃねェか、エセホストなンだし」


「おい黙って聞いてりゃ好き勝手べらべらと言いやがって」


といつの間にか復活していた垣根が置きあがって叱咤する


「なァンだ。起きてたの」

「最悪の目覚めだがな」


垣根の苛立ちは収まらない。

さすがに我慢の限界らしい。

そこに一方通行が追い討ちをかけるように言う。


「オイ垣根。勘違いしてるよォだがな、俺達は別にオマエが起きていよォがなンであろォが好き勝手言ってンぜ?」

「余計悪いわクソが!!」


垣根はテーブルを叩き抗議する。テーブルに置かれた4つの水面が揺れた。

だが誰一人表情を変えない。

店内の空気だけが一変して冷たいものに変わる。

数分、あるいは数十分か。

4人の誰も口を開かない空白の時間が生まれた。

ただ、互いを見合っているだけ。時間だけがすぎていった。
13 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/19(木) 20:52:29.92 ID:pl6+vPDl0
その沈黙を破ったのは一つのコール音。

百合子の携帯電話の着信音だった。


「ン、俺か」


彼女は持っていたいかにも女の子らしいバッグから白い携帯電話を取り出し、内容を確認する。

メールだった。

彼女は静かにそれを見て、小さく呟いた。


「……、へェ。了解っと」


パタンと百合子が携帯を閉じると同時に垣根の携帯電話もなる。


「ああ。アレか」


内容を見ずに、差出人だけで判断する。

『登録3』とだけある、それだけで。


「悪い、そういや用あったんだ。俺はここで帰らせてもらうぜ」

「なーンだ、もォちっと弄れるかとおもったのによォ」

「弄るために俺がいるわけじゃねえからな鈴科。じゃあまた今度」

「おォ。それまでくたばンじゃねェぞ第二位」

「ったりめーだ、第一位」


そう笑って出て行った。

続いて百合子も席を立つ。


「俺も時間だな……、約束あるンだ」

「じゃあこの辺でお開きかにゃー。一方通行もそれでいいか?」

「あァ。俺は構わねェ」

「悪いな。それじゃ!」


軽く手を振った土御門と一方通行に百合子は笑顔で返し、店を後にした。
14 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/19(木) 20:57:48.02 ID:pl6+vPDl0
店の外、少し離れた場所で垣根と百合子は再び会っていた。


「まさかお前を雇うことになるとはな……」

垣根はぽつりと呟いた。

不思議そうな表情をして百合子は言い返す。


「あン? なンでそンな嫌そォなンだよ。むしろ光栄に思えよなァ」

「お前たまにクソうぜえ」

「褒め言葉として受け取っておく。つか俺の実力も知ってくれよ」


百合子はわざとらしく肩をすくめて言った。

ガシガシ、と垣根は頭をかく。どうもこの少女相手だと調子が狂ってしまう。


「で? 今回の用件は何なンだ、リーダー?」


声色を変え、静かに百合子は聞いてきた。

これは彼女の『仕事』での“普段どおり”。

それに垣根も応じる。


「第一学区。何つったっけか、あー、忘れた。まあなんでもいいんだが、また変な集団がいるらしいぜ」

「第一学区……、お偉いさンが集まるトコか。一番狙われるよな」

「俺達『スクール』でも一応出来ない話じゃねえんだが、約一名アホがいるんだよな……」

「ふゥン。で、手の空いてる俺に話が回ってきたって事かよ」


百合子は確認し、ニヤリと笑った。


「ハッ、面白ェ。軽い運動程度に遊ンでやるか」


パーカーの黒いフードを深く被りなおす。


「じゃあ行くか。楽しい楽しいお片づけの時間だ」


不敵に笑った。



天使のように真っ白い悪魔が、学園都市の裏社会に舞い降りる。
19 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/21(土) 21:44:01.37 ID:rddMtfJm0
パチッ、と電気を切り換え、鈴科百合子は自分の部屋へと帰ってきた。

第七学区の特にこれといって特徴のないこの学生寮が、現在の彼女の「家」だ。

ふぁ…、と眠そうに欠伸をして、持っていたバッグをソファに放る。

今の時間は午後11時過ぎ。どうやら少し『仕事』が長引いてしまったようだ。

(チッ、あの変な……ヘッドギア? ゴーグル? した男のせいだ……、あンな奴らに手こずるとかクッソ弱ェ)

と、心の中で毒づき、冷蔵庫から微糖の缶コーヒーを取り出そうとして、

「切らしてたンだっけ」

カラッポだった。

やる気もうせた百合子はベッドに倒れこむ。

今日は疲れた。

まどろみつつも、一つ気になる事があった。

(一方通行……、アイツは『こっち側』に関わりねェはずだ。あるとしても研究とか実験とか……その程度。でも今日のアイツは…)

ただ「いつも通り」に振舞っていた少年を思う。

(俺達と同じよォな雰囲気になってた。堕とされた訳はないし……なンでだ? 一体……何が……。駄目だ、眠くて頭回らないや)

百合子はそこで『向き』の制御の出来ない眠気に襲われて、自然と眠りに落ちていった。
20 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/21(土) 21:46:28.22 ID:rddMtfJm0
同じような時間、同じ学区の別な学生寮の一室で、一方通行はコーヒーを飲んでいた。

彼にしては珍しく、ブラックではなく微糖のコーヒーを。


「……、甘い」


二口程度飲んだところで彼は呟いた。


「鈴科はなンでこンなモンが飲めンだ。これはもうコーヒーじゃねェよ」


微糖を飲みきるのを諦め、流しに捨てる。そして冷蔵庫からいつものブラックを取り出した。


「やっぱこっちだな」


彼もまた、今日の事を考えていた。

ただ、彼が考えているのは『四人揃って会った事』ではない。


(ったく、今日で何人目だっけなァ。あと一万以上やンなきゃならねェのかよ)


一つの『実験』のことだ。

コーヒーを持ったままベランダに出た。少し風があったがそんなのは関係ない。


(チッ、余計な事は考えるな。俺はただ『実験』を終わらせりゃいいだけだ)


ふと空を見上げて思う。思いは声になり、口からこぼれ出た。




「――これが全て終われば、アイツらを守れる『力』が――」




夜空には無数の星が浮かんでいた。
21 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/21(土) 21:50:48.58 ID:rddMtfJm0
垣根帝督が帰宅したのは百合子より更に後、日付変更直前だった。

後始末に追われ、いろいろとやっているうちに気が付いたらこんな時間になっていたのだ。


「……ま、あの馬鹿に灸を据えてやったことだし、次はもうねえだろ」


シンプルな扉を開いて、部屋の中に入る。


「ただいま」


返事はないだろうと思いつつも、習慣なのでつい彼は言ってしまった。

百合子とも一方通行とも違う学区の学生寮に垣根は住んでいる。

第五学区、そこは学園都市都市の中でもどこか大人びた学区だ。

それに加えて垣根には他の二名と違う点がもう一つある。

暗闇の中、リビングでソファに腰をおろしてうとうとしてる中で、パタパタという足音を垣根は聞いた。


「なんだ、起きてたのかお前」


明かりがつけられ、別な部屋から人影が現れた。

垣根帝督に良く似た少女だった。


「お帰りなさい、お兄様」

「おう」


彼女は垣根の妹で、名は帝華。霧ヶ丘女学院に通う至って普通の女子高生で『光の世界の住人』だ。


「寝てなかったんだな。何かあったのか」

「ううん、課題を先に終わらせていたところよ。夏休みだし、楽しみたいもの♪」

「そうか。やっぱり多いのか? 霧が丘」

「そうねぇ・・・・・・私の場合自主学習だからそんなにアテにはならないかな」

「ふぅん、熱心な事で。張り切るのはいいが、無理はするんじゃねえぞ」

「ええ、わかってるわよ。お兄様も無理はしないでね? お仕事お疲れ様」

「……ああ」


帝華は垣根の仕事を知らない。知らされていない。

それでも心配はできる。


「大丈夫だって」


彼は、何かをふり払うように、笑った。
 
22 : ◆yhTAhNBVEo[sage]:2012/04/21(土) 21:53:28.95 ID:rddMtfJm0
すくないかもだけどここまで。
そろそろペースあげていきたいなぁ、と。

一応ここまでが序幕(のつもり)
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[sage]:2012/04/21(土) 23:06:20.64 ID:gAbZG8iCo
乙!
24 : ◆yhTAhNBVEo2012/04/22(日) 19:14:26.38 ID:EqtjXN5u0
投下します。
25 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/22(日) 19:25:52.66 ID:EqtjXN5u0
八月中盤の夜の街。
一方通行は晩の食事を買って帰っている途中だった。


(眠みィ……、ここンとこ連続しすぎだろ)


くァ、と欠伸をした。
ここ数日の間、連日連夜で『実験』は行われていた。
さすがの一方通行も多少は疲労がたまっていた。


「本当にこンなンで強くなってンのかね」


彼には『最強の先』にたどり着かなければならない理由がある。
自分の、そして誰かのために。


(今日の分はこれで終わりだったか。帰って寝たい)


彼が知らされているのは日時と実験場所のみ。
それ以外は何も知らない。
知ってしまっては『実験』に支障がでるらしい。
今日の予定を確認し、全てこなしてあると思った。

刹那。反射が働き、何かを反射した。

逆算すると、それは後方六時の方向。
音はなかった。
完全に不意打ち。
またいつものチンピラ共か、と思って振り向くがそこには誰もいない。


「あン?」


訝しげな表情になり、その方面をじっと見る。
するとその奥、ビルの屋上にチラチラと燃える炎が確認できた。
人影は見当たらない。
一見するとなんでもない不審火のようにも見える。

ただ、それだけだ。

だが一方通行はそれで全て理解した。
ニヤリと口元を歪めて歩き出す。


『実験』は既に始まっているのだ。
26 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/22(日) 19:37:12.70 ID:EqtjXN5u0
襲撃者の少女は走る。
誰もいない裏路地をどこともわからずに、ただ走っていた。

遠距離、意識外からの狙撃は失敗。
メタルイーターの暴発で損傷した右腕はもう使い物にならない。
そして標的が自分の許にたどり着くのは時間の問題。

なら遠くへ。

少しでも、というただの延命処置。
運がよければ逃げ切れるかもしれない。
形勢を立て直し再び奇襲を掛ける事ができるかもしれない。

そして、あの白い少年を殺せるかもしれない。

だが無意識に行くその道が、標的のいた方向だと彼女は気付かない。
気づかないゆえに、すぐ近くまで標的が迫っている事も分からなかった。


「見ィーっつけたァ」


ハッ、と立ち止まり、声のした方を見た。
そこに、標的だった白く見た目は華奢な超能力者が嗤っていた。
彼は言う。


「意識外からの攻撃ねェ……アイディアは悪くねェが惜しいなァ。考えてもみろよ、四六時中『第一位を倒そォとする』クズ共だのなンだのに襲撃される俺がチカラァ切ると思うか?」


一歩ずつ、確実に近づいてくる。
その距離がゼロになった時、彼女は死ぬ。

少女は歩み寄ってくる彼に躊躇なく雷撃の槍を放つ。
今まで何度やっても通じないそれは最早ただの悪あがきだが、
それが彼女に課せられている使命。

殺るか殺られるかの実践だ。

音速の三倍で放たれた青白い光は超能力者に確かに当たった。
そのはずなのに槍は真っ直ぐ少女を貫く。
何度も繰り返されたものと同じように。

「がっ……!」

衝撃によって容赦なく壁に叩きつけられ、視界が眩む。
もう動く力も残っていない。身体に力が入らなかった。
カッ、と最後の一歩が踏まれる。


「つっまンねェ」


はァ、と超能力者は言い捨てる。
その赤く冷たい目で見下して。


「もォちっと頭使えよ。乱造品」


そこで少女の意識は途絶えた。
27 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/22(日) 19:46:22.68 ID:EqtjXN5u0
八月十八日、午後三時過ぎ
百合子はコーヒー補充のためコンビニまで来ていた。


「ンー、どれにしよォかな」


特に味にこだわりはないのだが、いざ買うとなるとやっぱり悩んでしまうものだ。
とりあえず、と複数の銘柄を数個ずつカゴに放り込む。
気分でいくつかペットボトルのお茶もいれるとやはり相当な数になってしまっていた。
たまにカゴの中身を見た客たちがぎょっと驚くのだが彼女は全く気にしていない。
いつものことだ。

さっさと会計を済ませようと踏み出す。
そこで、ふと後ろから声をかけられた。


「少しよろしいでしょうか、とミサカは引き止めます」


知らない声だった。
振り向くとそこにいたのは、常盤台中学の制服にゴーグルをした短髪だった。
見覚えはない。
常盤台に知り合いなんていない。


「オマエ誰?」

「ミサカはミサカですが、とミサカは確認をし」

「あ、待って。先にコーヒー買ってくる」


百合子は何の気なしに優先事項を告げて改めてレジへと向かう。
しかしそれはゴーグルの短髪の気にかかったようで。


(……、こんな方でしたっけ? とミサカは記憶をさぐります)


短髪が何やら軽く表情を変えたような気がしたが、無表情なのでよくわからなかった。
とりあえず、と放置してコーヒーを買う。
店員に苦笑されたが全く気にしない。
これも、いつも通り。
代金を取り出しつつ、後ろに立った短髪に言う。


「マイペースだなとはよく言われるよ。主にあの馬鹿から」

「え?とミサカは混乱してきました」


あの馬鹿、とは垣根の事だ。
『そのマイペース癖なんとかならねえのかよ』と何度も言った彼を思い出す。
コーヒーの缶の袋をうけとり、手に持った。
カタカタと缶が音を鳴らす。重さは感じない。
28 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/22(日) 20:00:29.14 ID:EqtjXN5u0
店を出たところで短髪は言った


「ミサカは次の変更点の伝達に伺ったのですが、とミサカは簡潔に用件を述べます」

「次? なンの話?」


何か実験でもしてたか? と考えて、
そこで百合子は気づいた。


「わかった。もしかしてオマエ、一方通行と勘違いしてねェ?」


自分に覚えのない事実を相手は「知っている」と思い込んで話している。
つまり相手が見間違っているということ。
それ程自分と似ている人物と聞いて思い当たるのは一人しかいなかった。


「えっ、とミサカは疑問の声をあげます」


まァそれが普通の反応だろう、と百合子は思った
そんな噂、表に流れる訳がないのだから。


「俺は鈴科百合子。能力はアイツと同じ『一方通行』だが、アイツとは別人だ」

「……そんなことがあるのですか? とミサカは未だ半信半疑で問います」


百合子は面倒臭そうに言う。


「そもそも俺は超能力者じゃなくて大能力者だしな」

「……、書庫にそんなデータありましたっけ、とミサカは呟きます」


書庫、という単語が出る百合子はと少し黙った。
僅かな沈黙をはさみ、半ば苛立った声で続けた


「いい加減信じろよ。何なら今ここでアイツに電話掛けてやるか」

「いえ、結構です、とミサカは無理矢理に自分を納得させます」

「なっとくしてねェじゃン」

「すみません、失礼しました、とミサカは頭を下げます」

「……、まァいいけどよ」

「それでは、とミサカはもう一度頭を下げて踵を返します」
29 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/22(日) 20:04:53.42 ID:EqtjXN5u0
と、そのまま立ち去ろうとする短髪を百合子は引き止めた。


「なァ。オマエ暇なのか」

「いえ、ミサカにもスケジュールはあります、とミサ」

「甘いモンって食える?」


短髪の言葉を無視し百合子は続けた。
最初からこちらの話を聞く気はないらしい。
それに短髪は黙ってしまう。


「……、」

「……、」

「……、」

「……何?」

「……いえ何も、とミサカは諦めます」


諦める? と百合子は首を傾げたがすぐ調子を戻す。
自分の事は自覚がないのかよ、と短髪は思ったが口にはしない。


「と思っただろ? 聞こえてるから。ちゃンと口にしてるからなオマエ」

「そうですか、とミサカはそのまま立ち去ろうとしてみます」

「待てよ。まァ、悪い話じゃねェから聞けって」


まるで子供の様に話す百合子を見て、短髪の少女は思う。

確かに、あの一方通行とは全然違うな、と。
34 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 20:58:34.08 ID:AGUfbydL0
「オマエ、名前ミサカでいいのか?」


歩きながら百合子は言った。
その後ろから短髪の少女はついてきている。


「はい、とミサカは肯定します」

「ン。再度聞くが甘いモンって食える?」

「過度の摂取は禁じられていますが甘いものは好きです、とミサカは正直に述べます」


短髪、ミサカは無表情で告げた。
本当にすきなのかよ、と疑問には思ったがそのまま会話を続ける。


「よかった。えっと……これなンだけどさ」


と、百合子は二枚の紙を取り出しミサカの前でひらひらとふる。
ミサカはそれをじっと見て文字を読みあげた


「スイーツパークの招待券ですか、とミサカは口にします。しかし何故それを? とミサカは続けて疑問を表明します」

「あァ、某サングラスにもらったンだ。多分アイツらのどっちか誘えっつーことなンだろォけどさ……無理だよな、うン」

「それでミサカですか……、とミサカはやや呆れ気味に息を吐きます」

「一方通行の知り合いなンだろ? なら少しは安心だし、他に遊ぶよォな人もいねェし……」

「いわゆる『ぼっち』ですか、とミサカはバッサリ言い捨てます」


やはり全く表情を変えずにミサカは続けた。
表情の変化がないというのは百合子としてはとてもやりにくい。
しかし相手はそんなの気にしない様子で、


「確か、食物関連施設は第四学区に集中してましたよね、とミサカは確認します」

「え? あァ、そォだな。これも同じ場所にあるはず。っつー訳で行こォぜ!」


と、百合子が先立って歩き出した。
自分のペースを少し取り戻しながら。


「子供みたいにはしゃいで……、とミサカはため息をついて後ろにつきます」

「こっ、子供じゃねェし!!」


街の雑踏に紛れ、消えていく。
35 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:05:27.41 ID:AGUfbydL0
場所は変わって学園都市のどこか。
少年がそこに立っていた。

彼は独りで。
目の前の赤黒い物体を見ていた


「……本ッ当つまんねェ野郎だな。何も進歩してねェじゃン」


暗い路地裏で少年は呟く。
その呟きに、返事はない。


「もォ一万は越えてたか。なら何が有効で無効かくらいわかってンだろ」


それでも一人、口をこぼす。
自分でも疑問に思いながら。


「……所詮は人形、か」


吐き捨てるように言い切る。
どこか苛立ったような声で。


「だとしても、もっとやり様があるだろ?」


言葉は、止まらない。
それは、自然と溢れてくる。


「こンなクソつまンねェ事延々と繰り返す身にもなってみろよ」


誰へも届かない呟きは。
闇に紛れて、消えた。
36 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:13:49.90 ID:AGUfbydL0
時間は過ぎて、午後五時過ぎ。
夏の日暮れは遅い、まだ太陽が照っていた。

百合子とミサカは第四学区内のとある公園にいた。


「悪いな、付き合わせちまって」

「いえ、こちらこそごちそうさまでした、とミサカは未だに口の中に残る甘味を楽しみつつ一礼します」


ミサカは無表情ながらも、どこか嬉しそうに見えた。
百合子もそれに満足したようだ。
片手に持った紙袋をチラ見しつつ百合子は呟く。


「甘いのは罪だと思うンだ」

「ふむ、そうですね、とミサカも同意します」

「クッキーとかそォいう系が好きなンだけどね、ケーキとかってカロリー高いし」

「しかし、ミサカはきちんと計算しているので問題ありません、とミサカは胸を張って返答します」

「オマ、いつのまに……ッ!」

「あからさま悔しそうなのが目に見えてわかるんですが、とミサカは貴女の無計画っぷりに内心こっそり笑ってみせます」


むっ、と百合子はふくれるが直ぐに話題を変える。
このペースにも段々なれたようだ。


「日ィ暮れちまったが門限とか平気か?」

「無理矢理に連れまわす宣言しといてそこは心配するのかよ、という本音を胸にしまい、ミサカは『大丈夫だ、問題ない』と告げます」

「……面倒臭いなその語尾。つーかさ、アレだ。俺アイツら以外の人間と遊ンだことねェから……その、楽しかった。アドレスもありがとな」

「そうですか、とミサカは一応理解しておきます。あと語尾についてはァィゥェォン語には言われたくねえよ、とミサカは心の中で嘆息します」

「…………、何の話? なァそれ何の話?」

「こちらの話ですよ、とミサカははぐらかします」


百合子は不満があるのか腑に落ちない顔をした。
しかし、時計を見て少し焦り気味になる。


「っと、俺も時間やべェな……じゃあ。俺あっちなンだ」


百合子はバッグを方に引っ掛けなおし、優しく笑った。


「またな、ミサカ」


能力を使って一気に高く跳躍し、彼女はすぐに見えなくなった。

残されたミサカは呟く。


「……"また"ですか、とミサカは叶わないであろう約束を復唱します」


彼女はそう遠くない内に死ぬ。
ついさっきまで一緒にいた少女によく似た少年に殺される。

それが使命だから、そう思っている。
今こうしている間にもまた何人か死んだ。


「ミサカはそのために生まれてきたのですから、とミサカは――――」


検体番号10064号は、一人静かに歩き出した。
37 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:16:23.21 ID:AGUfbydL0




――その僅か三日後の話。

『学園都市第一位が無能力者に負けた』という噂が街中を駆け巡った。




38 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:19:28.59 ID:AGUfbydL0


鈴科百合子は、その日から襲撃される回数がやたらと増えた。

「アイツが負けるはずねェだろォが、まして無能力者のクズなンかによォ!

 だって、アイツは第一位の超能力者なンだぞ!?

 ……ちくしょう。一体何なンだよクソったれがァッ!!」

39 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:25:35.09 ID:AGUfbydL0

垣根帝督は、その噂を信じられなかった。

「はあ!? あいつが負けただと!?」

「そうらしいス。なんか街中それで持ちきりッスよ」

「ありえねえ。あいつは俺が倒すって決めてんのに」

「その割にいっつも負けて帰ってきてるけどね」

「黙れ心理定規」

「嫌よ、面白くない。それで誰が倒したのかしらね」

「誰がやったのかってのは皆知らないみたいス。重要なのは『第一位が負けたらしい』って事実ッスからね」

「使えないわね」

「ええっ!?」

「…………クソ、何でなんだよ、一方通行」

40 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:27:09.39 ID:AGUfbydL0

その本人、一方通行はその日から心に穴が開いたような感覚に包まれていた。


「……ホント、何やってンだろォな、俺」


その日から彼は誰とも連絡は取らなくなった。

その真意は彼自身理解できなかった。
41 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:29:25.19 ID:AGUfbydL0

そして。


「『プラン通り』か」


窓もドアもないビルでサングラスの少年はまっすぐに誰かを見据えて言う。

少し言葉を交わした後、少年は言った。

「……あいつはお前の信じる世界を壊しにくるぞ、アレイスター」

逆さに居る『人間』に向かって言い放った。

『人間』は返さず、ただ笑った。
42 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/23(月) 21:30:57.05 ID:AGUfbydL0
また別な所。

検体番号10064号、ミサカは呟く。


「ミサカは、生き残ったのですね」


彼女は今一人だ。その呟きは誰にも聞こえていない。


「心のどこかで安堵しているのは何故なのでしょう」


ふと、先日のあの少女の笑顔を思い出し、ぽつりともらす。


「また彼女と遊べるからでしょうか」


彼女はこれからの自分の在り方を、しっかりと考えだした。
47 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/25(水) 21:48:33.02 ID:iaj64FbT0
八月二十六日。

その日、出会ってはいけないような二人が出会った。

その二人は、どこかの路地でまっすぐ向かい合っていた。


(一方通行……!?)

(何なンだ、コイツは……?)


上条当麻と鈴科百合子。

とある少年との繋がりのみ共通する二人はこの広い街で偶然にも出会ってしまう。
48 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/25(水) 21:56:27.12 ID:iaj64FbT0
少し時間を戻してみよう。

上条当麻はコンビニへと来ていた

彼の目的は、同居人の食料の調達だ。
同居人のシスター食料の消費量は並ではない。
毎日と言っても過言ではないくらい買い物に来なければすぐに食べるものがなくなってしまう。

上条家のおサイフは今月もピンチである。

そして上条はいつも通りの店ではなく、いつもとは別なコンビニを選んでいた。

理由は単純で、


(ビリビリがいたもんなぁ……)


『第三位の超能力者』と言う肩書きを持つ少女の後姿が見えたからだった。
また勝負を挑まれても困る。同居人の胃袋がそれまでもつ気はしていなかった。


『とうま! やっぱりご飯が遅い! とうまは私を飢え死にさせる気かも!』


そして頭部にキズが増えるだけだろう。
あのシスターは顎の力も強いのか……、と


「……なんだろう、涙出てきた」


上条は青空を仰いでから店の中に入った。

そこで、上条は誰にぶつかった。
正確にはその右腕が触れた。
上条は気のせいかと思って深くは気にしなかったが、
ぶつかった相手はかなり気になったらしく、声を荒げて言った。


「オマエ、何で俺に触れた!?」


最初は相手がぶつかってほしくなかったのかと思った。
どっかの不良たちみたく気が立っているのかもしれないと思った。
しかし、相手の顔を見た上条は理解する。


「一方通行……!」


数日前に戦った白い少年の名をふと口にした。
彼なら。ぶつかったことに疑問を抱くはずだ。
普通の人間ならぶつかることはできないから。

49 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/25(水) 22:04:40.00 ID:iaj64FbT0
対して相手は少し不機嫌そうになった。


「チッ、またアイツの知り合いかよ……」


小さくそういったように聞こえた。
上条にはその意味が分からなかった。


「はい?」

「おいオマエ、ちょっと外出ろ」

「何で? まさかお前また」

「訳わかンねェこと言ってないで動け」

「だから理由をだな」

「いいから早くしろ殺すぞ」


毒づいてから自分の手を軽く見た。
信じられないといったように。

数日前、戦った時と同じような顔をした。

それに上条は疑問を抱いたが、何か言う前に相手に先をこされる。


「本当にぶち殺すがいいかよ三下」


上条のほうを見ず催促した。
わずかに睨まれたような気がしたが気のせいだろう。

このまま言い訳をしてもまた展開がおかしくなるだけだろう。
そして、余計な時間を食ってしまうと後が怖い。
同居人の胃袋的な意味で。

そう考えた上条は仕方なくもついていく。

不幸だ、と言うのも忘れて。
50 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/25(水) 22:11:26.44 ID:iaj64FbT0
そして今に至る。

両者の間に重い沈黙が流れていた。


「……、オマエは一体何なンだ」


先に口を開いたのは百合子だった。
上条は勘違いしたまま、二十一日のことを思い出して言う。


「……あの実験続けてるんじゃないだろうな。完全に凍結させたはずだし」

「だから、訳わかンねェ事言ってンじゃねェ三下。俺は、アイツ……一方通行とは違うンだ」

「は?」

「面倒臭いから説明は省くぞ」

「えっ、それって頭の悪い上条さんにはかなり困るんですけど」


上条は疑問の声をあげるが、百合子はスルーして再度聞く。


「で、なンでオマエは俺に触れられた」

「いや上条さんは普通の高校生ですよ? 何の変哲もな」

「嘘付け、普通のヤツは俺に触れられねェンだよ。一方通行と知り合いならわかってンだろオマエ」

「あるっちゃあるけど、俺のこの右手……それが異能の力ならなんでも打ち消せるって代物なんだが」

「……、俺の能力も?」


上条は、相手が何か違う事をいいたいのではないか、と思いはじめた。


「……何が言いたいんだ?」

「……、」


百合子は少し間をおき、問いかける。


「一方通行を倒したっつーのは、オマエか?」


百合子にとって一、二を争う重要な事だった。
信じられていないし信じたくもないが、『触れられる』つまり『反射の壁を破る』ことが出来るなら、
もしかしたら有り得る事かもしれない、という可能性がでてくるのだ。
56 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/26(木) 19:42:56.24 ID:DZJW+wSn0
「それを知ってどうするんだ?」


上条は逆に聞き返した。
『上条当麻が一方通行を倒した』事実は揺らがないが、それによってまた返事も変える気だ。


「……、別に。違うならいいよ、興味があっただけだ」


百合子はそっぽを向いてそう答えた。
しかし、明らかに気になっているというのはわかった。
だから一言で返す。


「さあな」


相手の真意がわからない以上、どっちを答えていいかもわからない。
上条は曖昧にごまかした。


「……、……ふゥン」


百合子は値踏みするように上条をじっと見た。
それに上条は思わず身構える。しかし、百合子の行動に不意をつかれた。
彼女は、にっと笑ったのだ。

嫌な予感、と上条は思った。
奇しくもそれは当たってしまう。


「気に入った。オマエ、俺と勝負しろ」


これはビリビリの再来かーっ! と上条は内心叫んだ。


「しかし俺はこれからインデックスさんのお昼をですね」

「知るかよ。人間そォ簡単にゃくたばらねェ」

「でもあれは別な意味で死ぬと思うんだ」

「だから知らねェって。なンならソイツも呼ぶか?」

「いや、それは無理。……はぁ、仕方ないか」


百合子はその返事に頷いて笑う。
そこで、さっきとはまた違った狩人の笑みを浮かべた。


(なんかまた不幸な気がする……)
57 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/26(木) 19:53:40.89 ID:DZJW+wSn0
第十一学区の人気のない倉庫街にて。


「ルールは……、そォだなァ。オマエが俺に触れられればオマエの勝ち、意識不明か死ンじまったらオマエの負けだ」

「え、待って何そのルール上条さんは死ぬのでせうか!?」

「手加減したら死ぬな。そっちからどォぞ」

「えっ、待」

「やる気がねェよォなのでこっちから行きまァす。はい、スタートォ」


百合子は身近な木箱を破壊し、砕けたその破片をまっすぐ投げた。
ある程度断面の鋭利な確実に皮膚を切れるものを。


「――ッ!!」


上条はそれを横に転がる事で避ける。
ガッ、と狙いを外れた破片が倉庫の壁面に当たって砕けた。
パラパラと粉が散った。


「そォいや降参はナシな。俺そォいうの大ッ嫌いなンで――っと」


立て続けに箱の破片を投げた。
たまに釘も混じっているのが余計に危ない。


(反撃ったって……どうすりゃいいんだ。あの時はただ止めるために戦ったけど今回はそうじゃないしなぁ。近づくにも早……っぶねえ!!)


避けながら必死に思考を巡らせる。
右手が触れれば勝ちなのだが、そのためのプロセスが思いつかない。
攻撃は止むことなく続いていた。


「うン、一応言うと俺が触れても吹っ飛ぶだけだから安心しなよ。一方通行と違って俺には難しい演算とかまだ出来ねェからさ。だからこォして道具に頼ってる訳なンだけど」

「それだけでも十分危険だろ!」

「だから死ぬ気でかかってこいって言ってンだろ馬鹿か」

はァ、と溜め息が聞こえた。
それに応じて攻撃も一旦止んだ。
58 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/26(木) 19:59:34.71 ID:DZJW+wSn0
チャンスか、と上条が真正面を見据えるが、
そこには誰もいない。


「消え……!?」

「こっちだよ馬鹿」


声は上からした。
ハッ、と上を見ると百合子は飛んでいた。多量の破片をその手に持って。
まずい、と思うが遅い。
彼女は叫ぶ。


「おら死ぬ気で避けねェと、本当に死ンじまうぞォ!」


そして、木の破片が雨の様に降り注いだ。遮蔽物はない。
とっさに腕でかばうが、その程度で防ぎきれるものではない。
そう思われた。


「お、やるねェ」


百合子は感心したように声を上げた。

上条の身体に傷はほとんどついていなかった。
いくつか掠り傷がついた程度で済んでいた。
安心から息を吐くが同時に不思議に思った。


「今の答えは『動かない』だな。挑発に乗ってわざわざ動いちまうと逆にハリネズミ完成っつー算段だ。そォいう風に落としたからな」

「なんで……なんだ?」

「小手調べ、かな」


しかし、と百合子は続ける。


「オマエ、何ためらってンだよ。俺相手にしてンだから本気出さねェと死ぬぞ?」

「だから今こうして作戦をだな」

「その間に殺られてもいいのかオマエは。ただ触れるだけだろォが」


百合子はいらいらしてきた。
どうも要領を得ない。
久々の戦闘意欲を打ち消されているような感覚がしていた。
59 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/26(木) 20:15:56.60 ID:DZJW+wSn0
百合子が苦情を言おうとしたその瞬間、新しく現れた第三者が声を掛けた。

それは、


「何をしているのですか、とミサカは双方の間にわって入ります」


百合子からはミサカ、上条からは御坂妹と呼ばれる少女だった。
百合子は上条を指差してシレッと言う。


「よォミサカ。全部コイツが悪いから文句はコイツに」

「いや俺は何も悪くないだろ! 寧ろそっちが悪いだろ! っていうか御坂妹はなんでここに」

「何故、と聞かれれば暇だったので、とミサカはサラッと嘘をつきます」

「嘘かよ。で、本当はなんなんだ?」

「人捜しの最中なのですが、なにやら騒がしかったのでこちらに、とミサカは一部をふせつつ言います」

「人捜し? 誰を捜してるんだ?」

「ミサカの上s――っと、機密事項です、とミサカは慌てて口を閉じます」


その時、無表情な御坂妹に若干の焦りが見えた。


「手伝うか? どォせ暇だし」

「いえ、結構ですよ、とミサカは告げます。そうそう、ウニの貴方はたまに病院に顔出しをお願いします、とミサカはにわかに思い出します」

「え、ウニって誰の事」

「オマエじゃ……、いやなンでもねェ」

「ではお二方、喧嘩はなさらぬように? とミサカは微笑し念を押します。それでは」


そして御坂妹はそのまま立ち去っていった。

半強制的に戦闘終了を余儀なくされた二人は、互いを見た。


「……、どォする?」

「まぁいいんじゃねえの? 無駄な争いはやめてもっと青春をだな」

「知るか。そこがうぜェンだよ」

「というか上条さんはそろそろインデックスさんの胃袋を満たす役目があるんだが」

「なンだ、ソイツの胃袋は怪物の類かよ」


百合子は呆れ気味にそう言って、上条に背を向けた。


「……帰るわ。じゃあな三下、次覚えとけよ」

「次もあんの!?」


と、百合子はその場を後にした。

その後、この不幸な少年は食に飢えた少女によって頭部に傷を負うのだが、
それはまた別の話。
63 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/28(土) 20:45:10.26 ID:ztKPyaI50
八月三十一日。

その日は随分と平凡で、暇な日だった。


(暇を持て余した神々のなンとかじゃねェが本当に暇だ)


二十一日以来一方通行とは音信普通、垣根帝督は「仕事」に出ているし、土御門元春は友人と遊んでいるらしい。
今日は特に仕事の依頼もない。
ゴロゴロと転がっていて、ふと思いついた。


「服、買いに行くかな」


明日から九月だ、また季節が変わる。
それにあわせて気分も変えたい。

性格は一方通行に似ていても、やはり根本的なところで百合子は女子なのである。


「あ、アイツ誘うか」


と、百合子は携帯の登録から一人の人物を探し出して連絡を取る。


「よォ、ちょっと付き合ってほしいンだけど……

 あ? 迷子の捜索とかまだ見つかってねェのかよ、だから手伝うっつってンのに。容姿とか細かく教えろよ、探しに――……

 おいなンで? なンで俺が関わっちゃなンねェンだよ、暇なンだよなンかやらせろクソが……

 ……ン。じゃあすぐセブンスミスト。早く来ないと殴る」


その姿は、どこにでもいる普通の女子高生のようだった。
 
64 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/28(土) 20:50:27.01 ID:ztKPyaI50
「何を買う予定なのですか? とミサカは単刀直入に問います」

「ン、パーカーとかだな。秋服中心に、あれば冬服」

「ならばあちらですね、とミサカは案内板を見つつ指差します」


内部に様々な店のあるファッション店『セブンスミスト』のなかに百合子とミサカはいた。
しぶしぶ、と言った感じだがミサカはきちんと付いてきている。
店内は広いので、一番近いところから順番に回る事に決めていた。


「ま、俺好みのデザインなンて滅多にねェンだけどさ」


ミサカはそれに表情を変えずに言い返す


「そのしましま服ですか、とミサカは腹の中でこっそり笑ってみます」

「笑うなよ」

「笑ってませんよ、とミサカはこらえつつシラをきります」

「語尾でバレバレだクソバカ。なンだよ、悪いのか!」

「いえ、悪くなんてありません、とミサカは一応否定しました。あと、そろそろ売り場が近いので買い物したいです、とミサカは希望を付け加えます」

「……、チッ。サラッと流しやがって」


むっとはしているものの百合子はおとなしくなる。
だがミサカには怒りがためられているようにも見えていた。

とにかく話題を変えよう、とミサカは冷静に判断する。


「こんなのはどうでしょうかねー、とミサカは真っ白いパーカーを手に取ります」

「白に白とか似合わねェだろ」


が、即座に一蹴された。

(こういうのは確か10100号が得意だったような……? とミサカは別行動の個体を思い浮かべます)

ミサカは某個体を思い出し、助言を仰ぐかと検討しだした。
 
65 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/28(土) 20:57:01.58 ID:ztKPyaI50
そこでふと百合子は言う。


「そォいや、オマエほしい服とかねェの?」

「へ?」

「どォせ来てるンだし、何でもいいよ。研究用に金はあるし」

「いえ、そういうわけではなく、とミサカは突発過ぎて頭が追いついていないことを主張します」


ミサカの表情に僅かに焦りが見えていた。


「あ、髪飾りとかでもオッケー」

「話し聞けよ、とミサカは嘆息します。本当マイペースですよね、とミサカは改めて再確認しました」

「えへへー、よく言われますゥ☆」


百合子はわざとらしく言った。


「…………、ではこのゴーグルにつけるオプションがほしいです、とミサカは好意に甘えることにします」

「じゃ、別フロアかな。行こうぜ」

と百合子はミサカのほうに手を伸ばす。ただそれだけの動作をした。
なのに、ミサカは一歩引くように下がってしまう。
理由はいたって単純。

それは『迷子』が彼と関わっているせいもあるのか。
一万回という記憶が脳裏によみがえってくる。


「??」


百合子はその行動を疑問に思うと同時に少し驚いていた。
今まで、そんな事はなかった。


「……、少し席をはずします」

「あァ、お手洗いとかか。じゃあ先行ってるから来いよ」

「はい、とミサカは返答します」

「……来いよ?」

「ええ、とミサカは再度頷き約束します」


パタパタとミサカが去った方向をしばらく見てから、百合子は歩き出す。
上のフロア、雑貨屋へと。

きっとくる、と信じて。
66 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/04/28(土) 21:02:20.34 ID:ztKPyaI50
一方別れたミサカは非常階段を上にのぼりつつ、頭を冷やそうとつくしていた。


「やはり、無理なのでしょうか、とミサカはうつむき加減に呟きます」


思い浮かぶ一万三十一の記憶。
あの白い手が触れたら一体どうなるか、それは身をもって理解している。

もう誰も死ぬ事はできない。あの少年に教えてもらったから。

それに、10064号には大切な"友達"がいるから。

カツカツ、と正確に一定のリズムを刻んで上っていく。
それはまるで機械のように。
ただ淡々と流れる時のように。


「それでも、とミサカは迷いを振り切ります」


雑貨屋のフロアはもうすぐそこだ。
69 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/01(火) 17:59:18.86 ID:Qt6PKJwg0
ワンフロア全てを使っているそこは広く、幅広い年齢に対応した品揃えだった。
ヘアゴムやシュシュなどファッション関連のものからマスコットも取り扱っている。

よくわからないカエルやら、ハートのアクセサリやら、
ピンからキリまで、というようだ。

基本こういう系には縁がないのでどこともなく見て回っていた百合子だが、
ふとある場所で立ち止まった。

彼女がじっと見ているのは髪飾り。
百合の造花の、奇麗な髪飾りだ。


(百合か……、俺も単純だな。別なのでもいいけど、でも奇麗)


最近は一方通行の知り合いと遭遇する事が多すぎる。
いい加減、間違われるのにも飽きていた。

その為、区別する何かがほしかったのだ。


(ま、急ぐほどの事でもないか)


彼女が付けるとただの洒落になってしまうので仕方なく諦める。
手にしていた造花を戻し、視線を移したところで、

周囲の空気が不自然に凍りついたのを感じた。
70 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/01(火) 18:04:19.64 ID:Qt6PKJwg0

だが、百合子は気にしない。

仕事中に比べれば別にこんなもの、と彼女はスルーするが、


「……、アンタ」


声がした。

明確に殺意が含まれた冷たい声だ。

そちらを見ると、ミサカが立っていた。


(……いや、違うな)


しかし、それを自分で否定する。

額にゴーグルをしていないし、何より身にまとう雰囲気や瞳に宿っている感情がいつもと違う。
見た目になんら差はないというのに、だ。


「誰だオマエ」


百合子にとっては当然の疑問だった。

しかし、それが逆に相手の気に触ったようで、
そのミサカに似た"知らない人間"はバチバチと火花を散らす。


「そう……、アンタにはあの時のことを記憶に留めるまでもなかったってこと?」

「は?」

「ふっざけんじゃないわよ!!」


バチィッ!! と雷撃の槍が放たれた。
両者の間は十数メートルしかなく、音速の三倍以上の速さで向かってくる槍を避ける暇はない。

真っ直ぐ百合子に当たるが、その軌道は斜め上へと変更される。
髪の毛の一本すら揺らがない。

奥の壁に当たり、当たった部分が崩れていった。


(『ベクトル操作』……やっぱり一筋縄じゃいかないわね……)


攻撃を仕掛けた本人、一方通行に恨みを持つ御坂美琴は冷静になれていなかった。
ただ感情のまま攻撃してしまった事に少し反省し、
しかし、後悔はしなかった。

その能力をじっと見極める。
依然と同じように。

あちこちから悲鳴がした。巻き込まれまいと四方へ散っていく。
76 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 20:28:27.60 ID:Va7P+QvQ0

止められるものは存在しない。
そんな真似はできなかった。

二人とも『超能力者』として名が知れている、
第一位と第三位として。

口を挟めばこちらがやられる。

しかし、百合子は"本当の"第一位ではない。彼に何があったかなんて知らない。


「あのな」


眼光の揺らがない第三位に百合子は言う。


「何か勘違いしてるよォだから言うがな、俺は『一方通行』じゃねェ。オマエなンて知らねェし、オマエとアイツに何があったかっつーのも興味ねェよ。消えろ。」

「あんな能力二人もいるわけない! 書庫にもそんなのは乗っていなかったわ! トボけるのもいい加減にしなさいよ!」


光が散り、視界が妙に明るくなる。
空気がさらに重くなる。


「さっきあの子がここにいるのも見たわ。アンタ、"また"やる気じゃないでしょうね!!」


『また』という単語が気になった。

彼は、自分の知らないところで何をやったというのだろう。
そんな事を何故、自分に言ってくれないのだろう。


「……ったく、何やってンだアイツ」


口の中だけで小さくもらす。その声は美琴へは届かない。
改めてさも興味のないように続けた。


「でも、俺にゃ関係ねェよな? どれだけ喚こォが叫ぼォが結局俺じゃねェンだ。それでも戦りあおうってンなら止めねェよ――」


ただな、と百合子は言葉を切った。

しっかりと美琴を見る。
その赤い瞳に僅かな狂気が宿った。

少しの間をおいて、百合子は感情のない声で一言、告げる。


「ぐちゃぐちゃ言ってねェで消えろっつってンだろ、三下」


その気迫に美琴は負けそうになった。
それでも動かない。震えてはいるのに。


 
「させない」


美琴は明確な意思を持って言い放つ。

それに百合子は仕方ないと息をはき、
静かに交戦体勢を取った。
77 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 20:54:17.69 ID:Va7P+QvQ0
バチィ!! と火花が散った。
ただ何も考えずに百合子はそれを反射する。
美琴はそれを数歩ズレる事によって回避した。

それは予想通り。

今度は砕けた壁を磁力で操る。
ただの邪魔モノが凶器になる。


(ふゥン、そォいう使い方もあるンだ)


四方から重い物体が突っ込んできた。
さらに破片が砕け、煙が上がる。

美琴もこれで仕留められるとは思っていない。

さらに周囲で火花を散らす。
これは攻撃のためのものではない。
10032人目の『妹』が使った手で、美琴らしくない使い方だった。
室内のため、風もない。

そう予測していたのだが……


「なっ!?」


突如風が吹いた。
否、風と言うより衝撃波と呼ぶべきか。
それによって煙も飛ばされ、策も無駄になった。


(一体……!?)


視界が回復するとそちらの様子も見えるようになった。
そこには、大きくひびの入った床となんら変わらない様子で立つ白い人物が見えた。

ただ一言、告げる。


「こンなモンかよ?」


ゆらり、とその影が動いた。

そう認識した直後に後ろから衝撃が来た。
普通の鈍器で殴られたようなものとも違った衝撃。
それは今までにないものだった。

美琴はそのまま地面にうつぶせに倒れ伏すような体勢を取らされた。
上から声がかかる。


「はい、おしまい」


バッ、と見るとそこにはあの"第一位"が立っていた。
丁度、こちらを見下ろすような形で。


「くっ……!!」

「もォ動けないンだから諦めて転がってろよ三下。危ねェー、もっと発電系能力者調べなきゃなァー」


と、徹底的に上からのセリフで百合子は当然の様に呟く。


「……さて、どォしてくれよう?」


そう再び美琴を見据えた。
上からと下からの死線が交差する。
78 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 20:59:23.30 ID:Va7P+QvQ0
その時、第三者の乱入があった。

「そこまでです、とミサカは制止します」

息を切らしたミサカだった。

騒ぎが起きているのは知っていたが、場所の特定と人の波に阻害されて、
今ようやくたどりつけたのだ。

彼女が現れた途端、張り詰めていた空気も少しだが緩んでいた。
百合子のまとう空気が一変し、穏やかなものに変わる。


「おォ、大丈夫かオマエ」

「はい、問題ありません、とミサカは呼吸を整えつつ、返答します」

「ン。無理はするンじゃねェ」

「お気遣い感謝します、とミサカは先に謝礼を述べておきます」


ミサカはふぅ、と深呼吸し、美琴に向き合う。
美琴は事態が飲み込めていないのか、どこか落ち着きがない。


「お姉様、少しこちらに、とミサカはお姉様の腕を引いてこの場から急ぎ気味に離れます」

「えっ、ちょっと待ちなさいよ、なんでアンタ」

「その説明を今からするのですよ、とミサカは手の力を強めつつ言います」

「答えになってな――って力強っ! ここに来て本気なのかアンタは! 離しなさいよ!!」

「すみません、後程連絡しますので今日はこれで、とミサカは言い残しておきます」


ずるずると美琴をひっぱりつつ去る途中にミサカは言った。
初めて、百合子の目を見て。

百合子は小さく頷いた。

「複雑なンだろォなァ」

と、非常階段へ向かう。
これだけの騒ぎを起こしたのだ、風紀委員もすぐに駆け付けるだろう。

そのときにあれこれ聞かれると面倒だ。

その前に一刻も早くこの場を離れたかった。
79 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 21:10:47.29 ID:Va7P+QvQ0
屋上に通じるドアを蹴破って、無理矢理開く。
その能力の前では扉は意味を成さなかった。

空はもう日が落ちる寸前だった。
そんな長い間いたのか、と自嘲気味に少し笑った。

こんなに心から、そしていい意味で楽しんだのはいつぶりだろう、とふと思った。

仕事では『楽しむ』の意味合いが変わってくる。
いかに楽しんで相手に粛正を与えるか、それだけが仕事。

プライベートでの『楽しさ』なんて、久々すぎてどこか初々しさがあった。

百合子はあたりを見回し、周囲を確認する。
当然だが、誰もいるはずがなかった。

飛び降り防止用のフェンスを難なく飛び越える。
その縁に立ち、紅く染まりつつある街をしばし見下ろした。
感慨に浸る、というのか。
彼女はしばらくそうしていた。

どのくらいそうしていただろう。
彼女は裏通りへと跳んだ。
屋上から、飛び降りた。

風が白い髪を優しく揺らす。
くるっ、と彼女は猫の様に向きを変え足から器用に着地した。
自身にかかるベクトルを全て味方にする少女は着地の衝撃を感じない。

タッ、とそのまま表の大通りへと歩き出す。
分散された衝撃はアスファルトに小さな亀裂だけを残した。
80 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 21:15:37.88 ID:Va7P+QvQ0
一方で、ミサカこと妹達に腕を引かれる美琴はようやく「妹」の手をふり払うことができた。
感情のままに叫ぶ。


「何すんのよ! アンタが一方通行をかばう理由なんてないじゃない!」


対して御坂妹の方は冷静だ。


「彼女は『一方通行』ではありませんから、とミサカは述べます」

「アンタまでそんなことを……、あんなの二人も三人もいるわけないわよ!! 大体、そんなの書庫にもデータは」

「お姉様」

「……、何よ」

「仮に、彼女が本当に『一方通行』だったとして、お姉様は勝てませんよね、とミサカは確認します」


ぐっ、と美琴の動きが止まる。
御坂妹はそのまま続けた。


「そして、今お姉様が死んでしまったら一体どれだけのミサカが"悲しむ"かおわかりですか? とミサカは試すように問います。ミサカの命の価値を見出すた めにも、お姉様はまだ死んではいけないのです、とミサカは精一杯お願いします。そう……約束したじゃないですか、とミサカはお姉様に語りかけます」


彼女は真剣だった。
少し前、一緒に『絶対に勝てない敵』へと立ち向かった時の様に。
美琴はガシガシと頭をかき、何か言おうと口を開いた。

しかし、その言葉が紡がれる事はなかった。


「おっねえっさまぁー!!」


と、白井黒子が美琴の後ろから抱きついてきた。


「わっ! く、黒子!?」

「ご機嫌麗しゅうお姉様、今日も黒子はお姉様の隣に立てて幸せですの!」


どうやら御坂妹には気付いていないようだ。
81 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 21:17:52.29 ID:Va7P+QvQ0
気づかれたらまた厄介な事になるに決まってる。
気づかれる前に、と美琴は話題を変える。


「ってか、アンタはなんでこんな所に」

「風紀委員のお仕事ですの、高位能力者の戦闘が行われた……とのことですわ」


美琴の肩が不自然に震えた。
白井はそれに気付かずにふと思い出したように続ける。


「そういえばお姉様。午前中一緒にいらっしゃった殿方は誰ですの?」

「ふおぉう!!!?」

「何やら私も面識があったようなあの類人え……失礼、殿方ととても仲が良かったように見えたのですけれど私の気のせいですわよね? まさかお姉様に限ってそんな」

「ないない!! あれは仕方なく!」


白井はしばらく疑いのまなざしで美琴を見ていたが、


「ちょっと、白井さーん。何さぼってるんですかー」


同じ風紀委員の花飾りの少女に言われ、名残惜しそうに美琴から離れる。

 
「仕方ありませんわ。お姉様、詳しくは寮で聞かせてもらいますの」

「詳しくって何もないわよ! いいから早く行きなさいってば」


その言葉を合図に白井の姿が虚空に消える。
白井が持ち場に戻ったのを確認する。

そして、再度御坂妹が居た方向を向く。
伝えなければ、と。


「ごめんね、変なトコ見せちゃって」


しかし、そこには誰もいない。
床を鳴らす音が遠くからして、彼女が帰った事を知った。

美琴はしばらくそこに留まっていた。
『妹』が言っていた言葉をかみしめていた。
82 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 21:23:43.90 ID:Va7P+QvQ0

日の入りが遅くて気付かなかったが、時刻は既に六時十五分をまわっていた。

(……、ねっみ)

百合子はコンビニでも寄ろうかと考えつつ、一人で帰路を歩いていた。
ミサカからの連絡もない。

眠気と疲労が彼女を襲っていた。
もう、今日は帰ろうか。と考えだして、
そこで見つけた。

わき目もふらずにただ走る少年を。
何にも染まらず自己の色を発する第一位を。


「一方通行」


百合子はその姿を見るなりすぐに声を掛けた。
どこか心配するような、そんな声だった。
そんな声色に自分でも驚いていたが、今はおいておく。

一方通行は立ち止まり、百合子の方を見る


「……鈴科? オマエ、なンで」

「いや、オマエこそ連絡しないでナニやってたンだよ。っつか何で走ってンだ能力使えよ。あ、違う、そうじゃなくて」


言葉が上手く出てこない。
どこで何をしていたのか、何故今ここにいるのか、一体どこへ行こうというのか、今まであった『また』とは何なのか……
言いたいことはたくさんあるのに、整理が出来ない。


「悪い、説明してる暇はねェンだ」


一方通行は再び去ろうと踵を返す。

しかし、百合子はその腕を掴む。
彼はどこか驚いたように百合子を見た。


「オマエには、聞きたいことが山ほどあるンだ」


うつむいて百合子はそれだけ言った。
その表情は一方通行には見えない。

ただ彼は百合子の手を振り払う。
数歩離れ、百合子と距離を保ったところで、彼は口を開いた。


「鈴科」


百合子の方は見ずに一言だけ言った。


「終わったら全部話す。約束する」


タッ、と地を軽く蹴り、一方通行は空に消えた。
残された百合子は独り誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。

待ってる、と。


「信じても、いいンだよな」


静かに空に輝く星を見て、
想う。
83 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/04(金) 21:26:52.97 ID:Va7P+QvQ0



この日。
彼女の"日常"は彼女の知らないうちに、終わりを告げていた。


少しずつ、変わっていく世界。
どこへ続くか分からない道を、
それぞれは一人で歩いていく。
平穏は、すでに失われていた。


90 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/06(日) 15:54:06.27 ID:D27rRAeY0

垣根帝督は寮の一室にひとりでいた。
いつもはいるはずの妹の姿もない。
彼は携帯で誰かと話をしている。


「ああ。だから今回はお前らに任すっつってんだよ」


その声は少なからず苛立っていた。


「出来ねえとか言うんじゃねえ潰すぞ。そのためにそいつ付けたんだろーが」


電話口から聞こえる、男の声は動揺を隠せずに早口で抗議する。


『いやいや、無理ッスよ! だってあの人さっきから全然乗り気じゃないスもん、垣根さんの力が必要で』


垣根はそれに溜め息交じりで答えた。


「お前どうして『スクール』に来た……? あとで極刑な」

『ええっ!?』

「あーいいからちょっと代われ雑魚」


垣根は電話の相手、ヘッドギアのような物をした男を思い浮かべ、どう殺そうか本気で考え出していた。
と、電話口から聞こえてくる声が変わった。


『何よ、リーダー』


女の声だった。


『貴方こそなんなの? 集合場所には来ない、連絡したと思えば「任せた」って、馬鹿にしてるの?』

「違えよバーカ。別件で客が来るんだよ」

『正直私も多い敵には対応できないわ。それを――』


ピンポーン、とさえぎるようにチャイムが鳴った。


「お、来たか。じゃあ頼むわ。心配すんな、期待はしてねえ」

『ちょっと聞きなさ』


ピッ、と垣根は相手を無視して通話をきった。
扉を開けて勝手に入ってきた人物は垣根にいう。


「タイミング悪かったか」

「いや、寧ろナイスタイミングだぜ」


垣根は勝手に入ってきたことは特にとがめず、その人物に向き直っていった。


「よう。いらっしゃい」


その人物、鈴科百合子は座って持ち込んだ微糖のコーヒーを飲んでいた。
ただそれは無理矢理ないつも通りにもみえた。

九月三日。
秋の風が吹き始めるころ、季節と共に変わりだす。
91 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/06(日) 16:02:08.75 ID:D27rRAeY0
「暇だから」


百合子はそういった。
すぐ帰るから、と苦笑いして。
しかし、その目は笑っていない。

不審には思ったが、垣根はそれに深くはつっこまない。
そういうところには気が利くのである。


「ま、テキトーにゆっくりしていけよ。何もねえが」


だから、軽く言葉を投げかけるだけ。
そして自分は作っておいた紅茶を手に取った。


「どォも。帝華は?」

「学校だ。夏休みも終わってるしな」

「あァ、なるほど」


百合子は缶コーヒーを口に含んでから続けた。


「なァ、垣根」

「なんだ?」

「第一位が負けたって話、信じるか?」


その言葉に垣根は黙りこんだ。

確かにその噂は耳にしていたが真偽は問わなかった。
問いたくなかった。

最初にあの第一位を倒すのは二位である自分だと思っているから。
その為に強さを求めた。ここまでのぼりつめた。

やっと手が届く、そう感じていたのに。
よりによって『無能力者』に負けるなんて。


「……さあな」


一言でごまかした。
ただ、とこう付け加える。


「あいつが負けちまったらつまんねえよ」


それに百合子は笑った。


「オマエら実は仲いいよな。っつーか普通に仲いいよな?」

「何の冗談だそりゃあ。天地が引っくり返ってもねえよ」

「だってよ、この前アイツも同じこと言ってたじゃねェか。第二位のメルヘン殺れるのは俺だって」

「あー、あったな……思い出したら苛々してきた」

「結局喧嘩になって、いつも通り垣根が負けたンだよな」

「負けてねえ。あそこでやめてやっただけだ」

「ハイハイ」


いつの間にか雰囲気は少し明るくなっていた。
依然ところどころに陰りを残したまま。
違和感なく同じ場所に存在している。
他愛もないことをどれだけ話しただろうか。
92 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/06(日) 16:09:30.55 ID:D27rRAeY0

「……なァ。初めてあった日の事、覚えてる?」

「あー、なんだっけ。まだ俺らガキだったな」

「そうそう。で、あの時もこうやって……、飲み物飲みながら二人で話して、後で一方通行も来て、馬鹿みたいなことやって、楽しく過ごして、それで」

「……、鈴科?」

「なンでもない」


もっとこんな時間が続けばいいのに、と百合子は願った。
ふと垣根が外を見ると、見覚えのある姿が目に入った。


「ああ、そうか。今日は早いとか言ってたな」

「おォ、じゃあそろそろ行こ……っと、玄関は止めとくか」


玄関からだと帝華に遭遇するかもしれない、との配慮だ。

まだ百合子は会うべきじゃないと思っている。
この闇に触れさせるわけにはいかない。

そういうわけでベランダから外に出る事にした。


「暇だったらまた来る。じゃあな、垣根」


タッ、とその姿が消えた。
どこかの屋上にでも飛び移ったのだろう、と垣根は推測した。

それと同時に玄関から垣根の妹がすれ違いで入ってきた。


「ただいまー。あら、窓開けて寒くない?」

「ああ、換気だよ。おかえり」

「そうだ、今日もいろんな事があったの。お兄様にも教えたくて!」

「ふぅん。なかなか充実してるようだな」

「ええ、もちろんよ! それでね、朝の事なんだけど――」


兄妹は何事もなく過ごしていく。
変わりなく、いつも通り。
95 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/07(月) 20:16:34.50 ID:SMC6wept0
日は流れて、八月九日。

とある病院の一室で、一人の少年が目覚めた。
ゆっくりと上半身を起こし、辺りを見回す。

個室らしく、自分以外は誰もいない。
ただ空のベッドがもう一つあるだけだ。
窓の外は既に暗い。夜のようだ。

頭が重い。何故だか重心が安定しない。
思わず手を頭にやって体を支える。

と、音を立てて扉が開いた。
そちらを見ると、水色のキャミソールを着た小柄な少女が立っている。

彼は、その人物を知っている。

「……打ち止め」

ふと口からこぼれ出た。
確かそう呼ばれていたはずだ。それが本名なのかは知らないが。

記憶によれば毛布を被っていたはずだったが、今はちゃんとした服を着ていた。
呼ばれた方、打ち止めは嬉しそうに笑った。

「ふぉぉ! ミサカのことちゃんとわかってくれてる! ってミサカはミサカはハシャいでみたり! ついでにアナタのベッドにダイブしてみたりっ!!」

「おォ!?」

少年はいつもの様に能力を使って回避しようとしたが、何故だか出来なかった。
バランスを崩して倒れてしまう。

打ち止めの重さが伝わってきた。

「いやー、一時はどうなるかと思ったんだよ、みんなをなんとか説得できたからいいけど大変だったなぁ、ってミサカはミサカは腕組みをして苦労話を大げさに語ってみる。うん、疲れた疲れたー」

少年は起き上がりつつ、あからさま嫌そうに告げる。

「わかったから、離れろクソガキ……」

「もー、冷たいなあ、ってミサカはミサカはむっとしてみるっ」

「いつも通りだろォがよ」

「そんな事ないのにー、ってミサカはミサカは断固抗議してみたり」

「オマエは俺の何を知ってるってンだ。つーか、毛布はどうした」

「新しい服ヨシカワに買ってもらったの! ってミサカはミサカは新品のキャミソールを見せびらかしてみる!」

「なンでもいいが騒ぐなガキ」
96 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/07(月) 20:24:28.06 ID:SMC6wept0
「おや、目が覚めたみたいだね?」


新しい声がした。
カエルに似た顔をした男だ。
白衣を着ているところを見ると医者なのだろうか。

記憶にない。


「誰だ?」

「お医者さんの先生だよ、ってミサカはミサカは簡潔に説明してみる!」

「まとめすぎだろ」

「気分はどうだい?」


カエル顔の医者は少年にたずねた。


「あ? コイツが重くてだりィ」

「アナタ、それは女性に向けて言うには失礼じゃないかね? ってミサカはミサカは」

「うるせェ、黙れ」


この小さいのはこんなにベラベラと話すやつだったか、と少年は目を逸らした。
このペースにはどうも調子が狂わされる。
ただ、打ち止めにはあの日のような無理に生み出しているような明るさはどこにもなかった。


「その調子だと、大丈夫なようだね? 試作品だけど問題はなさそうだ」

「試作品、だァ? 何の話だ」

「おや、その子から聞いていたんじゃないのかい?」

「はっ、しまった! ってミサカはミサカは本来の目的をすっかり忘れてたり!!」

「そんなことだろうと思ったね?」


と、カエル顔の医者は首を軽く示した。

少年もそれにならって、手をやる。
固い感触がそこにあった。

今までにはなかったものだ。


「あァ?」


思わず少年は声を上げた。


「あ、よかったら鏡使う? ってミサカはミサカは思いつきで提案してみる」


打ち止めは空だったベッドへ行き、シンプルな手鏡を取り出し、少年に手渡した。

そこに映し出されていたのは、いつもの自分の白い髪と赤い目。
見覚えのない、首元には黒いチョーカーのようなものがあった。
そしてそこから伸びているコードも。


「結論から言うと、君は能力を失ったに近いってことだね? 一方通行」

「……は?」


少年の世界は全てが変わり果てていた。
97 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/07(月) 20:38:36.89 ID:SMC6wept0
「おいおい、なンの冗談だこりゃあ……」

一方通行は呟いた。

八月三十一日に脳に損傷を受け、言語能力や計算能力を失ったこと。計算能力の損失によって同時に能力も使えなくなってしまったこと。
これから生活していくために代理演算をミサカネットワークにしてもらっていること。脳波をあわせるための電極のこと。十五分の時間制
限のこと。それから――、
様々なことが説明された。

一方通行に未だ現実味がないまま。

今、同じ病室には誰もいなくなっていた。
カエル顔の医者は持ち場に戻って行ったし、打ち止めは別な所に行っているらしい。

仰向けになり天井を見つつ、一方通行は思う。


(ハッ、何だよこの様は……情けねェな)


たった一人を救うためにこれだけのものを失った。
もう自分は最強なのかすら危うい。

しかし、それでも。
殺すことしか出来なかった一方通行が誰かを救えたというのは彼の何かを変えていた。
ハッキリと言葉にはし辛いそれはある種の優しさなのだろうか。

彼はその思いの名を知らない。


(代理演算、か。よりによってミサカネットワークからとはなァ……、ったく何の皮肉だっつの)


打ち止めの言っていた『説得』の意味も理解できた。
妹達、クローン達には少なからず一方通行を憎む"心"があるはずだった。

それでも、演算を代わったのには説得のかいがあったのか、
あるいは……

と、その先を考えて自分で否定する。


(甘いな、そンなンで許されるモンじゃねェってのに)


あの日々を思い出す。
たった一つの願いがあんな暴虐の嵐を生んだ。
非は自分にある、そう思っている。

98 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/07(月) 21:13:55.73 ID:SMC6wept0
『そのサインにミサカは気づけなかった』

打ち止めはそう言った。
気づいてほしかったのか、
無意識に止めてほしかったのか


「何考えてるのー? ってミサカはミサカは真上からアナタの顔を覗き込んでみたり!」


ぐっ、と視界に突然茶髪が現れた。
思わず、といったように避けようとするが寝ている体勢からでは何もできない。


「……何の用だ、退け」

「んー、ミサカのベッドを移動させるの、ってミサカはミサカは伝達してみたり。ちょっとうるさくなるけど我慢してねー、ってミサカはミサカは病院のお姉さんぶって注意してみる」

「オマエの?」

「アナタがおきるまでは、っていう約束だからね、ってミサカはミサカはちょっと名残惜しそうに教えてみる。あ、ここはアナタだけの部屋になるんだよ! ってミサカはミサカはアナタにとっては吉報を伝えてみたり!」

「ふゥン……」


正直どっちでもいい。
だが何故ここに打ち止めがいたのかが気になった。


「そりゃあ、心配だったからね、ってミサカはミサカはばっさり真実を告げてみる」

「おいおい、そりゃなンの冗談だ」

「だってミサカの王子様なんだよ! ってミサカはミサカは――イタッ、なんで無言で叩いてくるのってミサカはミサカは頭を抑えて嘘なきしてみたり! あ、もしかして照れ隠し? ってミサカはミサ」

「一変死なないと直らないクチの馬鹿なのかオマエ」


そう一方通行は打ち止めを睨むように見た。

それとほぼ同時にとびらが開けられた


「上位個体、こちらですか、とミサカはノックするのを忘れたけどいいやと病室へと入ります」


妹達、と呼ばれるクローンの一人だ。
彼女は部屋に入るなり、その場で固まった。

ベッドに寝ている一方通行と、その上に乗っかる打ち止めという光景。
滅多にない、というかこれから先絶対ない。


「な、何この状況!? とミサカは混乱状態に」

「待て待てオマエ何考えてやがるっつーか重いからさっさとどけクソガキ」

「えっ、でもこのシチュエーションはあのよくある逆パターンのエr」

「言わせねェよオマエそンな知識どこで仕入れた!」

「その先が分かった一方通行も一方通行でどうなのですか、とミサカは軽く引きつつ作業のほうを思い出します」

「あァもォ早く出て行けガキ共」

「うー、やっぱり冷たいなぁ、ってミサカはミサカは涙目になってみる」

「泣かしましたね、とミサカは心のの中で笑ってみせます」

「いいから早く出て行けェ!」


だがその後も数十分ぐだぐだと会話を続けてしまい、
心が疲れきったころに漸く一方通行は一人の時間を手に入れた。
99 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/07(月) 21:18:04.09 ID:SMC6wept0
「……クソッたれ」


彼はたった独りで呟いた。

光の世界ではまだどこかむず痒いところがある。
やはり自分はここに向いていない。

だからといってこちらから足を突っ込む気は毛頭ない。

そうなってしまったら本当に終わりだ。

少しずつ、慣れていければいい。
いつまでも後ろを見ていては始まらない。

まだ出来る事はあるはずだ。
こんなボロボロになっていても、何かは。


(そォだよ、俺を誰だと思ってやがる――)


一方通行は真意の読めない笑みを浮かべた。


(――『一方通行』だしな。戻るなンて出来るかよ)


奇麗に笑った。

106 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/10(木) 20:40:05.67 ID:+WdwYCq10
「『残骸』だと?」

『ええ。今回貴女にはそれを回収していただきたいのです』

「データ来た、これか」

『それを「常盤台付属演算処理施設」まで届けてほしい、というのが今回の依頼です』

「このキャリーケースがそンな重要なモンとはな」

『見た目にはよらない、と言うことですよ』

「でもよ、コレ他のヤツと間違いそォなンだが」

『第二十三学区のエンブレムが貼ってありますし、すぐわかると思いますが』

「そォかい。確認するが、コイツを指定の場所まで運べばいい訳?」

『はい。お願いしますね』

「了解」


寮の一室、外と同じように薄暗い部屋の中でノートパソコンの明かりだけが目立っている。
部屋の主である百合子は通話を切って送られてきたデータを眺める。


(ふン、『樹形図の設計者』が壊されてたなンてな)


データを端末に移し変え、思考を仕事へと切り換える。
久々の単独の仕事で、気分も高揚していた。


(ま、明日だな)


データが完全に移されたのを確認し、眠りにつく。
「仕事」前夜、嵐の前の静けさを感じさせた。
107 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/10(木) 20:44:24.80 ID:+WdwYCq10

夢を見た。


『俺』が生まれたあの日のことだ。

何も分からず誰かに手を引かれて、

思考パターンを移植されて、

攻撃性と防御性の両方を、俺は受け入れたんだっけ。

暗闇の五月計画、だったっけ。

知った事かっての。

でもま、あのまま死ぬよかマシかな?

俺は選ばれたんだな、って今なら言える。


あの日が、俺の原点。

あの日から俺は何も変わっていない。


そうしてる間にも夢は進んでいる訳で。

この次はなんだっけ。

ああ、そうだ。

広い実験場で、赤黒い色を見て。

動かない何かがたくさんあって。

誰かが笑って、嗤って。

それから―――


そこで夢は途切れた。
108 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/10(木) 20:52:35.58 ID:+WdwYCq10

「……、何であンな昔の」

百合子は呟いて起き上がった。
九月十四日の午後一時をまわっていた。
寝すぎた。


(……まいっか。落ち着け俺)


冷蔵庫からコーヒーを取り出し、寝ぼけた目を覚ます。
いつものウェストポーチに必要なものを入れて、腰につける。
携帯を手に取った。

相手を選択しようとして、その体勢でしばらく止まった。


「どこにかけりゃ出るかなァ……」


相手の行動を先読みする。
ピピッ、と携帯を操作して一つ番号をきめ、コールする。
それは、"警備員"の番号だった。
数回のコールの後、若い男の声が受け答える。

百合子には聞きなれた、あの電話の声だった。


『何か用ですか』

「あー、よかった、アタリで。警備員のトコかけたらそりゃ割り込むしかねェよな」

『質問の内容を承ります』

「苛立つなって。そォ思うなら自分の言動改めろ」

『再度問いますが、質問はなんでしょう』

「キャリーケースの位置。そのナビゲーション」

『GPSデータを送ります。そちらを参考にしてください』

「どォも」


通話を切り、送られて来たデータを端末のほうで確認する。
それを見た百合子は舌打ちした。


「……動いてやがる」


キャリーケースの位置が動いているのだ。
無機物は自分で動くようなことはない。
そんなオカルトな事がこの科学の街である訳がない。

誰かが能力を使って遊んでいるというセンも考えられなくはないが、
移動距離が広い。道路の真上にアイコンは表示されている。

つまり、既に誰かが運んでいるということ。


(チッ、狙ってンのは俺らだけじゃねェってか)


こうなればあとはやることは一つ。
鬼ごっこの開始だ。
 
109 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/10(木) 21:01:28.58 ID:+WdwYCq10

速さで行けば百合子の方が早い。
追いつける、と百合子が気を抜いたところで、
GPSのマーキングが突然消えた。

「!?」

広域で調べてみると、少し遠くに場所がズレている。


(チッ、空間移動系でもいンのかよ。さっさとけりつけた方がよさそうだ……)


少し急ぎ気味に街を駆ける。

どこまでもいける空間移動は厄介だ、早く回収しなければ逃げられる。
移動範囲が直線でない分かなり追い辛い点もある、

同じ事を何度か繰り返したところで、
ようやく追いつく事が出来た。


「それか……」


荒く息をはきつつ百合子は言った。
対して、キャリーケースに座る誰かは百合子の方をむいて言う。


「あら、第一位が来るって言うのは聞いてないわね」

「知るかよ。さっさとソイツを渡して消えろ」

「そうはいかないわ。どんな手を使ってでも逃げさせてもらう」


その誰かは、手にしていたものを軽く振った。
何かの予備動作なのだろうか、
だが何であろうと仕掛けられる前に倒してしまえば問題はない。

百合子は真っ直ぐキャリーケースに向かって走った。
壊すな、とは言われているがそんな簡単に壊れるようなケースではないはずだ。

ケースの上に座っていた少女は譲るようにケースから降りた。
百合子は不審に思ったがむしろ好都合。


(遠慮なくいただいてさっさと帰らせてもらうとするか)


と、ケースに手を伸ばした途端に、
ケースが突然消えた。


「何!?」

「そういえば違うわね、第一位は病院だもの。なら貴女はあの『二人目』かしらね」


さっきの声だ。
そちらを向くと、キャリーケースも一緒に在る。


「空間移動……? ケースにゃ触れてねェぞ」

「私の力は座標移動、物体に手を触れる必要はないのよ」


少女は愛おしそうにキャリーケースに触れつつ言う。
百合子は心の底から嫌そうな顔をして呟く


「チッ、厄介な能力だ。さっきからの転移はオマエの仕業か」
110 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/10(木) 21:09:23.90 ID:+WdwYCq10
「なら先にオマエをぶちのめすだけだ」

「言ったでしょう? 私は絶対に逃げきらなければいけないのよ」

「だから言っただろ。させると思うかってな」


ポーチから鉄釘を取り出し、小手調べ程度に放つ。
ベクトルが操作されているのでその速さは並ではない。
超電磁砲に劣らない速さだ。

ただ相手の方も早かった。
僅かに懐中電灯を傾けたと思うと少女の前に人の壁が出来たのだ。
どこからか集められた黒服たちが、一瞬にして壁として機能しだす。
鉄の弾丸は少女に届かず、"壁"に当たって突き刺さっただけだ。


「チィッ!」


百合子は即座に壁を伝って上に跳ぶ。
人の壁を越える位置からその向こう側へと釘を投げた。
当たるかと思ったが、今度は少女はキャリーケースの車輪を利用して後ろに下がった。
釘は狙いを外れて、地面に突き刺さる。


「あら、なり損ないの割に結構できるのね」


少女はただ言う。


「黙れ露出女」

「あら失礼ね。私には結標淡希って名前があるのに。ねえ、鈴科百合子さん」


自分の名前が出された途端、百合子の動きに僅かだが戸惑いが見えた。
この変な露出女とは会った覚えがない。


「……なンで俺の名前知ってやがる」

「『あの人』の近くに居ればいろんな情報が手に入るのよ。貴方でも知れないようなことがね」

「ハッ、オマエも裏の人間か。だったら尚更遠慮は要らねェよな」

「あら、遠慮してたというのかしら」

「関係のねェ雇われだったら面倒だしな」

「そう。……残念ね、貴方とはいいお友達になれそうなのだけれど」

「あン?」

「今はその話をする暇はないかしら」


百合子は答えず、拳銃を取り出して躊躇なく撃った。
結標の手にする懐中電灯のようなものが軽く振られ、また壁が出来た。

鬱陶しい能力だ、と百合子は呟いた。


(クソが、だったら至近距離からぶち込ンでやる)


銃弾を入れ替え、壁を無視して突っ込む。

一方通行のように風を操るような力があれば一気に蹴散らすことも出来るが、
百合子にはまだそんな演算スキルはない。

よって、力で強引に道を開く。

うめくような声がしたが、大して気にはしない。
死んでいないかどうかだけが少し気になったが。

その向こう側、結標がいた場所にたどり着いたが、そこには誰もいなかった。
ガラガラとキャスターの音がどこかからした。
111 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/10(木) 21:17:10.01 ID:+WdwYCq10
百合子はそれに違和感を覚えた。


(……、音がする? って事は能力を使ってねェってのか)


あれだけ強大な能力だというのに、だ。
普通は使わない方がおかしい。

使わない、という事は余裕があるのか。
だが走るという線で見える動きなら百合子の方が圧倒的に早い。
逆にそれは自分を不利に追い込む行動だ。

ならば、あるいは"使えない"のか。
使いたくない何かがあるというのだろうか?
自分の転移が出来ないのだろうか。


(手足の一本でも吹っ飛ばすのか……、いや『空間移動』はそンな代物じゃねェよな)


現時点での百合子には確認のしようがなかった。
とりあえずそれは今は後回しだ。

ただ、

(なンで俺の名前知ってやがる。『あの人』っつーのは誰なンだ?)

疑問が残った。

だがすぐに気持ちを切り替え、結標を追うために走り出す。
端末には、変わらずGPSが表示されている。
これならすぐに追いつけるだろう。

裏の連中同士で奪い合うのはよくある話だ
いつも通り狩ってやればいい。

また鬼ごっこが再開された。
112 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/10(木) 21:27:21.12 ID:+WdwYCq10

ガキがうるさい。


さっきから独り言ベラベラと喋りやがって、

こっちは眠いのに寝れねェっつーの。

……独り言っつーか、違うな。

『ミサカネットワーク』ってヤツか。

まァどっちでもいいが。

けどこのままだと埒が明かない。

いつまでも寝れねェよ。

「今夜は寝かさないゾ☆」じゃねェよ馬鹿か死ね。

兎に角、ガキに事情を聞いた。

というか聞く前にあっちから話してくれた。

いや話じゃねェ、こりゃもはや愚痴だな。

どォやらこのガキ共全体に関わる事らしい。

ご丁寧に逃走ルートみてェな予測地図まで出しやがって。

どンだけ用意周到なンだか。

……で、それ放置してどこ行くンだオマエは。

誰かに憂さ晴らしに行くのは自由だがこれどォすンだよ。

アホか。アホ毛立ってるけど頭の中もアホなのか。

……ふゥン。

俺は地図を手に取った。

それを覚え、元の位置に戻す。

杖を取る。これもあのカエル医者の試作品ってヤツだ。

ったく。こンなンで"負債"がどォなるとも思っちゃいねェが、サービスだ。

不本意だが、仕方ねェ。付き合ってやるよ。

まずは、この病院から抜け出す事から始めよォか。
117 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/17(木) 20:20:36.35 ID:rNrTWb1s0

(ふン……自分自身は転移できねェらしいな。さっきから走りまわってばっかりだ)


屋上を飛び移り道路を駆けていく。
その行動に周囲の目が軽くよせられるが、
大したことではない。


(ケースだけの移動……アイツがリーダー格で最終的にそこに戻るってのはわかった。あとは捕まえりゃいいだけだ)


百合子は街を駆け回りつつ冷静に分析する。
追いかけっこはそろそろ終わりそうだ。

まだこちらの体力に余裕がある。
対して向こうの移動距離は縮まっている。
こちらに勝機はあるようだ。

ふぅっ、と息を吐いて調子を整えた。
脚のベクトルを操作し、一気に加速する。

結標に追いつくのは容易かった。
相手の動きを読み、路地に先回りする。

ただそれだけ。
簡単な事だ。


「くっ!!」


追いつかれた結標は焦り気味にケースを持っていた手を無造作にほうる
瞬時にキャリーケースが転移した。
百合子の予想通り。

そちらは放置して結標の腕を掴んだ。


「仕舞いだ、よォやく捕まえたぜ露出女」
118 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/17(木) 20:28:54.08 ID:rNrTWb1s0
結標は憎らしげに表情を歪めた。


「チッ……、でも『残骸』はこちらにある。貴女の負けよ」

「バーカ、負け惜しみ言ってンじゃねェよ。雑魚共が集まって何出来るって? 見たところ、オマエ程の能力者は他にいない。多分オマエだけだろ? 『上』の連中と繋がれるの」

「……頭のキレはいいみたいね」

「早く『残骸』を回収しろ。アレが手に入ればオマエに用はない」


百合子は淡々と告げた。
対して結標は汗をにじませながらも薄く笑った。
まだ余裕がある、というように。


「ねえ、鈴科さん。貴女は……初めてその能力を手に入れた時、どんな気分だったかしら?」

「あ?」

「その能力を得た時、歓喜に震えた? それとも恐怖に自分を恐れた? それとも違うかしら」

「はン、答える必要はねェな」

「わからないのかしら。そうよね、貴女は演算能力を無理矢理に埋め込まれたんですもの。可哀相に」

「……どこまで知ってンだオマエは……」

「ある程度は知っているわよ」

「どこで知った、っつーのは聞くだけ無駄か」 

「ええ。わかってるじゃない」

「……、チッ。クソが」

「私は正直恐ろしかったわ。この能力で何ができるか考え、怯えて。実際にその通りの結果が出てしまい、さらに脅えて」


結標は思い出すように一人語る。


「私はね、この手に力がある事がこの世の何よりも怖かったの。他愛ない想像の通りに人すら殺せてしまうだろうこの力が」

「……、」

「知りたくはない? 本当に、私達がこの力を持たなければならなかったのか否か。理由があるにしても、ないにしても、それをきちんと確かめてみたくはない?」

「……要は。俺はこの力を持つ必要がなかった、ってか」

「『樹形図の設計者』があればそれを完璧に予測できる。私は外の彼らを利用してでも知りたいと思ってるわ」

「だから、オマエは」

「そうね。わかるでしょう? こんな理不尽な能力を押し付けられて、何人も傷つけてしまっているような貴女なら」


誘うように結標は笑みを崩さない。
二人の間に沈黙が流れた。 

119 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/17(木) 20:36:25.17 ID:rNrTWb1s0
やった、と結標が勝ち誇ったように笑みの種類を変えたその時、百合子は、


「ハッ、くっだらねェ」


鼻で笑ってやった。


「確かに、俺がなンでこの能力を得なきゃなンなかったのかは疑問だよ。他の誰かでもよかったと思ったことは一度じゃない、今でもたまに思う時がある」


ただな、と百合子は続ける。


「そンな自分の不幸を押し付けるよォな、無様な事はしねェよ。絶対に」


結標は意外だという風に百合子をみあげていた。
百合子は結標を掴んでいた手を静かに離し、両手をフリーにした。

このままではまずい、と結標は焦りだす。
しかし。
離れなければ、とわかっているのに演算式が組みあがらない。

チラチラと過去のトラウマが顔を覗かせ、
吐き気がこみ上げる。


「能力のせいで傷ついた? こンな能力がなかったら誰も傷つかずに済ンだか? 笑わせる。結局オマエは逃げてるだけっつーのがわからねェよォだな」


ふざけてンじゃねェよ、と百合子が握った右手に力をこめられる。
ならば盾は、武器は、何か手段は、と探すが遅い。

告げる。


「ならこっから先は通行止めだ。大人しく日常へ帰れ、結標淡希」


ガッ! と鈍い音がし、結標はその場に倒れこんだ。


「力は所詮力だ。傷つけたのは結局オマエの意思だったっつー事にもっと早く気付いてりゃな」
120 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/17(木) 20:46:08.55 ID:rNrTWb1s0
* -- * -- * -- * -- *


「こっちは終わらせた。それとキャリーケースの反応が消えたンだがどォいう事だ」

『回収に向かわせましたが、途中で壊されたようです』

「あン? 誰に」

『お答えできません』

「……、そォかい」

『結標淡希の方はこちらで回収しておきます。それでは』

「あァ」


百合子は通話を切った。
既に星の煌く空の下、静かに帰路に着く。


「失敗か。誰だろ、反対派なンていねェと思ってたンだが」


それは、彼女がとても大切に思っている人物だったりするのだが、
彼女はそれを知らない。
これから先も、知ることはない。

街を歩きつつ、呟く。


「……ま、俺が気にしてもどォしよォもねェか」
126 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/19(土) 20:31:09.41 ID:nxvH+3vd0
-- 第五学区の某学生寮にて --


「なあ、帝華」

「何、お兄様?」

「白に合う花って何だと思う」

「白? それにお花って、お部屋にでも飾るの?」

「違えよ。ちょっとな」

「あ、もしかして彼女!?」

「違えよ!! 目ェキラッキラさせてこっち見んな! で、なんかあるか?」

「はいはい。そうね……黄色とかかしら。ただ、蛍光色じゃないものがいいんじゃないかと思うわ」

「なるほどな。他は?」

「えーっと……桜とか百合とか」

「……百合、か」

「結構合うと思うのだけれど。あ、それかもう一つあったわ」

「ん?」

「ガーベラよ。白いガーベラの花言葉は『希望』、私は行き詰まった時に見ると落ち着くの」

「ふうん、そうなのか」

「まあ、雰囲気にもよるけどね」

「おう。ありがとな、帝華」

「どういたしまして。それで、誰に渡すの?」

「彼女じゃねえぞ。確かに女だが。……いや、逆にあいつが男子なのか……?」

「どうしたの、お兄様?」

「なんでもねえ、割と重要だがコレは気にしたら負けだな」

「あらそう? お兄様の彼女かぁ……奇麗な人なんだろうなぁ」

「待て帝華、帰って来い」

「いいじゃないの。私にも紹介してほしいわ」

「あー。その内な」

「本当!? やった」

「だけど変な事は言うなよ?」

「変な事って、いう程ないと思うのよね」

「逆に取ればそれって俺にゃ個性がねえって事か? そう言いてえのか?」

「個性も友達もな――おっと」

「あ?」

「すごく怖い声すぎて何年も一緒のはずなのに初めて聞く声ね」

「お前、どことなく心理定規に似てる点があるのは気のせいかよ」

「だあれ、心理定規って? その人が彼女?」

「違え!! 絶対ねえ!!」

「そうよね、もし男の人だったら違う誤解も受けちゃうものね」

「どこで覚えてきたそんな事」

127 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/19(土) 20:36:51.26 ID:nxvH+3vd0
「友達に聞いたわ」

「その友達教えろ後でちょっと挨拶行くわ」

「大丈夫よ、問題ないわ」

「……、」

「それにお兄様。お兄様はもう十分おかし――ごめんなさい、翼はしまって」

「テメェがふざけたこと言い出すからだろ」

「冗談に決まってるじゃない」

「即答過ぎて逆に嘘っぽいんだがそろそろ一発叩いていいかよ」

「お断りするわ。……あら、もう23時近いじゃない。それじゃあ、明日もあるし私は寝るわね」

「あん? ……ああ、もうそんな時間か」

「お兄様も無理はしないでね? おやすみなさい」

「おう、おやすみ」 



「……明日、ちょっと言ってみるかな」

「あー、どうすっかな、鈴科にやる花」

「まあ、その場で決めればいいか」
128 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/19(土) 20:42:06.77 ID:nxvH+3vd0
そんなやり取りのあった翌日、
垣根は助言役として帝華も連れ、とあるアクセサリーショップに来ていた。

なのだが。


「……なんでテメェがここにいるんだ白もやし」

「オマエにゃ言われたかねェよクソメルヘンが」


何故かそこで一方通行と出会ってしまったのだ。

帝華は学校の友達と会ったとかでそちらに行ってしまっていて、
垣根は一応花飾りを探しつつ店内をうろついていただけだった。
すると、見覚えのある白髪が見え、今に至ると言う訳だ。

久しぶりに見る一方通行は以前と大分変わっていた。
歩くのに杖を使っているし、首にはチョーカーがついている。

そしてなにより、垣根の第一印象としては、


(角とれてねえか?)


どこか丸くなったような雰囲気がやたら気にかかった。
気にするまでもないか、とすぐその件は放置したが。


「再度聞くが何でオマエがここにいンだよ」

「ああそうだ、危うく本来の目的忘れるとこだった。花飾りだ」


割と本気で忘れかけていた事をちょうどいい、と一方通行にも伝える。


「あン?」

「鈴科とお前を区別するためだよ」

「あァ、そォいう……」

「っつー訳だから。手伝え」

「はァ!?」


予想通りの反応だった。


「鈴科の好みはお前の方が知ってるだろ」


別な目的もあるのだが、今は口にしない。
必要なときだけで十分だ、と垣根は考えた

そして、確実に殴られるのが目に見えている。
普段はそれでもいいが今は帝華が一緒だ。


「そォかもしれねェが付き合ってられるか」

「じゃあお前の目的終わってからでいいぜ」


と、一方通行は何故か黙った。
そういえば、と垣根は一方通行がファンシーグッズや子供用の玩具を取り扱うようなこの場違いな所に居る訳を聞いていなかった事を思い出す。
129 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/19(土) 20:52:29.29 ID:nxvH+3vd0
「っつーかあれ?お前の目的って何」


と垣根が疑問を口にしたところで、第三者が割り込んできた


「買えたよーっ、ってミサカはミサカは小走りで戻りつつ上機嫌に報告したり!」


垣根の後ろからだ。
垣根がその声に振り向くと、その横を通り抜けて一方通行のもとに誰かが走っていった。

どこかで見たことがあるような外見で。
世間一般では幼女と表される少女が。

これが一方通行の目的なのだろうか。
学園都市の第一位は特殊性癖まで第一位だと言うのだろうか。


「一方通行、お前……」


垣根が哀れみと蔑みの入り混じったような視線を向けると、一方通行は苛立ちを隠さずに言う。


「垣根くン、ちょォーっと路地裏来いよ。三秒で愉快なオブジェに変えてやる」

「はっ、お断りだ。逆にぶち殺してやるよ」

「オマエに出来ると思ってンのか?」

「余裕だぜ第一位」

「言ってろチンピラが」

「おーけー、ムカついた。本気で殺す」

「ねえねえアナタ、この人だれ?ってミサカはミサカはあまりの気迫にアナタの後ろに隠れつつたずねてみる」

「離れろクソガキ。コイツァただのメルヘンだ」


一方通行の適当すぎる紹介をスルーして垣根は自己紹介をした。


「第二位の垣根だ、よろしくなお嬢ちゃん。あと一方通行は死ね」

「オマエが死ね。何勝手に自己紹介してンだ垣根のクセに」

「おいどういう意味だ」

「第二位なの! 意外かも! ってミサカはミサカはわざとらしく口に手を当ててビックリしたり」

「もう一度繰り替えすが、どういう意味だ」

「垣根=馬鹿っつー事だ。見た目がな」

「いい加減にしろ、炒めて食卓に並べるぞもやし」

「何言ってンだオマエ」
130 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/19(土) 21:07:49.03 ID:nxvH+3vd0
「それと、別件だが一つ言ってイイかよ」

「ああ?」


ン、と一方通行は垣根の後ろを指差した。
それを追って垣根が振り返ると、


「はろー、お兄様」


帝華がすぐ前に立っていた。


「うわぁ!?」

「ずっといたのに気付いてくれなかった……」


帝華はしょんぼりして俯いた。


「いつからそこにいたんだお前は」

「そうね、丁度お兄様とそこの人との会話が小学生じみてきたあたりからかしら」

「結構前だな……、悪い」

「いいわよ。その人とのお話が真剣そうだったもの」

「オマエ、聞いてたンだろ。あれのどこが"真剣そォ"だったンだよ」

「なんとなく、よ。それより、貴方は第一位の人って言うことでいいのかしら」

「あァ。それでオマエは垣根の妹だよな。」

「あら、知ってるの?」

「垣根が何度も話してるからな」

「ふうん。あとそっちの……小さい御坂さん? もよろしくね。」

「ミサカは打ち止めって言うんだよ! ってミサカはミサカは自己紹介したり!」


帝華は打ち止めの頭を軽くなで笑顔を見せた。

それで、と垣根は話を本題に戻す。


「ガーベラがいいんじゃねえかって帝華が言ってんだが、ガーベラってまずどれ」

「あー……どれだろォな。俺も知らねェ」

「えーっと。ちょっと待ってね」


帝華が商品棚に目を移すが、
それに先に答えたのは打ち止めだった。


「ガーベラ? ならこれだよ! ってミサカはミサカは第二位のお兄ちゃんにお花を差し出してみたりっ」

「おっ、さんきゅー。仕事が早いな」

「さっきから奇麗だなーって見てたから! ってミサカはミサカはふんすって得意げに胸を張ってみる!」
131 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/19(土) 21:15:41.74 ID:nxvH+3vd0
「なるほどな。そして出番だぜ一方通行」


垣根は打ち止めから花を受け取り、そのまま一方通行に差し出した。


「……何?」


いまいち状況の掴めていない一方通行に向け
垣根は簡単に告げる。


「鈴科代理」


たった一言だが、一方通行はそれで察する事ができた。

つまり、容姿のよく似ている彼に百合子の代わりとして花飾りを付けろ、と言うことだ。
暗に言えば女装しろと言っているようなものだった。

大きく溜め息をつき、一方通行は確認のために問う。


「……オマエこの為に引き止めたンじゃねェだろォな」

「そんなわけねーだろー」

「うわ嘘っつーのを隠そォともしてねェよコイツ……嫌に決まってンだろ」


と、一方通行は当然言う。
垣根はそれを予測していたように一方通行の近くへいき、彼だけに聞こえるように言った。
憐憫の混じったようなその表情が一方通行はどうにも気に食わなかった。


「なあ、一方通行。昔さ、某サングラスに騙されて変な衣装着たことあったよな?」

「はァ? 今度は何言ってン――」

「そう、あれは遡る事数年……お前はまだ幼かった頃だ」

「おい、まさか」


一方通行が怯んだ。
それを見逃さずに垣根はさらに続ける。


「多分思ってる通りだぜ一方通行。実はその写真がここに」


携帯の画面を操作し、一つの写真を映し出した。
それを見た一方通行は、


「オマエふざけンなよ!! 拒否権ねェじゃねェかこの外道!」

「俺に常識は通用しねえんだよ」

「非常識も通用してねェよ阿呆か! 何キメ顔してンだ気持ち悪い死ね!! いや今俺が殺すッ!!」


いつまでも抵抗する一方通行の肩にぽん、と手を置き、若干口元をゆがめて垣根は言った。


「もう諦めろ一方通行」

「………、このクソッたれがァァあああああああああああああああああああッ!!!!」


そしてこの後、渋々一方通行は(打ち止めも帝華も居ないところで)鈴科代理をやり、
後に垣根は爆笑して半殺しにされ、
後から来た帝華がそれを発見し救急車を呼び、
打ち止めが慌てて何故か複数の妹達も呼ばれ、大惨事になるのだが。

それはまた別な話。
 
137 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/22(火) 21:18:40.16 ID:RrDhjPJS0

「……疲れた」

「そうだねー、ってミサカはミサカも同意したり」


垣根兄妹と別れ、一方通行と打ち止めは街を歩いていた。
いろんな大きな代償を払って買った花飾りは後で垣根が渡すらしい。

いいところだけ掻っ攫っていくとは何者なんだあいつ。


(あのメルヘンのせいでもォバッテリー残ってねェぞ……病院まで持つンだろォなコレ)


一方通行がそんな事を考え出したとき、
歩きながらふいに打ち止めが呟いた。


「ねえ、アナタ」

「あン?」

「スズシナって人は、アナタにとってどんな人なの? ってミサカはミサカはあくまでも興味本位で聞いてみたり」

「……、そォだな」

「恋人さんだったりしてー、ってミサカはミサカは両手を頬に当ててうっとりしてみる」


僅かな間をおいて一方通行は言った


「恋人はねェよ」

「ジョークだよ? ってミサカはミサカは真剣な目のアナタに捕捉してみる」

「"アイツ"によく似てるから……、あンまり見たくねェな。嫌いじゃねェが」

「?? あいつって誰? ってミサカはミサカはきょとんとしてたずねてみたり」


その問いに、一方通行は何も返さなかった。
返す事を拒むように。


「ううん、やっぱり何でもない、ってミサカはミサカは空気を読んで引き下がってみる」


打ち止めも後ろを付いて歩き出す。
重い沈黙が二人の間に流れた。


「その内……、鈴科には言わなきゃなァ……」


約束だ、と言った彼女をふと思い出して彼は呟いた。
空には、雨雲が浮かんでいた。
138 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/22(火) 21:41:16.42 ID:RrDhjPJS0
それから数日経った夜。

俺は夢を見た。


俺にも大切なヤツがいた。

妹って分類される、そォいうヤツが。

でも、もォずっと昔の話だ。

チッ、話題に出しちまったからこンなン見てるのかもなァ。

いつだっけな、コレ。

確か、俺の能力が発現してからだった。

……どォでもイイか。

ったく、アイツはお人好しすぎンだよ。

『どちらか一方しか救われない』なンて、今思うとある訳ねェだろ。

あの研究者共がそォ簡単に俺らみてェな実験材料を切り捨てるとは思えねェ。

あー、もっと早く気付ければよかった。

そうすりゃ助けられたかもしンねェ、

あのガキみてェに。

なンて。そンなの今更遅いンだけどな。

過去を見てもどォしよォもねェってのはわかるンだけどよ。

そォ思わずにはいられねェよな。

アイツは死ンだ。俺の代わりに。

そのときの鮮やかな血の赤は今も記憶に残ってる。

なァ、そォだろ。



―――百合子。
139 :閑話 ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/22(火) 21:58:23.41 ID:RrDhjPJS0
『鈴科百合子』

これは本来の俺の名前じゃない。

正しくは、本当の名前なんて覚えてない。

俺と一方通行が初めて会った時にもらった。


『本当は第一位になるはずだった人物だ』


アイツはそォいってた。

どっか悲しそうだったのは気のせいだろう。

俺なりに調べてみたが、書庫にあったのは名前だけ。

能力も、素性も、現状も、何もない。

それから推測するに、多分今は存在してない人物なんだと思う。

俺と同じように闇落ちしたか、

今は名前を変えて生きてるか、

考えたくないが……、もうこの世に存在してないか。

何にせよ、コレだけはいえるのが

この人物は、一方通行にとってかなり大切な人物だったと言う事。

アイツは否定するだろォが、見ればわかる。実際そォなンだ。

だから、俺はその名をついで"彼女"の代わりをしてやろうって。

代わりにアイツのそばにいてやろうって。

そう決めたンだ。


140 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/22(火) 22:11:50.90 ID:RrDhjPJS0
「よう、鈴科」

「いらっしゃい」


百合子は連絡を受け、垣根を出迎えた。
外は雨が降っていた。
訪問は唐突で、少し驚いたが以前自分も押しかけた事を思い出す。


「まさかオマエから来るなンて」

「いいじゃねえか。ちゃんと用があったんだしな」


垣根が用があるとは珍しい、と百合子は思った。
それも大抵は仕事の話なのだが。


「へェ。なに?」

「これ」


そう垣根はかわいらしく包装されている箱のようなものを差し出してきた。


「もっかい聞くけどなに?」

「そういうのは開けてから言おうぜ」


垣根は苦笑して言った。
百合子は丁寧に包装を剥がしていく。

そこには清楚で奇麗な白い花があった。
僅かに戸惑いを見せる百合子に垣根は解説する。


「髪飾りだ。ガーベラだって。これ帝華が選んでくれたんだぜ」

「帝華が? ……まさか、俺の事話したのか」

「『友人に渡す』ってだけな」

「そ。ならイイや」


訝しげな表情をした百合子に垣根は弁解する。
彼女は帝華をこちら側に関わらせるのを嫌っているのを知っているから。
もう一人の協力者に関してはあえて言わなかった。
多大な犠牲を払って(正確には払わせて)得たものなので、普通は言うべきだろう。
だが、彼ならこういうだろうと思っていた。

『俺が手伝ったっつー事は言うンじゃねェぞ』

気恥ずかしさからか、一方通行はいつも決まってそういう。


「どう?」


百合子はさっそく花飾りを付けて垣根に見せた。
案外似合うものだ。
ただ、普通に褒めるだけでは垣根はらしくない、と思っていた。
だから、いつも通りに言う。


「おお、すっげえ似合ってる。流石俺」

「オマエじゃなくて帝華だろ。後で礼言っといてくれ」

「了解。これでお前と一方通行を間違う事も減るだろ」

「だな。ありがとよ」


百合子はそう笑った。
ただ純粋に笑えた。

145 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/25(金) 21:26:24.67 ID:Py2nTEFx0
大覇星祭の時、一度雨は止み、快晴だった。

なのに今はコレだ。
大雨、土砂降り。


「憂鬱だ」


自室で百合子は呟いた。
ただでさえ気が滅入っているのに、追い討ちをかけるように降り続いている。

今は何もする気が起きない。
仕事も、ここしばらくは全て断った。
それほどまでに気分がのらない。


「……何でだよ……」


自分の腕で目を覆い隠した。
こんな気分は今までにない。

それは、この雨のせいだけではなかった。
事の起こりは大覇星祭の最中、表側がとても平和で盛り上がりも最高潮に達する時期。

数日前に時間は遡る。
146 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/25(金) 21:37:53.34 ID:Py2nTEFx0
「八人目ねェ……俺がか?」

とある研究所に呼ばれた百合子は隣を歩く研究者に問いかける。
顔に刺青の入った柄の悪いその人物は"一方通行"に深く関わった事があるらしい。

"木原"とだけ名乗ったその男はぶっきらぼうに答えた。


「『上』の判断だと。以前に演算はしていたらしい」

「内容は」

「チッ、何で俺がまたあのクソガキ似の奴の相手なんかしなきゃならねえんだよ……」

「聞いてねェよォだからもっかい同じ事言うけど、内容は?」

「人形を500個潰せってだけだ」

「なンだそりゃあ……、人形だァ?」

「だからそれに会いに向かってんだろ」

「あ? ちゃンと説明しろよ」

「クソガキが潰し損ねた残りだよ、聞いてねえのか?」


そこで一度言葉を切り、考え込むように口元に手を当てた。
そしてボソッとこう呟いた。


「変なところでいい人ぶりやがってあのガキが」

「……何の話だよ」

「こっちの話だ」

「……、」

「ほら、着いたぜガキ」


と、木原は扉を開いた。
その光景に百合子は絶句した。


「……な、に?」


ただ一言、それしか言うことは出来なかった。
なぜなら。


「……鈴科さん? とミサカは突然の訪問に動揺を隠せず問いかけます」


沢山の『ミサカ』がそこには存在していた。
147 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/25(金) 21:44:25.08 ID:Py2nTEFx0
その数は優に10は超えていた。

こんなに姉妹がいるなんて聞いていない。
それに、これは普通の姉妹なんかじゃない、と百合子は勘で察した。

そして、百合子はつい先ほどの研究者の言葉を思い出す。
この男は何と言ったっけ?


「面倒なのは嫌いなんでな。さっさと返答しろ」

「無理に決まってンだろバカか」

「少なくともお前よりゃ頭いいぜ。0930の午前までに返答しろ、その答え次第でこっちも動く」


試すように研究者は問う。


「答えは、もォ決まってる」

「ふん、ならそれ相応の対応をするまでだ」


その答えが何かは聞かなかった。
木原にはもう予想がついているようだった。

会話はそれだけだった。

その隣で、ミサカは不安そうに百合子を見ていた。
148 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/25(金) 21:54:58.41 ID:Py2nTEFx0
「鈴科さん、大丈夫でしょうか、とミサカは問いかけます」


時間は戻って現在、ミサカが傍らに立っていた。
この部屋はオートロックだったはずなのだが、発電系能力者である彼女には関係ないらしい。


「……なァ。アイツ、何したンだ?」


ぽつり、と小さく呟く。


「残りってなンだ? まだオマエらはいたってのか? なンで減った? 一方通行がどう関わってるってンだよ……」


矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
それにミサカは答えない。

ただ、静かに百合子を見ている。


「答えろよ、ミサカ。いや、10064号か」

「どちらでも構いません、とミサカはまず返答します。その前の質問についてですが機密事項です、とミサカは以前の言い訳をそのまま駆使します」

「……、なンで言えねェンだ」

「一方通行が貴方に言わなかった理由、それに貴方がこれを一方通行に言わないのと同じではないでしょうか? とミサカは推測します」


『これ』を明確に何とは言わなかった。
だが、それで通じる。


「いずれ話す気ではあるみたいですよ、とミサカは上位個体から受けた助言をそのまま引用し安心させます」

「……そっか」


百合子は安心したように息をはきだした。
149 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/25(金) 21:58:49.77 ID:Py2nTEFx0
何度これではぐらかされてきたのだろう、とふと思った。
いつだってそうだ。
彼は本当の事を話そうとしてくれない。

あの時も――――、
そこで気付いた。

そういえば、あの日も彼は……、


「なァ、八月三十一日って何かあったか?」

「え、なにもありませんよ、とミサカは否定します」


ミサカは、焦りから質問に即答してしまった。
百合子はそこを見逃さなかった。


「否定が早すぎるよ、秒殺ってどォいう事だ」

「……あ」

「あの時もアイツはあせってた。見たこともないよォな顔して、どっかに向かってた。なァ、その日に何があったかだけは教えてくれよ」

「……、少々お待ちください」


すぅ、とミサカは目を閉じ、ネットワークの方に意識を集中した。
150 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/25(金) 22:10:34.17 ID:Py2nTEFx0

『……話は聞いていましたね? とミサカ10064号は確認し意見を求めます』


『ですがそれを教えてしまうと「実験」の件も話さなくてはならないのでは? とミサカ16847号は懸念を表明します』


『「実験」については教えない方がいいのでは、とミサカ15777号は意見します』


『逆に教えて、それがどのようなものだったか彼女に知ってもらうべきでは? とミサカ13298号は新たな案を主張します』


『つまり、13298号は彼女にどうしてもらいたいのですかね、とミサカ14490号は問います』


『結局のところ、あれはミサカ達にも非があった……という結論に達したはずですが、とミサカ10064号は思いおこします』


『しかし、彼女に知らされていないのもどうかと思いますが、とミサカ17789号も主張します』


『教えるのは得策とは言えません、とミサカ12369号はぽつりと呟きます』


『ここは教えて一方通行に連絡を取らせそして鈴科さんを慰めるという作戦で二人まとめて食っちまえ10064号ォ!! とミサカ20000号は胸のうちの 高揚感を押さえる事はせずよからぬ妄想を膨らませそしてついでにネットワークnうわなにする19999号やめ痛ってえええええ!!』


『すみません、変なウィルスが20000号に入り込んでるようです、とミサカ19999号は20000号の頭をぐりぐりしつつ謝罪します』


『結論として、彼女には話さないほうがいいのでしょうか、とミサカ10064号はミサカ20000号を華麗にスルーし提示します』


『ミサカもそのほうがいいと思うなー、ってミサカはミサカも言ってみたり。あの人もそれを望んでるだろうし、スズシナだって"まだ"知らなくていいよ、ってミサカはミサカは――あ、あの人が呼んでるからじゃあね!』


『"まだ"ですか、とミサカ10064号は繰り返します』


『もしこの「超能力者への進化実験」が行われるとなると、知るしかないでしょう、とミサカ14210号は冷静に分析します』


『あの研究者達ならやりかねませんからね、とミサカ18889号は思案します』


『……わかりました、とミサカ10064号は一度接続を切ります』
152 :寝落ちしたすいません ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/05/26(土) 08:17:13.92 ID:KlSek1EU0
目を開け、ミサカは百合子を見た。
頬杖をついたまま、百合子は問う。

若干の期待がこもったような、
そんな声で。


「で、どォなの」

「禁則事項です、とミサカは某未来人の真似をして告げます」

「……あァ、そォかい」


すっと百合子は立ち上がり、うつむいたまま右手を引いた。


「一発殴らせろミサカ」

「えっ、何故ですか! とミサ」


ガッ! と百合子が出した拳をミサカは手のひらで受け止めた。
痛みは殆どなかった。軽く衝撃を感じただけだ。


「鈴科さん?」

「……クソッたれ、わかったよ」

「ご理解感謝します、とミサカは優しく笑いかけます」

「……表情。全く変わってないっつーの」


そう百合子は苦く笑った。
笑えない彼女の代わり、と言ったように。

156 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/05(火) 21:49:08.28 ID:kv6CK24m0
九月三十日。

その日はいつもと変わらず平凡で特にやる気も回復しない一日だった。
久々の晴れだというのに、気分はまだ曇り。荒れ模様。
先日の精神の疲れが未だにとれていないのだ。


「……つまンねェ」


鈴科百合子は自室で仰向けになりつつそう呟いた。

何もする事がない。
正確にはしたくない。

だが、それはそれで少々暇すぎだ。
全く、人間というものは複雑にできていて実に厄介なのである。

そう悩む事十数分。
ようやく結論は出た。


「散歩にでも行くか」


気分を変えたい。
外に出れば、この鬱屈な気分もなくなるかも知れない。

折角の晴れなのだ、たまに外を歩いてみるのも悪くない。
重たい身体を持ち上げ、百合子はゆっくりと外に向かった。

九月の終わりの午前中のこと。
このときの空は、どこまでも澄んで晴れていた。
157 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/05(火) 22:16:32.64 ID:kv6CK24m0
外に出たはいいが、特に行くあてがあるわけでもなくて。


「無計画、か」


と、百合子は軽く自嘲気味に口にした。

元々思いつきで行動する面もあったので、彼女なりに対応策は考えている。
ふと、そのことに慣れるのもどうなんだと友人二人に指摘された事を思い出して、笑みが浮かんだ。

それはおいとくとして、と百合子は整理して呟く。


「なーンか目的必要だよな」


それが彼女の対応策。
目的がないなら作ればいい。
いたって単純だがそうともいえるだろう。

うーン、と百合子はぼんやりと歩きつつも考えをめぐらせた。


コーヒーは確か買い足してあったよな
秋服? それもこの前ミサカと買った。
夕飯は冷凍食品の残りがあるし、
えっと、あとはー……


と、そこまで考えたところで彼女の思考は中断される事になった。


「難しい顔して何をお考えですか? とミサカは声を掛けてみます」

「ひゃぁっ!?」


珍しく奇声をあげてしまったのは思考に集中していたからと、
相変わらずミサカはステルス能力でも持っているのかと勘違いするくらいに気配がないからだ。

つまりは完全な不意打ちを喰らってしまったわけで。


「なンだ、ミサカか……よォ」

「なんだとは何です? とミサカはジト目ぎみに問いかけます。こんにちは」

「いや……うン、別に? っつかオマエ出歩いていいのかよ」

「今日は特別です、とミサカは目的があることを教えます。人探しですよ」

「へェー」


そう普通に返した百合子はそこで気づく。

あ、これ散歩の目的にならね? と。


「なァ、俺も手伝ってイイか?」

「構いませんが、とミサカはどうせ否定してもごり押しで続けるだろうことを予測し嘆息します」

「よくわかってンじゃン」

「そこは否定しろよ、とミサカは指摘します」
158 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/05(火) 22:29:57.50 ID:kv6CK24m0
「それで、誰を探してるンだ?」

「ミサカの上司の幼女ですね、とミサカは端的に特徴を述べます」

「それで解ったヤツは天才だな」

「これくらいのミサカです、とミサカは自分の胸のちょっと下辺りを指し示します」

「……ふゥン」

「……ダメですか? とミサカは」

「なンとなくならわかったけど」


といいつつも検討は付いていない。
身長と幼女という特徴だけで探せと言われても普通なら無理があるが、
これくらいのミサカ、という事からして彼女と同じ『妹達』の一人なのだろう。

そう百合子は推測して、早速いくかと意気込んだところで、
全く空気を読まずに携帯電話が鳴った。

百合子がチラッとミサカをみると彼女はそこで待機して、
どうぞ出てくださいと目で訴えてる……気がする。
実際には表情には変化がなく、感情も読めなかったりしているのだ。

じゃあお言葉に甘えて、と百合子は番号を確認する。

『非通知』

とディスプレイには表示されていた。

心当たりがないわけじゃない。
どちらかと言えばありすぎる。


一度深呼吸をしピッ、と通話状態にした。

真っ先に聞こえたのは男の声。


『よーう、本来なら確認なんて必要ねえと思うんだが"上"がうるさくてなぁ』


つい最近に聞いた研究者の声だ。


「ハッ、よくもまァこの番号にたどり着けたな木原とやら」

『こっちの情報網ナメんなよクソガキ』

「知るかよ」

『で、どうすんだ? やらねえって事で話進めてるけどいいよなぁ?』

「よくわかってるじゃねェか。無理にでもやらせよォってンなら来いよ、オーダーに答えて血祭りにしてやる」

『チッ、なんだこういうところもあのガキに似てんだよ。本当イラつくわ殺してえわ』

「出来るとでも? 言ってろ三下」


そこで百合子は自分から通話を切った。

何故かこちらまでいらいらする。
あの男は何を考えているか読めない。
関わった事のないタイプの『闇』だった。
159 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/05(火) 22:48:25.49 ID:kv6CK24m0
「大丈夫ですか? とミサカは恐る恐るというように尋ねてみます」

「あー? 問題ねェよ」

「ならいいのですが……、あの研究者は何をするかわかりませんからね、とミサカは警告しておきます」

「お気遣いどォもな。心配はいらねェよ、俺だって成りそこないだが『一方通行』なンだぜ?」


それより人探しだろ、と百合子は促す。

張り詰めていた空気も少しは和らいだ気がした。


「ところでなンでその……ミニミサカ? を探してンだ?」

「とある個体のゴーグルが奪われてしまったため、上位個体と下位個体でのゲームが始まっているのです、とミサカは簡潔に愚痴をこぼします」

「愚痴なのかそれは。ゴーグルってその頭にひっかけてるのだよな? 『妹達』ってのは全員装備じゃなかったンだ」

「上位個体は例外なんです、とミサカは内部事情をサラッと駄々漏れにしてみます」


ミサカはとんでもないことを言った。
無表情で。

百合子はそれに苦笑するしかできなかった。


「うン、まァイインじゃねェの」


その言葉を出すのにも少し時間を要した。
照れ隠しか、百合子はガシガシと頭をかいた。

その時、ミサカは一点を見て今までにない語調で呟いた。


「目標捕捉です、とミサカ10064号はネットワークを介し発見の手柄は我にあり、と告げます」


何かと思ってその方向を見てみると、
確かに小さい子どもが走っているのをみつけた。

あれがミサカ、そして『妹達』の探し人なのだろうか。


「くっ、だがミサカだって負けないもん! ってミサカはミサカはすぐさま向きを変えてダッシュ!!」

「奪取とかけたつもりですか上位個体! とミサカはツッコミつつ鞄からトイソルジャーを取り出します!」

「待て、相手はガキだ」

「大丈夫だ、問題ない、とミサカは間違った用法で名台詞を引用します」

「えっ、なんでアナタまでいるのっ!? ってミサカはミサカは驚くけど走る足は止めなかったり!」

「いや、花飾りある時点で性別違うの感じ取ろォぜ。アイツも女子に見えなくはないけどさ……」


またか、と言った感じで百合子は溜め息をひとつついた。


「止まりなさい上位個体! そして10032号のゴーグルを返しなさい! とミサカは命令口調で投げかけます!」

「下位個体の癖に生意気だぜ! ってミサカはミサカは毒を吐いてみたりー!」

「そちらこそ上位個体だから何でも許されると思ったら大間違いです! とミサカはこの土壇場で言ってみます」

「ふっふっふー、上位個体権限を忘れたか! ってミサカはミサカは強制停止に向けてコマンドを準備し始めてみる!」

「なっ、卑怯です! とミサカはフェアな戦いを要求します!」

「……、要はアイツを捕まえりゃイイって事か」


一連の流れを見ていた百合子は小さくそう呟いた。
160 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/05(火) 23:03:19.69 ID:kv6CK24m0
ダンッ、と地を蹴る音がしたと思うと百合子の姿がその場から消えた。

ミニミサカもミサカもその動きを視認できなかった。
『向き』を見方にした彼女の早さにはついていけなかったようだ。

そして、その意識がそがれた隙を突いて、
百合子はミニミサカの進行を阻害する形で着地する。


「ふおう!? ってミサカはミサカは慌てて急ブレーキ――ッ!!」

「遅ェよ」


そういって百合子はミニミサカの着ているワイシャツの襟首を掴んだ。

これで逃げられない。


「はーなーしーてー! ってミサカはミサカは暴れてみるけど無意味だったり!?」

「そりゃあな。だから無駄な抵抗は止めて大人しくなれ」

「っていうかあれ? アナタチョーカーと杖は? ってミサカはミサ」

「……それ以上いうと意識ブッツリ切って一方通行に引き渡すぞ」


チョーカーと杖、という言葉の意味はわからないがとりあえず一方通行と勘違いされている事はわかった。

やはり面識のない人物だと間違えてしまうのだろうか
小さな花飾りより、目立つ白い髪と赤い目にどうしても目がいってしまうのだろう
百合子は少々強引だがそう自身を納得させた。


「さあ返していただきましょうか、とミサカは上位個体に詰め寄ります」

「そういえばアナタって噂に聞いてたスズシナユリコ? ってミサカはミサカは10064号をスルーして話題を変えてみたり」

「あってるけどスルーしていいのかよオイ」

「いい訳ありません、とミサカは空気キャラだけは全力で阻止したいです」

「ねえ、スズシナとあの人ってどういう関係なの? ってミサカはミサカは両方の意見を受け流しつつ興味本位で尋ねてみる!」

「……どォいうモンでもねェが。まァ昔にいろいろあったンだよ。あと話は聞け」

「いろいろ、とは具体的に何が? とミサカは上位個体に何を言っても無駄そうなので百合子さんに若干聞きにくい事をたずねてみることにします」

「あー……聞いて面白いモンじゃねェが。それでも聞くか?」

「うん! ってミサカはミサカは興味深々で目を輝かせてみたり!」

「はいはい、ガキは気楽でいいねェ」


三人はベンチを探し出してそれぞれに腰を下ろし、
静かに話される彼女の話に集中しだした。
165 : ◆yhTAhNBVEo2012/06/07(木) 21:28:49.13 ID:ytBfPQ9c0
時制あわせのために訂正させてください 読み返したら矛盾がだな

>>156
午前中 → 午後一時半過ぎ



投下ですよー
166 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/07(木) 21:46:36.82 ID:ytBfPQ9c0
俺があの場所にいたのはいつからだったか。

気づいたらそこにいた。
「被験者」の一人としてな。

「暗闇の五月計画」っつープロジェクトがあったンだけど……、まァ今はあンまり関係ねェから詳細は省くぞ?
簡単に言っちまうと、第一位の演算パターンを植えつけて能力の強化を図りましょうっつーモンだ。

攻撃性と防護性に特化させる事には成功したらしいな。
名前は知らねェが、『成功例』として施設の中で見かけたことはある。

そこで奴らはこう考えた。

「攻撃性と防護性+αを全て持たせる事ができるのなら、それは第一位並の能力者になるだろう」

ま、いたって単純な考えだわな。
結果を先に言っちまうと、殆ど失敗した。

この演算で最も簡単な『反射』の式を組み立ててる最中に脳内回路が焼ききれるか、
必死こいてくみ上げた『反射』が機能しなかったりで勝手に自滅していったらしいぜ。

その後に俺が使われるまでは、な。


……、それからの日々は長かったなァ。
時間にすると多分一年とかそのくらいなンだろォが、
体感はそンなモンじゃなかった。

そンな時だよ、閉ざされた扉からアイツが突然現れたのは。
167 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/07(木) 22:01:04.43 ID:ytBfPQ9c0
もうな、アレは衝撃的だったよ。
それは真っ白な、まるで天使のような。

こンな地獄から救い出してくれるような。
そンな希望を一瞬だけ抱いた。

ま、今はそンなの思わねェがな。

酷いか? そォでもねェよ、だってアイツも望ンでねェし。

驚いたろォなァ……、全く同じ姿した人間が目の前に立ってるとしたら
そのときはまだ自覚はなかったが。

オマエらもあるンじゃねェの? 第三位とあったときにでもさ

アイツは信じられないような声で言ってた。

「何なンだよ、オマエ」

何度も、何度も。

その真意はわからねェが、とりあえず当時の俺は…恐怖を感じた。
死ぬンじゃねェかって。

そンな事はなかったけどな。
手を引かれて、そのまま研究所の外に連れ出された。

駆け落ちじゃねェよ一目ぼれでもねェよ落ち着けクソガキ。

その後? あー……、っと。
確か、一方通行の部屋でしばらく過ごして――、

このガキ、今何考えた。あァ?

なンもねェから。

能力の制御が出来るまでだよ。
広い世界も教えてもらった。
面白ェよな。この世界は。

とりあえずはこンなトコだろ。
168 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/07(木) 22:12:44.30 ID:ytBfPQ9c0
「アイツにはアイツを支える何かがある。それこそ、俺たちにゃ想像もできねェような何かがな」

百合子は最後にそう小さく付け加え、ゆっくりと立ち上がった。


「さて、と。面倒臭ェ話はこのくらいにしといて、これからどォすンだオマエら。二時半になっちまったが」


そう百合子が問うと、


「ハッ! ってミサカはミサカは手の中のゴーグルの感触を思い出して逃亡を試みたり!」


と打ち止めが猛ダッシュで走り去り、


「待ちなさい上位個体!! とミサカも慌てて後をおいます!」


とミサカがその後を追って同じかそれ以上の速さで路地裏に消えていった。

その平和的な日常を見ていた百合子は、


「……くっだらねェ」


小さく笑った。

しかし、


「あ、また目的なくした」


そう気づいて少しだけまた肩を落としたのだが。
174 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/10(日) 21:00:12.74 ID:dHQIF0NF0
一方通行は黄泉川との通話を切って、地下街へと歩いていた。


「……はァ。調子狂うな」


打ち止めがさっさと移動する前に確保して、早く休みたかった。

時間は五時を回っている。気を張りすぎてるせいもあるのか、やたらと疲れている。
さっきまでしていた会話のせいもあるのかもしれない、と彼は勝手に結論付けた。

「さて、行くかァ……」


杖をついて、歩を進める。
曇天の空の下で、気分もブルーになりぎみだった。

そこにふと道の先に見覚えのある人影が見えた。


(……あ? ありゃ『妹達』か?)


彼はその姿を嫌と言うほど見てきた。
茶髪でゴーグルをしている常盤台の生徒なんてそれ以外考えにくい。

いつもなら、彼はそこをさけ、遠回りでもしているところだろう。

しかし、


(アイツら、確か『ミサカネットワーク』っつーので繋がってンだよな)


今は打ち止めの捜索を優先すべきか。
それとも、いつも通り回避すべきか。

そう悩んだのは数十秒程度だった。

結論。逃げるなんて、ガラじゃない。

とはいえ、


(どォやって声かけンだよ、この俺が)


自嘲気味にそう心の中で呟いた。
以前の『実験』の件があるためだ。

だが、重い足を引きずるように動かし、"トラウマ"へと向かい合う。
一言でいいのだ、たった一言で。


「おい」


後ろから彼はそう声をかけた。
その何号かも分からない妹達は声に反応してこちらを向いた。


「ああ、『一方通行』ですか、とミサカは判別します」

「は?」

「いえ、こちらの話です、とミサカは気にするなと告げます。それで何か? とミサカは続けて質問を受け付けます」

「……、オマエらは『ミサカネットワーク』で情報の共有もできンだったよな。あのガキの居場所を教えろ」

つい語調が強くなってしまった。
変に誤解されるよりマシか、と彼はそこは気にしない。


「……ああ、とミサカは」


と、一方通行は無表情なはずの彼女に僅かだが焦りが浮かんだのを見た。
175 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/10(日) 21:24:15.62 ID:dHQIF0NF0
妹達の彼女は悩んでいた。

一方通行に打ち止めの居場所を教える、別にそのことは構わないのだが、問題はその打ち止めのいる場所だ。


(あの少年の所、なんですよね……)


彼らが接触して、変ないざこざがおきても面倒臭い。

もしいつかのように、双方に被害が出るような事があれば……、
それは一般人も巻き込んで、大騒動になるに決まってる。


「地下街のようですね、とミサカは答えます」

「それは知ってる。詳しい位置とかは分からねェのか?」

「……、さあ? とミサカははぐらかします」

「はぐらかすって事はわかってンじゃねェか。なンで教えねェンだよ」


まさかここで貴方が暴れたら厄介だから、なんて言えるはずもなく。

あの少年はこちらの事情は知らなくていいし、知る必要もない。
寧ろ知られたくない、というのが『妹達』としての意見だった。

さてそんな事はおいておいて、この場はどうしよう?

そう彼女の独断で頭をひねって、
ようやく、といった風にしぼりだした言葉は、


「もやしに教える必要はありません、とミサカは目をそらしつつ言い放ちます」

「……あ゛?」


精一杯の挑発の言葉。


「すみません言い過ぎですね、とミサカは無言で電極に伸ばされた手を引き止めます」

「手ェ放せ」

「断ります、離したらミサカ死ぬじゃないですか、とミサカは冷静に分析します」

「殺さねェよ、だから放せ」

「……ぐぬぬ」


そういう彼の目が笑っていなくて怖い。

何か、もう一つこの場をやりすごすアイテムは―――、と彼女はキョロキョロと周辺を見回して

見つけた。

彼女にしては珍しく、大きな声で言う


「あーっ、あんなところにシスターさんが倒れてるーっ! とミサカは指を差してダッシュ」

「は、はァ!? オイ、待て何してンだオマエはァァああああああああああああああああああああ!!」


後ろで一方通行が叫んでいるが聞かない。

とりあえずその場を逃れる事で精一杯だった。

179 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/13(水) 21:17:00.59 ID:jPLEhuZa0
「うわ、降ってるし」


既に暗くなった町のどこかで百合子はそう呟いた。
彼女には反射があるため、雨粒を受けることはない。
だが、湿気と気分的な面はどうしようもない。


「これからどォすっかなァ……」


ぼんやりと空を見上げて呟く。
実はずっとミサカもといミニミサカを探していたのだが、
依然として見つかる気はしていなかった。

というのも、情報が少なすぎる。

誰かに聞こう彼女のこの容姿だ、
話しかけるだけでいろいろと面倒事がおきてもおかしくない。

先ほど土御門の姿も見かけていたのだが、青い髪の少年と一緒だったので不用意には近づかなかった。
(それが実は彼女を守るために正しい判断だったのだが)

ともあれ、日も落ちている。
捜索を中断してもいいころあいなのだが、それはそれで何か悔やしい。
ミサカに連絡してみるか、と百合子は歩きながら携帯電話を弄る。

と、どこか近くから騒がしい音が聞こえてきた。
ふとそちらに意識を向けつつ、小さく呟く。


「……車」


"音"を重要視している彼女はすぐ分かった。
車が相当な速さで急発進した音だ。
気にはなったが、ひとまず後回しにする。
ミサカにコールすると、彼女はすぐに応じた。


『はい、とミサカは応じます』

「よォ。そっち、小さいの見つかったかァ?」

『いえ、まだ……、とミサカは言葉を濁します。というか貴女が逃がさなければこんな事には、という本音を飲み込んでミサカは嘆息します』

「……、ごめン。ってかだから捜してンじゃねェかよ」

『おや、そうでしたか、とミサカは一応反省はしてる事に感心します』

「どォいう意味だコラ」

『深い意味はありませんよ、とミサカは返答します』

「……で、だ。合流しねェか? そっちの持ってる情報もあった方が捜すのには有利だし」

『……』


と、そこでミサカの返答が一旦途絶えた。

今回は、百合子はマイペースなようにいった覚えはない。


「オイ、聞いてンのか?」

『え、ああ、はい、とミサカは二つ返事で言います。ところで貴方は今どこにいるのですか? とミサカは急ぎで問いかけます』

「あァ? えーっと、地下街ゲート……ここは西口だな」

『西口ですか、とミサカは確認します。近くですのでミサカがそちらに向かうとしましょう、とミサカは一旦通話をきります』


言うだけ言って、通話は相手から切られてしまった。


「……何だ?」
180 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/13(水) 21:49:25.08 ID:jPLEhuZa0
とりあえず言われたとおりにその場で待機する事にする。

しかしそれではいかんせん暇すぎる。
先ほどの騒音を考えてみる事にした。


(さっきの急発進……、唐突だったな。何か問題でもあったのかな……、いや、問題あったらこっちに話来るか。警備員と鉢合わせとかなったら嫌だなァ)


様子見に行ってみたいが、一応約束は守る。
その後は時間にしてたいした時間ではなかった気がするが、彼女としてはものすごく長く感じた。

だから、


「こんばんはです、とミサカは右手を挙げて挨拶します」

「遅せェよ!!」


ただ一言告げた。


「いや、少々問題がですね、とミサカは何故だかキレぎみな貴女を静止します」

「はァ、いいよ。でさァ……ミニミサカの情報なンかあるか?」

「……それなんですけど、とミサカは」

「ン?」

「お願いします、手伝ってください……! とミサカは切に頼み込みます」

「おォ!? 待って突然すぎて話が見えねェ! どォいう事だ?」

「……、」


ミサカは一旦黙ってしまった。
百合子のほうも話してくれるのを待った。

かすかに降っている雨の音だけが、耳に残った。


やがて彼女は静かに話し出した。
181 : ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/13(水) 22:07:24.45 ID:jPLEhuZa0
「ミサカ達、『妹達』が脳波リンクを応用し、電子的なネットワークを構築している事は知っていますよね?」

「あァ、そォだったな」

「そのネットワークでは互いの情報交換をできるのです。記憶、感覚、全てにおいてミサカ達で共有できるという訳です。全は一、一は全という言葉もありますが、その通りでしょう」

「うン」

「ミサカは上位個体の視覚情報を元に彼女を追っていたのです。同じように先ほど上位個体の視覚を共有したところ、少々厄介な事になっていました」

「……、続けろ」

「簡潔に事実だけを告げさせてもらいますね。
一つ、最終信号は現在何者かに追われていること。
二つ、逃亡のために一時的に水面に叩きつけられて体力も切れているであろうこと。
三つ、今はとある人物に助けを求めたようで、彼と一緒に行動していること」

「その人物ってのは? 戦力的にはどォなンだ」

「あまり期待はできませんね。高校生のようですし」

「そォか……その追ってる連中は? 見覚えとかねェのか」

「いえ、そこまでは……一瞬だったので、とミサカは返答します」

「まァ仕方ねェよ。そンで、俺にその捜索――救出っつった方がこの場合正しいかな。それを手伝ってほしいっつー訳?」

「纏めると、そういうことになりますね。貴女の能力、及び経験からしてそのほうが、という結論に達しました」

「……オーケー。その視覚データっつーのは俺も見れるのか?」

「あ、はい。端末にデータを移す事は可能です。やった事はありませんが」

「理論上は、か。無理なら案内頼むだけだ」


ふぅ、と息をはいて百合子はしっかりと口にした。


「さてっと……、サービスがてら迷子のお嬢ちゃンのお迎えにでも参上してやるとするか」


静かに、少しずつ三つの糸が絡み合っていく。
182 ◆yhTAhNBVEo[saga]:2012/06/13(水) 22:08:02.56 ID:jPLEhuZa0
ここまでですー
183VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)[sage]:2012/06/13(水) 22:18:51.88 ID:0oqjG6f30
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]:2012/06/13(水) 22:32:32.28 ID:Rc+1UUBko
185VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[sage]:2012/06/13(水) 23:58:55.25 ID:zIhmxnzQo
乙です

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